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# # 第 4 回研究大会の開催にあたって ## 第 4 回研究大会実行委員長 北本朝展(もたもとあさのぶ) 2020 年春、世界は先が見通せない状況に陥っています。第 4 回研究大会がどんな結末を迎えるのか、1 力月先のことさえ予測できないというのが率直な気持ちです。世界に拡大する新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) は、学術コミュニケーションの世界にも深刻なダメージを与えつつあります。小規模な学術集会から大規模な国際会議まで中止やオンラインへの移行が相次ぎ、「コロナ時代」に合わせた学術コミュニケーションへの行動変容が求められています。 当初、実行委員長として目標に掲げたのは、よりインタラクティブな学会でした。一般発表をすべてポスター発表十ライトニングトークに変更してパラレルセッションをなくすことで、参加者全員が発表者全員の研究内容を把握可能とする新方式が本大会の目玉でした。このような大きな改革については賛否両論ありましたが、最終的には 44 件の発表をプログラムに掲載し、今回から新方式が試行できるはずでした。それに加え、 8 件のワークショップ、 1 件のシンポジウム(京都アニメーションと川崎市市民ミュー ジアムで何が起こったのか - 危機への対応とデジタルアー カイブ)、 1 件の特別講演(赤松健氏)、1 件の無料法律相談もあわせて企画し、充実したプログラムがいったんは完成しました。 しかしこのプログラムは、コロナウイルスの感染拡大と共に大幅な変更を迫られることとなりました。感染防止に向けて濃厚接触を避けること (Social Distancing) が最大の課題となる中、ポスター発表は密閉・密集・密接という「3 つの密」をすべて満たす、コロナ時代と極めて相性が悪い発表方式だからです。大声の白熱した議論から生み出されるウィルスを含む微小な飛沫が、参加者が密集したポスター会場を漂い続ける…感染拡大につながりかねない危険な学術コミュニケーションとなってしまったポスター発表は取りやめ、逆にすべてを口頭発表とする新しいプログラムを急ぎ作成しました。 そしてさらなる「行動変容」に向けて、2020 年はオンラインでの学会開催も大きなトレンドとなります。幸いなことに、各種のビデオ会議システムやビデオ配信システムの使い勝手が大きく向上しており、技術的なソリューションの面ではオンライン学会の開催に関するノウハウが急速に蓄積されています。本大会も、事態の進展に合わせてオンライン開催部分を増やす方針で準備を進めています。しかし大会としては未知の領域に踏み込みますので、その結果に対しては参加者からのフィードバックが必要です。そして、各地から人々が集結し、面と向かって白熱した議論を展開し、人によっては剆親会でさらにくだけた交流を深めるという、従来型の才フライン濃厚接触だけにとどまらないオンライン学会の価值を見出していかねばなりません。 こんな大変な時期に実行委員長を引き受けることになったのも、何かの縁なのかもしれません。実行委員会の皆様や学会、その他の関係者の方々にも多大なご協力をいただき、感謝申し上げます。 おことわり : 本原稿は 2020 年 3 月 23 日に提出したものです。この時点では会場での開催、オンラインでの開催も含めて様々な選択肢を模索しておりましたが、その直後から学会の開催方法に関する議論の方向性が急速に変化し、 1 週間後の 2020 年 3 月 30 日には理事会から実質的延期に関する告知が発表されました。
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# ジャパンサーチに関する提言 デジタルアーカイブジャパン実務者検討委員会 座長 高野 明彦 殿 2019 年 10 月 30 日 デジタルアーカイブ学会 SIG ジャパンサーチ研究会 (岡田一祐、大向一輝、時実象一 (主査)、福島幸宏) 1. 始めに デジタルアーカイブ学会では、国の分野横断統合ポータルとしてのジャパンサーチの重要性に鑑み、 2019 年 9 月 24 日に研究会「ジャパンサーチの課題と展望」を実施し、 8 名の登壇者と 50 名近くの参加者を集めて議論しました (http://digitalarchivejapan.org/reikai/teirei-07)。 そこで提起されたさまざまな課題・問題点について「SIG ジャパンサーチ研究会」において整理した ので、これを実務者検討委員会へのさらなる意見集約の呼び水となることを期待し、提言いたします。 2. 提言 (1)制度的・組織的位置づけの強化 現在、デジタルアーカイブジャパン推進委員会及び実務者検討委員会によって、ジャパンサーチは構築 されているが、2020 年 9 月にはその申合せの効力が失われると理解している。これに合わせて見直しを 行うこととされているが、その際に以下の検討を求めたい。 (a)構築・運営の根拠を一層整備すること。その際、法制度化を視野に入れること。 (b)ジャパンサーチの重要性に鑑夕、十分な運営予算を充当すること。 (c)事務局・運営チームに、幅広く人材を結集すること。 (2)評価の手法自体の検討 現状では、デジタルアーカイブの評価手法自体が未確立であり、このままでは、アクセス数やサイト滞在時間など、ポータルサイトの本質と遠い部分のみでの評価となりかねない。今後、他のデジタルアーカ イブ等への規範となるよう、メタデジタルアーカイブとしてのジャパンサーチの目的や構築段階に沿っ た評価手法の一層の開発とその適用が望まれる。具体的には、デジタルアーカイブアセスメントツール の応用などの検討を要請する。 (3)コンテンツ充実の方向性について 今回の研究会では、ローカルレベルの情報の収集方法の必要性と教育分野での活用が提起された。この 両者の実現のためには各地域特有の歴史・地域社会コンテンツの充実を図ることが必要である。その具体化については(4)に提言するとおりである。 ジャパンサーチの評価方法については (2) に提言したとおりであるが、その基準のひとつとなりうる 利用者の満足度を高めるためには、コンテンツ数もさることながら、その質も極めて重要である。現在画像等オリジナルのコンテンツにアクセスできるメタデータ数は 120 万件あまり(2019/10/7 現在)とされ ている。実際にはマイクロフィルムからデジタル化したモノクロの画像や、カラーでも解像度の低い画像が多数あり、満足度に影響を与えかねない。 この対策として、(a) 現在の連携機関に対し、より高解像度の画像を用意するよう協力を求める、(b) 絞込条件にカラーの有無、解像度についての情報も追加する、(c) 地域アーカイブなど高解像度の画像を有 しているアーカイブ機関との連携を追求する、などの方策が望まれる。 (4)ローカルレベルの情報の収集方法の検討/地域型のつなぎ役の機能の明確化 ジャパンサーチが国の統合ポータルサイトを指向する以上、これまでの、つなぎ役に集約されていた情報をジャパンサーチが収集するという構築手法のみならず、ローカルレベルからつなぎ役が新たに情報 を収集して集約し、ジャパンサーチに投入する、という活動が今後のメインになる。特に地域型のつなぎ 役については、余力がない上にデジタル情報の流通に関する準備が十分整っていない、市区町村等から の情報収集を如何に行うかが、そのカギとなる。 地域型のつなぎ役の機能の明確化、特に収集にあたってローカルレベルへの積極的な支援活動に関す る活動指針・スキルセット・資金充当の手段などについて検討されたい。 (5)教育現場でのユースケースの充実や働きかけについて 米国の DPLA(Digital Public Library of America)では、プライマリー・ソース・セット(Primary Source Sets)という教育のための 150 件近いコレクションを、DPLA 教育諮問委員会の主導により開発 している。ジャパンサーチでも、そのようなコレクション開発が可能な仕組みを提供するとともに、歴史教育や地理・社会科教育にとどまらず、広く教育に携わる教師や大学教員、学会等と協力して、このよう なコレクションの開発を支援することが望ましい。 (6)海外の日本研究でのユースケースの充実や働きかけについて 今回の研究会では、海外の日本研究での活用について提言があった。この提言では、海外での日本研究 あるいは東アジア研究において活用するために、英語での発信が重要であるとするものである。海外で の日本研究が日本だけを主題とするのではなく、東アジア研究の一環として行われることが求められる 昨今、英語のみならず中国語にも目を向ける必要性がある。また、日本研究だけに特化するとしても、「や さしい日本語」のような取り組みに目を向ける必要がある。 そのような理想の一方、どのように英語や中国語、「やさしい日本語」などに展開すればよいか、現時点で明確なわけではない。今後は、日本語に熟知した日本研究関係者 $($ EAJS・AAS・東アジア日本研究者協議会参加者等)に協力を仰ぎ、多言語展開のありようを検討することが望ましい。
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# 岡田一祐 著 出版者:文学通信 2019年8月232ページA5判・並製 ISBN 978-4-909658-14-2 本体 2,400 円 + 税 「私たちが残すものは、私たちそのものだ」 本書は多くの事例によりネット文化資源がどのよ うに構築されてきたかを紹介しており、同種の取り 組みをやっみようと思う実務者だけでなく、利用 したいひとたちのためにも、とても優れたガイドに なっている。 「地域にいる私たちがいま動かなければ、私たちを 残せない」一そんな思いを持った私は、市役所のIT セクションで札幌の魅力を発信するサイトを運営する ため、ゼロからライターを入れての新規取材やインタ ビューによる記事制作を行っていたが、 2 年目以降に なるとコンテンツも一巡し、担当係ではその運営に頭 を悩ますことにもなった。 その後、着任した図書館の館内を巡り、過去からの 地域資料の豊富さにまず驚き、同時にそれらが「ネッ 卜上に展開されず、書架に静かな形で留まっている」 ことに二度驚いた記憶がある。また、先のサイトを作 るときに図書館のアーカイブとなぜ組まなかったのか を反省した。その後、記者である友人の「図書館は宝 の山だね、ものすごく使いづらい宝の山だね」の言葉 に奮起し、電子化の検討・着手を行った。(平成 26 年度に札幌市電子図書館オープン) 「紙からデジタルへ」には、データ変換の方法、メ タデータの扱いのみならず、予算や人的体制など、数々のハードルがあり苦心したが、電子化することで 貴重な資料を守ることができ、活用してもらえること もよくわかった。 さて、本書に紹介されている事例からは、さまざま な課題を解決しようとする人々の物語にもなってい る。課題はシステムの問題だけでなく、データそのも の、文字コード、メタデー夕、権利処理など多岐に渡 るが、とりもな执さず、作り手と読み手の関係性がち ぐはぐだと利用はおぼつかない。 その意味で第 44 回の「コレクションをどう見せて いくか」と第 24 回の「権利の切れた画像資料のオ一 プン・データ化一大阪市立図書館デジタルアーカイ ブ」を特に面白く拝読した。担い手からの投げかけ方 に対し、利用者の受け取り方、そのマッチングの妙は これからも考察が必要だと感じる。 自分たちをアーカイブ化し、だれでもが解釈できる ようにすることにより、地域の「免疫」が生まれると 考えている。「北海道は歴史が短く、アーカイブする ほどのものがあるのか?」は道民自身が時折口にする 言葉である。しかし、近年だけをとっても北海道拓殖銀行の経営破綻から経済の危機を迎えたが、その中か らいくつもの優良企業が生まれた歴史をどれだけアー カイブできているのかは疑問である。再度、そのよう な場面に立った時に何を先達とするのだ万うか。 図書館員として、書庫に眠る「図書館ならではの強 み」に光をあてることが地域の免疫を生み、同時にど れだけ図書館のプレゼンスを上げることになるか。IT に弱いと言われる図書館員にとって、その一歩を踏み 出す杖が本書なんだと感じている。 (札幌市図書・情報館館長淺野隆夫)
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# 京都大学人文科学研究所・共同研究班「人文学研究資料にとってのWebの可能性を再探する」編/永﨑研宣著出版者: 樹村房 2019年9月 238ページ A5判 ISBN 978-4-88367-327-8 本体2,300円+税 デジタルアーカイブ流行りとはいえ、国内の整備は いまだ不充分である。関連する業界・機関は幅広く、少数の専門家が汗をかくだけでは成就しない。特に情報技術を専門としない各分野の人々に、デジタルアー カイブに必要な“考え方”を理解してもらい、援軍を 増やすのに、本書は格好の案内書となるだうう。より 端的に言えば「たくさんの永㠃さんを育てる」本であ り、資料のデジタル化をちょっと気合い入れて学ぼう という学生や研究者に最適である。 「はじめに」等でも言及があるように、本書が示す のは技術そのものというより“考え方”である。技術的知識は無いが資料専門家としてデジタル世界に踏み 出す必要のある人が、何をどれくらい知っておくべき かが、豊富な具体例とともにバランス良く説かれてい る。出版のきっかけという共同研究会から数年が経過 しているが、むしろその程度のタイムラグを不問とす るくらいに、賞味期限の長い基礎的・本質的な “考え 方”がわかる、と評価できる。 以下、各章毎に紹介する。 第 1 章「「デジタル世界に伝える」とは」では、資料のデジタル化と公開に必要な考え方が総合的に理解 できる。第 2 章「デジタル世界への入り口」では符号化や画素数等、デジタルへの変換で失われるかもしれ ないものと、事業のライフサイクルとが解説される。 この 2 点がアナログからデジタルへの最初の関門であ る、ということだろうか。 第 3 章「利便性を高めるには?」では、技術の進化 やユーザのニーズにどのように対応するべきかが解説 される。特に仏典『中論』を例に、ユーザの利便性や 利用方法を 5 つの類型で整理した節では、丁寧なユー ザ考察がなされ、参考になる。また低コストで利便性 を高める手法として、クラウドソーシング、目録・メ タデータ、オープンライセンス等が解説される。どれ も当面有効と思われる基本的な事柄であり、初学者は本章にじっくり取り組むと良い。 第 4 章「デジタル世界に移行した後、なるべく長持 ちさせるには」では継続性に目を向ける。人材・シス テム等の運営面や、URL・データの継承、規格の策定、利活用を促す利用条件等、多方面に気を配る必要があ るとわかる。第 5 章「可用性を高めるための国際的な 決まり事:IIIF と TEI」では、2つの重要な国際規格 について解説する。それぞれ 30-40ページ程度という 適量で、現段階で必要な事柄が過不足なく示されてお り、初めて学ぶのに適している。 第 6 章「実際の公開にあたって」では、実際のデジ タル化事業にあたって具体的に検討すべき事項が、妙法蓮華経」春日版という事例とそのプロセスに沿って 解説される。実務者が事業の妥当性を省みるのにも参考になるだろう。 第 7 章「評価の問題」と第 8 章「研究者の取り組み への評価の問題」は、ともに評価についての数ページ の短文である。第 7 章ではデジタルアーカイブの評価 について、ガイドライン案が提示される。第 8 章では デジタル化事業を、研究活動としてどう評価するかと いう問題が問われる。 以上、一読して、デジタルアーカイブとの距離感は 人によって異なるにせよ、それを近づけてくれる本だ な、という印象を持った。“考え方”だからこそ古くも ならないし、教科書としても適切である。通読という より、必要に応じて必要箇所を参照できる本でもある。 たからこそと言おうか、例えば段落の長さ、小見出 しの少なさ、章・節の長さの不揃いさが、読みづらさ として気にはなった。読者自身の自学自習で補うと良 いかと思う。また書名に「日本の文化を」とあるが特 に限定はされておらず、どの分野の方にも参照してい ただける書籍である。 (国際日本文化研究センター 江上 敏哲)
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# 抄録:他校に先駆けて専用 HP を構築した東京の聖学院中学校・高校図書館では、1906 年(明治 39 年)の創立以来の史料を、随時デジタルアーカイブ化して公開している。当初のねらいは、在校生、卒業生、教職員、また、将来本校に関わるすべての者に、建学の精神と本校教育活動の歴史を視覚的遺産として残すことを目的として始めた取り組みであった。しかし、次第にコンテンツ 自体が反響を呼び始め、「未来と過去、人と人をつなげる媒介」に成長していった。本稿では、その経緯を省察すると同時に、今後のデジタルアーカイブの可能性について論考する。 Abstract: Seigakuin High School Library in Tokyo, which established an independent website ahead of other schools, has bee publishing historical materials since its establishment in 1906 (Meiji 39) as digital archives. The initial aim was to convey the spirit of establishment and the history of educational activities to current students, graduates, faculty, and everyone involved in the school as historical heritage. However, the content itself gradually started to resonate and grew into "the medium that connects the future and the past, and the people". In this article, I review the process and discuss the potential of digital archive in the future. キーワード : 学校図書館、デジタルアーカイブ、昭和、空襲、キリスト教、日記 Keywords: School Library, Digital Archive, Showa, Air Raid, Christianity, Diary # # 1. はじめに ## 1.1 本校の概要 聖学院中学校・高等学校は、1906 年、米国基督教会外国伝道協会の宣教師であるハーヴェイ・ヒュー ゴ・ガイ(Harvey Hugo Guy)によって本郷に建てられた。初代校長は石川角次郎(元学習院教授)である。1903 年設立の聖学院神学校に附設された旧制中学であり、学校名の「聖学院」は、「聖なる学院」 ではなく、「聖学の院」(聖書を学ぶ院)を由来としている。 都内唯一のプロテスタント(ディサイプルス派) ミッション・スクールであり、「神を仰ぎ人に仕える」 を建学の精神としている。毎朝の全校礼拝や聖書の授業による人格教育に力を注ぎ、近年では、学校法人として SDGs 達成を目指すグローバル・コンセプトに署名、加入し、「誰一人取り残さない」世界の実現にむけた教育プログラムを推進している中高一貫男子校である。 生徒数は 900 人 (2019年4月 1 日現在)。卒業生には、林寿郎(上野動物園第 2 代園長)、田川建三(宗教学者)、老川祥一(読売新聞社元社長 - 論説主幹)、大塚信一 (岩波書店元社長)、西田善夫(NHK元アナウンサー)、小室等(フォーク歌手)、坂東玉三郎(歌舞伎役者)渡辺明(将棋棋士・永世棋王資格者)、神田松之丞(講談師)らがいる。 ## 1.2 本校の図書館教育 筆者は2013 年、学校長より司書教諭を発令された。「図書館を見ればその学校の文化がわかる」という校長の教育信念を具現化すべく、図書館の位置づけを、「本を揃えて生徒の利用を待つ」という従来型の静的空間から、「読書活動を通して生徒・保護者・教職員の文化の撹拌役を担い、三者の共感性・創造性・表現力をより一層高めることを責務とする動的交響空間」 へ転換することに努めた。 以下に、この 6 年間で実践した具体的な取り組みをいくつか紹介する。 (1). ビブリオバトル・図書館体操第一(YouTube にて公開)、POP 作り、本の帯作りといった動的読書活動の推進 (2). 生徒・保護者むけた教職員による「読書リレー エッセイ」の発信(月 1 回) (3).リカレントを目的とした保護者への図書貸出サー ビス、SNS 利用マナー・子育てをテーマとした司書による講演会の実施 (4). 図書委員による児童への絵本の読み聞かせ、しおり作りと工作活動 (5). 作家・編集者・音楽家等を招いた年 2 回の文化講演会の開催 6. 専用 HP による情報発信とデジタルアーカイブ化の促進 (7).「処方図書」「やみぼん」「音読コーナー」といった企画による五感を利用した読書教育の促進 (8) 「調べ学習」等各教科における図書館での授業推進 (9). 教科横断型授業促進にむけた各授業の動画撮影 (10. 学校行事・クラブ活動とのタイアップによる読書活動の実践 こうした活動を通して生徒・保護者が積極的に図書館を利用するようになり、来館者数は約 4 倍(50.000 人/年)を超え、また図書貸出冊数も 3 倍に伸び、常に図書館内の空気が動く雾囲気が生まれるようになった。(表 1、2) これらの諸活動の中から、本稿ではデジタルアーカイブの立ち上げから活用実践までを省察し、さらに今後の課題について論考する。 ## 2. HPとデジタルアーカイブの構築 2013 年当時、学校として HP を活用し、自校の教育内容を広報活動に取り入れる学校は多くあったが、学校図書館が単体で HPを持つという先行事例は乏しかった。そのため、HP 開設にあたってはいくつかの大学図書館の $\mathrm{HP}$ 等を参考にした上で、読書活動の情報発信、蔵書検索機能のほか、「司書室日記」と題して図書館スタッフによる企画展示の紹介や感想を揭載するなど、中等教育の立場にふさわしいコンテンツを用意することから始めた。また、デジタルアーカイブについては、単に「貴重な史料たから公開する」というのではなく、公開にあたって発信側としての意図を表明し、ストーリー性を重視することを心がけた。その動機については後述する。 ## 3. 資料の整理と有機的利用 本来は、「学院資料室」で展示・解説されるべき明治時代の学校史料が、2013 年当時は、無人の部屋の書棚で厳重に保管されていた。学校関係者であって ※2012年度は、データが残っている9月~3月の数をグラフ化している。 表2 貸出冊数 も許可を得て鍵を開けて入らなければならない。そうなると、次第に「所蔵庫の存在自体」が教職員の意識から遠のくという現実があった。これまでに学校の歴史的な情報を利用するのは「創立 80 年史」「 100 年史」といった記録集を刊行する際だけにとどまっていた。 しかし、こうした史料は、広く公開され、さまざまな立場や視点から分析・論評されてこそ意味がある。「敬して仰いで祀っている」だけの状態からは教育効果は生まれない。よって、未整理の資料の中から個人情報を含まないものについて逐次、撮影し、図書館 PCの作業用ドキュメントに入れることで、教職員であれば無線 LANを通して誰でも閲覧できる環境を提供することから始めた。 次に、これらの史料を図書館 HPに揭載する作業に移っていく。この時、重視したのが公開の仕方である。単に史料を羅列して終わるのではなく、「発信者」である前に「教育機関」として、どのような立場から、 どのような物語性を持って史料に解説を加えるかという点を重視した。このような場合は、建学の精神に立ち戻ることが必定である。本校は、都内でも唯一のプロテスタント系男子校として「神を仰ぎ人に仕える」 を建学の精神に置くことから、これを柱とし、学校創立から現在に至るまでの歩みを系統立てて紹介することに決めた。 戦時下においてキリスト教学校は、専修学校への格下げを受け入れるか、キリスト教教育の旗印を下すかの選択に迫られた ${ }^{[1]}$ 。具体的な学校名は伏せるが、一時的にキリスト教教育を止めた学校、恒常的にキリスト教から離れた学校、専修学校への格下げを受け入れた学校と、それぞれの学校が苦渋の決断をしている。 そうした中、本校はそれらの選択肢のいずれも受け入れなかった。その結果、小田信人 (後の聖学院初代院長・理事長)が憲兵によって連行されたという過去を持つ ${ }^{[2]}$ 。そうした歴史的背景を踏まえ、史料の中から(1)キリスト教に関わるもの、(2)戦争の様相を伝えるもの、(3)学校文化が色濃く出ているもの、の 3 点について、解説を加えて公開するに至った。 なぜ、このように公開の仕方を重視したのか。現代は、誰もが簡単に発信者になれる時代である。時として、それが無責任な発信に至ったり、意図せぬ受け止められ方をしてしまったりするケースが起こりうる。「ネオ・デジタル・ネイティブ」と言われる世代の生徒となれば、尚更そのような危険性を秘めた中で日々、 デバイスに囲まれた生活をしている。そのため、「情報を発信するには相応の責務と適正な判断力が求められる」ということを、生徒が目にする機会の多い図書館 HPを通して啓蒙していくことが、教育機関たる図書館として求められると考えたのである。 2019 年 10 月時点で、本校図書館 HP・デジタルアー カイブスで公開している史料は、以下の 11 点である。 ## (1). 明治 39 年 学校日誌 第壹号 1906 年(明治 39 年)開校にあたっての学校日誌。開校に至るまでの東京府との事務手続きの過程や使用する教科書の発注履歷が書かれている。 日露戦争が終わり、ポーツマス条約の内容に国民の不満が湧きかえっていた時代。そうした時期に、日本にキリスト教の学校を作ることにはさまざまな困難があった。実際に入学式が挙行されたのは9月に入ってからである。[3] ## (2). 明治 39 年 初代校長 石川角次郎 履歷書 慶応 3 年生誕、聖学院中學校初代校長 - 石川角次郎の履歴書。帝国大学卒業後、オハイオ州立大学に学び、学習院教授を経て聖学院の初代校長となった経歴が書かれている。 (3). 明治 25 年初代校長石川角次郎聖書初代校長・石川角次郎が生前に使用していた聖書。印刷は、童話作家・村岡花子の義父が営む ${ }^{[4]}$ 福音印刷合資会社である。全ページの電子化作業を行ない、章立てで閲覧できるようにした。この聖書は、石川の逝去後、聖学院から銀製ケースとともに実弟の石川林四郎 (英文学者、聖学院英語科教員、三省堂コンサイス和英辞典編纂者)に寄贈されたものである。 (4). 明治 25 年校長聖書裏書和歌 初代校長・石川角次郎が聖書の裏表紙に書き残した直筆の和歌五首。1892 年 (明治 25 年)、サンフランシスコから米国留学を終えた石川が、汽船オセアニック号で帰朝する際に詠んたものである。前年の 1891 年には、新渡戸稲造が同船・同航路で帰国している。 この時、横浜で帰朝者を迎えた税関長は、有島武(作家有島武郎の実父) であった。[5] ## (5). 大正 4 年 学校新聞「聖学院の初期の頃」 第 5 代校長 ・畑中岩雄が、聖學院新聞(昭和 35 年発行)に寄稿したもの。大正 4 年(1915 年)の聖学院の様子を描いた文章である。 100 年前の聖学院には寄宿舍があり、聖学院神学校の生徒も利用していたこと、学校周辺には田園風景が広がっていたこと、夜半を過ぎても勉強にいそしむ寮生の様子などが描かれている。大正 4 年というのは、国際的には、第一次世界大戦が深刻化していった時代であり、国内に目をむけると、この時期にシャープペンシルやチューインガムが発明され、また銀座の喫茶店に足を運ぶことをさす 「銀ブラ」という言葉も生まれた。 ${ }^{[6]}$ 現在、高校一年生・現代文の教科書に登場する「羅生門」(芥川龍之介)もこの年に発表されている。大正 10 年に撮影された寄宿舎と神学生・中学生の写真も揭載した。 ## (6). 大正 16 年總豫定表 大正 15 年秋に書かれた翌年 $1 \sim 3$ 月の行事予定表。大正天皇は1926年 (大正 15年) 12月 25 日に亡くなり、 この日が昭和元年となったため、実際にはこの後、「昭和元年總豫定表」に書き改められたと思われる。現在の3学期にあたることから、「入学試験」「卒業証書授与式」「定期考査」などの日程が記されている。 ## (7). 昭和 11 年「記念祭反省会議事録」 創立 30 周年記念祭(文化祭)の写真と、事後行われた母姉会(現在のPTA)反省会の議事録である。模擬店メニューとして以下のものを提供していた記録が ある。「おそば (藪忠出張)、お汁粉、おでん、みつ豆、 シューマイ、パン、抒寿司、アイスクリーム、お紅茶」。 1936 年 (昭和 11 年)、日本は、第 2 次ロンドン海軍軍縮会議(日米英仏伊)を脱退し、軍事力増強にむかう。同時に、国内では二・二六事件により東京に戒厳令が施行され、不穏な雾囲気が漂いはじめていた。一方、文化・世相に目をむけると、職業野球(プロ野球)が始まり、澤村栄治投手が初の無安打無失点を記録、ベルリンオリンピックでの「前畑ガンバレ」実況に国民が熱狂、ソ連のオペラ歌手・シャリアピンが日比谷公会堂で公演したのもこの年である。[7] ## 8). 昭和 11 年 学校新聞「聖中學報」 「聖中學報第 3 號」創立 30 周年記念號(昭和 11 年 11 月 1 日發行)。表紙は、第 3 回卒業生の圖案家・關本有路漏氏による「1908 年中里の風景」である。裏表紙にはライオン齒磨本舗・株式會社小林商店の全面広告が掲載されている。 (9). 昭和 14 年「満蒙開拓幹部訓練所概要」「満州農業移民候補者選定二關スル内規」 日本が満州を攻め、義勇軍を名乗る若者を現地に送りこんでいた昭和 14 年、彼らを指導する人材の充実が喫緊の課題となり設けられたのが満蒙開拓幹部訓練所である。茨城県・内原に作られたこの訓練所へ入ることを希望する者に対して「要綱」が配られたが、一方の「内規」では、「要綱」にはない、より踏み达んだ条件が書かれており、日本の満州移民計画の切迫した状況を窺い知ることができる。 ## (10. 昭和 19 年 $\sim 21$ 年 学校日誌 教員がその日の学校の出来事や状勢を書き残したものである。都内の戦禍記録や生徒の勤労動員の報告のほか、昭和 20 年 8 月 15 日には、日本がポツダム宣言を受諾したことが記されている。 (11. 昭和 35 年校門写真「1958 年第 52 回聖学院記念祭アーチ」 1960 年の卒業アルバムに掲載された、第 52 回 (1958 年)聖学院記念祭アーチの写真である。 ## 4. 銃後の暮らし デジタルアーカイブの公開について、当初は、「30 年後、 50 年後の生徒・教職員に本校の歴史を残す」 という責務から始めた。その様相に変化が訪れたのが、 2015 年に公開した「昭和 20 年の学校日誌」である。(図 1、図 2、図 3)これは、当時の「教務」にあたる分掌の教員が、戦時下における日々の教育活動を記録したものである。生徒が勤労動員の中で、理研、造兵廠尾久工場、東京瓦斯会社荒川支所、東洋乾電池、東京塗料、足立製鋼所、応用加工、食糧営団荒川支所、登戸研究所に派遣され勤労に従事する一方、多くの教員が応召されていくことが記録されている。教員の応召に際して、当初は壮行会が開かれていたのが、戦局の悪化により、それが中止されていく様子も記述されている。 図1日誌表紙1 図2 日誌表紙2 図3日誌8月15日の頁 以下に、昭和 20 年 2 月後半からの記述の一部を紹介する。 昭和二十年二月二十五日雪(雪積約一尺余)艦載機約六百 B29一三○機帝都盲爆セリ生徒被害ヲ蒙リタル者数名アリ 同日の永井荷風「断腸亭日乗」には、以下の記述がある。 二月二十五日日曜日朝十一時半起出るに三日前の如くこまかき雪ふりみたり。飯たかむとする時隣人雪を踏むで来り午後一時半米国飛行機何台とやら来襲する筈なれば用心せよと告げて去れり。 $[8$ また、入江相政の日記には、以下の記述がある。 二月二十五日(日)大雪寒七、 $0 \bigcirc$ 一 $\bigcirc 、 \bigcirc \bigcirc$今日は久々の日曜でゆつくり休まうと思ってみたが、夜中に又起される。七時に起きて朝食を食べやうとしてみると警戒警報、続いて空襲警報。ラヂオによれば又艦載機との事。勝田さんの壕に始めて待避する。昼前に解除になつたので朝昼兼帯の食事をする。寒いし又雪が猛烈に降つて来たので置炬達で三人い>気持にあた〉まつてみると、艦載機と呼応して B29が大挙来襲するとの事。さうかうしてみる中に空襲警報、大急ぎで又勝田さんの壕に待避する。痖にさはる事には次から次へと大変な編隊で百機位来襲する。済んたのは四時過。壕を出るとまるで夜のやうに暗い。これは後から考へると東京全都の煙が雲雲の下に低迷した為であつた。下町の火は八時過ぎまでほんのり赤く見える。いやな一日だつた。九時に又 B29 一機来襲。[9] さらに、大佛次郎の日記には、以下の記述がある。 二月二十五日 寒い朝七時半敵襲。艦載機と B29 と連合にて六百機という。またもや雪にて空ふさがりおる。機音を聞くのみ。宮内省大宮御所の一部その他へ雪上より弾を落とし夕方まで諸所に火事ありと。雪中なれば開びゃく以来の雪というべし。少尉午前中帰る。水島三一郎麦酒二本持参してくれる。門田君も雪の中を自転車で来る。ミケランジェロ(ローラン)を再読す。雪夕刻に到るも歇まず。夜九時敵機東京の火事を見に来る。[10] 入江と大佛の記述から、二月二十五日夜、戦果を確認するために B29が再飛来していたことがわかる。 また、戦時期も後半になると、国民が軍部の発表に疑いを持つばかりか、戦況の好転が望めないこと、軍部の指導に批判的になっていたということについては、 これまでに多くの専門家が指摘しているが、その傍証のひとつとなるのが、清沢洌「暗黒日記」である。 ## 二月二十五日(日) 今日は、朝から空襲警報が鳴り、艦載機が来襲した。 それから午后になって B29が百三十機も来た。後に聞いた話しでは、これ等の数は「戦果」の発表のために、内輪に数えられているとのことだ。つまり、戦果が比例としてたか〔か〕らしむるためには、これを内輪に発表するのが便利なのた。 原稿を書きながら、不幸にして爆弾が落ちれば万事窮すといったことを考える。[11] 続いて、3月4日の本校日誌の記述である。 ## 三月四日曇雪 七時三○分警戒警報發令 八時二十分空襲警報發令 B29 大編隊帝都ヲ空襲セリ (百五十機)」 海野十三は日記において、同日の様子を以下のように記述している。 三月四日 ○放送報道によると、百五十機なりという。 ○早耳の報道によれば、今日は尾久や日暮里附近がかなりやられたという話。 ○敵機去っていくばくもなく、また雪がぽたぽた降り来る。三度目の大雪か。 ○弟佑一の会社が焼けた(二月二十五日)と手紙でいってくる。末広町に店を構えたばかりだったのに、気の毒な。またもや憤激の夕ネが出来た。こんな夕ネばかりふえ、それと反対に「ざまあみやがれ、敵め」ということができないのが残念である。 ○この頃の敵の焼夷弾の二割は爆発物がはいっているという。それで焼ける面積が多いのだという。また、 それを知らせては誰も初期防火をしないので、知らせてないのだという。それはけしからん話であるが、この話はこれまでも耳にしたことがある。 ○この有楽町では、鉄カブトをかぶった首がころころ転がっていたという。防空壕から首だけ出していたので、首だけやられたのであろうという話。しかし 本当はそうではなく、立っていて、首だけ爆風にやられたのであろう。 ○牛肉二貫多が入るルートの話がこの前あったが、この店もやっぱり二月二十五日に焼けた由。二・二五爆撃はかなりひびく。[12] また、山田風太郎も同日の様子を記録している。 ## 三月四日 雪ふりつづく。本日の被害地の中には巣鴨駅一帯ありし由。附近に住む三輪、そこより来りてその凄惨さを語る。彼来るとき、あたりはなお炎上中にて、鎮火せる地区に焼残孔る建物は、工兵出動して自ら爆破中なりと。大本営発表によれば、本日来襲の B29 約百五十機なりと。 ${ }^{[13]}$ さらに、清沢洌の日記には、以下の記述がある。 ## 三月四日(日) 雪降る。清沢覚のところへ行く。お餅を御馳走になろうとてなり。近く疎開に決定。本月一杯には荷物を運ぶという。 朝八時より B29 百五十機来襲。「悪天を利用し」とラヂオで発表するほど悪天だ。したがって日本側からは、ほとんど飛行機は出ないようだ。巣鴨その他がやられたそうだが、例によって全く発表はない。日本では「被害軽微」「敵の損失甚大」といっている間に、 いつの間にか大都会の過半は消失してしまうというようなことになるだろう。[14] この日の空襲は、巣鴨・駒込一帯を壊滅状態に貶め、駒込高校は全焼し、3月5日には本校校長が見舞いのために訪問した記録が残っている。また、十文字高女 (現・十文字学園) も校舎を消失し、本校の校庭に仮校舎を建てて授業を継続していた記録が残っている。空襲による火災は、本校の正門を焼いたところで止まり、校舎への被害はなかった。(図 4、図 5、図 6) 永井荷風は次のように残している。 三月初六。晴後に陰。午下木戸氏来り話す。二月二十五日雪中市内罹災地の事を聞く。吾妻橋西詰合曾てオペラ館踊子と茶をのみに行きし丸三喫茶店のあたり雷門郵便局を除き仲店東裏一帯に焼亡。厩橋の上に爆丸落下の痕あり。又山の手にては市ヶ谷堀端の町も焼亡せし由。市内祝融の災を免れしところ追々少なくなれり。わが偏奇館果たして無事に終るを得るや否や。 図4 本校正門(罹災前) 図5 巣鴨から見た駒込1 (「佐藤洋一 (2015)『米軍が見た東京1945秋: 終わりの風景、はじまりの風景』洋泉社 $\mathrm{p} 41$ 」より転載) 図6 巣鴨から見た駒込2 (同図版に現在の建物の位置の注釈をつけたもの、掲載にあたつては洋泉社の許諾済。) 以下、学校日誌に戻る。 三月九日 B29 百三十機帝都市街ヲ盲爆セリ 大火災数個所二起リ罹災者相当数アル模様ナリ 永井荷風「断腸亭日乗」 「わが偏奇館焼亡す。」[16] 八月十五日水曇後晴 正午詔勅渓発アラセラレ重大発表ノ放送アリタリポツダム宣言受諾ノ旨 今週中休校 八月二十九日水晴 米先遣隊厚木二到着艦隊モ相模湾二進入ス 大學高専ヨリ國民學校迄戦前ニ復元トノコト 八月三十日木晴 マッカーサー厚木ニ到着海兵隊モ横須賀ニ上陸ス 九月三日月晴 降伏文書二調印久 重光梅津代表出席宣言ヲ正式受諾スミズーリ艦上ニテ 九月十日月雨 米軍帝都二進駐ス 十月二日火曇後雨 本日ヨリ十月三十一日迄三年生荒川区役所二勤労動員ス但シ毎日一組宛交代ナリ 十一月七日水晴 海野大泉第三師範ニ於ケル文部大臣ノ新教育方針中央講習會出席入 十一月十日土晴 校長午後ヨリ基督教青年會へ出張サル 十一月十三日火晴 校長午後ヨリ都廳日本銀行教育會へ出張サル 十一月二十日火晴 保管中ノ兵器進駐軍二引渡ス 十二月十五日 ## クリスマス禮拝アリ 合併教室ニ於テ 八月十五日の終戦からその年の暮れにかけて、少しずつキリスト教色を取り戻しつつあったことがわかる。 この「日誌」を HPで公開したところ、共同通信、日本経済新聞、NHK 文化部から取材依頼が入り、新聞・ニュース番組で史料が取り上げられたことから、「人とのつながり」という新たな展開が始まった。 ## 5. 人と人がつながり始める デジタルアーカイブがもたらした、人と人とのつながりの具体例をいくつか示す。 (1)東京大空襲を経験した卒業生からの戦時資料の寄贈昭和 20 年の日誌がメディアで報道されて間もなく、昭和 18 年に本校を卒業したという方が来校された。 3 月 10 日の東京大空襲のことを鮮明に覚えておられ、 その日は土曜日で、鶯谷に住んでいたその方は、いつもの空襲前に飛び交う米軍偵察機 P51 とは違うプロペラ音の機体が飛んでいることに疑問を抱いたという。大空襲が始まったのは、その日の夜半である。 本校が、戦時中も継続していた英語教育についての周囲からの批判についてもうかがった。時局を顧みず英語教育を続ける本校への批判は、公的機関からではなく、近隣の学校から上がっていたという。 そのため、当時の教員は、周囲の厳しい視線を跳ね返すためにも、教練については厳しく指導したようで、軍事教練大会(地域の学校が集められ、日常の訓練の成果を披露し合う場)では、決して他校に負けることがなかった、という話だった。このことから、当時の「隣組」による監視社会が、居住地のみならす学校単位でも行われていたことが窥われる。一方、陸軍を挪揄するような隠語が当時の中学生の中でも使われており、「こんなことを言っているのが上官にバレたら大変なことになるな」と級友と笑い合ったということも話されていた。 この方からは、当時米軍が撒いた投降を呼びかけるチラシや戦時国債といった史料の提供を受けた。 ## (2)ライオン歯磨本舗昭和 11 年の広告 本校創立 30 周年を祝う校内新聞の裏表紙に、ライオン歯磨本舗・小林商店の一面広告が掲載されていた。 (図 7)小林商店創業者の小林富次郎は敬虔なクリスチャンであり、本郷弓町教会の教会員だった ${ }^{[17]}$ ことから本校とのつながりがあったと見るのが妥当であろ 図7 ライオン歯磨全面広告 う。この校内新聞をデジタルアーカイブとして図書館 HP で公開するにあたり、ライオン株式会社広報部に揭載の許諾申請を行った際、「貴校が持っている広告は、自社でも所蔵していないデザイン広告である。揭載を許諾すると同時に、自社に画像を送って欲しい」 と依頼され、データを寄贈することとなった。 (3)満蒙開拓団募集要項 $\cdot$ 内規 日本が満州を攻め、義勇軍と名乗る若者を現地に送り込んでいた昭和 14 年、彼らを指導する人材の充実が喫緊の課題 ${ }^{[18]}$ となり設けられたのが、満蒙開拓幹部訓練所 ${ }^{[19]}$ である。本点は、茨城県・内原に作られたこの訓練所に入ることを希望する者にむけて配付されたものである。重要なポイントは正式な募集要項とは別に、「内規」が発行されていたという事実である。具体的には、「応募資格」について、「イ、年齢要綱二於八凡ソ三十歳迄ト示シタルモ成ルベク二十五、六歳迄ノ頑健ナル者」と、要項よりもかなり踏み込んだ現実的な表現を使っている。このことから、当時の満州移民計画の切迫した状況がうかがえる。 尚、この資料について一般社団法人満蒙開拓平和記念館(長野県阿智村)に確認したところ、未所蔵という回答を得たため、要望によりデータを寄贈することとなった。 このほかにも、東京大空襲を通して平和学習を実践している他校との交流、論文執筆にあたり戦前の本校記念祭の写真を使用したいという大学教授からの許諾申請、「日本語表記の文語体から口語体への変遷」を研究する元大学教授との交流、昭和史を卒業論文にする大学生からの一次資料活用のための取材依頼と、次第に外部との交流が増えていった。 このように、公開当初のねらいであった「30 年後、 50 年後の生徒・教職員に本校の歴史を伝える」という平面的な筆者の意図を越え、「デジタルアーカイブが人と人をつなぐ立体的な媒介」として利用されるに至ったところに、この取り組みの可塑性と、発信者にも予見できない可能性があることが展望された。 デジタルアーカイブは、過去と未来をつなぎ、人と人とをつなぐものである。 ## 6. 今後、公開予定のコンテンツ - 東京空襲被害図 ・米軍作成東京空襲地図(連合軍以外の閲覧を禁ず) $\cdot$ 富士練兵場写真 . 習志野練兵場写真 $\cdot$ 連合軍限定資料 $\cdot$ 米軍宣伝ビラ (トルーマン) $\cdot$ 米軍宣伝ビラ (紙幣) $\cdot$ 海軍兵学校採用試験問題 $\cdot$ 大日本帝国戦時国債券 $\cdot$ 終戦の詔栜手書き複写 ・広島原爆投下時の罹災者写真 $\cdot$ その他、学校史料・キリスト教関係資料 ## 7. 今後の課題 〜「語り継ぎ」から「語り上 げ」へ〜 私立中高図書館として、デジタルアーカイブスをたた公開していくのではなく、「どういう姿勢で伝えていくか」について考えていく姿勢は今後も堅持していきたい。そうなると、現在、所蔵している資料を精査・吟味し、同時にどのタイミングで公開するのかの判断も重要になってくる。同じ資料でも、公開の夕イミングを見極めないと世間の注目を浴びずに埋没してしまう可能性が高いからである。 同時に、今後は、本校だけでなく他校のデジタルアーカイブと共有して、戦時資料を通して民間からの発信の可能性を模索したい。戦時中の学校史料や写真を保管している中等教育機関、元教職員と連携を取り、公立・私立の枠を越えて学校デジタルアーカイブの資料を収集・整理し、有効活用へと発展させていきたい。 この時にポイントになるのが、資料を生徒に示した上で、「君たちはどう考えるか?」という意見を聞いて発信させていくことである。 本校では、沖縄平和学習を 30 年継続して実施している。以前は「ひめゆり学徒隊」の方の「生の声」を通して、平和の創出について学習する機会を得ていたが、時代とともに語り部の世代交代が避けられなく なっている。この状況は、広島・長崎でも同様である。 こうした時に、歴史を「語り継ぐ」ことと同時に、若い世代から「語り上げる」姿勢が求められてくる。(図 8)生徒に一次資料に触れる機会を与え、平和について上の世代に「語り上げる」行為が「語り継ぎ」と同時に行われることで、社会を動かす識者やメディアの判断の基軸に影響を与えることができ、また「語り上げる」経験を持つ生徒を増やすことによって、刹那的な判断に陥らない教養を身に着けた若者が増える可能性が出てくると考えるからである。 以上の点から、今後、デジタルアーカイブを共有していくなかで、一団体だけではなく、他団体との協力により、共同作業の下地を作っていきたい。 図8 「語り継ぎ」から「語り上げ」の構図 ## 8. まとめ デジタルアーカイブは、過去の正確な記録であると同時に未来への指針になりうる。同時に、一団体の財産としてだけではなく広く共有できる知的財産である。こうした「歴史の縦軸」と「人のつながりという横軸」を利用して、貴重な展示物として祀ることで終わるのではなく、未来への教材として用いることに大きな可能性がある。活用するには、相手が必要である。 その相手との結びつきを得るきっかけを与えてくれるのがデジタルアーカイブの可能性である。 ## 註・参考文献 [1] キリスト教学校教育同盟百年史編纂委員会編(2012)「キリスト教学校教育同盟百年史」教文館 [2] 宗教センター編(1991)「聖学院の精神と歴史: 神を仰ぎ、人に仕う」聖学院ゼネラル・サービス $\mathrm{p} 76$ [3] 聖学院中学校高等学校(2007)「聖学院中学校高等学校百年史」聖学院中学校高等学校 p39 [4] 日本キリスト教歴史大事典編集委員会編(1988)「日本キリスト教歴史大事典」教文館 $\mathrm{p} 1385$ [5]「横濱税關一覽」(1900)横濱税關上巻 p4 [6] 宇野俊一[ほか]\cjkstart編集(1991)「日本全史:ジャパン・クロニック」講談社 p1013 [7] 講談社編集(1989)「昭和:二万日の全記録第4巻日中戦争への道」講談社 p124-187 [8] 永井壯吉(1964)「荷風全集第二十四巻」岩波書店 p1415 [9] 入江相政 (1991)「入江相政日記第一巻」朝日新聞社 p142 [10] 大佛次郎(2007)「終戦日記」文藝春秋 p172 [11] 清沢洌(1995)「暗黒日記 : 戦争日記1942年12月~1945年5 月」評論社 $\mathrm{p} 556$ [12] 海野十三著; 橋本哲男編(2005)「海野十三敗戦日記」中央公論新社 $\mathrm{p} 47-49$ [13] 山田風太郎(2002)「戦中派不戦日記新装版」講談社 p95 [14] 清沢洌(1995)「暗黑日記 : 戦争日記1942年12月~1945年5 月」評論社 $\mathrm{p} 563$ [15] 永井壯吉(1964)「荷風全集第二十四巻」岩波書店 p17 [16] 同 p19 [17] 日本キリスト教歷史大事典編集委員会編(1988)「日本キリスト教歴史大事典」教文館 p535 [18] 内木靖(2010)「満蒙開拓青少年義勇軍--その生活の実態」愛知県立大学大学院国際文化研究科論集 11 p79 - 108 [19] 上野忠義(2014)「日本における農業者教育」農林金融 $67(4)$ p246-267
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# 第 8 回定例研究会 参加記 デジタルアーカイブ学会第8回定例研究会 日時:2019年11月2日(土) 13:00 16:00 場所:東京大学本郷キャンパス工学部2号館9階93b教室 [テーマ] 第1回デジタルアーカイブ産業賞授賞技術賞(主催:デジタルアーカイブ推進コン ソーシアム、DAPCON)受賞3社の報告 ## 1. 寺師太郎氏(凸版印刷株式会社 文化事業推進本部アライアンス開発部アライアンス 開発T課長) 正確な複製を目指し様々な技術を組み合わせる印刷技術のDNAの延長に文化資源の複製があると定義。 トッパンVRを中心に保護と活用の相補的なサイクルを意識した事例紹介があった。奈良東大寺ミュー ジアムでは修学旅行で先にVRを鑑賞することで事前学習効果が報告されているという。また最新の推定復元技術の実例として、久落した画布上半分を想定復元したクロード・モネ「睡蓮・柳の反映」などの紹介があった。 ## 2. 奥村幸司氏(株式会社サビア代表取締役) 低色差かつ高精細の質感再現スキャニング、乾板スキャニング、2.5D スキャニングなどの保有製品・技術を用いた取り組みと、スキャンデータを元にした UV 印刷のサンプルが紹介された。巨大な文化財であってもできるだけ安全にスキャンするノウハウの実例が紹介された。また同社は京都市のあかつき写房と挑戦した湿版スキャンや映像コンテンツ化など、関連領域への展開を地道に続けられている。 3. 久保田巖氏(株式会社アルステクネ・イノベーション、株式会社アルステクネ代表取締役CEO) 人類の創造性の㕡智である文化財を知財として活かし、社会課題の解決に取り組む次世代を育てていく観 点から美の感動と情報の再現を追求している。原寸大または原寸に近いサイズでオリジナルの魅力を伝える、高精細レプリカを用いた対話型の鑑賞教育、回想法を含志臨床美術の可能性など、あくまで人を中心に技術の持つ意義を転回させることによって、デジタルアーカイブの持つ潜在的な可能性を拡張する取り組みについて紹介があった。 ## 【全体討論】 前半ではライセンスが話題となった。現在各社が取り組んでいる $2.5 \mathrm{D}$ や $3 \mathrm{D}$ データには独自性があり、既存の平面 PDM 作品の $2 \mathrm{D}$ データに対する最高裁判例に、必ずしも当てはまらない可能性が指摘された。 また後半では再現精度の観点と観者の感性的な評価の観点が話題となった。この手の話は「デジタル化」 に終始しがちだが、我々に身体がある以上「触れる」 ことは大きな意味を持つという寺師氏の指摘や久保田氏の「すでに認知されているはずの作品への興味を励起するためのデジタル化とトレンドの循環」という指摘は、単純に「もの」と「こと」を二項対立にせず、有機的につなげて咀嚼する段階にきていることを示唆している。今後のさらなる議論や、各社の知見の蓄積に期待したい。 (サイフォン合同会社大橋正司)
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# 第 7 回定例研究会「ジャパンサーチ の課題と展望」参加報告 デジタルアーカイブ学会第7回定例研究会 日時:2019年9月24日(火)13:00 17:30 場所:東京大学本郷キャンパス 工学部2号館92b教室 [テーマ] ジャパンサーチの課題と展望 [内容] 第1部 ジャパンサーチ試行版の評価 仕組み・社会的位置づけの観点から:永﨑研宣 (一般財団法人人文情報学研究所) システム構成の観点から:大向一輝 (東京大学大学院人文社会系研究科) 第2部 ジャパンサーチ正式版への期待 大井将生 (元千葉県高等学校教諭・東京大学院生) 岡田一祐(国文学研究資料館) 坂井千晶(前アイオワ大学図書館司書) 佐久間大輔(大阪自然史博物館) 松澤有三(インディゴ) 諸田和幸 (伊那市地域おこし協力隊・高遠ぶらり事務所) 第3部 ディスカッション 司会:福島幸宏(東京大学大学院情報学環) ## 1. はじめに 2019 年 2 月に試行版の運用が開始されたくジャパンサーチ $\rangle^{[1]}$ は、国の分野横断統合ポータルとして、収録コンテンツや $\mathrm{UI} / \mathrm{UX}$ 、運用体制など多視点からのフィードバックを受け付けている。この約半年間、 ジャパンサーチに関する研究会やシンポジウムが数多く開催されたが、それらの多くは正式版公開に向けた試行版のプロモーションに軸足が置かれたものであつたと感じている。 それらに対し、第 7 回定例研究会では、ジャパンサーチに関わる多様な主体から登壇者が集まり、試行版への評価として 2 名、正式版への期待として 6 名から発表があった。通常の定例研究会は 3 時間。しかし、今回は 4 時間半へと時間を拡大し、会場を埋め尽くした参加者と登壇者で活発な議論が交わされた。発表と質問という単純なやりとりではなく、短い発表時間で放たれる鋭い考察と批評、それへの質問、さらに回答を経ての展開と深化が、複数の話者によって繰り広げられた。 2. マイルストーンとしてのジャパンサーチ本定例研究会の印象を一言で述べるならば、ジャパンサーチを文化・学術情報の発展におけるマイルストーンとして捉えた場であったと言える。話題としては、ジャパンサーチに至るまでの道のりを整備することと、ジャパンサーチから始まる活動を見いだすことを軸に議論された。まさに、研究会テーマに揭げられた課題と展望について話し合われたのであるが、その対象はジャパンサーチ自身ではなく、「ジャパンサー チの (利用者やコンテンツホルダーとの接続に関する)課題と展望」であった。 利用の観点からすると、ジャパンサーチは、一般利 上段左から福島幸宏、永嵪研宣、大向一輝、大井将生、下段左から岡田一祐、坂井千晶、佐久間大輔、松澤有三、諸田和幸の各氏 用者はもち万んのこと、研究者や教育者からも遠い存在であるという報告がなされた。大井氏から、教育分野においては、学習単元に沿ったキュレーションや教育的活用を促すようなメタデータが必要であるとの要望がでた。海外大学にて図書館司書として勤務する坂井氏からは、海外における日本文化研究者の為に、多言語化 $\cdot$ やさしい日本語表記・カナ/ローマ字表記といった方策の検討が必要であると提案された。単にコンテンツを集約するだけでなく利用者の性質にあわせられるような提供の仕組みが求められている。 一方、コンテンツホルダー側に立つと、小規模館や地域資料を扱う機関・団体にとって、ジャパンサーチは技術的レバレッジとなり、小さなコストでウェブの世界へ躍り出ることができる。彼らにとって、ジャパンサーチはゴールではなく、存在を広く知らせるスタートポイントとなる。佐久間氏が示されたように、地域に埋もれた大量の未デジタル資料が市民研究者やボランティアを通じてウェブ上に現れ、新たな学術的進展がジャパンサーチを起点に生まれる可能性が高い。 これらの議論にみられるように、ジャパンサーチのみではなく、ジャパンサーチの存在を介した文化・学術情報の成長を考えていく研究会となったと感じた。 ## 3. おわりに 企画趣旨の狙い通り、情報技術・評価・学校教育・在外/地域資料など多方面から議論が展開され、いずれの話題も興味深いものであったが、紙幅の都合上、筆者の関心事についてのみ報告させていただいた。その他全般については、開催概要や各登壇者の発表内 容・資料類が、学会を通じ公開される予定なので、是非御参照いただきたい ${ }^{[2]}$ 加えて、この研究会成果は、ジャパンサーチの設計運用主体であるデジタルアーカイブジャパン推進委員会及び実務者検討委員会 ${ }^{[3]}$ に提言されるということであり、試行版/正式版への反映も期待される。 (東京国立博物館阿贤雄之) ## 註・参考文献 [1] ジャパンサーチ(BETA)https://jpsearch.go.jp(参照 201910-29) [2] 第7回定例研究会「ジャパンサーチの課題と展望」 http://digitalarchivejapan.org/3719(参照 2019-10-29) [3] デジタルアーカイブジャパン推進委員会及び実務者検討委員会 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_ suisiniinkai/index.html(参照 2019-10-29)
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# 植山 秀治 UEYAMA Shuji 一般財団法人デジタル文化財創出機構 ## 日時:2019年7月19日(金) 場所 : 東京・丸の内「丸ビルホール」 主催 : 一般財団法人デジタル文化財創出機構 文化財の「保存と公開」が注目されている。観光立国や地方創生等、国の政策でもさまざまな形で施策が進められている。劣化や消失の危険性から、文化財の公開を制限する動きが今後加速すると予想される現在、代替物あるいは補完物としての「複製品」の活用に期待が寄せられている。 古来、ものづくりの技、形、風合いを学ぶために行われてきた文化財の「写し」「模写」や「模造」の結果としての「複製品」は、他の視点から見ると「モノの保存」や「技術の継承」に活かされてきた。素材分析、造形手法分析など科学的なアプローチの知見が、単に造形的な模倣を軸に行われてきた「複製」に品位を与えてきているという側面もある。鍛えられた人の知見と技、そしてデジタル技術との融合により、その精度やスピード、取り达志領域も格段に拡大している。 このような背景を踏まえ、デジタル技術によるあらたな文化財のあり方を「デジタル文化財」として創出・普及する活動を進める当財団は、「文化財の複製」という領域に携わる当事者それぞれの立場から複製の意義や効能を実例とともに紹介するシンポジウム「進化する複製の未来」を開催することとした。 2019 年 7 月 19 日、会場は丸ビルホール。冒頭、当財団の青柳正規代表理事の開会挨拶からシンポジウムはスタート。複製品による展示で有名な大塚国際美術館の取り組みや、美術という領域でもオリジナルと複製の両方の意味が広がっている認識が必要という視点、古代ギリシャの時代から現代に至るまで複製という発想は美術という領域の中核にあり複製という行為はクリエイティブであるという考え方など、示唆に富む指摘があった。 ## 1. 基調講演その1 「複製・復元の歴史と意識」をテーマに、西川明彦・宮内庁正倉院事務所長から「正倉院宝物の再現模造」 についてお話があった。本来は宝物を護るべく造られた正倉院の仕組みではあるが、災害の多い我が国において、正倉院宝物を長年に渡って保存継承していくために模造づくりは大変重要であり、現在では約 60 点ほどの模造ができているということ、また、模造づくりには CT などのデジタル技術の活用や素材分析を行いつつ、人間国宝を含む作家や技術者による従来のアナログ的な行程も組み合わせながら宝物現物に忠実な模造を試みていること、大事なのは「ひと=作家、もの=材料、こころ $=$ 思い」の3つが揃うこと、という話が紹介された。 ## 2. 研究活動報告 続いて、当財団の研究活動として3つの報告がなされた。一つ目は、内藤栄・奈良国立博物館学芸部長より「當麻寺西塔発見の舎利容器の保存・活用と複製」について。奈良・當麻寺西塔で発見された歴史的に大変珍しい舎利容器は、本来塔に戻す必要がある貴重なものであるが、今回それを地上に残し、塔には複製品を戻すという試みを実施。オリジナルの形や材質も含めて継承するため、奈良国立博物館で CT スキャンや三次元立体形状計測などデジタル技術によって得られたデータをもとに伝統的な鋳造技術やさらに鍍金の技術も駆使した複製を製作したことなどが報告された。 研究報告の二つ目は、石田太一・唐招提寺副執事長より「唐招提寺中興の祖『證玄上人』蔵骨器の研究と複製」について。奈良市五条の唐招提寺奥の院「西方院」にある證玄上人の五輪塔の修復・解体調查を 2018 年に実施した際、 50 年ぶりに地中から證玄上人の青銅蔵骨器を取り出した。その蔵骨器は五輪塔に再 埋葬する必要があるため、現物の蔵骨器に忠実な複製を製作し、現物の代わりに五輪塔に戻し、現物は奈良博に寄託し今後の研究用に残すという試みを紹介。當麻寺の研究事例と同様、文化財現物を残すことで今後の研究に役立てつつ、現物が持つ本来の役割・精神も継承するという、複製の新たな意義を提示した取り組みが報告された。 三つ目の研究として「長野県柳沢遺跡『破損銅鐸の復元』」と題し、材質によって色と音色が異なる銅鐸を古代人がどう感じたかという五感に迫る研究について、凸版印刷株式会社の中山香一郎氏からの報告が続く。長野県中野市柳澤遺跡から東日本で初めて発見された破損銅鐸を対象に、三次元立体形状計測を駆使した形状復元データの作成、さらに重要文化財指定を受ける前に行った組成分析デー夕に基づく材料を用いた鋳造による複製品製作のプロセスが示された。次年度研究として、NHK放送技研と連携した銅鐸の音色分析を進めることも報告された。 ## 3. 基調講演その2 神宮徴古館農業館館長でもある吉川竜実・式年遷宮記念せんぐう館館長から「式年遷宮の神宝調製が繋ぐもの」と題し、伊勢神宮で 1300 年前から 20 年に一度行われている、内宮や外宮などの正殿をはじめ御装束神宝 1500 余点を造り替え御神体を新宮に還す「式年遷宮」の話を中心に、「常若(とこわか)」の精神で長きに渡り、これらを持続的に継承していくことの意味・意義、その継承には常に本物を複製していくことの歴史が存在することが語られた。 ## 4. 「文化財複製の制作と活用」 小林牧・国立文化財機構文化財活用センター副センター長から、2018 年に発足した同センターが進め る、文化財の貸与促進やデジタル資源化、文化財の保存に関する助言・支援、文化財に親しむためのコンテンツ開発とモデル事業の推進など、同センター の機能があらためて紹介され、なかでも現物の文化財ではできない体験が複製では実現できる可能性を秘めていることなど、複製が果たす役割の大きさが述べられた。特に、国宝「洛中洛外図屏風舟木本」 を題材にした複製を、キヤノン株式会社と凸版印刷株式会社が、異なる技術と方法で製作した事例も紹介。会場エントランスに展示したこの二社が製作した複製屏風の高い品質に、多くの来場者から感嘆の声もあがっていた。 ## 5.「伝統技術とデジタル技術・材料分析技術と の融合が開く複製の世界」 村上隆・京都美術工芸大学特任教授から「材料科学からみたデジタルアーカイブの活用一国宝薬師寺東塔水煙の復元を中心に一」と題した講演が続いた。国宝「薬師寺東塔」の水煙の調査修理に科学的な分析を交えて行う、いわば文化財の「健康診断」に携わる過程で、傷みの激しい部分や補強が必要と思われる部分については形状計測のデータを金属工芸作家の指導により復元加工し、鋳造型をつくるなど、新たな文化財の保存・継承にチャレンジした取り組みが紹介。ものづくりの基本であるハンドメイドの中にその技術が含まれており、時代時代で人々が感じた「質感」を複製に反映させていくことがあり、 これらはその当時の追体験ではないか、という問いかけなど、科学的な分析にもとづく複製という行為について多くの示唆が示された。 講演の最後は、宮廻正明・東京藝術大学名誉教授から「スーパークローン文化財が可能にした保存と公開」 という発表が行われた。過去から続く模写という行為 は模写する画家の個性が反映されてしまい正確性に欠け、加えて製作には膨大な時間を要する。克服にはデジタルとアナログの混在による複製化が必要。シルクロードを通じて中国に集積された情報やモノが伝わり、さらに本物を超えていったのが日本文化でありジャポニズムであり、模倣と超越の実践がスーパークローン文化財であるということを中国・敦煌での実例などを紹介しながら紹介。大事なのは心の継承、文化を通して共存できる社会を目指すことこそが本質であることも提示された。 シンポジウムの最後に、凸版印刷株式会社副社長執行役員であり当財団理事の前田幸夫からクロージング として、複製という領域には多くの課題があるが、発表いただいた皆様の先進的な取り組みに課題解決の多くのヒントがある、皆様とともにデジタル文化財による新たな価値を創造していきたいという挨拶で締めくくられた。 なお、会場内には発表内容に沿った関連展示も実施。 キヤノン株式会社と凸版印刷株式会社の二社が制作した東京国立博物館所蔵の国宝「洛中洛外図屏風舟木本」 の複製をはじめ、當麻寺の複製舎利容器、唐招提寺證玄上人の複製蔵骨器、復元した柳澤遺跡金属組成の異なる二体の銅鐸、復元した国宝薬師寺東塔水煙の鋳造原型、バベルの塔複製、などを展示。本物の文化財では困難な、接近して間近に鑑賞したり一部の複製品は触ることができるという、従来の文化財鑑賞では困難な鑑賞体験に注目が集まっていた。 デジタル技術の進展は「複製」に新たな価値創出の可能性をもたらした。歴史、宗教、工芸、科学、 という異なる視点から「複製」をとらえたとき、そこにさまざまな発見があり、「複製」の活用がオリジナルの文化財の魅力をあらためて伝える期待も大きい。単に同じものを作るという意味を超えた、進化する複製がもたらす未来を実感するシンポジウムとなった。
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# 主催 : デジタルアーカイブ学会 後援: デジタルアーカイブ推進コンソーシアム (DAPCON) 日時:2019年 9 月 26 日(木) 15 時 30 分 18 時 30 分 会場:お茶の水ワテラスコモンホール 参加者数:165 名前後 # # 1. 開会の挨拶 まず、吉見俊哉氏(東京大学教授)より、知識循環型の社会において知の共有化が重要であるが、ポスト 成長化(成長鈍化)の中で分裂が加速している、いか にテクノロジーを組み込みながらコモンズを再構築す るかが課題であり、肖像権ガイドラインは、デジタル 社会におけるコモンズの再構築にとって鍵となる議論 である、との挨拶があった。 ## 2. デジタルアーカイブにおける肖像権の諸問題瀬尾太一氏(日本写真著作権協会常務理事)より、法令等のハードローやガイドライン等によるソフト ローだけでなく、さらにテクノロジーをも含めた 3 つ の柱で複合的に考える重要性が語られた。 また、写真専門家の立場から、大胆な提言がなされた。すなわち、AIを応用して被写体の顔を改変することで本人を識別できなくした写真については、アー カイブ化された写真の公開は可能ではないか、という提言である。 その他、経年によって肖像を認識できなくなるという観点があるが、20 歳からの経年と 50 歳からの経年とで、同様に顔認識できなくなるかは不明であること、 また、写真から肖像を認識するのは誰か(被写体の知人、無関係の人、等)により、議論は変わってくる旨の意見が示された。他方、こうした「加工による匿名化」については、公的アーカイブで写真を公表する時には何らかの信頼性の担保が必要であろうとの視点が示され、写真の加工が常態化すると写真が信用できないという社会通念を生み出す恐れもあり、フェイクニュース等の画像加工による不正にも関連しうるので、写真の加工は危険な試みでもある旨の課題が示された。 ## 3. 肖像権処理ガイドライン(案)の概要 数藤雅彦氏(弁護士)より、今後のオープンな議論の吒き台としての、肖像権処理のガイドライン案(以下、当ガイドライン案)が発表された。デジタルアー カイブ学会法制度部会にてこれまで検討されてきた当ガイドライン案 (学会 HP:http://digitalarchivejapan. org/bukai/legal/shozoken-guideline に揭載済)は、アーカイブの写真コンテンツをより豊かにすることを目的にして作成された旨が示された。 当ガイドライン案の骨子は以下の通りである。肖像権は法律上は明文化されておらず、判例によって認められる権利であるが、最高裁において 6 要素等の総合考慮である旨が示されている。しかしながら、デジタルアー カイブの実務において、多数の写真についての総合考慮は現実的には困難である。そこで、当ガイドライン案はポイント制を採用している。当ガイドライン案は、誰なのか判別可能な写真であって、その公開につき写っている人の同意を得ていないものについて、写真公開によってその人が受ける精神的ダメージを、種々の要素(被撮影者の社会的地位や活動内容、撮影の場所や態様、写真の出典、撮影時期)に基づいて、過去の裁判例を適宜参照しつつポイント化し、ポイントの合計値により、写真公開のための異なった条件を定める、という構造になっている。な打、写真公開の為の条件は、点数によって 4 ラウンドテーブルのパネラー、左から福井、足立、生貝、坂井、数藤、瀬尾、長坂、宮本、渡邊の各氏 段階に分け、ブルーの場合にはそのまま公開可、イエローの場合には公開範囲限定またはマスキングの上で公開可、オレンジの場合には厳重なアクセス管理またはマスキングの上で公開可、レッドの場合にはマスキングの上で公開可、となっている。 その上で、万博のコンパニオンの写真や、昭和の家庭の写真など写真例 4 枚につき、上記のポイント制による計算例が示された。 また、当ガイドライン案は、肖像パブリシティ権についてはまだ扱っていない旨や、一般的に写真よりも情報量の多い映像についても一旦除外して作成されており、各ポイントはあくまで今後のオープンな議論の為の仮置きである旨が強調された。 ## 4. ラウンドテーブル 福井健策氏(弁護士)を司会とし、足立昌聰氏(并護士) 、生貝直人氏 (東洋大学准教授)、坂井知志氏 (国士舘大学スポーツアドミニストレーター)、数藤雅彦氏 (同前)、瀬尾太一氏 (同前)、長坂俊成氏(立教大学教授)、宮本聖二氏 (立教大学教授)、および渡邊英徳氏(東京大学教授)の9名を登壇者とする、ラウンドテーブルでの議論が行われた。 $\mathrm{AI}$ 応用してアーカイブ写真の一部を公開可能ではないか、との瀬尾氏の提言につき、鍵を持つ者だけが逆変換可能である制御性の視点や、写真の加工は真正性の問題に繋がる、事実を未来に伝える事がアーカイブの重要な役割なのだから加工した写真を残すのは限定されるべき、加工した写真へのアクセス許可/不許可の切り分けが問題、保存段階と公開段階があるが加工は「公開」時の手段である、改変の事実は明記し改変前の写真の保管とセットで行うべき、等の意見が述べられた。 個人を識別できない写真における個人情報の有無につき、現行技術の精度は高く経年に関係なく本人を特定することが可能である、メ夕情報を総合して個人特定が可能である、肖像プライバシー権の文脈は個人特定の可否とイコールではない、等の意見が述べられた。経年(例えば 30 年経過)による肖像の変化につき、 10 歳からの経年と 70 歳からの経年は肖像の変化の程度が異なる、現状の技術においては 30 年という区切りは一応の合理性はある、個人特定されるか否かを時間の長さで規定するのは実務に寄与しない、公共的な価値との比較考量が必要ではないか、災害資料等を 30 年使えないような消極的な実務にならないか、報道目的のみではなくアーカイブについての公共的な目的について考えるべき、等の意見が述べられた。 上記 3. で例示された写真例 4 枚につき、当ガイドライン案で示された「歴史的行事」「屋外、公共の場」「撮影を認容していると推定できる状況」「経年に基づく加算」「プライベート」等の各考慮要素につき、ポイントの妥当性や文言の意味する範囲等につき、種々の意見が述べられた。 ## 5. フロアからの質問・意見 非常に活発な質疑応答があり、上記 4. 以前で述べた論点の他に、写真加工についての同一性保持権に関する論点、オプトアウトの視点、ジェンダーバランスの視点等がさらに抽出された。 会場参加者の挙手によると、こうしたポイント制でのガイドラインは有効だと思うか否かにつき、大多数が有効と感じたようだ。空席を探すのが難しい程の盛況であり、ラウンドテーブルの議論も白熱していた。今後、第 2 回、第 3 回と、議論の広がりと深まりが予想される。 (并理士/栄光特許事務所松田真)
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# 肖像権処理ガイドライン (案)の概要 「肖像権ガイドライン円卓会議一デジタルアーカイブの未来をつくる」講演 弁護士/デジタルアーカイブ学会法制度部会員 (注記:本記事に揭載している写真に関して、引用元 の写真にはいずれもマスキングはありませんが、本記事内では議論のため、1枚目を除き演者の責任でマス キングしております。また「肖像権処理ガイドライン (案)」と「肖像権処理ガイドライン (案) の解説」は 本記事の末尾に掲載しております。) ## 1. はじめに 弁護士の数藤でございます。よろしくお願いいたします。 私からは、瀬尾さんが最後にお話されたソフトロー に関連して、肖像権処理のガイドラインをどのように策定・運用するかという観点からお話させていただきます。このガイドラインを策定しているのは、デジタルアーカイブ学会法制度部会のメンバーです。 この写真(写真1)は、今年 7 月に部会長である福井健策先生が 2018 年度デジタルアーカイブ産業賞貢献賞を受賞された際に、その場にいた法制度部会のメンバーです。 写真1 さて突然ですが、ここで会場の皆さんに、ひとつ質問をしたいと思います。この写真をデジタルアーカイ ブで公開することは、肖像権の問題になりますか、それともなりませんか。 (会場挙手) 問題にならないと思う人と、問題になると思う人が、だいたい $7 : 3$ ぐらいの割合でしょうか。ありがとうございます。 このように、実際の写真を見て、皆さんの感覚を確かめながら進めていきたいと思います。それでは次の写真(写真 2)はどうでしょうか。 (出典:https://www.gettyimages.co.jp/) 写真2 これは、1970 年の大阪万博のときの写真と言われています。おそらくコンパニオンの方だと思いますが、 この写真はいかがでしょうか。 (会場挙手) 8:2か、9:1ぐらいという感じで、肖像権侵害にならないという意見が多いですね。 次の写真(写真 3)です。これはいかにも昭和の風景という雾囲気で、1950 年代の昭和の家族のようです。これをデジタルアーカイブで公開して、肖像権の問題はないでしょうか。 (出典 : https://www.gettyimages.co.jp/) 写真3 (会場挙手) これは、問題にならないという意見が少し減って、6:4ぐらいですね。 (出典 : https://artsandculture.google.com/) 写真4 次は、1990 年代のコギャルの写真(写真 4)です。 おそらく高校生ぐらいの年頃で、カメラに気づいてないように見えます。これはいかがでしょうか。 (会場挙手) なるほど、これは問題になるという人が多く、2:8か 1:9ぐらいですね。 最後の写真(写真 5)です。2016 年の熊本地震の避難所の様子です。報道の目的で撮られた写真ですね。 これはいかがでしょうか。 (会場挙手)执およそ $5: 5$ ぐらいでしょうか。ありがとうございます。 なぜこの肖像権テストを先に行ったかと言いますと、 いま会場の皆さんは、ある程度、この判断を直感的にされたかと思います。それはそれで重要なことですが、 デジタルアーカイブで、大量の写真をある程度機械的 (出典 : https://www.sankei.com/) 写真5 に処理していくためには、できる限り判断を類型化できないかというのが、今回の問題意識です。その判断基準をまとめたものが、今回のガイドライン案になります。このあと詳しくご説明する前置きとして、まずは判断の参考になりそうな写真を見ていただいた次第です。 ## 2. ガイドラインの流れ ここから先は、お手元の資料の「肖像権処理ガイドライン (案) 」、「肖像権処理ガイドライン (案) の解説」 (本記事末尾)をご覧ください(以下ではそれぞれ、「ガイドライン案」「ガイドライン案の解説」と略します)。 まず、肖像権というのは、みだりに自分の肖像や全身の姿を撮影されたり、みだりに公開されない権利です。日本には肖像権法という法律はなく、最高裁判決では、6つの要素等を総合的に考慮して、肖像権の侵害がないか判断しました。そのような判断手法は、様々な事情に応じた個別具体的な判断ができる一方、実際に総合的に考慮しょうとしても、どうすればいいかわからないのが実情かと思います。 そこで法制度部会としては、この裁判所の考え方を参考に、ポイント計算の手法であれば判断できるのではと考え、公開できる方向に働く要素にはプラスの点を、公開が難しい方向に働く要素にはマイナスの点をつけて、それらを総合的に足し算して、何点以上なら公開可能という形で、ガイドラインを準備いたしました。 なお、このガイドラインが想定しているのは、アー カイブ機関が所蔵している写真を、インターネットその他の方法で公開する場合のガイドラインです。今回は、とりいそぎ映像は含めておりません。映像は通常、情報量が多く、写真とは取り扱いが異なる部分もあるからです。 ## [Step1]「誰なのか判別できる大きさで写っているか?」 このガイドライン案では、そもそも誰が写っているかわかるかどうかが出発点です。誰なのかわからない後ろ姿などであれば、そもそも、肖像権の問題は通常生じませんので、まずは、誰なのか判別できる場合に次のステップに進んで、判別できない場合は公開可能としています。 ## [Step2]「写っている人の同意を得たか?」 また、肖像権は本人の同意があれば公開できますので、次のステップ 2 で、誰が写っているのかわかるけれども、その人に公開の同意を得ている場合は公開可能としています。 ## [Step3]公開によってその人が受ける精神的ダメー ジをポイント計算すると何点か?」 他方で、誰が写っているのかわかるが、その人から公開の同意を得ていない場合にステップ3に進みます。 ここで、先ほど申し上げたポイント計算が始まります。詳しい点数計算リストは、ガイドライン案の「別紙」 をご覧下さい。なお、点数はあくまで法制度部会の仮案にすぎず、今回のオープンな議論のために仮置きしたものです。 「別紙」の表は 1 から6の要素に分かれ、各要素はさらに詳細なシチユエーションに分かれており、それぞれに点数が記載されています。最高裁の考え方の 6 要素は、議論を整理するためには非常にクリアな枠組みですので、ある程度準拠しております。ただ、デジタルアーカイブに特有の事情もありますので、それも適宜反映する形で作りました。 ## (1)被撮影者の社会的地位 まず 1 つ目は、「被撮影者の社会的地位」です。典型的には、政治家などの「公人」や「著名人」のように、肖像権も一定の範囲では保護を受けつつ、他方で公益的な目的や、表現の自由などとの兼敳いで公開を受忍すべき場合がある人については、プラスの点としております。 なお冒頭で説明しそびれたので確認しておきますと、肖像権侵害になるのは、写っている人の人格的な利益が、「社会通念上受忍の限度」、つまり平たく言うと、精神的なダメージが我慢の限度を超えた場合です。逆に言うと、その限度を超えない限りでは、法的には違法とならないとも言えます。したがって、公人や著名人も、肖像を撮られたら不快に思うこともありますが、そこは社会通念上、写っている人の性質等に照ら して、受忍の限度、我慢の限度を超えなければ適法になるということです。そこで、政治家などの公人にはプラス 20 点、俳優などの著名人にはプラス 10 点をつけています。また、未成年に関しては要保護性が高まるかと思いますので、「16歳未満」でマイナス 20 点をつけています。さらに、有罪確定者は公益的な目的との兼ね合いでプラス 5 点、他方で逮捕報道から 10 年経過した人は類型的に要保護性が高まると考えられますので、マイナス5点としました。 ## (2)被撮影者の活動内容 次は、「被撮影者の活動内容」です。何をしている姿が写っているかという話です。これは大きく $2 つに ~$分けられます。 ## (2-1)活動の種類 1 つ目は「活動の種類」です。「公務・公的行事」 であればプラス 10 点、「歴史的行事」であればプラス 20 点などとしております。例えば「公開イベント」 はプラス 5 点ですね。本日のこのシンポジウムも「公開イベント」になるかと思いますので、例えば、私がいま写真を撮られれば、私の写真に関してはここではプラス 5 点がつきます。 ## (2-2)被撮影者の立場 2つ目は、「被撮影者の立場」です。先ほどコンパニオンの方の写真を見ていただきましたが、出演者のように業務で参加している人や、当事者として参加している人は、ある程度、写真に撮られることも受忍すべきということで、プラス 5 点がついています。今ここに立って講演している私の写真の場合は、先ほどの 「公開イベント」の項目でプラス 5 点がついて、さらに「業務・当事者としての参加」の項目でプラス 5 点、合計プラス 10 点がつくことになります。 ## (3)撮影の場所 続いて、「撮影の場所」です。屋外や公共の場ですと肖像を撮られても受忍すべきという方向に働き、自宅内や避難所、病院等では逆に働くことになります。 そのため、私の写真の例を再度使いますと、この講演会場はおそらく「公共の場」と言えると思いますので、 さらに 15 点が追加されて、 10 点プラス 15 点で合計 25 点になります。 ## (4)撮影の態様 続いて「撮影の態様」です。これも写り方などに よって、肖像権が害される程度は変わってくるかと思います。 ## (4-1) 写り方 例えば「多人数」の要素です。法制度部会でも様々な議論がありましたが、「何人以上」とはあえて書かず、「多人数」と書いております。多人数ですと、一人一人の肖像の権利侵害の度合いは低いのではということでプラスの点をつけました。逆に「アップ」の写真にはマイナスの点をつけております。 ## (4-2) 撮影状況 次に「撮影状況」です。例えば、相撲の升席や野球のバッター後ろの席などは、通常、撮影されてもやむを得ないと言いますか、ある程度は了承して座っているだ万うと推定できますので、「撮影を認容していると推定できる状況」としてプラスの点をつけています。反対に、撮られた認識がない場合や、拒絶の意思表示を示している場合はマイナス点になります。 ## (4-3)被写体の状況 また、「被写体の状況」として、遺体写真や水着の写真に関しては、センシティブな要素が出てきますので、マイナスの点としております。 例えば、私が今ここでアップで撮られたら、「アップ」 の項目でマイナス 10 点がつきます。とは言え、私は演壇に立っているわけですから、先ほどの「撮影を認容していると推定できる状況」に該当しますので、プラス 5 点がつきます。つまり、「撮影の態様」という要素の中でも、足し算、引き算が発生するとご理解ください。 ## (5) 写真の出典 次は「写真の出典」です。これは最高裁判決では明示されていない要素です。デジタルアーカイブでは、自分が撮った写真に加え、他から集めた写真を公開する場面も多いかと思います。そこで、このような写真の出典についても考慮要素として入れてみました。例えば、「刊行物等」つまり新聞や雑誌等で公表された情報に関しては、プラスの点をつけています。あるいは、遺族から提供された写真は、遺族の方が公開を了承していると思われますので、遺族の権利を侵害する可能性も低いためプラスの点となります。さらに、遺族もいらっしゃらない故人の方の場合は、そもそも権利侵害になる人が存在しないため、30 点と大きなプラス点をつけております。 ## (6)撮影の時期 最後の「撮影の時期」も最高裁の考慮要素には明示されていなかったものですが、デジタルアーカイブの特質を踏まえて入れました。先ほど瀬尾さんも、写真家の感覚として 30 年経過を一つの目安だとおつしゃっていました。つまり類型的に、昔の写真であればあるほど、人格の侵害、精神的なダメージは減っていく傾向にあるのではないかということで、年が経つほどにプラスの点が高まるように設定しております。 な扮、以上に挙げた考慮要素に関しては、最高裁以外の下級審裁判例の考え方や、公文書の審査基準に関する考え方も参考にしており、詳しくはガイドライン案の解説の末尾の注で記載しておりますので、そちらをご覧いただければと思います。 ## [結果の判定] 以上の点数計算の結果をふまえて、公開が可能か否かについては、ガイドライン案 1 ページ目の下部に記載の表に基づいて判定します。 表公開可不可の判定表 ## 結果 (※注意:以下、点数は全て議論のための仮置きであり、何らの法的アドバィスでも見解の表明でもない) & 公開可 \\ この表では、公開方法にグラデーションをつけています。これは法制度部会の議論で挙がりました、アセスメントの考え方を参考にしたものです。合計点が 0 点以上つまりプラスの点であれば「ブルー」に該当し、公開可能としました。 中間のグラデーションで、マイナス点が低い方、つまり表のマイナス 1 点から 15 点の「イエロー」に該当しますと、公開範囲を限定すれば公開できることになります。もう少し点が低く、マイナス 16 点から 30 点の「オレンジ」の場合ですと、例えば研究者のみの閲覧などの厳重なアクセス管理のもとであれば、そのまま公開できる案としてみました。なおこれらの具体的な点数は、オープンな議論のための仮置きですのでご留意ください。 ## 3. 様々な論点 なお、このガイドライン案の公表に至るまでに、法制度部会では様々な議論がありましたので、それらを論点の形で整理しました(ガイドライン案の解説 . p. 5 「4. 本ガイドラインが想定していない事項」)。 まず、芸能人などのパブリシテイ権についてはこのガイドライン案ではまだ反映しておらず、別途検討する必要があります。 次に、法的には肖像権以外にも、プライバシー権や個人情報、忘れられる権利にも配慮しなければなりません。これらの諸権利については、ガイドライン案の考慮要素の中にできる限り盛り达むようにしました。 また、3つ目の文化的・宗教的コードの問題というのは、例えば、ある宗教においては、女性はそもそも写真に撮られることがNGなので公開してはいけないといったように、宗教的なコードなどについても、点数の外の問題として配慮する必要があります。 また、4つ目として、そもそもこのガイドライン案は唯一絶対のものではありません。各アーカイブ機関ごとに持っている写真なども、その種類や性質は様々ですので、点数の項目を追加したり除外したり、あるいは、点数の調整があってもいいと思いますし、法制度部会としてもそのような作業を推奖しています。ただ、そのように点数を変えた際に、なぜこの点数に調整したのかがわからなくなる、特に担当者が変わるたびにわからなくなることも考えられますので、各機関ごとに調整した検討結果それ自体もアーカイブすることが重要になってきます。 5つ目は、刺激的な写真のゾーニングです。先ほどの点数計算の結果、公開可能と判断されたとしても、例えば遺体の写真や、残虐性のある写真に関しては、見たくない人にも配慮して、写真のゾーニングもできればよいかと思います。 最後の点は、ある意味では法制度部会で最も議論が盛り上がった点なのですが、過去に撮った耽ずかしい写真、外に出されたらまずい写真というものがあります。ネット用語で「黒歷史」と呼ばれたりするものです。一例として、1980 年代にボディコンスタイルの女性が公道を闊歩している写真があったとして、それをいま公開した場合に、その女性としては恥ずかしい、 もう忘れたい過去だと思っているかもしれません。あるいは、大昔にやんちゃしていた忘れたい過去の写真のようなものをどう取り扱うかも議論になりました。結論としては、これらは類型化には適さないということで、独立の考慮要素として項目立てはせず、なるべく他の項目でカバーできるように調整しております。 ## 4. 点数計算の例 さて、このガイドライン案のポイント計算によりますと、最初に皆さんにご覧いただいた写真は、何点になるのでしょうか。これから順にお示しします。 ## 1970 年大阪万博のコンパニオンの写真 歴史的行事 (+20)、業務・当事者としての参加 (+5)屋外 (+15)、アップ $(-10)$ 、撮影を認容していると推定できる状況 $(+5)$ 、撮影後 40 年経過 $(+30)$ $\rightarrow$ 合計 +65 点: ブルー この写真は、顔は「アップ」ですが、その他の様々な公共的要素も含まれるため、65 点とかなり高い点になり、「ブルー」で公開可能と判断しました。 ## 1950 年代の家族の食事風景の写真 プライベート (-10)、自宅内 (-10) アップ (-10)、撮影を認容していると推定できる状況 $(+5)$ 、撮影後 50 年以上経過 $(+40)$ $\rightarrow$ 合計 +15 点: ブルー この写真は、「プライベート」で、「自宅内」で「アップ」というマイナス点の要素もありますが、堂々と家庭に入り达んで撮影しているものなので、打父さんもお母さんも撮影を気にしている様子はありません。さらに、非常に古い写真なので、それだけ高いプラス点がつきます。合計点としてはプラス 15 点ですので、 これも「ブルー」で公表可能としました。 ## 1990 年代の渋谷のコギャルの写真 撮影後 20 年経過 $(+10)$ 、プライベート $(-10)$ 、屋 撮られた認識なし $(-10)$ $\rightarrow$ 合計 -5 点:イエロー ※容ぼうから高校生以上と推定したが、中学生なら $\lceil 16$ 歳未満 $(-20)$ を加算 このコギャルの写真は、「屋外」で、かつ 20 年が経っています。とは言立、おそらく「プライベート」の状況で、「アップ」で、隠し撮り的に撮られている点も含めますと、難しいところですが、合計はマイナス 5 点、「イエロー」と判断しました。なお、年齢の要素をどう捉えるかは難しいところで、この写真の 2 人に関しては高校生ぐらいの年齢だろうという判断ですが、中学生未満であればさらにマイナス 20 点がつき、そのままでの公開は難しい方向になるかと思われます。 ## 2016 年の熊本地震の被災者の写真 撮られた認識なし $(-10)$ 刊行物等で公表された情報(+5) $\rightarrow$ 合計 -35 点:レッド この写真については、会場では肖像権の問題がないと考える方も多かったですし、法制度部会でも非常に議論が分かれたところですが、現在のガイドライン案ですと、「避難所」で「アップ」で「プライベート」、 しかもつらそうな表情の写真です。そのため、刊行物に公表されているというプラス点を踏まえても、総合的にはマイナスの点になるかと思います。議論のあるところですが、今のガイドライン案では、マイナス 35 点という低い点がついていますので、このあたりの点数調整は今後の課題かもしれません。 なお、このガイドライン案のポイント計算については、実際の裁判例との整合性も確かめました。本日は細かい話は省きますが、基本的には裁判所が違法と判断した写真は合計がマイナス点になり、適法と判断した写真は合計がプラス点になるという傾向がありました。ガイドライン案の解説では、ご参考までに最高裁の事案を挙げております (ガイドライン案の解説 7 p.「6. 裁判例との整合性」)。 ## 5. 終わりに 最後に、繰り返しになりますが、このガイドライン案は、唯一絶対の基準ではありませんので、その点にはご留意ください。あくまで議論のたたき台に過ぎません。むしろ、先ほども申しましたとおり、アーカイブ機関ごとに持っている写真や、公開したい写真は様々かと思いますので、項目を追加・削除されたり、 あるいは点数を調整されて、適切なガイドラインを組み立てることは、法制度部会としても推奖しております。また、皆様からこの後いただくフィードバックなども踏まえて、法制度部会においても、このガイドラインを随時改訂していきたいと考えています。 これまでは、肖像権についてどう判断すればいいかわからないので、とりあえずモザイクをかけたり、マスキングする結果になってしまっていたかと思います。しかし、先ほどのコンパニオンの方の写真や、昭和の家庭の写真をご覧いただくとわかるように、人間の顔は豊富な情報量を持っていますので、その情報はできる限りそのまま伝えるというのもアーカイブのひとつの意義、使命なのではないかと個人的には思っています。 本日ご来場いただいている皆さんからも、活発なご意見を頂戴できればと思います。 (文責 : デジタルアーカイブ学会誌編集事務局) 肖像権処理ガイドライン(案) ## Start デジタルアーカイブ機関の所蔵写真をインターネットその他の手段で公開したい $\downarrow$ ## Step1 誰なのか判別できる大きさで写っているか? (デジタル拡大すれば判別できる場合も含む) 判別できる 同意あり ## Step2 写っている人の同意を得たか? ## $\downarrow$ 同意なし ## Step3 公開によってその人が受ける精神的ダメージをポイント計算すると何点か? ※ 詳しい採点基準は次ページ ## $\downarrow$ 結果 (※注意: 以下、点数は全て議論のための仮置きであり、何らの法的アドバイスでも見解の表明でもない) & 公開可 \\ ※ 文化・宗教的な理由でアーカイブに適さない例もあり(exイスラム女性の写真など) ※ 遺体・重傷者などの写真を表示する際のゾーニングにも注意 別紙:Step3 の点数計算リスト(不明な場合は 0 点と入力) (※注意 : 以下、点数は全て議論のための仮置きであり、何らの法的アドバイスでも見解の表明でもない) ## 1 被撮影者の社会的地位(以下、複数該当があり得る) $\square$ 公人 (ex 政治家) (+20) $\square$ 著名人 (ex 俳優、芸術家、スポーツ選手) (+10) 16 歳未満 $(-20)$ $\square$ 有罪確定者 $(+5)$ $\square$ 逮捕報道から 10 年経過 (-5) ## 2 被撮影者の活動内容 ## 2-1 活動の種類 $\square$ 公務、公的行事 $(+10)$ 口歴史的行事(exオリンピック、万博)(+20) $\square$ 歴史的事件 (+20) )公開イベント (exお祭り、運動会、ライブ、セミナー) (+5) ロセンシティブなイベント (ex.宗教、同和、LGBT) (-5) ## 2-2 被撮影者の立場 )業務・当事者としての参加(ex出演者、コンパニオン等のイベントスタッフ(+5) $\square$ プライベート (-10) 口社会的偏見につながり得る情報(ex 風俗業、産廃業者、ハンセン病)(-10) ## 3 撮影の場所 $\square$ 屋外、公共の場 (+15) 口自宅内、ホテル個室内、避難所内 $(-10)$ ■ 病院、葬儀場 (-15) ## 4 撮影の態様 ## 4-1 写り方 $\square$ 多人数 $(+10)$ ロ特定の人物に焦点をあてず $(+10)$ $\square$ アップ (-10) ## 4-2 撮影状況 ロ撮影を認容していると推定できる状況 (ex 相撲の升席、カメラにピースサイン) (+5) ■撮られた認識なし (-10) -拒絶の意思表示 (ex 手でカメラを遮ろうとする)(-20) ## 4-3 被写体の状況 $\square$ 遺体、重傷 (-20) $\square$ 水着など肌の露出大 (-10) $\square$ 性器、乳房 (-20) $\square$ 身体拘束(ex 手錠・腰綶)(-10) & \\ ## 肖像権処理ガイドライン(案)の解説 デジタルアーカイブ学会 法制度部会 ## 1. 肖像権の基礎知識 > 肖像権とは、みだりに自分の肖像や全身の姿を撮影されたり、撮影された写真をみだりに公開されない権利を指す。 > 写真の「著作権」を処理しても、「肖像権」の処理は別途必要となる。 〉そもそも日本には「肖像権法」はなく、裁判例などを参考に権利処理しなければならない。 〉 最高裁は、肖像権の侵害となるのは、撮影によってその人の人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超える場合だと判断した。また、撮影が違法とされる場合には、その写真を公表することも違法になると判断した1。 >この判決は、いわゆる和歌山毒カレー事件の被疑者が、法廷で手錠・腰縄の姿でいたところを、週刊誌記者が、裁判所の許可を得ずに隠し撮りして週刊誌に掲載した事案だった。裁判所は、適法性の判断にあたり、以下の 6 要素等を「総合考慮」する手法をとった。 (1) 被撮影者の社会的地位 (2) 被撮影者の活動内容 (3) 撮影の場所 (4) 撮影の目的 (5) 撮影の態様 (6) 撮影の必要性 ## 2. ガイドライン (案) の目的 〉しかし、デジタルアーカイブ機関の現場担当者が、大量の作品についてその都度このような「総合考慮」を行うことはおそらく困難で、現実的でない。 〉 そこで、裁判例の考え方を参考にしつつ、「ポイント計算」の方法によって総合考慮を行うことで、アーカイブ機関の現場でもある程度肖像権の判断基準を客観化できるよう、議論の叨き台として本ガイドラインを作成した。 ## 3. ガイドライン (案) の解説 > 本ガイドラインの見方は以下の通り。 ## Start : 〉 本ガイドラインでは、デジタルアーカイブ機関が所蔵している写真を、インターネット上その他の場において公開する場合を想定している。 > 動画は、内容によっては写真以上の情報量を有しているため、ひとまず写真とは別物と考え、現時点のガイドライン案では想定していない。 ## $\downarrow$ ## Step1:誰なのか判別できるか? 〉 まず前提として、写真に写っている顔や全身などから、その人が誰なのか判別できることが出発点になる。 〉 誰なのかが判別できる程度の大きさで写っているものに限り、次の Step2 に移る。 > 小さすぎて誰なのか判別できない場合には、公開可能である(ただし、高画素のデジタル写真で、ダウンロードして拡大すれば誰なのか判別できる場合は除く)。 > なお、「誰が」判別するのかが問題となるが、本ガイドラインでは、知人が見ればその人のことだとわかるという基準を想定している。 $\downarrow$ ## Step2: 写っている人の同意を得ているか? > 肖像は、本人の「同意」があれば撮影や公開が可能である。 > 写っている本人の同意がない場合に、次の Step3 に移る。 $\downarrow$ ## Step3: ポイント計算 同意がなければ、ポイント計算の方法で、「総合考慮」を行う。 >これは、最高裁のいう「人格的利益の侵害が社会生活上受忍の限度を超えるか」の基準、つまり平易に言い換えると、「写真を撮られたり公開されたりすることによって精神的に受けるダメージが、社会生活上我慢できる限度を超えるか」を判断するために、ポイント計算によって数值化を試みたものである。 > 点数がプラスであれば、公開可能なほうに働き、点数がマイナスであれば、公開不可能なほうに働く。 > なお、本ガイドラインの点数はあくまでオープンな議論のための仮置きのものであり、何らの法的アドバイスでも見解の表明でもない。今後、皆様からのフィードバックを踏まえて改訂する予定である。 > 考慮する項目は、最高裁が挙げた 6 要素を参照しつつ、以下の 6 項目で構成した。 ## 1:被撮影者の社会的地位 >政治家などの公人や、俳優などの著名人 2 、有罪確定者 3 は、公共的な目的のために撮影や公表を受忍すべき場合もあるので、プラスの点とした。 > 他方で、未成年 (例えば 16 歳未満) については要保護性が高いことから、権利を侵害しやすいものと考え、マイナスの点とした。 > 有罪確定者に関しても、逮捕時点や有罪確定時点から一定期間が経過すると、公表に関する公益性が減る場合もあると考えられるため、本ガイドラインでは仮置きで、報道から 10 年経過後をマイナスの点とした。 ## 2: 被撮影者の活動内容 ## 2-1 活動の種類 > 公務や公的行事、オリンピックや万博などの歴史的行事、お祭りなどの公開イベントなどは、公共的な目的のために撮影や公表を受忍すべき場合もあるので、プラスの点とした。 > 他方で、宗教行事、LGBT 関連などのセンシティブな類型のイベントでは、権利を侵害しかねないものと考え、マイナスの点とした。 ## 2-2 被撮影者の立場 〉 出演者や、あるいはコンパニオン等のイベントスタッフのように、業務や、活動の当事者としてその場にいる場合は、撮影や公表を受忍すべき場合もあるので、プラスの点とした。 > 他方で、プライベートな場面や、風俗業や産廃業者4などの社会的偏見につながり得る情報については、権利を侵害しかねないものと考え、マイナスの点とした。 ## 3: 撮影の場所 > 屋外や公共の場では、一般に自分の肖像を他人に見られることを許容していることが多いため、プラスの点とした5。 > 他方で、自宅の中6や、震災の避難所、病院7、葬儀場8等では、他人に肖像を撮影されることは通常想定していないか、または撮影されることを拒否し得る場といえるため、マイナスの点とした。 ## 4:撮影の態様 ## 4-1 写り方 > 多人数が写っている場合や、特定の人に焦点が当たっていない場合は、一般に特定の個人の肖像に注目が集まることはより少ないため、プラスの点とした。 〉 他方で、特定の人のアップ9の場合は、権利を侵害しやすいものと考え、 マイナスの点とした。 ## 4-2 撮影状況 〉 例えば大相撲の升席に座っている観客のように、撮影を認容していると推定できる状況は、プラスの点とした。 > 他方で、撮られた認識がない場合10や、拒絶の意思表示をしている場合 11 は、マイナスの点とした。 ## 4-3 被写体の状況 > 遺体や重傷者の場合、水着など肌の露出が大きい場合 12 、性器や乳房が写っている場合、身体拘束の状況(手錠、腰縄等13) を撮った場合は、いずれもマイナスの点とした。 ## 5: 写真の出典 > 最高裁は、「写真の出典」を直接の考慮要素として挙げていないものの、新聞14、書籍、公的文献などの刊行物等で公表された情報をアーカイブする場合については、既にある程度多数の目に触れていること、少なくとも当該刊行物等での公表当時には本人から一定の同意が得られていた可能性が高いことなどに鑑み、プラスの点とした15。 > また、遺族から提供された写真も、権利侵害の可能性がより低いことから、 プラスの点とした。 〉 なお、故人の写真で、遺族が存在しないことが判明している場合は、(人格的利益を保護される主体の不在により)権利侵害の可能性が低い16上、許諾を得る相手も存在しないことから、プラスの点とした。 ## 6: 撮影の時期 > 最高裁は、「撮影の時期」を直接の考慮要素として挙げていないものの、肖像の人格的利益を保護する必要性は、時の経過に伴い減少する場合もあり得ることから17、本ガイドラインでは撮影の時期(撮影からどの程度の時間が経過したか) も考慮した。 〉 一般に、より昔の写真であれば、現在公開された場合の権利侵害の可能性は低くなると考え、プラスの点とした。 > これら 6 項目のポイント計算をふまえて、「合計点」を計算する。 〉 該当する項目がない場合は、ゼロ点を入力する。 ## 結論: Step3 の合計ポイントに応じて、公開の可否・方法は以下の表の通り > なお上記でも述べた通り、本ガイドラインの点数はあくまでオープンな議論のための仮置きのものであり、何らの法的アドバイスでも見解の表明でもない。皆様からのフィードバックを踏まえて改訂する予定である。 & \\ ## 4. 本ガイドラインが明示していない事項 〉まず、著名人のパブリシティ権(肖像や名前を勝手に広告や商品に使わないよう求める権利)については、本ガイドラインではまだ反映していないため、別途検討する必要がある。 なお、最高裁は、「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とする」場合にパブリシティ権を侵害すると判断したので18、例えば非営利のアーカイブで芸能人の写真を掲載する場合などは、パブリシティ権の侵害にはなりにくいと思われる。 〉 また、過去の写真については、プライバシー権、個人情報、いわゆる忘れられる権利なども問題となり得る。 これらは、法的には肖像権とは別個の権利と考えられているものの、いずれも被写体の人格的利益の侵害につながり得る点で肖像権と共通する部分もあるので、上記のポイント計算においては、これらの権利にも配慮して項目立てを行ったものもある(例えば、上記 2 の「社会的偏見につながり得る情報」の項目を設定する際には、個人情報保護法における要配慮個人情報の議論も適宜参照した)。 〉 次に、デジタルアーカイブ機関においては、文化的・宗教的コードの問題にも注意が必要である。例えば、宗教によっては、女性の写真を撮影・公開することが $\mathrm{NG}$ とされているものもある。 〉 各アーカイブ機関において、本ガイドラインに項目を追加・除外等することが想定されるが、その場合は、追加・除外に至った検討過程それ自体もアーカイブし、将来の改訂の際などに検証できるようにすることが重要である。 > 遺体・重傷者等の刺激的な写真を表示する際に、見る者に適正な限定が加えられるようなゾーニングにも注意が必要である。 ガイドラインの検討の際には、過去の恥ずかしい写真(いわゆる「黒歴史」)をどう項目化すべきかも議論した。たとえば、昔のボディコン姿の写真、金髪で羽目を外していた写真などをファッションアーカイブに掲載する場合に、本人の意向をどこまで考慮すべきかが問題となる。 結論として、「恥ずかしさ」は極めて属人的な要素であり、項目化には適さないことから、他の項目でカバーすべきと考え、現在のガイドライン案には含めていない。 ## 5. 点数計算の例 > 上記 Step3 の点数計算を、実際にデジタルアーカイブ化が考えられる写真で試算すると、以下の通り(各写真には議論のためマスキングを追加)。 ## > 1970 年大阪万博のコンパニオンの写真 > 1950 年代の家族の食事風景の写真 プライベート $(-10)$ 自宅内 $(-10)$ アップ $(-10)$ 撮影を認容していると推定できる状況 (+5)撮影後 50 年以上経過 $(+40)$ $\rightarrow$ 合計 +15 点 : ブルー 出典 : https://www.gettyimages.co.jp/ > 1990 年代の渋谷のコギャルの写真 > 2016 年の熊本地震の被災者の写真 6. 裁判例との整合性 >ガイドラインの検討の過程では、法的な正当性も検証すべく、実際の裁判例の事案を踏まえた点数計算も行った。 〉 詳しい説明は省くが、多くの裁判例において、違法と判断されたケースはマイナスの点数となり、適法と判断されたケースはプラスの点数となった。 > 例えば、上記 1 の最高裁判決〔法廷写真事件〕における写真を想定した、本ガイドラインの計算結果は以下の通り。 撮られた認識なし(-10)、身体拘束 $(-10)$ $\rightarrow$ 合計 -15 点 : イエロー ## 7. 留意点と今後の展開 〉 本ガイドラインは、多くのデジタルアーカイブ機関において汎用的に問題となりうる要素を抽出したものであり、唯一絶対の基準を示すものではない。 > 個々のアーカイブ機関が有する写真の特質に応じて、項目を追加・削除したり、点数を上下することは十分に考えられるし、法制度部会としても推奨したい。 〉 本ガイドラインはあくまで議論の吒き台であり、アーカイブ機関の皆様から頂いたフィードバックをふまえ、今後も改訂を続ける予定である。 〉 まずは本年度内に、第 2 回円卓会議を予定している。 以上 ## 脚注 : 従来の裁判例等との関連性 1 最判平成 17.11.10【法廷写真事件〕 2 大阪地判平成 20.7.17〔著名弁護士事件〕は、多くのテレビ出演で著名な弁護士がテレビ局から出てきたところを撮影した行為につき肖像権侵害を否定。 3 有罪確定以前の事案ではあるが、東京高判平成 5.11.24【護送車事件〕は、刑事被告人が護送車に乗せられた姿を撮影した写真につき、上半身だけの姿であり手錠等が写っていないこともふまえて肖像権侵害を否定(違法性阻却)。 4 東京地判平成 21.4.14 [廃棄物収集事件〕は、映像の事案ではあるが、廃棄物収集に従事しているところをテレビカメラで撮影・生放送した映像につき肖像権侵害を肯定し、「社会一般の実情を考えると、一部の職業に対する偏見や無理解が完全に無くなっているわけではな」く、収集車の運転手をしていることがプライバシーに該当すると判示。 5 岡山地裁平成 3.9.3 〔不動産鑑定士事件〕は、不動産鑑定士が不当な鑑定評価をしたとの記事に掲載した、同人が公道を歩行中の写真につき肖像権侵害を否定(違法性阻却)。 6 東京地判平成 1.6.23〔作家再婚相手事件〕は、自宅のキッチン内での様子を相当程度の高さのある塀の外から背伸びして撮影した写真につき肖像権侵害を肯定。 7 東京地判平成 2.5.22〔消費者金融会長事件〕は、入院中の病院廊下で車いすに乗った姿を撮影した写真につき肖像権侵害を肯定。 8 東京地判平成 10.9.29 〔告別式事件〕は、夫と娘を射殺された女性を告別式会場で撮影した写真につき肖像権侵害を肯定。 9 東京地判平成 17.9.27〔ストリートファッション事件〕は、銀座の公道で、大きく赤字で「SEX」とデザインされた服を着て通行中の女性を無断で大写しした写真につき肖像権侵害を肯定。 10 東京地判平成 12.10.27〔元弁護士事件〕は、映像の事案ではあるが、自宅付近にて普段着の姿を撮影し、撮影を望んでいない様子が明らかな映像につき肖像権侵害を肯定。 11 横浜地判平成 7.7.10〔北朝鮮工作員疑惑事件〕は、略式起訴され有罪判決を受けた人物が、起訴後䣋放される際に顔を隠していた写真につき肖像権侵害を肯定。 12 東京地判平成 2.3.14〔全裸写真事件〕は、著名な刑事事件の被告人に関して、写真誌が掲載した過去の全裸写真につき肖像権侵害を肯定。東京地判平成 6.1.31〔水着写真事件】は、著名な刑事事件の被告人が約 30 年前に雑誌に披露した水着写真を週刊誌が掲載した行為につき肖像権侵害を肯定。東京地判平成 13.9.5【女子アナ事件〕は、テレビ局アナウンサーが学生時代にランジェリーパブに勤務していたことを報じる記事に添えられた過去の水着写真(ランジェリーパブとは無関係)につき肖像権侵害を肯定。 13 前掲注 1 〔法廷写真事件〕は、法廷内で手錠、腰縄姿の被疑者を裁判所に無断で撮影した写真につき肖像権侵害を肯定。 14 東京地判平成 31.1.25〔広告ポスター事件〕は、新聞記事から広告ポスターに転載された写真につき、転載の目的や、原告が当初の新聞記事の掲載に承諾していたこと等を踏まえて肖像権侵害を否定。 15 東京地判平成 24.2.6〔雑誌別冊版事件〕は、 3 年前の雑誌掲載記事を同誌の別冊版で再掲載した行為につき、原告が原記事の掲載を承諾していた点などをふまえて肖像権侵害を否定。なお、東京地判平成 19.8.27〔医療過誤報道事件〕は、報道番組に関する事案ではあるが、「当初の撮影行為において想定されていた目的と乘離している場合など、 ...新たな人格的利益の侵害が生じている」場合を除き、違法な映像の使用とはならないと判示。 16 東京地判平成 23.6.15 [故人写真事件】 は、有罪判決が確定した刑事事件の被告人が死亡した $2 \sim 3$ 日後に、同人の 23 年前の逮捕写真をウェブサイトで公表した点で、妻の亡き夫に対する敬愛追慕の情の侵害を肯定。 17 公文書に関する文脈ではあるが、「独立行政法人国立公文書館における公文書管理法に基づく利用請求に対する処分に係る審查基準(平成 30 年 10 月 1 日改正)」では、「個人、法人等の権利利益や公共の利益を保護する必要性は、時の経過やそれに伴う社会情勢の変化に伴い、失われることもあり得る」とする。また、東京高判昭和 54.3 .14 『落日燃ゆ』事件】は、死者に対する遺族の敬愛追慕の情につき「死の直後に最も強く、その後時の経過とともに軽減して行くものであることも一般に認め得る」と判示。 18 最判平成 24.2.2〔ピンク・レディーde ダイエット事件〕
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# デジタルアーカイブにおける肖像権 の諸問題 ## 「肖像権ガイドライン円卓会議一デジタルアーカイブの未来をつくる」講演 ## 1. はじめに 今、ご紹介いたたききました瀬尾でございます。写真分野において肖像権というのは非常に重大な問題になっております。写真著作権協会会長の田沼武能という写真家の言によると、肖像権がこれ以上強くなると石しか撮れなくなる、そういう状況になってきている。これをどうやって改善していくのか、画像の専門の立場からお話をすることは極めて重要たろうと思います。 ガイドライン、もしくは点数化による肖像権の利用可・不可についての可能性を、アーカイブ学会の法制度部会で検討してきたんですけど、やっぱり、それたけじゃ厳しいかな、それだけで肖像権について判断するのは難しいかなというのが私の率直な感想です。 アーカイブに掲載するという目的に絞って、ガイドライン、テクノロジー、それからハードロー、いわゆる、法改正、この 3 点がワンセットになっていかないと難しいのかなと思います。 今回は、私はこのテクノロジーについてお話をしようと思います。今のテレビニュースを見ると、みんな顔がぼけてますよね。もやもやした中に顔が動いていくような感じ、逮捕された瞬間の画像なんて、全部、 もやもやしていて、見てはいけない画像を見てしまったような気が起きてしまう。こういうふうなことを、 $\mathrm{AI}$ 等を使った中で解決できないかというのが、今回の切り口です。肖像権は「肖像パブリシティー権」と 「肖像プライバシー権」に、分けられると思いますが、肖像パブリシティー権はちょっとまた別の問題なので、今回は外します。 ## 2. 人物の特定 肖像プライバシー権が問題となる写真を見たときに、その人じゃなきゃならないとか、その表情じゃないと伝わらないようなものもあるが、一方で被写体が特定人物である必要がない写真もある、これは、ある程度、分けることが、可能なんじゃないか。 事件の経緯や歴史的背景、これは特定な人じゃないと成立しないんですね、写真が。それから、表情があるのが重要である。例えばこの左の写真、にっこり笑った顔が重要なんであって、顔が変わったら全然意味がない。だから、これ、ぼかしちゃだめなんです。 また右側も、あの搑さ 2 人が、ああいう顔をしているところが重要なファクターです。 翻って、こういう写真、例えば顔は明らかに特定できるんですけど、3、4人で写っている写真、多分、 この肖像権を考えたら、これを載せるのに、ためらわれると思います。またこのアメ横の写真も、顔がはっきりわかって特定が可能ですので、これについても、通常、使われないです。これらは、どちらかというと、人がごみごみしている中で、盛んに何かを売っている シチユエーションとか、左側はすれ違いざまの街のストリートの感じというのが重要であるという写真だと思います。 ## 3. 顔の匿名化 要は、個人が特定できる情報が、個人情報ですよね。特定できなきゃ個人情報じゃないんです。私の発想を単純に言ってしまえば、顔を匿名化しちゃえばいいんじゃないか。ただ、写真家の中で、いつも話をしておりますけれども、賛否両論というか、否定が多いです。よく、たとえで言いますけど、写真コンテストの中で、画像を加工していると、コンテスト要件から落ちる場合があります。つまり、写真というのは真を写すものだから、加工したらいけないよ、という概念があるんですね。たた、今回、アーカイブに載せるという目的で、もし、肖像権が問題になるために、それがみんなに見られない。ただし、そのシチユエーション自体は非常に重要なシチュエーションなんで、載せたいという場合がある。 あと、もう一つ、写真家自体にしてみると、自分の作品として、町のスナップを公表したい場合、その場合に、後で出てきますけれども、時間経過で何十年もたったらわからなくなるからいいだ万うとか言って、 すぐは出せないと思うんですね。そうすると、今、みんな撮るのは街の人のいない写真、もしくは後ろ姿ばっかり。今の街て、そんな街ですかね。こうやっても、みんな顔は見えますよね。そういう非常に情けない状態があることを打破したい気持ちは、この根底にはあります。 例えば、この写真があって、これは顔の表情が、結構、重要なファクターなんですけど、通常は、これまで、こういうことをしていました。左側は昔、よくありました、目のところに四角いマスクをかける。最近は余り見ないですね。右側はモザイクです。これはまた、いまだに残ってます。これはまだモザイクが薄いですけど、もっと濃く。一番下はぼかしです。今、最 近の動画ほとんどこれですね。これ、おかしくありません?私はこの写真だったら、絶対、発表したくない。おかしいというか、不自然ですよね。 顔認識をするときに、AIは顔の骨格と目の位置とか鼻の高さとか口の形とか、かなり総合的に判断するんですよね。逆に言えば、顔を認識して、その人と認識できないような変え方をしちゃえばいいんじゃないか。 AIによって顔を認識して、それが個人である特徵というのを逆に外すというようなことで匿名化できるんじゃないかなというのが、今回の発想です。 個人を特定できるオリジナルの写真を持っている。 だけど、すぐにこれで公表したいんで、写真展をやりたいんだ、といったときには、このフィルターをかけて、そして、公表する。ただし、そこには「何々ソフトでこれは加工しました」というのを必ず書くことが重要です。あと、そのソフトがみんなの旧知のものじゃなきゃいけないということがあると思います。 「個人不特定化フィルター」勝手に名前をつけてしまいました。私のネーミングです。つまり、どういうことかというと、画像上、自動で顔を認識し、それを個人として認識できない範囲まで顔を自動で加工する。 たた、、AI 技術がどんどん進めば、より精㮹に顔を認識できちゃうから、最悪、顔をすげかえてしまうこともあり得るかなと思います。角度とか目鼻の位置とか。そんなことをするのは写真への冒瀆であるという大変なおしかりを、ある年配の写真家からいただきました。ただ、だからといって、写真が人を写せない状態になったり、それが発表できなくなるということのほうが、私は写真の萎縮につながると思うので、こういうことがあってもいいのかなと考えています。 ## 4. 撮影時からの経年 次に撮影時の経年の問題です。写真家の間では、撮ってから 30 年たつと、もうわかんないから出していいんじゃないの、みたいなことはよく言います。 70 歳の打年寄りが 30 年たつと、ご存命でいらっしゃる可能性も含めて公開してもいいんじゃないのか、ということが、写真家の中で通念としてあります。 ## 5. 子どもの写真が撮れない状況 個人が写真を撮られて個人情報として扱われるんですけど、その個人が不快に思ったりとか、個人の権利が害されるということが問題なんだとすると、それを避けるためにはどうしたらいいかということが問題なんだろうと思います。 私も、さっきの一連の写真の中でたくさん撮っているのが、町なかで子どもが遊んでいる写真なんです。 これを撮ったのは 1986 年ですから、三十数年前ですね。そのときには、い万んな子どもたちの写真を撮りました、ストリートスナップとして。そして、公表もしました。その後も、写真雑誌は載せてくれました。 でも、今、子どもの写真を町で撮ると、ほぼ、犯罪者扱いです。カメラを向けただけで危ないんです。だから、絶対撮れない。公園なんかでカメラを持つなんて、 もう変質者扱いですから、すぐ通報されます。子どもの顔とか遊んでいるところというのは、モチーフとしては非常にすばらしいものがあるんですね。そういったものが撮れない時代に、今、なっている。最近、子どもを撮る写真は皆無ですね。写真家が自分の写真を個展で出すには、リスクを承知で、「もし不快な人がいたらお申し出でください、すぐ取り下げます」というようなことをして出すとか、オウンリスクでやることはできると思うんです。実際、やっぱり、そういうことをやったりもします。例えば、私が最近、渋谷の町を撮った写真を、連載であるサイトに載っけていったときも、オウンリスクでやりました。たたし、やっぱり、ずるいので、本当にヤバイというところは、顔とか、結構、変えてます。これで訴えられても、絶対勝てる的な認識があるところまでは攻めているけど、私はずっとこれに携わっているから、そういうことができるんであって、一般の人はそれはできない。たた、写真家は自分が何かしたいものをやる自由があるから、表現の自由でやるのはいいんでしょうけど、公的なアーカイブで、こういった写真をやるときには、やっぱり、何らかの担保が必要かなというふうには思います。 ## 6. おわりに 今申し上げたような、写真というのは、加工を簡単にできちゃう時代になってきているし、もう一つは、情報としての側面が強まっている時代です。 だから、アーカイブのときでも、先ほどのようなソフトウエアをみんなが認めて、これだったらわからないというお墨付きを得て、例えば、個人不特定化フィルター、例えば、R1とか何かつくって、そのソフトによってやった。その仕様も内容も公開している。「この画像は R1 によって顔を変えていますので、特定の人物は指し示しておりません」ということを下に明記する、写真としては自然として見えながら、写真の要素が損なわないということがいえるのではないか。 これは、非常に危険な試みでもあります。これによって写真が全く正しいもの、写真に写っていることが正しいと思われなくなるという社会的な通念を生み出すからです。だから、写真で撮っても、「それはうその世界だよね」という通念が蔓延することで、逆に、写真のリアリティーが損なわれる恐れがあります。ただし、画像加工によるマイナスよりも、画像加工を積極的に利用していくような概念の変化というのもあるのかもしれません。最初に申し上げましたように、法的な解決と、それからガイドライン、つまりソフトロー、それからテクノロジー、この3つを駆使して、 やっぱり何としてでも写真を利用できるような形にするということが非常に重要かなと思います。 (文責 : デジタルアーカイブ学会誌編集事務局)
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# 特集:肖像傕円卓会議 ## 肖像権ガイドライン円卓会議 デジタルアーカイブの未来をつくる ## $\checkmark$ 主催 デジタルアーカイブ学会 後援 デジタルアーカイブ推進コンソーシアム(DAPCON) ## 開催趣旨 デジタルアーカイブの構築と利用に際して、著作権と並んで肖像権に関わる問題への取り組みは大きな課題となっている。著作権法という根拠法があり、これまで様々な権利処理に関わる実例のある著作権処理の問題と比べて、肖像権処理に関わる問題は、根拠法もなく、どのように権利処理をしていくべきか、本人不明の映像・画像などをぞうすべきか、現場では苦慮が続く。そのため本来デジタルアーカイブに保存され、活用されるべき多くの画像・映像が死蔵化あるいは消滅の危機にあると言っても過言ではない。 そこで、デジタルアーカイブ学会法制度部会では、デジタルアーカイブあるいはデジタルコンテンツ利用の現場で肖像権処理を行なっていくための羅針盤となるべき「民間ガイドライン」を提案すべく検討を重ねてきた。そしてこの度、まだたたき台のレベルではあるが、ガイドライン素案を早めに公開し、各種関係者による多様な観点からの検討を今後進めていくための最初の場として公開ラウンドテーブルを開催することとしたい。 ## $\Delta$ 日時 2019 年 9 月 26 日 (木) 午後 3 時 30 分 6 時 30 分 会場 御茶ノ水ワテラスコモンホール(千代田区神田淡路町 2-101) プ゚ログラム ・開会の挨拶 : 吉見俊哉(デジタルアーカイブ学会会長代行・東京大学教授) ・デジタルアーカイブにおける肖像権の諸問題: 瀬尾太一(日本写真著作権協会常務理事・授業目的公衆送信補償金等管理協会常務理事) ・肖像権処理ガイドライン(案)の概要:数藤雅彦(弁護士) ・ラウンドテーブル : 足立昌聰(并護士) 生貝直人 (東洋大学准教授) 坂井知志(国士舘大学スポーツアドミニストレーター) 数藤雅彦(弁護士) 瀬尾太一 (日本写真著作権協会常務理事・授業目的公衆送信補償金等管理協会常務理事) 長坂俊成(立教大学教授) 福井健策(弁護士):司会 宮本聖二(立教大学教授) 渡邊英徳(東京大学教授) $\cdot$討論
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# Designing Sports Digital Archive Network \author{ 濱田陽人 \\ HAMADA Akito スポーツ庁 オリンピック・ \\ パラリンピック課 } 抄録:スポーツ庁においては、東京 2020 オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会を契機として「スポーツ・デジタルアー カイブ・ネットワーク構想事業」を展開している。本論においては、同事業の実施に至る閣議決定や有識者会議等の経緯、スポー ツ・デジタルアーカイブを推進する意義、我が国に抽るスポーツ・デジタルアーカイブの現状と課題、同課題を踏まえた「スポー ツ・デジタルアーカイブ・ネットワーク」の構築に向けた事業の取組みについてまとめている。 Abstract: The Tokyo 2020 Olympic and Paralympic Games will be an opportunity for the Sports Agency to design the Sports Digital Archive Network. This paper describes the background of the Cabinet decision and the Expert Committee discussion, the significance of promoting sports digital archive, and current status and issues of sports digital archive in Japan, and finally discusses the development toward building a "Sports Digital Archive Network" on this basis. キーワード : スポーツ・デジタルアーカイブ、東京2020オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会、ジャパンサーチ Keywords: sports digital archive, Tokyo 2020 Olympic and Paralympic Games, Japan Search # # 1. はじめに 令和 2 年度スポーツ・デジタルアーカイブ・ネット ワーク構想事業について、その背景となる閣議決定等 を振り返りつつ、本事業の立ち上げの経緯について示 すこととする。 まず、政府における東京 2020 オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会の基本的な方針を定める 「2020 年東京オリンピック競技大会・パラリンピック 競技大会の準備及び運営に関する施策の推進を図るた めの基本方針(平成 27 年 11 月 27 日閣議決定)」[1] に おいて、教育・国際貢献等によるオリンピック・パラ リンピックムーブメント普及、ボランティア等の機運醸成の項目中「〜大会をはじめとするスポーツの記録 と記憶を後世に残すためのアーカイブの在り方につい て検討を進める。」とされた。 スポーツ庁では、スポーツ庁長官の下に設置された 「オリンピック・パラリンピック教育に関する有識者会議」において、「オリンピック・パラリンピック教育の 推進に向けて最終報告(平成 28 年 7 月 21 日)」[2] をと りまとめ、同報告に打いて「東京大会のデジタルアーカ イブ構築、さらには映像資料を活用したスポーツに関す る教育研究の促進に向けて、過去のオリンピック・パラ リンピックをはじめとする国際競技大会等の資料の活用方法やアーカイブ化・ネットワーク化について、社会教育施設が保有するデジタル資料の活用も含め、必要 な調査研究を行うことが求められる。」と指摘された。 これを踏まえ、平成 28 年度及び平成 29 年度にかけ て「スポーツ・デジタルアーカイブ構想調査研究事業」 を実施し、スポーツ・デジタルアーカイブの基本的な 構想等をとりまとめた。さらに、平成 30 年度から令和 2 年度にかけて「スポーツ・デジタルアーカイブ・ ネットワーク構想事業」として発展的に事業を展開し、同構想実現のためのガイドライン ${ }^{[3]}$ の作成、検証用 の簡易システムの構築・公開、教育研究の現場等での 利活用の検証などを進めてきたところである。 本文では、同ガイドラインの内容を踏まえつつ、我 が国におけるスポーツ・デジタルアーカイブの意義、 スポーツ・デジタルアーカイブの現状と課題、同課題 に対応したスポーツ・デジタルアーカイブ・ネット ワークの構築に向けた取組と今後の利活用の方向性に ついて提示することとしたい。 ## 2. スポーツ・デジタルアーカイブの意義 まず、スポーツ関連資料をデジタルアーカイブ化することの意義について指摘したい。 我が国におけるスポーツのそもそもの意義については、 スポーツ基本法 (平成 23 年法律第 78 号) 前文に明文化されている。スポーツは世界共通の人類の文化として謳つた上で、心身の健全な発達・精神的な充足感の獲得等が規定されており、長文となるため割愛するが、同法上規定されるスポーツの意義について、デジタル時代において如何に継続的に保存・継承・発展へと導いていくのか。 この点が極めて重要な政策課題である。 こうした政策課題に対応するためには、スポーツ振興に係る様々な施策を総合的に推進することが求められるが、これらの施策の一つとして、また、様々な施策の推進を支える基盤として期待されている事業として、本事業に打ける「スポーツ・デジタルアーカイブ」 の取組みが注目されている。 本事業の推進に伴うスポーツ関連資料のアーカイブ化や利活用の検証等を通じ、貴重なスポーツ関連資料の適切な保存、国内外への発信やコンテンツの二次利用の推進、教育研究機関における活用など、時間や場所を超えて多くの者がスポーツ関連資料にアクセスすることが可能となる基盤として、大きな期待が寄せられているのである。 特に、我が国の学校教育の現場においては、GIGA (Global and Innovation Gateway for All)スクール構想に基づくICT 環境の整備が推進されるとともに、全国の自治体でオリンピック・パラリンピック教育が積極的に展開されており、また、新型コロナウイルス感染症対策のための新たな生活習慣に基づく遠隔授業等が積極的に議論される中においては、デジタル技術を活用した形でスポーツについて自ら「知る」調べる」といったニーズが己れまで以上に高まっていると考えられる。 また、スポーツ・デジタルアーカイブは、東京 2020 オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会の後も、オリンピック・パラリンピック教育を継続するための基盤となることも期待される。 競技者・競技団体からの視点からは、広く国民がスポーツを知ることが可能となることを通じて、競技者や観戦者の拡大及び競技力向上につながることが期待される。また、大会ごとに散逸されがちであったスポーツ用具の発展や各種大会運営手法の蓄積や共有、大会ごとのレガシーとして、全国・世界への発信などが新たな取組として期待される。 スポーツの歴史に係る研究者の視点からは、スポー ツ大会を通じた時代考証や、スポーツそのものの歴史と歴史的価値の検証にも寄与することが期待される。 ## 3. スポーツ・デジタルアーカイブの現状と課題 従前より、オリンピック・パラリンピック競技大会をはじめとした各種競技大会は、大会のために作られ る組織によって時限的に運営されるため、大会終了後に組織が解散してしまい人的・物的なつながりが途切れてしまう点が課題として指摘されていた。これに伴い、スポーツ関連資料の取扱いの不備、大会関係の様々な資料の散逸・放置による劣化・実物資料の保存施設への移管引継ぎの不備による管理情報の欠落が生じてしまうことが危惧されてきた。 また、競技大会そのものの価値の捉え方についても、課題として指摘されてきた。言い換えれば、競技大会は大小さまざまなイベントからなる無形のスポーツ関連資料として保存されるべき対象であるという認識が不十分であるという指摘である。具体的な例を挙げれば、単なる有形物のみならず、ある試合における選手のパフォーマンスという無形物を様々な記録データの形で保存することも求められるところであり、こうした無形物としての性質を理解し、他の無形物、有形物との関係を表したデータも含めて残していくことが必要であるという認識が、十分で無かった点が課題として挙げられる。本事業を推進するに当たっても所蔵機関によってスポーツ関連資料の収集・保存・管理が十分になされているとは言えないとの指摘を受けたことから、スポー ツ・デジタルアーカイブ構築のための第一歩として、「どこに何の資料があるか」という所在情報を把握することから進める必要があった。本事業にて13のスポーツ資料所蔵機関に協力していたたき、資料所蔵傾向をヒアリングした。 以下表が調查対象機関の資料所蔵傾向である。 表1 調査対象機関の資料所蔵傾向 同調査の結果、スポーツ関連資料を保存している施 設では、各施設において資料の収蔵傾向が異なり、資料の範囲を明確にすることが困難であることがわかつた。例えば、秩父宮記念スポーツ博物館・図書館はスポーツ関連の実物と文書資料を幅広く所有しており、目録もほぼ整備されているが、画像デー夕はほとんど存在しない一方、札幌オリンピックミュージアムでは 1972 年札幌オリンピック冬季競技大会の実物資料を中心に所蔵し、専用システムにて収蔵資料を管理しているというように異なる。 こうした各所蔵施設によって異なる状況を考慮した上で資料収集のための方針を明確化する必要がある。 次に調査対象機関の資料管理方法についてまとめたものが、表 2 である。 表2 調查対象機関の資料管理方法 & 管理点数 \\ 現在、スポーツ関連資料をデジタル化するために必要かつ統一された整理・分類ルールが存在しないため、所蔵情報として体系的に整備されている所蔵機関が少ない。例えば、スポーツ関連の実物と文書資料を幅広く所有している秩父宮記念久ポーツ博物館・図書館では、表 2 にあるとおり図書資料、雑誌資料、博物館資料 (公文書) 、実物資料を保有しながらも、その形態の違いからそれぞれ個別の目録で管理されている。そして、膨大なスポーツ資料の情報を保有しながら、館内での共通化した仕組みは未整備であり、他機関との連携も行われていない。 このため、散逸する資料・データの受け皿として、所蔵場所やアーカイブ構築を一時的なものでなく継続運営していける仕組み作り(運営体制の費用確保を含む。)が必要であるとの認識に至った。 また、保存には、資料内容の違いにより複数の拠点が存在するなどの物理的な制約があるため「分散保存」 を想定した場合、分散保存のために最適な資料の登録の仕組みと拠点のネットワーク構築が不可欠であり、連携する各機関が共通の認識のもとに整備したデジタルコンテンツを作成する必要がある。具体的には、各機関がデジタルアーカイブを行う際には、デジタルデータの内容や保管の所在等を記述した「メタデータ」 やコンテンツの縮小表示である「サムネイル」などの標準化された形で行うとともに、公開に際しての著作権、著作者人格権、肖像権(パブリシティ権を含む。)等の各種権限の整理を行い、公開に向けたルール化が必要であることが課題として指摘された。 な打、デジタルアーカイブに関する人材の確保が難しい点にも配慮し、所蔵館における資料の受領からデジタルアーカイブ化に至る法的処理フローや権限関係の取扱いについて、専門的な知識技能を有する者でなくともわかりやすく整理し公表することで、デジタルアーカイブ化がより一層推進されることが期待された。 ## 4.スポーツ・デジタルアーカイブ・ネット ワークの構築に向けて スポーツ庁においては、本事業で明確化された課題を踏まえつつ、その対応策を含む「スポーツ・デジタルアーカイブの構築・共有・活用ガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)の検討・作成を進め、令和 2 年 3 月にとりまとめた。同ガイドラインは、スポーツ関連資料を所蔵する機関のデジタルアーカイブ化の整備・運用方法等についてまとめたものであり、関係機関における活用が期待されるところである。 同時に、同ガイドラインにおいては、我が国として目指すべきスポーツ・デジタルアーカイブの姿として、「スポーツ・デジタルアーカイブ・ネットワーク」の姿が指摘されている。ここでいう「スポーツ・デジタルアーカイブ・ネットワーク」とは、各所蔵機関に置かれているスポーツ・デジタルアーカイブをつなぎ、関係者間でのデジタルコンテンツの標準化・利用許諾・情報共有・人材育成等を進めることを目的とした、継続的に運営されるコンソーシアム型ネットワー クを指す。 今後、効果的な形で同ネットワークを構築・運営するための主な論点として、以下が挙げられる。 (1) 日本スポーツ振興センター、日本スポーツ協会、 JOCなどを中心とした既存のリアル空間でのネットワークを有する組織において、具体的な連携方策や検索可能なルール設定やタグや検索システム 等の構造設計を共同で進める。【共通したルール・ システムの構築】 (2) 各所蔵機関においては、本ガイドラインを踏まえつつ、コンテンツのデジタル化カタログ作成を積極的に推進する。特に、急激に増大することが見込まれるデジタルデータの取扱いについて、例えば、連携された大量のデータに対して、人工知能 (AI) 技術を活用してインデックスをするなど、効率的なデジタルアーカイブ化の仕組みを構築する。【効率的なデジタル化】 (3) 所蔵機関を中核としつつ、国や地方公共団体などの公共セクターと、スポーツ団体などの民間セクターが、継続的に、相互に効果的に連携するための具体的な方策を検討する。【継続的な体制構築】 (4) 令和 3 年度に延期された東京 2020 オリンピック・パラリンピック競技大会の機会を活かし、スポーツ・デジタルアーカイブの利活用に向けた検討と実践を蓄積する。【利活用の蓄積】 現在、本事業では、以上の形で整理された論点に基づき、同ネットワークが着実に構築・運用されるよう、以下の取組を進めている。な扮、本取組みは、国の分野横断統合ポータルであるジャパンサーチとの連携を図りつつ進められるものである。 (1) 秩父宮記念スポーツ博物館・札幌オリンピックミュージアム・中京大学・日本スポーツ協会等の各所蔵機関の協力を得つつ、スポーツ・デジタルアー カイブの検証用公開システムの運用と改善を進めている。同システムの使いやすさや見やすさの向上を図るため、詳細な検索機能や競技名等のカテゴリ検索を可能とするための改善を進めるとともに、検索結果一覧画面や詳細表示画面について検討している。 また、所蔵機関に保存されているスポーツ関連の実物資料について、ガイドラインに基づき、資料の選定、目録作成・デジタル化、権利処理、検証用公開システムへの揭載、利活用検討の順で、 デジタル化を進めている。 (2) 作成されたデジタルデータについて、多くの者が利活用できるためには、公開する際に求める資料に容易に行き着くことが求められるため、特にニー ズの高い「競技名」「イベント名」「人名・チーム名」 を対象に典拠ファイルの更新と改善を図っている。 また、時間と専門性を必要としていた分類・仕分け等の作業について、人工知能を活用して分類・仕分け等の効率化を図ることとしている。令和元年度段階で、人による分類と人工知能による分類・仕分けを比較した場合で、約 8 割が一致しているとの結果が出ており、一定の省力が期待される。引き続き、分類・仕分け等における補助ツールとしての人工知能の取扱いについて検証していく。 (3) 東京 2020 オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会の開催という、これ以上ない機会に恵まれていることを認識し、今後の利活用に向けて様々な実践を進めていく。令和元年度には、東京大学・中京大学・筑波大学・秩父宮記念ポーツ博物館の協力を得つつ、大学生を対象としたワークショップを開催した。 スポーツ・デジタルアーカイブを活用した教育空間をどのように構築するのか、東京 2020 オリパラ大会を契機とした選手等の経験談の収集・保存をどのように進めるのか、先端的な技術を如何に活用するのか、地域や時代などの情報を整理して使いやすい形で整理していくべきとの論点が考えられる。 新たな課題に挑戦する自由な発想を大事にすることを前提に、実現可能性や効果を勘案しつつ、関連施設を活用したワークショップの開催や自治体、小中学校向けの教育プログラムを検討するなど、多様な実践にトライしていかなけれげならない。 新型コロナウイルス感染症の影響により、史上初めて、オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会が延期された。我が国全体で新たな生活習慣が定着する中で、デジタル技術を活用した取組が進展し、これと併せて、スポーツ・デジタルアーカイブに対する期待は一層高まるものと考えられる。 スポーツ・デジタルアーカイブが 2020 東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会のレガシーとして、我が国に着実に根付くょう、スポーツ庁として支援していきたい。 ## 註・参考文献 [1] 2020年東京オリンピック競技大会・パラリンピック競技大会の準備及び運営に関する施策の推進を図るための基本方針(平成27年11月27日閣議決定) [2] オリンピック・パラリンピック教育の推進に向けて最終報告(平成28年 7 月 21 日オリンピック・パラリンピック教育に関する有識者会議) [3] スポーツ・デジタルアーカイブの構築・共有・活用ガイドライン(令和 2 年 3 月)
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# ブロックチェーンによる タイムベースド・メディア美術作品保存に関する一考察 ## A study on the preservation of time-based media artworks through the use of blockchain technology 1. はじめにータイムベースド・メディア作品保存の現状 従来のフィルムに加え 1960 年代以降は特に、シングル・チヤネル[1] から映像インスタレーションまで、様々なタイムベースド・メデイアを用いた美術作品 (以下、タイムベースド・メディア作品)が制作されてきた。それらの中には、記録方式や記憶媒体等に関する技術の発達や仕様の変更、あるいは再生機器の生産終了等に伴い、その保存に支障が生じているものも、少なからず存在している。 こうした状況に対し 2009 年には、標準化されたフォーマットに基づいたデジタル・データを一元管理し、検索利便性の向上をも叶えるデジタル管理システム「Archivematica $]^{[2]}$ が開発されている。また、大容量で耐久性に優れた磁気テープ・ストレージである LTO (Linear Tape-Open) ${ }^{[3]}$ のデータ格納・保存も、 ZKM など一部の機関では既に実践されている。 また美術館に执いては、スミソニアン博物館 (米国) やテート(英国)などが、Web ベースの管理ソフトウェアである「The Museum System(TMS)」を、美術作品の修復・保存に関する情報管理に利用しているようである。更にニューヨーク近代美術館(米国)は、前出「Archivematica」を基にタイムベースト・メデイア管理に特化した「Binder」を独自開発し、2015年にその $\beta$ 版を公開している $[4]$ 。一方、我が国の現状を振り返れば、国立国際美術館や京都市立芸術大学芸術資源研究センターなど一部を除いて、その現状は欧米と比べ大きく立ち遅れているといわざるを得ない。 多様化するタイムベースド・メデイア作品に対する適切な保存環境構築に加元、市場流通性の促進や、少額課金による閲覧サービス等を含めた積極的活用を推進していくためには、既存のアーカイブ規格や保存方法だけでは、早晚限界を迎えつつあることは明らかであろう。そこで本稿では、ブロックチェーンを活用した新たな可能性に対する一考察を試みるものである。 ## 2. タイムベースド・メディア作品の特徴 最初に、本稿に打けるタイムベースド・メデイア作品の定義を明確にすると共に、その特徴についても明らかにしておきたい。夕イムべースド・メディアとは、 ビデオ、スライド、フィルム、音声、コンピュータに依拠した、時間的な経験を伴う作品のことを指す[5]。換言すれば、様々な方式によって各種媒体に記録された、動画、静止画、サウンド及びその混成によって表現された美術作品といえよう。 主要な記録媒体の特性を歴史的に振り返孔ば、映画やスライドショーはアセテート系ベースのフィルムが高温多湿で酶酸化する「ビネガーシンドローム」のため、長期保存が困難である。その後 1970 年代中盤に登場したビデオテープは、最適な保存環境(温度 15 ~ 25 度、湿度 $40 \sim 60 \% )$ 下でも、その寿命は 30 年前後といわれており、機器や環境次第ではあるが再生 回数によって摩耗や劣化が生じるという問題点も指摘されている[6]。 2000 年代に入るとビデオに代り DVD、その後はより大容量である BD(Blu-ray Disc)に記録された作品が主流となってきている。CD を含めた、こうした光ディスクの耐用年数は、製造企業による品質の違いや保存環境などによって、30 年から最長でも 100 年程度と考えられている。また、ハードディスクの平均的な耐用年数は更に短く 5〜10 年、フラッシュメモリ至っては $3 \sim 5$ 年であることから、一時的なデー夕保管にのみ留めておいた方がよさそうである。 1994 年から蒐集を開始し、現在 100 点を超える私のタイムベースド・メディア作品コレクションも、その蒐集期間を反映して、フィルムそして、VHS や BETACAM(主に放送、業務用のデジタル VTR 規格) といったビデオテープにはじまり、CD-R DVD、 $\mathrm{BD} 、 ここ$ 最近の USDメモリや SDカード、ハードディスクまで多種多様である。映像作品の記録方式によっては、再生に専用ソフトウェアや機器が必要な場合もある。しかし、ベータは 2002 年、VHS は2016年にそれぞれビデオ再生機器の生産を終了している。加えて、撮影機材の画面アスペクト比が 4:3 から 16:9 に変化したことに伴い、前者の鑑賞に適したスクエア型モニターは入手しづらい状況となり、価格も割高となっている。 このように多くのタイムべースド・メディア作品は、日々作品(データや記録媒体)の劣化や消滅あるいは、再生・鑑賞機会の減少、更には喪失といった危機に直面しているといえよう。こうした課題に対する一様な解決策としては、著作権者の許可を得て、マスター・テープ(原盤)を複製・データ化したものを、作品収蔵庫や保管スペースとは別にサーバー等で保存していくことになる。しかし、それだけでは決して十分とはいえまい。 ## 3. 作品証明書と指示書の重要性 続いて本節では、タイムベースド・メディア作品における重要な作品構成要素である、作品証明書 (Certificate/ Certification)並びに指示書(Instruction)について述べておきたい(なお、証明書発行制度が普及する 1990 年代以前の作品を中心に、作品記録媒体の盤面などに作品制作者が直接署名を施した作品も存在している)。特に前者は、複製化が比較的容易な映像作品においては、上映権(営利目的以外の上映に限られ、著作権者に対する事前の許諾確認が必要である) 付与上必須であり、その発行数 $\doteqdot$ 作品制作数は極めて限定的である[7]。少々大袈乷ではあるが、当該証書は、記録された映像を美術作品たらしめている根拠といっても差し支えなかろう。また、後者は作品制作者が、美術作品として展示・公開される際に、適切な環境や使用機材について指示したものである。加えて、作品 (う記録媒体)を収納するケースも、素っ気ないカー トン・ボックスから贅を凝らした工芸品のようなものまで様々であるが、その保存にも「恒温恒湿」(一定の温・湿度保持環境) など細心の注意が必要であることはいうまでもない。なお、約 40 作品の証明書内容については、(図1)を参照されたい。 前章で言及したビデオ再生機器の生産終了に関連して、タイムベースド・メディア作品の延命についても、 ここで述べておきたい。1960~1970 年代に世界を席巻したミニマリズムを代表するアーティストである夕゙ ン・フレイヴィン(Dan Flavin, 1933 1996 年)は、蛍光灯による光の彫刻ともいえる作品を数多く制作している。また、ビデオ・アートの父と呼ばれるナムジュン・パイク(Nam June Paik, 1932〜2006 年)の代表作は、ブラウン管テレビを使用した(ある種、彫刻にも似た)映像インスタレーション作品である。いずれも作品制作当時に、蛍光灯から LED、そしてブラウン管からプラズマ、有機 ELの登場と、その置換に伴う生産終了を予想することは非常に困難であったといえる。しかし、LEDやプラズマ・ディスプレイに機材を変更した場合、それらを真正の作品であると判断・証明することは、今や誰にとっても不可能である。以上のことから、作品制作者は自らの死後も続く技術進化を予想した上で、未来の処置についても(指示書などに)書いておく必要があろう。例えば、現状と同様の効果が得られる技術や機材への代替については、 それが作品のオリジナリティを棄損しない限り予め明記しておくことが望ましい。 このような問題に対する解決策として、チームラボ代表・猪子寿之氏は「今まではハードディスクにデー 夕を入れて、証明書とともに渡していましたが、そろそろクラウド化してゆきたい。なぜなら、技術進化に伴い、我々の作品はシステムやプログラミングを更新、改修する必要が生じるからです。例えば、作品の保守・管理を専門的に担う会社をチームラボとは別にグローバル・ギャラリーと共同で設立し、作品を所蔵されている皆さんから少しずつ管理費をいたたく。そうすれば、当社の存続にかかわらず、作品が未来永劫に生き続けていくことも無理ではない」と述べている[8]。映像インスタレーション作品の場合には、使用機材の指定や映像投影方法、音響システムのみならず、壁 面を含めた作品展示空間全体の設えや照明の指定に至るまで細かな指示が記載されているケースが少なくない。(図 2-1)(図 2-2)は、台湾の若手アーティスト張徐展(Zhang Xu Zhan, 1988 年〜 による《Zhang Xu Zhan's Stomach (Room)》(2013 2015 年) の作品設置指示書である。 一方、(図 3)は同じく台湾出身で、「第 16 回台新藝術奖(台新アート・アワード)の視覚芸術部門賞を受賞した蘇匯宇 (Su Hui-Yu, 1976年〜)の4チャネル・ ビデオ・インスタレーション《The Glamorous Boys of Tang (1985, Qiu Gang-Jian)》(2018 年) の展示風景記録であるが、特殊なモニターをまるで屏風のようにセッティングしている。当該作品にも、投影・展示に関する詳細な指示書が付随している。 なお、制作からおよそ四半世紀が経過したタイムベースド・メディア作品における構成機材の補修、置換から映像デー夕の抽出・移行などまでを包括的に行った《LOVERS - 永遠の恋人たちー》(1994年) の修復事業 ${ }^{[9]}$ は、今後の作品保存や指示書の果たす役割に対する認識といった観点からも、非常に重要であり且つ示唆的である。 さて本節の最後に、タイムべースド・メディア作品の市場性についても少し触れておきたい。例えば映画の配給権と、数千円で売られているセル DVD のコンテンツ内容が同じであったとしても、それらの間には大きな差異が存在している。同様に閲覧用ビューイング・コピーと、証明書が付随した映像作品は全くの別物である。しかしながら映像作品が、オークションに代表されるセカンダリー・マーケット[10]における取引実績が圧倒的に少ないのは、絵画などのユニーク・ ピースが放つ唯一性というアウラや、彫刻の堅固な物 図2-1 Zhang Xu Zhan 《"Zhan Xu Zhan's Stomach" Hsin Hsin Joss Paper Store Series Room 001》展示風景 2013-2014,3 Channel animated video installation, $5 \mathrm{~min}$ (Loop) Courtesy of the artist and Project Fulfill Art Space, Taipei ## Installation plan I: Wall and Paint colour of outer wall Dark gry: Pentone cool gray 11c colour of inter wall Light pink 図2-2 Zhang Xu Zhan 《"Zhan Xu Zhan's Stomach" Hsin Hsin Joss Paper Store Series Room 001》指示書 2013-2014,3 Channel animated video installation, $5 \mathrm{~min}$ (Loop) Courtesy of the artist and Project Fulfill Art Space, Taipei 図3 Su Hui-Yu 《The Glamorous Boys of Tang (1985, Qiu Gang-Jian)》展示風景 2018, 4 channels video installation, Color/sound, 17'00" Courtesy of the artist and Double Square Gallery, Taipei 質性だけに因るものではない。マスターと複製とが解像度を除き(場合によっては解像度も含め)全てが同じである点に加え、証明書という脆弱な基盤に立脚している点を、その要因として挙げることができょう (絵画や彫刻は、例え鑑定書が存在しなくても作品としては成立している)。 以上のような特徴を踏まえた上で、次節ではブロックチェーンを活用したタイムべースド・メデイア作品の保存と活用について考察していく。 ## 4. ブロックチェーンの優位性と作品保存への 活用 ブロックチェーンとは本来仮想通貨を支える技術であり、「ブロック」とは一定数のトランザクション (取引履歷データ)を格納したものを指す。そして新たに生成されたブロックや、それに続くブロックに取引記録が取り达まれることを承認と呼んでいる。これらのブロックが次々と追加され、まるで鎖のように連なることから「ブロックチェーン (分散型台帳技術)」と呼ばれているのである。 この技術が有する優位性は、(1)特定組織の中央管理を不要とする、民主的な「分散型ネットワーク」である点、(2)取引情報の公開・可視化による安全性、そして(3)強固な耐改䆩性(取引記録の「不可逆性」担保) である。 では、民主的にしてセキュア且つ耐改竄性に優れたブロックチェーンを、如何に活用すればタイムべースド・メディア作品の保存並びに市場性向上に寄与できるのか考えてみたい。最初に言及すべきは、「記録に対する証明機能」であろう。暗号化されたデー夕は不可逆性が高く、特定が極めて困難であるため、意図的に改竄すれば累積された後続データとの整合性が取れなくなる。こうした機能を活用し、各種契約書、証書の証明機能として、ブロックチェーンを利用した実証実験は既に数多く行われている。 同様に作品証明書や鑑定書の作成と、所蔵者の変更に伴う権利並びに証明書の移転も、ブロックチェーンを用いれば、スムーズ且つ簡便に行うことができる。 また、作品価値に直結する来歴や展覧会出品履歴の管理・証明と閲覧・情報共有にも大きく寄与するものと考えられる。例えば、マスター・テープ(原版)をデー 夕化してサーバー等に保存すると共に、それに紐づける形で証明書や所有権、来歴等を管理することも可能である。 また、ブロックチェーンを利用した契約自動執行プログラム「スマートコントラクト」は、第三者を介す ことなく、予め定義されたコード通りに各種処理を行うため、高い透明性と低コストを両立。更には同プログラム導入で、映像作品の鑑賞とそれに伴うスムーズな閲覧料金の課金・徵収に加え、権利保有者に対するレベニュー・シェアまでも簡単に処理することができる。コレクターや財団、美術館にとって所蔵作品が多少なりとも利益を生めば、高騰する作品保存コスト軽減の一助となろう。また、コマーシャル・ギャラリー にとっては、在庫作品のキャッシュ・コンバージョン・サイクル ${ }^{[11]}$ 利用した新たなビジネスモデル創出も決して夢ではない。 上記二点に付随する効果として、ブロックチェーンの導入により、外貨への両替や海外送金に係る高額な手数料が劇的に改善され、一層のフィンテック推進が図られることも予想できる。昨今はSNSを通じた作品画像の確認と契約交渉推進や、コロナ禍に伴うオンラインでの作品売買が加速している。ブロックチェー ンの導入が、幅広い作品を対象にしたグローバルな取引を更に活性化することは自明であろう。 こうした機能及びその効果が十分に認知されれば、 セカンダリー市場におけるタイムベースド・メデイア作品の取引が活発化していくことも十分に考えられよう。 ## 5. ブロックチェーンが有する大きな可能性と 今後の課題 広義のタイムベースド・メデイア作品は、従来と異なりギャラリーや美術館で鑑賞する作品ばかりではなく、テレビ CM や Web 広告、あるいはゲームを発表媒体にしているものも少なくない。従って、出演アー ティストやタレントとの契約上、たった1クール(広告、マスメディアの場合は概ね3ケ月)でテレビ画面はおらか、企業の公式 Web サイトからも消えてしまう作品すら存在している。現在、大英博物館やボストン美術館をはじめ、世界のメジャー・ミュージアムにコレクションされている浮世絵も、制作された当初は役者のブロマイドであり、チラシやポスターと同様の役割を担っていたといえる。こうした優れた広告表現やエンターテインメントを、肖像権や著作権(広告の場合には、著作権は広告発注主に帰属する場合がほとんどである)をクリアにし、閲覧可能な状態で後世に遺さなければ、将来、日本美術史に空白の時代を作ってしまうことにもなりかねないであろう。 また、海外で普及しつつある「追及権」[12]に関しても、転売が繰り返される高額作品を制作・販売する著名アーテイストとその遺族に対する「富の集中」や、価格形成に打ける大きなファクターである適切な保管 環境への投資を無視した著作権保有者偏重姿勢を改善。我が国の実情に合った制度を導入し、正しく運用する[13] ためには、スマートコントラクトの存在が必要不可欠といっても過言ではなかろう。 加えて、シェアリング・サービスにおける同技術の導入は、従来、破綻するケースが大半であった美術作品の共同保有(いわゆる競走馬における、共有馬主あるいはクラブ法人=一口馬主)及び投資ファンドなどに関しても、その成功確率を格段に高める可能性を有していると考えられる。 但し、こうしたサービスの実現・実用化においては、如何にブロックチェーンが強い耐改竄性を備えていたとしても、リアルな作品自体や紙製証明書を、バー チャルなブロックチェーン上に記録・登録する段階で、改竄や偽造、転記ミスが発生し得るリスクについて認識しておくべきである。スマートコントラクトとは異なり、人的作業における性善説や正確性担保といった課題は、簡単に解決できそうにないからである。 また、所有権に加え作品証明書や来歴などの作品情報登録についても、秘匿性重視の観点からブロックチェーン導入に協力的でないディーラーやコレクター が一定数存在することは明らかである。こうした点は、 ブロックチェーンの美術分野における普及拡大に向け、乗り越えていくべき大きな課題である。それでも、 ブロックチェーンという新しい技術が、タイムベースド・メディアの保存や活用方法のみならず、美術界全体を変えていくことだけは間違いないといえよう。 ## 註・参考文献 [1]ひとつの電子情報を,ひとつの再生機を通して, ひとつのディスプレイ装置(プロジェクターやモニターなど)で上映することを意味する。 上記は「シングルチャンネル・ヴィデオ」, 京都市立芸術大学芸術資源研究センター『タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存のガイド』から引用. http://www.kcua.ac.jp/arc/time-based-media/?p=509 (参照 2020-05-18) [2]詳細は、以下を参照されたい。 https://www.archivematica.org/en/ (参照 2020-05-18) [3] 大量のデータを長期的に保管するのに適した、磁気テープ記憶装置規格。 [4] 石谷治寞「保管」, 前揭『タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存のガイド』 http://www.kcua.ac.jp/arc/time-based-media/?page_id=16 (参照 2020-05-18) [5] 公立大学法人京都市立芸術大学『平成 28 年度メディア芸術連携促進事業連携共同事業タイムべースト・メディアを用いた美術作品の修復・保存・記録のためのガイド作成実施報告書』,3ページより引用. [6] ビデオテープの保存については、以下に詳しい。伊藤敏朗「ビデオテープの保存・管理を考える」, 私立大学図書館協会東地区部会研究部視聴覚資料研究分科編『視㯖覚資料研究』Vol. 3, No. 3, 1992年 2 月, 228-231ページ http://www.rsch.tuis.ac.jp/ -ito/research/lib_articles/itoh/vtape. html (参照 2020-05-18) [7]いわゆるエディションと呼ばれているもので、予め決められた数量以上は作品として販売(複製、プリント等)されない。その限定数は作品によってまちまちである。版画についての事例ではあるが、詳細は下記を参照されたい。「サイン・エディション」武蔵野美術大学 MAU造形ファイル http://zokeifile.musabi.ac.jp/サイン・エディション/ (参照 2020-05-18) [8] 拙著『アート×テクノロジーの時代社会を変革するクリエイティブ・ビジネス』, 光文社, 218 ページよ引用. [9]詳細は、前掲『平成28年度メディア芸術連携促進事業連携共同事業タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復・保存・記録のためのガイド作成実施報告書』を参照されたい。 [10] 既に販売され、一度コレクターや企業の手に渡った作品が再販されている市場のことで、代表例としてオークションによる取引を挙げることができる。それに対してギャラリーなどの展覧会を通じて(作品制作後)初めて販売される作品の市場を「プライマリー・マーケット」と呼ぶ。 [11] 仕入から、販売に伴う現金回収までに要する日数を指す。資金効率を見るための指標であり、短いほど効率的であるといえる(今回のケースは、在庫作品が利益を生むため、従来の同サイクルに関する考え方を変える可能性を有する)。 [12] フランス語である「Droit de Suite」の日本語訳。作品が転売される度に、著作権保有者あるいはその相続人等が売却価格の一部を得る権利及び制度を指す。 [13] 筆者の「追及権」に関する考え方については、第 2 回文化審議会著作権分科会国際小委員会における発表内容と資料を参照されたい。 文化庁第 2 回文化審議会著作権分科会国際小委員会 2018 年12月19日 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/ kokusai/h30_02/ (参照 2020-05-18)
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# 「肖像権ガイドライン (案)」実証実験・報告:新潟大学地域映像アーカイブの実例 An Analysis of the Experiments with the Draft Guideline for Portrait Rights: Examples with 'Niigata Regional Image Archive Database' 原田 健一 ${ }^{1}$ 数藤 雅彦 2 HARADA Kenichi ${ }^{1}$ SUDO Masahiko ${ }^{2}$ 1 新潟大学 人文学部 2 弁護士 五常総合法律事務所 1 Faculty of Humanitie, Niigata University 2 Attorney-at-Law, Gojo Partners } (受付日:2020年6月29日、採択日:2020年7月31日) (Received: June 29, 2020, Accepted: July 31, 2020) 抄録:デジタルアーカイブ学会法制度部会は 2019 年 9 月に「肖像権ガイドライン (案)」を公にした。今回、新潟大学地域映像アー カイブ研究センター「にいがた 地域映像アーカイブデータベース」の写真を用いて、新潟大学の学生にガイドラインにもとづいた採点とコメントをする調査を実施した。本報告は、学生の採点とコメント等から得られたガイドラインへの示唆について、まず、報告す る。その上で、ガイドラインを人びとが映像にどういう社会的意味や価値を付与しているのかを計る尺度として用いることで、デジタ ル以降の若年層における意識の変容が、自らの意識や行動を規定し、肖像権の問題をも浮かび上がらせていることを明らかにする。 Abstract: The Legal System Working Group of the Japan Society for Digital Archive published a draft guideline for portrait rights in September 2019. Using photographs from the Niigata University Regional Image Archive Research Center's "Niigata Regional Image Archive Database", experiments were conducted in which students at Niigata University were asked to grade photographs based on the guideline and give comments. This report describes the implications for the guidelines that were obtained from the students' comments. Then, using the guidelines as a measure of the social meanings and values that people assign to images, it will be shown that the transformation of attitudes in the post-digital youth societies has produced portrait rights themselves. キーワード:肖像権、デジタル化、私的領域と公的領域、個人化、遠隔性、簡便性 Keywords: portrait rights, digitization, private and public spheres, personalization, remoteness, simplicity ## 1. はじめに デジタルアーカイブにおいて、人物が写った写真や映像を公開する際には、被写体の肖像権が問題となる場合がある。例えば、長坂俊成は自治体の災害アーカイブの議論において、「災害アーカイブの目的は災害の記録と伝承であり、その公共性は極めて高い」とし、「公開されたコンテンツは、原則、営利・非営利を問わず二次利用や第三者提供も含め目的を限定せずに誰もが自由に利用できることが求められる」とする一方で、コンテンツの提供者からは、「近隣や関係者への配慮や、利用目的が非営利であることを重視する価值感、被災者の心理的なショックへの配慮、児童など未成年者、障害者に対する配慮など」が求められたとする[1]。映像は現実ではないが、写された人間への配慮が必要とされ、それは肖像権として意識された。そのため、写された人から明示的な同意が得られていない写真について、トリミングやモザイク化、マスキングなどの画像処理が施されてきた実情がある。 肖像権は、通常、「みだりに自分の肖像や全身の姿を撮影されたり、撮影された写真をみたりり公開されない権利」とされる。日本には「肖像権法」はなく、裁判例などを参考にして考える必要があるところ、デジタ ルアーカイブの現場担当者において、肖像権侵害の判断は必ずしも容易でない。そして、従前公表されてきた各種のガイドライン(例えば総務省の「震焱関連デジタルアーカイブ構築・運用のためのガイドライン」[2]等)においては、肖像権の同意書のサンプル等は示されていたものの、肖像権の判断基準は示されていなかった。そのため、被写体から同意が得られないような写真の場合に、デジタルアーカイブの現場では萎縮が生じかねず、本来デジタルアーカイブに保存され、活用されるべき多くの写真等が死蔵されるおそれがあった。 そこで、デジタルアーカイブ学会法制度部会は、肖像権の判断基準を客観化できるようにするために、 2019 年 9 月にシンポジウム「肖像権ガイドライン円卓会議一デジタルアーカイブの未来をつくる」[3][4] を開催し、「肖像権処理ガイドライン (案)」(以下「ガイドライン」)を公開した。その後、シンポジウムを重ねてガイドラインを改訂し、現在、第 3 版となっている(第 2 版以降は、「肖像権ガイドライン (案)」と改称) ${ }^{[5]}$ 。 ## 2.「肖像権ガイドライン (案)」実証実験の実施概要 ガイドラインは、数藤など法律の専門家を中心に進 められてきたが、原田はデジタル映像アーカイブを実際に運営しているものとして、肖像権がどういう社会的な文脈のもとで問題化されているかについて、より深く考察されるべきだと考えていた。そこで、法制度部会より実証実験の話があったことを契機にし、ガイドライン第 3 版(図1)をもとに、新潟大学人文社会科学系附置地域映像アーカイブ研究センターの「にいがた地域映像アーカイブデータベース」(以下「データベース」)の写真を用いて、実証実験を行うことにした。新潟大学人文学部の授業、2020 年 5 月 26 日 (火) 4 限「社会情報論・応用情報論」、6月 16 日(火) 4 限「映像社会論」で、学生にガイドラインに沿って判定してもらい、その判定が社会的に妥当なものか、さらには、学生たちが肖像権というものをどう意識しているのか明らかにすることを目指した。 「にいがた地域映像アーカイブデータベース」[6] は、新潟を中心にした映像を集積したもので、2020 年 3 月現在、写真約 9 万 2,500 点、動画約 400 本、絵葉書約 3,800 点、音源 700 点を公開している。その映像の大半は、劇映画やテレビなどのマス・コミュニケー ションの領域のものではなく、村や町のなんらかのコミュニティが自分たちのために記録し、保存し残してきたものである。なお、2020 年 8 月末のジャパンサー チ正式版にて、約8万点近いデータが公開されている。 図1「肖像権ガイドライン (案) $\rfloor^{[5]}$各授業における学生の内訳は人文学部の 3〜4年生を中心とし、5月 26 日は 33 人 (男性:14人、女性:19 人)、6月16日は 46 人 (男性:12人、女性:34人)であった。授業実施にあたっては、まず、ガイドラインの説明を数藤が行い、そのうえで、データベースの写真を使って、ガイドラインをもとにした練習を 5 点ほど、原田が行った。その後、データベースから、36点を指定し[注1]、各自がガイドラインをもとに採点した。さらに、採点するにあたって、どういう考え、感覚、感情をもとにしているかを、明らかにすべく、5つの質問事項を設けた。 (1)当該写真は、写されたとき、どの範囲で見られることを(公開を)前提にしていると考えられるか。(2)当該写真の肖像権の点数化をしてみて、公開・非公開の結果は妥当であるか?妥当ではないと感じられた場合、その理由を書くこと。(3)当該写真をデジタルアーカイブで、公開するにあたって注意すべき点は何か。(4)当該写真を社会的に共有することで明らかになりそうなこと、あるいは、公開されることで、何が明らかになることが予想されるか?(5)当該写真に自分の身内が写っているとしたら、どう感じるか? これらの質問事項について 10 字〜200 字のコメントを記入することが求められた。なお、提出されたレポートについては、次の週の授業において、レポートをもとにした応答とコメントを原田、数藤が行った。さらにまた、数藤 ${ }^{[7]}$ と原田 ${ }^{[8]}$ が肖像権について書いた 2 の論文を読んでもらい、実験に参加してみて、肖像権について考えたこと、あるいは、「ガイドライン」を修正するべき点などについて、新たに 600~800 字の範囲内でレポートを書いてもらった。 なお本文中で参照した写真については、表 1 にサムネイルと出典を示した。より大きな写真は J-STAGE Data で公開する。また5月26日(火)4限「社会情報論・応用情報論」における、写真(1)KYO-P-011-036(表 2)、写真 (2)NM-P-001-023-10(表 3)の採点表を例として示した。 ## 3. 実証実験からの示唆 \\ 3.1 総説 今回の実証実験は、学生を対象にガイドラインの妥当性を検証する初の試みとなった。実験結果の詳細な分析は後日に委ねるが、まずは実証実験を通じて得られた、取り急ぎの所見を以下に述べる。 まず、今回の実証実験で用いられた写真は、公務中の政治家の写真から、お座敷の芸妓、結婚式、葬式、季節の催事、一家団らん、地元の祝い事、浴場、盆踊り、学校の子どもたち、ポートレート等、様々な場面のものが含まれており、被写体やアングルも多様であった。 にもかかわらず、大半の写真において、ガイドライン 表1「肖像権ガイドライン」実証実験に用いた写真(一部) のポイント計算から導いた公開・非公開の結果と学生の感覚に、大きな隔たりは見られないようだった。ただし、 50 年以上前の浴場での裸体が見える写真や、 100 年以上前に撮られた写真などでは、ガイドラインの結果と感覚に相違も見られたため、改訂の参考にしたい。 また、ガイドラインの使い方については、講義の中で短く説明したのみであったが、その直後から、学生はガイドラインのポイント計算を的確に行っていた。個々の考慮要素の中には、「私生活」や「公共の場」 の該当性など判断に迷うものも見られたが、概ね写真 1 枚あたり数分以内に判断を終えており、初見でもガイドラインを使えることを確認できた。 ## 3.2 学生の発言等からの示唆 学生の発言やレポートからは多くの示唆を受けたが、とくに重要な点を以下に 6 点ほど抽出したい。 ## (1)感想の属人性 まず、上記レポートの項目(5)「自分の身内が写っているとしたら、どう感じるか?」の結果をみると、学生ごとに差が見られた。ある学生は殆どの写真に「何とも感じない」と答え、別の学生は殆どの写真に「はっきり写るのは嫌だと答えていた。個人の感覚のみに委ねると、写真の公開の判断はどうしても属人的になり得る。そのため、ガイドラインである程度の画一的な基準を設けて判断することの意義を再確認できた。 ## (2) バイアスへの注意 結婚式の花嫁行列の写真 NM-P-002-046-04 (写真(3)) で、「花嫁の顔が笑顔でない」、「複雑な表情をしている」 ので公開に注意すべきとの意見があった。しかし、花嫁は結婚式のあらゆる瞬間において終始笑顔とは限らない。この意見を述べた学生は、結婚式では花嫁が笑顔を浮かべるものというバイアスに影響されたと思われる。写真の文脈を考慮することは重要であるが、1 枚の写真から必要以上に物語を読みすぎてはならない。 ## (3)故人の権利の有無 葬式の写真 KMI-P-013-009(写真(4))で、「故人の遺影の公開は上万しくない」、故人のプライバシーにも配慮すべき」との意見があった。しかし法的にみると、肖像権やプライバシーは人格に関する権利・利益であり、死後には人格が消滅して肖像権等も有しないと考えられている。ここでは故人の権利という枠組みではなく、残された遺族自身の「敬愛追慕の情」の侵害などを検討することになる。 ## (4)幼児期の写真の特殊性 現状のガイドラインでは「16歳未満」の基準で一律にポイント計算がなされているところ、「15歳の頃の写真と幼览の頃の写真では、公開への忌避感が異なる。なぜなら幼览の頃は顔かたちが現在と異なるからた」との意見が散見された。これは、そもそも写真から本人を判別できるかという論点とともに、容ぼうの同一性が減少すると権利侵害の度合いも減るのかという興味深い論点を提起する。 ## (5) モノクロ写真の特質 「モノクロ写真たと公開に抵抗を感じない」との意見があった。これは感覚的には理解できるところであり、現状のガイドラインでも古い写真ほど公開しやすくなっている。もっとも、最近ではモノクロ写真をカラー化する研究も進んでおり、カラー化すれば公開へ 表25月26日(火) 4 限「社会情報論・応用情報論」での学生の採点表(写真(1)KYO-P-011-036) & & & 大写し (-10) & & 0 (該当なし) & 0(該当なし) & 30 (撮影後 40 年経過) & 55 \\ & 0 点 & 0 点 & & +60 点 \\ の抵抗感が増すのかといった点は検討に値する。 ## (6)被写体の名誉 「顔の写りがよくない写真については本人の気持ちを考慮すべき」との意見があった。たしかに裁判所の判断においても、被写体にとって不名誉な写真か否かを考慮する傾向がみられる[9]。そのため、被写体の不名誉になり得る写真を公開する場合には、その写真でなければならないか(写真の非代替性)も検討に値する。 ## 3.3 小括 以上に駆け足で述べたように、今回の実証実験では、 ガイドラインの改訂に向けて様々な論点を発見できたほか、学生の意見にも示唆が多く有意義な取り組みだった。熱心に取り組んでくれた学生諸氏に、改めて感謝の意を表したい。 ## 4. 肖像権「意識」を生み出している社会を分析する ## 4.1 調査尺度としての「肖像権ガイドライン」 映像は写し、写され、それを見る3者の関係性のなかで生起するものだが、写されたものには、バルトが言うように「それは=かつて=あった」[10] という痕跡性をもつ。その痕跡は、本来は 3 者の関傒性であるのだが、通常は、写された者の痕跡、肖像権として意識される。その痕跡は、映像を記号としてや、情報として扱うには過剩なものとして存在し、また、単なる記号としてや、情報として扱うことを拒絶する根拠となる。しかしながら、映像は写った像にすぎず、写された人、本人そのものではない。現在、それにもかかわらず、時に写された像をあたかも個人の身体一それが生きたものでないことからすれば他者にゆだねられた献体を扱うかのように権利が主張される。どういっ 表35月26日(火)4限「社会情報論・応用情報論」での学生の採点表(写真(2)NM-P-001-023-10) & -20 (性器、乳房) & 0(該当なし) & & 20 \\ & 30 点 \\ ## た背景があるのだろう。 ガイドラインによってつけられた学生の採点表をみると、採点そのものの幅はそれほど広くなく、ある程度、規準として機能していることがみえる。そこで、 ここではガイドラインが法制度的に適正かどうかという議論とは別に、ガイドラインという尺度(規準)によって、学生たちが日常生活における映像受容のあり方、写された像にどういった意味を見出し、何を感じているのかという価値判断のあり方をみるものとして分析してみた。つまり、映像を写し、写され、その映像を楽しむ受容基盤、人間関係のあり方を探る鏡としてガイドラインを扱った。デジタル化以前の社会で共有されていた写った像を、デジタル化以降の社会で生 まれた若年層はどう感じるのか、そこに現在進行している構造的な意識変容がみえてくると考えたからだ。 まず、この実証実験で前提となっていることは、「データベース」に集積された映像(写真)が、村や町にあったさまざまなコミュニティ内の人間関係の合意のもと、写し、写され、それを見て楽しんできた生活の営為の蓄積を集合したものだという点である。これは、一般的なマス・メディアを中心にした他の映像アー カイブとは異なった特色である。当然のことながら、 そうした蓄積された映像の在来知を、現在のデジタル社会に打いて、新たに共有化する必要があり、その器として、デジタルアーカイブが想定されてきた。しかし、 すでに現在の状況は進んでいる。それを受容すること になる若年層は、現在の生活基盤とは異なった人間関係のなかで写し、写され、その映像を楽しんできた文化を、理解することが難しくなってきている。アーカイブを運営する高年層の人びとは、過去を知らない若年層が、現在のメディア状況のなかで、かつての映像をどう解釈するのかを認識する必要がでてきている。 ## 4.2 冠婚葬祭における肖像権 最初に、村の冠婚葬祭からみてみよう。新潟の山間部では、1990 年代頃まで花嫁が花婿の家まで歩いて行く花嫁行列が行われていた。花嫁行列は村における打披露目であり、写真に撮ることもまた、そうしたコミュニティの記憶をとどめておくための外部装置としてあった。今回の実験であげた NM-P-002-046-04(写真(3))は、写真家・中俣正義の代表作「雪国の花嫁」 と題したシリーズの 1 枚で、1955(昭和 30)年 3 月 16 日、南魚沼市 (塩沢町) 中之島村から石打駅までの雪道の行列を写したもので、花嫁ならびに親族の承諾のもと写され、雑誌などにも揭載されたものである。実験では、こうした詳細は特に知らせていないので、 データベースの写真と内容説明のみで判断することになる。学生のコメントで興味深いのは、結婚は私的なものであり、それを写すものは親族、友人などであるから、そうでない第三者の撮影は「盗撮」の可能性が高いとする意見があったことだ。なお、「データベー ス」にはこのシリーズは 58 枚あり、検索すれば、盗撮でないことはすぐに分かるのだが。どちらにしても、 こうした意識の背景には、スマートフォンなどで自動的で簡便な撮影が可能になり、写される人と関係を取り結ばなくても撮影ができるようになった技術的な発達がある。つまり、技術の進歩が、写す人と写される人との関係を稀薄化させ、簡略化することが可能になったことが[11]、逆に、勝手に写されたのではないかというプライバシー侵害意識、肖像権問題を浮上させているという現代的な構図があらわれている。 同じことは葬式においてもある。YKT-P-019-087-10 (写真 (5) ) は、写真家・片桐恒平が 1993 (平成 5)年 9 月 15 日、長岡市山古志の川上忠一の葬式を写したものだが、「隠し撮り感がすごい」とする。このシリー ズも 35 枚あり隠し撮りではないが、学生にとって葬式というセンシティブな儀礼を撮りえる第三者の関係の可能性が想像できなければ、隠し撮りや盗撮と意識されることになる。 ## 4.3 忘却される記憶と残される記録 学生にとってこれらの写真は、なぜ、撮られたのか「意図がよくわからない」ものとしてある。多くの学生にとって、アーカイブの映像は意味の分からない、用途不明の写真が積み上がっている。さらに、それだけでなく、時には恥ずかしい社会の記憶としてしか認知できないものもある。NM-P-041-088-20(写真(6))と NM-P-041-089-07(写真 (7))は、中俣正義が 1958(昭和 33)年 5 月 27 日、新潟市中央区西堀前通にある金辰(かねたつ)での打座敷のようすを撮影した 76 枚のうちの 2 枚である。学生にとってお座敷遊びが、ほとんど想像の打よばない世界であり、今でいう「キャバクラ」みたいなものとしてしか想像できない。さらには、「被撮影者の中に犯罪を犯した者や世俗的に認められないような人がいる可能性がある」と学生が書いているのは、花街がアンタッチャブルな世界としてイメー ジされているのだろう。これらのイメージは実体験からきたものというより、さまざまなメディアを通じて形成されたものだ。どちらにしても、これらの写真は私的な遊びを写したものであり、公開されるべきものではないと意識されている。さらに、NM-P-041-089-07 (写真(7))はあからさまなセクハラ現場の写真として意識されている。実際には、この一連の写真が、花街を紹介するために撮られているものであり、写す側だけでなく、写されている客や芸者にとっても了解事項のなかで撮影されており、本当にこの写真がセクハラだったかは疑問としなければならない。花街や芸者、 さらには水商売への無知は、密かな選別意識とともに、社会的恥部としてしりぞけようとする意識がある。 当然のことながら、学生の社会的な経験の不足がこうした意識を拡大させていることは間違いない。その意味では、逆のケースもある。KMI-P-011-076(写真 (8))は、自衛隊員のスナップショットにすぎないものだ、、制服を着ていることから、公的なものとして受け入れられ、違和感をもつことは少ない。また、 YKT-P-024-033-02 (写真(9)) が学校内であることから、自分たちの経験から問題ないとされる。こうした学校の写真に対する寞容さは、もし学校に子どもを通わせている母親が学校内の写真について肖像権を判定したとするなら、逆になる可能性が高い。 ## 4.4 人間関係の変容とデジタルアーカイブ こうした肖像権をめぐるさまざまな意識のありようは、私的領域と公的領域のあり方や、家族や男女の社会的関係のあり方が変わり、個人化が進んでいることがあり、社会における経験そのものが変容したことがある。多くの若者たちは、現在とは異なる理解不能なさまざまな日常生活における人間関係や、その慣習、 さらには文化に直面しとき、現在的な社会的な意味の磁場のなかで急遽、価値づけをし、その対応としてマス・メディアでよく行われるモザイク処理を安易に結びつけようとする。学生はしばしば、モザイクによる解決を求めるのは、強い排除意識というより、自分のいる場所から遠ざける、遠隔化することで、意識の世界から稀薄化させる一問題を見ないようにしているといってよい。今回の実験を通して、これまで「モザイク処理すれば良いと安易に考え」ていたと、率直に書いている学生がいたことは興味深い。 どちらにしても、若年層の意識の変容を計ることにはさらなる調査が必要なことは論をまたないが、テクノロジーの進展は、明らかに人間関係の変容とともに相即的に進んでおり、それはそのまま過去の映像への解釈へと投影されているといってよい。現在の自らのプライバシー感覚や、あるいは個人情報がデジタル空間上に曝されているという強い意識が基層にあり、それは映像解釈に反映しているだけでなく、自らの意識や行動をも規定している。デジタルアーカイブを運営しているものは、利用者側の意識の変容について、注意を向ける必要がある。 YKT-P-024-033-02(写真(9))を見た学生は、「私はこのような写真がネット上の HP に載るような時代に学生生活を送ってきた」と自分のアイデンテイティがデジタル化された世界のなかで形成されてきたことを、この実験を通して自覚することになった。当然のことだが、デジタル化されていない世界で自らのアイデンティティを形成してきたものにとっても、同じではないが事態が変容していることに直面する必要がある。さまざまなメデイアによるイメージや情報が織りなす、意味の網目のなかで、写し、写され、それを見て楽しむ関係が作られていることは変わらないが、共有化していく万法は、それに合わせて、どうあるべきなのか、考えなければならない。 どちらにしても、今回のガイドラインは実務的な意味だけでなく、研究的にも有益な試みだったといえる。 ## 5. おわりに 本論は、1.はじめにでは原田・数藤により、現在、肖像権がどういった社会的文脈で問題化されているのかについてふりかえつた上で、2.「肖像権ガイドライン (案)」実証実験の実施概要で、原田・数藤が実証実験全体の概略について述べたうえで、3. 実証実験からの示唆で、学生のコメント等から得られた示唆に ついてガイドラインの策定者の立場から数藤が応えた。また、4. 肖像権「意識」を生み出している社会を分析するで、肖像権がどういった社会的文脈のなかにあるかについて原田が分析を行った。 ## 注 [注1]扱われた写真は「にいがた地域映像アーカイブデータベース」[6]ののであり、以下に参照番号を示した。 KYO-P-011-036、KYA-P-009-039(6月16日 YKTP-024-059-01)、NM-P-041-088-20、NM-P-041-089-07、 NM-P-042-018-13(6月16日 IF-P-001-025)、NM-P-002046-04、YKT-P-018-070-12、YKT-P-018-117-97(6月16日 YKT-P-019-087-10)、KMI-P-013-009、NM-P-062-020-24、 NM-P-002-028-10、TK-P-005-003-05、YKT-P-006-142-01、 TK-P-006-038-26、TK-P-003-007-05、TK-P-003-046-22、 NM-P-001-023-10、NM-P-057-030-09、YKT-P-016-175-28、 NM-P-002-024-08、IF-P-001-055、NM-P-045-030-04、 YKT-P-004-035-02、YKT-P-004-035-12、NM-P-060-02612、YKT-P-021-071-25、KMF-P-004-001、YKTP-006-108-06、YKT-P-004-006-06、KNA-P-002-016-27、 YKT-P-024-033-02、TK-P-001-016-05、KMI-P-011-076、 TK-P-004-011-17(6月16日 KOH-P-010-008b)、YKTP-016-159-07、YKT-P-017-072-80 である。 ## 参考文献 [1] 長坂俊成「自治体が運営する災害デジタルアーカイブ」福井健策監修, 数藤雅彦責任編集『デジタルアーカイブ。 ベーシックス 1 権利処理と法の実務』勉誠出版. 2019, p.71, 72, 77 . [2] 総務省「震災関連デジタルアーカイブ構築・運用のためのガイドライン」 https://www.soumu.go.jp/main_content/000225069.pdf (参照 2020-06-27) [3] 松田真「「肖像権ガイドライン円卓会議」参加報告」デジタルアーカイブ学会誌. 2020, vol. 4, no. 1, p. 62. [4] 瀬尾太一「デジタルアーカイブにおける肖像権の諸問題」 デジタルアーカイブ学会誌. 2020, vol. 4, no. 1, p.41-43. [5] デジタルアーカイブ学会・肖像権ガイドライン案 http://digitalarchivejapan.org/bukai/legal/shozoken-guideline (参照 2020-06-27) [6]「にいがた地域映像アーカイブデータベース」 http://arc.human.niigata-u.ac.jp/malui/index.html\#!page2 (参照 2020-06-27) [7] 数藤雅彦「インターネットにおける肖像権の諸問題:裁判例の分析を通じて」情報の科学と技術. 2020, vol. 70, no. 5, p.231-237. [8] 原田健一「デジタル空間が生み出す映像アーカイブ権の可能態をめぐって」(人文科学研. 146輯, 2020, p.Y37-Y61). [9] 数藤雅彦, 前掲, p.234. [10] ロラン・バルト, 花輪光訳『明るい部屋』みすず書房. 1985, p. 93. [11] ジグムント・バウマン,デイヴィッド・ライアン, 伊藤茂訳『私たちが, すすんで監視し, 監視される,この世界について』青土社. 2013, 第 3 章.
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Japan Society for Digital Archive
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# 特集:ジャパンサーチ ## ジャパンサーチを活用した小中高での キュレーション授業デザイン: デジタルアーカイブの教育活用意義と 可能性 \\ Curation class design for elementary, middle and high schools utilizing Japan Search: Significance and potential of educational use of digital archives \author{ 渡邊英徳 \\ WATANAVE Hidenori } 東京大学大学院情報学環 東京大学大学院学際情報学府 抄録: 情報化の進展を背景に、学習指導要領では調查や諸資料から様々な情報を調べてまとめる技能や、多面的・多角的に考察する力の育成が教育目標として記されている。この実現のために MLA 資料の活用が推奨されているが、その学習デザインについては十分に議論されていない。そこで本研究では、ジヤパンサーチを活用した探究的キュレーション授業を開発し、小学校・中学校・高等学校で授業実践を行なった。これにより、监童生徒が自ら立てた問いに基づいて学びを展開することで多面的・多角的な視座を育む契機を創出する学習デザインの一例を示すことができた。一方で実践を通して、ジャパンサーチの教育活用を進展する上での課題も明らかになった。 Abstract: The Courses of Study of the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology state that the goal of education is to develop the skills to investigate and integrate information from surveys and other sources, and to develop the ability to think over from multiple perspectives. For these purposes, the use of MLA materials has been recommended, but the design of MLA has not been sufficiently discussed. In this study, we developed an inquiry-based curated class using Japan Search, and implemented it in elementary, junior high and high schools. The results showed an example of a learning design that creates opportunities for students to develop multifaceted and comprehensive perspectives by developing their own learning based on the questions they formulate. On the other hand, we also found that there are some issues that need to be addressed in developing the educational application of Japan Search. キーワード : ジャパンサーチ、デジタルアーカイブ、キュレーション、探究、多面的・多角的、一次資料、教育 Keywords: JAPAN SEARCH, digital archive, curation, inquiry learning, multifaced perspectives, primary materials, education ## 1. はじめに デジタルアーカイブの普及推進のためには、連携 (インプット) と利活用 (アウトプット) 両者の検討を進める必要がある。本稿では後者、とりわけ教育活用を推進する立場で議論を進める。具体的には、ジャパンサーチを活用した小中高での授業実践から、デジタルアーカイブの教育活用デザインのあり方について議論する。デジタルアーカイブの教育活用を推進するためには、教科書やカリキュラムと接続させた上で、览童生徒自身の「問い」に基づいた実践の積み重ねが必要である。将来的には、そのような実践による「教育現場でどう使ったか」という事例デー夕も含め、 MLA(博物館・図書館・文書館)等のデジタル資料に教育メタデータを紐付けた資料探索プラットホームの構築が望まれる $[1]$ 。本稿ではそうした展望の先にある 「デジタルアーカイブ社会」の実現へと繋がる学習デザインとして、デジタルアーカイブを活用した「キュレーション授業」を提案する。本稿を通じて、児童生徒の多面的・多角的な視座を育む学習デザインの一例を呈示することができ、MLA デジタルアーカイブの教育活用の議論が進展することを期待する。過去と現在を繋ぎ、資料を览童生徒の考え・表現とともに未来に継承できるような学習デザインが今後ますます検討されることで、未来を担う児童生徒の豊かな学びが拡 張されるはずである。 ## 2. 背景 情報化の進展により様々な資料がデジタル化され、多様なデジタルアーカイブスが構築されている。そしてそれらにストックされた資料群は、児童生徒の深い学びを支援する教材となる可能性に満ちている。しかしながら、情報が氾監し、様々なアーカイブスが乱立する現代においては、教員や児童生徒はどこにどのような資料があるのか把握できないという課題がある。 そうした中で、わが国が保有する多様な資料コンテンツのメタデータをまとめて検索できる「国の分野横断統合ポータル」として構築されてきたジャパンサーチは、デジタルアーカイブの中核的機能を担い、教育活用の面では教員の教材開発や児童生徒の探究的な学びを支援することが期待されている。したがって、今後はジャパンサーチを活用した教育実践が蓄積され、教育現場でのデジタル資料の適切なフローとコミュニケーションを創発するための議論が重ねられていくことが望まれる。しかしながら、ジャパンサーチは勿論のこと、デジタルアーカイブを活用した授業デザインやその評価・分析に関するデジタルアーカイブ学と教育学を架橋した議論は未だ十分に行われているとは言い難い。そこで本研究は、新学習指導要領でも教育目標に揭げられた「調査や諸資料から様々な情報を効果的に調べまとめる技能」「多面的・多角的に考察する シーを育成するための手法として「多様な資料を探究的にキュレーションする授業」を開発した。 なお本研究では、ローゼンバウム $(2011)^{[3]}$ や佐々木 (2011) [4] の議論を参照した上で教育学の文脈を踏まえ、「キュレーション」という語を「膨大な情報の海の中から、自らの[問い]に基づいて、[問い] を解決したり深めるために適切な情報や資料を収集・選択し、そこに新たな意味を与え、他者と共有すること」 と定義する。 事項以降ではこれまでに本研究が上記議論に則して行った、ジャパンサーチを活用したいくつかの実践について紹介する。 ## 3. ジャパンサーチの活用実践 \\ 3.1 ギャラリーの構築 ジャパンサーチには既に膨大な資料が収集・ストックされており[5]、専門家が利用する際には明確な目的意識、すなわち「どのような資料をどのような機関から探したいか」という目星をある程度持って検索する ことが予想される。しかし非専門家である一般ユー ザー、とりわけ学校教育での活用を想定した場合の览童生徒にとっては、まずは興味関心をひくインター フェースであることが望まれる。デジタルアーカイブの教育活用を進展していくためには、「すでにそこにいる」専門家ではない「まだそこにいない」非専門家の眼差しを共感的に理解し、新たな利用者が使い続けたいと感じる機能やインターフェースデザインの検討が必要である $[6]$ 。 そのような入り口機能のインターフェースデザインの観点から見た際に、ジャパンサーチに実装されている「ギャラリー」は重要な役割を担っている。「ギャラリー」は専門家によって資料がキュレーションされたコンテンツで、これらを眺めているだけでも楽しむことができる。しかしながら些か堅い内容のものも多いため、資料と一般ユーザーや子どもたちとの距離は少し遠いかもしれない。そこで筆者らはジャパンサー チの活用例として、(i ) 非専門家の興味関心を高めるキュレーションデザイン、(ii)教育活用におけるキュレーション学習のモデルケース (可能性の模索)、というコンセプトでギャラリー作品を制作した。テーマはオーソドックスな「東海道中膝栗毛」を選んだが、構造と見せ方を工夫し、ポップな旅行サイトのページをめくるような感覚で資料を楽しく探索できるようにした ${ }^{[7]}$ 。児童生徒の目線でのキュレーションを仮想して制作を進め、「映えスポット」「江戸グルメ」などキャッチーなワードでタイトルを構成し、現代の宿場町の様子とリンクさせることでタイムトラベルを想起できるよう工夫した。このように、一つのテーマのもとに複数の資料をキュレーションすることで、資料と資料のつながりを考え、資料の背景にある社会状況などの歴史的・地理的な情報を調べることになる。また、時代横断的なキュレーションは時代ごとの特徴や過去と現代との接続を考えるきっかけにもなる。このようなキュレーションを通じて生じる学びは、学校教育にも応用可能である。しかしながら、ジャパンサーチのギャラリー構築機能は一般向けに開放されたものではなく、また構造の把握や操作性に難しさがあるため学校教育において上記デザインを踏襲することはできない。そこで本研究では、ジャパンサーチ上で全てのユーザー向けに実装されている「マイノート機能」に注目した。 ## 3.2 エディタソンでの「マイノート機能」を活用した ワークショップ 国立国会図書館主催で 2019年11月、「ジャパンサー チ×エディタソン-新しいキュレーションを模索するー」が開催された。このエディタソンでは、ジャパンサーチ上で利用者自身が手軽に資料をキュレーションできる「マイノート機能」が用いられた。東京国立博物館の田良島氏と筆者大井がゲストスピーカー・講師として登壇し、大学生から MLA 関係者まで幅広い層の参加者とともに和やかな雾囲気でイベントは進行された。参加者は5チームに分かれて2時間のキュレーション作業を行い、最後に作品をスクリーンに投影して各チームが成果物を発表するというワークショップデザインであった。参加者の興味関心からキュレーションされた作品は多様且つユニークで、その一部はジャパンサーチ上で公開されている[8]。参加者からのアンケートでは、「チーム分けによって思いもよらぬ検索の面白さを感じた」「マイノートは自分の好きなものをまとめられるいいツールだと感じた」 といった好意見があり、ジャパンサーチの教育活用実践に向けて手応えを感じた。しかし一方で、参加者からは「保存共有が難しい」「ノートの統合機能が欲しい」「サムネイルが少ない」などといった声も寄せられ、今後の課題も明らかになった。 ## 3.3 ノートボード機能の仮実装 上記エディタソンで明らかになった課題のうち、教育実践に向けて特に改善を要すると考えた点をジャパンサーチの機能開発面を担当する国立国会図書館職員と議論した。デザインした授業プランを伝え、児童生徒が共同キュレーション作業をしやすい環境、すなわちマイノート機能の統合・拡張を要望し、マイノート機能とは別に「ノートボード機能」を仮実装していただいた(図1)。 図1ノートボード機能のインターフェース これはマイノートでキュレーション、編集したものを共通の URL 上で保存・共有できるもので、班ごとに作品を統合することも可能である。なおこの機能は、本研究の実践を通してのフィードバックも参考にしていただき機能がブラッシュアップされ、ジャパンサー チ正式版では名称を変更して実装予定である(2020 年7月現在)。このような作品をオンライン上で提出 $\cdot$管理可能な機能は、遠隔教育の必要性が高まる昨今において重要な要素となるだろう。 ## 3.4 本研究における小・中・高でのキュレーション授業デザインの要点 学校教育における授業では、一過性のイベントではなく過去に学習したことやこれから学習することに接続させ、「主体的・対話的で深い学び」の視点で実践を行う必要がある。そこで本研究では、学習指導要領にも育成すべき力と明記されている「多面的・多角的な見方・考え方」を育むことを教育目標とし、(1)学校での学習内容と接続したキュレーション、(2)児童生徒の「問い」に基づくキュレーション、の二点に重きを置いて授業をデザインした。 本研究ではまず、導入場面で学校で学習する内容に関連の深い、ある一つの資料から問いを設定するところから学習を開始した。この導線により、二つの意味で多面的・多角的な見方・考え方を育成することが期待できる。第一に、同一の資料に対して各自が立てた問いを持ち寄ることで、着眼点や見方・考え方が人によって様々であることを学ぶことができる。第二に、同一の資料からスタートした探究的キュレーション学習によって、各自が収集し持ち寄る資料やその解釈、 テーマ設定やまとめ方・伝え方が多様であることを学ぶことができる。こうした学習を通して、画一的な解釈や一面的な理解から脱却し、学びを深めることが可能になると考えられる。同時に、教科書の学習事項と関連の深い資料を起点とすることで、カリキュラムや各単元の教育目標に沿って様々な角度から学習事項を理解することができる。このように教科書の内容に接続させて学習を展開することは、学校教育におけるデジタルアーカイブ資料の利活用を持続可能的に推進していくという観点においても重要である。同様に、評価手法の検討もデジタルアーカイブの教育活用の進展・一般化のために重要である。本研究では授業観察におけるプロトコル分析や事前事後の質問紙調査と並行して、児童生徒の認識変容を捉えるためのライティング・ルーブリックを設定して分析を行なっているが、本稿では詳細は割愛し、他の機会にて改めて議論する。 ## 3.5 小学校での授業実践 東京学芸大学附属竹早小学校において 6 学年 1 クラスを対象に 1 時間、 2 時間、 2 時間の計 5 時間を 3 日間に分けて実施した。当校はタブレットが学校に 10 数台配置されており教員間で調整の上自由に使用できるが、普段の授業ではあまり活用されていない状況であった。 第 1 回授業では、ジャパンサーチより導入資料として教科書で学習する幕末の開国・開港に関連の深い資料である「神奈川横浜新開港図」(図 2)を活用した。 図2 導入に活用した資料「神名川横浜新開港図」 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1305641 (参照 2020-02-15) 児童らはまず、この資料を見て自由に問いを立てた。次に「他にどのような資料があったら立てた問いを解決したり深めることができるか」という発問を出し、今回は横浜と同時期に開港された神戸の資料としてジャパンサーチより「摂州神戸海岸繁栄之図」(図 3) を提示し、両資料を比較することで新たに生まれた問いについて議論した。 図3 導入に活用した資料「摂州神戸海岸繁栄之図」 ARC浮世絵ポータルデータベース/立命館ARC所蔵 https://www.dh-jac.net/db/nishikie/arcUP8159/portal/ (参照 2020-02-15) この際、班ごとに小さなホワイトボードを配布し、自由に書き込めるようにすることで資料・問い・仮説を視覚化し、議論の活性化を図った。以下では授業観察により明らかになった、児童の学びの一場面を紹介する。 横浜図と比較して神戸図では外国の国旗がある点に注目した児童らは、「開国までの文脈では米国が主導的に登場していたのにも関わらず、神戸図に米国旗がないのはなぜか」という問いを設定した。そこで教科書・資料集・年表・地図帳等で調べるなかで、貿易開始後の米国は南北戦争の渦中にあったと以前に学習したことを思い出した。この児童らは教科書等に記載されている「知識」と今回用いた資料への「問い」を結びつけ、南北戦争の影響がこの図にも現れているため、英国及び鎖国中も関係性のあった蘭国の国旗のみが見られるのではないか、という結論に至った(図 4、5)。 図4 資料比較より国旗に注目した児童らは「米国旗がないのは、なぜか」 という問いを抱いた 図5 資料への問いと教科書などの学習事項とを結びつけ、「開港初期の貿易相手国はイギリスが中心だった」という知識を探究的に理解した事例 このように 2 つ資料を比較して生じた問いやその問いに関して議論したり調べたりして明らかになったことや考えたことを、班ごとに発表し、教室に揭示した。これにより、同一の資料から生まれた問いや考えが多様であることが教室全体で共有された(図 6)。 図6 第 1 回授業の発表風景。児童らは新たに生まれた問いを共有した 第 2 回授業では前回の資料比較で生まれた問いを発展させる形で班ごとにテーマを設定し、ジャパンサーチを活用したキュレーション活動を iPad で行った(図 7)。 図7 第 2 回授業のキュレーション風景タブレットでジャパンサーチを活用して探究した 同一資料からのテーマ設定であったが、服装・動物・港・絵画・外国人などキュレーションの方向性は多様であった。 以下では授業観察により明らかになった、児童の学びの一場面を紹介する。 横浜図と神戸図を比較して建物の違いに注目した班は、「横浜図の建物のマークは何を表しているのか」という問いを立てた。キュレーションの結果、江戸の店舗が特集された「江戸買物独案内 2 巻付 1 巻 ${ }^{[9]}$ という江戸後期文政年間に刊行された資料を探し当てた。この資料は原典全てのページを閲覧できるようデジタル化されている。そこで横浜図に描かれたマークが現在の三越のものであることを知り、現代との繋がりに気づき喜ぶ様子が見られた (図8)。 また、ファッションをテーマにした他班の発表により、三越で戦後初となるファッションショーが行われていたことが明らかになった。こうして一つの資料から始まった多様なキュレーションにより、江戸・昭和・そして令和が複数の資料を媒介として児童の中で接続された。 図8 横浜図資料への問いから発展させて見つけた江戸時代の店舗のマー クが記載された資料。この資料のように、ジャパンサーチでは原典資料の中身を閲覧できる資料もある 第 3 回授業では、各班がキュレーションした資料をノートボード機能のインターフェースを活用してスクリーンに投影し、発表活動を行った。その際、第 1 回授業で用いたホワイトボードを用いてデジタルとアナ ログを併用して発表する班や、動画編集ソフトを用いて映画の予告編風の動画作品を制作して発表する班もあり、表現方法においても工夫が見られた。 ## 3.6 中学校での授業実践 東京都の大泉高等学校附属中学校で 1 学年 3 クラスを対象に 1 時間ずつ 3 日間の実践を行う予定であったが、COIVID-19の影響で各クラス 1 日間のみの実践となった (図9)。 図9 中学校での授業実践風景 当校はノート PCが 40 台配備されており、教員間で調整の上自由に使用でき、社会科では普段より活用されている状況であった。また今回の実践では、小学校では iPad、中学校ではノート PC、高校ではデスクトップ PC と、異なるデバイスで実践を行った。どのデバイスでも今回デザインした授業は実践可能であることが明らかになったが、校種を問わずICT 機器全般に不慣孔な坚童生徒もいたため、クラス内での活動進捗に差異が生じないよう巡回による支援を行なつた。なお、同中学校では 2020 年度もジャパンサーチを活用した実践を継続しており、同じ学校での複数クラスでの実践を通して、今後どのようなクラス間差異が生じ得るのかという点にも注目したい。 ## 3.7 高等学校での授業実践 広島県の私立校である新庄学園高等学校において 1 学年と 2 学年の合同クラスで 3 時間、 3 時間の計 6 時間を2 日間に分けて共同 PCルームにて実践を行なった。 本実践ではキュレーションを通して、問いと資料、自分の問いとチームメイトの問いをどのように繋げ、 キュレーションの結果として何を他者に伝えるのか、 という点を重視した。その結果、PCに向かって作業するだけでなく、議論に多くの時間を割く班の様子も見られた(図10)。 また、キュレーション中も教科書記載事項や学術的な議論の上にも立って発表作品を制作するよう巡回に 図10各自のキュレーションと班のテーマの統合について何度も議論が重ねられたチームの活動風景 図11教科書や論文のリサーチと資料キュレーションを往復して作品を制作した班の活動風景 よる声がけなどの支援を行なった。そのため、作業中はジャパンサーチと教科書・資料集を行き来する様子や、CiNii で論文を発見し、議論を深めようとする様子も見られた(図 11)。 各班が設定したテーマは「なぜ日本人は神社に行くのか?」「日本人の衣服はどのように変遷したのか?」 など多様なものになった(図 12)。 図12 生徒のキュレーション作品。日本人の衣服の変遷に注目して時代を横断した 発表活動では発達段階を考慮し、ノートボード機能に加えてパワーポイントの活用も許可したところ、実際の発表ではノートボード機能のみを用いた班・パワーポイントのみを用いた班 (キュレーションでは)ー トボード機能を使用している)・ノートボード機能とパワーポイントの両方を活用する班が見られた(図13)。 図13台のパソコンにノートボード機能とパワーポイントを表示して発 表した班の様子 また、発表手法として各班を代表してセッションごとに一人がプレゼンテーターを務める形を用いた。この手法により、各自が責任感を持って各班のキュレー ション内容を把握・表現することができ、各発表セッションは少人数になるため(発表者一人にオーディエンスが三人程度)、和やかで活発な議論が行われた。なお、授業時間は高等学校が計 6 時間と最も長く設定したものの、事後アンケートでは「時間がもっと欲しかった」「時間が足りなかった」という声が多く見られた。 ## 3.8 事前事後の質問紙調査の結果(一部抜粋) 本稿では実践結果の詳細な分析は割愛するが、ここでは事前事後の質問紙調査結果の一部を簡単に紹介する。なお、中学校では COVID-19 の影響で実践が途中中断となり事後調査が実施できず、デー夕に久損があるため対象から除外した。小学校と高等学校における調査の結果、「暗記学習よりも調べて考える学習の方が役に立つ」「歴史学習において資料を活用することは大切だと思う」「歴史を学ぶ意義はあると思う」 などの項目について、小学生・高校生ともに事前と比較して事後の方が「そう思う」もしくは「どちらかと言えばそう思う」の回答が増加した(図 14)。 図14事前事後の質問紙調査の結果 (一部抜粋) 質問項目「歴史には学ぶ意義があると思いますか?」に対する回答 このことより、本実践で用いた手法が坚童生徒の資料を活用して探究する力や、歴史を学ぶことが大切た という視座の育成を支援したと考えられる。ただし、 どの項目も小学生と高校生を比較すると小学生の方が 「そう思う」もしくは「どちらかと言えばそう思う」の回答が少なかった。これは、発達段階に起因するものが大きいと考えられるが、「ジャパンサーチの利便性」 に関する質問項目の結果が表している通り(図 15)、現状ジャパンサーチの検索操作性が小学生には難しいと感じられるものであることも要因として考えられる。 図15 事後の質問紙調査の結果 (一部抜粋)質問項目「ジャパンサーチの利便性について」に対する回答 したがって、今後は発達段階に応じて更に学習デザインを洗練させていくのは勿論のこと、ジャパンサーチのインターフェースも教育メタデータを付与するなど、校種・学年に応じたものに改善していくことが望まれる。 ## 3.9 結論と課題 ここまでの議論と実践より、ジャパンサーチを活用した探究的キュレーション授業によって、児童生徒が自ら問いを立て、問いを解決し、学びを深めることで多面的・多角的な視座を育む契機を創出する学習デザインの一例を示すことができた。また、肾童生徒の学びの様子より、このような学習によってセレンディピティ(予期せ奴偶発的な出会いや驚き)が創発され、学びが深まる可能性が示唆された。一方で実践を通して、ジャパンサーチの教育活用を進展する上での課題も明らかになった。第一に、教育利用が不可と表示されている資料があることである(図 16)。 ## (3) どうやったらこの潰湅を使えるの?原則として許諾の申請などが必要著作推あり 図16今後改善を要する事例 1 発見した資料が「教育利用不可」とされた資料もあり、落ち込む様子も見られた 教育目的に限定した利用に関しては、権利処理を要することなく利用を可能にするなど、ゆるやかな合意形成を社会全体で図ることも議論されている[10]。しかし現状解決には至っておらず、今後は上記教育現場の状況を鑑みより良い方向に議論が進展することが望まれる。第二に、サムネイルのない資料(図 17)が多いことである。 図17 今後改善を要する事例 2 苦労して行き着いた先にサムネイルがない資料も多く、残念そうな様子が見られた 本実践でも児童生徒からサムネイルを求める声が多く聞かれた。今後はデジタルアーカイブのエコシステムが強固になるほど、テキストや図像の高精細画像を証拠として閲覧できることが強く求められる[11]。そのためこれからの学校教育でも、画像に基づいた学習が進展し、监童生徒が自ら画像を基に考察・加工・発表・表現活動を行うようになることが予想される。したがって、今後資料のサムネイル画像などを整備する際には、資料の可用性を高めるために IIIF (International Image Interoperability Framework)に準拠した公開が望まれる。例えば画像資料に対して児童生徒がアノテー ションを行うことが可能になれば学習デザインの幅も広がり、高精細画像の分析は予期せぬ気づきや新たな問いをより誘発するだ万う。また、このようなキュレーション学習を進展させていくためには、今後は教員の指導のあり方やリテラシーも変化・向上させていく必要がある。すなわち、教科書に記載されている知識を一方向的に「教える」のではなく、児童生徒一人ひとりの「問い」に寄り添い、その「問い」を解決したり深めるための適切な資料に、児童生徒自身が探究的に辿り着けるような「支援」を行うための知識やリテラシーを持つことが必要となる。つまりそれは、後藤(2004)が提唱したように「デジタル・アーキビスト」としての能力が教員に求められる ${ }^{[12]}$ ということである。本稿が、そうしたリテラシー向上の議論や関係する実践を活性化させる契機となれば幸いである。 ## 4. おわりに (今後の展望) 2020 年度 4 月からは、年度を横断してジャパンサー チを活用した授業実践を小・中学校で行っている。長期的な授業実践を行うことで、通年カリキュラムの中でどのようにジャパンサーチを活用していくかという観点で学習デザインを検討している。また、CIVID-19 禍で臨時休校措置がとられ、児童生徒の学びが長期に渡って喪失した事が全国的・世界的な問題となった。 これにより、公正な教育の機会と多様な教育の創出のための遠隔オンラインでの学習デザインを構築することが喫緊の課題となった。そうした状況を打破すべく、本研究では 2020 年 4 月より、遠隔オンラインでのジャパンサーチ活用実践を開始した。この実践を通して、遠隔オンライン授業においても、ジャパンサーチ及びデジタルアーカイブが上記深刻な社会的課題を解決し得るメディアとなることを実感しているところである。今後詳しい報告を行なっていきたい。 また、現在の長期授業実践を通して明らかになる知見を踏まえ、デジタル資料と教育メタデータを紐づけた資料活用プラットホームの構築を計画している。将来的にはボトムアップ的に実践事例が坚童生徒の思いや学びと共に漸進的に蓄積され、知の循環起点となるアーカイブを目指す。 ## 註・参考文献 [1] 大井将生, 渡邊英徳. 多面的・多角的な視座を育むデジタルアーカイブ活用授業の提案. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, Vol. 4, No. 2, p.207-210 [2] 文部科学省. 中学校学習指導要領 (平成29年告示) 解説社会編第 2 章社会科の目標及び内容第 1 節教科の目標. 東洋館出版社. 2018, p.23-28. [3] スティーブン・ローゼンバウム. 田中洋監訳. キュレーション.プレジデント社. 2011, p.14他. [4] 佐々木俊尚. キュレーションの時代. 筑摩書房. 2011, p.247他. [5] JAPAN SEARCH (BETA版). 現在の連携データ件数統計. 2020年 7 月末時点で20,126,677件のメタデータを集約している。https://jpsearch.go.jp/stats (参照 2020-07-25) [6] 大橋正司, 五十嵐佳奈. デジタルアーカイブをデザインする. デジタルアーカイブ学会誌. 2019, Vol. 3, No. 2, p.213-216. [7] 大井将生, 平本智子, 中原貴文, 花岡大樹. 著作作品. 2019年 7 月制作. https://jpsearch.go.jp/curation/w_lab2019js-qAZ2qnmY9xA (参照 2020-07-18) [8] 国立国会図書館作成『ジャパンサーチ×エディタソン』石間衛, 坚玉千尋, 深瀬香緒, 高橋良平. 著作作品. 2019年11月制作. https://jpsearch.go.jp/curation/ndl-6M2QogqA47Q (参照 2020-02-18) [9] 中川五郎左衛門ほか. 江戸買物独案内. https://jpsearch.go.jp/item/dignl-8369320, https://jpsearch.go.jp/item/dignl-8369321, など (参照 2020-03-15) [10] デジタルアーカイブジャパン実務者検討委員会. 第二次中間取りまとめ. 2019. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_ suisiniinkai/jitumusya/2018/torimatome2.pdf (参照 2020-07-15) [11] 永崎研宣. 学術デジタルアーカイブのエコシステムとIIIF の可能性. デジタルアーカイブ学会誌. 1 巻 (Pre), 2017, p.84-85. [12] 後藤忠彦. 教育情報とデジタル・アーキビスト (1). 教育情報研究. 2004, 20 巻 3 号, p.31-37.
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# Cultural Japanの構築における ジャパンサーチ利活用スキーマの活用 Usage of Japan Search RDF Model in the Development of Cultural Japan 中村 覚 NAKAMURA Satoru } 東京大学史料編纂所/国立国会図書館非常勤調査員 \begin{abstract} 抄録:日本国内では、国の分野横断型統合ポータルである「ジャパンサーチ」が公開され、国内の多様なデジタルコンテンツに対 するアクセスが容易となりつつある。一方、国外の機関が所蔵・公開する日本文化に関するデータの発見可能性は十分に高くない。 そこで筆者らは IIIF/RDF などのデータ相互運用技術を活用して、世界中の機関が公開する日本文化に関するデー夕を収集し、それ らの発見可能性を高める仕組みである「Cultural Japan」の構築を行っている。本研究ではこの構築において、特に「ジャパンサー チ利活用スキーマ」の利用について述べる。本研究が、他のプロジェクト等での「ジャパンサーチ利活用スキーマ」の利用におけ る参考事例となることを目指す。 Abstract: Japan Search, which is a national integrated cross-sectoral portal, with collection of metadata from local and national libraries, museums, archives to anime and broadcasting programs, has facilitated access to cultural resources. On the other hand, Japan Search and other services such as "IIIF Discovery in Japan" are aggregators of cultural resources mainly published by Japanese institutions. Therefore, we develop a discovery system for Japanese cultural resources from all over the world with data interoperability technologies, such as IIIF and RDF. This paper focuses on the usage of Japan Search RDF Model. We hope that the output of this research will be helpful for other projects to use the model. \end{abstract} キーワード : ジャパンサーチ、ジャパンサーチ利活用モデル、IIIF、RDF、Cultural Japan Keywords: Japan Search, Japan Search RDF Model, IIIF, RDF, Cultural Japan ## 1. はじめに ## 1.1 背景と目的 日本国内では、国の分野横断型統合ポータルである 「ジャパンサーチ[1]」が公開され、国内の多様なデジタルコンテンツに対するアクセスが容易となりつつある。また、特に画像データを取り扱う文化機関においては、画像共有のための国際規格である IIIF(International Image Interoperability Framework)の採用が積極的に進められており、画像データの取り扱いに関する利便性が大幅に向上している。このような背景から、筆者らは国内機関が公開する IIIF 準拠の画像(正確には IIIF マニフェスト)を収集し、これらのアイテムの発見可能性を高めるシステムとして「IIIF Discovery in Japan ${ }^{[2]}$ を構築・運用してきた。 一方、ジャパンサーチや IIIF Discovery in Japan は主に日本国内の機関が公開するデータを対象としており、例えば国外の機関が所蔵・公開する日本文化に関するデータについては、ARC 古典籍ポータルデータベースなどを除いて、それらの発見が難しい。そこで筆者らは世界中の機関が公開する日本文化に関するデー夕を収集し、それらの発見可能性を高める仕組みである「Cultural Japan ${ }^{[3]}$ の構築を進めている。メトロポリタン美術館や Europeana、DPLAなどから収集した日本関連デー夕を、 ジャパンサーチ利活用スキーマでRDF 化し、それらを検索プログラムで横断検索可能なサービスを提供している。さらに、取り达んだデータを IIIF 準拠の形式でエクスポートすることで、IIIF 対応の作品を $3 \mathrm{D}$ 空間上に配置・閲覧可能とするセルフミュージアム ${ }^{[4]}$ や、IIIFアイテムの管理・活用支援ツールである IIIF pocket ${ }^{[5]}$ などの異なるツールとの相互運用を可能としている。 本稿ではこの Cultural Japan の構築において、特に 「ジャパンサーチ利活用スキーマ」の利用について述べる。 ## 1.2 関連する取り組み 関連する取り組みとしては、ARC 古典籍ポータルデータベース、浮世絵検索、Biblissima IIIF-Collections、 ヨーロピアナ、DPLA、Trove、DigitalNZ などが挙げられる。Biblissima IIIF-Collections ${ }^{[6]}$ は、1800 年以前に作成された写本や貴重書で、かつ IIIF 準拠で公開されているものに対する横断検索機能を提供するディスカバリーシステムである。Cultural Japan は、これらの サービスをさらに横断して、日本文化に関する作品を検索可能なシステムを目指している。 ## 2. Cultural Japan のシステム概要 Cultural Japan のシステム概要を図 1 に示す。 図1 Cultural Japanのシステム概要図 現在は、日本国内および国外機関が公開するデジタルコンテンツおよびそのメタデータが各国・分野別のポータルサイト等に集約されている。これらのうち、 ジャパンサーチについては、そこで提供される RDF ストアにジャパンサーチ利活用スキーマ (以下、利活用スキーマ) に基づいて変換されたRDFデー夕(以下、 ジャパンサーチの RDF)が格納されている。 Cultural Japan の開発対象範囲は、ジャパンサーチ以外の各国・分野別のポータルサイトから収集したデータについて、利活用スキーマに基づいて変換した RDF デー 夕を格納する RDF ストア (以下、Cultural Japan の RDF)、 およびジャパンサーチと Cultural Japan の RDF に対する一括検索機能を提供するアプリケーションである。 Cultural Japan の RDF は、世界の主要文化遺産機関およびポータル(ソースー覧[7] 参照)から、APIなどを利用して収集したデー夕を、利活用スキーマに基づくモデルに変換したものである。変換の手順などは、本特集における神崎氏の論考や、2020 IIIF Weekでの LT 資料 ${ }^{[8]}$ を参照されたい。 ## 2.1 検索アプリケーションの構築目的 ジャパンサーチと Cultural Japan の RDF について、 RDF ストアに関する一般的な課題として、以下の点が挙げられる。 —ファセットによる検索アイテムの概要把握および絞り达みができない - 両者を横断検索する Federated Query では、検索応答に時間を要する ・類似したメタデータを持つアイテムの検索等の機能提供が難しい これらの課題に対して、ジャパンサーチでも採用されて いる Elastic Searchを検索エンジンとして使用するアプリケー ションを開発することにより、上記の課題解決を目指す。 ## 2.2 検索アプリケーションの構築手法 検索アプリケーションの構築には Vue.js ベースの JavaScript のフレームワークである Nuxt.js を用いた。 この理由は、サーバサイドレンダリングが実現しやすいフレームワークだったためである。またサーバ環境としては AWS(Amazon Web Services)を利用し、AWS Lambda 上で Nuxt.js を動作させている。 ## 3. 提供機能 本アプリケーションが提供する主な機能は以下の通りである。 - 検索機能 ・アイテムのデー夕閲覧機能 ・カテゴリ一覧機能 - 地図検索機能 - 人物検索機能 - 時代検索機能 以下では、これらの機能について、利活用スキーマをどのように利用したかを中心に説明する。 ## 3.1 検索機能 検索機能として、全文検索、ファセット検索、類似タイトル・画像検索などを提供している。図 2 に検索画面の例を示す。 図 2 検索機能 特にファセット検索については、利活用スキーマでデータが構造化されている表 1 の要素を利用した。 「schema:isPartOf」については、アイテム間の単純な上下関係が記述されているケースもある。そのため、「富士川文庫」「ヨーロピアナ・ファッション」などのコレクションのみを抽出することを目的として、特に值が「schema:Collection」クラスのインスタンスであるもののみを使用した。 また「jps:accessInfo/schema:license」については、CC ライセンスのバージョン違い(3.0 や 4.0 など)を吸 表1ファセット項目に使用した利活用スキーマ } & \multirow[t]{2}{*}{} & \multirow[t]{2}{*}{ Collection } & \multirow{2}{*}{} & & 所藏機関 & & \\ 収したファセット利用を可能とすることを目的として、 ている場合には、その值を利用した。 その他、本アプリケーション側で追加したファセットとして、「メディア有無」(IIIF/画像あり/IIIF(動的生成)/画像なし)や、「機械夕グ」(Google Cloud Vision API を用いた物体検出結果)、「時代」(「type:HistoricalEra」 クラスのインスタンス) を利用している。 ## 3.2 アイテムのデータ閲覧機能 図 3 に示すアイテムのデー夕閲覧機能では、RDF ストアや収録 DBへのリンクを示すほか、IIIFマニフェストを持つアイテムについては、IIIFマニフェストのアイコンを表示するとともに、各種 IIIF 対応ビューアを表示するようにした。これにより、例えばワンクリックで CODH が提供する「くずし字認識ビューア[9]」等で画像を表示することができる。 図3 アイテムのデータ閲覧機能 また、所蔵 DB から IIIF マニフェストは提供されていないが、比較的解像度の高い画像の URL が格納される「jps:accessInfo/schema:associatedMedia」に值を持つアイテムについては、利活用スキーマを用いて IIIFマニフェストを動的に生成している。これにより、IIIF 対応ビューアを用いた閲覧やアノテーション付与、先述したセルフミュージアムなどでの利用が可能となる。この時、schema:associatedMedia の值の多くは JPEG 画像であるため、IIIF Image API を利用しない IIIFマニフェストとなる。そのため、一部のビューア(TIFYなど)では画像を表示することができない点に注意が必要である。 表 1 で示したアイテムの項目については、DPLAを参考として、その項目と値を利用したファセット検索へのリンクを付与している。これにより、当該項目を持つ他のアイテムを検索、表示することができる。 加えて、利活用スキーマの利用とは異なるが、Elastic Searchの More Like This 機能を用いた類似タイトル検索機能や、Inception-v3 モデルを使って抽出した特徴量を用いた類似画像検索機能を提供する(図 4)。 図4 類似タイトル・画像の表示機能 ## 3.3 カテゴリ一覧機能 カテゴリ一覧機能は、表 1 で示した利活用スキーマの項目 (収録 $\mathrm{DB} /$ 所蔵機関など)毎に、そのアイテムの内訳を表示する機能であり、本アプリケーションに登録されているアイテムの全体像の把握をサポートする。 ## 3.4 地図検索機能 図 5 に示す地図検索機能では、所蔵機関の所在と、 アイテムに関する場所(jps:spatial の値)を地図上に表示している。 なお注意点として、本機能は Cultural Japan の RDF ストアのみを使用しており、Japan Searchの RDF ストアを使用していない。これは、Federated Queryの負荷が高いためである。このため、Japan Search の RDF ストアにのみ存在する所蔵機関や場所に関する情報が表示されない。これに伴い、本インタフェース上で各マーカーに対応するアイテム数は非表示としている。 図5 地図検索機能 ## 3.5 人物検索機能 図 6 に示す人物検索機能は、Cultural Japan に登録さ 図6 人物検索機能 れている主要な人物に関する情報を、サムネイルと説明文とともに提供するものである。 検索フォームを提供し、人物名(具体的には、rdfs:label と schema:nameの値)に対する絞り込みを可能としている。また入力補助の観点から、オートコンプリート機能を提供し、ユーザの入力毎に RDF ストアへの問い合わせを行っている。この仕組みによるサーバへの負荷の検証は今後の課題である。 また、並び順として「作品数の多い順」「名前順」 の二つを提供する。 なお、本機能も「地図検索機能」と同様、Cultural Japanの RDF ストアのみを使用しているため、利用にあたっては注意が必要である。 ## 3.6 時代検索機能 時代検索機能は、日本の時代名を一覧し、それに基づいてアイテムを検索する機能を提供する。Cultural Japan が収録しているアイテムの時間範囲の把握を支援する。 項目としては、先述した「時代」(「type:HistoricalEra」 クラスのインスタンス)から、特に日本の時代名のみを使用している。 ## 4. 考察 ## 4.1 利活用スキーマを利用することの利点 利活用スキーマを用いる利点として、人名や地名などの構造化されたデータをファセット検索機能や関連アイテムの表示機能に利用することができる点が挙げられる。また、多くの場合において、日英のラベルが提供されているため、アプリケーションの言語切り替えに合わせて、要素の表示名を切り替えることができる点(例:基本区分「版画」「Print」など)も有益である。 ## 4.2 利活用スキーマを利用する際の注意点・課題 一方の注意点・課題として、「基本区分」「所蔵機関」「収録 DB」などはすべてのアイテムに付与されているが、「キーワード」や「時間」といった項目は一部 のデータにのみ付与されている。このように、網羅性の低い項目をファセットに使用する是非については、利用者をミスリーディングしてしまう可能性があることから、今後議論が必要である。 ## 5. 結論 本研究では、世界中の機関が公開する日本文化に関するデータを収集し、それらの発見可能性を高める仕組みである「Cultural Japan」の構築内容について述べた。 特に「利活用スキーマ」の利用方法について説明し、 その利点や注意点・課題について考察した。 本研究が、他のプロジェクト等でジャパンサーチ利活用スキーマを利用する際の参考になれば幸いである。 ## 謝辞 Cultural Japan の構築にあたっては、開発チームのメンバーである阿辺川氏、石山氏、植田氏、神崎氏、および高野氏に多大なご協力をいただいた。この場を借りて感謝する。 また本サービスの提供は、ジャパンサーチが提供されたことにより実施可能となったものである。ジャパンサーチにデー夕を提供している機関、およびジャパンサーチの開発・提供に関わるすべての方々に感謝する。 さらに本報告は、筆者の国立国会図書館における非常勤調查業務の成果を利用している。電子情報部次世代システム開発研究室をはじめ、関係者の皆様に深く感謝する。 ## 参考文献 [1] ジャパンサーチ https://jpsearch.go.jp/ (参照 2020-08-25) [2] 中村覚, 永崎研宣. 日本国内のIIIF準拠画像に対する横断検索システムの構築, 研究報告人文科学とコンピュータ $(\mathrm{CH})$, 2018, Vol. 2018-CH-118, No. 8, pp.1-6. [3] Cultural Japan, https://cultural.jp/ (参照 2020-08-07) [4] セルフミュージアム https://self-museum.cultural.jp/ (参照 2020-08-07) [5] IIIF pocket, http://pocket.cultural.jp/ (参照 2020-08-07) [6] Régis Robineau, Digital Manuscripts Without Borders. A crosscollections search and discovery platform of manuscripts and rare books, IIIF Conference 2019 https://iiif.biblissima.fr/collections/ (accessed 2020-08-25) [7] Cultural JapanのRDFについて http://ld.cultural.jp/doc/about.html\#sources (参照 2020-06-17) [8] Masahide, Kanzaki. Cultural Japan and IIIF Integration https://www.kanzaki.com/works/2020/pub/0603ife.html (参照 2020-06-17) [9] 人文学オープンデータ共同利用センター, KuroNetくずし字認識サービス http://codh.rois.ac.jp/kuronet/ (参照 2020-06-17)
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# Japan Search RDF Schema - its design and application 抄録:ジャパンサーチ利活用スキーマは、多様な領域のデータを集約・提供する統合ポータルのための RDF モデルおよび語彙で ある。設計にあたっては、海外の統合ポータル事例も参照しつつ、利用者タスクの観点で扱いやすく、また連携元にもメリットが あることを目指した。その基本として、構造化ノードと単純プロパティを併記する二層記述、ソースとアクセス情報のグループ化 などを採用している。基本部分設計の検討ポイントを説明するとともに、時間・場所情報の表現および正規化の細部について、 SPARQL の機能を踏まえた工夫を紹介する。 Abstract: Japan Search RDF Schema is a data model and vocabulary for large scale portals that aggregate data from heterogeneous domains. It is designed to be effective in terms of user tasks as well as be beneficial to data providers, considering the previous practices in other countries. As the basis of the design, it introduces dual layered model where both structured nodes and simple properties contribute to the description. Also, it distinguishes information about data sources and item access from the metadata of item itself. This paper discusses the points of consideration for the basic design. Then it explains the details of the spatiotemporal information representation and data normalization, with the SPARQL functionalities in mind. キーワード : ジャパンサーチ、RDF、SPARQL、Schema.org、正規化、マッピング Keywords: Japan Search, RDF, SPARQL, Schema.org, Data normalization, Schema alignment ## 1. はじめに ジャパンサーチは正式公開された 2020 年 8 月末の時点で 108 のデータベースと連携し、約 2100 万アイテムのメタデータを収集・公開している。そのうち利活用スキーマの RDF に変換されているのは 40 データベース、約 1800 万アイテムの約 8.9 億トリプルである。 RDF 化されているものに限ってみても、その内容は美術館 ・博物館、図書館、文書館から放送番組、科学写真、古典芸能上演史、歳時記と広範囲にわたる。多様な領域のデータを、連携元に過度な負担をかけずに集約しつつ、利用者にとっては使いやすく価値あるものとして提供するため、ジャパンサーチは連携フォーマットと利活用スキーマという 2 の形でデー 夕を扱う。本稿では後者の設計について、その骨格を検討するプロセスと、利用しやすさを目指したモデルの工夫を紹介する。 ## 2. 課題と先行事例 ## 2.1 統合ポータルの要件 統合ポータルには、 ・多様な領域のデータを収集し、一貫した形で利用できるように提供する ・利用者を連携元に導き、またそのコンテンツの活用を促進するという役割がある。 データの集約・統合の基本手順は、(A)連携元で共通形式ヘマッピング後に集約、(B) 集約後に統合側で変換、(C)マッピングは行なわず集約したままの形をベースにする、に大きく分けて考えることができる。 統合側の立場で見ると、(A)はマッピング負担は小さいが、元項目名(場合によっては構造)情報が欠落したデータを扱うことになる。将来の拡張まで見込んだ共通形式の定義も容易ではない。(B)はデータセットごとにマッピングを考えるため、負荷が高くスケー ラビリティにも課題があるが、より精緻な統合結果を追求できるだう。(C)は元データの項目名、值ともに保持されるが、検索エンジンの全文検索と同様で、項目を絞った詳細な検索は難しい。これらの選択、あるいは組み合わせは、統合ポータル設計の前提条件を与える。 また利用者を提携元に導くためには、データの来歴を明確にし、コンテンツへのアクセスを支援しなければならない。自前のデータだけを扱う場合とは少々異なる視点が必要となる。 ## 2.2 先行事例としての Europeana と DPLA 欧州の統合ポータルである Europeana は、データ交換規約 ${ }^{[1]}$ に基づき連携元が $\mathrm{EDM}^{[2]}$ に準拠したデー夕を用意することになっており、手順としては (A) 型である。EDM は、Dublin Coreの語彙に加え、データの提供者やデジタルオブジェクトに関する独自プロパティを定義する。またリソースの集合を記述する ORE ${ }^{[3]}$ の Aggregation を用いて、画像やウェブページなどの記述をアイテム自体のメタデータから分離している。 さらに EDM では、ORE の Proxyを利用し、アイテムに対する複数視点のメタデータを切り分けて記述できる。EuropeanaのRDFは、連携元データを 1 つの Proxyに、統合側がデータ正規化などで整備したメ夕データをもう1つの Proxyに割り当て、両者を合わせて提供する形になっている。 米国の統合ポータル DPLA は、サービスハブ (中間アグリゲータ)とコンテンツハブ(大規模機関)からメタデータを収集する。サービスハブは参加機関のメタデータを束ね、DPLAの求める標準形式にマッピングする役割を担う ${ }^{[4]}$ 。やはり (A) 型の手順だが、標準形式は Dublin Core、MODS、MARC XML などから選択できる。DPLA はこれらをさらに EDM 準拠のメ夕データに変換して提供しており、この点では(B)の要素も含む。 Europeana とは異なり、DPLAのRDF は Proxyを用いず、変換結果を直接アイテムのメタデータとして記述する[5]。ハブからのデータは JSON-LD の originalRecord フィールドに XML リテラルなどの形で記述されるが、 RDF グラフには含まれない。 ## 2.3 ジャパンサーチの変換の流れ ジャパンサーチは、連携元にデータのマッピングを求めず、データに共通ラベル情報(元項目名と汎用ラベルの関連付け)を加えたものを「連携フォーマット」 とし、Elasticsearchによる検索等の機能を提供する ${ }^{[6]}$ 。 (C)の手順に近いが、共通ラベル情報を連携元に付与してもらう点では (A)の要素、さらにそれを一定の形に整理する (B)の要素も部分的に持つ。 さらに連携フォーマットの JSON データを元に「利活用スキーマ」のRDFデータを生成し、SPARQL エンドポイントを通じて提供している。連携フォーマットから利活用スキーマへは、データセットごとのマッピング定義および值正規化の辞書を用意し、ツールで変換する。連携フォーマットは元データに手を加えていないので、手順としては(B)の統合側変換になる。 EDM の Proxy P Aggregation のような提携元との関 図1連携元データからジャパンサーチ利活用スキーマへの変換手順 係については、アイテムに関する標準化メタデータ記述(記述情報)と、来歴の情報(ソース情報)、取得のための情報(アクセス情報)を分けてグループ化する形を導入した。Europeana のモデルと同一ではないものの、デジタル化オブジェクトの集合体という意味でアクセス情報は Aggregation に、ポータル側で整理するメタデータという意味で記述情報は統合側 Proxy に対応させることができる。 ソース情報は、連携元からのデータに関する来歴情報に加え、連携フォーマットの JSON データへのリンクを持たせる形とした。この点は DPLAの originalRecord に近いとも言える。 ## 3. 利活用スキーマの設計 ## 3.1 スキーマ設計の準備 ジャパンサーチ利活用スキーマの検討は、知的財産推進計画 2017 で「メタデータを集約・共有化し、活用者による様々な形での利活用に資する」[7] とされたことを受けて始まった。スキーマの設計にあたっては、 まず連携元のデータから利用者向け記述に必要な要素を抽出し、仮想語彙による概念モデルを作ることにした。データを吟味する前に特定の使用語彙を決めると、 あとで矛盾や不足が生じたり、選んだ語彙にスキーマを合わせる方向に陥りがちで、モデル設計も制約を受けてしまうからである。 抽出した記述要素は、FRBR 最終報告で提示されている利用者の 4 タスク (発見、識別、選択、取得) ${ }^{[8]}$ を念頭に置いて共通項目に整理していく。前述のアクセス情報は、このうちの取得タスクに関するものと考えることができる。 利活用スキーマの案は 2017 年度に 3 回開催された有識者検討会に提示して討議し、そのフィードバックを反映しつつ改良していった[9]。 ## 3.2 基本記述要素の抽出と役割モデル 記述要素の抽出・整理は、連携候補機関の 10 種類 のデータセットから項目名を列挙し、それをグループ化するところから出発した。役割が同等であるものは、元データの項目名が違っても同じ共通項目にまとめる。また共通化しにくく汎用性も高くないものは「記述」とし、ここにその他全般を収める形にした。最初の検討会では 25 の要素を共通項目として挙げ、後に 14 まで絞り达んでいる。 共通項目の数を絞るのは、主に発見タスクを容易にするためだが、逆に項目名による識別の情報を減らしてしまうことになる。そこでグループ化前の元項目名を、関係における役割として構造化する「役割モデル」 を導入することにした。 図2 元のデータを項目名(役割)と値に構造化する役割モデル このモデルでは、元データ項目の違いは役割で分かるから、踏み达んだグループ化ができる。たとえば 「撮影地」も「出版地」も同じ “場所” プロパティにまとめ、元項目に関わらず「北海道に関するもの」を調べるといった使い方が可能だ。そこでこうした検索 (発見)が有用な関係として、「だれ」「どこ」「いつ」 を寄与者関係、場所関係、時間関係の大きな共通項目にまとめることになった。 さらに統合ポータルの場合はソースごとに項目値のばらつきが大きいので、的確な発見タスクのために、値は正規化 URI とした (正規化については後述)。一方「記述」にまとめた項目は、発見タクスよりも識別・選択タスクでの役割が中心になると考えられる。 これらはそのままリテラル値とし、値の先頭に導入句として元項目のラベルを加えることにした。 ## 3.3 Schema.org と二層記述 概念モデルがほぼ固まったところで、具体的な語彙の選定に入る。利用時の煩雑さを避けるため、基本記述は最小限の語彙でカバーできることを重視し、既存語彙の再利用にはこだわらなかった。その結果、用語が豊富で記述も柔軟な Schema.orgを基本に、役割モデルなどは独自語彙を定義して用いることになった。 役割モデルは、「だれ」「どこ」「いつ」のプロパティを独自に定めるとともに、全て Schema.org のプロパティで並行記述する「二層記述」モデルに拡張した ${ }^{[10]}$ これにより、記述情報の值はすべて Schema.org の単純 プロパティ (SP) で検索が可能となり、分かりやすさ、使いやすさが増す。さらに構造化ノード側の記述 (SD)には元デー夕記述を schema:description で加え、正規化値と元データを原則としてセットで記述することにした。 図3単純プロパティと構造化記述を組み合わせた二層記述モデル 元データは当初、全体を一括してソース情報に保持する(Europeana のP Proxyに近い)形を想定していた。 しかしそれでは正規化値と元データとの対応関係が分かりにくく、識別・選択のための詳細表示も実装しにくい。元データを項目ごとにSD9 schema:description に移し、ソース情報には連携フォーマットの JSON へのリンクを記述することで、来歴情報としてのソース情報の位置づけも整理された。 二層記述モデルは、一つのプロパティに多重化されていた発見と識別・選択タスクを単純プロパティSP と構造化記述 SD に分けて整理したものだが、SDを SP に対する注釈(詳細記述)と捉えることもできる。 これはプロパティグラフ (グラフの弧も属性を持つ) をRDFで表現する方法の一種として、RDF*[11] などに通じるものと考えてもよいだろう。 さらに構造化ノードは、元データの保持にとどまらず、たとえば役者絵に描かれた人物の役柄を併記するなど、詳細情報記述のための拡張ポイントとして機能する。設計したモデルでは記述しきれない情報に出会っても、構造化ノードへのプロパティ追加によって、全体の構造に影響を与えることなく対応が可能であった。 ## 4. スキーマの細部と SPARQL での利用 4.1 クラス階層と役割階層 ジャパンサーチ利活用スキーマでは、アイテム型 (クラス)を必須とした。型情報は記述内容を理解する(識別・選択)基本となる。また統合ポータルのように多様なソースのデータを扱う場合、「絵画」などの型による検索(発見)のためにも重要である。 アイテム型も連携元データの值に基づくため、同じ作品であっても、データセットによって「版画」絵画」 とばらつきが出てしまう。これらを「絵画」に正規化 するのも一案だが、利活用スキーマでは「版画」を「絵画」のサブクラスとし、それぞれの元デー夕記述を生かす方法をとった。 サブクラス関係は、SPARQL エンドポイントがRDFS 推論機能を備えていればそれを介して、そうでなくてもプロパティパス[12]を用いて発見タスクに生かすことができる。次のクエリは、歌川広重の作品で絵画もしくはそのサブクラスが型として付与されているものを検索する。 ## SELECT ?s ?label WHERE\{ ?s a/rdfs:subClassOf* type:絵画 ; schema:creator chname:歌川広重; rdfs:label ?label \} プロパティパスは、RDF グラフで節一弧一節一弧...節とつながる節(ノード)間のサブグラフを、その弧(プロパティ)を/で連結した「パス」で示すものである。このとき、パスを構成する弧は反復演算子 (?なら 0 もしくは 1 回、*なら 0 回以上、十なら 1 回以上、など)によって出現数を指定できる。 二層記述における jps:relationType の値も、役割を「制 の値は「制作.画」のような形で階層記述する方法を採用した。階層関係は skos:broaderを用いて定義する。 クラス階層と同様、プロパティパスを用いた検索ができる(役割は項目名保持が当初の目的であったが、「広重画」のような記述の役割部分も切り出すようにし、元項目名は schema:description の導入句に移した)。 ## 4.2 時間関係の記述 時間関係の值は西暦年を単位に正規化し、単年だけでなく年範囲も含め時間リソースとしてURIを付与した。時間リソースは開始年と終了年を示すプロパティを付与する(データ型xxd:gYear のリテラルだが、一部の SPARQL エンジンで紀元前の値が正しく処理されないため、整数值によるプロパティも加えた)。一貫性のために、単年であっても開始年と終了年が同じである時間範囲として扱う。 世紀はその年範囲の時間リソースによって表現し、 その別名として世紀名を付与する (20世紀は time: 1901-2000で、そのラベルの一つに“20 世紀”を持つ)。時代も同様に開始年と終了年を持つ時間リソースとして定義するが、時代名を用いたURIを付与し、同等の年範囲 URI と skos:closeMatch で関連付けた。次のクエリは、この構造を利用して室町時代の範囲に含まれるアイテムを検索する。 ## SELECT DISTINCT ?cho WHERE \{ ?cho schema:temporal [ jps:start ?start; jps:end ?end ]. FILTER(?start $>=$ ?st \& \& ?end $<=$ ?ed) time:室町時代 jps:start ?st; jps:end ?ed . \} 多くのスキーマで時間関係の記述にはリテラル値が用いられており、利用者もそれを期待する可能性がある。そのため、relationType が制作、公開.出版であるときは、それぞれ schema:dateCreated、schema:datePublished を年(月日)のリテラル值で併記した。 元データに年記述と時代名が併記されている場合は、年記述を正規化値に用い、時代名は構造化ノードに jps:era プロパティで記述する。 なお「江戸時代初期」のように細分される時代も、現在は「江戸時代」に集約している。初期、前期などは範囲があいまいで使用法も記述者によって違っており、年範囲にマッピングした正規化が難しいためである。 ## 4.3 場所関係と存在物 場所関係の値は都道府県(海外の場合は国)を単位として正規化する。元データがより詳しい記述の場合、市郡レベルの地名が確実に判定できるデー夕は、構造化ノードに jps:region で「神奈川.横浜市」のように都道府県名とセットにしたURIを追記し、その値を都道府県 URI と schema:isPartOf で関連付けた。 歴史的地名や市町村合併によって地名が変化しているときは、対応辞書を用いて現在の都道府県名で正規化し、元データを schema:description に格納する。また 「撮影地:武道館」など、場所とその地にある存在物が区別されない值は、所在地によって正規化し、必要に応じて存在物を構造化ノードから rdfs:seeAlso で関連付けている。 地名の他に緯度経度(位置情報)が与えられる場合は、緯度経度から算出される Geohash ${ }^{[13]}$ の URI を位置情報の値とし、構造化ノードから schema:geo で結びつけた。これによって同じ場所でのイベント(撮影、採集など)の集中機能が得られる。またGeohash の「上位桁が同じであればその上位 Geohash が示す範囲内に含まれる」性質を利用して、一定範囲の位置情報をもつデータを簡単に検索できる(利活用スキーマでは、 jps:within プロパティを定義してこの包含関係を記述している)。緯度経度の個別プロパテイは、この Geohash URI を主語にして記述する。 正規化値の都道府県や市郡は、県庁所在地などの代 図4撮影場所とその緯度経度/Geohashを記述するグラフ 表点がその緯度経度(代表位置)として扱われることが多く、利活用スキーマではこれを schema:geo で記述している。個別地点の位置情報を持たないアイテムであっても、場所関係正規化値の代表位置情報を利用して地図上に表示させることが可能だ。代表位置と個別位置を区別するため、場所の空間的関係を表す語彙から取られた schema:geoCoveredByを用い、その值の Geohash の桁数に粒度を反映させる(3 标なら都道府県、4桁なら市郡レべルなど)ようにした。 「どこ」という切り口では、所蔵館をその対象と考えることもできる。しかし所蔵館はアイテム自身の本来的属性ではないため、記述情報とは別のアクセス情報に含め、そこに schema:itemLocation で所在地の正規化 URI を併記した。所蔵館の緯度経度などは、その schema:location をたどって取得できる。 ## 4.4 正規化、LOD、国際化 利活用スキーマ RDFへの変換では、辞書に人物、文化施設、場所などの 3 万弱の正規化名を登録して URI 化を行なっている。正規化識別子は、数値による IDではなく、DBpediaなどと同様の自然言語を用いた。幅広い利活用のためには、URI だけで発見、識別などのタスクを実行できることが肝要と考えるからである (数値 ID の場合は rdfs:label などから表示名の別途取得が必要)。また辞書マッチできなかった値もURI として扱えるよう、正規化名の名前空間(chname:)とは別に非統制名の名前空間 (ncname: を用意して元データをそのまま URI 化しており、こちらとの整合性を取るという目的もあった。 同姓同名は “村上隆_(絵画)”のようなアイテム型連動の、あるいは “山本平左衛門(版元)”のような型と直接連動しない接尾辞を加えた URI で区別する。収録データベースの中には、たとえば全国書誌のように標目に典拠(Web NDLA)URIを用いているもの がある。こうしたデー夕は正規化の必要はなく、その URIをそのまま寄与者関係などの値とするのが合理的た。ただ同一対象の定義済み正規化名がある場合に競合して発見タスクを損なわないよう、Web NDLAの URI と正規化名を owl:sameAsで関連付け、プロパティパスを用いてどちらの URIでも検索可能とした(頻出するものは変換時に対応表を用いてジャパンサーチ正規化名にマッピングしている)。 同様にして、正規化名はDBpedia、Wikidata、VIAF の URI とも owl:sameAsで結びつけた。これらの LOD ハブを介して、ジャパンサーチ正規化名は他の多くの典拠 URIともつながる。さらに、この値を用いて外部 SPARQL エンドポイントと統合クエリを行なう [14] など、ジャパンサーチの利活用範囲を広げるものとして期待される。 また正規化名を英語でも検索、表示できるよう、英語名(もしくはローマ字表記)を言語タグ enを持つリテラルとし、schema:nameの値とした。日本語名は同様に言語タグ jaで schema:name に記述するとともに、言語タグなしの値を rdfs:label で加える。schema:name は主として発見タスク、rdfs:label は識別タスクを担う位置づけである(英語の場合は schema:name が識別タスクに用いられることもある)。さらに人名などはカナ読みを言語タグ ja-Kanaで加えた。正規化名だけでなく、アイテム自身にも同じ形で日英の値を記述している。 ## 5. おわりに ジャパンサーチ利活用スキーマは、利用者タスクの観点で扱いやすく、また連携元にもメリットがあることを目指して、二層記述、ソースとアクセス情報のグループ化、正規化と LOD リンクなどを組み合わせた。細部の設計では、SPARQLの機能を生かせるように工夫した。 応用例の一つとして、2020 年 8 月に公開された Cultural Japan ${ }^{[15]}$ を挙げておこう。これは海外主要美術館や Europeana、DPLA などのポータル、さらに IIIF マニフェストから集めたデータを利活用スキーマの RDF に変換し、統合的な検索機能を提供するものである。 ジャパンサーチの SPARQL エンドポイントから取得したデータも一部加わっており、多彩なソースに柔軟に対応できる利活用スキーマの利点が生かされている。 課題としては、最初に記した基本手順(B)におけるスケーラビリティが挙げられる。現在は個々のマッピング定義、補助辞書作成に相当のエネルギーを費やしているが、連携対象が増えていくとこれには限界があるだろう。推奨標準形式を提示するという考え方もあ るものの、実際には中間段階で単純化されすぎた項目からの情報復元に苦労もしている。さらに最も時間を要するのは正規化辞書の作成なので、典拠の利用と共有をすすめる方が先決というべきかもしれない。 ## 註・参考文献 [1] Europeana Data Exchange Agreement https://pro.europeana.eu/page/the-data-exchange-agreement (accessed 2020-07-30) [2] Europeana Data Model https://pro.europeana.eu/page/edm-documentation (accesed 2020-07-30) [3] Open Archives Initiative. Object Reuse and Exchange. 2008. http://www.openarchives.org/ore/ (accessed 2020-07-30) [4] DPLA. Becoming a Service Hub https://pro.dp.la/prospective-hubs/becoming-a-service-hub (accessed 2020-07-30) [5] DPLA. Metadata Application Profile https://pro.dp.la/hubs/metadata-application-profile (accessed 2020-07-30) [6] 川島隆徳. ジャパンサーチのシステム・アーキテクチャ. 2019, アカデミック・リソース・ガイド743号. http://www.arg.ne.jp/node/9738 (参照 2020-07-30) [7] 知的財産戦略本部. 知的財産推進計画2017, p.79. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku 20170516.pdf (参照 2020-07-30) [8] International Federation of Library Associations and Institutions. Functional Requirements for Bibliographic Records, §2.2 Scope. 1997 (ammended 2009). https://www.ifla.org/files/assets/cataloguing/frbr/frbr_2008.pdf (accessed 2020-07-30) [9] 国立国会図書館. 平成29年度「ジャパンサーチ(仮称)」利活用フォーマット検討成果物。 https://www.ndl.go.jp/jp/dlib/standards/pdf/jps_metadeliverables. pdf (参照日 2020-07-30) [10] Daichi Machiya, Tomoko Okuda, Masahide Kanzaki. Japan Search RDF Schema: A Dual-Layered Approach to Describe Items from Heterogeneous Data Sources. 2019. https://dcpapers.dublincore.org/pubs/article/view/4227 (accessed 2020-07-30) [11] Olaf Hartig, Bryan Thompson. Foundations of an Alternative Approach to Reification in RDF. 2014 (rev.2019). https://arxiv.org/abs/1406.3399 (accessed 2020-07-30) [12] Steve Harris, Andy Seaborne (eds.). SPARQL 1.1 Query Language, §9 Property Paths. 2013. https://www.w3.org/TR/sparql11-query/ (accessed 2020-07-30) [13] Geohash https://en.wikipedia.org/wiki/Geohash Geohashについては、発案者のGustavo Niemeyer自身が2008 年に開設したWikipediaのページを参照するようhttp:// geohash.org/でも示されている (参照 2020-07-30) [14] 神崎正英. RDFとSPARQLによる多様なデータの活用. 情報の科学と技術. 2020, vol. 70, no. 8, pp.399-405. [15] Cultural Japan https://cultural.jp/ (accessed 2020-08-01)
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Japan Society for Digital Archive
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# 放送アーカイブを社会還元させるために 〜NHK「回想法ライブラリー」活用の現場から〜 To Make the Broadcast Archive Live. - Using the "NHK Reminiscence Therapy Library" 抄録:放送局に保存される膨大な数の過去のニュースや番組など「放送アーカイブ」は映像資産としてその価値が注目されるが、 どのように活用すればよりよい社会還元になるのか、模索が続いている。本稿では、最近の活用での成功事例として「NHKアー カイブス 回想法ライブラリー」の内容や、活用する現場の様子、コンテンツ制作の経緯などを報告し、今後の放送アーカイブ活用 のために求められる課題を提示する。アーカイブ活用は、所有者(放送局)だけで完結することは困難であり、外部有識者の知見 も交えて多角的な視点が必要であることが、今回の研究での発見となる。 Abstract: The value of the broadcast archives consisting of a huge number of past news and other programs stored at broadcast stations are attracting attention as a video asset. But it is not still very clear how it can be better used for social returns. In this paper, I report the contents, use scenes, and the content-building process of the "NHK Reminiscence Therapy Library" as a successful example, as well as the issues that will be required for future use of the broadcast archive. The finding in this study is that the successful use of archives cannot be accomplished by the owner (NHK) alone, but with the help the perspective of outside experts as well. キーワード:NHK、放送アーカイブ、回想法、認知症、看護 Keywords: NHK, Reminiscence Therapy Library, the broadcast archives, Dementia, Nursing ## 1. はじめに 放送局が保有する過去の番組・ニュースおよび映像・音声素材(これらを本稿では「放送アーカイブ」 と総称する) は日々増え続けている。NHKの場合、 2018 年度末の統計で、番組数は 100 万超、ニュースは項目数にして 800 万に達しょうとしている。 大量の放送アーカイブのうち、広く一般に公開されているのは、ごく数パーセントだ。権利処理コストの問題など様々な壁があるが ${ }^{[1]}$ 、並行して考えるべき課題がある。「放送アーカイブがよりよく社会に還元され、『活用』の名に値する使われ方とは何か」という問いである。どんなニーズがあるのか、そのニーズに応えるために、素材としての放送アーカイブをどう 「カスタマイズ」すればよいのか。 この問いに対するひとつの回答として、本稿では、「NHKアーカイブス回想法ライブラリー(以下「回想法ライブラリー」)に着目する。回想法とは、懷かしい玩具や写真、映像にふれて思い出を語り合うもので、認知症の人々に対する心理療法の一つである。 NHK が、2018 年 4 月から回想法ライブラリーの DVD 版の無償貸出を開始したところ、 1 年あまりで全国の 1 万以上の高齢者施設で利用されるに至った。放送アーカイブとしては、大きな反響と言っていいだろう。 この成功事例から、今後の放送アーカイブの活用に向けた可能性と課題を探すのが本稿の目的である。まず 2 章で回想法ライブラリーの概要を、 3 章では高齢者施設などでの実際の活用状況を報告する。そして 4 章で、回想法というニーズに対し、放送アーカイブをどうカスタマイズしていったかを詳述。終章「扬わりに」では、放送アーカイブの活用促進のために、放送局内のアーキビスト育成など、今後さらに求められる課題について述べる。 ## 2. 回想法ライブラリーの概要 ## 2.1 回想法とは 認知症を根治できる薬物療法が存在しない中、厚生労働省は認知症の心理・社会的な治療アプローチ (非薬物療法)の代表例の一つとして、回想法をあげている ${ }^{[2]}$ 。 もの忘れ予防などを目的とした高齢者のレクレーションとしても普及している。 実施回数や間隔、毎回のテーマを設定したうえで、 リーダー役(施設の職員など)が会を進行し、参加者たちは自らの思い出を語り合い、人生を振り返る。 認知症になると、最近の記憶を保つのが難しくなり、 それが強い不安や恐怖につながりやすいが、昔の記憶ならしっかりと保持していることが多い。回想法を続けることで、認知症の進行予防やうつ状態の改善、自尊心の向上が期待されている。国立長寿医療研究センターの研究では、日常会話時に比べ、回想する時は脳の血流が増え、脳機能が活性化することが分かっている。 回想法の特徴は、毎回、記憶を呼び起こすための道具 (ツール) を用いることである。懐かしい写真や玩具などがあるが、このツールの一つに、NHKのアー カイブ映像が新たに加わったのだ。 2.2 回想法ライブラリーの内容 むかしの暮らし$\cdot$むかしの日本各地 図1 DVD表紙 回想法ライブラリーは、2015 年から NHK オンラインでサイトを公開している。2018 年に無償貸出を開始したDVD 版(図1)はオンラインとほぼ同内容で、 このサイトの広報用に制作された。施設などで視聴する際、ネット環境を気にせず使えるDVDを望む声もあった。 DVD 2 枚組で、1 枚目は、「むかしの暮らし」。学校」「庶民の楽しみ」など 17 項目、1940 年代から 70 年代まで、時代ごとに 1 分から 7 分程度のクリップ動画 61 本を収録する。 2 枚目の「むかしの日本各地」は、都道府県ごとに 5 分程度の動画 47 本。のべ約 8 時間の映像集である。 内容例として「むかしの暮らし」の中から「子どもの遊び」の「3-1 終戦直後」を紹介する。 冒頭の紙芝居に続いて、終戦後に放置された高射砲 に乗って遊ぶ子どもたちの映像。ハンドルを回すと大きな高射砲が回転する。子どもたちは面白がって、力いっぱいぐるぐる回す(図2)。 図2 高射砲で遊ぶ子どもたち 女の子は縄跳び、男の子はベーゴマに熱中。腕相撲大会も賑わっている。野外で開かれた人形劇「カチカチ山」では、人形の狸の背中に、ロウソクで本当に火をつけている。 動画が終了すると、「子どもの頃、何をして遊びましたか?」というテロップが表示される。このように、すべての動画の末尾にテーマに沿った質問がついている。 2019年 4 月にはDVD 第 2 巻を発表。「むかしの道具」「むかしの家」などをテーマとした内容となっている。 ## 3. 活用現場のリポート ここでは、回想法ライブラリーの活用現場での効果を、実践者の言葉を交えて報告する。 ## 3.1 “木炭アイロンの蓋は、少し開ける” 〜認知症ケア研究所・デイサービスセンターお多福〜茨城県水戸市にある認知症ケア研究所 (2002 年設立)。研修事業などのほか、県内 3 か所で高齢者向けのデイサービス事業を行っている。 2019 年 2 月、このうちのひとつ「デイサービスセンターお多福」に伺った。利用者は 1 日あたり 15 人程度。認知症の人がほとんどだという。 10 年以上にわたって、プログラムに回想法を取り入れている。 統括管理者の高橋克佳さんに案内していただき、回想法の場に同席した。 高橋さんが、テレビのある居間のテーブルに 80 歳前後の 5 人の利用者をいざなう。着席後も沈黙したままうつむく男性の姿が印象的だ。お年寄りたちのすぐそばに、3人の若い職員が寄り添う。 雑談をしつつ、高橋さんが回想法ライブラリーの 「学校(戦中)1-1 授業」をテレビ画面に再生した。国民学校の低学年の授業風景。先生が「ラジオ体操をや るときには何て言いますか?」と問いかけ、児童たちが「イチ、ニ、サン、シ…」幼い声で叫ぶ(図3)。 図3 戦時中の授業風景 「かわいいですねえ!」高橋さんは笑って打年寄りたちに話しかける。「昔の授業ってこんな感じだったんですか?」 女性のひとりが「そうそう」と言ってうなずき、唱歌を口ずさみ始める。 「その歌は? 小学校で歌ってたんですか?」と職員が尋ねる。「いつも歌ってたのよ」と女性。詞やメロディも暗記しているようで楽しげに歌っている。 「僕は、この年の頃は学童疎開してたんだよ」別の男性が話し始める。 「両親と別れて、子どもと先生だけで田舎で生活することになって。心細かったなあ。つらかったよ。でもねえ、あれがあって、ずいぶん身の回りのことが一人でできるようになったんた」男性は、すぐ隣の職員に懇々と語り続ける。 この場のお年寄りの多くが中等度以上の認知症と診断されている。今いる場所、時間、話している相手などを認識できない「見当識障害」や、新しい体験を記憶できない「記銘力障害」がみられる。しかし、映像を囲んで思い出を語り合うこの時は、それを感じさせない。 話題が「木炭アイロン」に及んだ。電気アイロンが普及する以前、こて状の鉄製容器に燃えた木炭を入れて使用するアイロンだ。それまで沈黙していた男性の目が輝き始めた。 「あれは、木炭を入れた後に少しだけ蓋を開けておくのがコツなんだよ。ほんの少しだけね。蓋を閉めっぱなしだと熱くなりすぎて服が焦げちゃうから。母親に注意されてね」 職員は、短い質問をして話を促す。「アイロンがけは男の人でも手伝ったの?」 「俺、好きだったんだ。アイロンとか、家の手伝いが」。男性は、身振り手振りを交えて木炭アイロンの使い方や、当時の家の様子を話す。それに応じて、お年寄りも職員もわいわいと話に花を咲かせる(図 4)。 こうして回想法は終了。先ほど学童疎開の思い出を語った男性は、職員に熱心に語り続けていた。「苦労したんだよ。大変たっったんだよ。今は本当にいい時代なんだよ」。 図4 お多福での回想法 高橋さんは、回想法ライブラリーの効果として、映像のインパクトが他のツールと比べて圧倒的に強いことを挙げる。 「認知症になっても、人はプライドを持って生きていますから、最近の記憶がないことを自覚させられると、『私は病気だ』と傷つき、人との関わりを避けるようになります。そんな人でも、映像を見た瞬間に、もう話したくて仕方がない顔になることがよくあります。それだけ記憶を刺激する要素が多いのでしょう。しかもその思い出を同世代で分かち合えるので、楽しい。朝、 ここへ来た利用者さんが、何かの理由で不安になり 『帰りたい』と言ったけど、回想法をして頭を使った後は不安が和らぎ、帰りたいと思ったことを忘れて、午後も穏やかに過ごしていることもありました」 また、お年寄りだけでなく、施設職員にも良い効果を生んでいるという。 「利用者さんの昔話を聞くことで、会話の糸口を見つけることができます。この人はどのような人生を歩んできたのか、より詳細に見えてくる。それにより、 それぞれの人に適した接し方を考えられます」 ある女性で、事前に受け取った資料では、農家だったというお年寄りがいた。高橋さんは、会話の糸口として、稲作の話題を投げかけた。しかし女性は黙ってしまった。農業のことは触れたくない様子だと感じた高橋さんは、その話題を控えるようにしていた。ところが、 「ある日、その女性と回想法ライブラリーで農作業の映像を見ていました。すると、ふいに『私、メロンを作ってたのよ』と話してくれたんです。そこで初めて、 メロンはやっていたけど稲作はしてなかった、だから黙っていたんだとわかりました。その後は、メロンの 苗つけや品種の違いなどについて質問をすると、うれしそうに答えてくれるようになりました。こうしたことの積み重ねで、ケアがより立体的になるのです」。 ## 3.2 “今は昔になるんだ” ## 〜獨協医科大学での授業〜 獨協医科大学看護学部では、高齢者に寄り添う「看護のこころや技術」を学ぶ授業で回想法ライブラリーを活用した。授業のねらいなどについて、六角僚子教授 (2019 年度から三重県立看護大学教授)に話を伺った。 「いまの学生たちに、戦中・戦後の話を言葉で教えても、なかなか実感として伝わりません。回想法ライブラリーは、年代ごとに一連の映像があるので、学生たちが、現代と比較して昔の暮らしを知り、その時代を生きた高齢者の気質を理解するのに役立つと思います」(六角教授) 授業の流れは次のようになる。学生たちは、予め回想法ライブラリーの項目に沿って「学校」「街の様子」 などのグループに分かれて動画を事前視聴する。授業当日はグループごとに話し合い、発表。その後、他のグループの動画も視聴し、さらに討論する(図 5)。 2018 年 11 月の授業に出席した 106 人の学生が「授業での学び・感想」を提出した。それによると、多くの学生が、戦中・戦後など、より古い時代の映像について具体的に言及している。庶民の暮らしは衛生面や安全面が今より悪かったことなどに気づき、驚いたという感想が目立つ。そのうえで、「規範を忠実に遵守する」「ものを大事にする」「我慢強い」など、現在の高齢者の気質を推察し、将来、看護師としてどんなケアができるか、思いを巡らせている。 図5 獨協医科大学の授業 六角教授は、さらなる気づきを期待する。 「学生たちに『将来、あなたたちもこのアーカイブに登場しているかもしれないね』と話しかけたりします。高齢者が、過去から今まで人生を歩んできたことを知ると同時に、『やがて自分たちも高齢者になるんだ、今は昔になるんだ』ということに気づいてほしい。 そうすることで、自分自身の人生がいかに大切か、実感できると思います」。 いま、ここにいる高齢者は、自分の将来の姿でもある。その気づきは、学生たちの看護のこころを、より広くしてくれるだろう。 回想法で認知症が「治る」わけではない。だが、日々に潤いをもたらす効果は大きい。高齢者をケアする者にとっても、学びのツールとして活用されている。 ## 4. アーカイブ映像の可能性と課題〜回想法ライブラリー制作の試行錯誤から〜 放送アーカイブがよりよく活用されるために何が求められるか。いったん時計の針を戻して、現在の回想法ライブラリー完成までの経緯に注目する。NHK アーカイブス部の担当者は、数多くの試行錯誤があったという。そこから、放送用の番組映像を、後々のニーズに応えるようにカスタマイズする上でのヒントが浮上する。 ## 4.1 不完全だった初期の「回想法ページ」 2015 年、NHK は全局体制で「認知症キャンペーン」 を開始した。キャンペーンの一環として、NHKオンライン上で回想法に特化したウェブサイトが企画された。しかし、どのようなコンテンツが適しているのかは、手探りの状態だった。 そこで、国内での回想法研究の第一人者である国立長寿医療研究センターの遠藤英俊医師、上智大学の黒川由紀子教授 (当時 ${ }^{[3]}$ )、日本福祉大学の来島修志助教を監修に招き、指導を受けた。だが、2015 年中にサイト開設を目指したため、映像を精査する余裕はなかった。 担当者が思いついたのは、既にNHKオンラインで公開している動画の再利用だった。2 年前 (2013 年)、 テレビ放送 60 年を機に、テレビで伝えた主要なニュー ス・番組のダイジェスト映像、約 1,300 本を配信していた。ここから古いものを中心に、それぞれの時代を特徴づける映像を約 300 本選んで、2015 年 10 月に「認知症・高齢者のための回想法ぺージ」を開設した。しかし、監修者たちの言葉は厳しかった。 「もっと回想法に使いやすい映像はないか?」。 ## 4.2 「ごく当たり前の日常」を 回想法ページの映像のほとんどは、1953 年のテレビ放送開始以降のもの。2015 年時点で 80 歳以上の人々にとっては、既に成人してからのものだ。回想法 で話が弾むのは子どもの頃の体験であるため、戦中・戦後の映像が必要となった。「日本ニュース」など、 NHK が保有する古いニュース映画を改めて見直すことにした。 監修者からの指摘は続く。「もっと、ごく当たり前の日常を見せてほしい」。 回想法ページでは、世間を賑わせた事件のニュース、大河ドラマなどの番組が目立っていた。これらは「主要なニュース・番組」ではあるが、回想法のツールとしては馴染みにくい。大事件や有名俳優の話をするのが目的ではない。高齢者自身の思い出に至らなければならない。 NHK の担当者は、改めて回想法を学ぶため、東京都葛飾区・シニア活動支援センターに通った。ここは、区内の高齢者を対象に健康維持を図る「介護予防活動」 に取り組んでいて、回想法は 2005 年から行っている。 テーマは、参加者の男女比、趣味、開催時の季節などに応じて設定するが、「食事」や「遊び」など、誰もが共有しやすい定番がある。「お正月」や「運動会」 も人気で、女性は「ファッション」の話題が盛り上がるという。 これらのキーワードを得て、NHKの担当者は大量のモノクロ映像の海に潜っていった。 ## 4.3 ナレーションは少なく、実音は多く 2017 年、DVDの試作版が出来上がった。最初の回想法ページの開設から 2 年が経っていた。 さっそく、監修者たちとシニア活動支援センターの職員に見てもらった。項目立てと映像内容は概ね好評を得たが、いくつかの注文がついた。最も大きな指摘が、「ナレーションが多すぎる」ことであった。 NHK の担当者は、内容を理解しやすいよう、新たに解説ナレーションを映像の多くにかぶせていた。現在の番組制作の定石だが、「これでは思い出す隙間がない」と指摘された。映像に先走って説明を詰め込まず、ゆっくりと、記憶が自然によみがえるようにしてほしい、と。 一方、シニア活動支援センターでは、試作版を回想法の参加者とともに視聴した。そして、大きな効果として「実音」の強さを挙げた。 「交通『7-1 鉄道』」の映像では、冒頭に蒸気機関車の走行音と汽笛の音が響く(図 6)。センターの職員は「『生の声』『生の音』があると効果が何倍にもなる。音に導かれて記憶の蓋が開くように、話も出やすくなる」と語った。 それらの指摘を受け、実音を極力生かしながら、ナレーションを最小限に減らして録音し直した。なお、 DVDでは「ナレーションなし」も選べるようにした。 ## 4.4 トリガーに満ちた映像の強さ 監修者をうならせる場面もあった。学童疎開で地方へ旅立つ子どもたちを、親たちが駅で見送る様子を伝えたニュース映画である(学校(戦中)「1-2 学童疎開」)。 笑顔で万歳三唱をする大人たち、車内から帽子をふる子どもたち。この後、おそらく機転を利かせたカメラマンは汽車に乗り达んだ。動き出した汽車の窓越しに、こちらに手を振る親たちの顔を映し出す(図 7)。 この、出発する子どもたちの視線を表現したカットで場面は終わる。 これこそ学童疎開を経験した高齢者にとって、幼い自分が見た光景そのものかもしれない、と監修者たちは声を弾ませた。これは、写真や玩具では伝えられない、映像こその強みで、記憶を呼び起こすトリガーを満載している、と。 外部の専門家からの多くの指導を受け、回想法ライブラリーは完成した。ニュース・番組のダイジェストという「素材」は、回想法のために「カスタマイズされたコンテンツ」に生まれ変わった。 図6 蒸気機関車 図7 学童疎開の見送り ## 4.5 「文脈」の中で撮影された素材の限界 ただし、この制作過程は、放送アーカイブをカスタマイズすることの限界も提示する。 ニュースや番組は、それぞれの「文脈」に沿って撮影・編集される。例えば駄菓子屋でも、取材者にとって必要がなければ、店頭のラムネ菓子や売り買いの様子などの回想法に適したディティールは撮らない。音に関しても、完成した番組にナレーションや BGM がすでに実音にかぶっていれば、元には戻せない。 膨大なアーカイブの中からカスタマイズ可能な映像を探し出すのは、限られたリソースでは容易ではない。 ## 5. おわりに 放送アーカイブのさらなる活用 に向けて シニア活動支援センター所長の松尾浩伸さんは言う。「“匂いそうな映像”があるといいですね。昔の路地の映像を見てドブ川の匂いを思い出し、それをきっかけに当時の体験がよみがえる人もいるでしょう」嗅覚に訴える放送アーカイブは、きっとたくさんあるはずだ。 監修者の一人、黒川由紀子さんは、回想法によって現役の企業人も思い出を語り、自分自身を見つめ直すことで、今後の人生や働き方に役立つはずた、と提言する。「100 年人生で多くの人は組織に属しているわけで、そこで働く人たちにとっても資する回想法プログラムができたら素晴らしいなと思います ${ }^{[4] \text { ] }}$ 前章で「実音の強さ」に触れたが、NHKは 1951 年から日本各地の音源を収集・保存する「音のライブラリー」(のちに「放送文化財ライブラリー」)という活動を長年にわたり行ってきた。日本各地の方言や民謡、駅や港、街中の音など、各時代の生活の中に根付いた音も数多く保存している。これらが回想法の有効な素材になり得るとわかるのも、監修者などからの指摘に拠るところが大きい。回想法のプロだからこそのアイデアは、番組制作や放送研究に専念してきた筆者では持ちえないものだ。恥ずかしながら、最近まで回想法の存在さえも知らなかった。 放送局では、当然だが、ニュース取材や番組制作のプロの育成には力を入れる。一方で、放送後のアーカイブを活かすためのプロの数は、まだ十分とは言い切れないと筆者は思う。ニーズに合わせるためのカスタマイズは、外部の専門家からの助言なくしてはできなかった。 今回実感するのは、放送局がアーカイブのプロをさらに育成することと、同時に、こちらが気づかないニーズをよく知る「その道のプロ」との連携を強めることの重要性である。放送局の力だけで膨大なアーカイブを何とかしようというのは、おのずと限界がある。放送アーカイブは、放送局の存在価値を高める可能性を十分に持ちながら、まだ多くが眠り続けている。力を合わせて、活用を促すべきである。 ## 註・参考文献 [1] 大高崇. “著作権70年時代”と放送アーカイブ活用. 放送研究と調査. 2018, vol.68, no. 8 p.7-12. [2] 厚生労働省. 知ることから始めようみんなのメンタルヘルス総合サイト。 https://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_recog.html (参照 2019-11-25) [3] 2019年4月から黒川由紀子老年学研究所所長 [4] NHK. 回想法ライブラリー特別座談会「回想法に昔の映像を使ってみると $\cdots 」$ https://www.nhk.or.jp/archives/kaisou/about/zadankai.html (参照 2019-11-25)
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# ColBaseとジャパンサーチの連携 Cooperation between ColBase and Japan Search 国立文化財機構文化財活用センター 抄録:国立文化財機構が運用する博物館所蔵品データベース「ColBase」は、デジタルアーカイブのポータル「ジャパンサーチ」と 連携し、データを提供している。本稿ではまず「ColBase」開発の経緯と概要について、ライセンスの扱いや各博物館のデータベー スとの連動に触れつつ紹介する。「ColBase」で実施してきた他機関との連携につづいて、「ジャパンサーチ」との連携について詳し く説明する。最近実施した「ColBase」リニューアルに際して生じた問題を検討したあと、今後の課題と期待を述べる。 Abstract: ColBase, a database of museum collections operated by the National Institutes for Cultural Heritage, provides data in cooperation with a digital archive portal, "Japan Search". In this article, we will introduce the background and overview of the development of ColBase, touching on the handling of the license and the linkage with each museum's own database. We will explain collaborations through ColBase with various institutions, and then more in detail that with Japan Search. We review the problems that arose from the recent renewal of ColBase, and discuss the challenges and expectations for the future. キーワード : ColBase、ジャパンサーチ、デジタルアーカイブ、LIDO、OAI-PMH Keywords: ColBase, Japan Search, Digital Archives, LIDO, OAI-PMH ## 1. はじめに 国立文化財機構は、2017 年 3 月に機構内の 4 つの国立博物館(東京・京都・奈良・九州)の所蔵品を統合的に検索・閲覧できる「ColBase」を公開した。掲載している作品データは約 13 万 7 千件、そのうち約 1 万 6 千件に画像がついており、画像の総数は約 4 万 6千枚となっている(2020年7月現在)。この「ColBase」 のデータは、「ジャパンサーチ」と連携しており、各機関が提供する他のデジタルアーカイブと共に横断的に検索することができる。「ジャパンサーチ」に対しては、試験公開版が一般公開される前の段階から 「ColBase」のデータをテストデータとして提供するなどの形で協力してきた。本稿では「ColBase」を中心に、連携機関としての取り組みを紹介する。 ## 2. ColBase の概要 国立文化財機構には4つの国立博物館が属しており、 いずれも美術工芸・歴史・民族・考古などの分野を対象とする人文系の博物館である。所蔵品は各博物館で管理しており、その情報はデータベース化されているが、従来は各館の Web サイトの一部として個別に公開されていた。しかも東京国立博物館の場合、所蔵品の多さのために十分なデー夕整備ができておらず、 Web サイトで公開しているのはごく一部の名品を収録 した「名品ギャラリー」や、所蔵する写真を公開する 「画像検索」などにとどまっていた。 機構内各館の所蔵品を一括して検索・閲覧できるシステムの構築は 2014 年から検討が始まり、2016 年を通じて開発を行い、翌 2017 年 3 月 27 日に一般に公開した。東京国立博物館についても、たとえデー夕整備が必ずしも十分とは言えなくても公開するという方向に転換し、基本的に全作品のデータを収録した ${ }^{[1]}$ 。揭載したデータは、画像も含めて「政府標準利用規約第 2.0 版」をべースとした利用規約で提供しており、これはクリエイティブ・コモンズの「CC BY 4.0 国際版」 に相当するライセンスとなっている。つまり、出典さえ明示すれば自由に利用することができる。 2017 年 7 月には機構に文化財活用センターが新たに設置され、同センターの事業の一つとして「文化財のデジタル資源化の推進と国内外への情報発信」を行うこととなった。それまで「機構の本部事務局の事業であり、東京国立博物館がとりまとめ」という位置づけであった「ColBase」は、同様に位置づけられていた「e 国宝」とともに、同センターの所管となった。 博物館での展示の際に掲出される題箋は、日本語たけでなく外国語でも提示されている。特に「ColBase」 を開発していた時期には、従来からある英語だけではなく、中国語や韓国語を含めた 4 力国語化が急速に進 められていた。こうして作られた題箋のための多言語データも「ColBase」に取り达み、一部の作品にとどまるものの、2017 年末には 4 力国語に対応した。 「ColBase」に収録される元となるデー夕は各館で管理されているが、所蔵品のデー夕は様々な機会に更新されている。そのため、「ColBase」上のデータを手動で更新・修正するのではなく、各館でのデータ更新を自動的に「ColBase」に反映するため、OAI-PMH (Open Archives Initiative Protocol for Metadata Harvesting) によるメタデータのハーベスティングを実装することとなった。メタデータのフォーマットには、博物館所蔵品のために ICOM(国際博物館会議)の CIDOC(国際ドキュメンテーション委員会)が開発したLIDO (Lightweight Information Describing Objects) ${ }^{[2]}$ を適用することにした。ユーザインターフェースの改善と合わせて2019年に開発を進め、2020年2月20日にリニューアル版として公開した(図1)。OAI-PMHについては、各館側のリポジトリ開発を進め、順次実稼働に入っているところである。 図1「ColBase」トップページ ## 3.「ColBase」とシステム連携 やはり国立文化財機構が運用する Web サイト「e 国宝」は、2001 年に公開を開始したあと 2009 年に大幅リニューアルしたが、このとき OpenSearchを実装し、他システムとの連携を可能にした。OpenSearch はサイトのもつ検索機能を標準化した形で提供する仕組みで、比較的実装が容易であったため、外部にメタデー 夕を提供できるように導入した。これを使って、2010 年には当時国立国会図書館が運営していたデジタルアーカイブのポータルサイト「PORTA」[3] との連携を開始した。また、このOpenSearchによって取り出した作品のメタデータに、「e国宝」固有の高精細画像の表示に必要な JSON 出力 ${ }^{[4]}$ を組み合わせることで、完全な検索・閲覧用クライアントを作ることができるようにした。これによってモバイルアプリ版の「e国宝」や、東京国立博物館の本館展示室内で来館者に提供している「トーハクで国宝をさぐろう」など、用途に合わせたクライアントを開発してきた。 こうした経験から、メタデータを出力する機能や他機関のシステムと連携する機能の有用性を実感し、「ColBase」でもデータ連携を実現することを検討した。 ただし、現時点では「e 国宝」のOpenSearchのような形で一般から利用できるような API や、そのためのドキュメントの整備にまでは至っておらず、各連携先との間で個別に調整しながら連携を実現している。 $\lceil$ ColBase」公開の翌年 2018 年 3 月には、「PORTA」 の後継である「国立国会図書館サーチ(NDLサーチ)」 および文化庁の「文化遺産オンライン」との連携を実現した。「NDLサーチ」との間では、機関リポジトリで一般的に使われている、メタデータ連携の標準的なプロトコルである OAI-PMHを使用している。「ColBase」側にリポジトリ機能を実装し、「NDL サーチ」がハー ベスティングを行って、メタデータを蓄積し、「NDL サーチ」での検索結果に「ColBase」のアイテムが表示される。連携するメタデータの形式は「国立国会図書館ダブリンコアメタデータ記述(DC-NDL)」である[5]。DC-NDLは、ダブリンコアを拡張している一般用途のものではあるものの、「NDL サーチ」の性格のためか、やはり図書との親和性が高いように思われ、「ColBase」のような文化財のデータを扱うには制約が多いと感じられた。作品の「品質形状」や「所蔵者」 などの基本的な項目であっても、「dcterms:description」 にマッピングせざるをえず、「所蔵者:XXXX」のように導入句をつけるといった対応となった。 一方、「文化遺産オンライン」に関しては、OAIPMHのような標準的なプロトコルではなく、「ColBase」独自の APIを利用してデータを抽出していただこととなった。「ColBase」はシステムの構成としてデータベースを管理するバックエンドと、Web サイトとして表示するフロントエンドに分かれており、その間の通信に独自 APIを利用しているのだが、これを直接使つて「文化遺産オンライン」にデータを取り达むという方式である。「文化遺産オンライン」は当然文化財を中心的に扱っているため、「NDLサーチ」の場合のようなマッピングにおける違和感はほとんどなかったと言ってよいだろう。 ## 4.「ColBase」と「ジャパンサーチ」の連携 国立文化財機構は、政府の知的財産戦略本部の実務 者協議会・実務者検討委員会での議論や、各種のヒアリングなどを通じて「ジャパンサーチ」の検討段階から関わってきたが、これは「ColBase」の検討・開発の時期とほぼ重なっており、互いの構想が形になっていくなかで、具体的な連携が進んでいくこととなった。 したがって「ColBase」の開発自体も、「ジャパンサーチ」 との連携を念頭におきながら進められていた。 「ColBase」の公開後も、「ジャパンサーチ」のプロトタイプ構築のためにサンプルデータを提供するなどの協力を行っていたが、2018 年 3 月に「NDLサーチ」 および「文化遺産オンライン」の連携を開始したあと、 いよいよ同年 7 月に「ジャパンサーチ」の試験公開版が関係者限りで公開となった。これは、連携を予定している機関などに限って、実際にデータを投入したり、投入されているデータを検索したりすることができるものである。国立文化財機構にもアカウントが発行され、機関のデータを登録するなどの準備の後、翌 8 月には「ColBase」から抽出したメタデータを試験的に投入した。 具体的な作業としては、「ColBase」のもつデータ出力機能を使って登録済みのデータをTSV 形式のテキストファイルとしてダウンロードし、加工のために Excel シートに変換して調整をした。TSVファイルには解説文なども含まれるため、その中の改行コードのために崩れた行を修正するなどの調整は手作業で行う必要があった。このほか、不必要なフィールドの削除や、数値のコードで表現されているデータを文字列に置換するといった作業を行った。手間のかかる泥臭い作業であり、将来的には自動化する必要がある部分だが、この時点では必要な労力であった。 投入したデー夕は期待通りに検索でき、機能の検証に利用できるようになったが、この段階では「ColBase」 が出力するデー夕に画像の URL が含まれていなかった。そこで「ColBase」側を改修し、画像が公開されている各作品についてはサムネイル URLを 1 つ出力するようにした。「ジャパンサーチ」の試験公開版は、 2019 年 2 月に関係者限りの公開から一般公開へと切り替わったが、その直前にサムネイル URLつきのデー 夕を再度投入することができ、一般の目に触れる時点では検索結果にある程度は作品の画像が並ぶようになった。 ## 5. URL 変更の影響 前述の通り、「ColBase」は 2019 年に再度の改修を行った。画像や文字情報の見やすさを改善し、サイト全体の見栄えを良くするといったユーザインター フェースの改善と、各博物館のデータの更新を自動的に反映するための OAI-PMH の導入である。このとき、 ユーザインターフェースの改善の一貫として、個別の作品詳細画面のURLを変更した。これ以前の「ColBase」 では、作品詳細画面や、個々の画像にアクセスするための URL にハッシュ値が用いられていた。この実装では URLが意味をもたず、非常に長いものになるうえ、同じ作品のデータを一旦削除して再登録した場合に、新たに異なるURLが割り当てられてしまう。デー 夕への永続的なアクセスを考え、ハッシュ値による URLを廃止し、所蔵館を表す文字列と、所蔵館における管理番号(機関管理番号)によってURLを構成するように変更した。 ハッシュ值を使い続けることによる問題を考えれば、この時点でURLをすべて変更することも合理的な選択だったと考えているが、実際的な問題として、 すでに連携済みの各機関のデータベースとの間ではリンク切れが生じてしまい、またサムネイル URLも変更となったために画像も表示されなくなってしまった。2020 年 2 月のリニューアル以降、「NDLサーチ」「文化遺産オンライン」「ジャパンサーチ」のいずれもが同様の状態となるため、リニューアル後できるだけ速やかに各機関と連携してデータを再投入するなどの調整を行う必要があったが、リリース段階の各種調整に手間取ったうえ、新型コロナウィルス感染症の拡大による緊急事態宣言の発出や、これにともなう各機関での職員の出勤制限などから、作業は困難なものとなってしまった。 「ジャパンサーチ」については、投入済みのデータで使っていたレコードID が「ColBase」リニューアルと共に失われてしまったという問題もあった。「ジャパンサーチ」ではこの IDをURLに用いていたため、 データの再投入後にこれが変更になるのは避けたいということであった。この問題については、国立国会図書館側のご尽力により、投入済みのデータから IDを取り出し、新しいURLのついたリニューアル後のデー 夕と突合していただいた。その結果を使って「ジャパンサーチ」側のデータを更新していただき、5月にはリンク切れとサムネイル非表示が解消された。ここで復元された旧 IDは、今後「ColBase」側にも取り达むことができるようにすることを考えている。 なお「NDL サーチ」については既存データを全件削除のうえ、全件再登録するという対応を 7 月に実施していただき、問題は解消している。「文化遺産オンライン」については、以前使用していた APIでは新しい URLを取得することができないため、本稿執筆時点 (2020 年 7 月)では改修にむけて調整中となっている。 この URL 変更にともなう問題は、本来であれば最初期の設計段階で検討しておくべきことであろう。 URL の永続性はデジタルアーカイブにとって基本的な課題であるはずであり、結果的にこれを軽視していたことは率直に反省すべきであろう。また、こうした課題を解決するために、すでに広く使われている DOI という仕組みもある。「ColBase」でDOIを利用するかどうかは各博物館との間でもよく議論した上で判断する必要があるが、今回の反省を踏まえてよりよい解決法を模索していきたい。 ## 6. 今後の課題と期待 「ジャパンサーチ」と「ColBase」の関係では、前述の「復元された旧 ID」の「ColBase」への再取り込みが最初の課題である。単に「ジャパンサーチ」との連携のためだけに、新たにフィールドを追加して旧 ID をとりこむだけでは、後方互換性のために不必要にデータと運用を複雑化するたけけであるこれを例えば前述のDOI を適用する際に利用するなど、何かしら積極的で応用の効く使い方を検討したい。 また「ColBase」は 4 博物館の所蔵品のデータベー スであるが、各博物館にはそれ以外にも様々なデータベースがあり、相互に関連するものも少なくない。また国立文化財機構には4つの国立博物館のほかに2つの文化財研究所があり、それらの施設でも各種のデー タベースが構築・運用されている。各施設のデータベースがそれぞれ「ジャパンサーチ」と連携すれば、「ジャパンサーチ」自体の分野横断的な活用も広がるであろうし、各施設に蓄積されたデータベースの価值も高まることが期待できる。機構内の各施設間のデー タベース同士も関連しあっているし、機構外の他機関のデータベースにも関連するものが様々にあるであろう。もちろん所蔵品データベースはコアとなるものたが、それ以外のデータベースも各施設の研究活動の成果であり、個別に存在するよりも分野横断的に利用できれば、さまざまな研究を加速することにつながるのではないか。 「ColBase」のリニューアル後、新たに音声データを登録することができるようになった。現在登録されているのは、東京国立博物館の鑑賞ガイドアプリ「トー ハクなび」[6] で提供している音声ガイドで使われているデータである(図 2)。ガイドアプリは「ColBase」 から作品のメタデータや音声デー夕を抽出し、展示に 図2「トーハクなび」 合わせて利用者に提供している。データ自体のオープン化や、Linked Data の整備がすすめば、こうした応用的なデータ活用はますます活発になっていくものと考えられる。「ジャパンサーチ」のLODを利用することで、たとえばこうした展示ガイド上で、ある作品と関連する他館所蔵の作品を表示したり、ある絵巻が主題とする物語と同じ物語を描く小説やマンガを紹介したり、といった幅広いコンテンツへの誘いかけも可能になるのではないか。さらに、博物館での応用のみならず、分野を横断することによって、博物館自身では生み出せないような新しい価値の創出につながることを、連携機関の一員として強く期待している。 ## 註・参考文献 [1] 収録は列品番号 (所蔵品につけられた管理番号) ごととなっているため、一つの列品番号に複数の作品が含まれる場合(浮世絵版画のセットや、一括の出土品など)には、一部の例外を除いて内容の細目までは揭載していない。 [2] LIDO-Lightweight Information Describing Objects. http://www.lido-schema.org/schema/v1.0/lido-v1.0-schema-listing. html (accessed 2020-07-20) [3]「PORTA」は現在は「国立国会図書館サーチ」(NDLサーチ) に統合されている。 [4] 当時はIIIFのような標準的な仕様がなく、タイリングした画像の表示などの仕組みには独自のデータフォーマットを用いていた。 [5] 国立国会図書館ダブリンコアメタデータ記述(DC-NDL)。 https://www.ndl.go.jp/jp/dlib/standards/meta/index.html (参照 2020-07-20) [6]「トーハクなび」について. https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2010 (参照 2020-07-20)
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# expanding collaboration 国立国会図書館高橋 良平 TAKAHASHI Ryohei 国立国会図書館中川紗央里 NAKAGAWA Saori 国立国会図書館 抄録:「ジャパンサーチ」は、我が国が保有する多様なコンテンツのメタデータを検索できる国の分野横断型統合ポータルである。内閣府をはじめとする関係府省及び国の主要なアーカイブ機関等と連携・協力し、国立国会図書館が中心となって 2017 年から構築 を進め、2019年 2 月の試験版公開を経て、2020 年 8 月の正式版公開に至った。本稿では、まずジャパンサーチに登録されているメ タデータについて、分野別、権利区分別等の状況を分析することで、ジャパンサーチで検索可能なコンテンツの内容等を概観する。続いて、ジャパンサーチとアーカイブ機関との連携の現状を紹介した上で、今後の連携拡大に向けて目指す方向性などを示す。 Abstract: Japan Search collects metadata of a variety of content from libraries, museums, archives and research institutions across the country to provide an integrated search service. Since 2017, the National Diet Library has been working closely with the Cabinet Office and other related ministries and organizations to develop Japan Search. After a beta version released in February 2019, an official version of Japan Search was launched to the public in August 2020. In this article, we give the overview of the current range of metadata aggregated in Japan Search in terms such as its type and secondary use conditions. We also explain Japan Search's collaboration policy with organizations and its future direction for expanding cooperation. キーワード : ジャパンサーチ、デジタルアーカイブ、メタデータ Keywords: Japan Search, digital archive, metadata # # 1. はじめに 1.1 ジャパンサーチとは ジャパンサーチは、書籍、文化財、自然史・理工学等のさまざまな分野のデジタルアーカイブと連携し て、我が国の学術的・文化的・社会的デジタル情報資源のメタデータを集約し、統合検索機能等を提供する ことで、デジタルコンテンツの利活用を促進するため のプラットフォームである。ここでいうメタデータと は、コンテンツの内容、外形、所在等に関する記述等 のデータのことで、具体的には図書館の書誌デー夕や 博物館・美術館等の目録デー夕、文化財の基礎データ 等をいう。 ジャパンサーチの運営主体は、内閣府知的財産戦略推進事務局が庶務を務める「デジタルアーカイブジャ パン推進委員会及び実務者検討委員会」である。この 委員会で決定される方針の下、国立国会図書館が中心 となって 2017 年からシステムの構築を始め、2019年 2 月の試験版公開を経て、2020 年 8 月 25 日に正式版 を公開した。国立国会図書館は引き続き、システムの 開発・運用を担う。 ## 1.2 正式版公開に当たり ジャパンサーチは、統合ポータルとしての横断検索の仕組みのほかに、デジタルアーカイブの魅力を活かせるよう、さまざまな機能を備えている。機能の詳細については、紹介済みの記事をご参照いたたききたい[1-3]。また、正式版公開に当たり、試験版で提供していた「マイノート」(お気に入りの検索結果などを登録する機能)を拡張し電子展覧会「ギャラリー」を作れるようにしたほか、複数人でマイノートやギャラリーを共同編集できる「ワークスペース」といった新機能を追加した。 図1ジャパンサーチのトップ画面 <https://jpsearch.go.jp> \\ 本稿では、ジャパンサーチのメタデータの現状を紹介しながら、今後目指すべき連携拡大の方向性について考察する。 ## 2. 連携コンテンツの概況 2.1 分野別の分布 ジャパンサーチでは、 2020 年 8 月 25 日の正式版公開時点で、23 連携(つなぎ役)機関を通じて提供された 108 データベースから約 2,100 万件のコンテンツのメタデータを検索できる。その分野は書籍、公文書、文化財、美術、メディア芸術、自然史・理工学、地図、人文学、放送番組など多岐にわたる(表 1)。 ジャパンサーチで検索できるコンテンツのメタデー 夕の分野別の分布は図 2 のとおりである。 図2 ジャパンサーチ分野別のメタデータ件数 書籍等分野のコンテンツのメタデータが最も多い。約 940 万件のうち国立国会図書館が提供する本に関するメタデータが約 890 万件あり、書籍等分野の約 95 \%を占める。中でも一番数が多いのは、国立国会図書館サーチ経由で連携している「全国書誌」約 595万件である。全国書誌は国立国会図書館が網羅的に収集した国内出版物の標準的な書誌情報で、デジタルコンテンッのメタデータではない。博物館・美術館の作品等とその作品に関連する出版物の情報を一緒に検索できると調査研究に有用であるとの意見があったことから、デジタルコンテンツがないメタデータであってもジャパンサーチと連携している。 二番目に件数の多い分野は、自然史・理工学のコンテンツのメタデータで、約 540 万件ある。この多くは国立科学博物館との連携によるもので、全国 100 以上の自然史系博物館の標本資料のデータベースである 「サイエンスミュージアムネット」に登録された標本・採集に関するメタデータ約 507 万件であり、自然史・理工学分野の9 割に当たる。他には神奈川県立生命の星・地球博物館と国立科学博物館が管理・運営する「魚類写真資料データベース」のデータが約 12 万件ある。各地でダイバーが撮影した水中写真に、撮影地、撮影日、撮影水深などが付与され、貴重な研究データである。例えば、深海魚リュウグウノツカイは、 1990 年に兵庫県(日本海)で撮影された成魚から 2016 年に駿河湾で撮影された幼魚まで 12 件がヒットする。 三番目に件数が多い分野は、公文書分野のコンテンツのメタデータで、約 390 万件ある。その約 $95 \% を$占めるのは、「国立公文書館デジタルアーカイブ」に打ける文書資料のメタデータ約 375 万件である。国立公文書館デジタルアーカイブは、目録情報だけでなく、一部はデジタル画像をウェブ上で閲覧できる。内容は多岐に渡るが、例えば、日本国憲法の公布原本 ${ }^{[4]}$閲覧できる。 ## 2.2 権利区分別の分布 次に、デジタルコンテンッの「権利区分」の分布を概観する。ジャパンサーチは、メタデータを集めるだけの仕組みではなく、集めたメタデータに紐づくデジタルコンテンツの利活用を促すため、デジタルコンテンツの利用条件を分かりやすく示す工夫を施している。実務者検討委員会がまとめた方針に基づき、各コンテンツには、その著作権の状態及び利用条件について、便宜上、簡潔に要約して表示するためにジャパンサーチで用意した「権利区分」を連携機関に付与してもらっている。権利区分には、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス (CCライセンス) やEuropeana、 DPLA、クリエイティブ・コモンズの三者が中心となり共同で開発した Rights Statementsなど、国際的に普及しているライセンス及びマークが含まれている。これらジャパンサーチの二次利用条件の表示の工夫についての詳細は『第二次中間取りまとめ』補足資料を参照いただきたい[5]。 図3は、デジタルコンテンツの権利区分別のメ夕データ件数である。最も多い権利区分「著作権あり」 は、二次利用に当たって著作権者の許諾が必要とされていることを示すもので、約317万件ある。一方、オー プンで自由な二次利用が可能な権利区分として、著作権保護期間が満了している「パブリックドメイン (PDM)」が約 44 万件、著作権法上認められている権利を放棄してパブリックドメインに提供されている 「CC0」が約 4,000 件、著作権のクレジットを表示すれば自由に利用できる「CC BY」は約 19 万件ある。 さらに、ジャパンサーチでは、権利区分を用いて、「教育」「商用」などの目的別での利用の可否も簡単に判別できるようにしている。それぞれ目的別の二次利用可能なコンテンツのメタデータ数は、教育目的が約 136 万件、非商用目的が約 116 万件、商用目的は約 82 万件となっている。な扫、現状では、デジタルコンテンツが存在し、かつ、権利区分が設定されているメ夕データは、全体の一部に限られており、図 3 において約 900 万件が「該当なし」と表示されている。今後、 これらの権利を具体化していくことが課題と考える。 ## 2.3 RDF データを用いたメタデータの分析 ジャパンサーチでは、集約した多様な形式のメ夕データを、他のデータと組み合わせて利活用しやすいよう用意した分野共通のメタデータモデルである 「ジャパンサーチ利活用スキーマ」の RDFデータに変換しAPIで提供しているが、これを用いて、例えば次のようなデー夕分析を行うことができる。なお、ジャパンサーチの RDFデータについては、本誌の神崎正英氏の記事に委ねたい。 コンテンツを識別する名称(タイトル)に付与され である。1 位の「官報」と 2 位の「通産省公報」の由来は「国立国会図書館デジタルコレクション」のメ夕データで、国立国会図書館のデジタル化資料のタイトルに多く含まれているため件数が多い。また、4位の 「ニホンカモシカ」や5位の「アユ」、6位の「オイカワ」 など、全体として動植物のラベルが多く現れているのは、「サイエンスミュージアムネット」に同名の標本情報が多数含まれているためである。 図4 2020年 8 月25日公開時点名称(タイトル)(プロパティ=label)のトップ20 図 5 は、連携機関とコンテンツの種別(カテゴリ) に付与される type ${ }^{[8]}$ の関係性を示したものである。各機関がどのような種別のコンテンツをジャパンサー チに登録しているかを見て取れる。 ## 3. ジャパンサーチ連携の取組 3.1 連携方針 社会・文化・学術情報資源である資料・作品等のコ 図5 2020年 8 月25日公開時点連携機関と種別(プロパティ=type)の関係性 ンテンツを保有しているアーカイブ機関であればどこでもジャパンサーチの連携の対象になりうる。つまり、図書館、博物館 - 美術館、文書館といった文化施設のほか、大学・研究機関、官公庁・地方公共団体、企業、市民団体等も連携の対象である。ただし、実務者検討委員会の方針としては、「つなぎ役」を通じたアーカイブ機関との連携を原則としている[9]。 ## 3.2 つなぎ役とは つなぎ役とは、分野・地域コミュニティにおいてメタデータの集約・提供を行う機関のことであり、図 6 のと打り、当該分野・地域のポータルの整備・提供、 メタデータの標準化、デジタルコンテンツ等の二次利用条件の整備等の役割を果たすことが期待される。どれも大切な役割であるが、一つの機関がすべての役割を担う必要はないとされている。ジャパンサーチとの ## (ア) 分野/地域の独自性を反映したポータルの整備$\cdot$提供 (1)(分野/地域における、以下同)メタデータの集約、API 提供 (ウ) メタデータの整備推進 (I) メタデータの標準化、用語の統制(辞書・典拠・シリーラス) (オ) デジタルコンテンツ等の二次利用条件の整借・オープン化の推進 (カ) 所蔵資料/収蔵品等のデジタル化のための技術や法務上の業務支援 (キ)コンテンツの長期保存$\cdot$永続的アクセス保証(データホスト)への協力 (ク) 意識啓発・人材育成 (ケ) 活用促進のための取組 図6つなぎ役に求められる役割 ${ }^{[10]}$連携においては、直接的には(イ)が最も関係するが、同時に(エ)や(オ)も重要な役割であると考える[9]。 ## 3.3 つなぎ役を通じた連携 つなぎ役がいることで、ジャパンサーチと個別のアーカイブ機関との連携がスムーズに進む上、活用者にとっても、利用しゃすく整備されたメタデータを入手できるメリットがある。現在、分野のつなぎ役として複数のアーカイブ機関をまとめているのは、国立国会図書館 (国立国会図書館サーチ) のほか、文化庁 (文化遺産オンライン)、国立科学博物館(サイエンスミュージアムネット) などがある。 ## 3.4 アーカイブ機関による直接連携 しかし、現状では、つなぎ役が存在しない、又は明確でない分野・コミュニティが存在するため、次の条件に該当する場合は、つなぎ役を介さない直接の連携を検討することとなっている[ $[9]$ 。 ○国の機関であり、当該分野におけるコンテンツを幅広くカバーしているアーカイブ機関 ○公益に資する目的のため、当該分野におけるコンテンツを幅広くカバーしているアーカイブ機関 ○唯一性・独自性の高いコンテンツ群を塊として扱う分野・地域を代表するアーカイブ機関 ○その他(実務者検討委員会において適当と認められるアーカイブ機関) 例えば、NHKアーカイブスは公益目的のアーカイブ機関として、渋沢栄一記念財団は唯一性・独自性の高いコンテンツ群を扱うアーカイブ機関として直接連携している。 ## 3.5 連携の拡大に向けて ジャパンサーチが広く活用されるためには、より多くの魅力的なコンテンツを増やすことが重要である。十分な件数があるように見える書籍等分野でも、各地の郷土資料や独自のコレクション、デジタルコンテンツが存在するコレクションのメタデータをともに検索・利用できることで、さらに活用の厚みが増すだろう。正式版公開を機に、地域アーカイブとして、新潟大学(にいがた地域映像アーカイブデータベース)、南方熊楠顕彰館 (南方熊楠邸資料)、三重県 (三重の歴史・文化デジタルアーカイブ)及び県立長野図書館 (信州デジタルコモンズ) の4機関のメタデータがジャパンサーチに加わった。これまで、つなぎ役が明確な国の機関を中心に連携を進めてきたが、今後は、つなぎ役が明確でないが前掲の条件に該当するような地方や民間の機関との連携にも力を入れていきたい。 また、2020年7月には全国美術館会議をつなぎ役に、愛知県美術館(愛知県美術館コレクション)及び東京富士美術館(東京富士美術館収蔵品データベース)との連携が実現した。書籍等以外の分野のデータが充実することにも期待したい。 ## 4. おわりに ジャパンサーチは、緒に就いたばかりである。さまざまな場面で皆様にジャパンサーチを利用していただけるよう、また、今後新たな活用のアイデアが生まれるよう、さらなる機能の改善や日本各地のデジタルアーカイブとの連携拡大に努めてまいりたい。 ## 註・参考文献 [1] 高橋良平, 中川紗央里, 德原直子. [C21]国の分野横断型統合ポータル「ジャパンサーチ」: 正式版公開に向けて. デジタルアーカイブ学会誌. 2020, vol. 4, no. 2, p.203-206. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsda/4/2/4_203/_pdf/-char/ja (参照 2020-08-25) [2] ジャパンサーチついに正式版公開へ! , 国立国会図書館月報. 2020, no. 711/712, p.7-21. https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11516814_po_ geppo200708.pdf:contentNo=1\#page=9 (参照 2020-08-25) [3] 德原直子. 特集:博物館・美術館の図書室をめぐって, 博物館・美術館にとっての「ジャパンサーチ」とは?.現代の図書館. 2019, vol. 57, no. 3, p.167-175. http://www.jla.or.jp/publications/tabid/87/pdid/p11-0000000540/ Default.aspx (参照 2020-08-25) [4] 日本国憲法・御署名原本・昭和二十一年・憲法一一月三日 https://jpsearch.go.jp/item/najda-8ng730168100 (参照 2020-08-25) [5]「デジタルアーカイブにおける望ましい二次利用条件表示の在り方について (2019年版)」及び「ジャパンサーチにおける二次利用条件表示等の在り方について」が『第二次中間取りまとめ』の補足資料にある。 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_ suisiniinkai/jitumusya/2018/torimatome2.pdf (参照 2020-08-25) [6] ジャパンサーチ「開発者向け情報」におけるlabelの説明 https://jpsearch.go.jp/static/developer/property_simple/\#rdfs:label (参照 2020-08-25) [7] 図4及び図 5 は、2019年7月17日開催「ジャパンサーチ発進! 連携拡大に向けて」イベントにおける中村覚助教 (東京大学) 発表資料「ジャパンサーチのメタデータ利活用事例ジャパンサーチを使う」のデータを更新したものである。 https://www.ndl.go.jp/jp/event/events/20190717_uoft_nakamura. pdf (参照 2020-08-25) [8] ジャパンサーチ「開発者向け情報」におけるtypeの説明 https://jpsearch.go.jp/static/developer/property_simple/\#rdfs:type (参照 2020-08-25) [9] 実務者検討委員会. 第二次中間取りまとめ. 2019. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_ suisiniinkai/jitumusya/2018/torimatome2.pdf (参照 2020-08-25)「6 章国の分野横断型統合ポータルの構築」p.33-34参照。 [10] デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁連絡会・実務者協議会. 我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性. 2017.21 頁記載の図 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/ houkokusho.pdf (参照 2020-08-25)
digital_archive
cc-by-4.0
Japan Society for Digital Archive
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# Chronology and Context of Japan Search \author{ 大向 \\ 一輝 \\ OHMUKAl Ikki \\ 東京大学大学院人文社会系研究科 } 抄録:国内に存在するあらゆる種類の文化資源を対象とするジャパンサーチは、日本のデジタルアーカイブの系譜に打けるひとつ の到達点である一方、「すべての資料が集まるデジタルアーカイブ」が 2019 年にはじめて実現された理由、ならびに国立国会図書館を中心とした体制が構築された理由は自明ではない。本稿では、ジャパンサーチ誕生の経緯に関する公開情報を整理するととも に、社会的な文脈を含めた議論を通じて本特集の各論を補足する。 Abstract: The Japan Search, which covers all kinds of cultural resources in Japan, is a point of arrival in the genealogy of Japan's digital archive. On the other hand, it is not obvious why the "Digital Archive of All Materials" was realized for the first time in 2019, and why the National Diet Library leads the project. This paper summarizes the public information on the circumstances of the birth of Japan Search through a discussion of the social context. キーワード:ジャパンサーチ、デジタルアーカイブ、国立国会図書館、知的財産戦略本部 Keywords: Japan Search, Digital Archive, National Diet Library, Intellectual Property Strategy Headquarters # # 1. はじめに 本特集のテーマとして取り上げるジャパンサーチ は、2019 年 2 月に試験版が公開された後、約 1 年半 を経て 2020 年 8 月に正式版としての運用が開始され た。国内に存在するあらゆる種類の文化資源を対象と するジャパンサーチは、日本のデジタルアーカイブの 系譜におけるひとつの到達点として評価できる。一方 で、「すべての資料が集まるデジタルアーカイブ」の 発想はいつの時代にも存在していたはずだが、それが この時期にはじめて実現されたのはなぜだろうか。ま た、公的な取り組みとして多分野の情報を扱うために は、異なる目的を持つ複数の機関の連携が必要になる とともに、いずれかの機関が代表してシステムの開発 やサービスの提供を担う必要があるが、国立国会図書館がこれを担当することになったのはなぜだろうか。本稿では、ジャパンサーチ誕生の経緯に関する公開情報を整理するとともに、社会的な文脈を含めた議論を 通じて本特集の各論を補足することを目的としている。 ## 2. ジャパンサーチの概要 ジャパンサーチの概要については、サイト上にて 「書籍等分野、文化財分野、メディア芸術分野など、 さまざまな分野のデジタルアーカイブと連携して、我が国が保有する多様なコンテンツのメタデータをまとめて検索できる『国の分野横断統合ポータル』」と記載されている。ジャパンサーチは固有の資料を持たず、個別の機関が整備したデジタル化資料やメタデータ を、各機関の垣根を越えて検索することができる、メタサーチの一種として位置づけることができる。ただし、その機能は後述するように検索だけにはとどまらず、技術的な相互運用性の確保によってジャパンサー チ上で画像の表示も行えることから、それ自体が仮想的なデジタルアーカイブとしても機能する。 文化資源に関するデータの全体像とジャパンサーチとの関連性については、ジャパンサーチ試験版の開設直後(2019 年 4 月)に公開されたデジタルアーカイブジャパン実務者検討委員会の「第二次中間取りまとめ」[1]に詳しい。資料情報やメタデータは「博物館・美術館、図書館、文書館、企業、大学 - 研究機関、国地方公共団体等」のアーカイブ機関によって整備される。各機関のデー夕はその形式や内容が大きく異なることから、分野や地域のコミュニテイを意味する「つなぎ役」がメタデータの標準化や長期的なアクセス保証のための基盤構築を担うとともに、ジャパンサーチとのデータ共有を行う。つなぎ役には書籍等、文化財、 メディア芸術、放送番組、地方アーカイブ等を取りまとめる機関が想定されている。なお、現時点ではアー カイブ機関とジャパンサーチがつなぎ役を介さずに直接的な連携を行う例も多数見られる。本特集では、向井らによる「ジャパンサーチのコンテンツとデータ連携」、村田による「ColBase とジャパンサーチの連携」 にて連携の状況を詳説する。 ジャパンサーチ上で集約されたメタデータは、一定の形式に変換され、サービス上の検索や表示に用いら れるとともに、アーカイブ機関やつなぎ役が活用可能な形で共有される。また、一般ユーザーや IT 技術者、 クリエイター等へもデータの提供を行うことで、ポー タルやアプリの作成、情報間の関連付けや付加価値の向上、コミュニティの形成等が期待されている。利活用フォーマットと呼ばれるデータ形式の詳細や活用事例については、本特集の神崎による「ジャパンサーチ利活用スキーマの設計と応用」、中村による「Cultural Japan の構築におけるジャパンサーチ利活用スキーマの活用」にて報告する。 ジャパンサーチの機能としては、資料を対象とした一般的なキーワード検索機能を備えるほか、あらかじめ作成された資料のリストや紹介文をサイト上に掲示するギャラリー機能、ユーザー自身が資料を選択してリストを作成できるマイノート機能を持つ。キーワード検索機能ではデー夕提供元による絞り达みや画像の有無、デー 夕の利用条件に基づくフィルタリングなど、多様な検索条件を扱うことができる。この他にも利活用フォーマッ卜を対象とした高度な検索機能や、画像やメタデータを外部のサイトに組み达むためのウェブパーツ機能が提供されている。本特集では、大井らによる「ジャパンサー チを活用した小中高でのキューレーション授業デザイン:デジタルアーカイブの教育活用意義と可能性」においてマイノート機能を中心した活用事例を報告する。 情報システムとしてのジャパンサーチの設計方針や実装の詳細については、開発者である川島の論考[2] を参考にされたい。また技術面でのジャパンサーチの ## 3. ジャパンサーチの経緯 複数の機関が整備した情報を集約し、メタサーチあるいは仮想的なデジタルアーカイブとして提供するアプローチは特段珍しいものではない。これまでにも分野ごと、地域ごとに取り組みが行われており、その結果として大小さまざまなサービスが提供されている。 ここでは国内の事例に限るが、文化庁が運営する文化遺産オンライン、国立文化財機構の e 国宝はその典型例であらう。ジャパンサーチのシステムを運用する国立国会図書館も、国立国会図書館サーチにおいて多数の機関と連携して情報提供を行っている。学術文献については国立情報学研究所の CiNii や科学技術振興機構の J-GLOBAL が同様のアプローチに基づくサービスを行っている。近年では、公的機関だけではなく民間企業が運営するサービスの中にもカーリル、MAPPS Gateway、ADEAC など横断的な検索やアクセス機能を提供するものがある。 いずれも、サービス提供者である組織の成り立ちや目的に合致した資料を収集するために、連携先を含む体制の構築や情報システムの開発が行われている。その意味では必然的に資料の種類は限定されることになる。前述したように、「すべての資料が集まるデジタルアーカイブ」は利活用の観点からは自然な発想であるが、既存の組織が自らのミッションを超えた資料を扱い、サービスを継続し続けることは困難である。 他方、海外に目を向けるとこのような統合的なデジタルアーカイブはすでに存在する。2008 年に開設された世界最大规模の仮想的デジタルアーカイブと言える Europeana は、EUの政策を執行する欧州委員会の計画に基づいて設立された Europeana 財団が、EUならびに EU 参加国の財政支援を受けて開発・運用を行っている。Europeana の概要や設立の経緯については古山の論考[4] に詳しい。米国では、2013 年に米国デジタル公共図書館(DPLA)が開設された。DPLA は Europeanaのような政府によるトップダウンの朹組みとは対照的に、大学図書館や公共図書館の自主的な取り組みを基盤として、民間による助成を主な資金源として開発・運用されている。DPLA の概要や設立の経緯については塩崎らの論考[5]に詳しい。その他にも、ニュージーランド国立図書館は国内の 200 以上の機関が保有する資料を対象とした DigitalNZを 2008 年より提供するなど、国単位でのメタサーチあるいは統合的デジタルアーカイブの構築が進められている。 このような潮流の中で、日本においても同様のサー ビスの実現可能性が模索されてきた。2014年 2 月には知的財産戦略本部に「アーカイブに関するタスクフォース」が設置され、同年 4 月に公表された報告書[6] では、現物資料の収集・保存やデジタル化に関する議論と並行して、アーカイブの利活用促進のための取り組みとして下記の項目を挙げている。 ・提供可能な情報の充実等 ・アーカイブ横断的検索システムの開発用 $\cdot$ 利用目的に特化したポータルサイトの構築等 $\cdot$ 利用者に対する人的サポート $\cdot$各アーカイブ機関で取り組むべき事項(引用者注:メタデータの整備・Linked Open Dataに向けた取組等) また、同じく2014年 6 月には文化庁において「文化関係資料のアーカイブに関する有識者会議」が設けられ、同年 8 月に中間取りまとめが公表された[7]。この文書では、「全国の博物館・美術館、大学・研究機関、民間施設等と連携を進め、組織や分野を超えたアーカイブの利活用を推進するため、『文化ナショナ ルアーカイブ (仮称)』を整備することが求められる」 と記載されている。この文化ナショナルアーカイブは 「様々な分野のアーカイブについて共通のプラットフォームを提供し、分野横断的に検索を可能にするシステム」であり、「『文化遺産オンライン』を基に構築することが適当である」とされた。また、国立国会図書館との連携の必要性が指摘されている。特筆すべきは添付の図に打いて「文化ナショナルアーカイブ(日本版ヨーロピアーナ)」の記載があり、上記の国際動向を念頭に置いた検討であることがわかる。 この後、ジャパンサーチを巡る議論は急速に具体化が進められた。知的財産戦略本部の知的財産推進計画 2015 (2015 年 6 月) ${ }^{[8]}$ では、「アーカイブの利活用促進に向けた整備の加速化」が重要施策の 1 つに挙げられ、分野横断的な検索が可能な統合ポータルの整備が明記された。文化財分野では国立国会図書館サーチと主要アーカイブとの間でメタデータの連携の検討を開始することとなった。また、「関係省庁、国立国会図書館及び主要分野のアグリゲーター(引用者注:後の 「つなぎ役」)の実務者等を含めたデジタルアーカイブに関する関係省庁等連絡会及び実務者協議会(仮称) を開催する」とされた。 これ以降、議論の場は 2015 年 9 月に設置されたデジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会ならびに実務者協議会へと移った。具体的な検討は実務者協議会によって進められ、翌2016年 3 月には中間報告がまとめられた $[9]$ 。本報告ではデジタルアーカイブの日本型連携モデルとして、各機関と「束放役(引用者注:後の「つなぎ役」)」、国の統合ポータルサイトからなる 3 層構造が示された。ここでは国立国会図書館サーチが国の統合ポータルサイトの役割を担う旨が記載されるとともに、「図書館以外の機関に対しては、図書館が運営する国立国会図書館サーチとなぜ連携しなければならないのか、といった疑問に答える必要がある」との指摘があり、多分野に渡る連携体制についての検討の困難さが伺える。また、メタデータの連携については、利用条件を整理しオープン化する必要性が述べられている。2016 年 5 月に公表された知的財産戦略本部の知的財産推進計画 2016 では、上記の中間報告の内容に沿った形でアーカイブの利活用の促進に関する施策が挙げられた。 中間報告と知的財産推進計画 2016 が公表された後、実務者協議会では統合ポータルのあり方、各機関の役割ならびにメタデータのオープン化の検討に重点が置かれた。統合ポータルのあり方については、2016年 6 月の時点で「ジャパンサーチ (仮称)」の名称が初め て明記されるとともに、国立国会図書館サーチを発展させたものとして位置づけられた。しかしながら、最終成果物である報告書「我が国におけるデジタルアー カイブ推進の方向性」(2017 年 4 月) ${ }^{[10]}$ においては国立国会図書館サーチとジャパンサーチの関係は示されていない。この間の経緯については公開情報を得ることができなかったが、統合ポータルの役割の明確化が進む過程で情報システムやサービスとしての整理がなされたものと推察される。 各機関の役割については、アーカイブ機関、報告書にて名称が確定した「つなぎ役」そして情報を利活用する個人や団体を指す「活用者」のそれぞれが果たすべき事項を「デジタルアーカイブの構築・共有・活用ガイドライン」として公表した。メタデータについては、「メタデータのオープン化等検討ワーキンググループ」が設置され、議論の結果が報告書ならびにガイドラインに反映されている。2017年 5 月に公表された知的財産推進計画 2017 は、報告書ならびにガイドラインの内容に沿って「デジタルアーカイブの構築」 に関する施策が挙げられた他、2017年 6 月に閣議決定された「未来投資戦略 2017」においても「国立国会図書館を中心とした分野横断の統合ポータル構築を推進する」との記載がある。 2017 年 9 月からは、ジャパンサーチの構築を目的としたデジタルアーカイブジャパン推進委員会、実務者検討委員会が設置され、試験版の開発、公開からその後に至るまでの一連の検討が行われている。初回のデジタルアーカイブ推進委員会の資料 ${ }^{[11]}$ では、ジャパンサーチの開発について「国立国会図書館の検索システム (NDLサーチ) のノウハウを活用し、構築予定」 と記載されており、国立国会図書館サーチとジャパンサーチが別個のシステムとして位置づけられていることが示唆される。2018 年 4 月には、実務者検討委員会による「第一次中間取りまとめ $[12]$ が公表された。 ここでは国立国会図書館サーチが書籍等分野のつなぎ役であることが明記された他、実際の連携を行うための共通メタデータフォーマットの策定、アーカイブ機関やつなぎ役が自身の取り組み内容を確認し、目標設定を行うためのデジタルアーカイブアセスメントッー ルの提供がなされている。 これらの議論と並行して、システムの開発が進められ、2019年 2 月にジャパンサーチ試験版として公開された。試験版の公開後に公表された「第二次中間取りまとめ」[1] では、2019年 4 月時点での課題の整理が行われた他、つなぎ役が明確でない分野や地域において、アーカイブ機関との直接連携を行う方針が打ち出 された。また、アーカイブ機関が定めるべき情報の利用条件について、「デジタルアーカイブにおける望ましい二次利用条件表示の在り方について (2019 年版)」 を公表し、各機関が著作権を有していない資料やデー 夕の取り扱いに関する情報提供を行っている。 ## 4. 課題と展望 本稿では主に政府が公表した文書に基づきジャパンサーチ誕生の経緯を整理した。ジャパンサーチは多様なステイクホルダーを抱えていることから、開発の以前から長期に渡る議論が展開され、その資料や議事録を容易に入手できる状況にある。一方で、公式の記録には残らない、社会的あるいは技術的な文脈も存在しているものと思われる。 例えば、国立国会図書館が図書館以外の資料を扱うにあたっては、2013 年 3 月に公開された国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(愛称:ひなぎく)の経験や知見が活かされていると推測できる。東日本大震災アーカイブは総務省と国立国会図書館の両者が協力して開発を行い、文書だけでなく写真、音声、動画等の多様な情報を提供している。連携先は地方自治体や大学・研究機関、民間企業等多岐に渡っており、データ収集の体制構築や形式化が必要な点ではジャパンサーチと同様である。 技術面では、画像配信の手段として近年普及しつつある International Image Interoperability Framework (IIIF) の貢献が大きい。他機関が保有する画像をサイト内で表示する方法が標準化され、元画像を複製することなく閲覧が可能になったことで、ジャパンサーチの体験価値を高めつつ各アーカイブ機関のサイトへのアクセス履歴が記録されるような連携が実現されている。ジャパンサーチの検索結果やリストに表示されるサムネイル画像については権利処理や共有方法の整理がさらに必要だが、両者のメリットを高めるための技術開発が求められる。 今後の課題としては、つなぎ役の整備が最も重要であ万う。前述の「我が国に打けるデジタルアーカイブ推進の方向性」では、つなぎ役に対してメタデータの集約以外に標準化、オープン化の推進、分野内における人的基盤の整備、法的な課題への対応等多方面に渡る役割を求めている。その上で、第二次中間取りまとめではつなぎ役を単一の機関が担う必要はなく、複数の機関によって分担することや財政支援の必要性が指摘されている。 また、ジャパンサーチの運営主体についても課題が残されている。第二次中間取りまとめによれば、運営主体は「正式版の公開及び次の体制が整うまでの間、実務者検討委員会とする」とされている。システムの開発や運用は国立国会図書館が担う一方で、ジャパンサーチの枠組みや今後のあり方がどのような体制に基づき決定されていくのかは、ジャパンサーチの重要性が増すほどに注目を集めるものと予想される。これまでに見てきたように、ジャパンサーチはあらかじめ設定されたゴールに向かって一直線的に構築されたのではなく、多くの関係者による議論や試行錯誤の末に生み出された。今後も幅広いコミュニティの意見を取り入れながら、共に進化していく存在であることを望みたい。 ## 註・参考文献 [1]“第二次中間取りまとめ”.デジタルアーカイブジャパン実務者検討委員会. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_ suisiniinkai/jitumusya/2018/torimatome2.pdf (参照 2020-08-24) [2] 川島隆徳. ジャパンサーチのシステム・アーキテクチャ. 2019, アカデミック・リソース・ガイド743号. http://www.arg.ne.jp/node/9738 (参照 2020-08-24) [3] 大向一輝.「ジャパンサーチのシステム・アーキテクチャ」 を読む. 2019, アカデミック・リソース・ガイド764号. http://www.arg.ne.jp/node/9906 (参照 2020-08-24) [4] 古山俊介. Europeanaの動向:「欧州アイデンティティ」および 「創造性」の観点から. カレントアウェアネス. 2012, (314), CA1785, p.17-23. http://current.ndl.go.jp/ca1785 (参照 2020-08-24) [5] 塩㠃亮, 佐藤健人, 安藤大輝. 米国デジタル公共図書館 (DPLA) の過去・現在・未来. カレントアウェアネス. 2015, (325), CA1857, p.15-18. http://current.ndl.go.jp/ca1857 (参照 2020-08-24) [6] “アーカイブに関するタスクフォース報告書”.アーカイブに関するタスクフォース. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/ kensho_hyoka_kikaku/archive/houkoku.pdf (参照 2020-08-24) [7] “文化関係資料のアーカイブに関する有識者会議中間とりまとめ”. 文化関係資料のアーカイブに関する有識者会議. https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/ bunka_archive/pdf/torimatome.pdf (参照 2020-08-24) [8] “知的財産推進計画 2015 ”. 知的財産戦略本部. https://www. kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku20150619.pdf (参照 2020-08-24) [9] “デジタルアーカイブの連携に関する実務者協議会中間報告”.デジタルアーカイブの連携に関する実務者協議会. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/ jitumu/h28_chukanhokoku.pdf (参照 2020-08-24) [10] “我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性”.デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/ houkokusho.pdf (参照 2020-08-24) [11] “デジタルアーカイブに関する取り組みについて”. 内閣府知的財産戦略推進事務局. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ digitalarchive_suisiniinkai/jitumusya/dai1/siryou1.pdf (参照 2020-08-24) [12] “第一次中間取りまとめ”. デジタルアーカイブジャパン実務者検討委員会. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_ suisiniinkai/jitumusya/2017/torimatome.pdf (参照 2020-08-24)
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# 『デジタルアーカイブ・ベーシックス3 自然史・理工系研究デー夕の活用』 \author{ 井上 透 監修/中村 覚 責任編集 \\ 出版者:勉誠出版 \\ 2020年4月 240ページ A5判 \\ ISBN 978-4-585-20283-7 \\ 本体 2,500 円 + 税 } 本書は自然史・理工系分野におけるデジタルアーカ イブの現状と課題を幅広く扱い、今後の方向性を示唆 する優れたコンテンツを提供している。自然史・理工系分野の研究者ばかりではなく、異分野の研究者にも 読んで頂きたい良書である。 本書は以下のように序論と 3 部 9 章から構成されて いる。序論:自然史・理工学デジタルアーカイブの今日的意義 (井上透)。第 1 部 研究データの活用にむけ て:第 1 章 科学データのデジタルアーカイブにおけ る必須条件「オープンデータ」(大澤剛士); 第 2 章 研究データ利活用の国際的動向一世界の自然史・理工学 $\mathrm{DA}$ 活用(南山泰之)。第 2 部 自然史・理工学 DAの 社会的活用:第 3 章 オープンサイエンスと天文学一現状と課題(玉澤春史); 第 4 章 自然史博物館×デジ タルアーカイブーオープンサイエンスを拓く一例とし ての魚類写真資料データベース (大西亘) ; 第 5 章 自然史情報のデジタルアーカイブと社会的問題への利用一地球規模生物多様性情報機構(GBIF)の機能とその データの活用 (細矢剛) ; 第 6 章 環境学 $\times$ 教育一森の 感性情報アーカイブ・サイバーフォレストを用いた環境教育 (中村和彦)。第 3 部 自然史・理工系研究デー 夕の学際的利用:第 7 章 南方熊楠データベース一文理統合 ・双方向型デジタルアーカイブ(岩崎仁); 第 8 章異分野融合で切り拓く歴史的オーロラ研究一 オーロラ 4D プロジェクトの経験から(岩崎清美);第 9 章 東京大学工学史料キュレーション事業の展開一工学・情報理工学図書館を実例に (市村櫻子)。 序論ではデジタルアーカイブの概要を簡潔に述べる とともに、自然史系博物館等におけるデジタルアーカ イブの活動を手際よく紹介している。第 1 章では、デ ジタルアーカイブや科学にとって「オープンという考 え方」や「オープンサイエンス」が重要であることを指摘し、国内における科学データのアーカイブ(生物学分野を例として)に関する活動も紹介している。第 2 章では、研究データ利活用をめぐる国際的標準策定 をめぐる動向を紹介するとともに、研究デー夕利活用 に関する問題点を指摘している。 第 3 章では、天文学における巨大データアーカイブ について述べられている。天文学が扱うデータは巨大 になり、国際連携がなければ有効に活用することは困難となっている。さらに、シチズンサイエンスとの協働事例も紹介されている。第 4 章では自然史博物館に おけるデジタルアーカイブについて、魚類写真資料 データベースを中心に紹介している。同データベース はシチズンサイエンスの好例であり、世界最大の魚類画像データベースとなっている(13万件超、毎年 5 千件の増加))。第 5 章では 2001 年に設立された GBIF が 10 億件を超えるデータを提供するようになり、基礎生物学ばかりではなく、環境変動の解析にとっても データ資源となっていることを述べている。第 6 章で は東大演習林の定点から取得した長期観測デー夕(画像と音声) が環境教育やフェノロジー研究に大いに貢献することが紹介されている。 第 7 章では、南方熊楠が遺した多分野に渡る様々な データのアーカイブ化・データベース化の成果と課題に ついて述べられている。第 8 章では異分野連携の例と して、歴史研究がオーロラ研究に貢献した事例が紹介 されている。第9章では東大の工学史料のアーカイブ 化のための組織構成やキュレーションの実態について述 べられている。多くの章で述べられているが、日本のデ ジタルアーカイブを推進するためには、人材が圧倒的に 不足している。アーカイブ化を行う専門職員が配置され なければ、日本は欧米に後れを取ってしまうであろう。 (国立科学博物館 松浦 啓一)
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# 『デジタルアーカイブの理論と政策 デジタル文化資源の活用に向けて』 \author{ 柳 与志夫 著 \\ 出版者:勁草書房 \\ 2020年1月 272ページA5判・上製 \\ ISBN 978-4-326-00048-7 \\ 本体 3,000 円 $十$ 税 } 今日に至るデジタルアーカイブの議論は、さまざま に異なる立場から実践例や論点を持ち寄り、問題意識 を共有する、という形で蓄積されてきた。本学会の設立もその延長線上にあるが、個々の取り組みにおける 実学的な高まりのいっぽうで、著者が指摘するように、土台となるべき理論的な検討が不足していたことは否 めない。 こうした状況にあって本書が企図するのは、デジタ ルアーカイブを社会的なインフラとして位置づけるた めの理論的根拠、フレームの提示である。本論は三部構成になっており、これまでに出された論点の幅広い 総括と、それを新たな体系として編みなおすにあたっ ての原理的支柱、の二つの側面から論じられている。前者にあたるのが第一部「『デジタル文化資源』の 発見」である。ここではまず「デジタル文化資源」の 前提となる文化・知的情報資源がどのような文脈で扱 われてきたか、いくつかの政策的・学術的アプローチ から整理される。次に海外の動向をふまえつつ、デジ タル化にまつわる技術、プラットフォーム、法制度、運営組織などの構成要素を、具体的に仕分けていく。 このように、複数の回路を用いて議論の体系化をは かり、新たな価値としての「デジタル文化資源」を認識しなおそうとする手順は、単純に「文化・知的情報資源」と「デジタル」とを重ねる誤謬や、個々の組織 がもつ従来的な枠組みにデジタルアーカイブを取り込 んでしまうことへの注意喚起でもある。 その立場を支える原理として導入されるのが、図書館情報学の知見である。著者によれば、図書館情報学 には、本の利用と提供に関するオペレーション、書誌・目録を軸とした知識の組織化など、圧倒的な方法 の蓄積がある。高い汎用性において、実学とメ夕視点 とを併せ持つ特徴が、デジタルアーカイブの理論化に 貢献しうる、という主張である。 この視点に基づき、第二部「電子書籍/電子図書館 からデジタルアーカイブへ」では、グーグル和解訴訟 に端を発する電子書籍の問題を事例に、いわゆる三省懇の経緯にみる出版業界の対応と、公共図書館での展開(不)可能性(松永しのぶ氏との共著)に言及する。 そもそもが複製品である本のデジタル化は、稀少な文化財の保存と利活用を端緒とする草創期の「デジタル アーカイブ」とは流れを異にするものであるが、その 範囲においてなお、道筋や思惑にかなりの隔たりと限界を抱えていたことがわかる。 著者はこの障壁を理論的に考察し、デジタルアーカ イブ論に応用する方策として、同じ 1994 年に出版さ れた、長尾真『電子図書館』、ウィリアム・F・バー ゾール『電子図書館の神話』の二つのデジタルライブ ラリー論を比較分析する。情報学的に「最も純粋な形」 で電子図書館の構図を明示した前者と、図書館のイデ オロギーからこれを批判的に論じた後者の双方に、デ ジタルコレクション論を超えたデジタルアーカイブ論 への鉱脈を見出そうとする部分は、本書のハイライト と言って差し支えないだうう。 かくしてデジタルアーカイブの目指す方向は、自ず から公共性へと導かれる。第三部「デジタルアーカイ ブの理論化と政策化に向けて」では、公文書の重要性 にも触れつつ、構築すべきデジタルアーカイブの全容 がまとめられている。デジタルアーカイブを考える上 で、必携の一冊である。 (上智大学 柴野京子)
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# # 1. 本書の内容 本書は日本の国立大学におけるアーカイブズの設立過程について、東北大学・東京大学・九州大学 - 名古屋大学・京都大学の事例を取り上げ、一次史料および 関係者が残した論考などの綿密な調査と分析、さらに は設立に携わった関係者への聞き取りによって詳述し た労作である。管見の限り、本書は大学アーカイブズ に関するほほ唯一のまとまった研究書と言って良いだ ろう。 紙幅の関係から上記各大学における文書館設立の詳細については読者に本書を読んでいただくこととし て、本節では評者(大野一以下同)なりに内容を概括 する。上記の 5 国立大学に打けるアーカイブズ設立に 関して共通していることは、いずれも大学史編纂後に 収集した史資料をいかに保存・管理するかという問題 が契機となった点である。これは自治体史編纂後、各自治体に文書館が設置された経緯と類似している。そ して、京都大学を除く4 国立大学は、大学史の編纂を 担った部局を引き継ぐ形で、先ず大学史資料館として 設置され、その後、2001 年 4 月 1 日の「情報公開法」 の施行を受けて、大学行政に関する文書の移管・保存 という機能が後付けで付与された。 国立大学アーカイブズが設立されていく過程におい て、東北大学が先駆的な存在であり、その後東京大学、他の 3 国立大学におけるアーカイブズ設立へと繋がっ ていく。その際、各大学が他の大学でのアーカイブズ 設立の経緯を調査・研究して、自校の参考としていた ことが説明される。京都大学のみ、大学史編纂部局か ら直接「情報公開法」施行を見すえた大学文書館設立 へと至っているのが特徴的であった。 ## 2. 大学アーカイブズはどうあるべきか? ここでは、本書読了後に評者が抱いた若干の読後感のようなものを述べてみたい。それは、大学アーカイブズとはどうあるべきかという問題である。 国立大学・私立大学に関わらず、大学アーカイブズが他の「国立公文書館等」(国立公文書館・外交史料館など)や自治体文書館と異なる点は、研究と教育という責務を担っていることである。それゆえ、大学アーカイブズは文書の保存・管理のみならず、公開・展示も積極的に行い、教育や啓蒙に資するべきと評者は考える。個人的な話ではあるが、評者はこれまでに台湾・シンガポール・アメリカ・オーストラリアなどの様々なアーカイブズを訪問したことがあり、そこで感じたことはその展示の充実ぶりであった。また、閲覧室もカフェのようなデザインや開放感を持たせてあり、来訪者も研究者のみならず、ファミリーヒストリーを調べに来た家族連れなど多様であった。 本書で紹介されているように、上記 5 国立大学における大学アーカイブズの前身である史資料館は、その大学の歴史に関わる文書や資料を保存・管理・公開するために設置されていたものであったが、その目的はその大学に関わった人々(教職員・学生・卒業生など) のアイデンティティーの証明であったり、対外的なイメージの創出であったりといったものであった。そのため、本書でも触れられているように、学外の利用者にも広く文書等を公開することは想定されていなかった傾向がある。しかし、本書で取り上げられているような名門国立大学は、その影響力は決して学内ないしは一部の関係者の間に止まるものではなく、より広い範囲のアカデミズム、さらには社会にも影響を与え得 る存在である。その意味で、大学アーカイブズは学内外に対して、より開かれた存在であるべきと思う。 但し、それは本来「国立公文書館等」や自治体文書館にも期待されることであり、それらにおいても研究部門や展示部門が充実されるべきと評者は考えているが、現状では必ずしもそうはなっていない。現在、大学アーカイブズに限らず、「国立公文書館等」や自治体文書館のいずれも、十分な人的体制を確保できているところは聞いたことがない。これはもちろん、個別のアーカイブズが単独で対応できる問題ではなく、政府レベルでの議論が不可欠である。 外国の事例がすべて理想だと言う気はまったくないが、上述のとおり、諸外国のアーカイブズを訪問した際、関係者に話を聞く機会もあり、印象的だったのは文書の移管・選別・保存・管理のスペシャリストと、公開・展示のスペシャリストが持つスキルは別物という考え方である。日本のアーカイブズにおいて、人材の育成は急務である。今後、大学アーカイブズには、 すでに具わっている研究・教育のための基盤を利用して、あるべきアーカイブズの姿を追求して行ってほしい。本書の刊行によって、より多くの人々の目が大学アーカイブズの存在に集まり、様々な議論がなされることを期待したい。 (元・国立公文書館アジア歴史資料センター 大野太幹)
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# パンサーチーその可能性と課題一」参加報告 } # # 1. はじめに 2019 年 2 月に、日本国内の様々なコンテンツをま とめて検索できる分野横断統合ポータルとして「ジャ パンサーチ (試験版)」が公開された。現在は正式公開を目指して、連携データベースを拡張しながら、利活用を容易にするための機能整備や運用の検証等が進 められている。 様々な分野のデジタルアーカイブが関わるこの取り 組みのなかで、ミュージアム(博物館、美術館等)が 所蔵する資料は形態やデジタル化の手法、メタデータ の作成など多くの面において千差万別であり、今後 ジャパンサーチを軸に連携を進めていくうえでその多様さが課題の一つとされている。今回の公開セミナで はそれらの状況を踏まえ、ジャパンサーチの推進主体、資料及びデータを保有するミュージアム、データの運用を担う開発者(企業)などが集まり、今後の連携と 発展に関する情報共有と相互理解を促進することを趣旨として開催された。 ## 2. 各立場からのジャパンサーチ まず内閣府知的財産戦略推進事務局の田淵エルガ参事官から、知的財産推進計画におけるジャパンサーチの位置付けについて説明があり、ジャパンサーチはただの検索ツールではなく日本の知財戦略の一翼を担っていることが強調された。次に国立国会図書館の中川紗央里氏からは、ジャパンサーチの概要や最新の連携状況、特徴的な機能、メタデータ登録を実際に行う場合の手順などについて説明があり、ジャパンサーチとの連携による認知度の向上といったメリットについても語られた。 続いて、ジャパンサーチに限らずデジタルアーカイブの運用、特に連携という点において必須の要素となるデータのオープン化について国際大学 GLOCOM の渡辺智暁氏から講演があった。デー夕の価値が分からなくてもオープンな状態で公開することにより思いもかけない利用に繋がることがある、そういったデー夕 が増えることで網羅性や大規模化が高まり、新たな価値を生む可能性があるとの指摘がなされた。 次にミュージアム側からの視点として、東京国立博物館の田良島哲氏からデジタルアーカイブの制度的問題が語られ、ここでもオープン化に主眼を置いた話がなされた。ミュージアムにおいてもオープン化は一定の進歩をみせているとしつつも、提供者の多くは利用状況を把握したい、望まない利用はしてほしくないという意識を持ちがちとの指摘があり、その中で「博物館はモノの情報に責任を持ちすぎる。「一時的にお預かりしている」という程度の意識が適切ではないか。」 と問い掛けられたことが印象的であった。またデジタルアーカイブの今後の展開について、各組織が単独で取り組むのではなく周囲と課題を共有し検討すること、利用条件として「政府標準利用規約」の導入を積極的に検討すること、そして認知度を上げるためにはジャパンサーチとの連携が最適であろう、といったことが述べられた。 国立文化財機構文化財活用センターの村田良二氏からは、ColBase とジャパンサーチ連携の実務を踏まえた技術的問題についての話があり、ColBase 側で連携のために行っている実務の解説があった。また、連携することによって見えてしまうデータの不統一感をどこまでどのように解消すべきかといった点や、ColBase 自体が 4 機関の横断検索システムであり、システムリニューアル時の負担と影響の大きさなどの課題が挙げられた。 講演後は、ジャパンサーチとの連携を実現している 2 機関に加え、ジャパンサーチ連携に有用な機能を持つシステムを開発している企業 4 社から、ジャパンサーチ連携の実務等に関するショートプレゼンテー ションがあった。同会場内には各組織・企業のポスターが設置されてあり、プレゼンテーション後はポスターセッションの時間が設けられ、多くの場所で活発な情報交換が行われていた。 ## 3. 全体での意見交換 最後は東京大学の福島幸宏氏による司会で、登壇者と参加者全員による意見交換が行われた。まず渡辺氏から、今回のセミナーは「意外な利用」が共通のキー ワードだったのではないかというコメントがあり、千年以上経って活用される好事例として、「鳥獣戯画」 に描かれた蛙を使ったリミックス映像が紹介された。 これをひきながら、文化は皆のものであり所蔵者がコントロールすべきものではないように思う、という意見が述べられた。また会場からは思いもかけない利用、 セレンディピティというものはコミュニティの外で生まれることが多く、そうだとするならば今後、デジタルアーカイブ学会の外に働きかけを行っていくことが重要ではないか、という指摘があった。 最後に当セミナの企画を担った田良島氏から、オー プン化については宗教、民俗、社会的身分など一定の配慮が必要なものもあるが、基本的には公開する側でなく利用する側に責任があることをきちんと認識すべきであり、公開側が萎縮をする必要はないとの考えが明暸に述べられた。また改めて、連携を進めること、複数の機関で同じ技術的課題がある場合は協働して解決にあたりコストを下げていくことが大事であること、理念的なことは共に検討し共通認識を育てていくことが重要である、との意見が述べられた。 ## 4. おわりに 私はミュージアムではなく大学図書館の職員であるが、組織や分野を超えたデジタルアーカイブの連携が今後どのように進むのかという点のヒントを得たいと思い参加した。参加前は図書館とミュージアムは似て非なるものであるため議論についていけるか心配したが、今回のセミナに通底していた連携、オープン化、利用・活用ということについて様々な視点からの意見を聞くことができ、大変学ぶところの多いものであった。今回得られた情報を実務に活かしていければと考えている。 (東京大学総合図書館中村美里)
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# 公開セミナ 「ミュージアムとジャ パンサーチ一その可能性と課題一」 ## [概要 $]$ 日時:2020 年2月20日(木) 場所:東京大学工学部 2 号館 9 階 93b 教室 主催 : デジタルアーカイブ学会 $ \text { (SIG ジャパンサーチ研究会) } $ 後援 : アート・ドキュメンテーション学会 ## [開催趣旨] 2019 年 2 月に、日本国内のさまざまな文化的コンテンツを横断的に検索できる国の分野横断統合ポータル「ジャパンサーチ (試験版)」が公開され、国立機関のデータベースを中心に運用の検証が進められています。今後、連携するデータベースの増加が望まれるところですが、博物館・美術館等のミュージアムの資料は形態やメタデータの多様さやデジタル化の進捗状況の問題などの理由で、連携を進めるためには多くの課題があります。 このセミナーは、ジャパンサーチの推進主体と資料及びそのデータを保有するミュージアム、そしてデー 夕の運用を担う開発者との間での情報共有と相互の状況の理解促進を図り、より多くの情報が活用されることをめざして開催するものです。コレクション情報の活用を進めたいが、どこから手をつけたらよいのか悩んでいるミュージアム、データベースは公開しているが、より幅広い連携の手法を探っているミュージアム、 データベースの運用を担いながら、今後の展開を模索している企業など、課題をお持ちの方々の積極的なご参加を打待ちしています。 ## [プログラム] 主催者挨拶 知的財産推進計画とジャパンサーチ(田淵エルガ内閣府知的財産戦略推進事務局参事官) ○ジャパンサーチの概要と検索の実際(中川紗央里国立国会図書館電子情報部電子情報企画課員) ○最近のオープンデータ政策の動向とデジタルアー カイブ(渡辺智曉国際大学 GLOCOM 教授) ○デジタルアーカイブ運用の制度的課題(田良島哲東京国立博物館特任研究員) ○デジタルアーカイブ運用の技術的課題(村田良二国立文化財機構文化財活用センター デジタル資源担当室長) ○デジタルアーカイブとその連携に関する研究・実践プロジェクト及びシステム開発企業からのショートプレゼンテーション。 ○国立博物館所蔵品統合検索システム (ColBase) [国立文化財機構] ○サイエンスミュージアムネット (S-Net) [国立科学博物館] ○写真原板データベース [(公財) 日本写真家協会日本写真保存センター ] (株)DNP アートコミュニケーションズ ○凸版印刷 (株) ○日本写真印刷コミュニケーションズ(株) ○早稲田システム開発(株) 全体の質疑応答、意見交換 左から、田淵エルガ、中川紗央里、渡辺智曉、田良島哲、村田良二、各氏
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# 第3回肖像権ガイドライン円卓会議参加報告 主催:デジタルアーカイブ学会 日時:2020 年 4 月 25 日(土) 15 時 17 時 20 分形態 : オンライン会議 (ZOOM ウェビナー使用) 参加者数:260 名(円卓を除く) ## 1. はじめに 肖像権ガイドライン円卓会議は、主に非営利目的のデジタルアーカイブにおける人物写真・人物が写りこんだ写真の公開にあたって、肖像権権利処理を行うための民間ガイドライン作成に向けた協議の場として、 これまでに東京、京都で開催されてきた。東京・御茶ノ水にて開催された第 1 回会議には私も参加し、議論をその場で拝聴することができた。3回目となる今回は、新型コロナウイルス感染拡大防止のためオンラインでの開催となったが、259名の申込みがあったとのことで、関心の高さがうかがえる。 私が勤務する神奈川県立歴史博物館は、神奈川県域に軸足を置いた旧石器時代から現代までの人類史を扱う人文系博物館である。博物館には、実物資料としての近代以来の「古写真」や、現代史資料としての「写真」「写真印刷物」、また館が撮影した文化財写真、館の活動を記録した写真など、多くの写真が存在する。現在、当館では館蔵資料のデジタル写真公開に向けて準備を進めているところであるが、その中には人物が写る写真も含まれる。まさに非営利デジタルアーカイブ公開における肖像権処理に直面している立場であり、この度の会議へ参加もコンテンツホルダーとしての関心による部分が大きい。 以下に、会議の概要を記しつつ所感を述べたい。冒頭には、司会の佐藤竜一郎氏より本会議の目的として、これまでの議論を踏まえたガイドライン改訂版の公表、法学者・権利者・デジタルアーカイブ現場の担当者らでガイドラインを現場で活用するための方策を検討すること、そしてガイドラインの有効性実証実験への参加機関の募集等が説明された。 ## 2. 肖像権ガイドライン(案) 第 3 次改訂版の概要法制度部会の川野智弘弁護士より、肖像権の基礎的 な理解の確認、ガイドライン案の趣旨・目的および第 1 回、第 2 回円卓会議での議論等を踏まえ改訂した点についての説明があった。その中で、各アーカイブ機関が本ガイドラインを使用する際には現場に合わせて適応化することも積極的に検討して欲しいが、その際にはその過程も記録しておくことが重要と指摘された。 ## 3. ラウンドテーブルおよび質疑応答 福井健策氏(弁護士・デジタルアーカイブ学会法制度部会長)が司会を務め、足立昌聰(LINE 株式会社)、内田朋子 (共同通信)、大高崇(日本放送協会)、宍戸常寿 (東京大学)、数藤雅彦 (并護士)、中井秀範(日本音楽事業者協会) 、橋本阿友子 (弁護士) 、原田健一 (新潟大学)、宮本聖二 (立教大学)、渡邊英德(東京大学)の諸氏が議論に参加した。 まず、各氏によるデジタルアーカイブに関わる自己紹介があった後、5 枚の写真を実例とし、ガイドライン案に沿って点数化しつつ、非営利デジタルアーカイブでの公開可否について議論された。オンライン参加者の意見も sli.do の投票機能を使用しリアルタイムで示され、ガイドライン案との整合性、乘離の有無も注目された。第 1 回にも同様の趣旨で、挙手による参加が求められていたが、今回はオンラインの特性がより活かされる形となり、参加意識も高まったように感じる。実例として示された写真は「新型コロナ禍の中の都内路上風景」「1950 年代と考えられる家庭内食事風景」「1990 年代の渋谷路上を歩くコギャル」「京アニ放火事件現場に献花に赴くファンの風景」「吉本興業心斎橋二丁目劇場での集合写真」である。 ラウンドテーブルおよびその後の質疑応答では以下のような意見が出された。 ○「偏見」とは異なる「批判」を誘因し得る状況をどう評価するか。 ○写真だけ」で考えるのか、その写真の背景となる 「写真外の事情」「文脈」も考えるのか。考えるとするとそのための検討の手間・負担が必要になってし すことと相反する?)。せいぜい、写真に明確に付 属しているメタデータ程度で留めるあたりが妥当か。 「背景不明なので死蔵する」も良くない。 ○時間経過」による点数の加減度合。もう少し加点を大きくしてもよいのでは、という意見がやや多いか。あるいは撮影年代が不明な場合、年代認定の問題もある。 ○すぐ公開できない写真だとしても、時間経過とともに公開可能なタイミングが来るため、保管しておくことも大事。 ○「大写し」かどうかの問題。これまでの肖像権裁判などでは「まさにその人に集中し」「中心に据えられたような」写真が侵害とされている。ただ、デジタル画像は拡大が容易。それによる顔認識(識別可能な情報を含むかどうか)をどう評価するか。 $\bigcirc\lceil$ 自宅内」が減点要素、「公共の場」が加点要素になっているが、被写体が撮影者の存在や撮影行為を認識しているか、同意しているかも大きなポイントとなる。また「写真のみ」からそれを読み取れるのか、 という問題も。 ○撮影の適法性=公表の適法性?」にアーカイブ公開機関がどう組み込めるのか。 ○技術進歩による認識精度向上、スマホアプリ「remini」 のような「ai 復元」等を、過去の人たちは予測していたのか。デジタルアーカイブとしてオープンにしていくなら未来の技術への想像力も必要か。たた、 その評価を重くすることで多くの過去の写真は公開不可に大きく振れてしまうため、運用にあたっては一般的な受忍限度で許容されるかどうかに立ち戻って考えることも必要。 ○表情が与える印象・影響の大きさ。特に「歷史的事件」の記録において、顔をマスキング、削ってしまってはアーカイブの意義が大きく奞われてしまう。 ○「歴史的事件」をどう認定するかも課題。事件の内容等によりもう少し細かく検討できるような対応はどうか。 ○公開への配慮として、まずは「地ならし」として一定期間の限定公開を経ることも一つ。 ○公開すべき(する意義のある)写真かどうかを検討することも大事だが、同時にそこにフィルターを設けることで恣意性が生じてしまう点にも留意が必要。また立場によっても一概には判断できない。 ○オプトアウトの制度をちゃんと組み込むことが大事。たた、オプトアウト制度の前提として「公表可能でその意義があるという判断」は必須で、「肖像権的には公開しない方がいいかもしれないが、とりあえず公開し、何か言われたらオプトアウトすれば良い」という姿勢は問題。公表する公共性、必要性、意義も考えた上での論理立てが必要だろう。 ○ガイドラインですべての写真の公開可否あるいは是非を網羅はできない。ある程度緩いガイドラインで運用しながら、最終的には各個別の写真についてアーカイブ機関、利用者全体で考え理解を深めていくことが大事。 いずれもガイドラインを運用していくために大変示唆的なコメントである。そして議論を聞くほどに、一概での判断は難しく、どうバランスを取っていくかが重要なのだと感じさせられる。 博物館に勤務し、歴史を扱っている身からすると、写真の「背景」については大変難しく且つ関心のある問題である。受け入れた時点で、ある程度背景の明らかな写真もあるが「同意」(撮影への同意キ公開の同意) の判断までは難しい。その写真にまつわる研究が深まり背景の情報が多くなる程、デジタルアーカイブ公開という面では検討要素が増えることにもなりかねない。同時に、公立博物館が人物の写った写真を公開することの意義ということも改めて考えなけれげと痛感するところである。 ## 4. まとめと実証実験への参加呼びかけ ラウンドテーブルの後、課題は残るもののデジタルアーカイブにおける肖像権の壁の乗り越え方としてガイドラインを用いることが有効かどうか、との福井氏の呼びかけには9割以上が賛同し、ガイドライン策定への期待が高まることとなった。 その後、数藤氏よりガイドラインを運用していく中で、大量の写真を対象とする際の労力を抑えるために自動採点の仕組みを検討、試行中であることが説明された。たた、現状では「ピースサイン」や「政治家」 などAIが認識するにはまだ課題もあるとのことである。 その上で、今後本ガイドラインの有効性、運用効率化のための実証実験を計画しており、実験参加への呼びかけがあった。 ## 5. おわりに 報道機関と博物館とでは異なる面も少なくないとは思うが、私は、宮本氏(立教大学)の「人間は必ず社会と関わり合いながら生きている。アーカイブがあることで、そこから私たち自身が学び、未来へも伝えられる。そのためにはそれぞれが多少の「我慢」をすることも必要である」というスタンスに概ね近い感覚を持っている。 この「多少の「我慢」」が一方的押し付けにならな いように、現在、過去、未来の人々とも共有し、真摯にお互いに向き合い尊重し合うことがとても大切なのだろう。 福井氏が最後に述べた「過度な自肃をおさえつつ、人々の気持ちにも配慮をしたデジタルアーカイブが花開いていくように」という言葉を胸に、今後もアーカイブ現場として模索を続けていきたい。 (神奈川県立歴史博物館/主任学芸員千葉毅)
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# 「第2回肖像権ガイドライン円卓会議 IN関西」参加記 ## [会議概要] 主催 : デジタルアーカイブ学会関西支部・デジタルアーカイブ学会法制度部会 日時:2020 年 2 月 15 日(土) 場所:同志社大学新町キャンパス尋真館 1F Z6 教室 内容 : ・肖像権ガイドライン(案)の提案 数藤雅彦(弁護士・五常総合法律事務所) ・現場での課題 植田憲司(京都文化博物館) 松山ひとみ(大阪中之島美術館準備室) 木戸崇之(朝日放送テレビ報道局ニュース情報センター) 三浦寛二(愛荘町立愛知川図書館) 村上しほり (大阪市立大学客員研究員) ・コメント 曽我部真裕 (京都大学大学院法学研究科教授) ・ディスカッション 司会 : 福島幸宏 (東京大学大学院情報学環) 参加者数:約 40 名 ## [参加記] 今回の円卓会議は関東で行われた第 1 回の円卓会議を受けて、関西に所縁のある専門家・関係者が肖像権ガイドラインを検討することを目的として、同志社大学を会場としておよそ 50 名の参加者が意見を交わした。 会議は東京大学大学院情報学環特任教授の柳与志夫氏による挨拶で始まった。柳氏は、デジタルアーカイ ブに関する肖像権の問題に言及し、ハードローよりソフトローで運用する考えを示した。 (1) 肖像権ガイドライン(案)の提案数藤雅彦氏数藤氏からは、ガイドラインの趣旨が説明された後、肖像権について感覚による判断の属人性の問題に触れ、個々人による判断の摇らぎから現場に萎縮が発生する可能性と、それによる判断基準の客観化の必要性が示された。 肖像権ガイドライン (案)について、日本には肖像権を正面から定めた法律はなく、最高裁判例での判断基準が議論の根拠とされた。しかしながら、これらはあくまで肖像権一般に関する訴訟であり、デジタルアー カイブ特有の問題を争った例はみられない。それゆえ、 ポイント計算について、項目の 1 から 4 は判例を根拠としているが、5と6についてはデジタルアーカイブ特有のものとして追加されている。 左から、数藤、植田、松山、木戸、三浦、村上、曽我部、の各氏 ## (2)関西での現場の課題 続いて、関西での現場の課題が紹介された。 (a)京都文化博物館の植田憲司氏の報告では、芸術の自由は法や社会秩序とは別の位相があるのではないかとして、芸術の可能性と倫理についての問題が提起された。事例としては、植田氏の前の職場である高知県立美術館での写真家・石元泰博の作品のデジタルアーカイブや、アメリカの写真家ウォーカー・エヴァンスの逸話、さらにアメリカでの芸術と肖像権の問題が紹介され、現在のガイドラインではコンテンツの撮影者の観点が欠けていることも指摘された。 (b)大阪中之島美術館準備室の松山ひとみ氏の報告では、2021 年度開館予定の大阪中之島美術館のアー カイブズ情報の公開計画が報告された。特に具体美術協会関係資料の運用に焦点をあて、著作権者不明の収蔵物については二次利用者に誓約書を書いてもらったり、ウェブ上ではコンテンツを小さく公開したりという工夫が報告された。 (c)朝日放送テレビ報道局ニュース情報センターの木戸崇之氏からは、阪神淡路大震災の映像を集めたアーカイブの公開について報告が行われた。阪神淡路大震災は、テレビメディアが被害を記録した初めての巨大地震であった。震災から 25 年を機に朝日放送が収蔵する映像記録をアーカイブとして公開するにあたり、法的な障害として最大の問題であった肖像権の問題について、作成中の肖像権ガイドライン(案)を用いながら、あくまで現場の判断のもと、責任を負って公開に踏み切った。 (d)愛荘町立愛知川図書館の三浦寛二氏からは、地域の古写真について、収集や公開の基準が明文化されていない現状が報告された。愛知川図書館では町民に懐かしんでもらうことを目的として古写真をウェブ上で公開している。しかし、もしも写真を取り下げてほしいという依頼があれば、適宜それに対応する予定であるという。 (e) 大阪市立大学客員研究員の村上しほり氏は、阪神淡路大震災関係資料を収蔵している人と防災未来センターにおいて、ウェブ上での申請によりウェブ上のコンテンツをダウンロード可能にする工夫について報告した。たたし、公開主体によっては写真の精度に差があることなどが報告された。また、人と防妆俫センターは、「震災資料の公開等に関する検討委員会」 の報告書等を公開している。これらは、できるたけ資料を公開する方針で作成されたという。 ## (3) コメント 現場からの報告ののち、京都大学大学院法学研究科教授の曽我部真裕氏がコメントした。ガイドラインで考慮されている「利益」とは肖像権にまつわる権利利益と刺激的なものから見る者を保護することであると説明された。本人の承諾の問題については、死者についてはどうか、承諾を得る努力がどこまで必要かといった問題が残る。公開の目的についても、判例ではコンテンツの撮影目的が考慮されているが、ガイドラインでは考慮されていないことが指摘された。また、 ガイドラインは常に現場のすべての問題に対応することは不可能な未完成のものとなることや、外形的に判断することから不確定な判断が生まれることを指摘し、クレームやオプトアウトに対応することと、時の経過による見直しの必要性に触れた。 ## (4)ラウンドテーブル その後のラウンドテーブルでは、まず数藤氏が、現場の報告を受けて、撮影者の属性についての検討の余地や、コンテンツを公開する際の画像サイズについての検討の可能性に触れ、遺族からのお願い等についてはガイドラインの外での契約の問題とした。その他にも、承諾を得る努力をしている否かやデジタルアーカイブ機関にどれだけの承諾を得る「努力する努力義務」 についての議論が残されているとした。 今回の司会を担当した東京大学大学院情報学環特任准教授の福島幸宏氏からは、芸術写真の独自性について、また、撮影の意図と公開の意図が異なる可能性についての議論が投げかけられた。これについては、目的外使用についての大義名分の必要性や、技術が発達したことにより発生した議論であること、これらの問題についてガイドラインに直接取り込めるかは否か不明であること等が意見として出された。 その他、現場での判断や責任については、ガイドラインを活用しつつも、その外で判断することの重要性と、その際の判断基準の明文化の必要性が意見された。 また、技術の発達により、公開されたコンテンツがシェアされる可能性や、これまでの技術を基準にした場合には想定されていなかった方法で使用される可能性が挙げられた。フロアからの意見を募ると、公開の方法による判断の余地や、コンテンツのコンテクストの機械判読性、フェアユース規定は参考しているのか、撮影拒絶の意思表示の経年による変化についての意見が出され、最後に、1つの条件だけで公開できなくなる、いわゆる「一発アウ卜」の可能性について意見が交わされ、会議は終了した。 ## (5)円卓会議を傍聴して デジタルアーカイブの公開を巡っては、プライバシー権や肖像権等の個人の権利と公共の福祉を比較考量することになる。今回の議論では、できうる限り公開するという立場から公共の福祉に重きを置く主張が多数派であった。筆者が学んできた政策学では、すべての人が納得できる政策の実行は不可能であるとされている。しかしながら、公共の福祉のために個人の権利を制限するにあたっては、個人に対しできうる限り配慮しなければならない。多数決では、採用されなかった主張を行った個人が少数ながらに存在したことに配慮しなければならない。今回の円卓会議を終えて、筆者個人としては、(案)が外れた肖像権ガイドラインが作成された後、どれだけ間を置かずにオプトアウトに関するガイドラインが作成されるか、その内容はどのようなものになるか、気が早すぎるのかもしれないが、大変興味がある。 (同志社大学大学院総合政策科学研究科鶴田実里)
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# Europeanaネットワーク協議会の 総会 (Europeana 2019) 参加記 Europeana 2019 by Europeana Network Association 時実 象一 TOKIZANE Soichi 東京大学 大学院情報学環 ## 1. はじめに Europeana は欧州委員会 (European Commission) が推進する欧州のデジタルアーカイブ・ネットワークである ${ }^{[1]}$ 。Europeana の運営は Europeana 財団が担当している。この財団の理事会は、設立団体 2 名、EU 加盟国代表3名、コンテンツ提供者代表4名、運営理事6名、各分野の専門家 4 名の合計 19 名からなるが、運営理事 6 名は Europeana ネットワーク協議会 (Europeana Network Association: ENA)から選出される(図 1) [2]。 ENA は主として各国のアーカイブ機関などの個人からなる協議会であり、誰でも会員になれる。筆者も会員としてこの年次総会に毎年出席しており、2017 年のミラノで開催された総会についてすでに報告している[ ${ }^{[3]}$ 。2018 年はウィーンで開催された ${ }^{[4]}$ 。 ENA では会員によるタスクフォースが結成され、 1 年程度の期間でさまざまな課題に取り組み、報告書 図1 Europeana財団の組織[2] を発表している。これまでのタスクフォースの一覧は表 1 のとおりである ${ }^{[5]}$ 。 2019 年の ENA の年次総会は、これまでとは名称を変更し、Europeana 2019 として 2019 年 11 月 27 日〜 29 日に、ポルトガルのリスボンにあるポルトガル国立図書館で開催された[9]。全体会議等のスライドが公開されている(講堂 1 日目[10]、講堂 2 日目[11]、夕スクフォース報告[12]、ワークショップ[13]、各国のプロジェクト $[14]) 。$ 表1 Europeana Network Associationタスクフォース[5] \\ *Europeana Data Model ${ }^{[6]}$ ** Free, Libre, Open Source Software 台帳 [7] *** FRBRoo ${ }^{[8]}$ 会議参加者は、オランダ 51 名、ドイツ 23 名、英国 23 名、ポルトガル 19 名などの順であった ${ }^{[10]}$ 。日本からは筆者の他 NII の高野明彦教授が参加した。 ## 2. Europeana の現状 ## 2.1 事務局長ハリー・フェアウェイアンの報告[10] 最初に事務局長ハリー・フェアウェイアン氏の報告があった。フェアウェイアン氏は 2018 年 5 月より、前事務局ジル・コリンズ氏に代わって現職となった。 また、氏は2016 年 11 月 28 日に来日して「DNP研究寄付講座開設 1 周年記念シンポジウム」で講演している ${ }^{[15]}$ 。Europeana の活動に関する主な報告内容は以下の通り。 ## (1)アグリゲータの増加 Europeana のアグリゲータはこれまで 31 機関であったが、フィンランド国立図書館、チェコ・デジタル図書館、ラトビア国立 Eコンテンツ・アグリゲー夕、 アイルランド・デジタル・リポジトリが加わって 37 となった。(その後 TIB AV ポータルが加わって 38 となっている(ドメインまたはテーマ別アグリゲータ 13、国または地域別アグリゲータ $\left.25^{[16]}\right)$ 。 写真1 参加者の集合写真 ## (2)関連プロジェクトとの協力 現在図 2 のような協力関係がある。 特に今回 Time Machine ${ }^{[17]}$ との協力を発足させた。 Time Machine は3Dによる過去の再現と未来の予測を可能にする。 ## (3)コンテンツの整理 Europeana では登載するコンテンツの品質を Publishing Framework(表 2)で定義していた [18]。 上記の基準に満たないコンテンツが第 0 類で約 20\% を占めていた。これら品質の悪い(画素数が少ないものなど)(1000万件)コンテンツは今後直接は見せないようにすることにより、イメージを改善する(図 3)。 また、メタデータの記載が不十分なコンテンツも多かった。これらを改善するため、2019年より、Europeana Publishing Framework: Metadataを採用することとした ${ }^{[19]}$ 。現在これらの基準を満足しないメタデータが 3000 万件あるので、改善が必要である。 ## (4) Rights Statements 現在 Europeana、DPLA 以外でもインド、オーストラリア、ニュージーランドで利用が始まっている。 図2 Europeanaの協力関係 表2 Europeana Publishing Framework ${ }^{[18]}$ & & & 表示情報 & 効果 \\ 図3 第 0 類のコンテンツを削除したことによる、件数分布の変化(左が削除前、右が削除後) 表3 Europeana Publishing Framework: Metadata[19] & 言語 & & コンテキストクラス & 効果 \\ ## (5)Europeana のウェブデザインの変更 新しいコンセプトのウェブデザインで、検索速度も $30 \%$ 向上する(2020 年 2 月に公開)。 ## (6)地球温暖化の防止 Europeana としても地球温暖化防止に取り組む。具体的には会合でペットボトルや紙コップは使わず、再生可能なボトルを繰り返し利用 (EPAL) する。この会議でも紙のプログラムは配布しなかった(Sched というオンラインツールを利用)。 ## 3. タスクフォースの報告 3.1 教育分野の活用 ${ ^{[12]}$} Europeana のコンテンツを用いた教育用プラットフォームとしては歴史教育用サイト Historiana ${ }^{[20] \text { があ }}$ る。Europeana教育タスクフォース 2016 はこの Historiana について検討し、次のような問題点を指摘している。 (1)教師が使いたいリソースが見当たらない(Wikipedia や Google では見つかるが)。 (2)せっかく見つかっても再利用ができないことがある。 (3)リソースによっては必要な情報が記載されていない。 これらの検討結果から、利用を促進するには次の点が必要と提言している。 (1)欧州でよく教える歴史トピックやテーマに関する系統的に編纂されたコレクションを作成する。 (2) 教師が自分で e-ラーニングができるようなツールを用意する。 (3)教師向けに Europeanaのワークショップを開催する。 (4)オンラインワークショップを用意する(European Schoolnet)。 (5)教師向けトレーニング・ガイドを用意する。 (6)使い方の例を用意する。 などがあげられている。 ## 3.2 研究における活用 ${ ^{[10]}$} 研究活用に関するタスクフォースは 2019 年 4 月に結成され、(1)デジタル化された、またはボーン・デジタルの文化遺産に対する研究者のニーズを調べる、 (2)Europeanaの利点について提言をおこなう、などをタスクとした。 まず、研究者のデジタルアーカイブに対するニーズに関する 31 の報告書を分析し、これをもとに、2019 年 10 月にアンケート調查をおこなった。37カ国 377 人から回答を得た。その結果、良く使われているコンテンツの種類については、テキスト $54 \%$ 、画像 $29 \%$ 、視聴覚 $6 \%$ 、その他 $11 \%$ という回答であった。 一方、プラットフォームから提供されている APIについては、存在を知っている研究者が $29.3 \%$ と低く、 また、欧州のオープン・サイエンス支援ポータルである EOSC (European Open Science Cloud) ${ }^{[21] についても ~}$知っていると答えた研究者が $15 \%$ しかいなかった。 結論としては、(1) 境界をまたがる研究が増えており、これに対応するツールとコンテンツが求められている、(2)デジタル化文化遺産のインパクトを最大にする協力体制と協働作業が必要、(3) 既存のプロジェクト、ツール、機器に対する認知を広げることが重要としている。 また、Europeanaでは、Europeana Research Grant Programmeを 2019 年に設立した、予算 25,000 ユーロである。 2019 年の応募 70 件余りで、 $56.2 \%$ が大学や研究機関、 $19.2 \%$ が文化遺産機関からであった。資金獲得テーマは次のとおり。 (1)オープン・デジタル文化資産のための修士コース。 (2)欧州および非欧州の芸術作品の流通のためのリンクト(オープン)データ用検索エンジン。 (3) メタデータの強化と研究の強化。 (4) 人文科学研究のための公正かつオープンなデータの機会。 ## 3.3 その他のタスクフォースの報告(一部) ## (1) 多言語化と自動翻訳 ${ ^{[12]}$} Europeana では 37 言語が使われている。そのうち 57\%が英語、ドイツ語、オランダ語、ノルウェー語、 フランス語である [\#018]。この多様性は利用の障壁となっており、これを克服するためにメタデータの自動翻訳が検討されている。 ## (2)3D タスクフォース・セミナ[22] $3 \mathrm{D}$ タスクフォースでは、 $3 \mathrm{D}$ ファイル形式とビュー アの調査、Europeana の3Dコンテンツの調査をおこ なった。またIIIF 3Dコミュニティ・グループ[23] とも連携している。 ## 4. 興味深いプロジェクト ## (1) Linked Art at the Rijksmuseum ${ ^{[24]}$} オランダ国立美術館(Rijks Museum)では複数の博物館・美術館で所蔵品データをリンクできる APIを開発中である。これは CIDOC-CRM とJSON-LD を使用する。 ## (2) Digital Invasion ${ ^{[25]}$} Invastioni Digitali は観光資源をデジタルで宣伝するキャンペーンである。イタリアで始まったが、現在ポルトガルを含め 6カ国で実施されている。参加者が写真をオンラインで投稿する。 ## (2) $50 \mathrm{~s$ in Europe Kaleidoscope ${ }^{[26]}$} 世界の大学、博物館 ・図書館・文書館、写真関係者など 10 機関と協力、 1950 年代の写真を集めてキュレーションした。 ## (3) HeritageMaps.ie $\mathrm{e^{[27]}$} アイルランドのさまざまな文化遺産に関わるデータベースをリンクして、ワン・ストップ文化遺産地図ポータルを構築した。 ## (4) Endangered Archives Programme ${ ^{[28]}$} 大英図書館では2004年から Endangered Archives Programmeを実施している。これは世界各地で消滅の危機にある古文書などのデジタル化と公開を支援するもので、欧州委員会の資金により、世界90力国の 398 プロジェクトに補助し、すでに 36 万件の文書の 757 万件の画像をデジタル化している。 ## 5. 終わりに Europeana ネットワーク協議会(ENA)は夕スクフォースを中心として活動しており、Europeana の今後の方向の提示、様々な課題対する対策、新規な技術や利用の提案など非常に重要な役割を果たしている。 わが国のジャパンサーチにおいても、このようなコンテンツ提供者、開発者、利用者を含めたコミュニティによるサポートが重要と考えられる。デジタルアーカイブ学会では「SIG ジャパンサーチ研究会」[29]を発足させており、これがそのための 1 つの核になることが期待される。 ## 参考文献 [1] 時実象一. 欧州の文化遺産を統合するEuropeana. カレントアウェアネス. 2015/12/20. CA1863. [2] Aubery Escande. Europeana Network Association Members Council Meeting, The Hague. 2017/2/21-22. https://www.slideshare.net/Europeana/europeana-members-council-meeting-the-hague-by-aubery-escande-72615829 (参照 2020-05-11). [3] 時実象一. Europeana Network Association 年次総会参加報告. デジタルアーカイブ学会誌. 2018, 2(1), 37-39. [4] Europeana Network Association AGM 2018. https://pro.europeana.eu/event/europeana-network-associationagm-2018 (参照 2020-05-12). [5] Euroepana Pro. Task Forces and Working Groups. https://pro.europeana.eu/network-association/task-forces (参照 2020-05-16). [6] 福山樹里. Europeana のメタデータ:デジタルアーカイブの連携の基盤. 情報の科学と技術. 2017, 67 (2), 54-60. [7] Inventory of FLOSS in the Cultural Heritage Domain. https://docs.google.com/spreadsheets/d/1bOoQiXFjGyR3oEubdL dkfCat7V4TsNLnEXGOJWkJ63c/edit\#gid=516255520 (参照 2020-05-16). [8] オブジェクト指向版FRBR “FRBRoo” の2.2版が公開、意見募集中. カレントアウェアネス・ポータル. 2015/3/9. https://current.ndl.go.jp/node/28118 (参照 2020-05-16). [9] Europeana 2019. Connect Comuunities. https://pro.europeana.eu/page/europeana-2019 (参照 2020-05-11). [10] Europeana 2019-Connect Communities-27-28 November 2019Auditorium. https://www.slideshare.net/Europeana/europeana-2019-connectcommunities-2728-november-2019-auditorium (参照 2020-05-16). [11] Europeana 2019-Connect Communities-29 November 2019-Auditorium. https://www.slideshare.net/Europeana/europeana-2019-connectcommunities-29-november-2019-auditorium (参照 2020-05-16). [12] Europeana 2019-Connect Communities. https://www.slideshare.net/Europeana/europeana-2019-connectcommunities-200337324 (参照 2020-05-16). [13] Europeana 2019-Connect Communities. https://www.slideshare.net/Europeana/europeana-2019-connectcommunities (参照 2020-05-16). [14] Europeana 2019-Connect Communities-Pitch your project. https://www.slideshare.net/Europeana/europeana-2019-connect- communities-pitch-your-project (参照 2020-05-16). [15] DNP研究寄付講座開設1周年記念シンポジウム「産官学民の連携によるデジタル知識基盤の構築」(11/28・東京).カレントアウェアネス・ポータル. 2016/10/18. https://current.ndl.go.jp/en/node/32743 (参照 2020-05-12). [16] Europeana Aggregators. https://pro.europeana.eu/page/aggregators (参照 2020-05-12). [17] Time Machine. https://www.timemachine.eu/ (参照 2020-05-12). [18] Europeana. Publishing Framework. https://pro.europeana.eu/post/publishing-framework (参照 2020-05-12). [19] Europeana Publishing Framework: Metadata. https://pro.europeana.eu/files/Europeana_Professional/Publications/ Publishing_Framework/Europeana_publishing_framework_ metadata_v-0-8.pdf (参照 2020-05-12). [20] Historiana. https://historiana.eu/\#I (参照 2020-05-16). [21] EOSC (European Open Science Cloud). https://www.eosc-portal.eu/ (参照 2020-05-16). [22] 3D Content in Europeana. https://pro.europeana.eu/project/3d-content-in-europeana (参照 2020-05-16). [23] IIIF 3D Community Group. https://iif.io/community/groups/3d/ (参照 2020-05-16). [24] Linded Art Community. https://linked.art/community/ (参照 2020-05-16). [25] Invasion Digitali. https://www.invasionidigitali.it/en/ (参照 2020-05-16). [26] 50s in Europe Kaleidoscope (2018-2020). https://www.digitalmeetsculture.net/article/50s-in-europekaleidoscope-2018-2020/ (参照 2020-05-16). [27] HeritageMaps.ie. http://heritagemaps.ie/ (参照 2020-05-16). [28] Endangered Archives Programme. https://eap.bl.uk/ (参照 2020-05-16). [29] SIG ジャパンサーチ研究会. http://digitalarchivejapan.org/bukai/sig-japansearch (参照 2020-05-16).
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# 特集デジタルアーカイブの利活用 General: Using Digital Archive 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科/ヤフー株式会社 抄録:デジタルアーカイブは、そのコンテンツの種類やジャンルによって利活用の手法は様々である。今回の特集では、個別のアー カイブの設計や運営に当たっている人々、アーカイブを積極的に使っている研究者などにそれぞれのデジタルアーカイブの利活用 の手法について報告していただく。設計や構築に当たった人々が当初想定したものとは異なる利活用の手法をユーザーが発見する こともある。そうしたデジタルアーカイブの潜在力も確認したい。 Abstract: The way of the use of the digital archive varies by a kind and the genre of the contents. By this special feature, people on a design and the administration of the archive and a researcher using the archive positively report the concrete usage of the archive. Users would discover different ways from that people dealing with a design and construction aimed at at first and may utilize it. I can confirm potence of such a digital archive. キーワード: デジタルアーカイブ、近現代史、戦争体験、オーラルヒストリー Keywords: Digital archive, Modern history, Memories of war, Oral history ## 1. はじめに 日本に打ては、デジタルアーカイブの普及が課題であるのだが、その中でようやくさまざまな機関や組織が、その保有する資料やコンテンツをデジタル化してネット上で公開する取り組みを徐々に始めている。今回の特集では、そうしたデジタルアーカイブがどのように利活用されているのか、あるいは、特徴あるコンテンツを提供するアーカイブは、その運営主体となる機関がどのような利用を想定して構築したのかなどについて、設計・構築に携わった人々などに報告していただく。 ## 2. アーカイブ映像と認知症高齢者 映像コンテンツは、視聴する人にどのような影響を与えるのだろうか。NHKでは保有する過去の映像を、認知症高齢者の心理、社会的な治療アプローチ「回想法」のツールとして活用することを提案している ${ }^{[1]}$回想法は、玩具や写真などを利用して認知症の進行予防やうつ状態の改善を促すとされている療法である。 NHK はテレビ放送を始めて 66 年になり、番組やニュースの映像を莫大にアーカイブしている(体系的に保存するようになったのは 1981 年から)(図1)。 さらに NHK は戦前からのニュース映画などのフィルムも大量に保有している。それらアーカイブ映像を 「回想法」に利用しやすい形に編集したり、ナレーションをつけたりする加工をして認知高齢者に視聴してもらい、回想法としての効果が確認できたという報告で 図1 NHK回想法ライブラリー ある。 この取り組みは、映像コンテンツはアーカイブ化されれば、それが撮影されて報じられた時とは異なる使い方ができるという、アーカイブのポテンシャルがあることを意味するのではないだろうか。NHK 放送文化研究所の大高崇研究員の報告で詳細を知ってほしい。 ## 3. 学校図書館とデジタルアーカイブ 東京・北区の私立聖学院中学校・高等学校には図書館独自のホームページがあり(図2)、そこでは OPAC での蔵書検索もできるようになっている ${ }^{[2]}$ 。 さらに、図書館のホームページ内でこの学校が創立された113年前から保有する資料群をデジタルアー カイブ化して広く公開している ${ }^{[3]}$ 。公開しているコンテンツの中には、1936 年に学内で行われた創立 30 周年祭の模擬店で出されたメニューの一覧が紹介さ 図2 聖学院中学校・高等学校図書館のホームページ れ、担当教諭の自筆の講評を見ることができる。そこには味の評判や価格設定が適切だったのかなどが記されている。また重要なコンテンツは学校日誌で、事実を淡々と記しているが、戦中の生徒の勤労動員の実態やその日に大きく報じられた事件などが記される。1945 年になると連日、どの学年が勤労動員され、何時何分に警戒警報、空襲警報が発令されたのかが記されている。1945 年 4 月 2 日には、「敵沖縄本島ニ上陸開始下」と前日のできごとが記録されている。担当の教諭がその朝の新聞を読んで書き込んたのであろう。このデジタルアーカイブによって、学校に残る資料群から学内の出来事を通して私たちの社会で何が起きていたのかを知ることができる。他の学校にも歴史的な資料が数多く眠っているはずで、同様のデジタルアーカイブができればそれらをつないで時間、空間的にこの国の近現代史の一側面を捉えることができるはずだ。 書庫に眠っていたものに価値を見出し、外部と共有することを実現した聖学院中学校・高等学校の大川功教諭に報告いただく。 ## 4. 近代教科書デジタルアーカイブ 日本人の近現代における行動規範はどのようにして生まれたのだろうか。当時の教育内容を知ることでその一端を捉えることができるはずだ。学校でどのような教育を行うのかは、教科書が大きな役割を果たす。文科省の機関である「国立教育政策研究所」 が明治以降の教科書の多くを著作権の確認をしつつ、提供できるものは PDF 形式で 2018 年 8 月から公開を始めた ${ }^{[4]}$ (図3)。そして徐々にその数を増やし 2019 年 11 月現在 12000 冊以上の教科書を見ることができる。 図3 近代教科書デジタルアーカイブ そこで、昭和 9 年から 10 年に使われた「尋常小學國史上巻」を見てみる。目次は、まず天照大神、神武天皇から始まり、その後には後醍醐天皇や楠木正成が項目として立っている。こうした項目からもいわゆる皇国史観の形成がこの時期の歴史教育の眼目になっていることが見えてくる。 1941 年 12 月、日本は日中戦争に加えて米・英、才ランダなどとの新たな戦争に突入する。当時の多くの人々はその戦争を積極的に受け入れた。結果的に日本を破滅に追い达み、アジア・太平洋に計り知れない破壊と殺翏をもたらした戦争を受け入れたのは一体何故なのか、当時の政府・軍部の意を受けたメディアの報道による影響もあったのだが、人々の心の底にはそれまで受けてきた教育が影響を与えたことだろう。当時のメデイアと教科書などを組み合わせて研究することによってそうした日本人の意識がどのように形成されたのかを知ることができないだろうか。 このデジタルアーカイブの設計や構造などについて、国立教育政策研究所の江草由佳総括研究官に執筆いただいた。 ## 5. 南島の音楽を未来へつなぐ 鹿児島県の奄美から沖縄県の島々の音楽のデジタルアーカイブに焦点を当てる。民謡や新民謡、この地域独自の歌謡などについて筆者が調査した上で、多くの人が共有できる何らかのプラットフォームの可能性について報告する。 なぜ南の島々の音楽なのか。まず、今も民謡など独自の音楽が盛んに演奏されているし、そうした音楽をルーツに新たな民謡や歌謡、ポップスが生まれ続けている。また、島ごとあるいは集落ごとに個性のある音楽が生まれてきた。それらは、数百年を経て歌い継がれてきた民謡や王宮の古典音楽(首里城で演じられた)である。それだけにこれらの音楽を 収集、保管しデジタルアーカイブ化して共有すれば南島の文化や暮らしの姿を空間と時間軸で俯瞰して捉えることができるはずだ。また、音楽はメロディだけでなく重要なのはその詞である。そこには、その時代の社会を映し出しているし、今は失われた情景も描かれている。また、音楽そのものを自分のものにしたいという人は先人の演奏を聴き、学び、その演奏を再現することもできる。もちろん、パブリックドメイン以外の楽曲ならばマネタイズの仕組みをデジタルアーカイブに組み达むことで権利者に利益をもたらすことができる。 かつて長期にわたって沖縄と奄美を含む全国の民謡を数千曲収集した事業が NHK と東京藝術大学によって行われ、NHK内でファイル化されている。また、 1979 年から 1989 年の 10 年余りで文化庁がやはり全国の民謡を収集し、現在は国立歴史民俗博物館で保管されている。この音源は埋もれたままで私たちが自由にアクセスできる状態になっていない。さらに、沖縄・奄美では地場のいくつものレコードレーベルが 1950 年代から盛んに民謡や古典音楽のレコード、のちに CDを制作して販売してきた。こうした音源も眠っている。これらの音源はレーベルが活動を停止したりすれば散逸・消失する恐れがあり、すでにいくつもレコードレーベルは閉じられている。失われる前にこれらの楽曲の音源をデータベース化することが必要だうう。その上で、上記のような各所にバラバラに保管されている音源を束ねて検索し、権利処理を施して、視聴できる、そんなデジタルアーカイブや検索ポータルの構築を提言したい。 ## 6. 戦争体験の“伝承”、アメリカでの試み 戦後 70 年以上が経過して、戦争を直接体験した人は少なくなりつつある。特に、日本では戦争体験者の集合的記憶によって非戦と平和の絶対的価値が共有されてきたと言える。まもなく、戦争を体験した人が誰もいなくなる時を迎えようとしている。その時は、デジタルがその代わりをつとめることになる。筆者は、NHK 勤務時代に一般の兵士や銃後の市民の戦争体験を映像で収集・保管・公開する「戦争証言アーカイブス」の構築と運営にあたった。歴史は、権力者によって記述されると言われてきたが、デジタル時代の今は音声や映像で市井の戦争体験者のオーラルヒストリーをいくらでも収集して、保管して広く配信できることができるのだ。アメリカには、「DENSHO (伝承)」というデジタルアーカイブがある ${ }^{[5]}$ (図4)。日系アメリカ人の戦争体験のオーラル 図4DENSHOのトップページ ヒストリーの集積である。明治期から戦前は、広島、熊本、鹿児島、沖縄などから多くの日本人が豊かさを求めてアメリカ本土やハワイに渡っていた。それにも関わらず日本はアメリカと戦端を開いた。開戦後、ルーズベルト政権は、アメリカ本土の日系人をネバダなどの砂漠地帯に強制収容所を建設してそこに収容した。DENSHOは、そうした強制収容された日系人のオーラルヒストリーを収録して積み上げるデジタルアーカイブである。 本来アメリカは、移民国家だったにも関わらず、日本、ドイツやイタリアといった「敵性外国人」のうち日系アメリカ人だけを強制収容した。多くの日系人はそこまでの苦労の末に築いた財産も失ってしまった。 さらに、収容された家族への想いからアメリカへの忠誠心を示そうと、多くの若者が日系アメリカ人だけで編成された米陸軍第 442 連隊戦闘団に志願した。この部隊は欧州戦線の激戦地でドイツ軍と激突し、極めて損耗率が高かった。 DENSHO では、強制収容者からこの部隊で従軍した元兵士の証言を収集し公開している。このデジタルアーカイブは、そうした強制収容の事実を学ぶためのものである一方、DENSHO を主催するNPO は積極的にアメリカにおける分断や差別的言説に対してカウンター的な発言を発信している。2019年 7 月トランプ大統領が、民主党所属の非白人下院女性議員4人に、出身国へ帰れという差別発言をした時には、即座にフェイスブックでかつての日系アメリカ人への差別的な強制収容を引き合いにトランプ大統領をレイシスト(差別主義者)とし、その分断と差別的な発言を強く非難した(図 5)。DENSHO は、分断と差別に苦しんだ人の言葉に長期にわたって耳を傾け、記録してきたことで、社会的包摄や多様性という価値観をデジタルアーカイブの中に確実に積み上げた。それを背景にした発信力を持っているからであろう。 図5 トランプ大統領の差別的な発言を批判するDENSHOのフェイスブックのアカウントページ これもある意味でデジタルアーカイブの利用法のひとつかもしれない。 この「DENSHO」については、東京大学教養学部 2 年生の安保友里加が基本的な情報を収集し、Yahoo! ニュース記者の辻本志郎がまとめてくれた。 ## 註・参考文献 (web 参照日は全て 2019-11-01) [1] NHK回想法ライブラリー https://www.nhk.or.jp/archives/kaisou/ [2] 聖学院中学校・高等学校図書館ホームページ http://library.seig-boys.org [3] 聖学院中学校・高等学校図書館ホームページ 113年前から保有する資料群をデジタルアーカイブ化して広く公開している http://library.seig-boys.org/museum.html [4] 国立教育政策研究所の近代教科書デジタルアーカイブ https://www.nier.go.jp/library/textbooks/ [5] DENSHOのトップページ https://densho.org
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# 「デジタルアーカイブで拓くアートの 末来」参加報告 太下義之 OSHITA Yoshiyuki } 国立美術館理事/アーツ活用企画委員会座長 ## 1. 開会 最初に事務局より、本日の趣旨およびプログラムが紹介された。 ## 2. 我が国のアート・コンテンツ発信・利用に 関わる現状と問題点 まず、青柳正規氏(多摩美術大学理事長、前・文化庁長官、アート活用笨談会座長)より、我が国のアー ト・コンテンツの発信および利用に関わる現状と問題点が指摘された。日本は、諸外国と比較しても質・量ともにすばらしい美術・工芸作品を生み出し、諸外国の美術シーンに大きな影響を与えてきた。例えば、浮世絵がその代表的な事例である。しかし、デジタル時代の進展に伴って海外から様々なアート・コンテンツの発信があるのに対し、わが国では作品のデジタル化はもとより、せっかくデジタル化したアート・コンテンツが諸理由から所蔵機関毎に囲われてしまっている。また、公共的・横断的には十分活用されず、しかも海外への情報発信が乏しいのが現状である。こうしたことから、我が国のアート・コンテンツのさらなる活用と国際発信の促進に向けた方策が重要である点が示された。 ## 3. アート活用留談会提言の概要 柳与志夫氏(東京大学特任教授)より、「アート活用懇談会」提言の概要が発表された。その提言の骨子は次の 5 項目である。 (1)停滞しているアート・コンテンツ利用の状況を変革するため、総花的ではなく具体的な一点突破的方策に絞って提案を行うこと。 (2)対象とする文化財所有機関として、その必要は認識しながらも人材、予算、技術等の諸要因により所蔵品のデジタル化・活用に踏み切れないでいる寺社、大学、自治体等を第一義に想定すること。その一方で、主要ミュージアム等でデジタル化されている有名作品についても、必ずしも海外においてその情報は周知されておらず、積極的な海外発信の窓口が必要であること。 (3)所蔵機関と協議しながら、その収蔵品のデジタル化、組織化、システム化、キュレーション、発信・広報、権利管理等一連の作業をトータルに支援する仕組みを構築すること。 (4)それを企画・実施するための産官学民を横断した企画・運営組織を設立すること。 (5)その活動を活性化することによって、我が国に新たなアーツ及びアート・コンテンツの市場を創造すること。 ## 4. パネルディスカッション 吉見俊哉氏(東京大学教授)を司会として、「アー ト・コンテンツ活用の将来像:その課題と解決の方向性」と題したパネルディスカッションが行われた。パネリストは、川口雅子氏(国立西洋美術館情報資料室長)、玉置泰紀氏 (KADOKAWA 2021 年室エグゼクティブプロデューサー)、田良島哲氏(東京国立博物館特任研究員) 、森本公穣氏 (東大寺執事) 、高野明彦氏 (国立情報学研究所教授) の計 5 名である。 まず、吉見氏から、日本は文化財大国ではあるが、 はたして文化大国なのか、むしろ文化活用後進国ではないか、という疑問が投げかけられた。 川口氏からは、Europeana 280 Campaign 等の海外事例の紹介がなされた。Europeana 280 Campaign とは、 Europeanaを構成する 28 か国が、各国 10 点以上のハイ ライトになる文化資源の画像等を Europeana でダウンロード可能にするという一連のキャンペーンである。 このような画像デー夕収集のキャンペーンが日本にとって参考になるのではないかとの意見が述べられた。次に、玉置氏からは、海外のオープンデータ化の現状と日本の現状の格差が指摘された。2017年にメトロポリタン美術館とバーンズ財団、2018 年にはシカゴ美術館、2019 年にはクリーブランド美術館というように、海外の美術館等においては大規模なオープンデー 夕化の動きが顕著である。日本は今後、デジタル化のスペックの統一、文化資源の保有施設への人的・資金的支援が大きな課題であるとの意見が述べられた。 田良島氏からは、現時点ではすべての文化財に画像データがあるわけではないため、画像デー夕作成のため、技術面・制度面等での支援方策が必要との指摘がなされた。また、高画質な画像データが二次利用された場合、文化財所有者や権利者に対して、利益の配分をしていくべきであるとの意見が述べられた。こうした分配の確保が画像デー夕の収集にも貢献するとの考えである。 森本氏からは、文化財所有者の立場から、デジタルデータ化の時間と経費、そして権利関係の処理の煩雑さなど、現実的な課題の紹介がなされた。また、画像デー夕等が二次利用される際に、宗教的威厳が損なわれないような利用がなされるかどうかという懸念についても意見が述べられた。 高野氏からは、2019年 4 月にジャパンサーチが開始されたことを踏まえ、日本においてオープンソー ス・コンテンツを現実に増加させる戦略について提案がなされた。具体的には、まずは「特定目的の活用」 から始めて、徐々に目的外使用への拡張を目指す、という戦略である。 その後のパネルデイスカッションにおいては、そもそも文化財の所有者は誰か、等の論点が議論された。日本の文化財の3/4は、所有者が寺社であるとの実態が紹介された (田良島氏)。また、一般の人が所有している文化財もあるので、これらもUGCとして統合できないかとのアイデアが示された(玉置氏)。こうした実態を踏まえ、文化財の所有者がデジタル化を行うことができないのであれば、公的に実施する必要があるとの意見が述べられた。また、デジタルアーカイブの実際の公開においては、テーマを設定したキュレーションの必要性も提案された (川口氏)。現実的には、とりいそぎデジタル化できるコンテンツを確保して、公開の成功例をつくること必要であるとの戦略が提案された (高野氏)。 ## 5. 今後の取組について 最後に、太下義之(国立美術館理事、アーツ活用企画委員会座長)より、今後の取り組み方針について報告がなされた。その方針の骨子は次の 3 項目である。 (1)デジタル化したアート・コンテンツ活用に向けての事業スキームの構築。特に、事業の核となる、信頼性の高い「法人格のある組織」 の組成。 (2) 事業構築のポイントは資金であることから、事業の政策的な位置づけの明確化。具体的には、文化庁の文化財保存活用地域計画などの公的資金の導入と、ご賛同いただける自治体とのパイロット事業の企画。 (3) デジタル化の委託基準の作成、二次利用ガイドラインまたはプロトコルの策定、その他必要な制度などの検討および政策提言。 こうした活動の展開は、新しい知識の共有と文化的コンテンツの創造にも寄与し、「何がパブリック、公なのか」という問いかけにも通じる。こうした活動を多くの方々とご一緒としたいとの抱負が述べられて閉会となった。
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# 我が国のアートコンテンツ活用と 国際発信の促進に向けた 方策について(提言) ## 1. 趣旨 我が国は諸外国と比べても質量ともにすばらしい美術・工芸作品を生み出し、諸外国の美術シーンに大きな影響を与えてきた (例:浮世絵)。しかしデジタル時代の進展に伴って海外から様々なアートコンテンツの発信があるのに対し、わが国では作品のデジタル化はもとより、 せっかくデジタル化したアートコンテンツが諸理由から所蔵機関毎に囲われ、公共的・横断的には十分活用されず、しかも海外への情報発信がそしいのが現状である。 そこで、日本の美術シーンに関心があり、様々な局面で関与している専門家が集まるアート活用愁談会(座長:青柳正規多摩美術大学理事長・前文化庁長官)では、特定の立場に立つことなく、アートコンテンツ利用を振興する多様な観点から、ほとんど眠ったままに等しい我が国のアートコンテンツを世界に発信し、利用される仕組みをつくることによって、日本の社会と個人生活を豊かにするべき方策について検討してきた。 ## 2. 目標 我が国の諸機関・施設に所蔵されているアート作品のデジタル化を促進し、その結果得られたアートコンテンツの社会的な利用を促進する具体的な方策について提言するとともに、その具体化に向けた一歩を踏み出す。 ## 3. 提言の骨子 (1) 停滞しているアートコンテンツ利用の状況を変革するため、総花的ではなく具体的な一点突破的方策に絞って提案を行う。 (2) 対象とする文化財所有機関として、その必要は認識しながらも人材、予算、技術等の諸要因により所蔵品のデジタル化・活用に踏み切れないでいる寺社、大学、自治体等を第一義に想定する。その一方で、主要ミュージアム等でデジタル化されている有名作品についても、必ずしも海外においてその情報は周知されておらず、積極的な海外発信の窓口が必要である。 (3) 所蔵機関と協議しながら、その収蔵品のデジタル化、組織化、システム化、キュレーション、発信・広報、権利管理等一連の作業をトータルに支援する仕組みを構築する。 (4) それを企画・実施するための産官学民を横断した企画・運営組織を設立する。 (5)その活動を活性化することによって、我が国に新たなアーツ及びアートコンテンツの市場を創造する。 ## 4. 具体的な取り組み (1) アート活用懇談会を母体に、各方面の専門家・有識者からなるアートコンテンツ活用企画委員会 (仮称)を設置する。 (2) アート作品所蔵機関のデジタル化及び活用実態調査(サンプリング)と分析を行う。 (3) デジタル化・組織化サービスのためのガイドラインを作成する。 (4) 関係機関との協議を通じた「アートコンテンツ活用機構 (仮称)」(一般財団法人を想定)の設立と財源確保を図る。 (5) デジタル化専門チーム(一部ヴォランティアの組織化) の編成と全国巡り(令和の伊能忠敬隊)、デー タのアグリゲートを行う。 (6) デジタルデータの編集と加工(付加価值化)、管理体制を確立する。 (7) アートコンテンッの国内外への発信と、教育・地域振興・エンタメ・観光・産業化等活用事例の開発とマーケティングによる市場開拓を行う。 ## 5. 当面の課題 企画委員会の設置及び運営組織となる一般財団法人設立に向けた関係者との協議を進める。 ※提言の全体は、下記 DNP 寄付講座ホームページ該当箇所を御覧ください。 http://dnpdajp/\%e3\%83\%97\%e3\%83\%ad\%e3\%82\%b8\%e3 $\% 82 \%$ a $7 \%$ ез\% $82 \%$ af\%ез\% $83 \% 88 /$ by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# アート活用怠談会提言の概要 \author{ 柳 与志夫 \\ YANAGI Yoshio \\ 東京大学大学院情報学環 } アート活用懇談会とは何だと思われる方がいらっ しゃると思います。それは当然で、去年の 5 月ぐらい に同じ問題意識で集まった産官学民横断のいろいろな 分野の個人が作った懇談会です。団体ですらない本当 に懇談会なんですが、ただ非常に問題意識と言います か危機意識が一致しておりまして、精力的な議論の中 で生まれたのが今日の提言ということになります。 その問題意識というのは、日本の場合、アートコン テンツがないわけではなくて実際には様々な所でデジ タル化がされている、あるいはデジタル化されようと しているが、それが表にでてこない。こういう状況を 重ねていると海外からは本当にないものと思われてし まって、日本のアート界あるいは日本の文化界、さら には日本という国自体の埋没に繋がるんじゃないか、 それを何とかしていこうという意識で集まった次第 です。 コンテンツが出てこない理由というのは、図 1 の ように3つあると思われます。こうした懸念があるこ とを踏まえた可能な対策として、ここでは次のように 8 つにまとめました。 1. 公共性の高い運営主体による公開事業として、 アートコンテンツの海外発信、二次利用促進を 行う。 2. 関係省庁・大学・研究機関と連携し、情報活用に 関するガイドラインを民間べースで作成する。 3. デジタル化のメリット・デメリットを明らかに し、高解像度のガイドラインを作成する。 4. ブロックチェーンなどトレーサビリティ技術を活用する。 5.リソースのない継承団体に対して、経済的にリー ズナブルなデジタル化、管理代行機能を提供する。 6. 専門家によるキュレーションサイトを設置し、文化背景を合わせて発信し理解を促す。 7. ジャパンサーチへの接続で海外へも情報発信し画像公開することによる社会的効果を調査報告する。 8. 以上のことを企画・実施していくための新組織を 結成・設立する。 海外にとっては日本美術のコンテンツそのものズバ リを提供すれば受け入れられるかというと、そういう ものではありません。コンテンツの背景についてキュ レーションを合わせて発信する仕組みをやはり考えな くてはいけない。 またちょうどジャパンサーチで日本のいろんなコン テンツ、ミュージアムだけじゃなくてライブラリーや アーカイブの情報を一括で検索するポータルサイトが できました。これと連携して海外に発信することが必要です。 そうしたことを可能にするためには、自立して推進 していく組織とか体制とかその仕組みを担保してい く、推進していくための事業主体を作る必要があると 考えました。ここのポイントは、やはりある程度最初 は公的資金の投入が不可欠だろうということです。海外を見ても完全に民間企業で回っているような話は若干はありますが、ユーロピアーナにしても公的資金の 図2 投入というのがあってこそ事業として成功している。今ちょうどインバウンド対応ということで、海外での 日本の観光情報発信、その中で文化財・アートそうい うものが大変重要な部分を占めつつあります。潮流に 乗せていく必要があるのではないかということです。 ただし、ずっと税金を注ぎ込むだけでは継続性とい うことで問題が生じます。したがって最初の離陸期あ るいは基盤となる部分の公的資金による支えを必要と しても、実際に事業を作って発展させていくためには 民間的な仕組みを作る必要があります。 そこで図 2 ですが、一番右側がコンテンツホルダー の持っているコンテンツの問題点を整理したもので す。それを受けて緑色の箱の運営組織がある。それが、財団がいいのか NPO 法人がいいのかあるいはもう いっそのこと企業がいいのか、この辺はちょっと検討 する必要があろうかとか思います。 その中で何をするかというと、各コンテンツホル ダーが持っているそしてデジタル化できていないもの をデジタル化するサービス、あるいはデジタル化する ことを助けるためのガイドラインを提供する、そして デジタル化したコンテンツをきちんとアグリゲートし て保存・保管し提供する、そうしたコンテンツをその まま出すのではなくて、ある程度のキュレーションを つけて展開できるようにする、そういう必要があると 思います。それを全体としてコンソーシアム、「ジャ パンデジタルミュージアム」と呼んでいるわけです。 この (3)、(4)、(5)のところは実はそれぞれ得意な分野が ある企業が想定されているわけで、そういう企業さん に話をしているところです。 当面そのコンソーシアムが重視しているのは、デジ タル化が進んでなくて、そして体制もないところ、人 はいるんだけれどもあんまりデジタル化に熱心でな い、あるいはデジタル化はしているんだけども館内利用に止まっている、海外発信どういうふうにしたらい 図3 図4 いんだというところで止まってる、そのような(1)の左側の部分を特に重視したいと考えています。またガイ ドラインの作成やキュレーションもサポートしていき たい。 デジタル化ができていないところをどうやってサ ポートしていくのかということで、全国を股にかけて デジタル化グループチームを作って、これを剆談会で は「令和の伊能忠敬隊」と呼んでいますけど、そうい うものを作るといいのではないか(図3)。その資金 はそれこそ最初は公的資金でまかなってもらいたい。 そんな中で、大きく儲かる仕組みにはならないんです が、ある程度の収益を上げて自立した組織になってい くんじゃないかと考えています。 最後に図 4 は利用のイメージです。例えば美術全集に載っている専門家の解説だとか、このコンテンツ とあのコンテンツを組み合わせたら面白いんじゃない か、というような企画編集力がないと、なかなか海外 でも使っていただけないんじゃないかと思いますの で、そうした企画編集を民間の力でやっていただくと いいのではないか。 それで今申し上げたことを5つにまとめてみました。 まずコンテンツの発信はそれ自体が目的ではないの で、それがどのように生活や経済を豊かにするかにつ いて理解していたたくことが必要です。また関係者に もっと理解・協力してもらう必要があります。懇談会 についても関心と意欲のある方はどんどん参加してい たたきたいと思います。 そこで核となる財団を設置しようということで、そ の資金をどうするか検討しています。また公的資金の 導入ですが、これは文化政策というだけではなくて観光政策・産業政策あるいは地方振興の中で活きてくる という部分が相当あるし、実際に今文化庁もそういう ことを考えているようですけども、今の政策の中にき ちんと位置付けることが必要かと思っています。それ に加えて基盤構築のための公的資金の導入、それに頼 らない収益モデルが必要です。 まずパイロット事業として、特定の都道府県と組ん でできないかみたいなことをちょつと考えています。 それからお寺さんですと、住職がいなくなって、盗難 の恐れとか、せっかくある仏様が誰も見ることもなく 朽ちてしまうことがないように、まるごと宗派さんに 提案するのもあるかなと考えています。 技術的な部分ですが、デジタル化作業の委託基準と か、二次利用ガイドラインとか、標準化、制度・規則 の開発もしていきたいと思っています。 そのようなわけで、来年はこの構想を具現化してい きたいと考えています。報告の全文はJ-STAGE Data にアップロードします。また「DNP 学術電子コンテ ンツ研究寄付講座」の「プロジェクト」ページにも掲載しましたので、ご覧ください。
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# 我が国のアートコンテンツ発信・利用に関わる現状と問題点 アート活用塈談会座長・多摩美術大学理事長 \begin{abstract} わたくしアートコンテンツ専門ではないので、的確 な現状と問題点を指摘できるかどうかわかりませんが お許しください。今いろいろな意味で IoT とか言われ ていますようにインターネットに繋がるか繋がらない かですべての運命は決まってしまうというような状況 にあると思います。これはちょうど聖書にある「マ夕 イ効果」、金持ちはより金持ち、貧乏人はより貧乏に なるというのとまったく同じだと思います。 例えばあの熊本地震の時に熊本の城壁がかなり崩壊 しました。その後も連続して崩壊するのではないかと いうおそれがあり、その石垣の膨らみを地震計で調査 しようということで大体 1 台 250 万円ぐらいする計測器を 4 台か 5 台取り付けようとしました。その時、ファ ブカフェという運動が非常に盛んになっていますけれ ども、そこに集まった人たちがいろんなセンサーを持 ち込んでそれでケースなども取り付けて一台 3 万円ぐ らいで出来ちゃったんですね。それを携帯電話につけ てインターネットに繋いで、石垣にその装置を 20 台 ぐらい、合計で 50〜60万円しかかからずにつけるこ とができました。その結果として温度の差による膨ら みまでその 2 3万で作られたセンサーでキャッチす ることができて、結局膨らみがなかったということで 2 年後に取り外していますけれども、そのようなこと が簡単にできるようになっています。 \end{abstract} それから私今の奈良の橿原考古学研究所にも務める ようになったのですけれども、奈良にはかなりの住職神主のいらっしゃらない神社仏閣がたくさんございま す。今のような 2 3万で簡単に作れるセンサーを置 いて、電気がないところは太陽光を使ってデータを送 るようにする。それをこれから 2000、3000箇所のと ころにつけて文化財を監視する形にしていきたいと 思っています。 アートコンテンツがなぜ重要かと言うと、アレクサ ンドリアで図書館が出来た時にムセイオンという、博物館も図書館も科学館も全部が詰まったような総合的 なミュージアムが作られました。それを彼らがなぜ 作ったかと言うと、もう前 5 世紀 4 世紀のクラシック 時代の天才たちはもう出てこないだろう、だから自分 たちはその過去に生まれた知恵や知識・情報というも のも集積することによって、そのアーティキュレー ションによって新しいイノベーションというものを 図っていこうじゃないかということです。 今現代社会はそういう状況になりつつあるので、新 しいムセイオンとしてのこのアートコンテンツを発信 し利用していくことが我々の将来にとって非常に重要 な状況に入っているのではないかと思っています。そ ういうことで今日は皆さんのご議論を大変期待してお ります。どうもありがとうございます。
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# 「デジタルアーカイブで拓くアートの 末来」 開催日時:2019 年 12 月 23 日(月) 場所:東京大学本郷キャンパスダイワユビキタス学術研究館石橋信夫記念ホール 主催:アート活用塈談会 協力 : 東京大学大学院情報学環吉見研究室・DNP学術電子コンテンツ研究寄付講座 協賛 : デジタルアーカイブ推進コンソーシアム(DAPCON) 後援 : デジタルアーカイブ学会 参加者:約 90 名 プログラム: 1. 我が国のアートコンテンツ発信・利用に関わる現状と問題点 青柳正規(アート活用懇談会座長・多摩美術大学理事長) 2.アート活用懇談会提言(2019年9月)の概要 柳与志夫 (東京大学特任教授) 3. パネルディスカッション「アートコンテンツ活用の将来像:その課題と解決の方向性」 くパネリスト> 川口雅子(国立西洋美術館情報資料室長) 高野明彦 (国立情報学研究所教授) 玉置泰紀(KADOKAWA2021 年室エグゼクティブ プロデューサー) 田良島哲(東京国立博物館特任研究員) 森本公穣(東大寺執事) 吉見俊哉 (東京大学教授):司会 4. 今後の取組について 太下義之(国立美術館理事) 左から吉見、川口、高野、玉置、田良島、森本の各氏 by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# 動作する人体のデジタルアーカイブ(第 1 報): サブミリ解像度の形状データ取得と動作の適用 Digital Archive of Human in Motion: First Report, Combining 3D Whole-Body Shape Data Of The Order Of Sub-Millimeter Resolution and Captured Motion Data 後濱 龍太 ${ }^{1}$ 岸本 慎也 ${ }^{2}$ 加藤 健太郎 $^{2}$ 横山 圭 $^{2}$ 島田 茂伸 ${ }^{1}$ ATOHAMA Ryuta ${ }^{1}$ KISHIMOTO Shinya ${ }^{2}$ KATO Kentaro ${ }^{2}$ YOKOYAMA Kei ${ }^{2}$ SHIMADA Shigenobu ${ }^{1}$ 1 地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター 開発本部開発第三部生活技術開発セクター 〒130-0015 東京都墨田区横網1-6-1 国際 ファッションセンタービル 12階 Email: [email protected] 2 株式会社ケイズデザインラボ 1 Human Life Technology Development Sector, Division III, Research and Development Department, Tokyo Metropolitan Industrial Technology Research Institute, 12th Floor, KFC Building, 1-6-1, Yokoami, Sumida-ku, Tokyo 130-0015 JAPAN 2 K's DESIGN LAB, Inc. } \begin{abstract} (研究論文として投稿:2018年9月3日、事例/調査報告に種別変更打診:2019年2月16日、種別変更に同意:2019年2月20日、採択:2019年12月15日) (Submitted as a research paper on September 3, 2018: Article type change to a case study report requested on February 16, 2019: Article type change agreed on February 20, 2019: Accepted on December 15, 2019) \end{abstract} 抄録:本稿では、身体表現における演者の「身体形状」および「動き方」の両方が唯一性や希少性を備えており、原資料としての 性質を帯びているとのアイデアに基づき、動作する人体をデジタルアーカイブする方法を提案する。3 次元デジタイザを用いて取得した高解像度かつ高寸法精度な形状データに、モーションキャプチャを用いて取得した動作データを統合することで、動作する 人体のデジタル復元である「動作可能モデル」を生成する方法を明らかにする。動作可能モデルとデジタイズ直後の形状データの 寸法変位 RMS は $1 \mathrm{~mm}$ 未満であり、提案手法がデジタイズ形状の寸法をほとんど変化させないことを示した。本手法が舞踊などの 無形文化財やスポーツのアーカイブへ適用しうる基盤技術となることを期待する。 Abstract: 3D scanning for human whole-body without having missing parts is difficult due to lack of information of covered regions such as underarms. In this paper, we propose a method to capture missing-less in whole-body shape data with sub-millimeter resolution. We also propose a process that converts 3D digitized data into polygon model which can be deformed its posture based on captured motion data. We expect that proposed methods will push forward the limits of digital archive world for intangible cultural properties such as dances, sports, and festivals. キーワード:3次元デジタイザ、モーションキャプチャ、全身形状データ、無形文化財 Keywords: 3D digitizer, motion capture, whole-body shape data, inhabitable cultural properties ## 1. はじめに ダンスなどの身体表現では、同じ振り付けでも演者が異なれば動き方が僅かなりとも変わる。仮に全く同じ動きが可能だしても、身体形状の違いが見る者の受ける印象に影響しうる。一人の演者の中でも、長期間の研鑽を経て少しずつ肉体が最適化され、動き方も洗練されるものと思われる。そのようなトレーニングの過程では、筋肉量変化や加齢にともない、身体形状が変化するはずである。全ての動きを即興でおこなう演目もあり、そうした上演は特に一回性を備えている。 ところでアーカイブズに収蔵される原資料とは「貴重書、手稿、写真、組織の記録といった様々な形式の資料」であって「遺物的・金銭的な価値、形態、唯一性、希少性を備える (中略)資料」とされている[1]。 これに照らして考えれば、演者の「身体形状」および 「動き方」の两方が唯一性や希少性を備えており、原資料としての性質を帯びていると考える。しかし演者は生身の人間でありアーカイブズに収蔵することは不可能である。 そこで我々は、演者の「身体形状」および「動き方」 のある一時点におけるスナップショットをデジタル的に作成する手法があれば、前述したアーカイブズを補完するデータが得られ、デジタル知識基盤の拡幅にも貢献しうると発想した。 デジタルヒューマニティーズ、およびその資料アー カイブ構築としてのデジタルアーカイブの文脈では、計測装置の多様化と高性能化を背景に、従来はデータ収集が不可能であった対象のデジタル保存法が開発され、報告されている。曽我らはクラシックバレエの動作をモーションキャプチャ(Motion Capture; MoCap) で計測し、別途コンピュータグラフィックス (Computer Graphics;CG)で)作成したキャラクターにそれを適用することで、CG 空間中にダンサーを再現した[2]。同様にして八村らは日本舞踊[3]、柴田らは秋田県の民俗舞踊[4]、Chrysanthou らはキプロスの伝統舞踊[5]について報告している。その事例で用いられた CGキャ Shape measuring, part by part $(3.1,3.2)$ Merging parts (3.3) Retopology (4.1) Skinning (4.2) MoCap data application (5.2) 図 1 動作可能モデルを得るデータ変換プロセス ラクターの形状は「ポリゴン(本稿では整列した四角形メッシュを指す)」で構成され、MoCap データに追従して破綻なく変形できる。しかしCG キャラクター の形状は演者の身体を計測して得られたものではなく、CGアーティストが創作によりモデリングしたものであるので、演者の身体形状を反映しているとは必ずしも言えない。 被写体の周囲に配置した多視点ビデオカメラの映像から、形状と動きを同時にデジタルデータ化する「3 次元ビデオ技術」が提案されている。延原らによる日本舞踊のデータ化や[6][7]、仏 INRIA の撮影施設などが知られている ${ }^{[8]}$ 。しかし 3 次元ビデオの撮影にはクロマキーバックを備えた専用スタジオが必要であること、照明の影響を大きく受けること、カメラを設置した計測空間の大きさに被写体の動ける範囲が制約されるといった課題がある。そのため、照明演出のある舞台を演者が自由に動き回る身体表現に適用することは難しい。 物体表面の 3 次元形状データをサブミリ精度で取得可能な形状デジタイザが歴史的造形物のデジタルアー カイブで用いられている[9][10]。3 次元デジタイザを使えば、人体の精密な形状データを取得することは一見、容易にも思われる。しかし形状デジタイザは対象の表面を光学的に計測するため、凹部など計測センサから見えない部分のデータが欠落する。人体では腋窩部などが該当する。またデジタイザが出力する形状データ(デジタイズ形状データと呼ぶ)は大小さまざまなサイズの三角形メッシュから構成される。我々の予備検討では、こうしたメッシュにそのまま MoCap データを適用すると、関節の回転に伴って周囲のメッシュが適切に変形して追随できず、見た目が破綻する (アーティファクト)ことが分かった。人体形状を欠落なくデジタルデータ化する手法、およびその形状データに MoCap デー夕を適用する方法は必ずしも明らかではない。 そこで、本報告の目的は、高解像度な全身形状デー 夕の取得、および全身形状データと MoCap データの統合による動作する人体のデジタル復元技術の開発である。本稿では動作可能モデルを、MoCap データに破綻なく追従して変形できるように変換されたデジタイズ形状デー夕と定義する。 上記のような目的を達成するための3次元データを取り扱うソフトウェアツールは数多く市販されているが、本報告の目的を達成するツールの組み合わせ方は、我々の知る限り報告されていない。そこで、現時点で入手可能なソフトウェアツールを用いて、3次元デジタイザのデータから動作可能モデルを得るための変換プロセスの構築に着目して検討したところ、まとまった成果を得たので以下に報告する。 提案する変換プロセスの概要を図 1 に示す。2 章では我々の用いた全身デジタイザについて述べる。3 章では久落のない全身形状データを得るために、身体部位に応じて全身用デジタイザとハンドヘルド型デジタイザを使い分けてデータを取得し、それらのデータを繋ぎ目なく統合する方法を述べる。このとき被写体の適切な姿勢としてAポーズ(足を肩幅に開いて立ち、腕を斜め下方に保持する姿勢)および $\mathrm{T}$ ポーズ(足を肩幅に開いて立ち、腕を水平に保持する姿勢)を検討し、データ変換の結果に与える影響を検討した。続く4章では、このように得た全身形状デー夕を動作可能モデルへと変換する手法を述べる。5 章では我々が使用した MoCap 装置と収録したランニング動作の概要、ならびに動作可能モデルへの適用について述べる。 6 章では、デジタイズ形状デー夕と動作可能モデルの寸法を比較し、提案手法の寸法への影響を考察する。 なお本稿で提案する動作可能モデルは、身体形状および運動観賞利用を想定する。そのため以降の形状計測ではパフォーマンス用の衣装等は身につけない。 ## 2. 全身用デジタイザ ## 2.1 装置の構成 全身用デジタイザ(AICON 3D Systems 社製 bodyScan 4.0 Mega Pixel、図 2)について述べる。 装置は被写体を囲んで立つ 4 本の計測タワーとデー 図2 全身用デジタイザ 4 本の計測タワーを用いた光学計測により解像度は水平方向 $0.8 \mathrm{~mm}$ 、鉛直方向 $0.1 \mathrm{~mm}$ 、精度 $\pm 0.2 \mathrm{~mm}$ 形状データを計測可能 夕処理用ワークステーションから成る。各計測タワー はパターン投影用プロジェクター 1 基と、デジタルカメラを 2 基、実装している。上部カメラの床面からの高さは約 $220 \mathrm{~cm}$ 、下部カメラの床面からの高さは約 $75 \mathrm{~cm}$ である。装置全体で計 8 基のカメラを備える。計測方式は縮小投影技法(Miniature Projection Technique) である。これはプロジェクターが投影するパターン光が対象物の表面形状に応じて呈する歪みを、前述の力メラで光学的に読み取るものである。それぞれの夕ワーの間にはストロボフラッシュが配置され、テクスチャ撮影のために前述のカメラと同期して発光する。装置の計測可能空間は直径約 $1.2 \mathrm{~m}$ 、高さ約 $2 \mathrm{~m}$ の円柱状空間で、解像度は水平方向 $0.8 \mathrm{~mm}$ 、鉛直方向 $0.1 \mathrm{~mm}$ 、精度は $\pm 0.2 \mathrm{~mm}$ である。計測タワーが 1 本ずつ反時計回りに、順番にパター ン光投影と測定を行い、互いに補完しあう形状データを取得する。計測時間は約 6 秒間である。処理用ワー クステーションは各カメラが計測した形状データを取り込む。カメラの相対位置は較正してあり、この較正情報をもとに、ワークステーションは形状データの位置合わせを自動的に行う。このようにして全身用デジタイザは、胸や背中、腹、大腿部といった面積の大きな部位を、短時間のうちにサブミリ解像度で形状デー 夕化する。 ## 2.2 全身用デジタイザの課題 全身用デジタイザには三つの課題があった。一つ目の課題は、計測カメラの死角にある形状のデータが欠損することである。人体形状では腋窩のような凹部で欠損が起きやすい(図 3)。一般にデジタイザの後処理ソフトウェアは、久損箇所の周辺形状をもとに原形 図3腋窩部や腕下面のように光学式デジタイザの計測部から見て影になる部分のデータは欠損する(矢印部) 図 4 左 : 欠損部の穴埋めで生じた形状不良(矢印部)右 : デジタイザが出力する形状データのメッシュ構造 状を推定する穴埋め機能を実装している。しかし推定部分の境界に、本来は存在しない線が隆起するなど結果は良くなかった(図 4 左矢印部)。MoCap データと連携した際の自然な見た目を達成するには、欠損のない形状デー夕を取得することが重要である。そこで本稿では、全身用デジタイザを使うと久損する部位のデータを、ハンドヘルド型デジタイザを用いて別途取得し、それらを繋ぎ目なく統合(以下マージと呼ぶ) することで、欠損のない全身形状デー夕を取得する。 3.1 節では計測時のポーズについて検討し、3.2 節では計測部位の分割について述べる。 二つ目の課題はデータを構成するメッシュの形状が、MoCapデータとの連携に不適なことである。形状データは三角形メッシュで構成されている(図4右)。一方、ポリゴン(四角形メッシュ)は関節の回転に伴う皮膚の伸びの表現に適しており ${ }^{[11]} 、 \mathrm{CG}$ キャラクターに広く採用されている。 三つ目の課題はメッシュの数が過大なことである。 デジタイズ形状データは、200~300 万程度のメッシュで構成されている。これは、アニメーションさせるに は大きすぎるデータである。したがってデータの変換には次の2点、三角形メッシュのポリゴンへの変換と、 ポリゴン総数の削減が必要である。このときメッシュ構造の変換や削減は、頂点の変位を伴うことに留意する。 4.1 節ではポリゴンへの変換方法、 4.2 節では MoCap データを適用する準備について述べ、 5 章では MoCap データを適用し、不自然な見た目が起きにくいことを確認する。6章では変換が寸法に与える影響を議論する。 ## 3. 欠損のない全身形状データの生成 ## 3.1 被測定時のポーズ 計測中に被測定者が動いてしまうと、データ表面に 「うねり」が出現した(図 5)。形状計測では身体動摇を抑えることと、姿勢再現性の担保が重要である。 そこで我々は被撮影者の手を置く台として、業務用カメラ三脚(SLIK 社製 AMT シリーズ)を用いる。業務用カメラ三脚は手を置いても安定を維持でき、高さを柔軟に変更できるため色々の体格に対応しやすく、短時間で設置でき、さらに高さの再現性も良い。被撮影者ポーズには $\mathrm{A}$ ポーズを採用した(図6)。 図5 測定中に身体動摇があるとデータ表面がうねる 図6Aポーズでの計測の様子 このようにして計測した結果、形状データ表面にうねりがほぼ見られなかった(図 7)。被撮影者の手を置く台を利用したことが奏功し、適切な形状データが得られたと考える。 またカメラ三脚の設置位置を工夫することで、被撮影者の脚が遮蔽されないことを確認した。 さらに計測姿勢に A ポーズを用いる。これにより、後述する変換プロセスの結果、良好な動作可能モデルが得られ、かつ被撮影者が楽に姿勢を保持できることを確認した。 なお今回、計測姿勢として Tポーズも検討した。 しかし Tポーズの計測から得られた動作可能モデルは、腕を下げる姿勢をとらせた際に不自然な見た目となった(図8)。そのため提案手法では、 $\mathrm{T}$ ポーズが計測時姿勢に適さないことが分かった。 ## 3.2 計測部位の分割 全身用デジタイザで欠損なく計測可能な「頭部・体幹・脚打よび足」を部位 Iとし、それ以外の「肩・腋窩・腕および手」を部位IIとして、全身形状を分割して計測した。部位 II は左右あるため、パーツは合計 3 つである。 部位IIは、全身用デジタイザでの計測と同じ姿勢を保持した被計測者を、ハンドヘルド型デジタイザ (ARTEC 社製 Eva 3D Scanner)を用いて計測した。計測結果を図 9 に示す。全身用デジタイザで得たデータでは三脚が影となり手が欠損しているが、これをハンドヘルド型デジタイザで取得したデータとマージすることで補完できる(図 10)。 図7身体動摇を抑制して適切な形状データを得た 図8 Tポーズで得られたデータは、腕を下げると前胸部が不自然に変形した 図9ハンドヘルド型デジタイザで計測した腋窩とその周辺の形状データ 図10 左:全身デジタイザで計測したデータでは手が欠損した右 : ハンドへルド型デジタイザで計測したデータにより欠損データを補完可能 ## 3.3 切れ目のない単一形状へのマージ 3つのパーツに分割した形状データを、繋ぎ目なく統合することで、欠損のない全身形状データを得た。 ボクセルベースツール (Geomagic 社製 Freeform Plus 2015)の位置合わせ機能を用いて部位 I と部位 II のデータを適切な位置関係に配置し、3つのパーツをマージする。位置合わせが完了した状態を図11に示す。 マージ結果(図12左)において、肩(三角筋周辺) がパーツの境界である。マージ結果は滑らかに接続されていることが見て取れ、元のパーツの境界を読み取ることは難しい。 図 11 で注目すべきは、パーツを位置合わせするにあたり、スケーリング操作(等比拡大・縮小)を行っていないことである。3次元データを取得する他の手法、たとえばステレオフォトグラメトリ法では、寸法の基準となるターゲットマーカと被写体を同時に映した写真を複数枚用意することで、寸法情報が定義された3 次元デー夕を生成することができる ${ }^{[12]}$ 。これを人体形状に用いるには、体の表面にターゲットマーカ 図11 パーツの位置合わせが完了した状態 図12 左: ボクセルベースツールによるマージ結果(提案手法) 右: メッシュベースツールによるマージ結果 を貼り付ける必要がある。しかし本報告では久損のない全身形状を得ることが重要なので、ターゲットマー カが被写体の一部を隠蔽することは望ましくない。今回、デジタイザによって取得した寸法定義済みの形状データを用いることで、パーツのサイズ調整を考慮せずに位置合わせが可能なことを確認した。 なお異なるマージ方法として、メッシュベースッー ルの利用を検討したものの、良い結果が得られなかったことを附言する。メッシュベースッール(Geomagic 社製 Design X)のボリューム合成機能を用いてパーツをマージしたところ、パーツ境界付近のメッシュが脱落した(図12右)。メッシュベースのマージでは、 メッシュの縫い合わせ(stitching)が必ず発生する。 そのため、縫い合わせに失敗した部分のメッシュが脱落したものと考える。また縫い合わせはメッシュの頂点位置を編集するので、モデルの寸法情報が保護されない。以上から、マージに打けるボクセルベースツー ルの有用性を確認した。 ## 4. 動作可能な形状データへの変換 ## 4.1 メッシュトポロジーの再構築 マージ後の形状データは三角形メッシュで表現されている。これを、アニメーションに適したポリゴンへ変換するためにメッシュトポロジーの再構築(以下リ 図13リトポロジーの結果、整列したポリゴンを得た 図14 左: スケルトンの外観 右 : 4.1節で得たポリゴンとスケルトンをバインドした状態 トポロジーと呼ぶ)を行う。Pixologic 社製ZBrush のリメッシュ機能を用いて、データを構成するメッシュを整列したポリゴンに変換した(図 13)。 ## 4.2 スケルトンのバインド 関節の角度変化が周囲のポリゴンの変形に与える影響度を設定することで(これをCGツールではバインドと呼ぶ)、形状データが MoCap デー夕を反映して変形することができる。Autodesk 社製 Maya LT 2016 のスムーズバインド機能を用いて、動作を適用するための疑似骨格データであるスケルトンを、対応する関節周辺のポリゴンと関連づけた(図 14)。この操作は頂点位置を編集しないため、形状寸法には影響しない。 このようにして得た動作可能モデルを FBX 形式で出力した。データは 17,112 ポリゴンから構成され、 デー夕容量は $752 \mathrm{kB}$ であった。 ## 5. 動作可能形状データ 5.1 動作の計測方法 本稿ではランニングを運動内容として検証した。研究用トレッドミル(S\&ME 社製 BM-2300)を用いて時速 $12 \mathrm{~km} / \mathrm{h}$ の走行状態を再現した(図 15)。 動作計測には Xsens 社製のモーションキャプチャ MVN Awinda を用いた。この装置は人体の計測に特化しており、全身所定の 17 箇所に装着した幅 $3 \mathrm{~cm}$ 、奥行 $5 \mathrm{~cm}$ 、高さ $1 \mathrm{~cm}$ の 9 軸慣性センサにより全身姿勢を計測できる。計測デー夕は各センサから無線で制御パソコンへと伝送され、無線信号は $20 \mathrm{~m}$ 程度まで到 図15MoCapを用いたランニング動作計測 図16 左: 動作可能モデルにMoCapデータを適用した結果 右: MoCapデータ 達可能である。慣性センサ式の MoCap を使うことで、運動フィールドのサイズ制約を緩和することが可能となる。 ## 5.2 動作の適用 4.2 節で得た動作可能モデルと 5.1 節で得た MoCap データを、Autodesk 社製 Maya LT 2016 を用いて一つのデータに統合する。これにより MoCap データの姿勢に応じて、動作可能モデルがアニメーションした (図 16)。このとき、関節周辺のポリゴンが関節角度に応じて変形し、自然な見た目を維持していた。A ポーズで計測したデジタイズ形状データをリトポロジーすることで、適切なモデルが得られることを確認した。 ## 6. 形状データの評価 ## 6.1 スキャンデータからの寸法変位 4.1 節で行なったリトポロジーでは頂点位置の編集にともなう寸法変化が起こりうる。これを具体的に評価すべく、リトポロジー前後のデー夕を用いて寸法変位を可視化した。可視化には Geomagic 社製 Design Xを用い、リトポロジー前のデータを基準として、各頂点を変位の大きさに応じて色別にマッピングした(図 17)。 図17 寸法変位の評価結果。緑色は変位 $\pm 1 \mathrm{~mm}$ 以内 図18頭部を除く全身 図19 上:総ポリゴン数による寸法変位の定性変化 このとき寸法変位の二乗平均平方根(RMS)は $0.6749 \mathrm{~mm}$ 、標準偏差は $0.5944 \mathrm{~mm}$ であった。RMSを用いたのは、寸法変位が正または負の値をとることから、算術平均を用いるのが不適当と考えたためである。 ## 6.2 考察 前節の結果でRMS が $1 \mathrm{~mm}$ を下回ったことから、提案手法は形状デー夕を保存できたと考える。しかし図 17 の頭部に着目すると、変位 $\pm 2 \mathrm{~mm}$ 以内のポリゴンが他の部位よりも多かった。そこでモデルの頭部を除いて再び寸法変位を評価したところ(図 18)、変位 RMS は $0.5436 \mathrm{~mm}$ 、標準偏差は $0.4431 \mathrm{~mm}$ であった。前節の結果と比較して RMS は約 19\%(約 0.13mm)、標準偏差は約 25\%(約 $0.15 \mathrm{~mm}$ )小さくなった。 標準偏差が減じたことから、頭部以外はリトポロジーによる寸法変位のばらつきが小さいことを確認した。リトポロジー前の形状を観察すると、髪は他の部位よりも細かい凹凸形状であった。リトポロジーが細かな凹凸形状にスムージングとして作用し、頂点が変位したと考える。 頭部には髪以外にも例えば鼻部など、細かな凹凸形状がある。細かな凹凸形状を忠実にポリゴン化するには、総ポリゴン数を増やす必要がある。モデルの総ポリゴン数の変化にともなう寸法変位の傾向を把握できれば、本手法を実際のデジタルアーカイブに適用する際の有用な指針となりうる。そこで総ポリゴン数が異なるモデルを新たに 2 つ用意し、6.1 節と同様に寸法変位マップを作成した(図 19)。ポリゴン数を増やすとRMS が小さくなり(図 19 下左軸)、髪や鼻といった細かな凹凸形状も寸法を保ちつつデー夕変換できることを確認した(図 19 上)。ただしRMS が小さくなるに従い、総ポリゴン数が増えている(図19下右軸)。 データのポリゴン数と描画負荷はトレードオフである。そこで例えば、デジタル画像アーカイブにおけるサムネイル用の低解像度画像のように、プレビュー用の低ポリゴンモデルと、観察用の高ポリゴンモデルをそれぞれ用意する、といったデジタルアーカイブのデザインも有用と思われる。 本手法を適用可能な体格について検討した。全身用デジタイザで計測する必要があるのは、鉛直方向は頭頂部、水平方向は肩先までである。日本人の人体寸法 ル値は男性 30 39 歳で最も高く、1858.0mmであった。左右の肩で最も外側にある点間の水平距離である「肩幅」の99 パーセンタイル値は男性 30~39 歳で最も大きく $531.0 \mathrm{~mm}$ であった。女性の人体寸法はいずれも男性よりも小さい值であった。本稿で用いた全身用デジタイザの計測可能空間は直径約 $1.2 \mathrm{~m}$ 、高さ約 $2 \mathrm{~m}$ の円柱状空間であり、前述の男性 99 パーセンタイル值をカバーできる。従って提案したデー夕取得手法は 99\%の日本人に適用しうる。 ## 7. まとめ 本稿では 3 次元デジタイザを用いて取得した高解像度かつ高寸法精度な形状データに、MoCapデータを統合することで、動作する人体のデジタル復元である動作可能モデルを生成する手法を提案する。2 章では利用した全身デジタイザの特性と課題を述べ、3 章では久落のない形状デー夕を得る手法を示した。具体的には、全身用デジタイザとハンドへルド型デジタイザを用いて、互いの欠落を補完する 3 つの形状データを計測した後、それらを繋ぎ目なくマージした。このとき計測中の身体動摇を抑制して良好な形状データを取得できる工夫を示した。4 章では形状データのメッシュ構造を、MoCapデータの適用が可能なポリゴンへ変換して動作可能モデルを得る方法を述べた。 5 章では利用した MoCap 装置と収録したランニング動作を説明し、動作可能モデルが MoCap データに基づいて動くことを示した。6章では変換プロセスによる寸法への影響を評価した。動作可能モデルとデジタイズ形状デー夕の寸法変位 RMS を求めたところ $1 \mathrm{~mm}$ 未満であり、提案手法がデジタイズ形状の寸法をほとんど変化させないことを示した。またデジタイザで取得したパーツは精確に寸法定義されており拡大縮小といった調整なしにマージ可能なこと、ボクセルベースのマージによって形状が滑らかに接続されることを確認した。さらに A ポーズで計測すると、姿勢を変形させても不自然な形状(アーティファクト)になりにくい整列ポリゴンが得られることを示した。 提案したデー夕計測および変換手法は、運動エリアの広さや照明条件の制約を受けにくい。そのためフィールドを動き回るスポーツへも適用しうる。優秀なアスリートをデジタルアーカイブすれば、次世代の選手育成への活用も期待できる。さらには「祭り」のように複数人が同時に活動する無形文化財への応用についても議論したい。 本稿で検証した動作内容はランニングに限定される。より広い可動域を使ういろいろな動作に対し提案内容が適用できるかといった、さらなる検証は必要であろう。そのために我々はまず、日本発祥のコンテンポラリーダンスに本手法を適用することを計画している。成果がまとまり次第、報告したい。 日本独自の芸能・身体表現の名手の高解像度な身体形状データが、本人の動作に基づいて動く様子を VR 空間に没入しながら観察できれば、あたかも名人が自分のためだけにパフォーマンスしているかのような体験が実現する。教育や技能伝承に資するのみならず、世界へ発信できるコンテンツ市場を創出できる可能性を期待する。 ## 謝辞 本報告は(株)ケイズデザインラボと(地独)東京都立産業技術研究センターとの共同研究により実施されたものである。支援頂いた関係メンバーに感謝する。 ## 註・参考文献 [1] Jackie M. Dooley, Katherine Luce, Taking Our Pulse: The OCLC Research Survey of Special Collections and Archives, The OCLC Research Survey of Special Collections and Archives. LIBER Quarterly. vol. 21, no. 1, pp.125-137, 2010. [2] 曽我麻佐子, 海野敏, 安田孝美. クラシックバレエの振付を支援するWebべースのモーションアーカイブと3DCG振付シミュレーションシステム. 情報処理学会論文誌. vol. 44, no. 2, pp.227-234, 2003. [3] 八村広三郎, 伝統舞踊のデジタル化, 映像情報メディア学会誌. vol. 61, no. 11, pp.1557-1561, 2007. [4] 柴田傑, 湯川崇, 海賀孝明, 横山洋之, 玉本英夫. 身体動作解説コンテンツ作成システム. 日本バーチャルリアリティ学会論文誌. vol. 14, no. 3, pp.265-274, 2009. [5] Computer Graphics Lab at University of Cyprus. 2014, https://dancedb.cs.ucy.ac.cy/ (accessed 2017-08-18) [6] 延原章平. 3次元ビデオによる人体3次元計測とその応用. 情報処理学会研究報告. vol. 2013-CG-153, No. 18, 2013. [7] 延原章平. 3次元ビデオ技術のその後の展開と現状. 2016. https://www.ipsj.or.jp/event/fit/fit2016/FIT2016program_web/ data/html/event/event242.pdf (参照 2017-08-30) [8] Institute for Research in Computer Science and Automation, Kinovis 4D Modeling Platform. http://kinovis.inrialpes.fr/ (accessed 2017-09-01) [9] Smithsonian, 2013. https://3d.si.edu/browser (accessed 2017-08-08) [10] 青木宏展, 植田憲. 歴史的造形物の3Dスキャンデータの取得・保存および利活用千葉県における地域の特色を活かしたデザイン支援. 日本デザイン学会研究発表大会概要集. vol. 63, pp.332-333, 2016. [11] Jahirul Amin. MAYAキャラクタークリエーション. 株式会社ボーンデジタル, 2016, p.84. [12] C.-T. Schneider. DPA-WIN A PC Based Digital Photogrammetric Station For Fast And Flexible On-site Measurement. International Archives of Photogrammetry and Remote Sensing. vol. 31, part B5, pp.530-533, 1996. [13] 一般社団法人人間生活工学研究センター. 日本人の人体寸法データブック, 2008.
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# 抄録:凸版印刷は、スポーツ庁の「スポーツ・デジタルアーカイブ構想」にもとづき、平成 29 年より令和元年までスポーツ系資料を所蔵している 7 機関と連携し、関係者への仮想環境「検証用公開システム」を公開し、スポーツ・デジタルアーカイブの在り 方についての検証実施を支援した。スポーツ資料のデータモデルおよびデータ構造の在り方の解析、人名・競技・イベント・形状・分類等の辞書データの策定、他システムとの連携の検討等を通して、システム構築における課題を報告する。また、作業負荷 の大きな分類付与作業に関する $\mathrm{AI}$ 活用による省力化実験の作業削減策について、人手による分類結果との約 $80 \%$ の一致をみた成果と今後への期待を報告する。 Abstract: Based on the "Sports Digital Archive Frameworkt" of the Sports Agency, Toppan Printing has collaborated with seven organizations that hold sports-related materials since fiscal year 2017 up to 2019, and has released a virtual environment, "public demonstration platform" to demonstrate and prove the usefulness of the sports digital archive. We report on issues in system construction through analysis of data models and data structures of sports materials, construction of dictionary data such as names of people, games, events, shapes, and classifications, a interoperability with other systems. In addition, we report the results of the labor-saving experiment using AI for the labor-intensive classification work, which demonstrated an $80 \%$ agreement of results with those of manual classification. キーワード:データモデル、メタデータ、辞書、分類付与、AI活用 Keywords: data model, metadata, dictionary, classification, AI # # 1. はじめに 凸版印刷は、スポーツ庁が実施する「スポーツ・デ ジタルアーカイブ構想」にもとづき、平成 29 年度よ り令和元年まで、スポーツ系資料を所蔵している 7 機関と連携し、各機関が保有する情報をまたいで検索・閲覧できる仮想環境「検証用公開システム」を提供、検証を実施した。その際の課題や検討内容を踏まえて、 スポーツ・デジタルアーカイブが対象とする資料の データモデルおよびデー夕構造の在り方や、システム構築における課題や AI 活用への取組について報告する。 2. スポーツ資料とデータモデル 2.1 スポーツ資料 「スポーツ資料」とは何か。 スポーツ・デジタルアーカイブの構築にあたって、 まず、その対象となる「資料」は何かと問いに答える 必要があるだ万う。、検証用公開システム(トップページ)(図 1) 図1 スポーツ画面 スポーツ資料は多彩である。 多くの方が容易にイメージできる列としては、選手 が競技中に利用したウェアや靴、ラケットといった競技資材や、選手が大会時に受賞したメダルや賞状と いったものがあげられるが、特に大会時に顕著に記録 される、多くの写真や映像、マスメディアが報道する 記事や音声なども、スポーツ資料に含まれる。 オリンピックやパラリンピックといった国際大会を はじめ、通常、大会では、大会開催時のプログラムや ポスターなどと併せて、開催にあたって多くの公文書、私文書が残されるものであるし、大会期間限定の記念品や記念パッケージ、テーマソングなども、その時代 を映すスポーツ資料と言える。 また、スポーツ大会が開催された「競技場」「建造物」 そのものが、後世への記憶をつなぐスポーツ資料である。 スポーツ・デジタルアーカイブシステムに、著名選 手、指導者に関連する書籍、新聞記事、映像について は言うにおよばず、特定のスポーツがどのように始ま り、どのような歴史をたどって現在の形に形成された のかを記した数多くの記録、書籍や雑誌、写真、映像、音声と言った、複合的で多彩な情報が搭載されること が想定される中、それらの情報が活用されるために、多くの方が共通のイメージとして納得でき得る「ス ポーツ・アーカイブデータモデル」を検討し、資料の メタデータとして付与を試みた。 ## 2.2 スポーツ資料のデータモデル スポーツ資料の情報は、所蔵する機関の傾向に応じて、例えば、図書館モデル、博物館モデル、公文書館モデル等として、所蔵館ごとそれぞれの基準でデータ管理されている。 しかし、こうしたスポーツ資料の利活用を目指す 「スポーツ・デジタルアーカイブ構築」と、そこで公開され検索対象となる「資料のデータ形式」を考えたとき、資料の識別と、組織を超えた収集対象の実体を俯瞰したスポーツ資料の共通認識の形成と共通データモデルの策定が求められるであらう(図 2)。 この考え方に沿って、「収集対象実体」を中心に、「非収集対象の概念」「関連概念」「権利に関する情報」を切り出したスポーツ・デジタルアーカイブのデータモデルを考案し、検証した。 図 3 内(1)の「収集対象実体」は、有形物、デジタルコンテンツ、競技場を中心に位置づけ、スポーツ・ デジタルアーカイブの中心となる資料そのものを指す。(2)の「非収集対象」は、組織を超えて抽象化された「競技」「団体・組織」「人」「イベント」「生産者」「施 図2スポーツ資料の共通認識 $\cdot$データモデル(イメージ)(図 3) 図3 データモデル案 設・設備」「形状」「分類」等であり、これらは統一概念として、関係者の間で認識される必要があると想定される。権利の考え方は、別途(3)として独立した実体とした。実物の管理・保管に極めて重要な「所蔵場所」「資料材質」といった情報は、管理に役立つが、機関を超えて共通化する意義は薄く、(4)の収集者独自の管理項目となる「関連する概念実体」とした。 これらのデータモデルを踏まえて、スポーツ・デジタルアーカイブのメタデータ項目 (案)を下記のとおり検討中である。2020 年現在、検証半げであり、今後、大いに変わり得るものであるため、仮置きとしている。 ## 2.3 辞書情報 (形状 - 分類 - 人物・競技・イベント) とシステム表示 スポーツ関連実体の「非収集対象」にあたる、「競技」「イベント」「人・チーム」「形状」「スポーツ分類」 の項目における辞書情報を策定し、システム上で利用者が值を選択することで、求める資料に簡便に辿りつけるような画面構成を試みた。 スポーツ・デジタルアーカイブにおいて、検証用システムの利用者からの要望の高い情報は、「競技」「人」「イベント」である。「競技」や「イベント」の見也方は、階層構造を踏まえての表現が求められ、検証用システムの利用者からの反応も、階層を持たせることが望ましい。また、「形状」「スポーツ分類」については、組み合わせることにより、資料の概要、イメージが推定できるため、一般利用者向けに有効であろう。 こういった辞書情報をあらかじめ整備し、かつ、システム画面に準備する画面構成は、スポーツ・デジタルアーカイブ利用者の裾野を広げることにつながると考える。既に存在しなくなった競技や大会、あたらしく興つたが知名度が低くまだ一般的でない競技、新たに登場する選手や監督、かつて時代を作ったチームなど、誰も がうっすらと認識しているが詳細が定かでない関連情報に対して、利用者から容易なアクセスを可能とすることは、スポーツ分野の専門家のみならず、一般利用者へのスポーツ振興を高めるためにも有効と思われる。 ## 2.4 他システムとの連携方法 検証用公開システムにおいて、国立国会図書館が運営するジャパン・サーチと連携を試みた。 目録情報やメタデータといった情報は、検証用公開システム上で収蔵先に留まらない所蔵情報の横断検索や把握が可能である一方、デジタルコンテンッ自体は、連携先のシステムの該当 URLヘリンクさせ、連携先システムにおいて閲覧する方式とした。これは、特定 $\cdot$システム構成<競技〉(図 4) 図4競技カテゴリー画面 $\cdot$システム構成〈イベント>(図 5) 図5 イベントカテゴリー画面 、システム構成 <人名・チーム名 $><$ 形状 $><$ スポーツ分類>(図6) 図6 選手名 図7 形状 図8スポーツ分類競技に特化した資料館やマスメデイア記事等、既に確立・公開された詳細情報を専門サイトにアクセスして確認することが、より丁寧に状況を把握できうるという想定に基づいている。スポーツ・デジタルアーカイブ事業の関係者からの評価も得たことから、こういった連携方法が、スポーツ・デジタルアーカイブには適していると考える(図 9)。 図9 詳細画面の関連URL表示 ## 2.5 二次利用条件の表現方法 スポーツ・デジタルアーカイブシステムに掲載されている資料のデータは、国立国会図書館が公開している 「ジャパン・サーチ」で採用されている二次利用条件の表現に倣って、「二次利用条件」「教育利用」「非商用利用」「商用利用」の4項目を組み合わせて、資料の詳細説明画面上に表示した。また、所在情報となる目録の利用について、明らかな関係者合意がなされていないことから、メタデータそのものの二次利用条件を表示した。また、スポーツ資料は実物資料や写真、映像資料が多く、画像データの有無とその活用可否は極めて重要である。 したがって、「メタデータ」の利用条件と、「デジタルコンテンツ」および「サムネイル」の利用条件を分けて、 それぞれ別に表示するものとした。なお、本データは、関係者限定公開である検証用システム上での限定公開であり、2020 年時点で、スポーツ・デジタルアーカイブ構想事業を超えた二次利用はなされていない。 ## 3. Alを用いた分類付与の省力化への取組と期待 3.1 省力化への道筋検証 利用者が求める情報まで導かれる道筋立てに極めて 二次利用条件のシステム表示例(メタデータとデジタルコンテンツの区分有)(図 10) 図10 権利の表現方法 有効と想定されるスポーツ資料の「共有情報」であるが、そのデータ整理の作業負荷は大きい。これらの作業負荷改善を目指し、2019年度、「スポーツ・デジタルアーカイブ構想」のもと、人工知能の力を借りた作業効率化と、新規性への対応に取組み、将来的な目録作成やメタデータ付与の自動化までの道筋を検証した。 まず、対象データを「教師デー夕」と「検証用デー 夕」に分割した。 【対象】平成 30 年度に提供のスポーツ資料デー夕約 40,000 件 【実験項目】形状(5種類)招よび、スポーツ分類(9 種類) 「検証用デー夕」約 10,000 件に対して、「教師デー夕」約 30,000 件をもとに人工知能による付与を実施したとこ万、約 $80 \%$ の結果が一致した。人間が手作業で 30 時間かけて実施した作業結果と、人工知能が 1 時間弱の時間で導き出した結果の約 $80 \%$ \%゙一致するという結果は、デー 夕確認・修正に必要な時間を勘案しても、人手で付与する遥かに短い時間で共有項目を付与できる可能性があり、現時点でも一定の省力化効果が見达まれると考えられる。 よる一次分類後、人手による正解判定掠よび誤データの修正作業が必要であり、更なる改善が求められる。 あわせて、人工知能による「競技」「イベント」「人。 チーム」等に対する自動付与を対象データ 40,000 件に対して実施し、生成される情報の検証を実施した。【実験項目】競技、イベント、人・チーム等それぞれの項目において教師デー夕は存在しないため、Wikipedia 等の外部データを学習させた。人間では抽出しない様々な値が抽出されたが、参考となるオー プンデータとして利用できるのが、事実上 Wikipedia のデータに限定されている影響が大きく、人、競技、 イベントというカテゴリには該当しない値も多く推定された。課題は大きいが、人間が 170 時間かけて実施した作業に対し 1 時間程度の作業時間で抽出された結果でもあり、人工知能ならではの新しい候補値の抽出も見られたため、スポーツ資料の「共有情報」の付与に対する省力化という意味で、更なる精度向上に向けた検討が望まれるであろう。な扮、本検証において、人工知能には、階層構造の整理が困難という今後の課題も明らかになっている。 これからのスポーツ・デジタルアーカイブの利用促進を目指し、更なる省力化に向けた精度向上、改善に向けた取組を継続したい。 ## 4. スポーツ・デジタルアーカイブシステムの 課題 スポーツ庁が実施する「スポーツ・デジタルアーカイブ構想」に準拠して、仮想環境「検証用公開システム」を提供したことにともなう課題を報告する。 アーカイブ機関は、自らが作成・保有するデジタル情報資源について、それぞれ種類ごとに公開範囲を決め、第三者による二次利用の条件を設定する必要がある。構築すべきシステムの仕様は、システムの目的や収録するデー夕の量などにより大きく異なるが、スポーツ資料については、特に、実物資料におけるサムネイル準備の重要性が大きいであろう。著名な選手や歴史を刻んだその瞬間は、写真や映像、音声として記録されていき、人々の心を摇さぶるものである。たたし、そこには多くの権利があり、権利処理を抜きに、 スポーツ・デジタルアーカイブシステムの適正な在り方は語れないと言える。 また、競技やイベントは、時代とともに変わっていくものであり、その時点での最適解を作っても、時間と打金をかけて更新していかなければ、やがて実体と乘離してしまう。既に存在しなくなった競技や大会、 あたらしく興ったものの知名度が低くまだ一般的でない競技、障がい者スポーツ、次々に登場する新しい選手や監督など、うっすらと認識されている情報に対しても、利用者からの容易なアクセスを可能とし、関連情報へ辿りつけるようにすることが望まれる。スポー ツ分野の詳細を把握している専門家をはじめ、それ以外の一般利用者が、より親しめるようにすることは、 スポーツ振興を高めることに有効と思われる。 ## 5. おわりに スポーツ資料は、人々の記憶に結び付き、ときに時代を作ることもある。しかし、その時代を反映する資料は、時限的な活動とともにやがて所在不明となり、相次いで消えていくことも多い。その資料と情報や求める者が活用できるよう、スポーツ・デジタルアーカイブシステムのような環境を整え、多彩な知識の 1 つとして残し発信していく取組は、たいへん有意義であろう。 東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて、まさに今、多くのスポーツ資料が生み出されている只中であり、それらの資料がひろく活用されるためにも、幅広い検討素材へ導いてくれるスポーツ・デジタルアーカイブの構築と発展を願ってやまない。
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# 国立教育政策研究所教育图書館近代 Developing and Publishing Japanese Modern Textbook Digital Archive at Library of Education ## 江草 由佳 \\ EGUSA Yuka 国立教育政策研究所研究企画開発部教育研究情報推進室 \begin{abstract} 抄録:図書館が所蔵する書籍をデジタル化したコレクションをデジタルアーカイブとして公開する方法として国立教育政策研究所教育図書館近代教科書デジタルアーカイブを紹介した。カテゴリ検索を実現する方法として、図書館が通常提供している蔵書検索システムの一部に外付けで HTML とカテゴリのサムネイル画像だけを使ってデジタルアーカイブを構築する方法を紹介した。図書館が持続的にデジタルアーカイブを公開するための論点として以下を考察する。構築時における書誌情報の作成と著作権調査、外部サービスとの役割分担、リンク連携、データとシステム移行への考慮を挙げ、考察する。 Abstract: This paper describes a method to publish a digital archive of a collection held in a library, and reports a case study from "Japan Modern Textbook Digital Archive" at Library of Education, National Institute of Educational Policy Research. The paper describes a simple method to build category search function in the digital archive on top of OPAC system of the library. We discuss the following issues for a library to publish a digital archive in a persistent and sustainable way: Cataloguing of bibliographic data and inspections for the copyright status at the development phase cooperating with other systems, linking from and to other systems, considerations for the data and system migration. \end{abstract} キーワード : デジタルアーカイブ、近代教科書、図書館システム Keywords: digital archive, modern textbook, library system ## 1. はじめに 「国立教育政策研究所教育図書館近代教科書デジタルアーカイブ」 が2019年 8 月 19 日にリニューアル公開した (以降、近代教科書デジタルアーカイブ」と呼ぶ)。これは元々、 2018 年 8 月 30 日に国立教育政策研究所教育図書館明治 150 年記念事業の一環として公開した「国立教育政策研究所教育図書館明治期教科書デジタルアーカイブ」に国定教科書も追加して名前を変えて公開したものである。2019年 10 月現在、約 1 万 2 千冊の教科書の本文画像が Webを通してどこからでも閲覧できる。本稿ではこのサービスについて事例報告する。 ## 2. 近代教科書とその利用および利用者 教育図書館では、明治期から戦後検定(昭和 24 年から)までに日本で発行された教科書(以降は近代教科書と呼ぶ)を約 6 万 2 千冊所蔵している。これには、教科書だけでなく、教授書も含まれている。近代教科書をここまで大規模に収集し、利用に供しているのは、他には東書文庫のみである ${ }^{[1]}$ 。教科書は、教育学の研究において、基礎となる資料の一つである。これまで教育研究者はもとより、教育行政者、現場の教師に よって利用されてきた。教育分野の他にも、当時の社会情勢を伝える基礎的な資料として歴史学や社会学などにも活用されてきたコレクションでもある。また、国際的にみても日本の教育を知るための基礎的な資料として教科書は必要とされている。 近代教科書を利用すると想定される人のタイプは大きく3つが考られる。教育関連の研究者(大学生、大学院生、大学教員等)、歴史学や社会学の研究者、一般利用者・報道関係者などである。教育関連の研究者の場合は、例えば、社会に与える教科書の影響や、教科書の実態をあきらかにするといった教科書そのものについての研究に加えて、教科書論、近代日本教科書史、教科書行財政、教科書・教材、各教科の教科書、外国教科書、特定主題研究、教科書上の人物を対象とする研究などの利用が考えられる。歴史学や社会学の研究者の場合は、教科書が世の中を反映する基礎資料とみなして、当時の歴史的背景等を知るために利用するなどが考えられる。最後に、一般利用者・報道関係者の場合である。教科書は誰もが览童・生徒として利用した身近な書籍である。同年代の者が共通して利用した書籍であるという特性により、以前使用した教科書をもう一度みてみたいということがある。例えば、 同密会の機会に教科書に載っていた唱歌をみんなで歌いたいので、自分が使った教科書の唱歌のページのコピーが欲しいといった事例がある。また、テレビドラマや小説などに登場するため、時代考証のための調查に必要な場面もある。 ## 3. 利用の流れ 図 1 は近代教科書デジタルアーカイブのトップペー ジである。トップページでは、キーワード検索のできるフォームと詳細検索へのリンク、分類の各大分類 (教科書制度を表す)の説明とリンクがある。 図1トップページの画面 キーワード検索では書名、編著者名、教科、巻号などで検索できる。詳細検索のリンクを辿った先では、書名などの項目を指定したキーワード検索や、本文 PDF の公開範囲を指定した検索などができる(図2)。書誌データや本文デー夕は、教育図書館の蔵書検索のシステムに登録しており、キーワード検索や検索結果の表示機能などを実現しているため、図 2 の画面などはそのシステムの画面となっている。システム構成については後の章で詳細を述べる。 分類を辿っていくと、各教科書制度ごとの教科が一覧される。例えば図 1 の「明治初年教科書」をたどった先が図 3 であり、「明治初年教科書」の教科一覧を表示したところである。ここで例えば「小学入門」の教科のリンクをたどると、「明治初年教科書」の教科が小学入門の教科書の一覧が表示される(図4)。 検索結果一覧から、教科書のリンクをクリックすると書誌の詳細画面が表示される(図 5)。PDFのアイコンをクリックすると本文画像が閲覧できる。 トップページと教科一覧の画面については、英語インタフェースもある。右上の Englishリンクをクリックすると英語用の画面が表示される。図 6 は明治初年教科書の教科一覧の英語用の画面を表示したところである。 図2 詳細検索画面 図3 教科一覧画面 図4 検索結果一覧画面 図5 書誌詳細画面 既に述べたように、このデジタルアーカイブは検索機能は通常の蔵書検索で使用しているシステムの機能を用いているが、それ以外にも、外部サービスの連携として、教育図書館の一般図書の蔵書検索の検索結果 図6 英語版教科書一覧 からも近代教科書デジタルアーカイブへのリンクを追加して、本文画像へ辿れるようにした。教育図書館は NACSIS-CAT と連携しているため、CiNii Books でヒットした書誌詳細画面 (例:https://ci.nii.ac.jp/ncid/ BB14459113)(図7)で「OPAC」リンクをたどることで、教育図書館の一般図書の蔵書検索詳細画面(図 8)へと辿れ、その画面では、「URL」として、「本文リンク」(近代教科書デジタルアーカイブの書誌詳細画面へのリンク)があるので、結果として、CiNii Books から本文までシームレスにたどることができるようにしている。 本稿の入稿後の 2019 年 12 月に新システムがリリー スされる関係で、読者がこの原稿を読む頃には、詳細検索画面、検索結果一覧画面、書誌詳細画面が本原稿とは異なる画面デザインとなっているが、基本的な構成に変更はない予定である。 ## 4. 教育図書館における近代教科書情報の整備状況 教育図書館が所蔵している近代教科書は 2014 年 3 月まで、書誌情報の電算化がされていなかった。検索は目録カードや目録カードを書き起こしたデータを研究所内からのみ検索できるファイルメーカーを使った簡易的な目録検索システムを使っていた。そのため、 どのような近代教科書を教育図書館が所蔵しているかをWebを通して検索することができない状態であった。そこで筆者が科学研究費補助金の研究成果公開 (データベース)を申請し、近代教科書の書誌データの電算化のための資金を獲得し、2013 年から書誌デー 夕・目録データの入力を開始した。2019年 2 月 26 日に近代教科書の全ての書誌データ・目録データの電算化と外部公開が完了した。教科書の現物には鉛筆で所蔵 ID が記入され、各書誌・所蔵レコードと教科書現物のマッチングが確実にできるようになった。書誌データの電算化は多くの日本の大学図書館が参画している書誌ユーティリティの NACSIS-CAT に登録する 図7 CiNii Books 図8 教育図書館蔵書検索画面 ことによって実現した。この入力作業は業務委託によって行った。これで、CiNii Booksで検索した際に教育図書館の近代教科書がヒットするようになった。 本文画像については、教育図書館は、近代教科書の保存のため、つまり劣化や紛失などの対策のために、「著作権法第 31 条の 2」の範囲内で、近代教科書のマイクロフィルム化および PDF 化を進めて来ており、少なくとも 2007 年には約 4 万冊分が完了していた ${ }^{[2]}$ 。 PDF のファイル名には請求記号を元にした生成規則を用いていた。よって、PDFのファイル名からわかる請求記号を見て、目録カードを使用すれば、教科書が同定できるという状況であった。 本文画像の方が先に作られたこともあり、後から作成した書誌データとの同定作業を行う作業が必要となってしまっていた。PDFのファイル名に使用されている請求記号を用いて、機械的なマッチングを試したところ、多くのファイルが機械的にマッチングできないという状況であった。これは請求記号は本文画像 $\mathrm{PDF}$ 作成以降に変える場合があることや、実物の教科書に請求記号をつけている書誌レコードの単位と一つの PDFファイルを作成した単位が異なっていたという理由で、多くのものが機械的にマッチングできる状況でなかった。 加えて、近代教科書の著作権状態については、どの程度が保護期間満了に該当するかについては未調査な状況であった。 以上のことから、Webを通して、近代教科書の本文を公開提供できる状況にはなかった。しかし、2018 年度に明治 150 年の記念事業として、近代教科書のうち明治期の教科書について、デジタルアーカイブを作成し公開することとなり、2017 年 11 月頃からその構築準備を始めることとなった。 書誌データと PDF データのマッチングについては、業務委託にて行った。1つのPDFファイルに、複数の教科書が含まれていることが多かったため(逆のケースはほぼ無かった)、所蔵IDに対してPDFのファイル名とページ数の組み合わせを記入する業務をお願いした。 最終的な公開用のPDF ファイルの作成では、業務委託で作成したデータをもとに、mutoolというコマンド ${ }^{[3]}$ を使用したスクリプトを作成して一括で PDF ファイルを分割抽出して保存した。例えば、K1301_1-2.pdfという元ファイルの 1 から 19 ページを抜き出して、900181030.pdfというファイル名で保存するコマンドは以下のようにして実行できる。 mutool clean -g K130-1_1-2.pdf 900181030.pdf 1-19 作成ファイル名は、所蔵 ID.pdf という書式とした。 これは、所蔵 ID が一意なキーとなる IDであり、現物の教科書に鉛筆で記入済みであることや、所蔵 IDをキーにして関連する書誌レコードがわかるためである。 近代教科書デジタルアーカイブ用の書誌データの作成については、先に述べた書誌デー夕の電算化作業においてすでに、CATP 形式 (NACSIS-CAT のファイル交換形式)でのデータを作成していたため、これをTSV に変換するスクリプト catp2tsv.rb ${ }^{[4]}$ を使って作成した TSVデータをExcelに読み达んで文字列操作関数などを用いてシステムインポート用のデータを作成した。 教科一覧で表示される教科ごとのサムネイル画像については、教育図書館職員が、サムネイルにふさわしいページを選定し、正方形にトリミングを行った。どの教科書のどのページから切り出したか後からでもわかるように、ファイル名にその情報を残すこととして、「教科書分類記号_所蔵 ID_p ぺージ数.png」とした (例:K110_900000393_p18.png)。 著作権の保護期間が満了になっているかどうかの調査については、既に国立国会図書館デジタルコレクションを公開している国立国会図書館を参考に、文化庁著作権課にも確認を行った上で方法を決定した。実際には、教育図書館の指導の元に、非常勤職員と派遣職員が著作権調査を行った。著作権調查を担当した職員は、司書資格保有者で図書館での目録経験者 1 名と図書館勤務経験なし 1 名という 2 名で、著作者の抽出作業と没年調査を行った。抽出作業については、くずし字や落款など判読が困難なものも多数あり、やはりある程度和古書ができる職員が必要になるが、没年調査については、調查方法を確立すれば図書館未経験でも実施が可能なことが分かった。 ## 5. システムの構成とシステム構築で考えたこと 近代教科書デジタルアーカイブのシステム構成は、大きく分けて2つで構成される(図9)。一つ目は、 トップページと教科一覧の画面を構成する部分であり、これは、HTML や CSS や PNG 形式の画像などの静的なファイルのみを使用して実現した。2つ目は、 キーワード検索(詳細検索含む)や、検索結果一覧の表示、書誌詳細の表示、本文 PDF の表示する機能などを実現する部分であり、これは富士通社の iLiswave-J version3.0を使って実現している。これは元々教育図書館が蔵書検索に使用していたシステムであったため、このシステムに、新たに書誌規則を一つ追加することで実現した。このシステムでは、異なる書誌規則を登録することによって、専用の検索画面を設けたりなど、あたかも異なるデータベー スが存在するかのようにできる機能があるため、この機能を利用した。 図9 システムの概念図 このようなシステム構成になったのは、様々理由が複雑に絡み合っているため、わかりやすく説明するのは難しいがなんとか整理して説明を試みることとする。明治 150 年記念事業の一環で構築が始まったという経緯があるが、同時に企画展示も行うことになっており、システム構築だけに予算が掛けられる状況になく、低予算でできることを模索することなった。そこで、 研究所内の人員による内製でできる、つまり、筆者や教育図書館職員などが、勤務中に開発してできることを含めて検討することとなった。 元々、教育図書館の蔵書検索システム (iLiswave-J) に近代教科書の書誌デー夕は登録してあったため、その書誌詳細画面から直接、教科書の本文画像への PDF を登録できないか検討した。しかし、iLiswave-J には、一つの書誌の中の巻号ごとに直接本文PDFを登録したり、本文PDFの公開・図書館内のみ公開が設定できる機能が標準でなかったため、この方法は採用せず、先に述べたように、別の書誌規則を使って別のデータベースのように登録するということにした。 よって、新たなデジタルアーカイブシステムを導入するよりははるかに低予算で実現できた。 懸念点として、二重に登録することになるため今後の書誌データのメンテナンスに手間がかかる、どちらか片方の修正漏れが発生する可能性があるが、運用でカバーすることとした。また、この方法を採用すれば、iLiswave-Jには書誌詳細画面を示すパーマネントリンクがあるため、ほかのサービスからリンクを貼ることができ、他サービスはそのリンク切れの心配がない。そのため、利用の流れでも示したように、教育図書館の一般図書の蔵書検索結果から近代教科書デジタルアーカイブヘリンクでの誘導が可能となっている。 明治 150 年記念事業の一環で構築が始まったという経緯から、独立したデジタルアーカイブサービスとして広報をしたいという組織としてのニーズがあったため、見た目が華やかであることや、あまり内容に詳しくない人でも、何かコンテンツを表示できるような仕組みがある方が望ましい状況であった。そこで、教育図書館にすでに導入されていたシステム (iLiswave-J) に書誌データや本文画像データを搭載するだけで終わりにするのではなく、利用の流れで紹介したトップページと教科一覧を用意することとした。教科一覧では、教科名をクリックすると、iLiswave-J の検索結果一覧が表示されるようにした。これは、iLiswave-Jが教科書分類記号を検索値にした URL(例:教科書分類記号がK110の検索を行う http://nieropac.nier.go.jp/ egopac/ufirdi.do?ufi_target=ctlsrh\&user3=K110)を受け付けると、その検索結果一覧へ遷移できるようになっていたため実現できた。また、タブレットなどでも閲覧しやすくするために、レスポンシブルなぺージデザインを採用した。これは Bootstrap ${ }^{[5]}$ を使って実現した。 Bootstrapを使うことによって比較的シンプルな HTMLのままで記述できた。トップページや教科一覧は、静的な HTMLや画像だけで実現しており、 HTML や CSS やロゴ画像などは筆者が作成した。メンテナンスに属人的な部分が懸念されるが、比較的シンプルな HTML や CSS で記述されているため、他者でもメンテナンスできるような配慮は心がけた。 著作権の保護期間満了となっていない教科書の本文画像については、Webでの一般公開はできないので、教育図書館内のみでの閲覧可とする必要がある。 iLiswave-J の機能では実現できなかったため(そういう機能はあるのだが、教育図書館のネットワークの設定の関係でこの機能ではうまく実現できなかった)、所内のみに公開している Web サーバーに本文画像を置いて、そのURLを登録し、備考に館内のみ閲覧可能である旨を表示することとした。これは、多少、作業が煩雑になるので、現在更新作業中の新システムではシステム内の機能で制御できることを期待している。 ## 6. スリムモデルの方針 近代教科書デジタルアーカイブ(当初は明治期教科書デジタルアーカイブ)を構築するにあたって、最も優先されるべきことは、「教育図書館に来館しなくても、本文画像を閲覧できるようにすること」であり、 そのためには、「持続的に公開し続けられる」ことができなければならない。つまり、明治 150 周年記念事業が終わったら近代デジタルアーカイブを維持できなくなることが起きないようにするにはどうしたら良いのかについて検討した。 福島は「(デジタルアーカイブの)持続可能性をキー ワードに『これだは』という要件」を「スリムモデル」と定義し、その要件として次の4つを挙げている:「利用規約の明示」「機械可読性の担保」「環境に依存しないデータ移行性の担保」「アクセシビリティの確保」[6][7]。近代教科書デジタルアーカイブ構築の基本方針はこの「スリムモデル」を適用しているともいえる。 「利用規約の明示」については、トップページと教科一覧のヘッダに利用規約を記載したウェブサイトヘのリンクを表示することによって実現できている。「機械可読性の担保」については、書誌レコード単位でパーマネント URIを設定したこと、書誌データを NACSIS-CAT にも登録し、CiNii Books や教育図書館の蔵書検索から検索でき、かつ近代教科書デジタルアー カイブへのリンクを貼ることで実現した。「環境に依存しないデータ移行性の担保」については、本文デー 夕はPDFとしたことで対応した。また、分類でのブラウジング機能については、HTML や PNG のような 静的なファイルであり、かつそのファイルはよく使われている標準的なファイル形式のものであるもののみで構成することによって実現した。「アクセシビリティの確保」については、資料を教科書制度や教科のカテゴリからブラウジングできるようにすることによって行った。 近代教科書デジタルアーカイブの iLiswave-Jから新システムへの移行に当たっては、a)書誌詳細画面を示すパーマネントリンクがあること、b)旧システムのパー マネントリンクがそのまま使えるか、もしくは、旧システムのパーマネントリンクからリダイレクトできること、c)書誌 ID は変えないこと、d)教科書分類記号を検索値として指定した URLによって検索結果一覧が示せることは必須の要件とした。a とbについては、他のサービス(例えば、蔵書検索結果)からの近代教科書デジタルアーカイブへのリンク切れを防ぐためである。cについてはパーマネントリンクに書誌 IDを の HTML のリンクに使用しているからである。 持続性という点で、一番懸念となるのは、現在、 iLiswave-Jで実現している機能であるが、これについては、教育図書館のもっとも基本的な機能としている蔵書検索システムの一部に組み达むことによって、維持できるであろう見达みが立っている。万が一、近代教科書デジタルアーカイブ部分の予算確保ができなかったとしても、本文 PDF は、所蔵 ID ごとに作成したPDFであり、ファイル名の命名規則は、所蔵 ID.pdfとなっている。そのため、一般的なWeb サー バーに、PDFを置き、教育図書館の蔵書検索システムの書誌詳細結果画面からその PDFへ直接リンクをはるなどの対応を取ることもできるのではないかと見达んでいる。 ## 7. おわりに 本稿では、図書館が所蔵する書籍をデジタル化したコレクションをデジタルアーカイブとして公開する方法として近代教科書デジタルアーカイブを紹介した。図書館が持続的にデジタルアーカイブを公開する工夫として、構築作業における書誌情報の作成、著作権調查の取り組み、外部サービスとの役割分担、リンク連携、データとシステム移行への考慮を加えた。カテゴリ検索を実現する方法として、図書館が通常提供している蔵書検索システムの一部に外付けで、HTMLとカテゴリのサムネイル画像だけを使ってデジタルアー カイブを構築する方法を紹介した。 本稿が今後のデジタルアーカイブ構築と公開への一助となれば幸いである。 ## 謝辞 近代教科書デジタルアーカイブは JSPS 科研費 JP258030、JP268019、JP17HP8017、JP18HP8016、 JP19HP8017 の助成を受けたものである。 ## 註・参考文献 [1] 岡田一祐. “第43回 2018.10 国立国会図書館に入っていない教科書を公開一国立教育政策研究所教育図書館のデジタル・アーカイブ”、ネット文化資源の読み方・作り方: 図書館・自治体・研究者必携ガイド. 文学通信, 2019, p. 208211. [2] 江草由佳. 戦前期教科書の電子化・保存とその応用. 情報知識学会誌. 2007,vol.17, no.4, p. 225-234. [3] MuPDF. https://mupdf.com (参照 2019-10-10). [4] 高久雅生. catp2tsv.rb. https://gist.github.com/masao/ b587eec226f521bccfed384f30304e2d (参照 2019-10-10). [5] Bootstrap. https://getbootstrap.com/ (参照 2019-10-10). [6] 福島幸宏. “ガイドラインに要れるべき要件”, 2016. デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会, 実務者協議会及びメタデータのオープン化等検討ワーキンググループ. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/ meta_data/dai2/siryou3_3.pdf (参照 2019-10-15). [7] 冨澤かな, 木村拓, 成田健太郎, 永井正勝, 中村覚, 福島幸宏.「デジタルアーカイブの「裾野のモデル」を求めて一東京大学附属図書館 U-PARL「古典籍 on flickr! 〜漢籍・法帖を写真サイトでオープンしてみると〜」報告」, 情報の科学と技術, 2018, vol. 68, no. 3, p. 129-134.
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Japan Society for Digital Archive
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# スポーツ・デジタルアーカイブの 未来に向けて ## Issues for the Next Steps of Sports Digital Archives 抄録:オリンピックやパラリンピックなど、スポーツは我々が日常的によく接する話題であり、研究、教育などいろいろな観点からスポーツ分野のデジタルアーカイブへの期待は大きい。既存のデジタルアーカイブと同様に、スポーツ分野でも有形物と無形物の両面からのアーカイブ化が求められ、広い視野を持った取り組みが求められる。また、先端的情報技術の導入の進展に伴う、デー 夕のアーカイブといった機能も求められることになる。本稿では、スポーツ庁のスポーツ・デジタルアーカイブ構想調査研究事業の中での議論に関する筆者の理解を基礎として、将来に向けてスポーツ・デジタルアーカイブの開発、運営、利用を進めていくうえでの課題について述べる。 Abstract: We often talk about, watch and enjoy sports, particularly, the Olympic and Paralympic games. Sports digital archives have a huge potential to promote sports in many contexts such as research and education. As for digital archives in the cultural and historic domains, it is necessary for us to have a broad view of the domain to build sports digital archives, from tangible to intangible resources and from digitized to born-digital resources including databases. This article aims to discuss issues required for the next steps of development of sports digital archives based on discussions at an advisory group for a study project on the framework of sports digital archives by the Agency for Sports. キーワード:メタデータ、デジタルアーカイブの長期利用、デジタルオブジェクトの長期保存、メタデータの長期利用、データのアーカイブ Keywords: Metadata, longevity of digital archives, digital preservation, longevity of metadata, data archiving ## 1. はじめに 筆者は、スポーツ庁で平成 29 年度から進められてきたスポーツ・デジタルアーカイブ構想調査研究事業 (以下、本調査研究事業) ${ }^{[1]}$ に有識者として参加する機会を得た。この事業での会議等の場で、「スポーツ分野でのデジタルアーカイブの特性は?」、「従来の文化財指向のデジタルアーカイブとの違いは?」、「将来に向けてスポーツ・デジタルアーカイブを構築していくうえでの課題は?」といった様々な視点から考える機会をいただいた。本稿では、こうした機会から筆者自身が学んだことと、これまでの研究活動から得た知見を基礎として、スポーツ・デジタルアーカイブの未来に向けたいくつかの論点を提供したい。 我国では、スポーツに特化した博物館等のアーカイブ機関はごく限られ、大学におけるスポーツ資料の収集も限定的である。こうした環境下で、スポーツ・デジタルアーカイブの重要性は理解されているものの、 スポーツ分野に特化した資料組織化の基盤となるメ夕データ標準の開発やアーカイブ機関による大規模なデジタルアーカイブ開発はまだこれからの状況であると理解している。 本調查研究事業は、オリンピックやパラリンピックを中核的なトピックとしているが、それだけに限定せずより広い範囲を対象として事業が進められている。 スポーツ関係のアーカイブ機関の収集対象資料には、実際の競技や大会で用いられた現物資料や記録映像のみならず、オリンピック招致等に関わる文書類も含まれ、これらはすべてスポーツ・デジタルアーカイブの収集対象となる。そして、スポーツ・デジタルアーカイブは、小学生から大学生、一般成人、高齢者まで、幅広い利用者を想定する必要がある。他方、スポーツでは先端的な情報技術が用いられ、競技の場でも卜レーニングの場でも大量のデータが作り出され、その活用が進められている。こうしたデータも、アーカイブの視点からは重要な収集対象と考えられる。スポー ツ・デジタルアーカイブには、以上のような多様性への対応に加えて、高品質なサービスの長期に渡る安定的な提供が求められる。 以下、本稿では、デジタルアーカイブの構造やメ夕データを中心とする技術的観点からスポーツ・デジタ ルアーカイブの将来に向けた課題を取り上げる。 ## 2. スポーツ・デジタルアーカイブを考えるた めの基盤 ## 2.1 デジタルアーカイブの概念的構造 図 1 は、デジタルアーカイブの機能を、コンテンツの収集、収集コンテンツの組織化・蓄積・保存、そして蓄積コンテンツの提供の 3 機能に分けて、デジタルアーカイブの概念的構造を示したものである。デジタルアーカイブのサービス期間は長く、蓄積されたコンテンツは長生きさせなければならない。すなわち、長い期間の間に収集されるコンテンツの形態も変われば、利用者の環境も変化する一方、収集したコンテンツの再収集は原則不可能であるという点に注意しなければならない。 $ \text { キュレータ・アーキビスト } $ ・ライブラリアン 組織化・蓄積 維持管理・保存 長期間 図1 デジタルアーカイブのフレームワーク 90 年代のデジタルアーカイブ開発では、アーカイブコンテンツ収集のための資料のデジタル化が大きな話題であった。現在でもこれは重要な話題であるが、 より高度なデジタル化、より低コストかつ高品位なデジタル化に関心は移っていると思われる。その一方、 もともとデジタル形式で作られた資料の多様化と爆発的な量の増加に伴い、それらの収集も課題となってきている。 提供機能には、アーカイブへの検索とアクセス、 ユーザインタフェースや API (Application Programming Interface)といった機能が含まれる。たとえば、仮想現実技術等を使って作られる高品位なコンテンツブラウジングや、複数のデジタルアーカイブをまたいでコンテンツにアクセスし、そこから得たイメージを組み合わせて表示する、といったことを可能とする画像共有のための標準規格である IIIF (International Image Interoperability Framework) ${ }^{[2]}$ といった話題がある。魅力的なコンテンツの見せ方を可能にすることはデジタルアーカイブの利活用性の向上にとって非常に重要である。その一方、長期間のサービスの中では、情報技術と利用環境の進化に合わせて変化していくことを前提としなければならない機能でもある。 最後に、コンテンツを組織化・蓄積・保存する機能は、利用者からは見えにくく、地味であるが、アーカイブの核となる部分である。以下では、この機能の視点を中心に述べる。 ## 2.2 アーカイブ対象の多様性と資料組織化 スポーツ関係のアーカイブ機関は、トロフィーやメダル、ユニホーム、スポーツ用具、ポスターといった現物資料、競技や大会等の写真やビデオ、記事等の記録資料、そしてオリンピックの招致過程の記録文書等まで、様々な種類の資料を所蔵している。こうした多様な資料を組織化してアーカイブすることが大変な作業であることは明らかである。その一方、分類や目録等、スポーツに特化した資料組織化のための標準化は進んでいるとは言えず、アーカイブ機関毎の努力によってなされてきているのが現状であろう。 デジタルアーカイブの実現過程では、アーカイブ機関の所蔵物から作成したデジタル化資料に加え、デジタルカメラで撮った写真や動画、文書等、もともとデジタル形式で作られたボーンデジタル資料を収集し、保存と提供を考慮しながらアーカイブコンテンツ化を進めることになる。一概にボーンデジタル資料と言つても、デジタル写真やビデオ、電子文書等のアーカイブに関する知見は蓄積されてきているのに対し、ゲー ムをはじめとするソフトウェア、研究過程で作られるデータベース等のアーカイブコンテンツ化には十分な知見が蓄積されているとは言えない。たとえば、高度なグラフィクス技術を用いて表示することを前提に作られた計測データの場合、データ部分(計測データそのものとそのメタデータ) だけをアーカイブするのか、 ユーザインタフェースや視覚化といった機能要素も含めてアーカイブするのか、といった点に留意する必要がある。スポーツ・デジタルアーカイブの場合、スポーツ分野での先端情報技術利用の高度化がますます進んでいくことを視野に入れて、アーカイブとそのコンテンツの維持管理方法も含めてデジタルアーカイブを作り上げていく必要がある。 ## 2.3 モノとコトのアーカイブ 文化財のデジタルアーカイブ開発は、書物や絵画等の有形物をデジタル化し、収集・組織化することから進んだ。他方、芸能や祭り、工芸技術等の無形文化財 のデジタルアーカイブ化も進められてきた。無形文化財のデジタルアーカイブでは、道具等の有形物に加え、伝えられた技の実演をデジタル形式で記録映像化することや、人の動きを取り达む計測技術を用いて実演をデジタルデータ化することで、アーカイブ化が進められてきた。こうした例から考えると、スポーツ・デジタルアーカイブは無形文化財のデジタルアーカイブに似た性質を持つことになると思われる。すなわち、スポーツに関わる道具や記念品等の有形物(モノ)と身体動作や試合等の無形物(コト)の両方を対象とするデジタルアーカイブである。さらに、競技が残した感動や大会運営がコミュニティに与えた影響等のコミュニテイが持つ記憶も、何らかの方法で表現し、記録することでアーカイブ対象とすることができる。 スポーツにおけるコトは、記録映像や競技データとしてアーカイブ可能な形にされる。それらには、紙に書かれた古い記録データやアナログ映像から作成したデジタルデータと、デジタル映像や Excel 等のツールを使って作られた表等のボーンデジタルデータがある。ボーンデジタルデータには、画像や Excel 等の単一ファイルから、それなりに複雑な構造を持つデー夕ベースや Web サイトまである。 デジタルデータの場合、表データと画像データをリンク付けたり、複数のカメラやセンサーから得られたデータを組み合わせたりすることでひとまとまりの記録データとして編集することができる。また、デジタルデータ上ではいろいろな加工が可能であるため、作成されたデータをいろい万な方法で人間の五感で認識できる形式で提供することもできる。データの多様な見せ方、使い方が可能になるというデジタルデータの特性は、デジタル空間でいろいろなモノとコトをつなぎ合わせることによって新たな発見に結び付くコンテンツを提供できる可能性を、デジタルアーカイブが持つことを意味している。 ## 2.4 メタデータ 本調査研究事業 ${ }^{[1]}$ の「スポーツ・デジタルアーカイブ構築に向けた基本的な考え方」に示されたデータモデルを基礎に、メタデータの記述対象を図 2 に示す。 デジタルアーカイブのメタデータの第一義的な記述対象は、アーカイブされた現物資料や記録資料ということになるが、競技や競技団体、大会等の種々の実体もメタデータ記述の中で必要とされる。メタデータの開発には、アーカイブされた資料に関するメタデータ標準に加えて、競技や大会等の関連実体のための標準化された表記方法や統制語彙が準備されることが望まし 図2メタデータの記述対象となる実体 い。しかしながら、現状では、これらは未整備である。 デジタルアーカイブはインターネット環境での利用を前提とするため、デジタルコンテンツ間のつながりを表現し、コンテンツとともに利用者に提供することが望まれる。技術的には、WWWコンソーシアムが進める Linked Data(あるいは Linked Open Data)において標準化されたメタデータ表現とその関連技術を用いることになる。リンク付けには、競技や競技大会、 そしてそれらの分類や変更履歷をネット上で利用できる実体(リソースと呼ぶ)として表現し、提供することが求められる。こうしたリソースの作成をできるたけ自動化し、リンク付けを効率的に行うことは重要な課題である。しかしながら、現状では、高度に意味的な内容に基づくリンク付けを可能にするための対象の選定とその意味内容の表現等、色々な面においてスポーツ分野の専門知識を持つ専門家に頼らざるを得ないと思われる。 ## 2.5 データのアーカイブ スポーツで用いられる計測と記録のメディアのデジタル化が進むことで、デジタル形式の記録データが大量に作り出されるようになった。それを分析してトレーニングに利用することもあれば、将来に向けた記録として残すことが可能になる。また、データの視覚化技術を使って、多くの人により分かりやすく伝えるといったことも可能である。一般に記録データの再取得は不可能であり、元のデータを利用可能な状態で残していくことの重要性は大である。他方、アーカイブの際に、記録データの解䣋のために必要な情報が残されないこともある。記録データの正確な解釈や加工の自由度の高さを保つため、データの意味定義や構造定義を書いたメタデータを、データ本体と一緒に残すことを忘れてはならない。 ## 3. デジタルアーカイブを役割の視点で考える 3.1 スポーツの科学を支える基盤 現在、研究データやデータアーカイブということば をよく耳にする。こうした潮流はスポーツ領域においても同様であると思われる。スポーツ領域で作り出されるデータには、商業利用のもの、個人情報を多く含むものもあるが、適切な権利管理とオープンデータ化の両方を考えながら、他のいろいろなコンテンツと結び付けてアーカイブの利活用を進めるための基盤を作ることは重要な課題である。特に、広い裙野を持つスポーツ・デジタルアーカイブにとって、オープンなサイエンスを支えることは重要な役割の一つである。 競技そのものがデジタル空間で行われる e スポーツはこれまでのスポーツの概念とはかなり異なるものに思える。選手の表情や機器操作等の生身の人間や物理的な物体に直接かかわる部分を除けば、原理的には、全ての記録はデジタルデータとしてシステムから直接取得できることになる。これは、従来の物理空間で行われるスポーツのデータ取得とはかなり異なった性質を持つと考えられる。そして、収集した記録デー夕を利用可能な状態で残すにもいろい万な新しい課題の解決が必要になるであろうと思われる。 ## 3.2 スポーツの文化・歴史を伝える場を支える基盤 言うまでもないことであるが、スポーツ・デジタルアーカイブは、文化としてのスポーツとその歴史を、将来に渡って利用者に伝える役割を持つ。オリンピック、パラリンピックから地域や学校でのスポーツ活動までの広がりの大きさ、そして競技や関連するコミュニティの多様性を考えると、ひとつのアーカイブ機関やデジタルアーカイブですべてをカバーできると考えることは現実的ではない。したがって、アーカイブ機関間だけでなく、スポーツ・アーカイブに関心を持つコミュニティもつなぎ、その上でデジタルアーカイブ間の連携を進めることは重要な課題である。 アーカイブ機関的視点からは、アーカイブの長期利用性とアーカイブ間相互運用性を支える資料の組織化方法とメタデータの標準化はとても重要な課題である。図 2 に示した関連する種々の実体を表現するための語彙は、組織化の要として重要な役割を持ち、専門分野における標準として作られるべきものである。 また、Linked Data 技術や AI 技術の高度利用といった視点からも、統制語彙開発の必要性は高いと思われる。 しかしながら、そうした語彙の標準化のための合意形成、競技名の変更や競技の新設等に対応した語彙の維持管理等のためのコストの高さが、語彙開発の障壁になっていると考えられる。 「所蔵資料目録」といった名前から容易に想像できるように、伝統的にアーカイブ機関が作るメタデータ は所蔵資料毎に作られてきた。既存のデジタルアーカイブでもこのモデルに従い、1 点の写真、あるいは 1 点の文化財毎にメタデータが作られる。一方、デジタルコンテンツを組み合わせたり、異なる見せ方をしたりすることのできるデジタルアーカイブの場合、所蔵資料 1 点という概念自体が曖昧になると考えられる。 そのため、アーカイブされたデジタルコンテンツが表すコト(イベントや事実等)を中心としたアクセスと、 デジタルコンテンツ化されたモ(現物資料や記録資料等)を中心としたアクセスの両方が求められることになると思われ、そうした要求に対応する組織化が求められる。 傷みやすい物理的な物体をデジタル化することで保存性とアクセス性の両面を高め、文化と歴史を将来に伝えるというデジタルアーカイブの基本的役割からも、デジタルアーカイブの長期利用性を保証することは重要な課題である。デジタルアーカイブの長期利用性保証には、アーカイブ機関の収集・所蔵資料のデジタルコンテンツのみならず、それらに関するメタデー 夕の長期利用性を保証する必要がある。たとえば、しばしば変更されることがある競技や競技大会等を表すメタデータの長期維持管理、権利管理情報の維持管理、 そしてボーンデジタルコンテンツの動態保存など、他領域のデジタルアーカイブとも共通する課題は多くある。長期利用 ・長期保存に関する万能薬、特効薬はなく、デジタルコンテンツとアーカイブの維持管理の問題ととらえ、効率的、効果的な維持管理を進めるための知見と技術の蓄積と共有を進めることが必要である。 ## 3.3 スポーツを学ぶ場を支える基盤 スポーツ・デジタルアーカイブが、歴史や文化を含めスポーツを学ぶ場を支える基盤として重要な役割を持つことは疑えない。本調查研究事業では、スポー ツ・デジタルアーカイブを利用した新しいコンテンツ作りのワークショップを開いた。このワークショップでは、数名の大学生と大学院生からなるグループが、 アーカイブされたデジタルコンテンツと Web 上の資料に加えて、アーカイブ機関から提供された現物資料、資料の背景を知る人物からのコメント等を利用しながら新しいコンテンツを作り出した。 こうした取り組みから、デジタルアーカイブを使う過程でどのようなことが行われるのか、参加者はどのようなことを学ぶのかといったことに関する有用な知見を得ることができ、学習・教育の現場に、ワークショップのノウハウを伝え、広く共有することで、デジタルアーカイブの教育・学習に打ける利活用性向上 に役立つと思われる。 こうした活動を進めるには、デジタルアーカイブの利用者コミュニティを作り上げていくことが求められる。デジタルアーカイブ開発とその利用者コミュニティ開発は、ニワトリと卵の関係にあるようにも思われるが、現状では、アーカイブを作りながら、それを学びの場で使うことを進め、コミュニティを広げていくといった方法をとらざるを得ないのであろうと思われる。 ## 4. おわりにー未来に向けて 社会の中でのスポーツ、そして学校教育におけるスポーツといった裾野の広がりの大きさを考えると、 ネット上でスポーツに関するいろいろな資料を蓄積提供するデジタルアーカイブの重要性は容易に理解できる。その一方、本調査研究事業の中で筆者が最初に受けた強い印象は、スポーツに特化したアーカイブ機関が限られ、決して強力なアーカイブ体制は持っていないこと、スポーツに強みを持つ大学であっても研究者の定年退職等による貴重な資料の散逸の可能性が高いことであった。 デジタルアーカイブそのものは 1990 年代に、文化財をデジタル化して、収集、蓄積提供することから始まった。それから 20 年以上がたち、我国ではデジタルアーカイブを結ぶポータルとしてジャパンサー チ[3] の開発が進められ、研究データのアーカイブの取り組みも進められている。スポーツ分野の学際性と先端情報技術の利用を考えると、ジャパンサーチのよ うにオープンで多様な分野をカバーする取り組みに寄与すること、研究データのアーカイブの視点を持つことは重要であろう。 新型コロナウィルスの広がりによって、テレワークや遠隔教育・学習が急速に広まった。こうした活動には、インターネット上で、いつでも、どこからでも利用可能な、信頼性が高く高品質な内容を提供するデジタルアーカイブは重要な役割を持つ。 最後に、我々の社会におけるオンラインデータへの依存性の高まりへの対応、デジタルコンテンツの長期利用性への対応、アーカイブされたモノコトとコミュニティの記憶への結び付けなど、将来に向けて課題すべき課題は多く残されている。 ## 謝辞 本調查研究事業における有識者会議、ワーキンググループの委員他、関係する方々からは、いろいろな立ち位置から、筆者にとっては目を開かされるような扫話を多くうかがった。また、執筆にあたって東京大学情報基盤センターの中村覚先生にはコメントをいただいた。末筆ながら感謝の意を表したい。 ## 註・参考文献 [1] スポーツ庁. スポーツ・デジタルアーカイブ構想調査研究事業, https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop08/ list/detail/1389219.htm (参照 2020-04-20) [2] International Image Interoperability Framework, https://iiif.io/ (accessed 2020-04-20) [3] ジャパンサーチ, https://jpsearch.go.jp/ (参照 2020-04-20)
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# $J$ J } Potentials of Using Sports Digital Archive in University \author{ 成瀬 和弥 \\ NARUSE Kazuya } 筑波大学 体育系 抄録:大学とスポーツをめぐる関係は、教育活動、研究活動、課外活動に大別できる。本稿ではこのうち、体育と課外活動に着目 して、スポーツ・デジタルアーカイブの活用の可能性について考察する。日本のスポーツの普及と発展に、大学は大きく貢献して きた。これからも、教育、研究、社会貢献などの面からスポーツの発展に寄与していくべきである。スポーツ・デジタルアーカイ ブは、スポーツ文化の保存・継承・発展につながる。しかし、現在の大学スポーツでは、活動の記録を保存し継承する仕組みが極 めて脆弱である。スポーツ・デジタルアーカイブの整備が、大学スポーツ関係者のアーカイブの意識を高め、大学スポーツがより 発展することを望んでいる。 Abstract: Relations between universities and sports can be broadly divided into three areas, teaching activities, research activities and extracurricular activities. This paper discusses the possibility of digital archives related to sports in physical education and extracurricular activities. Universities have made a significant contribution to the prevalence and development of sports in Japan. They should continue to contribute to the development of sports in terms of education, research and social contribution. The sports digital archive will lead to the preservation, succession and development of sports culture. However, current college sports do not have mechanisms to record, preserve and inherit their activities. It is hoped that the development of a sports digital archive will raise awareness of archiving among those involved in university sports, and develop university sports further. キーワード : 体育、大学運動部、スポーツ文化 Keywords: physical education, university sport clubs, sport culture # # 1. 大学とスポーツ 本稿の目的は、大学におけるスポーツ・デジタル アーカイブの活用の可能性を考察することである。大学とスポーツをめぐる関係は、主に以下の 3 点に集約 できる。第一に、授業である体育 (一般的に大学体育 とよばれる)の中で行われるスポーツである。大学体育の多くが教養科目として位置づけられ、実技を中心 に大学の施設を使用して実施される。教育活動におけ るスポーツと位置付けることができる。第二に、研究対象としてのスポーツがある。スポーツ科学等を専攻 する学部を要した大学も数多く存在し、人文社会科学 から自然科学に至るまで、様々な方法を用いてスポー ツを対象とした研究が展開されている。これは、研究活動におけるスポーツともいうことができる。第三に、課外活動としてのスポーツである。これは、より専門的で高い競技レベルで活動するものから、学生の余暇 やコミユニケーション等をより重視したものまで幅広 く存在する。 このように、大学とスポーツとをめぐる関係は多様 であり、スポーツ・デジタルアーカイブの活用もそれ ぞれの場面に応じて考えられる。そこで、本稿では、大学体育と課外活動(特に運動部活動)の2 点に着目 して、それぞれで、スポーツ・デジタルアーカイブが どのように活用できるのか、その可能性を探っていき たい。もちろん、スポーツを研究する上でのスポー ツ・デジタルアーカイブの有用性を軽んじているわけ ではない。スポーツ史研究だけでなく、様々な研究分野でスポーツ・デジタルアーカイブは有効に活用され ることが期待される。 ## 2. 大学体育とスポーツ・デジタルアーカイブ 2.1 大学体育の現状 梶田ら(2018)の研究によると、2016年度に体育を開講していた大学は 725 校 $(97.7 \%)$ あった[1]。設置区分でみると、体育を開講していた国立大学は 100\%、公立大学は 97.7\%、私立大学は 97.4\%であり、国公私立を問わず、9割以上の大学が体育を開講していることが明らかとなった ${ }^{[2]}$ 。授業形態別にみると、実技系[3]の授業を開講していた大学は 712 校 (98.2 \%)、講義を開講していた大学は 460 校(63.4\%)で あった。ほとんどの大学が実技系の授業を開講していると同時に、体育の授業として講義も開講している大学も約 6 割存在していた。 1991 年以前は、大学には、教養科目として保健体育が設置されており、実技と講義のそれぞれ 2 単位の計 4 単位が必修として開講されていた。しかし、1991 年の大学設置基準の大綱化により、卒業要件から保健体育が外され、多くの大学で選択科目として開講されるようになったのである $\left.{ }^{4}\right]$ 。梶田ら (2018) の研究によると、全学で体育を必修としている大学は 203 校 (28.0\%)あり、一部の学部学科で必修としている大学は 296 校 (40.8\%)であった[5]。設置区分でみると、国立大学において、体育が全学で必修の大学は $69.1 \%$ 、一部の学部学科で必修の大学は $86.4 \%$ であった。公立大学においては、全学で必修の大学は $47.6 \%$ 、一部の学部学科で必修の大学は $54.8 \%$ であった。私立大学においては、全学で必修の大学は $19.1 \%$ 、一部の学部学 このように、9割以上の大学が実技系を中心とした体育を開講している一方で、全学で体育を必修としている大学は 3 割に満たない状況であることが明らかとなった。つまり、ほとんどの大学で体育が設置されているが、ほぼすべての学生が受講しているのではなく、体育を履修するかは学生の意思に左右されるということができる。 ## 2.2 大学体育におけるスポーツ・デジタルアーカイブ の活用 このような状況のなかで、体育の授業にスポーツ・ デジタルアーカイブはどのように活用できるのであろうか。この点について、大学体育の目的を手がかりに考えてみたい。 例えば、筑波大学は、全学で体育を必修科目として設置しており、「健やかな身体、豊かな心、逞しい精神を育む」ことを理念として、(1)健康・体力およびスポーツ技術に関する基礎的知識や思考力、実践力の養成、(2)豊かな心と社会性 (コミュニケーション力、 リーダーシップ等) の醸成、(3)逞しい精神、高い倫理観の育成、(4)スポーツ文化の知的解釈力 ・鑑賞力の涵養、(5)自立的に自己を成長させ続ける力の涵養、の5 点を教育目標として設置し、授業を展開している。筑波大学の例からわかるように、大学における体育では、健やかな身体を育むことを目指すだけでなく、文化としてのスポーツの奥深さを理解する能力を養うなど、 スポーツを多面的に学ぶことも目標とされている。 スポーツは時代とともに、常に変化する。現在の サッカーと 50 年前のサッカーを比べた場合、 11 人対 11 人で試合を行うという基本的な部分は変わらないが、細かなルール、選手の動きや速さ、フォーメー ションや用具などその違いは歴然にある。スポーツ。 デジタルアーカイブが整備されれば、これまでのサッカーの映像や写真が蓄積され、その経年的変化を容易に確認することができる。この違いは、その時代におけるトレーニング方法や技術論、戦術論、ルール、その国の文化や歴史などあらゆる要因が関与していることが推察できるが、どちらが優れているかではなく、 なぜ、そのようなカタチになったのか、その理由や背景を探ることはスポーツをより深く理解する絶好の機会にもなる。スポーツを勝敗や記録といったある一面だけからみるのではなく、多角的にスポーツをとらえることでスポーツを様々な観点から楽しむことができる。近年、アクティブラーニングなど、学生の主体的な学びを促す授業が求められている。そのような学びの機会に、スポーツ・デジタルアーカイブは有効な資料を提供できる可能性を有しているのである。スポー ツを言葉で説明することは非常に困難であるが、映像や写真を使用すれば一目瞭然である。このようなスポーツの特性からみても、スポーツとデジタルアーカイブは親和性が高い。スポーツ・デジタルアーカイブは学びの機会を深める重要なツールになりうると考えられる。 ## 3. 課外活動としての大学スポーツとスポーツ ・ デジタルアーカイブ \\ 3.1 大学スポーツ改革に向けた取組み 近年、課外活動としての大学スポーツを取り巻く状況は大きく変わりつつある。そもそも日本のスポーツは、明治期において、大学で行われるようになり、そこから日本全国に普及・浸透してきた経緯がある。大学スポーツは、日本のスポーツの発展に大きく寄与してきたが、近年様々な問題が顕在化し、改革にむけた機運が高まりつつあった。そのようななか、2016年度からスポーツ庁は、大学スポーツのあり方を探るために「大学スポーツの振興に関する検討会議」を立ち上げた。 検討会議では、「大学が持つスポーツ人材育成機能、 スポーツ資源(運動部指導者、学生・教員、スポーツ施設等) は、社会に貢献する人材の輩出、経済活性化、地域貢献等の点から大きな潜在力を有して」いる一方で、「日本の大学スポーツを取り巻く環境は、諸外国のような大学スポーツ先進国と比較して、その潜在力を十分に生かしきれるものとはなっておらず、早急に 課題を整理し、対応する必要がある」[7] と指摘し、(1)大学スポーツの潜在力についての大学側の認識の醸成、(2)大学スポーツ振興に係る制度的課題の把握、方策の検討、(3)学生へのスポーツ教育・カリキュラムの充実(スポーツボランティア、障害者スポーツの支援等を含む)、(4)学生アスリートへの学習・キャリア支援の充実、(5)大学スポーツを核とした地域活性化の在り方の 5 点が検討課題とされた。 約 2 年にわたる検討の結果、2017 年 3 月に「大学スポーツの振興に関する検討会議最終とりまとめ」 が提出された。同まとめによると、日本の大学は、「教育研究機関としての知的資源はもとより、高い競技力を持つアスリートや優秀なスポーツ指導者等の貴重な人材が存在する上、多くの大学において体育・スポー ツ施設が整備されており、スポーツを通じて社会を活性化させてきた貴重な機関 $]^{[8]}$ であるとされ、大学スポーツの振興は、大学生のキャンパスライフ全体に大きく寄与するだけでなく、「地域・社会の活性化の起爆剤になりうる」[9]ものと指摘された。そして、大学内のスポーツ分野を統括する部局(アスレチックデパートメント)や大学横断的かつ競技横断的統括組織 (日本版 NCAA)の設置などを検討することが提言されたのである。 ## 3.2 大学運動部におけるスポーツ・デジタルアーカイブ の活用 ## 3.2.1 大学運動部の発展に向けた取組み 課外活動としての大学スポーツは、学生のキャンパスライフを充実させ、その活動で培われた能力や交友関係は、その後の人生に多大な影響を与え得る。課外活動の教育的な効果は極めて高いと考えることができる。大学スポーツは、大学の資源の 1 つであるということもできよう。 検討会議では、大学スポーツの組織や制度に関して、多くの議論がなされてきたが、本稿では、スポーツの側面から大学スポーツについて考えたい。 先述の通り、課外活動としての大学スポーツ、特に運動部は、日本のスポーツの発展に大きく寄与してきた。しかし、大学スポーツの人気は一部の競技を除き、決して高いとはいえない。大学内においても、運動部に関係していない学生や教職員は、部についてほとんど知らないのではないか。大学運動部の制度的な改革も必要ではあるが、まずは、学内の学生、教職員が運動部への理解を深め、自然と応援をしたくなるような部のあり方が求められる。 これまでの大学スポーツは、大学があまり関与する ことなく、学生や $\mathrm{OB}$ 会等が中心となって自主的・自立的に運営されてきた。運動部は、「課程外」活動であるため、部の独立性が強い傾向がある。そもそも課外活動の根幹をなす理念は自主性であり、部への加入は、自らの意志で決断するものである。そして、大学の協力を得ながら、学生が主体的に活動していくものであろう。そのため、プロクラブと違い、ファンの獲得など意識することはない。たた、運動部という活動の理解者を増やすということは、大学スポーツを支える大きな要素であると考えられる。近年、SNS 等のソーシャルメディアの発展にともなって、ホームぺー ジ等を作成し、フェイスブックやッイッターなどで積極的に情報を発信している運動部も存在している。また、地域の子どもたちを集めてスポーツ教室を開催するなどの活動もみられる ${ }^{[10]}$ 。スポーツ・デジタルアーカイブを活用して情報を取得し、部の歴史や活動を紹介するなどして、応援してくれる人を増やしていくような取り組みも今後、必要なのではないだろうか。 ## 3.2.2 活動記録の保存と継承 検討会議では、大学スポーツの組織体制のあり方が課題の一つとして挙げられた。例えば、大学の組織には位置付けられていないため、責任の所在が不明確であり、事故や事件が起きた際に迅速な対応ができない場合があることや不適切な会計等が発生するリスクが指摘されている[11]。そして、これらの問題に加えて、部の記録が継承されづらいという点も指摘できる。いうまでもなく、大学入ポーツは、組織のメンバーが流動的である。毎年、新たなメンバーが加入すると同時に、一定数が卒業をむか穴、多くが 4 年間しか在籍しない。そのため、長期的に継続して部の運営に関与する人物がいたり、引き継ぎが綿密に行われたりしない限り、その部の活動記録は散逸される可能性が非常に高い。場合によっては、年度ごとに関係資料は破棄されることもありうる。そもそもある程度の機能を備えた部室を保有していない部も存在するのであり、その結果、顕著な成績をおさめた年度のトロフィーや賞状たけが残されるといった状況になりうる。さらに、トロフィー等の管理が行き届かず消失するというリスクもある。 大学スポーツは日本のスポーツの礎を築いてきたわけであり、大学スポーツが保有する様々な活動の記録は資料的価値が高い。しかしそもそも、どこに何の資料があるのか、その所在情報が不明な場合が極めて多いのである。 スポーツは結果がすべてといわれることもあるが、 その結果に至るまでの過程は必ず存在し、その過程は、競技パフォーマンスを研究するための資料となるだけでなく、日本のスポーツ文化を解き明かす上でも、非常に有用な資料になり得ると考えられる。しかし、これは大学スポーツに限ったことではないが、スポーツの日々の活動の記録は、ほとんど残されていない。例えば、いつ、どこで、どのようにトレーニングを行なってきたのか、年間計画等も含めて、公開されている資料はほとんどないのが現状である。 $ \text { このような状況の中で、スポーツ・デジタルアーカ } $ イブは、課外活動としての大学スポーツの活動記録のあり方を改善するきっかけになり得るのではないか。公開するか否かは別にして、日々の活動の記録をデジタル化し、保存していくという作業は、組織を運営する上でも欠かせない。 自分たちの活動が、日本のスポーツ文化を形成する一端を担っている自覚を持ち、日常的な活動であってもしっかりと記録を保存していくという意識を持つことが大切である。スポーツ・デジタルアーカイブが整備されることによって、記録を保存し継承するという意識が再認識される契機となることが期待される。 ## 4. まとめ 日本のスポーツの普及と発展に、大学は大きく貢献してきた。これからも、教育、研究、社会貢献など様々な面からスポーツの発展に寄与していくべきである。 しかし、本稿で取り上げたように、大学スポーツは様々な問題を抱え、本来発揮できるはずの力を十分に出し切れていないとも推察できる。近年の大学スポー ツ改革によって、大学スポーツという資源が、学内のみならず地域にも広く還元されることが期待される。 スポーツ・デジタルアーカイブは、スポーツ文化の保存・継承・発展につながる。そのためには、まずは様々な資料を蓄積し、データを充実させることが必要である。現在の日本のスポーツ界は、活動の記録を保存し、継承する仕組みが極めて脆弱である。スポー ツ・デジタルアーカイブの活用によって、大学スポー ツ、ひいては日本のスポーツが大いに発展することを望んでいる。 ## 註・参考文献 [1] 梶田和宏, 木内敦詞, 長谷川悦示, 朴京眞, 川戸湧也, 中川昭. わが国の大学における教養体育の開講状況に関する悉皆調查研究. 体育学研究63卷 2 号. 日本体育学会. 2018年12月. pp885-902 [2] 前揭書 1 な扒、平成29年 3 月に文部科学省が公表した「大学スポーツの振興に関する検討会議最終とりまとめ」によると、保健体育の内容を取り入れた授業を開講している大学は、国立大学は 82 大学 $(100 \%)$ 、公立大学は78大学 $(98.7 \%$ )、私立大学は550大学 (95.3\%) であるとされている。 [3] 梶田らは「実技系」とは、実技、実習、演習をまとめた実技を中心とした体育授業のこととしている。 [4] 清水一彦. 大学設置基準の大綱化と大学の変貌. 規制緩和と大学の将来. 日本教育行政学会. 1994年10月. pp25-37 [5] 前揭書 1 [6] 「大学スポーツの振興に関する検討会議最終とりまとめ」 によると、保健体育の内容を取り入れた授業を必修としている国立大学は $95.1 \%$ 、公立大学は $59.5 \%$ 、私立大学は 49.0\%であるされている。 [7] 文部科学省. 大学スポーツの振興に関する検討会議について. 平成28年4月26日. https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/005_index/ shiryo/_icsFiles/afieldfile/2016/05/23/1370914_01.pdf (参照 2020-04-03) [8] 文部科学省. 大学スポーツの振興に関する検討会議最終取りまとめ〜大学のスポーツの価值の向上に向けて〜.平成 29年 3 月. https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/005_index/ shiryo/_icsFiles/afieldfile/2017/03/28/1383439_2.pdf p3. (参照 2020-04-03) [9] 前揭書 8 p2. [10] 例えば、早稲田大学は、「Hello!WASEDA “プレイボールプロジェクト”あそび場大開放! 〜現役野球選手と野球あそびで楽しもう〜」というプログラムを開催しており、野球部が協力している。 https://www.waseda.jp/top/news/67722 (参照 2020-04-03) [11] 前掲書 8 p18.
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# スポーツ・デジタルアーカイブと スポーツ教育の未来 Sport Digital Archives and the Future of Education through Sport 來田享子 RAITA Kyoko 中京大学 大学院体育学研究科 } \begin{abstract} 抄録:近年、スポーツ・デジタルアーカイブ(SDA)への注目が高まっている。本稿では、SDAの意義とスポーツを通じた教育に 与える可能性について検討する。スポーツに関わる歴史的文化的資料のデジタルアーカイブ化の重要性は、これまであまり認識さ れてこなかった。一方、人間の身体やパフォーマンスに関わる多角的な記録やデータも、SDAのコンテンツに含めることができる。 SDA を効果的に活用することによって、スポーツを通じた教育には、異なる時代や社会における歴史的身体経験を追体験し、共有 し、継承するという新しい挑戦が可能になるかもしれない。 Abstract: Recent years have seen growing interest in sports digital archives (SDA). This paper examines the significance of SDA and their potential for education through sport. The importance of digital archiving of historical and cultural materials related to sport has not been well understood. Multidimensional records and data related to human body and performance can also be included in the SDA content. Effective SDA use may provide a new challenge for education through sport to relive, share and pass on historical physical experiences from different eras and societies. \end{abstract} キーワード:スポーツ・デジタルアーカイブ、スポーツを通じた教育、歴史的身体経験、追体験、共有、継承 Keywords: Sport Digital Archives, Education through Sport, Historical physical experiences, reliving, share, Inheritance ## 1. はじめに 「スポーツ・デジタルアーカイブ(以下、SDA)」とは何かということ、さらにはその活用可能性や意義については、十分に検討されてきたわけではない。スポーツ科学分野においても、この語は学術用語として未成熟である。 スポーツ庁は、委託調查研究として、2017 年度から「スポーツ・デジタルアーカイブ構想調査研究事業」 を実施している。この事業には本学会の会員が複数名参画し、SDA とは何か、その意義はどのようなことかに関する議論がなされ、現時点での一定の考え方は示されている ${ }^{[1]}$ そもそも、一回性の高い、動的な身体文化であるスポーツを「デジタル」で「アーカイブ」することの意義は、どのようなことなのだろうか。この問いへの答えは、SDAの定義や可能性の拡大にとって、重要な意味を持つ。さらには、「スポーツ」そのものの定義や社会的価值にも影響を与える可能性がある。したがって、これについては、今後も継続して検討される必要があるだ万う。 このような問題意識を持ちながら、本稿では、SDA の活用がスポーツを通じた教育にどのような可能性を生み出すかについて考えてみたい。 な扮、本稿は、筆者による既発表の論文 ${ }^{[2] をへ ゙ ー ス ~}$ に加筆修正を施したものである。 2. スポーツ・デジタルアーカイブという語の登場 SDA という語の登場には、2つの直接的契機があったと考えられる。ひとつは、スポーツ専門博物館に関する国内外の状況である。もうひとつは、2020 年東京オリンピック・パラリンピック大会の事後処理の一環として、大会の準備から開催までに生成された資料の取り扱いを検討する必要性が生じたことである。 以下ではこの 2 点について、簡単に確認しておきたい。 ## 2.1 秩父宮記念スポーツ博物館・図書館存亡の危機 独立行政法人日本スポーツ振興センターが管轄する 「秩父宮記念スポーツ博物館・図書館」は、唯一の国立に準ずるスポーツ専門博物館である。1959年の開設以来、国内のスポーツに関わる文化的資料を保存し、人々が共有するための展示を行ってきた。 1964 年東京オリンピック大会開催時に、「日本スポーツ史展」が企画され、この時の収集・整理・展示 は、長く同館のコンセプトの柱になってきたと考えられる。この時期の動向や博物館のあり方に関する考え方、課題は、当時運営委員として携わった木下による文献[3] に記録されている。 これ以降、同館の存続に関しては、 2 度の陳情が行われた。一度目は、1978 年の図書館部分の移転計画の立案の影響を懸念したもの[4] であり、二度目は 1983 年の行政改革の影響を懸念したもの[5] であった。 これらを乗り越えて維持されてきた同館は、2020 年東京大会の開催準備に伴う旧国立競技場の建て替えにあたり、三度目の存続の危機に見舞われた。旧国立競技場解体時に倉庫と事務所が臨時的に移動され、当初は、新国立競技場内に設置される予定であった。ところが、競技場の建設計画見直しの影響を受け、一時的には再開の目途が立たない状態となった。現在は、資料画像デー夕の提供サービスや図書館サービスについては再開され、博物館・図書館の再開に向けた議論が進められている $[6]$ 。 この議論の中で登場したのが、秩父宮スポーツ博物館資料のデジタルアーカイブ化の必要性に対する指摘である。どの博物館も抱えている課題であるが、倉庫の物理的限界のために、収集・保管資料を無限に増やすことは不可能である。また、市民との共有機会についても、地理的制約を超えた、新たな方法が模索されている。このような時代的な変化も踏まえ、将来構想計画にも「デジタルアーカイブ化を進める場合」を想定した記述が盛り达まれた。 ## 2.2 東京 2020 の資産をどのように継承するか もうひとつは、2020 年に東京都におけるオリンピック・パラリンピック大会の開催に関連する契機である。IOC は、大会の開催都市および国が大会の記録。記憶をレガシーとして承継し、オリンピック・ムーブメントの持続可能性を担保することを求めている。この要請は、大会後に組織委員会が解散するにあたり、何をどのような形で残し、継承するのかを検討する必要を迫るものである。 組織委員会は、2020 年 1 月 31 日付の「東京 2020 大会アーカイブ資産活用の方向性(案)」[7] を公開している。この文書では、後世に受け継ぐべきレガシーを 「アーカイブ資産」と称し、カテゴリー化を図っている。ただし、この文書では、継承形態のひとつとしてのデジタル化に関しては触れられていない。 一方、「1.はじめに」に触れたスポーツ庁の委託調查研究事業は、スポーッ庁オリンピック・パラリンピック課が担当し、東京 2020 の映像等に係るデジタ ルアーカイブの構築に向けて開始されたものである。 したがって、最終的には組織委員会における方向性案とも融合させながら進められると考えられる。 比較的潤沢な財源がある中で、オリンピック関連の文化的資料をデジタル化している拠点のひとつには、 IOCが運営する “The Olympic Museum (以下、TOM)” がある。TOMにおいては、 120 年を超える歴史を持つオリンピックに関連する写真・動画のデジタル化や資料画像は蓄積されている。ただし「何を」「どのように」デジタル化するか、それらのデジタルアーカイブをどのように可視化するかについては、斬新な試みはなされているとはいえない状況にある。 ちなみに、1964 年東京大会時には、上述のような IOCの方針や動向は存在しなかった。幸いなことに、多くの資料が上述の秩父宮記念スポーツ博物館に保存されているが、デジタルアーカイブ化とその利活用は途上にある。そうした中で作成された「東京五輪ア一カイブ 1964 2020」[8] は、スポーツ・デジタルアーカイブの可視化に関する画期的な試みといえる。この試みにおいては、朝日新聞社が所蔵する 1964 年東京大会当時の写真を「3 次元地形や建物モデルに重ねることで、この半世紀の日本人の暮らしゃ東京の町並みの変遷を今に伝え」[9] ることがめざされている。 以上のような 2 つの契機によって、新たに関連分野で用いられるようになったのが、SDA という語である。 それでは、スポーツの文化的資料を継承する意義については、どのように考えればよいのだろうか。 ## 3. スポーツの文化的資料を継承する意義 スポーツは、身体を通して形成されてきた文化(身体文化)である。広い意味では、ダンスやラジオ体操なども含まれる。オリンピックでは、一定のルールの下で勝敗を決する競技的なスポーツが実施される。このようなスポーツは、極度に制度化された身体文化だといえる。制度が厳格であればあるほど、不変性が高いと考えられがちである。「公平・公正に競う」という価値は、世界のあらゆる人々に共有されていると考えがちである。しかし、初期のオリンピック大会には、 そうとはいえなかったことを示す興味深い事例がある。 1904 年のセントルイス大会における一例を示そう。この大会では「人類学の日」と名づけられた競技が実施された。「西欧人からも『文明化』した非西欧人からも『未開の』他者として分類された人々だけによる『人種間』運動競技」と評され[10]、人類学およびスポーツ史研究上、人種差別的発想が背景にあった競技とされている。一方で、この競技に関する検討 $[11]$ では、「運営側 は参加者をうまく扱い、彼らの多くにベストを尽くすことが望まれていることを理解させることはできなかった。‥ (中略) 真面目に取り組むことはなかった。他のスポーツに対しては、彼らは何故、また何を目的として行われているのかを理解できなかった。そこで、彼らのパフォーマンスの結果はひどいものになったと考えられる (下線は筆者)」と指摘されている。この事例は、制度を支える価値観が共有されていなければ、競技などそもそも成立しないのだという、忘れられがちな前提を示してくれる。 長い時間軸で見れば、どのような競技スポーツもルール、用具、実施環境を変化させてきた。人間が何をおもしろいと感じ、何が公平・公正で、何が勝敗を決すると考えるかに即して、それらの変化は生じている。現在、私たちが目にしているスポーツは、人々の価値観や科学技術が変化していく社会との相互関係の中で、無数の改変が加えられてきたものである。スポーツが社会の影響を受けて変化するだけではない。 スポーツの影響が人間の身体を通じて社会に及び、変容を促すこともある。さらには、それを実践する人と人との対話関係によって、無数のエピソードやストー リーが生み出されている。 したがって、身体の限界に挑むパフォーマンスの場としてオリンピック大会を捉えることに加え、スポーツが醇成された社会を映す鏡のひとつとして捉えることも可能なのではないか。前章で参照した「東京五輪アー カイブ 1964〜2020」は、この文脈での理解に合致する。制度化されたスポーツには、特有の性格がある。そのひとつは、言語や文化的な差異を超えた実践を可能にするということである。先に述べた制度化、すなわちルールや環境が統一されることにより、様々な社会的背景や個性を持つ人々が「同じ目的をめざして、一定の動作を試みる」ことができる。その中で「人間は同じであり、かつ異なっている」ことが可視化される。近年、こうしたスポーツ特有の性格は、多様な人々が共生することをめざす中で生じる社会的課題の解決にも利用可能である、と認識されるようになっている。 スポーツ政策の射程は、メダル獲得や健康を超えて広がっている。 スポーツという身体文化が持つ意味、オリンピックの意味に対する、このような理解の変化は、スポーツの歴史や現在に対する新しい関心をもたらしている。 それは、スポーツの歴史や現在を多角的な価値で捉え、「時空間を超えた全体像」として共有する、という関心である。スポーツは、誰もが等しく有している身体とそれを取り巻く多様な社会のあり方との関わりを照 らす可能性がある。そうだとすれば、その過去の全体像は、社会の未来を展望するための社会的資源になり得るのではないか。 ## 4. スポーツを通じた教育におけるSDAの可能性 4.1 スポーツミュージアムが産み出す教育的可能性 2 章で触れたとおり、国内では唯一のスポーツ専門博物館が一時的にせよ、存続の危機に見舞われた。これは、スポーツの文化的資料がこの国であまり重視されてこなかったことの查証であるともいえる。 国内の関連スポーツ博物館を丹念にあたった研究資料には、中房らによる論稿がある ${ }^{[12]}$ 。一方で、教育の場として、スポーツミュージアムを活用することを検討した研究は、多いとはいえず[13]、検討すべき課題となっている。 一般に、ミュージアムの展示では、並べられた資料の前を歩き、それを眺める。それだけでは資料が発する情報はつかみづらい。資料に添付されたキャプションは、見る者の関心を惹きつけるきっかけになるとされている。しかし、実際にミュージアムの運営を経験すると、キャプションを丁寧に読むという行動を喚起するのは、容易ではない。スポーツの文化資料における典型的な例は、オリンピックのメダルである。メダルは、スポーツ系の展示において来館者が最も惹きつけられる資料のひとつである。これが展示物に含まれていれば、来館者数は増加する。しかし、そのメダルがオリンピックの意味やそれが獲得された場面、時代、社会、人生と結びついた記憶の情報として受け取られることは少ない。 スポーツ系のミュージアムに限らず、多くのミュー ジアムがこの問題に直面していると考えられる。それは、ミュージアムの教育的機能の理解を促進することをめざす研究やミュージアムの価値の創造をめざす研究など、多くの先行研究が指摘するところである。 近年、課題解決のひとつの方法として取り組まれているのは、ミュージアムの機能を支えるアプリケー ションの開発である。アプリケーションの活用は、一定の効果をもたらしていると考えられる。この鍵となっているのは、自分のスマートフォンを用いるという来館者の自発的行動が介在していることである。 このように、「見る」だけではない身体的経験を通す方法により課題解決がめざされている一方で、特定の様式を持つ身体経験であるスポーツをコンテンツとして活かす議論はほとんどなされていない。 現段階でよく見られるのは、選手のパフォーマンスを擬似的に経験したり、来館者のパフォーマンスと比較 する装置を設置したミュージアムである。これらは国内外に存在し、札幌オリンピック・ミュージアムや日本才リンピックミュージアムでの例をみても、来館者からの人気が高い。選手の身体経験に関するデータを来館者の身体経験に同化させ、現在進行系で追体験する仕組みは、スポーツの理解に資するコンテンツだといえる。 では、スポーツに関する過去の資料を展示する空間には、どのような魅力があるのだ万うか。どの資料にも、オリンピックという場を経験した選手や観客や関係者たちの身体経験が内包されている。それら過去の人々の身体経験を想起させ、自らを同化させることができるような仕組みがあれば、オリンピックの記録は、鮮明な記憶として継承されることになるであろう。 ## 4.2 SDA を活用し過去の資料と見る者の身体経験をつなぐ 筆者等は、中京大学スポーツミュージアム (CUSM) において、SDAを活用して資料と身体経験をつなぐ教育実践を試みた ${ }^{[14]}$ 。この教育実践は、オリンピックおよびオリンピズムを学習する教育活動に参加した 22 名の中学生・高校生を対象に 2019 年 12 月に行ったものである。生徒たちの学習のねらいは、主として (1)協働性の体験、(2)自分の考えを他者に伝え、情報を共有する、(3) 1980 年モスクワ大会の時代と社会を理解する、とした。 生徒たちは3つのグループに分かれ、「ミュージアムのシンボル展示である 1980 年モスクワ大会の金义ダルが消失した」という出来事からはじまり、これを発見するまではミュージアムを脱出することができない、というストーリーに没入した(図1)。 このストーリーの中で生徒たちは、メダルを発見するために謎解きに挑戦した。この謎解きでは、展示資料の注意深い観察とSDA の活用がなければ正解は得られず、3つのグループが得た正解すべてを組み合わせることによって、最終的にメダルを発見することができる設定とした。 周知のとおり、1980 年モスクワ大会は、ソ連のア 図1謎解きに取り組む生徒たち フガニスタン侵攻を批判したアメリカ、日本などの西側諸国が集団でボイコットした大会である。そのため、国内ではモスクワ大会のメダルは通常は目にすることができない。輝くオリンピックの背後には、時代の影も映し出されることを象徴する資料のひとつである。 この教育実践では「あるべきはずのメダルの消失」が、当時の選手たちの経験を想起させる要素になり得ると考えた(図2)。 図2 CUSM入口にあるシンボル展示 (1980年モスクワ大会の金メダル) ストーリーのはじまりでは、生徒たちは上記の歴史的経緯の詳細とオリンピックに打けるこの出来事の位置づけをほとんど理解していなかった。メダルを発見した後、当時の記者会見で淚を流す日本代表選手たちの映像や閉会式でミーシャが淚を流すマスゲームの映像を交えた解説を聞くことにより、生徒たちは再度、正確な知識を学習することとした。 企画の全体において意識されたのは、ミュージアムという閉じられた空間で、(1)モスクワ大会のメダルに内包された身体経験と生徒たちの経験を同化させること、 (2)謎を解くという主体的行動によって知識を得ること、 (3)得た知識によって経験を意味づけること、であった。 この教育実践の中で、SDA は(1)当該資料を検索し、画像を拡大することにより、目視では確認することができない資料上の小さな文字を読み取る、(2)展示では通常は見ることができない資料の裏側を観察して情報を得る、などの方法で活用された(図 3)。 教育活動にはこの実践とは別に、オリンピズムを表現する旗を作成する表現活動が含まれていた。過去の同様の表現活動では、旗を作成する際に、生徒たちが合宿中に学んだ印象的な知識を盛り达む傾向がみられた。上記の実践に関しては、「平和」をテーマにした旗を作成したグループが淚を流すミーシヤの絵柄を用いた(図4)。 こうした表現は、モスクワ大会が「オリンピックと 図3CUSMの大型モニターSDA検索画面 図4 オリンピズムを表現した旗に描かれた 1980年モスクワ大会のマスコット「ミーシャ」 平和」を考える記憶として生徒たちに継承された結果を示すものと考えることができるであろう。 ## 5. おわりに スポーツ分野の特性として、パフォーマンスの向上という近未来に対する志向性が強いことがある。この特性のために、スポーツの文化的資料を収集・管理し、次世代に継承する思考そのものが未成熟であるといえるかもしれない。その一方で、その一方で、SDAには、人間の身体やパフォーマンスに関わる多角的な記録をコンテンツとすることによって生まれる可能性や時代と社会の違いを越えた身体経験を継承するツールとしての可能性がある。 SDA を効果的に活用することによって、スポーツを通じた教育には、異なる時代や社会における歴史的身体経験を追体験し、共有し、継承するという新しい挑戦が可能になるかもしれない。それはスポーツを通じた教育の射程および具体的な方法に、変革をもたらすのではないだろうか。 ## 註・参考文献 [1] スポーツ・デジタルアーカイブの利活用に関する調査研究会議、スポーツ・デジタルアーカイブ構築に向けた基本的な考え方. 2018年8月10付公表. https://www.mext.go.jp/prev_sports/ comp/a_menu/sports/micro_detail/_icsFiles/afieldfile/2019/02/ 04/1389219_02.pdf (参照 2020-03-25) [2] 來田享子. 世界を映す鏡としてのオリンピックの記憶を継承する. 計測と制御. 2020, 59(6) [3] 木下秀明. 日本スポーツ史展を終わって. 体育の科学. 1965, 15(1), Page 42-44. [4] 国立競技場秩父宮記念久ポーツ博物館運営委員木下秀明 (日本大学教授) 発参議院議員鳩山威一郎宛陳情書 (1977 (昭和53)年 1 月, 日付け未記入) [5] 東俊郎ら11名発(自筆署名あり)文部大臣瀬戸山三男宛文書(1983(昭和58)年10月26日付) [6]秩父宮記念スポーツ博物館・図書館のホームページには、再開されたサービスに関する案内と「スポーツ博物館将来構想」検討会議による「審議のまとめ」および「将来構想」 が公開されている。 https://www.jpnsport.go.jp/muse/ (参照 2020-03-25) [7] オリンピック・パラリンピック及び和久ビーワールドカップ推進対策特別委員会. 東京2020大会アーカイブ資産活用の方向性(案). 2020 (令和 2 ) 年 1 月 31 日付. https://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/f72b4f1bcf7b 71438149cb572315a8f4_3.pdf (参照 2020-03-25) [8] 首都大学東京渡邊英德研究室 $\times$ 朝日新聞フォトアーカイブ×工学院大学付属高等学校. 東京五輪アーカイブ. http://1964.mapping.jp/ (参照 2020-03-25) [9]東京五輪アーカイブ. 朝日新聞DIGITAL. http://www.asahi.com/special/tokyo1964/ (参照 2020-03-25) [10] 宮武公夫. 人類学とオリンピック: アイ又と1904年セントルイス・オリンピック大会. 北海道大学文学研究科紀要, 2002, 108(7), Page 1-22. http://hdl.handle.net/2115/34033 (参照 2020-03-25) [11] 渋谷努. 異文化としてのオリンピック:第3回セントルイス・オリンピック大会「人類学の日」から. 石堂典秀・大友昌子・木村華織・來田享子編著. 知の饗宴としてのオリンピック. エイデル研究所. 2016, Page 240-241. [12] 中房敏朗・松井良明・石井浩一. 全国スポーツ博物館一覧. スポーツ史研究. 2000, 13, Page 55-73. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjshjb/13/0/13_ KJ00002977364/_pdf/-char/ja (参照 2020-03-25) [13] 科研データベースでは、2003 2004年度基盤(C)「地域における総合的『身体教育』のための『場』の検討」(研究代表者: 久保正秋)、2016 2020年度基盤(A)「身体文化の多様な価値を共有するためのスポーツ・アーカイブズのモデル構築」(研究代表者: 來田享子) などがあるが、博物館一般を教育的に活用する議論に比べ、研究の蓄積は圧倒的に少ないと考えられる。 [14] 石原康平 - 伊東佳那子 - 井面拓也 - 蛭子屋雄一 - 來田享子: 中京大学スポーツミュージアムを活用したオリンピックに関する教育実践の報告. 日本オリンピック委員会日本オリンピックミュージアム主催 JOMクーベルタンフォー ラム2020研究発表. 2020年 1 月26日, 於 Japan Sport Olympic Square 14F 岸清一メモリアルルーム)
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# 秩父宮記念スポーツ博物館と デジルアーカイブ : スボーツ資料の 特性とネットワークに貢献する未来 Prince Chichibu Memorial Sports Museum and Digital Archive: The Characteristics of Sports-related Materials and the Future of Contributing to the Network 新名 佐知子 NIINA Sachiko 秩父宮記念スポーツ博物館 } 抄録:本稿は、スポーツ資料の特性から関連機関とのネットワークの必要性と課題を整理し、秩父宮記念スポーツ博物館の役割を 展望する。スポーツ資料は、膨大な資料を構造的にアーカイブする必要がある。しかし、多くのスポーツ博物館には学芸員などの 専門職員がおらず、収集・保存の基盤が脆弱である。対応策の一つとして、スポーツ庁が検討しているスポーツ資料の共有データ ベースがある。これを活用して共通メタデータから目録整備を図り、スポーツ資料のストーリーを整理することで、スポーツ資料 の新しい意味の生成が期待できる。秩父宮記念スポーツ博物館は、ネットワークの構築にともなったナショナルセンターの役割を 果たすことが急務である。 Abstract: This paper summarizes the needs and challenges of networking with related institutions in terms of the characteristics of sports-related materials, and views the role of the Prince Chichibu Memorial Sports Museum in this area. Huge amount of sports-related material needs to be structurally archived. However, sports museums do not have professional staff, such as curators, and their infrastructure for collection and preservation activities is weak. One countermeasure which the Japan Sports Agency is considering is a shared database of sports materials. By using this to catalogue with common metadata and organize the stories of sports-related materials, we can expect new discoveries from sports-related materials. There is an urgent need for the Prince Chichibu Memorial Sports Museum to play the role of a national center through such a network. キーワード : スポーツ博物館、スポーツ資料、スポーツデジタルアーカイブ、スポーツ資料のネットワーク化 Keywords: sports museum, sports-related materials, sports digital archive, networking of sports-related materials ## 1. はじめに 本稿では、スポーツ資料の特性を踏まえた上で、 ネットワークの必要性と課題を整理し、ナショナルセンターとしての秩父宮記念スポーツ博物館の役割を展望する。 ## 2. スポーツ資料とは何か スポーツ資料は、そこにあるだけではただのモノでしかない。例えば、オリンピックのメダルそのものは、複数のメダリストに授与される量産品にしかすぎず、記念品以上の意味をもたない。スポーツ資料は、多様な文脈(情報)と直結してはじめて意味を持つ。 秩父宮記念スポーツ博物館に、1928 年アムステルダムオリンピックの陸上競技三段跳の優勝者である織田幹雄(1905~1998)の金メダルがある。直径は $55 \mathrm{~mm}$ 、勝利にまつわるギリシャ神話の女神があしら われている。今は、経年により表面は黒く、金色の輝きはない。 しかし、これは、日本選手団が出場 4 度目のオリンピックで初めて獲得した金メダルである ${ }^{[1]}$ 。かつ、陸上競技界、初のメダルでもある。新聞で伝えられた事実に、遠く離れた日本の人々は大喜びし、国威は大きく高揚した。 同時に、金メダルの背後には、織田のプロセスが隠れている。トレーニング法、選択したスパイク、それまでの戦績、さらに海外へ行くのが困難だった時代の渡航方法など、金メダルにまつわるストーリーがいくつもあり、 それらが読み取れる文書資料などが山ほどある ${ }^{[2]}$ 。 これらの文脈があって、金メダルは個人への記念品という存在から、スポーツ史として意味のあるメダルへと変容する。 また、スポーツ資料は単体では成り立たない。メダ ル 1 個を支える澎大な関連資料があって意味が生まれる。例えばメダルは式典で授与される。その式典がどのようなものであったのか。それを明らかにすることによってメダルの物語は豊かになる。 メダル授与式は、大会運営の一環として行われる。 その運営方法は、当時の社会情勢も含め、政治的、文化的な色合いをまとうことがある。 1964 年東京オリンピックでメダルのプレゼンターの脇にいた補助者は、振袖を通して日本の文化を強調した(図1)。 図11964年東京オリンピックのメダル授与式の振袖 マラソンで 1 位となったアべべ・ビキラ(1932〜 1973) [3] の補助者は、織田に次いで三段跳びで金メダリストとなった田島直人 $(1912 \sim 1990)^{\text {[4] の息女が担 }}$当した。日本のスポーツの歴史を後世へつなぐ意図が読み取れる。これらの情報は会議録、式典計画書などの文書資料[5] などを丁寧に調べることから確認できる(図2)。 図21964年東京オリンピックの式典に関する文書資料 さらには、オリンピックのような大規模な競技大会ほど、メダル授与式のようなイベントに関する用品、大会関連グッズ類など、細かな資料が広範囲で膨大に積み重なる。それらを精査してはじめて一つのメダル が意味を持つのである。 ## 3. スポーツ資料とネットワーク スポーツ資料のアーカイブは、上記のように積み重なる資料を構造的に構築する必要がある。しかし、単館では限界がある。 1964 年東京オリンピックの大会資料を群として保有しているのは秩父宮記念スポーツ博物館であるが、 すべてを網羅しているわけではない。当時の大会組織委員会が制作した用品・用具 ${ }^{[6]}$ や運営に関する文書資料は秩父宮記念スポーツ博物館が収蔵している。東京都が作成した文書資料は東京都公文書館、用品・用具は江戸東京博物館などにある。また、競技団体を統括する日本体育協会(現、日本スポーツ協会)や日本オリンピック委員会は、用品・用具や文書資料の他、日本選手団派遣に関わる正装などがある。さらに一般のコレクターはピンバッジや記念硬貨などのグッズ類を収集している。 また、スポーツ資料の学際性の問題も横たわっている。スポーツ資料の間口は広い。 例えば、1964年東京オリンピックは、建築、デザイン、ファッション界など日本の文化芸術を結集した文化イベントでもあり、後世に与える影響も大きかった。亀倉雄策(1915~1997)による東京オリンピック公式ポスターは、グラフイックデザインの世界では今も語り継がれる名作である。建築家の丹下健三(1913~ 2005)による国立代々木競技場は、その芸術性が現在も国内外で高く評価され、建築やデザインなどの研究対象や展示で多く取り上げられている。公式ポスター のアイデアスケッチ、競技施設の建築模型や図面、建築家のメモも貴重な資料となる。 スポーツ資料は、スポーツの側面だけではなく、デザイン史、建築史、産業技術史など、常に学際的なフレームでとらえる必要がある。一つの機関だけで行うのは現実的ではない。 一つのスポーツ資料を成立させ、スポーツ文化を国民に広く拓くためには、これまでのように単独の博物館の特徴や歴史、あるいは収集努力に頼るのではなく、国内の複数の館が協力し、つなぎ合うことが必要である。 ## 4. スポーツネットワーク構築と共有データ ベース スポーツ資料の特性を踏まえた上で、次に、現状を整理し課題を把握したい。 2019 年は、日本オリンピック委員会が運営する日本オリンピックミュージアム (JOM)、早稲田大学スポー ツミュージアム、中京大学スポーツミュージアムなど、 スポーツ博物館の新設が相次いだ。このうち中京大学と JOM には学芸員が配置されており、教育普及に関する方針やプログラムを確立・定着させようとしている。 2020 年東京オリンピック・パラリンピックに伴ったスポーツミュージアムの新しい胎動が確認できる。 一方、スポーツ史学会の調査報告(2000 年~)によると、打打よそ 200 館のスポーツ博物館が国内で確認されている ${ }^{[7]}$ 。国内のスポーツ資料所蔵のポテンシャルは決して小さくはないが、これらの館の多くは、学芸員などの専門職員がおらず、簡単に言えば「どこに何があるか詳細が分からない」状態である。 また、スポーツ資料の収集・保存に関する脆弱性も問題である。2015 年度、秩父宮スポーツ博物館が実施した調査 ${ }^{[8]}$ によると、国内でスポーツ資料を所蔵していると回答した 233 施設のうち、目録の整備が行われていた館は 4 割に過ぎない。目録の基準も統一されておらず、美術館や図書館に倣って各館が独自に行っているのが現状である。 学芸員の専門性や目録など、スポーツ資料の収集・保存の基盤構築の前提が成り立たない状況にある。 これに対する動きとして、スポーツ庁が 2016 年度から「スポーツ・デジタルアーカイブ構想調査研究事業」 を開始し、共有データベースの構築の検討を重ねている。共有データベースは、スポーツ資料を保有する国内の博物館、体育系大学、図書館などが試験的に目録情報と資料のサムネイル画像を提供して構築された。そして、「資料の形状」、競技名、大会 (イベント) 名」、「人名・チーム名」など、関連機関が連携しやすい最低限の共通メタデータが検討されている。 各機関の目録データが共有データベースに蓄積されていけば、時系列や選手名、大会名などによる体系化を図ることは容易になる。スポーツ資料のもつストー リーも共有データベースにより整理しやすくなる。また、大規模な競技大会資料の範囲の問題についても、 どのような種類の大会資料をどの機関が所蔵しているか情報を得ることができる。 本事業が発展することで、スポーツ資料の新しい意味を発見したり、価値を高めたりするなど、横断的な意味生成が可能になるかもしれない。将来的には、国の分野横断統合ポータル「ジャパンサーチ」とつながることによって、スポーツ分野に限らず、新たなユー ザーが新たな知見を見つけられるような学際的な利用を推進する可能性もあるだろう。 ## 5. ネットワークに貢献する結節点としての ナショナルセンター このような状況において、秩父宮記念スポーツ博物館も新しい役割を求められている。2018 年度に行われた将来構想検討会議における議論を紹介したい。 当該博物館は、1964 年東京オリンピックの大会資料など、スポーツの歴史に関わる実物資料、図書資料など、計 18 万件を収蔵する日本で唯一の総合スポー ツ博物館である。しかし、国立競技場の改築にともなって 2014 年度からは仮収蔵庫での資料保管がしばらく続いており、資料散逸の事態を危惧される不安定な状態にあった(図 3)。 図3 秩父宮記念スポーツ博物館仮収蔵庫内 これに対してスポーツ学術研究団体や博物館関係団体は、2018 年 7 月に資料保全と早期開館の要望書をスポーツ庁などへ提出した ${ }^{9]}$ 。これを機に、スポーツ史研究者、国立博物館関係者、スポーツ関連協会役員などをメンバーとした「スポーツ博物館将来構想検討会議」が日本スポーツ振興センターに設置された。委員からは、「過去の国内外のオリンピック関係資料など貴重な資料群を所蔵しており、公的な機関として、 これらの財産を後世に継承する役割を果たしていく責任がある」、「展示や教育普及活動を通じてスポーツの多様な価値を分かりやすく伝えていくことにより、それらが正しく理解されることを期待する」、「スポーツ博物館は日本で唯一の総合スポーツ博物館として、これまで以上に博物館の機能を発揮し、スポーツを巡る課題や様々な社会課題を解決する糸口となることを期待する」などの意見が出された ${ }^{[10]}$ 。 これらの意見を踏まえて、2019年 3 月に「スポー ツ博物館将来構想」が策定された ${ }^{[11]}$ 。 秩父宮記念スポーツ博物館は、「秩父宮記念国立スポーツ博物館」として存続することとなった。基本方針は、ナショナルセンターとしてスポーツ資料を保有 する機関と連携を図り、国全体としてスポーツ関係資料のアーカイブを充実・強化していくとともに、スポーツの多様な価値の発信拠点を目指すこととなった。言い換えれば、日本のスポーツ資料の保存・活用の中核となって、スポーツ資料を保有する関連機関の収集・保存や展示公開などを助言できるような存在として期待されている。これまで単館以上の役割が求められていなかったことを考えれば、その存在意義が国内外のスポーツ資料のネットワークの構築に向かったといえるのではないか。 当面は、率先して、アーカイブを活用、拡充する活動の中核拠点として取り組みを推進していくとともに、 スポーツ資料の意味体系化を図る必要があるだ万う。 ## 6. おわりに 本稿では、まず、オリンピックメダルを例に、スポー ツ資料の特性を確認した。スポーツ資料は、多様な文脈(情報)と直結しており、資料が広範囲で膨大に積み重なっている。それらを精査してはじめて意味のあるメダルへと変容する。 次に、スポーツ資料のアーカイブの必要性を検討した。膨大に積み重なる資料を構造的に構築すること、 また、学際性を踏まえたフレームで資料を捉える必要があるため、単独の博物館では限界があり、複数の館が協力しつなぎ合うことが求められる。 スポーツ資料のアーカイブを巡る現状として、多くの館には学芸員などの専門職員が扮らず、目録も未整備であることから、スポーツ資料の収集・保存の基盤が脆弱と言わざるを得ない状態であることがあげられる。対応策の一つとして、スポーツ庁が検討している、 スポーツ資料の共有データベースがある。これを活用して共通メタデータから各館が目録整備を図ったり、 スポーツ資料のストーリーを整理したりすることで、 スポーツ資料の新しい価値や意味の生成が期待できる。秩父宮記念入ポーツ博物館としては、ネットワークの構築にともなったナショナルセンターとしての機能を明確にし、一定の役割を果たすことが急務であろう。 ## 註・参考文献 [1] 日本初のメダル獲得は、1920年アントワープオリンピック、 テニス男子ダブルスの熊谷一弥・柏尾誠一郎の銀メダルである。 [2]織田の故郷である広島県海田町の「織田幹雄記念館」(2020 年度開館)にはスパイクや家族から寄贈された日記、メモ類など織田にまつわる文書資料が多数収蔵されている。 [3] エチオピア出身のマラソン選手。1960年ローマ及び東京オリンピックで連続優勝を果たした。ローマ大会では裸足で完走したエピソードが良く知られている。 [4] 1936年ベルリンオリンピック、陸上競技三段跳の金メダリスト。織田幹雄と同じ三段跳の選手であることから、田島が旧制中学時代から織田と親交があった。 5]秩父宮記念スポーツ博物館には、1964年東京オリンピック大会組織委員会の会議資料群が収蔵されている。内容は式典のほか、聖火リレー、輸送、放送、選手村などがある。 [6] 用品・用具は、選手村や競技施設模型、入賞メダル、賞状、聖火トーチ、運営を支える職員のユニフォームなどがある。 [7] スポーツ史学会「全国スポーツ博物館一覧」(2000年~)。日本の遊歔に関する博物館も含み、凩揚げなど玩具を所蔵する館も紹介されている。スポーツ博物館の定義づけが不明確であることは、今後の検討を要する。http://sportshistory. sakura.ne.jp/other/museum_j.html (参照 2020-03-31) [8]「国内のスポーツミュージアムの情報収集調査」 2015年度の文化庁「地域の核となる美術館・博物館支援事業」の補助を受けて実施。 調査先は、公益財団法人日本博物館協会会員館、東京都博物館協議会加入館、日本体育図書館協議会加盟館、スポーツ学科を設置する大学、スポーツ史学会「全国スポー ツ博物館一覧」、公益財団法人日本体育協会加盟団体、公益財団法人日本プロスポーツ協会加盟団体、都道府県のスポーツ振興課の情報を参照しながら、スポーツ資料を保有していると推測される504箇所を選定。調查は、郵送及び電子メールにてアンケートを送付し、301機関から回答を得た (回答率 $59.7 \%$ )。 301施設の内、233施設がスポーツ資料を所蔵していることが分かった。収蔵資料の内訳は、国民体育大会に関する資料を収蔵する施設が167件、オリンピック大会に関する資料の収蔵が154件、パラリンピック関連資料の所蔵が79 件であった。 また、資料の形状については、オリンピックは、文書資料 98 件、記録資料74件、実物資料68件、一方パラリンピックは、文書資料 61 件、記録資料 20 件、実物資料 7 件の件数であり、 オリンピックもパラリンピックも文書資料が最も多い結果であった。 https://www.jpnsport.go.jp/muse/annai/tabid/340/Default. aspx (参照 2020-03-31) [9] 日本スポーツ体育健康科学学術連合「秩父宮記念スポーツ博物館・図書館所蔵スポーツ関連資料の保存と有効な活用に関する要望」2018年7月31日, http://jaaspehs.com/important/ $396 /$ (参照 2020-03-31) 全日本博物館学会・日本展示学会・日本ミュージアム・ マネージメント学会「スポーツ関連資料の適切な収集, 保存, 調査研究及び展示公開について (要望書)」2018年 7 月 31 日, https://www.jmma-net.org/?action=common_download_ main\&upload_id=815 (参照 2020-03-31) [10] スポーツ博物館将来構想検討会議「審議のまとめ」2018年 12月25日, https://www.jpnsport.go.jp/muse/tabid/344/Default. aspx (参照 2020-03-31) [11]独立行政法人日本スポーツ振興センター「スポーツ博物館将来構想」2019年3月29日, https://www.jpnsport.go.jp/muse/ tabid/347/Default.aspx (参照 2020-03-31)
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# ふたつの五輪と社会の記憶の アーカイブ ## Archiving the Memory of Two Olympic Games and Societies \author{ 渡邊英徳 \\ WATANAVE Hidenori } 東京大学大学院情報学環 朝日新聞社 \begin{abstract} 抄録:私たちは、社会に“ストック”されている 1964 年大会の資料を“フロー”化するコンテンッ「東京五輪アーカイブ 1964 2020」を制作した。デジタルアースを用いて過去と現在の風景を重ね合わせることによって、ばらばらの粒子のように“ストック” され、固化していたデータが結び付けられ、液体のように一体となって流れる“フロー”となる。この“フロー”をさまざまなデバイスを通して生み出すことにより、資料についてのコミュニケーションが創発し、情報の価値が高まる。その結果として、 56 年前・ 1 年後の五輪が、ひとつの流れのなかに位置付けられ、過去に学び・未来に活かす「継承」の機運を生み出せると、私たちは考えている。 Abstract: We produced the "Tokyo Olympics Archive 1964 2020," which create a "flow" of historical materials of the 1964 Olympic Games those are "stocked" in society. By using digital earth to superimpose the past and present landscapes, data that had been "stocked" and solidified like disparate particles are linked together to form a "flow" that flows as one, like a liquid. The "flow" generated through a variety of devices causes the emergence of lively communication and increases the value of information. As a result, the Olympics 56 years ago and one year later can be combined into a single stream, creating a momentum for "inheritance," where the past can be learned and utilized in the future. \end{abstract} キーワード : 東京五輪、デジタルアーカイブ、デジタルアース、フロー、継承 Keywords: Tokyo Olympic Games, Digital Archives, Digital Earth, Flow, Inheritance ## 1. はじめに まず、東京五輪 2020 年大会に関する「話題」の記憶を振り返ってみたい。 東京が 2020 年大会会場に決定したのち、大会エンブレムのデザイン、新国立競技場の設計案について、 さまざまな問題が噴出し、社会は紛紏した。また、開催年が近づくにつれて、「復興五輪」の謳い文句とは裏腹に、被災地支援を軽視した都市開発が生み出す社会的な歪み、スポーツ界におけるさまざまなスキャンダルなど、ネガティブな報道が喧しかった。 2019 年になり、東京大会の開催前年を迎え、日々、 さまざまな報道がなされていた。例えば、IOCによるトップダウンの意思決定で、マラソンの競技会場が北海道に変更される、というニュースであったり、トライアスロン会場となった、お台場における水質污染のニュースであったりした。他方で、代表を目指す選手たちや、開催を心待ちにする子どもたちにフォーカスした報道も盛んだった。どちらにしても、こうした 「東京五輪」についての報道は、光陰どちらも「未来向き」のもので占められていた。 そして 2020 年、開催予定年に発生した、新型コロナウイルス肺炎の流行によって状況は激変した。パンデミックにより、暫定的に 1 年間延期されたこと、そして、感染症対策との優先順位を巡る国際的な混乱、毀誉襄貶については記憶に新しい。感染症、そして東京大会ともに事態は収束しておらず、本校の執筆時点においても進行中である。こうしたできごとの経過は、将来に向けてアーカイブされ、社会に記憶されていくべきものである。 しかし、パンデミックが収束したのち「未来向き」 の機運が巻き起こり、混乱期の記録の価値と、それに伴う記憶は希薄化していくことが予測される。そして、「新しい」社会と大会、そして選手たちの華々しい活躍によって、過去の記憶は上書きされていくことになるはずだ。 2020 年大会においては、「アクション\&レガシー」 として、スポーツ・健康、文化・教育、復興・オールジャパン・世界への発信、街づくり・持続可能性、経済・テクノロジーの各分野における調和と「継承」の推進が提唱されている[1]。こうした「継承」を実践す るためには、過去のできごとに学び、未来に活かす意識の普遍化が求められる。しかし「未来向き」の機運が満ちた状況において、こうした「継承」が進むとは限らない。 ここで、私たちの社会は、もうひとつの「東京五輪」 を 56 年前に経験していることに留意したい。前述したような現在の社会状況の端緒は、戦争による破局を迎えたのち、高度成長期を経て国際社会に「復帰」した日本社会とオーバーラップする。ここに、56 年前・ 1 年後の五輪を意識のなかで重ね合わせ、過去に学び・未来に活かすための気付きがあるはずだ。その拠り所となる当時の資料は、資料館・デジタルアーカイブなどに“ストック”されている[2]。しかし、そうした「過去の資料」は、現状における「未来向き」の雾囲気のなかでは、人々の注意を惹かない。 ケヴィン・ケリーは、現代の社会においては、“ストック”されたデータそのものに加えて、適切な情報デザインによって“フロー”が生成され、コミユニケー ションが創発することに価値が見いだされる、と主張する[3]。筆者らは、“ストック”された資料を“フロー”化するというコンセプトのもと、さまざまな実践に取り組んできた ${ }^{[4]}[5]$ 。 この手法を、東京五輪に適用してみる。社会において“ストック”されている「1964年大会の資料」を“フロー”化することにより、資料についてのコミュニケーションが創発して情報の価値が高まり、過去に学び・未来に活かす「継承」の機運を生み出すことができるだろう。筆者らはこの理念のもと、「東京五輪アーカイブ1964 2020 (以降「東京五輪アーカイブ」)」 (図1)を制作した。 本稿では、その制作手法について説明する。なお本稿は、既発表の論文 ${ }^{[6]}$ (CC-BY 4.0 で公開)をべースに、加筆修正を施したものである。 ## 2. 「東京五輪アーカイブ 1964~2020」 「東京五輪アーカイブ」では、朝日新聞フォトアー カイブと東京都公文書館のデジタルアーカイブから取得したすべてのデータが、デジタルアースの VR 空間にマッピングされ、一括表示される(図 2)。 このデザインによって、ユーザは資料同士の位置関係と「つながり」を把握することができる。 次いでユーザは、ズームイン・アウト操作によって、 VR 空間に再現された東京を探索しながら、個々の資料にアプローチする(図 $3 、 4$ )。 こうした空間移動・場所移動をともなうユーザ体験は、過去の資料の「コンテクスト」を顕らかにして、 図1「東京五輪アーカイブ 1964 2020」のインターフェイス 図2 VR空間へのマッピングと一括表示 図3 ズームイン・アウト操作による個々の資料へのアプローチ 図4 代々木競技場周辺に点在する資料 個別に存在していた資料同士を結合し、現在の時空間に重ね合わせていく。写真は、VR空間のランドスケー プに正確に重層されている(図 5、6)。 筆者らは、それぞれの写真資料のキャプション・被写体を分析し、大まかな撮影地を割り出した。その後、 図5 推定されたカメラパラメータに基づくランドスケープとの重層 図6 代々木競技場のクローズアップ Google Earth の PhotoOverlay 機能を用いて、緯度経度・ カメラのロール・ティルト・焦点距離の各パラメータを操作しながら、できるかぎり正確な撮影地点・カメラパラメータに近づけていった。最終的に 177 点の写真を、VR空間に配置することができた。 図 6 においては、フレームの外側に現在の東京の、内側には過去の東京の風景が描かれ、視覚的に接続されている。このことにより、ユーザはふたつの時代の風景を単一の視点から眺めることになる。つまり、写真資料が「過去への空」として「現在の風景」のなかに開き、タイムマシンのように機能するのだ。このデザインによって、写真が備える「コンテクスト」が強化され、 56 年前・ 1 年後の東京五輪が、ユーザの意識のなかで「つながって」いく。 ここまでに説明した手法によって、ばらばらの粒子のように“ストック”され、固化していたデータが結び付けられ、液体のように一体となって流れる“フロー”となる。その“フロー”は、スクリーンを通して身の周りの時空間=社会に溶け込み、ユーザとともに未来へ流れていくことになる。図 7 に、没入型ディスプレイ「Liquid Galaxy2」を用いた展示のようすを示す。 EndPoint 社が開発した「Liquid Galaxy」は、円弧状に配置された大型ディスプレイ群にアーカイブを映し出し、強い没入感を伴う対話空間を提供するデバイスである。この展示においては、ストーリーテラーと鑑 図7「Liquid Galaxy」を使った展示 図8 実空間に資料をAR表示するスマートフォンアプリ 賞者の間に、活発な対話が交わされた。この例のように、“フロー”をさまざまなデバイスを通して生み出すことにより、資料についてのコミュニケーションが創発し、情報の価値が高まる。 また、AR(拡張現実)機能を用いて、実空間に資料を重層表示するスマートフォンアプリも開発中である(図8)。 このアプリは、より直截的に、過去の時空間を現在に重ね合わせる体験を提供することになるだろう。 これらのコンテンツによって、 55 年前・ 1 年後の五輪が、ひとつの流れのなかに位置付けられ、過去に学 び・未来に活かす「継承」の機運を生み出すことができるだろう。 ## 3. 1964 年大会の「ストーリー」たち 本章では、1964年大会にまつわる「聖火」「祝祭」「建設」「光陰」の各テーマに沿って、アーカイブのコンテンツについてのストーリーテリングを試みる。 ## 3.1 聖火 1964 年大会の聖火は、アテネで着火されたのち、中東・東南アジアを経由して、同年 9 月に米軍統治下の沖縄に到着した。その後 4 つのルートに分かれ、五輪会場の東京へと向かった。図 9、10の写真は、当時の沖縄で撮影されたものである。 日の丸と五輪旗よりも大きくひるがえる星条旗と、 その下で聖火の到着を待つ、沖縄戦を生き抜いたであ万う女性たちの姿が、現存する奥武山競技場の現在の風景に重なり合う。図 11 には、原爆ドームを背後に、広島平和記念公園を走る聖火ランナーの姿がみえる。 戦後の終わりを象徵する 1964 年大会の聖火と、原爆投下から 75 年を迎えようとする現在の広島の風景がオーバーラップする。 これらのシーンは、ふたつの五輪の間に日本が辿った軌跡と、沖縄の現状、核と平和のあり方について、私たちに問いかけ、対話を誘発する。 図 9 米軍統治下の沖䋲の聖火 図10奥武山競技場の沖縄の女性たち ## 3.2 祝祭 1964 年大会の開会式は、初日の 10 月 10 日に国立競技場で実施された。前日には台風の接近による降雨があったが、当日は、抜けるような青空の秋晴れとなった。閉会式は、大会最終日の 10 月 24 日、同じく国立競技場で行われた。図 12 には、航空自衛隊のアクロバットチーム「ブルーインパルス」によって描かれた五輪マークがみえる。 図 12 においては、高層ビルのほとんどない 55 年前の東京と、大規模な都市開発が進む現在の東京が重なり合う。図13では、竣工後間もなかった国立競技場と、その跡地において完成間近となった新国立競技場のふたつの空間を、当時のイベントを捉えた閉会式の写真がつないでいる。 図11広島平和記念公園の聖火ランナー 図12 東京上空の五輪マーク 図13旧国立競技場の閉会式 こうした祝祭のようすは、商業化された近年の五輪のセレモニーと比べると、ささやかで、実直なものにも感じられる。 これらのシーンは、ふたつの五輪における祝祭のあり方の違いと、商業化された五輪が抱える課題について、私たちに問いかけ、対話を誘発する。 ## 3.3 建設 1964 年大会は、日本の高度経済成長期に開催された。大会実施のための交通網の整備・競技施設の建設が進み、東海道新幹線・首都高速道路をはじめとするインフラ、国立競技場・日本武道館などの施設の建設が進んだ。 図 14 では、日本橋において建設途中の首都高速道路の高架と、高層ビルが立ち並ぶ現在の日本橋の風景が重なり合う。この区間は、2020 年大会後に、約 3200 億円の費用をかけて地下化される予定である。賛否両論のなか、半世紀に渡って存在してきたランドマークが、ふたつの五輪ののち、姿を消すことが再認識される。 図 15 には、代々木競技場を視察する皇太子(明仁上皇)と、設計者の丹下健三の姿が写っている。二人の姿からは、当時の社会における建築家の特権的な地位がイメージされる。また、現在も名建築として高い評価を得ているこの競技場と、市民からの批判が噴出 図14建設中の首都高速道路 図15代々木競技場前の皇太子と丹下健三 し、白紙撤回となったザハ・ハディド案の間にある差異も思い浮かぶ。 図 16 においては、開通直後の名神高速道路を走る祝賀パレードの車列と、東海道新幹線が写り达んでいる。敗戦からの復興を経て、技術が拓く明るい未来を志向した 56 年前の社会状況と、当時、建設されたインフラの老朽化が大きな課題となりつつある現在の状況が、ともにイメージされる。 これらのシーンは、ふたつの五輪の間に訪れた都市環境の変化と、今後の社会のあり方について私たちに問いかけ、対話を誘発する。 ## 3.4 光陰 1964 年大会のさまざまな資料には、戦後復興の象徵・華々しい建設・日本選手たちの活躍といった「光」 の面はもちろん、急激な都市開発にともなう環境破壊・選手たちが被った社会的圧力といった「陰」の面も顕れている。図17〜19にそうした例を示す。読者諸賢におかれてもぜひ、それぞれの資料の問いかけに応じ、独自のストーリーテリングを試みて欲しい。 ## 4. おわりに 私たちは、社会に“ストック”されている 1964 年大会の資料を “フロー”化するコンテンツ「東京五輪アー カイブ 1964~2020」を制作した。本稿で説明した情 図16 名神高速道路開通パレードと新幹線 図17墨田川のゴミの山 図18 マラソン折返し地点のアベベ・ビキラ 図19 マラソン表彰台の円谷幸吉 報デザインによって、ばらばらの粒子のように“ストック”され、固化していたデータが結び付けられ、液体のように一体となって流れる“フロー”となる。 この“フロー”をさまざまなデバイスを通して生み出すことにより、資料についてのコミュニケーションが創発し、情報の価値が高まる。その結果として、56 年前・ 1 年後の五輪が、ひとつの流れのなかに位置付けられ、過去に学び・未来に活かす「継承」の機運を生み出せると、私たちは考えている。 2020 年大会とそれを取り巻く社会状況は、新型コロ ナウイルス肺炎という「疫病」とともに、現在進行系で記録されている。こうした記録は“フロー”化されることによって、社会における集合的記憶となっていくはずである。平和の祭典を巡るさまざまな記録、そこから生み出される明るい記憶・暗い記憶も、あまたの人々の手によってひとしなみに保存され、未来の社会に活かされるアーカイブとなることを願っている。 ## 註 各図版における写真・資料の出典元を以下に示す。 ・朝日新聞フォトアーカイブ:図 5、6、9、11 16、18 - 東京都公文書館:図 3、17 ## 参考文献 [1] 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会. アクション\&レガシー. 2019. https://tokyo2020.org/jp/games/legacy/ (参照 2020-4-13). [2] スポーツ庁. 平成 30 年度スポーツ・デジタルアーカイブ構想調査研究事業報告書. 2019. https://www.mext.go.jp/sports/content/20200110-spt_oripara-300000892_03.pdf (参照 2020-4-13). [3] ケヴィン・ケリー.〈インターネット〉の次に来るもの未来を決める12の法則. NHK出版, 2016. [4] 渡邊英徳.「記憶の解凍」: 資料の “フロー” 化とコミュニケーションの創発による記憶の継承. 立命館平和研究, No. 19, pp.1-12, 2018. [5] Anju Niwata, Hidenori Watanave. "Rebooting memories" : creating "flow" and inheriting memories from colorized photographs. SIGGRAPH ASIA Art Gallery/Art Papers, Article No. 4, Pages 1-12, 2019. https://doi.org/10.1145/3354918.3361904 (参照 2020-4-13). [6] 渡邊英徳.「東京五輪アーカイブ 1964~2020」1964年大会資料の “フロー”化と記憶の継承. 情報の科学と技術, Vol. 71, No. 1, pp.12-16, 2019.
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# [C44]文化継承の場における情報技術の在り方 ○原 翔子 1) 1) 東京大学大学院学際情報学府, 〒 113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 E-mail: [email protected] ## How information technologies Should Be in the Situation of Cultural Succession HARA Shoko1) 1) Graduate School of Interdisciplinary Information Studies, The University of Tokyo, 7-3-1 Bunkyo-ku, Tokyo, 113-0033 Japan ## 【発表概要】 文化継承の場としての博物館は今や観光施設としても機能し始め,その役割は展示や教育にとどまらない。しかし博物館という閉鎖的かつ遮断されて環境下においては,モノからコトが切り離されやすいという問題を抱えている。また,展覧会の記憶は館外へ持ち出されてから時間が経ってしまうと日常生活のなかで想起させるのが難しい場合がある。展示内容には満足していても,混雑などにより満足いく鑑賞経験が得られないこともある. そこで本研究では, これらの問題解決の糸口となるような, 文化継承の場における情報技術の更なる応用可能性や用途の多様性について検討したい. これまでは文化情報を伝える手段として情報技術を捉えてきたが,体験の記憶を再構築させるための情報技術の在り方こそが,文化継承に寄与することは確実だ。中でも特に, これまで展覧会図録が担ってきた役割に対する情報技術の貢献可能性を提唱する. ## 1. はじめに 松下幸之助は「百聞百見は一験にしかず」 という言葉を残した。体験を通して対象への理解を深めたり,その本質を見極めたりすることが可能になる. しかし, いくら衝撃的かつ印象深い体験をしたとしても, 個人の記憶は時間の流れの中で変容し, 断片的になっていってしまう.体験の記憶を想起させる作業は,まるで絶えず形の変わるパズルのピースを組み立てるかのようである。文化継承の場においてその手助けとなるのが,デジタル化をはじめとする情報技術だ。本稿では文化継承の場を博物館(美術館を含む)と仮定する。 そのような場において情報技術は,文化財の情報を鑑賞者に伝えるための「手段」として用いられやすい。「データの増加による記録装置管理のコストや安全性の確保, 色彩管理の難しさなど,デジタルならではの課題も少なくない」が,「博物館の資料情報の検索は, インターネット創成期以来の課題であったが, ようやく制度的,技術的な面で実現の見通しが得られつつある」[1]という。資料情報の検索にとどまらない積極的な利活用が, 体験の記憶を想起し, 再構築させやすくするためには有効だろう。では,具体的にどのような形 で役立たせることができるだろうか. 以下ではまず日本における文化継承の場の現場である博物館や展覧会ついて, 来館者行動を含めて先行研究から情報技術の応用可能性を探る。次に,文化継承の場における情報技術の役割をまとめる。続いて,情報技術の現状における具体的な活用方法とその限界について考える。 そして最後に, 文化継承の場における情報技術の更なる応用可能性や用途の多様性について検討する。 ## 2. 先行研究 ## 2.1 選好される博物館 文化庁は博物館を,「資料収集・保存,調査研究, 展示, 教育普及といった活動を一体的に行う施設」であると同時に「実物資料を通じて人々の学習活動を支援する施設」でもあるとしている[2]. したがって公益性や社会への貢献が重要視される一方で,財政面では自立を余儀なくされているために経営における収入の増加が長らく大きな課題となっていた[3]. 中でも事業収入をいかに増大させることができるかが焦点であり, 入館者を増やすための取り組みとして「広報活動の強化や特別展 - 企画展の積極的開催」や「開館日の増加や会館・閉館時間の柔軟な設定」,「他館 との連携」などの取り組みがなされてきた[3].来館者属性によるミュージアム評価の考察 [4]では,関東にある 8 つの有名美術館・博物館を対象としたアンケート調查に基づく因子分析や来館者グループ別の選好回帰分析の結果, 有名かつ本格的な美術館が非常に強く好まれるということが示された。一般的に好まれる要因として「展示作品が魅力的である」,「イベント企画力が高い」,「ポスター・チラシなどの広告のセンスが良い」,「美術館・博物館の外観・建築が素敵だ」,「職員の接客態度がいい」, 「有名な作品を見ることができる」,「日常では得難い発見や感動体験を得られる」, 「美術館・博物館としての名声や信用が高い」,「館内の表示が整い, わかりやすい」,「展示作品の量が多い」, 「作品の音声ガイド機器が充実している」といった項目があるほか,「話題性の高い大規模な展覧会」であることも挙げられた。来館者属性別にみると, 友人, 恋人, 家族でくるという集団性の高い場合と比べ, 1 人でやってくるときには「快適性」や「低料金」が求められる可能性も示唆された. 「人気のミュ ージアムへの選好が余りにも強く, これらのミュージアムの快適性・料金の評価が低い」 という点にも注意したい。すなわち,人気であればあるほど,快適性が損なわれ得るということだ。また,展示方法の工夫や,デジタルアーカイブを含むオンラインや館外での取り組みについては触れられていなかった。 ## 2. 2 博物館の展示形態 公立歴史博物館の常設展示の類型とその変遷に関する研究[5]では, 全国の公立博物館 (美術館, 科学館, 植物園, 水族館などを含む)の半数以上を占める歴史博物館の常設展示を, 分野展示, 通史展示, 主題展示の組み合わせによって「分野展示型」, 「通史展示型」, 「主題展示型」, 「通史・分野展示型」, 「通史・主題展示型」, 「通史・主題 - 分野展示型」,「主題・分野展示型」の合計 7 つに類型できるとした. そしてこの 7 類型を編年した結果,「1970 年代はじめ頃の専門分野別の展示から, 1970 年代後半以降は通史を取り入れた展示に移り変わってきた」 ことと, 「1980 年代に入っては, 主題展示の手法が取り入れられた」こと, 「近年の歴史博物館の常設展示では, その地域の歴史を通史として展示することに加えて, 通史だけで は十分に表しにくい地域の特徴や歴史事象を掘り下げて展示する主題展示の手法を組み合わせた展示が主流」になってきていたことを明らかにした。 展示会の基本構造を解明した展示会計画に関する研究[6]では, 展示の場において「受け手の強い欲求や希望に応えるために, 送り手が快適な展示状況を用意するという関係」が成り立つとした。そこでは,「ひとの五感や体感による情報伝達手段が一段と重視される」という。ここで重要なのが,「送り手の出展という仕掛けと演出に対して, 交通手段を使って会場に参加した受け手が受け取った情報やサービスによって,どれほどの影響を受け,変化するか」ということであり,この影響や変化が一時的なものでない方が望ましいということは言うまでもないだろう. 展覧会には,館蔵コレクションによる「常設展」と企画性・イベント性の高い「企画展」と市民の自主的な展示参加を図る「一般展」があり, 関東地方の全美術館を調查対象としてその構成と特性を明らかにした研究[7] では, 常設展の実施率の減少傾向と企画展一般展の増加傾向を指摘した。実際, 1991 年のこの研究から現在に至るまで, 森美術館 (2003 年)国立新美術館(2007 年)や三菱一号館美術館(2010 年)など, 常設展のない大型美術館が開館した。常設展示を行わなくなった背景として,空間規模の制約や作品収集の予算問題等でコレクションが十分確保できていないことが挙げられていたが,昨今では所蔵コレクションを常設展ではなく, 多様なテーマに沿って紹介する企画展として展示する美術館も現れている. 企画展では来館者獲得のためのプロモーションが積極的に行われるケースが多く, 送り手と受け手の双方向性も館外から始まるといえる。 ## 2. 3 来館者行動 美術館展示室の建築計画的研究[8]では,「展示室内の鑑賞動線の設定や室内の展示コ一ナー構成の決定,順路のわかりやすさ満足度等の来館者の評価には, 展示室の形態, 規模とともに展示壁面の配置方法が深くかかわっていると考えられる」として, 因子分析と重回帰分析を行った. まず, 利用者の評価構造には「順路のわかりやすさ, 満足度と展示室の特徵, 期待感, ゆとり(ゆっくりと見られる), 展示方法の評価, 作品の評価, 展示 テーマと展示室構成(雾囲気の変化), 作品の数と密度」の 8 つの要因があることが明らかになった。また, 順路のわかりやすい展示室並びに満足度の高い展示室を描写した。 「展示に対する来館者の行動特性を的確に把握する必要性」を背景に行われた博物館の展示・解説が来館者行為に与える影響の調查研究[9]では, 観覧行為の具体的な事例 3 つが挙げられた. 「展示の前で, ほとんど立ち止まらず通過しながらの観覧で,観覧とは言い難い内容の行為パターン」である「通過観覧」と,「ゆっくり歩きながら,また時々少し立ち止まるなどの観覧で, 展示品に近づいたり, 覗き込んだりする観覧行為が時々見られる, 現状では最も多い一般観覧行為パター ン」である「普通観覧」と, 「展示品のみならず,関連解説パネルや解説文などにも目を向け, 一層の理解を求めようとするなど, 積極的な観覧行為パターン」である「入念観覧」だ. 観覧行為パターンによって動線が異なることが示された。また,「入室直後は一般に入念的な観覧行為が多くみられるものの, そのあとはしだいに観覧時間が短くなる傾向」のほかに, 出口付近でも映像展示やボタン操作などによる展示部分では長時間の観覧が確認されたということは重要だ。さらには,解説員による解説も, 全体解説, 途中解説ともに入念観覧を促す効果があると示された。 ## 3. 文化継承における情報技術の役割 手段に体験を伴わせることで,鑑賞者の参加を促すことができる.例えばスマートフォンによる写真撮影が可能な展覧会では,SNS への投稿を通して宣伝と来館者自身の鑑賞経験の振り返りの両方が達成される. 博物館の展示では, 人がどのように感じるのかを想像しながら,人にどのように感じてもらうかを設計していく.このプロセスに現在では VR や AR をはじめとする様々な情報技術が用いられ, 展示物と実際に触孔あったり, 展示物の中に身を投じたりすることができるようになった。その背景には, 現在の博物館ではモノだけを見せているが,それらを通して伝えられるコトが少ないということにある。展示物(=モノ)には,それが経てきた様々な出来事(=コト)が付随している。しかし, 博物館という閉鎖的かつ遮断されて環境下においては,モノからコトが切り離されやすいという問題を抱えている。モノには多種多様なバックデータが伴っており,製作された時代や評価などのデータはもちろんのこと,モノを取り扱う際に特に注意しなければならないことなどは口伝によるデータであり,また, モノの取り扱いに関するデータは伝承されにくい[10],そこで,デジタル技術の本質は 「インタラクティブである点」にあり,さらにはそれが「身体性をともなったもの」であるからこそ,「通常は手を触れることすらできない展示物を手に取ることを可能にする」 と,デジタルミュージアムプロジェクト[11] で主張されている通り,デジタル技術によってモノのみならずコトの収蔵までもが可能になると期待される。 ## 4. 博物館における情報技術活用の現状 ここでは,東京国立博物館(以下,東博) における文化財活用例を紹介する。昨今の博物館では社会定な役割が重要視されており,観光や教育を担う施設としての在り方が問われている中で,東博の教育普及事業では「文化財を通して日本および東洋に伝統文化を体験的に人々に伝え, 理解を深めてもらう」ことと「同時に,それぞれの文化の多様性を尊重する心を伝える」ことを目的としている. これに根差した活動として具体的には「トー ハクなび」,「8K 聖徳太子絵伝」,「屏風体験!(ワークショップ)」,「親と子ギャラリー」が挙げられる。これらでは「展示キャプションだけでなく, 体験的に伝える」ことを目指した展示方法が実践されている。 情報技術を用いて文化財をデジタル化することで,鑑賞者は成功に複製されたレプリカや映像(モノ)と実際に触れあいながら,それに対して文脈の中で向き合い方(コト)を体験することができるようになった。これは文化財のデジタルアーカイブ構築の賜物であるが,一方で,展覧会やワークショップはア一カイブ化されていない。したがって, 展示方法の知見は蓄積されづらい。確かに「本物の前に立ってもらう」ことが博物館の本業ではあるが,期間限定の空間という特別感を両立しながら見せ方のアーカイブの構築も目指 す必要がある. 時間の経過とともに体験の記憶を想起させるのが難しくなっていくことを踏まえると,展覧会がアーカイブされており, さらにはそれに対して容易にアクセスできることが理想だろう。 ## 5. 情報技術のさらなる応用可能性 現在では,情報技術を展示そのものに対して活用させる動きが強まっている,個々の文化財に対して展示方法を工夫することで, 鑑賞者に体験を促す試みが定着しつつある。デジタル化によってアーカイブされた文化財情報は有効に活用されつつある。しかし, 日本の博物館では館ごとにアーカイブのシステムが異なっていたり,そもそも情報を把握しきれていなかったりすることが障害となり,デ一夕統合やデータ利用環境の整備が不十分であるという問題がある.いずれにせよ,ここからわかる通り,アーカイブの対称はあくまで個々の文化財である。しかし鑑賞者にとってさらに求められるアーカイブは, 展覧会や鑑賞体験など多様で,より多岐にわたるのではないだろうか。同じ展覧会を鑑賞していても,個々の鑑賞経験は内容や性質が異なる。 より主体的な体験経験と, それを館外でも反復できるような仕組みがなければ,鑑賞による影響や変化の効果は一時的なものとなってしまいかねない。 そこで,企画展では図録が販売されることに着目したい. 希望者はそれを購入することで,いつでも展覧会を振り返ることができる. これは従来の鑑賞の在り方である。図録を眺めながら鑑賞時のことを思い出すのに似た機会は,情報技術を用いればさらに得やすくなると考えられる. 分厚い図録のデジタル化によって,扱いやすさや手の届きやすさは格段に高まる。デジタル化された非書籍形式の図録との触れ合いを通して,展覧会構成の意図の考察も可能になるだけでなく,混雑によって満足な鑑賞が叶わない展覧会での鑑賞体験を事後的に補うのは確実だ。さらには,複数の展覧会情報をデジタルデータで統合することができれば,個人による検索にとどまらな いアーカイブの活用も促されるだろう. ## 参考文献 [1] 田良島哲. 博物館における画像情報の蓄積と活用. コンピュータ \& エデュケーション, 2018, 44, p.12-16. [2] 文化庁 1. 博物館の概要. https://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan _hakubutsukan/shinko/gaiyo/ (閲覧 2020/2/25). [3] 堀江浩司. ミュージアムにおける価値創造に関する考察. 広島経済大学経済研究論集, 2014, 37.2, p.81-94. [4] 上田理絵;上田隆穂. 来館者属性によるミュージアム評価の考察. 学習院大学経済論文集,2019,56,p.71-104. [5] 増田亜樹; 碓田智子; 谷直樹. 公立歴史博物館の常設展示の類型とその変遷に関する研究. 日本建築学会計画系論文集, 2011 , 76.667, p.1745-1751. [6] 寺澤勉. 展示会の基本構造 : 展示会計画に関する研究 (1). デザイン学研究,1996,43.1, p.79-86. [7] 林采震; 栗原嘉一郎。美術館における展示方式の構成とその特性: 美術館の建築計画に関する研究その 1 . 日本建築学会計画系論文報告集,1991,421,p.63-73. [8] 仙田満; 篠直人; 矢田努; 鈴木裕美. 美術館展示室の建築計画的研究: 展示壁面の配置方法と利用者の評価について. 日本建築学会計画系論文集, $1999 , 64.517$, p.145-149. [9] 野村東太 ; 大原一興 ; 朴光範 ; 小川英彦; 真銅博司; 西宮浩司, 博物館の展示・解説が来館者行為に与える影響:博物館に関す了建築計画的研究 V. 日本建築学会計画系論文報告集, 1993,445, p.73-81. [10] 佐々木利和. 歴史と記録・記憶を後世に伝える一古い博物館員のくりごと。情報の科学と技術, 2016, 66.4, p.166-169. [11] 廣瀬通孝。5. デジタルミュージアムプロジェクト。映像情報メディア学会誌, 2010, 64.6 , p.783-788. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/). 出典を表示することを主な条件とし, 複製, 改変はもちろん, 営利目的での二次利用も許可されています.
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# [C43]誰が何を知っておくべきなのか? デジタルアーカイブにおける技術の共有と知識の継承を考える ○永崎研宣 ${ }^{11}$ 1) 一般財団法人人文情報学研究所 E-mail:[email protected] ## Who Should Know What? Sharing technology and inheriting knowledge Kiyonori Nagasaki1) 1) International Institute for Digital Humanities ## 【発表概要】 デジタルアーカイブは複数の技術の組み合わせによって構築されるソリューションであると同時に、そこにおいて暗黙的にも明示的にも知識を積み上げていくことでユーザのニーズに応えようとしてきた。しかしながら、組み合わせられるべき様々な技術は、必ずしも適切に取捨選択されているとは言えない場合がある。一方、積み上げられた知識は、しばしば暗黙的な要素を含んでおり、作成時の担当者がいなければわからなくなってしまうことが少なくない。この二つの問題は、別個の問題ではありながら、時として相互的に作用することで事態をより深刻化することがある。本発表では、この課題に関して、2020 年の状況にあわせたよりよい状況を目指すための方向性を検討し、発表時点での解決の可能性を提示する。 ## 1. はじめに デジタルアーカイブ(以下、DA)における諸課題の一つとして持続可能性を認めない人を筆者はほとんどみたことがない。これは、関係者の間で共有された重要課題とみなしてよいものの一つだろう。特に、予算の枯渴とともに DA もなくなってしまうという事態はこれまで頻発してきた。DA 学会の取り組みにみられるような政策としての制度化が実現すれば問題の所在が移行する可能性はあるものの、現在の日本では、国立国会図書館等のごく一部の機関をのぞいては専門的人材が担当できるとは限らない状況を想定するしかない。そこでは、担当者の自助努力と外部の専門家との適切な連携を通じて乗り切っていくことが当面は重要であると思われる。本発表では、それをどのようにして遂行し得るかという点について、近年の状況を踏まえつつ検討してみたい。 ## 2. 誰が何を知っておくべきなのか? ## 2. 1 何を? DA と一ロに言ってもその内容は様々である。この議論は論者が持つ DA の理解と利害関係を端的に提示してしまうことになりがちであるため、議論することに難しさを感じるところではあるが、DA を基盤としたより よい社会の発展を目指すのであればなるべく包括的であるほうがよいと思われる。その観点では、デジタルネットワークを前提とした知識情報基盤全般について議論することになるだろう。そのために知るべき事を挙げるなら、それを支える法制度、そこにおいて運用可能な技術、流通する知識自体、そして、それらが渾然一体となって運用されることによって新たに産夕出される様々な事象についての理解、ということになるだろう。 法制度に関しては誰もが知るべきところだ万う。折しも、『権利処理と法の実務』[1]が刊行されたところであり、これを手がかりとしつつ関連する法律に目配りしておくことはどのような立場においても必須である。なお扱う資料の性質やその扱い方によって関連する法律は異なり、実務上は、扱う DA が連携や統合を志向すればするほど対応すべき法律が増えいくことになる点には注意しておきたい。特にジャパンサーチをはじめとする統合的利活用においては手続きを平準化するための整理が重要である。たとえば利用条件に関してはクリエイティブ・コモンズ・ライセンス等の手立てが有用であり、そうした平準化に向けた工夫が今後も様々に開発されていく 必要がある。そして、そのようにして常に変化しつつある状況に対して、自らの業務との関連を考えつつフォローしていくことになる。 DA に関連する技術は、それのみに焦点をあてるなら、非常に幅広い様々な技術を含む上に、個々に栄枯盛衰を続けていくものであり、知るべき対象としては常に更新され続けなければならない。図 1 は、この種の技術の一般的な時間・普及度と、DA 構築のタイミングのずれを示したものである。[2] 図 1. 関連技術普及度の典型的な時間的推移 デジタル化の検討を始めた時点で支配的だったり支配的になりそうだったりした技術が急に廃れたり、その時点では影も形もなかったり特に注目されていなかったりした技術が急速に普及したり、といったことは DA の世界に限らず Web 関連技術においてはしばしば生じる。企画や発注をする立場であっても多少は理解しておく必要があり、実用レベルでそれを習得するとなれば相応の基礎知識を持った人がそれなりの時間をかけることになる。習得開始時点でその技術の寿命を正確に予測することは不可能であり、後から振り返ってみた時に、どちらかと言えばオープンなものの方が残りやすい、ということが言える程度である。たとえば、Web のフロントエンドであれば Javascript を用いたフレームワークが全盛であり、Web で公開できる DA システムなら PHP や Ruby on Rails、Flask 等、ディ ープラーニング技術を活用したければ Python、撮影した画像の保存形式は可逆圧縮の TIFF で公開には JPEG、利便性の高い公開方法を選ぶなら IIIF 準拠でピラミッド TIFF か JPEG 等をㄹといった案配で関連技術が用いられているのをよく見かける。これが 10 年前であれば、かなり異なった組み合わせであり、10 年後もまた大きく異なっていることだ万う。その都度、大きな利便性がもたらされるとともにデメリットも含まれていることがあり、それが状況次第では抜き差しならぬものとなることもあるだろう。それらを踏まえた上で、用いられている技術や利用し得る技術については、深さはともかく、DA にとって何をもたらしてくれるものかということは一通り知っておく必要があるだろう。 また、技術の中にも、ユーザに直接利便性をもたらしてくれるプログラミングや撮影技術のようなことだけでなく、そういった個々の技術を統合的に捉えることでワークフロー の全体を設計・構築したり、ソリューションを提供したりするような技術もある。Web 情報を意味論的に接続する RDF や OWL、デジタルデータの長期保存のモデルを提供する OAIS 参照モデル、システム・ソフトウェアの品質基準を提示する ISO/IEC 25000 SQuaRE シリーズなどはそれにあたるものである。ただし、この種の知識は、それを知っている人同士では大きな効力を発揮するものの、学習コストに比べてメリットがあるかどうかということも意識せざるを得ないだろう。一方、技術は法制度との相互関係のなかで発展していくものでもある。技術の普及が現実を変革し法制度を刷新させることもあれば、法制度の制約が技術を発展させることもある。 DA においてもそのような関係はそこここに見られる。そのような側面の一方で、市場の評価に対応する技術の発展も着々と進んでいく。Web の普及とそれに対応する法制度の改革によって大規模データ収集が可能となり、 それが現在の $\mathrm{AI}$ の主力技術であるディープ ラーニングを後押したように、今後もこの相互関係は重要なものであり続けるだろう。 流通する知識自体、つまり、コンテンツについての知識は、各ステイクホルダーの目的や立場によって必然的に大きく変わってくる。 とはいえ、コンテンツへの造詣が深いほど法制度や技術はより良く活かされるものであり、可能な限り専門知を適切に活用することが期待される。DA においては、資料を機械処理できるようにすることで飛躍的に利活用性を高めることが可能だが、それに際してコンテンツの知識が大きく関わってくる。たとえば、古文書・古典籍であれば、翻刻テキストデー 夕を提供できれば検索やテキストマイニングなど様々な活用が可能になる。さらに、より深いアノテーションを付与しつつ他の DA のコンテンツと横断的に分析できるようにすることで、様々な発見が可能になるだろう。そして、そのためには対象資料についての知識が必要になる。近年はくずし字 OCR やクラウドソーシング翻刻など、DA の構築・運用側が資料を読めなくともそのテキストデータが流通するような技術が広まりつつあり、八 ードルは下がりつつあるものの、そのテキストが正しい、あるいは、少なくとも使用目的に適ったものであることを担保するためには、 やはりどこかの段階で専門知を有する人が確認できるようにする必要があるだろう。 「それらが渾然一体となって運用されることによって新たに産み出される様々な事象」 と上に述べたのは、DA は構築したらそれで完了ということではなく、運用を続けていくなかで様々な利活用が行われていくものであり、その点に着目する必要があることを提示している。たとえば、古文書・古典籍の画像を公開しただけで精一杯だったとしても、自由な再利用が可能な条件で公開していたなら、 どこかで誰かが翻刻してテキストデータを作成してくれるかもしれない。そして、文中の固有名詞が抽出されて包括的なデータベースに取り込まれたり、文字画像がくずし字 OCR の教師用データとして活用されたりするかもしれない。ごく小さな貢献だとしても、その貢献によって何か新しい知見が得られたなら、 それは DA の構築・運用の成果として、自らの価値の高さを提示する証となるだろう。DA 単体であっても、複数連携の場合でも、運用し続けることによって利用者が新たな価値を見出してくれる可能性は常に存在する。それを知り、場合によっては支援・促進することによって価値を発見し、高めることができたなら、それは直接関連する DA だけでなく、 DA 全体にとっても貴重な知識となるだろう。 ## 2. 2 誰が? DA の周辺にはそれぞれの知識についての専門性を有する人材が様々な立場で関わっており、その人々が職責を全うできるようにすることがまずは重要である。とはいえ、技術の専門家とコンテンツの専門家は、決して多くいるというわけではない。上記の知識に対応する専門的人材を一通りそろえることができる組織・事業は極めて少なく、専門でない担当者が上記のような知識をある程度身につけておかねばならない状況も多々見られる。 その場合、決して十分ではない、限られた時間を費やして情報収集や知識の習得をした上で、しばしばまったく潤沢とは言えない予算の許す範囲でそれぞれに外注するなりボランティアを頼ったりすることになるだろう。そこで重要なのは、急速な進歩を続ける技術の流れにおいて適切な技術を採用できるか、そして、コンテンツを適切に組み込めるか、という点である。 ## 3. 技術の共有と知識の継承 DA において採用される技術は、基本的には、対象となる資料をより効率的に扱えるようにすることを目指すものである。DA の運用者も利用者も等しく技術の利用者であり、両者にとってなるべく費用がかからず学習コストも低いものを採用することが望まれる。 したがって、様々な対象やステイクホルダー の間で可能な限り広く共有できることが要求されるのであり、共通項をひたすら見出して汎用化していくことによって有用性を高め低コスト化をはかることになる。たとえば IIIF はそのような状況において登場した一つの有力なソリューションとして、DA の一部を効率化することに着実に貢献している。 一方、知識の継承は、これとは趣が少し異なる。継承されるべき知識は、我々の文化のありようを継承することを目指すなら、その個別化された深淵な情報を組織的に提示できる必要があり、そこでは、情報は可能な限り多様でなければならない。そのような多様さをデジタル媒体上で表現し、共有・継承するための枠組みとしては、たとえば Unicode では文字の多様性を表現するための手立てを様々に用意しており、テキストデータだけでもかなりの多様性の表現ができるようになっている。内容については、文章としてのテキストで表現する方法が用いられているが、それは人が読むことを前提とせざるを得ない。機械可読形式でのより深くかつ効率的な知識の継承は、たとえば TEI(Text Encoding Initiative)ガイドライン [3]が国際的な枠組みとして主に欧米言語圈で広く用いられている。 このようにしてみると、共有される技術と継承される知識は、いわば横糸と縦系の関係にあると捉えることができるだろう。細やかな差異を反映した個別性は、いつかここに含まれる意味と価值を見出してくれる、今ここにはいない誰かに向けるものでもあり、それを実現するためには機械可読性を可能な限り高めておくことが重要である。今や、上述の TEI ガイドラインのみならず、多くの専門分野において、どのようにその専門知をデジタル媒体上で記述し残していくかが議論され、何らかの形で提示するようになってきているが、それ自体が DA を構築する側のみならず専門家の間でも十分共有されていない場合もある。日本でも一部の分野では解説書を刊行しており [4][5]、全体を俯瞰しようとする試みも行われている[6]ものの、今後ますます大きな課題となっていくだろう。 ## 4. おわりに DA をめぐるこのような状況は、当初より存在していたものの、技術が進歩し、きめ細かな知識の継承が技術的には可能になってきたことによってそのギャップが顕在化しつつある。それを解消するための具体的な手立てとしては、解説書や用語集・事典等の刊行によって比較的息の長い情報を共有しつつ、 Web サイト等を通じて足が速い情報や詳細情報・具体的な手技などを広めていく方法が有効だろう。できることなら、特に後者は自由な再利用・再配布が可能な利用条件となるべきだろう。ただし、そこでの大きな問題は、 そういった枠を用意したところで、有用な情報が提供されなければ効力が発揮されないという点である。これは誰か一人が頑張れば済むようなことではなく、関連する様々な分野の専門家がそれぞれにその場に主体的に参加してくれることが必要であり、そのような場の形成を、DA の課題を解決する方策として今後は重視していくべきだろう。 ## 参考文献 [1] 福井健策監修. 数藤雅彦編. 権利処理と法の実務. 勉誠出版, 2019. [2] 京都大学人文科学研究所 - 共同研究班編.永崎研宣著. 日本の文化をデジタル世界に伝える. 樹村房, 2019, p. 22. [3] The TEI Guidelines. 2020-02-13. https://tei-c.org/release/doc/tei-p5doc/en/html/index.html, (参照 2020/2/25 ) [4] 後藤真, 橋本雄太編. 歴史情報学の教科書.文学通信, 2019. [5] 下田正弘, 永崎研宣編. デジタル学術空間の作り方:仏教学から提起する次世代人文学のモデル. 文学通信, 2019. [6] 岡田一祐.ネット文化資源の読み方・作り方. 文学通信, 2019 . この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C42] デジタルアーカイブにおける DOI などの永続的識別子の利用 ○時実象一 11 1) 東京大学大学院情報学環, 〒113-0033 東京都文京区本郷 7-3-1 E-mail: [email protected] ## Use of Persistent Identifier such as DOI for Digital Archive Contents TOKIZANE Soichi1), 1) Interfaculty Institute in Information Studies, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, 113-0033 Japan ## 【発表概要】 デジタルアーカイブにおいても、国立国会図書館デジタルコレクション、国文学研究資料館の 「新日本古典籍総合データベース」など、デジタル化書籍・書物に永続的識別子であるDOI が付与されるようになってきた。しかしデジタルアーカイブのコンテンツ、たとえば博物館資料など一の付与はあまり進んでいない。デジタルアーカイブ・コンテンツにDOI を付与すれば、それらコンテンツの活用事例の調査や収集が容易になると考えられるので、推進することを提案する。 ## 1. はじめに 2020 年 1 月 17 日に開催された「デジタル知識基盤におけるパブリックドメイン資料の利用条件をめぐって」[1]において、大学・博物館・文書館等から、デジタルアーカイブ・ コンテンツのパブリックドメイン化の進展によるの懸念事項が紹介された。主な懸念事項は (1)利用状況がわからなくなる (2)不適切な利用が発生する などであった。これまでは提出された申請書に基づいてコンテンツの利用について許可を出す方式をとっていたので、利用に関するデータや報告書(物納)が得られていたが、 パブリックドメインを採用すると、許諾が不要となるのでそのようなデータや報告書が集まらなくなるという。このため、利用状況を収集するシステムの構築などの対策が多くの登壇者から要望された。 また、2019 年 12 月 23 日に東京大学で開催された、「アートコンテンツ活用シンポジウム」[2]でも、アート作品を公開した後で、それがどう使われるかを追跡する必要があることが指摘されている。 デジタルコンテンツに永続的識別子(たとえば DOI)を付与することにより、コンテンツの利用状況が追跡でき、前記の懸念の(1) が解消できるのではないかというのが本発表の論旨である。 ## 2. 永続的識別子とは何か 永続的識別子 (Persistent Identifier: PID) とは、ある対象に対して付与した識別しで、一時的でなく、永続性があり、変更されることのないものをいう。その対象を所有、または収集している機関が付与した識別子(たとえば目録番号)は、その機関が存続している間は永続的であるということもできるが、実際には付与システム(たとえば目録システム) の更新によりしばしば変更される。またコンピュータ上のレコード番号などの識別子は、 システムの更新やリニューアルにより、容易に変更されてしまう。ましてネットに公開されている URL が永続性のないことは明らかになっている。永続的である識別子は、目録システムやコンピュータ・システムの更新から独立してお 表 1. 良く知られている永続的識別子 図 1.学術雑誌におけるDOI へのリンク (図 2) ・ある論文を参照しているウェブ (SNS) 記事の一覧とそれらへのリンク ・これらを集計することにより、ある論文のインパクトの評価 Crossref では Cited-by というオプション・ サービスがあり、これを利用すると、ある文献が引用された場合、これを自動的に表示することができる[5]。 また同じ Crossref の Event Data というサ ービスを利用すれば、SNS などで DOI が使われた場合直ちにそれを知ることができる [6] (図 2,3 )。 り、また機関が吸収合併されたり、閉鎖されても永続するものでなくてはならない。したがって永続的識別子は、特定の機関から独立したコミュニティで管理されるものでなくてはならない。 さらには、これらはウェブで API または LOD で利用可能であることが好ましい。 永続的識別子の利用は図書館・学術情報等において発展してきた。現在図書館・情報関係でよく知られている永続的識別子には表 1 のようなものがある[3]。 ## 3. 学術情報における永続的識別子近年、学術文献に付与される DOI、研究者に付与される ORCID、研究機関 に付与される ROR など、学術情報にお ける活用が大きく進展し、永続的識別子に特化した国際会議も開催されてい る[4]。 特に学術文献や書籍に付与される DOI (Digital Object Identifier)(図 1) は、ウェブ上において次のように活用され、研究成果の可視化に貢献している。 - 研究論文に参照されている参照文献への $ \text { リンク } $ ・ある論文を参照している他の文献の一覧とそれらへのリンク(図 3) ・ウェブ (SNS) 上で参照されている文献 図 2. Crossref Event Dataを用いて、ある論文を参照したツイー 卜を特定 図 3. 特定されたツイート 図 4. 国立国会図書館デジタルコレクションにおける DOI 図 5.「新日本古典籍総合データベース」における DOI書物に対してであり、 1 枚の写真、 1 枚の画像などの博物館・美術館のアート・コンテンツに付与している例は聞いていない。 デジタルアーカイブのコンテンツには、各提供機関において識別子が付与されているが、これらは、目録上の番号か、あるいはシステム上のアドレスに過ぎず、目録が更新されたりシステムが更新された場合に継続的に使用される保証はない。さらにはそれらアーカイブ機関が統廃合された場合の維持の保証はまったくないといえる。やはり DOI のようにコミュニティで維持される永続的識別子の利用が好ましい。 ## 5. 識別はどのレベルでおこな われるべきか デジタルアーカイブのコンテンツに識別子、たとえば DOI を付与する場合、元のオブジェク卜(絵画、彫刻、標本など)、その撮影画像、さらにはさまざまなデジタル形式などが存在するが、どのレベルを識別すべきで ## 4. デジタルア一カイブにおける永続的識別子 デジタルアーカイブにおいても DOI の活用が有効であることを、住本、余頃が提言している[7]。英国では、UKRI(UK Research and Innovation)が国内の芸術品コレクションの統合ポータルの開発プログラムを開始したが、その中で永続的識別子の利用についても検討を始めている[8]。 我が国においても、国立国会図書館デジタルコレクション (図 4)、国文学研究資料館の 「新日本古典籍総合データベース」(図 5)には DOI が付与されるようになった。これら DOI を、研究者や SNS などで参照すれば、 コンテンツの活用状況が追跡でき、可視化されることになる。 しかし、これらはまだ 1 冊 (巻) としての あろうか。 デジタルアーカイブの立場からは、目録が担当するべき元のオブジェクトの識別は避け、 それをデジタル化した写真・動画・3D デー 図 6. 永続的識別子で識別するレベル タなどの識別に特化し、さらには写真であれば、撮影画像のうち、公開されるもの(複数枚)をそれぞれ識別すれば十分であると考える (図6)。 ## 6. おわりに 我が国においては、ジャパンリンクセンタ一 (JaLC) が国際 DOI 財団 (IDF) の代理機関として DOI を付与している。しかし、その DOI の永続性を担保するのは、コンテンツのメタデータを管理する機関である。 日本の学会誌記事については J-STAGE を運営する科学技術振興機構 (JST) が、大学紀要論文については JAIRO を運営する国立情報学研究所 (NII) が、書籍については国立国会図書館が主要なメタデータ管理機関となっており、個々の出版社や学会がメタデータを管理する必要がない仕組みになっている。デジタルアーカイブの場合、そのような仕組みがまだ確立されておらず、それが当面の課題である。 ## 参考文献 [1] シンポジウム「デジタル知識基盤におけるパブリックドメイン資料の利用条件をめぐつて」.2020/1/17. 東京, 都市センターホー ル. http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/kibana/symp o2019/ (閲覧 2020/1/24). [2] アートコンテンツ活用シンポジウム. 202 $0 / 12 / 23$. 東京大学ダイワユビキタス学術研究館石橋信夫記念ホール. http://digitalarchivej apan.org/4005 (閲覧 2020/1/24). [3] 時実象一, 小野寺夏生, 都築泉. 情報検索の知識と技術応用編 - 検索技術者検定 2 級対応テキスト一. 情報科学技術協会, 2010,2 68 p. [4] PIDapalooza. https://www.pidapalooza.o rg/ (閲覧 2020/2/21). [5] Anna Tolwinska. Cited-by Service. htt ps://www.slideshare.net/CrossRef/crossref-ci ted-by(閲覧 2020/1/24). [6] Crossref Event Data: early preview no w available. https://www.crossref.org/blog/c rossref-event-data-early-preview-now-availa ble/(閲覧 2020/1/24). [7] 住本研一, 余頃祐介. デジタルアーカイブに対する DOI 活用の可能性. デジタルアー カイブ学会誌. 2018, 2(2), 152-153. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C41] みんなで育てる「継承型学術オープンデータ」の可能 性と展望: ## 大阪市立図書館デジタルアーカイブオープンデータを活用しだオープンデー タ巡るよプロジェクト「Me-Glue-You」"の紹介 ○澤谷晃子 ${ }^{1)}$, 堀井洋 2), 外丸須美乃 1),西尾真由子 1), 堀井美里 2), 阿肾雄之 ${ }^{3)}$, 武田英明 4), 松岡弘之 ${ }^{5)}$ 2) 合同会社 AMANE,〒923-1241 石川県能美市山田町口8 3) 東京国立博物館, 4) 国立情報学研究所, 5) 尼崎市立地域研究史料館 ## Consideration of Possibilities and Prospects of Inherited Academic Open Data that Grows Together: Open Data "Me-Glue-You" Project Utilizing Open Data on Osaka Municipal Library Digital Archives OSAWAYA Akiko1), OHORII Hiroshi2), TOMARU Sumino1), NISHIO Mayuko1), HORII Misato ${ }^{2}$, AKO Takayuki ${ }^{3}$, TAKEDA Hideaki4), MATSUOKA Hiroyuki ${ }^{5}{ }^{\text {) }}$ 1) Osaka Municipal Central Library, 4-3-2 KitaHorie, Nishi-ku, Osaka-City, 550-0014, Japan 2) AMANE LLC, Ro 8 Yamada-machi Nomi, Ishikawa, 923-1241 Japan 3) Tokyo National Museum, 4) National Institute of Informatics, ${ }^{5)}$ Amagasaki Municipal Archives ## 【発表概要】 近年、地域資料は保存や継承だけではなく、オープンデータとしての公開とその利活用が強く求められている。そのためには、所蔵機関はオープンデータを提供するだけにとどまらず、その地域の市民や関係機関、研究者、専門家等と連携した二次利用や新たな展開に取り組んでいく必要があると考える。本報告では、継続的にオープンデータが利用され情報が追加され継承されていく仕組みづくりのために立ち上げたプロジェクトを紹介する。社会全体でオープンデータを共有し、「継承型学術オープンデータ」となった地域資料が、多くの人々の” 知恵と情熱”を経て成長・発展し社会を巡っていく一こうしたオープンデータ/地域資料の在り方を提案する。 ## 1. はじめに 大阪市立中央図書館は、所蔵している近世の大阪関係資料や明治・大正期の絵はがき・写真・引札、地図等の資料を 20 年以上にもわたってデジタル画像にし、約 29,000 点の資料を公開している(2020 年 2 月現在)。2017 年 3 月からは、「大阪市オープンデータの取り組みに関する指針」や「大阪市 ICT 戦略」に基づき、活力と魅力ある大阪の実現に資することを目的に、蔵書統計・利用統計や、デジタルアーカイブのうち著作権が消滅したデジタル画像情報(重要文化財「間重富・間家関係文書」を含む)等約 7,200 点をオープンデー タとして提供している (2020 年 2 月現在)。 [1][2] オープンデータ提供開始以降も、オープンデータ関連の展示や画像の人気投票、活用講座、画像を用いたオンラインイベントなどを継続して開催し、利活用促進のために市民に向けて積極的に広報活動を行っている。一方で、レトルト食品のパッケージでの利用や画像を用いたファイルの作成など、民間企業による商品化の例もあり、活用の幅も広がりを見せている。 2017 年 11 月には、大阪市の方針に基づいて実施したことや 20 年以上にわたって「しつこく」継続してきた組織力が評価され、 Library of the Year 2017 優秀賞を受賞した。 また、2019 年 3 月には、総務省 ICT 地域活性化大賞 2019 優秀賞と VLED2018 年度勝手表 彰貢献賞を受賞し、画像の二次利用が実際に進んでおり、図書館が地域のオープンデータ拠点となりうることが高く評価された。[3][4] 図 1. 大阪市立図書館デジタルアーカイブ画面 ## 2. 事業開始の経緯 オープンデータを提供するだけでなく、継続して周知を図り市民の利活用を推進するように積極的に広報している一方で、大阪市立図書館が提供しているデジタルアーカイブ画像のメタデータは書誌データを基に作成しているため、画像を探すためのキーワードに乏しい。加えて、20 数年前からデジタル化しているため、初期の画像は解像度が粗く、そのままでは使いづらいことなど、素材として活用できる可能性を持っているにもかかわらず、利活用促進に関わっての課題がある。現在公開中および新たに高解像度撮影した資料画像の比較を図 2 に示す。しかしながら、資料所蔵機関が、画像の撮り直しや検索キーワード充実のためのコスト・人材・時間を確保することは困難な状況である。 合同会社 AMANE は、学術資料の保存・継承・研究・活用などに幅広く取り組んでおり、大阪市立図書館デジタルアーカイブオープンデータ画像およびメタデータの活用の可能性 に注目していた。大阪市立中央図書館で開催したオープンデータに関するパネルディスカッションでの登壇をきっかけに、資料所蔵機関と利用者をつなぎ、より活用しやすいデー タとするための連携・協力に向けて、検討を開始することとなった。 事業を進めるにあたり、大阪市のマルチパ ートナーシップ制度を活用し、2019 年 3 月に 「大阪市立図書館デジタルアーカイブオープンデータの公開及び利活用推進に関する連携協定」を締結し、図書館デジタルアーカイブオープンデータの高精度なデータの生成、公開、利活用に関する取組みを一緒に進めていくとした。[5] 事業実施には、連携協力する内容や進め方などを両者で十分協議し、さらに、有識者の参加による継承型学術オープンデータ製作委員会を立ち上げて三者で議論していくことで、公平性・公共性を維持した事業主体の構築を実現した。 図 2. 資料画像の部分比較資料名:(大阪名所)戎橋及心斎橋筋 (上)公開中の画像 $(625 \times 391 \mathrm{px})$ (下)新たに撮影した画像(7369 x 4913 px) ## 3. Me-Glue-You(巡るよ)プロジェクトの概要 本プロジェクトおよび普及を目指している継承型学術オープンデータの概要について述べる。前述のとおり、基礎的な資料情報から 図 3. 継承型学術オープンデータの概要 観光・教育など活用に応じた意味的な情報を含む学術オープンデータまで全てを所蔵機関のみが生成する従来の手法が困難になりつつあることから、本プロジェクトでは、資料所蔵機関が担ってきた学術オープンデータの “発信者”およびデータを活用する“活用者” に加えて新たに、データを引き継ぎ発展させる“継承者”の存在を想定する。資料のタイトルや形態などの基礎的な資料に関するメタデータおよび高精細な資料画像データについては、資料所蔵機関が生成を担当し、学術オ ープンデータとして自由度の高いライセンス (大阪市立図書館デジタルアーカイブの場合は、CC0)のもとで公開する。公開された学術オープンデータについては、多様な専門家・研究者・市民が “継承者” となり、古写真の撮影場所や被写体に関する情報・関連する観光スポットなど、“継承者”それぞれの専門性や興味に基づいた情報を付与し、再度、同様に学術オープンデータとして公開を行う。 また、学術オープンデータの継承を資金や労力の面で支援する “支援者” についても想定する。本プロジェクトにおけるデータ生成の概要を図 3 に示す。この資料所蔵機関が学術オープンデータを公開した後に、組織外において情報を継続的に付与・継承しつづけるためには、“継承者” が生成したデータの版管理やデータの真正性に関する確認・検証などを所蔵機関も含めた専門家が行うことが必要である。本プロジェクトでは、資料所蔵機関から独立した組織である「継承型学術オープン データ製作委員会」を構築し、資料所蔵機関から“継承者”および“活用者” に学術オー プンデータが渡った後のデータの確認・検証や活用事例の把握を一元的に行う。さらに、継承や活用を促進するためのイベントの開催や関係するコミュニティとの連携など、これまでの資料所蔵機関の枠を超えた学術オープンデータの普及を目指した活動を実施する予定である。[6] ## 4. 今後に向けて 現在、大学や公共博物館・図書館など多くの学術機関において、人文科学および自然科学分野を含む多様な学術資料情報がオープンデータとして公開されている。今後も学術分野におけるオープン化の動きは加速することは明らかであるが、公開された学術オープンデータの社会における活用については、仕組み・先行事例ともに少数であり、現時点では未成熟であると言わざるを得ない。その主な理由としては、(1)社会での活用を考慮したデ一夕形式の不足、(2)データ公開元である所蔵機関への生成コスト負担の集中、(3)継続的なデータ普及のための仕組みの不在、の 3 点を挙げることができる。これまで古文書や絵図・写真などの学術資料情報の公開については、タイトルや形態などの資料の概要に関する情報(メタデータ)と資料画像の組み合わせが一般的であった。そのため、公開されている学術資料情報は、学術研究目的での資料利用には適していても、地域における観光や 教育といった広く社会的な活用を考慮した場合には十分であるとは言い難い。また、例えば、絵葉書に写っている建造物や人物に関する情報や年代・場所に関する情報など、より意味的な情報の生成・付与を実現するためには、専門家の知識や多くの手間・コストを要するが、前述したとおり、それら全てを資料所蔵機関が負担することは困難である。さらに、学術資料情報をオープンデータとして公開した後に、そのデータを基にどのような成果が生まれたのか、など、それらの社会における活用を網羅的に把握し、必要に応じてデ一夕の追加・修正を行う仕組みも極めて少ない。これらの課題の解決に向け、今後も本プロジェクトの実施を通じて取り組んでいく。 2020 年 2 月 12 日に、原嶋亮輔氏 (root design)、佐久間大輔氏 (大阪市立自然史博物館)を迎えて、シンポジウム「大阪市立図書館デジタルアーカイブと継承するオープンデー 夕の可能性」を開催した。2020 年 1 月からリニューアルしたデジタルアーカイブシステムの機能と本プロジェクトの紹介をするとともに、社会におけるオープンデータの共有、デザイン・プロダクツ開発や事業化の可能性など、“オープンデータ公開のそれから”について意見交換を行った。研究者や市民が参加して「オープンデータを活用する」ことを考える好機であり、活発に議論が交わされた。今後もこのような機会を通じて、みんなで育て る継承型学術オープンデータのあり方を考えていきたい。 ## 参考文献 [1]外丸須美乃. 特集, 図書館のデジタルアー カイブ活用促進:大阪市立図書館デジタルア一カイブのオープンデータ化の取り組み. 図書館雑誌. 2017, 111(6), p. 380-381. [2]外丸須美乃. 特集, 情報流通の今後を考える:大阪市立図書館デジタルアーカイブについてオープンデータ化への取り組み. 専門図書館. 2017, 286, p. 30-35. [3] 澤谷晃子. 大阪市立図書館デジタルアーカイブのオープンデータの利活用促進に向けた取り組み.カレントアウェアネス. 2018, (336), CA1925, p. 5-8. [4] 澤谷晃子. 大阪市立図書館デジタルアーカイブのオープンデータの利活用促進に向けた取り組み. デジタルアーカイブ学会第 3 回研究大会口頭発表. 2019 年 3 月 16 日, [5] 大阪市立図書館デジタルアーカイブオ ープンデータの公開等に関する連携協定を締結: https://www.oml.city.osaka.lg.jp/index.php?k ey=jo3acb2y1-510\#_510 (参照日 2020-02-24), [6] みんなで育てる「継承型学術オープンデ 一タ」プロジェクトについて https://amane-project.github.io/me-glue-you/ (参照日 2020-02-24),
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# [C34] 統一著作権指令でデジタルアーカイブ化を推進する欧州 ○城所岩生 1 ) 1)国際大学グローバルコミュニケーションセンター E-mail: [email protected] ## EU Promotes Digital Archives by the Directive on Copyright in the Digital Single Market Iwao KIDOKORO ${ }^{1)}$ ${ }^{1)}$ Center for Global Communications, International University of Japan ## 【発表概要】 欧米でデジタルアーカイブ化が着実に進んでいる。2004 年、グーグルは出版社や図書館から書籍を提供してもらった書籍をデジタル化して検索可能にする電子図書館構想を発表。米国の一民間企業主導の電子化に対して懸念を抱いたフランスのよびかけで、欧州は 2005 年に各国の文化遺産をオンラインで提供する欧州デジタル図書館計画、ヨーロッピアーナを立ち上げた。法制面でも孤览著作物を利用しやすくするため、2008 年に孤览著作物指令、2019 年にはデジタル単一市場における著作権指令を制定。後者では拡大集中許諾制度を採用、集中許諾制度は権利集中管理団体が著作権者に代わって著作権を管理する制度で団体の構成員のみが対象だが、これを構成員以外にも拡大する制度。米国でも導入の動きはあったが、グーグルの電子図書館構想に対する訴訟でフェアユースが認められたため不要とする意見が多く見送られた。欧米に比べると牛歩の観が否めない日本の対応策を提言する。 ## 1. はじめに ヨーロッパのデジタルアーカイブ化推進のきっかけを作ったのは、グーグルブックスとよばれるグーグルの電子図書館構想だった。 2004 年、グーグルは出版社や図書館から書籍を提供してもらった書籍をデジタル化し、全文を検索して、利用者の興味にあった書籍を見つけ出すサービスを開始。このサービスのうち、図書館から書籍を提供してもらう「図書館プロジェクト」(以下、「グーグルブックス」)に対しては、早速訴訟も提起された。米国の一民間企業が立ち上げた電子図書館構想は、グーグルショックとよばれたように全世界の著作権者を震撼とさせた。フランス国立図書館長のジャンーノエル・ジャンヌネ一氏は、2005 年 1 月 24 日付、ルモンド紙に 「グーグルがヨーロッパに挑むとき」と題する記事を寄稿した。この中でグーグルブックスが持つ公共財の商業的利用や英語資料優先の電子化が行われることに対する懸念を表明。 これが当時のシラク仏大統領の目にとまり、大統領は文化相とジャンヌネー氏に、フランスを含むヨーロッパの図書館蔵書が、より広くかつより迅速にネットで公開できるようにする施策の検討を命じた。大統領は欧州諸国首脳にも協力を要請すると発表した。 ## 2. 欧州のデジタルアーカイブ化の取組み ## 2.1 ヨーロピアーナ これを受けて、欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会は 2005 年、各国の文化遺産をオンラインで提供する欧州デジタル図書館計画を発表した。書籍だけでなく新聞・雑誌の記事、写真、博物館の所蔵品やアーカイブ文書、録音物まで含む壮大なデジタル図書館プロジェクト、ヨーロピアーナを発表。書籍だけを対象としたグーグルブックスと異なり、書籍以外の膨大な歴史的資産をデジタル化し、ネットを通じてアクセス可能にしている。ただし、それ自体がアーカイブではなく、ヨーロッパ中のデシタルアーカイブをネットワーク化したポータルサイトに過ぎない。 しかし、すでに欧州 35 ヶ国、3,000 以上の図書館 - 美術館 - 博物館 - 文書館等が参加、 5,642 万点の文化資源デジタルアーカイブが一括で横断検索できる。 ## 2.2 欧州孤児著作物指令 デジタルアーカイブ化の大きな障害が孤坚著作物(Orphan Works)問題。デジタル化するには著作権者の許諾を得なければならないが、著作権者がわからなくては許諾も取れない。年月とともに劣化する収蔵品をデジタル化することによって保存できないと、貴重な 文化資産が消滅する危機に瀕することになる。 2008 年、EUは孤览著作物指令を発表した。図書館などの文化施設が所蔵する書籍などについて、権利者についての入念な調査 (diligent search) を行っても所在が確認できない場合には「孤坚著作物状態」と認定され、利用できるようにした。 さらにある加盟国で「孤览著作物状態」が認められれば、他の加盟国でも利用できるようにした。入念な調查によって「孤坚著作物状態」が認められた場合には、加盟国全域で孤览著作物とみなされる。加盟国の法制度の相違を前提としたうえで「孤览著作物状態」 の相互承認の形を採って利用を推進した。 この指令によって、それまでパブリックドメイン (公共資産) のものがほとんどだったヨーロピアーナの公開コンテンツに、孤肾著作物も加わることになった。 ## 3. デジタル単一市場における著作権指令 ## 3. 1 構成 2019 年、EU はデジタル単一市場における著作権指令を公布、施行した。デジタルコンテンツが域内で国境を越えて自由に流通する 「デジタル単一市場 (Digital Single Market : DSM)」をめざして、加盟国間の著作権制度の差異をなくし、オンラインコンテンツへのより広いアクセスを可能にする指令。 デジタル単一市場における著作権指令(以下、「DSM 著作権指令」)にも、デジタルアー カイブ化促進に貢献する意欲的な改革が含まれている。孤坚著作物指令やヨーロッピアー ナは、グーグルブックスに対抗して欧州のデジタルアーカイブ化を促進しようとする動きだったのに対して、DSM 著作権指令はグーグルニュースに代表されるプラットフォーマー によるコンテンツのただ乗りへの対抗策。 DSM 著作権指令の構成を表 1 に示したが、第 4 編がそうした対策で、その代表例はサー ビスプロバイダーが、ニュースなどの報道出版物をオンラインで利用する場合、報道出版者の許諾を必要とする条文 (第 15 条)。 デジタル単一市場を達成するための条文も当然、含まれている。デジタル化促進のため の権利制限規定について定めた第 2 編、孤肾著作物の利用促進するための規定について定めた第 3 編の条文である。その中からデジタルアーカイブ化促進に関連する条文の概要を紹介する。 表1.DSM著作権指令の構成 \\ ## 3.2 条文 第 6 条: 加盟国は、文化遺産機関が必要な範囲内で保存目的のために複製する場合の権利制限規定を設けなければならない。 第 8 条: 加盟国は、絶版著作物を所蔵する文化遺産機関が著作権者の相当数を代表する集中管理団体と非排他的利用許諾契約を締結し、非営利目的で複製、頒布、公衆送信等を行うことができるようにしなければならない。著作権者の相当数を代表する集中管理団体が存在しない場合には、文化遺産機関が所蔵する絶版著作物を非営利目的で利用できるようにするため、複製権、公衆送信権、利用可能化権などについて制限規定を設けなければならない。加盟国は、著作権者がこれらの利用許諾または権利制限から自身の著作物を除外できるようにしなければならない。 第 12 条第 1 項 : 加盟国は、集中管理団体が権利者からの授権にもとづき、著作物のライセンス契約を締結する際、 (a)権利者が譲渡、ライセンスその他の契約により、集中管理団体に代理することを了承していない場合でも、当該権利者の権利にも拡大して適用すること、あるいは (b)当該ライセンス契約に関して、集中管理団体は当該団体に授権していない権利者を代理する法的権限を有すること、もしくは、彼らを代理していると推定されること について定めることができる。 第 3 項 : 加盟国は、第 1 項の目的を達成するため、以下の保護措置を講じなければならない。 (a)集中管理団体は、授権にもとづき、関連する著作物等の権利者および対象となる権利について、当該加盟国において権利者を十分に代表していること (b) すべての権利者に対して、ライセンス条件も含め平等な取り扱いが保障されていること (c)集中管理団体に授権していない権利者は、本条に沿ったライセンスの仕組みから、いつでも容易かつ効果的に著作物等を除外することができることおよび (d)集中管理団体の著作物等をライセンスする権能、本条の規定に従ってなされるライセンス、(c)に定める権利者のオプションについて、著作物等がライセンスにもとづいて利用される前の合理的な時点から権利者に周知すること。 加盟国は 2021 年 6 月 27 日までに本指令を国内法化しなければならない(第 29 条)。 ## 3.3 拡大集中許諾制度を導入した DSM 著作権指令 DSM 著作権指令は第 12 条で拡大集中許諾制度について定めた。集中許諾制度は日本では、「著作権に関する仲介業務に関する法律」 によって設立された、日本音楽著作権協会 (JASRAC) のような権利集中管理団体が、著作権者に代わって著作権を管理する、具体的には著作権使用料を利用者から徴収し、著作権者に分配する制度。 集中許諾制度は音楽など著作物の分野ごとに設立された集中管理団体の構成員のみが対象だが、これを構成員以外にも拡大するのが拡大集中許諾制度 (Extended Collective Licensing、以下、” ECL”)。日本では、多くの音楽家が著作権の管理を JASRAC に委託しているが、JASRAC が権利者から管理を委託されていない楽曲についても権利者に代わつて管理できるようにする制度である。 非構成員には当然、集中管理を望まない著作権者もいるはず。そういう権利者には対象から外してもららオプトアウトの道を用意する。その代わりにオプトアウトしない作品の利用を集中管理団体が利用者に認める制度。第三者機関が権利者に代わって利用を認める制度としては、ECL のほかに強制許諾制度もある。日本の裁定制度も採用している強制許諾制度の ECL との相違は、使用料や使用条件を決めるのは強制許諾制度では政府だが、 ECL では利用者と集中管理団体である点。利用者は ECL によって権利者を探し出す手間が省けるので、権利者の身元あるいは所在が不明な孤肾著作物問題の有効な解決策にもなる。 ECL は表 2 のとおり、北欧諸国が 1960 年代から採用していたが、グーグルブックス訴訟をきっかけに有力な孤览著作物対策である点に注目が集まり、仏、独、英も相次いで導入。 表 2. 拡大集中許諾制度の導入状況 \\ ## 4 日米の対応 ## 4. 1 フェアユースで対応した米国 米国は早くから孤览著作物問題に取り組み、 2000 年代に二度にわたって、孤览著作物を利用しやすくする法案が議会に提案したが、成立には至らなかった。その間隙をついたのが、私企業のグーグルだった。グーグルブックスに対する訴訟の過程では一時和解が試みられた。和解案は裁判所が認めなかったため陽の目を見なかったが、ECL の考え方にヒントを得ていた。和解案が裁判所に認められなかったため、復活した裁判ではグーグルのフェアユースが認められた。フェアユースは公正な目的であれば、著作権者の許諾なしに著作物の利用を認める米著作権法の規定。 和解案が採用した ECL には米政府も着目した。孤览著作物対策でグーグルに先行され、 「官の失敗」という批判まで浴びた政府は、議会図書館著作権局が、2015 年に「孤坚著作物と大規模デジタル化」と題する報告書を発表した。報告書は ECL を創設するパイロット プログラムを提案し、パブリックコメントを募集した。結果は表 3 のとおり、反対が賛成の 5 倍近くに上り、反対の半数がフェアユー スで対応できることなどを理由にあげた。このため、著作権局は立法を断念した。 表 $3 \mathrm{ECL}$ パイロットプログラムに対する賛否 注 : 反対のカッコ内は、反対理由を「大規模デジタル化はフェアユースで十分対応可能である」「ECL によってフェアユ一スが狭められるおそれがある」などとするもの。 出所 : ソフトウェア情報センター「拡大集中許諾制度に係る諸外国基礎調査報告者」(2016年 3 月)をもとに筆者作成。 ## 4. 2 遅れる日本の対応 わが国が孤览著作物対策として採用する裁定制度は強制許諾制度である。裁定制度は 1970 年の現行著作権法制定時に規定されたが、 2009 年度までの 38 年間の裁定件数は年間平均 1 件強にすぎない。 1 件で複数の作品を申請するケースが多いが、それでも年間平均 2,389 作品にすぎない (表 4 参照)。このため、 2009 年度と 2018 年度に使い勝手をよくするための改正が行われ、2010 年度から 2016 年度までの 7 年間の平均で、作品数は 33 倍の 77,754 点に急増したが、累計でも約 32 万点にすぎず、2018 年 9 月現在、5000 万点を超えるヨーロピアーナのような大規模デジタル化対策には向かない制度であることが判明。 表4.裁定制度の利用実績 注 : かっこ内は年平均の数字 出所:「著作権制度及び関連瀬策について」文化庁著作権課、 30 年4月 24 日、規制改革推進会議第 25 回投資等WG資料をもとに筆者作成。 米国の「孤览著作物および大規模デジタル化報告書」も強制許諾制度について検討した。著作権局は 2006 年にもこの制度を検討したが、高度に非効率であると結論づけた。今回もこの結論を踏襲。強制許諾制度はカナダ、ハン ガリー、英国、日本、韓国などが採用しているが、5 カ国で今日までに下りた許諾は 1000 件に満たないことも、この結論の正しさを裏付けているとした。 ## 5. おわりに 2018 年の著作権法改正により、所在検索サ一ビス(第 47 条の 5 第 1 号)が認められたため、日本でも書籍検索サービスの提供が可能になったが、すでにグーグルブックスは国会図書館のサービスを凌駕している。 グーグルブックスで筆者の名前を検索すると、国会図書館の蔵書検索データベース NDL-OPAC で検索した場合の数十倍の件数がヒットする。NDL-OPACは書籍の中のキー ワードしか拾わないが、グーグルブックスは書籍の全文を検索するので、この差が生じるわけで、日本語の書籍ですら、母国語の国立図書館よりもアメリカの一民間企業の電子図書館の方が網羅的に探してくれる。 こうした状況から、改正後の規定によって、先行する巨人グーグルに対抗して書籍検索サ一ビスを提供する事業者は現れないおそれがある。ウェブ検索サービスでも、日本は 2009 年に個別権利制限規定を設けて合法化したが、時すでに遅しで、その後も日本勢のシェアは増えるどころ減ってしまった苦い経験がある。日本語の書籍ですら国立図書館の検索サービスが、米国の一民間企業のサービスに劣るという事態は国の文化政策上も問題である。 2009 年、2018 年の 2 度にわたる改正を経ても、未だに道半ばの日本版フェースの導入にはまだ時間がかかりそうなので、欧州にならって ESL の導入を急ぐべきである。 ## 参考文献 [1] 濱野恵、EU デジタル単一市場における著作権指令、外国の立法 2019 年 11 月号、 p.10-13. [2] 城所岩生、2018 年改正著作権法は $\mathrm{AI} \cdot$ IoT 時代に対応できるのか? 月刊 IM、 2019 年 5 月号から連載中。 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C33] デジタルアーカイブシステム及びソフトウェアの品質管理標準化に向けた課題整理: ## デジタルアーカイブアセスメントツールと産業規格の対応付けに着目して ○大橋正司 1 1) 1) サイフォン合同会社, $\overline{1}$ 180-0006 東京都武蔵野市中町 2-1-9 E-mail: [email protected] ## "Digital Archive" Quality Requirements and Evaluation: Evaluating "Digital Archive"Assessment tools by comparing with related JIS OHASHI Shoji ${ }^{1}$ 1) SCIVONE, LLC, 2-1-9, Nakamachi, Musashino-shi, Tokyo 180-0006 JAPAN ## 【発表概要】 システム・ソフトウェアの品質については、2019 年にかけていくつかの JIS が整備・改訂されている。特に、システム・ソフトウェアの品質要求及び評価について定めた規格群 JIS X 25000:2017 SQuaRE (Software product Quality Requirements and Evaluation) シリーズ[1] は、デジタルアーカイブの品質管理の標準化を検討する上でも品質特性の包含性が高く、参照すべき点が多い。本稿ではこれらの規格の概略と改訂の動向を紹介しながら、平成 30 年 4 月に発表されたデジタルアーカイブアセスメントツール(以下「アセスメントツール」と呼称)[2]に着目し、本ツールの記載項目がこれらの関連性の高い産業規格上どのように対応づけられうるのかを検討し、デジタルアーカイブの品質管理の標準化に向けた課題を整理する。 ## 1. はじめに 情報通信技術の発達や IoT を始めとしたデバイスの多様化によって、システム・ソフトウェアが私たちの社会や仕事、生活に与える影響は年々大きく、そして複雑になっている。巨大なシステムでは、関係するステークホルダーの数も多い。複数のシステムが相互に接続されることも増えている。金融、医療、交通、気象などの分野でも情報通信技術は広く使用されており、システム・ソフトウェアの開発者は、利用者の生命や身体の安全、プライバシー、公益性、正確性、信頼性、使いやすさ (使用性)、セキュリティなど、様々な側面でシステム・ソフトウェアの品質向上に配慮する責任を開発者が負う時代を迎えている。品質に関連した国際標準として、ISO/IEC 25000 SQuaRE シリーズは、ソフトウェアの品質向上のための国際標準としてまとめられた規格群であり、2500n:品質管理、2501n:品質モデル、2502n:品質測定、2503n:品質要求、2504n:品質評価の 5 部門と、特定の応用範囲を取り扱うための $2505 n \sim 2509 n$ までの各拡張部門で構成される。SQuaRE シリ ーズの特徴として、以下があげられる。 1. 審美性や魅力などユーザーの満足度を品質の構成要素として含めていること 2. そのシステム・ソフトウェアのユーザ一が、どんな状況でなにを必要としているのか「利用時の品質」要求として定義するよう規定していること 3. ソフトウェアの品質を「利用時の品質」 に直接影響を与える「外部品質」(実行された結果などの品質)と、仕様やコ一ドなどの内部的な特徴に着目した 「内部品質」の2つのレイヤーに分解していること 4. 品質要求と品質評価基準をセットで定義し、品質要求の達成状況を測定可能な状態にするよう意図されていること 5. システム・ソフトウェアが取り扱うデ一タの品質を、システム・ソフトウェアの品質とは(密接に関連するものの)独立した品質モデルとして定義していること [3] 6. システム・ソフトウェアの開発から提供に至るライフサイクルに応じて、フオーカス寸べき品質を定めていること なお、アウトプットの品質だけではなく、 組織的な取り組みや開発工程に対する国際標準を併用することで、より実効的な取り組みが可能になる。たとえば、システム・ソフトウェアの組織的なプロセスアセスメント(開発工程の評価)については ISO/IEC 15504-1 ~5 を、品質マネジメントシステム (品質保証プロセス)についてはJIS Q 9001 を、それぞれ SQuaRE シリーズとともに利用できることになっている。 本稿では「デジタルアーカイブの構築・共有・活用のための活動に関して、組織的な取組からシステム面も含めてバランスよく自己点検・評価するための指標・ツール」として定義されたアセスメントツールを、SQuaRE シリーズのうち特に品質モデルに着目して比較し、アセスメントツールの記述範囲を検討する。 ## 2. SQuaRE シリーズが定める3つの品質 モデルとアセスメントツールの比較 SQuaRE シリーズでは、システムの品質を、利用時の品質モデル、製品品質モデル、 データ品質モデルによって構成されるものとして定義している。 これらの SQuaRE シリーズの 3 つの品質モデルに対して、アセスメントツールに示されている 1〜7の取組から、プロセスに相当する箇所を除外して照らし合わせた。 それぞれの網羅的な比較結果については紙面に余裕がないため本稿では割愛し、SQuaRE シリーズに記載があるが、アセスメントツー ルにおいて明示的に記載されていない品質特性について示す。 ## 2. 1 利用時の品質 利用時の品質とは「特定の利用者が特定の利用状況において、有効性、効率性、リスク回避性及び満足性に関して特定の目標を達成するためのニーズを満たすために、製品又はシステムを利用できる度合い」を意味し、有効性、効率性、満足性、リスク回避性及び利用状況網羅性の 5 つの特性と、各特性に関係する副特性の集合で構成される(図 1)。 アセスメントツールでは利用時の品質に近い文言として何度か「利便性」が用いられているが、 5 つの特性のうち、利用時の品質の定義を前提としたときに、特に下記の各特性に対する言及が明示的に確認できるとまではいい難い。 1. 効率性 2. リスク回避性 3. 利用状況網羅性 なお、満足性については、副特性「実用性」 を満たすことを志向しているが、「快感性」 「快適性」について明示的な言及がない。 図 1 : 利用時の品質モデル (JIS X $25010 : 2013$ (ISO/IEC 25010 : 2011)にもとづく) ## 2.2 製品品質モデル 続いて、製品品質モデルは、ソフトウェアそのものの品質(ただし、そのなかには、ソフトウェアを実行しているハードウェアやオペレーションシステムに依存するものもあ る)を、8つの特性(機能適合性、信頼性、性能効率性、使用性、セキュリティ、互換性、保守性及び移植性)に分類している。各特性は,関係する副特性の集合から構成される(図 2)。 このなかで、アセスメントツールでは以下の製品品質を構成する特性に対する言及が明示的には確認できない。 1. 機能適合性 2. 信頼性のうち、可用性、障害許容性と回復性を除いた特性 3. 性能効率性 4. 使用性のうち、運用操作性、アクセシビ リティを除いた特性 5. セキュリティの各副特性 以下の 6〜8については、アセスメントツールはシステムそのものの保守性や移植性については「システムリプレースも視野に入れた」として言及しているが、 データの保全を主眼としている。 6. (ソフトウェア自体の)互換性 7.(ソフトウェア自体の)保守性 8. (ソフトウェア自体の) 移植性 ## 2. 3 データ品質モデル 最後にデータ品質モデルは、データに固有の品質とシステムに依存した品質の 2 つの視点から 15 の品質特性によって構成されている。 データ品質特性の優先度や重要性は、ユーザ一(様々な利害関係者)によって変化する (図 3)。 システム/ソフトウェア製品品質 相互運用性 習得性運用操作性 ユーザーエラー防止性ユーザインタフェース快美性アクセシビリティ モジュール性 適応性 成熟性 再利用性 設置性 可用性 障害許容性(耐故障性) 回復性 SQuaRE に記載された品質特性のうち、アセスメントツールにおいて明示的な記載がないもの 図 2 : 製品品質モデル(JIS X $25010 : 2013$ (ISO/IEC $25010 : 2011 )$ にもとづく) 図 3 : データ品質モデル (JIS X 25012:2013 (ISO/IEC 25012 : 2008) にもとづく) アセスメントツールにおいては、以下のデ一夕品質モデルのうち、以下に相当する特性の言及が明示的に確認できない。 1. 効率性 2. 追跡可能性 しかし、 3 つの品質モデルの中では、最も網羅性が高いことが覗える。 ## 3. 終わりに 本稿ではアセスメントツールと SQuaRE シリ ーズの各品質モデルとのマッピングを試みた。むろん、本論における比較は、アセスメ ントツールに SQuaRE シリーズのすべてを適用するべきだという趣旨で行っているものではない。そもそもが、これらの規格群はシステム・ソフトウェアの実情や特性にあわせてべストエフォートを目指すためのものだし、 SQuaRE シリーズをそのまま導入するのは難しいアーカイブ組織がほとんどなのが実情だろう。 注目すべきは、ソフトウェアの品質に関する国際標準規格群である SQuaRE シリーズは、特に、品質特性を製品のライフサイクルごとにデータに起因する品質の問題、ソフトウェアに起因する品質の問題、組織内での運用を主眼とした品質の問題、ユーザー目線での品質をめぐる問題を 3 つに切り分けるべきだという重要な示唆を提示していることである。 このような分野外の関連する知見を踏まえながら、デジタルアーカイブの品質向上に向けた今後の議論が発展することに期待したい。 ## 参考文献 [1] JIS X 25010:2013,ソフトウェア製品の品質要求及び評価(SQuaRE)ーシステム及びソフトウェア品質モデル. 日本規格協会. 2 018. [2] デジタルアーカイブジャパン推進委員会及び実務者検討委員会. (抜粋) デジタル. アーカイブアセスメントツール(案). 2018. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digit alarchive_suisiniinkai/jitumusya/2017/asses smenttool.xlsx(閲覧 2020/02/25) [3] JIS X 25012:2013,ソフトウェア製品の品質要求及び評価(SQuaRE)一データ品質モデル. 日本規格協会. 2018.
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# [C32] ArchivesSpaceを用いた収集アーカイブズの情報管理 ○松山ひとみ 1 1) 井村邦博 2) 1)地方独立行政法人大阪市博物館機構 大阪中之島美術館準備室 2) 株式会社メタ・インフォ E-mail:[email protected],[email protected] ## Using ArchivesSpace for Managing Archives Information MATSUYAMA Hitomi'), IMURA Kunihiro ${ ^{2)}$ \\ 1) Nakanoshima Museum of Art, Osaka, Administrative Agency for Osaka City Museums \\ 2) Meta-Info Corporation} ## 【発表概要】 大阪中之島美術館(2021 年度開館予定)は、これまでその総体に関してほとんど公にしてこなかった作品外収蔵資料 (一次資料を主とした収集アーカイブズ) について、幅広い調査・研究への利用を促すため、所在情報の公開とアクセス提供サービスの整備に取り組んでいる。情報管理システムとして昨年度導入した ArchivesSpace は、階層記述を標準とするアーカイブズの目録を適切かつ効率的に作成・管理するオープンソースソフトウェアで、文書記録管理の専門機関ではない美術館等での採用も北米を中心に増えつつある。 アーカイブズ管理業務の位置付けは諸機関においてさまざまであろうが、利用可能なシステムの選択肢のひとつとして、本発表では、大阪中之島美術館の ArchivesSpace 導入事例を紹介する。また、オープンソースソフトウェアを用いた情報管理システムの維持について、提案を共有する。 ## 1. はじめに 美術館が保存・管理する収蔵「作品」の情報は、多くの場合、出版物の収蔵品カタログとして、あるいは各館ウェブサイトからアクセス可能なコレクションデータベースとしてすでに公開されている。内製であれ既製品であれ、作品管理データベースシステムを導入することで、作品一点一点についての管理情報を一元化し、また検索可能な作品情報を比較的簡易にオンライン公開できるようになった。一方、美術館の収蔵品に「作品」として登録されない「資料群」があることはあまり知られていない。展示に用いられることがあれば展示リストに載るが、それらはたいてい資料群の一部にすぎない。 2021 年度の開館を予定している大阪中之島美術館(以下、当館)は、平成 2 年の準備室開設以来、作品には分類できないものの、美術史的・文化史的に保存価值の見込まれるさまざまな資料群を収蔵してきた。けれどもその管理情報は集約されず、アイテムリストの存在や取り扱いに関わる注意事項といった詳細が共有されないまま、資料群の収蔵に携わった学芸員のもとに属人化する傾向があった。 そこで、新しい美術館の取り組みのひとつとして、これまで標準的な管理目録を持たなかったこれらの資料群について、保管責任の所在を明らかにし、将来の利用可能性を開くため、情報公開とアクセス提供サービスの整備を進めている。 情報管理システムとして当館が昨年度導入した ArchivesSpace は、階層記述を標準とするアーカイブズの目録を適切かつ効率的に作成・管理するオープンソースソフトウェアである。開発を担う機関が集中する北米圏で普及しており、文書記録管理の専門機関ではない美術館等での採用も増えつつある。 本発表では、情報管理ツールの選択肢として、ArchivesSpace の導入事例を紹介する。中核となる管理対象が美術作品である当館において、作品ではない収蔵資料群の情報整理、公開、維持にあてることのできる今後の予算 は、必要最小限である。また、内部に不足する IT の知識と人材をどうにか補完し続けなければならない。当館のオープンソースソフトウェア利用は、これらの課題を乗り越えるための選択である。そして、安定的なシステム利用環境の維持に向け、国内コミュニティ形成を提案する。 ## 2. 大阪中之島美術館の収集アーカイブズ 2. 1 対象 上記において「資料群」と表現したものには、手紙や原稿などの手稿、作品制作に関わるメモやノート、デッサンやスケッチ、さまざまなドキュメント、蔵書、写真や映像による記録、さらにはイーゼルやパレットといった所持品や日用品など、あらゆるものが含まれる。それらは、美術家やその遺族からひとまとまりで受贈したもの、美術館収蔵作品の歴史的位置付けを補強する目的あるいは研究資源として単体で購入したものなど、由来や規模がいろいろである。海外の美術館や大学博物館等では、Manuscripts and Archives、 Special Collections といった言葉を用いており、当館では、著名な美術家や美術団体、ギヤラリー、企業等が資料の作成者である「ア一カイブズ」と、稀少な出版物、特定主題による収集資料などからなる「特別コレクション」に分けて資料群を管理している。また、 これらを総称して「収集アーカイブズ」と言う。美術館の積極的な収集活動によるアーカイブズを中心とした資料群のコレクションという意味である。 ## 2. 2 情報管理システムの要件 当館の収集アーカイブズは寸べて、資料群ごと、アーカイブズ「A」もしくは特別コレクション「SC」から始まる ID 番号で管理される。ひとつの ID 番号をもつ「1 件」の内訳は、稀少な逐次刊行物 1 点、数百箱に詰められた雑多な記録物の集積など、物量に幅があり、当然ながら、物理的な保存処置と目録作成にかかる作業時間が異なる。収集アーカイブズの収蔵件数は A と $\mathrm{SC}$ をわせてすでに 87 件(平成 30 年度末時点)あり、なかには 1,000 点を超えるアイテムから構成される大規模資料群が複数ある。テキスト検索による資料発見を促すためには、個々の資料アイテムの記述にできるだけ多くのキーワードを与えることが理想だが、開館までの限られた時間を考えると、すべてを等しく詳細に記述する作業の完了は不可能である。従って、概要から個別アイテム詳細まで、資料群ごとに記述のレベルが異なっても、それをそのまま管理でき、また、追記や修正が容易な情報管理システムの導入が検討された。 ## 3. ArchivesSpace の導入 アーカイブズの標準的な目録は記述レベルを分けて階層的に記述する。この目録を電子化するためのオープンソースソフトウェアとして、国際公文書館会議 (International Council on Archives, ICA)のもと開発されてきた AtoM (Access to Memory) が知られており、国内でも普及しつつある。一方、 ArchivesSpace は、開発の中心が北米の大学機関等にあるため、北米圈の利用機関が圧倒的に多い。この他、アーカイブズの情報管理に適したオープンソースソフトウェアの選択肢として、とくに視聴覚メディアを取り扱う際の記述項目(標準的なメタデータ)のセットを多く揃える CollectiveAccess がある。 収集アーカイブズの情報公開体制を整備するにあたり、当館は海外調査(平成 30 年 3 月) と有識者会議(平成 30 年度)を実施している。有識者会議では、予算規模と人事体制、標準化を望む姿勢などから、検討対象をオープンソースソフトウェアに絞り、簡単な機能比較も試みた。とはいえ、最終的な採用システム決定に大きく影響したのは、視察で訪れた北米の美術館(ニューヨーク近代美術館、ブルックリン美術館、ホイットニー美術館)と美術研究所 (アーカイブズ・オブ・アメリカンアート、ゲッティ研究所)が ArchivesSpace を導入しているという事実である。コミュニティによって開発や改良が行われるオープンソースソフトウェアの利用を前提としたとき、実務上の課題を解決していくうえで、美術館 図 1. フィラデルフィア美術館のアーカイブズ検索データベース という母体の属性を共有する顔の見えるユー ザー (アーキビスト) の存在は、決定的な理由となりうる。 ## 4. システムの稼働維持体制 ## 4. 1 サポート事業者との連携 IT 専門職員のいない美術館におけるオープンソースソフトウェアの採用は、担当者への負荷が大きく、費用面での導入・維持のしやすさに反して、安定的かつ継続的な運用が難しい。ところが実際、当館のように ITを専門としない担当者がひとりで対応していかなければならない機関は少なくない。 そこで、ArchivesSpace の運用サポート事業者のサービスを利用する方法が考えられる。 オフィシャルパートナー以外にも、サービスを提供する事業者は複数あり、例えば、フィラデルフィア美術館アーカイブズのアクセスサイト(図1)は、定額のホスティングサー ビス等を提供する LibraryHost のサポートを受けている。 有識者会議においては、ArchivesSpace に特化したサービスパッケージを提供する海外事業者との連携可能性も検討してきたが、検索精度の向上や読み仮名の取り扱いなど、日本語特有の課題に積極的に取り組むためには、国内事業者によるサポート体制を創出するこ とが望ましい。このことから、プロポーザル方式で事業者を募り、株式会社メタ・インフオとの提携体制による ArchivesSpace の利用を開始した (令和元年度〜)。目下、公式な日本語版について、翻訳を見直し、改訂する作業をおこなっている。また、国内のユーザー コミュニティ形成をめざし、定期的に勉強会を開催している。 ## 4. 2 コミュニティへの参加 ArchivesSpace の特徴に、有料のメンバー シップ制がある。利用機関の規模に応じた年会費が設定されているが、オープンソースソフトウェアなので、メンバー登録は必須ではない。それでも、北米を中心に 400 を超える機関が登録している。この背景には、もともと一定のユーザーグループによって支えられてきた Archivists' Toolkit と Archon という 2 つの情報管理システムをひとつのアプリケー ションに統合するプログラム(2009-2013) として ArchivesSpace の開発が進められたという歴史的事情もあるかもしれない。 $ \text { そこには、オープンソースソフトウェアの } $ 開発環境、ArchivesSpace ウェブサイトの言葉を借りれば、「継続的な開発とアプリケーションの利用を維持すること」をユーザーグル ープ全体で保証する仕組みへの理解と、より 良いシステムづくりへの積極的な参加の姿勢がある。 当館ならびに株式会社メタ・インフォは利用システム見直しまでの今後数年間、メンバ一登録をともなう ArchivesSpace 利用を予定している。当館に関しては、契約事務手続き上、ソフトウェア開発の継続を全体で保証するというメンバーシップ制度の幹部を全面に押し出すことができるほど、オープンソースソフトウェアの有料利用に対する理解は進んでいない。しかしながら、アーカイブズ情報管理経験の浅いユーザーとして、メンバー向け情報リソースへのアクセスやへルプセンタ一の利用といったメンバー特典は、学習の効率化をもたらすなどの具体的なメリットがあり、また、オンラインフォーラムへの参加を通して、開発メンバーや他のユーザーとのコミュニケーションがとれる。 では、国内ユーザーコミュニティ形成にメリットはあるのか。国際的なコミュニティのなかで、マイノリティ言語特有の問題は過小で、説明に労しても解決されない可能性がある。けれどもそれらの問題が、国内のシステムエンジニアにとっても同様に手間のかかるものとは限らない。ローカルコミュニティを支える技術者・開発者が日本語版の安定稼働のためのサービス提供や言語の特性にともなうトラブル処理を適正価格で事業化していくことができれば、オープンソースソフトウェア導入側の不安もいくらか解消されるのではないだろうか。 ## 5. おわりに 当館の ArchivesSpace 導入はまだ実験段階であり、新収蔵資料群の情報登録フローの整理とデータベースの一般公開を含め、2022 年度からの安定稼働を目標としている。また、 デジタルアーカイブの機能(デジタルオブジエクト登録)の活用やデータストレージとの連携、作品データベースと図書館システムとの横断検索構築、そして SNAC プロジェクト (Social Networks and Archival Context) 等外部情報ポータルへの情報提供など、 ArchivesSpace を用いて作成するカタログ情報の特性を念頭に、この先実施したいことの実現方法を探らねばならない。 このとき、ArchivesSpace コミュニティに問うことや、北米美術館の先達を頼ることも可能だが、国内ユーザーの間に共通する課題があるならば、ローカルな解決方法の共有を優先し、それを大きなコミュニティへ戻すこともできる。当館の導入事例は選択肢のひとつを提供するにすぎず、国内美術館の実務を一般化するものではない。それをふまえてなお、国内コミュニティ形成に向かう関心の高まりを期待したい。 ## 参考文献 [1] ArchivesSpace. https://archivesspace.org/ (閲覧 2020/2/25). [2] Access to Memory. Artefactual Systems Inc. https://www.accesstomemory.org/en/ (閲覧 2020/2/25). [3] CollectiveAccess. https://www.collectiveaccess.org/ (閲覧 2020/2/25). [4] Philadelphia Museum of Art Archives. Philadelphia Museum of Art. https://pmalibrary.libraryhost.com/ (閲覧 2020/2/25). [5] LibraryHost. https://libraryhost.com/ (閲覧 2020/2/25). [6] Social Networks and Archival Context. https://snaccooperative.org/ (閲覧 2020/2/25).
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Japan Society for Digital Archive
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# 太平洋戦争中の日系人収容を後世 に伝える 'DENSHO, "DENSHO": Conveying the History of Japanese American Internment Camps During WWII 辻本 志郎 TSUJIMOTO Shiro ヤフー株式会社メディアカンパニー } 抄録:米ワシントン州シアトルを拠点とする「DENSHO」という非営利団体がある。太平洋戦争中に米国内で行われた日本人・日系人に対する強制収容の歴史をデジタルアーカイブとして後世に伝える目的で 1996 年に設立された。具体的には、強制収容され た日系人らにインタビューを重ねている。団体のホームページには入植時から戦時中、そして戦後の日系人らの様子を伝える写真、新聞記事など多数の資料に加え、計 1700 時間以上に及ぶインタビュー動画を掲載してきた。コンテンツはいずれも無料で閲覧でき、「テーマ」「場所」「時代」などごとに検索できる仕様になっている。本稿ではDENSHO の設立経緯、デジタルアーカイブ資料の内容、HP 以外の活動について検証する。 Abstract: Passing on the history of the accommodation of Japanese Americans during WWII DENSHO is a non-profit organization based in Seattle, Washington. Since its establishment in 1996, the organization has been conducting activities to pass on the historical fact that Japanese and Japanese Americans in the United States were separated from their homes, isolated and accommodated during the World War II, as digital archives to future generations. . The group's homepage contains a total of over 1700 hours of interview videos in addition to numerous materials such as photos and newspaper articles that convey the state of Japanese people during and after the war. All contents can be viewed free of charge, and can be searched by "theme", "location", "era", etc. This thesis examines the history of DENSHO's establishment, the contents of digital archive materials, and the organization's activities besides the homepage. キーワード : 太平洋戦争、日系人、収容、オーラルヒストリー Keywords: World War II, Japanese Americans, Accommodation, Oral history ## 1. はじめに 太平洋戦争中、米国では日本人・日系人に対する強制収容が行われた。この歴史的事実について当時を知る世代にインタビューを重ね、インターネット上で無料公開している団体「DENSHO」の活動を検証する ${ }^{[1]}$ ## 2. 日系人強制収容と「DENSHO」 2.1 太平洋戦争中の米国における日本人の強制収容 19 世紀後半から、多くの日本人が労働者として米国へ渡った。そのまま同国に生活の根を張った日本人は、そのルーツから日系人となり、子孫は二世、三世と呼ばれるようになった。しかし、1941 年 12 月の日本軍による真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まると、翌 42 年 2 月のフランクリン・ルーズベルト米大統領令によって西海岸の州に住む全ての日系人は暮らしの拠点から立ち退かされ、「転住センター」と呼ばれる施設に強制収容された。収容者の数は 11 万人以上に及んだという ${ }^{[2]}$ ## 2.2 「DENSHO」の設立経緯 $\lceil D E N S H O 」 は 、 1996$ 年に米ワシントン州シアトルで日系三世のトム・イケダ氏が中心となって設立された非営利団体である。DENSHO の団体名は、日本語の「伝承」に由来する。「過去の出来事を保存し、次の世代へ継承する」という意味を含有していることから命名された。 HP(図 1)によると、DENSHO はこの歴史を知る当事者が少なくなっていることに危機感を募らせており、「不当に投獄された日系人の記憶が消滅する前に証 図1DENSHOのトップページ 言を記録する」と記載している。また、強制収容の歴史を過去のものとして扱うだけでなく、現代の問題としても捉えている。HPでは「米政府は祖先のルーツによって罪のない人々を収容した」「私たちは(証言や歴史資料の掲載により)ますますグローバル化する社会における民主主義、不宽容、戦時の混乱、市民権の問題を探る手段として提示します」と記している。 ## 2.3 DENSHO の活動 団体の活動の軸は、太平洋戦争中に米国内で行われた日本人及び日系人に対する強制収容の歴史を後世に残すことである。その手段として、被収容者らに対するインタビュー動画をアーカイブ化し、ホームページで公開している。 DENSHO は学生、教育関係者、研究者らを一義的なユーザーとして想定しているが、コンテンツは、誰でも自由に閲覧・使用することができ、その数は現在進行形で増えている。同団体が自ら収集したもののほか、提携するほかの日系人組織などが持つ史料や収録した動画もあり、強制収容の歴史を網羅的に知るためのプラットフォームとなっている。 活動は、被収容者らへのインタビューと証言動画のアーカイブにとどまらず、日系人の移民期以降の生活を伝える写真や文書など史料の保存・揭載、動画や史料を用いた教育現場での実践、SNS での情報発信にも及ぶ。 設立に携わったイケダ氏はインタビューアーカイブ制作のほか、現在でも HP 上やメールマガジンを通じて活動の趣旨や、イベントなどの情報発信を精力的に行っている。 当初、HP は英語のみであったが、2010 年には日本語版も開設した ${ }^{[3]}$ 。日本語版は、証言動画を多く載せた英語版と異なり、米国における日系人の歴史に主眼が置かれている。 一連の活動は各方面から評価され、全米日系人博物館(カリフォルニア州ロサンゼルス)、シアトル市長、 アメリカ図書館協会(イリノイ州シカゴ)などから表彰されている。 ## 2.4 運営体制 DENSHO の HP によると、日系三世のトム・イケダ氏が創設時から団体の活動をけん引し、2019年 10 月現在も事務局長(Executive Director)を務めている。 イケダ氏の両親と祖父母は、戦時中にアイダホ州ミニドカの施設に収容された経験を持つという。イケダ氏はこれまでに 250 以上の日系アメリカ人に対するイン タビューを動画で収録し、デジタルアーカイブとして日系人が歩んできた歴史を記録してきた。 イケダ氏を含め、HP 上には 15 人が「スタッフ」 として名を連ねている。アーカイブ制作者、寄付金の管理者、エンジニア、史料のデジタル化担当者、イベントコーディネーター、などの役割を担っている。スタッフは、うち6人が日系三世・四世、収容経験者を義理の家族に持つ者が 2 人、日本出身者 1 人、その他が 6 人という構成になっている。 ## 3. DENSHOのHP検証 \\ 3.1 HPの概要 DENSHO の HP は大きく以下の構成から成り立っている。(図 2) (1) ABOUT DENSHO (2) CORE STORY (3) ENCYCLOPEDIA (4) DIGITAL ARCHIVES (5) LEARNING CENTER (6) BLOG (7) GIVE (8) DENSHO DINNER 図2 主要8項目のページ ## 3.2 (1)ABOUT DENSHO 上記 2.2 で示した団体の成り立ち、活動内容、携わっている人などについて詳述されている。また、トム・イケダ氏が活動報告や、直近のイベント案内などを発信する「NEWS」の欄があり、月に一度更新されている。NEWS は登録すればメルマガとして希望者に届く仕組みになっている。 例えば2019年 9 月のものには以下のような文言がある。 「過去 24 年で 1000 人近くの日系人が DENSHO によるインタビューに応じてくれました。彼らは、この国が彼らを裏切ったときのことを共有してくれたのです。数千時間にも及ぶ痛みを伴う記憶を聞くことは困 難でしたが、(被収容者に話を聞くうちに) 私の中に現れたのは深い同情の気持ちでした。太平洋戦争中に強制収容された日系アメリカ人だけでなく、いま現在、差別や暴力の対象となっている他のコミュニティへの同情(も芽生えたのです)」 「私の希望は、本当に当事者の話しに耳を傾けることによって、私たちの国の抑圧と暴力によって引き起こされる痛みを多くの人に理解してもらうことです」 10 月の NEWS には以下のように書かれている。 「これらの物語(オーラルヒストリー)を静かに保存するだけではもはや十分ではありません。私たちは、過去の歴史を活発に発信し、より公正な世界を築くために寄与しなければなりません」 強制収容の歴史を過去のものとして捉えるだけではなく、現在の社会に通じるものがある、という団体の姿勢が確認できる。 ## 3.3 (2)CORE STORY DENSHO がまとめた米国へ渡った日本人の歴史を文字情報で細かく説明している。ここでは 19 世紀末期に日本から米国本土やハワイへの移住が始まったことから始まり、戦前に日本人・日系人が米国で受けた差別、真珠湾攻撃後に大統領令によって強制収容されたこと、などが歴史を追いながら書かれている。 特徴としては、最後に「WHY DOES THIS MATTER NOW?」と銘打たれた箇所があることだろう。歴史を知ることにどんな意義があるのか、「過去の出来ごと」として片づけるのではなく、現在そして未来に向けて過去から何を学ぶべきかについて読者に問うている。「過去から学び、今後より公正で平等な社会を実現する」とそこかしこで言及するDENSHO の活動に一貫している思想だが、ここでもその一端を見ることができる。一部を抜粋する。 「移民、テロリズム、公安の名のもとでの市民の自由の侵害をめぐる現代の論争に取り組んでいるとき、過去と現在の類似点がたくさんあります」 「人種、民族、性別、セクシャリティなどによって特定の人々が不当に扱われた場合、かつてそのような差別的な政策の犠牲者であった日系アメリカ人には大きな声を上げる力と責任が生まれます」 「このサイトの資料は、社会が务されたときに正義 $\cdot$平等など民主的な理想を簡単に捨てて、仮想敵を追いかけることができるという事実を証明しています」 「私たちは、あなた自身が強制収容の歴史を周囲と共有し、次世代を担う方々が、正義と公平がある社会を築いてくれることを期待しています」 ## 3.4 (3) ENCYCLOPEDIA 「ENCYCLOPEDIA」が「辞典」を意味する通り、戦時中の日本人 ・日系人強制収容に関連する言葉の説明 (例:issei)から、DENSHO でオーラルヒストリーで取り上げた人の名前を調べることができるコーナーである。2019年 11 月時点で、HPには「650 以上の記事がある」と記述されている。ここでは DENSHO のスタッフ以外の方々からも記事・コンテンッが提供されている。「現在進行形で進んでいるプロジェクトであり、今後もコンテンツの追加をしていく」とも記載されている。 ## 3.5 (4)DIGITAL ARCHIVES ## 3.5.1 デジタルアーカイブの概要 DENSHO の活動の中核ともいえるコーナーで、 オーラルヒストリーをまとめた動画のデジタルアーカイブを中心に据えている。HPによると、動画コンテンツは日本人の米国への入植期から 1980 年代まで広く捉えてインタビューしており、計 1,700 時間を超える動画をもとに作成されているという。動画以外にも、日系人や戦争の歴史を知る上で重要となる写真や文書、新聞記事、手紙など数千点に及ぶ画像もアーカイブされており、多面的に歴史を知ることができる。動画も史料も、太平洋戦争中の日系人の強制収容をめぐる記録が中心となっている。 コンテンッは、トピック、場所、年代などを入力すればサイト内で検索しやすいように工夫されている。 (図 3) 図3「hawaii」の検索結果画面 このアーカイブ開設の理由について HP には、「デジタル化されたコンテンツへのアクセスに関心が高まっている。学生・教育者・研究者は、デジタル化された文書や論文への直接かつ便利なアクセスを望んでいるものの、コンテンッの多くは、他の場所で簡単に入手できないか、高価だ。これらの課題を解決するために開発された」と説明している。 コンテンッは DENSHO が独自に入手したり、 タビューしたりもののほか、提携する Japanese Cultural Center of Hawaii (ハワイ日本文化センター)、Oregon Nikkei Endowment(オレゴン日系基金)などの団体のものもある。 ## 3.5.2 デジタルアーカイブの特徴 DENSHO のオーラルヒストリーのアーカイブにはいくつかの特徴がある。いずれも、コンテンツにたどり着いた人 (主に研究者、学生など教育的目的で訪孔るユーザーを意識している)にとって、利活用しやすい仕組みを目指していると考えられる。 動画閲覧画面にはインタビューした日時、インタビューが行われた場所、インタビュー対象者の略歷、聞き手名などの情報が記載されており、後に閲覧する人が動画の出どころを簡単に把握でき、活用しやすい作りとなっている。(図 4) 図4 動画閲覧画面の一例 また、インタビューはものによっては数時間に上るなど長時間だが、同一人物に対するインタビューであっても話しているテーマや時代によって数分 10 分前後に分割されており、それぞれに見出しがついている。この設計により、ユーザーは知りたい情報にたどり着きやすいようになっている。また、各証言ぺー ジでは動画のみならず、音声、書き起こし文がダウンロードできる仕様になっており、動画を見なくても内容が分かるようになっている。特にリスニングを苦にする人にとっては、発言内容の書き起こしがあることはとても便利なのではないだろうか。 ## 3.5.3 アーカイブ個別事例 上記写真のヘレン・ハラノ・クライストさんの動画ページを例にみてみよう。動画を視聴する前に、ユー ザーはすでに以下の要点について知ることができる。 マクライストさんが 1934 年 8 月 26 日に日系三世としてカリフォルニア州バークレーで生まれ、カリフォ ルニア州のタンフォーアン収容所と、ユタ州のトパーズ収容所に強制収容された経験を持つこと。 マクライストさんに対するインタビューは 1 時間 52 分を超える。しかし、DENSHO 上のアーカイブでは 24 分割されており、このパートはそのうちの 16 番目にあたり、5 分46秒の尺であること。 収容所にいた際に「自由」について思いを馳せていたことを語る場面であること。 マインタビューが 2008 年 6 月 18 日にシアトルで行われたことであること。 これら要点を把握したしたうえで動画内容に触れることでユーザーの理解は深まるのではないかと考える。動画で語られている内容を一部紹介する。 「どうしても忘れられない記憶があるのです。それはタンフォーアンにいたときのことです。収容所は金属製のフェンスで囲われており、フェンス際では常に銃を持った兵士が行ったり来たりしていました。ある日、私がフェンス近くへ行くと、蛇がフェンスの下を通っているところに出くわしました。その時に感じたのです、『いつでもフェンスをくぐって外へ出られる蛇の方が私なんかよりも余程自由があるなって。私にはそれができませんから』」 「自由というのは非常に重要なもので、私たちはそれが当たり前にあるものではないということに気づきました。自由は、ただ何でもできるということだけではなく、自由に考え、創造し、学ぶことができるということです。自由に感謝しなければならないことはたくさんあるのです」 このような発言も、例えば研究者が「在米日系人の戦前・戦中・戦後のライフヒストリーを知りたい」と思っていてもなかなかたどり着きにくい情報ではないだろうか。仮にクライストさんの動画を見つけたとしても 2 時間近くに及ぶインタビューの中から、強制収容所内での考察を聞き出すのは非常に手間のかかる作業だ。その意味において、DENSHOのような団体が集めたコンテンツを収集してアーカイブし、検索しやすいよう分類し、無料で公開することに意義がある。 ## 3.6 LEARNING CENTER DENSHO は、HPに揭載されているインタビュー や史料が研究・教育目的で使用されることを想定している。この LEARNING CENTER では、教育現場で活用できる講座・教材を何点か提供している。 まずは、中等学校 (日本における中学・高校に相当) で教える教師を対象とした講座だ。戦時中の日系人の 強制収容の歴史を生徒に教える前に、教師自身が歴史的背景や授業での説明の仕方について学べる無料のカリキュラムを提供している。HPによると、講座は「5 〜6時間で終わる」内容だと書かれている。 日系人にとどまらず、黒人、イスラム教徒など米国内で差別の対象となった人々のオーラルヒストリーを通して差別の歴史や実態を伝えるための中高生向け教材の制作にも着手している。教材を作るにあたり、 DENSHO は米国内にある黒人、イスラム教、先住民族などの歴史を伝える博物館や財団と提携している。 HPによると、この教材は未完成である。 ほかにも、新聞を教材にして学習するNIE (Newspapers In Education) コーナーがある。ここでは、 シアトルの地方新聞「The Seattle Daily Times」に 1900 〜1949年の間に掲載された、日系人に関する記事にたどり着くことができる。著作権の関係で閲覧できないが「New Camp for Bad Japs (April 28, 1944)」という記事がある。「Jap」という日本人に対する荗称を用いながら「悪い日本人用の新しい収容施設」と見出しづけられている。当時の日系人に対する差別的なまなざしを生々しく感じ取ることができる。 ## 3.7 BLOG 文字通りのブログで、2008 年 5 月に開設された。開始時には、「スタッフの日常業務を共有すること」が目的だと投稿に書かれていた。しかし、その後の投稿を追うと、収容施設ごとの特徴やそこでの生活に関する情報や、日系人に関係する書籍に対する批評など「スタッフの日常」の域を超える社会的な発信が増えている。更新頻度は、月に 10 回以上の投稿があった開設当初に比べると減っており、ここ数年は月 1 4件ほどの更新にとどまることが多い。投稿内容は、各月ごとに検索できるほか、「education (教育) $\rfloor\lceil$ military (軍事) $\rfloor\lceil$ critique (批評) $\rfloor$ などのテーマごとに探すこともできる。 ## 3.8 GIVE GIVE では活動資金の寄付を募っている。 寄付金額について具体的な数字は公開されていない。たた、同ぺージに掲載されている収支報告書によると、2018 年の収入は計約 152 万ドルで、うち「寄付・公的支援・イベント収入」の合算が全体の約 6 割にあたる約 90 万ドルに上る。助成金約 60 万ドルと合わせるとほぽ全額となる。 同年の支出は約 133 万ドルと記載されている。内訳は「プログラム(アーカイブ制作など団体の主な活動費とみられる)」が約 93 万ドルで全体のおよそ 7 割を占める。そのほか、「ファンドレイジング (資金集め)」 が約 23 万ドル、事務費が約 16 万ドルとなっている。 15 人のスタッフを抱え、現在進行形でコンテンツを拡充している団体としては予算規模が小さい印象を受ける。スタッフの多くがボランティア、もしくは副業として携わっている可能性がある。 ## 3.9 DENSHO DINNER 2017 年から毎年一度開かれるディナーパーティー のことを「DENSHO DINNER」と呼んでいる。 DENSHO にとっては、寄付など活動資金集めの要となる恒例行事。参加費は 125 ドルで、うち 25 ドル分は寄付扱いとなる。今年は 11 月 2 日に開催された。 HPによると、今年は心理療法士で映画監督・作家としても活動するサツキ・イナさんと、詩人・作家のミツエ・ヤマダさんがゲストスピーカーとして参加した。いずれも日本にルーツを持つ日系人だ。 トラウマ治療を専門とするイナさんは、非暴力の立場から米国内で一部勢力から差別的な扱いを受ける移民や難民のコミュニティを支援し、収容施設の廃絶を訴える団体「Tsuru for Solidarity(連帯のための鶴)」 の共同代表として話す予定になっている。 一方、ヤマダさんは 10 代のころに家族と一緒にアイダホ州の収容所に強制収容された経験を有し、人権活動家としての顔も持つ。戦後には、戦時中の日系人強制収容について初めて執筆した作家の一人であり、収容所を題材とした「Camp Notes」などの詩集を著している。96歳となる今年も新刊本を発表しており、 DENSHO DINNER ではその最新作から詩を朗読されたとみられる。 このゲスト 2 名の人選を見ても、DENSHOが日系人の強制収容という 75 年前の出来事を今日的なコンテキストで捉えていることが分かる。過去に学び、社会情勢によって社会的少数者(弱者)を差別したり、不当な扱いをしたりすることを看過できない、という姿勢だ。 実際、2019年 10 月の NEWS (メルマガ) で、トム. イケダ氏は次のように記載している。 「私は今回(のDINNERで)、2人のとても迫力のある声を聞くことに興奮しています。Tsuru for Solidarity の共同代表であるサツキ・イナ博士と、移民の子や家族の収容を終わらせる運動のリーダーで、詩人・教育者・フェミニスト・人権活動家のマツエ・ヤマダさんのことです。私はこの驚くべき女性らが、第二次世界大戦の強制収容経験から、(その後は)他人の人権のために闘う姿に刺激され続けています。あなたもそうなることを期待しています」 「日系人が第二次世界大戦で経験した強制収容の歴史は今日、過去のどの時期よりも必要とされています」 ## 4. 日本語版HP ## 4.1 日本語版の概略 DENSHO は、2010 年に日本語版サイトを開設した。英語の元のサイトからは「日系アメリカ人の歴史ポー タル」というタブを押すことで日本語版に飛ぶことができる。(図 5) 図5日本語版のトップページ ## 4.2 日本語版コンテンツ 構成は英語版とは全く異なり、文字情報がほとんどを占める。日本から米国への入植期から戦時中の強制収容、1988 年に当時のロナルド・レーガン米大統領が、戦時中に強制収容された日系人のうち存命の人全員に賠償金の支払いと、大統領公式謝罪を認める法律に署名したところまでの歴史的流れが分かるようになっている。 歴史は「船出」「緊迫」「強制立ち退き」「不和」「復帰」の 5 章で構成される。各章の長さは 1000 字程度。 それぞれの章に出てくる単語のうち、キーワードとなる一部(例えば、「一世」「常設強制収容所」「賠償金請求」など)については、クリックすれば具体的な単語説明ページに飛ぶことができる。特徴としては、全ての漢字に振り仮名をつけたり、英語表記に変更できたりする点だ。日系人の中で日本語の読み書きが得意でない人や、若い世代でも読めるような工夫のように見受けられる。 ## 5. おわりに 米国が太平洋戦争中に行った日系人に対する強制収容の歴史を、被収容者に対するインタビュー動画を軸にデジタルアーカイブし、後世に伝える活動を続ける米国の非営利団体「DENSHO」の設立から今日の活動まで検証してきた。 主な特色として二点挙げる。一点目は、デジタルアーカイブのプラットフォームとして豊富なコンテンツを揭載しているが、それぞれへのアクセスが非常に簡単なことだ。収容所の場所、年代、コンテンツの属性(動画か否かなど)などさまざまな角度から検索できる。数時間にわたるインタビューを、話している年代やテーマごとに数分~十数分に細切れにして、研究者や学生が関心のある分野に絞ってオーラルヒストリ一を再生できることもユーザーファーストの視点に立っているといえる。 二点目は、過去の出来事を現代にも通じる問題として捉元、問題提起している点だ。DENSHO の創設メンバーで、事務局長のトム・イケダ氏はメルマガで 「これらの物語(オーラルヒストリ一)を静かに保存するだけではもはや十分ではありません。私たちは、過去の歴史を活発に発信し、より公正な世界を築くために寄与しなければなりません」と発信している。これに限らず、DENSHO では「現在の差別を解決するために、強制収容の歴史を知ることが大事」との考えが色濃く出ている。現在を生きる読者が「自分事」として受け止めることを促している。 今後の課題としては、トム・イケダ氏の後継者が現れるのかどうかではないだろうか。HPを見る限り、 イケダ氏の強い想いとリーダーシップのもと DENSHO が設立し、同氏がインタビューの多くを実施し、毎月の NEWS・メルマガも同氏が発信している。収支報告書でも団体を代表したあいさつ文をイケダ氏が書いており、名実ともにイケダ氏が団体の中核を担っている。 DENSHO は今後引き続きコンテンツを充実させ、教育用の教材も作るとみられているが、どこかで世代交代が必要だらう。団体が持続的に活動を続けられるか否かは、イケダ氏の後を継ぐ人物が現れるかどうかにかかっている、と言って過言ではないかもしれない。 ## 註・参考文献 [1] DENSHOの英語版ホームページ https://densho.org/(参照 2019-11-07) [2] マス・コミュニケーション研究, No52,1998,147p 「第二次世界大戦時の日系人立ち退き・収用問題とアメリカのリベラル・プレス」(水野剛也・ミズリー州立大学) [3] DENSHOの日本語版ホームページ http://nikkeijin.densho. org/legacy/index.htm(参照 2019-11-07)
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# [C31] アメリカにおけるデジタル記録の管理標 DoD5015.2 の理論的背景と実装: オープンソース「アルフレスコ」によるテスト事例 ○橋本陽 1 ) 1)帝国データバンク史料館 E-mail: [email protected] ## The Theoretical Background and Implementation of DoD 5015.2: The Case Study of Open Source Application Alfresco Yo Hashimoto ${ }^{1)}$ ${ }^{1)}$ Teikoku Databank Historical Museum ## 【発表概要】 本報告は、アメリカの記録管理標準である DOD5015.2 に準拠したアルフレスコを用いて、証拠能力を伴った形でどう電子記録を作成・管理していくかを検証する。まず、DOD5015.2を国防総省がどういう経緯で作成したか、その歴史的経過を追う。この中で、国防総省は、ブリティツシュコロンビア大学の UBC プロジェクトの成果を導入していた事実を指摘する。UBC プロジェクトは、ヨーロッパの伝統的なディプロマティクスとアーカイブズ学をもとに、電子記録の管理のあるべき姿について理論的考察を行なっていた。続いて、業務と記録管理のオープンソー スのソフトウェアであるアルフレスコにおいて、UBC プロジェクトがどう実装されているかを確認する。実際に、文書のバージョン管理、作成者、受領者やアーカイブズ学特有の概念であるアーカイブ結合性も、XML 形式のメタデータが作成されることで示されている。最後に、アルフレスコを利用する上での課題と展望を挙げる。 ## 1. はじめに 昨年、日本政府は公文書管理の全面電子化を決定した。その一方、アメリカの国立公文書館である NARA は、日本より先行し、2023 年までに移管対象とする記録をすべてデジタル媒体にすると決定している。これが実現可能となる背景の一つとして、各政府機関が記録を作成し健全に管理するためのシステムが運用されている事実が挙げられる。アメリカの政府機関で用いられる記録作成と管理のシステムは、すべてDoD5015.2に準拠している必要がある。DoD5015.2 とは、デジタル記録の持つ証拠能力を維持しながら管理することを目的として国防総省が作成した標準であり現在では民間の機関も利用している。 DoD 5015.2 に準拠したシステムの一つとして知られるのがアルフレスコ(Alfresco)である。アルフレスコは、日本の民間企業にも導入実績があり、情報管理と業務効率化に役立てられている。しかし、どういう原理で、記録の証拠保全が実装されているのか、日本の記録管理学およびアーカイブズ学の視点か らはアプローチが見られない。 そこで、本発表では、アルフレスコを通し、 DoD5015.2 の機能を確認する。ただし、標準要件が列挙される DoD5015.2 に依拠するだけでは、全体像が見えにくい。したがって、 DoD5015.2 作成に大きく貢献した UBC プロジェクトとアルフレスコを比較することで、記録の証拠能力がどう担保されているかを検証したい。 ## 2. DoD 5015.2 と作成の経緯 DoD5015.2 の現行のバージョンは、DoD 5015.2-STD と呼ばれ、次のような機能が搭載されている。 - 記録保存用のデジタル複製を作るデスクトップ内のアプリケーションで記録を管理 を管理 - 永久保存となる $\mathrm{E}$ メールを自動的に NARA に移管 - 記録の収集、分類、利用、廃棄、保存などを要求される業務課程の自動化 DoDとは、Department of Defense の頭文字をとった略称で、アメリカ国防総省を意味する。つまり、DoD5015.2 は、アメリカ国防総省が取り決めた標準である。 アメリカでは 1990 年代初期に、湾岸戦争症侯群が問題となった。湾岸戦争帰還兵の中から、記憶障害、倦总感といった症状で苦しむ人間が多数現れたのである。湾岸戦争症候群の調查を進めるにあたり、議会は国防総省に湾岸戦争で遂行された「砂漠の嵐作戦」に関する記録の提出を要求した。しかし、国防総省の管理が杜撰で、報告に必要となる記録が廃军・消失していたことが明らかになった。 これにより、国防総省は、記録管理改善の問題に直面することにあり、DoD5015.2を完成させた。この過程で、電子記録の管理について先進的な研究を進めていたカナダのブリテイッシュコロンビア大学にも協力を要請していた。この研究は UBC プロジェクトと呼ばれるもので[1]、後にInterPARES Project(インターパレスと略称)という分野横断型の国際的なプロジェクトにつながる。 ## 3. UBC プロジェクト UBC プロジェクトは、現用および半現用段階における電子記録の証拠能力を保全がどうあるべきかを模索するものである。現用段階とは、作成した組織が文書を管理する段階、半現用とは利用頻度が低下し、作成組織とは別の保管場所あるいはサーバーで管理する段階を指す。 UBC プロジェクトは、ヨーロッパ中世から発展したディプロマティクス (Diplomatics、古文書学)およびアーカイブズ学両方の成果をもとに、電子記録が証拠となるための要件を規定している。証拠能力を判断する指標はは、信憑性 (Reliability) と真正性 (Authenticity) の二つに分けられる。 信憑性とは、記録がその記述対象となる事実を十分に表しているかを指す。これは、記録が完結していること、および完結にいたるプロセスが適切な手続きであることで確定される。一方で、真正性とは、記録に自己同一性があること、および改ざんされていないことを指す。記録が受け渡される状態や形態、保管と管理の状態から判断される。 電子記録の場合は、記録に付与されるメ夕データによって、信憑性と真正性が示される。 メタデータは記録のプロファイル(Record Profile)に、作成段階から記入され続けることで、電子記録の証拠能力は担保される。記述されるメタデータは多種多様である。文書の作成時間、送付時間、作成者、受領者、文書作成に関わる活動・業務およびアーカイ ブ結合性(Archival Bond)などである。アー カイブ結合性は、組織や部署が処理する業務とその遂行過程で作成・受領する一連の文書との連関性を示す。この連関性によって、分かちがたく結びついた記録の集合体が、記録管理学およびアーカイブズ学の分野では、ア一カイブズと呼ばれる。 ## 4. アルフレスコ アルフレスコは、業務管理と文書管理を連動させたオープンソースのシステムである。 とはいえ、オープンソースの機能は限定されており、サービス全ての利用には、開発企業への契約が必要となる。実際に、インターパレスの研究によれば、本当の意味でのオープンソースであるとは言い難いとの評価を受けている[2]。 アルフレスコでは、文書単体の作成時間、送信時間、受領時間や作成者などをメタデー 夕として保管できる。文書変更によるバージョン履歴の管理により、信憑性を保証できる。 さらに、業務の担当者、業務処理と文書作成の手続きの設定、一連の文書と業務の関係性を紐づける機能が備わっており、記録のアー カイブ結合性を明示できる。 図. アルフレスコのインターフェース メタデータは、XMLファイル形式で作成され保管される[3]。文書作成と管理を経て作られるXMLファイルによって、記録に信憑性と真正性が備わっていることが示される。 ## 5. おわりに アルフレスコの事例で示されるように、 DoD5015.2 に準拠して運用される記録管理システムによって、証拠能力を伴った記録が作成され、保証される。また、DoD5015.2は、現代の記録管理や環境に関する知識だけでなく、ヨーロッパの伝統にも依拠して作成されており、欧米の歴史に根付くものであることが確認される。 オープンソースは、コードが公開されていることにより、システムの陳腐化を防ぐ一助となる。記録管理システムであれば、そこで管理される記録がより安定して保管される保証となる。この点を活かし、オープンソースのみを使い、記録の作成、管理そして最終的なアーカイブズでの保存を行う試みも見られる。その一つが、 $\mathrm{EU}$ 歴史アーカイブズで進められるプロジェクトである[4]。課題は、アルフレスコと、アーカイブズがアーカイブズ資料を保存するためのソフトウェアをどう連動させるかである。 もし、現用からアーカイブズにおける保存までをオープンソースで実装できれば、資金の乏しい組織や資料保存機関でも電子記録の保管のハードルが格段に下がる。日本では、 アーカイブズ機関のほとんどが予算が潤沢ではない。オープンソースを活かした電子記録管理の研究は、日本でも実利的な効果があると期待できる。 ## 参考文献 [1] Duranti, Luciana.; Terry Eastwood.; H eather MacNeil. Preservation of the Integ rity of Electronic Records. Kluwer Acade mic Publishers, 2002, 172p. [2] Rogers, Corinne.; Elizabeth Shaffer. G eneral Study 08 - Open-Source Records Management Software: Final Report. Vers ion 1.4. 2013/10. http://www.interpares.org /display_file.cfm?doc=ip3_canada_gs08_final _report.pdf (accessed 2020/02/25). [3] Alfresco. Alfresco Community Edition Doc umentation. https://docs.alfresco.com/commu nity/concepts/welcome-infocenter_communit y.html (accessed 2020/02/25). [4] Historical Archives of EU. Digital Pre servation System. https://www.eui.eu/Rese $\operatorname{arch} /$ HistoricalArchivesOfEU/FindingAidsA ndResearch/Digital-Preservation-System (a ccessed 2020/02/25) この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C24] 国立科学博物館附属自然教育園における植生管理手法のデジタルアーカイブ化に向けた取り組みについて $\bigcirc$ 遠藤拓洋 ${ }^{1)}$, 下田彰子 ${ }^{1)}$, 齊藤有里加 ${ }^{2)}$, 山田博之 ${ }^{3)}$, 小川義和 ${ }^{1)}$ 1) 国立科学博物館, $\bar{T} 110-8718$ 東京都台東区上野公園 7-20 2) 東京農工大学, 3) 筑波大学 E-mail: [email protected] ## The approach toward digital archiving vegetation management methods in the Institute for Nature Study, National Museum of Nature and Science TAKUMI Endo ${ }^{1)}$, AKIKO Shimoda1), YURIKA Saito ${ }^{2}$, HIROYUKI Yamada ${ }^{3}$, YOSHIKAZU Ogawa $^{1)}$ 1) National Museum of Nature and Science, 7 Uenokoen, Taito-ku, 110-8718 Japan 2) Tokyo University of Agriculture and Technology, ${ }^{3)}$ University of Tsukuba ## 【発表概要】 国立科学博物館附属自然教育園にて、動画撮影による植生管理手法のデジタルアーカイブ化を試みた。自然教育園は文化財保護法により、全域が天然記念物および史跡に指定され保護されるとともに、研究・教育のための野外博物館としての機能を有している。園内の植生管理においては開園当時から専門の職員が担当し、方針や大まかな手法については維持管理要綱として文書化されているが、各植栽展示の管理手法の詳細は職員の経験に基づく部分が多く、明文化されていないことが現状の課題である。そこで今回、自然教育園では現状の植生管理手法をデータ化し可視化を目指す中で、動画制作によるデジタルアーカイブ化に取り組んだ。 生態系を考慮した植生管理手法については、一般にあまり知られておらず、デジタルアーカイブ化は自然環境保全について広く理解を深めることと天然記念物の保護と活用についての教育普及にもつながるといえる。 今回はその第一歩として実施した動画制作の取り組みとそのプロセスについて報告する。 ## 1. はじめに 国立科学博物館附属自然教育園(以下、自然教育園)は、旧武蔵野の自然景観を保ち、 そこに残された生物群集の学術的価値及び土罣・館跡などの史跡の歴史的意義から、文化財保護法により全域が天然記念物及び史跡の指定を受けている。自然教育園は、この自然の保護及び史跡の保存の役割を担うとともに、都市緑地における生態系の変遷に関する調查研究および自然教育・自然保護教育のための野外博物館としての機能を有している。 近年、文化財保護法が改正され、文化財の計画的な保存と活用とともに、それらの両立が課題となっている[1]。これに向けて、自然教育園をモデルとし、天然記念物の保存と特に密接にかかわる植生管理について、これまで経験に基づき行われてきた手法をデータ化・可視化し、植生管理システムと展示教育への活用に向けた環境教育システムの開発を試みている。 今回はその一環として進めている動画制作による植生管理手法のデジタルアーカイブ化の取り組みとそのプロセスについて報告する。 ## 2. 自然教育園における植生管理とデジタ ルアーカイブ化の意義 自然教育園における植生管理は「維持管理要綱」に基づき、天然記念物及び史跡の保存や自然教育の場としての観点から、自然景観や生物群集といった生態系を考慮した手法により行われている $[2]$ 。こうした手法には専門的な知識・技術のほかに園内の生物相や環境の変化を知る必要があるため、開園以降、研究者の助言を受けつつ、専門の職員が植生管 理を実施してきた。 植生管理における基本的な方針や大まかな手法については、前述の維持管理要綱を含め文書化されているが、各植栽展示の詳細な管理手法は担当する職員の経験に基づく部分が多い。また、手法の継承においても口伝によるところが大きく、明文化されていないことが現状の課題である。さらに 2012 年以降、生態学的観点から植生管理に助言できる常勤の研究員が園に不在となっており、現状の植生管理を後世に維持するために、明文化されていない植生管理手法を可視化していく必要があると考えられる。 このような明文化されていない部分を可視化するための試みとして、現状をデータ化・整理することによる植生管理システムの開発を進めている。この試みの一環として、動画を用いたデジタルアーカイブ化を行った。これにより、後世に向けて現在の手法や細かい工夫をより正確に残すことが可能となると考えられる。また、一般にあまり知られていない生態系を考慮した植生管理手法を教材化し、展示教育に活用することで自然環境の保全について広く理解を深めることにつながる。また、天然記念物の保存と活用についての教育普及とそのモデルケースとなることにもつながると考えられる。 ## 3. 植生管理手法のデジタルアーカイブ化 植生管理手法のデジタルアーカイブ化においては、前述の植生管理システムのほか、展示教育への活用に向けた環境教育システムと位置付ける Web コンテンツの一つとして活用する。(図1)。 図 1. Web コンテンツイメージと植生管理の位置づけ これらはレンタルサーバー上に制作したサイトで公開し、動画は Youtube などの動画サイトに置き、サイト上からアクセスする仕組みとなる。また、動画教材についてはタブレッ卜端末に移し、学校団体などの園内案内にも活用する予定である。 今回は動画教材の制作と作業動画集の素材となる季節ごとの主な植生管理作業の撮影を行った。 ## 3.1 動画教材の制作 動画教材については、自然教育園の概要、歴史と天然記念物、植生管理の意義を含めたイントロダクションと、植生管理専門の職員によるインタビューを中心とした解説動画の 2 パターンについて制作した。専門知識のない一般層を対象とし、解説内容や字幕の表記、用語の表現については小学 4 年生でも理解できるものとなるように簡易なものとした。動画時間は視聴者が飽きないよう各 1 分半程度となるように調整した。 イントロダクションについては、特に低年齢層が入り込みやすいよう、自然教育園にちなんだキャラクターを作成し(図2)、これらの掛け合いによって進む構成とした。 図 2. キャラクターデザインと要点 インタビュー動画については、専門の職員 3 名と研究者 2 名 (名誉研究員、非常勤研究 員)により 2 回の打ち合わせの中で動画構成や取り扱うテーマなどの検討を行った。そのプロセスを表 1 に示す。決定した 5 テーマについて、管理対象となる植物についても取り上げ、管理方法や目的のほか、担当者の工夫や心構えなどを引き出すようにした。 表 1.インタビュー動画制作における打ち合わせ事項 & & \\ イントロダクションと 5 本のインタビュー 動画(図 3)の計 6 本については、2019 年 12 月 5 日に職員の他、カメラマン 1 名、インタビュアー1名により撮影を行った。イントロダクションにおいては、歴史や天然記念物に関連する風景の撮影、インタビュー動画においては職員のインタビューのほか、実際の作業風景も撮影した。 なお、インタビュー動画については編集時に、低年齢層がよりわかりやすいようテロップによる用語解説や関連画像などを用いてインタビューによる解説を補完した。 図 3.インタビュー動画の一部 ## 3. 2 植生管理作業動画の撮影 自然教育園における季節ごとの主な植生管理の様子を動画により記録した。 植生管理の手法、特に明文化されていない細かな工夫や技術をいかにわかりやすく動画に残すかについては、土屋・本岡 ${ }^{[3]}$ にるつイールドワークのデジタルアーカイブ化の手法を参考とし、ハンディカムによる作業遠景と視点ウェアラブルカメラ (Panasonic HXA500)などを用いた作業者視点の 2 パターンを記録した(図 4, 5)。作業遠景では全体状況と作業の意図が、作業者視点では鎌や鋸などを使う際の細かい手元の動きがわかるように撮影を行った。その他の留意点として、作業前、作業後の様子が比較できること、作業上の細かい工夫がわかるよう、細かくシーンを区切って撮影を行った。 これらをテーマごとにまとめ、字幕による解説をつけ、30 秒から 1 分程度の動画集として公開する予定である。 図 4. 水辺のハンノキ伐採(作業遠景) 図 5. 水辺のハンノキ伐採(作業者視点) ## 4. おわりに 本稿では、植生管理を可視化する試みの中で実施した、植生管理手法のデジタルアーカイブ化に向けた取り組みとそのプロセスについて報告した。 作業動画の撮影、動画教材の作成ともに植生管理専門の職員が中心となったが、特に、動画教材を作成する中でこれまで明文化されていなかった各々の手法や工夫について可視化し、共有できたのは一つの成果であると考えられる。一方で、テーマの検討において出し切れていないものも多くあり、可視化すべき部分を各々でどのように引き出し、アウトプットしていくかが今後の課題である。 今後は 3.1 節で作成した動画教材については、他のコンテンツとともに教育システムとしての試験運用を行っていく。具体的には園内で活動するボランティアや観察会などの機会を活用し試行するとともに、アンケートの実施と結果分析によるシステムの改修、今回の教材を用いた教育プログラムの開発を進めていく予定である。 また、3.2 節についても撮影した植生管理作業動画をサイト用にコンテンツ化し、試験運用するともに、随時追加撮影を行ってい <。 なお、本事業は JSPS 科研費 JP18H00761 の助成を受け、実施した。 ## 参考文献 [1] 文化庁. 文化財保護法に基づく文化財保存活用大綱 - 文化財保存活用地域計画 - 保存活用計画の策定等に関する指針. 2019-03-04 https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/p df/r1402097_10.pdf(参照日 2020 年 2 月 21 日) [2]国立科学博物館附属自然教育園編. 自然教育園 50 年の歩み. 1999. 90 pp. [3] 土屋衛治郎, 本岡拓哉. デジタルアーカイブ的手法を用いたフィールドワークにおける 「地理的な見方」の記録と利活用. 地域環境研究. 2018, vol20, p. 171 - 177 イセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C23] 科博の統合データベース: 科学系博物館のデータベースの一例として 大野理恵 1 ), 細矢剛 1 ), 真鍋真 1) 1) 国立科学博物館 標本資料センター, 〒305-0005 つくば市天久保 4-1-1 E-mail: [email protected] ## Integrated Database for Natural History Specimens and Scientific Objects in National Museum of Nature and Science \\ OHNO Rie ${ ^{1)}$, HOSOYA Tsuyoshi ${ }^{1)}$, MANABE Makoto ${ }^{1)}$ \\ 1) Collection Center, National Museum of Nature and Science, 4-1-1 Amakubo, Tsukuba, Ibaraki 305-0005 Japan} ## 【発表概要】 国立科学博物館では 2019 年 4 月現在、470 万点以上の自然史系および理工系の標本資料を管理・保管している。館内の膨大な数かつ多種多様な分野にまたがる標本資料を一元的に管理し、 またその情報を一般市民に公開するため、当館では標本資料統合データベース(以下統合 DB) を管理・運用している。統合 DB に登録されている自然史系標本のデータは、S-Net(サイエンス・ミュージアムネット)やGBIF(地球規模生物多様性情報機構)、ジャパンサーチに提供され、公開されている。本発表では、統合 DB の概要と利用状況について紹介するとともに、統合 DB が有する様々な課題について報告する。 ## 1. はじめに 国立科学博物館は日本で唯一の国立の総合科学博物館である。所蔵している標本資料の数は国内ではトップクラスの 470 万点以上 $(2$ 019 年 4 月現在)にものぼり、分野も動植物標本から地学系標本、理化学資料、人類学標本まで多岐にわたる。 こうした多種多様な分野にまたがる標本資料を一元的に管理し、全体像を把握するため、当館では標本資料統合データベース(以下統合 DB)を管理・運用している[1]。統合 DB の情報の多くは科博内の研究者のみならず、 ウェブサイト(http://db.kahaku.go.jp/webmu seum/)を通じて国内外の研究者や一般市民も閲覧することができる(図 1)。 ## 2. 1 データの公開と利用 統合 DB は 2020 年 2 月現在、動物分野、植物分野、地学分野、人類学分野、理工学分野を合わせて 60 のデータセットがあり、約 215 万件のデータが公開されている。このうち約 176 万件は国立科学博物館に収蔵されている標本のデータ、約 7 万件は附属植物園で維持している生植物のデータ、約 32 万件は附属自然教育園で維持している植物の観察データである。統合 DB のデータは CSV ファイルでダウンロードすることが可能である。標本デー タのうち、画像データを伴うものは約 28 万件 (標本データ全体の約 16\%)ある。統合 DB には英語版ページもあり、標本情報を英語で検索・閲覧することも可能である。 図 1. 統合 DB のホームページ 統合 DB のホームページには毎日 100 回以上のアクセスがあり、通常 1 日に数十〜百数十回の検索がなされている。データダウンロ一ドの頻度は月当たり数十回程度である。日本語ページに比べると数は少ないものの、海外からのアクセス(800~1000 回/月)やデー タダウンロード(数回〜数十回/月)も行われている。 ## 2. 2 外部データベースとの連携 統合 DB に登録されている標本資料データ のうち、動物標本、植物標本、および古生物標本のデータは、日本国内の自然史標本に関する情報を集約し、日本語で公開する $\mathrm{S}-\mathrm{Net}$ (サイエンス・ミュージアムネット http://s cience-net.kahaku.go.jp/)[2]や世界の生物多様性情報を集約している GBIF(地球規模生物多様性情報機構 https://www.gbif.org/ja/) [3]、ジャパンサーチ [4]に提供され、公開されている。 ## 3. 統合 DB の問題点 ## 3. 1 データの偏り 世界には多種多様な生物が存在しており、全ての生物のデータを満遍なく登録することが望ましい。しかし、当館に所属する研究者が専門外の生物については、標本収集そのものや標本データの登録が遅れたり、手薄になる場合がある。また、専門の研究者が存在しない地域の標本についてもデータ数が少なくなってしまう。その結果、生物の種類及び採集地域において情報量に偏りを生じてしまう。 ## 3. 2 表記ゆれ 表記ゆれとは、一つの物事に対して複数種類の表現が存在している状態を指す。表記ゆれが存在すると、検索したい標本が検索されず、データ数の過小評価につながる場合がある。例えば、採集地が「アメリカ」となっているデータ A、「USA」となっているデータ B、「アメリカ合衆国」となっているデータ $\mathrm{C}$ の 3 つの標本データは全てアメリカ産である。 しかし、データの検索者がアメリカ産の標本データを検索するため採集地を「アメリカ」 として検索すると、データ A およびデータ C は検索結果に表示されるが、データ B は表示されない。つまり、アメリカ産のデータが 3 件あるにもかかわらず、検索者は 2 件のデー 夕にしかアクセスできず、ここでデータ件数の過小評価が生じる。 統合 DB のデータにみられる表記ゆれの例としては、地名表現が挙げられる。市区町村の統廃合や世界情勢の変化により、ある特定の場所を示す地名は時とともに変化していく。 これにより、標本データの作成時期によって、同じ場所が異なる表現の地名で表記されるケ一スがある。例えば、栃木県上都賀郡は 2011 年 4 月に栃木市に編入され、上都賀郡の名前は消滅した[5]。この場合、2011 年 4 月の前後に登録された標本データでは、同所であっても、郡市区町村名が「栃木市」とされたものと「上都賀郡」とされたものの両方が存在しうる。また、標本ラベルに記載された旧地名が現在の複数の地名の範囲にまたがっている場合があり、現在の地名に変換できない場合もある。 また、属や科など、分類群の名称にも表記ゆれが見られる。生物の学名は、研究の成果によって所属する分類群が変わってしまう場合がある。例えば、ネコ科の動物ユキヒョウはかつて Uncia 属とされ、「Uncia uncia」という学名が付されていたが、研究の結果ユキヒョウは Panthera 属となり [6]、2000 年代後半からは「Panthera uncia」とされるようになった。しかし、研究者によって支持する分類が異なる場合もあり、その結果一種類の生物に対して複数の学名表現がなされる場合がある。また、和名と学名が必ずしも一対一で対応していない場合があり、これも表記ゆれが生じる原因となっている。 ## 4. 今後の展望 統合 DB は総合科学系博物館のデータベー スとしては日本有数の規模を誇るが、様々な問題を抱えている。こうした問題を解決できれば、統合 DB は今まで以上に様々な研究に利用可能な有力なデータソースとなり得る。 今後はデータベースの有効性を強調してよ り。また統合 DB が抱える問題やこれによって生じる不利益について館内の研究者と共有し、またデータ入力の研修会を行う事によって、問題点を改善していくことを目指す。 ## 参考文献 [1] 標本・資料統合データベース. http://db.k ahaku.go.jp/webmuseum/(閲覧 2020/2/10). [2] サイエンスミュージアムネット. http://sci ence-net.kahaku.go.jp/ (閲覧 2020/2/10). [3] GBIF | Global Biodiversity Informatio n Facility. https://www.gbif.org/ja/ (閲覧 20 20/2/10) [4] ジャパンサーチ(BETA). https://jpsearch. go.jp/(閲覧 2020/2/10). [5] 公益財団法人国土地理協会. 公益財団法人国土地理協会 -市町村変更情報 : 今後の市町村変更情報一. 2019/5/7. http://www.kokudo.o r.jp/marge/index.html (閲覧 2020/2/10). [6] Johnson, Warren E. et al. The Late Miocene Radiation of Modern Felidae: A Genetic Assessment. Science. 2006, vol. 3 11, no. 5757, p. 73-77. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C22] 多面的$\cdot$多角的な視座を育むデジタルアーカイブ活用授業の提案:ジャパンサーチの教育活用 $\bigcirc$ 大井将生 ${ }^{1)}$, 渡邊英徳 ${ }^{2}$ 1) 東京大学大学院学際情報学府 2) 東京大学大学院情報学環 E-mail: [email protected] ## Digital archive utilization class that fosters multifaced and diversified perspectives: Educational use of Japan Search OI Masao ${ }^{11}$, WATANAVE Hidenori2) 1) The University of Tokyo Graduate School of Interdisciplinary Information Studies, ${ }^{2}$ The University of Tokyo Interfaculty Initiative in Information Studies ## 【発表概要】 新学習指要領では「多面的・多角的に考える力」「膨大な情報から必要なことを判断し、自ら問いを立てる力」等が重要であるとされ、そうした力を育むために図書館・博物館等の活用が推奨されている。しかし、図書館・博物館等の教育利用は深化していない。そこで本研究では、教育現場と MLAアーカイブ群の狭間にある問題を明らかにし、多面的・多角的な視座を育むためのデジタルアーカイブ資料群の教育利用を推進する学習環境をデザインする。そのための手法としてジャパンサーチを活用し、小・中・高校で授業実践を行い児童生徒の認識変容を分析する。ジャパンサーチの活用を通して、児童・生徒自らが探求的に資料を集め、複数の資料から問いを立てることで、多面的・多角的な考え方ができるようになると予想する。長期的には通年カリキュラムに合わせたジャパンサーチ活用実践を断続的に行い、教育に特化したメタデータを付与したアーカイブ構築を目指す。 ## 1. はじめに(研究背景) 2020 年度から本格実施される新学習指導要領では、多面的・多角的な考察力の育成が重視されており、M L A(=Museum, Library, Archives)施設を利活用した探求活動が推奨されている[1]。しかしながら、現状では多くの M L A 資料の学校教育への積極的な利活用は進んでいない。一部の教師たちの間では、文書館に訪れての資料収集と教材開発は行われているが、そのような実践は必ずしも全国の教育現場で一般化できるものではない。その要因は、教員が多忙な業務の中で施設に足を運ぶ時間や資料を収集・選択・教材化する時間がとれないこと、利用に際しての権利関係が不明膫であること、施設が近隣にないことにある。したがって、教員の属性を問わず教材として利用できる良質なデジタルアーカイブの構築が期待されている。また、「何を・ どこから・どのように収集するかを分析・考察した上で、自分なりの言葉で表現・発信する力」の育成を目標とする情報リテラシー教育の文脈においても、デジタルアーカイブを活用した学習環境デザインの検討には意義がある。情報リテラシー教育の目標を達成するためにも、多様な資料がストックされており背童生徒が自ら資料を収集することができる統合的なデジタルアーカイブが必要である。 これまでの学校教育におけるデジタル・アー カイブの活用は、主に個別のアーカイブを対象として進められてきた。しかしながら、各 MLA 施設がストックしている資料群を活用し、横断的・複合的な情報収集方法で学ぶことができる環境は十分に構築されていない。 その背景には以下の二点の課題がある。 1 , 日本における 1 万近くの MLA 関連施設の統合的アーカイブ体制構築の遅れ 2 , 膨大な資料群から教育課程に合わせて資料を活用したいと考えた際にどこ何の資料があり、どのように活用すればいいのかが分からないという課題 1 の課題解決に向けては後述のジャパンサー チが大きな役割を担っている。2 の課題を解決し、MLAにストックされている資料の教育利用を推進させるためには、学校教育課程に おけるカリキュラム、さらには教科 (書)の単元ごとに沿ったキュレーションを進めていく必要がある。また、教材としての資料には、授業場面ごとに違う目的がある。そのため、 そうした場面ごとの目的レイヤーのメタデー タをも明示することが望まれる。すなわち、教育利用に特化したメタデータまでアーカイブすることで、教育現場における資料の価值を高め、新たに生まれた対話の記憶と共に未来に継承されるコンテンツを構築することが望まれる。そこで本研究では、多面的・多角的な視座を育むためのデジタルアーカイブ資料群の教育利用を推進する学習環境をデザインする。そのための手法としてデジタルアー カイブを活用した小・中・高校での授業実践を行い、手法の妥当性を検証するために児童生徒の認識変容を分析する。実践を通して、北童・生徒自らが探求的に資料を集め、複数の資料から問いを立てることで、多面的・多角的な考え方ができるようになると予想す る。長期的には通年カリキュラムに合わせたデジタルアーカイブ活用実践を断続的に行 い、教育に特化したメタデータを付与したア一カイブを漸進的に構築し、過去と未来を繋ぎ、資料を子どもたちの考えや問い、表現とともに未来に継承していくことを目指す。 ## 2. 教育実践で活用するデジタルアーカイブ の検討 授業実践で活用するデジタルアーカイブを検討するにあたって、米国の DPLA(Digital Public Library of America) $の$ Primary Source Sets や、欧州の Historiana や Classroom for Teachers といった統合的資料アーカイブと教育支援や教育メタデータが付与されたコンテンツに該当するものは日本では確認することできない。しかしながら、国が主導する統合的なアーカイブ構築の動きは強められている。デジタルアーカイブジャパン推進委員会・実務者検討委員会を中心に推進されてきたジャパンサーチは、国の分野横断統合ポータルとして様々な分野の既存のデジタルアーカイブと連携し、検索だけでなく多様な利活用の推進基盤として期待されている。現在 16 連携機関、 64 の連携データベー スによって 19,710,496 件メタデータが構築されている[2]。したがって、現状日本で最も多様な資料を統合的に検索できること、権利関係が整備されていることなどが本研究における教育実践との親和性が高いと判断し、本研究ではジャパンサーチを実践で用いるデジタルアーカイブコンテンツの中心に据え、ミュ ージアムとしてのジャパンサーチの領域を学校教育現場にまで拡張させたい。 ## 3. ジャパンサーチの活用実践 \\ 3. 1 ギャラリーの構築 ジャパンサーチの利活用推進のためには、非専門家である一般ユーザー、とりわけ学校教育での活用を想定した場合の児童生徒にとっては、まずは興味関心をひくインターフェ一スであることが望まれる。そのような入り口機能としてジャパンサーチに実装されている「ギャラリー」は重要な役割を担っている。「ギャラリー」は国立国会図書館など専門家によってテーマごとにキュレーションされたコンテンツで、これらを眺めているだけでも楽しむことができる。しかし専門的な内容のものが多いため、一般ユーザーや子どもたちからは少し距離が遠いかもしれない。そこで筆者らは、ジャパンサーチの活用例として「非専門家の興味関心を高めるキュレーシヨンデザイン」というコンセプトでギャラリ一作品を構築した ${ }^{[3]}$ 。テーマとしてはオーソドックスな「東海道中膝栗毛」を選んだが、構造と見せ方を工夫し、ポップな旅行サイトのページをめくるような感覚で資料を探索できるようにした。また、現代の宿場町の様子とリンクさせることでタイムトラベルを想起できるような構成にした。 ## 3.2 エディタソンでのワークショップ 国立国会図書館主催で 2019 年 11 月に開催された「ジャパンサーチxエディタソン」では、利用者自身が資料を選んで編集するキュレーション機能であるジャパンサーチの「マイノート機能」を用いたワークショップが開催された。東京国立博物館の田良島氏と筆者大井がゲストスピーカー・講師として登壇し、大学生から MLA 関係者まで幅広い層の参加者とともに和やかな雰囲気でイベントは進行された。参加者はチームに分かれて二時間のキュレーションを行い、最後には作品をスクリーンに投影して発表するという流れであった。参加者の興味関心からキュレーションされた作品は実に多様且つユニークで、その一部はジャパンサーチ上で公開されている [4]。参加者からのアンケートでは、「チーム分けによって思いもよらぬ検索の面白さを感じた」といった好意見も多く、ジャパンサー チの教育利用に向けて手応えを感じた。しかし一方で、参加者からは「保存共有が難し い」「ノートの統合機能が欲しい」「サムネイルが少ない」といった声も寄せられ、今後の課題も明らかになった。 ## 3. 3 教育実践 ## 3. 3. 1 ノートボード機能の仮実装 上記エディタソンで明らかになった課題のうち、教育実践に向けて特に改善を要する点をNDL 職員と議論した。デザインした授業プランを伝え、児童生徒が共同キュレーション作業をしやすい環境、すなわちマイノート機能の統合・拡張を要望し、新たに「ノートボ ード機能」を仮実装していただいた。これはマイノートでキュレーション、編集したものを共通の URL 上で保存・共有できるもので、班ごとに作品を統合することも可能である [図 1]。 図 1.ノートボード機能(仮) のインターフェース制作した作品を班ごとに統合できる ## 3. 3.2 小学校での授業実践 国立大学附属小学校において 6 学年 1 クラスを対象に計 5 時間を 3 日に分けて実施した。本研究は学校教育という文脈で実践を行うため、単にジャパンサーチを活用したキュレーション作業だけを行わせるのではなく、過去に学習したことのある教科書に記載されている資料を導入に用いた。また、導入・展開・キュレーション及び発表の段階で「問い」を立てることを児童生徒と共有しながら授業を展開した。 小学校では資料を大きく印刷したものを黒板に貼り出し、小さなホワイトボードを活用して班ごとに 2 つの資料を比較して気づいたこと・分かったことと、疑問点・新たに生ま れた問いを書き出して議論し、発表する活動を出発点とした[図2]。 第 2 回授業では 8 班に分かれ、各班 i-Pad を一台ずつ用いて前回の資料比較で生まれた問いを発展させる形でテーマを設定し、キュレーション活動を行った[図 3]。児童らは自分たちの問いに沿って資料を集め、中には原本の資料の内容を詳しく読み込み、第 1 回授業の導入資料とジャパンサーチ上の資料、そして自分たちが生きる現代の生活との繋がりに気付き驚く班も見られた[図 4]。 図 2. 第 1 回授業の発表風景 览童らは新たに生まれた問いを共有した 図 3. 第 2 回授業のキュレーション風景タブレットでジャパンサーチを活用した 江戸買物独案内 2 巻付 1 巻上巻 国立国园畫館デタルコレクション 図 4. 原典の内容を分析した班が初回授業の資料分析の問いから発展させて見つけた資料 ## 3. 3.3 中学校での授業実践 2020 年 3 月に公立中学校 1 学年 3 クラスを対象に計 3 時間の実践を行う。 ## 3. 3.4 高等学校での授業実践 広島県の私立高等学校において 1 学年と 2 学年の合同クラスで計 6 時間を 2 日に分けて実施した。本実践では作品制作においてどのような「問い」を設定し、「問い」と資料をどのように繋げたのかをしつかりと表現することをより強く生徒たちに意識させるようにした。そのためパソコンに向かって作業するだけでなく議論に多くの時間を割く班の様子も見られた [図 5]。また、教科書の内容や論文等のアカデミックな議論の上にも立つて作品を制作するよう声がけをし、作業中はジャパンサーチと教科書を行き来する様子も見られた[図 6]。発表活動ではノートボード機能とパワーポイントの両方を活用する班も見られた [図 7]。また、発表手法としてポスター 発表のように各班を代表してセッションごとに一人がプレゼンテーターを務める形を用いた。このことにより各自が責任感を持って各班の内容を把握・表現でき、少人数セッションになるため活発な議論が行われた。 図 5. 各自のキュレーションと班のテーマの統合について何度も議論が重ねられた 図 6. 教科書や論文検索を組み合わせて作品を制作した班の活動風景 図 7. 二台のパソコンにノートボード機能とパワーポイントを表示して発表した班の様子 ## 4. おわりに(今後の展望) 今後は年度を横断して小・中・高でジャパンサーチを活用した長期授業実践を行い、通年カリキュラムの中でのジャパンサーチを活用した学習環境デザインを構築していく。 長期授業実践を通して、行った授業デザインを教育メタデータを付与してアーカイブコンテンツを構築する。最終的にはボトムアップ的なデジタルアーカイブが構築されることを目指したい。 ## 参考文献 [1] 文部科学省. 中学校学習指導要領 (平成 29 年告示) 解説社会編第 1 章総説 2 社会科改訂の趣旨及び要点. 東洋館出版社. 2018, p. 16 . [2] JAPAN SEARCH(B E T A 版)現在の連携データ件数統計. デジタルアーカイブジャパン推進委員会・実務者検討委員会. https://jpsearch.go.jp/stats (閲覧 2020/2/18). [3] 大井将生, 平本智子, 中原貴文, 花岡大樹. 著作作品「よってらっしゃい!みてらっしゃい! 世にも珍しい珍道中」. 2019 年 7 月制作. https://jpsearch.go.jp/curation/w_lab2019jsqAZ2qnmY9xA(閲覧 2020/2/18). [4] 国立国会図書館作成『ジャパンサーチ $\times$ エディタソン』石間衛,背玉千尋,深瀬香緒,高橋良平.著作作品「干支の動物たち」. 2019 年 11 月製作. https://jpsearch.go.jp/curation/ndl6M2QogqA47Q(閲覧 2020/2/18). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [C21] 国の分野横断型統合ポータル「ジャパンサーチ」: 正式版公開に向けて ○高橋良平 1 ), 中川紗央里 1), 徳原直子 1) 1) 国立国会図書館電子情報部,〒100-8924 千代田区永田町 1-10-1 E-mail: [email protected] ## Development of "Japan Search", a national platform for metadata of digital resources: ## Towards the release of the official version TAKAHASHI Ryohei1), NAKAGAWA Saori1), TOKUHARA Naoko ${ }^{1}$ 1) National Diet Library, 1-10-1 Nagata-cho, Chiyoda-ku, Tokyo, 100-8924 Japan ## 【発表概要】 「ジャパンサーチ」は、我が国が保有する多様なコンテンツのメタデータを検索できる国の分野横断型統合ポータルである。本発表は、2020 年夏までの正式版公開に向けて、機能改善及び連携拡大を進めているジャパンサーチについて、現時点の到達点をまとめ、今後の課題を考察するものである。すなわち、構築に至る背景と構築の目的を説明したのち、ユーザや連携機関のためのさまざまな機能、権利表示の仕組み及び連携拡大のための取組を紹介し、最後にジャパンサ一チが発展していくために解決すべき課題について報告する。 ## 1. はじめに 「ジャパンサーチ」は、さまざまな分野のデジタルアーカイブと連携して、我が国が保有する多様なコンテンツのメタデータをまとめて検索できる国の分野横断型統合ポータルである。ここでいうメタデータとは、コンテンツの内容、外形、所在等に関する記述等のデータのことで、具体的には図書館の書誌デ一タや博物館・美術館等の目録データ、文化財の基礎データ等をいう。 2019 年 2 月に試験版が公開され(図 1 参照)、現在フィードバックを得て機能の改善を図っており、2020 年夏までの正式版公開を目指している。 図 1. 試験版公開時のトップ画面 ## 2. 構築の背景と目指すところ ジャパンサーチの運営主体は、内閣府知的財産戦略推進事務局が庶務を務める「デジタルアーカイブジャパン推進委員会及び実務者検討委員会」である。関係府省をはじめ、国の主要なアーカイブ機関及び有識者から構成されており、国立国会図書館も委員として参加している。この委員会で決定される方針のもと、さまざまな分野のアーカイブ機関の連携・協力により、国立国会図書館がシステムの構築・運用を担当している。 ジャパンサーチ構想のはじまりは、前段で紹介した委員会の前身である、2015 年 9 月に設置された「デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会」における議論である。2017 年 4 月の同協議会の報告書「我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性」」[1]で我が国のデジタルアーカイブ推進の方策の一つとしてジャパンサーチ構築の必要性が示され、これを受けて「知的財産推進計画 2017」[2]では、国立国会図書館が中心となって 2020 年までにジャパンサーチの構築を目指すことが掲げられた。 ジャパンサーチの構築は、デジタルアーカ イブ社会の実現、つまり、デジタルアーカイ ブが日常的に活用され、様々な創作活動を支える社会・学術・文化の基盤となる社会の実現を目指したものである。そのため、ジャパンサーチは、さまざまな分野や地域の情報とその活用者をつなぐための連携基盤としての役割を果たすことが期待されている。 ## 3. さまざまな機能 ## 3. 1 検索機能 2020 年 2 月 14 日現在、 16 の連携機関(つなぎ役)を通じて提供されている 64 のデータベース、約 1970 万件のメタデータと連携している(表 1 参照)。分野は書籍、公文書、文化財、美術、自然史 - 理工学、人文学、放送番組など多岐におよぶ。これらを検索できる機能として、キーワードによる横断検索のほか、画像検索、テーマ別検索といった機能がある。 画像検索は、2019 年 8 月にリリースした機能で、サムネイル画像について、類似の画像を検索できる。例えば、「埴輪猪」の画像検索をした結果が図 1 (次ページ) である。四歩足の埴輪が検索結果の上位に並んでいる。 この機能は、機械学習 (AI) を使って開発されたプログラムであり、画像を分類するニュ一ラルネットワークを使って抽出した特徴量を用いた検索である。検索結果にサムネイルがあれば、画像検索アイコンをクリックするだけで、類似するサムネイル画像の一覧が表示される。 テーマ別検索は、特定のテーマに対応する集合を予め用意をして、その範囲で検索結果を出す仕組みである。試験版のトップ画面に一例として、刀剣、日本食、水墨画、蝶などのテーマ別検索を並べている。この検索機能は、連携機関が利用できるエディタ機能を用いて、検索対象とするデータベースとメタデ一夕項目を独自にマッピングすることにより、分野やテーマに応じた検索に対して有効な検索結果が得られるようにしたものである。 ## 3. 2 ギャラリーとマイノート メタデータの検索だけでは多くの人に使ってもらえないのではないか、魅力が足りないのではないかとの指摘を受けたことから、検索しなくても楽しめる機能として用意をしたのが、ギャラリーとマイノートの機能である。 ギャラリーは、特定のテーマごとに、ジャパンサーチと連携しているコンテンツを画像と解説文付きで紹介するぺージである。前述したテーマ別検索の仕組みを使って、ギャラリーのテーマに応じた検索結果を一覧表示させることもできる。 マイノートは、お気に入りのコンテンツにある○(ハートマーク)をクリックして自分だけのノートとしてメモと一緒に保存することができる機能である。ノートは複数作成でき、 ノートごとにも注种をつけることができる。 表 1. 連携状況(2020 年 2 月 14 日現在) & 「ColBase 国立博物館所蔵品統合検索システム」 \\ 図 2.「埴輪猪」(東京国立博物館所蔵) の画像検索の結果 ギャラリーは連携機関が使えるエディタ機能を用いて作成できるものであるのに対し、 マイノートはブラウザに保存されるため、アカウントがなくても誰でも利用できる。また、 ギャラリーとマイノートのいずれにも、html などでエクスポートできる仕組みがある。作成したギャラリーやマイノートを自らのホー ムページに貼り付けたりすることができる。 ## 3. 3 API の提供 ジャパンサーチが集約したメタデータは、連携機関が API 提供不可としたデータを除き、簡易 Web API 及び SPARQL エンドポイントでも提供されている。特に後者は、 Europeana のモデルと相互運用可能な「ジャパンサーチ利活用スキーマ」に変換して提供している[3]。API を用いると、ジャパンサー チのメタデータを外部の情報と結びつけるといった活用が可能となる。例えば、メトロポリタン美術館のオープンデータを用いて、同美術館の日本関連の資料とジャパンサーチのコンテンツを一緒に検索することができる[4]。 ## 3. 4 開発中の機能 現在、ギャラリーを共同編集できる作業場を開発中である。この作業場は、一般には公開をしないことを前提とし、URL とパスワー ドを知っているユーザだけがアクセスできる仕組みである。教育や研究の場において、ジヤパンサーチのコンテンツを活用してもらうための機能として役立つことを想定している。 ## 4. 権利表示の仕組み ジャパンサーチのメタデータは、国際流通を意識して CC0 を原則としている(ただし著作物性のあるものは CC BY でも可)。一方、画像などのデジタルコンテンツについては、「デジタルアーカイブにおける望ましい二次利用条件表示の在り方について(2019 年版)」 [5]を踏まえ、クリエイティブ・コモンズを含む 15 種類のマークを連携機関が設定できるようにしている。これをもとに、検索結果の詳細画面で「教育利用」「非商用利用」「商用利用」の利用可否が表示されている。 ## 5. 連携拡大のための取組 ## 5. 1 連携の方針 現在の連携機関は表 1 に示したとおりである。連携対象となりうるアーカイブ機関は、社会・文化・学術情報資源である資料・作品等のコンテンツを保有していればどこでも対象になりうる。つまり、図書館、博物館・美術館、文書館といった文化施設のほか、大学・研究機関、官公庁・地方公共団体、企業、市民団体等も含まれる。ただし、連携方針は、「つなぎ役」を通じてアーカイブ機関と連携することが原則とされている。 つなぎ役とは、分野・地域コミュニティにおいてメタデータの集約・提供を行う機関のことであり、当該分野・地域のポータルの整備・提供、メタデータの標準化、デジタルコンテンツ等の二次利用条件の整備等の役割を果たすことが求められる。つなぎ役がいることで、ジャパンサーチと個別の機関との連携がスムーズに進む上、メタデータの活用者にとっても、利用しやすく整備されたデータを入手できるメリットがある。例えば、国立国会図書館は、書籍等分野のつなぎ役として、公共・大学図書館等のデジタルアーカイブを取りまとめ、国立国会図書館サーチを通じて ジャパンサーチにメタデータを提供している。 しかし、現状では、つなぎ役が存在しない又は明確でない分野・コミュニティが多いため、国の機関、公益目的の機関、唯一性 - 独自性の高いコンテンツ群を扱う代表的機関等とは直接連携を検討することとなっている。 ## 5.2 連携の仕組み 連携に係るコストを下げるため、連携は柔軟な仕組みとしている。連携機関が持っているオリジナルのメタデータ構造のまま登録でき、オリジナルのメタデータの項目に、共通項目ラベル(表 2 参照)を付与するだけでよい。ファイルフォーマットはテキストやエクセルでもよく、ファイルをジャパンサーチの管理画面でアップロードすれば登録できる。 表 2.共通項目ラベル一覧 } & 名称/タイトル英語 & レコードの英語名称又はローマ字 \\ ## 6. 取り組むべき課題 正式版に向けた課題としては、ジャパンサ一チの認知度向上、利活用の促進、地方のデジタルアーカイブとの連携拡大といったことが挙げられる。 現状の試験版のアクセス数は多くなく、一日平均で数千単位である。一日数万単位にすることは可能だろうとの指摘を受けることから、認知度の向上に取り組む必要がある。 教育、観光等の場面で活用してもらえるような取組の強化も求められる。現在開発中の共同編集機能ができれば、教育や研究の現場で活用してもらえることが期待される。 活用を広げるには、より多くの魅力的なコンテンツを増やすことも必要である。これまで国の機関を中心とした連携を優先して進められてきたが、今後は、地方の機関との連携を進めていく必要がある。さらには、 Europeana など海外のポータルとの連携を進めることも考えられる。 ## 7. おわりに 2020 年、いよいよジャパンサーチの正式版が公開となる。しかし、正式版となったら取組が終わりということではない。機能の改善、連携拡大のための取組は続けていかなければならない。今後もさまざまな機会を捉えて広報を行い、ユーザの方々からは、遠慮のないフィードバックをお願いしたい。 ## 参考文献(url 参照日は全て 2020/2/14) [1]https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/d igitalarchive_kyougikai/houkokusho.pdf [2]https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/k ettei/chizaikeikaku20170516.pdf [3](ジャパンサーチ)開発者向け情報. https://jpsearch.go.jp/api [4]神崎正英氏の「ジャパンサーチ非公式サポ ートページ」に活用例の紹介がある。 https://www.kanzaki.com/works/ld/jpsearch/ [5]実務者検討委員会. 第二次中間取りまとめ. 2019/4, p.45-62. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digi talarchive_suisiniinkai/jitumusya/2018/tori matome2.pdf この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B44] データで見るタカラジェンヌ:「在団期間」と「退団」について の集計 ○坂部裕美子 1) 1)公益財団法人 統計情報研究開発センター, 〒101-0051 千代田区神田神保町 3-6 能楽書林ビル 5 階 E-mail:[email protected] ## Takarasiennes in data:Aggregation of tenure and retirement SAKABE Yumiko1) ${ }^{1)}$ Statistical Information Institute for Consulting and Analysis, 5F Nogaku-Shorin Bldg. 3-6 Kanda-Jimbocho Chiyoda-ku, Tokyo 101-0051 Japan ## 【発表概要】 宝塚歌劇団から、「虹の橋渡りつづけて」という過去の在団者および主催公演のデータを完全網羅したアーカイブ本が発行されている。これの「人物編」掲載データのうち、 1961 年以降の入団者について、デジタルデータ化を行った上で、在団期間や各年次の退団者数の推移を集計した。2014 年時点の既退団者の平均在団期間は 7.92 年だが、在団年数のヒストグラムを描くと最頻値は 5 である。歌劇団には入団後 $5 \sim 7$ 年頃に退団を考えさせるような各種施策があり、実際にこの時期までに退団する者が多い。また、退団は自己判断で決められるため、各年次別の退団者総数にも多酓がある。この年次推移を見ると、ブームの到来や記念行事の開催といった歌劇団全体の動向が、各々の退団の判断に影響を及ぼしている、と考えられるような数値変動もある。 このような、宝塚歌劇団の公演データ分析の、今後のさらなる進展を希望している。 ## 1. はじめに 宝塚歌劇団は、2014 年に 100 年史「虹の橋渡りつづけて」(人物編/舞台編)という、過去の在団者および主催公演のデータを完全網羅したアーカイブ本を発行している。これは、活動歴 100 年を超える劇団の公式アーカイブ資料として、その情報量と信頼性において卓越した存在であるにも関わらず、これまでに「長期時系列デー夕」として研究利用された形跡がない。確認できるのは、ある特定の在団者もしくは公演に関する概要説明資料としての使用のみである。 「宝塚」というと、着目されるのはトップスターのみになりがちなのだが、東西 2 か所の本拠地劇場で連日開催される公演を実際に支えているのは、数多くの無名の若い劇団員である。そして、統計の研究者としては、直近 50 年の在団者 2168 人の中で 109 人しか該当者のいない「トップ」(男役トップ・娘役トップの合計。ただし、近年の入団者で今後卜ップになる人も出て来ると思われる)より、彼女らのような「大多数」の動向にこそ真の「タカラジェンヌ」像が描出されている、と考えたい。 そこで、今回は主に「人物編」の掲載デー 夕を用いて、様々な集計を行ってみる。「人物編」には、入団年次別に、2013 年までの全入団者の芸名、男役/娘役の別、退団日と最終出演公演(公演期間外に退団する者も存在するため)、所属組(組替え記録も含む)の情報と、入団時の顔写真が掲載されている。現在、 この掲載事項のデジタルデータ化の作業中だが、現時点では 1961 年以降の入団者の Excel データ化が終了しているので、これを集計用の基礎データとした。そして、各自について在団期間を「退団年(最終出演公演の公演年) -入団年 +1 」で計算した。 ## 2. 在団期間に関する集計 2. 1 平均在団期間 宝塚歌劇団においては、基本的に退団の時期は各劇団員が自ら決めることになっている。 このため、入団した年に組配属もされないままで辞めてしまう者もいれば、尃科(一部の 劇団員が各組での活動を経た後に配属される、 スペシャリストの組)に移動の後、40 年近く在籍する者もいる。 1961 2013 年入団者のうち、2014 年時点でのすべての既退団者の平均在団期間を計算してみたところ、 7.92 年となった。平均在団期間は男役と娘役で若干異なり、男役の平均は 8.51 年、娘役の平均は 7.32 年であった。 この差が出る理由としては、「男役芸」の形成には時間がかかることや、「至高のゴール」と言えるトップ就任(「自分より若いトップの就任」は、ごく一部の例外を除いて「退団へのカウントダウン」の始まりである)の年次が、男役より娘役の方が数年早い傾向があることなどが考えられる。 ## 2.2 在団年数ヒストグラム この既退団者の在団年数をヒストグラムで表すと下の図 1 のようになり、最頻値は 5 となっている。「在団期間 5 年」での退団者が 4 年目までより多くなることに関しては、「本公演千秋楽付で退団する場合、在団 5 年目以上の者は一人で大階段の中央を降りて挨拶できる」という「お約束」(明文化はされていないようである)との関連が窺われる(4 年目以 また、宝塚歌劇団では近年、6 年目の修了をもって、それまでの阪急電鉄株式会社の正社員という身分から、個々に契約を結ぶ形に雇用形態が変わるようになった。この契約の席で、良好な条件での新規契約が叶わなかった者が、このタイミングでの「決断」を迫られるのではないだろうか。実際に、平成期入団者のみに絞って在団期間を調べると、既退団者の在団年数の最頻値は 6 になっている。 そして、最頻値をピークとする山型の分布を想定すると、9 の頻度が若干多めになっているように見える。実は筆者は、劇団員が退団を考えるようになる最大の契機は、新人公演(入団後 7 年目までの劇団員のみで行う公演)からの卒業であろう、と考えていたのだが、9 が多い理由をこれとするには、間が空きすぎる印象もある。最後の新人公演まではそちらに全精力を傾けて活動しているので、 その後のことを真剣に考えたり、挨拶回りに行ったり寸るのにはさらに年数がかかってしまうということなのか、1~ 2 年は様子見でもら少し頑張ってみようと思うのか、それとも、実は新人公演とは関係のない全く別の理由があるのか、は、実際のところ「不明」である。 図 1. 在団年数ヒストグラム(1961 年以降入団者のうち、2014 年までの退団者) 下で退団する場合、出演者の後ろから突然登場して挨拶することになる)。 だが、大階段降り、契約更改、新人公演卒業などの歌劇団側の施策の存在から判断する と、ごく一部の有望株を除く大半の「スター 性に乏しい」劇団員に関して歌劇団が想定する在団期間は $5 \sim 7$ 年で、実際に大多数がそれに準じている、ということの証左のようにも見える。 さらに、退団年 10 年ごとでグループ分けした上でそれぞれについて在団期間ヒストグラムを作成し、その推移を確認すると、分布が次第に右方向へ移行、つまり在団が「長期化」していることが分かる。これは、この間にミュージカル公演が日本に定着し、宝塚歌劇団の存在意義が「少女がひと時夢を見る場所」から「退団後のキャリア形成も視野に入れた、舞台人としての基礎研修機関」に変わってきたことを意味している、とも考えられる。特に近年は、「綺麗な衣装を着て舞台に上がってみたい」という少女たちの希望を叶える場としては AKB グループなどの存在が非常に大きくなっており、データで検証を行うには今後他の研究との連携が必要になるが、 かつて宝塚歌劇団が担っていたであろうこの機能は後に AKB グループなどに代替されていった、という仮定も可能かも知れない。 また、近年トップの就任年次が後ろ倒しになりつつある、という事実もあり(2000 年代前半まではトップ就任者は遅くとも $15 \sim 6$ 年就任者が現れた)、宝塚入団の目的を「トップ就任」と考えるなら、最終目標への到達可能期間が延びつつあることも、在団期間長期化の一因となっている可能性がある。 ## 3. 年次別退団者数の推移 先述のとおり、退団は各自の自己判断に基づいているため、年次ごとの退団者総数にも違いがある。 1961 2013 年入団者について、2013 年までの各年の退団者数をまとめたものが下の図 2 である。この図中で、(全退団者データの揃っていない初期分を除いて) 最も退団者数が少なくなっているのは 1975 年だが、この時の宝塚は「ベルサイユのばら」ブームの真つ只中であり、この時期に敢えて「退団」を選んだ者が少ないことと、宝塚がかつてないほどに注目されていたこととは無関係ではないと思われる。そして、「ベルばら」に続いて企画された「風と共に去りぬ」も大当たりとなったが、これらの上演が続いていた数年間は、全体から見ても退団者数の少ない時期になっている(ちなみに、この頃から歌劇団への入団希望者も激増した)。 その後も退団者数は幾度か増減を繰り返しているが、近年の傾向で目を引くのは 2009 図 2. 各年の退団者数(1961~2013 年、1961 年以降入団者のみ) 目までにトップになっていたが、2007 年に 17 年目での就任者が、2009 年に 18 年目での年の退団者数の激増である。これは、この年に退団したトップが 3 名いたこと(トップ退 団公演の前後は退団者数が増える傾向がある)に加え、実は 2000 年からの数年間は入団者がその前後の年より 10 人ほど多かったため、この時期に彼女たちの「退団ピークの時期」が重なったことが、退団者数の増加に拍車をかけたのではないだろうか。 また、グラフ表示最終年の 2013 年は退団者がそれまでに比べて大きく減少しているが、翌 2014 年には様々な「宝塚歌劇 100 周年記念行事」が企画されていたため、せっかくならこれを劇団員として経験してから辞めたい、 と考えた者が多かったのではないだろうか。 実際に公式 HP などの資料でその後の劇団員の在籍状況を追加確認したところ、2014 年以降の退団者数はそれまでと同レベルに戻っていた。このように、「宝塚歌劇団」としての記念行事等の開催が退団を踏み止まらせたり促したりする側面を持っているようだ、ということも、このグラフから推測できる。 ## 4. おわりに 今回は、現時点では「お気に入りのスター の入団時の写真を眺める」くらいにしか活用されていないように見受けられる「虹の橋渡りつづけて/人物編」掲載データから、劇団員の在団傾向の長期的推移を確認した。 実は「舞台編」についてもデジタルデータ化作業を進めており、こちらを用いた分析でも「上演回数上位演目」や「演出家別担当作品数」などの興味深い研究成果が出始めているのだが、ここで述べるには紙幅が足りない。 冒頭にも述べたとおり、この書籍は長期デ一タとしての研究利用がほとんど進んでおらず、貴重なデータが長年「死蔵」状態になっているのが非常に惜しまれる。元が書籍形態であるため、「デジタルデータ化」という手順を一段階踏まなければならないのがネックではあるが、収録データの利活用の可能性はまだ無限にある。この報告を機に、「タカラジェンヌのデータ分析」に興味を持ってくれる研究者が現れることを望みたい。 ## 参考文献 [1] 小林公一 (監修) 編. 宝塚歌劇 100 年史虹の橋渡りつづけて:人物編. 阪急コミュニケーションズ, 2014. [2] 坂部裕美子. 伝統芸能興行データ集計・その一里塚(2):宝塚歌劇団員の在団期間の分析. ESTRELA. 2014 年 11 月号, p.24-27. [3] 坂部裕美子. 伝統芸能興行データ集計・その一里塚 (27): 平成期の宝塚歌劇団員在団年数. ESTRELA. 2019 年 7 月号, p.38-40.
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# [B43] 『人事興信録』データからの親族ネットワークの可視 化 ○佐野智也 ${ }^{1)}$, 増田知子 1$)$ 1) 名古屋大学大学院法学研究科, 〒 464-8601 名古屋市千種区不老町 E-mail: [email protected] ## Visualization of Kinship Network from Who's Who Record "JINJI KOSHINROKU" SANO Tomoya1), MASUDA Tomoko1) 1) Nagoya University, Furo-cho, Chikusa-ku, Nagoya, 464-8601, Japan ## 【発表概要】 「日本研究のための歴史情報」プロジェクトでは、様々な資料のテキストデータ化に取り組み、研究に利用している。本報告では、テキスト処理とその結果の活用事例の一つとして、『人事興信録』の人的ネットワークの可視化について報告する。『人事興信録』は、家族・親戚情報が詳細に記載されている点に大きな特徴があり、これを利用することで、実親子関係やより広い姻戚関係の情報を得ることができる。可視化のための前提作業として、テキストデータからの親の氏名の抽出処理や、採録者との同定処理について紹介する。特に、採録者の同定処理は、他の人事情報資料を扱う際の参考になるものと考えられる。このようなテキスト処理を経て描かれたネットワーク図は、『人事興信録』原典だけでは容易にわからない人的関係性を可視化しており、実際の事例を用いてその有効性を示す。 ## 1. はじめに 名古屋大学法学研究科でおこなっている 「日本研究のための歴史情報」プロジェクト (http://jahis.law.nagoya-u.ac.jp/)では、法学、政治学、経済学で扱う歴史資料 (明治〜占領期)のデータベース化に取り組んでいる。 その目的は、資料画像の展示ではなく、文献・資料に記載されている情報の集計や内容の検索を自由にできるようにすることである。文献・資料のテキスト化及びコンピュータ処理を、解読前の作業工程に組み入れることで、従来の研究者の手作業では非常に困難であった、大量の情報を短時間で処理することが可能となった。 本報告では、『人事興信録』のテキスト処理とその結果の活用について報告する。『人事興信録』データベースは、2018 年 8 月に大正 4 年版の一般公開を行い、その作成経緯と利用について、2019 年 3 月の第 3 回研究大会で報告を行った。その後、2019 年 6 月に、昭和 3 年版を公開し、検索対象は、延べ 39133 名となっている。2020 年には、初版(明治 36 年)を公開することを予定している。この DB は、『人事興信録』研究の基盤となっているが、この研究の重要なテーマの一つは、近代日本の富裕層の人的ネットワークを解明す ることである。『人事興信録』は、家族・親戚情報が詳細に記載されていることが大きな特徴であり、これを利用することで、人的ネットワークの一端が解明できると考えられる。 人的ネットワークの解明を補助するため、実親子関係のある採録者を可視化して表示する機能を既に DB に実装している。さらに、『人事興信録』では、「参照」として、より広い親戚関係が明示されている。この情報を用いて、実親子関係という緊密な関係以上の、 より広い姻戚ネットワークを表示することで、日本近代政治史分野の新しい発見につながる成果を得ている。 本報告では、可視化の前提処理として、実親子関係の特定方法や、「参照」中の人名の同定方法を紹介し、人事情報を機械処理する際の問題点を示す。さらに、実際に可視化した図が、研究に有用な材料となることを示す。 ## 2. 実親子関係の可視化 ## 2. 1 親の氏名の取得 親子関係を特定するためには、『人事興信録』の記述の中から、親の氏名を正確に取得することが必要となる。親の氏名が記述されている部分は、通常、「君は【肩書】【親の氏 ## 名】の【続柄】」という構成になっている (例:「君は埼玉縣人澁澤市郎右衞門の長男」)。肩書と親の氏名は連続した文字列であるため、何らかの方法で、両者を分離する必要がある。親の氏名はフルネームで記載されていること が多いが、名前のみの場合もあり(例:「君は 滋賀縣人先代太郎平の二男」)、この場合、苗字を補う必要がある。これよりもさらに問題 となるのが、「其」と記載されている場合であ る。「其」と記載される場合、ほとんどが「君 は」から始まるのではなく「當家は」から始 まる記述となっている(例:「當家は先代陳重 より顯る陳重は(中略)君は其長男」)。「當家 は」から始まる記述には、様々なことが記載 されており、「其」が誰を指しているかは、高度な判断が要求される。 人事興信録のテキスト化は、順次進めており、非公開の版も含めると、採録者は 10 万名以上になっている。これらをすべて人間が手作業することは現実的ではない。そこで、本プロジェクトでは、親の氏名を取得する処理は、ほとんど機械処理で行っている。機械処理に失敗した箇所や、失敗している可能性が高い部分だけをピックアップし、その部分だけを目視で修正するというプロセスを取っている。以下では、機械処理の手法について述べる。 (1)肩書と親の氏名の分離 肩書の部分には、道府県名を伴う「縣人」 や「士族」のほか、「先代」「故」「亡」「多額納税者」「資産家」「豪農」「校長」など、多種多様な言葉が使われている。これには、肩書辞書を作成することで対応している。しかし、 あらかじめすべての肩書を登録しておくことは不可能であるため、処理がうまくされない場合もある。 (2)苗字の補完 苗字が省略されている場合を検討したとこ万、肩書に「先代」「先々代」「當主」が使われている場合に、省略されている傾向があることがわかった。しかし、これらの場合にすべて省略されているというわけでもなかった。苗字が省略されていない場合には、補わない ことが必要となる。そこで、肩書に「先代」「先々代」「當主」が含まれている場合で、親の氏名として取得した文字列の一文字目と採録者名の一文字目がマッチしない場合に、採録者名の苗字を補うこととした。 なお、テキスト化の際には、採録者名の苗字と名前を分離して入力してはいない。資料画像上は、苗字と名前の間に他より広いスぺ ースが空いていることで、区別して入力が可能な場合もあるが、すべてがそのようになっているわけではない。また、テキスト化時にそのような分離入力をさせることは、入力コストの増大にもつながる。そのため、テキストデータ納品後に、採録者名を苗字と名前に分離する作業を別途おこなっている。これも機械処理で行っており、MeCab による形態素解析を利用している。 $\mathrm{MeCab}$ の苗字の辞書を独自に拡張することで、機械処理だけでも、 かなりの精度で苗字と名前を分離することに成功している。 (3) 「其」の処理 「其」を正確に特定することは、非常に難しい。検討した結果、「先代【親名】」「父【親名】」「【親名】に至(り・る)」の部分を取得すると、比較的正解が多いことがわかった。 これらのパターンが複数回出現する場合には、最後に使われているものを取得すれば良いこともわかった。なお、これらのパターンで取得できる場合でも、名前だけが使われているため、苗字を補う必要がある。 これ以外に、文字列上のパターンを見つけ出すことは困難であった。そもそも「其」が使われているのは、採録者の $3 \sim 4 \%$ 程度であり、上記で処理できたものを除けば、残りは $2 \%$ 以下となるため、処理できなかったものだけを手作業することは、許容範囲内と判断し、残りは手作業することとした。 ## 2.2 親の特定 『人事興信録』は、非常に限られた者だけが採録者となっているが、それでも第四版 13917 名における同姓同名は、38 組 77 名存在する。このような同姓同名の問題があるた め、他資料と比較する際の同一人物の判定は、名前のみによることができない。さらに、当時は、家督相続の際に親の名前を継ぐことも多かった。そのため、第四版と第八版をマッチングさせるなど、時代が異なる資料を使う場合には、同姓同名だが別人であるという可能性は、格段に高くなる。このような同姓同名の問題を考慮せず単に名前だけを使って親子関係をつけると、無関係の採録者が兄弟となってしまったり、本来は兄弟である者が親子になってしまったりということが発生する。 そのため、親にも一意の ID を与えて、同姓同名の場合を区別する必要がある。本プロジエクトでは、親が採録者になっている場合にのみ、DB 上で使用している ID を与えて、その範囲内で親子関係を可視化することとした。 2.1 で取得した親の氏名と、『人事興信録』 の採録者名をマッチングさせ、同一人物かどうかを判定することになる。同一人物の判定には、氏名に加えて、(1)「親」の妻の名前と 「子」の母の名前が一致する、(2)「親」の子供の名前と「子」の採録者名の名前の部分が一致する、この(1)(2)のいずれかが一致する場合に、親であると機械処理で判定した。 ## 2. 3 可視化 2.2 で得られた親子関係の情報を使い、 jQuery の OrgChart [1]を使って、図 1 のような可視化を行っている。これにより親、兄弟、甥といった関係にある採録者を容易に把握できるようになった。 ## 3.「参照」の可視化 ## 3. 1 人物の特定 「参照」には、採録者名が記載されているが、やはり同姓同名の問題がある。そこで、 この場合も氏名ではなく一意の ID に置き換えるのが適切であり、DB 上で使用している ID を与えている。前提として、「参照」には当該版の採録者名が掲げてあるはずであるから、採録者名のみを対象とした文字列マッチのみで処理している。同姓同名がいる場合には、複数の採録者のうちの誰であるかを特定する必要があるが、参照している場合には、通常は、相手から参照されているため、それを基準に機械処理で判定を行っている。 ここで問題となるのは、参照人物が採録者名の中に見つからない場合である。これには大きく 2 種類の原因がある。一つは、誤植や改名のために、参照中の記載と採録者名が文字列マッチしない場合である。もう一つは、死亡等により採録者となっていないのに、参照に記載されてしまっている場合である。このように参照人物が採録者名の中に見つからない例は、版によって大きく異なるが、第八版において 400 件あった。これらの特定は、相手から参照されていることを手がかりとできるため比較的単純な作業ではあるが、現状では手作業により行っている。 ## 3. 2 ネットワーク図の利用 3.1 で得られた関係情報を処理することで、図 2 のような可視化を行うことができる。本稿では、Gephi [2]を利用した。可視化するこ 図1. 実親子関係の可視化 とによって、人事興信録の情報をより的確に捉えることができるようになる。 『人事興信録』を発行する人事興信所の事業は、戸籍調査、秘密調査、結婚情報の提供であった。これらの情報は、婚姻関係、養子制度を活用しながら、事業の拡大を図っていこうとする富裕層・実業家たちにとって必要とされていた。もっとも、家格が大きく異なる、平民と旧大名家、平民と旧公卿家の間で婚姻関係が成立することは、極めて特殊なことと言ってよかった。姻戚関係が、社会的なネットワークとして機能するには、「媒介」即ち八ブとなる家が存在し、それにより身分違いの、旧公卿家、旧大名家、大実業家たちによるネットワークが誕生していたことが指摘されている[3]。 例として、『人事興信録』第四版の古河虎之助を挙げる。古河虎之助は、銅山王古河市兵衛の息子で大富豪であるが、身分としては平民である。古河家は、維新の元勲である岩倉具視と姻戚関係を成立させているが、これは、侯爵・西郷家を媒介にすることで成し遂げられている。このことは、『人事興信録』の原典を眺めているだけでは、容易にはわからない。原典には、「参照」として、「侯爵西鄉從德、 ※公爵岩倉具張、 $※$ 男爵伊地知幸介、 $※$ 男爵上村彦之丞、 $※$ 平岡良助」が記載されており、岩倉具張が挙げられていることで、岩倉家とのつながりはうかがえる。しかし、岩倉家とどのようにつながっているかは明らかではない。「参照」には、上記のように、人名にコメ印(※)が付されている場合がある。コメ印がついている場合、通常、その採録者の項にその人物の名前が登場せず、関係が記載されていない。そのため、古河虎之助の項を見ても、岩倉具張との関係は全く不明である。図 2 は、コメ印がついていない人物のみをネットワークとしてつないだものであるが、この図を見ると、西鄉從德が古河虎之助をつなぐためのハブとなっていることがよく分かる。 図2. 第四版の古河虎之助のネットワーク図 ## 4. おわりに 「参照」の可視化については、本稿で示した使い方以外に、複数の人物を比較する、特定の人物を時期で比較する、といった使い方をすることで、日本近代政治史分野の新しい発見につながる成果を得ている。 「参照」の可視化については、DB 上では機能を提供できていないので、今後、閲覧できる仕組みを導入することを検討している。 ## 謝辞 本研究は、科研費 $16 \mathrm{H} 01998$ の助成を受けた。 ## 参考文献 [1] https://github.com/dabeng/OrgChart (参照日 2020-02-20) [2] https://gephi.org (参照日 2020-02-20) [3] 増田知子, 佐野智也. 近代日本の『人事興信録』(人事興信所) の研究 $(2)$. 名古屋大学法政論集. 2018, 276 号, p.251-258. DOI: 10.18999/nujlp.276.7 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B42] 顔コレデータセット:美術史研究分野における機械学習データセットの構築$\cdot$公開の諸問題 ○鈴木親彦 1) 2), 北本朝展 1) 2), Yingtao Tian3) 1) ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター,〒101-8430 東京都千代田区一ツ橋 2-1-2 2) 国立情報学研究所 3) Google Brain Tokyo E-mail:[email protected] ## KaoKore Dataset: Issues of creating and releasing machine learning datasets in the art history research OSUZUKI Chikahiko1) 2), KITAMOTO Asanobu 1) 2), Yingtao Tian ${ }^{3}$ 1) ROIS-DS Center for Open Data in the Humanities, 2-1-2 Hitotsubashi, Chiyoda-ku, Tokyo, 101-8430, Japan 2) National Institution of Informatics ${ }^{3)}$ Google Brain Tokyo ## 【発表概要】 本論では、人文学研究目的で収集したデータを機械学習データセットに修正して公開する過程で生じる問題について、美術史学の研究データを機械学習データセットとして再構築した「顔コレデータセット」を事例に解決方法を提案する。「顔コレデータセット」の元となる「顔貌コレクション (顔コレ)」では、美術作品に登場する顔貌をIIIF 画像から収集し、メタデータを付与することで、検索性と再利用性のあるデータを提供している。しかしこれを機械学習データセットとして公開することを考えると、複数の機関が公開する画像を収集する点や、宗教的な内容などを含む点にも配慮する必要が生じる。そこでデータ配布、出展表示、利用ガイドラインを中心に検討を加え、原典画像公開者とデータセット利用者の双方に有益な公開方法を考案した。 ## 1. はじめに 本論は、人文学研究データとして収集した画像を機械学習向けのデータセットとして修正・公開する際の問題について、「顔コレデー タセット」の事例に基づき解決方法を提案する。 今日、数多くの人文学資料がデジタル化され、デジタルアーカイブでの利活用が可能となっている。資料へのアクセスが容易になり、研究に利用した元資料を効率的に共有することも可能になるなど、人文学研究の大きな助けとなっている。またデジタル化された資料を活用する手法は、人文情報学分野で日々研究が進められている。 こうした資料を人文学の枠内で研究するだけでなく、他分野の研究でも活用できる興味深い素材として提供できないか、というのが本論の問題意識である。他分野でも同じ資料を活用した研究が進めば、将来的には人文学研究に新しいアイデアや方法論が戻ってくる可能性があるからである。その一例として、「くずし字」に関わる一連のデータセットを取り上げる。 ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)は、「日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画」[1]でデジタル化した古典籍画像「日本古典籍デー タセット」を公開した[2]。次に、ここで公開する古典籍を中心に、機械と人間のための学習データとして、くずし字の座標情報などを 「日本古典籍くずし字データセット」として公開した[3]。さらにその派生データセットとして、機械学習研究で著名な MNIST データセット互換の形式に変換した「KMNIST デー タセット」を公開した[4]。このようにデータセット形式を変換することで、機械学習研究者が参入しやすくなり、様々なアルゴリズムの比較や新たなアプリケーションの提案が出 てくるなど、くずし字に関する研究開発を活性化させる成果を上げることができた。 このように機械学習向けのデータセットを構築することには大きな意義がある。しかしそのために考慮すべき課題は、実はデータセット形式の変換だけではない。例えばライセンスの問題や利用ガイドラインの問題などは技術的な問題だけでなく倫理的な側面を含む。 それに加え、画像公開者、データセット構築者、利用者等のステークホルダー間でどのように権利を調整するか、関係機関の貢献をどのように示すかといった問題は、デジタルア一カイブにおける画像公開の促進に影響を与える本質的な課題となる。このように機械学習向けデータセットの構築が提起する新たな課題に解決策を見出す必要がある。 そこで本論では、美術史研究のためにアー カイブを横断的に活用して構築してきた「顔貌コレクション」を、機械学習に利用しやすい形式の「顔コレデータセット」として公開した具体的な事例に基づき、その過程で生じた課題と解決策についてまとめる。 ## 2. 顔コレデータセットについて 2.1 顔貌コレクション まずは。「顔コレデータセット」の元となつた「顔貌コレクション(顔コレ)」について簡単に説明する。これは、美術作品に登場する顔貌表現を収集し、研究活用することを目的とするもので。単に顔貌の画像を集めるだけでなく、「性別」「身分」「(顔の)向き」「原典」 など基礎的なメタデータを付与することで、検索性を高めている点に特長がある(図 1) [5]。2020 年 2 月現在、国文学研究資料館、慶應義塾大学メディアセンター、京都大学図書館が公開している室町時代末期から近世初期に作られた絵本・絵巻物を原典とした顔貌 5,824 枚の画像を公開している。 「顔コレ」は国際的な画像配信方式 IIIF ( International Image Interoperability Framework) および、IIIF の相互運用性を生かしてユーザーによる画像の一部の切り取り、収集、並べ替え、保存、共有を可能にす る IIIF Curation Platform を利用して構築を行った。 IIIF Curation Platform の機能により「顔コレ」では付与されているメタデータを一覧化し、メタデータ付与数を含めて定量的に把握することも可能である。また、収集されている顔貌画像を自由に選択して派生的に公開することも可能である。これらの機能により、美術史の様式研究に研究データの検索や再利用と、量的な解析の可能性を提示した [6][7]。 図 1.「顔コレ」より、メタデータ「身分:僧侶」での絞り込み結果。 複数の機関が公開する複数の作品を横断して比較することができる。 ## 2.2 顔コレデータセット 「顔コレデータセット(KaoKore Dataset)」 は、「顔コレ」で公開する顔貌画像を、機械学習で利用しやすい形式に整えたデータセットである [8]。具体的には 1. 顔貌画像(画素: $256 \times 256$ ) の所在情報 (URL)をまとめたテキストファイル 2. 専門家が付与した属性情報(メタデータ) をまとめたテキストファイル 3. 機械学習のためのラベルとデータ分割を指定する CSVファイル を提供する。なお、画像そのものではなく、画像の所在情報をまとめたファイルを配布している理由については、次項で詳しく述べる。 このデータセットは、機械学習研究に対して、日本絵画に登場する顔貌という新たな研究対象を提供することになる。例えば日本絵画風の画像自動生成など、クリエイティブな活動に活用できる。また、機械学習によって日本絵画の顔貌自動抽出や基礎的なメタデー 夕の自動付与が可能になれば、日本のみならず世界各地に存在する未調査の絵画資料を対 象とした美術史研究の効率化が期待できる。 「顔コレ」の顔貌収集とメタデータ付与は美術史研究者の人手で行っている。機械学習による自動抽出が進み、美術史研究者がエラ一のチェックとその後の分析に集中できるようになれば、作業負担の軽減と研究の効率化にもつながる。このように「顔コレデータセット」は、人文学研究と機械学習研究の双方に価値があるデータセットである。 ## 3. データセット構築-公開の諸問題 3. 1 問題の整理 「顔コレデータセット」の公開に向けた作業を進める過程で浮上してきた問題を以下に簡単に整理する。 第一の問題は配布方法である。「顔コレ」は複数の機関が公開する IIIF 画像を横断的に利用することで、幅広い作品から顔貌を収集した。これを「顔コレデータセット」として公開するのに最も標準的な方法は、これらの画像をすべてダウンロードした上で、原典画像公開者から切り離したデータセットとして公開する方法である。しかしこの方法では、原典画像公開者の貢献が埋もれてしまう懸念があるため、原典画像公開者とのリンクを保持しながらデータセットを公開することが望ましい。 第二の問題は出典表示である。「顔コレ」で想定していた美術史での研究利用では、論文等で一度に利用する顔貌画像の数には限度があり、キャプションや注を用いて原典画像の出典を個別に表示することが可能だった。しかし、データセットとして機械学習に利用する場合、成果物と個別の画像との関係は複雑であり、機械学習モデルの中に全ての画像が埋め込まれることもある。ゆえに、全ての出典および原典画像公開者を表示することが現実的でない場合も生じてくる。 第三の問題は利用ガイドラインである。「顔コレ」には宗教的な内容を含む作品から収集した多く含まれる。特に『熊野權現縁起』のように、現存する具体的な信仰対象に直接結びつく原典もある。ゆえに、機械学習による画像生成などの利用において、こうした対象を傷つけることに繋がるような利用は可能な限り避けたい。自由な利用を萎縮させないオ ープン性を担保しながらも、利用者に対しては価値観の多様性の尊重を意識してもらう必要がある。 ## 3.2 解決方法の提案 上記の 3 つの問題に対して、「顔コレデータセット」では、利用者と原典画像公開者の双方に有益な公開方法を目指し、以下の方法を用いることとした。 配布方法: 2.2 章でも述べたように、今回は顔貌画像データではなく原典画像公開者のサイ卜上での所在情報 URL リストを提供している。 IIIF では画像内の顔貌の座標やサイズなどを URL に指定できるため、このような配布方法が可能となった。利用者はダウンロード作業を自動化するスクリプトなどを用いて、原典画像公開者のサイトにアクセスして画像を手元にダウンロードする。これにより原典画像公開者は、アクセス履歴を通して利用状況を把握できるようになる。 出典表示 : データセットのライセンスは $\mathrm{CC}$ BY-SA を採用した。これにより利用者は出典を表示することが必要となるが、すべての原典画像公開者を表示することは現実的ではない。そこで出典表示としてはデータセットの DOI を用い、そのランディングページおよびデータセット公開ページに原典画像公開者の一覧を表示することで、出典から原典画像公開者をたどれるようにした。また、顔コレデ一タセットから派生した新たなデータセットやソフトウェアを公開する場合は、「原典画像公開者一覧」ファイル配布物に含めるように求めることで、派生的な成果に対しても、原典画像公開者を表示できるようにした。 利用ガイドライン : Europeana Collections の Public Domain Usage Guidelines[9]や、 シンポジウム「デジタル知識基盤におけるパブリックドメイン資料の利用条件をめぐって」 [10] での議論を参考に、ライセンスと利用規約(法的なもの)、ガイドライン(善意に基づくもの)の違いを整理した。そしてガイドラ インでは利用者の善意に基づき、多様な価値観の尊重と、作者や原典画像公開者など公開に係る様々なステークホルダーの尊重をお願いすることとした。 ## 4. おわりに 本論は、「顔コレデータセット」を事例として、デジタルアーカイブの横断利用に基づく機械学習データセットを公開する際の課題と解決策をまとめた。オープン化やライセンス、機械学習の倫理などを巡る議論を踏まえて、 ベストプラクティスは今後も変化していくであろう。その中で、我々としては、「原典画像公開者とデータセット利用者の双方に有益な公開方法」を基本方針とし、公開方法を今後も更新していくことを考えている。 また「顔コレデータセット」の公開を契機に、美術史研究の立場から機械学習にどのような成果を期待するかを考えておく必要があろう。もともと「顔コレ」を立ち上げたのは、美術史研究にデータの再利用性を導入し、議論の整理を促進することが目的だった。機械学習はこの再利用性をさらに推進し、顔貌の自動検出などのレベルでは作業を効率化できる可能性があるが、美術史研究の重要な論点の解決に貢献できるかはまだ不確かである。 例えば複数の流派の影響が見らえる作品の様式研究においては、熟練した美術史研究者の間でも判断が異なり、簡単に答えが出せない議論となる。また主題の特定に関しても、時代や流派など複数の要因から議論がなされる。こうした議論に対して、機械学習の結果をエビデンスとして使うという考え方はやや単純に過ぎる。機械学習はデータセットのバイアスに影響されるため、誤った結論を出す可能性もある。データセットの量と質を高めると同時に、機械学習が解決可能な問題を見極めていくことも、今後の重要な課題である。 ## 参考文献 [1] 日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築計画(歴史的転籍 NW) https://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/ (閲覧 2020/2/17). [2] 日本古典籍データセット(国文研等所蔵 $/ \mathrm{CODH}$ 提供) http://codh.rois.ac.jp/pmjt/ (閲覧 2020/2/17). [3] 日本古典籍くずし字データセット(国文 研ほか所蔵 / CODH 加工) http://codh.rois.ac.jp/char-shape/ (閲覧 2020/2/17 [4] KMNIST データセット(CODH 作成/日本古典籍くずし字データセット(国文研等所蔵)を翻案) http://codh.rois.ac.jp/kmnist/ (閲覧 2020/2/17) [5] 顔貌コレクション(顔コレ) http://codh.rois.ac.jp/face/ (閲覧 2020/2/17) [6] 鈴木親彦,高岸輝,北本朝展. 顔貌コレクション(顔コレ):精読と遠読を併用した美術史の様式研究に向けて. じんもんこん 2018 論文集. 2018. pp. 249-256 [7] 鈴木親彦. デジタルアーカイブを横断した画像活用による研究実践 : IIIF と IIIF Curation Platform を軸に. デジタルアーカイブ学会誌. 2019. No.3(2). pp. 223-226 [8] 顔コレデータセット (CODH 作成) http://codh.rois.ac.jp/face/dataset/ (閲覧 2020/2/17) [9] Public Domain Usage Guidelines - Europeana Collection https://www.europeana.eu/portal/en/rights/p ublic-domain.html (閲覧 2020/2/17) [10] デジタル知識基盤におけるパブリックド メイン資料の利用条件をめぐって。 http://21dzk.l.u- tokyo.ac.jp/kibana/sympo2019/ (閲覧 2020/2/17) この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B41]GIS データの可視化への試み: 天然記念物の保存と活用に向けた稙生管理と展示教育への利用の観点から ○下田彰子 1), 梶並純一郎 2 ,遠藤拓洋 1), 齊藤有里加 3), 海老原淳 1), 山田博之 4), 小川義和 1) 1) 国立科学博物館, $110-8718$ 東京都台東区上野公園 7-20 2) NPO法人地域自然情報ネットワーク, 3) 東京農工大学, 4) 筑波大学 E-mail: [email protected] ## Experiment to visualize GIS data From the viewpoint of vegetation management for preservation and utilization of natural monuments and use for exhibition education AKIKO Shimoda1), JUNICHIRO Kajinami2), TAKUMI Endo¹), YURIKA Saito ${ }^{3}$, ATSUSHI Ebihara ${ }^{1)}$, HIROYUKI Yamada ${ }^{4)}$, YOSHIKAZU Ogawa1) 1) National Museum of Nature and Science, 7 Uenokoen, Taito-ku, 110-8718 Japan 2) The Geoecological Conservation Network, ${ }^{3}$ Tokyo University of Agriculture and Technology, 4) University of Tsukuba ## 【発表概要】 本研究は、天然記念物の保存と活用に向け、天然記念物に指定される国立科学博物館附属自然教育園をモデルに、経験に基づき行われている植生管理について、GIS を活用してデータ化し、可視化する植生管理手法の開発を試みている。また、自然教育園には毎木調査データ、動植物目録や写真記録など、多数のデジタル化されたデータが蓄積されている。野外博物館である自然教育園において、これらのデータはコレクションの記録に該当し、自然の変遷を知る上で非常に意義深いものである。データは積極的に活用されることが望ましく、来園者への自然理解を深めるための展示教育への利用に取組んでいる。今回、植生管理および展示教育の観点から、自然教育園において過去 60 年間にわたり蓄積された毎木調查の GIS データを可視化した事例を報告する。 ## 1. はじめに 文化財保護法が改正され、文化財の計画的な保存と活用とともに、それらの両立が課題となっている。生物圏保存地域(ユネスコエコパーク)では、生態系の保全と持続可能な利活用の調和を目的として、保存とともに教育などへの活用が図られている。天然記念物についても、教育等に活用されることで、自然に対する一般への理解が深まり、保存が促進されると期待される。 以上を踏まえ、本研究は、天然記念物の保存と活用に向け、現在、天然記念物に指定される国立科学博物館附属自然教育園をモデルに、経験に基づき行われている植生管理について、GIS を活用してデータ化し、可視化する植生管理手法の開発を試みている。さらに、自然教育園では毎木調査データ、動植物目録 や写真記録など、多数のデータがデジタル化され、蓄積されている。これらは、天然記念物における自然の変遷の記録として、非常に意義深いものである。さらなる活用として、 これらを可視化し、来園者への自然理解を深めるための展示教育への利用に取組んでいる。本発表は、植生管理および展示教育の観点から、自然教育園において過去 60 年間にわたり蓄積された毎木調査の GIS データを可視化した事例を報告する。 ## 2. GIS データを活用する意義 GIS(Geographic Information System)は、近年まちづくりや防災などの様々な分野で活用されている。それは空間情報を作成、加工、管理、分析、共有することができる情報テクノロジを意味し、地図上に可視化して、情報 の関係性、パターン、傾向をわかりやすく導き出すことが可能となるシステムである。大仙隠岐国立公園では、GIS を用いて植生デー タベースを構築し、植生管理への応用の可能性が示唆されている ${ }^{[1]} ように 、$ 植生や管理内容などの目に見えない情報を可視化し、分析する点から、植生管理に GIS を活用することは有用である。また、展示教育においては、 GIS のデータを活用して可視化することで、来園者が植生の変遷など見えない自然を理解し、将来の自然環境のあり方などを考えるきっかけとなる効果が期待できる。 ## 3. GIS データの可視化への試み ## 3. 1 GIS データの内容 自然教育園では、過去 60 年間にわたり概ね $5 \sim 10$ 年ごとに毎木調査が実施されている。データは、基盤となる地図等とともに、 GIS データとして蓄積されており、今回、このデータを可視化する試みを行った。データの内容は、以下のとおりである。 ## (1)地図データ 2012 年以前の測量成果を GIS 化したデー 夕 ・ベースマップ (line)、10・20m メッシュ (line)、園路杭(point)、水域 (polygon) ・杭は属性に杭番号が付与されているが、それ以外は線形のみ。当時の地面に載っていた構造物も描かれている 図 1.地図データの表示例 ## (2)地形データ 2012 年にレーザー測量でにより作成したデ ータで、現在の自然教育園で利用する地形図となっている。 ・ 2012 年作成レーザー測量、調整メッシュ密度 $30 \mathrm{~cm}$ 。 ・標高・地物高さがあり、高さ精度は極めて高い。 ・点群データ(RIDAR の元データ)があ り、林内構造把握も可能。 - 館跡や土畚、防空壕跡など、地表面の詳細な地形状況を鮮明に見ることが可能。 図 2.地形データの表示例 ## (3) 毎木調査データ 過去 60 年間にわたり、胸高周囲 $30 \mathrm{~cm}$ 以上の全ての樹木を調查したデータ。 $\cdot$ $1965 \cdot 1983 \cdot 1987 \cdot 1992 \cdot 1997 \cdot 2002 \cdot 2007$ (2010 に一部修正)の 7 時期。 - 種名$\cdot$個体番号$\cdot$胸高周囲$\cdot$樹高 (2010のみ)。 ・樹木の消長や変遷を把握することが可能。 図 3 。毎木調查データの表示例 ## 3. 2 可視化の方法 今回の研究は、データを可視化し、植生管理と展示教育に活用することを目指したものである。植生管理では、樹木の状況から遷移の進行状況を把握し、それに基づいて枝下ろしや伐採などの作業を選定・実施し、目的とする植生を維持することが求められる。また、展示教育については、植生の変遷を、来園者に正確にわかりやすく伝えることが重要となる。 毎木調査データは、樹種により、遷移進行などの指標となる「落葉広葉樹」「針葉樹」 「常緑広葉樹」「シュロ類」として分類した。植生は一定不変なものではなく、環境との相互作用や種間の相互作用によって自ら変化する。この時間的な変化を遷移と呼ぶ[2]が、自然教育園が位置する東京都港区では、コナラ、ミズキなどの落葉広葉樹やアカマツ、クロマツなどの針葉樹を主体とした林が遷移途上の段階で成立し、最終的にはスダジイやシラカシなどの常緑広葉樹の林となると考えられる。そこで、「落葉広葉樹」「針葉樹」「常緑広葉樹」の増減を把握することで、植生遷移の進行状況を把握しようとした。 シュロ類については、遷移進行の指標として直接挙げられるものではないが、自然教育園を含めた首都圏で近年急激に増加した植物であり、植生管理面からは景観を阻害するなどの理由から個体数のコントロールが必要であること、展示教育面からは、地球温暖化やヒートアイランド等の人間活動の影響が増加要因として示唆されることから、別途分類した。 分類した項目は、わかりやすいように、色と形で区別し、簡単なイラストにした。植生の変遷が理解できるように、 7 時期をつなげて動画を作成した。なお、胸高周囲はデータに基づいたが、樹高は 1 時期のみのデータであったため、イメージとして作成した。 以上の手順により、時間の経過による樹木の変化として、以下が可視化された。 - 初期に樹木の本数が急激に増加している - 尾根上には常緑樹が増加している ・谷筋にはシュロ類が増加している 図 4 . 毎木調査データより作成した動画 遷移の指標となる常緑樹や、駆除を念頭に入れた個体数管理が必要なシュロ類の増加の状況がわかりやすく示された。特に展示教育への活用については、該当の箇所を拡大したり、変遷に関する説明を入れることで、より理解を深める内容になると考えられる。 ## 4. 今後の課題 デジタルアーカイブ化については、データ蓄積と同時にその活用をいかに図るかが重要な課題である。今回、蓄積された毎木調査デ一タを、植生管理および展示教育に活用した事例を紹介した。 現在、自然教育園において、植生管理の内 容についてデータの蓄積を進めるとともに、植生管理をわかりやすく伝える動画の制作、植生管理を指標するための草本種の抽出やデ一タ化の仕組みづくりを進めている。今後、植生管理における順応的管理と展示教育の理解を促進するために、これらと既存データをあわせた総合的な活用の検討をいかに進めるかが課題である。 毎木調査データの可視化においては、樹高はデータがなくイメージとして作成した。今後、このような未測定のデータは、樹種や胸高周囲などのデータから値を推定し、より正確な情報として来園者に伝える工夫が必要である。 これからの博物館の情報化は、全ての博物館が持っている「知」の共有であるとされ、 オープンサイエンスに対応する博物館の役割が問われている[3]。自然教育園におけるデジタルデータの公開は一部にとどまっている。 データ公開を含めたデジタルアーカイブ化がさらに進めば、研究機関等によるデータの活用により、緑地の変遷や植生管理に関する調査研究にも寄与できると考えられる。しかし、現状においては、当館において二次利用などのオープンデータポリシーが明確に規定されていないことが、公開を難しくしている。オープンデータ化を進めるためには、各施設においてオープンデータポリシーが明確に設定される必要があると考えられる。 なお、本研究は JSPS 科研費 JP18H00761の助成を受けたものである。 ## 参考文献 [1] 千布拓生 - 日置佳之.大仙隠岐国立公園奥大山地区を事例とした自然公園の植生データベ一スの構築.景観生態学 18(2) .2013, p.89-108 [2] 吉川正人.植物群落の見方.植生管理学.福嶋司(編)朝倉書店.2005, p.3-11 [3] 庄中(原田)雅子・坂井知志. 学芸員向け研修の必要性.博物館研究 52 (2). 2017, p.1922 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B34] インドの新聞デジタルアーカイブシステムとその日本 の地方紙デジタルアーカイブシステムへの応用可能性 および地方新聞デジタルアーカイブ開発における公共図書館の役割について ○山口 学 1) 1)苫小牧駒澤大学, $\overline{\mathrm{T}} 059-1266$ 苫小牧市錦西町 3-2-1 E-mail:[email protected] ## A Glimpse of Indian Newspaper Digital Archive Systems and The Possibilities on Implementation of Their Applications to Japanese Local Newspapers Digital Archive Systems and The Role of Public Libraries on Developing Local Newspaper Digital Archive Systems YAMAGUCHI Gaku1) 1)Tomakomai Komazawa University, Kinsei-cho 3-2-1,Tomakomai-shi Hokkaido 059-1266 Japan ## [発表概要] 2017 年の地方新聞社に対するデジタル化情報の調查の分析報告によると、多額の予算をかけてデジタルデータ化を進めたとしても、利用者をどの程度確保できるかの見通しがつかないため、採算性の確保が地方新聞社にとって重い課題となっている。またデータの公開や保存、維持については、メタデータの付与やシステム構築の問題がある。インドは英語とヒンデイー語の公用語のほか、2 2 の指定言語がある多言語・多民族国家であり、新聞は中国に次ぎ世界第二の規模を持つ。インドの図書館や公共機関では Greenstone,Dspace などのオープンソースソフトを使用した低コストの新聞デジタルアーカイブの開発が行われている。本稿ではインドのシステムを概観し、こうしたシステムが地方紙のデジタルアーカイブシステム開発に適用可能か考える。地域資料の収集主体である公共図書館の地方紙のデジタルアーカイブ開発の貢献可能性についてもインドと比較し考察する。 1. はじめに厳しさをます地方紙の経営 2017 年に実施されたデジタル化に関するアンケートを分析した平野桃子等の報告によると、約 6 割近くの地方紙が紙面、記事単位のイメージをデータ化済みであるが、データの公開は進んでいない[1]。これには、(1)法制度的 - 倫理的、(2)社会的、(3) 技術的、(4) 経済的・制度的などいくつかの課題があるが、 やはり経済的課題が大きいと思われる。日本新聞協会によると 2019 年の新聞の発行部数は、 $37,801,249$ 部で、 2 年間で 400 万部減少している[2]。この現象は、全国紙だけでなく地方紙にも共通している。部数減少は地方人口の減少や経済の低迷も影響しているが、SNS の発達で、独占的に地方の情報を提供できていた基盤が摇らいでいることも見逃せない。部数減は広告収入の減少をもたらし、地方紙の経営基盤は一段と厳しさを増している。常陽新聞のように廃刊に追い込まれる例もある。多額の予算をかけてデジタルデータ化を進めたとしても、利用者をどの程度確保できるかの見通しがつかないため、消極的にならざるを得ないのである。 ## 2. 地方紙のデジタル化を阻む要因 ## 2.1 公的援助の欠如 経営が苦しい地方紙が自力でデジタル化に乗り出すことは困難である。しかし現在のところ、地方紙のデジタル化は各新聞社の自助努力に任せられており、公的な資金援助はほとんどない。 下野新聞のように日経テレコンのシステム に加入して 2001 年以降のデジタル化に成功した例もある[3]。しかし創刊号以来のデータをすべて公開するには至っていない。 ## 2. 2 標準的なシステムの不在 地方紙のデジタル化が進展しないのは、自前で独自のシステムを開発するのは巨額な費用を必要とするのに、地方紙デジタル化のための標準的なシステムが存在しないことも一因である。下野のように中央紙のシステムに加入するのも一つであるが、すべての地方紙が加入できるわけではない。システム開発においても、公的な援助が不可欠である。 ## 3. インドの新聞業界とデジタルアーカイブ インドは 2 の公用語と 22 の指定語が使用されている多言語・他民族国家であり、日本新聞協会によると、2017 年の新聞の発行部数は $371,458,000$ 部で、発行紙数は 2016 年に 8,905 を数え、中国に次ぎ世界第二の規模を誇る。インドはデジタル化が進展しているにもかかわらず、紙媒体の発行も伸びている。 インドの新聞デジタルアーカイブの発達には、図書館が重要な役割を果たしてきた。ジャワハルラールネルー大学(JNU)図書館は、 1974 年から新聞切り抜き記事サービスを開始しているが、これをデータベース化して提供している。その他議会図書館をはじめとするいくつかの図書館は新聞切り抜きサービスを提供しており、その多くはデータベース化されている[4]。オープンソースソフトを使用した低コストのデジタルアーカイブシステムの研究も盛んである。その一例として、パンジ ヤブ州のババファリッド大学では、ユネスコのオープンソフト Greenstoneを使用した新聞切り抜きデータベースを開発している[5]。 ## 4. おわりに インドは近年経済成長が目覚ましいが、それまでは開発途上国として位置づけられ、図書館の財政基盤は決して豊かではなかった。 しかし日本と違って公的機関の図書館が新聞記事のデータベース化にいち早く乗り出し、 IT 技術の進展とともにデジタルアーカイブ化にも着手している。インド政府は新聞に対し補助金を拠出しており、民主主義の根本である新聞情報の重要性に関しての認識は見習うべきものがあるのではないか。 ## 参考文献 [1] 我が国における地方紙のデジタル化状況に関する調查報告デジタルアーカイブ学会誌 3(1), 35-40, 2019 [2] MEDIA KOKUSYO http://www.kokusyo.jp/oshigami/14683/ (参照日 2020-02-25) [3] 下野新聞社十日経テレコン http://telecom.nikkei.co.jp/public/guide/shim otsuke/case/ (参照日 2020-02-25) [4] Online Newspaper clippings \& News Services for Libraries: Experiences in Indian Libraries. IFLA WLIC 2013 [5] Development of Digital Newspaper Cli ppings Service Using GSDL: A Case Study of University Library of Bfuhs, Faridkot. SRELS Journal of Information Management Volume 50. Issue 2, April 2013
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# [B33]「阪神淡路大震災取材映像アーカイブ」の取り組み:四半世紀を経てのアーカイブ公開 その目的と課題 ○木戸崇之 1 ), 1) 朝日放送テレビ報道局 ニュース情報センター, 〒 $553-8503$ 大阪市福島区福島 1-1-30 E-mail: [email protected] ## The making of "Hanshin-Awaji earthquake 1995 Footage Archives": The purpose and issues of archive publication after 25 years from the earthquake KIDO Takayuki ${ }^{11}$, 1) Asahi Television Broadcasting Corporation, 1-1-30 Fukushima, Fukushima-ku, Osaka 553-8503 Japan ## 【発表概要】 2020 年 1 月、朝日放送グループは阪神淡路大震災の取材映像、約 38 時間分 1970 クリップを公開した。1995 年の発生から四半世紀が経過し、中心被災地の神戸市ですら、震災を経験していない住民が半数近くにのぼっており、被災経験や教訓の伝承が課題となっている。公開映像には被災者の顔が映り込んだものやインタビューも多数盛り込んだが、被取材者本人や近親者からの公開取りやめの要望は寄せられていない。アーカイブ公開においてしばしば課題となる肖像権の問題をどのように検討したか、公開に向け掲げたポリシーと具体的な作業内容を報告する。 ## 1. 公開の背景 阪神淡路大震災は、その発生直後から復興に至るプロセスをテレビがつぶさに取材、記録した都市型震災である。しかし当時の映像は、それを思い出したくない被災者への配慮などから、テレビ放送でも使われることが少なくなっていた。毎年 1 月 17 日の報道で「震災を後世にどう語り継いでいくかが課題」と訴える一方で、局内では記者の世代交代も進んでいる。このままでは膨大な取材映像の存在や内容が忘れ去られ、ライブラリーに入ったまま、よりいっそう使われなくなるのではないかと、危機感を感じていた。 スマートフォン普及前に起こった阪神淡路大震災の記録映像は、報道機関が撮影したものがその多くを占める。将来の防災・減災の ためにこれを見られるようにすることが、地元放送局の社会的使命であると考え、CSR 活動の一環として公開に至ったものである。 図1. QRコードを読み取りスマホでも視聴できる 2. アーカイブサイトの特徴 2. 1 「番組」ではなく「素材」 本サイトでは、1995 年 1 月 17 日の地震発生直後から、ポートライナーが全線開通した同年 8 月 23 日までに朝日放送テレビが取材した映像を公開している。QR コードを読み取り、スマートフォンやタブレットで視聴することもできる(図 1 )。映像には ANN 取材団として系列局が取材したもの、サンテレビジョンと交換したものが一部含まれている。 放送済みの番組や、事後取材の VTR 企画ではなく、記者リポートや被災者のインタビュ一、空撮など、取材したままの「素材」であることも特色の一つである。防災・減災のためには、数十年後、数百年後においても被災の空気感が伝わる必要があるが、編集して映像に文脈をつけたり、ナレーションを加えたりすると、映像の意味を現代人の視点で限定してしまうことになり、その効果が減衰する恐れがある。そこで編集は、映像ノイズや記者リポートの $\mathrm{NG}$ テイクの除去、インタビュ一几長部分のカットなど最低限にとどめた。 ## 2.2 位置情報を地図にプロット どこでどのような被害が発生したかを後世にわかりやすく伝えるため、公開にあたって映像のメタデータに緯度経度を追加し、 Google 地図上にプロットした(図2)。 取材記録に書かれた「取材場所」に基づき、映像ひとつひとつに緯度経度を付与したが、取材班がテープの箱に書き込む記録をそのまま転記していることから、同じ場所にもかかわらず、「そごう前陸橋」や「三宮駅前」などと記述にばらつきが生じていた。映像の内容を確認しつつ整理・修正し、場所名と緯度経度を 1 対 1 に対応させる作業を行った。公開映像の取材箇所は 800 箇所以上にのぼった。 図 2. 地図上に落とした取材箇所のイメージ ## 2. 3 音声部分のテキスト化 公開映像には 567 クリップのインタビュー が含まれている。被災者がその時の気持ちを吐露した貴重な「生の声」である。映像をすべて見返さなくても発言内容がわかるよう、音声をテキストに起こし、映像の再生画面の 図 3. 再生画面のイメージ下欄に配置して文字で読めるようにした(図 3)。また 43 クリップある記者リポート映像も同様に文字化した。 ## 3. 公開までのプロセス ## 3. 1 肖像権に関する課題 取材映像を公開する上で最も大きな課題は、映像に映り込んでいる被災者の肖像権であつた。当然のことながら取材時には、映り込む方の連絡先を聞いておらず、 25 年が経過した今になってその人物をすべて探し出して許諾を取ることは事実上不可能である。 肖像権はあくまで、撮影や公開の目的、必要性等と撮影された人の人格的利益の侵害の度合いを比較衡量して、受忍限度を超えるかどうかでその違法性が判断される[1]もので、無条件に参照できる法律や前例がない。そこで、法務部や顧問弁護士の助言のもと、公開の目的や意義を固めることに注力した。 ## 3.2 学生ワークショップの実施 本アーカイブ公開の最大の目的は、当時の記憶が薄い若い世代や、これから生まれてくる世代に、リアルな被災状況を伝えることである。そこで、震災後に生まれた大学生に取材映像を視聴してもらい、感じたことを語り合ってもらうワークショップを開催した。 彼らは「高速道路が倒れた写真は教科書で見て知っているが、それ以外の風景の印象はあまりない」と話し、「身近な神戸の町がこんなことになっていたとは…と強く心を動かされていた。「目を背けたくなる映像もあるが、被災者がインタビューに答えている内容や何気ない表情に多くの情報があり、モザイクしないほうがよい」という意見が印象的だった。 また、ある参加学生からは、「公開にあたっては放送局側で映像の取捨選択を極力しないで欲しい」と要望された。「見る者への配慮を理由に映像を選別すれば、後世に伝わる災害のリアルが損なわれる」という趣旨であった。 このワークショップで集めた意見は、本ア ーカイブ公開の意義を再確認し、その方法を決定する上で大いに参考となった。 ## 3. 3 有識者による研究会の開催 アーカイブは研究分野においても広く活用されることが望ましい。また、災害アーカイブの先行事例で確認された課題は、今回の公開の参考になる。そこで、防災やメディア、法律の研究者を招き、アーカイブの意義や課題を共有する研究会を行った。弊社担当役員や本アーカイブに関係する部署の責任者も議論を傍聴し、公開に向け社内の「位相」を合わせる機会とした。 人と防災未来センターが保有する動画の現況や、先行する東日本大震災関連アーカイブの課題が報告され、アーカイブの維持と効果的な活用のためには公開機関の「覚悟」が必要であること。また、公開が「災害報道批判の再生産」につながらないよう気をつけるべきとの指摘もあった。 ## 3. 4 肖像権処理ガイドラインに基づく試算 前項研究会の出席識者から、「肖像権処理ガイドライン (案)」[2]が紹介され、公開予定の映像を類型化して点数計算を試みた(表 1 )。阪神淡路大震災が「歴史的事件」に分類され、 25 年の経過で 15 点が加点されるとした場合、「ブルー(公開可)」とならないものは、「避難所内のけが人アップ」や「西市民病院の救出風景」など、被取材者がけが人の場合で-25 点。そのほかは-5 点以内にとどまった。 試算結果に従えば、あと 5 年で「けが人」以外の取材映像が公開できることになるが、首都直下地震をはじめ「都市型震災」の発生が危惧される環境下で、いたずらに公開を遅 らせる必然性もない。報道機関の責務として原則公開することにし、本当に必要なものに限って最低限の配慮をすることとした。 ## 3. 5 「受忍」レベルの定量的確認作業 しかし、映り込んだ被災者の心情を抜きにして、独りよがりの判断でアーカイブを公開することは適切とはいえない。公開に先立ち被取材者を時間の許す限りで探し出し、意向確認する作業を行った。 氏名などから現在の連絡先が判明した方はもとより、長田区や東灘区、淡路島などに映像を持って赴いて被取材者を探した。30 名弱の方の身元がわかったが、数名の方は既に亡くなられ、高齢で話ができない方も数名いた。 しかし直接接触できた方やご遺族に意向を確認したところ、公開を拒む方はおられず、むしろポジティブな評価をいただいた。クリップ数に比してサンプル数が十分とは言えないが、公開に手応えを感じる結果となった。 ## 4. 公開のポリシー ## 4. 1 映像ごとの配慮 前章各節での検討に基づき、原則として映像を加工せず公開することとしたが、一部下記のような映像については、被取材者や遺族への配慮からモザイク等を施すこととした。 - 災害対応に激高している - 悲しみで取り乱している - 受験生として取材し結果が不明 - 職探しの様子を取材し結果が不明 ・病歴などが分かる可能性がある 表 1. 映像の主な類型別「肖像権ガイドライン(案)」適用例 & & & & & & & & \\ また、肖像権は消滅しているものの、慰霊祭で撮影した「遺影」や亡くなった方のお名前については、遺族感情を考えて映像から削除した。家族全員が亡くなったと話す女子高校生や、母親の遺体が見つからず実家跡で再捜索を見守る女性のインタビューについては、肉親の死という悲しいエピソードを経験した個人に焦点が当たっているにもかかわらず、被取材者本人とコンタクトが取れていないため、テキストのみでの公開とした。 さらに、遺体の搬出や、清掃していないトイレの様子が映っているクリップについては、 タイトル横に注意の文言を加えて、見たくないと思う人の目に映像が触れないようにした。 ## 4. 2 利活用の制限 通常、テレビ放送を目的に取材した報道素材を目的外に使用することには、被取材者の人権等に配慮して厳しい制限をかけている。 ただし、本アーカイブは防災・減災に広く役立てていただくことが目的のため、非営利の授業や研修会において、本サイトを上映する形での利用を希望する申し出があった場合には、無償での使用を許諾することとした。 映像をSNS でシェアすることで、災害の現実を広く知らしめ、教訓を伝承する効果が高まるという考え方もある。しかし、見ることを望まない人に刺激的な映像が配信される可能性や、災害以外の文脈のコメントを付けて広く配信されると、被取材者が抵抗を感じる恐れもあるため、現時点では「動画ごとのシェア」ができないようサイトを構築している。 ## 4. 3 公開期間とオプトアウト 都市型震災の教訓をいつでも拾い上げられるようにという考えから、本アーカイブは公開の期間を定めていない。万一、被取材者本人や近親者から、映像の公開をやめてほしい と要望があった場合は、改めて公開の趣旨を説明し、ご理解いただけなければ速やかに公開を取りやめる「オプトアウト方式」での対応を予定している。ただ本稿提出期限の 2020 年 2 月 25 日現在、公開取りやめを求める声は寄せられていない。公開前後に集めた被取材者や視聴者の反応に関する考察は稿を改める。 ## 5. 謝辞に代えて 1995 年春に入社した筆者は、災害直後の過酷な被災地の取材や、緊急放送の経験がない。入社後は「知っているもの」として経験談を語る先輩社員を前に、「共通言語」の乏しさを感じることも多かった。災害取材の環境は 25 年前と大きく変わり、先輩記者の多くが現場を離れた今、若手記者に当時の災害取材を伝えることも、公開のもうひとつの目的である。 当時の記者やデスク、アナウンサーらは本公開の意義を理解し、それぞれの今の立場で取り組みを後押ししてくれた。取材を躊躇するような状況で、被災者のネガティブな反応にもめげず続けた取材成果があってこそ、未来においても教訓を拾い上げることができる。 そして何より、記者の不躾な質問に対しても真摰に答えてくださった被取材者の皆さんに感謝の思いを新たにした。本アーカイブが将来の防災・減災に役立ち、災害報道への市民の理解を深める一助となることを期待したい。 ## 参考文献 [1] 長坂俊成. “自治体が運営する災害デジタルアーカイブ” . 権利処理と法の実務. 数藤雅彦編. 勉誠出版, 2019, p.67-85 [2] デジタルアーカイブ学会法制度部会. 肖像権処理ガイドライン(案). 2019/11/6. http://digitalarchivejapan.org/wpcontent/uploads/2019/11/ShozokenGuideline2019-01.pdf (閲覧 2019/12/4).
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# [B32] NHK アーカイブスにおける塩づくり映像の抽出$\cdot$解析:塩田作業の「技$\cdot$過酷さ」をどのように共有するか ○篠山浩文 1) 1) 明星大学教育学部, $\bar{\top} 191-8506$ 東京都日野市程久保 2-1-1 E-mail: [email protected] ## Analysis of Japanese salt making TV programs in the NHK Archives: How to share the expert skills and heavy work at salt field SHINOYAMA Hirofumi ${ }^{1}$ 1) Meisei University, 2-1-1 Hodokubo, Hino, Tokyo, 191-8506 Japan ## 【発表概要】 本研究は、NHK 番組アーカイブス学術トライアルにおける NHK 番組の視聴を通じて、塩田法による塩田作業を抽出・解析し、さらに塩田作業の「技・過酷さ」の共有・発信・伝承の可能性を検討したものである。「揚浜式」「入浜式」「流下式」それぞれの塩田作業を NHK 番組から抽出し、特に入浜式塩田における入鍬作業を例に「技・過酷さ」の共有を検討した。技については、文献や写真から伝わる情報とは質的に異なる情報が映像から共有される可能性が示唆された。過酷さについては映像から共有されにくく、経験者の音声や文献情報が加わることにより映像が生かされるものと考えられた。 ## 1. はじめに 日本における塩づくりは、太陽光、風力等を利用することにより海水を濃縮する「採凪 (さいかん)」、その穢水を惹つめて塩の結晶を得る「煎鳌(せんごう)」の二つの工程を経る独特な方式で行われてきた。採踉は、主に塩田法により行われ、時代とともに「揚浜式」「入浜式」「流下式」へと姿を変えてきた。1971 年以降は、イオン交換膜の開発と国策による塩業近代化臨時措置法の施行が相俟って、塩田による採嵅が廃止され、電気エネルギーを利用したイオン交換膜法による工場内採䣓が導入され現在に至る ${ }^{[1]}$ 本研究は、NHK番組アーカイブス学術トライアル採択課題『NHK映像記録から「塩田に対する視点の変遷」と「塩田文化遺産を未来へと繋ぐ活動の原動力」を探る (2018 年)』『日本における塩専売制廃止以降の塩文化の多様化と NHK「塩」番組との関係性 (2019 年)』における NHK 番組の視聴を通じて、塩田法による塩田作業を抽出・解析し、さらに塩田作業の「技・過酷さ」の共有・発信・伝承の可能性を検討したものである。 ## 2. NHK で放送された塩づくり関連番組と 塩田作業の抽出 NHK クロニクル ${ }^{[2]} における$ 番組表ヒストリ一にて、NHKで過去に放送された塩づくりに関連する番組を検索し、NHKアーカイブスに保存されている番組を視聴することにより、各塩田法における塩づくり作業を抽出した。本項では揚浜式塩田と流下式塩田について概説し、入浜式塩田については、次項 3.にて塩田作業における「技・過酷さ」と絡めながら述べることとする。 ## 2.1 揚浜式塩田 揚浜式塩田における作業は『テレビ生紀行 “北陸・海の回廊を行く”(8)珠洲市〜揚げ浜塩田 1991 年放送』『BS スペシャル日本人の味はこうして作られた (3) 「塩」 1997 年放送』『新日本風土記 「塩いのちと心の物語」2010 年放送』等に収められていた。 『新日本風土記』では、1958 年当時の能登半島における塩づくりの様子がナレーターにより『砂を敷いた塩田に繰り返し海水を撒き、夏の太陽の熱で乾かします。そして塩がついた砂を集め、海水に溶かして濃い塩水を作り、孛詰めて塩を取ります。汐汲夕 3 年、潮撒き 10 年といわれた作業は、人の力だけが頼りの過酷なものでした。』と紹介されていた。また、『日本人の味はこうして作られた』では、塩田廃止後も能登半島で塩田を守り続けてきた塩づくりの様子が文化人類学者石毛直道氏より紹介されていた(図 1 )。石毛氏は各作業に対して『自然を相手の本当に素朴な方法です。まずお天気のいい季節しかできませんし、何よりも大切なことは海水が污れていないことです。』『まさに汗の結晶と言っても良いのではないでしょうか。人間の労働だけで作り上げた天然の塩ですね。』のように視聴者に語りかけていた。 図 1. 揚浜式塩田における採狪作業 塩のついた砂が集められた組立式沼井(ぬい:中央の構造物)の上部から海水を流し込み、下部より濃い塩水を回収する様子 出典: NHK「BS スペシャル日本人の味はこう して作られた (3) 「塩」 1997 年放送」 ## 2.2 流下式塩田 流下式塩田の映像は『日本の素顔日本政府専売品 1959 年放送』『続日本横断讃岐平野一四国編一(2) 1963 年放送』『新日本紀行西讃岐 1968 年放送』等に収められており、特に、NHK最初のテレビ定時ドキュメンタリ一30 分番組『日本の素顔』では、流下式塩田に関わる映像がおよそ 14 分間にわたり「流下式塩田の全景 $\rightarrow$ 塩の袋詰め $\rightarrow$ 倉庫への搬入 $\rightarrow$流下式塩田における枝条架組立・稼動一流下盤管理 $\rightarrow$ 立釜による煎謷」の流れで構成されていた(図 2(a)~(c))。また『新日本紀行』 では、かつて入浜式塩田で従事した方による枝条架の手入孔等の塩田管理の様子も記録されていた(図2(d))。 (a)流下式塩田全景 (b)竹を素材とした枝条架部品づくり (c)枝条架の組立て (d)枝条架の手入れ 図 2. 流下式塩田における作業 出典: (a) (c), NHK「日本の素顔日本政府専売品 1959 年放送」; (d), NHK「新日本紀行西讃岐 1968 年放送」 ## 3. 入浜式塩田における作業とその「技$\cdot$過酷さ」 ## 3. 1 入浜式塩田作業を解説した番組 入浜式塩田における作業映像が収められているのは『日本の素顔日本政府専売品 1959 年放送』『昭和回顧録 「浜子はマラソンランナー」一瀬戸内塩田の記録—1978 年放送』 『高校生の科学化学「塩と生活」一製塩の歴史と化学の発達一 1980 年放送』等であつた。特に『昭和回顧録』では、1935 年に制作 された「通俗科学映画塩の話」を映しながら、元塩田従事者で元扶桑塩業組合 (香川県宇多津町)組合長黒田忠雄氏が 5 分間にわたり塩田作業を詳細に解説していた。また『高校生の科学』では、3 分弱にまとめられた映像を用いて講師(大学教授)が説明していた。 ## 3. 2 入浜式塩田における作業 入浜式塩田は、遠浅の海岸に大きな堤防を造り、満潮・干潮時の水位の高さの中位に塩田面(地場)が築かれたものである(図 3 )。 図 3. 入浜式塩田における構造物と作業出典: NHK「日本の素顔日本政府専売品 1959 年放送」 ; 演者より解説文字を追加 採狪作業の概要は次のとおりである。 (1) 満潮時に海水を浜溝に導き、毛細管現象により砂層上部に海水を供給し、太陽熱と風で水分を蒸発させ、砂に塩分を付着させる。 (2) 塩分の付着した砂を沼井に集め、上部から海水を注ぎ、下部より穢水を回収し煎㥿に供する。 (3) 塩抽出後の砂を沼井から掘り出し、 の作業時にその砂を塩田にひろげる。 (1)には「浜飼(撒潮)」「浜ひき」(2)には「入鍬(すくい込み)」「上げ水」(3)には 「沼井掘り」「おろし(土振り)」といったそれぞれに高度な “技”が必要とされる。 ## 3. 3 作業映像から伝わる“技” 3.2 で示した塩田作業のうち「入鍬」を例に、 その“技”を映像から抽出した(図 4)。図 4 における柄振(えぶり;乾燥した砂を寄せ集め、沼井に入れる道具)を用いた女性による一連の入鍬作業は、各写真右下のタイムコー ドに見られるようにわずか 8 秒であった。演者の私見であるが、本映像における迅速かつ 図 4. 入鍬作業の流れ出典 : NHK「高校生の科学化学塩と生活 1980 年放送」; 演者より解説文字を追加 精巧な “技” に感銘するとともに、ある種のスポーツ競技を見ているような美しさすら感じた。紙面の制約上、詳細を割愛するが、「入鍬」以外の全ての塩田作業においても “技”に対する同様な感想を持った。文献や 写真から伝わる情報とは質的に異なる情報が映像に秘められていることを改めて感じた。 ## 3. 4 作業映像から伝わりにくい“過酷さ” 塩田作業の過酷さは様々な文献からうかがい知ることができる。例えば、「入浜式塩田作業関係者座談会」 ${ }^{[3]}$ では、元塩田従事者が 『柄振にかかる重さは大変なものだった。昔、相撲取りが柄振を使って沼井台の中に砂を入れることができなかった。重さがあるので、柄振を使うコツ(経験)が必要だった。』と述べている。さらに角田 ${ }^{[4]}$ も『砂をもち上げることが浜子にとって一番つらい労働である。 (中略)それに真夏の午後、一番暑い時刻の労働であることを思えば、「すくい込み(入鍬)」が浜子泣かせの山場であることは間違いない。』と入鍬作業の過酷さを述べている。 一方、本項 3.1 で示した番組『昭和回顧録』 において、出演者の黒田氏も『これが我々の激動と言いましょうか。普通の人ではできませんよ。重労働ですから。俗にいう脂汗が出るような仕事なんです。 3 時が塩の最高の付着の時ですからね。その土を入れるために急いでやらにやいかんから。重労働ですよ。死ぬか生きるかのくらいまでやる激動です。苦しい作業です。』と入鍬作業の過酷さを強調されていた。 本項 3.3 で述べたように、入鍬作業の映像から“技”の巧みさがひしひしと伝わってきた。しかしながら “過酷さ”については、これも演者の私見となるが、映像から強くは伝わってこなかった。天気に左右される作業のため「塩田を走る」という過酷さを一連の作業時間の短さから感じ取れたものの、「暑い」 「重い」については、“技”が洗練されているためにむしろ伝わりにくいのかもしれない。 “過酷さ” のような視覚ではなかなか伝わらない情報には、上述した黒田氏のような現場経験者の音声や文献情報が加わることにより、映像が生かされるものと考えられる。 ## 4. おわりに 演者はこれまでに「塩田文化の消失が及ぼしてきた我々の生活への影響」を調查している過程で、塩田文化遺産を未来へと繋ぐ活動が旧塩田地域各地において行われていることを把握している ${ }^{[5,6]}$ 。例えば、香川県の宇多津臨海公園では復元された入浜式塩田にて子どもたちが塩づくりを体験することができ、資料館では塩田作業の流れが収められた保存映像が常時放映されている。放映に加え、本研究で検討した塩田作業の「技・過酷さ」を保存映像から抽出し、塩田従事者からの情報を加味しながら発信方法を工夫することにより、子どもたちとの塩田文化の共有がさらに強まる可能性を感じている。今後、その可能性を検討していきたい。 ## 参考文献 [1] 公益財団法人塩事業センター.塩百科一日 本の塩づくりの歴史一. https://www.shiojigyo.com/siohyakka/made/ history.html(閲覧 2020/2/24). [2]NHKアーカイブス.NHK クロニクル. https://www.nhk.or.jp/archives/document/(閲覧 2020/2/10). [3]日本たばこ産業高松塩業センター.香川の塩業の歩み.日本たばこ産業.1991, p.117-155 [4] 角田直一. 元野崎浜風土記. 財団法人龍王会館.1998, p. 74 [5]篠山浩文、「塩」を子どもたちと考える一塩田文化を未来へ繋ぐ科学コミュニケーション一: 明星大学教職センター研究紀要.2019, 第 2 号, p.25-35 [6]篠山浩文.NHK 番組における「塩田」 「塩」に対する視点の変遷一塩田文化遺産を未来へと繋ぐ活動の原動力を探る一:日本生活学会第 46 回研究発表大会梗概集. 2019 , p. $42-43$ この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B31] 未組織化映像のアーカイブおよび利活用手法の研究: 中部大学放送研究会番組映像を事例として ○安永知加子 1), 柊和佑 ${ ^{11}$, 石橋豊之 ${ }^{2}$ 1) 中部大学, $\bar{\top} 487-8501$ 愛知県春日井市松本町 1200,2$)$ 岐阜女子大学 E-mail: [email protected] ## Institutional Video Archiving System: An Example from Broadcasting Club In Chubu University YASUNAGA Chikako ${ }^{1)}$, HIIRAGI Wasuke ${ }^{1}$, ISHIBASHI Toyoyuki ${ }^{2}$ 1) Chubu University, 1200 Matsumoto-cho, Aichi, 487-8501 Japan ${ }^{2)}$ Gifu Women's University ## 【発表概要】 我々は、組織による地域情報の収集・蓄積・利活用を「地域の記憶」アーカイブの中核であると位置付け、収集手法、形式および保存方法、効果的な利活用手法を検討している。本稿では、組織の活動として作成された CATV や組織内放送用動画像を地域情報資源と捉え、将来的に組織が「利活用」することを第一に考えた収集・蓄積・提供手法を提案する。 具体的には、中部大学において約 10 年にわたって動画を作成し、地元 CATV に番組を提供し続けているサークルである放送研究会の素材映像、番組映像および、構成台本、議事録等を収集対象とし、放送研究会および中部大学内で利活用しやすいアクセスポイントの設定および、メタデータスキーマと蓄積手法を検討した。アーカイブする対象としては、放送された映像のカット (映像の切り替わり)を中心に収集・蓄積を行う。素材を含めたアーカイブは既存の動画アーカイブと異なる点である。また、システムのガイドライン作成し、人的要因による入力情報不足を防ぐ。 ## 1. はじめに 近年、デジタルアーカイブを巡る議論には 「利活用」を中心としたものに移っている。 また、近年は組織内で録画・放送業務を行う部署も存在し、組織の記録として動画がなんらかの編集を経て蓄積されていることも多い。 さらに、市民の持つ端末の高性能化が進み、写真のように録画しただけの動画も以前よりも蓄積される機会が増加した。つまり、動画をアーカイブして利活用する場合、編集作業が施されたものと、録画しただけのものが混在しているアーカイブを使う必要がある。本研究では、動画コンテンツを図 1 に示すように考える。まず、「番組」は同一の番組名でまとめられる「単一番組」の集合体である。「単一番組」は 1 つ以上の「特集」VTR とオ ープニング VTR(以下 OP)とエンディング VTR(以下 END)をリニアに接続したものである。「単一番組」を構成する「特集」VTR は、1つ以上の「イベント」を表現している。 VTR は OP か END か特集を単一の「映像」 として固定したものであり、しばしば別番組 で再利用される単位である。VTR は「映像」 から取り出した 1 つ以上の「カット」で構成されており、一定の編集意図の元、繋げられている。「映像」は、アーカイブが持つ全ての 「素材」の中から、「単一番組」を作るために選択されたものであり、動画および静止画の区別していない。 図 1. 本研究における動画の構成図 また、各段階に応じて検索のためのアクセスポイント(以下 AP)が変化する。例えば、 「素材」では撮影者と撮影対象と、日時、イベント名、季節が AP になる。それに対し、「VTR」は編集者、撮影時期あるいは季節、 組織内では毎年同じイベントの開催や特集が組まれることが多く、例年イベントでは何を撮影しているのか下調べとして検索するため「素材」が検索される。その際、APは撮影対象、イベント名、オープニングや特集映像などのタイプ、撮影時期、季節などが挙げられる。また、何年前のある時期にどのようなものが取り上げられていたのか検索する際は、多くは番組から遡るため、VTR が主な検索対象となる。この場合、 $\mathrm{AP}$ は、放送日時、時期、担当者名などである。 このように映像編集を効率よく行うためには、VTR となる素材の映像を検索しやすい状況に整える必要がある。しかし、番組になる前の、膨大なデータひとつひとつに手作業でメタデータを付与することは、積極的には行われていない。 また、ひとつの組織に所属する情報資源は、 その組織内でのみ有用な情報が多い。例えば、大学のような組織では入学年次だけでなく、 サークルでの活動期間などがこれに当たる。 この情報は、他の組織では必要とされず、汎用的なルールとは合わないことがある。そのため、ガイドラインの設定は、その組織内で行う必要がある。 本稿は、中部大学放送研究会の活動によって蓄積された動画を中心とした地域情報資源について、そのアーカイビング手法について解説したものである。 ## 2. 先行事例 動画のアーカイビングは、様々な組織が行っている。しかし、調査した限り既存の動画配信サイトでは、完成パッケージメディアの形でしか公開していない。 数少ない素材映像を提供しているサイトとして NHK クリエイティブ・ライブラリーでは、NHKアーカイブスの番組映像等を「創作用素材」として素材映像が提供されている。長所として、映像の説明が明記している。し かし、短所はキーワード検索の設定にムラがあることだ。[1][2] さらに、各キー局のアーカイブシステムを述べると、テレビ東京は、「ビジュアル・アー カイブス」という名のホームページはあるが、 Web 上で映像の公開はしていない。どのような映像があるのか確認できない。VTR の元となる編集されていない映像を利用できるが、使用可能か調查・検討があり、料金も発生する。また、法人および団体に限られ、個人での使用はできない $[3]$ 。日本テレビは、画像や動画等を販売をしている“ストック素材販売サイト”を独占代理店として、1950 年代から現在までに起きた出来事や風俗に関する映像を販売している[4]。TBS テレビは、TVer、 TBSFREE などいったサイトで完成した番組を配信している。フジテレビジョンも同様で、 フジテレビオンデマンド(FOD)というサイトで完成した番組を配信している。テレビ朝日にいたっては、「テレビ朝日映像アーカイブ」 というサイトはあるが、ご利用案内と映像利用料金表のページが白紙である[5]。規模の大きいテレビ局でもアーカイブは未整備であったり、社外に委託していることがわかる。 民放は、TVer などのサービスを介して、見逃し配信などのサービスを行っているが、これらは基本的に番組としての配信であり、素材単位の配信にはなっていない。 また、制作会社は、カットなどの保存は行っておらず、必要に応じて撮影を行う方法をとっており、組織化にコストのかかるアーカイブ化は熱心に行っていない。実際、筆者はカットが無造作に消去されている制作現場を見てきた。 ## 3. 既存動画アーカイブの問題と解決手法 動画のアーカイブは、前述のように番組単位で行われることがほとんどであり、実際に編集された映像しか残っていない。NHK内部の制作用アーカイブも、実際に番組制作に使われた数秒以外は廃棄されていた。また、スタッフの秀作や使用されなかったデータは他業種のコンテンツ制作系でも廃棄されていることが多いそうだ。 しかし、このような動画を地域資源として考える場合、番組だけでなく捨てられた部分にも多くの地域情報が残っている。実際に、 NHK の番組制作手法を参考に作られた中部大学放送研究会では、 1 分のカットのために短いもので約 3 分、長いもので約 1 時間の動画が撮影され、必要なデータ以外は半年程度で廃棄されている。 なお、実際に本学で制作された 30 分の番組は約 560 個のカットが組み合わされている。 そのため、完成した映像からカット単位で素材を切り出すことは実時間以上の作業コストがかかることがわかる。なお、本研究会は完成した動画はカセットテープに記録されているほか、最近の動画は MP 4 形式で保存されている。 そこで、本稿ではコストのかかる番組単位でのアーカイブではなく、その映像の編集段階での動的なメタデータ付与を行う。また、各段階に応じたアクセスポイントを設定し、利用者の目的に応じたアーカイブ利用を行うことを支援する。 ## 4. システム概要 本研究で用いるメタデータは、図 2 のように大きく 5 つのカテゴリがある。 図 2.メタデータの構造 「素材」は撮影され、全く編集がされていない動画である。撮影者の情報のみが記録されている。大学の学生組織であるため、学年 (熟練度)などが検索の際の AP となっている。 「イベント」は学内の公式行事についてメタデータである。番組制作者が過去のイベントなどの撮影状況を調べる場合などに使う AP が含まれている。大学を中心とした当該組織内の統制語彙が使われている。「被写体/物」は、映像に映る人物や物体、風景や季節などである。番組制作者および編集者が番組制作時に付与するものである。編集によって撮影者の思惑とは異なる対象がメタデータになることがある。特定の人物や物に対して過去の実例を調べたり、特集のための APとなる。 「番組」は映像 VTR がいつ使われたのか、番組制作者は誰なのかなどの情報が含まれる。番組制作者が過去の番組の情報を調べる場合に使う。仮想的な「番組」名に個別の番組が日付単位で含まれている。NHKアーカイブスなどの番組名の検索と日付への細分化の形式を参考にした。 全てのメタデータは表 1 のようにカテゴリに分類されており、検索時に利用される。 } & \multirow{6}{*}{} & カメラマン & 撮影した人 \\ } & & 番組タイトル & 統一した番組タイトル \\ ## 5. Web ページ概要 システムは図 3 のように Web ベースで実行される。また、利用者はログインすることで撮影者情報などをデータベースから取り出し、 メタデータの入力の手間を省くようにしている。 ## 6. おわりに 本発表では、中部大学放送研究会という組織で使うための動画アーカイブについて解説を行った。一定のメタデータを付与する漼備は整ったが、まだ検索UIなど検討すべき部分が多く残されている。 図 3.システム画面例 ## 謝辞 本研究は JSPS 科研費 $17 \mathrm{~K} 12793$ の助成を受けたものです。 ## 参考文献 [1] NHK. NHK クリエイティブ・ライブラリ一(更新日不明). https://www.nhk.or.jp/ar chives/creative/ (閲覧 2020.2.15) [2]望月貴裕. 2017. 画像解析技術を用いたア一カイブス検索システム. NHK 技研 R\&D. No.163, https://www.nhk.or.jp/strl/publica /rd/rd163/pdf/P22-32.pdf (閲覧 2020.2.15) [3]Visual Archives. Visual Archives(更新日不明).テレビ東京メディア・アーカイブセンタ —.https://www.tv- tokyo.co.jp/archives/main.html(閲覧 2020.2.15) [4]日テレアーカイブス. アマナイメージズ(更新日不明)。株式会社アマナイメージズ. http s://amanaimages.com/lp/ntv-motion/ (閲覧 2020.2.15) [5]テレビ朝日. テレビ朝日映像アーカイブ. (更新日不明)テレビ朝日映像株式会社 https://vivia-library.appspot.com/lib/index (閲覧 2020.2.15) この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B24] 音声読み上げを活用した中世文書資料のオンライン 展示 ○橋本雄太 ${ }^{1)}$ 1) 国立歴史民俗博物館,〒285-0017 千葉県佐倉市城内町 117 E-mail: [email protected] ## An Online Exhibition of Japanese Medieval Documents with Content-synchronized Audio Reading HASHIMOTO Yuta1) 1) National Museum of Japanese History, 117 Jonaicho, Sakura City, Chiba Pref., Japan ## 【発表概要】 近年多数の文献資料がデジタルアーカイブ化されているが、専門知識を有さない一般の人々には前近代の文献資料の読解は困難である。国立歴史民俗博物館では、同館が所蔵する中世文書資料のオンライン展示システム『日本の中世文書 WEB』(以下、『中世文書 WEB』)を開発・公開した。『中世文書 WEB』は、展示資料の内容解説に加えて、音声による文書の読み上げとアニメー ションによる翻字の強調を組み合わせた「カラオケ」式のプレゼンテーションを採用している。 この手法は非常によく機能し、2020 年 1 月 8 日のシステム公開後、 1 週間の評価期間中に 5,000 人を超える人々が Web サイトを訪問した。また、サイト利用者 48 名に対して実施したオンラインアンケートにおいても、「カラオケ」式のインターフェイスが高く評価された。これらの結果は、前近代の文献資料を幅広い利用者に展示する手法として、読み上げ音声の提供が効果的にはたらくことを示唆している。 ## 1. はじめに 近年、博物館や図書館、大学に所蔵する歴史文化資料のデジタル画像化が急速に進展し、中世文書を含む多数の文献資料がオンラインで閲覧可能になった。たとえば京都学・歴彩館が運営する『東寺百合文書 WEB』[1]では、東寺に伝来する文書群およそ 25,000 通からなる東寺百合文書のデジタル画像が CC BY ライセンスで公開されている。国立歴史民俗博物館が運営する『館蔵中世古文書データベース』 [2]は、「田中本古文書」「越前島津家文書」「水木家資料」など約 2,000 点の中世文書を公開している。また、神奈川県立公文書館が運営する『神奈川デジタルアーカイブ』[3]では、同館が所蔵する中世諸家文書およそ 100 点が PDF 形式で公開されている。 一方で、これらの中世文書デジタルアーカイブを、中世史の専門家以外が利用するのは非常に困難である。中世文書の大多数はくずし字で筆記されており、一般の人々には文字を判読するだけでも大きな困難をともなう。 たとえ資料の翻刻が提供されていても、中世文書の多くはいわゆる変体漢文で書かれてお り、これを読み下すには現代とは異なる漢字の読み方や、漢字の返り読みについての知識が要求される。 中世の古文書に関心を抱きつつも、日本史学で専門的訓練を受けていない大多数の人々に対して、文書資料の記述内容や歴史背景を分かりやすく伝えるためには、専門家と一般の人々の間にあるギャップを埋める「梯子」 をかける必要がある。 ## 2. システムの概要 本稿で記述する『日本の中世文書 WEB』 (https://chuseimonjo.net/)は、国立歴史民俗博物館共同研究「中世文書の様式と機能および国際比較と活用の研究」(2016 2018 年) の成果の一部として開発され、2020 年 1 月に一般公開された。『中世文書 WEB』の開発は、歴史に関心のある一般の人々に中世文書に記述された内容を分かりやすく伝えることを目的にしている。この意味で『中世文書 WEB』 は博物館展示の延長上にあり、デジタル化した資料に対して網羅的なアクセスを与える一般のデジタルアーカイブやデータベースとは性質を異にするものである。 2020 年 2 月時点では、「足利尊氏御判御教書」「羽柴秀吉書状」など国立歴史民俗博物館が所蔵する 8 点の中世文書資料が同サイトで公開されている。 電子展示としての『中世文書 WEB』の特徴は、資料のデジタルスキャン画像に加えて、 (1) 文書の読み上げ音声 (2) 音声再生と同期する翻字テキスト を提供する点にある。より具体的には、図 1 に示すように、音声再生と同期して画像中の翻字を強調表示するインターフェイスを与えている。この仕組みはカラオケの歌詞表示の仕組みにヒントを得たものである。 音声とテキストが同期することで、難読漢字の読みや漢字の返り読みなど、特に初学者にとって中世文書資料の解読の障害になる点を、直観的に提示することを目的としたものである。 図1. 文書画像に表示される翻字。音声と同期して読み上げ箇所が強調表示される。 ## 3. 使用技術 『中世文書 WEB』の Web システムは単一 の HTML ファイルで構成される SPA (Single Page Application) であり、JavaScript フレームワークのVue.js[4]を用いて実装している。 SPA はサーバーとの通信量が少なく、高速にページ遷移が可能であるといった利点がある。 また UI デザインには、レスポンシブデザイン(デバイスの画面サイズに依存しない Web サイトのデザイン手法)に対応した UIフレー ムワークの Vuetify[5]を採用し、画面に表示される UI の数を抑えるなどして、モバイル端末 においてもデスクトップ PC と同等の表示性・操作性が維持されるように配慮した。 文書画像の配信には、画像配信サーバーの Cantaloupe[6]使用した。Cantaloupe は IIIF (International Image Interoperability Framework) Image API[7]に対応した画像配信サーバーである。Web クライアント上では、Cantaloupe が配信した画像を JavaScript 製画像ビューアの OpenSeadragon[8]を用いて表示している。実際には、IIIF Image API 対応の画像配信サーバー から配信される画像であれば、任意の画像を 『中世文書 WEB』に取り込むことが可能である。 図 1 に示した翻字画像の強調表示は OpenSeadragon のレイヤー機能を用いて実装した。この翻字列は、文書の読み上げ音声の再生時間と同期して、「カラオケ」形式で表示色が黒から青に変化するようになっている。 ## 4. 公開後の反応 『中世文書 WEB』の公開は 2020 年 1 月 8 日に開始し、その後 1 月 14 日までの 1 週間を評価期間としてアクセス数等の各種指標を計測した。以下では、評価期間中のアクセス状況と、利用者に対して実施したオンラインアンケートの結果について述べる。 ## 4. 1 アクセス状況 『中世文書 WEB』に埋め込んだ Google Analytis の計測によると、評価期間中には合計 6,333 件のアクセス(セッション)があった。日次アクセス回数は公開翌日の 1 月 9 日が 3,215 回と最も多く、その後は漸減している。 サイトを訪問したユニークユーザー数は 5,440 人、ページビューの合計は 13,410 回であった。 サイトへのアクセスの大多数は日本国内からのものであったが、ドイツから 154 件 (2.8\%) 、米国から 144 件(2.6\%)、オランダから 33 件 $(0.6 \%)$ など、少数ながら欧米諸国からのアクセスもあった。これはサイト開設の情報が欧米の日本研究者コミュニティの間でメーリングリスト等を通じて共有されたためらしい。 ## 4. 2 利用者に対するオンラインアンケート 次に、利用者からのフィードバックを得る目的で、評価期間中の利用者を対象としてオ 図 2.アンケート質問「文書内容の理解に(1)翻字の表示、(2)音声読み上げ、(3)フォー ラムの各機能は役立ちましたか?」に対する回答の集計結果。 ンラインアンケートを実施した。アンケートは Google Form で作成し、『中世文書 WEB』 サイト本体および筆者の Twitter アカウント上で入力の呼びかけをおこなった。その結果、評価期間中に 48 件の回答が得られた。 ## (1) サイトを知ったきっかけ Twitter 上での広報を中心に実施したこともあって、48 名中の 39 名 $(81.3 \%)$ が「Twitter 等の SNS」をきつかけに本サイトの存在を知ったと回答した。この他には「知人・友人からの紹介」(2 名)や、「Google などの検索エンジン」(2 名)があった。 ## (2) 機能に対する評価 『中世文書 WEB』の「翻字の表示」「音声読み上げ」「フォーラム」の各機能について、 それぞれの機能が文書内容の理解に寄与したかどうかを 5 段階のリッカート尺度で質問した。集計結果を図 4 に示す。「翻字の表示」 と「音声読み上げ」はいずれも内容理解に高く貢献したことが見て取れる。一方で「フォ ーラム」の寄与は高いとは言えず、「どちらとも言えない」の回答が最多であった。 また、自由記述方式で『中世文書 WEB』に対する各利用者の評価を尋ね、これに対して 33 件の回答を得た。内容別に回答を分類すると、最大グループは音声読み上げの機能に言及する回答であり、33 件中 15 件がこのグルー プに分類された。実際の回答の例をいくつか紹介する。 - 文字を見ると頭の中で音読してしまうたちなので、読み方がわかると嬉しいです。 このようなコンテンツがあると、ただの文字のかたまりが、意味を持った文章へと変化します。(50 代女性・自営業) - 崩し字を読んだり中世文書を読み下したりする練習に最適でした。まず自分で考えた後に翻刻を見て読み下しを聞くと、本で読むより頭に入りやすく、学習効果が高まるように感じました。(20 代女性・大学生) - 初心者です。古文書の読み方を書籍で学ぼうとして挫折しました。字形も文法も自分には難しすぎました。リアルタイムでテキストと音声が現れてくれるのは画期的です。(40 代女性・自営業) - 独学では分からない文字の読み方・順番など、ガイドしてもらえるのはとてもありがたいです。(40 代女性・パート) - 白黒の活字印刷版で「中世文書」を読んでいた身の上としては、生の文書をカラ一で表示された上に漢字が表示され、音読して下さるなんてよい時代だとつくづく思いました。こうして発信することで 修正や新しい意見、そして発見もありそうですね。中世文書もそうですが、手書きであり人間味溢れる場面も垣間見られ面白いものです。 (40 代女性・司書) - 高校の授業の古文のう万覚えぐらいの知識くらいなので、漢字の読み自体知らなかったりして、音読をきいて「それか!」 となった。とてもわかり易く、理解もしやすい。古文書読んでみたいと思っていたけど、難しそうだとおもってた。でも、読める字が隣に表示できるし、音読で読み方(からの意味)が理解できて、一気に理解が深まった。本当にすごいと思います。(40 代女性・会社員) 残りの 9 件の回答についても、音声読み上げについて肯定的な評価を与えるものであった。 ## 5. おわりに 本稿では、中世文書のオンライン展示システムの開発と公開後の成果について述べた。 アクセス解析の内容からは、『中世文書 WEB』 が短期間に多数の人々から認知を得た様子が伺える。また、オンラインアンケートの結果からは、音声読み上げと翻字を組み合わせた 「カラオケ」式のプレゼンテーションが特に利用者に評価されたことが見て取れる。 あまり意識されないことであるが、前近代の文書は基本的に音読されるものであった。日本で黙読の習慣が根付いたのは明治時代以降のことと言われている[9]。『中世文書 WEB』 で採用した音声読み上げが利用者に高く評価された理由は、文書そのものの音声的性質に由来するのではないだろうか。 現行のデジタルアーカイブでは、文書資料はもつぱらデジタル画像として提示されるが、 そこから音声的情報を読み取るのは困難である。しかしながら Web 技術の進展によって、音声・動画・3D などのマルチメディアを Web 上で扱うことは飛躍的に容易になった。今一度、デジタルアーカイブにおける文書資料の提示のあり方について再考する時期に来ているのではないだろうか。 ## 参考文献 (url 参照日は全て 2020 年 2 月 25 日) [1] 東寺百合文書 WEB. https://hyakugo.kyoto.jp/. [2]館蔵中世古文書データベース. https://www. rekihaku. ac. jp/upcgi/login. pl?p=param/tana/db_param. [3] 神奈川デジタルアーカイブ. https://www. klnet. pref. kanagawa. jp/di gital_archives/. [4] Vue.js, https://vuejs. org/_ [5] Vuetify, https://vuetifyjs.com/. [6] Cantaloupe Image Server, https://cantaloupeproject. github. io/. [7] IIIF Image API 2.1.1, https://iiif.io/api/image/2.1/. [8] OpenSeadragon, https://openseadragon. github. io/. [9]永嶺重敏『〈読書国民〉の誕生:明治 30 年代の活字メディアと読書文化』(日本エディタースクール出版部、2004 年)
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# [B23] KuroNet: End-to-end Kuzushiji Transcription System for Understanding Historical Documents Tarin Clanuwat $^{11}$, Alex (amb ${ }^{2)}$, Asanobu Kitamoto1) 1) ROIS-DS Center for Open Data in the Humanities, National Institute of Informatics 2-1-2 Hitotsubashi, Chiyoda-ku, Tokyo 101-8430 2) Mila, Quebec Artificial Intelligence Institute, Université de Montréal E-mail: [email protected] ## 【Abstract】 Kuzushiji was used as the dominant writing system in Japan for over a thousand years. However, following a reform of the Japanese language in 1900, Kuzushiji was removed from the regular school curriculum. As a result, most Japanese people today cannot read Kuzushiji. This causes difficulty in archiving and examining Kuzushiji documents. KuroNet is an end-toend Kuzushiji transcription system that transcribes Kuzushiji documents and takes one second per page. A service for running KuroNet is available online through IIIF Curation Viewer developed by the ROIS-DS Center for Open Data in the Humanities. In this paper, we explain the basic idea of KuroNet, such as the architecture and the capabilities of KuroNet. We also discuss how KuroNet can help museums and libraries preserve historical documents, making Kuzushiji documents more accessible, and how people can learn about Japanese culture and history from using KuroNet. Finally, we suggest directions for future work which could enhance the usage of Kuzushiji documents such as full-text search, text-to-speech, and other visualization projects. ## 1. Introduction Kuzushiji or cursive style Japanese characters were used in the Japanese writing and printing system for over a thousand years. However, the standardization of Japanese language textbooks known as the Elementary School Order in 1900 unified the writing type of Hiragana. This made the Kuzushiji writing style obsolete from school curricula and incompatible with modern printing systems. Therefore, most Japanese natives cannot read books written just 150 years ago. This is the main reason why despite the ongoing efforts to create digital copies of these documents, most of the knowledge, history, and culture contained within these texts remain inaccessible to the general public. This has led to a great deal of interest in automatically converting these documents into modern Japanese characters. Our Kuzushiji recognition system, which we call KuroNet [1] achieves superior results in machine-automated Kuzushiji transcription. Even though there remains room for further improvement, KuroNet makes Kuzushiji documents more accessible to the general public. This can help to increase efficiency in archiving and preserving historical documents. ## 2. KuroNet ## 2. 1 How KuroNet Works CODH released a large-scale Kuzushiji dataset (http://codh.rois.ac.jp/char-shape/) created by the National Institute of Japanese Literature. As of November 2019, this dataset includes 1,086,326 character images of 4,328 character types cropped from 44 classical books. The KuroNet method is motivated by the idea of processing an entire page of text together, with the goal of capturing both long-range and local dependencies. KuroNet uses object detection algorithms (in our case is U-net [2]) to capture the locations of characters then classify them into modern Japanese character Unicodes. KuroNet begins with a training process, in which the KuroNet model is trained with all 44 books from the Kuzushiji dataset. It takes about 5 days with one NVidia Titan RTX GPU. At test time, we evaluate by running the U-Net on the entire uncropped page but at a higher resolution than was used for training (which is possible because the U-Net is a fully convolutional architecture). As a result, KuroNet can transcribe one Kuzushiji page within only 1.5 seconds using a single Titan RTX GPU. Since KuroNet doesn't assume the characters have a sequential layout, the system is robust in transcribing Kuzushiji page with a complex layout. However, the transcription result relies greatly on the quality of the image and size of characters on the page. Figure 1 Transcription result from KuroNet ## 2. 2 The Capabilities of KuroNet Since KuroNet is trained on a specific Kuzushiji dataset, therefore, what KuroNet can transcribe with high performance is limited by the scope of the dataset. The Kuzushiji dataset was created mostly from woodblock-printed books from the Edo period. Only 3 out of the 44 books are handwritten. The difference between handwritten and printed books is the readability of the characters. The purpose of printed books is to be read by a lot of people. However, in personal documents such as diaries, records or letters, the variation in how characters are written is much greater. In a real-world situation, the number of handwritten documents is far beyond the number of printed books. This is why there is a lot of demand for transcribing handwritten Kuzushiji documents which have survived all over Japan. Many of them come from old storehouses that belonged to individual owners. If the documents are found in bad conditions (mold or moisture), and thus might be thrown away before examining their content. Even though KuroNet performs very well with high accuracy on printed books from the Edo period, it will struggle when transcribing handwritten documents. The way to solve this problem is by gathering more data from handwritten documents, and retraining with this additional data included. In the Kuzushiji dataset, we have to specify the bounding box of each character by human which is both a budget and time-consuming process. However, we can now use KuroNet to estimate the bounding box from Kuzushiji page (as shown in figure 2) which will help accelerate the dataset creation process. Another issue with KuroNet is that the time period that documents were created is also critical in transcription. Some characters appeared in the older era might not be seen much in the Edo period such as many Hiragana characters in earlier periods don't appear often in documents in the Edo period. This is why we will need a lot more character data to make KuroNet being able to transcribe those handwritten documents and expanding the scope of the documents outside the Edo period. Using KuroNet to provide bounding boxes along with labels for simple characters while allowing humans to provide labels for challenging characters could potentially help to create additional data more quickly and efficiently. ## 3. KuroNet for Museums and Libraries KuroNet will be released as open-source software in the future. However, KuroNet software itself is quite hard to use if users don't have the right technical skills. For example, users have to have the ability to install Pytorch, install CUDA, and run python code. Additionally, the computer should have a reasonably powerful GPU. For this reason we decided to release a KuroNet web service first so that anyone can use it without having any particular technical skills. We made the Kuzushiji recognition web service available from IIIF Curation Viewer which was developed by CODH. The International Image Interoperability Framework (IIIF) is the universal standard for describing and delivering images over the web and is the result of collaborative efforts across universities, museums, libraries, and other cultural heritage institutions around the world. At the moment, if a document has IIIF manifest URI, it can be transcribed with our KuroNet web service. One downside of our current KuroNet web service is we still don't allow users to upload their Kuzushiji document images to the server due to privacy concerns and technical issues. The advantage of using KuroNet to transcribe documents for libraries and museums is that if the documents are unknown, librarians or curators can use KuroNet to transcribe documents and use extracted keywords and phrases for categorization. Note that this uses aggregate properties of a text, so it does not require the model to be perfectly accurate. This may help accelerate many processes in indexing or archiving. In museums, curators can also use KuroNet to transcribe documents and then edit the result for perfect accuracy to prepare the transcription for public exhibition. However, using KuroNet alone to do transcription for museum exhibition is not practical since the transcription must be $100 \%$ accurate for this task. ## 4. KuroNet for Education Since KuroNet can help to make historical documents more accessible, anyone who is interested in learning more about Kuzushiji or anything regarding Kuzushiji documents such as history or literature will directly benefit from it. Until now, reading Kuzushiji documents has been exclusively for trained professionals which has made some people lose interest in them. Successfully preserving historical documents requires the support of the general public. Being able to read Kuzushiji documents may make people appreciate them more and understand why preservation is needed. Moreover, we can also make people be more familiar with Kuzushiji documents. For example, in classical literature class, instead of using transcribed text in a textbook, students could try to read from the original Kuzushiji text from KuroNet transcription. This is possible because KuroNet predicts characters along with their positions on the original page in the text, and thus the original text (including illustrations and layout) can be read with modern text overlayed. In histories or classical literature research, researchers spend a lot of time finding specific information from Kuzushiji documents by reading them one page at a time. This can be accelerated by using KuroNet to search for specific keywords and phrases, and then allowing a researcher to manually inspect the most relevant parts of documents. A salient property of the search task is that it is robust to some amount of error rate, and can still be useful for saving humans time even if it is not perfectly accurate. Figure 2 Bounding boxes generated from KuroNet ## 5. Future Work There are many things that can be done to improve KuroNet. For example, if we can get feedback from human users in order to get correct labels for image, we can get more information about where KuroNet performs poorly and add more data for training. From July to October 2019, CODH hosted Kaggle Kuzushiji Recognition Competition [3] which gathered machine learning researchers and engineers from around the whole to help us build the Kuzushiji transcription system. We plan to use the software and idea [4] we got from the competition to improve KuroNet's accuracy. We have also released the KuroNet paper to the public, and we hope to see more research from the community on how this system can be improved. One of the biggest challenges for future work is to get sequential text output from KuroNet. This is challenging because of the irregular layout on some pages. We are currently exploring the task of automatically converting these character coordinate lists into a single text sequence for a page using a learned reading order. These text sequences are necessary for machine translation, cataloging, and search, which are critical for Kuzushiji recognition research. From the text sequence, we can also try creative projects such as text-tospeech or interesting visualizations to make Kuzushiji documents more interesting. One critical milestone in Kuzushiji recognition research is to create a full-text search system for Japanese historical documents. We can use KuroNet to transcribe a large amount of image data and perform searches for given keywords and phrases in the text (which requires both a knowledge of the spatial position as well as the ordering of characters on a page). This will help make research faster and may lead to new discoveries in Japanese history. ## 6. Conclusion KuroNet is a Kuzushiji recognition system that can help make historical documents more accessible. Museums, libraries and archives can benefit from it both by having an automatic search and discovery capability, as well as producing preliminary transcriptions for public exhibition. While KuroNet works well on the type of data it was trained on, it may perform worse on other types of data not seen during training. We hope to setup partially-automated pipelines to efficiently add more labeled data, expanding the domains where KuroNet performs well. We also believe that the support of the public is necessary for historical preservation. We hope that KuroNet, by providing transcriptions which are overlaid on the original (potentially illustrated) text, will help to make Kuzushiji documents more popular with the general public. As a result, we hope that this will help to grow a popular movement to preserve the cultural heritage of Japan. ## References [1] Tarin Clanuwat, Alex Lamb, Asanobu Kitamoto, "KuroNet: Pre-Modern Japanese Kuzushiji Character Recognition with Deep Learning", 15th International Conference on Document Analysis and Recognition (ICDAR2019), arXiv:1910.09433, 2019. [2]Ronneberger, O., Fischer, P., and Brox, T. (2015). U-net: Convolutional networks for biomedical image segmentation. International Conference on Medical image computing and computer-assisted intervention, pages 234-241. Springer. [3] Asanobu KITAMOTO et al. "Progress and Results of Kaggle Machine Learning Competition for Kuzushiji Recognition", Proceedings of IPSJ SIG Computers and the Humanities Symposium 2019, pp. 223-230, 2019. [4] Kaggle Kuzushiji Recognition Competition, https://www.kaggle.com/c/kuzushiji-recognition この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B22] IIFを利用した科学者資料の電子展示システムの試験開発:「矢田部良吉デジタルアーカイブ」を事例として ○有賀暢迪 ${ }^{1)}$ ,橋本雄太 ${ }^{2}$ 1) 国立科学博物館理工学研究部, 〒 305-0005 茨城県つくば市天久保 4-1-1 2) 国立歴史民俗博物館研究部,〒285-0017 千葉県佐倉市城内町 117 E-mail:[email protected] ## Development of a Prototype System for Online Exhibition of the Archival Materials of Scientists: The Case of "Ryokichi Yatabe Digital Archives" ARIGA Nobumichi ${ }^{1)}$, HASHIMOTO Yuta ${ }^{2}$ 1) National Museum of Nature and Science, 4-1-1 Amakubo, Tsukuba, Ibaraki Pref., Japan 2) National Museum of Japanese History, 117 Jonaicho, Sakura, Chiba Pref., Japan ## 【発表概要】 国立科学博物館では、科学技術史資料として日本の科学者の個人資料を収集・保存している。 こうした「科学者資料」にはノート、原稿、書簡、写真、辞令、身の回り品などが含まれ、展示室内で全体を紹介することが難しい。他方で、近年急速に広まっている IIIF (International Image Interoperability Framework)は、この種の資料をインターネット上で「展示」するための新たな手法をもたらしつつある。本研究では、植物学者・矢田部良吉(1851-1899)の資料を事例とし、資料画像の IIIF での公開を前提とした上で、これを利用して電子展示を行うシステムを試作した。このシステムでは、自館の所蔵資料に他館からの「借用」資料を組み合わせ、それぞれに「キャプション」を付して、一つのストーリーの下に「展示」できるほか、「展示替え」 も容易に行える。本システムは、IIIF を利用することにより、博物館が伝統的に行ってきた展示室での展示と同様のことをインターネット上で実行可能にしたものである。 ## 1. はじめに 国立科学博物館(以下、科博)では、科学技術史資料として日本の科学者の個人資料を收集・保存している。こうした「科学者資料」 にはノート、原稿、書簡、写真、辞令、身の回り品などが含まれ、人物によっては数百点から数千点に上ることもある。しかし、常設展や企画展では数点からせいぜい十数点を展示する程度であり、展示室内で全体を紹介することは難しいのが実情である。 インターネットを利用した電子展示の手法は、こうした資料を「展示」するための有効な方策の一つである。とりわけ、近年急速に広まっている IIIF (International Image Interoperability Framework)は、第一義的には資料の利用者にとっての仕組みであるにしても、所蔵者が「展示」を行う上でも有用であるように思われる。 そこで本研究では、植物学者・矢田部良吉の資料を事例とし、資料画像の IIIF での公開 を前提とした上で、これを利用して電子展示を行う「矢田部良吉デジタルアーカイブ」のシステムを試作した。ただし本稿執筆時点において、科博では IIIF による資料公開を行っていないため、矢田部良吉資料は国立歴史民俗博物館の IIIF 画像サーバーから配信することを計画している。この電子展示の試作品は 2020 年度中の公開を予定している。 ## 2. 矢田部良吉資料の概要 矢田部良吉(1851-1899)は、明治時代前半に活躍した植物学者・教育者である。東京大学の初代植物学教授として、欧米式の植物学研究の制度的基盤を日本に導入する上で重要な役割を果たした。また一方では、新体詩運動やローマ字普及活動の先頭に立ち、女子教育や盲䆍教育を含む教育活動にも熱心に取り組むなど、幅広く活躍した[1]。 科博の前身である教育博物館が 1877 (明治 10)年に設立された際、矢田部が館長を務めていたという縁から、矢田部の個人資料は親 族より科博に寄贈されている。最近行われた再整理の結果、資料点数は計 313 点となった。 この中には、書籍・写本、日記・手帳、ノー 卜、原稿、辞令 - 文書、書簡、夷辞・墓碑銘が含まれ、矢田部の多彩な活動を反映したコレクションとなっている[2]。 矢田部良吉資料に含まれる個々の資料情報は、科博の「標本・資料統合データベース」 (http://db.kahaku.go.jp/webmuseum/) において、理工学研究部の「科学者資料」として登録・公開されている。しかし現状のデータベースの仕様では、検索結果を一覧で表示することはできても、それらを意味のあるスト ーリーに沿って並べることはできない。今回の試験開発はこれを行うことを主目的とし、 どのような電子展示システムがあれば望ましいかを考えることとした。 ## 3. 電子展示の基本的な考え方 電子展示の内容は、矢田部の生涯に沿った全 8 章の構成をまず想定した。各章のページでは、冒頭に章全体を説明する文章があり、 それに続いて関連資料が紹介される。これは展示室内での展示において、解説パネルが掲出され、資料が展示ケース内に並べられるのと同じ発想である。 このアナロジーを続けると、各資料の紹介には画像とともに「キャプション」を付す必要がある。ここには資料の名称や年代、所蔵情報のほか、必要に応じて追加の説明が書かれる。この説明は資料が展示される文脈に依存するため、同一資料であっても章および展示全体のテーマによって変わってくることに注意しなければならない。 展示資料は、科博所蔵の矢田部良吉資料が中心ではあるものの、他機関所蔵の資料を 「借用」したい場合もある。これも一般的な企画展ではふつうに行われることであるが、 オンライン上でも実現したいと考えた。たとえば、国立国会図書館デジタルコレクションにおいて公開されている矢田部良吉の著書をあわせて展示できれば、より充実した内容にすることができるであろう。 また、歴史系の博物館や美術館では、会期中に「展示替え」を行うことが珍しくない。電子展示の場合、資料保存の観点からの展示替えは不要であるが、多数の資料を同時に掲載すると情報過多になるおそれがある。このため、各章に載せる資料点数は少なくした上で、掲載資料の入れ替えができることが望ましいと考えられた。 さらに、常設展のらち一部を企画コーナー とし、時期を区切って異なる展示内容にすることも、博物館ではよく行われる。電子展示でこれに対応するのは、章そのものを一時的に追加したり変更したりする操作であろう。 こうした工夫ができれば、リピーターを増やすことにもつながると思われる。 以上述べたことを踏まえ、実際に開発した電子展示の表示画面の例を図 1 に示す。右上に章のタイトルと説明があり、その下に関連資料が表示されている。各資料の画像の右側にある文字情報が「キャプション」である。先に挙げた考え方を実現するために、次節で述べるようなシステムを構築した。 図 1. 電子展示の表示画面の例 (開発中のもの) ## 4. システムの概要と IIIF の活用 「矢田部良吉デジタルアーカイブ」のシステム全体は CMS の Drupal で構築されており、 サイト管理者は Web インターフェイスから、 コンテンツの追加や削除等の管理操作を行うことができる。また、電子展示の編成や「展示替え」に伴う操作も同様に、Web ブラウザ上で完結する。 このシステムでは、IIIF Presentation API[3] に準拠して配信される画像コンテンツを電子展示の対象として登録することができる。矢田部良吉資料の画像については、当面は、国立歴史民俗博物館が運用する IIIF 画像サーバー(https://khirin-i.rekihaku.ac.jp/) から配信される予定である。将来、科博に IIIF 画像サーバーが導入された場合には、そこから配信される資料画像を取り込めばよく、 システムそのものを再構築する必要はない。 同様に、IIIF Presentation API に準拠して配信される画像コンテンツであれば、他機関の公開資料であってもマニフェストファイルを取り込み、本システムに登録することができる。その際、「キャプション」の情報、特に説明文は、マニフェストファイルに書かれたメタデータとは別に与えることができるため、多数の機関から資料を「借用」した場合でも、展示としての統一感を与えることができるようになっている。 このように IIIF の相互運用性を活用することで、本システムは博物館展示における「展示替え」や「借用」に相当する作業をオンラインで可能にしている。 ## 5. おわりに 本研究において試験的に開発した「矢田部良吉デジタルアーカイブ」のシステムでは、自館の所蔵資料に他館からの「借用」資料を組み合わせ、それぞれに「キャプション」を付して、一つのストーリーの下に「展示」できるほか、「展示替え」も容易に行える。この意味で、本システムは IIIF を利用することにより、博物館が伝統的に行ってきた展示室での展示と同様のことをインターネット上で実行可能にしたものである。 本システムは矢田部良吉資料の紹介を主たる目的として構築されているが、ほかの科学者資料はもちろん、文書・文献資料に広く応用できると考えられる。さらに、博物館・図書館・文書館が所蔵するその他の種類の資料ないしは標本についても、画像の IIIF 公開がさらに進んでいった場合には、同じく有力なツールとなりうる。 これまでのところ、IIIF による資料公開は図書館が中心となって進められており、利用者による資料の自由な活用に主眼が置かれている。しかし、IIIF は資料をインターネット上で「展示」するための新たな手法をも提供しており、この意味で、資料の所蔵者としての博物館にとってもメリットがある。ここで提示したような電子展示システムが普及すれば、博物館においても資料の IIIF 公開が進みやすくなり、デジタルアーカイブ全体の発展に貢献することが期待される。 ## 参考文献 [1] 太田由佳,有賀暢迪. 矢田部良吉年譜稿.国立科学博物館研究報告 $\mathrm{E}$ 類: 理工学. 2016, 39, p. 27-58. [2] 有賀暢迪,太田由佳. 矢田部良吉資料目録付・著作目録. 国立科学博物館研究報告 E 類 : 理工学. 2018, 41, p. 23-52. [3] IIIF Presentation API ver 2.1.1, https://iiif.io/api/presentation/2.1/\#canvas (参照日 2020-02-25)
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# 南島の音楽とデジタルアーカイブ Music of Japan Southern Islands and Digital Archive 抄録:鹿児島県奄美群島から沖縄本島、先島地方には民謡を始め琉球王朝の古典音楽、あるいは祭祀のための音楽が豊潤にあって、暮らしや様々な行事、あるいは盛んに行われるコンクールなどのためにいまも盛んに歌われている。さらに、そうした音楽をべー スにした新民謡やポップスも次々に生み出されている。しかし、小さな集落や島で生まれた民謡や戦後次々に作られた新民謡など は、歌う人がいなくなったり、レコードが廃盤になったりするなどして消え去る危険に直面している。また、同じ曲でも時代や場所や流派によって演奏の仕方が変わる。これらの音源を収集し、何らかのプラットフォームなどで体系的に保管し、公開すること でこの音楽文化をしっかり留めたい。現状と進められている様々な試みを調査・報告し、これからの南島の音楽のデジタルアーカ イブの可能性を考えたい。 Abstract: The classical music of the Ryukyu dynasty or music for religious service is abundant including a folk song in Okinawa Islands and the Amami Islands. Those music is sung for a living and various events or a contest to be carried out flourishingly. Furthermore, such a music-based modern folk song and pop music are brought about in sequence, too. However, singers disappear, and a small village and a folk song born in an island or the modern folk song made in sequence after the war face danger that it is in discontinuance of making, and a record does it, and to pass away. In addition, the way of the performance changes in the same music by the times and a place and a school. I collect these sound sources and keep it systematically on some kind of platforms and want to keep this music culture well by showing it if possible. I have investigated the present conditions and various trials pushed forward and report it and want to think about possibility of the digital archive of the music of southern island in the future. キーワード: 沖縄民謡、奄美島唄、琉球古典音楽、デジタルアーカイブ Keywords: Ryukyu dynasty music, Okinawa folk song, Amami Island song, Digital Archive ## 1. はじめに 九州本土の南西に連なる「琉球弧」と言われる島々 (鹿児島県の奄美群島から沖縄、先島)の文化は、日本本土にも大きな影響を与えながら、独自に発展してきた。その中に豊潤な音楽文化がある。暮らしの中から生まれた奄美の島唄や沖縄・宮古・八重山の民謡、琉球王朝の古典音楽、各地の祭祀や儀式で歌われた神唄など多様な音楽がある。そして、昭和に入るとこれらの音楽は芸謡化し、レコードの制作によって新民謡や歌謡曲が生まれ、さらに米軍占領下から施政権の返還(奄美の本土復帰は 1953 年、沖縄は 1972 年)以降ではオキナワンロックや沖縄ポップスが花開いている。 しかし、一方で収録された音源や譜面などの記録や保管がなされずに散逸したり、消え去ったりするものも少なくない。地域で生まれて歌われたとしても譜面 (沖縄の工工四(くんくんし一)など)におこされていなかったり、音源が体系的に残されたりしなければ失われていく危険がある。 筆者は 1981 年に日本放送協会に入社し、すぐに鹿児島放送局に赴任して 5 年間番組作りに当たった。そこでは、島唄を始め奄美の文化に強く惹かれるように なり、歌や祭祀、祈りの儀式などこの地域の独特な文化に関する番組を手がけた。さらに南島全体の文化を番組化したいと希望して、沖縄放送局に赴任した。沖縄放送局には「沖縄の歌と踊り」「あたらしい沖縄のうた」などの番組枠があって、島々の音楽や舞踊の番組を 4 年間にわたって作ることができた。 上述したように奄美群島から沖縄県にかけての「南島」には地域独自の音楽、舞踊、あるいはそれら芸能を含んだ祭祀などが過去から今に至るまで数多くあるが、このデジタルの時代に誰もがアクセスできる体系的に記録されたデジタルアーカイブはほぼ存在しない、整備されていないと言える。そうした豊潤な音楽文化をこのデジタルの時代に誰もがどこからでも触れることができるようにできないか、あるいは全体像が把握できるような仕組みができないかという視点で述べたい。ただ、このようなデジタルアーカイブは、全くないわけでなく、すでにいくつかの萌芽とも言える試みがある。それらを見つめながら、どのように成長させていけば良いのか考えてみたい。 ## 2. 南島の音楽には何が刻まれているのか 民謡(うた)は、いうまでもなく旋律とリズムとい う音楽的要素と文学の要素である詞の組み合わせである。したがって、歌からはその地域の風景、風情、習慣とそこから生まれる教訓、祈り、そして歴史とその時の社会状況など汲み取ることができる。 ## 2.1 王府と八重山の関係が読み取れる「安里屋ゆんた」 例えば、八重山の歌で「安里屋 (あさどや) ユンタ」 という曲を聞いてみる。「ユンタ」というのは作業労働を主題とした叙事的歌謡である ${ }^{[1]}$ 。琉球王国時代に生まれ、この歌は当初は、掛け合いで三線(さんしん)の伴奏なしで歌われていたであ万うと思われる。 この曲は、昭和 10 年頃に標準語歌詞がつけられてコロムビアレコードから発売されて日本中で知られるようになった曲である。ここで歌われている歌詞を下記に記す。 $ \begin{aligned} & \text { サー あさどうやーぬくやまによー } \\ & \text { みさししゅーぬくゆたらよー } \\ & \text { みさししゅーやばなんぱ } \\ & \text { みたるすやくりやおいす } \end{aligned} $ 歌意は、 「安里屋のクヤマという竹富島の絶世の美女を、王府から来た目差主(役人)が、現地妻にしょうとしたがクヤマが断った」という内容である。王府と八重山の島々という、当時の、支配する側とされる側の関係が歌詞から読み取れるし、その旋律やリズム、掛け声から支配層を巧みに皮肉るユーモアが心地よく感じ取れる。 ## 2.2 歌から浮かび上がる奄美の「家人制度」 一方、奄美の「かんつめ節」という島唄を聞いてみる。「かんつめ」は、やはり若く美しい女性の名前である。薩摩藩支配の 1800 年頃奄美大島の南部、現在の宇検村に存在したと言われている。この当時、貧困に喘いでいた奄美では、最大で人口の半分の人間が借金のかたとして豪農などに身売りされ奴隷的な身分・「家人 (やんちゅ)」になっていたとされる。かんつめもその一人で、かんつめを我が物にしたいという主人が、他の男に恋をしたかんつめを虐待し、死に追いやったことが歌われている。黒糖の専売制度を背景とする過酷な薩摩藩の支配が家人(やんちゅ)制度を産んだとされ、この歌詞から奄美の人々の置かれた過酷な状況がわかる。 安里屋ユンタは叙事的な歌謡で、いわば王府の役人を茶化すような明るさを醸し出す一方で、かんつめ節は、悲劇性を象徴するように哀調を帯びた叙情性を持つ。 このように暮らしから生まれた歌を聴くことで、その時の社会状況や、その時代に人々は何に喜びや悲しみ、美しさを感じたのかを共有することができる。 ## 2.3 沖縄の歌が描く戦争 この二曲は、明治以前の琉球王国、薩摩藩支配の時代に生まれたが、沖縄で戦後すぐに生まれた新民謡に 「PW 無情」という曲がある。PW(Prisoner of War)は 「捕虏」の意で、沖縄戦後は沖縄本島の住民は例外なく収容所に入れられ、誰もがPWになった。沖縄戦で 12 万人もの住民が命を落とした上に収容所生活は過酷でそこで命を落とした人も少なくない。さらに、収容所を出ても普天間や北谷といった土地では故郷が米軍基地になってしまい住まう場所を奪われた人も少なくない。 歌詞はこうである。 恨みしゃ沖縄戦さ場にさらち 世間うまんちゅ 袖ゆぬらち浮世無情なむん 訳 うらめしや沖縄戦さ場にさらされ 全ての人が袖を淚で濡らす なんと無情な世なのだろう もう一曲、「艦砲ぬ喰え一残さー」という中部読谷村で作られた曲を聞いてみよう。 若さる時ね戦の世 若さる花ん咲ちゅさん 家ん元祖ん親兄弟艦砲射撃の的になて 着るむん喰えむんむるねえらん スーティーチャー喰で暮らちゅんや 訳 若い時は戦さの只中 若い花を咲かすこともできず 家も先祖も親兄弟も全て艦㿣射撃に狙われ 着る物も食べるものもなく ソテツを食べるしかなかったのだ 作詞作曲の比嘉恒敏は、本土への䟱開船の米軍による攻撃と空襲で両親と妻、二人の子を亡くしている。再婚して生まれた娘たちが民謡グループ「でいご娘」 を結成してこの曲を歌いヒットさせた。作曲者の比嘉は沖縄の本土復帰直後、飲酒運転の米兵の車との事故で命を奪われている。 いずれも沖縄戦とその後を主題にした曲で、発表当時も今も、盛んに歌われている。沖縄戦を起点に現在も基地から派生する様々な問題を沖縄が抱えていることと音楽も無緣ではない。 このように、歌は人々がその土地、その時代に強く心に刻んだことを描きだし、歌い継がれて未来へ伝わっていく。 ## 3. 国立国会図書館および沖縄県の取組 3.1 国会図書館の“れきおん”で聞く南島の音楽 まず、沖縄の音楽が今ネット上でどのように視聴できるのか、確認をしてみよう。国立国会図書館デジ夕ルコレクションの歴史的音源(以下、「れきおん」という。)(図 1)で検索してみる ${ }^{[2]}$ 図1「れきおん」のトップページ 「琉球」、沖縄」で検索をすると、琉球民謡、沖縄民謡、琉球古典音楽として 100 曲余りが収録されていることがわかる。この多くが館内での聴取に限られるが、インターネット公開されているものが35曲ある。 そのうち「琉球民謡」としては34曲が収納されている。 しかし、それらは作田節(ちくてんぶし)、邊野喜節 (びぬちぶし) などで、歌い手は伊差川世瑞、古堅盛保など、野村流や安冨祖流の名人であり、分類上は、「民謡」ではなく「古典音楽」とされるべきものである。 メタデータには、コロムビア・1934年もしくは 1935 年とある。この頃は本土で沖縄文化が注目され始めた時代で、この数年後には民藝運動の柳宗悦が沖縄を訪問して焼き物から漆細工、沖縄の言葉について感銘を受けて、その保存について訴え始める。また、沖縄の音楽は、同じ頃盛んにレコードが作られた。沖縄から大阪に出ていた普久原朝喜(「芭蕉布」などの作曲で知られる普久原恒勇の父) が、関西在住の沖縄出身者に向けて販売していたのだ。そのうち上述した「安里屋ゆんた」(オリジナルの八重山方言ではなく、共通語版)は昭和 10 年ころ本土でヒットして沖縄民謡が知られるきっかけとなった。しかし、「れきおん」にも「安里屋ゆんた」があるが、残念ながら館内での聴取に限られている。一方、「沖縄民謡」でインターネットで広く公開されているのは、伝説の歌手と言われる 「多嘉良カナ (子)」の下り口説(くだいくどうち) 1 曲だけである。 王国時代、首里王府の役人が薩摩での勤務を終えて琉球へ戻る道中を歌ったもので、舞踊の地謡で歌われること多い。戦前に本土に渡って活躍し人気を博した多嘉良の名演が聞けるのは貴重である。 な扮、「奄美」で検索すると 7 曲あり、「八重山」「与那国」で検索すると数曲がヒットする。インターネット公開されているものもあるが、大半は館内聴取しかできない。 「れきおん」は、国立国会図書館とNHK、日本音楽著作権協会、日本芸能実演家団体協議会、日本レコー ド協会などが歴史的音盤アーカイブ推進協議会というコンソーシアムを作って、戦前から戦後のSP版レコードをデジタルアーカイブ化したものである。ただ、現時点では沖縄音楽に限らず、多くが館内聴取に限られており、著作権や著作隣接権の処理の手間もかかるとは思うが、それをクリアして広くインターネットで公開してほしい。 ## 3.2 琉球舞踊の映像アーカイブ 一方、沖縄県は、2000 年の沖縄サミット開催時に 「琉球芸能アーカイブ」というサイトを開設して琉球舞踊の動画をアーカイブして公開している。それが現在「沖縄県立総合教育センター」のホームページにぶら下がる形で 12 本の動画が配信されている ${ }^{[3]}$ 。舞踊と曲は切り離すことはできないので、ここでは当然伴奏としての古典音楽を聴くことができる。しかし、このぺージは最初に公開されたまま更新は全くされておらず、担当者と話をしたところ、20 年近く前の開設なので、権利情報が不明のまま配信を続けているという。それでも貴重なものであることに間違いはない。 こうした舞踊と曲を含む映像のデジタルアーカイブが整備されれば、鑑賞だけでなく踊り手が一流の舞踊を学ぶために利用することができるだろう。 ## 4. レコードレーベルの音源とデジタルアーカ イブ ## 4.1 沖縄のレコードレーベル 昭和の初期から日本でレコード文化が花開いた影響で、沖縄音楽というジャンルでも盛んにレコードに記録された。となると、レコードレーベルがかなりの音源をコレクションしているはずである。沖縄には、「マルフクレコード」、「マルタカレコード」、「マルテルレコード」、「ゴモンレコード」などのレーベル(いずれも家族経営のような形態であった)があり、戦後沖縄の人々に多少の余裕が出てきた 1950 年代から、盛んにレコードが売り出されるようになった。前章の 「PW 無情」、「艦砲ぬ喰えー抜くさー」などもレコー ド化されたことで、ラジオなどを通して広く聞かれるようになった(図2)。 図2「艦砲飡え一ぬくさー」歌:でいご娘 (発売元 : マルフクレコード) これらのレーベルは、古典音楽から民謡もあれば、新たに作られた新民謡や歌謡曲も制作していた。そしてこれまでに作られたレコードや CD などは莫大にあるはずだがデータベースなどはなく全体像は把握できない。そして、これらのレーベルから出されたレコー ドや CD の多くは今では廃盤となり、中古品としてネットオークションや Amazon などでしか入手できないものも多い。これらの音源が果たして整理して残されているのか気になる。沖繩ポップスの「りんけんバンド」のリーダーで、自ら音楽出版会社を経営している照屋林賢は、17 年ほど前に上述したような沖縄のレコードレーベルで組合を作り、過去作られてきた音源(原盤やレコードそのもの)をまずはデータベース化できないか動いたことがあったそうた(照屋は、原盤はなくてもレコードはほぼ残っているはずだという)。しかし、その頃は、データベース化やデジタルに対する関係者の理解が得られず頓挫したという。照屋は、「デジタルの時代なのでなんらかのサーバー(プラットフォーム)で音源から権利情報までを連携させて管理させることができれば散逸させずに、新たな利益を生み出すこともできるはず。たた、初期費用をどうするのか、安定的な運用を低コストで行わなければならないなどの課題がある」と、意欲はあるものの実現にはまだ時間がかかりそうだと語った。 ## 4.2 奄美群島のレコードレーベル 一方、奄美大島のレコードレーベル「セントラル楽器」は今も島唄の新作、それも徳之島、沖永良部島などを含む奄美全島の音楽を送り出しているし、過去の音源を生かそうとしている(図3)。 図3 (株) セントラル楽器のホームページ ここで島唄について述べる。本来は、シマウ夕と表記した方が良い。ここで語られる「シマ」は、アイランドの島ではなく、地域、部落、集落の意である。ということは奄美各地に集落独自の唄があったということだ。奄美の言葉も同じように「シマグチ(口)」と言い、尾根一つ、極端にいうと道一本隔てても言葉が異なった。したがって網羅的に記録していけば個々の地域文化の集積になる。 セントラル楽器の指宿俊彦社長に話を伺ったところ、会社が設立されたのは奄美の本土復帰(1953年 12 月)前で、沖縄と本土の狭間で復興から取り残されて貧困にあえいでいた頃、まずは、本土との間の密貿易から事業を始めたという。そして1956年から島唄の収録・レコード化を開始した。現在も、島唄、地元に根ざした新民謡、歌謡曲を数多く展開している ${ }^{[2]}$ 。 もちろん、伝統の島唄については最も力を入れていて、唄者(うたしゃ)と呼ばれる民謡名人を紹介するページも開設している ${ }^{[4]}$ ここで紹介されている南政五郎さんは、1985 年に 95 歳で亡くなった唄者で、その歌声を聴くことができる。 これを㯖けば、今の島唄の歌唱法とは明らかに違うことが分かる。現在の島唄は、“㯖かせる”ことを意識してかなりスピードがゆったりとしているが、この政五郎さんの唄を聴くとテンポが速いのが分かる。島唄が暮らしに根ざした、自ら歌うことを楽しむものから、聴衆に聴かせるため芸謡化したからだろう。 指宿社長の話では、セントラル楽器が何曲音源を保有しているかは分からないものの、ほぼデジタル化したとのことである。ネットの時代なのでデジタルアーカイブ化は考えられないかと聞いたところ、島唄はビジネスとしては大きな売り上げがないので思ったこともない、 とのことであった。しかし、唄者の解説テキストもある上に、音源がファイルベースになっているので奄美島唄の体系的なデジタルアーカイブ構築はここから始められないだろうか。 ## 5. メディアの保有する音源 NHK は、1937 年から 1986 年にかけて断続的に、大規模に日本全国の民謡を収集した。東京藝術大学との協働によるものである。 それらは、『日本民謡大観』としてまず書籍で整備・出版されている(図 4)。全 13 巻のうち「奄美」「沖縄本島」、「宮古」「八重山」と南島の音楽は 4 巻と手厚くまとめられている。それだけ曲の数が多いということだ。 図4 日本民謡大観宮古諸島編 この書籍では、収集された唄が、労働の中からか、祭祀の中からか、王宮で歌われたのか、唄の成り立ちなどの詳細な分析がなされている。この時収集した音源のうち、本土の民謡はレコード化、のちに $\mathrm{CD}$ 化されて発売されたのだが、奄美、沖縄といった南島の音源はなぜか世に出ていない。何年もかけて収集、しかも奄美・沖縄の全島を歩いてそこに暮らす人々に歌ってもらった音源である。筆者は、NHKを離れる前になんとかしたいと思い、 4 曲だけだがネット配信を実現した。そのうちの一曲が日本最西端の与那国島に伝わる「猫小 (まやぐあー)節」だ $[5]$ 。 また、NHK 沖縄放送局の「沖縄の歌と踊り」「あたらしい沖縄のうた」、ラジオ沖縄の地元から民謡の新曲を長年募集してきた「新唄大賞」、50 年以上にわたって放送されてきた沖縄テレビ「郷土劇場」などの音源や映像が重要な素材になるはずだ。 いずれも楽曲なので、著作権、演奏者やレーベルの著作隣接権をどうするかという課題はある。とはいうものの埋もれたままでいるならげぜひ表に出す方策を探りたい。 ## 6. 文化庁「民謡緊急調査」の報告と音源 文化庁は、1979 年から 1989 年にかけて、全国の都道府県で録音も含めた「民謡緊急調査」を実施し、報告書と録音テープが成果として生まれました。これらは、国立歴史民俗博物館で保管されている。1987年、小島美子教授がデータベース化の計画を立て(1994 年に退官)、後を引き継いだ内田順子教授によって完成し、2007 年に公開が始まった。ただ、このデータベー スはテキスト情報のみで音源は紐づいていない。また、 データベースは館内での利用に限定されている ${ }^{[6]}$ 。 これらのデータと音源は、日本の民謡のデジタルアー カイブの大きなソースになりうる。「日本民謡大観」 と同じく、奄美、沖縄の民謡は数百曲に及ぶものと考えられる。今後音源も含めて公開に向けた動きが進むことを期待したい。 ## 7. 失われる唄と言葉を留めるために 八重山に伝わる「高那(たかな)節」という唄がある。今も盛んに演奏される名曲だ。以下は、高那節の冒頭部分である。 $ \begin{aligned} & \text { あみがふるとうしやーはんね } \\ & \text { さーきたからくむりやいすり } \\ & \text { ゆみばするとうし五かか } \\ & \text { くんがーやいすりうかしたえー } \end{aligned} $ 西表島の高那という集落で生まれた唄だが、高那集落は明治期に飢饉やマラリアの蔓延で住民が周囲の島々などに移住して廃村になった。ここに記した歌詞を読み解ける人はいなくなった。集落が消えたことで、高那で使われていた言葉はほぼ失われたと考えられる。同様に小さな島々では、記録(工工四(くんくん し一)などへの採譜)されないまま歌う人がいなくなれば、歌そのものは消えていく。すでに、かなりの歌が南島から失われたと考えられる。 奄美では言葉が集落ごとに異なったというが、沖縄も同様である。もちろん、アクセントや抑揚程度の違いもあれば、単語そのものが異なることもある。そうした方言もいま沖縄・奄美では急速に失われている。一方で、古くから伝わる歌にはその言葉が残る。それらを収集、公開して多くの人が触れられれば、誰かが言葉を読み解いて意味を付加していくこともできるかもしれない。これがデジタルアーカイブの持つポテンシャルだと思う。 これまでに紹介したような機関・組織の保有する音源を束ねたデジタルアーカイブが整備され、それらを繋げたポータルサイト、例えば「ジャパンサーチ」を通して南島の豊潤な文化が継承されていく仕組みが構築されることが望まれる。それが実現すれば、いかに私たちが地域ごとに光り輝くような豊潤な文化を持つているのかを確認し、同時に国内外に広く伝えることができるだろう。 ## 註・参考文献 (web 参照日は全て 2019-11-01) [1] 日本放送協会編『日本民謡大観沖綶奄美奄美諸島編』日本放送出版協会, 1993.8 [2] 国立国会図書館デジタルコレクションの歴史的音源 http://rekion.dl.ndl.go.jp [3] 沖縄県立総合教育センター http://rca.open.ed.jp/catego4.html [4] 唄者(うたしゃ)と呼ばれる民謡名人を紹介するページ https://www.simauta.net/minami_masagoro.html [5] 猫小 (まやぐあー) 節 https://www2.nhk.or.jp/archives/michi/cgi/detail.cgi?dasID $=$ D0004380100_00000 [6] 国立歴史民俗博物館「民謡緊急調査」 https://www.rekihaku.ac.jp/doc/gaiyou/miny.html
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# [B21] 大学博物館における学術資料のデジタル化と活用:蚕織錦絵コレクションの IIIF 対応による国際的発信 O齊藤有里加 ${ ^{1}$, 堀井洋 ${ }^{2}$, 堀井美里 ${ }^{2}$ ,棚橋沙由理 ${ }^{1}$ ,高木康博 ${ }^{1}$, } 1) 東京農工大学科学博物館, $\bar{\top}$ 184-8588 東京都小金井市中町 2-24-16 2)合同会社 AMANE, E-mail: [email protected] ## Digitization and utilization of academic materials in university museums: \\ International transmission of the Sericulture Nishiki-e collection via IIIF YURIKA Saito ${ }^{1)}$, HIROSHI Horii ${ }^{2}$, MISATO Horiii), SAYURI Tanabashi ${ }^{11}$, YASUHIRO Takaki ${ }^{11}$ ${ }^{1)}$ Nature and Science Museum, Tokyo University of Agriculture and Technology, 2-24-16 Naka-cho, Koganei-shi, Tokyo Japan 184-8588 ${ }^{2}$ AMANE.LLC, Ro8, Yamada, Nomi, Ishikawa Japan 923-1241 ## 【発表概要】 大学機関における学術資料の保存と活用に向け、東京農工大学科学博物館をモデルに、デジタルアーカイブの手法の開発と、館内での可視化に取組んでいる。東京農工大学科学博物館所蔵の 「虫織錦絵コレクション」を IIIF 規格でのデジタル化と館内 NAS による可視化を行った。本稿ではデジタル化のプロセスを紹介すると共に、進行上明らかになった学術資料の可視化の上での課題と対応を例示する。 ## 1. はじめに 大学機関には科学教材・実験機材・標本を始め価值の高い学術資料が収蔵されている。 これらの資料は、研究室ではその使命を終えたものの、科学史、教育史の観点から大きな意義を持つ。一方で所在情報が孤立し活用の機会が得られず死蔵状態になることが多い。 ICOM(国際博物館会議)の UMAC(大学博物館・コレクション国際委員会)においても、大学が有する学術資料の継承、活用について国際的な議論が進められている[1]。 方、学術資料の孤立した資料を結ぶ手段として、ウェブ上で複数のサーバから画像を横断検索できる仕組みが整いつつあり、画像資料の国際共有規格、IIIF(International Image Interoperability Framework)の規格採用が広まりつつある[2]。 東京農工大学科学博物館では 2018 年より、博物館収蔵品をデジタルアーカイブし、 デジタル展示システムを構築することを目的とした「東京農工大学科学博物館 5 力年計画」[3]を実施している。東京農工大学工学部は日本初の官営虫糸教育機関(虫業講習所) [4]を由来に持つため、収蔵庫内には近代蚕系関連の学術資料が残されている。これらの資料を可視化することで国内有数の日本の近代化を支えた虫糸技術資料を国際的に発信することが可能となる。 5 か年計画の取り組みにおいて、具体的には 2018 年に「虫織錦絵」コレクションのデジタル撮影、蚕糸関係の学術コレクションの調査、デジタル化を進めているほか、2019 年にクラウドファンディングプロジェクトによる「勧工寮葵町製糸場図面」の $3 \mathrm{D}$ 化、繊維機械資料の動態展示とエンジニアへのインタビュー画像化などを並行して進め、これらのデジタルデータを博物館内外において閲覧公開できるシステムを構築することにより、展示スペース、資料保存の課題を超えた資料の提示手法を模索している。これらの資料については “虫糸学術コレクション”として、将来的にジャパンサーチへ登録する予定であり、国際的な発信力の強化を本デジタルアー カイブ構築の大きな目標としている。 今回は 5 力年計画のうち IIIF 仕様による 「虫織錦絵」コレクションの公開システムの構築の経過について報告する。 ## 2. 東京農エ大学科学博物館「蚕織錦絵コ レクション」のデジタルアーカイブ化の意義 東京農工大学所蔵「虫織錦絵コレクショ ン」は故鈴木三郎名誉教授が旧繊維博物館時代に寄贈した、養虫から機織までの姿を現した刷物群である。鈴木氏はこれらの資料を基に、日本の製系技法の発展史をまとめた[5]。養虫をモチーフにした浮世絵・錦絵は江戸中期から明治期にかけて我が国の養虫の隆盛を背景に、耕織図を基にした橘守貝による「直指宝家織婦之図」を始め、多くの絵師らによってバリエーション豊かな作品が作られており、産業技術史資料として国際的にも高い学術的価値を持つコレクションである。当館において学術利用での資料照会、借用が最も多い資料群となっている。(図 1) 図 1. 展示中の虫織錦絵コレクション 一方、工学部の大学キャンパス内に約 800 点余りの錦絵コレクションが収蔵されていることは一般層にはよく知られていない。過去一時期、虫織錦絵は東京農工大学図書館の事業としてデジタル化され、ウェブ公開されていた[6] 。この公開により、国内外からの資料問い合わせが博物館へ寄せられてきたが、図書館のシステム更新により、2020 年現在は閲覧することができなくなっている。実物の公開については、博物館の「浮世絵・生系商標展示室」において資料公開を行っているが、一度に公開できるのは最大 20 点ほどにとどまる。資料保存の観点から公開期間も限定されてしまい、現状では外部から虫織錦絵コレクションの概要を知る手段は狭められている現状にある。(1)国際発信に対応したウェブによる公 (2)収蔵庫資料の展示室内での可視化、これら二つの課題の解決を実施する必要がある事、海外からの要望に応えるため、公開デー タを IIIF 規格にする事で当館の虫織錦絵コレクションを取り巻く課題が解決されると考えた。 ## 3. デジタル化の手順 前述の課題を基に、デジタル化において(1) VPS(Virtual Private Server)サーバー上に 図 2..システム構成 IIIF 仕様の公開用アーカイブシステム、 (2)館内 NAS システムに展示室内閲覧システムの 2 つのシステムを構築した (図 2 )。 管理作業上は画像データの一元化が望ましいが、1、バックアップ機能と、2、ウェブ公開しない研究資料の可視化の観点から画像デ ータをオープンにするもの、クローズにするものに分けて構築した。 ## 3. 1 資料の撮影とメタデータの作成 収蔵庫にある未整理資料の錦絵を含めた資料約 800 点を撮影の対象とした。撮影はマッ卜装されているものから、故鈴木氏の研究素材と考えられるコピー機による複写資料まで記録として実施した。撮影の総画素数は 3600 万画素、カメラ機材は NIKON D810を用いて撮影した (図3)。 図 3. 資料撮影の様子 また、撮影したデータと既存の目録データとの照合を行い、「タイトル」「絵師」「年代」「版元」を記載し、英語表記を行った。さらにタグによる抽出を想定して、例えば猫のモチーフが含まれているものに関しては画像を確認し、キーワードの抜出を行った。 ## 3.2 公開用アーカイブシステムの構築 撮影した資料画像およびメタデータを外部公開するための公開用アーカイブシステムを構築した。本システムでは、デジタル・アー カイブ公開環境については Omeka S[7]を、 IIIF 規格に基づいた画像公開環境(イメージサーバ)については IIPImage Server[8]を用いて構築した。Omeka Sには資料メタデータとともに IIIF マニフェストを登録することにより、各資料の高精細画像を利用者はビュワ一を介して閲覧することが可能となる。さらに、IIIF マニフェストを公開することで、外部の多様な画像閲覧環境を利用することが可能となり、組織や公開システムを超えた画像の自由な共有や収集が実現される。外部のビユワー(IIIF Curation Viewer)による資料閲覧環境の例を図 4 に示す。本年度公開する 「虫織錦絵コレクション」では、約 800 件にのぼる資料情報を公開用デジタルアーカイブシステムに登録するが、高精細画像とメタデ一夕から構成される大量の資料情報をOmeka $\mathrm{S}$ および IIIF イメージサーバ上に登録するためには、資料調査からデータの整形・確認・登録、データアップロード・公開までを連続的かつ効率よく実施することが求められる。 このデジタルアーカイブ公開に向けたワークフローの構築に際しては、本学科学博物館教員・学芸員や AMANE 社員、外部の有識者が連携して、学術性や効率性など様々な視点から検証を行っている。特に本構築では、調査時に記録されたメタデータ(CSV 形式)から json 形式の IIIF マニフェストへの変換や、スクリプトによる高精細タイル画像への連続変換を行っており、少人数かつ低予算で中規模程度のデジタル・アーカイブ公開のための仕組みの確立を目指している。現在、2020 年 4月の公開を目指し、システムの構築やデータの登録作業に取り組んでおり、今後、画面のデザイン等についても追加修正を行う予定である。現在構築中の画面を図 5 に示す。 図 4. IIIF 外部ビュクーによる資料画像の表示 図 5 . 構築中のデジタルアーカイブ画面 ## 3.3 館内閲覧システムによる画像公開 館内閲覧システムは、NAS に閲覧用デジタル画像を入れ、館内無線 LANを通じてタブレットに接続し、ビュワーアプリケーションソフトを介して大型モニタに表示される仕組みである。館内閲覧システムは 3 層までの設定ができ、 1 層目を虫織錦絵コレクション、 2 層目を絵師フォルダ、 3 層目を資料画像とした。 タッチパネルの操作により、実物よりも大きく拡大して画像の細部を見ることができる (図6)。 図 6. デジタル閲覧システム設置の様子 ## 4. 成果と課題 実際に館内で閲覧システムを運用すると、 タッチパネルを操作しモニタを閲覧し、拡大画像を楽しむ来館者が増加した。展示ケースに入った錦絵とは異なる視覚効果が得られ、新たな展示の効果を発揮しているとみられる。 IIIF 化によって、活用に拡張性を持たせた新たな画像データの公開も成功した。今後は横断検索システムであるジャパンサーチとの連動や、AIによる検索の開発など拡張性が期待できる。 一方で、閲覧システムには(1)タッチパネルが使いにくい・検索しにくい(2)動作が遅い・繋がらない(4)登録方法がわかりにくいなどユ ーザーインターフェース上の課題が残った。 今回は上記の解決のために館内の LAN 環境に応じた画像解像度の設定を行なった。また夕ッチパネルに使用したタブレット端末の充電を複数機で運用するなど、運用方法にも改良を行なった。 今後はシステムの改良のために、館内閲覧システムのビュワーソフトの更新や、閲覧者のモニタリングを行いユーザーインターフェ ースの向上に努める。ウェブ公開についても、 ジャパンサーチへの登録、コンテンツの充実とシステムの拡張、利用者のモニタリングを行う。 ## 5. おわりに 本稿では、大学機関における学術資料の保存と活用のために、IIIF 規格によるデジタル化によって学術資料を可視化する試みにおいて、東京農工大学科学博物館の虫糸学術コレクションを題材に、䖯織錦絵コレクションの公開事例について報告した。今回は錦絵という平面素材について着手をしたが、学術資料は標本や模型、実験機器など立体形状の物も多い。現在 IIIF 活用において先行している資料は、平面的な紙資料の取り扱いのケースが多いが、今後は性質の異なる資料群への取り組みが必要である。立体資料においても、デジタル化を試行し、散逸、孤立しやすい学術資料を紐づける手段として画像データ活用の有効性の検討を今後も進めていきたい。 ## 参考文献 [1] Panu Nykänen, Barbara Rothermel \& Andrew Simpson. Global issues for university museums. UMAC. UNIVERSITY MUSEUMS AND COLLECTIONS JOURNAL. 2018,vol.10,p8-10. [2]永崎研宣.国際的な画像共有の枠組み IIIF の課題と展望.デジタルアーカイブ学会 誌.2018, vol. 2.2, p. 111-114. [3]高木康博館長よりメッセージ.科学博物館ニュース速報.2019,vol40,p1 [4] 東京農工大学工学部百年史 東京農工大学工学部百年史刊行会. 東京農工 大学工学部百年史刊行委員会. 1986. $214 p$ p. [5]鈴木三郎絵で見る製糸法の展開.日産自動車(株)繊維機械部, 1971 [6] 東京農工大学図書館「かみこやしなひ 草」(浮世絵にみる蚕織まにゅある)案内 http://web.tuat.ac.jp/ biblio/electron/yasina higusa.html(2020.2.24 現在デジタルデータは閲覧できない。公開は 2002-2018 年ごろまでか。) [7] omeka https://omeka.org (2020.2.24 閲覧) [8]IIPImage Server https://iipimage.sourceforge.io (2020.2.24 閲覧)
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# [B13] デジタルコンテンツと持続性:明治大正期書画家番付データベースを例に ○小山田智宽 ${ }^{11}$, 二神葉子 1), 逢坂裕紀子 2), 安岡みのり 1) 1) 東京文化財研究所, $110-8713$ 東京都台東区上野公園 13-43 2) 東京大学文書館 E-mail: [email protected] ## Digital Content and Sustainability: the Database of Listed Calligraphers and Painters in the Meiji and Taisho Periods OYAMADA Tomohiro1), FUTAGAMI Yoko²), OSAKA Yukiko3), YASUOKA Minori4) 1) , ${ }^{2)},{ }^{4)}$ Tokyo National Research Institute for Cultural Properties, 13-43 Ueno Park, Taitoku, Tokyo, 110-8713 Japan 3) The University of Tokyo Archives ## 【発表概要】 近年、デジタルコンテンツの公開がますます盛んになり、オープンデータによるデジタルデー タの活用も進んでいる。一方、フロッピーディスクや MO などの記録メディアの問題は言うまでもなく、2019 年 12 月の Yahoo! ブログのサービス終了など、プラットフォームの変容に追随できず公開が持続できないデジタルコンテンツも増えている。東京文化財研究所では、2018 年、幕末から明治大正期にかけての書画家の番付のデータベースを公開したが、これは 2004 年に作成され、技術的な問題で公開が停止していたデータベースのリニューアルである。このリニュー アル作業を例として、デジタルコンテンツを持続させるための課題を検討したい。 ## 1. はじめに 図 1. 古今名家書画景況一覧_807106 (全図) 江戸から明治、大正にかけて、朝顔や名所旧跡、温泉地や料理など、さまざまな対象を相撲の番付に見立て、格付けや分類を行う番付が流行した。図 1 は 1888 (明治 21)年に刊行されたおよそ 1,000 名の書画家が格付けされた「古今名家書画景況一覧」である。図 2 は図 1 中央上部を拡大したものであるが、美術円山四条派として 27 名の書画家を認めることができる。 これらの分類は番付刊行当時の評価を映したものであり、現在の見方とは異なることも 図 2. 古今名家書画景況一覧_807106 (部分) 多い。そのため、複数の書画家番付を経時的に見ることで、評価や分類概念の変遷を追うことができる。2004 年、この点に注目し、明治大正期の 61 枚の書画家番付の画像から、 近代的造形物の分類の確立を探るための画像データベースが作成された (以下、2004 年版 $\mathrm{DB}$ と称す) (1)。 作成にあたって、人名と分類の全てがテキストデータ化された。そのため、2004 年版 DB では、番付の情報をテキストで全文検索することが可能であった。現在に至るまで、番付のデータベースの多くは、番付名や刊行年といった書誌情報と画像ファイルのみで作成されている。すなわち番付自体が持っている情報をデジタルで扱うことができない。その点で、2004 年版 DB の構築は画期的であった。画像の部分拡大機能も開発され、テキストデータと、実際の番付上の表記を比較することも可能であった。 しかし、2004 年版 DB はローカル PC で動作する、市販アプリケーションで作成されたため利用者が限られていた。また、アプリケ ーションの開発終了のため、運用を継続することができなかった。そこで持続的な公開・運用と、活発な利用を目的に、ウェブアプリケーションとしてデータベースを再構築することになり、2018 年に東京文化財研究所(以下、当研究所と称す) のウェブサイトにて公開された(以下、2018 年版 DB と称す)。 ## 2. リニューアルについて ## 2. 1 オリジナルデータの状況 2004 年版 DB のテキストや画像ファイルなどの元データは、プリントアウトされた 2004 年版 DB の概要紹介のマニュアルとともに CD-ROM で保存されていた。 テキストは、Excel と FileMaker、そして Tab 形式のファイルで保存されていたが内容 は全て同一である。画像ファイルについても TIFF、PDF、JPEG の三つの形式で保存されていたが、内容は同一であった。 データは、番付をおおまかな区画に区切り、区画内の右上から順にデジタル化されていた。表 1 は、図 2 部の Excel を図示したものである。このように番付に記載されている情報が、右から順に文字起こしされ、入力されている。 氏名は、基本的には番付に掲載された表記で入力されていたが、括弧書きで別名や別表記が付記される場合もあった。しかしこれらの異表記が、キーワード闌に入力されていることもあり、入力規則が統一されていなかった。さらに、複数の番付に掲載されている人物の場合、付記やキーワードに必ずしも同一の内容が記録されているとは限らなかった。 ## 2.2 データ整理 データがこのような状況であったため校正は必須であったが、不備は承知の上で、まずは公開データベースの試作を行った。目指すべき形を具体化することで、担当者間でデー タベース化の意義や、作業方針の共通理解を深めることを目的としたものである。そしてこの段階で、2004 年版 DB の担当者と、 2018 年版 DB の担当者が直接協議を行い、この結果、次の方針にしたがってデータベースを再構築することになった。 1. 画像の部分拡大機能を省く 2. 番付のデータベースと、番付の情報を元にした人名のデータベースを構成する 1 は、利用環境を選ばず、持続的な公開・運 表 1. 古今名家書画景況一覧_807106(Excel の元データ) & 掲載位置 & & \\ 用を容易にするための選択である。データベ一スの制作目的に技術的な挑戦や、デモンストレーションが含まれることを否定するものではないが、先述の目的のため、2004 年版 DB より機能面で劣ることを受け入れた。 一方、2018 年版 DB では、2004 年版 DB の持つ情報をより活かすためのデータベースを新たに作成することにした。これが 2 である。先に指摘した通り、番付をたどることで、特定の人物の評価の変遷を追うことができる。 しかしそのためには、複数の番付の情報が人物の単位で利用できるように整理されていなければならない。そこで、すべての情報が入力された表 1 のデータを、番付の書誌、記載された人名 $(41,854$ 件)、(名寄せする)見出し人名 (17,822 件) に分割し、FileMaker Pro 上でリレーションを組んで、管理することとした。このデータ構造の変更によって、 2004 年版 DB の元データは、番付のデータベ一スであることはもとより、番付を典拠とする人名データベースとしての性質を持つことになった。 校正は、複数の番付に掲載されている人物についての整合性を取る作業が主であった。 また、2004 年当時、デジタル環境で一般的に利用することができず「=」で埋められていた漢字についても全面的に見直した。 図 3. 古今名家書画景況一覧_807106 (www.tobunken.go.jp/materials/banduke/ 807106.html) ## 3. 公開データベース 当研究所では、公開データベースをイントラネットワーク内の業務システムからは独立して運用している。したがって、2.2 で構築した FileMaker Proより、整形したデータを抽出し、2018 年版 DB を構成する次の二つのデータベースへと登録した。 図 3 は 2008 年版 DB の内、番付単位のデ ータベースである「明治大正期書画家番付デ一タベース(以下、番付 DB と称す) (2)」である。拡大画像へのリンクと、番付を文字起こしした人名のテキストデータが並んでいるシンプルなデータベースである。しかし、人名に張られたリンクから、番付のデータを人名単位で再構築した「書画家人名データベー ス(明治大正期書画家番付による)(以下、人名 DB と称す) (3)」へ移動することができる。図 4 は図 3 より、尾形光琳をクリックして、人名 DB を表示したところである。尾形光琳は 17 の番付に掲載しているが、それぞれの番付でどのように分類され、評価されているのかを、容易に知ることができる。 このように 2018 年版 DB では、二つのデ一タベースを行き来して、一枚一枚の番付が示す同時代的な評価と、任意の人物の評価の変遷を追うことができる。また、元データが 図 4. 尾形光琳 (www.tobunken.go.jp/materials/banduke_name/ 793826.html) 人名データベースとしての性質を併せ持つようになったことを活かして、当研究所の他のデータベースとの間で、人名をキーワードとした連携を行った。これが、図 5 で示した画像の自動リンクである。図 5 は図 4 のページの下部であるが、当研究所の画像データベー スから、尾形光琳に関係する画像を抽出し、表示している様子である。本来の相撲の番付がそうであるように、番付は情報としては単なる文字列であり、掲載された情報の背景に何を想定するのかは、読者にゆだねられている。しかし説得力のある番付を編集するためには、膨大な情報の蓄積が必要とされる。図 5 は当研究所のデータを用いて、その情報の蓄積の一部を表示したものともいえる。番付に掲載された人名の数文字の羅列の背景に、 それぞれの書画家の活動の軌跡があり、そして編者の知見の蓄積があることを感じとっていただければ幸いである。 図 5. 尾形光琳(図 4 のページの下部) (www.tobunken.go.jp/materials/banduke name/ 793826.html) なお、人名は多くの文化的な事象にとって基本的な情報の一つである。しかし、とりわけ日本美術においては、雅号と本名、旧漢字と常用漢字、工芸の分野における襲名など、整理それ自体が研究対象となり得る情報でも ある。いずれ機会を得て、当研究所の他のデ一タベース (4) と統合した形での人名データベースの研究と作成に取り組みたい。 ## 4. おわりに デジタルコンテンツと持続性 2018 年版 DB の担当者は、2004 年版 DB の実機に触れることがかなわなかった。そのため実際のデータベースがどのようなデータ構造で構築されているのかを確認することができなかった。しかし、元データが Excel などの比較的、バージョン間での互換性の保たれている形式で保存されていたため、問題なく作業を進めることができた。 しかし、作業を進めるにあたっては、デー 夕の取り扱いに問題が無かったことだけでなく、2004 年版 DB の責任者が、現在も当研究所に在籍しているため、新旧の担当者が一堂に会する機会を持つことができたことも重要であった。このような研究データの多くは、属人化しやすく、担当者の退職や移動などで、責任の所在のあいまいな、扱いにくいデータになってしまいがちである。このような事態を避けるためには、データの価值を共有すると同時に、データを介した人間関係の継承を行うことが重要である。 ## 参考文献 [1] 特定研究江戸のモノづくり (計画研究 $\mathrm{A}$ 03「日本近代の造形分野における「もの」と 「わざ」の分類の変遷に関する調査研究」 [2] www.tobunken.go.jp/materials/banduke [3] www.tobunken.go.jp/materials/banduke_ name [4] 例えば美術関係者の略歴である「物故者記事データベース」 (www.tobunken.go.jp/ materials/bukko)では 2020 年 2 月 21 日現在 2,961 名の物故記事を公開している。 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [B12] Wikimedia Commons を利用したデジタルアーカイ ブ公開の試み: 東京藝術大学 音楽学部大学史史料室所蔵史料を例に ○嘉村哲郎 1) 1) 東京藝術大学 芸術情報センター, 〒 110-8714 東京都台東区上野公園 12-8 E-mail:[email protected] ## An attempt to create digital archives using GLAM-WIKI methodology: A case of the GEIDAI Archives \\ KAMURA Tetsuro ${ ^{1}$ \\ 1) Art Media Center, Tokyo University of the Arts, 12-8 Uenopark, Taito-ku, Tokyo, 110-8714} ## 【発表概要】 中小規模のデジタルアーカイブの課題の一つに, データ保存と管理に必要な情報システムや機器の継続性があげられる。そこで, 情報システムやメンテナンス費用, 運用にかかる属人的要素の課題を解決する案として, オープンライセンスでデータを Web 公開・共有を可能とする Wikimedia Commons と Wikidata の利用を提案する。本稿では, 東京藝術大学音楽学部大学史史料室の資料を例に, これら Wiki 群を使用したデータ公開と活用『GLAM WIKI』について報告する。 ## 1. はじめに 東京藝術大学音楽学部大学史史料室では,総合芸術アーカイブセンター(2011 年 5 月〜 2016 月 3 月)の活動以来,所蔵資料のデジタル化を進めている。デジタル化したデータの保存と Web 公開は,標準耐用年数を大幅に超過した当時のアーカイブセンターが導入した機器を継続利用している。本学史料室のように,小規模なデジタルアーカイブの現場では慢性的な資金不足に悩まされており,予算や人員削減の理由から情報機器の運用・管理, データのマイグレーションが困難な状況が散見される。そこで, 著者らは情報システムのメンテナンスやデータ保存のためのストレー ジ,Web 公開に係る諸費用の問題を解決するために, Wikimedia 財団が無償で提供している Commons と Wikidata を用いたデ一夕公開の活動 GLAM WIKI に着目した。本稿では, 東京藝術大学音楽学部大学史史料室の資料(吉本光藏撮影日露戦争写真)を対象に,実際にこれらの Wikiを用いた画像公開や構造化データの作成方法を紹介し, 本取組で明らかになった課題点等を報告する。 ## 2. GLAM WIKI とは GLAM WIKI は, 芸術や文化に関連する情報を扱う組織 Galleries, Libraries, Archives, Museums が保有するコレクション情報やメデイアデータを, Wikimedia 財団が提供する Wiki システムを通じて公開・共有する活動で ある。その発端は,WWW の発明者ティム・ バーナーズ=リー卿が 2009 年に呼びかけた “Raw Data Now” [1]を機に様々なオープンデ一夕活動と共に起こつたと考えられ,2010 年には GLAM WIKI の名を冠したイベントが行われている[2]。また, 関連する活動には Open GLAM がある。こちらも GLAM WIKI と同様に,GLAM が保有する情報を二次利用可能なデータで公開・共有を促進する活動であり, 2011 年にはワークショップが開催され, 現在も世界中で活動が続いている。 ここ数年は, 特に GLAM WIKI の活動が注目を集めている[3]。その背景には幾つかの要因が考えられるが,芸術や文化に関連するデ一タをオープンデータで公開するためのライセンス, Creative Commons の成熟や Rights Statements 等新たな指針の考案と普及, Wiki システムでデータ公開するためのツールの開発が進み Wiki利用の利便性が向上したこと, データの再利用性を考慮した構造化デー タが API 経由で利用できるようになったこと,米国のメトロポリタン美術館に見るように,著名な美術館・博物館が Wikiを基盤としたデ一夕公開と活用の取組が相次いでいることが考えられる。さらに, Wiki システムは無償で利用できるため,情報システムへの投資が厳しくてもデジタルアーカイブを公開したい小規模の GLAM 組織は, ストレージ機器やデー 夕公開用のシステム費を負担することなく利用できるため,このような組織が Wikiを活用することは,費用面で大変効果的である $[4]$ 。 ## 3. GLAM WIKI とデータ公開 Wikimedia Commons (以後 Commons という) と Wikidata を用いてデジタルアーカイブを公開する方法,すなわち GLAM WIKI でデータ公開をするにあたり, Commons とWikidata の特性を理解しておく必要がある。前者は, Wikipedia と同様に Wiki システムをベースにした画像, 音声, 動画等のメディアデータの保存と公開に特化したストレージ的役割の機能を持つ。公開データに記述できるメタデー タは,Wiki の記法に準拠したテンプレートが用意されており,データの種類に応じてメタデータが設定されている。一方の Wikidata は, Wikimedia 財団が提供する Wiki群(Wikipediaや Wikibooks 等)と呼ばれる Wiki システムの情報を構造化データで共有・公開することを目的とした,あらゆる情報がオンラインで利用できる知識データベースである。Wikidata の特徴は,すべてのデータが Linked Open Data で提供されており, 専用の API (SPARQL Endpoint)を用いてデータ利用できる点にある。 2 つの Wiki システムを用いたデジタルアー カイブの公開手順は,大まかに以下の通りである。本稿では既に 1,2 がある事を前提に 3 ~5の取組みを紹介する。 1. 公開画像データと目録リストを用意する。 2. Wikimediaの利用者アカウントを用意する。 3. Wikimedia Commons への画像公開。 4. Wikidata 用の構造化データ作成。 5. Wikimedia Commons のギャラリー機能, または Wikidata の API(SPARQL)を用いた組織 Web でコンテンツを公開する。 ## 3. 1 Wikimedia Commons への画像公開 Commons への画像公開は,ファイル 1 点毎またはツールを使用した複数画像を一括アッ 図 1. Commons のテンプレート作成画面 プロードする方法がある。本稿では, 51 件の画像を扱うため。公式サイトが推奨するツー ル Pattypan を用いた。Pattypan を起動後すると,「Generate Spreadsheet」と「Validate \& Upload」の選択が表示される。はじめに, Commons 用のデータリストを作成するため, 前者を選択して公開画像のディレクトリを指定すると,メタデー タを設定するテンプレート作成画面になる。今回は,写真データを扱うため, Commons の Photograph テンプレートを用いた。その後,必要なメタデータを選択し, 入力欄には各画像が共通する内容を入力する (図 1)。この時,組織名や関連人物, 作者名等の情報が Wikipedia にある場合,その情報を記載する。例えば, Wikipedia 上のリソース, 東京藝術大学をCommonsに関連付ける場合は, \{\{Institution:Tokyo University of the Arts $\}\}$ の様に Wiki の記法で入力する。必要項目を入力後,画面を進めると最終的に EXCEL 形式のリストデータが生成される。リストデータには, 画像毎のタイトルや解説文等の情報を追記する。 なお, リストデータの 2 シート目には Wiki テンプレート情報が格納されており, 必要に応じて項目を追加・削除することができる。リストデータを編集・保存後, 改めて Pattypan を起動し「Validate \& Upload」からアップロー ド前の確認を行う。アップロード前の確認は, ツール上の確認と Commons 上で実際の表示例を確認できる。内容を確認後,Wikimediaのアカウントとパスワードでログインし, すべての画像とメタデータをアップロードする。 Commons にアップロードしたデータは,個々のURL を有し, 各画像を閲覧できる他, 多言語表記に対応した専用ビューアによるスライドショーが利用できる (図 2)。 図 2.Commons に公開した画像のスライドショー 図 3. 吉本光藏撮影日露戦争写真の Wikidata スキーマ ## 3. 2 Wikidata への情報公開 Wikidata は, 公開するリソースに関連情報のリンク付けを行うことで, リンク構造を解釈した情報検索や検索結果をデータで取得して二次利用できるオンラインデータベースである。データは, Linked Open Data で提供され, リソースに記述される情報はすべて構造化データである事が求められる。 ## 3.2.1 Wikidata スキーマの作成と公開 51 件の画像情報のリソースを登録するために, まずは Wikidata 向けのメタデータと構造化デー 夕の作成が必要になる。Commons では, メディア種類毎にテンプレートが用意されていたが, Wikidata では様々な情報記述に対応するため, スキーマの設計が必要になる。 本稿が GLAM WIKI の対象にした吉本光藏撮影日露戦争写真の情報は, 説明文と撮影者,日時程度であったが, Wiki で画像公開するために所蔵館やライセンス情報など幾つかの情報を追加した。そのため,これらに適合したプロパティや Wikidata の既存リソースを調べてスキーマを作成した (図 3)。図 3 の楕円はリソースノード, 矩形はリテラルノードを表す。色付きのノードは今回の試みのために新規作成したノードであり, 白色ノードは既存 Wikidata リソースである。なお, Wikidata では情報の関係を表すメタデータをプロパティと呼ぶため, 以後プロパティと示す。 ## 3. 2.2 既存リソースの同定とデータ作成 Wikidata で多数のリソースを一括作成する場合は, Open Refine と呼ばれるツールを利用する。Open Refine は, 強力なデータクレンジングツールとしてデータ分析やRDF データの作成に用いられる。今回, 画像 51 点のリソースを作成するために, Commons 登録時に使用したリストデータを Open Refine で再利用した。この時, 各セルのデータが Wikidata にリソースとして存在する場合, これらを関連情報として扱えるようにするために,セル内のデータとリソースの同定処理を行う。自動で同定処理できなかったセルには, セル内に同定候補が表示されるため目視で確認して同定処理を行う(図 4)。 リソースの同定後は, Wikidata スキーマをプレビュー画面で確認し(図 5), 問題がなければ Open Refine から Wikidataへの登録を実行する。Wikidataへのリソース作成は非常に単純で, Open Refineの操作のみで完結する。 \\ 図 4.リソースの同定処理を行った状態 図 5.リソース作成前の確認画面 ## 4. 課題点 次に, Commons と Wikidata の公開を通して, それぞれの課題点を述べる。 (1) データ内容の編集について Commons は,誰でも自由に編集できるWiki という特性上,大量の情報を一括更新したい場合は, Bot と呼ばれる専用のプログラムと特殊なアカウントが必要になる。そのため, 複数の情報を更新するためには特殊な環境と専門性が求められる (データ 1 点毎の更新は手動で可能)。一方, Wikidata は, 内容を更新する際も Open Refineを用いることで, 既存の情報を上書きすることができる。この点から,将来的に情報の修正や更新作業が発生することを考慮すると, Common に記載する情報は最小限に留めておき, 詳しい内容は Wikidata で管理した方が良いと感じた。ただし, Wikidata が標準で用意している「解説」プロパティは, 250 文字の制限があるため,リソ一スの解説に長文が必要な場合は, 別途プロパティを追加するなどの対応が必要になる。 (2) データ利用について Common は,メディアストレージとしての機能を有し,専用の API で公開データを利用できる。しかし, データ検索範囲は Commons カテゴリやテンプレートに依存するため, 限られた範囲となる。一方の Wikidata は, LOD の仕組みを備え, SPARQL Endpoint が利用できるため,データのリンク構造を辿る検索や,検索結果をそのままデータとして二次利用する等,柔軟なデータ活用が可能である。さらに, Wikidata では SPAQL クエリの作成を支援する Query Service の提供と, 検索結果を組織の Web サイトで公開できる機能を備えている。データ活用の点から, Commons より Wikidata を中心に内容を充実することが好ましい。しかし, Wikidata にも短所はある。SPARQL で Commons のデータを扱うためには, Commons と Wikidata の双方に情報が必要になる (2020 年 2 月末時点)。例えば, Commons の日露戦争カテゴリには約 800 点のデータがあるが, その多くが Wikidata にリソースとしての登録がないため扱えない。 ## 5. おわりに 最後に Wikidata の活用例と可能性を述べる。図 6 は Wikidata の SPAQRL を利用して「日露戦争」に属するリソースの画像を抽出し,大学史史料室の Web サイトで日露戦争関連写真として公開したものである。結果, 従来は吉本光藏撮影日露戦争写真のみの情報量であったが,Wikidata の利用によりこれまで知られていなかった日露戦争関連の情報を提供できるようになった。Wikidata を用いたデータ活用の利点は, 従来のデータベースでは困難であった Web に公開されたデータから API 経由で新たな知見を獲得できるようになった点である。今回は,単純な検索クエリ例を示したが,撮影場所や資料館情報から所蔵国や資料数の算出,地図に位置情報を表示するなど,新たな資料データの活用可能性が伺えた。 図 6.SPARQL による「日露戦争」関連写真の抽出 ## 参考文献 [1] Tim Berners-Lee, The next web, 2009. https://www.ted.com/talks/tim_berners_lee_the_ne xt_web [2] GLAM WIKI, 2010. https://wikimedia.org.uk/wiki/GLAM-WIKI_2010 [3] Valeonti, F., Terras, M., \& Hudson-Smith, A. (2019). How open is OpenGLAM? Identifying barriers to commercial and non-commercial reuse of digitised art images. Journal of Documentation, 76(1), 1-26. [4] Elizabeth Joan Kelly, 'Assessing Impact of Medium-Sized Institution Digital Cultural Heritage on Wikimedia Projects', Journal of Contemporary Archival Studies, 6.1 (2019), 25.
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# [B11] 服飾分野における大学研究室継承物の研究資源 化: 被服構成学実習教材、標本$\cdot$作図を例に $\bigcirc$ 田中直人 ${ }^{1)}$, 中村弥生 ${ }^{1)}$, 関口光子 ${ }^{1)}$, 小出恵 ${ }^{1)}$, 近藤尚子 ${ }^{11}$ 1)文化学園大学, 〒151-8523 東京都渋谷区代々木 3-22-1 ## Utilization of University Laboratory Resources in the Field of Fashion: An Example of Teaching Materials for Clothing Construction, Clothing Specimens and Flat Patterns Making TANAKA Naoto ${ }^{1)}$, NAKAMURA Yayoi ${ }^{1)}$, SEKIGUCHI Mitsuko ${ }^{1)}$, KOIDE Megumi ${ }^{11}$, KONDO Takako $^{1)}$ ${ }^{1)}$ Bunka Gakuen University, 3-22-1 Yoyogi, Shibuya-ku, Tokyo, 151-8523 Japan ## 【発表概要】 服飾分野の研究、教育を大学活動の柱とする本学には関連資料やローデータが多く蓄積される。しかし公開を意図された一部を除き、二次利用を促す研究資源化(資料の保存、デジタルデ一夕化、情報の適切な管理)は殆ど進んでいない。服飾は足場とする領域が化学、物理学、消費科学、プロダクトデザイン、歴史学など多岐にわたり、利活用が期待される資料も少なくない。 ここに資源化に向けた意識醇成が望まれる理由がある。本学の研究、教育の軸は縫製やデザインの「技術」にあり、実習教材に特徴がある。とりわけ短期大学部では、1950 年の設置以来、被服構成学教材、とくに完成見本である「標本」と設計図である「作図」が作成されてきた。計 1,806 点が残るこれらは、服飾教育のあゆみを振り返るのみならず、現代服飾の変遷や社会の諸相を知る手がかりとしても得がたい資料である。本報告はこれら資料の資源化に向けた手法を検討するものである。諸賢のご助言を賜りたい。 ## 1. 研究資源化を進める背景 平成29年4月、デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会は、デジタルアーカイブ推進事業の目的を以下のような文言1)としてまとめている。 様々なコンテンツをデジタルアーカイブしていくことは、文化の保存・継承・発展の基盤になるという側面のみならず、保存されたコンテンツの二次的な利用や国内外に発信する基盤となる重要な取組であり、欧米諸国を中心に積極的に推進されている。デジタル時代における「知るため・遺すため」の基盤として、場所や時間を超えて書籍や文化財など様々な情報・コンテンツにアクセスすることを可能とする他、分野横断で関連情報の連携・共有を容易にし、新たな活用の創出を可能とするものである。(中略)こうした活用を通じて、デジタルアーカイブの構築・共有と活用の循環を持続的なものとし、その便益を「アーカイブ機関」を通じて国民のものと していくことで、我が国の社会的、文化的、経済的発展につなげていくことが重要である。 この文言では、その便益を国民にとどける 「アーカイブ機関」を社会・文化・学術情報資源であるコンテンツを収集し、整理(組織化)し、保存し、提供する機能を持つ機関・団体とし、具体的には美術館・博物館・図書館、大学などを位置づけている。 本学ではこれら社会からの要請を踏まえ、平成 30 年まで、文科省指定による服飾文化「共同利用共同研究拠点」を運営してきた。拠点は研究者のハブとなり多様な共同研究を創出することを主眼としたものであったが、同時に学校法人文化学園の所蔵資料の利用を広く学外の共同研究員にも開放した点に特徴があった。また、平成 27 年から 3 年に渡り続いた文化庁委託「アーカイブ中核拠点形成モデル事業」では、服飾分野のアーカイブ機関を訪ね、横断的な資料情報共有のあり方を模 索すべく調查、検討を行ってきた。 こうした服飾分野における資料情報の共有化を推進する役割を経験するなかで知られたのは、様々な形状、素材からなる服飾を統一的な枠組みのもとに整理することは目指さ ず、「基本情報のみの簡易情報」の開示がまずは必要である、ということである。本報告にて取り上げる資料のデジタルデータ化は、当該資料が広く参照されることを第一目的とするものであるが、同時に、如何なる情報がどの程度まで詳細に求められるかを確認、検討する場でもある。 ## 2. 対象となる資料 本報告で研究資源化の対象としたのは、本学短期大学部の服を製作する授業、被服構成学 2)実習の教材、「作図」と「標本」である。 短期大学部では技術習得を重要視し、卒業後に即戦力として働くことのできるパタンナ一やデザイナーの育成を目指したカリキュラム編成をとっており、その際に不可欠なのは、技術をより学生に分かりやすく教授するための「実習教材の作成」である。この実習教材の中核を担うのが作図と標本である。 作図と標本とはどのような教材なのか、詳細を述べる。服を製作する際の一般的な工程は、 (1)デザイン決定 (2)各自デザインによるパターンメーキング (3)裁断・印付け・仮縫い・試着補正 (4)縫製 である。「作図」とは(2)の工程で使用するも ので、(1)で決定したデザインを基に、服を製作するために書いた設計図である。パターンメーキングは大きく分けて平面作図と立体裁断があるが、短期大学部では平面作図を基礎として教えることとしており、この「作図」 は平面作図のことである。各自の実大サイズではなく、文化式原型の $1 / 4$ 縮尺(もしくは $1 / 5$ 縮尺)で作図するのだが、これをすることによって作図の手順が理解できるようになることを期待している。「標本」とは(4)の工程で使用し、実際に縫製する時、学生が完成形をイメージできるように作成したもので、完成形の標本と縫製の途中段階が分かるようになっている部分標本の 2 種類がある。作図とそれに対応するデザイン画を図 1 に、標本を図 2 に示す。 これら作図と標本は、時代に即した授業を行うためほぼ毎年作成している。この 70 年で既に廃棄されたものもあるが、現時点で標本 538 点、作図・デザイン画類 1,268 枚の現存を確認した 3)。主なアイテムの種類は、ブラウス、スカート、パンツ、ワンピース、スー ツ、コート、礼服、特殊素材 (皮革、毛皮、伸縮素材など)を用いた作品、フォーマルに用いられる高級素材(リバーシブル、ベルベット、透ける素材など)を用いた作品などである。現存が確認されたもつとも古い教材は、昭和 44(1969)年度授業用に作成された男児用ズボンであった。 現在、一部の教材を除いて多くの教材はしまわれたままとなってしまっている。本報告では、この実習教材に着目し研究資源化を進 図 1. 作図(左)、デザイン画(右) 図2. 標本 (左 : 完成標本、右 : 部分標本) めるべく、資料の調査およびデータ化に取り組んだ。 ## 3. データベース化 \\ 3. 1 調査およびデータ化 筆者らの研究資源化の取り組みは、高精細画像・詳細な資料情報の抽出ではなく、簡便なデジタル画像化・基礎情報のみの抽出をべ ースに人手とコストをかけず大量の資料のデ一タベース化・公開を試みている。そのような手法に基づいて作図と標本の資料情報の抽出と資料のデジタル画像化を行った。 まず、作図について述べる。作図は全て紙資料であり、手書きで書かれている。原本が残っているものもあれば、コピーしか残っていないものもあった。資料によっては、その作図で作った標本の生地がサンプルとして貼り付けられているものもあったが、基本的に 2 次元の資料であるため、フラットベッドスキャナー (FUJI XEROX Docu Centre- III C3300,フルカラー・600dpi)を使用しデジタル画像化を行うことを選択した。抽出した資料情報は、記述内容、資料の大きさ、使用している用紙の種類と状態、原本かボーンデジタルかの 4 項目である。使用している用紙の種類と状態は、劣化が激しい資料があったため抽出し、原本かボーンデジタルかは、フラットベッドスキャナーで読み込んだ画像では、作図が $\mathrm{CAD}$ 使用したものか、手書きで書かれたものか、判断がつきにくかったため抽出した。 次に標本について述べる。標本は立体資料であり、立体の資料をデジタル画像化することは、撮影場所、撮影条件など検討する項目が多いだけでなく、時間と人手がかかる。点数が多く、今回は標本の写真が存在したため、 その写真をデジタル画像化することとした。写真は、標本を整理・管理するために撮影していたもので、現在授業使用時に収蔵庫から探し出すための手掛かりとなっている。ピントが合っていなかったり、色が実物とかなり違っていたりしたが、写真のネガが見つからなかったため、現像された写真を利用することとした。デジタル画像化は、作図と同様にフラットベッドスキャナー (EPSON ES$7000 \mathrm{H}, 24 \mathrm{bit}$ カラー・600dpi)を使用した。採取した資料情報は、アイテム名、製作年度、使用した科目名の 3 項目である。 その他に、 2 つの調查を行った。 1 つは、作図と標本は別々で整理・保管されているのだが、標本にはそれに対応する作図が必ず存在する。そのため、どの標本とどの作図が対応しているのか紐づけ作業を行った。現在 59 点まで紐づけすることができた。もう 1 つは、作図と標本を作成した背景としてカリキュラムがあるため、対応する年度のカリキュラムを調査し記録した。以上の資料情報は全て Excel で管理している。 ## 3. 2 問題点と課題 実習教材の基礎調查を行い、デジタルデー 夕化するにあたり、(1)作成教員が 1 人ではない、(2)資料管理の担当者が変わる、ということに起因する問題点が明らかとなった。その具体的な例は、 ・資料情報の抽出の仕方が一定でない ・色々な形式の資料リストがある ・資料情報の入れ替わり ・資料登録されていない資料がある ・リスト上では廃棄なのに現存している などである。以上のようなデータが混在していたため、現存している資料とデータを整理し、現状と合わせるだけでも大変であった。今回は、資料について詳しい教員に聞き取り調查をすることができたため確実性のある資料情報を得ることができたが、実習教材を作成した時点で二次利用を想定した整理・保管を徹底すれば、このようなことは起こらないと考える。今後は教材作成時に二次利用できるような整理・保管を行っていくという意識の醸成を図りたい。 また、標本廃棄時に資料情報をデータ上からも削除していた時代があった。現存している標本の中でリストに載っていない標本がいくつかあったのだが、その時点よりさらに古いデータを見つけることができたため、実際には廃棄していなかった標本であることが分かった。今後は廃棄時に資料情報を削除するのではなく、廃棄したという記録を残すという方式に変更するよう注意を喚起したい。 ## 4. おわりに 大学研究室継承物の研究資源化は、大学内リソース機関においてアパレル業界で働く卒業生の利用者数が多い、卒業生が研究室に服の作り方を聞きにくるなど、卒業後も大学へ学びに来る卒業生が多いということが聞かれたことに一因がある。また、在学生の事前・事後学習に使用できるコンテンツにもなり得ると考える。 現在、服飾に関する様々な分野や形態の資料のデジタルデータ化を進め、その件数を増やすことを行っている。様々な資料を実際にデジタルデータ化することで、簡易的な資料情報の作成手法や資料の整理・保管手法のマニュアル化を試み同じ服飾分野の大学と共有していきたい。現状ではまだ学内での情報公開に留まっているが、今後は学外へも公開し服飾分野の活性化及び他分野からの二次利用を期待する。 ## 註 [1] 内閣府知的財産戦略推進事務局. 我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性. 2017. [2] 被服構成学とは三吉は「少なくともデザイン、パターンメーキング、裁断および縫製、着装評価の 4 分野を包含していなければならない」(文化女子大学被服構成学研究室編. 被服構成学理論編. 文化出版局. 1985, $6 p$.) としている。短期大学部では、被服構成学という名称で開講し、テキストのタイトルもこの名称としていた。テキストの名称はその後、服装造形学、ファッション造形学と変遷して、現在はファッション造形という名称で開講している。 [3] ここに示した所蔵点数は、購入した標本、作図やデザイン画以外の授業配布資料の枚数も含んでいる。 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A44] 歴史地震研究とデジタルアーカイブ ○加納靖之 ${ }^{1)}$ 1) 東京大学地震研究所/地震火山史料連携研究機構, $\bar{T}$ 113-0032 東京都文京区弥生 1-1-1 E-mail: [email protected] ## Historical earthquake studies and digital archives KANO Yasuyuki1) 1) The University of Tokyo, 1-1-1, Yayoi, Bunkyo, Tokyo, 113-0032 Japan ## 【発表概要】 歴史時代に発生した地震について調べる歴史地震研究においては、地震や火山、関連する現象について書かれた史資料の収集、編纂、あるいは、それらに基づいた分析が行なわれてきた。分析の対象となる史資料は、その所蔵者によって、あるいは、何らかの事業(例えば自治体史編纂)に際して、何らかの形でアーカイブされたものであることが多い。アーカイブにおける史資料の残存状況や整理状況、利用可能性などは、過去に発生した地震の理解に対して大きな影響を与えることになる。一方、歴史地震研究の成果としての地震史料集やその編纂資料、論文や報告書等もまたアーカイブされ、以後の研究に活用されている。近年の情報技術の発展とその導入により、様々なアーカイブのデジタル化が進められ、相互の利用可能性の向上や、データの可視化に寄与している。 ## 1. はじめに 歴史時代に発生した地震について調べるのが歴史地震研究である。1892 年に発足した震災予防調查会は 18 個の研究課題を掲げた。 そのうちのひとつに「古来の大震に係る調査即地震史を編纂すること」がある。「吾邦の何如なる部分が古来震災最多かりしやを確む可し」とし、そのためには帝国大学史誌編纂掛が蒐集した「史料」中から地震の記事を拔粋すればよい、という計画を示している[1]。まさにアーカイブを参照することで歴史地震の研究のためのデータを集めようとしたわけである。 各地のアーカイブあるいは史料の所蔵者・機関への採訪により歴史地震に関する史料が多数収集され、史料集が刊行されてきた。主なものとして、『大日本地震史料』、『増訂大日本地震史料』、『新収日本地震史料』、『日本の地震史料拾遺』が挙げられるほか、個別の地域あるいは地震を対象とした史料集が書籍や論文、報告書の形で刊行されている。これらの史料集を基礎として、歴史地震の研究が進展してきた。 近年ではデジタルアーカイブを活用した史料収集や研究も可能になってきている。 ## 2. デジタルアーカイブを利用した研究例 2. 1 佐賀県立図書館データベース 加納(2017)[2]は、1831 年(天保 2 年)に佐賀で発生した地震の根拠とされてきた記録が、会津の地震の記録であった可能性を指摘した。この検討にあたって佐賀城下の日記に注目したが、その一部は佐賀県立図書館デー タベース[3]として公開されていた。目録デー タだけでなく、一部の日記は画像も公開されており(図 1)、日記の内容を確認することが 図 1.『手扣日記』 (佐賀県立図書館所蔵倉永家資料倉 022-2) できた。佐賀県立図書館データベースでは目録のみの公開であった史料や武雄市教育委員会が所蔵する日記と合わせて、佐賀城下の日記での地震記録が無いことを確認し、1831 年に佐賀で地震が発生したとするのは不適当であるとする根拠のひとつとした。 この事例は、デジタルアーカイブが地震に関する史料収集や、史料収集のための予備調査に有用であることを示している。 ## 2.2 みんなで翻刻 「みんなで翻刻」は、京都大学古地震研究会が 2017 年 1 月にリリースした市民参加型のオンライン翻刻プロジェクトである[4]。当初は歴史上の地震に関する史料 (東京大学地震研究所所蔵)を翻刻していたが、2019 年 7 月には、IIIF に対応し、世界中のデジタルア一カイブが公開する史料を翻刻できるようになった(図 2)。また、リニューアルに合わせて AI による翻刻支援機能も搭載している[5]。 これまでに 6000 人以上の参加を得て、 700 図 2.「みんなで翻刻」のプロジェクト画面 図 3. 地震研究所特別資料データベースの検索例万文字以上をテキスト化している。 「みんなで翻刻」が最初に対象としたのは、東京大学地震研究所が所蔵する地震関係の史料である。元々、地震研究所図書室が特別資料データベース[6]内で公開していたものである(図 3)。このデジタルアーカイブから 500 点弱の史料を「みんなで翻刻」に登録し、実際に市民参加によって翻刻作業を進めることで、オープンコラボレーションの有用性を確認することができた。 ## 3. おわりに ここでは、歴史地震研究におけるデジタルアーカイブの活用例を示した。今後のデジタルアーカイブの活性化は歴史地震研究の活性化にもつながっていくだろう。 ## 参考文献 [1] 震災予防調査会報告, 第 1 号, 1893, 62p. [2] 加納靖之. 1831 年(天保 2 年)佐賀の地震記録が会津の地震のものである可能性. 地震 2. 2017, 70, p. 171-182, doi: 10.4294/zisin. 2016-16. [3] 佐賀県立図書館データベース. https://www.sagalibdb.jp/ (閲覧 2020/2/26). [4] 橋本雄太. 市民参加型史料研究のためのデジタル人文学基盤の構築. 京都大学博士論文. 2018, doi:10.14989/doctor.r13199. [5] 市民参加型翻刻プロジェクト「みんなで翻刻」が 7 月 22 日リニューアル公開!.国立歴史民俗博物館プレスリリース. 2019/7/22. https://www.rekihaku.ac.jp/outline/press/p1 90722/index.html. [6] 地震研究所図書室特別資料データベース. http://wwweic.eri.u-tokyo.ac.jp/tokubetsu/ (閲覧 2020/2/26). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A43] 災害デジタルアーカイブの継続的記録方法: レコードコンティニュアムモデルを使用した研究の一例 $\bigcirc$ 北村 美和子 1 ) E-mail: [email protected] ## The continuous recording method of disaster digital archive: A case study using a continuous record model KITAMURA Miwako ${ }^{1)}$ 1) Tohoku University, 6-6 Aramaki Aoba,Sendai-City,Miyagi, 980-8579 Japan ## 【発表概要】 日本における災害アーカイブの継続的記録のメカニズムについて、フランク・アップウォードによるレコードコンティニュアムのモデルを使い整理した。本研究により災害後に収集された災害アーカイブのデジタル化による有効な活用方法や記録継続の必要性について述べる。持続可能な災害デジタルアーカイブを構築するためには、多くの情報を含んだ災害記録をデジタル構築し、それらの記録を地域防災・防災教育などに積極的利用することで理想的なデジタル災害アー カイブを完成させることが示唆される。 ## 1. はじめに 日本は地震、津波、台風、火事など多種多様の自然災害を経験してきた。日本の自然災害の記録は、684 年の鳳)凰地震に始まり、明暦火事、安政大地震、濃尾地震、伊勢湾台風、関東大震災、阪神 ・ 淡路大震災、東日本大震災などの多数の自然災害について豊富に残されている[1]。 甚大な被害のあった東日本大震災後、復興構想会議が行われ震災アーカイブ構築を推奨する国政の動きがあった $[2]$ 。このため東日本大震災後様々な形態のデジタル災害アーカイブが構築・公開された。自然災害記念碑の記録をデジタルアーカイブ化することにより、記念碑の場所をデジタル地図化しウエッブで公開し、過去の津波の伝承を行っている事例もある[3]。また、東日本大震災の被災地域の中で、災害の伝承が中断していた地域では、津波災害の知識の不足等が避難躊躇の一因となった可能性がある。自然災害への防災力を高めるためには、過去の自然災害の記録を活用することが推奖される。 本研究では日本の災害に関するデジタルア一カイブの現状をフランク・アップウォードのアーカイブ理論の基本的概念を用いて著者の見解のもとで説明をし、より良い災害ア一カイブの構築するための一助とする。 ## 2. 先行研究 日本の自然災害の記録に関する先行研究については、北原[4]らによる災害の記録を歴史的な観点から研究を行っているものや、森下らが過去の自然災害の記録に現在の知見を付加し、災害のメカニズムを解明したものなどが挙げられる。また、デジタル化された災害アーカイブについては、渡辺[5]らによる東日本大震災時のビックデータを用いた研究等がなされている。 日本では災害アーカイブの歴史的重要性や記録が社会に及ぼす状況についての研究等が行われているが、災害デジタルアーカイブの構築メカニズムについての研究はあまり行われていない。 ## 3. 研究方法 フランク・アップウォード[6]が確立したレコードコンティニュアムメカニズムの基本的な概念を用いて、東日本大震災の災害アーカイブの記録について著者の考えに基づき整理を行う。事例として 2019 年 9 月に岩手県陸前高田市に開館した震災ミュージアムを取り上げる。これにより、個々の災害記録が集合的記憶となることついて、デジタルアーカイブがどのように寄与しているかを検証する。 ## 4. アップウォードのレコードコンティニュア 么理論への適用 レコードコンティニュアムの概念については、アーカイブを継続的に行うためのメカニズムを解明するために、オーストラリアのモナーシェ大学の教授であるフランク・アップウォードが理論モデルを考案した。 レコードコンティニュアムのモデルを構成するのは 4 つの次元を表す四重の円である。中心から外側へ向かって順に、次元 1 : 作成 (create)、次元 2 : 捕捉 (capture)、次元 3 : 組織化 (organise)、次元 4 : 多元化 (pluralise) を示している。(図 1) 以下、次元 1 から次元 4 について、東日本大震災のデジタルアーカイブ等をこのモデルに適用しつつ、簡略に説明する。 次元 1 : トレースのできる情報を含んだ記録/災害アーカイブでの位置情報・タグ・キャプション 例)東日本大震災後記録を科学的な知見を得るために構築された「みちのく震録伝」 [7]次元 2 : 保存方法の協議、保存する責任を持った組織の決定した記録方法/記録への情報付加のルール/継続的に記録を保持するための整備/個人情報や著作権などへの対応 例)コピーライト等の処理を行った「いわ て震災津波アーカイブ」[8] 次元 3 :最終的に責任を持つ組織のフレームワ ークに沿った記録 例)東日本大震災の災害デジタルアーカイブを包括保存するための国立国会図書館「ひなぎく」[9] 次元 4 :集合的社会的記憶または歴史的文化的記憶 例)震災ミュージアム「東日本大震災津波伝承伝」[10] ## 5. 震災ミュージアムの事例 岩手県では、災害デジタルアーカイブを防災教育の授業に活用し、その授業の様子などをコンテンツとして一般公開することを継続的に行っている。さらに、2019 年 9 月に岩手県陸前高田市に開館した津波ミュージアム 「東日本大震焱津波伝承館」(愛称:いわて TSUNAMI メモリアル)では、災害デジタルアーカイブをミュージアムの展示に使用する 図 1.レコードコンティニュアムのモデルと震災アーカイブの適用 ことにより、災害記録を一般の人々に広く共有することを目指している。 1. 東日本大震災の津波の歴史を震災ミュージアムに展示するためには過去の津波の歴史を調べなければならない。いわて震災津波アーカイブでは図書館の文書記録や災害に関する古文書などのデジタル化を継続的に実施している。多くの資料へのアクセスが容易になり、災害展示や災害教育の内容がより良いものになる。 2. 津波に被災した人々の体験を展示するためには膨大な資料の使用許諾について調べることが必要となるが、いわて震災津波アー カイブにおいて事前に許諾を得ているものはミュージアムの展示にする場合の承認を取ることが比較的容易である。 3. 津波の被害状況やその後のコミュニティの再生状況などを展示する場合に写真を使用することが多い。いわて震災津波アーカイブで使用している写真であれば、マスキングなどの個人情報に配慮した対応が行われているので、ミュージアムの展示に使用することが可能である。 東日本大震災津波伝承館は開館からの 5 ケ 月間で、 1 万人以上の来場者があった。いわて震災津波アーカイブのコンテンツが、震災ミュージアムの展示物となり、多くの来場者の共通記憶となることが期待される。 ## 6. 集合的記憶 災害の記録は、書庫、図書館などに留めておくだけではなく、それらの記録をトレースできるような状態でかつ著作権など処理を行っておくことが必要である。多くの人々に災害の記録を伝えることによって、それが集合的記憶へ繋がっていく。災害デジタルアーカイブが有用なものとして継続していくためには、災害ミュージアムや災害教育への活用などが推奨されている。 1)記録管理を行いアーカイブしておくこと 2)GIS 情報などを新たに付加し、再構築を行うこと 3)デジタルアーカイブを用いた防災教育、災害展示など人々を巻き込んだ共通の災害記録を継続して構築すること といったことが、災害デジタルアーカイブにおいて重要である。 図 2. 次元 1 から次元 3 の記録フェーズ 次元 1 から次元 3 を経て(図 2)、記録が集合的社会的記憶または歴史的文化的記憶となっていくのが次元 4 である。デジタルアーカイブにおいては、まず次元 1 から次元 3 が正しく機能させることが重要である。次元 1 から次元 4 が連続的に機能することにより、デジタルアーカイブの災害記録は多くの人々の共有の記憶となることができる。 ## 7. おわりに 本研究では、日本における災害デジタルア一カイブの現状をレコードコンティニュアムのモデルを使って整理し、膨大に収集された自然災害の記録の活用法についての災害ミュ ージアムの事例を一例として考察を行った。 災害の記録を個人や組織的な範囲だけではなく、地域の集合的記憶とするためには、持続可能なデジタルアーカイブ、さらにはミュ ージアムなどデジタル以外の多様性のある災害記録を構築し、それらを地域防災などに活用することが望まれる。 ## 参考文献 [1] 北原系子,松浦律子, 木村玲欧. 日本歴史災害辞典.吉川弘文館. 2012 [2] 東日本大震災復興(2011). https://www.cas.go.jp/jp/fukkou/ (参照 2020-02-25) [3] 災害記念碑デジタルアーカイブマップ. https://dil-db.bosai.go.jp/saigai_sekihi/ (参照 2020-02-25) [4] 北原系子.関東大震災の社会史朝日新聞出版. 2011. [5] 渡邊英徳. データを紡いで社会につなぐデジタルアーカイブの作り方.講談社現代新書. 2013 . [6] Frank upward, Upward, Frank (2016): Structuring the record continuum-part one: postcustodial principles and properties https://doi.org/10.4225/03/58057aebec7b9 (参照 2020-02-25) [7]みちのく震録伝(2011). http://www.shinrokuden.irides.tohoku.ac.jp(参照 2020-02-25) [8]岩手震災アーカイブ希望(1917) http://iwate- archive.pref.iwate.jp/aboutus/.(参照 $2020-$ $02-25$ ) [9]ひなぎく (2013) https://kn.ndl.go.jp/\#/.(参照 2020-02-25) [10] 岩手県陸前高田市に開館した津波ミュー ジアム「東日本大震災津波伝承館」(2019). https://iwate-tsunami-memorial.jp . (参照 2020-02-25) この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A42] 防災ワークショップを活用した災害写真の収集とデー タベース化: 災害アーカイブぎふの取り組みから ○小山真紀 1), 柴山明寛 2), 平岡守 3), 荒川宏 3), 伊藤三枝子 3), 井上透 4), 村岡治道 5) 1) 岐阜大学流域圏科学研究センター, 〒501-1193 岐阜市柳戸 1-1 2) 東北大学災害科学国際研究所, 3) 災害アーカイブぎふ, 4) 岐阜女子大学文化情報研究センター, 5) 岐阜大学地域減災研究センター E-mail: [email protected] ## Collecting and Using Disaster Photographs and Documents Collection Through a Disaster Workshop: Disaster Archive Gifu KOYAMA Maki ${ }^{11}$, SHIBAYAMA Akihiro ${ }^{2}$, HIRAOKA Mamoru ${ }^{3}$, ARAKAWA Hiroshi ${ }^{3}$, ITO Mieko3), INOUE Toru4), MURAOKA Harumichi5) 1) River Basin Research Center, Gifu University, 1-1, Yanagido, Gifu, 501-1193 Japan 2) International Research Institute of Disaster Science, Tohoku University, ${ }^{3}$ Disaster Archive Gifu, ${ }^{4)}$ Gifu Women's University, ${ }^{5}$ Regional Disaster Mitigation Research Center, Gifu University ## 【発表概要】 本研究では,防災ワークショップを通じたデータの収集とデータベース化,保管したデータの再利用法までを合わせて提案することで, 恒常的にデータの収集と活用が可能な災害アーカイブの構築とその効果を検討する。対象とするデータは,主として位置情報付きの被災当時の写真と,対になる現時点での同じ場所の写真, 被災時の手記などである. ワークショップは, 現在のハザ ードマップとこれらのデータを用いて, 地域の災害危険度を確認し, 同様の災害が発生した場合の被災イメージを想起させる. 被災経験者がいる場合には, より具体的な状況の記憶の継承を行う. 最後に, 今後の対策に向けた検討を行い, 参加者間で共有する. これまでに,データベースの構築,ワークショップの構成と収集すべきデータの検討を行い,ワークショップを行うことで,災害記憶の継承と,より具体的な被災イメージの醸成と対策の検討が可能になることが示された. ## 1. はじめに 我が国では毎年自然災害が発生しているが,市町村レベルで見れば,数十年以上大きな被害が発生していないというケースも多く,地域の災害の記憶の継承が課題となっている。災害の記憶を留めるものとして, 各地で災害アーカイブの取り組みが行われ,情報の収集は進んでいるが,アーカイブの維持や活用もまた課題となっている例え゙゙[1]。 これを踏まえ, 本研究では, 災害アーカイブの地域防災への活用に着目し,地域住民の共同参画型のデータ収集から,防災ワークショップへの活用までをパッケージとして実施することで,データの収集と活用が継続的に可能となる仕組みの提案を目的とする. ## 2. データベースの構築 データベースは, 東北大学災害科学国際研究所に置き, e コミグループウェアおよび e コミマップによって構築した. データベーステーブルの構成は,災害テーブル,資料テー ブルおよび個人テーブルからなり, その概要は図 1 に示すとおりである. 現時点では, 開催する防災ワークショップごとにマップを作成して利用する形態をとっているが,将来的には公開ホームページを作成し, 誰でも資料が検索,閲覧,ダウンロー ド可能にできるようにする予定である. ## 3. データの収集と活用 3. 1 データの収集 図1.テーブル構成図 データの収集手順は以下の通りである。まず,ワークショップの主催者は,地域内で発生した災害のうち, とりあげたい災害について,災害時の写真の提供を呼びかけ,収集し,場所の特定およびデータベースに投入する必要のある情報の収集を行う。このとき,所定の書式によって利用許諾をとる。データは原則として, Creative Commons 4.0 表示一非営利一継承ライセンスとして提供される. 投入済みデータの表示例を図 2 に示す. ## 3. 2 ワークショップの構成 今回提案するワークショッププログラムは以下のような構成となり, 概ね 2 時間程度を要する. 1 班あたりの人数は $6 \sim 8$ 人である. ワークショップを実施するときの地域の単位はおおむね小学校区レベルを想定している。 (1)趣旨説明 (5 分) (2)自己紹介とアイスブレイク (5 分) (3)渡された災害時の写真と現代の写真につい て,災害時の写真がそれぞれ現代のどの写真と対になるかを探し,写真セットに番号をつける(10 分) (4)写真の対に番号をつけ, 白地図上の該当する場所に写真セット番号を書く(10 分) (5)グループ内で災害時の状況を知っている人は,当時の状況がどのようであったかを紹介する。このとき,語られた内容をふせんに記し, 地図上の, その内容が起きた場所付近に貼る (30 分) (6)ハザードマップを用いて白地図上に災害危険度を描き示す (10 分) (7)当時のような状況が,今発生したらどうなるかについて話し合う(30 分) (8)各班の話し合った内容を発表し共有する (20 分) 1 班あたりの準備物は次のとおりである. 場所のわかっている災害時の写真と同アング ルから撮影した現代の写真のセット $(5 \sim 10$ セット), 人数分のサインペン, 付䇝, 模造紙 図 2. e コミマップ上でのデータ表示例 1 枚,ハザードマップ 1 セット,白地図,カラーマジック 1 セット. ## 4. ワークショップの試行と効果検証 ## 4. 1 ワークショップの試行 これまで,以下の 5 箇所でワークショップを行い,ワークショッププログラムの試行・修正と,アンケートによるワークショップの効果検証を行ってきた。 - 日時 : 2019/2/17 9:00-11:00 場所 : 川辺町やすらぎの家 対象災害:1968 年飛騨川バス転落事故 主催者 : かわべ防災の会 参加者: 31 名 -日時 : 2020/2/2 13:30-15:30 場所 : 多治見市根本交流センター 対象災害 : 平成 23 年(2011 年)9月豪雨 主催者 : 多治見市根本交流センター 参加者: 35 名 -日時 : 2020/2/15 13:30-15:30 場所 : 大垣市墨俣地域事務所 対象災害 : 9.12 水害(1976 年安八水害) 主催者 : 墨俣地区防災士会 参加者 : 52 名 -日時 : 2020/2/16 18:00-20:00 場所 : 郡上市八幡町子瀬子会館 対象災害:地域内で過去に発生した水害参加者: 10 名 -日時 : 2020/2/23 13:00-15:00 場所 : 郡上市大和西小学校 対象災害 : 昭和 56 年(1981 年) 7 月 13,14 日集中豪雨 主催者 : 大和西小学校 PTA 参加者 : 28 名(うち, 子ども 12 名) ## 4. 2 データ収集状況 これまで収集したデータのうち,データベー スへの投入状況を表 1 に示す.これまで収集したデータは, 1968 年飛騨川バス転落事故, 2011 年 9 月豪雨, 1976 年 9.12 水害, 2002 年荒崎水害, 1981 年 7 月集中豪雨, 2018 年 7 月豪雨, 1891 年濃尾地震のものであり, デ一タベースに投入済みのものが 170 件(うち,現在の写真が 36 件), 未投入のものが 158 件となっている. 1 枚の写真をデータベースに投入するのに概ね 10 分程度必要である. 表 1. データ投入状況 ## 4. 3 ワークショップの効果 これまで実施したワークショップのうち,多治見市根本, 大垣市墨俣, 郡上市大和のアンケートの結果から, ワークショップの効果について検討する。 子どもを除くアンケートへの回答者は 93 名であり,年齢分布は 20 代 1 名, 30 代 1 名, 40 代 7 名, 50 代 14 名, 60 代 33 名, 70 代 30 名, 80 代 6 名, 無回答 1 名であり, 60 代以上が約 $75 \%$ であった。自由記述からは,「幅広い年代が参加することで, 災害の記憶の継承が可能になることが期待できる」という趣旨の意見が複数みられた. 大和西小学校のみ,子どもも一緒に参加していたが,子どものアンケートの自由記述からも, 地域の災害を初めて知ったこと, 経験者の語りからいろんなことを知ることができたという趣旨の記述がみられ, 本ワークショップを多世代で実施することで,地域の被災の記憶を継承する効果が期待できる. ハザードマップを用いた防災ワークショップとしては, DIG (Disaster Imagination Game)がよく知られている。これは,ハザ ードマップを用いて白地図に災害危険度を描き,地域の災害危険度を再確認し,対策を考えるものである.DIG 経験者のうち,DIG と本ワークショップで,どちらのほうが被災状況をイメージしやすいかという設問には, $71 \%$ が本ワークショップの方が被災状況をイメージしやすいと回答しており,被害当時の写真や,当時の事を知る人の語りによって, ハザードマップのみを用いるより災害の自分ごと化が進んでいることが推察された。 ## 5. おわりに 近年では, 被害の大きな風水害が多発していることから, 風水害 DIG を拡張し, 発災時をゼロ時点としたタイムラインを活用して,避難先・避難手段・避難タイミングを考えるワークショップが多数開催されている. 今回提案するワークショップをタイムライン系のワークショップの前段に実施することで,被害イメージを明確に持った状態で,今後の避難計画を検討できるようになり,より効果の高い対策を検討することが可能になると期待される. ## 参考文献 [1] 今村文彦. 序論震災・災害デジタルアー カイブの今日的意義. 災害記録を未来に活かす. デジタルアーカイブ・ベーシックス 2 . 勉誠出版. 2019, p.4-14.
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# [A41]災害発生時の災害$\cdot$防災情報の収集$\cdot$保存$\cdot$整理$\cdot$発信についての研究 : 防災 Web クローラーによる災害情報タイムラ インの自動作成に向けて ○三浦伸也 1), 前田佐知子 1), 池田千春 1),佐野浩彬 1),池田真幸 1) 1) 国立研究開発法人 防災科学技術研究所 総合防災情報センター 自然災害情報室,〒 305-0006 茨城県つくば市天王台 3-1 E-mail: [email protected] ## Research on collection, preservation, arrangement and transmission of disaster and disaster prevention information in the event of a disaster: Research and development for automatic creation of disaster information timeline by disaster prevention Web crawler. MIURA Shinya $^{1)}$, MAEDA S achiko ${ }^{11}$, IKEDA Chiharu ${ }^{1)}$,SANO Hiroaki ${ }^{11}$, IKEDA Masachi ${ }^{11}$ 1) National Research Institute for Earth Science and Disaster Resilience, 3-1, Ten'nohdai、 Tsukuba, Ibaraki, 305-0006, Japan ## 【発表概要】 災害発生時の災害・防災情報は、時々刻々と発信される情報の内容が変化し更新されていく。 そのため、一部にはタイミングを逃すと取得できない情報が出てくる。防災科研では防災・災害情報を発信している各 Web サイトを 4 時間ごとに巡回し、情報を収集・保存・整理・発信するシステムの開発をはじめた。Web サイト情報のアーカイブは、日本国内では国立国会図書館の WARP があるが、収集間隔が発災時に頻繁に更新される災害・防災情報の収集・保存のタイミングと一致しているわけではない。またグローバルにみても、Internet Archive が Web サイト情報を網羅的に収集しているが、ここも頻繁に更新される災害・防災情報の収集・保存のタイミングに対応できておらず、部分的にしか災害・防災情報をアーカイブできていない状況である。 災害発生時の災害・防災情報の収集・保存・整理・発信は、将来的に防災・災害情報を組織横断で統合したタイムラインとして生成することを目的としている。この横断・統合的災害情報夕イムラインは、散逸しがちな防災・災害情報を一元的に俯瞰できることも目的としている。タイムラインの実現にあたっては可能な限りシステムを自動化し、リアルタイムに近い時間で統合した情報を発信できるようにしたいと考えている。 現在、まずは災害・防災情報を自動収集することを目的としたシステムを開発中である。今後、巡回先(現在、139 機関、217 サイト巡回)を増やし、情報の収集漏れをなくすとともに、情報の精度を高め、さらに収集した情報をタイムラインへ自動反映するための研究開発と各 Web サイトの災害・防災情報の発信についての提案を行う予定である。 ## 1. はじめに インターネットの普及に伴い、府省庁や都道府県、地方自治体において Web サイトによる災害情報の発信が行われている。災害発生後に各機関から発信される Web 情報には、夕イミングを逃すと取得できない情報が出る。 このため、発表者が所属する国立研究開発法人防災科学技術研究所(以下、防災科研)では、災害発生時に災害・防災情報の収集・保存・整理・発信を行っている。本発表では、これまで Web サイトの災害・防災情報をどのように収集・整理し、発信してきたのか。また、この収集・整理の取り組みをどのように自動化し、情報を漏孔なく収集し、整理しようとしているのか。現在までの成果と課題、さらには、今後、Web クロー ラーによって収集された災害・防災情報を、可能な限りリアルタイムに近い時間に災害情報タイムラインを自動作成することを目的にした取り組みについて発表する。 ## 2. Web 情報のアーカイブの現在 Web 情報のアーカイブとして、米国のインターネット・アーカイブ、日本の WARP、そして本発表でとりあげる防災科学技術研究所の防災 Web クローラーについて概説する。 ## 2. 1 Internet Archive(U.S.A.) Internet Archive は、Brewster Kahle によって 1996 年に設立されたさまざまなデジタル情報をアーカイブしている非営利法人である。 ウェイバック・マシーンというデータベースには、1996 年から現在までの世界中のホームページ等が記録されており、ウェブサイトのアーカイブとして極めて貴重であるが、保存は毎日されているわけではなく、全ての時点でのページが保存されているわけではない。 しかしながら、Internet Archive は、世界のウェブページを自由に網羅的に収集しているのが特徴である。 ## 2. 2 WARP(国立国会図書館) 国立国会図書館は、2002 年より WARP: Web Archiving Project(インターネット資料収集保存事業)で、日本国内のウェブサイトを保存している。このプロジェクトでは、まず政府や公的機関のホームページを許諾を得て収集した。2009 年に著作権法が改正され、国の機関や地方公共団体、国公立大学、特殊法人等のホームページは国会図書館が許諾を得ずに収集できるようになった。しかし、インターネット・アーカイブのように民間のぺ ージまでは収集していない (できない)。 ## 2. 3 防災 Web クローラー(NIED) 2017 年度より防災科研で開発を行っている 「防災情報 Web クローラーシステム(以下、防災 Web クローラー)」は、あらかじめ巡回先として設定した災害情報発信機関の Web サイトや RSS などに対して Web スクレイピング等の技術を用い、Web リンク情報のメタデ一夕(「(記事・ページ)タイトル、URL、発信日時」)を自動収集するシステムである。防災 Web クローラーは、災害発生以降の府省庁等の防災情報を 4 時間ごとにクローリングする点にある。詳細については、後述する。 ## 3. Web 災害$\cdot$防災情報の収集$\cdot$保存$\cdot$整理$\cdot$発信 一これまでの経緯一 ## 3.12018 年度以前 手作業による災害発生時の防災関連情報収集 災害発生後に各機関から発信される Web 情報が一定期間を経た後で消失することが多いため、防災科研では 2014 年頃より災害発生時に発信された災害・防災情報のアーカイブ構想が立ち上がり、Web 災害・防災情報を収集するためのシステム開発が開始された(内山ほか,2016)。 2016 年 4 月の熊本地震を契機に、Web 災害・防災情報のアーカイブを行うシステムがアーカイブを主目的とするのではなく、災害時の情報発信サイトとしての位置づけが強くなった。その後は災害警戒期および災害発生後に、各機関より Web 発信される災害情報を集約する「災害情報集約リンク集」として更新する運用を継続した(佐野ほか,2018)。 2016 年下半期より府省庁系災害情報の収集について、収集対象機関や発信される Web サイトの情報概要、発信形式等をまとめた環境 (クラウド環境版表作成 Web アプリ)を構築し、体系的な情報収集を開始した。2017 年には情報収集シートをべースに、Web サイトの情報を RSS 等により自動的に収集する「防災情報 Web クローラーシステム」の開発に着手した。RSS による自動収集と手作業による収集とを合わせて、各災害対応機関が発信する Web 災害・防災情報の網羅的収集を開始した。 その後、防災情報 Web クローラーで自動的に収集している Web 災害・防荻情報の網羅性について、手作業による収集結果と照らし合わせ、検証が複数回行われた。 2018 年以降は、2017 年より実施してきた手作業での情報検索・収集をもとに、防災情報 Web クローラーで収集する Web 災害・防災情報を組織単位で広範化するため、情報の自動収集および選別を行うために使用するキ ーワード等の設定について、検証を行い、機能改良を実施してきた。 ## 3.22019 年度 防災 Web クローラーによる 情報収集-保存 2017 年度より防災科研で開発を行った「防災情報 Web クローラーシステム」は、あらかじめ巡回先として設定した災害情報発信機関の Web サイトや RSS などに対して Web スクレイピング等の技術を用い、Web リンク情報のメタデータ(「(記事・ページ)タイトル、 URL、発信日時」)を自動収集するシステムである。 収集されたタイトル情報に、特定のキーワー ドを持つものに対して自動的にタグを付与することで Web 災害・防災情報のグループ化を行い、個別の災害・防災関連記事のみを抽出できる機能を有している。これらの収集メタデータを活用することで、例えば「気象庁から、2019 年 10 月 1 日 10 月 25 日に発信された、台風 15 号関連情報」のように、「発信機関 + 発信日時(期間指定も可) + 関連記事」を組み合わせた情報の抽出表示が可能となる。現在、「防災Webクローラー」の巡回先は 140 機関、218 サイトである (2020 年 1 月 16 日時点)。登録された巡回先のサイト等を 24 時間毎に巡回し、災害・防災情報の収集を定常的に行っているが、災害発生時には、災害対応機関により頻繁に Web サイトの更新が行われることから、巡回のタイミングを任意に設定できる機能を「防災 Web クローラー」に付置して、4 時間毎に自動収集が行われるよう設定を変更している。 2019 年度は山形県沖の地震 (6 月)、令和元年 8 月下旬の九州北部における大雨 (8 月)、台風 15 号・19 号 (9月~) 等の実災害で、「防災 Web クローラー」を用いてリンク集の更新を行い、標準作業手順(SOP)の構築に取り組んだ(表 1)。また、台風 19 号の災害・防災情報については、標準作業手順書に基づいて作業を委託することで、SOP の検証とフィ ードバックを行った(図1)。 ## 作業内容 \\ 表 1. 防災 Web クローラーを併用したリンク集更新の標準作業手順 なお、2019 年梅雨期・台風期クライシスレスポンスサイトの災害・防災情報においては、平時から情報が発信されているサイトを「【備え】台風に備えるための基礎知識」や「【参考】過去の風水害・台風災害情報」としてあらかじめ第 1 報を作成しておき、災害発生時に発信される情報をもとに災害・防災情報の更新作業を行った。 図 1 は 2019 年 7 月 3 日〜12 月 20 日(最終更新日)において更新した 4 つの災害・防災情報に関して、災害・防災情報の取得方法を示したものである。梅雨期・台風期クライシスレスポンスサイトのリンク集は防災 Web クローラーと手動による取得方法はおよそ半分ずつとなっているが、その後のリンク集は防災 Web クローラーによって収集された災害・防災情報の数が優位となっている。その詳細についてはさらなる分析が必要であるが、対 象となる災害名称等(例:台風 15 号など)が明確になるほど、防災 Web クローラーによる情報収集がキーワードやタグの設定によって精度が高くなり、手動による災害・防災情報の追加が少なくなる傾向が見られた。 図 1. Web 災害・防災情報の取得方法内訳(各最新報,2019/12/20 までの件数) ## 4. 現状の課題と今後の展望 一災害情報 を活用したタイムライン作成に向けて一 ここまでみてきたように、災害発生後に各機関から発信される災害情報を、RSS などを活用して自動的に情報を巡回収集・取得する Web クローラーを開発して更新・アーカイブ作業を進め、手動で行っていた作業を極力自動化し、スピーディーに収集可能とした。この間の更新手順を実災害での実践を通じて、標準作業手順書を作成し、過去最大の台風情報となった台風 19 号において、作成した手順書を元に収集を行い、その有効性を確認した。 また、この台風 19 号における実践において、 (1) 自動収集された情報の精度・深度については手動での確認および判断が必要であること、 (2)各機関により情報の発信形式が異なるため、 Web クローラーの設定が困難な場合があることが課題となった。 今後、収集した情報をタイムラインへ自動反映するための研究開発を行い、総合的な災害情報タイムラインとして発信していきたいと考えている。また、そのために必要な自治体のウェブサイトにおける災害情報発信につ いての書式などのルールについても提案する予定である。現在、収集・整理している Web 情報だけでなく、テレビや新聞の災害情報も含む災害情報タイムライン(図 2)をできるだけリアルタイムに近いタイミングで発信することを目指している。 図 2. 災害情報タイムライン例 ## 参考文献 [1]時実象一(2015),『デジタル・アーカイブの最前線知識・文化・感性を消滅させないために』,講談社ブルーバックス [2]国立国会図書館,国立国会図書館インター ネット資料収集保存事業(WARP)について, https://warp.da.ndl.go.jp/info/WARP_Intro.h tml (2020.2.25 閲覧) [3] 内山庄一郎, 堀田弥生, 折中新, 半田信之, 田口仁,鈴木比奈子,臼田裕一郎,「災害時における情報の統合と発信一防災科研クライシスレスポンス Web サイトの取り組み一」, 2016 年度日本地理学会春季学術大会発表要旨集, 2016, P017, https://doi.org/10.14866/ajg.2016s.0_100231 [4]佐野浩彬ほか(2018)。「2017 年度防災科研クライシスレスポンスサイト(NIEDCRS)の構築と運用, 防災科学技術研究所研究資料 422 号 http://dilopac.bosai.go.jp/publication/nied_tech_note/ pdf/n422.pdf(2020.02.19 閲覧) [5]防災科学技術研究所総合防災情報センタ一,防災科研クライシスレスポンスサイト (NIED-CRS)ポータル, http://crs.bosai.go.jp/(2020.02.20 閲覧) この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A34] 伝統空間のデータ化と閲覧システムの有効性と課 ## 題: データ化手法$\cdot$閲覧形態の違いにおける「思い出」想起の差異を通して ○渡辺暁雄 ${ }^{1)}$, 三浦彰人 ${ }^{1)}$, 小関久恵 ${ }^{11}$ 1)東北公益文科大学, $\bar{\top} 998-8580$ 山形県酒田市飯森山 3-5-1 E-mail: [email protected] ## The efficiency and awaiting solution of the data conversion and browsing systems in the traditional space: Through the differency of the 'memories' in the differency of the data conversion and browsing WATANABE Akeo ${ }^{1)}$, MIURA Akito1), KOSEKI Hisae1) 1)Tohoku University of Community Service and Science, 3-5-1 Iimoriyama, Sakata-City Yamagata, 998-8580 Japan ## 【発表概要】 地域の伝統建造物の「空間」を「一般的なデジタルカメラ」「全方位カメラ」「深度カメラ」で撮影したデータを閲覧した場合, それぞれの視認性、現実感、利便性、他者との情報共有、過去想起等にいかなる差異を生じるかを検証した。結果、「視認性、現実感」では 1)「年齢」による生理的・生活文化的な差異 2)職業履歴による違い3)深度カメラの技術的な課題 4)対象空間への接触頻度による相違が、「利便性」では 1)合意形成時における全方位カメラ・深度カメラの有効性 2)特定の職業内容における深度カメラの有効性 3)伝統的建造物の修復に際しての深度カメラの有効性が、「過去想起」では 1)プリントされた写真の優位性 2)画像の「真正性」からくる閲覧者の記憶との䶡踣の発生とそれによる不安等の感情の発生が見出された。また写真や PC 画面に映し出される「空間」に関する閲覧者の語りは、他の閲覧者の語りを誘発し、地域文化の振興に寄与する可能性も見受けられた。 ## 1. はじめに 少子高齢社会にある中山間・海浜地域では、有形$\cdot$無形の伝統文化が消滅の危機に瀕している。本研究のフィールドである山形県鶴岡市加茂地区も高齢化と若年層の減少が著しい。 本研究では、地域住民が慣れ親しんだ伝統空間(加茂地区稲荷堂内)をデジタルデータ化する際、その記録方法やデータの閲覧方法によってそれぞれどのような特徴・差異がみられるかを検証する。 具体的には空間を「一般的なデジタルカメラ (スチルカメラ)」「全方位 $\left(360^{\circ}\right)$ カメラ」「深度カメラ (十色カメラ、トラッキングカメラ。開発:三浦。)」でそれぞれ撮影したデータを、プリント写真、および PC 画面で対象者に閲覧してもらう。その際、撮影手法の違いによって、視認性、現実感、利便性、他者との情報共有、過去想起等にいかなる差異を生じるか、対象者に対する半構造化インタビューによる定性的調查に基づき分析する。 なお今回の調查対象者は 2 名であるが, 2020 年 3 月に同様の検証を,4、5 名程度のフォー カスグループインタビュー形式で行い、結果を大会報告時に反映させる予定である。 ## 2. 対象地区の概況と伝統的空間について鶴岡市の北西部に位置する加茂地区は, 上方 からの文物をもたらした北前船の中継港とし て発展。背後は山で覆われているため大規模な 開発もなく、今も商港時代の名残を感じさせる 蔵や邸宅、狭い路地・小路、港の石組みなど港町としての風情を数多く残している。 だが近年では人口減少、少子高齢化、主要産業の衰退といった厳しい状況にある。 同地域において伝統空間として撮影対象としたのは、加茂地区新地にある稲荷堂である (正式名称:稲荷大神。住民からは「御稲荷様」 と呼称されている)(写真 1)。 写真 1. 加茂地区新地稲荷大社 ここには昭和 50 年あたりまで,毎年 2 月の初午の日に、町内の小学校 $5 、 6$ 年生 5 6 人が一晚堂内に籠り、参拝する住民に対応していたという。参拝者は赤飯と油揚げを供え物として子どもたちに渡し、子どもたちは参拝者にお神酒をふるまった。子どもたちが、稲荷神の神使としての役割を果たすとともに、お籠りが一種の通過儀礼としても機能していたと推察される。 「お堂に一晚、子どもたちだけで籠る」という体験は非日常的行為であるため、堂内の空間は、60 歳代以上の住民の多くに共有される特別な思い出となっている。その意味から稲荷堂は活きた伝統空間として、体験者の語りの沮上に載せることで、伝統空間のアーカイブにおける多様な情報の採集が可能となる。 ## 3. 三次元空間デジタルアーカイブシステ ムについて 現在、デジタルアーカイブの分野においても、三次元情報のアーカイブ化が各地で進められている。三次元データのデジタルアーカイブの例として佐賀デジタルミュージアム ${ }^{[1]}$ な゙がある。しかし、多くのデジタルアーカイブシステムのアーカイブ化の対象は工芸品など手に取れるものが主であり、それが使用されている 「空間」のアーカイブ化については、コスト面など課題が多い。そこで、比較的安価な深度力メラである Intel RealSense D435 と、同様に安価なトラッキングカメラ Intel RealSense T265 を用い、「空間」の三次元データ化をおこなう 「三次元空間デジタルアーカイブシステム」を開発した。(図 1) 本システムで記録できる情報は、深度カメラを用いて撮影した二次元の深度情報、色力メラを用いて撮影した二次元の色情報、トラ ッキングカメラにより取得したカメラの位置・回転情報である。深度情報と色情報は、空間内の位置が一致するように記録される。 また、二次元の深度情報は、各ピクセルの位置とカメラの視野角情報などを用い計算することで、三次元空間座標情報に変換できる。 この三次元空間座標情報とカメラの位置・回転情報を組み合わせることで、三次元空間をどこからどの角度で撮影したかを含めて記録できる。これを応用し、カメラを移動・回転させながら記録したデータを複数組み合わせることで、記録対象の三次元空間全体を記録し、再現することが可能となる。(図 2) 本システムにおいて取得した情報は、後世での再利用性を考慮し、可能な限り撮影し取得した際のデータを、不可逆的な加工をせずに記録する形をとっている。よってそのままでは一般的な画像ファイルとしてしか扱うことができない。そのため、記録した情報を閲覧するシステムも併せて開発した。閲覧システムは、Web ブラウザ上に WebGLを用いて三次元空間を再現する。三次元空間の再現手法としては、三次元空間座標情報を基に空間上にパーティクルをポイントクラウドとして並べ、その座標に対応する色を付与する形をとった。(図 3) 本システムにより、比較的安価な機材を用いて三次元空間をデジタルアーカイブ化することが可能となっている。 図 1. 三次元空間デジタルアーカイブシステムの全体図 図 2. 三次元空間全体の撮影手法 図 3. 閲覧システム ## 4. 関係者へのインタビュー調査から ## 4. 1 調査方法 稲荷堂に関するインタビューに際して、幼少期、実際に初午祭のお籠りを体験した人物として、加茂地区新地在住・A 氏(71)に、また体験者ではないが加茂地区の伝統文化維持・継承に尽力している B 氏(41)にご協力いただいた。 インタビューは、稲荷堂内空間を「一般的なデジタルカメラ (スチルカメラ)」、「全方位カメラ (Arashi Vision Insta360 ONE 及び専用ビユアーを使用)」、「深度カメラ」でそれぞれ撮影したデータを、デジタルカメラ情報はプリントされた写真として、全方位カメラ、深度力メラの情報は PC 画面を用いて協力者に閲覧してもらい、撮影手法の違いによって、視認性、現実感、新奇性、利便性、他者との情報共有、過去想起等にいかなる差異が生じるかを解明するため、半構造化インタビューによる定性的調查をおこなった。(面接日:2010 年 2 月 10 日。場所: 加茂地区コミュニティーセンター)。 なお、インタビューにおいて語られた内容は鍵括弧で表記している。 ## 4. 2 視認性、現実感に関して 画像を閲覧する際のそれぞれのデータの視認性を比較した場合「若者はデジタルに慣れているため、深度カメラや全方位カメラは理解しやすい。高齢者は理解するのに時間がかかる」 (B 氏)というように、一般論として「年齢」 による生理的・生活文化的な差異が語られた。 ただし高齢であっても職業履歴により視認性にも違いがある。A 氏は建設業に携わっており、建造物(立体)の構造把握に長じているため、「認識しやすい」とのこと。視認性との関連が深い現実感については「全方位カメラなどの方が、立体的だからリアリテイがあるし自然な感じ」。深度カメラは全方位カメラに比べ現実感でやや劣っているが「画像がよりはっきりしていればいいと思う」と語られているように、あくまでも装置の技術的な側面の問題であり、深度カメラの意義・コンセプトは評価されている。 また、対象空間への接触頻度や関係性の深さによっても、各データの見やすさに違いがあるという。堂内を熟知している場合は「写真の方が見やすい」ししかし接触頻度が低い場合は「写真を見てもわからない。感覚的な奥行きとか、全体的な状況は深度カメラや全方位カメラが優れている」(以上 B 氏)。伝統文化のアーカイブ化の役割の重要性として、歴史情報を後世に残すことが挙げられるが、その意味では、全体的かつ立体的な情報の優位性がここでは語られている。 ## 4. 3 特定職業における利便性 深度カメラは対象物との距離情報を画像へ変換している。距離情報が正確でないと、画像は形成できない。その対象物との距離測定の正確さが、特定の職業・職種の作業内容を劇的に変える可能性がある。A 氏は自らの仕事(建設業)での活用可能性について語っている。「職業的に一番必要なのは深度カメラ。これまでは何度も計算していた上層階の梁の高さが (深度カメラを利用すれば) すぐに分かる」。「特に古い建物だと天井板取って、天井裏まで上がって、その場で原寸を測る必要がある。手間と時間がかかるものが、これだと奥行きや距離が一発でわかる」。 建築物をアーカイブするということは、単に博物学的な興味によるもののみではない。長い歴史の中で経年劣化した、あるいはいつ起こるともかぎらない天災・人災に対し伝統的な建造物(そしてその内部空間)にあっては、深度力メラによって得られた正確な寸法が、「万が一」 に備えにもなってくる。 ## 4. 4 過去想起に関して ## 4. 4.1 過去想起における写真の優位性 高齢者や認知症患者が過去を積極的に思い返す機会を通して、精神的な健康や認知機能の 向上を促進する「回想法」は、医療・福祉分野で活用されてきたが、回想のための補助素材と して古い写真が活用されることが多い。 また過去想起に関しては、画像の見え方以上に、それがその人にとって慣れ親しんだ媒体であるかどうかが重要であるようだ。その意味でプリントされた写真を手に取って見るというごく日常的な行為に、現在と過去とのつながりが発生する。現在、スマートフォンの普及により、写真は紙媒体としてプリントアウトされることが減り、メモリーチップの奥に保存 (封印) されてしまう。 「子どものアルバムとか、無いですもんね」 (B 氏)。2015 年の日本経済新聞社のアンケー トによると、「自分の家庭で写真をプリントしてアルバムなどを作ることがあるか」という質問に対して、「1 枚ずつプリントした写真でアルバムを作る」が $36.7 \%$ であるのに対し、「写真をプリントすることはない」が $52.6 \%$ であっ $\overbrace{}^{[2]}$ 。 ## 4. 4.2 記憶と写真 写真を含む画像・映像は、そこに修正が施されていない限り、過去の実際を正確に反映する。 それが写真の最大の特性であり、その特性を担保として人は「安心して」カメラで記録する。 しかし人は過去を全て残したいわけではない。「全部記録すると、自分の記憶と違うとこが出てくる。記憶では楽しかったイメージも、崩れるということもある」。「記憶は長い年月の中で変わる。それがその人にとっての「本当の事」 になる。残したくない記憶が出てくると、私が何十年間生きてきたイメージが崩れる」(以上 A 氏)。 実際、A 氏が今回見た画像の中にも、自身の記憶と異なる発見をしている。それは堂内の神棚の幕裏に奉納されていた「人形」である。白木で顔の部分はかすかに目と口らしきくぼみがあるが、虫に食われたためか表面がざらついた感じ、毛髪(かつら)などはない。頭には黄色い帽子がかぶされている。その顔の下に着衣 として赤い着物布がまかれ、四肢はない。大きさは $40 \mathrm{~cm}$ ほど。形態からして、道祖神(性器を模した像)のようである。 「(堂内を)何 10 年も見てきたが、見たことがないものがあった。人形。これは「見て悪いものだ」と思ってたのかな?子どもなりに。 この奥は、見てはいけないものだと思ったのかなあ。 . .」(A 氏)。 実際、堂を管理している方からお聞きすると 「何十年も前からそこにある」とのこと。 田中氏は、多分見ているだろうと思われる。しかし氏が語ったように、自分にとって不都合なもの、「悪いもの」は記憶から消され、残されたものが自分の「正しい」記憶となるのかもしれない。 ## 5. おわりに 今回のインタビューでは、伝統空間をデジタルアーカイブする場合での、撮影機材や手法とその提示方法による有効性や違いを、協力者に語ってもらうのが主目的だった。しかし直接質問内容に答える以上に、写真や PC 画面に映し出されている建造物、および内部を構成している様々な「モノ」に関する語りが展開された。 語りが語りに結びつき、推論が新たな推論を生み出すこの広がりは、個別の対象物のみの情報の掘り下げに終始するのではなく、話題が他のジャンルにも広く結びつく。今後は伝統空間のデジタルデータと質的データ(語り)を統合しシステムについても考察を深めていきたい。 ## 参考文献 [1] 河道威, 古賀崇朗, 永溪晃二, 穗屋下茂, 梅崎卓哉, 田代雅美. 佐賀デジタルミュ ージアムの構築:~佐賀の遺産を後世に伝えるために〜. デジタルアーカイブ学会誌 2018, Vol.2, No.2. p103-106, 2018-03-09. [2] 日本経済新聞社. 2015/8/2 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO89 980360R30C15A7I00000/ (閲覧 2020/2/5). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A33] メモリーグラフ:景観の時間変化をアーカイブする新 しい写真術 ○北本 朝展 1) 2) 3) 1) ROIS-DS 人文学オープンデータ共同利用センター, 〒101-8430 東京都千代田区一ツ橋 2-1-2 2) 国立情報学研究所, 3) 総合研究大学院大学 E-mail: [email protected] ## Memorygraph: A New Photographic Technique for Archiving the Temporal Change of the Landscape KITAMOTO Asanobu 1) 2) 3) 1) ROIS-DS Center for Open Data in the Humanities, 2-1-2, Hitotsubashi, Chiyoda-ku, Tokyo, 101-8430 Japan 2) National Institute of Informatics, ${ }^{3)}$ SOKENDAI ## 【発表概要】 メモリーグラフとは、同一構図かつ多時点の写真を撮影することで、景観の時間変化を重ねて記録する新しい写真術である。この写真術は古写真を用いたフィールドワーク、災害のビフォ一・アフター写真、コンテンツツーリズムと聖地巡礼写真など、様々な目的に利用できる可能性を有する。本発表ではこの写真術を実現するモバイルアプリ「Memorygraph」のデータモデルや機能を紹介するとともに、モバイルアプリ開発の難しさや今後の課題などにも触れる。 ## 1. はじめに メモリーグラフとは、同一構図かつ多時点の写真を撮影することで、景観の時間変化を重ねて記録する新しい写真術である。[1,2]。 こうした写真術そのものは昔から存在しているが、メモリーグラフの新しいところは、その操作を単純化するだけでなく、成果を簡単に共有する仕組みを実現した点にある。 複数の画像を重ねて時間変化を観察するために、昔から多くの技術が開発されてきた。映画や動画については、エジソンによる「キネトグラフ」やリュミエール兄弟による「シネマトグラフ」に端を発し、現在は秒速数百万コマに達する超高速カメラも存在するなど、短時間の時間変化を連続的に観察する技術は画期的な進歩を遂げた。それに対し、より長時間の観察を目的とする写真術にタイムラプスがある。固定カメラを使い、フレームレー 卜を大きく落として撮影し、それを再生時に早送りすることで、長時間の緩やかな時間変化も直感的に観察できるようになる。 しかしタイムラプスは、固定カメラがなければ撮影が難しいという問題がある。そこでメモリーグラフは、この固定カメラという条件を外すと同時に、任意の撮影間隔で定点観測を実現する方法を提案する。すなわち、カメラのファインダー上に過去の写真を半透明で重ね、現在の風景と構図を合わせてシャッターを押すという方法である。アイデアとしては極めてシンプルであるが、ファインダー をプログラマブルに書き換え可能なスマートフォンの登場によって初めて実現できた新しいカメラという面もある。古写真のフィールドワーク、災害のビフォー・アフター写真、 コンテンツツーリズムと聖地巡礼写真など、一見すると全く異なる分野の利用が、実はシンプルなメカニズムで統一的に扱えるという点が、メモリーグラフの面白いところである。 ## 2. メモリ一グラフの利用 ## 2. 1 メモリーグラフの概要 メモリーグラフ[3]は、カメラのファインダ一を積極的に活用する。従来のカメラでもグリッドなどを構図のガイドとして表示する機能は存在したが、メモリーグラフはさらに進んでファインダー上に「次に撮影すべき写真」 を構図のガイドとして表示する。そしてファインダーの透明度を変化させながら、ファイ ンダーの向こう側の景観とガイドを重ね合わせ、両者が一致する構図で写真を撮影する。 同一構図かつ多時点の写真には 2 通りの活用方法がある。第一が定点観測写真(タイムラプス)としての活用である。例えば地域の古写真を題材に景観変化を調べるフィールドワークから、今後のまちづくりの議論の題材を集める活動が進行中である。また災害のビフォー・アフター写真から、災害復興状況をビジュアルに確認することもできる。第二が写真の一致をエビデンスとする測位ツールとしての活用である。古写真の撮影位置を推定するフィールドワークや、各地のポイントを巡回した証拠として写真を利用するフォトオリエンテーリング(フォトロゲインニング) コンテンツツーリズムにおける聖地巡礼などはそれらの一例である。そこで以下では文化、災害、観光というメモリーグラフの主な利用分野に関する事例を紹介する。 ## 2. 2 古写真を用いたフィールドワーク メモリーグラフは、もともと古写真の撮影位置を推定するという問題への解法として誕生したものである。GPS が存在しない時代に撮影された写真は位置情報を持たず、キャプションから判明するのも曖昧な地名程度のことが多い。こうした場合に古写真の撮影位置を推定する方法として用いられるのが、いわゆる「同ポジ(同一ポジション)」写真、つまり現代でも同一構図の写真が撮影可能な位置を特定するという方法である。写真の一致 は偶然に生じる可能性が低いため、撮影位置の一致に関する強力なエビデンスとなる。 同ポジ写真は従来型カメラでも撮影できないことはないが、カメラファインダー内の景観と写真を比較しながら一致させるのは難易度が高い作業である。その理由は、この作業には、古写真の空間的な構図を覚えるという短期記憶のスキルだけでなく、古写真の 2 次元配置と現在景観の 3 次元配置 (の 2 次元投影)を脳内で回転させながら一致させるというメンタルローテーションのスキルも同時に要求されるからである。一方メモリーグラフは、写真をファインダー上に半透明表示するため、上記のスキルがなくても、高精度の重衩合わせを高速に行えるようになった。 こうしたメリットを活用し、古写真を用いたフィールドワーク(メモリーハンティング) を東京、京都、長崎などで展開中である[4]。 メモリーグラフを活用すると古写真と現在の景観の間に生じた変化を詳細に観察できるため、景観の中で変わった部分と変わらない部分を明確に区別できるという効果が得られた。 ## 2. 3 災害のビフォー$\cdot$アフター写真 災害の被害や復興をビジュアルに見せるために、変化前のビフォー写真と変化後のアフター写真を同一構図で比較する表現が、災害アーカイブではよく用いられる。メモリーグラフはこのような目的にも気軽に活用できる。例えば阪神淡路大震災から 20 年を機に神戸市が公開したオープンデータ『阪神・淡路大震 図 1. 神戸における被苂直後と 20 年後の景観を比較したビフォー・アフター写真「阪急会館前」。左図出典:『阪神・淡路大震災「1.17 の記録」』、右図 2015 年撮影。 災「1.17 の記録」』を利用して、神戸で被災直後の写真と現在の景観とを比較するフィー ルドワークを実施した。震災から既に 20 年が経過しているため、景観が完全に変わってしまい、被災直後の痕跡を発見することが難しい場所があった。しかし景観の細部をよく観察してみると、地元の人々が地震前の痕跡を再現しようと努力している場所もあることに気づく(図 1)。 ## 2. 4 コンテンツツーリズムと聖地巡礼写真 コンテンツツーリズムとは、コンテンツの舞台である土地を訪れる観光を指す。メモリ ーグラフはこうした観光を支援するツールとしても使える。例えば映画やドラマのシーンが撮影された現地、あるいはアニメのシーンの参考となった現地を訪れる観光行動を「聖地巡礼」と呼ぶ。わざわざ現地まで自分が移動し、コンテンツのシーンをファインダーに差し込み、それに近い景観を自分で撮影することは、そこにかつて存在したであろら人物の視線と自分自身の視線とをぴったり重ねることができたことを意味する。写真の一致というエビデンスは、過去の人々と同じ空間を共有し再体験しているという確信を強めるのである。このようにメモリーグラフは、過去を再体験するためのツールにもなる。 ## 3. メモリーグラフの設計と構築 ## 3. 1 メモリーグラフのデータモデル メモリーグラフの設計の核となるのがデー タモデルである。まずメモリーグラフを理解するうえで重要な概念を以下に述べる。 シーン : 同一構図で撮影した写真の集合。べ ースイメージとフォトからなる。 ベースイメージ : シーンに最初に加える画像である。デフォルトではこれを位置合わせの基準画像とし、ファインダーに表示する。 フォト:ファインダーに表示された画像と構図を合わせて撮影した写真である。 プロジェクト : シーンをグルーピングして整列したものであり、ローカルプロジェクト、クラウドプロジェクト、公開プロジェクトの 3種類がある。 GPS ログ : ユーザの位置情報を等間隔で計測した軌跡データ。ユーザが記録開始すれば端末内に保存され、さらにユーザの明示的な操作によってサーバにアップロードできる。 これらの基本的なオブジェクトはそれぞれメタデータを保持可能であり、REST APIへの $\mathrm{read} / \mathrm{write}$ 操作を、認証・認可を通して行う。 このようにメモリーグラフでは、個々の写真がオブジェクト間のネットワークの中に埋め込まれており、この点が個々の写真が独立しているフォトグラフとの大きな相違点である。 ## 3.2 メモリーグラフの機能 メモリーグラフの中核的な機能は、一枚の写真を基準画像としてファインダー上に半透明で表示し、それに構図を合わせてユーザがシャッターを押すと、ファインダーとフォトのぺアが(必要に応じてメタデータを付与して)保存されるという機能である。このコア機能を取り巻く様々な拡張機能が、メモリー グラフの有用性を高めることになる。 第一の拡張は、写真をグルーピングして管理する機能である。この機能を担うプロジェクトは、リスト表示や地図表示などの基本的な写真一覧・検索機能を持ち、テーマごとに写真をグルーピングする目的に使える。 第二の拡張は、ネットワークを通してデー 夕を共有する機能である。ローカルプロジェクトは端末内で完結するが、クラウドプロジエクトを活用すれば複数の端末でデータを共有でき、さらに公開プロジェクトを活用すれば複数ユーザでデータを共有できる。 第三の拡張は、ユーザのアクティビティを記録する機能である。プライバシーポリシー を遵守した上で、ユーザ行動を研究のために記録し分析するための機能である。 ## 3. 3 メモリーグラフのアプリ開発 メモリーグラフは 2013 年 11 月頃に着想を得て Android アプリの開発を開始した。その後まもなくGoogle Play で公開し、その後に何回ものバージョンアップを繰り返しているも のの、現段階でも本格的な公開には至っていない。このように開発が「難航」している原因を以下で簡単に分析してみたい。 第一の問題が設計の難しさである。現在のメモリーグラフは実質的に Version 3(名称としては Memorygraph 2) であるが、このようにバージョンアップを繰り返しているのは、 データモデルに不備が見つかるからである。問題の本質を誤解したままデータモデルを構築すると、その後の機能拡張で行き詰る。そして問題を再考してみると、以前のデータモデルの設計に問題があったことを認識するのである。アプリでは確かにユーザ向け機能やインタフェース (View) も重要だが、やはりデータモデル (Model) の適切な設計から出発すべきというのが、我々が得た教訓である。 第二の問題がクロスプラットフォーム開発である。よほどリソースが豊富なチームでなければ、Android とiOS という 2 つの世界のネイティブアプリを並行開発し、絶え間ない仕様変更に追従していくのは困難である。その解決策として期待されるクロスプラットフオーム開発環境に、最近ようやく有望な候補が登場した。それが Google による Flutter である。我々は Flutter に望みを託し、2019 年前半から、開発済みの Android アプリを Flutterに移行する作業を開始し、近日中に完了する見込みである。もしメモリーグラフが両方の世界で使えるようになれば、普及の加速を現実的な目標とすることができる。 ## 4. おわりに 最後にメモリーグラフを実用化するための技術的課題と組織的課題に言及したい。 第一の課題が画像マッチングである。メモリーグラフはファインダーとフォトのマッチングを手動に頼っているが、これをアルゴリ ズムで支援できればアプリの難易度低下に大きな効果がある。こうした画像マッチングを扱う研究は多数あるが、撮影時間間隔が大きい場合(例えば 100 年間)や、撮影条件が大きく異なる場合(例えば昼と夜や睛と雨)のマッチングは簡単ではない。もしロバストな画像マッチング手法を開発できれば、メモリ ーグラフのユーザエクスペリエンスの改善に大きく寄与する可能性がある。 第二の課題がサービスの運用である。アプリが本格的に普及すれば、利用規約やプライバシーに問題が生じる使い方も出てくるだろう。こうした問題への対応は個人の努力で可能な範囲を超えており、組織的な活動が不可久になってくる。汎用性の高いツールの持続可能性をどう高めるか。これは研究成果の社会実装に関わる課題として、引き続き検討していく必要がある。 ## 参考文献 [1] 北本朝展, "災害の非可逆性とアーカイブの精神一デジタル台風・東日本大震災デジタルアーカイブ・メモリーグラフの教訓",デジタルアーカイブ・ベーシックス 2 災害記録を未来に活かす, 今村文彦監修/鈴木親彦責任編集(編), pp. 169-197, 勉誠出版, ISBN 978-4-585-20282-0, 2019 年 8 月. [2] 北本朝展, "デジタル人文学: コンテンツの「解釈」を重視したメディア技術の展開",精密工学会画像応用技術専門委員会第 5 回定例研究会「クリエイティブ・コンテンツ: ファッション, 伝統工芸, 観光・メディア」, pp. 1-10, 2015 年 1 月. [3] メモリーグラフ, https://mp.ex.nii.ac.jp/mg/ (閲覧 2020/2/25) [4] メモリーハンティング, http://dsr.nii.ac.j p/memory-hunting/(閲覧 2020/2/25)
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# [A32] 写真の里帰り: ## 米国所在の戦後日本の写真を地域へ還元するプロセスとその課題 ○佐藤洋一 1 ) 1)早稲田大学社会科学総合学術院, $\bar{T} 168-8050$ 新宿区西早稲田 1-6-1 E-mail: [email protected] ## Returning photographs to the place where they were taken: A process of delivering photographs of postwar Japan in the United States to local communities in Japan SATO Yoichi ${ }^{1)}$ 1) Waseda University, 1-6-1 Nishiwaseda, Shinjuku, 169-8050 Japan ## 【発表概要】 本稿では、まず占領期に日本で撮影され、米国に所在する写真史料の全般的状況を現地調查に基づいて整理した。写真素材をオフィシャル写真、パーソナル写真、プレス写真の 3 つに、還元する主体を公的機関、研究者・コミュニティ、出版社等営利団体の 3 つに区分した上で、還元のあり方を分類した。さらに今後の還元の方向として、(1)公開度を高める、(2)コレクションを横断する、(3)地域に戻すという3つを提示した。具体的には、(1)研究者が保持しているオフィシャル写真を共有すること、(2)研究コミュニティが研究ツールとしている複数のパーソナル写真を共有すること、(3)撮影された場所や地点に写真を持ち込み、写真を囲む場を作ることを提示した。 ## 1. 本稿の背景と目的 米国に所在する戦後日本の写真史料は、 1970 年代から日本に紹介されている。近年は史料やデジタルデータの伝達ルートが多様化している。公的な主体による調查をベースにしたものばかりでなく、個人レベルでの取り組みも見られ、web 上にある占領期に撮影された画像が SNS で紹介されることもある[1]。 筆者は都市形成史を専攻し、戦後の都市空間に関する視覚的史料を中心に都市史を編むことを構想し、1990 年代後半から占領期の東京の写真史料を調查している。米国所在の公式写真から調查を始め、近年は米国各地でパ ーソナルコレクションの調査プロジェクトを実施している[2]。 本稿では、占領期を中心に日本国内で撮影され、米国に所在する写真史料の全般的な状況と国内へと還元するあり方を整理した上で、還元の具体的方法を提示し、共有したい。 ## 2. 在米写真コレクションをどう捉えるのか ## 2. 1 写真から何を読み取るのか 地域資料として写真を考える場合、前提としてそれぞれの写真の撮影地点と時期を同定する作業が必要である。その作業は様々な方法を組み合わせて行われるもので、画像イメ ージだけを切り取ってわかるものではなく[3]、情報を総合的に読み取ることが必要になる。筆者の考えでは地域資料情報源としての写真には以下の 4 つ記録のレイヤーがある。 (1) 時空間記録:写真は「その時」の「この場所」を記録したものである。 (2) 行為記録: 写真は撮影者が撮影したという行為を記録したものである。 (3) メディア記録: 写真は製品としてのメディアに記録されている。 (4) 経緯記録: 写真は撮影されてから現在までの経緯も記録しうる。 断片的に見える個々の写真も(2)の撮影者(=米軍関係者)の行為が見えてくることで、一つ一つの点が線へと繋がっていく。さらにサンプルが集まることで、様々な行動パタンを知ることができる。(3)を知ることで、撮影者の写真製品の入手の背景をさぐれれば、撮影者の社会活動や経済活動の側面を見ることができる。(4)の観点からはその写真がどのように扱われてきたのかを理解することに繋がり、写真そのものが生活や業務の中でどのような役割を果たしていたのかが見えてくる。 こうした情報の一つ一つは断片に過ぎないが、 サンプルが大きくなれば、複数の写真コレクションの相互比較が可能になり、より多くの情報の読み取りが可能になる。本稿の背景にあるのはこうした考え方である。 ## 2. 2 これまでの還元の経緯と現状 東京に関していえば、終戦直後、特に空襲被 害について米国に所在する写真史料での紹介がなされ始めたのは 1970 年代に入ってからである [4]。史料の出所は、米国立公文書館 (NARA)、国防総省、マッカーサー記念館などであった。紹介されたものは主にオフィシャル写真 [5] であり、陸軍通信隊写真 (Signal Photo)を主体に、空襲関係では空軍、空襲被害等に関しては戦略爆撃調査団の史料群であった。NARA 所蔵の写真は、パブリックドメインで利用の際の細かい制限がほとんどないこともあり、現在に至るまで、メディアや研究者の手によって自由に扱われ、紹介されてきた[6]。また沖縄県公文書館による 「写真が語る沖縄」は、NARA 所蔵の写真史料を収集し、web 上で公開しているものとして知られている。 一方、米国に所在するパーソナルな写真も 80 年代より紹介されてきた[7]。当初は政府関係者やマスコミ関係者のチャンネル経由で、 日本の様々な史料館やマスコミなどに伝えられた。90 年代以降、米国各地の史料館に所蔵されているパーソナルなコレクションが知ら れるようになり、写真集の出版という形で国内人と還元した。2000 年代に入ると、所蔵資料のデジタル化により、コレクションにアクセスできるチャンネルが広がった。そのような状況変化の中、東京の昭和館は開館に先立つ 90 年代から、パーソナルな写真コレクションを複製する形で収集を続けている[8]。 さらに”AP"”'LIFE”などのプレス写真も一部はデジタルアーカイブとして web 上で公開されており、課金制で利用可能になっている[9]。 またすでに廃刊になった新聞社のストックフオトに関しては、コレクションが図書館に移管され公開されている例もある[10]。 ## 3. 日本への還元パタン これまでに見られている還元のパタンを整理して見た(図 1 )。縦軸に還元に関わる主体、横軸に写真の素材区分をとっている。 ## 3. 1 オフィシャル写真 オフィシャル写真を公的な機関が扱う場合は、地域史系の出版物の中で使われる出版型、 さらに公文書館等でデータを提供したり、閲 & & オフィシャル写真 & & パーソナル写真 & プレス写真 \\ 図 1. 米国に所在する戦後日本写真の日本への還元パタン 覧に供するサービス型がある。研究者・コミユニティが主体の場合は、収集し研究ツールとしてクローズドで写真が使われている例が多いと思われるが、それをオープンアクセス化した「日本空襲デジタルアーカイブ」の例もある。さらに、研究の成果を書籍として出版する例は多いが、研究者のみならず、出版社等の営利団体も関わっているため、ここで新たに著作権が生じている。 ## 3.2 パーソナル写真 パーソナル写真の場合は、公的な機関が収集公開しているパタン (サービス型)、研究者・コミュニティが収集し研究ツールとして利用しているパタン (ツール型) 、研究者および出版社等が出版物等を通じて紹介しているパタン (出版型) があるが、公的な機関が所有者から現物の寄贈を受けてコレクションを公開しているパタンもあり、web 上にてデジタルデータが公開されている例も多い。研究者・コミュニティによるツール型の中には、地域に根ざして、当該地域のコミュニティが写真コレクションの解読と紹介を綿密に分析し、展示や出版へと進める「北沢川文化遺産保存の会」「石巻アーカイブ」「オースティン研究会」などの例もある。 ## 3. 3 プレス写真 プレス写真は、写真イメージ自体が商品となっているため、利用の自由度は低く、その多くは公的施設で展示等に使われる、出版物等を通じて紹介されているパタンである。 ## 4. 今後の展開 公開度の高いサービス型、クローズドのコミュニティで共有されるツール型、二次的な制作物を作る出版型が現状の基本的なパタンである。今後の展開としては、(1)より公開度を高めること、(2)より一般的な議論に対応できるよう相互比較や複数のコレクションを横断する方策を考えることが挙げられる。そして同時に、紹介されていないコレクションも多いことから、(3)地域に根ざした活動を広げるポテンシャルは十分にあると考えられる。 つまり地域資料として地域に紐ついいていく属地的アーカイブとしてのあり方と、地域を超えてより一般的な活用へと向かう双方のあり方を考える必要がある。 ## 4. 1 ストックしている写真を公開する 現在、様々なジャンルの占領期研究者や研究機関がストックし、研究ツールにとどまっているオフィシャル写真は、そもそも NARA などで、パブリックドメインとして提供されているものである。当該の研究者による活用のみならず、戦後の都市空間や社会全般に関心を持つ市民や研究者へと開いた存在に容易に展開しうるはずである。様々な分野の研究者が、収集した写真を共有することの意義を確認し、オープンアクセス化させて、統合的に活用できる仕組みを構想できるだろう [11]。 ## 4. 2 複数のコレクションを横断する 図 2. 研究者のストックを共有し、オープンにする 米国の調査では、ある地域や被写体の写真が複数のコレクションの中で見出される状況に頻繁に遭遇した。複数のパーソナルなコレクションからなるアーカイブズの構築は考えられないだろうか。権利上の問題があるため、 コレクションを収集しているコーディネータ ーがデータを提供し、関連する研究者をキュレーターとして組織する。この組織をべースとして、研究ツールとして写真データを用いながら各自がキュレーションを進め、展示や出版等といった成果を公開する。一方で権利関係の処理を進め、最終的には、当該地域の 図 3. 複数のコレクションを横断してリサーチ、共有する ローカルなサービス型アーカイブズとして、公的機関等に受け渡し、その運用を目指す。 ## 4. 3 地域資源として地域へ戻す 誰かがシャッターを切らなければ写真は生まれないが、その写真はその被写体がなければ成立しえない。この考えを前提にすれば、写真が撮影された街や場所の人々もその写真を地域の資源として扱う資格はあるのではないかと考える。 パーソナル写真は、背後に地域や街の風景が映り込んでいることから、地域の歴史的資源としても捉えられるが、同時に町にいる特定の人の記憶と極めてパーソナルに結びつくこともわかっている[12]。コーディネーター が撮影された街や地点へ、写真を持ち込み、写真を囲み語る場を作りながら、継承ができる成果を作ることである。これは比較的小規 図 4. 撮影された場所へ持ち込み、場をつくる 模でも実現が可能である。 さらに米国での収集調査を進めるととも に、実践を通じてのこれらの方法論の構築と検証が今後の課題である。 ## 注 $\cdot$参考文献 [1] flicker で、Occupied Japan などの語などで検索すると占領期の日本の写真は容易に出現する。Twitter 上でその画像のリンクを貼って紹介しているものもある。 [2] 2015 年より米国に所蔵された個人コレクションの調査を開始した。(科研費基盤 (C) 「米国所在の占領期東京写真関連コレクションのカタロギングと写真読解手法の一般化」) [3] 佐藤洋一「古写真の空間的視点 : 撮影位置同定について」<GIS day in 関西(於 : 立命館大学) $2019 / 3 / 14>$ 。配布資料は https://researchmap.jp/read0206467/present ations/24600911 [4] 管見では米軍オフィシャル写真のリサー チによる写真集は、以下が嚆矢である。『東京占領』日刊沖縄社 1979,東京空襲を記録する会『東京大空襲の記録』三省堂 1981 [5] 以下ではオフィシャル写真の一端を明らかにしている。佐藤洋一「極東軍司令部文書からみたオフィシャル写真の形成-1951-52 年を対象として-」『インテリジェンス』vol. 20 (掲載予定) [6] 筆者の以下の 2 冊も NARA 所蔵の写真のみで構成している。佐藤洋一『図説占領下の東京』河出書房新社 2006、同『米軍が見た東京 1945 秋』洋泉社 2015 [7] 以下は最も早い時期の一冊である。『マッカーサーの見た焼跡一フェーレイス・カラー 写真集』文藝春秋 1983 [8] 図 1 に示す通り、多数の個人コレクションの収集を継続的に行っているのは昭和館のみであらう。 [9] “LIFE” 誌のフォトアーカイブは Google によって提供されている。 http://images.google.com/hosted/life [10] 例えば米議会図書館プリント室には、19 66 年に廃刊になった New York World-Telegra $\mathrm{m} \&$ Sun Newspaper Photograph Collection が、南カリフォルニア大学東アジア図書館には 1961 年に合併で廃刊となった Los Angeles Examiners Photographs Collection が所蔵され ている。 [11] 以下の研究はその試みとして行われているものである。「占領都市空間の写真アーカイブズ研究一米国国立公文書館所蔵写真を中心に一」(代表・玉田浩之:2018 年度立命館大学アート・リサーチセンター共同研究課題) [12] この動画は写真の中の父親についてのインタビューである。制作・佐藤洋一。 ” Interview of Tsukiji Torito chicken shop " https://www.youtube.com/watch?v=OgRRleFmuG $\mathrm{k}$ この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A31] テレビ番組「映像タイムトラベル」の利活用:昭和の暮らしをデジタルアーカイブする 平岡磨紀子 1), $\bigcirc$ 向平由子 1) 1)株式会社ドキュメンタリー新社,〒555-0023 大阪市西淀川区花川 2 丁目 19-8 E-mail:[email protected] ## Utilizing the TV Program, Eizou Time Travel: Creating a Digital Archive of Life in the Showa Era MUKAHIRA Yuko ${ }^{1)}$, HIRAOKA Makiko ${ }^{1)}$ 1) Documentary Shinsya, 2-19-8 Nishiyorogawa-ku, Osaka, 555-0023 Japan ## 【発表概要】 テレビのドキュメンタリーを専門に制作しているドキュメンタリー新社は、明治の終わりから昭和 40 年までの古い映像を 1500 時間以上所蔵している。これらの映像をもとに制作されたテレビ番組「映像タイムトラベル」をデジタルアーカイブとして保存し、教育用資料として学生や研究者が、時代を検証できるように準備を進めている。すでに大学のオープンセミナーで番組を使っての授業も行われ、今年春からは、国立博物館「昭和館」(東京都千代田区) での一般公開を予定している。そのデジタル化作業段階で浮上した課題を報告する。 ## 1. はじめに 技術の進歩は、過ぎ去った“時間”の再生を可能にした。もう時間は、永遠に飛び去っていく小鳥ではなくなった。私たちは、映像にとじこめられた時間を巻き戻して確認し、当時は考えもしなかったものが映りこんでいることに気付かされたりする。 記録された映像は、私達の暮らしの足跡であると同時に、将来へのヒントも与えてくれる。身近な暮らしの歴史を、いつでも誰でも見ることができ、自分たちを振り返ることができるようにすることは大切である。しかし著作権や、映像に映っている人権の問題 (差別用語など)、 さらに保存技術の問題など、課題は多い。ここでは、実際の作業で直面した事柄について述べる。 ## 2. テレビ番組「映像タイムトラベル」とは 2.1 番組の趣旨 テレビ番組「映像タイムトラベル見ればむかし」は、1992 年 1 月 6 日から 2002 年 3 月 28 日まで 10 年間、朝日放送(大阪)の深夜のローカル枠で放送された約 1 時間のドキュメンタリー番組である。企画提案者の鈴木昭典氏 (1929~2019)は、20 世紀を「映像の世紀」 としてとらえ、撮影された映像フィルムを日本全国から収集した。様々な目的で撮られた映像を、時代の資料として見直すことで、自分たちが生きてきた時代を検証しようという狙いだった。そのため番組は、最初から映像アーカイブを目的として制作されている。 1990 年から全国の市町村、企業、公共団体が所有する古い映像についてのアンケートをとり、その保存を訴えた。そして所蔵の映像をオリジナルのままテレビで放送する代わりに、作品を保管する承諾をえた。 放送が始まると、間もなく視聴者から自宅に眠っている 8 ミリや 16 ミリを使ってほしいと、 フィルムが次々寄せられ、市民の生活記録まで映像の幅が広がり、番組が充実した。政治や事件は、ニュース映像として残っているが、庶民の暮らしを庶民の視点で撮った映像が、まとまった映像群としてあるのは貴重と言える。 現在、OAした番組と素材は、 $\beta$ カムテープの状態で倉庫に保存している。去年、高橋信三記念放送文化振興基金から助成金をいただき、 $\mathrm{PC}$ で再生可能な動画ファイルとして、OA テ ープをデジタル化する作業を進めている。再生機自体がもう製造されていないため、デッキの故障やテープの劣化など、様々な不安要素を抱えながらの作業だ。 ## 2.2 制作の背景とデジタル化に至る経緯 集められた自治体や企業制作の作品には、ナレーションや字幕がついているものが大半だったが、一般視聴者から送られてくるフィルムにはナレーションなどの解説がないものがほとんどだった。そこで戦前の暮らしを知るディレクター (テレビ朝日の) 1 期生と毎日放送の 3 期生)がフィルム提供者の自宅にうかがって取材をした。映像を見ながら、当時の状況や裏話を聞き、ナレーションをつけた。スタジオに直接来てもらい、話を聞くこともあった。こうしたひと手間をかけることで、戦前や戦中、戦後すぐの食糧難の時代など、撮影当時の生活が伝わり、番組は一層充実した。 番組のナレーターは、朝日放送のアナウンサー玉井孝さん(1929~2017)。彼は軍国教育を受けた頃の思い出など、自身の記憶も交えながらナレーションに付け加えたので、番組全体が「昭和の証言記録」であったと言える。 「映像タイムトラベル」は、深夜の放送(午前 2 時〜 3 時)にもかかわらず $5 \%$ の視聴率も記録した人気番組だったが、21 世紀に入り番組は終了した。 その後、朝日放送が放送テープの処分を決めたため、番組の制作・著作権がドキュメンタリ一工房(現・ドキュメンタリー新社)に譲渡された。 ## 2.3. 番組の内容 ここで番組の内容について少し触れてみたい。高視聴率だったのは、鉄道もの。例えば、「国鉄一家の SLグラフィティ〜山陰本線の巻〜」。(図 1) 叔父も、自身も国鉄マンという“鉄チャン”一族である映像提供者は、D51 や、貴婦人の愛称でよばれた C57 のことを実にいきいきと語っている。「この貴婦人は大食いで、石炭を沢山食うから、釜炊きが忙くて…現場を知る職員ならではの思い出話は、炉の熱さまでが伝わってくる。 相反する立場の 2 つの作品をつないでみせることで、国民性や戦争の悲惨さを伝えた作品もある。(図 2) 太平洋戦争中のフィリピンの戦場。1941 年、当時の陸軍省によって制作された作品では、何 図 1.2000 年放送「国鉄一家の SL グラフイティ〜山陰本線の巻〜」より 万人という米軍側の捕虜が、炎天下の道を歩かされている。 1 万人の捕虜が死亡した「バタアン死の行進」だ。 2 本目は、アメリカの作品。 4 年後の 1945 年、戦況は変わり、立場が逆転。笑顔で解放された米兵捕虏たちの姿が写っている。 図 2. 1996 年放送「バタアン死の行進〜太平洋戦争フィリピン〜」より 視点や編集の違いからも、「戦争とは何か」 を考えさせる。これこそが番組を企画した鈴木昭典氏の狙いだった。 ## 3. デジタルアーカイブ公開のための課題 現在、国立博物館「昭和館」(東京都千代田区)での一般公開に向けて、デジタル化の作業を進めている。この際、課題となったのが、映像提供者からの許諾だった。テレビ放送の許可は得ていたが、博物館来場者への公開の場合、 どのような手続きをとればいいのか。そこで、 デジタルアーカイブ学会員に相談をしたところ、非営利目的で無料の館内上映であれば、著 作権法の第三十八条 (営利を目的としない上演等)に該当する、というアドバイスを頂いた。 こうして「映像タイムトラベル」を歴史資料として一般に活用してもらえる道がひとつ開けた。今後も、このような拠点を増やしていきたい。 また、教育機関の研究者に興味をもってもらえるようにする作業も同時にすすめたい。 「映像タイムトラベル」は最初からアーカイブを目的にしていたので、映像素材の制作年や、 ナレーション原稿、提供元についての書類は全て保存しているが、紙資料のものが大半で、情報が一元化されていない。合計 700 時間の番組を、様々な分野の研究資料として活用してもらうためには、検索システムの構築が欠かせない。映像のデジタル化にあわせて、書類情報のデータベース化が、もうひとつの大きな課題だ。 しかし、これも完成までにはかなりの時間がか かる。そこで私たちは、「映像タイムトラベル」 の認知度を少しでもあげるため、自社のホームページで、過去の番組情報の公開をはじめた。 アーカイブは見られてこそ価值がでる。特に若い世代にみてほしい、そのための作業はいとわない覚悟でいる。 ## 4. おわりに $「 20$ 世紀が映像の世紀」なら「21 世紀は情報の世紀」といえる。番組「映像タイムトラべル」は、昭和の暮らしを記録した貴重な映像群である。これを情報時代の現代に引き継ぎ、検証することの意味は大きい。昭和は、敗戦を経験し、そこから立ち上がった特筆すべき時代であるからだ。時間という武器は見えないものを見せてくれずはずだ。 この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A24] 参加型コミュニティ・アーカイブのデザイン: デジタル・ストーリーテリングや参加型まちづくりの融合 ○真鍋陸太郎 1),水越伸 1),宮田雅子 2),田中克明 3),溝尻真也 4),栗原大介 5) 1) 東京大学大学院, $\overline{1}$ 113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1 2) 愛知淑徳大学, 3) 埼玉工業大学, 4) 目白大学, 5) sashimi media lab inc. E-mail:[email protected] ## Designing for Participatory Community Archives: Fusion of Digital Storytelling and Participatory Machidukuri \\ MANABE Rikutaro1), MIZUKOSHI Shin ${ ^{1}$, MIYATA Masakon), TANAKA Katsuaki3), MIZOJIRI Shinya ${ }^{4}$, KURIHARA Daisuke ${ }^{5}$ ) \\ 1) The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-8656 Japan \\ 2) Aichi Shukutoku University, ${ }^{3)}$ Saitama Institute of Technology, ${ }^{4)}$ Mejiro University, \\ ${ }^{5)}$ sashimi media lab inc.} ## 【発表概要】 本研究は,コミュニティ情報を持続可能な地域・コミュニティに必要不可欠なものと位置付け, コミュニティ情報の収集・蓄積・活用とその有機的な相互作用も含む一連のプロセスを「参加型コミュニティ・アーカイブ」とし,地域・コミュニティの持続可能性に寄与できる「参加型コミユニティ・アーカイブのデザイン」のあり方について,文京区で展開されてきた「文京あなたの名所ものがたり」や,「ことしの一文字」や「ことしかるた」および「ショートムービーコンテスト」などの大田区大森山王商店街で実践されている「商店街を街の情報拠点とするため」の一連の手法, さらに,それらの実践で活用される簡易デジタル・ストーリーテリング手法である 「テレフォノスコープ」や,市民参加のためのデジタルサイネージ「まちまど」という具体的な手法・実践・技術の分析を通じて考察する. ## 1. 研究の背景と目的 情報コミュニケーション技術の進展で人々は様々な情報交流手段を手に入れた。一方で多くの情報に接することで, むしろ人々は排他的になったり個人が孤立したりするような社会状況が生まれ, 地域の持続可能性一寄与する情報のデザインのあり方が問われている。 街やそこでの社会活動など多面的な地域環境について行政・市民・民間企業などの協働によって改善を図ろうとするまちづくりにおいては,街のハードに関する整備だけではなくソフト的なコンテンツも考慮する「場」づくりを意味する Placemaking や,長期的な社会的目標を実現するための短期的で小さな行動を実践する Tactical Urbanism といった, より身近な事象やコミュニティへ焦点をあてた概念・実践が登場してきた ${ }^{[1]}$ 。しかし, これらに関連した身近な住民意識・地域環境に志向した情報(以下,コミュニティ情報)を如何にして活用していくかは,地域・コミュニティの持続可能性に必要な重要な研究課題 のひとつであるが十分な研究蓄積はない. また,メディア・デザィン分野では,より多くの一般市民が地域・コミュニティへ参加する契機となるメディア表現活動としてデジタル・ストーリーテリング(DST)技法に関する研究が進められたり, 市民メディアのなかでも地域に根ざしたコミュニティ・メディアが展開されたりするなど,当該分野においてもより身近な事象や個人的な体験をコミュニティ情報として取り上げる動きがある[2]. 一方で,近年,国立公文書館デジタルアー カイブや NHK アーカイブスなどの国家的で大規模な(デジタル)アーカイブスが構築され, 2017 年にはデジタルアーカイブ学会が設立された。しかし,これらは,身近な生活や暮らしに関わる事象の,それもより地域に固有のものや個人に起因するようなコミュニテイ情報をアーカイブの対象とすることは多くなく,換言すれば,アーカイブを市民参加型の方法論を用いて地域・コミュニティのために利活用するということは行われていない.以上のように,コミュニティ情報は,その 収集や表現についてはいくつもの市民参加型の実践がまちづくり分野やメディア・デザイン分野で行われているものの, それらコミュニティ情報の収集・蓄積・活用について総合的に検討されることは多くなく, それ故にコミュニティ情報がアーカイブ化され利活用されるには及んでいない。 本研究では,コミュニティ情報を持続可能な地域・コミュニティに必要不可欠なものと位置付け, コミュニティ情報の収集・蓄積・活用とその有機的な相互作用も含む一連のプロセスを「参加型コミュニティ・アーカイブ」 とする。 その上で, 参加型コミュニティ・ア一カイブをコミュニティ情報を集める方法 (収集),集まった情報を蓄積する社会的・情報工学的技術 (蓄積), 蓄積された情報を地域・コミュニティのために利活用する方法 (活用) の 3 つの要素でとらえ, 地域・コミユニティの持続可能性に寄与できる「参加型コミュニティ・アーカイブのデザイン」のあり方について具体的な実践を通じて考察する. ## 2. 実践(1) 文京あなたの名所ものがたり 文京あなたの名所ものがたりは,文京区にある多くの名所・旧跡を一般的・教科書的な説明ではなく, そこに住む方や訪れた方の各々のものがたりとして語ってもらうことで地域の資源として捉え直し,その資源をコミユニティ・アーカイブとして蓄積し,地域の活力向上やまちづくりへいかそうというねらいを持ったワークショップ型実践研究であり,文京ふるさと歴史館が担当する区の事業として位置付けられている。 2016 年度 2019 年度に年 2 回ずつ計 8 回のワークショップを実施し, それらの成果をホームページで公開するなど様々な手法・メディアで収集されたコミュニティ情報を活用して公開してきた ${ }^{[3]}$. 本取り組みでは, 4 年間で計 39 のものがたり(=コミュニティ情報)が収集された。本ワークショップは音声だけをストーリー(ものがたり)として記録するという点や,ごく一部の思い出・記憶をストーリーとする点で簡略化された DST でありながら,ストーリー を引き出すのは通常の DST のようにファシリテータが参加者と 1 対 1 となるような丁寧な補助をおこない,(1)練習問題,(2)名所への訪問,(3)ものがたりの制作,(4)録音,(5)発表, というプログラムで実施される。録音 には「テレフォノスコープ」という web 上へ音声データを保存する DST 装置を用いた[4]. また, 本取り組みで収集されたコミュニテイ情報は音声であり, それらは名所という条件から空間的位置を持っており web 上で地図と関連づけられた形で保存され閲覧することができる . その他, 収集・蓄積されたコミュニティ情報は,文京区のミュージアムの取り組みが紹介されるミューズフェスタ(各年 12 月中旬に開催される)で,テキスト化されたものがたりがポスター展示されたり, ラジオ風番組に編集されて放送されたりといった方法で公開 図 1 あなたの名所ものがたり 上 : ワークショップの様子, 中:ミューズフェス タへの出展, 下: ホームページ され,また文京区で開催されている文京映画祭には,ワークショップ手法の記録映像と収集されたものがたり(コミュニティ情報)の双方を編集・映像化して出展することで広く区民に知ってもらう機会を得ている。 本実践は, ある場所についての個人的なものがたりを音声(とテキスト)という形でア一カイブすることを通じて,いくつかの手法・メディアで活用・公開することを実現しているものである。また文京区の事業として位置付けられることで比較的持続的に実践が行われるものとなっている。一方で,ワークショップ 1 回あたりの参加人数が限られるなどなどの課題がある. ## 3. 実践(2) 商店街を街の情報拠点とする 東京都大田区の大森駅から大田文化の森へ続く池上通り沿いにある, 4 つの商店街振興組合からなる大森山王商店街では, 商店街をまちの情報拠点とするための活動を 2008 年から商店街, まちづくり NPO, 研究グループの 3 者で実施してきた. 商店街という場が地域にどのような形で貢献できるかを実践的に考える中で,地域の情報を商店街で交流させるということを活動の主たる目的とした。また, この活動では商店街が自立的に活動を継続させることも重要な課題の一つとしている. 当初は,12 日間に集中して実践するシャレット型ワークショップや, 2 週間程度の比較的長期間にわたって緩やかに情報交流を促すまちづくりハウス型ワークショップを実施してコミュニティ情報を収集し,それをアー ケード下に吊り下げた布製または紙製の「まちづくりフラッグ」で共有することを試みた。 また,まちづくりフラッグをリッチコンテンツ化・高更新化するために Twitter の活用を始めたり,商店街事務所をインターネットストリーム放送のスタジオとするイベントを実施したりしたが,情報公開のデジタル化は情報を欲するユーザ属性や当時のインターネッ卜環境などの課題から効果的なものとは言えなかった.まちづくりフラッグもコンテンツ収集のための活動の継続性や製作コストの問題から 2012 年ごろまでで終了となった. 一方で,2011 年に地域情報誌を発行してい る $\mathrm{NPO}$ の事務所を商店街内に誘致し,様々な街の情報交流の場としてのイベントが継続して実施されることとなった. さらに,2013 年には商店街の副理事長の提案で商店街の各商店の前に各商店主などが制御可能なデジタルサイネージ「まちまど」がまちづくりフラッグに代わるものとして設置されはじめ, 2016 年には 200 面を超えるまちまどが設置された。このデジタル表示機器を活用するために,毎年の年末には, 1 年の思いを込めて半紙に書かれた毛筆一文字がまちまどに表示されその理由がテレフォノスコー プで録音されてアーケードのスピーカーで再生される「今年の一文字」や,スマートフォンなどに保存されている写真を元にその場で作成する「かるた」がまちまどにも表示される「ことしかるた」のイベントが実施されている。また,通年でまちまどに地域の情報を掲載するために編集委員会が 2019 年 3 月から組織され,地域トリビアや情報誌の記事,さらには地域写真家の作品などが掲示された. 2019 年の 7 8 月にはサイネージで放映す 図 2 大森山王商店街の取り組み 上 : まちづくりフラッグ, 中 : 今年の一文字イベント, 下:まちまど るためのショートムービーをコンテスト形式 で募集し,近隣にある専門学校生などから応募作品が寄せられ, 最終審查会が夏祭りの際にオープンな投票形式で実施された. この実践では,コミュニティ情報を収集するワークショップやイベントの手法は簡易な方法ではあるが,そこで集められた情報がまちまどというデジタル機器を通じて商店街という空間的・制度的「場」で公開される点が興味深い. またこれらの活動を商店街組織が自主的に継続して実施している点にも注目したい. ## 4. まとめ 以上の実践活動を通じて, 参加型コミュニティ・アーカイブのデザインについて次のような示唆を得ることができる. コミュニティ・アーカイブが扱うべきコミユニティ情報は, その収集方法によって様々な質・形式のものが集まり, その量も変化する.それらはどの情報もコミュニティにとっては貴重な情報であり, 参加型コミュニティ・アーカイブのデザインとしては, 多種多様な収集手法を組み合わせて実践することが望ましい姿の 1 つであると言える。 参加型コミュニティ・アーカイブの公開については,地域が有する(デジタル)資源や機会に制約される. 文京区の取り組みではミユーズフェスタや文京映画祭といった, 公開のための場が用意され, イベント的に公開された一方で,日常的に市民へ情報を「返す」方法は web での公開のみであり市民が興味を持って閲覧できる環境づくりが必要だろう。大森山王での取り組みは, 商店街アーケード下という市街地のスキマ空間をアナログ・デジタルともに有効に使うことで市民への「返し」を実現した。コミュニティ情報を日常的に公開する場合は, それを見る市民が常に興味を持つことも重要であり,そのための工夫 はさらに検討する必要がある。 2 の事例は, 区や商店街が主体となって実施することで持続性を有してきた。参加型とは, 参加する側と主催する側との双方が取り組みを継続できる仕組みをデザインとして実装する必要があり, その 1 つの要因として行政や商店街, あるいは町会という装置を示唆することができる. 本研究はいつくかの実践を通じて, 参加型コミュニティ・アーカイブのデザインについて部分的な示唆は得たものの総合的な提案には至っていない.今後もこれらの実践的活動を通じてそれぞれの実践がどのような意義を持つかを検討し,総合的なデザインを描いていきたい. ## 謝辞 本研究は JSPS 科研費 $18 K 11948$ の助成を受けたものです. ## 参考文献 [1] 泉山塁威. アメリカ発のタクティカル・ア一バニズムとプレイスメイキングから見る,日本のパブリックスペースの課題:サンフランシスコ市・Playland at 43rd Avenue の事例から, 日本不動産学会誌, 33(2), 71-75, 2019. [2] 小川明子. デジタル・ストーリーテリング一声なき想いに物語を. リベルタ出版, 206p., 2016. [3] 真鍋陸太郎. コミュニティ・アーカイブのための「あなたの名所ものがたり」,日本生 活学会・第 45 回研究発表大会梗概集, pp.8283, 2018. [4] Mizukoshi, S., Miyata, M., Manabe, R. \& Tanaka, K., Telephonoscope: A Media Design Study on Technologies and Cultural Programs for Novel Micro-Digital Storytelling, Paper for the 67th International Communication Association Conference in San Diego, May 2017. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/). 出典を表示することを主な条件とし, 複製, 改変はもちろん, 営利目的での二次利用も許可されています.
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# [A23] コミュニティ・アーカイブの方法論の構築に向けて:千代田区におけるデジタルアーカイブ・ワークショップの事例より ○村覚 1),宮本隆史 1),片桐由希子 2) 1) 東京大学, 〒113-8658 東京都文京区弥生 2-11-16 2) 首都大学東京 E-mail:[email protected] ## Towards a Methodology for Community Archiving. NAKAMURA Satoru ${ }^{1)}$, MIYAMOTO Takashi 1), KATAGIRI Yukiko ${ }^{2)}$ 1) The University of Tokyo, 2-11-16 Yayoi, Bunkyo-ku, Tokyo, Japan, 113-8658 2) Tokyo Metropolitan University ## 【発表概要】 東京文化資源会議の地域文化資源デジタルアーカイブ・プロジェクトは、さまざまな主体が地域の文化資源をデジタルアーカイブ化し、それを住民が活用することによって、地域コミュニテイの活性化につなげる仕組みの構築を狙いとして活動している。本報告では、その活動の一環として、千代田区の後援を受けて実施した「デジタルアーカイブ・ワークショップ」の内容と結果について紹介する。ワークショップでは、「小中学校のおもいで」というテーマを設定し、参加者が持ち寄る資料をデジタル化するとともにインタビューを行い、資料に関する周辺情報も記録する。参加者には、資料の収集、デジタル化、公開、活用までの一連の作業を体験してもらい、 コミュニティの中で主体的に文化資源を発掘・活用する方法に触れる機会とする。本プロジェクトでは、このワークショップによる経験を通じて、地域コミュニティがアーカイブを生成する方法を模索する。 ## 1. はじめに インターネットの普及により、住民、行政、 ビジネスが、インターネットを通じて情報を発信するようになり、そうした情報は広く利用できるようになっている。しかし、デジタル情報の保存については大きな努力がなされているとはいいがたく、継承されないまま消えていくものも多い。地域の情報を蓄積するための制度としては文書館の設置が考えられるが、多くの自治体にとって必要な収蔵庫面積や人員を確保することは困難である。現在は公文書の多くがデジタル形式で作成され費用が下がっているが、長期的な保存・共有のための仕組みは十分に用意されていない。 東京文化資源会議の地域文化資源デジタルアーカイブ・プロジェクトは、さまざまな主体が地域の文化資源をデジタルアーカイブ化し、それを住民が活用することによって、地域コミュニティの活性化につなげる仕組みの構築を狙いとして活動している。本報告では、 その活動の一環として、千代田区の後援を受けて実施した「デジタルアーカイブ・ワーク ショップ」の内容と結果について紹介する。 そして、このワークショップによる経験を通じて、地域コミュニティがアーカイブを生成する方法を模索する。 ## 2. 先行事例 地域コミュニティによるアーカイブ生成に関連する取り組みとして、ウィキペディアタウン、Europeana 関連の取り組みなどがある。 ウィキペディアタウン[1]は、特に日本においては、ウィキぺディアを編集するイベント (エディタソン)を示す。具体的には、街歩きと地域資源活用が結びつき、オープンライセンスを採用しているウィキぺディアを市民自らが編集する。これらの経験を通じて、参加者は自ら地域情報のアーカイブを作成することの意義、情報の整理やメタデータの重要性、デジタルアーカイブそのものの価値を体感することができる。 Europeana での歴史文書収集と電子化に市民参加型のアプローチも用いたプロジェクトとして「Europeana 1914-1918」[2]がある。第一次世界大戦から 100 周年を期してヨーロ ッパで行われた市民参加型イベントである。地元の人に第一次大戦ゆかりの品を持ち寄ってもらい、その場で電子化とインタビュー、著作権処理などを行って、オーラルヒストリ一とデジタル資料収集を行っている。ヨーロッパ各地で 20 か国超、 18,000 名以上の参加者を得て、21 万点超の資料を集めている。 「Europena 1914-1918」に関連する取り組みとして、オックスフォード大学による 「Lest We Forget[3]」プロジェクトがある。本プロジェクトは、第一次世界大戦の記念品やストーリーのデジタル化と共有を行いたい学校やコミュニティグループと協力して、独自のコミュニティコレクションイベントを多数開催およびサポートした。活動の主な目的は、コミュニティグループや学校を支援し、独自のイベントを開催できるようにすることである。そのため本プロジェクトでは、イベント実施に関するドキュメントやガイドを作成し、トレーニングやアドバイス等を提供した。イベントを通じてデジタル化された資料とストーリーは、オックスフォード大学がホストする共有プラットフォームにアップロー ドされ、Europeana でも検索可能となっている。 ## 3. ワークショップの実施方法 具体的なワークショップの実施方法としては、「Lest We Forget」プロジェクトが公開しているマニュアル「Digital Collection Day Training Pack」[4]を参考にした。ワークショップでは、資料をデジタル化するとともに、参加者に対するインタビューを行い、資料に関する周辺情報も記録する。参加者は、資料の収集、デジタル化、公開、活用までの一連の作業を体験する。これを通じて、コミュニティの中で主体的に地域文化資源を発掘・活用する方法に触れることができる。本プロジエクトでは、このワークショップによる経験を通じて、地域コミュニティがアーカイブを生成する仕組みを模索する。 以下、具体的な実施手順を示す。また、マニユアルをもとに、本プロジェクトで作成したフロア配置図を図 1 に示す。 図 1.フロア配置図 ## 3. 1 Step \#1 受付 - 訪問の目的を確認し、資料の提供を希望する場合はイベントの流れについて説明する。 - イベント風景の撮影することを説明し、写真を公開しても良いか確認する。 - 申込書を渡し、デジタル化した画像はオ ープンライセンスで公開することを説明し、合意いただけたら署名をしてもらう。 - 参加者名簿に記入し、資料返却時に渡すお礼カードに氏名などを記入する。 ## 3. 2 Step \#2 インタビューデスク - 提供者がイベントの流れを理解できているか確認し、リラックスできるように談話してからインタビューを始める。 - 提供者の話を聞きながら、インタビュー シートに記入していく。 - インタビューシートには資料一点ごとについてだけではなく、持ち込んだ資料全体のコンテクストについて話を聞く。 - どの資料をデジタル化するか選び、「資料リスト」に記入する。デジタル化の留意点をメモしておく。 - インタビューした内容に間違いがないか、要点を振り返って確認する。終了後、資料、インタビューシート、受付票をと一緒にトレイにまとめ、デジタル化デスクに移動させる。 ## 3. 3 Step \#3 デジタル化 - 資料を確認し、デジタル化方法 (写真撮影ノスキャナー)を決める。 - 資料を預かり、デジタル化にかかる時間と返却場所を提供者に伝える。 - 画像処理が完了したデジタル化画像をウエブサイト(デジタルアーカイブ)にアップロードする。 ## 3. 4 Step#4 展示$\cdot$交流スペース - デジタル化が完了した画像を展示し、ア一カイブされた情報を通じ提供者同士、見学者が交流する。デジタル化の作業中に待っていてもらう場所としても使う。 —ファシリテーターが、デジタルアーカイブに公開されたデジタル化画像をモニタ一やスクリーンで表示しながら、提供者や見学者から資料に関する情報をさらに聞き出し、関連情報を探す。 - 長時間滞在できない方は、デジタル化の完了予定時間を伝え、後ほど資料を引き取りに戻ってきてもらう。 - デジタル化が完了した資料は、お礼カー ドに必要な情報を記入し、資料と一緒に手渡す。 ## 4. ワークショップの実施結果 図 2. 当日の様子(フロア全体) 2020 年 2 月 1 日に東京都千代田区日比谷図書文化館にて「デジタルアーカイブ・ワークショップ『千代田区の小学校のおもいで』」を実施した。会議室を一室レンタルし、図 1 に示したフロア配置図に基づいて機材等を配置した。実際のフロア全体像を図 2 に示す。テ ーマを「小中学校のおもいで」とし、少子高齢化や再開発に伴って配置の適正化が進む、地域の小中学校の記録を掘り起こし、コミュニティの記憶を後世に残すことを狙いとした。 図 3 は「Step \#2 インタビューデスク」の様子を示す。資料に関するコンテクストを聞きながら、インタビューシートにその内容を記載している。インタビューシートの項目として、「資料に関連する人物」「資料提供者との関係」「場所」や「年代」「ライセンス」などを用意した。 図 3. Step#2 インタビューデスクの様子 図 4 は「Step#3 デジタル化」の様子を示す。特に、資料のサイズが大きく、劣化が激しい資料については、図のように写真撮影を実施した。デジタル化の機材等については、内田写真事務所にご協力いただいた。 図 4. Step#3 デジタル化の様子 デジタル化した資料はデジタルアーカイブシステムに随時登録した。システムとしては、 「Lest We Forget」プロジェクトでも採用されている Omeka S[5]を利用して、24 アイテム、71 画像をシステムに登録した。 図 5 にStep#4 展示・交流スペース」 の様子を示す。デジタルアーカイブシステムをスクリーンに投影し、参加者が資料に関するディスカッションを実施している様子を示す。図は特に、IIIF のアノテーション機能を利用し、資料画像中の特定の箇所にアノテー ションを付与している例を示す。 図 5. Step#4 展示・交流スペースの様子 ## 5. おわりに 本報告では千代田区の後援を受けて実施した「デジタルアーカイブ・ワークショップ」 の内容と結果について紹介した。本ワークショップを通じて、参加者が資料の収集、デジタル化、公開、活用までの一連の作業を体験することで、コミュニティの中で主体的に地域文化資源を発掘・活用する方法に触れる機会を提供した。この結果、資料に対する理解の向上および参加者間の交流が生まれ、本ワ ークショップが地域におけるアーカイブ構築を通じた多様なコミュニケーションの活性化 に寄与し得ることを確認した。 一方、本ワークショップの実施により多くの課題も見つかった。その一つとして、適切な参加者を募ることができなかったことが挙げられる。実際、本ワークショップへの参加者のうち、個人の資料を持ち込んだ参加者は 0 人であった。この理由として、広報不足に加え、テーマを適切に設定できなかった点が挙げられる。本ワークショップでは、参加者を千代田区民に限定したが、千代田区の日比谷はそもそも越境入学者が多い土地であり、千代田区内の小中学校にゆかりのある参加者を集めることが困難であった。今後は、越境入学者の少ない土地で実施する、会場をテー マに合わせて小中学校で実施する、などの改善を行い、他地域での展開につなげていきたい。 ## 参考文献 [1] 日下九八. 地域資料をアーカイブする手法としてのウィキペディアタウン、またはウィキペディアとウィキメディア・コモンズ. デジタルアーカイブ学会誌. $2018,2,2$, p. 120123. [2]高久雅生. 「Europeana の翻刻プロジェクトと日本の翻刻プロジェクト」に参加して, デジタルアーカイブ学会誌. $2018,2,3$, p. 298-299. [3] Lest We Forget, https://lwf.web.ox.ac.uk/home, Accessed on 2020/2/17. [4] Digital Collection Day Training Pack, https://lwf.web.ox.ac.uk/files/digitalcollectio ndaytrainingpackwithformspdf, Accessed on 2020/2/17. [5] Omeka S, https://omeka.org/s/, Accessed on 2020/2/17. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A22] カナダにおけるエスニック・コミュニティの歴史デジタ ルアーカイブの事例報告: 日系カナダ人歴史保存プロジェクト「Landscapes of Injustice」を事例として ○稲葉あや香 1 ) 1) 東京大学大学院学際情報学府 E-mail: [email protected] ## A Digital Archive of an Ethnic History in Canada: A Case of "Landscapes of Injustice" Project for Preservation of Japanese Canadian History INABA Ayaka1) 1)The University of Tokyo, Graduate School of Interdisciplinary Information Studies ## 【発表概要】 本発表では日系カナダ人の歴史保存プロジェクト「Landscapes of Injustice(以下、LOI)」の取り組みを紹介し、エスニック・コミュニティの歴史保存にデジタルアーカイブが果たす役割を考察する。ブリティッシュ・コロンビア州在住の日系人と大学教員との協働で運営される LOI は、公文書や法務書類の収集とデジタル化を通して、戦時中の日系人財産強制売却の実態を伝えることを目的とする。報告者は 2019 年 11 月に LOI 製作陣を訪問し(1)資料デジタル化の動機(2)資料管理の指針(3)日系人コミュニティとの関わりの 3 点について聞き取り調査を行った。その結果、LOI のデータベースの目的が、日系人社会や博物館との関わりを通じて学術利用から公的利用へと移り変わったこと、それに伴い日系人への文書提供などコミュニティ志向の活動が生まれたことが明らかになった。 ## 1. はじめに 本発表は、カナダのブリティッシュ・コロンビア州を拠点とした日系カナダ人の歴史保存プロジェクト「Landscapes of injustice (「不正義の景観」の意。以下、LOI)」の取り組みを紹介し、エスニック・コミュニティの歴史保存にデジタルアーカイブが果たす役割を考察する一助とする。 カナダでは多文化主義政策を背景として、多くのエスニック・コミュニティが自らの歴史を記録する博物館やアーカイブを盛んに作成している。カナダ各地の大学や移民史をテ一マとした博物館はそのような移民史の記録の担い手となっており、エスニック・コミュニティの人々と協働しながら記録を収集している。作成されたアーカイブはコミュニティの経験や遺産を若い世代に伝えるほか、主流社会で行われた差別や不当な処遇を記録し後世に伝えるという意義も持っている。 本発表で対象とする日系カナダ人史におい ては、第二次世界大戦時の日系人強制移住が重要な過去として重点的に記録されている。 1941 年の日本軍による真珠湾攻撃を受けて、 カナダ政府は 1943 年にカナダ西海岸沿岸 100 マイル以内に住む日系人を強制的に立ち退かせ、内陸部の収容施設や労働キャンプに 1949 年まで収容した。加えて、立ち退き後に残された日系人の家財や農地、漁業用船舶などの財産は、収容中に当時の政府機関によって持ち主の同意なく売却された[1]。この一連の経験のうち、比較的調查が進んでいない財産強制売却の実態を調査するプロジェクトとして 2014 年に創始されたのが LOI プロジェクトである。 報告者は 2019 年 11 月 7 日にブリティッシユ・コロンビア州ビクトリア大学(以下、 UVic)において LOI プロジェクト・マネー ジャーのジョーダン・スタンガーロス准教授とマイケル・アベ氏両名をはじめとする主要メンバーを訪問し、(1)資料デジタル化の動機 (2)資料管理の指針(3)日系人コミュニティとの関わりの 3 点について聞き取り調査を行った。 スタンガーロス准教授は UVic 歴史学部の教員で、LOI の発起人である。日系三世であるアベ氏は、過去にビクトリア日系文化協会会長を務めるなどオンタリオとビクトリアの日系人社会に深く関与しており [2]、LOI の運営とネットワーク作りを担当している。以下、特に引用符のない箇所は筆者の聞き取り調査に基づいている。 ## 2. LOI の活動 ## 2.1 LOI の概要 LOI プロジェクトは、第二次世界大戦中に行われた日系カナダ人の財産強制売却の実態を調查・記録しカナダ社会に伝えるプロジェクトである。UVic のアジア太平洋イニシアテイブ・センターに拠点を置く LOI は、13 のパートナー機関を有し、社会科学および人文学研究委員会から受けた 2500 万カナダドルの助成金とパートナー機関からの 3000 万力ナダドルとを資金源とする[3]。メンバーは大学に所属する研究者、博物館職員、日系人団体メンバーからなる。プロジェクトは地権関連書類、法歴史、オーラルヒストリー、教材開発などの 7 つの部会に分かれており、財産強制売却を記録した歴史資料の収集とデジタル化およびデータベースの作成を行っている。 2014 年に発足した LOI は 2 段構えの 7 年プロジェクトで、2014 年から 2018 年までは歴史文書を収集しデジタル化する調査フェーズ、 2018 年から 2021 年までは調查成果の発信フエーズとなっている。聞き取り当時は発信フェーズの 2 年目であり、今後は強制売却の歴史を伝えるイベントや展覧会の開催、デジタルアーカイブの公開、教材開発が予定されている[4]。 ## 2. 2 資料デジタル化の動機 プロジェクト・マネージャーのスタンガー ロス准教授によると、LOI の原型となったデジタルデータベースは、元々は准教授自身の研究のために作成されたものであった。准教授は当初イーストバンクーバーの不動産を調査していたが、その一次資料である地権関連書類は不動産売買の専門機関に所蔵されているためアクセスが難しく、また通常は専門の調査士に有償で探してもらう必要があるため金銭的負担が大きいという課題があった。そこで准教授は UVic 内のヒューマニティ・コンピューティング・メディア・センターと共にソフトウェアを開発し、自身の研究チームが収集した地権関連書類をいつでも閲覧できるデジタルデータベースを作成した。 しかし調查の過程で、強制移住された日系カナダ人の財産の没収と売却を行った敵性外国人資産管理局 (The Custodian of Enemy Property)の記録に注目するようになり、その売買の過程を研究テーマの一つとするようになった。調査の一環で管理局に従事した日系人の手記が保管されている全加日系博物館に行ったところ、博物館側が自身の研究に強い関心を持っていることを知り、博物館との交流が始まった。そしてスタンガーロス准教授と全加日系博物館それぞれの関心を取り込む形で、他の研究者や機関を巻き込みながらプロジェクトの規模が拡大していき、最終的に 2014 年に連邦の助成金を獲得し、それを原資に同年にLOIを開始した。 このように、LOI の前身となるデジタルア一カイブ作成の当初の理由は、必ずしも日系人社会への関与を念頭に置いたものではなく、学術調査のコスト削減のためであった。准教授自身も、財産強制売却の研究を始めた当初は、デジタルアーカイブの使途を明確にイメ ージしていたわけではなかったという。しかし、日系人の歴史をテーマとしたカナダ最大の博物館である全加日系博物館が准教授と関心を共有したことがきっかけで、現在の LOI は准教授の主要プロジェクトの一つとなった。 デジタルデータベースも、研究の一次資料という役割に加えて、日系人の歴史を伝えるためのプロジェクトの成果物として公開される方向となった。 ## 2. 3 資料管理の指針 次に収集する資料の選定と資料デジタル化について述べる。LOI の文書デジタル化の基準は、当然ながら「日系人財産強制売却と関連の深い文書であること」だ。連邦、地方政府、地域など各レベルの文書を取り扱うが、中でも重視されるのは政策文書と行政文書、 地権をはじめとする法務文書である。主な対象資料は日系カナダ人の地権関連書類と、カナダの諸行政機関による財産没収に関わるケ一スファイルである。調査の便宜上、対象地域はブリティッシュ・コロンビア州内で日系人の集住地域であった 4 地域—バンクーバー、 スティーブストン、メイプルリッジ、ソルトスプリング島—に限定している。 まず地権関連書類について、戦前バンクー バーの日系人集住地域であったパウエルストリートの文書のデジタル化に最初に着手した。戦前の同地域では人口の $40 \%$ ほどを日系人が占めていた。調查フェーズにおいて、LOI は全加日系博物館と地理学者と協働し、2 年間かけてパウエルストリートの地権関連書類すべての確認とデジタル化を終えている。ケー スファイルについては、強制移住させられた日系人の資産の押収と売却を行った行政機関である敵性外国人資産管理局や、売却された資産に関するクレームを取り扱ったバード・ コミッションのファイルを主にデジタル化する。現在に至るまで図書館、地方自治体の文書館など約 2000 のレポジトリを調査して文書目録を作成し、デジタル化が必要な文書を洗い出している。 デジタル化の作業にあたっては、LOI はカナダ国内の図書館や文書館とパートナーシップを活用している。行政文書のデジタル化はパートナーシップ事業の一環として進めており、図書館が所蔵資料をデジタル化して LOI に提供し、LOI はデータの目録作成とメタデ一夕を付与するという資料交換を行っている。図書館側にも記録をオープンにするという義務があるので、パートナーシップにおける文書デジタル化は LOI と施設との利害が一致して行われている。また図書館や文書館が調査者向けに設けたデジラボ(デジタル化のための専門的機材を利用できる設備)を利用できるようになったことも、デジタル化戦略に変化を与えている。例えば、あるファイルの中に必要な文書があるとき、ファイルから文書を一つずつ抜き出さずにファイルを丸ごとデジタル化することが可能になったため、何をデジタル化するかの判断にかける時間が減り、 デジタル化の作業効率が上がったという。 ## 2. 4 日系人コミュニティとの関わり LOI の取り組みは、ビクトリアの日系人コ ミュニティとの間でどのような影響を与え合ってきたのだろうか。例えば、現在では主要活動の一つであるケースファイル収集は当初は予定されていなかった。しかし、プロジェクトの過程でビクトリアの日系カナダ人歴史家の要望に接する中で主要活動にまで発展したのである。当初は対象とする前述の 4 地域のケースファイルのみを調査対象としていたが、地元ビクトリアの日系人歴史家たちから 「なぜ対象地域がこの 4 力所のみなのか」「この活動はどのようにビクトリアの日系人史に貢献するのか」と問われたことをきっかけに対象を拡大する。例えば、ケースファイルの約 9 割は非公開であるが、LOI は対象 4 地域のファイルから射程をさらに広げ、長期的にはその非公開資料も含めた全てのケースファイルの公開を目指すこととした。LOI プロジェクトの資料管理の目的は、地域を絞った選択的な調查から、財産強制売却の影響を受けた日系人たちが記録にアクセスできるようにするという、より包括的なものへと変化してきたのである。 アーカイブ作成のほかにも、調查成果の日系人コミュニティへの還元として、アベ氏が中心となって日系人たちの求めに応じて収集したケースファイルを配布している。ケースファイルは、日系人の資産の保管や請求に関する手紙や抗議文、聴聞記録からなるため、日系人の請求者一人一人の言葉や行動が仔細に記録されている。そのため、家族の過去を知りたい日系人にとっては興味深い家族の記録となるのである。ファイルの請求はカナダ各地にある日系カナダ人文化センターなどの施設を通して寄せられ、LOI スタッフが請求者の家族にまつわる書類を集め、PDF ファイルへ統合して送付するという流れである。 ではこのケースファイルは、それを取り寄せた日系人にとっていかなる意味を持つのだ万うか。一般に日系カナダ人社会では、トラウマ的な財産没収の経験を家族にも話さない者が少なくない。それゆえ若い世代の日系人たちの中には、両親や祖父母の戦時中の経験をケースファイルに含まれる資産に関する文通や抗議文、聴聞会記録を読んで始めて知る場合がある。その 1 例として、映画監督のリンダ・オオハマが挙げられる。オオハマはアベ氏が送ったバード・コミッションのケースファイルを通して、船大工であった亡き祖父 オトイチ・ムラカミが鋸や釘などの工具を熱心に取り戻そうとしたことを初めて知った。 それまで彼女の記憶の中の祖父は「怒りつぽい老人」であったが、実は船大工の仕事に強い情熱を持っていたことを知り、ファイルに経られた祖父の記録をもとに演劇を作成した。 ケースファイル提供を担当するメンバーのナツキ・アベ氏は、「日系カナダ人の歴史語りでは、財産没収が起きてしまったのは日系人たちが抵抗しなかったからだ、という理解が一般的。しかしケースファイルには日系人が主体性を持って不当な処分に抵抗したことが記録されている。また資料提供を受けた日系人は、財産没収に遭った家族の記録を読むことで、家族の中の溝を埋めることができる」 と述べる。 ## 3. おわりに 本発表では、カナダにおける大学とエスニック・コミュニティとのアーカイブを通した協働の一例として LOI の活動を報告した。 LOI のデジタルアーカイブは、現在は日系人コミュニティへの貢献を目的としている。具体的には財産強制売却の実態をカナダ社会に伝える手段として公開が目指されており、その成果はカナダ各地の日系人へのケースファイルの提供という形でも還元されていることが明らかになった。しかしながら、LOI のア一カイブは当初から日系人コミュニティへの貢献を志向していたわけではなかった。聞き取りを通して、LOI は元々大学研究者の調査ツールであったところ、日系人博物館や地元日系人社会との交流を通して、日系人の歴史を伝えるプロジェクトへと変化したことが明らかになった。 この LOI の目的と活動内容の変遷は、「デジタルアーカイブを社会の中でどのように活用するか」という課題を考える上で示唆的である。仮に LOI の「日系カナダ人の歴史保存のためのアーカイブプロジェクト」という現在の姿のみを見ていたとしたら、なぜ LOI がケースファイル収集や配布を行うに至ったのかといった経緯は理解できない。しかしその技術的環境やアーカイブ製作者、ステークホルダーなどの動きといった社会的文脈に着目した結果、現在の活動が、大学研究者と日系人団体と文書館・博物館とがプロジェクト初期から協働を重ねていたこと、文書のデジタル化により授受が容易になったことなど様々な文脈に拘束されていることが明らかになった。ここから、逆に既存のアーカイブがどのような技術的・社会的文脈に拘束されて現在のような使われ方をされているのかを考察していけば、それは新たに作られるアーカイブの制度設計や社会貢献の形を構想する際の材料となることが期待できる。本発表がその一助となれば幸いである。 ## 参考文献 [1] Miki, R; Kobayashi, C. Justice in Our Time: The Japanese Canadian Redress Settlement. Talonbooks, 1991. [2] Landscapes of Injustice. "Project Offic e". Landscapes of Injustice. https://www.l andscapesofinjustice.com/project-office/, (a ccessed 2020-2-25) [3] University of Victoria. "Landscapes of Injustice". University of Victoria. https:// www.uvic.ca/research/centres/capi/research /home/projects/landscapes/index.php, (acce ssed 2020-2-25) [4] Landscapes of Injustice. "What we do". Landscapes of Injustice. https://www.land scapesofinjustice.com/what-we-do/, (access ed 2020-2-25) この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A21]祭りの準備に着目したデジタルアーカイブの構築:美濃まつりの記録を例として ○林知代 1 1) 1) 岐阜女子大学,〒501-2592 岐阜市太郎丸 80 E-mail: [email protected] ## Construction of digital archive focusing on festival preparation: Take the record of Mino Festival as an example Hayashi Tomoyo ${ }^{11}$ 1) Gifu Women's University, 80 Taroumaru, Gifu, 501-2592 Japan ## 【発表概要】 ビックデータや AI で活用されるデータがファクトデータを中心とされているのに対し、デジタルアーカイブで収集されるデータは、ファクトデータとそれに付随するメタデータを一対の記録としてとらえられている。デジタルアーカイブの記録では、メインのデータとなるマルチメデイアファイルとそれを説明する文字情報を一対として記録・管理する事が重要な要素となると考える。そこで、本研究では、岐阜県美濃市で開催される美濃祭りの花みこしの祭りと準備の記録をとりあげ、デジタルアーカイブとしてどのようなデータが収集できるかを実践し、その情報の構成について検討したので報告する。 ## 1. はじめに 祭りの記録は、祭り当日の記録を指すことことが多く、特別な「はれの日」として記録される。また、今日では参加者や見学者の SNS 等に発信され、インターネット上にも大量のデータが残されていく。一方で祭りの準備については、携わる人も祭り当日の比べて少なく、毎年の事として特別な感情がないためか、記録されることも、発信される事も少ない。[1] しかし、準備の記録の中には、伝統文化と して、後世に伝えるべき情報が多く含まれていると考えられる。 そこで、本研究では、岐阜県美濃市で開催される美濃祭りの花みこしの祭りの記録と準備の記録をとりあげ、デジタルアーカイブとしてどのようなデータが収集できるかを実践し、その情報の構成について検討したので報告する。 ## 2. 美濃まつりの概要 美濃まつりは,岐阜県美濃市の八幡神社の春の祭礼であり,例年, 4 月第 2 土曜日とその翌日の日曜日に開催される。 昭和初期に始まり,桜色に染められた美濃和紙で飾られた 30 基余りの花みこしが市内を練りまわる「花みこし」(図 1),江戸から明治時代に制作されたからくり人形を有した 6 輌の山車(県指定重要文化財)と 9 両の練り物が市内を練りまわる「山車」「練り物」,明治初期から始まった落ちのついた素人による即興劇である「にわか」を,仁輪加車を中心とした笛・太鼓・小鼓などの仁輪加囃子を演奏しつつ,町中を巡り,指定の十数箇所で演じる「流し仁輪加」の 3 部から成っている。 [2] 図 1.美濃まつりの花みこしの様子 明治末までは旧地名の「上有知まつり」と呼ばれており,美濃町に町名が変わった時に祭りの名前も「美濃まつり」に変わつた。 本研究で取り上げた花みこしの起源は、江戸時代の雨乞い行事に「町騒ぎ」とされている。「町騒ぎ」とは、各町内が様々な造り物を担いで太鼓や踊りと共に町中を騒ぎまくることであったが、様々な作り物の中に、「し ない」を取り付けたものがあり、明治・大正にみこしの形になり、昭和に入って、美濃和紙を使って飾るようになり、現在の形に発展してきたとされている。[3] ## 3. 花みこしの準備の記録 本研究では、美濃市東市場町を中心に 2019 年の美濃祭りの前日の花みこし組み立てから記録を始め、2019 年に祭り当日の記録、2020 年の祭り準備を記録している。 ここでは、花みこしの準備の工程として、竹竿の準備、花さお作り、花みこしの組み立ての 3 つを取りあげる。 ## 3.1 竹等の準備 東市場町では、大人みこしと子供みこしの 2 つのみこしが作られ、作成するのに、 4 尺から 16 尺の長さが異なる竹竿が 350 本余り必要となる。 そこで、祭りが終わって落ち着いた 5 月に、竿洗いが行われる。(図2) 花さおから花を外し、洗って、来年の祭り再利用可能な竹竿の選別と保管が行われる。町内の各家庭から 1 名の参加が義務づけられている。 図 2. 竿洗いの様子 昔は再利用などしないで、毎年新しい竹竿を使っていたそうだが、現在は竹薮が減ったためと、購入すると高いため、出来るだけ再利用を試みているそうだ。しかし、花をはるのりを虫が好むため、このような努力をしても結局虫に食われてしまうことも多いという。足りない竹竿は、町内の竹林から切り出し、竹を割って作成される。竹の長さを測って切り、その竹を図 3 のような器具で 4 本に割り、約 $1.4 \mathrm{~cm}$ 幅にカットし、ヤスリをかけて表面を滑らかにしていくという手順で完成する。 図 3. 竹割りの様子 東市場町では、若衆連のメンバーが中心に加え元若衆連のメンバーを加え 20 名程の人数が集まれるため、自分たちでこの作業を行うことができるが、過疎化で人数が集まらなくなった町では、業者等の依頼して行う。 そのような町では、個人の経済的負担が大きくなるため、だんだん花みこしを出せなくなる町が出てくる可能性もあるそらである。 ## 3.2 花竿作り 花は、機械すきの和紙であるちり紙を 4 分割した紙をピンクに染め、 2 枚をあわせて中心にこよりを通したものである。(図 4) 図 4. 花 この花を、緑の紙テープとのりを使って、竹竿に貼ってたものが花さおとなる。 花の材料となる和紙は、東市場町では、カットして染めたものを業者で購入するが、町によっては、独自で染めている町もある。 濃いピンクからほとんど白に近いピンクまで、花の色には町毎に伝統的なこだわりがあるということだったが、2020 年の祭りでは、染めを行う業者が色に対応できなくなったため、この伝統は、多くの町ではすたれてしまうとのことだった。 こよりをより、花をつくり、しないに貼る作業は、正月明けから、材料が各家庭に分配されて始まる。東市場町では 1 軒につき約 400 個の花を作る。 1 基の神輿に、約 60000 個の花が必要だそうで、まさに町を挙げて、祭りの準備が行われる。 ## 3.3 花みこしの組立て 2019 年の東市場町の花みこしの組立ては、祭りの前日の朝 9 時頃から始まり、頭元と呼ばれるみこしの中心となる花ざおがたてられ (図 5)、長さの異なる竿が追加されていき、最後に一番長い花ざおが追加されて組み立てされていく(図 6)。途中昼休憩を挟み、締め縄を結ぶなど、花みこしの内部を飾られ (図 7)、15 時に完成した(図 8)。 図 5.頭元を立てる様子 図 6. 花さおがいれられる様子 花さおの長さ、本数、最終的なみこしの大きさ、すべてに町毎の伝統的なこだわりがこめられていて、それらを年長者から若手に伝えられながら進められていた。 その上で、竿をとめる針金をプラスティック製に変えたり、肩が痛くならないように神輿の竿にのスポンジをまいたり、現在の資材を使った新しい工夫も加えられていた。 このような工夫が定着し、また伝統となって伝えられていくことになると考えられる。 図 7.しめ縄がむすばれた様子 図 8. 完成した花みこし ## 4. 祭り当日の記録 2019 年 4 月 13 日(土)に行われた美濃まつ りの花みこしの記録を行った。 朝 8 時 30 分より八幡神社に奉納を行って神社を出発し、町内を練り歩く。 12 時 30 分より全花みこしが集まって総練りが行われた。 そこで、朝まず八幡神社の近くにで移動し、 その後は徒歩で撮影しながら町内を移動、最後の総がらみが行われる交差点に行き、民家の 2 階からの撮影をおこなった。 図 9. 八幡神社奉納の様子 図 9 は、八幡神社での花みこしの奉納の様子である。 祭儀の様子や後世に残すべきものだと感じられる花みこしの迫力ある映像を記録すること ができた。 しかし、祭りでお酒が入った状態の人々から、事象についての情報を得ることはかなり難しいと感じた。 ## 5. 情報の構成の検討 これまで述べてきたように、準備の記録と祭り当日の記録を実践し、祭り当日と、準備では記録できる内容に違いがあった。 祭りそのものの情報は、やはり当日行われる祭事の記録が重要となる。 一方で当事者の話を伺いやすいのは準備の記録時であった。準備の記録では、花みこしがどのように出来ているか、組織、作業の工程、祭りを継続していくための工夫など、現在の状況に関する多くの情報を得ることができた。 祭りの当日のみを記録した場合、資料のメタデータ作成の過程では、文献や、既存のデジタルアーカイブを調査して作成することになるが、準備の記録で得た少しだけ過去の情報をメタデータの作成に生かすことが可能となる。 図 10. 祭りのデジタルアーカイブの構成 祭りのデジタルアーカイブの情報の構成として、図 10 に示したように、祭りの記録の成果物ともいえる当日の記録に対して、過去の記録である文献や既存のデジタルアーカイブと制作工程の記録として捉えることができる準備の記録をメタデータと捉えた構成を検討した。 ## 6. おわりに ビックデータや AI で活用されるデータがフアクトデータを中心とされているのに対し、 デジタルアーカイブで収集されるデータは、 ファクトデータとそれに付随するメタデータを一対の記録としてとらえられている。 デジタルアーカイブの記録では、メインのデ一タとなるマルチメディアファイルとそれを説明する文字情報を一対として記録・管理するのが重要な要素となると考える。 このメタデータを充実させるにあたり、祭りの記録においては準備の記録が重要であることが今回の実践ではあきらかになった。 また、メタデータは、検索技術の面から現在は文字情報であることが多いが、技術の発展によりマルチメディアファイルでの検索が可能になることを想定し、実際に祭り当日の記録ファイルファクトデータとし、準備の記録ファイルをメタデータとした、データベースを構築することを今後の課題としたい。 本研究の美濃まつりの記録には、美濃市の皆様、岐阜女子大学文化創造学部の教員および学生の皆様に多大なご協力いただきました。ここに感謝の意を表します。 ## 参考文献 [1] instagram でハッシュタグ検索をしたところ、#美濃まつりでは 851 件 #美濃祭りでは 1032 件の投稿が検索されるが、表示された約 1200 枚余りの画像を確認したところ準備の様子の画像は 55 件程であった。 $(2020 / 2 / 21$ 現在) [2]美濃市.美濃まつりちらし. 2019 [3]美濃市史通史編上巻. 1979. p.678-722, この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# 立教大学 大学院21世紀社会デザイン研究科/ヤフー株式会社 # # はじめに 2019 年 10 月 31 日未明、沖縄・首里城で火災が発生 し正殿は灰噜に帰した。正殿を挟むように建つ北殿と 南殿も焼け落ちた。さらに城内で保管されていた琉球王国時代の絵画や漆器、紅型の染織などおよそ 1500 点 のうち打よそ 400 点が焼失したとされる ${ }^{[1]}$ 。火災から 5 日後に大学院の学生たちと沖縄に向かい、まず首里城を訪ねてみたが、まだ現場検証が続いていて守礼門 を抜けた歓会門までしか行くことができなかった。こ こも普段なら観光客であふれているのだが、警備員以外誰もいなかった。いずれにしても私自身にとって、首里城が焼け落ちたことは大きな衝撃だった。 それというのも 1990 年から 94 年まで首里城そばの 首里金城町に住み、NHK 沖縄放送局のディレクター として首里城正殿復元の記録を残すためにしばしば建築現場に入って撮影し、琉球王国や首里城に関する番組をいくつも制作していたからだ。私生活でも幼い長女を連れて首里城前の芝生広場によく出かけたもの だった。この広場は娘のお気に入りで休日は早朝から せがまれて散歩に行った。首里城南側の高い石垣の脇 を歩いて首里城公園に入り、なだらかな芝生を登って いくと朱塗りの正殿が屋根から徐々に見えてくる。壮大で気品があり、また唐風と和風が絶妙に組み合わさ れながら、琉球独自の世界を表す。国内外のどんな歴史的建造物にもないユニークさだ。 ## 海洋交易国家の象徴だった首里城 首里城の歴史を振り返る。1429 年、「佐敷按司」という沖縄本島南部の豪族だった尚巴志が三山(中山、北山、南山)を統一して第一尚氏王統を建て、同時に首里の城(グスク)を居城とした。その後、第二尚氏王統の第三代・尚真王は各地にいた按司などの豪族を首里城周辺に集めて住まわせる中央集権体制を整えた。15世紀末から 16 世初頭のことである。そのために首里城は、 1992年に復元された首里城正殿筆者の長女が火災の二週間前に撮影 周囲の街区整備とセットで大規模な改修が行われた。巨大な城壁に貯水の役割を担わせると同時に、城の北東側に龍譚池、円鑑池などを配置して人口増に伴う水需要に対応させた。尚真王は、そうした改修と整備を進めつつ、宮古、八重山から奄美までを版図に収めて琉球王国という一大海洋国家を完成させたのだ。その王国の権威を国内外に示す首里城正殿は、その後戦火などで数回焼失し、1715 年に再建されたものが 1945 年まで存在した。沖縄戦では、首里城直下に日本軍の長大な司令部壕があったために、連合軍の激しい艦砲射撃と空襲を受けて首里城は瓦礫と化した。 ## 手探りで行われた復元 その失われた首里城正殿など 1992 年完成の復元はどのように進められたのだろうか。 当初、復元に必要な資料や絵図、関連の文書などは多くが沖縄戦で失われ、残ったものも所在が不明だったり、分散したりしていたことで、昭和初期の写真や幾つかの記述しかないと思われていた。特に正殿の内部がどうなっているのかはほとんど分からなかった。 1980 年代前半までは、旧法での国宝だったにもかか わらず関連資料などがアーカイブとしては不完全だったのだ。そうした状況の中で、当時の浦添市立図書館長の高良倉吉氏(のちに琉球大学教授を経て沖縄県副知事) らは、大正末から昭和初めに沖縄文化の調査研究に当たった鎌倉芳太郎のコレクションに注目した。鎌倉は、戦前期に沖縄に渡り先島まで広く調査を行なった琉球文化研究の第一人者だ。大正末、経済的に困窮した沖縄県が首里城正殿を解体するというのを聞きつけて中止させたことでも知られる。彼は、大正末から昭和初期にかけて自ら建造物から美術品や宗教儀式などを撮影しながら、模写図や資料も大量に残している[2]。 そこには首里城や琉球王府に関する大量の写真と詳密な記述があった。同時に、琉球王統である尚家文書のなかにも王国時代の首里城修復に関する記録があることが確認され、完全なものではないにしても復元に活かせる情報がかなり集まった。それらを収集して、 どうしても記録のない箇所に関しては関連度が高いと思われる絵図などから推測して復元を進めたのだった。そして、沖縄の本土復帰 20 年の 1992 年に正殿を始め北殿、南殿、各門の復元が完成した。 ## 人々の首里城への思い この時の首里城の復元は沖縄の人々にはどのような意味を持ったのだろうか。 首里に住んでいる時に町内会の役員をつとめたのたが、その時の町内会長は上江洲安英さんという方で、「首里城復元期成会」の副会長をつとめていた。上江洲さんは、かつて鉄血勤皇隊(師範学校男子部と県立一中の生徒で組織された学徒隊)の中の千早隊の一員で、通信兵として沖縄戦では砲爆撃下戦場を駆け巡り多くの同級生を亡くした。この鉄血勤皇隊も首里城の真下の壕を拠点としていたので、撤退時に焼け落ちるのを目の当たりにしたのだ。その後の復興、米軍政、復帰という激動の、大国に翻弄された時代を生きてきたがゆえに、上江洲さんは、首里城の復元は沖縄の誇りを取り戻す意味で何としても実現したい夢なのだと語ってくれたことを覚えている。今回、上江洲さんにお会いすることはなかったのだが、自身の人生で二度目の焼失に染く心を痛めているのでないだろうか。 ところで、1992 年に正殿の復元が完成した時の人々の反応を、私は不思議な感覚でよく覚えている。なぜなら喜びと驚きに混じって戸惑いを感じるという意見や感想を数多く聞いたからだ。それは、沖縄でも多く の人は出来上がるまでは、首里城の持つ意味というか感覚を持っていなかったからではないか。戦前に首里に住んでいた年配の人以外は首里城についての記憶がほとんどなかったのた。かつての琉球王国が、中国から東南アジアを駆け巡った交易国家であったということは歴史として学んで知っていても、そのことを、正殿の姿を目の前にして初めて自らの歴史として掴み取ったということだったのではないだろうか。一方で、当初はその真新しいきらめきに映画のセットのようだと言う人もいた。そうして、復元から 20 年あまりの時間経過でピカピカの壁面が日や風を浴びて落ち着いた色を帯びて行ったように、御城(「うぐしく」と尊敬と親しみを达めて沖縄の人々は呼ぶ)は、徐々に人々の心の底に馴染んでいき、首里城の存在と沖縄独自の歴史と誇りとを合わせていくことができたのだと思う。 ## 復元から再建へ、そして収蔵品のデジタルアー カイブ化 27 年前に復元された首里城は焼けてしまった。今度は再建である。実際に見たことのない城を復元するのではない。沖縄の人々は、今度は自分たちの心のうちの首里城を蘇らせることに気持ちを合わせて取り組まれることだろう。 一方、建造物とともに失われた絵画や漆器、染織、古文書などはおよそ 400 点に上る。そこには、「雪中花鳥図」、「江戸上り図」(江戸幕府へ派遣された琉球王府の使節を描いたもの) など貴重な絵画も含まれる。当然のことだが焼失した収蔵品は元には戻らない。そこで、首里城公園を管理し、調査・研究を行なっている「沖縄美ら島財団」に話を聞いてみた。財団では、焼失したものも含めて収蔵品については画像のデジタルデータを保管しており、配信・公開することの検討が始まっているとのことであった ${ }^{[3]}$ 正殿など建物の再建については国内で多額の寄付金が寄せられるなどその機運も高まっており、今後進んでいくことだろう。 同時に、焼失した収蔵品についてはその画像や詳細な記述をデジタルアーカイブに整備してできるだけ早く公開されることが望まれる。 ## 註・参考文献 [1] 琉球新報朝刊 2019年11月7日 [2]「沖縄文化の遺宝」鎌倉芳太郎著 1982年 10 月岩波書店 [3] 一般財団法人「沖縄美ら島財団」への聞き取り2019年11月 13 日
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# [A14]行政における文化財情報の電子化と発信:埋蔵文化財行政のデジタル技術活用の動向 ○高田祐一 ${ }^{1)}$, 昌子喜信 2 ), 矢田貴史 $\left.{ }^{2}})$ 1)奈良文化財研究所,〒630-8577 奈良市二条町 2-9-1 2) 島根大学, 〒690-8504 島根県松江市西川津町 1060 島根大学附属図書館 E-mail: [email protected] ## Electronicization and dissemination of cultural property information in administration: Trend of digital technology utilization of buried cultural property administration TAKATA Yuichi ${ }^{1)}$,SHOJI Yoshinobu ${ }^{2}$, YADA Takashi ${ }^{2}$ 1) Nara National Research Institute for Cultural Properties, 2-9-1, Nijo-cho, Nara City, 630- 8577 Japan 2) Shimane University Library 1060, Nishikawatsu-cho, Matsue-shi, Shimane, 690-8504 Japan, ## 【発表概要】 文化財調査の現場においては、デジタル技術が浸透しつつある。デジタル機器によるデータ取得時の必要精度やファイル形式など、デジタルならではの留意すべき点がある。一方、デジタル技術の活用によって文化財に関する情報発信という点においては、広く周知するということが可能となった。特に発行部数に限りがあることから、閲覧環境の確保に課題のあった発掘調查報告書について、電子公開する事業が全国展開され、活発な利用がなされている。これらの動向に対応するため、文化庁はデジタル技術活用について、『埋蔵文化財保護行政におけるデジタル技術の導入について』にて対応指針を報告している。本稿では、行政における文化財情報の電子化と発信という点において、近年の動向を整理したうえで、課題と見通しを考察する。 ## 1. はじめに 行政の文化財関係機関には大量の文化財に関する記録が蓄積されている。特に埋蔵文化財行政において、発掘調査で取得された記録類(写真、実測図面、測量情報)などは、調查の 1 次資料として保管されている。これらの貴重な記録類は、デジタル化によって情報の保全を図ることができる。 デジタル技術の活用によって文化財に関する情報発信という点においては、広く周知することができる。またフィルムカメラ市場の急速な縮小によって、デジタルカメラに置き換わりつつあるなど、デジタル技術が急速に浸透しつつある。 しかし、文化財を次世代に継承していくという観点からは、技術的な新規性よりも長期的安定性に配慮することも重要である。デジタル機器によるデータ取得時の必要精度やフアイル形式など、デジタルならではの留意す べき点がある。本稿では、行政における文化財情報の電子化と発信という点において、近年の動向を整理したうえで、課題と見通しを考察する。 ## 2. 報告書電子公開の行政的位置づけ 2. 1 報告書をめぐる状況 文化財行政においては基礎資料であり、考古学・歴史学には学術資料となる報告書は、全国で年間千数百冊が刊行されている[1]。報告書はそれぞれ数百部程度印刷され、文化財関係機関、大学や図書館等に配布される。これらの報告書は「将来にわたって保存されるとともに、広く公開されて、国民が共有し、活用できるような措置を講じる必要がある。」 とされる[2]。 しかし、発行部数に限りがあり、商業出版の流通基盤に乗らないため、図書館界では入手や閲覧が困難な「灰色文献」として位置づ けられ、閲覧環境の確保に課題があった。 考古学・歴史学など文化財に関わる学問は蓄積型学問であり、調査研究事例と知見を蓄積することで深化していく。そのため、情報が増加するほど善と考えられる。しかし情報が膨大になるほど、必要とする情報に適切にアクセスすることが困難になる。多量の情報を処理するには IT が有効であるが、文化財情報の特性にあわせた対応が必要である。 ## 2. 2 デジタル技術導入の指針 先述のように文化財保護の観点からは長期的な視点が必要である。文化財の記録という意味で精度についても考慮する必要がある。 そこで文化庁においては、埋蔵文化財行政におけるデジタル技術の導入全般に関する考え方を示している。『埋蔵文化財保護行政におけるデジタル技術の導入について(報告)』 (以下、デジタル報告)13にて整理している[3]。1 はデジタルカメラの導入について、 2 は報告書のデジタル化ついて、 3 は 1 次資料のデジタル化について整理している。 デジタル報告 2 では、発掘調查報告書の本来的な在り方を確認するとともに,デジタル技術の効果的な利用について提言している。印刷物とデジタルの報告書は補完関係であると整理し、報告書の媒体のありかたとして、印刷物、高精度 PDF、低精度 PDF の 3 つのあり方をそれぞれ検討している。印刷物は、保管の安定性、精度や真正性などですぐれているが、発行部数が限られるため、報告書を国民が簡単に閲覧することに課題があった。 また、全文検索もできない。一方、デジタルの記録ではテキストの全文検索など可能である。高精度 PDF は精度ではすぐれているもののファイルサイズが大きいため、活用という点では実際の運用が難しい。低精度 PDF は、精度という点では問題があるが、テキストデ一タの検索に有用である。以上の点を踏まえると、報告書 PDF を「印刷物のインデックス」 と位置づけ、PDF は印刷物の報告書活用を促進するものと整理できる。そして「奈良文化財研究所が運営する「全国遺跡報告総覧」は、低精度 P D F による公開に係る問題を克服したシステムであるので、積極的に参加すること」と結論付けている。 2017 年 8 月に公開された日本学術会議史学委員会文化財の保護と活用に関する分科会による提言「持続的な文化財保護のために一特に埋蔵文化財における喫緊の課題一」においては、全国遺跡報告総覧(以下、遺跡総覧) は「アクセスできる環境を作り出すだけでなく、災害等で報告書が失われる事態が生じた際のバックアップ機能を担い、地域の復興を文化財の力によって後押しする役割も期待できる」と評価し、「すべての組織が、報告書の積極的な登録を進め、調査成果の公開に意を払うよう、強く要望する」とする。 ## 3. 文化財情報の公開促進に向けた課題 3.1 全国遺跡報告総覧 遺跡総覧の前身である全国遺跡資料リポジトリ・プロジェクトは、貴重な学術資料でありながら、流通範囲が限られ一般に利用しづらい報告書をインターネット上で公開することで、必要とする人が誰でも手軽に調査・研究や教育に利用できる環境の構築を目指し、 2008 年度から全国の 21 の国立大学が連携して取り組んだプロジェクトである。2017 年度から発展的継承として奈良文化財研究所が 21 あったシステムを「全国遺跡報告総覧」 として統合し、代表機関として運営している。大学、自治体、博物館、法人調查組織、学会等と共同で推進している事業である。前述の報告書をめぐる行政的位置づけが整理された結果、遺跡総覧へのデータ登録参加機関が全国 864 機関となった(2018 年 5 月時点)。 各機関が文化財に関わる報告書の PDF を遺跡総覧に登録する。メタデータとして、書誌情報と遺跡抄録も合わせて登録され、基本的な検索に利用できる。PDF に含まれているテキスト情報を取り込むことで、全文検索に利用している。さらに画像検索機能も現在開発中である。テキスト検索と画像検索によって報告書の内容自体を検索できることになる (図1)。 図 1. 全国遺跡報告総覧へのデータ検索方法 図 2. 頻出の文化財関係用語可視化 人文系学問では専門用語が混乱している。 しかし田中玩氏は、専門用語の使いかたは人文系研究者の考え方の根底にあるものであり、統一はするべきではないし困難である。しかしデータベース利用など成果を社会に普及する面では、用語の関係性を整理する必要があると指摘している $[4]$ 。遺跡総覧内部には文化財関係シソーラス(用語 70411 語)を構築し、類義語・日英対訳による検索を実現している。英語の用語を入力するだけで、日本語用語に自動変換したうえで類語を付与して検索できる。日本語の専門用語をすべて習熟しなくとも、英語のみで網羅的な検索を実現している。 また遺跡総覧には 17 億文字 (2019 年 1 月時点)のテキスト情報が登録されている。これらのテキスト情報について、専門用語の出現頻度や地域ごとの特徴語を図化し可視化している(図 2)。図にすることで、専門家ではないユーザにとっても選択式で検索ができることから、情報アクセスのハードルを下げるものである。個別の報告書ごとに頻出語を力ウントしそれらの構成から類似報告書を自動提示する機能がある。類例調查に効果を発揮し、調査研究に役立つ機能である。 印刷物としての報告書の存在を知らしめ、 その活用を促進するためにCiNiiBooks の書誌番号である NCID と国会図書館サーチの JP 番号を遺跡総覧のメタデータに登録している。 ID をクリックすることで所蔵館を確認することができるため、デジタル $\rightarrow$ 印刷物への動きを確保している。それぞれ機能の詳細は拙稿を参照されたい[5]。 遺跡総覧は、2015 年度の年間ダウンロー ド数が 52 万件、 2016 年度が 84 万件、 2017 年度が 97 万件で利用実績が急増している。 2017 年度のページ閲覧数が 7277 万件であった。全国の文化財担当職員だけでは説明できない数字であり国民に活発に利用されているといえる。報告書へのニーズを新たに掘り起こすとともに、国民の文化財への意識の向上、調査研究の深化、文化財関係者の育成など、地域づくり・ひとづくりにも効果がある。 ## 3. 2 デジタルに対応する人材の育成 今後、文化財関係機関に蓄積された紙の記録類およびフィルム・ネガ類のデジタル化の需要は増加すると考えられる。それは物理的な媒体である以上、情報劣化を免れられず、情報を保つためには、その時点でのデジタル化が有効である。アナログ媒体からのデジタル化データとボーンデジタルのデータについて、それを長期保管するための仕組みや製品についても必要とされるだろう。 これらの電子化およびデジタルデータの保管活用には、文化財の特性や目的に合わせた対応が必要である。文化財は定性的情報が多いため、文化財に関わる情報の電子化には文 化財専門家による一種の翻訳作業が必要である。そのため文化財に関わる専門家は、文化財を守るためにもデジタルデータに関する一定の知見も必要とされるだろう。 奈文研では、文化庁と連携しながら、全国の地方公共団体の文化財担当職員向けに研修事業を実施している。既にG I S、三次元計測、報告書の電子化等については既に開講している。しかし、デジタルデータの長期保管や活用面からは内容に不十分であったため、 2019 年度からデジタルアーカイブ課程を開講する予定である。文化財のデジタル化、デー 夕の活用面では知的財産にかかわる知識が必須である。公益に資するために情報をオープン化していくためにも体系的な知識習得が不可欠である。 ## 4. おわりに 全国の文化財関係機関には、膨大な記録類が蓄積されている。これらを適切に電子化し活用することができれば、国民共有の財産として公益に資することができる。次世代に確実に文化財を継承するためにも、文化財特有の専門性に基づいたデジタル技術への対応が必要である。状況変化が早いデジタル技術への対応については、関係者で最適解を議論し、不断から事例やプロセスベストプラクティスを共有することが重要であると考える。 ## 参考文献 [1] 文化庁文化財部記念物課.埋蔵文化財関係統計資料一平成 28 年度一. 2017. http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/sh okai/pdf/h29_03_maizotokei.pdf (参照日 2019/1/17). [2] 文化庁文化財部記念物課監修,奈良文化財研究所編.発掘調查のてびき-整理・報告書編 -.2016 . [3]文化庁埋蔵文化財発掘調査体制等の整備充実に関する調查研究委員会.埋蔵文化財保護行政におけるデジタル技術の導入について(報告). 1 は 2017 年 3 月発行。 2 は 2017 年 9 月発行。3 は 2019 年 3 月発行予定。 [4] 田中玩.女る考古学研究者のパーソナルなコンピュータ史.人文科学データベース研究. 1988. [5] 高田祐一.「全国遺跡報告総覧」の機能と期待される効果.国立国会図書館カレントアウエアネス-E.2015,287.高田祐一.全国遺跡報告総覧における学術情報流通と活用の取り組み. カレントアウェアネス.2018,337.
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# [A13] デジタルアーカイブ所在調査による文化財防災の可能性:「お地蔵さん」の所在調査を例として 後藤真 1 1) $\bigcirc$ 近藤無滴 2 1) 国立歴史民俗博物館, 〒285-8502 千葉県佐倉市城内町 117 2) 京都国立博物館, 〒605-0931 京都市東山区茶屋町 527 E-mail:[email protected] ## The Possibility of Cultural Heritage Disaster Risk Mitigation by Digital Archives and Research: Research of "Ojizousan" \\ GOTO Makoto ${ ^{1)}$,KONDO Muteki2)} 1) National Museum of Japanese History 117 Jonai-cho, Sakura City, Chiba Prefecture 285- 8502 Japan 2) Kyoto National Museum, 527 Chaya-cho, Higashiyama-ku, Kyoto, 605-0931 Japan ## 【発表概要】 報告者らは以前、京都市内に点在する「お地蔵さん」を調査対象として、フィールドワークによる聞き取りを行った。また、調査結果をもとに分布図の作成、世帯数や人口との比較によってデータを分析した。結果、過去の研究で述べられてきた世帯数や人口といった、維持管理の担い手がいなくなることは「お地蔵さん」の有無、数に影響を及ぼさないことがわかった。そして、都市化による建て替えや道路の拡張などが原因であることを、以前に述べた。しかし、その後の時間経過による変化は追いかけていなかった。そこで、再調查を行い、時間経過による「お地蔵さん」の移動について検証した。 文化財や資料をデータ化、アーカイブ化することで、保全に向けた取り組みがより容易となる。本発表では、自然災害や盗難被害等の文化財防災において、デジタルアーカイブの重要性について述べる。 ## 1. はじめに 本発表では、報告者達が 2012 年から行っている「お地蔵さん」の調査(以降、地蔵調查)で調查した範囲を部分的に再調查することで文化財防災におけるデータアーカイブの重要性について述べる。 地蔵調查では、京都市内に点在する「お地蔵さん」を調查対象として、フィールドワー クによる聞き取りを行った。この調查結果をもとに、分布図の作成、世帯数や人口との比較によってデータを分析した。町単位ではなく京都市という広い範囲で地蔵調査を行い、町ごとの比較を行うことで、世帯数や人口、 あるいは子供の数による「お地蔵さん」有無、数の違いを検証した[1]。 結果、過去の研究で述べられてきた世帯数や人口といった、「お地蔵さん」を維持管理する担い手がいなくなることは「お地蔵さん」 の有無、数に影響を及ぼさないことがわかっ た。そして、都市化による建て替えや道路の拡張などが、「お地蔵さん」の数が減少する原因である仮説を報告者達は立てた。 だが、これまで報告者達は再調査を基本的に行っておらず、時間経過による周辺環境の変化等については分析することができていなかった。そこで、再調査を行うことで、建物の建て替えや道路の拡張といった時間の経過による「お地蔵さん」の移動について検証した。 また、2018 年 6 月 18 日に大阪北部を震源として発生した大阪北部地震や、同年 9 月に発生した台風 21 号、および豪雨によって町内の「お地蔵さん」あるいは祠が被害を受け、別の場所に移動されていることが考えられた。 時間経過による変化を検証し、地域に点在する文化財や資料のデータアーカイブの重要性について本発表では述べる。 ## 2. 調査の概要 ## 2. 1 過去の調查について 今回の調查について述べる前に、過去の調查の概要を述べる。調查は 1 組あたり $2 、 3$人、おおよそ 5 組から 8 組で行った。調査者の大半は学生である。調查する範囲を分担し、実際に地図を片手に歩き、「お地蔵さん」を見つけた場合、一か所ごとに調查シートに情報を記載した。記載した情報は「お地蔵さん」 の周辺地図、祠の材質、化粧や前掛けの有無等である。また、可能な範囲で聞き取りを実施することで、屋内にある「お地蔵さん」についても情報を収集した。結果、約 580 町を調査し、約 770 箇所で「お地蔵さん」を見つけた。調查結果については調查シートをもとに学生がエクセル上に入力することでデータ化した (図1)。 図 1.データ化した調査結果の一部 入力したデータは前述した祠の材質や、化粧の有無等についてである。また、位置情報に関しては、調查シートに記載した周辺地図、 および調査時に撮影した写真をもとに、地理院地図のサイトから緯度経度を調べた。これにより、マッピングを行い、分布図を作成した (図2)。 ## 2.2 今回の調査について 今回の調查で対象としたのは、下京区約 270 か所、東山区訳 280 か所である。そして、以前の調査した場所に「お地蔵さん」があるか現地に赴き確認した。下京区、東山区を調査対象とした理由としては、近年、京都駅近 図 2. マッピング例 辺では建物の建て替えが頻繁に行われているためである。さらに、これらの地域に点在する文化財は台風や豪雨といった災害から被害を受けており、「お地蔵さん」も被害を受けていると考えたためである。そして、本調查では「お地蔵さん」の有無のみを確認するため、調査シートは使用せず、マッピングしたデー タをスマートデバイスで確認しながらフィー ルドワークを行った。 ## 2. 3 調査結果 調査の結果、約 50 箇所の「お地蔵さん」 が過去の調査で確認した場所から移動されていた。例えば、2013 年時点で下京区の中堂寺前町には「お地蔵さん」が建物の近くにあった (図 3)。だが、2019 年現在は建物の建て 図 3. 2013 年の様子 替えにより「お地蔵さん」は存在していなかった (図 4)。そして、建物の脇道に祠ごと移されていた。 このように時間経過による変化がわかるのは、過去に調査を行い、位置情報等を記録、 データ化していたためである。本調査のように文化財や資料をデータ化、アーカイブ化する取り組みは防災の観点からも重要である。 図 4. 2019 年の様子 また、地震や台風といった自然災害ではなく、盗難被害への対策としてもデータアーカイブ化は重要である。盗難被害に遭う文化財の多くは、無人の社寺である。写真も残っておらず、どのような文化財であったのかという情報もなく、捜索することもできないのである。そして、自然災害や盗難被害に遭う文化財の多くは未指定品である。これらは前述したように写真が残っておらず、数量や法量等といった情報が不明確な場合がある。 ## 3. 文化財防災とデータアーカイブ 特に未指定品のデータアーカイブが重要である。国指定品ついては、都道府県が文化庁へ毎年度報告しており、すでにデータベースも作成されている。都道府県指定についても、地域によって公開量の差異はあるがデータベ一ス化しており、各ウェブサイトで公開している場合が多い。 だが、市町村指定についてはウェブサイトでの公開に差異がある。これは市町村によって文化財への対応が異なるからである。平時および災害時における文化財への対応については、地域防災計画が関わってくる。地域防災計画には、平時における災害の予防、発災時の対応、発災後の復旧について記載されている。ここに、文化財の所在調査や現状把握について記載がされていれば、これを文化財担当者が業務の根拠とすることもできる。 そして、市町村の地域防災計画は都道府県の地域防災計画をもとに策定される。つまり、都道府県の地域防災計画が市町村指定の文化財への対応についても影響するのである。だが、文化財への具体的な対応について地域防災計画で記載のある都道府県、市町村は少ない。そのため、未指定品への対応はさらに厳しいのが現状である。 このような中で、国立文化財機構は文化財防災ネットワーク推進事業において、地域の文化遺産を災害等による消失から守るため、分野横断的な総合的リストの作成をはじめている。そして、文化遺産保全地図と称してモデル的にデジタルマップの作成をすすめている。この作業は和歌山県有田郡湯浅町、広川町において所蔵者と関連機関の協力のもと行なっている。なお、調査対象の多くが未指定品である。 データの共有という観点では、各研究機関が個別に管理している資料に関する情報を横断的に検索可能な仕組みを構築する試みが始まっている。例えば、人間文化研究機構では、歴史文化資料保全の大学・共同利用機関ネットワーク事業の一環として、各大学が管理する資料情報を横断検索可能なデータベースの提供や、資料保全に係る知見等について各大学が共有できるよう準備を進めている[2]。 海外の事例として、イタリアでは国立機関である保存修復高等研究所が文化財危険地図を作成している[3]。GIS 化された文化財デー タベースについて画像など各種の情報を付与し、文化財の部位ごとに損傷度や災害の危険度を定量化することで、文化財情報を総合的に管理、危険度を評価している。つまり、文化財の位置確認だけではなく、文化財の危機管理という防災の観点から利用されている。 このように文化財、資料のデータアーカイブ、データベース化を行う上で、公開や活用といった観点が重要であり、データを集め、 データベースを作成するだけでは不十分なのである。 例えば、マッピングの活用方法として異なるデータの重ね合わせがある。国土交通省が提供している「重ねるハザードマップ」というサービスでは、各地域のハザードマップを見るだけではなく、位置情報を与え、アイコンを設置することができる。つまり、文化財の位置情報を加えることで、ハザードマップと文化財の位置を重ねることができる。災害 発生時には、その被害範囲から文化財のレスキューにおける優先順位や経路を考える材料となる。また、平時においても文化財、あるいは保管施設において想定される地震等の被害を考える材料となるのである(図 5)。 図 5. 「お地蔵さん」の位置情報とハザードマップの重ね合わせた例 ## 4. 課題と考察 報告者らが行った地蔵調查の記録やデータは大学、あるいは調查者が個々に保存している。地蔵調査は様々な団体、あるいは個人が同じ地域を異なる時期に行っている。これらを統合することができれば、周辺環境の変化による「お地蔵さん」の移動について、より検証が容易となる。これは、地蔵調查だけではなく、他の研究や調査においても同様である。だが、課題として調査者の入れ替わりがある。学生が調查に参加するのは、基本的に卒業までである。また、教員も永続的にその大学に在籍、調査に参加するわけではない。 この課題については、前述した人間文化研究機構がすすめている事業のように、複数の研究機関や組織、団体が連携することが重要である。 また、市町村指定や未指定品のデータアー カイブについての課題として、データをアー カイブする担い手不足がある。都道府県、あ るいは市町村の文化財担当者が日常業務を行う中で、未指定品のリストアップ、データ化を行ことは負担が大きい。どれだけの時間や予算が必要であり、どのように行えばよいのか知見が必要なためである。この課題に関しては、前述した文化財防災ネットワーク推進事業がすすめている湯浅町、広川町での調查がモデルケースとなることが見込まれる。 ## 5. おわりに 以前の報告でも述べたように、今後も「お地蔵さん」の位置、数は必ず変化する。文化財においても災害や盗難、あるいは管理者の世代交代によって発生する。このような事態に備え、現状を記録することは重要なのである。 本報告が、文化財の防災にとってデジタルアーカイブ所在調查が有用である実践例であり、今後の文化財防災に資することを願い、本稿を閉じる。 ## 参考文献 [1] 近藤無滴,他. 時空間情報を用いた京都における「お地蔵さん」・地蔵盆の分析,情報処理学会研究報告. 2014 , vol. 102, no. 8 , https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=pages_vi ew_main\&active_action=repository_view_m ain_item_detail\&item_id=101447\&item_no $=1 \&$ page_id $=13 \&$ block_id=8, (参照日 2019-1-21). [2] 奥村弘,他.地域の文化・記録を伝える歴史文化資料を災害から守る,国立大学. 2018, vol. 50, p. 11-12 [3] Daniele Spizzichino, et al. Cultural Heritage exposed to landslide and flood risk in Italy, Geophysical Research Abstracts. 2013, vol. 15, https://www.researchgate.net/publication/25 8780210_Cultural_Heritage_exposed_to_lan dslide_and_flood_risk_in_Italy, (参照日 2019-1-22). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# [A12] 民族誌資料のデジタルアーカイブ化にかかる諸問題 ○伊藤敦規 1) 1) 国立民族学博物館,〒565-8511 大阪府吹田市千里万博公園 10-1 E-mail: [email protected] ## Problems on digital archiving ethnographic materials \\ ITO Atsunori1) 1) National Museum of Ethnology, 10-1 EXPO-Park, Suita, Osaka, 565-8511 JAPAN ## 【発表概要】 国立民族学博物館は現在、フォーラム型情報ミュージアムというプロジェクトを進めている。世界各地の博物館、ソースコミュニティの人々(資料の制作者、使用者、その子孫)、そして民博が国際協働研究という枠組みにおいてチームを組み、収蔵する民族誌資料の高度情報化と、博物館から遠く離れた地に暮らすソースコミュニティによる資料データへのアクセスと利用を簡便化させる協働環境を整備する、学術的かつ実践的な試みである。本発表ではこのプロジェクトを進めることで明らかになった民族誌資料のデジタルアーカイブ化にかかる諸問題を検討するとともに、ソースコミュニティの人々や連携機関との意見交換を経て採用した対応を例示する。 ## 1. はじめに 国立民族学博物館(民博)は「フォーラムとしての博物館」という思想を掲げ、主に展示資料に関連する人々の交流を図ることで、異文化理解と多文化共生の促進に努めてきた。 創設 40 年目の 2014 年には、その思想を拡大寸る「フォーラム型情報ミュージアム」プロジェクトを開始した。これは、世界各地の博物館、ソースコミュニティの人々(資料の制作者、使用者、その子孫) 、民博の三者で国際協働研究チームを結成し、収蔵する民族誌資料の高度情報化(資料情報の追加収集)と、 ソースコミュニティによる資料データへのアクセスと地元での利用を簡便化させる協働環境(情報生成型デジタルアーカイブ構築と公開適正化の実務)を同時に整備する学術的かつ実践的な試みである。この枠組みの下、個別プロジェクト 18 件が開始している。 本発表では民族誌資料の特徴を明らかにした上で、発表者が代表を務めた個別プロジェクト(「北米先住民製民族誌資料の文化人類学的ドキュメンテーションと共有」)を振り返りながら、民族誌資料のデジタルアーカイブ化にかかる方法と諸問題を検討する。また、ソ ースコミュニティの人々や連携機関との意見交換を経て採用した対応を例示する。 ## 2. 民族誌資料一特徴、来歴、情報 科学博物館はテクノロジー、自然史博物館は鉱物や動植物標本などを中心にコレクションを形成するが、民族学博物館は民族誌資料が大半を占める。 民博初代館長の梅棹忠夫は、収蔵品の特徴を「諸民族の生活のなかからうみだされ使用されてきた、日常的な用具類」と述べた[1]。 しかし民族誌資料は民具だけに限らない。聖物や儀礼具など神聖な状況で使用されたモノ、 アート作品、モノを制作するための道具や材料、考古学遺物から現代生活の中で使用される工業製品などが収集されてきた。物質文化を制作・使用する工程や技術を収めた映像・音響資料、民族集団の生活全般を記録した写真や日記などのアーカイブ資料もある。民族集団が育んできた知識や文化の動態を知りうるあらゆるものが民族誌資料となるのだ。 デジタルアーカイブ化の諸問題とも関わるので、資料の来歴および登録時に記される項目を整理しておこう。主に 19 世紀に創設された世界の名だたる民族学博物館は、コロニアル状況下で収奪・略奪された聖物や人骨なども収蔵している (いた)。この数十年で状況はずいぶん変化したものの、受入資料の制作・流通・使用のあらゆる過程を研究者が記録しているわけではない。業者経由で制作依頼す る場合もあるし、古物商や市場の露店から制作の状況がよく分からないものを購入することもある。来歴が不明な個人や機関のコレクションが寄贈・移管されることも珍しくない。民族誌資料に付される情報は、「どの民族集団に関する、何を素材とする、どのようなやり方で作った、どれくらいの寸法の、何に使うもの」を、「いつ、どこで、誰が、誰から、 いくらで手に入れた」といった項目である。 これらは受入時に入力するため、入手経路次第で多くの項目が空欄になることもある。博物館職員は、登録以後も定期点検や展示会の準備期間などに資料状態を調べ、文献や関連資料に目を通して新たに得た知見を備考欄などに加筆して情報集積に努めるのである。 なお、民族学博物館では、制作者を匿名とする傾向があり、展示利用される場合のキャプションには、民族集団名、資料名、収集年が資料番号と共に記される。一般的に展示品、標題、作者名がセットになって提示される美術館とは対照的である。 ## 3. ソースコミュニティと資料の「再会」 民族誌資料情報は当該民族の出身者ではない他者による代弁に依拠している。もちろん文化的他者でもそのモノに造詣の深い専門家はいるし、文化の当事者ならそのモノに関するあらゆる知識に通じているわけでもない。 強調したいのは、一度モノが博物館に収蔵されると、ソースコミュニティの人びとによるそのモノや情報へのアクセスや、資料情報の改変に関する自らの見解を反映しにくい状況が継続することである。その要因はいくつか考えられる。彼らの居住地と博物館との物理的な隔たりだけでなく、自分たちに関連する資料がどの博物館に収蔵されているかを調べる情報リテラシー能力、情報インフラの整備状況、博物館での使用言語への理解、訪問のための予算確保、収蔵庫入室や情報加筆を研究者に制限してきた収蔵機関側の都合などである。「再会」に好意的な機関ですら、他の業務との兼ね合いで予算や人的措置ができない場合も多々ある。 フォーラム型情報ミュージアムはこうしたソースコミュニティによるアクセス不全を少しでも改善し、資料情報の追加収集をも目指す、双方にとって有効なプロジェクトとしてデザインされた。二大柱の一つである「高度情報化」が正にそのことを指している。 私たちのプロジェクトでは、米国先住民ホピと連携した。ホピの現在の人口は約 12,000 人で、その多くが乾燥した保留地で農耕を営んでおり、雨乞いに関連する宗教儀礼や物質文化の制作で知られる少数民族である。「ホピ製」資料を収蔵する日本国内外の機関に協力依頼し、3 力国、14 機関と個人収集家が収蔵する約 2,200 点を熟覧調査の対象とした。 熟覧とは、モノの触察と資料情報の確認からなる調查方法のことである。実施のため各地の博物館にホピの人々を招聘・派遣したが、宗教儀礼や農作業で地元を離れられない場合は、発表者が収蔵機関を訪問して資料撮影し、後日ホピ保留地の工房に設置したモニターに資料画像を映写するデジタル熟覧を行った。 精霊を象った木彫人形、銀細工、テキスタイル、土器や籠細工といった資料一点一点にコメントが寄せられた。材料調達の仕方や制作上の注意点、使用の思い出、デザイン解釈、地元での呼称、コミュニティの今昔などである。制作者不詳の資料でも、作風や落款、別の機関の収蔵資料情報を手がかりとしながら、制作者や遺族を推定し、その人物の居住地や人となりを解説することもあった。 性別、年齢、制作や使用の経験値、居住地や育った環境などによってコメントには幅が生じた。熟覧者は、自分たちの身振りや、表情や、地元の言葉遣いや、ユーモアがちりばめられた一人一人の語りを通して、資料そのものとホピの世界観を、「見て」「聞いて」「楽しんで」「理解」してもらうことを望んだ。このため熟覧は全て映像収録した。 これは、従来の資料に関する「科学的」な項目を文字で記載(入力)したり、民族集団の特性を集合的に他者表象するやり方とは根本的に異なるアプローチだった。その結果新たな情報として集積されたのは、ソースコミ ユニティの人びとの存在感と資料の個性が浮き彫りになる、豊かな記憶の記録となった。 ## 4. デジタルアーカイブ化の諸問題と対応 フォーラム型情報ミュージアムの第二の柱である「協働環境整備」は、「再会」で得られたソースコミュニティの記憶の記録をデジタルアーカイブとして有機的にまとめ、権利処理を済ませた状態にしてから(公開適正化) 公衆送信することを想定してきた。 本プロジェクトでは次の A から G までがデ ータベースの主なコンテンツとなった。(A)資 料の基本情報(熟覧以前に収蔵機関が持っていたテキストデータ)、(B) 資料画像、 (C)photoVR、(D) 熟覧時に配布したリストへの書き(描き)込み、(E)熟覧映像、(F)熟覧映像を文字起こししたテキストデータ、(G)A と $\mathrm{F}$ を和訳したテキストデータ。 次に、これらを大学共同利用法人の民博が非営利の研究プロジェクトの一環として公衆送信する場合の権利処理内容を整理する。 ## 4. 1 利用許諾の内容と交涉相手 A は、紙媒体の台帳やオンラインデータベ一スのように記録媒体や公開状況は機関毎に異なるが、各機関への協力依頼の段階で転載の許諾が得られた。ただし「収集者住所」や 「購入価格」など、個人情報保護や資産管理の観点から公開を控えるよう条件が付された項目もあった。 B は、A と共に公開済みの場合には、引用元情報(機関名と資料番号、または URL)の表記を条件に転載が許可された。ただし、収蔵機関が保持する画像は資料を正面から撮影したものに限る傾向があった。今回は熟覧者が背面や底面に言及することが容易に予想されたため、発表者が全機関を訪問し新規に撮影した複数の画像を使用することにした。 $\mathrm{C}$ は、 B を技術的に洗練させたものである。資料をターンテーブルに載せ全周 36 カットを、 $0 、 30 、 60 、 90$ 度 (俯瞰) から撮影し、底面の 1 カットを加えた 145 枚の画像を合成する。 それにより画面上での回転や拡大など擬似的 な熟覧を行える仕組みにした。撮影と編集は専門業者に依頼したため、仕様書を交わす契約時に、社名表記すれば公衆送信しても構わないことを確認した。 DEFG は、ホピの熟覧者それぞれから許諾を得た。調查開始以前にプロジェクトの目的を説明し、彼らが望む記録と公開方法を協議してから、博物館の非営利活動上の包括的利用許諾を書面で交わした。なお、G は B と同様に発表者が業務の一環として行っている。 ここで注意しなければならないのは、 BCDE には熟覧の対象となった民族誌資料の複製(写真、photoVR、映像への映り込み) が含まれることである。仮に当該民族誌資料に「思想または感情を創作的に表現した文芸、学術、美術または音楽の範囲に属するもの」 という著作物性が認められ(著作権法 2 条 1 項 1 号)、かつ、「内国民待遇の原則」が発揮される条約締結国の国民が制作したもので (ベルヌ条約パリ改正条約 3 条 1 項、WIPO 著作権条約 3 条、TRIPS 協定 9 条 1 項)、 さらに著作権の保護期間内ならば、複製(二次的著作物)の原著作物である民族誌資料の制作者や著作権者からも利用許諾を得る必要が生じることになる。 ## 4. 2 著作物としての民族誌資料 そのモノが著作物か否かは、作り手の知名度や作品の形態や金銭的価値に依らない。条約締結国の国民が創作したものであれば、国外著作物として日本国内でも保護の対象となる。これは日本の民族学博物館と関係深い日本文化人類学会の倫理綱領からもうかがえる。 1 条(人権および諸権利の尊重)と 2 条(差別的処遇の禁止)には、国籍や民族的背景などに基づき著作権などの人権を侵害してはならないことが記されているためである[2]。 そこで著作物性の有無を確認することにした。対象とした約 2,200 点には、民具だけでなく、聖物や儀礼具、アート作品、道具や材料、考古学遺物から現代生活で使用される工業製品などが含まれていた。著作物性や保護期間を確認するまでもなく、考古学遺物や工 業製品、材料は権利処理の対象外となった。残るは聖物や儀礼具、そしてアート作品である。まずアート作品であるが、資料台帳を確認すると、制作者名の記載があるものもあった。本プロジェクトの連携機関は、制作者から直接購入した場合や、寄贈時の資産評価のために専門ギャラリーなどに情報を照会して制作者を調查した形跡をうかがい知ることができる場合もあった。また、上述のようにソースコミュニティによる熟覧時のコメントも役立った。熟覧者は落款などを手がかりとして制作者を推定することがあったためだ。 こうした情報が得られたものについては、カナダ先住民の版画資料に関する著作権処理の先行事例に倣い $(※ 3)$ 、熟覧後に居住地を訪問した。本人や遺族に資料画像や落款を確認してもらうことで、著作権者の特定と利用許諾の取得にいたったこともあった。 聖物や儀礼具も作風から制作地(地域や村落)が推定されたが、制作者遡及や利用許諾取得の可否とは別の理由で公開を控えることにした。聖物などは生命を宿しており、ケアできるのは特定の宗教結社の成員だけで、力をコントロールできない者がむやみにアプロ一チ寸ると災いが降りかかりかねない、というのが熟覧者の共通した見解だった。収蔵資料にカルチャル・センシティビティへの配慮が必要なものが含まれることが明らかになつた。ソースコミュニティの熟覧者から収蔵機関に届けられた要望は、画像の公衆送信の不諾だけでなく、展示会での利用の差し控えや収蔵庫での保管方法の提案におよぶこともあった。伝統知の取扱に関する意見の表明とその受入という「センシティビティ訓練」を介して、連携機関の職員は改めて異文化の奥深さを理解し、多文化が共生するための配慮の必要性を学んだのだ。 ## 5. おわりに 民族誌資料は匿名性が強調されがちだが、制作者を遡及することは不可能ではなかった。 また、文化的な特別な配慮が必要な場合もあるなど、制作者および民族集団が培ってきた 「思想または感情を創作的に表現した」ものが含まれている可能性が明らかになった。 本プロジェクトの研究期間は 2018 年 3 月で終了したが、現在もデジタルアーカイブの構築と、ソースコミュニティの人々が望み、安心するやり方での管理と公開と継承の実現に向けた作業を継続している。2019 年 1 月現在、 デジタルアーカイブのデザインとプログラムの大枠は完成した。しかし一部の資料に関する原著作物の画像利用についての権利処理が済んでいないため、オプトアウトによる公衆送信はしていない。今後は著作権者探しの 「相当な努力」を前提とする孤坚著作物利用に関する裁定制度の利用も視野に含みながら、 (1)美術の著作物等の原作品の所有者による展示会の開催や(著作権法 45 条の例外規定)、 (2)公衆送信行為に含まれない館内ネットワー クを利用した展示場等での閲覧環境整備(著作権法 2 条 1 項 7 号の 2 括弧書)を軸にしつつ、ソースコミュニティの人びとによるアクセスと利用促進については、(3)紙媒体での冊子の作成や(美術の著作物等の展示に伴う複製、著作権法 47 条)、(4)公衆送信を伴わない全データを格納したビューアの貸出という四つの共有方法を計画・検討している。 ## 参考文献 [1] 梅棹忠夫. メディアとしての博物館. 平凡社. 1987, 158p. [2] 日本文化人類学会. 倫理綱領. http://www.jasca.org/onjasca/ethics.html (参照日 2019/1/1). [3] 伊藤敦規. 再会ツールとしての著作権. 国立民族学博物館調査報告. 2015, 131: 211-227. この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# 沖緁の映像アーカイブの公開と活用 The Use of Archived Video Contents 宮本 聖二 MIYAMOTO Seiji ## 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 抄録 : 米軍が撮影した沖縄戦、米政府の沖縄の出先機関「米国民政府」が記録した占領期の沖縄の姿、これらの映像や写真が沖縄県内の公文書館やメディアに大量にアーカイブされている。その映像資料から私たちは沖縄の歩んできた現代史を辿った上で、今の沖縄について深く知ることができる。さらに、どういう未来を構築すべきなのかを考える基盤にもなるだろう。筆者は、沖縄県公文書館の映像収集と公開の取り組み、沖縄のテレビ局が 60 年に渡ってアーカイブしてきた映像や番組を地域貢献や新たなコンテンツ制作のためにどう公開・活用しているのかを調査した。その結果、アーカイブの持つ、新たな知を生み出し人々と地域を結びつける力をあらためて確認できた。 Abstract: The Battle of Okinawa that U.S. Army filmed, Okinawa for the occupied period that United States Civil Administration of Ryukyu Islands recorded, these films and photographs are archived in large quantities by Okinawa Prefectural Archives and TV stations in Okinawa. You can know present situation of Okinawa deeply after having followed the contemporary history of Okinawa from those archived films. Furthermore, it will become the base thinking about what kind of future of Okinawa will be build. I investigated it how an exhibition utilized films and the programs which collections of Okinawa Prefectural Archive and an open action, TV stations archived for 60 years and contents production. As a result, I was able to confirm power to bring about the new intellect that the archive produced, and to relate people to the community. キーワード:沖縄、沖縄戦、デジタルアーカイブ、占領統治、映像 Keywords: Okinawa, The Battle of Okinawa, Digital Archive, Occupied Government, Video Images ## 1. はじめに 沖縄の近現代史やその独自の文化、民俗を把握する上で、映像による記録は最も重要な資料の一つである。 その中でも沖縄戦や占領期を撮影した映像は、激しく摇れ動いた沖縄の近現代史を生々しく記録している。基地の過重負担や二次産業の比率が極端に低い産業構造といった沖縄の現状は沖縄戦を起点にしていると言って良い。激しい地上戦で県都・那覇を中心にした沖縄本島南部はほぼ全て破壊され、インフラは吹き飛んだ。その後のアメリカの占領行政は沖縄経済を基地依存に誘導し、日本の高度経済成長から切り離されたこともあって域内資本は育たなかった。さらに、1950 年代の基地拡大による複数の集落まるごとの強制収用、軍用地拡大に対する沖縄の人々の島ぐるみ闘争、復帰運動なども沖縄戦から続く米軍統治によって引き起こされたと言えるだろう。沖縄戦をはじめこれらの出来事は米軍や米国民政府が映像で記録し、メディアが取材し伝え続けた。こうした映像とメディアのコンテンツにアクセスして利活用することで、この 70 年あまりの沖縄で起きたこと、その流れ、そこに向き合った人々の営み、琉球王国以来の独自の芸能についてまで、かなり掴みとることができると筆者は考えている。そのために、これらコンテンツを所蔵する機関 が誰もがアクセスしやすいアーカイブを構築し、視聴や利用に供することが求められる。 1945 年 3 月に始まった沖縄戦では、島嶼の戦場で行き場を失った住民を巻き込んだ激しい地上戦によって多くの命が失われた。沖縄県民の犠牲者は 12 万 2000 人、連合軍(イギリスは海軍機動部隊を派遣) の死者も 1 万 2500 人に上った。沖縄戦には米軍が数多くのカメラマンを投入し映像記録を残している。上陸前の艦船と航空機による砲爆撃と 4 月 1 日の沖縄本島上陸、地上からの砲撃と銃撃、死体、人々が潜む洞窟への投弾、火炎放射、投降する人々、占領した場所での星条旗の揭揚など沖縄戦のあらゆる局面が記録されている。 これらの映像は、アメリカ・ワシントンにある「米国立公文書館(NARA)」に保管されている。そして、沖縄県内の様々な機関や組織が NARA から入手して沖縄県南風原町にある「沖縄県公文書館」に寄贈して、現在はデジタルアーカイブ化されており、利用者は視聴の上必要な映像を保有コンテンッの一部だが入手することもできる。 沖縄のテレビ放送は、本土とは異なり、民間放送が先に始まった。1959年開局の沖縄テレビ(OTV)、そして 1960 年の琉球放送(RBC)である。NHK 沖縄放 送局は、その前身が「沖縄放送協会 (OHK)」であり、復帰した 1972 年に OHKを引き継いでスタートした。 それまでは、NHKの放送は沖縄テレビや琉球放送を通して視聴されていた。テレビ局として最も長い歴史を持つ沖縄テレビは、そのアーカイブコンテンツの持つ力を、番組や映像を地域に持ち出しての上映やさらには映画製作などに生かす取り組みを行っている。 ここでは、沖縄県公文書館と沖縄テレビの映像アー カイブがどのように整備され利活用が行われているのかを調査・報告する。 ## 2. 沖縄県公文書館所蔵の映像資料 2.1 米軍がとらえた沖縄戦と占領期の沖縄 沖縄県公文書館は、「歴史資料として重要な公文書その他の記録を収集し、整理し、及び保存するとともに、これらの利用を図り、もって学術及び文化の振興に寄与することを目的」として、1995 年 8 月に沖縄県島尻郡南風原町に開館した。ここでは、文書から映像、写真まで沖縄に関連する資料を NARA から収集するプロジェクトを展開して来た。平成 9 年から 17 年までの打よそ 8 年間は、現地ワシントンに職員一人を駐在させて NARA での沖縄関連資料の調査、収集に当たったのだ。この頃は NARAでもデジタルアー カイブが整備されておらず、目録を頼りに関連資料を探す作業が続いたという。その中で沖縄戦を記録した 152タイトルの映像を入手して来た。現地駐在での作業が終了してからも資料収集は継続している。沖縄県公文書館が所蔵する沖縄関連の映像資料のうち、公開とその利活用の実態について報告する。所蔵する映像の総数は 4936 タイトル。そのうち沖縄戦関連は 1020 タイトルにのぼり、いずれも NARA 所蔵のもの。 40 年近く前に社会運動として始まった「NPO 法人沖縄戦記録フィルム1フィート運動の会」によって、有志の人々から寄せられた寄付金で取り寄せたもの、 NHK 沖縄放送局と琉球朝日放送がニュース・番組のために収集したフィルムも含む。従って、重複する映像もあるのだが、沖縄戦の映像に関しては日本最大のコレクションである。1020夕イトルの沖縄戦の映像資料については全てが公開されて、さらに利用者が手に入れて新たなコンテンツを制作するための素材として利用できる。デジタルアーカイブが整備され、遠隔 については、キャプションがついているので日付や場所が確認できる。たた、必ずしも網羅性がなく、特に地名が抜けているものも少なくない。とはいえ映像によってわかる事実は数多くある。1945 年 8 月 29 日に撮影された映像で見てみよう。撮影された場所は 「Yontan Airfield」とキャプションにある。 図1沖縄に降り立つマッカーサー 図2 45年8月29日「Yontan Airfield」の文字が見える 終戦から 2 週間後、一機の飛行機が着陸し、タラップを降りてくるのはダグラス・マッカーサー連合国軍最高司令官である。マッカーサーが 8 月 30 日に厚木飛行場に降り立つ映像は当時のニュース映画「日本 に、タラップ上で一旦立ち止まって辺りを睥睍する姿はよく知られている。この沖縄で撮られた映像でマッカーサーが日本に赴く直前に「Yontan」ということは沖縄・読谷村にあった旧日本陸軍の北飛行場に降り立ったことがわかる。そのほか、沖縄戦さなかの映像では本島中部の勝連半島に隣り合う薮地島(やぶちじま)に米軍が上陸した様子が映されている。当時薮地島は無人のはずだったが、そこには大勢の住民がいたことが確認できる。浐らく避難していた住民たちで、 その後日本中で繰り広げられた、米兵が菓子を配って子供達が群がる様子が記録されている。沖縄戦の映像は地名が記されていないものもあると述べたが、それぞれの沖縄戦のフィルムに写っている場所はどこなのか、誰が写っているのかなどを特定して行くことでさ らに詳細に何がどこで起きたのかを確認したり、新たな事実を発見したりできる。この点については、この後の沖縄テレビの取り組みの章で述べることとする。 なお、沖縄戦のフィルムの利用については、放送やドキュメンタリー映画で数多く使われており、最もよく利用されるアーカイブ映像群と言えるだろう。 たた、、映像だけに頼るのでは沖縄戦の実相を掴みきれない。それは日本側から撮影したものは全くない上 (米軍が占領した沖縄・読谷の北飛行場へ特攻出撃する義烈空挺隊の映像は日本ニュースが伝えているが、撮影場所は熊本である) ${ }^{[3]} 、$ 米軍のカメラマンも最前線の戦場にはあまり送り达まれていないからだ。さらに、沖縄では様々な残虐行為が起こったとされるがそれらも映像として記録はされていない。今回ヒアリングをさせていただいた沖縄県公文書館の福地洋子公文書主任専門員は、これまで様々に集められた沖縄の人々のオーラルヒストリー(体験談、証言)とこの映像を組み合わせて全容をつかんで欲しいと語っていた。 ## 2.2 沖縄全島を網羅した3801枚の空中写真 沖縄県公文書館の写真資料で特筆すべきは、戦中や沖縄戦直後(最初の写真は 1944 年 9 月撮影)に米軍が沖縄を空中から撮影した3801枚もの写真である。現在の沖縄全島と奄美群島のほぼ全てが収められている。これらも館内での閲覧に限られているがデジタルアーカイブ化されている。これは、「米軍撮影空中写真閲覧システム」として名づけられて写真と写真に写る場所の地図を一画面に表示して見ることができる。地図と連動しているので現在基地として米軍に占有されているところでも、どこに集落や誰の住宅があったのか、墓がどこにあったのかなどを確かめることができる。例えば、世界一危険な基地と呼ばれる米海兵隊普天間飛行場のある当時の宜野湾村字宜野湾を見ると、現在の滑走路のところに村役場と集落があり、また沖縄随一の美景と言われた松並木「並松」があったこともわかる。「普天間基地は何もない田んぼの中に作られた、住民はその周囲に住み着いた」と自民党本部での若手議員の集まった勉強会で語られたことがあったが ${ }^{[4]}$ 、根拠のない言説であることがこの写真と地図のデジタルアーカイブでも確認できる。 ## 2.3 米国民政府が記録した占領期の沖縄 沖縄県公文書館の所蔵する映像に米国占領期のものも数多くある。アメリカ側が撮影したものなので占領行政のポジティブな面をアピールしているような映像が目立つ。アメリカによるインフラの整備や当時の米国民政府のトップであった高等弁務官の就任式や域内各地への視察などが記録されている。これらの映像の中に、1962 年の「軍用地料の支払い」という映像がある。役場などで基地内の土地を持つ人が賃貸料の支払いを受けている様子である。1955 年、米国民政府は軍用地に関して一括で地代を支払い、以降半永久的に使用する権利を確保しようとしたが、沖縄の人々は土地の强制収用と合わせてこの一括払いに対する反対運動「島ぐるみ闘争」を繰り広げた。この結果、米国民政府は一括払いを断念し、毎年の支払いに決まった。 この映像は、その年に一度の地代の支払いの様子を撮影したものだ。受け取る側も支払いに当たるのも沖縄住民で、それぞれが書類を持ち、地主が印鑑を出して払い出し担当者が書類を確認した上で、金庫からドル紙幣を出して渡している。沖縄の戦後史について、この軍用地と地代というのは上述したように支払い方法やその額がきっかけで島ぐるみ闘争にまで至り、そのいわば成功体験によって沖縄の人々と琉球政府は米国民政府と粘り強く対峙すれば自治権を拡大し人権を守ることに繋がることを体感したのだ。その点でこの映像は重要な意味を持っている。 1959 年 6 月 30 日、当時の石川市(現うるま市)の宮森小学校に米軍戦闘機が鄑落し、小学生を含む 18 人が死亡し 200 人以上が負傷するという大惨事があ口た。負傷して米陸軍病院で治療を受ける子供達の姿をとらえた映像がある。アメリカ側としては治療をしっかり行っていることをアピールしたいとの意図があるのだろうが、腕にギプスをはめたり、頭が包帯で覆われたりした子どもたちの姿は、事故の苛烈さを伝えている。 図4軍用地料の支払いを受ける人 1962年 図5 ギプスをした宮森小事故で負傷した少女 1959年 ## 2.4 映像資料の公開をどう拡大するのか 沖縄県公文書館が所蔵する映像資料はタイトル数で 4936 にのぼる。そのうち、公開されているコンテンツは 1514 タイトルで 30.6 \%にとどまる。ここでの公開は、メタデータが所蔵資料のデータベースに登録されて検索可能な状態であることを意味するが、公開とされる資料のかなりのものは館内での閲覧が可能である。なお、NARA から収集した沖縄戦の映像は全て公開され、来館すれば利用者は無料で入手することができるようになっている。また、米軍が撮影した沖縄戦と米国民政府が撮影した占領期の映像はパブリックドメインで公衆送信権もクリアできるのでデジタルアー カイブ化を進め、一部のサンプル映像は沖縄県公文書館のホームページで配信、遠隔地からも視聴することができるようになっている。 沖縄県公文書館としては、公開できていない映像についてはできる限り所蔵に止めず公開していきたいとしている。 ${ }^{[5]}$ 現段階では、それぞれのコンテンツの著作権、著作隣接権などの確認、権利処理を進めるのはかなりの手間と時間がかかることが見込まれる。効率的な権利確認、権利処理の体系を確立していただき、 できるだけ早い公開を実現してほしい。 ## 3. テレビ局のアーカイブ \\ 3.1 開局から60年 沖縄テレビ放送 沖縄で最も早く開局したテレビ局が沖縄テレビ放送である。1959 年の開局からしばらくは回線の関係で沖縄本島地方のみの放送で、先島(宮古・八重山地方) での放送開始は 1993 年 12 月であった。開局翌年の 1960 年には沖縄の芸能 (沖縄芝居、琉球古典音楽、民謡、琉球舞踊など)の番組「郷土劇場」の放送を始めている。開局から 60 年近くたち、地域を伝える報道、番組アーカイブは莫大な量になっている。たた、現時点では番組やニュース映像についてはブルーレイなど光ディスクを媒体にした保存となっていて、デジタルアーカイブ化は進んでいない。さらにコンテンツのメタデータの付与は、その業務にあたる要員の問題もあって一部にとどまっている。とはいうものの、他のテレビ局に比べて沖縄テレビはアーカイブコンテンツの利活用を積極的に進めている。筆者は、テレビ局全体では過去の番組やニュース映像のアーカイブの公開、提供に関して不十分ではないかという問題意識を持っている。もちろん著作権や肖像権の問題があることは重々承知しているが、放送から時間が経過すれば、放送事業者の映像アーカイブは歴史的事実や文化を伝える「公共財」としての価値を帯びてくるはずだ。その公開や提供は放送事業者自身が「公共財」であることを自覚して社会に還元するという意識で取り組んで欲しいと思っている。その点において沖縄テレビは、他の放送事業者と比してアーカイブの公開・提供を先行して様々に実践していると言える。ここでは、沖縄テレビの山里孫存放送制作局次長へのヒアリングをもとに報告していく。 ## 3.1.1 アーカイブの外部提供 沖縄テレビには、外部からのニュース映像や番組の提供依頼については応える制度や仕組みは正式にはない。しかし、実際に依頼が来れげその使用目的などを検討した上で提供を行っている。有料イベントでの上映などでは提供は難しいとしているが、無料の上映などはできるだけ応えるようにしているという。例えば、 2014 年に沖縄全体の 1964 年生まれの 50 歳を祝う大規模な同密会の催しが行われることになり、その実行委員会から沖縄テレビに映像の提供依頼があった。沖縄テレビは、保有する 1964 年以降のニュース映像で沖縄の 50 年間のできごとを綴ったコンテンツを制作して提供、その同密会場で上映された。その時、同世代が体験してきた出来事が映像で見られたことで会場の一体感が大きく高まったと言う。それがまさに映像 の持つ力だったと山里氏は語った。 ## 3.1.2 沖縄戦フィルムを「島々」で上映 沖縄テレビでは、戦後 60 年の 2005 年に、沖縄戦の映像を独自に米国国立公文書館から入手してその映像をもとに報道番組を制作する取り組みを 1 年半に渡つて行った。特に、フィルムで撮影された場所が特定できると、そこへその映像を持ち达んでその地域の人々に集まって見てもらう上映会を繰り返した。 その時、フィルムの中に自らの幼い時の姿を発見したり、亡くなった妻の子供時代の姿を見つけたりという人もいて、上映会に参加した人々が涙を流したり歓声をあげたりした。山里氏はこの取り組みを進める時、戦場の映像は地域に持ち达んでも暗い思い出を喚起して嫌がられるのではないかと考えていたが、多くの人から喜ばれ、「ありがとう」と感謝されたという。「沖縄戦時の映像はもともと米軍が自らの作戦を記録するために撮影したものだが、時間の経過によって映像の持つ価値が変容していくのを体感した。その意味で、開局 60 年を迎える沖縄テレビとして、これからアーカイブの映像、番組をいろいろな形で人々に届けるべきではないかと思うようになった。と語った。この言葉からは、視聴者と向き合ったことでしかつかむ事のできないアーカイブ映像の持つポテンシャルが感じられた。 図6 慶留間島での上映会 図71945年3月に撮影された慶留間島の住民 ## 3.1.3アーカイブから生まれる新たなコンテンツ 2018 年 10 月から公開が始まったドキュメンタリー 映画「岡本太郎の沖縄」に行列ができていた。那覇市内の映画館でのことである。芸術家の岡本太郎は、 1959 年に沖縄を訪ね本島各地と石坦島で撮影を行い、 1966 年には本島に近い久高島を訪れている。この映画は、 2 度の沖縄訪問時に岡本自身が撮影した写真と、 1966 年に沖縄テレビが記録した久高島の秘祭「イザイホー」が映画の核となっている。イザイホーは琉球最高の聖域とされる久高島で 12 年に一度、島の 30 歳以上の女性が神女になるための 4 日間に渡る祭祀である。1978年を最後に行われなくなったいまでは幻の祭だ。1966年、岡本太郎はこのイザイホーを見るために来沖した。沖縄テレビ取材チームは当時の琉球政府の公的な記録班として一部始終を撮影、のちに 35 分のドキュメンタリーを製作した。そしてこのアーカイブされていたドキュメンタリーをデジタルリマスターして、映画の一部に使われたのだ。山里氏は、この映画のプロデューサーでもある。彼は、沖縄の多くの観客がイザイホーを見てみたいと映画館に駆けつけているのではないかと話す。もともとこのイザイホー のドキュメンタリー番組のデジタルリマスターについては多額の費用がかかることが見达まれ躊薯する声も社内にあったが、周囲を説得して 1966 年だけでなく 1978 年(最後のイザイホーでカラー撮影)のフィルムのデジタルリマスターを実現させた。いずれも映画に使われている。山里氏は、今回の取り組みによってアーカイブ映像の価値が社内で共有され、多数のフィルムが保管されているのでこれからも発掘していこうという動きにつながるだ万うと話す。一方、沖縄テレビのアーカイブの課題はフィルムの保管状況である。 フィルムはビデオテープと同じ場所でフィルム専用の空調管理がなされていないところに置いてあるという。フィルムの劣化が懸念されており早く発掘作業を進めたいと語った。 図8 久高島のイザイホー 1966年 ## 3.1.4 OTV「郷土劇場」 番組の作り手として山里氏は、番組は 1 回放送して終わりではなく何度も見てもらいたいと思っている。筆者もこのことは多くの番組制作者に共通する思いであると共感する。沖縄テレビ開局とほぼ同時に始まった 58 年続く長寿番組「郷土劇場」は、スタートしてしばらくは「沖縄芝居」の劇場中継を放送していた。毎週ゴールデンタイムでお茶の間に届けられ、大人気番組だったという。 ただ、ビデオテープが高価だったこともあって、番組の収録テープは何度もダビングが繰り返されて消されてしまい、残っているもので最も古いのは 1980 年代前半の作品だ。沖縄芝居は、全盛期には 40 もの劇団があったと言われ、沖縄各地や奄美諸島さらに沖縄出身者の多い大阪や兵庫にも出かけて行ってまで上演が行われていた。娛楽の少ない戦前、戦後は多くの人が芝居小屋に押し寄せ、 そこから名演と言われる芝居が数多く生まれた。そうした名演でからうじて映像として残しているのが沖縄テレビの郷土劇場など地元放送局の芸能番組のアーカイブである。数多くあった劇団の中でも戦後最も人気が高かったのが、劇団員が女性だの「乙姫劇団」である。2002 年に解散したが、沖縄テレビに 1981 年 10 月に二週にわたって放送された乙姫劇団の名作歌劇「今帰仁祝女殿内 (なきじんぬるどうんち)」が残されていた。今年、この映像を発掘して那覇市内で上映会が行われ、四百人を超す観客が訪れた。この上映会を実現できたのは珍しいことであった。かつてあった沖縄芝居の劇団はその多くが解散している。再放送や上映を実現するには、俳優や地謡といった出演者や台本作家の許諾を得なければならないのだが、許諾のために連絡先(本人や家族)を見つけ承諾を求めることが難しくなっている。乙姫劇団の場合は「乙姫劇団保存会」という継承組織があったことで権利処理が比較的容易だったため上映に漕ぎつけることができた。この上映会では、今や伝説となった上間初枝、間好子といった名女優がスクリーンに蘇った。 図9 沖縄テレビ郷土劇場から 1981 年山里氏は、「沖縄テレビは、2019年 11 月 1 日に開局 60 年を迎えるが、年明け以降は積極的にアーカイブの番組やニュース映像を使っていきたい」と話す。放送局と視聴者を結びつけるのに「アーカイブコンテンツ」が極めて効果的なツールになるとこれまでの取り組みから感じ取ったからだ。 ## 4. おわりに 沖縄では、沖縄県公文書館を始めメディアにおいてアーカイブ映像の収集や公開、利活用の取り組みが進んでいることが確認できた。それは沖縄戦と米国による占領という特異な歴史がそれぞれの組織の積極的な取り組みにつながっていると考えられる。故郷を破壊し尽くした沖縄戦以降、地域で何が起きたのかを心に刻みながら、基地の整理縮小や地域の振興を自らのこととして考えようという意識が多くの沖縄の人々には強くある。一方で、基地問題など沖縄のいま抱える課題は国家の安全保障に関わるもので、沖縄の中だけでは解決できない。本土に暮らす人々もできる限りこの問題への当事者意識を持ち解決のための議論に参加することが求められていると言える。そのためにも、デジタル化の推進とプラットフォームの連携などで沖縄のアーカイブを広く共有する仕組みが早期に構築されることが望まれる。 (註・参考文献) [1] 沖縄県公文書館資料検索 http://www.archives.pref.okinawa.jp/video/video_type/war [ 参照 2018-11-05] [2] NHK戦争証言アーカイブスニュース映像日本ニュー ス256号 https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie. cgi?das_id=D0001300384_00000\&seg_number=002 [参照 2018-11-05] [3] NHK戦争証言アーカイブスニュース映像日本ニュー ス252号 https://www2.nhk.or.jp/archives/shogenarchives/jpnews/movie. cgi?das_id=D0001300380_00000\&seg_number=002 [参照 2018-11-05] [4] 沖縄タイムス 2015年6月27日 [5] 豊見山和美吉嶺昭. 沖縄県公文書館所蔵映像資料の保存と活用を考える. 沖縄県公文書館紀要. 2017, 第3号, p55-72.
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# [A11] 大阪市立図書館デジタルアーカイブのオープンデー タの利活用促進に向けた取り組み ○澤谷晃子 1) Tel:06-6539-3326 FAX:06-6539-3336 E-mail:[email protected] ## Initiatives for Promotion of Open Data Utilization: The Osaka Municipal Library Digital Archives SAWAYA Akikon', 1) Osaka Municipal Central Library, 4-3-2 KitaHorie, Nishi-ku, Osaka-City, 550-0014, Japan ## 【発表概要】 大阪市立図書館は、2017 年 3 月 2 日にデジタルアーカイブ画像の一部をオープンデータとして提供を開始した。日本の公共図書館では初の試みであり、新聞等に取り上げられるなどの反響があった。オープンデータ化開始後も、資料展示、画像の人気投票、オープンデータ画像検索・加工講座の開催などの取り組みを、継続して実施している。また、図書館利用者以外の方で当館オープンデータに興味がありそうな方にも情報発信することで活用の可能性の幅が広がってきた。当館のオープンデータ提供開始以降の利活用に向けた取組を紹介し、今後の展望についても述べる。 ## 1. はじめに 大阪市立図書館は、基礎自治体では最大級規模の中央図書館と蔵書数が 7 10万冊の地域図書館 23 館とで構成されている。中央図書館を中枢とした物流・情報のネットワークを構築し、「いつでも、どこでも、だれもが課題解決に必要な情報にアクセス可能な “知識創造型図書館”」を基本目標に、400 万冊を超える蔵書と電子書籍、商用データベース、音楽配信サービス等の電子図書館機能を活用し、スケールメリットを生かしながら、市内全域に効果的・効率的なサービスを提供している。現在のデジタルアーカイブの前身の「大阪市立図書館イメージ情報データベース」は 1996 年から提供開始、商用データベースは 2007 年に本格導入するなど、早い段階から ICT を活用した情報提供にも取り組んできた。2009 年には、図書館でのデータベース利用のモデルを示し、知識創造型図書館としての活動が評価され、Library of the Year (以下、LoY) 2009 大賞に選ばれた。 2. オープンデータ化への道のり 「大阪市立図書館イメージ情報データベー ス」は、2014 年の図書館システムリプレースを機に「大阪市立図書館デジタルアーカイブ」 としてリニューアルした。検索性が向上し当館の蔵書検索との相互リンクも可能となったため、アクセス数・二次利用申請が増加した。 2016 年度には、総務省地域情報化アドバイザー派遣制度等を活用し外部の有識者の意見を取り入れながら、図書館の情報化施策の今後のあり方について検討を進め、2017 年 6 月「「大阪市ICT 戦略」に沿った図書館の今後のあり方」を策定し、その後、「同アクションプラン」ともに図書館ウェブサイトで公開した。策定に先駆けて、2017 年 3 月には、「大阪市オープンデータの取組に関する指針」(2015 年 1 月策定)並びに「大阪市 ICT 戦略」(2016 年 3 月策定)に謳われている「積極的なデー タ活用の推進(オープンデータ・ビッグデー 夕)」に則り、地域経済に資することを目的に当館デジタルアーカイブのコンテンツの中から著作権が消滅した地域資料 6,900 点をオー プンデータとして提供した。公共図書館としては初めての試みとして、新聞五大紙等で大きく報じられた。 オープンデータ化開始以降も、オープンデ一夕関連の展示や画像の人気投票、活用講座などを継続して開催し、市民に向けて周知を図っている。 図 1. 2017 年 2 月大阪市長会見資料フリップ 2017 年 11 月には、「大阪市 ICT 戦略」の方向性にあわせて実施したこと、戦略的にスピ一ド感をもってやり遂げた実行力、20 年以上にわたる継続性、「しつこく」続ける組織力が評価され、Library of the Year 2017 (以下、 LoY 2017)優秀賞を受賞した。 ## 3. LoY 2017 優秀賞受賞以降の取組 現在も引き続き資料のデジタル化・オープンデータ化を進めており、オープンデータとして提供しているコンテンツは約 7,200 点にまで増加した。デジタルアーカイブオープンデータコンテンツ書誌情報データセットも公開し、更なる周知に向けて取り組んでいる。 ## 3. 1 OML48 チーム HIKIFUDA(ひき ふだ)選抜総選挙 引札(明治から大正初期に多く作られた、商店が開店や売り出しの宣伝のために配ったもので、現在のチラシ広告にあたる)に描かれた人物等にニックネームとキャッチコピー をつけ、当館ウェブサイトや館内で人気投票を呼びかけた。得票数が 1 位となり「センタ一」に選ばれた画像「ちゃりんこ兄弟」(『万綿類仕入所』)は、第 20 回図書館総合展でアカデミック・リソース・ガイド株式会社によりグッズ化された。グッズの売上げは大阪市内にあるエル・ライブラリーに寄付をされているので、大阪に還元された形になっている。 なお、このイベントの派生形として、投票で 5 位までに選ばれた画像の二次利用を呼びかける「神ファイブ画像できたぞ選手権」を実施し、人気のあった画像を絵はがきにして図書館内のイベントの景品として配布した。 図 2. OML48 チーム HIKIFUDA(ひきふだ)選抜総選挙の広報用ポスター ## 3. 2 Twiter【今日の一枚】 リニューアルにより検索性が向上したとはいえ、検索できるワードが図書館の書誌情報由来であるため、例えば「猫」が描かれた画像を探してみても、タイトルに「猫」という言葉が入っていないのでヒットしない。そこで、【今日の一枚】として毎日 Twitter でつぶやくことにした。「\#大阪オープンデータ」を必須にし、他にも画像から連想するハッシュタグを付与している。【今日の一枚】のツイー トは他のツイートよりもインプレッション数が多い状態が継続している。また、伸び悩んでいた Twitter のフォロワーが 9 ヶ月で $12 \%$ も増加していることからも、効果的な周知方法であると考える。 ## 3.3 他機関・企業・団体との連携 他機関との連携は、オープンデータに限らず以前から取り組んでいる。職員の中には、個人的に Code for OSAKA (Civic Tech の集まり)等にも当館の取組を知っていただく機会として積極的に参加しているものもおり、地域や関係団体との繋がりが広がっている。 おかげで多様な事業が実施でき、開催したイベントの参加者がオープンデータ画像に興味 を持ってくださったこともあった。前述の OML48 チーム HIKIFUDA 選抜総選挙の告知時には、会場内で笑いが起こり、早速投票フオームから投票してくださった参加者もいた。 また、クリエイター向けに企業が募集する人材をプレゼンするイベントで図書館のオープンデータを紹介する時間をいただいた時には、場違いかと思ったが、後の交流会で思いがけなくたくさんの方に声をかけていただいた。中には、後日図書館にオープンデータについて問い合わせされた方もいたらしい。 まだまだ周知不足を実感するものの、説明すると関心を示されるので、地道な活動だが引き続き様々な場で情報発信していく必要があると考える。 ナレッジキャピタル主催のワークショップフェスは子ども向けのイベントで、今回はリコーとコラボした。布に印刷できるガーメントプリンターを借りて、ワークショップの参加者に、オープンデータを使った T シャツやトートバッグを作って、お土産にお渡しすることにした。事前にプリンター使用方法のレクチャーを受けたが、リコーの担当者が「こんなに素敵な画像があるんですね。外国から来られた方などに受けそうですね。」といたく感心され、消耗品もたくさんご提供いただいた。 図 3.オープンデータを加工して製作した $\mathrm{T}$ シャツ ## 4. ウィキペディアタウンの開催 『『大阪市ICT 戦略』に沿った図書館の今後のあり方」では、市民協働の促進を目的に、 ウィキペディアタウンの実施等の支援を明記している。2018 年 3 月に LoY 2017 で優秀賞を受賞した 3 機関の受賞館サミットとして、 ウィキペディアタウン・ウィキペディアエデイタソンを当館で実施した。実施に際しては、多くのウィキペディアン(Wikipedia の編集者)の助言・支援を得た。当日は、図書館資料はもちろん、当館デジタルアーカイブの中からたくさんのオープンデータが活用された。 この時にウィキぺディアエディタソンで編集した記事「北の大火」は、2018 年 4 月のウィキペディアの「良質な記事」に選定された。 図 4. ウィキペディア「北の大火」の記事 2019 年 1 月に、ウィキメディアコモンズに当館のオープンデータ画像をアップし、それらを使ってウィキぺディアの編集を呼び掛けるオンラインイベントを企画した。江戸時代の道頓堀の様子が描かれた錦絵をウィキぺデイアの「道頓堀」の記事に貼れば、当館デジタルアーカイブシステムよりも人目に触れる機会が増える。また、ウィキペディアの記事は日本語以外の言語でも作成されることがあり、より多くのアクセスが期待できる。活用状況について、ハッシュタグをつけての Twitter の投稿を呼びかけるなど更なる広がりに繋がる仕掛けもしている。 ## 4. オープンデータ化の成果と反響 オープンデータ化開始以降、デジタル画像の利用についての問い合わせは増加しており、認知が進んでいる。一方で、手続きが非常に煩雑であった画像の二次利用の申請件数は前の年と比べると半数以上減少し、大幅な行政事務の軽減に繋がっている。また、大阪市立図書館ウェブサイト・大阪市立図書館デジタルアーカイブシステムへのアクセス数は、オ ープンデータ開始前の年度と比較すると 1.8 倍に増えている。(ただし、画像のダウンロー ド数は集計できないため、不明。) 画像の活用事例も広がってきた。市職員による各部署に関連した画像を使った名刺の作成や、大阪市交通局(現Osaka Metro)・港湾局のイベント広報での活用、バスのラッピングデザインとしての使用、イベントの記念品 (絵葉書・うちわ)、海外来賓用に額装した錦絵を活用等の報告を受けている。他に、レトルト食品のパッケージやテレビ番組での利用、 ハッカソンイベントでの画像提供等がある。 ## 5. おわりに 「ご自由にどうぞ使って!」のオープンデ一タなのに、なぜここまで広報に力を入れるのか。図書館では、利用者に資料や情報を知っていただくために、図書展示や講演会・講座を実施している。オープンデータについても同様で、資料を周知する活動を継続して実施し、利用者に知っていただく必要があると考える。当館のオープンデータは、出典明記をお願いしており、大阪市立図書館の PR に も繋がると考える。 そして、図書館以外の人の集まりに参加することで、新しい図書館利用者層が開拓できる。これまで図書館発の取組で来館者・登録者増に知恵を絞ってきたが、今後は外部の意見にも耳を傾けながら新たな図書館ファンを獲得したいと思っている。 また、新たな情報を発信する場合には、アピールする場や対象、タイミング、方法を考慮する必要があると考える。届けたい対象により効果的に情報が伝達すれば、LoY 2017 優秀賞のように思いがけない成果が生まれる。 今後も、効果的・効率的な広報を考えながら、オープンデータ利活用促進に向けた取組を「しつこく」継続していきたい。 ## 参考文献 [1]外丸須美乃. 特集, 図書館のデジタルアー カイブ活用促進:大阪市立図書館デジタルア一カイブのオープンデータ化の取り組み. 図書館雑誌. 2017, 111(6), p. 380-381. [2]外丸須美乃. 特集, 情報流通の今後を考える:大阪市立図書館デジタルアーカイブについてオープンデータ化への取り組み. 専門図書館. 2017, 286, p. 30-35. [3] 澤谷晃子. 大阪市立図書館デジタルアーカイブのオープンデータの利活用促進に向けた取り組み. カレントアウェアネス. 2018, (336), CA1925, p. 5-8. [4] 澤谷晃子. 特集, ウィキペディアタウンでつながる、まちと図書館:ウィキぺディアタウンで考える「まちの情報化」. LRG. 2018, (25), p. 68-77. [5]「大阪市 ICT 戦略」に沿った図書館の今後のあり方”. 大阪市立図書館. http://www.oml.city.osaka.lg.jp/?page_id=16 39, (参照日 2019-01-24). この記事の著作権は著者に属します。この記事は Creative Commons 4.0 に基づきライセンスされます(http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。出典を表示することを主な条件とし、複製、改変はもちろん、営利目的での二次利用も許可されています。
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# 企業展示・広告 以下の企業・機関様から展示会出展・予稿集広告をいただいております (順不同)展示 FUJIFILM Value from Innovation TRC-ADEAC infocom SONY 橉式会社東京光音 魅誠出版 BENSEI.JP PPASCO (9) NTT (1) 1 中国知绸中国知识基础设施工程 MISSHa I NLMED富士フイルム株式会社 TRC-ADEAC 株式会社 インフォコム株式会社 ソニービジネスソリューション株式会社 株式会社 東京光音 勉誠出版 株式会社サビア 株式会社パスコ NTTコミュニケーション科学基礎研究所 中国知網 CNKI 日本写真印刷コミュニケーションズ株式会社 アルメディオ 予稿集広告 ( 上記展示社を除く) D D 大日本印刷株式会社 and 5My MiMetalnfo Stroly日本デジタル・アーキビスト資格認定機構 株式会社シー・エム・エス 株式会社メタ・インフォ 株式会社 Stroly
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# N Yoshida Campus 1階 4 2階 4階
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# 第 3 回研究大会概要 会場 京都大学吉田キャンパス 総合研究8号館 ( 〒 606-8501 京都市左京区吉田本町) 日時2019年3月15日(金) 16日 (土) 主催 デジタルアーカイブ学会 共催 京都大学大学院情報学研究科 一般財団法人 デジタル文化財創出機構 Society for Digital Heritage 一般財団法人デジタル文化財創出機構 ## nuralec 村田機械株式会社 ## 後援 アート・ドキュメンテーション学会、日本アーカイブズ学会、記録管理学会、情報知識学会、情報メディア学会、日本デジタル・ヒューマニティーズ学会、文化資源学会、日本教育情報学会、日本出版学会、東京文化資源会議、全国歴史資料保存利用機関連絡協議会、情報保存研究会、本の未来基金、京都文化力プロジェクト ## 開催趣旨 デジタルアーカイブ学会 (2017 年 5 月 1 日設立) は 21 世紀日本のデジタル知識基盤構築のために、人材の育成、技術研究の促進、メタデータを含む標準化、国・自治体・市民・企業の連携促進、公共的デジタルアーカイブや地域デジタルアーカイブの構築支援、デジタル知識基盤社会の法制度の検討などをおこなっています。関係者が経験と技術を交流・共有し、研究発表を行い、ネットワークを形成する場として、本学会の第 3 会研究大会を京都大学で開催致します。 ## 実行委員会 委員長黒橋禎夫 (京都大学大学院情報学研究科) 委員 天野絵里子 (京都大学学術研究支援室) 古賀崇 (天理大学) 時実象一 (東京大学大学院情報学環) 原田隆史 (同志社大学大学院総合政策科学研究科) 福島幸宏 (京都府立図書館) 藤田高夫 (関西大学) 細井浩一 (立命館大学映像学部) 水島久光 (東海大学文学部) 村脇有吾 (京都大学大学院情報学研究科) 安岡孝一 (京都大学) 柳与志夫 (東京大学大学院情報学環) 吉村和真 (京都精華大学)
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# デジタルアーカイブ学会 第3 回研究大会 ## 第 3 回研究大会の開催にあたって ## 第 3 回研究大会実行委員長 ## 黒橋禎夫《るはさを゙あ) デジタルアーカイブ学会 (2017 年 5 月 1 日設立) は、皆様ご承知のとおり、21 世紀日本のデジタル知識基盤構築のために、人材の育成、技術研究の促進、メタデータを含む標準化、国・自治体・市民・企業の連携促進、公共的デジタルアーカイブや地域デジタルアーカイブの構築支援、デジタル知識基盤社会の法制度の検討などを行っています。 この広範な活動の関係者が交流し、研究発表を行い、経験と技術を共有し、ネットワークを形成する場として、第 1 回研究大会 (2017 年 7 月岐阜女子大学) 、第 2 回研究大会 (2018 年 3 月東京大学) に続き、第 3 回研究大会を 2019 年 3 月 15、16 日、京都大学吉田キャンパスで開催致します。私はデジタルアーカイブの門外漢ではありますが、情報学関係者として理事会に参加させて頂いており、今回、大会実行委員長を仰せつかりました。 本学会はまだ設立されて 2 年たらずでずが、設立時約 130 名であった会員が、すでに 500 名に達する勢いで成長しており、当学会に対する社会の関心・期待の高さを感じます。この拡大基調の中、今大会も口頭発表 31 件、ポスター 発表 16 件、企業展示 12 件と、過去の大会を上回る規模となりました。参加者数も第 1 回大会の約 150 名、第 2 回大会の約 270 名に対して、今大会は 300 名規模の参加者を見込んでいます。 第 3 回研究大会の新たな試みとして、本学会に関連する多様な活動・技術内容を学ぶ機会として(何よりも門外漢である私自身が勉強させて頂きたいことから)1日目午前にチュートリアル・セッションを設け、「Omeka」、「デジタルアーカイブの業界標準・IIIF の基本を押さえる」、「著作権法と CreativeCommons」の3 つのチュートリアルを実施します。また、せっかく京都大学にお越し頂きますので、京大とその周辺の文化財などを巡るエクスカーション「デジタルアーカイブで歩く京大・吉田」を同時間帯に設けました。 1 日目午後からは、開会式、そしてこれも今年度新たに設置された学会賞の授賞式に続き、世界遺産である平等院の修復・復元をはじめ様々な文化財修復・デジタルアーカイブ事業を先導しておられる平等院神居文彰住職に基調講演をお願い致しました。 また、本大会では、実行委員の皆様からの提案をベースに、「記憶を集める・公開する一まだ存在しないアーカイブを考える」、デジタルアーカイブと東アジア研究」「デジタルアー カイブ推進法を意義あるものにするために」、「災害資料保存とデジタルアーカイブ」、「日本文化資源としての MANGA をアーカイブする」「アーカイブの継承」の 6 件の企画セッションを設けました。様々な観点からデジタルアーカイブを深く掘り下げる議論をお楽しみ頂けるものと思います。 2 日目は企画セッションと、一般講演セッション、ポスター セッションがパラレルで走ります。また、休㮩コーナに併設された企業展示は 2 日間ともご覧頂けます。 さらに、これも今大会の新しい試みとして(大会規模を考えると予算的に難しいのではという声もありましたが)大会期間中の託児所を設けました。準備・アナウンスが遅れたこともあり今回十分に活用いただけないかも知れませんが、この試みに対して会員の皆様からぜひフィードバックを頂ければ幸いです。 新しい、若い、そして急成長の学会の勢いそのままに、さまざまな新たな試みに挑戦させて頂きました。実行委員各位、学会事務局、理事会に多大なサポートを頂きましたことをこの場をお借りして心より感謝申し上げます。 最後に、大会参加者の皆様が、多様なバックグランドを超えた意見交換と交流をお楽しみ頂き、さらに、早春の京都を満喫頂くことを願つております。加えて、今後の研究大会をよりよくするための忌憚のないご意見を頂けましたら幸いです。
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# コミュニティアーカイブ 沖縄のアーカイブ特集 Archives in Okinawa ## 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科 抄録:沖縄は独自の歴史と豊かな文化を持つ。一方で米軍基地の整理縮小が進まない上に普天間飛行場の名護市辺野古への移設を巡って県と国が対立するなど沖縄戦とその後の米国統治の影響が大きな社会課題として残っている。いま私たちには沖縄の歩んできた近現代史への正確な知識に基づいた眼差しが求められる。その時アーカイブが大きな役割を果たすはずだ。今回の特集では沖縄のアーカイブをテーマに、自治の歴史を刻んだ琉球政府文書」のデジタルアーカイブ化、沖縄戦や占領下の沖縄をとらえた映像資料の公開と利活用、そしてメディアや個人が所蔵する映像や写真を利用して新たな“アーカイブコミュニティ”を生み出そうという取り組みについて報告する。 Abstract: Okinawa has the unique history and rich culture in Japan. On the other hand, the reduction of the US bases does not advance, and the Japanese Government is opposed to Okinawa prefecture over transference to Henoko of the Marine Corps Air Station Futenma, and influence of the battle of Okinawa and the United States' occupation stays as big society issue. A look based on accurate knowledge to the modern history which Okinawa just walked to us is found. Archives should play a big role. I make it the digital archive of "Government of the Ryukyu Islands documents" which ticked away the history of the self-government under the theme of archives of Okinawa by this special feature and report an exhibition and the utilization of the films which arrested Okinawa under the war and the occupation and the action that it is said to bring about new "archive community" with the films and the photographs which the media and an individual possess. キーワード : アーカイブ、デジタルアーカイブ、沖縄戦、映像、コミュニティ Keywords: Okinawa, U.S. military base, Digital Archives, Government of the Ryukyu Islands, Video Images ## 1. はじめに 沖縄は、日本の他の地域に比べて特異な歴史を歩んできた。日本の南西端の島嶼県で、東南アジアの北端ともいえる位置にある。近代では、明・清といった中国の王朝、東南アジアとの交流・貿易を活発に展開し、 15 世紀には尚巴志とそれに連なる第一尚氏が、奄美から先島にかけての南西諸島を統べる統一国家「琉球王国」を成立させた。その後、1609 年に薩摩藩の侵攻を受けて、王国は残りつつも薩摩藩を通して幕藩体制に組み込まれる。この時、奄美の島々は薩摩藩の版図に組み入れられた。そして 1879 年、明治政府による武力を背景にした「琉球処分」で王府は廃され沖縄県となり、その後は徹底した同化政策が行われていく。 その一体化の果てにあったのが沖縄戦である。住民を巻き込んだ3ケ月に及ぶ激しい地上戦で首里や那覇のある本島南部はほぼ瓦礫と化し、県民の 4 人に一人の命が奪われた。沖縄戦は王国時代からの貴重な文書や宝物のほとんどを焼き尽くした。そして沖縄戦を起点に日本から切り離されてアメリカによる統治が 27 年間行われ、その間に米軍は沖縄の基地を拡大した。そ の中で、沖縄の人々は琉球列島米国民政府(以後、米国民政府)と粘り強く渡り合い、日本の他の地域が経験をしたことのない独自の政府・「沖縄諮詢会」、「沖縄民政府」「群島政府」、「琉球臨時中央政府」、「琉球政府」という自治行政組織を運営した。上級機関として占領行政で沖縄をコントールしようとした米国民政府は布告や布令を発する事で、基地への土地の強制収用を強行したり、復帰運動や革新政党などを弾圧したりしたが、沖縄の人々は自治権を拡大していき、復帰前の 1968 年にはそれまで米国民政府の任命だった琉球政府行政主席の公選を実現した。 復帰後は、本土から大きく立ち遅れていたインフラの整備などが日本政府による公共投資によって急速に進められた一方で、復帰前に沖縄の人々が期待していた米軍基地の縮小は進まなかった。特に住宅街の真ん中に位置し「世界で最も危険な基地」と言われる宜野湾市の海兵隊普天間飛行場は、名護市辺野古へのその機能の移設が条件になっているため、20 年以上前に日米間で合意された返還が実現していない。そして、復帰から時が経つにつれ、米軍基地の存在が沖縄振興の 大きな障害であることが強く意識されるようになった。基地問題に関しては、沖縄では辺野古への普天間飛行場の機能の移設に反対する声が根強い。新基地建設を阻止しようとする故翁長県知事、2018 年の県知事選で翁長氏の遺志を継いだ玉城デニー知事の誕生でその民意は継続している。一方で、政府は普天間基地の返還は、辺野古への移設によってしか実現しないとの従来の主張を繰り返し、工事を強行しようとしている。 さらに近年、「普天間は何もないところに基地ができそこに住民が住み着いた」、2017 年 12 月に普天間基地周辺にある保育園、小学校に海兵隊へリの部品が相次いで落下した事故の時には「自作自演だろう、そこに学校があるのが悪い」、「基地反対派は中国の支援を受けている」といった事実に基づかないフェイクで、沖縄ヘイトとも言える言説がメディアやネット、SNS 上に溢れている。基地問題は、沖縄県と政府の間だけの課題ではなく国民的な議論によってでしか解決できないがはずだか、こうした本土と沖縄を分断するような動きは解決を遠ざけることになる。いま議論を前に進めるに当たって、沖縄の歩んできた道や基地の現状、 そして沖縄の人々がどのような未来を思い描いているのかを正しく受け止める必要がある。そのためには信頼性の高い資料やコンテンッにアクセスして、沖縄の近現代史を事実として把握し、そこから冷静に基地縮小や基地の跡地利用などについて議論を積み上げて、地域の人々の意思を尊重した解決策を導き出して行くべきであろう。 ここでは、沖縄の辿ってきた道を多様な資料とコンテンツによって知ることができるようにと様々な機関や組織、人々がどのように関連のアーカイブを整備してきたのか、あるいはどういう形で私たちがアクセスできるよう整備・構築されているのかという現状、そして課題を沖縄のアーカイブに関わる方々に報告していただく。 ## 2. 琉球政府文書、壮大な自治の歴史 日本本土と切り離された沖縄では、米軍上陸まで存在していた行政機能が沖縄戦によって全て失われた。戦後、米軍政府の主導で、数多くの人々が収容された石川市(現うるま市)の民家で「沖縄諮詢会」という形で行政がスタート、その後沖縄、宮古、八重山、奄美とそれぞれの群島政府として分離されていた行政機関は 1952 年に「琉球政府」として統合され、以降日々の行政を進めながら上位にあった琉球列島米国民政府と対峙して自治を拡大し、本土復帰という日本のどの自治体も経験しなかった大イベントに向かった。異民族支配の中での 27 年に及ぶ自治の記録として琉球政府文書は世界史的にも貴重な資料群といえる。しかし、琉球政府文書は現在の沖縄県公文書館に落ち着くまで各所を転々として時には散逸や污損の危機に見舞われていた。それが、現在ではデジタルアーカイブとして整備されている。 ${ }^{[1]}$ 図1 沖縄県公文書館琉球政府文書デジタルアーカイブ 沖縄県公文書館で、デジタルアーカイブ化に当たった西山絵里子氏が、琉球政府文書群がどのような経過をたどったのかを概観する。 筆者は、1992 年に NHK 沖縄放送局のデイレクター として米国統治時代の沖縄経済に関するドキュメンタリー「NHKスペシャル」を取材・制作した。米国民政府による地場産業の調査や外資企業の沖縄進出に関する内外の資料、当時の新聞記事などを入手しようとしたが、探し出しアクセスするのに多大な手間と時間を要した。この当時、西山氏の論考にあるように、琉球政府時代の公文書はまだ整理されておらず、文書群は那覇市与儀の旧県立病院に山積みにされていて、そこから掘り出すようにして探した。地元紙の新聞記事は新聞社のアーカイブが整備されておらず県立図書館で、 マイクロフィルムで閲覧せざるを得なかった。復帰に向けての日米両政府との詳細なやりとりを記した最後の琉球政府行政主席で復帰後初代の沖縄県知事となつた「屋良朝苗」氏の 100 冊以上のメモ・備忘録については整理されないまま、屋良さんのお宅に置かれていたのをご家族の了解をいただいて拝見させていただいた。この時屋良氏は闘病中でお会いしたりこれらの備忘録について伺ったりすることはできず、屋良氏が復帰前後を振り返った著作「激動 8 年」とご家族の話とともに内容を読み取るしかなかった。沖縄県公文書館では、 5 年前に「屋良朝苗日誌」として整備してデジタルアーカイブによる公開(館内閲覧)を実現した。 ${ }^{[2]}$ 沖縄県公文書館でのデジタルアーカイブ化が進みつつあることによって現在ではより容易に当時の出来事を知り、研究し、再現するコンテンツを生み出すことができる。 ## 3. 沖縄の映像アーカイブが語る沖縄の近現代史戦中、戦後の沖縄を記録した映像は沖縄県公文書館 を始め地元テレビ局が豊富に保管している。特に米軍 が撮影した沖縄戦の映像は、沖縄県公文書館が日本で 最大のコレクションを保持しているはずだ。そのほか、米軍が撮影した戦中・戦後の 3801 枚もの空中写真の アーカイブが整備されている。いずれもデジタルアー カイブで閲覧して試写をし、パブリックドメインのも のは利用者が容易に入手して研究や新たなコンテンツ 制作に活かせるようになっている。そのほか、戦前の 沖縄の風物や暮らしを撮影したもの、米国民政府が撮影した占領行政に関わる動きを撮影した映像も数多く 保有している。 さらに、地元メディアの持つアーカイブコンテンツも沖縄の近代史や独自の文化を伝える貴重な資料である。テレビ局のアーカイブについて、1959年と沖縄で最も早く開局した沖縄テレビ放送について述べる。琉球最高位の聖域とされる久高島で 600 年にわたって 12 年に一度行われてきた祭祀「イザイホー」(1978 年を最後に途絶えている)の 1966 年の祭りを記録したフィルムの利活用や沖縄戦の映像を地域に持ち出して上映、沖縄戦体験者の言葉を集めるなど、「アーカイブコンテンツ」をメディアと視聴者を結ぶ大切な役割になるよう活用している。 これらの映像アーカイブの整備の実態や公開・利活用については筆者が調査を行った。 ## 4. アーカイブとコミュニティ 沖縄で人々の暮らしを記録したアーカイブコンテンツを掘り起こすことに取り組む二人から報告をしていただく。 まず、「沖縄アーカイブ研究所」を主宰する真喜屋力氏は、家庭に眠る 8 ミリフィルムを収集してデジタルアーカイブで公開している。 ${ }^{[3]}$ また沖縄テレビと連携して番組として放送に結びつけている。復帰前後の人々の暮らしぶりや流行、祭り、今は失われた施設など貴重な映像が次々に発見され、多くの人々に共有されるようになっている。 那覇市でコミュニティFM 放送局などを運営する平良斗星氏は、沖縄で家庭のなかの古い写真を発掘し、 その写真を上映して公民館などでトークイベントを開催する取り組みを続けている。その結果、コミュニティアーカイブとも言える新たな場と結びつきが地域に生まれつつある。 (註・参考文献) [1] 沖縄県公文書館琉球政府文書デジタルアーカイブ http://www.archives.pref.okinawa.jp/digital_archive [ 参照 201811-05] [2] 沖縄県公文書館沖縄関連資料屋良朝苗日誌 http://www.archives.pref.okinawa.jp/okinawa_related/5426 [ 参照 2018-11-05] [3] 沖縄アーカイブ研究所 https://okinawa-archives-labo.com [参照 2018-11-05]
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# デジタルアーカイフ関連資料 デジタルアーカ アム (DAPCON) 調査報告の抜粺 デジタルアーカイブ推進コンソーシアム (DAPCON) のご好意により掲載 (2018 年 3 月末現在 )。 ## 1. 大学図書館等のデジタルアーカイブの現状 (1) デジタルアーカイブを公開している大学図書館等 & 新聞雑誌号数 & & 総計 \\ & 新聞雑誌号数 & & 総計 \\ (2) 大学図書館等におけるデジタルアーカイブの資料種類 & & & & 総計 \\ (3) 大学図書館等におけるコンテンツの提供形態 & & & & \multicolumn{1}{|c|}{ 総計 } \\ (4) 大学図書館等における提供ファイル形式 & & & & 総計 \\ (5) 大学図書館等で使用している閲覧ツールの種類 } & & & & 総計 \\ ## 2. 公共図書館等のデジタルアーカイブの現状 (1) デジタルアーカイブを公開している都道府県立図書館 & & & 総計 \\ ## (2) デジタルアーカイブを公開している市町村立図書館 & & & 総計 \\ & & & 総計 \\ ## (3) 公共図書館におけるデジタルアーカイブの資料種類 & & & & 総計 \\ } & & & & 総計 \\ ## (4)公共図書館におけるコンテンツの提供形態 & & & & \multicolumn{1}{|c|}{ 総計 } \\ (5) 公共図書館における提供ファイル形式 & & & & \multicolumn{1}{|c|}{ 総計 } \\ (6) 公共図書館で使用している閱覧ツールの種類 & & 総計 \\ ## 3. 博物館・美術館のデジタルアーカイプの現状 (1) 博物館・美術館における画像情報公開 (2) 博物館における館種剧デジタルアーカイブコンテンツ数 } & \multicolumn{2}{|r|}{ 電子書籍 } & \multicolumn{2}{|r|}{ 新聞雑誌 } & \multicolumn{2}{|c|}{ その他コンテンツ } & \multicolumn{2}{|r|}{ 総計 } \\ & $\underset{\dot{-}}{\stackrel{\leftrightarrow}{2}}$ & \#ு & $\stackrel{\infty}{\infty}$ & & $\stackrel{\leftrightarrow}{\sim}$ & & 8 \\ ## (5) 博物館・美術館におけるコンテンツの提供形態 } & \multicolumn{2}{|c|}{ 電子書籍冊数 } & \multicolumn{2}{|c|}{ 新聞雑誌号数 } & \multicolumn{2}{|c|}{ その他コンテンツ点数 } & \multicolumn{2}{|c|}{ 総計 } \\ ※不明:館内でのみ公開のため確認できていないもの (6) 博物館・美術館における提供ファイル形式 } & \multicolumn{2}{|c|}{ 電子書籍 } & \multicolumn{2}{|c|}{ 新聞雑誌 } & \multicolumn{2}{|c|}{ その他コンテンツ } & \multicolumn{2}{|c|}{ 総計 } \\ ## (7) 博物館・美術館における閲覧ツール & & & & & 2 & 0.00 & 2 & 0.0 \\
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# Paul Thompson は、『記憶から歴史へ』(青木書店 2002)の中で、「一般的に、あらゆる種類の人々の人生経験が、生の史料として歴史研究に使われるように なれば、新しい方向性が歴史に与えられる。」と指摘 した。多くの人々の経験や思い、考えが記録されるこ とは、今後ますます重要視されると思う。しかし、そ の意義を理解したところで、具体的に、自らが、身近 な地域や団体、あるいは関心のある事柄について、起 こった出来事や経験や思いなどをアーカイブしょうと するとき、どのように企画し、記録・保存し、利用に 供すればよいのか、その方法に悩み、実際の活動を行 えないことも多いのではないか。 このような、自らが関係する地域やコミュニティの出来事を記録し、アーカイブ化して継承する活動である 「コミュニティ・アーカイブ」を行いたいと考える人、興味関心がある人への実践事例となるのが本書である。 本書では、せんだいメディアテーク内に開設された「3 がつ 11 にちをわすれないためにセンター」(通称:わす れン!)による、東日本大震焱とその復興の記録活動に ついて、「かんがえる」、「つくる」「つかう」に分けて、 わかりやすく記されている。わすれン!は、専門家から 市民まで、地域も世代もさまざまな多くの参加者による 記録活動であり、参加者自らが記録し、アーカイブ化す る「コミュニティ・アーカイブ」の一事例として、実践的にそのつくりかたを学ぶことができる。 「第 1 部 かんがえる編」では、わすれン!を開設 したせんだいメディアテークやわすれン!の原型と なった NPO 法人 remoの活動等の紹介にはじまり、 わすれン!の発案段階から実際のしくみづくりに至る までが詳細に記されている。最初にどのようなコンセ プトを考えたか、具体化するために必要な予算や人材、組織としての位置付け、名称やロゴの決定、プラット フォームとしての活動フロー等が記されている。また、東日本大震災の資料の公開や利活用に関わる法的な手続きにおいて実際に使われた権利処理の書類(書式)等も載也られている。 「第 2 部 つくる編」では、わすれン!の参加者たち の活動について、参加者の声を紹介しながら記されてい る。東日本大震災との関わりや参加の動機、思いも異な る参加者たちの活動がプラットフォームとして機能して いく過程の中で、効果的だったことだけではなく、上手 くいかなかったところ、想定外のことも記されている。 「第3部つかう編」では、わすれン!とコミュニ ティ・アーカイブとの記録の質について、記録される 対象、対象と記録者との<関係>という特質から記さ れている。そして、最終章では、アーカイブの利活用 について記され、わすれン! ウェブサイトやDVDパッ ケージ等、さまざまな利活用の事例が紹介されている。 第 3 部の終わりに、「わたしたちが本書で報告した かったのは、一市民がアーカイブをつくる活動に、そ してアーカイブを生産的に利活用する活動に、一市民 として参加するための方法である」と記されている。 コミュニティ・アーカイブは、特別な技術や技能を持 つ人だけのものではなく、誰もが参加できる活動にな り得る。本学の学生たちにも熟読を薦めたい。 (岐阜女子大学 谷里佐)
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# 『手と足と眼と耳:地域と映像アー カイブをめぐる実践と研究』 \author{ 原田健一・水島久光 編著 \\ 出版社:学文社 \\ 2018年3月20日 328ページ A5判 \\ ISBN 978-4-7620-2795-6 \\ 本体 3,500 円 + 税 } 本書は、新潟大学「地域映像アーカイブ」プロジェ クトの活動を中心に、地域と映像に関わる多様なア一 カイブ実践を紹介しつつ、その理論的課題を考究した 『懐かしさは未来とともにやってくる 地域映像ア一 カイブの理論と実際』(学文社、2013年)の続編である。前書の理念はそのまま本書に引き継がれているが、地域映像アーカイブをめぐる研究者のネットワークはこ の 5 年間で着実に拡張しており、前書にも増して、各執筆者による実践事例の「厚み」に目を瞠らされる。 本書は 4 部構成になっており、Iでは、この分野を 先導してきた 3 人の研究者が、地域映像アーカイブの 自発的生成過程を掬い上げるための政策的、技術的、倫理的枠組みを検討し、現在の課題を包括的に提起し ている。IIでは、夕張、神戸、金山町 (福島県)、新潟などでのアーカイブ実践が紹介され、アーカイブの 対象として、地域の広告代理店が関わった $\mathrm{CM} 、$ アマ チュア映画作家の作品、絵コンテなどのアニメーショ ンの中間素材といったエフェメラルなメディアが扱わ れている。中でも、金山町のある住民が時代の変遷に 伴って編み直してきた私的な写真アルバムを「アーカ イブ」と捉え、その日常的営為の中に、地域映像ア一 カイブの先行的な規範を認めようとする榎本千賀子の 論考 (第9章) は特筆されるべき成果だろう。では、次代の「担い手」の育成に向けて、高等教育、初等教育におけるアーカイブ実践の意義と可能性が、過去お よび現在の豊富な実例を交えながら考察されている。 IVでは、複数の研究者が、荻野茂二の「領域横断的分析」を試み、「群」として見るというアーカイブ的視点をもって、「作家」としての署名性から距離を取り つつ、荻野を取り巻くメデイア環境を多面的に論じて いる。これらの論考は、それ自身、従来の映画史では 周縁化されている小型映画の研究モデルとして発展し ていく可能性を孕んでいる。 本書のまなざしは何よりも地域映像アーカイブの持続可能性に向けられている。アマチュアの手による小 さなアーカイブが各地で叢生している状況をふまえ て、複数の執筆者が、トップダウン型のメタデータス キームを前提にアーカイブ構築を図ることに疑義を呈 している。アーカイブされる資料そのものによって動機づけられた、このような手ずからの取り組みが、多様なコミュニケーションの場を創出し、翻ってその場自体がアーカイブを成長させていくという相互的な関係にこそ、地域映像アーカイブの本質があるからだ。 この観点から、原田健一は、地域映像アーカイブの構築には、地域に関わる研究者が、研究・教育の公共性 に基づいて、そこに住む人々から「信頼感」を得るこ とが不可欠であると指摘している(第3 章、第 10 章)。 アーカイブの「生」にとって重要なのは、ミニマル なアーカイブの自発的な構築を阻害せず、むしろその 活動を奨励し、同時に相互のネットワーク化が促進さ れるような場を提供しながら、その成果が次代へと持続的に引き継がれていくような社会を生み出すことで ある。大学がその基盤としての役割を担いうることを、本書の実践的な論考は「厚み」をもって証示している。本書を通じて、そこかしこで研究者相互の、教員と学生の、また地域の人々とのコミュニケーションが、映像アーカイブを介して、日々蓄積されていることが実感されるだろう。 (立命館大学映像学部教授 川村 健一郎)
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# 『デジタルアーカイブ・ベーシックス2 災害記録を未来に活かす』 今村文彦 監修/鈴木親彦 責任編集 出版社:勉誠出版 2019年8月 208ページ A5判 ISBN 978-4-585-20282-0 本体2,700円+税 我が国は古くから自然焱害の多い国であり、その災害の経験や教訓を後世に伝えていこうとする活動が近年、大きく変化している。それが、阪神・淡路大震災以降、震災・災害の記録を残し、インターネット上に 発信しようとする動きであり、その動きを加速させたの が、東日本大震災とデジタルアーカイブの進化である。 本書は、歴史的災害史料から、主として東日本大震災に関わるアーカイブ活動まで、震災・災害デジタル アーカイブと称される活動を紹介している。 第 1 部で、震災・災害アーカイブの役割を挙げた上 で、NHK や国立国会図書館「ひなぎく」の現状と課題を提示し、第 2 部では、東北の地方紙と大学の連携 や、歴史的史料の翻刻作業をオンライン上で行う大学 と市民の取り組みを挙げている。そして、第3 部では、震災・災害情報の利活用についてデジタルアーカイブ の視点から事例を詳しく述べている。 国立国会図書館が、東日本大震災に関するデジタル データのポータルサイト「ひなぎく」を構築し、公開 したことは、小規模なデジタルアーカイブでも国内外 に発信できると共に、活動を休止せざるを得なくなっ た際の移行先としての道も開かれてきた。また、震災犠牲者の行動分析を基に、行動記録を可視化した岩手日報社と大学の取り組みは、どの災害においても犠牲者に共通する傾向を導き出しており、デジタルアーカ イブの特徴である視覚化が防災教育への可能性を高め ている点がよく分かる。 歴史的史料の翻刻作業を市民が楽しみながら行うこ とにより、記録を継承するきっかけ作りとしたり、ス トックされていたデータに新たな技術を加えることに より、記憶を現代に甦らす活動は、アーカイブの「後世へ伝え残す」という目的と共に、さらに重要な防災教育の可能性を高めていることを教えてくれる。 本書は、震災・災害デジタルアーカイブの現状から 活用の現状まで、多面的に執筆されており、記憶の風化を超える活用法にヒントをくれる一冊である。 (帝塚山大学非常勤講師 稲葉 洋子)
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