chats
sequence | footnote
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3.16k
| meta
dict |
---|---|---|
[
[
"きみに話したいことがあるんだがね、ネズミくん。じつは、わたしはおばさんから名づけ親になってくれってたのまれているんだよ。おばさんがね、白と茶色のぶちのむすこを一ぴき生んだもんだから、その子の洗礼にたちあってくれっていうのさ。だから、きょうはひとつ、わたしをでかけさせて、おまえさんひとりで、うちのことをやっていてくれないかね。",
"いいですよ、いいですよ。"
],
[
"それはまた、きみょうな、かわった名まえですのね。あなたがたのおうちでは、そういう名まえがよくつけられるんですの。",
"こんなのは、なんでもないさ。きみの名づけ子の〈パンくずどろぼう〉なんてのよりは、わるかあないぜ。"
],
[
"こんどの赤ちゃんは、なんて名まえをつけてもらいましたの。",
"〈半分ぺろり〉。"
],
[
"じつは、また名づけ親になってくれっていわれているんだよ。こんどの子はまっ黒でね、足だけが白いんだよ。そのほかは、からだじゅうどこにも白い毛なんて一本もはえていないのさ。こんなのは、二、三年に一ぴきぐらいしか生まれないんだよ。だから、どうかわたしをもういちどいかしておくれ。",
"皮なめだの、半分ぺろりだのって、ずいぶんおかしな名まえなのね。考えてみると、なんだかへんだわ。"
],
[
"こんどのは、〈みんなぺろり〉というのさ。",
"みんなぺろりですって。"
],
[
"ねえ、ネコさん、ふたりでしまっておいたヘットのつぼのところへいきましょうよ。きっとおいしいわよ。",
"よしきた。"
],
[
"いまこそ、あたしにも、よっくわかったわ。すっかりわけがのみこめてよ。あなたは、たいへんなお友だちだったのね。なにもかもきれいに食べちまってさ、名づけ親になるなんていっちゃあ食べて、はじめは上皮をなめ、それから半分ぺろりとやって、そのつぎには……",
"だまらないか。"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2019年8月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "059499",
"作品名": "ネコとネズミのいっしょのくらし",
"作品名読み": "ネコとネズミのいっしょのくらし",
"ソート用読み": "ねことねすみのいつしよのくらし",
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"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K943",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2019-09-20T00:00:00",
"最終更新日": "2019-08-30T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/card59499.html",
"人物ID": "001091",
"姓": "グリム",
"名": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読み": "グリム",
"名読み": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読みソート用": "くりむ",
"名読みソート用": "やあこふるうとういつひかある",
"姓ローマ字": "Grimm",
"名ローマ字": "Jacob Ludwig Carl",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1785-01-04",
"没年月日": "1863-09-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "グリム童話集(1)",
"底本出版社名1": "偕成社文庫、偕成社",
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"入力に使用した版1": "2009(平成21)年6月49刷",
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} |
[
[
"おれもすっかり年をとっちまって、からだが日ましによわってきたのさ。で、狩りにでかけても、むかしのようにかけまわれやしない。だもんだから、主人がおれを殺そうとするんだ。それで、あわててにげだしてきたってわけなんだが、さてこれからさき、どうやってめしにありついたもんだろうなあ。",
"そんなら、どうだい。"
],
[
"わたしゃ、このとおり年をとっちまったし、歯もきかなくなった。それに、ネズミなんかを追いまわすよりも、ストーブのうしろにでもすわりこんで、のどをゴロゴロやってるほうがすきなのさ。ところがそうすると、うちのおかみさんは、わたしを川のなかへぶちこもうっていう気をおこしたんだよ。それで、わたしゃ、いそいでとびだしてきたんだけど、といって、うまい知恵もなし、これからどこへいったらいいだろうねえ。",
"おれたちといっしょに、ブレーメンへいこうじゃないか。おまえさんは夜の音楽がおとくいだから、町の音楽隊にやとってもらえるよ。"
],
[
"なにしろ、きょうは聖母さまの日だろう、聖母さまが幼子キリストさまの肌着をせんたくして、かわかそうという日だからね。ところが、あしたの日曜には、お客さんがおおぜいくる。それで、なさけ知らずのおかみさんが、このぼくをスープにして食べちまえって、料理番の女にいいつけたのさ。だから、ぼくは、今夜、首を切られちまうんだ。それで、せめて声のだせるいまのうちにと思って、のどのやぶれるほどないているとこさ。",
"おい、おい、なにをいってんだ。"
],
[
"うまそうな食いものや飲みものの、いっぱいならべてあるテーブルがあってな、そのまわりにどろぼうどもがすわって、ごきげんでいる。",
"そいつをいただきたいもんだ。"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「ブレーメンの音楽師《おんがくし》」となっています。
入力:sogo
校正:チエコ
2021年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "059847",
"作品名": "ブレーメンの音楽師",
"作品名読み": "ブレーメンのおんがくし",
"ソート用読み": "ふれえめんのおんかくし",
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"初出": "",
"分類番号": "NDC K943",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2021-02-24T00:00:00",
"最終更新日": "2021-01-27T00:00:00",
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"名": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
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"姓読みソート用": "くりむ",
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"姓ローマ字": "Grimm",
"名ローマ字": "Jacob Ludwig Carl",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1785-01-04",
"没年月日": "1863-09-20",
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"底本名1": "グリム童話集(1)",
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} |
[
[
"これからさき、おれたちはどうなるんだ。かわいそうな、あの子らを、どうやってくわせていったもんだろう。おれたちだけでも、くうものがないんだからなあ。",
"じゃ、おまえさん、こうしたらどう。"
],
[
"あしたの朝、うんとはやく、子どもたちを森のなかへつれだして、いちばん木のたてこんでいるとこまでつれていくんだよ。そしたら、そこで、たき火をおこして、ふたりにパンをひときれずつやっておいてさ、わたしたちゃしごとにでかけて、ふたりはそのままおいてきぼりにしちまうんだよ。そうすりゃ、かえり道なんかわかりっこないんだから、それでやっかいばらいというわけさ。",
"そいつあ、いけねえよ、おめえ。"
],
[
"そんなこたあ、おれにゃあできねえ。子どもらを森のなかにすててくるなんて、とてもそんな気にゃあなれねえ。そんなことをしようもんなら、すぐに森のけだものがとびだしてきて、あのふたりをずたずたにひきさいちまわあな。",
"おまえさんは、なんてばかなんだい。"
],
[
"ヘンゼル、なにをそんなに立ちどまって、ながめているんだ。ぼんやりしないで、足もとに気をつけろよ。",
"ああ、おとうさん。"
],
[
"さっさと歩きな。",
"ぼくのハトを見ているんですよ。ほら、あいつ、屋根の上にとまって、ぼくにさよならっていおうとしているんですもの。"
],
[
"こんなことなら、いっそのこと、森のなかでけものに食べられるほうがよかったわ。だって、そんなら、おにいさんといっしょに死ねたんですもの。",
"うるさい。さわぐんじゃない。いくらわめいたって、なんにもなりゃしないんだぞ。"
],
[
"橋らしいものがなんにもないもの。",
"このへんは、小舟もとおらないのね。"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2021年8月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "059748",
"作品名": "ヘンゼルとグレーテル",
"作品名読み": "ヘンゼルとグレーテル",
"ソート用読み": "へんせるとくれえてる",
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"原題": "",
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"分類番号": "NDC K943",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2021-09-20T00:00:00",
"最終更新日": "2021-08-28T00:00:00",
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"姓": "グリム",
"名": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読み": "グリム",
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"姓読みソート用": "くりむ",
"名読みソート用": "やあこふるうとういつひかある",
"姓ローマ字": "Grimm",
"名ローマ字": "Jacob Ludwig Carl",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1785-01-04",
"没年月日": "1863-09-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "グリム童話集(1)",
"底本出版社名1": "偕成社文庫、偕成社",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"あたし、みんなはあけないし、それに、なかへはいったりもしないわ。ただ、そっとあけて、ちょっとすきまからのぞいてみたいの。",
"まあ、いけないわ。"
],
[
"十三ばんめの扉はあけなかったでしょうね。",
"はい。"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2019年8月30日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "059522",
"作品名": "マリアの子ども",
"作品名読み": "マリアのこども",
"ソート用読み": "まりあのことも",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"姓読み": "グリム",
"名読み": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読みソート用": "くりむ",
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"姓ローマ字": "Grimm",
"名ローマ字": "Jacob Ludwig Carl",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1785-01-04",
"没年月日": "1863-09-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "グリム童話集(1)",
"底本出版社名1": "偕成社文庫、偕成社",
"底本初版発行年1": "1980(昭和55)年6月",
"入力に使用した版1": "2009(平成21)年6月49刷",
"校正に使用した版1": "2014(平成26)年12月51刷",
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} |
[
[
"どうだ、せがれ、なにをおぼえてきた。",
"おとうさん、ぼくは犬のことばをおぼえてきました。"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2022年5月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "059843",
"作品名": "三つのことば",
"作品名読み": "みっつのことば",
"ソート用読み": "みつつのことは",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2022-06-06T00:00:00",
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"名": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読み": "グリム",
"名読み": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読みソート用": "くりむ",
"名読みソート用": "やあこふるうとういつひかある",
"姓ローマ字": "Grimm",
"名ローマ字": "Jacob Ludwig Carl",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1785-01-04",
"没年月日": "1863-09-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "グリム童話集(1)",
"底本出版社名1": "偕成社文庫、偕成社",
"底本初版発行年1": "1980(昭和55)年6月",
"入力に使用した版1": "2009(平成21)年6月49刷",
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"入力者": "sogo",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/59843_75649.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2022-05-27T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"さあ、この着物をきて、森へいって、かごにいっぱいイチゴをとってきておくれ。わたしは、イチゴが食べたいんだよ。",
"まあ、おかあさん。"
],
[
"こんな冬に、イチゴなんかありゃしませんわ。地面はこおっていますし、おまけに雪がすっかりつもっていますもの。それに、どうしてこんな紙の着物をきていかなければいけないんですの。おもては、息もこおってしまうくらい寒いんですよ。こんな着物じゃ、風もすうすうとおりますし、イバラにひっかかってちぎれてしまいますわ。",
"また口ごたえをする気かい。"
],
[
"ぼくたちにもすこしくださいな。",
"あげますとも。"
],
[
"そのほうきで、うら口のそとのところをきれいにはいておくれ。",
"なにいってんのよ、じぶんたちでおはき。あたしはおまえたちの女中じゃないんだよ。"
],
[
"おまえはだれだね。そこでなにをしているのかね。",
"あたくしはあわれなむすめでございまして、より糸をすすいでいるところでございます。"
],
[
"わしといっしょにいく気はないかね。",
"ええ、よろこんでおともいたします。"
],
[
"ひとを寝台からひきずりおろして、川のなかへほうりこむような人間は、どんなめにあわせたらよかろう。",
"そんなわるいやつは――"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「森のなかの三人の小人《こびと》」となっています。
入力:sogo
校正:チエコ
2020年11月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "059639",
"作品名": "森のなかの三人の小人",
"作品名読み": "もりのなかのさんにんのこびと",
"ソート用読み": "もりのなかのさんにんのこひと",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K943",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2020-12-16T00:00:00",
"最終更新日": "2020-11-27T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/card59639.html",
"人物ID": "001091",
"姓": "グリム",
"名": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読み": "グリム",
"名読み": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読みソート用": "くりむ",
"名読みソート用": "やあこふるうとういつひかある",
"姓ローマ字": "Grimm",
"名ローマ字": "Jacob Ludwig Carl",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1785-01-04",
"没年月日": "1863-09-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "グリム童話集(1)",
"底本出版社名1": "偕成社文庫、偕成社",
"底本初版発行年1": "1980(昭和55)年6月",
"入力に使用した版1": "2009(平成21)年6月49刷",
"校正に使用した版1": "2014(平成26)年12月51刷",
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} |
[
[
"おまえ、どうしたんだい。",
"ああ、ああ、うちのうらの庭のラプンツェルが食べられなかったら、あたしゃ死んでしまうよ。"
],
[
"わしの庭へはいりこんで、どろぼうみたいに、わしのラプンツェルをぬすんでいくとは。さあ、ひどいめにあわせてくれるぞ。",
"ああ、どうかおゆるしくださいまし。"
],
[
"ねえ、ゴーテルおばあさん、どうしてなんでしょうねえ。わかい王子さまよりも、おばあさんのほうが、ひきあげるのに、ずっとおもいわ。王子さまは、あっというまにあがってきてしまうんですけどねえ。",
"ええ、このばちあたりめ。"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2020年11月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"あたしたちが結婚すれば、子どもが生まれるでしょう。そのうちに、その子が大きくなるわね。そしてその子を、あたしたちがここへ飲みものをつぎによこすかもしれないでしょう。そのとき、あの上につきささっている十字のとび口がおちてでもくれば、その子の頭をくだいてしまって、子どもはそれっきりになるかもしれなくってよ。これが泣かずにいられて。",
"わかりました。"
],
[
"おまえ、おれはそとではたらいて、金をかせいでくるよ。おまえは畑へいって、麦を刈っておくれ。それで、パンをつくるから。",
"ええ、あなた、あたしそうしますよ。"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
入力:sogo
校正:チエコ
2021年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "059844",
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[
[
"ねえ、漁師さん、おねがいだから、わたしを生かしておいてください。わたしは、ほんとうはヒラメではなくって、魔法をかけられている王子なんです。あなたがわたしを殺したところで、なんの役にたちましょう。食べてもおいしくはありませんよ。どうかもういちどわたしを水のなかにいれて、にがしてください。",
"よしよし。"
],
[
"ヒラメを一ぴきとりはしたがな、そいつが魔法をかけられた王子だっていうもんだから、またにがしてやっちまった。",
"で、おまえさん、そいつになんにもたのまなかったの。"
],
[
"いったい、なにをたのもうっていうんだい。",
"あきれたねえ。"
],
[
"こんな小屋にいつまでも住んでるなんて、いやんなっちゃうよ。このなかはくさくって、胸がむかむかするじゃないの。小さなうちをひとつほしいっていやあよかったのに。もういっぺんいって、そのヒラメをよびだしてさ、わたしたちゃ小さなうちがほしいっていってごらんよ。きっと、くれるから。",
"それにしてもなあ――"
],
[
"なんだって、もういっぺんいくんだい。",
"だってさ、おまえさん、そいつをつかまえて、またにがしてやったんだろ。だから、きっと、なんとかしてくれるさ。すぐいっといでよ。"
],
[
"なんです、おかみさんはなにがほしいっていうんです。",
"いやなあ。"
],
[
"おれはおまえをつったろう。だから、おまえになにかたのめばよかったと、女房のやつがいうんだよ。あれはもうぼろ小屋に住むのはいやで、小さなうちが一軒ほしいんだそうだ。",
"おかえりなさい。おかみさんには、もううちができていますよ。"
],
[
"わるくないじゃあないか。",
"まったくだ。"
],
[
"ずうっとこのまんまでいてもらいたいもんだ。もう、これでいいとしてくらそうぜ。",
"まあ、よく考えてみようよ。"
],
[
"ねえ、おまえさん、このうちはせますぎるよ。それにさ、庭だって畑だって小さすぎるよ。ヒラメは、もっと大きいうちだってあたしたちにくれられたろうにねえ。あたしゃ大きい石のお城に住んでみたいよ。ヒラメのところへいって、お城をもらっといでよ。",
"あきれたなあ、おまえ。"
],
[
"このうちでたくさんじゃないか。なんだってお城に住みたいなんていうんだ。",
"なにいってんだい。いいから、いっといでよ。ヒラメにゃそのくらいのこと、いつだってできるんだよ。"
],
[
"ヒラメはこのうちをおれたちにくれたばっかりじゃないか。いますぐいくなんて、おれはまっぴらごめんだ。そんなことをすりゃ、ヒラメだって気をわるくすらあ。",
"いいから、いってきてよ。"
],
[
"大きな石のお城に住みたいっていうんだよ。",
"おかえりなさい。おかみさんは戸口に立っていますよ。"
],
[
"ずうっとこのまんまでいたいもんだ。おれたちゃこのきれいなお城に住むんだぞ。これでもう、いいとしようぜ。",
"まあ、よく考えてみようよ。"
],
[
"おまえさん、おきて、窓のそとを見てごらんよ。ねえ、あたしたち、ここらじゅうの王さまになれないもんかね。ヒラメのとこへいっといでよ。あたしたちゃ、王さまになりたいんだもの。",
"いやんなっちゃうなあ、おまえ。"
],
[
"なんだって王さまになんかなりたいんだ。おれは王さまなんぞ、ごめんこうむる。",
"へえ、そうかい。"
],
[
"おまえさんが王さまになりたくなけりゃ、あたしが王さまになるよ。ヒラメのとこへいってきとくれ。あたしゃ、王さまになりたいんだよ。",
"おどろいたなあ、おまえ。"
],
[
"どうしてまた、王さまになんかなりたいんだ。おれは、そんなこというのは、いやだよ。",
"なにがいやなのさ。"
],
[
"王さまになりたいっていうんだよ。",
"おかえりなさい。おかみさんはもうのぞみどおりになっていますよ。"
],
[
"おやおや、おまえは王さまになったのかい。",
"そうだよ、あたしゃ王さまだよ。"
],
[
"なあ、おまえ、おまえが王さまたあ、すばらしいこった。もうこのうえのぞむのはよそうぜ。",
"それがねえ、おまえさん。"
],
[
"あたしゃあ、すっかりあきあきしちまって、もうどうにもがまんができないんだよ。ヒラメのところへいってきとくれ。あたしゃ王さまなんだから、こんどは、どうしても皇帝になりたいんだよ。",
"じょうだんじゃないよ、おまえ。"
],
[
"どうしてまた、皇帝になんかなりたいんだ?",
"おまえさん、ヒラメのとこへいってきとくれよ。あたしゃ、皇帝になりたいんだもの。",
"だがなあ、おまえ。"
],
[
"ヒラメだって、皇帝になんかするこたあできない。おれは、ヒラメにそんなこというのはいやだ。皇帝といやあ、国じゅうにひとりっきりしかいないもんだ。いくらヒラメだって皇帝をこしらえるこたあできない。どうしたって、そんなこたあできない。できやしないよ。",
"なんだって。"
],
[
"おまえ、皇帝になったのかい。",
"そうだよ、あたしは皇帝だよ。"
],
[
"なあ、おまえ、おまえが皇帝たあ、すばらしいこった。",
"おまえさん、なんだってそんなとこにつっ立ってるんだい。あたしゃ皇帝になったけど、こんどは法王にもなりたいんだよ。ヒラメのとこへいってきとくれ。"
],
[
"いったい、おまえがなりたくないってものは、ないのかい。法王になんかなれっこねえよ。法王といやあ、キリスト教の世界でたったひとりしかいないんだからな。いくらヒラメだって、法王はこしらえられねえよ。",
"おまえさん、あたしゃ法王になりたいんだよ。さあ、はやくいってきとくれよ。あたしゃ、なんでもかんでもきょうのうちに法王になりたいんだもの。"
],
[
"おれは、そんなこというのはごめんだ。そいつはよくねえぜ。あんまりあつかましすぎるもの。ヒラメにだって、おまえを法王にするなんてこたあ、できやしないよ。",
"おまえさん、なにをばかなこといってんだい。"
],
[
"法王になりたいっていうんだよ。",
"おかえりなさい。おかみさんはのぞみどおりになっていますよ。"
],
[
"法王になったのかい。",
"そうだよ、あたしは法王だよ。"
],
[
"おまえ、もうこれでいいとしろよ。おまえは法王なんだぞ。もうこれいじょうのものにはなれやしねえ。",
"まあ、よく考えてみるよ。"
],
[
"それがねえ、神さまになりたいっていうんだよ。",
"おかえりなさい。おかみさんは、もとのぼろ小屋のなかにいますよ。"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「漁師《りょうし》とそのおかみさんの話」となっています。
入力:sogo
校正:チエコ
2020年10月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "059746",
"作品名": "漁師とそのおかみさんの話",
"作品名読み": "りょうしとそのおかみさんのはなし",
"ソート用読み": "りようしとそのおかみさんのはなし",
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"副題読み": "",
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"初出": "",
"分類番号": "NDC K943",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2020-11-20T00:00:00",
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"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/card59746.html",
"人物ID": "001091",
"姓": "グリム",
"名": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読み": "グリム",
"名読み": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読みソート用": "くりむ",
"名読みソート用": "やあこふるうとういつひかある",
"姓ローマ字": "Grimm",
"名ローマ字": "Jacob Ludwig Carl",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1785-01-04",
"没年月日": "1863-09-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "グリム童話集(1)",
"底本出版社名1": "偕成社文庫、偕成社",
"底本初版発行年1": "1980(昭和55)年6月",
"入力に使用した版1": "2009(平成21)年6月49刷",
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[
[
"クンツかな。",
"ちがうわい。",
"では、ハインツね。",
"ちがうわい。",
"じゃあ、たぶん、おまえの名前は、ルンペルシュチルツヒェン。"
]
] | 底本:「世界おとぎ文庫(グリム篇)森の小人」小峰書店
1949(昭和24)年2月20日初版発行
1949(昭和24)年12月30日4版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:浅原庸子
2004年6月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042310",
"作品名": "ルンペルシュチルツヒェン",
"作品名読み": "ルンペルシュチルツヒェン",
"ソート用読み": "るんへるしゆちるつひえん",
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"原題": "Rumpelstilzchen",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K943",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2004-07-15T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/card42310.html",
"人物ID": "001091",
"姓": "グリム",
"名": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読み": "グリム",
"名読み": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読みソート用": "くりむ",
"名読みソート用": "やあこふるうとういつひかある",
"姓ローマ字": "Grimm",
"名ローマ字": "Jacob Ludwig Carl",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1785-01-04",
"没年月日": "1863-09-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "世界おとぎ文庫(グリム篇)森の小人",
"底本出版社名1": "小峰書店",
"底本初版発行年1": "1949(昭和24)年2月20日",
"入力に使用した版1": "1949(昭和24)年12月30日4版",
"校正に使用した版1": " ",
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"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "大久保ゆう",
"校正者": "浅原庸子",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/42310_ruby_15800.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2004-06-21T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/42310_15932.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-06-21T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"あたしもぶじににげてきたわ。あのおばあさんにおなべのなかへいれられようものなら、ほかのお友だちとおんなじように、なさけようしゃもなく、どろどろに煮られてしまうところだったのよ。",
"おれだって、にたりよったりのめにあってるのさ。"
],
[
"おれの兄弟たちは、みんなあのばあさんのおかげで、火をつけられて、煙になっちまったんだ。ばあさんたら、いっぺんに六十もつかんで、みんなの命をとっちまったのさ。おれだけは、運よくばあさんの指のあいだからすべりおちたからいいけどね。",
"ところで、おれたちはこれからどうしたらいいだろう。"
]
] | 底本:「グリム童話集(1)」偕成社文庫、偕成社
1980(昭和55)年6月1刷
2009(平成21)年6月49刷
※表題は底本では、「わらと炭《すみ》と豆《まめ》」となっています。
入力:sogo
校正:チエコ
2020年7月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "059747",
"作品名": "わらと炭と豆",
"作品名読み": "わらとすみとまめ",
"ソート用読み": "わらとすみとまめ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K943",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2020-08-31T00:00:00",
"最終更新日": "2020-07-27T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/card59747.html",
"人物ID": "001091",
"姓": "グリム",
"名": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読み": "グリム",
"名読み": "ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール",
"姓読みソート用": "くりむ",
"名読みソート用": "やあこふるうとういつひかある",
"姓ローマ字": "Grimm",
"名ローマ字": "Jacob Ludwig Carl",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1785-01-04",
"没年月日": "1863-09-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "グリム童話集(1)",
"底本出版社名1": "偕成社文庫、偕成社",
"底本初版発行年1": "1980(昭和55)年6月",
"入力に使用した版1": "2009(平成21)年6月49刷",
"校正に使用した版1": "2014(平成26)年12月51刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "sogo",
"校正者": "チエコ",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/59747_ruby_71433.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2020-07-27T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001091/files/59747_71482.html",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"さあ。",
"それは紙の出どころが違うんだ。札の紙は、王子製紙でこしらえるんだが、これはどうも、その出が違うようだ。"
],
[
"あゝ、そうだ。",
"たしかだね?",
"うむ、そうだ。そうに違いない。"
],
[
"財布を出して見ろ。",
"はい。",
"ほかに金は置いてないか。",
"ありません。",
"この札は、君が出したやつだろう。"
],
[
"さあ、どうだったか覚えません。――あるいは出したやつかもしれません。",
"どっから受取った?",
"…………"
],
[
"何も云いやしません。",
"こいつにでも(と写真をさも軽蔑した調子で机の上に放り出して)なか〳〵金を入れとるだろう。……偽せ札でもこしらえんけりゃ追っつかんや。"
],
[
"憲兵がこしらえたらしいと云いよったぞ。",
"おどかすのは、えゝかげんにしてくれ。"
],
[
"うそを云っちゃいかんぞ!",
"うそじゃありません。",
"どこへも行かずにそこに居ってくれ。もっと取調べにゃならんかもしれん。"
],
[
"どっから僕が、露西亜語をかじってるんをしらべ出したんですか?",
"停車場で君がバルシニャ(娘)と話しているのをきいたことがあるよ――美人だったじゃないか。"
],
[
"いや。",
"朝鮮人だそうだよ。三枚ほど刷った五円札を本に挟んで置いてあったそうだ。",
"誰れからきいた?",
"今、尿道注射に来た憲兵が云っとった。密偵が見つけ出して来たんだ。"
],
[
"どんな奴だ?",
"不潔な哀れげな爺さんだ。"
],
[
"いや。",
"露西亜語を教わりに行く振りをして、朝鮮人のところへ君は、行っとったんじゃないんか?",
"いつさ。",
"最近だよ。",
"なぜ、そんなことをきくんだい?"
],
[
"やれツ! かまわぬ。埋めっちまえ!",
"ほんとにいゝんですか? ××殿!"
],
[
"何だ、何だ!",
"こいつはまた偽札だ。――本当に偽札だ!"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2004年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042807",
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"初出": "1928(昭和3)年",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"姓ローマ字": "Kuroshima",
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[
[
"ガーリヤはいるかね?",
"いるよ。",
"どうしてるんだ。",
"用をしてる。"
],
[
"うまいかい?",
"うむ。",
"つめたいだろう。"
],
[
"有がとう。",
"有がとう。",
"有がとう。"
],
[
"ナーシヤ!",
"リーザ!"
],
[
"お前ンとこへ遊びに行ってもいいかい?",
"どうぞ。",
"何か、いいことでもあるかい?",
"何ンにもない。……でもいらっしゃい、どうぞ。"
],
[
"今晩は。",
"どうぞ、いらっしゃい。"
],
[
"ソペールニクかな。",
"ソペールニクって何だい?",
"ソペールニク……競争者だよ。つまり、恋を争う者なんだ。ははは。"
],
[
"這入ってもいい?",
"それ何?",
"パンだ。あげるよ。"
],
[
"おい、もっと開けといてくれんか。",
"……室が冷えるからだめ。――一度開けると薪三本分損するの。"
],
[
"いつでも明日来いだ。で、明日来りゃ、明後日だ。",
"いえ、ほんとに明日、――明日待ってます。"
],
[
"お前は、人をよせつけないから、ザンパンが有ったってやらないよ。",
"あら、そう。"
],
[
"そうだとも、あたりまえだ。",
"じゃいい。"
],
[
"内地に居りゃ、今頃、野良から鍬をかついで帰りよる時分だぜ。",
"あ、そうだ。もう芋を掘る時分かな。",
"うむ。",
"ああ、芋が食いたいなあ!"
],
[
"何だ。",
"お守りの中から金が出てきたんだ。",
"ほんとかい。",
"嘘を云ったりするもんか。",
"ほう、そいつぁ、儲けたな。"
],
[
"お母が多分内所で入れてくれたんだ。",
"それをまた今まで知らなかったとは間がぬけとるな。……全く儲けもんだ。",
"うむ、儲けた。……半分わけてやろう。"
],
[
"ガーリヤ。",
"ガーリヤ。",
"ガーリヤ。",
"あんたは、なんて生々しているんだろう。"
],
[
"誰れだ?",
"分らん。",
"下士か、将校か?",
"ぼっとしとって、それが分らないんだ。",
"誰奴かな。",
"――中に這入って見てやろう。",
"よせ、よせ、……帰ろう。"
],
[
"ガーリヤ!",
"何だい。"
],
[
"ガーリヤは?",
"用をしてる。",
"一寸来いって。",
"何です? それ。"
],
[
"さ、やるよ。",
"有がとう。"
],
[
"誰れだな、俺れゃどうも見当がつかん。",
"這入りこんで現場を見届けてやろう。"
],
[
"分るか。",
"いや、サモヷールがじゅんじゅんたぎっとるばかりだ。――ここはまさか、娘を売物にしとる家じゃないんだろうな。"
],
[
"誰れが来ていたんです?",
"少佐。"
],
[
"速刻不時点呼。すぐだ、すぐやってくれ!",
"はい。",
"それから、炊事場へ露西亜人をよせつけることはならん。残飯は一粒と雖も、やることは絶対にならん。厳禁してくれ。",
"はい。",
"よし、それだけだ。"
],
[
"副官!",
"はい。",
"この点呼に、もしもおくれる者があったら、その中隊を、第一中隊の代りに、イイシ守備に行かせること、そうしてくれ、罰としてここには置かない。そうするんだ。――すぐだ、速刻やってくれ!"
],
[
"仕様がない奴だ。大きな河があって、河の向うに、樅の林がある。そういうところは見つからんか、そこへ出りゃ、すぐイイシへ行けるんだ。",
"はい。",
"露助にやかましく云って案内さして見ろ!"
],
[
"あっちに落ちとったんだ。",
"うそ云え!",
"あっちだ。あっちの雪の中に沢山落ちとるんだ。……兵タイも沢山死んどるだ。"
]
] | 底本:「昭和文学全集 第32巻」小学館
1989(平成元)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「黒島伝治全集 第1巻」筑摩書房
1970(昭和45)年4月発行
入力:大野裕
校正:Juki
2000年3月22日公開
2013年10月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "000884",
"作品名": "渦巻ける烏の群",
"作品名読み": "うずまけるからすのむれ",
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"よいしょ。",
"よい来た。",
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"よい来た。"
],
[
"よいしょ。",
"よい来た。",
"よいしょ。",
"よい来た。"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第三巻」筑摩書房
1970(昭和45)年8月30日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2009年6月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "045443",
"作品名": "鍬と鎌の五月",
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[
[
"僕、日本人、行ってもいいですか?",
"よろしい"
],
[
"何、貴様が、ボンヤリしているんだ! 今どき夏じゃあるまいし、警戒兵の網にひっかかるなんて、わざわざ小屋のある方を選って馬の頭をむけて行ったんだろう?",
"このごろ、大人、川凍ったばかりで道がない。まるで、山の岩のよう。夜、なお行きにくい",
"嘘言え、横着をしてもっと上流の方を廻らんからだ",
"大人、行ったことがない。どんなにあぶないか、どんなに行きにくいか知らない。何もしない者、何も知らない"
],
[
"チッ! しようがないね。貴様ら、呉と郭と二人で、それじゃ夜明に出かけろ、今度はうまくやらないと荷物を没収されちゃ、怺えせんぞ!",
"ああで"
],
[
"火酒は残っていねえか? チッ! 俺れもやられた!",
"やっぱし、あしこのところからはいろうとしたのか?",
"いや、ずっと上へ廻ったんだ。ところがそこにも警戒兵がいた",
"どこにだって警戒兵はいるさ。番をするのはあたりまえだ",
"ふーむ、ふーむ、みごとにうたれちゃった"
],
[
"どうしてそれが分るかい!",
"どうしても、こうしてもねえ。あいつだってばかじゃねえからな"
],
[
"今晩は、タワーリシチ! 倶楽部で催しがあるんでしょう? 行ってもいいですか",
"ああ、よろしい"
]
] | 底本:「日本文学全集 44」集英社
1969(昭和44)年10月11日発行
初出:「戦旗」
1931(昭和6)年2月
入力:岡本ゆみ子
校正:noriko saito
2009年10月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "050113",
"作品名": "国境",
"作品名読み": "こっきょう",
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"初出": "「戦旗」1931(昭和6)年2月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-11-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"名": "伝治",
"姓読み": "くろしま",
"名読み": "でんじ",
"姓読みソート用": "くろしま",
"名読みソート用": "てんし",
"姓ローマ字": "Kuroshima",
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"没年月日": "1943-10-17",
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"底本名1": "日本文学全集44",
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"底本初版発行年1": "1969(昭和44)年10月11日",
"入力に使用した版1": "1969(昭和44)年10月11日",
"校正に使用した版1": "1982(昭和57)年8月15日4版",
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"入力者": "岡本ゆみ子",
"校正者": "noriko saito",
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} |
[
[
"今日限り、あいつにゃひまをやって呉れい!",
"へえ、……としますと……貸越しになっとる分はどう致しましょうか?",
"戻させるんだ。",
"へえ、でも、あれは、一文も持っとりゃしません。",
"無いのか、仕方のない奴だ!――だがまあ二十円位い損をしたって、泥棒を傭うて置くよりゃましだ。今すぐぼい出してしまえ!"
],
[
"はア。",
"いつ出来たんだ?",
"今日で丁度、ヒイがあくんよの。",
"ふむ。",
"嚊の産にゃ銭が要るし、今一文無しで仕事にはぐれたら、俺ら、困るんじゃ。それに正月は来よるし、……ひとつお前さんからもう一遍、親方に頼んでみておくれんか。"
],
[
"さあ、それゃどうか分らんぞ。",
"すまんけど、お前から戻して呉れるように話しておくれんか。",
"一寸、待っちょれ!"
],
[
"うん。",
"啓は、お父うのとこへ来い。"
],
[
"なに、お父う?",
"えいもんじゃ。",
"なに?……早ようお呉れ!",
"きれいな、きれいなもんじゃぞ。"
],
[
"どれが鶴?",
"これじゃ。――鶴は頸の長い鳥じゃ。"
],
[
"ほんまの鶴はどんなん?",
"そんな恰好でもっと大けいけんじゃ。",
"それゃ、どこに居るん?",
"金ン比羅さんに居るんじゃ。わいらがもっと大けになったら金ン比羅参りに連れて行てやるぞ。",
"うん、連れて行て。"
],
[
"いゝえ、もう積金も何もえいせに、その警察へ何するんだけは怺えておくんなされ!",
"いや、怺えることはならん!"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2006年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042681",
"作品名": "砂糖泥棒",
"作品名読み": "さとうどろぼう",
"ソート用読み": "さとうとろほう",
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"初出": "1923(大正12)年12月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-03-16T00:00:00",
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"名": "伝治",
"姓読み": "くろしま",
"名読み": "でんじ",
"姓読みソート用": "くろしま",
"名読みソート用": "てんし",
"姓ローマ字": "Kuroshima",
"名ローマ字": "Denji",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1898-12-12",
"没年月日": "1943-10-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "黒島傳治全集 第一巻",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1970(昭和45)年4月30日",
"入力に使用した版1": "1970(昭和45)年4月30日第1刷",
"校正に使用した版1": "1970(昭和45)年4月30日第1刷",
"底本の親本名1": "",
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} |
[
[
"ピーじゃねえ。豚だ。",
"何? 豚? 豚?――うむ、豚でもいゝ、よし来た。"
],
[
"特務曹長殿、何かあったんでありますか?",
"いや、そのう……"
],
[
"敏捷な支那人だ! いつのまにか宿舎へ××を×いて行ってるんだ。",
"どんな××だ?",
"すっかり特さんが、持って行っちまった。俺れらがよんじゃ、いけねえんだよウ。"
],
[
"だめだ。",
"どうしたんだい?",
"奉天あたりで宿営して居るんだ。",
"何でじゃ?",
"裸にひきむかれて身体検査を受けて居るんだ。",
"畜生! 親爺の手紙まで、俺れらにゃ、そのまゝ読ましゃしねえんだな!"
],
[
"××か?",
"ちがう。学校の先生がかゝした子供の手紙だ! チッ!"
],
[
"うむ、そうです。",
"何か、その時に、面白い話はなかったですかな?"
],
[
"俺れが満洲へ来とったって、俺れの一家を助けるどころか家賃を払わなきゃ、住むこたならねえと云ってるんだ。×のためだなんてぬかしやがって、支那を×ることや、ロシアを××ることにゃ、××てあげて××やがって、俺れらから取るものは一文も負けずに、むしり取りくさるんだ。",
"うむ、ふんとだ!",
"満鉄がどれだけ配当をしたって、株を持たん俺れらにゃ、一文も呉れやしねえからな。"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第二巻」筑摩書房
1970(昭和45)年5月30日第1刷発行
入力:大野裕
校正:原田頌子
2001年9月3日公開
2011年10月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"ソート用読み": "せんしよう",
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} |
[
[
"有がとう。",
"ほんとに這入ってらっしゃい。",
"有がとう。"
],
[
"そうかね、それは好もしい。",
"しかし、戦争をするのは、兵卒の意志じゃないからな。",
"軍司令官はどこまでも戦争をするつもりなんだろうか。",
"内地からそれを望んできとるというこったよ。",
"いやだな。――わざわざ人を寒いところへよこして殺し合いをさせるなんて!"
],
[
"君はいい口実があるよ。――病気だと云って診断を受けろよ。そうすりゃ、今日、行かなくてもすむじゃないか。",
"血でも咯くようにならなけりゃみてくれないよ。",
"そんなことがあるか!――熱で身体がだるくって働けないって云やいいじゃないか。"
],
[
"十分念を入れてみて貰うたらどうだ。",
"どんなにみて貰うたってだめだよ。"
],
[
"近松少佐!",
"大隊長殿、中佐殿がおよびです。"
],
[
"左手の山の麓に群がってるのは敵じゃないかね。",
"は。"
],
[
"くたびれた。",
"休戦を申込む方法はないか。",
"そんなことをしてみろ、そのすきに皆殺しになるばかりだ!",
"逃げろ! 逃げろ!"
],
[
"家内は?",
"五年も前になくなったよ。家内の弟があったんだが、それも去年なくなった。――食うものがないのがいけないんだ!"
],
[
"パパ",
"やられたんだ!"
],
[
"どこまで追っかけろって云うんだ。",
"腹がへった。",
"おい、休もうじゃないか。"
],
[
"君はもう引っかえしたらどうだ。",
"くたびれて動けないくらいだ。"
],
[
"いつまでやったって切りがない。",
"腹がへった。",
"いいかげんで引き上げないかな。",
"俺等がやめなきゃ、いつまでたったってやまるもんか。奴等は、勲章を貰うために、どこまでも俺等をこき使って殺してしまうんだ! おい、やめよう、やめよう。引き上げよう!"
],
[
"何中隊の兵タイだ。",
"×中隊であります。"
]
] | 底本:「現代日本文學大系 56 葉山嘉樹・黒島伝治・平林たい子集」筑摩書房
1971(昭和46)年7月15日初版第1刷発行
入力:大野裕
校正:Juki
2000年12月7日公開
2006年3月17日修正
青空文庫作成ファイル:
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"作品名読み": "そり",
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"姓読み": "くろしま",
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"生年月日": "1898-12-12",
"没年月日": "1943-10-17",
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"底本名1": "現代日本文學大系 56 葉山嘉樹・黒島傳治・平林たい子集",
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[
[
"でも、大砲や、弾薬を供給してるんじゃないんか?",
"それゃ、全然作りことだ。",
"そうかしら?"
],
[
"ロシヤが、武器を供給したんだって? 黒龍江軍が抛って逃げた銃を見て見ろ。みんな三八式歩兵銃じゃないか!",
"うむ、そうだな!"
],
[
"何でもいい。そのまま来い!",
"どんな用事か、きかなきゃ分らないじゃないですか!",
"なにッ! 森口も浜田も来い!"
]
] | 底本:「日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)」新日本出版社
1985(昭和60)年3月25日初版
1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「黒島伝治全集第二巻」筑摩書房
初出:「文学新聞」
1932(昭和7)年2月5日号
入力:林 幸雄
校正:土屋 隆
2001年12月4日公開
2005年12月6日修正
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "002720",
"作品名": "チチハルまで",
"作品名読み": "チチハルまで",
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"初出": "「文学新聞」1932年2月5日号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"名": "伝治",
"姓読み": "くろしま",
"名読み": "でんじ",
"姓読みソート用": "くろしま",
"名読みソート用": "てんし",
"姓ローマ字": "Kuroshima",
"名ローマ字": "Denji",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1898-12-12",
"没年月日": "1943-10-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)",
"底本出版社名1": "新日本出版社",
"底本初版発行年1": "1985(昭和60)年3月25日",
"入力に使用した版1": "1989(平成元)年3月25日第4刷",
"校正に使用した版1": "1989(平成元)年3月25日第4刷",
"底本の親本名1": "黒島伝治全集 第二巻",
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[
[
"いゝや、それでも市に行きゃえらい者が多いせにどうなるやら分らんて。",
"毎朝、私、観音様にお願を掛けよるんじゃものきっと通るわ。"
],
[
"ふむ。そりゃ、まあえいが、中学校を上ったって、えらい者になれやせんぜ。",
"うちの源さん、まだ上へやる云いよらあの。"
],
[
"そうかいな。",
"誰れぞに問われたら、市へ奉公にやったと云うとくがえいぜ。",
"はあ。"
],
[
"試験はもうすんだんでござんしょうな。",
"はあ、僕等と一緒にすんだんじゃが、谷元はまだほかを受ける云いよった。"
],
[
"税金を持って来たんか。",
"はあ、さようで……",
"それそうじゃ。税金を期日までに納めんような者が、お前、息子を中学校へやるとは以ての外じゃ。子供を中学やかいへやるのは国の務めも、村の務めもちゃんと、一人前にすましてからやるもんじゃ。――まあ、そりゃ、お前の勝手じゃが、兎に角今年から、お前に一戸前持たすせに、そのつもりで居れ。"
],
[
"もう県立へ通らなんだら、私立へはやるまいな。早よ呼び戻したらえいわ。",
"うむ。"
]
] | 底本:「筑摩現代文学大系 38 小林多喜二 黒島傳治 徳永直集」筑摩書房
1978(昭和53)年12月20日初版第1刷発行
入力:大野裕
校正:はやしだかずこ
2000年7月3日公開
2006年3月21日修正
青空文庫作成ファイル:
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"作品名": "電報",
"作品名読み": "でんぽう",
"ソート用読み": "てんほう",
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"名": "伝治",
"姓読み": "くろしま",
"名読み": "でんじ",
"姓読みソート用": "くろしま",
"名読みソート用": "てんし",
"姓ローマ字": "Kuroshima",
"名ローマ字": "Denji",
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"生年月日": "1898-12-12",
"没年月日": "1943-10-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "筑摩現代文学大系 38 小林多喜二 黒島伝治 徳永直集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
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[
[
"あいつの云うことを聞く者がだいぶ有りそうかな?",
"さあ、それゃ、中にゃ有るわい。やっぱりえゝ豚がよその痩せこつと変ったりすると自分が損じゃせに。"
],
[
"うむ。",
"池か溝へ落ちこんだら、折角これだけにしたのに、親も仔も殺してしまうが……。"
]
] | 底本:「筑摩現代文学大系 38 小林多喜二 黒島伝治 徳永直集」筑摩書房
1978(昭和53)年12月20日初版第1刷発行
入力:大野裕
校正:はやしだかずこ
2000年7月3日公開
2006年3月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "000831",
"作品名": "豚群",
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"姓読み": "くろしま",
"名読み": "でんじ",
"姓読みソート用": "くろしま",
"名読みソート用": "てんし",
"姓ローマ字": "Kuroshima",
"名ローマ字": "Denji",
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"底本名1": "筑摩現代文学大系 38 小林多喜二 黒島伝治 徳永直集",
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[
[
"お父うにきいてみイ。買うてもえいか。",
"えい云うた。"
],
[
"なんぼぞな?",
"一本、十銭よな。その短い分なら八銭にしといてあげまさ。",
"八銭に……",
"へえ。",
"そんなら、この短いんでよろしいワ。"
],
[
"そんなら雀を追いに来るか。",
"いいや。"
],
[
"そんなに引っぱったら緒が切れるがな。",
"えゝい。皆のよれ短いんじゃもん!",
"引っぱったって延びせん――そんなことしよったらうしろへころぶぞ!",
"えゝい延びるんじゃ!"
],
[
"牛屋は、ボッコひっそりとしとるじゃないや。",
"うむ。",
"藤二は、どこぞへ遊びに行たんかいな。"
]
] | 底本:「筑摩現代文学大系 38 小林多喜二 黒島伝治 徳永直集」筑摩書房
1978(昭和53)年12月20日初版第1刷発行
入力:大野裕
校正:Juki
2000年7月24日公開
2006年3月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "000646",
"作品名": "二銭銅貨",
"作品名読み": "にせんどうか",
"ソート用読み": "にせんとうか",
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"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2000-07-24T00:00:00",
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"人物ID": "000037",
"姓": "黒島",
"名": "伝治",
"姓読み": "くろしま",
"名読み": "でんじ",
"姓読みソート用": "くろしま",
"名読みソート用": "てんし",
"姓ローマ字": "Kuroshima",
"名ローマ字": "Denji",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1898-12-12",
"没年月日": "1943-10-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "筑摩現代文学大系 38 小林多喜二 黒島伝治 徳永直集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1978(昭和53)年12月20日",
"入力に使用した版1": "1978(昭和53)年12月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
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"底本名2": "",
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"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "大野裕",
"校正者": "Juki",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000037/files/646_ruby_4385.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-03-23T00:00:00",
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"テキストファイル修正回数": "3",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000037/files/646_22355.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-03-23T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"出すことなるか?",
"うん、出さあ。一束よう出さなんだら、半束ずつでも出さあ。"
],
[
"うむ。",
"この縞は綿入れにしてやろうと思うて――",
"うむ。"
],
[
"あの、品の肩掛けと、着物に羽織は借って戻ったんを番頭さんが書きとめたけんど、これ二反はあとから借ってつけとらんの。……",
"何だって?"
],
[
"それでどうするんだ?",
"……",
"向うに知らんとて、黙って取りこむ訳にはいかんぜ。"
],
[
"△円△△銭になります。",
"そうでござんすか。"
],
[
"これ、これだ。",
"うちにゃどれ?",
"これ。品にゃこれ……。きみにゃこれ……"
],
[
"えゝい。そんなんやこい。姉やんにゃ仰山買うて来てやって、僕にゃ一つも買うて呉れずに!……コール天の足袋、今日じゃなけりゃいやだ!",
"明日買うてあげるよ。"
],
[
"なんでもないけど。",
"なんでもないって、どうしたんだい?"
],
[
"これッ! 用があるんだよ!",
"なあに?"
],
[
"あれが無いんだよ。",
"どうして無いん?――あれうちが要るのに!",
"お前達どこへも持って行きゃせんのじゃな?",
"うむ。――昼から家へ戻りゃせんのに!"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2006年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042682",
"作品名": "窃む女",
"作品名読み": "ぬすむおんな",
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"初出": "1923(大正12)年3月",
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[
[
"ミーチャ!",
"ナターリイ。"
],
[
"急ぐんだ、爺さんはいないか。",
"おはいり。"
],
[
"ワーシカがやられた。",
"ワーシカが?",
"…………。"
],
[
"ま、ゆっくりせい。",
"何だ、吉川はかくれて煙草をのんでいたんか――俺に残りをよこせ!"
],
[
"いやですよ、軍曹殿。",
"俺のナイフと交換しようか。"
],
[
"いやだよ。そんなもの十銭の値打もすりゃせんじゃないか。",
"馬鹿! 片ッ方だけの耳輪にどれだけの値打があるんだ!"
],
[
"父うちゃんこんなところへ穴を掘ってどうするの?",
"おじいさんがここんとこでねむるんだよ。"
],
[
"こいつ鉄砲をかくしとるだろう。",
"剣を出せ!",
"あなぐらを見せろ!",
"畜生! これゃ、また、早く逃げておく方がいいかもしれんて。"
],
[
"銃を出せ!",
"剣を出せ!"
],
[
"三人やられたね。――一人は将校だ。脚をやられたらしい。",
"どうして司令官は、こんなことをやらせるんです! 悲惨です! 悲惨です! 隊長殿すぐやめさしておしまいなさい!"
],
[
"だって悲惨じゃありませんか! あんまり悲惨じゃありませんか!",
"君自身が、たまにあたらんように用心し給え!"
],
[
"うてッ! うてッ!",
"ハイ。"
],
[
"全く、うまく行きましたな。",
"うむ。――ご苦労だった。"
],
[
"そら、また一匹やった。",
"あいつは兵卒だね。長い刀をさげて馬にのっている奴を引っくりかえしてやれい! 俺ら、あいつが憎らしいんだ。",
"ようし!",
"俺ら、あの長い軍刀がほしいんだ。あいつもやったれい!"
]
] | 底本:「現代日本文學大系 56 葉山嘉樹・黒島伝治・平林たい子集」筑摩書房
1971(昭和46)年7月15日初版第1刷発行
1974(昭和49)年5月30日初版第2刷発行
入力:大野裕
校正:柳沢成雄
2001年8月24日公開
2005年12月7日修正
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "001419",
"作品名": "パルチザン・ウォルコフ",
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[
[
"具合はどうかね?",
"おかげ様で大変いゝんです。",
"アメリカの軍人ですか?"
]
] | 底本:「黒島傳二全集 第三巻」筑摩書房
1970(昭和45)年8月30日第1刷発行
※底本には「植民」と「殖民」の二種類の表記が見られるが、統一しなかった。
入力:大野裕
校正:原田頌子
2001年9月3日公開
2005年11月11日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "001424",
"作品名": "反戦文学論",
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"姓ローマ字": "Kuroshima",
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} |
[
[
"馭者!",
"馭者!"
],
[
"ヘッ、まるでもぐらが頸を動かしたくても動かせねえというような恰好をせやがって!",
"何だ、君はこっちから見ているんか。",
"メリケンの野郎がやって来たら窓から離れないんだよ。"
],
[
"あいつらが偽札を掴ましてるんが、露助に分らんのかな。",
"俺等にゃ、その掴ます偽札も有りゃしないや。",
"偽札なんど有ったって、俺等は使わんさ。"
],
[
"なんか、ことづけはないかい?",
"ないようだ。",
"一と足さきに失敬できると思うたら、愉快でたまらんよ。"
],
[
"一等卒。",
"ま、五項症に相当するとして……増加がついて二百二十円か。"
],
[
"看護長殿、大西、なんぼ貰えます?",
"踵を一寸やられた位で呉れるもんか。",
"貰わにゃ引き合いません。"
],
[
"誰だ?",
"心配すんねえ!……えらそうに!"
],
[
"どうした、どうした?",
"逃がしたよ。",
"怪我しやしなかったかい?",
"あゝ、逃がしちゃったよ。"
],
[
"六人じゃというこっちゃ。",
"六人?"
],
[
"福島はどうでしょうか、軍医殿。",
"帰すさ。こんな骨膜炎をいつまでも置いといちゃ場所をとって仕様がない。"
],
[
"うゝむ。",
"じゃ、雪がやんだら帰れるんですね?"
],
[
"数が足らんのだよ。",
"足らんだって、病人を使う法があるか!"
],
[
"はい。",
"どれ、口を開けてごらん?"
],
[
"どうだな?",
"傷の下になんかこりのようなものが出来とるんですが。",
"手を伸ばせるかい?",
"いゝえ、まだ伸びません。",
"これを握ってごらん。"
],
[
"傷はまだ痛いか。",
"はい。",
"よしッ!"
],
[
"よしッ!",
"始めの約束通り内地へ帰して下さい!"
],
[
"ハイ。",
"は。",
"は。"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
※「シベリア」と「シベリヤ」の混在は底本通りにしました。
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2004年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042808",
"作品名": "氷河",
"作品名読み": "ひょうが",
"ソート用読み": "ひようか",
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"副題読み": "",
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"初出": "1928(昭和3)年11月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
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"姓": "黒島",
"名": "伝治",
"姓読み": "くろしま",
"名読み": "でんじ",
"姓読みソート用": "くろしま",
"名読みソート用": "てんし",
"姓ローマ字": "Kuroshima",
"名ローマ字": "Denji",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1898-12-12",
"没年月日": "1943-10-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "黒島傳治全集 第一巻",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1970(昭和45)年4月30日",
"入力に使用した版1": "1970(昭和45)年4月30日第1刷",
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"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "Nana ohbe",
"校正者": "林幸雄",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000037/files/42808_ruby_17060.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2004-12-04T00:00:00",
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} |
[
[
"一文も貰わねえや。",
"先月は、いくら貰ったい?",
"先月だって、一文も貰わねえや。",
"先々月は?",
"先々月だって一文も貰わねえや。"
],
[
"早くやれ。",
"すぐ、すぐ。"
],
[
"どうも思いません。",
"あいつの仕事は、いつもおおばちだから、浸点で屑が出来るこた知っとるだろうね?",
"そうでもありませんよ。",
"君の眼に、屑でも屑でないと見えるんならそれでもいゝさ。"
],
[
"とても面白い種ですよ。",
"何だね?",
"すぐ云いますがね。――云ったら、情報料をくれますか? 五円でいゝですよ。たった五円でいゝですよ。",
"出すさ、物によっちゃ出すさ。",
"呉れなけりゃ、山崎さん、儲かりすぎて、金の置き場に困るでしょう。"
],
[
"何だね?",
"――土匪が出たんですよ。昨日、濼口の沼へ鴨打ちに行ったら、土匪がツカ〳〵っと、六、七人黄河の方からやって来たんですよ。"
],
[
"ふむむ、総工会のまわし者がもぐりこんどるかどうかは、なか〳〵吾々日本人にゃ分からんもんだ。用心しないと。",
"なに、そんなもぐりこみなら、囮を使やアすぐ分るさ。",
"ところが、此頃は、その囮に、又囮をつけなきゃあぶなくなっていますよ。",
"チェッ! 如何にも訳が分らねえや。"
],
[
"自分でそう思っていれば、それが一番いゝや、世話がいらなくって。",
"我和中国人不是一様嗎。怎麽不一様、那児有不一様的様子?"
],
[
"めった、今度は去年あたりよりゃあいつらの景気がいいと思ったら、独逸が新しい武器を提供しとるそうじゃありませんか?",
"うむむ。"
],
[
"紅毛人は、やっぱし、教会だとか慈善だとか云ってけつかって、かげじゃなか〳〵大きな商売をやっているね。こちとらとは、桁が異うわい。",
"只の学校、只の病院なんて、まるっきり、奴等の手ですな。どうしても。",
"うむむ。",
"しかし、今度は、いくら精鋭な武器を持って蒋介石がやって来たって、大人の方でも背水の陣を敷いてやるでしょう。どちらかというと、大人の方が、どうしても負けられない戦じゃありませんか。"
],
[
"古鉄砲の張宗昌が、新しい独逸銃に負けるっていう胸算用だな……",
"なに、張大人が勝ったって負けたって、何もかまいやせんじゃないか。そんなことまで、何も鉄砲を売った人間の責任じゃないですよ。"
],
[
"共産党は空気ですよ。隙間のあるところなら、どこへだって這入りこんで行くんでさ。しかし、それよりゃ、僕は、北伐軍がここまで漕ぎつけて来るだけの力があるかどうか、それが見ものだと思ってるんだがな。そいつを見きわめて置く方が先決問題だと思ってるんだがな。",
"何で、それを見きわめるかね?"
],
[
"工場へ来とったって、どっちが本職だか分らねえんだからな。あんまり一人でうまい汁ばかり吸っていると、今に腹が痛みだすんだから。",
"それを云うなよ、君、それ、それを云うなよ。"
],
[
"こいつはまるで、軽業の綱渡りだからね。まかりまちがえば、落っこちて死んじまうんだからね。本当にこうして坐っていたって、しょっちゅう、ヒヤ〳〵しているんだよ。",
"落っこちる人は、あんたじゃなくってボーイやほかの野郎ですよ。",
"いや〳〵なか〳〵そうとばかりは行かないんだ、そうとばかりは……。"
],
[
"どんな気もしない。ただお父さんが気の毒で可哀そうだっただけ。",
"お前は、腹のまわりに袋に入れたあの粉をまきつけて、――おや、妊娠三カ月にも見えやしなくって? なんて、ひどく気に病んどったじゃないか。",
"それゃ、気になったわ。帯がどうしても、うまく結べないんだもの、――でも、そんなこと、なんでもなかった。ただお父さんが可哀そうだったの、始めて済南へ連れて来る子供とそれから花嫁さんにまでこんなことをさせなけりゃならんかと思ったら、お父さんが可哀そうで、涙がこぼれたわ。",
"なあに、見つからせんかと、びくびくものだったくせに、今になって、ませた口をたたいてやがら。",
"じゃ、兄さん、あの時から、こっちの暮しが、こんな見すぼらしいものだって分ってて?",
"俺ら、なんぼなんだって、こんなにひどいとは思わなかったよ。",
"私、ちゃんと分ってた。……おじいさんがなくなったのに、お母さんもつれずに、たった一人っきり、お父さんが帰っちゃったでしょう、あれで、もうすっかり、すべてが分るじゃないの。",
"へええ、貴様あとからえらそうなことを云ってやがら。"
],
[
"おや、兵隊だ!",
"兵隊がどうしたい?",
"兵隊だって食わずにゃ生きとれねんだぞ。督弁は一文だってよこさねえし!"
],
[
"何だね?",
"猪川さん。"
],
[
"おふくろ、大きい方の餓鬼をおぶって来て、柵の外で泣いているです。――餓鬼も、おふくろも泣いているです。",
"会計にだって、支配人にだって、俺の云うことなんか、ちっとも効果がありゃせんのだよ。",
"…………"
],
[
"あいつらは恥というものがないんだ。こっちがいくらよくしてやったって、それで十分なんてこたないんだ。十円くれてやったって、シェシェでそこすんだりだ。一円くれてやっても、やっぱし、シェシェでそこすんだりだ。十銭くれてやっても、同じように、シェシェとは云うよ。だから奴等に、大きな恩をきせてやるなんか馬鹿の骨頂だよ。――それで、貰ったが最後、なまけて、こっちの云うことなんかききやしないんだ。",
"朝鮮でも、満洲でも、――ヨボやチャンコロは吾々におじけて、ちり〳〵してるんだがな。"
],
[
"ふふむ、君は一体、支那人かね、ロシヤ人かね、――過激派の。",
"日本人ですよ。"
],
[
"一寸、油断しとったら、早や、王が黙って、『快上快』を、持ち出して売ってるんだよ。",
"ふむ。",
"こないだだって、靴直しに三円持って行って、あれで、一円くらいあまっとる筈だのに自分で取りこんどるんだよ。"
],
[
"こないだ、土匪が三人、捕まったんだってよ。",
"じゃ、また、さらし頸ね。"
],
[
"ところが、その土匪の一人は、もと愧樹の兵営に居った山東兵の中士だそうだよ。そいつが四人分の弾丸や鉄砲を持ち逃げして土匪の仲間入りをしていたのを捕まえて来たんだって。",
"愉快ね、軍曹が銃を持ってって土匪になるって、愉快ね。――面白いじゃないの、気みたいがいゝじゃないの。"
],
[
"ぜいたくぬかすな!",
"えゝい! 持って来い! 持って来い! 包子を持って来い!"
],
[
"包子をよこせい! 包子をよこせい!",
"またあの眉楼頭(デボチン)は駄々をこねてるよ。"
],
[
"支配人がやる商売ならどんなに大げさにやらかしたって、一向、見て見ぬ振りをしとくって云うんだが、親爺のようなぴい〳〵のするこたア、いけねえって云うんですよ。",
"そう、すねなくたっていゝさ。……それで君は妹さんを貰い受けに行こうとしているんだね?",
"そうですよ。"
],
[
"張大人だって、ちょい〳〵あいつを食ってるんだぞ。",
"第十何夫人連中も喰うかね?",
"勿論、食うさ。あいつが無病息災の薬だちゅうんだから。",
"張大人は野蛮だからよ……さぞ、内地の人間が見たら、おったまげるこったろうな。"
],
[
"裏からやって来る人間は咎めたって、泥棒にゃ、見て見ん振りをしていら。",
"でも泥棒の方で、ちっとは遠慮するでしょう。"
],
[
"なあに、これだって、いざとなりゃ、お前なんぞよりゃ早いんだぞ。",
"そう。――おじさん。どこで怪我をしたん?",
"どこだって――それゃ、もう遠い遠い昔だ。お前らまだ、親爺さんの睾丸の中に這入っとった時分だよ。"
],
[
"それ、そうでしょう。きっと、あいつ気があるんですよ。",
"馬鹿、――五十三にもなって、人間が、自分の子供のような娘をどう思うもんか。",
"でも、男は、年がよる程、若い娘がよくなるという話じゃありませんか。それに、あの人は、まだ独身者ですよ。"
],
[
"ロシヤ兵は、今、退却してきたんですか?",
"ええ、ええ、やっぱし、(しがうまく云えなかった)郭店の方から、歩いてやって来たんだ。あんまり馬を馳らせしゅぎたもんだから、半分は、馬が途中で斃れてしゅまったんだそうだ。――今、やって来ましゅよ。これゃ、どうも、こんな風じゃ、どこかで、だいぶ蒋介石に尻押しをしてる奴があるんだな。わしゃ、どうも、そう睨む。"
],
[
"馬鹿野郎! 本当に仕様のない奴だ! 畜生!",
"知ってる奴でしゅか?"
],
[
"今のは何者だい。",
"あれですか、なに、あいつは、ジャンクに乗ってた時、一緒に働いてた船方でがすよ。あれで、今なか〳〵金をしこたまこしらえてるんでがすよ。",
"貴様、しょっちゅう知り合いに出会すが、一体、こゝだけに何人知り合いがあるんだい?",
"僅かしかありゃしねえでがすよ、顔を知っとる奴なら、三百人もありますべえか。",
"馬鹿野郎! 三百人が僅かかい……"
],
[
"ズドンと一発やられたあとで、来なけゃよかったと、後悔したって、もう追っつかねえでがすよ。",
"分ってる!",
"わっしゃ、命がけでやる仕事であるからにゃ、ウンとこさ金がほしいなア。目くされ金じゃ、のっけから真平だ。",
"金は、いくらでも出すと云ってるじゃないか。うまく行きさえすりゃ。"
],
[
"師範部の学生だ。",
"名前は?"
],
[
"ふむ、む。おっつけ先生は二階からおりていらっしゃる時分だよ。",
"そうかね、それじゃ丁度いゝところへ来た訳だな。"
],
[
"大丈夫だ。俺等の師団が、一箇師団やって来るんだ。これこんなに弾薬も持たされとるし、(彼はずっしりした弾薬盒をゆすぶって見せた。)剣は、切れるように、刃がついとんだ。",
"お、お、お……"
],
[
"どこにぬいだったんだい? ぼんやりすな。",
"どこちゅうことがあるかい。ここだい。",
"ボヤッとしとるからだ。今に生命までがかッぱらわれてしまうぞ。戦地にゃ物に代りはねえんだぞ。"
],
[
"はいッ!",
"それから、支那人の中には、よくない思想を抱いている奴があるかも知れない、それにも気を配って、大和魂を持っている吾々がそんな奴に赤化されては、勿論、いけない。そんなことがあっては日本軍人として面目がないぞ。",
"はいッ!"
],
[
"は。",
"敵は、敵だ。向うから戦闘をいどんで来るものと見て差支ない。……よし、やり直し! この一倍半の高さと、二倍の幅と、三倍の長さと、倍の機関銃を要する。",
"は。"
],
[
"特務曹長殿! この袋の鼠の喰った穴はどうするんでありますか。藁を丸めてつめて置きましょうか?",
"うむ、うむ、そうしろ。"
],
[
"くたばらすも、ヘッタくれもあったもんかい!",
"チャンコロは、お湯を売ってるね。薬罐一杯、イガズル――。"
],
[
"イガズルって、なんぼだい?",
"そら、支那の一銭銅貨のようなやつ一ツさ、あれがイガズルだ。二厘五毛か、そこらだろう。",
"お湯を売る――けちくさい商売があるもんだなア。"
],
[
"なに?",
"リンチだ、リンチだよ!"
],
[
"何だ、ひいひい泣きやがって、もう一度、あの晩のような、横柄な口を利いてみろ!",
"うむ、支那じゃ、職工を殴り殺すやつもあるときいとったが、やっぱりむちゃくちゃにやるんだな。"
],
[
"どんな障害を押しのけても、まっさきにここは占領しなけりゃならんと思ってるんだな。",
"そうだよ、そうだよ、支那を取るためにそう思ってるんだよ。",
"しかし、俺等は、俺等として出来るだけサボって邪魔をしてやるさ。鉄砲をうてと云われたって、みんなうたねえんだな。"
],
[
"これゃ、内地のマッチとは異うよ。",
"俺等、子供の時に、ちょっと、そんなマッチを見たことがあるような気がするがな。ボスって云うんだ。"
],
[
"製氷会社の奥さんは、金すじが光っとったって、光っていなくたって、何も区別をつけやしないんだ。タンツボにだって、あいているから、さきおはいんなさいって云ってるよ。居留民保護という段になりゃ、ベタ金だって、タンツボだって、働きに変りはねえからな。……ちゃんと、こら、俺れゃ、一番風呂に失敬してやった。",
"まだ、誰れも来ていなかったかい?",
"うむ、来ていない。",
"製氷会社の奥さんは、若い奥さんだね。",
"うむ、一寸、可愛い顔をしている。",
"よし、俺も行って垢を落してきよう。",
"俺も行くよ。",
"俺も行く。"
],
[
"旅団副官だ。",
"副官が、どうしたちゅうんでえ?"
],
[
"一と晩だけでいい、垢を洗い落して、サッパリした蒲団でねてみたいなア!",
"ゼイタクぬかすな。俺らにゃ、そんなことナニヌネノだ、とよ。"
],
[
"王、ゼニない、女房ゼニない。職長ゼニ呉れない。",
"ふむ、賃銀をよこさないんだね。工場が。",
"王のおッ母ア、上の子供をおんぶして、工場へ泣いて来る。社員、おッ母アと、王とあわせない。",
"ふむ。",
"ゼニやれない、やるゼニない。",
"ふむ。",
"女房、飯、食えない。ちゝ出ない。赤ん坊泣く。",
"ふむ。",
"赤ン坊、六日間、泣き通した。女房、腹がへる。湯ばかりのむ、湯、腹がおきない。眼まいする。十日目、朝、赤ン坊泣かない。起きて見た。赤ン坊、死んでいる。おッ母ア、工場へ飛んできた。それでも巡警、王にあわせない。柵のすきまから、おッ母ァ、話をした。王、なかできいていた。王、家へ帰れない。職長、一歩も、門から出さない。",
"ふむむ!"
],
[
"びくびくすんなよ。",
"はい、はい。"
],
[
"おや、これゃ、こんなもんは、届けんきゃなんないぞ。",
"待て、待て! 何だか訳が分らずに届けることが出来るかい!"
],
[
"これゃなんだい……なかなか面白い奴がいるね。",
"これゃ、チャンコロの仕事だ。チェ!",
"なんだい。これッくらいのこたァ、俺れでも知ってるぞ!"
],
[
"起きろ! 起きろ! 皆んな起きろ!",
"また検査でありますか?",
"馬鹿ッ! 検査どころか。南軍が這入ってくるんだ。張宗昌が、今さっき城をあけて逃げ出してしまったんだ。徹夜警戒だ!",
"ふふふふふッふ。"
],
[
"はい。",
"兵タイが立っている、機関銃まで据えつけている、……これは、わが革命軍に対して敵対行動をとるにも等しい仕わざじゃないか! 何故、君等は、こんなものを撤退することを要求しなかったか!",
"は、……"
],
[
"もう、張宗昌について行くのはやめたんだってよ。",
"何故だい?"
],
[
"ずっとここに止っているんだってよ。",
"いつそれを云っていた? いつそれをきいた?",
"界首から帰った日にそう云っていたわよ。もう一週間も前に。――兄さんきかなくって?"
],
[
"勝つも負けるもねえじゃないか、そこらの蟻は、大砲を持ってきて、一となめに、なめッちまえばいゝじゃないか!",
"それが……すべて、仕事には、大義名分が立たなけゃ、勝っても、勝った方が負けとなるんだよ。",
"君等のやることはいつも面倒くさいね!"
],
[
"あの娘ッ子は、君の子供ぐらいの年恰好なんだよ。恐らく、君の三分の一しか年はとっていまい。",
"それがいゝんじゃないか。君には、俺れのこの気持が分らないんだ。あの、軟らかい、子供々々したところが、とてもたまらなくいゝんじゃないか。俺れゃ、この年になるまで、あんな娘は見たことがない。何と云っていゝか、……俺れの全存在を引きつけるような、とても、なんとも云えん気持なんだ。",
"いゝ年をして、生若い、紺絣の青年のようなことを云ってら!",
"そんな軽々しい問題じゃないよ。俺れゃ、君がどう云ったって、この決心は、やめられやせん。"
],
[
"中津がやって来た!――何をやり出されるか分らんじゃないですか!",
"……。"
],
[
"すゞと俊では、どんなことをせられるか油断がならんじゃありませんか。",
"でも……"
],
[
"ちょっと、あの人、今日、何だか変におかしかったわよ。",
"なアに?"
],
[
"なにか、たくらみがありそうだったわよ、あの怒ったような眼で、じろ〳〵家ン中や、私達を見て行っただけじゃないわ。眼と、口もとの笑い方に、恐ろしい何かがあったわよ。",
"そうかしら。"
],
[
"そんなこというのは、理屈ッぽいあの娘の兄と君だけくらいなもんだよ。この広い支那じゅうで。",
"いいや。俺れゃ真面目に云ってるんだ。君のために。",
"真面目もへったくれも有ッたもんかい!……気に入りゃ、かっぱらって嬶にするし、いやになりゃポイポイ売ッとばすんだ。世話がなくって、どれだけ気しょくがいいか知れめえ!",
"あんまり増長するなってよ! 俺れゃ歩哨線の通過なんか知らねえぞ。",
"ふふふ。……知らなきゃ、知らなくッてもいゝさ。その代り俺れの方もバラシてやるから、――ネタはいくらでも豊富に掴んでんだぞ。"
],
[
"どうしたんだ!",
"はい。……いらっしゃいませ。",
"どうしたんだ?"
],
[
"早くやらんか! なに、マゴ〳〵しているんだ!",
"旦那、いけましねえ。いのちあぶない。",
"かまわん! やれ、やれッ!"
],
[
"おい、高取、なまけるな!",
"……。"
],
[
"分ったか?",
"……。"
],
[
"一体、お前らは、何事を考えだしているんだい? ええ? 一体、どういうことを考えだしているんだい?",
"自分達が苦るしめられるために、働いてやりたくはないんであります。",
"ふむ、――苦るしめられたくはないと云うんだな。(わざと相手の言葉をごま化した。)……それなら命令をよく聞け! 命令をききさえすればいゝんだ。",
"……。"
],
[
"これは、何か不吉なことが起っているぞ。",
"俺れゃ、自分がしめ殺されたと思うた。……つらくッて、どうしても息が出来なかった。",
"誰れかゞ、現に、やられている! 無理、無法にやられている!"
],
[
"どうだい、今日は、灤源門の攻撃だぞ……。",
"そうですか。"
],
[
"今日、お前らが、ウンときばればもう落ちてしまうんだぞ。",
"そうですか。――中尉殿! 高取なんぞ、どうしたんでありますか。一昨日から帰らないんであります。どこを探しても見つかりません。",
"なに、それを訊ねてどうするんだ! 木谷! お前、高取に何の用があるんだい?"
],
[
"南軍の遺棄した弾丸を使ってるちゅうじゃないか。",
"ふむ、そうかもしれねえ。そんなことをするから着弾が狂って、味方の砲兵が、味方の歩兵を殺すんだ。",
"チェッ! そんなこともあろうかい。もともとろくでもねえ戦争だ!"
],
[
"そうかもしれんて。",
"そうだよ、そうにきまっているよ! この数しれん負傷者は。――戦争は、隊長の功名心の競争場だよ。そういう風に出来ているんだ。それで支那兵は、徹底的に追ッぱらってしまうさ。俺れらは、隊長の踏み台にせられて手や脚を落すさ。ははは、隊長は隊長で、その功名心に、また、もうひとつ上からあおりをかけられているんだ。勲章というね。上にゃ、上があらア。",
"その一番下は俺らじゃないか。",
"うむ、その俺らの上にゃ、重い石が、三重も四重もにのっかっていら! 畜生!"
],
[
"そうか、やっぱしそうだったか。あの晩にうなされたのは、だてや、冗談じゃなかったんだな!",
"今、五人とも、屍室へ運んできている。"
],
[
"あいつッて?",
"あいつだ!"
]
] | 底本:「筑摩現代文学大系 38 小林多喜二 黒島傳二 徳永直 集」筑摩書房
1978(昭和53)年12月20日初版第1刷発行
入力:大野裕
校正:原田頌子
2001年8月14日公開
2011年10月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"もう一ッペン、あの卯をおこらしてやろうか。",
"うむ。",
"いっそ、この縄をそッと切っといてやろうよ。面白いじゃないか。",
"おゝ、やったろう、やったろう。"
],
[
"たいがい、伊三郎では、何ンにも働くことを習わずに遊んで育った様子じゃないか。",
"俺れゃ、そんなこと知らん。",
"ちっと、虹吉がやかましく云わないでか!"
],
[
"ほいたって、あれと野上の二段とは、もう年貢を納めいでもえゝ田じゃが。",
"年貢の代りに信用組合の利子がいら。"
],
[
"武井から、今日の昼、籾擂代を取りに来たが、その銭はあるか知らん?",
"あのブルン〳〵という音は何ぞいの?",
"籾擂を機械に頼みゃ、唐臼をまわす世話はいらず、らくでええけんど、頼みゃ、頼んだだけ銭がかゝるんじゃ。",
"あの、屋根裏のおかしげな音は何ぞと云ってるんだ!",
"なに、なんじゃ。――屋根裏に銭があると云いよるんか?"
],
[
"俺ら、田地を買うて呉れたって、いらん。",
"われ、いらにゃ、虹吉が戻ってくりゃ、虹吉にやるがな。",
"兄やんが、戻って来ると思っとるんか、……馬鹿な! もう戻って来るもんか。なんぼ田を買うたっていらんこっちゃ!"
],
[
"それで、あしこにゃ、子供を学校へやった借金はあるし、年貢は、小作が、きちん〳〵と納めやせんし、くやんどるとい。",
"そいつもばちじゃ。かまうもんかい。"
],
[
"こんなへんぴへ二つも電車をつけることはないだろう。",
"ふむ。それは、そうじゃ。"
],
[
"停留場を、あしこの田のところへ、権現の方のを換えて持って行くというじゃないか?",
"だいぶ重役に賄賂を掴ましたんじゃ。あの熊さんを使うてやったんじゃよ。――熊の奴この夏からさい〳〵K市までのこ〳〵と出かけて行きよったじゃないか。",
"そうか、そんなことをやりくさったんか。道理で、此頃、熊と伊三郎がちょん〳〵やっとると思いよった。くそッ!"
],
[
"そんじゃ、こっちも、みんなで、ほかの重役のとこへ膝詰談判に行こうじゃないか。伊三郎が、そんなことをしくさるんなら、こっちだって、黙って引っこんでは居れんぞ。",
"うむ、そうだ、そうだ。黙って泣寝入りは出来やせん!"
],
[
"どうしたんじゃ? どうしたんじゃ?",
"これゃ、わやじゃ。 何もかもすっかりわやじゃ。来てくれい! どうしよう? どうしよう?"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第二巻」筑摩書房
1970(昭和45)年5月30日第1刷発行
入力:大野裕
校正:原田頌子
2001年9月3日公開
2012年7月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"…………。",
"こらッ! 通行票を出せッ!"
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[
"そんじゃ、支那人は、危いから逃げだしてしまったんだな?",
"いいえ。",
"じゃ、どうしたんだ!",
"扉は閉めて、皆、奥に蹲んでいるんでやす。",
"何だ! じゃ、君は、留守番じゃない門番じゃないか!",
"へへへ、それゃ、そうでやすな。"
]
] | 底本:「日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)」新日本出版社
1985(昭和60)年3月25日初版
1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「文学新聞」
1931(昭和6)年11月10日号
※親本(初出)の伏せ字は、底本では編集部によって復元され、当該の箇所には×が傍記されている。
入力:林 幸雄
校正:山根生也
2002年2月19日公開
2006年4月3日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"なに、臭いもんか。",
"臭のうてか。われ自分でわからんのじゃ。"
],
[
"くそッ?",
"ははははは……"
],
[
"それがまかない棒かい?",
"よう…………",
"どら、こっちへおこせ!"
],
[
"いや、己らは山へ行く。",
"阿呆めが! 山へ行たってどればも銭は取れんのに、仕様があるかい。醤油屋へ行け!"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2006年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042683",
"作品名": "まかないの棒",
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"初出": "1923(大正12)年12月",
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[
[
"何用だい?",
"届けずに、こいつを建てたのが、いけねえんだってよオ。罰金を取るちゅうだぞ。",
"何ぬかしヤがんだい! 便所なしに、一体、野グソばっかし、たれられるかい!"
],
[
"ハア。",
"こんなところに、勝手に便所を建てたりして第一風景を損じて見ッともないじゃないか!",
"そうですか。",
"一寸、警察まで来て呉れ。"
],
[
"見ッともないじゃないか! もっと隅ッこの人目につかんところへ建てるとか、お屋敷からまる見えだし、景色を損じて仕様がない!",
"チッ! くそッ!"
]
] | 底本:「日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)」新日本出版社
1985(昭和60)年3月25日初版
1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「黒島伝治全集第二巻」筑摩書房
初出:「大衆の友」
1932(昭和7)年3月号
入力:林 幸雄
校正:土屋 隆
2001年12月4日公開
2005年12月6日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品名読み": "めいしょうちたい",
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"初出": "「大衆の友」1932年3月号",
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[
[
"役員なんぞ、糞喰えだ。いけすかねえ野郎は、かまうこたない、出刃庖丁で頸をちょんぎったるんだ。それで、そしてその切れたあとへ犬の頸を持ってきてすげかえるんだ。今までえらそうにぶつ〳〵云っていた奴が、ワン〳〵吠えることだけしか出来ねえんだ。へへ、役員の野郎、犬になりやがって、ざま見やがれ!――あいつら、もと〳〵犬だからね。",
"ふむゝ。"
],
[
"俺等だって、賃銀を上げろ、上げなきゃ、畜生! 熔鉱炉を冷やしてかち〳〵にしてやるなんざ、なんでもねえこったからな。",
"うむ、〳〵。",
"いくら、鉱石が地の底で呻っとったってさ、俺達が掘り出さなきゃ、一文にもなりゃすめえ。"
],
[
"もっと入れても大丈夫だ。",
"そんな、やせがまんは張らんもんよ。",
"それ〳〵動かんじゃないの。"
],
[
"トロ、なか〳〵重いだろう。",
"誰れも働く者がなきゃ、お芳さんのようにこの長屋を追い出されるんだ。追い出されたら、ドコへ行くべ。"
],
[
"おい、おい、女ゴ衆、ドンと行くぞ。",
"タエの尻さ、大穴もう一ツあけるべ。"
],
[
"何だい、おじ〳〵すんなよ。",
"うむ。",
"あいつはえらばってみたいんだ。何だい、あんな奴が。"
],
[
"話ってなアに?",
"これがあの、ひげのあいつに喰われようとしとった、その女だ!"
],
[
"それはよく分っている。",
"阿見だって、遠藤だってそうだぞ。"
],
[
"全く、私も、こゝにゃ、ドエライものがあると思って掘らしとったんです。",
"糞ッ!"
],
[
"やかましい!",
"自分でこんな大きな鉱石を掘りあてときながら、まるで他人の手柄にせられて、くそ馬鹿々々しい。",
"黙ってろ! やかましい!"
],
[
"これゃ、この塊で、どれ位な値打だろうか。",
"六千両くらいなもんだろう。"
],
[
"そんなこってきくもんか、五六万両はゆうにあるだろう。",
"いや〳〵もっとある、十五六万両はあるだろう。"
],
[
"これゃ、どうもあぶなそうだな。",
"なに、大丈夫だよ。"
],
[
"そうさ。",
"この五日の休みは、検査でお流れか。チェッ。"
],
[
"おい土田さん。",
"三宅! 三宅は居るか! 柴田! 柴田! 森!"
],
[
"千恵子さんのおばさん死んだの。",
"これ! だまってなさい!"
],
[
"どうするんだ?",
"検査だ、鉱山監督局から厄介なやつがやって来やがった。こんなところを見られちゃ大変だよ。",
"だって、まだ、ここにゃ五人も仲間が、残っとるんだぞ!",
"なあに、どうせ、くたばってしまって生きとれゃせんのだから二日、三日掘り出すんがおくれたっていゝじやないか。"
],
[
"いつも俺等に働かすんは、あぶないところばっかしじゃないか。――そこを、そんなり、かくさずに見せてやろうじゃないか。",
"そうだ、そうだ。",
"馬鹿々々しい上ッつらの体裁ばかり作りやがって、支柱をやらんからへしゃがれちゃったんじゃないか! それを、五日も六日も、そのまゝ放たらかしとくなんて、平気でそんなことがぬかせる奴は人間じゃねえぞ!",
"畜生! 何もかも、検査官に曝露してやれい! 気味たいがえゝ程やったろう!"
],
[
"一かばちかだ。追ン出されたってかまわんじゃないか。",
"いや〳〵、そこで、この際、皆が一ツにかたく結びついとくことが必要なんだ。追ン出すたって追ン出されないようにだよ。"
],
[
"今日こそ、くそッ、何もかも洗いざらい見せてやるぞ。",
"何人俺等が死んだって、埋葬料は、鉱車一杯の鉱石であまるんだから、会社は、石さえ掘り出せりゃ、人間がどうなったって庇とも思ってやしねえんだ。あいつら、畜生、人間の命よりゃ、鉱石の方が大事と思ってやがるんだぞ!",
"うむ、そうだ、しかし、今日こそ、腹癒せをしてやるぞ! 今に見ろ!"
],
[
"何に、のんでる?",
"役員どもがより集って、検査官をかこんでのんでるぞ。",
"まだ、選鉱場も熔鉱炉も検査はすまねえんだぜ。",
"それでものんでる。のんでる。",
"チェッ! 酒で追いかえそうとしとるんだな。くそたれめが!"
],
[
"くそッ! じゃ、もう検査はないんかい?",
"すんじゃったんだ。",
"見まわりにも来ずに、どうしてすんだんだい?",
"略図を見て、すましちゃったんだ。馬鹿野郎!",
"畜生!"
]
] | 底本:「黒島傳二全集 第二巻」筑摩書房
1970(昭和45)年5月30日第1刷発行
入力:大野裕
校正:原田頌子
2001年9月3日公開
2006年3月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"もう俵に孔でも開けとるかよ?",
"うむ。……俵のまわりは鼠の糞だらけじゃ。こんなことじゃ毎晩五合位い食われようことイ。",
"そうじゃろうか。……それでも、あいつを棄てるんは可愛そうじゃし……"
],
[
"あしこには、ろくに飯を食わさんのじゃろう。",
"あしこの茂公は、ほんまに油断がならなんだせにんの。"
],
[
"捨てる云うたって、家に生れて育った猫じゃのに可愛そうじゃの",
"うらあもう大分風呂イ入らんせに垢まぶれじゃ"
],
[
"えゝい、放っとけ。",
"障子でも破って入って来たら、あとで手がいるがの。"
],
[
"遠い所いうたって、どこへ持って行くだよ。",
"どこぞ、なか〳〵戻って来られん所じゃ。"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
1970(昭和45年)年4月30日第1刷発行
入力:大野裕
校正:富田倫生
2000年10月16日公開
2000年11月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 | {
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[
[
"かまうもんか!",
"ブ(上等看護長のこと)が怒りゃせんかしら……"
],
[
"うまくやれるかい。",
"やるとも。"
],
[
"この頃、パルチザンがちょい〳〵出没するちゅうが、あぶないところへ踏みこまないように気をつけにゃいかんぞ!",
"パルチザンがやって来りゃ、こっちから兎のようにうち殺してやりまさ。"
],
[
"いや、あの沼のところまで行ってみよう。",
"いや、俺れゃ帰る。",
"なにもうすぐそこじゃないか。"
],
[
"助けて!",
"助けて!",
"助けて!"
],
[
"有難う!",
"有難う!",
"有難う!"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
※「シベリア」と「シベリヤ」の混在は底本通りにしました。
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2006年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042684",
"作品名": "雪のシベリア",
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"名読みソート用": "てんし",
"姓ローマ字": "Kuroshima",
"名ローマ字": "Denji",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1898-12-12",
"没年月日": "1943-10-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "黒島傳治全集 第一巻",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1970(昭和45)年4月30日",
"入力に使用した版1": "1970(昭和45)年4月30日第1刷",
"校正に使用した版1": "1970(昭和45)年4月30日第1刷",
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"入力者": "Nana ohbe",
"校正者": "林幸雄",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
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} |
[
[
"そんなことがあてになるもんか!",
"健やんが云よったが、今日び景気がえいせに高等商業を出たらえらい銭がとれるんじゃとい。"
],
[
"味噌汁一杯位いやれい。",
"癖になる! この頃は屋根がめげたって、壁が落ちたって放うたらかしじゃせに、壁の穴から猫が這い入って来るんじゃ。"
],
[
"うっかり途中でやめさしたら、どっちつかずの生れ半着で、これまで折角銭を入れたんが何んにもなるまい。",
"そんじゃ、お前一人で働いてやんなされ! うらあもう五十すぎにもなって、夜も昼も働くんはご免じゃ。"
],
[
"独逸語。",
"……独逸語のうちでもこれは大分むずかしんじゃろう。",
"うむ。"
],
[
"出来る。",
"そんなら、お早よう――云うんは?",
"……",
"ごはんをお上り――はどういうんぞいや?",
"えゝい。ばあさんやかましい!"
],
[
"今まで服は拵えとったやの。",
"あれゃ学校イ行く服じゃ。",
"ほんなまた銭要らやの。",
"うむ。",
"なんぼおこせ云うて来とるどいの?",
"百五十円ほどいるんじゃ。"
],
[
"こんな物を東京へ持って行けるんじゃなし、イッケシ(親戚のこと)へ預けとく云うたって預る方に邪魔にならア!",
"ほいたって置いといたら、また何ぞ役に立たあの。"
],
[
"おばあさんに着物を買ってあげなくゃ。",
"着物なんかいらないだろう。",
"だってあの縞柄じゃ……"
],
[
"ヘエ。",
"ほんとに休んでらっしゃい。寒いでしょう。"
],
[
"何かお植えになりますの?",
"へえェ。こんな土を遊ばすは勿体ないせに。"
],
[
"そうけえ。",
"また、何ぞ笑われたやえいんじゃ。"
],
[
"臭いんは一日二日辛抱すりゃすぐ無くなってしまう。",
"そりゃそうだろうけど、菜物なんかこの前に植えちゃお客にも見えるし、体裁が悪い。"
],
[
"温くうなって歩きよいせに、ちっと東京見物にでも連れて行って貰おういの。",
"うむ。今度の日曜にでも連れて行って貰うか。",
"日光や善光寺さんイ連れて行ってくれりゃえいんじゃがのう。",
"それよりぁ、うらあ浅草の観音さんへ参りたいんじゃ。……東京イ来てもう五十日からになるのに、まだ天子さんのお通りになる橋も拝見に行っとらんのじゃないけ。"
],
[
"お。",
"毎日米の飯ばかり食うとるとあいてしまう。ちっとなんぞ珍らしい物をこしらえにゃ!"
],
[
"いゝや。もう食えん。",
"たったそればやこし……こんなに仰山あるのに、またあいらが戻ったら笑うがの。",
"そんなら誰れぞにやれイ。",
"やる云うたって、誰れっちゃ知った者はないし、……これがうちじゃったら近所や、イッケシの子供にやるんじゃがのう。"
],
[
"道に迷やせんじゃろうかの。",
"なんぼ広い東京じゃとて問うて行きゃ、どこいじゃって行けんことはないわいや。"
],
[
"今日行かんとて、いつか俺が連れて行てあげる。",
"いゝや、うら等両人で行こうわ。"
],
[
"そんならなんぞ食うか。",
"うらあ鮨が食うてみたいんじゃ。"
],
[
"ひょっと銭が足らなんだら困るのう。",
"弁当を持って来たらえいんじゃった。"
],
[
"下駄は足がだるい。",
"やっぱり草履の方がなんぼ歩きえいか知れん。"
],
[
"お前、腹がへりゃせんかよ?",
"へらいじゃ、たった焼饅頭四ツ食うただけじゃないかい!"
],
[
"あのし等まだ去なんのかいのう?",
"さあ、どうかしらん。",
"いんたら、うらあ飯を食おうと思うて待っちょるんじゃが。"
]
] | 底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2004年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042685",
"作品名": "老夫婦",
"作品名読み": "ろうふうふ",
"ソート用読み": "ろうふうふ",
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"副題読み": "",
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"初出": "1925(大正14)年9月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2004-12-30T00:00:00",
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"人物ID": "000037",
"姓": "黒島",
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"姓読み": "くろしま",
"名読み": "でんじ",
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"名読みソート用": "てんし",
"姓ローマ字": "Kuroshima",
"名ローマ字": "Denji",
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"生年月日": "1898-12-12",
"没年月日": "1943-10-17",
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} |
[
[
"うち、どないしましたんやろう、えろう、さぶうて、さぶうて、かなしませんのどす",
"おこしをたくさん巻いたらいいでしょう"
],
[
"はあー、そうどすか。そない話ききますの、うち、はつみみどす。そんで、そのおこしはどこえまきますのどす",
"それは、その、腰へ巻くんです",
"へえー、腰へまきますのどすか。それで、おこしは、あわおこしがよろしゆおますか"
],
[
"ほんまに、どないしましたら、よろしゅうおまっしゃろ。せっかく、家政婦さんがきいてくれはって、やれやれ思いましたのどすけれど、なにが、なにやら、ちんぷんかんぷん、わけ、わかりしまへんのやわ",
"それ、一体、何のこと",
"なんのことも、かんのことも、あらしません。せっかく、早ようにきてくれはったはよろしおますが、あのかた、朝鮮のおかたどす。うちが、ゆうて、話しても、うろうろ、うろうろ。ゆうたとおりに、動きしませんのどす。その上、あのお方の言葉ゆうたら、ほんまの朝鮮語どす。奥さん、お頼み申します。きておくれやっしゃ。みて、おくれやす"
],
[
"ご苦労さま。あなた、年は、いくつ",
"ハイ、にずう、す、です",
"この土地で育った方でないでしょう",
"ハイ、そんです",
"お国は、どちらなの",
"ふぐすまけん。あえずです。すんせきがあって、いずかまえに、きだばかりです"
]
] | 底本:「言語生活 四十六号」筑摩書房
1955(昭和30)年7月1日発行
初出「言語生活 四十六号」筑摩書房
1955(昭和30)年7月1日発行
※「こつこ」と「こっこ」、「たばこ屋」と「たばこや」、「『こ』」と「「こ」」の混在は、底本通りです。
入力:かな とよみ
校正:持田和踏
2022年12月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品名": "おもしろい話",
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"初出": "「言語生活 四十六号」筑摩書房、1955(昭和30)年7月1日",
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[
[
"でも親が、今だに何ともしないのは可笑しいわ。きっと何か事情があって、棄子にでもしたんじゃないでしょうか",
"何を云うんだ。真昼間大勢の中で、棄子をする奴があるもんか。それに撰りに撰って、貧乏書生なんかに渡す奴はないよ"
]
] | 底本:「幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選」光文社文庫、光文社
2001(平成13)年2月20日初版1刷発行
初出:「探偵文藝 第2巻第4号」奎運社
1926(大正15)年4月号
入力:川山隆
校正:土屋隆
2006年11月15日作成
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"作品ID": "046587",
"作品名": "愛の為めに",
"作品名読み": "あいのために",
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"初出": "「探偵文藝 第2巻第4号」奎運社、1926(大正15)年4月号",
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"姓読み": "こうが",
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"姓読みソート用": "こうか",
"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
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"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
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"底本名1": "幻の探偵雑誌5 「探偵文藝」傑作選 ",
"底本出版社名1": "光文社文庫、光文社",
"底本初版発行年1": "2001(平成13)年2月20日",
"入力に使用した版1": "2001(平成13)年2月20日初版1刷",
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[
[
"死んだ旦那の跡取の人だアよ",
"ふむ、甥っ子だが、あんでもそんな人が跡さ継いだと聞いたっけが、跡取ってから一度もこの別荘さ来た事がねえだ。どんな人だか、誰知るものもねえだが",
"その人がね、昨日の朝見えたゞよ",
"不意にかよ",
"ウンニャ、前触れがあってね、掃除さしといて呉れちゅうから俺、ちゃんとしといたゞ",
"一人で来たのかよ",
"ウン、顔の蒼白え若え人でな。年の頃はやっと三十位だんべい。ちょっくら様子のいゝ人だアよ",
"それでお前、オッ惚れたちゅうのかい",
"この人は。馬鹿吐くでねえ。俺の年でハア、惚れるのなんのちゅう事があるもンけえ",
"ハヽヽ、怒るでねえ。それからどうしたゞね",
"昼間は家ン中や庭さ歩き廻って、何するでなしにソワ〳〵してたっけが、夕方になって、俺頼まれた通り夕飯さ拵えて持って行くと、どこにもいねえだ",
"いねえ――どうしたゞね",
"分らねえだよ。兎に角、どの位え探してもいねえだ。どこかへ行っちまったゞよ",
"だけども、可笑しいでねえか。飯さ頼んで置いてよ",
"俺も可笑しいと思ったゞが、いねえものはいねえさ。断りなしに帰るとは変な人だと、ちっとばかり腹さ立ったゞよ。だけどよ、不用心だと思って、締りさちゃんとして引上げたゞ。所が八さア。今ンまの先、別荘の前さ通ると、裏口が開いてるでねえかよ。俺不審に思って庭さ這入って見ると、雨戸が一枚こじ開けてあるだ。俺、大きな声で呼ばったゞ。何の返辞もねえだ。恐々中さ這入って見ると旦那さアが書斎の籐椅子に腰さ掛けて眠っているでねえか。あれまア、こんな所で転寝さして、風邪引くでねえかと傍さ寄ると、俺もう少しで腰さ抜かす所だったゞ。旦那さアは眠ったようにオッ死んでるだア",
"そいつは事だゝ。すぐにお医者さア呼ばらなくちゃならねえだ。俺、町まで一走りして来べい",
"八さア、頼むからそうして下せえ。俺、この辺で待ってるだ。俺、一人であの家へ行くのは、おっかなくて、とても出来ねえだよ"
],
[
"蒼い顔さしていましたゞ。だが、こんな事になるなんて、夢にも考えましねえだったゞ",
"兎に角、遺族の人に知らせなくちゃならんが、宿所はどこかな",
"二三日前に手紙さ貰いましたゞから、それに書かっているべい"
],
[
"先生、病死に違いありませんかね",
"狭心症に間違いありませんよ",
"いつ頃ですかなア、死んだのは",
"さようさ。今の様子が死後十時間乃至十四、五時間という所ですから、死んだのは昨夕の八時から十二時の間でしょうか"
],
[
"まアそういう事です",
"他殺でもなく、又変死でもなく、只の病死だとすると、問題はない訳ですが、念の為に署の方へ報告して置きましょう"
],
[
"この人は伯父さんから別荘を譲られてから、昨日初めてこゝへ来たんだね",
"そうでごぜえますだ。先の旦那がなくなられますと、すぐ手紙が参りまして、儂はなくなった人の甥っ子だが、別荘さ譲り受ける事になったゞから、前々通り管理していてくんろっていって来ましたゞ。それからハア、もう二年にもなりますだが、来たのは昨日さ初めてゞごぜえますだ",
"初めて別荘に来て、すぐ死ぬとは気の毒な人だねえ",
"全くでごぜえますだ"
],
[
"聞きました。然し、その人間が死んだ人間と同じ人間だと思っていましたので――",
"御冗談です。僕は死にやしません。こうやって生きてますよ"
],
[
"多分金の事だろうと思います。卓一君はちょい〳〵金の相談を持ちかけましたので――大方何かいゝ事業があるから投資しろとか何とかいう事でしょう",
"なるほど、ではあなたは之までに卓一君の勧めで、時々投資なすったという訳ですか"
],
[
"なんの為に猫を買い占めるんですか",
"そうすると三味線が出来なくなって洋楽が盛んになるというんです。卓一君は洋楽が好きなもンですから",
"ハヽア――どうも変っていますな",
"えゝ、変っていますとも。そうかと思うと、アメリカから女サーカスを招聘して一儲けするんだから資金を貸せだの、困ってる劇団があるから、金を出してやれだの――この頃はひどく連珠に凝りましてね",
"連珠? あゝ五目並べの事ですか",
"五目並べなんていおうものなら、卓一君は眼に角を立てゝ怒りますよ。五目並べなんていったのは昔の話で、今では高木名人考案の縦横十五線の新連珠盤が出来て、段位も段差のハンディキャップも確立するし、国技として外国に紹介するには最もいゝ競技で、国際親善の為に大いに発展させるべきものだといいましてね、その連盟とかに金を出せというんです。昨日の用というのもそれじゃないかと思っていました",
"どうして約束通り来なかったのでしょう",
"卓一君はね、何か途中でひょいと思いつくと約束も何にもない、すぐそっちの方に行って終いますのでね。そうかと思うと、急に思い立つと夜中でも何でも、どん〳〵押しかけて来ます。そんな男なんです",
"なるほど、中々変ってますな。一種の天才ですな。尤も天才は狂人と隣り合せだといいますが――それで何ですか。心臓は弱かったのですか"
],
[
"そうだ、思い出したゞよ。確かに旦那さまに違えねえだ。昨日の昼ござらしたのはお前さまだよ。確かに今着てござらっしゃる鳶色の洋服だよ。そういえば、そこに死んでござらっしゃる人の洋服は青いだゝ。俺ハア、あんで洋服にさ気イつかなかったべい",
"そりゃ、君誰だって、こんな所に人の死んでるのを見たら、そこまでは気がつかんさ。無理もないよ",
"全く俺ア、小浜の旦那がオッ死んでるだと思ったゞよ"
],
[
"小浜さんはどうして中々金持なんですよ。二年以前に伯父さんの遺産を貰ってね、何でも何十万という事ですよ",
"何十万! そいつア初耳だ。そんな金持の癖にアパートに独り住居してるんですか",
"変ってますからね。厭人病っていうんだそうで。交際が嫌いでね。こゝにいても殆んど訪ねて来る人はありませんよ。あなたはどなたですか",
"望月といいます。つい近頃お知合になったのでして。茅ヶ崎へは何の用で行かれたんですか",
"それがね、可笑しいんですよ。今朝、茅ヶ崎の別荘の管理人から、小浜信造死んだ、遺族に通知頼むってね、私宛に電報が来たんです",
"へえ、どういう事ですか。それは",
"丁度、小浜さんがいましたから、その電報を見せると、カン〳〵に怒ってね、誰かの悪戯だといって、すぐ返電を打ちましたが、折返し警察から、すぐ来て貰いたいという電報が来ましたので、ブツ〳〵いいながら行かれました",
"どうしたという訳でしょうね",
"何かの間違いに極ってまさア。当人はピン〳〵しているんだから",
"可笑しいですなア",
"全く変なんですよ。昨日は一日茅ヶ崎の別荘で待ち呆けを食わされたといいますから",
"昨日も茅ヶ崎へ行かれたんですか",
"えゝ、誰かゞね、茅ヶ崎の別荘で会いたいというので朝から出掛けたんですよ。所が夕方まで待ってもやって来ないというので、小浜さんはプン〳〵しながら帰って来ました",
"何時頃お帰りでしたか",
"さア、九時半か、十時頃でしたろう"
],
[
"昨夕の十時頃帰って来て、それからずっと今朝までおられたのですね",
"えゝ、ずっとおられましたよ"
],
[
"それがね、丸で嘘見たいなんですよ。顔色は蒼白くって、病人臭い所はありましたが、とても元気な人で、押が強くて、つまり心臓が強いんでしょう。所が本当の心臓はいつ停って終うか分らないんですって。まさかと思っていましたが、本当に停って終ったんですわねえ",
"昨日はずっと宅に居られたんですか",
"いゝえ、卓一さんがじっと宅になんかいるものですか。どこへ行くんだか毎日朝から飛歩いていますよ。よくまア、あゝ用があると思いますよ。自分の事はこれっぱかしもしないで、人の事ばかり世話を焼いて、いつも懐中はピイ〳〵の癖に大きな事ばかりいって、信造さんの懐中ばかり当にしてるんですよ。信造が死にや、奴の財産は俺のものだから、いくらでも出してやるんだがなア、なんて、そんな事ばかりいってるんですよ",
"じゃ、昨日茅ヶ崎へ行った事はおうちじゃ知らなかったんですね",
"所がね、あなた、卓一さんは昨夕七時頃にひょっこり帰って来ましてね、腹が減った、飯だ、飯にして呉れという騒ぎなんでしょう。私は泡食って仕度したんですよ。すると、御飯の途中で、突然しまった、と大きな声を出すんです。私は吃驚してどうしたんですって訊くと、信造と茅ヶ崎の別荘で会う約束がしてあったんだ、すっかり忘れて終った、というんです。約束しといちゃ忘れるのは毎度の事ですから、そう騒がなくてもいゝでしょうというと、いや、他の事と違って、相手は信造だ、それに今度はどうしても奴に金を出させなければならないのだから、奴を怒らしては困るんだ。すぐ之から行くっていうんです。まさか今頃まで待っちゃいないでしょうといったんですが、いや、信造はあゝいう奴だから、今夜中は待ってるに違いない。よし帰って終ったとしても、兎に角僕は約束を破らないで別荘まで行ったという事を見せて置かないと、後が困る、どうあっても行くって頑張るんです。それまではまアいゝんですが、今度は宅の自動車に乗せて行けといって諾かないんです。汽車で行きなさいといったら、汽車なんかのろ臭くって駄目だってね。なアに、よく聞いて見りゃ、汽車賃がないんですよ。宅も卓一さんにはちょく〳〵借りられて弱っていますので、汽車賃を用達てるのは嫌だしといって商売物の車に乗せるのも嫌だったんですが、卓一さんと来ると口が旨いですからね。今度は必ず成功する、信造から纏った金が取出せるから、その時にはウンとお礼をする。この機会を逃して後で後悔したって僕ア知らんよ、なんて拝んだり威したりして、とうとう宅を渋々承知させたんです"
],
[
"自動車で出かけたのは何時頃でしたか",
"そうですね、九時頃でしたろうか。何でも向うへ着いたのが、十一時過ぎとかいってましたっけ",
"こちらの御主人はすぐ引返したんですね"
],
[
"どうも、お邪魔しました",
"宅が帰り次第、お手伝いに参りますからって、信造さんに宜しく仰有って下さい"
],
[
"えゝ、どうも犯罪はないらしいですよ。卓一の死因が病死だとするとね",
"念の為再検視をしたが、全く狭心症の為と判明した。だから、殺人事件では絶対にない。それに之が逆に信造が死んだのだとすると、卓一が財産を相続する事になって、多少の疑惑を生ずるが、卓一が死んだのじァね。何だろう、卓一の遺産なんてものはないんだろう",
"遺産どころか借金が残っていますよ。遺恨か何かなら知らず、金の為に卓一を殺す者はないでしょう",
"第一病死じゃ問題にならん。然し、卓一は何だって、人のいない別荘へ戸締を破って這入ったんだろうね",
"そこが一寸不審に思われるんですが、何しろ卓一という男は、他人のものと自分のものを区別しないというような男で、何事も行き当りばったり、気分の動くまゝにやるという人間ですから、他人といっても信造の別荘ですし、締り位破って這入るのは平気だろうと思います。それに考えて見れば、奴ア帰りの汽車賃がないんだから、信造のいるいないに係らず、あそこへ泊るよりなかったでしょう。翌日は信造なり、永辻なりへ電報を打って、金を送らせる心算だったのでしょう",
"自動車で長距離を揺られて、それから若干歩いた上に、戸締りを破ったり、過激な運動をしたものだから、持病の心臓で参ったという訳か",
"そうでしょうね。兎に角、信造のいう事と、アパートの管理人や、永辻のおかみのいう事がピッタリ会いますから",
"えゝと、信造は金曜日の朝、茅ヶ崎へ行くといってアパートを出たんだね。その目的ははっきりしないが、別荘で従兄弟の卓一に会う為らしいと管理人はいうんだね。それから、その夜九時から十時の間に信造は待呆けを食わされたといって、プン〳〵怒りながらアパートに帰って来た。一方、卓一は当日朝から出かけて、夕方帰って来て、急に信造との約束を思い出して、永辻にむりやりに自動車に乗せて貰って、茅ヶ崎に向った。信造らしい青年が三度茅ヶ崎駅から乗降したのは確実で、一方卓一らしき青年は一回も乗降しておらん。怪しい点は一つもないな",
"只一つ分らない点は、信造が八時頃東京に着いて、アパートに帰るまで何をしていたかという点ですが",
"そいつア別に大した問題でもあるまい。信造に聞けばいうだろうし――別に聞くにも及ぶまいて"
],
[
"一つやって見ようか",
"へえ、どうぞ"
],
[
"一杯食わされていたのか。然し、君はよく発見したね",
"偶然、全く偶然でした。渋谷の道玄坂で、ふと信造を見かけたのですが、奴がむつかしい連珠の問題を訳なく解いたので、ハッと気がついたのです。何しろ、信造という男は人嫌いの変り者で勝負事なんか一切やらない筈なんです。それに反して、卓一は何にでも手を出す男で、事件の起った時も連珠に凝っていたといいます。――信造が連珠! 可笑しいなと思った途端に、ふと思い出したのは先達の信造の態度でした。交際嫌いの変り者だというのに、実によくペラ〳〵とよく喋りました。その時はつい気がつかないで見過していたのですが、急にその事が頭に閃めいて――",
"然し、それだけでは十分じゃない――",
"えゝ、ですから試みに卓一と呼んで見ると、ぎょっとしたようでしたから、隙かさず指紋を取るぞと威かすと、奴は背後めたい事があるので、忽ち顔色を変えて、フラ〳〵と倒れかゝりました。後は何の苦もなくスラ〳〵と白状しましたので",
"大した手柄だ"
],
[
"そこですよ。主任。えーと、相続税というものはどれ位かゝるんですか",
"信造の財産はどれ位あったかね",
"五六十万でしょう",
"直系の親族でないものゝ遺産相続だから、二割位かね。なるほど、それが惜しかったのか",
"未だ理由があります。卓一は俺が信造の財産を相続すれば、いくらでも金を出してやると方々に約束していましたので――"
],
[
"許可がなくて、屍体を運搬した罪がありませんか",
"そんな所だなア。それから家宅侵入――どうかな、之も成立するかどうか分らん",
"でも、犯罪は犯罪でしょう"
]
] | 底本:「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」創元推理文庫、東京創元社
1984(昭和59)年12月21日初版
1996(平成8)年8月2日8版
初出:「現代」
1939(昭和14)年1月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:小林繁雄
2005年10月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001433",
"作品名": "青服の男",
"作品名読み": "あおふくのおとこ",
"ソート用読み": "あおふくのおとこ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「現代」1939(昭和14)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2005-11-03T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000260/card1433.html",
"人物ID": "000260",
"姓": "甲賀",
"名": "三郎",
"姓読み": "こうが",
"名読み": "さぶろう",
"姓読みソート用": "こうか",
"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集",
"底本出版社名1": "創元推理文庫、東京創元社",
"底本初版発行年1": "1984(昭和59)年12月21日",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)年8月2日8版",
"校正に使用した版1": "2002(平成14)年6月14日9版",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
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"入力者": "網迫、土屋隆",
"校正者": "小林繁雄",
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} |
[
[
"中々蒸しますな",
"ええ"
],
[
"ええそうです",
"何科だね",
"機械科です",
"機械科? 富山君はどうしてるかね"
],
[
"いいえ、そう云う訳じゃないんですが",
"安くて美味いものだね、ヴィタミンを含んでると云うよ"
],
[
"さよう、西洋に負けんようになったね",
"こんな事は西洋に負けても関わんがな",
"交通機関が発達したからな、日本だけ遅れている訳に行かん。それに日本は人間が多過ぎる。之が犯罪の基なんじゃ",
"じゃ人殺しを奨励するかの",
"そうもいかんて",
"然し之は人を減らすには一挙両得じゃ"
],
[
"それは俺は反対じゃ。国が弱わうなるて",
"国が強うなっても、食えなくては困る"
],
[
"じゃ前からのお知合じゃないのですか",
"そうじゃない",
"あの方は本当にお年寄ですか",
"まあ、そうじゃろうな"
],
[
"変かね",
"ええ、変です"
],
[
"私の連です",
"あれも可笑しいね",
"えっ!",
"変装しとるよ",
"そ、そんな事はないでしょう"
],
[
"そないに云わんでも好えがな。むこうも一生懸命や、あわてとるさかい、偽札でもほんまや思うて、取りよるがな",
"そう行かなかったらどうです",
"どうですて、もう済んだこっちゃが",
"いけません、人道問題ですよ。何にも知らないものに偽札を持たせて、虎穴に等しい所へ飛び込ますなんて",
"ほしたら詫るがな",
"詫るではいけません、相当の事をしなさい",
"相当の事てどうするのや",
"私に謝礼として五千円、この方に五千円、合せて一万円お出しなさい",
"え、え、そりゃ無茶やが"
]
] | 底本:「探偵小説の風景 トラフィック・コレクション(上)」光文社文庫、光文社
2009(平成21)年5月20日初版1刷発行
初出:「新青年」
1926(大正15)年10月
※「ビタミン」と「ヴィタミン」の混在は、底本通りです。
入力:sogo
校正:noriko saito
2018年9月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "056541",
"作品名": "急行十三時間",
"作品名読み": "きゅうこうじゅうさんじかん",
"ソート用読み": "きゆうこうしゆうさんしかん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新青年」1926(大正15)年10月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2018-10-05T00:00:00",
"最終更新日": "2018-09-28T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000260/card56541.html",
"人物ID": "000260",
"姓": "甲賀",
"名": "三郎",
"姓読み": "こうが",
"名読み": "さぶろう",
"姓読みソート用": "こうか",
"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "探偵小説の風景 トラフィック・コレクション(上)",
"底本出版社名1": "光文社文庫、光文社",
"底本初版発行年1": "2009(平成21)年5月20日初版1刷",
"入力に使用した版1": "2009(平成21)年5月20日初版1刷",
"校正に使用した版1": "2009(平成21)年5月20日初版1刷",
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"底本の親本出版社名2": "",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"本官は貴官に重大な命令を与える。事の成否は帝国の安危に係っている。仁科少佐は、天皇陛下並に日本帝国の為、万難を排し、身命を抛って任務を遂行する事を欲する",
"ハッ"
],
[
"帝国陸軍の最も重要な秘密書類が、×国間謀の手に入った。貴官は速かにその書類を奪回せよ。これが本官の命令である。尚、委しい事情は情報課長から説明するじゃろう",
"ハッ"
],
[
"書類を盗ませて、現に手に入れているのは、明かに、例の麹町六番町に住んでいるウイラード・シムソンなのだ",
"えッ、シムソン! あいつですか"
],
[
"ぜひ成功してくれ給え。いや、君なら必ず成功すると思っているのだ。しかし、気をつけ給えよ。シムソンはどうしてなかなかの奴なんだから。殊に彼の邸はすっかり電気仕掛の盗難予防器が張り廻してあって、ちょっとでも手が触れると、家中に鳴り響くと云う事だから、余程用心しなくてはいかんぞ",
"御注意有難う存じます。では、閣下、仁科は重要書類を奪回して参ります"
],
[
"あなた軍人ですね。何しに来ましたか",
"――――"
],
[
"答えなくても、私には分っています。あなた、秘密書類奪りに来たのでしょう",
"――――",
"あなた、口惜しそうな顔をしていますね。けれども、あなたのやり方は乱暴です。私の邸には電気仕掛の報知器がついています。盗みに入る事はなかなか出来ません。でも、あなたはさすがに日本軍人、勇敢ですね。たった一人でここへ来るとは"
],
[
"貴様はお父さんのはかりごとにかかったんだ。お父さんはわざと知れるように窓を破って、ここへ入ったのだ。貴様達がお父さんに気をとられている暇に、僕はこっそり後から入ったのだ。貴様は今頃になって気がついて、破れた窓を調べに行ったが、もう遅い。さあ、お父さんを出せ",
"君は先刻来た男の子供か。なるほど、そう云えばよく似ている"
],
[
"そうだ。僕は仁科少佐の子供で道雄と云うのだ。さあ、ぐずぐず云わないで、お父さんを出せ。云う通りしないと射つぞ",
"ハハハハ、日本人だけあって、子供でもなかなか勇敢だ。父を救けだそうとするのは頼もしい。アハハハハ"
],
[
"ま、待て。そ、そんな乱暴な事してはいけない。私を殺しては、君のお父さんを助け出す事も、それから秘密書類をとり返す事も出来ないぞ",
"えッ"
],
[
"えッ、何だって",
"この釦を押すと、電気仕掛で地下室へはドウドウと水が出るのだ。地下室は見る見る水で一杯になってしまう。地下室は鉄筋コンクリートで、窓は一つもない。君のお父さんはおぼれ死んでしまうのだ",
"えッ"
],
[
"危い、危い。子供がこんなものを玩具にしては危険千万だ。先ず、これで一安心だ",
"早く水を止めて下さい",
"そう急がなくても、地下室一杯になるにはたっぷり二時間かかるのだ。今頃はもう踝の所まで来たろう。君のお父さんはさぞかし、生きた空がなくて、冷々しているだろうて。だが、そう急ぐ事はないて",
"悪漢! 人殺し! 間諜!"
],
[
"ハハハハ、間諜だけは本当だ。けれども、私は人殺しでも悪漢でもない。君達が父子で私を諜計にかけようとするから、そう云う目に会っただけの話だ。所で、聞くが、ここへ来たのは君達二人だけだろうね",
"そうです"
],
[
"呼鈴の線は僕が切っておいたから、鳴りっこないさ",
"な、なんだって。電線を切るとはけしからん",
"ついでに、地下室の水を出す仕掛の電線も切っておけばよかったのです。つい、気がつかなかったものだから、残念な事をしましたよ。",
"馬鹿な事を云え。地下室の方の電線はうまく隠してあるから、君なんかに気はつかないよ。ソーントンが来なければ仕方がない。私が連れて行く。さあ立て、立って地下室へ来い",
"地下室に連れて行ってどうするのですか。お父さんと一緒に水攻めにして殺そうと云うのですか",
"殺しはしない。水は間もなく止めるよ。私は人を殺すのは嫌いだ。けれども、君達二人は私の邪魔をするから、二三日地下室の牢へ入れておくのだ。二三日のうちには、秘密書類は無事に仲間の手から本国へ送り出される筈だから",
"その為なら、私達を地下室へ監禁する事は無駄です"
],
[
"それはどう云う事かね",
"書類は今頃はもう取り返された筈です。先刻あなたはお父さんに、麹町郵便局に留置にしてあると云いました。僕はそれを部屋の外で聞いていましたから、あなたが窓の所を見に行った時に、この部屋に入って、その卓上電話で報告しておきました"
],
[
"警視庁に? そ、そんな馬鹿な事が",
"ハハハハ、警視庁に保管してあると云うと、信ぜられない馬鹿げた事だと思うだろう。けれども、それは間違いのない本当なんだ。私の部下は秘密書類を盗み出した時に、直ぐ私の所へ持って来ては、とり返しに来られる恐れがあると思って、二重底の鞄に入れたまま、わざとタクシーの中に忘れたのだ。無論、運転手は何も知らずに警視庁へ届けたさ。それで、君達が血眼になって探している秘密書類は、今は警視庁の遺失物係りの所に、ちゃんと保管されているんだ。つまらない商品見本の入った鞄としてね。二三日うちに、私の部下が取りに行く事になっている。どうだ、私の智恵は。警官や憲兵が夢中になって探している書類が、所もあろうに警察の本尊の警視庁にちゃんと保管されていようとは、芝居のせりふじゃないが、お釈迦さまでも知らないだろう。アハハハハハ"
]
] | 底本:「少年小説大系 第7巻 少年探偵小説集」三一書房
1986(昭和61)年6月30日第1版第1刷発行
※底本では、作品冒頭の記載は「少年密偵 計略二重戦」となっていますが、目次の記載は「計略二重戦」のみであること、「少年密偵」が、やや小さめの文字で記載されていること、作品名として一般的であると思われることなどから、「計略二重戦」を作品名とし、「少年密偵」を副題としました。
入力:阿部良子
校正:大野 晋
2004年11月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "004069",
"作品名": "計略二重戦",
"作品名読み": "けいりゃくにじゅうせん",
"ソート用読み": "けいりやくにしゆうせん",
"副題": "少年密偵",
"副題読み": "しょうねんみってい",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"姓": "甲賀",
"名": "三郎",
"姓読み": "こうが",
"名読み": "さぶろう",
"姓読みソート用": "こうか",
"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "少年小説大系 第7巻 少年探偵小説集",
"底本出版社名1": "三一書房",
"底本初版発行年1": "1986(昭和61)年6月30日",
"入力に使用した版1": "1986(昭和61)年6月30日第1版第1刷",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "阿部良子",
"校正者": "大野晋",
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"テキストファイル最終更新日": "2004-11-04T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"鵜澤さんですか。実はね、毛沼博士が死なれましてね――",
"え、え"
],
[
"あなたは昨夜自宅まで送ったそうですね",
"ええ",
"参考の為にお聞きしたい事があるので、鳥渡署まで御苦労願いたいのですが",
"まさか、殺されたのじゃないでしょうね"
],
[
"はア",
"何時頃でしたか",
"十時過ぎだったと思います"
],
[
"そうでした、寝室を出る時に、確か十時三十五分でした",
"そうすると、会場を出たのは",
"円タクで十分位の距離ですから、十時二十五分頃に出た事になります",
"どういう会合だったのですか",
"医科の学生で、M高出身の者の懇親会でした",
"何名位集まりました?",
"学生は十四五名でした。教授が毛沼博士と笠神博士の二人、他に助教授が一人、助手が一人、M高出身がいるのですけれども、差支えで欠席でした",
"会場では変った事はありませんでしたか",
"ええ、別に"
],
[
"毛沼博士は元気だったですか",
"ええ",
"酒は大分呑まれたですか",
"ええ、可成呑まれました",
"どれ位? 正体のなくなるほど?",
"いいえ、それほどではなかったと思います。自宅へ帰っても、ちゃんと御自身で寝衣に着替えて、『有難う、もう君帰って呉れ給え』といって、お寝みになりましたから",
"君はいつも先生を送って行くのですか",
"いいえ、そういう訳ではありませんけれども。先生の家は私の近所だものですから、みんな送って行けというので",
"毛沼博士と君とが一番先に出たんですね",
"いいえ、笠神博士が一足先でした",
"やはり誰か送って行ったのですか",
"いいえ、笠神博士はお酒をあまりお呑みになりませんので、殆ど酔っていらっしゃいませんでしたから――",
"毛沼博士が家に這入ってから、寝られるまでの間を、出来るだけ委しく話して呉れませんか",
"そうですね。円タクから降りて、大分足許のよろよろしている先生の手を取って、玄関の中に這入ると、先生はペタンとそこへ腰を掛けて終われました。取次に出た婆やさんが『まア』と顔をしかめて、私に『すみませんけれども、先生を上に挙げて下さい』というので――",
"玄関に出たのは婆やだけでしたか",
"いいえ、女中がいました。女中は下に降りて、先生の靴を脱がせていました",
"書生はいなかったのですね",
"ええ、いつもいる書生が二三日暇を貰って、故郷に帰ったという話で――それで私が頼まれたのですが、私は頭の方を持ち、婆やと女中が足の方を持って、引摺るようにして、洋間の寝室へ連れて行きました",
"その時に寝室には瓦斯ストーブがついていましたか",
"いいえ、ついていませんでした。婆やがストーブに火をつけますと、先生は縺れた舌で、『もっと以前からつけて置かなくちゃ、寒くていかんじゃないか』といいながら、よろよろと手足を躍るように動かして、洋服を脱ぎ始められました",
"そして寝衣に着替えて、寝られたんですね",
"ええ"
],
[
"その時に、先生はひょろひょろしながら、上衣やズボンのポケットから、いろいろのものを掴み出して、傍の机の上に置かれましたが、一品だけ、ポケットの中で手に触ると、ハッとしたように、一瞬間身体のよろめくのを止めて緊張されましたが、その品を私達に見せないようにしながら、手早く取出すと、寝台の枕の下に押し込まれました",
"何でしたか、それは",
"小型の自動拳銃でした"
],
[
"存じません。見たのが昨夜初めてですから",
"その他に変った事はありませんでしたか",
"ええ、他にはありません。先生は寝衣に着替えると、直ぐ寝台に潜り込まれました。そうして、帰って呉れ給えといわれたのです",
"それですぐ帰ったのですね"
],
[
"眺めただけですか",
"珍らしい原書や、学界の雑誌が机の上に積んでありましたので、鳥渡触りました",
"本だけですか",
"ええ、他のものは絶対に触りません",
"それから部屋を出たのですね",
"ええ、その間に婆やと女中とが先生の脱ぎ棄てた洋服をザッと片付けて、それぞれ手に持っていました。私が出て、続いて婆やと女中とが出ました",
"瓦斯ストーブはつけたままでしたね",
"ええ、そうです",
"君が出た時に、先生はとうに眠っていましたか",
"半分眠って居られたようです。ムニャムニャ何かいいながら、枕に押しつけた頭を左右に振っておられました",
"直ぐ立上って、扉に鍵をかけられた様子はありませんでしたか",
"ええ、気がつきませんでした。――鍵がかかっていたんですか"
],
[
"電灯は婆やが消したんですね",
"ええ、扉に近い内側の壁にスイッチがありまして、それを出がけに婆やが押して消しました",
"お蔭でよく分りました。もう一つお訊きしますが、君は先刻迎えに行った刑事に、『先生は殺されたのじゃないか』といったそうですが――"
],
[
"君は笠神博士の所へ、よく出入するそうですね",
"は"
],
[
"僕は将来法医の方をやる積りなので、笠神博士に一番接近している訳なんです",
"ふん"
],
[
"笠神博士という人は、大へん変った人だそうですね",
"ええ、少し",
"夫人は大へん美しい方だそうですね",
"ええ、でも、もう四十を越えておられますから",
"然し、実際の年より余ほど若く見えるようじゃありませんか",
"ええ、人によっては三十そこそこに見られるそうです",
"笠神博士は家庭を少しも顧みられないそうですね",
"ええ"
],
[
"笠神博士は学問以外に何にもない、博士の恋人は学問だといわれているそうですね",
"ええ",
"それで夫人にはいろいろの噂があるそうじゃありませんか",
"そんな事はありません"
],
[
"そうかな。夫が仕事に没頭して家庭を顧みない。勢い妻は勝手な事をする、なんて事は世間に在勝の事だからな",
"他の家庭は知りませんが、笠神博士の夫人は絶対にそんな事はありません",
"然し、君のような若い色男が出入するんだからね"
],
[
"そうむきになっちゃいかん。僕はそういう事実があるかないかという事について、調べているんだからね",
"事柄によります。第一、そんな事を、何の必要があって調べるんですか",
"必要があるとかないとかという事について、君の指図は受けない"
],
[
"いいえ、今の家は移してから、未だ五六年にしかなりません。僕は病院で生れたのだそうですよ",
"病院で",
"ええ、初産ですし、大事をとって、四谷のK病院でお産をしたんだそうです",
"病院で"
],
[
"えーと、之は血液型の事をいったのじゃないでしょうか",
"どういう事ですか",
"つまり、何故ですね、何故、O型とA型から、B型が生れるか",
"何の事です。それは",
"そういう事ですね。O型とA型の両親からB型が生れるのは何故か、という事なんでしょう",
"それと前の言葉とどういう関係があるんですか",
"分りません",
"ふん"
],
[
"一体なんです。之は",
"毛沼博士の寝室で発見されたんです",
"へえ"
],
[
"毛沼博士はどうして死んだんですか",
"瓦斯の中毒ですよ。ストーブ管がどうしてか外れたんですね。部屋中に瓦斯が充満していてね、今朝八時頃に漸く発見されたのです",
"過失ですか。博士の",
"まあ、そうでしょうね。部屋の扉が内側から鍵がかかっていましたからね",
"じゃ、博士が管を蹴飛ばしでもしたんでしょうか。私が出た時には、確かについていましたから",
"そうです。博士が少くても一度起きたという事は確かですから。鍵を掛ける時にですね",
"八時までも気がつかなかったのはどういうものでしょう",
"休日ですからね。それに前夜遅かったし、グッスリ寝ていたんでしょう"
],
[
"じゃ、過失と定ったのですか",
"ええ"
],
[
"大体決定しています。然し、相当知名の方ですから、念を入れなくてはね。それで、態々来て貰ったのですが、御足労序に一度現場へ来て呉れませんか。現場についてお訊きしたい事もあるし、それに君は法医の方が委しいから、何か有益な忠告がして貰えるかも知れない",
"忠告なんて出来る気遣いはありませんけれども、喜んでお伴しますよ"
],
[
"昨夜と何か変った所がありますか",
"いいえ"
],
[
"千九百二十二年四月二十四日を思い出せと書いてあるのです。それは私の生れた日なんです",
"ふむ"
],
[
"その他に何も書いてないか",
"ええ"
],
[
"君は誰ですか",
"毛沼博士は自殺したんですか",
"博士には何か女の関係はなかったですか"
],
[
"毛沼先生が大へんな事になりまして",
"ええ、大へんな事でした。然し、あなたは大分迷惑しましたね",
"いいえ、そんな事は問題じゃありません。先生、毛沼博士は十二時前後に死なれたのじゃないかと思うんですが、どうでしょうか",
"宮内君の鑑定では十一時乃至一時という事です",
"十一時? そうすると、私が出てから三十分足らずの間ですね",
"死亡時間の推定は正確に一点を指すことは出来ませんから、通常相当の間隔をとるものです。一時の方に近いのでしょうね",
"仮りに一時としても、私が先生を最後に見てから、二時間半ですけれども、その間放出したガス量で中毒死が起りましょうか",
"起りましょうね"
],
[
"少くとも仮死の状態にはなりましょう",
"そうすると、真の死はそれ以後に起る訳ですね",
"そういう事になりましょうね",
"すると、死亡時刻は――"
],
[
"それはむずかしい問題です。殊にガス中毒の場合は一層むずかしいでしょう",
"そうなんですか"
],
[
"少し話したい事があるんですが、今日でも宅へ来て呉れませんか",
"ええ、お伺いいたしましょう"
],
[
"そうでしたか。私も一生懸命探していたのですが、とうとう見つかりませんでした",
"出入の古本屋が見つけて来てね。他の記事は別に欲しい人があるというので、私は写真版だけあればいいのだから、後は持たしてやったのです"
],
[
"君に頼んであったのだから、見つかった事を話すべきでしたね。ついうっかりしていて、すみませんでしたね",
"どういたしまして"
]
] | 底本:「幻の探偵雑誌1 「ぷろふいる」傑作選」光文社文庫、光文社
2000(平成12)年3月20日初版1刷発行
初出:「ぷろふいる」ぷろふいる社
1934(昭和9)年6、7月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:大野 晋
2004年11月4日作成
2016年2月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043420",
"作品名": "血液型殺人事件",
"作品名読み": "けつえきがたさつじんじけん",
"ソート用読み": "けつえきかたさつしんしけん",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「ぷろふいる」ぷろふいる社、1934(昭和9)年6、7月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2004-11-18T00:00:00",
"最終更新日": "2016-02-20T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000260/card43420.html",
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"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
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"底本名1": "幻の探偵雑誌1 「ぷろふいる」傑作選",
"底本出版社名1": "光文社文庫、光文社",
"底本初版発行年1": "2000(平成12)年3月20日",
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} |
[
[
"オイ、お前の華族の友達あ、日本アルプスの地ならしを始めたていじゃねえか",
"一体、雪を掘って、何にする気だい",
"お前の華族の友達あ、気が違ったんじゃねえか"
],
[
"えゝ、遺書らしいものは少しも見当らないんですよ",
"それは変ですね",
"全く。頭がどうかしていたんじゃないかと思われるんですが"
],
[
"そういえば、例の雪渓の発掘ですね。あれはどういう目的だったか、あなたはご存じありませんか",
"分りません。私はやっぱり頭が変になった所為じゃないかと思っているんですが――",
"でも、何か目的があったんでしょうね",
"本人にはあったのでしょうね。然し、どうも正気の考えじゃありませんな",
"雪の中に何か埋れてゞもいるような事を考えたのでしょうか"
],
[
"さあ",
"何か妄想を抱いたのでしょうね",
"えゝ、それに違いありません",
"乗鞍岳なんて、どこから考えついたのでしょう。むろん二川君は行った事はないと思いますが",
"地図を拡げて思いついたのでしょうよ。あれは山と名のついた所へ行った事はありませんよ"
],
[
"えゝ、旅行家というほどじゃありません。放浪ですな",
"中々登山をなすったそうじゃありませんか。アルプス方面では開拓者だという事ですが",
"飛んでもない。物好きで、未だ他人のあまり行かない時分に、登った事はありますが、パイオニアだなんて、そんな大したものではありません――鳥渡失礼します"
],
[
"何ですか、お母さん",
"亡くなったお父さんのおいゝつけなんですが、もし二川家に何か変った事が起るか、それとも重明さんが亡くなった時に、儀作に之を渡すようにといって、書遺して置かれたものですが――"
],
[
"悠りお読みなさい。今日は事務所へ出なくてもいゝでしょう",
"えゝ"
],
[
"今日は休みますよ",
"そうなさい"
],
[
"君と同じ年だ",
"じゃ、やっと、三十二じゃないか、奥さんは確か二十七だろう。未だ子供を諦める年じゃない。相続人、相続人といって騒ぐのは早い"
],
[
"いや、朝子は身体が弱いから、到底子供は望めない。それに僕は心臓に故障があるから、いつ死ぬか分らんし――",
"心細いことをいうな、大丈夫だよ",
"駄目だ",
"大丈夫だ"
],
[
"よし、じゃ聞こう",
"僕が死ぬと、誰が二川家を相続するのだ",
"いつもいう通り、奥さんに相続権があるが、それでは二川家は絶えて終う。重武君が相続する順になるだろう",
"それが僕は堪えられないんだ。あの放蕩無頼の重武に、二川家を相続させる事は、いかなる理由があっても嫌だ。卑しい女を母親に持って、居所も定めず放浪している人間なんかに、二川家を継がしてなるものか。そんな事をしたら、奴は朝子をどんな眼に会せるか分らない",
"その事は度々聞いた。或る程度まで僕は同感だ。それなら養子をするより仕方がない。尤も君が死んだ後に、奥さんが養子することも出来るが",
"僕は血の続きのない他人に、二川家を譲りたくない",
"そんな事をいっても無理だ。華族は法律上の親族か、或いは同族以外からは養子を迎える事が出来ない",
"あゝ"
],
[
"同族以外から養子をするには、仮令血続きでも、法律上の親族でなければいけないのだね",
"その通りだ"
],
[
"戸籍法違反だ",
"然し、それ以外に方法がない",
"僕は顧問弁護士として、犯罪になることに加担は出来ん",
"然し、僕は法律というものは人情を無視して成立するものではないと思う。僕が二川家の血統を絶やしたくないと思うのも、無頼の重武如きに家を譲りたくないのも、無理のない人情じゃないか",
"――",
"華族でなければ、今いった子供をいつでも養子に出来るのだ。たゞ、法律上の親族でない為に――",
"僕は同意出来んよ。君がそうしたいという事には同感もし、同情するが、その事は中々難事業だよ。第一、相手の夫婦の承諾を要するし、産婆とか看護婦とか、乃至医師にも口留めをしなければならんし、それに奥さんが承知されるかどうか、それも疑問だ",
"朝子は僕のいう通りになるよ。僕はあれを幸福にしてやりたいと思ってするんだから",
"そういう事が幸福になるかどうか分らんよ。大抵はむしろ不幸に終るものだ"
],
[
"どう悪いんだい",
"なに、大した事じゃないんだ"
],
[
"山登りを始めたというじゃないか",
"ウン、二三年来、日本アルプスとかいって、信州や飛騨の山を歩いているらしい。東京にいて女狂いや詐欺みたいな事をされるより勝しだと思っているんだ",
"そうとも、重武君もそうやって、登山なんか始めた所を見ると、性根が直ったのじゃないかね",
"駄目だよ。あの腐った性根は死ぬまで直りっこないよ。遇に神妙にしていると思えば、きっと何か企んでいるんだからね。僕はあれが谷にでも落ちて死んで終えばいゝと思っているよ"
],
[
"君、君、男の子だよ。ぼ、僕にそっくりなんで。そりァとてもよく似ているぜ。君は信じないだろうけれども",
"え、僕が信じないって、そりァ、どういう意味だ"
],
[
"いやさ、君が信じようが信じまいが、僕の子供は僕にそっくりなんだぜ、丸々と肥った色の白い、とてもいゝ子なんだ",
"二川家も之で万々歳だね",
"そうだとも。もう大丈夫だ。重武なんかに指一本指させる事はない。朝子もどんなに仕合せだか分りやしない",
"奥さんも喜んだろうね",
"僕が躍り上って喜ぶのを見て、泣いていたよ",
"所でだがね"
],
[
"二川重明さんから、何か書いたものを送って来ましたよ",
"えッ、二川から"
],
[
"やっぱり遺書でしょう",
"えゝ、どうもそうらしいです"
],
[
"確か、あんたが最初に重明さんの死んでいるのを発見したんだったね",
"は",
"十時頃だったね",
"は、十時に二三分過ぎていましたと思います。時計を見ますと、そんな時刻でしたから、鳥渡御様子を見に参りました",
"その前に誰も部屋に這入らなかった?",
"はい、御前さまの部屋へは、私以外の方は出入しないことになっております",
"然し、もしかしたら、誰かゞ――",
"私が起きましてからは、お部屋に注意いたしておりましたから、決してそんな筈はございません",
"では、前の晩は",
"九時半頃、寝室にお這入りになりました。そして、私が持って参りましたコップの水で、お薬をお呑みになりまして、『お寝み』と仰有いましたので、私はお部屋を出ました。それっきり今朝まで、私はお部屋に這入りませんでした",
"部屋は中から締りが出来るのかね",
"いゝえ、誰でも出入が出来ます",
"じゃ、昨夜十時すぎから今朝までのうち、誰でも出入出来る訳だね",
"はい――でもどなたも出入などなさらなかったと思います。本当に御前様がお自殺遊ばさるなんて、夢のようでございます"
],
[
"前の日、誰か客はなかったかね",
"どなたもお出になりませんでした",
"重武さんは、昨日より以前に、一番近く、いつ頃来られた?"
],
[
"暫くお見えになりませんでした",
"そう"
],
[
"重明さんの呑んだ薬というのは、いつも呑んでいた催眠薬に違いなかった?",
"えゝ、太田さまから頂く薬でございました",
"薬は誰が貰いに行くの",
"私が隔日に頂きに参ります。恰度その日の朝頂いて来たばかりでございました",
"他に薬はなかった?",
"えゝ、他に召し上るような薬はございませんでした",
"むろん、他に何か呑んだような形跡はなかったんだね",
"はい、別に見当りませんでした",
"有難う"
],
[
"解剖の結果、分ったのですか",
"えゝ"
],
[
"すると、残りの一回はどうなったのでしょうか",
"二回分一緒にやっちゃったのですよ",
"二回分?",
"えゝ、今までに例のないことで、二川子爵は私を信頼して呉れましたし、中々よく医師のいいつけを守る患者で、之まで二回分を一度に呑むなんて事はなかったのでしたが、死を一層確実にしようと考えられたのでしょうかね。二度分を一時に呑まれましたよ",
"然し――"
],
[
"はい、一度分でございました。一服だけ召し上って、もういゝからあっちへお出、おやすみと仰有いました",
"すると、もう一服残っていたね",
"はい",
"それで、翌日の朝部屋に行った時に、その残りの一服はどうなっていた?",
"覚えておりません"
],
[
"本当にうっかりしておりました。御前様が床の中から半分身体を出して、両手を拡げて死んでいらっしゃいましたので、つい、その方に気を取られまして、お薬の方は少しも気がつきませんでした。どうなったのでございましょうか",
"御前様が死んでおられるのを発見した時に、君は、どうしたの?",
"御前さまが大へんですッといって大声を上げました。そしたら、直ぐに市ヶ谷さまが飛んでお出になりました――",
"なにッ、市ヶ谷さまだって"
],
[
"はい",
"だって、君は重武さんは暫く見えなかったといったじゃないか",
"それは前の日までの事のように伺いましたから。当日の朝九時頃に参られましたのでございます",
"九時頃に",
"はい、御前さまは未だお寝み中です、と申し上げましたら、格別急ぐ用でもないから、待っていようと仰有いましたので――",
"そうか。それで君は十時頃部屋へ様子を見に行ったのだね",
"はい、それもございましたけれども、いつも朝早く一度お眼覚めになります習慣でしたので、少し心配になりまして見に行きましたのでございます",
"重武さんが見に行けといったのではなかったんだね",
"はい、市ヶ谷さまは何とも仰有いませんでした",
"それで、君が大声を上げると真先に重武さんが飛んで来られたのだね",
"はい",
"それからどうした?",
"市ヶ谷さまが、之は大変だ、直ぐ警察へ電話を掛けろ。誰も触っちゃいかんぞ、と仰有いました",
"警察へ――ふん、医者を呼べとはいわれなかったか",
"はい、その時は仰有いませんでした。後に太田さんを呼べと仰有いましたけれども"
],
[
"君、最後に太田医院から薬を貰って来た時に、何か変った事が起りはしなかったか",
"いゝえ、別に",
"例えば、人に突当られたとか、何か貰ったとか、話かけられたとか――",
"いゝえ、そんな事はございません",
"では、途中でどこかに寄りはしなかったか",
"鳥渡買物に寄りました",
"なにッ、買物に。そこで君は薬包をどこかへ置きはしなかったか",
"いゝえ",
"ひょっと落して、人が拾って渡したようなことはなかったか",
"いゝえ",
"では、初めからずっと持ち続けていたんだね",
"はい",
"薬包はむき出しに持っていたのかね",
"いゝえ、松屋の風呂敷に包んで持っていました",
"松屋の風呂敷というと、あそこでお得意先にお使いものにしているものだね",
"はい、錦紗の風呂敷で松に鶴の模様がついております",
"ふうむ"
],
[
"野村さま。アノ日には何事もございませんでしたが、その前には時々変な事がございました",
"え? ど、どんな事が――",
"二日目毎にお薬を頂戴に参りますのですけれども、この頃何だか変な人が始終私をつけているような気がいたしました",
"つけている?",
"はい、といっても、確かにそうだとはいえないんでございますけれども、行き帰りには何となくつけられているようなんですの",
"どんな人間に?",
"それがはっきり分らないのでございますよ。若い人のようだったり、年寄のようだったり、この人といい切れませんの",
"じゃ、つまり薬を貰いに行く往き帰りに、君をつけている人がある。然し、その都度違った人間だというんだね",
"えゝ、一度こんな事がありました。ずっと以前なんですけれども、お薬を貰って帰りがけに、買物に寄りまして、その店へ鳥渡薬を入れた風呂敷を置きましたの。そうしたら、鳥渡横向いている間に、それを取り上げた人がありますの。私吃驚いたしまして、あゝ、それは私のでございますといいますと、その人は、之は失礼、風呂敷が同じだったもので間違いました、といって、私に渡しながら、でも大切なものはこんな所に置かない方がようございますね、と申しました",
"うむ",
"黒眼鏡を掛けた方で、黒眼鏡の他には之といって変った所はないのですけれども、私はどうしたものかとても嫌な気持になりまして、頭から水を浴せられたようにゾッといたしました。それ以来、薬包は絶対に手放さないようにして、帰りにも、なるべく寄り道をしないようにいたしておりました",
"うむ"
],
[
"一昨日ですね、二川さんから薬を取りに来た時の事を思い出して下さい。あなたが窓から出しましたか",
"はい、二川さんと呼んで、台の上に置きました",
"その時にですね、窓の側に誰かいませんでしたか"
],
[
"思い出して下さいませんか",
"どなたかおられたかも知れません。然し、どうもよく覚えておりません"
],
[
"あア、調べて見なければ分りませんけれども――一人ありますわ。一昨日初めて来られた方で、今日お出にならない方が",
"何という人ですか",
"えゝと、確か野村儀造と仰有いました"
]
] | 底本:「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」創元推理文庫、東京創元社
1984(昭和59)年12月21日初版
1996(平成8)年8月2日8版
初出:「新青年」
1935(昭和10)年8、9月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:小林繁雄
2005年11月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001432",
"作品名": "黄鳥の嘆き",
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"ソート用読み": "こうちようのなけき",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2005-11-30T00:00:00",
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[
[
"新聞社じゃありません。小説家です。長谷川です",
"長谷川さん?"
],
[
"なに、べつにたいした用じゃありませんよ。わたしたちはいつでも材料を探しまわつているので、この間のことで何か参考になるようなお話が伺いたいと思って出てきたんですよ",
"でもわたし、なんにもお話しすることはございませんもの"
],
[
"なんでもいいんですよ。あなたがたがつまらないとお思いのことでも、案外面白く役に立つことがあるんです。お差し支えなかったらお話しくださいな",
"差し支えはありませんけど――",
"じゃお話しくださいな。ぜひ",
"どんなことですの?",
"どんなことでもいいのです",
"それじゃお話しできませんわ。どういうことっておっしゃってください",
"困りますね",
"わたしだって困ります"
],
[
"じゃ、訊きましょう。社長さんがあんな死に方をしてずいぶん気味が悪いでしょう",
"ええ",
"夜、よく寝られますか"
],
[
"寝られ――ませんわ",
"そうですか。じゃ、夢を見るでしょう",
"ええ、見ます",
"どんな夢を見ますか",
"どんな夢?"
],
[
"いつの夢ですか",
"いつのでもいいのです",
"それを訊いてなんになさるの",
"夢の話はね、創作のいい刺激になるのですよ",
"…………"
],
[
"どうだい、獲物はあったかい",
"うん、小説家としての獲物はあったね",
"小説家としての獲物って、なんだい",
"小説家はね、実際なんかどうでもいいのさ、空想を働かすのさ",
"空想か、そいつは困るな"
],
[
"空想はいけないかい。じゃ、きみのほうは?",
"ぼくのほうは活動を続けているさ。もっとも、新聞社のほうは警察みたいに人を喚問したり、訊問したりすることはできないから、でき得るかぎり事実を探聞するだけだ。二、三、新事実を発見したよ",
"教えてもらえないかね",
"そう下手に出られると教えざるを得んね。第一は新嫌疑者の追跡さ。舟木――",
"え?",
"舟木新次郎といってね、西村商会の工員なんだが、死んだ社長の愛人の弟でね、なんでも公私ともに西村を恨んでいるらしいのだ。あの当日、四時過ぎに棍棒を持って商会へ押しかけた形跡がある",
"まだ捕まらないんだね",
"うん、まだ捕まらない。職長の桝本の証言から逮捕に向かったが、もうずらかったあとなんだ。姉のところに立ち寄るに違いないというので、刑事が張り込んでいる。うちの社でも張り込ましてある",
"新聞なんて無駄なところへ金を使うものだな",
"無駄なことがあるものか。公衆の好奇心を満足させる点において、きみらが遊蕩に金を使うよりよっぽど有意義だ",
"怒ったね。まあいいや、それからまだあるのかい",
"あるさ、次は瀬川艶子のことさ",
"えっ、艶子のこと",
"艶子というといやに熱心だね。そうさ、彼女の身元を調べ上げたのだ",
"ふん",
"おや、冷淡に構えたな",
"早く話せよ",
"艶子の親というのは府下の旧家でね、大地主だったのだ。ところが、山っ気のあった男とみえて、いろいろのことに手を出してすっかり費ってしまったんだが、西村陽吉、死んだ社長だね、あの西村の仲介で土地を抵当に入れて銀行から金を借りたのだね。すると、西村がうまい具合にその土地を横領してしまったのだ",
"ふーん",
"もっともこれは瀬川側の言い分で実際のことは分からないが、とにかく瀬川は西村を相手に横領の告訴をして、数年間争ったのだ。そのために、何もかもなくして死んでしまったという事実がある。十年以上前のことだが",
"ふん、それで西村は艶子をその瀬川の娘だと知ってたかしら",
"それは分からんね",
"ふん、なるほどこれは大発見だよ",
"大発見だろう",
"大発見だ",
"そう感心ばかりしていないで、きみの空想を聞かしてくれ",
"ぼくの空想か。――実はね、冬木刑事のとりなしで、警察で野田に会ったのだよ",
"なあんだ。じゃ、やっぱりただの探訪じゃないか",
"そこまではそうさ。ところが野田に会うと、彼は青い顔をして曰くだね、北川さんはどうしています、死にゃしませんか、とこう言うのだ",
"ふーん",
"ぼくは驚いて北川はぴんぴんしている、どうしてそんなことを訊くのだと言うと、北川さんの死んだ夢を見たと言うのだ。で、だんだん訊くと、なんでも夢で彼は死んだ西村商会主と奇麗な箱みたいなものを一生懸命に奪り合っていた。ようやくのことで箱を自分のものにしたが、どうしたはずみだか商会主が倒れた。はっとして見ると、いつの間にかそれが北川だったというのだ",
"なあんだ、ばかばかしい",
"ばかばかしいさ。けれどもね、きみ、いちがいにけなせないよ。ぼくは夢判断をしたのだがね",
"なるほど、いよいよ空想に入るね",
"うん、空想さ。だがね、夢判断だって空想だとばかり言えないよ、科学的根拠があるのだ。きみは精神分析学というのを知ってるか",
"知らないね",
"情けないやつだな。それでよく新聞記者が勤まるね。きみは『新青年』(当時の代表的推理小説雑誌)を読んでるだろう",
"うん、読んでる",
"先月のに長谷川天渓氏(一八七六―一九四〇。評論家・英文学者)のハムレットの精神分析が載ってたろう。読まないのかい",
"ちょっと読んでみたが、面倒だったのでやめた",
"不心得千万だね。ぼくの親父は当年とって七十四歳だが、あれを読んでひどく感心してたぜ。きみはまだやっと三十になったばかりの青年じゃないか。しかも、社会の木鐸をもって任じる――",
"よせ、よせ、ぼくはもう行くよ",
"待て、待て、本論に入るから。ところで夢判断だが――どうも精神分析を知らないと話しにくいのだが、十分ばかり聞いてくれないか。夢判断からすこぶる重大なことを発見したのだから",
"聞くよ、なるべく簡単にやってくれ",
"よし。じゃ、始めるよ。第一は夢に関する仮説だ。いいかね、いかなる夢でも有意識または無意識の本人の精神活動だというのだ。たとえばだね、ここに非常に親孝行な男がいる。その男が親を殺した夢を見たとする。そうすると、本人はむろん否定するだろうが、その人間のどこかに親の消失を願う意識が潜在しているのだとこういうのだ。もっとも、これは人間が人間を憎むという端的な本能かもしれんが",
"うん、分かった",
"次の仮説は、いかなる夢でも本人の欲望を現すというのだ",
"うん、分かった",
"いやに早く片づけるね。次は仮説じゃない。夢は現実そのままには現れない。現実の状態にいろいろの歪みを受ける。その主なるものは圧縮・抑制・象徴などだね",
"面倒臭くなってきたな",
"もう少しだ。圧縮というのは一人で数人を代表させるような場合、野田の夢では西村がいつか北川になっている",
"ふん",
"抑制というのはだね、われわれは夢の中では現実よりも思い切ったことをする。しかし、それにも常にある抑制が働いている。たとえばだね、われわれは往来で美人を見たとする、抱きつきたいと思ってもまさかやらないね。ところが、夢では往々抱きつくくらいのことはする。だが、さすがにそれ以上のことは夢の中でもめったにやらない",
"たまにはやるがね",
"だまって聞いてろ。つまり、これは夢の中でもある抑制が働いている証拠なんだ。ときには、自分のやりたくないことは夢の中で他人にやらせる",
"なるほど",
"きみは非常に幸福なんだぞ、フロイトの講義にはこんな分かり易い卑近な例は挙げてないぞ",
"なんだ、フロイトの請け売りか",
"そうとも。二、三日前に読んだばかりさ",
"おやおや、心細いな",
"大丈夫だよ。それから象徴というのは、夢の中では現実のものがいろいろほかのもので象徴される。たとえば、女は景色とか舟とか箱とかいうもので象徴される",
"男は?",
"男か。男は野獣とか刃物とかいうものだね",
"もっと卑近な例はないかね",
"ふふん、だいぶ興味を持ってきたな。こいつの卑近な例はちょっと困るから後回しにして、そろそろ本題に入ろう。野田の夢はだね、第一に商会主と争った箱というのは女の象徴なんだ。つまり、野田は西村と女を争ったわけなんだ",
"なんだ、そんなことか。それなら夢判断なんかしなくたって、他の事務員がみんな証明してらあ、艶子さ",
"第二に野田は北川の消失を願っている。理由は分からないが",
"ふん",
"それから、野田は商会主を直接に殺してはいないかもしれないが、彼の死については何か知ってるよ",
"どうして?",
"それみろ、驚いたろう。夢判断だってばかになるまい",
"いいから早く言え",
"つまり、こうなんだ。もし野田が商会主を殺したのなら、夢に何か殺した連想が現れるはずさ。あるいは抑制が働いたかもしれんが、それにしても自分の代わりにだれかほかの者に殺さすくらいの夢は見てもいいわけだ。それがないところをみると、どうも直接手を下さなかったと言える。商会主の倒れた前後がすこぶるぼんやりしているのは、これは明らかに抑制が働いたので、彼は商会主の倒れた前後のことは考えたくなかったので夢に現れない。考えたくないということは知っていたということになる。もし知らなかったら大いに考え、大いに想像をめぐらすわけさ",
"ふーん",
"商会主が倒れて急に北川になったのは抑制が働いたのと、一つはこれが北川であってくれればいいという希望が働いたのだ。野田はたしかに北川を恐れているよ",
"なるほど、面白いな。しかし、野田がもし夢を脚色して、ありのままを言っていないとしたらどうだい",
"根本的に破壊されるね",
"なあんだ、つまらない。ちょっ、とうとうぼくを担いだね",
"怒るな怒るな、話はまだあるのだ。実は、野田のほうは北川に何か弱点を握られているらしいことが推量されただけでたいしたことはないのだが、夢のことからヒントを得て、今朝、瀬川艶子を訪ねたのだ",
"えっ、艶子を?",
"みろ、急に元気が出たろう。そうさ、かのシェーネス・フロイライン、美少女を訪ねたのさ",
"会うまい",
"会ったさ",
"そうかい、社のほうからずいぶん押しかけたが会わなかったがね",
"新聞記者と小説家とは違うよ。新聞記者にはよくよく懲りたとみえて、新聞の方ならお断りしますと睨んだぜ。あの娘はあれでなかなか激しい気性のところがある",
"で、どんな話をした",
"優美な話ばかりさ",
"早く話せよ",
"実はね、ヒントというのは夢さ。艶子の夢を訊いて判断しようと思ったのさ",
"また夢判断か",
"艶子の夢によるとね",
"よしてくれ、つまらない",
"いやか。じゃ、よそう。艶子の夢はなかなか面白くて分析すると素敵なんだけれども",
"きみはいったい、いままでなんの話をしようとしてぼくを引き止めたんだい",
"まあ、そう怒るな。まだまだ重要なことがあるんだ。順序として夢からでないと入りにくいのだ",
"夢なんかどうでもいいから飛ばしてくれ",
"じゃ、飛ばそう。ぼくは夢から推論してね、艶子の急所を衝いたのさ。そして、突きつめていくうちに驚くべきことを訊き出したのだ",
"本当かい",
"本当だとも",
"どんなことだい",
"艶子はね、社長室から逃げてくると、野田が話があるから帰りに四階の空き部屋へ来てくれと言うので、四時きっかりに部屋を出てその空き部屋に入ったのさ。すると、思いがけなく社長がいてね、彼女を見ると挑みかかったのだ。彼女は真っ青になって逃げたが、絶体絶命、ちょうど机の上にあった――なんというのかね、鉄のそら、暖炉のねじを回すもの",
"スパナーか",
"違う、そんな名じゃない。なんでも国の名みたいなものだ、フランス――でもなし",
"じゃ、イギリスだろう",
"それだそれだ",
"困ったやつだな、あれはイギリススパナーというので、やっぱりスパナーのうちなんだよ",
"よく知ってるね",
"当たり前さ。工場なんかに行くからね、小説家のくせに迂闊だな",
"まいった。そのイギリスが机の上にあった。それを振り上げて打ってかかったのだ",
"ふん",
"なにしろ夢中だったからどうなったか分からないが、とにかく西村が床に倒れて自分は野田に支えられていたそうだ",
"ふん",
"野田が真っ青な顔で早く逃げろ逃げろと言うから、そのまま逃げたのだそうだ",
"どうして警察で調べなかったろう",
"つまり疑ってなかったのだね。四階の出来事が極めて短時間だったから、艶子は平生どおり家に帰っていたしね、社長室の出来事を素直に話したので、それっきりで放免したのだね",
"いままでの話は本当だね、空想じゃないね",
"本当とも、本人の直話だ",
"えらいっ!"
],
[
"えらい。とうとうきみにやられた。きみは真犯人を発見したね",
"待て、待て、慌てるな。どうも新聞記者なんてものは気の早いものだな",
"なぜだい。明々白々じゃないか",
"なかなかもってそうはいかないよ。まあかけたまえ。だいいち、野田は拘引されているのだから慌てることはないし、下手につっついてわがシェーネス・フロイラインに累を及ぼしてはならない",
"しかし――",
"しかし、じゃないよ。いいかね、まずだいいちに時間だよ。西村は四時二十分から三十分の間に息が絶えたということになっている。これは確かなことなんだ。艶子が西村に打撃を与えたのは遅くとも四時五分ごろだ。それにだいいちあの少女の一撃で大きな男が斃れるとは思えない。あるいは野田が後ろから一撃を加えたかもしれないが、それにしても時間が合わないし、短時間に死体を運び出すということも、野田一人の仕業としては受け取り難いところがある",
"なるほど"
],
[
"それに二千円の行方が問題だ。それから第三の男、例の将校マントの男だがね、あるいはその男がきみの言う――",
"舟木かい",
"うん。その舟木かもしれないが、とにかく事件に無関係の男ではないね。これも探究する必要がある"
]
] | 底本:「五階の窓」春陽文庫、春陽堂書店
1993(平成5)年10月25日初版発行
初出:「新青年」博文館
1926(大正15)年8月号
※この作品は、「新青年」1926(大正15)年5月号から10月号の六回にわたり六人の作者によりリレー連作として発表された第四回です。
入力:雪森
校正:富田晶子
2019年4月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "058751",
"作品名": "五階の窓",
"作品名読み": "ごかいのまど",
"ソート用読み": "こかいのまと",
"副題": "04 合作の四",
"副題読み": "04 がっさくのし",
"原題": "",
"初出": "「新青年」博文館、1926(大正15)年8月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2019-05-19T00:00:00",
"最終更新日": "2019-04-26T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000260/card58751.html",
"人物ID": "000260",
"姓": "甲賀",
"名": "三郎",
"姓読み": "こうが",
"名読み": "さぶろう",
"姓読みソート用": "こうか",
"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "五階の窓",
"底本出版社名1": "春陽文庫、春陽堂書店",
"底本初版発行年1": "1993(平成5)年10月25日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年10月25日初版",
"校正に使用した版1": "1993(平成5)年10月25日初版",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "雪森",
"校正者": "富田晶子",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"夜警の時に、時々庭の中へ入りますでな、木戸は開けてある様にしてあるのです",
"火を見付ける前に見廻りをしたのは何時頃ですか?"
],
[
"そうですね。見廻りがすんで、小屋に帰った時が五分前ですから、この家の前であなたに別れたのは十分前位でしょう",
"この家の前で別れたと云うのはどう云う訳です?",
"いや一緒に見廻りましてな、この前で私は一寸宅へ寄りましたので、松本さんだけが、小屋に帰られたのです",
"矢張庭をぬけましたか?",
"そうです",
"その時は異状なかったのですね?",
"ありませんでした",
"何の用で帰ったのですか?",
"大した用ではありません"
],
[
"昨日二人は、別に変った様子はありませんでしたか?",
"別に変った様子はありませんでした",
"近頃坂田の所へ客があったような事はなかったですか?",
"ありません",
"あなたは何か人から恨みを受けている様な事はありませんか?"
],
[
"青木さん、あなたはそういう事を云われましたか?",
"えゝ、それは一時の激昂で云った事はあります",
"あなたが火事を発見なすったのは何時でしたかね",
"それはさっき申上げた通り、二時十分過位です",
"火の廻り具合では、どうしても発火後二三十分経過したものらしい。所があなたはその前に二時十分前に、この家の庭を通って居られる、そうでしたね"
],
[
"はい、家屋が一万五千円、動産が七千円、合計二万二千円契約があります",
"家財はそのまゝ置いてありましたか",
"貨車の便がありませんから、ほんの身の廻りのものだけを郷里に持ち帰り、あとは皆置いてありました",
"殺人について、何も心当りはありませんか?",
"さあ、何も覚えがありません"
],
[
"いや、私は多分加害者ではないと思うのです。何故なら殺人と放火の間には可成りの時間の距離がありますし、それにこの薬品の調合は恐らく余程以前、多分夕刻位になされたものと思われます",
"と云うと?",
"つまり小児が死んだのは、母親が多分牛乳か何かに、砂糖を入れた。所がその砂糖の中には既に塩酸加里が入って居たのでしょう。その為めに小児は中毒したのです"
],
[
"これで私は本事件がやゝ解決できたと思います。小児が中毒で苦しみ出してとうとう死んだとします。それを見た父親は先に震災で三児と家を失い、今又最後の一児を失ったので、多分逆上したのでしょう。突如発狂して母親を背後から刺し殺し、畳襖の嫌いなく切り廻って暴れた。処へ丁度問題の岩見が何の為にか忍び込んでいたので之に斬りつけたのでしょう。そこで格闘となり、遂に岩見のため刺し殺されたのではないかと思います。放火が岩見でない事は、彼には恐らく薬品上の知識はないでしょうし、又その際、別にそんな廻りくどい方法をとらなくてもよいでしょう",
"すると放火の犯人は?",
"恐らくこの家の焼ける事を欲する者でしょう。可成り保険もあったそうですから"
],
[
"家に居て放火するなら、塩剥にも及びますまい",
"未だそんな事をぬかすか。検事さんの前でも只は置かぬぞ"
],
[
"いや、松本さん、あなたは恐るべき方じゃ、あなたのような方が我が警察界に入って下されば実に幸いですがなあ。……それでどうでしょう、岩見が忍び込んだ理由、毒薬の入った菓子折を持って来た理由はどうでしょう",
"その点は実は私も判り兼ねています"
],
[
"あれですか、えーと、たしか今年の五月頃から始まって、地震の一寸前位に出来上ったのですよ",
"それ迄は更地だったんですか?",
"えゝ、随分久しく空地でした。尤も崖はちゃんと石垣で築いて、石の階段などはちゃんと出来ていましたが",
"あゝそうですか",
"何か事件に関係があるのですか",
"いや。なに、一寸参考にしたい事がありましてね"
]
] | 底本:「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」創元推理文庫、東京創元社
1984(昭和59)年12月21日初版
1996(平成8)年8月2日8版
初出:「新青年」
1924(大正13)年6月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「軍備縮小」と「軍備縮少」の混在は、底本通りです。
入力:網迫、土屋隆
校正:小林繁雄
2005年10月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001429",
"作品名": "琥珀のパイプ",
"作品名読み": "こはくのパイプ",
"ソート用読み": "こはくのはいふ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新青年」1924(大正13)年6月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2005-11-20T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"姓": "甲賀",
"名": "三郎",
"姓読み": "こうが",
"名読み": "さぶろう",
"姓読みソート用": "こうか",
"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集",
"底本出版社名1": "創元推理文庫、東京創元社",
"底本初版発行年1": "1984(昭和59)年12月21日",
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} |
[
[
"如月に会いに来たのか",
"如月に用があるんだな"
],
[
"如月さん、あなたは宮部京子を殺した男を知っているでしょう",
"ああ、あたし――"
],
[
"なくなった浦部俊子の妹さんさ。君はそれを知らなかったのかい",
"知らなかった。俊子さんの妹?"
],
[
"まあ、そんなに昂奮しないで",
"もう少し落着いて"
],
[
"私は――私は――とても恐ろしくて耐りません。殺されます、きっと殺されます。私生命は惜しいとは思いませんが、お父さんや姉さんの仇を討たないで、犬死するのはいやです。あの男は、いつどんな時でも、私のする事を見守っているのです。あなた方にこんな話をした事が知れたら、私は立所に殺されて終います",
"誰ですか。その恐ろしい男と云うのは",
"山川です、牧太郎です――ああ、私こんな事を云って終っていいのかしら。ああ、恐ろしい。アレッ、そ、そこに誰だか、い、いますよッ"
],
[
"僕達二人の他は誰もいやしませんよ。真弓さん、気を確かに持って下さい。僕達二人こうしているんですから、誰が来たって、指一本触れさせはしませんよ。第一山川は刑務所に入れられているじゃありませんか",
"いいえ、違います。あの恐ろしい男は、いつどんな所からでも出て来ます",
"ハハハハ、ひどく恐れるんですね。まさか、刑務所から出て来るような事はありませんよ。それよりも、真弓さん、あなたは宮部京子を殺した真犯人を知っている筈です。教えて下さい",
"――",
"ね、いつまでも隠せるものじゃなし、又、隠さない方が、あなたの為でもありますよ",
"私は恐ろしい――",
"なに、あなたの身体は私達がどんな事があっても衛ります。あなたは誰かに威かされているんでしょう。威かされて、手伝いをしたんでしょう"
],
[
"それなら、あなたは全然無罪です。誰ですか。あなたを威かした男は",
"恐ろしい人間です",
"山川ですね",
"ええ",
"山川はどう云ってあなたを威すのですか",
"京子さんと山――"
],
[
"京子さんと恐ろしい男と私と三人で、お酒を呑んでいたんです。そうしたら京子さんが急に顔色が紙のように白くなって、気持が悪いと云ったかと思うと、パッタリと斃れてしまったのです",
"ふむ。それから",
"私、びっくりして、キャッと声を揚げたんです。そうしたら、恐ろしい男は怖い顔をして私を睨んで、騒ぐと為にならないぞ。もし密告でもしたら、お前も同罪になるぞと云うんです",
"ふむ。それで",
"私は云いなりになるより他はなかったのです。恐ろしい男は私に手伝わして、死体を自動車に乗せて、自分で運転して鎌倉に運びました"
],
[
"じゃ、我々を博覧会場に誘き出して、更に鎌倉に行かせたのも、みんなその恐ろしい男の策略ですね",
"ええ",
"あなたもその手伝いをしたんですね。そんな事だろうと思った。ちょッ、星田の奴、自分で狂言を書いて、誠しやかに僕達に話しやがった。自作自演と云うやつだ。畜生!"
],
[
"そうだ。真弓さん、あの男は何者ですか。そうして、あの時に二軒ばかり店屋に寄ったのは何の為でしたか",
"あの時には何の為だか分りませんでした。私は只恐ろしい男の命令で、云うままの事をしたのに過ぎません。でも、後で考えて見ますと、銃砲店や、医療機械店で受取ったものは、みんな殺人の証拠品に違いありません",
"え、殺人の証拠品!",
"ええ、私はアノ恐ろしい男のやり方はよく知っています。アノ男は自分の身体につけたり、家に置いとくと危険だと思うものは、方々の店でちょっとした買物をして、その時に、直ぐ貰いに来るからと言って、紙包にして、預けて置くのです。そうして、適当な時機に、自分でなければ、誰かを使いにやって、取り寄せるのです。あの時私の取りにやらされた包みもそれに違いありません",
"中味は何でしたか",
"私の想像ですけれども、銃砲店に預けてあった小さい包みは、京子さんを殺すのに使った毒薬の瓶だと思います",
"ふむ、医療機械店の方は",
"あれは靴ですわ。之は想像でなく、手触りででも分りました。間違いありません",
"靴? 靴ですって",
"ええ、星田さんの履いてらっしゃるのと、同じ型の靴です。恐ろしい男はその靴を履いて、京子さんの死体を鎌倉の二階家に運んだのです。ですから、星田さんと同じ靴跡がついていた――"
],
[
"恐ろしい男が星田さんに罪を着せようと思って、星田さんの履いてらっしゃる靴と同じ靴を履いたんです。そうして、その靴を自宅に置くのは危険ですし、咄嗟に旨く処分も出来ないので、あの店へ預けて置いたんですわ",
"分らんなあ。あなたの云ってる星田と云うのは、山川牧太郎の事でしょう",
"いいえ、違います",
"違う。そんな筈はありませんよ。星田は実は偽名しているので、本当は山川牧太郎、現に殺人の嫌疑で刑務所に――",
"違います。違います",
"そんな筈はない。じゃ、一体誰の事です",
"星田さんは星田さんです。探偵小説家で、あなた方のお友達です",
"じゃ、山川牧太郎は",
"それは恐ろしい男です",
"あなたは今刑務所にいる星田の他に、山川牧太郎がいると云うんですか",
"ええ"
],
[
"じゃ、真弓さん。星田の他に、山川牧太郎と云う男がいて、それがあなたの云う恐ろしい男で、宮部京子を毒殺して、死体を鎌倉に運び、その時に星田に罪を被せる為に、星田の履いているのと同じ靴を履いたと云うんですね",
"ええ",
"それは確かですか",
"ええ"
],
[
"そうだ。真弓さん、あなたは思い違いをしている。指紋が――",
"いいえ、思い違いなんかしておりません。星田さんは断じて山川牧太郎ではありません"
],
[
"真弓さん。じゃ、指紋が一致するのは",
"あなた方はしきりに指紋が一致すると仰有いますが、同じ人間の指紋が一致するのに不思議はありません",
"え、なんですって",
"鎌倉のあの空家では、最近に京子さんと星田さんとが度々会いました。京子さんが呼んだから、星田さんが行ったのですけれども。ですから、扉の引手に星田さんの指紋がついているのは当然ですわ",
"うむ",
"眼鏡の玉は星田さんのを盗んだのですから、星田さんの指紋がついているのに、何の不思議はありませんわ",
"うむ。だが、星田の指紋と山川牧太郎の指紋とが、完全に一致するのは",
"それは同じ人間の指紋だからですわ",
"ああ"
],
[
"星田さんと山川とは別人です",
"?――",
"あなた方が誤解していらっしゃるのです。あなた方が山川牧太郎の指紋だと云ってらっしゃるのは、星田さんの指紋です",
"え、え",
"浦部の家に残してあった山川牧太郎の指紋は、実は星田さんの指紋です。本当の山川牧太郎は指紋を残すような生優しい人間ではありません",
"然し――",
"お聞きなさい。星田さんは浦部の家に出入するのに、山川牧太郎と云う名を使っていたのです",
"?――",
"星田さんが山川牧太郎と云う名を使ったのは、本当の山川牧太郎の勧めによったのです。当時星田さんは姉の俊子と恋仲でした。然し、金より他に貴いものを知らない父は、貧乏な星田さんを好みません。そこで胸に一物ある山川牧太郎は、星田さんに彼の名を使う事を許したのです。と云うのは、山川は姉に恋していました。イヤ、父の財産に恋していたのかも知れません。すると、ここに山川牧太郎の悪企みを助ける者が現われました。それは宮部京子さんです。京子さんは星田さんに恋をしていました。姉に恋した牧太郎と、星田さんに恋した京子さんとが、星田さんと、姉の仲を裂こうとする企みに、直ぐ同盟したのは当然の事です",
"彼等は間もなく成功しました。星田さんはすっかり京子さんに籠絡されました。星田さんは姉を棄てて京子さんと手を取って駈け落ちをしました。星田さんは牧太郎と京子さんの企みに落ちて、浦部家にどんな事が起ったかも知らないで、京子さんと異郷の空で、爛れた生活を送っていました。その間に、牧太郎は父の金をすっかり拐帯しました。その為に姉は自殺し父は狂い死をした事は、みなさんの御承知の事です"
],
[
"星田が山川牧太郎と云う名で、あなたの家に出入していたんですって",
"ええ、無論父のいない時ですけれども。召使達は星田さんを山川牧太郎だと思っていました",
"そうすると、つまり、山川牧太郎の指紋として、警視庁や検事局に残っているのは実は星田の指紋なんですね",
"そうなんです。ですから一致するのは当然ですわ",
"で、実際に金を持って逃げたのは、真の山川牧太郎だったんですね",
"そうです。ですから山川牧太郎と、それから宮部京子も、私の為には父の仇、姉の仇です。京子さんはその後星田さんの所を逃げて、牧太郎と共同生活をしていました。やはり似た者夫婦とか云って、京子さんには、星田さんのような方より、牧太郎のような男がいいのでしょう。私は父や姉の復讐をする考えで、三映キネマに這入って、京子さんに近づいたのです。が、牧太郎は早くもその事に気づきました。そうして、結局京子さんや星田さんを生かして置いては身の破滅と思ったのでしょう。京子さんを殺して、巧みに罪を星田さんに塗りつけたのです。私を威かして、いろいろ手伝わせましたが、どうせ生かしては置かないでしょう。私には父と姉の仇を打つなどと云う力のない事をつくづく悟りました",
"然し、あなたは立派に復讐を遂げましたよ"
]
] | 底本:「「探偵クラブ」傑作選 幻の探偵雑誌8」光文社文庫、光文社
2001(平成13)年12月20日初版1刷発行
初出:「探偵クラブ」
1933(昭和8)年4月号
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年4月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "047761",
"作品名": "殺人迷路",
"作品名読み": "さつじんめいろ",
"ソート用読み": "さつしんめいろ",
"副題": "10 (連作探偵小説第十回)",
"副題読み": "10 (れんさくたんていしょうせつだいじっかい)",
"原題": "",
"初出": "「探偵クラブ」1933(昭和8)年4月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-05-13T00:00:00",
"最終更新日": "2017-05-07T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000260/card47761.html",
"人物ID": "000260",
"姓": "甲賀",
"名": "三郎",
"姓読み": "こうが",
"名読み": "さぶろう",
"姓読みソート用": "こうか",
"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "「探偵クラブ」傑作選 幻の探偵雑誌8",
"底本出版社名1": "光文社文庫、光文社",
"底本初版発行年1": "2001(平成13)年12月20日",
"入力に使用した版1": "2001(平成13)年12月20日初版1刷",
"校正に使用した版1": "2001(平成13)年12月20日初版1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "noriko saito",
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"テキストファイル最終更新日": "2008-04-08T00:00:00",
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"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2008-04-08T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"やあ、君か。久し振りだね。まあ掛け給え",
"昼間は暑くてとても出られないからね。上野の森は然し悪くはないね"
],
[
"塔の重量はどの位ですか",
"三貫五百目です。大理石の台がありますから",
"成程不思議な事件だ。宜しい御引受けしましょう。先ず現場と守衛から調べねばなりませんね"
],
[
"外国と云えば田村さんじゃないかね。併しあの人は先生の留守は知っている筈だがね",
"脊の高い一寸外国人のような方ですが",
"じゃ田村さんだ。どうしてそんな事を云ったろう"
]
] | 底本:「「新趣味」傑作選 幻の探偵雑誌7」光文社文庫、光文社
2001(平成13)年11月20日初版1刷発行
初出:「新趣味」
1923(大正12)年8月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:noriko saito
2008年4月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "047593",
"作品名": "真珠塔の秘密",
"作品名読み": "しんじゅとうのひみつ",
"ソート用読み": "しんしゆとうのひみつ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新趣味」1923(大正12)年8月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-05-20T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000260/card47593.html",
"人物ID": "000260",
"姓": "甲賀",
"名": "三郎",
"姓読み": "こうが",
"名読み": "さぶろう",
"姓読みソート用": "こうか",
"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "「新趣味」傑作選 幻の探偵雑誌7",
"底本出版社名1": "光文社文庫、光文社",
"底本初版発行年1": "2001(平成13)年11月20日",
"入力に使用した版1": "2001(平成13)年11月20日",
"校正に使用した版1": "2001(平成13)年11月20日",
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"入力者": "川山隆",
"校正者": "noriko saito",
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} |
[
[
"これ、どこの犬?",
"藤山さんとこんだ"
],
[
"お寺んだ",
"お寺? どこにあるの",
"この先の大きな銀杏のあるお寺だあ"
],
[
"何をしているのか",
"僕この上から五十銭銀貨を落したので、潜り込んで探しているんです。中々見つからないのです"
],
[
"有難う。その他にありませんか",
"その他には、この近所にはないね",
"この頃盗電はありませんか",
"あるよ。盗電があって困っているんだ"
],
[
"どこで盗んでいるんだか分らないんですか",
"分らないので困っているんだよ。君はどうしてそんな事を訊くんだい",
"別にどうという事はないんです。どうも有難う。さようなら"
],
[
"そうなんだよ。けれども、実は僕はあの時には未だ何にも分らなかった。所が、お寺の和尚さんが僕をひどく叱りつけて、銀貨を探していると云ったら、銀貨をやるから縁の下には潜るなと云ったろう。あの時に僕はふと怪しいと思い出したんだ。和尚さんの様子が只事じゃなかったからね。二匹の犬はどこで印刷に使う赤紫のインキを踏んだのか知らないけれども、仮りにお堂の下で踏んだものとしたら、そして和尚さんがお堂の下を見られるのを嫌がっているとしたら、大いに怪しくなって来るじゃないか",
"それから君は電灯会社の詰所へ行ったね",
"ああ、僕はね、もしどこかで紙幣を印刷していたら、きっと機械を動かすのに電気を使うだろうし、その電気は黙って盗むに違いないと思ったから工夫の詰所へ行って聞いて見たのさ。そうしたら僕の思い通りだったんだ",
"それから鍛冶屋へ行ったのは",
"もし、僕が怪しいと思った和尚さんが、贋紙幣を拵えていたら、機械を使うのだから、何か鍛冶屋に注文してはいないかと思ったから訊いて見たんだ。そうしたら、お寺に要りそうもないネジ廻しを注文していたと云う事が分った。これでいよいよお寺が怪しくなったので、もう一度お寺に帰って縁の下に潜りこんだのさ。そうして、ずっと奥の方に入って見ると、暗くてよく分らないけれども、大きな穴が掘ってあって、その中に機械らしいものが見えた。その時に君の来たッ! と云う声が聞えたので、急いで飛出したんだが、その時に傍に転げていた瓶を拾って来た。外へ出て見たら、それは劇薬の塩酸の空瓶だった。塩酸は印刷に使う銅の板を磨いたり、腐蝕させて、いろいろの文字や模様を彫り込むのに使うのさ。駐在所まで追かけて来た坊さんは僕にすっかり見破られたと思ったので、あわてて逃げ出したんだよ"
]
] | 底本:「少年小説大系 第7巻 少年探偵小説集」三一書房
1986(昭和61)年6月30日第1版第1刷発行
初出:「少年倶楽部」
1930(昭和5)年8月
入力:阿部良子
校正:大野 晋
2004年11月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "004067",
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[
[
"之がもう少し大事件だと張合があるが、窃盗位じゃ詰まらないねえ",
"うん"
],
[
"そうでもないよ、君。たゞの窃盗とは違うさ。牧師の身でありながら聖書を盗むのだからね。而も君の話だと白昼堂々と盗み出すと云うじゃないか",
"そりゃそうなんだがね"
],
[
"先生は御在宅でございましょうか",
"はい"
],
[
"玄関でそう申しては召使いの人に対して御迷惑と存じましたので態と申上げなかったのですが",
"はあ、警察の方が何の用事があるのですか"
],
[
"然し署長は何分多忙な身体ですから、お出でが願えると好都合なのですが",
"もし嫌だと申したらどうするのですか",
"それは大変困るのです。是非どうか――",
"一体どう云う用事なのですか",
"それは私に分りませんのです",
"ふうん"
],
[
"一緒に近所まで来て別れたのですが、何か用事が出来たのかしら",
"別に用はありませんがと仰有ってゞした"
],
[
"そうですか、それじゃ未だ少し手間取れるから、先へ行って呉れと云って呉れませんか",
"はい、承知いたしました"
],
[
"宜しい。何の用かは知らぬが、兎に角一緒に行きましょう",
"どうも有難うございます"
],
[
"直ぐ願えましょうか",
"えゝ、直ぐ行きましょう"
],
[
"御主人はどこへ行きましたか!",
"只今表の方へ出ました"
],
[
"君、どうしたっ!",
"に、逃がしたっ! 君はそっちへ廻って呉れ給え"
],
[
"何、三晩やそこいらの徹夜位はなんでもないさ。僕は苦労を云うのじゃない。三晩も寝ないで他人の家を恰で犬のように覗っていると云う事が果して意義のある事だろうか。探偵なんて商売はつく〴〵嫌になって終う",
"馬鹿な事を云っちゃいけないぜ"
],
[
"僕達は何も私利私慾の為にやっているのではないぜ。公益の為にやっているのだ。僕達は社会の安寧を保つ為に貴い犠牲を払っているのだぜ",
"貴い犠牲か? だが世間の奴等はそうは云わないからな。恰で僕達が愉快で人の裏面を発くように思っているからな",
"馬鹿な、僕達のような仕事をするものがなかったらどうするのだ、そんな事を云う奴には云わして置くより仕方がないさ"
],
[
"尾島書記と云うのに会ったかい",
"会ったさ、然し貰ったと云うのは嘘だよ。会社の方で公の問題にしたくないと云う考えがあるので、それにつけ込んでこんな事を云っているのだ"
],
[
"そんな問題は後廻しだ。一刻も早くきゃつを捕えなければならん",
"無論だとも"
],
[
"とう〳〵やって来たな、だがあいつは支倉じゃないね?",
"違う"
],
[
"然し、関係のある奴に相違ない",
"兎に角出て来る所を押えよう。此間のような目に遭うといけないから、僕は庭の方を警戒しているよ",
"そうだ。今度逃がすと大変だ"
],
[
"君の住所と名前を云って呉れ給え",
"白金三光町二十六番地、浅田順一です",
"職業は?",
"写真師です",
"何、写真師?"
],
[
"そうです。ついこの先の写真館です",
"ふむ、で、何の用でこの夜更にこゝへ来たのかね"
],
[
"奥さんの写真の焼増が出来上ったので持って来たのです",
"その風呂敷包はなんだね",
"之ですか之は見本帳です"
],
[
"それにしてもこんな夜更けに来たのはどう云う訳だ。第一ここの主人は留守ではないか",
"御主人のことは知りませんが、今朝奥さんが急に焼増をたのまれまして、どんなに遅くても今日中に届けて呉れと云われましたので、以前から御贔屓になっていますから止むを得ずお引受したのです"
],
[
"奥さん、此間のあなたの焼増はどれですか",
"それはあの"
],
[
"こんな奴の事だから事によったら本当に俺の宅に来るかも知れない。無論俺の留守を覗って来るのだ",
"まあ嫌だ"
],
[
"もし来たら、何食わぬ顔をして丁寧にもてなして上へ上げて、お前はお茶菓子でも買いに行くような風をして交番へ行くんだ。交番の方はよく頼んで置くから分ったかい",
"えゝ、もし来たらそうしますわ",
"よしじゃ俺は一寸交番へ行って来る。きゃつ事によったら、こゝの近所をうろついたかも知れない"
],
[
"えゝ",
"怪我をしたようだったかい",
"そうですね、どうもそうらしかったですよ"
],
[
"あゝ、そう〳〵。君の持って来た写真は複写して、今朝各署へ配付したよ",
"そうでしたか"
],
[
"あいつは留守宅と連絡しています",
"何だって?"
],
[
"もう一度写真屋の浅田を召喚しなければならぬ",
"一度喚んだのですか"
],
[
"うん、君が奔走している間に一度喚んだのだがね、旨く云い抜けて中々本当の事を云わない。あいつも相当喰えない奴だよ。思う所があって態と帰宅を許したのだがね。彼奴の行動については渡辺刑事が気をつけている筈だよ",
"支倉の奴が私の宅の近所へ来たんですよ"
],
[
"今朝配付の写真に該当する人物が、先般来度々同署へ出頭したそうだ",
"何、なんですって!"
],
[
"何でも車掌の不注意で電車から転がり落ちて、その為に腕に繃帯をしていましたし、医者の証明書見たいなものも持っていました",
"で、損害賠償でも取ろうと云うのですか"
],
[
"そうなのです。どうしても電気局対手に損害賠償を取るんだと云って、非常な権幕でした。然し私の見た所では大した傷でもないようだし、告訴までして騒ぐ程の事もなかろうと、穏かに示談にしたらいゝだろうと勧めたのです",
"それでどうしました",
"いや実に執拗い男でね、警察は誠意がないとか、弱いものをいじめるとか、喚き立てましてね、閉口しました。然し結局告訴するにはいろ〳〵面倒な手続きがいる事が分ると渋々帰って行きました"
],
[
"どうも相すみませんでした",
"何、失敗は成功の母さ。君がそれだけ経験を得た事になるのさ。ハヽヽヽ"
],
[
"然し何だね。これ位大胆不敵な奴は珍しいね。之が無学な奴なら前後の考えもなく無茶でやったと云う事が出来るかも知れんが、奴は充分学識があるのだからね、全く警察を軽蔑しているのだよ。電車から落ちて腕を少し怪我した位で、お尋ね者の身体で損害賠償を取りに警察へ出て来るとは随分好い度胸だね",
"人を舐めた奴ですよ"
],
[
"きっと前にも悪い事をしているに違いない。少し身許を洗って見たらどうだ",
"私もやって見ようと思っていた所でした"
],
[
"やあ、よく来たね",
"大へん御無沙汰いたしました"
],
[
"何だかお顔色が悪いじゃありませんか",
"うん、君のいつか話した聖書泥棒だね。あいつで今手こずっているんだよ",
"そうですか、未だ誰だか分らないのですか"
],
[
"何、犯人は分っているんだが、捕まらないので弱っているんだ",
"そうですか。一体何と云う奴なんです",
"支倉喜平と云う奴なんだ",
"えっ、支倉?",
"そうだよ。君知ってるのかい",
"知っています。矢張りあれでしたか。どうも評判の好くない人でね。若い者にはすっかり嫌われているのです。所が教会の老人組と来た日には事勿れ主義でね。それに少し嘘涙でも流して見せようものなら、すぐ胡魔化されるのですから――それで何ですか支倉は逃げたんですか",
"僕が逃がしちゃってね、いやはや大弱りなのだ。実に大胆不敵で悪智恵の勝れた奴でね。こゝだけの話だが、実はとても俺の手に合いそうもないのだよ",
"そんな事はありますまいが"
],
[
"本当にそんな悪い奴なのですか",
"悪いにも何にも、大悪党だ",
"そうですか。もしそうだとすると少し話があるのですが",
"支倉についてかね",
"そうです",
"どう云う話なんだね"
],
[
"その娘さんが間もなく家出して、未だに行方不明なのです",
"え、その家出と云うのも支倉の家をかい",
"いゝえ、そうではないらしいのです"
],
[
"その小林と云う先生は今でも学校にいるのかい",
"えゝ、相変らず動植物を受持って、生徒に馬鹿にされているのですよ",
"どこだね、住居は",
"江戸川橋の近所です。確か水道端町だと思いました",
"その娘さんは何病だったか知らないかい",
"それでね、妙な噂があるのですよ"
],
[
"花柳病らしいと云うのです",
"ふーン、十六の娘がね"
],
[
"同級生にひどい奴がありましてね、そいつはある名士の息子なんですが、少し低能で二十いくつかで四年級だったのです。そいつが時間中に小林先生に娘さんの御病気は何ですかと大きな声で聞きましてね、その時、小林先生の今にも泣き出しそうに口を歪めた、何とも名状すべからざる気の毒な顔は今でも覚えています",
"ふーん、いや好い事を知らして呉れた"
],
[
"奥さん、何か面白い話はありませんか",
"えゝ、別にありませんね。私もね、今の話の支倉と云う人から威かされているんですよ",
"えっ、どうして?",
"始中終脅迫状みたいなものが来るんですよ"
],
[
"今にお前の宅へお礼に行くから待って居ろなんて、そりゃ凄い事が書いてあるんです",
"へえー、ひどい奴だなあ"
],
[
"子供心にも恥しいとでも思いましたか、投身でもしたのでしょう",
"そのお知合と云うのはどう云う関係なんですか",
"貞を支倉へ世話をして呉れた人でしてね。貞が治るまでの費用は支倉の方で出すと云う事になっていたので、中に這入って貞を預かって呉れたのでした"
],
[
"立入って聞きますが、その辱しめられた事や病気をうつされた事などは当人からお聞きでしたか",
"後には本人にも云わせましたが、初めに気づきましたのは私の弟なのです。こいつは誠に手のつけられない奴で、酒から身を持ち崩して今は無頼漢同様になって居ります。誠に重々恥しい事ばかりです。こいつが、無論私の所へも毎度無心に参りますが、貞の支倉に居た時分には時々その方へも無心に参ったのです。で、蛇の道は蛇とやら云って、悪い奴ですから悪い事には直ぐ気がつきます。貞を威しすかしてすっかり様子を聞いたのです。それから奴は度々支倉さんの所へ出かけて、無心を吹きかけたようでした"
],
[
"その弟御さんと云うのは東京にお出ですか",
"えゝ、神田に居るのですが"
],
[
"鳥渡内密に聞きたい事があるのだがね",
"そうですかい。じゃ、すみませんが上って下さい。汚いのなんのって、珍しく汚いのですから、そのお積りで"
],
[
"旦那、あんな悪党はありませんぜ。あれが耶蘇の説教師だていから驚きまさあ",
"支倉にいた親類の娘さんが行方不明になったそうだね",
"えゝ、あの野郎め、未だやっと十六になった許りの姪を手籠めにしやがって、挙句の果にどっかへ誘き出して殺して終いやがったんでさあ"
],
[
"それから",
"それから、その詫の印にていんで、二百――ハヽヽッ、旦那兄貴はなんか言ってましたか",
"お前が支倉から二百両強請たと云ったよ",
"じょ、冗談ですよ、旦那、強請たなんて、強請ったにも何もまるっきり貰っちゃいませんです。話だけ二百両で片を附けると云う事になった翌日、姪の奴が行方知れずになったのです",
"ふん、で、金の方はどうした?",
"あっしゃ何でも支倉の奴が邪魔者だと云うので殺ったに違いねいと思って、飛込んで行ったのです。所が野郎落着き払って、逆にあっしに喰ってかゝるのです。貞が見えなくなったと云うのは貴様が隠したに違いない。早く本人を連れて来い。でなきゃ金は一文だって出せないぞ、って息巻くんでさあ、恰で云う事が逆なんでさあ",
"ふん、それからどうしたね"
],
[
"あっしが貞子を隠すなんて途方もねえ事です。所がどうも口となるとあっしゃ不得手でしてね、とう〳〵支倉にやり込められて、僅かばかりの涙金で、スゴ〳〵と引下って来たんです",
"ふむ"
],
[
"じゃ君は貞子の事については心当りがないのだね",
"からっきし、見当も何もつかないんです。だが、あいつも十六だったんですから、自分から死ぬ気なら遺書の一本も書くでしょうし、生きてるなら三年此来便りのない筈はねえでしょう。あっしはどうしても支倉が怪しいと睨んでいるんだ。旦那、あんな悪い野郎は御用にしておくんなさい"
],
[
"はい、少しもございません",
"御心配でしょう。然し私の方でも困っているのですよ。別に大した事ではないのですから、素直に御出頭下さると好いんですが、こう云う態度をお取りになると大変ご損ですよ",
"はい、お上に御手数をかけまして申訳けございません",
"何とか一日も早く出頭されるようにお奨め下さる訳に行きませんでしょうか",
"はい、居ります所さえ分りますれば、仰せまでもございません。早速出頭致させるのでございますが、何分どこに居ります事やら少しも分りませんので、致方ございません"
],
[
"二、三年前とか、こちらの女中をしていた者が行方不明になった事があるそうですね",
"はい"
],
[
"その後行方は分りませんか",
"はい、分りませんようです",
"こちらで病気になったのだそうですね",
"はい"
],
[
"病気は何でしたか",
"はい"
],
[
"叔父とかゞ喧ましい事を云ったそうですね",
"はい"
],
[
"父と申すのは中学校の先生で誠に穏かな人でございますが、兄弟ながら叔父と云う人は随分訳の分らない人でございました",
"その女中と云うのはどんな風でした",
"大人しい子で、器量もよく、それに仲々よく働きまして重宝な子でございました。病気になりまして知合の家に下げられ、そこから病院に通う事になりましても、別に私共を恨んでいる様子もありませんでした。親が裕福でありませんので、外出着にはいつも年の割に地味な黒襦子の帯を締めて、牡丹の模様のメリンスの羽織を着て居りました。行方が知れずなりました日も、やはりその身装で病院へ行くと云って、いつものように元気よく出て行ったのだそうでございますが、その姿が眼に見えるようでございます"
],
[
"古い事だし放火の方は本人に口を開かせるよりほかはないね。女中の方は成程疑わしいには疑わしいが、何にしても死骸が出なくては手がつけられない。ひょっとすると生ているかも知れないからね",
"然しね、根岸君"
],
[
"三度移転して三度ながら火事に遭っているとは可笑しいじゃないか",
"うん、確に可笑しい。三度ともと云うのは偶然過ぎるからね。所がね石子君、困る事はそう云う偶然が絶対にないと云うことが出来ない事だ。何でも一度は疑って見る、之が所謂刑事眼で、又刑事たるものは当然、然あるべきなんだが、之が刑事が世間から爪弾きされる一つの原因になっているんだから困るよ。職業は神聖である。刑事も一つの職業である。刑事たるものは絶えず人を疑わねばならない、だから人を疑うのは刑事としては神聖な訳じゃないか。ハヽヽヽ",
"君の云う通りだ。ハヽヽヽ。然しね君、支倉のような遣方では刑事ならずとも疑わざるを得んじゃないか",
"全くだ"
],
[
"神田に居た時の火事には誰か支倉の隣の人を犯人だと云って密告したと云うじゃないか",
"そうだ",
"犯人は往々無辜の人を犯人だと云って指摘するものだよ。それがね時に嫌疑を避けるのに非常に有効なんだ。こんな他愛もない方法で、仲々胡魔化されるんだよ",
"じゃ、密告した奴が怪しいと云う訳だね",
"所でね。犯人と目指されている男を弁護する奴に往々真犯人があるのだ",
"と云うと"
],
[
"支倉はその密告された隣の男を貰い下げに行ったと云うじゃないか",
"うん",
"好いかね。保険金詐取の目的で自宅へ放火する。そして隣人を密告する。密告して置いて素知らぬ顔で、そんな事をする人ではありませんと云って貰い下げに行く。どうだい、嫌疑を避けるには巧妙な方法じゃないか",
"成程、では支倉が――"
],
[
"今支倉の隣家から電話で、支倉の家から荷物を積み出したそうです",
"何っ!"
],
[
"半纏の背中が字でなくって赤い絵のようなものが描いてありました。背の低いずんぐり肥った人でした",
"どっちの方から来てどっちへ行きましたか",
"来たのは大崎の方からでした。行ったのはあっちです"
],
[
"この辺の運送店で背の低い、ずんぐり肥えた人のいる所はありませんか",
"知りませんね"
],
[
"兼吉の事ですか",
"そう〳〵、兼吉さんでしたね",
"何かご用なんですか",
"実はね"
],
[
"支倉さんから頼まれて来たんですが",
"あゝそうですか"
],
[
"先程は沢山頂戴いたしまして有難うございました",
"荷物は間違いなくついたでしょうね"
],
[
"えゝ、確かにお納めいたしました",
"もう兼吉さんは帰っているんですか",
"えゝ、何か御用でしょうか",
"えゝ、ちょっと",
"おい、兼吉"
],
[
"何かご用ですか",
"支倉の荷物はどこへ運んだか云って貰いたいのだ。僕はこう云う者だ"
],
[
"早く云わないか",
"そんなに頭ごなしに云わなくっても好いじゃありませんか。悪い事をしたと云う訳じゃなし"
],
[
"応援を五、六人連れて直ぐ逮捕して来給え",
"さあ"
],
[
"余り騒がん方が好いじゃないですかなあ。鳥は威かさない方が好いですからなあ",
"そんな悠長な事が云ってられるものか"
],
[
"愚図々々していると又逃げて終うよ",
"そうです"
],
[
"運んだ荷物は中々少くないのですから、当分潜伏する積りと見て好いでしょう。大丈夫いますよ。一時も早く捕えたいものです",
"うん、それも宜かろう"
],
[
"然しね、君、自然に逃げた鳥は又巣に戻って来るが、威かした鳥はもう帰って来ないよ",
"謎みたいな事を云うね"
],
[
"謎じゃないさ。僕はどうもその高山と云う家へ踏込む事は賛成出来ないのだ",
"どうして?",
"支倉にしては手際が悪いからね",
"何だって"
],
[
"そうすると詰り君は、支倉は僕達に潜伏場所を突留められる程ヘマではない。云い変えれば僕達には本当の潜伏場所などは突留められないと云うのだね",
"そう曲解して貰っては困る"
],
[
"兎に角僕の考え通りやってみよう",
"そうし給え"
],
[
"芝の三光町から来ましたが、支倉の旦那に一寸お目にかゝりたいのです",
"はい"
],
[
"はい、そうです",
"荷物を取りにお出たのですか"
],
[
"え、荷物を取りに?",
"そうじゃないんですか"
],
[
"さっき支倉さんから荷物が一車来ましてね、いずれ頂きに上るから預っといて呉れと云う事でしたから、もう取りに見えたのかと思いましたのですが",
"じゃ、支倉さんは居られないのですね"
],
[
"はい、見えては居りません",
"支倉さんに是非お目にかゝりたいのですがね。今どちらにお出でゞしょうか",
"さあ、それは手前共には分りませんが、お宅の方でお聞き下さいましたら",
"お宅で伺って、こっちへ来たのですがね、鳥渡お待ち下さい"
],
[
"君、支倉さんは居ないんだって",
"そんな筈はないがね"
],
[
"さっき荷物が来たでしょう",
"はい"
],
[
"支倉は此頃お宅へ訪ねて来たでしょう",
"はい、二、三日前に一度",
"それからずっといるでしょう"
],
[
"一体あなたはどなたですか",
"僕は刑事です",
"えっ!"
],
[
"奥さん、支倉は今警察のお尋ね者なんです。あれを匿まうような事があっては不為ですぞ",
"何も匿まいはいたしません"
],
[
"馬鹿! 尾行られて来たじゃないか。刑事らしい奴が裏口の方にいる。仕方がない、俺は直ぐ行く。実印を浅田に渡せ。いいか分ったか",
"あ、あなた、もう逃げるのは止して下さい"
],
[
"何か手懸りが見つかったかね",
"大した事もありませんが、こゝの主人は此頃時々公証役場へ出入しますよ。多分支倉に頼まれたのだろうと思います",
"公証人の名は分らないかい",
"神田大五郎とか云うのです",
"神田なら可成有名な公証人だ",
"それからね、石子さん"
],
[
"松下一郎と云う男と盛に手紙の往復があるのです",
"松下一郎?",
"えゝ、私はね、どうもそれが支倉の変名じゃないかと思うのです。手蹟がね、例のそらお宅で見せて貰った脅迫状によく似ているのです",
"で、所は分らないのかい",
"分らないのです。むこうから来るのには所が書いてありませんし、こっちから出す奴はいつも浅田が自身で投函するらしいのです",
"ふん、そいつは怪しいな。岸本君、もう一度骨折頼むよ",
"宜しゅうございます。どうかして所を調べましょう",
"何しろね、対手は手剛いから気をつけなければならないよ。根岸でさえ手を焼いているのだから",
"承知しました。あなた方の方はどうなんです",
"さっぱり手懸りがないんだ"
],
[
"わしはちょっと出掛けるからね。この焼増の分と、それから之を台紙に張るんだ。ロールを旨くやらなければいかんぞ",
"はい、承知しました。今日の現像はどういたしましょう",
"いや、現像は好い。未だ独りでやらせるには少し危い",
"大丈夫ですよ、先生"
],
[
"まあ止しとこう。現像はしくじられると取返しがつかんからな",
"そうですか"
],
[
"では出かけるよ",
"いってらっしゃい"
],
[
"岸本さん、精がでるね",
"駄目ですよ、おかみさん、どうも貼付が拙くって",
"何それで結構だよ",
"そうですか",
"岸本さん、主人が喧しくって嫌でしょう",
"そんな事ありませんよ",
"主人はどうも気むずかしやでね、それだから書生がいつかなくて困るの。岸本さんは長く辛抱して下さいね"
],
[
"えゝ、おかみさん、どうぞ長く置いて下さい",
"置いてあげますとも",
"先生はどこへ出かけられたのですか",
"どこだか、大方又支倉の奥さんの所へでも行ったんだろう",
"え、支倉さん?",
"お前さん知ってるのかね",
"えゝ、私前にキリスト教信者だったもんですから、名前だけ知ってるのです",
"そうかい。支倉さんはそう云えば耶蘇だね",
"支倉さんの奥さんは中々偉いそうですね",
"何、偉いかどうだか分るもんか"
],
[
"御主人が留守だからって、主人を呼んじゃ相談ばかりしている。馬鹿にしてるじゃないか",
"支倉さんは留守なんですか",
"どこかへ逃げているんだよ",
"え、何か悪い事でもしたんですか",
"どうもそうらしいんだよ。あんな人に係り合ってゝは、末々きっと損をするに定っていると私は思うんだよ",
"へえ――、そんな悪い人ですか",
"人相が好くないんだよ。見るから悪相なの。尤も奥さん見たいに虫も殺さない顔をしていたって当にはならないけれど",
"そんなに悪い人相なんですか",
"鳥渡お待ち、写真があるから"
],
[
"どうだね。之がみんな支倉さんの分さ",
"大へんありますね",
"古くからの馴染だからね。之が支倉さんさ",
"成程恐い顔ですね。之が奥さんですか",
"そうだよ。そんなのが油断がならないのだよ"
],
[
"何、何でもないのです",
"おや、やっぱり若いのが好いと見えるね"
],
[
"そう云う訳じゃありません",
"お生憎さま、岸本さん、その娘はもう死んだよ",
"えっ、死んだんですって?"
],
[
"確な訳じゃないが死んだろうと思うのさ。それは支倉さんの女中なんだよ",
"あゝ、女中さんですか",
"それがね、三年前に行方不明になって終ったのよ",
"へえ!",
"未だに分らないらしいが、まあ死んだんだろうね",
"そうですね、三年も行方が分らないとすると、死んだのかも知れませんね、どうして行方不明になったんですか",
"それがね、そんな小娘だけれども、油断がならないね、支倉の旦那が手を出したらしいんだよ。男ってみんなそう云う者さ。それがもとで一旦宿へ下げられたんだがね、まあそんな事で子供ながらも世の中が嫌になり家出したんだろうさ",
"可哀そうですね",
"可哀そうだと思うかね",
"思いますね",
"ふん、口先ばかりだろう。男なんてものはそんな事を平気で仕でかして置いて、直ぐケロリと忘れて終うんだから",
"そんな事はありませんよ。おかみさん",
"そう、岸本さんはそんな事はないかも知れないね",
"それで何ですか、おかみさん"
],
[
"支倉さんはどこに居るか分らないのですか",
"分らないの。尤も主人は知ってるかも知れない。手紙のやり取りなどして、いろ〳〵頼まれるらしいから",
"おかみさん、そんな悪い人ならそう云う風に隠まうのは好い事じゃありませんね",
"私もそうは思っているがね、之も浮世の義理で仕方がないのさ",
"義理って、そんな大切なもんですか",
"お前さんなどは未だ若いから、そんな事は分らないのも無理はないが、義理と云うものは辛いものさ",
"そんなに度々手紙が来るのなら、どこにいるかおかみさんも知ってるでしょう",
"おや、岸本さん、嫌に支倉さんの事を気にするね"
],
[
"お前さんは警察の廻し者じゃあるまいね",
"飛んでもない"
],
[
"私はまがった事が嫌いだから、そんな事を聞くとだまってられないのです",
"そう、そりゃ誰だってまがった事は嫌いだけれども、世渡りの上ではそうとばかり云ってられないのだよ",
"そんなものですかなあ",
"まゝにならぬは浮世のならいって云うでしょう、私もまゝにならなくってこまっているの、じれったい",
"それで支倉さんは――",
"おや又支倉さんかえ、変だねえ"
],
[
"いえ、何、そう云う訳じゃないのです。私は何でも聞き出すと中途で止めるのが嫌いな性質なので、つい根掘り葉掘り聞くんです。お気に障ったらご免なさい",
"別に気にしやしないけれども、じゃ、お前さんの気のすむまでお聞きなさいな",
"もう好いんですよ。おかみさん",
"可笑しい人だね。遠慮なくお聞きと云うと、もう好いなんて",
"じゃ、聞きましょうか"
],
[
"じゃ、先生は何の用で支倉さんの宅へ行くんですか",
"ホヽヽヽ"
],
[
"突拍子もない事を聞き出したね。何でもね、支倉さんが家作かなんか、奥さんに譲りたいので、その手続をする事を頼まれたらしいのさ",
"へえー",
"詰りね"
],
[
"支倉さんは詐欺でもやったらしいんだね。それで捕まると之が取返されるだろう。抛といて差押えでも食うと困るから、急いで名義を書変えるんだろうさ",
"それに奥さんは美人だから"
],
[
"先生も一生懸命と云う訳なんですね",
"何を云うんだい"
],
[
"主人がそんな真似をしたら只では置かない",
"どうするんですか"
],
[
"それこそこんな家にいてやるものか",
"そしてどうするんですか。おかみさん",
"どうするって"
],
[
"男旱りがしやしまいし、私は私でどうにでもやって行けるさ",
"先生は何ですか、そんなに支倉の奥さんと仲が好いんですか"
],
[
"おかみさん、大丈夫ですよ。先生に限ってそんな事があるもんですか",
"ホヽヽヽ"
],
[
"岸本さん、あなた身投の上ったのを見た事があって",
"いゝえ"
],
[
"嫌ですね、それで女だったんですか",
"えゝ、そう",
"誰だか分ったんですか",
"いゝえ、分りゃしないの。それがね岸本さん、警察なんて随分ひどいものね。そんなむごたらしい死骸が二、三日もそのまま抛ってあったわよ。と云うのはね、何でもあの原が高輪の警察と品川の警察との境になっているんですって。それでね、手柄だったら奪い合いをするんだけれども、そんな嫌な事は塗すくり合って、どっちからも検視が下りないんですってさ。結局高輪の方で検視して葬ったんだそうだけれども、身許などまるで分らず了いさ。そんな事で行方不明なんて人が世間にザラにあるんだね",
"年はいくつ位だったんですか",
"見た所で若い人だと云う事は分ったけれども、少しも見当がつかなかったわ。お医者さんが二十二、三と鑑定したと新聞に出ていたよ"
],
[
"支倉の旦那が丁度居てね",
"えっ、支倉さんが",
"そうなの、二人でね、見た所は若そうだが可哀想な事をしたものだって話合ったっけ",
"支倉さんも態〻見に来たのですか",
"さあ、態〻だったか、通りがかりだったか、そんな事に覚えはないさ",
"兎に角、身投なんて嫌な事ですなあ"
],
[
"何ですって",
"俺の留守なんかに、ペチャクチャ詰らん事をあいつに話すなと云うんだ",
"な、何ですって"
],
[
"私がいつペチャクチャ詰らん事を話しました",
"話したとは云やしない。話すなと云うんだ",
"人を馬鹿にしている"
],
[
"手前こそ用もないのに支倉の奥さんの所へ行って、ペチャクチャ喋ってばかりいる癖に",
"おい〳〵、大きな声を出すな",
"大きな声で云われていけないような事を何故するんだ"
],
[
"そして人の事ばかり云ってやがる。私が何をしたと云うんだ",
"おい〳〵、勘違いをしちゃいけないぜ"
],
[
"俺はたゞ岸本に気をつけろと云ったきりだよ",
"大きにお世話だよ。私が何をしようと"
],
[
"先生、お出かけですか",
"あゝ、ちょっとそこまで"
],
[
"先生、郵便でしたら私が出して来ましょう",
"何、いゝんだ"
],
[
"岸本さん、岸本さーん",
"ちょっ困るな"
],
[
"何ですか、おかみさん",
"何をしてるの、岸本さん",
"別に何にも",
"そう"
],
[
"主人が何か云ったかい",
"いゝえ、何にも",
"そう。そんなら好いけれど",
"何ですか、おかみさん。先生は少し可笑しいですぜ",
"どうして?",
"どうしてたって、秘密に手紙をやりとりして居られますぜ",
"本当かい",
"本当ですとも、松下一郎って男名前で来るんですけれども、返辞はきっと先生自身でポストへ投げ込まれるのですよ。外の手紙はみんな私に云いつけて出させるのですけれども、その返辞だけは御自身でお出しになるのですよ",
"畜生!"
],
[
"先生、何か御用ですか",
"うん、ちょっと現像をやろうと思うのだが、薬品は揃っているだろうな",
"はい、揃っています",
"それじゃ、君は少しこの辺を片付けて置いて呉れ給え",
"はっ、承知しました"
],
[
"酔払がね、大人しそうな人に喧嘩を吹きかけているのですよ",
"そいつは気の毒だ。仲裁に這入りましょう。ちょっと前へ出して下さい"
],
[
"あの、ちょっとお伺いしますが、今あの男の云った支倉と云うのは支倉喜平の事じゃありませんか",
"えゝそうです"
],
[
"あなたは警察の方なんですね",
"そうです。神楽坂署のものです",
"では支倉の事につきまして、少しお耳に入れたい事があるのですが",
"え、じゃあなたは支倉を御存じですか",
"えゝ、よく知って居るのです。彼の為にひどい目に遭った事があるのです。支倉は放火をしたんじゃないかと思うのです",
"え、え"
],
[
"そんな話なら往来ではなんですから。――えーと私の家へでも来て頂きましょうか。牛込ですが",
"私の家は直ぐそこですから"
],
[
"で、先っ刻申上げた通り、当時は支倉を少しも疑わず、寧ろ親切を喜んでいたのですが、後に外から聞き込んだ事の為に、私の場合もてっきり、支倉が自分の家に火をつけ、そっと密告状を書いて、私を訴えて嫌疑を外らしたのだと信じるのです",
"その外から、聞いたと云う話は?"
],
[
"こゝの火事の後間もなく支倉は高輪の方へ越したのですが、二年経つか経たないうちに又々火事に遭ったのですね。その時も半焼だったのですが、彼は保険の勧誘員に二百円賄賂を贈りましてね、全焼と云う事にして、保険金の全額をせしめたのです",
"どうしてそれが分りましたか"
],
[
"大丈夫ですよ。会社の方に告訴の意志がなければ、その人の方は罪になりませんよ",
"そうでしょうか"
],
[
"保険会社の方は警察の報告を聞くでしょうから、半焼か全焼か分る筈ですがね",
"それがその"
],
[
"何でも警察の刑事だったか巡査だったかも、十円か二十円で買収したんだそうです",
"そうですか"
],
[
"どうもね、仲間内にも時々心得違いの人が出るので困りますよ",
"尤も何ですな、こう申しちゃ失礼ですけれども、随分むずかしい時には生命がけの仕事をなさるのに、報いるものが少いのですから",
"そうですね"
],
[
"岸本さんはお払箱になったんですって",
"どうして?"
],
[
"どうしたんだい",
"何にもしやしないのです。今日ね、随分気をつけていたんですけれども、ついバットを一枚割ったのです。すると奴さん怒りましてね、直ぐ出て行けと云うのです。どうもね、前から怪しいと睨らまれていたらしいのです。おかみさんが随分取りなして呉れましたが駄目です。頑として聞かないのです。あなたがお止めになるのを無理に自分から引受けて置きながらどうも申訳ありません",
"ふーん、まあ仕方がないさ"
],
[
"所で、君、本所の写真屋も駄目だぜ。君の云うような宅はありゃしない",
"えっ、そうですか"
],
[
"それを聞きたいと楽しみにしていたんですが、駄目だったんですかなあ",
"君は一体どう云う風にして、探り出したのだい",
"屑籠の中に書損いの封筒が投げ込んであったのです",
"ふん、君の話では奴却々用心して尻尾を掴ませないと云う事だったが、屑籠のような誰でも覗きそうな所に、封筒の書損いが抛り込んであったのは可笑しいね",
"そうです。僕だって書損いだけなら容易に信用しやしないのですけれども、その前に吸取紙に押し取られているのを見たのです",
"ふん、そんなにはっきり分ったのかい",
"いゝえ、極めて不鮮明なんです。本の字と米だか林だかハッキリしない字と川の字、それから何とか内写真館と読めただけでした",
"書損いの封筒の前にそれを見たんだね",
"そうです。奴が郵便を書終ると例の如く自分で入れに行きましたから、私は直ぐに二階に駆け上って、吸取紙を見るとそれだけの事が分ったのです",
"それから",
"もっと委しく判読しようと一生懸命になっていると、おかみさんが上って来たのです。おかみさんを好い工合に胡魔化して下へ降りると、奴が帰って来ましてね、直ぐ二階に上りましたが、暫くすると私を呼んで之から現像を始めるから、そこいらを片付けて置けと云って暗室へ這入ったのです。片付けているうちに屑籠の封筒が眼についたのです",
"君に片付けろと云って暗室へ這入ったのだね"
],
[
"そうです",
"そりゃ君、少し考えて見たら分るじゃないか"
],
[
"いゝかね、ふだん非常に用心深い男がだね、書損いの手紙を屑籠に投げ込んで、それから君に掃除しろと云うのは可笑しいじゃないか、え、第一君を呼んで態〻掃除さすのにだね、屑籠の中に重要な手紙の這入っているのに気がつかないと云う筈がないじゃないか",
"そうでしたね、私はやられたんだ!",
"ふゝん、奴は暗室の中から覗いてたのさ。君の素性を見破るのと、俺に一日暇を潰させるのと、一挙両得と云う訳さ",
"どうもすみませんでした"
],
[
"そこで吸取紙の方だが、君は何かい、奴が外へ出る、君が二階へ駆け上る、そして一番初めに吸取紙を見たかい",
"いゝえ、抽斗やなんか探してからです",
"屑籠は見なかったかい",
"屑籠と、あゝ、見ました見ました",
"その時に封筒はなかったろう",
"ありませんでした"
],
[
"そうだ、大分分ったぞ。吸取紙の方は本物なのだ。流石の奴もこいつはうっかりしていて気がつかなかった。所が吸取紙を見られた形跡がある。そうだろう君、吸取紙は位置を動かしたんだろう",
"さあ、外のものは注意して元通り置いたんですが、吸取紙はつい下からおかみさんが上って来たもんですから、あわてゝ机の上へ置きましたので、元の位置より狂ったかも知れません"
],
[
"そこだ。いゝかね、奴さんの位置に立って見る。うっかり残した吸取紙の文字ははっきり分るのはホンの二、三字だけれども、何分東京市内の番地だから少し頭を使えば直ぐ判じられて終う。さあ困った。そこで一計を案じて、いかにも吸取紙に残った所らしくて、恰で違った所を考え出して、本当らしく持かけて態と敵の手に渡して終う。そうするとよしその計を看破られても元々だし、敵が軽々に信じて終えば、吸取紙の字から推断されるだろう所の本当の場所を知られずにすむ。敵ながら天晴の方法じゃないか",
"成程"
],
[
"奴も中々偉いが、石子さんも偉いなあ",
"感心していちゃいけない"
],
[
"所で吸取紙に残っていたと云う字は何々だっけね",
"『本』之は区の名ですね、本所でなければ本郷ですね、之だけは確です。それから町の名が森だか林だかで始まるのです。その次が川らしいのです。それから何と云うか兎に角何とか内写真館です",
"ふん、本郷だね、本所でなければ。そこで森と、森なら森川町か林なら、はてな、林町と、林町は小石川だったかしら",
"本郷にも林町はありゃしませんかね、駒込林町と云うのが"
],
[
"ふん、然し、駒込はついていなかったんだろう",
"えゝ、町名だけのようでした"
],
[
"いらっしゃいまし",
"今日は、ちょっと松下さんにお目にかゝりたいのですが"
],
[
"どちらへ行かれましたか",
"松下さんは滅多にこっちへ来ないのですよ"
],
[
"こちらに居られると云う事を聞いて来たのですが",
"はあ、居る事にはなっていますが"
],
[
"何をしているって、こちらに御厄介になっているんでしょう",
"それがね、誠に奇妙な人物なんですよ"
],
[
"私の所に居る事になっているらしいのですが、滅多に姿を見せないのです",
"はてね、私はずっとこちらにいると思っていたんですが"
],
[
"時々郵便が来るのです。そして松下は三日目に一度位それを取りに来るのですよ",
"こちらとはどう云う関係なんですか",
"書生と云う事になっているんですがね"
],
[
"恰で私の宅を郵便の中継所のようにしているので、私も少し腹が立ちましたから断ろうかと思っているのですが、何分三週間の謝礼を前に取っているものですから、期限が来るまで鳥渡云い出し悪くかったのです",
"松下と云うのは三十六、七の色の真黒な頑丈な男で、眼が大きくて眉の気味の悪い程濃い、ひどく東北訛のある大きな声を出す男でしょう",
"その通りです"
],
[
"今手紙は来ていませんか",
"一昨日でしたか、すっかり持って行った所です"
],
[
"どうも旨く立廻る奴だなあ",
"全く以て我ながら嫌になるよ"
],
[
"然し奴素直に出て来るかしら。何か旨い口実があるかね",
"そうだね、岸本とか云う君の諜者はどう云う契約だったんだ",
"あれは諜者と云う訳じゃないのだ。僕に鳥渡恩を着ている事もあるし、行方不明になっている例の女中も鳥渡知っていると云うような訳で、進んで浅田へ住込んだのだがね、危いと思っていた割合にはよくやったが、結局駄目だったよ。契約なんてむずかしい事はありゃしないさ。只書生に這入ったんだよ",
"うん、じゃ岸本を利用して契約不履行とかなんとか云う訳にもいかんね",
"犯人隠匿と云う訳にも行かんし、営業違反と云う事もなし、全く困るね",
"世間ではよくこうした場合に、徒に口実を拵えて良民を拘引すると云うがね"
],
[
"今の場合のように非常に濃厚な嫌疑のある男の逃走を援助している男をだね、取押えて調べる道がないとすると、殆ど犯罪の検挙は出来ないじゃないか。時に誤って良民を苦しめる事があるとしても、その人はだね、丁度そんな嫌疑のかゝる状態にいたのが云わば不運で、往来で穴の中へ陥ちたり、乗ってる電車が衝突したりするのと同じ災難じゃないか。こっちは決して悪気でやっているのじゃないからね",
"そんな議論は然し世間には通用しないさ"
],
[
"災難と云っても、穴に陥ちたり、電車で怪我したりしたのは夫々賠償の道があるだろう。我々の方へ引懸かったのはどうせ犯罪の嫌疑者だから、扱い方もそう生優くしていられないさ。さんざんまあ侮辱的な扱いを受けて揚句損の仕放しじゃ、辛い訳だね",
"賠償する事にしたって好いさ。どうせそうザラにある訳じゃないから。新聞はそんな方ばかり書くから矢鱈に多いようだが、そんなものじゃないからね",
"所がそうなると僕達は直ぐ成績に影響して来るからビク〳〵もので、碌な検挙は出来ないぜ",
"何にしても悪い事をする奴がなくなればいゝんだがなあ",
"そうなると僕達は飯の食上げだぜ",
"ハヽヽヽ",
"ハヽヽヽ"
],
[
"そうかい、じゃお願いしようか。僕はもう少し支倉の旧悪の方を突ついて見よう。何と云って連れて来るんだい",
"無策の策と云うか、当って砕けろと云うか、別に口実なんか拵えないでやって見よう。対手も食えない奴だから下手な事は云わん方が好いだろう"
],
[
"僕の方は三年前の仮埋葬死体の照会だ",
"え、三年前"
],
[
"どう云うんですか",
"何ね、三年前にね、大崎の池田ヶ原の古井戸から女の死体が出ましてね、身許不明で大崎の共同墓地へ埋葬したんですがね、今日或地方から照会がありましてね、親心と云うものは有難いものですね、三年前に家出したまゝ行方不明の娘があるので、どこで見たんですかね、仮埋葬の広告を見たとみえて、早速の照会なんですよ"
],
[
"いくつ位の娘なんですか",
"二十二、三です",
"そうですか"
],
[
"はい",
"お子供さんの御病気はいかゞですか",
"有難うございます。病気はもう夙から好いんでございますけれども――"
],
[
"支倉さんも坊ちゃんに会いたがっていましたよ",
"――――"
],
[
"何でございましょうか、夫は之で警察へ出頭いたしますでしょうか",
"さあ、分りませんね"
],
[
"まあ自首なんかなさるまいよ。誰でも刑務所へ這入るなどは感心しませんからね",
"あの"
],
[
"じゃ、矢張り罪になるような事をしたんでございますか",
"さあ"
],
[
"まあそうでしょうね",
"どんな事をしたんでございましょう",
"奥さんご存じないのですか",
"聖書の事でございましたら"
],
[
"あれは決して盗んだのではない。正当に譲り受けたのだと申して居りました",
"そうですか。じゃ何か外にあるのでしょう"
],
[
"何か未だ外にあるんでしょうよ。あゝ逃げ廻る所を見れば",
"いいえ。逃げていると云う訳ではありません"
],
[
"この譲渡しの手続きさえすめば進んで警察へ出頭するものと信じて居ります",
"所がね、奥さん"
],
[
"支倉さんは未だ逃げ歩く積りですよ。本郷の方ですね、手紙の送先の写真館ですね、あれが発覚しそうになって来たので、近々又格別の所を云って寄越す事になっているのです",
"本郷の方はどうなったのですか",
"私が少し失敗ったものですからね"
],
[
"宅へ探偵の廻物が這入ったのですよ。小僧だと思って抛って置いたのですが、うっかりして本郷の方を嗅ぎ出されそうになったのです。それでね態と外の所を教えて遣って、昨日叩き出して終ったのですが、昨日今日あたりは探偵の奴め間違った所を探し歩いて、靴をすり減らしている事でしょうよ。ハヽヽヽ",
"そんな危険な思いをしないで、早く自首して呉れると好いんですがねえ"
],
[
"然しね、奥さん、これはそうあなたが簡単に考えて居られるような事じゃありませんよ",
"えっ",
"と云って、そう驚く程でもありませんがね"
],
[
"どう云う事なんでございましょうかしら",
"さあ、私にもよくは分りませんがね。もし支倉さんが潔白なのでしたら、あゝ逃げ廻る必要もなくあなたに周章て財産を譲る必要もない筈です。今だに姿を晦ましているのは何か重大な罪を犯して居られるのではないかと思われますがね",
"そんな筈はございません。そんな逃げ廻るような罪を犯している気遣いはありません"
],
[
"大分前の事ですが、あなたの所の女中さんが行方不明になった事がありましたね",
"はい"
],
[
"あの女中さんは、こんな事を云っちゃなんですが、支倉さんがどうかなすったのでしょう",
"はい",
"そんな事で警察へ呼ばれるんじゃないでしょうか",
"そんな筈はないと存じます。あの時の事はちゃんと片がついているのでございますから",
"はゝあ、ちゃんと片づいているのですか",
"はい、神戸牧師に仲に這入って頂きまして、すっかり話をつけましたのです",
"何でも無頼漢の叔父かなんかゞいたようですが、そんな奴が訴えでもしたのではありませんか",
"さあ、そんな事はないと存じますが、あの叔父と申すのは随分分らない人でしたから――",
"そうだったようですね。私はあの女中さんを隠したのもそいつの仕業だろうと思っているのですよ",
"主人もそう申して居りました",
"然し、聖書の事位ならそう逃げ隠れしなくても好さそうなもんですがなあ"
],
[
"ねえ、奥さん。こんな事を云っちゃなんですけれども、支倉さんはそう頼みになる人ではありませんよ",
"――――"
],
[
"奥さん、今のうちにお見切にたったらいかゞですか。幸いに財産もあなたの名義になったんですし――",
"ご親切は有難うございますが"
],
[
"そんな話はどうぞお止め下さいまし",
"そうでしょう。そりゃご夫婦の間として、ご立腹ご尤もです。然し奥さん"
],
[
"私の云う事も聞いて下さい。私は実際奥さんに敬服しているのです。学問もおありだし、確乎して居られる。私のとこのお篠などは無教育で困るのです。あんな奴はどうせ追出して終うのですが、どうでしょう、奥さん、私の願いを聞いて頂けましょうか",
"お願いと仰有いますのは"
],
[
"奥さん、そんな野暮な事を仰有らなくても、もう大体お気づきじゃありませんか。私も今度は随分骨を折りました。私がいなければ支倉さんは夙に捕っているのです。私は事によると罪になるかも知れないのです。私がこんな危険を犯して尽したと云うのは、どう云う訳だとお思いになります。奥さん私はたった一つの望みが叶えたいばかりじゃありませんか。ね、奥さん、支倉さんなんかにくっついていては碌な事はありません。浅田はとに角正業で堂々とやっているのです。奥さん、どうかよく考えて下さい",
"私はそんな事にお返事申上げる事は出来ません"
],
[
"失礼でございますけれども、どうぞお帰り下さいまし。子供ではございますけれども女中も居る事でございますから",
"奥さん"
],
[
"では私の申出を、無下にお退けになるのですか",
"止むを得ません",
"では何ですか、私があなたのために法律を犯すことさえして尽したのをお認め下さらないのですか",
"それはどんなにか感謝しているのでございます。然しそれとこれとは事が違います",
"ではあなたは飽まで支倉さんに操を立てようと云うのですか",
"はい",
"そうですか。男の私が之れほどまでにあなたを慕っているのに、私の心を察して呉れないのですね。私は詰らない人間です。然し浅田も男です。そんな冷たい事を仰有るなら覚悟がありますぞ"
],
[
"私の口一つで支倉さんは刑務所行です。どうせ軽い罪ではありません。刑務所へ行ったらいつ出られる事か、奥さん、あなたは支倉さんが赤い着物を着て牢屋で呻吟されるのをお望みですか",
"支倉に罪があるのなら致方ございません",
"奥さん、あなたはまあ何と云う気丈な事を云うのです"
],
[
"そんな冷たい事を云わないで、どうぞ私の望みを叶えて下さい。私は浮気で云うのではありません。心からあなたを思っているのです。ね、私はあなたに拒絶されたら生きてる甲斐がないのです。奥さん、どうぞ叶えて下さい",
"浅田さん。そうまで思って頂くのは冥加の至りですけれども。女中が居ります。どうぞお引取り下さい。それに第一あなたには、お篠さんと云う立派な方があるじゃございませんか",
"お篠なんか問題じゃないのです。あんな無教育な分らない奴なんか明日にも追出して終います。奥さん、どうぞ叶えると返辞をして下さい",
"浅田さん――",
"この通りです、奥さん"
],
[
"まあ、そんな事をなすっては困ります",
"私はあなたに拒絶されては生きていられないのです"
],
[
"ねえ、奥さん、一生の願いです",
"それは無理と云うものです",
"そんな事を仰有らないで――",
"もうどうぞお帰り下さい"
],
[
"之ほど云っても私の望みを聞いて呉れないのですか",
"致し方ございません",
"奥さん、よくも恥をかゝせましたね。こうなっては浅田も男です。のめ〳〵とは帰りません",
"――――"
],
[
"口惜しいっ! ひ、人を馬鹿にしやがって、亭主のいない留守につけ込みやがって、何だこの態は! さっきからいくら玄関で呶鳴ったって、下駄がちゃんと脱いであるのに、返事をしやがらねえ、変だと思っているうちに奥の方でドタンバタンと音がするから来て見ればこの体だ。何てい恥ざらしな真似をするんだ。口惜しい、口惜しいよう",
"静かにしろ"
],
[
"愚図々々吐かすと、只じゃ置かないぞ",
"なんだって、只は置かないって面白い、手前が恥しい真似をしやがって、あたしをどうしようていんだ。殺すなら、さあ殺せ",
"うるさいっ"
],
[
"貴様みたいな奴を誰が殺すもんか。こゝでは話が出来ない、家へ帰れ",
"誰がこのまゝ家へ帰るもんか。あたしゃこの場で何とか極りをつけて貰うまで一寸だって動きゃしない",
"帰れったら帰らないか",
"いやだよう、支倉の奥さん、何とか鳧をつけとくれ"
],
[
"警察の旦那がお前に用があると云って来たので、大方こゝに潜り込んでやがるのだろうと思って、旦那を案内して来たんだ。それを知らないで、ふざけた真似をした上に、あたしをこんな酷い眼に遭せやがった。ヘン、玄関に刑事さんが待っているとは気がつかなかったろう。いゝ気味だ。さあ旦那、こんな奴は早く引っ縛って連れて行っておくんなさい",
"真昼間から夫婦喧嘩は恐れ入るね"
],
[
"根岸さん、私に何か御用ですか",
"えゝ、鳥渡聞きたい事があるので、署まで来て貰いたいんですよ",
"そうですか、じゃ直ぐ参りましょう"
],
[
"その大崎の池田ヶ原の古井戸の中から上った死体が、支倉の家にもと女中をしていて三年前に行方不明になった小林貞と云う女ではないかと云うのだね",
"そうです"
],
[
"その死体は死後六ヵ月を経過していたと云うのですが、そうすると死んだ時が恰度その女が行方不明になった時に一致するのです。貞と云う女は既に三年になるのに何の便りもないのは既に死んでいるものと認めて好いでしょうし、その井戸から上ったと云う女も今だに身許不明なのですから、同一人ではないかと云う事も考えられます。それに井戸のある場所が大崎ですし、もし支倉がその女を井戸へ投げ込んだのではないかと疑えばですね、井戸のある所が支倉の近所で、誘き出して投げ込むには屈竟な所ですから、どうもその娘でないかと思うのです",
"成程"
],
[
"所がですね、年齢の点が一致しないのです。当時の警察医の報告では二十二、三歳と云う事になっているのです。実際は十五か十六の訳なんですが",
"ふーん"
],
[
"年齢が違うにもかゝわらず、私が尚そうではないかと主張するのは、こう云う事実があるのです。私は高輪署へ支倉の放火事件の事を調べに行って偶然にそう云う身許不明の溺死体があった事を聞き込んだのですが、妙な事には、私の為に自ら進んで諜者になって例の浅田と云う写真師の所へ住み込んだ岸本と云う青年が同じような事を聞き出したのです",
"浅田の宅で聞き出したのかね",
"そうなんです。浅田の家内のお篠とか云うのが、池田ヶ原の井戸から問題の女の死体が出た時に見に行ったと云うのです",
"えッ"
],
[
"で、何かい死体に見覚えがあったとでも云うのかい",
"そうだと問題はないのですがね"
],
[
"何しろ井戸の中に六ヵ月もいたのですから、判別はつきますまいよ",
"じゃどうしたと云うのだね",
"お篠の云うにはですね、彼女がその死体を見に行った時に、現場で支倉に出食わしたと云うのです",
"ふゝん",
"そして二人で、見た所は未だ若いようだが、可哀そうな事をしたものだと話合ったそうです",
"成程",
"支倉がその死体を見に行ったと云う事は、鳥渡我々の頭へピンと来る事実じゃありませんか",
"そうだね"
],
[
"犯人はきっと犯行の現場を見に来ると云った我々の標語から云うと、支倉が池田ヶ原の古井戸まで死体を見に行ったと云う事は看過すべからざる事実だね",
"支倉が浅田の妻君に向って、『どこの女だか知らないが、可哀想なものだね』と云った事などは犯罪心理学の方から云って面白い事だね"
],
[
"どうも年の点でね",
"死後六ヵ月を経過した溺死体の年なんてものは的確に分るものじゃないさ"
],
[
"然し、司法検視をやっていないのですからね。警察医が形式的に見たのに過ぎないのです",
"当時の井戸の状態はどうなっとったのかね、過失で落ちるかも知れんと云う状態になっとったかね",
"それがですね"
],
[
"何分三年も前の事で、その後井戸は埋めて終いましたし、どうもよく分らないのです。然し調べた所に依りますと、確に井戸側はあったようで、過失で陥込むような事はなかろうと思われます",
"ふん"
],
[
"それで何だろう、その娘が覚悟の自殺をしたかも知れんと云う事実はないのだろう。遺書なんか少しもなかったと云うじゃないか",
"遣書なんか一通もないのです。それに年が僅に十五か十六ですから、聞けば少しぼんやりした方で、クヨ〳〵物を考える質ではなかったそうですから、自殺と云う事は信ぜられませんね",
"じゃ、君、過失でもなし、自殺でもないとすると、他殺に極っとるじゃないか",
"えゝ、その屍体が貞と云う娘に違いないとしてゞですね",
"年齢の差などは当にならんさ"
],
[
"僕の考えでは一度その屍体を調べて見る必要があるね",
"然し、署長殿"
],
[
"その屍体は自殺と云う事になっているのですが",
"そいつも確定的のものでありませんね"
],
[
"死後六ヵ月の溺死体とすると容易に自殺他殺の区別を断言する事は出来ませんね",
"それもそうだ"
],
[
"どうも高輪署が屍体を普通の行政検視ですませ、司法検視をしなかったのは手落だなあ",
"それはね"
],
[
"どうも品川署との所管争いでおっつけっこをしていた結果ですよ。何しろあの原は恰度両署の境界になっていますからね。で、結局高輪署が背負込んだ時には、えゝ面倒臭いと云うので、形式的に検視をしたのじゃないかと思います",
"他署の非難は第二として"
],
[
"どうだ、その屍体を調べようじゃないか",
"さあ"
],
[
"支倉の今迄の遣口を見ると、どうもその位の事はやり兼ねないからね。高の知れた聖書を盗んだゝけの問題ならそう逃げ隠れする必要もなし、あんなに執拗に警察を嘲弄する必要もないのだ。それは奸智に長けている事は驚くべきものだ。殺人位平気でやる奴だよ",
"僕もその意見には賛成だが、然し、それは問題の屍体が小林貞かどうかと云う事とは別だからね",
"然し君の話だと九分九厘まで行方不明になった女中の屍体らしいじゃないか",
"そうは思うがね、何分年齢が違うし、それに溺死後半年で見出され、埋葬後既に三年に垂んとしているから、発掘したって果して誰だか鑑別はつくまいと思うのだ",
"年齢の相違する点から云うと実際考えものだね。もし違うとどうも責任問題だからね",
"やって見るがえゝじゃないか"
],
[
"間違えば仕方がない、それ迄の話だ。責任は一際俺が背負う",
"宜しい"
],
[
"その屍体を発掘させましょう。責任は署長を煩わすまでもない私が負います",
"賛成です"
],
[
"そうです、もう三年になりますよ。暑い時分でした。井戸から上ったと云う、プク〳〵に脹れた二た目とは見られない娘の屍体を埋めた事があります。大きな花模様のある着物を来て黒っぽい帯しめていましたっけ",
"え、え、何だって"
],
[
"はい、人夫の指定した所に丁度旨く可成り長く埋まっていたらしい白骨がありました",
"そうか、それで鑑識課の方へ廻したのだね",
"はい",
"旨く鑑定が出来るか知らん",
"大丈夫だろうと思います。小林貞の骨格の特徴などが相当分って居りますし、着衣の一部なども手に入れる事が出来ましたから",
"そうか"
],
[
"支倉の逮捕は一体どうなったのだ。一向捗らんじゃないか",
"申訳ありませんです"
],
[
"根岸が例の浅田と云う写真師を召喚して取調べて居りますから、遠からず、彼の潜伏場所が判明するだろうと思います",
"浅田と云う奴は中々食えぬ奴らしいが、根岸で旨く行くかね",
"根岸なら心配はないと思いますが、場合によっては私が調べます。署長殿を煩わす程の事はないと存じます",
"君がそう云うなら暫く根岸に委せて置くとしよう。で、鑑識の結果はいつ分るのだね",
"石子が残っていますから判明次第帰署して報告する事になっています"
],
[
"私はじ、辞職いたします",
"どうしたんだ"
],
[
"しっかりしろ、突然辞職するったって訳が分らないじゃないか。訳を云って見給え",
"屍体が違ったのです。全然違うのです",
"えっ"
],
[
"君、そう興奮してはいかん。もう少し落着いて委しく話して見給え",
"はい"
],
[
"つまり掘った死体が間違っていたのだね。問題の池田ヶ原の井戸から上った死体が男だったと云う訳ではないだろう",
"はい",
"そうすればその井戸から上った女の死体は墓地のどこかに埋まっている訳じゃないか",
"はい。そうです。高輪署の記録が違っていなければ、あの墓地のどこかに埋まっている筈です",
"高輪署の記録が違っている筈がないじゃないか。現に君を案内した人夫も三年前にそういう死体を扱った事を認めたじゃないか",
"はい。然し彼の覚えていた場所を掘った所が老人の死体が出て来たのです",
"然し"
],
[
"人夫がそう正確に場所を覚えていた訳じゃないだろう。一間や二間、どっちへ狂ったって分りゃしない",
"それはそうですけれども"
],
[
"そう云う当てずっぽの掘り方では果して問題の死体であるかどうかと云う事は証明が非常に面倒になります",
"面倒になったって埋っているものなら掘り当る事が出来るさ。それに大体見当がついとるじゃないか",
"それはそうですけれども",
"もう一度掘るさ。どうだね大島君",
"そうですね"
],
[
"も一度掘るよりありませんね。このまゝ止める訳にも行きますまい",
"埋めた死体がないと云う筈はない。掘り当てるまでやるさ。それとも君は"
],
[
"諦めたとでも云うのかね",
"いゝえ、そうじゃないのです"
],
[
"署長殿がお許し下されば何回だって掘ります。然しその結果ついに目的の死体が判明しなかった場合には問題になりますから、寧ろ今私がお咎めを蒙って、辞めようかと思ったのです",
"辞めるなんて云う程の大きな事じゃないじゃないか。君は今三年前の殺人で殆ど証拠が湮滅しかゝっている大事件の探査にかゝっとるのじゃないか。之しきの事にめげてどうするのだ",
"はい",
"間違いは間違いだ。大いに遣り給え",
"そう云って頂くと私も非常に心強いのです"
],
[
"何か御用ですか",
"うん、墓地の発掘の時には僕も行こう",
"えっ"
],
[
"僕も行って立会おう。その方が好い",
"然し署長殿"
],
[
"あなたが行かれて、もし――",
"今度間違うと動きが取れなくなると云うのだろう。何全部俺が責任を負うさ。俺には失敗したからって部下の罪にするような卑怯な事は出来ない。だから出ても出なくても同じなのだ。俺が一緒と云う事は石子君を励ます上に於ても効果がある筈だ",
"それはそうです"
],
[
"じゃ、明日みんなで出かける事にしよう",
"然し"
],
[
"今度失敗すると、永久にこの事件は闇から闇に葬られて検挙が出来ません",
"君は失敗の事ばかり心配するじゃないか"
],
[
"仮令三年前埋葬した屍体だって、実際埋めたものならない筈もなし、又、それと証明の出来ない筈はない。警察官がそう引込思案では駄目だ。我々はこの世から悪人を根絶すると云う任務を持っている。その為には悪人を検挙して法官の前に差出さねばならん。悪人がいつまでも、明白な証跡を我々に提供して呉れない以上、我々は時々冒険を敢てしなくてはならん。見込捜索と云う事は無論ある程度まで危険を伴う。然しそう〳〵いつでも証拠の歴然とするのを待って検挙を始めると云う訳には行かんじゃないか",
"それは御説の通りです"
],
[
"じゃ、ひとつ我々は、確信を持って支倉の旧悪を立証すべき証拠物件の蒐集にむかおうじゃないか",
"承知いたしました"
],
[
"私も何も徒に消極主義を称える訳じゃないのです。署長殿がそう云う御決心なら、大いに気強い訳です。必ず死体を探し出しましょう",
"宜しい、では明日は墓地に僕も行く"
],
[
"それから君、支倉の検挙を一日も早くしなければならんぞ。逃走後既に三、四週間にもなっている。然も彼は今尚毎日のように警察に宛て、愚弄嘲笑の限りを尽した手紙を寄越すではないか。実に横着極まる奴だ。一日も早く捕えねばならん",
"その点は御安心下さい"
],
[
"浅田の取調べが調子よく進んでいます。遠からず彼の居所が判明するでしょう。実は石子君に早くその方に廻って貰いたいのですが、死体発掘と云う重要な事の為に遅れているのです",
"私も一時も早く支倉逮捕の方に廻りたいのです。彼は私に対して一方ならぬ侮辱を加えているのです",
"うん、そうだ。君はどうしても彼を捕えねば男が立たんのだ。大いに君に期待しよう"
],
[
"では、兎に角明日は一同揃って墓地に出かけ、目的の死体を掘り出すとしよう",
"承知いたしました。では一切の準備をいたして置きましょう。それから君"
],
[
"今日掘って来た死体は明日元の所へ埋めなければならんね",
"そうです"
],
[
"こゝをもう一度掘らして見ます",
"宜かろう"
],
[
"司法主任殿、之は女帯の一部らしいですよ",
"成程、君の云う通りらしいね"
],
[
"こっちの方は着物らしいが、色がすっかり褪せて終ってよくは分らないけれども、何か模様があるようだね",
"地もメリンスらしいじゃありませんか",
"うん、どうもそうらしい",
"そうすると"
],
[
"女は模様のあるメリンスの着物に黒い繻子の帯をしめていたと云ったね",
"えゝ、そうです"
],
[
"之に違いないのだね",
"はい"
],
[
"之に相違ないと思います",
"うん"
],
[
"いつまで隠していたって仕方がないじゃないか。君が支倉の居場所を知らないと云う筈がないじゃないか",
"何と云ったって、知らないものは知りません",
"ふゝん、未だ頑張るんだね。君は毎日のように支倉と文通していたじゃないか",
"文通はしていました。然しそれは大内と云う写真館を中に置いての事で、直接に文通していた訳ではありません",
"だからさ"
],
[
"その中に置いている家を云えと云うんだ",
"大内の方が発れて終ったので、別の所を拵えて知らせると云う事になったきり、何とも云って来ないから、今どこに居るのか少しも分らないのです",
"馬鹿を云え。その打合せはちゃんとすんでいる筈だ。君は支倉がどんな罪を犯している男か大体想像はついているだろう。犯罪人を庇護するのは犯罪だと云う事を知らないのかっ",
"知っています",
"じゃ、早く支倉の居所を云うが好い",
"知りませんから云えません",
"ちょっ、強情な奴だな。おい、君は一体、拘留されてから今日は幾日目だと思うんだい",
"そんな事はあなたの方が好く御存じの筈です"
],
[
"何と云われても知らぬ事は知りません",
"一体君は"
],
[
"どう云う義理があってそう、支倉の利益を計るのだい",
"別に義理なんかありません",
"ふん、そうか"
],
[
"何も目的はありません",
"そうかね"
],
[
"君がどうも繁々と支倉の留守宅に出入するのは、何か目論見があったのだと思えるがね",
"――――"
],
[
"僕が君の細君に連れられて支倉の宅へ行った時には、何だか騒ぎがあったようだね",
"――――",
"細君が、お篠さんとか云ったね、大そう腹を立てゝいたじゃないか",
"あいつはどうも無教育で、所構わず大声を出すので困るのです"
],
[
"と許りは云えまいよ。あの時はどうも君が悪いようだったね",
"どうしてゞすか",
"おい、浅田"
],
[
"白ばくれゝば事がすむと思うと大間違いだぞ。俺は何もかも知ってるんだぞ",
"何もかもと云うのはどの事ですか"
],
[
"何の事ですか、それは",
"馬鹿! 貴様は未だそんな白々しい事を云うのかっ! 貴様は根岸を見損ったか。根岸はどんな人間だか知ってるか。痛い目をしないうちに恐れ入って終え",
"――――"
],
[
"直ぐお篠を連れて来て呉れ給え",
"宜しい"
],
[
"お篠を呼ぶ事は待って下さい",
"待てと云うなら、待ちもしようが"
],
[
"どう云う訳で待って呉れと云うのだ",
"あいつはどうも智恵の足りない奴で、物事の見境なく喚き立てますから――",
"好いじゃないか"
],
[
"何を云ったって君に疚しい所がなければ差支えないじゃないか",
"所がその"
],
[
"あいつはある事無い事を喋るのです",
"無い事なら恐れるに及ばんじゃないか",
"そりゃそうですけれども――",
"渡辺君"
],
[
"いつまで愚図々々と一つ事を聞いていたって仕方がないじゃないか。早くお篠を呼び給え",
"承知だ"
],
[
"直ぐ行くよ",
"ちょ、ちょっと待って下さい"
],
[
"あんな碌でなしを呼んだって仕方がありません",
"おい"
],
[
"貴様は何か女房に喋られて悪い事をしているな",
"そんな事はありません",
"支倉の逃亡を援助しているだけなら何もそう女房を恐れる筈はない。どうも一筋縄で行く奴ではないと思っていたが、貴様は何か大きい事をやってるな",
"決してそんな事はありません",
"そうに違いない。すっかり洗い上げるから覚悟しろ",
"え、そんな覚えはありませんけれども"
],
[
"そう素直に出れば何も事を荒立てる事はない。次第によっては直ぐ放免しても好いのだ",
"じゃ何ですか、すっかり申上げれば直ぐ帰して呉れますか"
],
[
"そんな事は始めから分り切っているじゃないか。それ以上君を引っばたいて詰らぬ埃を立てようとは思っていないよ",
"そう始めから仰有って下されば私は直ぐ知っているだけの事は申上げたのです",
"始めからそう云っているじゃないか",
"何、そんな事仰有りゃしません。無闇に脅かしてばかりいられたので――",
"そんな事は今更云わんでも好いじゃないか"
],
[
"話が分れば、一つすっかり云って貰おうじゃないか",
"云いますよ"
],
[
"所でね根岸さん。私はほんとうに支倉が今どこにいるか知らないのですよ",
"何っ!"
],
[
"ほんとうなんです。この期に及んで何嘘を云うもんですか。ほんとうに知らないんです",
"ふん、全く知らないのかい"
],
[
"全く知らないのです。然し近く私の所へ知らす事になっていたのです。ですからことに依ると宅へ手紙が来ているかも知れないのです",
"黙れ"
],
[
"この根岸がそんな甘手に乗ると思うか。貴様の宅に支倉から手紙が来たか来ないか位はちゃんと調べてあるぞ。そんな甘口で易々と貴様は放免しないぞ",
"じゃ何んですか"
],
[
"私の宅へ松下一郎と云う名で手紙は来ていませんか",
"来ていない",
"そりゃ可笑しいな"
],
[
"じゃ、何だね、支倉の方から打合せの手紙が来る事になっているのだね",
"そうです",
"そんならやがて知らせが来るかも知れん"
],
[
"じゃ、君こうして呉れないか。支倉が何んと云う偽名で寄越すか知れんが、仮りに松下一郎で来たとしたら、その手紙を我々が開いて好いと云う事を承諾して呉れないか",
"えゝ、仕方がありません"
],
[
"承知しましょう。だが無闇にどれでも開封せられても困りますが",
"そりゃ心配しなくても好いさ。いくら俺達だって、常識と云う事は心得ているからね",
"そんなら好うがす"
],
[
"それで私は帰して呉れるでしょうね",
"さあ"
],
[
"君を帰すとすると手紙は直接君の手に這入るからね。支倉から来た分を隠される恐れがあるんでね",
"もうそんな事は決してしませんよ",
"うん、それもそうだろうが、こっちの方じゃ警戒しなければならんからね",
"じゃ、何ですか、云うだけ云わして置いて、帰して呉れないのですか。一体あなた方は約束と云うものを守らないのですか。あたたは始めに私を帰すと約束したではありませんか"
],
[
"何そうむずかしい事じゃない。刑事をね、一人君の宅へ泊り込ますのだ。そして郵便をその都度すっかり見せて貰う事にするのだ",
"随分辛い条件ですね"
],
[
"仕方がありません。承知しました。そうしなければどうせ帰して貰えないのだから",
"宜しい"
],
[
"君一つ浅田と一緒に行って、支倉から手紙が来るまで泊り込んでいて呉れないか",
"好し"
],
[
"まあ、よく帰って来られたわねえ",
"――――"
],
[
"一体誰なの、お前さんは。又刑事なんだろう",
"そうですよ。おかみさん"
],
[
"又、支倉さんから来た手紙を探しに来たのかい。一日のうちに二度も来るのね",
"おい、静かにしろ"
],
[
"旦那どうぞお気にされないように願います。いつでもこう云う奴なんですから",
"この方は刑事じゃないの"
],
[
"刑事さんだよ。用があってお出でなすったんだよ",
"どう云う用?",
"お前が云ったように支倉さんから来る手紙を押えにさ",
"まあ"
],
[
"そんなら断って終えば好いのに",
"所がそうは行かなくなったんだ。支倉さんの手紙が手に這入るまで旦那は泊り込むんだよ",
"まあ",
"ちょっ、そう驚いて許りいないで、茶でも出せ"
],
[
"お蔭で貴重な手懸りが得られました",
"そうですか、それは結構でした"
],
[
"どこか打合してあるんだろう",
"いゝえそんな事はありません"
],
[
"じゃ、どこへ持って行くのか分らないじゃないか。君、今更嘘を云ったって仕方がないじゃないか、ほんとうの事を云って呉れ給え",
"全く打合せなんかしてはありません",
"ではどうして届けるのだい",
"その都度打合せをしているのです",
"打合せると云うと、支倉のいる所が分ってる訳だね",
"いゝえ、そうじゃないのです"
],
[
"じゃ、どうして打合すのだね",
"この手紙に消印のしてある郵便局へ留置きでこっちから手紙をやるのです",
"えっ"
],
[
"君、直ぐに返辞を書いて呉れ給え、文句はこう云うのだ。依頼の品は明後日午前十時、両国の坂本公園へ持参する。都合が悪かったら直ぐお知らせを乞う。好いかい",
"承知しました"
],
[
"之を見て呉れ給え",
"支倉から何か云って来たのか"
],
[
"どこまで悪智恵の働く奴だか訳が分らない",
"一時も早く公園の警戒を解いて貰わねばならないのだ"
],
[
"あゝ、今日こそは逃がさないと思ったのに",
"僕もそう思って今朝からソワ〳〵していたんだ"
],
[
"警戒は直ぐ解く事になった。もうきゃつに悟られる気遣いはない。それに一人だけ公園に残して、きゃつらしい奴が立廻らないか見せる事にしてあるよ",
"そうか、それで安心した"
],
[
"所で第二段の備えだがね。僕は真逆支倉が君が浅田に書かした手紙を真向から信じないのではないと思う",
"僕もそう思うよ。きゃつは疑り深い性質だから、安心の為にこんな手紙を寄越して、会見の場所を変えたのだろう",
"それに違いないが、愈〻そうとすると、一時も早く返辞をやって彼を安心させなければいけない",
"そうだ、すぐに浅田に返辞を書かせよう",
"そうして呉れ給え。僕は今日こそ間違いはないと思ったが、対手が対手だから、もしやと懸念して両国へ行く前にこゝへ訪ねたのだったが、来て好い事をしたね",
"そうだったよ"
],
[
"君が来て呉れないと、この手紙の事をみんなに伝える事が出来ないで、大変困った事になるんだったよ",
"きゃつの旧悪の事は大分はっきりして来たんでね"
],
[
"一時も早く捕えないと、警察の威信にもかゝわるし、第一僕は署長にたいしてあわせる顔がないんだ",
"その点は僕だって同じ事だ。署長のいら〳〵している顔を見ると身を切られるより辛い。全くお互に意気地がないんだからなあ。毎日のように嘲弄状を受取りながら犯人が挙げられないんだからなあ",
"そうだよ、僕達はとても根岸のように落着き払っていられないよ",
"矢張り年の関係だなあ。僕達も年を取ればあゝなるかも知れないが、今はとてもあいつの真似は出来ないなあ"
],
[
"で何かい、あの屍体は愈〻小林貞と確定したのかい",
"うん、確定したよ"
],
[
"そう〳〵、君はずっとこの家に張り込んでいたのだから、知らなかったっけね。頭蓋骨に非常な特徴があってね、それに残っていた着衣の一部が家出当時のものと判明したから、もう大丈夫だよ。只骨組が少し大き過ぎると云うのだが、大した障りにはなるまいと思う",
"そうか、それは手柄だったね",
"そんな話は後廻しとして、浅田に返辞を書かそうじゃないか",
"そうだ"
],
[
"今ふと思いついたのだが、支倉の奴はとても喰えない奴だからこゝの境内までは来るまいかと思われるのだ、奴はきっと八幡様の手前の方にそっと見張っていて、浅田の姿を見つけようとするだろうと思うのだ。それだから、こっちはその裏を行って、電車通りに待構えていて、きゃつが電車から降りようと車掌台に姿を現わした時に逸早く見つけようと云うのだよ",
"成程、それは有効な方法だ"
],
[
"けれども第一きっと電車で来るとは極ってはいないし、もし向うに先に感づかれると困るよ",
"そこはどうせ運次第だよ。第一そんな事を云えばきゃつが今日こゝへ来るかどうかさえ疑わしいんだからね。僕だって一生懸命だから万に一つの仕損じはないと思うけれども、もし取逃がしたとしても十人もの人間で網を張っているのだから大丈夫さ。では、宜しく頼むよ"
],
[
"年齢は",
"三十八歳",
"住所は",
"芝白金三光町××番地",
"職業は",
"伝道師です",
"うむ"
],
[
"君は当署から使が行って同行を求めた時に、何故偽って逃亡したのか",
"逃亡した訳じゃない"
],
[
"警察などと云う所は詰らぬ事で人を呼び出して、三日も四日も勝手に留て置くものだ。僕はそんな侮辱的な事をされるのが心外だったから出頭しなかったまでだ",
"うむ"
],
[
"お前はどう云う訳で呼び出されるのか知っていたか",
"多分聖書の事だと思う"
],
[
"聖書の事なら決して君達に手数はかけない、あれは譲り受けたのだから、どこへ売り払おうと僕の勝手だ",
"それなら尚の事逃げ廻るには及ばんじゃないか。何か外に後暗い事があるに相違ない",
"そんな事は絶対にない",
"お前は逃亡中に度々署や刑事に宛て愚弄を書き連ねた手紙を寄越したのはどう云う訳か"
],
[
"あれは訪ねて来た刑事の態度が余り不遜で、非常に侮辱的に考えたから、その報復にあゝ云う手紙を書いたのだ",
"そうか、そういう訳だったのか"
],
[
"おい、こうなったらもう潔く何もかも云って終ったらどうだ。当署ではちゃんと調べがついているのだぞ",
"それは何の事だね。僕には少しも分らん"
],
[
"そうか、では問うが、お前は今から三年前に小林貞と云う女を女中に置いたのを忘れやしまい",
"小林貞?"
],
[
"そんな女中がいたと覚えている",
"その女にお前は暴行を加えた覚えがあるか",
"そんな覚えはない"
],
[
"本人の叔父の小林定次郎からちゃんと暴行の告訴が出ているぞ",
"そんな筈はない"
],
[
"その話はちゃんと片がついている",
"片がついているとはどう云う事か",
"当時神戸という知合の牧師が仲介にたって、相当の事をして以後問題の起らぬ筈になっている",
"そうか、それでは暴行の事実を認めるのだね",
"――――"
],
[
"黙っていては、分らんじゃないか",
"その事ならどうか神戸牧師に聞いて下さい"
],
[
"その小林貞と云う女中はその後行方不明になっているが、その居場所はお前が知っている筈だ。隠さずに云うが好い",
"そんな事は知らない"
],
[
"わしが知る訳がない",
"馬鹿を云え"
],
[
"知らんとは云わさんぞ",
"貞の行方は叔父の定次郎が知ってる筈だ"
],
[
"定次郎が病気の治療代を度々請求するので、一度本人を連れて来いと云った所、定次郎は本人を見せるともう金が取れないと思って隠して終ったのだ",
"そうか、するとお前は定次郎に本人を連れて来い、金を遣るとこう云ったのだな",
"そうです",
"それじゃお前が貞を隠したとしか思えないじゃないか",
"どうしてですか",
"貞が出て来なければ金を遣る必要がないじゃないか",
"そんな事になるかも知れないが、わしは貞を隠した覚えは毛頭ない",
"そうか、それからもう一つ聞くが、お前は前後三回も火事に遭っているね",
"遭っている"
],
[
"同じ人が三度も続けて火事に遭うのは奇妙だと思わないか",
"別に奇妙だとは思わない。非常に運が悪いと思っている",
"然し、運が悪い所ではないじゃないか。お前は火事の度に保険金が這入り、だん〳〵大きい宅に移っているじゃないか",
"そんな失敬な質問には僕は答えない"
],
[
"お前はその火事がいずれも放火だと云う事を知っているだろう",
"三度とも放火だかどうだか知らないが、神田の時は放火だと聞いた",
"お前が放火をしたのだろう",
"以ての外だ。僕はあの火事の為に大切な書籍も皆焼いて終って、大変迷惑したんだ。冗談もいゝ加減にして貰いたい",
"黙れ"
],
[
"宜い加減な事を云って事がすむと思うと大間違いだぞ。俺の云う事には一々証拠があるのだ。根もないことを聞いているのではないぞ",
"証拠?"
],
[
"どんな証拠か知らぬが見せて貰いたいものだ",
"では知らぬと云うのだな",
"知らぬ、一切知らぬ",
"よし、では今は之だけにして置く。追って取調べるから、それまでによく考えて置け",
"考えても知らぬものは知らぬ。そう〳〵度々呼出されては迷惑千万だ。それ以上聞く事がないなら帰して貰いたい",
"何、帰して呉れ?"
],
[
"貴様のような奴を帰す事が出来るものか。大人しく留置場に這入って居れ",
"じゃ、僕を拘留すると云うのか"
],
[
"貴様は道路交通妨害罪で二十九日間拘留処分に附するのだ",
"え、道路交通妨害罪?"
],
[
"あんな生温い事ではあいつが泥を吐く気遣いはありません",
"まあ、そうせくな"
],
[
"そう手取早く行くものじゃない。どうせ皆で交る〴〵攻め立てなければ駄目さ",
"そりゃそうですけれども",
"午後にもう一回僕がやるから、その次は根岸君と君とにやって貰うんだね",
"そうですね"
],
[
"私は主任のお手伝いをする事にして、石子君と渡辺君とに元気の好いところをやって貰いましょうか",
"それも宜かろう"
],
[
"それから、あいつの云った神戸とか云う牧師ですね。一度調べて見なければなりませんね",
"そうだ"
],
[
"早速召喚しよう",
"いや"
],
[
"喚んでも来るかどうか分りませんよ。石子君にでも行って貰うんですなあ",
"行きましょう"
],
[
"では石子君は神戸牧師の所へ行って呉れ給え。それから根岸君と渡辺君とは午後僕の調べた後を、もう一度厳重にやって呉れ給え",
"承知しました"
],
[
"主任、支倉がどうしたのか苦悶を始めました。監房をのたうち廻っています",
"えっ"
],
[
"君、あいつの懐中物はすっかり取り上げたんだろうね",
"えゝ"
],
[
"毒薬を持っていたとか云うが――",
"毒薬は無論第一に取上げました",
"では、急病でも起したと見える"
],
[
"直ぐ医者を呼んで呉れ給え",
"承知しました"
],
[
"そうか、抛っときゃ治るよ。大した事じゃない。何か悪いものを食べたのか",
"えゝ、呑んだのです",
"呑んだ?"
],
[
"何を呑んだのだね",
"銅貨を呑んだのです。僕は、僕は死ぬ積りなのだ",
"何、銅貨を呑んだ"
],
[
"大丈夫でしょうか",
"大丈夫です"
],
[
"銅貨を呑んだって死にゃしません。脈も確ですし、心配はありません",
"そうですか"
],
[
"えゝ、健胃剤でもやりましょう",
"ほんとうに大丈夫ですか",
"えゝ、大丈夫ですよ",
"おい、支倉"
],
[
"いくら何でも今調べるのは可哀想だ。それに今聞いたって云う気遣いはないよ。今晩一晩位は独房に置いとくのが好いのだ。どんな強情な奴でも、一人置かれるといろ〳〵と考えて心細くなるから、素直に云うものだよ",
"それは対手に依るよ"
],
[
"あいつにはそんな生優しい事では行かないよ",
"まあ、行くか行かぬかそっとして置くさ。それよりね、主任"
],
[
"女房を一度喚んで調べましょうや、何か知っているかも知れませんぜ",
"うむ、そうだ。そうしよう"
],
[
"何か御用事ですか",
"はあ、鳥渡支倉の事についてお伺いしたい事があるのです"
],
[
"支倉? はゝあ、どんな事ですか",
"実は支倉はある嫌疑で神楽坂署に留置してあるのです",
"支倉が"
],
[
"はゝあ、どう云う嫌疑ですか",
"それはいろ〳〵の嫌疑で鳥渡こゝでは申上げられないのですが、それにつきまして、お尋ねしたいのは支倉の家に居りました小林貞と云う女の事についてなのです",
"はゝあ",
"支倉が小林貞と云う娘に暴行を加えたと云う話なのですが",
"その事を私に聞こうと云うのですか"
],
[
"えゝ。そうなのです。支倉があなたに聞いて呉れと云うのです",
"支倉が私に聞いて呉れと云ったんですって?",
"えゝ",
"そうですか"
],
[
"支倉がそう云ったのなら、差支ないかも知れませんがね。兎に角人の名誉に関する事ですから申上げかねますね",
"それはそうでしょうけれども、真相が分りませぬと支倉に不利になるかも分りません。私達も出来るだけ事の真相を掴みたいと思っているのですから決して御迷惑になるような事はいたしませんから、ご存じの事を教えて下さい",
"あなたの云われる事は能く分りますがね。兎に角重大な事ですからな。まあ、云うのはお断りしたいと思います",
"では差支のない事だけを云って下さいませんか",
"さあ、どんな事が必要なのですか。一つ聞いて見て下さい。答えられるだけは答えますから",
"小林貞と云うのは、あなたの御世話で支倉方に行儀見習いと云うので置いて貰ったのだそうですが、そうですか",
"私の世話と云う程ではありません。あれの親が私の娘を支倉さんの家に置いて貰う事にしたらどうだろうと云うので、宜かろうと云った位のものです",
"その娘に支倉がどうとかしたと云うのは本当ですか",
"それは本当とも嘘とも申上げられません",
"では、本人が病気の為に暇を貰ったと云うのは本当ですか",
"えゝ、そんな事でした",
"何の為に病気になったのですか"
],
[
"それはお答え出来ません",
"そうですか"
],
[
"職責上と云われると私も知っているだけの事は云わなければなりますまい。ではこうして下さい。もし正式に検事なり署長なりから召喚があれば私はその人達の面前で申述べる事にしましょう。他人の迷惑になるかも知れない事を不用意のうちに喋るのは嫌ですから",
"では何ですか"
],
[
"署長の前でならお話し下さいますか",
"えゝ、もしそれが必要だと云うならそうしましょう",
"有難うございます"
],
[
"強情な女だ。だが実際知らないらしい",
"知らない筈はないと思うが"
],
[
"支倉が?",
"はい"
],
[
"どうぞ笑って下さい。責めて下さい。支倉は哀れな人間です",
"どうしたのですか"
],
[
"話して御覧なさい",
"先生、私は卑しい人間です。私は弱い人間です"
],
[
"先生、私は大変な罪を犯したのです。汚れた罪なのです",
"どんな汚れた罪でも償えない筈はありません。話して御覧なさい",
"先生、私は女を犯したのです。無垢の少女を。私は前に云った通り性慾の醜い奴隷なのです。実は一月許り前に妻が郷里の秋田へ帰りました。その留守の閨淋しさに私は女中の貞に挑みかゝり、とう〳〵暴力を以て獣慾を遂げて終ったのです"
],
[
"それは飛んだ事をしましたね",
"私の罪はそれだけではありません"
],
[
"私は女に忌わしい病気をうつして終ったのです",
"え、え"
],
[
"何とも申上げようがありません。お目にかゝってこんな恥かしい事をお話しなければならない私をお憐み下さい",
"よく告白しました。あなたはきっと救われると思います",
"有難うございます。先生、私の浅間しい所業は罰せられずには置かなかったのです。女房にも女の親にも知られて終いました。女の叔父と云うのが手のつけられない無頼漢なのです。私は絶えず脅迫されるのです"
],
[
"で、私はどうすれば好いのですか",
"叔父との間を調停して頂きたいのです"
],
[
"無論私は再びこんな誤ちを犯さない事を誓います",
"その叔父とか云うのとはどう云う話になっているのです",
"たゞもう姪を元の通りの身体にして帰せと云って喚き立てる許りなのです",
"そうですか"
],
[
"私はこんな問題に触れるのは好みませんが、折角のお頼みですから、兎に角その叔父と云うのに一度会って見ましょう。所で父親の方はどうなのですか",
"無論立腹しているには違いないのですが、父の方は別に直接には何とも云わないのです",
"父親の方は私も一度位会った事があるかと思っています。父親をさし置いて叔父の方がそう喧しく云う事もないでしょう。兎に角私から穏かに話して見ましょう"
],
[
"だまっていればいる程損なんだ。立派に白状すれば情状酌量と云う事がある。お前が強情を張る為に罪のない女房まで痛い目を見ているではないか",
"え、女房が調べられているって"
],
[
"あっ、主任、ひどく顔色が悪いじゃありませんか",
"うん"
],
[
"僕は支倉が自白をする迄はとても休息などしていられないのだ",
"僕も随分留めたのだがね"
],
[
"主任がどうしても聞かないのだ",
"そうですか、ではお願いする事にしましょう"
],
[
"お前は未だ小林貞の居場所を白状しないのかい",
"知らぬ事はいくら問われても答える事が出来ぬ"
],
[
"小林貞は大崎の古井戸の中にいるのだッ",
"え、え"
],
[
"貞の行方が分っていれば好いじゃありませんか。今まで何だって私に訊ねたのです",
"何っ、貴様は本官を愚弄するかっ"
],
[
"ねえ、支倉君、世話を焼かすじゃないか。司法主任を怒らしても仕方がないじゃないか。知ってるだけの事は素直に話した方が好いと僕は思うね",
"知らないから仕方がない"
],
[
"我々は既に度々云う通り、証拠のない事を云っているのじゃないのだ。然し、今は証拠があるとかないとか云う事を超越して、直接君の良心に訴えたい。君も仮りにも宗教的な仕事をしていたのだろう。侮い改めよと人に云って聞かした事もある筈だ。ねえ、君が何か悪いと思う事をしていたら、此際すっかり云って貰おうじゃないか。我々の職務は決して犯人に不利益な事のみを捜し出すのじゃない。利益になる事も充分探り出して、意見書を添えて検事局へ送るのだよ。君が素直に自白さえすれば、我々は少しも君を憎んでいやしない、署長によく頼んで罪が軽くなるように計って貰おう。僕の云う事に偽りはない。君のように反抗をし続けていると結局君の損なんだよ",
"反抗している訳では毛頭ない"
],
[
"然し知らない事は返事が出来ないし、あまり威丈高になって聞かれると、勢い僕の方でも黙って引込んで居られないと云う訳だ",
"成程、君の云う事は尤だ。然し我々は君が知らない筈がないと思うのだがね",
"それは意見の相違で、つまり水かけ論さ",
"そうすると君は高輪の火事の時に半焼になったが、保険の勧誘員に金をやって全焼の扱いにして貰った事も否定するのだね",
"勧誘員に金はやったよ。然しそれは単なる謝礼の意味で、半焼を全焼にして貰った覚えなどはない",
"あの火事の晩に、君は俗に立ン坊と云う浮浪人に金を出して雇っているが、あれは何の為だったのだね",
"何の為でもない"
],
[
"いやそんな者を雇った覚えはない",
"ふん、ではそれはそうとして、君は小林貞の叔父の定次郎には度々脅迫されて、弱ったろうね",
"あいつは実に悪い奴だ"
],
[
"あいつには随分ひどい目に会わされた",
"ふん、それで君が小林貞を病院から帰る途中で連れ出したのは何時頃だったかね",
"そんな事は知らぬ"
],
[
"未だ白状しないのか。往生際の悪い奴だ",
"いつまでも強情を張ると痛い目を見せるぞ"
],
[
"この二人は若いから、ほんとに君をどんな目に遭わすか知れないよ。そんな詰らぬ目に遭ってから云うよりは、今云った方が好くないか。どうせ云わねばならぬ事だから、その方が得と云うものだぜ",
"得だろうが損だろうが、少しも知らぬ事は云えぬ"
],
[
"分らないか。この髑髏の歯を見てみろ。之はお前に殺された小林貞の骸骨だ",
"え、え"
],
[
"そんなものは俺は知らない。貞を殺したなどと飛んでもない事を云うな",
"貞の屍体は大崎の古井戸から出て来たのだがね"
],
[
"君はその時に見に行ったそうだが、どんな気持がしたね",
"大崎の古井戸から女の屍体が上がった事があった。俺はそれを見に行ったのを覚えている。然し、あれは決して貞ではない",
"そんな事はないよ。確に貞の屍体だよ",
"いや、あの上がった屍体はすっかりと腐爛していたから誰の屍体だか分りゃしない。現にあの時の検視官にも何も分らなかった筈だ",
"支倉君、君は非常に委しいことを知っているね",
"――――",
"君は何か思い当る所があったので、検視の結果に深い注意を払っていたのだろう。ね、そうだろう",
"――――",
"支倉"
],
[
"お前が古井戸の中へ女を抛り込んだ事はいかに隠そうとしても無駄な事なのだ。早く有体に云って終え",
"いつまでも隠し切れるものではないよ"
],
[
"僕も随分いろ〳〵の犯人を調べた。中には強情なのがあって、容易に白状しないのがあったが、結局はみんな恐れ入ったよ。事実犯した罪を最後まで知らないと云い張れるものではないのだ。どうせ事実を云わねばならぬとすると、早い程好いよ。裁判に廻っても非常に得だし、それに君の自白が長引けば長引く程、妻子も長く困る訳だよ",
"君の云う事は能く分る"
],
[
"僕だって覚えがあるなら無論云う。こんな所にいつまでも入れられているのは苦痛だし、妻子の事を思うと身を切られるより辛い。本当に何も知らぬからいくら問われても之以上は答えぬ。早く裁判に廻して呉れ",
"じゃ、君は飽くまで知らぬと云い張るのだな"
],
[
"知らぬ、知らぬ、何と云われても知らぬ",
"知らぬ事があるものかっ"
],
[
"おい、どうしたい。未だ片はつかんのか",
"はい"
],
[
"未だ自白いたしません",
"そうか"
],
[
"隠した覚えがないと云っても、そりゃいかんよ。君があの女の為に金を強請られるようになって、うるさがっていたと云う事は蔽うべからざる事実じゃからね。じゃ君はあの女はどうして行方不明になったと思うのだね",
"そんな事はよく分りませんが、多分叔父の定次郎がどうかしたんじゃないでしょうか",
"どうかしたとは?",
"どっかへ売飛ばしでもしたんでしょう",
"ハヽヽヽ、君は妙な事を云うね。あの定次郎と云う男は女の為に好い金の蔓にありつけた訳じゃないかね。折角の金の蔓をまさか端した金で売飛ばしもしまいじゃないか。それよりも君こそあの女は邪魔者だ。病院の帰りに誘拐してどこかへ売飛ばしたのだろう",
"決してそんな事はありません",
"よく考えて御覧"
],
[
"君は知っている事をすっかり話して終わないうちはこゝは出られないよ。ね、聖書を盗んだ事はもう証拠歴然として動かす事は出来ないのだ。それだけで君は検事局に送られ、起訴になるに極っている。それでだね、潔く外の事も云って終ったらどうだね。いずれ予審判事が見逃す気遣いはなし、今こゝで白状した方が余程男らしいがね",
"犯した罪なら白状しますが、知らぬ事は申せません"
],
[
"君が知らない筈がないからね、君がそうやって頑張っているうちは、罪もない細君まで共々厳重に調べられるのだ。君が口を開かなければ細君の口を開かすより仕方がないからね",
"家内は何にも知りません"
],
[
"そうかも知れない。然し家内は知らないと云ったね。家内は知らないと云う位だから君は無論知っている事があるのだね、早くそれを云い給え。細君はすぐ家に帰すから",
"――――"
],
[
"よく考えて見ますから今日は寝さして下さい",
"うむ"
],
[
"こうなったら根比べだ。貴様が先に参るか、俺が斃れるか。何日でも訊問を続けるばかりだ",
"支倉、幾度も云って聞かせる通り"
],
[
"野郎又狂言自殺をやりやがったなっ",
"硝子なんか呑んだって死ねるものかい"
],
[
"僕はお前に身に覚えのない事を白状せよとは云っていない。覚えのある事は結局自白しなければならぬのだから、早い程好いと云っているのだよ。お前は後の事を心配しているのだろうが、立派にあゝやって家作もあるのだし、僕も出来るだけの事はする積りだから、妻子の事は少しも心配がないと思う。いつまでも頑張って辛い訊問を受けるより、男らしく白状して終ったら好いじゃないか",
"ねえ、支倉君"
],
[
"さあ、真直に云うが好い。小林貞は一体どこへやったのだ",
"誠にお手数をかけました"
],
[
"貞はいかにも私が誘拐したのです",
"うむ"
],
[
"どこへ売飛ばした",
"上海です",
"何、上海?",
"はい",
"うん、そうか。然し、お前が直接上海へ売渡す事はあるまい。誰かの手を経たのだろうが、それはどこの何者か",
"それは忘れました",
"なに、忘れた。そんな筈はない、思い出して見よ",
"何しろ三年も前の事だからすっかり忘れて終いました",
"そんな馬鹿な事があるものか。人並外れて記憶の好いお前が、そんな大事件を忘れて終う筈がない。云い出したからにはハッキリ云ったら好いだろう",
"どうも思い出せません"
],
[
"うむ、よく白状した。これでわしも職務を果す事が出来たし、お前もさぞかし気が晴々した事と思う。この上は神聖な裁判官の審きを受ける許りだ。犯した罪は悔い改めれば消えて終う。然しながら国の定めた掟によって罰は受けなければならない。その覚悟はあるだろうな",
"はい"
],
[
"その覚悟はいたして居ります。誠に今まで長らく御手数をかけて相すみませんでした。あなたの之までの御心尽しには只感謝の外はありませぬ。後の所はくれ〴〵も宜しくお願いいたします",
"うむ、それは云うまでもない事だ。では今の自白の聴取書を拵えるから栂印を押せよ。それから、之で当署の仕事は済んだのであるから、直ぐに検事局に送るのであるが、希望があるなら妻子に一度会わせてやろうがどうじゃ",
"有難うございます"
],
[
"子供には会いたいと思いません",
"うむ、そうか"
],
[
"それでは早速女房を呼んでやろう",
"それからお言葉に甘える次第でありますが、一度神戸牧師にお会わせ下さいますようお願いいたします。先生の前で心残りなく懺悔がいたしたいと存じます",
"宜しい"
],
[
"ほんとうにお前はそう思って呉れるのか",
"はい"
],
[
"そうだ。お前も差向き何かと不自由であろう。今わしは八十円程金を持っている。署長さんの手許に保管してある筈だから、わしはそのうち二十円もあれば好い。残りの六十円はお前に遣るから好いようにして呉れ",
"いえ、いえ"
],
[
"その御心配は御無用です。私はお金など要りませぬ。あなたこそ御入用でしょう。どうぞそのまゝお持ち下さいまし",
"いゝや"
],
[
"わしにはもう金などは不要なのだ。そうだ、誠お前がいらないのなら、せめて死んだ貞の為に墓でも建てゝやって呉れ",
"おゝ、ほんにそうでございました。そう云う思し召なら頂戴いたしましょう。私は少しも欲しくありませんが、仰せの通り死んだ貞の墓を建てゝ、後懇に弔ってやりましょう",
"あゝ――っ"
],
[
"あの、家の事ですけれども、千五百円なら買手がありますので、売って終ってあなたの弁護料なり弁当代にしたいと思いますがどうでしょう",
"家を売る事は少しも差支ないがね"
],
[
"家を売ろうと思いましたが、保険会社に差押えられて終いました。もう駄目です",
"なにっ、差押えられた?"
],
[
"はい、一昨日差押えられました",
"うむ"
],
[
"よく帰って来られましたね",
"うん、酷い目にあったよ"
],
[
"お前も気の毒だったねえ",
"いゝえ、私なんかなんでもありませんわ",
"でも、神楽坂署では随分いじめられたろう",
"えゝ、ちっとばかし",
"ちっとばかしじゃない。俺はよく知っているんだ。俺は何べんかお前の泣声を聞いたのだ"
],
[
"俺もなあ、ひどい目に遭わされたよ。刑事が交る〴〵徹夜で調べるんだ。そうして得体も知れない骸骨に接吻をさせるのだ",
"えゝっ"
],
[
"どんな事があっても、身に覚えのない事は白状しない積りだったが、お前の泣声を聞くのは身を切られるより辛かったし、徹夜の訊問にはヘト〳〵になって終った。まゝよ、犠牲になってやれ、この家を売って妻子は困らないようにしてやるからと署長も云ったし、後の心配もないと思って、つい嘘の白状をしたのが一生の誤りだった。俺はすっかり署長に誑されたのだ。今となっては云い解く術がない",
"あなたは本当に身に覚えがないのですか"
],
[
"ない。本当に少しも覚えがないのだ",
"そ、そんなら"
],
[
"な、なぜ、あんな白状をなすったのですか",
"それは今云う通り――",
"いえ、いえ"
],
[
"俺が悪かったんだ。だから俺は絞首台に上るものと覚悟している",
"いえ、いえ、そんな必要はありません。誠覚えのない事なら、裁判で無罪になります",
"所が俺はもう云い解く事は出来ないのだ。俺は署長に嵌められて手も足も出ないようになっている。俺は冤罪で罰せられるより一そ一思いに死んで終おうと何度自殺を計ったかも知れない。然しいつでも失敗だ。一度は合監の洋服屋に頼んで殺して貰おうと思ったが、それも駄目だった。俺は死ねないんだ。どうしても死ねないのだ。だから俺は決心した。どうしても死ぬまいと"
],
[
"俺は死なゝい。断じて死なゝい。生きながら悪魔に化すのだ。俺を苦しめた奴等を片っ端から、呪って〳〵呪い抜くのだ!",
"あ、あなた"
],
[
"そ、そんな恐ろしい事は止めて下さいまし。身に覚えのない事ならいつかはきっと晴れます。冤罪で死んだ者は安らかに何の苦痛なしに主の御許に行く事が出来ます。どうぞ、どうぞ悪魔の味方になる事は止めて下さいまし",
"ならぬ、ならぬ、俺は呪うのだ。己れ、庄司、神戸、神楽坂署の刑事ども、俺の呪をきっと受けて見よ。静子、お前との夫婦の対面も之限りだ"
],
[
"まあ待って下さい。もう一度考え直して下さい。坊やをどうするのです。それ、そこにスヤスヤ寝ている坊やをどうするのです",
"なに、坊や、うん、俺も昔は恩愛の絆に縛られて、女々しい気にもなった。もう今の支倉にはそんなものは用はない。そうだ、今日生きながら悪魔になろうと誓った首途の犠牲に、そいつを踏み潰してやろう"
],
[
"此頃のように気を使っては尤もな事ですよ。そう云えば支倉さんもいよ〳〵公判に廻るそうですね",
"はい、近々そう云う都合になるそうです",
"予審で免訴と云う訳に行きませんでしたかなあ",
"はい、矢張り有罪と極りました。それに"
],
[
"保険会社から私訴とやらが出まして、この家を仮差押えされて終いました",
"えっ、仮差押え?"
],
[
"そ、そんな筈はありませんが",
"でも、いたし方ございません。一昨日すっかり差押えられて終いました",
"はてね"
],
[
"そんな事が出来る筈はないと思いますが、早速調て見ましょう。この家を押えられては困るでしょう。支倉さんも家を非常に頼みにして居られて、一日も早く無事にあなたの手に移るようにと、そればかりを気にして居られたのですからね",
"はい"
],
[
"この家が自由になりませんと、弁護士を頼む事も出来ません",
"ほんにそうですね"
],
[
"公判に廻るとすれば一時も早く弁護士を頼まなければなりません。宜しゅうございます。私がその方をお引受けしましょう",
"何から何まであなたにして頂いては私の心がすみませぬ"
],
[
"あの方なら私も少しは知っていますし、こんな事には持って来いの人です。費用の事などは喧しく云わないで、いつでも弱い者の肩を持って呉れる人ですよ",
"支倉も能勢さんにお願いしたいような事を云って居りました"
],
[
"何分宜しくお願いいたします",
"宜しゅうございます。私が引受けますよ"
],
[
"支倉は私を牧師と見込んで、彼の秘密を打明けたのです。即ち彼は自白したのではなく、懺悔をしたのです。神に対して告白する所を私を仲介者に置いたのに過ぎないのです。私は神に向って懺悔せられた人の罪を、軽々しく公の席で申し述べる事は出来ませぬ",
"然らば証人は"
],
[
"法廷に於ける証言を拒絶する意志であるか",
"私は神の僕であると共に"
],
[
"法律の重んずべき事は能く存じて居ります。もし法の命ずる所として強制せられるならば致し方ありませぬ",
"さようか"
],
[
"改めてもう一度聞くが、証人は果して法律上の其の証言を拒む意志であるか",
"いゝえ"
],
[
"必ずしもそうではありませぬ",
"然らば裁判長は職権を以て、証人が支倉より聞知した告白を、当法廷に於て陳述する事を要求する"
],
[
"それでは致方ありませぬ。支倉は貞を暴力を以て犯した事を明白に私の前で告白いたしました",
"うむ"
],
[
"それはどう云う告白だったか",
"支倉は彼の二階で妻の不在中、貞に按摩をさせているうちに情慾を起し、遂に貞の意に反して犯したる旨申しました。そうして小林に対して謝罪をする事を承知したのです"
],
[
"小林兄弟に対して謝罪状を認める事と、本人の病気を治療する事の二つです",
"証人又は小林兄弟に於て、私通と主張するなら被告を告訴すると云った事があったか",
"私には立派に暴行なる旨自白したのですから"
],
[
"支倉はとうとう死刑になりましたね",
"うん"
],
[
"控訴するでしょうか",
"無論するだろう",
"じゃ、又証人に呼び出されるのでしょうか",
"無論、呼び出されるだろう"
],
[
"中々暑うございますねえ、先生の方の御仕事はいかゞですか。我々の方はこう暑いと骨が折れますよ",
"そうでしょう。あなた方のお仕事は大変でしょう。我々の方は仕事と云っても別に変った事はありません。お恥かしい位です"
],
[
"所で今日突然お伺いしましたのは、支倉喜平の事でお願いに出たのですが",
"はあ"
],
[
"私はその、他の用で東京監獄に行きましてね、ふと支倉に呼び留められて、だん〳〵話を聞いたのですが、あゝ彼の云う事が全部事実だかどうか分りませんが、可哀そうな者だと思われますので、実はお願いに出たのですが、先生一つ何とかして救ってやって頂けませんでしょうか",
"成程そう云う訳でしたか"
],
[
"で、その救ってやると云うのはどうすれば好いのですか",
"そう具体的になると困りますがね"
],
[
"つまり何です。彼を憐んで下すって、彼の利益になるような証言をしてやって頂きたいのです",
"利益な証言と言いますと"
],
[
"つまり従来のではいけない、彼を庇護する為に事実を曲げろと仰有るのですか",
"いや、それ程までに強い意味ではないのです。先生の証言なるものは要するに心証の問題で、事実は曲げなくても、先生のお考え一つでどうにでも解釈の出来る問題じゃないのでしょうか",
"そうかも知れません"
],
[
"ですから私は私の解釈を法廷で申述べたのです。尤も私は一旦は拒絶しました。然し既に口外したからには、私の考えとして飽くまで責任を負い、今後変更しようとは思ってはいません",
"ご尤もです。然しもし先生が彼に憐れみを垂れて下されば――",
"鳥渡お待ち下さい"
],
[
"先刻からのお話では、私が何か支倉を憎んでゝもいるように取れますが、もしそう云うお考えだと飛んでもない事で、私は決して彼を憎んでは居りません。十分憐憫の情は持っている積りです。然し宗教家としての私は、法律上の罪人として彼に干渉する事は出来ないと思うのですが。それとも彼は全然冤罪であると云う確証でもお持ちなのでしょうか",
"いや、決してそうじゃないのです。私も彼が悪人であると云う事は十分認めているのです。然し、悪人なればこそ、一層救ってやる必要はないでしょうか",
"悪人を救ってやる事には異議はありませんが、それは宗教の関係している範囲で、法律上の事に及ぼす事は出来ないと思います"
],
[
"法律上の罪人でも救う道はあると思います。例えばユーゴーの小説レ・ミゼラブル中のミリエル僧正がジャン・バル・ジャンを救ったようにですね",
"あなたは何か誤解をして居られませんか"
],
[
"支倉は獄中から度々私に手紙を寄越して、『神戸さん、あなたは牧師だったら、ホントの事を云って下さい』とか、『私はあなたからホントの事を云って貰って、あなたに救われたなら、あなたの為に出てからどのような事でもする』とか云って居りましたが、多分あなたにもその通り申上げたでしょう。その為にあなたは私が何か嘘でも云っているようにお取りではありませんか。あなたは最近に不意に支倉に会われて、彼の口から冤罪を訴えられたので、すっかり信じてお終いになったかも知れません。私は久しい以前から彼を知っています。現に彼の自白の場面にも立会ました。で、私はあなたが今彼の訴える事を信じられる通り、彼の自白を信じざるを得ません。あなたも今の彼の云う事を信じて、以前に彼の云った事を信じないと云う事は出来ないでしょう",
"ご尤もです。一言ありません"
],
[
"私だって彼の冤罪を全然信じている者ではありません。ですから、こゝでは彼の云う事が正しいか正しくないとか云う問題でなく、彼も今となっては悔悟の涙に暮れているのですから、どうでしょう、義侠的に彼を救ってやって下さいませんか",
"成程、あなたのお考えはよく分りました。憐れな囚人や、醜業婦や、貧民窟の貧乏人を救ける位の義侠は宗教家としては持合せていなければならぬ筈です。然しそれも事柄によります。現在のように法律問題となって、法廷の曲直を争っている彼に対して、私が義侠的に救けると云う途はないと思います。法廷に立って私は、権力を以て強られるまゝに、真実私の感じた事を述べるより外はありません",
"先生の御意見はよく分りました。では私として、法廷の証言以外に彼に対して、どうか好意を持ってやって頂きたいとお願いするより致方ありません",
"私は前申上げた通り、彼に対して悪意を持った事はありません。仰せの如く今後出来るだけ好意を持ち続ける事にいたしましょう",
"どうも恐れ入ります。そう願えれば之に越した喜びはありません。それから"
],
[
"お言葉に甘えてお願いがありますが、実は支倉が小林貞の事に関して、当時先生に差上げた書面が数通ある筈だが、それは自分に利益のある書面だと思うから全部お借し下さる事を願って呉れと申したのですが、いかゞでしょう",
"書面ですって"
],
[
"さあ、私も書面は一々保存はして居りませんが、当時支倉の寄越したものは残っていたかと思います。然し、それが果して彼に利益があるでしょうか",
"それは私にも分りませんが、兎に角見たいと申して居りますから貸してやって頂けませんでしょうか",
"貸す事は一向差支ありません。では鳥渡お待ち下さい。探して見ますから"
],
[
"多分之で全部だと思います。私も後にこんな面倒な事件が起るとは夢にも思いませんでしたから、一々保存をして置かなかったかも知れません。之でお役に立つならどうぞお持ち下さい",
"そうですか。どうも有難うございます。支倉もきっと先生の御好意を喜ぶ事でしょう"
],
[
"今差出した書冊に記録した事は真実の事で、且つ書洩らしはないかどうじゃ",
"はい、全部偽らざる記録であります。書洩らしもございません"
],
[
"神戸さん、アナタは本統の牧師であったら嘘を言わんで下さい。嘘を言って私を此上困らすと、私は絶食して死んでアナタの子々孫々にかけてタタリますぞ",
"私はなんの為にサダを殺すか? よく考えて下さい。解決済みにならんサキなら尚お殺せんじゃないか。私やアナタにサダはまだ関係のある中になくなったものとしたら、サダの出るまで私やアナタに『サダを出して返せ』と云って要求さるゝではないか",
"神戸さん! 私は当時アナタの所に書き送っとる小林サダと私とのなした行為及高町の所に何時何日に薬価及び入院料を払ってある、強姦でないと云う事が明記されとる所の手紙を裁判所の方に出して下さい。それから自分は二十六日には朝何時に家を出て、何処其処に行って何用を弁じて、何時何十分頃に宅に帰っとると云う事が詳しく書いてある手紙を裁判所に出して下さい。二十六日に於ける朝から帰宅迄の行動動作に就いては私は当時アナタにも定次郎氏にも詳しく話しもし、又書面にも詳しく認めて両方に上げてある筈ですから、是非一日も早く出して下さい"
],
[
"いゝや、被告は確に髑髏を二つ見せられたと云っている",
"そんな事はありません",
"被告の妻にも髑髏を見せたではないか",
"私は知りません",
"髑髏を被告に突つけて嘗て見ろと云ったではないか"
],
[
"誰か外の者がそう云う事を遣りましたかどうか知りませんが、私はやりません",
"ふむ、では証人はその骸骨を弄んだ事はないと云うのか",
"鑑定に持出すので、二、三度刑事部屋で弄んだ事はあります",
"それでは証人は被告が警察署で警官の前でいじっているのを見た事があるか",
"ありません",
"証人は被告を警察で打ったり蹴ったりして調べたではないか",
"そんな事は決してありません"
],
[
"発信不許可の件其他重要の件につき一度御面謁を賜り御伺い御願いさせていたゞき度、恐入ります、一度至急に御呼出の上、御会いいたゞけますよう、伏而懇願いたします",
"閣下に至急御目にかゝり、いろ〳〵陳述させていたゞき、且つ閣下の御意見のおありになる所を詳細御聞かせ頂きたいのであります、就ては恐入った御願いですが、どうぞ至急に御会いいたゞけますよう、此処切に伏而懇願致します"
],
[
"オイ、支倉の所へ変に嵩ばった小包が来たぜ",
"ちょっ、困るなあ、奴又何か手数をかけるんじゃないか"
],
[
"兎に角開けて見よう",
"宜かろう"
],
[
"うん、之は変ったものだな",
"奴、発心でもしたかな"
],
[
"オヤ〳〵、何か字が書いてあるぜ",
"成程、之は確に字だ"
],
[
"例の文字だ",
"いかにも、執拗な奴だ"
],
[
"オイ〳〵背中にも文字があるぞ",
"こいつは大変な事が書いてある"
],
[
"之は一体どう云う意味だ",
"さあ、さっぱり分らないね。第一この着物をどうしようと云うのだろう"
],
[
"之はどうするのだね",
"公判の時に着て出るのです",
"なに、公判の時に"
],
[
"して、この佐倉宗五郎と云うのはどう云う事なんだね",
"分りませんか",
"分らないね",
"そんな筈はないでしょう"
],
[
"つまり私の身の上の事ですよ",
"お前の身の上!"
],
[
"之は態〻注文したのかい",
"そうです。郷里の方へ注文してやったのです",
"いつ着るんだね",
"この次の公判の時からです"
],
[
"オイ、この着物は渡せないそうだ",
"何っ!"
],
[
"それはどう云う訳かっ!",
"どう云う訳と云う事もない"
],
[
"こんな不穏な文字を書いたものを着て、公判廷に出す訳には行かぬ",
"何が不穏だ",
"不穏だから不穏だ",
"そ、そんなら何故前に云わぬ",
"馬鹿な事云え。前にそんな事が分るものか",
"だ、黙れ。き、貴様等は俺の出す手紙を一々検閲するではないか。俺の注文書を読まなかったか",
"成程",
"俺は事明細に認めて郷里の紺屋に注文したのだ。それを刑務所の役人は読んでいる筈だ。着て悪いものを注文すると思ったら、何故その時に注意せぬ",
"成程、之は一本参った",
"出来てから取上げるとは、みす〳〵俺の懐中を痛めるのではないか",
"うむ、お前の云う所は尤もだ。よし〳〵も一度聞いてやろう"
],
[
"支倉は注文する時に止めないで、出来てから取上げるのは不都合だと呶鳴っていますが、どうしましょう",
"どうしましょうたって、これを許して着せる訳には行かん。成程、注文書に気がつかなかったのは我々の手落だが、気がついた所でまさか注文の時に干渉も出来なかったろう。何でも好い不許可にして終え",
"そうです。じゃ、そうしましょう"
],
[
"喜平に対して最初嫌疑をかけたのは窃盗と詐欺と云う事であるが、詐欺とはどう云う事実か",
"窃盗につき調べているうちに詐欺の事実が現われたのである",
"支倉は誰か告訴したものがあったか",
"いや、聞き込みであった",
"二月十九日より三月十八日頃まで一ヵ月に亘っているが、此間被告をどう云う理由で留置したか",
"浮浪罪であったか、虚偽の陳述によったか、警察犯処罰令によったと思う",
"いや、それは処罰する目的でなく被告に対して殺人と云うて留置したのではないか",
"それについては確な記憶はない。仮りに云われる通りであったとしても、答弁の必要を認めない"
]
] | 底本:「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」創元推理文庫、東京創元社
1984(昭和59)年12月21日初版
1996(平成8)年8月2日8版
初出:「読売新聞」
1927(昭和2)年1月15日~6月26日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:松永正敏
2007年7月15日作成
2009年7月31日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001430",
"作品名": "支倉事件",
"作品名読み": "はせくらじけん",
"ソート用読み": "はせくらしけん",
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"初出": "「読売新聞」1927(昭和2)年1月15日~6月26日",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-07-29T00:00:00",
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"名": "三郎",
"姓読み": "こうが",
"名読み": "さぶろう",
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"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
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"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
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"底本名1": "日本探偵小説全集1 黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎集",
"底本出版社名1": "創元推理文庫、東京創元社",
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[
[
"何が無茶じゃて? こんな無茶な事が世の中にあるもんかいな。貸した金を返えしもせず、人を殺そうとするなんて、阿呆らしくてものが云えんがな",
"ものが云えなければ黙ってろ。貴様のような奴は殺しても好いのだ",
"無茶苦茶じゃ。謝りもせんと、云いたい事を吐かす。もう辛抱が出来ん。わしは告訴する",
"ふん、告訴でも何でもして見ろ。俺はもうお前なんか恐くないぞ",
"わしは恐うのうても、お上は恐いぞ",
"恐くない",
"阿呆云うな。牢へ這入らんならんぞ",
"構わない",
"無茶じゃ。無茶じゃ。そんな事云わんと、金を返えして呉れ",
"ふふん。そんなに金が欲しいか。金を返えせば文句はないんだな",
"金を返えして、大人しゅう引取って呉れたら、何にも云わん",
"よし、では金を返してやるから、証文を寄越せ",
"証文はお前の女房が破って終ったがな"
],
[
"お前破ったのか",
"ええ"
],
[
"うん、そら覚えとるとも",
"それじゃ云って見ろ。証文がなくなれば返えさなくても好いのだが、俺はお前見たいな卑しい人間と違って、そんな事は嫌いだ。払ってやるから、金高を云え",
"えっ、払って呉れる? 夢じゃないかいな。金高は元利合計で、二百二十八円と四十六銭じゃ",
"よし"
],
[
"さあ、ここに二百三十円ある",
"夢じゃないかいな。生命を取られるかと思うたら、金を返えして貰えるなんて、こんな有難い事はないて。油断さして置いて、又、短刀でブスリとやる積りじゃないか",
"黙れ。愚図々々云わないで早く受取れ",
"何や、気味が悪いな"
],
[
"確かにあります。待って下さい。今おつりを出すさかいにな",
"剰金なんかいらん。取っとけ"
],
[
"あ痛! ああ、これがおつりの分かいな",
"何をッ!"
],
[
"た、大変だ。玉島が殺された",
"えッ"
],
[
"うん。潜戸は開いていたし、玄関は締りはなかったし、強盗が這入ったんだね",
"初めはあなたが殺そうとし、次に私が殺そうとしたのを、救かって置きながら、とうとう三番目の強盗に殺されるとは、よくよく殺される運だったのね",
"うん、全く運のない奴だ",
"天罰ね。でも、私達が殺さないで好かったわ",
"しかし、俺達は疑われるかも知れない",
"本当ね。急にお金が這入って、急に旅行に出たりして、それに私達は玉島の所へ行っているんですものね。疑われるには道具立が揃い過ぎているわ。もし、警察へ呼ばれたらどうしましょう",
"仕方がない。その時の事さ"
]
] | 底本:「「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9」ミステリー文学資料館・編、光文社文庫、光文社
2002(平成14)年1月20日初版1刷発行
初出:「探偵」駿南社
1931(昭和6)年5月号
入力:川山隆
校正:伊藤時也
2008年11月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "047763",
"作品名": "罠に掛った人",
"作品名読み": "わなにかかったひと",
"ソート用読み": "わなにかかつたひと",
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"初出": "「探偵」駿南社、1931(昭和6)年5月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
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"姓": "甲賀",
"名": "三郎",
"姓読み": "こうが",
"名読み": "さぶろう",
"姓読みソート用": "こうか",
"名読みソート用": "さふろう",
"姓ローマ字": "Koga",
"名ローマ字": "Saburo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1893-10-05",
"没年月日": "1945-02-14",
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"底本名1": "「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9",
"底本出版社名1": "光文社文庫、光文社",
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[
[
"どうもしない。",
"だって。……わたしの事?",
"ナーニ。",
"それならお勤先の事?",
"ウウ、マアそうサ。",
"マアそうサなんて、変な仰り様ネ。どういうこと?",
"…………",
"辞職?"
],
[
"ナーニ。",
"免職? 御さとし免職ってことが有るってネ。もしか免職なんていうんなら、わたしゃ聴きやしない。あなたなんか、ヤイヤイ云われて貰われたレッキとした堅気のお嬢さんみたようなもので、それを免職と云えば無理離縁のようなものですからネ。",
"誰も免職とも何とも云ってはいないよ。お先ッ走り! うるさいネ。",
"そんならどうしたの? 誰か高慢チキな意地悪と喧嘩でもしたの。",
"イイヤ。",
"そんなら……",
"うるさいね。",
"だって……",
"うるさいッ。",
"オヤ、けんどんですネ、人が一生懸命になって訊いてるのに。何でそんなに沈んでいるのです?",
"別に沈んじゃいない。",
"イイエ、沈んでいます。かわいそうに。何でそんなに。",
"かわいそうに、は好かったネ、ハハハハ。",
"人をはぐらかすものじゃありませんよ。ホン気になっているものを。サ、なんで、そんなに……。なんでですよ。",
"ひとりでにカなア。",
"マア! 何も隠さなくったッていいじゃありませんか。どういう入ㇼ訳なんですか聴かせて下さい。実はコレコレとネ。女だって、わたしあ、あなたの忠臣じゃありませんか。"
],
[
"君のところへ呼びに行きはしなかったかネ。もしそうだったら勘弁してくれたまえ。",
"ム。ハハハ。ナニ、ちょうど、話しに来ようと思っていたのサ。"
],
[
"なぜネ。",
"なぜッて。イヤだったからです。",
"御前へ出るのにイヤってことはあるまい。"
],
[
"御前へ出るのにイヤの何のと、そんな勿体ないことは夢にも思いません。だから校長に負けてしまいました。",
"ハハア、校長のいいつけがイヤだったのだネ。",
"そうです。だがもう私がすぐに負けてしまったのだから論はありません。",
"負けた負けたというのが変に聞えるよ。分らないネ。校長が別に無理なことを云ったとも私には思えないが。私も校長のいいつけで御前製作をして、面目をほどこしたことのあるのは君も知っててくれるだろうに。"
],
[
"イヤ割が悪いどころでは無い、熔金を入れるその時に勝負が着くのだからネ。機嫌が甚く悪いように見えたのは、どういうものだか、帰りの道で、吾家が見えるようになってフト気中りがして、何だか今度の御前製作は見事に失敗するように思われ出して、それで一倍鬱屈したので。",
"気アタリという奴は厭なものだネ。わたしも若い時分には時々そういうおぼえがあったが。ナーニ必ず中るとばかりでも無いものだよ。今度の仏像は御首をしくじるなんと予感して大にショゲていても、何のあやまちも無く仕上って、かえって褒められたことなんぞもありました。そう気にすることも無いものサ。"
],
[
"それが奇妙で、学校の門を出るとすぐに題が心に浮んで、わずかの道の中ですっかり姿が纏まりました。",
"何を……どんなものを。",
"鵞鳥を。二羽の鵞鳥を。薄い平めな土坡の上に、雄の方は高く首を昂げてい、雌はその雄に向って寄って行こうとするところです。無論小さく、写生風に、鋳膚で十二分に味を見せて、そして、思いきり伸ばした頸を、伸ばしきった姿の見ゆるように随分細く"
],
[
"そんなに鵞鳥に貼くこともありますまい。",
"イヤ、君だってそうでしょうが、題は自然に出て来るもので、それと定まったら、もうわたしには棄てきれませぬ。逃げ道のために蝦蟇の術をつかうなんていう、忍術のようなことは私には出来ません。進み進んで、出来る、出来ない、成就不成就の紙一重の危い境に臨んで奮うのが芸術では無いでしょうか。",
"そりゃそういえば確にそうだが、忍術だって入ㇼ用のものだから世に伊賀流も甲賀流もある。世間には忍術使いの美術家もなかなか多いよ。ハハハ。",
"御前製作ということでさえ無ければ、少しも屈托は有りませんがナア。同じ火の芸術の人で陶工の愚斎は、自分の作品を窯から取出す、火のための出来損じがもとより出来る、それは一々取っては抛げ、取っては抛げ、大地へたたきつけて微塵にしたと聞いています。いい心持の話じゃありませんか。",
"ムム、それで六兵衛一家の基を成したというが、あるいはマアお話じゃ無いかネ。",
"ところが御前で敲き毀すようなものを作ってはなりませぬ、是非とも気の済むようなものを作ってご覧をいただかねばなりませぬ。それが果して成るか成らぬか。そこに脊骨が絞られるような悩みが……",
"ト云うと天覧を仰ぐということが無理なことになるが、今更野暮を云っても何の役にも立たぬ。悩むがよいサ。苦むがよいサ。"
],
[
"一度もあやまちは無かった!",
"さればサ。功名手柄をあらわして賞美を得た話は折々あるが、失敗した談はかつて無い。"
]
] | 底本:「ちくま日本文学全集 幸田露伴」筑摩書房
1992(平成4)年3月20日第1刷発行
底本の親本:「露伴全集 第四卷」岩波書店
1953(昭和28)年3月10日発行
初出:「日本評論」
1929(昭和14)年12月号
※誤植を疑った箇所を、底本の親本の表記にそって、あらためました。
入力:林 幸雄
校正:門田裕志
2002年12月5日作成
2022年5月13日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "004109",
"作品名": "鵞鳥",
"作品名読み": "がちょう",
"ソート用読み": "かちよう",
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"初出": "「日本評論」1929(昭和14)年12月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2002-12-21T00:00:00",
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"人物ID": "000051",
"姓": "幸田",
"名": "露伴",
"姓読み": "こうだ",
"名読み": "ろはん",
"姓読みソート用": "こうた",
"名読みソート用": "ろはん",
"姓ローマ字": "Koda",
"名ローマ字": "Rohan",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1867-08-20",
"没年月日": "1947-07-30",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "ちくま日本文学全集 幸田露伴",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1992(平成4)年3月20日",
"入力に使用した版1": "1992(平成4)年3月20日第1刷",
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"底本の親本名1": "露伴全集 第四卷",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
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"入力者": "林幸雄",
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[
[
"そんなものだったかネ、何だか大変長い間見えなかったように思ったよ。そして今日はまた定りのお酒買いかネ。",
"ああそうさ、厭になっちまうよ。五六日は身体が悪いって癇癪ばかり起してネ、おいらを打ったり擲いたりした代りにゃあ酒買いのお使いはせずに済んだが、もう癒ったからまた今日っからは毎日だろう。それもいいけれど、片道一里もあるところをたった二合ずつ買いに遣されて、そして気むずかしい日にあ、こんなに量りが悪いはずはねえ、大方途中で飲んだろう、道理で顔が赤いようだなんて無理を云って打撲るんだもの、ほんとに口措くってなりやしない。",
"ほんとに嫌な人だっちゃない。あら、お前の頸のところに細長い痣がついているよ。いつ打たれたのだい、痛そうだねえ。"
],
[
"だけれどもどうしたんだエ。ああやっぱり吾家の母様の云うことなんか聴かないつもりなのだネ。",
"なあに、なあにそうじゃないけれども、……",
"それ、お見、そうじゃあないけれどもってお云いでも、後の語は出ないじゃあないか。",
"…………",
"ほら、ほら、閊えてしまって云えないじゃあないか。おまえはわたし達にあ秘していても腹ん中じゃあ、いつか一度は、誰の世話にもならないで一人で立派なものになろうと思っているのだネ。イイエ頭を掉ってもそうなんだよ。",
"ほんとにそうじゃないって云うのに。",
"イイエ、何と云ってもいけないよ。わたしはチャーンと知っているよ。それじゃあおまえあんまりというものだよ、何もわたし達あおまえの叔母さんに告口でもしやしまいし、そんなに秘し立をしなくってもいいじゃあないか。先の内はこんなおまえじゃあなかったけれどだんだんに酷い人におなりだネエ、黙々で自分の思い通りを押通そうとお思いのだもの、ほんとにおまえは人が悪い、怖いような人におなりだよ。でもおあいにくさまだが吾家の母様はおまえの心持を見通していらしって、いろいろな人にそう云っておおきになってあるから、いくらお前が甲府の方へ出ようと思ったりなんぞしてもそうはいきません。おまえの居る方から甲府の方へは笛吹川の両岸のほかには路は無い、その路にはおまえに無暗なことをさせないようにと思って見ている人が一人や二人じゃあ無いから、おまえの思うようにあなりあしないヨ。これほどに吾家の母様の為さるのも、おまえのためにいいようにと思っていらっしゃるからだとお話があったわ。それだのに禽を見て独語を云ったりなんぞして、あんまりだよ。"
]
] | 底本:「ちくま日本文学全集 幸田露伴」筑摩書房
1992(平成4)年3月20日第1刷発行
底本の親本:「露伴全集」岩波書店
※底本の「小書き片仮名ト」(JIS X 0213、1-6-81)は、「ト」に置き換えました。但し「トロリ」(底本78ページ-4行)の「ト」を除きます。
※本作品中には、今日では差別的表現として受け取れる用語が使用されています。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、あえて発表時のままとしました。(青空文庫)
入力:kompass
校正:林 幸雄
2001年10月2日公開
2003年11月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"なアにお前、申訳がございませんなんて、そんな野暮かたぎのことを言うはずの商売じゃねえじゃねえか。ハハハ。いいやな。もう帰るより仕方がねえ、そろそろ行こうじゃないか。",
"ヘイ、もう一ヶ処やって見て、そうして帰りましょう。",
"もう一ヶ処たって、もうそろそろ真づみになって来るじゃねえか。"
],
[
"ケイズ釣に来て、こんなに晩くなって、お前、もう一ヶ処なんて、そんなぶいきなことを言い出して。もうよそうよ。",
"済みませんが旦那、もう一ヶ処ちょいと当てて。"
],
[
"どうも釣竿が海の中から出たように思えるが、何だろう。",
"そうでござんすね、どうも釣竿のように見えましたね。",
"しかし釣竿が海の中から出る訳はねえじゃねえか。",
"だが旦那、ただの竹竿が潮の中をころがって行くのとは違った調子があるので、釣竿のように思えるのですネ。"
],
[
"ナニ、そんなものを、お前、見たからって仕様がねえじゃねえか。",
"だって、あっしにも分らねえおかしなもんだからちょっと後学のために。",
"ハハハ、後学のためには宜かったナ、ハハハ。"
],
[
"南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、ナア、一体どういうのだろう。なんにしても岡釣の人には違いねえな。",
"ええ、そうです。どうも見たこともねえ人だ。岡釣でも本所、深川、真鍋河岸や万年のあたりでまごまごした人とも思われねえ、あれは上の方の向島か、もっと上の方の岡釣師ですな。",
"なるほど勘が好い、どうもお前うまいことを言う、そして。",
"なアに、あれは何でもございませんよ、中気に決まっていますよ。岡釣をしていて、変な処にしゃがみ込んで釣っていて、でかい魚を引かけた途端に中気が出る、転げ込んでしまえばそれまででしょうネ。だから中気の出そうな人には平場でない処の岡釣はいけねえと昔から言いまさあ。勿論どんなところだって中気にいいことはありませんがネ、ハハハ。",
"そうかなア。"
],
[
"旦那は明日は?",
"明日も出るはずになっているんだが、休ませてもいいや。",
"イヤ馬鹿雨でさえなければあっしゃあ迎えに参りますから。"
],
[
"どうも旦那、お出になるかならないかあやふやだったけれども、あっしゃあ舟を持って来ておりました。この雨はもう直あがるに違えねえのですから参りました。御伴をしたいともいい出せねえような、まずい後ですが。",
"アアそうか、よく来てくれた。いや、二、三日お前にムダ骨を折らしたが、おしまいに竿が手に入るなんてまあ変なことだなア。",
"竿が手に入るてえのは釣師には吉兆でさア。",
"ハハハ、だがまあ雨が降っている中あ出たくねえ、雨を止ませる間遊んでいねえ。",
"ヘイ。時に旦那、あれは?",
"あれかい。見なさい、外鴨居の上に置いてある。"
],
[
"随分稀らしい良い竿だな、そしてこんな具合の好い軽い野布袋は見たことがない。",
"そうですな、野布袋という奴は元来重いんでございます、そいつを重くちゃいやだから、それで工夫をして、竹がまだ野に生きている中に少し切目なんか入れましたり、痛めたりしまして、十分に育たないように片っ方をそういうように痛める、右なら右、左なら左の片方をそうしたのを片うきす、両方から攻める奴を諸うきすといいます。そうして拵えると竹が熟した時に養いが十分でないから軽い竹になるのです。",
"それはお前俺も知っているが、うきすの竹はそれだから萎びたようになって面白くない顔つきをしているじゃないか。これはそうじゃない。どういうことをして出来たのだろう、自然にこういう竹があったのかなア。"
],
[
"時にお前、蛇口を見ていた時に、なんじゃないか、先についていた糸をくるくるっと捲いて腹掛のどんぶりに入れちゃったじゃねえか。",
"エエ邪魔っけでしたから。それに、今朝それを見まして、それでわっちがこっちの人じゃねえだろうと思ったんです。",
"どうして。",
"どうしてったって、段〻細につないでありました。段〻細につなぐというのは、はじまりの処が太い、それから次第に細いのまたそれより細いのと段〻細くして行く。この面倒な法は加州やなんぞのような国に行くと、鮎を釣るのに蚊鉤など使って釣る、その時蚊鉤がうまく水の上に落ちなければまずいんで、糸が先に落ちて後から蚊鉤が落ちてはいけない、それじゃ魚が寄らない、そこで段〻細の糸を拵えるんです。どうして拵えますかというと、鋏を持って行って良い白馬の尾の具合のいい、古馬にならないやつのを頂戴して来る。そうしてそれを豆腐の粕で以て上からぎゅうぎゅうと次第〻〻にこく。そうすると透き通るようにきれいになる。それを十六本、右撚りなら右撚りに、最初は出来ないけれども少し慣れると訳なく出来ますことで、片撚りに撚る。そうして一つ拵える。その次に今度は本数を減らして、前に右撚りなら今度は左撚りに片撚りに撚ります。順〻に本数をへらして、右左をちがえて、一番終いには一本になるようにつなぎます。あっしあ加州の御客に聞いておぼえましたがネ、西の人は考がこまかい。それが定跡です。この竿は鮎をねらうのではない、テグスでやってあるけれども、うまくこきがついて順減らしに細くなって行くようにしてあります。この人も相当に釣に苦労していますね、切れる処を決めて置きたいからそういうことをするので、岡釣じゃなおのことです、何処でも構わないでぶっ込むのですから、ぶち込んだ処にかかりがあれば引かかってしまう。そこで竿をいたわって、しかも早く埒の明くようにするには、竿の折れそうになる前に切れ処から糸のきれるようにして置くのです。一番先の細い処から切れる訳だからそれを竿の力で割出していけば、竿に取っては怖いことも何もない。どんな処へでもぶち込んで、引かかっていけなくなったら竿は折れずに糸が切れてしまう。あとはまた直ぐ鉤をくっつければそれでいいのです。この人が竿を大事にしたことは、上手に段〻細にしたところを見てもハッキリ読めましたよ。どうも小指であんなに力を入れて放さないで、まあ竿と心中したようなもんだが、それだけ大事にしていたのだから、無理もねえでさあ。"
]
] | 底本:「幻談・観画談 他三篇」岩波文庫、岩波書店
1990(平成2)年11月16日第1刷発行
底本の親本:「露伴全集」第六巻、岩波書店
1953(昭和28)年12月刊
入力:Sin
校正:伊藤時也
2000年5月31日公開
2012年5月11日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
"アア、酒も好い、下物も好い、お酌はお前だし、天下泰平という訳だな。アハハハハ。だがご馳走はこれっきりかナ。",
"オホホ、厭ですネエ、お戯謔なすっては。今鴫焼を拵えてあげます。"
],
[
"ウム、諦めることは諦めるよ。だがの、別段未練を残すのなんのというではないが、茶人は茶碗を大切にする、飲酒家は猪口を秘蔵にするというのが、こりゃあ人情だろうじゃないか。",
"だって、今出してまいったのも同じ永楽ですよ。それに毀れた方はざっとした菫花の模様で、焼も余りよくありませんが、こちらは中は金襴地で外は青華で、工手間もかかっていれば出来もいいし、まあ永楽という中にもこれ等は極上という手だ、とご自分で仰ゃった事さえあるじゃあございませんか。",
"ウム、しかしこの猪口は買ったのだ。去年の暮におれが仲通の骨董店で見つけて来たのだが、あの猪口は金銭で買ったものじゃあないのだ。",
"ではどうなさったのでございます。",
"ヤ、こりゃあ詰らないことをうっかり饒舌った。ハハハハハ。"
]
] | 底本:「ちくま日本文学全集 幸田露伴」筑摩書房
1992(平成4)年3月20日第1刷発行
底本の親本:「現代日本文学全集4」筑摩書房
入力:林 幸雄
校正:門田裕志
2002年12月5日作成
2003年7月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"没年月日": "1947-07-30",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "ちくま日本文学全集 幸田露伴",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
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[
[
"…………",
"…………",
"…………"
],
[
"…………",
"…………"
],
[
"ハイ、そうおッしゃられたのでござりまする。全く彼の笛が無いとありましては、わたくし共めまでも何の様な……",
"いや、聟殿があれを二の無いものに大事にして居らるるは予て知ってもおるが、……多寡が一管の古物じゃまで。ハハハ、何でこのわし程のものの娘の生命にかかろう。帰って申せ、わしが詫びてやる、心配には及ばぬとナ。女は夫を持つと気が小さくなるというが、娘の時のあれは困り者のほどな大気の者であったが、余程聟殿を大事にかけていると見えて、大層女らしくなり居ったナ。好いわ、それも夫婦中が細やかなからじゃ。ハハハハ。",
"…………",
"分らぬか、まだ。よいか、わしが無理借りに此方へ借りて来て、七ツ下りの雨と五十からの芸事、とても上りかぬると謗らるるを関わず、しきりに吹習うている中に、人の居らぬ他所へ持って出ての帰るさに取落して終うた、気が付いて探したが、かいくれ見えぬ、相済まぬことをした、と指を突いてわしがあやまったら聟殿は頬を膨らしても何様にもなるまい。よいわ、京へ人を遣って、当りを付けて瘠公卿の五六軒も尋ね廻らせたら、彼笛に似つこらしゅうて、あれよりもずんと好い、敦盛が持ったとか誰やらが持ったとかいう名物も何の訳無う金で手に入る。それを代りに与えて一寸あやまる。それで一切は済んで終う。たとえ聟殿心底は不足にしても、それでも腹なりが治まらぬとは得云うまい。代りに遣る品が立派なものなら、却って喜んで恐縮しようぞ。分ったろう。……帰って宜う云え。"
],
[
"取った男は何様な男だ。其顔つきは。",
"額広く鼻は高く、きれの長い末上りのきつい目、朶の無いような耳、おとがい細く一体に面長で、上髭薄く、下鬚疎らに、身のたけはすらりと高い方で。",
"フム――。……して浪人か町人か。",
"なりは町人でござりましたなれど、小脇差。御発明なおかた様は慥に浪人と……"
],
[
"フム――。そなた等で承知して奪らせよう訳は無いことじゃ。忍び入ることなどは叶わぬようにしてもあるし、又物騒の世なれば、二人三人の押入り者などが来るとも、むざとは物など奪られぬよう、用心の男も飼うてある家じゃ。それじゃに、そなた等、おもては知ったが、知らぬ者に、大事なものを奪られたというのか。フム――。そして何も彼もそなたの恐ろしい落度から起ったというのじゃナ。身の罪に責められて、そなたは生命を取られてもと云い居るのじゃナ。",
"ハイ、あの有難いお方様のために、御役に立つことならば只今でも……"
],
[
"…………",
"…………"
],
[
"ただナ、惜いことは其時そちが今一働きして呉れていたら十二分だったものを。其様に深くは、望む方が無理じゃが。あれも其処までは気が廻らなかったろうか。",
"ト仰ありまするのは。",
"イヤサ、少し調べれば直に分ることだから好いようなものの、此方は何の何某というものの家と、其男めには悟られて了って居ながら、其男めを此方では、何処の何という者と、大よその見当ぐらいも着かぬままに済ませたは、分が悪かったからナ。"
],
[
"ナニ、直に其後をつけたというのか。",
"ハイ、悟られぬよう……、見失わぬよう……、もし悟られて逆に捉えられましたならば何と致しましょうか、と随分切ない心遣いをいたしながら、冷たさに足も痛く、寒さに身も凍り縮みましたなれど、一生懸命、とうとう首尾好くつけおおせました。"
],
[
"オオ。ヤ、えらい奴じゃ。よくやり居った。思いついて出たのもえらいが、つけ果せたとは、ハテ恐ろしい。女にしては恐ろしいほどの甲斐性者。シテ……",
"イエ何、御方様の御指図でござりましたので、……私はただ私の不調法を償いましょうばっかりに、一生懸命に致しましたことで。それに全く一面の雪の明るさが有ったればこそで、随分遠く遠く見失いかねませぬほど隔たっても、彼方の丈高い影は見え、此方は頭上から白はげた古かつぎを細紐の胴ゆわいというばかりの身なりから、気取られました様子も無く、巧くゆきましたのでございまする。",
"フム。シテ其男の落着いたところは。",
"塩孔の南、歟とおぼえまする、一丁余りばかり離れて、人家少し途絶え、ばらばら松七八本の其のはずれに、大百姓の古家か、何にせよ屋の棟の割合に高い家、それに其姿は蔵れて見えずなりましたのでございまする。ばらばら松の七八本が動かぬ目処にございまする。",
"ム、よし。すぐに調べはつく。アア、峻しい世の中のため、人は皆さかしくなっているとは云え、女子供までがそれほどの事をするか。よし、厭なことではあるが、乃公も何とかして呉れいでは。"
],
[
"ヤ、了休禅坊の御話といい、世間の評話といい、いろいろ面白うござった。今日はじめて御尋をいただいたなれど十年の知己の心持が致す。",
"左様仰あって頂き得て、何よりにござる。人と人との気の合うたるは好い、合いたがったるは悪い、と然る方が仰せられたと承わり居りまするが、まことに自然に、性分の互に反りかえらぬ同士というはなつかしいものでござる。",
"反りかえった同士が西と東とに立分れ、反りかえらぬ同士が西にかたまり、東にかたまり、そして応仁の馬鹿戦が起ったかナ。ハハハハ。",
"イヤ、そればかりでもござりますまい。損得勘定が大きな分け隔てを致しましたろう。",
"其の損得という奴が何時も人間を引廻すのが癪に障る。損得に引廻されぬ者のみであったなら世間はすらりと治まるであろうに。",
"ハハハ。そこに又面白いことがござりまする。先ず世間の七八分までは、得に就かぬものは無いのでござりまするから、得に就いた者が必定に得になりましたなら、世間は疾く治まりまする訳でござりまするが、得を取る筈の者が却って損を取り、損をする筈の者が意外に得をしたり致しますことが、得て有るものでござりまするので、二重にも三重にも世間は治まり兼ぬるのではござりますまいか。",
"おもしろい。されば愈々損得に引廻わされぬ者を世間の心にせねばならぬ。",
"ところが、見す見す敗けるという方に附く者は今の世――何時の世にも少いでござりましょう。されば損得に引廻されないような大将の方に旗の数が多くなろう理は先ず以て無いことでござれば、そこで世の中は面倒なのでござる。",
"癪に触る。損得勘定のみに賢い奴等、かたッぱしからたたき切るほかは無い。",
"しかし、申しては憚りあることでござれど"
],
[
"ハッハッハ。其通り。了休がまだ在俗の時、何処からか教えられてまいったことであろうが、二ツの泥づくりの牛が必死に闘いながら海へ入って了う、それが此世の様だと申居った。泥牛、泥人形、みんな泥牛、泥人形。世間一体を良くしようなどと心底から思うものが何処にござろう。又仮令然様思う者が有ったにしても、何様すれば世間が良くなるか、其様な道を知っているものが何処にござろう。道が分らぬから術を求める。術を以て先ずおのが角を立派にし、おのが筋骨を強くし、おのが身を大きくしようとする。其段になればやはり闘だ。如何に愛宕の申子なればとて、飯綱愛宕の魔法を修行し、女人禁制の苦を甘ない、経陀羅尼を誦して、印を結び呪を保ち、身を虚空に騰らせようなどと、魔道の下に世をひれ伏さしょうとするほどのたわけ者が威を振って、公方を手づくねの泥細工で仕立つる。それが当世でござる。癪に触らいでか。道も知らぬ、術も知らぬ、身柄家柄も無い、頼むは腕一本限りの者に取っては、気に食わぬ奴は容赦無くたたき斬って、時節到来の時は、つんのめって海に入る。然様したスッキリした心持で生きて、生きとおしたら今宵死んでも可い、それが又自然に世の中の為にもなろう。ハハハハハハ。",
"それで世の中は何時迄も修羅道つづきで……御身は修羅道の屈原のような。",
"ナニ、屈原とナ。",
"心を厳しく清く保って主に容れられず、世に容れられず、汨羅に身を投げて歿くなられた彼の。",
"フ、フ。ヤ、それがしはおとなしくは死なぬ、暴れ屈原か。ハハハハ。",
"世を遁れて仏道に飛込まれた彼の了休禅坊はおとなしい屈原で。",
"ハハ、ハハ。良い男だが、禅に入るなど、ケチな奴で。",
"失礼御免を蒙りまするが、たたき斬り三昧で、今宵死んで悔いぬとのみの暴れ屈原も……",
"貴様の存分な意見からは……",
"ケチではござらぬかナ。と申したい。",
"アッハッハ。何でまた。",
"物さしで海の深さを測る。物さしのたけが尽きても海が尽きたではござらぬ。今の武家の世も一世界でござる、仏道の世界も一世界でござる、日本国も一世界でござる。が、世界がそれらで尽きたではござらぬ。高麗、唐土、暹羅国、カンボジャ、スマトラ、安南、天竺、世界ははて無く広がって居りまする。ここの世界が癪に触るとて、癪に触らぬ世界もござろう。紀伊の藤代から大船を出して、四五十反の帆に東々北の風を受ければ、忽ちにして煩わしい此の世界はこちらに残り、あちらの世界はあちらに現われる。異った星の光、異った山の色、随分おもしろい世界もござるげな。何といろいろの世界を股にかける広い広い大きな渡海商いの世界から見ましょうなら、何人が斬れるでも無い一本の刀で癇癪の腹を癒そうとし、時節到来の暁は未練なく死のうまでよと、身を諦めて居らるる仁有らば、いさぎよくはござれど狭い、小さい、見て居らるる世界が小さく限られて、自然と好みも小さいかと存ずる。大海に出た大船の上で、一天の星を兜に被て、万里の風に吹かれながら、はて知れぬ世界に対って武者振いして立つ、然様いう境界もあるのでござりまするから"
],
[
"おいやと御思いではござりましょうが、何卒御思い返し下されまして、……何卒、何卒、私娘の生命にかかることでござりまする。",
"…………",
"あの生先長いものが、酷らしいことにもなりまするのでござりまするから。",
"…………",
"何としても、私、このままに見ては居れませぬ。仏とも神とも仰ぎたてまつります。何卒、何卒、御あわれみをもちまして。",
"…………",
"如何様の事でも致しまする。あれさえ御返し下さりょうならば、如何様の事を仰せられましょうと、必ず仰のままに致しまする。何卒、何となりと仰せられて下さりませ。何卒何卒。",
"…………",
"斯程に御願い申上げても、よしあし共に仰せられぬは、お情無い。私共を何となれとの御思召か、又彼品を何となさりょう御思召か。何の御役に立ちましょうものでもござりますまいに。",
"御身等を、何となれとも、それがしは思っておらぬ。すべて他人の事に差図がましいことすることは、甚だ厭わしいことにして居るそれがしじゃ。御身等は船の上の人が何とか捌こうまでじゃ。少しもそれがしの関からぬことじゃ。",
"如何にも冷い厳しい……彼の品は何となさる思召で。",
"彼品は船の上の人の帰り次第、それがしが其人に逢い、かくかくの仔細で、かくかくの場合に臨んだ、其時の証として仮りに持帰った、もとより御身の物ゆえ御身に返す、と其人に渡す。それがしの為すべきことはそれだけのことじゃ。",
"何故に、然様なさりませねばならぬと固くは御思いになりまする?",
"表裏反覆の甚だしい世じゃ。思うても見られい、公方と管領とが総州を攻められた折は何様じゃ。総州が我を立てたが故に攻められたのじゃ。然るに細川、山名、一色等は公方管領を送り出して置いて、長陣に退屈させて、桂の遊女を陣中に召さするほどに致し置き、おのれ等ゆるゆると大勢を組揃え、急に起って四方より取囲み、其謀計合期したれば、管領は御自害ある。留守の者が急に敵になって、出先の者を攻めたでは出先の者の亡びぬ訳は無い。恐ろしい表裏の世じゃ。ましてそれがしが、御身の妻女はこれこれと、其の良からぬことを告げたところで、証拠無ければただ是讒言。女の弁舌に云廻されては、男は却ってそれがしをこそ怪しき者に思え、何で吾が妻女を疑い、他人を信としようぞ。惣じてかかる場合、たといそれがしが其家譜代の郎党であって、忠義かねて知られたものにせよ、斯様の事を迂闊に云出さば、却って逆に不埒者に取って落され、辛き目に逢うは知れた事、世上に其例いくらも有り。又後暗いことするほどの才ある女が、其迷いが募っては何ぞの折に夫を禍するに至ることも世に多きためし。それがしが彼人に証を以て告口せずに置かば、彼人の行末も空恐ろしく、又それがしは悪を助けて善を助けぬ外道魔道の眷属となる。此の外道魔道の眷属が今の世には充ち満ちている。公方を追落し、管領を殺したも、皆かかる眷属共の為たことである。何事も知らぬ顔して、おのが利得にならぬことは指一ツ動かさず、ぬっぺりと世を送りくさって、みずから手は下さねど、見す見す正道の者の枯れ行き、邪道の者の栄え行くのを見送っている、癇に触る奴めらが世間一杯。一々たたき斬って呉れたい虫けらども。其虫けらにそれがしがなろうや。もとよりとげとげしい今の此世、それがしが身の分際では、朝起きれば夕までは生命ありとも思わず、夜を睡れば明日まであたたかにあろうとも思わず、今すぐここに切死にするか、切り殺さるるか、と突詰め突詰めて時を送っている。殊更此頃は進んでも鎗ぶすまの中に突懸り、猛火の中にも飛入ろう所存に燃えておる。癪に触るものは一ツでも多く叩き潰し、一人でも多く叩き斬ろうに、遠慮も斟酌も何有ろう。御身は器量骨柄も勝れ、一風ある気象もおもしろいで、これまでは談も交したなれど、御身の頼みは聴入れ申さぬ。"
],
[
"かほどまでに真実を尽して御願い申しましても。",
"いやでござる。",
"金銀財宝、何なりと思召す通りに計らいましても。",
"いやでござる。",
"何事の御手助けなりとも致しましても。",
"いやでござる。",
"如何様にも御指図下さりますれば、仮令臙脂屋身代悉く灰となりましても御指図通りに致しまするが……",
"いやでござる。"
],
[
"かほどに御願い申しましても。",
"くどい。いやと申したら、いやでござる。"
],
[
"余りと申せば御情無い。其品を御持になったればとて其方様には何の利得のあるでも無く、此方には人の生命にもかかわるものを……。相済みませぬが御恨めしゅう存じまする。",
"恨まれい、勝手に恨まれい。",
"我等の仇でもない筈にあらせらるるに、それでは、我等を強いて御仇になさるると申すもの。",
"仇になりたくばならるるまで。",
"それでは何様あっても。",
"いやでござる。もはや互に言うことはござらぬ。御引取なされい。",
"ハアッ"
],
[
"其方は何か知らぬが余程の宝物を木沢殿に所望致し居って、其願が聴かれぬので悩み居るのじゃナ。",
"ハ",
"一体何じゃ其宝物は。",
"…………",
"霊験ある仏体かなんぞか。",
"……ではござりませぬ。",
"宝剣か、玉か、唐渡りのものか。",
"でもござりませぬ。",
"我邦彼邦の古筆、名画の類でもあるか。",
"イエ、然様のものでもござりませぬ。",
"ハテ分らぬ、然らば何物じゃ。",
"…………"
],
[
"丹下氏、おきになされ。貴殿にかかわったことではござらぬ。",
"ハハハ。一体それがしは宝物などいうものは大嫌い、鼻汁かんだら鼻が黒もうばかりの古臭い書画や、二本指で捻り潰せるような持遊び物を宝物呼ばわりをして、立派な侍の知行何年振りの価をつけ居る、苦々しい阿房の沙汰じゃ。木沢殿の宝物は何か知らぬが、涙こぼして欲しがるほどの此老人に呉れて遣って下されては如何でござる。喃、老人、臙脂屋、其方に取っては余程欲しいものと見えるナ。",
"然様でござりまする。上も無く欲しいものにござりまする。",
"ム、然様か。臙脂屋身代を差出しても宜いように申したと聞いたが、聢と然様か。",
"全く以て然様で。如何様の事でも致しまする。御渡しを願えますれば此上の悦びはござりませぬ。",
"聢と然様じゃナ。",
"御当家木沢左京様、又丹下備前守様御弟御さまほどの方々に対して、臙脂屋虚言詐りは申しませぬ。物の取引に申出を後へ退くようなことは、商人の決して為ぬことでござりまする。臙脂屋は口広うはござりまするが、商人でござりまする。日本国は泉州堺の商人でござる。高麗大明、安南天竺、南蛮諸国まで相手に致しての商人でござる。御武家には人質を取るとか申して、約束変改を防ぐ道があると承わり居りまするが、其様なことを致すようでは、商人の道は一日も立たぬのでござりまする。御念には及びませぬ、臙脂屋は商人でござる。世界諸国に立対い居る日本国の商人でござりまする。"
],
[
"ウ、ほざいたナ臙脂屋。小気味のよいことをぬかし居る。其儀ならば丹下右膳、汝の所望を遂げさせて遣わそう。",
"ヤ、これは何ともはや、有難いこと。御助け下さる神様と仰ぎ奉りまする。"
],
[
"雑兵共に踏入られては、御かばねの上の御恥も厭わしと、冠落しの信国が刀を抜いて、おのれが股を二度突通し試み、如何にも刃味宜しとて主君に奉る。今は斯様よとそれにて御自害あり、近臣一同も死出の御供、城は火をかけて、灰今冷やかなる、其の残った臣下の我等一党、其儘に草に隠れ茂みに伏して、何で此世に生命生きようや。無念骨髄に徹して歯を咬み拳を握る幾月日、互に義に集まる鉄石の心、固く結びてはかりごとを通じ力を合せ、時を得て風を巻き雲を起し、若君尚慶殿を守立てて、天翔くる竜の威を示さん存念、其企も既に熟して、其時もはや昨今に逼った。サ、かく大事を明かした上は、臙脂屋、其座はただ立たせぬぞ、必ず其方、武具、兵粮、人夫、馬、車、此方の申すままに差出さするぞ。日本国は堺の商人、商人の取引、二言は無いと申したナ。木沢殿所持の宝物は木沢殿から頂戴して遣わす。宜いではござらぬか、木沢殿。失礼ながら世に宝物など申すは、いずれ詰らぬ、下らぬもの。心よく呉れて遣って下されい。我等同志がためになり申す。……黙然として居らるるは……",
"不承知と申したら何となさる。",
"ナニ。いや、不承知と申さるる筈はござるまい。と存じてこそ是の如く物を申したれ。真実、たって御不承知か。",
"臙脂屋を捻り潰しなさらねばなりますまいがノ。貴殿の御存じ寄り通りになるものとのみ、それがしを御見積りは御無体でござる。",
"ム",
"申した通り、此事は此事、左京一分の事。我等一党の事とは別の事にござる。",
"と云わるるは。扨は何処までも物惜みなされて、見す見す一党の利になることをば、御一分の意地によって、丹下右膳が申す旨、御用い無いとかッ。"
],
[
"…………",
"然程に物惜みなされて、それが何の為になり申す。",
"何の為にもなり申さぬ。"
],
[
"若輩の分際として、過言にならぬよう物を言われい。忠義薄きに似たりと言わぬばかりの批判は聞く耳持たぬ。損得利害明白なと、其の損得沙汰を心すずしい貴殿までが言わるるよナ。身ぶるいの出るまで癪にさわり申す。そも損得を云おうなら、善悪邪正定まらぬ今の世、人の臣となるは損の又損、大だわけ無器量でも人の主となるが得、次いでは世を棄てて坊主になる了休如きが大の得。貴殿やそれがし如きは損得に眼などが開いて居らぬ者。其損得に掛けて武士道――忠義をごったにし、それはそれ、これはこれと、全く別の事を一ツにして、貴殿の思わくに従えとか。ナニ此の木沢左京が主家を思い敵を悪む心、貴殿に分寸もおくれ居ろうか、無念骨髄に徹して遺恨已み難ければこそ、此の企も人先きに起したれ。それを利害損得を知らぬとて、奇怪にまで思わるるとナ。それこそ却って奇怪至極。貴殿一人が悪いではないが、エーイ、癪に触る一世の姿。",
"訳のよく分らぬことを仰せあるが、右膳申したる旨は御取あげ無いか。",
"…………",
"必ず御用いあることと存じて、大事も既に洩らしたる今、御用いなくば、後へも前へも、右膳も、臙脂屋も動きが取れ申さぬ。ナ、御返答は……",
"…………",
"主家のためなり、一味のためなり、飽まで御返辞無きに於ては、事すでに逼ったる今"
],
[
"杉原太郎兵衛、御願い申す。",
"斎藤九郎、御願い申す。",
"貴志余一郎、御願い申す。",
"宮崎剛蔵……",
"安見宅摩も御願い申す。"
]
] | 底本:「昭和文学全集 第4巻」小学館
1989(平成元)年4月1日初版第1刷発行
底本の親本:「露伴全集 第六巻」岩波書店
1978(昭和53)年7月18日
入力:kompass
校正:今井忠夫
2003年5月18日作成
2012年5月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"ずだずだになったらなったで、またすぐ補布を当ててもらうさ。",
"だって、補布の当てようがないじゃありませんか、第一もたせるところがありませんや。なにしろ土台が大事ですからねえ。これじゃあラシャとは名ばかりで、風でも吹けば、ばらばらに飛んじゃいまさあ。",
"まあさ、とにかく、ひとつ縫いつけてみておくれ、どうしてそんな、ほんとうにその……"
],
[
"じゃあ、どうしても新調せにゃならんとしたら、いったいどのくらい、その……",
"つまり、いくらかかるかとおっしゃるんで?",
"うん。"
]
] | 底本:「外套・鼻」岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年1月20日第1刷発行
1965(昭和40)年4月16日第20刷改版発行
※底本で使用されている「《》」はルビ記号と重複しますので「【】」に改めました。
※「半纏」と「半※[#「纒」の「厂」に代えて「广」、41-3]」の混在は底本通りにしました。
入力:柴田卓治
校正:Juki
1999年1月13日公開
2007年8月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです
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[
[
"そうさ、そのマニロフカだよ。",
"マニロフカですかね! それなら、このままもう一露里ばかり行かっしゃると、ちょうど右手にあたりますだよ。"
],
[
"いや、何と仰っしゃっても、あなたのような実に気持のいい、お偉いお客さまを差しおいて私風情がお先に立つなんて、断じて出来ることじゃありませんよ。",
"どうしてまた、手前が偉いなんて?……さあ、どうかお通りください!",
"まあ、とにかく、あなたからお先きへ。",
"これは又、どうしてでしょうね?"
],
[
"それじゃあ、あの警察部長をどうお思いになりますか? まったく気持のいい人間じゃありませんか?",
"非常に気持のいい人です、それに実に利口で、博学な方です! 私はあの人のところで、検事や裁判所長といっしょに、三番鶏の鳴く頃までヴィストをやりましたよ。実に、実に立派な人です!"
],
[
"いや、どうしてどうして、パーウェル・イワーノヴィッチ! 腹蔵なく言わせて頂けば、私はあなたが具えておいでになる値打の、せめて何割かを身につけることが出来るなら、この身代の半分くらい、悦んで投げ出しますよ!……",
"ところがその反対で、私の方ではまた、あなたこそ、この上もなくお偉い……。"
],
[
"飲みなれないものですから、怖いんですよ。なんでも、煙草を飲むと痩せると言うじゃありませんか。",
"失礼ですが、そいつは偏見というものですよ、私にいわせると、寧ろ、煙管たばこは嗅煙草などよりずっと身体に良いくらいですよ。私の連隊に中尉が一人おりましてね、これは実に立派な、また教養の高い男でしたが、この男ときたら、食事中ぐらいならまだしも、尾籠な話ですがその、何処へ行っても、煙管を口から離したことがなかったものですよ。それが今ではもう四十を越していますが、お蔭なことに、この上もなく達者でおりますからねえ。"
],
[
"左様さ、もう随分になりますねえ、と言うより、殆んど憶えがないくらいですよ。",
"それ以来、余程あなたのところでは農奴が死にましたでしょうか?",
"さあ、ちょっと分りかねますが、それは一つ管理人に訊ねてみる必要があると思います。おうい、だれか! 管理人を呼んでこい。今日はたしか来ているはずだから。"
],
[
"あなたはひょっと、何か胡乱だとお思いになっているのじゃありませんか?",
"おや、飛んでもない、決して決して! 私は別段そういう風なことを、つまり、あなたのことをとやかくと批評がましく申す筋合いは更々ないのです。しかし、そう言っては何ですが、この計画といいますか、それとも、取引といった方が当っているかもしれませんが――つまり、その取引が、民法の規定に抵触し、ひいては将来のロシアの方針と両立しないようなことになりはしないかと思うんですがね?"
],
[
"あなたはそうお考えになるのですねえ?……",
"手前は善いことだと思いますよ。"
],
[
"ときに、ソバケーヴィッチのところへいらっしゃる道は御存じですか?",
"あ、それをお訊ねしようと思っていたところです。"
],
[
"いんにぇ、旦那様、どうしてそれを忘れてよいものですか? わっしはちゃんともう、自分の務めは弁えていますだ。酔っぱらうのはよくねえこんだちうことは百も承知でさあね。ただ立派な人間と、ちっとべえ世間話をしただけで、それも、つまりその……。",
"ようし、おれが貴様をうんとひっぱたいて、立派な人間と話をする仕方を思い知らせてくれるぞ!"
],
[
"そのマニーロフさんて、どういう方で?",
"地主ですよ、奥さん。",
"さあ、一向きかない名前ですねえ、ここいらにそんな地主はありませんよ。",
"じゃあ、他にどんな地主がありますかね?",
"ボブロフだの、スウィニインだの、カナパチエフだの、ハルパキンだの、トレパキンだの、プレシャコフだのという人達ですよ。",
"それはみんな、よっぽどの大地主なんですか?",
"いいえ、あなた、大して大地主というほどの人はいませんよ。せいぜい農奴の二十人か三十人も持っているのが関の山で、百人と持っている者はありゃしませんよ。"
],
[
"では、その、市まではよほど遠いんでしょうかねえ?",
"さあ、六十露里ぐらいのものですかね。それにしても、なんにも差しあげるものがなくってほんとにお気の毒ですよ! せめて、あんたさん、お茶なと召しあがりませんかね?",
"有難うございます、奥さん。ただもう、寝床の他には、なんにも要りませんので。",
"ほんとにねえ、こんなお天気に道中をなすった後じゃ、よくおやすみになるのが何より肝腎ですからね。それじゃあ、あんたさん、この長椅子の上で横におなりなさいませ。これ、フェチニヤ、羽根蒲団と枕と敷布を持っておいで、ほんとに、何という悪い天気になったものでございましょうね、ひどい雷鳴さまで――妾は一晩じゅう聖像にお燈明をあげていたんですよ。あれまあお前さま、まるで野豚のように、背中から脇腹が泥だらけじゃありませんかね、何処でそんなにお汚しなすったので?",
"お蔭で着物を汚しただけで済みましたが、危なく肋骨を折ってしまうところでしたよ。",
"おやおや、それは飛んでもないことでしたねえ! では、何かで背中をお拭きにならなくってもようございますか?",
"いや、どうも。その御心配には及びませんよ。ですがお宅の女中さんに、この着物を乾かして泥を落しておいて頂きましょうかな。"
],
[
"どうも、妾はよく眠られませんのでね。",
"どうしてですか?",
"不眠症なんですよ。しじゅう腰が痛みましてね、それに脚が、この膝節の上んところが疼々するのですよ。",
"なあに、そりゃじきに癒りますよ、奥さん。何も御心配になることはありませんよ。",
"どうか癒ってくれればいいと思いますわい。それで妾は豚の脂をつけたり、テレピン油をぬったりしてみたのですがね。それはそうと、お茶は何を入れて召しあがりますかね? この罎には果実酒が入っておりますが。",
"悪くありませんな、奥さん。その果実酒とかを頂きましょう。"
],
[
"それでも、見たところ百姓たちは元気そうで、家並もしっかりしているじゃありませんか。失礼ですが、ときに御苗字はなんと仰っしゃいますか? 昨夜は放心してしまっていて……何しろ、あんな真夜中にやって来たものですから……。",
"十等官の寡婦で、コローボチカといいますんで。",
"どうも有難うございました。で、御名前と御父称は?",
"ナスターシャ・ペトローヴナと申しますよ。",
"ナスターシャ・ペトローヴナ? いいお名前ですね――ナスターシャ・ペトローヴナ。私の親身の叔母で、母の妹なんですが、やはりナスターシャ・ペトローヴナというんですよ。"
],
[
"それじゃ、あんたは仲買商人でしょう! それあ惜しいことをしましたね、妾はただの商人に蜂蜜をほんとに安く売ってしまったのです。あんたに買って頂いたらよかったのに。",
"いや、蜂蜜は買いませんよ。",
"じゃあ、何か他の品で? 麻ですかね? ところが、生憎と今、麻もほんの少ししかなくて、せいぜい半*5プードもありますかね。",
"いや、阿母さん、私が買うのは、もっと他の品ですよ。どうです、あなたの村では、農奴は死んでいませんかね?"
],
[
"じゃあ、この村に火事があったのですか、阿母さん?",
"いいえ、お蔭とまだそんな災難は見ずにいますがね。火事なんぞだったら、尚更、堪ったものじゃありませんが、実は、お前さま、その鍛冶屋はひとりでに焼けておっ死んだのですよ。あんまり度外ずれな酒飲みだったもんで、お腹のなかに火がついたとでもいうのでしょうよ、口から青い焔が噴き出しましてね、そのまま、だんだん躯が爛れて、しまいには炭のように真っ黒になってしまいましただよ。ほんとに腕の達者な鍛冶屋でしたが! お蔭で今じゃもう、妾は馬車で出かける訳にもゆかないのですよ、馬の蹄鉄を打つ者がありませんのでね。"
],
[
"それって、あんたさん、一体なにをですかね?",
"つまりその、死んだ農奴を残らずですよ。",
"一体どうしますだね、そんなものを譲るって?",
"どうもこうもありませんよ。なんなら、売って頂いてもいいんです。ちゃんと代金は払いますよ。",
"どうもね? 頓とお話の意味が分りませんよ。まさか、土の中からそんなものを掘り出そうと仰っしゃるのじゃないでしょうねえ?"
],
[
"それは私の勝手ですよ。",
"でも、それはみんな死んでるのですよ。",
"生きていると誰が言いましたね? 死んでいればこそ、あなたには損なんでしょう――そんなもののために、みすみす税金を払ったりなんかしてさ。で、私がそれを買い取って、面倒や費えを無くして差しあげようと言ってるんですよ。分りましたかね? そんな厄介ばらいをして差しあげるばかりか、まだおまけに、こちらから十五ルーブリさしあげようというんです。どうです納得が行ったでしょう?"
],
[
"当り前です! そんなものを誰ぞにお売りになったら、それこそ奇怪な話ですよ。それとも、実際、そんなものが何か役に立つとでも思っておいでですかね?",
"なんのなんの、そうは思いませんよ? そんなものが何の役に立つもんですか? 役に立つことは少しもありませんよ。ただ、どうも腑に落ちないのは、それが死んでしまっていることですよ。"
],
[
"だかねえ、お前さま、妾ゃついぞこれまで死人を売ったことなんてありませんからさ。それあ、生きてるのなら、二年前にもプロトポポフに売ってやりましたがね――一人百ルーブリずつで女中を二人ね、そして大変喜ばれたものですよ、なにせ、とても申し分のない働きもんになって、ナプキンの布まで自分で織るって言いますだよ。",
"いや、そんな生きた者のことじゃありませんよ、そんなものは、どうでもいいんで! 私の訊いているのは、死んだ奴のことですよ。",
"実のところ、初めてのことだから、なんか損になるのじゃないかと、どうもそれが心配になりましてね。ひょっとしたら、お前さまは妾を騙していなさるので、それがその……もっと値のいいもんじゃないかと思いましてね。",
"まあ、よくお聴きなさい、阿母さん……ええ、何という人だろう! どうしてそんなものに値があるんです? 積っても御覧なさい。屍灰じゃありませんか。ね、いいですか? それは屍灰にすぎないんですよ。どんな役に立たない、下の下の代物、例えば、そこいらに落ちている襤褸っきれみたいな物でも、値段がありますよ――襤褸だって紙工場へ売れますからね。ところが死んだ農奴ばかりは、からっきし何の役にも立ちませんからね。それとも、何か役に立つとでも仰っしゃるんですか?",
"それあもう、ほんとにそうですよ。まったく、何の役にもたちゃしませんがね。ただ、どうも一つだけ肚へ入らないのは、死人を一体どうするのかということですよ。"
],
[
"プードあたり十二ルーブリでね。",
"嘘をおしゃい、阿母さん。十二ルーブリになんて売れるものですか。",
"ほんとですよ、十二ルーブリで売りましたよ。"
],
[
"何を考えてるんですか、ナスターシャ・ペトローヴナ?",
"ほんとに、どうしていいやら分らないんでね。いっそのこと、麻を買って貰いましょうかね。",
"麻が一体どうしたっていうんです? 飛んでもない、私は全然別のものをお願いしてるのに麻などを押しつけなさるんですか! 麻は麻で、またこの次ぎ来ますからね、その時に頂きましょう。どうしますかね、ナスターシャ・ペトローヴナ?",
"それがねえ、どうも、まるで聞いたこともないような、おかしな商いだもんでね!"
],
[
"何も怒ることなんざありませんよ! 中身のない玉子にも劣る、つまらないことで、腹を立てる私じゃありませんからね!",
"じゃあ、そういうことにして、お紙幣で十五ルーブリいただいて手離すことにしますよ! ただね、あんたさん、その御用達の話ですがね、裸麦の粉だの、蕎麦粉だの、挽割麦だの、または屠殺した家畜だのをお買い上げになる時は、どうぞ妾に恥をかかせないで下さいよ。"
],
[
"なあに、阿母さん、支度はすぐ出来ますよ。私の馭者は、馬をつけるのが早いからね。",
"そいじゃあ、どうか、御用達の節にはお忘れにならないで下さいよ。"
],
[
"どうして買わないことがあるもんですか? 買いますとも、ただ、今じゃなく後でね。",
"*6十二日節の時分には豚脂も出来ますからね。",
"ええ、買いますとも、買いますとも。何でも買いますよ、その豚脂もね。",
"おおかた、鳥の羽毛なんかも要ることがあるのでしょう。*7大齎期の時分になると、うちにも鳥の羽毛がたまりますよ。"
],
[
"それあ、無論ありますよ。",
"じゃあ、女っ子を一人つけてあげましょう。その子は、道をよく知っていますからね。ただ、いいかね、お前さま、その子を連れて行ってしまわないで下さいよ。前にも一人、商人につれて行かれてしまいましたからね。"
],
[
"はい、ございます。",
"山葵と酸乳皮をつけたのもあるかね?",
"山葵と酸乳皮をつけたのもございますよ。",
"じゃ、それを出しておくれ!"
],
[
"それあ、あんな拙い時に、鴨など狙ったから、掻っさらえなかったのさ。だがお前、あの少佐を、相当な打手だとでも思ってるのかい?",
"相当な打手か打手でないかは知らないが、とにかくお前はあいつに負かされたのだからなあ。"
],
[
"何とでも勝手に断言するがいいけれど、おれはお前が十本も飲みゃあしないと言うだけさ。",
"じゃあ、おれが飲むか飲まないか、賭をしようか?",
"何のために賭などするんだい?",
"さあ、お前が町で買って来た鉄砲を賭けろよ。",
"嫌だよ。",
"まあ、試しに賭けてみろよ!",
"試しにだって、嫌だよ。",
"そうだろうて、また帽子を失くしたように、鉄砲も失くしてしまうところだからな。まったく、チチコフ、君のいなかったことが、返すがえすも残念だよ! 君は屹度、あのクヴシンニコフ中尉とは別れられなかったよ。奴さんと君がさぞ肝胆相照らしただろうになあ! あいつは例の検事だの、市にいる、一カペーカの銭にもびくびくしてるような、県のしみったれ役人とは、てんで柄が違うよ。あいつは君、ガリビックでござれ、銀行でござれ、そのほか何でもお好み次第なんだぜ。まったく、チチコフ、何だって君は来なかったんだい? 来ればよかったのに、ほんとにしょうのない野郎だぜ、君は! さあ、おれを接吻してくれ、おれは死ぬほど君が好きなのさ! どうだいミジューエフ、これこそ運命の引き合わせってものさ! この野郎とおれとは縁もゆかりもない仲だろ? 第一どこからやって来た男とも分りゃしないし、おれはおれでこんなところに住んでいるしさ……。だが何にしても、兄弟、あすこにゃあ、実にどえらく馬車がいたもんさ、まったく engros(夥しい数)だったぜ。おれは玉ころがしをやって、ポマードを二罎と、瀬戸物の茶碗と、ギターをとったよ。ところがそれをもう一度賭けたら、畜生め、今度はみんな取られて、その上に六ルーブリもふんだくられちまった。だがね、クヴシンニコフって奴がどんな女たらしだか、君が知ったものなら! おれは奴と一緒に、舞踏会という舞踏会へ一つ残らず行ったんだよ。ところが、一人おそろしくでかでかと著飾った女がいて、レースや紗の裾飾りや、いろんなものを滅多矢鱈につけてやあがるのさ……。おれは、『糞くらえ!』と思ったね。ところがクヴシンニコフの奴は、ああいう恥知らずだから、その女の傍へ擦りよりゃあがって、フランス語なんかでジャラジャラおべっかを使やがるんだ……。ほんとに、彼奴ときたら、どんなつまらない女でも、見のがしっこないんだからなあ。彼奴はそれを、⦅野苺を摘む⦆のだって言ってやがるのだぜ。それから、素晴らしい魚や、蝶鮫の乾魚をざらに売っていたっけ。おれは蝶鮫の乾物を一つ買って来たがね、まだ金のあるうちに気がついて、いいことをしたよ。時に、君はこれから何処へ行くんだい?"
],
[
"ふん、何だい或る人なんて? すっぽかしちまえよ! 一緒におれんちへ行こうや!",
"いや、そうはいきませんよ。用事があるんでね。",
"ふん、用事があるとおいでなすったね! いい加減なことをいうない! この*1オポデリドック・イワーノヴィッチめ!",
"まったく、用事があるんですよ、それも重大な用事で。",
"賭をしてもいいが、それや嘘だ! じゃあ、言ってみろよ、いったい誰んとこへ行くのか?",
"言いますとも、ソバケーヴィッチのところへ行くんで。"
],
[
"いえ、かけてやりましたとも。",
"じゃあ、どうして蚤がいるんだい?",
"さあね。おおかた馬車からでもうつったんでがしょう。",
"嘘をつけ、ブラッシなんかかけてやろうともしなかったんだろう。馬鹿野郎、まだおまけに自分のをうつしたんだな。さあ見てくれ給え、チチコフ、どうだい、いい耳だろう、なあ、ちょっと手で触って見給え。"
],
[
"馬鹿な、そんなこと言ったって、放しゃしないぞ。",
"だって、きっと女房が怒るからさ。君はもう、この人の馬車に乗っけて行って貰えばいいじゃないか。",
"駄目、駄目、駄目! そんな馬鹿なこと考えるない。"
],
[
"そんなに早く、一体いつ買いこんだのだい?",
"いつって、まだ一昨日買ったばかりさ。篦棒に高い金を出したものよ。",
"だってお前、一昨日は定期市にいたじゃないか。",
"ちぇっ、この*2ソフロンめ! 定期市へ行くのと地所を買うのとは一緒にゃあ出来ないとでもいうのかい? それあ、おれは定期市へ行ってたさ、だがおれの留守ちゅうに、うちの管理人が買っておいたのさ。"
],
[
"何いってやがるんだい! 今から直ぐに一と勝負やろうってのに。",
"うんにゃ、兄弟、やるならお前、勝手にやるがいいよ。だがおらあ駄目だ。家内がまた、えらく憤れるからなあ、まったく。おれは彼女に定期市の話をしなくちゃならないのさ。いや、兄弟、こうしちゃあいられないよ、彼女を悦ばせにゃならないからな。どうか、そう引き留めないでくれ!",
"ふん、彼女だの、家内だのと、そんなものあ糞くらえだ! なるほど、ほんとに大事なことを二人でやろうってのかい!",
"そうじゃないよ! 兄弟! 彼女あ、ほんとに好い女房だもの。まったくのところが、模範的な、実に立派で貞淑な女だよ! いろいろとよく尽してくれるからなあ……お前ほんとにするかい? おらあ、涙がこぼれるくらいなんだよ。いや、もう引き留めないでくれ、おらあ正直な人間らしく、帰るんだ。これはまったく嘘偽りのない話なんだよ。"
],
[
"じゃあ、さっさと帰ってって、嬶に出鱈目を聞かせるさ! そら、お前の帽子だよ。",
"いんにゃ、お前、決してそんな風に彼女のことを悪く言うもんじゃないよ。それあ、お前、いわばおれを侮辱することになるんだぜ、彼女はまったく可愛い女だもんな。",
"ふん、だからとっととその嬶んとこへ行けってんだよ。"
],
[
"どんなさ?",
"第一、きっと承知するって、約束して欲しいんだがね。",
"だが、頼みって、一体、なんだい?",
"まあ、いいから約束をして下さいよ!",
"じゃ、そういうことにしておこう。",
"屹度ですね?",
"屹度だとも。",
"そのお願いというのはこうなんで。君のお宅にも、多分、死んだ農奴でまだ戸籍簿から抹消ってないのが相当あるでしょう?",
"うん、それああるが、それが一体どうしたというんだい?",
"それを一つ譲って頂きたいんで、僕の名義に。",
"へえ、一体そんなものを君はどうするんだい?",
"まあ、ちょっと必要があってね。",
"だが、一体なんのためにさ?",
"さあ、ちょっと必要なんで……そんなことはどうだっていいでしょう――要するに、必要なだけですよ。",
"うん、さては何か意図があるんだな。白状し給え、何だか?",
"意図があるんですって? 冗談じゃない、そんな詰らないもので、なにが目論めるものですか。",
"じゃあ、なんだって君はそんなものが欲しいんだい?",
"おやおや、君もよっぽど物好きな人ですねえ! くだらないことを一々手で触って見たり、鼻で嗅いでみなくては承知が出来ないなんて!",
"それじゃあ、どうして君は、それが言えないんだい?",
"そんなことを聞いたって、何の得にもならないじゃありませんか? まあ、ほんの空想みたいなことなんですよ。",
"ようし、じゃあ、それを君が言わないうちは、おれもうんと言わないぞ。",
"そうら、ね、それじゃあ君の方が卑劣ですぜ。ちゃんと誓っておきながら約束を違えるなんて。",
"ああ、何とでも言うがいいさ。だが僕は、君がその理由を話すまでは、うんと言わないからね。"
],
[
"おれは首でも賭けるが、そりゃ嘘だよ!",
"だって、そりゃ無理ですよ! じゃあ、僕は一体なんです? どうして、そう僕が一々嘘をつかなきゃならないと言うんです?",
"それあ、君という男を見抜いているからさ、君がどえらい山師だってことをね――まあ心安だてに言わせて貰えばだよ! おれがもし君の上官だったら、第一番に槍玉にあげてやるところだよ。"
],
[
"なに売れ! だが、ちゃんとおれは知ってるぞ、君は酷い野郎だから、どうせ沢山は出しやすまいが?",
"へっ! 成程お前さんも相当なもんだ! よく考えて御覧なさい! そんなものがお前さんとこでは、一体なんです、ダイヤモンドほど高価いものだとでもいうのですかね?",
"うん、そのとおりだよ。おれはちゃんと君を知ってるからなあ!",
"馬鹿な、ねえ君、どうしてそんなユダヤ人根性を出すんだろう! そんなもの、無償でくれたっていいんだのに。",
"うん、ではね、おれが決してそんな吝ん坊じゃない証拠に、代金なんて鐚一文もとらないよ。その代り、あの種馬を買い給え、そうすれば、景品につけてやらあ。"
],
[
"どうして、しょうがないものか? おれはあの馬に一万ルーブリだしたんだぜ、それを君には四千ルーブリで売ってやろうってんだよ。",
"だって、僕が種馬なんか何にするのです? 牧場を持っている訳じゃなし。",
"まあ、話を聞き給え、君はよくのみこめていないんだよ。いいかね、僕は君から今、三千ルーブリだけ貰えばいいんだよ、残りの千ルーブリは、後で結構なのさ。",
"ところが、種馬なんか僕には要らないんだから、どうもこうもありませんよ!",
"じゃあ、薄栗毛の牝馬を買い給え。",
"牝馬だって要りませんよ。",
"その牝馬とさ、さっき君が見たあの灰いろの馬とで、たった二千ルーブリに負けとくよ。",
"だが、僕は馬なんか要りませんよ。",
"要らなきゃ売ったらいいじゃないか。今度の定期市で三倍は儲かるぜ。",
"じゃあ、自分で売ったらいいでしょう、確かに三倍にもなる見込みがあるのなら。",
"儲かることは分ってるがね、君にも儲けさせてやりたいからさ。"
],
[
"それじゃあ、犬を買い給え。君にひとつ、素晴らしい番いを売ってやろう――まったく、ぞくぞくして震いつきたくなるようなやつだぜ! 髭の生えた*8ブルダスタヤで、毛が針のように上へ突っ立っていてさ、肋骨の張りぐあいと言ったら、ちょっと考えも及ばないくらいで、蹠だってまんまるこくって、歩いても地面につかないような逸物なんだぜ!",
"どうしてまた犬なんかが僕に要るんです? 僕は猟師じゃありませんよ。",
"でも、君が犬を飼ったらいいと思うからさ。じゃあね、犬はどうしても要らないというのなら、僕の紙腔琴を買わないかい。ありゃあ素敵な紙腔琴だぜ! 正直な話、僕はあれに千五百ルーブリだしたがね、君だったら九百ルーブリで手放すよ。",
"また僕に紙腔琴が何になるんです? 僕は、あんなものを肩にかけて門附をして歩くドイツ人とは違いますからねえ。"
],
[
"まあ、よして下さいよ! それじゃあ、僕はいったい何に乗って行くんです?",
"僕が別の半蓋馬車を君にやるよ。さあ物置へ一緒に来たまえ、そいつを君に見せるからさ! 塗替さえすりゃあ、素晴らしい馬車になるぜ。"
],
[
"どうして、いやなんだね?",
"ただ、いやだから、いやなんで――もう沢山です。",
"ふん、君も変な男だねえ、まったく! どうも君みたいな人間とは、好い友達同士の交際は出来かねるよ……そういう男さ、まったく! 君が二重人格だってことが、初めて分ったよ!",
"えっ、馬鹿な、僕が何だというんです? 自分で判断してみたらいいでしょう――では、どうしてそんな、自分に全然必要のないものを僕は買わなきゃならないんです?",
"もういいや、そんな話は止せよ。今こそ君って男がよく分ったよ。君はまったく、ひどい悪党さ! じゃあどうだい、一番、銀行をやろうじゃないか? 僕は死んだ農奴をすっかり賭けるよ、紙腔琴も一緒に。"
],
[
"どうしてって、気が向かないからですよ。実のところ、僕は骨牌なんかてんで好きじゃありませんからね。",
"どうして好きじゃないんだい?"
],
[
"くだらねえ男だなあ!",
"どうも仕方がありませんね。そういう生れつきだから。",
"なあに、君は助平野郎さ! おれは初め、君をもう少しましな人間かと思ったのに、まるで君は人づきあい一つ弁えていないんだ。君のような人間とは、友達として話すことなんて金輪際できっこない……なんら虚心坦懐なところも、誠実なところもありゃしない! まるでソバケーヴィッチそっくりの、碌でなしだよ!",
"どうしてそんなに僕を悪く言うんです? 骨牌をやらないからって、僕が悪いんですかね? 君がそんな詰らないことでがみがみ言うような人なら、死んだ農奴だけ売って貰えば沢山ですよ。",
"くそ喰らえだ! おれは、無償でもやろうかと思ってたのだが、もう断じて、やらないぞ! 帝国を三つよこしたって、呉れてやるもんか。この大山師の、穢ない吝ったれ野郎め! おれはもうこれからさき君みたいな男とは、いっさい、つきあわないよ。おい、ポルフィーリイ、馬丁のところへ行ってそう言え、この男の馬には燕麦なんぞやっちゃいけないって、乾草だけ食わせておけば沢山だと。"
],
[
"僕はもう骨牌は御免だと言っておいたでしょう。売って頂けるのなら、買いますがね。",
"売るなんて、いやだよ。第一、水臭いじゃないか。おれはそんな訳の分らないことに手は出さないよ。だが、銀行は――別だからね。ほんの一番、手合わせをしようじゃないか!",
"何度も言うとおり、それは御免を蒙りますよ。",
"じゃあ、交換しちゃどうだね?",
"いやです。",
"うん、それじゃあ、将棋を指そうや。君が勝てば、みんな君のものさ。何しろ、おれんとこにゃあ、戸籍簿から削らなきゃならんやつが、うんとあるからね。えい、ポルフィーリイ、将棋盤を持って来い!",
"駄目ですよ。僕はやりゃしませんから。",
"だって、これは銀行と違って、運も誤魔化しもあったものじゃない。腕前だけの話さ。第一、おれは碌すっぽ指し方も知らないんだから、幾手か先手を指させて貰わにゃ駄目だよ。"
],
[
"じゃあ、仕方がない、ひとつお相手しましょう。",
"それじゃあ、おれは死んだ農奴を賭けるから、君は百ルーブリ賭けるんだぜ!",
"どうして? 五十ルーブリ賭けたら沢山ですよ。",
"駄目だい、そんな五十ルーブリなんて賭があるもんか? よし、じゃあその百ルーブリに対して、中ぐらいの仔犬か、それとも時計につける金の印形でも添えることにしようじゃないか。"
],
[
"そりゃ、どうしてですか? もちろん平手ですよ。",
"せめて二手ぐらいは先きにやらせ給え。",
"駄目ですよ。僕だって下手なんですから。"
],
[
"どうして、三つなんて言うんだい? こいつは、間違いだよ。知らない間に動いていたのだ。これを引っこめれば、いいんだろう。",
"じゃあ、もう一つの方は、何処から来たんです?",
"もう一つの方って、どれのことだい?",
"そら、それですよ、この、女王を狙ってるやつはどうしたんです?",
"おや、おや! 君は憶えがないんだね!",
"いや、僕は初めから、ちゃんと手を数えて、何もかも憶えていますよ。君はたった今それをここへ持って来たんです。そいつは、ほら、ここにあるべきです!"
],
[
"君の方で正直な人間にふさわしい指し方をしない以上、僕は止める権利がありますよ。",
"嘘をつけ! 君にそんなことは言わせないぞ!",
"いいや、君の方こそ嘘をついているのです!",
"おれはいかさまなんかやらなかったのだから、君も今更やめるって法はない。どうしても勝負をつけなきゃならないぞ!"
],
[
"是が非でも指させずにおくものか。駒を掻きまぜたって、なんにもなりゃしないぞ! 順序はちゃんと憶えている。もう一度、もとどおりに並べかえるだけだ。",
"いや、もうお仕舞いですよ。僕はもう君とは指しませんからね。",
"じゃあ、君はどうしても指さないというんだな?",
"君と将棋なんか指されないことは、分りきってるじゃありませんか。"
],
[
"郡の警察署長です。",
"それで、どんな用があるんですね?",
"私は、或る事件の決定するまであなたが起訴されておいでになる旨、報告に接したことをお伝えに参ったのです。"
],
[
"あなたは酩酊のあまり、地主マクシーモフに棍棒をもって個人的な侮辱を加えたという事件に関係しておられるのです。",
"嘘をつけ! おれは地主のマクシーモフなんて見たこともないのだ。",
"お黙りなさい! 私は役人ですぞ。そういう言葉は御自分の召使に向って仰っしゃるべきで、この方に対してはお慎みなさい。"
],
[
"裁判所長ですよ。",
"ふうん、あんたにはそんな風に見えるかも知れないが、あいつはフリー・メーソンに過ぎないんでね、まずこの世に二人とはない馬鹿野郎でしょうて。"
],
[
"知事が勝れた人物だってね?",
"ええ、そうじゃありませんか?",
"あいつは世界一の強盗でさあ!"
],
[
"ところが、あれを何で拵らえるか御存じですかね? それが分ったら、とても咽喉は通りゃしませんぜ。",
"さあ、その拵らえ方は存じませんから、そういうことは何とも私には申されませんが、しかし豚のカツレツとボイルド・フィッシュは素敵でしたよ。",
"そんな風に思えただけですよ。あいつらが市場で何を仕入れるか、わしはちゃんと知っておる。あの碌でなしの料理人めがフランス人に教わりゃあがってね、猫を買ってきて、そいつの皮を剥いで兎の代りに食卓へ出しゃあがるのさ。"
],
[
"まるで蠅のようにバタバタと死ぬんでさあ。",
"蠅のようにですって? で、なんですか、その人の村まではお宅からよほどありますか?",
"五露里はありますなあ。"
],
[
"私の附値ですって! どうもこりゃ、二人とも何か感違いをしているんじゃないでしょうかね、それともお互いによく話が会得めないで、抑々その品物が何だったか、うっかり忘れているんじゃありませんかね。じゃあ一つ私の方から誠心誠意のところを申し上げましょう。一人あたり八十カペーカ――これがもう、精一杯ぎりぎりの値段ですよ!",
"とんでもない、八十カペーカなんて。",
"そんなこと仰っしゃっても、私の考えでは、どうもそれ以上は出せませんよ。",
"だが、草鞋を売るのたあ訳が違いますぜ。",
"ええ、ですがね、やはり人間とも違うってことに御異存はないでしょう。",
"じゃあ、あんたは、ちゃんと戸籍に載ってる農奴を、二十カペーカやそこいらで売る馬鹿があると思ってなさるのかね?",
"だがちょっと待って下さい。あなたはどうしてそれを戸籍に載ってる農奴だなんて仰っしゃるんですか? その肝腎の農奴は疾うの昔に死んでしまって、もう影も形もない奴のことですよ。しかし、そんなことをこれ以上かれこれ詮議だてしたって詰まらないから、じゃあ奮発して一ルーブリ半ずつで買いましょう。それ以上は出せませんよ。",
"あんたは、よくもそんな値をつけてしゃあしゃあしていられますねえ! そんな掛引は止して、まともな値段をつけたらどうです!"
],
[
"二ルーブリ半。",
"まったく、そんな無茶な値ってあるもんですかい。じゃ、せめて三ルーブリだして下さい!",
"出せませんよ。",
"どうも、あんたにかかっちゃしかたがない、じゃそうしときましょう! これじゃあ損だけれど、人を悦ばさずにはおられないという、まるで犬みたいな根性でしてね。ところで、万事正式の手続を踏むために、公正証書を作ることにしますかね?",
"勿論ですとも。",
"なるほど、そうだろうと思ってね。では一つ、市へ出かけなきゃなりませんなあ。"
],
[
"さあ、どうして差しあげたものでしょうか。手許には金を持っていないものですからね。じゃあ、ここに十ルーブリだけありますよ。",
"なに、十ルーブリですって! せめて五十ルーブリはおいて行って下さらなくっちゃ!"
],
[
"どうしてまた受取りなどが要るのですか?",
"いずれにしても受取りは頂いておいた方が好都合ですよ。どうも世智辛い御時勢で……どんなことが起こるか分ったものじゃありませんからね。",
"ようがす。それじゃあ金子をこちらへ貰いましょう。",
"どうして金子を先きにお渡しするのです? 金子はちゃんとここに持ってますよ! 受取りさえ書いて下すったら、すぐにお渡ししますからね。",
"だが、どうして受取りが書けますかね? その前にちょっと金子を拝ませて貰わないでは。"
],
[
"女の農奴は要りませんかね?",
"いや、もう結構ですよ。",
"安くしておきますぜ。お馴染み甲斐に一人一ルーブリずつでようがすがね。",
"いえ、女の方は要らないんです。",
"そう、要らないものは何とも話になりませんなあ。好き嫌いには規則がなく、諺にも蓼喰う虫も何とやらと言いますからね。"
],
[
"どうだ、知らないのかい?",
"へえ、旦那さま、知りましねえだ。",
"ちぇっ、こいつ! その白髪頭をひき挘ってくれるぞ! あの吝んぼのプリューシキンを知らないのか? 百姓に食うものも食わせない業欲地主をさ?"
],
[
"左様、ずいぶんえらく奪られましただ。",
"いったい、どのくらい死んだのですか?",
"八十人ばかりも殺られましたで。",
"まさか?",
"なにも嘘なぞ言やしませんわい。",
"では、もう一つお訊ねしますが、その今おっしゃった人数は、この前に人口調査があった時以来のお話なんでしょう!"
],
[
"何ですかね、甚だ無躾けなことを申して、お腹立ちになっちゃ困りますが、その税金は毎年納めておくんなさるのでがしょうねえ、そしてその金は、こちらへ廻して下さるだか、それとも直接に国庫へ納めておくんなさるだかね?",
"じゃあ、こういうことにしましょう。つまり、その農奴は現に生きているものとして、それをあなたが私に売って下さった形にして売買登記の手続きをするのです。"
],
[
"えっ、市まで? 飛んでもない!……家をあけるのは困りますわい。なにせ、わしのとこの奴らは盗人か悪者ばかりでがしてな、一日で洗いざらい盗み出して、外套を懸ける釘まで抜いて行っちまいますからね。",
"じゃあ、どなたかお知合いはありませんか?"
],
[
"そりゃあ結構ですよ、あの方なら!",
"ようがすとも、ありゃ旧友でごわしてな! 学校時代にもいい相棒でしたわい。"
],
[
"この泥坊女め、貴様あの紙をどこへやった?",
"旦那さま、本当にわたしゃ、旦那さまがコップの蓋になすった小さな紙片よりほかに、何も見たこともありましねえだよ。",
"いんにゃ、貴様の顔を見れあ、ちゃあんとお主が盗んだことが分るわい。",
"あれ、なんでハア、わたしがそんなものを盗りますだね? そんなものは、わたしにゃ何の役にも立ちましねえだよ、別に読み書きが出来るわけでもなしね。",
"嘘をつけ、お主はあれを寺男に持って行ってやったのじゃ。あいつは文字をどうやらぬたくりおるからな、それであいつのところへ持って行ったのじゃろ。",
"ふん、寺男は紙ぐれえ欲しけりゃ自分で買いますだよ。あの人がお前さまの紙片なんぞ知るもんですか!",
"ようし待っておれ、今にその罰で閻魔の庁へ行ってから鉄の刺叉にさされて、じりじりと鬼に火焙りにされるからな! 見ておれ、じりじりと火焙りにされるのじゃぞ!",
"だって、そんな紙なぞ手でさわったこともねえだのに、なんで火焙りにされる訳がありますだね? なんぞ他の、女の弱みで責められるなら、仕様もねえだが、わたしゃまだ盗みをしたちゅうて責められる覚えはありましねえだよ。",
"なあに、ちゃんと鬼が火焙りにするわさ! ⦅こりゃ泥坊女、貴様は主人を瞞したから、こうされるのだぞ!⦆そういってな、鬼どもがお主を真赤な刺叉で火焙りにするわさ!",
"そんなら、わたしゃこう言ってやりますだよ。⦅そんな覚えはねえだ! 金輪際そんな覚えはねえだ。わしは何にも盗んだことあねえ……⦆ってね。おや、紙はあのテーブルの上にあるでねえかね。いつでも旦那さまはこうして無実の罪でわたしを責めなさるだよ!"
],
[
"ごわすとも、大ありでな。婿が捜索してくれましただが、さっぱり行方が分らないそうでな。尤も彼奴は軍人だから、ガチャガチャ拍車を鳴らして踊ることは名人じゃが、法律上のことであちこちする段になると……。",
"で、そんな農奴がどのくらいおありなんですか?",
"左様さ、これも七十人ぐらいにはなりまさあね。",
"まさか、そんなに?",
"いや、まったくの話でがすよ! なにせ、わしがとこじゃ毎年、逃げますのでな。どいつもこいつも恐ろしい喰らい抜けばかりでな、のらくらして大喰らいばかりしてけつかるだ。で、わしの食うものが第一ごわせんような始末で……。逐電した奴なんざ、幾らでもかまいませんよ。ひとつお友達にそういって勧めて下され。せめて十人も見つけ出しゃあ、ええ金になりまさあね。調査簿に載っとる農奴なら、一人あたり五百ルーブリが相場でがすからな。"
],
[
"さあ、一人あたり二十五カペーカだしましょう。",
"それで、どうして払って下さるだね? 正金でかな?",
"ええ、この場で現金で払いますよ。",
"ですがね、お前さま、わしの貧乏世帯に免じてせめて四十カペーカに買って貰えませんかね。"
],
[
"で、よござんすか、私にはあなたのお人柄が一目で分ったのです。それだのに、どうして一人あたり五百ルーブリぐらい差上げないことがありましょう。しかしながら……私にはそれだけの財力がないのです。だから、お愛想に五カペーカだけ奮発させて頂きましょう、そうすると、農奴は一人あたり三十カペーカの勘定になりますねえ。",
"そりゃまあ、なんでがすか、せめてもう二カペーカだけ気張っておくんなさいよ。",
"二カペーカですね、ようござんす、気張っておきましょう。で、一体どれだけあるんです? たしか七十人と仰っしゃいましたねえ?",
"いんにゃ、みんなよせると七十八人になりますわい。"
],
[
"が、お茶は如何で?",
"いや、お茶はまた、いつかこの次ぎの時にして頂きましょう。",
"どうしてね? もうサモワールは言いつけましただよ。じゃが正直なところ、わしはあまりお茶は好きじゃごわせんわい。贅沢な飲みもので、それに砂糖が滅法高くなりましてな。プローシカ! もうサモワールはいらないぞ! それで麺麭はマヴラのとこへ返して来な、分ったな? 前のところへしまっとくだぞ。いんにゃ、そうでねえ、ここへよこしな、おれが自分で持って行くだから。それじゃあ、お前さま、御機嫌よろしゅう! どうかまあ、お前さまに神さまのお恵みがありますように! で、その手紙は裁判所長に渡しておくんなされ。そうじゃ! あの男に見せて下され、あれはわしの旧い友達だでな。そうだとも! 同窓の友でがしたからな?"
],
[
"中尉だって?",
"何だかよくは存じませんが、リャザーニからおいでになったとかで、鹿毛の馬をつけたお馬車でございました。"
]
] | 底本:「死せる魂 上」岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年7月1日第1刷発行
1952(昭和27)年6月1日第9刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「茲→ここ 不図→ふと 兎に角→とにかく 兎も角→ともかく 莫斯科→モスクワ 露西亜→ロシア 欧羅巴→ヨーロッパ 彼得堡→ペテルブルグ 伊太利→イタリア 仏蘭西→フランス 希臘→ギリシア 巴里→パリ 洪牙利→ハンガリー 芬蘭→フィンランド 留→ルーブリ 哥→カペーカ 桃花心木→マホガニイ 釣燭台→シャンデリア 卓子→テーブル 襯衣→シャツ 刷子→ブラシ 切子硝子→カットグラス 硝子→ガラス ※[#濁点付き片仮名ヰ、1-7-83]→ヴィ 亙り→わたり 亙って→わたって」
※「没」と「歿」の混在は、底本通りです。
※底本は巻末に訳註をまとめていますが、中見出しごとに「*番号」で設定しました。
※訳註の頁数は省略しました。
入力:山本洋一
校正:高柳典子
2016年6月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"それは何ですか?",
"例の百姓たちですよ。"
],
[
"あなたですか?",
"いえ、家内ですよ。",
"ああ、それは、それは! こんなお手数をおかけしては、ほんとに、何とも恐縮ですねえ。",
"いいえ、ほかならぬパーウェル・イワーノヴィッチのためですもの、手数だなどということは決してありませんよ。"
],
[
"実は売買登記をして頂きたいと思いますんで。",
"で、何をお買いになったんですか?",
"それはともかく、農奴係りはどちらでしょうか、それから先きに伺いたいのです。こちらなんでしょうか、それとも何処かほかなんでしょうか?",
"いや、それよりも先ず何を如何ほどでお買いになったのか、それから先きに仰っしゃって下さい。そうすれば、係りをお教えしますよ。でなくっちゃ、お教えする訳に参りませんなあ。"
],
[
"じゃあ、どちらなんでしょう?",
"それは農奴課ですよ。",
"その農奴課というのは何処ですか?",
"それはイワン・アントーノヴィッチが係りです。",
"そのイワン・アントーノヴィッチは何処にいるんです?"
],
[
"実は、こういう用件なんです、私は当地のいろんな地主から農奴を買い取りまして、移住させようと思いますんで、売渡証書もありますから、登記の手続だけして頂けばいいんですがね。",
"売り手は出頭していますかね?",
"出頭する人もありますし、出頭の出来ない人からは委任状が取ってあります。",
"申請書は持って来たんですか?",
"申請書も持参しております。実はその…… 少し急いでおりますが……。どうでしょう、今日じゅうに登記をして頂く訳には参りませんでしょうか?"
],
[
"ええ、移住させますので。",
"なるほど、移住のためと仰っしゃれば、話は別ですよ。して、どちらの方面へ?",
"方面ですか……ヘルソン県下です。"
],
[
"で、地所は充分におありなんで?",
"まあ、こんど買った農奴ぐらいにはたっぷりです。",
"水利は河ですか、それとも池で?"
],
[
"花嫁の候補はいくらでもありますよ! どうして、ないことがあるもんですか! 何もかも旨くゆきますよ、何でもお望みどおりになりますよ!……",
"まあ、そういうことでしたら……。"
],
[
"ええ、ちょっと面白い柄でしょう。だけれど、プラスコーヴィヤ・フョードロヴナは、この格子がもう少し細かくて、点々が褐色の代りに空色だったら、もっとよかろうって仰っしゃるのよ。妹にも妾、服地を送ってやりましたけど、何とも口ではいえない位、そりゃ好い柄でしたわ。まあ、ちょっと考えても御覧なさい、空色の地に、細い細い、とても人間の頭では考えられないくらい細い縞があって、その縞のあいだあいだに、眼と蹠、眼と蹠という風に模様がはいってますのよ……。まあ一口にいえば、ちょっと類のないものでしたわ! ほんとに、あんなのは決して二つとない柄だと言うことが出来ますもの!",
"じゃあ、それはまだら模様なんでしょう。",
"いいえ、大違い! まだら模様なんかじゃありませんわ!",
"あら、まだら模様なんでしょう!"
],
[
"あらどうして?",
"襞飾のかわりにレースをつけますわ。",
"まあ、いやだ――レースなんて!",
"でもレースが大流行ですわ。肩布にもレース、袖にもレース、肩飾にもレース、下の方にもレース、どこにもかしこにもレースをつけますのよ。",
"だって、ソフィヤ・イワーノヴナ、そう矢鱈にレースばかりつけたら、おかしいでしょう。",
"ところが、まるで嘘みたいに、とても素敵なのよ、アンナ・グリゴーリエヴナ。間隔をひろく取って、二重に襞をつけ、その上から……。でも、それよりも、もっともっとお驚きになって、屹度こう仰っしゃいますわ……。そりゃ屹度びっくりなさいますわ、だって、思っても御覧なさいまし、コルセットの丈がずっと伸びて、下が岬のように尖り、前の鯨骨が突拍子もなく長くなりましたの。スカートは、丁度むかし箍骨を入れたように、まんまるくふくらまして、その上、後ろへも少し綿を入れて、すっかり申し分のない大女に見せようっていう寸法なんですの。"
],
[
"まあ、あなたはどうだか存じませんけれど、あたしは、どうしてもそんな真似をする気にはなれませんわ。",
"そりゃ、あたしだってそうですわ……。ほんとに流行なんて、飛んでもないことになるもので……。おしまいには何が何だか訳が分らなくなってしまうんですもの! あたし、ほんの笑い草に、妹にそう言って型紙を貰いましたの。うちのメラーニヤが縫いにかかっていますわ。"
],
[
"ええ、そうよ。妹が持って来たんですもの。",
"ねえ、あんた、それ、あたしに譲って下さいませんこと、後生一生のお願いですから。",
"あら、あたしもう、プラスコーヴィヤ・フョードロヴナにあげるって約束をしてしまったのよ。あの人の後でなくっちゃあ。",
"プラスコーヴィヤ・フョードロヴナが拵らえた後でなんか、そんなもの誰が着るもんですか! あたしを差措いてあんな人におやりになるなんて、よっぽど、どうかしてらっしゃるわ。",
"だって、あの人は、あたしの復従姉妹なんですもの。",
"おや、あの人があなたのどんな復従姉妹ですの、それも御主人の側のお身内というだけじゃありませんか……。いいえ、ソフィヤ・イワーノヴナ、そんなことあたし伺いたくもございませんわ。つまり、あなたはあたしに恥をかかせようとなさるんでしょう……。屹度あなたは、そろそろあたしに厭気がさしてきたんでしょう、屹度もう、あたしなんかとはお交際もして下さらないおつもりなんでしょう。"
],
[
"まあ、ちょっと、あたしの言うことを聞いて下さいな……。",
"あの男が好男子だなんて、もっぱら評判のようですけれど、あんな男はちっとも好男子じゃありませんわ、好男子どころか、あの鼻だって……。ずいぶん厭な恰好じゃありませんか。"
],
[
"大事件って、どんなことですの?",
"まあ、それがですよ、アンナ・グリゴーリエヴナ! ほんとに、あなたが少しでもあたしの出逢った立場を察して下さることが出来たなら! ね、どうでしょう、けさね、宅へお梵妻さんがいらっしたのよ、あのお梵妻さん、祭司長のキリール神父の奥さんがですよ、それでどうしたとお思いになって? あの温和そうな風来坊が一体どんな男だったとお思いになって?",
"まあ、あの人がお梵妻さんにいやらしいことでもしたと仰っしゃるの?",
"あら、アンナ・グリゴーリエヴナ、いやらしいことぐらいなら、まだまだ何でもございませんわ。まあ、あのお梵妻さんがあたしに話したことを聴いて下さいよ。あの女の話では、コローボチカとかいう女地主が、まるで死人のような真蒼な顔をして、ブルブル顫えながらやってきて、こんなことを話したんですって! ね、まあ、どうでしょう、まるで小説そっくりですわ。なんでも或る晩のこと、草木も眠る丑満時に、突然、それはそれは恐ろしい音をたてて、どんどんと門を叩く者があるんですって。そして、『あけろ! あけろ! あけなきゃあ、門をぶっ壊してしまうぞ!……』って呶鳴るんですとさ。さあ、あなたはどうお思いになって? そんなことがあったとしたら、一体あの伊達男はどうなるのでしょう?",
"で、そのコローボチカって、どんな女ですの? 若くて美人だとでもいうんですの?",
"ところが、それが大違い、よぼよぼのお婆さんなんですのよ。",
"あら、素敵だこと! じゃあ、あの男はそんなよぼよぼのお婆さんに手をつけたんですの? して見ると、この市の御婦人がたもよっぽど物好きなのねえ、そんないやらしい男に血道をあげるなんて!",
"ううん、そうじゃないってば、アンナ・グリゴーリエヴナ、そんなこととは、まるで違うのよ。まあ、どうでしょう、あの男は、まるで*2リナルドー・リナルジンみたいに頭の天辺から足の爪先まで物々しく身固めをして押し入るなり、『さあ、死んだ農奴をすっかり俺に売れ』って言うんですとさ。そこでコローボチカは、『そんな死んだものを売る訳にはいきません』って、如何にも尤もな答えをしたんですよ。すると、『いや、そいつらは死んじゃいない。死んでいようが、死んでいまいが、そんなことはこっちのことで、お前の知ったことじゃない、そいつらは死んじゃいない、死んじゃいないんだ!』と呶鳴るんですって。『死んでいるものか!』って。一口にいえば、飛んでもない乱暴狼藉をはたらいた訳ですわ。村じゅうの者が駈けつけて、子供は泣く、大人は喚くという騒ぎで、何が何やらさっぱり分らないんですもの、それこそ、ただもう、ほんとに*3オルリョール、オルリョール、オルリョール!って有様なの……。でも、アンナ・グリゴーリエヴナ、あなたにはこの話を聞いてあたしがどんなに吃驚したか、とてもお分りにはなりませんわ。『まあ奥さま』って、マーシュカがわたしに言いますのよ。『鏡を御覧なさいませ、お顔が真蒼でございますわ。』でも、あたしは、『鏡どころじゃないよ。すぐにアンナ・グリゴーリエヴナのお宅へ伺って、お話してこなくっちゃあ』って言いましてね、さっそく軽馬車の仕度を言いつけましたの。馭者のアンドリューシカが、どちらへ参りますかって訊ねても、あたし、何ひとこと物をいうことが出来ずに、まるで馬鹿みたいに、馭者の顔ばかりぼんやり眺めていたんですのよ。きっと彼は、あたしが気でも違ったのじゃないかと思ったかも知れませんわ。ほんとにさ、アンナ・グリゴーリエヴナ、あたしがどんなに吃驚仰天していたか、それがあなたにお分りになったなら!"
],
[
"ですけれどね、アンナ・グリゴーリエヴナ、あたしがその話を聞いた時の気持も察して頂戴な。『今でも妾は』って、そのコローボチカが言うんですって。『一体どうしたらいいのか、さっぱり分りません。妾に無理矢理、何か瞹昧な証文に署名させて、紙幣で十五ルーブリ投げつけておいて行ってしまったのです。妾は』って、そのお婆さんは言うんですって。『世間しらずの、寄辺ない後家のことで、何のことやら、さっぱり分りません……』って。事件っていうのは、まあ、こんなことですのよ! だけど、あたしがどんなに吃驚仰天したか、それが少しでも、あなたにお分りになったらねえ?",
"それはともかくとして、これには死んだ農奴そのものじゃなくって、何か裏があるのよ、きっと。"
],
[
"あなたこそ、どうお思いになって?",
"あたしがどう思うって?……正直なところ、まるであやふやですわ。",
"でも、あたしは是非、これに対するあなたの御意見が伺いたいの。"
],
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"死んだ農奴だなんて!……",
"ええ、早く仰っしゃいよ、後生だから!",
"あれは、ただ人眼を誤魔化すために思いついただけのことで、ほんとうは、知事のお嬢さんをかどわかそうってのが、あの人の魂胆なんですわ。"
],
[
"でも、そんなことだとすると、国立女学院の教育なんて当てになりませんわねえ、アンナ・グリゴーリエヴナ! だって、まだほんのねんねじゃありませんか!",
"ねんねなもんですか! あたしはあの娘の口から飛んでもない言い草を聞きましたのよ、正直なところ、あたしなんぞとても口に出す勇気もないようなことなんですのよ。",
"まあ、ねえ、アンナ・グリゴーリエヴナ、当節の若い娘がそんなにふしだらになったのかと思うと、ほんとに胸がつぶれますわ。",
"だのに、殿方たちといえば、もう、あの娘に夢中なんですものねえ。あたしに言わせると、正直なところ、あの娘なんぞに、ちっともいいところがあるとは思いませんわ……。",
"いやに澄ましてるばかりでねえ。",
"あら、澄ましてるんじゃありませんわ、アンナ・グリゴーリエヴナ! あの娘は石地蔵そっくりで、顔に表情というものがまるでないんですのよ。",
"いいえ、澄ましていますとも! 澄ましていますとも! ほんとに憎らしいほど澄ましているじゃありませんか! 誰に教わったのか、それは知りませんけれど、あたし、まだこれまでに、あんなに気どった女って、見たことがありませんわ!",
"そうじゃありませんわ! あの娘はまるで石地蔵みたいで、顔色が死神のように真蒼なんですもの。",
"あら、何を仰っしゃるのさ、ソフィヤ・イワーノヴナ、あの娘はやけに頬紅をさしているじゃありませんか。",
"まあ、あんなことを。あの娘の顔はまるで白墨みたいですわ、まるで白墨みたいですわ、正真正銘の、白墨そっくりですわ。",
"でもねえ、あたしはあの娘のそばに坐っていたんですが、紅をこってりと、そりゃ厚くつけていますのよ、だからそれがまるで漆喰のように、ぼろぼろと欠けて落ちるんですもの。あれはお母さんが淫婦なもんだから、それを見習ったのだけれど、娘さんの方が、役者が一枚うわてになった訳ですわ。",
"ええ、そりゃ、まあ、あなたはどんなにお請合になっても構いませんけれど、もしもあの娘が、紅をほんの一滴でも、ほんのちょっぴりでも、いいえ紅のべの字でもさしていたら、たった今あたしは、子供も、良人も、財産もすっかり投げだしたって構いませんわ。"
],
[
"でも、大分あの男に御執心の夫人もありましたわねえ。",
"それ、あたしのことを仰っしゃるの、アンナ・グリゴーリエヴナ? ううん、決してあたしそんなこと仰っしゃられるような覚えはありませんわ、決して、決して!",
"おや、別にあなたのことを言ってるのじゃありませんわ、あなたの他には誰もいなかったかのように、妙なことを仰っしゃるのねえ。",
"だって、決して決してそんな覚えはないのですもの、アンナ・グリゴーリエヴナ! 口幅ったい申し分ですけれど、あたし、自分の身のほど位ちゃんと弁まえていますわ。そりゃね、どっかの奥様がたみたいに、乙に澄ましてツンとしていらっしゃる方たちのことは存じませんけれどさ。",
"ね、ちょっと、ソフィヤ・イワーノヴナ! あたし、憚りながら、まだ一度もそんな如何わしい真似をしたことはありませんわ。どなたか他の方ならいざ知らず、憚りながらあたしだけは決してそんな真似はしませんからね、それだけははっきりお断わりしておきますわ。",
"まあ、どうしてそんなに御立腹になるの? だって、あの時には、他にも奥様がたは幾らもいらっしたじゃございませんか。そればかりか、あの男のそばへ坐ろうと思って、躍起になって扉口の椅子を奪いあった方たちさえありましたわ。"
],
[
"その共謀者がないとでもお思いになって!",
"じゃあ一体、誰があの男の尻押しをしたと仰っしゃいますの?",
"そりゃ、例えばあのノズドゥリョフあたりでしょうよ。",
"まあ、ノズドゥリョフがですって?",
"ええ、どうして? あの男のやりそうなことじゃありませんの。御存じのとおり、あれは生みの父親まで売り飛ばそうとした人ですもの、売るというより骨牌に賭けるといった方が当っていますけれど。",
"おや、まあ、なんて面白いことを伺うのでしょう! まさかノズドゥリョフがこの事件に関係していようなんて、あたし夢にも思いませんでしたわ!",
"ところが、あたしは始終そう思っておりましたのよ。",
"ほんとに、世の中には、何が起こるか分ったものじゃございませんわねえ。そうでしょう、そら、あのチチコフがこの市へやって来たばかりの頃にさ、まさかあの男が社交界でこんな変な真似をしようなどと、誰が想像したでしょう? まあ、アンナ・グリゴーリエヴナ、あたしがどんなに驚いたことか、あなたに分って頂けましたらねえ! でも、あなたの御好意と友情がなかったなら…… ほんとに、それこそあたし、飛んでもないことになるところでしたわ…… そうですとも! 宅のマーシュカなんか、あたしが死人のように真蒼な顔をしているのをみて、⦅まあ、奥さま、まるで死人のように真蒼なお顔でございますよ⦆って言いますの、で、あたし、そう言ってやりましたわ。⦅マーシュカ、あたしは今、それどころじゃないんだよ⦆って。まあ、そんなことでしたの! じゃあ、ノズドゥリョフまでが共謀になっていたのですわねえ! まあ、呆れた!"
],
[
"馬鹿な、君が煙草のみだってことをおれが知らないとでもいうのかい。おうい! 君んとこの下男は何とかいう名前だったねえ? おうい、ワフラーメイ、ちょっと!",
"ワフラーメイじゃない、ペトゥルーシカですよ!",
"なんだって? でも以前、君んとこにワフラーメイってのがいたじゃないか?",
"ワフラーメイなんて下男は、僕のとこにいたことがありませんよ。",
"うん成程、ワフラーメイってのは、デリョービンのうちにいる下男だ。デリョービンっていえば、奴は素晴らしい幸運を掴みおったぞ。奴の伯母さんがね、なんでも息子が農奴の娘と結婚したとかいうので、かんかんに怒って、今では遺産をすっかり野郎に譲ることに遺言を書きかえっちまったというのさ。おれも子々孫々のために、そんな伯母さんがせめて一人あったらと思うねえ! ときに兄弟、君はどうしてそう引っこんでばかりいるんだい? どこへも顔出しをしないじゃないか。そりゃ、おれだって、君が時々、学問上の仕事に追われてることや、本を読むのが好きだってことぐらいは無論、知ってるけどさ。(ところでノズドゥリョフが、どういうところから我等の主人公が学問上の仕事に携わっていたり、本を読むのが好きだなどと断定したのか、それは正直なところ、我々にはさっぱり分らない。チチコフにしては尚更のことである。)あっ、そうそう、チチコフ! 君があれを見たのだったらなあ……。それこそ屹度、君の諷刺的才能の素晴らしい材料になったのだがなあ。(どうしてチチコフに諷刺的な才能があるというのか――これもやはり分らない。)実はねえ、リハーチェフっていう商人のところでゴルカをやったのさ。その時だよ、大笑いをやらかしたのは! おれと一緒だったペレペンジェフの野郎がね、『こいつあ、チチコフがいたら、持ってこいだがなあ!……』って吐きやがるのさ。(ところがペレペンジェフなんて、チチコフにとっては、生まれてこのかた聞いたこともない名前だった。)それはそうと、兄弟、君はまったく卑劣きわまるインチキをやったじゃないか、そら、おれと一緒に将棋をさした時にさ。ありゃ、おれの勝だったんだからなあ……。おれはただ、君にまんまと挙足を取られたというだけの話さ。しかし、どういうものか、おれは頓と怒るということの出来ない性分でね。つい近頃も、裁判所長と一緒に……。うん、そうそう! これは是非、君の耳へ入れておかなきゃならんが、市ではどいつもこいつも君のことを糞味噌に言ってるぜ。奴らは君を贋金づくりだろうと言って、しつこくおれに耳こすりをしやがるのさ。で、おれは極力、君の肩をもって――君とは学校も一緒だったし、君の親爺のこともおれはよく知ってるって、大いに弁じておいたよ。うん、何のことはない、彼奴らをすっかり煙にまいてやったのさ。"
],
[
"だけんど、パーウェル・イワーノヴィッチ、馬に蹄鉄をうたなきゃなりましねえでがしょう。",
"えい、この、ぼんくらの豚め! 木偶の坊め! それならそれと、なぜ前に言わなかったんだ? それだけの暇がなかったとでもいうのかっ?",
"そりゃ、暇がなかったちゅう訳ではありましねえがね……。それから車の輪でがすがね、パーウェル・イワーノヴィッチ、あれも輪鉄をすっかり取っ替えなきゃ駄目でがしょうなあ、なにせ、今頃は道路がでこぼこで、どこへ行ってもガタガタと揺れますだから……。それから、これも一言いわせて貰いますが、馬車の前の方が、まるでぐらぐらになっておりましてね、あれじゃあ、とうてい二丁場とはもちますめえよ。"
],
[
"よし! じゃあ、おれが市場へ行って、売り飛ばしてしまおう!",
"ほんとでがすよ、パーウェル・イワーノヴィッチ、あいつは、見かけだけは立派でも、その実、狡いことこの上もない馬で、あんな馬って、まったく……。"
],
[
"ええ、そりゃあもう、お安い御用でございますとも! まあ、妾の身にもなってみて下さい、お紙幣で二十五ルーブリもらったきりでございますよ! ほんとに、妾はなんにも知らないもんですからね。寡婦で、世事にはうとい女のことでございますもの、あんたさん、正直なところ、ちっとも訳の分らない、ああいうことで妾を騙かすのは、そりゃもう朝飯まえのことでござんすよ。麻だったら、妾にでも相場ぐらいは分りますし、脂なんかは三ぞう倍にも売ったことがありますからね……。",
"いや、先ず何よりもう少し詳しく聴かせて下さい、一体どうだったんです? その男はピストルを持ってたんですか?",
"いいえ、お前さま、ピストルなんぞは妾ゃちっとも気がつきませんでしたよ。なにせ妾は寡婦のことで、死んだ農奴が一体どのくらいの相場やら、とんと知らないのでございますよ。なあ、お前さま、どうか、せめてのことに、正真正銘の値段だけでも聴かせておくんなんしょ。",
"何の値段ですかね? 値段って、そりゃ何のことですか、阿母さん? 一体どういう値段ですかね?",
"いいえさ、その死んだ農奴って、今どのくらいするんでございますかね?"
],
[
"飛んでもない、あなたは一体、何を仰っしゃるんです! どこの国にそんな、死人なんかを売り買いするものがあるもんですか!",
"一体どうしてお前さまは、値段を言いたがりなさらないんですかね?",
"どうして又、値段々々と仰っしゃるんですか? 一体、そんなものにどんな値段があるんです! それよりも一つ、前後の事情を真面目に話して下さい。その男は一体どんな風にしてあなたを嚇かしたんですか? あなたを誑かそうとでもしたんですか?"
],
[
"いや、わしは所長ですよ、阿母さん、当地の裁判所の……。",
"いんにゃ、お前さま、そんなことを言いなさっても、その手には乗りませんよ……何のかんのと言って……お前さまも妾を騙かそうと思っていなさるのでしょう。けれど、そんなことをしたって、何になるものですか? お前さまの損じゃありませんか。それよりか鳥の羽根でも買って貰いましょうよ、降誕祭のころになると、うちには鳥の羽根がたまりますからね。",
"阿母さん、わしは裁判所長だと言ってるじゃありませんか。そんな鳥の羽根なんか、わしに何の用があるんです? わしは何にも買やしませんよ。"
],
[
"阿母さん、わしは仲買人じゃない、裁判所長なんですよ!",
"さあ、どうですかねえ? ひょっとしたら、その所長さんとかを勤めておいでなさるかも知れませんがね、そんなことは妾の知ったことじゃありませんよ。そうじゃありませんか? 妾は寡婦の身ですからね。それに、なんだってお前さまは、そう根掘り葉掘り訊きなさるだね? いんにゃ、妾にはちゃんと分っていますだよ、お前さまもやっぱり……その……あれを買いこもうっていう肚でござんしょう。"
],
[
"どうして?",
"私などは職務上、何の役にも立たないんだそうですよ。そういえば、ついぞ一度も自分の友達を告発したことがありませんからねえ。他処だったら、検事は毎週のように告発をしますがね、私などはどんな書類でも、『調済』と記入して、どしどし通してやるのです。時には、告発をしてもいいような場合でも、ついぞそれを抑留するようなことはしませんでしたからね。"
],
[
"とにかく、諸君、これは何とか始末をつけなきゃなりませんよ。総督が赴任すれば、この何ともかんともお話にならない醜態に、すぐ眼をつけますからねえ。",
"じゃあ、一体どうすればいいと思われるのです?"
],
[
"あの男を、不審人物として逮捕するのです。",
"ところが、あの男が逆に、我々を不審のかどで逮捕するようなことになったなら?",
"どうしてそんなことが?",
"左様、あの男がもし、密かに派遣されたものだとしたら、どうします? もし秘密の使命をおびてやって来ているのだとしたら? 死んだ農奴だって! ふむ! そんなものを買うような振りをして、その実は、ひょっとすると、謂ゆる⦅死因不明⦆として片づけられた変死人のことでも何か探り出す手じゃないのかな?"
],
[
"それが何よりの上分別ですよ――チチコフがいったい何者であるかということから先ず決めるんですねえ。",
"そうですねえ、みんなの意見を集めて、チチコフが何者であるかを決めることにしましょう。"
]
] | 底本:「死せる魂 中」岩波文庫、岩波書店
1939(昭和14)年2月15日第1刷発行
1969(昭和44)年10月20日第20刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「噫→ああ 茲→ここ 不図→ふと 兎に角→とにかく 兎も角→ともかく 兎にも角にも→とにもかくにも 何は兎もあれ→何はともあれ 露西亜→ロシア 蘇格蘭→スコットランド 波蘭→ポーランド 西班牙→スペイン 高架索→コーカサス 伊太利→イタリア 白耳義→ベルギー 欧羅巴→ヨーロッパ 羅馬→ローマ 莫斯科→モスクワ 西比利亜→シベリア 匈牙利→ハンガリー 独逸→ドイツ 印度→インド 彼得堡→ペテルブルグ 仏蘭西→フランス 巴里→パリ 希臘→ギリシア 猶太→ユダヤ 波斯→ペルシア 亜米利加→アメリカ 英吉利→イギリス 和蘭陀→オランダ 襯衣→シャツ 留→ルーブリ 釣床→ハンモック 刷毛→ブラシ 硝子→ガラス 弥撒→ミサ 瓦斯→ガス 哥→カペーカ 彼得→ペテロ 卓子→テーブル」
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「コローボチカ」と「コロボーチカ」の混在は、底本通りです。
※底本は巻末に訳註をまとめていますが、中見出しごとに「*番号」で設定しました。
※訳註の頁数は省略しました。
※「與/鳥」の「具-目」は、底本では「冖」と作ってあります。
入力:米田
校正:坂本真一
2016年9月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042217",
"作品名": "死せる魂",
"作品名読み": "しせるたましい",
"ソート用読み": "しせるたましい",
"副題": "02 または チチコフの遍歴 第一部 第二分冊",
"副題読み": "02 または チチコフのへんれき だいいちぶ だいにぶんさつ",
"原題": "MYORTVUIE DUSHI(МЕРТВЫЕ ДУШИ)",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2016-10-01T00:00:00",
"最終更新日": "2016-09-21T00:00:00",
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"人物ID": "000207",
"姓": "ゴーゴリ",
"名": "ニコライ",
"姓読み": "ゴーゴリ",
"名読み": "ニコライ",
"姓読みソート用": "こおこり",
"名読みソート用": "にこらい",
"姓ローマ字": "Gogol",
"名ローマ字": "Nikolai",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1809-03-12",
"没年月日": "1852-02-21",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "死せる魂 中",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1939(昭和14)年2月15日",
"入力に使用した版1": "1969(昭和44)年10月20日第20刷",
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} |
[
[
"なんだぢやあねえや、お月さまが無くなつたでねえか!",
"はあて、面妖な! ほんに、お月さまがねえや。"
],
[
"のう、教父つあん、お月さまは無えてのう?",
"無えだよ。",
"奇態なことだよ、まつたく! 時に煙草を一服くんなよ! 教父つあん、お前の煙草はえらく上物だのう! どこで買ふだね?"
],
[
"ああ、出来あがるよ、祭すぎには出来あがるよ。おれがどれだけあれに骨を折つたか知つて貰へたらなあ! 二た晩といふものは仕事場から一歩も外へ出なかつたんだぜ。その代り、あれだけの長櫃はどんな梵妻のとこにだつてありつこなしさ。上張りの鉄板なんざあ、おれがポルタワへ出仕事に行つたをり、百人長の二輪馬車に張つたのより、ずつと上物なんだぜ。それにどんな彩色に仕上がると思ふね? まあその可愛らしい白い足でこの界隈を残らず捜しまはつて見るがいいや、とてもあんなのあ見つかりつこないから! 赤や青の花をベタ一面に撒き散らすのだぜ。赫つと燃えるやうな美しさに出来あがらあ。さう、つんつんしないでさ! せめて話だけでもさせてお呉れよ、せめて顔だけでも拝ませてお呉れよ!",
"だあれもいけないつて言やしないわ。勝手に話すなり眺めるなりしたらいいぢやないの!"
],
[
"あんな連中のことあ、どうだつていいぢやないか、おれの別嬪さん!",
"さうでもないわ! あの人たち、きつと若い衆をつれて来るからさ。さうしたら舞踏会だつて出来るんだもの。どんなにおもしろい話が出ることだらう!",
"そんなにお前は、あんな連中といつしよに騒ぐのが面白えのかい?",
"それあ、あんたといつしよに、かうしてゐるよりは面白いわ。あら! 誰だか戸を叩いてゐるわ。きつとみんなが若い衆といつしよに来たんだわ。"
],
[
"どこへ行くだね?",
"いや別に。ぶらぶらしてゐるだけで。",
"お前さん手を貸してお呉れな、この袋を運ぶんだよ! どいつだか流しでしこたま貰ひ集めておいて、こんな道の真中へ棄てて行きをつたのぢや。儲けは山分けにするよ。",
"袋だつて? 何が入えつてるだね、白麺麭か、それとも扁平麺麭でも入えつてるだかね?",
"うん、いろいろ入つとるらしいだよ。"
],
[
"ぢやあ、又あとでゆつくり話さうのう、同胞。わしたちは、これから女帝陛下に拝謁のため参内するところぢやから。",
"女帝陛下に拝謁ですつて? それぢやあ、後生ですから、私もいつしよに伴れて行つて下さいませんか!"
],
[
"わしが教へたとほりの言葉づかひを忘れないやうにな!",
"はい、閣下、忘れはいたしませぬ。"
]
] | 底本:「ディカーニカ近郷夜話 後篇」岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年9月15日第1刷発行
1994(平成6)年10月6日第7刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 後篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※「灯」と「燈」、「糸」と「絲」は新旧関係にあるので「灯」「糸」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
2014年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "047129",
"作品名": "ディカーニカ近郷夜話 後篇",
"作品名読み": "ディカーニカきんごうやわ こうへん",
"ソート用読み": "ていかあにかきんこうやわこうへん",
"副題": "02 降誕祭の前夜",
"副題読み": "02 こうたんさいのぜんや",
"原題": "",
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"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-09-28T00:00:00",
"最終更新日": "2017-07-22T00:00:00",
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"人物ID": "000207",
"姓": "ゴーゴリ",
"名": "ニコライ",
"姓読み": "ゴーゴリ",
"名読み": "ニコライ",
"姓読みソート用": "こおこり",
"名読みソート用": "にこらい",
"姓ローマ字": "Gogol",
"名ローマ字": "Nikolai",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1809-03-12",
"没年月日": "1852-02-21",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "ディカーニカ近郷夜話 後篇",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1937(昭和12)年9月15日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年10月6日第7刷",
"校正に使用した版1": "2006(平成18)年2月23日第8刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
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"入力者": "oterudon",
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[
[
"ああ、そのことなんで、お父つあん! そのお訊ねに対する返辞なら、かう申し上げるだけで沢山でせう――あつしやあね、もう疾の昔からむつきの厄介にはなつてゐませんよ。馬の背に跨がる心得もあり、長い利劔を手にするすべも弁へ、まだその上に若干のたしなみもある……何をしようと、ひとに憚るところはありませんのさ!",
"さては、ダニーロ、お主は喧嘩を売る気だな! ひとの眼を盗む奴の肚には得て悪だくみがあるものぢや。"
],
[
"まあ、あなた、いとしいあなた、あたし不思議な夢を見ましたの!",
"どんな夢を見たのだい、カテリーナ?",
"ほんとに変な夢ですの、ほんとに、まるで現つのやうにまざまざと、あの大尉のところで見たばけものが、実はあたしの父なんですの。でも、どうか、こんな馬鹿げた夢なんかほんとにしないで下さいな! 何だかあたし、そのひとの前に立つてゐたやうなんですの。怖ろしさに躯ぢゆうをわなわな顫はせて、そのひとのいふ一言一句に身内の呻くやうな思ひをしながら。まあ、そのひとの言つたことをあなたがお聞きなすつたなら……。",
"どんなことを言つたといふのだい、カテリーナ?",
"かう言ふのです、⦅カテリーナ、俺の顔をよく見るがよい。どうぢや、俺は美男ぢやらうが! 俺を醜男だなどと、他人はくだらぬことを言ひをる。けれど、俺はお前にとつて立派な良人になれるのぢや。そうれ見るがよい、この俺の眼つきを!⦆――さう言つて、そのひとは火のやうな眼差をあたしに注ぎました。それであたし、あつと声を立てたら、眼が覚めましたの。",
"さうだ、夢はよく真実を語るものだ。それはさうとお前、山むかふが穏やかでないことを知つてをるか? またしても波蘭の奴らが、ちよいちよい隙を窺ひはじめをつたらしいぞ。ゴロベーツィが使ひをよこして、俺に夜は眠るなといつて来たが、彼の心配は無用だ。俺は、さう言はれるまでもなく、眠つちやあゐない。うちの郎党どもは、昨夜のうちに鹿砦を十二まで設けたのだ。今に波蘭の雑兵どもには鉛の梅干をふるまひ、貴族たちには棍棒を喰はせて、一舞ひ舞はせてくれるわい。",
"で、お父さんはそのことを知つてゐるでせうか?"
],
[
"ほんのちよつぴり、塩梅を見ましただけで、旦那!",
"嘘をつけ、碌でなしめ! 貴様の髭に蠅が一杯たかつとるぢやないか! お主のその眼つきでは、どうやら半樽は空にして来たらしいぞ。ええつ、哥薩克、哥薩克! 何といふ勇ましい国民だらう! 何でも吝まず仲間に分ける癖に、酒のこととなると意地ぎたないのだ。カテリーナ、俺もずゐぶん久らく酔ひ心地にならなかつたやうだな。え?",
"まあ、ほんに長いことですわ! まだ、昨日……。"
],
[
"ちよつと行つて来るよ、女房。あちこち一と通りみまはつて来にやならん、何処にも異状がないかどうか。",
"でも、あたしひとり残るのは怖ろしうございますわ。何だか眠気が催してなりませんけれど、また同じやうな夢を見たらどういたしませう? あたし、あれが夢だつたのか、現つだつたのか、それさへ疑はれてならないのですもの。",
"婆やがお前といつしよにゐるぢやないか、それに玄関や庭には郎党たちが寝てをるし!",
"婆やはもう寝んでしまひました。それに郎党たちも、なんだか頼りにはなりませんわ。ねえあなた、あたしを部屋の中へ閉ぢこめて、錠を下して鍵をちやんと持つてお出かけ下さいましな。さうすれば、幾らか怖くございませんから。そして郎党たちを戸口の前に寝ませておいて下さいまし。"
],
[
"はい、屹度さうです。ほかへ行くのではありませんよ、ダニーロの旦那! でなければ、あんな方角へ曲る筈がありません。だが、城砦の辺で見えなくなりましたよ。",
"待て待て、先づここを出よう。そして後をつけて行くんだ。これには何か、いはくがあるぞ。見ろカテリーナ、俺が言つたらうが、お前のおやぢはまつすぐな人間ぢやないつて。彼のすることなすことが、正教徒とはうらはらだものなあ。"
],
[
"お前のご主人は今どこにをるのぢや?",
"わたしの主人カテリーナは今、眠つてゐます。あたしそれをしほに、そつと抜け出して翔んで来たのです。あたし永いことお母さんに会ひたいと思つてゐましたの。あたしは急に十五歳の少女になつて、小鳥のやうに身軽になりましたの。何のためにあたしを呼び出しなすつたの?"
],
[
"泣くな、カテリーナ、俺にはお前といふものがよく分つてゐる。どんなことがあつても、お前を見棄てるやうなことはない。罪は皆、お前の親爺にあるのだ。",
"いいえ、あのひとをあたしの親とは呼んで下さいますな! あれはあたしの父ではありません。神さまも照覧あれ、あたしはあの人といつさいの縁を断ちます、父と縁を切ります! あの人は外道の邪宗門です! あの人が死なうが生きようが、決してかまふことではありません。悪い毒草でも食べて苦しんでゐるやうなことがあつても、お水一杯やりはいたしません。あなたこそ、あたしの父ですわ!"
],
[
"ここへ来て、わしの最後の言葉を聴いておくれ!",
"異端者のあなたが、何の用があつてあたしを呼ぶのです? あたしを娘だなどと言はないで下さい! あたし達のあひだにはもう何の血縁もありませんわ。薄倖なあたしのお母さんなどを引合に出して、あたしにどうしろといふのです?",
"カテリーナや! もうわしの最期も近い。わしは、お前の亭主がわしを馬の尻尾に繋いで野に放つか、それとも、もつともつと怖ろしい刑罰を考へ出すかもしれないことは、百も承知なのぢや……。",
"でも、この世にあなたの罪業にふさはしいやうな刑罰があるでせうか? まあ、ゆつくりと待つていらつしやるがいいわ。あなたの命乞ひなど、誰ひとりいたしませんわ。",
"カテリーナ! わしには刑罰が怖ろしいのではない、あの世での苦悩が怖ろしいのぢや……。お前は清浄無垢なものぢやから、お前の霊魂は天国の神様のそばへ飛んでゆくことも出来ようけれど、異端者のわしの霊魂は無限地獄の業火に焼かれるばかりで、何時になつても、その火焔の消される時とてはなく、いよいよその火勢が増すばかりで、一滴の水もそそがれねば、一陣の風もそよがぬのぢや……。"
],
[
"まあ、あなたとしたことが、何を仰つしやいますの? あなたはよく、あたし達のやうな弱い女をおからかひになるではありませんか? それだのに今度は御自分がか弱い女のやうなことを仰つしやいますのね。あなたはまだまだながく生き永らへて下さらなくてはなりませんわ。",
"いいや、カテリーナ、俺の魂には死の近づいたことが感じられるのだよ。世の中が何だか陰惨になつて来た。殺伐な時節がやつて来た。ああ! まざまざと昔の時代が胸に浮かぶ。だが、それも今は返らぬ夢だ! 我が軍の名誉であり光栄であつた、あの*コナシェーヸッチ老将もまだ健在だつたつけ! さながら俺の眼の前を哥薩克の聯隊が行進して行くやうだ! あの頃はほんとに黄金時代だつたよ、カテリーナ! 老総帥が黒馬に跨がつてゐる、その手には権標が輝やき、ぐるりには衛兵の垣、四方にはザポロージェ人の赤い海が沸き立つてゐる。大総帥が口を開くと、全軍は水を打つたやうに鎮まつた。老将は我々に往昔の戦闘や、セーチのことを、想ひ出し想ひ出し物語りながら、啜り泣いたものだ。ほんとに、カテリーナ、俺たちがその頃、土耳古人どもと渡りあつた有様をお前が知つてゐたらなあ! 俺の頭には今なほ傷痕が残つてゐる。俺の体は四ヶ所も弾丸に射貫かれて、その傷のうちひとつとしてすつかり癒り切つたのはない。その当時どんなに俺たちが黄金を手に入れたことか! 哥薩克どもは宝石を帽子で掬つたものだ。どんな馬を――カテリーナ、お前がそれを知つてゐたらなあ――どんな馬を俺たちが掠奪したことか! ああ、もう俺には、あんな戦ひが出来ん! まだ、耄けもせず、躯も壮健なのに、哥薩克の長劔は手から毮ぎ取られ、なすこともなく日を送つて、我れながら何のために生きてゐるのか分らないのだ。ウクライナには秩序がなくなつて、聯隊長や副司令がまるで犬のやうに、味方同士啀み合つてゐる。てんで衆を率ゐて先頭に立つ者がないのだ。こちらの貴族階級の者は皆、波蘭の風習を学び、見やう見真似で狡獪になり……*聯合教を奉じて、霊魂を売り渡してしまつたのだ。猶太教が哀れな国民を圧迫してゐる。おお時よ! 時よ! 過ぎたる時代よ! 何処へ消え失せたのか、俺の時代は? こらつ、穴倉へ行つて蜜酒を一杯もつて来い! 俺は過ぎ去つた幸福と遠い昔の思ひ出に乾杯するのだ!"
],
[
"あれを見よ、聖書の中の神聖な文字が血に染まつたではないか。つひぞこれまで、これほどの極悪人が世に現はれた例しはないのぢや!",
"神父さん! あんたは私をわらはれるのぢやな!",
"立ち去れ、呪はれたる極悪人! わしはお前を笑ひなどするのではない。ただ怖ろしいばかりぢや。お前に関はつた者に善いことはないのぢや!",
"いいや、いいや! あんたは笑つてをるのぢや、さうは言はさぬぞ……。このわしには、ちやんと見えるのぢや、汝が大口を開いて笑つてをるのが見える、それ、古びた歯並が仄白く見えてをるではないか!……"
]
] | 底本:「ディカーニカ近郷夜話 後篇」岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年9月15日第1刷発行
1994(平成6)年10月6日第7刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 後篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「灯」と「燈」、「糸」と「絲」は新旧関係にあるので「灯」「糸」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
2014年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "047130",
"作品名": "ディカーニカ近郷夜話 後篇",
"作品名読み": "ディカーニカきんごうやわ こうへん",
"ソート用読み": "ていかあにかきんこうやわこうへん",
"副題": "03 怖ろしき復讐",
"副題読み": "03 おそろしきふくしゅう",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-09-30T00:00:00",
"最終更新日": "2017-07-22T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000207/card47130.html",
"人物ID": "000207",
"姓": "ゴーゴリ",
"名": "ニコライ",
"姓読み": "ゴーゴリ",
"名読み": "ニコライ",
"姓読みソート用": "こおこり",
"名読みソート用": "にこらい",
"姓ローマ字": "Gogol",
"名ローマ字": "Nikolai",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1809-03-12",
"没年月日": "1852-02-21",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "ディカーニカ近郷夜話 後篇",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1937(昭和12)年9月15日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年10月6日第7刷",
"校正に使用した版1": "2006(平成18)年2月23日第8刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "oterudon",
"校正者": "伊藤時也",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000207/files/47130_ruby_35723.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2014-06-15T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "1",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000207/files/47130_35884.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2014-06-15T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"甚だ立入つたことをお尋ねいたしますが、どちらへお越しになるのでございますか?",
"自分の所有農園、ウイトゥレベニキへ帰りますので。"
],
[
"ええ、それあ知つてゐますとも、叔母さん、とても素晴らしい、好い草ですよ。",
"その、草がとても好いつてことは妾だつて知つてゐますよ。でもお前さん、あの地所がみんな、事実上お前さんのものだつてことは御存じかえ? 何だつてそんなに眼を丸くしたりなどするのです? まあ、お聴き、イワン・フョードロヸッチ! お前さんはあの、ステパン・クジミッチを憶えておいでかえ? まあ、妾としたことが、憶えておいでかもないもんだ! お前さんはまだ、その頃は、あの人の名前もよう言はんくらゐ小さかつたんだもの。どうして憶えてなどゐるものか! さうさう、*降世斎節にはいる前の精進落に、妾がこちらへ来て、お前さんを抱きあげた時だつたよ、お前さんといつたら、すんでのことに妾の一帳羅を台なしにしてしまふ処だつたよ。でも好い塩梅にお前さんのお母さんのマトリョーナが抱き取つて呉れたので助かつたけれど。そんな、お前さんは穢ならしい赤ん坊だつたのさ!……だが、そんなことはどうでも好い。で、うちの村の地続きの土地はみんなあのホルトゥイシチェ村とひとくるめに、あのステパン・クジミッチの持物だつたんだよ。ところでお前さんに話さねばならないことは、そのステパン・クジミッチが、まだお前さんの生まれない前から、お前さんのお母さんのとこへちよくちよく通つたもので――尤もお前さんのお父さんの留守の時に限つてだよ。でも妾はそのことで彼女を咎めだてする気は更々ありません、――どうか後生安楽に成仏して貰ひ度いもんだ――彼女は始終、この妾に不実な仕打ばかりしたものだけれど、しかし、そんなことはどうだつていいが、兎も角、あのステパン・クジミッチが、今も妾がお前さんに話した、あの地所をお前さんに譲るといふ遺言をしたんだよ。ところが亡くなつたお前さんのお母さんといふ女は、まあ此処だけの話だけれど、とても変人でね。悪魔に(神様、どうぞこの穢らはしい言葉をお赦し下さい!)だつて彼女の気心は分りやしない。どこへ、一体、その証文を隠してしまつたものか――それは神様より他には、誰にも分りつこないのさ。だが、これはてつきりあのグリゴーリイ・グリゴーリエヸッチ・ストルチェンコといふ、独身の古狸の手に握り潰されてゐるのに違ひないと、妾は睨んでゐます。あの太鼓腹の曲者が、遺産をすつかり横領してしまつたのだよ。あの男がその証文を隠してゐなかつたら、何だつて賭けますよ。"
],
[
"それをお前さんは真に受けて来たのかえ? 嘘を吐いてるんだよ。あの碌でなしめ! いつか今度出会つたら、ほんとに、この手でひつぱたいて呉れるのに、ううん、屹度あいつの脂肪を絞つてやるよ! しかし、それより裁判にかけてでも取り戻せるものかどうか、ひとつ裁判所の書記に訊ねて見なくつちやあ……。だが、それは又その時のことだが、どうだつたえ、午餐には御馳走があつたかえ?",
"素晴らしく……いや大したものでしたよ、叔母さん!",
"へえ、それでどんな料理が出たといふのだえ? 一つ話しておくれ、何でもあすこのお婆さんと来ては、台所の監督の名人だつてことだから。",
"酸乳皮入りの酸乳煎餅が出ましたよ、叔母さん。それから詰め物をした鳩をソースに浸けたのだの……。"
],
[
"と仰つしやるとつまり、何ですか……僕がその、ねえ叔母さん? その、ひよつと叔母さんは、もうそんな風に……。",
"何がどうしたとお言ひなんだえ? 別に不思議なことがあるものか? それが神様のお思召なのさ! 若しかしたらお前さんとその娘とは、前の世から一緒になるやうに定まつてゐたのかもしれないよ。",
"何だつて叔母さんはそんな風に仰つしやるのか、とんと僕には分りませんよ。それが、この僕といふものをちつとも御存じない証拠ですよ……。"
]
] | 底本:「ディカーニカ近郷夜話 後篇」岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年9月15日第1刷発行
1994(平成6)年10月6日第7刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 後篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※「糸」と「絲」は新旧関係にあるので「糸」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
2014年6月15日修正
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| {
"作品ID": "047131",
"作品名": "ディカーニカ近郷夜話 後篇",
"作品名読み": "ディカーニカきんごうやわ こうへん",
"ソート用読み": "ていかあにかきんこうやわこうへん",
"副題": "04 イワン・フョードロヸッチ・シュポーニカとその叔母",
"副題読み": "04 イワン・フョードロヴィッチ・シュポーニカとそのおば",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-10-02T00:00:00",
"最終更新日": "2017-07-22T00:00:00",
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"人物ID": "000207",
"姓": "ゴーゴリ",
"名": "ニコライ",
"姓読み": "ゴーゴリ",
"名読み": "ニコライ",
"姓読みソート用": "こおこり",
"名読みソート用": "にこらい",
"姓ローマ字": "Gogol",
"名ローマ字": "Nikolai",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1809-03-12",
"没年月日": "1852-02-21",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "ディカーニカ近郷夜話 後篇",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1937(昭和12)年9月15日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年10月6日第7刷",
"校正に使用した版1": "2006(平成18)年2月23日第8刷",
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[
[
"はあて!",
"はあてだと、まつたくそれこそ、はあてだて! ちえつ、あの委員の畜生めが、旦那衆のうちで梅酒を呑みくさつた後で口を拭くことも出来なくなりやあがればいいんだ、こねえな、金輪際、小麦ひとつぶ捌けつこねえ、忌々しい土地を市場にきめやあがつて。そうら、あの壊れかかつた納屋が見えるだろ? ほら、あすこの山の麓のさ。(茲で、ものずきな、くだんの美人の父親は、まるで注意のかたまりにでもなつたやうに、一層間近く二人のそばへにじり寄つた。)あの納屋のなかで、時々、悪魔がわるさをしをるので、一度だつてここの定期市に災難がなくて済んだためしがねえのさ。昨夜おそく、郡書記が通りすがりに、ひよいと見るてえと、空気窓から豚の鼻づらが戸外をのぞいて、ゲエゲエ呻つたちふだよ。それで奴さん、頭から冷水でもぶつかけられたやうに、ぞうつとしたちふこつた。またしても、あの⦅赤い長上衣⦆がとびだすに違えねえだよ!",
"その⦅赤い長上衣⦆つてえなあ、いつたいなんだね?"
],
[
"お父つあん、お前さんはおいらを知りなさるめえが、おいらはひと目でお前さんがわかつただよ。",
"それあ、わかりもしただらうがね。",
"なんなら名前から渾名から、何から何まで、ひとつ言つて見せようか。お前さんの名前はソローピイ・チェレヸークつていひなさるんだらう。",
"うん、そのソローピイ・チェレヸークはおらだよ。",
"まあ、よつく見ておくれよ、このおいらが分らねえのかなあ?",
"うんにや、どうも見憶えがねえだよ。さう言つちやあなんだが、生涯のあひだに会つて来た人間の面相を、いちいち憶えてなんぞゐられるこつてねえからなあ!",
"しやうがねえなあ、ゴロプペンコの忰を憶えてをつて貰へねえやうぢやあ!",
"そんなら、お前は、あのオフリームの息子けえ?",
"でなくつて誰だといひなさるだね? 悪魔ででもなきやあ、その当人にきまつてらあな。"
],
[
"おい、おつかあ、おらあな、娘の聟を目つけて来ただぞ!",
"まあ、この人つたら、けふび聟さがしどころの騒ぎかい! 馬鹿々々しい! ほんとにお前さんつたら、よくよくの因果でいつもさうなんだよ! どこの国にけふび、正気の沙汰で聟さがしなんぞに夢中になつてる人があるものか? そんなことより、ちつとでも早く、麦を売り捌く分別でもしたらどんなもんだね。その上でこそ好い花聟も目つかるつてもんだよ! どうせ、また襤褸にくるまつた乞食野郎かなんかだらう、屹度。",
"へ、お生憎さまだて! どんなえれえ若者だか、ひとめお眼にかけてえもんだ! 長上衣だけでもお前の短衣と赤革の靴より高価かんべえ。それよりも、火酒の呑みつぷりの見事さと来た日にやあ!……おらあ臍の緒を切つてこのかた、顔の筋ひとつ動かさねえで三合の余もある火酒をひと息に呑みほすやうな若者を見たなあ、初めてだよ!",
"あれだよ、この人には、ただもう、呑助か破落戸でさへありやあ性に合ふんだからね。てつきり、そいつはあの橋の上でいやに妾たちに絡んで来やがつた、あのやくざ者に違ひないよ、でなかつたら、どんなものでも賭けるよ。今まで出喰はさなかつたのが口惜しいくらゐさ、ほんとに思ひ知らせてやるんだつたのに。",
"何だと、ヒーヴリャ、たとへその男であつたにもしろさ、別にやくざ者つてえわけあねえでねえか?",
"ちえつ! やくざ者つてえわけがないなんて! まあこの人は、なんて頓馬なおたんちんだらう! 呆れてしまふぢやないか! あれがやくざ者でないなんて! お前さんは一体、あの磨粉場のそばを通る時に、その間の抜けた眼を何処にくつつけてゐたんだね? ほんとにこの人つたら、現在目の前で、その嗅煙草だらけの汚ならしい鼻の先でさ、自分の女房が赤恥を掻かされても平気の平左なんだからね。",
"それかといつて、おいらにやあ、あの男に一点、非の打ちどころがあるやうにも思へねえからよ。何処へ出しても恥かしくねえ立派な若い衆さ! ただちよつとばかり、お前のおたふくづらに泥糞を塗りこくつただけのこつてねえか。",
"ええつ、ほんとにお前さんつていふ人は、ああ言へばかう、かう言へばああと、へらず口ばつかり叩いてさ! それあ、いつたいなんといふこつたね? つひぞこれまでにないことぢやないか? あ、わかつたよ、おほかた何ひとつ商なひもしない癖に、もうどつかで喰ひ酔つて来たんだらう?"
],
[
"手前つちときたら、一にも去勢牛、二にも去勢牛だ。手前たちやあ、なんかといへば慾得一点ばりで、堅気な人間を誤魔化したり、ぺてんに懸けたりばかりしてやがるんだ。",
"ちえつ、馬鹿々々しい! まつたく冗談でなしにお前さんどうかしてるよ。自分で花嫁を取りきめておきながら、今更それを後悔してるんぢやないかね?",
"ううん、おいらはそんな人間たあ訳が違ふ。約束を反古にするやうなことはしねえさ。一旦とりきめたこたあ金輪際、変改するやうなこたあしねえよ。だが、あのチェレヸークのおやぢには良心つてものがねえんだ、半文がとこもねえんだ。約束はしても、気が変るんだ……。だが、あのおやぢを責めることも出来ねえさ、奴さんは馬鹿で、あれつきりの人間だからなあ。何もかもあの古狸の仕業さ、けふおいらがみんなと一緒に橋のうへでさんざ弥次りとばしてやつた、あの妖女の仕業なのさ! ちえつ、ほんとに、このおいらが皇帝か、それとも偉え大名ででもあつたら、先づ何を措いても、おめおめと女の尻にしかれてるやうな痴者は一人のこらず死刑にしてやるんだが……。",
"ぢやあ、おいらが骨折つて、チェレヸークにパラースカを手ばなすことを納得させたら、お前さん去勢牛を二十留で譲るだかね?"
],
[
"え、十五留で? ようがす! だが、くれぐれも忘れなさんなよ、きつと十五留ですぜ! ぢやあ手附にこの五留札を一枚あづけときやせう!",
"よからう、だが、約束をたがへたらどうする?",
"約束をたがへたら、手附はお前さんのものさ!",
"ようし! ぢやあ手拍ちとしよう!",
"よし来た!"
],
[
"後生だからひとつ聴かせてくんなよ、兄弟! おらがいくら頼んでも、その忌々しい⦅長上衣⦆の由来を聞かせてくれねえんだよ。",
"おおさのう! どうもその話を、よる夜なか話すのあ、ちつとべえ具合がよくねえだが、それでもお前や皆の衆の慰みになるちふことなら、(かう言ひながら、彼はお客の方へ向きなほつて)それにお客人たちも、どうやらお前とおなじやうに、その妖怪のはなしを聴きたがつてござるやうでもあるだから、ぢやあ、構ふことはねえや。ひとつ聴きなされ、かうなんだよ!"
],
[
"兄弟、阿房なことを言ふもんでねえだ! 悪魔を酒場のなかへ入れる馬鹿が何処の国にあるだ? 都合のいいことにやあね、悪魔の手足にはちやんと鈎爪がついてるだよ、それに頭にやあ角が生えてるでねえか。",
"ところが、どうして、そこに抜りはねえつてことよ、ちやんと奴さん帽子をかぶり、手袋をはめてゐくさつただもの。どうして見わけがつくもんけえ! 飲んだの飲まねえのといつて、たうとうしめえにやあ、持つてゐただけ、きれいさつぱりと、残らずはたいてしまやあがつただよ。長げえあひだ信用しとつた酒場の亭主も、やがてのことに信用しなくなつてのう。とどのつまり悪魔の奴め、自分の身に著けてゐた赤い長上衣をば、せいぜい値段の三が一そこそこで、その当時ソロチンツイの定期市に酒場を出してゐた猶太人のとこへ飲代の抵当におくやうな羽目になつただよ。抵当において、さて猶太人に向つて、⦅いいかえ猶太、おいらはかつきり一年たつたら、この長上衣を請け出しに来るだから、それまでちやんとしまつといて呉んろよ!⦆――さう言つておいて掻き消すやうに姿を隠してしまつただ。猶太人がよくよくその長上衣を見るてえと、生地はとてもとてもミルゴロド界隈で手に入るやうな代物ではなく、そのまた赤い緋の色がまるで燃えたつやうで、じつと見つめちやあゐられねえくらゐ! ところが猶太人め、期限になるまで待つてをるのが惜しくなつただのう。畜生め鬢髪を撫で撫で、さる旅の旦那衆にそれをうまく押しつけて、五*チェルヲーネツはたつぷりせしめやあがつただよ。約束の日限なんぞ、猶奴の野郎すつかり忘れ果ててしまつてゐただ。ところが、ある日の夕方のこと、一人の男が入えつて来て、⦅さあ、猶奴、おいらの長上衣を返してもらはう!⦆つて言ふだよ。猶奴め最初はまつたく見憶えがなかつただが、よくよく見ればくだんの男なので、てんから思ひもよらぬといつた顔つきをしやあがつて、⦅それあまた、どんな長上衣のことですかね? 手前どもには長上衣なんてものあ一つもありましねえだ! てんでお前さまの長上衣なんて知りましねえだよ!⦆と、空とぼけて見せをつたものさ。するてえと、男はフイと出て行つてしまつただよ。ところが、やんがて夜になつて、猶奴のやつが自分の荒ら家の戸を閉めきつて、長持の中の銭を一とほり勘定し終つてから、上掛けをかぶつて、猶太流に祈祷をはじめをつたと思ひなされ――何か物音がするだよ……ひよいと見ると――窓といふ窓から、豚の鼻づらがうちん中を覗き込んでるでねえか……。"
],
[
"お前さんがいつただんべ?",
"いんにや!",
"いつたい誰が鼻を鳴らしただ?……",
"馬鹿々々しいつたら、何をおれたちやあ大騒ぎしてるだ! ビクつくこたあ、なんにもありやしねえやな!"
],
[
"だけんど、なんだか咽喉を緊めつけられるやうな声だつたでねえか!",
"人が寝言に何をいふか知れたもんでねえつてことよ!",
"それあともかく、ちよつと見て来るだけでも見て来てやらにやあ。おめえ一つ火を燧つてくんなよ!"
],
[
"何がうづくまつてるだよ、ウラース?",
"なんでも人間が二人らしいだが、一人が上に乗つかつて、一人が下になつてるだ。はあてな、どつちが悪魔だか、見当がつかねえだよ!",
"そいで、上に乗つてるなあ、なんだい?",
"女あだ!",
"そいぢやあ、そいつがてつきり悪魔だんべや!"
],
[
"なあ、おつかあ、正真正銘、嘘いつはりのねえ話だが、おめえのその御面相が太鼓に見えてさ、おいらがその太鼓で朝の時刻を打たにやあなんねえことになつてよ、そうら、あの教父の話した、ぺてん師を豚面どもが何したとおんなじやうに、その……。",
"もうたくさんだよ、そんな阿呆ぐちを叩くのはよしとくれ! さあさあ、早く牝馬を売りに行くんだよ。ほんとに、いい笑はれもんだよ、定期市へ出かけて来て、苧麻ひと握りよう売らないなんて……。"
],
[
"さうさな、牝馬が革紐に似とるやうなら革紐としておくべえか。",
"それでも、をかしいやね、お前さん、それにやあ、どうやら麦藁ばつかり食はせなすつたと見えるだね?",
"麦藁ばつかり食はせたと?"
],
[
"こいつを縛りあげるんだ! てつきりこいつめが、堅気な人間の牝馬を盗みやあがつたんだよ。",
"とんでもねえ! なんだつておいらを縛るだね?",
"あべこべにこいつの方から訊いてやがらあ! それぢやあ、なんだつて手前は、この定期市へやつて来てゐる百姓のチェレヸークの牝馬を盗みやあがつたんだ?",
"お前さんがたは気でも狂つただかね、若い衆たち! どこの国にわれとわが物を盗む阿呆があるだ?",
"古い手だよ! 古い手だよ! ぢやあ、なんだつて手前はまるで自分の踵へ悪魔が追ひつきかかりでもしたやうに、矢鱈無性に逃げ出しやあがつたんだ?",
"逃げもせにやあなるめえて、悪魔の着物が……。",
"ええ、こいつめ! その手でおいらを誤魔化さうたつて駄目だぞ。待つてろ、今に委員から二度と再びそんなペテンで人を驚かせないやうに、きつと成敗があるから。"
],
[
"お前までがそんなことを言ふのかい、兄弟? お袋の眼を盗んで、酸乳脂をつけた肉入団子を摘んだことよりほかに――それもおいらが十歳ぐれえの時の話だが――それよりほかに、つひぞ他人さまの物に手をかけたことがあつたら、この手足が干からびてしまつてもええだよ。",
"ぢやあ、なんだつておれたちあこんな酷い目に会ふだね? お前はまだしものことよ、ともかく他人の物を盗つたつちふ言ひがかりを受けとるだから。ところが、おいらくれえ不仕合せな者があるだらうか、われとわが牝馬を盗んだなんちふ性の悪い言ひがかりをされてさ? 屹度これあ、なんでも前の世からの因果で、こんな不運な憂目を見ることだべえなあ!",
"情けねえことぢや、まつたくみじめな、頼りない身の上ぢやよ!"
],
[
"ぢやあ、屹度だぜ、ソローピイのお父つあん。一時間もしたらお前さんとこへ行くだからね。まあ、急いで帰りなすつた方がいいぜ。あつちでお前さんの牝馬や小麦の買ひ手が待つてる筈だからさ!",
"なんだと、牝馬が見つかつたちふだか?",
"見つかつたとも!"
]
] | 底本:「ディカーニカ近郷夜話 前篇」岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年7月30日第1刷発行
1994(平成6)年10月6日第8刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 前篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※副題は底本では、「*[#「*」は行右小書き]ソロチンツイの定期市《ヤールマルカ》」となっています。
※副題の「ソロチンツイ」に、底本では「ポルタワ県ミルゴロド郡下の町。ゴーゴリの生まれたところ。」という訳注が付けられています。
※「灯」と「燈」は新旧関係にあるので「灯」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
2014年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "047124",
"作品名": "ディカーニカ近郷夜話 前篇",
"作品名読み": "ディカーニカきんごうやわ ぜんぺん",
"ソート用読み": "ていかあにかきんこうやわせんへん",
"副題": "03 ソロチンツイの定期市",
"副題読み": "03 ソロチンツイのヤールマルカ",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-08-29T00:00:00",
"最終更新日": "2017-07-22T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000207/card47124.html",
"人物ID": "000207",
"姓": "ゴーゴリ",
"名": "ニコライ",
"姓読み": "ゴーゴリ",
"名読み": "ニコライ",
"姓読みソート用": "こおこり",
"名読みソート用": "にこらい",
"姓ローマ字": "Gogol",
"名ローマ字": "Nikolai",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1809-03-12",
"没年月日": "1852-02-21",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "ディカーニカ近郷夜話 前篇",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1937(昭和12)年7月30日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年10月6日第8刷",
"校正に使用した版1": "2006(平成18)年2月23日第9刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
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"底本出版社名2": "",
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"入力者": "oterudon",
"校正者": "伊藤時也",
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"テキストファイル最終更新日": "2014-06-15T00:00:00",
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"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000207/files/47124_35878.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2014-06-15T00:00:00",
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[
[
"何を読むですつて、フォマ・グリゴーリエヸッチ? あなたのお話ですよ、あなたが御自身でなすつた物語ぢやありませんか。",
"いつたい誰がそんなものをわたしの物語だと言ひましたんで?",
"論より証拠ぢやありませんか、ここにちやんと刷りこんでありまさあね、⦅役僧某これを物語る⦆と。",
"ちえつ、そんなことを刷りこみをつた奴の面に唾でも引つかけておやりなされ! 大露西亜人の畜生めが、嘘八百で固めをる! 誰がそんな風に話すもんですかい? まるで箍のゆるんだ桶みたいな、ぼんくら頭の野郎ぢやて! まあお聴きなされ、それぢやあ、改めて一つその話をいたしませう。"
]
] | 底本:「ディカーニカ近郷夜話 前篇」岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年7月30日第1刷発行
1994(平成6)年10月6日第8刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 前篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※副題は底本では、「*[#「*」は行右小書き]イワン・クパーラの前夜(×××寺の役僧が話した事実譚)」となっています。
※副題の「イワン・クパーラ」に、底本では「異教時代より伝はる季節的祭礼で、六月下旬、夏至の日に当り、日輪を祠る太陽祭。」という訳注が付けられています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「灯」と「燈」、「糸」と「絲」は新旧関係にあるので「灯」「糸」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
2014年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "047125",
"作品名": "ディカーニカ近郷夜話 前篇",
"作品名読み": "ディカーニカきんごうやわ ぜんぺん",
"ソート用読み": "ていかあにかきんこうやわせんへん",
"副題": "04 イワン・クパーラの前夜",
"副題読み": "04 イワン・クパーラのぜんや",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-08-31T00:00:00",
"最終更新日": "2017-07-22T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000207/card47125.html",
"人物ID": "000207",
"姓": "ゴーゴリ",
"名": "ニコライ",
"姓読み": "ゴーゴリ",
"名読み": "ニコライ",
"姓読みソート用": "こおこり",
"名読みソート用": "にこらい",
"姓ローマ字": "Gogol",
"名ローマ字": "Nikolai",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1809-03-12",
"没年月日": "1852-02-21",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "ディカーニカ近郷夜話 前篇",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1937(昭和12)年7月30日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年10月6日第8刷",
"校正に使用した版1": "2006(平成18)年2月23日第9刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "oterudon",
"校正者": "伊藤時也",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000207/files/47125_ruby_35572.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2014-06-15T00:00:00",
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} |
[
[
"それで、どうでしたの?",
"親爺なんか、てんでお話にならんよ。あのおいぼれつたら、いつもの伝で、聞いて聞かぬ振りをしてるのさ。何を言つても取りあげないばかりか、あべこべに、おれが碌でもないところをほつつきまはつたり、仲間と往来で無茶な真似ばかりしてると言つて、さんざ毒づくのさ。だが何も心配することあねえよ、ハーリャ! おれは哥薩克魂に誓つて、きつと親爺を説き伏せて見せるから。"
],
[
"おやすみ、可愛らしいハンナ!",
"あら、まあだゐるんだわ!"
],
[
"どうだい、今夜はひとつ、あの村長をうまく取つちめてやらうと思ふんだが?",
"村長を?",
"うん、村長をさ。まつたく奴あ、なんと思つてやあがるんだらう? まるで総帥かなんぞのやうにおれたちを顎で指図しやあがる。奴隷のやうにこきつかふのはまだしも、おいらの娘つ子を口説きやあがるでねえか。恐らく村ぢゆうに、渋皮の剥けた娘つ子で、あの村長に尻を追つかけまはされねえのは、一人もあるめえぜ。"
],
[
"ふん、庇ひだてをしなさるのぢやな! なあに、あんな野郎は、くたばつちまやがれば好いんだ!……",
"と、飛んでもねえことを! あんたは、死んだわつしの姑の身に起つたことを御存じないと見えますね?",
"姑さんの身にだと?",
"ええ、姑の身に起つたことでがすよ。なんでも或る晩げのことで、さう、今頃よりもう少し早目の時刻だつたでがせう、みんな夕餉の卓についてをりましたのさ、死んだ姑に、死んだ舅、それに日傭男に日傭女と、子供が五人ばかりとね。姑は煮団子を少し冷さうと思つて大鍋から鉢へ小分けにして移してをりましたのさ。仕事の後で、皆んなひどく腹がへつてたもんだから、団子の冷るのが待ちきれなかつたんでさあね。長い木串に団子を突きさしては食りはじめたもんで。するてえと、不意に何処からともしれず、とんと素性も分らねえ男が入つて来て、お相伴にあづかりたいといふんでさ。空つ腹の人に食はせねえつて法はありませんやね。で、その男にも串を渡したもんで。すると、まあ驚ろくまいことか、その男はまるで牛が乾草を食ふやうに、がつがつと団子を詰めこむのなんのつて、一同がまだやつと一つづつ食べて、次ぎのを取らうとして串を差し出した時にやあ、鉢の底はまるでお邸の上段の席みてえに、きれいさつぱりと片づいて何ひとつ残つちやあゐねえんでさ。姑はそこで、また新たにつぎ足しましただが、今度はお客さんも鱈腹つめこんだことだから、たんとは食ふまいと思つてゐるとね、どうしてどうして、いよいよ盛んに貪るやうに、又ぞろそれもぺろりと空にしてしまつたでがすよ。腹の空いてゐた姑は心のなかで、⦅ほんとに、その団子が咽喉につまつて、おつ死んでしまへば好いのに!⦆と思つただね。するとどうでがせう。不意にその男が咽喉をつまらしてぶつ倒れてしまつただ。みんなが駈けよつて見ると、もう息はなかつたといひますだよ。窒息つてえ奴でさあね。"
],
[
"いんにや、さうぢやありましねえだよ。だつて、その時以来、姑はどうにもそれが気になつて気になつてなんねえでがしてな。それに日が暮れると死人が迷つて来るつてんでがすよ。そやつが煙突のてつぺんに腰かけて、団子をくはへてるつてんでがすよ。昼間は至つて穏かで、さらさら幽霊の気配などはありましねえのに、あたりが薄暗くなりかけるてえと、どうでがせう。屋の棟を見ると、ちやんと畜生め、煙突に跨がつてゐくさるんで。",
"団子をくはへて?",
"ええ、団子をくはへてね。",
"変だねえ! わしもそんなやうな話を聞いたつけが、なんでも、死んだ女が……。"
],
[
"おや、助役さん、わしは今、あんたのとこへ行くところぢやが!",
"手前は又、あなたのお宅へ伺ふところでして、村長さん!",
"奇怪なことが起りをつてね、助役さん!",
"いや、こちらにも奇怪な事件がありましてね、村長さん!",
"ふん、どういふ?",
"若い者どもが暴れまはりますんでな! 往来ぢゆうを、隊を組んで荒しまはつてをりますよ。あなた様のことを、いやどうも……口にするのも小つ羞かしい言葉で囃し立てますが、それこそあの酔つぱらひで不信心な大露西亜人でも口にするのを憚かるやうな、如何はしい言葉でしてな。(かう言ひながら、縞の寛袴に糀いろの胴着を著こんだこの痩形の助役は、しよつちゆう、頸を前へぬうつと伸ばすかと思ふと、すぐに又もとの姿勢にかへる妙な動作をくり返すのだつた。)手前がちよつと、うとうとつとしたかと思ひますと、忌々しい暴れ者どもめが、卑猥きはまる唄をうたつたり、ガタガタ戸を叩いて、目を醒まさしてしまひをりましたんでな! こつぴどく叱りつけてやらうと思ひましたが、寛袴をはいたり胴着をきたりしてゐるうちに、雲を霞と逃げうせてしまひをりました。それでも、首謀者らしい奴だけは取り逃がしませんでしたよ。今、あの科人を拘留する小屋の中で大声を張りあげて唄をうたつてをりますがね。どうかして彼奴の正体を見届けて呉れようと思つたのですが、亡者の磔につかふ釘を鍛つ悪魔そつくりに、顔ぢゆうを煤で塗りたくつてをりますのでして。",
"で、そいつはどんな服装をしてゐるね、助役さん?",
"黒い皮外套を裏がへしに著てうせるのですよ、村長さん。",
"それあ、ほんとに間違ひのない話かね、助役さん? もしその同じ張本人が、わしがとこの納屋に坐つてをるとしたらどんなもので?",
"いんにや、村長さん! さう言つちやあなんですが、間違つてゐなさるのは、あなたの方ですて。",
"灯を持つて来い! ぢやあ一つ首実検といふことにしよう!"
],
[
"どうだね、助役さん、そのやくざ野郎は実は忌々しい悪党ぢやねえか?",
"悪党ですとも、村長さん!",
"もう好い加減に、あのおつちよこちよい共に、うんと一つお灸をすゑて、これからは仕事に身をいれるやうにしむける時分ぢやなからうかね?",
"ええ、もう疾つくにさうしなきやならなかつたのですよ、村長さん!"
],
[
"仰つしやるまでもありませんよ、村長さん! それはもう誰でも知つとることです! あなたが廷室の恩寵に浴されたといふ話なら、みんなが知つてをります。時に、手前の申し分が勝ちで、あの皮外套を裏がへしに著た暴れ者を捕へたなどと仰つしやつたのは、何かの間違ひだつたことは、お認めになりませうな?",
"その裏がへしの皮外套を著た畜生といへば、ほかの奴らの見せしめに、足枷でも掛けて、思ひきり懲らしめてやることぢや! 官権の力がどんなものか思ひしらしてやることぢや! そもそも村長たる者は皇帝からでなくて誰から任命されてゐると思ふとるのぢや? あとで他の奴らも懲らしめて呉れよう。わしはちやんと憶えとる、あの碌でなしの暴れ者どもが、わしの野菜畠へ豚を追ひこんで、胡瓜やキャベツをさんざん食ひ荒させたことも、あの悪魔の忰どもが、わしのうちの麦搗きを拒んだことも、それから忘れもせぬが……。いや、そいつらのことは兎も角、わしはその、裏返しの皮外套を著た悪党がいつたい何者か、是非ともそれを検べなくちやあならんのぢや。"
],
[
"はあて、これは義妹に違ひないわい!",
"いつたいまた、どうして留置場などへ来なすつただね、お前さんは?"
],
[
"しかと代官がさう言はれたのか?",
"ああ、たしかに。"
]
] | 底本:「ディカーニカ近郷夜話 前篇」岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年7月30日第1刷発行
1994(平成6)年10月6日第8刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 前篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※「灯」と「燈」は新旧関係にあるので「灯」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
2014年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "047126",
"作品名": "ディカーニカ近郷夜話 前篇",
"作品名読み": "ディカーニカきんごうやわ ぜんぺん",
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"副題": "05 五月の夜(または水死女)",
"副題読み": "05 ごがつのよる(またはすいしおんな)",
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[
"おつと、どつこい! それあ哥薩克らしくないやり方だよ! いつたいお前さん、なにで切りなさるのぢや?",
"なにで切るとはなんぢや? いはずと知れた、切札で切つたのぢや!",
"ひよつとしたら、お前さんがたの方ではそれが切札なのかもしれないが、妾たちの方では、さうぢやないんだよ!"
]
] | 底本:「ディカーニカ近郷夜話 前篇」岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年7月30日第1刷発行
1994(平成6)年10月6日第8刷発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
※底本の中扉には「ディカーニカ近郷夜話 前篇」の表記の左下に「蜜蜂飼ルードゥイ・パニコー著はすところの物語集」と小書きされています。
※「灯」と「燈」は新旧関係にあるので「灯」に書き替えるべきですが、底本で混在していましたので底本通りにしました。
入力:oterudon
校正:伊藤時也
2009年8月6日作成
2014年6月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "047127",
"作品名": "ディカーニカ近郷夜話 前篇",
"作品名読み": "ディカーニカきんごうやわ ぜんぺん",
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"副題": "06 紛失した国書",
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"分類番号": "NDC 983",
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"役割フラグ": "著者",
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"没年月日": "1852-02-21",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "ディカーニカ近郷夜話 前篇",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1937(昭和12)年7月30日",
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[
[
"まあ、お待ち、プラスコーヴィヤ・オーシポヴナ、こいつはぼろきれにでも包んで、どこか隅っこに置いとこう。あとで俺が棄ててくるよ。",
"ええ、聞きたくもない! 削ぎとった鼻なんかを、この部屋に置いとくなんて、そんなことを私が承知するとでも思うのかい?……この出来そくない野郎ったら! 能といえば、革砥を剃刀でペタペタやることだけで、肝腎なことを手っ取り早く片づける段になると、空っきし意気地のない、のらくらの、やくざなのさ、お前さんは! 私がお前さんに代って、警察で申し開きをするとでも思ってるのかい?……ああ、何てだらしのない、木偶の坊だろう! さっさと持って行っとくれ! さあってば! どこへでも好きなところへ持って行くがいいよ! 私やそんなものの匂いだって嗅ぎたくないんだからね!"
],
[
"うんにゃ、旦那もないものだぞ。一体お前は今、橋の上に立ちどまって何をしちょったのか?",
"いえ、けっして何も、旦那、ただ顔を剃りにまいります途中で、河の流れが早いかどうかと、ちょっとのぞいてみましただけで。",
"嘘をつけ、嘘を! その手で誤魔化すこたあ出来んぞ。素直に返答をしろ!"
],
[
"わたくしには不思議でならないのですよ、貴下……どうも、その……。御自分の居どころはちゃんと御存じのはずです。それなのに、意外なところでお目にかかるものでして、いったいここはどこでしょう? お寺ではありませんか。まあ、思ってもみて下さい……",
"どうも、おっしゃることが理解めません、もっとはっきりおっしゃって下さい。"
],
[
"真直ぐに行け!",
"え? 真直ぐにね? だってここは曲り角ですぜ。右へですか、それとも左ですか?"
],
[
"ところで、お名前は何とおっしゃいますか?",
"いや、名前など訊いて何になさるのです? そいつは申しあげられませんよ。何しろ知り合いがたくさんありますからね。例えば五等官夫人のチェフタリョワだの、佐官夫人のペラゲヤ・グリゴーリエヴナ・ポドトチナだのといったあんばいに……。それで、もしもそんな人たちに知れようものなら、それこそ大変です! ただ、八等官とか、いやそれより、少佐級の人物とでもしておいて下さればいいでしょう。",
"で、その逃亡者というのは、お宅の下男ですね?",
"下男などじゃありませんよ! そんなのなら、別に大したことではありませんがね! 失踪したのは……鼻なんで……",
"へえ! それはまた珍しい名前ですな! で、その鼻氏とやらは、よほどの大金を持ち逃げしたんですか?",
"いや、鼻というのは、つまり……誤解されては困りますよ! つまり、わたし自身の鼻のことで、それがね、どこかへ失踪して、わからなくなってしまったのです。畜生め、人を馬鹿にしやがって!",
"だが、どうして失踪したとおっしゃるんで? どうもよく会得めませんが。",
"どうしてだか、わたしにもお話のしようがありませんがね、しかし彼奴が今、市じゅうを乗り廻して、五等官と名乗っていることは事実です。だから、そやつを取り押えた人が一刻も早くわたしのところへしょびいて来てくれるように、ひとつ広告を出していただきたいとお願いしてるんですよ。まあ、ほんとうに、お察し下さい、こんな、躯のうちでも一番に目立つところを無くしては立つ瀬がないじゃありませんか! これは、足の小指か何かとは訳が違いますよ。そんなものなら、たとえ無くても、靴さえはいておれば、誰にもわかりっこありませんからね。わたしは木曜日にはいつも、五等官夫人チェフタリョワのところへ行きますし、佐官夫人ペラゲヤ・グリゴーリエヴナ・ポドトチナだの、その娘さんで、とても綺麗な令嬢だのも、やはり非常に懇意な知り合いなんですからねえ。お察し下さい。いったいこのさきどうして……。わたしはもう、あの人たちの前へ顔出しすることもできません!"
],
[
"どうして? なぜですか?",
"どうしてもこうもありません。新聞の信用にかかわります。人の鼻が逃げ出したなんてことを書こうものなら……。すぐに、あの新聞は荒唐無稽な与太ばかり載せると言われますからね。",
"でも、この事件のどこに荒唐無稽なところがありますか? ちっともそんな点はないと思いますが。",
"そう思えるのは、あなたにだけですよ。先週もそんなようなことがありましたっけ。さる官吏の方がちょうど今あなたがおいでになっているように、ここへやって来られましてね、原稿を示されるのです。料金を計算すると二ルーブルと七十三カペイカになりましたが、その広告というのが、何でも黒毛の尨犬に逃げられたというだけのことなんで。別に何でもないようですが、じつはそれが誹謗でしてね、尨犬というのはその実、何でもよくは憶えていませんが、さる役所の会計係のことだったのです。",
"何もわたしは尨犬の広告をお頼みしているのではありません、わたし自身の鼻のことなんですよ。ですから、つまり自分自身のことも同然です。",
"いや、そういう広告は絶対に掲載できません。",
"だって、わたしの鼻はほんとに無くなっているのですよ!",
"鼻が無くなったのなら、それは医者の繩張ですよ。何でも、お好みしだいにどんな鼻でもくっつけてくれるというじゃありませんか。それはそうと、お見受けしたところ、あなたはひょうきんな方で、人前で冗談をいうのがお好きなんでしょう。",
"冗談どころか、神かけて真剣な話です! よろしい、もうこうなれば仕方がない、じゃあ、ひとつお目にかけましょう!"
],
[
"あなたは御自分の鼻を無くされはしませんか?",
"ええ、無くしました。",
"それが見つかりましたよ。"
],
[
"へえ、きれいで。",
"嘘をつけ!",
"ほんとに、きれいですよ、旦那様。",
"ようし、見ておれ!"
]
] | 底本:「外套・鼻」岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年1月20日第1刷発行
1965(昭和40)年4月16日第20刷改版発行
※底本で使用されている「《》」はルビ記号と重複しますので「【】」に改めました。
入力:柴田卓治
校正:柳沢成雄
1999年1月26日公開
2006年4月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです
| {
"作品ID": "000372",
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"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1999-01-26T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"名ローマ字": "Nikolai",
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"没年月日": "1852-02-21",
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"底本名1": "外套・鼻",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
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"校正に使用した版1": "1998(平成10)年5月6日第68刷",
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"入力者": "柴田卓治",
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[
[
"十二月になつて色をする奴があるかい。もう子供の生れる時ぢやないか。",
"さう云つたつて、年の若いうちは、どうも待たれないからね。",
"それは待たなくてはならないのだ。",
"お前さんなんぞは待つたかね。",
"わしは兵隊ではなかつた。わしは働いた。世間を渡つてゐるうちに出逢ふ丈の事に出逢つて来た。",
"分からないね。",
"今に分かるよ。"
],
[
"網が卸してあるのだよ。あの浮標を見ないか。",
"さうかね。",
"さきをとつひは網を一つ破られてしまつたつけ。",
"海豚にかね。",
"今は冬だぜ。海豚が罹かるものか。鮫だつたかも知れない。それとも浮標か。分かりやあしない。"
],
[
"ねえ、パスカル爺いさん。好い唄でせう。",
"お前にだつて、六十になつて見りやあ、今に分かる。だから聞かなくても好いのだ。"
],
[
"驚いた。分かり切つてゐらあ。色事をするのはいつだつて同じ事ぢやないか。",
"さう思ふかい。所が物が本当に分かつてゐなくちやあ駄目だ。あつちのな、あの山の向うに、Senzamani と云ふ一族が住まつてゐる。今の主人の祖父いさんのカルロの遣つた事を聞いて見ると好い。お前もどうせ女房を持つのだから、あれを聞いて置いたら、ためになるだらう。",
"お前さんが知つてゐるのに、何も知らない人に聞きに往かなくても好いぢやないか。"
],
[
"さうかね。そんな事はわたしは知らなかつた。",
"それに戦争が度々あつたものだ。",
"そこで後家が大勢出来たと云ふのかね。",
"いや。そこで兵隊が遣つて来る。海賊が遣つて来る。ナポリには五年目位に新しい政府が立つ。女がゐると、錠前を卸した所に隠して置いたものだ。",
"ふん。今だつてさうして置く方が好いかも知れないね。",
"まあ、鶏かなんかを盗むやうに、女を盗んだものだ。",
"女は鶏よりか狐に似てゐるのだが。"
],
[
"跡を話さないかね。",
"さうだつけ。そのカリアリスだがな。息子が三人兄弟だつた。話の種になつた手ん坊の元祖はその中の子で、カルロネと云つた。大男で雷のやうな声をするので、さう云ふ名が附いたのださうだ。それが貧乏な鍛冶職の娘のユリアと云ふのに惚れた。娘は利口者だつた。所が強い男には智慧は無いものだ。色々の邪魔があつて、婚礼が出来ないので、双方もどかしがつてゐた。そこで最初に話したグレシア人の猟師のアリスチドだがな、そいつが又ユリアに執心だつたのだ。ぼんやりして手を引つ込めてゐる奴ではない。久しい間口説いて見たが、駄目だ。そこでとう〳〵娘に恥を掻かせようと思つた。娘が疵物になりやあ、カルロネが貰ふまい。さうしたら、娘を手に入れることが出来ようと思つたのだ。其頃は人間が堅かつたからな。",
"なに。今だつて。"
]
] | 底本:「鴎外選集 第十五巻」岩波書店
1980(昭和55)年1月22日第1刷発行
初出:「三田文学 四ノ八」
1913(大正2)年8月1日
入力:tatsuki
校正:山根生也
2001年10月22日公開
2006年5月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "002070",
"作品名": "センツアマニ",
"作品名読み": "センツアマニ",
"ソート用読み": "せんつあまに",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "Familie Ohnehand(独訳)",
"初出": "「三田文学」四ノ八、1913(大正2)年8月1日",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2001-10-22T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"人物ID": "000364",
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"名": "マクシム",
"姓読み": "ゴーリキー",
"名読み": "マクシム",
"姓読みソート用": "こおりきい",
"名読みソート用": "まくしむ",
"姓ローマ字": "Gorky",
"名ローマ字": "Maksim",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1868",
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"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "鴎外選集 第十五巻",
"底本出版社名1": "岩波書店",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"さっきのあそこからは、向島の方は見えないようですよ。曇っているせいかしら。",
"見えないかも知れない、曲っているらしいから。今度は堀切の辺へ行って見ようね。",
"私には歩けないでしょう。"
],
[
"何なの。",
"葛餅ですの。"
],
[
"よくこれだけのお品を、お国から傷めずにお持ちになりましたこと。",
"私どもがそこに住んでいましても、蔵の品はいつか知らぬ間に減るばかりで、土地を離れたらどうなるやらと、この子もいる事ですから、こんな手狭なのに送ってもらいました。",
"さぞかしお荷造が大変でございましたでしょう。皆よくわかった人たちばかりで、悪い事などいたしますまいに。",
"いいえ、そうでもございません。或朝ふと気がつきますと、金蒔絵の重箱が、紐で縛って蔵の二階の窓から、途中まで下しかけてありました。きっと明るくなったので止めたのでしょう。"
],
[
"わるかったね。よくそこらを荒す犬が来たから、机の上の物を手当り次第に投げたら、運わるく赤インキだった。新しい著物だと喜んでいたのに可哀そうに。",
"なに粗末の品だからいいよ。"
],
[
"これはお祖父様の御本だったのだよ。",
"では大切にしましょうね。"
],
[
"まあお珍らしい。さあどうぞ。",
"いや、坂下まで昨夜も来たのだが、今夜も来たからこっちから帰ろうと思って。歩いてここらを通るのは珍らしいよ。ここは涼しいね。"
],
[
"いや、あれは神田の方で買った古本に落丁があってね。ちょうどその本があそこにあったから、買って来てそこだけ取って補充したのさ。二部は不用だし、向うは商売だから、また相手もあろうと思って、持って行ってやった帰りだった。多分その話はせずに、また誰かに売るのだろう。こっちは話したのだから疚しくはないがね。",
"そんなお客さんは滅多にありますまい。何の御本でしたの。"
],
[
"あの頃でしょう、よく合本と分冊との話のあったのは。",
"そうだったね。"
],
[
"お兄様も、お茶をお始めになりますの。",
"いや、石黒氏がお茶をなさると聞いたから、あげようかと思って。"
],
[
"お父様、これをいただいて行きますよ。",
"あゝあゝ、持ってお出なさい。"
],
[
"また何か私の読める本でも買っていただきましょう。",
"うん、それもよかろう。今度は皆のお土産だ。"
],
[
"折があったら話して置いておくれ。",
"ええ、それは誰でも親しい者は知っていることですから。"
],
[
"お広いようでございますね。唯今あちらに根附がございましたので、ゆっくり拝見しておりました。御主人様の御趣味でしょうか。",
"いいえ、あれはここの備品なのですよ。あなたはあんな物が好き。"
],
[
"もう国へ帰ることはあるまいから、内の墓所もここにしましょう。",
"百里もある遠方では御先祖のお墓参りも出来ないから、お寺へ頼んで見ましょうね。",
"静男に異存のあるはずもないのだから。"
],
[
"ここからずっと行くと私の家の方です。",
"西新井といったね。",
"ええ、お大師様のある処で、大きな植木市が立ちますよ。そら、すぐそこが軽焼屋のお店です。"
],
[
"赤松などではお客があっても、家内の者がお相伴するのではありませんから。",
"それはお客に依り、時に依ります。どんなものでも皆で食べれば結構です。"
],
[
"あれはどういうのですか。",
"前の人が置いて行ったのだ。いって遣ったが取りにも来ない。",
"お兄様は何とおっしゃるの。お家に似合いませんね。",
"おれの部屋だから構わんのだろう。"
],
[
"それはきっと狸でしょう。あの辺には狸が出るように聞きました。",
"何だか知らぬが、誰にもいわぬように。"
],
[
"今お側にいた小僧は、額の真中に大きな目が一つしかありませんかった。",
"ばかをいうな。そんなものがあるものか。お前の見損いだ。",
"いいえ、河童が出たのです。あの閻魔堂の前の川には河童がいます。"
],
[
"お祖母様はお上手ね。結構ですからお書きになったら。",
"筆なんか持ったことはないよ。お前書いて置いて、林が帰ったら見せておくれ。誰にもいってはいやだよ。"
],
[
"これは古い机の引出しにあったので、お祖父様のものらしいよ。",
"それではお大事なのでしょう、戴いていいかしら。",
"いいとも。今家にはそんな趣味の人はないから。"
]
] | 底本:「鴎外の思い出」岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年11月16日第1刷発行
底本の親本:「鴎外の思ひ出」八木書店
1956(昭和31)年発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「舎」と「舍」の混在は、底本通りです。
入力:門田裕志
校正:川山隆
2007年11月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046831",
"作品名": "鴎外の思い出",
"作品名読み": "おうがいのおもいで",
"ソート用読み": "おうかいのおもいて",
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"姓読み": "こがねい",
"名読み": "きみこ",
"姓読みソート用": "こかねい",
"名読みソート用": "きみこ",
"姓ローマ字": "Koganei",
"名ローマ字": "Kimiko",
"役割フラグ": "著者",
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"没年月日": "1956-01-26",
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"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
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"校正に使用した版1": "1999(平成11)年11月16日第1刷",
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} |
[
[
"明るい中に行けるだろうか、暗くなると困るぜ",
"行けるさ、もうすぐだろう、それに下りだもの"
],
[
"随分あるな、昼までに行けるかしらん",
"行けるだろう、遠いようでも歩るいて見ると案外近いものだ",
"遠くって近きは山の中か",
"馬鹿"
],
[
"オイ三峰だろうか、夫にしちゃ方角が変だな",
"三峰じゃないらしいな、大血川の方だろうよ"
],
[
"何処に、僕は何にも見なかったが",
"確に見えたよ、ねえ君",
"ン見えた、然しおかしいな、何だったろう"
],
[
"好い霜柱があるな、こりゃ何だい、まるで有平糖見たいじゃないか",
"これが昨日なら大に助かったんだが",
"今日だっていいさ、一つ食わないか、始有って終無きは男子に非ずだ",
"馬鹿"
],
[
"そいつは危険だな",
"別に危険な事はないでしょう"
]
] | 底本:「山の憶い出 上」平凡社ライブラリー、平凡社
1999(平成11)年6月15日初版第1刷
底本の親本:「山の憶ひ出 上巻」龍星閣
1941(昭和16)年再刷
初出:「山岳」
1916(大正5)年10月
※写真は底本の親本からとりました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:栗原晶子
校正:雪森
2013年5月11日作成
2014年5月25日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "055980",
"作品名": "奥秩父の山旅日記",
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"副題読み": "",
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"姓読み": "こぐれ",
"名読み": "りたろう",
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"姓ローマ字": "Kogure",
"名ローマ字": "Ritaro",
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"没年月日": "1944-05-07",
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[
[
"誰が通った跡だね、こんなに枝が折ってある",
"慥に人だよ、釜沢へも這入る者があるのかな"
]
] | 底本:「山の憶い出 上」平凡社ライブラリー、平凡社
1999(平成11)年6月15日初版第1刷
底本の親本:「山の憶ひ出 上巻」龍星閣
1941(昭和16)年再刷
初出:「山岳 第15年第2号」
1920(大正9)年11月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:栗原晶子
校正:雪森
2013年5月7日作成
2013年9月19日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "055981",
"作品名": "釜沢行",
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"初出": "「山岳 第15年第2号」1920(大正9)年11月",
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"生年月日": "1873",
"没年月日": "1944-05-07",
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"底本名1": "山の憶い出 上",
"底本出版社名1": "平凡社ライブラリー、平凡社",
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"底本の親本出版社名1": "龍星閣",
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} |
[
[
"小松伝弥さんのお宅は",
"ここだよ"
]
] | 底本:「山の憶い出 上」平凡社ライブラリー、平凡社
1999(平成11)年6月15日初版第1刷
底本の親本:「山の憶ひ出 上巻」龍星閣
1941(昭和16)年再刷
初出:木曽駒「登山とはいきんぐ」
1935(昭和10)年11月
甲斐駒「山と渓谷」
1937(昭和12)年1月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※写真は、底本の親本からとりました。
入力:栗原晶子
校正:雪森
2014年4月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "055993",
"作品名": "木曽駒と甲斐駒",
"作品名読み": "きそこまとかいこま",
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"初出": "木曽駒「登山とはいきんぐ」1935(昭和10)年11月、甲斐駒「山と渓谷」1937(昭和12)年1月",
"分類番号": "NDC 291 786",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2014-05-07T00:00:00",
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"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001373/card55993.html",
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"姓": "木暮",
"名": "理太郎",
"姓読み": "こぐれ",
"名読み": "りたろう",
"姓読みソート用": "こくれ",
"名読みソート用": "りたろう",
"姓ローマ字": "Kogure",
"名ローマ字": "Ritaro",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1873",
"没年月日": "1944-05-07",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "山の憶い出 上",
"底本出版社名1": "平凡社ライブラリー、平凡社",
"底本初版発行年1": "1999(平成11)年6月15日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年6月15日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年6月15日初版第1刷",
"底本の親本名1": "山の憶ひ出 上巻",
"底本の親本出版社名1": "龍星閣",
"底本の親本初版発行年1": "1941(昭和16)年再刷",
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"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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} |
[
[
"本当にそうです。肺臓内の血液量は吸息時に最多量で、呼息時には少くなるのですから、呼息時に行われると称する他絞の際に、肺臓の鬱血が劇烈である筈はありません。これだけでも既に自家撞着に陥っています",
"吸息時には肺が拡がるから、血液が追い出されるとでも考えたのでしょう"
]
] | 底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「趣味の探偵団」黎明社
1925(大正14)年11月28日初版発行
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046675",
"作品名": "誤った鑑定",
"作品名読み": "あやまったかんてい",
"ソート用読み": "あやまつたかんてい",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-10-28T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card46675.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "探偵クラブ 人工心臓",
"底本出版社名1": "国書刊行会",
"底本初版発行年1": "1994(平成6)年9月20日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "趣味の探偵団",
"底本の親本出版社名1": "黎明社",
"底本の親本初版発行年1": "1925(大正14)年11月28日",
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"底本の親本名2": "",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/46675_ruby_28043.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-08-21T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"馬鹿な、誰も居やせん",
"いえいえ、たしかに今、奥さまが、髪を振り乱して、そこに立って見えました",
"そんなことがあるものか",
"それじゃ、もう一度土蔵の中を見て来て下さいませ"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「講談倶楽部」
1926(大正15)年1月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年4月19日作成
2014年2月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048056",
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} |
[
[
"あなた、義夫は横着じゃありませんか、遊びに行ったきり、まだ帰りませんよ",
"どうしたのだろう、学校に用事でも出来たのでないかしら"
]
] | 底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「恋愛曲線」春陽堂
1926(大正15)年11月13日初版発行
初出:「新青年」博文館
1926(大正15)年4月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046676",
"作品名": "安死術",
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"校正に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "恋愛曲線",
"底本の親本出版社名1": "春陽堂",
"底本の親本初版発行年1": "1926(大正15)年11月13日",
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} |
[
[
"どこで盗まれたのですか?",
"工場です",
"まあ、心を落ちつけて話してください。その間に仕度しますから"
],
[
"このお茶は誰が飲むのですか",
"私ですよ"
],
[
"工場の検査はこれですみましたよ",
"手掛かりはありましたか?"
],
[
"まだ大事な検査が残っているから、それがすまなければ何とも言えません",
"それは何ですか",
"木村さんと竹内さんの身体検査です",
"え! わたしらがとったと思うんですか",
"何とも思わぬけれど、検査には念に念を入れておかねばなりませんよ",
"だって、私が盗むわけもないし、竹内だってもう半年もいて、正直なことは保証付きの人間ですから、それはやられるまでもないでしょう"
],
[
"これで身体の外側の検査が済んだから、今度は中側です",
"え?"
],
[
"中側の検査とはどういうことです?",
"白金の塊は細かにすれば飲むことができますよ。だから身体の中へ隠すことができるのです"
],
[
"木村のおばさんのところで朝飯を食うんだ",
"え! 朝飯を?",
"そうよ、おばさんのうちには、おいしいお茶があるよ。竹内さんさえ喜んで飲んでるじゃないか"
],
[
"僕もいっしょにご馳走になろうか?",
"いや、兄さんは先方へ着き次第、警視庁へお使いに行ってもらう",
"え? 警視庁? では犯人の見当がついたのかい?",
"まだ何とも分からんさ。けれどもことによると大きな捕り物があるかもしれん"
],
[
"君は先刻、エックス光線をかけにゆくにはそれだけの理由があると言ったが、あれは本気だったかい?",
"もちろんさ!",
"どんな理由?",
"それはいま言えない",
"だって二人とも白金を飲んではいなかったじゃないか?",
"そんなこと、初めから分かっていたよ",
"え?"
],
[
"おばさん、竹内さんの下宿はどこでしょうか?",
"芝区新堀町一〇の加藤という八百屋の二階です",
"ちょっと、封筒を一枚恵んでください"
],
[
"おばさん、僕お腹がすいたから、買ってきたパンを工場で食べさせてもらいますよ。冷たいお茶はありませんか",
"あります。先刻、沸かしたのがもう冷めておりますよ"
],
[
"まあご心配なさいますな。俊夫君はきっと取りかえしてくれるでしょう",
"けれど俊夫さんは私や竹内ばかりにかまっていて、あんなエックス光線のようなむだ骨折りをさせたのですから、あの間に犯人はもう遠い所へ高飛びしてしまったにちがいないです"
],
[
"木村のおじさん、よく来てくれました。先刻は失礼しました。竹内さんはどうしましたか",
"竹内はいっしょに帰ってきてから間もなく、疲れたから、下宿でしばらく眠ってくると言って帰りました",
"竹内さんは怒っていたでしょう?",
"だって俊夫さんはあんな大袈裟なことをするのですもの。私は生まれて初めてエックス光線にかけられましたよ",
"あんなものを度々かけてもらうのはよくありません"
],
[
"で、俊夫さんはもう犯人の見当はついたのですか",
"つきましたよ",
"え?"
],
[
"まあそう、気を揉まんでもよろしい。それをお話しするまえに、おじさんに振る舞いたいお茶がある",
"お茶ですって? お茶どころではないです。早く犯人の名を聞かせてください"
],
[
"そうです。けれど竹内さんの飲むお茶はこれです",
"え? 何? ではあの竹内の土瓶の中は王水でしたか? あの中へ白金がとかされていたんですか? そりゃ大変!"
],
[
"俊夫さん、竹内は土瓶を持って帰ったそうです。早く何とかしてください!",
"おじさん、あわてなくてもよい、兄さん、自動車を呼んできてください"
],
[
"俊夫さん、どうしよう。八百屋のお上さんに聞くと、竹内は今朝急に引越しをすると言って、行き先も言わずに、荷物を持って出ていったそうです",
"おじさん、まあ心配しなくてよい、竹内の行った先はちゃんと分っているから、白金は大丈夫とりかえせます。さあこれからこの自動車で警視庁へ行きましょう",
"警視庁?"
],
[
"白金が土瓶の中にあったなら、エックス光線をかけるに及ばぬじゃないですか?",
"それはそうだけれど……おや、もう警視庁へ来ましたよ。そのことはあとでゆっくり話しましょう"
],
[
"ど、どうしてこれが……",
"レントゲン検査に行ったのは、これを取りかえすためだったのです"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 二巻三~五号」
1925(大正14)年3~5月号
入力:川山隆
校正:伊藤時也
2006年11月14日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045956",
"作品名": "暗夜の格闘",
"作品名読み": "あんやのかくとう",
"ソート用読み": "あんやのかくとう",
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"副題読み": "",
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"初出": "「子供の科学 二巻三~五号」1925(大正14)年3~5月号",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2006-12-18T00:00:00",
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"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
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"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
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"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
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"底本名1": "小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕",
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} |
[
[
"先生、私は、こうして注射を受けて、今日がおしまいであるというのに心は段々重たくなり気はいよいよ荒くなるようです。一度私の血を取って調べてくれませんか?",
"血をとって何を調べるのですか",
"もしや私の身体に犬の血がめぐって居やしないかと思うのです",
"馬鹿な!",
"いや、私は真剣です。どうか調べて下さい"
],
[
"なぜこんなものを作るのだ!",
"私近頃、犬の玩具が好きになったのよ。それも無理はないわ、私は戌年の生れだもの。あらなぜそんな怖い顔するの?"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「講談倶楽部」
1925(大正14)年8月号
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年3月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048083",
"作品名": "犬神",
"作品名読み": "いぬがみ",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-04-20T00:00:00",
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"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2002(平成14)年2月6日",
"入力に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
"校正に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"存じません",
"ではウォーカーとはどういう関係があるか",
"ウォーカーという男は知りません",
"ウォーカーは女だ",
"尚更存じません",
"ロザルスキー判事を知っているか",
"聞いたこともありません"
],
[
"探偵長、また爆弾事件がありました",
"ほう? 何処に?",
"丁度ヘララ事件のあった同じ街です",
"え?",
"ヘララのアパートメントから半丁ばかり南のクロッツという人の家です",
"ふむ",
"昨晩何でもヘンリーという一人息子が大へんな怪我をしてフォーダム病院へ運ばれて行ったということでしたから、隣りの人たちに爆発の音を聞いたかと訊ねましたが、何も聞かないということでしたけれど、念の為に病院へ立寄って調べて見ますと、丁度、手術を終った所だといって、その外科医があってくれました",
"どんな様子だったね?",
"医者の話によりますと、患者は右腕を失って、右の胸に大きな孔が出来ていたそうで、傷の中から、鉛や鉄の弾丸が出たといいます",
"やっぱり菓子箱を受取ったのだろうね?",
"いえ、家族のものは、ただ過失だといったそうです",
"患者はどんな男かね?",
"父親と一しょに区役所につとめて、製図をやっているそうですが、父親はもう五十年も勤め、息子も十七年から通っているそうです。人嫌いな臆病な性質で、いつも家の中に引き籠って、あまり外出もしないおとなしい男だそうです",
"そうか、とにかく、その家を検べて来よう"
],
[
"はあ",
"ウォーカーと女のことで喧嘩したからですか",
"はあ",
"ロザルスキー判事へ贈ったのも君ですか",
"はあ",
"何故贈ったのです?",
"わかりません",
"新聞を読んで判事の態度が癪に障ったのですか",
"はあ",
"ヘララ家へ爆弾を持って行ったのも君ですか",
"はあ",
"なぜそんなことをしたのですか",
"知りません",
"ヘララ一家とどういう関係があるのですか",
"何にもないです。ヘララという人を見たこともありません",
"けれど態々あの人の家を選んだのはどういう訳ですか",
"ただ試して見たのです。どこでもよかったのです。偶然それがヘララさんの家だったのです"
]
] | 底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「趣味の探偵団」黎明社
1925(大正14)年11月28日初版発行
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046677",
"作品名": "恐ろしき贈物",
"作品名読み": "おそろしきおくりもの",
"ソート用読み": "おそろしきおくりもの",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-10-31T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card46677.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "探偵クラブ 人工心臓",
"底本出版社名1": "国書刊行会",
"底本初版発行年1": "1994(平成6)年9月20日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "趣味の探偵団",
"底本の親本出版社名1": "黎明社",
"底本の親本初版発行年1": "1925(大正14)年11月28日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/46677_ruby_28045.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-08-21T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/46677_28060.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-08-21T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"心配しなくともよろしい、蜂は窓から追い出してしまえばよろしい",
"いえ、いえ、いけません、いけません、あれあれ、私の眼の方へ……あ痛ッ"
]
] | 底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「講談倶楽部」
1928(昭和3)年3月号
初出:「講談倶楽部」
1928(昭和3)年3月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046678",
"作品名": "怪談綺談",
"作品名読み": "かいだんきだん",
"ソート用読み": "かいたんきたん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「講談倶楽部」1928(昭和3)年3月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
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} |
[
[
"無論そうです。計画された殺人では、いわば犯人の頭脳と探偵の頭脳との戦いですから、探偵の頭脳さえ優れておれば、わけなく犯人を逮捕することが出来ます。これに反して、無頓着に行われた殺人は、万事がチャンスによって左右されるのですから、むずかしい事件になると随分むずかしいですけれど、その代り容易な場合には呆気ない程容易です。ところが、もし犯人が文字通りの殺人芸術家であって、故意に無頓着な殺人を行ったとしたならば、それこそ難中の至難事件となるのです",
"故意に無頓着な殺人を行うとは、どんなことを言うのですか?",
"つまり意識して無頓着な殺人を行うことです。一口に言えば最上の機会をとらえて、無鉄砲な、大胆な殺人を試みることです"
],
[
"びっくりするでしょう。内閣が更迭したのも犯人が知れたためです。そうして犯人の名は正式には発表されなかったのです",
"その犯人の名をあなたは御存知なのですか?",
"知っていますとも。実はその犯人が知れたのは、私があの事件に、内密に関係したからだといってもよいです"
],
[
"いえ、全く見当がつきません",
"しかし、あなたのような鋭い頭脳の人が、今日まで手を束ねて見ている筈はありません",
"ところが、私は、この事件を引受けた当初からとても犯人逮捕はむずかしかろうと思いました",
"すると、犯人の目星がついていても、犯人の逮捕だけが出来ぬというのですか?",
"犯人の目星さえつかぬのです"
],
[
"それはそう言いました",
"それに犯人もたった一つ手ぬかりをしていると言われたではありませんか?",
"そう申しました",
"それですよ。わたしはその言葉からあなたが、犯人の目星をつけられたに違いないと思いました。わたしはその言葉を色々と考えて、どこに事件の手ぬかりがあるか、又犯人がどんな手ぬかりをしたか見つけたいと思い、部下を督励して大いに研究させたのですが、どうしてもわかりません。外相暗殺者を逮捕せねばならぬ責任上、わたしは、あなたから、その言葉の意味が聞きたいのです。その言葉をきかぬうちは死んでも死に切れないのです"
],
[
"私は今回の事件の経過を観察したとき、尋常一様の暗殺者の仕業ではないと思いました。犯罪が極めて無雑作に行われておりながら、犯人の見つからぬのは、その無雑作が、深く計画された無雑作であると思いました。即ち犯人は犯罪芸術家としての天才です。天才の作品に向っては、批評家たる探偵は、ただ驚嘆の言葉を発するより外ありません",
"でも、あなたは、この事件に大きな手ぬかりがあるというではありませんか?",
"そうです。しかし、その言葉は、事件を批評した言葉ではなくて、むしろ事件に驚嘆した言葉です"
],
[
"こう申すと、或はおわかりにならぬかも知れません。つまり当夜の事情を再演した結果、犯人の天才に驚いて…………",
"早くその手ぬかりをきかせて下さい。苦しくなったから…………",
"つまり、私はこの位完全な事件でありながら、犯人の知れぬのは大きな手ぬかりだと申したのです…………"
]
] | 底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「稀有の犯罪」大日本雄弁会
1927(昭和2)年6月18日初版発行
初出:「苦楽」プラトン社
1926(大正15)年2月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046662",
"作品名": "外務大臣の死",
"作品名読み": "がいむだいじんのし",
"ソート用読み": "かいむたいしんのし",
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"初出": "「苦楽」プラトン社、1926(大正15)年2月号",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"名": "不木",
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"名読み": "ふぼく",
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[
[
"樵夫が最初に発見したときは、あたりがあまりに乱雑になって居るので、五人のものが喧嘩口論をして互に殴り合って死んだのかと思ったそうですが、別にあたりに血がこぼれて居る訳でなく、ただ、蓆の上に、嘔吐物が散らばって居たばかりなので、恐らく食あたりをしたのだろうと考えたそうです。果して、後に検屍に来た医師によって、五人の死は、食物の中毒だとわかりました",
"それではその白のくわえて来た馬肉に中毒したのですか",
"そうなのです。然し白のくわえて来たのは馬肉ではなかったのです。馬肉屋の小僧の話によると、彼が五人に追われて一目散に逃げて行く途中で、白がむこうから何かくわえて走って来るのに出逢ったそうです。然し五人のものは、前後の事情から考えて、当然、白のくわえて来たものを馬肉と思ったにちがいありません。ですから彼等はそれを小さく切って煮たのですが、その実彼等のたべたものは、馬肉ではなくて、全く意外なものだったのです",
"何でしたか",
"皿の上に残って居た肉片を検べた医師は、それを後産即ち胎盤と鑑定したのです"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「大衆文芸」
1926(大正15)年7月
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年5月20日作成
2011年2月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048081",
"作品名": "狂女と犬",
"作品名読み": "きょうじょといぬ",
"ソート用読み": "きようしよといぬ",
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"初出": "「大衆文芸」1926(大正15)年7月",
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"公開日": "2010-06-13T00:00:00",
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"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2002(平成14)年2月6日",
"入力に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
"校正に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
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[
[
"そうです、明らかに三日熱の原虫を血球の中に発見しました。したがって、未亡人の死んだときにはマラリアの発作も合併しているわけですし、またそのことによって未亡人が一日置きに、しかも同じ時間に悪寒・発熱・嘔吐を起こしたことをよく了解することができます",
"けれど、嘔吐がマラリアのときに起こることは稀ではありませんか"
],
[
"ヒステリーの婦人がマラリアに罹ると、はげしい嘔吐を起こしたり人事不省に陥ったりしますから、いろいろの中毒と間違えられるのです",
"そこで"
],
[
"いや、お恥ずかしい話ですが、わたしが初めて診察したときはなんとも病名がわからず、その次、すなわち未亡人の三回めの発病のときもマラリアとは少しも気づかず、令嬢から事情を聞いて、もしや亜砒酸中毒ではないかと疑ったのです。いままで嘔吐や下痢を伴うマラリアの例には一度も接したことがないのでつい誤診しました。もしマラリアだとわかれば、ただちにキニーネを用いますから、未亡人の第三回の発作は起こらずに済んだはずです。したがって各々の発病の際、マラリアの発作だけであったか、または亜砒酸中毒が合併していたか、はっきりしたことは申し上げかねます",
"しかし、四回めが亜砒酸中毒だったことははっきりおわかりになりましたのですね?",
"それは、わたしが四回とも亜砒酸中毒だと思ったからでして、未亡人が死んだと聞いたとき、死因は亜砒酸中毒に違いないと判断したのです",
"けれど、あなたは四回めのときは診察なさいませんでしたでしょう?",
"急用ができて他行していたために、間に合いませんでした",
"だが、あなたは亜砒酸中毒の起こらぬようにといって、二十九日の朝、書生さんに一包みの薬を持たせてやられたのではありませんか",
"持たせてやりました。しかしそれは、単純な消化剤でして、亜砒酸中毒を防ぐ薬というものではありません。中毒のほうのことは令嬢にわたしの疑念を打ち明けて、それとなく注意しておきましたから、わたしは比較的安心して他行することができました。けれども、やはり気になったものですから、用事の済み次第奥田家を訪ねると、すでに死去されたあとでした"
],
[
"そうですか。わたしはまた、この事件の鍵を握っている人は、あなたよりほかにないと思うのです",
"なぜですか",
"なぜと言いますと、さっきも述べましたとおり、あなたが二十九日の朝書生に持たせてよこされた薬の中に亜砒酸があったとすると、その亜砒酸を投じた者は保一くんか健吉くんか、令嬢か女中か、あるいはあなたご自身か、さもなくばあなたの家の書生かでありますが、書生と女中と令嬢は問題外として、残るところは保一くんか健吉くんかあなたの三人であるからです。健吉くんと保一くんの事情は先刻申し上げたとおりですが、あなたについても健吉くんと同様なことが言い得るだろうと思います。すなわち、あなたにとって健吉くんは恋敵です。大島栄子さんの話によると、あなたがS病院においでになるとき、栄子さんに執拗に言い寄られたそうで、栄子さんはそれがうるさいために病院を辞してM呉服店に入ったのだそうです。してみれば、あなたは失恋の人であります。したがって、同じく恋敵同士でも、あなたが健吉くんを憎む程度は健吉くんがあなたを憎む程度よりも比較にならぬほど大きいのであります。で、あなたが令嬢から事情を聞いて、その好機会を利用なさったと考えることはまことに当然ではありませんか。あなたが未亡人の病気のマラリアであることにお気づきになったかどうかは、いまここで問わぬことにして、嘔吐と下痢のあることをさいわいに亜砒酸を利用しようと企てられたことは、もっとも自然な推定ではありませぬか。健吉くんも保一くんも医者ではありません。ですから、健吉くんと保一くんとあなたとの三人並べて、だれが這般の事情を利用するにもっとも適しているかと問うならば、だれしもあなたであると答えるに違いありません。保一くんは売薬業を営んでいるから多少医学的知識があるとしても、あなたほど容易には考えつかぬと思います。古来毒殺は女子の一手販売であると考えられ、男子で毒殺を行う者は医師か薬剤師であると言われておりますから、この際にも医師たるあなたを考えるのは別に奇怪ではないと思います。保一くんは売薬業をしておりますから、亜砒酸を手に入れやすいとしても、保一くんにしろ健吉くんにしろ、亜砒酸を投ずる際にすこぶる大きな冒険をしなければなりません。ところがあなたはやすやすとして亜砒酸を投ずることができ、しかも命令的に飲ませることさえできる位置にいます。こう考えてくると、三人のうちあなたをもっとも有力な嫌疑者と認めることは大なる誤りではないと思います"
],
[
"だってわたしが亜砒酸を混ぜたという証拠がないじゃありませんか。健吉くんや保一くんと同じ位置にいるだけじゃありませんか",
"ところがそうでないのです。あなたは二十九日に大変な間違いをやっています。問題の薬を書生に持たせてやって、あなた自身が患者に与えられなかったこともあるいは一つの手抜かりかもしれませんが、それよりも、もっと大きな手抜かりはあなたが奥田家を訪ねて、未亡人の死をお聞きになったとき、今朝持たせてよこした薬を患者は飲みましたかとお訊ねにならなかったことなのです。ところが、保一くんはあの朝、健吉くんの出たあとへ忍んできて、令嬢から十時ごろに飲むべき薬が届いていると聞き、もしや兄がその中へ薬を混ぜはしなかったかと疑って、その薬を母親に飲ませなかったのです。で、その薬はそのまま保存され、片田博士に分析してもらったところ〇・二グラムの亜砒酸、すなわち致死量の二倍の毒が存在しているとわかりました"
],
[
"未亡人は亜砒酸中毒で死んだではありませんか",
"いかにも、あなたの死亡診断書には亜砒酸中毒が死因であると書かれてありました。ところが片田博士が死体を解剖なさった結果、亜砒酸の痕跡をも発見し得なかったので、博士は死因に疑いを抱いて、血液検査の結果マラリアの存在を発見し、四回もはげしい発作を起こしたため五回めに心臓が衰弱していたということがわかったのです。ですから、健吉くんも保一くんも、その他何人も未亡人の死とは関係ありません"
]
] | 底本:「大雷雨夜の殺人 他8編」春陽文庫、春陽堂書店
1995(平成7)年2月25日初版発行
入力:大野晋
校正:しず
2000年11月28日公開
2005年12月11日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001454",
"作品名": "愚人の毒",
"作品名読み": "ぐじんのどく",
"ソート用読み": "くしんのとく",
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"初出": "「改造」1926(大正15)年9月号",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "大雷雨夜の殺人 他8編",
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} |
[
[
"何だい、俺の顔ばかり、じろじろながめて",
"その貴様の顔が入用なんだよ。というのは、貴様に白い鬘をきせて、胡麻塩の口髭と頤髭とをつけると、法医学教授の奥田博士とそっくりの顔になるんだ。だから、教授に扮装して教室へ入りこみ、ダイヤモンドを取り出してくればよい"
],
[
"けれど、俺は解剖のことをちっとも知らないんだから駄目じゃないか。もし沢山の人がいたら、何とも仕ようがないじゃないか",
"そこだよ、貴様の腕を見せるところは、つまり、教授に扮装して、助手に命令し、万事助手にやらせて見ておればよいのだ",
"けれど、そうすれば、ダイヤモンドをその助手にとられてしまうじゃないか",
"無論ぼんやりしていてはいけない。即ちその助手に命じて、胃と腸は都合によって自分で研究して見たいからといって、胃腸を切り出させ、それを貰って逃げてしまえばよいのだ",
"そうか。しかし、同じ教授が二人おればすぐ見つかってしまうじゃないか"
],
[
"だって、俺は、胃腸という言葉を忘れてうっかり五臓といってしまったんだ",
"馬鹿、五臓といや、胸の臓器もはいるのだよ",
"でも、あの助手は俺の言葉をすっかりのみこんで、とにかく、目的をとげさせてくれたよ。だが、今ごろは教室で大騒ぎをしていることだろう",
"まったくだ。けれど、教授は俺が番をしている間、神妙にしていたよ。それにしても切出しは随分長くかかったもんだ"
],
[
"だってないじゃないか",
"もっと捜して見い。その大きな肝臓とやらの中にはないのか",
"こんなところへ行くものか",
"それじゃ、箕島が、口の中へふくんでいただろうか"
],
[
"何だ?",
"こりゃ貴様、子宮だぞ!",
"え?",
"え? もないもんだ。これ、よく聞け、貴様がもってきたのは女のはらわただぞ",
"女?",
"そうよ、男に子宮はない",
"だって",
"だってじゃない。女と男と間違える奴があるか。一目でわかるじゃないか",
"でも、顔と局部には白いきれがあててあった",
"髪があるじゃないか、髪が",
"髪はなかったようだ",
"嘘いえ。それに乳房でもわかるじゃないか",
"それが、乳房も大きくなかったようだ"
]
] | 底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「稀有の犯罪」大日本雄弁会
1927(昭和2)年6月18日初版発行
初出:「週刊朝日 特別号」
1927(昭和2)年1月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046679",
"作品名": "稀有の犯罪",
"作品名読み": "けうのはんざい",
"ソート用読み": "けうのはんさい",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「週刊朝日 特別号」1927(昭和2)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-10-31T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card46679.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "探偵クラブ 人工心臓",
"底本出版社名1": "国書刊行会",
"底本初版発行年1": "1994(平成6)年9月20日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "稀有の犯罪",
"底本の親本出版社名1": "大日本雄弁会",
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} |
[
[
"犯罪など起こらない方がいいねえ。俊夫君には物足らぬかもしれないけれど、世間はたしかに迷惑するよ。しかし、ここ一週間ばかり急に暖かくなったから、また、犯罪がふえるかもしれないねえ。ことに浅草Y町の株屋殺しのように、事件が迷宮に入ると、それを模倣して人殺しが続出しないともかぎらない",
"ああ、そうそう"
],
[
"あの株屋殺しは、もう二週間になるが、まだ犯人が見つからぬようだねえ。いったい、警察は何をしているんだろうか。殺された人間がありゃ、殺した人間のあることは当たり前じゃないか",
"そりゃ君、無理だよ。人間は神様でないから。しかし、君は、あの事件について何か説をたてているのか",
"いや、僕は近頃、新聞記事というものが、日を経るに従っていよいよ出鱈目になってゆくことを知ったので、自分に依頼されない事件には、立ち入った研究をしないことにしているよ"
],
[
"きっと、いいお土産を持ってきてくださったでしょう。僕、この頃うち、腕が鳴って仕方がなかった",
"いいお土産とも、実に大きなお土産だ"
],
[
"いいえ、詳しいことは少しも知りません。でも、犯人の容疑者として、誰やら、あげられたではないですか",
"うむ、それがね、いま検事局で、その男を厳重に取り調べているけれども、どうしても白状しないのだ。しかし、さっぱり証拠がないから、みんなが困っているのだ。だから、俊夫君にその証拠を見つけてもらおうということになったのだよ",
"どうか、事件の経過を逐一話してください"
],
[
"どうだね、何かその写真から犯人の手掛かりは得られないかね",
"そうですね"
],
[
"二つ三つ気がついたことがありますが、それはもう大方警察の人々にも知れていることだと思います",
"たとえばどんなことかね",
"たとえばです。犯人は被害者と知り合いの仲だということです",
"それは、いま話したとおりだ",
"それから、犯人は、被害者の後ろから、被害者をだかまえるようにして、心臓部を刺したことです",
"え、それはどうして分かる?"
],
[
"被害者は、枕のある方に足をのばし、夜着の畳んである方に頭を向けて、うつぶしになっております。これは犯人が、被害者の座っている後ろから抱きついて短刀で心臓部を刺し、それから、背部を手で突いて前方へつんのめらせたものです",
"しかし、前方から刺したと考えても差し支えないではないか",
"そうです。しかし、前方から刺しにかかれば、勢い、格闘が始まります。しかし、ここには格闘のあとはなく、いわば被害者は素直に殺されております。素直に殺されたということは、不意を襲われて、まったく何の予感もなく殺されたことになります。なおまた、前方から刺したのであれば、血が迸りますから犯人は当然その血を踏み、したがって、畳が、血で汚れていなければなりませんが、写真で見ると、畳の上には血は少しもこぼれておりません",
"そういえばそうだねえ"
],
[
"だが、後ろからだかまえて殺したとなると、心臓部を刺すのはおかしいじゃないか、右の胸に短刀の傷があってしかるべきじゃないか",
"そこですよ、肝要な点は"
],
[
"おっしゃるとおり、もし犯人が右利きならば、心臓部を刺すのはおかしいです。ですから、僕は心臓部が刺され、しかも、それが後ろからだかまえて行われたものであるから、犯人は左利きの男であると推定したのです",
"え? 左利き? なるほどそうか。じゃ、甚吉が左利きか右利きかを検べればよい",
"そうです。もし甚吉が右利きだったら、すぐさま放免してやってください",
"それじゃ、今から、検事局へ電話をかけて尋ねてみよう",
"いや、かけるまでもありませんよ",
"なぜ?",
"たとい甚吉が左利きでも、彼は犯人ではありません",
"どうして?",
"十一時に浅草の家を出て、老松町まで行った甚吉が、十二時頃に帰ってきて主人を殺すはずがありません",
"けれども、甚吉は途中で引きかえしたかもしれん",
"しかし、先方の篠田家が留守だということは主人も知らず、彼もむろん知らなかったに違いありません。もし留守でなくば、すぐ露見することは分かりきったことです。しかも、彼はその手紙をあなたたちに見せたでしょう?",
"見せた",
"それご覧なさい",
"では、君は犯人は甚吉でないと言うのか",
"甚吉でありません",
"他に犯人があるというのか",
"ありますよ",
"それを君は知っているのか",
"知ってはおりません、ただ推定しただけです",
"誰だい?",
"それは今ここでは言えませんよ"
],
[
"僕はこれから、その犯人が高飛びをしてもういないか、あるいはずうずうしくまだうろついているかを検べてきますから、僕の帰ってくるまで、二人で待っていてください",
"どこへ行くのだ?"
],
[
"俊夫君、君一人で出かけてよいのか。僕も一緒についていこうか",
"いや"
],
[
"危険なところへ行くのでないから、心配しなくてもよい。その代わり、もし犯人がまだうろついていたら、今夜、兄さんに骨折ってもらって、逮捕しようよ",
"本当にいいかい?",
"大丈夫よ"
],
[
"Pのおじさん、株屋殺しの真犯人は、今夜十一時半頃Y町を通るはずです",
"え、どうしてそれが分かった。犯人はどんな人間かね?",
"まあ、捕まえるまで待ってください。ここを十時に出ればよいから、それまでラジオでも聴きましょう"
],
[
"もし、按摩さん!",
"へえ、ご用でございますか",
"いや、揉んでもらうのじゃない。お前さん、ことによると、この株屋さんを殺した男を知っておいでだろう",
"ど、どういたしまして……"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「少年倶楽部 一四巻八号」
1927(昭和2)年8月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年8月12日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "048079",
"作品名": "現場の写真",
"作品名読み": "げんばのしゃしん",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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[
[
"こうした話はなるべく他人に聞かれたくありませんから、若し御差支なくば……",
"こちらへ御はいり下さい"
],
[
"私の通った町が富倉町であるかどうかは知りませんが、丸太町の辺を通って来たことは事実です",
"それは何時頃だったでしょうか",
"はっきり覚えて居りません",
"あなたは古泉堂から、すぐさま御宅へ御帰りになりましたか",
"いいえ、途中、新栄町の芳香亭へ立寄って帰りました",
"芳香亭を御立ちになったのは何時でしたか",
"よく覚えて居ませんが十一時過ぎではなかったかと思います"
],
[
"若しや、あなたが御通りになったとき、家の中から、一人の若い女が飛び出しては来ませんでしたか",
"知りません。知りません"
],
[
"私も、あの女を犯人と認める訳ではありません。ここへ伺うまでは、あの女がこの事件に関係があるかどうかさえ、はっきりわからなかったのです",
"それで、大平氏を殺した犯人はまだわからぬのですか"
],
[
"わからぬのです。老婆よねが昨夜に限って不在であったことは怪しいと思って、最初の容疑者として拘引したのですが、よく調べて見ると、昨夜はたしかに自宅に帰り、而も朝まで其処に居たことが証明されましたから、一先ずよねは帰らせることになりました",
"現場の捜査からは、何か手がかりが見つからなかったですか",
"今のところ、これという手がかりを得ません",
"死体解剖の結果はどうです",
"鋭利な短刀で背後から右側の腎臓部を刺されたという外、特に注意すべき発見もなかったのです",
"それで一たいこれからどうなさろうとしますか"
],
[
"そうでしたか、よく仰しゃって下さいました。もう、それだけ伺えば沢山ですが、然し、あなたには、あなたのことを御心配になって居る御両親や、御姉弟は御ありでしょう。その人たちのために、あなたは一刻も早くここを出なければなりません。それには……",
"私には、両親も姉弟も何も御座いません"
],
[
"おや、お豊さんか、久し振りだなあ、お前、今このお隣りに住んで居るのか",
"いいえ、私は患者さんの附添婦に雇われて居るので御座います。あなた様はまたどうして、こんなところへ御出でになりました?",
"実は少し理由があってね、お前ももうとくに知って居るだろうが、このうちの主人が殺されて犯人がまだわからぬのだよ。それを私は物数寄半分に検べに来て居るんだ",
"まあ、そうで御座いますか。それで、何か手がかりは御座いましたか",
"いやまだ。何か手がかりは見つからぬだろうかと、こうして庭の上をさがしまわって居るんだ"
],
[
"いえさ、もとより、その場に居合せた訳ではありませんが、犯人ではないかと思われる人を見たので御座います",
"そうか、一通り事情を話しとくれ",
"こうなんで御座います。今私が附添って居る息子さんは、胸の病をわずらって見えますが、夜分はどうもよく御やすみになれないので、たいてい、午前の三時頃までは、私も起きて居るので御座います。今はちょうど、患者さんが眠って見えますので、こうして戸外へ出た訳で御座いますが、昨夜、十二時頃、お隣りで、甲高い女の声がきこえました。それきり静かになりましたので、別に怪しみもしなかったのですが、それから十五分ほど過ぎて、はばかりにまいり、何気なく、窓から、お隣りの裏庭を見ますと、一つの黒い人影が、頻りに庭の上をさがして居るようでありました。もうそのとき月は西にはいって居たらしゅう御座いますが、人影だけは、くっきりわかりました。暫くの間、その人は捜しつづけて居ましたが、とうとうあきらめたと見えて、逃げるように去ってしまいました",
"男か女か",
"年寄った男の人で御座いました",
"え? 本当か",
"たしかに、そうでした。それから朝になると、人殺し騒ぎが始まりましたので、さては私はあの老人が、大平さんを殺したのだろうと思いました",
"それでお前はそのことを警察の人に告げなかったか",
"はい、かかり合いになるのが恐ろしいですから、黙って居りました",
"その老人はどんな風采をして居たかね",
"さあ、それは暗いのでよくわかりませんが、実はその老人が、頻りに捜して居たものを、私が見つけたので御座います",
"ええっ?",
"たしかに、老人は捜し損なって行ったと思いましたから、今朝、まだお隣りの婆やさんが戻って来ない先に、悪いこととは知りながら、そっとお隣りの庭の上をさがしたのです。そうしたら、苔の間に、木片の陰になって落ちて居たのです",
"それは何だったかね"
],
[
"私が拾ったということさえ、黙って居て下されば御渡し致します",
"黙って居るとも",
"あなた自身で、御拾いになったことにして下さい",
"ああ、そうしよう。で、お前は、その品をここに持って居るのか",
"持って居ます"
],
[
"それはもう間違い御座いません。顔はよくわかりませんでしたが、姿恰好が、どうしても年寄った人で御座いました",
"その人が庭を捜して居たのはお隣りで女の悲鳴が聞えてから、十五分ぐらい過ぎてからだと言ったねえ?",
"正確なことはわかりませんが、十五分或はことによると二十分ぐらい過ぎて居たかも知れません"
],
[
"迷惑どころか、私はあなたの為ならどんなことでも為ようと思って居ます。私がこうして素人探偵を志願したのも、いわばあなたの無罪を証拠立てようと思ったからです。ところで、私のこの希望は幸いにも叶いかけました。というのは、先刻、あなたの一昨夜お訪ねになった大平家の捜索に行きましたところ、幸いにも、真犯人を捜る手がかりとなる品を見つけたのですから。一刻も早くこれをあなたにお話しして安心してもらおうと、とりあえずこちらへ駈けつけたのです",
"まあ、何という御親切でしょう。で、その手がかりというのは何で御座いますか"
],
[
"これがどうして手がかりになりますか",
"私はこの眼鏡の玉の持ち主を知って居るのです"
],
[
"それは何処でしたか",
"小針の十番地で御座います",
"おお、それでは一昨夜、あなたが私の家を出て、中央線の小針の踏切りを越えようとなさったのはその家へ帰るつもりでしたか",
"左様で御座います",
"それからどうしましたか"
],
[
"いや、よく話して下さいました。ではこれからは歌代さんと呼ばして下さい。それであなたは古泉堂のことをどうして御承知なのですか",
"それは小針の家で、大平さんが電話をかけに出かけなさった留守中、ふとあたりを見ますと、机の上に和本の古いのが二三冊置かれてありましたので、何気なくそれを手に取って開いて見ますと、中に、紅い短冊形の紙がはさまれ、それに、『古書売買、古泉堂』と書かれてありました。それが、はっきり私の頭にきざみつけられたので御座います",
"それは何という書物でしたか",
"題は忘れましたが、人情本らしい体裁で御座いました",
"不思議ですねえ、こんどの事件は古泉堂の古書とだいぶ因縁を持って居ますねえ。それにしても、どうして古泉堂の古書がそこにあったのでしょうか"
],
[
"今、署長にきいたら、あなたは何か発見されたということですねえ",
"一寸した手がかりです",
"それは何ですか",
"では、署長さんの前でお話し致しましょう。それに今、歌代さん、いや、この女の方から御名前や何かを承りましたから、序にそれもお話し申しましょう"
],
[
"えっ? お心当りがあるのですか",
"もとよりはっきりしたことはわかりませんから、兎も角盲目滅法に出かけて見ようと思います"
],
[
"え? 老人の行方がわかったのですか",
"今私は、老人に逢って来ました",
"老人を連れて来ましたか",
"そのまま別れて来ました",
"そりゃ大変だ。逃げられてしまう。老人は何処に居ますか",
"大丈夫逃げは致しません。これから私は紺野老人の居るところへ、あなたと署長さんを案内したいと思います"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「現代」
1928(昭和3)年6~8月
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年5月20日作成
2011年2月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "048078",
"作品名": "好色破邪顕正",
"作品名読み": "こうしょくはじゃけんせい",
"ソート用読み": "こうしよくはしやけんせい",
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"初出": "「現代」1928(昭和3)年6~8月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
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"底本初版発行年1": "2002(平成14)年2月6日",
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[
[
"いや、きみこそうまく探り当てたじゃないか。さすがは経験を積んだだけある。ときに、どうしてきみは舟木がこの病院にいることを突き止めたか?",
"ぼくはただ桝本をつけてきただけだ。あいつ、胡散な人物だと思って目を離さなかったんだ。ここに舟木がいようとは思わなかったよ",
"そうか、ときに長谷川さん"
],
[
"あなたはまた、どうして舟木の居どころを知ったのですか?",
"ぼくらはただ艶子の跡をつけただけなんです。沖田さんと同じく、まさかここに舟木が隠れているとは思わなかったのです。ときに、あなたこそどうして舟木の居どころを突き止められたのです?",
"昨日、西村商会の工場を訪ねて、工員を煽動する首領が舟木であるということを知り、その行方を部下の者に捜させておりますと、この病院へ松本正雄の仮名で入院していることが分かったので、看護婦を買収して様子を探らせていると、今日、レントゲン室の前でお蝶と会う打ち合わせをしたことが分かったので、医員に扮装して長椅子の下に隠れていたのです。いや、扮装といえばぼくはちょっと失敬して、この手術衣を返し、副院長に会って事情を話してきます。どうか、お三人は玄関で待っていてください"
],
[
"昨日、桝本を訊問してからもう一度、西村の遺族を訪ねたのだ。夫人はやっぱり面会しなかったが、取次ぎに出た娘に向かって桝本のことを話しだすと、娘が妙な表情をしたのでだんだん訊ねると、とうとうしまいにちょっとしたことを白状したよ。そこで、ぼくは桝本を監視する気になったのだ",
"それはどんなことかね?"
],
[
"しかし、さっき桝本が後ろから西村を殴ったのはきみだろうと訊ねたら、舟木はいいやと強く否定しましたねえ。もっとも、たとい真犯人であるとしても、そんなにたやすく白状するものではないが、それと同時にお蝶の、あの人、人に殺されずとも、自分で首でもくくらなければ立ち行かなくなっていたんですから、という言葉は考えてみなければならぬと思います。西村の家族の者や社員たちが自殺するような理由はないと言いましても、愛人お蝶にはいっそう深い事情が分かっているはずですから、あながち自殺説は否定できぬと思います。それにしてもあの時、舟木がしかし、しかしだねと言いかけて大切な手がかりを述べようとしたときに艶子があなたの顔をみとめ、桝本が沖田くんの姿を見つけたことは返す返すも残念でしたよ",
"いや、どうも、あれは確かにぼくの失敗でした。あまりに重大なことが訊かれると思って、興奮のあまりわれを忘れて振り向いたのがいけなかったんです。ときに沖田さんは、桝本について西村の娘からどんなことをお訊き出しになりましたか"
],
[
"いや、まったく知らなかったそうだよ。だいいち、そんなことを言い出せば冗談として笑われてしまうに決まっているから、娘だけにあつかましくも交渉をしたものらしい。現に昨日、悔やみに行きながら娘に、も一度考え直してくれと言ったそうだよ",
"なるほどね"
],
[
"これでさっき、舟木がストライキを起こすよう工員を煽動した張本人が桝本だと言った言葉が理解される。してみると、桝本は社長の死に直接関係がないにしても、間接には関係があるかもしれん。いや、この事件は思ったよりも複雑だ",
"そうですねえ"
],
[
"ことによると、桝本は社長と四時ごろに、Sビルディングの四階の二十七号室で会うということをあらかじめ舟木に話したのかもしれませんねえ。それで、舟木が将校マントを着て乗り込んだという次第ではありませんか",
"そうかもしれません"
],
[
"将校マントで思い出したが、工場の工員たちに訊いてみると、舟木は平素は一度も将校マントを着たこともなければ、鳥打帽も冠ったことがないというのです。してみると、変装して行ったわけですが、どういう理由で変装したのかちょっと分からないのです",
"それはただ、舟木が変装好きな性質だからではないでしょうか。殺人を行うには変装が便利であるし、現にそのあくる日も変装して、着色眼鏡をかけていたではありませんか。それにあの古風な貼紙の悪戯をしたのは、主義者に似合わぬ道化たところがあります。また、そういう性質であればこそ桝本に尻を叩かれて、ストライキを起こそうとしたのでしょう",
"さあ"
],
[
"仕方がありません。北川くんがあれほど固く口止めしたことをしゃべってしまったのでしたら、社長の人格を傷つけることになりますけれどもすっかり申し上げます",
"いい覚悟だ。それで、きみは確かに二千円をポケットに入れたのだね?",
"入れました",
"その金はどうした?"
],
[
"仰せのとおり贋造紙幣です。ですから、社長の名誉のためにわたしが奪い取り、またそれがために北川くんにも口止めしたのです",
"すると、社長がこの紙幣を贋造したのか?",
"いえ、違います"
],
[
"きみの陳述はすこぶる筋がよく通っている。しかし、たったひとところ不審なことがあるよ",
"えっ?",
"分からぬかね。ちょうど四時十五分ごろに、この贋造紙幣を社長室に取りに入ったことさ",
"それがどうしたというのです?",
"きみはなかなか頑固だね。では、言って聞かせてあげよう。この贋造紙幣と、いまのきみの陳述とからしてぼくはこう推定したのだ。きみは社長から二千円を渡してくれと言われて、社長に内証で贋造紙幣を渡したのだ。そうして、きみは階下で社長を殺して街路上へ投げ、その足で社長室へ戻って、証拠をなくするために贋造紙幣を盗み出したのだ。どうだね、これに間違いはなかろう"
],
[
"そういうわけですから、瀬川さんがいま肯定した事実と総合して考えると、野田は二十七号室で西村を殺してその隣室へ死骸を運び、窓を開けてそこから街路上へ投げ、さらに窓を閉め、五階の社長室へ来て贋造紙幣を奪ったのに違いありません",
"ふむ――"
],
[
"冬木くん、きみはたしか二十七号室の空き部屋とその隣の部屋とを検査したはずだが、その隣の部屋というのはちょうど社長室の真下に当たって、石垣とかいう建築士の事務所だというのじゃなかったかね?",
"はあ、そうです。ぼくはうっかり、その石垣という人の建築事務所を二十七号室だと思っていましたが、ぼくらの検査した窓のない空き部屋が二十七号室だったのです。その二十七号室と建築事務所とを隔てる壁にドアがついていましたが、他人の部屋に入るのもなんだと思ってそのまま帰りました。ところが、今日刑事に調べさせたところによると、石垣という人はたった一人でその部屋を借りているだけで、十日ばかり前から関西地方に旅行に出かけて留守だそうです。で、明日にでもその部屋を取り調べに行こうと思っていました",
"そうか。してみると、野田が社長を気絶させたのはその二十七号室に間違いないが、それから彼がそれを隣室に運んで窓から投げたという確証はまだないわけだね。それに、野田が社長室に入ったのが四時十五分ごろであるというのに、社長が死んだのが四時二十分から三十分であるとすると、どうも少し矛盾するようだ。恒藤くん、それをきみはどう説明する?"
],
[
"それをさっき野田自身も申しましたが、西村が死んだ時間なるものがはたして四時二十分から三十分までと断定し得るものか、それをぼくははじめから疑っているのです",
"それもそうだ"
],
[
"どうもお手数をかけて相すみません。一昨日、社長が瀬川さんに暴行を加えようとしたとき、傍にあった棍棒で社長の後頭部に一撃を与え、社長を人事不省に陥れたのはわたしです。わたしはとりあえず瀬川さんを去らしめ、およそ七、八分社長に人工呼吸を施しましたが、社長は生き返りませんでした。その間も人が来やしないかとびくびくしましたが、とうとう恐ろしくなり、さいわいにだれにも見咎められずに五階へ来ました。その時ふと贋造紙幣のことを考えたのです。もし社長があのまま死んだならば、せめて罪滅ぼしに社長の名誉を保ちたいという考えがひらめいたので、入るともなく社長の部屋に入って取り出すと、北川くんが来られたのです。で、北川くんに口止めをして、それからびくびくしていたのですが、意外にもその後、社長の死体が街路上で発見されたのでした。どうして死体がそこに運ばれたかをわたしは少しも知りません",
"すると、きみが正午ごろに社長の部屋へ行って、贋造紙幣を使用するなと忠告したというのはあれは嘘だったのか",
"はあ"
],
[
"はあ、それはもうかなりに窮境に陥っていましたようです。ですから、さっきのお話の贋造紙幣買い入れまでもしたのだろうと思います。それに、あの人は若いときにひどい黴毒をやってその毒が抜け切らないのか、お酒を飲んだり心配ごとがあったりすると、陽気な性質ががらりと変わって妙な行動をとったりするのでした。ですから、一昨日もきっとその発作が起こったのだろうと思います",
"しかし"
],
[
"社長が自殺したということは舟木くんの陳述によるだけで、その証拠がありません。それに、野田くんが社長は生き返らなかったというのに、その社長がドアを開けていたというのはおかしいです。舟木くんは棍棒を携えていったと言っているから、充分殺意を認めることができます。だから、たとい西村がその間正気づいたものとしても、舟木くんがさらに西村を殺して、死体を投げ出したと考えても矛盾はありません。ことに、人事不省に陥っていた者を投げたとすればいっそうよく説明ができます。だいいち、西村が生きて街路上へ落ちたという証拠がありません。それに、西村が他人に投げ出されたのでないという証拠がありません。だから、ぼくは舟木を西村殺害の犯人と認めます",
"ふむ、きみはさっき野田くんを犯人と認め、今度は舟木くんを犯人と認めるのか。舟木くん、きみは何か、きみのさっきの話を裏書きする証拠を出すことはできぬか"
],
[
"わたしはただ真実を述べただけです。わたしを犯人とするかせぬかは、あなたがたの勝手です",
"よろしい。それではぼくはきみを犯人と認めるよ"
],
[
"しかし、大動脈瘤はたとえば死骸、または人事不省の者を高い所から投げ捨てても破裂するのではありませんか",
"仰せのとおりです"
],
[
"ちょうどいま、それをお話ししようと思ったところです。本人が高い所から落ちたということは推定されても、生きながら落ちて死んだか、あるいは死んでから、あるいは人事不省中にだれかに投げられたかは、単に大動脈瘤が破裂したという事実からは判断できないのであります。この場合、外部に現れた致命傷がありませんから、本人が高い所から落ちたとき、まだ死んではいなかったと推定し得るとしても、自動的に飛び降りたか、人事不省中に投げ出されたかは、死体解剖だけでは判断がつきません。しかもこの際、これを判別するのがいちばん肝要な問題となっております。で、このことに気づいたものですから現場捜査を行ったわけですが、わたしの現場捜査だけでは残念ながら充分な材料を得ませんでしたから、こうしてこちらへお伺いしたのです",
"すると、どういう証拠をここでお求めになりたいのですか"
]
] | 底本:「五階の窓」春陽文庫、春陽堂書店
1993(平成5)年10月25日初版発行
初出:「新青年」博文館
1926(大正15)年10月号
※この作品は、「新青年」1926(大正15)年5月号から10月号の六回にわたり六人の作者によりリレー連作として発表された第六回です。
入力:雪森
校正:富田晶子
2019年5月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "054116",
"作品名": "五階の窓",
"作品名読み": "ごかいのまど",
"ソート用読み": "こかいのまと",
"副題": "06 合作の六(終局)",
"副題読み": "06 がっさくのろく(しゅうきょく)",
"原題": "",
"初出": "「新青年」博文館、1926(大正15)年10月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2019-06-01T00:00:00",
"最終更新日": "2019-05-28T00:00:00",
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"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "五階の窓",
"底本出版社名1": "春陽文庫、春陽堂書店",
"底本初版発行年1": "1993(平成5)年10月25日",
"入力に使用した版1": "1993(平成5)年10月25日初版",
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[
[
"え? なぜ?",
"わしは、このあいだ、牛の疱瘡が、これこのとおり手にうつりましただ。ですから、もう疱瘡にはかかりませんて"
]
] | 底本:「少年倶楽部名作選3 少年詩・童謡ほか」講談社
1966(昭和41)年12月17日発行
底本の親本:「少年倶楽部」講談社
1928(昭和3)年5月号
初出:「少年倶楽部」講談社
1928(昭和3)年5月号
※渡部審也(1875(明治8)年~1950(昭和25)年)の挿絵を同梱しました。
入力:sogo
校正:noriko saito
2017年3月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "056330",
"作品名": "ジェンナー伝",
"作品名読み": "ジェンナーでん",
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"初出": "「少年倶楽部」講談社、1928(昭和3)年5月号",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"名読み": "ふぼく",
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"底本の親本名1": "少年倶楽部",
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} |
[
[
"Pのおじさん、読めましたよ",
"え、分かった? 何という意味?",
"こういう文句です"
],
[
"どうしてこれが……これは、一昨日盗まれたのでございます。一体どこにございましたか",
"実は妙なところで見つけたのでございますが、取り調べの結果、お宅様のであると分かりましたので、お伺いしたわけでございます。一体どうして盗まれなさったのでございますか"
],
[
"その首飾りは、ご承知かもしれませんが、模造品なのでございます。ところが、私の家に雇ってあった書生は、それを本物とでも思いましたものか、一昨日盗んで逃げたのでございます。本物はもはや申すまでもありますまいが、××宝石商でこのごろ盗まれたのがそれでございます",
"その書生さんはいくつくらいの男でしたか?",
"二十五だとか言っておりました"
],
[
"麹町富士見町の木村先生の紹介です",
"木村先生とおっしゃると、あの有名な医学博士の木村病院長ですか",
"そうです、木村先生はうちの者が病気のとき、いつもご厄介になります"
],
[
"木村博士へは、もう、書生の逃げたことをお話しになりましたか",
"いいえ、まだお話ししません"
],
[
"え? すると君は、木村博士の死と首飾り事件と関係があると思うのか",
"ありますとも",
"どうして?",
"そのことは、まあ、あとでゆっくりお話ししましょう。とにかく、僕に、木村博士殺害現場捜査の許可を得てください"
],
[
"俊夫君、冗談を言ってはいけないよ。僕らは犯人を一刻も早く捜さねばならぬから、そんな質問には相手になっていられぬよ",
"そうですか。しかしこれが木村博士の死体か死体でないかを決めなければ、犯人は分からぬはずです",
"妙なことを言うねえ、看護婦さんたちは今朝までこの木村博士と一緒にいたのだし、だいいち写真と見比べたって分かるじゃないか"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 三巻六号、四巻一~二号」
1926(大正15)年7~9月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年8月12日作成
2011年4月2日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "048076",
"作品名": "紫外線",
"作品名読み": "しがいせん",
"ソート用読み": "しかいせん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「子供の科学 三巻六号、四巻一~二号」1926(大正15)年7~9月号",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-09-17T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
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"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕",
"底本出版社名1": "論創社",
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"入力者": "川山隆",
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} |
[
[
"実は、こちらでも捜しているのだが、むろん行く先は分からず、一年ほど前から、一度も寄りつかないそうで、生きているのか死んでいるのかすら分からないのだ",
"それは困りましたねえ、その甥に聞けば、老人の自殺する事情も分かるでしょうに、時に、この事件はまだ新聞には出ていないようでしたねえ?"
],
[
"どうも、いま聞いただけでは、さっぱり見当がつきません。死体はまだそのままにしてありますか",
"いいや、暑い時節だから、昨日の朝、ひとまず仮埋葬に付した",
"それはなおさら困りましたねえ。しかし、ここでとやかく考えていたとてわかる道理はありませんから、これからすぐ藤田家へ案内してくださいませんか"
],
[
"何だかこのごろ度々お薬を召し上がっていたようですが、元来が頑固な気性で、他人に病気だということを知らせともながって見えました",
"肺が悪いようなことはなかったですか",
"そんなことはなかったようです"
],
[
"それはあとで話します。それよりも、僕の言うとおりに、この事件を新聞に発表してくださいませんか",
"ああ、いいとも"
],
[
"実は瀬木さん、藤田さんは自殺なさったのではなく、殺されなさったのです",
"ええっ?"
],
[
"でも、新聞には自殺と決まったと書いてあったじゃありませんか",
"新聞記事は、たいてい出鱈目なものです"
],
[
"僕は一昨日の新聞を見なかったのです",
"嘘おっしゃい!"
],
[
"あなたはあの記事の中に、他殺の疑いがあって取り調べ中とあったから、顔を出さなかったのでしょう。ところが、今日、自殺と決まったと書いてあったから顔を出したのでしょう",
"違います、僕が殺したという証拠がどこにあるのですか。僕は一年ばかり叔父の家に顔出しをしなかったのです",
"ではその間どこにいましたか",
"どこにいたっていいではありませんか",
"それじゃ、たしかにあなたは、一年ばかり藤田さんに会わなかったのですか",
"会いませんとも"
],
[
"何を言うのです。叔父の遺言状はたしかに全財産を僕に譲ると書いてありました",
"ははは、とうとう白状しましたね"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「少年倶楽部 一四巻一一号」
1927(昭和2)年11月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年8月12日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048072",
"作品名": "自殺か他殺か",
"作品名読み": "じさつかたさつか",
"ソート用読み": "しさつかたさつか",
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"副題読み": "",
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"初出": "「少年倶楽部 一四巻一一号」1927(昭和2)年11月号",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-09-26T00:00:00",
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"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card48072.html",
"人物ID": "000262",
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"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2004(平成16)年7月25日",
"入力に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
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"テキストファイル最終更新日": "2011-04-30T00:00:00",
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} |
[
[
"は、はい",
"お前、御苦労だが、いつものとおり、本堂の方を見まわって来てくれないか"
],
[
"なんだ",
"今夜だけは……",
"ははは"
],
[
"実はなあ、お前はわしを徳の高い坊主だと思っているかもしれんが、わしは阿弥陀様の前では、じっとして坐っておれぬくらいの、破戒無慚の、犬畜生にも劣る悪人だよ",
"えッ?"
],
[
"わしはなあ、人を殺した大悪人だ。さあ、驚くのも無理はないが、お前がこの寺に来る前に雇ってあった良順という小坊主は、あれはわしが殺したのだ",
"嘘です、嘘です、和尚さま、それは嘘です。どうぞ、そんな恐ろしいことはもう言わないでください"
],
[
"和尚さま、どうぞ勘弁してくださいませ。わたしは死にたくありません、どうぞどうぞ、生命をお助けくださいませ",
"ふ、ふ、ふ"
],
[
"お前はそれほど生命がほしいのか",
"はい"
],
[
"それでは、お前の生命は助けてやろう。その代わり、わしの言うことをなんでもきくか",
"はい、どんなことでもします",
"きっとだな?",
"はい",
"そうならわしの人殺しを手伝ってくれるか",
"え?",
"お前を助ければ、その代わりの人を殺さにゃならん。その手伝いをお前はするか",
"そ、そんな恐ろしいこと",
"できぬというのか",
"でも",
"それならば、いさぎよく殺されるか",
"ああ、和尚さま",
"どうだ",
"ど、どんなことでも致します",
"手伝ってくれるか",
"は、はい",
"よし、それではこれからすぐに取りかかる",
"え?",
"これから人殺しをするのだ",
"どこで……",
"ここで",
"誰を殺すのですか"
],
[
"それではあの阿弥陀様を?",
"そうではない。あの尊像の後ろには、今、この暴風雨に乗じて、この寺にしのび入った賽銭泥棒がかくれているのだ。それをお前の身代わりにするのだ。さあ来い"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説集1」ハルキ文庫、角川春樹事務所
1998(平成10)年5月18日第1刷発行
底本の親本:「怪奇探偵小説集」双葉社
1976(昭和51)年2月発行
入力:大野晋
校正:しず
2000年11月7日公開
2005年12月11日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001456",
"作品名": "死体蝋燭",
"作品名読み": "したいろうそく",
"ソート用読み": "したいろうそく",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2000-11-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card1456.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "怪奇探偵小説集1",
"底本出版社名1": "ハルキ文庫、角川春樹事務所",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年5月18日",
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"校正に使用した版1": "",
"底本の親本名1": "怪奇探偵小説集",
"底本の親本出版社名1": "双葉社",
"底本の親本初版発行年1": "1976(昭和51)年2月",
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"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "大野晋",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"そうよ、わたし病院で予防注射を受けて居ましたの。あなたは注射をなすって?",
"いいえ、一回や二回の注射では駄目だということで、面倒ですからやめました"
],
[
"一回や二回ではきかなくても、十回もやれば、黴菌をのみ込んだって大丈夫だそうだわ。わたし、毎日一回宛十回ほど注射して貰ったのよ。あなただって、佐々木のように死にたくはないでしょう?",
"佐々木君が死んだときいてから、急に死にたくなくなりました"
],
[
"実は、この前御目にかかってから、自殺しようと思いました",
"どうして?",
"失望して",
"何を?",
"何をってわかってるじゃありませんか"
],
[
"そ、それでは敏子さんは……",
"佐々木に済まないけれど……"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「大衆文芸」
1926(大正15)年5月号
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年4月22日作成
2011年2月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048075",
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[
[
"人工心臓があるのですもの。ねえ、わたしが死んだら、すぐ人工心臓を取りつけて頂戴、わたしはきっと甦ります",
"そんなことを言っては悲しくなるじゃないか。気を大きくして居なくてはいかん",
"あなたこそ気を大きくして頂戴。折角、これまで実験を重ねて来たのですから、人間に実験しなくちゃ、何にもならないわ。わたしは兎で成功したときに、たとい病気にならないでも、わざと死んでわたしの身体で実験をして貰おうと決心したのよ"
],
[
"まあ、いいじゃないか……",
"よくないわよ。間に合わないと悲しいから、早く準備をして頂戴!"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「大衆文芸」
1926(大正15)年1月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年3月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "048071",
"作品名": "人工心臓",
"作品名読み": "じんこうしんぞう",
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"初出": "「大衆文芸」1926(大正15)年1月号",
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} |
[
[
"いいえ、僕は大野というものです。俊夫君の代理です",
"では恐縮ですが、俊夫さんに出てもらってください。重大事件ですから"
],
[
"僕、俊夫です。あなたはどなたです?",
"ああ、俊夫さんですか。たいへんです。今、こちらに人殺しがあったのです",
"何? 人殺しが? 誰が、どこで殺されたのです?",
"殺されたのは東京じゅうの人が誰でも知っている有名な人です",
"誰ですか?",
"誰だかあててごらんなさい"
],
[
"何? 君は僕を侮辱するのか",
"まあまあ、そんなに怒るなよ。君を有名にしてやろうと思って、わざわざこの夜中に電話をかけたのだよ。この事件を解決するなら、君は、日本は愚か、世界一の探偵になれるぜ。しっかりしてくれよ。いいか",
"君は誰だ?",
"俺か、俺は、君たちのいわゆる犯人なんだ。東京じゅうの人が誰でも知っている、その有名な人を殺した犯人だよ。分かったかい。だから、この俺を捕まえれば、君は世界一の名探偵になれるということだ。だが、おそらく、君の腕じゃ俺を捕まえることはむずかしかろう",
"何?",
"まあ、そのように憤慨するなよ。もう四五時間のうちに、君のところへ、その殺人事件の報告が行くよ。そうしたら、この俺を一生懸命に捜しにかかるんだよ。分かったかい、しっかりやれよ。じゃ、さようなら"
],
[
"こういう時は、考えていたとて無駄だ。それよりも事件の発展するのを待とうよ",
"では、君は事件が発展すると思うのか。あるいは単なる悪戯ではないだろうか",
"人殺し云々は嘘かもしれぬが、近藤という家へ覆面の盗賊の入ったのは事実らしい。それを取り調べるだけでも面白いのだ"
],
[
"小石川区春日町の殺人事件で来てくださったでしょう?",
"え? どうして君は知っている? では、君の方へも通知があったか?"
],
[
"ゆうべ、僕は宿直だったが、二時頃に電話がかかって、春日町一丁目の空家に人が殺されているから、すぐ出張してくれというのだよ。そのまま先方は電話を切ってしまったので、たとい悪戯であるとしても、捨ててはおけぬので、二人の部下をつれて、行ってみると果たして空家があり、中へ入ると、やっぱり本当だったよ",
"殺されたのは誰です?",
"殺されたのは、T劇場の女優川上糸子さ",
"ええッ、川上糸子が?"
],
[
"川上糸子の死骸は今どこにありますか",
"君に現場を見せるつもりで、春日町一丁目の空家にそのまま置いてあるよ",
"誰か番をしておりますか",
"部下の刑事が二人番をしている",
"あなたが役所に引きあげられたのは何時頃でしたか",
"四時頃だったと思う",
"それから今まで、ずっと刑事さんたちが番をしているのですね?",
"そうだ",
"そりゃ、愚図愚図しておれません",
"なぜ?"
],
[
"さっき、川上糸子は毒殺されたものらしいとおっしゃいましたが、たしかに毒殺の形跡がありましたか",
"ざっと調べたばかりだから分からぬが、別に血は流れていないし、また絞殺された様子もないから、毒殺だろうと思ったのさ",
"あの名刺には、僕の名と進呈という文字の他に、名刺の持ち主の名が書いてあったようにおっしゃいましたが、それを覚えておいでになりますか",
"さあ、それがさっきから、どうも思い出せないのだ。たしかに今まで聞いたことのない名で、はじめの一字は『山』だったと思う",
"山本信義というのではありませんか",
"あッ、そうだ。きっとそうだった。君はその男を知っているのか",
"知っているどころか、実は先達て川上糸子が首飾りを盗まれたとき、僕は探偵を依頼されて、山本が持っていることを知り、山本の手から首飾りを取りかえしたのですよ。事はいわば内済になりましたが、そのために山本は職を失いました",
"すると、そのことをうらみに思って、その山本というのが、川上糸子を殺し、死骸を君に進呈すると書いたのだろうか",
"さあ、それはどうだかまだ分かりません",
"さっき君は、僕の尋ねる前に、すでに春日町で人殺しのあったことを知っていたようだが、それはどうして分かったのか",
"ああ、そうでしたねえ。それを話す約束でしたねえ"
],
[
"その電話をかけた男の声が、いま君の話した山本ではなかったかね?",
"さあ、山本の声をよく覚えていないし、それに電話の声は普通の声と変わるものだからはっきりしたことは分かりません"
],
[
"Pのおじさん。川上糸子はどんな服装をしておりましたか",
"洋装で、毛皮の外套を着ていたよ",
"川上糸子だというたしかな証拠がありましたか",
"そりゃ、もう一目ですぐ分かった"
],
[
"どう思うって、まだ何とも分かりませんよ。事によると、川上糸子は、本当に死んだのではなく、仮死に陥っただけかもしれません。しかし、それは僕の想像にすぎません",
"これから君は、どういう風に捜索の歩をすすめてゆくのか",
"まず、美容術師の近藤つね方を訪ねようと思います",
"その間に、犯人たちは高飛びしやしないだろうか",
"大丈夫です。もし川上糸子が本当に死んでいたならば、死骸を捨てて逃げないとも限りませんが、仮死に陥ったものとすると、正気に復するのを待って連れて逃げるでしょうし、逃げるにはなるべく目立たぬ工夫をするでしょうから、けっしてその方の手配りを急ぐ必要はありません。それよりも美容術師を訪ねた方がきっと効果があると思います"
],
[
"いいえ、別に何も盗まれはしなかったようでございます。あなたからお電話をいただいたので、方々を検べましたが、何も失っておりません。それどころか、盗賊は小さなガラス罎を落としてゆきました",
"え? ガラス罎?"
],
[
"これは、たしかに盗賊が落としていったものですか",
"はあ、うちでは色々の化粧水や薬品を使いますから、はじめは、うちの罎かと思いましたが、よく検べてみると違っております。多分、私たちのどちらかが抵抗したとき、覆面の曲者が落としたものと見えます。ちょうど、私たちの枕もとに転がっておりました"
],
[
"その横文字は何という意味かね?",
"これですか、これはゲルセミウムという毒物です。ゲルセミウムという植物の根にある一種のアルカロイドで、アルコールによく溶けます。ストリヒニンと同じく、非常に苦い味を持っていまして、薬剤としては神経痛などに用いられますが、それよりもこの毒は一種の不思議な作用を持っているのです",
"不思議な作用とは?"
],
[
"すると、そのゲルセミウムは人間を仮死の状態に陥らしめるのだね?",
"そうです。知覚神経にも運動神経にも強く作用しますから、これを飲みすぎれば死んでしまいますが、適当の分量をのめば、一見死んだように思われて、その実、後に生きかえることができるのです",
"ふむ"
],
[
"そうすると、あの川上糸子の死体も、殺されたように見せかけただけだろうか",
"さあ、僕は実際に見なかったから何とも言えないのですが、斬られたのでもなければ、絞殺されたのでもなく、しかも死体が紛失したのですから、先刻も、川上糸子が仮死に陥ったのではないかしらと申しあげたのです。ところがこのゲルセミウムの罎を見て、どうやら、僕の推定が確実になったような気がします"
],
[
"実は、川上糸子がこの先の二丁目の空家で殺されていたのです",
"ええっ!"
],
[
"川上糸子とおっしゃるのは、あの女優の川上さんのことでしょう?",
"そうです",
"それは何かの間違いではありませんか",
"今このゲルセミウムの罎が発見されたので、あるいは殺されたのでないかもしれません",
"いいえ、それを言うのではありません。殺されたにしろ、殺されたのでないにしろ、その女は、川上糸子さんではなく、もしや人違いではありませんか",
"それはたしかに川上糸子でした",
"でも、川上さんは、いま、伊豆山の温泉にみえるはずです"
],
[
"え? それは本当ですか",
"もとより確かなことは言えないですけれど、実は昨日、川上さんから絵ハガキが来たのでございます。それに、年内は帰京しないと書いてありました"
],
[
"なるほど、一昨日出した手紙ですねえ。それにこれはたしかに川上糸子の筆跡です。川上糸子とあなたとはお近づきなのですか",
"はあ、川上さんは一週間に一度か二度は必ず美容術を受けに見えます。近頃は銀座あたりに二三美容院ができましたけれど、あちらは知った人によく会うので、うるさいと言って、こちらへお見えになりました",
"最後に川上糸子がこちらを訪ねたのはいつでしたか",
"伊豆山へ行かれる前日でしたから、今から十日ほど前です",
"伊豆山からハガキが度々きましたか",
"いいえ、それ一本きりです"
],
[
"そうおっしゃれば、四五日前に、川上さんと同じ年輩ぐらいの人が、美容術を受けに来て、川上さんのことを色々尋ねておりました。でも一体に女の人は他人のことを聞きたがりますから、その時は、別に怪しいとも何とも思っておりませんでした",
"どんなことを尋ねましたか",
"どんなことといって、はっきり思い出せませんが、根掘り葉掘り色々のことを聞きました",
"その女はどんな風をしていましたか",
"わたしはやっぱり女優か何かでないかと思いました"
],
[
"何のために?",
"さあ、それはよく分かりませんが、あるいは単に、彼ら誘拐団の威力を示して、警察をからかうつもりだったかもしれません",
"君のところへ電話をかけたり、糸子の死骸の上に君宛ての名刺を置いたりしたのも、やはり君をからかうためだったろうか"
],
[
"そうよ、兄さん。僕は久しぶりに旅行がしたくなった。これからすぐ東京駅へ行こう。今夜は帰れないかもしれないから、うちへ電話をかけておいてくれ",
"こちらは、どういう手配をしたらいいだろうか"
],
[
"糸子のにせ物が相州屋にいる間は、誘拐団は逃げはしますまい",
"君、本当に、それは糸子のにせ物だろうか",
"にせ物でなくて、本物だったら何も心配するには及びません。先刻、近藤方での話によると、四五日前に川上糸子と同じ年輩の女優らしい女が、美容術を受けに来て、色々糸子のことを尋ねたということですから、伊豆山にいるのは、多分その女だろうと思います"
],
[
"いや、まだ分からん。しかし、多分、これを解けば、きっと重要な手掛かりが得られるだろう。さあ兄さん、これから温泉へつかって湯滝を浴びようじゃないか",
"え? 温泉につかる?"
],
[
"にせ物の川上糸子が逃げた以上は、誘拐団も逃げてしまうじゃないか",
"だって誘拐団のいどころが分からなくっちゃ、捕まえようがないではないか。温泉につかるのは、この暗号を考えるためだよ。湯滝にでも打たれたら、きっと、いい考えが浮かぶと思うんだよ"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 六巻一~五号」
1928(昭和3)年1~5月号
入力:川山隆
校正:小林繁雄
2005年11月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045651",
"作品名": "深夜の電話",
"作品名読み": "しんやのでんわ",
"ソート用読み": "しんやのてんわ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「子供の科学」1928(昭和3)年1~5月号",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2005-12-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card45651.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2004(平成16)年7月25日",
"入力に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "小林繁雄",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/45651_ruby_20137.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2005-11-23T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/45651_20517.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-23T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"栄吉さんは富三さんといっしょに家出したというんですか?",
"そうですとも、そそのかされたんですよ",
"もしそうだとすると、富三さんの殺されたことを栄吉さんは見ているはずです",
"そんなこと分かるものですか"
],
[
"何を!",
"頭蓋骨!",
"そりゃ大変だ!"
],
[
"とうとうやってきたな!",
"えっ?"
],
[
"来るなら、今夜あたりだと思った!",
"誰が?"
],
[
"頭蓋骨が目当てなんだから、他のものは盗ってゆかぬよ",
"君はそれを知っていたのか?",
"そうだ、実は泥棒を呼び寄せたんだ",
"え? どうして?",
"どうしてって、兄さん、分かってるはずじゃないか。新聞にあのように大袈裟に書いてもらったのは、この泥棒を呼び寄せるつもりだったよ",
"何のために呼び寄せたのだい?"
],
[
"何にするんだい?",
"これで眼と頭の毛をこしらえるんだ。義眼は銀座で買い、頭の毛は角の床屋で貰った",
"すると生きたとおりの顔にするのか?",
"そうだ、よく呉服屋の飾窓に並べてある蝋鈿工の人形のようにするんだ",
"しかし、義眼は四つもいらぬだろう?"
],
[
"このうちからよくあうのを選ぶんだよ",
"で、いつできあがるんだい",
"今日の四時頃!",
"え、本当か?",
"そうとも、だから兄さん、Pのおじさんに四時にここへ来てくださるよう電話をかけてくれ"
],
[
"兄さん、今日は一働きしてもらうよ",
"何だい?",
"このあいだの夜、ここへ来た泥棒を捕まえるのさ",
"え? 泥棒? どこにいる?",
"今日、藤屋デパートへ来るはずだよ"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 二巻一〇~一二号」
1925(大正14)年10~12月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年8月12日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048070",
"作品名": "頭蓋骨の秘密",
"作品名読み": "ずがいこつのひみつ",
"ソート用読み": "すかいこつのひみつ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「子供の科学 二巻一〇~一二号」1925(大正14)年10~12月号",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-09-26T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card48070.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2004(平成16)年7月25日",
"入力に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/48070_ruby_39280.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2011-04-30T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "1",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/48070_40210.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-04-30T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"いやもう、まったく御話しにならぬような馬鹿々々しいことです。私は小学校を出るなり、東京のI中学にはいりましたが、中学を卒業すると、陸軍士官学校を志望したのです。ところが、身体検査で見ごとにはねられました。……",
"あなたのようないい御体格の人が? どこかお悪かったのですか?",
"いいえ、それがまったく、つまらぬことなのですよ。で、その翌年、再び志願しましたところ、今度は別の原因で又もや見ごとにはねられました。それからもう、軍人になることは断念して商人になってしまいました"
]
] | 底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「キング」
1927(昭和2)年6月号
初出:「キング」
1927(昭和2)年6月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046680",
"作品名": "体格検査",
"作品名読み": "たいかくけんさ",
"ソート用読み": "たいかくけんさ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「キング」1927(昭和2)年6月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-11-03T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card46680.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "探偵クラブ 人工心臓",
"底本出版社名1": "国書刊行会",
"底本初版発行年1": "1994(平成6)年9月20日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "キング",
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"底本の親本初版発行年1": "1927(昭和2)年6月",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/46680_ruby_28048.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-08-21T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-08-21T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"たった一人、怪しい男があるのだよ。名は小野龍太郎というのだがね、他の社員の昨夜の行動は、全部明らかになったのだが、小野龍太郎の、七時から九時までの行動がどうしても分からないのだ。彼は散歩していたと言うけれど、その証拠をあげることができないのだ。もっとも凶行は九時半に行われたのだから、彼を疑う理由がないと言えば言えるけれど……",
"しかし、時計の針は任意に動かすことができるんですから、凶行が必ずしも九時半に起こったとは言えないじゃありませんか"
],
[
"壊れた時計はそのままになっておりますか",
"そのままにしてある。ガラスの破片なども、手を触れぬように命じておいた",
"その小野というのはいま警視庁に引っ張ってありますか",
"嫌疑の晴れるまでとどめておくつもりだ",
"小野に佐久間さんの死体を見せはしますまいね?",
"むろん見せやしない"
],
[
"小野さんたいへんご迷惑でしょう。時に、佐久間さんは昨日会社でいつもと違った怪しい素振りをして見えなかったでしょうか",
"別にいつもと変わっておられなかったようです",
"昨日佐久間さんはどんな服装をして見えましたか",
"モーニング・コートを着ておいでになりました",
"そうですか"
],
[
"え? 誰だい?",
"もちろん、この小野さんです"
],
[
"あなたは昨夜、七時から九時までを散歩したとおっしゃったそうですが、それは嘘です。あなたはたしかに、昨夜佐久間さんを訪ねました",
"どうしてそれが分かるのかね?"
],
[
"たとい夜分、僕が訪ねたとしても、凶行は九時半に行われているというじゃないか。僕は知らん、僕は知らん",
"多分そうおっしゃるだろうと思いましたよ"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「少年倶楽部 一四巻七号」
1927(昭和2)年7月号
※表題は底本では、「玉振《たまふり》時計の秘密」となっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年8月12日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "048069",
"作品名": "玉振時計の秘密",
"作品名読み": "たまふりどけいのひみつ",
"ソート用読み": "たまふりとけいのひみつ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「少年倶楽部 一四巻七号」1927(昭和2)年7月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-09-26T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card48069.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2004(平成16)年7月25日",
"入力に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"底本の親本名1": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "門田裕志",
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"テキストファイル最終更新日": "2011-04-30T00:00:00",
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"テキストファイル修正回数": "1",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"え? 本当か? なぜ姉さんは自殺したのだ?",
"書置がなかったからわからぬが、子のように育てた妹に死なれた悲哀の結果か、或いはだね、姉さんが段梯子に椿油でも塗って……",
"まさか?",
"そうでないかも知れんさ、そこは、君の腕次第でどうにでも書けるじゃないか? 僕はただ題材を提供しただけだ、実は、その見あいをした青年というのが僕自身で、爾来十年、僕は、段梯子に恐怖を感ずるばかりか、見あいそのものにも一種の恐怖を感ずるようになったよ。……"
]
] | 底本:「「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2」光文社文庫、光文社
2000(平成12)年4月20日初版1刷発行
初出:「探偵趣味」
1926(大正15)年2月号
入力:鈴木厚司
校正:土屋隆
2004年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "043609",
"作品名": "段梯子の恐怖",
"作品名読み": "だんばしごのきょうふ",
"ソート用読み": "たんはしこのきようふ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「探偵趣味」1926(大正15)年2月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2004-12-27T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card43609.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2",
"底本出版社名1": "光文社文庫、光文社",
"底本初版発行年1": "2000(平成12)年4月20日",
"入力に使用した版1": "2000(平成12)年4月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2000(平成12)年4月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "鈴木厚司",
"校正者": "土屋隆",
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"テキストファイル最終更新日": "2004-12-05T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"あさ子、何をする",
"お父さん! わたしくやしい"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「現代」
1926(大正15)年7月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年4月26日作成
2010年11月8日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048068",
"作品名": "血の盃",
"作品名読み": "ちのさかづき",
"ソート用読み": "ちのさかつき",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「現代」1926(大正15)年7月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-05-11T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card48068.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2002(平成14)年2月6日",
"入力に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
"校正に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "宮城高志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/48068_ruby_38061.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2010-11-08T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "2",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/48068_39012.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2010-11-08T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "2"
} |
[
[
"はあ",
"どんな"
],
[
"それで、鑑定の事項は?",
"三ヶ条です。第一は胃腸の内容から、死の起った時間を決定すること。第二は現場及び遺書の血痕が自然のものか、又は人工的に按排された形跡があるか否や、第三はピストルが、どれほどの距離で発射されたかと言うのです",
"その遺書をそこに持って居るかね?"
],
[
"福間君。緑川の自白したことを、まだ北沢未亡人には告げないだろうね",
"告げません",
"よし、それではこれからすぐ出かけよう"
],
[
"さあ、眼をつぶって微睡して居る様子をして下さい。僕がその時のあなたの役をつとめます。よろしいか。そら、ドンとピストルを打った。そこで北沢さんはどうしましたか",
"何しろ興奮して居たから、こまかい動作はよく覚えて居りません。たしか、こういう風に立ち上ったと思います。それから、たしか身体を、こう捩じて、下へたおれ、こう言う風に横わりました"
],
[
"横わった時の姿はそれに変りはありませんか",
"それはたしかに記憶して居ります",
"よろしゅう御座います。元の部屋へお帰り下さい"
],
[
"涌井君。君は昨日北沢家へ調べに行った時、福間警部に北沢がどんな風に死んだかを演って見せたね",
"はあ",
"そうだろうと思った"
],
[
"福間君。白状というものは、こちらから教えてさすべきものでないよ。むこうの言うことを黙ってきけばいゝのだ",
"緑川が何か言いましたか",
"いま緑川に実演させたら、君が教えたとおりにやったゞけで本当のことをやらなかったよ。あんな飛び上り方なんて、まったく嘘だ。たゞ、横わってからは本式だった。本人も、飛び上ってから、身体を捩じてたおれるまでは、どうも興奮してよく覚えて居りませんと言いながら、横わった姿だけはっきり覚えて居るんだ。緑川の自白は虚偽だよ",
"それでは何故そんな虚偽の自白をしたのでしょう",
"それは、あとでわかるよ。未亡人をつれて来てくれたまえ"
],
[
"あなたは、御主人が自殺された日、何時に用たしから御帰りになりましたか",
"五時半頃だったと思います",
"そうではないでしょう。四時か四時半頃だったでしょう",
"いゝえ、たしかに五時……",
"本当のことを言って下さい。こちらには何もかもわかって居るのですから",
"……………………",
"あなたは、四時頃に帰って死骸を発見し、びっくりして緑川さんのところへかけつけ、それから緑川さんをよんで来て、二人でとくと相談して、はじめて警察へ御知らせになったでしょう",
"いえ……",
"だから、緑川さんは、あなたが御主人を殺しなさったにちがいないと思いこみ、あなたをかばうために、今日、自分が殺したのだといって白状されましたよ"
],
[
"それは本当で御座いますか。それでは何もかも申し上げます。まったく仰せのとおりで御座います。緑川さんが殺したのでもなく、また私が殺したのでもありません。私が四時に帰ったとき、すでに良人は死んで居りました。そうして私は一時に家を出て、それまで緑川さんのところに居たので御座います",
"よろしい。あなたの今言われたことを真実と認めます"
],
[
"昨日、僕は立入ってはきかなかったが、一たい北沢事件の今度の再調査は、警察へ来た無名の投書がもとになったというではないかね",
"そうです",
"君は、その投書について調べて見たかね",
"いゝえ、投書はありがちのことですから、別に委しいことは検べませんでした",
"その投書はまだ保存してあるだろうね",
"あります、持って来ましょうか"
],
[
"先生、それでは、北沢氏自身が、二人を罪に陥れるために、そのような奸計をめぐらしたのでしょうか",
"それならばもっと他殺らしい証拠を作って然るべきだ",
"他殺らしい証拠を作っては却って観破される虞があるから、投書の方だけを誰か腹心の人に預けて置いて、あとで投函してもらったのではないでしょうか。現に、遺書を自作にしなかったのも、やはり、深くたくんだ上のことではないでしょうか",
"そうかも知れない。けれど、北沢という人が、果してそういうことの出来得る人かしら。とに角、夫人にきいて見なければわからない"
],
[
"この遺書を御主人が書かれたのは、いつ頃のことですか",
"たしか、死ぬ二十日程前だったと思います",
"どこで書かれましたか",
"それは存じませんが、ある晩私にそれを見せて、もうこれで、遺書が出来たから、いつ死んでもよいと、冗談を申して居りました",
"すると、自殺をなさるような様子はなかったのですか",
"少しもありませんでした。平素比較的快活な方でしたから、まさかと思って居りました",
"ピストルはいつ御買いになりました",
"その同じ頃だと思います。強盗が出没して物騒だからといって買いました",
"御主人は平素巫山戯たことを好んでなさいましたか",
"何しろわがまゝに育った人で、たまには巫山戯たことも致しましたが、時にはむやみにはしゃぐかと思えば、時にはむっつりとして二三日口を利かぬこともありました",
"御主人には、親しい友人はありませんでしたか",
"なかったと思います。元来お友達を作ることが嫌いで御座いまして、自分の関係して居る会社へもめったに顔出し致しませんでした。たゞM――クラブへだけはよく出かけました",
"M――クラブというと?",
"英国のロンドンに居たことのある人たちが集って組織して居る英国式のクラブで、丸の内に御座います"
],
[
"単に警察に投書があったというだけなら、無論詮索する必要はないのだ。又、たとい、死んだ本人の自筆の投書であっても、これまたさほど珍らしがらなくてもよいことだ。世の中には随分悪戯気の多い人もあるから、大に警察を騒がせて、草葉の蔭から笑ってやろうと計画する場合もあるだろう。また、遺書が自作の文章でなくて、他人の引き写しであってもこれも、別に深入りして詮索するに及ばぬことだ。こうした例はこれまでにもなか〳〵沢山あった。ところがこの二箇の、詮索を要せぬ事情が合併すると、そこに、はじめて詮索に価する事情が起って来るのだ。この場合自殺者が、遺書と投書とを同じ時に書いたということは、少くともある目的、而も、たった一つの目的のために書かれたことになる。従って、その目的を詮索する必要が起って来るのだ",
"その目的はやはり、夫人と愛人とを罪に陥れるためではなかったでしょうか",
"それならば、もっと他殺らしい証拠を造って然るべきだ",
"それでは、単なる人騒がせのための悪戯でしょうか",
"悪戯としては考え過ぎてある。現にこの投書は、今少しのことで捨てられてしまうところだった。この投書を見なかったならば、僕もこのように興味を持たない筈だ"
],
[
"これは暗号で御座いますか",
"理由は君が帰ってから話す"
],
[
"無理もない。今どきニーチェなどを語るのは物笑いの種かも知れぬが、若しそれが天才の仕事であるならば、たとい非人道的であっても、君は許す気にはならぬかね",
"さあ、そうですね……",
"いきなり、こう言っては君も返答に迷うであろうが、近頃はよく民衆の力ということが叫ばれて居るけれど、少くとも科学の領域に於ては、幾万の平凡人も、一人の天才に及ばぬことを君は認めるであろう",
"認めます",
"そうして、科学なるものが、人間の福利を増進するものである以上、科学的天才の仕事が非人道的であっても、君はそれを許す気にならないか"
],
[
"もっとよく考えて見なくてはわかりませんが……",
"その肯定が出来なくては、君に先刻の約束どおり、説明を行うことが出来ぬ"
]
] | 底本:「日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集」創元推理文庫、東京創元社
1984(昭和59)年12月21日初版
1996(平成8)年8月2日8版
初出:「新青年」
1929(昭和4)年5月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:網迫、土屋隆
校正:川山隆
2005年11月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001459",
"作品名": "闘争",
"作品名読み": "とうそう",
"ソート用読み": "とうそう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新青年」1929(昭和4)年5月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2005-12-22T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card1459.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本探偵小説全集1 黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集",
"底本出版社名1": "創元推理文庫、東京創元社",
"底本初版発行年1": "1984(昭和59)年12月21日",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)年8月2日8版",
"校正に使用した版1": "1994(平成6)年3月4日7版",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "土屋隆",
"校正者": "川山隆",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/1459_ruby_19474.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2005-11-24T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/1459_20558.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-24T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"それでは解剖に附しましょうか?",
"その方がよいでしょう"
],
[
"これで、机や金庫を一応しらべて呉れたまえ",
"窃盗の有無を見るのですか",
"窃盗とは考えられぬが、とにかく珍しいものがあったらそういってくれたまえ"
],
[
"昨晩大原さんはお店を何時ごろ出られたでしょうか",
"十時ごろだったろうと思います",
"いつもそんなに遅くなりますか",
"いいえ、昨日は特別に仕事が沢山あったのです",
"大原さんは一人で店を出られましたか?",
"女の店員と一しょでした",
"何という名ですか?",
"中島せい子さんといいます"
],
[
"中島さん一人です",
"中島さんはいつから雇われていますか?",
"まだ十日たちませんが、主人は大へん気に入っていました",
"下宿は何処ですか?",
"日本橋ですが、委しい番地は知りません。店へ行けばわかります。もうかれこれ出勤している時分でしょう"
],
[
"谷村さんなら、店の品物を作ってくれる細工師です",
"お店で細工するのですか?",
"いえ、自宅で職人をつかってやって居ます",
"何処に住んでいますか?",
"京橋ですが、番地は忘れました",
"奥さんはありましょうね?",
"ありましたが、二週間ほど前に急病でなくなりました。その後、谷村さんは店へちっとも来なくなりました",
"奥さんはお店に関係ありませんでしたか",
"以前やはり店員でしたが、縁あって出入りの谷村さんと結婚しました",
"それはいつのことですか",
"去年の十月だったと思います",
"有難う御座いました。どうかあちらで一ぷくおやり下さい"
],
[
"この写真はどなたですか?",
"先年なくなられた大原の奥さんです"
],
[
"机の中にも、金庫の中にも、別にこれというものはありません",
"それじゃ運搬人の来ない先に、死体の指紋を採ってくれたまえ"
],
[
"かたみにしては、汚れた手袋のかたしなどおかしいよ。もっと適当な解釈があるだろう",
"それじゃ大原は変態性慾者だったでしょうか?",
"そう考えた方が至当だ。異性の所持品や毛髪を集めたがる人間を索物色情狂というが、大原にもそういう変態性慾があったのだろう。だが待ちたまえ"
],
[
"沢山の女から切り集めたのではないでしょうか?",
"いや、みんな同じ人の毛だ"
],
[
"この毛とこの束の毛とはちがいますね?",
"全くちがう",
"何だか、今度の犯罪は変態性慾が中心となって居るようですねえ。あの咬傷も作虐色情狂のつけたものではないでしょうか?",
"そうかもしれない",
"では大原は断髪の店員に噛まれたのでしょうか",
"それは、その女に逢って訊問して見ねばわからない。だが君、あのクロロフォルムの罎をどう考える!",
"大原がこの手巾を握って居ましたから、大原はこれで女を麻酔させようとしたのでしょう",
"女を麻酔させて自分が女に咬み殺されるとはおかしいねえ",
"では、麻酔をかけたのは女の方でしょうか?",
"けれど手巾は大原が握っていた",
"恐らく麻酔をかけて咬みころし、警察の眼をくらませるために、手巾を大原の手に握らせたのでしょう"
],
[
"では第三者を考うべきですか?",
"どうもそれが妥当なようだね",
"すると、第三者は女との共犯者ですか?",
"さあ、普通、変態性慾を中心とする犯罪には、滅多に共犯はないものだ。それに二人がかりならば何もわざわざ咬みついて殺す必要はなかろう"
],
[
"大原の持っていた手巾を君はどう説明する? 仮りに断髪の女が大原に麻酔をかけたとしても、その手巾は別の女のものじゃないか",
"手巾はやはり大原の持っていたものでしょう。大原は索物色情狂ですから、以前その女が店員をしていた頃、取ったのでしょう",
"けれど、タニムラと縫ってあるから、女の結婚後に取ったことになる。……いや君、この事件は意外に複雑だよ"
],
[
"昨夜あなたは大原さんと一しょに店を出られたそうですね?",
"はあ",
"それから大原さんのお宅へ一しょに行かれたでしょう?",
"いえ、途中で別れました",
"何処で別れましたか?",
"大原さんは銀座の星村薬局へ寄られましたので、私はそこでお別れして、それからF館の活動写真を見て帰りました"
],
[
"何故あなたはおかくしになるのです?",
"かくしは致しません",
"でも、あなたが大原さんのところへ行かれた証拠があります",
"え?"
],
[
"あなたは大原さんの店へ来られる前に、何処に居ましたか?",
"大阪です",
"御両親は?",
"母が一人先達まで生きて居ましたが、死んでからすぐ私は上京しました",
"誰の紹介で大原さんの店へはいりました",
"新聞広告を見て直接お目にかかりに行って雇ってもらいました",
"大原さんのお宅へは昨夜初めてお行きになっただけですね?",
"ええ、いえ、まだ一度も行ったことがありません",
"よろしい。あとでもう少しおたずねしたいことがありますから、あちらで待って居て下さい"
],
[
"ええ、今年になって少し呼吸器を害しましたから",
"そうですか、金銀の細工をなさる人はよく冒されるとききました。それに近頃、奥さんがなくなられたそうです。尚更お疲れでしょう?",
"そうです",
"奥さんのなくなられたのは何日でしたか?",
"昨日で二七日です"
],
[
"居りました",
"大原さんは、女のことであまり評判がよくなかったそうですねえ?"
],
[
"そんなことは、死んだ妻の手前、お答えしたくありません",
"御尤もです。いえ、ただ大原という人の性格をよく知って置かねばならぬので、おたずねしただけです"
],
[
"何故、中島せい子の指紋を、同じようにお取りになりませぬでしたか?",
"僕は中島がクロロフォルムを使ったとは思わぬよ",
"でも、罎の指紋が大原のでないとすると、中島のかも知れません",
"そこだよ君、この事件の難点は、とにかく鑑識課の鑑定を待とう",
"何故、大原の握っていた手巾を谷村にお見せにならなかったですか",
"その必要がないからさ、手巾は谷村夫人のものに間違いないよ。けれど、時機が来れば、見せるつもりだ"
],
[
"それでは、谷村も昨晩、大原の……",
"そうだ、これで第三者の存在がわかった。けれど、それがため事件は愈よ面倒になった"
],
[
"どうも今の法医学はいつもいう通り歯痒いものだねえ。死因はわかっても、死体の生前の秘密はわかりにくいからね。警察医の言った通りの鑑定で、咬傷はやはり女の歯でつけられたものだということだ。然し、大原の生前の秘密も大たいは見当がついた。兎に角これで中島せい子の口をあけることが出来るつもりだ",
"それは何ですか?",
"今にわかるよ。中島を連れて来たまえ"
],
[
"中島さん、随分お待たせしました。いよいよあなたに白状して貰わねばなりません",
"何をですか?",
"あなたは昨夜たしかに大原さんと一しょに、大原さんのうちへ行きました",
"そんなことはありません",
"どうしてもお話しにならねば犯人被疑者として残って貰います"
],
[
"と仰しゃると?",
"どこまでも知らぬと言い通します",
"では知っておいでになるのですか?",
"何をです?",
"大原さんの殺されなさった有様を!",
"そんなこと知るものですか",
"あなたは昨晩大原さんに麻酔をかけられなさったでしょう?"
],
[
"あなたはそれから大原さんに暴行を加えられたと思って居られるでしょう?",
"…………嘘です、嘘です",
"では申しますが、大原さんは此二三年、病気のために、そういうことの出来ぬ身体だったのです。あなたに麻酔をかけたのは、あなたの髪の毛を切るつもりだったのです"
],
[
"本当にそうですか?",
"本当ですとも。医学上立派に証明されました!",
"では何もかも申します",
"話して下さいますか?",
"大原は私の父です!"
],
[
"有難う御座いました。もうお帰りになってもよろしいが、もし、御父さんを殺した犯人をお知りになりたければ、夕方まで居て下さい",
"居ります"
],
[
"そうだよ、咬傷のことを考えて見たまえ。咬傷は女の歯によって出来たのだ。………時に朝井君、谷村の家には仏壇があるかね?",
"小さい仏壇がありました",
"仏壇の道具などはお手のものできれいだろうね?",
"大へんきれいでした。新ぼとけですから、香が盛んにたいてありました",
"ではこれから僕は一寸その仏壇に参詣して第四者に逢い、出来るなら犯人たる第四者を連立って来よう"
],
[
"谷村さん、ゆうべあなたは大原さんをたずねましたね?",
"冗談じゃありません。私は活動写真を見に行きました",
"あなたは大原さんの死なれるところを見て居たでしょう?",
"そんなことがあるものですか",
"本当に知らぬと仰しゃるのですか?",
"だって、大原さんをたずねる理由がありません",
"あなたはなくても奥さんにありましょう",
"え?",
"その証拠があります",
"証拠とは?"
],
[
"糖尿病にはよく性交不能が伴うからねえ。それに性交不能になるとよく、索物色情狂があらわれるそうだから、僕は大原の死体で性交不能を証明出来ぬかと思って、村山教授にたずねに行ったのだ。ところが残念にも今の法医学ではそれを的確に証明することは出来ぬそうだ。だが、あれまでに調べあげた所から、僕は少くともそう断定してもかまわぬ、いやそう断定したいと思ったのだ。大原が女に麻酔をかけるのは、女に知られぬようにその毛を切ろうとしたのだ。かためて切っては気附かれるから二三本ずつ切ったのだ。それにはどうしても麻酔剤を使う必要がある。大原は索物色情狂としてはまだ初歩なんだよ。恐らく糖尿病と同時に変態性慾も起ったのだろう。谷村夫人は髪が乱れて居たので、身を汚されたと思ったのだが、大原の手では一旦解いた髪をもとのとおりに結ぶことはむずかしいからね。手箱の髢は恐らく谷村夫人のだろう。手巾もそのときに取ったのだろう。女に麻酔をかけれゃ、女の方では暴行されたと思うぐらい大原にもわかって居ただろうから、むしろいきなりとびついて髪の毛をはさみ切った方が却ってよさそうだが、其処が変態性慾者の心のはかりがたいところだろう",
"谷村にも大原の性交不能のことを話して安心させたらどうでしょう",
"確証がある訳でないから止めて置こう。夫人はもはや死んで居らぬし、谷村の復讐を遂げたという安心を今更攪きみだしたくないからね。せい子さんに確証だと言ったのは、せい子さんにとって確証であってほしいだろうと思ったからさ。僕はせい子さんが、ただ汚されたということだけを恥じて物を言わぬのだろうと察したが、大原がせい子さんの父だとは夢にも思わなかった",
"仏壇参詣は無論歯骨を捜しに行かれたのですね?",
"そうよ、第四者と言ったのはそれだ。女の咬んだ傷だという以上、谷村夫人の歯を考えるのが至当じゃないか。仏壇にあった骨袋を調べたら、奥歯ばかりしかなかったので、愈よ推定が当った訳だ。さすがに谷村も、人の血で汚された歯骨をもとの所へ置く気にならなかったのだろう。だから第四者即ち咬傷を作った歯の引致が出来なかったのさ",
"あの最後の言葉を仰しゃったとき、僕ははじめちょっと面喰いましたよ",
"だが谷村にはピンと響いたのだろう。大切な秘密だからねえ。いや女の一念も恐しいが、肺病にかかった男の一念もなかなか恐しいものだねえ……"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「女性」
1925(大正14)年7月
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年5月20日作成
2011年2月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"だって……",
"いえ、御不審は尤もです。私は治りたいと思って、このできものを取って頂くのではありません。私の右の肩に陣取って、半年の間、夜昼私をひどい責め苦にあわせた、にくい畜生に、何とかして復讐がしてやりたいのです。先生の手で、この畜生を、私の身体から切離して頂くだけでも満足です。けれど、出来るなら、自分の手で、思う存分、切りさいなんでやりたいのです。その願いさえ叶えて下さったら、私は安心して死んで行きます。ね、先生、どうぞ御願いします、私の一生の御願いです"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「新青年」博文館
1926(大正15)年3月号
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年3月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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] | 底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
初出:「新青年」博文館
1927(昭和2)年11月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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