chats
sequence | footnote
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3.16k
| meta
dict |
---|---|---|
[
[
"でも、おかしいじゃありませんか、他人の靴をはいて、それに気がつかぬとは?",
"いや、全く申し訳がありません。何しろ……",
"申し訳がないではすみませんよ、こういう間違いは、偶然な間違いとは考えられませぬから",
"でも間違いにちがいないのだから勘弁して下さいよ。わたしは今手洗に行って来ただけです",
"そりゃね、いつもなら、笑ってすまされますけれど、何しろ、今二等車にある事件が起きたのですから、御面倒でも一寸車掌室に来て下さい"
],
[
"けれど、他人の靴か自分の靴かは足の感じでわかるではありませんか",
"それがその私の左足は義足なんです"
],
[
"母が危篤だという電報を受取ったので、名古屋まで帰るところです",
"そうですか。それは御心配で御座いますな。いやもう、そういう時の御心持には十分同情が出来ますよ。私はいま家内の遺骨を携えて家内の郷里の大津まで行くところです"
],
[
"そうです",
"あれはグリオームという病気で、網膜に出来る悪性の腫瘍なのです。子供に多いのですが、大人にもたまにあります、猫の眼のように光る時分に剔出するとよいのでしたが、今はもう手遅れです"
],
[
"三毛が来た!",
"三毛が来た!"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「週刊朝日特別号」
1926(大正15)年7月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年4月22日作成
2011年2月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
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"初出": "「週刊朝日特別号」1926(大正15)年7月号",
"分類番号": "NDC 913",
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"公開日": "2010-05-23T00:00:00",
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} |
[
[
"はあ",
"現場で、『人殺しーい』といったのは無論女の声だったろうね?",
"附近の人々はみんな、女らしい黄ろい声だったと申しました",
"けれど、その人々が駈け寄ったときには、女は何ともいわなかったのだね?",
"はあ、苦しそうに唸って、地面に文字を書いたそうです",
"短刀は?",
"鑑識課で検査してもらいましたが、指紋は一つも発見されぬそうです。加害者は多分手袋をはめて居ただろうと思われます"
],
[
"まだ、大学の解剖までには間があるね。僕も一応死体を見に出かけるつもりだが、その前に、嫌疑者として送られた男を一寸訊問して置こう。袖の血痕は鑑識課へまわしてあるだろうね?",
"はあ、一部分切り取って今検査してもらってあります"
],
[
"平岡貞蔵と申します",
"年齢は?",
"二十五になります",
"住所は?",
"巣鴨宮仲○○番地です",
"よろしい、その袖の血はどうしてついたかね?",
"どうしてついたか存じません",
"昨夜君は夜遅く何処へ行ったのかね?",
"散歩に出たのです",
"君は『人殺しーい』と言って走ったそうだが、誰に追いかけられたのかね?",
"誰だか存じません",
"君は指ヶ谷町に昨夜人殺しのあったことを知って居るかね?",
"存じません"
],
[
"はあ、鬼頭清吾と自分で申しました",
"君たちの姿を見て逃げ出したのだね?",
"はあ",
"君はその点で、その男を何だと思う?",
"前科者ではないかと思います",
"その通りだ。早速その男の指紋を取って、記録を調べてくれたまえ。序に、念のために、平岡の身許も調べてくれたまえ",
"平岡のは調べさせましたけれど、記録にはないそうです",
"よろしい。それでは平岡を一寸呼び出してくれたまえ"
],
[
"君は鬼頭清吾という男と同居して居たそうだが、鬼頭君とはどういう関係があるかね?",
"鬼頭さんは大地震のとき私を隅田川で救って下さいました",
"君の家族は?",
"家族のものは多分皆な死んだだろうと思います",
"君の生家は何処かね?",
"本所○○町の○番地です",
"家族は幾人暮しだったね?",
"両親と召使と合せて七人でした",
"兄弟は?",
"妹が一人ありました",
"君と鬼頭君とはそれからどうしたね?",
"二人で方々に住って、家族のものを捜しました",
"いつから巣鴨へ移ったね?",
"四日前です",
"また何処かへ移るつもりだったかね?",
"…………",
"君たちは二人ぎりだったか?",
"二人ぎりです",
"女づれが一人あっただろう",
"ありません"
],
[
"ありましたありました。鬼頭は園田仙吉といって、窃盗のために二年市ヶ谷刑務所で服役し、昨年八月出ました",
"何? 園田?",
"はあ",
"殺された女が死に際に書いた文字は?",
"ツノダです",
"ふむ。ツノダにソノダ。地面の文字の写真を持って来てくれたまえ"
],
[
"園田君……いや、鬼頭君、君は平岡君と、どういう訳で、一しょに住うようになったか?",
"地震の時、私が救ったのがもとで、兄弟の約束を結びました",
"君は昨晩何処へ行ったか?",
"何処へも行きはしません",
"平岡君は何をしに出かけたね?",
"散歩してくるといって十一時頃出かけました",
"君は昨晩小石川に人殺しのあったことを知って居るか?",
"存じません",
"平岡君は丁度人殺しのあった時分に、その附近でつかまったが、着物に血がついて居たので犯人嫌疑者になったのだよ。君には何か心当りでもないか?"
],
[
"ありません",
"よろしい。暫くの間あちらに控えて居てくれたまえ",
"平岡君が居たら逢わせて下さい",
"今はいけない"
],
[
"いや、この二人がこの事件に関係があるかないかということさ",
"それは先ず女の身許を知らねばなりません。そして二人がその女を連れて居たかどうかをつきとめねばなりません",
"君が家宅捜索を行っても女の居た形跡は少しもなかったのだね?",
"ありませんでした"
],
[
"仰せの通り掃除口の検査をしましたら、意外にも重大な手がかりを得ました。先ず第一に糞壺の中に、嘔いた物が沢山ありました",
"君はそれをどう思う?",
"妊娠した女の悪阻と考えます",
"いかにも立派な推定だ。被害者は妊娠三ヶ月だというから悪阻に悩んで然るべきだ。けれどそれだけでは決定的の証拠とはいえぬ",
"然しそれ以上に重要な第二の手がかりが得られました",
"それは何か?",
"便所の中の紙を取り出して、よく洗って見ましたところ、その中からたった一枚ですけれど、その上に墨で文字の書いてある桜紙が出ました",
"その文字は?",
"ツノダと、三字、片仮名で書いてありました"
],
[
"殺された女が二人と同居して居たと思いたいです",
"いかにもプロバブルだ。写真の文字と紙の文字とに、手蹟の似通ったところがある。して見ると地上に書かれたのは『ソ』の字の誤りでなく『ツノダ』にちがいない。すると『ツノダ』は一たい何を意味するだろうか?"
],
[
"すると、一口にいえば角田は女の情夫だというのだね? それにしても情夫の名をこのようにふとい文字で、しかもはっきりした書体で桜紙に書くというのはどういう訳だろうか?",
"女は迷信深いものですから、何かの呪禁いにしたのかもしれません"
],
[
"よい所へ気がついた。迷信とは面白い、ことに妊娠したものは迷信深くなり易いからね。然し、仮りに平岡を情夫とすると、殺害の動機は何だろう",
"…………",
"いや君の当惑するのも無理はない。この事件はもっともっと研究して見なければならぬ",
"いっそ、ツノダという言葉を平岡にきかせて、その反応を見たらどうでしょうか",
"それはまだ早過ぎるよ。それよりもこれから、平岡と鬼頭とを逢わせて見ようと思う",
"然しそうすれば、愈々二人は口を噤むように、しめし合いはせないでしょうか",
"さあ、其処だて。二人は逢ってどんな会話をするかをきいて見たいのだ"
],
[
"大変なことをしてしまいました",
"え?",
"二人は手真似で話をしました",
"まあ、落ついて話したまえ",
"はじめ平岡がはいって行くと二人は、顔を見合せましたが、鬼頭はあたりを一応ながめまわしてから、突然手真似をつかいました。すると平岡も手真似で答え、暫くの間話しあって居ましたが、急に平岡が泣き出しますと、鬼頭は傍へよってなだめながら、耳に口をあてて囁きかけました。そこで私は驚いて合図をしたのですが、あまりに意外だったので、とうとう二人に手真似で話をされた機会を与えてしまったのです。私は盗賊たちのつかう符牒を多少研究したことがありますが、今の二人の手真似はさっぱりわかりません。けれどこれで二人が盗賊仲間だということを知りました"
],
[
"平岡は気が弱いからでしょう",
"そうかしら、僕はこれまで種々な犯罪者に接したが、男で泣くのはめずらしいね",
"でも、手真似で話すところはそうとしか思われません"
],
[
"今の法医学というものは犯罪に直接関係した秘密を解決するばかりで、死体そのものの包む秘密は、とかく見のがしてしまい易いのだ。今度の事件でも、被害者は妊娠して居るということの外にもっと大きな秘密を包んでいるらしい。その秘密をあばかぬ限りは、この事件の解決はむずかしいだろうと思う。もし僕の推定が誤らなければ、犯人たちの口を噤んで居る理由もわかるし、そこに鬼頭否園田の前科者としての謀計が働いて居るようにも思われる……",
"では園田を犯人とお認めになるのですか",
"それはまだ何とも言われない。死体の秘密をあばいたら、それによってどちらか一人の口をあかせることが出来ると思う。だが、二度目の解剖は極秘のうちに行わなければならぬ。君自身にさえ立ち合っては貰えない。僕と大学の村山教授と二人でこの解決をしたいと思うのだ。……"
],
[
"存じません",
"然し、女が君の家に同居して居たという証拠が出たよ",
"どういう証拠か知りませんが、女は存じません",
"どこまでも知らぬ存ぜぬを言い通すつもりか?",
"証拠が上ったらそれでよいではないですか?",
"そうすると君たち二人のうち誰かが加害者と認められる",
"その証拠はありますか?",
"証拠は平岡君の袖の血だ",
"それだけでは平岡君が殺したとはいえますまい",
"けれどもみだりに人間の血は袖につかぬよ",
"すると殺された女の身許はわかりましたか",
"身許は君たちがよく知って居る筈だ",
"身許がわからなくちゃ、加害者と認められますまい",
"ふむ。君はこういう所に馴れて居るだけ、中々理窟をよく知って居るね?",
"…………",
"すると君は女も知らず、殺した覚えは尚お更ないというのだね?",
"そうです",
"どこまでもそれで通すのか",
"知らないものは知らぬのです。あなた方は勝手に証拠をお上げになったらよいでしょう",
"もうよろしい"
],
[
"平岡君、袖の血はどうしてついたか、君はいわぬつもりだね?",
"どうしてついたか少しも存じません",
"殺された女が君たちと同居して居たことははっきりわかったよ。それでも君はこの事件に関係がないというのか?",
"でも、少しも存じません",
"君の兄弟分の鬼頭君が園田という前科者だということを君は知って居るだろうね?",
"…………",
"何故、答えないのだ"
],
[
"ツノダというのだ",
"存じません",
"まさか君の本名じゃなかろうな?",
"ちがいます",
"殺された女の名でもなかろうな?",
"ちがいます",
"君、ちがいますなどと答えてはいかん、知りませんといわなければ"
],
[
"君はどこまでも知らぬ存ぜぬで通そうとするのか?",
"存じません……知りません",
"まあ、そうあわてなくてもよい。心を落ちつけたまえ。今に君にきかせる言葉があるから"
],
[
"平岡だけでも警戒して生かして置くとよかったですのに……",
"いやいや、それ位のことには気がついて居たけれど、僕はわざと平岡にもその機会を与えてやったのさ",
"では、平岡が女であることを知って居られましたか",
"いや、それは知らなかった。ただ然し、男としては珍しい体格だと思ったよ",
"それにしても殺された女が平岡の妹で唖だということをどうして知られたのですか"
],
[
"いや実に、あなたが、『妹の唖だよ』といわれたときには、僕自身が驚いてしまいました。まして平岡には強くひびいたにちがいありません",
"だが、何といってもこの事件での最も大切な証拠は、便所の捜索の結果得られたよ。ツノダと書いた紙片が出なければ、この事件は迷宮に入ったかもしれぬ。西洋の都市では糞壺の捜索などということは通常行い得ないが、この点は日本が遅れて居るだけ、却って、犯罪探偵の際には好都合だ。先年川原井某が薬屋の手代を殺したときも、便所の中のビール壜が有力な証拠となってね。して見ると臭い所も馬鹿にはならぬ。『くさい物に蓋をしろ』などという諺は或いは撤廃した方がいいかもしれぬ。ははははは"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「女性」
1925(大正14)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年5月20日作成
2011年2月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048064",
"作品名": "呪われの家",
"作品名読み": "のろわれのいえ",
"ソート用読み": "のろわれのいえ",
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"原題": "",
"初出": "「女性」1925(大正14)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-06-13T00:00:00",
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"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card48064.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2002(平成14)年2月6日",
"入力に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
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} |
[
[
"手拭いを盗む者は犯人より他にないじゃありませんか。だから、犯人は、高飛びしないでこの付近のどこかにいるということが分かります",
"でも、その犯人が誰だか分からぬじゃないですか?",
"そうですよ。だからこれから犯人が誰だかを探偵しようというのです。信次郎はまだ拘留してあるでしょう? ちょっと会わせてくれませんか?"
],
[
"信次郎さん、お前さんはこれまで度々お豊さんの家へ行ったことがあるかね?",
"畑の耕作を頼まれて、時々出入りしました",
"あの手拭いはお豊さんの家へ忘れてきたのではないかね?",
"いいえ、ちがいます。もう長いこと伺いませんし、たしか先月のお祭りのときまでは、あの手拭いを持っていたと覚えています",
"ふむ、そうしてお祭りからこちらへは、お豊さんの家へは行かなかったのだね?"
],
[
"お祭りの時には、村の人たちと集まって酒でも飲んだかね?",
"ええ、すっかり酔ってしまいましたよ",
"その時は村中の人が集まっていたかね?",
"いいえ、祭りの組は五つに別れているのです。私たちの組は二十軒ばかりです",
"すると二十人ばかりの人が集まったのだね? 集まった人は誰々だか分かっているかね?",
"分かっております",
"お豊さんの家は、その組へ入っているかね?",
"入っておりません",
"何という人の家が祭りの宿だったね",
"市さんのところでした"
],
[
"市さんはお豊さんの家へは折々訪ねてゆく様子だったかね?",
"さあ、それはよく存じません",
"もうよろしい。よく聞かせてくれました"
],
[
"署長さん、もう信次郎は放免してもよいではありませんか?",
"むろん今日は帰すつもりです。で、犯人の見込みはつきましたか?"
],
[
"まだ分かりませんよ。まず、お祭りの時に信次郎といっしょに集まって酒をのんだ連中を調べねばなりません",
"しかし、何の証拠もないのに、二十人から調べたところで何にもならぬじゃありませんか?"
],
[
"手拭いを盗んだのは、この署内の人かまたは信次郎とお祭りの時にいっしょに酒を飲んだ連中のうちにあるに違いありませんから、それらの人を集めて、科学的に犯人を選びだすのです",
"どうやって選びだすのかね?"
],
[
"逃げていってもかまいません。今の尋問で留吉の知恵はじゅうぶん分かりましたから、この上は彼の知恵を借りて犯人を捜しだすばかりです",
"どうして捜しだすのかね?",
"それでは、ここで、その手順を申しましょう"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 三巻一~三号」
1926(大正15)年1~3月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年8月12日作成
2012年3月21日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048063",
"作品名": "白痴の知恵",
"作品名読み": "はくちのちえ",
"ソート用読み": "はくちのちえ",
"副題": "",
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"原題": "",
"初出": "「子供の科学 三巻一~三号」1926(大正15)年1~3月号",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-09-30T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card48063.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2004(平成16)年7月25日",
"入力に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/48063_ruby_39271.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2012-03-21T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "2"
} |
[
[
"先生、坊やが……",
"え?",
"坊やが……大変な……",
"何?",
"大変なことをしまして……",
"悪くなった?",
"いえ、先生が、お忘れになった、この、大切な御道具をこわしたので御座います"
],
[
"坊やの容体はどうです!",
"お蔭さまで、あれから、すっかりもと通り元気になりまして、いたずらを始めて、先生の御道具まで、こわしまして本当にどうも……"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年3月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048062",
"作品名": "初往診",
"作品名読み": "はつおうしん",
"ソート用読み": "はつおうしん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-04-23T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card48062.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2002(平成14)年2月6日",
"入力に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
"校正に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "宮城高志",
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"テキストファイル最終更新日": "2010-03-14T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"今、使が来て、娘が急に産気づいたと知らせに来たからちょっと行って来るが、家にはちゃんと錠をかけて来たけれど、若し旦那様がここをお通りになったら、そのことを話してくれないかね",
"そりゃお目出度いな。ああいいとも",
"六時頃に千葉から御帰りになる筈だ。頼むぜ",
"よし、よし"
],
[
"姉さん、おや、こんなところに居たね。ビリーに薬をのませてくれた?",
"いま、とりに来たところよ"
],
[
"え?",
"では……",
"それは僕の薬ぶくろですよ",
"…………?",
"といってはわかりませんか。而もあき袋です。僕の病気は普通の薬では治らないのです。薬をのむ代りに、そこへ書くのです。つまり安全弁です。姉さんだって、時々涙をこぼして日記を書くじゃありませんか。書いてしまえば心の病気はけろりと治るでしょう。それです。この薬袋のある間は、僕は殺人もしなければ発狂もしません。ただ姉さんの腕の白過ぎるのは気になるけれどね"
]
] | 底本:「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集 恋愛曲線」ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日第1刷発行
初出:「文学時代」
1929(昭和4)年5月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:宮城高志
2010年4月19日作成
2010年11月8日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "048061",
"作品名": "鼻に基く殺人",
"作品名読み": "はなにもとづくさつじん",
"ソート用読み": "はなにもとつくさつしん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「文学時代」1929(昭和4)年5月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-05-11T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card48061.html",
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"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
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"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2002(平成14)年2月6日",
"入力に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
"校正に使用した版1": "2002(平成14)年2月6日第1刷",
"底本の親本名1": "",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "宮城高志",
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"テキストファイル最終更新日": "2010-11-08T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "2",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/48061_39013.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2010-11-08T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "2"
} |
[
[
"ご承知かもしれませんが、私が遠藤信一の娘でございます",
"ああ、遠藤先生のお嬢さんですか、先生は相変わらずご研究でございますか?"
],
[
"実は父が昨晩亡くなったのでございます",
"え?"
],
[
"それは本当ですか?",
"はあ、それも誰かに殺されたのでございます"
],
[
"いいえ、私の兄が犯人として警察へ連れてゆかれたのでございます。しかし兄はけっして父を殺すような人間ではありません。ですから、俊夫さんにこの事件の探偵をしていただきたいと思って参ったのでございます",
"どうか事情を詳しく話してください"
],
[
"兄はどこで落としたか覚えがないと申しました",
"斎藤さんはいつからお宅へ来ましたか",
"半年ばかり前からですが、父はたいへん気に入っておりました",
"斎藤さんは今、どこにおりますか",
"証人として、兄といっしょに、警視庁へゆきました",
"先生の死骸は?",
"大学の法医学教室に運ばれました",
"お宅に顕微鏡はありますか",
"父の使っていたのがあります",
"それではまず先生の死骸を見せていただいて、お宅へ伺います"
],
[
"いえ、婆やは年寄りですから、風呂は斎藤さんの受け持ちです",
"婆やさんは、そんなに年寄りですか",
"耳も遠く、目もよく見えぬのですが、長年忠実に仕えてきてくれましたから使っております"
],
[
"分かったとも、蝙蝠の毛だよ‼",
"え? 蝙蝠?"
],
[
"兄さん、ベッドの上にあったのは付け髭の毛だよ",
"え? 付け髭?"
],
[
"何があったんだ? 俊夫君",
"遠藤博士の寿命を縮めたものです",
"何だい?",
"毒瓦斯の秘密ですよ"
],
[
"大学はいつから始まるはずでしたか?",
"今月の二十一日からです",
"休み中に先生は学校へお行きになりましたか?",
"いいえ、家に閉じこもっていました",
"昨晩あなたが須磨からお帰りになったとき、先生のそばへお行きになりましたか?",
"いいえ、機嫌の悪い時はかえって怒らせるようなものですから、寝室の入口に立っていました",
"寝室は薄暗かったとおっしゃいましたね?",
"父は明るい所で寝るのが嫌いでした",
"先生の声はいつもと違っていませんでしたか?",
"少しかすれていましたが、病気のせいでしたでしょう",
"先生は毎日顔をお剃りになりましたか?",
"剃るのは嫌いな方でした",
"最近には、いつお剃りでしたでしょうか",
"寝ついた十一日の朝です。その晩、会があったので、いやいやながら剃りました",
"風呂はいつおたてになりましたか?",
"私が兄を呼びに出かけた十三日の夕方です",
"けれどさっき検べたとき濡れていたではありませんか",
"あれは毎朝、書生の斎藤さんが冷水浴をするのです"
],
[
"先生のご親戚はありますか",
"叔父が一人あります。父の弟で、今、朝鮮にいるはずです",
"何をやって見えるですか?",
"何もきまった仕事はやっていないようです。自分で朝鮮浪人だと言っています",
"先生とは違ってよほど変わった人らしいですね?",
"ずいぶん変わり者です。蛇の皮をまいたステッキや、蟇の皮で作った銭入れや、狼の歯で作った検印などを持って喜んでいます"
],
[
"俊夫君の案内役さ",
"や、俊夫君、ご苦労様"
],
[
"死因は絞殺だそうだ",
"そりゃはじめから分かっていますよ"
],
[
"斎藤さん、先生はゆうべたいへん機嫌が悪かったそうですね?",
"たいへん悪かったですよ",
"一時頃に信清さんを呼びにいったのはあなたですか",
"僕です",
"先生は信清さんと喧嘩されましたか?",
"何だか言い合っていられました。僕は先へ寝ましたからよく知りません",
"今朝先生の死んでいられることを見つけたのは誰ですか?",
"婆やです",
"婆やはどうしました?"
],
[
"俊夫君、犯人は分かったか?",
"あら、犯人は信清さんだというじゃないですか?"
],
[
"それが証拠というのは、あの手拭いだけだからねえ……",
"それじゃもっと他の証拠を集めたらどうです",
"だから、犯罪の動機を聞きにきたわけさ",
"すると財産のことですか、遠藤先生が亡くなられれば、財産はとうぜん信清さんのものでしょう",
"その財産のほしいような事情が最近に無かったか聞きたいのだ",
"お嬢さんどうですか?"
],
[
"なぜって白井さん、先生の殺されなさったのは昨夜じゃないですから",
"え?"
],
[
"先生が殺されなさってから、少なくとも三日はたっています",
"何?"
],
[
"ははは、そんなにびっくりしなくてもよろしいですよ。だから、ゆうべ帰った信清さんが殺すはずはないでしょう",
"その証拠は?"
],
[
"皆よく聞いてください。遠藤先生を殺したのは、髭のない、かすれた声の男で、冬は蝙蝠の皮をつなぎ合わして作った襟巻をしています",
"まあ、それなら私の叔父です。叔父は朝鮮にいるはずですのに‼"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 二巻六~八号」
1925(大正14)年6~8月号
入力:川山隆
校正:伊藤時也
2006年11月14日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "045957",
"作品名": "髭の謎",
"作品名読み": "ひげのなぞ",
"ソート用読み": "ひけのなそ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「子供の科学 二巻六~八号」1925(大正14)年6~8月号",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-12-18T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card45957.html",
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"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2004(平成16)年7月25日",
"入力に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
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"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "伊藤時也",
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"テキストファイル最終更新日": "2011-04-30T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"抜けられますわ",
"それじゃ奥へ話して僕を出してくれませんか",
"よろしゅう御座います"
],
[
"いりません",
"お済みになって?",
"まだ",
"まあ、では拵えましょう",
"いえ、いいんです。食べたくないんです"
],
[
"ええ、よく御存じで御座いますねえ、実は黙っていてくれとの御話でしたけれど、何だかいいお話のように思えましたので",
"何という名だといいました?"
],
[
"いや……それで何をきいて行きましたか",
"あなたの故郷だとか、生立ちだとかでした。もとより私は委しいことは知りませんから、何も申しませんでしたが、ただ本籍だけはいつか書いたものを頂きましたので、それを見せてやりました",
"それだけですか、それから何か僕の品行だとか……",
"いいえ別に。何だか話振から察すると、あなたに福運が向いているように思われましたよ"
],
[
"きっとあわなかった?",
"ええ、なぜそんなことをきくの?",
"それでは、下の小母さんにきいて来て下さい、今の人は何しに来たといって"
],
[
"妙子さん!",
"え?",
"僕は……僕は……"
]
] | 底本:「探偵クラブ 人工心臓」国書刊行会
1994(平成6)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「サンデー毎日 新春特別号」
1929(昭和4)年1月
初出:「サンデー毎日 新春特別号」
1929(昭和4)年1月
入力:川山隆
校正:門田裕志
2007年8月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "046681",
"作品名": "被尾行者",
"作品名読み": "ひびこうしゃ",
"ソート用読み": "ひひこうしや",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「サンデー毎日 新春特別号」1929(昭和4)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-11-03T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card46681.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "探偵クラブ 人工心臓",
"底本出版社名1": "国書刊行会",
"底本初版発行年1": "1994(平成6)年9月20日",
"入力に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1994(平成6)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "サンデー毎日 新春特別号",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "1929(昭和4)年1月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/46681_ruby_28049.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-08-21T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/46681_28064.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-08-21T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"分からない",
"明礬で書いてあるんだ",
"では水に入れると分かるね?",
"ああ"
],
[
"実は俊夫! ゆうべ、ダイヤを盗まれたんだ!",
"えっ?"
],
[
"叔父さんが入れたのではない?",
"そうとも",
"では犯人でしょうか?",
"そうだろう"
],
[
"いいとも。それで犯人の目星はついたか?",
"まだ分かりません。しかし二三日うちには見つけます"
],
[
"では俊夫君にもまだ分からぬ?",
"分からん!"
],
[
"だって、そうじゃないか?",
"兄さん、ちと、頭を働かせてごらんなさい。それくらいのことは僕が言わないでも分かるはずだよ。さあ、この切り抜きをあげるから、本郷なりどこへなり、早く行ってきてください……"
],
[
"俊夫! 犯人は分かったかい?",
"まだです",
"暗号は?",
"たったいま解式が分かりました",
"たった今?",
"叔父さんから電話がかかったので分かりました",
"それは妙だなあ!",
"妙でしょう?",
"何という暗号だい!",
"これから解くのです",
"そうか、しっかりやってくれ。ただちょっと様子を尋ねただけだ",
"しっかりやります。さようなら"
],
[
"僕が買ってこようか?",
"いや、青木でいい"
],
[
"どうも分からぬね",
"だって電話と言やすぐ思い出すだろう?",
"え、何を?",
"仮名がトンで漢字がツーさ!",
"何だいそれは?"
],
[
"犯人が分かったよ!",
"え?"
],
[
"犯人は誰だい?",
"それはいま言えない、今日はもうこれ以上聞いては嫌だよ"
],
[
"そうよ!",
"どうして君の手に入った?",
"犯人が隠しておいた所から取ってきたんだ。だから今晩犯人が、これを取りかえしにくるんだ",
"一体どうして探偵したんだい?",
"今晩犯人をつかまえてからお話しするよ",
"ちょっとそのダイヤを見せてくれないか?",
"いけない、いけない"
],
[
"叔父さんすみません。けれど紅色ダイヤの犯人をつかまえる約束だったでしょう?",
"それはそうさ!"
],
[
"どうも失礼しました。俊夫君もひどいいたずらをさせたものです",
"だけど、叔父さんをひどい目にあわせることは、あの手紙に書いておいたよ",
"え?"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 一巻三号~二巻二号」
1924(大正13)年12月号~1925(大正14)年2月号
入力:川山隆
校正:小林繁雄
2006年5月5日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045693",
"作品名": "紅色ダイヤ",
"作品名読み": "べにいろだいや",
"ソート用読み": "へにいろたいや",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「子供の科学 一巻三号~二巻二号」1924(大正13)年12月~1925(大正14)年2月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-06-16T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/card45693.html",
"人物ID": "000262",
"姓": "小酒井",
"名": "不木",
"姓読み": "こざかい",
"名読み": "ふぼく",
"姓読みソート用": "こさかい",
"名読みソート用": "ふほく",
"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-10-08",
"没年月日": "1929-04-01",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2004(平成16)年7月25日",
"入力に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2004(平成16)年7月25日初版第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "小林繁雄",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/45693_ruby_22755.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2011-04-30T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000262/files/45693_23112.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-04-30T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"さあ、こればかりはどうも仕様がないねえ。人殺しや強盗など、めったにない方が世の中は安全だからねえ",
"それはそうだけれど、僕にとっては、安全な世の中なんて、平凡でつまらない。何か面白い事件でも起こってくれなければ、それこそまた、病気に罹りそうだ"
],
[
"この脅迫状を読んでも、私はかまわずに警察へ電話をかけようとしますと、そばにいた妻があわてて遮りました。そうして、豊ちゃんと三万円の金とかえるのなら、安いものだ。警察へ告げてもしものことがあったらどうなさる、あなたは豊ちゃんが可愛くはありませんかとしきりに申しますので、とにかく、妻の言葉に従って、警察へ告げることは見合わせました。そうして、私は不安の一夜を過ごしました。がどうも心が落ちつかぬので、こうして今、こちらへご相談に来たのです",
"こちらへおいでになることは、奥さんもご承知ですか"
],
[
"いいえ、妻がまた止めるといけないと思って内緒で来ました",
"昨日、坊ちゃんを誘拐していったのはどんな男でしたか",
"子供たちの言うことですから、よく分かりませんが、何でも鳥打ち帽をかぶって洋服を着た相当の年輩の男だったそうです",
"この手紙を放り込んでいった男の人相はどんなでしたか",
"女中の言うところによりますと、暗かったからよく分からぬが、まだ若い男だったということです",
"すると坊ちゃんを誘拐した男と、手紙を放り込んでいった男は別人かもしれませんね",
"たぶん別人でしょう",
"お崎というお婆さんは信用のできる人ですか",
"むろん正直な女で、長年使っていますからよく分かっております。かわいそうに、お崎はゆうべ寝ずに心配しておりました"
],
[
"この筆跡はわざと擬筆が使ってありますが、これに見覚えはありませんか",
"ありません",
"今まで、こうした脅迫状を受け取られたことはありますか",
"ありません"
],
[
"あなたは坊ちゃんの生命が助かるなら三万円出してもよろしいですか",
"無論です。けれど、三万円出しても果たして豊は帰ってくるでしょうか",
"金さえ渡せば返してくれると思います。ですから、今晩までに三万円を現金でこしらえておいてください。今晩九時にお宅へ伺ってその金を受けとり、僕が指定の穴のところまで持ってゆきます。そうして坊ちゃんを連れ戻してきます"
],
[
"分からぬよ",
"え? だって君、今、いかにも取り戻せるように言ったじゃないか",
"そりゃ君、お父さんを安心させるためさ",
"で、君は三万円を持って悪漢に相手になりにゆくつもりか",
"そうよ、兄さんと一緒なら何でもないさ",
"すると、君はその悪漢を見のがしてやるつもりか",
"いいや、捕まえてやる",
"どうやって?",
"三万円渡しておいて、安心させてから捕まえるんだ",
"もうその計画は立っているかい?",
"いやまだ、これから晩までに考えるんだ"
],
[
"おいでになりません",
"ああ、すると、やっぱり、悪漢たちの計略にかかったのですな。豊を連れてゆかれた上に、三万円の金までとられて、私は一体どうなるでしょう"
],
[
"無論わかります。近所のタクシー会社から雇ったのですから",
"それでは、今お宅へ電話をかけてくださって、そのタクシーが夫人をどこまで乗せていって、どういう目にあったか聞いてもらってください"
],
[
"兄さん、本当に心配かけたねえ。Pのおじさん、どうも色々ありがとう",
"いや、びっくりしたよ"
],
[
"でもよく悪漢たちは、君ら二人を無事で帰したねえ?",
"彼らは金さえ取ればそれで目的を達したわけですから、僕ら二人には用がなくなったのです。けれど"
],
[
"悪漢たちは、もう僕に用がなくなったかもしれぬが、僕はこれから彼らに用があるのです!",
"え?"
],
[
"では、君は悪漢を逮捕するつもりか",
"もちろんさ、だからぐずぐずしてはいられない。さあ、皆さん、とにかく、事務室へ来てください"
],
[
"そうです、まさしく豊さんのお母さんでした。そうして今度のことは、お母さんと僕を背負って連れてきた男とが主になって、あなたから三万円の金を奪って神戸まで高飛びし、それから支那へでも渡る計画らしかったのです",
"そうとはちっとも気がつかなかった。豊、堪忍してくれ、お父さんが二度目のお母さんを家へ入れたのが悪かった"
],
[
"それじゃもう今頃は、悪漢たちは逃げてしまっただろう",
"いいえ大丈夫逃げはしません。これから皆さんと一緒に逮捕にゆきたいと思うんです",
"どうして逃げないと分かるね?"
],
[
"豊さんを抱きあげ、お母さんに押しつけて怒らせたとき、僕は僕のもっていった新聞紙を包んだ風呂敷包みとすりかえたのです。僕はこれでもすりの研究をしたことがあります。今まで一度も応用したことはなかったですが、暴にむくゆるには暴をもってすべきだと思い、今夜はじめて役に立たせました",
"で、君はどうして彼らの住家を知るつもりか"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 四巻五号、五巻一~二号」
1926(大正15)年12月~1927(昭和2)年2月号
※表題は底本では、「塵埃《ほこり》は語る」となっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年8月12日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"この事件はすこぶる面倒になります",
"どうして分かるね?"
],
[
"駄目駄目、何の変わった所見もない、ただ右の拇指に胡椒の粉が少し着いていたくらいのものだ",
"胡椒?"
],
[
"耳の垢には何か珍しいものでもなかったかね",
"いや何にもない、シャツのポケットのごみの中にも、これというものが発見されない。僕は墓地で死体を見た瞬間、この事件は難物だと思ったが果たしてそうだった。この上は解剖の結果を待って、何かの手掛かりを得るより他に仕方がない"
],
[
"それはビーフカツの消化の程度で分かったのだ。殺されたのがゆうべの十二時だとすれば、ビーフカツを食ったのはたぶん十時前後だと思われる",
"それではすぐあの近所の西洋料理屋を探させてくださいましたか"
],
[
"丸刈りでございました",
"あなたはその人の顔をよく覚えていますが、つまりその人がもし二度目にここへ来たらすぐ思い出すことができますか",
"はあ、それは覚えているつもりでございます",
"あなたたちはよく一目で人の職業を言い当てなさるようだが、その人は何をしている人間だと思いましたかね",
"そうでございますね、色が白くて手がたいへん綺麗でしたから、ちょいと見るとお医者様ではないかと思いました",
"そう、それで二人はどんな話をしていたか聞きませんでしたか",
"それはちっとも存じません。ちょうどその頃はお客様が立てこんでみえましたので、一つところに給仕しているわけにゆかず、それに何だかずっと、ぼそぼそ話をしていらっしゃいました",
"それでお勘定はどちらの人がしましたね",
"さあ、それがよく分からないのでございます、勘定書を置いてゆきますと、しばらくして盆の上にお金が置いてありました。ところが二人がお立ちになった後で、食卓の上を掃除していますと、一枚の名刺が見つかりました。わざとお置きになったのか、あるいは財布の中からでも偶然落ちましたのか、俯きになっていたので落ちても気がつかなかったのか、とにかく私の気がつきました時分は、もうお帰りになった時で、どうにも致し方がございませんでした"
],
[
"さあ、そう言われるとはっきりしたことは答えられないのです。大正十二年九月一日の、あの恐ろしい日に、大村さんは用事があって他行していられたのだそうですが、そのまま永久に帰ってこられなかったので、家族の人たちは、焼死されたものと信じて、とうとう諦めてその後郷里の方へ帰ってしまわれたのです",
"それじゃ、別に死体が発見されたわけでないから、疑って見れば、大村さんはまだ生きていられるかもしれませんね。それであなたはそのご家族の今おいでになるという郷里が、どこであるかご承知ですか",
"名古屋です",
"名古屋?"
],
[
"名古屋のどこだか分かっていませんか",
"そらでは覚えていませんが、検べれば分かります"
],
[
"それはご苦労だね。それじゃ名古屋行きを俊夫君にお願いすることとしよう。しかし、その間こちらで何か捜索をしておくべきことはないかね",
"そうですね"
],
[
"まあ、どうしてこれをお持ちでございますか",
"するとこの名刺はご主人様のに間違いございませんか",
"確かに良人が作らせた物でございます",
"もしや、これと同じ名刺をまだお持ちではありませんか",
"はあ、確かまだ一二枚は残っていたと思います"
],
[
"ご主人様は震災の時に、悲しいことにおなりになったと聞きましたが、当日はやはりご一緒に宅においでになりましたか",
"いいえ"
],
[
"そのご一緒に外出なさった友人とおっしゃるのはどうなさいましたでしょうか",
"その方も行方不明なのでございます。もっともそのお方にはご家族もなく、独身でございまして、私どもへ度々お出でにはなりましたが、どこのお生まれだか、よく存じませんでしたからお尋ねする手掛かりもなく、あの日その方と良人とが、一緒にいて難に遭いましたものか、それとも別れ別れになっておりましたのか、それさえはっきり分からないのでございます",
"それではその方は何と言う名前でございますか",
"稲村勝之とおっしゃいました",
"何をしていたんですか",
"株式月報という雑誌の記者をしていられました",
"それでは九月一日には、どういう用事でご主人とその稲村さんとが、お出かけになったのですか",
"さあ、それがよく分からないのでございます。主人は平素自分の用事のことはあまり私に話しませんでした。あの朝稲村さんがお訪ねになると、診察場を捨てておいて出かけてしまいました。本職の方は流行っていませんでしたが、それでも診察を捨てて出かけるには相当に重大な用事であったかと思います",
"それではその稲村さんとおっしゃるのは、どんな容貌でいくつくらいの人でございましたか",
"年齢は良人と同じくらい、当時は三十五六であったかと思います、顔は丸顔で、いつも頭は丸刈りにしていられましたが"
],
[
"もしや主人様の写真をお持ちではありませんでしょうか",
"主人は写真を撮ることがあまり好きではありませんでしたから、独りで撮ったのは一枚もございませんが、ちょうど震災前に家族一同で撮ったのがございます"
],
[
"この人は、いわば代診のようにして、内でお世話を申しあげた人でございますが、少し不都合なことがありましたので、ちょうど震災の半月ほど前に、出ていただいたのでございます",
"何という人でした",
"石川五郎とおっしゃいました",
"どこの人でございますか"
],
[
"何のために態々これを作ったのか",
"それは今にH軒へ行けば分かることだよ。さあ早く食事を済まして、女給の寝込みを襲おうではないか"
],
[
"何がッて、犯人がよ",
"だって犯人はもう石川五郎に決まっているじゃないか",
"石川五郎ッて、どこにもいないよ"
],
[
"それでは犯人はその写真の男ではないのか",
"むろん写真の男さ、けれどももう石川五郎とは名乗っていないのだ、だから僕はこの男が今どんな姿をして、どこにいるかを推定したのさ"
],
[
"本当か、どこにいるんだ、何をしているんだ",
"考えてごらんよ"
],
[
"え? それでは被害者の身元が分かったのかね",
"被害者の身元ばかりでなく、殺害の行われた夜、H軒で被害者と一緒に食事をした男も分かりました。これがその男の写真です"
],
[
"そればかりか俊夫君は、今この男がどこにいるかということまで知っているのです。さっきここへ来る自動車の中で、僕は考えさせられたのですが、さっぱり見当がつきません",
"ふむ"
],
[
"今まで俊夫君が話した材料だけでは、僕にも少しも判断がつかない、それとも俊夫君は何か別の証拠でも発見したのかね",
"いいえ"
],
[
"推定したんです、今までの材料から推定しただけです",
"はて"
],
[
"そうですね、しかしみな話してしまっては興味がないから、こういう事件について行うべき推定の原理だけを話しましょう",
"原理とは",
"蓋然の法則です"
],
[
"仏に仕える身でありますから、お互いに親しく交際したいと思いますが、どうしたわけか先方で交際をおきらいになりますので、強いてご交際を求めるのもどうかと思って遠慮しているのです",
"ではお隣の福念寺の住職とはご交際ありませぬか",
"交際どころかお顔もろくに見たことがございません",
"辰平さんは福念寺の住職の顔を知っていますか"
],
[
"どうした、捕らえたか",
"残念です"
],
[
"私たちは感づかれないように、ずっとむこうの街で自動車を乗り捨てて、表門からひそかに福念寺の境内にしのびこみ、それから寝室へ近寄りましたところ、意外にも寝床の中には住職はいないで、寺男らしい爺さんが、しかも首に手拭いをまかれて絞殺されて横たわっておりました",
"なに? 絞殺されて?",
"それから、私たちは、庫裡や本堂の各部屋を捜しましたが、どこもかも森閑として、鼠一匹おりませんでした。犯人は寺男を絞殺して逃げたものと見えます"
]
] | 底本:「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」論創社
2004(平成16)年7月25日初版第1刷発行
初出:「子供の科学 七巻一~六号」
1928(昭和3)年7~12月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年8月12日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"先生、どうかよくわたしのお腹を眺めてください。先生には、わたしのお腹の中に宿っている恐ろしい怪物の頭が見えないのでございますか",
"え?"
],
[
"ああ、先生はちっとも、わたしに同情してくださらない。昔、中国の何とかいう女は鉄の柱によりかかって鉄の玉を妊娠して産み落としたというではありませぬか。わたしにも、メデューサの首を妊娠するだけの立派な理由があるのです",
"それはどういう理由ですか"
],
[
"よろしい。手術はしてあげましょう。しかし、あなたはたいへん衰弱しておいでになりますから、はたして手術に堪えることができるか、それが心配です",
"手術してもらって死ぬのなら本望です"
],
[
"手術してもらわねば、しまいにはメデューサの首にこの身体を奪られてしまうのですから、一日も早く、わたしのいわば恋敵ともいうべき怪物を取り除いてしまいたいのです",
"よくわかりました。それでは明日手術しましょう"
]
] | 底本:「大雷雨夜の殺人 他8編」春陽文庫、春陽堂書店
1995(平成7)年2月25日初版発行
入力:大野晋
校正:しず
2000年11月28日公開
2005年12月12日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001455",
"作品名": "メデューサの首",
"作品名読み": "メデューサのくび",
"ソート用読み": "めてゆうさのくひ",
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"姓": "小酒井",
"名": "不木",
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"姓ローマ字": "Kosakai",
"名ローマ字": "Fuboku",
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"没年月日": "1929-04-01",
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"底本名1": "大雷雨夜の殺人 他8編",
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} |
[
[
"あれ誰だか、兄さんは知つとるの!",
"知らん!",
"ちよつとそこ覗いて来ると分るわ。"
],
[
"をかしな兄さん、恍けとるのね、",
"………………"
],
[
"さうよ、兄さんちつとも覚えてゐないの? 私は少しおぼえてるわ。だけれど、あんまりおぢいさんになつてちよつと分らないわね、頭がずゐぶん白いんだもの…………",
"ふゝむ、おら、見たくないなあ、いやだなあ。"
],
[
"でも、お父さんに違ひないんだもの、さつきお母あさんがさう云つたのよ、早く見てくるといゝわ。そしたら少し思ひ出せるかも知れないわ。",
"いやだい、おら、いやだい、お父さんが家へ帰つて来たんなら、おら、いやだい、明日から学校へ行かれん、あゝ、いやだ〳〵。"
],
[
"どうして学校へ行かれんの? ねえ、兄さん!",
"おら恥かしうて迚も学校へ行かれん、お父さんなんか、家にゐてくれん方がずつといゝんだ、明日学校へ行つてみい、みんなに顔ながめられたり、くしや〳〵云はれたりするんだもの、あゝ、いやだ〳〵。"
],
[
"だつて、お父さんが家にをらんのより、をつた方がいゝんぢやないの? もう家へ帰つて来てくれたんだからいゝぢやないの?",
"おら、いやだ、明日学校へ行かうもんなら、今まで忘れてゐたことを思ひ出して、みんなに私語かれるんだ、それがたまるけえ、おら、もう学校へ行かん、行かん!"
],
[
"私だつて、兄さんと同じにしよつちゆ友達からバカにされて泣いて来たわ、だけれど、そのお父さんがもう家へ帰つて来てくれたんだから、いゝと思ふわ。",
"さうかい、みよ子はまだ子供だからね、分らないんだよ、おら、いやだなあ、あゝ、どうしようかな。"
],
[
"英ちやんこそ、まだ子供だから、なんにも分らないで一番いゝわね。",
"うむ、あいつ、なんにも知らんなあ、今に大きくなつて、おやぢの過去を知つたらおつ魂げるだらう…………"
],
[
"今、奥から私たちを呼びに来たら、兄さん、どうするの?",
"おら、行かんさ。",
"でも、ぜひ来いと云はれたら…………",
"行かんよ。",
"さうお、私も行くのいやだわ。",
"二人とも行かんことにしよう。そして、どつかへ隠れてしまはう!",
"それがいゝわ、土蔵へ入つて隠れませうか?",
"うむ、それがいゝ、早く隠れてしまはう!"
],
[
"そんなに急がんでもいゝのに、をかしい兄さんだわ。",
"おら、もうどうしてもいやな気がして為様がないんだ、あれがお父さんかと思ふと、実に変な気がして、ほんとにならんのだもん!",
"私にだつて、ちよつとお父さんとはよべんわ、でもやつぱりお父さんにちがひないと云はれたらどうするの? 兄さん!",
"誰がお父さんだなんて呼ぶもんけえ、いやだい、長いこと、どこへ去つたのか分らんやうな、そんなお父さんてあるもんけえ、そのあひだ、おら、街を歩くにも小さくなつて歩いたし、学校へ行つても友達もよう出来んし、みんなに耳こすりばかりされてをつたんだもん、あゝ、おら、もうこの家にをるのいやになつた、あんないやないやなおやぢがこれから家にをるのなら、おらもうこの家にをりやせん!"
],
[
"私にもはつきり分らんけど、もう大分長いこと留守だつたやうに思ふわ、お正月を三度もお父さんがおらんのだもん、もう顔も何も忘れてしまうた…………",
"うむ、おらも忘れてしまうた、第一、お父さんのことなんて、近頃思ひ出したこともないからなあ。"
],
[
"ほんとうにさうだわ、だけれど、私はたつた一つ、お父さんのことについて覚えとることがあるの、少しいやな気持になることだけれどね…………",
"どういふことだい、それは?",
"幼さいときね、皆でお父さんにつれられて、お盆に河原へ水花火を見に行つたの、そのときのことだけれど、兄さんはなんにも覚えとらんの?",
"うむ、覚えとらんなあ、どういふことぢやつたかなあ……お父さんがどうかしたんかね?",
"えゝ。ちよつと簡単にはいへんけれどね。"
],
[
"……………………",
"もし旦那あん、一枚足らんねえ。",
"何、そんなことはない…………"
],
[
"失敬なことをいふな…………",
"貴様こそ、かたりぢやな…………",
"何?"
],
[
"ちよつとをかしいことがあつたんだけれどね、思ひ出すと話すのいやになつて来たわ、兄さんはそんなこときかん方がいゝわ、きつと気持わるうなるからね…………",
"ふゝむ。そんならきかんことにしよう…………"
],
[
"お父さんぢやないか、早う来て、ちよつくらおじきをするのぢや。",
"おら、いやだい。"
],
[
"みよ子はどうしてぢつとしてをるのぢや、早う下りて来んと、又お祖母あんに叱られるぢやないか?",
"兄さんが行かんのなら、私も行くのいやだもん………",
"さあ、孝一、早う来てくれんと、お母あんが弱るぢやないか、どうか、頼むよつて来ておくれ!",
"おらあ、いやだあ…………",
"何をいふのぢや、幼さいとき、どんなに可愛がつて貰うたか知れんお父さんぢやに、さあさ、そんな悪態を云はんで、早う来ておくれ!",
"いやだい!",
"これはまあどうしたといふのぢや、一番さきに出んならん長男のお前ではないか、さあ、ともかく早う来ておくれ!"
],
[
"さあ、早う、早う来ておくれ",
"ぢや、兄さん、行きませうよ! どうせ行かなきやならんのなら…………"
],
[
"さあ、兄さん、行きませう!",
"なんと云うて、おじぎするんだい?"
],
[
"黙つておじきして、すぐ逃げて来りやいゝやね。",
"うむ、さうしよう、おら、お父さんなんかにちつとも逢ひたうないんだからなあ。"
],
[
"なんだつて兄さんは、そんなにあばれるのよう! 兄さん",
"いゝよ、いゝよ、ほつといてくれ、もう学校へもどこへも行かれん、いやだい、いやだい、みよ子は今日の新聞見たかい?",
"うゝん、新聞に何か出てをるの?",
"うむ、早くこれを見るがいゝや!"
],
[
"こんなもんが新聞に出てをるので、それで兄さんはさつきから、あんなにいやな顔してをつたの?",
"あゝ、さうだよ、おら、もうちやんと見てしまうたのだ、あゝいやだな。恥かしい…………恥かしい…………"
]
] | 底本:「ふるさと文学館 第二〇巻 【富山】」ぎょうせい
1994(平成6)年8月15日初版発行
初出:「文章世界」
1910(明治43)年4月号
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2011年4月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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} |
[
[
"いや、さうでもないさ、これでなか〳〵忙しいんぢやよ、何しろこの地ぢや医者らしいのが、僕の外にたつた一人しかゐないんぢやからね。ときに、お母さんや妹はどうしとるかね。",
"母は一昨年死んだの、妹は丈夫でぴん〳〵してゐますよ、九年前主人に別れて、三人の娘を育てゝ独立でやつてますの!",
"ほう、そりや大変ぢやね。それから、あの、……お房さんはどうしたかね。",
"震災後だつたでせうか、疾に死んぢやつてよ。",
"ふむ、さうかね、もう死んでしまつたかね。ふむ!"
],
[
"もういくつぢやつたかな、たしか僕より三つほど若かつたと思ふが………",
"そんなもんでせうか……医学校時代あの人とあんた少し怪しかつたんぢやない? ちよつとそんな噂があつたやうに思ふわね、はつはつはつはつ。"
],
[
"お房さんも最後はあんまり幸福ぢやありませんでしたよ、社会党の旦那さんを持つて大分苦労して十年も経つてから、又若い愛人を作つて一緒になつたりして、結局はその人とも別れて独りになつてね。変化の多い生活でしたよ。",
"ふゝむ、さうかね、容色はよし学問は出来るし、中々才女ぢやつたがね。ふゝむ。"
],
[
"何しろ、あんたとの噂はたしかだつたわね、今なら白状してもいゝでせう、私、子供なりにもそんな噂きいてゐたんですもの…………",
"馬鹿ぢやね、そんなことないよ、ありや兄貴の方さ。"
],
[
"へい、お兄さんもだつたの、呆れたわね、あの従姉、一生恋愛生活に憧れてゐて、結局ひとつも最後までは掴めなかつたのよ、一体いくつ恋愛したか知れないわ。私なんかをやかましく監督しい〳〵、自分が恋愛ばかりしてゐたんですもの、でもね、子供はなし、末は淋しかつたのよ。男なんて女が年老つてきたなくなると、もう構つちやくれないんだから、あんたなんかも随分女にや罪作らせた方でせう!",
"若いときやお互ひさ、君だつて東京へ行つてからどんなことがあつたか分らんからね。今の旦那さんとのことも評判ぢやつたぜ。"
],
[
"いや、神経衰弱なんぢやよ。",
"さう云つてるまに例のになつてゐやしないか知ら? 私そんな風に直感したんだけど……一体この土地の人南無阿弥陀仏にばかり凝つてゐて、あの病気を少し早目に諦めすぎるんでせう、なんとか精一杯の努力でもつと治療したら、なほるもんでもなほさずにしまふんぢやないかと私思ふわ。東京でも今仏教復興と云つて騒いでるけど、科学の力が進歩するほど、お念仏の効能が薄くなりやしない? 伯父さんのあんたがお医者なのに、こんな差出口利いちや悪いけど。"
],
[
"そんなことないよ、呼吸器はなんともないんぢや、只少し気が弱くてね、去年家内が死んでから、あんなになつたんで…………",
"あんなに日当りのわるい部屋に寝かしとかないで、どつかへ養生に出したらどう? 大切の息子ぢやないの、お金はうんとあるんだしね、お念仏主義はいゝ加減にした方がいゝわね"
],
[
"どうもあんまり長い間放つてあるので、心に懸つて仕様がないもんですからね。私考へたんですよ、水橋にあればこちらでちよい〳〵おまゐりもして下さるんだしするから、この際それを一つ御相談したいと思ひましてね。",
"いゝところへ気がつかれましたね、水橋においてあれば、私どもはどないにでもお守りをしますけれどね、富山にありますとね、どうしてもわざ〳〵行くことが出来ませんさかい……たまには分家のお墓まゐりもせにやならん〳〵云ひながら、ほんとに申訳のないことでござんす。",
"私、明日お寺へ行つてその話をしようと思ひますの、どうぞ御主人ともよく相談しといて下さいまし、お盆の月にはたまに読経料を少々送つたりしましたが、とかく怠りがちになりましてね、あのお寺さん、今どんな風ですか!",
"今はあんた、立派なお寺さんになられましてね、何年か前に住職が死なれて、今はそのお稚子はんの時代で、まだ学校へ行つとられますぢや?",
"ほう、すると、私の知つてゐるお稚子はんと云つた方が、住職になつて亡くなられた訳ですか知ら?",
"いえ〳〵、あんたの知つとられるお稚子はんが住職なつて疾に死なれて、今のはそのお稚子はんの、又そのお稚子はんですぢや。"
],
[
"お稚子はんの又そのお稚子はん、すると、あの昔美しかつた、評判の奥さんの孫に当るんですか?",
"さう〳〵。"
],
[
"地面はぽつちりでようござんすから、どうか手頃なところを探しといて下さいましね。そしてこつちへ移してしまへば私もう安心ですから……",
"それがようござんすね、もと〳〵此地の方でござんすさかいね、どないにか仏さんたちも悦ばれませう。",
"あんなに一生寺のためにばかり尽くしてゐたお祖母さんでしたけど、死んでしまへばお寺だつてそれつきりのもんですからね。"
],
[
"代が変れば、それも仕方がありませんね、けれど、あのやかましや(有名)の美しい後家さんね、あの方まだ丈夫でをられますよ。",
"へい、さうですかね、もう随分おばあさんでせうね、一体この国の人、若いもんの方がどんどんさきに死ぬやうな気がしますね、やつぱりもつと日光をとり入れなくちやいけませんね。"
],
[
"とにかく結構なことですわね、代々かうやつて沢山のお酒を造つては売り出して、身代がますます殖えるばかしなんだから、ほんとに好いですわ。",
"然し、僕だちに云はせると、こんな小さい村に永住して、一生酒の匂ひを嗅いで暮すなんてことは、どう考へても面白い生活だとは思へないんです。今のところ、兄貴が病気なんで、どうしても僕が働かなくちやならないんですが、兄貴が丈夫になつたら、僕も一つ東京へ出て、何か自分の仕事がしてみたいと思つてゐるんです…………",
"でもね、考へようですよ、地方に落ついてゐて、確りと土台の定まつた生活をしてゐるといふことは、実に必要なことですわ。失業者のあふれてゐる都会に憧れを持つなんてことは、もはや地方青年の理想として許されないんですもの、あなたなんかこそ腰を据ゑて、村の疲弊を救ふために、一生懸命努力なさることですね、それが一番急務なんでせう!",
"まあ、さう思つて出来るだけのことは、やつてみてゐますが……"
]
] | 底本:「ふるさと文学館 第二〇巻 【富山】」ぎょうせい
1994(平成6)年8月15日初版発行
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2011年4月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"キョウサントウだかって……",
"何にキョ……キョ何んだって?",
"キョウサントウ",
"キョ……サン……トウ?"
]
] | 底本:「日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集(七)」新日本出版社
1985(昭和60)年3月25日初版
1989(平成元)年3月25日第4刷
底本の親本:「小林多喜二全集第三巻」新日本出版社
初出:「戦旗」
1931(昭和6)年9月号
入力:林 幸雄
校正:ちはる
2002年1月14日公開
2005年12月12日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"姓ローマ字": "Kobayashi",
"名ローマ字": "Takiji",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1903-10-13",
"没年月日": "1933-02-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本プロレタリア文学集・20 「戦旗」「ナップ」作家集7",
"底本出版社名1": "新日本出版社",
"底本初版発行年1": "1985(昭和60)年3月25日",
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} |
[
[
"あっちの棚は?",
"南部",
"それは?",
"秋田"
],
[
"百姓か?",
"そんだし"
],
[
"ん、まあ",
"俺どこのア、とても弱いんだ。どうすべかッて思うんだども、何んしろ……",
"それア何処でも、ね"
],
[
"臭せえ、臭せえ",
"そよ、俺だちだもの。ええ加減、こったら腐りかけた臭いでもすべよ"
],
[
"あの白首、身体こったらに小せえくせに、とても上手えがったどオ!",
"おい、止せ、止せ!",
"ええ、ええ、やれやれ"
],
[
"何んだね",
"怒んなよ。――この女子ば抱いて寝てやるべよ"
],
[
"浅川ッたら蟹工の浅か、浅の蟹工かッてな",
"天皇陛下は雲の上にいるから、俺達にャどうでもいいんだけど、浅ってなれば、どっこいそうは行かないからな"
],
[
"船長、大変です。S・O・Sです!",
"S・O・S? ――何船だ⁉",
"秩父丸です。本船と並んで進んでいたんです"
],
[
"一刻と云えないようです",
"うん、それア大変だ"
],
[
"独り寝だなんて、ウマイ事云いやがって!",
"ちげえねえ、独り寝さ。ゴロ寝だもの"
],
[
"監獄だって、これより悪かったら、お目にかからないで!",
"こんなこと内地さ帰って、なんぼ話したって本当にしねんだ",
"んさ。――こったら事って第一あるか"
],
[
"人間の命?",
"そうよ",
"ところが、浅川はお前達をどだい人間だなんて思っていないよ"
],
[
"貴方方、金キット持っていない",
"そうだ",
"貴方方、貧乏人",
"そうだ",
"だから、貴方方、プロレタリア。――分る?",
"うん"
],
[
"働かないで、お金儲ける人いる。プロレタリア、いつでも、これ。(首をしめられる恰好)――これ、駄目! プロレタリア、貴方方、一人、二人、三人……百人、千人、五万人、十万人、みんな、みんな、これ(子供のお手々つないで、の真似をしてみせる)強くなる。大丈夫。(腕をたたいて)負けない、誰にも。分る?",
"ん、ん!",
"働かない人、にげる。(一散に逃げる恰好)大丈夫、本当。働く人、プロレタリア、偉張る。(堂々と歩いてみせる)プロレタリア、一番偉い。――プロレタリア居ない。みんな、パン無い。みんな死ぬ。――分る?",
"ん、ん!",
"日本、まだ、まだ駄目。働く人、これ。(腰をかがめて縮こまってみせる)働かない人、これ。(偉張って、相手をなぐり倒す恰好)それ、みんな駄目! 働く人、これ。(形相凄く立ち上る、突ッかかって行く恰好。相手をなぐり倒し、フンづける真似)働かない人、これ。(逃げる恰好)――日本、働く人ばかり、いい国。――プロレタリアの国! ――分る?",
"ん、ん、分る!"
],
[
"何んだか、理窟は分らねども、殺されたくねえで",
"んだよ!"
],
[
"カムサツカで死にたくないな……",
"…………",
"中積船、函館ば出たとよ。――無電係の人云ってた",
"帰りてえな",
"帰れるもんか",
"中積船でヨク逃げる奴がいるってな",
"んか⁉ ……ええな",
"漁に出る振りして、カムサツカの陸さ逃げて、露助と一緒に赤化宣伝ばやってるものもいるッてな",
"…………"
],
[
"おい、親爺、ゴム!",
"ん、あ、こげた!"
],
[
"煙草無えか?",
"無え……",
"無えか?……",
"なかったな",
"糞",
"おい、ウイスキーをこっちにも廻せよ、な"
],
[
"おッと、勿体ねえことするなよ",
"ハハハハハハハ"
],
[
"どうなるかな……?",
"殺されるのさ、分ってるべよ"
],
[
"死に虱だべよ",
"んだ、丁度ええさ"
],
[
"長げえことねえんだ。――俺アずるけてサボるんでねえんだど",
"それだら、そんだ",
"…………"
],
[
"イヤ、大変さ。ガブガブ飲みながら、何を話してるかって云えば――女のアレがどうしたとか、こうしたとかよ。お蔭で百回も走らせられるんだ。農林省の役人が来れば来たでタラップからタタキ落ちる程酔払うしな!",
"何しに来るんだべ?"
],
[
"食ったことも、見たことも無えん洋食が、サロンさ何んぼも行ったな",
"糞喰え――だ"
],
[
"何やるんだか、分ったもんでねえな",
"俺達の作った罐詰ば、まるで糞紙よりも粗末にしやがる!"
],
[
"さあ、診断書はねえ……",
"この通りに書いて下さればいいんですが"
],
[
"何処へゆくんだ",
"湯灌だよ"
],
[
"駄目々々。涙をかけると……",
"何んとかして、函館まで持って帰られないものかな。……こら、顔をみれ、カムサツカのしやっこい水さ入りたくねえッて云ってるんでないか。――海さ投げられるなんて、頼りねえな……",
"同じ海でもカムサツカだ。冬になれば――九月過ぎれば、船一艘も居なくなって、凍ってしまう海だで。北の北の端れの!"
],
[
"じゃ、運ぶんだ",
"んでも、船長さんがその前に弔詞を読んでくれることになってるんだよ"
],
[
"いいか――?",
"よオ――し……"
],
[
"じゃ……",
"じゃ",
"左様なら"
],
[
"じゃ、な!……",
"行ってしまった。",
"麻袋の中で、行くのはイヤだ、イヤだってしてるようでな……眼に見えるようだ"
],
[
"俺達から愚痴ッぽかったら――もう、最後だよ",
"見れ、お前えだけだ、元気のええのア。――今度事件起こしてみれ、生命がけだ"
],
[
"俺ア、キット殺されるべよ",
"ん。んでも、どうせ殺されるッて分ったら、その時アやるよ"
],
[
"こら、足ば見てけれや。ガク、ガクッて、段ば降りれなくなったで",
"気の毒だ。それでもまだ一生懸命働いてやろうッてんだから",
"誰が! ――仕方ねんだべよ"
],
[
"…………",
"まあ、このまま行けば、お前ここ四、五日だな"
],
[
"やめたやめた!",
"糞でも喰らえ、だ!"
],
[
"ん",
"ん、ん!"
],
[
"やめだ、やめだ!",
"ん、やめだ!"
],
[
"まず糞壺さ引きあげるべ。そうするべ。――非道え奴だ。ちゃんと大暴風になること分っていて、それで船を出させるんだからな。――人殺しだべ!",
"あったら奴に殺されて、たまるけア!",
"今度こそ、覚えてれ!"
],
[
"これもつれえ仕事だな",
"んよ、それに又、か、甲板さ引っぱり出されて、か、蟹たたきでも、さ、されたら、たまったもんでねえさ",
"大丈夫、火夫も俺達の方だ!",
"ん、大丈――夫!"
],
[
"熱い、熱い、たまんねえな。人間の燻製が出来そうだ",
"冗談じゃねえど。今火たいていねえ時で、こんだんだど。燃いてる時なんて!",
"んか、な。んだべな",
"印度の海渡る時ア、三十分交代で、それでヘナヘナになるてんだとよ。ウッカリ文句をぬかした一機が、シャベルで滅多やたらにたたきのめされて、あげくの果て、ボイラーに燃かれてしまうことがあるんだとよ。――そうでもしたくなるべよ!",
"んな……"
],
[
"ストライキやったんだ",
"ストキがどうしたって?",
"ストキでねえ、ストライキだ",
"やったか!",
"そうか。このまま、どんどん火でもブッ燃いて、函館さ帰ったらどうだ。面白いど"
],
[
"んで、皆勢揃えしたところで、畜生等にねじ込もうッて云うんだ",
"やれ、やれ!",
"やれやれじゃねえ。やろう、やろうだ"
],
[
"お前達の方、お前達ですっかり一纏めにして貰いたいんだ",
"ん、分った。大丈夫だ。何時でも一つ位え、ブンなぐってやりてえと思ってる連中ばかりだから"
],
[
"おかしいな",
"これア、おかしい",
"ピストル持ってたって、こうなったら駄目だべよ"
],
[
"おかしいな、何んだって、あの鬼顔出さないんだべ",
"やっきになって、得意のピストルでも打つかと思ってたどもな"
],
[
"国民の味方だって? ……いやいや……",
"馬鹿な! ――国民の味方でない帝国の軍艦、そんな理窟なんてある筈があるか⁉"
],
[
"俺達には、俺達しか、味方が無えんだな。始めて分った",
"帝国軍艦だなんて、大きな事を云ったって大金持の手先でねえか、国民の味方? おかしいや、糞喰らえだ!"
],
[
"――間違っていた。ああやって、九人なら九人という人間を、表に出すんでなかった。まるで、俺達の急所はここだ、と知らせてやっているようなものではないか。俺達全部は、全部が一緒になったという風にやらなければならなかったのだ。そしたら監督だって、駆逐艦に無電は打てなかったろう。まさか、俺達全部を引き渡してしまうなんて事、出来ないからな。仕事が、出来なくなるもの",
"そうだな",
"そうだよ。今度こそ、このまま仕事していたんじゃ、俺達本当に殺されるよ。犠牲者を出さないように全部で、一緒にサボルことだ。この前と同じ手で。吃りが云ったでないか、何より力を合わせることだって。それに力を合わせたらどんなことが出来たか、ということも分っている筈だ",
"それでも若し駆逐艦を呼んだら、皆で――この時こそ力を合わせて、一人も残らず引渡されよう! その方がかえって助かるんだ",
"んかも知らない。然し考えてみれば、そんなことになったら、監督が第一周章てるよ、会社の手前。代りを函館から取り寄せるのには遅すぎるし、出来高だって問題にならない程少ないし。……うまくやったら、これア案外大丈夫だど",
"大丈夫だよ。それに不思議に誰だって、ビクビクしていないしな。皆、畜生! ッて気でいる",
"本当のことを云えば、そんな先きの成算なんて、どうでもいいんだ。――死ぬか、生きるか、だからな",
"ん、もう一回だ!"
]
] | 底本:「蟹工船・党生活者」新潮文庫、新潮社
1953(昭和28)年6月28日発行
1968(昭和43)年5月30日32刷改版
1998(平成10)年1月10日89版
初出:「戦旗」
1929(昭和4)年5月、6月号
※「樺太」に対するルビの「からふと」と「かばふと」の混在は、底本通りです。
※複数行にかかる波括弧には、罫線素片をあてました。
入力:細見祐司
校正:富田倫生
2004年11月30日作成
2022年1月23日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001465",
"作品名": "蟹工船",
"作品名読み": "かにこうせん",
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"原題": "",
"初出": "「戦旗」1929(昭和4)年5月、6月号",
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"名": "多喜二",
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"姓ローマ字": "Kobayashi",
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"生年月日": "1903-10-13",
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"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "蟹工船・党生活者",
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"底本初版発行年1": "1953(昭和28)年6月28日、1968(昭和43)年5月30日32刷改版",
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} |
[
[
"××は臺所から――これは動かせない公式だからなあ。小川さん、甘い、甘い。",
"實際、俺の嬶シヤポだ。"
],
[
"ローザア?",
"ローザさ。",
"レーニンなら知つてるけど……。"
],
[
"理由は?",
"分らん。",
"ぢや、行く必要は認めない。",
"認めやうが、認めまいが、こつちは…………。",
"そんな不法な、無茶な話があるか。",
"何が無茶だ。來れば分るつて云つてるぢやないか。",
"何時もの手だ。",
"手でも何んでもいゝ。――とにかく來て貰ふんだ。"
],
[
"分らんよ。",
"分らん? 馬鹿にするなよ。――睡いんだぜ。"
],
[
"明日の演説會に差支えるから、我ん張らう。",
"うん、やる必要がある。"
],
[
"ウム。",
"今度は何んだの。當てがある?"
],
[
"どうだ、やつて行けるか。長くなるかも知れないど。",
"後?――大丈夫。"
],
[
"今度のは何んです。",
"ウン、俺にも分らないんだよ。今、渡君にでも聞かうと思つてたんだ。",
"今日やる倒閣。",
"さうかとも思つてるんだ――が。さうなら今日一日でいゝわけだ――が……。"
],
[
"かう入つてしまへば、何をしたつて無駄さ。逆に、かへつてひでえ目に會ふが落さ。――萬事、俺達の運動は、外で、大衆の支持で! 五人、十人の偉さうな亂暴と狂燥は何んにもならないんだ。俺達が夢にでも忘れてはならない原則にもどるよ。",
"そ、そんなことで、ぢつとしてられるか! それこそ偉さうな理窟だ、理窟だ!"
],
[
"バンクロフト? 知らない。コンムユニストか?",
"活動役者だよ。",
"そんなぜいたくもの知るもんかい。"
],
[
"出るんだ。",
"動物園の獸ぢやないよ。",
"馬鹿。",
"歸してくれるのかい、有難いなア。",
"取調だよ。"
],
[
"然し、ちつとも參らない。",
"うん……",
"皆に恐怖病にとツつかれないやうにつて頼むでえ。"
],
[
"それアさうだ。然し警察へ來てまで空元氣を出して、亂暴を働かなけア鬪士でないなんて考へも、やめさせなけア駄目だ。警察に來ておとなしくしてゐるといふのは何も恐怖病にとツつかれてゐるといふ事ではないんだと思ふ。",
"さうだ、うん。"
],
[
"線香花火の情熱はあやまるよ。牛が、何がなんであらうと、然し決してやめる事なく、のそり〳〵歩いてゆく。それが殊に俺達の執拗な長い間の努力の要る運動に必要な情熱ぢやないか、と思ふんだ。",
"さうだ。情熱は然し、人によつて色々異つた形で出るものだよ。俺たちの運動は二三人の氣の合つた仲間ばかりで出來るものぢやないのだから、その點、大きな氣持――それ等をグツと引きしめる一段と高い氣持に、それを結びつけることによつて、それ等の差異をなるべく溶合するやうに氣をつけなければならないと思ふんだ。――それア、どうしたつて個人的に云つて不愉快なこともあるさ。だが勿論そんなことに拘はるのは嘘だよ。俺だつて渡のある方面では嫌なところがある。渡ばかりぢやない。然し、決してそれで分離することはしないよ。それぢや組織體としての俺達の運動は出來ないんだから。",
"うん、うん。",
"これから色々困難なことに打ち當るさ。さうすればキツトこんな事で、案外重大な裂目を引き起さないとも限らないんだ。俺たちはもつと〳〵、かういふ隱れてゐる、何んでもないやうな事に本氣で、氣をつけて行かなければならないと思つてるよ。"
],
[
"濱の現場から引つぱられて來たんで、家でどツたらに心配してるかツて思つてよ。俺働かねば嬶も餓鬼も食つていけねえんだ。",
"俺らもよ。"
],
[
"俺アそつたら事して、一日でも二日でも警察さ引ツ張られてみれ、飯食えなくなるよ。嫌だ!",
"君は俺達の運動といふ事が分らないんだな。",
"お前え達幹部みたいに、警察さ引ツ張られて行けば、それだけ名前が出て偉くなつたり、名譽になつたりすんのと違んだ。"
],
[
"留置場の夢か。たまらない。",
"糞。"
],
[
"寢ろ〳〵。",
"女でも抱いたつもりでか。",
"こんな處で、それを云ふ奴があるか。",
"あゝ抱きたい。",
"馬鹿だな、誰だい。",
"何が馬鹿だ……。",
"寢ろ〳〵。"
],
[
"どういふ意味でゝも。",
"××するぞ。",
"仕方がないよ。",
"天野屋氣取りをして、後で青くなるな。",
"貴方達も案外眼がきかないんだな。俺が××されたら云ふとか、半×しにされたからどうとか、そんな條件付きの男かどうか位は、もう分つてゐてもよささうだよ。"
],
[
"いくら××したつて、貴方達の腹が減る位だよ。――斷然何も云はないから。",
"皆もうこツちでは分つてるんだ。云へばそれだけ輕くなるんだぜ。",
"分つてれば、それでいゝよ。俺の罪まで心配してもらはなくたつて。",
"渡君、困るなあ、それぢや。",
"俺の方もさ。――俺ア××には免疫なんだから。"
],
[
"おい、いゝか、いくらお前が××が免疫になつたつて、東京からは若し何んならブツ××たつていゝツて云つてきてゐるんだ。",
"それアいゝ事をきいた、さうか。――××れたつていゝよ。それで無産階級の運動が無くなるとでも云ふんなら、俺も考へるが、どうして〳〵後から後からと。その點ぢや、さら〳〵心殘りなんか無いんだから。"
],
[
"加減もんでたまるかい。",
"馬鹿だなア。今度のは新式だぞ。",
"何んでもいゝ。",
"ウフン。"
],
[
"分る、分るよ! な、×せ――え、×せ――えツて、云つてるらしい。",
"××――えツて?",
"ん、よく聞いてみれ。",
"なア、なア。",
"………………"
],
[
"いや、本當に恐縮ですな。",
"非番に出ると――いや、引張り出されると、五十錢だ。それぢや晝と晩飯で無くなつて、結局たゞで働かせられてる事になるんだ、――實際は飯代に足りないんだよ、人を馬鹿にしてゐる。"
]
] | 底本:一~四「戰旗 昭和三年十一月号」全日本無産者藝術聯盟本部
1928(昭和3)年11月1日発行
五~九「戰旗 昭和三年十二月号」全日本無産者藝術聯盟本部
1928(昭和3)年12月1日発行
初出:一~四「戰旗 昭和三年十一月号」全日本無産者藝術聯盟本部
1928(昭和3)年11月1日発行
五~九「戰旗 昭和三年十二月号」全日本無産者藝術聯盟本部
1928(昭和3)年12月1日発行
※「戰旗 昭和三年十二月号」における表題は、「一九二八年三月一五日」です。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「……」と「…‥」の混在は、底本通りです。
※注記については、「一九二八年三月十五日・東倶知安行」新日本出版社(1994(平成6)年11月30日初版)を参照し、最小限にとどめました。
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2008年12月3日作成
2014年5月26日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "049394",
"作品名": "一九二八年三月十五日",
"作品名読み": "せんきゅうひやくにじゅうはちねんさんがつじゅうごにち",
"ソート用読み": "せんきゆうひやくにしゆうはちねんさんかつしゆうこにち",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "一~四「戰旗 昭和三年十一月号」全日本無産者藝術聯盟本部、1928(昭和3)年11月1日<br>五~九「戰旗 昭和三年十二月号」全日本無産者藝術聯盟本部、1928(昭和3)年12月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "旧字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-03-15T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"名": "多喜二",
"姓読み": "こばやし",
"名読み": "たきじ",
"姓読みソート用": "こはやし",
"名読みソート用": "たきし",
"姓ローマ字": "Kobayashi",
"名ローマ字": "Takiji",
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"底本名1": "戰旗 昭和三年十一月号",
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"底本の親本初版発行年1": "",
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} |
[
[
"上田がヒゲと切れたんだ……!",
"何時だ?"
],
[
"今日はどうなんだ?",
"ウン、昨日と同じ処を繰りかえすことになってるんだって。",
"何時だ。",
"七時――それに喫茶店が七時二十分。で俺はとにかくその様子が心配だから、八時半に上田と会うことにして置いた。"
],
[
"でも、会社は随分ヒドイことをしてるんだね、おじさん!",
"それだ――それだからビラが悪いって云うんだよ!",
"そう? じゃやめる時、本当に十円出すの?"
],
[
"あ、みんなにそう云われてるんだよ。",
"そうだろう。直ぐ分る!"
],
[
"それにはこんな日給じゃ仕様がないわ!",
"そう。少し時間を減らして、日給を増してもらわなかったら、恋も囁やけないと来ている!",
"実際、会社はひどいよ!",
"私んとこのオヤジね、あいつ今日こんなことを怒鳴ったの、今はどんな時だか知っているか、戦争だぞ、お前等も兵隊の一部だと思って身を粉にして働かなけアならないんだ。もう少し戦争がひどくなれば、兵隊さんと同じ位の日給でドシ〳〵働いてもらわなくてはならないんだ。それが国のためだって。――ハゲッちョそんなことを云ってたよ!"
],
[
"S町はこっちだ。",
"ハ、どうも有難う御座います。"
],
[
"それは誰からの切抜だ?",
"オレ自身のさ!"
],
[
"この一気が、一気になるか二気になるかで、勝ち負けが決まるんじゃないかな……?",
"そ。あとは点火夫だけが必要なのよ――八百人のために!"
]
] | 底本:「党生活者」新日本文庫、新日本出版社
1974(昭和49)年12月20日初版
入力:細見祐司
校正:浜野 智
1998年11月10日公開
2007年9月26日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "000833",
"作品名": "党生活者",
"作品名読み": "とうせいかつしゃ",
"ソート用読み": "とうせいかつしや",
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"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "1998-11-10T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-17T00:00:00",
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"名": "多喜二",
"姓読み": "こばやし",
"名読み": "たきじ",
"姓読みソート用": "こはやし",
"名読みソート用": "たきし",
"姓ローマ字": "Kobayashi",
"名ローマ字": "Takiji",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1903-10-13",
"没年月日": "1933-02-20",
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"底本出版社名1": "新日本文庫",
"底本初版発行年1": "1974(昭和49)年12月20日",
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} |
[
[
"頼む! 少しは長くしておいてくれよ。",
"こゝン中にいて、一体誰に見せるんだ。"
],
[
"ロシア革命万歳‼",
"日本共産党バンザアーイ‼"
],
[
"冷てえ?――そうか、そうか。じゃ、シャツの袖口をのばしたり。その上からにしよう。",
"有難てえ。頼む!",
"こんな恰好見たら、親がなんて云うかな。不孝もんだ!"
],
[
"……私この前ドストイエフスキーの『死の家の記録』を読んでから、そんな所で長い〳〵暗い獄舎の生活をしている兄さんが色々に想像され、眠ることも出来ず、本当に読まなければよかったと思っています。",
"でも、面会に行く度に、兄さんはとてもフザケたり、監獄らしくない大声を出して笑ったり、どの手紙を見ても呑気なことばかり書いているので、――一体どういうワケなのか、私には分りません。"
]
] | 底本:「工場細胞」新日本文庫、新日本出版社
1978(昭和53)年2月25日初版
初出:「中央公論 夏期特集号」中央公論社
1931(昭和6)年7月
入力:細見祐司
校正:林 幸雄
2006年12月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043684",
"作品名": "独房",
"作品名読み": "どくぼう",
"ソート用読み": "とくほう",
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"原題": "",
"初出": "「中央公論 夏期特集号」中央公論社、1931(昭和6)年7月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-01-13T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000156/card43684.html",
"人物ID": "000156",
"姓": "小林",
"名": "多喜二",
"姓読み": "こばやし",
"名読み": "たきじ",
"姓読みソート用": "こはやし",
"名読みソート用": "たきし",
"姓ローマ字": "Kobayashi",
"名ローマ字": "Takiji",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1903-10-13",
"没年月日": "1933-02-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "工場細胞",
"底本出版社名1": "新日本文庫、新日本出版",
"底本初版発行年1": "1978(昭和53)年2月25日",
"入力に使用した版1": "1978(昭和53)年2月25日初版",
"校正に使用した版1": "1982(昭和57)年12月105日第2版",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "細見祐司",
"校正者": "林幸雄",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000156/files/43684_ruby_24734.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-12-24T00:00:00",
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"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000156/files/43684_25187.html",
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} |
[
[
"ぜんこ?",
"ぜんこなんて無え。借れて来い!"
],
[
"貸したって、貸さねたって、ぜんこ無えんだ。",
"駄目、だめーえ、駄目!……",
"行げったら行げッ!"
],
[
"ん、ん。",
"んか、可愛いか?――晩になったらな、遊ぶに行ぐってな、姉さ云って置げよ。ええか。"
],
[
"無えのか?",
"由どこの姉、こんだ札幌さ行ぐってな。"
],
[
"誰云った?",
"誰でもよ。んで、白首になるッてな!",
"んか、白首にか!"
],
[
"俺でもないや。",
"うえ、お前えだど。――お前えでないか!",
"俺でもないや。",
"俺でもないや、あーあ。"
],
[
"健ちゃは兵隊どうだべな。",
"ん、行かねかも知らねな。……んでも、万一な。",
"その身体だら行かねべ。青訓さなんて来なくたってええよ。"
],
[
"あれはな、兵隊さ行ぐものばかりが色々な訓練を受けて、んでないものは安閑としてるべ、それじゃ駄目だッてんで、あれば作ったんだ。兵隊でないものでも、一つの団体規律の訓練をうける必要はあるんだからな。",
"所で、現時の農村青年は軽チョウ浮ハクにして、か!……"
],
[
"七ちゃ、小樽行きまだか。",
"ん、もうだ。",
"もうか?"
],
[
"んか……",
"お前え、それから岸野がワザワザ小樽から出てきて、とッても青訓や青年団さ力瘤ば入れてるッて知らねべ。",
"んか?",
"阿部さんや伴さんが云ってたど。――キット魂胆があるッて。"
],
[
"姉なんか分らない。",
"よオ――",
"うるさい!",
"よオ――たら!――んだら、悪戯するど!"
],
[
"さっきな、阿部さんと伴さん来てたど。",
"ン――何んしに?",
"なア、兄ちゃ、犬ど狼どどっち強えんだ。――犬だな。",
"道路のごとでな。今年も村費が出ねんだとよ。",
"今年もか――何んのための村費道路だんだ。馬鹿にする。又秋、米ば運ぶに大した費用だ……。",
"兄ちゃ、犬の方強えでアな!",
"んで、どうするッて?",
"暇ば見て、小作人みんな出て直すより仕方が無えべど。――村に金無えんだから。",
"犬だなア、兄ちゃ……。"
],
[
"母、いたこッて何んだ?――山利さいたこ来てな、今日お父ばおろして貰ったけな、お父今死んで、火の苦しみば苦しんでるんだとよ。",
"本当か?",
"いたこッて婆だべ。いたこ婆ッてんだべ。――いたこ婆さ上げるんだッて、山利で油揚ばこしらえてたど。",
"お稲荷様だべ。"
],
[
"そうよ。――勿体ない!",
"山利の母な、お父ば可哀相だって、眼ば真赤にして泣いてたど。",
"んだべ、んだべ、可哀相に!"
],
[
"今年はどうだ?",
"ええ、まア、今のところは、ええ、お蔭様で……"
],
[
"馬鹿に待たせやがったもんだ。",
"犬でもあるまいし、な!"
],
[
"今日は若い女手は無えんだと。",
"んとか?",
"又、良え振りして、武田のしたごッだべ!"
],
[
"ホオーッ!",
"豪儀なもんだ。矢張りな。",
"有難いもんだ。"
],
[
"んで……?",
"……………"
],
[
"どうした?",
"……………",
"ええ?",
"……………"
],
[
"川の方さでも行ぐか?",
"……………"
],
[
"健ちゃ、阿部さん好き?",
"……阿部さんのどこさあまり行ぐなッて云いたいんだべ。",
"……………",
"んだども、ま、阿部さんや伴さんど話してみれ。始めは、それア俺だって……",
"良え人だわ、二人とも。んでも……この前の会のことで、ビラば一枚一枚配って歩いたべさ。あれでさ……"
],
[
"……あんなにしてやったのに、ビラば配るなんて恩知らずだッて、怒ってるワ。",
"誰だ?",
"……………",
"お前もだべ?――んだべ。",
"……誰でもさ。",
"こけッ!"
],
[
"健ちゃだもの、滅多なことしねッて、わし思ってるわ。んでも淋しいの……。皆が皆まで健ちゃば見損った、見損ったッて云うかと思えば……。",
"節ちゃ、そう云っても、岸野の農場で阿部さんや伴さんさ誰だって指一本差さねえんでねえか。",
"それアんだわ。良え人ばかりだもの……。んでも阿部さんば煙ぶたがってるわ。",
"小作で無え人はな。――俺達第一小作だからな。",
"変ったのね……。",
"模範青年の口から、そったら事聞くと思わないッてか?"
],
[
"ところがな、阿部さんが云うんだ。――阿部さんッてば、お前すぐ嫌な顔すべ。――阿部さんが小樽の工場にいた時なんて、工場の隅ッこさ落ちてる糸屑一本持って外さ出ても、首になったりしたもんだどもな、女工さんの腹ば手当り次第に大ッかくして歩いても、そんだら黙ってるんだとよ。",
"まさか?……"
],
[
"な、仕事が苦しいべ、んだから何んかすれば直ぐ労働組合にひッかかって行くんだ。そうさせないためにするんだ――。",
"まアまア考えたもんだね。――んだら、わざわざ管理人さん達の肝入で出来た処女会はどうなるの?"
],
[
"そうさ、裏が裏だから、表だけは立派にして置ぐのさ。やれ節婦だ、孝子だッておだてあげて、――抑えて置くのよ。そこア、うまいもんよ。",
"分らないわ。"
],
[
"もう少しな、俺達の忙がしい時にな、来てもらったらええにな。",
"働いてるどこば見てければな。",
"ん、ん、んよ。",
"奥様は何んでも女の大学ば出た人だと。",
"大学?――女の? ホオ!",
"とオても偉い、立派なひとだとよ。",
"女、大学ば出る? 嘘云うな、女の大学なんてあるもんか。……まさか、馬鹿ア、女が……。",
"んだべ、何んぼ偉いたって!"
],
[
"な、旦那もう少し優しい人だら一生ケン命働くんだどもな。",
"働いだ事無えから分らないさ。",
"今度あまり急で駄目だったども、こんな時あれだな、皆で相談ば纏めて置いてよ、お願いせばよかったな。"
],
[
"ええまア並です。二番草の頃は、とてもよかったんですが、今月の始め頃にかけて虫が出ましてね。殊に去年は全部駄目と来ているから、今年はどんなに良くても小作はつらいんです。――余程疲弊してるんで……。",
"ん……で、どうだい様子は……?",
"え、今のところは……矢張り秋になってみないと。"
],
[
"気をつけて貰わないとな。",
"それア、もう!",
"ん。"
],
[
"この前のように、嘆願書をブッつける事はないだろうな。",
"その点こそ、今度は大丈夫ぬかりませんでした。"
],
[
"ね、お百姓さんって、何時でもこの水の中に入って働くのねえ!",
"そうで御座います、お嬢さん。"
],
[
"あのどっちでもええ、一晩抱いて寝たらな。",
"何んだ、お前今迄かかって、そったら事考えていたのか。"
],
[
"な、ま、ええさ。今晩飲めるんだ。",
"源、酒の……"
],
[
"色々と地主さんに聞いて貰わなけアならない事もあるし、又皆に話して貰わなけアならない事もあるし、是非一つここで……。",
"それア出来ないんだ。"
],
[
"一杯食わせやがったんだね。――阿部さん、会った時やったらええでしょうさ。",
"会った時? 一人と一人でか?――駄目、駄目! ちりちりばらばらだからな。",
"……………"
],
[
"土方人間で無えべ。――土方と人間が喧嘩したって歌あるんだからな……。",
"佐々爺云ってたども、北海道の開拓はどうしたって土方ば使わねば出来ないんだってよ!",
"んだかな。",
"馬鹿云うもんでねえよ!"
],
[
"健――これ健ッ、もう二日我慢してけれ、な、もう二日!",
"続かない。身体痛たくて、痛たくて!"
],
[
"日本勝った、日本勝った、ロシア負けたア……",
"日本勝った、日本勝った、ロシア負けたア……"
],
[
"どうしたんだべな。",
"追われて来たんだべよ。――見れ、弱ってる!"
],
[
"何するだ!",
"何するだ! 稲‼ 稲‼"
],
[
"ここの家ヒドイな……",
"うん、ま、御馳走はないな――",
"それでも……"
],
[
"シャンだからな。",
"それに……な、色ッぽいところがあるぞ。",
"あれか、鄙にもまれなる……",
"……埋合せか。"
],
[
"ん。",
"地主からなら吸う血があるべども……"
],
[
"ん、ん。可哀相なことした。",
"ところが、信ちゃ喜んでるんだとよ。――兵隊さ行ったら、毎日芋と南瓜ばかり食ってなくてもええべし、仕事だってこの百姓仕事より辛い筈もなし、んだら一層のこと行った方がええべッて……。",
"まさか……。",
"んでもよ、働き手ば抜かれてしまうべ、行けるんだら親子みんなで行きたいッてよ。",
"ドン百姓からばかし兵隊とりやがるんだものな。一番多いそうだ。"
],
[
"んかな……。",
"まさかよ。"
],
[
"ご苦労さまでしたな。",
"イヤ、イヤ。"
],
[
"作は悪いね。――今年はこれア大したことになるね。",
"岸野さんがドウ出るか……。",
"どう出るかって?――"
],
[
"岸野か、そうだな……。",
"そんな手荒なこと、なんぼ岸野さんだってな……。"
],
[
"あれだら、仲々我ん張るど。",
"あの面だものな!",
"そんな事……馬鹿だな……。",
"なんぼ岸野だって、こっちは兎に角人数は多いんだからな。",
"ハハハハハ、今度いくらでも実験できる時来るさ。"
],
[
"用事か? 今こっち、一寸……。後で駄目かな。",
"イヤ、その、この雨だもんで、ハ、そのオ、田ば見てきました……。",
"ん――、今度のでは考えてる。――後にしてけれ。",
"あまり作がヒドイので、予め岸野さんの方へ、一つ……"
],
[
"どうしたら、ええべな。",
"岸野さんどう出るかな……。"
],
[
"半分だ。――ええもんだな。一年働いて半分しか穫れなかったら、丁度小作料だべ。岸野さそのままそっくりやっても足りねえ位だ。――百姓がよ一年働いたら、一升位な、たった一升位気ままに自分の口さ入れたって、罰も当るめえ……。",
"昨年もああだし、岸野さんも何に云い出すか分らねえべ。"
],
[
"ようやく半作よ。",
"小作料納めたら、どうなる?",
"ン――。食うもの無くなるよ。んでも、そこばさ、何んとかウマクやって行くことば考えたらッて思うんだ。"
],
[
"……その代り、あみだ様のお側にお出になったとき、始めて極楽往生を遂げることが出来る。あ――あ、お前も人間界にいたときは苦しんだ。然し何事も仏様の道を守って、一口も不平を云うことなく、よくこらえて来た、もう大丈夫じゃ、さ、手を合わせて、こういう風に合わせて、たった一言、ナムアムダブツ、そう称えさえすれば大安心を得ることが出来るのじゃ。蓮華の花の上に坐ることが出来るようになるのじゃ……。",
"有難いお言葉じゃ。",
"あ――あ、有難や。有難や。",
"ナムアムダブツ。",
"ナンマンダブ、ナンマンダブ……。"
],
[
"何アに。",
"愛子あ――とて、あれきあんだれき、ありやのあり糞!"
],
[
"そうした方順序だし、ええ。",
"ええべ。",
"んでも、伴さんみたいに喧嘩早い人は代表には駄目だネ。"
],
[
"まア。",
"まア、まア!"
],
[
"ム――、それア、岸野さんにチィ――ト無理なところがあるね。",
"何がチィ――トだい!"
],
[
"何んも似合わねえな――どうだ、似合うか?",
"熊が着物ば着たえんたとこだ。",
"熊?――可哀相に! ハハハハハ。",
"そう云えば、百姓って良え着物きたこと無えんだもの――似合うワケ無えさ。"
],
[
"な、どうだ、阿部君よ、勝たんばならないな!",
"驚いた! こっちから持って行ってやらなけアならない位の処から、持ってくるなんてなア! 矢張り、ああなると本当のことが、黙ってても分るんだな。"
],
[
"恐ろしいもんだな。",
"恐ろしいもんだよ。――何処で、どう関係があるか、表ばかりの云うことや、することを見ていたんじゃ分らないんだ。"
],
[
"この恥ざらし!",
"んだから偉いんだとさ。"
],
[
"立ち止っちゃいかん。",
"固まると、いかん。",
"こら、こら!"
],
[
"横暴なる彼等官憲……",
"中止!"
],
[
"資本家の番犬……",
"中止ッ!"
],
[
"……考えることもあるんだ、俺小樽から帰ってから毎日毎日、一月も考えた。……考えたあげく、とうとう決めることにしたんだ……俺は、旭川さ出る積りだよ。",
"……何しに?",
"うん?",
"何しによ?",
"後で分るよ……",
"…………"
]
] | 底本:「日本プロレタリア文学集・26 小林多喜二集(一)」新日本出版社
1987(昭和62)年12月25日初版
初出:一~十一、十六「中央公論」
1929(昭和4)年11月号
十二~十五(「戦い」の表題で。)「戦記」
1929(昭和4)年12月号
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
※「 「労農争議共同委員会」」の改行一字下げは、底本をなぞりました。
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2009年4月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"母、油ねえど。",
"阿呆、ねがつたら、隣りさ行つてくるべ、糞たれ。",
"じえんこ(錢)は?",
"兄がら貰つて行け。",
"――隣りの犬おつかねえでえ。"
],
[
"兄、あのなあ道廳の人來てるツて、入江の房云つてたど。",
"何時。",
"さつき、學校でよ。",
"何處さ泊つてるんだ?",
"知らない。――"
],
[
"なあ、姉、この犬どうなるんだ。",
"姉に分らなえよ。",
"よオ、――",
"うるさいつて。",
"んだら、いたづらするど。"
],
[
"んか……何んか云つてながつたか。",
"何んも。",
"何んも? ……今晩どこさも行くつて云つてなかつたべ。",
"知らない。"
],
[
"何んも。",
"網の相手そんだら誰だ。",
"ん……誰でもえゝ。",
"道廳の役人が來てるツて聞いたで。えゝか。"
],
[
"母、ドザ(紺で、絲で刺した着物)ば仕度してけれや。",
"よオ、兄、この犬きつと強えどう。隣の庄、この犬、狼んか弱いんだつてきかねえんだ。嘘だなあ、兄。"
],
[
"んだつて、オツかねえ眞似までして……。",
"馬鹿こけや!"
],
[
"なア、兄、犬と狼とどつちが強えんだ。犬だなあ。",
"だまつて、さつさとけづかれ。"
],
[
"兄、芳ちやんから手紙が來てたよ。",
"ん。",
"こゝにゐた時の方がなつかしいつて、そんなこと書いてるんだよ。フンだものなア、何がこつたら所。"
],
[
"うそ。大嘘、こつたらどこの何處がえゝツてか。どこば見たつてなんもなくて、たゞ廣ろくて、隣の家さ行ぐつたつて、遠足みたえで、電氣も無えば、電信も無え、汽車まで見たことも無え――んで、みんな薄汚え恰好ばかりして、みんなごろつきで、……。",
"兄、犬の方強えでなア。",
"んでさ、都會は汚れてゐると、そんなことが分る度に、石狩川のほとりで、働いてた頃の、ことが思ひ出されるつて。",
"んだべさ。",
"何んが、んだべさだ。こつたら處で、馬の尻ばたゝいて、糞の臭ひにとツつかれて働いて――フンだよ。",
"なア、兄、お文この頃駄目だでア。"
],
[
"兄、狼見たことあるか。",
"見たことねえ。",
"繪で見たべよ。",
"ん。",
"どつち強い。",
"強え方強えべよ。",
"いや〳〵、駄目――え。"
],
[
"ホラ、見ろ、そつたらもの向けてるから、火の神樣におこられたんだべ。馬鹿。",
"糞、ううーうん、〳〵、"
],
[
"ふんとか?",
"いたこ婆にやるんだつて、吉川で油揚ばこしらへてたど。",
"お稻荷樣だべ。",
"お稻荷樣つて狐だべ。",
"んだ。",
"勝とこの芳なあ犬ばつれて吉川さ遊びに行つたら、怒られたど。",
"んだべよ。",
"兄、狐、犬よんか弱いんだべ。"
],
[
"吉川でなんか、薩摩芋ばくつてたど。",
"今に、見てれ、その足腐つて行ぐから。"
],
[
"寒くなつた。もう雪だべ。嫌だな、これからの北海道つて! 穴さ入つた熊みたいによ。半年以上もひと足だつて出られないんだ――嫌になる。",
"嫌だつてどうなるか、えゝ。",
"どうにもならないからよ。",
"んだら、だまツてるもんだ。"
],
[
"源さんか。",
"ウン、行くか。",
"行く。一寸待つてくれ。"
],
[
"どの邊でするんだ。",
"小一里のぼるだよ。せば北村と近くなるべ。んでなえと見付かつたどき、うるせえべよ。",
"道廳の役人が入つてるさうだど。",
"んだべよ、きつと。んだから、なほ面白いんだよ。",
"…………",
"道廳の小役人に見付かつてたまるもんけ。あえつ等だつて、おツかながつてるし、今頃眠むがつてるべ。"
],
[
"あまりよくねえツて。",
"何が。"
],
[
"北村だべよ。北村の宿屋だべよ。――お湯さ入つて、えゝ氣持で長がまつてるべ。こつから三里もあるもの、ワザ〳〵こつたら雨降りに、出掛けて來なべえ。",
"今朝、俺アのお母川さ行つたら、五、六疋秋味が背中ば見せて下つて行つたツて云つたで。",
"ンか、うめえ〳〵。"
],
[
"勝、お前餘計なこと、お文に云ふんだべ。",
"俺?",
"うん。お前えも、お文に負けなえからなあ。百姓嫌やになつたんだべよ。"
],
[
"札幌の街ば見てから、夢ばツかし見てるべ。",
"こつたらどん百姓が、えゝかげん嫌にならなかつたら阿呆だらう。"
],
[
"俺――",
"うん?",
"…………"
],
[
"つかまつたりしたらわやだど。",
"……なんだ、おつかなくでもなつたんか。",
"…………",
"どうした?",
"あんまりよくねえ。",
"馬鹿ツ、元氣出すんだ。"
],
[
"うん?",
"ガサ〳〵つての。"
],
[
"うむ?",
"あらツ! 見ろ。"
],
[
"網と舟はどうするだ?",
"舟か?――こゝさあげておくさ。朝になつたら、モーター通るべよ、そのどき引張つて行つてくれるだ。網なんて、俺しよつてえくべ。",
"冗談でない。水さ入つたら、とつても重くて。",
"何、こつたらもの!"
],
[
"あのなア、朝になつたら、お前え、こつから川岸の家まで、一匹づゝ配るんだど。さうせ。誰も食はねえでるんだから。――買つて來たツて云へば、それでえゝ。俺の方は石田の方まで分けるよ。當り前の事だんだ! なあ。",
"うん。",
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],
[
"もツと!",
"糞ツ! 兄、足さかじるど。",
"馬鹿。"
],
[
"くそ、ずるい奴だ。――錢もらへば直るツてか?",
"錢けれ、ぜんこけれ。"
],
[
"ホラ、なア、星とんだべ。",
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],
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],
[
"源吉君分るかい、――この理窟が……",
"…………"
],
[
"なんでもよ、お芳居だら、口かゝるし、働くだけの畑も無えべよ、んで、ホラ、そつたらごとから、お芳にや、家つらかつたべ――。",
"それ、本當か?",
"お芳、隣りの、あの、なんてか、――石か、――石だべ、石さ云つたどよ、さうやつて。"
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[
"それこそ本當にめしも喰へねええんた事始まるべよ。",
"あまり先き立たねえ方えゝべ。ん、源。"
],
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"何んだか、お前えに話してえことあるてたど。すつかりやつれてよ。青ツぷくれになつてな。ヒヨロ〳〵してるんだど。",
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"たゝられたんだ。",
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] | 底本:「防雪林・不在地主」岩波文庫、岩波書店
1953(昭和28)年6月25日第1刷発行
1959(昭和34)年2月15日第5刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※底本では「それから、勝が裏口にまはつた。~瞬間、なつたのを感じた。」の行が天付きになっています。
※「銭」と「錢」の混在は底本通りです。
入力:山本洋一
校正:林 幸雄、小林繁雄
2006年7月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
"うん",
"……十七",
"考えて言えァだめだ",
"本当よ。――十七",
"そうか……章魚がうまいか?"
],
[
"いつから?……",
"十五から",
"十五?――"
],
[
"どうして?",
"どうしでもさ。金のためにか、すきでか……"
],
[
"貞操を金で買うんだよ……",
"そんなこと……"
],
[
"乱暴なお客さんでもなかったら、別になんでもないわ",
"フーン。初めての時はどうだった。恐ろしくなかったか?"
],
[
"話してくれ。――",
"イヤねえ。――そう、初めのうち少し極りが悪かったぐらいよ"
],
[
"何ァに?",
"髪結賃。この前の……"
],
[
"帰ろう",
"そう? ありがとう。じゃまたねえ"
]
] | 底本:「日本文学全集43 小林多喜二 徳永直集」集英社
1967(昭和42)年12月12日発行
入力:林 幸雄
校正:浅原庸子
2005年1月16日作成
2014年5月22日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "004156",
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[
[
"野良犬ではないようだ。",
"ええ。この辺の犬じゃありませんね。自動車にでも乗せてきて捨てて行ったのでしょう。躯も汚れていないし、そんなに饑じがっているようでもないですね。"
],
[
"こりゃあ、仔もちだ。この犬は仔もちですよ。",
"え?",
"どうも妊娠しているようですよ。お乳の工合からなにから。",
"へえ、それはまた。",
"仔どもが出来たので、飼主が捨てたのでしょう。たいした犬じゃないししますしね。"
],
[
"嫌いじゃありません。まだ一度も犬を飼ったことはないんです。",
"可愛いもんですよ。亡くなった連合が犬や小鳥の好きなたちでしてね。何度か飼ったことがございますよ。"
],
[
"どうなさいました。",
"いいえ。健康診断をお願いしたいのです。"
],
[
"妊娠をしていますね。",
"はい。どんな工合でしょうか。"
],
[
"名前は?",
"メリー。"
],
[
"おや、いらっしゃい。久しぶりね。いい人が出来たんじゃないかと思って心配したわよ。",
"実は出来たんだ。",
"へえ。おどかさないでよ。",
"犬を飼ったんだ。メリーって云うんだ。",
"牝なのね。じゃ、あんた、この頃犬といるの?",
"犬といるなんて、同棲しているようなことを云うなよ。もっとも、同棲にはちがいないが。そのうち仔どもが産れるよ。",
"なに云ってんのよ。あんた、しっかりしなくちゃ駄目よ。早く、おかみさんをもらいなさいよ。",
"おれは正気だよ。もう帰る。",
"里心がついたのね。じゃ、またどうぞ。メリーさんに宜しく。"
],
[
"狂犬でなくとも、ひとを噛むものでしょうか。",
"噛みますとも。恐怖から。憎悪から。嫉妬から、愛情から。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日初版第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日増補新装版第1刷発行
初出:「新潮 第五十二巻第二号」新潮社
1955(昭和30)年2月1日発行
入力:kompass
校正:酒井裕二
2018年9月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "001783",
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"ソート用読み": "いぬのせいかつ",
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"初出": "「新潮 第五十二巻第二号」新潮社、1955(昭和30)年2月1日",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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} |
[
[
"諸君に迷惑をかけた。",
"なにも気にすることはないさ。運が悪かっただけじゃないか。紙分けはやっぱりおじさんでないと駄目だ。"
],
[
"主任がしてくれていたのか。",
"いや、おれがやっていた。",
"それはすまなかったね。"
],
[
"そんなことを云わずに書いてくれよ。頼むよ。",
"なぜ自分で書かないんだ。",
"だって、面倒くさいんだもの。"
],
[
"近いうちにいいことがあるよ。",
"いいことって、おれにかい?",
"うん。",
"なんのことだい?",
"思い当ることはないのか。",
"思い当ることなんかあるものか。",
"おめでたい話だよ。",
"へえ?"
],
[
"おれはこう考えるんだがね。きみがもと配達していた区域に娘はいないか?",
"娘なんか幾人もいるさ。",
"いや、一人あればいいんだよ。その娘がきみのことを見染めたんだ。"
],
[
"冗談を云っちゃいけねえ。おじさんも人が悪いな。",
"冗談なもんか。ほかに考えようがないじゃないか。娘が病人になっては両親としても抛っておけないから、そこで興信所に頼んできみの身許しらべということになったんだ。"
],
[
"いや、これは娘じゃないかも知れぬ。親の方から出た話かも知れんぞ。",
"というと、どういうことになるんだ。",
"養子だよ。きみを養子に欲しいんだ。どっちにしろ悪くない話だ。きみは見込まれたんだから。",
"新聞配達を見込むなんて、そんなもの好きな人がいるのかね。",
"そこが見込むということじゃないか。",
"だけど養子なんて、あまり芳しくないな。むかしからよく小糠三合なんて云うじゃないか。だいぶ値段を安く踏まれているぜ。",
"ばかを云っちゃいけねえ。むかしから養子に行った人には大人物がいるんだ。修身の教科書に名前の載っているような人には養子が多い。大石内蔵之助だって、伊能忠敬だって、みんな養子だ。つまり誰しも養子をするからには、大人物を養子にして、家運の隆盛をはかるんだ。生半可な人間は養子にしてもらえねえ。くさすのは養子になれなかった奴のひがみだ。",
"ばかに養子のことを弁護するじゃないか。まさかおじさんは養子じゃないだろうな。",
"おれは養子になれなかったくちだよ。",
"だけどおじさん、家運の隆盛はいいが、養家先が豆腐屋だったりしたら、ひでえことになるぜ。豆腐屋の早起きは新聞屋どこじゃないからな。それに冬だからって懐手をしているわけにはいかねえ。越後の高田町でも、豆腐屋だけは両掌を出しているというじゃないか。おれは生れつき皮膚が弱いから、冬場は水の中に掌を入れると、罅がきれて困るんだ。",
"どうもきみは大人物にはなれないな。",
"ところでおじさん、調査員にはどう云ってくれたね。",
"心配しなくともいいよ。そこは日頃の誼しみがあるから、悪くは云わねえよ。うまく云っといたよ。松葉屋にお馴染がいるなんてことは伏せておいた。"
],
[
"それは体に力がないからだよ。物が食べられるようになれば、力が出てくるから歩けるようになるよ。",
"看護婦がおれを負って風呂へ連れていってくれるんだよ。まるで娘のように面倒を見てくれるよ。"
],
[
"ねえ、きみ、とても腹がへってかなわないんだよ。毎日お粥ばかりなんだ。氷砂糖を買ってきてくれないか。おれはそれをしゃぶっていようと思うんだ。",
"いまが大事なときじゃないか。辛抱しなよ。"
],
[
"野辺地さんの知辺の者ですが。",
"あ、おじさんですか。おじさんは一寸出かけておりますけど。"
],
[
"それでは後ほどまたお伺いします。",
"いいえ、すぐに戻って参りますから、よろしかったら、お待ちになって下さい。",
"それでは待たさせていただきます。"
],
[
"どうも、お待たせしてすみません。妹が今年からこの先の幼稚園にあがりまして、それでおじさんに送り迎えをしてもらっているんです。もう戻ると思います。",
"おじさんはいつからこちらに御世話になっているんですか。",
"まだ一月ほどですわ。",
"僕はおじさんからまだなにもきいていないんですが、どういう御縁からですか。",
"私共で前から仕事を頼んでいる大工さんからおじさんの話をききまして、ちょうど私共でも人手が欲しかったもんですから。",
"おじさん体はどうですか。葉書には元気なように書いてありましたが。おじさんはお役に立ちますか。",
"ええ。よく働いてくれますわ。父も喜んでおりますわ。それに父は碁が好きなもんですから、おじさんが来てからいい相手が出来たって、それは喜んでおりますのよ。",
"それはよかったなあ。",
"それにおじさんはいい人ですわ。妹もよく懐いていますのよ。",
"さっき琴を彈いていられたのはあなたですか。",
"ええ。",
"あの曲は古いものですか。",
"いいえ。曲は古いものではありません。室町小唄に私の琴の先生が節づけしたものです。",
"いいですね。",
"ええ。私も好きなもんですから。"
]
] | 底本:「日日の麺麭・風貌 小山清作品集」講談社文芸文庫、講談社
2005(平成17)年11月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日増補新装版第1刷発行
初出:「新潮 第五十巻七号」新潮社
1953(昭和28)年7月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:酒井裕二
2019年11月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "058325",
"作品名": "おじさんの話",
"作品名読み": "おじさんのはなし",
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"初出": "「新潮 第五十巻七号」新潮社、1953(昭和28)年7月1日",
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"姓": "小山",
"名": "清",
"姓読み": "こやま",
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"姓読みソート用": "こやま",
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"姓ローマ字": "Koyama",
"名ローマ字": "Kiyoshi",
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"生年月日": "1911-10-04",
"没年月日": "1965-03-06",
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"底本名1": "日日の麺麭・風貌 小山清作品集",
"底本出版社名1": "講談社文芸文庫、講談社",
"底本初版発行年1": "2005(平成17)年11月10日",
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"底本の親本名1": "小山清全集",
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[
[
"均一本のお客様に対してかね。",
"いいえ。一読者から敬愛する作家に対してよ。",
"へえ。なにをくれるの?",
"当ててごらんなさい。わたし、これから薬屋へ行って買って来ますから、おじさん、一寸店番しててね。"
],
[
"あけていいかい?",
"どうぞ。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「新潮 第四十九巻第四号」新潮社
1952(昭和27)年4月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:時雨
2017年9月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "058187",
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"作品名読み": "おちぼひろい",
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"初出": "「新潮 第四十九巻第四号」新潮社、1952(昭和27)年4月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2017-10-04T00:00:00",
"最終更新日": "2017-09-24T00:00:00",
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"名読み": "きよし",
"姓読みソート用": "こやま",
"名読みソート用": "きよし",
"姓ローマ字": "Koyama",
"名ローマ字": "Kiyoshi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1911-10-04",
"没年月日": "1965-03-06",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "落穂拾い・犬の生活",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2013(平成25)年 3月10日",
"入力に使用した版1": "2013(平成25)年 3月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "2013(平成25)年 3月10日第1刷",
"底本の親本名1": "小山清全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1999(平成11)年11月10日",
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"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
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"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2017-09-24T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
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} |
[
[
"あたしもこんどの午の日(吉原の縁日)に『少女世界』を買うの。",
"午の日で売っているのは月遅れだよ。",
"でも新しいのは買えないんですもの、清ちゃん、こんどの午の日には一緒に行きましょうね。"
],
[
"どこかへお出かけで。",
"麻布の狸穴まで行かなくちゃならない。",
"それはまた遠方へ。"
],
[
"また桜林ではじめさんと樹登りをしていたんだろ。桜の枝を折ると松つぁんに叱られるよ。",
"ううん。紙芝居を見てきた。",
"また悟空に八戒かい?",
"うん。"
],
[
"この人はね、そりゃ紙芝居の声色が上手なんですよ。",
"そうですか。ぜひ聞かせて下さいね。",
"うそだい、うそだい。",
"紙芝居の真似もいいけれど、衣紋竹や物差を振り廻して、唐紙や障子に穴をあけるのは御免だよ。",
"穴なんかあけないよ。"
],
[
"清ちゃんにあげて下さいって、伊勢新の番頭さんが新しい衣紋竹を沢山届けてきましたよ。",
"うそ云ってらあ。"
],
[
"おかみさん、花立が一つ見えませんが。",
"そうかい。どうしたんだろうね。いやだよ、なかやの膝の下にあるじゃないか。",
"おやまあ、ほんとに。"
],
[
"ええ。おかげさまで学校の出来は悪くないんですが、お祖父さんが甘やかすものですから、腕白でこまります。",
"いいえ、いいお子さんですわ。"
],
[
"二葉屋へなにしに行くの?",
"お強飯を誂えに行くのよ。"
],
[
"清ちゃんはお習字のお稽古に行くの?",
"ううん。お師匠さんのとこ。",
"お師匠さんって?",
"延小浜さん。",
"そうお。清元なのね。いまなにを習っているの?",
"いまはね、お染。"
],
[
"ここが角海老ね。",
"そう。お糸さんは吉原へ来たことはないの?",
"いいえ。ありますわよ。",
"ぼくの家にも?",
"ええ。清ちゃんがもっと小さかった時分に。ちょうどお酉さまのときに。",
"ひとりで?",
"いいえ。おっ母さんと一緒に。",
"ぼくがいた?",
"いましたよ。清ちゃんは絣に黒無地の胴はぎの着物を着ていて、可愛らしかったわ。よく覚えていますよ。いまのおなかさんではない子守さんがいましたね。",
"しづや。",
"そう、おしづさんでしたね。清ちゃんの子守さんは。一緒に大阪へも行ったんでしょ。",
"ええ。",
"おしづさんはいまどうしています?",
"しづやはね、いま新造衆をしているの。"
],
[
"それじゃ、いまでもときどきお家へ見えるわけね。",
"ええ。"
],
[
"清ちゃん、別嬪さんを連れて澄ましてどこへ行くの?",
"知らないよ。",
"教えてくれないと、もうお祭がきても肩車をして屋台踊を見せてあげないから。",
"二葉屋へ行くんだよ。",
"さては、またけいらん巻を買いに行くんだな。",
"違わい。",
"はははは。家へ帰ったら御隠居さんによろしく。"
],
[
"清ちゃん。さっきのあの子はどこの子です?",
"あの子って?",
"清ちゃんのことを後から押した子ですよ。"
],
[
"におう?",
"まさか。"
],
[
"いいえ、とんでもない。有難く頂戴します。",
"まんざら、着られないこともないだろう。",
"ほんとに、助ちゃんによく似合いますわ。",
"そうですか。どうも有難うござんした。"
],
[
"まさか助公が手品をやりゃあしまい。",
"手品ならよござんすが、それが『ハイカラ壺坂』っていうんですから、呆れるじゃありませんか。",
"ふうん。『ハイカラ壺坂』とは助公も考えたもんだな。お里が髪をハイカラか女優髷にでも結っているのか?",
"冗談ごとじゃありませんわ。聴いている方が恥ずかしくなってくるんですから。御隠居さん、なんとかやめさせるわけには行かないでしょうか。お師匠さんの名折れにもなりますし、あたしたちだって外聞が悪いですわ。",
"そうか。そんなにひどいものか。それにしても席でよくやらしておくな。",
"それがよくしたもんで、お客には受けているようなんです。",
"それじゃ結構じゃないか。『ハイカラ壺坂』だろうと、『当世鰻谷』だろうと、客が来て木戸銭が取れれば結構じゃないか。なにも身過ぎ世過ぎだ。"
],
[
"なんだ、泣いていたの?",
"ううん。",
"でも涙が出ているじゃないか。",
"だって清ちゃんが、きつく眼を押したんですもの。",
"あ、そうか。ごめんね。",
"ううん。いいの。"
],
[
"またはじめさんと喧嘩したんだろ。",
"うそよ。兄さんはきょう浅草へ活動を見に行ったわ。",
"のぶちゃんはどうして行かなかったの?",
"あたし行きたくなかったの。清ちゃんはきょうはお稽古に行かないの?",
"うん。日曜には行かないんだ。",
"あら、そうね。忘れてたわ。"
],
[
"ねえ、のぶちゃん。二人でどこかへ行こうか?",
"え?"
],
[
"おや、おそろいでどこへ行くの? 今戸公園?",
"違うよ。内緒だよ。",
"内緒? いやだわね。まだ肩上げもとれない癖して、二人で駈落ちなんかしちゃだめよ。"
],
[
"家へ帰ってから叱られないかい?",
"大丈夫よ。"
],
[
"それで、水神の家へは寄ったのかい?",
"ううん。",
"寄ればよかったのに。お前、またなぜ黙って行くのさ。おかしな子だよ。お糸さんに御心配かけたよ。すみませんでしたってお詫びをしなさい。"
],
[
"のぶ公はね、清ちゃんのように清元を習いに行きたいって云って、けさおっ母さんに叱られたんだよ。",
"うそよ、うそよ。",
"なにがうそだい。おっ母さんが浅草へ行ってこいって云っても、ふくれて行かなかったじゃないか。",
"兄さんの意地悪。"
],
[
"御隠居さん、しばらくお見かけしませんでしたね。清ちゃんも、いらっしゃい。来月はまたお祭ですね。今年は派手にやるそうですよ。",
"そうか。この節はすっかり引っ込んじまっているもんだから、さっぱり様子がわからない。",
"なんでも、歌舞伎見立の仮装行列を大掛りに催すって話だそうですよ。大文字屋の旦那がひどく乗気なんだそうです。",
"乗気はいいが、あの腰抜けじゃあ、行列には出られまい。"
],
[
"それが御隠居さん、考えたものじゃありませんか。大文字屋さんの役だけはもう極まっているそうですが、なんだと思いますか? 鈴ヶ森の長兵衛なんですよ。",
"なるほど。駕籠で行くというわけか。腰抜けの考えそうなことだ。",
"相変らずお口が悪いですね。なんでしたら、御隠居さんも一役買ってお出になったら、いかがです?",
"馬鹿野郎。この年をして顔に白粉を塗れるか。"
],
[
"そいつは御苦労だな。大文字屋が長兵衛じゃあ、お前さんはさしずめ白井権八だろう。",
"ひやかしちゃいけねえ。年寄りの冷水だが、仕方がねえ。おれは高野物語だ。",
"高野物語というと、なんだな、石童丸か。お前さんが石童丸になるのか。",
"まさか。茶番じゃあるまいし。おれは苅萱よ。",
"昨日剃ったも今道心というやつか。柄になく信心気を出したもんじゃねえか。"
],
[
"お安い御用だが、石童丸にしちゃあ、清は大きかないか。",
"なに清坊は小柄だし、おとなしいし、石童丸は柄だ。それにおれは思い立ったときから石童丸は清坊ときめていたんだ。なあ清坊、お祭りの日にはおじさんと一緒に仲の町を歩いてくれ。べつになにをするわけじゃねえ。石童丸の態で歩くだけの話だ。"
],
[
"清ちゃん。あたしの口真似をしてごらん。",
"なあに?",
"いいかい? それ、このみ山に、",
"このみ山に、",
"今道心、",
"今道心、"
],
[
"いいから、下へ行って遊んでおいで。",
"いいよ。読んであげるよ。とても面白いんだから。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「文学界 第五巻第七号」文藝春秋
1951(昭和26)年7月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:酒井裕二
2017年8月25日作成
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[
[
"清さんは大丈夫よ。",
"千代ちゃんだって大丈夫だよ。"
]
] | 底本:「日日の麺麭・風貌 小山清作品集」講談社文芸文庫、講談社
2005(平成17)年11月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日増補新装版第1刷発行
入力:kompass
校正:酒井裕二
2019年11月24日作成
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[
[
"こんばんは。",
"こんばんは。"
],
[
"うちのかみさんを見かけなかったかね。",
"見たともさ。マリヤさんなら水汲場にいるよ。"
],
[
"この牛は似ているじゃないか。",
"似ているって、なにに?",
"ほら、この子が生れたとき、馬小屋にいたあの牡牛にさ。"
],
[
"さあ、お家へ帰ろう。",
"あら、瓶はわたしが持ちますよ。",
"亭主が提げちゃ、みっともないか。いいじゃないか。きょうがはじめてというわけでもないし。"
],
[
"ルツのかみさんが、坊やのことを、花びらのような口をしているってほめてくれた。",
"まあ、たいへんね。"
],
[
"坊やがもっと大きくなったら、おれたちも都詣でをしようじゃないか。",
"そうですね。さっき水汲場で、ルツさんがこんなことを云いましたよ。マリヤさんはユダヤまで戸籍登録に行ったのか、それとも子供を生みに行ったのかって。",
"はははは。あのかみさんも、貧乏世帯でもないようなことを云うじゃないか。おれたちの世渡りなんて、いつだって窮すれば通ずさ。"
],
[
"あ、痛い。坊やはまた噛んだのね。",
"どうした。",
"上歯が生えかかっているんで、癇が起きるんでしょうね。ごらんなさい、片方の歯茎が破れかけているでしょ。"
],
[
"お前さん、なにが可笑しいんです。",
"なんでもない。大人なんて煩わしいもんだ。おれたちはもっと神様を信仰しなければいけないよ。"
],
[
"今夜は夜業をしますか。",
"そうだな。夜業と云うほどのこともないが、あの軛を仕上げてしまおうか。もう少しのところだから。",
"それがよござんすわ。"
],
[
"ばかに大人しくしているじゃないか。",
"坊やはこの玩具が気に入ったようですよ。たまには大人しくしてくれないと、ほんとに息がつけませんよ。"
],
[
"お前さん、どこまで行くんだね。",
"エルサレムまで行くつもりなんですが。",
"それはたいへんだ。よかったら、今夜はおれの家に泊って行かないか。遠慮はいらないよ。",
"それはご親切に。実はどこか納屋でも見つけて潜り込もうと思っていたんですが。",
"生憎おれの家は大工だから納屋はない。こんな小さな部屋だが、お前さん一人の寝場所位は余っている。まあ、鞋を脱いで足を洗わないか。草臥れが抜けるから。"
],
[
"親方さん。この寝床は馬槽のようだね。",
"うん。馬槽だよ。"
]
] | 底本:「日日の麺麭・風貌 小山清作品集」講談社文芸文庫、講談社
2005(平成17)年11月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日増補新装版第1刷発行
初出:「文芸 第十一巻第三号」河出書房
1954(昭和29)年3月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:酒井裕二
2020年9月28日作成
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[
[
"小山さんですか?",
"そうです。",
"中里先生から通知がありました。待っていました。右手に建物が見えますね。あれは印刷所ですが、あそこに皆さんいますから。"
],
[
"若い人には違いないんですが、いくつだと思います?",
"さあ? 十七八じゃないんですか。",
"二十三ですよ。",
"若いなあ。"
],
[
"ええ、検査はすみました。二十五です。",
"それじゃあ、僕よりお兄さんですね。若いなあ。"
],
[
"僕は駄目なんだ。わかっているんだ。",
"そんなことはない。",
"誰かが丑の刻参りをして僕を呪っているんだ。"
],
[
"まさか、そんな、机竜之助ではあるまいし。小山さんのようないい人を呪う人なんかいるものですか。",
"そうかしら、僕はいい人かね。僕は買物をしても嘗て一度も有難うって礼を云われた験がないんだ。僻まざるを得ないね。"
],
[
"それはひどいな。ほんとですか。しかしそういう受難は聖者の生涯には附きものですね。人に賤しめられ擯けられてこそ聖者でしょ。まあ癩病人みたいなものだな。誰もその毫光には気がつかない。",
"なんだ。そんな子供みたいな顔をしていて、それでもお世辞の一つ位は云えるんだね。贋牧師の本性紛れもないな。",
"いいえ、僕はほんとうにそう思っているんです。小山さんは生涯の終にはきっとこういう風になりますよ。"
],
[
"あんまり殺風景だから子供の絵でも貼りつけてやろうと思って無心をしたら、こんなに沢山持ってきてくれたんです。子供なんて自分の持っているものを一ぺんに出してしまわないと気がすまないんですかね。",
"僕がそうなんだ。",
"ええ、実は僕もそうなんだ。"
],
[
"小山さんは中里先生をどう思います?",
"やさしい人だと思う。",
"僕もそう思います。"
],
[
"青年はどういう本を読んだらいいでしょうか?",
"聖書。論語。"
],
[
"どんな人だ。",
"ま、会ってごらんなさい。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「文学界 第三巻第九号」文藝春秋
1949(昭和24)年11月1日発行
入力:kompass
校正:酒井裕二
2018年10月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"清さんが起きないと、お掃除が出来ません。",
"なんだい、まだ早いじゃないか。じゃ、もう十分……八分、五分。"
],
[
"イエちゃんはそんなにうまいの?",
"素性がいいのだよ。"
],
[
"お父さんから、何んて名前もらったの?",
"知らない。",
"ねえ、何んて名前さあ?",
"知らない、知らない。"
],
[
"清さんはもう学校はお休み?",
"ああ。",
"今度級長になったんですって?",
"うん。",
"この間おばさん、家へいらしったわ。……甘酒、もっと飲みます?",
"もう沢山。"
],
[
"僕、学校がいやなんだ。つまらないんだもの。",
"勉強が面白くないの? 清さんは何んの科目が好きなんです?",
"僕は修身。"
],
[
"私、また稽古に来さして戴くように、お師匠さんにお願いしてきました。",
"そう。",
"さっき、あれを読まれた方は御親戚の方ですか?",
"うん。",
"前途なお心にかかるものあり、そう云ってましたね。",
"ああ、うまいことを云うなア。"
],
[
"大阪へ行っていたの?",
"ええ。",
"東京とどっちがいい?",
"大阪もいいですよ。"
],
[
"兄さんと喧嘩なんかしちゃ、駄目じゃないの?",
"兄さんじゃないよ。婆ばあだよ。",
"まあ。お祖母さんはもうお年寄なんですから、我慢しなさい。",
"いやだ。僕は我慢するってのはいやなんだ。",
"それは清さん、大人気ないってものよ。",
"どうせ僕は子供だよ。僕はうんとわがままがしたいんだ。僕はちっともわがままなんかしていないんだよ。自分の家にいてびくびくしているんだ。",
"お祖母さんも、清さんのことを心配なすっていますよ。"
],
[
"うん。一番性に合うような気がするんだ。でも、つまらないや、お母さんが死んでしまったから。僕の書いたものが本になっても誰にも喜んでもらえないもの。",
"そんなことありませんわ。おばさんの代りに私が読ませていただきますわ。"
],
[
"僕は駄目だな。いつまで経っても、僕は自分が水溜りのような気がするんだ。時に青空を映すことがあると云えば褒め過ぎるかな。僕は筧を流れる清水のような作品を書きたいのだが。",
"あまり気にしない方がいいですよ。自分ではそう思っていても、人が見たらそれほどでもないかも知れませんよ。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「表現 第二巻第三号」角川書店
1949(昭和24)年3月1日発行
入力:kompass
校正:酒井裕二
2018年7月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "058190",
"作品名": "前途なお",
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"ソート用読み": "せんとなお",
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"初出": "「表現 第二巻第三号」角川書店、1949(昭和24)年3月1日",
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"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2013(平成25)年3月10日",
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} |
[
[
"降参か。",
"降参なんかするもんか。",
"よし。これでも降参しないか。"
],
[
"そうだろうね。わたしもあの子は堅気はむりだと思っていましたよ。",
"おきぬさんは当てたわね。おかみさんの前だけれど。おきぬさんはいい子だ。",
"ええ。よくやってくれますよ。",
"おきぬさんなら間違いはない。"
],
[
"山田さん。どうかしたの?",
"うん。躯の工合がおかしいんで、途中で帰ってきたんだ。",
"それはいけませんね。",
"少し熱があるんだ。",
"かぜを引いたんじゃない。",
"どうもそうらしい。",
"すぐ寝た方がいいわ。"
],
[
"足りないだろうけれど、いまこれだけしか無いんだ。",
"いいわよ。そんな心配しなくとも。",
"そうも行かないさ。",
"それじゃ、これだけお預りして置くわ。いいえ、いいのよ。ねえ、山田さん。なにか食べたいものがある?",
"皆さんと御一緒でいいよ。",
"遠慮しているのね。今晩は御馳走をしますよ。",
"それはすまないね。こんなに熱があるくせに食気だけは変らないんだ。ふだん食意地が張っているせいだろうなあ。"
],
[
"こうしていると、なんだか結構な御身分のようだね。すっかり、おきぬさんに厄介をかけちゃった。",
"なにも寝たついでよ。こんどのかぜはたちが悪いって云うから、無理をしないでゆっくり養生したらいいわ。山田さんはこれまであまり病気をしたことはないんでしょ。",
"それはおれみたいな独りものは病気になったら都合が悪いもの。こんどは油断しちゃった。かぜってやつはたちが悪い。こっちの心の隙につけ込むんだから。かぜばかりじゃない。病気はみんなそうかも知れない。おれのようにびくびくした気持で暮らしていると、それがよくわかるんだ。"
],
[
"おきぬさんは、かまわないんだねえ。",
"だって、かまっているひまなんかないんですもの。それに、わたしみたいなおかめがかまったってしょうがないですわ。"
],
[
"おきぬさんにお礼をしたいんだけれど、どうかしら?",
"かまいませんよ。そんな改まってお礼なんて。",
"それでも、心ばかりでも。"
],
[
"あ、そうかね。おかみさんは?",
"大工さんのとこに寄ったの。ねえ、占いやさん、なんて云って?",
"なんだ、みていたのか。人が悪いな。子供は四人まで出来るってさ。",
"まあ。山田さんにおかみさんがあるように思ったのね。",
"いや、女房をもらえばって話さ。",
"おかみさんが欲しくなったので、占いをしてもらったんでしょ。",
"そんなわけじゃないよ。"
],
[
"なんと云うかと思ったら、死相が出ているなんて云うんだ。威かすじゃないか。",
"まあ。嫌ねえ。",
"それは冗談だろうがね。おれがあまり心配そうな顔をしていたもんだから、呼びとめたんだろう。きょうみてもらったら、死相は消えたそうだ。",
"当り前じゃないの。",
"あの占いやさん、人の好い佗しそうな顔をしているねえ。折角奮発しなさいって云ってくれたよ。"
],
[
"ねえ、食べない。",
"有難う。"
],
[
"公園を抜けて行こうか。",
"そうね。"
],
[
"なんて書いてあるのかしら。",
"この枝折るべからずさ。",
"なんだか歌のようよ。"
],
[
"羽村の梅も、もう咲いているわ。",
"羽村ってどんなとこ?",
"水道の堰のある処よ。",
"いちど行ってみようかなあ。",
"近いんですから、いつでも行けますわ。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
入力:kompass
校正:酒井裕二
2018年2月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "058191",
"作品名": "早春",
"作品名読み": "そうしゅん",
"ソート用読み": "そうしゆん",
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"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2018-03-06T00:00:00",
"最終更新日": "2018-02-25T00:00:00",
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"人物ID": "001867",
"姓": "小山",
"名": "清",
"姓読み": "こやま",
"名読み": "きよし",
"姓読みソート用": "こやま",
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"姓ローマ字": "Koyama",
"名ローマ字": "Kiyoshi",
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"生年月日": "1911-10-04",
"没年月日": "1965-03-06",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "落穂拾い・犬の生活",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2013(平成25)年3月10日",
"入力に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"底本の親本名1": "小山清全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1999(平成11)年11月10日",
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} |
[
[
"お早よう。今朝は納豆を買っといたぜ。",
"そうかい。そいつは有難てえな。朝はおつけに納豆がありゃあ、江戸っ子は文句は云わねえよ。",
"それに茄子の芥子漬でもあればな。",
"贅沢云うねえ。"
],
[
"明日は一緒に浪花節でも聴きに行こう。",
"うん、帰りに大福でも食うか。"
],
[
"修養が出来たかね。",
"だめです。里心がついていてね、帰心矢の如きものがあってね。"
],
[
"お前の罪名はなんだっけな?",
"窃盗です。",
"馬鹿だなあ。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「八雲 第三巻第六号」八雲書店
1948(昭和23)年6月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:酒井裕二
2018年7月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "058192",
"作品名": "その人",
"作品名読み": "そのひと",
"ソート用読み": "そのひと",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「八雲 第三巻第六号」八雲書店、1948(昭和23)年6月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2018-08-03T00:00:00",
"最終更新日": "2018-07-27T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001867/card58192.html",
"人物ID": "001867",
"姓": "小山",
"名": "清",
"姓読み": "こやま",
"名読み": "きよし",
"姓読みソート用": "こやま",
"名読みソート用": "きよし",
"姓ローマ字": "Koyama",
"名ローマ字": "Kiyoshi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1911-10-04",
"没年月日": "1965-03-06",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "落穂拾い・犬の生活",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2013(平成25)年3月10日",
"入力に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"底本の親本名1": "小山清全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1999(平成11)年11月10日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
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"校正者": "酒井裕二",
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} |
[
[
"おなかが痛いよ。",
"お前またきのう蜂蜜を呑んだんだろう?"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「新潮 第五十一巻第一号」新潮社
1954(昭和29)年1月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:kompass
校正:酒井裕二
2018年10月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "058193",
"作品名": "遁走",
"作品名読み": "とんそう",
"ソート用読み": "とんそう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新潮 第五十一巻第一号」新潮社、1954(昭和29)年1月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2018-11-15T00:00:00",
"最終更新日": "2018-10-24T00:00:00",
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"姓": "小山",
"名": "清",
"姓読み": "こやま",
"名読み": "きよし",
"姓読みソート用": "こやま",
"名読みソート用": "きよし",
"姓ローマ字": "Koyama",
"名ローマ字": "Kiyoshi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1911-10-04",
"没年月日": "1965-03-06",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "落穂拾い・犬の生活",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2013(平成25)年3月10日",
"入力に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"底本の親本名1": "小山清全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1999(平成11)年11月10日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "kompass",
"校正者": "酒井裕二",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001867/files/58193_ruby_66279.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2018-10-24T00:00:00",
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"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"きっと戦争中は威張っていたのよ。",
"大きにそうかも知れない。",
"この子はおしづよりは小さいようね。",
"そうだな。"
],
[
"おじさん。ペンキ屋は首になった。",
"こんどは、なに屋さんだ。",
"女に貢がせている。",
"そいつは豪気だ。",
"女は馬鹿だから。",
"まったくだ。"
],
[
"お医者に見せた方がいいよ。ほっとくと殖える一方だよ。",
"嫁にいく頃にはなくなるさ。"
]
] | 底本:「日日の麺麭・風貌 小山清作品集」講談社文芸文庫、講談社
2005(平成17)年11月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日増補新装版第1刷発行
初出:「新女苑 第二十巻第四号」実業之日本社
1956(昭和31)年4月1日発行
※表題は底本では、「日日の麺麭《パン》」となっています。
入力:kompass
校正:酒井裕二
2020年2月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "058328",
"作品名": "日日の麺麭",
"作品名読み": "ひびのパン",
"ソート用読み": "ひひのはん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新女苑 第二十巻第四号」実業之日本社、1956(昭和31)年4月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2020-03-06T00:00:00",
"最終更新日": "2020-02-25T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001867/card58328.html",
"人物ID": "001867",
"姓": "小山",
"名": "清",
"姓読み": "こやま",
"名読み": "きよし",
"姓読みソート用": "こやま",
"名読みソート用": "きよし",
"姓ローマ字": "Koyama",
"名ローマ字": "Kiyoshi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1911-10-04",
"没年月日": "1965-03-06",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日日の麺麭・風貌 小山清作品集",
"底本出版社名1": "講談社文芸文庫、講談社",
"底本初版発行年1": "2005(平成17)年11月10日",
"入力に使用した版1": "2005(平成17)年11月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "2005(平成17)年11月10日第1刷",
"底本の親本名1": "小山清全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1999(平成11)年11月10日増補新装版",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "kompass",
"校正者": "酒井裕二",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001867/files/58328_ruby_70386.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2020-02-25T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001867/files/58328_70444.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2020-02-25T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"若いのがいいでしょう。",
"うん。"
],
[
"写真ないね。",
"ええ、写真はいま作製中です。おとなしい可愛い妓ですよ。十八ですよ。"
],
[
"君の写真は作製中だそうだね。",
"ええ、まだ出来てこないの。",
"君はいつからみせに出たの?",
"今日で十二日になるわ。",
"君は十八だって?",
"ううん、十九。"
],
[
"なんだ、鼻のあたまに汗をかいているじゃないか。",
"ふふふ、むずかしい。",
"誰か教えてくれる人がいるの?",
"ううん、自習帳があるの。"
],
[
"あたしの村の役場の書記さんに、大山さんって人がいたの。大山さんって呼ぶとね、いつも、おう、って返事するの。",
"君のいい人だったの?",
"あら、ちがうわ。法律を勉強していたわ。いちど自転車のうしろに乗せてもらったら、ひっくりかえっちゃって。"
],
[
"どうしていたの?",
"東京にいなかったんだ。",
"どこへいっていたの?",
"あちこち旅をしていた。",
"そうお。"
],
[
"この近所へきたよ。",
"近所って?",
"この裏の新聞やにいる。",
"ほんと?",
"ほんとさ。君のとこへ新聞を配達してあげよう。"
],
[
"なにを考えているんだ?",
"ううん。"
],
[
"綺麗な人だねえ。",
"よせやい。おばさんには敵わねえや。大袈裟だなあ。",
"あら、私はああいう人、好きだね。眼をカギカギといわせてね。",
"なんだい、カギカギって?",
"始終にこにこしているじゃないの。あの人はいいおかみさんになるね。気持もさくいようだし、所帯持ちだって悪くないよ。年が明けたら、あんたもらっておやりよ。",
"なに云ってんだい。"
],
[
"集金やのおばさんが君のことをほめていたよ。",
"あら、なんて?",
"別嬪だって。",
"あら、いやだ。",
"君の金の払いっぷりがよかったらしい。",
"なに云ってんのよ。"
],
[
"君はどういう人のおかみさんになりたい?",
"どういう人って?",
"たとえば、月給取りとか、商人とか、学校の先生だとか。",
"商人。あたし、お勤め人のとこへはいきたくないわ。"
],
[
"あんた、なにか勉強しているんでしょ?",
"なにも勉強していない。"
],
[
"まあ、大へんな呑み手なのね。",
"それほどでもないがね。きょうは酌がよすぎたんで、少し過ぎたようだ。",
"いいとこへ連れてってあげましょう。涼しいわよ。少し風に吹かれるといいわ。"
],
[
"いいね。パラダイスじゃないか。",
"涼しいでしょ。あたし、よくここへ涼みにくるの。ちょいと、ここへ来てごらんなさい。あんたのお店が見えてよ。ほら、ね。"
],
[
"おや、君、指輪をはめているね。",
"ふふふ。"
],
[
"妻の形見だって。",
"ふうん。"
],
[
"ちえっ、つれえ商売だな。",
"あら、そんなこと云ったら、あたしの方がよっぽど、つらい商売じゃない。"
],
[
"ねえ、あんた。",
"なに?",
"あたし、ねえ、あさって、ひまがもらえるんだけれど、あんた、どこかへ連れていってくれない?",
"お客と出かけてもかまわないのか?",
"ええ、かまわないの。失礼だけれど、お金のことは心配していただかなくともいいのよ。ね、連れていってくれない。",
"だしぬけだね。",
"あんた、いやなの。"
],
[
"僕も見ていないんだ。じゃ日光へ行くか。",
"連れていってくれる。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「人間 秋季増刊号」目黒書店
1949(昭和24)年11月1日発行
入力:kompass
校正:酒井裕二
2018年12月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "058194",
"作品名": "朴歯の下駄",
"作品名読み": "ほおばのげた",
"ソート用読み": "ほおはのけた",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「人間 秋季増刊号」目黒書店、1949(昭和24)年11月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2019-01-14T00:00:00",
"最終更新日": "2018-12-24T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001867/card58194.html",
"人物ID": "001867",
"姓": "小山",
"名": "清",
"姓読み": "こやま",
"名読み": "きよし",
"姓読みソート用": "こやま",
"名読みソート用": "きよし",
"姓ローマ字": "Koyama",
"名ローマ字": "Kiyoshi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1911-10-04",
"没年月日": "1965-03-06",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "落穂拾い・犬の生活",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2013(平成25)年3月10日",
"入力に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"底本の親本名1": "小山清全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
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[
[
"ごめん下さい。",
"はい。",
"太宰先生は御在宅ですか?",
"太宰さんはいま青森に居られますが。",
"疎開なさったのですか?",
"こちらから甲府へゆかれましてね、甲府で罹災して、それからお国へお帰りになったのです。",
"青森の御住所はどちらでしょうか?"
],
[
"青森県、北津軽郡、金木町、津島文治方です。お兄さんのところです。",
"こちらへは、もうお出にならないのですか。",
"いいえ、いずれお帰りになります。いまのところ僕が留守番というわけです。"
],
[
"ま、こっちへ、陽当りのいいとこへ。……三鷹は初めてかね?",
"ええ。",
"わかりにくかったろう? まごつきやしなかったかね。",
"ええ、一寸まごつきました。",
"やはり駅は三鷹で下りた? 吉祥寺の方からも来られるのだが。",
"ええ、三鷹で下りました。吉祥寺からも来られるんですか?",
"うん、井ノ頭公園などを通ってね。",
"あら、そうですか。……陽当りがよくてなによりですわね。",
"うん、天気さえよければ火鉢もいらない。",
"ほんとに暖かで結構ですわ。",
"独りだとつい気ままになってね、陽なたぼっこばかりしている。"
],
[
"あら、先生はいまお独りなのですか?",
"うん、女房子供は国へ、青森の兄のとこへやってあるんだ。やもめ暮しだ。",
"そうですか。炊事も御自分でなさるんですか? 大へんですわね。……でも、きれいに住みなしていらっしゃいますわ。"
],
[
"先生はお国へはお帰りにならないのですか? 帰りたくなりませんか?",
"ならないね。古郷へ廻る六部は気のよわり。僕は永遠に巡礼者だ。そう思っているんだ。",
"渡り鳥?",
"うん、渡り鳥だ。",
"でも、もう直き御家族の方をお呼び寄せになるのでしょう?",
"いや、女房子供は当分本州の北端に閉じ籠めて置くつもりだ。やもめ暮しの味もいいものだね。僕はこの頃、西行、芭蕉がとても懐かしい気がするんだ。慕わしいね。",
"それでは奥さんがお気の毒ですわ。",
"女房なんて、子供をあてがって置けばいいんだよ。",
"まあ。",
"それにね、僕は近々に妾宅を構えようともくろんでいるんだ。",
"まあ。"
],
[
"そうだ、物色中なんだ。",
"でも、妾宅なんて、なんですか、芭蕉の風流を慕う生活とは裏腹のような気がしますわ。",
"それこそ俗論だ。妾宅こそは男子の風流生活の深奥に光っている、究極の実在だ。男子たる者はそこに辿りつくことによって、その風流生活を完成出来るんだ。一切の家庭生活は灰色だ、緑なのはただ黄金なす妾宅生活だ。",
"それこそ暴論ですわ。",
"暴論かね。女なんて自分の都合が悪けりゃ、みんな暴論の愚論にしちまうんだろう。君達は、妾宅と云えばすぐに長火鉢を間にして二人でやに下がっている図を想像するのじゃないのか。あわれなもんだ。妾宅にだってピンからキリまであるんだ。浦島に於ける竜宮、または雀の宿、日本の御伽噺はみな古人の妾宅へのあこがれを伝えたものだ。君は僕のお伽草紙という著書を読んだかね? なに、読まない? 不勉強極まるね。是非一本を購って再読三読し給え。主婦之友などを読んで、甘藷の貯蔵法ばかり研究していてはいけない。君はアフタニデスの蓄妾論を読んだことがあるか? 勿論ないだろう。アフタニデス曰く、妾宅こそは、いや、ま、よそう。ここで君のようなうら若い女性を圧倒してみたところでしようがない。妾宅論はいまのところまだ腹案中なのだから、いずれ思想体系の完成を待って天下に公表するから、その折心をしずめて熟読含味してもらうことにしよう。大方の婦女子にも参考になることがあると思うんだ。",
"期待していますわ。"
],
[
"しかし、芭蕉だって怪しかったのだぜ。",
"なにが怪しいんです? 芭蕉に妾でもあったのですか?",
"そうなんだ。山蔭に身を養わん瓜畠、この句を怪しいと睨んでいる人があるんだよ。芭蕉なんて、あれで相当ちゃっかりした爺さんだから、何処か山蔭の食糧豊富なところに色女でも隠匿していたのじゃないかね。瓜つくる君があれなと夕涼み、なんてそらっとぼけているじゃないか。きざだよ。まるで面皰つらの文学青年のよみそうな句だ。",
"あら、いいじゃないですか。",
"いいて何が?",
"その芭蕉の瓜の句。抒情的ですわ。",
"ちぇッ、自分だって満更じゃなさそうじゃないか。ついでに、もう一つ披露してあげよう、朝にも夕にもつかず瓜の花。",
"まあ、芭蕉の瓜の句はみな句の姿が涼しい気がしますわ。",
"藤村先生みたいなことを云っちゃいけない。しかし君も僕の妾宅論には強硬に反対を唱えたけれど、君だって恋人と二人きりかなんかで、何処かの山里に隠棲して、瓜の花などを眺めている生活は悪くない気がするんだろ。",
"いいえ、私は自分の身にはどんな想像もしませんけれど、芭蕉にそういう句があったことは、なにか床しい気がして。",
"じゃなにかね、芭蕉に於ては床しく、太宰の場合は尾籠だ、とでもいうのかね。"
],
[
"あら、そんなつもりじゃありませんわ。ただ先生には……。",
"なにも口籠らなくてもいいじゃないか。遠慮はいらないよ。"
],
[
"いや、あいにく切らしてしまったんだ。",
"よろしかったら、どうぞ。",
"ありがと。折角だけど、外国製はどうも苦が手なんだ。一度試みてみたのだが、三日ばかりおくびが止まらないんだ。口に合わないらしい。",
"おくびが出ちゃ、困りますわね。",
"飯がまずくてね。君、やるのだったら、遠慮なく。",
"いいえ、私は不調法です。",
"そうだろう。君には似合わないよ。"
],
[
"先生はお写真で拝見したよりは、お若くていらっしゃるし、",
"え?",
"それにずっとお綺麗ですわ。"
],
[
"照れないよ。僕はこの頃照れない練習を積んでいるんだ。男がはにかんでばかりいるのも、みっともないからね。それにしても、君はちと古風でなさすぎるね。",
"いいえ、ただ、あまりお写真とは違うように思えたものですから。",
"写真は僕は嫌いだ。昔から信用していないのだ。カメラには心というものがないから駄目だ。ものの真相に感応すべき心がないもの。カメラは正直だなんて云う人があるが、あんな正直はいわば糞リアリズムじゃないか。",
"さあ、どういうものでしょうか。でも先生はほんとにお写真では御損なさっていらっしゃいますわ。"
],
[
"それに僕がふだん作品の中でわが頬がまちを説くのに、あまりに謙虚なものだから、知らない人は僕のことをなにかノートル・ダムの怪物の如きものに思っているらしいんだ。詩人の韜晦趣味を解さない輩にも困るね。まあ自ら冤罪を招いたようなものだ。誰を恨むこともない。ところで容貌のことでは、昔僕に一つのアネクドートがあるんだね。しかし、初対面の人の前では、どうも、なんだな、……",
"是非お聴きしたいですわ。",
"じゃ話そうか。僕の歌舞伎座事件といってね。当時友人間には相当評判になったものだ。昔の話だ。一日僕は銀座を散歩した帰りにぶらりと歌舞伎座に入ったんだ。するとたまたまその日は柳橋だったか新橋だったかの芸妓の総見かなんかがあってね、極彩色な彼女達が席を埋めているんだ。佳日に来合わせたものかなと秘かに祝福して、開演中も舞台よりはその方に気を取られ勝でいると、そのうち僕の席から少し離れたところにいるその一団の連中の中で、互いに囁き合いながらこちらを顧みるのがいるんだ。僕も少からず気になってね、耳を澄ますとよくは聞えないが、『姐さん、成駒屋が来ているわ。』『えッ、どこに? あら、成駒屋だわ。いいわねえ。』僕はあまり目立たないように自分の周囲を視察してみたのだが、まず僕の右隣りは十徳頭巾の其角堂宗匠とでもいうべき人柄の老人、左隣りは分廻しで描いたが如き円顔に眼鏡をのせている Miss YWCA とでも云うべき凡そ月並な女学生、その他見渡したところ、彼女達の溜息にも似た囁きの対象たる成駒屋に該当する人物は見当らないのだ。彼女達は依然としてその私語と肩越しに視線を投げることを止めない。僕はなにか恍惚と不安の入り混った妙な気持になってね、彼女達の視線の落つるところが等しく僕の面上だと確信した時には、その気持は極点に達していた。",
"あの、お話し中ですが、その成駒屋というのは、なんですか?",
"役者じゃないか。先代の福助さ。しかし君は福助を見ていないだろう。まあ、いい男の典型の如きものだと思えば間違いはない。ところで、その緊張の頂点に於て僕の頭脳に閃いたものがあるんだ。僕は嘗て、一通人から、いわば騎士道上の忠言を受けたことがあるのだ。劇場なんかでね、玄人などから誘導的視線を受けた場合の心得だね。そういう際彼女等は例外なく先方からなにかきっかけを見つけて名刺などを呉れるそうだから、こちらもそこは心得ていて、彼女等にその行為を円滑に遂行せしむべく、充分に隙を見せなければいけないというのだ。僕はその時この忠告を思い出すと共に、今こそ先蹤の求めたるところをわれまた求めんという、一大勇猛心を起し、次の幕あいには逸速く席を立って廊下に出て、人生に於ける遭遇、機縁なるものの何処に秘められているかは、神のみぞしろしめす、機会というものに対しては自分はあくまでも従順でありたい、そういう殉教者にも似た希願を胸に抱いて、僕は歌舞伎座の廊下をさかんに往きつ戻りつしたんだ。自分では充分に隙を見せたつもりなんだ。なんだか自分が助六にでもなったような気分で、いまに名刺の雨が降るという期待でわくわくしていた。",
"それで、雨が降りましたか?",
"ところが、さっぱり降らないんだ。彼女達も廊下に出てそちこちに三々五々屯して、例の囁きだけは止めないんだがね。『成駒屋よ、いいわねえ。』『ちょいと、横顔がいいじゃないの。』『あら、ハンカチを出して鼻を拭いているわ。』『プーシュキンに似てやしない?』まさかそんなことは云わないが、しかし、一人のその群を抜きん出て僕に慇懃を通じようとする奇特な者とてはいないんだ。なんべん廊下を往復したか知らないが、遂に徒労に終った。",
"ひやかしにあったようなものですわね。",
"そうなんだ。褒めてばかりいて、財布の紐はほどかない。やっぱり玄人なんてえのはちゃっかりしているんだね。他日友人間にこの話を披露したところ、異口同音に『おごれ。』さ、成駒屋に間違えられただけでも大出来だと云ってね、その後しばらくは、僕を呼ぶに成駒屋を以てした。",
"面白いお話ですわ。先生らしくって。",
"成功しないところがだろ。情緒纏綿とした後日談でも欲しいところだが、事実は曲げられないからね。なんにしても昔の話さ。しかし今でもふと思い出して独り顎を撫でたりすることがあるよ。"
],
[
"ばかにしけじけと眺めているね。軽蔑するかね。これは友人のなんだ。僕が甲府にいた間留守番をしてもらっていた友人のなんだ。ついそのまま懸けっぱなしにしているけど、軽蔑しちゃいけない。",
"この歌はお子さんが生れた時、お詠みになったのですか?",
"いや、どうして?",
"男の子かと思っていたら、生れてみたら女の子だった、そういう感慨の歌じゃないのですか?",
"君にはへんな勘があるね。そうではないんだが。",
"じゃ、なにかロマンチックな意味合いでもあるのですか?",
"さあね、云わぬが花というものさ。酔ったまぎれに酔筆を揮って友人の笑覧に供したまでなのだが、かくの通り立派に表装してしまったね、三月十日の空襲の際には、伝家の宝物の如く大事に持って逃げたというんだ。",
"まあ、感心な方ですわね。やはり小説をお書きになるのですか?",
"うん、お書きになるんだ。",
"誰方ですの?",
"誰方って、名前を云ってみたところではじまらないよ。お書きになっている代物は未だ一ぺんも陽の目を拝んだことがないんだから。",
"まあ、無名な方なのね。素敵ですわ。でも、いずれ御発表になるのでしょ。",
"遊んで食ってゆける身分じゃないから、そのうち開業するだろう。",
"暖簾を分けてあげなさるわけですね。",
"満更知らない顔も出来ないだろうな。",
"ひどく気のないお口振りですわ。私期待して居りますわ。お名前聞かせて戴けません?",
"ばかに熱心じゃないか。見ぬ恋にあこがれるというやつだね。水をさすわけじゃないが、あまり期待しない方がいいよ。",
"まあ、先生からしてそんなことをおっしゃっては、それこそはじまらないじゃありませんか。お友達の開業御披露のためですわ。"
],
[
"あら、そんなことありませんわ。いいお名前ですわ。なにか澄んだ感じで。シャルル・ルイ・フィリップ、そんな感じですわ。",
"そうかね。僕は不賛成だな。もっとも君は本人を知らないからな。一眼見たら君もその印象を訂正したくなるよ。",
"まあ、そんなお姑さんじみたことばかりおっしゃって。",
"また、まあ、か。どうして君達女性はその、あらだとか、まあだとかいう感歎詞を頻発するのかね。君達がその月並調を止めてくれない間は、僕達作家はいかに努めても、会話の上に新風をもたらすことは出来ないね。",
"いやですわ。それは自己弁解というものですわ。",
"僕がなにを弁解するんだね?",
"先生が会話の描写があまりお上手でないってことは、ゆるぎない定評ですわ。"
],
[
"いいえ、私としたことが、つい生意気なことを申し上げて、……それで、小山さんでしたわね、やはりその頭脳明晰、才気煥発、",
"もう一つおまけに不羈奔放か。ところが反対なんだ。もそもそとしていていも虫だね。頭の鈍いことは極端だ。例をあげるとね、十年前の屈辱を今日になってはじめて気づき、『俺はあの時辱しめを受けたのだ、俺は憤るべきだったのだ。』と懊悩呻吟のあまり、遂に喘息を惹き起して一週間寝込んじまったという豪傑でね、一事が万事、日常生活ではそんな手遅ればかりやっているんだ。五分間と相対して話して見給え、退屈で閉口するから。いい齢をして人並みに世間話はおろか、時候挨拶さえまんぞくに出来ない。まるで赤ん坊だ。落語にあるだろ、権兵衛や、えらく暑いのう、と云われて、この案配じゃ、山は火事だんべえ、あれだよ。口を開けば、ただもう文学だ。それも最上級の言辞を並べ立てるので閉口しちまうよ。『孤高な態度だけは失いたくありませんね。』『高邁の精神を喚起して死ぬ気でやりましょう。』先生にあっては素面は即ちそのまま陶酔状態だ。",
"真面目な方なのね。",
"真面目なんてそんな生やさしいものじゃないんだ。糞真面目の骨頂とでも云べきものだ。モーニングにシルクハットで銭湯に出かける口だ。しかし野暮もあの位に徹底すると、寧ろユウモラスだね。待合の床の間の置物の如きものだ。",
"それで、お書きになるものは、どうなんです。",
"さて、肝腎のお書きになるものだがね。譬えて云えば、駿河屋の番頭が主人の前で算盤を弾いているようなもので、ただもう実直。額と額とこつんこしたら眼から火が出たというような、ただもう実も蓋もない話。糞リアリズムの骨頂さ。",
"なんですか、さっきからお伺いしていると、悪口ばかりおっしゃってますねえ。お弟子さんなのでしょ。先生がお弟子さんの悪口をおっしゃるものじゃありませんわ。私、一度も拝見したことはありませんけど、きっといい作品をお書きになる方と思いますわ。",
"なあんだ、君こそさっきからいやに小山の肩ばかり持つじゃないか。面白くないね。君は太宰に会いに来たのだろう。小山の話を聞きに来たわけじゃないんだろう。僕は嫉くわけじゃないがね、面白くないね。もう小山の話はよそうじゃないか。談一度小山のことに及んでから、なんだか僕は君と下手な掛合い万才でもやっているような気がしてきたよ。案外僕は万才の書き手にでもなっていたら、成功したかも知れない。こりゃあ、発見だわい。"
],
[
"文学の糞から生れてきたような人間の話をしていたら、なにやらうっとうしくなってきたね。気分の転換をはかろうじゃないか。なにか怪談はないかね。鏡花以後お化小説も払底した感じだね。原子爆弾の降る世にはお化も住めないか。これは余談だが、原子爆弾というやつは、相撲の方で云う封じ手というやつじゃないかな。例えば雷電の閂とでもいう。",
"そんな気もしますね。そうそう、なんですか、この辺にも爆弾が落ちたそうですね。",
"うん、原子爆弾こそは落ちないが、実は命拾いをしたんだよ。この庭の向うにも家が在ったんだが、あまり破損がひどかったので取り壊してしまったんだ。この家だって爆風で相当痛めつけられているんだよ。いまだって雨が降ると雨漏りがするんだ。この障子に硝子がないのもその時の記念の一つだ。"
],
[
"そんなに近くに落ちたのですか?",
"近いのなんのって、僕の家を中心にして、この小さい一町内に集中爆撃なんだ。来る飛行機、来る飛行機が落っことしてゆくんだ。それも二五〇キロ、五〇〇キロという大物ばかりなんだ。",
"それは大変でしたですね。始めからくわしくお伺いしたいですわ。",
"四月二日未明、あの時限爆弾というやつを初めて使用した時の空襲だよ。その四、五日前に女房子供を甲府の女房の里に疎開させてね、ここには僕と小山とがいたんだ。また小山が話に出てくるが、先生も端役ながら一役を勤めているから、カットするわけにはいかない。小山は三月十日に罹災してからここへ来ていたのだ。その夜吉祥寺の行きつけのスタンドから若干の酒を仕入れてきて、二人でやっていると、そこへぶらりと大物が現われた。横浜から田中英光が一升壜持参でやって来たんだ。",
"あの『オリムポスの果実』を書かれた方ですか? まあ素敵。あの小説はほんとに青春の書ですわ。すると、先生と小山さんと田中さんと三人寄られたところへ、爆弾が落ちたのですね。歴史的ですわ。",
"ひやかしちゃいけない。これから九死に一生を得た話をするんだから。それから三人で酒盛りを始めて、小山は余り呑めない方だから、僕と田中とで殆んど呑んじまってね、出鱈目の連俳なんかをやり、寝床に入ってからも、額にしてあるジョットーの聖母マリアの画を、それこそ酔っぱらいが女郎でも冷かすように、『このマリアはまた、ばかに肉体汚れた感じじゃないか。あの眼もとや頸筋の辺りを見ろよ。』『まるで幻灯の町のマリアだ。』『ジョットーはきっと、マグダラのマリアと間違えて描いたに違いない。』など、凡そ美神を怖れぬ不逞の美学を弄したりして、寝入ったのはかなり遅かった。白梅のかなり淋しさよB29よ。その時の田中の駄句だがね、今にして思えば、この句は呪文の如きものだったね。間もなくその田中の地上からの招きに応ずるが如く、B29が客来したんだから。『空襲ッ』の声に眼覚めた時は既に敵機は頭上に在って、辺りは照明弾で薄明るく、身支度もそこそこにしてはや、ボカン、ボカンさ。周章狼狽する二人をまず先きへ防空壕へ追いやって、この時義経少しも騒がず、翌朝の迎い酒にもと残し置きたる湯呑みの酒を咄嗟にぐっと呑みほした。",
"老獪ですわね。",
"老獪はひどいよ。なんにしても酒にかけては、われに一日の長ありさ。ところで防空壕に入ってみたら驚いた。入ったことは入ったが身動きが出来ないんだ。僕の家の防空壕は僕がこしらえたいい加減のもので、その上ひどく浅いんだ。でも僕と女房子供位だと充分間に合うのだが、その時はなにしろ田中という大物はいるし、僕にしても小山にしてもまた小さい方じゃないんだから、これには防空壕の方でも驚いたろう。身を屈め躯をすり合わせて凝っとしていると、隣りにいる田中の胴震いがこちらに伝わってくるのだ。『君どうしたんだ?』と訊くと、『寒くて。』と云ってガタガタやっている。見ると田中は襯衣だけで上衣は引っかける間がなかったらしい。それにしてもそのガタガタは寒いばかりじゃないらしいのだが、ともかく上衣を着に家の中に引き返し、また防空壕に納まると、『太宰さん、呑んじゃいましたね。』と口惜しそうに云うんだ。その時になって迎い酒のことを思い出して、上衣を着てくるついでにひっかけてくるつもりだったらしい。『そこに抜かりはあるものか。』と云うと、『これを持ってきました。』と云って、上衣のポケットから配給のカツ節を取り出して見せるんだがね、田中としてはつまり籠城の食糧のつもりなのだろう。あわてているよ。田中はふだんもそんな風でね、いつかも人の家で酒を呑んでいて、便所へ立ったと思うと、そこの家の猫を抱いてきて曰くさ、『厠りを少し汚しました。猫を抱いて来ました。』つまり猫を抱いてきたのがお詫びのつもりなんだ。とんちんかんな男だね。",
"それで、小山さんはどうしました?",
"小山に至っては論外だね。ただもう神気朦朧として半分恍惚状態だったそうだ。",
"それは脳貧血を起す一歩手前の症状ですわ。",
"そうだろう。小山はどうも脳の神経組織が人並みではないのじゃないかと思われるふしがあるんだよ。僕が甲府にいた時遊びにきて葡萄酒を呑んだのだが、実にあわれなことになっちゃったんだ。半分泣声で『太宰さん、神は在りますか?』って云うんだ。僕はまじめに『僕は在ると思う。若し神が無かったら、僕達が人知れずした悪事は誰が見ているのだ。』と叱咤して、『神は帳面を持っていて、その神の帳面には、僕達がした人には知れない悪事も善事もみんな記録してあるのだ。』と云ったら、ますますべそをかいて、『僕はどうも畳の上じゃ死ねないらしい。首でもくくることになるんでしょう。』と云うんだ。これには僕も少からず驚かされてね、家へ帰ってから、『まあ少し横になれ。』と云って枕をあてがってやったのだが、一眠りしたと思ったら、まるで瘧の落ちた病人よろしく、ケロリとしたもので、『僕の会社に可愛い女の子がいるんですが、その子が僕の前にお茶を持ってくる時にはいつもポッと頬を紅くするんですが、これは僕にとって、吉でしょうか? それとも凶でしょうか?』なんて、にやにや笑いながら、そんなのろけじみたことを云い出すんだ。人を馬鹿にしてるじゃないか。僕はそれからは小山とは余り酒を呑まないことにしているんだ。たかが葡萄酒を一本や二本呑んで、意気地のない話じゃないか。『太宰さん、一緒に死んで下さい。』なんてからまれたら、かなわないからね。話が脱線した感じだが、ともかく田中、小山の両人はそんな工合で、また壕の中はお聴きの通り満員の状態で、その上、爆弾が落ちる度に壕の壁が崩れてきて、三人共に半身埋まってしまった。あの、爆弾が風を切って落ちてくる時の響きというか、唸りというか、実に凄じい、いやなものだね。また落下して地上で爆発した時が、すごいんだ。ヒュー、ドン、バリバリバリ、ガラガラ、ズドンさ。これは実際経験してみなきゃわからないよ。なにせ至近弾なのだから。その度に三人抱き合って生きた気はしなかった。田中と小山はとうに僕の家なんか、吹き飛んでしまったものと思っていたらしい。僕は壕の破れから家の玄関の硝子戸が眼に入ったので、まだ少しは人心地があったんだ。何回目かの爆発の後、『津島さんの裏が燃えている。』と云う隣組の人の声が聞えたので、いそぎ壕から這い上ってかけつけて見ると、ただもう白煙濛々、しかし一向に火の手は見えない。暫時狐につままれた思いで佇立していると、そのうちに誰かが『これは毒ガスだ。』と云い出したら、もう皆んなあわてるのなんのって、鼻と口を押えて逃げ出したもんだ。僕はその時どういう気だったか自分でもわからないのだが、『水をふくめ、水をふくめ。』と絶叫したら、田中と小山が井戸端へ転がるように飛んでいって、ポンプをギイコン、ギイコンやっては水をがぶがぶ飲んでいるんだ。その中に白煙もいつしか薄らいで、これはどうやら毒ガスではないらしいってことになって、ホッとしていると、またもや、ボカン、ボカンさ。それとばかり壕の中に転がり込んでほとぼりの過ぎるのを待つ、と云っても絶対的な安全感があるわけじゃない。今度こそはやられる、お陀仏だ、絶えずそうした気持なのだから堪らないんだ。後で見たら、壕の前にこんな大きい庭石がいくつも転がっているじゃないか。隣家の庭に落下した爆弾がその庭石をこちらへ投げて寄したのだが、それがまともに壕の上に落ちたひには、一たまりもなくお陀仏さ。やがてまた休憩時間になって、二人の顔を見ると二人共に可笑しな顔をしているんだ。額、頬、鼻の頭に泥をこびりつけて二眼とは見られない面なので、思わず失笑してそれを指摘すると、そう云う自分の顔を見ろと云うから、手でさわってみると、成程自分の顔にも泥がついている。のどもと過ぎれば熱さを忘れるというが、たった今生きた心地もなく顔を俯せていた癖に、次の来襲までのわずかの幕あいを互いに顔の品評をして興じていると、『○○さんの家の防空壕が埋まった、手を貸して下さいッ。』という警防団の人の声が聞えた。○○さんというのはこの町内に住んでいるさる学者の未亡人なのだが、まことに淑かな人で、道で逢うと僕などにも常にやさしく会釈を給わるのでね、僕は日頃そぞろ敬慕の情禁じ難きものがあったのだ。『○○さん危うし。』の声を聞くと共に、僕は身内に騎士的情熱の躍動するのを感じ、身の危うきを打ち忘れ、奮然壕を蹴って救助に馳せ参ぜんとして、這い出しかけると、『およしなさい。およしなさい。』と云って田中が僕の足をひっぱるんだ。現実からの呼び声とでも云うべきものかね。風車に向って突進せんとするドン・キホーテをサンチョ・パンサが止める振りよろしくさ。田中としては僕の身を案じて止めにかかったのであろうが、僕にはその時田中の声が悪魔の囁きの如く感ぜられ、『サタンよ、退け。』とばかり、すがるを蹴倒し、張りとばし、最前置きし鳶口をこれ忘れてはと小脇にかい込み、いざ花道へかかろうとすると、またもやボカン、ボカン。三鷹村のドン・キホーテはあわてて防空壕へ逆戻りさ。",
"それは惜しいところでしたわね。成駒屋ッ、と大向うの声がかかるところじゃありませんか。それでその○○さんはどうなさいました?",
"一時間ほど人工呼吸を施したら蘇生されたそうだ。僕としてもあれほどの精神の躍動を感じたことは、半生を顧みてもざらにはないのだが、時われに利あらず、あたら武勇の誉も空しく、千載に恨みを遺したわけだ。",
"でも、やっぱり、いざとなると、先生の方がお弟子さんよりは勇敢なのですね。",
"そうさ。昔から相場が極っているよ。家来は殿様に勝てず、弟子は師に及ばず、女房は亭主を凌げずさ。",
"それにしても、田中さんは戦場往来の勇士なのでしょう?",
"そうなんだ。小山などは常時、非常時を問わず物の役には立たぬ雑兵だから仕方がないとしても、田中はふだん、わが名は坂上田村麿、鎮西八郎為朝、降っては遠州森の石松などと、喧嘩に強い男を以て任じているだけに、そこは僕も心強い気がして、秘かに頼みにしていたのだが、豈はからんや、お聴きの通りなんだ。これは田中のまじめな述懐だが、あの時の状態は第一線で敵と五十米位の距離を隔てて対峙している感じだそうだ。しかもその恐怖感に於ては第一線以上だそうだ。夜が明けてここを引揚げてゆく時の田中の言葉がまたいいんだ。『もう三鷹へは来ません。』流石の孫悟空もよほど荒肝を拉がれたらしいね。",
"でも、奥さんやお子供さんがいらっしゃらなくて、よかったですわね。",
"うん、作家なんて、へんな勘があるんだね。"
],
[
"それから、ほどなく敵機は去り夜は明けたのだが、始末の悪いことには、時限爆弾というお土産を置いてゆかれたんでね、そいつが方々で爆発し出すし、土地が軟かいせいか不発弾があちこちに埋没していて、それがまたいつなんどき爆発するかわからないので、各自家に戻って後始末をするわけにもゆかないんだ。町内の人は皆んな近くの国民学校に収容されてね、沙汰のあるまでは当分勝手に自宅へ戻ってはならんというわけさ。直撃弾を喰って帰りたいにも、自宅のなくなってしまった人も大勢いるし、僕と小山は吉祥寺の亀井勝一郎君の許に一週間ほど御厄介になったのだ。",
"亀井さんのお宅は御無事だったのですね。",
"そう、亀井君のとこは終戦までなんの被害も受けなかったようだ。御厄介になっている間にものべつ敵機の来襲があって、そのつど僕達も御家族の人と防空壕を出たり入ったりしたのだが、空襲時に於ける亀井君の態度は従容として迫らず、あくまで豪毅、あくまで沈着、さながら春光影裡に斑鳩の里を逍遥し給う聖徳太子の俤が偲ばれんばかりであった。警報の鳴るのを聞いて胴震いが出たり、脳貧血を起したりする手合いとは段違いなんだ。防空群長としての重責任を感じておられた為でもあろうが、僕達が壕の中で震えている間も、メガホンを口にしては絶えずラジオの情報を隣組の人達に伝えたりなどしてね、僕も亀井君のその長者の風格を失わず、平常心を保持している姿を見ては、あまりみっともない態度はとりたくなかったのだが、なにせどえらい目に遭った直後のことだし、田中や小山ほどではないにしても、スワ敵機ッというとつい防空壕の方へ足がというより躯ごと転げていってしまう感じなんだ。肉体が精神の云うことをきかないんだ。あっと思うともう壕の中に滑り込んでいるんだ。われながら、流石実生活上のドン・キホーテも、今度の空襲ばかりは、肉体的にこりごりしたってわけだね。",
"いいえ、命あってのもの種ですわ。御無事でなによりでしたわ。あら、何か火に懸けてあるのじゃないんですか? ひどく吹いているようですわ。",
"あ、そうだ、芋、芋。"
],
[
"さあ、食べながら話そう。僕もどしどし食べるから、君も負けないように。藤村先生にいろは歌留多があるだろ。その中に、さ、里芋の山盛り、というのがある。つまり、これだね。これは薩摩芋だけどまあ同じようなものだ。これは僕の想像だが、藤村先生はこの文句を先生のお知合いのある御婦人を見て思いつかれたのじゃないかと愚考するんだ。少くとも僕に於ては、この文句からある種の女性の型を明瞭に想像することが出来るね。里芋の山盛り、この文句から受ける印象は、断じて男性ではない、どうしても女性だ。下手な売卜者めくけど、一つ僕がこじつけて見せよう。どちらかと云うと都会よりは田舎に多く見かけるタイプだ。まるきり田舎者にした方がいいな。これが都会の水で洗われたりするとまた別なものになる。まず健康、この感じは誰にも明瞭だね。身のたけは尋常、中肥りだ。いくらか堅肥りだが、断じてヒステリー性のそれではない。円顔、多血質で頬などはいつもてらてらしている。多産だ。働き者だ。洗濯好きだ。しかし裁縫はあまり巧くない。と云って亭主や子供に綻びの切れた着物を着せて平気な質ではない。暇があればボロをつづくって雑巾などは用意して置く方の口だ。煮物は上手な方じゃない。少し大味だ。気質は親切で客を歓待する方だが、しかしそのもてなし振りが、つまり、この里芋の山盛りなんだ。ひっきりなしのお喋りと文字通り里芋の山盛り攻めだ。客を一ぱいに歓待したい気持は解るが、豊富という感じをただ芸もなく、物量の押しの一手でゆくやつだ。藤村先生はいつの日か、そうしたお主婦さんのもてなしにあずかって、好感を抱かれると共に多少は閉口されたに違いないのだ。お家へお帰りになってさて呟かれるには、『いや今日は里芋の山盛り攻めに遭ったわい。』そこで偶々腹案中のいろは歌留多の、さの部が埋まったというわけだ。僕にしても里芋の山盛りの方は敢て辞さないが、お喋りは閉口だな。世帯持ちはよさそうな人らしいが、女房にするのは御免だな。",
"なかなか、こじつけが鮮やかですわね。",
"ところが、鮮やかなのは藤村先生なのだ。藤村先生はあれでなかなか諧謔趣味の粋なところがおありだったらしい。歌留多の一番終いに持ってきて、このお主婦さんには似合いの亭主をちゃんと見つけて置かれたんだ。す、西瓜丸裸、というやつだ。これは解説無用だろう。西瓜丸裸、これはまた断じて女性ではない、どうしても男性だ。女房に劣らず健康体だ。女房よりも肥っている。丈は男としては少し低い方だ。しかし紋付に袴なんかつけると、どうして貫禄があって立派なものだ。役場の収入役とでも云った口かな。上にも下にも受けがいい。夏なんか肌脱ぎになって汗だくで、給仕君と棒押しなんかやりかねない。昼寝が好きで、村長さんかなんかが、『収入役さんは?』と問うと、『また裏の藤棚の下で昼寝です。』と給仕君が答える。家へ帰ってくるとすぐ畳の上にごろりとなって、子供にからかったりする。女房が傍でいくらべちゃくちゃしても一寸も苦にしない。まあ、こんなところだろう。里芋の山盛りの女房には、西瓜丸裸の亭主がうってつけだよ。この夫婦はうまくゆくよ。子供だってのんびりと育つ。これも僕の推測だが、きっと藤村先生の周囲には西瓜丸裸って感じの人がおられたに違いないんだ。ね、そんな気がしないかね。しかしもう歌留多の解説は止めにしよう。そうそう、君にうってつけなやつが一つあった。御披露しよう。僕いま云うから、忘れないように、ノートにでも書きとめて置くといいよ。"
],
[
"千葉まで買出しに行くんだよ。",
"まあ、先生も買出しにゆかれるのですか。大変ですわね。",
"中野から千葉行の電車が出るので便利がいいんだ。まあ一日がかりだね。一度に七、八貫は背負って来るよ。",
"やっぱり男の方ですわ。",
"なに君位の齢の娘さんだって随分見かけるよ。皆んな相当に背負っているぜ。君だって行くんじゃないのか。僕が一瞥して看破したところによると、君は自転車の達人だ。どうだい、図星だろう?",
"大当りですわ。"
],
[
"先生はお汁粉なんかはどうですか?",
"いまならば、敢て辞さないね。それにいま僕は無性に饀パンが食べたいんだ。",
"あ、そうですわ。饀パンは私も食べたいですわ。",
"あの饀パンというやつは、逸速く姿を消しちゃったね。あのへそに当るところに塩漬けの桜の花なんかを詰めてあるのがあったじゃないか。なんによらず、代用物ばかりに接していると、本物が懐かしくなるね。",
"ええ、私は子供の時分とても饀パンが好きで、学校の遠足には大抵お弁当の代りに饀パンを持ってゆきましたわ。",
"そうだね。お天気の日なんかに饀パン持参で散歩をしたいな。"
],
[
"饀パンに対する渇仰もさることながら、僕はいま無性に恋愛をしたくなってきた。誰かその道の大家に手ほどきでも頼みたい気持だ。それも大派手なやつをやりたいのだ。例えば才貌共に並びなき名女優と、一世一代とでもいうべき濡れ場を演じてね、派手な浮名を後世にまで流したい気持だ。それに僕には昔からへんな定評みたいなものがあってね、太宰は恋愛小説は駄目だ、不良少年を描いていりゃいいって云うんだ。失敬じゃないか、人を馬鹿にしているよ。まるで僕を不良少年の親玉か問屋の如きものに思っているんだ。だから僕としては大いにその非を正したい気持もあって、僕にも天下の子女の紅涙をしぼる手腕のあることを、事実に於て示してやりたいんだ。一つは齢不惑に近くなってきたので、あせってきたのかも知れない。",
"中年の恋ですか?"
],
[
"君も読んだかね。あの小説に主人公が酒を呑んで、どてらを着たまま便所の中にぶっ倒れて、不貞寝をする場面があるじゃないか。面白いね。",
"さあ? よく覚えておりませんけど。"
],
[
"僕は最近花袋を読み返してみたけど、みんな巧いね。晩年の短篇なんか面白いのがあるよ。題名は忘れたが、花袋がね、女と女のお袋を連れて旅をするんだけど、花袋と女の間がうまくゆかなくて、間に立ってお袋が独りで気を揉んだりするんだが、往来の真中で花袋がむくれて信玄袋を抛り出す場面があるんだ。面白いよ。",
"先生は、へんなところにばかり感心なさるのですね。",
"だって信玄袋は面白いじゃないか。花袋の面目躍如たるものがあるよ。これは是非とも信玄袋でなければいけない。これがスーツケースかステッキなんかじゃ駄目なんだ。花袋って人は不細工な信玄袋をぶらさげて生涯を歩き通したって感じがしないかね。僕にはなんだか現今の作家は押しなべて、みんな細身のステッキかなんかをついて気取っているように思えるんだ。",
"先生はどっちなのです?",
"訊くだけ野暮じゃないか。僕は信玄袋党だ。",
"さあ? 信玄袋は先生のあこがれじゃありません?",
"君も逆説的なことを云う人だね。あこがれなんてものじゃないよ。本来の面目だよ。僕だって昔から一つの信玄袋を持てあましてきた男だよ。",
"でも先生の作品はみんな水際立っていて、それこそ秀勁で、美貌な感じですわ。信玄袋なんかとは凡そ遠い感じがしますわ。",
"美貌は恐れ入ったね。これは別に僕の作品のことを云うわけじゃないけど、蓮の花ね、綺麗だろ、だが、根は泥の中に在るんだよ。",
"さあ? 私にはよくわかりませんけど、実朝という人はなんでも少年時代に疱瘡を患って、あばた将軍と云われたそうですが、先生の『右大臣実朝』を読みますと、やはり美貌な貴公子の俤が浮んできますわ。",
"また美貌か。いやになるね。僕はなんだか自分が映画の二枚目にでもなったような気がするよ。まあ、見てい給え。僕が本気に書き出したら、誰も僕のことを美貌だなんて云う人はいなくなるから。",
"ええ、私もこれこそ信玄袋小説というのを拝見したいですわ。それからこれは是非お伺いしたいと思っていたのですが、明治、大正、昭和を通じて先生が一番尊敬している文学者は誰方ですか?"
],
[
"泡鳴。",
"ホウメイって人は、そんなにえらいのですか?",
"えらいのなんのって、明治、大正、昭和を通じて文学者の数ある中で、泡鳴が日本一でがしょうな。",
"漱石はどうですか?",
"敵にあらず。いい齢をして、吾輩は猫である、もないじゃないか。漱石が泡鳴だったら、とうに家庭を破壊して飛び出していたろうね。",
"荷風先生は?",
"雀百まで踊り忘れず。年寄りの冷水だ。",
"春夫は?",
"あまりに子煩悩、あまりに侘しすぎる。",
"直哉は?",
"神様にしては男がちとよすぎ。ステッキ党だ。",
"善蔵は?",
"善蔵は僕のふるさとの大先輩ではあるし、大いに支持したいところだが、これも落第だ。中年の恋などと狸も目に涙だなんて駄句っているようじゃ駄目だね。箱庭趣味だよ。一体、善蔵という押しも押されもしない、もったないほどいい名前を持っていながら、つけるにことを欠いて、酔狸州とはなんだね。人間も自分のことを、われから狸というようじゃ、もうお終いだ。贔負なだけに癪に障る。",
"弴は?",
"あの人の文体には脱皮ということがないね。いつもながら、町内の頭の踊りは大車輪、って感じじゃないか。御苦労様という気はするが、お蔭様でという謝辞は出ないね。",
"辰雄は?",
"僕は昔から軽井沢という土地は性に合わないんだ。僕はあの人の作品を読むと、どういうものか寒暖計か体温器のようなものを連想しちまうんだ。",
"利一は?",
"そう一人一人名前をあげていたら切りがないよ。利一、康成、押しなべて食糧不足の今日、霞でも食って生きているのじゃないかって気がするね。よくもああ人間離れが出来たもんだ。"
],
[
"君、なにもそんなものをわざわざ書き留めなくともいいじゃないか。そんなことをされると僕は責任を感じてくるよ。なんだか息苦しくなってきた。君はまさか太宰がこんな悪口を云っていましたよなんて、言いつけ口をするわけじゃないだろうね。僕はただ泡鳴という一個の英雄を主張したに過ぎないんだ。他意はないんだ。断って置くがね、僕は心臓肥大症なんだよ。",
"まあ、先生としたことが、お気の弱い。男の方がそんな妥協じみたことをおっしゃるのはみっともないですわ。それからもう一つお伺いしたいことがあるんですが。",
"なんだね? 安寧秩序を乱すようなことでなければお答えしてもいい。",
"文学者とはどういう者であるか? 譬話かなんかで、暗示的におっしゃって戴けませんか?"
],
[
"作品の通りの方だと思いました。",
"作品の通りと云うと?",
"親しみのある、いい方だと思いました。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「東北文学 第三巻第八号」河北新報社
1948(昭和23)年8月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※誤植を疑った箇所を、親本の表記にそって、あらためました。
※初出時の表題は「三鷹綺譚」です。
入力:kompass
校正:時雨
2020年5月27日作成
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[
[
"なんだ。固定読者じゃないのか。",
"どう致しまして。",
"来月はどうなんだ?",
"まず、あぶないね。",
"よし。それじゃあ、俺が行って来月から取らしてくる。",
"まあ、無駄足をすると思って行ってみな。"
],
[
"こないだ君は筋向うの小久保紙屋で買物をしただろう。",
"よく知っているね。棚罫ノートと画鋲を買った。",
"ここに坐って見ていれば一目瞭然だ。君はこの店を黙殺してしまったね。ひどいじゃないか。おれは少からず感情を害した。君は自分の行為を義理知らずとは思わないのか?",
"だって、この店にはいつだって棚罫ノートはないじゃないか。画鋲を買ったのはついでだ。僕たちの日常生活では、事のついでということが重大な意味を持つと僕は思うね。人の運不運、幸不幸の分れ目はどこにあるか、わかったものじゃない。僕は人の好意というものは少しのものでも受け難いものだと思うね。",
"理窟はやめろ。君もだいぶ新聞やずれがしてきたようだ。N新聞などは義理固いぞ。いつもこの店で買物をしてくれる。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「新潮 第四十八巻第十号」新潮社
1951(昭和26)年9月1日発行
入力:kompass
校正:酒井裕二
2018年12月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"町へいくのかい?",
"病院へいくの。",
"トシ坊が悪いのか?",
"いいえ。寮の人が入院したんでお手伝いにいくの。",
"そうか。病人の介抱か。"
],
[
"どうもすみません。いま寮から電話がかかってきて、あんたが来てくれるって、知らせてくれた。",
"手術はまだなの?",
"今晩なんです。"
],
[
"北海道は寒くていやでしょ。",
"ええ。はじめの年は寒かったな。でもことしは慣れたせいか、それほど寒いとは思いませんよ。"
],
[
"ええ。こっちへ来るときはそのつもりだったんだけど。二年ばかり働いてすこしは残して帰ろうなんて思っていたんだけど。",
"それですこしは残りましたか?",
"いいえ、さっぱり。この分じゃいつ帰れるかわからない。",
"それでも東京には誰方か待っている人がいるんじゃないんですか。順さんがしっかり稼いで帰ってくるのを。",
"冗談じゃない。おすぎさんも口がうまいな。そんな人がいれば、なにも北海道までくるもんか。",
"隠しても駄目ですよ。それじゃ順さんはこれまでずっとお独りだったの? お家を持ったことはないんですか?",
"ええ。いい齢をして他人の台所をうろついてきたんですよ。"
],
[
"おすぎさんは内地へ行ったことはないの?",
"ええ。まだいちども。札幌や函館さえ数えるほどしか行ったことはないんですの。",
"おすぎさんはずっと夕張ですか?",
"いいえ、あたしは岩見沢ですの。"
],
[
"でも順さんもよくこんな炭坑なんかに来る気になりましたわね。",
"だってどうにもしようがなかったんですよ。あちこちに不義理だらけで。"
],
[
"トシ坊はいまがいちばん可愛いときだな。あんたによく似ている。色の白いところや額の感じなど。",
"ええ。みなさんがそう云いますわ。",
"おすぎさんはすこしおでこじゃないんですか。貶して云っているわけじゃありませんよ。",
"褒めているわけでもないんでしょ。お前は額が高くて鼻が低くてまるでおかめのようだって、おっかさんからよく云われましたわ。学校へ行っていた頃には、友達からでこでこって云われたものですわ。"
],
[
"いやにでこぼこしているでしょ。こういうのを法然頭って云うんだそうだ。子供の頃、お袋から聞いたんですが、思い出したりすると可笑しくて。",
"でもそとからはわからないですよ。"
],
[
"いいえ。お袋の話だと縁起がいいらしいんだけど。",
"あら、それじゃ結構じゃありませんか。"
],
[
"トシ坊はお芝居を見てきてよかったね。おとなしく見ていた?",
"ええ、お利口さんでしたね。きれいなお姫さまがいたでしょ。"
],
[
"山村さんが明日退院するそうですよ。",
"ああ、あの六号室の粘土やさんか。",
"ええ。おもしろい人ですわね。あたしがあの人の死んだおかみさんに似ているんですって。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「新潮 第四十九巻第四号」新潮社
1952(昭和27)年4月1日発行
入力:時雨
校正:酒井裕二
2017年8月25日作成
青空文庫作成ファイル:
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"先生、僕のような者でも詩人になれるでしょうか?",
"なれるとも。心配しなくともいいよ。君は人相に善いところがあるよ。",
"でも、僕は駄目なのです。何も持っていないのです。",
"どんな小さな草の芽でも、花の咲く時のないものはない。どんな人でも自分に持って生れたもののない人はないのだよ。あのゲエテやトルストイのような人達でも、先ず自分の持つものを粗末にしないところから出発したというじゃないか。そして長い生涯の間には他人と交換したものでもそれを自分のものにすることが出来て行ったというじゃないか。"
]
] | 底本:「落穂拾い・犬の生活」ちくま文庫、筑摩書房
2013(平成25)年3月10日第1刷発行
底本の親本:「小山清全集」筑摩書房
1999(平成11)年11月10日発行
初出:「東北文学 第三巻第十一号」河北新報社
1948(昭和23)年11月1日発行
入力:kompass
校正:酒井裕二
2019年2月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "058196",
"作品名": "わが師への書",
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"底本名1": "落穂拾い・犬の生活",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "2013(平成25)年3月10日",
"入力に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "2013(平成25)年3月10日第1刷",
"底本の親本名1": "小山清全集",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1999(平成11)年11月10日",
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} |
[
[
"一体お前さんは誰ですか。名前は。",
"わたくしですか。名はバギライと言ひます。これはこの土地で人がわたくしを呼ぶ時の名で、本当の名はワシリです。バヤガタイ領のものです。聞いてゐやしませんか。",
"ウラルで生れた流浪人だらう。"
],
[
"○○に聞いたのだ。あの男の近所に住まつてゐた事があるさうだね。",
"○○ならわたくしを知つてゐますよ。",
"宜しい。今夜は泊つて行くが好い。まあ、支度を楽にしようぢやないか。己も今は一人でゐるのだ。お前さんが体を楽にする間に、己は茶でも拵へよう。"
],
[
"うん。少し聞いてゐるよ。",
"さうでせう。自慢ではないが、わたくしは横着な事はしてゐません。自分の内の小屋の中に牡牛を一疋、牝牛を一疋、馬を一疋だけは飼つてゐて、自分の畑を作つてゐます。"
],
[
"わたくし共の故郷です。ロシアです。こゝまで来ると、何もかも変つてゐます。馬でさへさうですね。国では馬に乗つて内へ帰れば、何より先に飼を付けなくてはならない。ところが、この土地でそんな事をしようものなら、馬は直ぐに死んでしまふ。人間だつて違ひますね。森の中に住んでゐる。馬肉を食ふ。おまけに生で食ふ。腐つてゐても食ふ。いやはや。恥といふものを知らない。人が宿を借りて、煙草入を出せば、直ぐ下さいと云つて手を出すといふ風ですからね。",
"それは土地の慣はしだから為方がない。その貰ふ人も余所で泊れば、人に煙草を遣るのだからな。お前さんにだつて補助をして、今のやうに暮して行かれるやうにしてくれたぢやないか。",
"それはさうですね。"
],
[
"どうして。",
"どうしても何もあるものか。お前一体なん犯かい。",
"再犯だ。",
"それ見ろ。それからいつか死んだフエヂカは誰の名を言つて置いて死んだと思ふ。お前の名だぞ。あいつのお蔭でお前は二三週間手錠を卸されてゐたぢやないか。",
"それはさうだ。",
"それ見ろ。あの時お前、あいつになんと云つた。兵隊が側で聞いてゐたぞ。お前はなんと想つてゐるか知らないが、どうしてもあれは脅迫と聞えたからなあ。"
],
[
"なに。余計な世話だ。",
"お前老耄れたのだ。銃殺だなんて。その位の事で。お前どうかしてゐるのだ。"
],
[
"囚徒か。",
"はあ。",
"こつちだ。七号舎に這入るのだ。"
],
[
"なんだ。",
"なんだもないものだ。なぜ用意をしないのだ。",
"己かい。己は墓に這入る用意をしてゐる。"
],
[
"それは己が拵へて遣る。直ぐ遣る。何々がいるのだ。",
"好い上着が十二いる。",
"みんなはもう持つてゐるぜ。"
],
[
"なぜ。",
"ワルキまでは二十ヱルストだといふ事を聞いてゐた。もうたしかに十八ヱルストは歩いてゐる。うつかりしてゐると警戒線に打つ付かるぞ。"
],
[
"なんだい。",
"もう追つ付けワルキに来るだらう。",
"まだまだ。"
],
[
"おい。ブラン。どうしたのだい。あれは警戒線ぢやないか。",
"さうさ。あれがワルキだ。",
"お前おこつては行けないよ。お前は同志の内で一番年上だから、今まで皆がお前の指図を受ける積りでゐたのだが、どうもこれからは己達が自分で手筈をしなくてはなるまい。お前に任せてゐた日には、どこへ連れて行かれるか分からないからな。",
"どうぞみんな勘忍してくれ。己は年を取つた。己は四十年この方流浪してゐる。もう駄目だ。己は時々物忘れをしてならない。物に依つては好く覚えてゐる事もあるが、外の事はまるで忘れてしまつてゐる。どうぞ勘忍してくれ。こゝは落ち着いてゐられる所ではない。早く逃げなくては駄目だ。あの警戒線の奴が誰か森の中へ這入つて来るか、犬が一疋嗅ぎ出して近寄つて来たら、この世はお暇乞だ。"
],
[
"なんだつてそんなものを引つ張つて来たのだい。それでは己達の隠家が知れてしまふぢやないか。",
"黙つてゐろ。連れて来なくつてはならないから連れて来たのだ。"
],
[
"どうぞみんなで己の墓を掘つてくれ。どうせお前方はまだ船を出す事は出来ない。向うへ渡つた兵隊と海の上で出逢つてはならないから、夜になるのを待つのだ。だから墓を掘つてくれ。",
"なにをいふのだい。生きた人間を埋める奴があるものか。お前を向岸へ連れて行つて、逃げられる所まで、手の上へ載せてでも行つて遣る。",
"いや〳〵。運といふものは極まつてゐるものだ。己はこの島から外へは出られないのだ。それで好い。疾うから己の胸にはそれが分かつてゐた。己はロシアへ帰りたくて、始終樺太からシベリアを眺めてばかりゐるのだ。それがせめてシベリアででも死ぬる事か、この島で死ななくてはならないのは残念だが、為方がない。"
],
[
"そんな事をしたのが、わたくし共だらうと、さうでなからうと、それはどうでも好いでせう。兎に角あなたは、わたくし共に補助でもしてくれるのですか、どうですか。ブランがスタヘイ・ミトリツチユさんに宜しくと云ひましたよ。",
"ブランはどこにゐるのだね。又樺太に遣られてゐるのですか。",
"えゝ。樺太に葬られてゐるのです。",
"おや〳〵。あの男は正直な、善い男でしたよ。今でもスタヘイ・ミトリツチユさんが折々噂をしてゐます。きつと亡くなつた事を聞かれたら、ミサの供養でもして遣られる事でせう。一体あの男の本当の名はなんと云つたか、お前さん達は知つてゐますかね。",
"いや。それは知りません。わたくし共は只ブランとばかり呼んでゐました。事に依ると、自分も本当の名を忘れてゐたかも知れません。流浪人にむづかしい名はいらないのですからね。",
"それはさうだね。お前さん達の世渡は随分心細いわけだ。牧師さんが神様にお祈をして上げようと思つたつて、本当の名を知らないから、なんと云つて好いか分からない。ブランだつて、故郷もあつただらうし、親類もあつただらう。兄弟や姉妹があつたか。それとも可哀らしい子供もあつたかも知れない。",
"それはあつたかも知れません。流浪人といふものは、洗礼の時に貰つた名を棄ててしまふ事はあるが、それだつて、外の人間と同じやうに母親が生んだには違ひないのですから。",
"ほんにお前さん達は気の毒な世渡をしてゐるのですね。",
"さやうさ。わたくし共のしてゐるより、みじめな世渡はありますまい。乞食をして、人に物を貰つて食べてゐる。着物だつて同じ事だ。それから死んだところで、墓一つ立てて貰ふ事は出来ない。森の中で死ねば、体は獣に食はれてしまふ。跡には日に曝されて、骨が残るばかりです。無論みじめな世渡と云はなくてはなりますまいよ。"
],
[
"仲間とは誰の事だい。",
"あの樺太の第七号舎に残して置いた仲間さ。あいつらは今時分安心して寝てゐるだらう。それにこつちとらは、こんなに迷ひ歩くのだ。逃げなければ好かつたになあ。"
],
[
"己をこはがるのぢやないぞ。己は仲間の告口をするやうな人間ではない。それに何も己の関係した事ぢやあるまいし。町ではもうあの一件を知らないものはない。それにお前方を見れば、丁度同勢十一人だ。余り智恵がなくつても、その連中だらうといふ事は分かつてしまふ。その辺にうろ付いてゐると、ひどく危ないぜ。あの事件は大騒ぎになつてゐる。こゝの裁判所長は恐ろしく厳しいのだ。まあ、どうしてこゝを切り抜けるか、それはお前方の事だが、旨く行つたら大したものだ。幸ひ己達は少し食料も余計に持つてゐるから、町へ帰つたら、パンや肴を少し位、お前方に分けて遣らう。鍋なんぞもいりはしないか。",
"さうだね。若しお前の方で不用な鍋でもあれば難有いが。",
"好い。遣るとしよう。まだ何か思付いたものがあつたら、一しよに纏めて、晩に持ち出して遣る。仲間は助けて遣らなくてはならないからな。"
],
[
"いゝえ。あそこでは遣つてゐません。あの谷より上手です。それにけふは帰つてしまふ筈でした。",
"己もさう思つてゐたのだ。それにあそこに見えてゐる焚火はどうだい。",
"へえ。",
"何者が焚いてゐるのだらう。お前方はどう思ふ。",
"知りませんね。旅人かなんかでせう。",
"さうさ。旅人なら好いが。一体お前方は親切気がない。己にばかり心配をさせて、平気でゐる。お前達も知つてゐる筈だが、あの樺太から牢を脱けて出たものゝ事を、おとつひ裁判長が云つてゐたぢやないか。誰やらが近い所で見掛けたといふ事だつた。あの火を焚いてゐるのは、大方そいつだらう。あんまり気の好い話だ。",
"さうかも知れません。",
"もしさうだつたら、あの遣つてゐる事を見てくれ。己は好く知らないが、裁判所長はもう町へ帰つてゐるか知らん。まだ帰つてゐないにしても、もうそろ〳〵帰る頃だ。あの火を見付けようものなら、直ぐに兵隊を差し向けるのだ。可哀さうだなあ。サルタノフを殺したのだから、掴まへられると、首がない。おい。早くボオトを一つ出して貰はう。"
],
[
"ダルジンを知らんでなるものか。己の監獄で組長をしてゐたぢやないか。フエドトといつたつけな。",
"さやうでございます。さあ〳〵、みんな出て来い。難有い旦那がお出になつた。"
],
[
"馬鹿な奴だなあ。己はお前方があんまり気の毒だから、わざ〳〵出て来たのだ。町の直ぐ前で、火を焚くなんて、お前方は気でも違ひはしないか。",
"雨で濡れたものですから。",
"なんだ。雨で濡れたと、それでお前方は流浪人だといふのかい。大方雨に濡れたら、砂糖のやうに解けてしまふだらう。併し運の好い奴等だ。裁判所長の見付けない内に、己が煙草を喫みに内の石段の上に出て来たから、助かつたのだ。若し裁判所長があの火を見付けようものなら、それはお前方を着物の好く乾くやうな所へ入れて遣る所だつた。やれ〳〵。お前方はサルタノフの首を斬つたといふ事だが、余り智慧は無いと見えるな。早く火を綺麗に消して、河の側を離れて、谷の深い所へもぐつてしまへ。あの奥の方なら、十個処へ火を焚いても、どこからも見えはしない。"
],
[
"十一人ゐます。",
"やれ〳〵、馬鹿な奴等だな。イルクツクではお前方の評判ばかりしてゐる。それに皆固まつて歩いてゐるのかい。"
],
[
"今どこにゐるのだね。この土地では見掛けないやうだが。",
"わたくしはこの土地へ旅行券を取りに来ました。鉱山のある土地へ行つて、焼酎を売るのです。"
]
] | 底本:「鴎外選集 第15巻」岩波書店
1980(昭和55)年1月22日第1刷発行
初出:「文藝倶楽部 十八ノ一」
1912(明治45)年1月1日
※底本は本作品の翻訳原本として、ドイツ語版の「SIBIRISCHE NOVELLEN」を、ドイツ語による表題として「〔DIE FLU:CHTLINGE VON SACHALIN.〕」を掲げています。
入力:tatsuki
校正:しず
2004年10月7日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "002068",
"作品名": "樺太脱獄記",
"作品名読み": "からふとだつごくき",
"ソート用読み": "からふとたつこくき",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "DIE FLUCHTLINGE VON SACHALIN(独訳)",
"初出": "「文藝倶楽部 一八ノ一」1912(明治45)年1月1日",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2004-11-09T00:00:00",
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"姓": "コロレンコ",
"名": "ウラジミール・ガラクティオノヴィチ",
"姓読み": "コロレンコ",
"名読み": "ウラジミール・ガラクティオノヴィチ",
"姓読みソート用": "ころれんこ",
"名読みソート用": "うらしみいるからくていおのういち",
"姓ローマ字": "Korolenko",
"名ローマ字": "Vladimir Galaktionovick",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1853-07-15",
"没年月日": "1921-12-25",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "鴎外選集 第15巻",
"底本出版社名1": "岩波書店",
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} |
[
[
"未曾有のキキン",
"大水害",
"餓死の年"
]
] | 底本:「今野大力作品集」新日本出版社
1995(平成7)年6月30日初版
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年1月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "055513",
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[
[
"来春の種籾をどうすべかや",
"役場さ行って借りて来べかし",
"地主様さ行って願って見べかし",
"いやいや出稼ぎに行くべぞ"
],
[
"馬糞はまさかいびって食うことも出来まいし",
"雪じゃまた腹がくつくなることもあんめい",
"澱粉の三番粉でも雪の下から掘っくり返して喰うたらいいぞ",
"豚こであんめいし喰われっか!",
"何言ってやがるんだい人間だぞよ、地主の畜生奴ら!"
],
[
"山からぴょろこでも切って来い",
"やつらあ聞かなきゃそいつでぶんなぐるべ",
"さあ地主の家さ押しかけろ! 誰でも来い!",
"今年の年貢全免だ‼"
]
] | 底本:「今野大力作品集」新日本出版社
1995(平成7)年6月30日初版
初出:「文芸戦線」
1930(昭和5)年1月号
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年1月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "055529",
"作品名": "飢えたる百姓達",
"作品名読み": "うえたるひゃくしょうたち",
"ソート用読み": "うえたるひやくしようたち",
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"副題読み": "",
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"初出": "「文芸戦線」1930(昭和5)年1月号",
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"名": "大力",
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"名読み": "だいりき",
"姓読みソート用": "こんの",
"名読みソート用": "たいりき",
"姓ローマ字": "Konno",
"名ローマ字": "Dairiki",
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[
"チビコお父っちゃんあるかい",
"ある",
"チビコのお母ちゃんバカだね",
"かあちゃんバカないバカない"
]
] | 底本:「今野大力作品集」新日本出版社
1995(平成7)年6月30日初版
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年1月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "055535",
"作品名": "幼な子チビコ",
"作品名読み": "おさなごチビコ",
"ソート用読み": "おさなこちひこ",
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"姓": "今野",
"名": "大力",
"姓読み": "こんの",
"名読み": "だいりき",
"姓読みソート用": "こんの",
"名読みソート用": "たいりき",
"姓ローマ字": "Konno",
"名ローマ字": "Dairiki",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1904-02-05",
"没年月日": "1935-06-19",
"人物著作権フラグ": "なし",
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[
[
"カール、リーブクネヒト ローザ、ルクセンブルグを打ち殺せ!",
"カール、リーブクネヒト ローザ、ルクセンブルグを街頭に絞首せよ!"
]
] | 底本:「今野大力作品集」新日本出版社
1995(平成7)年6月30日初版
初出:「北都毎日新聞」
1929(昭和4)年1月15日
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "055527",
"作品名": "虐殺の記念日",
"作品名読み": "ぎゃくさつのきねんび",
"ソート用読み": "きやくさつのきねんひ",
"副題": "――カール・ローザ十週年――",
"副題読み": "――カール・ローザじっしゅうねん――",
"原題": "",
"初出": "「北都毎日新聞」1929(昭和4)年1月15日",
"分類番号": "NDC 911",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2015-02-09T00:00:00",
"最終更新日": "2015-01-27T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001471/card55527.html",
"人物ID": "001471",
"姓": "今野",
"名": "大力",
"姓読み": "こんの",
"名読み": "だいりき",
"姓読みソート用": "こんの",
"名読みソート用": "たいりき",
"姓ローマ字": "Konno",
"名ローマ字": "Dairiki",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1904-02-05",
"没年月日": "1935-06-19",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "今野大力作品集",
"底本出版社名1": "新日本出版社",
"底本初版発行年1": "1995(平成7)年6月30日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年6月30日初版",
"校正に使用した版1": "1995(平成7)年6月30日初版",
"底本の親本名1": "",
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"底本の親本初版発行年1": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "坂本真一",
"校正者": "雪森",
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"テキストファイル最終更新日": "2015-01-27T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"おお源造、お前は上等兵かよ",
"ええ俺あ二等卒だよ"
]
] | 底本:「今野大力作品集」新日本出版社
1995(平成7)年6月30日初版
初出:「プロレタリア 創刊号」
1930(昭和5)年十二月号
※×印を付してある文字は、伏字の底本編者による復元です。
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "055526",
"作品名": "軍服を着た百姓源造の除隊",
"作品名読み": "ぐんぷくをきたひゃくしょうげんぞうのじょたい",
"ソート用読み": "くんふくをきたひやくしようけんそうのしよたい",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「プロレタリア 創刊号」1930(昭和5)年十二月号",
"分類番号": "NDC 911",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2015-02-15T00:00:00",
"最終更新日": "2015-01-16T00:00:00",
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"人物ID": "001471",
"姓": "今野",
"名": "大力",
"姓読み": "こんの",
"名読み": "だいりき",
"姓読みソート用": "こんの",
"名読みソート用": "たいりき",
"姓ローマ字": "Konno",
"名ローマ字": "Dairiki",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1904-02-05",
"没年月日": "1935-06-19",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "今野大力作品集",
"底本出版社名1": "新日本出版社",
"底本初版発行年1": "1995(平成7)年6月30日",
"入力に使用した版1": "1995(平成7)年6月30日初版",
"校正に使用した版1": "1995(平成7)年6月30日初版",
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"底本出版社名2": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"こんばんは。何している",
"こんばんは。どうです、旨いでしょう",
"なんだ千円札じゃないか。勿体ないことをするね",
"いいえ、ちっとも勿体なかないわ。ごらんなさい、墺太利のお金は、こうやってどんどん飛ぶわ"
]
] | 底本:「斎藤茂吉随筆集」岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日第1刷発行
2003(平成15)年6月13日第7刷発行
底本の親本:「斎藤茂吉選集 第八巻~第十三巻」岩波書店
1981(昭和56)年~1982(昭和57)年
初出:「改造」
1925(大正14)年6月号
※底本巻末の相澤正己氏による注釈は省略しました。
入力:秋谷春恵
校正:高瀬竜一
2018年4月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "057007",
"作品名": "紙幣鶴",
"作品名読み": "しへいずる",
"ソート用読み": "しへいする",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「改造」1925(大正14)年6月号",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2018-05-14T00:00:00",
"最終更新日": "2018-04-26T00:00:00",
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"人物ID": "001059",
"姓": "斎藤",
"名": "茂吉",
"姓読み": "さいとう",
"名読み": "もきち",
"姓読みソート用": "さいとう",
"名読みソート用": "もきち",
"姓ローマ字": "Saito",
"名ローマ字": "Mokichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1882-5-14",
"没年月日": "1953-2-25",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "斎藤茂吉随筆集",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1986(昭和61)年10月16日",
"入力に使用した版1": "2003(平成15)年6月13日第7刷",
"校正に使用した版1": "1986(昭和61)年10月16日第1刷",
"底本の親本名1": "斎藤茂吉選集 第八巻~第十三巻",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
"底本の親本初版発行年1": "1981(昭和56)年~1982(昭和57)年",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "秋谷春恵",
"校正者": "高瀬竜一",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/files/57007_ruby_64561.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2018-04-26T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"君は、Kobenzl に何しに行くか。散歩か",
"けふは幸福をさがしに行きます",
"ははは。けふは上天気ぢやから、こんなに大きな幸福がおつこつてゐるぢやらう。ただあそこの飯は少し高いよ",
"そらあそこに祠が見えるぢやらう。あそこから左の方の道を何処までも行きたまへ",
"ありがたう。さよなら",
"さやうなら"
]
] | 底本:「現代日本文學大系 38 齋藤茂吉集」筑摩書房
1969(昭和44)年11月29日初版第1刷発行
2000(平成12)年1月30日初版第16刷発行
入力:しだひろし
校正:門田裕志、小林繁雄
2003年12月12日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042157",
"作品名": "接吻",
"作品名読み": "せっぷん",
"ソート用読み": "せつふん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2004-01-01T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/card42157.html",
"人物ID": "001059",
"姓": "斎藤",
"名": "茂吉",
"姓読み": "さいとう",
"名読み": "もきち",
"姓読みソート用": "さいとう",
"名読みソート用": "もきち",
"姓ローマ字": "Saito",
"名ローマ字": "Mokichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1882-5-14",
"没年月日": "1953-2-25",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "現代日本文學大系 38 齋藤茂吉集",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1969(昭和44)年11月29日",
"入力に使用した版1": "2000(平成12)年1月30日初版第16刷",
"校正に使用した版1": "1985(昭和60)年11月10日初版第15刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "しだひろし",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/files/42157_ruby_14140.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2004-01-01T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/files/42157_14195.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-01-01T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"日本の梅干ねえ",
"何だ",
"おいしいわねえ"
]
] | 底本:「斎藤茂吉随筆集」岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年10月16日第1刷発行
2003(平成15)年6月13日第7刷発行
底本の親本:「斎藤茂吉選集 第八巻~第十三巻」岩波書店
1981(昭和56)年~1982(昭和57)年
初出:「中央公論」
1926(大正15)年9月号
※底本巻末の相澤正己氏による注は省略しました。
入力:秋谷春恵
校正:高瀬竜一
2019年1月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "057009",
"作品名": "妻",
"作品名読み": "つま",
"ソート用読み": "つま",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1926(大正15)年9月号",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2019-02-25T00:00:00",
"最終更新日": "2019-01-29T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/card57009.html",
"人物ID": "001059",
"姓": "斎藤",
"名": "茂吉",
"姓読み": "さいとう",
"名読み": "もきち",
"姓読みソート用": "さいとう",
"名読みソート用": "もきち",
"姓ローマ字": "Saito",
"名ローマ字": "Mokichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1882-5-14",
"没年月日": "1953-2-25",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "斎藤茂吉随筆集",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1986(昭和61)年10月16日",
"入力に使用した版1": "2003(平成15)年6月13日第7刷",
"校正に使用した版1": "1986(昭和61)年10月16日第1刷",
"底本の親本名1": "斎藤茂吉選集 第八巻~第十三巻",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
"底本の親本初版発行年1": "1981(昭和56)年~1982(昭和57)年",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "秋谷春恵",
"校正者": "高瀬竜一",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/files/57009_ruby_66945.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2019-01-29T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/files/57009_66991.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2019-01-29T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"それでは、一つ鯉をあげましょうか。ドーナウの鯉でございますよ",
"そいつは珍らしいね。ひとつ旨く料理して呉れ",
"よございます。お国ではどうして召上りますか",
"そうだね。一寸むずかしいが、まず Maggi のようなもので煮ても食べるね。それは様々だ。何しろ日本は魚を沢山食べるところだから、料理の為方がなかなか発達しているからね",
"さようでございますか。日本はキナの方でございましたね。行くのに何日ぐらいかかるのでございますか",
"まあ船で五十日だね"
]
] | 底本:「日本の名随筆15 旅」作品社
1983(昭和58)年9月25日第1刷発行
1996(平成8)年8月25日第25刷発行
底本の親本:「齋藤茂吉全集 第五巻」岩波書店
1973(昭和48)年11月発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2010年5月30日作成
2011年4月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "005072",
"作品名": "ドナウ源流行",
"作品名読み": "ドナウげんりゅうこう",
"ソート用読み": "となうけんりゆうこう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-07-13T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/card5072.html",
"人物ID": "001059",
"姓": "斎藤",
"名": "茂吉",
"姓読み": "さいとう",
"名読み": "もきち",
"姓読みソート用": "さいとう",
"名読みソート用": "もきち",
"姓ローマ字": "Saito",
"名ローマ字": "Mokichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1882-5-14",
"没年月日": "1953-2-25",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本の名随筆15 旅",
"底本出版社名1": "作品社",
"底本初版発行年1": "1983(昭和58)年9月25日",
"入力に使用した版1": "1996(平成8)年8月25日第25刷 ",
"校正に使用した版1": "1996(平成8)年8月25日第25刷",
"底本の親本名1": "齋藤茂吉全集 第五巻",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
"底本の親本初版発行年1": "1973(昭和48)年11月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "門田裕志",
"校正者": "仙酔ゑびす",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/files/5072_ruby_38453.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2011-04-15T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "1",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/files/5072_39444.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-04-15T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"奴も歩き出したね",
"あの奴なかなか面白いね。ぷりぷりいっているところなんか面白いじゃないですか",
"いまいましいなんていいましたね",
"いまいましくても、遁世の実行家だね。あれだけの生活は加特利教徒の労働者なんかでは出来ないよ",
"強いられた実行なんですね",
"そうかも知れない。しかし観音力にすがるところに盲目的な強味があるとおもいますね。一時流行した覚めた人間にはああいう苦行生活は到底出来ませんよ",
"しかしみんな遁生菩提でも困りますからね",
"そうかも知れない"
]
] | 底本:「山の旅 大正・昭和篇」岩波文庫、岩波書店
2003(平成15)年11月14日第1刷発行
2007(平成19)年8月6日第5刷発行
底本の親本:「時事新報」
1928(昭和3)年2月10日~13日
初出:「時事新報」
1928(昭和3)年2月10日~13日
入力:川山隆
校正:門田裕志
2009年6月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "049599",
"作品名": "遍路",
"作品名読み": "へんろ",
"ソート用読み": "へんろ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「時事新報」1928(昭和3)年2月10日~13日",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-07-31T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/card49599.html",
"人物ID": "001059",
"姓": "斎藤",
"名": "茂吉",
"姓読み": "さいとう",
"名読み": "もきち",
"姓読みソート用": "さいとう",
"名読みソート用": "もきち",
"姓ローマ字": "Saito",
"名ローマ字": "Mokichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1882-5-14",
"没年月日": "1953-2-25",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "山の旅 大正・昭和篇",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "2003(平成15)年11月14日",
"入力に使用した版1": "2007(平成19)年8月6日第5刷",
"校正に使用した版1": "2007(平成19)年8月6日第5刷",
"底本の親本名1": "時事新報",
"底本の親本出版社名1": " ",
"底本の親本初版発行年1": "1928(昭和3)年2月10日~13日",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"あたしの方にも入れてあるかしら",
"あら、やっぱし入れてあるわ",
"これはまた妙ね。お酒か何かの入物じゃないの",
"そうだわ。此処に何か号があるんじゃないの。これはまた妙ね"
]
] | 底本:「日本の名随筆72 夜」作品社
1988(昭和63)年10月25日第1刷発行
1999(平成11)年4月30日第7刷発行
底本の親本:「斎藤茂吉随筆集」岩波書店
1986(昭和61)年10月発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※底本では、「”」の二点は右下に、「“」の二点は左上に、置かれています。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2010年5月30日作成
2011年4月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "005077",
"作品名": "リギ山上の一夜",
"作品名読み": "リギさんじょうのいちや",
"ソート用読み": "りきさんしようのいちや",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-07-13T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001059/card5077.html",
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"姓": "斎藤",
"名": "茂吉",
"姓読み": "さいとう",
"名読み": "もきち",
"姓読みソート用": "さいとう",
"名読みソート用": "もきち",
"姓ローマ字": "Saito",
"名ローマ字": "Mokichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1882-5-14",
"没年月日": "1953-2-25",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本の名随筆72 夜",
"底本出版社名1": "作品社",
"底本初版発行年1": "1988(昭和63)年10月25日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年4月30日第7刷 ",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年4月30日第7刷",
"底本の親本名1": "斎藤茂吉随筆集",
"底本の親本出版社名1": "岩波書店",
"底本の親本初版発行年1": "1986(昭和61)年10月",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "門田裕志",
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"テキストファイル最終更新日": "2011-04-15T00:00:00",
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} |
[
[
"赤沢荘三郎さんの御子息ですね",
"そうです"
],
[
"私はあなたとお話したい。御都合がよろしければ、明朝私の住家においで願いたい",
"承知しました。私はあなたからの何らかの発言を希望していました。そして、今日その目的を達しました"
],
[
"失礼ですが、あなたはこの二階を特異なものとお考えになりませんか",
"建築様式の意味ですか",
"そうです。この建物は家というよりも、日本古来の倉の形式を象ってゐますが、民家の倉といえば、外観にしろ、内部の構造にしろ、その様式にはある定った約束があると思います。こんな倉は、このC地方に一つ、いや日本全国を探しても、他にないのではありますまいか"
],
[
"私の父は倉の二階に住んだことがあると私に話しました。私が聞かされたその倉の特殊性は、私がいまここで見る通りなのです",
"そうすれば総てを綜合して、赤沢荘三郎氏が、かつてはこの二階にお住みになったことがあるということになりますね"
],
[
"そうです。しかし、これは別の問題です。これについては、またお願いに上ることがあると思います。",
"承知しました。では今日の御用件を承りましょう"
],
[
"私は父の怨を晴したいのです",
"どういう意味か私には分りません",
"十五年前に、あなたは私の父を地上から抹殺しました",
"殺害したと仰有るんですか? 警察も当時はそうした意見でした。しかし証拠は発見されなかった筈です",
"そうです。証拠があれば、あなたは十五年前に絞首台に上っています"
],
[
"今日はお部屋の中を詳しく拝見させて頂くつもりで参りました。私は父がこの二階に住んでいたということを確実にしたいのです。御研究のお邪魔はいたしません",
"よろしい。どうか御勝手に行動下さい"
]
] | 底本:「酒井嘉七探偵小説選 〔論創ミステリ叢書34〕」論創社
2008(平成20)年4月30日初版第1刷発行
初出:「黄色の部屋 第四巻三号」
1952(昭和27)年12月10日発行
入力:酒井 喬
校正:北村タマ子
2013年5月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "053054",
"作品名": "ある完全犯罪人の手記",
"作品名読み": "あるかんぜんはんざいにんのしゅき",
"ソート用読み": "あるかんせんはんさいにんのしゆき",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「黄色の部屋 第四巻三号」1952(昭和27)年12月10日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2013-07-10T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-16T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001142/card53054.html",
"人物ID": "001142",
"姓": "酒井",
"名": "嘉七",
"姓読み": "さかい",
"名読み": "かしち",
"姓読みソート用": "さかい",
"名読みソート用": "かしち",
"姓ローマ字": "Sakai",
"名ローマ字": "Kashichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1903",
"没年月日": "1946",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "酒井嘉七探偵小説選 〔論創ミステリ叢書34〕",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2008(平成20)年4月30日",
"入力に使用した版1": "2008(平成20)年4月30日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2008(平成20)年4月30日初版第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
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"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"校正に使用した版2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "酒井 喬",
"校正者": "北村タマ子",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001142/files/53054_ruby_50514.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2013-05-14T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001142/files/53054_50792.html",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"出火を認めた場合とか、部屋に盗賊を発見した時なぞには、勿論走りもし、必要とあれば、賊と格闘もしなければならない。そんな時には、もう静かな歩みも忘れて充分に働けばいゝ。さうした時には、その激動が機械に伝はつて、正しい時間と共に、その巡回器の中に記録される。そして、それが後の証拠になるのだ。",
"分りました。"
],
[
"二三十分かゝると思ふんですが、一寸来て頂けませんか。",
"何か事件ですか。",
"簡単なものですが殺人事件です。",
"すぐお伺ひします。"
],
[
"坂部さん、どうも大変な時間にお呼び出ししまして恐縮でした。実は私たちの親友の、この部屋の主人公が窓から墜死したのです。",
"へえ、窓からね。"
],
[
"自殺ぢやありますまいな。",
"さうとは考へられないんです。状況証拠から判断すると、明白に他殺で、それも金庫の中の金を目的にした非常に単純な頭脳の持主が、必要以上の狂暴性を発揮して決行した殺人なんですね。"
],
[
"ところが、困つた事には、単純な頭で何の計画もなく、突差に――または発作的に、と云ふ方が適切かも知れませんが――遂行しただけに、証拠が何も残されてゐないんですよ。",
"さうでせうな。"
],
[
"坂部さん。これが事件の全貌なんですがね。あなたに一つ御解決を願ひたいと思ひましてね。それでお越しを願つた訳なんです。",
"さうですか。"
],
[
"あなた方お二人が昨夜から今暁にかけて使用された巡回器は何処にあります。",
"地下室の私達の部屋にあります。",
"さうですか。済みませんが直ぐ取つて来て下さい。"
],
[
"秋山さん、あなたはこのビルで使用してゐる巡回器を御存じですか。",
"知りませんが、例の静かに歩く、振動記録式ぢやないんですか。",
"いや、さうぢやないんです。警手達にはさういふ風に教へてゐますが、実は、新しい機械で、いはゞ、録音機なんですね。つまり、警手が静かに歩いても走つてもいゝんですよ。たゞ、総ての音響が、中にある錫で作つた十六ミリほどなフイルムに確実に録音されるのですね。ですから、警手が規定のやうに巡視しながら、独言を云つたり、欠伸をしたりする音は勿論、どんな歩調で歩いてゐるか、また、事故のあつた場合、つまり、出火を認めたときとか盗賊を発見した時にどうした処置をとつたか、どの程度に活躍したか、といふことが細大漏らさず録音される訳ですね。つまり、今いふやうに、精巧な録音機なんですから、別に警手の身体に着いてゐる必要はないんですよ。格闘の際にバンドが切れて、此の巡回器が廊下の片隅へ転がつて行くやうな事があるとても、この機械は忠実に、総ての音響を録音してゐる訳ですね。……もう持つて来るでせうが、あの巡回器をそのまゝ発声機に使用出来ますから、昨夜の巡回がどんなものであつたか、此処で皆で聞いてみませう。"
],
[
"もう駄目だ。巡回器を身体から離して仕事をすりや、それでいゝ、と簡単に考へたのが間違つてゐたのだ。そんな立派な証拠があるんだつたら何とも仕方がない。もう度胸を定めろ。そして、行きがけの駄賃に、あの坂部といふ奴を掴み殺してしまへ。",
"さうだ!"
],
[
"さあどうですかね。まだ静かな歩みを必要とするものでせう。最近の映画に出て来たのもこのビルで使つてゐるのと同じものでしたからね。……しかし、秋山さん。私の名誉のために云つておきますが、骨相学の方は事実なんですよ。",
"さあ、どうだか。"
]
] | 底本:「酒井嘉七探偵小説選 〔論創ミステリ叢書34〕」論創社
2008(平成20)年4月30日初版第1刷発行
入力:酒井 喬
校正:小林繁雄
2011年3月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "052947",
"作品名": "静かな歩み",
"作品名読み": "しずかなあゆみ",
"ソート用読み": "しすかなあゆみ",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2011-04-25T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-16T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001142/card52947.html",
"人物ID": "001142",
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"名": "嘉七",
"姓読み": "さかい",
"名読み": "かしち",
"姓読みソート用": "さかい",
"名読みソート用": "かしち",
"姓ローマ字": "Sakai",
"名ローマ字": "Kashichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1903",
"没年月日": "1946",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "酒井嘉七探偵小説選",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2008(平成20)年4月30日",
"入力に使用した版1": "2008(平成20)年4月30日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2008(平成20)年4月30日初版第1刷",
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[
[
"僕たち三人で、これに参加するんだ。三機編隊で飛ぶ。沙里子さんが第一番機、右翼と左翼は君と僕だ。リーダーは沙里子さんだ。僕達は、こんなことを云えば、主催者には失礼だが、催物それ自体には、何の興味もない。僕達の三機は無電で連絡をとりながら飛ぶ。暗号(?)の解読も三人が無電を通じて行う。記載された飛行場が解ると同所まで飛ぶ。これは、どこにあるか僕達の誰にも分らない。しかし、市町村に附属するものであるというから、夜間発着には十分の広さがあるはずだ。標識の全部は消灯されているが、場の中央を示す『A』のネオン・サインがある。これを頼りに降りるのだ。無事故で着陸した方が勝だ。第一飛行場で勝負がつかなければ、第二、第三、と――即ち a―r―c―t―i―c の各文字のネオン標識を有する――最後の飛行場まで、この『決闘』を継続するのだ",
"承知した"
],
[
"まだですの。も少し昇ってから見る方がいいでしょう",
"そうですね。少し高度を取っておく方が、どの方向へ飛ぶにしてもいいでしょう。ね、清川君――",
"そうだ"
],
[
"……おや短歌よ。とても日本趣味ね、万葉集の歌らしいわ。読みますよ。お二人とも聞いていて頂戴。――牽牛と織女と今夜逢ふ天漢内に波立つなゆめ……",
"天漢内に……"
],
[
"それじゃ、漢内飛行場ですね。坂君、そう考えないかい",
"そうだろう、そうに違いない。あれは伊吹山の山麓に、新しく出来た飛行場だったな"
],
[
"うん、もう来ているはずだ。沙里子さん、少し高度を下げましょうか",
"ええ"
],
[
"……用意はいいか",
"うん、先に行くぞ"
],
[
"一体どうしたのでしょう",
"何か変ったことがあったようですね。見て来ましょう"
]
] | 底本:「酒井嘉七探偵小説選 〔論創ミステリ叢書34〕」論創社
2008(平成20)年4月30日初版第1刷発行
初出:「新青年 17巻1号」
1936(昭和11)年1月
入力:酒井 喬
校正:北村 タマ子
2011年6月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "053050",
"作品名": "空飛ぶ悪魔",
"作品名読み": "そらとぶあくま",
"ソート用読み": "そらとふあくま",
"副題": "――機上から投下された手記――",
"副題読み": "――きじょうからとうかされたしゅき――",
"原題": "",
"初出": "「新青年 17巻1号」1936(昭和11)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2011-08-06T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-16T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001142/card53050.html",
"人物ID": "001142",
"姓": "酒井",
"名": "嘉七",
"姓読み": "さかい",
"名読み": "かしち",
"姓読みソート用": "さかい",
"名読みソート用": "かしち",
"姓ローマ字": "Sakai",
"名ローマ字": "Kashichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1903",
"没年月日": "1946",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "酒井嘉七探偵小説選 〔論創ミステリ叢書34〕",
"底本出版社名1": "論創社",
"底本初版発行年1": "2008(平成20)年4月30日",
"入力に使用した版1": "2008(平成20)年4月30日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "2008(平成20)年4月30日初版第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "酒井 喬",
"校正者": "北村タマ子",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001142/files/53050_ruby_43442.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2011-06-27T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
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} |
[
[
"ほんとでございますね。それに、今日は、また、お珍しく、お早いお稽古で",
"ええ、実は横町のお米屋さんからの、御注文を届けに参るところでございますが、かえりに寄って混んでいると悪いと思って、寄せていただきました。しかし、あなたがた、もう、おすみになったのでございますか"
]
] | 底本:「「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9」光文社文庫、光文社
2002(平成14)年1月20日初版1刷発行
初出:「月刊探偵」黒白書房
1936(昭和11)年5月号
入力:川山隆
校正:伊藤時也
2008年11月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "047758",
"作品名": "ながうた勧進帳",
"作品名読み": "ながうたかんじんちょう",
"ソート用読み": "なかうたかんしんちよう",
"副題": "(稽古屋殺人事件)",
"副題読み": "(けいこやさつじんじけん)",
"原題": "",
"初出": "「月刊探偵」黒白書房、1936(昭和11)年5月号",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-12-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001142/card47758.html",
"人物ID": "001142",
"姓": "酒井",
"名": "嘉七",
"姓読み": "さかい",
"名読み": "かしち",
"姓読みソート用": "さかい",
"名読みソート用": "かしち",
"姓ローマ字": "Sakai",
"名ローマ字": "Kashichi",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1903",
"没年月日": "1946",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "「探偵」傑作選 幻の探偵雑誌9",
"底本出版社名1": "光文社文庫、光文社",
"底本初版発行年1": "2002(平成14)年1月20日",
"入力に使用した版1": "2002(平成14)年1月20日初版1刷",
"校正に使用した版1": "2002(平成14)年1月20日初版1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "川山隆",
"校正者": "伊藤時也",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001142/files/47758_ruby_32679.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2008-11-11T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001142/files/47758_33422.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2008-11-11T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"そうね、じゃア、今場所全勝したら、どこかへ泊りに行ってあげる",
"全勝か。全勝はつらいね",
"だって女の気持はそんなものだわ。関取がギターかなんか巧くったって、そんなことで女は口説かれないと思うわ。関取は相撲で勝たなきゃダメよ。あなたの全勝で買われたと思えば、私だって気持に誇りがもてるわ",
"よし、分った。きっと、やる。こうなりゃ是が非でも全勝しなきゃア"
],
[
"私、待合や、ツレコミ宿みたいなところ、イヤよ。箱根とか熱海とか伊東とか、レッキとした温泉旅館へつれて行ってちょうだい。切符はすぐ買えるルート知ってるのよ",
"でも僕は明日から三四日花相撲があるんだ。本場所とちがって、こっちの方は義理があるのでね",
"じゃアあなた、あしたの朝の汽車で東京へ帰りなさい"
],
[
"エッちゃん、今まで、いうの忘れてたわ",
"なにを?",
"ごめんね",
"なにをさ",
"ごめんねをいうのを忘れてたのよ。ごめんなさい、エッちゃん",
"なぜ",
"だって、とても、人間侮蔑よ",
"人間侮蔑って、何のことだい",
"全勝してちょうだい、なんて、人間侮蔑じゃないの。私、エッちゃんにブン殴られてもいいと思ったわ"
],
[
"人間侮蔑っていったね。僕が人を土俵にたたきつけるのが人間侮蔑だってえのかい。だって、それじゃア、年中負けてなきゃアお気に召さないてんじゃア",
"そうじゃないのよ",
"じゃアなんのことだい",
"いいのよ、もう。私だけの考えごとなんですから",
"教えてくれなきゃ、気になるじゃないか。かりそめにも人間侮蔑てえんだからな",
"いっても笑われるから",
"つまり、女のセンチなんだろう",
"ええ、まア、そうよ。綺麗な海ね。ここが私の家だったら。私、今朝からそんなことを考えていたのよ",
"まったくだなア。土俵、見物衆、巡業の汽車、宿屋、僕ら見てるのは人間と埃ばっかり、どこへ行っても附きまとっていやがるからな。なア、サチ子さん、相撲とりが本場所が怖くなるようじゃア、生れ故郷の墨田川へ戻るのが怖しくって憂鬱なんだから、僕はお前、こんなところでノンビリできりゃア、まったく、たまらねえな",
"花相撲に帰らなくってもいいの?",
"フッツリよした。叱られたって、かまわねえ。義理人情じゃア、ないよ。たまにゃア人間になりてえ。オイ、見てくれ。これ、このチョンマゲ、こいつだな。人間じゃないてえシルシなんだ。鶏に鶏の形があるみたいに、相撲とりの形なんだぜ。昔はこいつが自慢の種で、うれしかったものだけど"
],
[
"ほんとに買える? 当があるの?",
"大丈夫大丈夫",
"じゃア、私もつれて行って",
"それがいけねえワケがある。一ッ走り行ってくるから、ちょっとの我慢"
],
[
"わかるかい、サチ子さん、お前をつれて行けなかったわけが。つまりこれだ、チョンマゲだよ。こういう時には、きくんだなア、お相撲が腹がへっちゃア可哀そうだてんで、お百姓はお米をだしてくれる、お巡りさんは見のがしてくれる、これがお前、美人をつれて遊山気分じゃア、同情してくれねえやな。アッハッハ",
"じゃア、チョンマゲの御利益ね",
"まったくだ。因果なものだな"
],
[
"これ幸いと一役買っていらっしゃったのね。ノブ子さんと温泉旅行ができるから。もっぱら私にお礼おっしゃい",
"まさにその通りです。ちかごろ飲食店が休業を命ぜられて、ノブちゃんは淫売しなきゃ食えないという窮地に立ち至って、私の有難味が分ったんだな。サービスがやや違ってきたです。そこへこの一件をききこんだから、これ幸いと実は当地においてノブちゃんを懇に口説こうというわけです。今日あたりは物になるだろうな。ノブちゃん、どうだい、この情景を目の当り見せつけられちゃア、ここで心境の変化を起してくれなきゃ、私もやりきれねえな",
"ほんとにサチ子さん、すみません。私ひとり、お金をとどけるつもりだったけど、私、一存で田代さんに相談しちゃったのよ。だって心配しちゃったのよ、このまま放っといて、あとあと……"
],
[
"奥さん、ノブちゃんの心境を変えるようになんとか助けて下さいな",
"だめ。口説くことだけは独立独歩でなければだめよ",
"友情がねえな、奥さんは。すべてこの紳士淑女には義務があるです。それは何かてえと友の恋をとりもつてえことですよ。私が女をつれて友だちに会う。するてえと、私は友達よりも私の方が偉いように威張り、また、りきむです。これ浮気の特権ですな。したがってまた友だちが女をつれて私の前へ現れたときは、私は彼の下役であり、また鈍物であるが如く彼をもちあげてやるです。これを紳士の教養と称し義務と称する、男女もまた友人たるときは例外なくこの教養、義務の心掛がなきゃ、これ実に淑女紳士の外道だなア。奥さんなんざア、天性これ淑女中の大淑女なんだから、私がいわなくっとも、なんとかして下さるはずなんだと思うんだけどな"
],
[
"どうしたらいいかしら。田代さんを怒らしてしまったけど、つらいのよ。寝床の中で口説かれるなんて、第一私男の人に寝顔なんか見せたことないでしょう。寝床の中で口説かれるなんて、そんなこと、私田代さんに惨めな思いさせたり惨めな田代さん見たくないから、許しちゃうかも知れないのよ。そんな許し方したら、あとあと侘しくて、なさけないじゃないの。そうでしょう。だから、いっそ、私の方から許してしまったら。なんだか、ヤケよ。サチ子さん、どうしたらいいの。教えてちょうだい",
"私には分らないわ。あんまりたよりにならなくて、ノブ子さん、怒らないでね。私はほんとに自分のことも何一つ分らないのよ。いつも成行にまかせるだけ。でも、ほんとに、ノブ子さんの場合は、どうしたらいいのかしら",
"ヤケじゃアいけないでしょう",
"それは、そうね"
],
[
"田代さんほどの人間通でもノブ子さんの気持がお分りにならないのね。ノブ子さんは身寄りがないから、処女が身寄りのようなものなのでしょう。その身寄りまでなくしてしまうとそれからはもう闇の女にでもなるほかに当のないような暗い思いがあるものよ。私のような浮気っぽいモウロウたる女でも、そんな気持がいくらかあるほどですもの、女は男のように生活能力がないから、女にとっては貞操は身寄りみたいなものなんでしょう、なんとなく、暗いものなのよ。ですから、ノブ子さんのただ一つの身寄りを貰うためでしたら、身寄りがなくとも暮せるような生活の基礎が必要でしょう。前途の不安がないだけの生活の保証をつけてあげなくては。口約束じゃアダメ。はっきり現物で示して下さらなくては",
"それは無理ムタイという奴だな奥さん。それはあなたは、あなたの彼氏は天下のお金持だから、だけど、あなた、天下無数の男という男の多くは全然お金持ではないのだからな。処女というものを芸者の水揚げの取引みたいに、それは、あなた、むしろ処女の侮辱だな。むろん、あなた、私はノブちゃんを大事にしますよ。今、現に、私がノブちゃんを遇する如くに、です。それ以外に、あなた、水揚料はひでえな",
"水揚料になるのかしら。それだったら、私もタダだったわ",
"それ御覧なさい。それはあなた、処女は本来タダですよ",
"私の母が私の処女を売り物にするつもりだったから、私反抗しちゃったのよ。でも、今にして思えば、もし女に身寄りがなかったら、処女が資本かも知れなくってよ。だって芸者は水揚げしてそれから芸者になるのでしょう。私の場合は、処女というヨリドコロを失うと闇の女になりかねない不安やもろさや暗さに就ていうのです。ですから処女をまもるのは生活の地盤をまもるのよ",
"かつて見ざる鋭鋒だな。奥さんが処女について弁護に及ぶとは、女は共同戦線をはるてえと平然として自己を裏切るからかなわねえなア。共同の目的のためというのはストライキの原則だけど、己を虚しうし、己を裏切るてえのは、そんなストライキはねえや。それはあなた、処女が身寄りのようなものだてえノブちゃんの心細さは分りますとも。けれどもそんな心細さはつまりセンチメンタリズムてえもので、根は有害無益なる妖怪じみた感情なんだなア。処女ひとつに女の純潔をかけるから、処女を失うてえと全ての純潔を失ってしまう。だから闇の女になるですよ。けれどもあなた純潔なるものはそんなチャチなものじゃない。魂に属するものです。私は思うに日本の女房てえものは処女の純潔なる誤れる思想によって生みなされた妖怪的性格なんだなア。もう純潔がないのだから、これ実に妖怪にして悪鬼です。金銭の奴隷にして子育ての虫なんだな。からだなんざアどうだって、亭主の五人十人取りかえたって、純潔てえものを魂に持ってなきゃア、ダメですよ。そこへいくとサチ子夫人の如きは天性てんでからだなんか問題にしていない人なんだから、そしてあなた愛情が感謝で物質に換算できるてえのだから、自ら称して愛情による職業婦人だというのだから、これは天晴れ、胸のすくような淑女なんだな。そのあなたが、こともあろうに、いけません、同情ストライキ、それはいけない。あなたはあなたでなきゃアいけない。関取、そうじゃないか、サチ子夫人がかりそめにも浮気の大精神を忘れて、処女の美徳をたたえるに至っては、拙者はあなた、こんなところへワザワザ後始末に来やしませんや。私はあなたサチ子夫人を全面的に尊敬讃美しその性向行動を全面的に認める故に犬馬の労を惜しまぬのです。かかる熱誠あふるる忠良の臣民を歎かせちゃアいけねえなア"
],
[
"え、サチ子さん。ノブ子さんは可哀そうじゃねえのかな",
"なぜ",
"だってムッツリ、ションボリ、考えこんでいたぜ。イヤなんだろう",
"仕方がないわ。あれぐらいのこと。いろいろなことがあるものよ、女が一人でいれば",
"ふーん。いろいろなことって、どんなこと",
"いろんな人が、いろんなふうに口説くでしょう",
"そういうものかなア。僕なんざ、めったに口説いたことも口説かれたこともないんだがな。だけど、あれぐらいムッツリと思いつめて考えてるんじゃア",
"あなただって私をずいぶん悩ましたじゃないの",
"なるほど、そうか。そして結局こんなふうになるわけか",
"罰が当るって、なによ",
"なんだい? 罰が当るって",
"いつか、あなた、いったでしょう。オメカケが浮気してロクなことがあったタメシがないんだって。罰が当るんだって。罰が当るって、どんなこと?",
"そんなことをいったかしら。覚えがねえな。だって、お前、お前は別だ",
"なぜ。私もオメカケの浮気ですもの",
"お前は浮気じゃないからな。心がやさしすぎるんだ",
"たいがいのオメカケがそうじゃないの?",
"もう、かんべんしてくれ。僕はしかし、お前を苦しめちゃアいけねえから、フッツリ諦めよう。これからはもう相撲いちずにガムシャラにやってやれ。しかし、お前のことを思いださずに、そんなことができるかな",
"私は思いださない",
"僕がもうそんなに何でもないのか",
"思いだしたって、仕方がないでしょう。私は思いだすのが、きらい",
"お前という人は、私には分らないな",
"あなたはなぜ諦めたの?",
"だってお前、僕は貧乏なウダツのあがらねえ下ッパ相撲だからな。お前は遊び好きの金のかかる女だから",
"諦められる",
"仕方がねえさ",
"諦められるなら、大したことないのでしょう。むろん、私も、そう。だから、私は、忘れる",
"そういうものかなア",
"つまらないわね",
"何がさ",
"こんなことが",
"まったくだな。味気ねえな。僕はもう生きるのも面倒なんだ",
"そんなことじゃアないのよ。私は生きてることは好きよ。面白そうじゃないの。また、なにか、思いがけないようなことが始まりそうだから。私は、ただ、こんなことがイヤなのよ",
"こんなことって?",
"こんなことよ",
"だから",
"しめっぽいじゃないの。ない方が清潔じゃないの。息苦しいじゃないの。なぜ、あるの。なければならないの。なくて、すまないことなの?"
],
[
"オイ、死のう。死んでくれ",
"いや",
"もう、いけねえ、そうはいわせねえから"
],
[
"じゃア関取はまだ戻らないんですね",
"ええ",
"自殺でもしたのかな",
"どうだか",
"うむ、どうでもいいさ"
],
[
"墨田川が好きで忘れられないなら、私が結婚させてあげる。相当のお金もつけてあげるよ",
"そんなことを、なぜいうの",
"好きじゃないのか?",
"好きじゃない。もう、きらい",
"もう嫌いというのが、わからないな",
"ほんとです。もう苦しめないで。私は浮気なんか、全然たのしくないのです",
"だがな、私のような年寄が。私なら、君のようにいうことができる。しかし君のような若い娘がそんなふうにいうことを私は信じてはいけないと思うのだよ。私は君が本当に好きだから、私は君の幸福をいのらずにいられない。私のようなものに束縛される君が可哀そうになるのだよ",
"あなたの仰有ることの方が私にはわからないわ。好きだから、ほかの人と結婚しろなんて、嘘でしょう。ほんとは私がうるさくなったのでしょう",
"そうじゃない。いつか君が病気になったことがあった。君は気がつかなかったが、君は眠ると寝汗をかく、そのうちに、目のふちに薄い隈がかかってきたが、ねむるとハッキリするけれども目をひらくと分らなくなるので、君は気がつかなかったんだな。いくらか目のふちがむくんでもいた。その寝顔を眺めながら、私はそのとき心の中でもう肺病と即断したものだから、君が病み衰えて痩せ細って息をひきとる姿を思い描いて、それを見るぐらいなら私が先に死にたいと考え耽っていたものだった。私自身はもう私の死をさのみ怖れてはいない。それはもう身近かに迫っていることでもあるから、私は死をひとつの散歩と思うぐらい、かなり親しい友達にすらなっているのだ。しかし、君は違う。私のような年配になると、人間世界を若さの世界、年寄の世界、二つにハッキリ区別する年齢的な思想が生れる。私自身若かったころは殆どもう若々しいところがなくて孤独癖、ときには厭人癖、まことにひねこびた生き方をしており、私に限らずなべて若者の世界も心中概ね暗澹たるもののように察しているが、私はしかしある年齢の本能によって限りなく若さをなつかしむ。慈しむ。若さは幸福でなければならないと思う。若者は死んではならぬ。ただ若さというものに対してすでにそのような本能をもつ私が、私の最愛の若い娘に対して、どのような祈りをもっているか、その人の幸福のために私自身の幸福をきり放して考えることが微塵も不自然でないか……"
],
[
"女が自分で商売するなんて、サチ子さん、まちがってるんじゃないかしら。私、このまま商売をつづけて行くと、人に親切なんかできなくなって、金銭の悪魔になるわよ。そうしなきゃ、やって行けないわよ",
"そうね"
],
[
"まだ眠むっちゃ、いや",
"なぜ",
"私が、まだ、ねむれないのですもの"
],
[
"私はどれぐらいウトウトしたのかな",
"二十分ぐらい",
"二十分か。二分かと思ったがなア。君は何を考えていたね",
"何も考えていない",
"何か考えたろう",
"ただ見ていた",
"何を",
"あなたを"
],
[
"秋になったら、旅行しよう",
"ええ",
"どこへ行く?",
"どこへでも",
"たよりない返事だな",
"知らないのですもの。びっくりするところへつれて行ってね"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「愛と美」朝日新聞社
1947(昭和22)年10月5日発行
初出:「愛と美」朝日新聞社
1947(昭和22)年10月5日発行
入力:tatsuki
校正:oterudon
2007年7月27日作成
2016年4月15日修正
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "042877",
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[
"世の中にお前さんぐらいバカな買い物をする人はないね",
"昔の金に換算すると、十五万円でも格安らしいですがね",
"いけませんよ。十万円は天下の大金です。初心者がそんなゴルフセットを持つ必要はない。お前さんは四万五千円で犬を買ったろう。犬に四万五千円の大金を投じるとは、なさけない人だね"
],
[
"あそこは日本人が行けないのでしょう",
"普通はそうですが、ボクと一しょなら行けるんです。進駐軍が川奈を接収したとき、司令官に頼まれて、いわれた数だけのゴルフ用具をそろえてやったんです。お礼に何をやろうかといわれたときに、ボクとボクの友だちにゴルフをさせろといってみたんです。よろしい、ではお前とその他七人のお前の友だちはゴルフをしてよろしいということになったんです。七人の名前を書きだしてきましたが、要するに一度に七人以内ならだれでもいいんですよ",
"それは、ありがたいね。じゃア、あなたにゴルフを教えてもらおう",
"ぼくはゴルフをやらないんです。ぼくはゴルフの道具を銀行、会社へ売りこんだり、ゴルフ場の工事を請負ったりしてたでしょう。ボクがヘタでなってないフォームでバカな振り方をやるとお客がよろこんで、つまり、商売のコツだから、ボクは昔からゴルフやらんです。ハハ"
],
[
"カチンスキー氏が川奈のゴルフ場へ出入できるというのは本当ですかね",
"それは本当だ。とても顔がきくんだ。司令官がでてきて、食堂へ案内してコーヒーをのませるぐらい顔がきくよ",
"オレは英語がしゃべれないから、そう顔がきいてもこまるな",
"イヤ、キミはこまらんよ。司令官が食堂へつれて行くのはカチンスキーだけだ。先日カチンスキーの会社の社長が彼の案内で川奈へ行ったが司令官はカチンスキーだけ食堂へつれて行ってコーヒーをのませてくれて、カチンスキーは二時間ぐらいコーヒーをのんでたそうだ。社長はその間、吹きさらしのゴルフ場へ放ッぽりだされていたそうだよ。キミも食堂へ案内される心配はない",
"カチンスキー氏は英語が達者なのかね",
"イヤ。全然できないが、二時間でも半日でも持つそうだ"
],
[
"まったく、そうです",
"御挨拶ですね。オヤ、あなた、ゴルフをおやりですね",
"やりません",
"道具があるじゃありませんか"
],
[
"ヤ。女房に限らず、拙者も本日の特別料理は棄権いたそう",
"ジョ冗談じゃないですよ。よその料理人の一時間の仕事を私は三時間の手間をかけて念には念を入れてやってまさア。私のフグが危いなんて、とんでもない",
"イヤ。東京には腐ったワラジもないし、君の店は水洗式で人糞もないから、残念ながら辞退いたそう"
],
[
"私はクサリ鎌をやるにはやりますが、元来は杖を学んだものです",
"杖と仰有ると、夢想権之助の?",
"左様です。福岡に夢想権之助の神伝夢想流が今なお伝わっておりまして、自分はそれを学んだものです"
],
[
"およそ二十発であろう",
"しからば余も一時に二十発点火いたそう",
"強がってはいかん。すでに貴公の顔色は変っている。特に貴公の名誉を考え、四発を点火していただく。導火線は本来二分チョッキリで導火するものであるが、目下は芸者がそれを作っているから不揃いで、一分二十秒から二分まで、四十秒もひらきがある。注意したまえ"
],
[
"どうだ、外へ出たいか",
"はい、出とうございます"
],
[
"そうだろう。出たいであろう。お前は小鳥を鳥カゴへ入れて愛玩しているそうだが、小鳥の身になってみるがよい。今のお前と同じことだ。どうだ、わかるか",
"ハイ。よく、わかりました。さっそく小鳥を放しますから、ゴカンベン下さいまし",
"それならば今回は許してつかわす"
],
[
"これ、どうしてよそから註文が来ないでしょうね。すばらしい花模様だが",
"それ、花じゃないよ",
"これが花弁でしょうが",
"イイエ、イエメンの王様の誕生日のお祝い、とかいてあるそれは文字だよ。誕生日の記念品だ。署名入りだから、ほかにだれも買わないのは当たり前だ",
"じゃア来年の誕生日、また……",
"年号もはいっているよ"
],
[
"それは今後十年間はタップリ間に合っとる。そう余計作っておく品物ではない",
"何に使うものですか",
"棺桶の上にかけて葬るものだ"
],
[
"モロッコやコンゴーは雨が降らねえらしいな。それに湿度が低くって、汗もでねえのかも知れないな",
"全身が真っ黒だから、色が落ちて身体や顔についても気がつかないのだろう",
"イヤ。黒い身体に珍しい色がつくから、喜んでいるのだ"
],
[
"先生は犬の通だそうですから伺いますが、柴犬やもしくは小型の日本犬はポインターなぞよりも優秀な猟犬だそうですが本当ですか",
"それは訓練次第でそうなるかも知れないね",
"いえ、生まれつきですよ。実はね、この近所の百姓が飼ってる犬なんですが、夜中に外へ放すと、夜明けまでに必ず山の鳥を一、二羽つかまえてもどるそうで、おまけに自分では手をつけずに、まるまる主人に差出すそうです"
],
[
"それでその犬がどうしたのさ",
"その犬の仔を買わないかてんですが、親の性能を見なくちゃ何ともいえませんや。でまア、これから出かけるんですけど、先生一しょに、いかがですか",
"性能をしらべるッて、どうするのだい",
"実は私は泊りこんで、犬が獲物を持参するのを見とどけようというわけです",
"そんな悠長なのはオレはイヤだよ。じゃア君が見とどけて本当に優秀だったら、仔犬をオレが買ってもいいよ",
"そうですか。じゃアひとつ今晩徹夜でやりますから、吉報待ってて下さい"
],
[
"早いじゃないか。どうしたい",
"ダメですよ。犬の商売人に一パイ引っかかるところでしたよ",
"犬の商売人て、君がそうじゃないのか",
"もっとほかに悪い商人がいるんです。私が目当てのウチへ行ってそこの柴犬のことをきいてみると、みんなウソなんですね。まアたまに鳥をとってくることはあるそうですが、それはよそで飼ってる鶏を盗んでくるんだそうですよ。その鶏を外で食べずに持ってくるのは自分の小屋で食べるためだそうです。その百姓が正直者で、悪い犬屋とグルにならずにみんな正直に云ってくれたから助かりましたが、これ、どうです。買いますか? 問題の仔犬ですが",
"よせやい。タネがわかれば、買うことはないじゃないか",
"タダくれたもんですからね。イヤにアッサリとタダでくれましたよ。どうも変だよ。まア、タダだからいいけれども、どうです。いくらでもいいですが、買いませんか",
"イヤだよ"
],
[
"アンタのウチは代々この土地のアンマか",
"イエ、私は満州からの引揚者だ",
"満州でアンマをやっとったのか",
"収容所でアンマを覚えたのさ"
],
[
"御隠居さん。隣りの八サンが先夜の碁の仕返しだといって意気ごんで見えましたが",
"そうかい。ちょうどツレヅレの折だ。カモがきたな。遠慮なしに上りなよ。八サンや"
],
[
"旗色が悪いじゃないか。やに考えこんでるな。ムダだよ、考えたって",
"エー、おかまいなく",
"ハッハ。かまいたくなろうじゃないか。時に、なんだな。ちかごろ方々で、化け物の話がでるじゃないか。曲り角でバッタリ人に会って、顔を見たらノッペラボーだったとか、トントンと戸を叩く奴があるから、誰でえてんで、戸をあけるとノッペラボーがジッと立ってたなんてね。どうも、つまらねえことをいいふらす奴があるな。おい、いい加減にしなよ。八サンや。お前、ねむってるんじゃなかろうね",
"ヘエ、ねてるもんですか",
"ヘタの考え休むに似たり。寝てねえなら、そろそろ何とかしなさいよ。そううつむいて、いくら考えたって、いい知恵が浮かびゃしないよ。お前の頭じゃアね。そろそろ夜なか近くになったところへ、こッちは手持無沙汰で仕様がねえから、襟元からゾクゾク寒気がしやがるな。なんとか挨拶したらどうだい",
"ヘエ",
"オヤ。どう挨拶した?",
"こんな風にですか",
"エ?"
],
[
"旦那どうかなさいましたか",
"助けてくれ。ノッペラボーがでた",
"こんな風なですか"
],
[
"ナア、オイ、大戦は遠ざかったぜ",
"そいつア、オメデてえな"
],
[
"チョイと、ちかごろ物騒だわよ、この町は。またピストル強盗が現れたわよ。ピストルなんてもの製造禁止しちまえばいいのにね。オヤ? まだどこかで戦争してるとこがあるらしいわね。チョーセンと、ならびにニッポンか。これ、どこの国?",
"それはファーイーストといって、この大陸のはるか東のドン端れに、チョーセンとニッポンてえ国があるらしいな。なんしろ、はるか東のまた東、ドン端れだから、ロクな土地じゃアねえや。おまけに、そこから向うは太平洋てえ世界一の大きな海で何千里というもの人が住まねえ海なんだなア。天然自然に、そこんとこで小戦をやるてえシキタリになってからてえものは天下は太平だな",
"戦争はもうないッて話だわね",
"あんなものは、もう、はやらねえよ。もう戦争なんぞ、どこにもねえ",
"チョイと。ホックはめてよ",
"アイヨ。ウーム、いい香水の香りだ"
],
[
"もう食べ物の配給が四十五日ないんですけど、ここんとこで、二、三日分、だしていただけませんか",
"ナニィ。原子バクダンがいつハレツするか分りゃしねえぞ。メシなんぞ食ったって、ムダだ",
"でも腹がへって動けねえ",
"キサマ、危険思想にかぶれたな"
],
[
"将棋は実力の勝負だ。腕でこい",
"アッハッハ。なんぼでも、負かしたる。よう、勝てんやないか。オイ、木村。弱いもんや",
"弱いのは、お前だ。オレがいくらボケたって、まだお前より弱かアねえや",
"ホ。勝てたら、勝ってみい",
"アア。勝ってみせるよ"
],
[
"オレが強い",
"お前が弱いや"
],
[
"どうでえ。うちのロービョーがちょいと正体不明の病気でヨチヨチしているから、お前ンとこの神薬を一服やってみたいと思うが",
"なんだい、ロービョウーってのは?",
"学がねえな。老いたる猫だ"
],
[
"なんにもないウチだなア、このウチは",
"エヘン、エヘン"
],
[
"ナア、オイ。燃しても煙のでねえ物があるてえと、冬に眼が痛むてえことがねえな",
"そうだとも。じっくり考えてみるべい"
],
[
"コレ、コレ。どうも人間は、年をとるとハゲるな",
"無念ながら、そのようで",
"人間のハゲにはヒタイからハゲるのと、脳天からハゲるのと二種類あるな",
"御明察で",
"この両方のハゲが分らぬようなマゲを発明いたせ"
],
[
"ウーム、そうか。すると、君のウチの天井でネズミを追ッかける奴はいないか",
"ネズミはしょっちゅう追ッかけられてるな。追いつめられてチューチュー泣いてる奴もいる",
"それだ。君のウチにネコはいねえだろう。それはイタチだ。縁の下の先生はイタチだぜ。オレの子供のころはオレンチにもイタチがいたが、洪水の時にイタチがいなくなって、一丈あまりの青大将が住みつきやがったよ。ここのウチぐらいの古い建物にイタチだけなら恵まれてるぜ"
],
[
"これイタチの子ですか",
"待て、待て。動物辞典と百科辞典をもってこい。エエト、これがイタチの大人か。大人と子供は似ていないが、イモムシと蝶々にくらべれば大そうよく似ているといわねばならぬ。よーし。これはイタチだ。こいつを育ててミンクの毛皮をとってやるぞ"
],
[
"年齢は?",
"五ツ"
],
[
"いくつだ?",
"エエ。五ツでござんす",
"ちとマセとるな。ようし、合格。その次",
"八十八歳",
"米寿か。合格"
],
[
"どうだい。そろそろ戦争がはじまるてえが、内地にいちゃアどこも危くって仕様がねえな。いッそ軍隊へ疎開しようじゃないか",
"そいつァうまい考えだ。お前は陸軍に疎開するか",
"オレは海軍だ"
],
[
"なア、オイ。兵隊になって、よかったなア。内地にマゴマゴしてる奴の気が知れねえな。トーチカはあるし、コンクリート製の地下防空壕はあるし、ホンモノの防毒面までムリにくれやがるし、兵隊てえものは死なねえようにできてるもんだなア。それで、お前、メシはタダだ。欠配もねえや。これで何だな、酒と女の配給がもうちょっと多いと申分ないのだがなア",
"そこが戦争でえ。我慢しろい"
],
[
"どうでえ、戦争と手を切りたいてえ話なんだがなア。雷除ケの神サマへ願をかけてみるか",
"よせやい、文明の人間が。落ちてくるものは、仕方がねえや"
],
[
"コレ、長吉。人間にはそれぞれ好き嫌いがあるてえが、お前が好きな物はなんだ",
"エッヘッヘ",
"イヤな笑い方だな。ハッキリ云ってみな",
"ヘエ。二番目が酒です"
],
[
"与太郎じゃねえか。大きくなったな。いくつになった?",
"きいて、どうする",
"年ぐらいきいたっていいじゃないか。そう、そう、今度中学校をでたってな。お前、なんになる",
"死ねば白骨となるな",
"止しやがれ。当り前じゃねえか。子供てえものは大人になったら何になりたいてえこと考えてるものだ。お前は何になる?",
"何になるったって、してくれなかったら、どうする。オレが何になるか、方々の試験官に問い合わしてくれ",
"ヤな小僧だな。何になりてえか、てんだ",
"王様になりたい"
],
[
"よしねえ、クマアニィ。女というものはいたわらなくちゃアいけねえと、いまオレに説教したばかりじゃねえか",
"何を云やアがる。オレのことはオレでするんだ。よけいなお世話だ"
],
[
"さては蔓の花粉だな。これには相当の毒がある",
"蔓の花なんて咲いてないわ",
"ウーム。左様か。しからば山ツツジの毒である。そもそもツツジにはシキシマその他十何種もあるが、山ツツジという一種に限って毒がある。そして、このツツジの名産地は赤城山だ。赤城山頂は天下に名高いツツジの名所だが、これがみんな山ツツジである。したがってこのへんのツツジもたぶん山ツツジだろう。それによって金魚が死んだな",
"ツツジのどこに毒があるの?",
"そもそも山ツツジの毒は――"
],
[
"この町に殺人鬼が現れて――たとえばアンゴという怖るべき殺人鬼が現れて、山ツツジで人を殺したら、この町の医者には死因が分らないな。よーし、次から次へと殺してやるぞオ",
"おどかすのは止しなさいよ。アナタは目ツキが変だから、心配するよ"
],
[
"赤城山のツツジは山ツツジだそうですね",
"左様です。赤城のほかに富士山なぞにもこの種のツツジがあります",
"山ツツジには毒があるそうですが",
"ございます。むかし赤城には放牧しておったのですが、牛馬も知っておると見えまして、ツツジはよけて食べ残しましたので、あのように面白い形にツツジの群が残ったのかも知れません",
"どこに毒があるのですか",
"花にも、葉にもございます。毒と申しましても、腹痛を起す程度で、よほど多量に食べなければ生命に別条ないと思いますが"
],
[
"何という名?",
"この名はねえ、名はあるのかね、草に一々必ず名がなければならないという考え方は面白くないかもしれないよ"
],
[
"それ、なんだ",
"元旦の挨拶状だ",
"それをどうするのだ",
"通過の大都市の上空でまく。すなわち、まず東京、この上空はとくに大まわり中まわり小まわりと三回まわる。つぎに横浜、清水、静岡、浜松、名古屋、大阪といったグアイだね",
"それは、よせよ",
"なぜ?",
"悪いことはいわない。オレは機長だ。空の上へあがったら、オレにまかせておけ",
"そうはいかんよ。商売だ。アンタはアメリカ人だからセンデンということは百も二百も承知だろう。日本のセンデンも必死だぜ",
"そんなら、東京の上空だけ一まわりしてやる。それ以外はあきらめろよ。悪いことは言わない。今にわかるよ"
],
[
"伊豆の道路で試験してパスしたタイヤなら日本中の道路で走れるのさ",
"なぜ?",
"つまり伊豆の道路がボロ道路だから、ここでパンクしなきゃ日本中のどの道でもパンクしない折紙がつくのだな"
],
[
"あんた、なんの先生どす?",
"オレもよう知らんなア",
"もうちょッと碁のうてる人いまへんか"
],
[
"この碁席はノンビリしてまんなア",
"碁はコセコセしたらあかんわ"
],
[
"ウーム、やっぱりシチョウか",
"もうちょっと早う分らなあかんわ"
],
[
"君のウチの別館かと思ったら、まだ大将のウチじゃないか",
"ええ。でも、いつお借りしてもよろしいような約束になっております",
"ここを使うのはボクがはじめてだね",
"ええ、まア……"
],
[
"いまラジオでいっていたが、とうとう判決が下りましたね",
"え?",
"お隣りは絞首刑でね"
],
[
"なんてことだ。よりによって、私がその書斎を借りてるときに判決とは",
"アッ。あなたですか。いま住んでる人は。誰かがいるなと思ったが、それはまア運のわるい……"
],
[
"このシァン(犬)め!",
"コッション(ブタ)ヤロー!"
],
[
"麻雀はゲームをたのしむものじゃなくて賭をたのしむものさ。だから自然いそがしい",
"それならダイスをふるがいいや"
],
[
"広島と長崎に黒い雨が降って何十万という人間が死んだとよ",
"ピカッと光ったら、みんな死んでたそうだ。どうだい。アニイの忍術も、できるかい",
"できやしねえや。オレのできないことをやるようじゃ、おッつけ人間は亡びるぜ"
],
[
"半分おくれ",
"ヘーイ"
],
[
"パチンコのタマは全部でいくらある",
"一万円ほどです",
"よし。みんな買う"
],
[
"なんの用だ",
"パチンコをやって下さい",
"バカぬかせ。パチンコをやらないために買い占めたんだ",
"それは法律違反です。パチンコのタマを店の外に持ちだすと懲役ですよ"
],
[
"君は勝手にオレの弟子を称するが、作品を書いたことがあるのかね",
"作品なんか、どうでもいいんです"
],
[
"これが京マチ子にほれましてね。映画を見たことはないんですが、雑誌の表紙の京マチ子にほれましてそれからずっと思いつめて仕事もやめてしまったのです。この男の心境をきいていただきたいと思いまして",
"そんな心境はききたくないよ、早く精神病院へ入院させなさい",
"つきましては先生にオクリモノを差上げたい。私たちはシシュウを商売にしておりますからシシュウを差上げたいと思います",
"つきましてはって何についたつもりだね。どうも何もついたところがないようだから早く帰ってぐっすり寝なさい",
"つきまして……つまりそれは",
"何にもついてはしないだろう",
"ハハア",
"早く帰り給え"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 13」筑摩書房
1999(平成11)年2月20日初版第1刷発行
底本の親本:「西日本新聞 第二四九四六号~第二五〇四六号」
1953(昭和28)年1月2日~4月13日
初出:「西日本新聞 第二四九四六号~第二五〇四六号」
1953(昭和28)年1月2日~4月13日
入力:tatsuki
校正:成宮佐知子
2013年6月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045935",
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"初出": "「西日本新聞 第二四九四六号~第二五〇四六号」1953(昭和28)年1月2日~4月13日",
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[
[
"月に三十円か四十円でいいのだ。三畳の間借りで事足りるんだからね。そのうちに女の方でなんとかするだらうよ。僕にその資力があれば自分でさういふことにしたのかも知れないが……",
"つまりあの人を二号にしろと言ふわけか?",
"いや、さういふわけぢやない。女の生活を保証してやつても、必ずしも二号ときまつてゐるわけはないからね。然し二号でもいいのだ。男と女だから話がそこまで進んでも、それは仕方がないぢやないか"
],
[
"引越さして下さらない? ここは気兼ねがあつて厭だわ",
"家が一軒欲しいのか?",
"いいえ、一部屋でいいの。ここでさへなければどんな汚い部屋でもいいわ"
],
[
"それはどういふわけだい? 雨宮が君を口説きでもしたのかい?",
"いいえ、そんなこと有り得ないわ。あの人はそんな気の利いたことのできない人よ。悪い人ぢやないんだけど、毎日だとうるさいもの。貴方と私の生活が今日から始まることにして、それ以前のことには尠しもふれない生活がしたいの。昔があると、しつこくつていやだわ"
],
[
"実はね、あの人のうちの方であの住所に気付いた形勢があつたんだ。僕でさへ知らなかつた住所に気付くのは可笑しいと思ふかも知れないが、偶然気付く理由があつたんだ",
"それならなにも僕のあとをつけて住所を突きとめるやうな面倒をするまでもなく、僕に相談してくれた方が早道の筈ぢやないか",
"君の言ふことは理窟だよ。当然さうすべきやうな事柄でも、案外さうもできない事情といふものがあるものだよ。元はといへば女を連れだした僕から起きたことなんだから、君に面倒をかけずに僕の手でなんとかしようとしたことも一因なんだ。とにかく僕は君とあの人の関係がそこまでいつてゐることに気付かなかつたものだから"
],
[
"漸く今しがた居所が分つたやうな次第ぢやないか。紅庵はとつくに居所を知らせたやうに言つてたのかい?",
"いいえ、さうも言はないけど、雨宮さんは昨日から姿を見せないもの",
"雨宮は何も話さないが、周章てて引越したほんとの理由はどういふところにあるんだい? あの男は有耶無耶の誤魔化しばかり言つてゐて、僕には皆目のみこめないのだ"
],
[
"ほんとは私にハズがあるの。ハズのところから逃げだしてきたのよ。ところが雨宮さんはあのアパアトにハズの友達がゐるつて言ふの。雨宮さんは私があのアパアトにゐることを知らずに、お友達のところへ遊びにきたんですつて。そしたらそのお友達が同じアパアトに私のゐることに気付いてゐて不思議がつてゐたつて言ふのよ。そこであのアパアトにゐたんぢやおそかれ早かれハズの耳にも伝はるからと言ふので、その人の留守のうちに一時も早く越した方がいいと言つて、あたしもすつかり面喰つてその気になつたの。その朝のうちに忽ち此処へ越してきたのよ",
"アパアトに友達がゐるなんて、そんなことは大嘘だ。紅庵は僕の後をつけてきてあのアパアトを突きとめたのだ",
"そんなことかも知れないわね。きつと黙つて引越したのが癪にさはつて、こんな悪戯をしたのでせうよ。やりかねないことだわ"
],
[
"あの人のすることはなんとなく秘密くさくつて割りきれないものがあるやうだわ。人の知らないところで、しよつちうコソ〳〵企らんでることがあるやうな感じよ。あたしに家出をさせたのなんかも、近頃考へてみると、なんだか企らみがあるやうで気味が悪いわ",
"紅庵がわざ〳〵君に家出をさせたんだつて!",
"さうなのよ。いつたい私のハズつてのが性的無能者なの。酔つ払ふと誰にでもその話をして泣きだしちやふから、雨宮さんもそのことを知つてゐたわけよ。もうかれこれ一年近くになるんだけど、ハズが無能者だつてことが分つて以来――これは近頃思ひ当つたのよ、雨宮さんの遊びに来かたが頻繁になつたし、それに、私や私のハズに向つて話すことがいつも決まつて人間は面白おかしく暮さなければ損だといふことなの。つまり貞操だの一夫一婦だのつてことに拘泥せずに、もつと気楽に快楽を追ひ、したい放題に耽らなければ生きてゐる値打がないつていふ理論なの。勿論私にだけ言ふわけぢやあなく、ハズに向つて言ふ時の方が却つて多いし、とつても熱心に力説するのよ。それがいつものことだつたわ。聞きてが私一人のときは、話すことが一層微細で通俗的で具体的よ。つまりどこの誰それはどういふ浮気をしてゐるとか、どこの誰それは夫婦合意の上で浮気を許し合つてゐるとか、そのためにその人達の身辺が爽やかで、遊びに行つてみると如何にもこつちまで気持がのび〳〵するやうだ、なんて話すのよ。普通の夫婦でもなんだから、まして無能者を良人にもつ女は当然浮気の権利があるんだつて、そんなことまでハッキリ言つたわ。とても真面目に、厳粛な顔付でハッキリ言ふのよ。聖人のやうに厳粛で、私を口説くやうな素振りなんか微塵もないし、あの人自身が浮気さうな感じなんかどう考へてもないやうだから、あの人の言葉が怖いくらゐ真理にきこえてくるのよ。本気に私を憫んで、さういふ聖人のやうな憫みかたで私の人生に忠告を与へてくれるやうに思はれたわ。雨宮さんが帰つてしまふと奇妙な人だわと思ふくらゐで、あの人の言葉なんか滅多に思ひ出しもしなかつたけど、知らないうちに、私もだん〳〵その気になつてゐたんだわね。貴方に始めて会つたでせう。あの日ハズと相当深刻な喧嘩をして、今日こそ別れてしまはうかと考へたりしてゐるところへ雨宮さんがやつてきたの。私が喧嘩の話をして別れようかと思つたほどよと何の気なしに言つてしまふと、あの人ひどく真剣な顔付になつて、そんならすぐにも家を出なさい、一緒にでませう、愉しく暮すことのできるやうな男の友達も紹介してあげるし、なんとかして生活も困らないやうにしてあげる、然し自分自身にはその資力もなし野心もないからつて言ふんだけど、あの人の態度はその時がいつよりもいつと真剣で厳粛で大きな憫れみが籠つてゐるやうで、あの人自身の野心なんか一つだつて見当らない様子だから、ほんとに頼りになると思つたのよ。まるで魔術にかけられたやうにふら〳〵家を出ちやつたの。でも貴方のおうちへ始めて伺つて、この人は女優になりたいさうだけど、なんて言ひだされた時には吃驚したわ、どうせ貴方が拒絶することを見抜いておいて、恰好だけでもつけておくために言つたことかも知れないけど、私の方ぢやそんなことをあの人に言つた覚えもなし日頃考へた記憶さへないほどなんだもの、ほんとに吃驚しちやつたわ",
"それぢや君のハズつて人は、西沢といふ詩を書く人ぢやないのか?",
"ええ、さう。知つてるの?"
],
[
"どうも蕗子の頭からああいふ考へがでてくるのはおかしいと思つたが、それぢやあ君の意見を受売りしてたんだね。実は昨日蕗子からそつくり君と同じことを言はれたのだが",
"冗談ぢやないよ!"
],
[
"こんなことを言ふのは君だからのことなんだ。いや、もう先から君に内々不満を感じてゐたのだが、どうも君は僕を誤解してゐるよ。君はこのたび如何にも僕が裏へ廻つて何かと策謀してゐるやうにとつてるらしいが、それは甚だ迷惑な誤解だよ。今日のことだつて蕗子さんに訊いてもらへば分ることだが、君だからこそ心やすだてに斯ういふ進言もするわけで、いくらなんだつて君に話しもしないうちに斯んな入れ知恵を秘密つぽく吹き込むものか。いや、これで君の気持がよく分つたよ。どうも先から変な誤解をしてるんぢやないかと疑つてゐたのだ",
"さう大袈裟にとりたまふな……"
],
[
"だけど、さうね、雨宮さんはそのことを昔はしよつちう言つてゐたわ",
"昔つて、いつのことだ?",
"半年も、一年くらゐも昔のことよ。結婚なんて窮屈だから、なるべくそんな束縛を受けないやうな生き方が賢明だつて言ふのよ。つまりバーなり喫茶店なり開かせてもらつて、面白おかしく暮すやうな工夫をする方がいいつて言ふの。その話はよくきかされたわ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「早稲田文学 第三巻第五号」
1936(昭和11)年5月1日発行
初出:「早稲田文学 第三巻第五号」
1936(昭和11)年5月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042981",
"作品名": "雨宮紅庵",
"作品名読み": "あめみやこうあん",
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[
"オール、キャッシュ",
"オール、メンバー、あつまれ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「漫画 創刊号」
1948(昭和23)年11月1日発行
初出:「漫画 創刊号」
1948(昭和23)年11月1日発行
入力:tatsuki
校正:砂場清隆
2008年4月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043147",
"作品名": "哀れなトンマ先生",
"作品名読み": "あわれなトンマせんせい",
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"初出": "「漫画 創刊号」1948(昭和23)年11月1日",
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"公開日": "2008-05-29T00:00:00",
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"没年月日": "1955-02-17",
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"底本出版社名1": "筑摩書房",
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[
[
"神尾が出征のとき、売ってよい本、悪い本、指定して、でかけたのです。できれば売らずに全部疎開させたいと思いましたが、そのころは輸送難で、何段かに指定したうち、最小限の蔵書しか動かすことができなかったのです。二束三文に売り払った始末で、神尾が生きて帰ったら、さだめし悲しい思いを致すでしょうと一時は案じたほどでした",
"欲しい人には貴重な書物ばかりでしたのに、まとめて古本屋へお売りでしたか",
"近所の小さな古本屋へまとめて売ってしまったのです。あまりの安値で、お金がほしいとは思いませんけど、あれほど書物を愛していた主人の思いのこもった物をと思いますと、身をきられるようでしたの",
"然し、焼けだされる前に疎開なさって、賢明でしたね",
"それだけは幸せでした。出征と同時に疎開しましたから、二十年の二月のことで、まだ東京には大空襲のない時でしたの"
],
[
"でも、妙ですわね。たしかこの本はこちらへ持って来ているように思いますけど。たしかに見覚えがあるのです",
"それは記憶ちがいでしょう",
"えゝ、ちゃんとこゝに蔵書印のあるものを、奇妙ですけど、私もたしかに見覚えがあるのです。調べてみましょう"
],
[
"わかりました。こっちにあるのは、私自身の本ですよ。いったい、いつ、こんなふうに代ったのだろう",
"ほんとに不思議なことですわね"
],
[
"僕の蔵書の一冊が古本屋にあったよ",
"そう。珍しいわね。みんな焼けなかったら、よかったのにねえ。買ってきたのでしょう。どれ、みせて"
],
[
"なんて本?",
"長たらしい名前の本だよ。日本上代に於ける社会組織の研究というのだ"
],
[
"僕の本はみんな焼けた筈なんだが、どうして一冊店頭にでていたのだか不思議だね。売ったことはなかったろうね",
"売る筈ないわ",
"僕の留守に人に貸しはしなかった?",
"そうねえ、雑誌や小説だったら御近所へかしてあげたかも知れないけど、こんな大きな堅い本、貸す筈ないわね",
"盗まれたことは?",
"それも、ないわ"
],
[
"空襲警報がなって、それから、君は何をしたの?",
"あの日はもう、この地区がやかれることを直覚していたわ。そこしか残っていないのだもの。空襲警報がなるさきに、私はもう防空服装に着代えていたけれど、ねていた子供たちを起して、身仕度をつけさせるのに長い時間がかゝったのよ。やかれることを直覚して、あせりすぎていたから身支度ができて、外へでて空を見上げるまもなく、探照燈がクルクルまわって高射砲がなりだして、するともう火の手があがっていたのだわ。ふと気がつくと、探照燈の十字の中の飛行機が、私たちの頭上へまっすぐくるのです。一時に気が違ったように怖くなって、子供を両手にひきずって、防空壕へ逃げこんだのよ。その時は怖さばかりで、何一つ持ちだす慾もなかったわ。息をひそめているうちに、怖いながらも、だんだん慾がでてきたのよ。そのとき秋夫がお母さん手ブラで焼けだされちゃ困るだろうと言ったの。すると和子が、そうよ、きっと乞食になって死んでしまうわ、ねえ、何か持ちだしてよ、と言ったのよ。私たちは壕をでたの。そのときは、もう、四方の空が真ッ赤だったわ。けれどもチラと見たゞけよ。私たちは夢中で駈けたの。あのときは、でも、私の目は、まだ、見えたのよ。空ぜんたい、すん分の隙もなく真赤に燃えていたわ。そうなのよ。ゆれながら、こっちへ流れてくるようにね、ぜんたいの火の空が"
],
[
"私は臆病だから、恐怖に顛倒して、それからのことはハッキリ覚えがないのよ。三度ぐらいは、たしか往復したはずよ。食糧とフトンと、そんなものを運んだと思っているけど、あの時は、まだ、目が見えていたのだけれどね、目に何を見たか、それが分らなくなっているの。私が最後に見たものは、物ではなくて、音だったのよ。音と同時に閃光が、それが最後よ。ねえ、私はあの晩、子供たちに身支度をさせたの、手をひいて走って、防空壕にかたまって身をすりよせて、そのくせ、私は子供の姿を見ていない。私が最後に見たものは、焼ける空、悪魔の空、ねえ、子供は私をすりぬけて、何か運んで、すれちがっていたはずなのに、私はその姿を見ていないのよ。ねえ、どうして見えなかったのよ。見ることができなかったのよ。ねえ、私はどうして、何も見ていなかったのよ",
"もう、いゝよ。止してくれ。悲しいことを思いださせて、すまない"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 06」筑摩書房
1998(平成10)年7月20日初版第1刷発行
底本の親本:「サロン別冊 特選小説集・第二輯」
1948(昭和23)年5月20日発行
初出:「サロン別冊 特選小説集・第二輯」
1948(昭和23)年5月20日発行
入力:tatsuki
校正:土井 亨
2006年7月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042837",
"作品名": "アンゴウ",
"作品名読み": "アンゴウ",
"ソート用読み": "あんこう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「サロン別冊 特選小説集・第二輯」1948(昭和23)年5月20日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-08-31T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card42837.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
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"底本名1": "坂口安吾全集 06",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年5月22日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年7月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年7月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "サロン別冊 特選小説集・第二輯",
"底本の親本出版社名1": " ",
"底本の親本初版発行年1": "1948(昭和23)年5月20日",
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"校正者": "土井亨",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
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[
[
"月明りの中にポカリと黒い人影が二つ……ザクザクザクと霜柱をふみしめながら寂しい松林をすすんで……東天かすかに白み細々と立ちのぼる線香の煙……一分、二分、……五分……この朝の劇的な門出を母の墓前に報告し、その許しを乞う姿なのである……",
"機関銃はダダダ……爆弾はヅシンヅシン、アッ日の丸の感激、思わず目頭があつくなり……"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第二号」
1950(昭和25)年2月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第二号」
1950(昭和25)年2月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043173",
"作品名": "安吾巷談",
"作品名読み": "あんごこうだん",
"ソート用読み": "あんここうたん",
"副題": "02 天光光女史の場合",
"副題読み": "02 てんこうこうじょしのばあい",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二八巻第二号」1950(昭和25)年2月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-02-03T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
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"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 08",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年9月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年9月20日",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文藝春秋 第二八巻第二号",
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} |
[
[
"どうも、巷談の原料になるかどうか、新聞だけじゃ分らないよ。いったい、なんのためにハンストやってるのだろう? いろいろ、きいてみないとね",
"それは、もう、手筈がととのっています"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第六号」
1950(昭和25)年5月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第六号」
1950(昭和25)年5月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
2015年6月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043176",
"作品名": "安吾巷談",
"作品名読み": "あんごこうだん",
"ソート用読み": "あんここうたん",
"副題": "05 湯の町エレジー",
"副題読み": "05 ゆのまちエレジー",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二八巻第六号」1950(昭和25)年5月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-02-09T00:00:00",
"最終更新日": "2015-06-20T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card43176.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
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"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 08",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年9月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年9月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文藝春秋 第二八巻第六号",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "宮元淳一",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"名刺を貰ってるんだから、信用したら、どうかね。ニセの名刺じゃないことが証明ずみなんだから。こちらの方も悪意があるわけじゃない。酔っ払ってカバンを失くしたために払えないことがハッキリしとるじゃないか",
"イエ、ぼく必ず払う。明日の朝七時。ここで払う"
],
[
"君のカバンでもないのに、何をしつこく頼むことがあるか。君に頼まれなくとも、我々はそれが職務だから、余計な世話をやかずに、用がすんだら、ひきとりたまえ",
"カバンを失くして気の毒だからさ。じゃ、百円、あすここへ届けて下さい"
],
[
"なに云ってやんでい。よろけて、さわったら、インネンつけやがって",
"なに!"
],
[
"小切手じゃアどうしてもいけないてんだから弱りましたよ。持ち合せが八百円しかないんだから、二百円貸しとけ、と言ったら、それもいけない。ナジミじゃないんだから、耳をそろえて千円払えてんですよ",
"それはなんて店ですか",
"さア、なんてんだか"
],
[
"今ごろ、まだ営業してるんですか。なんて店ですか。店の者をつれてらッしゃい",
"それがねえ、じゃア交番へ行って話をつけようと云ったら、交番はいけない、とこう云うんです。あんた一人で行ってこい、とこう云うんですよ。交番はイヤだてえんですよ。どうも仕様がありませんや",
"何か品物を置いてッたら",
"ハア。品物をおくんですか",
"品物はおいてないのですね",
"ええ、おいてやしません"
],
[
"ね。小切手をお預けしますよ。明朝銀行が開きさえすりゃ現金になるんですから、現金にかえてお返ししますよ。これをカタに二百円たてかえて下さい",
"交番では、そういうことをするわけにいきません",
"なに、あなた、個人的に一時たてかえて下さいな。小切手をお預けしますから",
"お金はお貸しできませんが、勘定の話はつけてあげますから、店の者をつれてきて下さい",
"それが交番はイヤだてえんで、こまったな。いいじゃないですか。二百円かして下さいな。この小切手お預けしますよ。交番だから信用してお預けするんですよ",
"とにかく店の者をつれてらッしゃい。二百円は店の貸しにするように、話をつけてあげますよ",
"そうですか。困ったなア。来てくれりゃ、いいんですが、来ないんですよ",
"じゃア何か品物をカタにおいてお帰りになったらいかがです",
"そうですなア。じゃア、そうしましょう"
],
[
"カキ屋?",
"つまり、masturbation をかかせるという指の商売、お客は主として中年以上の男です。この人がと思うような高位高官がくるものですよ。つかまえてみますとね、パンパンを買う常連の中にも、社会的地位のある人がかなりまぎれこんでいるんですよ"
],
[
"いくらで買ったか?",
"二百円",
"よし、行けよ。ズボンのボタンをはめるぐらい、忘れるな"
],
[
"かんべんして下さいな。生活できないから、仕方ないんです。まだ、こんなこと、はじめたばかりなんです",
"嘘つけ。三年前から居るじゃないか",
"ええ、駅のあっち側でアオカンやってたけど、悪いと思ってね、よしたんです。そして、たかッてたんです。だけど、子供が生れたでしょう。タカリじゃ暮せないから、仕方なしに、やるようになったんですよ"
],
[
"今日だけはカンベンして下さい。まだお金ももらわなかったんです",
"よし、よし。今日はカンベンしてやる。しかし、な"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第七号」
1950(昭和25)年6月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第七号」
1950(昭和25)年6月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043177",
"作品名": "安吾巷談",
"作品名読み": "あんごこうだん",
"ソート用読み": "あんここうたん",
"副題": "06 東京ジャングル探検",
"副題読み": "06 とうきょうジャングルたんけん",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二八巻第七号」1950(昭和25)年6月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-02-11T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card43177.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 08",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年9月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年9月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文藝春秋 第二八巻第七号",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "1950(昭和25)年6月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "宮元淳一",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43177_ruby_21377.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-01-10T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43177_21389.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-01-10T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"アッ。すばらしい。さア、駈けましょう",
"どこへ?",
"駅",
"あんたも",
"モチロン"
],
[
"あんたの部下はみんなO氏の弟子じゃないか。あんたがO氏のスイセンで編輯長になれば、みんながあんたを好意的にむかえるはずであるのに、心服させることができないのは、よッぽど不徳のせいだろう。そう思わんか",
"そう思う",
"あんた下宿の女(吉井君とジッコン)と関係してるね",
"そうだ。女房を国もとへおいてるから、こうなるのは当然だ",
"当然であろうと、あるまいと、そんなことは、どうでもいいや。自分の四囲にどういう影響を与えるか、それを考えて、手際よくやるがいいや。あんなケッタイな四十ちかい女に惚れるはずはあるまいし、タダで遊ぼうというコンタンで、部下の感情を害すとは、なさけない話じゃないか。遊ぶんだったら、金で、よその女を買いなさい",
"金がないから仕方がない",
"社長が二人いるのは、変じゃないか",
"変だ",
"敵地へのりこむようにのりこんできて、反抗したい奴はでてこい、若い者にぶん殴らせる、なんて社長があるもんか。ぼくがこの雑誌に関係したのはY氏の窮状を救うという意味でたのまれたのだから、Y氏以外の社長ができたり、Y氏の立場を悪くするようなら、ぼくの一存でこの雑誌をつぶす。どうだ",
"その気持をなんとか組のなんとか氏につたえて、善処させる"
],
[
"O氏に会って、たしかめたところでは、あんたに二十万円だしてもらったのは社長になってくれという意味ではないと断言していた。あんたが思いちがいをしたのは仕方がないが、だいたい社員に向って、反抗する奴はでてこい、若い者にヒネラせてやる、なんていう雑誌の社長があってたまるものか。あんたが社長をやめなければ、ぼくの一存で、今、この場で雑誌をつぶす。雑誌をやりたければぼくがつぶしたあと、やるがいゝ",
"社長から手をひく",
"あんたの二十万は、もう使ってしまって返されんそうだが、文句はないか",
"すすんでO氏に寄進したものだから、文句はない"
],
[
"先生、大変な奴が現れましたぜ",
"どんな奴が",
"まア、先生、これを見て下さいな"
],
[
"なんとか組って、一人ぎめの社長が親分のなんとか組だろう?",
"イヤ。あれは親分じゃなくて、親分の実弟なんです"
],
[
"行ったとも。タンノウしたね。翌日は足腰が痛んで不自由したぐらい歩きまわったよ",
"そいつは羨しいね、ぼくも知ってりゃ出かけたんだが、知らなかったもので、実に残念だった"
],
[
"君、そんなに火事が好きかい",
"あゝ。実に残念だったよ"
],
[
"アッ。奥さん",
"アラア"
],
[
"むかし肺病だったが、それでも、よろしいか",
"結構である",
"下駄ばきで消火に当るのは、不都合であるから、靴を世話したまえ",
"下駄ばきでも不都合ではない。誰もお前が東京の火を消しとめるとは期待していない。すでに東京はあの通りだ"
],
[
"ハイ、歯ブラシ、タオル、紙……",
"いくらだい",
"イエ、タダです。エプロンをきて、ちょッと、こう、リリしい姿で行きますとね。なんでもタダでくれます。熱海の罹災者は楽ですよ。一日居ないと損すると云って、みんな動きません"
],
[
"あれ、今、交渉中なのよ。まだ、話がきまらないの",
"どうして分る?",
"交渉がきまってからは、あんな風に歩かないわよ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第八号」
1950(昭和25)年7月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第八号」
1950(昭和25)年7月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043178",
"作品名": "安吾巷談",
"作品名読み": "あんごこうだん",
"ソート用読み": "あんここうたん",
"副題": "07 熱海復興",
"副題読み": "07 あたみふっこう",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二八巻第八号」1950(昭和25)年7月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-02-13T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
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"没年月日": "1955-02-17",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"ちょッと淀橋タロちゃん呼んで下さい。どッこいしょ。死にそうだ",
"それが、先生。タロちゃん、出世しやはりましてん。撮影所へ行ってはりますわ",
"ヤヤ。タロちゃん、スターになりましたか",
"いいえ。脚本どすわ。このところ、ひッぱりだこや。忙しそうにしてはりますわ。身持もようなって、感心なもんや"
],
[
"こうなりゃア、お定ですよ。もう、ヤケだよ。ホンモノのお定を舞台へあげますよ",
"因果モノはよろしくないよ。よしなさい",
"いえ。ヤケなんだ"
],
[
"タロちゃんをヘソの元祖とみこんで、わざわざやってきたのだが、さりとは残念な。今日は一日ストリップショオの見物に東京をグルグル駈けまわってきたのだよ。最後に浅草でタロちゃんに楽屋裏を見せてもらいたいと思ってね",
"それでしたら、都合のいい人が来合してはりますわ。隣りの部屋にヒルネしてござるのは浅草小劇場の社長さんや"
],
[
"さ、ビールを、一ぱい",
"ヤ。私は一滴もいただけないのでして"
],
[
"浅草小劇場は家族的でして、私が社長ですが、社長も俳優も切符売りも区別がないのですな。私が切符の売り子もやる。手のすいてる子が案内係りもやるというわけで、お客様にも家族的に見ていただこうという、舞台は熱演主義で、熱が足りない時だけは、私が怒ることにしております。ストリップは専属の踊り子が十二名おりまして、数は東京一ですが、目立った踊り子はいません。しかし、ストリップ時代ですな。浅草におきましては、日本趣味がうける。和服からハダカになる。これが、うけます",
"踊り子の前身は",
"それぞれ千差万別でして、女子大をでたのが居たこともありますが、概して教養はひくいですな。ところが、ストリップの踊り子はハダカより出でてハダカにかえる、と申しまして、相当の給料をかせぎながら、常にピイピイしておる。ストリップの踊り子に後援者はつきません。当り前のことですな。自分の女をハダカにして人目にさらすバカはいません。踊り子は自分で男をつくる。男の方を養ってる。そこでストリップの踊り子の情夫は最も低脳無能ときまっております。女の方が威張っておりまして、情夫への口のきき方のひどいこと、きいていられないあさましい情景で、腹のたつときがありますな",
"給料は",
"ワンサで、日に五百円。一流の子で二千円から二千五百円ぐらいのようです。ところが奇妙に、踊りのうまい子はハダがきたない。必ずそうきまっているから、ジッと見てごらんなさい。よく見るとシミがある。フシギにそう、きまったものです"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第一〇号」
1950(昭和25)年8月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第一〇号」
1950(昭和25)年8月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043179",
"作品名": "安吾巷談",
"作品名読み": "あんごこうだん",
"ソート用読み": "あんここうたん",
"副題": "08 ストリップ罵倒",
"副題読み": "08 ストリップばとう",
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"初出": "「文藝春秋 第二八巻第一〇号」1950(昭和25)年8月1日",
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"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
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"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
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"底本出版社名1": "筑摩書房",
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"底本の親本名1": "文藝春秋 第二八巻第一〇号",
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} |
[
[
"たしか、この辺のはずだが",
"君、知らないのか",
"え? ええ。しかし、ここが賑やかな中心地だから、この辺に……",
"とんでもない!"
],
[
"ちがいますよ。これは精工舎という時計工場の寮のあとですよ",
"ハア。田ンボのマンナカに工場というのはきいたことがあるけれども、寮とは妙だ。工場がないじゃないですか",
"工場ははるか亀戸にあるそうです。戦時中、ここに何万という(嘘ツケ)工員が白ハチマキをして、住んでおりまして、講堂でノリトをあげて、それより木銃をかついで隊伍堂々工場へ駈足いたしましたそうで"
],
[
"小岩! いくら",
"千円",
"八百円にまけろ"
],
[
"東京パレス御存じですか",
"あれは武蔵新田と同じものだそうですよ"
],
[
"今日はちょッと難題をたのみますがな。今やわが社におきましては虫気のつかない困った人物がおりまして、ええッと、彼はなんと云ったッけな。ア、そうだ、君。編輯者は色々なものを見ておかなければならんぞよ。見るだけでタクサンだ。実行するに及ばん。実行の隣の線まで、よく見てこい。今夜はこの子をつれていって下さい",
"ムムム"
],
[
"いる、いる。三人みつけた",
"どれ?"
],
[
"ええッと。まず、あすこの黒白ダンダラのイヴニング",
"あんなの好きなの? あの方がいいわよ。緑のイヴニング。腰の線がなやましい"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第一二号」
1950(昭和25)年9月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第一二号」
1950(昭和25)年9月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "043180",
"作品名": "安吾巷談",
"作品名読み": "あんごこうだん",
"ソート用読み": "あんここうたん",
"副題": "09 田園ハレム",
"副題読み": "09 でんえんハレム",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二八巻第一二号」1950(昭和25)年9月1日",
"分類番号": "NDC 914",
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"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
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"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
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} |
[
[
"マーシャル!",
"橋爪の野郎殺しちまえ!"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第一三号」
1950(昭和25)年10月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第一三号」
1950(昭和25)年10月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "043181",
"作品名": "安吾巷談",
"作品名読み": "あんごこうだん",
"ソート用読み": "あんここうたん",
"副題": "10 世界新記録病",
"副題読み": "10 せかいしんきろくびょう",
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"初出": "「文藝春秋 第二八巻第一三号」1950(昭和25)年10月1日",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2006-02-19T00:00:00",
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"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 08",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年9月20日",
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"底本の親本名1": "文藝春秋 第二八巻第一三号",
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} |
[
[
"煙突食う魚",
"かまれた魚を呑む魚"
],
[
"虚無と実存",
"芸術哲学"
],
[
"詩抄千恵子恋",
"春のめざめ",
"チャタレイ夫人"
],
[
"群鳥の夜",
"鳥を飼う男",
"雞と料理人"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第一五号」
1950(昭和25)年11月1日発行
初出:「文藝春秋 第二八巻第一五号」
1950(昭和25)年11月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年1月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043182",
"作品名": "安吾巷談",
"作品名読み": "あんごこうだん",
"ソート用読み": "あんここうたん",
"副題": "11 教祖展覧会",
"副題読み": "11 きょうそてんらんかい",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二八巻第一五号」1950(昭和25)年11月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-02-21T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card43182.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 08",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年9月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年9月20日",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年9月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文藝春秋 第二八巻第一五号",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "1950(昭和25)年11月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "宮元淳一",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43182_ruby_21382.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-01-10T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43182_21394.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-01-10T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"お前一人は置けないから一しょに逃げることにしよう",
"いいえ、お前さん方にケガがあるといけないから是非はやくお逃げなさい。はやくはやく"
],
[
"オレがお前の弟子になるが法を教えるか",
"よろしゅうござります。ずいぶん法を教えて差上げましょう"
],
[
"寄加持には特別の法があるから、勝さまが威張ってもダメでござんす",
"良くつもッてみろ。どこの馬の骨だか分らない南平にできることだから、あれと同じことを旗本のオレが一心不乱にやれば神が乗りうつらぬ筈はない。南平の言葉もきかずに、オヌシが出すぎたことを云うな",
"それはあなた様が御無理だ。神様の法というものは旗本だからどうという物ではありますまい",
"よろしい。論は無益だから、オヌシもここへでてこい"
],
[
"お前様のゴタゴタはかねて知らないではありませんが、丈助をお抱えになるとき、それはいけません。よくないことが起りますと申上げたところ、よけいなことを云う奴は立退けと仰有るから、それからは見て見ぬフリ、いまさら口をきいてあげるワケには参りません",
"そのことは幾重にもお詫び致すから、どうぞ御尽力ねがいたい",
"あの丈助はこの仕事に命をはっていますから、私には大敵で、とてもこの掛合いはできません"
],
[
"無事勘定をすまして事穏便にすませるに越したことはありません",
"無用な金をやるにも及ばないと思いますが、ではそう致しましょう",
"一文も金をやらずに済む方法がありますか",
"その方法はお話し致すわけに参りません。それをきいて、目をお廻しになるといけませんから"
],
[
"一同の雨具を用意いたせ",
"いえ、この節は日和がよろしゅうございますから、五六日は雨は降りませぬ",
"オレが妙見さまに祈ると必ず雨が降ることになってるから、是非とも用意しなさい"
],
[
"お前は仕合せ者だな。今に雨が降るから、荷が軽くなるぞ",
"いいえ、たとえ雲がでても雨にはなりません"
],
[
"長らく滞在にも拘らず下知の趣きききいれざる段は不届きである。金談は断るから、左様心得ろ",
"ハイ。ありがたくお受けいたします",
"しかしながら鐘をうちならし竹槍とって押寄せた段上を恐れざるフルマイ、大阪奉行に命じてきッと詮議致すから左様心得ろ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集17」ちくま文庫、筑摩書房
1990(平成2)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「安吾史譚」春歩堂
1955(昭和30)年7月
初出:「オール読物 第七巻第五号」
1952(昭和27)年5月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「用立て金」と「用立金」の混在は、底本通りです。
※初出時の表題は「安吾史譚(その五)」です。
入力:辻賢晃
校正:川山隆
2014年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "056831",
"作品名": "安吾史譚",
"作品名読み": "あんごしたん",
"ソート用読み": "あんこしたん",
"副題": "05 勝夢酔",
"副題読み": "05 かつむすい",
"原題": "",
"初出": "「オール読物 第七巻第五号」1952(昭和27)年5月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2015-01-17T00:00:00",
"最終更新日": "2014-12-27T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card56831.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集17",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1990(平成2)年12月4日",
"入力に使用した版1": "1990(平成2)年12月4日第1刷",
"校正に使用した版1": "1990(平成2)年12月4日第1刷",
"底本の親本名1": "安吾史譚",
"底本の親本出版社名1": "春歩堂",
"底本の親本初版発行年1": "1955(昭和30)年7月",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "辻賢晃",
"校正者": "川山隆",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/56831_ruby_55278.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2014-12-27T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/56831_55366.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2014-12-27T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"それはちがうね。巻でないことだけは確かだよ。誰か知ってる人はいないかね",
"そうかなア。調べてみよう"
],
[
"そちゃア女房お梅じゃないか",
"わたしゃ隣のお竹だがね、さっきからいぶっているのお前さんのウチじゃないかい"
],
[
"私は昔は北海道から青森の方を歩いていました。これは青森の農村での話ですが、宿屋がないので農家にたのんで泊めてもらったのです。ところがたまたま農家の主人がカゼをひいているのですね。カゼをひけばねて汗をだすのが普通ですが、ここの主人は冬だというのにわざと素ッ裸になっているのです。そして背中にはドテラをひッかけましてね。炉にカッカと火を焚いて、腹を突きだしてあぶっているのです。炉には湯がたぎっているものですから、大きなドンブリにお湯をついで、これに一つかみの味噌を入れて、しきりに飲んでいるのです。カゼの療法はこれに限ると云うのですよ。私が富山の薬売りだということを知っていながら、私の薬を一服買ってのもうなぞとは全然考えないのですからね。私を目の前において、そうなんですよ",
"そんな土地でもこりずに売りに歩くわけですね",
"そうなんですよ。こういう土地ではまた特別の薬が売れましてね。彼らはドブロクを密造してガブガブ飲んでるものですから、年中腹をこわしているのです。そこで下痢どめの神薬という薬がでるのです。それと万能薬の仁丹ですね。何病気でも仁丹で治してしまうのですよ。ですから農村では薬はダメなんです。とにかく薬をのんでくれるのは都会ですよ。知識が普及しているからです。病気を治すには薬を飲まなければならないと知っていてくれるからです"
],
[
"代々薬をおつくりですか",
"いえ。百二十年ぐらいのものです。いまの機械が明治二十二年に富山から買って用いはじめたと父が語っていましたが、その昔は手でまるめたものですね。以前は年に六トンつくっていましたが、いまは年に二トン"
],
[
"卵が神様ですか",
"祭っている神様はアマテラスオオミカミ"
],
[
"生れは?",
"この村",
"お百姓?",
"床屋"
],
[
"キミ、女学校出?",
"嘘らて。パーマネントの学校らがね"
],
[
"二毛作はできますとも。ただ誰もやらないだけですよ",
"なぜ?",
"二毛作をやらなくとも生活が楽だからですよ。いや、むしろ、二毛作をやらない方が生活が楽だと内々考えているかも知れません。とにかく米が不足で統制されてるために百姓が裕福だということは彼らの身にしみていますから、主食の絶対量が不足めの方が自分たちの身のためだと踏んでるかも知れません。この土地は小作争議の本場で社会党の地盤だったものですが、同じ百姓がいまはどんどん自由党一辺倒に転向中ですからな。それに雪国の農民はナマケ者ですよ。楽に生活できれば二毛作なんぞ絶対やりはせんです"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 15」筑摩書房
1999(平成11)年10月20日初版第1刷発行
底本の親本:「中央公論 第七〇年第三号」中央公論社
1955(昭和30)年3月1日発行
初出:「中央公論 第七〇年第三号」中央公論社
1955(昭和30)年3月1日発行
※底本の二重山括弧は、ルビ記号と重複するため、学術記号の「≪」(非常に小さい、2-67)と「≫」(非常に大きい、2-68)に代えて入力しました。
入力:砂場清隆
校正:塚本由紀
2014年11月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "049951",
"作品名": "安吾新日本風土記",
"作品名読み": "あんごしんにほんふどき",
"ソート用読み": "あんこしんにほんふとき",
"副題": "03 第二回 富山の薬と越後の毒消し≪富山県・新潟県の巻≫",
"副題読み": "03 だいにかい とやまのくすりとえちごのどくけし≪とやまけんにいがたけんのまき≫",
"原題": "",
"初出": "「中央公論 第七〇年第三号」中央公論社、1955(昭和30)年3月1日",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2014-12-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-11-14T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card49951.html",
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"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 15",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1999(平成11)年10月20日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年10月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年10月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "中央公論 第七〇年第三号",
"底本の親本出版社名1": "中央公論社",
"底本の親本初版発行年1": "1955(昭和30)年3月1日",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
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"校正者": "塚本由紀",
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[
[
"大変なところですよ",
"ジャンジャン横丁的ですか",
"とんでもない。近所はアカアカと電燈がついているのに、そこだけは真ッ暗ですよ。どうも変だナと思いきってはいってみたら、ローソクでやってますよ。電燈とめられちゃッたんだそうです。梅田通りの一流の土地なんですがね。まるで山寨ですね"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二九巻第五号」
1951(昭和26)年4月1日発行
初出:「文藝春秋 第二九巻第五号」
1951(昭和26)年4月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2010年1月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "045902",
"作品名": "安吾の新日本地理",
"作品名読み": "あんごのしんにほんちり",
"ソート用読み": "あんこのしんにほんちり",
"副題": "02 道頓堀罷り通る",
"副題読み": "02 どうとんぼりまかりとおる",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二九巻第五号」1951(昭和26)年4月1日",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
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"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 11",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年12月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文藝春秋 第二九巻第五号",
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"底本の親本初版発行年1": "1951(昭和26)年4月1日",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"小田原平定後は関八州をあなたに進ぜるが、あなたは居城をどこに定めるお考えか",
"北条氏同様、まア、小田原を居城に致す考えです",
"イヤイヤ。背後に箱根の天嶮をひかえた小田原は戦争向きかも知れないが、すでに時世の城ではござらんな。二十里東方に江戸という太田道灌築城の地がござる。入海に面し、広大な沃野の中央に位しております。また沃野の奥深くから流れてくる河川の便にも恵まれております。四周に豊かな生産地をもち、水陸の交通輸送の便に恵まれている江戸の地ほど、新時代の城下に適したものはござらん。ぜひここを居城となさい"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二九巻第七号」
1951(昭和26)年5月1日発行
初出:「文藝春秋 第二九巻第七号」
1951(昭和26)年5月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2009年12月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "045903",
"作品名": "安吾の新日本地理",
"作品名読み": "あんごのしんにほんちり",
"ソート用読み": "あんこのしんにほんちり",
"副題": "03 伊達政宗の城へ乗込む――仙台の巻――",
"副題読み": "03 だてまさむねのしろへのりこむ――せんだいのまき――",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二九巻第七号」1951(昭和26)年5月1日",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2010-01-31T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 11",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年12月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文藝春秋 第二九巻第七号",
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} |
[
[
"二十年ぐらい前に、そんなものが出たようなことがあったかも知れませんが、イエ、そういうものには、全然心当りがありません",
"ぼくは怪しい者ではありません。島原の乱を小説に書きたいと思って史料を探している文士ですが"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二九巻第一一号」
1951(昭和26)年8月1日発行
初出:「文藝春秋 第二九巻第一一号」
1951(昭和26)年8月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2010年1月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045906",
"作品名": "安吾の新日本地理",
"作品名読み": "あんごのしんにほんちり",
"ソート用読み": "あんこのしんにほんちり",
"副題": "06 長崎チャンポン――九州の巻――",
"副題読み": "06 ながさきチャンポン――きゅうしゅうのまき――",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二九巻第一一号」1951(昭和26)年8月1日",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-02-16T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card45906.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 11",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年12月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文藝春秋 第二九巻第一一号",
"底本の親本出版社名1": " ",
"底本の親本初版発行年1": "1951(昭和26)年8月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "深津辰男・美智子",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/45906_ruby_37367.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2010-01-13T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/45906_37862.html",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"我は漢の劉邦なり",
"我は楚の項羽なり"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二九巻第一三号」
1951(昭和26)年10月1日発行
初出:「文藝春秋 第二九巻第一三号」
1951(昭和26)年10月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2010年1月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045908",
"作品名": "安吾の新日本地理",
"作品名読み": "あんごのしんにほんちり",
"ソート用読み": "あんこのしんにほんちり",
"副題": "08 宝塚女子占領軍――阪神の巻――",
"副題読み": "08 たからづかじょしせんりょうぐん――はんしんのまき――",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二九巻第一三号」1951(昭和26)年10月1日",
"分類番号": "NDC 775 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-02-25T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card45908.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 11",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年12月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文藝春秋 第二九巻第一三号",
"底本の親本出版社名1": " ",
"底本の親本初版発行年1": "1951(昭和26)年10月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "深津辰男・美智子",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/45908_ruby_37369.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2010-01-13T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"あなたはコマ村のお生れか",
"いいえ、その隣りです",
"向う隣りですか",
"こッち隣りです",
"じゃア、飯能じゃないか",
"ハイ。そうです"
],
[
"あなたは、コマ村の何を知っているのかね?",
"ハイ。コマ村へ行く道を知っています"
],
[
"も・う・い・い・かアーい",
"まア・だ・だ・よーオ"
],
[
"もういいかアーい",
"まアだだよーオ"
],
[
"もういいかアーい",
"まアだだよーオ"
],
[
"もういいかアーい",
"まアだだよーオ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 11」筑摩書房
1998(平成10)年12月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第二九巻第一六号」
1951(昭和26)年12月1日発行
初出:「文藝春秋 第二九巻第一六号」
1951(昭和26)年12月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2010年1月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045910",
"作品名": "安吾の新日本地理",
"作品名読み": "あんごのしんにほんちり",
"ソート用読み": "あんこのしんにほんちり",
"副題": "10 高麗神社の祭の笛――武蔵野の巻――",
"副題読み": "10 コマじんじゃのまつりのふえ――むさしののまき――",
"原題": "",
"初出": "「文藝春秋 第二九巻第一六号」1951(昭和26)年12月1日",
"分類番号": "NDC 915",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-03-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card45910.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 11",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年12月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年12月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文藝春秋 第二九巻第一六号",
"底本の親本出版社名1": " ",
"底本の親本初版発行年1": "1951(昭和26)年12月1日",
"底本名2": "",
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"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "深津辰男・美智子",
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"テキストファイル最終更新日": "2010-01-13T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"他流でも、あんなことをやりますか",
"とんでもない。何から何まで類型なしです。ちょッとだけ似ているものすらもありませんよ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「講談倶楽部 第六巻第五号」
1954(昭和29)年4月1日発行
初出:「講談倶楽部 第六巻第五号」
1954(昭和29)年4月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2009年4月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042965",
"作品名": "安吾武者修業",
"作品名読み": "あんごむしゃしゅぎょう",
"ソート用読み": "あんこむしやしゆきよう",
"副題": "馬庭念流訪問記",
"副題読み": "まにわねんりゅうほうもんき",
"原題": "",
"初出": "「講談倶楽部 第六巻第五号」1954(昭和29)年4月1日",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-04-22T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card42965.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 14",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1999(平成11)年6月20日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年6月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年6月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "講談倶楽部 第六巻第五号",
"底本の親本出版社名1": " ",
"底本の親本初版発行年1": "1954(昭和29)年4月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "noriko saito",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42965_ruby_34479.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2009-04-08T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42965_34772.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2009-04-08T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"奥さんに家出されて、ユーウツなんて、僕たち、大人の気持は分らないなア。僕たちは、恋愛しないから、子供なのかな。然し、恋愛したいと思いませんねエ。だけど、素敵な美人と友達になりたいですね",
"恋愛と友達と違うのかい?",
"エヘ"
],
[
"ネエ、先生。僕のところへ遊びにいらっしゃいよ。僕、パンパンと同棲していますよ。よく稼ぎますね",
"パンパンに食べさして貰っているの?",
"ちがいますよ。可哀そうだから、部屋をかしてやってるのです。三人いますよ",
"三人とも、君のいゝ人かい",
"アレ、変だなア。先生、僕たち、そんなこと、考えていないですよ。先生は大人なんだな。僕、はずかしいや"
],
[
"先生は安パンパンを買って、カゼをひいたんだぜ。あいつら、野天でやるからな。衛生にわるいよ",
"もう先生は死ぬらしいな"
],
[
"じゃア、うちのパンパンをつれてきてやるさ。パンパンの罪だからな。どのパンパンでも、おんなじだい。先生にあやまらせるんだ。なぐる、と云ったら、なぐらせてもいいじゃないか。思いをとげる、ということは、大切なんだ。オレは何かで読んだことがあるよ。とても大切なことなんだ。だから、我々は――",
"ウン、もう、わかった"
],
[
"なぜ、だまって、見ているのよ。私を見世物にしたわけね",
"そうじゃないよ。ホラ、見ろよ。僕たち、みんな立上っているじゃないか。どうしていゝか、わからなかったんだ。だって、見ろよ。先生はもう死んだんだぜ",
"ウソよ。あのバカ力で、にわかに死ぬものですか",
"だって、動かなくなったじゃないか"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 06」筑摩書房
1998(平成10)年7月20日初版第1刷発行
底本の親本:「娯楽世界 第二巻第五号」銀五書房
1948(昭和23)年5月1日発行
初出:「娯楽世界 第二巻第五号」銀五書房
1948(昭和23)年5月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2007年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042833",
"作品名": "遺恨",
"作品名読み": "いこん",
"ソート用読み": "いこん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「娯楽世界 第二巻第五号」銀五書房、1948(昭和23)年5月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-06-27T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card42833.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 06",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年5月22日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年7月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年7月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "娯楽世界 第二巻第五号",
"底本の親本出版社名1": "銀五書房",
"底本の親本初版発行年1": "1948(昭和23)年5月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42833_ruby_26840.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-05-05T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42833_26845.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-05-05T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"お茶碗もお箸も持たずに生きてる人ないわ",
"僕は生きてきたじゃないか。食堂という台所があるんだよ。茶碗も釜も捨ててきてくれ"
],
[
"バカヤロー。貴様がヨタモノでなくてどうする。そのステッキは人殺しの道具じゃないか",
"これはハイキングのステッキさ。刑事が、それくらいのことを知らないのかね",
"この助平"
],
[
"貴様、まだ、うろついているな。その腕時計はどこで盗んだ",
"貰ったんですよ",
"いいから、来い"
],
[
"あなたのマダムのからだ、魅力がありそうね",
"魅力がないのだ。凡そ、あらゆる女のなかで、私の知った女のからだの中で、誰よりも",
"あら、うそよ。だって、とても、可愛く、毛深いわ"
],
[
"君は何人の男を知った?",
"ねえ、マダムのあれ、どんな風なの? ごまかさないで、教えてよ",
"君のを教えてやろうか",
"ええ"
],
[
"ちょっと。どうしたのよ。あなた、怒ったの?",
"やあ、おはよう",
"あの晩はすみませんでしたわ。私、のぼせると、わけが分らなくなるのよ。又、飲みにきてちょうだいね",
"今、飲もう"
],
[
"どうかしてるわね。今日は",
"俺は君が好きなんだ"
]
] | 底本:「風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇」岩波文庫、岩波書店
2008(平成20)年11月14日第1刷発行
2013(平成25)年1月25日第3刷発行
底本の親本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
初出:「新小説 第一巻第七号」
1946(昭和21)年10月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:Nana ohbe
校正:酒井裕二
2015年5月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "056799",
"作品名": "いずこへ",
"作品名読み": "いずこへ",
"ソート用読み": "いすこへ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新小説 第一巻第七号」1946(昭和21)年10月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2015-07-06T00:00:00",
"最終更新日": "2015-05-24T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card56799.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "2008(平成20)年11月14日 ",
"入力に使用した版1": "2013(平成25)年1月25日第3刷",
"校正に使用した版1": "2013(平成25)年1月25日第3刷",
"底本の親本名1": "坂口安吾全集 04",
"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
"底本の親本初版発行年1": "1998(平成10)年5月22日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "Nana ohbe",
"校正者": "酒井裕二",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/56799_ruby_56834.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2015-05-24T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/56799_56882.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2015-05-24T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"お茶碗もお箸も持たずに生きてる人ないわ",
"僕は生きてきたぢやないか。食堂といふ台所があるんだよ。茶碗も釜も捨てゝきてくれ"
],
[
"バカヤロー。貴様がヨタモノでなくてどうする。そのステッキは人殺しの道具ぢやないか",
"これはハイキングのステッキさ。刑事が、それくらゐのことを知らないのかね",
"この助平"
],
[
"貴様、まだ、うろついてゐるな。その腕時計はどこで盗んだ",
"貰つたんですよ",
"いゝから、来い"
],
[
"あなたのマダムのからだ、魅力がありさうね",
"魅力がないのだ。凡そ、あらゆる女のなかで、私の知つた女のからだの中で、誰よりも",
"あら、うそよ。だつて、とても、可愛く、毛深いわ"
],
[
"君は何人の男を知つた?",
"ねえ、マダムのあれ、どんな風なの? ごまかさないで、教へてよ",
"君のを、教へてやらうか",
"えゝ"
],
[
"ちよつと。どうしたのよ。あなた、怒つたの?",
"やあ、おはやう",
"あの晩はすみませんでしたわ。私、のぼせると、わけが分らなくなるのよ。又、飲みにきてちやうだいね",
"今、飲もう"
],
[
"どうかしてるわね。今日は",
"俺は君が好きなんだ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「新小説 第一巻第七号」
1946(昭和21)年10月1日発行
初出:「新小説 第一巻第七号」
1946(昭和21)年10月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2009年7月8日作成
2013年10月29日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042898",
"作品名": "いづこへ",
"作品名読み": "いずこへ",
"ソート用読み": "いすこへ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新小説 第一巻第七号」1946(昭和21)年10月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-07-11T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card42898.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 04",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年5月22日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年5月22日",
"校正に使用した版1": " ",
"底本の親本名1": "新小説 第一巻第七号",
"底本の親本出版社名1": " ",
"底本の親本初版発行年1": "1946(昭和21)年10月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "深津辰男・美智子",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42898_ruby_35133.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2013-10-29T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "1",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42898_35404.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2013-10-29T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"しかしだねえ。彼は酒を知らず、タバコを知らず、映画を知らず、ダンスを知らず、パチンコを知らず、女を知らず、しかも飽くことなく校門をくぐり必ず教室に出席しとるよ。何年おいても同じことだね。したがって、四年目には静かに校門より送りだすべきであろうと思う",
"アプレの模範だな"
],
[
"一身上の都合です",
"どんな都合か",
"柔道はもうやれません",
"なぜやれないのか",
"思想の悩みもあります",
"悩みを語ってきかせよ",
"柔道はやるべきではないです",
"なぜ柔道をやってはいかんのだ。つまり、戦争反対かな",
"一身上のことです。身体に悪いです",
"病気なのか",
"イエ。しかし、病気になってはイカンと思っています",
"当り前だ。誰だってそう思っているから、運動をやって身体を鍛えるのだ。ランニングもやめたのか"
],
[
"ランニングはやめないのだな",
"…………",
"両立しないのか",
"…………",
"今まで両立したではないか"
],
[
"ボクもトシですから……",
"お前がトシだって!",
"ハ?",
"いくつだ?",
"息切れがするのです",
"ランニングも息切れはするだろう"
],
[
"ウソだア! みんなが逃げたのは与作が来てくれたからだ。そして、お前だけが逃げそこなったのだ",
"それみろ"
],
[
"お前はきっと犯人ではないな",
"ウン",
"神様に誓うか",
"ウン",
"では、不浄をたち、拝殿にこもれ。潔白なら神様が犯人を探して下さる。犯人なら神様が息の根をとめて下さる。どっちにしても、それまで外へでられないぞ"
],
[
"これは、なんだ?",
"なんだろうか",
"わからないのか。お前の寝た間に誰かがここへ投げこんだのだ"
],
[
"これを書いたのは女だろうか",
"女だったら、どうする気だ",
"アンタは錠をたてて早く帰ってくれ",
"この罰当り"
],
[
"ここへ手をだして",
"どこ?",
"ここ"
],
[
"手がでるもんか。指が一本通るだけだ",
"格子のところへ手をひらいて当てといて下さればいいのよ。いい?",
"いい",
"ハイ"
],
[
"これ、何?",
"キャラメル。好き?",
"好きだ",
"じゃア、手をだして"
],
[
"君は食べたくないのか",
"…………",
"すこし返そうか",
"なぜ",
"二十そっくりもらうのは悪いよ",
"かぞえていたの?",
"君が欲しければ半分返すぜ",
"いいわよ",
"オレがここに居ること、どうして分った",
"村の人はみんな知ってるわ"
],
[
"もう、帰れよ。女が夜こんなところを独り歩きするのは良くないことだ",
"帰るわよ"
],
[
"明日もキャラメル持ってきてあげるわ",
"もういいよ",
"手紙よんだ?",
"よんだ",
"おやすみ"
],
[
"すっかり、やせたよ",
"バカ云え。一まわり、ふとったわ",
"ウソだろう",
"何がウソだ"
],
[
"実はな。光也君が拝殿へ閉じこもっているとき、キャラメルを持って見舞いに行って、云い交したそうだが",
"分った。それでは、これがその娘だ"
],
[
"これは娘の手だ",
"あんたの娘はまだ小さいが",
"イヤ。郵便局で事務をとっているのがいる",
"あれはカタワだろう",
"ちょッと背中がまがっている",
"あれはセムシというものだ",
"そう云うこともできる",
"ビッコじゃないか",
"片足も少しわるい",
"ひどいビッコだ",
"多少歩行に不自由はある"
],
[
"ダメ、ダメ。ウチは百姓だ。百姓のヨメは郵便局で事務をとるようにはいかんよ。朝は早くから台所で水仕事をして、それから野良にも出なければならん",
"しかし、子供同志は云い交している。アンタが文句を云うのは人権ジュウリンだ",
"化け物と云い交すはずはない",
"しかし、クラヤミのことだからな"
],
[
"言い交したとは思いませんが、そう云われても仕方がないかも知れません",
"なぜ仕方がないか"
],
[
"明日、学校へ行ってから、考えてみます",
"何を考える",
"言い交したか、どうか、考えてみます",
"考えなくとも分るだろう",
"クラヤミのことだからな。ゆっくり考えた方がいいぞ"
],
[
"病気ですか",
"そうだ。恋わずらいだ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 13」筑摩書房
1999(平成11)年2月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第三一巻第五号」
1953(昭和28)年4月1日発行
初出:「文藝春秋 第三一巻第五号」
1953(昭和28)年4月1日発行
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2010年5月19日作成
2011年4月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"初出": "「文藝春秋 第三一巻第五号」1953(昭和28)年4月1日",
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[
[
"痛かつて?",
"痛くないこともなかつた",
"近頃健康はいいの……?",
"さう、悪くないこともないが……",
"今日も一日退屈して?……退屈しないこともなかつたのね。ねえ、あたし今日、いろんな事を考へたの……"
],
[
"アアア、あたし何処かへ飛んで行きたい、知らない国へ、ひとりぽつちで旅をしたいわ……",
"僕も何処かへ飛んできたいや……"
],
[
"あんまりお行儀が悪いぢやないか、キミはあんまり――",
"大丈夫だ、大丈夫だ、俺はシッカリしてゐるのだ",
"何が大丈夫なもんか! キミも男なら、恥を知るものよ",
"ウン……俺は大丈夫なんだ――"
],
[
"キチガヒ!",
"バカ!"
],
[
"どうしたの?……近頃変よ、ネ、シッカリして……",
"俺は大丈夫なのだ……"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第九年第九号」
1931(昭和6)年9月1日発行
初出:「文藝春秋 第九年第九号」
1931(昭和6)年9月1日発行
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2010年4月8日作成
2016年4月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045797",
"作品名": "海の霧",
"作品名読み": "うみのきり",
"ソート用読み": "うみのきり",
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"初出": "「文藝春秋 第九年第九号」1931(昭和6)年9月1日",
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"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-05-04T00:00:00",
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} |
[
[
"あなたのような可愛い娘がかりにも私のような者にそんなことを云ってはいけないよ。私はもう五十五のオイボレだし、あなたはこれからという人生じゃないか。若いうちは戸惑うことがありがちで変テコなことを思いつくのはフシギではないかも知れないが、しかし、あんまり、ひどすぎるぜ。なア、八千代サン。あなた、ヒロポンやめなよ",
"ひどいわね。ヒロポン中毒あつかいして。思うことを云うのが病気でしょうか",
"ま、病気といえば、病気だな。タシナミというものがある。かりにもあなたのような娘が処女を自由にしてなんてことを云うのは自然にそなわる女のタシナミに反するものだぜ。私は小学校をでたばかりの無学者でむつかしいことは知らないが、ちょッと、ひどすぎると思うねえ",
"そうねえ。ひどすぎたかも知れないわ。私、愛情の表現を知らないのです。仕方がないから、手ッ取りばやく、処女を自由にしてなんて云ったんですけど、私だって肉体のことなんか考えていないわ。ただ本当に好きなんです。トオサンの目も手も口も心も、みんないとしくて、たまらないわ。毎日、まるで格闘しているような気持なんです。それを云いたかっただけなの",
"若い時には魔がさすことがあるものだ。気まぐれというわけでもなかろうが、ひょッと変テコな入道雲みたいのものがニジかなんかに見えやがってさ。若い男がおッ母さんのような女に変な気持になることがよくあるものだ。こいつにマトモに気を入れると一生のマチガイになる。一時の迷いなんだよ。な、若い者は若い者同士だ。当り前じゃないか。日野サンがだいぶあなたにあついようだが",
"あんな子供、きらいです",
"子供ッて、あなたも子供じゃないか",
"私が子供だから、あの人の子供ッぽいのがたまらなくイヤなのかも知れないわ。子供は子供同士ッて、どういう意味でしょう。似た者同士はイヤなものだわ。鼻につくんですもの。子供のくせに変にスレッカラシのところまで似てたら、やりきれないのは当然です。あの人のこと云いだしたの、なぜですか",
"まアさ。そう私をいじめないでおくれ。あなたの人生はこれからまだ五十年もあるのだから、一生を決する大事に一年や二年考えたって長すぎやしないんだ"
],
[
"ここのどこが気に入ったんです",
"あなたがそんなふうに仰有るからよ。私あんまりパッとしたところで働きたくないんです",
"あなたがパッとしすぎてるからさ。ここじゃア、しかし、どうも、ねえ。あなただけパッとしすぎて、ここの客が寄りつかなくなッちゃうよ"
],
[
"じゃア、ぼくも行きます",
"私も"
],
[
"お前さんたち、なんだってノコノコついてきたんだい",
"イヤだな、切符買ってくれたくせに",
"仕様がねえなア、来ることもないくせに",
"トオサンが慌てすぎるから、こッちもつりこまれちゃったらしいや"
],
[
"弱ったなア。フトン二ツにしてもらおうかね",
"平気じゃないの。電車の一ツ座席へ二人一しょに坐って来たじゃないの",
"それとこれとはちょッとちがうと思うがなア。ま、いいや。キミさえ平気なら、ぼくだって、こだわらないよ"
],
[
"ヤだなア。キミは礼儀知らずだよ",
"礼儀知らずは、あなたよ",
"ウソだい。男が女の身体にさわりたがるのは人情じゃないか。イヤなら静かに云っとくれよ。よッぽどショッてなきゃア、そんなことできやしない。さもなきゃア、キミはよくよくガサツなんだ",
"あなたを男あつかいしてないからよ。犬か猫だと思ってるから。必ずぶち返してあげるから",
"フトン一枚かしてくれないかな",
"ここへ寝なさいな",
"そうはいかないよ。自然の情というものは人間にはあるんだからね。木石じゃアないから、仕方がないよ。しかし、寒いな"
],
[
"挨拶もしないうちにね。なんのツモリでピストルいじりだしたのかしら",
"挨拶は入口ですんだじゃありませんか"
],
[
"競輪はくたびれて、いけねえ。どうだい。この二百四十円で、円タクをとばしてみようじゃないか。どのへんまで行けるかなア",
"片道ね",
"むろんだ",
"小型で銀座まで行けるでしょう"
],
[
"どうだい。小夜子サンに当分のうち身を隠してもらおうじゃないか。物理の先生の硫酸だって無用の心配とは限らないのだし、セラダの奴、今度はまかりまちがえばドスンと一発、つづいてまた一発、無理心中だぜ。もう熱海とは限らないよ。この店の中でだってやりかねやしないよ",
"そうですねえ。差し当って、どこへ隠れてもらいますか",
"それなんだよ。旅館というわけにはいかないし、なんしろあの美人のことだ、どこへ行っても人目に立つからなア"
],
[
"一時身を隠してみては",
"御心配はうれしいんですけど、私、まだ、なんとなくヤブレカブレよ。熱海でアドルムのんだことだって、もう後悔もしていないんです。ピストルでズドンと無理心中なんて、考えても感じ良くは思いませんが、なんとかなるような気もするし、なんとかできない場合にはそれまでということになっても構やしないやという気分もあるんです。心配しないでちょうだいね"
],
[
"キミの親戚の元貴族に小夜子サンをかくまってくれて、セラダのピストルや小坂信二の硫酸から守ってくれるようなヤンゴトナキ大人物はいないかなア",
"そんなものはいやしないよ。元貴族なんてみんな落ちぶれて大方人の脛をかじる方が商売なんだもの、これぐらいタヨリにならないのは今どきめッたにありやしないよ。第一、彼らは勘定高くって、およそ人助けには縁のない利己主義者なんだ",
"しかし、元貴族というのはセラダや小坂に対してはニラミがきくと思うんだがね。かりに隠れ場所が分っても彼らはにわかに手をだしかねると思うんだよ。だから、実際にそういう貴族が存在しないとしたら、ぼくらの手でそれらしい人物をつくりあげてみようじゃないか",
"ぼくの元貴族の肩書ぐらいじゃ、その細工に助力できる力はないなア。先生の手腕で、いいようにやっとくれよ",
"そうかい。それじゃア、ま、このことは他言は絶対無用だぜ"
],
[
"キミは法本はわるい人だと云うべきか、よい人だと云うべきかと考えた上で、よい人だという方を選んだんだね。キミは法本に味方する気だね、ぼくたちよりも",
"そんなことはないよ。ぼくは純粋に法本を信じてるんだ。彼は当代の人物だよ",
"するとぼくやトオサンはどうなんだ。当代の人物のギセイになってもいいような、とるにも足らぬ人物か",
"そんな云い方はよしてもらいたいね。キミやトオサンは、イヤ、すくなくともトオサンは善良な人だよ。善良そのものの人物だよ。ほとんど神にちかい人だ",
"神サマはだまされてもいいわけか",
"キミはヒステリーだよ。おかげで酒の酔いがさめたじゃないか。法本という人は、それはむろん欠点もあるし、人間の宿命としてのもろもろの悪は強く背負っていることは云うまでもないことだけど、しかし彼は人生的に一個の見事な芸術家だよ。彼の人生は芸術なんだ。それにくらべると、トオサンは神サマにちかい人だから、これは芸術というよりも芸術の素材としての美だね。絵で云えば、トオサンは美しい風景、美しい自然そのものだし、法本はそれを芸術に高めたタブローなんだ",
"そんなセンギはよけい物だよ。要するにキミは法本が小夜子サンをていよく誘拐して餌食にするのが芸術だというわけなんだね",
"そんなひどいことを云うのは侮辱だよ。法本が小夜子サンを誘拐して餌食にするなんて、ぼくの思いもよらないことじゃないか。キミは下劣だ。キミの思考は悪魔的だよ",
"それではキミはニセ貴族を仕立ててそこへ小夜子サンをかくまうことが小夜子サンをかくまう上等の手段と信じているのかい",
"むろん信じているよ",
"じゃア、そうしなさいとトオサンにすすめているんだね",
"すすめているッていうわけじゃないよ。ぼくだってニセ貴族を仕立てるについて法本に相談をうけたとき、ぼくはそういうことはできないと答えたことはキミにも話をしたじゃないか。貴族に心当りがあればとにかく、ニセ貴族を仕立ててまでッてのは、なんとなくバカバカしいような気がしたことは確かだからね"
],
[
"どうも、ね。今回が開校式で、かいもくメドがつかねえなア。とにかく今日の茶のみ話は寒かったね",
"トオサン、返事もしてくれなかったわ",
"あれでいいんだよ。茶のみ話てえものはね、あまり言葉なぞ用いねえ方がいい。私が子供のころ、オジイサンがきかせてくれた話なんだが、何十年も術をみがいて剣術の奥儀をきわめた名人があったそうだ。ある晩野道を歩いていると怪しきものがヌーと前に立ったから、オノレ妖怪と抜く手をみせず斬り倒した。ところが斬ったものを調べてみると枯尾花だったんだね。そこで剣の名人が天を仰いで歎息して、心の迷いであったか、アア、わが術いまだ至らず、もはや生きるカイもなし、とその場にどッかと坐り刀を逆手にもって腹を斬ろうとした。その時だね。斬られた枯尾花が走ってきて、その切腹待った! シッカと侍の手を押えたというのさ。子供心にもこの話が妙に頭に残ってね。私は人にきいてみたが、誰もこんな変な話は聞いたことも読んだこともないそうだ。私のオジイサンが作った話かも知れないが、私はね、この斬られた枯尾花が走ってきてその切腹待ったとシッカと手を押えたという友情がしみじみと好きだねえ。こういう温い友情が茶のみ話の心持じゃアないかしらと思っているのだが",
"トオサンの子供のころのことをきかせて",
"そのころは頭がはげていなかったぐらいのことしか云えないなア。子供のころはああだった、こうだったと云える人がうらやましいよ",
"貧乏だったの",
"むろんだとも",
"お父さんは百姓だったの",
"漁師だったよ。お魚をザルにいれて私が町家の裏口から売って歩いたこともあるよ",
"寒いころ?",
"フシギに子供のころが思いだせない性分なんだな。停電の時やなにかに暗闇の中でふッと子供のころのことを思いだす時があるが、明るくなるともう忘れる。停電の時だけ昔にかえるというわけだ"
],
[
"一枚は私のよ",
"ぼくがお金を払うのだから、ぼくのだ",
"だしなさい",
"イヤだ"
],
[
"ワタクシたち、別にビフテキ注文しましょう。いらッしゃい",
"それまで待つわけにいかないわ。オナカがペコペコなんですもの",
"では日野サン、一枚ワタクシに売ってください"
],
[
"よせやい",
"千円で一皿はひどいわよ",
"だってセラダサンは一枚売って下さいッて云ったじゃないか",
"私が二枚と云い直す。イーだ"
],
[
"ぼく、もう、帰るよ",
"私、病気が治ると留置場へ入れられるわよ。ヒロポン見つかったんですもの。早く手をまわして、助かるように運動してよ",
"そんな手ヅルないよ",
"セラダに会いたいわ。会わせてよ"
],
[
"成功をまつ",
"OK。チェリオ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 15」筑摩書房
1999(平成11)年10月20日初版第1刷発行
底本の親本:「新潮 第五一巻第九号」
1954(昭和29)年9月1日発行
初出:「新潮 第五一巻第九号」
1954(昭和29)年9月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2006年9月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043245",
"作品名": "裏切り",
"作品名読み": "うらぎり",
"ソート用読み": "うらきり",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新潮 第五一巻第九号」1954(昭和29)年9月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-11-20T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card43245.html",
"人物ID": "001095",
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"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 15",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1999(平成11)年10月20日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年10月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年10月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "新潮 第五一巻第九号",
"底本の親本出版社名1": " ",
"底本の親本初版発行年1": "1954(昭和29)年9月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄",
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"テキストファイル最終更新日": "2006-09-22T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43245_24428.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-09-22T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"ねえ、先生、会っておやりよ。海のねえ、ホラ、お魚ねえ、お魚みたいな喋り方をするんだよ",
"パクパクやるのかい",
"そうじゃないんだよ。会ってみないと判らないんだ。とにかく、美人だね。ハハハ。すごく、色ッぽいんだ。ちょッとね、目にしみちゃってね、ハハハ、ボクは美人にもろいんだよ。デねえ、社の原稿書いてもらってるところだろう。本来なら撃退しなきゃアならないんだけどねえ、そこんとこを何とかしてあげるッてネ、恩をきせてネ、ハハハ、約束しちゃったんだよ。だからさ、会ッてやっておくれよ、ねえ。アレ、ちょうど、いゝや。原稿、できてらア。ハハハ、うまく、いってやがら"
],
[
"今ね、日本産の河馬がねェえ、お酒をのむからね、徹夜の催眠薬なんだ。あなた、のむの? ついであげようか",
"この子、キチガイなんですかア。先生"
],
[
"ボクねえ、松沢病院へタネとりに行ったことがあるんだよ。そしたらさ、患者がねェえ、あっちの窓、こっちの窓からボクを指してさ、キチガイ、キチガイって笑いやがんのさ。あなた、なんて云うの? ア名刺があったネ、佐野龍代クンネ、龍代さんは香港で入院していたの?",
"イヤらしい子ネ。先生たら、文士なんか、なんですかア、先生のお弟子なんて、みんな、こんなキチガイなんですのウ",
"ハッハッハ。ボクはキミ、健全な人間なんだ。日本人的でないだけなんだよ。香港なんかも、人間はいないよねエ。田舎だからネ",
"香港、香港、て、さっきからネゴトばっかり言ってるわね",
"香港じゃア、なかったの",
"バカなんですよ、アンタは。アンタみたいなチンピラが、編輯長だの、詩人だのッて、それで私が香港のスパイのッて、からかってるのが判らないの",
"これは、イケネエ。ハハハ、その手があったかネ。まんざら、キチガイでもなかったんだネ。じゃアネ、ウン、そうなんだ、キミはむしろ利巧なんだネ、キチガイに類することが、その証拠なんだヨ。美人だからなア。美人はすでにキチガイじゃないんだ。美はねエ、それ自身、正常それ自体ですよ、ねエ、そうなんだよ。ハハハ"
],
[
"ボクにもヨーカンおくれよ",
"ダメ"
],
[
"ねえ、アンタ。アンタの社で、私をいくらで使ってくれる。タイクツなのよ。それにオコヅカイも、足りないのよウ",
"そうだなア。三千円ぐらいじゃないかネ",
"一カ月の給料よ",
"だからさ。それだって、高すぎるんだよ。だいたい、女の子が、三人で、男の一人の仕事もできないからねエ",
"ヘーン。アンタはいくら貰うの",
"六千円ぐらいだね",
"ナニ言ってんだい。アンポンタン。私はねエ、目があったら、私を見てごらん。エロ作家ぐらい、一目で悩殺しちゃうからネ。私のナガシメはネ、十幾通りも変化があるけれど、文士なんか二ツ目までゞタクサンだ。オマエサンはデクノボーさ。ゼンゼン、センスがありゃしない"
],
[
"なぜ、はずかしいの",
"だって、先生、あらア、先生、エロだわア。まア、先生、キャーッ。私小説だなんて、自分のこと、書かせるのウ、私にイ。あらア、キャーッ。あんなこと、書くなんて、まア、セーンセ、私にも書けって言うのウ、アンナコトウ、まア、エロだア、キャーッ"
],
[
"ねエ、君、わかった。小説、できたら、持ってきて下さい。じゃア、さよなら",
"あらア、先生、ひどいわア。一しょに、お茶ぐらい、のみましょうよ。私と一しょじゃ、はずかしいのウ。あらア、誰も恋人だなんて、思わないわア。思わないでしょう。思いますかア。思うかしらア。思うかなア。イイやア。そんなことウ。チェッ。ナニさア。あらア。でも、先生、お若く見えるから、いくらか釣合うかなア。でも、先生、禿げてらッしゃるでしょう。変よウ。私、ハズカシイわア。キャーッ"
],
[
"凹井先生は知ってるだろう。ホラネ。ダアク・キャットのピッチャーの二股長半ねーエ。あの子がねーエ",
"おだまり、チンピラ!"
],
[
"アハハ。あの子がねーエ。この人のラヴさんなんだってさア。アハハア。するとネ。この人がネ。六十三のオジイサンのオメカケになっちゃったんだア。だもんでねーエ。二股長半が怒ってネ。酔っ払ってネ。この人をブッちゃったもんでネ。この人がネ。かねて見覚えた要領でさ。スリコギを握ッてネ。こう構えて、エイッとネ。そいつがコントロールが良すぎたんだなア。二股長半のヒジに命中しちゃッたんだよ。だもんでさア。去年の暮から二股長半がプレートをふまねえやア。アハハア",
"エ? ナニ、ナニ? ワッハッハッア。ウーム、これは"
],
[
"あらア、もういゝの。えーと、コレダ",
"アラ、まだヨッ。キャーッ。ワーッ。まだ、まだ、キャーッ"
],
[
"よウし。ボクが、もうけてやるよねえ。ハハハア",
"インチキはいけないよ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「八雲 第三巻第八号」八雲書店
1948(昭和23)年8月1日発行
初出:「八雲 第三巻第八号」八雲書店
1948(昭和23)年8月1日発行
入力:tatsuki
校正:砂場清隆
2008年5月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "043136",
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"作品名読み": "おさかなじょし",
"ソート用読み": "おさかなしよし",
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"初出": "「八雲 第三巻第八号」八雲書店、1948(昭和23)年8月1日",
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[
[
"ふうん。鷹狩が好きか、そのほかに、信長の趣味はなんだ",
"舞と小唄です",
"舞と小唄か。幸若大夫でも教えに行くのか",
"いゝえ、清洲の町人の友閑というのが先生で、敦盛をたった一番、それ以外は舞いません。人間五十年、化転の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり、一度生を得て、滅せぬ者のあるべきぞ、こゝのところを自分で謡って舞うことだけがお好きのようです。そのほかには、小唄を一つ、好きで日ごろ唄われるということです",
"ほゝう。変ったものが、お好きだな"
],
[
"それは、どんな小唄だ",
"死のふは一定、しのび草には何をしよぞ、一定かたりをこすよの、こういう小唄でございます",
"フシをつけて、それを、まねてみせてくれ",
"私はまだフシをつけて小唄をうたったことがございません。なにぶん坊主のことで、とんと不粋でございます",
"いや、いや。かまわぬ。お前が耳できいたように、ともかく、まねをしてみよ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「季刊作品 第一号」創芸社
1948(昭和23)年8月10日発行
初出:「季刊作品 第一号」創芸社
1948(昭和23)年8月10日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:土井 亨
2006年7月11日作成
2013年6月10日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043138",
"作品名": "織田信長",
"作品名読み": "おだのぶなが",
"ソート用読み": "おたのふなか",
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"初出": "「季刊作品 第一号」創芸社、1948(昭和23)年8月10日",
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} |
[
[
"このたびは御尊家の葬儀を汚してまことに恐縮の至りでしたが、あれに限って娘には罪がないのでなにとぞ今まで通りつきあってやっていただきたいとお願いにまかりでましたが……",
"そのことはすでに花子さんに説明しておきましたが、申すまでもなく花子さんに罪はありません。しかし人間は一面感情の動物ですから、理論的にはどうあろうとも、感情的に堪えがたいことがあるものです。花子さんを見ただけであなたの不潔さが目にうかんで肌にアワを生じる思いです。絶交はやむをえないと思います",
"どういうことになったら絶交を許していただけるでしょうか",
"あなたが人格品性において僧侶たるにふさわしい高潔なものへの変貌を如実に示して下されば問題は自然に解決します",
"ところが、まことに申しづらいことですが、あの方のことは拙僧の生れながらの持病でしてな。人格品性のいかんにかかわらず、拙僧といたしてはこれをどうするということもできかねる次第で",
"それがあなたの卑劣さです。私たちには礼儀が必要です。自己の悪を抑え慎しむことが原則的に必要なのです。それを為しえない者は野蛮人です。あなたはオナラぐらいという考えかも知れませんが、文化人の考え方はオナラをはずかしいものとしているのです。オナラぐらいという考え方が特に許せないのです。一歩すすめて糞便でしたら、あなたも人前ではなさらないでしょう。あなたのオナラは軽犯罪法の解釈いかんによっては当然処罰さるべきことで、すくなくとも文化人の立場からでは犯罪者たるをまぬかれません。現今のダラクした世相に乗じ、たとえばストリップと同じように法の処罰をまぬかれているにすぎないのです。特に自らオナラサマと称してオナラを売り物にするなぞとは許しがたい低脳、厚顔無恥、ケダモノそのものです。いえ、ケダモノにも劣るものです。なぜならケダモノはオナラをしてもオナラを売り物にはしません。あなたは僧侶という厳粛な職務にありながら、死者や悲歎の遺族の目の前においてオナラを売り物にして……",
"すみませんことでした"
],
[
"おケガなさいましたか",
"いえ、身からでたサビで、拙僧がわるかったのです。路地をまちがえてとびこみましてな。ちょッと急いでいたもので、イヤハヤ、まことに失礼を"
],
[
"御愛顧の大恩もあり、また浅からぬ因縁もあるホトケの法要にオツトメにも参じませず心苦しくは存じておりましたが、重ねて不調法をはたらいてはと心痛いたしましてな。で、まア、本日はお人払いの上、心おきなく読経させていただきたいと存じまして参上いたしましたような次第で",
"お人払いとおッしゃいましても、ごらんのように隣り座敷には茶道のお稽古にお集りのお嬢さん方がおいでですし、唐紙を距てただけの隣室ですものねえ"
],
[
"これはよい物がありました。ワタクシ蓄音機を膝元へよせまして、これをかけながら読経いたしましょう。ジャズのようなうるさいレコードをかけますれば不調法も隣りまではひびきますまい。お経の声も消されるかも知れませんが、気は心と申しますからホトケは了解して下さると思います",
"隣室では皆さん心静かに茶道を学んでいらッしゃるのですよ。唐紙を距ててジャズをジャンジャン鳴らされてたまるものですか。まア、まア、なんという心ない坊さんでしょうね"
],
[
"本日はホトケのためのお志、まことにありがたく存じます。ホトケの最後の言葉が、近々あの世へ参りますからお奈良さまにお経もオナラもあげていただきますよ、というのだから、本日はさだめしホトケも喜んでいることでしょう。ここはずッと離れておりますから、どうぞ心おきなく",
"そうおッしゃッていただくと、ありがたいやら面目ないやら。あなた様にはいつも厚いお言葉をかけていただきまして、まことにありがたく身にしみておりまする。ブウ。ブウ。ブウ。これは甚だ不調法を",
"イヤ。お心おきなく。ホトケがよろこんでおります。私もちょッと、ブウ。ブウ。ブウ",
"オヤ。ただいまのは私でしたでしょうか。まことに、ハヤ",
"ただいまのは私です。私もいくぶんのオナラのケがありましてな。また、ブウ。ブウ。ブウ。これも私",
"これはお見それいたしました",
"実は今回のことについては私にも原因があるのです。お奈良さまほどではありませんが、私もかねてオナラのケがあるところから、人前ではやりませんが、家では気兼ねなくやっておりました。これが家内の気に入らなかったのですな。お奈良さまの場合はこれは別格ですが、私どものオナラは人がいやがるような時にとかく催しやすいもので、食事中なぞは特に催すことが多い。長年家内は眉をひそめておりましたが、私といたしましてもわが家でだけは気兼ねなくオナラぐらいはさせてほしいということを主張して先日まではそれで通してきました。ところが隠居の葬式以来お奈良さま同様に私もオナラの差し止めをくいまして、自分の部屋に自分一人でいる時のほかにはわが家といえどもオナラをしてはならぬというきびしい宣告をうけたのです。実は家内はこの宣告をしたいのがかねての望みでして、時機を見ているうちにお奈良さまの事件が起った。そこでお奈良さまを口実にして実は私のオナラを差し止めるのが何よりのネライだったのです",
"そう云っていただくと涙がでるほどうれしくはございますが、万事は拙僧の不徳の致すところで",
"あなたは家内の本性を御存知ないからまだお分りにはなりますまいが、夫婦の関係というものは強いようで脆いものですな。たかがオナラぐらいと思っていると大マチガイで、家内がオナラを憎むのはオナラでなくて実は私だということに気づかなかったのです。夫婦の真の愛情というものは言葉で表現できないもので、目で見合う、心と心が一瞬に通じあい、とけあう。それと同じように、手でぶちあったり、たがいにオナラをもらして笑いあったりする。オナラなぞは打ちあう手と同じように本当は夫婦の愛情の道具なんです。オナラをもらしあってこそ本当の夫婦だ。ところがウチの家内は私の前でオナラをもらしたことがない。実にこれは怖しい女です。私はその怖しさを知ることがおそすぎまして、これはつまり家内が慎しみ深い女で高い教養があるからと考えたからで、おろかにもオナラをしたことのない家内を誇りに思うような気持でおったのです。はからずも今回オナラの差し止めを食うに至ってにわかに悟ったのですが、亭主のオナラを憎むとは亭主を憎むことなんですよ。夫婦の愛情というものは、人前でやれないことを夫婦だけで味わう世界で、肉体の関係なぞは生理的な要求にもとづくもので愛情の表現としては本能的なもの、下のものですが、オナラを交してニッコリするなぞというのはこれは愛情の表現としては高級の方です。他人同士の交遊として香をたいて楽しむ世界なぞよりも夫婦がオナラを交して心をあたためる世界が高級で奥深い。なんとも言いがたいほど奥深く静かなイタワリと愛惜です。実に無限の愛惜です。盲人が妻や良人の心の奥を手でさぐりあうような静かな無限の愛惜です。夫婦のオナラとはこういうものです。オナラを愛し合わない夫婦は本当の夫妻ではないのです。要するに妻は私を愛したことがなかったのですよ"
],
[
"実はな。これこれで唐七どのがオナラを差し止められたときいて私ももらい泣きをしてきました。そこでつくづく考えたのは自宅でオナラもできない人がいるというのに、お通夜の席でオナラを発するワガママは我ながら我慢ができない。糸子さんが怒るのはもっともだ。僧侶という厳粛な身でありながら泣きの涙の遺族の前でオナラをたれて羞じないようではケダモノに劣ると云われたが、十三の少女の言葉ながらも正しいことが身にしみて分ったのだ。さて、そこで、なんとしても人前ではオナラをもらさぬようにしたいが、食べ物の選び方でどうにかならぬかな",
"私と結婚した晩もそんなことをおッしゃいましたが、ダメだったではありませんか。オナラは食べ物のせいではありませんよ。もともと風の音ですから空気を吸ってるだけでもオナラが出ましょうし、その方が出がよいかも知れませんよ。あきらめた方がよろしいでしょう。皆さんも理解しておいでですから",
"イヤ、その理解がつらい。その理解に甘えてはケダモノにも劣るということが身にしみたのだ。とにかく、つとめてみることにしよう"
],
[
"どうかなさったのですか。めっきり元気がありませんね",
"別にどうということもないが、外出先で例のオナラの方に気を配っているのでな",
"それは気がつきませんでした。そんな無理をなさってはいけませんよ",
"イヤ。無理をしているわけではない。結局はもらしているから昔に変りはないはずだが",
"イエ。気をつめていらッしゃるのがいけないのです。それに五分でも十分でもオナラを我慢するというのは大毒ですよ。今日からはもう我慢はよして下さい",
"それがな、どういうものか、ちかごろでは習慣になって、オナラが一定の量にたまるまで自然にでないようになった。自宅にいてもそうだ。ノドまでつまってきたころになって、苦しまぎれにグッと呑み下すようにすると、にわかに通じがついたようにオナラがでてくるアンバイになった。もうすこしで目がまわって倒れるような時になって通じがつく",
"こまりましたねえ。お医者さまに見ていただいたら",
"とても医薬では治るまい。これも一生ところきらわずオナラをたれた罰だな。私のオナラはこれでよいが、お前のオナラをきかせてみてくれ",
"なぜですか",
"唐七どのが言ったのでな。夫婦の交しあうオナラは香をきくよりも奥深い夫婦の愛惜がこもっているということだ",
"そうですねえ。奥深いかどうかは知りませんが。私はあなたのオナラをきくのが好きですよ。オナラをしない人は男のような気がしなくなりましたよ。妙なものですねえ",
"それが無限の愛惜かな",
"そうかも知れませんね。どっちかと云えば、私はあなたの言葉よりもオナラの方が好きでした。言葉ッてものは、とかくいろいろ意味がありすぎて、あなたの言葉でも憎いやら口惜しいやらバカらしいやらで、親しみがもてないですね。そうかと思えば、見えすいたウソをつくし。オナラにはそんなところがありませんのでね",
"なるほど。それだ。ウム。私たちは幸福だったな。本当の夫婦だった。ウム。ム"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「別冊小説新潮 第八巻第一〇号」
1954(昭和29)年7月15日発行
初出:「別冊小説新潮 第八巻第一〇号」
1954(昭和29)年7月15日発行
入力:tatsuki
校正:小林繁雄
2006年9月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042974",
"作品名": "お奈良さま",
"作品名読み": "おならさま",
"ソート用読み": "おならさま",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「別冊小説新潮 第八巻第一〇号」1954(昭和29)年7月15日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2006-10-28T00:00:00",
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"底本初版発行年1": "1999(平成11)年6月20日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年6月20日初版第1刷",
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} |
[
[
"え? 死ぬ?",
"死ななきゃ治らないと言うのよ",
"ああ、バの字ですか",
"そう"
],
[
"オイ、部屋がないってさ。じゃア、仕方がねえや。ともかく、ここにア居たくないから、小田原へ行こうよ。これから新規まき直しだ",
"私は小田原はイヤよ。お母さんと一緒じゃ居られないわ",
"だって仕方がねえもの。原稿が書けなかったから外に当もねえから、ともかく小田原で創作三昧没頭して、傑作を書くんだ",
"どうして荷物を運ぶのよ",
"たのめば、ここで預ってくれるだろう",
"家賃は払ったの",
"原稿も書けなかったし、前借りがあるから、もう貸してくれねえだろう。小田原へ行きゃ、ともかく、この部屋でなきゃア、書けるんだ。書きさえすりゃア部屋代ぐらい",
"だって、今払わなきゃ、どうなるの。夜逃げなの。荷物があるわよ",
"だからよ。マダムのところへ頼みに行ってきてくれ。事情を言や分ってくれるんだ",
"あなた行ってらっしゃい",
"オレはいけねえや",
"だって親友じゃないの"
],
[
"じゃア、行ってくるわ。部屋代ぐらい文句言われたって構やしないわよ。堂々と出て行きましょうよ",
"うん、荷物のことも、たのむ"
],
[
"おくにへ御かえりですってね。お名残おしいわ。御上京の折は忘れず寄ってちょうだい。銀座へんから電話で誘って下すっても、駈けつけるわ。真夜中に叩き起して下すってもよろしいわ。今日はお名残りの宴会やりましょう",
"でも、もう、汽車にのらなきゃいけないから",
"あら、小田原ぐらい、何時の汽車でもよろしいじゃないの。じゃア先生お料理はありませんけどお酒はありますから、ちょっと飲んでらして",
"暗くならないうちに着かなきゃいけないから",
"あら御自分のうちのくせに。ねえ奥様。そんなに邪険になさるなんて、ひどいわ。奥様、一時間ぐらい、よろしいでしょう。先生をおかりしてよ。奥様は荷物の整理やらなさるのでしょう。ほんとに先生たら、水くさい方ね"
],
[
"もう時間だわ、行きましょう",
"あら、今、料理がとどいたばかりよ、これからよ、ねえ、先生"
],
[
"さ、行きましょうよ",
"お前も一パイのめ",
"ほら、ごらんなさい。そんなになさると嫌われてよ。ヤボテンねえ、先生",
"ヤボテンだって、オセッカイよ。あなたは何よ、芸者あがりのオメカケじゃないの。私は女房よ"
],
[
"どこをノタクッて飲んでくるのよ。お米やお魚を買うお金をどうしてくれるの。それを一々おッ母さんに泣きついて貰ってこなきゃアいけないの。おッ母さんから貰ってくるなら、あなたが貰ってきてちょうだい。さもなきゃ、私はもう小田原にはいないから",
"何言ってやあんだ。行くところがあったらどこへでも行きやがれッてんだ"
],
[
"この口紅は何よ",
"アハハハ。バレたか。アハハハ。それは疑雨荘のマダムに可愛がられちゃったんだ。アハハ"
],
[
"居ないわよ",
"どこへ行った?",
"そんなこと、知らないわよ"
],
[
"あいつ、私を苦しめるために自殺したのよ",
"そんなことはないさ。人を苦しめるために人間も色んなことをするだろうけど、自殺はしないね。ヒステリーの娘じゃあるまいし、四十歳の文士だから",
"うそよ。あいつ、私を苦しめるためなら、なんだってするわ。いやがらせの自殺よ",
"まア、気をしずめなさい"
]
] | 底本:「風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇」岩波文庫、岩波書店
2008(平成20)年11月14日第1刷発行
2013(平成25)年1月25日第3刷発行
底本の親本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
初出:「光 第三巻第七号」
1947(昭和22)年7月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:Nana ohbe
校正:酒井裕二
2015年5月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "056800",
"作品名": "オモチャ箱",
"作品名読み": "オモチャばこ",
"ソート用読み": "おもちやはこ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「光 第三巻第七号」1947(昭和22)年7月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2015-07-06T00:00:00",
"最終更新日": "2015-05-24T00:00:00",
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"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
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"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
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"没年月日": "1955-02-17",
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"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
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"入力に使用した版1": "2013(平成25)年1月25日第3刷",
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"底本の親本出版社名1": "筑摩書房",
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"入力者": "Nana ohbe",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"え? 死ぬ?",
"死なゝきや治らないと言ふのよ",
"あゝ、バの字ですか",
"さう"
],
[
"オイ、部屋がないつてさ。ぢやア、仕方がねえや。ともかく、こゝにア居たくないから、小田原へ行かうよ。これから新規まき直しだ",
"私は小田原はイヤよ。お母さんと一緒ぢや居られないわ",
"だつて仕方がねえもの。原稿が書けなかつたから外に当もねえから、ともかく小田原で創作三昧没頭して、傑作を書くんだ",
"どうして荷物を運ぶのよ",
"たのめば、こゝで預つてくれるだらう",
"家賃は払つたの",
"原稿も書けなかつたし、前借りがあるから、もう貸してくれねえだらう。小田原へ行きや、ともかく、この部屋でなきやア、書けるんだ。書きさへすりやア部屋代ぐらゐ",
"だつて、今払はなきや、どうなるの。夜逃げなの。荷物があるわよ",
"だからよ。マダムのところへ頼みに行つてきてくれ。事情を言や分つてくれるんだ",
"あなた行つてらつしやい",
"オレはいけねえや",
"だつて親友ぢやないの"
],
[
"ぢやア、行つてくるわ。部屋代ぐらゐ文句言はれたつて構やしないわよ。堂々と出て行きませうよ",
"うん、荷物のことも、たのむ"
],
[
"おくにへ御かへりですつてね。お名残おしいわ。御上京の折は忘れず寄つてちやうだい。銀座へんから電話で誘つて下すつても、駈けつけるわ。真夜中に叩き起して下すつてもよろしいわ。今日はお名残りの宴会やりませう",
"でも、もう、汽車にのらなきやいけないから",
"あら、小田原ぐらゐ、何時の汽車でもよろしいぢやないの。ぢやア先生お料理はありませんけどお酒はありますから、ちよつと飲んでらして",
"暗くならないうちに着かなきやいけないから",
"あら御自分のうちのくせに。ねえ奥様。そんなに邪険になさるなんて、ひどいわ。奥様、一時間ぐらゐ、よろしいでせう。先生をおかりしてよ。奥様は荷物の整理やらなさるのでせう。ほんとに先生たら、水くさい方ね"
],
[
"もう時間だわ、行きませう",
"あら、今、料理がとゞいたばかりよ、これからよ、ねえ、先生"
],
[
"さ、行きませうよ",
"お前も一パイのめ",
"ほら、ごらんなさい。そんなになさると嫌はれてよ。ヤボテンねえ、先生",
"ヤボテンだつて、オセッカイよ。あなたは何よ、芸者あがりのオメカケぢやないの。私は女房よ"
],
[
"どこをノタクッて飲んでくるのよ。お米やお魚を買ふお金をどうしてくれるの。それを一々おッ母さんに泣きついて貰つてこなきやアいけないの。おッ母さんから貰つてくるなら、あなたが貰つてきてちやうだい。さもなきや、私はもう小田原にはゐないから",
"何言つてやあんだ。行くところがあつたらどこへでも行きやがれッてんだ"
],
[
"この口紅は何よ",
"アハハハ。バレたか。アハハハ。それは疑雨荘のマダムに可愛がられちやつたんだ。アハハ"
],
[
"居ないわよ",
"どこへ行つた?",
"そんなこと、知らないわよ"
],
[
"あいつ、私を苦しめるために自殺したのよ",
"そんなことはないさ。人を苦しめるために人間も色んなことをするだらうけど、自殺はしないね。ヒステリーの娘ぢやあるまいし、四十歳の文士だから",
"うそよ。あいつ、私を苦しめるためなら、なんだつてするわ。いやがらせの自殺よ",
"まア、気をしづめなさい"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
初出:「光 第三巻第七号」
1947(昭和22)年7月1日発行
※底本のテキストは、著者の直筆原稿によります。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年3月22日作成
2016年4月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042867",
"作品名": "オモチャ箱",
"作品名読み": "オモチャばこ",
"ソート用読み": "おもちやはこ",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「光 第三巻第七号」1947(昭和22)年7月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-04-29T00:00:00",
"最終更新日": "2016-04-15T00:00:00",
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"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 05",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1998(平成10)年6月20日",
"入力に使用した版1": "1998(平成10)年6月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月20日初版第1刷",
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"入力者": "tatsuki",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"そんなものは見なくてもいいや。二三日前に刑務所からハガキもきてるんだ。明日から働いてもらう。今日は奥へ行って休め",
"へえ、それがそうはいかねえので",
"むやみにそうはいかねえ野郎じゃないか。うるせえ奴だな",
"それがね。この手紙にも書いてあるはずなんで。たのんで書いてもらったんですよ。飯場はよくないと書いてある。小さいながらも小屋の一ツも持たせていただきたいとね。馬小屋の破れたのでも、納屋の傾いたのでも結構で。そのつもりで世帯道具を買ってきたんですよ。村の人にたのんで世話して下さいな",
"飯場はイヤか",
"どうも性にあわないね。これから真人間にならなくちゃアいけねえ"
],
[
"ねえ、旦那。ワタシも真人間になって世帯の一ツももちたいと覚悟をきめてきたんです。飯場へ寝泊りすると昔のヤクザに戻るばかり、どうか助けると思って、小屋を貸して下さい。二三日で結構です。ヤブの中へ棒キレを集めて小屋を造ってでも住みつきたいと思いますのでね。村の方に迷惑はおかけしません",
"それじゃア、小山内さんへ行ってごらん。あそこはゲボクを求めていらッしゃる。ゲボクが居つかないのでね",
"ゲボク?",
"他家では下男という。小山内さんでは下僕と仰有る。剣の家柄で、道場があって、その道場の下僕だな",
"この山奥にね。門人が大勢いるんですか",
"いない",
"道場は空き家だね。そこへワタシが泊るんですかい",
"下僕だよ",
"へえ、そうですか。どうもありがとうございます"
],
[
"物売りは用がないぞ",
"いえ、ワタシは物売りじゃないんで。足立の旦那から伺って参りましたが、こちらで下僕を求めていらッしゃるそうで",
"おお、そうだ。キサマが下僕か",
"へ、もう、そうです",
"ちょうど、よい。こッちへこい。なんだ、それは",
"鍋釜の世帯道具で",
"財産家だな。キサマその槍をとって、娘にかかれ",
"槍でどうするんで",
"娘をつくのだ。キサマ槍を使ったことがあるか",
"ありませんねえ",
"なお面白い。なかなか槍は突けないぞ。横にふりまわしても、上から叩きおろしてもよろしいから、存分に娘にかかれ",
"こまったねえ",
"おそろしいか",
"いえ、お嬢さんに悪いんで。ケガでもさせちゃア",
"バカ。存分にやれ"
],
[
"イザ",
"へい",
"イザ",
"へ?"
],
[
"ヤ!",
"痛い!",
"エイ!"
],
[
"痛えなア。バカ力だなア、この人は。しかし、こッちはまだ用意していないのに",
"用意しなさい",
"だって、アナタ、素手だもの",
"これでいいのです。拳法のお稽古だから",
"こまるねえ。素手に槍じゃア",
"さア、おいで",
"仕方がない",
"イザ",
"来たな。今度は行きますぜ",
"イザ",
"それ!"
],
[
"イザ",
"よーし",
"イザ",
"それ!"
],
[
"イザ",
"よーし"
],
[
"もう、ダメだ",
"立ちなさい",
"まだ、立てねえ。水、一パイ、下さいな",
"このぐらいのことでねえ",
"へ、も、下僕はやめます"
],
[
"人間の身体は微妙なもので、やる気があればこれぐらいは誰でもできるが、やりぬく者がないだけのことだな。キサマでも、やる気を起して努めればできるのだ。キサマは案外見どころがあるぞ",
"いえ、誰もそうは申しません",
"オレの目はマチガイがない。人間は案外なものだ。今からでもおそくはないぞ。身をいれて修業するがよい",
"そいつは願い下げにしますが、ま、下僕の方はつとまるところまでつとめることに致しましょう。なにぶんお手やわらかに願いあげまするで"
],
[
"これ、戸締りをいたすな",
"へえ、どなたか御来客で",
"誰もこないが、戸締りをいたしてはならぬ。キサマの部屋も開け放しておいた方がよい。当家は戸締りをいたさぬ例になっておる",
"不要心ですねえ。泥棒がはいりますよ",
"その泥棒を待っているのだ"
],
[
"イヤイヤ。その方は立派な門弟だぞ。キサマの剣はすでにおのずから法神流の法にかなうものになっておる",
"イエ、ワタシは下僕の方が分に相応しておりますんで",
"世上の分と剣の分はおのずから別の物だ。楳本法神大先生はともかくとして、須田房吉先生も世上の分は山里の百姓にすぎない御方だ。法神大先生の高弟は三吉と称し、深山村の房吉、箱田村の与吉、南室村の寿吉、この三吉に樫山村の歌之助を加えて四天王というが、いずれもタダの水呑百姓だ。余の先祖とても同じこと。剣に世上の分はない。元来、正剣は魔剣でなければならぬものだ。魔剣にあらざれば人剣に勝つことはできない。しかるに寺田の剣は人剣である。人智の剣である。人智の剣はケダモノに勝つことはできるが、正剣には勝てないものだ。寺田の剣は人智の埒を越えることができない。一応の虚実には富んでいるが、人智のこざかしさを脱けだすことができないのだ。流祖法神大先生が長崎に下ってオランダ医学を究められたのはこの理に当るもので、正剣は人智を越えて人体に属するものだ。人智は魔をよぶことができないが、人体には魔を宿すことができる。獅子も虎も剣を握ることはできないが、諸氏らは剣を握ることができる。人智が握るのではなくて、人体が握るのだ。人体の秘奥によって握ることができるのだ。この理が会得できればおのずから人智の剣を越えることができるのだが、それを正しく会得するには山野にこもって長年月の苦行を必要としよう。寺田が魔剣を会得するには尚数十年の年月を要しよう。まだ当流をつぐべき人物ではない。また、存八も見どころはあるが、まだ当流をつぐには程遠いものがある。存八も人智のこざかしさに於て寺田に劣らぬところがあり、ずるさにたけているばかりでなく、その人体におのずから魔を宿しているところがある。人の隙を見ぬく素早さ、見ぬくと同時に動く素早さ、これはコソ泥の天分だな。スリの天分、泥棒の天分だ。キサマにはこれが身についている。キサマは刑務所で仲間からコソとよばれて蔑まれていたときくが、コソ泥に向く動きの妙はめったに見られぬ天分なのだ。その天分を幼少から剣に生かせば大いに見どころがあるのだが、惜しいことには年をとりすぎている。その上、根性までがチャチにかたまりすぎている。惜しいことだが、大きく魔剣をはらむことにはもはや堪えられぬ。しかし、動きの妙がないよりはマシだな。寺田に欠けているものが、キサマにはあるのだ。以上述べた通り、余が熟考のあげくの結論としては、門弟二名、目下のところ、いずれも歌子の良人たるべき資格がない"
],
[
"御意見ありがたく身にしみましたが、私は残念ながらかけちがってまだ存八君の動きの妙に接したことがございません。後学のためにお手合わせを許していただきたく存じますが",
"とんでもない。ワタシはイヤだね。コソ泥の腕前だって四へんもつかまって刑務所へぶちこまれているのだから、剣術の腕前なんぞタカが知れてるじゃありませんか"
],
[
"寺田の申すのは尤もだ。あいにく朝と晩とにかけちがって寺田は存八の剣を見ておらぬから不審であろうが、存八は案外やるぞ。立会ってみるがよい。後日の役に立とう",
"それはダメですよ。ワタシは下僕の仕事はしましたが、剣術の稽古なんぞはした覚えがないからね",
"あのままでよい。キサマ、面小手をつけたことがないから、面小手をつけてはグアイがわるかろう。素面素小手に袋竹刀でやるがよい",
"へい。それはもうポカポカぶたれるのには馴れていますが、お嬢さんとちがって、寺田さんはキンタマを狙ったり、ノド笛へかみついたりするからね。ワタシはまだ命が惜しいよ",
"命にかかわるほどのこともなかろう。やってみよ"
],
[
"バケツと水ちょうだいよ",
"なんですか",
"寺田さんがのびたのよ",
"じゃア追っかけてきませんね",
"追っかけられやしないわよ。そんなにガタガタふるえることないわよ",
"そうですか。安心しました"
],
[
"なにをなさる。とんでもない。ワタシは芋なんか盗み食いしませんのに",
"お芋を盗み食いしたなんて、いつ云いました。コソ泥がお巡りさんをビクビクする根性がしみついているのね。私はお巡りさんではありません。お芋を盗み食いしたぐらいで打ちやしないわ。隙があったから、ぶったのよ。油断だらけよ。ダラシがないわ",
"悪いことをしないのに、ぶつことはないよ",
"まだ言うのね",
"何べんでも言いますよ。悪いことも……",
"このコソ泥!"
],
[
"悪いこともしないのに……",
"コソ泥!",
"悪いことも……",
"卑怯者!",
"痛い!"
],
[
"よく、おきき。私はお巡りさんじゃないのよ。お前の剣術の腕を上達させてあげたいから、隙を見るとぶたずにいられないのよ",
"それはムリだ",
"なにがムリさ",
"ワタシは芋と剣術しているわけじゃないから、芋をほしている時に隙があるのは当り前だ。日本中どこへ行ってもホシ芋と剣術している人がいますかね",
"このウチはそうなんだよ",
"化け物屋敷だ",
"化け物屋敷で結構よ",
"アナタは化け物だが、ワタシは人間だからね",
"言ったな"
],
[
"誓いなさい。ホシ芋と剣術すると",
"できるはずがない",
"できます",
"それはムリというものだ",
"コソ泥のくせに強情ね"
],
[
"ねえ。寒いわ",
"ウム",
"ねえ。もっと抱いて。寒いわ",
"なア、歌子",
"ええ",
"これは決して男としてではなく、父として、父が娘に云う言葉だが",
"ええ",
"父はな。父の子を、お前のオナカに宿らせたいのだ。すこし、お前、父から身を離して、父の言葉をきくがよい",
"こうして聞いちゃ、いけないの?",
"いけない",
"そう",
"父は存八か寺田のいずれかにお前を与える約束をしたが、それはお前もきいていたはずだ",
"ええ",
"しかし、約束はしたが、彼らのタネでは父は不満だ。お前の子供は、この父が生ませたい。法神流六世の血脈をつたえ、口はばったい言葉のようだが当流極意の玄妙はことごとく身につけている小山内朝之助のタネをその方に宿らせたいのだ。父ではあるが、父ではない。法神流第六世小山内朝之助だぞ。その方は娘であるが、娘ではない。小山内朝之助の門下筆頭、小山内歌子だぞ。分るか",
"分ります",
"小山内朝之助のタネを宿してよいと思うか",
"お父様のお心のままに致します",
"かたじけない"
],
[
"もう一チョウ、やろうよ",
"イヤだよ",
"まだ疲れやしないだろうね",
"イヤだ"
],
[
"お前さん、たしかに強くなったなア",
"まだ、まだ、だ。とても、こんなじゃ、お嬢さんの太刀はうけられるものではないよ。まして、法神流の免許までには、ね"
],
[
"アナタ、槍の使い方も知らないくせに、ムリだよ。武芸は得手なもので、やることだ",
"後から突くのが、分ったのか",
"天下の名人にいつもポカポカ後からやられていたから、アナタでは軽いね。槍をしごいていた時から感じていたのさ",
"おどろいた奴だ。その要心があるようには見えなかったが……",
"アハハ。それ!"
],
[
"歌子よ。そちの教訓、身にしみて忘れぬ。しかし、そちもこのたびは見事に上達いたしたものだな。このたびの山中の修業、もうお前には充分だ。だが、オレはまだまだ、ここに残ってこれからがまことの修業にかからねばならぬ",
"歩く御様子が変ですね",
"ウム。邪魔物を切りとって参った。ここにあるのが、切りとった物だ。この物が山気生動雲をひらくうちはよいが、無用の一物となったときには人心の山気をも枯らす。雲をひらくべき剣をもさえぎる。まことに無用の長物。そちの教訓によって悟ることができた",
"これはアレかしら",
"そうだ",
"かつぐんじゃないでしょうね",
"ほれ、ごらんの通りだ"
],
[
"イヤ、まことにもって笑うべきだ。その方が笑ってくれて、助かったぞ。感謝いたす",
"そんなもの、記念にしまっておく?",
"イヤ〳〵。そちの首実検までに持参いたしただけだ。これはもはや雑兵だから、首オケもいらぬ。葬ってつかわそう",
"私が葬ってあげるわ。谷川へ捨てちゃう方がいいわね"
],
[
"その方はただいまより家へ戻れ",
"ウン",
"存八と結婚いたしてもよいぞ",
"ウン",
"行け",
"ウン"
],
[
"なにを、なさる",
"お前は留守中にずいぶん傲慢になりましたね。さだめし上達したからでしょう。私が相手になってあげる。さ、おいで",
"木刀はダメですよ。稽古をつけて下さるなら、面小手をつけてやらせて下さい",
"エイッ!"
],
[
"オイ。どうした、師範代。お前さん、惚れているから、ダメだなア。敵の急所へ先にドスンとやりゃアいいのに",
"ナーニ。これぐらいは、馴れてるんだよ。ウーム。ドッコイショ"
],
[
"コレ、存八",
"ハ? もう、カンベンして下さい",
"今、すぐに出て行け"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第八巻第八号」
1954(昭和29)年5月1日発行
初出:「小説新潮 第八巻第八号」
1954(昭和29)年5月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:北川松生
2016年3月4日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042968",
"作品名": "女剣士",
"作品名読み": "おんなけんし",
"ソート用読み": "おんなけんし",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「小説新潮 第八巻第八号」1954(昭和29)年5月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 14",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1999(平成11)年6月20日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年6月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年6月20日初版第1刷",
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"私ねえ。あなたッて人が忍術使いに見えんのよ。コロコロコロッと呪文を唱えるとウイスキーと七面鳥の丸焼きをだしてくれるのよ。巴里の街には忍術使いらしい人ずいぶん見かけたけど、日本はダメだわねえ。安吾さんぐらいのもんじゃないの",
"オヤオヤ。あなたがそうじゃないのかね",
"私の呪文じゃ出てくれるのはカストリぐらいのもんだわねえ。マッカーサーかなんか招待して、コロコロッて呪文を唱えて、帝国ホテルでカストリだしちゃって。私がねえ。ハッハッハ。でも、ねえ。カストリでもいいわよ。欲しいとき、それがきッと出てきてくれると思いこんで生きられないものかしら"
],
[
"自分のカラダがフッと消えるといいわねえ。ヒョッと居なくなっちゃうのよ。時々ヒョッと現れるのよ。もう出てこなくッてもいいじゃないの。三百年前の大阪の陣のさなかに敵陣へ忍びこもうとフッと姿を消しちゃって、にわかにオックウになッちゃッて、戦場からそれちゃってさ。今もって姿を現さないスネ者の忍術使いがいるような気がするわね。いまだに、どこかに頬杖ついて退屈してるのよ",
"広島で頬杖ついてたとき、原子バクダンで死んだとさ。そういつまでも生きてちゃ気の毒だよ",
"思いやりがあるわね"
],
[
"あなたは六百年あとに勲章もらうわよ",
"誰から",
"退屈と戦える騎士一同に勲章あげる大統領がでてくるわよ。大きなお鍋に海水とムギワラ帽の廃物と何千匹のカナブンブンのような虫を何十年間もグラグラ煮たてて勲章こしらえるのよ。勲章ができあがってお墓の胸ンとこへつけてあげようと思ったら、安吾さんのお墓がないわね。アラどこへなくなっちゃッたと思ったら、はじめからお墓がなかったのねえ。そんな人間がほんとに居たかどうかも怪しいもんだ、なんて。ハッハッハ"
],
[
"林芙美子さんが長崎で泥棒に四万五千円してやられたというのはこの旅館でしょう。ここのウチの門をくぐったトタンに、林さんの匂いがしたのさ。この拙者の鼻にマチガイはなかろう",
"ハア。マチガイございません。ですが、それ以前と、その後も、二度と盗難はございませんのに。林先生は御運のわるい"
]
] | 底本:「坂口安吾全集16」ちくま文庫、筑摩書房
1991(平成3)年7月24日第1刷発行
底本の親本:「文学界 第五巻第八号」文藝春秋新社
1951(昭和26)年8月1日発行
初出:「文学界 第五巻第八号」文藝春秋新社
1951(昭和26)年8月1日発行
入力:持田和踏
校正:友理
2023年5月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "061118",
"作品名": "女忍術使い",
"作品名読み": "おんなにんじゅつつかい",
"ソート用読み": "おんなにんしゆつつかい",
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"初出": "「文学界 第五巻第八号」文藝春秋新社、1951(昭和26)年8月1日",
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"姓読み": "さかぐち",
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} |
[
[
"生方さんに悪いからか",
"生方は本当に善い人よ。はらわたの一かけらまで純粋だけの人なのよ"
],
[
"何か用があるのかい?",
"さあね"
],
[
"落合さん、俺は君が憎めないのだ。俺は君が好きだ。君だけは今でも信頼してゐる。業といふものだなア",
"業?",
"フッフッフ"
],
[
"ピアノのお弟子さんはどうしたの? あの方といつしよに行きなさいな",
"あんな小娘は厭さ。右を向けといへば右を向くんだよ。いつしよに芝居を見に行つたんだ。芝居を見ながら話しかけると、俯向いて返事をするんだぜ。髪の毛で芝居が見えやしないにさ。僕は小娘は嫌ひだね"
],
[
"君は虱に食はれなかつたか? 僕の寝床に虱がゐるんだぜ",
"虱ぐらゐ平気よ"
],
[
"どこへ行つても同じことぢやないかな。我々は",
"ハッハッハ"
],
[
"みんなキミ子の作品だ",
"こんな芸がある人かねえ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房
1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行
底本の親本:「中央公論 第六一年第七号」中央公論社
1946(昭和21)年7月1日発行
初出:「中央公論 第六一年第七号」中央公論社
1946(昭和21)年7月1日発行
入力:tatsuki
校正:宮元淳一
2006年5月5日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042892",
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[
[
"バカ云うない。アンタの目ツキは殺人的だよ。誰だって、その目を見れば一服もられそうだと思うよ。止してくれよ、オレに一服もるのは",
"なんですと。聞きずてなりませぬぞ"
],
[
"ヘヘエ、光一クン、知ってるぜ。花子夫人を狙っているのは、これなる三先生だけじゃないからね。未亡人もオヤジの遺産のうちだから、相続してもフシギじゃないと思いこんでるらしいじゃないか",
"むろん先生の御説には賛成です。彼女は稀なる美女ですよ。オヤジにはモッタイないな。かつ、また、甚だしく色ッぽい女性ですね。しかも彼女は自己の多情なることを自覚していないです"
],
[
"実に狂六先生とも思われぬ重大なる失言でしたなア。しかし、狂六先生は新時代を深く理解せられ、また新時代の方も狂六先生を理解している如くでありまするから、どうぞ、先生、お助け下さい",
"ハ? お助けするんですか、ワタシが? 変なことを云うなア、剣術の先生は。アナタちかごろ、ちょッと変じゃないですか。奥さんが云ってましたぜ。日に二三十ぺん鏡を見ているそうじゃないですか",
"イエ、それは武道の極意です",
"ハア、鏡を見るのが、ねえ",
"諸神社の御神体も概ね御神鏡が多いものですが、鏡も玉も剣も一体のものです。これが武術の極意でして、ワタクシが老来若返りまするのも、即ちこの三位一体によって……",
"ハハア。さては、先生。オレが十七八のチゴサンのような色気がでてきたと云ったからそれで妄想に憑かれたね……",
"とんでもない",
"アレ。あかくなったじゃないか。論より証拠だ。ヘヘエ。ぬけぬけと三位一体を論じたね。アナタも思ったより口が達者じゃないか",
"いえ、もう、時代に捨てられまして、寄るべなき身の上です。なにとぞ、先生、お助け下さい",
"なるほど、なア。さすがに武芸の極意にかなって、変転自在、かつ、また、神妙な口ぶりではないですか。アナタは剣のかたわら骨董のブローカーなぞもやり、昔は蓄財も名人、女を口説くのも名人という人の話をきいたことがあったが、さては実談だな",
"とんでもない",
"実は、ねえ。先生。その先生の神妙な話術を見こんで、お願いがあるんですが、なんしろオレは喋りだすと軽率でねえ。特に美人の前ではロレツがまわらんです。実はねえ、ボクは三四年前から陰毛で毛筆をつくることを考えて、旅先なんかで旅館の部屋のゴミを集めてもらって、陰毛を探しだして毛筆をつくってみたです。非常に、いいですね。イヤ、これはね。まだ生えてる陰毛をぬいて造っちゃいかんです。自然に抜け落ちたような毛が頃合なんですね。そこで、ボクの一生の念願と致しまして、崇拝する美女の陰毛をあつめて、一本の筆をつくりたいのですが、そういう失礼なことをボクの口から花子夫人に云うわけにいかないので――いえ、ボクはね。軽率だから、本当のことをつい口走る怖れがあるです。花子夫人の居間と寝室のゴミを毎朝晩集めて恵んでいただくように頼んでくれませんかねえ",
"今にも追放の危機に際して、そのようなことが願えますか",
"ウーン。そうか",
"しかし、その楽天的なところが、狂六先生の値打ですな。我々の思想はもう古いです。先生のその新思想をもって、なにとぞこの危機を打開していただきたく存じます"
],
[
"つまり、一服もるというのも一刀両断に致すというのも、ボクの失言でして、本人がそんなことを云ったわけじゃないです",
"だけどさア。要するに、彼らの心にあることを、アナタが云い当てたんじゃないかなア。ボクにだって、その実感がビリッときたですからね",
"よせよオ。キミが横から口をだしちゃいかんじゃないか。キミは退席しろよ",
"オブザーバアですよ。それに貞淑な良家のマダムと対座するのがアナタ一人というのは今日のこの混乱せる時代を背景とし、またこの変テコな雑居族を背景として、良識ある者は放置できないです",
"変なことを云うない。シリメツレツなのはキミじゃないか",
"ねえ、ママサン。この人はね。パンパン宿なんかの部屋に落ちた陰毛を拾いあつめて毛筆をつくってるんですよ。それでママサンの居間と寝室のゴミを毎日朝晩ボクに掃き集めてくれッて云うんですけど……",
"よせよ。ボクは旅先の旅館なんかの、と云ったんだ。パンパン宿なんて云いやしないよ。失礼じゃないか",
"アナタ、パンパン宿以外に泊ったことないでしょう。たとえば熱海。アナタ、どこへ泊った? 糸川しか知らないでしょう",
"よせッたら。キミは黙秘権というのを、やれよ",
"この際アベコベでしょう。アナタがそれをやるんですよ",
"うるせえなア。なんのために来たんだか、分らなくなッたじゃないか。実は、その、並木先生の問題ですが、先生が一服もるなんてとんでもないです。そもそも医者は毒薬に通じておりますから、毒殺すれば必ずバレることを知っております。ですから、毒殺は素人が用いる手口でして、ボクは探偵小説をよんでおりますから――もっとも、医者が毒殺の手口を用いた例も二三ありますけど――そういえば、かなり、あったかな。昔読んだのは忘れちゃった。奥さんも探偵小説の愛読者だから、ごまかせねえかな",
"私が並木先生をおことわり致しましたのは先生のお見立がオヘタでいらッしゃるからですよ。いかに探偵小説を愛読いたしましても、まさか先生が一服おもりになるなんて考えやしませんわ",
"じゃア、ケンギ晴れたんですか",
"狂六先生、シッカリしてよ。ボクまで恥ずかしくなッちゃうよ",
"そうか。見立てがオヘタだから、と。つまり、そうか。これは、決定的だな",
"そうですよ。まさに、文句ないです",
"ウーム。アイツはヤブだからな。どうして当家の先代はあの先生に学資をだしたんでしょうね。ムダなことをしたもんだなア",
"アナタの一刀彫の手並も似たもんじゃないですか。ムダなことをしてるなアと誰かがきっと云ってますよ"
],
[
"ねえ、先生、なにか特殊な毒薬を用いた場合に、専門のお医者が見ても、外部からでは毒殺かどうか見分けがつかないような薬品といったらどんなものがあるでしょうか",
"そんな小むずかしい薬品を使って毒殺するなんて例は、日本に於ては考えられませんよ",
"なぜですか。戦争に負けた国は、毒薬の使い方もできないものですかねえ",
"一般に、素人がそれを使いこなす生活や知識の基礎がないですからね",
"秘密に勉強できないのですか。たとえばですね。日本人は読み書きの教育が普及していることは世界一だと云われてますが、そういう毒殺の方法が文字に書かれて公表されているとすれば、それでもやはり、日本人は毒薬を使いこなす生活の基礎がないと云えるでしょうか",
"そんな毒薬は一般に入手困難ですよ",
"殺人のためには犯人は必ずや相当の無理はするでしょうね",
"とにかく殺人じゃないです",
"なぜですか",
"今となっては手おくれですよ。解剖しなかったんですから"
],
[
"オレにだけ白状したまえよ。気が軽くなるよ。ボクはね。一作氏を殺した人に敬意を払うとかねて神仏に約束してるのだから",
"この犯人は非常に性慾が強い人だね。アナタも性慾が強いが、玄斎先生が七十の老人ながら、まだまだあの方は四十三十の壮年の如くですね",
"この人は医者の学校で何を勉強したんだろうね。いかにごまかすためでも、医者は医者らしくごまかせないものかねえ",
"ここに一ツの例がありますが、玄斎先生はこう考えたのだね。婦女子を喜ばせるためには、口説くのが何よりである、という考えです。これは老人が人生を達観した後に会得する考えの一ツでして、苦労人の見解です。そこで玄斎先生は花子夫人に言い寄りましたが、花子夫人が風に吹かれる柳の枝のようにうけ流しておったから、風に吹かれて、微風にですな、ソヨソヨと、柳の枝がゆれる。いい風情ですな",
"何を言うとるですか、このオヤジは。どうも、頭の方へきているらしいな。しかし、玄斎先生が口説いたというのは初耳だね。あのジイサンがねえ。しかし、たしかに、ちかごろ、めっぽう色ッぽいよ、口説きかねないねえ。緩急自在、ジリジリと、剣の極意によって、神妙だからねえ",
"しかし、玄斎先生のほかにもう一人、花子夫人に云い寄った初老の人がある。芸術家だね。彫刻をやっておる。しかし、気をせかせるばかりで、言説に風情がない",
"アレエ! アンタ、知ってたのか。おどろいた。誰から、きいたね",
"とにかく、性慾の問題です。性慾の強い人が、女に言い寄りもすれば、結局、人を殺すようなことになります",
"よせやい。ろくに女も口説けないような陰にこもった人物が一服もるのだよ"
],
[
"ウーム。してみるてえと、前山一作殺しの犯人は絶世の美女かも知れないなア。それだったら、もう、文句はねえや",
"独断的な推理は止した方がよいですよ。殺人なんか、なかったのかも知れないじゃないですか",
"よせやい。やに物分りのよさそうなことを云うじゃないか。ボクも軽率だったよ。この犯人のすばらしさを忘れていたね。とにかく医者が見ても分らないように殺したのだからね。すばらしいことだよ。このすばらしさを忘れちゃいけないね。そして他に犯人の有りうる状況をつくるために、並木先生の診察を拒否したとすれば、これまさに芸術的な名作じゃないか。こッちは、このウチから追放されやしないかと思って、アブラ汗をかいちゃッたからね。トンマな話だよ。並木先生だの玄斎先生なぞに、こんな芸術的な殺人ができる筈はねえや",
"ハッハッハ。一刀彫の彫刻よりも名作らしいですかねえ",
"生意気云うな"
],
[
"お父さんを毒殺したのは兄さんでしょう",
"よせよ",
"ママサンに恋人ができるように仕向けたのも、ママサンが家出するようにそれとなく智恵をつけたのも、兄さんよ。ママサンの恋人って、兄さんの友達のヨタモノじゃありませんか",
"そうかしら",
"しらッぱくれるわね。兄さんて、慾の深い人ね。そんなにまでして、財産が欲しいのかしら",
"ボクもマリ子クンに一言云っておくけどね。お父さんを毒殺したのは案外マリ子じゃないかい。まア、誰が犯人でもいいけどね。次に、財産を独占するために、ボクを殺しさえしなければね",
"お互い様よ。遺産を独占するために、私を殺すのだけは止してちょうだいね",
"お互いに、それは止しましょう"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「別冊小説新潮 第七巻第一二号」
1953(昭和28)年9月15日発行
初出:「別冊小説新潮 第七巻第一二号」
1953(昭和28)年9月15日発行
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2009年4月18日作成
2013年9月28日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042955",
"作品名": "影のない犯人",
"作品名読み": "かげのないはんにん",
"ソート用読み": "かけのないはんにん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「別冊小説新潮 第七巻第一二号」1953(昭和28)年9月15日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2009-05-14T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 14",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1999(平成11)年6月20日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年6月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年6月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "別冊小説新潮 第七巻第一二号",
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"底本の親本初版発行年1": "1953(昭和28)年9月15日",
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} |
[
[
"ねえ、先生、ウアッ、怪しからん。生命にかかわる。わが社は、受附をつくらねばならぬ",
"なにィ"
],
[
"ねえ、先生、受附、なんとかして下さいよ。文士だの、漫画家だのって、まア、うるせえなア。顔さえ見りゃ、原稿料、よこせえ、ワア、ひでえ。カストリ横丁のオヤジまで、借金サイソクに来やがんだもの。わが社に於ては、扉にカギをかけ、密室に於て事務をとる。そうも、いかねエだろうな。ねえ、先生",
"なにィ"
],
[
"なぜ、くれたんだ",
"それが、その、わからねえや。つまり、くれたんですな。オトコ、か、ねえ",
"フーム。オトコ。そうか。オトコ、か。わかった"
],
[
"そうだ。紹介していたゞきましょう",
"こちらは、車組社長、車善八氏です"
],
[
"フム。その隅、しッかり、こっちを、向かんか。動作が、いかんぞ。ハキハキせんか。貴様ら、なッとらんぞ。仕事は遊びじゃないんだ。貴様ら、女優の海水着写真をうつす時だけ、六人も揃って行くそうじゃないか。何たることだ。女優の座談会にも、六人そろって行ったそうだな。ヒイ、フウ、ミイ、……アレ、アレ、六人、編輯の全員じゃないか。何たることだ。オイ、何たることだ",
"ワーッ。弱った。これは、こまった。それは、その、そういう意味じゃないんで、それは、その、あの、茶のみ話に、ただ、つまり、ゴシップ的に、そんなことを申上げたゞけでして"
],
[
"オレは本日、これより、国際親善のパーテーに行く。国際親善は、オレのモットーだ。これだぞ。これでなくちゃ、いかんぞ、日本は、外務省などに、まかして、おけん。オレは民間外務大臣みたいなものだぞ。国際親善の実をあげておる。いゝか。これを見よ。オレはだなア、酒をのみつゝも、国際親善、この大きな目的を果しつゝ飲んでいるぞ。しかるに、なんだ、貴様らは。貴様らには、文化という重大な任務が課せられておる。その責任を果すのは、本懐じゃないか。国際親善、及び、文化。実に、これは、重大であるぞ。不肖、車善八、もうけたる大金を快く投げだして、文化国家建設に一身を挺す。これだけの人物は、日本に、おらんぞ。主義のため、国家のために、一身をギセイにしておるぞ。いゝか。わかったか。貴様らのイノチは、オレが、もらったぞ",
"だってさ、そりゃ、いけねえなア。困っちゃったな。オレは、イノチは、やられねえなア。なア、オイ、だって、ひとつしか、ねえもの、困るよ、なア"
],
[
"お前は、まさか、横丁まで、つきあいたくはねえだろうな",
"つきあいたか、ねえよ。つきあえったッて、オレ、逃げちゃうもの。オトトイの晩も、なア、オレ、逃げちゃッたもん。その前のときさ、オレ、アノコと一しょだもの、逃げちゃいけねえし、あゝいう時は、いけねえよ。たかられちゃってさ、オレ、オカネが一文もねえんだもの、アノコが千五百円とられやがんのさ。仕方がねえから、オレ、金歯ぬいて、売ったんだ。変だよ、なア。金歯だって、歯にくッついている限りは、やっぱり、カラダの一部分じゃねえか。だからさ。お前。金歯を売るなんて、やっぱり、身を売ることじゃねえか。つまり、オレ、パンパンやっちゃったと思うんだ。パンパンやって、アイツに千五百円返してさ、つまらねえじゃないか、ホラ、口んなか、ここんとこさ、こゝから、貞操がなくなっちゃって、オレ、不愉快なんだ。バカにしてやがるよ、なア、オイ",
"お前は、なんて、名前だ",
"オレは、詩人だけど、知らねえかな、知らねえだろうな、知ってりゃ、偉いよ。土井片彦ッて名前は、殆ど、人が知らねえからな。然し、オレだって、持ちこみ原稿ばかりじゃねえもの、頼まれた原稿だって、書いてるよ。なア。原稿料だって、二千円、もらった月もあるんだもの、もっとも、半分しか払わねえや、そんなの、ないじゃないか、然し、オレの社も、原稿料の払いが悪いから、オレ、まったく、赤面するよ、なア",
"イヤ、この男は悪気がないんです。一風変っているだけで、なんしろ、心臓まで、右の胸についていて、ツムジが八ツもあって"
],
[
"花田さん、ひどいわねえ。唐は中国だったなんて、そんなこと、でも、ひどいわ。ずいぶん、侮辱じゃないの",
"オイ、オイ、スミマセン、アナタ。そんな、個人的な感情問題じゃないぜ"
],
[
"カストリ社の運命や、いかに",
"うん、まったくだ。あんな奴に、のさばられちゃ、かなわねえよ、なア。オレは、こんなエロ雑誌はあんまり性に合わねえけど、然し、オレは、詩人だからネ、オレは古くないから、食うためにエロ雑誌をやる、女に生れたら、パンパンやったって、いいんだ。詩をつくりゃ、いゝじゃねえか。だから、オレがこんなカストリ雑誌の記者であるということは、つまり、パンパンの精神なんだ。でもよ。車組の検閲雑誌は、いけねえよ。いったい、アイツは、わが社の、何のつもりなんだ",
"つまり、社長のつもりだろうな"
],
[
"ウン、やっぱり、なア。今となっては、あんなカッコウしてみるより、仕様がねえだろうな。だけどさ、ウチの社長は、あれが年ガラ年中のカッコウなんだから、こりゃ、つまり、先天的、没落者の姿なのかも知れねえなア。二十万円、有りゃ、いゝんだろう。二十万円ぐらい、オレがだしてやりたいけど、もう、金歯はねえし、もし、みんなが女だったら、オレが命令を下して、そろってパンパンに出動して、二十万円ぐらい、一週間で稼いじゃうけど、ママならねえよ、なア。でも、なア、ワッハ、悲しいよ、なア、あの姿、ワッハ、アレ、二十万円ないという姿なんだ、ひでえよ、なア、ワア",
"なにィ"
],
[
"エッヘッヘ。きこえちゃったか。気の毒だよ、なア。だけど、先天的に、どうも、仕方がねえや。問題は、オレは、先天的なんだと思うんだ",
"まさに、片彦の云う通りじゃよ"
],
[
"要するにだよ。オカネというものがなければ、オレが社長であるという意味はない。しかるにじゃ。オレは今日まで、借金のために奔走これつとめ、辛くもなにがしの借金をカクトクすることによって、この椅子にこうして坐って、かくの如くに足を机の上にのッけていたわけじゃよ。身にあまる苦痛であったよ。借金は、苦痛じゃよ。それにも拘らず、なに故に、ワガハイがかくの如くに社長であったかと云えばだな、つまり、自分個人の借金をカクトクせんとすることは、さらに苦痛である。わが社のために借金をカクトクすることは、いくらか苦痛が少いのだな。そこに於て、即ちワガハイは、苦痛少く借金をする、どっちみち、ワガハイは借金によって生活せざるを得ん宿命にあるから、マア、左様なる事の次第によって、ワガハイが今日に至るまで社長であったワケである。ワガハイは社長の椅子にテンタンであり、運命に従順であるから、汝らも、嘆くでないぞ",
"イヤーッ、社長! 先生! オレが、もう、ここで、腹を切る。オレは死に場所を探していたんだ。十年前、あの浅草、あの楽屋、君たち知るまいが、舞台裏で、あのジャズが舞台裏じゃ、階段をこう曲りくねって、這いながら、忍びよる、あれをきゝつゝ、あの時から、ワシは、もう、今日、死のう、明日、死のう、と思っていたんだ。あゝ、然し、かゝる大罪を犯し、皆々様を苦しめて、腹を切る。死は易い、然し、罪がせつないんだ。あゝ、ワシは、苦しい"
],
[
"かの男は、歯が痛むのか",
"バカな。あれほど苦しむのは、睾丸炎に限るもんじゃ。今日は、いさゝか事の次第があって、彼はこの場に切腹せんとしておる。同様の事の次第によって、君にも、景気よく、原稿料を払う。どうしても、本日、使いきってしまわねばならぬ残金があってな。エート、原稿料、赤木三平、一万一千円也、これは多すぎる",
"コレ、コレ、五ヶ月分、たまっているのだぞ",
"そうか。然し、端数は切りすてゝ、一万円、即ち耳をそろえ、あと、一万五千円ほど、残っておるから、これより、宴会をひらく。コレ、花田ウジよ、泣くでないぞ。切腹は、とりやめじゃ。ワガハイが、ココロよく社長を退く。それだけのことじゃ。人数が多いから、宴会は、カストリでやる。足がでたら、三平のフトコロに、一万円ある。者共、遠慮致すな"
],
[
"一生の願いだ。折入って、たのむ。ワシはこれから、二十万円のカタに、イノチをすてに行くから、立会ってくれ",
"オイ、おどかしちゃ、いけねえや。死なゝくたって、いゝじゃないか。ひでえよ。だいたい、オレは、とても心細くって、椅子にこうして腰かけているのが、精いっぱいなんだもの。立会人なんか、できやしないよ",
"オイ、一生の願いだと云ってるじゃないか。たゞ、見とゞけて、後々の証人になってくれゝば、いゝんだ。そんなことのできるのは、ともかく、詩人の、君だけなんだ。君には、とにかく、芸術家の純一な正義と情熱があるんだ",
"ウーン、そうか。そう云われると、なんだか、やらなきゃ、悪いみたいじゃないか。困っちゃったよ。なんだか、変だな。オレは、然し、戦争のときも、兵隊で、特攻隊はキライだったし、あれは、いかんと思うよ。然し、花田氏が死ぬ、オレじゃア、ねえんだな。花田氏が死ぬ、見とゞけるのが、オレか。ついでにオレが殺されちゃア、つまらねえけど、花田氏死す、それをオレが見ている、面白えのかな。面白くなくちゃ、つまんねえけど、わからなくなっちゃった。じゃア、仕方がない。オレ、行くことにしようかな。心細くなっちゃったな"
],
[
"お前もか",
"違うよ。冗談じゃないよ"
],
[
"オレは来たくなかったけど、立会人に来てくれというから、だから、云わないことじゃないよ。オレは、そもそも、死ぬッてことが、一番キライなんだ。でも、いずれ、死なゝきゃならない。これが、変なことなんだな。それでもって、色々、ワケがわからなくなって、このワケは、いまだに、誰にも分らない。人間の知識は、アサハカですよ",
"つまり、花一はじめ、お前ら、チンピラ記者ども、オレの社長じゃ、イヤだと云うのだな",
"ハア、つまり、そうです。ですから、私が責任を負います",
"二十万円が、不足か"
],
[
"そうだなア、それは、オレも気がつかなかったな。オレは、どうせ、パンパンだから、金で身売りか、それだったら、考えてみても、いゝかも知れねえな",
"オイ、よけいな口をだすな",
"いゝよ、云ったって、いゝじゃないか。君の問題とは、また、別だもの。オレは、パンパン的に、考えてるんだ。然し、現在、出版界の相場で、身売りに十万単位はいけねえと思うな。先に、アネモネ出版が身売りのとき、二百万だか、三百万だか、五百万ぐらいかも知れねえなア。やっぱり、こっちは、高く売るほど、いゝんだから、パンパンも、むつかしいもんだな。わからねえや"
],
[
"このオレが、貴様らの、カストリ雑誌の、社長に、なりたがって、いるとでも思うか。貴様ら、天下の車組の社長、車善八を、貴様ら如きチッポケな雑誌の社長に見立てゝ、オレが、そんなものに、なると思うか",
"イヤ、社長、そうじゃないです。私は、わが社の社長問題などには毛頭ふれておりません。あなたが、自分から、言われたのです。私は、二十万円のお詫びに、突くなり、斬るなり、お気のすむようにして下さい、と申したゞけです"
],
[
"いけねえな。心臓が、弱くなるよ。オレは、全然、ちがうんだから、まちがえちゃ、いけねえなア。危ぶねえなア。オット、いけねえ",
"つまみだせ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房
1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「別冊オール読物」
1948(昭和23)年9月20日発行
初出:「別冊オール読物」
1948(昭和23)年9月20日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2009年3月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "043140",
"作品名": "カストリ社事件",
"作品名読み": "カストリしゃじけん",
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[
[
"満足はいけないのか",
"ああ、いけない。苦しまなければならぬ。できるだけ自分を苦しめなければならぬ",
"なんのために?",
"それはただ苦しむこと自身がその解答を示すだろうさ。人間の尊さは自分を苦しめるところにあるのさ。満足は誰でも好むよ。けだものでもね"
],
[
"僕は行く必要がないです。先生はお帰りの道順でしょうから、子供に、子供にだけです、ここへ来るように言っていただけませんか",
"そうかい。然し、君、あんまり子供を叱っちゃ、いけないよ",
"ええ、まア、僕の子供のことは僕にまかせておいて下さい",
"そうかい。然し、お手やわらかに頼むよ、有力者の子供は特別にね"
],
[
"どうして親父をこまらしたんだ",
"だって、癪だもの",
"本当のことを教えろよ。学校から帰る道に、なにか、やったんだろう"
],
[
"ああ、叱らない",
"かんべんしてくれる",
"かんべんしてやる。これからは人をそそのかして物を盗ませたりしちゃいけないよ。どうしても悪いことをせずにいられなかったら、人を使わずに、自分一人でやれ。善いことも悪いことも自分一人でやるんだ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集4」ちくま文庫、筑摩書房
1990(平成2)年3月27日第1刷発行
底本の親本:「いづこへ」真光社
1947(昭和22)年5月15日発行
初出:「文芸 第四巻第一号(新春号)」
1947(昭和22)年1月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、以下に限って、大振りにつくっています。
「その一二ヶ月というもの」
入力:砂場清隆
校正:伊藤時也
2005年12月11日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042615",
"作品名": "風と光と二十の私と",
"作品名読み": "かぜとひかりとはたちのわたしと",
"ソート用読み": "かせとひかりとはたちのわたしと",
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"初出": "「文芸 第四巻第一号(新春号)」1947(昭和22)年1月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2006-01-29T00:00:00",
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"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
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"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
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"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
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"底本名1": "坂口安吾全集4",
"底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房",
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} |
[
[
"どなたでしたかな?",
"芝の安福軒ですよ。それ、戦前まで先生の三軒向う隣りの万国料理安福軒。思いだしたでしょう。終戦後はこの温泉場でその名も同じ安福軒をやっております",
"すると、君はこの温泉の住人ですか",
"そうですとも。当温泉の新名物、万国料理安福軒",
"ありがたい!"
],
[
"当温泉はアベックの好適地、また心中の名所ですが、まさか先生、生き残りの片割れではありますまいな",
"ヤ。そう見えるのも無理がない。実は当温泉居住の文士川野水太郎君を訪ねてきたのだが、あいにく同君夫妻は旅行中。このまま帰るのも残念だから久々に一夜温泉につかってノンビリしようと志したところが、今日は土曜日で全市に空室が一ツもないという返事じゃないか",
"なるほど。わかりました。では御案内いたしましょう",
"キミ、ホントですか。まさかパンパン宿ではあるまいね",
"とんでもない。全市にこれ一軒という飛び切りの静寂境です。そこを独占なさることができます。お値段は普通旅館なみ。マ、ボクにまかせなさい"
],
[
"これ、旅館ですか",
"ちかごろはシモタ家がそれぞれ旅館をやっております。わざと看板は出しませんが、この方が親切テイネイで、気分満点ですよ"
],
[
"ホレ、ごらんなさい。これが温泉ですよ。つまり、あなたの一室のために便所と浴室と台所と女中が附属しているようなものですよ。これに不足を云ったら罰が当りますぜ。どこにこんな至れり尽せりの旅館がありますか",
"これで温泉気分にひたれというのかい",
"今に分りますが、ここの内儀は一流の板前ですよ。その他、サービス満点……"
],
[
"どうだい。席を改めて芸者をよぼう",
"それは、いけません。今日は土曜日、二時間前の泣顔を忘れましたね。一通りお料理がすむと当店の女主人がサービスに現れましょうから、お待ちなさい。とても、とても、温泉芸者などの比ではありませんぜ",
"何者だね",
"それは、あなた。こんな商売で暮しを立てる必要があるんですから、未亡人ですよ。年は二十九。むかしは新橋で名を売った一流の美形ですよ",
"なるほど、それは大物だ",
"大物中の大物です。料理の腕はある、行儀作法、茶の湯に至るまで確かなものです。それで美形ときてますよ。拝顔の栄に浴するだけでも男ミョウリに尽きますな",
"ウーム"
],
[
"ウーム。立居フルマイ、見事なものだね。武芸者のように隙がなく、しかも溢れる色気がある",
"お気に召しましたか。では、小唄なと所望あそばしては?",
"所望してよろしいか",
"それは、あなたはお客様です。所望する分には何を所望なさってもよい。イエス、ノーは彼女が選んで答えるでしょう。いずれにせよ、大切なお客様に恥をかかせやしませんとも",
"ウーム。ホントか"
],
[
"気分でも悪いかね",
"いいえ。先生。お願いです。私を東京へ連れてって下さい。先生の二号にして下さい",
"いきなり、そんな",
"だって二号にしていただかないと、生きる瀬がないんです。主人がそうしろッて云うんですもの",
"主人とは?",
"昨夜の男です。私はあの人の二号です",
"安福軒があなたの旦那か!",
"そうなんです。お客さんを連れてくるたび、あの方の二号にしていただけと脅迫するんです。今までの恩返しに多くのことはするに及ばないが、応分の手切れ金をいただいてそれを置いて出て行けと云うんです。どなたかの二号にしていただかないと、もう我慢ができません"
],
[
"ここに朝食とあるが、朝食は食べずに帰るから",
"朝食は宿泊のオキマリでして、召上らないと、御損ですよ",
"二人前とあるが、安福軒の朝食も私がもつ必要があるのかい",
"それは、あなた、芸者衆の朝食ですよ。これも遊びのオキマリですから。いかが? 一本おつけ致しましょうか",
"バカにするな",
"これにこりずに、またどうぞ"
],
[
"ここ、病院でしょう?",
"そう",
"フン。私がお前を見てあげるから、ピンセルチンを出しなさい",
"ピンセルチン?",
"お前の病院には、ないでしょう。じゃア、聴診器や体温計はいらないから、メスをだしなさい。お前の悪い血をとってあげる"
],
[
"君もひどい人だね。私に以前イヤな思いをさせといて、オクメンもなく女をつれてくるなんて",
"イエ、それがね。アレが先生のお噂をするんですよ。先生にお会いしたいなんてね",
"ウソ仰有い。私の顔を覚えていない様子じゃないか",
"今はそうですけど、そこはキチガイのことですもの。それは、あなた、時によっては、先生のことをとても深刻に思いだすらしい様子ですよ"
],
[
"しかし、君の彼女はキチガイになって益々気品が高まったじゃないか。私を見下してカラカラと笑った様子なぞ、キチガイというよりも、神人的だね。私はゾッとしましたよ。何か威に打たれたような思いだったよ",
"そう云えば、気品と色気は益々横溢しているようですな",
"彼女を精神病院へ入れるなんてモッタイないね",
"なぜですか",
"君も目ハシの利く商人に似合わず迂遠な人だね。彼女に神人の性格を認めないかね",
"つまり教祖ですか",
"左様、左様。医者の使う道具や薬の中にピンセルチンなんてものは存在しないが、あれはたぶん作語症というのだろう。自分独特の言葉をもっているのだよ。これも神人の性格じゃないか。人間どもがみんなバカに見えて、睨みつけると、掌に乗ッかるほど小っちゃくなッちゃうというのは、これも雄大な神人らしい性格じゃないか。だいたい温泉町というものは、教祖の発生、ならびに教団の所在地に適しているのに、あれほどの教祖を東京へ連れてきて精神病院へブチこむなんて大マチガイだよ。彼女を敬々しく連れて戻って、然るべき一宗一派をひらきたまえ",
"なるほど、面白い着想ですね。先生が一肌ぬいで下さるなら、やりましょう",
"私が一肌ぬぐことはないよ。君の商才をもってヌカリなくやりたまえ",
"商才たって、商売チガイじゃ手も足もでやしませんよ。先生の肩書と名望をもって、彼女を神サマに祭りあげて下さるなら、私も彼女をお貸し致しましょう",
"私が君の彼女を借りて女教祖をつくる必要などあるものか。君がお困りの様子だから智恵を貸してあげただけだが、それが不服なら、彼女をつれて帰っていただこう",
"そんなことを云わずに、彼女をどこかへ入院させて下さいな。それがメンドーだから、そんないいカゲンなことを仰有るのでしょう",
"君たちのメンドーをみてあげる義務はないのでね。とっとと帰ってくれたまえ"
],
[
"チョイト。安福軒さん",
"アレ。ナレナレしいね、この人は",
"彼女をボクに貸して下さるなら、ボクが入院の手数や費用をはぶいてあげますけど",
"オヤ、面白いことを云いますね。後の始末を私に押しつけないという証文をいれさえすれば、話をきかないこともありませんよ。失礼ですが、あなた、貯金はいくらお持ちですか",
"これは恐れ入ります。税務署の手前、ちょッと金額を申上げるわけには参りませんが、ボクも呉服屋の手代という堅い商売をやってる者ですから、まちがっても、あなたに御損はおかけ致しません。その代りと致しまして、旦那との関係を清算し、爾今旦那らしい顔をしないという一札をいれていただきたいと思いますが"
],
[
"あなたもお察しと思うが、あれだけの美形を手放すからにはタダというわけには参らないが、ま、そのへんで飯をくってゆっくり話をいたしましょうか",
"それがよろしいですね"
],
[
"オッ。これは珍しい。今お着きですか",
"ちょッと川野君に対面に来たのだが、君は阿二羅教の客引きの大将かい?",
"今日は教会に行事があって追々信者が集ってくるのですよ。なにもボクが信者の世話をやかなくともいいのですから、川野先生のお宅でしたらボクも一しょに参りましょう"
],
[
"まったくイヤになりますよ。むかしの二号を神サマと崇めまつって、話しかけることも許されないのですからな",
"イヤなら止すがよかろう",
"それじゃ一文にもなりませんよ。こうして食いついてれば、幹部ですからかなりのミイリがあるでしょう。万国料理の方だって、教会へだす弁当の方がいい商売になるんですから、我慢第一ですよ。ちょッと、このところ、教会の方へ足を向けて寝られませんよ",
"それじゃア結構じゃないか",
"ま、一応は結構ですな。しかし、日野クンは怖るべき商才の持主ですよ。あのキチガイ女がですな、彼の意のままに動くんですね。しかもです、神サマとして動くんですな。折あらばこの秘伝を会得したいと思っていますが、これは、あなた、天才でなくちゃアできませんや",
"君だって彼女を意のままに動かしてインバイをやらせていたじゃないか",
"あれは凡夫凡婦の遣り口ですよ。彼は彼女に神サマをやらせることができるのです。その神サマを動かして難病を治すこともできます。まったくですよ。カンタンに治っちまうのが、相当数いるんですな。川野先生も、それで一コロですよ",
"川野君の病気を治したのかい?",
"いえ、あの先生の長女の寝小便を治しまして、それから次女のテンカンを治しまして、それからこッち先生自身も阿二羅大夫人を持薬に用いているようですよ。まったく人間はバカ揃いですよ。あなたがメンドーがらずに彼女を精神病院へブチこんどいてくれれば、バカの数がいくらか減ってる筈なんですがね"
],
[
"君は教祖を信心してるのかい。それとも軽蔑してるのかい",
"むろん信心してるのさ。あの夫人にはたしかに妙な霊力があるし、それに管長が弱年に似ず商売熱心なんだね。教祖が直々患者を診察するのは一度だけで、あとは管長その他が代診するらしいが、ボクの娘の場合で云うと、治るまで管長が毎日欠かさず水ゴリとりにきてくれたぜ。冬のさなかにハダカでバケツの水を何バイも何バイも浴びるのさ。そんなこと、安福軒にはできやしないよ。コイツ怠け者で女にインバイさせてケチな稼ぎをやらせることしか能がないから、女に逃げられて、カンジンな大モウケをフイにするのさ。近ごろ毎日メソメソ泣き言ばかり並べてやがる",
"なに云ってますか。水ゴリまでとってアクセクかせぐことはないですよ。教祖管長その他に奮闘努力してもらって、ちょッと手を合せて拝むだけで然るべきアブク銭にありつくことができる商売は悪くないですよ",
"君も教祖を持薬に用いているそうだが"
],
[
"熱くなるって、どんな風に?",
"火の近くへ寄ったぐらいジーッと熱くなるよ",
"十人のうち、三人ぐらい、そんなことを云うのが現れますよ。光が何本もスーッとさしこんだのが分ったという人も十人に一人は現れますね。光がスーッとさしこむ感じの方は、どうですか?",
"君は信者のフリをしてお金をもうけて、そして自分だけ利巧者のツモリでいるらしいが、本当に信心していくらかでも実効を得ている方がもっと利巧だということが分らないらしいな",
"あなたは実効を得てますか",
"アンマの代りに用いて実効を得てるよ",
"言い訳だね。アンマの代りというのが、ミミッチイですよ。アンマの代りぐらいだったら、他に実効を得る方法は少くないでしょう。宗教の実効はもっと全的なものでなくちゃア、ウソですな。ねえ、大巻先生。そうでしょう。川野先生はどこかでウソをついてますよ。あなたはたぶん、全然信心していないんだと思いますよ。ただ霊験があるように信じたがっているだけですよ"
],
[
"よろしいですとも、先方は大喜びですよ。教団のパンフレットには、まず大巻先生が教祖の神性を認めた、ということをチャンと書いているんですからね。歓迎しますぜ。川野先生も、いかがですか。この機会に、もう一度、彼女の手から放射される熱を実験してごらんなさい",
"しかし、今日は行事のある日だろう",
"教祖と管長は一時間足らず顔を見せればあとは用がないのです。忙しいのは他の幹部と信者だけで、こういう日の方が、かえって誰にも邪魔されずにゆっくり教祖や管長と会見することができるのですよ"
],
[
"フランスのちょッとした香水です。この前、先生がいらした時、まだこれつけてませんでしたかしら",
"前にボクが来た時は酔ってたし、もう半年以上になりますね。この本部へ移ってからは来たことがありませんよ"
],
[
"とにかく、ボクも管長でしょう。教祖とちがってボクには身に具わる霊の力もないものですから、外形なぞで苦労するんです。この頭なぞも毎日バリカンを当てて、フケ一ツないようにゴシゴシこすって――ヌカブクロでやるんです。オカラを用いたこともありますし、信者が届けてくれたのでウグイスの糞を用いたこともありますが、主としてヌカブクロですよ。キュッ〳〵こすったあと牛乳で頭をひたしまして、耳の孔などもよく洗います。それで自然にツヤがでるのですね。油をぬって光らせているのだろうと仰有る方がありましたが、そういうことは致しません",
"フーム、よく、つとめている。さすがだ"
],
[
"あなたもエライ管長さんになって凡俗の近づきがたい存在になってしまったが、実はね、ボクもかねて現代医学というものにあきたりない気持があって、宗教の暗示力、霊力というようなものに心をひかれているのです。川野先生のお話を伺うに、先生は教祖の掌の放熱をうけると大そうスーッとして軽くなると仰有る。また、教祖はいろいろ治病の実績があるようですね。ボクは別に持病というものがないので実験台にならんかも知れんが、川野先生の仰有る掌の放熱というのをボクにも一ツためしていただけまいか。宗教の力を疑るようで心苦しいが、自分も医者の立場として、いっぺん経験してみたいのです",
"承知しました。それではさっそく教祖に伺って参りますから"
],
[
"ヤ。なんて、すばらしいのだろう。まるでにわかに身体が半分の余も軽くなったような気がするぞ",
"そうだろう。君のその顔を見れば分るよ"
],
[
"これはなんの行事ですね",
"なんでもいいですよ、こんなことは。逆立ちでも何でもするがいいさ。そんなことよりも、ほら、すぐそこに知った顔が見えませんか"
],
[
"変なことが、はやるよ",
"え、オイ、キミ"
],
[
"そこにいる婆さんは、例の旅館にいた婆さんじゃないか",
"そうですよ。あのヤリテ婆アのような奴ですよ。そして、その隣にいるのが、ボクの本当の女房ですよ"
],
[
"あのコブつきが君の奥さんかい?",
"そうですよ。なんしろわが家はこの宗教で暮しを立てていますから、女は正直なものですよ。バカなんですな。ヒマがありすぎるんですよ。ボクを信仰してさえいりゃ間に合うのにね",
"帰ろう。帰ろう"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「キング 第二九巻第一一号」
1953(昭和28)年9月1日発行
初出:「キング 第二九巻第一一号」
1953(昭和28)年9月1日発行
入力:tatsuki
校正:藤原朔也
2008年4月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042954",
"作品名": "神サマを生んだ人々",
"作品名読み": "かみサマをうんだひとびと",
"ソート用読み": "かみさまをうんたひとひと",
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[
[
"お身体が悪いのではありませんか? お顔の色が悪いやうですが",
"ええ、すこしばかり。――でも、たいしたことはありませんわ"
],
[
"あなたは気分が悪いんぢやなくつて?",
"ええ、少し熱があるやうだわ。でも、たいしたこともないやうだけど",
"そんなら夜更しは毒だわよ。早くおやすみなさいな"
],
[
"僕は今日、はやばやと帰らなければならないのです。どうにも仕方のない用があるものですから",
"あら、だつて、そんなことありませんわ。もう一日ぐらゐ……",
"ええ、でもね、ほんとに余儀ない用があるんですから",
"まあ、さうですの。でも――ほんとに残念ですわ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
初出:「行動 第二巻第五号」紀伊国屋出版部
1934(昭和9)年5月1日発行
※底本のテキストは、著者直筆原稿によります。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2010年5月19日作成
2016年4月4日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "045820",
"作品名": "姦淫に寄す",
"作品名読み": "かんいんによす",
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"初出": "「行動 第二巻第五号」紀伊国屋出版部、1934(昭和9)年5月1日",
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"没年月日": "1955-02-17",
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} |
[
[
"せっかく意気ごんで来てくれたのに、夢の一日は煙と消えて、こんなことを頼むのは恐縮だが、君にひとつ尽力してもらいたいことがある",
"なんだい",
"詩をつくってもらいたい"
],
[
"君に見てもらいたいのは、この石像だが",
"石像?",
"ウン",
"この石でつくるのかい",
"これが完成した石像なんだよ"
],
[
"これは何物の石像です?",
"カンゾオ!",
"カンゾオ?",
"しかり!"
],
[
"モツ?",
"モツ! セタジール(スナワチ)レバー!",
"アッ。ヤキトリ! 肝臓!"
],
[
"肝臓はこんな形をしているもんかね",
"アイ・ドント・ノオ!",
"アレレ。コレ、肝臓デワ、アリマセンカ",
"余は胃や腸や心臓を見て、これを造った。余の見た書物に肝臓の絵がなかったのである",
"フウム。ききしにまさる天才であるよ。ヤキトリ屋の置物かな。看板にしては入口をふさいでしまうし、庭の石かな。しかし、ヤキトリ屋というものは小ヂンマリとしたもので、なんしろ目の前で焼いて食わせる店だから、庭はないはずだがな",
"シッ!"
],
[
"詩なんてものは、時間の意識が長々とした時世に存在したものなんだな。ボクなんかは、ピカドンというような微塵劫的現実に密着しているから、そぞろ歩きに微風を薫じるような芸当はとてもできない",
"まア、いいさ。今に、わかる"
],
[
"これから君を烏賊虎さんのお宅へ案内するが、烏賊虎さんは君をもてなすために酒肴の用意をととのえて待っておられる。伊東市は温泉町ではあるが、半分は漁師町だ。烏賊虎さんは南海の名もない漁師だが、最も深く赤城風雨先生の高徳をしたう点に於て、第一級の人間なんだね。戦争中は赤城先生の病院で人手が足りなくて、手伝いに行って、ズッと臨終の瞬間も見とゞけた最も親しい人だ。三四日君を泊めてくれる筈だから、新鮮な魚をウントコサ食べさせてもらって、赤城風雨先生の話をきくがいいや。君の考えはガラリと変るぜ",
"拙者は烏賊虎さんのところへ泊まるのかね",
"あたりまえさ。君の曲った根性をたたきなおすには、そこへ泊めてもらうに限る"
],
[
"お宅の娘さんが病気だって話じゃないか。よくなったかい?",
"それが、どうも、はかばかしくいかないのでね",
"そいつア、よくねえな",
"それで、まア、これからお医者へ相談に行こうと思ってるんだ",
"フン、フン。何先生に?",
"ウチじゃア、いつも、赤城先生だ",
"なんのこった。あの先生じゃア、肝臓病と云われるにきまってらアな"
],
[
"この町にも、フランスの医者が現れたな",
"なんのことだね。それは",
"アッハッハ。フランスの医者は、胃腸が悪いことを肝臓が悪いというのが常識になっているのさ",
"フム。ボクのところへ新患が現れてだね。ちかごろはカゼのことを肝臓病と云うようになったんですか、ときくんだね。それで、まア、フム、赤城氏性肝臓炎というのができたらしい。カゼばかりでなく、ロクマクでも子宮病でも、みんな肝臓炎だ。感染しないように気をつけたまえ、とね。アッハッハ"
],
[
"たしかに肝臓だけですとも。心配なさることはありません",
"チブスや赤痢ではないでしょうね",
"絶対に大丈夫",
"チブスや赤痢じゃないかと心配したのですよ",
"その御心配はありませんよ",
"そうですか。ありがとうございます"
],
[
"チブスになったら、どんな風になるものでしょうか",
"イヤ、絶対に大丈夫ですよ。肝臓以外にはどこにも悪いところがありません"
],
[
"どうしてズブ濡れに濡れたのかね",
"ハイ、敵機が見えるたびに、海にとびこんで隠れていました"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房
1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行
初出:「文学界 第四巻第一号」
1950(昭和25)年1月1日発行
※底本のテキストは、著者の直筆原稿によります。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:土屋隆
2008年4月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042617",
"作品名": "肝臓先生",
"作品名読み": "かんぞうせんせい",
"ソート用読み": "かんそうせんせい",
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"原題": "",
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"分類番号": "NDC 913",
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"姓ローマ字": "Sakaguchi",
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"底本名1": "坂口安吾全集 08",
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} |
[
[
"つめたい水。こんなところに一分間もはいつてゐたら、私の貧弱なからだ、痩せちやふでせう。志緒乃は文学少女だから、こんなところで泳ぐのが好きなんですよ",
"村の人達はみんなこの谷へ泳ぎにくるわけぢやないのですか",
"どう致しまして。ここにゐらつしやる御三方の御専用です"
],
[
"ほう。採るわけにいかないのですか",
"はい"
],
[
"不吉な沼ですから、この菱の実はとる人がありません",
"なるほど。不吉な伝説があるのですね",
"はい"
],
[
"沼のほとりにゐたのですつてね。をかしな子供、どんな風にしてゐたのでせう?",
"どんな風にと云つたつで、あの坊つちやんの様子は、いつに限らずたつたひとつですから。とにかく、ぶなにもたれて、例の顔付でしたね"
],
[
"お嬢さま、男の方の写真が一枚欲しいんですつて。なんべん見ても見飽きない写真が。旦那さん。一枚差上げなさいませ",
"僕はまたお妙さんの写真が一枚ぜひとも欲しいものだね",
"あら。東京のお方にも似合はない。羞しがつてらつしやいますこと"
],
[
"お分りでせう。あの子死ぬつもりで沼をみつめてゐたんですわ。死んでしまへばよかつたのに",
"あなたの入れ智慧ですね"
],
[
"僕にその話をしたくなつたのは、どういふわけですか",
"話しいいから。ママなら、怒るでせう。だつて、私達毎日ダイス振るでせう。十六が五へん続いたら、死んぢやう約束したでせう。四年昔の約束ですもの。秋がきて別れるとき、たうとう今年、出なかつたわ。今年もまたね。今年も。すると、あの日、たうとう出たでせう",
"ぢや、もう、死ぬのはやめることにしたのですね。さうでせう。それがいい"
],
[
"まあ。お嬢様",
"婆やの若かつたころ、村の人達ちよん髷ゆつて段々畑耕してた?",
"御冗談でございませう。七三に分けたハイカラ頭で、今時の都風に、それ、旦那の頭がそつくりそのころの若い衆でございますよ。いい男ぞろひでね。下落したのは若い衆と地酒の味だ。この節の村の娘とのんだくれは、気の毒なものでございますよ",
"うちのパパ松の木に縛つておいて、婆やあひびきしたんだつてね",
"あはははは。お嬢様も、おつつけ、あることでございますよ"
],
[
"もう、お妙さんにも会へないのだね",
"また遊びにいらつしやいませ",
"今度くるとき、お妙さんはお嫁さんになつてるね"
],
[
"男の子ができたら、お妙さんは何に育てるつもりだらう?",
"海軍の軍人",
"へえ",
"叔父さんが海軍の水兵です。外国からの便りやおみやげを貰ふことがありますでせう。ねむる時も離したくないほど、それがなつかしくてなりません"
],
[
"ぢや、あの山には、百合がたくさん咲くわけですね",
"さう言ひますけど、見てきた人はありません"
],
[
"山へいつたら、例の君の愛人の弥勒の像にきいてみたまへ。あれの語つてゐることが真相だね",
"うつふ。一夏のうちに、俺のお株をとつてしまつたぢやないか"
],
[
"あの村に、森下の仙蔵といふ蕎麦打ちの達人がゐるんだがね。君もその蕎麦を食つてきたに相違ないが",
"うむ。今朝出発の朝食にも、それを馳走になつたばかりだ",
"それから倉之助の蕨餅といふのがある",
"それは知らない",
"いづれも逸品だね。田舎の感覚は、線が太いが、案外デリケートなものだ。さうして、ほんものだね"
],
[
"なるほど、な。葛子さんも、案外、死にたくなるやうな心の秘密があつたかも知れないな",
"わつはつは。君は弥勒にだまされて、うかうか一夏過したのだらう"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 03」筑摩書房
1999(平成11)年3月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文芸 第七巻第三号」
1939(昭和14)年3月1日発行
初出:「文芸 第七巻第三号」
1939(昭和14)年3月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:北川松生
2016年9月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045844",
"作品名": "木々の精、谷の精",
"作品名読み": "きぎのせい、たにのせい",
"ソート用読み": "ききのせいたにのせい",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「文芸 第七巻第三号」1939(昭和14)年3月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2016-11-12T00:00:00",
"最終更新日": "2016-10-28T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card45844.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 03",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1999(平成11)年3月20日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年3月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年3月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "文芸 第七巻第三号",
"底本の親本出版社名1": " ",
"底本の親本初版発行年1": "1939(昭和14)年3月1日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
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"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "北川松生",
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"テキストファイル最終更新日": "2016-09-09T00:00:00",
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[
[
"貴公は南陽房が兄とたのんだほどの学識ある器量人だから、事理に暗い筈はない。美濃は古来から土岐氏所領ときまっているが、近代になって臣下の斎藤妙椿が主公を押しのけて我意のままにふるまっている。我々は妙椿を倒して再び昔のように土岐公を主人にむかえたいと思っているが、貴公がこれに賛成してくれるなら、貴公を妙椿の用人にスイセンしようと思う",
"なるほど。私はこの土地の者ではありませんから、どなたに味方しなければならないという義理も人情もない筈ですが、仰有るように、私が強いて味方を致すとすれば正しい事理に味方いたしましょう。土岐公が古来この地の領主たることは事理の明かなるものですから、その主権を恢復したいと仰有ることには賛成です",
"それは甚だ有りがたい。実は妙椿に二人の子供がおって、これが仲わるく各々派をなして後釜を狙っている。妙椿が死ねばお家騒動が起って血で血を洗い、斎藤の勢力は一時に弱まるに相違ない。その機に乗じて斎藤を亡し主権を恢復する考えであるが、貴公は彼の用人となってその側近に侍り、我々とレンラクしてもらいたい"
],
[
"お前長井を討ちとることができるか",
"お易い御用です。心ならずも長井に一味の様子を見せたお詫びまでに、長井の首をとって赤誠のアカシをたてましょう"
],
[
"長井にこだわりすぎやしないか。お前はお前であった方が、なおよいと思うが",
"お前と仰有いますが、長井新九郎のほかの者はおりません。拙者は長井新九郎",
"なるほど"
],
[
"信長はいくつだ",
"十五です",
"バカヤローの評判が大そう高いな",
"噂ではそうですが、鋭敏豪胆ことのほかの大器のように見うけられます",
"あれぐらい評判のわるい子供は珍しいな。百人が百人ながら大バカヤロウのロクデナシと云ってるな。領内の町人百姓どもの鼻ツマミだそうではないか。なかなかアッパレな奴だ",
"ハア",
"誰一人よく云う者がないとは、小気味がいい。信長に濃姫をくれてやるぞ",
"ハ?",
"濃姫はオレの手の中の珠のような娘だ。それをやる代りに信秀の娘を一人よこせ。ウチの六尺五寸のヨメにする。五日のうちに交換しよう",
"ハ?"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文藝春秋 第三一巻第八号」
1953(昭和28)年6月1日発行
初出:「文藝春秋 第三一巻第八号」
1953(昭和28)年6月1日発行
入力:tatsuki
校正:藤原朔也
2008年4月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
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"作品名": "梟雄",
"作品名読み": "きょうゆう",
"ソート用読み": "きようゆう",
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"初出": "「文藝春秋 第三一巻第八号」1953(昭和28)年6月1日",
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[
[
"芸者総あげね。こんなすごいお花見はじめて見た。桐生のダンナ方のことだから、これで千円ぐらいの会費であげてるんでしょうね",
"そんな他国なみの入費をかけるものか。しかし、七百円以下には値切れそうもないが、案外五百円ぐらいかも知れないぜ",
"まさか"
],
[
"お前さん、パチンコやるのかい",
"通りすがりにあの音をきくと、ついね"
],
[
"桐生のギオン祭は何神社のお祭だい",
"祭礼のチョウチンにちゃんと書いてあるだろう。八坂神社のお祭だ"
],
[
"これは八坂神社じゃないぜ",
"八坂神社とよぶことになってるんだ",
"ちゃんと高札をたてて平安朝から名のある美和神社だと断り書きまであるじゃないか",
"社が三ツあるから一ツが八坂神社だろう",
"美和神社の隣はコンピラサマ、そのまた隣はエビスサマだ",
"うるせえな。とにかく八坂神社ともよぶんだよ。だから八坂神社だ"
],
[
"桐生川のアユは日本一ですよ。これがそうですから食ってみて下さい",
"食わなくともわかってるよ。モウモウとケムがでてサンマの味がするんだろう",
"いえ、あれはね、去年はヤナがはじめての仕掛けですからちょっとの出水でしょっちゅうこわれてアユがとれなかったんです。仕方なしに前橋から養殖アユをとりよせてごまかしてたんで。サナギで育ったアユだからケムがでるのは当り前でさア"
],
[
"キミはこの町の人々がどんなことを望んでいるか知っているかね",
"知らないね",
"まず百人のうち九十人までは夕食後のひとときを自宅の茶の間でテレビをたのしむような生活がしたいと望んでいるのだよ。ところがテレビは二十万円もして手が出ないから、ビールかコーヒーをのんで喫茶店のテレビでまにあわせたいが、その金も不足がちだ。そこでテレビの時間になると子供遊園地が大人で押すな押すなだよ。無料のテレビがあるからさ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 14」筑摩書房
1999(平成11)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「読売新聞 第二七七五五号~第二八〇二五号」
1954(昭和29)年3月11日~12月6日
初出:「読売新聞 第二七七五五号~第二八〇二五号」
1954(昭和29)年3月11日~12月6日
入力:tatsuki
校正:noriko saito
2009年4月18日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042963",
"作品名": "桐生通信",
"作品名読み": "きりゅうつうしん",
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"初出": "「読売新聞 第二七七五五号~第二八〇二五号」1954(昭和29)年3月11日~12月6日",
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[
[
"最上清人。その人の奥さんか",
"あら、その名前知つてる?",
"知つてる。尊敬してゐた。僕は高等学校の生徒だつた。エピキュロスとプラトンに就て雑誌に書いてたものを愛読し、今でも敬意が残つてゐる。あの人の奥さんぢや、ちよつと口説いちやいけないやうな気持になつたな",
"あら、瀬戸さんは音楽学校をでたんぢやないの?",
"音楽は世すぎ身すぎといふ奴の心臓もので、元々余技ですよ。おはづかしいが、美学をでたんだ。然しそつちは尚さら余技だな。たゞ一介の放浪者にすぎん。僕の一生には定まる何物もないですよ"
],
[
"そりやまづいな。好きな人があるんだなんて間違つても亭主に言ふもんぢやありませんや。第一あなた、カケオチなんて、こんなバカバカしいものはありませんや。亭主なんてえものは何人とりかへてみたつて、たゞの亭主にすぎませんや。亭主とか女房なんてえものは、一人でたくさんなもので、これはもう人生の貧乏クヂ、そッとしておくもんですよ。あなたも然し最上清人といふ日本一の哲学者の女房のくせに、あの男の偉大な思想が分らねエのかな。惚れたハレたなんて、そりや序曲といふもんで、第二楽章から先はもう恋愛などゝいふものは絶対に存在せんです。哲学者だの文士だのヤレ絶対の恋だなんて尤もらしく書きますけれどもね、ありや御当人も全然信用してゐないんで、愛すなんて、そんなことは、この世に実在せんですよ。それぐれエのことは最上がしよつちう言つてる筈なんだがな。へえ、一日に三言ぐれエしか喋らないですか。もう喋るのもオックウになつたんだな。その気持は分るよ、まつたく。最上も然し酒ばつかり飲んでゐて、なんだつて又浮気をしないのかな。あなたにも最上にも私からそれぞれおすゝめします。そしてあとは私の胸にだけ畳んでおきますから、御両人それぞれよろしく浮気といふものをやりなさい。浮気といふものは金銭上の取引にすぎんですから、まア、ちよつとした保養なんですな。それ以上のものはこの世に在りやしないです。それにしても、かう申上げては失礼だけれど、絹川といふ色男も、瀬戸といふ色男も、どうもあなた、少し役不足ぢやありませんか",
"えゝそれはうちの宿六はたしかに偉いところもあるけど、あゝまでコチコチに何から何まで理ヅメの現実家なんて、息苦しくつて堪らないものよ。恋愛なんてどうせタカの知れたものですから、どうせ序曲だけでせうけどね、序曲だけだつていゝぢやありませんか。私はかう胸元へ短刀を突きつけられたやうな、そんなふうな緊張が好きなのよ。瀬戸さんは飲んだくれで、弱気で、ボヘミアンなんて見たところちよつと詩的だけど、まつたく、たよりないわね。だけど私はもうヤケだから、苦労はするでせうけど、一思ひにカケオチしてやれと思ふわ。カケオチしてからの生活なんて、私は二人の家庭なんてもの考へずに、私がどこかの酒場かなんかで働いてゐる、そんなことばかり考へてゐるのよ",
"いけません、いけません。それは誤れる思想です。酒場で働くなら、こゝに酒場があります。第一あなた、苦労する、苦労なんていけませんや。この世に最も呪ふべきものは何か、貧乏です。貧乏はいけません。これだけは質に置いてもこの地上から亡さねばならぬものですよ。夢を見ちやいけません。幸福とは現実的なものですよ。こゝはあなた自分の酒場ぢやありませんか。こいつを活用しなきや。こいつを捨てゝよその酒場で働いて男を養ふなんてえミミッチイ思想は、ミーチャンハーチャンにはよろしいけれども、最上清人の女房たるものに、なんですか、あなた。こゝは先づ当分は私の指図通りにやつてごらんなさい。差当つて、恋愛なるものは、これは地上に実在しないものですから、この酒場からも放逐することが必要ですな。ちよつと痛いでせうけれど、心を鬼にして、瀬戸、絹川、この両名の色男に退場を願ふ、代つて千客万来、これが先づ大切なんですよ。つゞいて、恋愛でなしに、浮気、これをやりなさい。面白をかしく、人生とは、人生を生きるとは、これですな。それはあなた最上清人は面白をかしくなんて、面白をかしいものなんて在りやしねえと言ふでせうけれど、それは彼に於て大真理ではあるでせうけれど、これが実在するといふことも真理なんですよ。小真理ですかな。人生は断じて面白をかしく在りうるです。先づ、お金です。金々々。最上先生も常にそれを言つとる筈ではありませんか。金の在る無しによつて、人生は全く別な二つの世界に分れます。然し、なんだなア、最上先生みてえに、金々々つて言ひながら、毎日毎日、たゞもう飲んだくれてゐるてえ心理は分らねえ、先生はどうも偉すぎて、何を考へてゐるんだか、手がとゞかねえ。然し、彼は、実際に於て、日本随一の哲学者です"
],
[
"君はもうこの店へ来ない方がよいよ。お金のある時だけ来たまへ。然し今までの借金は必ず払つて貰ふから。毎日誰かを取りにやります。お金のあるとき、ある分だけ必ず貰ふ。全部払ひ終るまで毎日誰か取りにやります。君はこの女から借りたんぢやなくて、僕が貰ふお金なんだ。その代りこの女を連れて行きたまへ。君のところへ行きたいさうだから",
"まアまア最上先生、お待ちなさい。色恋の話はもつと余韻を含めて言ふものだ。あなたみたいに、さう棒みたいに結論だけを言つたんぢや、話にならない"
],
[
"いや、僕のは色恋の話ぢやないんだ。単純な金談だ。女のことは金談にからまる景品にすぎない",
"いや、金談でもよろしい。ともかく、談と称し話と称するものは、あなたも喋れば、こちらも喋る、両々相談ずるうちに序論より出発して結論に至るもので、いきなり棒をひつぱるみたいに話のシメククリだけで申渡すんぢや片手落だな。よろしい、ここはかうしよう。金談の方は、これはもう、借りた金は払ふべきものなんで、序論も結論もいらない当然な話だから、こちらの方は相当無理な稼ぎもして、闇屋もおやりの由承つてゐるから、よろしく稼いで、こゝはあなたの男の意地ですよ、女の問題がはさまつてるなら、金の方はサッパリしたところを見せなきや。それぢや、この話はこれで終つた。次に、最上先生、そこへいきなり附録みたいに女をつけたして言つちまふのは無理だなア。ともかく今拾つてきた女ぢやない、女房なんだから",
"女はみんな女さ。この女が出て行きたい、この人と一緒になると言ふんだ",
"さうは言つても、それが全部ぢやない。金談とは違ふです。男女の道に於ては、一つの問ひに答へる言葉が常に百通りもあるもんですよ。それぐれえのことは、私が言ふことぢやなくて、あなたの専売特許みてえなもんぢやないか。やつぱり事、女房となると、あなたのやうな大学者でも、子供みたいに駄々をこねるんだな。精神も物質です。これより我々は、私はでゝ行きます、といふ物質がちやうどまア石炭みたいに、胸の中のどういふ地層で外のどんな物質と一緒に雑居してゐるか取調べませう",
"心理をほじくれば矛盾不可決、迷路にきまつてるよ。心理から行動へつながる道はその迷路から出てきやしない。話はハッキリしてるんだ。君はこの女が好きか、連れて行きたいと思つたら連れて行け。それだけさ。女もそれを承知だし、僕も承知だ",
"最上先生、はじめてお目にかゝりますが、僕、瀬戸です。僕は十年ほど前、高等学校の時に先生の論文を愛読して、尊敬してゐたのです",
"そんなことを訊いてやしないよ。自分の言ふことも分らない奴に限つて、尊敬なんて言葉を使ひやがる",
"まアまア最上先生、さう問ひつめたつて所詮無理だよ。好きだなんて、あなた、好きとは何ですか。女が好きだなんて、あなた、好きにも色々とありますがね、連れて行つて同棲するほど好きだなんて、そんなものが、あなた、バカバカしい、この世に在りますか。女房を貰ふとか、亭主を貰ふとか、これ実に悲しむべき貧乏クヂぢやありませんか。だからこれはもう万人等しく諦めつゝあるところで、あなた方だつて、これぐれえのところは諦めなきや。これは色恋の問題ぢやアない、諦めの問題なんで、この人と奥さんと惚れたハレた、そんなことが問題ぢやアなくつて、女房といふものはこれはもう何をしても諦めなきやアならん。あらゆる女房には一人づゝ必ず諦めつゝある男があるもので、あらゆる亭主にも亦一人づゝ諦めつゝある女があるです。こんなことを俺に言はせるなんて、最上先生もひでえな。私はもうイヤだよ。よさうぢやありませんか。最上先生もよろしく浮気をなさい。浮気ですよ、あなた。この瀬戸君なんて人は何かね、美学なんてものをやると、恋愛だの私の彼女などと、そんなベラボーなことが言ひたくなるのかな",
"むろん僕は浮気だけさ。美人募集の広告をだしたのは、そのためだ",
"そんなことはムキになつて言ふものぢやアありませんよ。あなたも今日は子供みたいだなア",
"富子さん、何か言つて下さい。最上先生、誤解ですよ。僕は恋愛でも浮気でもないんです。たゞそこはかとなく一つの気分に親しんでゐるだけなんで、僕はつまり精神的にも一介の放浪者にすぎんですから",
"あなたは何も言はなくともいゝんだ。あなたのことは金談だけで、もう話が終つてゐる。借金だけは無理矢理苦面しても払ひなさい。さア、あなたはもう帰る時だ。すべて物にはその然るべき場所と時とがあるものだ。退場すべき時は退場する。私がそこまで送つて行つてあげるから"
],
[
"だつて瀬戸さんの借金は瀬戸さんが払ふ筈ぢやありませんか",
"バカ。瀬戸の借金は瀬戸が払ふのは当りまへだ。そのほかにお客が来なくなつた埋合せはお前がつけなきやならないのだ。二号になりやいゝんだ。五六人ぐらゐの男にうまく取り入つて共同の二号になれ。待ち合の娘のくせに、それぐらゐの腕がなきや、出て行くか、死んぢまふか"
],
[
"本当に金銭を解する者にはタダ働きといふことはないよ。そもそもお金をもうける精神とは勤労に対して所得を要求する精神で、これこれの事にはいくらいくらの報酬をいたゞきたい、とハッキリきりだす精神だ。靴をみがゝせても三円。金銭の初心者は人にタダで働かせて自分だけ儲けたがるものだが、こいつは金銭の封建主義といふ奴で、奴隷相手の殿様ぢやアあるまいし、現代には孤立して儲けるなんて絶対主義は成りたゝない。この道理を解さなければ、味方といふものが一人もなくなる",
"うん、僕は味方が一人もゐない方がいゝ。僕は金銭は孤立的なものだと信じてゐるんだ。僕は君に女房のこと、店の情勢を偵察してくれと頼んで、それに対しては報酬を払つた筈だが、それから先のことまでは頼んだ覚えがない。頼まないことには報酬を払ふ必要はない。金銭には義理人情はないから、僕の方から頼まないのに靴をみがいたつて、お金をやる必要はないね",
"そんな風に人生を理づめに解したんぢや、孤影悄然、首でも吊るのが落ちぢやないか。万人智恵をしぼつてお金儲けに汲々たるのが人生で、たのまれない智恵も売つて歩く、これがカラ鉄砲なら仕方がないが、当つた時には報酬を払つてやらねばならん。かういふ智恵の行商人、智恵の闇商人といふものを巧みに利用するのが、金銭を解する者といふのだ。信長だの秀吉てえ人々はかういふ智恵の闇商人を善用した大家なんだな。ここの理窟を解さなきやア",
"僕は解さないね。僕には信長や秀吉ほどの夢はないからさ。夢は負担だね。僕の限度と必要に応じて取引するだけで結構ぢやないか",
"だから、それがだよ。限度だの必要に応じてと云つたつて、そんな重宝なものがどこにありますか。失礼ながら、最上先生は必要に応じて取引して所期の目的を達してゐますかな。猿面冠者が淀君を物にするには太閤にならなければならなかつたが、むろん太閤だつて蒲生氏郷の未亡人や千利休の娘にふられる、だから本当の限度はきりがない。けれどもともかく狙つた女の何割かは物になるてえ限度はあつて、この限度はつまり国持大名だな。これを今日で言ふと、恒産あり、といふことだ。失礼ながらタヌキ屋の御亭主は未だ一城一国のあるじとは申されませんな。足軽ぢやアねえかも知れねえ。ともかくタヌキ屋てえノレンの亭主なんだから、三四十石とりのサムライかも知れないけど、どうもまだパッとしない貧乏ザムライで、女の苦労よりも暮し向きの苦労が差し迫つてるやうなところだらう。だから、あなた、ともかく、大名にならなきや、ダメですよ。国持大名にならなきやア。あなたが今どうあがいてみたつて、必要に応じて取引して、マル公で通用しやしませんよ。マル公で通用させるにやア、国持大名の格てえものがなきやア、私があなたに入れ智恵するのはその理窟で、あなたは目下三四十石のサムライ、私は足軽。私はあなたを国持大名にして、私はせめて家老ぐらゐに有りつきたい、ねえ、さうぢやありませんか、持ちつ持たれつといふものです",
"君は正統派なんだな。古典派なんだよ。僕はちかごろはやりのデフォルメといふ奴なんだらう。それに現実の規格が生れつき小さいのさ。僕は総理大臣が美妓を物にしようとフラれようと生れつき関心の持てない方で、貧乏な大学生が下宿の女中とうまくやつたり八百屋のオヤジが三銭五厘の大根を三銭にまけてやるぐらゐでどこかの女中やオカミさんとねんごろになつたりするのばかりが羨しいタチなんだよ。だから目下のタヌキ屋の貧乏世帯でやりくり浮気するのが性に合つてるんだ。君とは肌合が違ふんだ",
"いけねえなア、さう、ひねくれちやア。最上先生の思想が如何に地べたに密着して地平すれすれに這ひ廻るにしても、人間が国持大名を望む夢を失ふといふことはない"
],
[
"おい、君も困つたオッチョコチョイだな。お料理なんかできるのか",
"兵隊のとき、大陸でやりましたよ。豚をさいたり、蛇をさいたり、イナゴのテリヤキ、なんでもできますよ",
"そんな荒つぽい料理はいけない",
"いえ、学問の精神は応用の心がまへなんで、わけはないです",
"心がまへと経験は違ふよ。第一君、高級料理から下級料理への応用てえのは分るけれども、蛇とイナゴの方からウナギやエビへ応用をきかせるわけにはいかねえだらう",
"次第に間に合ふものですよ。まア、たべて見てごらんなさい。兵隊は食通です",
"そんなものかな。俺は知らねえけど、危ねえもんだな。それに君、最上先生は君に充分の報酬をくれる筈はないのだから",
"いや、よろしいです。こつちは闇屋渡世でほかに儲けの口はありますから。料理の手腕で、今までのコックが三十円の原料で五十円の料理を作つたものなら、僕は十五円とか十円で五十円の料理をつくる。その差額でタヌキ屋のカストリ焼酎を四五杯のんで引き上げてきて、眠るですよ",
"その思想はよろしい"
],
[
"だつてそれはカフェーの値段でせう",
"カフェーぢや、お通しづき三百五十円から五百円まであるんだ。女のお給仕のついてる店、小料理屋、ちよつとしたオデン小料理で二百円なんだから、百九十円ならよそより安い。客に悪くて売れないなんて、猫の目のやうに変る相場を知らず、生意気なことを言ふもんぢやない",
"だつて仕入が八十円ぢやありませんか。よその相場の比較よりも、仕入れ相当に売つて、よろこばれたり儲けたり、それが商売のよろこびぢやありませんか",
"相場よりも十円安けりやオンの字だ。仕入れの安価は僕の腕なんだから、それを売るのが君らの腕ぢやないか。僕の腕にたよつて、楽に商売しようといふのは、怪しからん料見だらう。それで厭なら止すがいゝ"
],
[
"アラ、オコウちやんから着物を三枚も買つちやつたわ",
"バカ。あれから四月にもなるんだ。着物の三枚ぐらゐ買つたつて、十万以上残つてゐるはづだ。こゝだな"
],
[
"うちに置いてないのよ",
"どこにある",
"倉田さんの奥さんに預けてあるのよ"
],
[
"私の稼いだお金だもの、私のものよ",
"バカ。営業妨害だ",
"だつてあなたの営業方針なら、あなた自身の売上げだつて今より不足で、とつくにお店はつぶれてゐた筈よ。私たちのおかげであなたも儲けてゐたのだから、自業自得ぢやありませんか。口惜しかつたら、あなたもコックさんのやり方で、安直にやり直して、もうけるがいゝぢやありませんか。私たちが心を合せて、新に女給を募集して、うんと儲けてやりませうよ。ねえ、あなた",
"ぢやア、お前すぐ新聞社へ行つてこい",
"あら、あなたよ"
],
[
"すぐ行つてこい",
"イヤ",
"行かないか"
],
[
"店を売つちやうのかね。残念ぢやないか。店さへありや、一花さかせるのはワケない筈なんだが、店を売つて何か別の商売やるのかね",
"それを飲みほして、首をくゝるのさ",
"なるほど。それもよろしい。然し、なんだな。ちと芸のないウラミもあるな。芸といふものは、これは人生の綾ですよ。誰だつて、ほつときや自然に死ぬんだから、慌てゝ死んでみなくたつて、どうも、なんだな、お金がないからお金をもうける、女がないから女をこしらへるてえのは分るけど、お金がねえから自殺するてえのは分らねえ。ぢやア、どうだらう。最上先生、私がお店を買ひたいけど、お金がないから、私に貸してくれねえかなア",
"貸してもいゝよ。毎月三万円なら",
"三万円も家賃を払ふぐらゐなら、誰だつて買ひますよ",
"僕は月々三万円いるのだ",
"するてえと、最上先生の言ひ値で店が売れて、十ヶ月の命なんだな。オコウちやんの買ひ値ぢやア、二ヶ月と十日か。人殺しみてえなもんだなア。俺なんざア、一夜にして全財産を飲みほしてあしたのお食事にも困つたり、オコウちやんを彼氏にしてやられても、酒の味がだん〳〵うまくなるばかりで死ぬ気になつたことなんぞは一度もないけど、最上先生の思想は俺には分らねえ。ぢやア、かうしちやアどうだらう。オコウちやんにタヌキ屋の方へ支店をだして貰ふんだな。私を支配人といふことにして、店の上りの純益六割はオコウちやん、二割づゝ、支配人の給料と家賃てえのはどうだね。これはけだし名案ぢやないか",
"だめですよ。先生みたいな支配人、無給だつて雇ふものですか",
"さう言ふものぢやアないよ。それはオレはハキダメから料理をつくる腕はないけど、タヌキ屋の店なら一夜に平均してカストリ二斗、これだけは請合ふ自信があるです。カストリ二斗といふ請負ひ制度で行かうぢやないか。二斗以上の純益は私のもうけ、二斗以下の日は私の給料から差引く。いかゞです",
"お勘定",
"いけねえなア。最上先生、たまに会つて、呆気なく別れたんぢやア、首くゝりに出かけるところを引きとめなかつたみたいで、寝ざめが悪いよ",
"僕は商用にきたんだ",
"相すまん。最上先生の商用を茶化すわけぢやアないんで、あはよくば私も一口と思つたんだが、オコウちやんが相手ぢやア。こんなところへ商用に来るてえことが、最上先生は決定的に商才ゼロですよ。こゝに於て商談は中止に及んで、もつぱら飲みませう。首くゝりも最上先生の商談のうちでせうから、すでに拙者はとめないです。首くゝりも商用てえのは、意気だなア。首くゝりが意気てえわけぢやないけれど、人生、なんでも商用、なんでも金談てえのが、たまらねえな。然し、だんだん身の皮をはいで首くゝりへ近づいて行く商用てえのはあんまりイタダケないやうだけど、これが浅はかな素人考へといふのだらう。私は然し、最上先生には一つだけ足りないものがあると思ふな。それはつまり浮気は宗教である、といふ思想に就てゞすな。即ち浮気は宗教であるですよ。キリストも釈迦も説法をやるです。これ即ち口説ですよ。衆生済度といふですな。浮気も即ち救ふといふことです。口説は即ち女人を救ふ道ですよ。浮気によつて救ふ。肉体によつて救ふ。口説のカラ鉄砲といふのは、いけねえな。一万円あげるとか、お店をもたせてあげるとか、嘘をついて女を口説いてはいけないです。金なんかやる必要はない。有りあまるムダな金ならやつてもいゝが、無い金を有るやうに見せかけて女を口説かうなんてえのは、いけない。遊びとか浮気は、それを為さゞるよりは面白い人生なんだから、よつて我々はそれをやりませう、とかう言ふです。私はその真理たる所以を信じてゐるから、私が女を口説き、女がそれに応ずることによつて、女は救はれるといふことを信じてゐるです。即ち私の浮気精神はキリストなんで、最上先生の浮気はキリストぢやアねえな。こゝのところが最上先生に足りねえから、最上先生は首をくゝる。仏教に於ては孤独なる哲人を声聞縁覚と言ふです。彼等は真理を見てゐるが、人を救ふことを知らんです。よつて、もつぱら自分を救ふ。何によつて救ふかといふと、死によつて救ふ。真理をさとる故に自殺するです。それは死にますよ。人間は生きてるんだからな。生きてるてえのは死ねば終るから、真理を見れば、死ぬ。死ぬてえぐれえ真理はねえや。つまらねえもんだよ、真理てえものは。そこで、これぢやアいけねえな、といふので、印度に於ては菩薩といふものが現れた。これは色ッポイものだ。孤独なる哲人はいけねえといふので、菩薩の精神はもつぱら色気です。人を救ふといふのは、これ即ち色気です。人生は色つぽくなきや、いけねえ。色ッポイてえのは何かといふと、男ならば女を救ふ、女ならば男を救ふ、これ即ち菩薩です。浮気てえものは菩薩なんだ。たゞあなた、金をしぼらうとか、女をものにしようとか、それは印度の孤独なる哲人の思想ですよ",
"考へなきや、いゝんだよ。そんな風に考へて、言つてみたいのかね。言葉なんてものは考へるために在るんぢやなくて、女を口説いたりお金をもうけるために在ればいゝのさ。死なんてものは、言葉の上にあるだけだ",
"喋るのがオックウになつちやアいけねえなア。ムダな言葉はいけねえと言つたつて、女を口説くにも、やつぱりあなた、情緒といふものが必要ですよ。女人に向つて、この道は佳き道だから余にしたがへ、と言ふ。真理は明快だけれども、オ釈迦サマなら方便とか、救世軍なら楽隊とか、こゝに芸術てえものがあるんだね。芸術てえものは、ムダなもんだ。あなたはムダがねえから、お金の裏が首くゝりなんだなア。然し、あなた、お金の裏はお金、女の裏は女、きまつてるな、これが生きるといふことだ。生きることには、死ぬてえことはねえな。あゝ、さうさう、この店へは近頃毎晩富子さんが現れますよ。例の彼氏、美学者と一緒にね。目下ダンスホールの切符の売子で、彼氏と同じ屋根の下の伴稼ぎなんだが、近頃はなんとなく、口説いてみたいやうな色ッポサがでゝきたね。あなたと一緒の頃のあの人は口説く気がしなかつたけど、つまりなんだなア、あなたの思想は自分の女房まで色ッポクなくさせてしまふんだから、最も孤独なる哲人は、最もヤキモチヤキのやうなものかな。然し、女房といふものは、万人に口説かれるぐらゐ色ッポク仕込まなきやアいけねえのかも知れねえなア"
],
[
"君の借金がまだ九百六十五円あるから、今日いたゞかう",
"どうも、すみませんでした。今日は実は持ち合せが不足なんで",
"ぢや、外套をぬぎなさい",
"さうですか、ぢやア"
],
[
"あなた、足がお悪い様子だが、運ぶ途中に徳利がひつくりかへるとかコップのカストリがこぼれやしないかな",
"いゝえ、心がけてをりますから、却つてほかの方よりも事故がないんですよ",
"さうですか、ぢや、いつぺん、やつて見せて下さい"
],
[
"ハハア、つまり神前へオミキを運ぶ要領ですな。然しお酒やお料理を運ぶとき、いつもその要領ぢやないでせう",
"いゝえ、私オミキなんか運んだことないですよ。物を運ぶとき、いつもかうです",
"するとそれは小笠原流ですか",
"いゝえ。私、目が悪いから、目のところへかう捧げてクッツケないと見えなくて危いからですよ",
"乱視だな。近視ですか",
"いゝえ、弱視といふんですよ。目のところへ近づけないとハッキリ見えないのね。だつてコップは透明ですもの",
"ごもつとも、ごもつとも。ぢやア、これを読んでごらんなさい"
],
[
"お客の顔が分りますか",
"人の顔は分りますよ。目の悪いせゐで耳のカンが鋭敏だから、後向きでも、気配で様子が分るんですよ。空襲のとき軍の見張所でね、聴音機以上だなんてね、特配があつたのよ",
"それは凄い。御主人やお子さんは?",
"私はねえ、以前活版屋の女房だつたけど、離婚して、今はひとりなんですよ",
"なるほど、活版屋の女房が目が見えなくちやア不便だつたんですなア",
"そのせゐでもないんですけどね。いつのまにやら女中が女房になつちやつて私が女中になつちやつたから、バカバカしいから暇をもらつたんです",
"宿六をとッちめて女中を追ひだしやよかつたのに",
"だつてねえ。私はとても大イビキをかく癖があるもんでねえ、お前と一緒ぢや寝られないといふから、うちの人、文学者で神経質だから不眠症で悩んでゐたでせう、イビキのきこえないやうに物置でねてろなんてね、それやこれやで女中になつちやつたもんでね、私の大イビキが癒らなきやアどうせ物置で寝なきやアならないでせう。私しや結婚してビクビク心細い思ひをするよりも、いつそ一人で大イビキをかく方が気楽だからね"
],
[
"セイはどのぐらゐ?",
"エヘヽ。並よりはネ、すこし低い方だネ、ちようどぐらゐだけど、もう長く測らないからネ",
"四尺五寸かネ",
"エヘヘ",
"四尺だな",
"百十五センチね"
],
[
"見上げたもんぢやないか。これは君、一つの創造、芸術だね。あゝいふ意外な人物が時代の嗜好に適するてえことの発見、バルザックが従妹ベットを創作するよりも新兵器のオバサンの創造登場の方が凄いやうなものぢやないか。イヤ恐れ入りました。なるほどねえ、人間の創造てえのは文学だけの専門特許ぢやなかつたんだな。創作のヒントがきゝたいものぢやないか",
"すべてインスピレーションは偶然でさア。人生も芸術も目的はすなはち一つ、養命保身ですな。そこでタイコをならす",
"なんのタイコ?",
"天妙教ですよ。先生ほどの物知りが知らないのかな。天妙教においては、朝晩タイコをたたいて踊るです。その目的は養命保身、これ天意であり、人生の意味だといふから大真理ぢやないですか。先生は浮気の美徳について金銭の威力について力説するけど、さういふことを考へるのは哲人だけで、一般に人間どもは浮気と金銭は不言実行の世界で、論ぜずして行ふところの証明論説を要せざる真理ぢやないですか。たゞの人間どもには人生の目的は養命保身、これが手ごろで、手ごろといふのは大真理でさア。酒をのむ、養命保身。映画を見る、養命保身。なんでも根はそれだけで、理窟をこねてルル説明に及んだところで、現実に遊楽する境地がなきや納得できやしませんです。戦争と兵隊は養命保身の至極の境地でして、なぜなら戦地における兵隊はあしたの食事の心配がいらない。米もない。酒もない。タバコもない。腹ペコでも、あしたのことは天まかせてえのは宇宙的なる心境でして、雨が降るみたいにお酒の降る日も女の降る日も肴の降る日もあるといふ夢と希望に天地を托す、一向に降る日のためしがなくとも天地を托してをるものでして、戦争と兵隊はまつたく宇宙そのものですな。魔法のラムプとか、ヒラケゴマとか、夢と人生をそこに托す、下の下ですよ。なぜなら所有するものは失ふです。兵隊は何も持たない。魔法も咒文も持たないです。だから宇宙を持つのです。しかるに天妙教が、すなはちその正体は戦争と兵隊でして、持てるものはみんな神様にさゝげる、田を売り払ひ屋敷を売り払ひ全部さゝげる、よつて宇宙を所有する、タイコをたゝいて踊つて、養命保身、深遠なるものですよ。酒店もまた養命保身の神域なんでして、持てるものはみんな酒店にさゝげる、よつて宇宙を所有する、お客様の心境をそこまで高めて差上げなきやいけませんや。けれども人間のあさましさ、一パイごとに女房を思ひ子を思ひ、泣く泣く酔つて、お金を払ふ、悲痛なる心境ですな。この切なさを救ふものは、たゞホドコシの心境あるのみでして、美人女給はいけません、お客がムリを重ねる、もう一杯、チェリオ、たべたくないお料理もとりよせる、涙溜息あるのみでして、禁酒を叫び、出家遁世の心ざし、朝ごとに発狂してゐるやうなものでさ、養命保身どころぢやないです。ホドコシの心境はムリがあつちや、いけませんです。乞食を見る、哀れを催す、お金をやる、するてえとチラとみた乞食のふところに十円札がゴチャ〳〵つまつてるんで地ダンダふむ、もと〳〵哀れを催すてえのがムリなんですな。聴音機のオバサンに限つて、人にムリを強要するところが全然そなはつてをらんのですよ。人間はおちぶれて乞食となりますが、彼女に限つておちぶれることがないから、乞食にもならない。彼女はかつて活版屋の女房でしたが、いつのまにやら女中となつた、しかし、あなた、彼女がおちぶれたわけぢやないんで、もと〳〵がさうあるべきものなんですな、女中は給金を貰ふですが、彼女は無給で、無給の女中、天才がなきややれませんとも。彼女は哀れでもなく、不潔でもなく、つまり、宇宙そのものでさ。どんなお客がどんなに酔つてもどんなムリも起すことがないといふ、宇宙なるかな、偉大なものではないですか。もと〳〵お客は貧乏にきまつたもので、お酒のお代りは、とか、召上り物は、とか、脅迫しちやいけないのです。自分のふところは十分以上に心得て、何杯のめる、残る一円五十銭が電車賃、覚悟もりりしく乗りこんできていらつしやるから、コップがカラにならうと、オカズの皿がカラにならうと、全然見向きもしてはいけません。そのくせ不愛想ぢやア俺のふところを見くびりやがる、ヒガミが病的なんで、全然衰弱しきつていらつしやるですな。だから酒場のオヤヂは目のおき場所からしてむづかしいや。人間業ぢやア、ダメでして、まさしく天才を要するものです。聴音機のオバサンときては、目の玉はどつちを見てるか見当がつかない、ナメクヂの往復で静々と必死多忙、全然お客は脅える余地がないどころか、金満家みたいにせきこんで、オイ早く、カストリ、なんて、これはいゝ気持だらうな。すると、あなた、ナメクヂの方ぢやア必死なもんで、目の玉のゆるぎも見せずヘーイと答へる、お客のハラワタにしみわたりますよ、積年の苦労、心痛、厭世、みんな忘れる、溜飲も下るでせうな。養命保身、当店は宇宙そのものです",
"なるほど、すごい天才を見染めたものだな"
],
[
"通ひ三千円、住みこみ五千円、と。変ぢやないかな。あべこべぢやないのかな",
"分つてるぢやないの、旦那。とびきりの美人よ、分るでせう",
"ハハア。なるほど。とにかく会つてみなきや",
"ですから旦那、私の方の条件はのみこんで下さつたんでせうね",
"あつてみなきや分るものぢやないですね",
"それは会はせてあげますけどね、とにかくスコブルの美人ですから。でも、ちよつとね、ゆるんでるのよ",
"何が?",
"こゝね、ネヂがねえ、見たつて分りやしないわよ。あべこべに凄いインテリに見えるんですから。だから、あなた、今まであの子にいひ寄つたのが、みんな学士に大学生よ。あの子がまたおとなしくつて、惚れつぽいタチだもんで、すぐできちやつて、結婚して、それでもあなた八ヶ月もね",
"八ヶ月で離婚したの?",
"さうなんですよ。男がよくできた人でね、両親がなくつて婆やがゐたもんだから。そのほかは大概一週間から三日、一晩といふのもありましたけど、でもあなた、みんな正式の結婚よ。親がシッカリ者だから、みだらなことは許しやしません。戦災して教会へころがりこんで親が死んで、それからはあなた、私がカントクして風にも当てやしませんわよ。終戦以来はゼンゼン虫つかずよ",
"いくつなんですか",
"二十四ですけど、見たところハタチね。娘々して、八度も結婚したなんて、どう致しまして、お店のお客には立派に処女で通りますわよ。口数すくなにお酌だけさせといてごらんなさい。しとやかで、上品で、利巧で、男の顔さへ見りや必ずポッとするんですから、目にお色気がこもつてね、全然もう熱つぽい目つきになつてしまふんだから、あの目でかう見つめられてごらんなさい、お客はサテハと思ふでせう。千客万来、疑ひなしだわよ"
],
[
"いえ、お料理は僕がつくる",
"女中さん、ゐないの"
],
[
"女中がゐなきや困るわね。この子が可哀さうだわよ、旦那、うちから誰かひとり、さうしませう。さうしていたゞきませうよ。お気に召したのがをりませんでしたか",
"どれといつて、ゐなかつたね。料理屋ぢやア妖怪変化がお米を炊くわけぢやアないからね",
"その代りみなさん大変な働き者よ。衣ちやん、玉川さんをおよびしておいで。あの方は料理屋向きだよ。四斗樽を持ち上げちやうからね。それに信仰が固いから、ジダラクな連中の集るところぢや見せしめになることもあるでせうよ"
],
[
"ねえ、旦那、教会の新築費用に五千円寄進して下さいな。どうせ旦那の商売はアブク銭だから、こんなところへ使つておくと、後々御利益がありますよ。この際、天妙教の信仰にはいるのが身のためです",
"文無しになつて首が廻らなくなつたら信仰させていたゞきませう",
"えゝ、えゝ、その時はいらつしやい。大事に世話を見てあげます。天妙様に祈つてあげます。人間はみんな兄弟、一様に天妙様の可愛いゝ子供で、わけへだてのない血のつながりがあるのですよ。ですから、お金のあるうちに、五千円だけ寄進しておきなさい。今後のことを神様におたのみ致しておいてあげますから",
"べつに神様に頼んでいたゞくこともないらしいからね",
"ぢや、オタノミは別に、お志をね。もし旦那、お衣ちやんはタヾの娘ぢやありませんよ。天妙教の信仰に生きる娘なんですから、神様のお心ひとつであの子の心がさだまるものと覚えておいて下さらなくちやア。お衣ちやんはこれから神前に御報告してオユルシをいたゞかなくちやこゝを出られないのですから",
"ぢや、オユルシがでたときのことにしませう"
],
[
"そんなにユスラレちやア商売のもとがなくなるよ。モトデの五千円はインフレ時代ぢや十倍ぐらゐにけえつてくるんだから、結局お衣ちやんの後々のために悪くひゞくことになるんだがね",
"アラ、旦那はモトデのお金につまつてるんですか。この節の飲食店に、そんな話、きいたことがなかつたわね。アラマ、ほんとに、どうしませう"
],
[
"貧乏はいやよ。どうしませう",
"三十万や五十万に不自由はしないよ。しかしモトデは十倍にかへつてくるから五千円でも大きいといふ話さ。商売はさういつたものなんだよ"
],
[
"よした、よした。あなたはお帰り。料理屋は病院ぢやないからね。お客は病み上りの仏頂面を眺めにきやしないから、僕の店をなんだと思つてるんだ。こつちは商売でやつてるんだぜ。天妙教の出店の酒場ぢやないんだから、とつとゝお帰り",
"アレマア、旦那はセッカチだわねえ、この子にや芸があるんですよ。大繁昌疑ひなしの芸だわよ。ふんとに悲しいことだねえ。よその男にや喜ばれるが、一人の亭主にや厭がられる、なさけないと云つたら、ありやしないね。何も、あなた、私やわが子の恥をさらしたくはないけどね、天妙大神のオボシメシなら、是非もないわよ。こちらのお店にや天妙大神の御意が及んでゐるのだから、ふざけちやいけませんやね。うちの子のギセイがあるんだよ。悲しいギセイなんだよ。こつちはイケニエになつてるんだ。罰当りを言つちやア、神罰たちどころに及ぶから",
"僕のところぢやあんた方のゴムリを願つちやゐないんだから、天妙様の御指図は方角が違つてゐるのだらう。この節のお客は特別伝染病をこはがるタチだから、とつとと帰つておくれ。石炭酸をブッかけるぜ",
"アレまア旦那、私や五色の色に光る目玉は始めてだよ。ふんとに旦那は御存知ないことだからねえ、とんだ失礼申しましたよ。それぢやア旦那、お気に召さなきや酒代は私が持ちますから、カストリを一升ほどこの子に飲まして下さいな。見ていたゞかなきや、分りませんわよ"
],
[
"ねえ、旦那、ダンの字、私を馬鹿にしちやいけませんよ。私は一生失恋するんだ。いゝかい、私は承知の上なんだよ。私はね、失恋するために、それを承知で、生きてるんだよ。見損ふな。誰にだつて、ふられてやるから。ネエ、ちよいと、ふつておくれよ。意気地なし",
"ごもつとも、ごもつとも。分ります、その気持は。私も賛成、失恋すなはち人生の目的なんだな。この人は苦業者です。しかし、うらむらくは、苦業者こそホガラカでノンビリしなきやならないものだといふスタイル上の手落ちに就てお悟りにならない。この方のお名前は? ヨシ子さんですか。ヨッちやんだな。ヨッちやんや。あなたは美人だなア。私はさういふ顔が好きなんだ。腹のイレズミも見事だけれども、あなたの顔には及ばない。ネンネはよしませう。オッキして、ホガラカに飲みかつ談じようではありませんか"
],
[
"それは悲痛な話ぢやないか。然しそれ故これをそのまゝ悲痛と見たんぢやいけない。オバサンの曰く、ギセイ、それです。私もまたギセイと見ます。運命のギセイ、その意味ぢやない。その意味では悲劇だけれども、神にさゝげるギセイ、己れをむなしくするギセイ、要するに、あなた、人々の養命保身のために自らの悲劇をさゝげるのです。だから御当人は明朗、自適の境地がなきやいけない。当店のマスターたる最上先生も御母堂もその心得で指導しなきや、第一、どことなく明るさとか、無邪気とか、救ひがなきや、因果物みたいでお客だつて喜びやしねえな。だから私が美人だといふ。喜びますよ。当人自身に救ひがなきや、人を救ふ御利益のでてくる道理はねえからな。だから、あなた、私が彼女は美人だといふ、御当人が信じないといけないから、さういふお顔が好きなんだ、と云ふ、これは口説です。これが大切なんだな。するてえと私のギセイにおいて彼女が次第に因果物の心境をはなれてくるです。これを別して側近に侍るみなさんがやらなきやいけない。このまゝぢやア、グロテスクすぎるよ。それにしても意外な芸があるものだな。日本もそろそろ新人が現れつゝあるんだなア",
"アレまア、旦那はこの子をほんとに美人と思はないの",
"冗談いつちやいけないよ。美人てえものは美しき人とかく、この人は人間の顔からちよつと距離があるからね。ふなに似てるのかな。とがつたところはエビみてえなところもあるな。当人だつて心得てるんだから、むやみやたらに美人と云つたつて疑るよ。だから、私はかういふ顔が好きなんだ。とても可愛いゝ、とかういふのです",
"罪だわよ、旦那、この子は本気にするからね",
"だからさ、この子を本気にさせてやらなきや、因果物の気質がぬけやしないぢやないか",
"この子はノボセ性なんだよ。すぐもうその気になるからね。私や困るわよ。旦那、すみませんけど、ギセイのついでに、この子をオメカケにしてやつて下さいな。高いことは申しませんよ",
"いけません、いけません。芸術は私有独専しちやいけない。この子はすでに失恋に日頃の覚悟もあることだから、天分を育てるために私たちは力を合せる、この子と私がちよッと懇になつたりするのを、オバサンは我が子の天分のためと思つて、ひそかに喜んでくれなきやいけない"
],
[
"君の結婚した人なんて人だつたの",
"知らないわ",
"何人ゐるの",
"一人にきまつてるわ",
"教会のオバサンは八人といつたよ",
"一人よ。私、失恋したのよ"
],
[
"お米、醤油、ミソ、塩、油、バタ、砂糖、玉川関は色々とくすねて教会へ運ぶさうぢやないか。さもなきや子供づれのカミサン連が押寄せて食ひちらかして行くてえ話だけど、暴力団でさへ一軒のウチを寄つてたかつて食ひ物にするにはいくらか慎みや筋道はありさうなものぢやねえか。天妙教ぢやア、泥棒ユスリがなんでもねえのかなア、心持が知りたいもんだな",
"ふんとに倉田先生、私や辛いのよ。全くもう人間の屑のアブレ者がそろつてるんだから、礼儀も慎みもありやしないわよ。この子が恥をさらしてギセイで稼いでゐるものを、踏みつけてるぢやありませんか。この子はあなた、かほどの思ひをして、チップを貰ふためしもないのだからさ",
"さうさう。それだよ、オバサン。あなたはヨッちやんを因果物に仕立てる気分だから、いけない。お代は見てのお帰り、親の因果が子に報いてえアレだね、ヨッちやんを見世物にして露骨に稼がうてえ気分を見せちやア、お客は気を悪くします。いくらか置いてきなさいな、この子が可哀さうだわよ、そんなことをいつたんぢやア、これはもう全く因果物で救ひがない。お酒は粋でなきやいけないから、刺戟の強いサービスほど何食はぬ気分が大切なんだな。お店の成績が上りや最上先生からそれに応じて心附けがあるのだから、ヨッちやんのギセイを軽いオペレットに仕立てる心得がなきやいけません。しかしオバサンとしちや見るに忍びざる悲しさ、また口惜しさ、勢ひサイソクがましくもなるだらうからな、よく分る、ムリもないです。だからオバサンはお店へでちやいけない。玉川関のかはりにお勝手をやりなさい。いゝかね、オバサン、ヨッちやんのあの芸は、あれでチップをとらないところに値打がある、さすればヨッちやんも救はれる、養命保身、これでなきやいけませんや"
],
[
"私たち親子は倉田の悪党めの指金で教会に不義理を重ねたから帰るところがないんですよ。旦那すみませんけど、泊まらせておいて下さい",
"倉田のしたことなんか知らないよ。とつとゝ出て行け"
],
[
"やア、商売御繁昌、結構ぢやないか。私もひとつ、いたゞかう",
"うちは高いぜ",
"お酒はいくら?",
"お銚子二百円",
"ビールは?",
"三百五十円",
"ウヰスキーは?",
"一パイ二百円",
"ぢやア、私はオヒヤ。水道料は闇の仕入れぢやないから、目の玉の飛びでることはねえだらう。然し御直々の御足労ぢやア、サービス料も相当だらうから、私が自分で運びませう。コップもかうして握つて甜めりや、ラヂウム程度にスリへるだらうから、然し、握らねえで、甜めねえで飲むてえわけには行かねえだらうな。ストロー持参で水を飲みにくるてえことにしたら、一パイ十円で、いかゞでせう",
"ヒヤカシは止して貰ひたいね。うちはショウバイだからね",
"ヒヤカシは止して貰ひたい、ショーバイだから。いけねえなア、最上先生。あなた、その返事はどこの飲み屋のオヤヂでもそんな時に答へるであらうお極りの文句ぢやありませんか。最上先生ともあらう方が遂にそれを言ふに至るとは、私は学問のために悲しいね。それは、あなた、学問なんざ、つまらねえものだけれども、なぜなら腹のタシにならねえからな、然しあなた、芸のないお極り文句を言はねえところに学問のネウチがあるんで、私の思ひもよらない返答をしてくれることによつて私も救はれ先生も亦救はれる。つまり学問てえものはイキなものなんだな。ヤボを憎む、これが学問の精神ぢやありませんか。私みてえなヤボテンはビール三百五十円、お酒一合二百円、驚き、慌て、かつ、腹を立てますよ。よつて、水を下さい、と至つて有りふれた皮肉の一つも弄するやうなサモシイ性根になつてしまふ、然しその時天下第一の哲学者最上先生ともあらう御方が、ヒヤカシはいけない、ショーバイだから、そんな手はないね。ミズテン芸者も気のきいたのは、ウチの水道栓は酒瓶に沿つて流れてゐるからアルコールが沁みてゐるよ、ぐらゐの返事は致しますよ。ビール三百五十円、お銚子二百円、さすがに見上げた度胸だなア。マーケットの俄か旦那の新興精神ぢやアこゝまで向ふ見ずに威勢を張る覚悟はないから、これは学の力です。一朝にして高価のわけぢやアない、昔から高い、益々高い、流行を無視して一貫した心棒のあるところがサスガだけれど、然し、あなた、たまたま私みたいなヒヤカシの風来坊が現れる、これも浮世のならひですから、風来坊に対処してイキに捌く、これも亦学のネウチなんだなア。学問は救ひでなきやいけません。血も涙もないてえのは美事なことだけど、それは精神に於ての話で、表向きのアシラヒはいと和やかでなければならんです",
"イキなんてものが見たけりや待合とか然るべき場所へ行くことさ。僕のところぢや専ら中毒患者とギリギリの餓鬼道で折衝してるんだから、アルコールの売買以外に風流のさしこむ余地有りやしないね",
"なるほどなア。時代はたうとうギリギリの餓鬼道でアルコールの取引をするところまで来たのかなア。するてえと、飲み屋のオヤヂは女郎屋のオヤヂとヤリテ婆アを兼ねたやうなものなんだな。然し最上先生、昔から色餓鬼てえ言葉はあつても、酒餓鬼てえ言葉のなかつたところに、酒と女に本質的な違ひが有るんぢやないかな。然しアルコールも亦餓鬼道の取引だといふ先生の思想ならメチルによつて餓鬼の二三十匹引導を渡してみるのも壮快でせう。私は然し餓鬼てえものは、どうも、やつばり、人間は餓鬼ぢやアねえだらうな",
"人間は餓鬼ぢやないさ。僕と、この店のお客だけが餓鬼なんだよ"
],
[
"ネエ、ちよいと、マスター。奥のお部屋、ショートタイム、百円で貸してよ",
"一枚ぐらゐの鼻紙で魔窟の代用品に使はれて堪るものか。すぐ裏にインチキホテルがあるぢやないか",
"ショートタイムぢや一々ホテルまで面倒よ。あいてる部屋がたゞお金になるんだもの、私たちのカラダだつてその要領だもの、それが時代といふもんだけど、このマスターも案外わからず屋なんだなア。カンサツなしで稼げるものは遠慮なく稼いでおくものよ。どうせあんたの商売はモグリの酒を売つてるんぢやありませんか。ヤミの女もヤミ商売もおんなじこつた。共同戦線をはらうよ",
"よしてくれ",
"ぢや、マスター、三枚ださう",
"いやなこつた",
"フン、あんた、あんたがボルなら覚えておいで。その代り、あんたが私たちに用があるとき、百枚だしても誰一人ウンとは言はないよ。分らないのかなア、共同戦線といふことが"
],
[
"ぢやア、昼だけだぜ。裏口からきて、座敷で静に飲むんだぜ。酒の方でもうけさしてくれなくちやア",
"モチよ。うんと飲んでくれる人だけ連れてくるから。その代り、お食事も出してちようだい"
],
[
"あれ、なんだい。オヂサン、話が分つてゐるのかい。一年の懲役だぜ",
"それぐらゐ、分つてゐる。覚悟の上だから、ショウバイしてゐるのだ。君たちは何をボヤボヤ慌てゝるんだ。こつちは先の先まで見透して、懲役でひきあふだけの計算をたてゝ覚悟の上でやつてることだよ。いつでも道づれになつてやる"
],
[
"ぢやア、どうだらう。この店の名義を君にゆづるから、裏口営業がバレたら、君が刑務所へ行くかね。謝礼は十万はづもう",
"ふざけちや、いけませんよ。十万ぐらゐで臭い飯が食へますか。いくら私が働きがなくつたつて、ひと月に七八万は稼いでゐますよ。女房子供をウッチャラカシに養ふたつて、二万ぐらゐの捨て扶持はいるだらう。ちよッとオダテルてえと、あなたといふ人はすぐそれだから、宝の山にいつも一足かけながら、隣の谷底へ落つこつてばかりゐるんだな。私だつたら、三月くらひこんで百万、半年くらひこんで二百万、その半分を今、あとの半分はくらひこむ直前にいただかなきや。どこの三下だつて、この節の十万ポッチで刑務所の替玉をつとめますか。然し、あなたが三十万だしや、私が替玉を探してあげる。失礼だが、あなたのやり方ぢやア、とても三十万ぢやア替玉は見つからねえな。嘘だと思つたら、方々当つてごらんなさい",
"三十万だすぐらゐなら、僕が刑務所へ行つてくるね。僕はすこし睡眠不足でくたびれたから、刑務所で眠るのもいゝ時期だと思つてゐるから",
"なるほど最上先生なら、あそこで安眠できるかも知れねえな。然し、あなた、かりに替玉が刑務所へ行つてくれたつて、こゝの営業が停止されちやア、刑務所入りの方が安くつくやうなものぢやないか。そこんところも、手段を考へておかなきやいけない",
"むろん考へてゐるさ。その考へがなきや、替玉なんか探しやしないね"
],
[
"あつちのウチぢや、酒と料理の外に、麻雀、碁将棋、トランプ、花フダ、遊び道具を取り揃へてお客が自分のクラブのやうに寛いだ落つきをもたせるやうにするんだな。お風呂をつくつて朝から夜中までわかすんだ。その代り、特別よりぬきの上客だけに限定して、その連中だけ、とつかへ引きかへ遊びにこなきやならないやうな気分をつくらなきや、いけない",
"アラ、いけないわよ。クラブのやうに心得て勝手にノコノコやつてこられちや、お客がハチ合せしちやうわよ。そこでなきやならないなんて、きまつたウチは窮屈さ。街で拾はれなきや、第一、気分がでやしないや"
],
[
"サブちやん、たのみがあるんだがね",
"ヘエ、マスター",
"サブチャンを見込んで頼むのだけど、僕の片腕になつて協力して貰へないかな",
"アハハ。オレなんか、ノロマで、ダメだよ"
],
[
"タヌキ屋の名儀を君にゆづる。名儀料は月々五千円だす。そして、手入れがあつた時は、君が責任を背負つてくれる。罰金だけで済まなくて刑務所へ送られた時は、当座の謝礼に五万円、刑期が終つた時は、この店の月々の利益の半分は君のものだ。同時に君はこの店の支配人であり、僕のあらゆる事業の最高の相談相手、会社なら、副社長といふところだね。承知かね",
"ハア"
],
[
"ナルホド、へえ",
"名儀料の月々五千円は今日からあげるよ"
],
[
"サブチャン、いゝねえ。アタクシも一口、マスター、オタノオします、ヘエ",
"君はダメだよ。未成年者ぢや、警察が相手にしやしないから",
"でも、マスター、アタクシも支配人の見習ひぐらゐに、ゆくゆくは支配人に取りたてゝいたゞきたいので。刑務所ならアタクシが身替りに参りますよ。御礼なんぞはサヽイでよろしいので。もつぱらアタクシ将来の大望に生きてをりますので、ヘエ。マスター、一本、いかゞ"
],
[
"君のうちは何をしてたの?",
"ヘエヽ。マスターも人が悪いな。こんな時に身元調査は罪ですよ。アタクシのオトッチャンはたぶん男だらうと思ひますけど、それを訊いちや罪でせう。オッカチャンは洋食屋を営業致してをりました、露店なんで、トンカツ、三十銭、こんなに厚い。でも、隣のトンカツにくらべると、ココロモチ薄いんで、女はなんとなくケチでして",
"オレ刑務所へ行つてきます"
],
[
"アレ、目の毒だわよ、マスター。アタクシも忠義したいのよ、イケマセンカ",
"いづれ何か頼む時もあるさ"
],
[
"あ、いけません、いけません。こゝでタバコをすつてはいけません。この部屋では虚心と充心といふものを行ひますから、あなたはもう外界の生活からカクリされなければいけません。ちよッと、あなた、手相を拝見いたしませう。なるほど、この線が成長してゐる、この外の線は目下停止してゐますな。そちらの手は? こつちぢやこの線が活動してゐる。だいぶん活動がたくましい。危険が多い。人の運勢は精神で見ちやいけません。たゞ物質として判断する。手相の示すまゝに物質として解くのです。この線の動き、これは慾望です。慾望の線なら誰でも動いてゐるにきまつてゐさうなものですが、案外なもので、六割かた、この線は停止してゐるものですな。あなたのこの線には色々の線が複雑に交錯関係してゐる。まるで、少年みたいに生長してゐるんだな。そのくせ根本が薄い。根の小さな植物がどんどん生長する。この線がさうです。あなたの現在を語つていたゞけますか。あなたが助言をもとめてをられることは?",
"僕は事業を考へてゐるんだけどね。僕は然し、それに就て、直接神様の判断をきかなくともいゝんだ。きく必要もないね。たゞ、君たちが僕の何かから何かを感じとつて、なんとか云ふのをきいて、参考にするつもりなんだらうな。君の方で何か、なんとでも、やつて下さい",
"ハア。それは的確に、もう、全然、究めて下さるです。私なんか、まだ全然人間の知識からぬけきれないから、運命といふものに物的に即す、さういふ世界ぢやないですな。たとへば、あなたのこの手相でも、手相自身が語つてゐる、私はそれを人間的に読む、ですから、いけない。然しですな、私が見ても、この手相はよろしくないです。ツギ木に花がさいてる。季節ぢやなしに、狂ひ咲きです。あなたは、とんでもないことをしてますね。それは小さな無理です。然し、結局とんでもないことだ。さうなるのです。あなたは何か、たとへば、こんな、たとへばですよ、こんな風な無理をしたことはありませんか。たとへば十円の料金の何かゞある。あなたはそれに二十円払つて、まアとつときな、と言ふ。とんでもない無理だ。それに、あなた、こゝに一つ生長の反対、消えつゝある線がある。智能線の分脈したもので、つまり知性に当る線です。あなたは没落してゐるのです。あなたは学問を信用しちやいけませんよ。学問なんか、手の線に現れやしません。手の線に現れるのは、五円もうけるところを十円もうける人、十五円もうける人、さういふ智能が現れる。あなたの智能は、だんだん消えてゐる。いゝですか。あなたは今、どんどんお金がもうかつてゐるかも知れません。然しですよ、お金をもうける智能は消え衰へてゐる、こんな手相はルンペンなんかにある手相で、ルンペンだの失業者だの生活能力のない人間は、みんなこれと同じやうな智能線でして、あなたの手相が示してゐるものはルンペンにすぎないのです。その上、無理をして、損をする、ルンペンであり、更に又、没落の相がある、ルンペンの相と没落の相と両方あるといふのは、いかにもヒネクレた手相だなア。これは奇怪なまでに悪の悪、これほど下等な手相は殆どない。私は始めてゞす。全然無智無能、人間の屑、屑の屑、ルンペン以下、いつたい、そんなのが現実的に在りうるのかな。これは奇怪そのものだ。ちやうど番がきましたから、見ていたゞきませう。さア、どうぞ"
],
[
"いやになつちやうよ",
"何が?",
"バカは死なゝきや治らないよ。お前はバカだらう",
"さうかも知れないね",
"お前はもう、いゝ。お下り。ムダだよ",
"何がムダなんだい",
"バカは仕方がないよ",
"バカか。バカがお前さんよりもお金をもうけてゐるか",
"女に飢えてるよ。アハヽ。いけすかないバカだ。助平バカ",
"お前も男に飢えてるだらう"
],
[
"あなた、ちよッと",
"もう、いゝよ、分つたよ",
"ちよッと、手相を"
],
[
"下の下だ。仕方がないんだなア。あなた、お告げに見捨てられたのは、あなた御一人ですよ。さうなる以外に仕方がない。あなた、然し、どうでせう。養神道の道理に就て、すこし、心をみがゝれては。私が手ほどき致しますが、養神様からも毎日一言二言おさとしがある筈です。このまゝぢやア、あんまり、お気の毒です",
"養命保身かい?",
"それもあります。一言にして云へば、クスリ、すべてを治す、ですから、クスリ、養神様はあなたを見捨てたけれど、あなた、見捨てられちや、いけません。もう一度伺つてごらんなさい。伺ひなさい。あなたに伺ふ心が起れば、見捨てられない証拠です。伺ひますか。いかゞですか",
"ふん"
],
[
"えゝ、今はありませんけど、近いうちはいりますから、まはして上げませう",
"失礼ですが、イントク品を払下げていらつしやるのですか",
"いゝえ、テキハツ屋ぢやありませんよ。私はたゞのセールスマンですから、つまり私は製紙会社へ品物を納めるお代に紙で支払ひを受けるのです。先方で現金よりも紙で支払ひたがるから、私が自然ガラにもなく紙のヤミ屋もやるやうになるだけの話なんです。私は紙は門外漢ですから、その時の取引のお値段で譲つてあげますから、あなたがそれで御商売なすつたら",
"それも面白いでせう"
],
[
"御承知ぢやないかも知れないが、ちかごろは世間にお金がなくなつたんだなア。近頃はあなた、巷に物がダブついてゐるけれど、買ふお金がないんだね。買つて売れば、もうかる。けれども買ふお金がない、その一つが紙なんだな。紙はある。どこにもある。これを買つて本にして売れば、もうかる。けれども紙を買ふお金が出版屋の金庫になくなつたといふから、深刻であるですよ。この時あなた、こゝに大資本を下してごらんなさい。先づ紙を買ふ。現品で紙を持つてる本屋なんぞは、もう日本にはないんだからな。次に漱石でも西田哲学でも何でも買ふ。買へますとも。金さへ有りや、何でもできる。さういふ時世なんだから、そしてあなた、こんな時世といふものは今まで一度だつて有つたためしがないんだから、話はそこのところなんだな。伝統も権威も看板もシニセもありやしない。みんなお金でヒックリかへる時世なんだから、それをヒックリかへさなきや、この着眼の問題なんだな。闇屋さんなんぞは、もうあなた、ありきたりのものですよ。三井、三菱、くさつても鯛、一時はヒッソクしても潜勢力、横綱のカンロク怖るべし、なんて、そんなあなた、きめてしまつちやいけないなあ。闇屋さんなんぞは新円景気、自ら時代の王者でありながら、内心は、三井三菱、今に必ず盛り返す、なんて御本人がさう考へてゐらつしやるのだから、お里が知れるといふものです。たゞ着眼の問題です。自らヒックリかへすものが、真実ヒックリかへすことができる。一流の作家と作品を買ひ占めて強引に押切つてごらんなさい。一年のうちに、日本出版界の王者はあなた、誰も疑る者がない。昔の記憶といふものは、これを亡す者の在ることによつて、忽ち必ず消滅する。不思議な時代を看破したものゝ勝利です。実はね、私の友人に西田哲学でも三木哲学でも漱石でも、一流中の一流はなんでもちやんと筋の通つた方法でとれるといふ稀な人物がをるです。こんな優秀なる人物は天下に二人とゐませんや。元伯爵、今も伯爵かな。新憲法てえのを知らねえから分らないけど、藤原氏の末席ぐらゐに連つてゐるオクゲサマで和歌だか琴だか、みやびごとの家元かなんかに当る古風なお方であらせられるのです。兄小路キンスケと仰有る。明晩つれて参るけど、いかゞでせうか、新円を死蔵しちやアいけないなあ",
"君は古風だよ。見当違ひばつかり言つてるぢやないか。だからウダツが上らないんだよ。著作者とかけあつたり印刷屋とダンパンしたり、何ヶ月もかゝつて紙を本にしたつて、くたびれもうけさ。現品を買つて、右から左へ動かして、もうかる。この方が利巧にきまつてるぢやないか。ありきたりの闇屋さんが、数等利巧なんだよ。君にはアリキタリがいけない仕組になつてるのさ。ひと理窟ひねつて、何かしらホンモノらしい言ひ方をみつける。それだけだ。然し、種がつきないね。尤もらしく、巧妙なものぢやないか。然し、君自身、一度だつてもうけた例がないやうに、君が退屈したためしがないのが、不思議だね。ナンセンスだよ。ハッタリのバカらしさ、無意味さ、君は古風そのもの、古色蒼然、まつたく退屈そのものだね。もう、よしてくれ。君の時代はすぎ去つたのだ。いつの時でもアリキタリなのがその時代の真理なんだよ。アリキタリにもうける奴が、ほんとにもうけてゐるんぢやないか。第一、物はあるけどお金がないなんて、どんなにチャチな闇屋にしても、この節それほど手管のない口説はやらないものだよ"
],
[
"いや、相分りました。その話はもう止しませう。時に先生、私にもお酒とかビールぐらゐは売つて下さいな。たまには世に稀しい高価な酒も飲んでみてえな",
"売らないね",
"アレ、ひどいな、この人は。いつごろから、そんなことも言へるやうになつたのかな。稼ぎといふものはコマカク稼ぐところにも味があるもんだけど、こんなことを言ふから、私はもう新時代ぢやないてえことになつてしまふんだな。然しあなた、野武士時代といふものは今日始めてのことではないです。野武士の中から新時代の新人もたしかに現れてくるけれども、極めて小数の心ある人物だけで、荒稼ぎッぱなしの野武士といふものは流れの泡にすぎないです"
],
[
"六百連ですね。こんなチッポケなウチぢやア、置き場所の始末がつくかな。ともかく譲つていたゞきませう",
"さうですか。かうして現物がちやんと横づけになつてるなんて取引は当節めつたに見かけない珍景です",
"どうもありがたうございます"
],
[
"もしもし、あなた方は何者ですか",
"アア、さうさう、私たちはね"
],
[
"オットット、お待ち下さい。いつたい木田さんは警察にあげられてゐるのですか",
"別に警察にあげられやせんよ。なぜ?",
"なぜつて、ぢやア、あなた方、なぜ私の買つた紙を持ち去るのですか",
"だから君も、わけが分らない男だな。闇の紙をシコタマ買ひこむ狸のくせに、いゝ加減にしろ。さつきから言つてるぢやないか。この紙は売つたり買つたり出来ない性質の紙なんだ。あの野郎、人の目をチョロまかして持ちだしやがつて、だから君はあの野郎とダンパンすりやいゝんだ。どうせヤミスケの動かす紙は曰くづきにきまつてらアな。それぐらゐのこと、君も覚悟がなくちやア、だらしのない男ぢやないか"
],
[
"ラツワンだね、マスターは。紙の山がもう消えちやつたワヨ。気にかゝるワヨ、百四十四万円すると、マスター二百万ですか。アタクシは二十個のピースがまだ昨日から売れ残つてをりますんで、ヘエ",
"昼間は当分店をしめるからチンピラ共はどこかで遊んでゐろ"
],
[
"ナンダ、君か",
"ナンダ、君かつてアイサツはないでせう。まさか、ヘエ、私です、と言ふわけにもいかねえだらうな。然し、そんなとき、ヘエ、私です、と答へるのも面白えかも知れねえな。時にゴキゲンは相変らずで、実は小々本日は話の筋があつて",
"もうダメだよ。元伯爵には用はないんだ。僕はもう、スッテンテンにやられちやつたんだから",
"スッテンテンとは、何事ですか"
],
[
"実は紙を六百連買ふ約束をしたんだ。もう今日にもトラックが来る筈なんだが",
"ハハア。するてえと、あなたは六百連の紙代をヤミ屋さんに渡した、然し、得でども、いまだ紙来たらず、といふわけなんだな"
],
[
"マア、さうだね。然し、そのうち、くるだらうさ。現品がちやんと在ることは分つてゐるのだから",
"それはあなた、現品はちやんと在りますよ。紙屋の倉庫にや、いつだつて紙は山とつまれてゐるにきまつてるぢやありませんか。然し、あなた、その紙は紙屋の物ではないですか。ヤミ屋の物ではないですよ。古い手ぢやないか。終戦以来、ヤミ屋の最古の手口だからね。狸御殿といふ殿様の手口ぢやないか。あの殿様の御乱行以来、紙に限つて、まさか日本に、同じ手口にかゝる御仁があらうとは、私は夢にも思はなかつたね。なるほど、こゝの店もタヌキ屋てえ名前だけれど、してみると紙と狸は因縁があるのかな。それは、あなた、洋服だの、キャラコだの、砂糖だのといふものは、まだ殿様の先例がないから、殿様の手口にかゝる御仁のタネはつきないけれど、紙に限つて、これはもう、きかない手口ときまつてるんだがな。だから、あなた、ヤミ屋さんも、紙に限つて、近頃はもつぱら新手できますよ。ヤミ屋さんには紙が有り余つてゐるんだからな。そこであなた現品を山とトラックにつみこんで、ピタリと亡者の店先かなんかへ、これを横づけにするです。現品取引だから、安心しますよ。よつてお金を渡して品物を受取る。するてえと、あなた、翌日カラのトラックへ役人みてえな奴が五六人乗りこんできて、昨日の紙をそつくり持ち去つてしまふです。つまりその紙は売買の品物ぢやアない、封印された品物で、世耕指令だか何だか知らないけれども、テキハツのきかない物品だとか何とか言ふんだな。むろん、これは一組のサギ団ですよ。サギてえものは、サギを封じる手段を弄すると、そいつが逆にサギの手段にされちまふから、これはあなた古今東西、かくの如くにして文明の進歩はキリがないです。私の知りあひの喫茶店と古本屋と質屋を営業して今度出版屋を狙ほふてえ新興財閥のイナセなところが、見事にこれにかゝつたです。かういふ新手にかゝるのは仕方がないけれど、狸御殿の殿様の手口にかゝるとは、哲学者てえものはヨクヨク貪欲で血のめぐりの悪い先生方のことなのかな"
],
[
"君の知り合ひがやられたといふヤミ屋は木田といふ男ぢやないの?",
"さて何といふ御仁だか、私は昔から犯人の住所氏名は巡査の手帳にまかせておくから、私の手帳につけてあるのはモッパラ愉快な人間の住所姓名に限るんだなア。そんな、あなた、犯人の名前なんぞ、何兵衛でもいゝぢやないか。だまされてから、捕へたつて、手おくれだよ、あなた。こんなに豪華なお酒があるのに、もつと何か、シンから楽しくなるやうな、何か工夫を致しませう",
"ふン、なれるものなら、するさ。僕は一人でゐたいのだから、愉快な御方は引きとつていたゞきませう",
"まアまア、あなた、人間も四十になつたら、ヤケだの咒ひだのといふものが全然ムダなネヅミにすぎないといふことを、理解しようぢやありませんか。よつて新しく工夫をめぐらす。私のやうな害のない単に愉快なるミンミン蝉を嫌つてはいけないでせう"
],
[
"おや、パンちやんかい。さあ、アンちやんも上んなさい。美酒を一パイ差上げませう。こゝの先生は深き瞑想の散歩にでられたから、今日は俗事はおやりにならないでせう",
"アレ、御手シャクは恐れ入りますワヨ",
"アレ気のきいたことを言ふアンチャンぢやないか。アンチャン、いくつだい",
"エヘン、一本いかゞ。召しあがれ"
],
[
"やつてるネ",
"あゝ、いらつしやい。ちよッと、そこへ坐つてゐらして下さい。今、すぐ、すみますから",
"さうかい。なるほど、見物も面白いな。君のところに、お酒かビールはないかね",
"ぢやア、それでは、あなたを先にやりませう。奥さん、ちよッと、お待ちになつて下さい。最上先生、どうぞ、こちらへ",
"ハッハッハ。又、手相か。君のアツラヘムキにでてるだらうさ。どうだい、君のところぢやずいぶん溜つたらうけど、紙を廻してあげるから、出版屋でもやらないかね",
"フム、なるほど、これは最上先生、大変手相がよくなつてをりますよ。ちよッと、こゝをごらんなさい。こゝのところ、これね。先日はこの枝がありません。たゞ延びきつてゐたのです。まだ、その外にも、色々変つてきたところがあります。そちらの手を拝借。フム、やつぱり、さうです。然し、この前はヒドかつたですね。あれはあなた、ルンペン以下、まつたく僕もそんな手相があるなんて、ルンペン以下とは何ですかネ。今日はあなた、一段上つてをりますよ。今日の手相が、まあ普通のいはゆるルンペンの相ですね。先日は根のないところに大枝をはつて危いところでしたが、この通り、枝が切れて、つまりあなたは安定してをります",
"つまり、僕の本性はルンペンといふわけだネ",
"ひがんではいけませんよ。ルンペンの本性といふ固定したものはありません。手相は動くものですが、それは運命が動く、運命は又、性格であり、本性です。この手相なら養神様に見放されはしませんから、今日はゆつくり対座して、お話を承つてごらんなさい。では御案内いたしませう"
],
[
"コンチハ。又、来たよ。神様はお化粧しちやいけないのかな",
"アハハ"
],
[
"今曰くることが分つてゐた",
"分るだらうさ。来てゐるからな",
"アハハ",
"だいぶ神様もイタについたね",
"人を恨むでない",
"アッハッハ",
"もう、よい。今日は、よいよ"
]
] | 底本:「坂口安吾全集 05」筑摩書房
1998(平成10)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「金銭無情」文藝春秋新社
1948(昭和23)年2月
初出:金銭無情「別冊文藝春秋 第二巻第三号」文藝春秋新社
1947(昭和22)年6月1日発行
失恋難「月刊読売 第五巻第八号」
1947(昭和22)年8月1日発行
夜の王様「サロン 第二巻第八号」
1947(昭和22)年9月1日発行
王様失脚「サロン 第二巻第一〇号」
1947(昭和22)年11月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
※「夜の王様」の初出時の表題は「夜の王様」と「王様失脚」です。「王様失脚」は(最上清人は近ごろ人間の顔の見方が違つてきた。)以下終わりまでです。
入力:tatsuki
校正:深津辰男・美智子
2009年6月18日作成
2016年4月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042866",
"作品名": "金銭無情",
"作品名読み": "きんせんむじょう",
"ソート用読み": "きんせんむしよう",
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"分類番号": "NDC 913",
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"三千円! 逆様にふつても鼻血もでないとはこのことさ。先月ちよつと儲けたと思ふと今月はもう倍の損だぜ。ここ四五日といふものは一日に五回ぐらゐの割合で自殺がしたくなるほどなんだ。やりきれない!",
"冗談ぢやないぜ! 君が三千のはした金をもたないなんて!"
],
[
"冗談はよさうぜ! 俺はもうギリ〳〵ほんとに三千円必要なんだぜ! おい三千円貸せつたら! たつた三千円のことなんだぜ! たつた三千円――",
"これが冗談だつて? 驚き入つた話ぢやないか! 俺は自殺をするところだぜ。この瘠せた頬つぺたを見てやつてくれ! くぼんだ眼玉を見てやつてくれ! ああ! 二週間といふものは夜もろく〳〵眠れやしない! 毎日々々考へるのは自殺ばかりだ! 毒薬にしやうか、首をくくらうか、鉄道線路の露と消えるか……"
],
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"そんなことは君、とにかくそれでいいことだよ! とにかく俺は三千円――",
"だから君、逆様にふつても鼻血もでない状態なのさ",
"冗談ぢやない! たつた三千円! 俺はほんとに必要なんだぜ!"
],
[
"三千円拝借したいと思ふのです。一言よろしいと言ふだけで沢山! イヤ、ほかの言葉は罪ですぜ! 三千円だ! 必要だ! ぜひとも必要! たつた三千円!",
"ウム、三千円か。若干の金額ぢや。生憎当今嚢中逼迫、イヤ、心緒揺落に逢ひ秋声聞くべからざる有様ぢや。秋風落莫諸行無常イヤハヤまことに面目ない次第ぢやて。ワアッハッハ。ある所には山とあるのがこれ又黄白の持前ぢや、天理でナ、ノンビリと探すにしくものはない。イヤモウ人間は一擲千金渾て是れ胆ぢや。嚢中自ら銭有りといふこともあるがな。心配いたすな。大鈞は私力なく万理自ら森着すぢや。イヤ誰しもが黄白には悩みおるて。ワアッハッハッハッハ。安心いたせ!"
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] | 底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「作品 第六巻第七号」
1935(昭和10)年7月1日発行
初出:「作品 第六巻第七号」
1935(昭和10)年7月1日発行
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました。
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2010年5月30日作成
2016年4月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "045833",
"作品名": "金談にからまる詩的要素の神秘性に就て",
"作品名読み": "きんだんにからまるしてきようそのしんぴせいについて",
"ソート用読み": "きんたんにからまるしてきようそのしんひせいについて",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「作品 第六巻第七号」1935(昭和10)年7月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-07-08T00:00:00",
"最終更新日": "2016-04-04T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card45833.html",
"人物ID": "001095",
"姓": "坂口",
"名": "安吾",
"姓読み": "さかぐち",
"名読み": "あんご",
"姓読みソート用": "さかくち",
"名読みソート用": "あんこ",
"姓ローマ字": "Sakaguchi",
"名ローマ字": "Ango",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1906-10-20",
"没年月日": "1955-02-17",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "坂口安吾全集 01",
"底本出版社名1": "筑摩書房",
"底本初版発行年1": "1999(平成11)年5月20日",
"入力に使用した版1": "1999(平成11)年5月20日初版第1刷",
"校正に使用した版1": "1999(平成11)年5月20日初版第1刷",
"底本の親本名1": "作品 第六巻第七号",
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"底本の親本初版発行年1": "1935(昭和10)年7月1日",
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"入力者": "tatsuki",
"校正者": "伊藤時也",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/45833_ruby_38427.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2016-04-04T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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