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[ [ "いいかね、いいかね、はじめるぞ。", "はい。", "おれは、ことし三十になる。孔子は、三十にして立つ、と言ったが、おれは、立つどころでは無い。倒れそうになった。生き甲斐を、身にしみて感じることが無くなった。強いて言えば、おれは、めしを食うとき以外は、生きていないのである。ここに言う『めし』とは、生活形態の抽象でもなければ、生活意慾の概念でもない。直接に、あの茶碗一ぱいのめしのことを指して言っているのだ。あのめしを噛む、その瞬間の感じのことだ。動物的な、満足である。下品な話だ。……" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年11月10日公開 2005年10月23日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000239", "作品名": "兄たち", "作品名読み": "あにたち", "ソート用読み": "あにたち", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「婦人画報」1940(昭和15)年1月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-11-10T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card239.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集3", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年10月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/239_ruby_20002.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-25T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/239_20003.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-25T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "何か、最近の、御感想を聞かせて下さい。", "困りました。", "困りましたでは、私のほうで困ります。何か、聞かせて下さい。", "人間は、正直でなければならない、と最近つくづく感じます。おろかな感想ですが、きのうも道を歩きながら、つくづくそれを感じました。ごまかそうとするから、生活がむずかしく、ややこしくなるのです。正直に言い、正直に進んで行くと、生活は実に簡単になります。失敗という事が無いのです。失敗というのは、ごまかそうとして、ごまかし切れなかった場合の事を言うのです。それから、無慾ということも大事ですね。慾張ると、どうしても、ちょっと、ごまかしてみたくなりますし、ごまかそうとすると、いろいろ、ややこしくなって、遂に馬脚をあらわして、つまらない思いをするようになります。わかり切った感想ですが、でも、これだけの事を体得するのに、三十四年かかりました。", "お若い頃の作品を、いま読みかえして、どんな気がしますか。", "むかしのアルバムを、繰りひろげて見ているような気がします。人間は変っていませんが、服装は変っていますね。その服装を、微笑ましい気で見ている事もあります。", "何か、主義、とでもいったようなものを、持っていますか。", "生活に於いては、いつも、愛という事を考えていますが、これは私に限らず、誰でも考えている事でしょう。ところが、これは、むずかしいものです。愛などと言うと、甘ったるいもののようにお考えかも知れませんが、むずかしいものですよ。愛するという事は、どんな事だか、私にはまだ、わからない。めったに使えない言葉のような気がする。自分では、たいへん愛情の深い人のような気がしていても、まるで、その逆だったという場合もあるのですからね。とにかく、むずかしい。さっきの正直という事と、少しつながりがあるような気もする。愛と正直。わかったような、わからないような、とにかく、私には、まだわからないところがある。正直は現実の問題、愛は理想、まあ、そんなところに私の主義、とでもいったようなものがひそんでいるのかも知れませんが、私には、まだ、はっきりわからないのです。", "あなたは、クリスチャンですか。", "教会には行きませんが、聖書は読みます。世界中で、日本人ほどキリスト教を正しく理解できる人種は少いのではないかと思っています。キリスト教に於いても、日本は、これから世界の中心になるのではないかと思っています。最近の欧米人のキリスト教は実に、いい加減のものです。", "そろそろ展覧会の季節になりましたが、何か、ごらんになりましたか。" ] ]
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年6月27日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻」筑摩書房    1977(昭和52)年2月25日初版第1刷発行 初出:「芸術新聞 第五百六十一号」    1942(昭和17)年4月11日発行 ※初出時の副題は「三十歳の弁」です。 入力:土屋隆 校正:noriko saito 2005年3月17日作成 2016年7月12日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001598", "作品名": "一問一答", "作品名読み": "いちもんいっとう", "ソート用読み": "いちもんいつとう", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「芸術新聞 第五百六十一号」1942(昭和17)年4月11日", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2005-04-22T00:00:00", "最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1598.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集10", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年6月27日", "入力に使用した版1": "1989(平成元)年6月27日第1刷", "校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第3刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1977(昭和52)年2月25日", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "土屋隆", "校正者": "noriko saito", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1598_ruby_18022.zip", "テキストファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1598_18102.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "井伏の小説は、井伏の将棋と同じだ。槍を歩のように一つずつ進める。", "井伏の小説は、決して攻めない。巻き込む。吸い込む。遠心力よりも求心力が強い。", "井伏の小説は、泣かせない。読者が泣こうとすると、ふっと切る。", "井伏の小説は、実に、逃げ足が早い。" ], [ "うん、噴火の所なんだがね。君は、噴火でどんな場合が一ばんこわいかね。", "石が降ってくるというじゃありませんか。石の雨に当ったらかなわねえ。", "そうかね。" ], [ "何ですか。", "あのね、谷崎潤一郎がね、僕の青ヶ島を賞めていたそうだ。佐藤(春夫)さんがそう云ってた。", "うれしいですか。", "うん。" ] ]
底本:「もの思う葦」新潮文庫、新潮社    1980(昭和55)年9月25日発行    1998(平成10)年10月15日39刷 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を「阿佐ヶ谷」以外は、大振りにつくっています。 入力:蒋龍 校正:今井忠夫 2004年6月16日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "042359", "作品名": "『井伏鱒二選集』後記", "作品名読み": "『いぶせますじせんしゅう』こうき", "ソート用読み": "いふせますしせんしゆうこうき", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 914", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2004-07-12T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-18T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card42359.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "もの思う葦", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1980(昭和55)年9月25日", "入力に使用した版1": "1998(平成10)年10月15日39刷", "校正に使用した版1": "1980(昭和55)年11月15日3刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "蒋龍", "校正者": "今井忠夫", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/42359_ruby_15855.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-06-16T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "0", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/42359_15871.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-06-16T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "いいえ。だつて、仕方がありませんもの。お伽噺がおすきですか。", "すきです。" ], [ "私の顏をよく見てゐて下さい。みるみる眠つてしまひます。それからすぐきりきりと齒ぎしりをします。すると如來樣がおいでになりますの。", "如來樣ですか。", "ええ。佛樣が夜遊びにおいでになります。毎晩ですの。あなたは退屈をしていらつしやるのださうですから、よくごらんになればいいわ。なにをお斷りしたのもそのためなのです。" ], [ "ふつうの象でもかまはないのに。", "いや、如來のていさいから言つても、さうはいかないのです。ほんたうに、私はこんな姿をしてまで出しやばりたくはないのです。いやな奴等がひつぱり出すのです。佛教がさかんになつたさうですね。", "ああ、如來樣。早くどうにかして下さい。僕はさつきから臭くて息がつまりさうで死ぬ思ひでゐたのです。" ] ]
底本:「太宰治全集2」筑摩書房    1998(平成10)年5月25日初版第1刷発行 底本の親本:「晩年」第一小説集叢書、砂子屋書房    1936(昭和11)年6月25日 初出:「文藝雜誌 第一巻第四号」    1936(昭和11)年4月1日発行 入力:赤木孝之 校正:湯地光弘 1999年7月12日公開 2016年2月23日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000272", "作品名": "陰火", "作品名読み": "いんか", "ソート用読み": "いんか", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「文藝雑誌 第一巻第四号」1936(昭和11)年4月1日", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "旧字旧仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-07-12T00:00:00", "最終更新日": "2016-02-23T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card272.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集2", "底本出版社名1": "筑摩書房", "底本初版発行年1": "1998(平成10)年5月25日", "入力に使用した版1": "1998(平成10)年5月25日初版第1刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "晩年", "底本の親本出版社名1": "第一小説集叢書、砂子屋書房", "底本の親本初版発行年1": "1936(昭和11)年6月25日", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "赤木孝之", "校正者": "湯地光弘", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/272_ruby_2189.zip", "テキストファイル最終更新日": "2016-02-23T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "3", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/272_15101.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2016-02-23T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "2" }
[ [ "何とおっしゃっても、私どもの気持は、もうきまっています。しかし、これまでの経緯は一応、奥さんに申し上げて置きます", "はあ、どうぞ。おあがりになって。そうして、ゆっくり", "いや、そんな、ゆっくりもしておられませんが" ], [ "そのままで、どうぞ。お寒いんですから、本当に、そのままで、お願いします。家の中には火の気が一つも無いのでございますから", "では、このままで失礼します", "どうぞ。そちらのお方も、どうぞ、そのままで" ], [ "あの、私でございますか?", "ええ。たしか旦那は三十、でしたね?", "はあ、私は、あの、……四つ下です", "すると、二十、六、いやこれはひどい。まだ、そんなですか? いや、その筈だ。旦那が三十ならば、そりゃその筈だけど、おどろいたな" ], [ "あの、おばさん、お金は私が綺麗におかえし出来そうですの。今晩か、でなければ、あした、とにかく、はっきり見込みがついたのですから、もうご心配なさらないで", "おや、まあ、それはどうも" ], [ "大谷が帰ってまいりました。会ってやって下さいまし。でも、連れの女のかたに、私のことは黙っていて下さいね。大谷が恥かしい思いをするといけませんから", "いよいよ、来ましたね" ], [ "奥さん、ありがとうございました。お金はかえして戴きました", "そう。よかったわね。全部?" ], [ "ええ、きのうの、あの分だけはね", "これまでのが全部で、いくらなの? ざっと、まあ、大負けに負けて", "二万円", "それだけでいいの?", "大負けに負けました", "おかえし致します。おじさん、あすから私を、ここで働かせてくれない? ね、そうして! 働いて返すわ", "へえ? 奥さん、とんだ、おかるだね" ], [ "なぜ、はじめからこうしなかったのでしょうね。とっても私は幸福よ", "女には、幸福も不幸も無いものです", "そうなの? そう言われると、そんな気もして来るけど、それじゃ、男の人は、どうなの?", "男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです", "わからないわ、私には。でも、いつまでも私、こんな生活をつづけて行きとうございますわ。椿屋のおじさんも、おばさんも、とてもいいお方ですもの", "馬鹿なんですよ、あのひとたちは。田舎者ですよ。あれでなかなか慾張りでね。僕に飲ませて、おしまいには、もうけようと思っているのです", "そりゃ商売ですもの、当り前だわ。だけど、それだけでも無いんじゃない? あなたは、あのおかみさんを、かすめたでしょう", "昔ね。おやじは、どう? 気附いているの?", "ちゃんと知っているらしいわ。いろも出来、借金も出来、といつか溜息まじりに言ってたわ", "僕はね、キザのようですけど、死にたくて、仕様が無いんです。生れた時から、死ぬ事ばかり考えていたんだ。皆のためにも、死んだほうがいいんです。それはもう、たしかなんだ。それでいて、なかなか死ねない。へんな、こわい神様みたいなものが、僕の死ぬのを引きとめるのです", "お仕事が、おありですから", "仕事なんてものは、なんでもないんです。傑作も駄作もありやしません。人がいいと言えば、よくなるし、悪いと言えば、悪くなるんです。ちょうど吐くいきと、引くいきみたいなものなんです。おそろしいのはね、この世の中の、どこかに神がいる、という事なんです。いるんでしょうね?", "え?", "いるんでしょうね?", "私には、わかりませんわ", "そう" ], [ "やけるわね。大谷さんみたいな人となら、私は一夜でもいいから、添ってみたいわ。私はあんな、ずるいひとが好き", "これだからねえ" ], [ "はばかりさま。ひとり歩きには馴れていますから", "いや、お宅は遠い。知っているんだ。おれも、小金井の、あの近所の者なんだ。お送りしましょう。おばさん、勘定をたのむ" ], [ "ありがとうございました。また、お店で", "ええ、さようなら" ], [ "奥さん、ごめんなさい。かえりにまた屋台で一ぱいやりましてね、実はね、おれの家は立川でね、駅へ行ってみたらもう、電車がねえんだ。奥さん、たのみます。泊めて下さい。ふとんも何も要りません。この玄関の式台でもいいのだ。あしたの朝の始発が出るまで、ごろ寝させて下さい。雨さえ降ってなけや、その辺の軒下にでも寝るんだが、この雨では、そうもいかねえ。たのみます", "主人もおりませんし、こんな式台でよろしかったら、どうぞ" ], [ "うん。おやじはまだ仕入れから帰らないし、ばあさんは、ちょっといままでお勝手のほうにいたようだったけど、いませんか?", "ゆうべは、おいでにならなかったの?", "来ました。椿屋のさっちゃんの顔を見ないとこのごろ眠れなくなってね、十時すぎにここを覗いてみたら、いましがた帰りましたというのでね", "それで?", "泊っちゃいましたよ、ここへ。雨はざんざ降っているし", "あたしも、こんどから、このお店にずっと泊めてもらう事にしようかしら", "いいでしょう、それも", "そうするわ。あの家をいつまでも借りてるのは、意味ないもの" ] ]
底本:「ヴィヨンの妻」新潮文庫、新潮社    1950(昭和25)年12月20日発行    1985(昭和60)年10月30日63刷改版 入力:細渕紀子 校正:小浜真由美 1999年1月1日公開 2011年5月22日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002253", "作品名": "ヴィヨンの妻", "作品名読み": "ヴィヨンのつま", "ソート用読み": "ういよんのつま", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-01-01T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2253.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "ヴィヨンの妻", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1950(昭和25)年12月20日、1985(昭和60)年10月30日63刷改版", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1992(平成4)年9月5日第79刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "細渕紀子", "校正者": "小浜真由美", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2253_ruby_1031.zip", "テキストファイル最終更新日": "2011-05-22T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "5", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2253_14908.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-05-22T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "うん、まあそんなところかも知れない。お前も、なかなか苦労が多いの。しかし、いまの時代は、日本国中に仕合せな人は、ひとりもねえのだからな、つらくても、しばらくの我慢だ。何か思いに余る心配事でも起った時には、おれのところへ相談に来ればいいし、のう。", "有難うごす。きょうはまた、どこからかのお帰りですか。おそいねす。", "おれか? いや、どこの帰りでもねえ。まっすぐに、ここさ来たのだ。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:もりみつじゅんじ 2000年2月1日公開 2005年11月1日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "でも、あの医王山の長老とかいふ事だけは、信じてゐたのではないか。", "いいえ、あれは偶然に符合いたしましたところを興がつて居られたといふだけの事で、もつともそれは誰にしたつて、自分の前身は知りたいものでございますし、たとひ信じないにしても医王山の長老などといふ御立派なところで、はしなくも一致したといふのは、わるいお気もなさるまいと思はれます。" ], [ "蟹を。", "法師だつて、なまぐさは食ふさ。私は蟹が好きでな。もつとも私のやうな乱暴な法師も無いだらうが。", "いいえ、乱暴どころか、かへつて、お気が弱すぎるやうに私どもには見受けられます。", "それは、将軍家の前では別だ。あの時だけは全く閉口だ。自分のからだが、きたならしく見えて来て、たまらない。どうも、あの人は、まへから苦手だ。あの人は私を、ひどく嫌つてゐるらしい。" ], [ "あの人たちには、私のやうに小さい時からあちこち移り住んで世の中の苦労をして来た男といふものが薄汚く見えて仕様が無いものらしい。私はあの人に底知れず、さげすまれてゐるやうな気がする。あんな、生れてから一度も世間の苦労を知らずに育つて来た人たちには、へんな強さがある。しかし、叔父上も変つたな。", "お変りになりましたでせうか。" ], [ "食べなさい。", "いや、とても。" ], [ "京都がそんなにお好きですか。", "まだ私の気持がおわかりにならぬと見える。京都は、いやなところです。みんな見栄坊です。嘘つきです。口ばかり達者で、反省力も責任感も持つてゐません。だから私の住むのに、ちやうどいいところなのです。軽薄な野心家には、都ほど住みよいところはありません。", "そんなに御自身を卑下なさらなくとも。", "叔父上が、あれほど京都を慕つてゐながら、なぜ、いちども京都へ行かぬのか、そのわけをご存じですか。", "それは、故右大将家の頃から、京都とはあまり接近せぬ御方針で、故右大将さまさへ、たつた二度御上洛なさつたきりで、――", "しかし、思ひ立つたら宋へでも渡らうとする将軍家です。", "邪魔をなさるお方もございませうし、――", "それもある。へんな用心をして叔父上の上京をさまたげてゐる人もある。けれども、それだけでは、ないんだ。叔父上には、京都がこはいのです。", "まさか。あれほどお慕ひしていらつしやるのに。", "いや、こはいんだ。京都の人たちは軽薄で、口が悪い。そのむかしの木曾殿のれいもある事だ。将軍家といふ名ばかり立派だが、京の御所の御儀式の作法一つにもへどもどとまごつき、ずんぐりむつつりした田舎者、言葉は関東訛りと来てゐるし、それに叔父上は、あばたです、あばた将軍と、すぐに言はれる。", "おやめなさいませ。将軍家は微塵もそんな事をお気にしてはいらつしやらない。失礼ながら、禅師さまとはちがひます。" ], [ "誰が、いや、どなたがそのやうなけしからぬ事を、――", "みんな言つてゐる。相州も言つてゐた。気が違つてゐるのだから、将軍家が何をおつしやつても、さからはずに、はいはいと言つてゐなさい、つて相州が私に教へた。祖母上だつて言つてゐる。あの子は生れつき、白痴だつたのです、と言つてゐた。", "尼御台さままで。", "さうだ。北条家の人たちには、そんな馬鹿なところがあるんだ。気違ひだの白痴だの、そんな事はめつたに言ふべき言葉ぢやないんだ。殊に、私をつかまへて言ふとは馬鹿だ。油断してはいけない。私は前将軍の、いや、まあ、そんな事はどうでもいいが、とにかく北条家の人たちは根つからの田舎者で、本気に将軍家の発狂やら白痴やらを信じてゐるんだから始末が悪い。あの人たちは、まさか、陰謀なんて事は考へてゐないだらうが、気違ひだの白痴だのと、思ひ込むと誰はばからずそれを平気で言ひ出すもんだから、妙な結果になつてしまふ事もある。みんな馬鹿だ。馬鹿ばつかりだ。あなただつて馬鹿だ。叔父上があなたを私のところへ寄こしたのは、淋しいだらうからお話相手、なんて、そんな生ぬるい目的ぢやないんだ。私の様子をさぐらうと、――", "いいえ、ちがひます。将軍家はそんないやしい事をお考へになるお方ではございませぬ。", "さうですか。それだから、あなたは馬鹿だといふのだ。なんでもいい。みんな馬鹿だ。鎌倉中を見渡して、まあ、真人間は、叔父上の御台所くらゐのところか。ああ、食つた。すつかり食べてしまつた。私は、蟹を食べてゐるうちは何だか熱中して胸がわくわくして、それこそ発狂してゐるみたいな気持になるんだ。つまらぬ事ばかり言つたやうに思ひますが、将軍家に手柄顔して御密告なさつてもかまひません。" ] ]
底本:「太宰治全集第五巻」筑摩書房    1990(平成2)年2月27日初版第1刷発行 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:八巻美惠 1999年1月5日公開 2014年6月27日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002255", "作品名": "右大臣実朝", "作品名読み": "うだいじんさねとも", "ソート用読み": "うたいしんさねとも", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字旧仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-01-05T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2255.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集第五巻", "底本出版社名1": "筑摩書房", "底本初版発行年1": "1990(平成2)年2月27日", "入力に使用した版1": "1990(平成2)年2月27日初版第1刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "八巻美恵", "校正者": "", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2255_ruby_5624.zip", "テキストファイル最終更新日": "2014-06-27T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "5", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2255_15060.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2014-06-27T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "5" }
[ [ "ね、あたし、こんな恰好をして、おばさん変に思わないかしら。", "かまわないさ。ふたりで浅草へ活動見にいってその帰りに主人がよっぱらって、水上のおばさんとこに行こうってきかないから、そのまま来ましたって言えば、それでいい。" ], [ "わかりました。もう、いいのよ。ほかのひとに聞えたら、たいへんじゃないの。", "なんにも、わかっていないんだなあ。おまえには、私がよっぽどばかに見えているんだね。私は、ね、いま、自分でいい子になろうとしているところが、心のどこかの片隅に、やっぱりひそんでいるのではないかしら、とそれで苦しんでいるのだよ。おまえと一緒になって六、七年にもなるけれど、おまえは、いちども、いや、そんなことでおまえを非難しようとは思わない。むりもないことなのだ。おまえの責任ではない。" ], [ "だいじょうぶかい?", "ああ、もうからだは、すっかりいいんだ。ふとったろう。" ], [ "あたし、疲れてしまいました。お風呂へはいって、それから、ひとねむり仕様と思うの。", "したの野天風呂に行けるかしら。", "ええ、行けるそうです。おじさんたちも、毎日はいりに行ってるんですって。" ], [ "でも、雪が深くて、のぼれないでしょう?", "もっと下流がいいかな。水上の駅のほうには、雪がそんなになかったからね。" ], [ "そうよ、あたしは、どうせ気にいられないお嫁よ。", "いや、そうばかりは言えないぞ。たしかにおまえにも、努力の足りないところがあった。" ], [ "あ、もう、そんな時間になったの?", "いや、おひるすこしすぎただけだが、私はもう、かなわん。" ], [ "薬のことは、私でなくちゃわからない。どれどれ、おまえは、これだけのめばいい。", "すくないのねえ。これだけで死ねるの?" ] ]
底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年9月27日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年9月6日公開 2005年10月20日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002256", "作品名": "姥捨", "作品名読み": "うばすて", "ソート用読み": "うはすて", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-09-06T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2256.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集2", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年9月27日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2256_ruby_19984.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-22T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2256_19985.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-22T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "先生、花はおきらいですか。", "たいへん好きだ。" ], [ "美人じゃありませんよ。", "そうかね、二八と見えたが。" ], [ "疲れたね、休もうか。", "そうですね。向うの茶店は、見はらしがよくていいだろうと思うんですけど。", "同じ事だよ。近いほうがいい。" ], [ "何か、たべたいね。", "そうですね。甘酒かおしるこか。", "何か、たべたいね。", "さあ、ほかに何も、おいしいものなんて、ないでしょう?" ], [ "どんぶりも大きいし、ごはんの量も多いね。", "でも、まずかったでしょう?", "まずいね。" ], [ "淀江村! それならたしかだ。いくらだ。", "一丈です。", "何を言っている。ねだんだよ。", "十銭です。", "安いね。嘘だろう。", "いいえ、軍人と子供は半額ですけど。" ], [ "先生、大丈夫ですか?", "大丈夫だ。一尺二十円として、六尺あれば百二十円、七尺あれば百四十円、一丈あったら二百円、と私は汽車の中で考えて来た。君、すまないが、見世物の大将をここへ連れて来てくれないか。それから宿の者に、お酒を言いつけて、やあ、この部屋は汚いなあ、君はよくこんな部屋で生活が出来るね、まあ我慢しよう、ここでその大将とお酒を飲みながら、ゆっくり話合ってみようじゃないか、商談には饗応がつきものだ。君、たのむ。" ], [ "ゆずってくれるでしょうね。", "は?", "あれは山椒魚でしょう?", "おそれいります。", "実は、私は、あの山椒魚を長い間さがしていました。伯耆国淀江村。うむ。", "失礼ですが、旦那がたは、学校関係の?" ], [ "その話が、たいていわかったもんで、失礼しようと思ったのです。旦那、間が抜けて見えますぜ。", "手きびしい。まあ坐り給え。", "私には、ひまがないのです。旦那、山椒魚を酒のさかなにしようたって、それあ無理です。" ], [ "だから、それが気にくわないというのです。医学の為とか、あるいは学校の教育資料とか何とか、そんな事なら話はわかるが、道楽隠居が緋鯉にも飽きた、ドイツ鯉もつまらぬ、山椒魚はどうだろう、朝夕相親しみたい、まあ一つ飲め、そんなふざけたお話に、まともにつき合っておられますか。酔狂もいい加減になさい。こっちは大事な商売をほったらかして来ているんだ。唐変木め。ばかばかしいのを通り越して腹が立ちます。", "これは弱った。有閑階級に対する鬱憤積怨というやつだ。なんとか事態をまるくおさめる工夫は無いものか。これは、どうも意外の風雲。", "ごまかしなさんな。見えすいていますよ。落ちついた振りをしていても、火燵の中の膝頭が、さっきからがくがく震えているじゃありませんか。", "けしからぬ。これはひどく下品になって来た。よろしい。それではこちらも、ざっくばらんにぶっつけましょう。一尺二十円、どうです。", "一尺二十円、なんの事です。", "まことに伯耆国淀江村の百姓の池から出た山椒魚ならば、身のたけ一丈ある筈だ。それは書物にも出ている事です。一尺二十円、一丈ならば二百円。", "はばかりながら三尺五寸だ。一丈の山椒魚がこの世に在ると思い込んでいるところが、いじらしいじゃないか。", "三尺五寸! 小さい。小さすぎる。伯耆国淀江村の、――", "およしなさい。見世物の山椒魚は、どれでもこれでもみんな伯耆国は淀江村から出たという事になっているんだ。昔から、そういう事になっているんだ。小さすぎる? 悪かったね。あれでも、私ら親子三人を感心に養ってくれているんだ。一万円でも手放しやしない。一尺二十円とは、笑わせやがる。旦那、間が抜けて見えますぜ。", "すべて、だめだ。" ] ]
底本:「太宰治全集5」ちくま文庫、筑摩書房    1989(昭和64)年1月31日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:しず 2000年5月2日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000287", "作品名": "黄村先生言行録", "作品名読み": "おうそんせんせいげんこうろく", "ソート用読み": "おうそんせんせいけんこうろく", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「文学界」1943(昭和18)年1月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-05-02T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card287.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集5", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(昭和64)年1月31日", "入力に使用した版1": "1989(昭和64)年1月31日第1刷", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年4月1日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "しず", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/287_ruby_3725.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/287_15062.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "それじゃ、お前はどこだ。内股かね?", "お上品なお父さんですこと", "いや、何もお前、医学的な話じゃないか。上品も下品も無い", "私はね" ], [ "でも、なかなか、来てくれるひともありませんから", "捜せば、きっと見つかりますよ。来てくれるひとが無いんじゃ無い、いてくれるひとが無いんじゃないかな?", "私が、ひとを使うのが下手だとおっしゃるのですか?", "そんな、……" ], [ "仕事部屋のほうへ、出かけたいんだけど", "これからですか?", "そう。どうしても、今夜のうちに書き上げなければならない仕事があるんだ" ], [ "いらっしゃい", "飲もう。きょうはまた、ばかに綺麗な縞を、……", "わるくないでしょう? あなたの好く縞だと思っていたの", "きょうは、夫婦喧嘩でね、陰にこもってやりきれねえんだ。飲もう。今夜は泊るぜ。だんぜん泊る" ] ]
底本:角川文庫「人間失格・桜桃」角川書店    1989(平成元)年4月10日初版発行 入力:高橋美奈子 校正:瀬戸さえ子 1999年4月8日公開 2004年2月23日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000308", "作品名": "桜桃", "作品名読み": "おうとう", "ソート用読み": "おうとう", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「世界」1948(昭和23)年5月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-04-08T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card308.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "人間失格・桜桃", "底本出版社名1": "角川文庫、角川書店", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年4月10日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1990(平成2)年6月20日6版", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "高橋美奈子", "校正者": "瀬戸さえ子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/308_ruby_1623.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-02-23T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/308_14910.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-02-23T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "お寺へ? 何しに?", "お盆でしょう? だから、お父さまが、お寺まいりに行ったの。" ], [ "そう? 早く帰って来るかしら。", "さあ、どうでしょうね。マサ子が、おとなしくしていたら、早くお帰りになるかも知れないわ。" ], [ "昼の酒は、酔うねえ。", "あら、ほんとう、からだじゅう、まっかですわ。" ], [ "あの、睡眠剤が無かったかしら。", "ございましたけど、あたし、ゆうべ飲んでしまいましたわ。ちっとも、ききませんでしたの。", "飲みすぎるとかえってきかないんです。六錠くらいがちょうどいいんです。" ], [ "あたしも、そうよ。", "正しいひとは、苦しい筈が無い。つくづく僕は感心する事があるんだ。どうして、君たちは、そんなにまじめで、まっとうなんだろうね。世の中を立派に生きとおすように生れついた人と、そうでない人と、はじめからはっきり区別がついているんじゃないかしら。", "いいえ、鈍感なんですのよ、あたしなんかは。ただ、……", "ただ?" ], [ "ただね、あなたがお苦しそうだと、あたしも苦しいの。", "なんだ、つまらない。" ], [ "君だって、痩せたようだぜ。余計な心配をするから、そうなります。", "いいえ、だからそう言ったじゃないの。なんとも思ってやしないわよ、って。いいのよ、あたしは利巧なんですから。ただね、時々は、でえじにしてくんな。" ], [ "無いわ。どうしたのでしょう。空巣にはいられたのかしら。", "売ったんだ。" ], [ "まあ、素早い。", "そこが、ピストル強盗よりも凄いところさ。" ], [ "それじゃ、何を着ていらっしゃるの?", "開襟シャツ一枚でいいよ。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月24日公開 2005年11月5日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000305", "作品名": "おさん", "作品名読み": "おさん", "ソート用読み": "おさん", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「改造」1947(昭和22)年10月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-24T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card305.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集9", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年5月30日", "入力に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "かとうかおり", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/305_ruby_20173.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-05T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/305_20174.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-05T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "近いやうだね。", "ええ。どうも、この壕は窮屈で。" ], [ "うむ。", "また、水がたまつて腫れるんでせうね。", "さうだらう。" ], [ "うろついてゐたのか、とは情無い。恨むぜ、若旦那。私は、かう見えても、あなたに御恩がへしをしたくて、あれから毎日毎晩、この濱へ來て若旦那のおいでを待つてゐたのだ。", "それは、淺慮といふものだ。或いは、無謀とも言へるかも知れない。また子供たちに見つかつたら、どうする。こんどは、生きては歸られまい。", "氣取つてゐやがる。また捕まへられたら、また若旦那に買つてもらふつもりさ。淺慮で惡うござんしたね。私は、どうしたつて若旦那に、もう一度お目にかかりたかつたんだから仕樣がねえ。この仕樣がねえ、といふところが惚れた弱味よ。心意氣を買つてくんな。" ], [ "お前は、まあ、何を言ひ出すのです。私はそんな野蠻な事はきらひです。龜の甲羅に腰かけるなどは、それは狂態と言つてよからう。決して風流の仕草ではない。", "どうだつていいぢやないか、そんな事は。こつちは、先日のお禮として、これから龍宮城へ御案内しようとしてゐるだけだ。さあ早く私の甲羅に乘つて下さい。" ], [ "たまらねえ。風流の講釋は、あとでゆつくり伺ひますから、まあ、私の言ふ事を信じてとにかく私の甲羅に乘つて下さい。あなたはどうも冐險の味を知らないからいけない。", "おや、お前もやつぱり、うちの妹と同じ樣な失禮な事を言ふね。いかにも私は、冐險といふものはあまり好きでない。たとへば、あれは、曲藝のやうなものだ。派手なやうでも、やはり下品だ。邪道、と言つていいかも知れない。宿命に對する諦觀が無い。傳統に就いての教養が無い。めくら蛇におぢず、とでもいふやうな形だ。私ども正統の風流の士のいたく顰蹙するところのものだ。輕蔑してゐる、と言つていいかも知れない。私は先人のおだやかな道を、まつすぐに歩いて行きたい。" ], [ "本當になあ、そんな國があつたらなあ。", "あれ、まだ疑つてゐやがる。私は嘘をついてゐるのぢやありません。なぜ私を信じないんです。怒りますよ。實行しないで、ただ、あこがれて溜息をついてゐるのが風流人ですか。いやらしいものだ。" ], [ "わかつたよ、わかつたよ。それでは信じて乘せてもらはう!", "よし來た。" ], [ "冗談言つちやいけねえ。海の中に雲なんか流れてゐやしねえ。", "それぢや何だ。墨汁一滴を落したやうな感じだ。單なる塵芥かね。", "間拔けだね、あなたは。見たらわかりさうなものだ。あれは、鯛の大群ぢやないか。", "へえ? 微々たるものだね。あれでも二、三百匹はゐるんだらうね。" ], [ "それぢやあ、二、三千か。", "しつかりしてくれ。まづ、ざつと五、六百萬。", "五、六百萬? おどかしちやいけない。" ], [ "あれは、鯛ぢやないんだ。海の火事だ。ひどい煙だ。あれだけの煙だと、さうさね、日本の國を二十ほど寄せ集めたくらゐの廣大な場所が燃えてゐる。", "嘘をつけ。海の中で火が燃えるもんか。", "淺慮、淺慮。水の中だつて酸素があるんですからね。火の燃えないわけはない。", "ごまかすな。それは無智な詭辯だ。冗談はさて置いて、いつたいあの、ゴミのやうなものは何だ。やつぱり、鯛かね? まさか、火事ぢやあるまい。", "いや、火事だ。いつたい、あなた、陸の世界の無數の河川が晝夜をわかたず、海にそそぎ込んでも、それでも海の水が増しもせず減りもせず、いつも同じ量をちやんと保つて居られるのは、どういふわけか、考へてみた事がありますか。海のはうだつて困りますよ。あんなにじやんじやん水を注ぎ込まれちや、處置に窮しますよ。それでまあ時々、あんな工合ひにして不用な水を燒き捨てるのですな。やあ、燃える、燃える、大火事だ。", "なに、ちつとも煙が廣がりやしない。いつたい、あれは、何さ。さつきから、少しも動かないところを見ると、さかなの大群でもなささうだ。意地わるな冗談なんか言はないで、教へておくれ。", "それぢや教へてあげませう。あれはね、月の影法師です。", "また、かつぐんぢやないのか?", "いいえ、海の底には、陸の影法師は何も寫りませんが、天體の影法師は、やはり眞上から落ちて來ますから寫るのです。月の影法師だけでなく、星辰の影法師も皆、寫ります。だから、龍宮では、その影法師をたよりに暦を作り、四季を定めます。あの月の影法師は、まんまるより少し缺けてゐますから、けふは十三夜かな?" ], [ "あれは何だ。山か。", "さうです。" ], [ "まつ白ぢやないか。雪が降つてゐるのかしら。", "どうも、高級な宿命を持つてゐる人は、考へる事も違ひますね。立派なものだ。海の底にも雪が降ると思つてゐるんだからね。" ], [ "何だこの道は。氣持が惡い。", "道ぢやない。ここは廊下ですよ。あなたは、もう龍宮城へはひつてゐるのです。" ], [ "でも、門には屋根があつたぢやないか。", "あれは、目じるしです。門だけではなく、乙姫のお部屋にも、屋根や壁はあります。しかし、それもまた乙姫の尊嚴を維持するために作られたもので、雨露を防ぐためのものではありません。" ], [ "せいてい?", "神聖の聖の字に、あきらめ。" ], [ "あ、霰だ!", "冗談ぢやない。ついでにそれを口の中に入れてごらん。" ], [ "うまい。", "さうでせう? これは、海の櫻桃です。これを食べると三百年間、老いる事が無いのです。" ], [ "乙姫さまは、あなたの事なんか、もうとうにご存じですよ。階前萬里といふぢやありませんか。觀念して、ただていねいにお辭儀しておけばいいのです。また、たとひ乙姫さまが、あなたの事を何もご存じ無くつたつて、乙姫さまは警戒なんてケチくさい事はてんで知らないお方ですから、何も斟酌には及びません。遊びに來ましたよ、と言へばいい。", "まさか、そんな失禮な。ああ、笑つていらつしやる。とにかく、お辭儀をしよう。" ], [ "そんなに氣にしちやいけない。乙姫は、おつとりしたものです。そりや、陸上からはるばるたづねて來た珍客ですもの、それにあなたは、私の恩人ですからね、お出迎へするのは當り前ですよ。さらにまた、あなたは、氣持はさつぱりしてゐるし、男つぷりは佳し、と來てゐるから、いや、これは冗談ですよ、へんにまた自惚れられちやかなはない。とにかく、乙姫はご自分の家へやつて來た珍客を階段まで出迎へて、さうして安心して、あとはあなたのお氣の向くままに勝手に幾日でもここで遊んでいらつしやるやうにと、素知らぬ振りしてああしてご自分のお部屋に引上げて行くといふわけのものぢやないんですかね。實は私たちにも、乙姫の考へてゐる事はあまりよく判らないのです。何せ、どうにも、おつとりしてゐますから。", "いや、さう言はれてみると、私には、少し判りさうな氣がして來たよ。お前の推察も、だいたいに於いて間違ひはなささうだ。つまり、こんなのが、眞の貴人の接待法なのかも知れない。客を迎へて客を忘れる。しかも客の身邊には美酒珍味が全く無雜作に並べ置かれてある。歌舞音曲も別段客をもてなさうといふ露骨な意圖でもつて行はれるのではない。乙姫は誰に聞かせようといふ心も無くて琴をひく。魚どもは誰に見せようといふ衒ひも無く自由に嬉々として舞ひ遊ぶ。客の讚辭をあてにしない。客もまた、それにことさらに留意して感服したやうな顏つきをする必要も無い。寢ころんで知らん振りしてゐたつて構はないわけです。主人はもう客の事なんか忘れてゐるのだ。しかも、自由に振舞つてよいといふ許可は與へられてゐるのだ。食ひたければ食ふし、食ひたくなければ食はなくていいんだ。醉つて夢うつつに琴の音を聞いてゐたつて、敢へて失禮には當らぬわけだ。ああ、客を接待するには、すべからくこのやうにありたい。何のかのと、ろくでも無い料理をうるさくすすめて、くだらないお世辭を交換し、をかしくもないのに、矢鱈におほほと笑ひ、まあ! なんて珍らしくもない話に大仰に驚いて見せたり、一から十まで嘘ばかりの社交を行ひ、天晴れ上流の客あしらひをしてゐるつもりのケチくさい小利口の大馬鹿野郎どもに、この龍宮の鷹揚なもてなし振りを見せてやりたい。あいつらはただ、自分の品位を落しやしないか、それだけを氣にしてわくわくして、さうして妙に客を警戒して、ひとりでからまはりして、實意なんてものは爪の垢ほども持つてやしないんだ。なんだい、ありや。お酒一ぱいにも、飮ませてやつたぞ、いただきましたぞ、といふやうな證文を取かはしてゐたんぢや、かなはない。" ], [ "あれか。小さいものだね。", "乙姫がひとりおやすみになるのに、大きい御殿なんか要らないぢやありませんか。" ], [ "ええ、さうです。言葉といふものは、生きてゐる事の不安から、芽ばえて來たものぢやないですかね。腐つた土から赤い毒きのこが生えて出るやうに、生命の不安が言葉を醗酵させてゐるのぢやないのですか。よろこびの言葉もあるにはありますが、それにさへなほ、いやらしい工夫がほどこされてゐるぢやありませんか。人間は、よろこびの中にさへ、不安を感じてゐるのでせうかね。人間の言葉はみんな工夫です。氣取つたものです。不安の無いところには、何もそんな、いやらしい工夫など必要ないでせう。私は乙姫が、ものを言つたのを聞いた事が無い。しかし、また、默つてゐる人によくありがちの、皮裏の陽秋といふんですか、そんな胸中ひそかに辛辣の觀察を行ふなんて事も、乙姫は決してなさらない。何も考へてやしないんです。ただああして幽かに笑つて琴をかき鳴らしたり、またこの廣間をふらふら歩きまはつて、櫻桃の花びらを口に含んだりして遊んでゐます。實に、のんびりしたものです。", "さうかね。あのお方も、やつぱりこの櫻桃の酒を飮むかね。まつたく、これは、いいからなあ。これさへあれば、何も要らない。もつといただいてもいいかしら。", "ええ、どうぞ。ここへ來て遠慮なんかするのは馬鹿げてゐます。あなたは無限に許されてゐるのです。ついでに何か食べてみたらどうです。目に見える岩すべて珍味です。油つこいのがいいですか。輕くちよつと酸つぱいやうなのがいいですか。どんな味のものでもありますよ。" ], [ "あります。", "それと、それから、桑の實のやうな味の藻は?", "あるでせう。しかし、あなたも、妙に野蠻なものを食べるのですね。" ], [ "怒つてゐるのかね。私が龍宮から食ひ逃げ同樣で歸るのを、お前は、怒つてゐるのかね。", "ひがんぢやいけねえ。陸上の人はこれだからいやさ。歸りたくなつたら歸るさ。どうでも、あなたの氣の向いたやうに、とはじめから何度も言つてるぢやないか。", "でも、何だかお前、元氣が無いぢやないか。", "さう言ふあなたこそ、妙にしよんぼりしてゐるぜ。私や、どうも、お迎へはいいけれど、このお見送りつてやつは苦手だ。", "行きはよいよい、かね。", "洒落どころぢやありません。どうも、このお見送りつてやつは、氣のはずまねえものだ。溜息ばかり出て、何を言つてもしらじらしく、いつそもう、この邊でお別れしてしまひたいやうなものだ。" ], [ "ありがたい! おれは、あしたお辨當をたくさん作つて持つて行つて、一心不亂に働いて十貫目の柴を刈つて、さうして爺さんの家へとどけてあげる。さうしたら、お前は、おれをきつと許してくれるだらうな。仲よくしてくれるだらうな。", "くどいわね。その時のあなたの成績次第でね。もしかしたら、仲よくしてあげるかも知れないわ。" ], [ "あら、そんなにへんに疑ふなら、もういいわよ。私がひとりで行くわよ。", "いや、そんなわけぢやない。一緒に行くがね、おれは蛇だつて何だつてこの世の中にこはいものなんかありやしないが、どうもあの爺さんだけは苦手だ。狸汁にするなんて言ひやがるから、いやだよ。どだい、下品ぢやないか。少くとも、いい趣味ぢやないと思ふよ。おれは、あの爺さんの庭先の手前の一本榎のところまで、この柴を脊負つて行くから、あとはお前が運んでくれよ。おれは、あそこで失敬しようと思ふんだ。どうもあの爺さんの顏を見ると、おれは何とも言へず不愉快になる。おや? 何だい、あれは。へんな音がするね。なんだらう。お前にも、聞えないか? 何だか、カチ、カチ、と音がする。", "當り前ぢやないの? ここは、カチカチ山だもの。", "カチカチ山? ここがかい?", "ええ、知らなかつたの?", "うん。知らなかつた。この山に、そんな名前があるとは今日まで知らなかつたね。しかし、へんな名前だ。嘘ぢやないか?", "あら、だつて、山にはみんな名前があるものでせう? あれが富士山だし、あれが長尾山だし、あれが大室山だし、みんなに名前があるぢやないの。だから、この山はカチカチ山つていふ名前なのよ。ね、ほら、カチ、カチつて音が聞える。", "うん、聞える。しかし、へんだな。いままで、おれはいちども、この山でこんな音を聞いた事が無い。この山で生れて、三十何年かになるけれども、こんな、――", "まあ! あなたは、もうそんな年なの? こなひだ私に十七だなんて教へたくせに、ひどいぢやないの。顏が皺くちやで、腰も少し曲つてゐるのに、十七とは、へんだと思つてゐたんだけど、それにしても、二十も年をかくしてゐるとは思はなかつたわ。それぢやあなたは、四十ちかいんでせう、まあ、ずゐぶんね。" ], [ "うん、實はね、兄はひとりあるんだ。これは言ふのもつらいが、飮んだくれのならず者でね、おれはもう恥づかしくて、面目なくて、生れて三十何年間、いや、兄がだよ、兄が生れて三十何年間といふもの、このおれに、迷惑のかけどほしさ。", "それも、へんね。十七のひとが、三十何年間も迷惑をかけられたなんて。" ], [ "世の中には、一口で言へない事が多いよ。いまぢやもう、おれのはうから、あれは無いものと思つて、勘當して、おや? へんだね、キナくさい。お前、なんともないか?", "いいえ。" ], [ "それやその筈よ。ここは、パチパチのボウボウ山だもの。", "嘘つけ。お前は、ついさつき、ここはカチカチ山だつて言つた癖に。", "さうよ、同じ山でも、場所に依つて名前が違ふのよ。富士山の中腹にも小富士といふ山があるし、それから大室山だつて長尾山だつて、みんな富士山と續いてゐる山ぢやないの。知らなかつたの?", "うん、知らなかつた。さうかなあ、ここがパチパチのボウボウ山とは、おれが三十何年間、いや、兄の話に依れば、ここはただの裏山だつたが、いや、これは、ばかに暖くなつて來た。地震でも起るんぢやねえだらうか。何だかけふは薄氣味の惡い日だ。やあ、これは、ひどく暑い。きやあつ! あちちちち、ひでえ、あちちちち、助けてくれ、柴が燃えてる。あちちちち。" ], [ "おうい、仙金膏。", "へえ、どちらさまで。", "こつちだ、穴の奧だよ。色黒にもきくかね。", "それはもう、一日で。" ], [ "おや、ひどい火傷ですねえ。これは、いけない。ほつて置いたら、死にますよ。", "いや、おれはいつそ死にてえ。こんな火傷なんかどうだつていいんだ。それよりも、おれは、いま、その、容貌の、――", "何を言つていらつしやるんです。生死の境ぢやありませんか。やあ、脊中が一ばんひどいですね。いつたい、これはどうしたのです。" ], [ "まつたくねえ。ばかばかしいつたらありやしないのさ。お前にも忠告して置きますがね、あの山へだけは行つちやいけないぜ。はじめ、カチカチ山といふのがあつて、それからいよいよパチパチのボウボウ山といふ事になるんだが、あいつあいけない。ひでえ事になつちやふ。まあ、いい加減に、カチカチ山あたりでごめんかうむつて來るんですな。へたにボウボウ山などに踏み込んだが最後、かくの如き始末だ。あいててて。いいですか。忠告しますよ。お前はまだ若いやうだから、おれのやうな年寄りの言は、いや、年寄りでもないが、とにかく、ばかにしないで、この友人の言だけは尊重して下さいよ。何せ、體驗者の言なのだから。あいてててて。", "ありがたうございます。氣をつけませう。ところで、どうしませう、お藥は。御深切な忠告を聞かしていただいたお禮として、お藥代は頂戴いたしません。とにかく、その脊中の火傷に塗つてあげませう。ちやうど折よく私が來合せたから、よかつたやうなものの、さうでもなかつたら、あなたはもう命を落すやうな事になつたかも知れないのです。これも何かのお導きでせう。縁ですね。" ], [ "すまねえ。かんにんしてくれ。實はおれも、ひどい火傷をして、おれには、ひよつとしたら神さまも何もついてゐねえのかも知れない、さんざんの目に遭つちやつたんだ。お前はどうなつたか、決してそれを忘れてゐたわけぢやなかつたんだが、何せどうも、たちまちおれの脊中が熱くなつて、お前を助けに行くひまも何も無かつたんだよ。わかつてくれねえかなあ。おれは決して不實な男ぢやねえのだ。火傷つてやつも、なかなか馬鹿にできねえものだぜ。それに、あの、仙金膏とか、疝氣膏とか、あいつあ、いけない。いやもう、ひどい藥だ。色黒にも何もききやしない。", "色黒?", "いや、何。どろりとした黒い藥でね、こいつあ、強い藥なんだ。お前によく似た、小さい、奇妙な野郎が藥代は要らねえ、と言ふから、おれもつい、ものはためしだと思つて、塗つてもらふ事にしたのだが、いやはやどうも、ただの藥つてのも、あれはお前、氣をつけたはうがいいぜ、油斷も何もなりやしねえ、おれはもう頭のてつぺんからキリキリと小さい龍卷が立ち昇つたやうな氣がして、どうとばかりに倒れたんだ。" ], [ "さあ、早く脱いで寄こして下さいよ。代りの下着類はいつさいその押入の中にはひつてゐますから。", "風邪をひく。" ], [ "おれか、おれは、さうさな、本當の事を言ふために生れて來た。", "でも、あなたは何も言ひやしないぢやないの。", "世の中の人は皆、嘘つきだから、話を交すのがいやになつたのさ。みんな、嘘ばつかりついてゐる。さうしてさらに恐ろしい事は、その自分の嘘にご自身お氣附きになつてゐない。", "それは怠け者の言ひのがれよ。ちよつと學問なんかすると、誰でもそんな工合ひに横着な氣取り方をしてみたくなるものらしいのね。あなたは、なんにもしてやしないぢやないの。寢てゐて人を起こすなかれ、といふ諺があつたわよ。人の事など言へるがらぢや無いわ。" ], [ "みんな嘘さ。あの頃の、お前の色氣つたら無かつたぜ。それだけさ。", "それは、いつたい、どんな意味です。私には、わかりやしません。馬鹿にしないで下さい。私はあなたの爲を思つて、あなたと一緒になつたのですよ。色氣も何もありやしません。あなたもずゐぶん下品な事を言ひますね。ぜんたい私が、あなたのやうな人と一緒になつたばかりに、朝夕どんなに淋しい思ひをしてゐるか、あなたはご存じ無いのです。たまには、優しい言葉の一つも掛けてくれるものです。他の夫婦をごらんなさい。どんなに貧乏をしてゐても、夕食の時などには樂しさうに世間話をして笑ひ合つてゐるぢやありませんか。私は決して慾張り女ではないんです。あなたのためなら、どんな事でも忍んで見せます。ただ、時たま、あなたから優しい言葉の一つも掛けてもらへたら、私はそれで滿足なのですよ。", "つまらない事を言ふ。そらぞらしい。もういい加減あきらめてゐるかと思つたら、まだ、そんなきまりきつた泣き言を並べて、局面轉換を計らうとしてゐる。だめですよ。お前の言ふ事なんざ、みんなごまかしだ。その時々の安易な氣分本位だ。おれをこんな無口な男にさせたのは、お前です。夕食の時の世間話なんて、たいていは近所の人の品評ぢやないか。惡口ぢやないか。それも、れいの安易な氣分本位で、やたらと人の陰口をきく。おれはいままで、お前が人をほめたのを聞いた事がない。おれだつて、弱い心を持つてゐる。お前にまきこまれて、つい人の品評をしたくなる。おれには、それがこはいのだ。だから、もう誰とも口をきくまいと思つた。お前たちには、ひとの惡いところばかり眼について、自分自身のおそろしさにまるで氣がついてゐないのだからな。おれは、ひとがこはい。", "わかりました。あなたは、私にあきたのでせう。こんな婆が、鼻について來たのでせう。私には、わかつてゐますよ。さつきのお客さんは、どうしました。どこに隱れてゐるのです。たしかに若い女の聲でしたわね。あんな若いのが出來たら、私のやうな婆さんと話をするのがいやになるのも、もつともです。なんだい、無慾だの何だのと悟り顏なんかしてゐても、相手が若い女だと、すぐもうわくわくして、聲まで變つて、ぺちやくちやとお喋りをはじめるのだからいやになります。", "それなら、それでよい。", "よかありませんよ。あのお客さんは、どこにゐるのです。私だつて、挨拶を申さなければ、お客さんに失禮ですよ。かう見えても、私はこの家の主婦ですからね、挨拶をさせて下さいよ。あんまり私を蹈みつけにしては、だめです。" ], [ "え? 冗談ぢやない。雀がものを言ひますか。", "言ふ。しかも、なかなか氣のきいた事を言ふ。" ], [ "可愛さうに、たうとう死んでしまつたぢやないの。", "なに、死にやしない。氣が遠くなつただけだよ。", "でも、かうしていつまでも雪の上に倒れてゐると、こごえて死んでしまふわよ。", "それはさうだ。どうにかしなくちやいけない。困つた事になつた。こんな事にならないうちに、あの子が早く出て行つてやればよかつたのに。いつたい、あの子は、どうしたのだ。", "お照さん?", "さう、誰かにいたづらされて口に怪我をしたやうだが、あれから、さつぱりこのへんに姿を見せんぢやないか。", "寢てゐるのよ。舌を拔かれてしまつたので、なんにも言へず、ただ、ぽろぽろ涙を流して泣いてゐるわよ。", "さうか、舌を拔かれてしまつたのか。ひどい惡戲をするやつもあつたものだなあ。", "ええ、それはね、このひとのおかみさんよ。惡いおかみさんではないんだけれど、あの日は蟲のゐどころがへんだつたのでせう、いきなり、お照さんの舌をひきむしつてしまつたの。", "お前、見てたのかい?", "ええ、おそろしかつたわ。人間つて、あんな工合ひに出し拔けにむごい事をするものなのね。", "やきもちだらう。おれもこのひとの家の事はよく知つてゐるけれど、どうもこのひとは、おかみさんを馬鹿にしすぎてゐたよ。おかみさんを可愛がりすぎるのも見ちやをられないものだが、あんなに無愛想なのもよろしくない。それをまたお照さんはいいことにして、いやにこの旦那といちやついてゐたからね。まあ、みんな惡い。ほつて置け。", "あら、あなたこそ、やきもちを燒いてゐるんぢやない? あなたは、お照さんを好きだつたのでせう? 隱したつてだめよ。この大竹藪で一ばんの美聲家はお照さんだつて、いつか溜息をついて言つてたぢやないの。", "やきもちを燒くなんてそんな下品な事をするおれではない。が、しかし、少くともお前よりはお照のはうが聲が佳くて、しかも美人だ。", "ひどいわ。", "喧嘩はおよし、つまらない。それよりも、このひとを、いつたいどうするの? ほつて置いたら死にますよ。可哀想に。どんなにお照さんに逢ひたいのか、毎日毎日この竹藪を搜して歩いて、さうしてたうとうこんな有樣になつてしまつて、氣の毒ぢやないの。このひとは、きつと、實のあるひとだわ。", "なに、ばかだよ。いいとしをして雀の子のあとを追ひ廻すなんて、呆れたばかだよ。", "そんな事を言はないで、ね、逢はしてあげませうよ。お照さんだつて、このひとに逢ひたがつてゐるらしいわ。でも、もう舌を拔かれて口がきけないのだからねえ、このひとがお照さんを搜してゐるといふ事を言つて聞かせてあげても、藪のあの奧で寢たまま、ぽろぽろ涙を流してゐるばかりなのよ。このひとも可哀想だけれども、お照さんだつて、そりや可哀想よ。ね、あたしたちの力で何とかしてあげませうよ。", "おれは、いやだ。おれはどうも色戀の沙汰には同情を持てないたちでねえ。", "色戀ぢやないわ。あなたには、わからない。ね、みなさん、何とかして逢はせてあげたいものだわねえ。こんな事は、理窟ぢやないんですもの。", "さうとも、さうとも。おれが引受けた。なに、わけはない。神さまにたのむんだ。理窟拔きで、なんとかして他の者のために盡してやりたいと思つた時には、神さまにたのむのが一ばんいいのだ。おれのおやぢがいつかさう言つて教へてくれた。そんな時には神さまは、どんな事でも叶へて下さるさうだ。まあ、みんな、ちよつとここで待つてゐてくれ。おれはこれから、鎭守の森の神さまにたのんで來るから。" ], [ "いいえ、お照さんは奧の間で寢てゐます。私は、お鈴。お照さんとは一ばんの仲良し。", "さうか。それでは、あの、舌を拔かれた小雀の名は、お照といふの?", "ええ、とても優しい、いいかたよ。早く逢つておあげなさい。可哀想に口がきけなくなつて、毎日ぽろぽろ涙を流して泣いてゐます。" ], [ "お氣に召しましたか。笹の露です。", "よすぎる。", "え?", "よすぎる。" ], [ "竹藪の中です。", "はて? 竹籔の中に、こんな妙な家があつたかしら。" ], [ "怒りやしない。あの子は、決して怒りやしない。おれは知つてゐる。ところで、履物はどこにあります。きたない藁靴をはいて來た筈だが。", "捨てちやいました。はだしでお歸りになるといいわ。", "それは、ひどい。" ], [ "みんな大きい。大きすぎる。おれは荷物を持つて歩くのは、きらひです。ふところにはひるくらゐの小さいお土産はありませんか。", "そんなご無理をおつしやつたつて、――" ], [ "そんな出鱈目を、この私が信じると思つておいでなのですか。嘘にきまつてゐますさ。私は知つてゐますよ。こなひだから、さう、こなひだ、ほら、あの、若い娘のお客さんが來た頃から、あなたはまるで違ふ人になつてしまひました。妙にそはそはして、さうして溜息ばかりついて、まるでそれこそ戀のやつこみたいです。みつともない。いいとしをしてさ。隱したつて駄目ですよ。私にはわかつてゐるのですから。いつたい、その娘は、どこに住んでゐるのです。まさか、藪の中ではないでせう。私はだまされませんよ。藪の中に、小さいお家があつて、そこにお人形みたいな可愛い娘さんがゐて、うつふ、そんな子供だましのやうな事を言つて、ごまかさうたつて駄目ですよ。もしそれが本當ならば、こんどいらした時にそのお土産の葛籠とかいふものでも一つ持つて來て見せて下さいな。出來ないでせう。どうせ、作りごとなんだから。その不思議な宿の大きい葛籠でも脊負つて來て下さつたら、それを證據に、私だつて本當にしないものでもないが、そんな稻の穗などを持つて來て、そのお人形さんの簪だなんて、よくもまあそのやうな、ばからしい出鱈目が言へたもんだ。男らしく、あつさり白状なさいよ。私だつて、わけのわからぬ女ではないつもりです。なんのお妾さんの一人や二人。", "おれは、荷物はいやだ。", "おや、さうですか。それでは、私が代りにまゐりませうか。どうですか。竹藪の入口で俯伏して居ればいいのでせう? 私がまゐりませう。それでも、いいのですか。あなたは困りませんか。", "行くがいい。" ], [ "どうやら、葛籠がほしいやうだね。", "ええ、さうですとも、さうですとも、私はどうせ、慾張りですからね。そのお土産がほしいのですよ。それではこれからちよつと出掛けて、お土産の葛籠の中でも一ばん重い大きいやつを貰つて來ませう。おほほ。ばからしいが、行つて來ませう。私はあなたのその取り澄したみたいな顏つきが憎らしくて仕樣が無いんです。いまにその贋聖者のつらの皮をひんむいてごらんにいれます。雪の上に俯伏して居れば雀のお宿に行けるなんて、あははは、馬鹿な事だが、でも、どれ、それではひとつお言葉に從つて、ちよつと行つてまゐりませうか。あとで、あれは嘘だなどと言つても、ききませんよ。" ] ]
底本:「太宰治全集 8」筑摩書房    1998(平成10)年11月25日初版第1刷発行 底本の親本:「お伽草紙」筑摩書房    1946年(昭和21)年2月25日再版 初出:「お伽草紙」筑摩書房    1945年(昭和20)年10月25日初版発行 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 ※「石油鑵」と「石油罐」の混在は底本通りとしました。 ※このファイルには、以下の青空文庫のテキストを、上記底本にそって修正し、組み入れました。 「お伽草紙」(入力:八巻美惠、校正:高橋じゅんや) 入力:大沢たかお 校正:阿部哲也 2011年7月17日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "052380", "作品名": "お伽草紙", "作品名読み": "おとぎぞうし", "ソート用読み": "おときそうし", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「お伽草紙」1945(昭和20)年10月25日", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "旧字旧仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2011-08-08T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-16T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card52380.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集8", "底本出版社名1": "筑摩書房", "底本初版発行年1": "1998(平成10)年11月25日", "入力に使用した版1": "1998(平成10)年11月25日初版第1刷", "校正に使用した版1": "2001(平成13)年6月20日初版第2刷", "底本の親本名1": "お伽草紙", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1946年(昭和21)年2月25日", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "大沢たかお", "校正者": "阿部哲也", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/52380_ruby_43513.zip", "テキストファイル最終更新日": "2011-07-17T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "0", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/52380_44331.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-07-17T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "近いやうだね。", "ええ。どうも、この壕は窮屈で。" ], [ "うむ。", "また、水がたまつて腫れるんでせうね。", "さうだらう。" ], [ "うろついてゐたのか、とは情無い。恨むぜ、若旦那。私は、かう見えても、あなたに御恩がへしをしたくて、あれから毎日毎晩、この浜へ来て若旦那のおいでを待つてゐたのだ。", "それは、浅慮といふものだ。或いは、無謀とも言へるかも知れない。また子供たちに見つかつたら、どうする。こんどは、生きては帰られまい。", "気取つてゐやがる。また捕まへられたら、また若旦那に買つてもらふつもりさ。浅慮で悪うござんしたね。私は、どうしたつて若旦那に、もう一度お目にかかりたかつたんだから仕様がねえ。この仕様がねえ、といふところが惚れた弱味よ。心意気を買つてくんな。" ], [ "お前は、まあ、何を言ひ出すのです。私はそんな野蛮な事はきらひです。亀の甲羅に腰かけるなどは、それは狂態と言つてよからう。決して風流の仕草ではない。", "どうだつていいぢやないか、そんな事は。こつちは、先日のお礼として、これから竜宮城へ御案内しようとしてゐるだけだ。さあ早く私の甲羅に乗つて下さい。" ], [ "たまらねえ。風流の講釈は、あとでゆつくり伺ひますから、まあ、私の言ふ事を信じてとにかく私の甲羅に乗つて下さい。あなたはどうも冒険の味を知らないからいけない。", "おや、お前もやつぱり、うちの妹と同じ様な失礼な事を言ふね。いかにも私は、冒険といふものはあまり好きでない。たとへば、あれは、曲芸のやうなものだ。派手なやうでも、やはり下品だ。邪道、と言つていいかも知れない。宿命に対する諦観が無い。伝統に就いての教養が無い。めくら蛇におぢず、とでもいふやうな形だ。私ども正統の風流の士のいたく顰蹙するところのものだ。軽蔑してゐる、と言つていいかも知れない。私は先人のおだやかな道を、まつすぐに歩いて行きたい。" ], [ "本当になあ、そんな国があつたらなあ。", "あれ、まだ疑つてゐやがる。私は嘘をついてゐるのぢやありません。なぜ私を信じないんです。怒りますよ。実行しないで、ただ、あこがれて溜息をついてゐるのが風流人ですか。いやらしいものだ。" ], [ "わかつたよ、わかつたよ。それでは信じて乗せてもらはう!", "よし来た。" ], [ "冗談言つちやいけねえ。海の中に雲なんか流れてゐやしねえ。", "それぢや何だ。墨汁一滴を落したやうな感じだ。単なる塵芥かね。", "間抜けだね、あなたは。見たらわかりさうなものだ。あれは、鯛の大群ぢやないか。", "へえ? 微々たるものだね。あれでも二、三百匹はゐるんだらうね。" ], [ "それぢやあ、二、三千か。", "しつかりしてくれ。まづ、ざつと五、六百万。", "五、六百万? おどかしちやいけない。" ], [ "あれは、鯛ぢやないんだ。海の火事だ。ひどい煙だ。あれだけの煙だと、さうさね、日本の国を二十ほど寄せ集めたくらゐの広大の場所が燃えてゐる。", "嘘をつけ。海の中で火が燃えるもんか。", "浅慮、浅慮。水の中だつて酸素があるんですからね。火の燃えないわけはない。", "ごまかすな。それは無智な詭弁だ。冗談はさて置いて、いつたいあの、ゴミのやうなものは何だ。やつぱり、鯛かね? まさか、火事ぢやあるまい。", "いや、火事だ。いつたい、あなた、陸の世界の無数の河川が昼夜をわかたず、海にそそぎ込んでも、それでも海の水が増しもせず減りもせず、いつも同じ量をちやんと保つて居られるのは、どういふわけか、考へてみた事がありますか。海のはうだつて困りますよ。あんなにじやんじやん水を注ぎ込まれちや、処置に窮しますよ。それでまあ時々、あんな工合ひにして不用な水を焼き捨てるのですな。やあ、燃える、燃える、大火事だ。", "なに、ちつとも煙が広がりやしない。いつたい、あれは、何さ。さつきから、少しも動かないところを見ると、さかなの大群でもなささうだ。意地わるな冗談なんか云はないで、教へておくれ。", "それぢや教へてあげませう。あれはね、月の影法師です。", "また、かつぐんぢやないか?", "いいえ、海の底には、陸の影法師は何も写りませんが、天体の影法師は、やはり真上から落ちて来ますから写るのです。月の影法師だけでなく、星辰の影法師も皆、写ります。だから、竜宮では、その影法師をたよりに暦を作り、四季を定めます。あの月の影法師は、まんまるより少し欠けてゐますから、けふは十三夜かな?" ], [ "あれは何だ。山か。", "さうです。" ], [ "まつ白ぢやないか。雪が降つてゐるのかしら。", "どうも、高級な宿命を持つてゐる人は、考へる事も違ひますね。立派なものだ。海の底にも雪が降ると思つてゐるんだからね。" ], [ "何だこの道は。気持が悪い。", "道ぢやない。ここは廊下ですよ。あなたは、もう竜宮城へはひつてゐるのです。" ], [ "でも、門には屋根があつたぢやないか。", "あれは、目じるしです。門だけではなく、乙姫のお部屋にも、屋根や壁はあります。しかし、それもまた乙姫の尊厳を維持するために作られたもので、雨露を防ぐためのものではありません。" ], [ "せいてい?", "神聖の聖の字に、あきらめ。" ], [ "あ、霰だ!", "冗談ぢやない。ついでにそれを口の中に入れてごらん。" ], [ "うまい。", "さうでせう? これは、海の桜桃です。これを食べると三百年間、老いる事が無いのです。" ], [ "乙姫さまは、あなたの事なんか、もうとうにご存じですよ。階前万里といふぢやありませんか。観念して、ただていねいにお辞儀しておけばいいのです。また、たとひ乙姫さまが、あなたの事を何もご存じ無くつたつて、乙姫さまは警戒なんてケチくさい事はてんで知らないお方ですから、何も斟酌には及びません。遊びに来ましたよ、と言へばいい。", "まさか、そんな失礼な。ああ、笑つていらつしやる。とにかく、お辞儀をしよう。" ], [ "そんなに気にしちやいけない。乙姫は、おつとりしたものです。そりや、陸上からはるばるたづねて来た珍客ですもの、それにあなたは、私の恩人ですからね、お出迎へするのは当り前ですよ。さらにまた、あなたは、気持はさつぱりしてゐるし、男つぷりは佳し、と来てゐるから。いや、これは冗談ですよ、へんにまた自惚れられちやかなはない。とにかく、乙姫はご自分の家へやつて来た珍客を階段まで出迎へて、さうして安心して、あとはあなたのお気の向くままに勝手に幾日でもここで遊んでいらつしやるやうにと、素知らぬ振りしてああしてご自分のお部屋に引上げて行くといふわけのものぢやないんですかね。実は私たちにも、乙姫の考へてゐる事はあまりよく判らないのです。何せ、どうにも、おつとりしてゐますから。", "いや、さう言はれてみると、私には、少し判りさうな気がして来たよ。お前の推察も、だいたいに於いて間違ひはなささうだ。つまり、こんなのが、真の貴人の接待法なのかも知れない。客を迎へて客を忘れる。しかも客の身辺には美酒珍味が全く無雑作に並べ置かれてある。歌舞音曲も別段客をもてなさうといふ露骨な意図でもつて行はれるのではない。乙姫は誰に聞かせようといふ心も無くて琴をひく。魚どもは誰に見せようといふ衒ひも無く自由に嬉々として舞ひ遊ぶ。客の讃辞をあてにしない。客もまた、それにことさらに留意して感服したやうな顔つきをする必要も無い。寝ころんで知らん振りしてゐたつて構はないわけです。主人はもう客の事なんか忘れてゐるのだ。しかも、自由に振舞つてよいといふ許可は与へられてゐるのだ。食ひたければ食ふし、食ひたくなければ食はなくていいんだ。酔つて夢うつつに琴の音を聞いてゐたつて、敢へて失礼には当らぬわけだ。ああ、客を接待するには、すべからくこのやうにありたい。何のかのと、ろくでも無い料理をうるさくすすめて、くだらないお世辞を交換し、をかしくもないのに、矢鱈におほほと笑ひ、まあ! なんて珍らしくもない話に大仰に驚いて見せたり、一から十まで嘘ばかりの社交を行ひ、天晴れ上流の客あしらひをしてゐるつもりのケチくさい小利口の大馬鹿野郎どもに、この竜宮の鷹揚なもてなし振りを見せてやりたい。あいつらはただ、自分の品位を落しやしないか、それだけを気にしてわくわくして、さうして妙に客を警戒して、ひとりでからまはりして、実意なんてものは爪の垢ほども持つてやしないんだ。なんだい、ありや。お酒一ぱいにも、飲ませてやつたぞ、いただきましたぞ、といふやうな証文を取かはしてゐたんぢや、かなはない。" ], [ "あれか。小さいものだね。", "乙姫がひとりおやすみになるのに、大きい御殿なんか要らないぢやありませんか。" ], [ "ええ、さうです。言葉といふものは、生きてゐる事の不安から、芽ばえて来たものぢやないですかね。腐つた土から赤い毒きのこが生えて出るやうに、生命の不安が言葉を醗酵させてゐるのぢやないのですか。よろこびの言葉もあるにはありますが、それにさへなほ、いやらしい工夫がほどこされてゐるぢやありませんか。人間は、よろこびの中にさへ、不安を感じてゐるのでせうかね。人間の言葉はみんな工夫です。気取つたものです。不安の無いところには、何もそんな、いやらしい工夫など必要ないでせう。私は乙姫が、ものを言つたのを聞いた事が無い。しかし、また、黙つてゐる人によくありがちの、皮裏の陽秋といふんですか、そんな胸中ひそかに辛辣の観察を行ふなんて事も、乙姫は決してなさらない。何も考へてやしないんです。ただああして幽かに笑つて琴をかき鳴らしたり、またこの広間をふらふら歩きまはつて、桜桃の花びらを口に含んだりして遊んでゐます。実に、のんびりしたものです。", "さうかね。あのお方も、やつぱりこの桜桃の酒を飲むかね。まつたく、これは、いいからなあ。これさへあれば、何も要らない。もつといただいてもいいかしら。", "ええ、どうぞ。ここへ来て遠慮なんかするのは馬鹿げてゐます。あなたは無限に許されてゐるのです。ついでに何か食べてみたらどうです。目に見える岩すべて珍味です。油つこいのがいいですか。軽くちよつと酸つぱいやうなのがいいですか。どんな味のものでもありますよ。" ], [ "あります。", "それと、それから、桑の実のやうな味の藻は?", "あるでせう。しかし、あなたも、妙に野蛮なものを食べるのですね。" ], [ "怒つてゐるのかね。私が竜宮から食ひ逃げ同様で帰るのを、お前は、怒つてゐるのかね。", "ひがんぢやいけねえ。陸上の人はこれだからいやさ。帰りたくなつたら帰るさ。どうでも、あなたの気の向いたやうに、とはじめから何度も言つてるぢやないか。", "でも、何だかお前、元気が無いぢやないか。", "さう言ふあなたこそ、妙にしよんぼりしてゐるぜ。私や、どうも、お迎へはいいけれど、このお見送りつてやつは苦手だ。", "行きはよいよい、かね。", "洒落どころぢやありません。どうも、このお見送りつてやつは、気のはづまねえものだ。溜息ばかり出て、何を言つてもしらじらしく、いつそもう、この辺でお別れしてしまひたいやうなものだ。" ], [ "ありがたい! おれは、あしたお弁当をたくさん作つて持つて行つて、一心不乱に働いて十貫目の柴を刈つて、さうして爺さんの家へとどけてあげる。さうしたら、お前は、おれをきつと許してくれるだらうな。仲よくしてくれるだらうな。", "くどいわね。その時のあなたの成績次第でね。もしかしたら、仲よくしてあげるかも知れないわ。" ], [ "あら、そんなにへんに疑ふなら、もういいわよ。私がひとりで行くわよ。", "いや、そんなわけぢやない。一緒に行くがね、おれは蛇だつて何だつてこの世の中にこはいものなんかありやしないが、どうもあの爺さんだけは苦手だ。狸汁にするなんて言ひやがるから、いやだよ。どだい、下品ぢやないか。少くとも、いい趣味ぢやないと思ふよ。おれは、あの爺さんの庭先の手前の一本榎のところまで、この柴を背負つて行くから、あとはお前が運んでくれよ。おれは、あそこで失敬しようと思ふんだ。どうもあの爺さんの顔を見ると、おれは何とも言へず不愉快になる。おや? 何だい、あれは。へんな音がするね。なんだらう。お前にも、聞えないか? 何だか、カチ、カチ、と音がする。", "当り前ぢやないの? ここは、カチカチ山だもの。", "カチカチ山? ここがかい?", "ええ、知らなかつたの?", "うん。知らなかつた。この山に、そんな名前があるとは今日まで知らなかつたね。しかし、へんな名前だ。嘘ぢやないか?", "あら、だつて、山にはみんな名前があるものでせう? あれが富士山だし、あれが長尾山だし、あれが大室山だし、みんなに名前があるぢやないの。だから、この山はカチカチ山つていふ名前なのよ。ね、ほら、カチ、カチつて音が聞える。", "うん、聞える。しかし、へんだな。いままで、おれはいちども、この山でこんな音を聞いた事が無い。この山で生れて、三十何年かになるけれども、こんな、――", "まあ! あなたは、もうそんな年なの? こなひだ私に十七だなんて教へたくせに、ひどいぢやないの。顔が皺くちやで、腰も少し曲つてゐるのに、十七とは、へんだと思つてゐたんだけど、それにしても、二十も年をかくしてゐるとは思はなかつたわ。それぢやあなたは、四十ちかいんでせう、まあ、ずいぶんね。" ], [ "うん、実はね、兄はひとりあるんだ。これは言ふのもつらいが、飲んだくれのならず者でね、おれはもう恥づかしくて、面目なくて、生れて三十何年間、いや、兄がだよ、兄が生れて三十何年間といふもの、このおれに、迷惑のかけどほしさ。", "それも、へんね。十七のひとが、三十何年間も迷惑をかけられたなんて。" ], [ "世の中には、一口で言へない事が多いよ。いまぢやもう、おれのはうから、あれは無いものと思つて、勘当して、おや? へんだね、キナくさい。お前、なんともないか?", "いいえ。" ], [ "それやその筈よ。ここは、パチパチのボウボウ山だもの。", "嘘つけ。お前は、ついさつき、ここはカチカチ山だつて言つた癖に。", "さうよ、同じ山でも、場所に依つて名前が違ふのよ。富士山の中腹にも小富士といふ山があるし、それから大室山だつて長尾山だつて、みんな富士山と続いてゐる山ぢやないの。知らなかつたの?", "うん、知らなかつた。さうかなあ、ここがパチパチのボウボウ山とは、おれが三十何年間、いや、兄の話に依れば、ここはただの裏山だつたが、いや、これは、ばかに暖くなつて来た。地震でも起るんぢやねえだらうか。何だかけふは薄気味の悪い日だ。やあ、これは、ひどく暑い。きやあつ! あちちちち、ひでえ、あちちちち、助けてくれ、柴が燃えてる。あちちちち。" ], [ "おうい、仙金膏。", "へえ、どちらさまで。", "こつちだ、穴の奥だよ。色黒にもきくかね。", "それはもう、一日で。" ], [ "おや、ひどい火傷ですねえ。これは、いけない。ほつて置いたら、死にますよ。", "いや、おれはいつそ死にてえ。こんな火傷なんかどうだつていいんだ。それよりも、おれは、いま、その、容貌の、――", "何を言つていらつしやるんです。生死の境ぢやありませんか。やあ、背中が一ばんひどいですね。いつたい、これはどうしたのです。" ], [ "まつたくねえ。ばかばかしいつたらありやしないのさ。お前にも忠告して置きますがね、あの山へだけは行つちやいけないぜ。はじめ、カチカチ山といふのがあつて、それからいよいよパチパチのボウボウ山といふ事になるんだが、あいつあいけない。ひでえ事になつちやふ。まあ、いい加減に、カチカチ山あたりでごめんかうむつて来るんですな。へたにボウボウ山などに踏み込んだが最期、かくの如き始末だ。あいててて。いいですか。忠告しますよ。お前はまだ若いやうだから、おれのやうな年寄りの言は、いや、年寄りでもないが、とにかく、ばかにしないで、この友人の言だけは尊重して下さいよ。何せ、体験者の言なのだから。あいてててて。", "ありがたうございます。気をつけませう。ところで、どうしませう、お薬は。御深切な忠告を聞かしていただいたお礼として、お薬代は頂戴いたしません。とにかく、その背中の火傷に塗つてあげませう。ちやうど折よく私が来合せたから、よかつたやうなものの、さうでもなかつたら、あなたはもう命を落すやうな事になつたかも知れないのです。これも何かのお導きでせう。縁ですね。" ], [ "すまねえ。かんにんしてくれ。実はおれも、ひどい火傷をして、おれには、ひよつとしたら神さまも何もついてゐねえのかも知れない、さんざんの目に遭つちやつたんだ。お前はどうなつたか、決してそれを忘れてゐたわけぢやなかつたんだが、何せどうも、たちまちおれの背中が熱くなつて、お前を助けに行くひまも何も無かつたんだよ。わかつてくれねえかなあ。おれは決して不実な男ぢやねえのだ。火傷つてやつも、なかなか馬鹿にできねえものだぜ。それに、あの、仙金膏とか、疝気膏とか、あいつあ、いけない。いやもう、ひどい薬だ。色黒にも何もききやしない。", "色黒?", "いや、何。どろりとした黒い薬でね、こいつあ、強い薬なんだ。お前によく似た、小さい、奇妙な野郎が薬代は要らねえ、と言ふから、おれもつい、ものはためしだと思つて、塗つてもらふ事にしたのだが、いやはやどうも、ただの薬つてのも、あれはお前、気をつけたはうがいいぜ、油断も何もなりやしねえ、おれはもう頭のてつぺんからキリキリと小さい竜巻が立ち昇つたやうな気がして、どうとばかりに倒れたんだ。" ], [ "さあ、早く脱いで寄こして下さいよ。代りの下着類はいつさいその押入の中にはひつてゐますから。", "風邪をひく。" ], [ "おれか、おれは、さうさな、本当の事を言ふために生れて来た。", "でも、あなたは何も言ひやしないぢやないの。", "世の中の人は皆、嘘つきだから、話を交すのがいやになつたのさ。みんな、嘘ばつかりついてゐる。さうしてさらに恐ろしい事は、その自分の嘘にご自身お気附きになつてゐない。", "それは怠け者の言ひのがれよ。ちよつと学問なんかすると、誰でもそんな工合に横着な気取り方をしてみたくなるものらしいのね。あなたは、なんにもしてやしないぢやないの。寝てゐて人を起こすなかれ、といふ諺があつたわよ。人の事など言へるがらぢや無いわ。" ], [ "みんな嘘さ。あの頃の、お前の色気つたら無かつたぜ。それだけさ。", "それは、いつたい、どんな意味です。私には、わかりやしません。馬鹿にしないで下さい。私はあなたの為を思つて、あなたと一緒になつたのですよ。色気も何もありやしません。あなたもずいぶん下品な事を言ひますね。ぜんたい私が、あなたのやうな人と一緒になつたばかりに、朝夕どんなに淋しい思ひをしてゐるか、あなたはご存じ無いのです。たまには、優しい言葉の一つも掛けてくれるものです。他の夫婦をごらんなさい。どんなに貧乏をしてゐても、夕食の時などには楽しさうに世間話をして笑ひ合つてゐるぢやありませんか。私は決して慾張り女ではないんです。あなたのためなら、どんな事でも忍んで見せます。ただ、時たま、あなたから優しい言葉の一つも掛けてもらへたら、私はそれで満足なのですよ。", "つまらない事を言ふ。そらぞらしい。もういい加減あきらめてゐるかと思つたら、まだ、そんなきまりきつた泣き言を並べて、局面転換を計らうとしてゐる。だめですよ。お前の言ふ事なんざ、みんなごまかしだ。その時々の安易な気分本位だ。おれをこんな無口な男にさせたのは、お前です。夕食の時の世間話なんて、たいていは近所の人の品評ぢやないか。悪口ぢやないか。それも、れいの安易な気分本位で、やたらと人の陰口をきく。おれはいままで、お前が人をほめたのを聞いた事がない。おれだつて、弱い心を持つてゐる。お前にまきこまれて、つい人の品評をしたくなる。おれには、それがこはいのだ。だから、もう誰とも口をきくまいと思つた。お前たちには、ひとの悪いところばかり眼について、自分自身のおそろしさにまるで気がついてゐないのだからな。おれは、ひとがこはい。", "わかりました。あなたは、私にあきたのでせう。こんな婆が、鼻について来たのでせう。私には、わかつてゐますよ。さつきのお客さんは、どうしました。どこに隠れてゐるのです。たしかに若い女の声でしたわね。あんな若いのが出来たら、私のやうな婆さんと話をするのがいやになるのも、もつともです。なんだい、無慾だの何だのと悟り顔なんかしてゐても、相手が若い女だと、すぐもうわくわくして、声まで変つて、ぺちやくちやとお喋りをはじめるのだからいやになります。", "それなら、それでよい。", "よかありませんよ。あのお客さんは、どこにゐるのです。私だつて、挨拶を申さなければ、お客さんに失礼ですよ。かう見えても、私はこの家の主婦ですからね、挨拶をさせて下さいよ。あんまり私を蹈みつけにしては、だめです。" ], [ "え? 冗談ぢやない。雀がものを言ひますか。", "言ふ。しかも、なかなか気のきいた事を言ふ。" ], [ "可愛さうに、たうとう死んでしまつたぢやないの。", "なに、死にやしない。気が遠くなつただけだよ。", "でも、かうしていつまでも雪の上に倒れてゐると、こごえて死んでしまふわよ。", "それはさうだ。どうにかしなくちやいけない。困つた事になつた。こんな事にならないうちに、あの子が早く出て行つてやればよかつたのに。いつたい、あの子は、どうしたのだ。", "お照さん?", "さう、誰かにいたづらされて口に怪我をしたやうだが、あれから、さつぱりこのへんに姿を見せんぢやないか。", "寝てゐるのよ。舌を抜かれてしまつたので、なんにも言へず、ただ、ぽろぽろ涙を流して泣いてゐるわよ。", "さうか、舌を抜かれてしまつたのか。ひどい悪戯をするやつもあつたものだなあ。", "ええ、それはね、このひとのおかみさんよ。悪いおかみさんではないんだけれど、あの日は虫のゐどころがへんだつたのでせう、いきなり、お照さんの舌をひきむしつてしまつたの。", "お前、見てたのかい?", "ええ、おそろしかつたわ。人間つて、あんな工合ひに出し抜けにむごい事をするものなのね。", "やきもちだらう。おれもこのひとの家の事はよく知つてゐるけれど、どうもこのひとは、おかみさんを馬鹿にしすぎてゐたよ。おかみさんを可愛がりすぎるのも見ちやをられないものだが、あんなに無愛想なのもよろしくない。それをまたお照さんはいいことにして、いやにこの旦那といちやついてゐたからね。まあ、みんな悪い。ほつて置け。", "あら、あなたこそ、やきもちを焼いてゐるんぢやない? あなたは、お照さんを好きだつたのでせう? 隠したつてだめよ。この大竹藪で一ばんの美声家はお照さんだつて、いつか溜息をついて言つてたぢやないの。", "やきもちを焼くなんてそんな下品な事をするおれではない。が、しかし、少くともお前よりはお照のはうが声が佳くて、しかも美人だ。", "ひどいわ。", "喧嘩はおよし、つまらない。それよりも、このひとを、いつたいどうするの? ほつて置いたら死にますよ。可哀想に。どんなにお照さんに逢ひたいのか、毎日毎日この竹藪を捜して歩いて、さうしてたうとうこんな有様になつてしまつて、気の毒ぢやないの。このひとは、きつと、実のあるひとだわ。", "なに、ばかだよ。いいとしをして雀の子のあとを追ひ廻すなんて、呆れたばかだよ。", "そんな事を言はないで、ね、逢はしてあげませうよ。お照さんだつて、このひとに逢ひたがつてゐるらしいわ。でも、もう舌を抜かれて口がきけないのだからねえ、このひとがお照さんを捜してゐるといふ事を言つて聞かせてあげても、藪のあの奥で寝たまま、ぽろぽろ涙を流してゐるばかりなのよ。このひとも可哀想だけれども、お照さんだつて、そりや可哀想よ。ね、あたしたちの力で何とかしてあげませうよ。", "おれは、いやだ。おれはどうも色恋の沙汰には同情を持てないたちでねえ。", "色恋ぢやないわ。あなたには、わからない。ね、みなさん、何とかして逢はせてあげたいものだわねえ。こんな事は、理窟ぢやないんですもの。", "さうとも、さうとも。おれが引受けた。なに、わけはない。神さまにたのむんだ。理窟抜きで、なんとかして他の者のために尽してやりたいと思つた時には、神さまにたのむのが一ばんいいのだ。おれのおやぢがいつかさう言つて教へてくれた。そんな時には神さまは、どんな事でも叶へて下さるさうだ。まあ、みんな、ちよつとここで待つてゐてくれ。おれはこれから、鎮守の森の神さまにたのんで来るから。" ], [ "いいえ、お照さんは奥の間で寝てゐます。私は、お鈴。お照さんとは一ばんの仲良し。", "さうか。それでは、あの、舌を抜かれた小雀の名は、お照といふの?", "ええ、とても優しい、いいかたよ。早く逢つておあげなさい。可哀想に口がきけなくなつて、毎日ぽろぽろ涙を流して泣いてゐます。" ], [ "お気に召しましたか。笹の露です。", "よすぎる。", "え?", "よすぎる。" ], [ "竹藪の中です。", "はて? 竹籔の中に、こんな妙な家があつたかしら。" ], [ "怒りやしない。あの子は、決して怒りやしない。おれは知つてゐる。ところで、履物はどこにあります。きたない藁靴をはいて来た筈だが。", "捨てちやひました。はだしでお帰りになるといいわ。", "それは、ひどい。" ], [ "みんな大きい。大きすぎる。おれは荷物を持つて歩くのは、きらひです。ふところにはひるくらゐの小さいお土産はありませんか。", "そんなご無理をおつしやつたつて、――" ], [ "そんな出鱈目を、この私が信じると思つておいでなのですか。嘘にきまつてゐますさ。私は知つてゐますよ。こなひだから、さう、こなひだ、ほら、あの、若い娘のお客さんが来た頃から、あなたはまるで違ふ人になつてしまひました。妙にそはそはして、さうして溜息ばかりついて、まるでそれこそ恋のやつこみたいです。みつともない。いいとしをしてさ。隠したつて駄目ですよ。私にはわかつてゐるのですから。いつたい、その娘は、どこに住んでゐるのです。まさか、藪の中ではないでせう。私はだまされませんよ。藪の中に、小さいお家があつて、そこにお人形みたいな可愛い娘さんがゐて、うつふ、そんな子供だましのやうな事を言つて、ごまかさうたつて駄目ですよ。もしそれが本当ならば、こんどいらした時にそのお土産の葛籠とかいふものでも一つ持つて来て見せて下さいな。出来ないでせう。どうせ、作りごとなんだから。その不思議な宿の大きい葛籠でも背負つて来て下さつたら、それを証拠に、私だつて本当にしないものでもないが、そんな稲の穂などを持つて来て、そのお人形さんの簪だなんて、よくもまあそのやうな、ばからしい出鱈目が言へたもんだ。男らしく、あつさり白状なさいよ。私だつて、わけのわからぬ女ではないつもりです。なんのお妾さんの一人や二人。", "おれは、荷物はいやだ。", "おや、さうですか。それでは、私が代りにまゐりませうか。どうですか。竹藪の入口で俯伏して居ればいいのでせう? 私がまゐりませう。それでも、いいのですか。あなたは困りませんか。", "行くがいい。" ], [ "どうやら、葛籠がほしいやうだね。", "ええ、さうですとも、さうですとも、私はどうせ、慾張りですからね。そのお土産がほしいのですよ。それではこれからちよつと出掛けて、お土産の葛籠の中でも一ばん重い大きいやつを貰つて来ませう。おほほ。ばからしいが、行つて来ませう。私はあなたのその取り澄したみたいな顔つきが憎らしくて仕様が無いんです。いまにその贋聖者のつらの皮をひんむいてごらんにいれます。雪の上に俯伏して居れば雀のお宿に行けるなんて、あははは、馬鹿な事だが、でも、どれ、それではひとつお言葉に従つて、ちよつと行つてまゐりませうか。あとで、あれは嘘だなどと言つても、ききませんよ。" ] ]
底本:「太宰治全集第七巻」筑摩書房    1990(平成2)年6月27日初版第1刷発行 入力:八巻美惠 校正:高橋じゅんや 2000年1月13日公開 2004年2月23日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "どこへ行って、何をするにしても、親という二字だけは忘れないでくれよ。", "チャンや。親という字は一字だよ。", "うんまあ、仮りに一字が三字であってもさ。" ], [ "いくら?", "四拾円。" ], [ "そうでごいせん。娘です。あい。わしの末娘でごいす。", "なるべくなら、御本人をよこして下さい。" ], [ "いくら?", "四拾円。" ], [ "娘の保険がさがりまして、やっぱり娘の名儀でこんにち入金のつもりでごいす。", "それは結構でした。きょうは、僕のほうが、うけ出しなんです。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:ゆうこ 2000年3月21日公開 2005年11月1日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "お互に六発ずつ打つ事にしましょうね。あなたがお先へお打ちなさい。", "ようございます。" ], [ "先日お出でになった時、大層御尊信なすってお出での様子で、お話になった、あのイエス・クリストのお名に掛けて、お願致します。どうぞ二度とお尋下さいますな。わたくしの申す事を御信用下さい。わたくしの考では若しイエスがまだ生きてお出でなされたなら、あなたがわたくしの所へお出でなさるのを、お遮りなさる事でしょう。昔天国の門に立たせて置かれた、あの天使のように、イエスは燃える抜身を手にお持になって、わたくしのいる檻房へ這入ろうとする人をお留なさると存じます。わたくしはこの檻房から、わたくしの逃げ出して来た、元の天国へ帰りたくありません。よしや天使が薔薇の綱をわたくしの体に巻いて引入れようとしたとて、わたくしは帰ろうとは思いません。なぜと申しますのに、わたくしがそこで流した血は、決闘でわたくしの殺した、あの女学生の創から流れて出た血のようにもう元へは帰らぬのでございます。わたくしはもう人の妻でも無ければ人の母でもありません。もうそんなものには決してなられません。永遠になられません。ほんにこの永遠と云う、たっぷり涙を含んだ二字を、あなた方どなたでも理解して尊敬して下されば好いと存じます。", "わたくしはあの陰気な中庭に入り込んで、生れてから初めて、拳銃と云うものを打って見ました時、自分が死ぬる覚悟で致しまして、それと同時に自分の狙っている的は、即ち自分の心の臓だと云う事が分かりました。それから一発一発と打つたびに、わたくしは自分で自分を引き裂くような愉快を味いました。この心の臓は、もとは夫や子供の側で、セコンドのように打っていて、時を過ごして来たものでございます。それが今は数知れぬ弾丸に打ち抜かれています。こんなになった心の臓を、どうして元の場所へ持って行かれましょう。よしやあなたが主御自身であっても、わたくしを元へお帰しなさる事はお出来になりますまい。神様でも、鳥よ虫になれとは仰ゃる事が出来ますまい。先にその鳥の命をお断ちになってからでも、そう仰ゃる事は出来ますまい。わたくしを生きながら元の道へお帰らせなさることのお出来にならないのも、同じ道理でございます。幾らあなたでも人間のお詞で、そんな事を出来そうとは思召しますまい。", "わたくしは、あなたの教で禁じてある程、自分の意志の儘に進んで参って、跡を振り返っても見ませんでした。それはわたくし好く存じています。併しどなただって、わたくしに、お前の愛しようは違うから、別な愛しようをしろと仰ゃる事は出来ますまい。あなたの心の臓はわたくしの胸には嵌まりますまい。又わたくしのはあなたのお胸には嵌まりますまい。あなたはわたくしを、謙遜を知らぬ、我慾の強いものだと仰ゃるかも知れませんが、それと同じ権利で、わたくしはあなたを、気の狭い卑屈な方だと申す事も出来ましょう。あなたの尺度でわたくしをお測りになって、その尺度が足らぬからと言って、わたくしを度はずれだと仰ゃる訳には行きますまい。あなたとわたくしとの間には、対等の決闘は成り立ちません。お互に手に持っている武器が違います。どうぞもうわたくしの所へ御出で下さいますな。切にお断申します。", "わたくしの為には自分の恋愛が、丁度自分の身を包んでいる皮のようなものでございました。若しその皮の上に一寸した染が出来るとか、一寸した創が付くとかしますと、わたくしはどんなにしてでも、それを癒やしてしまわずには置かれませんでした。わたくしはその恋愛が非常に傷けられたと存じました時、その為に、長煩いで腐って行くように死なずに、意識して、真っ直ぐに立った儘で死のうと思いました。わたくしは相手の女学生の手で殺して貰おうと思いました。そうしてわたくしの恋愛を潔く、公然と相手に奪われてしまおうと存じました。", "それが反対になって、わたくしが勝ってしまいました時、わたくしは唯名誉を救っただけで、恋愛を救う事が出来なかったのに気が付きました。総ての不治の創の通りに、恋愛の創も死ななくては癒えません。それはどの恋愛でも傷けられると、恋愛の神が侮辱せられて、その報いに犠牲を求めるからでございます。決闘の結果は予期とは相違していましたが、兎に角わたくしは自分の恋愛を相手に渡すのに、身を屈めて、余儀なくせられて渡すのでは無く、名誉を以て渡そうとしたのだと云うだけの誇を持っています。", "どうぞ聖者の毫光を御尊敬なさると同じお心持で、勝利を得たものの額の月桂冠を御尊敬なすって下さいまし。", "どうぞわたくしの心の臓をお労わりなすって下さいまし。あなたの御尊信なさる神様と同じように、わたくしを大胆に、偉大に死なせて下さいまし。わたくしは自分の致した事を、一人で神様の前へ持って参ろうと存じます。名誉ある人妻として持って参ろうと存じます。わたくしは十字架に釘付けにせられたように、自分の恋愛に釘付けにせられて、数多の創から血を流しています。こんな恋愛がこの世界で、この世界にいる人妻のために、正当な恋愛でありましたか、どうでしたか、それはこれから先の第三期の生活に入ったなら、分かるだろうと存じます。わたくしが、この世に生れる前と、生れてからとで経験しました、第一期、第二期の生活では、それが教えられずにしまいました。" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年12月7日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "それは、よかった。まとめてやったら、どうですか。", "僕ひとりでは駄目です。あなたにも御助力ねがいたい。きょうこれから先方へ、申込みに行こうと思っているのですが、あなたのところに大隅さんの最近の写真がありませんか。先方に見せなければいけません。", "最近は、大隅君からあまり便りがないのですが、三年ほど前に北京から送って寄こした写真なら、一、二枚あったと思います。" ], [ "そうですか。それはさぞ、御心配だったでしょう。でも、大隅君だって、決して無責任な男じゃございませんから。", "はい。存じております。山田さんもそれは保証していらっしゃいました。", "僕だって保証いたします。" ], [ "失礼ですが、おいくつで?", "九でございます。", "五十?", "いいえ、六十九で。", "それは、お達者です。先日はじめてお目にかかった時から、そう思っていたのですが、御士族でいらっしゃるのではございませんか?", "おそれいります。会津の藩士でございます。", "剣術なども、お幼い頃から?" ], [ "しかし、東京は、のんきだな。", "そうかね。" ], [ "きょうは、でも、小坂さんの家へ行くんだろう?", "うむ、行って見ようか。" ], [ "名誉の家?", "長女の婿は三、四年前に北支で戦死、家族はいま小坂の家に住んでいる筈だ。次女の婿は、これは小坂の養子らしいが、早くから出征していまは南方に活躍中とか聞いていたが、君は知らなかったのかい?" ], [ "一ばん大事のことじゃないか。どうしてそれを知らせてくれなかったんだ。僕は大恥をかいたよ。", "どうだって、いいさ。" ], [ "小坂さんとこへ行って来たか。", "行って来た。", "いい家庭だろう?", "いい家庭だ。", "ありがたく思え。", "思う。", "あんまり威張るな。あすは瀬川先生のとこへ御挨拶に行け。仰げば尊しわが師の恩、という歌を忘れるな。" ] ]
底本:「太宰治全集6」ちくま文庫、筑摩書房    1989(昭和64)年2月28日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 初出:「改造 第二十六巻第一号」改造社    1944(昭和19)年1月1日発行 入力:増山一光 校正:小林繁雄 2005年10月7日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "043423", "作品名": "佳日", "作品名読み": "かじつ", "ソート用読み": "かしつ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「改造 第二十六巻第一号」改造社、1944(昭和19)年1月1日", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2005-11-07T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-18T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card43423.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集6", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年2月28日", "入力に使用した版1": "1989(昭和64)年2月28日第1刷", "校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第2刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本出版社名2": "筑摩書房", "底本初版発行年2": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "増山一光", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/43423_ruby_19750.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-08T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "0", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/43423_19791.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-08T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "坂井さんですか。僕は、くにでいちどお目にかかったことがございます。お忘れになったことと思いますが。", "ああ、君は、とみやの弟さんですね。", "ええ、そうです。何か僕に、お話があるとか。" ] ]
底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年9月27日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年9月29日公開 2005年10月22日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000281", "作品名": "花燭", "作品名読み": "かしょく", "ソート用読み": "かしよく", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "1939(昭和14)年5月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-09-29T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card281.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集2", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年9月27日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/281_ruby_19986.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-22T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/281_19987.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-22T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "生活とは何ですか。", "わびしさを堪える事です。" ], [ "敗北とは何ですか。", "悪に媚笑する事です。", "悪とは何ですか。", "無意識の殴打です。意識的の殴打は、悪ではありません。" ], [ "自信とは何ですか。", "将来の燭光を見た時の心の姿です。", "現在の?", "それは使いものになりません。ばかです。" ], [ "あなたには自信がありますか。", "あります。" ], [ "芸術とは何ですか。", "すみれの花です。", "つまらない。", "つまらないものです。" ], [ "芸術家とは何ですか。", "豚の鼻です。", "それは、ひどい。", "鼻は、すみれの匂いを知っています。" ], [ "きょうは、少し調子づいているようですね。", "そうです。芸術は、その時の調子で出来ます。" ] ]
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年6月27日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻」筑摩書房    1977(昭和52)年2月25日初版第1刷発行 初出:「帝国大学新聞 第八百三十三号」    1940(昭和15)年11月25日発行 ※初出時の表題は「独語いっ時」です。 入力:土屋隆 校正:noriko saito 2005年3月17日作成 2016年7月12日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001591", "作品名": "かすかな声", "作品名読み": "かすかなこえ", "ソート用読み": "かすかなこえ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「帝国大学新聞 第八百三十三号」1940(昭和15)年11月25日", "分類番号": "NDC 914", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2005-04-22T00:00:00", "最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1591.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集10", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年6月27日", "入力に使用した版1": "1989(平成元)年6月27日第1刷", "校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第3刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1977(昭和52)年2月25日", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "土屋隆", "校正者": "noriko saito", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1591_ruby_18016.zip", "テキストファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1591_18104.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "お母さんと一緒に吉祥寺へ行って、買って来たのよ", "それは、よかったねえ" ], [ "きょうの録音は、いつ放送になるんです?", "知らん" ], [ "おねがいします", "だめですよ。きょうはもう" ], [ "お願いします", "時計をごらん、時計を" ], [ "おねがいします", "あしたになさい、ね、あしたに" ] ]
底本:「ヴィヨンの妻」新潮文庫、新潮社    1950(昭和25)年12月20日発行    1985(昭和60)年10月30日63刷改版 初出:「中央公論」    1948(昭和23)年8月号 入力:細渕紀子 校正:小浜真由美 1999年1月1日公開 2011年10月5日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです
{ "作品ID": "000282", "作品名": "家庭の幸福", "作品名読み": "かていのこうふく", "ソート用読み": "かていのこうふく", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「中央公論」1948(昭和23)年8月号", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-01-01T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card282.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "ヴィヨンの妻", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1950(昭和25)年12月20日、1985(昭和60)年10月30日63刷改版", "入力に使用した版1": "1985(昭和60)年10月30日63刷改版", "校正に使用した版1": "1992(平成4)年9月5日79刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "細渕紀子", "校正者": "小浜真由美", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/282_ruby_1043.zip", "テキストファイル最終更新日": "2011-10-05T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/282_45418.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-10-05T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "ええ、ふつうの人より丈夫です。", "どんな工合だったんですか?" ], [ "酒を呑んでいるうちに、なおりました。", "それは、へんですね。" ], [ "酒は、たくさん呑みますか?", "ふつうの人くらいは呑みます。" ], [ "そうですねえ。あんまり読んでいないのですが、何か、いいのがありますか? 読めば、たいてい感心するのですが、とにかく、皆よく、さっさと書けるものだと、不思議な気さえするのです。皮肉じゃ無いんです。からだが丈夫なのでしょうかね。実に、皆、すらすら書いています。", "Aさんの、あれ読みましたか。", "ええ、雑誌をいただいたので読みました。", "あれは、ひどいじゃないか。" ], [ "Bさんを知っていますか?", "ええ、知っています。", "こんど、あのひとに小説を書いていただくことになっていますが。" ], [ "あなたは、どうです。書けますか?", "僕は、だめです。まるっきり、だめです。下手くそなんですね。恋愛を物語りながら、つい演説口調になったりなんかして、ひとりで呆れて笑ってしまうことがあります。", "そんなことは無いだろう。あなたは、これまで、若いジェネレエションのトップを切っていたのでしょう?", "冗談じゃない。このごろは、まるで、ファウストですよ。あの老博士の書斎での呟きが、よくわかるようになりました。ひどく、ふけちゃったんですね。ナポレオンが三十すぎたらもう、わが余生は、などと言っていたそうですが、あれが判って、可笑しくて仕様が無い。", "余生ということを、あなた自身に感じるのですか?" ], [ "そんなことじゃ、仕様が無いじゃないですか。あなたは、失礼ですけど、おいくつですか。", "僕は、三十一です。", "それじゃ、Cさんより一つ若い。Cさんは、いつ逢っても元気ですよ。文学論でもなんでも、実に、てきぱき言います。あの人の眼は、実にいい。" ], [ "おい、お金をくれ。いくらある?", "さあ、四、五円はございましょう。", "使ってもいいか。", "ええ、少しは残して下さいね。", "わかってる。九時ごろ迄には帰る。" ], [ "だんだん、としとるばかりですし、ね。私は初めてじゃないのですから、少しおじいさんでも、かまわないのです。そんないいところなぞ望んでいませんから。", "でも、僕は心当りないですよ。" ], [ "おい、炭は大丈夫かね。無くなるという話だが。", "大丈夫でしょう。新聞が騒ぐだけですよ。そのときは、そのときで、どうにかなりますよ。", "そうかね。ふとんをしいてくれ。今晩は、仕事は休みだ。" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 初出:「知性」    1940(昭和15)年1月 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年11月22日公開 2012年8月27日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000278", "作品名": "鴎", "作品名読み": "かもめ", "ソート用読み": "かもめ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「知性」1940(昭和15)年1月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-11-22T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card278.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集3", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年10月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/278_ruby_20015.zip", "テキストファイル最終更新日": "2012-08-27T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/278_20016.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2012-08-27T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "だめでございますよ。酔っぱらったのですの。いつもこんな出鱈目ばかり申して、こまってしまいます。お気になさらぬように。", "なにが出鱈目だ。うるさい。おおやさん、私はほんとに発明家ですよ。どうすれば人間、有名になれるか、これを発明したのです。それ、ごらん。膝を乗りだして来たじゃないか。これだ。いまのわかいひとたちは、みんなみんな有名病という奴にかかっているのです。少しやけくそな、しかも卑屈な有名病にね。君、いや、あなた、飛行家におなり。世界一周の早まわりのレコオド。どうかしら? 死ぬる覚悟で眼をつぶって、どこまでも西へ西へと飛ぶのだ。眼をあけたときには、群集の山さ。地球の寵児さ。たった三日の辛抱だ。どうかしら? やる気はないかな。意気地のない野郎だねえ。ほっほっほ。いや、失礼。それでなければ犯罪だ。なあに、うまくいきますよ。自分さえがっちりしてれあ、なんでもないんだ。人を殺すもよし、ものを盗むもよし、ただ少しおおがかりな犯罪ほどよいのですよ。大丈夫。見つかるものか。時効のかかったころ、堂々と名乗り出るのさ。あなた、もてますよ。けれどもこれは、飛行機の三日間にくらべると、十年間くらいの我慢だから、あなたがた近代人には鳥渡ふむきですね。よし。それでは、ちょうどあなたにむくくらいのつつましい方法を教えましょう。君みたいな助平ったれの、小心ものの、薄志弱行の徒輩には、醜聞という恰好の方法があるよ。まずまあ、この町内では有名になれる。人の細君と駈落ちしたまえ。え?" ], [ "よし。万歳!", "万歳。" ], [ "これでも苦労したものですよ。良心のある画ですね。これを画いたペンキ屋の奴、この風呂へは、決して来ませんよ。", "来るのじゃないでしょうか。自分の画を眺めながら、しずかにお湯にひたっているというのもわるくないでしょう。" ], [ "まだ風呂から帰らないのですか?", "そう。", "はて。僕と風呂で一緒になりましてね。遊びに来いとおっしゃったものですから。" ], [ "木下さんはあれでやはり何か考えているのでしょう。それなら、ほんとの休息なんてないわけですね。なまけてはいないのです。風呂にはいっているときでも、爪を切っているときでも。", "まあ。だからいたわってやれとおっしゃるの?" ], [ "冗談じゃない。", "いいえ。働けたらねえ。" ], [ "小説です。", "え?" ], [ "でもあなたの、ほんとうは、は、あてになりませんからね。ほんとうは、というそんな言葉でまたひとつ嘘の上塗りをしているようで。", "や、これは痛い。そうぽんぽん事実を突きたがるものじゃないな。私はね、むかし森鴎外、ご存じでしょう? あの先生についたものですよ。あの青年という小説の主人公は私なのです。" ], [ "どうしてまた。風流ですね。", "いいえ。おいしいからのむのです。わたくし、実話を書くのがいやになりましてねえ。", "へえ。" ], [ "それでは、まあ、その傑作をお書きなさい。", "お帰りですか? 薄茶を、もひとつ。", "いや。" ], [ "どうです。お仕事ができましたか?", "それが駄目でした。この百日紅に油蝉がいっぱいたかって、朝っから晩までしゃあしゃあ鳴くので気が狂いかけました。" ], [ "ああ。お土産を持って来ましたよ。", "ありがとう。" ], [ "まえから聞こうと思っていたのですが、どうしたのだろう。あなたは莫迦に浮気じゃないか。", "いいえ。みんな逃げてしまうのです。どう仕様もないさ。", "しぼるからじゃないかな。いつかそんな話をしていましたね。失礼だが、あなたは女の金で暮していたのでしょう?" ], [ "金があればねえ。金がほしいのですよ。私のからだは腐っているのだ。五六丈くらいの滝に打たせて清めたいのです。そうすれば、あなたのようなよい人とも、もっともっとわけへだてなくつき合えるのだし。", "そんなことは気にしなくてよいよ。" ], [ "それで書けましたか。", "駄目でした。" ], [ "小説というものはつまらないですねえ。どんなによいものを書いたところで、百年もまえにもっと立派な作品がちゃんとどこかにできてあるのだもの。もっと新しい、もっと明日の作品が百年まえにできてしまっているのですよ。せいぜい真似るだけだねえ。", "そんなことはないだろう。あとのひとほど巧いと思うな。", "どこからそんなだいそれた確信が得られるの? 軽々しくものを言っちゃいけない。どこからそんな確信が得られるのだ。よい作家はすぐれた独自の個性じゃないか。高い個性を創るのだ。渡り鳥には、それができないのです。" ], [ "困るですね。僕はこのあいだ喧嘩をしてしまいました。いったい何をしているのです。", "だめなんでございます。まるで気ちがいですの。" ], [ "どうするつもりかな。勉強なんかしていないようですね。あれで本でも読むのですか?", "いいえ、新聞だけ。新聞だけは感心に三種類の新聞をとっていますの。ていねいに読むことよ。政治面をなんべんもなんべんも繰りかえして読んでいます。" ], [ "友だちもないようですね。", "ええ。みんなに悪いことをしていますから、もうつきあえないのだそうです。" ], [ "それがつまらないことなのですの。ちっともなんともないことなのです。それでも悪いことですって。あのひと、ものの善し悪しがわからないのでございますのよ。", "そうだ。そうです。善いことと悪いことがさかさまなのです。" ], [ "真似をしますのよ、あのひと。あのひとに意見なんてあるものか。みんな女からの影響よ。文学少女のときには文学。下町のひとのときには小粋に。わかってるわ。", "まさか。そんなチエホフみたいな。" ] ]
底本:「太宰治全集1」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年8月30日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:丹羽倫子 1999年9月12日公開 2005年10月19日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "いいえ。くにへ行って兄さんに逢うのが目的じゃない。お母さんに逢えたら、いいんだ。私はそう思いますよ。", "でも、兄さんの留守に、僕たちが乗り込むのは、なんだか卑怯みたいですが。", "そんな事は無い。私は、ゆうべ兄さんに逢って、ちょっと言って置いたんです。", "修治をくにへ連れて行くと言ったのですか?", "いいえ、そんな事は言えない。言ったら兄さんは、北君そりゃ困るとおっしゃるでしょう。内心はどうあっても、とにかく、そうおっしゃらなければならない立場です。だから私は、ゆうべお逢いしても、なんにも言いませんよ。言ったら、ぶちこわしです。ただね、私は東北のほうにちょっと用事があって、あすの七時の急行で出発するつもりだけど、ついでに津軽のお宅のほうへ立寄らせていただくかも知れませんよ、とだけ言って置いたのです。それでいいんです。兄さんが留守なら、かえって都合がいいくらいだ。", "北さんが、青森へ遊びに行くと言ったら、兄さん喜んだでしょう。", "ええ、お家のほうへ電話してほうぼう案内するように言いつけようとおっしゃったのですが、私は断りました。" ], [ "兄さんは、いつ帰るのかしら。まさか、きょう一緒の汽車で、――", "そんな事はない。茶化しちゃいけません。こんどは町長さんを連れて来ていましたよ。ちょっと、手数のかかる用事らしい。" ], [ "いくら?", "――せん!", "え?", "――せん!" ], [ "どうしたのです。痩せましたね。", "ええ、盲腸炎をやりましてね。" ] ]
底本:「太宰治全集5」ちくま文庫、筑摩書房    1989(昭和64)年1月31日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月から1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:ふるかわゆか 2003年11月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001584", "作品名": "帰去来", "作品名読み": "ききょらい", "ソート用読み": "ききよらい", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2003-12-04T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-18T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1584.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集5", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(昭和64)年1月31日", "入力に使用した版1": "1989(昭和64)年1月31日第1刷", "校正に使用した版1": "1989(昭和64)年1月31日第1刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月から1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "ふるかわゆか", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1584_ruby_13914.zip", "テキストファイル最終更新日": "2003-11-24T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "0", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1584_13915.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2003-11-24T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "住むに家無く、最愛の妻子と別居し、家財道具を焼き、衣類を焼き、蒲団を焼き、蚊帳を焼き、何も一つもありやしないんだ。僕はね、奥さん、あの雑貨店の奥の三畳間を借りる前にはね、大学の病院の廊下に寝泊りしていたものですよ。医者のほうが患者よりも、数等みじめな生活をしている。いっそ患者になりてえくらいだった。ああ、実に面白くない。みじめだ。奥さん、あなたなんか、いいほうですよ。", "ええ、そうね。" ], [ "そう思いますわ。本当に、私なんか、皆さんにくらべて仕合せすぎると思っていますの。", "そうですとも、そうですとも。こんど僕の友人を連れて来ますからね、みんなまあ、これは不幸な仲間なんですからね、よろしく頼まざるを得ないというような、わけなんですね。" ], [ "奥さま、なぜあんな者たちと、雑魚寝なんかをなさるんです。私、あんな、だらしない事は、きらいです。", "ごめんなさいね。私、いや、と言えないの。" ], [ "奥さま、ずいぶんおやつれになりましたわね。あんな、お客のつき合いなんか、およしなさいよ。", "ごめんなさいね。私には、出来ないの。みんな不仕合せなお方ばかりなのでしょう? 私の家へ遊びに来るのが、たった一つの楽しみなのでしょう。" ], [ "だから、それだから私は、お客が大きらいだったのです。こうなったらもう、あのお客たちがお医者なんだから、もとのとおりのからだにして返してもらわなければ、私は承知できません。", "だめよ、そんな事をお客さまたちに言ったら。お客さまたちは責任を感じて、しょげてしまいますから。", "だって、こんなにからだが悪くなって、奥さまは、これからどうなさるおつもり? やはり、起きてお客の御接待をなさるのですか? 雑魚寝のさいちゅうに血なんか吐いたら、いい見世物ですわよ。" ], [ "や、これは、どこかへお出かけ?", "いいんですの、かまいません。ウメちゃん、すみません客間の雨戸をあけて。どうぞ、先生、おあがりになって。かまわないんですの。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月24日公開 2005年11月5日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000291", "作品名": "饗応夫人", "作品名読み": "きょうおうふじん", "ソート用読み": "きようおうふしん", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「光」1948(昭和23)年1月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-24T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card291.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集9", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年5月30日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "かとうかおり", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/291_ruby_20175.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-05T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/291_20176.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-05T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "拝復。お言いつけの原稿用紙五百枚、御入手の趣、小生も安心いたしました。毎度の御引立、あり難く御礼申しあげます。しかも、このたびの御手簡には、小生ごときにまで誠実懇切の御忠告、あまり文壇通をふりまわさぬよう、との御言葉。何だか、どしんとたたきのめされた気持で、その日は自転車をのり廻しながら一日中考えさせられました。というのは、実を言えば貴下と吉田さんにはそういった苦言をいつの日か聞かされるのではないかと、かねて予感といった風のものがあって、この痛いところをざくり突かれた形だったからです。然し、そう言いながらも御手紙は、うれしく拝見いたしました。そうして貴下の御心配下さる事柄に対して、小生としても既に訂正しつつあるということを御報告したいのです。それは前陳の、予感があったという、それだけでも、うなずいて頂けると思います。何はしかれ、御手紙をうれしく拝見したことをもう一度申し上げて万事は御察し願うと共に貴下をして、小生を目してきらいではない程のことでは済まされぬ、本当に好きだといって貰うように心掛けることにいたします。吉田さんへも宜しく御伝え下され度、小生と逢っても小生が照れぬよう無言のうちに有無相通ずるものあるよう御取はからい置き下され度、右御願い申しあげます。なお、この事、既に貴下のお耳に這入っているかも知れませんが、英雄文学社の秋田さんのおっしゃるところに依れば、先々月の所謂新人四名の作品のうち、貴下のが一番評判がよかったので、またこの次に依頼することになっているという話です。私は商人のくせに、ひとに対して非常に好き、きらいがあって、すきな人のよい身のうえ話は自分のことのようにうれしいのです。私は貴下が好きなので、如上の自分の喜びを頒つ意味と、若し秋田さんの話が貴下に初耳ならば、御仕事をなさる上にこの御知らせが幾分なりとも御役に立つのではないかと実はこの手紙を書きました。そうして、貴下の潔癖が私のこのやりかたを又怒られるのではないかとも一応は考えてみましたが、私の気持ちが純粋である以上、若しこれを怒るならばそれは怒る方が間違いだと考えて敢えてこの御知らせをする次第です。但し貴下に考慮に入れて貰いたいのは、私のきらいな人というのは、私の店の原稿用紙をちっとも買ってくれない人を指して居るのではなく、文壇に在って芸術家でもなんでもない心の持主を意味して居ります。尠くともこの間に少しも功利的の考えを加えて居らぬことです。せめてこのことだけでも貴下にかって貰いたいものです。――まだ、まだ、言いたいことがあるのですけれども、私の不文が貴下をして誤解させるのを恐れるのと、明日又かせがなければならぬ身の時間の都合で、今はこれをやめて雨天休業の時にでもゆっくり言わせて貰います。なお、秋田さんの話は深沼家から聞きましたが、貴下にこの手紙書いたことが知れて、いらぬ饒舌したように思われては心外であるのみならず、秋田さんに対しても一寸責任を感じますので、貴下だけの御含みにして置いて頂きたいと思います。然し私は話の次手にお得意先の二、三の作家へ、ただまんぜんと、太宰さんのが一ばん評判がよかったのだそうですね位のことはいうかも分りません。そうして、かかることについても、作家の人物月旦やめよ、という貴下の御叱正の内意がよく分るのですけれども私には言いぶんがあるのです。まだ、まだ、言いたいことがあると申し上げる所以なのです。いずれ書きます。どうぞからだを大事にして下さい。不文、意をつくしませぬが、御判読下さいまし。十一月二十八日深夜二時。十五歳八歳当歳の寝息を左右に聞きながら蒲団の中、腹這いのままの無礼を謝しつつ。田所美徳。太宰治様。", "拝啓。歴史文学所載の貴文愉快に拝読いたしました。上田など小生一高時代からの友人ですが、人間的に実にイヤな奴です。而るに吉田潔なるものが何か十一月号で上田などの肩を持ってぶすぶすいってるようですが、若し宜しいようでしたら、匿名でも結構ですから、何かアレについて一言御書き下さる訳には参りませんかしら。十二月号を今編輯していますので、一両日中に頂けますと何よりです。どうか御聞きとどけ下さいますよう御願い申します。十一月二十九日。栗飯原梧郎。太宰治様。ヒミツ絶対に厳守いたします。本名で御書き下さらば尚うれしく存じます。", "拝復。めくら草子の校正たしかにいただきました。御配慮恐入ります。只今校了をひかえ、何かといそがしくしております。いずれ。匆々。相馬閏二。" ], [ "近頃、君は、妙に威張るようになったな。恥かしいと思えよ。(一行あき。)いまさら他の連中なんかと比較しなさんな。お池の岩の上の亀の首みたいなところがあるぞ。(一行あき。)稿料はいったら知らせてくれ。どうやら、君より、俺の方が楽しみにしているようだ。(一行あき。)たかだか短篇二つや三つの註文で、もう、天下の太宰治じゃあちょいと心細いね。君は有名でない人間の嬉しさを味わないで済んでしまったんだね。吉田潔。太宰治へ。ダヌンチオは十三年間黙って湖畔で暮していた。美しいことだね。", "何かの本で、君のことを批評した言葉のなかに、傲慢の芸術云々という個所があった。評者は君の芸術が、それを失くした時、一層面白い云々、と述べていた。ぼくは、この意見に反対だ。ぼくには、太宰治が泣き虫に見えてならぬ。ぼくが太宰治を愛する所以でもあります。暴言ならば多謝。この泣き虫は、しかし、岩のようだ。飛沫を浴びて、歯を食いしばっている――。ずいぶん、逢わないな。―― He is not what he was. か。世田谷、林彪太郎。太宰治様。" ], [ "貴兄の短篇集のほうは、年内に、少しでも、校正刷お目にかけることができるだろうと存じます。貴兄の御厚意身に沁みて感佩しています。或いは御厚意裏切ること無いかと案じています。では、取急ぎ要用のみ。前略、後略のまま。大森書房内、高折茂。太宰学兄。", "僕はこの頃緑雨の本をよんでいます。この間うちは文部省出版の明治天皇御集をよんでいました。僕は日本民族の中で一ばん血統の純粋な作品を一度よみたく存じとりあえず歴代の皇室の方々の作品をよみました。その結果、明治以降の大学の俗学たちの日本芸術の血統上の意見の悉皆を否定すべき見解にたどりつきつつあります。君はいつも筆の先を尖がらせてものかくでしょう。僕は君に初めて送る手紙のために筆の先をハサミで切りました。もちろんこのハサミは検閲官のハサミでありません。その上、君はダス・マンということを知っているでしょう。デル・マンではありません。だから僕は君の作品に於て作品からマンの加減乗除を考えません。自信を持つということは空中楼閣を築く如く愉快ではありませんか。ただそのために君は筆の先をとぎ僕はハサミを使い、そのときいささかの滞りもなく、僕も人を理解したと称します。法隆寺の塔を築いた大工はかこいをとり払う日まで建立の可能性を確信できなかったそうです。それでいてこれは凡そ自信とは無関係と考えます。のみならず、彼は建立が完成されても、囲をとり払うとともに塔が倒れても、やはり発狂したそうです。こういう芸術体験上の人工の極致を知っているのは、おそらく君でしょう。それゆえ、あなたは表情さえ表現しようとする、当節誇るべき唯一のことと愚按いたします。あなたが御病気にもかかわらず酒をのみ煙草を吸っていると聞きました。それであなたは朝や夕べに手洗をつかうことも誇るがいいでしょう。そういう精神が涵養されなかったために未だに日本新文学が傑作を生んでいない。あなたはもっと誇りを高く高くするがいい。永野喜美代。太宰治君。", "わずかな興を覚えた時にも、彼はそれを確める為に大声を発して笑ってみた。ささやかな思い出に一滴の涙が眼がしらに浮ぶときにも、彼はここぞと鏡の前に飛んでゆき、自らの悲歎に暮れたる侘しき姿を、ほれぼれと眺めた。取るに足らぬ女性の嫉妬から、些かの掠り傷を受けても、彼は怨みの刃を受けたように得意になり、たかだか二万法の借金にも、彼は、(百万法の負債に苛責まれる天才の運命は悲惨なる哉。)などと傲語してみる。彼は偉大なのらくら者、悒鬱な野心家、華美な薄倖児である。彼を絶えず照した怠惰の青い太陽は、天が彼に賦与した才能の半ばを蒸発させ、蚕食した。巴里、若しくは日本高円寺の恐るべき生活の中に往々見出し得るこの種の『半偉人』の中でも、サミュエルは特に『失敗せる傑作』を書く男であった。彼は彼の制作よりも寧ろ彼の為人の裡に詩を輝かす病的、空想的の人物であった。未だ見ぬ太宰よ。ぶしつけ、ごめん下さい。どうやら君は、早合点をしたようだ。君は、ボオドレエルを掴むつもりで、ボ氏の作品中の人物を、両眼充血させて追いかけていた様だ。我は花にして花作り、我は傷にして刃、打つ掌にして打たるる頬、四肢にして拷問車、死刑囚にして死刑執行人。それでは、かなわぬ。むべなるかな、君を、作中人物的作家よと称して、扇のかげ、ひそかに苦笑をかわす宗匠作家このごろ更に数をましている有様。しっかりたのみましたよ、だあさん。ほほ、ほほほ。ごぞんじより。笑っちゃいかん! 僕は金森重四郎という三十五歳の男だ。妻もいることだし、ばかにするな。いったい、どうしたというのだ。ばか。", "拝啓。益々御健勝の段慶賀の至りに存じます。さて今回本紙に左の題材にて貴下の御寄稿をお願い致したく御多忙中恐縮ながら左記条項お含みの上何卒御承引のほどお願い申上げます。一、締切は十二月十五日。一、分量は、四百字詰原稿十枚。一、題材は、春の幽霊について、コント。寸志、一枚八円にて何卒。不馴れの者ゆえ、失礼の段多かるべしと存じられ候が、只管御寛恕御承引のほどお願い申上げます。師走九日。『大阪サロン』編輯部、高橋安二郎。なお、挿絵のサンプルとして、三画伯の花鳥図同封、御撰定のうえ、大体の図柄御指示下されば、幸甚に存上候。" ], [ "前略。ゆるし玉え。新聞きり抜き、お送りいたします。なぜ、こんなものを、切り抜いて置いたのか、私自身にも判明せず。今夜、フランス製、百にちかい青蛙あそんでいる模様の、紅とみどりの絹笠かぶせた電気スタンドを、十二円すこしで買いました。書斎の机上に飾り、ひさしぶりの読書したくなって、机のまえに正坐し、まず机の引き出しを整理し、さいころが出て来たので、二、三度、いや、正確に三度、机のうえでころがしてみて、それから、片方に白いふさふさの羽毛を附したる竹製の耳掻きを見つけて、耳穴を掃除し、二十種にあまるジャズ・ソングの歌詞をしるせる豆手帳のペエジをめくり、小声で歌い、歌いおわって、引き出しの隅、一粒の南京豆をぽんと口の中にほうり込む。かなしい男なのです。そのとき、出て来たものは、この同封の切り抜きです。何か、お役に立ち得るような気がいたします。私は、白髪の貴方を見てから死にたい。ことしの秋、私はあなたの小説をよみました。へんな話ですけれども、私は、友人のところであの小説を読んで、それから酒を呑んで、そのうちに、おう、おう、大声を放って泣いて、途中も大声で泣きながら家へかえって、ふとんを頭からかぶって寝て、ぐっすりと眠りました。朝起きたときには、全部忘却して居りましたが、今夜、この切り抜きがまた貴方を思い出させました。理由は、私にも、よく呑みこめませぬが、とにかくお送り申します。――『慢性モヒ中毒。無苦痛根本療法、発明完成。主効、慢性阿片、モルヒネ、パビナール、パントポン、ナルコポン、スコポラミン、コカイン、ヘロイン、パンオピン、アダリン等中毒。白石国太郎先生創製、ネオ・ボンタージン。文献無代贈呈。』――『寄席芝居の背景は、約十枚でこと足ります。野面。塀外。海岸。川端。山中。宮前。貧家。座敷。洋館なぞで、これがどの狂言にでも使われます。だから床の間の掛物は年が年中朝日と鶴。警察、病院、事務所、応接室なぞは洋館の背景一つで間に合いますし、また、云々。』――『チャプリン氏を総裁に創立された馬鹿笑いクラブ。左記の三十種の事物について語れば、即時除名のこと。四十歳。五十歳。六十歳。白髪。老妻。借銭。仕事。子息令嬢の思想。満洲国。その他。』――あとの二つは、講談社の本の広告です。近日、短篇集お出しの由、この広告文を盗みなさい。お読み下さい。ね。うまいもんでしょう?(何を言ってやがる。はじめから何も聞いてやしない。)私に油断してはいけません。私は貴方の右足の小指の、黒い片端爪さえ知っているのですよ。この五葉の切りぬきを、貴方は、こっそり赤い文箱に仕舞い込みました。どうです。いやいや、無理して破ってはいけません。私を知っていますか? 知る筈は、ない。私は二十九歳の医者です。ネオ・ボンタージンの発明者、しかも永遠の文学青年、白石国太郎先生でありますぞ。(われながら、ちっともおかしくない。笑わせるのは、むずかしいものですね。)白石国太郎は冗談ですが、いつでもおいで下さい。私は、ばかのように見えながら、実社会においては、なかなかのやり手なんだそうです。お手紙くだされば、私の力で出来る範囲内でベストをつくします。貴方は、もっともっと才能を誇ってよろし。芝区赤羽町一番地、白石生。太宰治大先生。或る種の実感を以って、『大先生』と一点不自然でなく、お呼びできます。大先生とは、むかしは、ばかの異名だったそうですが、いまは、そんなことがない様で、何よりと愚考いたします。", "治兄。兄の評判大いによろしい。そこで何か随筆を書くよう学芸のものに頼んだところ大乗気で却って向うから是非書かしてくれということだ。新人の立場から、といったようなものがいい由。七、八枚。二日か三日にわけて掲載。アプトデートのテエマで書いてくれ。期日は、明後日正午まで。稿料一枚、二円五十銭。よきもの書け。ちかいうちに遊びに行く。材料あげるから、政治小説かいてみないか。君には、まだ無理かな? 東京日日新聞社政治部、小泉邦録。", "謹啓。一面識ナキ小生ヨリノ失礼ナル手紙御読了被下度候。小生、日本人ノウチデ、宗教家トシテハ内村鑑三氏、芸術家トシテハ岡倉天心氏、教育家トシテハ井上哲次郎氏、以上三氏ノ他ノ文章ハ、文章ニ似テ文章ニアラザルモノトシテ、モッパラ洋書ニ親シミツツアルモ、最近、貴殿ノ文章発見シ、世界ニ類ナキ銀鱗躍動、マコトニ間一髪、アヤウク、ハカナキ、高尚ノ美ヲ蔵シ居ルコト観破仕リ、以来貴作ヲ愛読シ居ル者ニテ、最近、貴殿著作集『晩年』トヤラム出版ノオモムキ聞キ及ビ候ガ御面倒ナガラ発行所ト如何ナル御作、集録致サレ候ヤ、マタ、貴殿ノ諸作ニ対スル御自身ノ感懐ヲモ御モラシ被下度伏シテ願上候。御返信ネガイタク、参銭切手、二枚。葉書、一枚。同封仕リ候。封書、葉書、御意ノ召スガママニ御染筆ネガイ上候。ナオマタ、切手、モシクハ葉書、御不用ノ際ハソノママ御返送ノホドオ願イ申上候。太宰治殿。清瀬次春。二伸。当地ハ成田山新勝寺オヨビ三里塚ノ近クニ候エバ当地ニ御光来ノ節ハ御案内仕ル可ク候。" ], [ "拝呈。過刻は失礼。『道化の華』早速一読甚だおもしろく存じ候。無論及第点をつけ申し候。『なにひとつ真実を言わぬ。けれども、しばらく聞いているうちには思わぬ拾いものをすることがある。彼等の気取った言葉のなかに、ときどきびっくりするほど素直なひびきの感ぜられることがある。』という篇中のキイノートをなす一節がそのままうつして以てこの一篇の評語とすることが出来ると思います。ほのかにもあわれなる真実の蛍光を発するを喜びます。恐らく真実というものは、こういう風にしか語れないものでしょうからね。病床の作者の自愛を祈るあまり慵斎主人、特に一書を呈す。何とぞおとりつぎ下さい。十日深夜、否、十一日朝、午前二時頃なるべし。深沼太郎。吉田潔様硯北。", "どうだい。これなら信用するだろう。いま大わらわでお礼状を書いている始末だ。太陽の裏には月ありで、君からもお礼状を出して置いて下さい。吉田潔。幸福な病人へ。", "謹啓。御多忙中を大変恐縮に存じますが、本紙新年号文芸面のために左の玉稿たまわりたく、よろしくお願いいたします。一、先輩への手紙。二、三枚半。三、一枚二円余。四、今月十五日。なお御面倒でしょうが、同封のハガキで御都合折り返しお知らせ下さいますようお願いいたします。東京市麹町区内幸町武蔵野新聞社文芸部、長沢伝六。太宰治様侍史。" ], [ "おハガキありがとう。元旦号には是非お願いいたします。おひまがありましたら十枚以上を書いていただきたい。(一行あき。)小泉君と先般逢ったが、相変らず元気、あの男の野性的親愛は、実に暖くて良い。あの男をもっと偉くしたい。(一行あき。)私は明日からしばらく西津軽、北津軽両郡の凶作地を歩きます。今年の青森県農村のさまは全く悲惨そのもの。とても、まともには見られない生活が行列をなし、群落をなして存在している。(一行あき。)貴兄のお兄上は、県会の花。昨今ますます青森県の重要人物らしい貫禄を具えて来ました。なかなか立派です。人の応待など出来て来ました。あのまま伸びたら、良い人物になり社会的の働きに於いても、すぐれたる力量を示すのも遠い将来ではございますまい。二十五歳で町長、重役頭取。二十九歳で県会議員。男ぶりといい、頭脳といい、それに大へんの勉強家。愚弟太宰治氏、なかなか、つらかろと御推察申しあげます。ほんとに。三日深夜。粉雪さらさら。北奥新報社整理部、辻田吉太郎。アザミの花をお好きな太宰君。", "太宰先生。一大事。きょう学校からのかえりみち、本屋へ立ち寄り、一時間くらい立読していたが、心細いことになっているのだよ。講談倶楽部の新年附録、全国長者番附を見たが、僕の家も、君の家も、きれいに姿を消して居る。いやだね。君の家が、百五十万、僕のが百十万。去年までは確かにその辺だった。毎年、僕は、あれを覗いて、親爺が金ない金ない、と言っても安心していたのだが、こんどだけは、本当らしいぞ。対策を考究しようじゃないか。こまった。こまった。清水忠治。太宰先生、か。" ], [ "玉稿昨日頂戴しました。先日、貴兄からのハガキどういう理由だかはっきりしなかったところ、昨日の原稿を読んで意味がよくわかりました。先日の僕の依頼に就て、態度がいけなかったら御免なさい。実はあの手紙、大変忙しい時間に、社の同僚と手分けして約二十通ちかくを(先輩の分と新人の分と)書かねばならなかったので、君の分だけ、個人的な通信を書いている時機がなかった。稿料のことを書かないのは却って不徳義故誰にでも書くことにしている。一緒に依頼した共通の友人、菊地千秋君にも、その他の諸君にも、みんな同文のものを書いただけだ。君にだけ特別個人的に書けばよかったのであろうが、そういう時間がなかったことは前述の通りだ。あの依頼の手紙を書いて、君の気持を害う結果になろうとは夢にも思わなかったし、悪意をもってああいうことをお願いするほど愚かな者もいないだろう。君が神経質になり過ぎているものとしか、僕には考えられない。君が僕に友情を持っていてくれるのなら、君こそ、そういう小さなことを、悪く曲解する必要はないではないか。尤も、君が痛罵したような態度を、平生僕がとっているとすれば、(君には勿論そういう態度をとったこともなければ、あの手紙がそういう態度に出たものでないことは前述の通りだ。)僕は反省しなければならぬし、自分の生活に就ても考えなければならない、事実考えてもいる。君がほんとの芸術家なら、ああいう依頼の手紙を書く者と、貰う者と、どちらがわびしい気持ちで生きているかは容易に了解できることと思う。兎に角、あの原稿は徹頭徹尾、君のそういう思い過しに出ているものだから、大変お気の毒だけれども書き直してはくれないだろうか。どうしても君が嫌だと云えば、致し方がないけれども、こういう誤解や邪推に出発したことで君と喧嘩したりするのは、僕は嫌だ。僕が君を侮じょくしたと君は考えたらしいけれど兎に角、僕は君のあの原稿の極端なる軽べつにやられて昨夜は殆んど一睡もしなかった。先日のあの僕の手紙のことに関する誤解は一掃してほしい。そして、原稿も書き直してほしい。これはお願いだ。君はああいうことで(然も、君自身の誤解で)非常に怒ったけれど、そういうことを一々怒っていては、僕など、一日に幾度怒っていなければならぬか、数えあげられるものではない。君が精いっぱいに生きているように、僕だって精いっぱいで生きているのだ。君のこれからのことや、僕のこれからのことや、そういうことは、こんど会った時、話したい。一度、君の病床に訪ねて、いろいろ話したいと思っているのだけれど、僕も大変多忙な上に、少々神経衰弱気味で参っているのだ。正月にでもなったら、ゆっくりお訪ねできることと思う。永野、吉田両君には先夜会った。神経をたかぶらせないでお身お大事に勉強してほしい。社の余暇を盗んで書いたので意を尽せないところが多いだろうが、折り返し、御返事をまちます。武蔵野新聞社、学芸部、長沢伝六。太宰治様。追伸、尚原稿書き直して戴ければ、二十五日までで結構だ。それから写真を一枚、同封して下さい。いろいろ面倒な御願いで恐縮だが、なにとぞよろしく。乱筆乱文多謝。", "ちかごろ、毎夜の如く、太宰兄についての、薄気味わるい夢ばかり見る。変りは、あるまいな。誓います。誰にも言いません。苦しいことがあるのじゃないか。事を行うまえに、たのむ、僕にちょっと耳打ちして呉れ。一緒に旅に出よう。上海でも、南洋でも、君の好きなところへ行こう。君の好いている土地なら、津軽だけはごめんだけれど、あとは世界中いずこの果にても、やがて僕もその土地を好きに思うようになります。これぼっちも疑いなし。旅費くらいは、私かせぎます。ひとり旅をしたいなら、私はお供いたしませぬ。君、なにも、していないだろうね? 大丈夫だろうね? さあ、私に明朗の御返事下さい。黒田重治。太宰治学兄。", "貴翰拝誦。病気恢復のおもむきにてなによりのことと思います。土佐から帰って以来、仕事に追われ、見舞にも行けないが、病気がよくなればそれでいいと思っている。今日は十五日締切の小説で大童になっているところ。新ロマン派の君の小説が深沼氏の推讃するところとなって、君が発奮する気になったとは二重のよろこびである。自信さえあれば、万事はそれでうまく行く。文壇も社会も、みんな自信だけの問題だと、小生痛感している。その自信を持たしてくれるのは、自分の仕事の出来栄えである。循環する理論である。だから自信のあるものが勝ちである。拙宅の赤んぼさんは、大介という名前の由。小生旅行中に女房が勝手につけた名前で、小生の気に入らない名前である。しかし、最早や御近所へ披露してしまった後だから泣寝入りである。後略のまま頓首。大事にしたまえ。萱野君、旅行から帰って来た由。早川俊二。津島君。" ], [ "めくら草紙を読みました。あの雑誌のうち、あの八頁だけを読みました。あなたは病気骨の髄を犯しても不倒である必要があります。これは僕の最大限の君への心の言葉。きょう僕は疲れて大へん疲れて字も書きづらいのですが、急に君へ手紙を出す必要をその中で感じましたので一筆。お正月は大和国桜井へかえる。永野喜美代。", "君は、君の読者にかこまれても、赤面してはいけない。頬被りもよせ。この世の中に生きて行くためには。ところで、めくら草紙だが、晦渋ではあるけれども、一つの頂点、傑作の相貌を具えていた。君は、以後、讃辞を素直に受けとる修行をしなければいけない。吉田生。", "はじめて、手紙を差上げる無礼、何卒お許し下さい。お蔭様で、私たちの雑誌、『春服』も第八号をまた出せるようになりました。最近、同人に少しも手紙を書かないので連中の気持は判りませんが、ぼくの云いたいのは、もうお手許迄とどいているに違いない『春服』八号中の拙作のことであります。興味がなかったら後は読まないで下さい。あれは昨年十月ぼくの負傷直前の制作です。いま、ぼくはあれに対して、全然気恥しい気持、見るのもいやな気持に駆られています。太宰さんの葉書なりと一枚欲しく思っています。ぼくはいま、ある女の子の家に毎晩のように遊びに行っては、無駄話をして一時頃帰ってきます。大して惚れていないのに、せんだって、真面目に求婚して、承諾されました。その帰り可笑しく、噴き出している最中、――いや、どんな気持だったかわかりません。ぼくはいつも真面目でいたいと思っているのです。東京に帰って文学三昧に耽りたくてたまりません。このままだったら、いっそ死んだ方が得なような気がします。誰もぼくに生半可な関心なぞ持っていて貰いたくありません。東京の友達だって、おふくろだって貴方だってそうです。お便り下さい。それよりお会いしたい。大ウソ。中江種一。太宰さん。" ], [ "お問い合せの玉稿、五、六日まえ、すでに拝受いたしました。きょうまで、お礼逡巡、欠礼の段、おいかりなさいませぬようお願い申します。玉稿をめぐり、小さい騒ぎが、ございました。太宰先生、私は貴方をあくまでも支持いたします。私とて、同じ季節の青年でございます。いまは、ぶちまけて申しあげます。当雑誌の記者二名、貴方と決闘すると申しています。玉稿、ふざけて居る。田舎の雑誌と思ってばかにして居る。おれたちの眼の黒いうちは、採用させぬ。生意気な身のほど知らず、等々、たいへんな騒ぎでございました。私には成算ございましたので、二、三日、様子を見て、それから貴方へ御寄稿のお礼かたがた、このたびの事件のてんまつ大略申し述べようと思って居りましたところ、かれら意外にも、けさ、編輯主任たる私には一言の挨拶もなく、書留郵便にて、玉稿御返送敢行いたせし由、承知いたし、いまは、私と彼等二人の正義づらとの、面目問題でございます。かならず、厳罰に附し、おわびの万分の一、当方の誠意かっていただきたく、飛行郵便にて、玉稿の書留より一足さきに、額の滝、油汗ふきふき、平身低頭のおわび、以上の如くでございます。なお、寸志おしるしだけにても、御送り申そうかと考えましたが、これ又、かえって失礼に当りはせぬか、心にかかり、いまは、訥吃、蹌踉、七重の膝を八重に折り曲げての平あやまり、他日、つぐない、内心、固く期して居ります。俗への憤怒。貴方への申しわけなさ。文字さえ乱れて、細くまた太く、ひょろひょろ小粒が駈けまわり、突如、牛ほどの岩石の落下、この悪筆、乱筆には、われながら驚き呆れて居ります。創刊第一号から、こんな手違いを起し、不吉きわまりなく、それを思うと泣きたくなります。このごろ、みんな、一オクタアヴくらい調子が変化して居るのにお気附きございませぬか。私は、もとより、私の周囲の者まで、すべて。大阪サロン編輯部、高橋安二郎。太宰先生。", "前略。しつれい申します。玉稿、本日別封書留にてお送りいたしました。むかしの同僚、高橋安二郎君が、このごろ病気がいけなくなり、太宰氏、ほか三人の中堅、新進の作家へ、本社編輯部の名をいつわり、とんでもない御手紙さしあげて居ることが最近、判明いたしました。高橋君は、たしか三十歳。おととしの秋、社員全部のピクニックの日、ふだん好きな酒も呑まず、青い顔をして居りましたが、すすきの穂を口にくわえて、同僚の面前にのっそり立ちふさがり薄目つかって相手の顔から、胸、胸から脚、脚から靴、なめまわすように見あげ、見おろす。帰途、夕日を浴びて、ながいながいひとりごとがはじまり、見事な、血したたるが如き紅葉の大いなる枝を肩にかついで、下腹部を殊更に前へつき出し、ぶらぶら歩いて、君、誰にも言っちゃいけないよ、藤村先生ね、あの人、背中一ぱいに三百円以上のお金をかけて刺青したのだよ。背中一ぱいに金魚が泳いで居る。いや、ちがった、おたまじゃくしが、一千匹以上うようよしているのだ。山高帽子が似合うようでは、どだい作家じゃない。僕は、この秋から支那服着るのだ。白足袋をはきたい。白足袋はいて、おしるこたべていると泣きたくなるよ。ふぐを食べて死んだひとの六十パアセントは自殺なんだよ。君、秘密は守って呉れるね? 藤村先生の戸籍名は河内山そうしゅんというのだ。そのような大へんな秘密を、高橋の呼吸が私の耳朶をくすぐって頗る弱ったほど、それほど近く顔を寄せて、こっそり教えて呉れましたが、高橋君は、もともと文学青年だったのです。六、七年まえのことでございますが、当時、信濃の山々、奥深くにたてこもって、創作三昧、しずかに一日一日を生きて居られた藤村、島崎先生から、百枚ちかくの約束の玉稿、(このときの創作は、文豪老年期を代表する傑作という折紙つきました。)ぜひともいただいて来るよう、まして此のたびは他の雑誌社に奪われる危険もあり、如才なく立ちまわれよ、と編輯長に言われて、ふだんから生真面目の人、しかもそのころは未だ二十代、山の奥、竹の柱の草庵に文豪とたった二人、囲炉裏を挟んで徹宵お話うけたまわれるのだと、期待、緊張、それがために顔もやや青ざめ、同僚たちのにぎやかな声援にも、いちいち口を引きしめては深くうなずき、決意のほどを見せるのです。廻転ドアにわれとわが身を音たかく叩きつけ、一直線に旅立ったときのひょろ長い後姿には、笑ってすまされないものがございました。四日目の朝、しょんぼり、びしょ濡れになって、社へ帰ってまいりました。やられたのです。かれの言いぶんに拠れば、字義どおりの一足ちがい、宿の朝ごはんの後、熱い番茶に梅干いれてふうふう吹いて呑んだのが失敗のもと、それがために五分おくれて、大事になったとのこと、二人の給仕もいれて十六人の社員、こぞって同情いたしました。私なども編あげ靴の紐を結び直したばかりに、やはり他社のものに先をこされて、あやうく首切られそうになったかなしい経験がございます。高橋君は、すぐ編輯長に呼ばれて、三時間、直立不動の姿勢でもって、説教きかされ、お説教中、五たび、六たび、編輯長をその場で殺そうと決意したそうでございます。とうとう仕舞いには、卒倒、おびただしき鼻血。私たち、なんにも申し合わせなかったのに、そのあくる日、二人の給仕は例外、ほかの社員ことごとく、辞表をしたためて持って来ていたのでございます。そうして、くやしくて、みんな編輯長室のまえの薄暗い廊下でひしと一かたまりにかたまって、ことにも私、どうにもこうにも我慢ならず、かたわらの友人の、声しのばせての歔欷に誘われ、大声放って泣きました。あのときの一種崇高の感激は、生涯にいちどあるか無しかの貴重のものと存じます。ああ、不要のことのみ書きつらねました。おゆるし下さい。高橋君は、それ以後、作家に限らず、いささかでも人格者と名のつく人物、一人の例外なく蛇蝎視して、先生と呼ばれるほどの嘘を吐き、などの川柳をときどき雑誌の埋草に使っていましたが、あれほどお慕いしていた藤村先生の『ト』の字も口に出しませぬ。よほどの事が、あったにちがいございませぬ。昨年の春、健康いよいよ害ねて、今は、明確に退社して居ります。百日くらいまえに私はかれの自宅の病室を見舞ったのでございます。月光が彼のベッドのあらゆるくぼみに満ちあふれ、掬えると思いました。高橋は、両の眉毛をきれいに剃り落していました。能面のごとき端正の顔は、月の光の愛撫に依り金属のようにつるつるしていました。名状すべからざる恐怖のため、私の膝頭が音たててふるえるので、私は、電気をつけようと嗄れた声で主張いたしました。そのとき、高橋の顔に、三歳くらいの童子の泣きべそに似た表情が一瞬ぱっと開くより早く消えうせた。『まるで気違いみたいだろう?』ともちまえの甘えるような鼻声で言って、寒いほど高貴の笑顔に化していった。私は、医師を呼び、あくる日、精神病院に入院させた。高橋は静かに、謂わば、そろそろと、狂っていったのである。味わいの深い狂いかたであると思惟いたします。ああ。あなたの小説を、にっぽん一だと申して、幾度となく繰り返し繰り返し拝読して居る様子で、貴作、ロマネスクは、すでに諳誦できる程度に修行したとか申して居たのに。むかしの佳き人たちの恋物語、あるいは、とくべつに楽しかった御旅行の追憶、さては、先生御自身のきよらかなるロマンス、等々、病床の高橋君に書き送る形式にて、四枚、月末までにおねがい申しあげます。大阪サロン編輯部、春田一男。太宰治様。", "君の葉書読んだ。単なる冷やかしに過ぎんではないか。君は真実の解らん人だね。つまらんと思う。吉田潔。", "冠省。首くくる縄切れもなし年の暮。私も、大兄お言いつけのものと同額の金子入用にて、八方狂奔。岩壁、切りひらいて行きましょう。死ぬるのは、いつにても可能。たまには、後輩のいうことにも留意して下さい。永野喜美代。", "先日は御手紙有難う。又、電報もいただいた。原稿は、どういうことにしますか。君の気がむいたようにするのが、一番いいと思う。〆切は二十五、六日頃までは待てるのです。小生ただいま居所不定、(近くアパアトを捜す予定)だから御通信はすべて社宛に下さる様。住所がきまったなら、お報せする。要用のみで失敬。武蔵野新聞社学芸部、長沢伝六。" ], [ "御手紙拝見。お金の件、お願いに背いて申し訳ないが、とても急には出来ない。実は昨年、県会議員選挙に立候補してお蔭で借金へ毎月可成とられるので閉口。選挙のとき小泉邦録君から五十円送って貰った。これだけでも早くお返ししたいと思い乍ら未だにお返し出来ずにいる始末。五十円位の金が出来ないのは何んとも羞しいがさりとて、その辺を借金に廻るのは小生には、ちょっと出来ない。貴兄が小生の友情を信じて寄せた申越しに対し重ね重ねすまない。しかし出来ないことをねちねちしているのも嫌だから早速この手紙を書いた次第。悪く思わないでくれ。小生昨今、文学にしばらく遠ざかっているので、貴兄の活躍ぶりも詳しくは接していないが、貴兄の力には期待して居りますので必ずや相当以上の活動をしていることと思って居ります。返す返す済まないが、右の事情を御賢察のうえ御寛恕下さい。しかし貴兄から、こう頼まれたが、工面出来ないかと友達連に相談をかけても良いものならばまた可能性の生れて来る余地あるやも知れぬが、これは貴兄に対する礼儀でないと思うので……右とり急ぎ。辻田吉太郎。太宰兄。", "手紙など書き、もの言わんとすれば君ぞありぬる。ああ、よき友よ。家内にせんには、ちと、ま心たらわず、愛人とせんには縹緻わるく、妻妾となさんとすれば、もの腰粗雑にして鴉声なり。ああ、不足なり。不足なり。月よ。汝、天地の美人よ。月やはものを思わする。吉田潔。" ], [ "一言。(一行あき。)僕は、僕もバイロンに化け損ねた一匹の泥狐であることを、教えられ、化けていることに嫌気が出て、恋の相手に絶交状を書いた。自分の生活は、すべて嘘であり、偽であり、もう、何ごとも信ぜず、絶望の(銀行も、よす。)穴に落ち入る。きょうより以後、あなたの文学をみとめない。さようなら。御写真ください。道化の華は人殺し文学であるか。(銀行はよさない。けれども……)いや、ざっと、ウォーミングアップ。太宰さん、どうやらひっかかったらしい。手ごたえあり。私に興味を感じたら、お仕舞までお読み下さい。僕はまだ二十歳の少年なので、貴重なお時間を割いて戴くのも、心苦しいまでに有難く存じます。(この私の、いのちこめたる誠実の言葉をさえ、鼻で笑ったら、貴下を、ほんとうに、刺し殺そうと思っています。ああ、ぼんくらな事を言った。)まず、僕が、どの程度に少年であるか、自己紹介させて下さい。十五、六歳の頃、佐藤春夫先生と、芥川龍之介先生に心酔しました。十七歳の頃、マルクスとレエニンに心酔しました。(命を賭して。)……ところが、十八歳になると、また『芥川』に逆戻りして、辻潤氏に心酔しました。(太宰って、なあんて張り合いのない野郎だろう。聞いているのか、ダルマ、こちらむけ、われも淋しい秋の暮、とは如何? お助け下さい。くず籠へ投げこまないで下さい。せいぜい面白くかきますから。)『芥川』を透して、アナトール・フランス(敬語は不用でしょう)を、ボードレエルを、E・A・ポーを、愛読しました。それから文学を留守にして、幻燈の街に出かけたり、とやかくやして、現在の僕になりました。僕は文学をやるのに、語学の必要を感じつつ、外国語はさておき、日本語の勉強をすらやらないで、(面白くない? もう少しですから、辛抱たのむ。)便便として過してます。自分の生活を盲動だと思って、然し、人生そのものが盲動さ、と自問自答しています。(秋の夜や、自問自答の気の弱り。これは二百年まえの翁の句です。)二十歳の少年の分際で、これはあまり諦めがよすぎるかも知れません。……シェストフ的不安とは何であるか、僕は知りません。ジッドは『狭き門』を読んだ切りで、純情な青年の恋物語であり、シンセリティの尊さを感じたくらいで、……とにかく、浅学菲才の僕であります。これで失礼申します。私は、とんでもない無礼をいたしました。私の身のほどを、只今、はっと知りました。候文なら、いくらでもなんでも。他人からの借衣なら、たとい五つ紋の紋附きでも、すまして着て居られる。あれですね。それでは、唄わせて、(ふびんなことを言うなよ。)いや、書かせていただきます。拝啓。小生儀、異性の一友人にすすめられ、『めくら草紙』を読み、それから『ダス・ゲマイネ』を読み、たちどころに、太宰治ファンに相成候ものにして、これは、ファン・レターと御承知被下度候。『新ロマン派』も十月号より購読致し、『もの想う葦』を読ませて戴き居候。知性の極というものは、……の馬場の言葉に、小生……いや、何も言うことは無之候。映画ファンならば、この辺でプロマイドサインを願う可きと存候え共、そして小生も何か太宰治さま、よりの『サイン』に似たもの、欲しとは存じ候え共、いけませんでしょうか。御伺い申上候。かかる原稿用紙様の手紙にて、礼を失し候段、甚謝仕候。敬具。十二月二十二日。太宰治様。わが名は、なでしことやら、夕顔とやら、あざみとやら。追伸、この手紙に、僕は、言い足りない、或は言い過ぎた、ことの自己嫌悪を感じ、『ダス・ゲマイネ』のうちの言葉、『しどろもどろの看板』を感じる。(いや、ばかなことを言った。)太宰さん、これは、だめです。だいいち私に、異性の友人など、いつできたのだろう。全部ウソです。サインなんか不要です。私は、貴下の、――いや、むずかしくなって来ました。御返事かならず不要です。そんなもの、いやです。おかしくって。私たちの作家が出たというのは、うれしいことです。苦しくとも、生きて下さい。あなたのうしろには、ものが言えない自己喪失の亡者が、十万、うようよして居ります。日本文学史に、私たちの選手を出し得たということは、うれしい。雲霞のごときわれわれに、表現を与えて呉れた作家の出現をよろこぶ者でございます。(涙が出て、出て、しようがない)私たち、十万の青年、実社会に出て、果して生きとおせるか否か、厳粛の実験が、貴下の一身に於いて、黙々と行われて居ります。以上、書いたことで、私は、まだ少年の域を脱せず、『高所の空気、強い空気』である、あなたに、手紙を書いたり、逢ったりすることに依りて、『凍える危険』を感ずる者である。まことに敬畏する態度で、私は、この手紙一本きりで、あなたから逃げ出す。めくら蜘蛛、願わくば、小雀に対して、寛大であられんことを。勿論お作は、誰よりも熱心に愛読します心算、もう一言。――君に黄昏が来はじめたのだ……君は稲妻を弄んだ。あまり深く太陽を見つめすぎた。それではたまらない……(一行あき。)めくら草紙の作者に、この言葉あてはまるや否や、――ストリンドベルグの『ダマスクスへ』よりの言葉である。と、ああ、気取った書き方をして了った。もう、これ以上、書かないけれども、太宰治様。僕は、あなたの処へ飛んで行って暗いところで話し度い。改造にあなたが書けば改造を買い、中公にあなたが書けば中公を買う。そして、わざと三円の借金をかえさざる。頓首。私は女です。", "拝復。君ガ自重ト自愛トヲ祈ル。高邁ノ精神ヲ喚起シ兄ガ天稟ノ才能ヲ完成スルハ君ガ天ト人トヨリ賦与サレタル天職ナルヲ自覚サレヨ。徒ラニ夢ニ悲泣スル勿レ。努メテ厳粛ナル五十枚ヲ完成サレヨ。金五百円ハヤガテ君ガモノタルベシトゾ。八拾円ニテ、マント新調、二百円ニテ衣服ト袴ト白足袋ト一揃イ御新調ノ由、二百八拾円ノ豪華版ノ御慶客。早朝、門ニ立チテオ待チ申シテイマス。太宰治様。深沢太郎。", "謹啓。其の後御無沙汰いたして居りますが、御健勝ですか。御伺い申しあげます。二三日前から太宰君に原稿料として二十円を送るように、たびたびハガキや電報を貰っているのですが、社の稿料は六円五十銭(二枚半)しかあげられず、小生ただいま、金がなく漸く十円だけ友人に本日借りることができました。四度も書き直してくれて、お気の毒千万なのですが計十五円だけお送りいたします。おおみそかを控え、それでも平気でぱっぱっ使ってしまいますゆえ、あなたの方で保管、適当にお渡し下さいまし。もっと送ってあげたく思いましたが、僕もいっぱいの生活でどうにもできません。麹町区内幸町武蔵野新聞社文芸部、長沢伝六。太宰治様、令閨様。" ], [ "前略。その後いよいよ御静養のことと思い安心しておりましたところ、風のたよりにきけば貴兄このごろ薬品注射によって束の間の安穏を願っていらるる由。甚だもっていかがわしきことと思います。薬品注射の末おそろしさに関しては、貴兄すでに御存じ寄りのことと思いますので、今はくり返し申しません。しかしそれは恋人を思いあきらめるがごとき大発心にて、どうか思いあきらめて下さるよう切望いたします。仏典に申す『勇猛精進』とはこのあたりの決心をうながす意味の言葉かと思います。実は参上して申述べ度きところでありますが、貴兄も一家の主人で子供ではなし、手紙で申してもききわけて頂けると信じ手紙で申します。どこか温い土地か温泉に行って静かに思索してはいかがでしょう。青森の兄さんとも相談して、よろしくとりはからわれるよう老婆心までに申し上げます。或いは最早や温泉行きの手筈もついていることかと思います。温泉に引越したら御様子願い上げます。北沢君なんかといっしょに訪ね、小生もその附近の宿にしばらく逗留してみたいと思います。奥さんによろしく。頓首。早川俊二。津島修治様。", "三拾円しか出来ない。いのちがけ、ということをきいて心配いたして居りますが、どんなんですか。本当は二十日ごろまでに、兄より何か、委細のおしらせあるか、と待って居たのですが。(一行あき。)こうして離れているとお互いの生活に対する認識不足が多いので、いろいろ困難なことにぶつかると思います。命がけというので、お送りするわけです。それも私の生活とても決して余裕がないので、サラリイの前がりをして(それも、そんなに多くは前貸はしない、)やるわけです。(一行あき。)勿体ぶるわけではないんです。そして、ゼイタクしているわけではありません。教師として、普通人の考えるが如き生活をひたすらしているのではありません。嘗て、君も私も若き血を燃やしたる仕事があった筈です。(文学ではないぜ。)それをです。そのためにです。それに、子供がうまれて以来、フラウが肺病、私が肺病(勿論軽いヤツ)で、火の車にちかい。(一行あき。)であるから、三〇で、がまんしてくれ。そして、出来るなら返して呉れ。こっちがイノチがけになってしまうから。(一行あき。)文壇ゴシップ、小説その他に於ける君の生活態度がどんなものかを大体知っている。しかし、私は、それを君のすべてであるとは信じたくない。(一行あき。)元気を出せ! いのちがけの……死ぬの……そんな奴があるか! 気質沢猛保。", "悪習は除去すべきである。本郷区千駄木町五十、吉田潔。" ], [ "拝啓。突然ぶしつけなお願いですが、私を先生の弟子にして下さいませんか。私はダス・ゲマイネを読み、いまなお、読んでいます。私は十九歳。京都府立京都第一中学校を昨年卒業し、来年、三高文丙か、早稲田か、大阪薬専かへ行くつもりです。小説家になるつもりで、必死の勉強しています。先生、どうか私を弟子にして下さい。それには、どんな手続きが必要でしょうか。偉大なる霊魂はただ偉大なる霊魂によって発見せられるのみであると、辻潤が言っています。私は、少しポンチを画く才能をもち、文学に対する敏感さをも、持っています。上品な育ちです。けれども、少しヘンテコです。クリスチャンでもあり、スティルネリアンでもあるというあわれな男です。どうか御返事を下さい。太宰イズムが、恐ろしい勢で私たちのグルウプにしみ込みました。殆ど喜死しました。さよなら、御返事をお待ちしています。三重県北牟婁郡九鬼港、気仙仁一。追白。私は刺青をもって居ります。先生の小説に出て来る模様と同一の図柄にいたしました。背中一ぱいに青い波がゆれて、まっかな薔薇の大輪を、鯖に似て喙の尖った細長い魚が、四匹、花びらにおのが胴体をこすりつけて遊んでいます。田舎の刺青師ゆえ、薔薇の花など手がけたことがない様で、薔薇の大輪、取るに足らぬ猿のお面そっくりで、一時は私も、部屋を薄暗くして寝て、大へんつまらなく思いましたが、仕合せのことには、私よほどの工夫をしなければ、わが背中見ること能わず、四季を通じて半袖のシャツを着るように心がけましたので、少しずつ忘れて、来年は三高文丙へ受験いたします。先生、私は、どうしたらいいでしょう。教えて呉れよ。おれは山田わかを好きです。きっと腕力家と存じます。私の親爺やおふくろは、時折、私を怒らせて、ぴしゃっと頬をなぐられます。けれども、親爺、おふくろ、どちらも弱いので、私に復讐など思いもよらぬことです。父は、現役の陸軍中佐でございますが、ちっともふとらず、おかしなことには、いつまで経っても五尺一寸です。痩せてゆくだけなのです。余ほどくやしいのでしょう。私の頭を撫でて泣きます。ひょっとしたら、私は、ひどく不仕合せの子なのかも知れぬ。私は平和主義者なので、きのうも十畳の部屋のまんなかに、一人あぐらをかいて坐って、あたりをきょろきょろ見まわしていましたが、部屋の隅がはっきりわかって、人間、けんかの弱いほど困ることがない。汽船荷一。", "おくるしみの御様子、みんなみんな、いまのあなたのお苦しみと、丁度、同じくらいの苦しみを忍んで生きて居るのです。創作、ここ半年くらいは、発表ひき受ける雑誌ございませぬ。作家の、おそかれ、早かれ、必ず通らなければならぬどん底。これは、ジャアナリストのあいだの黙契にて、いたしかたございませぬ。二十円同封。これは、私、とりあえずおたてかえ申して置きますゆえ、気のむいたとき三、四枚の旅日記でも、御寄稿下さい。このお金で五六日の貧しき旅をなさるよう、おすすめ申します。私、ひとり残されても、あなたを信じて居ります。大阪サロン編輯部、高橋安二郎。春田はクビになりました。私が、その様に取りはからいました。", "奥さんからの御報告に依れば、お酒も、たばこも止したそうで、お察しいたします。そのかわり、バナナを一日に二十本ずつ、妻楊枝、日に三十本は確実、尖端をしゅろの葉のごとくちぢに噛みくだいて、所かまわず吐きちらしてあるいて居られる由、また、さしたる用事もなきに、床より抜け出て、うろついてあるいて、電燈の笠に頭をぶっつけ、三つもこわせし由、すべて承り、奥さんの一難去ってまた一難の御嘆息も、さこそと思いますが、太宰ひとりがわるいのじゃない。みんながよってたかって、もの笑いのたねにしてしまって、ぼくは、それについて、二、三人の人物に、殺すともゆるしがたき憤怒をおぼえる。太宰、恥じるところなし。顔をあげて歩けよ。クロ。", "太宰様、その後、とんとごぶさた。文名、日、一日と御隆盛、要らぬお世辞と言われても、少々くらいの御叱正には、おどろきませぬ。さきごろは又、『めくら草紙』圧倒的にて、私、『もの思う葦』を毎月拝読いたし、厳格の修養の資とさせていただいて居ります。すこしずつ危げなく着々と出世して行くお若い人たちのうしろすがたお見送りたてまつること、この世に生きとし生きて在る者の、もっとも尊き御光を拝する気持ちで、昨日は、神棚の掃除いたし、この上は、吉田様の御出世御栄達を祈るのみでございます。思えば不思議の御縁でございます。太宰様は、一年間に、原稿用紙三百枚、それも、ただ机のうえにきちんと飾って、かたわらに万年筆、いつお伺いしてみても、原稿用紙いちまいも減った様子が見えず、早川さんと無言で将棋、もしくは昼寝、私にとっては、一番わるいお客でございましたが、それでも、あの辺の作家へお品をとどけての帰途は、必ずお寄り申しあげ、お茶のごちそうにあずかり、きっとあらわれるお方と、ひそかにたのしみにして居りました。けっして、人の陰口をきかず、よその人の消息をお話申しあげても、つまらなそうにして、私の商売のことのみ、たいへん熱心に御研究でございました。私の目に狂いはなく、きのうも某劇作大家の御面前にて、この自慢話一席ご披露して、大成功でございました。叱られても、いたしかたございません。以後、決して他でお噂申しませぬゆえ、此のたびに限り、御寛恕ください。とんだところで大失敗いたしました。さて、お言いつけの原稿用紙、今月はじめ五百枚を、おとどけ申しましたばかりのところ、また、五百枚の御註文、一驚つかまつりました。千枚、昨夜お送り申しました。だまって御受納下さいまし。第一小説集、いまだ出版のはこびにいたりませぬか。出版記念会には、私、鶴亀うたい申し、心のよろこびの万一をお伝えいたしたく、ただし深沼家に於いては、私の鶴亀わめき出ずる様の会には、出席いたさぬゆえ、このぶんでは、出版記念会も、深沼家全員出席の会、ほかに深沼家欠席、鶴亀出現の会、と二つ行わずばなるまいなど、深沼家の取沙汰でございます。尚、このたびは、『英雄文学』にいよいよ創作御執筆の由私の今月はじめの御注進、すこしは、お役に立ちましたことと存じ、以後も、ぬからず御報告申上べく、いつも、年がいなく騒ぎたて、私ひとり合点の不文、わけわからずとも、その辺よろしく御判読下さいまし。師走もあと一両日、商人、尻に火のついた思いでございます。深夜、三時ころなるべし。田所美徳。太宰治様。", "御手紙拝見いたしました。御窮状の程、深く拝察致します。こんな御返事申し上ることが自分でも不愉快だし、殊にあなたにどう響くかが分るだけに、一寸書きしぶっていたのですが、今月は自分でも馬鹿なことを仕出かして大変、困っているのです。従って到底御用立出来ませんから、悪しからず御了承下さい。これは全く事実の問題です。気持ちの上のかけ引なぞ全くございませぬ。あなたに対する誠意の変らぬことを、若し出来れば信じて下さい。窓の下、歳の市の売り出しにて、笑いさざめきが、ここまで聞えてまいります。おからだ御大事にねがいます。太宰治様。細野鉄次郎。", "罰です。女ひとりを殺してまで作家になりたかったの? もがきあがいて、作家たる栄光得て、ざまを見ろ、麻薬中毒者という一匹の虫。よもやこうなるとは思わなかったろうね。地獄の女性より。" ], [ "謹啓。太宰様。おそらく、これは、女性から貴方に差しあげる最初の手紙と存じます。貴方は、女だから、男は、あなたにやさしくしてやり、けれども、女はあなたを嫉妬して居ります。先日お友達のところで、(私は神楽坂の寄席で、火鉢とお蒲団を売ってはたらいて居ります。)あなたのお手紙を読んで、たいへん不愉快の思いをいたしました。そのお友達は、ふたいとこというのでしょうか、大叔父というのでしょうか、たいへんややこしく、それでも、たしかに血のつながりでございます。日本大学の夜学に通っています。電気技師になるとのお話で、もう二年経てば、私はこのお友達のところへお嫁にまいります。夜に大学へ行き、朝には京王線の新築された小さい停車場の、助役さんの肩書で、べんとう持って出掛けます。この助役さんは貴方へ一週間にいちどずつ、親兄弟にも言わぬ大事のことがらを申し述べて、そうして、四週間に一度ずつ、下女のように、ごみっぽい字で、二、三行かいたお葉書いただき、アルバムのようなものに貼って、来る人、来る人に、たいへんのはしゃぎかたで見せて、私は、涙ぐむことさえあります。ときどきは寝てからも読むと見えて、そのアルバムを、蒲団の下にかくしていて、日曜の朝でございます、私は謙さんを起しに行って、そうして、そのアルバムを見つけ、謙さんは、見つけられて、たいへん顔を赤くして、死にものぐるいで私からひったくりました。私はうんと、大声はりあげて泣きました。たいへんつまらないお葉書です。貴方は、読者の目を、もっともっと高く、かわなければいけない。愛読者ですというてお手紙さしあげることは、男として、ご出世まえの男として、必死のことと存じます。作家は人間でないのだから、人間の誠実がわからない。貴方のアルバムのお葉書、十七枚ございましたが、お約束でもしてあるように、こんどは何々の何月号に何枚かきました。こんどは何々という題で、何百頁の小説集を出します。ほかのこと、言うても判らぬ、とでもお思いなのですか。謙さんは、小学校のとき、どんなに学問できたか知っていますか? また私だって、学業とお針では、ひとに負けたことがございません。これからは、おハガキお断り申します。謙さんが可愛そうでございます。たいてい何か小説発表の五六日まえに、おハガキお書きになるのね。挨拶状五十枚もお出しになったのでございますか? 私たち寄席のお師匠さんが、新作読むまえに、耳ふさぎと申して、おそばか、すしを廻しますが、すしをごちそうになってから、新作もの承りますと、不思議なものです。たいへんご立派に聞えます。違うところ、ございませんのね。謙さんは、あなたを尊敬して居るのではございません。そんなにひとり合点なさいましては、とんでもないことになりましょう。貴方のお小説のどこを、また、どんな言葉で、申して居るか、私は、あんまり謙さんのお心ありがたくて、レコオドに含ませて、あなたへお送りしたく存じます。どんな雑誌にお書きになろうと、他にもファンが、どんなにたくさんおいでになろうと、謙さんには、ちっとも問題でございませぬ。そうして、謙さんは、人間として、どうしてもあなたより上でございますから、あなた御自身でお気のつかないところを、よく細心御注意なされ、そうして、貴方をかばっています。私たちの二年後の家庭の幸福について少しでもお考え下さいましたならば、貴方様も、以後、謙さんへあんな薄汚いもの寄こさないで下さい。いつでも、私たちの争いのもとです。さいわいにも、あなたに、少しでも人間らしいお心がございましたら、今後、態度をおあらため下さることを確信いたします。ゆめにさえ疑い申しませぬ。明瞭に申しますれば、私は、貴方も、貴方の小説も、共に好みませぬ。毛虫のついた青葉のしたをくぐり抜ける気持ちでございます。一刻も早く、さよなら。太宰治先生、平河多喜。知らないお人へ、こっそり手紙かくこと、きっと、生涯にいちどのことでございましょう。帯のあいだにかくした手紙、出したりかくしたりして、立ったまま、たいへん考えました。", "そんなに金がほしいのかね。けさ、またまた、新聞よろず案内欄で、たしかに君と思われる男の、たしかに私と思われる男へあてた、SOSを発見、おそれいって居る。おかしなもので、きのうまでは大いにみずみずしい男も、お金のSOS発してからは、興味さく然、目もあてられぬのは、どうしたことであろう。君は、ジュムゲジュムゲ、イモクテネなどの気ちがいの呪文の言葉をはたして誦したかどうか。その呪文を述べたときに、君は、どのような顔つきをしたか、自ら称して、最高級、最低級の両意識家とやらの君が、百円の金銭のために、小生如き住所も身分も不明のものに、チンチンおあずけをする、そのときの表情を知りたく思うゆえ、このつぎにエッセエを、どこか雑誌へ発表の折に一箇条、他の読者には、わからなくてもよし、ぼく一人のために百言ついやせ。Xであり、Yであり、しかも最も重大なことには、百円、あそんでいるお金の持ち主より。そのおかかえ作家、太宰治へ。太宰治君。誰も知るまいと思って、あさましいことをやめよ。自重をおすすめします。" ], [ "太宰さん。私も一、二夜のちには二十五歳。私、二十五歳より小説かいて、三十歳で売れるようになって、それから、家の財産すこしわけてもらって、それから田舎の約束している近眼のひとと結婚します。さきに男の児、それから女の児、それから男、男、男、女。という順序で子供をつくり、四男が風邪のこじれから肺炎おこして、五歳で死んで、それからすっかり老いこんで、それでも、年に二篇ずつ、しっかりした小説かいて、五十三歳で死にます。私の父も、五十三歳で死んで、みんなが父をほめていました。ちょうどいい年ごろなのでしょう。まえまえからお話あった『英雄文学』よりの御註文の小説、完成、雑誌社へお送り申しました由、いまからその作品の期待で、胸がふくれる。きっと傑作でございましょう。", "前略。小説完成の由。大慶なり。破れるほどの喝采にて、またもわれら同業者の生活をおびやかす下心と見受けたり。おめでとう。『英雄文学』社のほうへ送った由、も少し稿料よろしきほうへ送ったらよかったろうに。でも、まあ、大みそか、お正月、百円くらい損してもいいから、一日もはやく現なま掴みたい心理、これは、私たちマゲモノ作家も、君たち、純文学者も変りない様子。よい初春が来るよう。萱野鉄平。" ] ]
底本:「太宰治全集1」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年8月30日第1刷発行 親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年7月20日公開 2005年10月20日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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底本:「晩年」新潮文庫、新潮社    1947(昭和22)年12月10日初版1刷    1985(昭和60)年10月5日70刷改版    1987(昭和62)年11月25日75刷 初出:「海豹」    1933(昭和8)年3月号 入力:中嶋壮一 校正:鈴木厚司 2003年4月9日作成 2013年4月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "案外、殊勝な事を言いやがる。もっとも、多情な奴に限って奇妙にいやらしいくらい道徳におびえて、そこがまた、女に好かれる所以でもあるのだがね。男振りがよくて、金があって、若くて、おまけに道徳的で優しいと来たら、そりゃ、もてるよ。当り前の話だ。お前のほうでやめるつもりでも、先方が承知しないぜ、これは。", "そこなんです。" ], [ "泣いてるんじゃねえだろうな。", "いいえ、雨で眼鏡の玉が曇って、……", "いや、その声は泣いてる声だ。とんだ色男さ。" ], [ "何か、いい工夫が無いものでしょうか。", "無いね。お前が五、六年、外国にでも行って来たらいいだろうが、しかし、いまは簡単に洋行なんか出来ない。いっそ、その女たちを全部、一室に呼び集め、蛍の光でも歌わせて、いや、仰げば尊し、のほうがいいかな、お前が一人々々に卒業証書を授与してね、それからお前は、発狂の真似をして、まっぱだかで表に飛び出し、逃げる。これなら、たしかだ。女たちも、さすがに呆れて、あきらめるだろうさ。" ], [ "失礼します。僕は、あの、ここから電車で、……", "まあ、いいじゃないか。つぎの停留場まで歩こう。何せ、これは、お前にとって重大問題だろうからな。二人で、対策を研究してみようじゃないか。" ], [ "いいえ、もう、僕ひとりで、何とか、……", "いや、いや、お前ひとりでは解決できない。まさか、お前、死ぬ気じゃないだろうな。実に、心配になって来た。女に惚れられて、死ぬというのは、これは悲劇じゃない、喜劇だ。いや、ファース(茶番)というものだ。滑稽の極だね。誰も同情しやしない。死ぬのはやめたほうがよい。うむ、名案。すごい美人を、どこからか見つけて来てね、そのひとに事情を話し、お前の女房という形になってもらって、それを連れて、お前のその女たち一人々々を歴訪する。効果てきめん。女たちは、皆だまって引下る。どうだ、やってみないか。" ], [ "ええっと、どなただったかな?", "あら、いやだ。" ], [ "さては、相当ため込んだね。いやに、りゅうとしてるじゃないか。", "あら、いやだ。" ], [ "君に、たのみたい事があるのだがね。", "あなたは、ケチで値切ってばかりいるから、……", "いや、商売の話じゃない。ぼくはもう、そろそろ足を洗うつもりでいるんだ。君は、まだ相変らず、かついでいるのか。", "あたりまえよ。かつがなきゃおまんまが食べられませんからね。" ], [ "でも、そんな身なりでも無いじゃないか。", "そりゃ、女性ですもの。たまには、着飾って映画も見たいわ。", "きょうは、映画か?", "そう。もう見て来たの。あれ、何ていったかしら、アシクリゲ、……", "膝栗毛だろう。ひとりでかい?", "あら、いやだ。男なんて、おかしくって。", "そこを見込んで、頼みがあるんだ。一時間、いや、三十分でいい、顔を貸してくれ。", "いい話?", "君に損はかけない。" ], [ "ここ、何か、自慢の料理でもあるの?", "そうだな、トンカツが自慢らしいよ。", "いただくわ。私、おなかが空いてるの。それから、何が出来るの?", "たいてい出来るだろうけど、いったい、どんなものを食べたいんだい。", "ここの自慢のもの。トンカツの他に何か無いの?", "ここのトンカツは、大きいよ。", "ケチねえ。あなたは、だめ。私奥へ行って聞いて来るわ。" ], [ "引受けてくれるね?", "バカだわ、あなたは。まるでなってやしないじゃないの。" ], [ "そうさ、全くなってやしないから、君にこうして頼むんだ。往生しているんだよ。", "何もそんな、めんどうな事をしなくても、いやになったら、ふっとそれっきりあわなけれあいいじゃないの。", "そんな乱暴な事は出来ない。相手の人たちだって、これから、結婚するかも知れないし、また、新しい愛人をつくるかも知れない。相手のひとたちの気持をちゃんときめさせるようにするのが、男の責任さ。", "ぷ! とんだ責任だ。別れ話だの何だのと言って、またイチャつきたいのでしょう? ほんとに助平そうなツラをしている。", "おいおい、あまり失敬な事を言ったら怒るぜ。失敬にも程度があるよ。食ってばかりいるじゃないか。", "キントンが出来ないかしら。", "まだ、何か食う気かい? 胃拡張とちがうか。病気だぜ、君は。いちど医者に見てもらったらどうだい。さっきから、ずいぶん食ったぜ。もういい加減によせ。", "ケチねえ、あなたは。女は、たいてい、これくらい食うの普通だわよ。もうたくさん、なんて断っているお嬢さんや何か、あれは、ただ、色気があるから体裁をとりつくろっているだけなのよ。私なら、いくらでも、食べられるわよ。", "いや、もういいだろう。ここの店は、あまり安くないんだよ。君は、いつも、こんなにたくさん食べるのかね。", "じょうだんじゃない。ひとのごちそうになる時だけよ。", "それじゃね、これから、いくらでも君に食べさせるから、ぼくの頼み事も聞いてくれ。", "でも、私の仕事を休まなければならないんだから、損よ。", "それは別に支払う。君のれいの商売で、儲けるぶんくらいは、その都度きちんと支払う。", "ただ、あなたについて歩いていたら、いいの?", "まあ、そうだ。ただし、条件が二つある。よその女のひとの前では一言も、ものを言ってくれるな。たのむぜ。笑ったり、うなずいたり、首を振ったり、まあ、せいぜいそれくらいのところにしていただく。もう一つは、ひとの前で、ものを食べない事。ぼくと二人きりになったら、そりゃ、いくら食べてもかまわないけど、ひとの前では、まずお茶一ぱいくらいのところにしてもらいたい。", "その他、お金もくれるんでしょう? あなたは、ケチで、ごまかすから。", "心配するな。ぼくだって、いま一生懸命なんだ。これが失敗したら、身の破滅さ。", "フクスイの陣って、とこね。", "フクスイ? バカ野郎、ハイスイ(背水)の陣だよ。", "あら、そう?" ], [ "そんなに、うまくも無いじゃないの。", "何が?", "パーマ。" ], [ "これで、もう、おしまい?", "そう。" ], [ "あんな事で、もう、わかれてしまうなんて、あの子も、意久地が無いね。ちょっと、べっぴんさんじゃないか。あのくらいの器量なら、……", "やめろ! あの子だなんて、失敬な呼び方は、よしてくれ。おとなしいひとなんだよ、あのひとは。君なんかとは、違うんだ。とにかく、黙っていてくれ。君のその鴉の声みたいなのを聞いていると、気が狂いそうになる。", "おやおや、おそれいりまめ。" ], [ "いい加減に、やめてくれねえかなあ。", "ケチねえ。", "これから、また何か、食うんだろう?", "そうね、きょうは、我慢してあげるわ。", "財布をかえしてくれ。これからは、五千円以上、使ってはならん。" ], [ "そんなには、使わないわ。", "いや、使った。あとでぼくが残金を調べてみれば、わかる。一万円以上は、たしかに使った。こないだの料理だって安くなかったんだぜ。", "そんなら、よしたら、どう? 私だって何も、すき好んで、あなたについて歩いているんじゃないわよ。" ], [ "何か、こんたんがあるんだわ。むだには歩かないひとなんだから。", "いや、きょうは、本当に、……", "もっと、さっぱりなさいよ。あなた、少しニヤケ過ぎてよ。" ], [ "あなた、カラスミなんか、好きでしょう? 酒飲みだから。", "大好物だ。ここにあるのかい? ごちそうになろう。", "冗談じゃない。お出しなさい。" ], [ "君のする事なす事を見ていると、まったく、人生がはかなくなるよ。その手は、ひっこめてくれ。カラスミなんて、要らねえや。あれは、馬が食うもんだ。", "安くしてあげるったら、ばかねえ。おいしいのよ、本場ものだから。じたばたしないで、お出し。" ], [ "バカ野郎、いい加減にしろ。", "ケチねえ、一ハラ気前よく買いなさい。鰹節を半分に切って買うみたい。ケチねえ。", "よし、一ハラ買う。" ], [ "そら、一枚、二枚、三枚、四枚。これでいいだろう。手をひっこめろ。君みたいな恥知らずを産んだ親の顔が見たいや。", "私も見たいわ。そうして、ぶってやりたいわ。捨てりゃ、ネギでも、しおれて枯れる、ってさ。", "なんだ、身の上話はつまらん。コップを借してくれ。これから、ウイスキイとカラスミだ。うん、ピイナツもある。これは、君にあげる。" ], [ "やれば出来るわよ。めんどうくさいからしないだけ。", "お洗濯は?", "バカにしないでよ。私は、どっちかと言えば、きれいずきなほうだわ。", "きれいずき?" ], [ "おしゃれなんか、一週間にいちどくらいでたくさん。べつに男に好かれようとも思わないし、ふだん着は、これくらいで、ちょうどいいのよ。", "でも、そのモンペは、ひどすぎるんじゃないか? 非衛生的だ。", "なぜ?", "くさい。", "上品ぶったって、ダメよ。あなただって、いつも酒くさいじゃないの。いやな、におい。", "くさい仲、というものさね。" ], [ "あなたにも音楽がわかるの? 音痴みたいな顔をしているけど。", "ばか、僕の音楽通を知らんな、君は。名曲ならば、一日一ぱいでも聞いていたい。", "あの曲は、何?", "ショパン。" ], [ "君も、しかし、いままで誰かと恋愛した事は、あるだろうね。", "ばからしい。あなたみたいな淫乱じゃありませんよ。", "言葉をつつしんだら、どうだい。ゲスなやつだ。" ], [ "ああ、酔った。すきっぱらに飲んだので、ひどく酔った。ちょっとここへ寝かせてもらおうか。", "だめよ!" ], [ "何も、君、そんなに怒る事は無いじゃないか。酔ったから、ここへ、ちょっと、……", "だめ、だめ、お帰り。" ], [ "もし、もし。田島ですがね、こないだは、酔っぱらいすぎて、あはははは。", "女がひとりでいるとね、いろんな事があるわ。気にしてやしません。", "いや、僕もあれからいろいろ深く考えましたがね、結局、ですね、僕が女たちと別れて、小さい家を買って、田舎から妻子を呼び寄せ、幸福な家庭をつくる、という事ですね、これは、道徳上、悪い事でしょうか。", "あなたの言う事、何だか、わけがわからないけど、男のひとは誰でも、お金が、うんとたまると、そんなケチくさい事を考えるようになるらしいわ。", "それが、だから、悪い事でしょうか。", "けっこうな事じゃないの。どうも、よっぽどあなたは、ためたな?", "お金の事ばかり言ってないで、……道徳のね、つまり、思想上のね、その問題なんですがね、君はどう考えますか?", "何も考えないわ。あなたの事なんか。", "それは、まあ、無論そういうものでしょうが、僕はね、これはね、いい事だと思うんです。", "そんなら、それで、いいじゃないの? 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底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 初出:「朝日評論」    1948(昭和23)年7月 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月23日公開 2011年5月22日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "こんどは、ゆっくりして行くんでしょう?", "さあ、どうだか。去年の夏みたいに、やっぱり二、三時間で、おいとまするような事になるんじゃないかな。北さんのお話では、それがいいという事でした。僕は、なんでも、北さんの言うとおりにしようと思っているのですから。", "でも、こんなにお母さんが悪いのに、見捨てて帰る事が出来ますか。", "いずれ、それは、北さんと相談して、――", "何もそんなに、北さんにこだわる事は無いでしょう。", "そうもいかない。北さんには、僕は今まで、ずいぶん世話になっているんだから。", "それは、まあ、そうでしょう。でも、北さんだって、まさか、――", "いや、だから、北さんに相談してみるというのです。北さんの指図に従っていると間違いないのです。北さんは、まだ兄さんと二階で話をしているようですが、何か、ややこしい事でも起っているんじゃないでしょうか。私たち親子三人、ゆるしも無く、のこのこ乗り込んで、――", "そんな心配は要らないでしょう。英治さん(次兄の名)だって、あなたにすぐ来いって速達を出したそうじゃないの。", "それは、いつですか? 僕たちは見ませんでしたよ。", "おや。私たちは、また、その速達を見て、おいでになったものとばかり、――" ], [ "あなた! かぜを引きますよ。", "園子は?" ], [ "大丈夫かね? 寒くないようにして置いたかね?", "ええ。叔母さんが毛布を持って来て、貸して下さいました。", "どうだい、みんないいひとだろう。" ], [ "わからん。", "今夜は、どこへ泊るの?", "そんな事、僕に聞いたって仕様が無いよ。いっさい、北さんの指図にしたがわなくちゃいけないんだ。十年来、そんな習慣になっているんだ。北さんを無視して直接、兄さんに話掛けたりすると、騒動になってしまうんだ。そういう事になっているんだよ。わからんかね。僕には今、なんの権利も無いんだ。トランク一つ、持って来る事さえできないんだからね。", "なんだか、ちょっと北さんを恨んでるみたいね。", "ばか。北さんの好意は、身にしみて、わかっているさ。けれども、北さんが間にはいっているので、僕と兄さんとの仲も、妙にややこしくなっているようなところもあるんだ。どこまでも北さんのお顔を立てなければならないし、わるい人はひとりもいないんだし、――" ], [ "じゃ私たちは、もう二、三日、金木の家へ泊めてもらって、――それは図々しいでしょうか。", "お母さんの容態に依りますな。とにかく、あした電話で打ち合せましょう。", "北さんは?", "あした東京へ帰ります。", "たいへんですね。去年の夏も、北さんは、すぐにお帰りになったし、ことしこそ、青森の近くの温泉にでも御案内しようと、私たちは準備して来たのですけど。" ] ]
底本:「太宰治全集5」ちくま文庫、筑摩書房    1989(昭和64)年1月31日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月から1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:ふるかわゆか 2003年11月24日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "君は、ばかだね。僕がここに寝ているのも知らずに、顔色かえて駈けて行きやがる。見たまえ。僕のおなかの、ここんとこに君の下駄の跡が、くっきり附いてるじゃないか。君が、ここんとこを、踏んづけて行ったのだぞ。見たまえ。", "見たくない。けがらわしい。早く着物を着たらどうだ。君は、子供でもないじゃないか。失敬なやつだ。" ], [ "聞いた事があるような、気がする。", "ちえっ、外国人の名前だと、みんな一緒くたに、聞いたような気がするんだろう? なんにも知らない証拠だ。ガロアは、数学者だよ。君には、わかるまいが、なかなか頭がよかったんだ。二十歳で殺されちゃった。君も、も少し本を読んだら、どうかね。なんにも知らないじゃないか。可哀そうなアベルの話を知ってるかい? ニイルス・ヘンリク・アベルさ。", "そいつも、数学者かい?", "ふん、知っていやがる。ガウスよりも、頭がよかったんだよ。二十六で死んじゃったのさ。" ], [ "五十銭でございます。", "それでは、親子どんぶり一つだ。一つでいい。それから、番茶を一ぱい下さい。" ], [ "そうだね。僕もあまり人の身の上に立ちいることは好まない。深く立ちいって聞いてみたって、僕には何も世話の出来ない事が、わかっているんだから。", "俗物だね、君は。申しわけばかり言ってやがる。目茶苦茶や。", "ああ、目茶苦茶なんだ。たくさん言いたい事も、あったんだけれど、いやになった。だまって景色でも見ているほうがいいね。" ], [ "ヴァレリイってのは、フランスの人でしょう?", "そうだ。一流の文明批評家だ。", "フランスの人だったら、だめだ。", "なぜ?" ], [ "何を言ってやがる。君は、一ばん骨の折れるところから、のがれようとしているだけなんだ。千の主張よりも、一つの忍耐。", "いや、千の知識よりも、一つの行動。" ], [ "映画の説明?", "そうさ。娘が、この春休みに北海道へ旅行に行って、そうして、十六ミリというのかね、北海道の風景を、どっさり撮影して来たというわけさ。おそろしく長いフィルムだ。僕も、ちょっと見せてもらったがね。しどろもどろの実写だよ。こんどそれを葉山さんのサロンで公開するんだそうだ。所謂、お友達、を集めてね。ところが、その愚劣な映画の弁士を勤めて、お客の御機嫌を取り結ぶのが、僕の役目なんだそうだ。" ], [ "僕なら、平気でやってのけるね。自己優越を感じている者だけが、真の道化をやれるんだ。そんな事で憤慨して、制服をたたき売るなんて、意味ないよ。ヒステリズムだ。どうにも仕様がないものだから、川へ飛びこんで泳ぎまわったりして、センチメンタルみたいじゃないか。", "傍観者は、なんとでも言えるさ。僕には、出来ない。君は、嘘つきだ。" ], [ "眠った? 僕が?", "そうさ。可哀そうなアベルの話を聞かせているうちに、君は、ぐうぐう眠っちゃったじゃないか。君は、仙人みたいだったぞ。" ], [ "あたり前さ。大学へはいる迄は、高等学校さ。君は、ほんとうに頭が悪いね。", "いつから大学生になったんだい?", "ことしの三月さ。", "そうかね。君は、佐伯五一郎というんだろう?", "寝呆けていやがる。僕は、そんな名前じゃないよ。", "そうかね。じゃ、何だって、この川をはだかで泳いだりしたんだね?", "この川が、気に入ったからさ。それくらいの気まぐれは、ゆるしてくれたっていいじゃないか。", "へんな事を聞くようだが、君の友人に熊本君という人がいないかね? ちょっと、こう気取った人で。", "熊本?――無いね。やはり、工科かね?", "そうじゃないんだ。みんな夢かな? 僕は、その熊本君にも逢いたいんだがね。", "何を言ってやがる。寝呆けているんだよ。しっかりし給え。僕は、帰るぜ。" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 2000年2月10日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "え? なぜ、来たの? あたしは、手癖がわるいのよ。追い出されたのよ。あたしの家、きたなくて、驚いたでしょう? でも、おねがい、ばかにしないで、ね。家の人たち、みんなやさしいのだもの。一生懸命やっているのよ。笑っているの? なぜ、だまっているの?", "君には、おむこさんがあるのだね。" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 2000年1月16日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "それならば申し上げます。驚きなすってはいけませんよ。", "だいじょうぶだってば!" ], [ "しかし、飲むんだろう?", "飲んでもいい。", "飲んでもいい、じゃない。飲みたいんだろう?" ], [ "お燗をつけなくていいんですか?", "かまわないだろう。その茶呑茶碗にでも、ついでやりなさい。" ], [ "ひや酒ってのは、これや、水みたいなものじゃないか。ちっとも何とも無い。", "そうかね。いまに酔うさ。" ], [ "帰ろう。", "そうか。送らないぜ。" ], [ "それから、これはどうも、ケチくさい話なんですが、これを半分だけ、今夜二人で飲むという事にさせていただきたいんですけど。", "あ、そう。" ], [ "何か瓶を持って来てくれないか。", "いいえ、そうじゃないんです。" ], [ "いや、いけません。ウイスキイがまだ少し残っている。", "いや、それは残して置きなさい。あとで残っているのに気が附いた時には、また、わるくないものですよ。" ], [ "いや、岡島さんの家はね、きのうの空襲で丸焼けになったんです。", "それじゃあ、来られない。気の毒だねえ、せっかくのこんないいチャンス、……" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月25日公開 2005年11月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "見えません。", "そうかね。それじゃ、あの唄は嘘だね。" ], [ "お客が多いのかね。", "いいえ、もう駄目です。九月すぎると、さっぱりいけません。", "君は、東京のひとかね。" ], [ "この島の名産は、何かね。", "はい、海産物なら、たいていのものが、たくさんとれます。", "そうかね。" ], [ "君は、佐渡の生れかね。", "はい。", "内地へ、行って見たいと思うかね。", "いいえ。" ], [ "お茶をいただきましょう。", "お粗末さまでした。", "いや。" ], [ "お風呂へはいりたいのですが。", "さあ、お風呂は、四時半からですけど。" ], [ "金山があるでしょう。", "ええ、ことしの九月から誰にも中を見せない事になりました。お昼のお食事は、どういたしましょう。", "たべません。夕食を早めにして下さい。" ] ]
底本:「太宰治全集4」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年12月1日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:青木直子 2000年1月29日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000317", "作品名": "佐渡", "作品名読み": "さど", "ソート用読み": "さと", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「公論」1941(昭和16)年1月", "分類番号": "NDC 915", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-29T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card317.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集4", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年12月1日", "入力に使用した版1": "1988(昭和63)年12月1日第1刷", "校正に使用した版1": "1988(昭和63)年12月1日第1刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "青木直子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/317_ruby_3208.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/317_15067.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "降りて来い。枝を折ったのはおれだ。", "それは、おれの木だ。" ], [ "どうして芽が出ないのだ。", "春から枯れているのさ。おれがここへ来たときにも枯れていた。あれから、四月、五月、六月、と三つきも経っているが、しなびて行くだけじゃないか。これは、ことに依ったら挿木でないかな。根がないのだよ、きっと。あっちの木は、もっとひどいよ。奴等のくそだらけだ。" ], [ "知るものか。知っているのは、おそらく、おれと君とだけだよ。", "なぜ逃げないのだ。", "君は逃げるつもりか。", "逃げる。" ] ]
底本:「太宰治全集1」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年8月30日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 入力:柴田卓治 校正:すずきともひろ 2000年12月15日公開 2005年10月20日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001579", "作品名": "猿ヶ島", "作品名読み": "さるがしま", "ソート用読み": "さるかしま", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「文學界」1935(昭和10)年9月号", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-12-15T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1579.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集1", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年8月30日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "すずきともひろ", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1579_ruby_19976.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-21T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1579_19977.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-21T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "いや、なんともない。", "そうですか。においませんか。" ] ]
底本:「太宰治全集6」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年2月28日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:kumi 2000年9月18日公開 2005年10月30日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001095", "作品名": "散華", "作品名読み": "さんげ", "ソート用読み": "さんけ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-09-18T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1095.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集6", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年2月28日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "kumi", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1095_ruby_20124.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-01T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "3", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1095_20125.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-01T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "いいえ、ね、その庭の隅に、薔薇が植えられて在るでしょう! それが、だまされて買ったんです。", "私と、どんな関係があるんですか? おかしなことを言うじゃないですか。私の顔を見て、植えられたとは、おかしなことを言うじゃないですか。" ], [ "君のことを言ってるんじゃないよ。先日私は、だまされて不愉快だから、そのことを言っているのですよ。君は、そんな、ものの言いかたをしちゃ、いけないよ。", "へん。こごとを聞きに来たようなものだ。お互い、一対一じゃねえか。五厘でも、一銭でも、もうけさせてもらったら、私は商人だ。どんなにでも、へえへえしてあげるが、そうでもなけれあ、何もお前さんに、こごとを聞かされるようなことは、ねえんだ。" ] ]
底本:「もの思う葦」新潮文庫、新潮社    1980(昭和55)年9月25日発行    1998(平成10)年10月15日39刷 入力:蒋龍 校正:今井忠夫 2004年6月16日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "042361", "作品名": "市井喧争", "作品名読み": "しせいけんそう", "ソート用読み": "しせいけんそう", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2004-07-08T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-18T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card42361.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "もの思う葦", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1980(昭和55)年9月25日", "入力に使用した版1": "1998(平成10)年10月15日39刷", "校正に使用した版1": "1980(昭和55)年11月15日3刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "蒋龍", "校正者": "今井忠夫", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/42361_ruby_15861.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-06-16T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "0", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/42361_15877.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-06-16T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "こんなに、丈ばかり大きくなって、私は、どんなに恥ずかしい事か。そろそろ、実をつけなければならないのだけれども、おなかに力が無いから、いきむ事が出来ないの。みんなは、葦だと思うでしょう。やぶれかぶれだわ。トマトさん、ちょっと寄りかからせてね。", "なんだ、なんだ、竹じゃないか。", "本気でおっしゃるの?", "気にしちゃいけねえ。お前さんは、夏痩せなんだよ。粋なものだ。ここの主人の話に拠ればお前さんは芭蕉にも似ているそうだ。お気に入りらしいぜ。", "葉ばかり伸びるものだから、私を揶揄なさっているのよ。ここの主人は、いい加減よ。私、ここの奥さんに気の毒なの。それや真剣に私の世話をして下さるのだけれども、私は背丈ばかり伸びて、一向にふとらないのだもの。トマトさんだけは、どうやら、実を結んだようね。", "ふん、どうやら、ね。もっとも俺は、下品な育ちだから、放って置かれても、実を結ぶのさ。軽蔑し給うな。これでも奥さんのお気に入りなんだからね。この実は、俺の力瘤さ。見給え、うんと力むと、ほら、むくむく実がふくらむ。も少し力むと、この実が、あからんで来るのだよ。ああ、すこし髪が乱れた。散髪したいな。" ], [ "ここの庭では、やはり私が女王だわ。いまはこんなに、からだが汚れて、葉の艶も無くなっちゃったけれど、これでも先日までは、次々と続けて十輪以上も花が咲いたものだわ。ご近所の叔母さんたちが、おお綺麗と言ってほめると、ここの主人が必ずぬっと部屋から出て来て、叔母さんたちに、だらし無くぺこぺこお辞儀するので、私は、とても恥ずかしかったわ。あたまが悪いんじゃないかしら。主人は、とても私を大事にしてくれるのだけれど、いつも間違った手入ればかりするのよ。私が喉が乾いて萎れかけた時には、ただ、うろうろして、奥さんをひどく叱るばかりで何も出来ないの。あげくの果には、私の大事な新芽を、気が狂ったみたいに、ちょんちょん摘み切ってしまって、うむ、これでどうやら、なんて真顔で言って澄ましているのよ。私は、苦笑したわ。あたまが悪いのだから、仕方がないのね。あの時、新芽をあんなに切られなかったら、私は、たしかに二十は咲けたのだわ。もう、駄目。あんまり命かぎり咲いたものだから、早く老い込んじゃった。私は、早く死にたい。おや、あなたは誰?", "我輩を、せめて、竜の鬚とでも、呼んでくれ給え。", "ねぎ、じゃないの。", "見破られたか。面目ない。", "何を言ってるの。ずいぶん細いねぎねえ。", "ええ面目ない。地の利を得ないのじゃ。世が世なら、いや、敗軍の将、愚痴は申さぬ。我輩はこう寝るぞ。" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 入力:柴田卓治 校正:渥美浩子 2000年4月27日公開 2005年10月25日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002264", "作品名": "失敗園", "作品名読み": "しっぱいえん", "ソート用読み": "しつはいえん", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-04-27T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2264.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集3", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年10月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "渥美浩子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2264_ruby_20019.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-26T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2264_20020.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-26T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "お母さまは? おいしいの?", "そりゃもう。私は病人じゃないもの", "かず子だって、病人じゃないわ", "だめ、だめ" ], [ "お母さまも、さっき、何かお思い出しになったのでしょう? どんな事?", "忘れたわ", "私の事?", "いいえ", "直治の事?", "そう" ], [ "あら、どうして? 私なんか、悪漢のおデコさんですから、八十歳までは大丈夫よ", "そうなの? そんなら、お母さまは、九十歳までは大丈夫ね", "ええ" ], [ "蝮の卵を燃やしているのです。蝮が出ると、こわいんですもの", "大きさは、どれくらいですか?", "うずらの卵くらいで、真白なんです", "それじゃ、ただの蛇の卵ですわ。蝮の卵じゃないでしょう。生の卵は、なかなか燃えませんよ" ], [ "きめたって、何を?", "全部", "だって" ], [ "お座敷にやすませておりますの。ひどくおどろいていらして、……", "しかし、まあ" ], [ "すみませんも何も。それよりも、お嬢さん、警察のほうは?", "いいんですって", "まあよかった" ], [ "でも、お嬢さんがおひとりで廻るのがおいやだったら、私も一緒について行ってあげますよ", "ひとりで行ったほうが、いいのでしょう?", "ひとりで行ける? そりゃ、ひとりで行ったほうがいいの", "ひとりで行くわ" ], [ "あなたも、あたしをスパイだと思っていらっしゃる?", "いいえ" ], [ "ここに、立っているのですか?", "ここは、涼しくて静かだから、この板の上でお昼寝でもしていて下さい。もし、退屈だったら、これは、お読みかも知れないけど" ], [ "あれは、きらいなの。夏の花は、たいていすきだけど、あれは、おきゃんすぎて", "私なら薔薇がいいな。だけど、あれは四季咲きだから、薔薇の好きなひとは、春に死んで、夏に死んで、秋に死んで、冬に死んで、四度も死に直さなければいけないの?" ], [ "きょうは、ちょっとかず子さんと相談したい事があるの", "なあに? 死ぬお話なんかは、まっぴらよ" ], [ "五、六日前に、和田の叔父さまからおたよりがあってね、叔父さまの会社に以前つとめていらしたお方で、さいきん南方から帰還して、叔父さまのところに挨拶にいらして、その時、よもやまの話の末に、そのお方が偶然にも直治と同じ部隊で、そうして直治は無事で、もうすぐ帰還するだろうという事がわかったの。でも、ね、一ついやな事があるの。そのお方の話では、直治はかなりひどい阿片中毒になっているらしい、と……", "また!" ], [ "そう。また、はじめたらしいの。けれども、それのなおらないうちは、帰還もゆるされないだろうから、きっとなおして来るだろうと、そのお方も言っていらしたそうです。叔父さまのお手紙では、なおして帰って来たとしても、そんな心掛けの者では、すぐどこかへ勤めさせるというわけにはいかぬ、いまのこの混乱の東京で働いては、まともの人間でさえ少し狂ったような気分になる、中毒のなおったばかりの半病人なら、すぐ発狂気味になって、何を仕出かすか、わかったものでない、それで、直治が帰って来たら、すぐこの伊豆の山荘に引取って、どこへも出さずに、当分ここで静養させたほうがよい、それが一つ。それから、ねえ、かず子、叔父さまがねえ、もう一つお言いつけになっているのだよ。叔父さまのお話では、もう私たちのお金が、なんにも無くなってしまったんだって。貯金の封鎖だの、財産税だので、もう叔父さまも、これまでのように私たちにお金を送ってよこす事がめんどうになったのだそうです。それでね、直治が帰って来て、お母さまと、直治と、かず子と三人あそんで暮していては、叔父さまもその生活費を都合なさるのにたいへんな苦労をしなければならぬから、いまのうちに、かず子のお嫁入りさきを捜すか、または、御奉公のお家を捜すか、どちらかになさい、という、まあ、お言いつけなの", "御奉公って、女中の事?", "いいえ、叔父さまがね、ほら、あの、駒場の" ], [ "あの宮様なら、私たちとも血縁つづきだし、姫宮の家庭教師をかねて、御奉公にあがっても、かず子が、そんなに淋しく窮屈な思いをせずにすむだろう、とおっしゃっているのです", "他に、つとめ口が無いものかしら", "他の職業は、かず子には、とても無理だろう、とおっしゃっていました", "なぜ無理なの? ね、なぜ無理なの?" ], [ "かず子", "はい", "行くところがある、というのは、どこ?" ], [ "昔の事を言ってもいい?", "どうぞ" ], [ "お母さまがね、あの時、裏切られたって言ったのは、あなたが山木さまのお家を出て来た事じゃなかったの。山木さまから、かず子は実は、細田と恋仲だったのです、と言われた時なの。そう言われた時には、本当に、私は顔色が変る思いでした。だって、細田さまには、あのずっと前から、奥さまもお子さまもあって、どんなにこちらがお慕いしたって、どうにもならぬ事だし、……", "恋仲だなんて、ひどい事を。山木さまのほうで、ただそう邪推なさっていただけなのよ", "そうかしら。あなたは、まさか、あの細田さまを、まだ思いつづけているのじゃないでしょうね。行くところって、どこ?", "細田さまのところなんかじゃないわ", "そう? そんなら、どこ?", "お母さま、私ね、こないだ考えた事だけれども、人間が他の動物と、まるっきり違っている点は、何だろう、言葉も智慧も、思考も、社会の秩序も、それぞれ程度の差はあっても、他の動物だって皆持っているでしょう? 信仰も持っているかも知れないわ。人間は、万物の霊長だなんて威張っているけど、ちっとも他の動物と本質的なちがいが無いみたいでしょう? ところがね、お母さま、たった一つあったの。おわかりにならないでしょう。他の生き物には絶対に無くて、人間にだけあるもの。それはね、ひめごと、というものよ。いかが?" ], [ "あなたには、そんな事が、とても重大らしいのね", "そうかも知れないわ。可哀そう?", "いいえ、あなたには、そういうところがあるって言っただけなの。お勝手のマッチ箱にルナアルの絵を貼ったり、お人形のハンカチイフを作ってみたり、そういう事が好きなのね。それに、お庭の薔薇のことだって、あなたの言うことを聞いていると、生きている人の事を言っているみたい", "子供が無いからよ" ], [ "どう? お母さまは、変った?", "変った、変った。やつれてしまった。早く死にゃいいんだ。こんな世の中に、ママなんて、とても生きて行けやしねえんだ。あまりみじめで、見ちゃおれねえ", "私は?", "げびて来た。男が二三人もあるような顔をしていやがる。酒は? 今夜は飲むぜ" ], [ "焼酎って。あの、メチル?", "いいえ、メチルじゃありませんけど", "飲んでも、病気にならないのでしょう?", "ええ、でも、……", "飲ませてやって下さい" ], [ "それは、何療法っていうの?", "美学療法っていうんだ", "でも、お母さまは、マスクなんか、きっとおきらいよ" ], [ "ママ! 僕を叱って下さい!", "どういう工合いに?", "弱虫! って", "そう? 弱虫。……もう、いいでしょう?" ], [ "上原さんって、どんな方?", "小柄で顔色の悪い、ぶあいそな人でございます" ], [ "お酒でも飲むといいんだけど", "え?", "いいえ、弟さん。アルコールのほうに転換するといいんですよ。僕も昔、麻薬中毒になった事があってね、あれは人が薄気味わるがってね、アルコールだって同じ様なものなんだが、アルコールのほうは、人は案外ゆるすんだ。弟さんを、酒飲みにしちゃいましょう。いいでしょう?", "私、いちど、お酒飲みを見た事がありますわ。新年に、私が出掛けようとした時、うちの運転手の知合いの者が、自動車の助手席で、鬼のような真赤な顔をして、ぐうぐう大いびきで眠っていましたの。私がおどろいて叫んだら、運転手が、これはお酒飲みで、仕様が無いんです、と言って、自動車からおろして肩にかついでどこかへ連れて行きましたの。骨が無いみたいにぐったりして、何だかそれでも、ぶつぶつ言っていて、私あの時、はじめてお酒飲みってものを見たのですけど、面白かったわ", "僕だって、酒飲みです", "あら、だって、違うんでしょう?", "あなただって、酒飲みです", "そんな事は、ありませんわ。私は、お酒飲みを見た事があるんですもの。まるで、違いますわ" ], [ "それでは、弟さんも、酒飲みにはなれないかも知れませんが、とにかく、酒を飲む人になったほうがいい。帰りましょう。おそくなると、困るんでしょう?", "いいえ、かまわないんですの", "いや、実は、こっちが窮屈でいけねえんだ。ねえさん! 会計!", "うんと高いのでしょうか。少しなら、私、持っているんですけど", "そう。そんなら、会計は、あなただ", "足りないかも知れませんわ" ], [ "疲れているのよ。眠くなる神経衰弱でしょう", "そうでしょうね" ], [ "お断りしてもいいのでしょう?", "そりゃもう。……私も、無理な話だと思っていたわ" ], [ "でも、それは、もう一度、よくお考えになってみて下さい。私は、あなたを、何と言ったらいいか、謂わば精神的には幸福を与える事が出来ないかも知れないが、その代り、物質的にはどんなにでも幸福にしてあげる事が出来る。これだけは、はっきり言えます。まあ、ざっくばらんの話ですが", "お言葉の、その、幸福というのが、私にはよくわかりません。生意気を申し上げるようですけど、ごめんなさい。チェホフの妻への手紙に、子供を生んでおくれ、私たちの子供を生んでおくれ、って書いてございましたわね。ニイチェだかのエッセイの中にも、子供を生ませたいと思う女、という言葉がございましたわ。私、子供がほしいのです。幸福なんて、そんなものは、どうだっていいのですの。お金もほしいけど、子供を育てて行けるだけのお金があったら、それでたくさんですわ" ], [ "かず子は、いけない子ね。そんなに、ダメでいながら、こないだあの方と、ゆっくり何かとたのしそうにお話をしていたでしょう。あなたの気持が、わからない", "あら、だって、面白かったんですもの。もっと、いろいろ話をしてみたかったわ。私、たしなみが無いのね", "いいえ、べったりしているのよ。かず子べったり" ], [ "アップはね、髪の毛の少いひとがするといいのよ。あなたのアップは立派すぎて、金の小さい冠でも載せてみたいくらい。失敗ね", "かず子がっかり。だって、お母さまはいつだったか、かず子は頸すじが白くて綺麗だから、なるべく頸すじを隠さないように、っておっしゃったじゃないの", "そんな事だけは、覚えているのね", "少しでもほめられた事は、一生わすれません。覚えていたほうが、たのしいもの", "こないだ、あの方からも、何かとほめられたのでしょう", "そうよ。それで、べったりになっちゃったの。私と一緒にいると霊感が、ああ、たまらない。私、芸術家はきらいじゃないんですけど、あんな、人格者みたいに、もったいぶってるひとは、とても、ダメなの", "直治の師匠さんは、どんなひとなの?" ], [ "よくわからないけど、どうせ直治の師匠さんですもの、札つきの不良らしいわ", "札つき?" ], [ "面白い言葉ね。札つきなら、かえって安全でいいじゃないの。鈴を首にさげている子猫みたいで可愛らしいくらい。札のついていない不良が、こわいんです", "そうかしら" ], [ "浸潤では、ございませんの?", "違う", "気管支カタルでは?" ], [ "右も左も全部だ", "だって、お母さまは、まだお元気なのよ。ごはんだって、おいしいおいしいとおっしゃって、……", "仕方がない", "うそだわ。ね、そんな事ないんでしょう? バタやお卵や、牛乳をたくさん召し上ったら、なおるんでしょう? おからだに抵抗力さえついたら、熱だって下るんでしょう?", "うん、なんでも、たくさん食べる事だ", "ね? そうでしょう? トマトも毎日、五つくらいは召し上っているのよ", "うん、トマトはいい", "じゃあ、大丈夫ね? なおるわね?", "しかし、こんどの病気は命取りになるかも知れない。そのつもりでいたほうがいい" ], [ "熱さえ下ればいいんですって", "胸のほうは?", "たいした事もないらしいわ。ほら、いつかのご病気の時みたいなのよ、きっと。いまに涼しくなったら、どんどんお丈夫になりますわ" ], [ "寒くない?", "ええ、少し。霧でお耳が濡れて、お耳の裏が冷たい" ], [ "いまね、私、眠っていたのよ", "そう。何をしているのかしら、と思っていたの。永いおひる寝ね" ], [ "どうしたんでしょう。九度五分なんて", "なんでもないの。ただ、熱の出る前が、いやなのよ。頭がちょっと痛くなって、寒気がして、それから熱が出るの" ], [ "読んだ?", "ごめんね。読まなかったの" ], [ "表紙の色が、いやだったの", "へんなひと。そうじゃないんでしょう? 本当は、私をこわくなったのでしょう?", "こわかないわ。私、表紙の色が、たまらなかったの", "そう" ], [ "ええ、ちっとも眠くないの。社会主義のご本を読んでいたら、興奮しちゃいましたわ", "そう。お酒ないの? そんな時には、お酒を飲んでやすむと、よく眠れるんですけどね" ], [ "なんでもないの。これくらい、なんでもないの", "いつから、腫れたの?" ], [ "近いぞ、そりゃ。ちぇっ、つまらねえ事になりやがった", "私、もう一度、なおしたいの。どうかして、なおしたいの" ], [ "だめなの? そうでしょう?", "つまらねえ" ], [ "それは、叔父さんにも相談したが、叔父さんは、いまはそんな人集めの出来る時代では無いと言っていた。来ていただいても、こんな狭い家では、かえって失礼だし、この近くには、ろくな宿もないし、長岡の温泉にだって、二部屋も三部屋も予約は出来ない、つまり、僕たちはもう貧乏で、そんなお偉らがたを呼び寄せる力が無えってわけなんだ。叔父さんは、すぐあとで来る筈だが、でも、あいつは、昔からケチで、頼みにも何もなりゃしねえ。ゆうべだってもう、ママの病気はそっちのけで、僕にさんざんのお説教だ。ケチなやつからお説教されて、眼がさめたなんて者は、古今東西にわたって一人もあった例が無えんだ。姉と弟でも、ママとあいつとではまるで、雲泥のちがいなんだからなあ、いやになるよ", "でも、私はとにかく、あなたは、これから叔父さまにたよらなければ、……", "まっぴらだ。いっそ乞食になったほうがいい。姉さんこそ、これから、叔父さんによろしくおすがり申し上げるさ", "私には、……" ], [ "私には、行くところがあるの", "縁談? きまってるの?", "いいえ", "自活か? はたらく婦人。よせ、よせ", "自活でもないの。私ね、革命家になるの", "へえ?" ], [ "そう? どんな夢?", "蛇の夢" ], [ "お老けになった", "いいえ、これは写真がわるいのよ。こないだのお写真なんか、とてもお若くて、はしゃいでいらしたわ。かえってこんな時代を、お喜びになっていらっしゃるんでしょう", "なぜ?", "だって、陛下もこんど解放されたんですもの" ], [ "先生は? いらっしゃいません?", "はあ" ], [ "でも、行く先は、たいてい、……", "遠くへ?", "いいえ" ], [ "あ、そうですか", "あら、おはきものが" ], [ "よく存じませんのですけどね、何でも西荻の駅を降りて、南口の、左にはいったところだとか、とにかく、交番でお聞きになったら、わかるんじゃないでしょうか。何せ、一軒ではおさまらないひとで、チドリに行く前にまたどこかにひっかかっているかも知れませんですよ", "チドリへ行ってみます。さようなら" ], [ "ええ、でも、私、パンを持ってまいりましたから", "何もございませんけど" ], [ "この部屋で、お食事をなさいまし。あんな呑んべえさんたちの相手をしていたら、一晩中なにも食べられやしません。お坐りなさい、ここへ。チエ子さんも一緒に", "おうい、キヌちゃん、お酒が無い" ], [ "何せ、うちの社長ったら、がっちりしていますからね、二万円と言ってねばったのですが、やっと一万円", "小切手か?" ], [ "いいえ、現なまですが。すみません", "まあ、いいや、受取りを書こう" ], [ "ダンスのほうが、すきになったんですって。ダンサアの恋人でも出来たんでしょうよ", "直さんたら、まあ、お酒の上にまた女だから、始末が悪いね", "先生のお仕込みですもの", "でも、直さんのほうが、たちが悪いよ。あんなお坊ちゃんくずれは、……", "あの" ], [ "お顔がよく似ていらっしゃいますもの。あの土間の暗いところにお立ちになっていたのを見て、私、はっと思ったわ。直さんかと", "左様でございますか" ], [ "こんなむさくるしいところへ、よくまあ。それで? あの、上原さんとは、前から?", "ええ、六年前にお逢いして、……" ], [ "持って来るよ。あとの支払いは、来年だ", "あんな事を" ], [ "これから東京で生活して行くにはだね、コンチワァ、という軽薄きわまる挨拶が平気で出来るようでなければ、とても駄目だね。いまのわれらに、重厚だの、誠実だの、そんな美徳を要求するのは、首くくりの足を引っぱるようなものだ。重厚? 誠実? ペッ、プッだ。生きて行けやしねえじゃないか。もしもだね、コンチワァを軽く言えなかったら、あとは、道が三つしか無いんだ、一つは帰農だ、一つは自殺、もう一つは女のヒモさ", "その一つも出来やしねえ可哀想な野郎には、せめて最後の唯一の手段" ], [ "ずいぶん、お酒を召し上りますのね。毎晩ですの?", "そう、毎日。朝からだ", "おいしいの? お酒が", "まずいよ" ], [ "お仕事は?", "駄目です。何を書いても、ばかばかしくって、そうして、ただもう、悲しくって仕様が無いんだ。いのちの黄昏。芸術の黄昏。人類の黄昏。それも、キザだね", "ユトリロ" ], [ "ああ、ユトリロ。まだ生きていやがるらしいね。アルコールの亡者。死骸だね。最近十年間のあいつの絵は、へんに俗っぽくて、みな駄目", "ユトリロだけじゃないんでしょう? 他のマイスターたちも全部、……", "そう、衰弱。しかし、新しい芽も、芽のままで衰弱しているのです。霜。フロスト。世界中に時ならぬ霜が降りたみたいなのです" ], [ "いいえ、私、花も葉も芽も、何もついていない、こんな枝がすき。これでも、ちゃんと生きているのでしょう。枯枝とちがいますわ", "自然だけは、衰弱せずか" ], [ "お風邪じゃございませんの?", "いや、いや、さにあらず。実はね、これは僕の奇癖でね、お酒の酔いが飽和点に達すると、たちまちこんな工合のくしゃみが出るんです。酔いのバロメーターみたいなものだね", "恋は?", "え?", "どなたかございますの? 飽和点くらいにすすんでいるお方が", "なんだ、ひやかしちゃいけない。女は、みな同じさ。ややこしくていけねえ。ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ、実は、ひとり、いや、半人くらいある", "私の手紙、ごらんになって?", "見た", "ご返事は?", "僕は貴族は、きらいなんだ。どうしても、どこかに、鼻持ちならない傲慢なところがある。あなたの弟の直さんも、貴族としては、大出来の男なんだが、時々、ふっと、とても附き合い切れない小生意気なところを見せる。僕は田舎の百姓の息子でね、こんな小川の傍をとおると必ず、子供のころ、故郷の小川で鮒を釣った事や、めだかを掬った事を思い出してたまらない気持になる" ], [ "けれども、君たち貴族は、そんな僕たちの感傷を絶対に理解できないばかりか、軽蔑している。", "ツルゲーネフは?", "あいつは貴族だ。だからいやなんだ", "でも、猟人日記、……", "うん、あれだけは、ちょっとうまいね", "あれは、農村生活の感傷、……", "あの野郎は田舎貴族、というところで妥協しようか", "私もいまでは田舎者ですわ。畑を作っていますのよ。田舎の貧乏人", "今でも、僕をすきなのかい" ], [ "行くところまで行くか", "キザですわ", "この野郎" ], [ "お料理屋のお部屋みたいね", "うん、成金趣味さ。でも、あんなヘボ画かきにはもったいない。悪運が強くて罹災も、しやがらねえ。利用せざるべからずさ。さあ、寝よう、寝よう" ], [ "こうしなければ、ご安心が出来ないのでしょう?", "まあ、そんなところだ", "あなた、おからだを悪くしていらっしゃるんじゃない? 喀血なさったでしょう", "どうしてわかるの? 実はこないだ、かなりひどいのをやったのだけど、誰にも知らせていないんだ", "お母さまのお亡くなりになる前と、おんなじ匂いがするんですもの", "死ぬ気で飲んでいるんだ。生きているのが、悲しくて仕様が無いんだよ。わびしさだの、淋しさだの、そんなゆとりのあるものでなくて、悲しいんだ。陰気くさい、嘆きの溜息が四方の壁から聞えている時、自分たちだけの幸福なんてある筈は無いじゃないか。自分の幸福も光栄も、生きているうちには決して無いとわかった時、ひとは、どんな気持になるものかね。努力。そんなものは、ただ、飢餓の野獣の餌食になるだけだ。みじめな人が多すぎるよ。キザかね", "いいえ", "恋だけだね。おめえの手紙のお説のとおりだよ", "そう" ], [ "でも、もう、おそいなあ。黄昏だ", "朝ですわ" ], [ "でも、……", "すぐ帰りますわよ" ], [ "またまいります", "そう" ] ]
底本:「斜陽」新潮文庫、新潮社    1950(昭和25)年11月20日発行    1987(昭和62)年5月25日82刷改版    1994(平成6)年6月5日93刷 初出:「新潮 第四十四巻第七号~第十号」    1947(昭和22)年7月1日~1947(昭和22)年10月1日 ※底本巻末の渡部芳紀氏による注解は省略しました。 入力:SAME SIDE 校正:細渕紀子 2003年1月23日作成 2015年9月30日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "君のあの手紙を読んだ。", "そう。すぐ破ってくれましたか。", "ああ、破った。" ] ]
底本:「グッド・バイ」新潮文庫、新潮社    1972(昭和47)年7月30日発行    1985(昭和60)年7月15日29刷 初出:「文化展望」    1946(昭和21)年4月号 入力:土屋隆 校正:田中敬三 2009年2月3日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "いくら?", "お金じゃない。" ], [ "死にたくなった?", "うん。" ], [ "いまごろになると、毎年きまって、いけなくなるらしいのね。寒さが、こたえるのかしら。羽織ないの? おや、おや、素足で。", "こういうのが、粋なんだそうだ。", "誰が、そう教えたの?" ], [ "小説は?", "書けない。" ], [ "どうにも、あとしまつができない。花火は一瞬でも、肉体は、死にもせず、ぶざまにいつまでも残っているからね。美しい極光を見た刹那に、肉体も、ともに燃えてあとかたもなく焼失してしまえば、たすかるのだが、そうもいかない。", "意気地がないのね。", "ああ、もう、言葉は、いやだ。なんとでも言える。刹那のことは、刹那主義者に問え、だ。手をとって教えてくれる。みんな自分の料理法のご自慢だ。人生への味附けだ。思い出に生きるか、いまのこの刹那に身をゆだねるか、それとも、――将来の希望とやらに生きるか、案外、そんなところから人間の馬鹿と悧巧のちがいが、できて来るのかも知れない。", "あなたは、ばかなの?", "およしよ、K。ばかも悧巧もない。僕たちは、もっとわるい。", "教えて!", "ブルジョア。" ], [ "谷川だ。すぐ、この下を流れている。朝になってみると、この浴場の窓いっぱい紅葉だ。すぐ鼻のさきに、おや、と思うほど高い山が立っている。", "ときどき来るの?", "いいえ。いちど。", "死にに。", "そうだ。", "そのとき遊んだ?", "遊ばない。" ], [ "片方割れた下駄。", "歩かない馬。", "破れた三味線。", "写らない写真機。", "つかない電球。", "飛ばない飛行機。", "それから、――", "早く、早く。", "真実。", "え?", "真実。", "野暮だなあ。じゃあ、忍耐。", "むずかしいのねえ、私は、苦労。", "向上心。", "デカダン。", "おとといのお天気。" ], [ "ブルジョアって、わるいものなの?", "わるいやつだ、と僕は思う。わびしさも、苦悩も、感謝も、みんな趣味だ。ひとりよがりだ。プライドだけで生きている。" ], [ "恋は?", "自分の足袋のやぶれが気にかかって、それで、失恋してしまった晩もある。" ], [ "あなたは?", "丙種。" ], [ "私たち、もうなんにも欲しいものがないのね。", "ああ、みんなお父さんからもらってしまった。" ], [ "たいてい、わかるだろう? 僕がサタンだということ。僕に愛された人は、みんな、だいなしになってしまうということ。", "私には、そう思えないの。誰もおまえを憎んでいない。偽悪趣味。", "甘い?" ], [ "僕、いちばん単純なことを言おうか。K、まじめな話だよ。いいかい? 僕を、――", "よして! わかっているわよ。", "ほんとう?", "私は、なんでも知っている。私は、自分がおめかけの子だってことも知っています。", "K。僕たち、――" ] ]
底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年9月27日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年9月17日公開 2005年10月22日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "散らず、散らずみ。", "いや。散りず、散りずみ。", "ちがひます。散りみ、散り、みず。" ], [ "それは、いけないね。くるしいだらうね。", "ええ、とても。困つてしまふの。なるべく思ひ出さないやうにしてゐるのですけれど。いちど、でも、あの卵のかたまりを見ちやつたので、――離れないの。" ] ]
底本:「太宰治全集11」筑摩書房    1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行 初出:「月刊文章 第五巻第六号」    1939(昭和14)年6月1日発行 入力:小林繁雄 校正:阿部哲也 2011年10月12日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "散らず、散らずみ。", "いや、散りず、散りずみ。", "ちがいます。散りみ、散り、みず。" ], [ "それは、いけないね。くるしいだろうね。", "ええ、とても。困ってしまうの。なるべく思い出さないようにしているのですけれど。いちど、でも、あの卵のかたまりを見ちゃったので、――離れないの。" ] ]
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年6月27日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻」筑摩書房    1977(昭和52)年2月25日初版第1刷発行 初出:「月刊文章 第五巻第六号」    1939(昭和14)年6月1日発行 入力:増山一光 校正:小林繁雄 2005年2月23日作成 2016年7月12日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "夏の靴がほしいと言っていたから、きょう渋谷へ行ったついでに見て来たよ。靴も、高くなったねえ", "いいの、そんなに欲しくなくなったの", "でも、なければ、困るでしょう", "うん" ] ]
底本:「女生徒」角川文庫、角川書店    1954(昭和29)年10月20日初版発行    1968(昭和43)年2月5日44版発行 入力:細渕真弓 校正:細渕紀子 1999年2月16日公開 2011年5月22日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000275", "作品名": "女生徒", "作品名読み": "じょせいと", "ソート用読み": "しよせいと", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「文学界」1939(昭和14)年4月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-02-16T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card275.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "女生徒", "底本出版社名1": "角川文庫、角川書店", "底本初版発行年1": "1954(昭和29)年10月20日、1968(昭和43)年2月5日改版44版", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1989(平成元)年7月10日改版41版", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "細渕真弓", "校正者": "細渕紀子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/275_ruby_1532.zip", "テキストファイル最終更新日": "2011-05-22T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "5", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/275_13903.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-05-22T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "2" }
[ [ "ちっとも、よかあ無えじゃないか。これでお前の男も、すたった。どだい、君、亭主のある女と、……", "それは、" ], [ "ネクタイは、すぐに取りかえます。僕も、これは、あまり結構ではないと思っていたんです。", "そう、結構でない。そう知りながら、どうして伊藤に忠告しなかったんだ。忠告を。", "いいえ、ネクタイの事です。", "ネクタイなんか、どうだっていい。お前の服装なんか、どうだってかまやしない。問題は、僕が伊藤と絶交するという事だけなんだ。それだけだ。あともう、言う事は無い。失敬する。みんな馬鹿野郎ばっかりだ。" ], [ "自動車を拾え。自動車を。", "どこへ?", "新宿だ。" ], [ "え? わかったかい? 女類と男類が理解し合うという事は、それは、ご無理というものなんだぜ。そんな甘ったれた考えを持っていたんじゃあ、僕はここで予言してもいい。君は、あの女に、裏切られる。必ず、裏切られる。いや、あの女ひとりに就いて言っているんじゃない。あのひとの個人的な事情なんか僕は、何も知らない。僕はただ、動物学のほうから女類一般の概論を述べただけだ。女類は、金が好きだからなあ。死人の額に三角の紙がはられて、それに『シ』の字が書かれてあるように、女類の額には例外無く、金の『カ』の字を書いた三角の紙が、ぴったりはられているんだよ。", "死ぬというんです。わかれたら、生きておれないと言うんです。何だか、薬を持っているんです。それを飲んで、死ぬ、というんです。生れてはじめての恋だと言うんです。", "お前は、気がへんになってるんじゃないか、馬鹿野郎。さっきから何を聞いていたのだ、馬鹿野郎。僕は、サジを投げた。ここは、どこだ、四谷か。四谷から帰れ、馬鹿野郎。よくもまあ僕の前で、そんな阿呆くさい事がのめのめと言えたものだ。いまに、死ぬのは、お前のほうだろう。女は、へん、何のかのと言ったって、結局は、金さ。運転手さん、四谷で馬鹿がひとり降りるぜ。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月24日公開 2005年11月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000274", "作品名": "女類", "作品名読み": "じょるい", "ソート用読み": "しよるい", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「八雲」1948(昭和23)年4月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-24T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card274.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集9", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年5月30日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "かとうかおり", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/274_ruby_20182.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-06T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/274_20183.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-06T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "なんだ、そんなところにあったのか。", "燈台もと暗しですね。" ], [ "それがよい。ご親戚のお方は、はじめから十一両つつんで寄こしたのに違いない。", "左様、なにせ洒落たお方のようだから、十両と見せかけ、その実は十一両といういたずらをなさったのでしょう。", "なるほど、それも珍趣向。粋な思いつきです。とにかく、お収めを。" ], [ "いやいや、決してやめろとは言いませんが、同じ遊びでも、楊弓など、どうでしょうねえ。", "あれは女子供の遊びです。大の男が、あんな小さい弓を、ふしくれ立った手でひねくりまわし、百発百中の腕前になってみたところで、どろぼうに襲われて射ようとしても、どろぼうが笑い出しますし、さかなを引く猫にあてても描はかゆいとも思やしません。" ], [ "あれもつまらん。香を嗅ぎわけるほどの鼻があったら、めしのこげるのを逸早く嗅ぎ出し、下女に釜の下の薪をひかせたら少しは家の仕末のたしになるでしょう。", "なるほどね。では、あの蹴鞠は?", "足さばきがどうのこうのと言って稽古しているようですが、塀を飛び越えずに門をくぐって行ったって仔細はないし、闇夜には提灯をもって静かに歩けば溝へ落ちる心配もない。何もあんなに苦労して足を軽くする必要はありません。", "いかにも、そのとおりだ。でも人間には何か愛嬌が無くちゃいけないんじゃないかねえ。茶番の狂言なんか稽古したらどうだろうねえ。家に寄り合いがあった時など、あれをやってみんなにお見せすると、――", "冗談を言っちゃいけない。あれは子供の時こそ愛嬌もありますが、髭の生えた口から、まかり出でたるは太郎冠者も見る人が冷汗をかきますよ。お母さんだけが膝をすすめて、うまい、なんてほめて近所のもの笑いの種になるくらいのものです。", "それもそうだねえ。では、あの活花は?" ], [ "才兵衛や、まあここへお坐り。まあたいへん鬚が伸びているじゃないか、剃ったらどうだい。髪もそんなに蓬々とさせて、どれ、ちょっと撫でつけてあげましょう。", "かまわないで下さい。これは角力の乱れ髪と言って粋なものなんです。", "おや、そうかい。それでも粋なんて言葉を知ってるだけたのもしいじゃないか。お前はことし、いくつだい。", "知ってる癖に。" ], [ "お前さえその気になってくれたら、あとはもう、立派なお屋敷をつくって、お妾でも腰元でも、あんま取の座頭でも、――", "そんなのはつまらない。上方には黒獅子という強い大関がいるそうです。なんとかしてその黒獅子を土俵の砂に埋めて、――", "ま、なんて情無い事を考えているのです。好きな女と立派なお屋敷に暮して、酒席のなぐさみには伝右衛門を、――", "その屋敷には、土俵がありますか。" ], [ "おれならば、お内儀さまのおっしゃるとおりにするんだが。", "当り前さ。蝦夷が島の端でもいい、立派なお屋敷で、そんな栄華のくらしを三日でもいい、あとは死んでもいい。", "声が高い。若旦那に聞えると、あの、張手とかいう凄いのを、二つ三つお見舞いされるぞ。", "そいつは、ごめんだ。" ], [ "鞠、死のう。", "はい。" ], [ "いや、待つ事は出来ぬ。まだ除夜の鐘のさいちゅうだ。拙者も、この金でことしの支払いをしなければならぬ。借金取りが表に待っている。", "困りましたなあ。もう店をしまって、お金はみな蔵の中に。" ], [ "なあに、秘伝というほどの事でもないが、問題は足の指だよ。", "足の指?" ], [ "あった!", "やあ、あった!" ], [ "おお、その事か。お律は、ませた子だの。よい事をたずねる。父は毎朝小銭を四十文ずつ火打袋にいれてお役所に行くのです。きょうはお役所で三文使い、火打袋には三十七文残っていなければならぬ筈のところ、二十六文しか残っていませんでしたから、それ、落したのは、いくらになるであろうか。", "でも、お父さまは、けさ、お役所へいらっしゃる途中、お寺の前であたしと逢い、非人に施せといって二文あたしに下さいました。", "うん、そうであった。忘れていた。" ], [ "もし、もし。御出発でございます。", "へえ? ばかに早いな。", "若殿も、とうにお仕度がお出来になりました。", "若殿は、あれから、ぐっすりお休みになられたらしいからな。おれは、あれから、いろいろな事を考えて、なかなか眠られなかった。それに、お前の親爺のいびきがうるさくてな。", "おそれいります。", "忠義もつらいよ。おれだって、毎夜、若殿の遊び相手をやらされて、へとへとなんだよ。", "お察し申して居ります。", "うん、まったくやり切れないんだ。たまには、お前が代ってくれてもよさそうなものだ。", "は、お相手を申したく心掛けて居りますが、私は狐拳など出来ませんので。", "お前たちは野暮だからな。固いばかりが忠義じゃない。狐拳くらい覚えて置けよ。" ], [ "そんな馬鹿な事を言わないで、ね、後生だから。", "いや! 姉さん、しつっこいわよ。" ], [ "まあ、どうしましょう。ひどい、いたずらをなさる人もあるものですねえ。お金を下さってよろこばせて、そうしてすぐにまた取り上げるとは、あんまりですわねえ。", "何を言う。そなたは、あの、誰か盗んだとでも思っているのか。", "ええ、疑うのは悪い事だけれども、まさか小判がひとりでふっと溶けて消えるわけは無し、宵からこの座敷には、あの十人のお客様のほかに出入りした人も無し、お帰りになるとすぐにあたしが表の戸に錠をおろして、――" ], [ "いいなぶりものにされました。百両くださると見せかけて、そっとお持ち帰りになって、いまごろは赤い舌を出して居られるのに違いない。ええ、十人が十人とも腹を合せて、あたしたちに百両を見せびらかし、あたしたちが泣いて拝む姿を楽しみながら酒を飲もうという魂胆だったのですよ。人を馬鹿にするにもほどがある。あなたは、口惜しくないのですか。あたしはもう恥ずかしくて、この世に生きて居られない。", "恩人の悪口は言うな。この世がいやになったのは、わしも同様。しかし、人を恨んで死ぬのは、地獄の種だ。お情の百両をわが身の油断から紛失した申しわけに死ぬのならば、わしにも覚悟はあるが。", "理窟はどうだって、いいじゃないの。あたしは地獄へ落ちたっていい。恨み死を致します。こんなひどい仕打ちをされて、世間のもの笑いになってなお生き延びるなんて事はとても出来ません。", "よし、もう言うな。死にやいいんだ。かりそめにも一夜の恩人たちを訴えるわけにもいかず、いや疑う事さえ不埒な事だ、さりとてこのまま生き延びる工夫もつかず、女房、何も言わずに、わしと一緒に死のうじゃないか。この世ではそなたにも苦労をかけたが、夫婦は二世と言うぞ。" ], [ "ああ、重い。あなたは、どうなの? 重くないの? ばかにうれしそうに歩いているわね。お祭りじゃないんですよ。子供じゃあるまいし、こんな赤い大鼓をかついでお宮まいりだなんて、板倉様も意地が悪い。もうもう、あたしは、人の世話なんてごめんですよ。あなたたちは、人の世話にかこつけて、お酒を飲んで騒ぎたいのでしょう? ばかばかしい。おまけにこんな赤い太鼓をかつがせられて、いい見せ物にされて、――", "まあ、そう言うな。ものは考え様だ。どうだい、さっきの、お役所の前の人出は。わしは生れてから、あんなに人に囃された事は無い。人気があるぜ、わしたちは。", "何を言ってるの。道理であなたは、けさからそわそわして、あの着物、この着物、と三度も着かえて、それから、ちょっと薄化粧なさってたわね。そうでしょう? 白状しなさい。" ], [ "おどかしちゃいけねえ。何も、わしだって好きでかついでいるわけじゃないし、また、年頃のお前にこんな判じ物みたいなものを担がせるのも、心苦しいとは思っている。", "あんな事を言っている。心苦しいだなんて、そんな気のきいた言葉をどこで覚えて来たの? おかしいわよ。お父さんには、この太鼓がよく似合ってよ。お父さんは派手好きだから、赤いものが、とてもよく似合うわ。こんど、真赤なお羽織を一枚こしらえてあげましょうね。", "からかっちゃいけねえ。だるまじゃあるまいし、赤い半纏なんてのはお祭りにだって着て出られるわけのものじゃない。", "でも、お父さんは年中お祭りみたいにそわそわしている、あんなのをお祭り野郎ってんだと陰口たたいていた人があったわよ。", "誰だ、ひでえ奴だ、誰がそんな事を言ったんだ。そのままにはして置けねえ。", "あたしよ、あたしが言ったのよ。何のかのと近所に寄合いをこしらえさせてお祭り騒ぎをしようとたくらんでばかりいるんだもの。いい気味だわ。ばちが当ったんだわ。お奉行様は、やっぱりえらいな。お父さんのお祭り野郎を見抜いて、こらしめのため、こんな真赤なお祭りの太鼓をかつがせて、改心させようと思っていらっしゃるのに違いない。", "こん畜生! 太鼓をかついでいなけれや、ぶん殴ってやるんだが、えい、徳兵衛ふびんさに、持前の親分肌のところを見せてやったばっかりに、つまらねえ事になった。", "持前だって。親分肌だって。おかしいわよ、お父さん。自分でそんな事を言うのは、耄碌の証拠よ。もっと、しっかりしなさいね。", "この野郎、黙らんか。" ], [ "あなたも、しかし、妙な人ですね。ふだんあんなにけちで、お客さんの煙草ばかり吸っているほどの人が、こんどに限って、馬鹿にあっさり十両なんて大金を出したわね。", "そりゃあね、男の世界はまた違ったものさ。義を見てせざるは勇なき也。常日頃の倹約も、あのような慈善に備えて、――" ], [ "まだ日が暮れぬか。", "冗談でしょう。おひるにもなりません。", "さてさて、日が永い。" ], [ "子供もあるのか。", "あたりめえよ。間の抜けた事を聞くな。親にも似ねえ猿みたいな顔をした四つの男の子が、根っからの貧乏人の子らしく落ちついて長屋で遊んでいやがる。見せてやろうか。少しはお前たちのいましめになるかも知れねえ。" ] ]
底本:「お伽草紙」新潮文庫、新潮社    1972(昭和47)年3月21日発行    1991(平成3)年2月20日40刷改版    1999(平成11)年3月10日56刷 入力:aki 校正:久保あきら 2000年4月24日公開 2006年5月20日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002269", "作品名": "新釈諸国噺", "作品名読み": "しんしゃくしょこくばなし", "ソート用読み": "しんしやくしよこくはなし", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-04-24T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2269.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "お伽草紙", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1972(昭和47)年3月21日、1991(平成3)年2月20日40刷改版", "入力に使用した版1": "1999(平成11)年3月10日第56刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "aki", "校正者": "久保あきら", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2269_ruby_5649.zip", "テキストファイル最終更新日": "2006-05-20T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "6", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2269_15103.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-05-20T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "知っています。私が、高等学校へはいったとしに、聞きました。", "十二年まえです。僕が十三で、ちょうど小学校を卒業したとしでした。それから五年経って、僕が中学校を卒業する直前に、父は狂い死しました。母が死んでから、もう、元気がないようでしたが、それから、すこし、まあ遊びはじめたのでしょうね、店は可成大きかったのですが、衰運の一途でした。あのときは全国的に呉服屋が、いけないようでした。いろいろ苦しいこともあったのでしょう。いけない死にかたをしました、井戸に飛びこみました。世間には、心臓痲痺ということにしてありますけれど。" ], [ "つるは、いくつでなくなったのですか?", "母ですか。母は、三十六でなくなりました。立派な母でした。死ぬる直前まで、あなたの名前を言っていました。" ], [ "でも、よく逢えたねえ。", "ええ、お名前は、まえから母に朝夕、聞かされて、失礼ですが、ほんとうの兄のような気がして、いつかはお逢いできるだろう、と奇妙に楽観していたのです。へんですね、いつかは逢えると確信していたので、僕は、のんきでしたよ。僕さえ丈夫で生きていたら。" ], [ "私が十歳くらいで、君が三つか四つくらいのとき、いちど逢ったことがあるんじゃないかしら。つるが、お盆のとき、小さい、色の白い子を連れて来て、その子が、たいへん行儀がよく、おとなしいので、私は、ちょっとその子を嫉妬したものだが、あれが君だったのかしら。", "僕、かも知れません。よく覚えていないのです。大きくなってから、母にそう言われて、ぼんやり思い出せるような気がしました。なんでも、永い旅でした。お家のまえに、きれいな川が流れていました。", "川じゃないよ。あれは溝だ。庭の池の水があふれて、あそこへ流れて来ているのだ。", "そうですか。それから、大きな、さるすべりの木が、お家のまえに在りました。まっかな花が、たくさん咲いていました。", "さるすべりじゃないだろう。ねむ、の木なら、一本あるよ。それも、そんなに大きくない。君は、そのころ小さかったから、溝でも、木でも、なんでも大きく大きく見えたのだろう。" ], [ "デパアトは、いまいそがしいでしょう。景気がいいのだそうですね。", "とても、たいへんです。こないだも、一日仕入が早かったばかりに、三万円ちかく、もうけました。", "永いこと、おつとめなのですか?", "中学校を卒業して、すぐです。家がなくなったもので、皆に同情されて、父の知り合いの人たちのお世話もあって、あのデパアトの呉服部にはいることができたのです。皆さん親切です。妹も、一階につとめているのですよ。" ], [ "君、そこに呼鈴があるじゃないか。", "あ、そうか。僕の家だったころには、こんなものなかった。" ], [ "あれは、なんだ。", "鷺です。" ] ]
底本:「新樹の言葉」新潮文庫、新潮社    1982(昭和57)年7月25日初版発行    1992(平成4)年11月15日17刷 初出:「愛と美について」竹村書房    1939(昭和14)年5月 入力:田中久太郎 校正:青木直子 1999年11月17日公開 2016年2月1日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "お前は俺と喧嘩した事を忘れたか? しょっちゅう喧嘩をしたものだ", "そうだったかな", "そうだったかなじゃない。これ見ろ、この手の甲に傷がある。これはお前にひっかかれた傷だ" ], [ "ところで、お前に一つ相談があるんだがな。クラス会だ。どうだ、いやか。大いに飲もうじゃないか。出席者が十人として、酒を二斗、これは俺が集める", "それは悪くないけど、二斗はすこし多くないか", "いや、多くない。ひとりに二升無くては面白くない", "しかし、二斗なんてお酒が集まるか?", "集まらない、かも知れん。わからないが、やってみる。心配するな。しかし、いくら田舎だってこの頃は酒も安くはないんだから、お前にそこは頼む" ], [ "散らかっているぜ", "いや、かまわない。文学者の部屋というのは、みんなこんなものだ。俺も東京にいた頃、いろんな文学者と附き合いがあったからな" ], [ "やっぱり、でも、いい部屋だな。さすがに、立派な普請だ。庭の眺めもいい。柊があるな。柊のいわれを知っているか", "知らない" ], [ "ウイスキイだけど、かまわないか", "いいとも。かかがいないか。お酌をさせろよ" ], [ "しかし、こないだの選挙では、お前も兄貴のために運動したろう", "いや、何も、ひとつも、しなかった。この部屋で毎日、自分の仕事をしていた", "嘘だ。いかにお前が文学者で、政治家でないとしても、そこは人情だ。兄貴のために、大いにやったに違いない。俺はな、学問も何も無い百姓だが、しかし、人情というものは持っている。俺は、政治はきらいだ。野心も何も無い。社会党だの進歩党だのと言ったって、おそれるところは無いと思っているのだが、しかし、人情は持っている。俺はな、お前の兄貴とは、別に近づきでも何でもないが、しかし、少くともお前は、俺と同級生でもあり、親友だろう。ここが人情だ。俺は誰にたのまれなくても、お前の兄貴に一票いれた。われわれ百姓は、政治も何も知らなくていい。この、人情一つだけを忘れなければ、それでいいと思うが、どうだ" ], [ "われわれ百姓は、こんなものを持っているのだよ。お前たちは馬鹿にするだろうが、しかし、便利なものだ。雨の降る中でも、火打石は、カチカチとやりさえすれば火が出る。こんど俺は東京へ行く時、これを持参して銀座のまんなかで、カチカチとやってやろうと思うんだ。お前ももうすぐ東京へ帰るのだろう? 遊びに行くよ。お前の家は、東京のどこにあるのだ", "罹災してね、どこへ行ったらいいか、まだきまっていないよ", "そうか、罹災したのか。はじめて聞いた。それじゃ、いろいろ特配をもらったろう。こないだ罹災者に毛布の配給があったようだが、俺にくれ" ], [ "毛布は、よせよ", "ケチだなあ、お前は" ] ]
底本:「ヴィヨンの妻」新潮文庫、新潮社    1950(昭和25)年12月20日発行    1985(昭和60)年10月30日63刷改版    1996(平成8)年6月20日88版 入力:細渕真弓 校正:細渕紀子 1999年1月1日公開 2009年3月2日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです
{ "作品ID": "002271", "作品名": "親友交歓", "作品名読み": "しんゆうこうかん", "ソート用読み": "しんゆうこうかん", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-01-01T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2271.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "ヴィヨンの妻", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1950(昭和25)年12月20日、1985(昭和60)年10月30日63刷改版", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "細渕真弓", "校正者": "細渕紀子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2271_ruby_1034.zip", "テキストファイル最終更新日": "2009-03-02T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2271_34630.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2009-03-02T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "梅干があるかい?", "ございます。" ] ]
底本:「ろまん燈籠」新潮文庫、新潮社    1983(昭和58)年2月25日発行    1986(昭和61)年10月30日5刷 初出:「新潮」    1942(昭和17)年1月号 ※2行にわたる丸括弧を、罫線で代用しました。 入力:土屋隆 校正:鈴木厚司 2005年12月2日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "殿様もこのごろは、なかなかの御上達だ。負けてあげるほうも楽になった。", "あははは。" ], [ "あの先輩もこのごろは、なかなかの元気じゃないか。もういたわってあげる必要もないようだ。", "あははは。" ], [ "お前は、おれを偉いと思うか。", "思いません。", "そうか。" ], [ "静子が来ていませんか。", "いいえ。", "本当ですか。" ], [ "きのうです。", "なあんだ。それじゃ何も騒ぐ事はないじゃないですか。僕の女房だって、僕があんまりお酒を飲みすぎると、里へ行って一晩泊って来る事がありますよ。", "それとこれとは違います。静子は芸術家として自由な生活をしたいんだそうです。お金をたくさん持って出ました。", "たくさん?", "ちょっと多いんです。" ], [ "見せて下さい。", "ちょっとお待ち下さい。" ], [ "よかった、よかった。娘が秘蔵していたので助かりました。いま残っているのは、おそらく此の水彩いちまいだけでしょう。私は、もう、一万円でも手放しませんよ。", "見せて下さい。" ] ]
底本:「太宰治全集5」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年1月31日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:高橋真也 2000年4月1日公開 2005年10月28日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "君は?", "戦災というやつだ。念いりに二度だ。", "そう。" ], [ "イトウ?", "そう。伊豆の伊東温泉さ。あそこで半年ばかり療養していたんだ。中支に二年、南方に一年いて、病気でたおれて、伊東温泉で療養という事になったんだが、いま思うと、伊東温泉の六箇月が一ばん永かったような気がするな。からだが治って、またこれから戦地へ行かなくちゃならんのかと思ったら、流石にどうも、いやだったが、終戦と聞いて実は、ほっとしたんだ。仲間とわかれる時には、大いに飲んだ。", "君がきょう帰るのを、君のうちでは知っているのか。", "知らないだろう。近く帰れるようになるかも知れんという事は葉書で言ってやって置いたが。", "それはひどいよ。妻子も、金木の家へ来ているんだろう?" ], [ "これを持って行き給え。ね、これは上等酒だとかいう話だよ。持って行き給え。金木にもね、いまはお酒はちっとも無いんだよ。これを持って行って、久し振りで女房のお酌で飲むさ。", "君のお酌なら、飲んでもいいな。", "いや、僕は遠慮しよう。細君から邪魔者あつかいにされてもつまらない。とにかくこれは持って行ってくれ。君がきょう帰るという事を家に知らせていないとすると、君の家では、きょうはお酒の支度が出来ないにきまっている。君は、お酒を飲みたいんだろう? どうも、さっきからこの風呂敷包を見る君の眼がただ事でなかったよ。飲みたいに違いないさ。持って行き給え。そうして、みんな飲んでしまってくれ。", "いや、一緒に飲もう。今夜、君がこれをさげて僕の家へ遊びに来てくれたら、一ばん有難いんだがな。", "それは、ごめんだ。それだけは、まっぴらだ。二、三日経ってからなら。", "じゃあ、二、三日経ってからでもいいから遊びに来てくれ。この酒は要らないよ。僕の家にだってあるだろう。", "無い、無い。金木にはいま、まるっきり清酒が無いんだ。とにかくきょうは、この酒を君が持って行かなくちゃいけない。" ], [ "ツネちゃん、疎開しないのか。", "あなたたちと一緒よ。死んだって焼けたって、かまやしないじゃないの。", "すごいものだね。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:もりみつじゅんじ 2000年2月1日公開 2005年11月2日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002273", "作品名": "雀", "作品名読み": "すずめ", "ソート用読み": "すすめ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-02-01T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2273.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集8", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年4月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "もりみつじゅんじ", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2273_ruby_20144.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-02T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2273_20145.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-02T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "学校がいやなんだ。とても、だめなんだ。自活したいなあ", "学校っていやなところさ。だけど、いやだいやだと思いながら通うところに、学生生活の尊さがあるんじゃないのかね。パラドックスみたいだけど、学校は憎まれるための存在なんだ。僕だって、学校は大きらいなんだけど、でも、中学校だけでよそうとは思わなかったがなあ。", "そうですね。" ], [ "なにごとも、辛抱して、――", "はい。", "兄弟なかよく、――", "はい。" ], [ "あの、いただけないんざますのよ。", "でも、まあ、一ぱい。", "オホホホホ。ではまあ、ほんのチョッピリ!" ], [ "おや、お帰りなさい。きょうは、お早かったじゃないの。", "うむ、仕事の話がいい工合にまとまってね。", "それは、よござんした。お風呂へおいでになりますか?" ], [ "R大学のほうの発表は、いつだい?", "六日。", "R大学のほうはパスだろうと思うけど、どうだい、パスなら、ずっとやって行く気かい?", "やって行ってもいいんだけど、――", "はっきり言ったほうがいいぜ。やって行く気は無いんだろう?", "無いんだ。" ], [ "楽に話そう。実はね、兄さんも、先月、大学のほうは、よした。いつまでも、むだに授業科ばかり納めているのも意味がないしね。これから十年計画で、なんとかして、いい小説を書いてみるつもりだ。いま迄、書いて来たものは、みんなだめだ。いい気なものだったよ。てんでなっちゃいないんだ。生活が、だらしなかったんだね。ひとりで大家気取りで、徹夜なんかしてさ。ことしから、新規蒔直しで、やってみるつもりだ。進も、ひとつ、どうだい、ことしから一緒に勉強してみないか?", "勉強? もういちど一高を受けるの?", "何を言ってるんだ。もう、そんな無理は言わんよ。受験勉強だけが勉強じゃない。お前の日記にも書いてあったじゃないか。将来の目標が、いつのまにやら、きまっていました、なんて書いてあったけど、あれは嘘かい?", "嘘じゃないけど、本当は、僕にも、よくわからないんだ。はっきり、きまっているような気がしているんだけど、具体的に、なんだか、わからない。", "映画俳優。" ], [ "そうなんだよ。お前は映画俳優になりたいんだよ。何も悪い事がないじゃないか。日本一の映画俳優だったら、立派なものじゃないか。お母さんも、よろこぶだろう。", "兄さん、怒ってるの?", "怒ってやしない。けれども、心配だ。非常に心配だ。進、お前は十七だね。何になるにしても、まだまだ勉強しなければいけない。それは、わかってるね?", "僕は兄さんと違って、頭がわるいから、ほかには何も出来そうもないんだ。だから、俳優なんて事も、考えるのだけど、――", "僕がわるいんだ。僕が無責任に、お前を、芸術の雰囲気なんかに巻き込んでしまったのがいけなかったんだ。どうも不注意だった。罰だ。" ], [ "失敗したら悲惨だからねえ。でもお前は、これから、その方の勉強を一生懸命にやって行くつもりならば、兄さんだって、何も反対はしないよ。反対どころか、一緒に助け合って勉強して行こうと思っている。まあ、これから十年の修業だ。やって行けるかい?", "やって行きます。" ], [ "明日の試験は何だい?", "遠足の試験だい。骨が折れるぜ。", "お菓子に気をつけろってんだ。" ], [ "何も言やしねえ。", "お前が大病したって本当?", "ああ、ちょっとね。心配のあまり熱が出たんだ。", "兄さんが、毎晩お酒を飲んで帰るって、本当?", "そうさ。兄さんも、すっかり人が変ったぜ。" ], [ "兄さん、お水を持って来てあげようか。", "要らねえよ。", "兄さん、ネクタイをほどいてあげようか。", "要らねえよ。", "兄さん、ズボンを寝押してあげようか。", "うるせえな。早く寝ろ。風邪は、もういいのか。", "風邪なんて、忘れちゃったよ。僕は、きょう目黒へ行って来たんだよ。", "学校を、さぼったな。", "学校の帰りに寄って来たんだよ。姉さんがね、兄さんによろしくって言ってたぜ。", "聞く耳は持たん、と言ってやれ。進も、いい加減に、あの姉さんをあきらめたほうがいいぜ。よその人だ。", "姉さんは、僕たちの事を、とっても思っているんだねえ。ほろりとしちゃった。", "何を言ってやがる。早く寝ろ。そんなつまらぬ事に関心を持っているようでは、とても日本一の俳優にはなれやしない。このごろ、さっぱり勉強もしていないようじゃないか。兄さんには、なんでもよくわかっているんだぜ。", "兄さんだって、ちっとも勉強してないじゃないか。毎日、お酒ばかり飲んで。", "生意気言うな、生意気を。鈴岡さんにすまないと思うから、――", "だから、鈴岡さんをよろこばせてあげたらいいじゃないか。姉さんは、鈴岡さんを、ちっともきらいじゃないんだとさ。", "お前には、そう言うんだよ。進も、とうとう買収されたな。", "カステラなんかで買収されてたまるもんか。チョッピリ、いや、叔母さんがいけないんだよ。叔母さんが、けしかけたんだ。財産を知らせないとか何とか下品な事を言っていたぜ。でも、そいつは重大じゃないんだ。本当は、僕たちが、いけなかったんだ。" ], [ "そうしてね、進も兄さんも、下谷の家が大きらいなんだろう? って言ってたぜ。", "へえ? 妙な事を言いやがる。", "だって、そうだったじゃないか。いまは違うけど、前は、兄さんだって下谷の家へ、ちっとも遊びに行かなかったじゃないか。", "お前も行かなかったぞ。", "そう、僕も悪かったんだ。なにせ、柔道四段だっていうんで、こわくってね。", "俊雄君の事も、お前はひどく軽蔑してたぜ。", "軽蔑ってわけじゃないけど、なんだか、逢いたくなかったんだ。気が重くてね。でも、これからは、仲良くするんだ。よく考えてみたら、いい顔だった。" ], [ "ええ、全く僕の責任なんです。役者になりたいって言うんですが、――", "役者? 思い切ったもんだねえ。まさか、活動役者じゃないだろうね。" ], [ "僕もずいぶん考えたんですけど、弟は、ひどく苦しくなると、きまって、映画俳優になろうと決心するらしいんです。子供の事ですから、そこに筋道立った理由なんか無いのですが、それだけ宿命的なものがあるんじゃないかと僕は思ったんです。気持の楽な時、うっとり映画俳優をあこがれるなんてのは、話になりませんけど、いのちの瀬戸際になると、ふっと映画俳優を考えつくらしいのですが、僕は、それを神の声のように思っているのです。そいつを信じたいような気がするんです。", "そう言ったって君、親戚や何かの反対もあるだろうし、とにかく問題だねえ、それは。", "親戚の反対やなんかは、僕がひき受けます。僕だって、学校は中途でよしてしまうし、それに小説家志願と来ているんですから、もう親戚の反対には馴れたものです。", "君が平気だって、弟さんが、――" ], [ "いけませんか。津田さんは、斎藤市蔵氏とはお親しいんでしょう?", "親しいってわけじゃないけど、なにせ僕たちの大学時代からの先生だ。でも、いまの若い人たちには、どうかな? それは紹介してあげてもいいよ、だけど、それからどうするんだ。斎藤さんの内弟子にでもはいるのかね。", "まさか。まあ、演劇するものの覚悟などを、時たま拝聴に行く程度だろうと思いますけど、まず、どの劇団がいいか、そんな事も伺いたいのでしょう。", "劇団? 映画俳優じゃないのかね。" ], [ "ばかに手まわしがいいね。あながち、春の一夜の空想でもないわけなんだね?", "冗談じゃない。僕が失敗しても、弟だけは成功させたいと思っているんです。" ], [ "僕も十年計画で、やり直すつもりです。", "一生だ。一生の修業だよ。このごろ作品を書いているかね?", "はあ、どうもむずかしくて。" ], [ "見てもいいの?", "かまわない。紹介状というものはね、持参の当人が見てもかまわないように、わざと封をしていないものなんだ。ほら、そうだろう? 一応こっちでも眼をとおして置いたほうがいいんだよ。読んでみよう。いや、これぁ、ひどいなあ。簡単すぎるよ。こんな程度で大丈夫なのかなあ。" ], [ "その女は何者かというのが、問題だ。いくつくらいだったね? 綺麗なひとかい?", "わからんよ僕には。狂女じゃないかと思うんだけど。", "まさか。それはね、やっぱり女中さんだよ。秘書を兼ねたる女中、というところだ。女学校は卒業してるね。だからもう、十九、いや二十を越えてるかも知れん。", "こんど、兄さんが行ったらいい。", "場合に依っては、僕が行かなくちゃならないかも知れないが、まだ、その必要は無いようだ。お前は、そんなにしょげてるけど、きょうは、ちっとも失敗じゃなかったんだよ。お前にしては大出来だ。五月三日にまた来る、とはっきり言って来ただけでも大成功だよ。その女のひとは、お前に好意を持っているらしい。" ], [ "しまった! きょうは帽子もとらない。", "そうだろ。帽子もぬがずに、ただ、はったと睨んでいたんじゃ、ふつうだったら、まず交番に引渡されるところだ。その女のひとに理解があったから、たすかったのだ。来月の三日には、しっかりやるさ。" ], [ "だって、鴎座がいいとは言わなかったんだよ。", "わるいとも言わなかったろう?", "わからん、と言ってた。", "それでいいんだよ。僕には、斎藤氏の気持がわかるね。やっぱり苦労人だよ、斎藤氏は。その辺から、まあ、ぼつぼつ始めてみたらいいだろうという事なんだよ。", "そうだろうか。" ], [ "午後一時ジャストに、研究所へお集りを願います。", "課目は? 課目は? どんな試験をするんですか?", "それは申し上げられません。" ], [ "なんだ、ばかに嬉しそうな顔をしているじゃないか。だめな事は、ないんだろう。", "いや、だめなんだ。戯曲朗読は零点だった。" ], [ "兄さん、前から気がついていたの?", "わからん。さっき泣き出したので、おや? と思ったんだ。", "兄さんも、杉野さんを好きなの?", "好きじゃないねえ。僕より、としが上だよ。", "じゃ、なぜ結婚するの?", "だって、泣くんだもの。" ], [ "はあ。", "ただいま向うでお書きになった答案を、ここで読みあげて下さい。" ], [ "ファウストをお読みになったのですね? あなたがひとりで選んだのですか?", "いいえ、兄さんにも相談しました。", "それじゃ、兄さんが選んで下さったのですね?", "いいえ、兄さんと相談しても、なかなかきまらないので、僕がひとりで、きめてしまったのです。", "失礼ですけど、ファウストがよくわかりますか?", "ちっともわかりません。でもあれには大事な思い出があるんです。" ], [ "スポーツは何をおやりです?", "中学時代に蹴球を少しやりました。いまは、よしていますけど。", "選手でしたか?" ], [ "春秋座の、どこが気にいりましたか?", "べつに。" ], [ "僕は、なんにも知らないんです。立派な劇団だとは、ぼんやり思っていたのですけど。", "ただ、まあ、ふらりと?", "いいえ、僕は、役者にならなけれぁ、他に、行くところが無かったんです。それで、困って、或る人に相談したら、その人は、紙に、春秋座と書いてくれたんです。", "紙に、ですか?", "その人はなんだか変なのです。僕が相談に行った時は風邪気味だとかいって逢ってくれなかったのです。だから僕は玄関で、いい劇団を教えて下さいって洋箋に書いて、女中さんだか秘書だか、とてもよく笑う女のひとにそれを手渡して取りついでもらったんです。すると、その女のひとが奥から返事の紙を持って来たんです。けれども、その紙には、春秋座、と三文字書かれていただけなんです。" ], [ "僕の先生です。でも、それは、僕がひとりで勝手にそう思い込んでいるので、向うでは僕なんかを全然問題にしていないかも知れません。でも、僕はその人を、僕の生涯の先生だと、きめてしまっているんです。僕はまだその人と、たった一回しか話をした事がないんです。追いかけて行って自動車に一緒に乗せてもらったんです。", "いったい、どなたですか。どうやら劇壇のおかたらしいですね。", "それは、言いたくないんです。たったいちど、自動車に乗せてもらって話をしたきりなのに、もう、その人の名前を利用するような事になると、さもしいみたいだから、いやなんです。" ], [ "そうですか。それじゃ、これだけで、よろしゅうございます。どうも、きょうは、御苦労さまでした。食事は、すみましたね?", "はあ、いただきました。", "それでは、二、三日中に、また何か通知が行くかも知れませんが、もし、二、三日中に何も通知が無かった場合には、またもういちど、その先生のところへ相談にいらっしゃるのですね。", "そのつもりで居ります。" ], [ "いいえ。", "一大事よ。ごらん!" ] ]
底本:「パンドラの匣」新潮文庫、新潮社    1973(昭和48)年10月30日発行    1997(平成9)年12月20日46刷 入力:SAME SIDE 校正:細渕紀子 2003年1月26日作成 2013年1月31日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "どうなさいました。何か御用ですか。", "見て下さい。あなたたちの痩馬が、私の畑を滅茶滅茶にしてしまひました。私は、死にたいくらゐです。" ], [ "馬なんか、どうだつていい。逃げちやつたんでせう。", "それは、惜しい。", "何を、おつしやる。あんな痩馬。", "痩馬とは、ひどい。あれは、利巧な馬です。すぐ様さがしに行つて来ませう。こんな菊畑なんか、どうでもいい。" ], [ "天から貰つた自分の実力で米塩の資を得る事は、必ずしも富をむさぼる悪業では無いと思ひます。俗といつて軽蔑するのは、間違ひです。お坊ちやんの言ふ事です。いい気なものです。人は、むやみに金を欲しがつてもいけないが、けれども、やたらに貧乏を誇るのも、いやみな事です。", "私は、いつ貧乏を誇りました。私には、祖先からの多少の遺産もあるのです。自分ひとりの生活には、それで充分なのです。これ以上の富は望みません。よけいな、おせつかいは、やめて下さい。" ], [ "それは、狷介といふものです。", "狷介、結構です。お坊ちやんでも、かまひません。私は、私の菊と喜怒哀楽を共にして生きて行くだけです。" ], [ "君の菊の花の作り方には、なんだか秘密があるやうだ。", "そんな事は、ありません。私は、これまで全部あなたにお伝へした筈です。あとは、指先の神秘です。それは、私にとつても無意識なもので、なんと言つてお伝へしたらいいのか、私にもわかりません。つまり、才能といふものなのかも知れません。", "それぢや、君は天才で、私は鈍才だといふわけだね。いくら教へても、だめだといふわけだね。", "そんな事を、おつしやつては困ります。或いは、私の菊作りは、いのちがけで、之を美事に作つて売らなければ、ごはんをいただく事が出来ないのだといふ、そんなせつぱつまつた気持で作るから、花も大きくなるのではないかとも思はれます。あなたのやうに、趣味でお作りになる方は、やはり好奇心や、自負心の満足だけなのですから。", "さうですか。私にも菊を売れと言ふのですね。君は、私にそんな卑しい事をすすめて、恥づかしくないかね。", "いいえ、そんな事を言つてゐるのではありません。あなたは、どうして、さうなんでせう。" ], [ "私が悪かつたのかも知れません。私は、ただ、あなたの御情にお報いしたくて、いろいろ心をくだいて今まで取計つて来たのですが、あなたが、それほど深く清貧に志して居られるとは存じ寄りませんでした。では、この家の道具も、私の新築の家も、みんなすぐ売り払ふやうにしませう。そのお金を、あなたがお好きなやうに使つてしまつて下さい。", "ばかな事を言つては、いけない。私ともあらうものが、そんな不浄なお金を受け取ると思ふか。" ] ]
底本:「太宰治全集第四巻」筑摩書房    1989(平成元)年12月15日初版第1刷 入力:八巻美惠 1999年1月1日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002275", "作品名": "清貧譚", "作品名読み": "せいひんたん", "ソート用読み": "せいひんたん", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字旧仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-01-01T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2275.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集第四巻", "底本出版社名1": "筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年12月15日", "入力に使用した版1": "1989(平成元)年12月15日初版第1刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "八巻美恵", "校正者": "", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2275_ruby_1037.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "4", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2275_15068.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "僕は支那です。知らない筈はない。", "ああ。" ], [ "欠席しました。", "そうでしょう。どうもあの時、あなたの顔は見かけなかった。僕は、本当は、あなたを入学式の日から知っているのです。あなたは、入学式の時、制帽をかぶって来ませんでしたね。", "ええ、何だかどうも、角帽が恥かしくて。" ], [ "そう言われると、そんな気もしますが、しかし僕には、まだ何だか物足りない。西行の戻り松というのが、このへんの山にあると聞いていますが、西行はその山の中の一本松の姿が気に入って立ち戻って枝ぶりを眺めたというのではなく、西行も松島へ来て、何か物足りなく、浮かぬ気持で帰る途々、何か大事なものを見落したような不安を感じ、その松のところからまた松島に引返したというのじゃないかとさえ考えられます。", "それは、あなたがこの国土を愛し過ぎているから、そんな不満を感じるのです。僕は浙江省の紹興に生れ、あの辺は東洋のヴェニスと呼ばれて、近くには有名な西湖もあり、外国の人がたいへん多くやって来て、口々に絶讃するのですが、僕たちから見ると、あの風景には、生活の粉飾が多すぎて感心しません。人間の歴史の粉飾、と言ったらいいでしょうか。西湖などは、清国政府の庭園です。西湖十景だの三十六名蹟だの、七十二勝だのと、人間の手垢をベタベタ附けて得意がっています。松島には、それがありません。人間の歴史と隔絶されています。文人、墨客も之を犯す事が出来ません。天才芭蕉も、この松島を詩にする事が出来なかったそうじゃありませんか。", "でも、芭蕉は、この松島を西湖にたとえていたようですよ。", "それは、芭蕉が西湖の風景を見た事が無いからです。本当に見たら、そんな事を言う筈はありません。まるで、違うものです。むしろ舟山列島に似ているかも知れません。しかし、浙江海は、こんなに静かではありません。", "そうですかねえ。日本の文人、墨客たちは、昔から、ずいぶんお国の西湖を慕っていて、この松島も西湖にそっくりだというので、遠くから見物に来るのです。", "僕も、それは聞いていました。そう聞いていたから、見に来たのです。しかし、少しも似ていませんでした。お国の文人も、早く西湖の夢から醒めなければいけませんね。", "しかし、西湖だって、きっといいところがあるのでしょう。あなたもやはり、故郷を愛しすぎて、それで点数がからくなっているのでしょう。", "そうかも知れません。真の愛国者は、かえって国の悪口を言うものですからね。しかし、僕は所謂西湖十景よりは、浙江の田舎の平凡な運河の風景を、ずっと愛しています。僕には、わが国の文人墨客たちの騒ぐ名所が、一つとしていいと思われないのです。銭塘の大潮は、さすがに少し興奮しますが、あとは、だめです。僕は、あの人たちを信用していないのです。あの人たちは、あなたの国でいう道楽者と同じです。彼等は、文章を現実から遊離させて、堕落させてしまいました。" ], [ "きめていないんです。学校はあしたも休みですね。", "そうです。僕は、月夜の松島も見たくなりました。つき合いませんか。", "けっこうです。" ], [ "熱があるのですか。", "うん。たいした事もないらしいが、あまり丈夫な体質でもないようだからね。まあ、二、三日は学校を休ませるつもりだ。どうも、外国人は、世話が焼けるよ。ところで、鳥は、水たきがいいかね。酒も飲むだろう。", "はあ、どうでも。", "肉がかたいと困るな。いっそ、たたきにしてもらおうか。あれなら、無難だ。" ], [ "半分ずつにしました。僕が全部払うつもりだったのですが、周さんが、どうしてもそうさせませんでした。", "いけない。君は、それだからいけない。一事は万事だ。君は、もう周さんと附き合うのは、やめたほうがいい。国家の方針を、あやまる。周さんが何と言ったって、君が全部支払うべきところだ。外国人とつき合う時には、自分も一個の外交官になったつもりでいなければいけない。第一には、日本の人はみんな親切だという印象を彼等に与えなければいけない。僕の叔父貴など、そのへんの苦心は、たいへんなものだ。何せ、いま戦争中なのだからね。中立諸国の者たちには、実に複雑微妙な外交的術策を用いなければいけない。殊に、清国留学生は難物だ。これは清国から派遣された学生でありながら、清国政府の打倒をもくろんでいる。これをただ矢鱈にあまやかしても、日本の現政府の外交方針に、もとるような結果になりはせぬか。ただの親切だけでは駄目だ。一面親切、一面指導という優先者の態度を以て臨むのが、いまの外交官として妙訣ではないかと僕は睨んでいる。ここだよ、君。相手に弱味を見せちゃいけない。一緒に遊んだ時には、必ず勘定はこちらで全部引受ける。つねに一歩先んじなければいかん。僕だって、それはずいぶん苦労しているのだぜ。こないだのクラス会の時に、君は出なかったようだが、これからは出なければいかんね、そのクラス会の時にも、藤野先生が、幹事の僕に向って、留学生との交際には気をつけるように、とおっしゃった。" ], [ "まさか、藤野先生が、そんなばからしい外交的術策なんか。", "ばからしいとは何だ。失敬な事を言ってはいけない。君は非国民だ。戦争中は、第三国人は皆、スパイになり得る可能性があるのだ。殊に清国留学生は、ひとり残らず革命派だ。革命の遂行のためには、露西亜に助力を乞う場合だってあり得るだろう。監視の必要があるんだ。一面親切、一面監視だ。僕はそのためにあの留学生を、僕の下宿にひっぱり込んで、何かと面倒を見てあげていると同時に、また、いろいろ日本の外交方針に添った努力もしているのだ。" ], [ "誰ですか。", "名前は申しません。僕はその人の事を告げ口しに来たのではないんです。ただ、先生がそのようにお言いつけになったという話を聞いたものですから、本当かどうかお伺いにあがっただけなんです。" ], [ "ええ、この幕のはじめから見ていました。あなたは?", "僕も、そうです。この芝居は、どうも、子供が出て来るので、つい泣いてしまいますね。", "出ましょうか。", "ええ。" ], [ "風邪をひいたとか、津田さんから聞きましたけど。", "もう、あなたにまで宣伝しているのですか。津田さんには、困ります。僕が少し咳をしたら無理矢理寝かせて、そうして、Lunge だと言うのです。僕があの人をお誘いしないで、ひとりで松島へ行ったので、それで怒っているのです。あの人こそ、Kranke です。Hysterie ですね。", "そんならいいけど、でも、少しは、からだ工合を悪くしたんでしょう?", "いいえ。Gar nicht です。寝ていよと言うので、きのうときょう寝ながら本を読んでいたのですが、退屈でたまらなくなって、こっそり逃げ出して来たのです。あしたから、学校へ出ます。", "そうですね。津田さんの言う事なんかを、いちいちはいはいと聞いていたんじゃ、そのうち本当の肺病になってしまいますよ。いっそ、下宿をかえたらどうですか。", "ええ、それも考えているのですが、そうすると、あの人が淋しがるでしょう。ちょっとうるさいけれども、しかし、正直なところもあって、僕は、そんなにきらいでないんです。" ], [ "でも、とろろ汁は?", "いや、あれは特別です。しかし津田式調理法を習得してから、どうにか、食べられるようになりました。おいしいです。" ], [ "でも、日本の浄瑠璃などは?", "ええ、あれは、きらいでありません。あれは音楽というよりは、Roman ですものね。僕は俗人のせいか、あまり高尚な風景や詩よりも、民衆的な平易な物語のほうが好きです。" ], [ "ひどく直されていますね。誰が直したの?", "藤野先生。" ], [ "いつから?", "ずっと前から。もう、講義のはじまった時から。" ], [ "ええ、どうにか出来るつもりです。", "どうだかな? ノオトを持って来て見せなさい。" ], [ "それはしかし、言いすぎでしょう。二十四孝は、日本の孝道の手本です。ばからしい事はありません。", "それでは、あなたは二十四孝は何と何だか、全部知っていますか。", "それは知らないけれども、孟宗の筍の話だの、王祥の寒鯉の話だの、子供の頃に聞いて僕たちは、その孝子たちを、本当に尊敬したものです。", "まあ、あんな話は無難だけれども、あなたは、老莱子の話など知らないでしょう? 老莱子が七十歳になっても、その九十歳だか百歳だかの御両親に嬰児の如く甘えていたという話です。知らないでしょう? その甘えかたが、念いりなのです。常に赤ちゃんの着る花模様のおべべを着て、でんでん太鼓など振って、その九十歳だか百歳だかの御両親のまわりを這いまわって、オギャアオギャアと叫び、以て親の心を楽しましめたり、とあります。どうですか、これは。僕は、子供の頃、それを、絵本で教えられたけれども、その絵はたいへん奇怪なものでした。七十の老人が、赤ちゃんのおべべを着て、でんでん太鼓を振りまわしている図は、むしろ醜悪で、正視にたえないものです。親がそれを見て、果して可愛いと思うでしょうか。僕が幼時に見た絵本では、その百歳だか九十歳だかの御両親は、つまらなそうな顔をしていました。困ったものだというような顔をして、その七十歳の馬鹿息子の狂態を眺めていました。そうです。Wahnwitz です。正気の沙汰ではありません。また、こういうのもあります。郭巨という男は、かねがね貧乏で、その老母に充分にごはんを差し上げる事が出来ないのを苦にしていた。郭巨には妻も子もある。その子は三歳だというのです。或る時、老母と言っても、その三歳の子から言えばおばあさんですね、そのおばあさんが、三歳の孫に、ご自分のお碗のたべものを少しわけてやっているのを見て、郭巨は恐縮し、それでなくても老母のごはんが足りないのに、いままたわが三歳の子は之を奪う、何ぞこの子を埋めざる、というひどい事になって、その絵本には、その生埋めの運命の三歳の子が郭巨の妻に抱かれてにこにこ笑い、郭巨はその傍で汗を流して大穴を掘っている図があったのですが、僕はその絵を見て以来、僕の家の祖母をひそかに敬遠する事にしました。だって、その頃、僕の家がそろそろ貧乏になっていたし、もしも祖母が僕に何かお菓子でもくれたら、僕の父は恐縮し、何ぞこの子を埋めざる、と言い出したらたいへんだと思ったからです。急に、家庭というものがおそろしく思われて来ました。これでは、儒者先生たちのせっかくの教訓も、何にもなりません。逆の効果が生れるだけです。日本人は聡明だから、こんな二十四孝を、まさか本気で孝行の手本なんかにしてはいないでしょう。あなたは、お世辞を言っているのです。僕はこないだ、開気館で二十四孝という落語を聞きましたよ。お母さんに孝行しようと思って筍を食いたくないかとお伺いすると、お母さんは、あたしゃ歯が悪くて筍はまっぴらだと断る話。日本人は、頭がいいと思いましたよ。愚説にだまされやしません。文明というのは、生活様式をハイカラにする事ではありません。つねに眼がさめている事が、文明の本質です。偽善を勘で見抜く事です。この見抜く力を持っている人のことを、教養人と呼ぶのではないでしょうか。日本人は、いい教養を祖先から伝えられているのですね。支那の思想の健全なところだけを、本能のように選んで摂取しますからね。日本では支那を儒教の国と思っているようですが、支那は道教の国です。民衆の信仰の対象は、孔孟でなく、神仙です。不老長寿の迷信です。けれども、日本では、そんな不老不死の神仙説のほうには、てんで見むきもしません。いい笑い草にしています。仙人という言葉を、白痴か気違いの代名詞くらいに考えています。日本の思想は、忠に統一されているのですから、神仙も二十四孝も不要なのです。忠がそのまま孝行です。先日一緒に見た芝居の政岡も、わが子に忠だけをすすめています。母に孝行せよという教育はしていません。しかし、忠がすなわち孝なのだから、あれでかまわないのです。そうして日本の人は、それを見て皆泣いています。仙人や二十四孝は、落語にされて、これは笑いの種になっています。" ], [ "いいえ、日本人の悪口は、威勢がいいだけで、むしろ淡泊です。辛辣というのは当りません。支那には他媽的という罵言がありますが、これなどが本当の辛辣といっていいでしょう。ひどい言葉なんです。あまりに下劣で、意味は言いたくありませんが、おそらく世界中でこんな致命的な罵言を発明する民族は、他にはありますまい。これだけは世界一です。", "そのタマテイとかいうのはどんなものだか知りませんけれど、しかし、それだけでなく、支那には何か世界一というような感じのものが、他にもたしかにあるような気がします。これは僕のいわば、まあ、勘だけで言っているのですが、お国には、僕たちの想像を絶した偉大な伝統が流れているような気がしてならないのです。あなたは、ずいぶんお国の事を悪く言いますが、しかし、藤野先生もおっしゃっていました、支那にいい伝統が残っているから、その伝統の継承者に、その反抗者も出て来るのだ、と言っておられましたが、僕はあなたが支那の批判をするのを聞いていて、いつもかえって支那の余裕を感じるのです。支那は決して滅亡しません。あなたのような人が、十人いたら、支那は名実ともに世界の一等国になります。" ], [ "東京は、もう、みんないそがしくて、電車の線路が日に日に四方に延びて行って、まあ、あれがいまの東京の Symbol でしょう、ガタガタたいへん騒がしくて、それに、戦争の講和条件が気にいらないと言って、東京市民は殺気立って諸方で悲憤の演説会を開いて、ひどく不穏な形勢で、いまに、帝都に戒厳令が施行せられるだろうとか何とか、そんな噂さえありました。どうも、東京の人の愛国心は無邪気すぎます。", "お国の学生たちに、忠の一元論はどうでしたか、何か反響がありましたか。" ], [ "周さんは、その手紙を見たのですか?", "見た。きょう僕たちが一緒に学校から帰ったら、この手紙が下宿にとどいていたのだ。周さんはそれを帳場から受取って無雑作にポケットにいれて、階段を昇って行ったが、この時、僕には一種の霊感が働いた。ちょっと、と呼びとめた。いまの手紙をここで開封してくれ給え、と言った。周さんは、廊下に立ちどまり、黙って手紙の封を切った。そうして内容を、ほんのちょと読んで、破ろうとした。", "そうでしょう。こんな不潔な手紙、誰だって破りたくなりますよ。", "まあ、そう言うな。とたんに僕はその手紙を取り上げて読んで、きゃついよいよやりやがったな、と。", "なあんだ。あなたは、この手紙の差出人を知っているらしいじゃないですか。", "何を隠そう、知っているんだ。矢島だ。あいつだ。あの Landdandy さ。" ], [ "あなたが約束してくれなければ、僕はあなたの敵になって、藤野先生にも、うんとあなたの悪口を言います。", "それは、しかし、乱暴じゃないか。" ], [ "あの、それでは、手紙のほうは、どうしたらいいのでしょうか。", "それは何も気にする事はない。ただ、こんな事で、周君が学校がいやになったりなどすると困るから、その点は、君からよろしく周君をなぐさめ、鼓舞してやるのですね。手紙の件は黙殺して置いてもいいだろうが、また津田君なんか出しゃばって騒ぎを大きくしてもつまらないから、まあ、私から幹事に、その手紙を書いた者を捜すようにいってやりましょう。誰が書いたのかそんなことは私に報告する必要はないが、その書いた者は、周君の下宿に行き、よくノオトを調べて、自分の非をさとったら素直に周君と和解するように、まあ、そんなところでいいやないか? 幹事は、こんどは、矢島君でしたかね?" ], [ "元気?", "ああ。" ], [ "いまね、そこの美以教会に行って、その帰りなんですがね、淋しくてたまらないので、ちょっと立寄ってみたのです。お邪魔じゃない?", "いいえ、僕はいつでも遊んでいるようなものです。しかし、教会とは、またどうしたのです。" ], [ "僕はノオトを、いつも藤野先生に直していただいているので、あんな誤解の起るのもむりが無いのですよ、僕はかえって、あの人に気の毒でした。前はあの人をあまり好きじゃなかったけれども、いろいろ話合っているうちに、なかなか正直な人だという事がわかりました。僕はちょっと皮肉のつもりで、あなたはクリスチャンでしょう? と言ってやったら、あの人は、まじめに首肯いて、そうです、クリスチャンだから罪を犯さないという事はありません。かえって僕のようにたくさんの欠点をもっていて、罪を犯してばかりいる悪徳者こそ、クリスチャンの選手になるのです。教会は、僕のような過失を犯し易い者の病院です。Krankenhaus です。そうして福音は僕たち Herz の病人の Krankenbett です、と言うのです。その矢島さんの言葉が、へんに痛く僕の心にしみて、僕もふっと、その Krankenhaus の扉をたたいてみたくなったのです。僕はいまたしかに Kranke なのです。それできょう、ふらふら、教会に行ってみたのですが、でも、どうもあの西洋風の大袈裟な儀礼には納得できないものがあって、失望しました。しかし、説教がちょうど旧約の『出エジプト記』の箇所で、モオゼがその同胞を奴隷の境涯から救うのにどれほどの苦労をしたか、それを聞いて、ぞっとしました。エジプトの都会の貧民窟で喧噪と怠惰の日々を送っている百万の同胞に向って、モオゼが、エジプト脱出の大理想を、『口重く舌重き』ひどい訥弁で懸命に説いて廻ってかえって皆に迷惑がられ、それでも、叱ったり、なだめたり、呶鳴ったりして、やっとの事で皆を引き連れ、どうやらエジプト脱出には成功したものの、それから四十年も永い年月荒野を迷い歩き、脱出してモオゼについて来た百万の同胞は、モオゼに感謝するどころか、一人残らずぶつぶついい出してモオゼを呪い、あいつが要らないおせっかいをするから、こんなみじめなことになったのだ、脱出したって少しもいいことがないじゃないか、ああ、思えばエジプトにいた頃はよかったね、奴隷だって何だって、かまわないじゃないか、パンもたらふく食べられたし、肉鍋には鴨と葱がぐつぐつ煮えているんだ。『我儕エジプトの地において、肉の鍋の側に坐り、飽までにパンを食いし時に、エホバの手によりて、死にたらばよかりしものを。汝はこの曠野に我等を導きいだして、この全会を飢に死なしめんとするなり。』などと思いきり口汚い無智な不平ばかり並べるのですからねえ、僕は自国の現在の民衆と思い合せて、苦しくて、そのお説教をおしまいまで聞いて居られなくなって、途中で逃げて来たのですが、何だかひどく淋しくて、あなたのところに駈け込んで来たのです。絶望、いや、絶望というのもいやらしい、思わせぶりな言葉だ。何といったらいいのでしょう。民衆というものは、たいていあんなものなのですからね。", "でも、僕は聖書の事はさっぱり知らないのですけれども、そのモオゼだって、ついには成功したのでしょう。ピスガの丘の頂で、ヨルダン河の美しい流域を指差し、故郷が見える、故郷が見える、と絶叫するところがあったじゃありませんか。" ], [ "周君は、このごろ元気が無いようだが、何か思い当る事は無いか。", "クラスの中で、周君に意地悪をする者はいないか。", "研究の Thema に就いて、周君と相談したか。", "解剖実習を、未だ内心いやがっているのではないか。日本の病人たちは、それが医学に役立つならば、死後の Leichnam の解剖など、かえって自分から希望しているくらいのものだ、という事をよく言い聞かせてやったか。" ], [ "どんな名前ですか?", "新生。" ] ]
底本:「太宰治全集7」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年3月28日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:青木直子 2000年6月20日公開 2005年11月1日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "あなたがたのお家じゃないんですね。それじゃ、畑をお売りになっちゃったというわけですね。", "ええ、そういうわけです。売っちまったというわけですよ。", "この辺は、坪いくらしましょう。相当いい値でしょうね。" ], [ "お金が、惜しいんだ、四円とは、ひどいじゃないか。煮え湯を呑ませられたようなものだ。詐欺だ。僕は、へどが出そうな気持だ。", "いいじゃないの。薔薇は、ちゃんと残っているのだし。" ], [ "滑稽じゃないかしら。", "かまわない。はいて行きたいのだ。" ], [ "あれは、いけない。あれをはいて歩くと、僕は活動の弁士みたいに見える。もう、よごれて、用いられない。", "けさ、アイロンを掛けて置きましたの。紺絣には、あのほうが似合うでしょう。" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行    1975(昭和50)年6月から1976(昭和51)年6月刊行 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 2000年1月16日公開 2005年10月25日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002278", "作品名": "善蔵を思う", "作品名読み": "ぜんぞうをおもう", "ソート用読み": "せんそうをおもう", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-16T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2278.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集3", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年10月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2278_ruby_20021.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-26T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2278_20022.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-26T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "おもしろく読みました。あと、あと、責任もてる?", "はい。打倒のために書いたのでございませぬ。ごぞんじでしょうか。憤怒こそ愛の極点。", "いかって、とくした人ないと古老のことばにもある。じたばた十年、二十年あがいて、古老のシンプリシティの網の中。はははは。そうして、ふり仮名つけたのは?", "はい。すこし、よすぎた文章ゆえ、わざと傷つけました。きざっぽく、どうしても子供の鎧、金糸銀糸。足なが蜂の目さめるような派手な縞模様は、蜂の親切。とげある虫ゆえ、気を許すな。この腹の模様めがけて、撃て、撃て。すなわち動物学の警戒色。先輩、石坂氏への、せめて礼儀と確信ございます。" ], [ "おい、おい。おめえ、――", "かんにん、かんにん。" ], [ "若しや、先生へご迷惑かかったら、君、ねえ、――。", "ええ、それは、――。けれども、先生、傷がつくにも、つけようございませぬ。山上通信は、私の狂躁、凡夫尊俗の様などを表現しよう、他にこんたんございません。先生の愛情については、どんなことがあろうたって、疑いません。こんどの中外公論の小説なども、みんな、――", "うん、まあ、――。", "みんな、だまって居られても、ちゃんと、佐藤先生のお力なのです。", "そうだ、そうだ。", "忘れようたって、忘れないのだし、――", "うん、うん、――" ] ]
底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年9月27日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年7月30日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002279", "作品名": "創生記", "作品名読み": "そうせいき", "ソート用読み": "そうせいき", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-07-30T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2279.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集2", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年9月27日", "入力に使用した版1": "1988(昭和63)年9月27日第1刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2279_ruby_2241.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2279_15070.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "ところが、――僕には小説が書けないのだ。君は怪談を好むたちだね?", "ええ、好きですよ。なによりも、怪談がいちばん僕の空想力を刺激するやうです。" ], [ "馬場は全然だめです。音樂を知らない音樂家があるでせうか。僕はあいつが音樂について論じてゐるのをつひぞ聞いたことがない。ヴアイオリンを手にしたのを見たことがない。作曲する? おたまじやくしさへ讀めるかどうか。馬場の家では、あいつに泣かされてゐるのですよ。いつたい音樂學校にはひつてゐるのかどうか、それさへはつきりしてゐないのです。むかしはねえ、あれで小説家にならうと思つて勉強したこともあるんですよ。それがあんまり本を讀みすぎた結果、なんにも書けなくなつたのださうです。ばかばかしい。このごろはまた、自意識過剩とかいふ言葉のひとつ覺えで、恥かしげもなくはうばうへそれを言ひふらして歩いてゐるやうです。僕はむづかしい言葉ぢや言へないけれども、自意識過剩といふのは、たとへば、道の兩側に何百人かの女學生が長い列をつくつてならんでゐて、そこへ自分が偶然にさしかかり、そのあひだをひとりで、のこのこ通つて行くときの一擧手一投足、ことごとくぎこちなく視線のやりば首の位置すべてに困じ果てきりきり舞ひをはじめるやうな、そんな工合ひの氣持ちのことだと思ふのですが、もしそれだつたら、自意識過剩といふものは、實にもう、七轉八倒の苦しみであつて、馬場みたいにあんな出鱈目な饒舌を弄することは勿論できない筈だし、――だいいち雜誌を出すなんて浮いた氣持ちになれるのがをかしいぢやないですか! 海賊。なにが海賊だ。好い氣なもんだ。あなた、あんまり馬場を信じ過ぎると、あとでたいへんなことになりますよ。それは僕がはつきり豫言して置いていい。僕の豫言は當りますよ。", "でも。", "でも?", "僕は馬場さんを信じてゐます。" ], [ "なんだか、――とんでもない雜誌ださうですね。", "いいえ。ふつうのパンフレツトです。", "すぐそんなことを言ふからな。君のことは實にしばしば話に聞いて、よく知つてゐます。ジツドとヴアレリイとをやりこめる雜誌なんださうですね。", "あなたは、笑ひに來たのですか。" ], [ "何をです。", "雜誌をさ。やるなら一緒にやつてもいい。", "あなたは一體、何しにここへ來たのだらう。", "さあ、――風に吹かれて。", "言つて置くけれども、御託宣と、警句と、冗談と、それから、そのにやにや笑ひだけはよしにしませう。", "それぢや、君に聞くが、君はなんだつて僕を呼んだのだ。", "おめえはいつでも呼べば必ず來るのかね?", "まあ、さうだ。さうしなければいけないと自分に言ひ聞かせてあるのです。", "人間のなりはひの義務。それが第一。さうですね?", "ご勝手に。", "おや、あなたは妙な言葉を體得してゐますね。ふてくされ。ああ、ごめんだ。あなたと仲間になるなんて! とかう言ひ切るとあなたのはうぢや、すぐもうこつちをポンチにしてゐるのだからな。かなはんよ。", "それは、君だつて僕だつてはじめからポンチなのだ。ポンチにするのでもなければ、ポンチになるのでもない。", "私は在る。おほきいふぐりをぶらさげて、さあ、この一物をどうして呉れる。そんな感じだ。困りましたね。", "言ひすぎかも知れないけれど、君の言葉はひどくしどろもどろの感じです。どうかしたのですか? ――なんだか、君たちは藝術家の傳記だけを知つてゐて、藝術家の仕事をまるつきり知つてゐないやうな氣がします。", "それは非難ですか? それともあなたの研究發表ですか? 答案だらうか。僕に採點しろといふのですか?", "――中傷さ。", "それぢや言ふが、そのしどろもどろは僕の特質だ。たぐひ稀な特質だ。", "しどろもどろの看板。", "懷疑説の破綻と來るね。ああ、よして呉れ。僕は掛合ひ萬歳は好きでない。", "君は自分の手鹽にかけた作品を市場にさらしたあとの突き刺されるやうな悲しみを知らないやうだ。お稻荷さまを拜んでしまつたあとの空虚を知らない。君たちは、たつたいま、一の鳥居をくぐつただけだ。", "ちえつ! また御託宣か。――僕はあなたの小説を讀んだことはないが、リリシズムと、ウヰツトと、ユウモアと、エピグラムと、ポオズと、そんなものを除き去つたら、跡になんにも殘らぬやうな駄洒落小説をお書きになつてゐるやうな氣がするのです。僕はあなたに精神を感ぜずに世間を感ずる。藝術家の氣品を感ぜずに、人間の胃腑を感ずる。", "わかつてゐます。けれども、僕は生きて行かなくちやいけないのです。たのみます、といつて頭をさげる、それが藝術家の作品のやうな氣さへしてゐるのだ。僕はいま世渡りといふことについて考へてゐる。僕は趣味で小説を書いてゐるのではない。結構な身分でゐて、道樂で書くくらゐなら、僕ははじめから何も書きはせん。とりかかれば、一通りはうまくできるのが判つてゐる。けれども、とりかかるまへに、これは何故に今さららしくとりかかる値打ちがあるのか、それを四方八方から眺めて、まあ、まあ、ことごとしくとりかかるにも及ぶまいといふことに落ちついて、結局、何もしない。", "それほどの心情をお持ちになりながら、なんだつて、僕たちと一緒に雜誌をやらうなどと言ふのだらう。", "こんどは僕を研究する氣ですか? 僕は怒りたくなつたからです。なんでもいい、叫びが欲しくなつたのだ。", "あ、それは判る。つまり楯を持つて恰好をつけたいのですね。けれども、――いや、そむいてみることさへできない。", "君を好きだ。僕なんかも、まだ自分の楯を持つてゐない。みんな他人の借り物だ。どんなにぼろぼろでも自分專用の楯があつたら。" ], [ "佐竹。ゆうべ佐野次郎が電車にはね飛ばされて死んだのを知つてゐるか。", "知つてゐる。けさ、ラジオのニユウスで聞いた。", "あいつ、うまく災難にかかりやがつた。僕なんか、首でも吊らなければおさまりがつきさうもないのに。", "さうして、君がいちばん長生きをするだらう。いや、僕の豫言はあたるよ。君、――", "なんだい。", "ここに二百圓だけある。ペリカンの畫が賣れたのだ。佐野次郎氏と遊びたくてせつせとこれだけこしらへたのだが。", "僕におくれ。", "いいとも。", "菊ちやん。佐野次郎は死んだよ。ああ、ゐなくなつたのだ。どこを搜してもゐないよ。泣くな。", "はい。", "百圓あげよう。これで綺麗な着物と帶とを買へば、きつと佐野次郎のことを忘れる。水は器にしたがふものだ。おい、おい、佐竹。今晩だけ、ふたりで仲よく遊ばう。僕がいいところへ案内してやる。日本でいちばん好いところだ。――かうしてお互ひに生きてゐるといふのは、なんだか、なつかしいことでもあるな。", "人は誰でもみんな死ぬさ。" ] ]
底本:「太宰治全集2」筑摩書房    1998(平成10)年5月25日初版第1刷発行 底本の親本:「虚構の彷徨 ダス・ゲマイネ」新選純文学叢書、新潮社    1937(昭和12)年6月1日 初出:「文藝春秋 第十三巻第十号」    1935(昭和10)年10月1日発行 入力:土屋隆 校正:増山一光 2006年12月30日作成 2016年2月23日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "ところが、――僕には小説が書けないのだ。君は怪談を好むたちだね?", "ええ、好きですよ。なによりも、怪談がいちばん僕の空想力を刺激するようです" ], [ "馬場は全然だめです。音楽を知らない音楽家があるでしょうか。僕はあいつが音楽について論じているのをついぞ聞いたことがない。ヴァイオリンを手にしたのを見たことがない。作曲する? おたまじゃくしさえ読めるかどうか。馬場の家では、あいつに泣かされているのですよ。いったい音楽学校にはいっているのかどうか、それさえはっきりしていないのです。むかしはねえ、あれで小説家になろうと思って勉強したこともあるんですよ。それがあんまり本を読みすぎた結果、なんにも書けなくなったのだそうです。ばかばかしい。このごろはまた、自意識過剰とかいう言葉のひとつ覚えで、恥かしげもなくほうぼうへそれを言いふらして歩いているようです。僕はむずかしい言葉じゃ言えないけれども、自意識過剰というのは、たとえば、道の両側に何百人かの女学生が長い列をつくってならんでいて、そこへ自分が偶然にさしかかり、そのあいだをひとりで、のこのこ通って行くときの一挙手一投足、ことごとくぎこちなく視線のやりば首の位置すべてに困じ果てきりきり舞いをはじめるような、そんな工合いの気持ちのことだと思うのですが、もしそれだったら、自意識過剰というものは、実にもう、七転八倒の苦しみであって、馬場みたいにあんな出鱈目な饒舌を弄することは勿論できない筈だし、――だいいち雑誌を出すなんて浮いた気持ちになれるのがおかしいじゃないですか! 海賊。なにが海賊だ。好い気なもんだ。あなた、あんまり馬場を信じ過ぎると、あとでたいへんなことになりますよ。それは僕がはっきり予言して置いていい。僕の予言は当りますよ", "でも", "でも?", "僕は馬場さんを信じています" ], [ "なんだか、――とんでもない雑誌だそうですね", "いいえ。ふつうのパンフレットです", "すぐそんなことを言うからな。君のことは実にしばしば話に聞いて、よく知っています。ジッドとヴァレリイとをやりこめる雑誌なんだそうですね", "あなたは、笑いに来たのですか" ], [ "何をです", "雑誌をさ。やるなら一緒にやってもいい", "あなたは一体、何しにここへ来たのだろう", "さあ、――風に吹かれて", "言って置くけれども、御託宣と、警句と、冗談と、それから、そのにやにや笑いだけはよしにしましょう", "それじゃ、君に聞くが、君はなんだって僕を呼んだのだ", "おめえはいつでも呼べば必ず来るのかね?", "まあ、そうだ。そうしなければいけないと自分に言い聞かせてあるのです", "人間のなりわいの義務。それが第一。そうですね?", "ご勝手に", "おや、あなたは妙な言葉を体得していますね。ふてくされ。ああ、ごめんだ。あなたと仲間になるなんて! とこう言い切るとあなたのほうじゃ、すぐもうこっちをポンチにしているのだからな。かなわんよ", "それは、君だって僕だってはじめからポンチなのだ。ポンチにするのでもなければ、ポンチになるのでもない", "私は在る。おおきいふぐりをぶらさげて、さあ、この一物をどうして呉れる。そんな感じだ。困りましたね", "言いすぎかも知れないけれど、君の言葉はひどくしどろもどろの感じです。どうかしたのですか? ――なんだか、君たちは芸術家の伝記だけを知っていて、芸術家の仕事をまるっきり知っていないような気がします", "それは非難ですか? それともあなたの研究発表ですか? 答案だろうか。僕に採点しろというのですか?", "――中傷さ", "それじゃ言うが、そのしどろもどろは僕の特質だ。たぐい稀な特質だ", "しどろもどろの看板", "懐疑説の破綻と来るね。ああ、よして呉れ。僕は掛合い万歳は好きでない", "君は自分の手塩にかけた作品を市場にさらしたあとの突き刺されるような悲しみを知らないようだ。お稲荷さまを拝んでしまったあとの空虚を知らない。君たちは、たったいま、一の鳥居をくぐっただけだ", "ちぇっ! また御託宣か。――僕はあなたの小説を読んだことはないが、リリシズムと、ウイットと、ユウモアと、エピグラムと、ポオズと、そんなものを除き去ったら、跡になんにも残らぬような駄洒落小説をお書きになっているような気がするのです。僕はあなたに精神を感ぜずに世間を感ずる。芸術家の気品を感ぜずに、人間の胃腑を感ずる", "わかっています。けれども、僕は生きて行かなくちゃいけないのです。たのみます、といって頭をさげる、それが芸術家の作品のような気さえしているのだ。僕はいま世渡りということについて考えている。僕は趣味で小説を書いているのではない。結構な身分でいて、道楽で書くくらいなら、僕ははじめから何も書きはせん。とりかかれば、一通りはうまくできるのが判っている。けれども、とりかかるまえに、これは何故に今さららしくとりかかる値打ちがあるのか、それを四方八方から眺めて、まあ、まあ、ことごとしくとりかかるにも及ぶまいということに落ちついて、結局、何もしない", "それほどの心情をお持ちになりながら、なんだって、僕たちと一緒に雑誌をやろうなどと言うのだろう", "こんどは僕を研究する気ですか? 僕は怒りたくなったからです。なんでもいい、叫びが欲しくなったのだ", "あ、それは判る。つまり楯を持って恰好をつけたいのですね。けれども、――いや、そむいてみることさえできない", "君を好きだ。僕なんかも、まだ自分の楯を持っていない。みんな他人の借り物だ。どんなにぼろぼろでも自分専用の楯があったら" ], [ "佐竹。ゆうべ佐野次郎が電車にはね飛ばされて死んだのを知っているか", "知っている。けさ、ラジオのニュウスで聞いた", "あいつ、うまく災難にかかりやがった。僕なんか、首でも吊らなければおさまりがつきそうもないのに", "そうして、君がいちばん長生きをするだろう。いや、僕の予言はあたるよ。君、――", "なんだい", "ここに二百円だけある。ペリカンの画が売れたのだ。佐野次郎氏と遊びたくてせっせとこれだけこしらえたのだが", "僕におくれ", "いいとも", "菊ちゃん。佐野次郎は死んだよ。ああ、いなくなったのだ。どこを捜してもいないよ。泣くな", "はい", "百円あげよう。これで綺麗な着物と帯とを買えば、きっと佐野次郎のことを忘れる。水は器にしたがうものだ。おい、おい、佐竹。今晩だけ、ふたりで仲よく遊ぼう。僕がいいところへ案内してやる。日本でいちばん好いところだ。――こうしてお互いに生きているというのは、なんだか、なつかしいことでもあるな", "人は誰でもみんな死ぬさ" ] ]
底本:「走れメロス」新潮文庫、新潮社    1967(昭和42)年7月10日発行    1985(昭和60)年9月15日40刷改版    1989(平成元)年6月10日50刷 初出:「文藝春秋」    1935(昭和10)年10月 入力:野口英司 校正:八巻美恵 2004年2月23日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "まあ、おとなしいお子さんですね。吸いかたがお上品で。", "いいえ、弱いのですよ。" ], [ "それは、たいへんだね。やっぱり罹災したのですか。", "はあ。" ], [ "どこで?", "甲府で。", "子供を連れているんでは、やっかいだ。あがりませんか?" ], [ "何も、もう無いんだろう。", "ええ。", "蒸しパンでもあるといいんだがなあ。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:石川友子 2000年4月19日公開 2005年11月2日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002281", "作品名": "たずねびと", "作品名読み": "たずねびと", "ソート用読み": "たすねひと", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-04-19T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2281.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集8", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年4月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年1月20日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "石川友子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2281_ruby_20146.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-02T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2281_20147.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-02T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "恐喝は冗談だが。これからは気を附け給え。", "わかっています。" ] ]
底本:「太宰治全集4」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年12月1日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:もりみつじゅんじ 2000年3月27日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000251", "作品名": "誰", "作品名読み": "だれ", "ソート用読み": "たれ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「知性」1941(昭和16)年12月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-03-27T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card251.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集4", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年12月1日", "入力に使用した版1": "1988(昭和63)年12月1日第1刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "もりみつじゅんじ", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/251_ruby_3560.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/251_15072.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "いいえ。", "そうですか。あいつ、いなくなったんです。ばかだなあ、文学なんて、ろくな事がない。お嬢さんも、まえから話だけはご存じなんでしょう?" ], [ "逃げて行きました。でも、たいていいどころがわかっているんです。お嬢さんには、あいつ、このごろ、何も言わなかったんですね?", "ええ、このごろは私にも、とてもよそよそしくしていました。まあ、どうしたのでしょう。おあがりになりません? いろいろお伺いしたいのですけれど。" ], [ "心あたりがございますの?", "ええ、わかって居ります。あいつら二人をぶん殴って、それで一緒にさせるのですね。" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年12月20日公開 2005年10月25日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000252", "作品名": "誰も知らぬ", "作品名読み": "だれもしらぬ", "ソート用読み": "たれもしらぬ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「若草」1940(昭和15)年4月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-12-20T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card252.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集3", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年10月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/252_ruby_20023.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-26T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/252_20024.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-26T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "いや、慈悲ぶかいんだ。", "うまいわねえ。" ], [ "君の名は、なんて言うの?", "私、雪。", "雪、いい名だ。" ], [ "しゃれてる? そうか。おい、君、ウイスキイもう一杯。君も飲まないか。", "私、飲めないの。", "飲めよ。きょうはねえ、僕、うれしいことがあるんだ。飲めよ。", "では、すこうし、ね。" ], [ "あら! 小説家?", "しまった。見つけられたな。", "いいわねえ。" ], [ "どうして百花楼にいることなんか知れたんだろう。", "それあ、判るわ。私、小説が少し好きなの。だから、気をつけてるの。宿屋のお女中さんたちから聞いたわ。なんと言ったって、狭いまちのことだもの。それあ、判るわ。", "君は、あいつの小説、好きかね。" ], [ "よせ、よせ。僕におだては、きかないよ。", "あら、ほんと。ほんとうよ。", "君は酔っぱらってるね。" ], [ "おい、困った。門がしまっているんだ。", "たたいたらいいんですよ。" ], [ "困るよ。じゃ、ふたりで野宿でもしようと言うのか。困るよ。僕は、宿のものへ恥かしいよ。", "ああ、いいことがあるわ。おいでよ。" ], [ "いいことがあるの。でも恥かしいわ。あのね、百花楼ではね、ときどきお客が女のひとを連れこむのに、いやよ、笑っちゃ。", "笑ってやしないよ。", "そんな入口があるのよ。ええ、秘密よ。湯殿のとこからはいるの。それは、宿でも知らぬふりしているの。私、でも、話に聞いただけよ。ほんとのことは知らないわ。私、知らないことよ。あなた、私を、みだらな女だと思って。" ], [ "うそよ。", "ほんとうだ。僕は君みたいな女が欲しくて、小説を書いてるのだよ。僕は、ゆうべ初恋の記という小説を書いたけれど、これは、君をモデルにして書いたのだ。僕の理想の女性だ。読んでみないか。" ], [ "面白くないのか?", "いいえ、かえって苦しいの。私あんなに美しくないわ。" ], [ "いや、そんなことはない。君の方が美しい。顔の美しさは心の美しさだ。心の美しいひとは必ず美人だ。女の美容術の第一課は、心のたんれんだ。僕はそう思うよ。", "でも、私、よごれているのよ。", "判らんなあ。だから。言ってるじゃないか。からだは問題でないんだ。心だよ、心だよ。" ], [ "あら!", "いや、いいんだ。僕は君に自信をつけてやりたいのだ。これは傑作だ。知られざる傑作だ。けれども、ひとりの人間に自信をつけて救ってやるためには、どんな傑作でもよろこんで火中にわが身を投ずる。それが、ほんとうの傑作だ。僕は君ひとりのためにこの小説を書いたのだ。しかしこれが君を救わずにかえって苦しめたとすれば、僕は、これを破るほかはない。これを破ることで、君に自信をつけてやりたい。君を救ってやりたい。" ], [ "どうなすったの? 私、判るわ。いやになったのねえ。あなたの花物語という小説に、こんな言葉があったわねえ。一目見て死ぬほど惚れて、二度目には顔を見るさえいやになる、そんな情熱こそはほんとうに高雅な情熱だって書かれていたわねえ。判ったわよ。", "いや、あれは、くだらん言葉だ。" ] ]
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年6月27日第1刷発行 初出:「文化公論 第四巻第四号」    1934(昭和9)年4月1日発行 ※初出時の署名は「黒木舜平」です。 入力:柴田卓治 校正:石川友子 2000年4月19日公開 2016年7月12日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000249", "作品名": "断崖の錯覚", "作品名読み": "だんがいのさっかく", "ソート用読み": "たんかいのさつかく", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「文化公論 第四巻第四号」1934(昭和9)年4月1日", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-04-19T00:00:00", "最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card249.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集10", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年6月27日", "入力に使用した版1": "1989(平成元)年6月27日第1刷", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第4刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "石川友子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/249_ruby_3658.zip", "テキストファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/249_15073.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "おい。へんなものが、ついてきたよ", "おや、可愛い", "可愛いもんか。追っ払ってくれ、手荒くすると喰いつくぜ、お菓子でもやって" ], [ "だめだ。僕は、可愛いから養っているんじゃないんだよ。犬に復讐されるのが、こわいから、しかたなくそっとしておいてやっているのだ。わからんかね", "でも、ちょっとポチが見えなくなると、ポチはどこへ行ったろう、どこへ行ったろう、と大騒ぎじゃないの", "いなくなると、いっそう薄気味が悪いからさ、僕に隠れて、ひそかに同志を糾合しているのかもわからない。あいつは、僕に軽蔑されていることを知っているんだ。復讐心が強いそうだからなあ、犬は" ] ]
底本:「日本文学全集70 太宰治集」集英社    1972(昭和47)年3月初版 初出:「文学者」    1939(昭和14)年8月 入力:網迫 校正:田尻幹二 1999年4月12日公開 2009年3月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000246", "作品名": "畜犬談", "作品名読み": "ちくけんだん", "ソート用読み": "ちくけんたん", "副題": "―伊馬鵜平君に与える―", "副題読み": "―いまうへいくんにあたえる―", "原題": "", "初出": "「文学者」1939(昭和14)年8月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-04-12T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card246.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "日本文学全集70 太宰治集", "底本出版社名1": "集英社", "底本初版発行年1": "1972(昭和47)年3月", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "網迫", "校正者": "田尻幹二", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/246_ruby_1636.zip", "テキストファイル最終更新日": "2009-03-06T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/246_34649.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2009-03-06T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "失礼ですが、あなたは、どなたです。", "あら、あたしは、ただ、あなたのお傍に。どんな用でも言いつけて下さいまし。あたしは、何でも致します。そう思っていらして下さい。おいや?" ], [ "ありがとう。乃公も実は人間界でさんざんの目に遭って来ているので、どうも疑い深くなって、あなたの御親切も素直に受取る事が出来なかったのです。ごめんなさい。", "あら、そんなに改まった言い方をしては、おかしいわ。きょうから、あたしはあなたの召使いじゃないの。それでは旦那様、ちょっと食後の御散歩は、いかがでしょう。" ], [ "あなたは、どなたです。", "わしはこの辺の百姓だが、きのうの夕方ここを通ったら、お前さんが死んだように深く眠っていて、眠りながら時々微笑んだりして、わしは、ずいぶん大声を挙げてお前さんを呼んでも一向に眼を醒まさない。肩をつかんでゆすぶっても、ぐたりとしている。家へ帰ってからも気になるので、たびたびお前さんの様子を見に来て、眼の醒めるのを待っていたのだ。見れば、顔色もよくないが、どこか病気か。" ], [ "たのむ! そうしておくれ。お前がいないので、乃公は今夜この湖に身を投げて死んでしまうつもりだった。お前は、いったい、どこにいたのだ。", "あたしは遠い漢陽に。あなたと別れてからここを立ち退き、いまは漢水の神烏になっているのです。さっき、この呉王廟にいる昔のお友達があなたのお見えになっている事を知らせにいらして下さったので、あたしは、漢陽からいそいで飛んで来たのです。あなたの好きな竹青が、ちゃんとこうして来たのですから、もう、死ぬなんておそろしい事をお考えになっては、いやよ。ちょっと、あなたも痩せたわねえ。", "痩せる筈さ。二度も続けて落第しちゃったんだ。故郷に帰れば、またどんな目に遭うかわからない。つくづくこの世が、いやになった。", "あなたは、ご自分の故郷にだけ人生があると思い込んでいらっしゃるから、そんなに苦しくおなりになるのよ。人間到るところに青山があるとか書生さんたちがよく歌っているじゃありませんか。いちど、あたしと一緒に漢陽の家へいらっしゃい。生きているのも、いい事だと、きっとお思いになりますから。" ], [ "何をおっしゃるの。あなたには、お父さんもお母さんも無いくせに。", "なんだ、知っているのか。しかし、故郷には父母同様の親戚の者たちが多勢いる。乃公は何とかして、あの人たちに、乃公の立派に出世した姿をいちど見せてやりたい。あの人たちは昔から乃公をまるで阿呆か何かみたいに思っているのだ。そうだ、漢陽へ行くよりは、これからお前と一緒に故郷に帰り、お前のその綺麗な顔をみんなに見せて、おどろかしてやりたい。ね、そうしようよ。乃公は、故郷の親戚の者たちの前で、いちど、思いきり、大いに威張ってみたいのだ。故郷の者たちに尊敬されるという事は、人間の最高の幸福で、また終極の勝利だ。", "どうしてそんなに故郷の人たちの思惑ばかり気にするのでしょう。むやみに故郷の人たちの尊敬を得たくて努めている人を、郷原というんじゃなかったかしら。郷原は徳の賊なりと論語に書いてあったわね。" ], [ "やあ! 竹青!", "何をおっしゃるの。あなたは、まあ、どこへいらしていたの? あたしはあなたの留守に大病して、ひどい熱を出して、誰もあたしを看病してくれる人がなくて、しみじみあなたが恋いしくなって、あたしが今まであなたを馬鹿にしていたのは本当に間違った事だったと後悔して、あなたのお帰りを、どんなにお待ちしていたかわかりません。熱がなかなかさがらなくて、そのうちに全身が紫色に腫れて来て、これもあなたのようないいお方を粗末にした罰で、当然の報いだとあきらめて、もう死ぬのを静かに待っていたら、腫れた皮膚が破れて青い水がどっさり出て、すっとからだが軽くなり、けさ鏡を覗いてみたら、あたしの顔は、すっかり変って、こんな綺麗な顔になっているので嬉しくて、病気も何も忘れてしまい、寝床から飛び出て、さっそく家の中のお掃除などはじめていたら、あなたのお帰りでしょう? あたしは、うれしいわ。ゆるしてね。あたしは顔ばかりでなく、からだ全体変ったのよ。それから、心も変ったのよ。あたしは悪かったわ。でも、過去のあたしの悪事は、あの青い水と一緒にみんな流れ出てしまったのですから、あなたも昔の事は忘れて、あたしをゆるして、あなたのお傍に一生置いて下さいな。" ] ]
底本:「太宰治全集6」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年2月28日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:山本奈津恵 2000年9月19日公開 2005年10月31日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001047", "作品名": "竹青", "作品名読み": "ちくせい", "ソート用読み": "ちくせい", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-09-19T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1047.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集6", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年2月28日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "山本奈津恵", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1047_ruby_20129.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-01T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1047_20130.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-01T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "なぜだ。", "お米の配給があるかも知れませんから。", "僕が取りに行くのか?", "いいえ。" ], [ "前田さんが、お見えになっていますけど。", "あ、そう。" ], [ "ええ。ちょっとでいいから、おめにかかりたいって。", "そう。" ], [ "昼は、だめなんですの。", "昼だって、夜だって同じ事ですよ。あなたは、遊びのチャンピオンなんでしょう?", "お酒は、プレイのうちにはいりませんわ。" ], [ "何もありやしませんわ。作家って、案外、現実家なのねえ。", "そりゃ、……" ], [ "お嬢さんじゃありません?", "冗談じゃない。" ], [ "でも、感じがどこやら、……", "からかっちゃいけない。" ], [ "アパートは? 遠いんですか?", "いいえ、すぐそこよ。いらして下さる? お友達がよろこぶわ。" ], [ "行きましょう。どこか途中に、ウイスキイでも、ゆずってくれる店が無いかな?", "お酒なら、わたくし、用意してありますわ。", "どれくらい?", "現実家ねえ。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月23日公開 2005年11月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000245", "作品名": "父", "作品名読み": "ちち", "ソート用読み": "ちち", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「人間」1947(昭和22)年4月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-23T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card245.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集9", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年5月30日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "かとうかおり", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/245_ruby_20185.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-06T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/245_20186.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-06T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "お酒は? 飲めないの?", "だめなんだ。" ], [ "あなたは、義太夫をおすきなの?", "どうして?", "去年の暮に、あなたは小土佐を聞きにいらしてたわね。", "そう。", "あの時、あたしはあなたの傍にいたのよ。あなたは稽古本なんか出して、何だか印をつけたりして、きざだったわね。お稽古も、やってるの?", "やっている。", "感心ね。お師匠さんは誰?", "咲栄太夫さん。", "そう。いいお師匠さんについたわね。あのかたは、この弘前では一ばん上手よ。それにおとなしくて、いいひとだわ。", "そう。いいひとだ。", "あんなひと、すき?", "師匠だもの。", "師匠だからどうなの?", "そんな、すきだのきらいだのって、あのひとに失敬だ。あのひとは本当にまじめなひとなんだ。すきだのきらいだの。そんな、馬鹿な。", "おや、そうですか。いやに固苦しいのね。あなたはこれまで芸者遊びをした事なんかあるの?", "これからやろうと思っている。", "そんなら、あたしを呼んでね、あたしの名はね、おしのというのよ。忘れないようにね。" ], [ "いやじゃないけど、ねむくって。", "そう。それじゃまたね。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:miyako 2000年4月7日公開 2005年11月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000244", "作品名": "チャンス", "作品名読み": "チャンス", "ソート用読み": "ちやんす", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「芸術」1946(昭和21)年7月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-04-07T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card244.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集8", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年4月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年1月20日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "miyako", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/244_ruby_20156.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/244_20157.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "ね、なぜ旅に出るの?", "苦しいからさ。", "あなたの(苦しい)は、おきまりで、ちつとも信用できません。", "正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七。", "それは、何の事なの?", "あいつらの死んだとしさ。ばたばた死んでゐる。おれもそろそろ、そのとしだ。作家にとつて、これくらゐの年齢の時が、一ばん大事で、", "さうして、苦しい時なの?", "何を言つてやがる。ふざけちやいけない。お前にだつて、少しは、わかつてゐる筈たがね。もう、これ以上は言はん。言ふと、気障になる。おい、おれは旅に出るよ。" ], [ "とにかく、私の家へちよつとお寄りになつてお休みになつたら?", "ありがたう。けふおひる頃までに、蟹田のN君のところへ行かうと思つてゐるんだけど。", "存じて居ります。Nさんから聞きました。Nさんも、お待ちになつてゐるやうです。とにかく、蟹田行のバスが出るまで、私の家で一休みしたらいかがです。" ], [ "私は、あした蟹田へ行きます。あしたの朝、一番のバスで行きます。Nさんの家で逢ひませう。", "病院のはうは?", "あしたは日曜です。", "なあんだ、さうか。早く言へばいいのに。" ], [ "いや、それを聞いて安心した。僕は、どうも、リンゴ酒は好きぢやないんだ。実はね、女房の奴が、君の手紙を見て、これは太宰が東京で日本酒やビールを飲みあきて、故郷の匂ひのするリンゴ酒を一つ飲んでみたくて、かう手紙にも書いてゐるのに相違ないから、リンゴ酒を出しませうと言ふのだが、僕はそんな筈は無い、あいつがビールや日本酒をきらひになつた筈は無い、あいつは、がらにも無く遠慮をしてゐるのに違ひないと言つたんだ。", "でも、奥さんの言も当つてゐない事はないんだ。", "何を言つてる。もう、よせ。日本酒をさきにしますか? ビール?" ], [ "沙漠の中で生きてゐる人もあるんだからね。怒つたつて仕様がないよ。こんな風土からはまた独得な人情も生れるんだ。", "あんまり結構な人情でもないね。春風駘蕩たるところが無いんで、僕なんか、いつでも南国の芸術家には押され気味だ。", "それでも君は、負けないぢやないか。津軽地方は昔から他国の者に攻め破られた事が無いんだ。殴られるけれども、負けやしないんだ。第八師団は国宝だつて言はれてゐるぢやないか。" ], [ "はあ、三厩までお供させていただきます。", "そいつあ有難い。この勢ひぢや、町会議員は今夜あたり、三厩の宿で蟹田町政に就いて長講一席やらかすんぢやないかと思つて、実は、憂鬱だつたんです。あなたが附合つてくれると、心強い。奥さん、御主人を今夜、お借りします。" ], [ "いや、三厩の宿へ行つて、これを一枚のままで塩焼きにしてもらつて、大きいお皿に載せて三人でつつかうと思つてね。", "どうも、君は、ヘンテコな事を考へる。それでは、まるでお祝言か何かみたいだ。", "でも、一円七十銭で、ちよつと豪華な気分にひたる事も出来るんだから、有難いぢやないか。", "有難かないよ。一円七十銭なんて、この辺では高い。実に君は下手な買ひ物をした。" ], [ "これでも、道がずいぶんよくなつたのだよ。六、七年前は、かうではなかつた。波のひくのを待つて素早く通り抜けなければならぬところが幾箇処もあつたのだからね。", "でも、いまでも、夜は駄目だね。とても、歩けまい。", "さう、夜は駄目だ。義経でも弁慶でも駄目だ。" ], [ "いや、僕もいまその事を考へてゐたんだ。も少し行くと、僕の昔の知合ひの家があるんだが、ひよつとするとそこに配給のお酒があるかも知れない。そこは、お酒を飲まない家なんだ。", "当つてみてくれ。", "うん、やつぱり酒が無くちやいけない。" ], [ "悪運つよし。水筒に一ぱいつめてもらつて来た。五合以上はある。", "燠が残つてゐたわけだ。行かう。" ], [ "どうぞ、まあ、ごゆつくり。", "ありがたう。" ], [ "かまはないとも。僕も今夜は酔ふつもりだ。ま、ゆつくりやらう。", "歌を一つやらかさうか。僕の歌は、君、聞いた事が無いだらう。めつたにやらないんだ。でも、今夜は一つ歌ひたい。ね、君、歌つてもいいたらう。" ], [ "どう? へんかね。", "いや、ちよつと、ほろりとした。", "それぢや、もう一つ。" ], [ "さうでせう。馬はめつきり少くなりました。たいてい、出征したのです。それから、牛は飼養するのに手数がかからないといふ関係もあるでせうね。でも、仕事の能率の点では、牛は馬の半分、いや、もつともつと駄目かも知れません。", "出征といへば、もう、――" ], [ "この地方に、これは偉い、としんから敬服出来るやうな、隠れた大人物がゐないものでせうか。", "さあ、僕なんかには、よくわかりませんけど、篤農家などと言はれてゐる人の中に、ひよつとしたら、あるんぢやないでせうか。" ], [ "よく、金木みたいなところに、おいで下さつたものだな。", "はい。", "自動車で、おいでになつたか。", "はい。自動車でおいでになりました。", "アヤも、拝んだか。", "はい。拝ませていただきました。", "アヤは、仕合せだな。" ], [ "まむしなら、生捕りにしますが、いまのは、青大将でした。まむしの生胆は薬になります。", "まむしも、この山にゐるのかね。", "はい。" ], [ "さあ、もし子供の時に来た事があるとすれば、三十年振りくらゐでせう。", "さうだらうとも、さうだらうとも。さあさ、飲みなさい。木造へ来て遠慮する事はない。よく来た。実に、よく来た。" ], [ "いや、もういいんだ。一時の汽車で、深浦へ行かなければいけないのです。", "深浦へ? 何しに?", "べつに、どうつてわけも無いけど、いちど見て置きたいのです。", "書くのか?" ], [ "深浦の名所は何です。", "観音さんへおまゐりなさいましたか。" ], [ "さうでせう。どうも似てゐると思つた。私はあなたの英治兄さんとは中学校の同期生でね、太宰と宿帳にお書きになつたからわかりませんでしたが、どうも、あんまりよく似てゐるので。", "でも、あれは、偽名でもないのです。", "ええ、ええ、それも存じて居ります、お名前を変へて小説を書いてゐる弟さんがあるといふ事は聞いてゐました。どうも、ゆうべは失礼しました。さあ、お酒を、めし上れ。この小皿のものは、鮑のはらわたの塩辛ですが、酒の肴にはいいものです。" ], [ "いぬゐばし、と言つたかしら。", "ええ、さう。", "いぬゐ、つて、どんな字だつたかしら。方角の乾だつたかな?" ], [ "林檎はもう、間伐といふのか、少しづつ伐つて、伐つたあとに馬鈴薯だか何だか植ゑるつて話を聞いたけど。", "土地によるのぢやないんですか。この辺では、まだ、そんな話は。" ], [ "いつ? もう近いの?", "あさつてよ。" ], [ "たけ。あの、小説に出て来るたけですか。", "うん。さう。", "よろこぶでせうねえ。", "どうだか。逢へるといいけど。" ], [ "ああ、わかりました。その人なら居ります。", "ゐますか。どこにゐます。家はどの辺です。" ], [ "けさ、重箱をさげて、子供と一緒に行きましたよ。", "さうですか。ありがたう。" ], [ "さうですか。あのへんですか?", "さあ、はつきりは、わからない。何だか、見かけたやうな気がするんだが、まあ、捜してごらん。" ], [ "さうですか。失礼しました。どこか、この辺で見かけなかつたでせうか。", "さあ、わかりませんねえ。何せ、おほぜいの人ですから。" ], [ "運動会で走つたか。", "走つた。", "賞品をもらつたか。", "もらはない。" ], [ "男? 女?", "女だ。", "いくつ?" ] ]
底本:「太宰治全集第六巻」筑摩書房    1990(平成2)年4月27日初版第1刷発行 初出:「新風土記叢書7 津輕」小山書店    1944(昭和19)年11月15日発行 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:八巻美惠 1999年5月21日公開 2018年7月24日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "他に部屋が無いのですか", "ええ。みんな、ふさがって居ります。ここは涼しいですよ", "そうですか" ], [ "お泊りは、三円五十銭と四円です。御中食は、また、別にいただきます。どういたしましょうか", "三円五十銭のほうにして下さい。中食は、たべたい時に、そう言います。十日ばかり、ここで勉強したいと思って来たのですが" ], [ "五十円あげましょうか", "はあ" ] ]
底本:「走れメロス」新潮文庫、新潮社    1967(昭和42)年7月10日発行    1985(昭和60)年9月15日40刷改版    1986(昭和61)年9月25日43刷 初出:「文学界」    1941(昭和16)年1月号 ※誤植を疑った箇所を、1995(平成7)年5月30日58刷の表記にそって、あらためました。 入力:土屋隆 校正:野口英司 2006年6月21日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001569", "作品名": "東京八景", "作品名読み": "とうきょうはっけい", "ソート用読み": "とうきようはつけい", "副題": "(苦難の或人に贈る)", "副題読み": "(くなんのあるひとにおくる)", "原題": "", "初出": "「文学界」1941(昭和16)年1月号", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2006-07-07T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-18T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1569.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "走れメロス", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1967(昭和42)年7月10日、1985(昭和60)年9月15日40刷改版", "入力に使用した版1": "1986(昭和61)年9月25日43刷", "校正に使用した版1": "1989(平成元)年6月10日第50刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "土屋隆", "校正者": "野口英司", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1569_ruby_18584.zip", "テキストファイル最終更新日": "2006-06-21T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "0", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1569_23528.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-06-21T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "ええ、もう。", "おどろいたなあ。" ], [ "うちから誰か來るの?", "兄さんが來る。親爺さんは、ほつとけ、と言つてる。" ], [ "葉ちやんは、ほんとに、よいのか。", "案外、平氣だ。あいつは、いつもさうなんだ。" ], [ "わからん。――大庭に逢つてみないか。", "いいよ。逢つたつて、話することもないし、それに、――こはいよ。" ], [ "聞えてゐます。ここで立ち話をしないやうにしませうよ。", "あ。そいつあ。" ], [ "さうかなあ。", "さうさ。死ぬてはないよ。", "失敗かなあ。" ], [ "あす、兄さんと飛騨が警察へ行くんだ。すつかりかたをつけてしまふんだつて。飛騨は馬鹿だなあ。昂奮してゐやがつた。飛騨は、けふむかうへ泊るよ。僕は、いやだから歸つた。", "僕の惡口を言つてゐたらう。", "うん。言つてゐたよ。大馬鹿だと言つてる。此の後も、なにをしでかすか、判つたものぢやないと言つてた。しかし親爺もよくない、と附け加へた。眞野さん、煙草を吸つてもいい?" ], [ "私ね、大庭さんのときも、病院からの呼び出しを斷らうかと思ひましたのよ。こはかつたですからねえ。でも、來て見て安心しましたわ。このとほりのお元氣で、はじめから御不淨へ、ひとりで行くなんておつしやるんでございますもの。", "いや、病院さ。ここの病院ぢやないかね。" ], [ "海を畫いた。空と海がまつくろで、島だけが白いのだ。畫いてゐるうちに、きざな氣がして止した。趣向がだいいち素人くさいよ。", "いいぢやないか。えらい藝術家は、みんなどこか素人くさい。それでよいんだ。はじめ素人で、それから玄人になつて、それからまた素人になる。またロダンを持ち出すが、あいつは素人のよさを覘つた男だ。いや、さうでもないかな。" ], [ "できれば、詩を書きたいのだ。詩は正直だからな。", "うん。詩も、いいよ。" ], [ "電氣がくらいな。", "うん。この病院ぢや明るい電氣をつけさせないのだ。坐らない?" ], [ "飛騨は氣取つてるねえ。", "馬鹿。君こそ。なんだその手つきは。" ], [ "さうなんでございますのよ。ずゐぶんですわ。ゆうべだつて、婦長室へ看護婦をおほぜいあつめて、歌留多なんかして大さわぎだつたくせに。", "さうだ。十二時すぎまできやつきやつ言つてゐたよ。ちよつと馬鹿だな。" ], [ "ええ、もう罪のないことばかりおつしやつて、私たちを笑はせていらつしやいます。", "そんならいい。畫家ですつて?" ], [ "まだ耳についてゐる。田舍の言葉で話がしたいな、と言ふのだ。女の國は南のはづれだよ。", "いけない! 僕にはよすぎる。", "ほんと。君、ほんたうだよ。ははん。それだけの女だ。" ], [ "いいえ。東京へ歸らうと思ひます。", "ぢや、僕のとこへ遊びに來たまへ。飛騨も小菅も毎日のやうに僕のとこへ來てゐるのだ。まさか牢屋でお正月を送るやうなこともあるまい。きつとうまく行くだらうと思ふよ。" ] ]
底本:「太宰治全集2」筑摩書房    1998(平成10)年5月25日初版第1刷発行 底本の親本:「晩年」第一小説集叢書、砂子屋書房    1936(昭和11)年6月25日 初出:「日本浪漫派 第一巻第三号」    1935(昭和10)年5月号 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:赤木孝之 校正:小林繁雄 1999年7月13日公開 2016年2月23日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000255", "作品名": "道化の華", "作品名読み": "どうけのはな", "ソート用読み": "とうけのはな", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「日本浪漫派 第一巻第三号」1935(昭和10)年5月号", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "旧字旧仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-07-13T00:00:00", "最終更新日": "2016-02-23T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card255.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集2", "底本出版社名1": "筑摩書房", "底本初版発行年1": "1998(平成10)年5月25日", "入力に使用した版1": "1998(平成10)年5月25日初版第1刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "晩年", "底本の親本出版社名1": "第一小説集叢書、砂子屋書房", "底本の親本初版発行年1": "1936(昭和11)年6月25日", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "赤木孝之", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/255_ruby_2192.zip", "テキストファイル最終更新日": "2016-02-23T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/255_15100.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2016-02-23T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "2" }
[ [ "なんだらう。眼鏡が無ければ、よく讀めないので。おや、おや、寫眞が出てゐますね。", "僕が、いつかお知らせしたでせう? 國民でコンクールやつて、僕は評判がわるいから、びりから二、三番だらうつて。" ], [ "おい、たいしたことでも、ないんだね。", "いいえ、私、これくらゐの喜び、いちばん幸福に思ふの。五百圓、千圓もらふより、上林さんとふたりで、五十圓づついただいて、ずゐぶん美しいわ。" ] ]
底本:「太宰治全集11」筑摩書房    1999(平成11)年3月25日初版第1刷発行 初出:「國民新聞 第一七〇四六号~一七〇四八号」    1939(昭和14)年5月9日~11日発行 入力:小林繁雄 校正:阿部哲也 2011年10月12日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "052378", "作品名": "当選の日", "作品名読み": "とうせんのひ", "ソート用読み": "とうせんのひ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「國民新聞 第一七〇四六号~一七〇四八号」1939(昭和14)年5月9日~11日", "分類番号": "NDC 914", "文字遣い種別": "旧字旧仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2011-12-01T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-16T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card52378.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集11", "底本出版社名1": "筑摩書房", "底本初版発行年1": "1999(平成11)年3月25日", "入力に使用した版1": "1999(平成11)年3月25日初版第1刷", "校正に使用した版1": "2001(平成13)年11月10日初版第2刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "小林繁雄", "校正者": "阿部哲也", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/52378_txt_45082.zip", "テキストファイル最終更新日": "2011-10-11T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "0", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/52378_45470.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-10-11T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "このごろはお前も景気がいいと見えて、なかなか貯金にも精が出るのう。感心かんしん。いい旦那でも、ついたかな?", "つまらない" ] ]
底本:「ヴィヨンの妻」新潮文庫、新潮社    1950(昭和25)年12月20日発行    1985(昭和60)年10月30日63刷改版    1996(平成8)年6月20日88版 初出:「群像」    1947(昭和22)年1月号 入力:治 校正:割子田数哉 1999年1月23日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです
{ "作品ID": "002285", "作品名": "トカトントン", "作品名読み": "トカトントン", "ソート用読み": "とかとんとん", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-01-23T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2285.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "ヴィヨンの妻", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1950(昭和25)年12月20日、1985(昭和60)年10月30日63刷改版", "入力に使用した版1": "1996(平成8)年6月20日第88刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "治", "校正者": "割子田数哉", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2285_ruby_1314.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2285_15077.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "それはやはり、大学で基礎勉強してからのほうがよい。", "そうだろうか。" ] ]
底本:「もの思う葦」新潮文庫、新潮社    1980(昭和55)年9月25日発行    1998(平成10)年7月20日第38刷発行 入力:田中陽介 校正:鈴木厚司 2000年10月14日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001084", "作品名": "如是我聞", "作品名読み": "にょぜがもん", "ソート用読み": "によせかもん", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 914", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-10-14T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1084.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "もの思う葦", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1980(昭和55)年9月25日", "入力に使用した版1": "1998(平成10)年7月20日第38刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "田中陽介", "校正者": "鈴木厚司", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1084_ruby_4753.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1084_15078.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "複雑な男だからな。", "そうです。わからないところがあるんです。太閤を軽蔑しているようでいながら、思い切って太閤から離れる事も出来なかったというところに、何か、濁りがあるように思われるのです。" ], [ "綺麗になりましたね。", "ああ。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:もりみつじゅんじ 2000年2月1日公開 2005年11月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000302", "作品名": "庭", "作品名読み": "にわ", "ソート用読み": "にわ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「新小説」1946(昭和21)年1月", "分類番号": "NDC 914", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-02-01T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card302.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集8", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年4月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "もりみつじゅんじ", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/302_ruby_20158.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/302_20159.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "御勉強?", "いいえ" ], [ "なぜ?", "いいから、かけてごらん。アネサの眼鏡を借りなさい" ], [ "地獄の馬みたい", "やっぱり、お化けかね", "おれも、こんなお化けの絵がかきたいよ" ], [ "僕は、美術学校にはいろうと思っていたんですけど、……", "いや、つまらん。あんなところは、つまらん。学校は、つまらん。われらの教師は、自然の中にあり! 自然に対するパアトス!" ], [ "女から来たラヴ・レターで、風呂をわかしてはいった男があるそうですよ", "あら、いやだ。あなたでしょう?", "ミルクをわかして飲んだ事はあるんです", "光栄だわ、飲んでよ" ], [ "すまないけどね、電車通りの薬屋に行って、カルモチンを買って来てくれない? あんまり疲れすぎて、顔がほてって、かえって眠れないんだ。すまないね。お金は、……", "いいわよ、お金なんか" ], [ "よし、そんなら、夢の国に連れて行く。おどろくな、酒池肉林という、……", "カフエか?", "そう", "行こう!" ], [ "いいか。キスするぜ。おれの傍に坐った女給に、きっとキスして見せる。いいか", "かまわんだろう", "ありがたい! おれは女に飢え渇いているんだ" ], [ "金の切れめが縁の切れめ、なんておっしゃって、冗談かと思うていたら、本気か。来てくれないのだもの。ややこしい切れめやな。うちが、かせいであげても、だめか", "だめ" ], [ "やはり、死んだ女が恋いしいだろう", "はい" ], [ "うん、それでだいたいわかった。何でも正直に答えると、わしらのほうでも、そこは手心を加える", "ありがとうございます。よろしくお願いいたします" ], [ "真面目に私に相談を持ちかけてくれる気持が無ければ、仕様がないですが", "どんな相談?" ], [ "それは、あなたの胸にある事でしょう?", "たとえば?", "たとえばって、あなた自身、これからどうする気なんです", "働いたほうが、いいんですか?", "いや、あなたの気持は、いったいどうなんです", "だって、学校へはいるといったって、……", "そりゃ、お金が要ります。しかし、問題は、お金でない。あなたの気持です" ], [ "どうですか? 何か、将来の希望、とでもいったものが、あるんですか? いったい、どうも、ひとをひとり世話しているというのは、どれだけむずかしいものだか、世話されているひとには、わかりますまい", "すみません", "そりゃ実に、心配なものです。私も、いったんあなたの世話を引受けた以上、あなたにも、生半可な気持でいてもらいたくないのです。立派に更生の道をたどる、という覚悟のほどを見せてもらいたいのです。たとえば、あなたの将来の方針、それに就いてあなたのほうから私に、まじめに相談を持ちかけて来たなら、私もその相談には応ずるつもりでいます。それは、どうせこんな、貧乏なヒラメの援助なのですから、以前のようなぜいたくを望んだら、あてがはずれます。しかし、あなたの気持がしっかりしていて、将来の方針をはっきり打ち樹て、そうして私に相談をしてくれたら、私は、たといわずかずつでも、あなたの更生のために、お手伝いしようとさえ思っているんです。わかりますか? 私の気持が。いったい、あなたは、これから、どうするつもりでいるのです", "ここの二階に、置いてもらえなかったら、働いて、……", "本気で、そんな事を言っているのですか? いまのこの世の中に、たとい帝国大学校を出たって、……", "いいえ、サラリイマンになるんでは無いんです", "それじゃ、何です", "画家です" ], [ "それは、どうにかなるさ", "おい、笑いごとじゃ無いぜ。忠告するけど、馬鹿もこのへんでやめるんだな。おれは、きょうは、用事があるんだがね。この頃、ばかにいそがしいんだ", "用事って、どんな?", "おい、おい、座蒲団の糸を切らないでくれよ" ], [ "いそぎますので", "出来ています。もうとっくに出来ています。これです、どうぞ" ], [ "とにかく、すぐに帰ってくれ。おれが、お前を送りとどけるといいんだろうが、おれにはいま、そんなひまは、無えや。家出していながら、その、のんきそうな面ったら", "お宅は、どちらなのですか?", "大久保です" ], [ "お金が、ほしいな", "……いくら位?", "たくさん。……金の切れ目が、縁の切れ目、って、本当の事だよ", "ばからしい。そんな、古くさい、……", "そう? しかし、君には、わからないんだ。このままでは、僕は、逃げる事になるかも知れない", "いったい、どっちが貧乏なのよ。そうして、どっちが逃げるのよ。へんねえ", "自分でかせいで、そのお金で、お酒、いや、煙草を買いたい。絵だって僕は、堀木なんかより、ずっと上手なつもりなんだ" ], [ "どうして、ダメなの?", "親の言いつけに、そむいたから", "そう? お父ちゃんはとてもいいひとだって、みんな言うけどな" ], [ "見れば見るほど、へんな顔をしているねえ、お前は。ノンキ和尚の顔は、実は、お前の寝顔からヒントを得たのだ", "あなたの寝顔だって、ずいぶんお老けになりましてよ。四十男みたい", "お前のせいだ。吸い取られたんだ。水の流れと、人の身はあサ。何をくよくよ川端やなあぎいサ", "騒がないで、早くおやすみなさいよ。それとも、ごはんをあがりますか?" ], [ "なぜ、お酒を飲むの?", "お父ちゃんはね、お酒を好きで飲んでいるのでは、ないんですよ。あんまりいいひとだから、だから、……", "いいひとは、お酒を飲むの?", "そうでもないけど、……", "お父ちゃんは、きっと、びっくりするわね", "おきらいかも知れない。ほら、ほら、箱から飛び出した", "セッカチピンチャンみたいね", "そうねえ" ], [ "なぜ、いけないんだ。どうして悪いんだ。あるだけの酒をのんで、人の子よ、憎悪を消せ消せ消せ、ってね、むかしペルシャのね、まあよそう、悲しみ疲れたるハートに希望を持ち来すは、ただ微醺をもたらす玉杯なれ、ってね。わかるかい", "わからない", "この野郎。キスしてやるぞ", "してよ" ], [ "やめる。あしたから、一滴も飲まない", "ほんとう?", "きっと、やめる。やめたら、ヨシちゃん、僕のお嫁になってくれるかい?" ], [ "ヨシちゃん、ごめんね。飲んじゃった", "あら、いやだ。酔った振りなんかして" ], [ "いや、本当なんだ。本当に飲んだのだよ。酔った振りなんかしてるんじゃない", "からかわないでよ。ひとがわるい" ], [ "見ればわかりそうなものだ。きょうも、お昼から飲んだのだ。ゆるしてね", "お芝居が、うまいのねえ", "芝居じゃあないよ、馬鹿野郎。キスしてやるぞ", "してよ", "いや、僕には資格が無い。お嫁にもらうのもあきらめなくちゃならん。顔を見なさい、赤いだろう? 飲んだのだよ", "それあ、夕陽が当っているからよ。かつごうたって、だめよ。きのう約束したんですもの。飲む筈が無いじゃないの。ゲンマンしたんですもの。飲んだなんて、ウソ、ウソ、ウソ" ], [ "薬は?", "粉薬かい? 丸薬かい?", "注射", "トラ", "そうかな? ホルモン注射もあるしねえ", "いや、断然トラだ。針が第一、お前、立派なトラじゃないか", "よし、負けて置こう。しかし、君、薬や医者はね、あれで案外、コメ(喜劇の略)なんだぜ。死は?", "コメ。牧師も和尚も然りじゃね", "大出来。そうして、生はトラだなあ", "ちがう。それも、コメ", "いや、それでは、何でもかでも皆コメになってしまう。ではね、もう一つおたずねするが、漫画家は? よもや、コメとは言えませんでしょう?", "トラ、トラ。大悲劇名詞!", "なんだ、大トラは君のほうだぜ" ], [ "ええっと、花月という料理屋があったから、月だ", "いや、それはアントになっていない。むしろ、同義語だ。星と菫だって、シノニムじゃないか。アントでない", "わかった、それはね、蜂だ", "ハチ?", "牡丹に、……蟻か?", "なあんだ、それは画題だ。ごまかしちゃいけない", "わかった! 花にむら雲、……", "月にむら雲だろう", "そう、そう。花に風。風だ。花のアントは、風", "まずいなあ、それは浪花節の文句じゃないか。おさとが知れるぜ", "いや、琵琶だ", "なおいけない。花のアントはね、……およそこの世で最も花らしくないもの、それをこそ挙げるべきだ", "だから、その、……待てよ、なあんだ、女か", "ついでに、女のシノニムは?", "臓物", "君は、どうも、詩を知らんね。それじゃあ、臓物のアントは?", "牛乳", "これは、ちょっとうまいな。その調子でもう一つ。恥。オントのアント", "恥知らずさ。流行漫画家上司幾太", "堀木正雄は?" ], [ "それじゃあ、なんだい、神か? お前には、どこかヤソ坊主くさいところがあるからな。いや味だぜ", "まあそんなに、軽く片づけるなよ。も少し、二人で考えて見よう。これはでも、面白いテーマじゃないか。このテーマに対する答一つで、そのひとの全部がわかるような気がするのだ", "まさか。……罪のアントは、善さ。善良なる市民。つまり、おれみたいなものさ", "冗談は、よそうよ。しかし、善は悪のアントだ。罪のアントではない", "悪と罪とは違うのかい?", "違う、と思う。善悪の概念は人間が作ったものだ。人間が勝手に作った道徳の言葉だ", "うるせえなあ。それじゃ、やっぱり、神だろう。神、神。なんでも、神にして置けば間違いない。腹がへったなあ", "いま、したでヨシ子がそら豆を煮ている", "ありがてえ。好物だ" ], [ "君には、罪というものが、まるで興味ないらしいね", "そりゃそうさ、お前のように、罪人では無いんだから。おれは道楽はしても、女を死なせたり、女から金を巻き上げたりなんかはしねえよ" ], [ "しかし、牢屋にいれられる事だけが罪じゃないんだ。罪のアントがわかれば、罪の実体もつかめるような気がするんだけど、……神、……救い、……愛、……光、……しかし、神にはサタンというアントがあるし、救いのアントは苦悩だろうし、愛には憎しみ、光には闇というアントがあり、善には悪、罪と祈り、罪と悔い、罪と告白、罪と、……嗚呼、みんなシノニムだ、罪の対語は何だ", "ツミの対語は、ミツさ。蜜の如く甘しだ。腹がへったなあ。何か食うものを持って来いよ", "君が持って来たらいいじゃないか!" ], [ "勝手にしろ。どこかへ行っちまえ!", "罪と空腹、空腹とそら豆、いや、これはシノニムか" ], [ "なんにも、しないからって言って、……", "いい。何も言うな。お前は、ひとを疑う事を知らなかったんだ。お坐り。豆を食べよう" ], [ "アル中になっているかも知れないんです。いまでも飲みたい", "いけません。私の主人も、テーベのくせに、菌を酒で殺すんだなんて言って、酒びたりになって、自分から寿命をちぢめました", "不安でいけないんです。こわくて、とても、だめなんです", "お薬を差し上げます。お酒だけは、およしなさい" ], [ "たのむ! もう一箱。勘定は月末にきっと払いますから", "勘定なんて、いつでもかまいませんけど、警察のほうが、うるさいのでねえ" ], [ "薬が無いと仕事がちっとも、はかどらないんだよ。僕には、あれは強精剤みたいなものなんだ", "それじゃ、いっそ、ホルモン注射がいいでしょう", "ばかにしちゃいけません。お酒か、そうでなければ、あの薬か、どっちかで無ければ仕事が出来ないんだ", "お酒は、いけません", "そうでしょう? 僕はね、あの薬を使うようになってから、お酒は一滴も飲まなかった。おかげで、からだの調子が、とてもいいんだ。僕だって、いつまでも、下手くそな漫画などをかいているつもりは無い、これから、酒をやめて、からだを直して、勉強して、きっと偉い絵画きになって見せる。いまが大事なところなんだ。だからさ、ね、おねがい。キスしてあげようか" ], [ "一箱は、あげられませんよ。すぐ使ってしまうのだもの。半分ね", "ケチだなあ、まあ、仕方が無いや" ], [ "あなたは、しかし、かわらない", "いいえ、もうお婆さん。からだが、がたぴしです。あなたこそ、お若いわ", "とんでもない、子供がもう三人もあるんだよ。きょうはそいつらのために買い出し" ], [ "このノートは、しばらく貸していただけませんか", "ええ、どうぞ", "このひとは、まだ生きているのですか?", "さあ、それが、さっぱりわからないんです。十年ほど前に、京橋のお店あてに、そのノートと写真の小包が送られて来て、差し出し人は葉ちゃんにきまっているのですが、その小包には、葉ちゃんの住所も、名前さえも書いていなかったんです。空襲の時、ほかのものにまぎれて、これも不思議にたすかって、私はこないだはじめて、全部読んでみて、……", "泣きましたか?", "いいえ、泣くというより、……だめね、人間も、ああなっては、もう駄目ね", "それから十年、とすると、もう亡くなっているかも知れないね。これは、あなたへのお礼のつもりで送ってよこしたのでしょう。多少、誇張して書いているようなところもあるけど、しかし、あなたも、相当ひどい被害をこうむったようですね。もし、これが全部事実だったら、そうして僕がこのひとの友人だったら、やっぱり脳病院に連れて行きたくなったかも知れない", "あのひとのお父さんが悪いのですよ" ] ]
底本:「人間失格」新潮文庫、新潮社    1952(昭和27)年10月30日発行    1985(昭和60)年1月30日100刷改版 初出:「展望」筑摩書房    1948年(昭和23年)6~8月号 入力:細渕真弓 校正:八巻美惠 1999年1月1日公開 2011年1月9日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000301", "作品名": "人間失格", "作品名読み": "にんげんしっかく", "ソート用読み": "にんけんしつかく", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年6~8月号", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-01-01T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card301.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "人間失格", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1952(昭和27)年10月30日、1985(昭和60)年1月30日100刷改版", "入力に使用した版1": "1985(昭和60)年1月30日100刷改版", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年3月5日136刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "細渕真弓", "校正者": "八巻美恵", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/301_ruby_5915.zip", "テキストファイル最終更新日": "2011-01-09T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "5", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/301_14912.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-01-09T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "死ねば一番いいのだ。いや、僕だけじゃない。少くとも社会の進歩にマイナスの働きをなしている奴等は全部、死ねばいいのだ。それとも君、マイナスの者でもなんでも人はすべて死んではならぬという科学的な何か理由があるのかね", "ば、ばかな" ], [ "笑ってはいけない。だって君、そうじゃないか。祖先を祭るために生きていなければならないとか、人類の文化を完成させなければならないとか、そんなたいへんな倫理的な義務としてしか僕たちは今まで教えられていないのだ。なんの科学的な説明も与えられていないのだ。そんなら僕たちマイナスの人間は皆、死んだほうがいいのだ。死ぬとゼロだよ", "馬鹿! 何を言っていやがる。どだい、君、虫が好すぎるぞ。それは成る程、君も僕もぜんぜん生産にあずかっていない人間だ。それだからとて、決してマイナスの生活はしていないと思うのだ。君はいったい、無産階級の解放を望んでいるのか。無産階級の大勝利を信じているのか。程度の差はあるけれども、僕たちはブルジョアジイに寄生している。それは確かだ。だがそれはブルジョアジイを支持しているのとはぜんぜん意味が違うのだ。一のプロレタリアアトへの貢献と、九のブルジョアジイへの貢献と君は言ったが、何を指してブルジョアジイへの貢献と言うのだろう。わざわざ資本家の懐を肥してやる点では、僕たちだってプロレタリアアトだって同じことなんだ。資本主義的経済社会に住んでいることが裏切りなら、闘士にはどんな仙人が成るのだ。そんな言葉こそウルトラというものだ。小児病というものだ。一のプロレタリアアトへの貢献、それで沢山。その一が尊いのだ。その一だけの為に僕たちは頑張って生きていなければならないのだ。そうしてそれが立派にプラスの生活だ。死ぬなんて馬鹿だ。死ぬなんて馬鹿だ" ] ]
底本:「晩年」新潮文庫、新潮社    1947(昭和22)年12月10日発行    1985(昭和60)年10年5日70刷改版    1998(平成10)年7月20日103刷 初出:「鷭」(季刊同人誌)    1934(昭和9)年4月 ※「日本文学(e-text)全集」作成ファイル 入力:加藤るみ 校正:深水英一郎 1999年10月7日公開 2013年4月6日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "そろそろ、おしまいでしょうね。", "そうだろう。いや、もうたくさんだ。", "うちも焼けたでしょうね。", "さあ、どうだかな? 残っているといいがねえ。" ], [ "だめだろうよ。", "そうでしょうね。" ], [ "兄さん、子供たちは?", "無事だ。", "どこにいるの?", "学校だ。", "おにぎりあるわよ。ただもう夢中で歩いて、食料をもらって来たわ。", "ありがとう。", "元気を出しましょうよ。あのね、ほら、土の中に埋めて置いたものね、あれは、たいてい大丈夫らしいわ。あれだけ残ったら、もう当分は、不自由しないですむわよ。", "もっと、埋めて置けばよかったね。", "いいわよ。あれだけあったら、これからどこへお世話になるにしたって大威張りだわ。上成績よ。私はこれから食料を持って学校へ行って来ますから、兄さんはここで休んでいらっしゃい。はい、これはおむすび。たくさん召し上れ。" ], [ "けさ洗ってもらいましたけど。", "どこで?", "学校にお医者が出張してまいりましたから。", "そいつあ、よかった。", "いいえ、でも、看護婦さんがほんの申しわけみたいに、――", "そうか。" ], [ "まさか、それほどでもなかろう。", "でも、今晩だって、お酒があったら、お飲みになるでしょう。", "そりゃ、飲む、かも知れない。" ], [ "なに、すぐ眼があくでしょう。", "そうでしょうか。", "眼球は何ともなっていませんからね、まあ、もう四、五日も通ったら、旅行も出来るようになるでしょう。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:ゆうこ 2000年3月21日公開 2005年11月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000263", "作品名": "薄明", "作品名読み": "はくめい", "ソート用読み": "はくめい", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "新紀元社刊、1946(昭和21)年12月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-03-21T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card263.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集8", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年4月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年1月20日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "ゆうこ", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/263_ruby_20160.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/263_20161.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "御病気は、いかがですか? 脚気だとか。", "僕は健康です。" ] ]
底本:「太宰治全集4」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年12月1日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:もりみつじゅんじ 2000年3月27日公開 2005年10月27日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000262", "作品名": "恥", "作品名読み": "はじ", "ソート用読み": "はし", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「婦人画報」1942(昭和17)年1月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-03-27T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card262.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集4", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年12月1日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "もりみつじゅんじ", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/262_ruby_20044.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-28T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/262_20045.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-28T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "王様は、人を殺します。", "なぜ殺すのだ。", "悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。", "たくさんの人を殺したのか。", "はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を。", "おどろいた。国王は乱心か。", "いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。" ], [ "願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。", "なに、何をおっしゃる。", "はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。" ], [ "待て。", "何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。", "どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。", "私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。", "その、いのちが欲しいのだ。", "さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。" ], [ "いや、まだ陽は沈まぬ。", "ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!" ], [ "やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。", "それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フィロストラトス。", "ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日初版発行    1998(平成10)年6月15日第2刷 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:金川一之 校正:高橋美奈子 2000年12月4日公開 2011年1月17日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001567", "作品名": "走れメロス", "作品名読み": "はしれメロス", "ソート用読み": "はしれめろす", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-12-04T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1567.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集3", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年10月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "金川一之", "校正者": "高橋美奈子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1567_ruby_4948.zip", "テキストファイル最終更新日": "2011-01-17T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1567_14913.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2011-01-17T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "1" }
[ [ "ああ、やっと。やっと、……なんといったらいいのかな。日本語は、不便だなあ。むずかしいんだ。ありがとう。よく、あなたは、いてくれたね。たすかるんだ。涙が出そうだ。", "わからないわ。あたしのことじゃないんでしょう?" ], [ "そうして、すぐお忘れになるの? お茶をどうぞ。", "僕は、いつだって、忘れたことなんかないよ。あなたには、まだわからないようだね。とにかくお湯にはいろう。お酒を、たのむぜ。" ], [ "芸者衆を呼ぶんですって? およしなさいよ。つまらない。", "誰も来やしない。", "きょうは、なんだか、いそがしいのよ。もう、いい加減お酔いになったんでしょう? おやすみなさいよ。" ] ]
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年10月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年10月17日公開 2005年10月25日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000235", "作品名": "八十八夜", "作品名読み": "はちじゅうはちや", "ソート用読み": "はちしゆうはちや", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「新潮」1939(昭和14)年8月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-10-06T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card235.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集3", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年10月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "小林繁雄", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/235_ruby_20028.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-27T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/235_20029.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-27T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "低能だ。", "なんだっていい、僕は行くんだ。", "行ったほうがよい。歩いて行くのか。" ], [ "きっとね?", "あさましい顔をするなよ。告げ口したら、ぶん殴る。" ], [ "馬鹿野郎。おれを信用しねえのか。", "信用するわ。" ] ]
底本:「太宰治全集5」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年1月31日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:夏海 2000年4月13日公開 2005年10月31日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000264", "作品名": "花火", "作品名読み": "はなび", "ソート用読み": "はなひ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「文芸」1942(昭和17)年10月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-04-13T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card264.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集5", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(昭和64)年1月31日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年4月1日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "夏海", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/264_ruby_20118.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-31T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/264_20119.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-31T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "何故今遣らないのだ。", "うむ。遣る。" ], [ "何故今遣らないのだ。", "うむ。遣る。" ] ]
底本:「太宰治全集5」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年1月31日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:夏海 2000年11月17日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "地方文化、という言葉がよく使われているようですが、あれは、先生、どういう事なんでしょうか。", "うむ。僕にもよくわからないのだがね。たとえば、いまこの地方には、濁酒がさかんに作られているようだが、どうせ作るなら、おいしくて、そうしてたくさん飲んでも二日酔いしないような、上等なものを作る。濁酒に限らず、イチゴ酒でも、桑の実酒でも、野葡萄の酒でも、リンゴの酒でも、いろいろ工夫して、酔い心地のよい上等品を作る。たべものにしても同じ事で、この地方の産物を、出来るだけおいしくたべる事に、独自の工夫をこらす。そうして皆で愉快に飲みかつ食う。そんな事じゃ、ないかしら。", "先生は、濁酒などお飲みになりますか。", "飲まぬ事もないが、そんなに、おいしいとは思わない。酔い心地も、結構でない。", "しかし、いいのもありますよ。清酒とすこしも変らないのも、このごろ出来るようになったのです。", "そうか。それがすなわち、地方文化の進歩というものなのかも知れない。", "こんど、先生のところに持って来てもいいですか。先生は、飲んで下さいますか。", "それは、飲んであげてもいい。地方文化の研究のためですからね。" ], [ "優秀でしょう?", "うむ。優秀だ。地方文化あなどるべからずだ。", "それから、先生、これが何だかわかりますか?" ], [ "いかがです。おいしいでしょう?", "うむ。", "精が、つきますよ。これを、一度に五寸以上たべると、鼻血が出ます。先生はいま、二寸たべましたから、まだ大丈夫。もう二寸たべてごらんなさい。四寸くらいたべたら、ちょうどからだにいいでしょう。" ], [ "いかがです。からだが、ぽかぽかして来やしませんか。", "うむ。ぽかぽかして来たようだ。" ], [ "先生、こんど僕の家へあそびに来てくれませんか?", "たいぎだ。", "地方文化が豊富にありますよ。お酒でも、ビイルでも、ウイスキイでも、さかなでも、肉でも。" ], [ "まさか、先生のお話なんか聞きに来る人は、無いでしょう。", "そうでもあるまい。現に君が、僕の話を拝聴しにこうして度々やって来る。", "ちがいますよ。僕は、遊びに来るのです。遊び方の研究をしに来ているのです。これも文化運動の一つでしょう?", "よく学び、よく遊べ、というやつか。その着想は、しかし、わるくないね。", "そんなら、僕の家へ、何の意味も無く、遊びに来てくれてもいいじゃありませんか。きたない家ですけれども、浜からあがりたての、おいしいおさかなだけは保証します。" ], [ "君は、こんないい洋服を持っているくせに、僕の家へ来る時には、なぜあんな、よごれた軍服みたいなものを着て来るのかね。", "わざと身をやつして行くのです。水戸黄門でも、最明寺入道でも、旅行する時には、わざときたない身なりで出かけるでしょう? そうすると、旅がいっそう面白くなるのです。遊び上手は、身をやつすものです。" ], [ "軍隊では、ずいぶん殴られましてね。", "そりゃ、そうだろう。僕だって君を、殴ってやろうかと思う事があるんだもの。", "小生意気に見えるんでしょうかね。しかし、軍隊は無茶苦茶ですよ。僕はこんど軍隊からかえって来て、鴎外全集をひらいてみて、鴎外の軍服を着ている写真を見たら、もういやになって、全集をみな叩き売ってしまいました。鴎外が、いやになっちゃいました。死んでも読むまいと思いました。あんな、軍服なんかを着ているんですからね。", "そんなにいやなら、君だって、着て歩かなけやいいじゃないか。身をやつすもクソも無い。", "あまり、いやだから着て歩くのです。先生には、わからないでしょうね。とにかく旅行は、屈辱の多いものでしょう? 軍服はそんな屈辱には、もって来いのものなんだから、だから、それだから、わからねえかなあ、作家訪問なんてのも一種の屈辱ですからねえ。いや、屈辱の大関くらいのところだ。", "そんな生意気な事を言うから、殴られるんだよ。", "そうかなあ、いやになるね。ひとを殴るなんて、狂人でなくちゃ出来ない事なんじゃないかな。僕はね、軍隊で、あんまり殴られるので、こっちも狂人の真似をしてやれと思って、工夫して、両方の眉を綺麗に剃り落して上官の前に立ってみた事さえありました。", "そりゃまた、思い切った事をしたものだ。上官も呆れたろう。", "呆れていました。", "さすがにそれ以後は殴られなくなったろう。", "いいえ、かえってひどく殴られました。" ], [ "先生、お湯にはいりましょう。どてらに着かえて下さい。僕もいま、着かえて来ますから。", "ごめん下さい。いらっしゃいまし。" ], [ "あなたは、この土地のひとですか?", "いいえ。" ], [ "君は僕を、好色の人間だと思うかね。どうかね。", "そりゃ、好色でしょう。", "実は、そうなんだ。" ], [ "三時、十三、いや、四分です。", "そう? その時計は、こんな、まっくら闇の中でも見えるの?", "見えるんです。蛍光板というんです。ほら、ね、蛍の光のようでしょう?", "ほんとね。高いものでしょうね。" ], [ "どうして?", "しずかですから。", "でも、波の音が、うるさいでしょう?", "波の音には、なれています。自分の生れた村では、もっともっと波の音が高く聞えます。", "お父さん、お母さん、待っているでしょうね。", "お父さんは、ないんです。死んだのです。", "お母さんだけ?", "そうです。" ], [ "いいのよ、寒いわ。眠りましょう。眠らないと、わるいわ。", "一晩くらい眠らなくても、自分は平気なんです。", "電気をつけちゃ、いや!" ], [ "あしたは、まっすぐに家へおかえりなさいね。", "ええ、そのつもりです。", "寄り道をしちゃだめよ。", "寄り道しません。" ], [ "先生、お早う。ゆうべは、よく眠れましたか?", "うむ。ぐっすり眠った。" ], [ "日本の宿屋は、いいね。", "なぜ?", "うむ。しずかだ。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月23日公開 2005年11月7日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000261", "作品名": "母", "作品名読み": "はは", "ソート用読み": "はは", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「新潮」1947(昭和22)年3月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-23T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card261.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集9", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年5月30日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "かとうかおり", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/261_ruby_20187.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-07T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/261_20188.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-07T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "やっとるか。", "やっとるぞ。", "がんばれよ。", "よし来た。" ], [ "やっとるか。", "やっとるぞ。", "がんばれよ。", "ようし来た。" ], [ "かっぽれさんは、この女優を知ってる?", "知らねえが、べっぴんだ。マア坊にそっくりじゃないか。", "あら、いやだ。ダニエル・ダリュウじゃないの。", "なんだ、アメリカか。", "ちがうわよ、フランスのひとよ。ひところ東京では、ずいぶん人気があったのよ。知らないの?", "知らねえ。フランスでも何でも、とにかくこれは返すよ。毛唐はつまらねえ。日本の女優の写真とかえてくれねえか。あい願わくば、そうしてもらいたい。こいつは、向うの小柴のひばりさんにでもあげるんだね。", "ぜいたく言ってる。特別に、あなただけに差上げるのよ。ひばりには、いや。意地わるだから、いや。", "どうだかね。ではまあ、いただいて置きましょう。ダニエ?", "ダニエルよ。ダニエル・ダリュウ。" ], [ "何を言ってるの。ぼんやりねえ、この子は。さっさと早くなおって、いなくなるといい。", "おおきに、お世話だ。いっそ、ここで、死んでやろうかね。", "あら、だめよ。泣くひとがあるわ。", "マア坊かい?", "しょってるわ。泣くもんですか。泣くわけがないじゃないの。", "そうだろうと思った。" ], [ "でも、これとよく似た句が昔の人の句にもあるんです。盗んだわけじゃないでしょうけど、誤解されるといけませんから、これは、他のと取りかえたほうがいいと思うんです。", "似たような句があるんですか。" ], [ "うん。あれは、もう、いれてあるんだ。", "そう。しっかりやってね。" ], [ "それどころじゃないんだ。頭を洗っているんじゃないか。なんだい、この手紙は。", "つくしから来たのよ。おしまいの所に、歌が書いてあるでしょう? その意味といて。" ], [ "まじめに聞いてくれよ。殊に、つくしには奥さんがある。笑い事じゃないんだぜ。", "だから、奥さんにお礼状を出したの。つくしが道場を出る時、あたしがまちの駅まで送って行って、その時に奥さんから白足袋を二足いただいたから、あたし、奥さんに礼状を出しといたの。", "それだけか。", "それだけよ。" ], [ "ええ、そうよ。それなのに、こんなお手紙を寄こすんだもの、いやで、いやで、身悶えしちゃったわ。", "何も身悶えしなくたって、いいじゃないか。君は、本当は、つくしを好きなんだろう。", "好きだわ。" ], [ "竹さんに、何か言った。たしかに言った。あたしは、知ってる。", "きざな子だって言ったんだ。" ], [ "ケースかい?", "うん。どこに、しまってあるの?", "そのへんの引出しだ。返してもいいぜ。" ], [ "どうだい、痛快な提案だろう?", "桜の間の色男たちは弱ったろう。", "まさか、裏切りやしないだろうな。", "塾生みんな結束して、場長に孔雀の追放を要求するんだ。あんな孫悟空に、選挙権なんかもったいない。" ], [ "出しゃばるな、出しゃばるな。", "ひばりは、妥協の使者か。", "桜の間は緊張が足りないぞ。いまは日本が大事な時だぞ。", "四等国に落ちたのも知らないで、べっぴんの顔を拝んでよだれを流しているんじゃねえか。", "なんだい、出し抜けに、何をやらせてくれと言うんだい。" ], [ "あれでも、ずいぶん、拭いたり洗ったりして大騒ぎや。いちどに改めろ言うても、それぁ無理。若いのやさかい。", "竹さんの働きは、大したものだね。" ], [ "同じ事や。ひばりが言わなかったら、うちだって、動きとうはない。すき好んで憎まれ役を買うひとなんてあるかいな。", "憎まれたのかね。" ], [ "孔雀の挨拶は、ちょっと僕も、つらかったよ。", "うん。牧田さんな、あのひと自分から挨拶させてと申し込んで来たのや。悪気の無い、いいひとや。お化粧が下手らしいな。うちだって、少しは口紅さしてんのやけど、わからんやろ?", "なあんだ、同罪か。" ], [ "君の手紙で知ってるじゃないか。", "そうか。" ], [ "マア坊だって事、すぐにわかった?", "ひとめ見てわかった。予想より、ずっと感じがいい。", "たとえば?", "しつこいな。まだ気があるんだね。予想してたほど、下品じゃない。ほんの子供じゃないか。", "そうかしら。", "でも、わるくない。骨の細い感じだね。", "そうかしら。" ], [ "お天気がいいから二階のバルコニイへ行って、話そう。いまはお昼休みだから、かまわないんだ。", "君の手紙でみんな知ってるよ。そのお昼休みの時間をねらって来たんだ。それに、きょうは日曜だから、慰安放送もあるし。" ], [ "小さい時にどんな教育を受けたかという事でもう、その人の一生涯がきまってしまうのだからね。もっと偉い大人物を配すべきだと思うんだ。", "そうだ。報酬ばかり考えているような人間では駄目だ。", "そうとも、そうとも。功利性のごまかしで、うまく行く筈はないんだ。おとなの駈引きは、もうたくさんだ。", "全くさ。表面のハッタリなんて古いよ。見え透いてるじゃないか。" ], [ "なんだ、すごい美人じゃないか。馬鹿にしてやがる。君はまた、ただ大きくて堂々とした立派なひとだと手紙に書いてたもんだから、僕は安心してほめてたんだが、なあんだ、スゴチンじゃないか。", "予想と違ったかね。" ], [ "どうも、そうらしい。さっき、ちらと見て、はっと思ったんだ。僕の兄貴たちは皆あの人のファンで、それで僕も小さい時からあの人の顔は写真で見てよく知っているんだ。僕もあの人の詩のファンだった。君だって、名前くらいは知っているだろう。", "そりゃ、知っている。" ], [ "ごめんなさい。もう言いません。", "そうだ。何も言うな。お前たちには、わからん。何も、わからん。" ], [ "つくだ煮を少し作って来ましたけど。", "そうか。いますぐいただこう。出しなさい。お隣りのひばりさんにも半分あげなさい。" ], [ "いま、おあがりになります?", "いいえ、もう、食事はすみました。" ], [ "きょうはお母さんを、小梅橋までお見送りして下さるんだそうですね。", "誰が?", "さあ、どなたでしょうか。", "僕? 外へ出てもいいの? お許しが出たの?" ], [ "でも、いやだったら、よござんす。", "いやなもんか。僕はもう一日に十里だって歩けるんだ。" ], [ "場長さんが近く御結婚なさるとか、聞きましたけど?", "はあ、あの、竹中さんと、もうすぐ。" ], [ "それじゃ出ようか。", "ええ。" ], [ "いつまでここにいるの?", "今月一ぱい。", "送別会でもしようか。", "おお、いやらし!" ] ]
底本:「パンドラの匣」新潮文庫、新潮社    1973(昭和48)年10月30日発行    1997(平成9)年12月20日46刷 初出:「河北新報」河北新報社    1945(昭和20)年10月22日~1946(昭和21)年1月7日 入力:SAME SIDE 校正:細渕紀子 2003年1月27日作成 2015年10月28日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001566", "作品名": "パンドラの匣", "作品名読み": "パンドラのはこ", "ソート用読み": "はんとらのはこ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「河北新報」河北新報社、1945(昭和20)年10月22日~1946(昭和21)年1月7日", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2003-01-31T00:00:00", "最終更新日": "2015-10-30T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1566.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "パンドラの匣", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1973(昭和48)年10月30日", "入力に使用した版1": "1997(平成9)年12月20日46刷", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "SAME SIDE", "校正者": "細渕紀子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1566_ruby_8222.zip", "テキストファイル最終更新日": "2015-10-28T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "3", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1566_8578.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2015-10-28T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "3" }
[ [ "兄さんは?", "おでかけです。", "どこへ?", "寄り合い。", "また、飲みだな?" ], [ "姉さんはいるだろう。", "ええ、二階でしょう?", "あがるぜ。" ], [ "貸してもいいって、兄さんは言っていたんだよ。", "そりゃそう言ったかも知れないけど、あのひとの一存では、きめられませんよ。私のほうにも都合があります。", "どんな都合?", "そんな事は、お前さんに言う必要は無い。", "パンパンに貸すのか?", "そうでしょう。", "姉さん、僕はこんど結婚するんだぜ。たのむから貸してくれ。", "お前さんの月給はいくらなの? 自分ひとりでも食べて行けないくせに。部屋代がいまどれくらいか、知ってるのかい。", "そりゃ、女のひとにも、いくらか助けてもらって、……", "鏡を見たことがある? 女にみつがせる顔かね。", "そうか。いい。たのまない。" ], [ "お帰りですか?", "そう。兄さんによろしく。" ], [ "おや、しばらく。", "酒が手にはいらないかね。", "はいりますでしょう。ウイスキイでも、いいの?", "かまわない。買ってくれ。" ], [ "こんなに、たくさん要らないわよ。", "要るだけ、とればいいじゃないか。", "おあずかり致します。", "ついでに、たばこもね。", "たばこは?", "軽いのがいい。手巻きは、ごめんだよ。" ], [ "ひとりで、こわかったんだよ。", "闇屋さん、闇におどろく。" ], [ "酒は?", "女中さんにたのみました。すぐ持ってまいりますって。このごろは、へんに、ややこしくって、いやねえ。" ], [ "おしずかに、お飲みになって下さいよ。", "心得ている。" ], [ "うん、何でも急用らしい。すぐ行って来たほうがいい。", "行って来る。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月23日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "若松屋も、眉山がいなけりゃいいんだけど。", "イグザクトリイ。あいつは、うるさい。フウルというものだ。" ], [ "林先生って、男の方なの?", "そうだ。高浜虚子というおじいさんもいるし、川端龍子という口髭をはやした立派な紳士もいる。", "みんな小説家?", "まあ、そうだ。" ], [ "あのかた、どなた?", "うるさいなあ。誰だっていいじゃないか。" ], [ "ね、どなた?", "川上っていうんだよ。" ], [ "だって、教えてくれないんですもの。", "トシちゃん、下にお客さんが来ているらしいぜ。", "かまいませんわ。", "いや、君が、かまわなくたって、……" ], [ "いかに何でも、ひどすぎますよ。この家も、わるくはないが、どうもあの眉山がいるんじゃあ。", "あれで案外、自惚れているんだぜ。僕たちにこんなに、きらわれているとは露知らず、かえって皆の人気者、……", "わあ! たまらねえ。", "いや、おおきにそうかも知れん。なんでも、あれは、貴族、……", "へえ? それは初耳。めずらしい話だな。眉山みずからの御託宣ですか?", "そうですとも。その貴族の一件でね、あいつ大失敗をやらかしてね、誰かが、あいつをだまして、ほんものの貴婦人は、おしっこをする時、しゃがまないものだと教えたのですね、すると、あの馬鹿が、こっそり御不浄でためしてみて、いやもう、四方八方に飛散し、御不浄は海、しかもあとは、知らん顔、御承知でしょうが、ここの御不浄は、裏の菓物屋さんと共同のものなんですから、菓物屋さんは怒り、下のおかみさんに抗議して、犯人はてっきり僕たち、酔っぱらいには困る、という事になり、僕たちが無実の罪を着せられたというにがにがしい経験もあるんです、しかし、いくら僕たちが酔っぱらっていたって、あんな大洪水の失礼は致しませんからね、不審に思って、いろいろせんさくの結果、眉山でした、かれは僕たちにあっさり白状したんです、御不浄の構造が悪いんだそうです。", "どうしてまた、貴族だなんて。", "いまの、はやり言葉じゃないんですか? 何でも、眉山の家は、静岡市の名門で、……", "名門? ピンからキリまであるものだな。", "住んでいた家が、ばかに大きかったんだそうです。戦災で全焼していまは落ちぶれたんだそうですけどね、何せ帝都座と同じくらいの大きさだったというんだから、おどろきますよ。よく聞いてみると、何、小学校なんです。その小学校の小使さんの娘なんですよ、あの眉山は。", "うん、それで一つ思い出した事がある。あいつの階段の昇り降りが、いやに乱暴でしょう。昇る時は、ドスンドスン、降りる時はころげ落ちるみたいに、ダダダダダ。いやになりますよ、ダダダダダと降りてそのまま御不浄に飛び込んで扉をピシャリッでしょう。おかげで僕たちが、ほら、いつか、冤罪をこうむった事があったじゃありませんか。あの階段の下には、もう一部屋あって、おかみさんの親戚のひとが、歯の手術に上京して来ていてそこに寝ていたのですね。歯痛には、あのドスンドスンもダダダダも、ひびきますよ。おかみさんに言ったってね、私はあの二階のお客さんたちに殺されますって。ところが僕たちの仲間には、そんな乱暴な昇り降りするひとは無い。でも、おかみさんに僕が代表で注意をされたんです。面白くないから、僕は、おかみさんに言いましたよ、あれは眉山、いや、トシちゃんにきまっていますって。すると、傍でそれを聞いていた眉山は、薄笑いして、私は小さい時から、しっかりした階段を昇り降りして育って来ましたから、とむしろ得意そうな顔で言うんですね。その時は、僕は、女って浅間しい虚栄の法螺を吹くものだと、ただ呆れていたんですが、そうですか、学校育ちですか、それなら、法螺じゃありません、小学校のあの階段は頑丈ですからねえ。", "聞けば聞くほど、いやになる。あすからもう、河岸をかえましょうよ。いい潮時ですよ。他にどこか、巣を捜しましょう。" ], [ "壮観でしたよ。眉山がミソを踏んづけちゃってね。", "ミソ?" ], [ "話にも何もなりやしないんですよ、あの子のそそっかしさったら。外からバタバタ眼つきをかえて駈け込んで来て、いきなり、ずぶりですからね。", "踏んだのか。", "ええ、きょう配給になったばかりのおミソをお重箱に山もりにして、私も置きどころが悪かったのでしょうけれど、わざわざそれに片足をつっ込まなくてもいいじゃありませんか。しかも、それをぐいと引き抜いて、爪先立ちになってそのまま便所ですからね。どんなに、こらえ切れなくなっていたって、何もそれほどあわて無くてもよろしいじゃございませんか。お便所にミソの足跡なんか、ついていたひには、お客さまが何と、……" ], [ "しかし、御不浄へ行く前でよかった。御不浄から出て来た足では、たまらない。何せ眉山の大海といってね、有名なものなんだからね、その足でやられたんじゃ、ミソも変じてクソになるのは確かだ。", "何だか、知りませんがね、とにかくあのおミソは使い物になりやしませんから、いまトシちゃんに捨てさせました。", "全部か? そこが大事なところだ。時々、朝ここで、おみおつけのごちそうになる事があるからな。後学のために、おたずねする。", "全部ですよ。そんなにお疑いなら、もう、うちではお客さまに、おみおつけは、お出し致しません。", "そう願いたいね。トシちゃんは?", "井戸端で足を洗っています。" ], [ "とにかく壮烈なものでしたよ。私は見ていたんです。ミソ踏み眉山。吉右衛門の当り芸になりそうです。", "いや、芝居にはなりますまい。おミソの小道具がめんどうです。" ], [ "君は、どこか、からだが悪いんじゃないか? 傍に寄るなよ、けがれるわい。御不浄にばかり行ってるじゃないか。", "まさか。" ], [ "私ね、小さい時、トシちゃんはお便所へいちども行った事が無いような顔をしているって、言われたものだわ。", "貴族なんだそうだからね。……しかし、僕のいつわらざる実感を言えば、君はいつでもたったいま御不浄から出て来ましたって顔をしているが、……", "まあ、ひどい。" ], [ "いつか、羽織の裾を背中に背負ったままの姿で、ここへお銚子を持って来た事があったけれども、あんなのは、一目瞭然、というのだ、文学のほうではね。どだい、あんな姿で、お酌するなんて、失敬だよ。", "あんな事ばかり。" ], [ "おい、君、汚いじゃないか。客の前で、爪の垢をほじくり出すなんて。こっちは、これでもお客だぜ。", "あら、だって、あなたたちも、皆こうしていらっしゃるんでしょう? 皆さん、爪がきれいだわ。", "ものが違うんだよ。いったい、君は、風呂へはいるのかね。正直に言ってごらん。", "それあ、はいりますわよ。" ], [ "そんなものを、読むもんじゃない。わかりやしないよ、お前には。何だってまた、そんなものを買って来るんだい。無駄だよ。", "あら、だって、あなたのお名前が。", "それじゃ、お前は、僕の名前の出ている本を、全部片っ端から買い集めることが出来るかい。出来やしないだろう。" ], [ "とにかく、その雑誌は、ひっこめてくれ。ひっこめないと、ぶん殴るぜ。", "わるかったわね。" ], [ "読まなけれあいいんでしょう?", "どだい、買うのが馬鹿の証拠だ。", "あら、私、馬鹿じゃないわよ。子供なのよ。", "子供? お前が? へえ?" ], [ "眉山軒ですか?", "ええ、どうです、一緒に。" ], [ "いや、私はもう行って来たんです。", "いいじゃありませんか、もう一回。", "おからだを、悪くしたとか、……", "もう大丈夫なんです。まいりましょう。", "ええ。" ], [ "ミソ踏み眉山は、相変らずですか?", "いないんです。", "え?", "きょう行ってみたら、いないんです。あれは、死にますよ。" ], [ "あの子は、腎臓結核だったんだそうです。もちろん、おかみにも、また、トシちゃんにも、そんな事とは気づかなかったが、妙にお小用が近いので、おかみがトシちゃんを病院に連れて行って、しらべてもらったらその始末で、しかも、もう両方の腎臓が犯されていて、手術も何もすべて手おくれで、あんまり永い事は無いらしいのですね。それで、おかみは、トシちゃんには何も知らせず、静岡の父親のもとにかえしてやったんだそうです。", "そうですか。……いい子でしたがね。" ], [ "でも、ミソ踏み眉山なんて、あれは、あなたの命名でしたよ。", "悪かったと思っているんです。腎臓結核は、おしっこが、ひどく近いものらしいですからね、ミソを踏んだり、階段をころげ落ちるようにして降りてお便所にはいるのも、無理がないんですよ。", "眉山の大海も?", "きまっていますよ、" ], [ "ほかへ行きましょう。あそこでは、飲めない。", "同感です。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月23日公開 2005年11月7日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "上野の浮浪者を見に行きませんか?", "浮浪者?", "ええ、一緒の写真をとりたいのです。", "僕が、浮浪者と一緒の?", "そうです。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月23日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年9月27日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:高橋美奈子 2000年1月26日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000268", "作品名": "火の鳥", "作品名読み": "ひのとり", "ソート用読み": "ひのとり", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-26T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card268.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集2", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年9月27日", "入力に使用した版1": "1988(昭和63)年9月27日第1刷", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年4月1日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "高橋美奈子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/268_ruby_3172.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "3", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/268_15083.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "まだセルでも、をかしくないか。", "もつともつとお寒くなりましてからでも、黒の無地なら、をかしいことはございませぬ。", "よし。見せて呉れ。" ], [ "セルのお羽織なら、かへつて少し短かめのはうが。", "粋か。いくらだ。" ], [ "部屋を貸して呉れないか。", "は、お泊りで?", "さうだ。" ], [ "ウヰスキイは、", "なんでもいい。普通のものでいいのだ。" ], [ "雨。", "ええ。" ], [ "ええ。お草履ぢや、たいへんでせう。", "よし、のまう。" ], [ "バスは、", "ご随意に。" ], [ "小説家?", "いや。", "画家?", "いや。" ], [ "あたし、くだらないこと言つてもいい?", "なんだ。", "生きてゐて呉れない? あたし、なんでもするわ。どんな苦しいことでも、こらへる。", "だめなんだ。" ], [ "そいつは?", "わかい人でした。", "名前さ。", "存じません。" ], [ "やあ、君は、なんにも知らんのだねえ。ばかばかしい。かへつてもよろしい。", "はあ。", "帰つて、よろしい。これからは、気をつけろ。まともに暮すのだぞ。" ], [ "すみません。", "いや、そのことぢやないんだ。いや、そのことも、たいへんだつたが、それよりも、乙やんが、いや、須々木さんのこと、あなただつて何も知らんのでせう?", "知つてゐます。", "おや?" ], [ "ああ、やつぱりさうだ。僕だよ。三木、朝太郎。", "歴史的。" ], [ "おどろきだね。", "歴史的?" ], [ "脱走する気だね。", "でも、あたし、お金がないの。" ], [ "いやな奴さ。笑ひごとぢやないよ。謂はば、女性の敵だね。", "でも、あたし、知つてるよ。数枝は、はじめから歴史的を好きだつた。", "こいつ。" ], [ "似合ふよ。", "だめ。あたし、ちびだから、薙刀に負けちやふ。" ], [ "さちよ、ここにゐるか。", "ゐる。", "女優になるか。", "なる。", "勉強するか。", "する。" ] ]
底本:「太宰治全集第二巻」筑摩書房    1989(平成元)年8月25日初版第1刷発行 初出:「愛と美について」竹村書房    1939(昭和14)年5月20日 入力:西田 校正:山本奈津恵 2000年5月3日公開 2007年2月20日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "うつらないものかしら。", "気にしちゃいけねえ。" ], [ "ひとりで、めそめそ泣いていやがるので、見ちゃ居れねえのです。", "すぐ、なおりますよ。注射しましょう。" ] ]
底本:「きりぎりす」新潮文庫、新潮社    1974(昭和49)年9月30日初版発行 初出:「文学界」    1939(昭和14)年11月 入力:深山香里 校正:佐々木春夫 1999年2月4日公開 2009年3月2日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000267", "作品名": "皮膚と心", "作品名読み": "ひふとこころ", "ソート用読み": "ひふとこころ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「文学界」1939(昭和14)年11月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-02-04T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card267.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "きりぎりす", "底本出版社名1": "新潮文庫、新潮社", "底本初版発行年1": "1974(昭和49)年9月30日、1988(昭和63)年3月15日29刷改版", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年7月20日50刷", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "みやま", "校正者": "佐々木春夫", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/267_ruby_1462.zip", "テキストファイル最終更新日": "2009-03-02T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "3", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/267_34632.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2009-03-02T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "つかれた?", "ああ。" ] ]
底本:「太宰治全集2」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年9月27日第1刷発行 親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:小林繁雄 1999年8月30日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "まあ、綺麗。お前、そのまま王子様のところへでもお嫁に行けるよ。", "あら、お母さん、それは夢よ。" ], [ "しばらく逢わなかったけど、どうしたの?", "桜桃を取りに行っていたの。", "冬でも桜桃があるの?", "スウィス。", "そう。" ], [ "くやしいでしょうね。", "馬鹿だ。みな馬鹿ばかりだ。" ], [ "さっきは、叔父が来ていて、済みませんでした。", "もう、叔父さん、帰ったの?", "あたしを、芝居に連れて行くって、きかないのよ。羽左衛門と梅幸の襲名披露で、こんどの羽左衛門は、前の羽左衛門よりも、もっと男振りがよくって、すっきりして、可愛くって、そうして、声がよくって、芸もまるで前の羽左衛門とは較べものにならないくらいうまいんですって。", "そうだってね。僕は白状するけれども、前の羽左衛門が大好きでね、あのひとが死んで、もう、歌舞伎を見る気もしなくなった程なのだ。けれども、あれよりも、もっと美しい羽左衛門が出たとなりゃ、僕だって、見に行きたいが、あなたはどうして行かなかったの?", "ジイプが来たの。", "ジイプが?", "あたし、花束を戴いたの。", "百合でしょう。", "いいえ。" ], [ "墓場の無い人って、哀しいわね。あたし、痩せたわ。", "どんな言葉がいいのかしら。お好きな言葉をなんでも言ってあげるよ。", "別れる、と言って。", "別れて、また逢うの?", "あの世で。" ], [ "お芝居ですか?", "ええ。" ], [ "ご主人ですね?", "ええ、まだ南方からお帰りになりませんの。もう七年、ご消息が無いんですって。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月25日公開 2005年11月7日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000310", "作品名": "フォスフォレッスセンス", "作品名読み": "フォスフォレッスセンス", "ソート用読み": "ふおすふおれつすせんす", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「日本小説」1947(昭和22)年6月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-25T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card310.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集9", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年5月30日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "かとうかおり", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/310_ruby_20191.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-07T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/310_20192.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-07T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "どうも俗だねえ。お富士さん、といふ感じぢやないか。", "見てゐるはうで、かへつて、てれるね。" ], [ "おさびしいのでせう。山へでもおのぼりになつたら?", "山は、のぼつても、すぐまた降りなければいけないのだから、つまらない。どの山へのぼつても、おなじ富士山が見えるだけで、それを思ふと、気が重くなります。" ], [ "はい、うつりました。", "ありがたう。" ] ]
底本:「筑摩現代文学大系 59 太宰治集」筑摩書房    1975(昭和50)年9月20日初版第1刷発行 初出:「文体」    1939(昭和14)年2、3月号 入力:網迫 校正:割子田数哉 1999年1月9日公開 2020年12月27日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000270", "作品名": "富嶽百景", "作品名読み": "ふがくひゃっけい", "ソート用読み": "ふかくひやつけい", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「文体」1939(昭和14)年2、3月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字旧仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-01-09T00:00:00", "最終更新日": "2020-12-27T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card270.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "筑摩現代文学大系 59 太宰治集", "底本出版社名1": "筑摩書房", "底本初版発行年1": "1975(昭和50)年9月20日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "", "底本の親本名1": "", "底本の親本出版社名1": "", "底本の親本初版発行年1": "", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "網迫", "校正者": "割子田数哉", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/270_ruby_1164.zip", "テキストファイル最終更新日": "2020-12-27T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "5", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/270_14914.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2020-12-27T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "3" }
[ [ "じゃ、阿佐ヶ谷へ行ってみようかね。新宿は、どうも。", "いいところが、ありますか。" ] ]
底本:「太宰治全集4」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年12月1日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:青木直子 2000年1月28日公開 2005年10月27日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000256", "作品名": "服装に就いて", "作品名読み": "ふくそうについて", "ソート用読み": "ふくそうについて", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「文藝春秋」1941(昭和16)年2月", "分類番号": "NDC 914", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-28T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card256.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集4", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年12月1日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1988(昭和63)年12月1日第1刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "青木直子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/256_ruby_20046.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-28T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/256_20047.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-28T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "でも、ずいぶん時代が、――", "くだらんお世辞はやめ給え。それは駅前の金物屋から四、五年前に二円で買って来たものだ。そんなものを褒める奴があるか。" ], [ "お茶を飲みに来たんだろう?", "そうです。" ] ]
底本:「太宰治全集5」ちくま文庫、筑摩書房    1989(昭和64)年1月31日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 ※底本は、「七ヶ条」の「ヶ」(このファイルでは、区点番号5-86で入力)を、大振りにつくっています。 入力:柴田卓治 校正:夏海 2000年11月17日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001583", "作品名": "不審庵", "作品名読み": "ふしんあん", "ソート用読み": "ふしんあん", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-11-17T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1583.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集5", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(昭和64)年1月31日", "入力に使用した版1": "1989(昭和64)年1月31日第1刷", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年4月1日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "夏海", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1583_ruby_4909.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1583_15085.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "言い得て、妙である。", "かれは、勉強している。", "なるほど、くるしんでいる。", "狂的なひらめき。", "切れる。", "痛いことを言う。" ] ]
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年6月27日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻」筑摩書房    1977(昭和52)年2月25日初版第1刷発行 初出:ボオドレエルに就いて「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    ブルジョア芸術に於ける運命「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    定理「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    わが終生の祈願「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    わが友「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    フィリップの骨格に就いて「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    或るひとりの男の精進について「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    生きて行く力「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    わが唯一のおののき「日本浪曼派 第二巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    マンネリズム「日本浪曼派 第二巻第二号」    1936(昭和11)年2月1日発行    作家は小説を書かなければいけない「日本浪曼派 第二巻第二号」    1936(昭和11)年2月1日発行    挨拶「日本浪曼派 第二巻第二号」    1936(昭和11)年2月1日発行    立派ということに就いて「日本浪曼派 第二巻第三号」    1936(昭和11)年3月1日発行    Confiteor「日本浪曼派 第二巻第三号」    1936(昭和11)年3月1日発行    頽廃の児、自然の児「日本浪曼派 第二巻第三号」    1936(昭和11)年3月1日発行 入力:土屋隆 校正:noriko saito 2005年3月17日作成 2016年7月12日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001588", "作品名": "碧眼托鉢", "作品名読み": "へきがんたくはつ", "ソート用読み": "へきかんたくはつ", "副題": "――馬をさへ眺むる雪の朝かな――", "副題読み": "――うまをさえながむるゆきのあしたかな――", "原題": "", "初出": "ボオドレエルに就いて「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>ブルジョア芸術に於ける運命「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>定理「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>わが終生の祈願「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>わが友「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>憂きわれをさびしがらせよ閑古鳥「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>フィリップの骨格に就いて「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>或るひとりの男の精進について「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>生きて行く力「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>わが唯一のおののき「日本浪曼派 第二巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>マンネリズム「日本浪曼派 第二巻第二号」1936(昭和11)年2月1日<br>作家は小説を書かなければいけない「日本浪曼派 第二巻第二号」1936(昭和11)年2月1日<br>挨拶「日本浪曼派 第二巻第二号」1936(昭和11)年2月1日<br>立派ということに就いて「日本浪曼派 第二巻第三号」1936(昭和11)年3月1日<br>Confiteor「日本浪曼派 第二巻第三号」1936(昭和11)年3月1日<br>頽廃の児、自然の児「日本浪曼派 第二巻第三号」1936(昭和11)年3月1日", "分類番号": "NDC 914", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2005-04-24T00:00:00", "最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1588.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集10", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年6月27日", "入力に使用した版1": "1989(平成元)年6月27日第1刷", "校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第3刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1977(昭和52)年2月25日", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "土屋隆", "校正者": "noriko saito", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1588_ruby_18036.zip", "テキストファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1588_18117.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "2" }
[ [ "や。", "や。" ], [ "先生には、まだ色気があるんですね。恥かしかったですか?", "すこし、恥かしかった。", "そんなに見栄坊では、兵隊になれませんよ。" ], [ "それも、悪い趣味でしょう。", "しかし、少くとも、見栄ではない。見栄で酒を飲む人なんか無い。" ], [ "先生、相変らずですねえ。", "相変らずさ。そんなにちょいちょい変ってはたまらない。", "しかし、僕は変りましたよ。", "生活の自信か。その話は、もうたくさんだ。ノオと言えばいいんだろう?", "いいえ、先生。抽象論じゃ無いんです。女ですよ。先生、飲もう。僕は、ノオと言うのに骨を折った。先生だって悪いんだ。ちっとも頼りになりやしない。菊屋のね、あの娘が、あれから、ひどい事になってしまったのです。いったい、先生が悪いんだ。", "菊屋? しかし、あれは、あれっきりという事に、……", "それがそういかないんですよ。僕は、ノオと言うのに苦労した。実際、僕は人が変りましたよ。先生、僕たちはたしかに間違っていたのです。" ], [ "おばさんは?", "おります。", "そう。それはちょうどいい。二階か?", "ええ。", "ちょっと用があるんだけどな。呼んでくれないか。おじさんでも、おばさんでも、どっちでもいい。" ], [ "信用が無いようだね。それじゃ、よそうかな。マサちゃん(娘の名)の縁談なんだけどね。", "だめ、だめ。そんな手にゃ乗らん。何のかのと言って、それから、酒さ。" ], [ "軽蔑するにきまっていますよ。先生はもう、ひとの恋愛なんか、いつでも頭から茶化してしまうのだから。菊屋の、ほら、あの娘も、二人がこんな手紙を交換している事を、先生にだけは知らせたくない、と手紙に書いて寄こしたこともあって、僕もそれに賛成して、それでいままで、この事は先生には絶対秘密という事になっていたのですが、しかし、僕もこんど戦地へ行って、たいていまあ死ぬという事になるだろうし、ずいぶん考えました。はんもんしたんだ。そうして僕は、あの娘に対して、やっぱり、ノオと言わなければならぬ立場なのだと悟ったのです。ノオと言うのは、つらいですよ。僕は、しかし、最後の手紙に、ノオと言った。心を鬼にして、ノオと言ったんだ。先生、僕は人が変りましたよ。冷酷無残の手紙を書いて出しました。きのうあたり、あの娘の手許にとどいている筈ですが、僕はその手紙に、そもそものはじめから、つまり、僕たちのれいの悪計の事から、全部あらいざらい書いて送ってやったのです。第一歩から、この恋愛は、ふまじめなものだった。うらむなら、先生を恨め、と。", "でも、それはひどいじゃないか。", "まさか、そんな、先生を恨め、とは書きませんが、この恋愛は、はじめから終りまで、でたらめだったのだと書いてやりました。", "しかし、そんな極端ないじめ方をしちゃ、可哀想だ。", "いいえ、でも、それほどまでに強く書かなくちゃ駄目なんです。彼女は、彼女は、僕の帰還を何年でも待つ、と言って寄こしているのですから。" ], [ "あの、おじさんは?", "菊川さんか?", "ええ。", "四、五日前、皆さん田舎のほうへ、引上げて行きました。", "前から、そんな話があったのですか?", "いいえ、急にね。荷物も大部分まだここに置いてあります。わたしは、その留守番みたいなもので。", "田舎は、どこです。", "埼玉のほうだとか言っていました。", "そう。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:miyako 2000年4月7日公開 2005年11月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000297", "作品名": "未帰還の友に", "作品名読み": "みきかんのともに", "ソート用読み": "みきかんのともに", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「潮流」1946(昭和21)年5月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-04-07T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card297.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集8", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年4月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年1月20日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "miyako", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/297_ruby_20162.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/297_20163.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "その時、どうだったね。やっぱり、こんなに大きかったかね。こんな工合いに、ぶるぶる煮えたぎって、血のような感じがあったかね。", "いいえ、どこか違うようです。こんなに悲しくありませんでした。", "そうかね、やっぱり、ちがうかね。朝日は、やっぱり偉いんだね。新鮮なんだね。夕日は、どうも、少しなまぐさいね。疲れた魚の匂いがあるね。" ], [ "太宰さんを、もっと変った人かと思っていました。案外、常識家ですね。", "生活は、常識的にしようと心掛けているんだ。青白い憂鬱なんてのは、かえって通俗なものだからね。", "自分ひとり作家づらをして生きている事は、悪い事だと思いませんか。作家になりたくっても、がまんして他の仕事に埋れて行く人もあると思いますが。", "それは逆だ。他に何をしても駄目だったから、作家になったとも言える。", "じゃ僕なんか有望なわけです。何をしても駄目です。", "君は、今まで何も失敗してやしないじゃないか。駄目だかどうだか、自分で実際やってみて転倒して傷ついて、それからでなければ言えない言葉だ。何もしないさきから、僕は駄目だときめてしまうのは、それあ怠惰だ。" ] ]
底本:「太宰治全集4」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年12月1日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:青木直子 2000年1月28日公開 2005年10月27日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000298", "作品名": "みみずく通信", "作品名読み": "みみずくつうしん", "ソート用読み": "みみすくつうしん", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「知性」1941(昭和16)年1月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-28T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card298.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集4", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年12月1日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1988(昭和63)年12月1日第1刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "青木直子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/298_ruby_20048.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-10-28T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/298_20049.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-10-28T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "接吻!", "かんべんしてくれ。" ], [ "ああ、あなたは、やっぱり、わかって下さる。あなたなら、私の言う事を必ず全部、信じてくれるだろうとは思っていたのですが、やっぱり、血をわけた兄弟だけあって、わかりが早いですね。接吻しましょう。", "いや、その必要は無いでしょう。", "そうでしょうか。それじゃ、そろそろ出掛ける事にしましょうか。", "どこへです?" ], [ "いつから、あんなになったのですか?", "え?" ], [ "あの、細田さん、すこし興奮していらっしゃるようですけど。", "はあ、そうでしょうかしら。" ], [ "大丈夫なんですか?", "いつも、おどけた事ばかり言って、……" ], [ "しかし、あの細君は、どういう気持でいるんだろうね。まるで、おれには、わからない。", "狂ったって、狂わなくたって、同じ様なものですからね。あなたもそうだし、あなたのお仲間も、たいていそうらしいじゃありませんか。禁酒なさったんで、奥さんはかえって喜んでいらっしゃるでしょう。あなたみたいに、ほうぼうの酒場にたいへんな借金までこさえて飲んで廻るよりは、罪が無くっていいじゃないの。お母さんだの、女神だのと言われて、大事にされて。" ] ]
底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年5月30日第1刷発行    1998(平成10)年6月15日第5刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行 入力:柴田卓治 校正:かとうかおり 2000年1月24日公開 2005年11月7日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000293", "作品名": "女神", "作品名読み": "めがみ", "ソート用読み": "めかみ", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「日本小説」1947(昭和22)年5月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-01-24T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card293.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集9", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年5月30日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "かとうかおり", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/293_ruby_20193.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-07T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/293_20194.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-07T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "私、十八になれば、京都へいって、お茶屋につとめるの。", "そうか。もうきまってあるのか。" ], [ "それでは女中じゃないか。", "ええ。でも、――京都では、ゆいしょのあるご立派なお茶屋なんですって。", "あそびに行ってやるか。" ], [ "貯金がそんなにあるのか。", "お母さまが、私に、保険をつけて下さっているの。私が三十二になれば、お金が何百円だか、たくさん取れるのよ。" ] ]
底本:「太宰治全集1」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年8月30日第1刷発行 底本の親本:筑摩全集類聚版太宰治全集 筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:鈴木伸吾 1999年8月1日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[ [ "ちりめんは御免だ。不潔でもあるし、それに、だらしがなくていけない。僕たちは、どうも意気ではないのでねえ。", "パジャマかね?", "いっそう御免だ。着ても着なくても、おなじじゃないか。上衣だけなら漫画ものだ。", "それでは、やはり、タオルの類かね?", "いや、洗いたての、男の浴衣だ。荒い棒縞で、帯は、おなじ布地の細紐。柔道着のように、前結びだ。あの、宿屋の浴衣だな。あんなのがいいのだ。すこし、少年を感じさせるような、そんな女がいいのかしら。", "わかったよ。君は、疲れている疲れていると言いながら、ひどく派手なんだね。いちばん華やかな祭礼はお葬いだというのと同じような意味で、君は、ずいぶん好色なところをねらっているのだよ。髪は?", "日本髪は、いやだ。油くさくて、もてあます。かたちも、たいへんグロテスクだ。", "それ見ろ。無雑作の洋髪なんかが、いいのだろう? 女優だね。むかしの帝劇専属の女優なんかがいいのだよ。", "ちがうね。女優は、けちな名前を惜しがっているから、いやだ。", "茶化しちゃいけない。まじめな話なんだよ。", "そうさ。僕も遊戯だとは思っていない。愛することは、いのちがけだよ。甘いとは思わない。", "どうも判らん。リアリズムで行こう。旅でもしてみるかね。さまざまに、女をうごかしてみると、案外はっきり判って来るかもしれない。", "ところが、あんまりうごかない人なのだ。ねむっているような女だ。", "君は、てれるからいけない。こうなったら、厳粛に語るよりほかに方法がないのだ。まず、その女に、君の好みの、宿屋の浴衣を着せてみようじゃないか。", "それじゃ、いっそのこと、東京駅からやってみようか。", "よし、よし。まず、東京駅に落ち合う約束をする。", "その前夜に、旅に出ようとそれだけ言うと、ええ、とうなずく。午後の二時に東京駅で待っているよ、と言うと、また、ええとうなずく。それだけの約束だね。", "待て、待て。それは、なんだい。女流作家かね?", "いや、女流作家はだめだ。僕は女流作家には評判が悪いのだ、どうもねえ。少し生活に疲れた女画家。お金持の女の画かきがあるようじゃないか。", "同じことさ。", "そうかね。それじゃ、やっぱり芸者ということになるかねえ。とにかく、男におどろかなくなっている女ならいいわけだ。", "その旅行の前にも関係があるのかね?", "あるような、ないような。よしんば、あったとしても、記憶が夢みたいに、おぼつかない。一年に、三度より多くは逢わない。", "旅は、どこにするか。", "東京から、二三時間で行けるところだね。山の温泉がいい。", "あまりはしゃぐなよ。女は、まだ東京駅にさえ来ていない。", "そのまえの日に、うそのような約束をして、まさかと思いながら、それでもひょっとしたらというような、たよりない気持で、東京駅へ行ってみる。来ていない。それじゃ、ひとりで旅行しようと思って、それでも、最後の五分まで、待ってみる。", "荷物は?", "小型のトランクひとつ。二時にもう五分しかないという、危いところで、ふと、うしろを振りかえる。", "女は笑いながら立っている。", "いや、笑っていない。まじめな顔をしている。おそくなりまして、と小声でわびる。", "君のトランクを、だまって受けとろうとする。", "いや、要らないのです、と明白にことわる。", "青い切符かね?", "一等か三等だ。まあ、三等だろうな。", "汽車に乗る。", "女を誘って食堂車へはいる。テエブルの白布も、テエブルのうえの草花も、窓のそとの流れ去る風景も、不愉快ではない。僕はぼんやりビイルを呑む。", "女にも一杯ビイルをすすめる。", "いや、すすめない。女には、サイダアをすすめる。", "夏かね?", "秋だ。", "ただ、そうしてぼんやりしているのか?", "ありがとうと言う。それは僕の耳にさえ大へん素直にひびく。ひとりで、ほろりとする。", "宿屋へ着く。もう、夕方だね。", "風呂へはいるところあたりから、そろそろ重大になって来るね。", "もちろん一緒には、はいらないね? どうする?", "一緒には、どうしてもはいれない。僕がさきだ。ひと風呂浴びて、部屋へ帰る。女は、どてらに着換えている。", "そのさきは、僕に言わせて呉れ。ちがったら、ちがった、と言って呉れたまえ。およその見当は、ついているつもりだ。君は部屋の縁側の籐椅子に腰をおろして、煙草をやる。煙草は、ふんぱつして、Camel だ。紅葉の山に夕日があたっている。しばらくして、女は風呂からあがって来る。縁側の欄干に手拭を、こうひろげて掛けるね。それから、君のうしろにそっと立って、君の眺めているその同じものを従順しく眺めている。君が美しいと思っているその気持をそのとおりに、汲んでいる。ながくて五分間だね。", "いや、一分でたくさんだ。五分間じゃ、それっきり沈んで死んでしまう。", "お膳が来るね。お酒がついている。呑むかね?", "待てよ。女は、東京駅で、おそくなりまして、と言ったきりで、それからあと、まだ何も言ってやしない。この辺で何か、もう一ことくらいあっていいね。", "いや、ここで下手なことを言いだしたら、ぶちこわしだ。", "そうかね。じゃまあ、だまって部屋へはいって、お膳のまえに二人ならんで坐る。へんだな。", "ちっともへんじゃない。君は、女中と何か話をしていれば、それで、いいじゃないか。", "いや、そうじゃない。女が、その女中さんをかえしてしまうのだ。こちらでいたしますから、と低いがはっきり言うのだ。不意に言うのだ。", "なるほどね。そんな女なのだね。", "それから、男の児のような下手な手つきで、僕にお酌をする。すましている。お銚子を左の手に持ったまま、かたわらの夕刊を畳のうえにひろげ、右の手を畳について、夕刊を読む。", "夕刊には、加茂川の洪水の記事が出ている。", "ちがう。ここで時世の色を点綴させるのだね。動物園の火事がいい。百匹にちかいお猿が檻の中で焼け死んだ。", "陰惨すぎる。やはり、明日の運勢の欄あたりを読むのが自然じゃないか。", "僕はお酒をやめて、ごはんにしよう、と言う。女とふたりで食事をする。たまご焼がついている。わびしくてならぬ。急に思い出したように、箸を投げて、机にむかう。トランクから原稿用紙を出して、それにくしゃくしゃ書きはじめる。", "なんの意味だね?", "僕の弱さだ。こう、きざに気取らなければ、ひっこみがつかないのだ。業みたいなものだ。ひどく不気嫌になっている。", "じたばたして来たな。", "書くものがない。いろは四十七文字を書く。なんどもなんども、繰りかえし繰りかえし書く。書きながら女に言う。いそぎの仕事を思い出した。忘れぬうちに片づけてしまいたいから、あなたは、その間に、まちを見物していらっしゃい。しずかな、いいまちです。", "いよいよぶちこわしだね。仕方がない。女は、はあ、と承諾する。着がえしてから部屋を出る。", "僕は、ひっくりかえるようにして寝ころぶ。きょろきょろあたりを見まわす。", "夕刊の運勢欄を見る。一白水星、旅行見合せ、とある。", "一本三銭の Camel をくゆらす。すこし豪華な、ありがたい気持になる。自分が可愛くなる。", "女中がそっとはいって来て、お床は? ということになる。", "はね起きて、二つだよ、と快活に答える。ふと、お酒を呑みたく思うが、がまんをする。", "そろそろ女のひとがかえって来ていいころだね。", "まだだ。やがて女中のいなくなったのを見すまして、僕は奇妙なことをはじめる。", "逃げるのじゃ、ないだろうね。", "お金をしらべる。十円紙幣が三枚。小銭が二三円ある。", "大丈夫だ。女がかえったときには、また、贋の仕事をはじめている。はやかったかしら、と女がつぶやく。多少おどおどしている。", "答えない。仕事をつづけながら、僕にかまわずにおやすみなさい、と言う、すこし命令の口調だ。いろはにほへと、一字一字原稿用紙に書き記す。", "女は、おさきに、とうしろで挨拶をする。", "ちりぬるをわか、と書いて、ゑひもせす、と書く。それから、原稿用紙を破る。", "いよいよ、気ちがいじみて来たね。", "仕方がないよ。", "まだ寝ないのか?", "風呂場へ行く。", "すこし寒くなって来たからね。", "それどころじゃない。軽い惑乱がはじまっているのだ。お湯に一時間くらい、阿呆みたいにつかっている。風呂から這い出るころには、ぼっとして、幽霊だ。部屋へ帰って来ると、女は、もう寝ている。枕もとに行燈の電気スタンドがついている。", "女は、もう、ねむっているのか?", "ねむっていない。目を、はっきりと、あいている。顔が蒼い。口をひきしめて、天井を見つめている。僕は、ねむり薬を呑んで、床へはいる。", "女の?", "そうじゃない。――寝てから五分くらいたって、僕は、そっと起きる。いや、むっくり起きあがる。", "涙ぐんでいる。", "いや、怒っている。立ったままで、ちらと女のほうを見る。女は蒲団の中でからだをかたくする。僕はその様を見て、なんの不足もなくなった。トランクから荷風の冷笑という本を取り出し、また床の中へはいる。女のほうへ背をむけたままで、一心不乱に本を読む。", "荷風は、すこし、くさくないかね?", "それじゃ、バイブルだ。", "気持は、判るのだがね。", "いっそ、草双紙ふうのものがいいかな?", "君、その本は重大だよ。ゆっくり考えてみようじゃないか。怪談の本なんかもいいのだがねえ。何かないかね。パンセは、ごついし、春夫の詩集は、ちかすぎるし、何かありそうなものだがね。", "――あるよ。僕のたった一冊の創作集。", "ひどく荒涼として来たね。", "はしがきから読みはじめる。うろうろうろうろ読みふける。ただ、ひたすらに、われに救いあれという気持だ。", "女に亭主があるかね?", "背中のほうで水の流れるような音がした。ぞっとした。かすかな音であったけれども、脊柱の焼けるような思いがした。女が、しのんで寝返りを打ったのだ。", "それで、どうした?", "死のうと言った。女も、――", "よしたまえ。空想じゃない。" ] ]
底本:「太宰治全集1」ちくま文庫、筑摩書房    1988(昭和63)年8月30日第1刷発行 親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:鈴木伸吾 1999年8月1日公開 2004年3月4日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000296", "作品名": "雌に就いて", "作品名読み": "めすについて", "ソート用読み": "めすについて", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「若草」1936(昭和11)年5月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "1999-08-01T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card296.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集1", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1988(昭和63)年8月30日", "入力に使用した版1": "1988(昭和63)年8月30日第1刷", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年6月15日第5刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "鈴木伸吾", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/296_ruby_2273.zip", "テキストファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/296_15087.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2004-03-04T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "出よう、出よう。それとも何か、買いたい雑誌でもあるの?", "いいえ。アリエルというご本を買いに来たのだけれども、もう、いいわ。" ], [ "お母さんは? 変りないかね。", "ええ。", "病気しないかね。", "ええ。", "やっぱり、シズエ子ちゃんと二人でいるの?", "ええ。", "お家は、ちかいの?", "でも、とっても、きたないところよ。", "かまわない。さっそくこれから訪問しよう。そうしてお母さんを引っぱり出して、どこかその辺の料理屋で大いに飲もう。", "ええ。" ], [ "十月、去年の。", "なあんだ、戦争が終ってすぐじゃないか。もっとも、シズエ子ちゃんのお母さんみたいな、あんなわがまま者には、とても永く田舎で辛抱できねえだろうが。" ], [ "映画を見て時間をつぶして、約束の時間のちょうど五分前にあの本屋へ行って、……", "映画を?", "そう、たまには見るんだ。サアカスの綱渡りの映画だったが、芸人が芸人に扮すると、うまいね。どんな下手な役者でも、芸人に扮すると、うめえ味を出しやがる。根が、芸人なのだからね。芸人の悲しさが、無意識のうちに、にじみ出るのだね。" ], [ "あれは、あたしも、見たわ。", "逢ったとたんに、二人のあいだに波が、ざあっと来て、またわかれわかれになるね。あそこも、うめえな。あんな事で、また永遠にわかれわかれになるということも、人生には、あるのだからね。" ], [ "大串がよござんすか、小串が?", "小串を。三人前。", "へえ、承知しました。" ], [ "お皿を、三人、べつべつにしてくれ。", "へえ。もうひとかたは? あとで?" ], [ "ええ。", "半分ずつ。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:石川友子 2000年4月19日公開 2005年11月5日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "000295", "作品名": "メリイクリスマス", "作品名読み": "メリイクリスマス", "ソート用読み": "めりいくりすます", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "「中央公論」1947(昭和22)年1月", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-04-19T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card295.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集8", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年4月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年1月20日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "石川友子", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/295_ruby_20169.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-05T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "2", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/295_20170.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-05T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }
[ [ "私、なんだか、ばかなことを言っちゃったようね。", "私にだって個性があるわよ。でも、あんなに言われたら黙っているよりほかに仕様がないじゃないの。" ] ]
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年6月27日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻」筑摩書房    1977(昭和52)年2月25日初版第1刷発行 初出:はしがき、虚栄の市、敗北の歌、或る実験報告「日本浪曼派 第一巻第六号」    1935(昭和10)年8月1日発行    老年、難解、塵中の人、おのれの作品のよしあしをひとにたずねることに就いて「日本浪曼派 第一巻第七号」    1935(昭和10)年10月1日発行    書簡集、兵法、In a word、病躯の文章とそのハンデキャップに就いて「日本浪曼派 第一巻第八号」    1935(昭和10)年11月1日発行    「衰運」におくる言葉、ダス・ゲマイネに就いて、金銭について、放心について、世渡りの秘訣、緑雨、ふたたび書簡のこと「日本浪曼派 第一巻第九号」    1935(昭和10)年12月1日発行    わが儘という事、百花撩乱主義、ソロモン王と賤民、文章「東京日日新聞 第二一三二六号」    1935(昭和10)年12月14日発行    感謝の文学、審判、無間奈落、余談「東京日日新聞 第二一三二七号」    1935(昭和10)年12月15日発行    Alles Oder Nichts「葦 夏号」    1950(昭和25)年8月10日発行    葦の自戒、感想について、すらだにも、慈眼、重大のこと、敵「作品 第七巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    健康、K君、ポオズ、絵はがき、いつわりなき申告、乱麻を焼き切る、最後のスタンドプレイ「文芸通信 第四巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    冷酷ということについて、わがかなしみ、文章について、ふと思う、Y子、言葉の奇妙、まんざい、わが神話、最も日常茶飯事的なるもの、蟹について、わがダンディスム「文芸汎論 第六巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行    「晩年」に就いて、気がかりということに就いて、宿題「文芸雑誌 第一巻第一号」    1936(昭和11)年1月1日発行 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 ※底本には「もの思う葦(その一)」「同(その二)」「同(その三)」と三部に分けて収録されていますが、このファイルでは一続きに編成しました。 ※わが儘という事、百花撩乱主義、ソロモン王と賤民、文章の初出時の表題は「もの思う葦(上)」です。 ※感謝の文学、審判、無間奈落、余談の初出時の表題は「もの思う葦(下)」です。 ※Alles Oder Nichtsの初出時の表題は「もの思う葦―Alles Oder Nichts」です。 ※「晩年」に就いて、気がかりということに就いて、宿題の初出時の表題は「もの思う葦」です。 入力:土屋隆 校正:noriko saito 2005年3月21日作成 2016年7月12日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "001587", "作品名": "もの思う葦", "作品名読み": "ものおもうあし", "ソート用読み": "ものおもうあし", "副題": "――当りまえのことを当りまえに語る。", "副題読み": "――あたりまえのことをあたりまえにかたる。", "原題": "", "初出": "はしがき、虚栄の市、敗北の歌、或る実験報告「日本浪曼派 第一巻第六号」1935(昭和10)年8月1日<br>老年、難解、塵中の人、おのれの作品のよしあしをひとにたずねることに就いて「日本浪曼派 第一巻第七号」1935(昭和10)年10月1日<br>書簡集、兵法、In a word、病躯の文章とそのハンデキャップに就いて「日本浪曼派 第一巻第八号」1935(昭和10)年11月1日<br>「衰運」におくる言葉、ダス・ゲマイネに就いて、金銭について、放心について、世渡りの秘訣、緑雨、ふたたび書簡のこと「日本浪曼派 第一巻第九号」1935(昭和10)年12月1日<br>わが儘という事、百花撩乱主義、ソロモン王と賤民、文章「東京日日新聞 第二一三二六号」1935(昭和10)年12月14日<br>感謝の文学、審判、無間奈落、余談「東京日日新聞 第二一三二七号」1935(昭和10)年12月15日<br>Alles Oder Nichts「葦 夏号」1950(昭和25)年8月10日<br>葦の自戒、感想について、すらだにも、慈眼、重大のこと、敵「作品 第七巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>健康、K君、ポオズ、絵はがき、いつわりなき申告、乱麻を焼き切る、最後のスタンドプレイ「文芸通信 第四巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>冷酷ということについて、わがかなしみ、文章について、ふと思う、Y子、言葉の奇妙、まんざい、わが神話、最も日常茶飯事的なるもの、蟹について、わがダンディスム「文芸汎論 第六巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>「晩年」に就いて、気がかりということに就いて、宿題「文芸雑誌 第一巻第一号」1936(昭和11)年1月1日", "分類番号": "NDC 914", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2005-05-01T00:00:00", "最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card1587.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集10", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年6月27日", "入力に使用した版1": "1989(平成元)年6月27日第1刷", "校正に使用した版1": "1996(平成8)年7月15日第3刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1977(昭和52)年2月25日", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "土屋隆", "校正者": "noriko saito", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1587_ruby_18163.zip", "テキストファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "3", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1587_18164.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2016-07-12T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "3" }
[ [ "晩餐会は中止にして下さい。どうも、考えてみると、この物資不足の時に、僕なんかにごちそうするなんて、むだですよ。つまらないじゃありませんか。", "残念です。あいにく只今、細君も外出して、なに、すぐに帰る筈ですがね、困りました。お電話を差し上げて、かえって失礼したようなものですね。" ] ]
底本:「太宰治全集8」ちくま文庫、筑摩書房    1989(平成元)年4月25日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房    1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月 入力:柴田卓治 校正:ゆうこ 2000年3月21日公開 2005年11月5日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
{ "作品ID": "002294", "作品名": "やんぬる哉", "作品名読み": "やんぬるかな", "ソート用読み": "やんぬるかな", "副題": "", "副題読み": "", "原題": "", "初出": "", "分類番号": "NDC 913", "文字遣い種別": "新字新仮名", "作品著作権フラグ": "なし", "公開日": "2000-03-21T00:00:00", "最終更新日": "2014-09-17T00:00:00", "図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/card2294.html", "人物ID": "000035", "姓": "太宰", "名": "治", "姓読み": "だざい", "名読み": "おさむ", "姓読みソート用": "たさい", "名読みソート用": "おさむ", "姓ローマ字": "Dazai", "名ローマ字": "Osamu", "役割フラグ": "著者", "生年月日": "1909-06-19", "没年月日": "1948-06-13", "人物著作権フラグ": "なし", "底本名1": "太宰治全集8", "底本出版社名1": "ちくま文庫、筑摩書房", "底本初版発行年1": "1989(平成元)年4月25日", "入力に使用した版1": "", "校正に使用した版1": "1998(平成10)年1月20日第2刷", "底本の親本名1": "筑摩全集類聚版太宰治全集", "底本の親本出版社名1": "筑摩書房", "底本の親本初版発行年1": "1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行", "底本名2": "", "底本出版社名2": "", "底本初版発行年2": "", "入力に使用した版2": "", "校正に使用した版2": "", "底本の親本名2": "", "底本の親本出版社名2": "", "底本の親本初版発行年2": "", "入力者": "柴田卓治", "校正者": "ゆうこ", "テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2294_ruby_20171.zip", "テキストファイル最終更新日": "2005-11-05T00:00:00", "テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS", "テキストファイル文字集合": "JIS X 0208", "テキストファイル修正回数": "1", "XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2294_20172.html", "XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2005-11-05T00:00:00", "XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS", "XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208", "XHTML/HTMLファイル修正回数": "0" }