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# 性差医療 ## (5)皮虐科領域 ## 東京女子医科大学皮膚科 (受理 2019 年 6 月 25 日) ## Gender Medicine (5) Dermatology ## Naoko Ishiguro Department of Dermatology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Here we present dermatological diseases and symptoms with a focus on women. The diseases and symptoms are divided into the following 3 groups, and we focus mainly on the first: 1) skin diseases/symptoms found more commonly in women, 2) diseases with increased prevalence due to traditional lifestyles of mothers, and 3) non-lifethreatening diseases associated with the natural aging process. The paper explains the skin symptoms and characteristics of collagen diseases which are extremely common in women. Specifically, it looks at 3 systemic diseases whose early diagnosis requires examination by a dermatologist: systemic lupus erythematosus (SLE), systemic sclerosis (SSc), and dermatomyositis (DM). In order to accurately diagnose a patient, healthcare professionals must recognize specific skin symptoms and understand which diseases they signify. For example, butterfly rashes and intractable pernio-like eruptions are indicative of SLE, Raynaud's phenomenon and nail fold bleeding are initial symptoms of SSc, and facial erythema is an early symptom of DM. Next, this paper outlines the symptoms and treatment of hand eczema, and the importance of addressing the relationship between traditional gender roles and their prevalence. Finally, this paper recognizes that women are increasingly seeking treatment for aging-related skin diseases such as senile pigment freckles, verruca senilis, and diffuse alopecia. We then suggest strategies for meeting the needs of these patients. Key Words: collagen disease, systemic lupus erythematosus, hand eczema, senile pigment freckle, aging ## はじめに 様々な医療の分野で性差を加味した診療が行われるようになってきている。一部の医療施設では女性科の開設がみられるようになった。当院においても 2018 年度,新たに女性科が開設され,そのチームの一員として皮膚科も加わることが決まっている. 皮 $ 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学皮膚科 E-mail: [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.89.4_83 Copyright (C) 2019 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. } Table 1 Numbers, predilection age, and sex ratio of the patients associated with collagen diseases and related diseases. Incidents, susceptible ages and male-to-female ratio of patients associated with collagen diseases and similar conditions. (http://www.nanbyou.or.jp/) 虐科領域における性差医療についてあらためて認識を深め,今後女性科においても,各科と連携したより有機的な診療を行えることを目指したい. そこでさまざまな切り口があるかと思うが,今回は皮膚科領域における性差医療について,女性に焦点を絞り,大きく以下の 3 つに分け,代表的な疾患について解説する。 1. 女性で出現頻度の高い皮虐疾患/皮虐病変 2. 特定のライフステージで女性に出現しやすい皮膚疾患 3. 女性の関心,治療ニーズが高い皮虐疾患 ## 1. 女性で出現頻度の高い皮膚疾患/皮膚病変 女性で出現頻度の高い皮膚疾患/皮膚病変としてはいくつかあがるが,顕著に頻度の高いのは膠原病 (collagen disease), 自己免疫疾患 (autoimmune disease),リウマチ性疾患といわれる全身性疾患群でみられる皮虐病変である。世間一般にも女性に多い病気であるという認識があるように思われる。当院の膠原病リウマチ内科には関東の多くのリウマチ性疾患の患者の来院があり, 当院としては本疾患の皮䖉病変についての認識を十分に深める必要がある. 膠原病に伴う皮虐病変は筆者の専門分野の 1 つでもあることから,今回,膠原病に含まれる各疾患に占める女性の割合をあらためて確認しつつ,特に皮虐科で診察することの多い疾患について皮膚症状の特徴を中心に解説する。 1)膠原病および類縁疾患 膠原病は, 1942 年 Klemperer らが提唱した概念で1), 全身多臟器に渡り, 結合組織を病変の主座とする慢性炎症性疾患群である。その後, 自己抗体であ る抗核抗体が多くの膠原病で検出され,さらには特定の疾患もしくは臨床症状と対応する特異的自己抗体の存在が明らかにされたことで, 膠原病は自己免疫疾患としての側面でまとめられるようになった。 古典的膠原病と呼ばれる疾患には全身性エリテマトーデス (systemic lupus erythematosus : SLE), 全身性強皮症(systemic sclerosis:SSc), 皮虐筋炎 (dermatomyositis:DM) /多発筋炎 (polymyositis: PM),結節性多発動脈炎(polyarteritis nodosa: PAN), 関節リウマチ (rheumatoid arthritis:RA), リウマチ熱の 6 疾患があり, Sjögren 症候群, 混合性結合組織病 (mixed connective tisuue disease: MCTD), Behçet 病, 抗好中球細胞質抗体 (antineutrophil cytoplasmic antibody:ANCA)関連血管炎などの血管炎も膠原病類縁疾患とされる。 2)膠原病および類縁疾患に含まれる疾患別の発症頻度と男女比 厚生労働省の補助事業として運営されている難病情報センターのホームページ (http://www. nanbyou.or.jp/) で確認できる疾患について, 解説に記載されている各々の疾患の患者数の概数と男女比を Table 1 に提示する.この中で女性の比率が高いのは Sjögren 症候群と MCTD であり, 次いで SSc, SLE,DM/PM の順となっている. Behçet 病はほぼ性差はないとされる. 全身型の血管炎とされる PAN は男性に多いが, 皮膚に限局して生じる皮膚型結節性多発動脈炎(皮虐動脈炎)は女性に多い22). 3)疾患別のまとめ 女性に多い疾患の中でも症例数が多く, 皮膚科的に診察する機会が多い,もしくは皮虐科の診察が特 Figure 1 Butterfly rash (SLE)3). Figure 2 Discoid LE. に診断に重要である SLE, SSc, DM について解説する.また, 当院に受診されることの多い皮虐動脈炎についても触れる. (1) SLE (1)皮膚症状の特徴 代表的な皮虐症状として, 両頬と鼻根部に蝶が羽を広げたような形で境界明瞭な紅斑を呈する蝶形紅斑(Figure 1) ${ }^{3)}$, 時に鱗屑を伴う環状の紅斑を呈する subacute cutaneous lupus erythematosus (SCLE) 型環状紅斑, 顔面に好発し, コイン大前後の類円形で Figure 3 Chilblain LE. Figure 4 Rosacea. 中心萎縮性で境界明瞭な紅斑を呈する円板状 lupus erythematosus (LE) 型皮疹 (Figure 2) がある。その他に凍瘡(いわゆるしもやけ)を思わせる凍瘡状 LE 型皮疹 (Figure 3) や爪囲紅斑, 煩, 上腕に好発し, 皮下に硬結を触れる臨床像を呈する深在性 LE 型皮疹などがある,女性の両㚘頁の紅斑や手指の治りにくい“しもやけ”を思わせる症状を見た時には, その鑑別診断の 1 つとして SLE を考えなくてはならないということが重要なポイントである. ## (2)鑑別診断 顔面に紅斑を生じる疾患が鑑別にあがる。上眼瞼や両頬に強い痒みを伴う鱗屑をふす紅斑や丘疹を認めるアトピー性皮膚炎, 脂漏部位を中心に生じる脂漏性皮膚炎などの顔面の湿疹性病変, 両㚘頁の毛細血管拡張を主体とし, ほてり感やヒリヒリ感を訴えることが多い酒さ(Figure 4)との鑑別を要する.DM Figure 5 Facial erythema (dermatomyositis). Figure 6 Nail fold bleeding (systemic sclerosis). も顔面紅斑が初発症状であることが多く,他に後述するような皮膚筋炎の特徴的な症状がでていない時期には特に鑑別を要する。DM では, 紅斑の分布に特徵があり,眉毛部周囲,頬部,上眼瞼から内眼角内側,鼻唇溝から下方打よび被髪頭部にも紅斑がみられる分布に特徴があるとされる ${ }^{4}$ (Figure 5). 湿疹性病変や酒さとは病理組織像で鑑別が可能であることから,場合により皮膚生検にて確定診断を行う。 (3)女性に多いことでの問題点 若い女性に多いということで,妊娠中の対応が重要である. 妊娠中に SLE の増悪があることが知られている. 妊娠を許可する必須の条件としては, (1)SLE が長期間宽解期にあり,その状態が続くと予測されること, (2)ステロイドホルモンで治療中の場合は維持量で治療されており,重篤な副作用がないこと, (3)SLE による重篤な臟器障害がないことがあげら Figure 7 Gottron's papule and periungual erythema. れる。 (2)全身性強皮症(SSc) (1)皮虐症状の特徴 初発症状はレイノー症状で,早期にみられる症状として爪上皮の出血点と爪郭部の毛細血管ループの拡張があり, 本症と DM でみられる特徴的な所見である (Figure 6)。手指末端より両側性に浮腫性硬化で始まり, 徐々に硬化が進行して, 近位側に拡大する. 时関節より遠位側に皮膚硬化が限局する limited cutaneous SSc と肘関節より近位側にも皮膚硬化が拡大する diffuse cutaneous SSc に分類される。 ## (2)鑑別診断 好酸球性筋膜炎が鑑別にあがる,本症は四肢を中心に皮虐のやや深い部分の硬化を認めるのを特徴とする. 場合により躯幹にも症状を生じる. SScでみられるようなレイノー症状,手指の皮膚硬化,爪郭部のループの異常や爪上皮の出血点がない点が大きな鑑別点で, 通常, 内臟病変は認めず,強皮症特異的自己抗体は陰性である。 (3)皮虐筋炎(DM) (1)皮膚症状の特徴 皮虐症状が筋症状に先行することが多いことか $ら^{5)}$, 皮膚症状の正確な把握が診断に重要である. 特徵的な症状は両上眼瞼の浮腫性の紫紅色斑(へリオトロープ庆), 両手指関節背部の角化性の丘疹 (ゴットロン丘疹) (Figure 7), 手指, 四肢関節背の角化を伴う紅斑(ゴットロン徴候)である。その内, Figure 8 Subcutaneous nodule with erythema (cutaneous arteritis). 顔面紅斑 (Figure 5) は,初発症状として多い症状である。その他に躯幹にみられる線状の紅斑 (scratch dermatitis,むち打ち様紅斑),首から肩にかけてのびまん性紅斑 (ショール徵候), 前胸部の光線過敏症を思わせる紅斑 $(\mathrm{V}$ ネック徴候),手指関節屈側の鉄棒豆様皮疹(逆ゴットロン徴候), 慢性の経過でみられ,色素沈着・脱失,毛細血管拡張,皮虑萎縮など多彩な症状が混在する多形皮膚萎縮, 爪囲紅斑 (Figure 7)などがある。また,抗アミノアシル tRNA 合成酵素 (aminoacyl tRNA synthetase : ARS) 抗体陽性例で多くみられる症状として,両 1 指尺側, 両 $2 \cdot 3$ 指橈側にみられる鱗屑,亀裂,時に紅斑を伴う角化性病変(mechanic's hand)がある。 (4)皮膚動脈炎(皮䖉型結節性多発動脈炎) (1)位置づけ Lindberg により,「皮膚に限局した血管炎で, 皮膚生検にて全身型の血管炎である PAN と同様の病理組織所見,すなわち真皮深層もしくは真皮皮下境界部の中型血管炎 (小動脈炎) を認めるも臟器病変を認めない疾患」として提唱されだ。 $。$ ほんどの皮膚動脈炎の症例が皮膚症状を繰り返し生じて長期に経過するものの生命予後は良好であるが,少数例で経過中に皮虐動脈炎から PAN 移行する症例もあることから,当初皮膚動脈炎と考えた症例においても慎重な経過観察が必要とされる。 (2)皮膚症状の特徵 皮膚症状は下腿に多く生じ,径 $1 \mathrm{~cm}$ 前後の紅斑 Figure 9 Livedo (cutaneous arteritis). を伴う皮下結節・硬結 (Figure 8) や,きれいな環状を呈さないリべド (網状皮斑) (Figure 9) が最も多い症状である,圧痛を伴うことがある。 (3)その他の症状 関節痛,筋痛,しびれなど神経炎の症状を伴うことがあるが,基本的には下肢限局性であり,臟器病変は伴わない。 ## 2. 特定のライフステージで女性に出現しやすい 皮膚疾患 女性が多くの役割を担う家事, 育児で忙しい時期, すなわち, 20 歳代から 40 歳代での発症が多いのが,手湿疹(主婦湿疹)である。 ## 1) 手湿疹(主婦湿疹) 水仕事などの作業の増加により, 手の表面の皮脂膜や角層が取れることでバリア機能が低下し,さらに外的な刺激を受けることで,亀裂や隣屑が生じ,炎症が強くなると紅斑,丘疹や小水疮が生じる。症状が軽い時には保湿薬の定期的な使用,炎症症状の強い時にはステロイド外用などが有効であるが,作業量が多いと難治化する.外用治療とともに作業量の削減もしくは作業時の手袋の使用などの補助的なケアが重要である。今後は男性の積極的な協力による作業の軽減を期待したい。 ## 3. 女性の関心,治療ニーズが高い皮膚疾患 加齢に伴って出現するいわゆる“しみ” (老人性色素斑), “いぼ”(脂漏性角化症) は女性にとっては高い関心事である。近年は若い男性でも美容面に対する関心は高まっているとはいえ,もともと美的意識が高かった女性にとって,化粧でも隠すことができない“しみ”,“いぼ”は大きな問題である.最近の傾向として, 70 歳を超えた方たちも同様に治療を希望し Figure 10 Senile pigment freckle. て受診されるようになってきたことが注目される。 また,頭部全体の疎毛を主訴に来院し,治療を希望される女性も増えている。 1)老人性色素斑 多くは中年以降の顔面,前腕,手背に生じる黒褐色調もしくは褐色調の斑状病変である(Figure 10).時に悪性黒子を鑑別する必要がある.急激な拡大がみられる場合, 左右不対称の色調の濃い病変や濃淡のある色調を有する病変の場合には皮膚科専門医の䏅を打勧めしたい.治療としては自費診療とはなるが,アレックスレーザーなどのレーザー治療が有効である. 2)脂漏性角化症(別名:老人性疮贅) 中年以降の嵃面, 頸部, 頭部を好発部位とするが,全身に生じる得るもので, 多くは径 $5 \mathrm{~mm}$ 前後の黒褐色調もしくは褐色調の結節を呈する。老人性色素斑の一部が隆起性になって生じる。治療としては必要に応じて液体窒素冷凍凝固術, 切除, 炭酸ガス $\left(\mathrm{CO}_{2}\right)$ レーザーを行う. 3)女性に生じるびまん性の脱毛 頭髪全体がびまん性に疎毛になり,地肌が見えるようになって受診されるケースが増えている。多囊胞性卵巣症候群やクッシング症候群など男性ホルモ ンの異常による脱毛もあるが,ホルモン値異常を示さず, 膠原病や慢性甲状腺炎, 貧血, 急激なダイエッ卜, 薬剤による休止期脱毛や加齢による脱毛が複合して進行している場合が多いとされる》。 医療面接をしっかり行い,血液検查を施行することで基礎疾患を確認する必要がある。基礎疾患がある場合には基礎疾患の治療が優先される。最も推奖度の高い治療はミノキシジルの外用とされている8). ## おわりに 膠原病が女性に多いことは疫学的に裏付けされた摇るぎない事実である。我々は女性がその疾患を背負うことでの不利益を十分に理解し,早期診断,早期治療に努める必要がある. 本項が皮膚症状の把握と診断の一助になることを願っている. ライフスタイルは時代とともに変遷していくことから, それによって皮虐症状の出現の仕方も変化してくるものと思われる。 その背景を加味した対応が必要と考える. 人生 100 年時代が到来している. 女性のいつまでも美しくありたいという普遍のニーズは今後ますます幅広い年齢層に拡大していくものと思われる。時代の流れに即した治療が期待されている. 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1) Klemperer P, Pollack AD, Baehr G: Diffuse collagen disease; Acute disseminated lupus erythematosus and diffuse scleroderma. JAMA 119: 331-332, 1942 2)石黒直子:結節性多発動脈炎一皮虐型の位置づけをふまえ一。日皮会誌 116 : 1980-1984, 2006 3)石黒直子: 顔面の紅斑・潮紅.「最新皮虐科学大系 18」(玉置邦彦編), pp188-191, 中山書店, 東京 (2003) 4)山口由衣 : 小坚の膠原病. Monthly Book Derma $236: 79-87,2015$ 5)石橋睦子, 石黒直子, 伏見英子ほか:皮膚筋炎患者 28 例の臨床的検討一特に皮膚症状について一. 臨皮 55 : 206-211, 2001 6) Lindberg K: Ein Beitrag zur Kenntnis der Periarteriitis nodosa. Acta Med Scand 76: 183-225, 1931 7)植木理恵:女性型脱毛症の治療戦略一生活指導も含めて。 日臨皮会誌 $36: 2-5,2019$ 8)男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン作成委員会:男性型および女性型脱毛症診療ガイドイラン 2017 年版. 日皮会誌 $127: 2763-2777,2017$
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Tokyo Women's Medical University
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# 炎症性疾患 ## (5)治療と薬剤一消化器系 ## 炎症性腸疾患における内科治療一Up to Date一 \author{ 東京女子医科大学消化器内科 \\ 大梨繗鉄平 \\ (受理 2020 年 9 月 2 日) \\ Inflammatory Disease \\ (5) The Medical Treatment of Inflammatory Bowel Disease-Up to Date- ## Teppei Omori \\ Institute of Gastroenterology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan } Inflammatory bowel disease (IBD) is defined as ulcerative colitis (UC) and Crohn's disease (CD). The number of patients with IBD is continuously increasing, with over 200,000 cases of UC and 70,000 cases of CD observed in a 2014 statistical analysis. The mechanisms underlying IBD inflammation remain unclear; however, previous studies have reported that a genetic predisposition to the disease exists. These disease-susceptibility genes, changes in the gut microbiota, and an overreaction to dietary antigens are presumed to cause an uncontrolled immune response, leading to intestinal inflammation. Therefore, drugs for the treatment of IBD are classical antiinflammatory agents, and presently, new immunological drugs, that have been developed from the perspective of treating IBD, are used in clinical practice. The Japanese Ministry of Health, Labour and Welfare (MHLW) have developed guidelines for the treatment of IBD in Japan. Appropriate treatment for IBD may vary depending on the activity, extent of inflammation, and presence of complications. In this article, we will discuss the basic concepts of UC and CD as well as up-to-date information on medical treatment strategies in Japan. Key Words: inflammatory bowel disease, anti-TNF antibody agent, anti-IL-12/23p40 antibody agent, antiintegline agent, JAK inhibitor ## 緒言 炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease: IBD)とは広義には炎症を伴う腸管障害となる感染性腸炎なども含まれるが,狭義には潰瘍性大腸炎 (ulcerative colitis:UC) とクローン病(Crohn’s dis- ease:CD)を代表とする発症と増悪に免疫機序が関与している疾患である (Figure 1). IBD の炎症の根本にあるメカニズムはまだ完全には解明されていないものの,樹状細胞やマクロファージ, $\mathrm{T}$ 細胞などの自然免疫および獲得免疫系の過剩発現が生じ tu-  Figure 1 Definition of IBD. Broadly, IBD refers to all diseases which cause inflammation of the intestines, but in particular, $\mathrm{UC}$ and $\mathrm{CD}$. IBD, inflammatory bowel disease; UC, ulcerative colitis; CD, crohn's disease. mor necrosis factor (TNF) $\alpha$ を代表とする炎症性サイトカインがその病態に関与していることが明らかになってきている.このため, IBD の治療薬は古典的な抗炎症作用を有する薬剤を基本とし,現在は免疫学的な観点から新規薬剂が開発され,実臨床に用いられてきている. 本稿では, UC と $\mathrm{CD}$ における基本的な概念と, 本邦の内科治療の up to date を報告する. ## 疾患概念 ## 1. 臨床的特徵と診断のアウトライン UC とは主として大腸粘膜を侵し,しばしばびらんや潰瘍を形成する原因不明のびまん性非特異性炎症疾患と定義される, 厚生労働省が定める指定難病の一つである ${ }^{1)}$. 症状として持続性または反復性の粘血便・血性下痢などを生じ,直腸からの連続性・びまん性・全周性の炎症像を呈することが特徴である (Figure 2). 本邦においては 2014 年の推定患者数は 219,685 人 [ $95 \%$ 信頼区間 $183,968-255,403$ 人]であり,現在世界で 2 番目に患者数がいるとされている $^{2)}$. 本症が疑われるときには, 理学的検查や血液検查を行い, さらに放射線照射歴, 抗菌薬服用歴, 海外渡航歴などを聴取する。次に大腸内視鏡検査や生検を行い, 本症に特徴的な腸病変を確認することで診断する。病型としては主に直腸炎型, 左側大腸炎型(直腸から大腸脾湾曲までの範囲),全大腸炎型 (大腸脾湾曲部より口側まで炎症の範囲が進展して いる)に分けられ, Mayo score や Lichtiger Clinical Activity Index どの臨床的活動度, 内視鏡的重症度に応じて治療ストラテジーを検討する。 一方で CD は UC と同様に, 免疫異常などの関与が考えられる肉芽腫性炎症性疾患である ${ }^{1)} .2014$ 年の推定患者数は 70,700 人 $[95 \%$ 信頼区間 $56,702-$ 84,699 人]であり, UC 同様にこの 20 年で大幅に増加している ${ }^{2}$. 主として若年者に発症し, 小腸・大腸を中心に浮腫や潰瘍を認め,腸管狭窄や㾇孔など特徵的な病態が口腔から肛門までの消化管のあらゆる部位に生じる (Figure 3),病変範囲によって症状は多彩となるが, 多くは下痢や腹痛などの消化器症状と発熱や体重減少・栄養障害などの全身症状を認める. さらに貧血,関節炎,虹彩炎,皮虐病変などの合併症も呈する。病状・病変は再発・再燃を繰り返しながら進行し, 高度な狭窄や瘻孔, 膿瘍といった腸管合併症の形成により腸管切除の適応となることが多い,術後も吻合部を中心に再発傾向を示し,再手術の適応となることもある. $\mathrm{UC}$ と同様に抗菌薬服用歴, 海外渡航歴などを含めた十分な問診と理学的検查や血液検查を行う。その上で約 $70 \%$ の症例が病変を有する回腸末端を含めた全大腸内視鏡検査やより深部の小腸をターゲットとしたバルーン小腸内視鏡検査, 小腸・大腸 X 線造影, 上部消化管内視鏡検査により特徴的な腸病変を確認する。また magnetic resonance imaging Figure 2 Endoscopic findings of UC. The typical endoscopic findings of UC are diffuse, continuous, and generalized inflammatory images. Inflammation extends continuously from the rectum to the mouth side, and a border of inflamed mucosa can be observed. Moreover, diffuse inflammation is observed in the mucosa surrounding the ulcer (intervening mucosa). Inflammatory polyps, which are remnants of inflammation, may be found in the healing mucosa. A lesion at the appendiceal orifice is a suspicious finding for UC, even if a rectal lesion is mild and difficult to detect. $\mathrm{UC}$, ulcerative colitis. Figure 3 Endoscopic findings and effective treatment for $\mathrm{CD}$. Case of a man with CD in his 20s. Infliximab was introduced early during diagnosis and mucosal healing was achieved after 6 months. Left: longitudinal ulceration in the ileum. Right: mucosal healing was achieved. $\mathrm{CD}$, crohn's disease. (MRI)や computed tomography (CT) 所見,小腸カプセル内視鏡検查所見も診断補助に有用である.病型(小腸型, 小腸大腸型, 大腸型)および肛門病変, 上部消化管病変の有無, 蓄積された腸管ダメー ジ (炎症型, 狭窄型, 瘻孔型), 臨床的活動度 (多くは Crohn’s Disease Activity Index:CDAIを用いる)に加えて予後不良因子(広範な小腸病変,重篤な上部消化管病変, 肛門病変, 複雑痔瘦, 発症早期の狭窄や㾇孔形成,大腸の深い潰痬性病変)などを評価する。近年は治療目標に合わせた治療ストラテジーを組み立て, 臨床症状および血液検査や画像検查で評価し治療の適正化を図る。 ## 2. 炎症性疾患としてのIBD UC や CD はその発症機序として, 遺伝的素因を有することが以前より指摘されており,近年の Genome Wide Asscociation Study (GWAS) 解析によって多くの疾患感受性遺伝子が報告されている ${ }^{3}$. UC では human leukocyte antigen(HLA), CD では欧米では nucleotide-binding oligomerization domain-containing protein 2 (NOD2) ),日本人を含むアジア人種においては TNF superfamily member 15 (TNFSF15) などが注目され5),また両疾患において interleukin (IL)-23R, IL-12B, signal transclucer and activator of transcription 3 (STAT3), Janus kinase 2 (JAK2) などの共通する疾患感受性遺伝子も多く存在する.これらは後述する薬剤の創薬にも大きく関わっている。これらの疾患感受性遺伝子を有する背景に, 腸内細菌叢の変化や食餌抗原に対する過剩反応が本来の生体防御機構である免疫応答を暴走させ腸管炎症を引き起こしている疾患と考えられている。以前 $\mathrm{UC}$ はへルパー $\mathrm{T}(\mathrm{Th})$ 細胞のうち $\mathrm{Th} 2$ 細胞優位, CD は Th1 細胞優位に炎症のカスケードに関与していると指摘されていた. しかし現在は Th17 細胞がそのカスケードにおいて大きな役割を担っていることが明らかとなり ${ }^{6}$, UC は Th2 細胞と Th17 細胞, CD は Th1 細胞と Th17 細胞といった炎症性 $\mathrm{T}$ 細胞と炎症を抑制する働きを有する制御性 T 細胞 (regulatory T cell : Treg)の不均衡がマクロファージと相まって interferon (IFN) $\gamma$ やTNF $\alpha$ といった炎症性サイトカインの過剩発現を生じていることが指摘されている (Figure 4). ## IBD の治療薬 ## 1. 本邦における治療ガイドライン 日本における IBD の治療指針は厚生労働省難治性炎症性腸管障害調査研究班によって策定されてお り, 年次的に改訂されている 1$) \mathrm{UC}, \mathrm{CD}$ ともに病型,重症度,合併症により推奨される治療が異なる。またIBD 自体が若年者から発症する疾患であり,小览や妊産婦などの患者背景にも留意が必要である。さらに近年では IBD 患者自体の高齢化や高齢発症の IBD 患者の増加が注目され,治療指針 supplement として高齢者潰瘍性大腸炎編が発刊されている゙. IBD に対する治療は活動性炎症がある時に,その炎症を沈静化する(宽解導入)フェーズと,宽解導入後に再び炎症が起こらないようにする(寛解維持) フェーズで考えなければならない。本項では,IBD に用いられる薬剂の特徴に触れ, 保険適応となっている疾患を付記するが, 各疾患の様々な状態に対する治療指針はそれらを参照されたい $(\text { Table 1,2 })^{1}$. ## 2. 本邦におけるIBD の治療薬 1)5-アミノサリチル酸 (5-ASA) 製剤 (UC, CD) 5-ASA 製剂の有効成分はメサラジンであり, 病変部である炎症を生じている粘膜に直接作用して活性酸素抑制, アラキドン酸カスケード阻害, ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体の活性化 ${ }^{8 \text { ) 10), }}$, arylhydrocarbon receptor 経路を介して大腸粘膜内の Treg 細胞の誘導にも関与し抗炎症作用を示す ${ }^{111}$. しかしメサラジンは経口内服後, 空腸から吸収が始まりほとんどが吸収され失活してしまうため,より多くのメサラジンが大腸粘膜に到達するような drug delivery system (DDS) を有する 5-ASA 製剤が開発され, さらに経口剤・注腸・坐剤などの形状で用いられている. UC においては, 5ASA 製剂は軽症から中等症の宽解導入療法,ならびに難治例を含むすべての宽解維持療法として使用することが推奖されている ${ }^{1}$. 一方で CD においてはメ夕解析の結果から 5ASA 製剤の有用性は限定的であり ${ }^{122}$, 欧米のガイドラインにおいても,5ASAを積極的に推奖するような記載はない ${ }^{13}$. 2) コルチコステロイド (corticosteroid:CS)・ブデソニド (budesonide : BDZ) (UC, CD) $\mathrm{CS}$ は,グルココルチコイド受容体 (GR) に結合し $\mathrm{IL}$ 転写の抑制, 転写因子核因子 $\mathrm{\kappa B}(\mathrm{NF}-\mathrm{kB})$ 複合体を安定化する IkBの誘導,アラキドン酸代謝の抑制などの炎症経路の阻害を介して作用する(Figure 5) ${ }^{14)}$. CS は IBD の中等度〜重症の炎症コントロー ルに最適な薬物である。一方で, 感染症や骨粗鬆症などの CS 特有の副作用のリスクを考慮し長期使用は避けるべきである. また IBD において, CS の寞解 Figure 4 Inflammatory cells and cytokine networks in IBD. Abnormalities in innate and acquired immunity caused by the complex interaction of genetic factors, dietary factors, and intestinal microbiota are crucial to the pathogenesis of IBD. In addition to Th1 and Th2 cells, Th17, Th22, and Treg cells are involved in the pathogenesis of IBD. Several drugs targeting the cytokine network formed by these cells have been developed. IBD, inflammatory bowel disease; GATA, GATA-binding protein; IL, interleukin; IFN, interferon; ROR $\gamma$ t, retinoic acid receptor-related orphan receptor- $\gamma$ t; TGF $\beta$, transforming growth factor- $\beta$; TNF, tumor necrosis factor; STAT, signal transducer and activator of transcription. 導入効果はあるが,寛解維持効果はないとされる。 これは NF-KB が上皮再生に重要な役割を持ち, CS の長期使用は腸管上皮再生に影響を及ぼす可能性があるためである ${ }^{15}$. UC, CD ともに CS により寛解導入を得ても, 約 $30 \%$ の症例は漸減もしくは CS 離脱後 3 か月以内に再燃する場合がある ${ }^{1617)}$.これをステロイド依存性と定義し, CS の代替となる免疫調整薬や生物学的製剤の使用を検討する。 近年,本邦でも BDZ が新たなステロイド製剤として IBD 治療に用いられるようになった. 欧米では 1995 年から用いられており,第2世代のステロイド製剤として位置付けられている。他のステロイド製剂に比べて, 炎症粘膜の細胞に取り込まれやすく ${ }^{18)}$, IL-1, IL-6 などの様々な炎症性サイトカインをコントロールし,局所の炎症を鎮める。一方で体内に吸収された成分の約 $90 \%$ が肝臟のチトクローム $\mathrm{P} 450$ で速やかに代謝されるため ${ }^{19)}$ ,全身への影響が少ないと考えられている。UCにおいては, 5ASA 製剤同様 DDS を考慮した局所製剂が開発されており,近年保険収載された $\mathrm{BDZ}$ フォームは泡 (フォーム) 状であり,腸管壁に付着し腸内に留まりやすいことが特徴である。5ASA 局所製剤が有効でないもしくは不耐の直腸または $\mathrm{S}$ 状結腸に炎症の中心がある病態に適した治療薬である. CDに対しては BDZ 腸溶性顆粒充填カプセルが保険収載されている。薬効成分は回腸から上行結腸を中心に放出されるため,回盲部に主な病変がある軽症〜中等症例に対する第一選択となっている. BDZ は CS と同様に, 寛解導入効果は期待できるが,寛解維持を目的としての使用は推奨されない。 Table 1 Guidelines for the treatment of UC in Japan. (Adapted from reference 1) Treatment guidelines for ulcerative colitis suggest treatment options based on the extent and degree of inflammation. Furthermore, depending on the presence or absence of steroid dependence or resistance, biologics have been proposed as a treatment option for induction and maintenance. $\mathrm{UC}$, ulcerative colitis. 3)チオプリン:アザチオプリン (Azathioprine : AZA),6-メルカプトプリン (6-Mercaptopurine : 6$\mathrm{MP}) *(\mathrm{UC}, \mathrm{CD}) ※ 6-\mathrm{MP}$ は保険適応外チオプリン製剤である AZA は,6MPのプロドラッグであり,吸収後に 6-MP となったのち活性代謝体である 6-thioguanine nucleotides (6TGN) となる. 6TGN はプリン拮抗薬としてDNA の合成を阻害し, 免疫担当細胞の増殖を抑制することで抗炎症作用を示す(Figure 5).ステロイド依存性 IBD の臨床的および内視鏡的寛解を達成する上で,5-ASA 製剤よりも効果的である ${ }^{20)}$. 一方, UCにおいてチオプリン製剤の寛解導入効果は乏しい。また後述する生物学的製剤 (特に抗 $\mathrm{TNF} \alpha$ 抗体製剤である Inflixi- 併用することが推奖される. AZA や 6-MP の副作用として, 白血球減少, 胃腸症状, 膵炎, 肝障害, 脱毛などが起こり得るが,重度の急性白血球減少と全脱毛は 6TGN の代謝酵素である nudix hydrolase 15 (NUDT15)の酵素活性が極めて低くなる codon139 における遺伝子多型の存在と関連することが明らかとなった ${ }^{21)}$ 。本邦では 2019 年 2 月より NUDT15 遺伝子多型検査が保険承認となっており, 初めてチオプリン製剤の投与を考慮する患者に対しては,チオプリン製剤による治療を開始する前に本検査を施行し, NUDT15 遺伝子型を確認の上でチオプリン製剤の適応を判断することが推桨される. 日本人の約 $1 \%$ に存在する Cys/Cys 型のリスクホモの場合は,重篤な副作用のリスクが非常に高くチオプリン製剤使用自体を回避することが望ましい. Arg/Cys, Cys/His 型の場合は低用量からの開始を考慮する。 しかし副作用のリスクが低い $\mathrm{Arg} / \mathrm{Arg}, \mathrm{Arg} / \mathrm{His}$型の場合であっても, NUDT15 遺伝子多型に起因しない肝障害や胃腸症状などの副作用も存在するため, 導入時期は定期的なモニタリングが望ましい Table 2 Guidelines for the treatment of CD in Japan. (Adapted from reference 1) ## 活動期の治療 (病状や受容性により、栄養療法$\cdot$薬物療法$\cdot$あるいは両者の組み合わせを行う) \\ Treatment guidelines for Crohn's disease suggest treatment options that take into account not only the activity, but also the presence of complications such as anal lesions and stenosis. CD, crohn's disease. (Table 3). 4)カルシニューリン阻害片:タクロリムス (Tacrolimus:TAC), シクロスポリン(Cyclospolin $\mathrm{A}: \mathrm{CyA}) *(\mathrm{UC}) ※$ 保険適応外 は FK506-binding protein12(FKBP12)と複合体を形成する。そして $\mathrm{Ca}^{2+}$ ・カルモジュリンによって活性化されたカルシニューリンに結合することでnuclear factor of activated T-Cells(NF-AT)の核移行を抑制し IL-2, IFN $\gamma$ ,TNF $\alpha$ などのサイトカインの産生を抑制する薬剂である (Figure 5 $)^{22}$ .重症から激症の UC に対して強力な治療効果を得るが,その効果は血中濃度に依存しており TAC の場合, 宽解導入期は $10 \sim 15 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}$ の高トラフを目指し,以後は $5 \sim 10 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}$ の低トラフで維持する. CyA・ $\mathrm{TAC}$ ともに長期使用により不可逆的な腎障害を生じるリスクもあるため, 原則として寛解導入後は 3 か月を目安に AZA あるいは 6-MP による維持療法へ移行する ${ }^{11}$. 5)顆粒球吸着除去療法(granulocyte and monocyte adsorption aphersis : GMA) (UC, CD) 体外循環のカラムを通過させ活性化顆粒球と単球を選択的に除去する療法である ${ }^{23}$. 血球成分を除去するのみでなく, 免疫調整作用と抗炎症作用を有する myeloid-derived suppressor cell を分化誘導し,炎症反応を抑制する ${ }^{24)}$. 通常週 1 回計 5 回を 1 クー ル, 連続 2 クール(劇症型は計 11 回まで可) として行うが, 週 2 回などintensive に行うことで, より早く効果が得られることがある. 6) 抗 TNF $\alpha$ 抗体製剂 (Infliximab: IFX, Adalimumab : ADA, Golimumab : GLM) (UC, CD) (GLM は UC のみ) $\mathrm{TNF} \alpha$ は Th1 やマクロファージなどから膜貫通型タンパク質として産生され, 可溶性 TNF $\alpha$ はメ夕ロプロテイナーゼTNF 変換酵素(TACE; ADAM17)を介したタンパク質分解により放出される. IBD 患者の CD14+マクロファージ,アディポサイト, 線維芽細胞および $\mathrm{T}$ 細胞は, 多量の $\mathrm{TNF} \alpha$ を産生する ${ }^{25} \sim 27$ . TNF $\alpha$ は,受容体である TNFFR 1 および TNFFR2 に結合した後, NFкBを細胞内で活性化させることにより, 内皮細胞の活性化, 好中球の活性化など様々な炎症促進機能を発揮すると考えられている。特に膜結合型 TNF が腸内炎症の促進に大きな役割を果たしていることが明らかとなった28. 抗 TNF $\alpha$ 抗体製剤は, 適正なステロイド使用にもかかわらず,効果が不十分な場合(ステロイド抵抗例)と,ステロイド投与中は安定しているがステロイドの減量に伴い再燃増悪する場合(ステロイド依 Figure 5 Small molecule drugs for IBD. Small-molecule drugs used for the treatment of IBD include classic steroids and immunomodulators such as cyclosporine, tacrolimus, and azathioprine. Recently, JAK inhibitors, which inhibit JAK-STAT signaling, have also been used for UC. IBD, inflammatory bowel disease; JAK, Janus kinase; STAT, signal transducer and activator of transcription; UC, ulcerative colitis.存例)等より選択される。劇症型を含む重症例では IFX 点滴静注が考慮される. IFX は初回 $5 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ の点滴静注を行い, 2 週間後 -6 週間後, 以後維持療法として 8 週間ごとに点滴静注を行う. 維持療法期における CD の効果減弱例では $10 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ の倍量投与もしくは 4 週間ごとの期間短縮投与ができる. ADA は初回 $160 \mathrm{mg}$ の皮下注射を行い,2 週間後に $80 \mathrm{mg}$ の皮下注射を行う. その後は $40 \mathrm{mg}$ の皮下注射を 2 週間ごとに宽解維持療法として行う,維持療法期における $\mathrm{CD}$ の効果減弱例では $80 \mathrm{mg}$ の倍量投与ができる. GLM は初回 $200 \mathrm{mg}$ の皮下注射を行い, 2 週間後に $100 \mathrm{mg}$ の皮下注射を行う. その後は $100 \mathrm{mg}$ の皮下注射を 4 週間ごとに寞解維持療法として行う. ADA とGLM は条件が満たされれば, 自己注射も可能である. 抗 TNF $\alpha$ 抗体製剤, 特に IFX の臨床上の課題として免疫原性に伴う二次無効が存在する. IFXに関しては前述したように AZA の併用を行うことで二次無効に伴う効果減弱の回避を図る. GLM はトランスジェニック法で作成された完全ヒト型 IgG1 モノクローナル抗体であり,理論的には既存の抗体製剤よりも免疫原性が低いと考えられている ${ }^{29}$. 7) JAK 阻害剂(Tofacitinib:TOF) (UC) JAK-STAT 系はサイトカインなどの細胞外シグナルを細胞核に伝え, 必要な遺伝子の発現を誘導する ${ }^{30}$. JAK は JAK1, JAK2, JAK 3, tyrosine kinase (TYK2)の 4 種類の異なる分子で構成され, STAT との組み合わせによって, 特異的にサイトカインシ 1, JAK2, JAK3 を阻害する低分子経口薬であり, 特に JAK1 と JAK3 を優先的に阻害することで, 複数のサイトカインの作用をブロックすることで有効性 Table 3 Susceptibility to thiopurine associated with the NUDT15 genotype. } & \multicolumn{2}{|c|}{ Risk of side effects when starting at a normal dose } & \multirow{2}{*}{} \\ For patients being considered for thiopurine therapy, it is recommended that this test be performed prior to initiating treatment with thiopurines to confirm the NUDT15 genotype and determine the indication for thiopurines. Arg, arginine; AZA, azathioprine; Cys, cysteine; His, histidine; NUDT15, nudix hydrolase15; 6-MP, 6-mercaptopurine. Table 4 Major Cytokines Involved in Inflammatory Bowel Disease and JAK complex against cytokines involved in the JAK Pathway. を発揮する ${ }^{34}$. さらに低分子化合物のため生物学的製㓣で懸念される免疫原性もない利点がある。一方で TOF の安全性には留意すべき点があり, 特にアジア人種において帯状疮疹のリスクがあり ${ }^{35}$, 近年では血栓性イベントの用量依存性の増加が報告されている ${ }^{36}$. TOF 投与時にはチオプリン製剤の併用は原則禁忌である ${ }^{11}$. 8) IL12/23p40 抗体 (Ustekinumab:UST) (UC, CD) へテロ二量体サイトカインである IL 12 ファミリー(IL 12, IL 23, IL 27 および IL 35 など) は,樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞によって産生される. IL-12, IL-23 はそれぞれ p35 と p40, p19 と $\mathrm{p} 40$ のサブユニットから構成される ${ }^{37}$. T リンパ球の分化において IL-12 は Th1 細胞への分化を,また IL-23 は Th17 細胞への誘導を促進する。Th1 細胞からは IFN $\gamma$ や TNF $\alpha$ の産生, Th17 細胞からは IL-22 や IL-17 の産生が誘導され,IL-22 は粘膜上皮の再生に関わるが, IL-17 は炎症を惹起し, 局所的な Th17 の応答を永続化させ Treg 活性を抑制する 38. このため IL12/23 は IBD の炎症機序において重要なファクターであると考えられている。 UST は IL-12 と IL-23 に共通する p40 サブユニットに対する抗体であり,CD と UC における有効性が示されだ ${ }^{3940}$. UST はトランスジェニック法を用いて作成された完全ヒト型 IgG1 モノクローナル抗体であり,免疫原性による二次無効リスクを抑えた製剤である。 9)インテグリン阻害剤(Vedolizumab:VDZ) (UC, CD) IBD における腸管局所の炎症の進展には活性化した Tリンパ球の遊走・ホーミングが関わっている. Tリンパ球は腸管組織が所属する二次リンパ系器官で樹状細胞により抗原提示を受ける. レチノイン酸の存在下において核内受容体であるレチノイン酸受容体 (RAR) を介してT リンパ球に接着因子である $\alpha 4 \beta 7$ インテグリンが発現する ${ }^{41)}$. T リンパ球上に発現した接着因子と血管内皮細胞上に発現した接着因子が結合することで Tリンパ球が組織浸潤する.この組み合わせは各臟器で異なっており, 腸管への T リンパ球の浸潤には $\mathrm{T}$ リンパ球上の $\alpha 4 \beta 7$ インテグリンと高内皮円柱様静脈 (HEV like vessels)の血管内皮細胞上に多く発現している MAdCAM-1 と結合し特異的にホーミングされる ${ }^{42}$. VDZ は $\alpha 4 \beta 7$ インテグリンに対するヒト化 IgG1 モノクローナル抗体で, Tリンパ球の腸管組織への浸潤を特異的に阻害することで炎症を鎮静化させる. 活性化 Tリンパ球の遊走を抑制する細胞接着分子を標的とした治療は, 既存のサイトカインをター ゲットとした治療と機序が異なり,難治性を有する症例においても有効性が期待される。現時点では点滴静注投与であるが,今後皮下注製剤が保険収載される予定である。 ## 今後の展望 IBD の診断と本邦におけるIBD の治療薬を概説した.IBDの根治はまだ困難であるが,免疫学的な観点から病態の解明が行われつつあり, 抗 TNF $\alpha$抗体製剂を皮切りに様々な新規薬剤が開発されてきた経過がある(Figure 6).現時点においても IL-23 p19 抗体 (Risankizumab, Guselkumab, Tildrakizumab, Milikizumab, Brazikumab) ${ }^{43}$, JAK1 選択的阻害剤 (Filgotinib, Upadacitinib) ${ }^{44}$, リンパ球上に発現する Gタンパク質共役型受容体である S1P 受容体 (S1PR) アゴニストの Ozanimod ${ }^{4546)}$, インテグリン阻害剤(Etrolizumab,AJM300, PF-00547659 な Figure 6 Approval of biologics for UC and CD in Japan. Since the use of infliximab for CD began in 2002, the same TNF inhibitors have mainly been used for this purpose. In recent years, drugs with new mechanisms of action, such as IL12/23p40 antibodies and integrin inhibitors, have been launched. Notably, the available dosing options vary by disease. $\mathrm{CD}$, crohn's disease; IFX, infliximab; ADA, adalimumab; BS, biosimilar; GLM, golimumab; UC, ulcerative colitis; UST, ustekinumab; VDZ, vedolizumab. ど $)^{47 \text { ) 49) }}$, 抗 IL-36R 抗体 (spesolimab) ${ }^{50}$ など薬剤の臨床試験が進行している. 今後の IBD 治療においての光明である一方,複雑化した治療体系は臨床上の課題となる。薬剤作用機序を考慮し,個々の病態に即したストラテジーを構築することが望まれる。 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1)厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業「難治性炎症性炎症腸管障害に関する調査研究」(鈴木班) 令和元年度分担研究報告書. 潰瘍性大腸炎・クローン病診断基準・治療指針. 2) Murakami Y, Nishiwaki Y, Oba MS et al: Estimated prevalence of ulcerative colitis and Crohn's disease in Japan in 2014: an analysis of a nationwide survey. 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Tokyo Women's Medical University
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# 炎症性疾患 ## (6)炎症とがん 東京女子医科大学医学部薬理学教室 (受理 2020 年 11 月 11 日) Inflammatory Disease (6) Inflammation and Cancer Fujiko Tsukahara and Yoshiro Maru Department of Pharmacology, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan Inflammation is a biological defense mechanism, and the immune system plays a central role in recognizing and eliminating external and internal pathogens. However, oxidative stress due to chronic inflammation accumulates DNA mutations and increases the risk of cancer. The immune system can recognize and eliminate immunogenic cancer cells. Inflammation-related molecules, including cytokines and chemokines, not only promote the malignant transformation, but also accumulate immunosuppressive cells, such as M2-like tumor-associated macrophages and myeloid-derived suppressor cells, in the tumor microenvironment. Tumor cells escape immune attack by placing brakes on the immune cell responses. Immune checkpoint inhibitors activate the immune system by releasing the brake. Although immune checkpoint inhibitors have demonstrated significant therapeutic effects in intractable cancers, the therapeutic effects are limited and overcoming drug resistance is a problem. In order to overcome drug resistance, combined immunotherapy, comprising immune checkpoint inhibitors, angiogenesis inhibitors, and chemotherapeutic agents, is required. In this review, we have outlined the relationship between inflammation and cancer, the roles of cytokines, chemokines, immunosuppressive cells, and current progress in using immune checkpoint inhibitors as a therapeutic. Key Words: cancer, inflammation, immune cells, cytokine, immune checkpoint inhibitor ## はじめに 外的および内的要因によるさまざまな侵襲に対して免疫系が中心となって認識し,排除する生体防御反応が炎症である。本来, 炎症・免疫反応は, 生体防御反応として惹起されるシステムであるが慢性的な炎症反応は徐々に生体にダメージを蓄積し,自己免疫疾患, アレルギー, 動脈硬化やがんの発症・進展などを引き起こすことが分かってきている. 1863 年に病理学者 Rudolf Virchow は, 腫瘍組織に白血球が浸潤していることを観察し,がんも慢性炎症を伴って発生することを主張したことが報告されている1.非ステロイド性抗炎症薬であるアスピリンは, Corresponding Author: 塚原富士子 $\quad$ 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学医学部薬理学教室 E-mail: [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.90.6_119 Copyright (C) 2020 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1 Inflammation as an important risk factor in development of cancer (Modified from reference 3). 炎症などの刺激により誘導されるシクロオキシゲナーゼ 2 (COX-2)を過剩発現する大腸がんのリスクを優位に減少させることが報告されている2). 慢性炎症による酸化ストレスは DNA 損傷を細胞内に蓄積し,これは発がんを誘導する大きな要因の一つとなる。がん細胞は免疫系によって認識され排除されるが,一方,もともと生体に備わっている過剩な炎症を抑制する機構を巧みに利用して免疫にブレーキをかけて増殖する,免疫チェックポイント阻害薬はブレーキを外すことにより免疫系を活性化してがん細胞を排除する抗がん薬である.本稿では,がんの発症・進展に重要な役割をもつ炎症・免疫反応に関わる細胞や分子および免疫チェックポイント阻害薬について概説する。 ## がん進展における炎症 種々のストレス要因 (化学物質, 心理的・身体的),環境污染物質(たばこの煙, ダイエット), 食品要因 (グリル,揚げ物,赤身の肉),ウイルス(HTLV1, HPV, HCV, HBV, EBV), 細菌(ヘリコバクター ピロリ)は,がんの発症・進展に関わることが知られている ${ }^{3}$ (Figure 1). 外的刺激により細胞膜のリン脂質からアラキドン酸が遊離されると,シクロオキシゲナーゼ(COX)によりアラキドン酸カスケードが活性化され,炎症性の生理活性物質であるプロスタグランジンが産生される. 細菌やウイルスなどは, toll-like receptors(TLRs)などの自然免疫受容体や炎症性受容体を刺激して NF-KB や STAT3 などの転写因子を活性化することにより,種々のサイトカインを誘導する.生理的レベルの小さな炎症は恒常的に生体内で発生していると考えられる。我々は外因性リポ多糖 (lipopolysaccharide: LPS) 様作用を有する内因性物質による間断ない生理的連続刺激が生理的レベルの炎症を惹起・維持している「自然炎症 homeostatic inflammation」という新概念を提唱している ${ }^{4}$. 炎症反応過程で生成された反応性に富む活性酸素や活性窒素は, DNA やタンパク質, 細胞へ傷害を与え, DNA 損傷の蓄積やがん抑制遺伝子の変異を引き起こし,細胞のがん化を促進する,初期の炎症反応では活性化された免疫系細胞によってがん細胞は排除される。一方, 慢性的な炎症では, サイトカイン, ケモカイン, 増殖因子, 血管新生因子, プロテアーゼなどの発現が光進し, がんの増大や浸潤・転移などの悪性化が進む. さらに慢性炎症が持続することによって, 抗腫瘍免疫の抑制や薬剤耐性が引き起こされる ${ }^{315)}($ Figure 2)。 ## 炎症とがん転移 がんの転移は, (1)がん細胞の原発巣における増殖・浸潤と血管新生, (2)周囲の血管へ移行・侵入 (血管内遊走), (3)循環血中での移動, (4)血管内皮細胞間隙から血管外へ移行 (血管外遊走), (5)転移予定臟器へ移行, (6)転移巣の形成・増殖, という複雑な過程である。これらの過程では, がん微小環境に集積する免疫細胞や産生されるサイトカイン, ケモカインや炎症関連分子が複雑に関与する. 1889 年に Paget は,がんの微小環境に関する seed and soil(夕ネと土壤) 仮説を提唱した ${ }^{6}$. がん細胞がある特定の臟器でのみ増殖できるのは畑の土壌(臟器の微小環境)が適しているからであるという考え方である. 我々は, この考え方に基づきがん細胞の肺への転移において,TLR4 の内因性リガンドである S100A8 や S100 - Stress (Chemical, physical, and psychological) - Environmental pollutants (Cigarette smoke, diet) - Food factors (Grilled, fried, red meat) - Viruses (HTLV1, HPV, HCV, HBV, EBV) - Bacteria (e.g. Helicobacter pylori) Inflammation - Reactive oxygen species - Cytokines (TNF- $\alpha$, IL-1, IL-6, IL-8, etc.) - Chemokines (CCL2, CCR2, CXCR4, etc. ) - TLR4 endogenous ligands (S100A8, S100A9) - Transcription factors (NF-kB, stat3, HIF, etc.) - Enzymes (COX-2, NOS, MMP9, etc. ) ยิ ## Tumor progression Tumor destruction Tumor promotion - Tumor cell survival - Tumor cell invasion - Angiogenesis - Metastasis - Resistance to therapy Figure 2 Chronic inflammation induces tumorigenesis. A9が受容体刺激を介して炎症性サイトカインを誘導し,炎症惹起による土壌(転移前ニッチ)を形成して転移を促進することを報告しだ) (Figure 3). ## がんの進展に関与する炎症関連細胞 がん微小環境では,免疫反応を抑制する腫痬随伴性マクロファージ (tumor-associated macrophage: TAM)や骨髄由来抑制細胞(myeloid-derived suppressor cells:MDSC)など免疫系を抑制する細胞が 集積する. マクロファージは活性化状態によって M 1 様マクロファージと M2 様マクロファージに大き く分類されている ${ }^{8) 100}$. M1 様マクロファージは炎症反応の立進に関与する「生体防御活性」を,一方, M2 様マクロファージは炎症反応の終息や組織の修復に関与し,「がん進展を促進する活性」をもつ.M 1 様マクロファージはリポ多糖(LPS)やインター フェロン $\gamma$ な゙の刺激を受け, 一酸化窒素や interleukin (IL) -1, IL-6, IL-12 や tumor necrosis factor (TNF)- $\alpha$ などの症性サイトカインを産生する。一方,M2 様マクロファージは IL-4 や IL-10 などの刺激を受け,vascular endothelial growth factor (VEGF), IL-10 や transforming growth factor (TGF)- $\beta$ などの抗炎症性サイトカインを産生し, 血管新生や腫瘍浸潤を促進する。11様マクロファー ジと M2 様マクロファージの分類は, あくまでin vitroの実験に基づくものであり,ヒトの腎臟がんでは,免疫抑制活性や臨床予後への影響に違いのある 17 種類の異なる腫瘍随伴性マクロファージ(TAM) の亜型が存在することが報告されている ${ }^{11)}$ ,骨髄由来抑制細胞 (MDSC) は, M-MDSC (monocytic MDSC) と G-MDSC (granulocytic MDSC) の 2 つの亜集団から構成される. M-MDSC は, CCR2 + 単球が腫瘍部位に集積して腫瘍随伴性マクロファージ (TAM) に分化し, IL-10, TGF- $\beta$, PG などの抗炎症性因子の産生や regulatory T cell (Treg)の浸潤を促して腫瘍増殖を促進する。一方, G-MDSC は, CXCR $2^{+}$好中球が,腫瘍部位に浸潤して腫瘍関連好中球 (tumor associated neutrophil:TAN) に分化し, 腫瘍増殖を促進する ${ }^{121313}$ (Figure 4)。TLR4 の内因性リガンドである S100A8/A9 は, 骨髄由来抑制細胞 (MDSC)を誘導し,さらに MDSC はS100A8/A9 ポジティブフィードバック機構によりがんの進展や転移を促進することが示唆される。我々は白血病モ Figure 3 Tumor progression and metastasis. Figure 4 Role of tumor associated macrophages (TAMs) and myeloid-derived suppressor cells (MDSCs) in signal molecule production. デルマウスを用いた実験から病態の進行に伴い脾臓のS100A8/A9 の増加と MDSC の集積が起こることを認めているる) ${ }^{7411515}$. ## がんと炎症関連分子 IL-1, TNF $\alpha, \quad$ IL-6 などの炎症性サイトカインは, がんの増殖・進展を促進することが知られてい $る^{516) \sim 19)}$. IL-1 は,がん細胞には直接・間接的に殺傷作用を示すが,一方,炎症環境を誘導することによ りがん促進的にも作用する。 $\mathrm{TNF} \alpha$ は, 活性化マクロファージ, NK 細胞や T 細胞などから産生され,初期の炎症反応, 細胞分化・生存, アポトーシスなどを引き起こす. TNF $\alpha$ は, 腫瘍細胞膜に存在する TNF $\alpha$ 受容体 1 (TNFR1)に結合し細胞傷害を引き起こすが,一方,炎症誘発による腫瘍増大・進展の増悪因子としても作用する。 IL-6 は, 活性化された $\mathrm{T}$ 細胞, マクロファージ, 線維芽細胞などから産生 され,オートクライン・パラクライン的に作用して転写因子 STAT3 を介する炎症増幅回路を形成する. IL-6 は, 大腸炎症関連発がんなどの炎症関連発がんにおいて重要である。 $ \text { インターフェロン (IFN), IL-2 や IL-15 などのサ } $ イトカインは,がん免疫を活性化することによりがしを抑制する. IFN は,主に T 細胞や NK 細胞から分泌されて白血球,樹状細胞やマクロファージを刺激して炎症反応を強化する作用をもつ.IFN 製剤は, 細胞周期の進行の阻害やアポトーシスを促進する直接的な抗腫瘍効果と腫瘍に対する免疫応答不活化による間接的な効果の両者による抗腫瘍効果を示し,腎がん,白血病,悪性脳腫瘍などで用いられている. IL-2 は, 細胞傷害性 $\mathrm{T}$ 細胞や NK 細胞の増殖・活性化を促進し,免疫を活性化する薬として, 1992 年に日本で承認され, 腎がんや血管肉腫で臨床応用されている。 TGF- $\beta$, IL10, IL-27, IL-35 は, 抗炎症性サイトカインとして免疫抑制作用をもつ. TGF- $\beta$ は, 早期のがんに対しては腫瘍抑制効果を示すが,進行したがんでは上皮間葉転換(EMT)の誘導や免疫抑制などを介して腫痬促進因子として働く. IL-10 は, Th1 誘導や抗原提示細胞の成熟を促す IL-12 産生抑制, マクロファージからのサイトカイン産生抑制, $\mathrm{CD}^{+} \mathrm{T}$細胞増殖抑制などの作用により免疫系を負に制御する. 一方, 抗原特異的 $\mathrm{CD} 8^{+} \mathrm{T}$ 細胞のアポトーシスを抑制することから,抗腫瘍効果が期待されている. CCL2 や CXCL8/IL-8 などのケモカインはがん微小環境への白血球や TAM の動員, 血管新生や転移など細胞の移動に重要な役割を担っている. CCL2 はがん細胞, TAM, 線維芽細胞により産生され, その受容体である CCR2を発現している M-MDSC 前駆細胞のがん組織への浸潤・活性化を促進する。 CXCL8/IL-8 は, 浸潤マクロファージ, 活性化線維芽細胞, がん細胞自体が産生し, 好中球の遊走因子として働く. CXCL8/IL-8 は, G-MDSC のがん組織への浸潤,がん細胞の epithelial-mesenchymal transition (EMT)や血管新生を促進し, 腫瘍促進に役割を演じている. 現在, サイトカインやケモカイン受容体を標的とした阻害薬の単片投与や免疫チェックポイン卜阻害薬などを併用した治療法の開発が進められている ${ }^{5) 17) \sim 19)}$. ## 免疫チェックポイント阻害薬と炎症 免疫チェックポイント阻害薬は治療不能とされた様々ながん症例に対して, 劇的な臨床効果を示して いる。しかし単剂での奏功率は,1030\% 程度であり, 薬剤に対する耐性の克服が課題となっている.腫瘍は, 免疫細胞の浸潤の程度によって, 炎症型腫瘍(hot tumor)と非炎症型腫瘍(cold tumor)に分類されており,免疫チェックポイント阻害薬は CD $8^{+} \mathrm{T}$ 細胞が多数浸潤している前者に治療効果が高いことが示されている ${ }^{20111}$. がん細胞が免疫系によって排除される 7 つのステップによる免疫サイクルが提唱されている ${ }^{22)}$.すなわち, (1)腫瘍細胞で起こる遺伝子変異により新たに出現したがん抗原 (ネオ抗原)を放出, (2)抗原提示細胞がネオ抗原を提示, (3) T 細胞がネオ抗原認識をして活性化, (4)活性化 $\mathrm{T}$ 細胞が遊走, (5)腫痬局所へ $\mathrm{T}$ 細胞が浸潤, (6)腫痬表面に提示されたネオ抗原を認識, (7)腫瘍細胞を攻撃・殺傷する. がん細胞は, PD-1 などの免疫チェックポイント分子を表面に出し, 免疫にブレーキをかける機構をもつことによって免疫による攻撃を免れている.免疫チェックポイント分子は PD-1 以外に CTLA-4, LAG-3, TIGIT, TIM-3 などが同定されている. 現在臨床で用いられている免疫チェックポイント阻害薬は抗 CTLA-4 抗体と抗 PD-1/L1 抗体であり,このブレーキを外すことにより免疫系を活性化する。 抗 PD-1/L1 抗体は, PD-L1 発現量が多いがんや細胞增殖とは直接関係のないパッセンジャー遺伝子変異が蓄積したがんに対して臨床効果を示すが, ネオ抗原を脱落させたがんでは,治療開始時から耐性を示す (一次耐性) ${ }^{23}$. これに対して治療効果を予測するコンパニオン診断薬として, PD-L1タンパク質の発現量やマイクロサテライト不安定性を検查するキットが保険収載されている。治療開始後に一時的に治療効果を認めた後, 獲得する 2 次耐性(獲得耐性)は,免疫サイクルにおける抗原認識に関わるメカニズム, 細胞傷害性 $\mathrm{T}$ 細胞の遊走・浸潤に関わるメカニズム,がん細胞の傷害に関するメカニズムなどが提唱されている ${ }^{24) ~ 266}$ (Figure 5). 薬剤耐性を克服するために,現在,異なるチェックポイントを同時に阻害する抗 PD-1 抗体と抗 CTLA-4 抗体の併用が試みられている ${ }^{27)}$. 腫瘍血管は, 血管透過性が立進し血漿成分の漏出や血流不全をきたし, 免疫系細胞が到達しにくくなっている. VEGF-A は, 腫瘍血管の新生を促進する作用とともに, 樹状細胞や $\mathrm{CD} 8^{+} \mathrm{T}$細胞の機能を抑制作用や免疫抑制細胞の機能を促進する作用を有している ${ }^{28299}$. VEGF 阻害薬は, これらの VEGF の作用を阻害することで, 免疫チェックポイント阻害薬の有効性を高めることが期待され Insufficient recognition of tumor antigen - Lack of neoantigen - Reduction in peptide-MHC expression (1) Release of cancer cell antigens (7) Killing of cancer cells (6) Recognition of cancer cells by $T$ cells (2) Cancer antigen presentation activation of $T$ cells ## CTLA-4 $ \text { Ils } $ 9) Guerriero JL: Macrophages: The road less traveled, changing anticancer therapy. Trends Mol Med 24: 472-489, 2018 10) Cassetta L, Fragkogianni S, Sims AH et al: Human tumor-associated macrophage and monocyte transcriptional landscapes reveal cancer-specific reprogramming, biomarkers, and therapeutic targets. Cancer Cell 35: 588-602. e10, 2019 11) Chevrier S, Levine JH, Zanotelli VRT et al: An immune atlas of clear cell renal cell carcinoma. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 関節痛が病勢を反映した難治性川崎病の 1 例 (受理 2020 年 9 月 30 日) ## A Case of the Refractory Kawasaki Disease Complicated by Arthralgia Reflecting Inflammatory Status \author{ Akiko Ando, ${ }^{1,2}$ Hiromichi Hamada, ${ }^{,}$Kentaro Sano, ${ }^{1}$ \\ Madoka Yasukochi, ${ }^{1}$ Satoru Nagata,,${ }^{2}$ and Jun-ichi Takanashi ${ }^{1}$ \\ ${ }^{1}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University Yachiyo Medical Center, Chiba, Japan \\ ${ }^{2}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan } We report a case of Kawasaki disease (KD) complicated by coronary artery lesions (CALs) with various symptoms other than major items, such as arthralgia and nail lesions. Case: A 23-month-old girl developed fever. Five out of 6 major items of $\mathrm{KD}$ were confirmed on the day of illness 3, and the patient was hospitalized with a diagnosis of KD. She did not respond to the first dose of high-dose immunoglobulin therapy (IVIg). Knee and hip joint pain appeared and orange-brown chromonychia, a characteristic nail finding of KD, was recognized on day 9. After additional IVIg and cyclosporine A (CsA), she developed recurrent fever on day 16 , and moderate CALs were observed. The joint pain worsened with fever and were alleviated as the fever improved. Finally, she required 5 doses of IVIg, CsA for 39 days, moderate doses of aspirin for 48 days, and antihypertensive medication. The left anterior descending artery measured a maximum of $4.1 \mathrm{~mm}(Z$ score +6.6). She had desquamation of her fingers on day 14 , and the joint pain almost disappeared on day 50 . She was discharged on day 54. The CALs improved well after 3 months. Discussion: Systemic juvenile idiopathic arthritis was also considered as a differential diagnosis by the joint pain, but she was finally diagnosed as KD because of BCG inoculation redness, nail findings, membranous desquamation of hand and foot, laboratory test values, and final resolve of fever. In this case, the responsiveness to IVIg and CsA was insufficient. There are several treatment options for IVIg-resistant KD, and it is necessary to establish treatment selection criteria. Key Words: Kawasaki disease, arthralgia, coronary artery lesion, nail lesion  Table 1 Laboratory findings on admission. ## 緒 言 川崎病は, 1967 年に川崎富作博士によって報告された中型〜大動脈を炎症の中心とする小児の急性全身性血管炎であり,全身に多彩な症状を呈する". 今回, 関節症状や爪病変など主要項目以外の多彩な症状を合併した症例を経験した.治療に難渋し,冠動脈病変を合併した. 追加治療の選択について文献的考察を踏まえて報告する。なお,本報告について保護者に文書で説明し承諾を得ている. ## 症 例 患者: 1 歳 11 か月, 女児. 主訴: 発熱, 両側眼球結膜充血, 口唇発赤, 発疹,硬性浮腫, 頸部リンパ節腫脹。 家族歴:特記すべきことなし。 既往歴:特記すべきことなし。 周産期歴:特記すべきことなし。 成長発達歴:特記すべきことなし。 現病歴:20XX 年 3 月 X日(病日 1)より39 度の発熱, 病日 2 より口唇発赤, 病日 3 より両側眼球結膜充血, 体幹の発疹, 手指の硬性浮腫, 頸部リンパ節腫脹が出現し,近医を受診した。川崎病の診断で同日東京女子医科大学八千代医療センター小児科に紹介入院となった。 入院時身体所見:身長 $82.0 \mathrm{~cm}(-0.6 \mathrm{SD})$ ,体重 $9.8 \mathrm{~kg}(-1.0 \mathrm{SD})$, 体温 40.5 度, 心拍数 180 回/分,血圧 100/83 mmHg, 両側眼球結膜充血, 口唇発赤,体幹・下腿に発疹, 手指硬性浮腫, 頸部リンパ節腫脤, $\mathrm{BCG}$ 接種痕の発赤を認めた. 呼吸音は清, 心音は整で,いずれも雑音は聴取せず,腹部は平坦,軟で肝脾腫は触知しなかった。関節痛や爪の変化は認めなかった. 入院時検査結果 (Table 1) : CRP $4.52 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, 肝酵素 (AST $275 \mathrm{U} / \mathrm{L}, \mathrm{ALT} 376 \mathrm{U} / \mathrm{L})$, 胆道系酵素 ( $\gamma$-GTP $154 \mathrm{U} / \mathrm{L}$, T-Bil $1.2 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, D-Bil $0.7 \mathrm{mg} /$ dL), Na $134 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}$ であった. 心臓超音波検査で心収縮は正常で,右冠動脈 $1.9 \mathrm{~mm}(Z$ score + 1.1), 左冠動脈主幹部 $2.0 \mathrm{~mm}(Z$ score +0.6$)$, 左冠動脈前下行枝 $1.9 \mathrm{~mm}(Z$ score +1.2)と冠動脈病変は認めなかった. 入院後経過(Figure 1):川崎病主要項目のうち 5/6 症状を満たし川崎病と診断した. 静脈投与(intravenous immunoglobulin:IVIg) 不応例の予測スコアである小林スコアは 4 点で低リスクであった1).病日 4 より免疫グロブリン $2 \mathrm{~g} / \mathrm{kg}$ /回の IVIg とアスピリン (aspirin:ASA) $50 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day 内服で加療を開始した。病日 5 には発熱以外の主要症状は消退傾向となったが, その後も 37.5 度以上の発熱は持続し, 病日 6 に追加治療として 2nd IVIg を投与したが, 終了後も解熱せず $\mathrm{CRP}$ 値は $4.95 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ から $7.50 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ に上昇した. 病日 8 より $3 \mathrm{rd}$ line 治療としてシクロスポリン (cyclosporine : CsA) $5 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day 経口を開始した。 病日 9 から右膝・股関節の疼痛が出現し, 病日 12 以降は左股関節に移動した. 児はべッド上で下肢を動かさなくなり,診察やおむつ替えなどの他動的な動作を嫌がり,啼泣とともに疼痛を訴えるなど可動域制限を認めた. 明らかな関節周囲の発赤や熱感,色調変化は認めず,小関節痛は認めなかった。関節症状は発熱とともに増悪し, 解熱傾向であると軽減した. 病日 11 の血清フェリチン值は $259 \mathrm{ng} / \mathrm{ml}$, IL18 值は $1,110 \mathrm{pg} / \mathrm{ml}$ であった. アセトアミノフェン頓用による対症療法は有効であった。同時期に川崎病に特徴的な爪の所見である orange-brown chromonychiaを認めた (Figure 2). 病日 8 からの CsA 開始後も発熱は持続しCRP 值は $7.50 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ から病日 11 に $12.0 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ へ上昇したため, 血清 IgG 値が 2,528 mg/dL に低下していることを確認して同日 $3 \mathrm{rd}$ IVIg を行った. 終了後に体温は 37 度前半まで解熱 L, CRP 値も $3.76 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ まで低下した。左冠動脈前下行枝は病日 10 まで 2.2 Figure 1 Hospital course, treatment, and laboratory data. CRP, C reactive protein; CsA, cyclosporine A; IgG, immunoglobulin GLAD, left descending coronary artery; IVIg, intravenous immunoglobulin therapy; WBC, white blood cells. Figure 2 Nail lesion (left: day11, right: day32). Nail lesions, so called as orange-brown chromonychia; were found at the end of the nail and all fingers. Linear erythema in the early stage of the disease gradually changed to brown patches. $\mathrm{mm}(\mathrm{Z}$ score + 2.2)であったが,病日 14 に $2.9 \mathrm{~mm}$ (Z score +4.1$)$, 病日 15 に $3.3 \mathrm{~mm}(Z$ score +4.9$)$,病日 16 に $4.1 \mathrm{~mm}(Z$ score +6.6) と拡大が進行した. 37 度未満には解熱せず病日 16 に再発熱も認め, 血清 IgG 值は $3 \mathrm{rd}$ IVIg 投与後に $4,030 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ であったのが $3,324 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ まで低下していることを確認し4th IVIg を行った。また, 収縮期血圧は入院時より $110 \mathrm{mmHg}$ 以下で推移していたが,病日 12 に 110〜126 mmHg と上昇を認めたため病日 16 からメトプロロール $2 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} / \mathrm{day}$ を内服し血圧コント ロールを行った。服薬後収縮期血圧は 90〜100 $\mathrm{mmHg}$ で推移した. この後, 冠動脈拡大は停止したが発熱のコントロールは不十分で病日 27 に 5 th IVIg を追加投与し, CsA は病日 46 まで合計 39 日間, ASA $50 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day は病日 50 まで 48 日間の投与を必要とした。最終的な解熱は病日 48 であった. 左冠動脈の最大径は, 病日 16 に左冠動脈主幹部 $3.8 \mathrm{~mm}(Z$ score + 5.2), 左冠動脈前下行枝 $4.1 \mathrm{~mm}$ (Z score +6.6 : 最大)まで拡張した (Figure 3) が,退院時には左冠動脈主幹部 $3.2 \mathrm{~mm}(Z$ score + 3.8), 前下行枝 $3.2 \mathrm{~mm}(Z$ score + 4.8) まで退縮した. 心収縮の低下, 心囊液貯留, 僧帽弁逆流を認めなかった. メトプロロールは CsA 減量開始とともに終了した.病日 14 に膜様落屑を認め, 病日 50 に関節痛はほぼ消失した。病勢の沈静化を確認し病日 54 に退院となった. 爪病変は発症 3 か月後も残存している。発症 3 か月での心臟カテーテル検査では右冠動脈 1.9 $\mathrm{mm}$, 左冠動脈主幹部 $2.1 \mathrm{~mm}$, 前下行枝 $1.8 \mathrm{~mm}$ と良好に回復していたが,ASA $5 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day の内服を継続している. ## 考 察 関節痛や特徴的な爪の症状を合併し,治療抵抗性の川崎病 1 歳 11 か月の児を経験した. IVIg に不応で,左冠動脈前下行枝に最大 $4.1 \mathrm{~mm}, Z$ score +6.6 の中等瘤を遺した。 本症例では,関節痛が病勢を反映するマーカーと Figure 3 Echocardiography of left coronary artery at 16 th illness day. Ao, aorta; LAD, left descending coronary artery; Lcx, left circumflex artery; LMT, left main coronary artery $3.8 \mathrm{~mm}$ (Z score +5.2 ).推察された.川崎病の関節症状の合併例は $7.5 \%$ と報告されている ${ }^{2}$. 急性期に発症するものと回復期に発症するものに大別される。今回, 川崎病と関節症状の合併例を文献的に調査するといくつかの特徴が示された (Table 2 $)^{32 \sim 5}$. 多くは回復期に関節症状を示した川崎病の症例で, 年長児に多く報告されていた. また, 多くの例が初回の IVIg 治療には不応で, 複数回の IVIg 投与やプレドニゾロン (prednisolone: PSL)の追加治療が行われていた. 関節症状に対しては,アセトアミノフェンの頓用や PSL の増量で対症療法され, 発症時期は病日 10~20が多かった.一方,本症例は必ずしも回復期に入っているとは言えず,初回 IVIg には不応であった点など多くの類似点を認めたものの急性期の病勢を反映した興味深い症例と考えている. 急性期の関節痛合併症例は学会報告がされているが論文報告は少なかった,また,母が介護を通して児の疼痛を把握でき,児も痛みがあると脚を動かさなくなることから病勢把握の一助となった. 川崎病に合併する関節痛は大関節,また,単関節に症状を認める場合が多く, 炎症性サイトカインによる炎症カスケードが関節の滑液に局所的に炎症を引き起こすためとされる゙2).小児の関節痛は様々な鑑別疾患が挙げられ, 特に全身型若年性特発性関節炎 (systemic juvenile idiopathic arthritis : sJIA) との鑑別に苦慮する ${ }^{2}$. 川崎病と SJIA の鑑別方法として 波検查を用いて滑膜炎の所見により関節炎の存在を証明した。一方で, 付着部炎がないことから sJIA ではないと判断している。超音波検査は,患者への被曝や鎮静のリスクはなく施行できるが,整形外科 Table 2 Summary of reports of Kawasaki disease with arthralgia. & Gender & & & Literature \\ 6 & M & IVIg 2 courses, PSL & day 20 & $4)$ \\ 2 & M & IVIg 3 courses, PSL & day 30 & $4)$ \\ 9 & M & IVIg 2 courses, PSL & day 27 & $4)$ \\ 7 & F & IVIg 2 courses, PSL & day 20 & $4)$ \\ 8 & M & IVIg 2 courses, PSL & day 25 & $4)$ \\ 5 & F & IVIg 2 courses, PSL & day 27 & 4 ) \\ 6 & M & IVIg 2 courses, PSL & day 19 & 4 ) \\ 9 & M & IVIg 3 courses, PSL & day 14 & 4 ) \\ 13 & M & IVIg 2 courses, IFX & day 2 & $5)$ \\ 1 & F & IVIg 5 courses, CsA & day 9 & our patient \\ F, female; IVIg, intravenous immunoglobulin; M, male; PSL, prednisolone; IFX, infliximab; CsA, cyclosporine A. 領域の専門性が求められる。今回は急性期比較的早期に生じた関節痛に対して超音波検査をはじめ画像検査で評価を行っておらず,課題が残った。また,川崎病の病態がサイトカインストームとされていることに注目し,サイトカイン分析を行った報告もある. 川崎病では 30 種類を超えるサイトカインについて解析されている。これらのうち, tumor necrosis factor- $\alpha$ (TNF- $\alpha$ ), interleukin-6 (IL-6), IL-8, IL-10, granulocyte-colony stimulating factor (G-CSF), 可溶性 TNF- $\alpha$ などがIVIg に不応例で優位に上昇すると報告されている . 清水 ${ }^{7}$ はこれらの報告をもとに,川崎病と SJIA の鑑別に血性サイトカインプロファイリングを行った。その結果, IL-6 は川崎病, SJIA ともに上昇していたが, IL-18 は関節痛合併の有無にかかわらず川崎病と比較し SJIA で有意に上昇していた. IL-18 はいずれの病院でも簡便に測定できるわけではないため, 血清フェリチン值を用いて鑑別することも提案されている。本症例ではフェリチン, IL-18 ともに sJIA で報告されている高値ではなく, SJIA は否定的であった. 今回我々が経験した症例においては, BCG 接種痕の発赤や膜様落屑, 特徴的な爪の所見などから川崎病と診断し,これに関節痛が合併したものと診断して,アセトアミノフェンで対症療法を行った. 病日 50 頃には関節症状は改善し,病日 53 に CRP の陰性化を確認したこと, 現在 5 か月が経過しているが再燃を認めていないことで SJIA ではなく川崎病に伴う症状の一つと考えた.川崎病の爪病変は微細な変化であり ${ }^{8}$, 注意していないと見逃されてしまう例も多いであろう. Lindsley $^{8}$ や Pal ら9 は川崎病の急性期から認める orange-brown chromonychia 合併症例の報告をし,診断基準の一つに追加することも提唱した。また, Huang ら ${ }^{10}$ は爪床の微小毛細血管において, 解熱直後の亜急性期には血流低下するが, 回復期には改善する血流変化を見出し,この血流変化が爪病変と関連することを示唆した.椿本ら ${ }^{11}$ は, chromonychia と爪の変形が数か月残存した川崎病症例を報告している。病変の残存期間については, 爪の成長の速さに関連すると考察されている.以上より川崎病に合併する爪病変は, 急性期から出現し病勢とは無関係に長期間残存し, chromonychia の他に変形や脱落,爪甲横溝などの複数の形態があることがわかった. 今日,川崎病の治療には複数の選択肢が提唱されている. 目標は, “冠動脈瘤の発症を最小限にするために急性期の強い炎症反応を可能な限り早期に終息 させること”であり, 軽症例以外は,第 7 病日以内に IVIg 投与が推奖されている ${ }^{1}$. 初期治療不応例は, 追加 IVIg, PSL, インフリキシマブ(infliximab: IFX)などの二次治療が提案されている. それぞれの併用薬に明確な治療選択基準はなく, 個々の症例に応じて, 各施設の経験をもとに治療選択をしているのが現状である. 高リスク群(IVIg 治療への抵抗例,発症年齢が 1 歳未満, 炎症マーカーの高度上昇, ショック状態,小林スコア 5 点以上, Z score +2.5 未満の冠動脈拡大) への早期の PSL 治療の併用は冠動脈拡張や心血管後遺症の発生抑制に有効であったと報告がある ${ }^{121313}$. 一方で, $Z$ score +2.5 以上の冠動脈拡張のみられる症例に対し, PSLを使用すると冠動脈病変の形成を増悪させる報告 ${ }^{14}$ もあり, 冠動脈拡張時の PSL 投与は慎重に選択する必要がある. 本症例については, IVIg 後に一時的には解熱し部分的効果はあったことから血清 $\operatorname{IgG}$ 濃度をモニターしながら IVIg 投与を行う治療を軸に, 使用経験の豊富な CsAを選択したが CALを残した. 3rd line 治療の CsA + 3rd IVIgでいったん解熱したものの冠動脈病変は進行し, 4th line 治療前の病日 16 では最大 $Z$ score +6.6 と中等瘤に進行しておりPSLを使用しなかった. 振り返ると $2 \mathrm{nd}$ IVIg 終了後再発熱した病日 8 10の時点では $z$ score +2.5 以内であり PSL あるいは IFX の複数の選択肢があった。また, 4th, 5thの IVIg は他の治療への変更あるいは併用も必要だった. 今後, 選択のための有用な指針の確立が望まれる。 今回経過中に認めた高血圧は CsA 開始 4 日後から認めている. CsA 投与によって収縮期血圧が上昇することが報告されており ${ }^{1516}$, 今回の約 $10 \mathrm{mmHg}$ の収縮期血圧上昇は CsA の影響と考えている. 降圧薬投薬によりコントロールは良好であり,治療の有効性を優先して CsA の使用を継続した。 ## 結 論 今回, 早期から関節痛を呈し, 特徵的な爪所見である orange-brown chromonychiaを認めた川崎病を経験した. これらの症状に関して文献的考察を加えた. IVIg とCsA に対する治療効果は不十分で冠動脈病変を遺した. 治療経過を考察し, 現在進歩しつつある複数の川崎病治療をより有効に選択, 実行する基準づくりの必要性が示唆された。 開示すべき利益相反状態はありません. ## 文 献 1)日本小児循環器学会研究委員会研究課題「川崎病急性期治療のガイドライン」(平成 24 年改訂版)。日小坚循環器会誌 28 (Suppl 3):2012. http://minds4. jcqhc.or.jp/minds/kawasaki/kawasakiguideline 2012.pdf 2) Gong GWK, McCrindle BW, Ching JC et al: Arthritis presenting during the acute phase of Kawasaki disease. J Pediatr 148: 800-805, 2006 3)木下朋絵,加藤耕平,松下詠治ほか:乾㯖性皮疹と関節炎を合併した川崎病の 1 例。鳥取赤十字病医誌 $27: 27-30,2018$ 4)西村直人,川村陽一, 金井貴志ほか:経過中に関節症状が出現した川崎病の 8 例. 小坚臨 $71: 529-$ 534, 2018 5)千代田瞳, 吉兼正宗, 鈴木博乃ほか:サイトカインプロファイルが鑑別診断に有用であった川崎病の 13 歳男坚例. 名古屋病紀 41: 51-54, 2018 6) 阿部淳:川崎病とサイトカイン。日臨 72 (9): 1548-1553, 2014 7)清水正樹:サイトカインプロファイル解析一何がわかるのか?どんな時にオーダーするのか?一日小坚腎臟病会誌 $32(2): 86-94,2019$ 8) Lindsley CB: Nail-bed lines in Kawasaki disease. Am J Dis Child 146: 659-660, 1992 9) Pal P, Giri PP: Orange-brown chromonychia, a novel finding in Kawasaki disease. Rheumatol Int 33: 1207-1209, 2013 10) Huang MY, Huang JJ, Huang TY et al: Deterioration of cutaneous microcirculatory status of Kawasaki disease. Clin Rheumatol 31: 847-852, 2012 11)椿本和加, 加藤晴久, 山本恭子 : Chromonychia と Pincer nail deformityを伴った川崎病の 1 例. 皮の科 13 (2): 108-111, 2014 12) Miyata K, Kaneko T, Morikawa Y et al: Efficacy and safety of intravenous immunoglobulin plus prednisolone therapy in patients with Kawasaki disease (Post RAISE): a multicentre, prospective cohort study. Lancet Child Adolesc Health 2: 855-862, 2018 13) Wardle AJ, Connolly GM, Seager MJ et al: Corticosteroids for the treatment of Kawasaki disease in children. Cochrane Database Syst Rev 1: CD011188, 2017. doi: 10.1002/14651858.CD011188.pub2 14) Millar K, Manlhiot C, Yeung RSM et al: Corticosteroid administration for patients with coronary artery aneurysms after Kawasaki disease may be associated with impaired regression. Int J Cardiol 154: 9-13, 2012 15) Suzuki H, Terai M, Hamada H et al: Cyclosporin A treatment for Kawasaki disease refractory to initial and additional intravenous immunoglobulin. Pediatr Infect Dis J 30: 871-876, 2011 16) Hamada H, Suzuki H, Onouchi $Y$ et al: Efficacy of primary treatment with immunoglobulin plus ciclosporine for prevention of coronary artery abnormalities in patients with Kawasaki disease predicted to be at increased risk of non-response to intravenous immunoglobulin (KAICA): a randomised controlled, open-label, blinded-endpoints, phase 3 trial. Lancet 393 (10176): 1128-1137, 2019
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# バルプロ酸ナトリウムにより軽微な点状出血を伴うフィブリノゲン低下を呈した ミオクロニー脱力発作を伴うてんかんの 1 例 ${ }^{1}$ 東京女子医科大学医学部小児科学 ${ }^{2}$ TMG あさか医療センター小児科・てんかんセンター (受理 2020 年 11 月 4 日) Valproate-Induced Mild Hypofibrinogenemia with Petechiae in a Case of Epilepsy with Myoclonic-Atonic Seizures Yuriko Ogawa,,${ }^{1}$ Susumu Ito, ${ }^{1,2}$ Takuya Miyamoto, ${ }^{1}$ Aiko Nishikawa, ${ }^{1,2}$ Hirokazu Oguni, ${ }^{,}$and Satoru Nagata ${ }^{1}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan }^{2}$ Department of Pediatrics, Epilepsy Center, TMG Asaka Medical Center, Saitama, Japan Valproate sodium (VPA)-induced hypofibrinogenemia is an underrecognized condition in comparison to thrombocytopenia, which is easily identified by regular blood tests including complete blood count. Here, we report a case of epilepsy with myoclonic-atonic seizures (EMAS) which exhibited valproate-induced mild hypofibrinogenemia with petechiae. A 3-year-old boy with EMAS was referred to our hospital for seizure control. VPA was increased to $40 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day with a blood concentration of $128.5 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL}$ (peak value), and epileptic seizures during wakefulness, including myoclonic-atonic seizures, were completely controlled. However, subtle petechiae were repeatedly noted and the blood test showed mild hypofibrinogenemia $(112 \mathrm{mg} / \mathrm{dL})$ with normal platelet count, even after decreasing VPA to $30 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day $(104.3 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL})$. Therefore, VPA had to be lowered to $25 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day $(76.3 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL})$, and hypofibrinogenemia as well as the subtle petechiae eventually resolved. For patients who are taking VPA and are exhibiting bleeding tendencies, it is imperative that a coagulation test be conducted even if VPA is not taken in high doses. Key Words: valproic acid, coagulopathy, fibrinogen, drug-resistant epilepsy ## 緒言 ミオクロニー脱力発作を伴うてんかん (epilepsy with myoclonic-atonic seizures : EMAS)は,主に 2 5 歳(生後 7 か月 6 歳)の, 多くは発達が正常 の幼背に発症(男児が女児の 2 倍)する,年齢依存性の全般性てんかん症候群の一型である。その発作型は,ミオクロニー発作,脱力(失立)発作,ミオクロニー脱力(失立)発作,間代および強直成分を  伴う欠神発作,強直間代発作と多彩であり,てんか几重積を呈し, 予後不良例では経過に伴い強直発作を呈する。また,その脳波所見は,初めはしばしば 4 7 Hz の律動性徐波を除いては正常であり,不規則な全般性棘徐波や全般性多棘徐波を示す ${ }^{122}$. EMAS の治療はいまだに確立していないが, バルプロ酸ナトリウム (valproate sodium:VPA) が推奖されており,一般的に高用量(添付文書上有効血中濃度 $40 \sim 120 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL}$ )が試みられている。また, 他の抗てんかん薬としては, ベンゾジアゼピン系,レベチラセタム (levetiracetam :LEV), ゾニサミド (zonisamide:ZNS),トピラマートが有益と考えられ,ラモトリギン,ルフィナミド,エトスクシミド (ethosuximide:ESM),アセタゾラミドも試みられている (一部本邦適用外)。また, 抗てんかん薬以外の治療として,ケトン食療法も有益と考えられており, 迷走神経刺激療法 (vagus nerve stimulation : VNS)も不確かではあるが試みられている233. 我々は, VPA により軽微な点状出血を伴うフィブリノゲン低下を呈した EMAS の 1 例を経験した。 VPA の副作用として, 血小板減少症は定期的な血算を含む血液検査により認識されやすいが,低フィブリノゲン血症は認識されないこともあり,その報告は少ないため,文献的考察を加えて報告する。 なお,本報告については,患児の保護者より同意を得た上で報告する。 ## 症 例 患児 : 3 歳 2 か月, 男児. 主訴:けいれん発作。 家族歴:〔同胞〕なし. 〔父】 1 歳 10 か月時に無熱性けいれん同日 2 回,脳波異常あり,抗てんかん薬を 3 年間内服した。 周産歴 : 妊娠中切迫早産のため管理入院となった. 在胎 36 週 1 日, 頭位経腟分婏, 仮死なし, 出生体重 $2,406 \mathrm{~g}$. 出生後黄疸があり光線療法を施行された. 発達歴:〔運動面〕頸定 4 か月,独歩 11 か月.〔精神・言語面了有意語 1 歳 0 か月, 二語文 2 歳 0 か月.現在まで精神運動発達遅滞の指摘なし。 既往歴:熱性けいれん(1 歳 11 か月時 〔単純型〕, 2 歳 6 か月時 (複雑型, 同日 2 回〕), 気管支喘息, 筋性斜勁. アレルギー歴:なし. 現病歴: 2 歳 8 か月時, 覚醒時に 1 分間の顔面優位の全般強直間代発作が出現し,近医へ救急搬送さ れ,血液検查,脳波検査に異常を指摘されず,経過観察となった. しかし, その翌週に睡眠時に全般強直間代発作,その翌日にも覚醒時に全般強直間代発作が再度出現し, 近医を再診し, 脳 MRI 検査に異常を指摘されず, $\quad \mathrm{LEV}$ を開始 $(10 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日)された。 しかし, 以後も全般性強を直間代発作を週単位で反復し, さらに, 同時期より顔面, 上肢優位のミオクロニー発作が連日出現するようになり,2歳 9 か月時に前医紹介受診した。 前医において,脳波検査にて睡眠時の一瞬の頭部後屈, 両上肢挙上するミオクロニー発作に一致して全般性棘徐波複合を認めた。乳児ミオクロニーてんかんの診断で, VPAを開始し, 漸増 $(20 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$日, 血中濃度〔随時〕 $90 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL}$ ) された。しかし,以後も全般強直間代発作を週単位で反復し, さらに, 2 歳 10 か月時より 1 日数回, 1 回 10 秒程度の動作停止, 一点凝視, 眼瞼間代する発作, さらに, 1 日数回の覚醒時に突然転倒する失立発作が出現するようになった.したがって, 前者は非定型欠神発作, 後者はミオクロニー脱力発作と推定され,ミオクロニー 脱力発作を伴うてんかんと再診断した.VPAを 25 $\mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ /日へ増量, さらに, クロバザム (clobazam: CLB)を開始,漸増( $0.8 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日)されたが,発作を抑制することはできなかった. 3 歳 0 か月時, 当科紹介受診し, 発作改善目的に入院とした。 入院時現症:一般身体所見は,バイタルサイン,体格は年齢相当, 外表, 皮膚に異常は認めず,心音,呼吸音, 腹部にも異常は認めなかった。また, 神経学的所見は, 脳神経, 筋力, 筋緊張, 深部腱反射に異常は認めず,病的反射も認めなかった。 血液・尿検査所見:血算,血液生化学,血液・尿代謝スクリーニング,抗てんかん薬血中濃度に異常は認めなかった (Table 1)。また,前医にて 1 歳 11 か月熱性けいれん時に施行された髄液検査でも,蛋白 $14 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, 糖 $65 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と異常は認めなかった. 発達検査: 津守稲毛式乳幼坚精神発達検查では発達指数 100 であった 長時間ビデオ脳波検査所見:〔発作間欠期〕覚醒期; 基礎律動は後頭部優位 $8 \mathrm{~Hz} \alpha$ 波, 時に全般性律動性徐波あり。まれに不規則な全般性棘徐波あり。睡眠期; 紡鉡波あり. 頻回に不規則な全般性棘徐波,全般性多棘徐波あり。[発作時] (1)ミオクロニー脱力発作;座位になり右上肢で体幹を保持した姿勢において突然に右方向に転倒しかかり,一致して脳波上 Table 1 Results of blood and urine tests on admission. CLB, clobazam; dmCLB, N-desmethyl clobazam; VPA, valproate sodium. Figure 1 Ictal video-electroencephalography of myoclonic-atonic seizures. The ictal video-electroencephalography shows irregular generalized spike and wave complexes, which corresponds to myoclonic followed by atonic discharges on the electromyography (left and right deltoid muscles, respectively), and sudden falling to the right side on the video. で不規則な全般性棘徐波,筋電図上で一瞬の筋収縮に引き続く途絶あり (Figure 1)。2)ミオクロニー発作 ; 覚醒時に突然に体幹を屈曲ないし伸展, 両上肢を挙上し,一致して不規則な全般性棘徐波あり。(3)非定型欠神発作;食事中に口を動かす動きが止まり,一致して $3 \mathrm{~Hz}$ で起始し $2 \mathrm{~Hz}$ で 8 秒間持続する不規則な全般性遅棘徐波複合あり。 (4)強直発作; 睡眠時に数秒のみ不規則に上下肢を動かし,一致して広汎性半律動性徐波に引き続く全般性多轓波あり。 入院後経過:入院当日より VPAを $30 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日に増量, 入院 7 日目よりVPA 血中濃度低値(トラフ値 $66.2 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL}$ )のため $40 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ /日に再増量したところ, 入院 10 日目には覚醒時のミオクロニー脱力発作および非定型欠神発作は完全に抑制され,覚醒時の発作間欠期脳波は正常化L, VPA 血中濃度は上昇 Figure 2 The clinical course of VPA and petechiae after hospitalization. The figure shows the clinical course and temporal correlation among VPA, fibrinogen, and petechiae. CLB, clobazam; ESM, ethosuximide; VPA, valproate sodium; ZNS, zonisamide. ニー発作および強直発作は残存した. よって, 入院 12 日目より ESMを $10 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日で開始し,また,入院 19 日目にVPA 血中濃度高値(ピーク值 128.5 $\mu \mathrm{g} / \mathrm{mL})$ あり,副作用が出現する可能性を考慮し $\mathrm{VPA} 35 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日に減量した. その後,入院 21 日目に ESMを $15 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日に増量したところ, 体幹の下着圧迫部優位に微細な数個の $1 \mathrm{~mm}$ 程度の紅斑と紅色丘疹の散在が出現した. 皮疹の一部は圧迫しても容易に消退しないため, 軽微な点状出血も疑ったが, 血小板数は $14.4 \times 10^{4} / \mu \mathrm{L}$ に維持されていた.よって,ESMによる薬疹が完全に否定できないことから, ESM は一旦中止としたところ, 皮疹も一旦消退した。 その後, CLBを $1 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日に増量したが無効であり, 入院 27 日目より ZNSを $3 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日で開始し $8 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日に増量したところ, 睡眠中の強直発作も 1 日 2 回程度, 1 回数秒〜数十秒まで改善した. また, 入院 35 日目にVPA 血中濃度高値 (ピーク值 $127.9 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL}$ ) あり, VPAを $30 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日に再減量した. 入院 36 日目に手背および下腿に各 2 個ずつの $1 \mathrm{~mm}$ の前回同様の皮疹が再出現し, 皮膚科受診において単純性紫斑と診断された. 引き続き血小板数 は $19.4 \times 10^{4} \mu \mathrm{L}$ に維持されていたが, VPAの副作用を疑い凝固検査を実施したところ, PT-INR 1.10, aPTT 36.2 秒 (正常値 25.5 秒 37.5 秒), フィブリ, ゲン $116 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ (正常値 $150 \sim 350 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ ), D ダイ フィブリノゲンの低下を認め, VPA の副作用によるフィブリノゲン低下を強く疑った。 その後も, 体幹の下着圧迫部優位に数個の点状出血の出現消退を反復し, 10 日後の再検査においてもフィブリノゲン低值 $(112 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{VPA}$ ピーク值 $104.3 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL})$ を認めた. よって, これまでの経過からは覚醒時の失立発作等が再燃するリスクがあるものの, 一方, さらなる低フィブリノゲン血症の悪化による外傷性出血等のリスクもあることから, VPA を $25 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日に減量した. その結果, 減量以後より点状出血は消退し新規出現なく, 7 日後の再検査においてフィブリノゲン正常化 $(209 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{VPA}$ ピーク値 $76.3 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL}$ )を認めた(Figure 2)。また, てんかん発作の再増悪は認めなかった. ## 考 察 我々は, 軽微な点状出血を契機に同定された, VPA が原因と時間的相関から推察される,フィブリ ノゲン低下の 1 例を経験した。本邦のガイドラインにおいても,血中濃度はトラフ值を元に決められているため,ピークになる時間を合わせて解釈する旨が記載されている").よって,本症例においては, VPA は高用量であるものの, そのトラフ値は添付文書上の有効血中濃度の上限である $120 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL}$ は超過していなかったものと推算されるが, VPAを中用量に減量するまで低フィブリノゲン血症と点状出血は改善が得られなかった。 VPA の血液・凝固系への副作用として, 血小板減少症は臨床においても時に経験するほど頻度は比較的高い. Nasreddine と Beydoun ${ }^{5}$ は, 165 名の成人難治性焦点てんかん患者における無作為化二重盲検試験において, $17.7 \%$ に血小板数 $10.0 \times 10^{4} / \mu \mathrm{L}$ 以下の血小板減少症を認め, 血中濃度と血小板数には負の相関があり, 女性では $100 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL}$, 男性では $130 \mu \mathrm{g} /$ $\mathrm{mL}$ を超えると実質的に増加することを報告している。また,アラキドン酸カスケードの阻害作用による血小板機能低下も報告されている ${ }^{6}$. 一方, VPA による血液凝固異常症の頻度および種類について, Gerstner ら゙は単施設における後方視的検討において, 385 名中 8 名に臨床的に関連のある血液凝固異常症, さらに同 7 名に術前検查時に血液凝固異常症を認め(計 4\%), その内訳として, 1 名に血小板減少症, 8 名に血小板機能低下症, 6 名に von Willebrand 病, 6 名に第 XIII 因子欠乏症, 5 名に低フィブリノゲン血症, 3 名にビタミン $\mathrm{K}$ 依存性凝固因子欠乏症(重複あり)を認めたことを報告している。よって, 本著者らは, VPA 内服中の患者においては,出血傾向がある場合,外科手術を予定している場合には, 血小板数のみならず, 血小板機能, PT, aPTT, トロンボテスト, フィブリノゲン, von Willebrand 因子,第 XIII 因子を測定することを提案している。 フィブリノゲンは,外科的止血不良閾値が 150 $\mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ 未満, 生理的止血可能域が $100 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ 以上,新鮮凍結血漿投与のトリガー値は $100 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ 未満と規定されている8). 本症例においては, フィブリノゲン值の正常範囲からの低下は認めるものの 100 $\mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ はわずかに上回っていた. 症状としては軽微 な点状出血のみであり, 血小板数, PT, aPTT は正常であったことからは,フィブリノゲン低下のみによる症状の可能性もある一方, 既報告にあるような血小板機能低下が随伴していた可能性も否定はできないと考える. しかしながら, VPA 減量により点状出血が完全に消退したことからは, さらなる検査は不要と考えた。 ## 結論 VPA 内服中の患者に何らかの出血傾向が出現した場合,手術を予定する場合には,VPAの処方量および血中濃度に関わらず,血小板数のほか,血小板機能,詳細な凝固機能も検査すべきである。 ## 謝 辞 本報告は厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業 JPMH20FC1039 の助成を受けた。 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) No authors listed: Proposal for revised classification of epilepsies and epileptic syndromes. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 2012 年〜2017 年 5 年間の小児集中治療室に入室した下気道感染症の小児から 検出された呼吸器ウイルスの検討 ${ }^{1}$ 東京女子医科大学八千代医療センター小児科 ${ }^{2}$ 東京女子医科大学八千代医療センター小児集中治療科 }^{3}$ 千葉県衛生研究所ウイルス・昆虫医科学研究室 (受理 2019 年 12 月 24 日) ## Clinical Features of Respiratory Viruses Detected in Patients in the Pediatric Intensive Care Unit for Lower Respiratory Tract Infection from 2012 to 2017 \author{ Kuntaro Deguchi, ${ }^{1}$ Hiromichi Hamada, ${ }^{1}$ Shoko Hirose, ${ }^{1}$ Takafumi Honda, ${ }^{2}$ \\ Kumi Yasukawa, ${ }^{2}$ Haruna Nishijima, ${ }^{3}$ Atsushi Ogura, ${ }^{3}$ and Jun-ichi Takanashi ${ }^{1}$ \\ ${ }^{1}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University Yachiyo Medical Center, Chiba, Japan \\ ${ }^{2}$ Pediatric Intensive Care Unit, Tokyo Women's Medical University Yachiyo Medical Center, Chiba, Japan \\ ${ }^{3}$ Division of Virology and Medical Zoology, Chiba Prefectural Institute of Public Health, Chiba, Japan } The role of respiratory viruses in pediatric patients with severe lower respiratory tract infection (LRTI) is unclear in Japan. The purpose of this study was to investigate the prevalence of respiratory viruses in children with LRTI managed at the pediatric intensive care unit (PICU) in a single center in Chiba, Japan. We examined 153 patients with LRTI who needed ventilatory support including high-flow nasal cannula oxygen therapy between April 2012 and March 2017; 116 by immunochromatography and 37 by PCR. Nasal swab samples were then examined using immunochromatography assay kits for respiratory syncytial virus (RSV), human metapneumovirus (hMPV), and influenza virus (flu). For PCR, viral antigen nucleic acids were obtained from nasal swabs. Each sample was examined by (RT-) PCR for RSV, enterovirus (EV), hMPV, human bocavirus (HBoV), parainfluenza virus (PIV), and adenovirus (AdV). Clinical characteristics, disease course, and prognosis were investigated. Of 153 patients with a median age of 13 months ( 0 months- 13 years), 73 were male, and $59 \%$ had previously had an underlying disease and/or disability. We detected at least 1 virus in 147 patients (96\%); 10 patients (6.5\%) had co-infection with different viruses. RSV (53\%) was the most common, followed by hMPV (20\%), EV (5.2\%), flu (4.6\%), HBoV (4.6\%), and PIV (2.6\%). Infants were frequently positive for RSV or EV, whereas children over 1 year old were frequently positive for hMPV or HBoV. Seasonal variation was seen in each virus. Over half of the patients positive for RSV or flu were previously heathy children, but many patients positive for other viruses had some other disease or disability. Duration of PICU stay depended on patients' backgrounds rather than the causative  virus. After LRTI, 1 patient dead, 2 patients received tracheotomy, and 1 started home oxygen therapy. In conclusion, RSV was the most common in LRTI pediatric patients in the PICU. Except for RSV and flu, patients frequently had some other disease/disability. Duration of PICU stay and prognosis often depends on the patient's background. Key Words: children, RS virus, respiratory tract infection, respiratory failure, pediatric intensive care ## 緒言 呼吸器感染症は,集中治療室でケアを必要とする小児のうち最も頻度の高い疾患カテゴリーである1).抗菌薬やワクチンの普及により原因病原体としてウイルスの割合は増加している. ウイルス感染症はウイルス検出や分離培養が限られた施設でしか行われていないことから,日常診療では起因ウイルス同定が困難であり,結果として臨床症状や予後の知見の蓄積が不十分となっている. 2000 年前後から, 患者の気道分泌物から核酸を抽出して polymerase chain reaction (PCR) 法をはじめとする遺伝子検査で原因ウイルスを同定する手法が普及した。結果が迅速に得られるようになり,前方視的に各ウイルス感染症の臨床症状が把握できる環境になりつつある。ヒトメタニューモウイルス (human metapneumovirus : hMPV) は 2001 年に初めて報告され2),2012 年には本邦で迅速抗原診断キットが保険点数の付く形で発売された. その普及により, 臨床現場での症状や経過の解析が進んでいる3). その後もヒトボカウイルス (human bocavirus : $\mathrm{HBoV})$ の同定4), 新興感染症としての H1N1 influ- 定と臨床症状の理解が進んできた。 我々は 2007 年 2012 年の 5 年間にわたる 2 歳未満の下気道感染症の入院症例について, その呼吸器ウイルスの検出を行い,各ウイルス感染の臨床像について報告しだ ${ }^{6}$.この研究期間に呼吸不全により人工呼吸管理を行った重症例は 20 例で, うち RS ウイルス (respiratory syncytial virus : RSV) とエンテロウイルス (enterovirus:EV) 属が各 8 例ずつと多くを占めていた。欧米の報告においても,呼吸不全に陥った下気道感染症では RSV と EV 属が検出ウイルスとして多いとの報告がなされている78). 本邦では現在, 小児 ICU (PICU) が全国に整備されつつある状況で, PICUに入室した下気道感染症例のウイルス検出頻度についての論文報告は調べた限りはない. そこで我々は, PICUに入室した重症下気道感染症小児について, 呼吸器ウイルスの検出を行い, 各ウイルス検出症例の患者背景, 検查所見, 治療内容,予後について検討した。 ## 対象と方法 2012 年 4 月 2017 年 3 月の 5 年間に, 急性気管支炎, 急性細気管支炎あるいは急性肺炎の診断で, 呼吸管理が必要として東京女子医科大学八千代医療センター PICU に入室した 15 歳以下の症例で RSV, hMPV,インフルエンザウイルス (influenza virus: flu)の各迅速抗原検查が陽性の 116 例および,同検查が陰性で呼吸器ウイルスの PCR 検查を実施した 37 例の, 計 153 例を今回の対象として後方視的に検討した. RSV はタウンズ社製「イムノエース ${ }^{\circledR} R S V ~ N e o 」$, hMPV はアドテック株式会社製「プロラスト ${ }^{\circledR}$ hMPV $\rfloor$, flu はミズホメディー社製「クイックチェイサー ${ }^{\circledR}$ FluA, B」の各迅速抗原検査キットを用いた. PCR 検査は, 児の鼻咽腔ぬぐい液を採取し, 細胞培養用培地ニッスイ Eagle's MEM(3) (日水製薬)に Albumin, Bovine (Fraction V) を最終濃度 $0.1 \%$ になるように加えた保存液 $2 \mathrm{~mL}$ に浮遊し, 解析まで$80^{\circ} \mathrm{C}$ で保存した.この鼻咽腔ぬぐい液から核酸を抽出し(High Pure Viral RNA Kit, Roche), それぞれの呼吸器ウイルスに特異的なプライマーを用いて (RT-) PCRを行った ${ }^{49) \sim 13)}$. 臨床検体からの直接 (RT-) PCR 産物を Big Dye Terminator Cycle Sequencing Kit version (1.1) (Applied Biosystem)を用いてシークエンス反応を行い,ダイレクトシークエンス法により塩基配列を決定し既知のウイルスとの関係を検討した。対象としたウイルスはRSV,EV 属, hMPV, HBoV, アデノウイルス (adenovirus : $\mathrm{AdV})$, パラインフルエンザウイルス (human parainfluenza virus : PIV)の6ウイルス群である. なお,ここでは国際ウイルス分類委員会の定める分類に従い,ライノウイルス $\mathrm{A}-\mathrm{C}$ 型は $\mathrm{EV}$ 属に含まれる表記とした。 気管,気管支,肺実質あるいは間質に炎症所見を認めるものを下気道感染症と定義し, 症状, 理学所 Table 1 Number of patients positive with respiratory viruses. Co-detection $\mathrm{EV}+\mathrm{HBoV}$ $\mathrm{EV}+$ Adeno $\mathrm{EV}+\mathrm{hMPV}$ $\mathrm{EV}+\mathrm{HBoV}+$ Adeno $\mathrm{EV}+\mathrm{HBoV}+\mathrm{hMPV}$ PIV+Adeno PIV + RSV RSV, respiratory syncytial virus; hMPV, human metapneumovirus; EV, genus enterovirus; flu, influenza virus; $\mathrm{HBoV}$, human bocavirus; PIV, parainfluenza virus. 見と胸部 $X$ 線所見から下気道感染症を診断した. 胸部 X 線で肺野に明らかな浸潤影のあるものを急性肺炎,肺野に所見を認めない症例を急性気管支炎および急性細気管支炎とし,今回の検討ではこの二者を区別せず急性気管支炎として一括して示した。 染色体異常, 心疾患, 気道疾患, 神経筋疾患等で在宅医療や生活に介助が必要な坚を基礎疾患ありとした。また,RSV 感染症でのハイリスクとしてパリビズマブの適応となっている在胎期間 36 週未満の早産児も基礎疾患ありとした.気管支喘息およびアレルギー疾患, 内分泌疾患等は基礎疾患なしとした.対象に免疫不全坚はなかった。 呼吸管理については, 経鼻高流量酸素療法 (highflow-nasal cannula : HFNC), 非侵襲的陽圧換気療法 (noninvasive positive pressure ventilation : NPPV),侵襲的人工呼吸管理に区分した. すでに基礎疾患が理由で在宅人工呼吸管理を行っている児が,在宅での圧設定よりも高い呼吸器条件に変更して管理した場合も侵襲的人工呼吸管理に含めた. 後遺症については, 死亡例と, 本感染を契機に気管切開,在宅での呼吸管理が必要となった症例を後遺症ありとした。 解析には Microsoft Excel 2016 を用い,ウイルス別の PICU 入室日数については一元配置分散分析 を,後遺症有無別 PICU 入室日数については $\mathrm{t}$ 検定を行った。 本研究は東京女子医科大学倫理委員会の承認を得た (5207) ## 結果 原因ウイルスの検討を行った 153 例のうち男坚が 73 名 $(48 \%)$ ,女児が 80 名 $(52 \%)$ であり,年齢中央値 1 歳 1 か月 ( 0 か月 13 歳), 基礎疾患を 90 名 (59\%)に認めた,急性肺炎が 117 例 (76\%),急性気管支炎が 37 例(24\%)であった. 147 例 (96\%) で少なくとも 1 種以上のウイルスが検出された,単独のウイルスが検出された患者が 137 例 (89.5\%) で, RSV が 81 例(迅速検查 79 例, PCR 2 例), hMPV が 30 例(迅速検查 30 例, PCR 0 例), $\mathrm{EV}$ が 8 例(PCRのみ, flu が 7 例(迅速検査 7 例, PCR 0 例), HBoV が 7 例 (PCR のみ), PIV が 4 例(PCR のみ)であった.複数のウイルスが検出された患者が 10 例 (6.5\%) であり,うち 2 種類検出が 8 例 $(5.2 \%), 3$ 種類検出が 2 例 (1.3\%) であった. 6 例 (3.9\%) で対象ウイルスが検出されなかった ## (Table 1) 各ウイルス検出者の年齢(月齢)の分布を Figure 1 に示す. RSV は生後 6 か月未満, EV は 1 歳未満が中心である一方, hMPV, flu, HBoV, PIV は 1 歳以上を中心に分布していた. 入院月毎のウイルス陽性患者数を Figure 2 に示した. RSVは 10 月 2月に流行があるものの, 夏も含めて通年で検出されており, $\mathrm{EV}$ も 3 月から 11 月までの冬季以外で検出された。一方, 他のウイルスは季節性がみられ,flu は 2 月 4月,hMPV と $\mathrm{HBoV}$ は 3 月 5 月, PIV は 5 月 8月に,陽性患者が分布した。 各ウイルス検出者の基礎疾患の有無を Figure 3 に示す. RSV と flu は過半数が健常者である一方, 他のウイルスは基礎疾患を持つ患者が多くを占めた。 各患者に行った呼吸管理の内訳を Figure 4 に示す. RSV と hMPV は症例数が多いが, そのうち侵襲的人工呼吸管理を行ったのは, RSVで 14 例 (17\%), hMPV では 4 例 (13\%)であった.他のウイルスは症例数が少ないが, EV (8 例中 5 例), PIV(4 例中 2 例)では半数以上が侵襲的人工呼吸管理を必要とした。ただし,その多くはもともと在宅人工呼吸管理を行っていた児であった(EV 5 例中 4 例,PIV 2 例中 1 例) Figure 5 には PICU 入室日数を, 検出されたウイ Figure 1 Age distribution of the 6 viruses during the study period. Age is divided as shown in the horizontal axis and number of positive patients is shown on the vertical axis. Mo, months; Y, years. RSV, respiratory syncytial virus; hMPV, human metapneumovirus; flu, influenza virus; EV, genus enterovirus; HBoV, human bocavirus; PIV, parainfluenza virus. Figure 2 Seasonal distribution of the 6 viruses during the study period. Number of positive patients is shown per month. RSV, respiratory syncytial virus; hMPV, human metapneumovirus; flu, influenza virus; EV, genus enterovirus; HBoV, human bocavirus; PIV, parainfluenza virus. ルス別 (Figure 5-a) と, 基礎疾患の有無別(Figure 5-b)で示した.PICU 入室日数はウイルス間では差がなく $(\mathrm{p}=0.080)$, 基礎疾患の有無で差がみられた $(\mathrm{p}<0.001)$. 後遺症を残した症例は 4 例であった(Table 2).症例 1 は, hMPV 急性肺炎, さらに急性呼吸窮迫症候群に陥り間質性肺炎による肺線維症の進行により肺機能が低下し,PICU 入室 207 日目に死亡した. ## 考 察 5 年間にわたる集中治療を要した小児下気道感染症のウイルス検出頻度を単施設で検討した,以前,当施設より 2007 年 2012 年の 5 年間の下気道感染症の入院症例全体のウイルス検出頻度について報告したが,そのうち PICU に入室した症例は RSV, EV Figure 3 Diseases and disabilities in patients positive for respiratory viruse. Black columns show patients with primary disease and/or disability. Gray columns show primarily healthy children. RSV, respiratory syncytial virus; hMPV, human metapneumovirus; $\mathrm{EV}$, genus enterovirus; flu, influenza virus; $\mathrm{HBoV}$, human bocavirus; PIV, parainfluenza virus. が多くを占めだ. Kawaguchi らはカナダの単施設の PICU に入室した下気道感染症例の 10 年間のウイルス検出について報告しており,検出頻度は RSV, EV 属, PIV, hMPV, AdV の順であっだ. またRandolph らはアメリカ国内の多施設研究で, PICU に入室した患児の呼吸器ウイルスの検出をインフルエンザシーズンに限って検討したが, RSV, $\mathrm{EV}$ 属, flu, $\mathrm{AdV}$ の順であった ${ }^{88}$. これら既報と比較すると,今回の研究では $\mathrm{EV}$ の頻度は必ずしも高くなかった. EVによる気道感染は, 他のウイルス感染と比較して予後は比較的良好だが ${ }^{44)}$, 免疫不全などの原病があったり,気管插管管理を要する症例では予後が悪いことが指摘されておりり ${ }^{15}$, 重症下気道感染の起因ウイルスとなりうる. この研究期間のすべての PICU 入室例は 227 例であったが,すべての症例で PCR の検討が行われていたわけではなく, 今回検討した 153 例は全体の $67 \%$ に相当した. このことがバイアスとなっている可能性がある。もう一点は患者背景の違いが考えられる。海外の既報では, 患児の基礎疾患の背景についてあまり言及されていない. 当院は総合周産期母子医療センターであり, NICU を退院した基礎疾患のある患児を多く診療している.こうした患者背景の違いが検出頻度に影響を与えている可能性がある. ウイルス陽性者の年齢分布に特徴がみられた. RSV, EV 属は 1 歳未満の低年齢で多く, hMPV, $\mathrm{HBoV}$, PIV は 1 歳以上が多かった. RSV は特に生後 6 か月以下に集中した。母体からの移行抗体があるものの, すぐに感染防御として機能せず,また呼吸筋の未熟性もあり, 一般的にも生後 6 か月以下に重 Figure 4 Ventilatory support devices in patients positive for respiratory viruse. Black columns: Mechanical ventilation with intubation. Gray columns: Positive pressure support with face mask. Dot columns: Respiratory support with high-flow-nasal cannula oxygen therapy. RSV, respiratory syncytial virus; hMPV, human metapneumovirus; EV, genus enterovirus; flu, influenza virus; $\mathrm{HBoV}$, human bocavirus; PIV, parainfluenza virus. 症例が多い ${ }^{61616}$. 一般的に hMPV は 12歳3), PIV は 1 歳未満に頻度が多い ${ }^{17}$ が, 本研究では 3 歳以上の症例が一定数みられた。これらのウイルス陽性者では基礎疾患を有している患児が多くを占めたことから, 重症化にはホストの要因が大きいと考えられる. $\mathrm{HBoV}$ はその抗体価が生後 $6 \sim 8$ か月で最低值になるとの報告があり,早期乳児期においては $\mathrm{HBoV}$ に対して母体免疫による防御が示唆されている ${ }^{18}$.以前当施設で $\mathrm{HBoV}$ 感染症例の検討を行った研究では, 生後 1015 か月の患児が検出数のピークとなっておりり, 本研究の結果と合致した。 ウイルスの季節性については, 入院症例全体を検討した既報と同様の傾向であっだ. すなわち 11 月〜2月に RSV の流行があり, 3 月 8月は多彩なウイルスが検出され hMPV, HBoV, PIV が順を追ってピークとなった。 診断は, 2 歳未満入院症例全体の検討においては急性気管支炎が過半数を占めたが,今回の PICU 入室例の検討では肺炎が多かった。 必要とした呼吸管理について, hMPV 感染で侵襲的人工呼吸管理(気管挿管)が必要になった割合が $\mathrm{RSV}$ と同様に高かった. hMPV は, RSV より検出頻度が少ないが, 罹患者は RSV と同等の割合で呼吸管理を要するという報告があり20, これと一致する結果であった. また EV, PIV 陽性例では気管切開人工呼吸患者の呼吸器条件を上げた症例が多かった。 ウイルスによって呼吸管理の内容が異なるのかは.既報でも結論づけられているものはなく, さらに症例を蓄積する必要がある. Figure 5 Duration of stay in PICU. The horizontal line inside each box indicates the median, the box indicates the interquartile range, the I bars indicate $1.5 \times$ interquartile range, and asterisks indicate outliers. 5 -a: Duration of stay in PICU according to causative viruse. RSV, respiratory syncytial virus; hMPV, human metapneumovirus; EV, genus enterovirus; flu, influenza virus; HBoV, human bocavirus; PIV, parainfluenza virus. 5-b: Duration of stay in PICU according to host background. No: Primarily healthy patients; Yes: Patients with a disease and/or disability. Table 2 Patients with severe prognosis. ARDS, Acute lung distress syndrome; hMPV, human metapneumovirus; Rhino C, rhinovirus type C; HOT, home oxygen therapy; CHF, congestive heart failure. PICU 入室日数はウイルス間の差はなく, むしろ基礎疾患の有無で有意差がみられた。当然の結果とも解釈できるが,小児において基礎疾患の有無での検討は過去に報告がなく, 急性期病院であるが同時に NICU 退院児の在宅管理を多く行っている当施設の特性と考えられる。 本研究の限界として,単施設の検討であること,後方視的検討であり,研究期間においてウイルス検出を施行していない症例があり,今回は入室者全体の $67 \%$ の検討であることから, 入室者の全体像を必ずしも示せていないことが挙げられる。また, 迅速抗原検査は感度, 特異度が PCR 検査よりも劣る. 本研究では迅速検查陽性となった症例では PCR 検査を行っておらず,複数種のウイルス検出率についてもバイアスがあると考えられる。また,検出されたウイルスの病原性については必ずしも証明できていない. ## 結 論 PICU で管理を行った 5 年間の重症下気道感染症症例を対象として気道ウイルスの検出を行い, 単施設, 後方視的に臨床的検討を行った. RSV が最多であり,各ウイルスに年齢分布や季節性の特徴がみられた. RSV と flu は健常児の割合が高く,この 2 種のウイルスについては健常児であっても呼吸管理が必要となる可能性が他のウイルスより高い.PICU 入室期間についてウイルス間の差はなく, 基礎疾患の有無の影響が高かった。 本論文の筆頭著者は出口薫太朗と濱田洋通の両名である。 本研究に関して著者全員共, 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1)長村敏生, 寺井勝, 濱田洋通ほか: 重篤小児前向 き登録調査報告書. 日本小背科学会雑誌 119 : 1446-1450, 2015 2) van den Hoogen BG, de Jong JC, Groen J et al: A newly discovered human pneumovirus isolated from young children with respiratory tract disease. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 炎症性疾患 ## (1)炎症とは 東京女子医科大学医学部微生物学免疫学教室 $\begin{array}{ll}\text { 力トゥ落 } & \text { ヒデ秀人 } \\ \text { 加藤 }\end{array}$ (受理 2020 年 1 月 10 日) Inflammatory Disease (1) What Is Inflammation? ## Hidehito Kato Department of Microbiology and Immunology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Stress responses are part of an important system in maintaining the homeostasis of a living organism. After acute inflammation, if tissue repair is incomplete or stress is not completely removed with an excessive and prolonged inflammatory response, damage is accumulated in living organs and chronic inflammation persists. Thus, irreversible tissue and organ damage occurs, which is accompanied by fibrosis. Further, inflammatory diseases, such as fibrotic diseases, autoimmune diseases, allergies, and arteriosclerosis, account for most causes of deaths in humans; therefore, it is extremely important to understand mechanisms of inflammation and to establish a control method. Inflammation is caused by a complex influence of various molecules and cells that form networks through inflammatory cytokines. Since various factors influence each other, the onset time, degree, and duration of inflammation may differ. This article explains the mechanism of inflammation, presents findings on its regulatory factors and methods, and enumerates the innate immune system receptors (pattern recognition receptors) and responsible cells (neutrophils, innate lymphoid cells, natural killer $\mathrm{T}$ cells) that cause inflammation. This article thus aims to understand the complex networks involved in inflammation. Key Words: inflammation, pathogen-associated molecular patterns (PAMPs), damage-associated molecular patterns (DAMPs), neutrophils, natural killer T (NKT) cells ## はじめに 生体は, 微生物感染による生物学的ストレスや,温度変化や打撃等による物理的ストレス, 酸やアルカリ, 毒物等の化学的ストレスのようなストレス侵襲を常に受けている. このストレス侵襲によって体に異変が生じる過程を炎症と呼ぶ. 炎症部位は発熱,発赤,腫脹,疼痛を生じ,結果として機能障害が生じる。このような症状は, 体の侵襲を受けた組織がストレスに応答した結果生じる。炎症部位では, 血管の拡張や血流の増加, 血管からの血液成分の漏出,白血球の炎症組織への浸潤, 局所的に産生された物質による神経への刺激などが観察され,次第に炎症  症状が進行する。しかし, これらの症状は生体防御システムにより時間経過とともに収束する。このような炎症反応の進行過程において, 死滅した細胞や感染した微生物は除去され,創傷を受けた組織は再生し,失われた組織は線維組織に置き換わり,創傷は修復されて治瘉する。ストレスに応答するシステムは,生体の恒常性を維持するための重要なシステ么であるが,急性炎症が生じた後,組織修復が不完全な場合や,ストレスが完全に除去されず過剩な炎症反応が長期間持続した場合は,生体組織にダメー ジが蓄積され, 慢性炎症状態が持続し, 結果的に線維化などを伴う不可逆的な組織・臟器障害を生じる. 線維化疾患, 自己免疫疾患, アレルギー, 動脈硬化等の炎症性疾患は, ヒトの死因の大半を占めるため, 炎症のメカニズムの理解,およびその制御法の確立は,極めて重要である.本稿では,炎症を惹起する自然免疫系の受容体および担当細胞を列挙し,炎症のメカニズムを解説するとともにその制御因子,および制御法における最近の知見を検証することで,炎症への理解を深める。 1. 急性炎症のメカニズム (炎症を惹起する因子) 1) 自然免疫系受容体 生体には非自己を認識するセンサーが備わっている. そのセンサーが感知する刺激を Danger Signal と呼ぶ. 刺激物質は大きく分けて 2 種類あり, 細菌やウイルスの構成成分を pathogen-associated molecular patterns(PAMPs), ダメージを受けた細胞や細胞外基質から放出される成分を damageassociated molecular patterns (DAMPs) と呼ぶ. PAMPs と DAMPs は,センサーにより認識され防御反応 (炎症) が始まる (Figure 1) ${ }^{1)}$. 認識するセンサーを pattern recognition receptors (PRRs) と呼ぶ. 生体はこの PRRsの認識機構により, 炎症性サイトカインを分泌して感染部位や損傷部位へ免疫担当細胞を遊走して炎症応答を誘導する.PAMPsの中でも nod-like receptor (NLR) family や hematopoietic interferon (IFN) $-\gamma$ inducible nuclear protein with the 200-amino-acid repeat(HIN-200) family が,非自己を認識して apoptosis-associated speck-like protein containing a caspase activation and recruitment domain (ASC) や caspase-1 などと結合すると inflammasome と呼ばれる複合体が形成される. inflammasome では, 活性型 caspase-1 が炎症性サイトカインを誘導することで炎症が惹起される2). inflammasome の形成に基づく炎症応答は, 感染防御 に有効であり ${ }^{3}$, 腸内細菌叢の制御および腸管上皮のバリアを保護し,腸管における恒常性を維持すると考えられている。一方, 過剩な inflammasome の形成は慢性炎症を惹起し, 動脈硬化, 痛風, 2 型糖尿病, アルツハイマー病などの疾患の発症に起因すると考えられている ${ }^{455}$.これらの一連の応答を自然免疫応答と呼び,遊走してきたマクロファージや好中球による病原体の直接的な排除を惹起するのみならず,後に起きる獲得免疫の確立や障害を受けた組織の治癒にも必須の反応である ${ }^{6}$. 2)好中球 好中球は生体防御において最初に稼働する細胞で, 非常に重要な機能を担っている. 白血球中の約 70\%を占め,体内に非自己(微生物等)の侵入を感知すると,血管壁をすり抜け,侵入物の局在する場所へ移動(遊走)し活性化する. 好中球走化因子として, 細菌由来のぺプチド,補体成分 (C5a),アラキドン酸代謝産物 (ロイコトリエン B4),ケモカイン (NAP-2, MIP-2), サイトカイン [interleukin (IL)-8]等が知られている。活性化好中球は非自己(細菌)を貪食し, 活性酸素等で感染を防御する。活性化好中球は,自身のクロマチンを細胞外に放出することで感染を防御する”。このクロマチンネットは neutrophil extracellular traps (NETs) と呼ばれ,この細胞死の過程はネクローシスやアポトーシスとはタイプが異なる為に,NETosis と呼ばれる。ネット状の NETs は細菌を捉える。捉えられた細菌は好中球やマクロファージに貣食されやすくなり, また, NETs そのものにも殺菌作用がある ${ }^{8}$. peptidylarginine deiminase (PAD) 4の遺伝子欠損マウスでは NETs 形成が強く抑制されており, そのマウスは易感染性になることから, PAD4 がNETs形成に重要である9. さらに, NETs は血小板をトラップして活性化し, 血栓形成に重要な働きをしていること ${ }^{10}$ や癌転移に重要"なこと, 慢性かつ難治性の自己免疫疾患の一つである systemic lupus erythematosus (SLE) の発症に重要であること ${ }^{12}$ が明らかとなり, NETs が感染防御や血栓・癌転移・自己免疫疾患等に重要な役割を果たしていることが明らかとなっている. NETosis は, 各種菌体成分 $[2$ 本鎖 RNA,フラジェリン,リポテイコ酸, lipopolysaccharide (LPS) 等]菌体, 生体物質 [活性化内皮細胞, カルシウムイオン, フィブリノーゲン, IL-1, IL-8, IFN- $\alpha$, 壊死組織,血小板活性化因子, 血小板, toll-like receptor (TLR), tumor necrosis factor (TNF)- $\alpha$, myeloperoxidase- $\overline{\text { TRENDS in Immunology }}$ Figure 1 Classes of molecules that initiate innate and adaptive immune responses ${ }^{11}$. The initiating events in inflammation and the resultant adaptive immune response include both pathogen-associated molecular patterns (PAMPs) and damage-associated molecular patterns (DAMPs). These are protein (e.g. HMGB1) or non protein (e.g. ATP, uric acid) molecules which in healthy conditions are confined within cells but are delivered outside upon cell damage, such as necrosis, and in some instances secreted by cells. The levels of released DAMPs depend on the abundance of intracellular DAMPs and are often higher and enduring in neoplastic tissues than in normal tissues. This leads to persistent inflammation. Other sources of DAMPs include degraded extracellular matrix, such as heparan sulphate and hyaluronan. Many of the receptors so far identified for DAMPs and PAMPs are shared, and belong to the family of Pattern Recognition Receptors, PRRs. Therefore, both sterile and non sterile inflammation signals converge on a common pathway. Matzinger has suggested a unique integrating hypothesis that all molecules signaling danger or damage are DAMPs, with hydrophobic portions of molecules (HYPPOs) derived either from dead and dying host cells or pathogens ${ }^{68)}{ }^{69}$. LPS, lipopolysaccharide; ssRNA, single strand RNA; T. gondii, Trypanasoma gondii (protozoan parasite); HMGB1, high mobility group box 1 protein; PRRs, pattern recognition receptors; TLRs, toll-like receptors; NLRs, NOD1-like receptors; RLRs, RIG-I-like receptors. anti-neutrophil cytoplasmic antibody (MPO-ANCA)等], 各種ウイルス, 化学物質(ピロリン酸カルシウム, カルシウムイオノフォア, 活性酸素, PMA, スタチン, 尿酸, 一酸化窒素等) のような様々な PAMPs や DAMPs により誘導される. したがって,好中球は, 自身の産生する顆粒成分や抗原提示能,貣食抗原の放出等により, 獲得免疫の主役である $\mathrm{T}$細胞を抑制したり活性化したりして, 免疫系を調整することが可能であり,その証拠も揃いつつある $(\text { Figure 2) })^{13) 266}$. 3) Innate lymphoid cell (ILC) ILC は, 皮虑, 肺, 腸などの哺乳類のバリア表面, および脂肪や粘膜関連のリンパ組織に存在し, 炎症の開始, 調節, 解消に重要である. サイトカインおよび微生物シグナルに迅速に応答し, 炎症性および免疫調節性サイトカインの供給源であり, 獲得免疫の調節因子としても重要な役割を果たしている27).表面マーカーの発現パターン, サイトカイン発現パターン, 転写因子の発現パターンに基づいて, グルー プ 1,2,3 の3つのサブセットに分類される ${ }^{28}$. ILC Figure 2 Mechanisms involved in T-cell inhibition (left panel) and activation (right panel) by neutrophils ${ }^{13)}$. Neutrophils can establish T-cell inhibition by (1) degranulation of granular constituents. The serine proteases elastase and cathepsin G inactivate T-cell stimulating cytokines, IL-2 and IL-6, and catalyze shedding of cytokine receptors for IL-2 and IL-6 on T-cells ${ }^{14)}{ }^{15}$. (2) Production of reactive oxygen species (ROS) and release of arginase. Both agents can result in downregulation of TCR $\zeta$ on T-cells, thereby arresting the cell in the G0-G1 phase ${ }^{16)} \sim 21$. (3) Expression of PD-L1. Upregulation of this ligand is associated with interferon-dependent PD1-mediated T-cell apoptosis ${ }^{22)}{ }^{23}$. T-cell activation by neutrophils is attained by (4) indirect antigen presentation. Dendritic cells take up antigens from apoptotic neutrophils and serve as APC for T-cells ${ }^{24}$. (5) Direct antigen presentation. Neutrophils possess the capacity to cross-prime $\mathrm{CD}^{+}$T-cells directly in a MHCI-dependent manner ${ }^{25)}$. (6) Release of microbial metabolites (HMB-PP). Neutrophils release bacterial products after ingestion to activate $\gamma \delta$-T-cells ${ }^{26)}$. の研究は比較的新しく,現在,免疫制御に関する成果が続々と発表されている ${ }^{29)-311}$. 4) Natural killer T(NKT)細胞 CD1d 拘束性 NKT 細胞は,自然免疫システムと獲得免疫システムの境界に存在し, NK 細胞と同様に刺激にすばやく反応し, 様々なサイトカインを産生する ${ }^{32233}$ ことによって, 自然免疫と獲得免疫の橋渡しをしている ${ }^{34}$ .NKT 細胞は脂質抗原を認識し, T細胞の T cell receptor (TCR) が major histocompatibility complex (MHC) に提示されたぺプチドを抗原として認識するのに対して, NKT 細胞の TCR は $\mathrm{CD1d}$ 分子に提示された糖脂質を認識し認識範囲を T 細胞と分担している. NKT-TCRにより 2 種類に大別され, Va24Ja18 (ヒト) という均一な可変部位を保持する TCRを発現しているものを I 型, それ以外を II 型と呼ぶ.大部分の NKT 細胞は I 型であり Figure 3 Overview of the different functional human NKT cell subsets ${ }^{41)}$. CD1d-restricted human NKT cells can be divided into subsets based on their TCR repertoire and cytokine profile. Type I NKT cells express the invariant V $\alpha 24 \mathrm{~J} \alpha 18$ TCR $\alpha$-chain and can be subdivided into five distinct functional subsets (indicated in green). In addition, type II NKT cells express a diverse TCR repertoire and can be subdivided into two functional subsets (indicated in blue). Upon activation, NKT cells secrete a unique pattern of cytokines, indicated for each subtype. Type I and type II NKT cells are able to switch between different functional subsets upon interactions within the TME. NKT, natural killer T; TCR, T cell receptor; TH, helper T; T reg, regulatory T; TFH, follicular helper T; TME, tumor microenvironment. I 型の TCR には多様性がないため, invariant NKT (iNKT)細胞と呼ばれる。I 型 NKT 細胞は $\alpha$ galactosyl ceramide ( $\alpha$-GalCer) のほか, 微生物の糖脂質と自己抗原も認識する ${ }^{35 \sim 39)}$ , $\alpha$-GalCer はすべての I 型 NKT 細胞の強力な活性化因子であり, 大量の IFN- $\gamma$ 産生させ, CD8 T 細胞と antigen presenting cell(APC)の両方を活性化する ${ }^{40}$. 一方, CD1d 拘束性 II 型 NKT 細胞は, invariant TCR を発現しない. このサブセットは, I 型NKT 細胞によって認識されるものとは異なる糖脂質抗原を認識し,I型ほど詳細に調べられていない。I 型 NKT 細胞は ILC と同様に, T helper (Th) 1のマスター遺伝子である T-betを発現し, IL-4 とIL-13を産生する NKT1, Th2のマスター遺伝子である Gata-3を発現しIFN- $\gamma$ と IL-4 の両方を産生する NKT2, retinoid-related orphan receptor (ROR) $\gamma t$ を発現しIL-17A やIL-22を産生する NKT17 の 3 種類のグループに分類される $\left(\right.$ Figure 3) ${ }^{411}$. さらに, IL-10を産生する NKT10(NKT reg)も確認されている ${ }^{42}$. NKT 細胞はほとんどの臟器でマイナーな免疫細胞サブセットを構成するが,炎症性あるいは抗炎症性サイトカインを分泌することにより,免疫応答を短時間で炎症または寞容に傾けることができるため, 免疫調節に大きな影響を及ぼす。 ## 2. 炎症を抑制する因子 1) Leukocyte cell-derived chemotaxin-2 (LECT 2) LECT 2 は 1996 年にヒト T 白血病細胞株 SKW3 の培養上清から,ヒ卜好中球走化性を指標にして山越らが精製単離した ${ }^{43}$ 多機能蛋白である。最初にヒ下骨髄性白血病細胞株 ML-1 の培養上清からヒト好中球走化性因子 LECT として精製されたが,この LECT は IL-8 であることが分かったため,2 番目に精製されたLECT という意味でLECT 2 と命名された. LECT 2 は主に肝臟で産生されるため, 肝機能と密接に関係していると考えられている ${ }^{44}$. 多方面の研究により多機能な蛋白であることが示唆され,以下に示すように炎症の抑制を中心に多数の研究がなされている. (1)Concanavalin A(Con A)誘導性肝炎の抑制肝臟は自然免疫を担う NK 細胞や NKT 細胞が多く存在し, 免疫応答の場である. Con A 投与により誘導される肝傷害は, エフェクター細胞として NKT 細胞や好中球が重要な役割を担っていると考えられている. Saitoらは, Con A により誘導される肝炎が野生型マウスに比べ LECT 2 knock out (KO) マウスにおいて増悪することを見出しだ告),肝臟の NKT 細胞が LECT 2 KO マウスで増加しており, LECT 2 が肝臟の NKT 細胞の活性化を抑制することでCon A誘導性肝炎を制御していると考えられる。 A B Time (h) IL-6 Control $(n=6)$ IFN- $\gamma$ $ \square \text { Alive }(n=5) $ - Dead $(n=29)$ Time (h) MCP-1 Figure 4 Plasma cytokine/chemokine levels are increased in a Staphyiococcal enterotoxin A (SEA)-dose dependent manner, thereby influencing prognosis ${ }^{46}$. (A) B6mice were injected with 0.1 and $1.0 \mu \mathrm{g}$ SEA/D-GalN, and the plasma levels of the indicated cytokines and a chemokine were followed for $72 \mathrm{~h}$ after treatment. Data are presented as the mean $\pm \mathrm{SD}$ of 3 samples at each time point. (B) B6 mice were injected with 1.0 $\mu \mathrm{g}$ SEA/D-GalN, and blood samples were collected at $12 \mathrm{~h}$ thereafter. The mice were then observed, and blood samples were again collected from the mice still alive at $72 \mathrm{~h}$ thereafter. The indicated plasma cytokine/chemokine levels were compared among the control, surviving and dead mice. Data are presented as the mean $\pm \mathrm{SD}$ of the indicated number of samples. $* \mathrm{p}<0.05, * * \mathrm{p}<0.01, * * * \mathrm{p}<0.005$. (2)抗コラーゲン抗体誘導性関節炎の抑制マウスにおける collagen-induced arthritis (CIA) は,ヒト慢性関節リウマチの実験モデルとして幅広く利用されているが, 関節炎の発症には長時間かかり, 発症頻度もマウスの系統によって異なる。一方,抗コラーゲン抗体を使用した抗体誘導性関節炎モデルは,CIA とは異なりマウスによる系統差がなく,短時間で関節炎を発症する。 Okumura らは,抗コラーゲン抗体誘導関節炎において LECT 2 KO マウスが炎症性サイトカインの発現増加を伴い増悪化することを見出した ${ }^{45}$.この関節炎の増悪化は, LECT 2 遺伝子導入により改善した. (3)Staphyiococcal enterotoxin A(SEA)誘導性ショックの抑制 D-ガラクトサミン (D-GalN) は軽微な肝障害を誘発する. D-GalN と SEA やLPS を同時投与するとショックが誘導されることが知られている. 我々は, LECT 2 KO マウスは, 正常マウスと比較 しSEA と D-GalN の同時投与により誘導されるショックの致死率が上昇すること,血中 LECT 2 濃度と炎症性サイトカイン濃度は逆相関することを見出した (Figure 4) ${ }^{46}$. SEA ショック誘導時に recombinant LECT 2 を投与すると, 生存率が改善し炎症性サイトカイン産生が抑制された(Figure 5) ${ }^{46)}$. (4)敗血症患者における血漿 LECT 2 濃度の低下我々は, ヒトの炎症の重症度と血漿 LECT 2 濃度との関連を統計学的に調べたところ, 敗血症患者の ICU 入室時と退室時では, 入室時に低下し, 退室時には上昇することを見出しだ ${ }^{47}$ ,好中球,幼若白血球, C-reactive protein (CRP), IL-6 の血漿中濃度は,入室時は高く, 退室時に低下するが, LECT 2 の変動はこれらの炎症性パラメーターと有意に逆相関した。 (5)発癌との関係 LECT 2 は Wnt/ $\beta$-カテニンシグナル伝達系を抑制することが知られている ${ }^{48}$. Anson M らは, LECT Figure 5 Administration of leukocyte cell-derived chemotaxin-2 (LECT 2) reduces lethality after treatment with Staphyiococcal enterotoxin A (SEA)/D-GalN in a manner that is associated with theinhibition of cytokines in plasmat6). (A) B6 mice were injected with $5 \mu \mathrm{g}$ of rLECT2 protein (Treated, $\mathrm{n}=15$ ) or PBS (Untreated, $\mathrm{n}=15)$ as acontrol at $0.5 \mathrm{~h}$ and $6 \mathrm{~h}$ after treatment with $1.0 \mu \mathrm{g}$ SEA/D-GalN, and the survival rate was examined $72 \mathrm{~h}$ later. (B) Indicated plasmacytokine/chemokine levels in B6 mice compared at $12 \mathrm{~h}$ after treatment. Data are presented as the mean $\pm \mathrm{SD}$ of 3 samples. * $\mathrm{p}<0.05$. 2 KO マウスやNKT KOマウスで悪性度の高い肝細胞癌が形成をされることを見出し ${ }^{49}$ ,抗炎症性メデイエーターにより作り出される微小環境が, 腫瘍の形成に影響を与えるという炎症と肝細胞癌との関連モデルを提唱した(Figure 6),通常は,LECT 2 の作用による NKT 細胞数の増殖抑制によってTh1 優勢環境に傾き,前癌段階である炎症が抑制されているが,急性炎症等がきっかけとなり LECT 2 が減少すると, NKT 細胞が増加して Th2 優勢環境に傾きその結果産生されるサイトカインにより炎症が立進し前癌段階が前進する。 (6) 肥満との関係 Lan F らは, LECT 2 が, ヒトの肥満とインスリン抵抗性の両方の重症度と正の相関があることを見出した ${ }^{50}$. 肥満者では, 過剩に産生された LECT 2 が,筋肉でインスリン抵抗性を誘導することで糖尿病を発症しやすくなると考えられる。組換えLECT 2 を C2C12 筋細胞に添加したところ, Jun NH2 末端キナーゼのリン酸化を介してインスリンシグナル伝達を障害した。肥満は慢性炎症の結果であるという考え方が定着しつつあり,炎症を抑えるためにLECT 2 が肥満者で過剩発現したと考えられる。過剩発現 した LECT 2 を抑制することで,肥満者が糖尿病を発症するリスクを軽減できる可能性がある。 2) Alternatively activated (M2) マクロファージマウスの脂肪組織には少なくとも 2 種類の性質の異なる極性を有するマクロファージが存在することが明らかになった. 非肥満の脂肪組織では, $\mathrm{M} 2$ マクロファージが抗炎症性サイトカイン IL-10や nitric oxide (NO) 生合成を抑制するアルギナーゼを産生することによって炎症性変化を抑制する。これに対して, 肥満に伴い増加する classically activated (M1) マクロファージは, 細胞死に陥った脂肪細胞を取り囲む特徵的な組織像(crown-like structure)を呈し,多くの炎症性サイトカインを分泌して脂肪組織の炎症性変化を促進する ${ }^{51}$. 3) Receptor activator of NF-kappa B ligand (RANKL) 近年, 免疫系において重要な役割を果たすサイトカインや転写因子の幾つかが骨代謝系を制御していることが明らかになり,「骨免疫学」が創生された ${ }^{52)}$. Maruyama らは感染により血中 RANKL 值が速やかに低下することや,RANKL KOマウスはLPS ショックの致死率が上昇すること,マウスに Figure 6 Liver inflammation is critical for $\beta$-catenin-induced liver tumorigenesis ${ }^{49}$. Oncogenic activation of $\beta$-catenin in hepatocytes triggers an intrinsic inflammatory program with both pro- and anti-inflammatory mediators that together construct an inflammatory microenvironment that controls tumor progression. In Apc-deficient (Apc-/-) hepatocytes, $\beta$-catenin signaling is constitutively activated and induced: (a) the expression of a proinflammatory program resulting from both a direct control by the Wnt/ $\beta$-catenin signaling and an indirect control by NF-KB that is not yet understood and (b) the expression of an anti-inflammatory program including at least the direct leukocyte cell-derived chemotaxin-2 (LECT2) target gene. 2 interconnected factors relay the anti-inflammatory response, the chemokine-like factor LECT2 and the iNKT cells. iNKT cell homeostasis is controlled by LECT2 at the level of liver homing and cytokine polarization. Together, the $\beta$-catenin-induced liver microenvironment exhibits a low grade of chronic inflammation that preserves an immune response with antitumor activity. In mice deficient in Apc and LECT2 (Apc-/-LECT2-/-), the lack of LECT2 causes highgrade inflammation in the liver microenvironment, which strongly potentiates the tumoral process and results in lung metastases. RANKL を前投与しておくとLPSショックによるマウス致死率が改善されることを発見し, RANKL は敗血症性ショックのマーカーであると共に予防因子であることを見出した ${ }^{53}$. 欠損するとショックの致死率が上昇し, RANKL 値が炎症反応と逆相関する現象はLECT 2 の場合と同様である。 4) 合成 CRP 合成 CRP は CRP の活性化部位である 174 185 までの 12 個のアミノ酸残基を合成したものであり,本来の CRP と同様の生物学的活性を有するとされる. Inatsu らは合成 CRP を前投与したマウスに LPS を静脈内投与すると, TNF- $\alpha$ と IL-12 の上昇が抑制されることを見出した. さらにLPS 投与時のクッパー細胞の貧食能が CRP 投与マウスで九進した ${ }^{54)}$.炎症の際に CRP が高値となり炎症の指標になっているのは周知の事実であるが, 病態生理学的な役割は現在明らかにされていない.この研究は CRP の意 義を理解するうえで貴重な研究である。 5) Myeloid associated Ig like receptors-I(MAIR-I) MAIR-I (CD300a) は肥満細胞や NK 細胞などに発現する分子量 $60 \mathrm{kDa}$ の細胞表面分子である。小田らは,MAIR-I がアポトーシスによって細胞表面に生じた phosphatidylserine (PS) を認識する免疫グロブリン様受容体であることを見出した ${ }^{55}$. さらに, MAIR-I KO マウスを作成しその機能を調べたところ, MAIR-I KOマウスは cecal ligation and puncture (CLP) による細菌性敗血症ショックに抵抗性を示した. ショック抵抗性を示した MAIR-I KO マウスの腹腔内では, 顆粒球が増加し, 細菌数が減少していた. MAIR-I KO マウスの肥満細胞を, LPS および MAIR-I と結合する死細胞と一緒に培養したとこ万,好中球遊走能を持つケモカインの産生が増加した.したがって,肥満細胞に存在する MAIR-I は死細胞の PS と結合し,好中球遊走能を持つケモカインの産生を抑制している可能性が示唆された56. 6) Regulatory dendritic cells (DC regs) Sato らは未熟樹状細胞に各種の刺激を加えることにより, regulatory T ( $\mathrm{Treg}$ ) 細胞誘導能等の $\mathrm{T}$細胞制御機能を持つ DC regs を開発した ${ }^{577}$. DC regs の腹腔内投与により,LPS ショックやCLP により誘導された敗血症炎症マウスの血中サイトカイン濃度の上昇や致死率が改善された ${ }^{58)}$. 7) IL-33 細菌が生体内に侵入すると,マクロファージ,単球や血管内皮細胞が好中球を呼び寄せるために(CX-C motif chemokine) ligand (CXCL) 2 を産生する. CXCL2 は好中球に存在する受容体である C-X-C motif chemokine receptor (CXCR) 2 に結合して好中球を遊走する。一方, LPS 等の細菌由来物質は TLR を约中好 $の$ G protein-coupled receptor kinase (GRK) 2 の発現を増強する. GRK2 は CXCR 2 のシグナルを抑制して好中球の遊走を減少させるため, 感染症を発症しやすくすることが示唆される. Alves-Filho JC らは, IL-33 が GRK2 の発現を抑制することを見出し,その結果 CLPによる敗血症ショックが抑制された ${ }^{59}$ 。通常の敗血症患者では好中球の遊走能を維持するために IL-33 が膜結合型の supression of tumorigenicity(ST)2 に結合して GRK2 の発現を抑制しているが,致死的な敗血症患者では IL-33 の受容体である soluble ST2 (sST2) が誘導されて敗血症が増悪することが見出されている (Figure 7) ${ }^{60}$. 8) Morphine Systemic inflammatory response syndrome (SIRS)は,細菌に対する免疫応答によって産生されるサイトカインにより惹起される。敗血症ショック時にモルヒネを投与することはショック応答を増悪するため禁忌とされるが,モルヒネ投与はサイトカインの産生を抑制し,ショック応答を抑制するという報告もあり,神経細胞や消化管以外一の作用はあまり解析されていない。我々はマウスモデルにおいて,LPS ショック誘導前にモルヒネを投与するとショックが抑制され,誘導後に投与すると増悪することを見出した (Figure 8 ) ${ }^{611}$. この結果は, モルヒネが生体内の免疫応答の変化により異なる作用機序を示すことを示唆している.さらに,マウスの肝臟浸潤細胞をモルヒネで処理したところ NKT 細胞が特異的に消滅していた溌表).この結果を基に, モルヒネ投与時期による相反した症状を説明するため,モルヒネは NKT17 と NKT reg を消滅させるという仮説を立てた。すなわち, 通常のショック応答は, ショックが誘導 (LPS の投与) され, NKT17 が活性化されると次に好中球が活性化されショックが惹起される。 その際, NKT reg が作用してショックが中程度は抑制される。ショック誘導前にモルヒネを投与した場合は, NKT17 が消滅してしまうため好中球は活性化されず,結果としてショックは誘導されない.ショック誘導後にモルヒネを投与した場合は,好中球は活性化された後であり, さらに, NKT reg が消滅してしまうために, ショックが増強する。 NKT が好中球を制御するメカニズムはまだ解明されていないが,この仮説を立証することで,好中球制御の一端を解明したいと考えている. 9) Anaphase-promoting complex (APC) XuJらは, 細胞外ヒストンを抗ヒストン抗体によりブロックしたり,APC で分解したりすることで, LPS,TNF- $\alpha$ ,CLP で誘発したマウス敗血症ショックによる致死率が低下することを見出しだ22. 10) ILC3 新生览において,長期的な抗生物質の使用は,好中球の減少が原因とされる遅発型敗血症のリスクを上昇させる。 妊娠した母マウスに抗生物質を長期投与すると,母体から新生仔への微生物の移行が減少する. Deshmukhらは,抗生物質を投与された新生仔マウスおよび無菌新生仔マウスの血中や骨髄中での好中球数や, 骨髄中の顆粒球/マクロファージに拘束された前駆細胞数が減少することを見出した ${ }^{63}$. Focus of infection Figure 7 IL-33 promotes the migration of neutrophils into the focus of infection ${ }^{60}$. Detection of microbes by Toll-like receptors (TLRs) expressed by neutrophils increases the expression of G protein-coupled receptor kinase (GRK) 2. GRK2 mediates the internalization of (C-X-C motif chemokine) receptor (CXCR) 2 and desensitizes neutrophils to the action of the chemokines (C-X-C motif chemokine) ligand (CXCL) 2 and CXCL8, produced by monocytes/macrophages, epithelial cells and endothelial cells at the focus of infection. The cytokine IL-33, expressed by fibroblasts and epithelial, endothelial, mast and innate immune cells in response to infection, signals through a receptor complex composed of soluble supression of tumorigenicity (ST) 2 and IL-1 receptor accessory protein (IL-1RAP). IL-33 also binds a soluble isoform of ST2 (sST2) that acts as a decoy receptor. SST2 is upregulated in people with sepsis and functions as a modulator of IL-33. Alves-Filho et al. report that IL-33 lowers the expression of GRK2, overriding the downregulation of CXCR2 and the inhibition of neutrophil chemotaxis induced by TLR agonists ${ }^{59}$. This signaling cascade enhances antimicrobial host defenses. 母マウスへの抗生物質投与は, 新生仔マウスの腸管のIL-17 産生細胞の数や, granulocyte colonystimulating factor (G-CSF) の産生を低下させた。新生仔マウスは, 顆粒球減少によって大腸菌 K1 株や肺炎桿菌 (klebsiella pneumoniae) による敗血症に対する免疫応答が障害され, この疾患に対する感受性が上昇したが, これらは G-CSF の投与によって部分的に回復した.抗生物質を投与した新生仔マウスへ正常な細菌叢を移入すると, 腸管で ILC3 による IL-17 産生が誘導され, TLR4 および myeloid differentiation factor 88 (MyD88) 依存的に血漿中 G-CSF レべルが上昇し, 好中球数が増加して, 敗血症に対する IL-17 依存的な抵抗性が回復した. ILC を特異的に除去すると, IL-17 と G-CSF に依存して起こる顆粒球増多や敗血症に対する抵抗性が生じなくなった。これらの結果は, 新生仔の顆粒球増多や好中球恒常性,敗血症に対する宿主抵抗性の調節に腸管微生物叢および ILCが重要な役割を担っていることを裏付けている. ## 3. 慢性炎症 慢性炎症は, 悪性腫瘍, 動脈硬化, 肥満, アルッハイマー病などの種々の疾患の発症や進展に関与することが分かっている ${ }^{6465)}$. 中でもヒトの癌の約 $20 \%$ は,慢性炎症が原因だと考えられる.Pikarsky B Figure 8 Timing of morphine administration affects the survival rate of mice with LPS-mediated lethal endotoxic shock ${ }^{61}$. The administration schedule is shown in (A). Mice were sensitized with $\alpha$-GalCer $(2 \mathrm{mg} /$ mouse) $24 \mathrm{~h}$ before the LPS $(1.5 \mathrm{mg} / \mathrm{mouse})$ challenge. A, Mice were administered $0.8 \mathrm{mg}$ of morphine or PBS at $0.5 \mathrm{~h}$ before or after the LPS challenge. B, The survival rate was observed every hour for $72 \mathrm{~h}$. Each group comprised 10 mice. The significance of the difference between the survival rates of each test group and the respective control group was evaluated using the Wilcoxon test. LPS, indicates lipopolysaccharide; PBS, phosphate-buffered saline. Eらは, nuclear factor-kappa B (NF-кB) が炎症と癌との関連物質であることを見出した ${ }^{66)}$. 肝炎と肝臟癌を自然発症する multidrug resistance gene 2 (Mdr2)-KO マウスを使って実験したところ, 症状の悪化と共に炎症による NF-kB の活性化が促進されることを見出し,NF-kB の発現を抑制すると癌化を防ぐことを発見した,その結果,NF-KBは炎症関連癌の促進に不可欠であることが分かった. 大島らは,浸潤性大腸がんを自然発生するモデルマウスにおいて, 浸潤癌組織で炎症反応が強く誘導されていることを見出した放7 。癌抑制に関連する transforming growth factor- $\beta$ (TGF- $\beta$ )受容体を欠損したマウスに,潰瘍性大腸炎を誘発させると浸潤性大腸癌が発生することを観察した。その結果, 癌の悪性化進展は特定の遺伝子変異と慢性炎症の相互作用により誘導されることが明らかとなった。 ## おわりに 1 と 2 の項に記述したように,急性炎症は免疫学の進歩により詳細な仕組みが明らかになってきた。 一方,炎症が慢性化するメカニズムについては不明な点が多い。過剩な inflammasomeの形成が慢性炎症を惹起する一因となっていると考えられているが,慢性化を誘導,維持する因子は同定されていない. 慢性炎症は急性炎症よりも多くの要素が複雑に作用しているため,特定の因子を同定することは困難を極めると考えられる。しかしながら,慢性炎症の起因は,急性炎症であることに間違いはなく,急性炎症の制御は結果的に慢性炎症の制御につながると考えられる。 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Rubartelli A, Lotze MT: Inside, outside, upside down: damage-associated molecular-pattern molecules (DAMPs) and redox. 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Tokyo Women's Medical University
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# 高血圧合併 2 型糖尿病患者における食塩摄取量と食習慣との関連 ${ }^{1}$ 東京女子医科大学医学部糖尿病・代謝内科学講座 ${ }^{2}$ 東京大学大学院医学系研究科社会予防疫学分野 (受理 2019 年 12 月 24 日) ## Relationship between Salt Intake and Dietary Habits in Patients with Type 2 Diabetes and Hypertension \author{ Naoki Hirota, ${ }^{1}$ Tomoko Nakagami, ${ }^{1}$ Satoshi Sasaki, ${ }^{2}$ and Tetsuya Babazono ${ }^{1}$ \\ ${ }^{1}$ Department of Diabetology and Metabolism, School of Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \\ ${ }^{2}$ Department of Social and Preventive Epidemiology, School of Public Health, Division of Health Sciences and Nursing, \\ the Graduate School of Medicine, the University of Tokyo, Tokyo, Japan } Salt restriction is important in the management of hypertension with or without diabetes. We conducted a crosssectional study to examine the association between dietary salt intake and dietary behavior, knowledge about salt restriction, and social background in Japanese adult patients with type 2 diabetes (T2D) and hypertension. We studied 200 hypertension patients with T2D (122 men and 78 women) who visited the outpatient clinic of Diabetes Center, Tokyo Women's Medical University Hospital from April 2014 to March 2016. A self-administered questionnaire on eating behaviors was distributed. Random urine samples were collected at three consecutive visits and daily salt intake was calculated using the equation by Uechi et al. Multivariable regression analysis showed that low salt intake was significantly associated with "dietary support other than self (i.e. family)" and "not overeating under stress" in men and "not eating fast" in women (p-values $<0.05$ ). There was no difference in salt intake between correct and incorrect responders to questions about salt-related knowledge. In conclusion, knowledge about food/health related to salt intake was not associated with salt intake in patients with T2D and hypertension. Nutritional guidance and interventions aimed at reducing salt intake are urgently needed. Key Words: type 2 diabetes, questionnaires, salt intake, dietary habits ## 背景 食事療法は 2 型糖尿病治療の基本であり,その目的は細小血管障害や大血管障害など慢性合併症の予防である. 2 型糖尿病では, 高血糖のみならず, 高血圧がこれら血管合併症のリスクを高めることは周知の通りである ${ }^{12)}$. 平成 26 年度の国民健康・栄養調査 によると, 日本人における高血圧合併頻度は男性 $57.1 \%$, 女性 $42.6 \%$ と高い ${ }^{3}$. また, 45 歳以下の 2 型糖尿病患者の約 $40 \%$ が高血圧であり, 75 歳以下ではその割合が $60 \%$ まで増加することが知られている ${ }^{3}$. 高血圧は食塩摂取量と密接に関連し4), 高血圧を合併していない糖尿病患者においても, 食塩摄取  162-8666$ 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学医学部糖尿病 - 代謝内科学講座 E-mail: [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.90.1_21 Copyright (C) 2020 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. } 量が多ければ将来高血圧を合併するリスクが上昇する。世界保健機関は糖尿病の有無によらず,すべての成人において食塩摂取量を $5 \mathrm{~g} /$ 日未満とするよう推奖しており ${ }^{5}$, 「健康日本 21 」では, 平均食塩摂取目標值を $8 \mathrm{~g} /$ 日未満としている ${ }^{6}$. 一方, 平成 29 年度の国民健康・栄養調査によると,日本人の食塩推定摂取量は成人男性 $10.8 \mathrm{~g}$ /日, 成人女性 $9.1 \mathrm{~g} /$日であり》,上記の目標値にはほど遠い現状といえる. このように, 食塩摂取量が多い日本人にとって減塩は重要な課題であるにもかかわらず,その継続は多くの高血圧患者で容易でない. 医療者は, 個人の食塩摂取量に影響する様々な習慣を認知する必要があるが,この点を検討した糖尿病,非糖尿病における報告は極めて少ない. そこで本研究は, 2 型糖尿病患者における食塩摂取量と,食行動,食塩に関する知識, 社会背景との関連を明らかにすることで,有効な減塭対策に資することを目的とした。 ## 対象と方法 ## 1. 対象 2014 年 4 月から 2016 年 3 月までに, 東京女子医科大学糖尿病センターを受診し当院で栄養指導を行った高血圧合併 2 型糖尿病患者のうち, 18 歳未満, 過去 6 か月間のへモグロビン A1c(HbAlc)が $9.0 \%$ 以上もしくは HbAlc の変動が $0.5 \%$ 以上,過去 6 か月間に投薬内容の変更がある,妊娠中または授乳中の女性, 日本語を母国語としない, その他研究参加に不適切と判断したものを除外した上で,無作為に選択した 206 名を登録した. 本研究の対象者が糖尿病患者のみであったことから,降圧薬内服中もしくは外来受診時の血圧が $130 / 80 \mathrm{mmHg}$ 以上 ${ }^{8}$ であったものを高血圧合併例とした. 登録後 6 か月間に外来通院の中断,転居による転医,随時尿測定の欠落,治療の変更などを理由に 6 名が解析対象外となり, 最終的に 200 名, 男性 122 名, 女性 78 名を本研究の解析対象とした。 ## 2. 食習慣調査票 外来定期受診時参加者全員に,上地らによる食塩摂取に関連する食習慣についての自記式質問票 票は, 特別な食生活を送った期間(忘年会シーズン, クリスマス,正月)を除外した過去 3 か月以内の食習慣・生活を調査するためのものである。これまでに報告された,食塩摂取に関連した行動,習慣,生活に対する質問922) からなり,以下の 6 つの部分で構成されている。 すなわち, 「食事に関連する基本的な事項と生活習慣 (質問 No. 1-3) 」, 「過去 3 か月間の習慣的な運動(質問 No. 4, 5) 」,「食事に関する行動(質問 No. 6-83)」,「食事に対する考え方 (No. 84-104)」,「食事における周囲の人とのかかわり(質問 No. 105-127)」,および 「食品, 健康と食塩に関する知識 (質問 No. 128-137)」 である。 各質問に対する回答は, 頻度や程度によって 4 5 段階に階級化される順序尺度であるが,後述する回帰分析では便宜上間隔尺度(連続変数)として扱った. 例えば,No. 6 「食料品の買い物を自分でしますか」に対する回答である“まったくしない” から“いつもする”の 5 つの選択肢に対して,1~5までの数字を割り振った. No. 136 「食塩を減らすことに対する自分の状況について,近いものを一つ選んでくたさい」では, “すでに食塩を減らして6 6 か月以上っている”, “すでに食塩を減らしているが,そうし始めてからまだ 6 か月未満である”, “1 か月以内に食塩を減らすように行動を変えようと思っている”, “6 か月以内に食塩を減らすように行動を変えようと思っている”, “現在, 6 か月以内に食塩を減らすように行動を変えようと思っていない”をそれぞれ減塩行動変容ステージの「維持期」,「実行期」,「準備期」, $\lceil$ 関心期」,「無関心期」と定義し,「維持期」から「無関心期」のそれぞれに対して15までの数字を割り振った.「食品, 健康と食塩に関する知識(No.128137)」のうち No. 128-132 と No. 135 については正答率を算出した,正答が多選択肢の場合は,すべて正答だった場合を正答とした。 なお, No 43, 59 の質問に対する回答は, 後述の回帰分析を行う上での扱いが困難であることから,解析から除外した。また, No62で“わからない”,No 64 で“該当しない”, No 83 で“食べたことがない” と回答した場合は,各質問における回帰分析から除外した。 ## 3. 臨床所見 Body mass index(BMI)は, 体重を身長の 2 乗で除したもの $\left(\mathrm{kg} / \mathrm{m}^{2}\right)$ とした. 血圧は外来受診時の診察室における収縮期・拡張期血圧を自動血圧計 (HEM-7111, オムロン)で測定した. 血清中および尿中クレアチニン濃度は酵素法, 尿中ナトリウム $(\mathrm{Na})$ とカリウム $(\mathrm{K})$ 濃度はイオン選択電極法で, 全自動分析装置LABOSPECT008 (High Technologies Clinical Analyzer, Hitachi, Tokyo)を用いて測定し た. 推算糸球体濾過量 (estimated glomerular filtration rate:eGFR)は, 日本腎臟病学会のガイドライン23 に沿って年齢, 性, クレアチニン値から算出した値を使用した. HbAlc は, HPLC 法 (アダムス Alc HA-8160, アークレイ株式会社, 京都) で測定し, National Glycohemoglobin Standardization Program に準拠した値で報告した。 研究開始時, 受診 2 回目 (2か月後) および 3 回目 (4 か月後)に随時尿を採取し $\mathrm{Na}$ およびクレアチニン濃度を測定, 以下の上地らによる推算式25により 1 日 $\mathrm{Na}$ 排泄量を推算し推定 1 日食塩摂取量を算出した. 1 日 $\mathrm{Na}$ 排泄量 $(\mathrm{mmol} /$ 日 $)=3$ 回の尿の平均 $\mathrm{Na}$濃度 $(\mathrm{mmol} / \mathrm{L}) / 3$ 回の尿の平均クレアチニン濃度 $(\mathrm{mmol} / \mathrm{L}) \times 2.78 \times$ 性別 $($ 男 $=1$, 女 $=0)+0.139 \times$ 年齢(歳) $-0.002 \times$ 年齢(歳)の 2 乗 $+0.127 \times$ 体重 (kg) $-0.0175 \times$ 身長 $(\mathrm{cm})-2.78$. ## 4. 統計処理 わが国では食行動などにおいて明らかに男女差が存在することが予想されたため, 男女別に解析した. デー夕は, 離散量はその割合 (\%), 正規性のある連続値は平均値土標準偏差 (standard deviation:SD) で示した. 2 群間の平均值の比較には Student's t testを行い, 群間割合の比較には Chi-square test あるいは Fisher’s exact testを用いた。 食塩摄取量に関連する社会背景や生活習慣を明らかにする目的で, まず推定食塩摄取量( $\mathrm{g} /$ 日)を従属変数, 糖尿病罹病期間, 契煙状況(質問 c), 教育レベル(質問 b), 夜勤の頻度(No. 2), 睡眠時間 (No.I)-3), 同居人数 (質問 a), 歩行速度 (No.4)を独立変数とした一次回帰分析を行った. 同様に, 推定食塩摂取量 $(\mathrm{g} /$ 日 $)$ と関係する食事に関する行動,考え方, 周囲とのかかわりに関連した質問項目を No. 1-127 の中から検出した. 各因子における回帰モデルで有意であった因子のみを独立変数とした多変量重回帰モデルを用いて,推定 1 日食塩摂取量に関連のある質問項目を検索した。 統計学的解析は R software (version 3.1.2, R Foundation for Statistical Computing, Vienna, Austria) を用い,両側検定で $\mathrm{p}<0.05$ の場合を有意とした. ## 5. 研究倫理 本研究は, 東京女子医科大学倫理審查委員会の承認を得て行った(平成 28 年 10 月 31 日承認, 承認番号第 4138 号). 対象者に対して研究目的, 方法, プライバシーの保護などについて説明し, 書面にて同意を得た。本研究はへルシンキ宣言に沿って行われた. ## 結果 \\ 1. 男女別にみた対象者の臨床所見と推定 1 日食塩摂取量 (Table 1) 対象者 200 名全例,および男女別の臨床所見を Table 1 に示す. 全例の平均年齢は 59.2 歳, 糖尿病罹病期間 12.3 年, 観察開始時 HbAlc $7.2 \%$, 収縮期 - 拡張期血圧 133/76 mmHg, 降圧薬内服率 $56.1 \%$, 糖尿病ならびに脂質異常症の薬物療法率はそれぞれ $56.1 \%, 61.9 \%$ であった. 性別は男性 122 名, 女性 78 名であり, 降圧薬内服率, 糖尿病ならびに脂質異常症の薬物療法率に男女差はなかった。糖尿病の薬物療法の中で DPP4 阻害薬とチアゾリジンの投薬率は男性では女性より高率であった。 連続 3 回の外来受診時における随時尿から算出した推定 1 日食塩摂取量の平均值は全例で $11.1 \pm 4.9$ g/日であり,また男女差はなかった(女性 $10.4 \pm 5.1$ $\mathrm{g} /$ 日, 男性 $11.5 \pm 4.6 \mathrm{~g} /$ 日, $\mathrm{p}=0.179)$ 。また, 食塩摂取量 $6 \mathrm{~g}$ /日未満の目標を達成していた患者の割合は全例 $16.6 \%$, 女性 $15.2 \%$, 男性 $17.5 \%$ であり,これも男女差はなかった $(\mathrm{p}=0.833)$. ## 2. 男女別にみた対象者の社会背景と生活習慣 (Table 2) 対象者における同居家族数, 夜勤者の割合, 歩行速度, 睡眠時間, 減塩行動ステージにおける患者の分布に男女差はなかったが, 大卒者および現在の喫煙者の割合は男性で女性より有意に高率であった。 ## 3. 単回帰分析による食塩摄取関連因子の検討 (Table 3, 4) 食坫摄取量と社会背景, 生活習慣との関係を検討するため単変量回帰分析を行った(Table 3). 男女とも, 歩く速度が速いことと食塩摄取量が少ないことが有意に関連した. 糖尿病の罹病期間, 喫煙状況,学歴, 夜勤の状況, 睡眠時間, 同居家族数は, いずれも食塩摂取量と有意な関連を認めなかった。 次に, 食事に関する行動, 考え方, 周囲とのかかわりとの関連を検討する目的で, 該当する質問ごとに単変量回帰分析を行った(Table 4).その結果,「食事に関する行動」においては, 男性で 7 つの質問 (No.6「食料品の買い物を自分でするか」, No. 15「食品に栄養成分表示があることを知らない」, No. 28 「夕食で自分や家族のために週何回料理をしたか」, No. 29 「朝食の時点で夕食に何を食べるか予定したり計画している」, No. 30 「日中, 夜の時点で, 翌日 Table 1 Summary of patients' clinical characteristics, laboratory data and salt intake stratified by sex. \\ Duration of diabetes (years) & $12.3 \pm 1.0$ & $12.1 \pm 9.3$ & $12.5 \pm 7.7$ & 0.771 \\ Body mass index (kg/m ${ }^{2}$ & $26.8 \pm 6.6$ & $27.1 \pm 8.0$ & $26.6 \pm 5.5$ & 0.593 \\ Systolic blood pressure (mmHg) & $133 \pm 17$ & $134 \pm 19$ & $132 \pm 15$ & 0.415 \\ Diastolic blood pressure (mmHg) & $76 \pm 12$ & $75 \pm 13$ & $77 \pm 12$ & 0.256 \\ HbA1c (\%) & $7.2 \pm 0.9$ & $7.3 \pm 1.0$ & $7.1 \pm 0.9$ & 0.278 \\ Creatinine (mg/dL) & $0.78 \pm 0.20$ & $0.65 \pm 0.13$ & $0.87 \pm 0.19$ & $<0.001$ \\ eGFR (mL/min/1.73 m²) & $74.2 \pm 17.7$ & $75.5 \pm 18.1$ & $73.3 \pm 17.4$ & 0.405 \\ Anti-hypertensive medications (\%) & 56.1 & 50.0 & 60.2 & 0.181 \\ ARB & 32.0 & 22.0 & 38.7 & 0.054 \\ Calcium channel blocker & 24.0 & 20.0 & 26.7 & 0.544 \\ Diuretic & 7.2 & 4.0 & 9.3 & 0.314 \\ Anti-diabetes medications (\%) & 85.2 & 85.5 & 85.0 & 1.000 \\ Biguanides & 39.2 & 34.2 & 42.5 & 0.289 \\ م-glucosidase inhibitor & 19.6 & 17.1 & 21.2 & 0.576 \\ DPP-4 inhibitor & 47.1 & 34.2 & 55.8 & 0.005 \\ Sulphonylurea & 27.7 & 22.4 & 31.3 & 0.189 \\ Glinide & 12.2 & 17.1 & 8.9 & 0.114 \\ GLP-1 receptor agonist & 13.8 & 13.2 & 14.2 & 1.000 \\ Thiazolidine & 10.6 & 3.9 & 15.2 & 0.016 \\ Insulin & 35.4 & 39.5 & 32.7 & 0.356 \\ Medications for dyslipidemia (\%) & 61.9 & 63.2 & 61.1 & 0.879 \\ Estimated salt intake (g/day) & $11.1 \pm 4.9$ & $10.4 \pm 5.1$ & $11.5 \pm 4.6$ & 0.179 \\ Estimated salt intake less than 6 g/day (\%) & 16.6 & 15.2 & 17.5 & 0.833 \\ Data are expressed as means $\pm$ standard deviations or proportions. HbA1c, hemoglobin A1c; eGFR, estimated glomerular filtration rate; ARB, angiotensin II receptor blocker; DPP-4, dipeptidyl peptidase 4; GLP-1, glucagon like peptide 1. Table 2 Social and lifestyle-related characteristics of the study subjects stratified by sex. Data are expressed as means $\pm$ standard deviations or proportions. 1) Q-a in questionnaire, 2) Q-b in questionnaire, 3) Q-c in questionnaires, 4) Q-No. 2 in questionnaire, 5) Q-No. 3 in questionnaire, 6) Q-No. 6 in questionnaire, 7) Q-No. 136 in questionnaire. Table 3 Univariable linear regression analysis for salt intake ( $1 \mathrm{~g} /$ day). SE, standard error. 1) Q-c, smoking status is classified as never smokers, past smokers, current smokers who smoke less than 20 cigarettes and current smokers who smoke more than 20 cigarettes. 2) Q-b, education level is classified as junior high school, high school, junior college, and upper university. 3) Q-No. 1-2, night shift work level is classified as yes (more than 3 times a week), sometimes (more than 2 times monthly), and none. 4) Q-No. 1-3. 5) Q-a. 6) Q-No. 4, walking speed is classified as very fast, fast, normal, slow, and very slow. Table 4 Questionnaire related to increased salt intake ( $1 \mathrm{~g} /$ day) in univariable linear regression analysis. & & & & -3.236 & 1.441 & 0.027 \\ の昼に何を食べるかを予定したり計画している」, No.31「1 日かそれ以上の期間に食べるものをどのくらいの頻度で作り置きするか」,No. 52 「週何回即席料理を食べるか」),女性では 2 つの質問 (No. 18「栄養成分表示のナトリウムが食塩だと知らない」,No. 68 「急いで食事をする傾向がある」)が,それぞれ食塭摂取量と有意に関連していた。 「食事に対する考え方」においては,男性においてのみ,4つの質問(No. 90 「心配事があるとき(不安なとき)食べはじめてしまう」,No. 92 「緊張したり追いつめられると食べないといられない気持ちになる」,No. 94 「緊張したとき食べることで自分を打ち Table 5 Questionnaires related to increased salt intake ( $1 \mathrm{~g} /$ day) in multivariable liner regression analysis after adjusted for waling speed. & & & & -3.159 & 1.404 & 0.027 \\ Table 6 Percentage of correct answers to questions related to "knowledge about salt" by sex. & 61.5 & 61.0 & 1.000 \\ *: Difference between men and women. つかせようとしてみる」, No.104「空腹でなくてもドカ食いすることがある」)が食塩摂取量と有意に関連していた.「食事における周囲とのかかわり」のいずれの質問および減塩行動ステージ(No.136)は,男女とも有意な関連を認めなかった。 ## 4. 重回帰分析による食塩摄取関連因子の検討 (Table 5) 次に,運動習慣としての歩行速度で調整した重回帰分析を行ったところ, 男性では, No. 6 「食料品の買い物を自分でする頻度が高いこと」, No. 15 「食料の栄養表示を知らないこと」, No. 28 「夕食で自分や家族のために料理をする頻度が高いこと」,No. 29 「朝食の時点で夕食に何を食べるか予定したり計画している頻度が高いこと」,No. 92 「緊張したり追いつめられると食べないといられない気持ちになること」が,食塭摂取量の増加と有意に関連した。女性では,No.68「急いで食事をする傾向があること」のみが有意に関連した。 ## 5. 「食品, 健康と食塩に関する知識」と食塩摄取量との関連(Table 6) 「食品, 健康と食塩に関する知識」に関する質問項目 (No.128-132, 135)の中では, 食品別食塩含有状況 (No. 128)に関する質問への正答率のみ,女性では男性よりも有意に高かった。しかし, それ以外の質問では正答率に男女差はなかった. 食品別食塩含有状況に関して正答者は男性 $8.1 \%$, 女性 $19.2 \%$ といずれも低く, 食塩多量摂取と関係ある疾患についての正答率は男女とも $5 \%$ 未満であった. 食塩の摂取量目標値や目標値達成割合については $60 \sim 80 \%$ の正答率であった。 正解者と不正解者の間で食塩摄取量を比較したが,男女とも,いずれの質問においても有意差を認めなかった. また, 各問の正解者において, 減塩行動ステージ(No.136)の維持期と非維持期の 2 群間で食塩摄取量を比較したが, 男女とも, いずれの質問においても有意差を認めなかった。 ## 考 察 本研究は, 2 型糖尿病患者の食塩摂取量に関連あるいは影響する食行動や食に関する知識, 社会背景を明らかにすることを目的とした,糖尿病専門施設における横断研究である。少の結果,まず対象患者の推定食塩摄取量が, 上述した平成 29 年度の国民健康・栄養調査による一般成人の摄取量"を上回るとともに, 高血圧合併患者としての食塩摄取目標である $6.0 \mathrm{~g} /$ 日未満の達成率が, 男女とも極めて低いことが明らかになった。次に食習慣との関連では, 男性において, 自身による食料品の買い物や食事の計画,および料理をする頻度が高いこと,精神的なストレス時の過度の摂食, 女性では, 急いで食事をする傾向が強いことが, 食塩摄取量の増加と有意に関連していた。 さらに,女性では男性よりも食品の食塩含有量に関する知識が高かったが,男女とも食塩多量摂取に関係する疾患についての知識が極めて低く, また,このような知識があることと食塩摂取量には関連を認めなかった。 本研究では, 過去に栄養指導を受けた経験があり, $\mathrm{HbAlc}$ 値からみて必ずしも血糖コントロールが不良ではない患者集団であったにもかかわらず,糖尿病の罹病期間が食塩摄取量に影響しなかったことは興味深い結果と考えられた. これは, 栄養指導の内容を活用できていないという対象集団の特徴を表している可能性や, 栄養指導・管理の際に, 食塩に関する話題をより強調する必要性を示唆しているのかもしれない。さらに, 減塩に対する行動・態度と食塭摂取量の減少に有意な関連のある項目が少なかつたことは,糖尿病患者が食事療法を実践する上で,全体のエネルギー制限や栄養素比率に比べて, 減塩への意識が薄いか優先度が低いことを示している可能性がある。 一方で,減塩の意思があってもその実行が容易でないわが国の食環境も考慮する必要がある. 日本人は元来高食塩摂取の集団である". 摄取食塩のおよそ半分が調味料由来といわれており ${ }^{25}$, 食塩を含まない食事内容や加工食品を選択することが難しい。すでに味付けされた調理済みの食事を前にすると, 減塩のために自主的に行える行動の選択肢が少なくなる. 本研究の結果が, “䅯尿病の罹病期間が長く, 食事管理への態度が不良でなくとも減塩は難しい”という現状が反映されているのであれば,患者だけでなく食事・食品の選択に関する食環境にも働きかける必要性がある.一般的には,食事の管理ができない場合には,食塩摂取量が多い調理はせず,自宅で作った食事をとらない,食卓で食事をとらない(ながら食い,立ち食い, 食卓以外の場所での食事), といった行動をとり,これらの行動パターンは食塩摂取量の増加と関連する。そのため, 患者自身が食事を管理する意欲や手段に乏しい場合に食塩摄取量が多くなる可能性があり,自身が食事を管理する意欲・手段がある場合に食塩摂取量が少ない可能性があった. しかし本研究では, 男性において食事にかかわる機会の多さと食塩摂取量の増加が関係していた。これは男性糖尿病患者では, 家族に食事や調理を依存している方が食塩摂取を抑制できているという現状を反映した結果なのかもしれない。 日本人男性は,その是非はともかく,女性と比べて食事を自身で管理する(食品の購入, 調理する)習慣が少なく, 本研究の男性患者においても, 食塩の含有の多い食品に対する知識(No.128)は女性患者より明らかに劣っていた.血糖管理のためだけでなく, 食塩に関して管理を求められても,取りうる手段が少ないため実践できない可能性が示唆される。 その対策として, 例えば加工食品や外食が主な食事となっている場合は, 加工食品の摄取を減らす, 減塩食品を多用する, といったことが挙げられる. 今後は, 減塩食品の豊富さ,入手可能性, 理解可能な栄養表示の普及といった,食品提供側の課題と同時に, これらを利用する, その内容を解釈できるといった行動を伴う実践的な知識が必要とな万う。男性において, 家族に食事や調理を依存すること,すなわち家族の支援は食塩掑取量の少なさと関連しているため, 減馧が習慣化するまでのサポートとして, 自身の食事内容に他者の意見を反映するピアサポートの導入が有用かもしれない. 一方,女性糖尿病患者では男性患者とは異なり,急いで食事をする傾向が強くなることと食塩摂取量の増加が関連した. 一般的に, 急いで食事をすると食事量が増加し, 肥満を呈する ${ }^{26}$. 食事量の増加に伴い食盐摂取が増加する可能性が考えられる。残念ながら本研究では, 食塩以外の栄養素についての調査をしておらず,この点を検証することはできなかつた. また,男性で抽出された質問項目の多くについて,女性では有意として抽出されなかったが,このことは女性のサンプルサイズが小さいことが一因と思われた。 本研究では, 男性において“緊張したり, 追い詰 められると食べないといられない気持ちになる”という傾向が強いことが食塩摄取の増加に関連していた. Gibson らは,心理的ストレスに直面したときにエネルギーが高い食物の摂取量が増えることを報告しており,対象者の特性として,女性であることと肥満者であることを挙げていた ${ }^{27)}$. 本研究では男性において有意な関連を認めたが,これは人種差や文化的背景の違い, 糖尿病患者であること, 女性の対象患者が少ないことが影響したのかもしれない. その他, 今回の研究で得られた結果のなかで注目すべき点として,減塩に対する行動変容と食塩摂取量に差を認めなかったこと, 食品, 健康と食塩に関する知識と食塩摂取量に関連がなかったこと, 学歴と食塩摂取量に有意な関連を認めなかったこと,食塩摂取量の増加と歩行速度の低下が関連したこと, シフトワーカーとそうでない者, 喫煙者と非喫煙者との間に食塩摂取量に差がなかったこと, などが挙げられる。それぞれの妥当性や科学的根拠は必ずしも明らかでないが, それぞれ減塩に有効な方法を示唆している可能性がある。 本研究の限界として, サンプルサイズ,特に女性の参加者が少なかったことによる検出力の限界が挙げられ,結果の解釈や今回得られた結果の糖尿病患者への一般化には注意が必要である。また,現時点では糖尿病患者用に開発された食塩摂取量の推測式がないため,非糖尿病者を対象に上地らが開発した式 ${ }^{25)}$ 用いて算出した. 糖尿病患者におけるこの式の妥当性の評価が必要である。さらに本研究では,食塩以外の栄養素を調査しなかったためエネルギー 調整後の食塩摂取量の評価ができなかった。また,本研究では対象者を高血圧患者に限定したが,高血圧患者は非高血圧患者に比べて塩分摂取量が多く食習慣が偏位している可能性がある。今後, 非高血圧患者も含めて同様の解析を行う必要がある。一方,本研究の強みとして, 連続して 3 回分の随時尿から食塩摂取量を推定したことから,対象者の食塩摂取量をより正確に推計し得た可能性がある。 ## 結論 今回調査した高血圧合併 2 型糖尿病患者では, 減塩が不十分であった。男女とも,食塩に関係する食品や疾患に関する知識は食塩摄取量に関係しなかった.減塩対策として,男性では自己以外(家族)による食事支援とストレス下における過食の抑制,女性では早食いを避けることが挙げられた. 以上の結果は,今後より有効な減塩指導を模索する上での一助となると考えられた。 ## 謝辞 本研究にあたり,貴重なご意見,ご助言をいただいた東邦大学健康科学部コミュニティヘルス看護領域・上地賢先生,調査にご協力いただいた患者の方々,さらには東京女子医科大学糖尿病センターの先生方に深謝いたします。 開示すべき利益相反はない. $ \text { 文献 } $ 1) Holman RR, Paul SK, Bethel MA et al: 10 -year follow-up of intensive glucose control in type 2 diabetes. 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Tokyo Women's Medical University
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# 育児中の日本外科学会会員の仕事とプライベートのストレス: 働くドクターストレス調査結果から ^{1}$ 東京女子医科大学心臓血管外科 ${ }^{2}$ 日本外科学会男女共同参画委員会 ${ }^{3}$ リクルートワークス研究所 (受理 2020 年 1 月 14 日) Stress at Work and in Private Life during Parenting: A Survey of Members of the Japan Surgical Society Yasuko Tomizawa, ${ }_{1,2}$ Makiko Hagihara,, Sachiyo Nomura, ${ }^{2}$ Sadako Akashi-Tanaka, ${ }^{2}$ Ikuko Shibazaki, ${ }^{2}$ Tomoko Hanashi, ${ }^{2}$ Hideko Yamauchi, ${ }^{2}$ and Seigo Nakamura ${ }^{2}$ ${ }^{1}$ Department of Cardiovascular Surgery, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Committee on Gender Equality, Japan Surgical Society, Tokyo, Japan ${ }^{3}$ Recruit Works Institute, Tokyo, Japan A survey was performed among members of the Japan Surgical Society who were parenting surgeons, including working mothers (female surgeons) and working fathers (male surgeons), regarding daily hustle and big life event at work and in private life. A total of 3,068 members responded. Among them, 1,322 had child (ren) under age 18. After excluding responses with omissions or errors, a total of 1,078 (926 males, 152 females) were analyzed. Stress was scored on a scale of 1 to 100. The rate of stress experience was calculated and compared to those in a previous "Working mother's stress survey report." In males, the reasons for high stress level were finding temporary day care, cannot find someone to do his work, and no free time for himself. In females, the reasons for high stress level were bullying/harassment in the workplace, finding temporary day care, and complaint from patients and patients' families. Fathers and mothers working in surgery had different basic problems regarding parenting. However, results of stress level and stress experience rate suggest that the important stress was related to time. In conclusion, in order for parenting surgeons to maintain motivation at work, it is necessary to reform working style in surgery and resolve the causes that generate stress at work and in private life. Key Words: childcare, stress at work, stress in private life, surgery ## 緒言 日本では近年,外科を選択する医師の減少が指摘 されている。また, 外科医の約半数が燃え尽き (Burnout)の基準にあてはまるといわれている1).女 }$ 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学心臓血管外科 E-mail: [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.90.1_30 Copyright (C) 2020 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. } 性医師は増加しており,少孔に伴い周囲の支援制度や環境が変化する傾向にあり ${ }^{2}$, 仕事や家庭のストレスを軽減するための工夫として,診療科の選択,妊娠・出産・育照を組み达んだキャリアデザイン,夫・家族のサポートの充実,第三者によるサポートの利用,勤務先・勤務形態の選択などが提案されている ${ }^{3}$. しかし, 出産・育坚に伴う離職はいまだに多 $い^{455}$. 外科医の仕事と生活のストレスは強く互いに影響していると考えられるが, 仕事と生活の両方から子育て中の外科医のストレスを評価した研究はほとんどない。そこで本調査から,働きながら子育てをしている外科医の仕事と生活のストレスを明らかにし, 得られた結果から, 外科医の働き方を改善し,活躍しやすい労働環境を作り, 仕事と生活におけるストレスを減らすことを可能にする方策につなげることを目的とした。 ## 対象と方法 調查対象は 18 歳未満の子供を持つ日本外科学会会員である。調査方法はインターネットによる調査で, 日本外科学会の会員専用ページに会員は会員番号 (ID) とパスワード(PW)でログインして行った. なお,アンケートに回答した内容により個人が特定されることは無く, 回答はすべて個人が特定できないよう処理した上で使用する旨を説明画面に記載した。そして,説明に承諾した人のみが回答に進むこととした。また,電子メール,ホームページで調査実施を告知し,調查期間は 2017 年 4 月 28 日 6 月 30 日とした。 調查項目は 2015 年の「働くマザーのストレス調査」)の設問を医師向けに言葉を微調整し, 5 項目 [「アカデミックハラスメント(アカハラ)],「留学」,「資格取得のプレッシャー」,「転勤」,「配偶者の転勤」を追加し,「働くドクターのストレス調査」とした. 内容はデイリーハッスル (日々のいらだち事) 50 項目,ライフイベント(人生の大きな出来事) 43 項目である。なお「働くマザーのストレス調査」報告書1)のストレス値を参考に用いた。 ストレス値は,そのストレスを経験した人で集計し,ストレス経験率はストレスを経験した人の割合とした。ストレス値(社会的再適応尺度評価)はストレスの強さを $0 1 00 ( 100$ が最も高い)の数値で自己評価した。デイリーハッスルの基準は「働くマザーのストレス調査」と同様に,日々の食事の支度を 50 点としたときの数値, ライフイベントの基準は結婚の手続きや式を 50 点としたときの数値とし, 順位をつけた。 調査時, 日本外科学会会員数は 39,453 名で, 回答者数は 3,068 名であった. 回答者のうち, $\mathrm{Q} 1: 18$歳未満子供あり」に「はい」と答えたのは 1,322 名いた.末子が 18 歳以上であった 16 回答, 回答に欠損值が多いサンプルを集計対象外とした.集計対象者数は 1,078 名(男性 926 名,女性 152 名)である. 集計対象者の基本属性では,男性は 40 代が $44 \%$ で最も多く, 女性は 30 代が $54 \%$ であった. 子供の数は男性の $45 \%$ は 2 人,女性の $48 \%$ は 1 人であった. ## 結 果 1. デイリーハッスル (日々のいらだち事) のスト ## レス値 (Figure 1a) 男性だけでなく女性も仕事に関するストレス項目が上位にきた。女性では一番ストレス値が高かったのは「職場内でのいじめ・いやがらせ」であり,参考調査と同じであった.「子供の一時預け先探し」, 「自分の時間の不足」, 「子供と過ごす時間の不足」などが参考調査より上位にきた。 ## 2. デイリーハッスル (日々のいらだち事) のスト \\ レス経験率(Figure 1b) 男性だけでなく女性も仕事に関するストレス項目が含まれており,女性は「急な休みがとりにくい」, 「子供の急な発熱等の仕事先への呼び出し」,男性は 「子供と過ごす時間の不足」, 「子供の進路」などが参考調査より上位にきた。男女ともにストレス経験率 1 位が「自分の時間の不足」であった。また,この調查用に追加した「資格取得のプレッシャー」の経験率は女性では 10 位,男性では 12 位で,ストレス値も上位にきた。 ## 3. ライフイベント (人生の大きな出来事) のスト レス値 (Figure 2a) 男女ともに, 本調查用に追加した「アカデミックハラスメント (アカハラ)」が上位にきた。アカハラ以外のハラスメントは, 女性では「パワーハラスメント (パワハラ)」,「マタニティーハラスメント(マ夕ハラ) 」,「セクシュアルハラスメント(セクハラ)」は 11 位までに,また,男性でも「パワハラ」が上位にきた. 参考調查と比べて,女性は「子供や,自分, 配偶者の病気による入院や手術」,「子供の受験」も上位にきた。本調査では女性は「配偶者への不満」は少なかったが,参考調査では配偶者に関する不満が上位にきていた. ・男性と女性は両方とも仕事に関するストレス項目が上位にランクイン - 「子供の一時預け先探し」、自分の時間の不足」「子供と過ごす時間の不足」などが(参考調査より)上位にランクイン 「日々の食事の支度」に感じるストレスを50とした場合、以下の事項に感じるストレスについて 0〜100(100が最も高い) の数値。以下の事項を想定したときのあなたにとってのストレス度合。 ※実際にそのストレスを経験したもののストレス値を集計し、男女別にTOP15 をランキングした。 ※参考は働くマザーのストレス調査のランキング、順位差は「本調査一働くマザーのストレス調査」青は仕事、白はプライベー 卜. $\cdot$働々マザーのストレス調査加追加項目、 ১は文言を微調整項目 Figure 1a Ranking of stress value at work and in private life <Daily Hustle>. Totals for those with stress experience only. ・(男性だけでなく女性も)仕事に関するストレス項目がランクイン ・女性は「急な休みがとりにくい」、「子供の急な発熱等の仕事先への呼び出し」、 - 男性は「子供と過ごす時間の不足」「子供の進路」などが(参考調査)より上位にランクイン 女性 男性 2 自分の時間の不足 3 自分の慢性的な睡眠不足 4 目標趛成のフレッジャー 6 日々の掃除や片付け 7 自分の仕事を代わりにできる人がいない 8 顧客からのクレーム 9 自分のダイエット 10 仕事の成果を正当に評価されない 12 配偶者の性格や態度 14 拘束时間が長い 15 上司との折り合い日頃、以下の事項で実際にストレスを感じているか。 ※実際にストレスを感じている割合を男女別にTOP15 をランキングした。 ※参考は働くマザーのストレス調査のランキング、順位差は「本調査一働くマザー のストレス調査」 青は仕事、白はプライベート、 $\cdot$働くマザーのストレス調査から追加項目、〉は文言を微調整項目 Figure 1b Ranking of stress experience rate at work and in private life <Daily Hustle>. ・男女ともに、この調査用に追加した「・アカ八ラ」が上位にランクイン - 女性は (参考調査と比べて) 子供や、自分、配偶者の病気による入院や手術が上位にランクイン - 女性は(参考調査に比ベて)「子供の受験」も上位にランクイン 男性 「結婚に伴う諸手続きや結婚式など」に感じるストレスを 50とした場合、以下の事項に感じるストレスについて 0100(100が最も高い) の数値。以下の事項を想定したときのあなたにとってのストレス度合。 ※実際にそのストレスを 1 年間で体験したもののストレス値を集計し、男女別に TOP15をランキングした。 ※参考は働くマザーのストレス調査のランキング、順位差は「本調査一働くマザーのストレス調査」 青は仕事、白はプライベート、 $\cdot$働くマザーのストレス調査から追加項目、囚は文言を微調整項目 参考 : 働くマザーのストレス調査 Figure 2a Ranking of stress value of big life event at work and in private life $<$ Big Life Event>. Totals for those with stress experience only. ・女性は(参考調査と比べて)「雇用形態の変更」「〉キャ敒形成の変更」が上位にランクイン 女性 男性 実際に以下の事項の体験をしているか。 ※実際にそのストレスを 1 年間に体験したもののストレス値を集計し、男女別に TOP15をランキングした。 ※参考は働くマザーのストレ ス調査のランキング、順位差 は「本調査一働くマザーのス トレス調査」 青は仕事、白はプライベート、 $\cdot$働くマザーのストレス調査から追加項目、〉は文言を微調整項目 Figure 2b Ranking of stress experience rate of big life event at work and in private life <Big Life Event>. ## 4. ライフイベント (人生の大きな出来事) のスト ## レス経験率(Figure 2b) 参考調査と比べて女性は「雇用形態の変更」,「キャリア形成の変更」が上位にきた。また,本調査用に追加した「転勤」が男女ともに上位に,また,女性では加えて「配偶者の転勤」も上位にきた。 ## 5. 日々の生活 (デイリーハッスル) のストレス値 と経験率 女性(Figure 3a)では「自分の時間の不足」,「子供と過ごす時間の不足」, 「子供の急な発熱等の仕事先への呼び出し」,「急な休みがとりくにい」など,男性 (Figure 3b)では「自分の時間の不足」,「子供と過ごす時間の不足」,「勤務時間内に処理できない仕事」, 「拘束時間が長い」などが, 重要なストレスであった. ## 考案 日本の医療は「聖職者の自己犠牲の上に成り立っている」7)と言われてきたが, 医師の働き方では「自分の時間」ゃ「子供との時間」を得るためにはまず長時間労働を改革しなくてはならない 8 . 欧州で医師の労働時間短縮に最も効果があったのは労働時間の短縮を行わない雇用者に対し経済的ペナルティーを強いた欧州労働時間指令 (European Working Time Directive:EWTD)であった9). 日本では, 労働時間に関しては労働基準法, 労働安全衛生法が基本になっており, これらを遵守することがまず求められる。育览中の外科医の重要なストレスは外科医に特有ではない「時間」と関係していたが,医師の定数, 配置,シフト,働き方のルールを変えるなどの就労のマネジメント方法を変えて, その結果, 上司・管理職の意識を変えざるを得ないようにすれば改革は可能と考える。 本調査では時間に関するストレスが多く指摘されたが,大学病院は時間に関して働き方改革の困難な場所の一つと考えている。初期臨床研修先に大学病院を選択したのは新制度施行前に比べ,施行後に減少し, 大学関連病院では増加していることが指摘されている ${ }^{10}$ 。大学病院における時間に関する解決策として,(1)業務を時間内におさめる努力(全ての力ンファレス・会議を勤務時間内に行う), (2)チーム医療制を微底する,(3)医師免許を必要としない業務を医師以外の職種にタスク・シフトする,(4)教授・管理職はマネージメント講習を受講する,(5)患者とその家族の教育, などが提案でき, 大部分の提案は実行可能と考える。 日本外科学会会員における「仕事と生活の質調査」 で,男性/女性,子供あり/なしの 4 群で週労働時間を比較したところ,「女性/子供あり群」は他の 3 群に比べて週労働時間は短かった ${ }^{11)}$.ところが同じ調査で,男性は子供の有無にかかわらず家事時間は短かった。本調査では参考調査に比べ,男性外科医は家事を分担する傾向にあった。また, $10 \%$ と少ない経験率ではあったが子供のお弁当作りをしていた。男性外科医のストレス値の上位 6 位にお弁当作りが入っていたが, 参考調査では男性の 27 位で, お弁当作りと患者・患者家族からのクレームが同じストレス值であったのは興味深い.時代に伴った変化である可能性もあるが,本アンケートに回答する意欲のある男性外科医は子供のお弁当を作る男性外科医に偏位している可能性もあると考えられる。 日本医師会が行った女性医師の勤務環境の調査 ${ }^{12)}$ での子育て中の勤務形態では, 子供が幼少なほど非常勤,時短勤務が多いわけではなかった。また,子育て状況,夫が同居か非同居かの検討では同居の夫がいる方が,常勤の女性医師の割合が低かった。この結果から考えられるのは生活自立ができていない,例えば結婚まで実家暮らしのため家事をする必要がない男性を配偶者にすると, 夫は固定的性別役割分担意識 ${ }^{13}$ が強いことが多く,夫の世話に手間がかかると解釈できる,子供ができると女性医師も例 続就労が困難になることが容易に想像される. 近年,夫と妻が家事・育照を単純に分担するだけでなく,夫婦共同で行う意識を持つ取り組みは広がっている. 急な発熱などで,子供の一時預け先を探すのはストレスが大きい,都内の保育園での実態調査では,園览一人あたりのクラス別年間病欠日数では, 0 歳児平均 19.3 日であり, 年齢が上がるにつれ平均日数が減少し, 5 歳児では 5.4 日であった ${ }^{15)} .2013$ 年の医学部・医科大学附属病院の院内保育園は 63 施設, 院内病坚保育施設は 31 施設にあった. ところが,女性医師支援策とされている制度である時短勤務では,保育施設および病坚保育施設を使用できる保護者の対象および雇用形態になっておらず利用できない場合があった ${ }^{16}$. 本調査では,「子供の一時預け先探し」 がデイリーハッスルのストレス值で参考調査に比べて上位で,「自分の仕事を代わりにできる人がいない」が男女ともに半数が経験していた. 日本では,働き方,慣習を変えることは難しいので,育児中の働く親をどうやって無理なく支えるかという視点に a b Figure 3 Daily hustle stress value and experience rate. Female (a) and Male (b). Circled items have both high stress value and experience rate. 立つ制度をつくらなければ現状は改善されないと考える。 日本での病览保育にはサービス形態の違いにより 「施設型 $($ 病坚保育)」と「非施設・訪問型 (シッター 制度)」がある.ところが,スウェーデンでは,親が仕事を休み自宅で看護する仕組みを整えていることから, 病览保育を設けていない ${ }^{17}$. スウェーデンでは 10 歳未満の児童を対象に, 急病などで病児保育が必要になったとき父か母が看護のために「一時ケア休暇」の取得が可能で, 4 日間以内は収入が補償される. すなわち, 子どもの視点で「子どもが病気のとき,仕事を休むために両親はどうするか?」という考え方で, 制度を構築している. 日本では医学部・医科大学附属病院の本院でさえ院内に病坚保育施設が少なく, しかも使用できる保護者の対象と雇用形態が限られており ${ }^{16)}$, シッター制度の利用も急には難しいため, 育児中の医師の働き方のマネジメントの改善が上司・管理者に求められる. 松崎は, 大学・研究所のメンタルヘルスの検討で,職業性のストレス緩和要因に, 達成感, 同僚・上司の支援, 裁量度をあげている ${ }^{18}$. 参考調査の対象の女性ではデイリーハッスルのストレス経験率の順位付けには仕事に関係する項目は含まれていなかった。 しかし, 本調查では女性医師には仕事関係のストレスが 15 項目中 6 項目含まれていて, 男性だけでなく女性も仕事のストレスの経験率が高いことが示されており,メンタルヘルスケアの重要性が増していることが示唆された. ハラスメントは, 臨床, 教育, 研究, 就労, 就学のあらゆる場面において,相手の意に反して行われる不快な言葉や行為を指す. 日本では 1995 年ころからアカデミックハラスメント(アカハラ)という言葉は使われている ${ }^{19}$. 加害者は「これまでやってきたから」と,ハラスメントであることを自覚しておらず, 反省しないことが多い ${ }^{19)} .2014$ 年にアカハラに関する裁判例を調べた報告では重複を除いた 30 件が検索され, 全例が教育・研究機関において, 職務上の上下関係があった200. 本調査では, 男女ともにライフイベントのストレス值では, この調查用に追加した「アカハラ」がハラスメントの中で,もっとも上位に順位付けされていたため改善が望まれる。 アカハラに関する裁判例における言動者の大半が准教授以上で, 被言動者は大半が院生であった ${ }^{19}$. 研究教育機関での相談密口がないか, あっても適切に機能しているとは限らないことが指摘されてお $り^{21)}$, 研究機関では研究者に対する教育が必要であ $\bigvee^{20)}$, 職務上の上位者は客観的にアカハラに何が該当するかを認識し, そのような言動を避けることが肝要である.教授・管理職・上司にハラスメント研修を受講することを提案したい。 本調查用に,「転勤」と「資格取得のプレッシャー」 の項目を加えた。人事異動, 施設の統廃合, 他の理由によると思われる「転勤」を男女ともに経験し, そのストレス値は高く, 女性では「配偶者の転勤」のストレスを自分の転勤と同程度に経験し,ストレス値は「配偶者の転勤」の方が高かった。ところが,男性では「配偶者の転勤」は上位 15 位に含まれておらず,件数が少ないのか, ストレスにならないのかは不明であった。 一般に, 「業務に役立つとして取得が㢬められる資格」と「昇進の要件になっている資格」とでは, 本人が受ける心理的圧迫感に違いがある. 臨床で重要な外科医の資格には,認定医と専門医があるが,「資格取得のプレッシャー」は, 男女ともにデイリーハッスルのストレス経験率では上位 15 位までに入っており,しかもストレス値は男女で同程度であった。 耳鼻科の専門医試験について, 6 年以上かかって受験する割合は男性に比べて女性の割合が多いと報告されている22).その理由は女性では育児が多い. 男性では大学院, 留学が多いが, 育照という理由は皆無であり性別役割分担の改善が日本では望まれる。 ## 結 語 子育て中の外科医の仕事とプライベートでストレスを発生させている原因を明らかにした,今後,対応可能な事項を解決すると共に,外科医の働き方を改革することが求められる. ## 謝 辞 日本外科学会女性外科医支援委員会の委員各先生方には,当該アンケート調査の実施にあたりご賛同をいただきました.また,調査にご協力頂きました日本外科学会の事務局方には心より感謝の意を表します. 本研究は科学研究費助成事業 (学術研究助成基金助成金)(基盤研究 (C)) 課題番号 $16 \mathrm{~K} 08884$ による. 本論文の要旨の一部は第 118 回日本外科学会定期学術集会 (2018 年 4 月, 東京) にて特別企画 (7) 女性外科医のキャリアパスのセッションで報告した. また,この論文の一部は特別企画記録 (Proceeding) として日本外科学会雑誌 [120 (1):112-113, 2019]に揭載されている. 開示すべき利益相反状態はない ## 文 献 1)竹下惠美子:理想の男女共同参画を目指して燃え尽き (Burnout) 症候群と外科医. 日外会誌 118: 605-606, 2017 2) 村田亜紀子:国の施策からみる大学・大学附属病院,病院における女性医師支援の現状.治療 97 : 1697-1703, 2015 3)塩入明子, 赤穂理絵:女性医師のストレスとその対策. ペインクリニック $32: 208-215,2011$ 4)冨澤康子, 宮崎悟, 西田博ほか:勤務医の現職からの離職の傾向一就業構造基本調查から. 東女医大誌 $\mathbf{8 6}: 215-222,2016$ 5) Yamazaki Y, Kozono Y, Mori R et al: Difficulties facing physician mothers in Japan. 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# 令和元年度東京女子医科大学医学部 - 基礎系教室研究発表会 日 時:2019年 12 月 21 日(土) $9: 30 \sim 12: 30$ 場 所:東京女子医科大学弥生記念講堂地下 $\mathrm{A}$ 会議室 主 催:基礎医学系運営会議 } 1、スフェロイドを利用した三次元細胞間接着の制御機構の評価 (生化学)田中正太郎 2. 増殖ストレス時における造血幹細胞制御機構解剖学 (顕微解剖学・形態形成学分野)) 望月牧子 3. 筋萎縮性側索硬化症におけるミクログリアのグルタミン酸放出増強機構 (病理学(病態神経科学分野))柴田亮行 4. 線虫の変異体ストックを利用した,行動戦略の制御に関わる分子の探策と解析 (生理学 (分子細胞生理学分野)) 末廣勇司 5. 熱帯アフリカのマラリア撲滅を目指したコミュニティー主導型統合的戦略のための分野融合研究 (国際環境・熱帯医学)凪 幸世 6. 災害時用医薬品の備蓄体制に関する研究 (衛生学公衆衛生学 (環境・産業医学分野)) 中島範宏 7. $\mathrm{IgG}_{4}$ 関連疾患マウスモデルにおける細菌抗原の役割 (微生物学免疫学) 柳澤直子 8. 交通事故被害者の被害実態と日本における支援 (日本語学) 辻村貴子 ## 1. スフェロイドを利用した三次元細胞間接着の制御機構の評価 (生化学) 田中正太郎・中村史雄 〔緒言〕三次元培養の一種である細胞集団塊 (スフェロイド)を用いた強靭性(組織の変形しにくさ)研究は,現在は Elastography(弾性画像解析)という分野で展開されている。これは顕微鏡観察下でスフェロイドを圧迫し, その形状変化から物理的情報をくみ出そうというものである. 本研究では現在の課題である「(1)一細胞レべルの観察が困難(2)スフェロイドの圧迫には特殊な技術が必要」を解決し, 細胞間接着を定量的に評価するための実験系を構築する.〔対象と方法〕カバーガラスの自重で生きたスフェロイドを直接圧迫し,内部細胞の構造変化を独自のライブイメージング技術(陰性造影法)で定量的に観察する。さらに遺伝子ノックダウンした細胞で調製されたスフェロイドで構造変化の違いを確認し,その遺伝子の強勒性への貢献度を評価する。〔結果〕カバーガラスと様々な厚みのスペーサーを用い,スフェロイドを任意の高さに圧迫する方法を開発した。また陰性造影法にて圧迫前後の内部細胞の構造変化を観察した.細胞は体積を保存したまま形状のみ大きく変化させていたが,一定の圧迫距離を超えるとそれまで保持されていた細胞体積・細胞表面積相関が一気に破綻した。これは強勒性破綻の閾値が存在することを示唆していた.〔結論〕強勒性解析に向けたスフェロイド観察技術を確立した。今後 は遺伝子ノックダウン細胞での実施を試みる。 ## 2. 増殖ストレス時における造血幹細胞制御機構 (1解剖学 (顕微解剖学・形態形成学分野), ${ }^{2}$ Department of Pediatrics, Papé Family Pediatric Research Institute, Pediatric Blood \& Cancer Biology Program, Stem Cell Center, Oregon Health \& Science University, Portland, OR., ${ }^{3}$ Comprehensive Bone Marrow Failure Center, Children's Hospital of Philadelphia; Perelman School of Medicine, University of Pennsylvania, Philadelphia, PA) 望月牧子 ${ }^{1.2} \cdot$ Peter Kurre $^{3}$. Markus Grompe $^{2} \cdot$ 石津綾子 $^{1}$ 造血幹細胞(hematopoietic stem cell:HSC)は傍大動脈生殖隆中腎(AGM)領域で発生し, 胎児肝(fetal liver:FL)で急激に増殖するが,一方,成体になり骨髄に移行した後は静止期(G0)に保たれており,HSC の細胞周期は個体の生涯にわたってダイナミックに遷移していることが明らかになっている.HSC のエネルギー代謝は, 従来, 成体 HSC は解糖系優位であることが言われてきたが, 近年盛んにHSCでのミトコンドリアの酸化ストレス代謝(OXPHOS)の研究が進められており,OXPHOS はHSCにとって自己複製, 多能性の両方に必須であることが明らかになっている. ファンコニ貧血(Fanconi anemia:FA)は遺伝性の小児疾患でこれまでに 25 遺伝子が原因遺伝子として同定されており, 主な FA 分子は複合体を形成して架橋 DNA ダメージに対する修復に寄与する. 本発表では演者が留学先で明らかにした, FL HSCでの増殖ストレスと FA 分子ファンコニ貧血相補群 D2 蛋白との関連および, 本学においてこれから研究していこうとしている増殖ストレスと OXPHOS との関連について論じたい. ## 3. 筋萎縮性側索硬化症におけるミクログリアのグル タミン酸放出増強機構 (病理学 (病態神経科学分野)) 柴田亮行 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態の全容は未だ解明されていない. 今回我々は, 1990 年代から指摘されている組織内鉄過剩蓄積と脳脊䯇液中グルタミン酸 (Glu) 濃度上昇の関連性を明らかにするため, 剖検脊髄と培養細胞を用いて分子病理学的解析を行った. ALS 脊䯣中の可溶鉄(フェロジン法)とフェリチン $(\mathrm{Ft})$ およびグルタミナーゼ C (GLS-C)(ウェスタンブロット法)のレベルは対照脊髄と比較して有意に増加していたが,アコニターゼ1(ACO1)と TNF $\alpha$ 転換酵素(TACE)は 2 群間で有意差を示さなかった. 免疫組織化学的に, $\mathrm{Ft}$, ACO1, TACE, TNF $\alpha$ およびGLS-C はミクログリアに局在し, フェロポリチン (FPN) とへプシジン (Hepc) はニューロンとグリアに局在していた. ALS 群では, $\mathrm{TNF} \boldsymbol{\alpha} / \mathrm{Hepc}$ 陽性細胞は増加し, FPN 陽性細胞は減少していた。ミクログリア細胞株(BV-2)にクエン酸アンモニウム鉄 (FAC) を添加すると培養上清中の Glu と $\mathrm{TNF} \alpha$ の濃度が上昇し, これらはそれぞれ $\mathrm{ACO1}$ と TACE の阻害薬前処理により相殺された. BV-2 細胞に TNF $\alpha$ を添加すると培養上清中の Glu 濃度が上昇し, これは GLS-C 阻害薬前処理により相殺された. BV-2 細胞に Hepc を添加すると細胞溶解液中の FPN のレべルは減少 Lた,以上から,ALS脊髄ミクログリアでは, 細胞内可溶鉄蓄積を背景に ACO1, TACE およびGLS-Cを介した Glu と $\mathrm{TNF} \alpha$ の放出立進が起こることが判明した. また, $\mathrm{TNF} \alpha$ 放出 $\rightarrow \mathrm{Hepc}$ 放出 $\rightarrow \mathrm{FPN}$ 内在化崩壊 $\rightarrow$ 鉄蓄積というポジティブフィードバック機構の存在が示唆された. ## 4. 線虫の変異体ストックを利用した, 行動戦略の制御に関わる分子の探索と解析 ('生理学 (分子細胞生理学分野), ${ }^{2}$ 統合医科学研究所) 末廣勇司 ${ }^{1} \cdot$ 三谷昌平 ${ }^{1.2}$ 線虫という体長 $1 \mathrm{~mm}$ の生物は,一見すると人間と全く異なる生物だか,分子・細胞レベルでの機能には人間と多くの共通点がある. そのため, 線虫は医学・生物学の基礎研究モデル生物として, 今日まで幅広く研究され てきた。こうした研究の過程で重宝されるのが,特定の遺伝子機能を欠損した変異体である. 私たちは, DNA ダメージ修復機構に異常を示す線虫に, さらに化学物質による変異導入を行い,高頻度で遺伝子機能阻害を起こす変異導入法を見出した。同時に,次世代シーケンサーを利用して,この変異を検出し,効率良く変態系統を作出する手法を生み出した。 加えて,私たちは作出してきた変異体系統を利用した神経機能解析も行っている. 精神疾患や薬物中毒などでは, 情報の統合と行動判断に異常を示す症状がみられる. こうした行動の選択性を決めるメカニズムを探るため,上記の作成した変異体プールのうち, 神経系での機能が予想される遺伝子の変異体 1500 系統を利用して, 行動の選択性に異常を示す遺伝子を探索した。結果,代謝型グルタミン酸受容体 (mgl-1) が行動選択性に関わることを 容体が働く神経は, 2 種の嗅覚情報を $\mathrm{Ca}$ 濃度レベルで統合すること, $\mathrm{mgl}-1$ がその統合に関わることを見出した. 5. 熱帯アフリカのマラリア撲滅を目指したコミュニティー主導型統合的戦略のための分野融合研究 (国際環境・熱带医学) 凪幸世・杉下智彦 マラリア根絶は 21 世紀人類の課題である. 熱帯アフリカでは, 近年のマラリア対策法スケールアップにもかかわらず多くの地域で伝播が続き,依然 5 歳以下の小児を中心に年間 40 万人以上がマラリアにより命を落とす. その背景には, 不顕性感染源としての無症候性感染者, 媒介蚊が獲得する殺虫剤・行動耐性, 予防や治療における不適切な人間行動などの課題がある. 本研究では, 高度マラリア流行が続く西ケニア・ヴイクトリア湖周辺地域をモデルとして,従来の発熱者のみをターゲットとした診断・治療に代わり無症候性感染者への介入を含めた 「普遍的診断治療アプローチ」を提唱する。また新規殺虫剤を使用した天井式蚊帳の導入により, 従来の長期残効型防虫処理蚊帳の限界を超えたマラリア媒介蚊への防御対策を確立する。さらにこれらのイノベーションが最大限に効果を発揮するためには,住民の病気に対する正しい理解と適切な予防行動を自ら選択することが重要である. 本研究では行動経済学の知見である「ナッジ効果」 を応用し, 住民の行動を自発的に望ましい方向へ誘導する社会実装を試みる。これら医学, 行動経済学の両アプローチによる分野融合実証研究を通じて, 対象地の 5 歳以下小览のマラリア死亡ゼロを目指す。これは国連が持続可能な開発目標(SDGs)で揭げる 2030 年までに地球規模のマラリア流行終焉へ向けた道標であり,ユニバー サル・ヘルス・カバレッジの実現に向けた実施可能な戦略である。 ## 6. 災害時用医薬品の備蓄体制に関する研究 (衛生学公衆衛生学 (環境・産業医学分野))中島範宏 〔緒言〕災害時の医療活動を円滑に行うためには被災地の備蓄医薬品の使用が有効だが,災害用の医薬品備蓄は医療機関への負担が大きいという報告がある。地域社会全体での備蓄体制を検討するために,現状と課題について把握する必要がある。〔対象と方法〕Web アンケートを行った. 対象は医師, 薬剤師, 介護職, 向精神薬服用の市民,慢性疾患薬(2 型糖尿病,高血圧,気管支喘息, アトピー性皮膚炎)の服用市民である,回答者属性,備蓄・残薬状況,自然災害発生時の 2 次災害リスク(火災の延焼,津波等)について質問を行った。〔結果〕医師と薬剤師ともに職場で備蓄すべき医薬品として多いのは,外傷処置用医薬品, 慢性疾患系医薬品, 向精神薬, 感染症系医薬品であった $(\mathrm{p}<0.05)$. 市民の半数以上に残薬が生じており,約 3 割が災害のために備蓄を行っていた. 介護職は慢性疾患系医薬品, 向精神薬を備蓄すべきという回答が多かった $(\mathrm{p}<0.05)$ .また,2次災害リスクがある市民は有意に備蓄を行っていた(向精神薬 $\mathrm{p}<0.001$ ,慢性疾患薬 $\mathrm{p}<0.01$ ).〔考察〕市民による備蓄や残薬の存在が明らかとなり, 薬局の関与が重要と考えられた.特に高齢者・要介護者への服薬指導は災害時にも有効である。医薬分業により医療機関は医薬品在庫が少ないため,災害時の医薬品供給における薬局への期待は大きい。〔結論〕今後は,地域共生社会の一員としての薬局が果たす役割と使命について地域経済循環分析を通じた検討を試みる。 ## 7. $\operatorname{lgG_{4}$ 関連疾患マウスモデルにおける細菌抗原の役割} (1微生物学免疫学, ${ }^{2}$ 膠原病リウマチ内科学, ${ }^{4}$ 消化器内科学, ${ }^{3}$ 早稲田大学先進理工学部生命医科学科) 柳澤直子 ${ }^{1} \cdot$ 桶角口智昭 $^{2} \cdot$ 上芝秀博 ${ }^{1} \cdot$ $\mathrm{IgG}_{4}$ 関連疾患は高 $\mathrm{IgG}_{4}$ 血症と $\mathrm{IgG}_{4}$ 陽性形質細胞の組織浸潤を特徵とする慢性疾患である。標的臓器は多岐にわたり,自己免疫性膵炎,ミクリッツ病,硬化性胆管炎,後腹膜線維症, 間質性肺炎の一部なども $\mathrm{IgG}_{4}$ が関連した共通の全身性病態ととらえられている. $\mathrm{IgG}_{4}$ 関連疾患の発生機序として, 微生物の関与を示唆する知見が近年積み重ねられつつある。病原体パターン分子の接種による自己免疫マウス実験の先行研究などから, 自然免疫応答が自己免疫を促進することが示唆されているが,詳細は不明である。臨床検体を用いた我々の既往研究では,高 $\mathrm{IgG}_{4}$ 血症を伴う自己免疫性膵炎患者は非病原性大腸菌に対する抗体産生を来たすことが見出された. マウス接種実験として C57BL/6マウスへ非病原性大腸菌を 8 週間腹腔内接種したところ, 膵炎と高 $\gamma$ グロブリン血症が認め たところ,ドナー $\mathrm{T}$ 細胞の浸潤による膵炎像が認められた. ヒト $\mathrm{IgG}_{4}$ に相当する IgG1 の沈着を伴うリンパ球浸潤と線維化が非病原性大腸菌接種により生じた。膵炎モデルにおける大腸菌抗原は MALDI TOF/MSにより鞭毛蛋白と外膜蛋白が検出された.鞭毛蛋白接種により膵炎と喠液腺炎, 外膜蛋白接種により涙腺炎と喠液腺炎が生じ,抗核抗体および抗 SSA 抗体の産生を認めた。以上の結果より, $\mathrm{IgG}_{4}$ 関連疾患マウスモデルにおいて細菌表層抗原が複数臓器に形成される外分泌腺炎の病態に関連する可能性が示唆された。 ## 8. 交通事故被害者の被害実態と日本における支援 (日本語学) 辻村貴子 交通事故は事故に遭遇した本人だけでなく本人が死亡した場合には遺族が事故による死別から精神的健康に問題を生じる可能性がある.被害からの快復に向けた支援のあり方が模索され続けている。 交通事故被害者本人を対象に事故後のPTSD 発症を測定する前向き研究では, 国内で事故後約 1 か月の時点で $8 \%$, 事故後 6 か月の時点で $9 \%$ の PTSD 発症者がいた.交通事故に遭遇した被害者本人ではなくても,事故で家族を亡くした遺族の場合,全般的に精神健康状態が不良であり,事故による死別後,PTSD だけでなく複雑性悲嘆の症状が見受けられることも被害の特徴である。過去の研究では対象,症状の測定に用いた尺度の違いなどから幅があるものの 17\%〜75\%の遺族が PTSD の症状を, 6\% 61\%の遺族が複雑性悲嘆の症状を呈しており, いずれも一般人口中の有病率(PTSD: $0.7 \%$, 複雑性悲嘆 : $2.4 \% )$ と比較して,交通事故被害者遺族の有病率は明らかに高い 現在,交通事故被害者らに対して,省庁主導トップダウン型の支援のほか,被害者支援センター,自助グルー プ等による支援活動が行われている。事故後早期からの援助開始が可能となり,リーフレット類を用いた積極的なツール活用等,行われている支援に対しては一定の評価ができる。 様々な支援がなされつつある中で,被害者自身による支援の実効性評価が求められており,特に急性期での支援が,被害者の精神健康面で長期予後の改善につながっているか否かの研究が求められる.
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# 炎症性疾患 ## (2)自己免疫疾患における炎症 ## 一全身性エリテマトーデスの免疫学的病態を例にとって一 東京女子医科大学医学部膠原病リウマチ内科学講座 驾又券又康弘 (受理 2020 年 1 月 22 日) ## Inflammatory Disease (2) Inflammation in Systemic Autoimmune Diseases: Immunopathogenesis of Systemic Lupus Erythematosus ## Yasuhiro Katsumata Department of Rheumatology, School of Medicine, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan The pathogenesis of systemic lupus erythematosus (SLE) can be divided into discrete stages. Both environmental and genetic factors contribute to the development of the disease. Triggers such as hormones, microbes, diet, and drugs can elicit autoimmunity. These elements and epigenetic changes drive a sustained loss of tolerance and the spread of autoimmunity. Subsequently, immune-complex deposition and autoantibody-mediated tissue damage can cause chronic inflammation and irreversible damage in end organs. Active SLE is characterized by a remarkably homogeneous gene expression pattern with overexpression of interferon (IFN)-induced genes, which is the so-called IFN signature. The type I IFN system has been suggested as a driving force behind the disease, that is, nucleic acids derived from apoptotic cells and neutrophil extracellular traps provide the critical ligands to drive expression of type I IFNs from plasmacytoid dendritic cells via toll-like receptors. Type I IFNs increase the production of B cell-activating factor (BAFF) by macrophages and dendritic cells. BAFF is a cell survival and maturation factor for B cells. Type I IFNs also decrease regulatory $\mathrm{T}$ cell function. Both $\mathrm{T}$ cells and $\mathrm{B}$ cells participate in autoreactivity, with B cells ultimately producing autoantibodies. Interleukin 17 production by $\mathrm{T}$ cell also contributes to organ infiltration by neutrophils. Key Words: systemic autoimmune disease, systemic lupus erythematosus, interferon signature ## はじめに シリーズ「炎症性疾患」において,「自己免疫疾患」 の題での総説を担当することになったが,自己免疫疾患といってもすべてを網羅するとかえって焦点も はっきりしなくなるので,本稿では,1948 年の血中 LE 細胞 ${ }^{1)}, 1957$ 年の抗核抗体 (antinuclear antibody:ANA $)^{2)}$ の発見以来,「全身性自己免疫疾患のプロトタイプ (原型)」と呼ばれる,全身性エリテマ  トーデス (systemic lupus erythematosus:SLE)の免疫学的病態に焦点をあてて概説する. SLE の病態は幾つかのステージに分かれていると考えられる”。遺伝的リスクがある集団に,ホルモン, 微生物, 食事,薬剤などの環境因子が加わって,エピジェネティックな変化も生じ,免疫宽容が破綻し,自己抗体がつくられ, 種々の免疫異常が引き起こされ, その結果として生じる, 免疫複合体の沈着や自己抗体介在性の組織障害が,全身のさまざまな症状や,慢性炎症による不可逆的な臟器障害を引き起こすと考えられている。 ## 1. アポトーシス細胞除去の異常 活動期のSLEリンパ球は分離直後, および培養後に,アポトーシスの立進が認められている). アポトーシスの立進はヌクレオソームを放出し,主な自己抗原である DNA やヒストンを供給することで病因的意義がある。アポトーシスに陥った細胞表面の小胞には, RNA, リボソーム, Ro/SS-A, La/SS-B, snRNP が含まれている). したがって,アポトーシス細胞由来の自己抗原が生物学的に修飾されて, 素因を持ったヒトには抗原となりうる。例えば,紫外線に曝された皮膚ケラチノサイトはアポトーシスに陥り,核物質が放出されるが,SLEにおいてはその除去が障害されており,それが免疫系をさらに活性化する。また, SLE 由来培養ケラチノサイトにおいては, 紫外線照射による $\mathrm{Sm}, \mathrm{RNP}, \mathrm{Ro} / \mathrm{SS}-\mathrm{A}, \mathrm{La} / \mathrm{SS}$ B といった自己抗原の表出が健常人由来細胞よりも高いという報告がある ${ }^{6}$.また, DNase I と同種の DNA 分解酵素である DNASE1L3 はアポトーシス細胞から分泌されるマイクロパーティクル中のゲノムDNAを消化し,マイクロパーティクル表面のクロマチンへの自己抗体結合を阻害するが,この DNASE1L3 が遺伝的に欠損したマウスやヒトは血漿中の DNA 值が高く, 細胞外マイクロパーティクル関連クロマチンが潜在的自己抗原であることが示唆されている》。 ## 2. 自然免疫の異常 (Figure 1) 感染や自己抗原などを含む外的・内的危険信号が, 外的環境と接する臟器 (肺・腸管・皮虐・末梢リンパ節)に存在する樹状細胞を主に介して自然免疫を活性化する.多くの細菌やウイルスによって共有される病原体関連分子パターンは, 樹状細胞の toll-like receptor(TLR)によって認識される. SLE にとって極めて重要なことに,樹状細胞や B 細胞の TLR9 は CpG DNA 配列に結合することができ $る^{899}$.この配列は細菌 DNA では一般的で,ほ乳類 DNA ではまれだが,SLE 患者においては増加している。したがって, SLEの樹状細胞は, 組織や循環中の $\mathrm{CpG}$ 核酸によって活性化されうる。 さらに, DNA-抗 dsDNA 抗体免疫複合体も TLR9 に結合し, 抗 dsDNA 抗体は樹状細胞上の FcR $\gamma$ RIIA 受容体に結合し,自然免疫をさらに活性化する。また, SLE に特徴的な RNA-蛋白複合体も TLR7 に結合しうる ${ }^{10}$. TLRを介して plasmacytoid dendritic cell (pDC) が刺激されると, interfeon(IFN) - $\alpha$ や $\beta$ などのI 型 IFN が産生され, あるいは他の経路で産生された IFN などが樹状細胞やマクロファージなどを刺激する. 活性化した樹状細胞やマクロファージは,主要組織適合遺伝子複合体 (major histocompatibility complex:MHC)に抗原ペプチドを呈示し, T 細胞を活性化する。加えて, 活性化マクロファージはさまざまなサイトカインを分泌し, $\mathrm{T}$ 細胞や $\mathrm{B}$細胞の成熟や活性化を促し, 免疫グロブリンの産生とクラススイッチを増加させる。このような一連の過程は健常人でも起こりうることではあるが,SLE 患者において異なるのは, $\mathrm{CpG}$ 配列を持った低メチル化 DNA や $^{11}$, DNA-抗 dsDNA 抗体免疫複合体や (成熟 $\mathrm{B}$ 細胞の機能が通常通りであれば抑制されているはずの) EB ウイルス感染・再活性化 ${ }^{12}$ の量が多いことである. また, 前述の TLR P F $\gamma$ R の遺伝子変異も関与すると考えられる。このようにして活性化された $\mathrm{T}$ 細胞や $\mathrm{B}$ 細胞が, 獲得免疫の異常を引き起こす. ## 3. 獲得免疫の異常 (Figure 1) 外来抗原または自己抗原は活性化した樹状細胞やマクロファージなどの抗原提示細胞に遭遇し, 抗原提示細胞によって細胞内に取り込まれ,ペプチドに処理され, $\mathrm{MHC} /$ ペプチド複合体を介して $\mathrm{T}$ 細胞に第一の刺激を与え, CD86を介して第二の刺激が与えられる。 CD4 陽性ヘルパーT 細胞は, 活性化されて IFN- $\gamma$, interleukin (IL)-6, IL-10 などのサイトカインを分泌して, B 細胞が抗体を分泌するのを助ける. また,単球によって分泌された IL-10 やBAFF(B cell activating factor belonging to the tumor necrosis factor family)などのサイトカインが B 細胞の成熟と免疫グロブリンの分泌を促進し, IFN- $\gamma$ な゙のサイトカインは, T 細胞の成熟・活性化を促進する。 SLE においては, 産生された多彩な自己抗体の一部が, それ自体が標的臟器に結合し,あるいは,抗原と結合して免疫複合体を形成し, 抗体依存性細胞傷 Figure 1 Immunopathogenesis of systemic lupus erythematosus (SLE). In patients with SLE, nucleic acids derived from apoptotic cells and neutrophil extracellular traps (NETs) provide the critical ligands to drive the expression of type I interferons (IFNs) from plasmacytoid dendritic cells (pDCs) via toll-like receptors. The produced type I IFN stimulates both innate and adaptive immune systems, contributing to loss of tolerance and a sustained autoimmune disease process. Type I IFNs promote the differentiation of monocytes into conventional dendritic cells (cDCs) and the expression of MHC class II molecules and the costimulatory molecules CD80 and CD86 by these dendritic cells (DCs). Naïve $\mathrm{T}$ cells interact with cDCs and differentiate into $\mathrm{T}$ follicular helper (Tfh) cells. Tfh cells promote $\mathrm{B}$ cell maturation in germinal centers through the production of interleukin 21 (IL-21). Type I IFNs also increase the production of B cell-activating factor (BAFF) by macrophages and DCs. BAFF is a cell survival and maturation factor for B cells. Plasma cells ultimately produce autoantibodies. Immune-complex deposition and autoantibody-mediated tissue damage drive chronic inflammation and irreversible damage in end organs. 害や補体活性化を通じて組織を傷害することが,その病態の主体とされる。 活動期 SLE においては, ナイーブ B 細胞の減少と形質細胞の増加が認められる ${ }^{13}$. SLEにおいては,健常人と異なり,自己抗体が生来のレパトワから除かれずに産生され続ける ${ }^{14}$. 抑制性受容体である FcR $\gamma$ RIIA 受容体は,SLEメモリーB 細胞においては発現低下しており,そのため B 細胞受容体からのシグナルが持続することがその一因とされる年。一方, SLE 患者では, B 細胞の分化・生存, 増殖, 免疫グロブリン産生に重要な役割を果たす BAFF の血清濃度や mRNA の増加が認められ, 抗 dsDNA 抗体価と相関する ${ }^{16}$. また, SLE 患者において BAFF と結合していないBAFF 受容体は減少しており, 両者の結合が持続的に生じていると推測される ${ }^{17}$. さらに, 高活動性 SLE 患者において, 増加した形質細胞からも BAFF が分泌され, オートクラインの形で自己をさらに刺激し,活性化していることも報告されている ${ }^{18}$.また, SLE末梢血において, T 細胞では IFN- $\gamma$ 産生能が六進しており, 単球では IFN- $\gamma$ に対する BAFF 産生が元進している ${ }^{19}$.また, SLE末梢血においては,標的組織への遊走に一致してケモカイン受容体を発現する $\mathrm{CD} 11 \mathrm{c}^{\mathrm{hi}} \mathrm{T}$-bet ${ }^{+} \mathrm{B}$ 細胞 ${ }^{20}$ や, 異なる 2 つの抗原に反応する $\mathrm{B}$ 細胞受容体を持つ $\mathrm{B}$細胞 $\left(\mathrm{B}_{2 \mathrm{R}} \text { 細胞 }\right)^{21}$ のような特殊な $\mathrm{B}$ 細胞の頻度が高く,これらも SLE の病態に寄与していると考えられている. $\mathrm{T}$ 細胞は, $\mathrm{MHC}$ との関連や養子細胞移植実験の結果から, SLEの病態の中心と考えられている. SLE の T 細胞では, 刺激に対する閥値の低さや, 異常に元進した細胞内の $\mathrm{Ca}^{2+}$ イオンの変動が認められる. この原因として, $\mathrm{T}$ 細胞受容体/ $\mathrm{CD} 3$ 複合体の Table 1 Autoantibodies in systemic lupus erythematosus. *SLE disease specific antibody. $\mathrm{CD} 3 \zeta$ 鎖が欠如し ${ }^{22}, \mathrm{FcR} \gamma$ 鎖で代替されていること $^{23}$, それが通常の $\mathrm{T}$ 細胞では見られない過剩に発現した spleen tyrosine kinase と関係しながら刺激を伝達するのに関与していることが示された23).また, SLEの T 細胞では, 接着分子 CD44 などの発現が増強しており,そのため組織への遊走が克進していると考えられる24).また, 濾胞性へルパーT(T follicular helper:Tfh)細胞はリンパ滤胞における胚中心の形成, $\mathrm{B}$ 細胞の親和性成熟など液性免疫に特化した機能を持つへルパー $\mathrm{T}$ 細胞であるが, 末梢血中にもそれと類似した, CXCR5 $5^{\text {hi }}$ ICOS $^{\text {hi }} P D-1^{\text {hi }}$ として同定される循環 Tfh 細胞が存在し, 細胞内の IL-21 が発現増加しており,SLE 患者末梢血中においては, 対照と比較してこの循環 Tfh 細胞が増加している25.また, 可溶性 OX40L はナイーブ/メモリー ヘルパー T 細胞に, IL-21 などの Tfh 細胞関連遺伝子を誘導すること, OX40 発現抗原提示細胞の頻度はSLE 患者血液中で増加し, かつ, 疾患活動性や Tfh 細胞の頻度と相関していること, また, 抗原提示細胞上の OX40 発現は, RNA 含有免疫複合体によってTLR7を介して誘導されていることが報告された26). 併せて考えると, 樹状細胞やマクロファー ジが,免疫複合体中の RNA によって刺激され,OX 40 などを介してナイーブ T 細胞を Tfh 細胞に分化させ,2 次リンパ組織の胚中心において Tfh 細胞が IL-21 や各受容体を介して B 細胞と相互作用して, B 細胞がメモリーB 細胞や形質細胞に分化すると考えられた。一方, 免疫寞容を維持するのに重要な制御性 T 細胞(regulatory T Cell:Treg)については,「活動期 SLEにおいてはTregが減少しており, SLE の活動性と逆相関している」という報告が多いが, 健常人と変わらない, あるいは逆に増えているという報告もある ${ }^{27)}$.また, ステロイド・血漿交換療法・リツキシマブなどの治療による症状改善に伴ってTregが増加したという報告や27), SLE 患者を対象とした低用量 IL-2の臨床試験において, 臨床的有効性に一致してTregが増加したという報告がある $^{28299}$. ## 4. 自己抗体 ${ ^{30)}$} SLE において自己抗体は細胞表面のみならず,細胞核および細胞質に認められる多数の自己抗原に対して産生される(Table 1). さらに血清中の IgG や凝固因子などの可溶性分子に対する抗体も存在する. 特に細胞核成分に対する抗体, ANA は特徴的で, 患者の $95 \%$ 超に認められ, DNA, RNA, 核蛋白および蛋白一核酸複合体など, 細胞代謝に重要な抗原 と反応する. SLE に特異的なのは二本鎖 DNA に対する抗体 (抗 dsDNA 抗体) ${ }^{31}$ と RNA-蛋白複合体に対する抗体(抗 $\mathrm{Sm}$ 抗体)で, 疾患標識抗体となり, SLE 分類基準にも含まれている ${ }^{32233)}$. ほとんどの自己抗体は $\mathrm{T}$ 細胞依存性で, 抗原により誘導されたものである。したがって自己抗体産生は免疫宽容の破綻に伴う自己反応性 $\mathrm{T}$ 細胞の活性化と, 活性化された B 細胞による過剰な抗体産生との両者によると考えられている. 自己反応性リンパ球の活性化には, $\mathrm{Tfh}$ 細胞の解説で述べたように, 細胞表面機能分子およびサイトカインによる細胞間相互作用が関与している。また,SLE モデルマウス(Lyn-/-マウス)において好塩基球による自己抗体誘導,ループス腎炎の病態形成への関与が示唆されている ${ }^{34}$. ## 5. 自己抗体および補体と免疫複合体による組織 ## 障害 SLE における組織障害には,好中球や炎症性サイトカインによる障害,細胞傷害性 T 細胞による IV 型アレルギー,あるいは細胞表面の自己抗原に対する自己抗体の結合と補体活性化によって起こる II 型アレルギーなどもあるが, 病態形成に最も重要なのは自己抗原・自己抗体・補体などが互いに結合した免疫複合体が組織に沈着し, 補体活性化や血小板凝集により傷害する III 型アレルギーである ${ }^{35}$. これは患者血清中に免疫複合体の増加や補体の減少, 病変部に免疫グロブリンと補体の沈着が認められ, 自己抗体活性が証明されることから確かめられる。免疫複合体の生物活性は,抗原の分子量, 荷電状態,抗体価, 抗体のクラス, サブクラス, 親和性, 補体結合能, 抗原抗体比に依存する。また,一般的に,免疫複合体は, 血管の乱流の部位, あるいは腎糸球体などの高圧の部位に沈着する傾向がある。モノクローナル抗 dsDNA 抗体はリン脂質(カルジオリピンなど), プロテオグリカン, IgG, 核蛋白, 細胞骨格成分, 細菌またはリンパ球などの細胞膜, 神経細胞とも交差反応し免疫複合体を形成することができる. 抗 dsDNA 抗体の病因的役割は, 疾患活動性と関連することと ${ }^{36)}$ 40), 活動性腎炎患者の糸球体溶出液中に濃縮された抗 dsDNA 抗体が単離されたこと, および正常動物に抗 dsDNA 抗体を投与し腎炎が惹起されたことから示唆されている ${ }^{41)}$. 抗dsDNA 抗体以外で臨床像に影響を及ぼす自己抗体として,新生児ループスス $\left.{ }^{42 \sim} \sim 44\right)$ ,および亜急性皮䖉エリテマトー デス ${ }^{45}$ における抗 Ro/SS-A 抗体, 血栓症・血小板減少症打よび習慣性流産に打ける抗リン脂質抗体 ${ }^{46)} \sim 88$ ,および各血球成分に対する抗体があげられ 認められる抗体であり,従来特にループス腎炎との関連が深いとされ社),ループス腎炎の病態との直接的関連を示唆する基礎的報告もある ${ }^{55}$. しかし, その後の筆者らの検討では, 抗 C1q 抗体は SLE の全般的活動性と関連するが,腎炎と特異的に関連するわけではないことが示されだ6․ ANA が,細胞内に位置する抗原に作用しうるのか明らかではなかったが,既述したもの以外にも次のような機序が考えられていた。紫外線照射により抗原が膜に移行することから ${ }^{57}$, 細胞膜で抗体が作用できる.また ANA が細胞内に侵入し, 核抗原と結合して細胞機能を混乱させることを示唆する報告もある ${ }^{58}$. ## 6. IFN signature 上述のように,これまでSLE の免疫学的病態としては,さまざまなものが報告されていたが,その相互の関係や全体像は必ずしも明らかではなかった。 しかし 2003 年頃からの IFN- $\alpha$ に関する一連の研究により, それらが互いに関連づけられ, 1 枚の絵の中で理解できるようになってきた。すなわち, SLE 病態の最近の仮説では, 前述のアポトーシスや後述の neutrophils extracellular traps(NETs)由来の DNA やRNA がTLRを介して pDCを刺激してI 型 IFN (IFN- $\alpha, \beta, \omega, \kappa, \varepsilon, \tau)$ が産生され,あるいは他の経路で産生された IFN が樹状細胞やマクロファージを刺激し,BAFF の産生を介して B 細胞が活性化されたり, Treg の機能が低下させられたり, 炎症細胞が局所に遊走するなどして, 腎や皮䖉などの組織障害を招くと推測されている. 実際, SLE 患者の末梢血単核球や各標的組織において, I 型 IFN 誘導遺伝子群の過剩発現が観察され, この現象は IFN signature と呼ばれている ${ }^{59}$. さらに, ステロイドパルス療法を受けたSLE 患者において, 治療前後で評価したところ, 複数の IFN 誘導遺伝子の発現低下が確認された. さらに, SLE 患者において, IFN$\alpha$ 中和抗体の投与によって IFN signature が減少したことが報告された ${ }^{60}$. 但し,これらの「IFN signature」に含まれる IFN 誘導遺伝子の種類や数は,報告者間で必ずしも一致しておらず,またその測定法についてもさまざまな方法がある。また,SLE 患者血清中のアポトーシス由来膜小胞に含まれる核酸に I 型 IFN 誘導活性があり, cyclic guanosine monophosphate(GMP)-AMP synthase (cGAS) や stimu- lator of interferon genes (STING) のノックアウトにより単球系レポーター細胞株のI 型 IFN 誘導活性が低下することが報告され,TLR 以外の経路があることも示唆されている ${ }^{61}$. ## 7. NETosis SLE 患者の末梢血単核球の中には,浮遊密度の低い好中球のサブセット (low-density granulocytes : LDGs)が含まれており,この細胞は細菌の貣食能が低い一方で, LL-37 やIL-17 などの炎症性蛋白, dsDNA などの自己抗原を分泌する, NETs の合成能が高いこと,このような NETosisを通じて,内皮細胞の傷害や $\mathrm{pDC}$ による IFN- $\alpha$ 産生の刺激をする能 は,好中球に NETs 分泌を前準備させるので,正のフィードバック回路があることが示唆されている。 ## おわりに SLE の免疫学的病態に焦点をあてて概説した. 自己免疫疾患における炎症の理解の一助になれば幸甚である. ## 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Hargraves MM: Production in vitro of the L.E. cell phenomenon; use of normal bone marrow elements and blood plasma from patients with acute disseminated lupus erythematosus. Proc Staff Meet Mayo Clin 24: 234-237, 1949 2) Friou GJ, Finch SC, Detre KD: Interaction of nuclei and globulin from lupus erythematosis serum demonstrated with fluorescent antibody. J Immunol 80: 324-329, 1958 3) Tsokos GC, Lo MS, Costa Reis P et al: New insights into the immunopathogenesis of systemic lupus erythematosus. 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Tokyo Women's Medical University
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# ダウン症候群における気道病変の合併についての検討 '東京女子医科大学医学部 5 年 ${ }^{2}$ 東京女子医科大学東医療センター周産期新生坚診療部 (受理 2020 年 5 月 14 日) ## Airway Lesions in Down Syndrome \author{ Natsuki Koriyama, ${ }^{1,2}$ Yosuke Yamada, ${ }^{2}$ Hisaya Hasegawa,,${ }^{2}$ and Rina Enomoto ${ }^{1.2}$ \\ ${ }^{1}$ The 5th Grade Student, School of Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \\ ${ }^{2}$ Department of Neonatology, Tokyo Women's Medical University Medical Center East, Tokyo, Japan } Objective: Airway lesions are an important complication in Down syndrome because airway lesions exacerbate respiratory infection, which is one of the top causes of death in Down syndrome. The purpose of this study was to investigate the features of airway lesions in Down syndrome. Methods: We retrospectively reviewed 20 patients with Down syndrome who were admitted to our neonatal intensive care unit. The median gestational age (GA) was 38.0 weeks, and the median birth body weight (BBW) was $2,879 \mathrm{~g}$. We performed laryngo-tracheo-broncho fiberscopy (BF) in cases involving suspected findings of airway lesions such as stridor, depression in the oxygen saturation, suckling disorder, and suspicious image findings. We investigated the groups with and without airway lesions. Results: Six cases (30\%) involved complications of airway lesions. Five patients required mechanical ventilation, and the median length of mechanical ventilation was 87 days. On comparison of the 2 groups, there were no significant differences in GA, BBW, presence of hypotonia, and complication of congenital heart disease. Significant differences were found in the presence of suspected findings of airway lesions, length of hospital stay, and the need for surgical operation for congenital heart disease. Conclusion: The complication rate of airway lesions in Down syndrome is high, and most patients require long durations of mechanical ventilation. It is important that patients with suspected findings of airway lesions or severe congenital heart disease should undergo $\mathrm{BF}$ for early diagnosis. Key Words: Down syndrome, airway lesion, complication ## 緒言 ダウン症候群は 21 番染色体のトリソミーを有し,最も頻度の高い染色体異常で, 約 1,000 人に 1 人の割合で出生する. 先天性心疾患, 腸管異常, 甲状腺 Corresponding Author: 山田洋輔 〒 116-8567 東京都荒川区西尾久 2-1-10 東京女子医科大学東医療センター周産期新生坚診療部 E-mail: [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.90.3_61 Copyright (C) 2020 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Table 1 Clinical characteristics of objective cases. 機能異常, 血液疾患などの合併症を有する. 合併症の種類や程度が予後に大きく影響するため, 新生児期に適切に評価し対応することが重要である. 我々は先天性気道病変の診断, 治療を積極的に行っており,ダウン症候群においても喉頭軟化症や気管軟化症などの気道病変の合併を経験してきた.気道病変は呼吸器感染の罹患頻度を上昇させることや重症化させることが知られており ${ }^{11}$, 呼吸器感染はダウン症候群の死因の上位で標準化死亡比も高いことから2), 気道病変はダウン症候群において評価すべき重要な合併症である. しかし, ダウン症候群における先天性気道病変についての報告は少ない。そこで, 本研究では, ダウン症候群の気道病変合併の詳細を明らかにすることを目的に,合併率,気道病変の種類, 治療経過などを検討した。 ## 対象および方法 対象は 2009 年 4 月から 2018 年 12 月の間に東京女子医科大学東医療センター新生児集中治療室 (NICU) に入院したダウン症候群の患者 20 例 (男坚 13 例, 女児 7 例) である. 20 例の臨床背景を Table 1 に示した。デー夕は中央値(第一四分位値-第三四分位値) で表記した。在胎週数は 38.0 (37.4-38.8) 週だった。出生体重は $2,879(2,640-3,018) \mathrm{g}$ だった.入院期間は 39.0 (31.8-128.8) 日だった. 全例が, 出生時にダウン症候群に特徴的な顔貌を有したため,確定診断と合併症など全身状態の評価目的に入院した. 気道病変の評価は, 喘鳴の有無, 動脈血酸素飽和度 $\left(\mathrm{SpO}_{2}\right) 90 \%$ 未満の低酸素発作, 哺乳障害, 画像検査所見で気道病変が疑われる等の場合に, 喉頭気管気管支鏡(BF)にて行われた。 検討は診療録を用いて後方視的に行った. 対象 20 例における気道病変の合併率とその種類, 初発症状,治療方法, 治療期間を検討した. 在胎週数, 出生体重, 呼吸器症状, 筋緊張低下や先天性心疾患の合併,入院期間についてそれぞれ比較した. 統計処理では, JMP ${ }^{\circledR} 14$ (SAS Institute Inc., Cary, NC, USA) を用いた. 在胎期間, 出生体重, 入院期間の比較には Wil- coxon の検定,筋緊張低下の有無と先天性心疾患の有無についての比較には Fisherの検定を用い, $\mathrm{p}$值 $<0.05$ を有意とした. なお本研究は東京女子医科大学倫理委員会の承認を得て行われた (承認番号 4977). ## 結果 対象患者 20 例のうち症状や画像所見から気道病変を疑って BF が行われたのは 7 例であり,うち 6 例 (30\%) で気道病変があった. 1 例は $\mathrm{SpO}_{2} 90 \%$ 未満の低酸素発作を認めたため BF を行ったが気道病変はなかった. BF を行わなかった症例に, 吸気性喘鳴や哺乳障害を有する症例や, 画像検査などで気道病変を疑われた症例はなかった。 気道病変の診断となった 6 例について Table 2 にまとめた. 気道病変の診断となった 4 例は単独で, 2 例は複数の病変を合併していた. 病変の部位は, 上気道が 5 例 (咽頭 4 例, 喉頭 2 例), 下気道病変が 2 例 (気管 2 例) だった. 初期症状は低酸素発作や喘鳴が多く, 1 例のみ無症状で画像検査から気道病変が疑われた,診断日の中央値は 33 日で,治療法は 5 例に呼吸管理として酸素投与や経鼻持続気道陽圧 ( nasal continuous positive airway pressure :nCPAP)を行い,入院期間の中央値は 147 日であった. 1 例を除き入院中の治療で気道病変は軽快し, その 1 例は在宅人工呼吸管理を行った。 対象を気道病変を有した例と無かった例に分け,在胎期間, 出生体重, 呼吸器症状, 筋緊張低下と先天性心疾患の合併, 入院期間について比較した $(\mathbf{T a}$ ble 3). 在胎期間や出生体重には有意差を認めなかった. 先天性心疾患の合併率は気道病変の有無の 2 群間に有意差はなかったが, 心臟外科手術を行った症例は気道病変有群のみで 2 例みられた。入院期間は気道病変の診断となった患者の方が, 中央値で 147 日であり, そうでなかった患者の 39 日より有意に長かった. ## 考 察 本研究では新生览期のダウン症候群における気道病変の合併率と病態を示した。 ダウン症候群における気道病変については小照期や成人期まで含めた検討は散見されるものの, 新生児期についての検討は我々が検索しえた範囲では本研究が初めてとなる. また,これまでの報告も気道病変の診断がついた症例の検討についての報告がほとんどであり, 本研究が気道病変の診断とならなかった例と比較している点においても新しい知見を示したと考える。 Table 2 Cases of airway lesions. & & & & & Treatment & & \\ *N-CPAP: nasal-continuous positive airway pressure. Table 3 Comparison between cases of airway lesions and cases without airway lesions. *Wilcoxon test; **Fisher test. 当科では新生児・小児入院症例に対する気道病変の積極的な精査,治療を行っている,木原らは 2010 年から 2014 年に当院 NICU に入院した全 1,109 例において,気道病変が疑われ BF を行った症例を検討し, 148 例 $(12.1 \%)$ が気道病変と診断されたことを報告していだ. . 本研究におけるダウン症候群の気道病変合併率は $30 \%$ と高く, したがってダウン症候群において呼吸器症状がある場合には積極的に BF を行うことが望ましいと考えた。 ダウン症候群に合併する気道病変の部位については, Hamilton らが 39 例のダウン症に BF を行い 33 例の異常所見を認め, 最も多かったものが気管・気管支軟化症で 17 例, $52 \%$ に認めたと報告した4). Bertrand らによれば 1 か月から 8 歳までの 24 例のうち 18 例に異常所見を認め, 気管・気管支軟化症が 13 例と最も多く認めた ${ }^{5}$. その一方, 本研究では気管・気管支軟化症は 1 例のみで上気道の軟化症の方 が多かった. この差は対象症例の年齢層の違いによるものと思われる. Hamilton らと Bertrand らの検討対象は新生児が少ないため, 感染や心疾患などによる努力呼吸により増悪する気管・気管支軟化症がより多くなったと考える。 気道病変を有した例と無かった例とで, 在胎期間,出生体重, 先天性心疾患 - 筋緊張低下の合併の有無に有意な差はなかった. 先天性心疾患の患者には気道病変を合併することが知られているが7), 今回の検討では気道病変を合併している患者の方が先天性心疾患は少ない傾向があった. 先天性心疾患に合併する気道病変は, 大血管異常による気道の圧迫や重症な肺血流増加型の先天性心疾患によるものが多いが, 今回の検討対象に合併した先天性心疾患は軽症な心室中隔欠損症などが主であったためと考えられた. ただし外科手術を要した重症な先天性心疾患は気道病変を有した例にのみ認めたため, 重症心疾患 例で手術を要する症例では BF を考慮する必要があると考えた。 筋緊張低下を伴う神経筋疾患においても気道病変を合併しやすい傾向があるが ${ }^{8}$, 本検討では気道病変の有無では有意差を認めなかった.ダウン症候群の一般に筋緊張低下を認める頻度そのものが高いためと考えられた。 本研究にはいくつかの限界がある. まず後ろ向き研究であり,診療録から判明するデータが研究の中心となっている点である。また BF が気道病変を疑われた症例のみで行われているため, BF が行われず気道病変無しと判断された症例にも病変があった可能性は否定できない。ただし BF を行わなかった症例には気道症状や $\mathrm{SpO}_{2}$ 低下, 画像所見等はないことが確認されており, 少なくとも治療を要する気道病変はなかったと考えられる。本研究の対象数が 20 例と少ないことも, 統計学的検定に影響を及ぼしている可能性がある。今後は対象症例を増やし,より詳細な検討を行う方針である。 ## 結論 ダウン症候群の新生児期における気道病変の合併について検討した。ダウン症候群では他の NICU 入院症例と比較して気道病変の合併率が高かった。病変部位は上気道病変を多く認め, 人工呼吸管理を要する症例も多かった。気道病変を有した例と無かった例で,在胎期間,出生体重,筋緊張低下と先天性心疾患の合併率には差はなかったが,気道病変を有した例は入院期間が有意に長かった。 ダウン症候群における呼吸器感染の重症化に気道病変が関連している可能性があり, 呼吸器症状を認める児や外科手術を要する先天性心疾患の合併例に おいては BF を考慮し,早期診断を行うことが重要であると考えられた。 ## 謝 辞 本研究は本学学生研究プロジェクト (平成 30 年度) において行われた. 企画・調整の労を執られた委員長の藤枝弘樹先生をはじめ, 研究プロジェクト教育委員会の皆様に深謝いたします. 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Boogaard R, Huijsmans SH, Pijnenburg MW et al: Tracheomalacia and bronchomalacia in children incidence and patient characteristics. Chest 128: 3391-3397, 2005 2) Yang Q, Rasmussen SA, Friedman JM: Mortality associated with Down's syndrome in the USA from 1983 to 1997: a population-based study. Lancet 359: 1019-1025, 2002 3)木原裕貴,長谷川久弥,邊見伸英ほか:当院 NICU における気管支鏡検査の検討. 日周産期・新生览会誌 52 : 1097-1102, 2016 4) Hamilton J, Yaneza MMC, Clement WA et al: The prevalence of airway problems in Children with Down's syndrome. Int J Pediatr Otorhinolaryngol 81: 1-4, 2016 5) Bertrand P, Navarro H, Caussade $S$ et al: Airway anomalies in children with down syndrome: endoscopic findings. Pediatr Pulmonol 36: 137-141, 2003 6)長谷川久弥:新生児気道病変の管理. 日未熟児新生背会誌 $18: 29-37,2006$ 7) Healy F, Hanna BD, Zinman R: Pulmonary complications of congenital heart disease. Paediatr Respir Rev 13: 10-15, 2012 8) Panitch HB: The pathophysiology of respiratory impairment in pediatric neuromuscular diseases. Pediatrics 123: S215-S218, 2009
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Tokyo Women's Medical University
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# 新型コロナウイルス感染症に罹患した 10 代姉妹例のウイルス陰性化までの経過 ## '埼玉県済生会栗橋病院小坚科 ${ }^{2}$ 東京女子医科大学病院小坚科 ${ }^{3}$ 埼玉県済生会栗橋病院感染対策室 ${ }^{4}$ 埼玉県済生会栗橋病院呼吸器内科 ${ }^{5}$ 埼玉県済生会栗橋病院 (受理 2020 年 4 月 27 日) The Duration of SARS-CoV-2 Positive for Two Japanese Teenagers with COVID-19 \author{ Misako Katsuura, ${ }^{1,2}$ Takayuki Kishi, ${ }^{1,2}$ Kazunori Hashimoto, ${ }^{1}$ Kumiko Ishiguro, ${ }^{1,2}$ \\ Masaru Komino, ${ }^{3}$ Kazuki Sato, ${ }^{3}$ Kazuhiro Abe, ${ }^{4}$ Tomohito Nagai, ${ }^{4}$ \\ Kazuyuki Nishimura, ${ }^{4}$ Hikaru Nagahara, ${ }^{5}$ and Satoru Nagata ${ }^{2}$ \\ ${ }^{1}$ Department of Pediatrics, Saitamaken Saiseikai Kurihashi Hospital, Saitama, Japan \\ ${ }^{2}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women’s Medical University Hospital, Tokyo, Japan \\ ${ }^{3}$ Infection Control Team, Saitamaken Saiseikai Kurihashi Hospital, Saitama, Japan \\ ${ }^{4}$ Department of Respiratory Medicine, Saitamaken Saiseikai Kurihashi Hospital, Saitama, Japan \\ ${ }^{5}$ Saitamaken Saiseikai Kurihashi Hospital, Saitama, Japan } We report the clinical course of coronavirus disease 2019 (COVID-19) caused by severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) in two Japanese teenagers. Patient 1: :A 17-year-old girl complained of a fever, sore throat, and back pain for 2 days. A nasopharyngeal swab polymerase chain reaction (PCR) test for SARS-CoV-2 revealed positivity on the 17th day after the onset of symptoms. There was no remarkable change in complete blood count (CBC) and biochemical data. The virus tested negative on day 23. Patient 2: A 14-year-old girl, the sister of patient 1, complained of cough alone, and a nasopharyngeal swab PCR test revealed positivity for SARS-CoV-2 on the first day of the onset of symptoms. Her symptoms improved 3 days later. There were no remarkable changes in $\mathrm{CBC}$ and biochemical data on a blood test or findings of chest X-ray screening. The virus tested negative on day 10. Corresponding Author: 勝浦美沙子 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学病院小览科 E-mail: [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.90.3_65 Copyright (C) 2020 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Both patients exhibited mild symptoms for only a few days. Neither of the patients developed severe pneumonia or acute respiratory distress syndrome. However, it took 23 days for patient 1 and 10 days for patient 2 from the onset of the first symptoms for the virus to test negative on nasopharyngeal swab PCR testing. These cases indicate that patients with mild symptoms may spread the SARS-CoV-2 for the same duration as that of symptomatic patients. Hence, infection control among asymptomatic patients is very important to avoid human-to-human transmission in families or communities. Key Words: SARS-CoV-2, COVID-19, PCR ## 緒言 2019 年末より世界的に severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) の感染が拡大しており, 日本国内でも感染患者の拡大が懸念されている. 成人が新規感染者の大多数を占め, 特に,高齢者では, 重症化する例も少なくない. 一方で小背例については, 重症化する症例は限られるという報告がある ${ }^{1)}$. 小児の軽微な症状や不顕性感染から成人への感染拡大も問題となりうるため, 感染予防策は非常に重要である2). SARS-CoV-2に感染した 10 代の家族例でウイルスが陰性化するまでの経過を経験したため,文献的考察を加えて報告する. 本報告内の SARS-COV-2 検査は, QIAamp Viral RNA Mini Kit (QIAGEN K.K., 東京)を用いて RNA を抽出し, QuantStudio5リアルタイム PCR (Thermo Fisher Scientific K.K., 東京)を使用したリアルタイム one-step Reverse Transcription(RT)PCR 法でウイルスを検出した. ## 症例 1 患者: 17 歳, 女子. 主訴:発熱. 既往歴 : 特記すべきことなし, アレルギー歴なし. 家族歴 : 同居家族 6 人全員が同時期にSARSCoV-2 陽性. 本症例が家族内で 1 人目の症状発現者であった. 症状発現の約 3 週間前から登校はしていなかった。 現病歴 (Figure 1) : $38.0^{\circ} \mathrm{C}$ の発熱と咽頭痛, 背部痛が出現し,翌日に医療機関を受診した。インフルエンザ迅速検査は陰性であり経過観察となった. 第 3 病日に解熱し, 他の症状も改善した. 以降全身状態良好で無症状で経過した. 同居の家族が SARS-CoV2 陽性であり, 濃厚接触者として第 17 病日に SARSCoV-2 の PCR 検查を施行し,陽性を確認したため,第 19 病日に当科に入院した. 症状発症 5 日前に 300 人規模の閉鎖空間でのイベントに参加していた. 現症 : 体温 $37.0^{\circ} \mathrm{C}$, 血圧 $102 / 50 \mathrm{mmHg}$, 脈拍 $78 /$ Figure 1 Timelines of symptoms, PCR testing, and hospitalization duration of both patients. SARS-CoV-2 tested negative on day 23 for patient 1 and day 10 for patient 2. PCR, polymerase chain reaction; PT, patient. Table 1 Laboratory findings of both patients at hospitalization. $\min ($ 整), 呼吸数 $16 / \mathrm{min}$ (陥没呼吸なし), $\mathrm{SpO} 2$ 96\% (室内気),全身状態良好,意識清明,結膜充血なし, 咽頭発赤なし, 味覚および嗅覚障害なし, 努力呼吸なし, 呼吸音清, 心音不整なし, 腹部軟, 蠕動音異常なし, 圧痛なし, 皮疹なく, 明らかな神経学的所見なく, 筋力低下も認めなかった. 入院時検査所見 (Table 1):鼻腔ぬぐい液の PCR 検查で陽性だった(第 17 病日)。第 21 病日に施行した血液検查では, 白血球は正常値で, 貧血や血小板減少を認めなかった. CRPの上昇なく, プロカルシトニンも正常で炎症所見は認めなかった. トランスアミナーゼ, 腎機能, 電解質にも異常を認めなかった. Dダイマーは $1.1 \mu \mathrm{g} / \mathrm{ml}$ と軽度上昇あり,フェリチン値は正常だった。 治療および経過 (Figure 1):入院時, 臨床的に特記すべき所見はなく, 治療介入の必要はなかった.入院 3 日目(第 21 病日)に 1 度目の PCR 検査で陰性を確認し, 入院 5 日目(第 23 病日)に 2 度目の陰性を確認した。 ## 症例 2 患者: 14 歳, 女子. Figure 2 Chest X-ray image of patient 1. No pneumonia or pulmonary vascular congestion was observed. ## 主訴:咳嗽。 既往歴:ハウスダストアレルギー,他特記すべきことなし。 家族歴 : 症例 1 の妹. 現病歴(Figure 1): 軽度の咳嗽を認め, SARS$\mathrm{CoV}-2$ 陽性の家族の濃厚接触者として, ウイルス検査を施行し陽性となり入院した。発熱は認めなかった. 症例 1 の発症から19日目に症状出現. その間は休校のため登校していなかった。 現症: 体温 $36.0^{\circ} \mathrm{C}$, 血圧 $97 / 48 \mathrm{mmHg}$, 脈拍 $72 /$ $\min ($ 整), 呼吸数 $16 / \mathrm{min}$ (陥没呼吸なし), $\mathrm{SpO} 2$ 98\% (室内気), 全身状態良好, 意識清明, 結膜充血なし, 咽頭発赤なし, 味覚および嗅覚障害なし, 努力呼吸なし, 呼吸音清, 心音不整なし, 腹部軟, 蠕動音異常なし, 圧痛なし, 皮疹なく, 明らかな神経学的所見なく, 筋力低下も認めなかった. 入院時検査所見 (Table 1) : 症状出現の前日に採取した鼻腔ぬぐい液の PCR 検查 (症例 1 と同様の検查)は陽性だった。第 3 病日の血液検查で白血球は正常値で, 貧血や血小板減少を認めなかった. CRP の上昇なく, プロカルシトニンも正常で炎症所見は認めなかった. トランスアミナーゼ, 腎機能, 電解質にも異常を認めなかった.Dダイマー,フェリチン値は正常だった。 胸部単純 X 線写真(Figure 2) では,肺炎を疑う透過性低下領域,浸潤影は認めなかった。 治療および経過 (Figure 1):入院日当日に 1 日数回の晐嗽が出現したが, 軽度であり胸部単純 $\mathrm{X}$ 線写 真および血液検査に異常を認めず, 経過観察とした.入院 3 日目(第 3 病日)に咳嗽は消失し,以降新規症状は出現しなかった. 入院 9 日目(第 9 病日)に採取した検体にて 1 度目の PCR 陰性が確認され, 入院 10 日目(第 10 病日)に採取した検体にて 2 度目の PCR 陰性が確認された。 ## 考 察 SARS-CoV-2 は 2019 年に出現した呼吸器症状を主に引き起こす+極鎖性の一本鎖 RNA ウイルスである。重症肺炎および呼吸窮迫症候群 (acute respiratory distress syndrome : ARDS)を引き起こし致死率の高い感染症である.新型コロナウイルス感染症 (coronavirus disease 2019 : COVID-19) ではウイルス暴露から症状出現まではおよそ 2 14 日間であるとされており, 通常, 発熱, 咳嗽, 筋肉痛, 頭痛,下痢, 倦怠感など他のウイルス感染症と同様の非特異的な症状が出現する ${ }^{233}$. 成人例では発熱を $90 \%$以上,咳嗽を $70 \%$ 以上の患者に認める ${ }^{45)}$.また軽症から中等症の患者では $80 \%$ 以上に嗅覚, 味覚障害を認める ${ }^{6}$. 本検討の 2 例では認めなかったが,他のウイルス感染との鑑別に有用である可能性がある.重症例の多くは高齢者であり,呼吸不全に至り入院を要する重症例では肺炎を合併していることが多 $\left(^{577)}\right.$. 血液検查上は, 白血球減少やリンパ球減少, AST, ALT, Dダイマー, CRP, LDH, CK, フェリチンが高値となり診断や予後予測の参考になりうるとの報告がある ${ }^{3) 55}$. COVID-19 の主な感染経路として濃厚接触する家庭内は大きな部分を占め, 症状の出現する 14 日前から飛沫感染による感染の恐れがあると報告されてい $る^{28899}$. 本症例も家族全員で食事をとるなど生活空間を日常的に共にしており, 飛沫感染のリスクは高かったと考える。 小览例は成人と比較して症状が軽度であることを示唆する報告が複数ある ${ }^{1158101111}$. これまでの 15 歳未満の報告で最年少は日齢 1 であり,主要な症状として発熱が 50 80\%, 咳嗽が 38 65\%に認められ $た^{118}$. 中国での 34 例での検討では, 12 例 (34.8\%)で症状が非常に軽度であるか無症状であり,全体を通して重症例はいなかった9). 今回の 2 例は 10 歳代で,臨床症状は他のウイルス感染症でも一般的に認められる発熱や咳嗽であり, 症状消失までの期間も短く, これまでの報告同様であった,血液検査や画像所見も異常を認めなかった。 これまでの小览例の報告では血液検査では白血球数および白血球分画は 50 ~ $82 \%$ で正常であるが, CRP は 3 35\% の患者で上昇していた. プロカルシトニンはほとんど上昇しないという報告がある一方, $80 \%$ で上昇していた報告もあった ${ }^{11810}$. 胸部 computed tomography (CT) 検査で,検出できる胸膜下のスリガラス陰影や浸潤影は, 罹患範囲が狭い場合, 胸部単純 X 線写真では同定できない可能性があり, 呼吸器症状が強い場合には胸部 CT 検査を施行すべきとされている ${ }^{110}$. 小児で CRP やプロカルシトニン上昇を認める重症例については,他のウイルス感染や細菌感染の合併が考えられておりり ${ }^{118}$, 重症化する場合は合併感染の有無に留意する必要がある. 小児例で, 軽症が多い機序として, angiotensin converting enzyme-2 (ACE-2) の発現の少なさが関連しているという報告 ${ }^{12}$ もある。一方で, ラットを用いた動物実験では, 年齢が進むにつれ ACE-2 の発現が減少するとされており ${ }^{122}$, 不確定要素が多く, 今後さらなる検討を要する. 2020 年 4 月現在, このウイルス感染を原因とした死亡率は, BCG 接種が実施されていない,もしくは推奖されていない地域で高いとされている。 BCG 接種は interleukin (IL)-1 $\beta$ をした自然免疫の誘導に影響を及ぼし, ウイルス感染について防御効果があるとされている ${ }^{13}$ こと $\mathrm{BCG}$ の効果は約 20 年程度と考えられていることを考慮すると, 本検討の 2 症例を含む本邦の若年者が軽症例であることの理由の一つと考えられる可能性がある. ウイルス陰性までの期間について日本国内からの報告では, 初回陽性 PCR の検体採取日より9 日で 60\%(54/90)が陰性化したという.ただし $12 \%$ の患者では 15 日以上陽性が継続した ${ }^{14)}$. 埼玉県済生会栗橋病院での成人 SARS-CoV-2 陽性の 3 例ではいずれも症状出現から, 15 日以上陽性が続いた. 我々の症例では症状出現から陰性までに, 症例 1 は 23 日,症例 2 は 10 日を要した. 症例数が少ないため今後の症例蓄積は必要であるが, 症状の重症度に関わらず, ウイルス陰性までの期間は, 成人例と同等である可能性が示唆された。 現在 COVID-19 に対する治療法は対症療法が主である" . 成人例では, 二次感染を防ぐ抗菌薬の他に, オセルタミビルやリバビリン等の抗ウイルス薬,グルココルチコイドやヒドロキシクロロキン硫酸塩などの免疫調整薬の有效性を示す報告もあるが,いずれも確立されたものではない ${ }^{715)}$. 小児例でも同様の薬剤使用例が報告されているが なく, 有効な治療法のさらなる検討が必要である. 今回の 2 症例も不顕性もしくは軽微な症状にとどまっていたが,家族への感染を認めた,症状が軽度であっても,感染拡大のリスクは同等と考えられ, さらなる感染拡大を予防するためには十分な感染対策が重要であると考えた。 ## 結 語 SARS-CoV-2 感染症の 10 歳代の症例を 2 例経験した. 若年齢では, 成人と比較して臨床症状や検查結果が軽微であるというこれまでの報告に矛盾しなかった。ウイルス陰性化までの期間は成人例と同等と考えられ, 十分な感染対策に留意する必要がある. 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Xia W, Shao J, Guo Y et al: Clinical and CT features in pediatric patients with COVID-19 infection: Different points from adults. 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tokyojoshii
cc-by-4.0
Tokyo Women's Medical University
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# 炎症性疾患 ## (3)炎症と気道ムチン 東京女子医科大学呼吸器内科学講座 㘶山第山蒝 (受理 2020 年 7 月 7 日) Inflammatory Disease (3) Role of Airway Mucins in Inflammatory Lung Diseases ## Kiyoshi Takeyama Department of Respiratory Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Homeostasis of the airways is maintained through a mucociliary clearance, which is a biological defense system that traps inhaled fine particles with mucus and eliminates them from the lower respiratory tract by ciliary movement. However, in airway inflammation, mucin gene expression in mucus-producing cells is stimulated by various inflammatory mediators, cytokines, growth factors, and reactive oxygen species that are produced by recruited inflammatory cells, such as neutrophils and eosinophils, thereby increasing the production and secretion of airway mucus. On the other hand, the ciliary transport function is remarkably impaired by inflammatory epithelial cell damage and changes in the biophysical properties of mucus, resulting in an airway hypersecretory condition. In particular, mucin 5AC, which is produced by goblet cells, plays a central role in the formation of mucus plugs, which contributes to the poor prognosis of airway hypersecretory diseases. Recently, a molecular biological analysis of airway mucins revealed the function, distribution, and gene regulatory mechanism of mucin in various pathological conditions of airway inflammation. This paper reviews the mechanism of action underlying airway hypersecretion and its therapeutic approaches in airway inflammatory diseases. Key Words: mucin, MUC5AC, MUC5B, goblet cell, epidermal growth factor receptor (EGFR) ## はじめに 気道に吸入された外来異物は気道粘液によって捕捉され, 線毛運動によって気道外に排出されている. この永続的な粘液の新陳代謝は, 肺内環境の恒常性維持に主要な役割を果たしている。気道粘液中の固形成分は, 高分子糖タンパク質ムチンであり, mucin 5AC(MUC5AC)と mucin 5B (MUC5B) がおもに含有されている。両ムチンは,健常時には気道の物理化学的バリアとして自然免疫の一端を担っている. しかし, 炎症時には産生量が著しく増加することで疾患の予後を悪化させる。近年, MUC5AC 遺伝子の発現増強が気道過分泌病態の形成に中心的役割を担うことがわかってきた。本稿では気道ムチンに焦点をあて,炎症性肺疾患における気道過分泌病態 Corresponding Author: 武山廉 $₹$ 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学呼吸器内科学講座 E-mail: [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.90.4_71 Copyright (C) 2020 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1 Mucociliary transport system in the lower airways. Two major secreted mucins, MUC5B and MUC5AC, form a gel layer with distinct morphological structures. MUC5B is secreted by submucosal glands as strands. MUC5AC is secreted by goblet cells as threads and thin sheets. After being secreted onto the airway surface, the two mucins associate to form a gel layer where MUC5B strands are partially bundled by MUC5AC sheets. These distinct morphological structures may contribute to efficient mucociliary transport. Based on reference 4. 発現メカニズムとその治療について概説する。 ## 1. 気道粘液線毛輸送系 気道は,粘液と線毛が協調して作用し,外因性および内因性の有害物質を排除している。この粘液線毛輸送による防御効率は, 気道分泌細胞から産生される糖タンパク質ムチン, 気道上皮細胞の能動イオン輸送により調節される水分, そして線毛細胞による線毛運動により規定されている ${ }^{1)}$. 気道管腔内は全域にわたり気道粘液によって 2 層性に被覆されている. 上層のゲル層(ムチン)は, 物理的バリアとなり病原微生物・有害粒子を捕捉している.このゲル層は, 下層のゾル層(水分)内を線毛が 12 15 回/秒でストロークすることで喉頭方向へと輸送・排出されている2). 気道粘液中のムチンは, 粘膜下腺の粘液細胞から産生される MUC5B が最大量を占めている. 次いで, 杯細胞から産生される MUC5AC と MUC5Bがこれに加わっている ${ }^{3}$. 近年,両ムチンは気道粘液中で明確な分布形態を示すことが明らかになった。これは粘液細胞から鎖状に分泌される MUC5B を,シート状になった MUC5AC が束ねるようにしてゲル層を形成することで規定されている (Figure 1) ${ }^{4)}$. ## 2. 炎症性肺疾患と気道分泌 気道過分泌を特徵とする炎症性肺疾患では, 粘液線毛輸送機能の低下が病態発現に関与している。まず,疾患増悪因子であるアレルゲン,夕バコ煙,細菌,ウイルスは,気道上皮の剝離,脱落,浮腫を惹起して線毛機能を低下させる。一方, 気道に集積した炎症細胞は, 炎症性メディエーター, サイトカイン,成長因子,オキシダントを放出することで杯細胞の過形成化と粘膜下腺の肥大化を促進する。これらの変化により, 炎症局所ではムチンの過剩産生と排出低下をきたし, 粘稠度の高い粘液が気道腔内に貯留する。貯留粘液は, 壊死細胞から放出される DNA や線維状アクチン (F-actin)によってさらに硬化する ${ }^{5}$. 近年, MUC5AC と MUC5B について, 炎症病態における役割が明らかになってきた.MUC5 $\mathrm{AC}$ は, 粘液栓の形成や気道過敏性の獲得に関与しており, 気道過分泌病態の発現に中心的な役割を果たしている ${ }^{677}$. 一方, MUC5B は, 肺胞マクロファー ジの成熟と抗菌活性サイトカイン interleukin (IL)23 の産生を担う生体防御に不可欠なムチンである)しかし,肺線維症では,MUC5B が細気管支一肺胞上皮領域で過剩発現し, 蜂巣肺の形成に関与することが明らかになってきだ (Figure 2)。この MUC $5 \mathrm{~B}$ 過剩産生には, 小胞体ストレスのセンサータンパクである endoplasmic reticulum-to-nucleus signaling 2 (ERN2) を介したX-box-binding protein 1 (XBP1S) 発現増強が関与している9). 1)好中球性炎症と気道ムチン 好中球性炎症を主体とする慢性閉塞性肺疾患 (chronic obstructive pulmonary disease: COPD), びまん性汎細気管支炎 (diffuse panbronchiolitis: DPB), 気管支拡張症では, 気道への細菌定着やタバコ煙暴露によって気道上皮における IL-8 発現が増強する ${ }^{10}$. これにより, 好中球は気道に遊走し, 活性化した好中球からエラスターゼやオキシダントが放出される。好中球からのエラスターゼ放出は, 気道上皮を通過する好中球が cluster of differentiation 11a(CD11a)を介して杯細胞と接着することで誘導されている ${ }^{11122}$. 好中球由来の炎症産物は, ヒト粘膜下腺,杯細胞に対する強力なムチン分泌 (脱顆粒)刺激因子 ${ }^{1314}$ であるだけではなく,杯細胞における MUC5AC 遺伝子発現を増強することで過分泌病態に関与している ${ }^{151616}$. 実際, 重症 COPD 患者では喀痰中の MUC5AC 含有量は非喫煙者の 10 倍高値であ Figure 2 Role of airway-secreted mucins in health and disease. Homeostasis of airway epithelium is maintained by two major gel-forming mucins, MUC5B and MUC5AC. Both mucins act as a biological defense in a healthy state. However, during airway inflammation, excessively produced mucins impair mucociliary transport. MUC5B is involved in the honeycomb formation, and MUC5AC is involved in both mucus plug formation and airway hyperresponsiveness. Figure 3 Correlation between EGFR immunoreactivity and MUC5AC production in airway epithelium. EGFR immunoreactivity of airway epithelial cells showed a significant positive correlation with the area of MUC5AC-positive staining in airway epithelium ( $\mathrm{r}=0.725, \mathrm{p}<0.0001$ ). Reprinted with permission of the American Thoracic Society. Copyright (C) 2020 American Thoracic Society. All rights reserved. Takeyama K, Fahy JV, Nadel JA: Relationship of epidermal growth factor receptors to goblet cell production in human bronchi. Am J Respir Crit Care Med 163: 511-516, 2001. The American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine is an official journal of the American Thoracic Society. ることが報告されている ${ }^{17)}$. 好中球性炎症に起因する気道ムチンの増加は, 疾患の重症度や予後に関わる重要な因子と考えられる ${ }^{18}$. 2)好酸球性炎症と気道ムチン 喘息は慢性の好酸球性気道炎症を主体とし, 気道 上皮では杯細胞の過形成が認められる. この杯細胞 Figure 4 Mechanism of mucus plug formation in patients with asthma. High levels of IL-13 result in increased production of MUC5AC in goblet cell. The secreted MUC5AC-containing mucus gels tether to the goblet cells. IL-13 also increases transport of thiocyanate into the airways. The thiocyanate reacts with oxidants induced by activated eosinophils, thereby promoting crosslinking of MUC5AC in airway lumen. Both epithelial tethering and crosslinking of MUC5AC contribute to mucus plug formation in patients with asthma. への分化誘導には type 2 T helper cell (Th2) サイトカインが関与しており,なかでもIL-13 はその中心 MUC5AC 産生量と epidermal growth factor receptor(EGFR)の発現量に有意な正の相関が示されている $(\text { Figure 3 })^{23}$. 気道に集積した好酸球は EGFR リガンドである transforming growth factor alpha (TGF $\alpha$ )の産生細胞であり ${ }^{24)}$, さらに, plateletactivating factor(PAF)の産生を介してMUC5AC 遺伝子の発現増強に関与している ${ }^{25)}$. 近年, 気道好酸球数と粘液栓の程度には正の相関関係がみられることが CT 画像を用いた粘液栓のスコア化によって示された26). 粘液栓の形成には, 杯細胞から脱顆粒した MUC5AC が気道上皮に繋留し ${ }^{27)}$, IL-5 によって活性化された好酸球から生じる酸化ストレスと, IL-13 によって気道腔に流入した thiocyanate との相互作用で MUC5AC が重合化する,などの機序が示唆されている28 (Figure 4)。一方, MUC5B は, 好酸球に発現する sialic acid-binding immunoglobulin-like lectin-F(Siglec-F)と結合することで好酸球にアポトーシスを誘導し,抗炎症的に作用することが示されている ${ }^{29}$. ## 3. 気道炎症におけるムチン MUC5AC 発現調節 気道炎症では, 炎症性サイトカイン, 成長因子, タンパク分解酵素, 酸化ストレスなどが MUC5AC 遺伝子発現増強因子として報告されている ${ }^{30}$. 主要な MUC5AC 発現調節経路には, EGFR 経路と IL-13 経路が同定されている ${ }^{2}$. 上記刺激は, 直接的もしくは間接的に両経路を活性化して MUC5AC 発現を増強する(Figure 5). ## 1) EGFR 経路 EGFR は健常成人の気道上皮ではほとんど発現が認められない. しかし, 炎症時には, tumor necrosis factor alpha(TNF $\alpha )$ によって発現が増強することが報告されている ${ }^{31132}$. EGFRリガンドは, TGF $\alpha$, amphiregulin が好酸球やマスト細胞から産生されている ${ }^{24333}$.また TGF $\alpha$ は, 好中球由来のエラスター ゼや酸化ストレスによるduox1/TNF $\alpha$-converting enzyme (TACE) 活性化を介して気道上皮からも切離される ${ }^{34}$. 気道炎症では, EGFR 経路の活性化に必要な受容体とリガンドがともに増加することで MUC5AC 発現が強力に誘導される。またEGFR 経路には, タバコ煙や好中球由来の酸化ストレスによるリガンド非依存的な活性化機序が存在する ${ }^{15355}$. Figure 5 Signaling pathways of airway MUC5AC expression by inflammatory cells. Recruited inflammatory cells are involved in MUC5AC expression via the IL-13 and EGFR pathways. In the IL13 pathway, Th2 cell-derived IL-13 enhances SPDEF expression via JAK/STAT6, which subsequently enhances TMEM16A and CLCA1 expression, and FOXA2 inhibition, resulting in up-regulation of MUC5AC expression. The EGFR pathway is activated by EGFR ligands produced by eosinophils and mast cells. TGFo is also cleaved from epithelial cells due to DuoX1-TACE activation caused by neutrophil-derived elastase and ROS. HIF-1, FOXA2, TMEM 16A, and CLCA1 are commonly involved in both EGFR and IL-13pathways. ## 2) IL-13 経路 IL-13 はアレルギー性過分泌疾患における気道上皮杯細胞化生に主要な役割を果たしている.しかし, MUC5AC 遺伝子プロモーターには IL-13 の情報伝達分子である signal transducer and activator of transcription 6(STAT6)結合部位は存在していな $い^{36)}$.したがってMUC5AC 遺伝子発現誘導には STAT6を介した中間ステップが必要と考えられる. 現在, IL-13 誘導性の MUC5AC 発現は, janus kinase 1(JAK1)/STAT6を介して sam pointed domain-containing ETS transcription factor (SPDEF)の発現が増強し ${ }^{37) 38)}$, (1)粘液産生抑制に関与する転写因子 the forkhead box transcription factor (FOXA2) を抑制する ${ }^{39)}$, (2)カルシウム活性化クロライドチャネルである transmembrane member 16A (TMEM16A) 40) とその関連タンパク calciumactivated chloride channel regulator 1 (CLCA1) ${ }^{41} の$発現を増強し, mitogen-activated protein kinase13 (MAPK13)を活性化する ${ }^{42}$, などの経路が有力視されている. ## 3)EGFR 経路と IL-13 経路の関連性 IL-13 は, in vitro では気道上皮細胞からの EGFR リガンドの発現を誘導していない ${ }^{39)}$. しかし, in vivo では炎症病態を誘導することで EGFRリガンドが増加し, MUC5ACの産生を促進することが報告されている ${ }^{43}$. 現在, IL-13, EGFR 両経路に共通する MUC5AC 発現調節分子として, MUC5AC 遺伝子プロモーターに接続領域を有する hypoxia-inducible factor-1 (HIF-1 ${ }^{3644)}$, FOXA2 $2^{39)}$, TMEM16A ${ }^{4045)}$, $\mathrm{CLCA1}^{41}{ }^{46)}$ などが同定されている. 両経路は共通する転写因子を介して MUC5AC 産生を調節しているものと考えられる(Figure 5). ## 4. 気道過分泌の治療 気道過分泌の治療ストラテジーには, 要因の除去,粘液排出促進, ムチン産生および分泌抑制, 水分調節, 抗炎症などが挙げられる(Table 1). 現行の治療では, 気道粘液の排出促進薬(去痰薬), マクロライド薬, 抗コリン薬, 理学療法などが主流である.去痰薬は, 粘液の溶解, 修復, 潤滑を行うことで排出効果を促進する作用がある。また, 14 および 15 員環マクロライド系抗菌薬は, 抗菌作用以外に気道分泌量減少, ムチン産生抑制, 線毛運動賦活化などの作用を併せ持つことが報告されている ${ }^{47) \sim 49)}$. 気管支拡張薬である抗コリン薬は, 気道粘液の減少効果を有することが基礎および臨床研究により明らかにされている ${ }^{5051)}$. 一方, 気道粘液の病的過剰産生の制御には MUC5AC の発現抑制が有効である可能性が示唆されている. MUC5AC 遺伝子の発現調節経路を阻害する薬剤の効果は, 様々な過分泌病態を模倣した細胞, 動物モデルで確認されている ${ }^{52)-57)}$. ムチンの分泌抑制には, 杯細胞の脱顆粒を調節するタンパクである myristoylated alanine-rich C-kinase substrate (MARCKS) の阻害薬や TMEM16A 阻害薬の効果が期待されている ${ }^{58) ~ 60) . ~}$ ## 結語 ムチンは気道粘液の主要な構成成分であり, 粘液線毛クリアランスに不可欠な要素である。しかし,気道炎症では過剩に産生され,過分泌病態を惹起する. とくに杯細胞における MUC5AC 過剰発現は, 本病態の中心的役割を担っている. 気道 MUC5AC 遺伝子発現に関与する刺激因子と調節経路の詳細が明らかになり, 近い将来, ムチン産生抑制を治療スト Table 1 Potential therapeutic targets to treat airway hypersecretion. & \\ Currently, stimulation of mucus discharge (mucolytics) is a common treatment strategy for airway mucus hypersecretion. The development of an inhibitor of MUC5AC production is expected in the near future. EGFR-TKI, epidermal growth factor receptor-tyrosine kinase inhibitor; SPDEF, Sam pointed domain-containing ETS transcription factor; CLCA1, calcium-activated chloride channel regulator 1; MAPK13, mitogen-activated protein kinase13; HIF-1, hypoxia-inducible factor-1; MARCKS, myristoylated alanine-rich C-kinase substrate; HSP-70; heat shock protein-70. ## ラテジーとする選択的な MUC5AC 阻害薬の開発が期待される. ## 謝 辞 研究をご指導頂いた東京女子医科大学の玉置淳名誉 教授, University California, San Francisco の Prof. Jay A. Nadelに深謝する. ## 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Wanner A: Clinical aspects of mucociliary transport. Am Rev Respir Dis 116: 73-125, 1977 2) Fahy JV, Dickey BF: Airway mucus function and dysfunction. N Engl J Med 363: 2233-2247, 2010 3) Widdicombe JH, Wine JJ: Airway gland structure and function. Physiol Rev 95: 1241-1319, 2015 4) Ostedgaard LS, Moninger TO, McMenimen JD et al: Gel-forming mucins form distinct morphologic structures in airways. 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# NICU における気道病変の初期症状についての検討 '東京女子医科大学医学部 5 年 ${ }^{2}$ 東京女子医科大学東医療センター周産期新生坚診療部 (受理 2020 年 6 月 16 日) Initial Symptoms of Airway Lesions in Neonatal Intensive Care Unit Rina Enomoto, ${ }_{1,2}$ Yosuke Yamada, ${ }^{2}$ Hisaya Hasegawa, ${ }^{2}$ and Natsuki Koriyama ${ }^{1,2}$ ${ }^{1}$ The 5th Grade Student, School of Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan }^{2}$ Department of Neonatology, Tokyo Women's Medical University Medical Center East, Tokyo, Japan Objective: Early diagnosis and appropriate respiratory care are important for the management of airway lesions. We studied the initial symptoms of infants with airway lesions and the clinical course of each symptom. Methods: We retrospectively reviewed 31 patients admitted to our institution. We classified initial symptoms into 3 groups: A: difficulty in weaning from respiratory care, $\mathrm{B}$ : decrease in $\mathrm{SpO}_{2}$, and $\mathrm{C}$ : stridor or suckling disorder. We investigated the clinical course of each group. Results: The gestational age of A was significantly earlier than that of B and C (32.3, 37.9, and 39.7 weeks, respectively). The age in days of recognizing initial symptoms of A was significantly later than $\mathrm{C}(10,1$, respectively). Mechanical ventilation was performed in over $90 \%$ cases of A and B; on the other hand, $37.5 \%$ of C did not need mechanical ventilation. The median duration of treatment for $\mathrm{A}$ was significantly longer than that for $\mathrm{B}$ and $\mathrm{C}$ (61, 45.5 , and 25.5 days, respectively). Conclusion: The most frequent symptom was difficulty in weaning from respiratory care, and those cases needed more time for diagnosis and treatment due to prematurity. A decrease in $\mathrm{SpO}_{2}$ is a more severe symptom than stridor or suckling disorder because these cases were diagnosed later and artificial respiration was performed for longer. Our study suggests that it is useful to focus on the initial symptoms to understand the pathology of airway lesions. Key Words: airway lesion, initial symptoms of airway lesion ## 緒言 喉頭軟化症や気管軟化症などの気道病変は, 早期診断と適切な呼吸管理を行うことが重要である。診断が遅れることや不適切な呼吸管理により,治癒が遅くなることなどが知られている1). 診断には喉頭気管気管支鏡検査が必要であるが,新生览・小児の喉  Table 1 Clinical characteristics of each group. & B: Decreas in $\mathrm{SpO}_{2}$ & \\ Gestational age (weeks) & $32.3(31.4-36.6)$ & $37.9(37.2-38.3)$ & $39.7(39.2-40.4)$ \\ Birth body weight (g) & $2,194(1,828-2,746)$ & $2,790(2,533-3,115)$ & $3,363(3,182-3,521)$ \\ Age in days to recognize initial symptom & $10(7-48)$ & $5(2.5-7.5)$ & $1(0.75-2.75)$ \\ Median (First quartile-Third quartile) 頭気管気管支鏡検查に習熟している医師が少ないことから, 臨床像が明らかになっていないことも多く,早期診断や適切な管理に難渋することも少なくない. 我々は積極的に気道病変を診断,治療している。気道病変が疑われた児には喉頭気管気管支鏡検查を行い,気道病変の診断となった場合は重症度により腹臥位や感染予防などの対症療法から nasalcontinuous positive airway pressure (N-CPAP) や high flow nasal cannula(HFNC)などの人工呼吸管理を行っている。その中で,各疾患については詳細に検討してきたが23),初期症状に着目した報告は少ないのが現状である,今回は,気道病変の管理向上を目的として,気道病変を有する児における初期症状,各症状別の臨床経過について検討した. ## 対象と方法 対象は, 2013 年 11 月から 2018 年 10 月までに東京女子医大東医療センター新生临科に入院し,喉頭気管気管支鏡検査にて気道病変の診断となり, 当科で治療が完遂された症例である。その中から,染色体異常,遺伝子変異,多発先天奇形を有する児を除き 31 例について検討した. 各デー夕は診療録を用いて後方視的に検討した。まず,全例の初期症状を振り返り, 気道病変を疑う初期症状を, 気道病変以外の疾患(新生児一過性多呼吸など)に対する呼吸管理から離脱できない群 (呼吸困難群 : A 群), 経皮的動脈血酸素飽和度 $\left(\mathrm{SpO}_{2}\right)$ が低下する群 $\left(\mathrm{deSpO}_{2}\right.$群 : B 群), 喘鳴や哺乳障害を認める群 (喘鳴・哺乳障害群:C 群) に分類した. そして, その初期症状の分類別に臨床経過を比較した. 分類においては $\mathrm{SpO}$ ${ }_{2}$ の低下と喘鳴や哺乳障害を両方認める例は, 症状が重篤,気道病変とより関連していると判断した方を選択した。臨床経過では, 在胎期間, 出生体重, 初期症状出現日齢,病変部位,治療方法,治療期間について検討した.統計処理は各群の臨床経過における数値は中央値 (第一-第三四分位値) で表記し,各群の比較については Kruskal-Wallis 検定を用い, p <0.05を有意として行った. 解析は JMP ${ }^{\circledR} 14$ (SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いた。また, 本研究は東京女子医科大学倫理委員会の承認を受けて行われた(承認番号 4976). ## 結果 全症例の 31 例の在胎期間は 37.9 (35.1-39.3) 週,出生体重は 2,896(2,329-3,315)g であった. 各群における症例数, 在胎期間, 出生体重, 初期症状出現日齢について Table 1 と Figure 1, 2 に示した. 最も多かったのが A 群で 13 例, 全体の $43 \%$ を占めていた。在胎期間 (中央値)は,A 群 32.3 週,B群 37.9 週, C 群 39.7 週の順に短く, すべての群間で有意差があった (A-B:p =0.030, B-C : p =0.008, A-C : p= 0.001). 出生体重も在胎週数と同じように $\mathrm{A}$ 群, $\mathrm{B}$群, C 群の順に小さかった. 初期症状出現日齢(中央値)は $\mathrm{A}$ 群 $10, \mathrm{~B}$ 群 $5, \mathrm{C}$ 群 1 の順に遅く, A 群は $\mathrm{C}$ 群より有意に遅かった $(\mathrm{A}-\mathrm{C}: \mathrm{p}=0.013)$. 病変部位を Table 2 に示した. いずれの群も咽頭,喉頭などの上気道病変がメインであった.A 群, B 群では咽頭病変を, C 群では喉頭病変を高率に認めた。下気道病変である気管・気管支病変は A 群にのみ認めた。 治療内容,治療期間について Table 3, Figure 3 に人工呼吸管理を必要とした症例数をまとめた.A 群,B 群は $90 \%$ 以上に呼吸管理を要したが,C 群は $62.5 \%$ に留まっていた. 残りの症例は体位管理(腹臥位)などの対症療法を行っていた.治療期間(中央値) については,A 群 61 日,B群 45.5 日,C 群 25.5 日の順に長く, $\mathrm{C}$ 群は $\mathrm{A}$ 群, $\mathrm{B}$ 群に比べ有意に短かった (A-C : $\mathrm{p}=0.024, \mathrm{~B}-\mathrm{C}: \mathrm{p}=0.0047)$. 在宅人工呼吸管理を要した症例はなかった。 ## 考 察 本研究では,新生览集中治療室 (NICU) における気道病変の初期症状別臨床経過について検討した。 NICU における検討は,検索しうる範囲で初めての報告である。初期症状で最も多かったものが,気道 $\square$ A, Difficulty in weaning; $\mathrm{B}$, Decrease in $\mathrm{SpO}_{2}$; $\square$ C,Stridor or suckling disorder. Figure 1 Gestational age of each group. Kruskal-Wallis test in each pair. There were significant differences between all pairs. $*<0.05$. $\square \mathrm{A}$, Difficulty in weaning; Figure 2 Age in days taken to recognize initial symptoms of each group. Kruskal-Wallis test for each pair. The age in days of recognizing initial symptoms of A was significantly later than that of $\mathrm{C} . *<0.05$. Table 2 Site of airway lesion of each group. & B: Decrease in $\mathrm{SpO}_{2}$ & \\ Larynx (n, \%) & $4,30.8$ & $2,22.2$ & $7,87.5$ \\ Trachea, Bronchus (n, \%) & $2,15.3$ & 0,0 & 0,0 \\ 病変以外の疾患に対する呼吸管理から離脱できない群であり,多くが早産,低出生体重児であった.病変部位では, この群においてのみ下気道病変を認め た. 他の 2 群と比較し, 症状出現日数が遅く, また治療期間も長い傾向にあった. $\mathrm{SpO}_{2}$ が低下する群と喘鳴や哺乳障害を認める群の比較では, $\mathrm{SpO}_{2}$ が低下 Table 3 Mechanical ventilation for airway lesion of each group. & B: Decreasing of $\mathrm{SpO}_{2}$ & \\ Duration of mechanical ventilation (days) & $61(36-92)$ & $45.5(38-59)$ & $25.5(0-31)$ \\ Median (First quartile-Third quartile) Figure 3 Duration of artificial respiration in each group. Kruskal-Wallis test for each pair. The duration of artificial respiration of $\mathrm{C}$ was significantly shorter than that of $\mathrm{A}$ and $\mathrm{B}$. $*<0.05$. する群の方が喘鳴や哺乳障害を認める群より症状出現は遅い傾向があり,呼吸管理を必要とした症例が多く, 治療期間が有意に長かった。 気道病変を疑う症状としては,チアノーゼ発作や吸気性喘鳴などが典型的であるが,今回の検討で最も頻度が高かった初期症状は,気道病変以外の疾患に対する呼吸管理から離脱できない,という群(離脱困難群)で,全体の $43 \%$ を占めた. Peng らによる, 小児病棟における喉頭気管気管支鏡の検討では,呼吸補助からの離脱困難例は $3.6 \%$ であっだ). しかし本研究の離脱困難群はほとんどが早産, 低出生体重児であり,この初期症状が多いことは NICU における特徴の一つであるといえる。この群では未熟性の強い览が多く, 新生児一過性多呼吸などによる呼吸障害を合併しており,それに対する呼吸管理が必要である。そのため, 気道病変による症状がマスクされることから, 症状出現日齢が遅くなっていた. また, 治療期間も中央値では最も長く,このことも未熟性が影響していると推察される。 入院当初は気道病変を疑われない早産, 低出生体重児にも気道病変を有する症例が多く存在する,そしてそういった例では呼吸管理から離脱できないことが疑うきっかけになる,ということは気道病変を見逃さないために重要であると考えられた。 早産览等の未熟性のある症例の多くが離脱困難群となっていた一方で, $\mathrm{deSpO}_{2}$ 群と, 喘鳴・哺乳障害群の多くは正期産児であった。この二つの症状は, Billings らによる成熟児の気管支鏡における検討の適応症状の上位にきており,今回の結果と合致していだ5).この 2 群間の比較では, 喘鳴・哺乳障害群は $\mathrm{deSpO}_{2}$ 群と比べ初期症状出現時期が早く, 喉頭病変が多かった.これは, 気道の構造に関連していると考えられる. 喉頭は声帯など上気道の中で最も狭い領域を含んでいる。そのため,狭窄部を気流が通る際に生じる喘鳴が起きやすい。喘鳴は特徴的な症状であるため, 症状出現日齢中央值が 1 とより早期に認知されていた.また,治療方法と治療期間にも違いを認めた. $\mathrm{deSpO}_{2}$ 群は喘鳴・哺乳障害群より対症療法以上の強い治療である呼吸管理を必要とした症例が多く,治療期間は有意に長かった。低酸素血症は喘鳴・哺乳障害より重篤な症状であり, こういった群では治療にも時間がかかることを念頭に置く必 要があると考えられた。 今回の検討にはいくつかの研究の限界がある。まず,本研究は後ろ向き検討であり, 診療録から判明するデータが中心になっている点である。また症例数が少ない点があり,そのことは統計処理に影響を及ぼした可能性があった。今後は検討する症例数を増やしより詳細な検討を行う方針である. ## 結論 NICUにて気道病変の診断となった児の初期症状を分類し, 各群の臨床経過を検討した. 気道病変以外に対する呼吸管理から離脱できないという症例が最も多く, こういった群は未熟性の高い児であり,入院時には気道病変を疑われていないため注意が必要である.また,成熟児が多かった $\mathrm{SpO}_{2}$ の低下を認める症例と喘鳴や哺乳障害を認める症例の比較では, $\mathrm{SpO}_{2}$ が低下する症例では診断, 治療に時間を要しており, より重症であると推察された. 初期症状に注目することは, 気道病変の病態を把握することに役立つ可能性があると考えられた. ## 謝辞 本研究は本学学生研究プロジェクト (平成 30 年度) において行われた. 企画・調整の労を執られた委員長の藤枝弘樹先生をはじめ, 研究プロジェクト教育委員会の皆様に深謝いたします。 開示すべき利益相反状態はない. ## 文献 1)長谷川久弥:細径気管支鏡開発の歴史と小児気道病変の診断と治療. 日小児呼吸器会誌 $26: 35-51$, 2015 2) 長谷川久弥: 喉頭軟化症の診断と治療. 東女医大誌 87 : E35-E39, 2017 3)長谷川久弥:新生児 - 小児の気管・気管支軟化症一診断・治療法の検討一. 日小児呼吸器会誌 $23: 62-69,2012$ 4) Peng YY, Soong WJ, Lee YS et al: Flexible bronchoscopy as a valuable diagnostic and therapeutic tool in pediatric intensive care patients: A report on 5 years of experience. Pediatr Pulmonol 46: 10311037, 2011 5) Billings KR, Rastatter JC, Lertsburapa K: An analysis of common indications for bronchoscopy in neonates and findings over a 10 -year period. JAMA Otolaryngol Head Neck Surg 141: 112-119, 2015
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# 献腎ドナーにおける移植前クレアチニンによる評価と移植後腎機能への影響 東京女子医科大学病院腎藏外科(指導:渕之上昌平准教授) (受理 2020 年 6 月 20 日) ## Donor Creatinine Levels as Factors in Graft Function in Deceased-Donor Kidney Transplantation: A Single-Center Report \author{ Keiko Kutsunai, Ichiro Koyama, Ichiro Nakajima, \\ Shohei Fuchinoue, and Satoshi Teraoka \\ Department of Surgery, Kidney Center, Tokyo Women’s Medical University Hospital, Tokyo, Japan } Progress in dialysis therapy has widely improved the prognosis of chronically ill dialysis patients, but kidney transplantation is particularly known to improve patient prognosis significantly. However, the shortage of organ transplant donors remains a global issue. Additionally, the donor's pre-transplant serum creatinine ( $\mathrm{sCr}$ ) is a known indicator of post-transplant kidney function, but the time point of $\mathrm{sCr}$ measurement has not been sufficiently reported. In this study, we defined 2 time points of pre-transplantation donor $\mathrm{sCr}$ measurement: (1) $\mathrm{sCr}$ taken just before surgical resection (final $\mathrm{sCr}$ ) and (2) $\mathrm{sCr}$ taken on admission to the hospital ( $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ ). Thus, we investigated the level of pre-transplantation $\mathrm{sCr}$ in the donor and post-transplantation renal function in the transplant patients. In this single-center study, we included 157 patients who underwent donated kidney transplantation between January 1995 and December 2015 at the Department of Surgery, Kidney Center, Tokyo Women's Medical University Hospital. We compared the postoperative renal function with $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ and final $\mathrm{sCr}$ before transplantation. Donor $\mathrm{sCr}$ may be affected by acute renal failure or acute tubular necrosis under various situations, such as reduction in organ blood flow in the period from admission to organ donation. Therefore, donor $\mathrm{sCr}$ was highly likely to change depending on the time point in the treatment. The comparison showed a significant difference between the levels of $\mathrm{sCr}$ and postoperative renal function ( $\mathrm{sCr}$ of more than $1.0 \mathrm{mg} / \mathrm{dl}$ and lower). However, there was no correlation between higher final $\mathrm{sCr}$ and lower postoperative renal function. We believed that donor $\mathrm{SCr}_{\text {min }}$ reflected the original renal function of the donor, and we obtained a significant difference in the multivariate analysis to designate it as a prognostic factor. We concluded that that $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ values are a better reflection of the donor's original renal function as compared to final $\mathrm{sCr}$. Our findings are significant because they address the current research gap on preoperarive $\mathrm{sCr}$ values and prove that $\mathrm{sCr}$ taken on admission can accurately predict the donor's post-transplant kidney health, which could lead to better post-operative care for the donor. Key Words: deceased donor kidney transplantation, warm ischemic time, total ischemic time, graft function  ## 緒言 わが国における 2017 年末時の透析導入患者数は 40,959 人であり,慢性透析患者は 334,505 人と増加の一途を辿っている ${ }^{11}$. 透析療法の進歩により慢性透析患者の予後は改善してきたが,腎代替療法の中では特に腎移植が予後を大きく改善することが知られている。世界的に末期腎臟病患者に対するドナー不足がある中,わが国において expanded criteria donor(ECD)からの腎移植も貴重なドナーソースとなっている. わが国の生体・献腎移植の 5 年生着率 (2010~2016 年) は献腎移植 $88.0 \%$, 生体 $94.3 \%$ と良好である2が, ECD からの提供も多くドナー条件と移植後経過の関係を解析することは重要であると考える. ドナーの臟器提供前の血清クレアチニン值 (sCr)は移植後腎機能を予測する因子3)であることが知られており,これまでも 2009 年に提唱された the Kidney Donor Risk Index(KDRI), KDRI を基に作成された the Kidney Donor Profile Index (KDPI)等,ドナー $\mathrm{sCr}$ を始めとしたドナー因子と移植条件を考虑した予後予測式が考案されてきた4) 6). 一方で,これらの計算式は人種や搬送,診療システムの違いにより,結果が変わりうることも指摘されてきた7). ドナー条件の中で特にドナー $\mathrm{sCr}$ は藏器提供までの死戦期が長い場合, 血圧低下による臟器血流の低下などにより容易に急性腎障害をきたすため,採血の時点によって測定値が大きく変動し得る。今回われわれは, 東京女子医科大学病院腎臟外科(当科)における献腎移植症例について,当院および日本藏器移植ネットワーク (JOTNW) のデータをもとに, ドナー条件, 特にドナー入院期間中の最小 $\mathrm{sCr}$ $\left(\mathrm{sCr}_{\mathrm{min}}\right)$ および摘出直前の最終 $\mathrm{sCr}$ (final $\mathrm{sCr}$ ) と移植後腎機能について後ろ向きコホート研究として検討した. ## 対象および方法 1995 年 1 月から 2015 年 12 月の間に当科において献腎移植を行った 157 症例(男性 93 例/女性 64 例, 平均移植時年齢 $54 \pm 16$ 歳, 待機期間 $10.9 \pm 10.1$年)を対象とした。このうち,心臟が停止した死後の(心停止下)献腎移植は 128 例, 脳死下献腎移植は 29 例であった. これらの症例について, ドナー年齢, 性別, 死因, 摘出条件, 温阻血時間(warm ischemic time: WIT), 総阻血時間(total ischemic time : TIT), $\mathrm{sCr}$ (ドナー入院期間中の $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ および摘出直前の final $\mathrm{sCr}$ ), 無尿の有無とその期間, レシピエント年齢, 性別, 原疾患, 免疫抑制療法などの条件による生着率の差の有無および術前 $\mathrm{sCr}$ と術後 $\mathrm{sCr}$ の経過について解析を行った。 なお WIT および TIT の基準については厚生労働省第 49 回臓器移植委員会参考資料「図 3 透析離脱不能原因及び温・総阻血時間 $]^{8}$ を参考に設定を行った。 ## 1. 手術および免疫抑制療法 手術については,搬送後腎を灌流し,標準術式により左あるいは右腸骨窩に移植した。移植腎静脈はレシピエントの外腸骨静脈に, 移植腎動脈はレシピエントの外あるいは総腸骨動脈にそれぞれ端側吻合し,移植腎尿管を膀胱に吻合した. 免疫抑制療法については,当科の献腎移植プロトコールに則り,カルシニューリンインヒビターとしてシクロスポリンまたはタクロリムスを, 代謝拮抗薬として 2000 年まではアザチオプリン, 2001 年からはミコフェノール酸モフェチルを,ステロイド製剂としてメチルプレドニゾロンを用い,これらに抗 IL-2R $\alpha$ 鎖単抗体(抗 $\mathrm{CD} 25$ 抗体)であるバシリキシマブを加えた 4 剂併用療法を行っている. 拒絶反応の診断は, $\mathrm{sCr}$ の上昇, 尿量の減少, ドップラー超音波検査による血流パターン, 移植腎生検による病理診断で行った. 拒絶反応時にはメチルプレドニゾロンによるパルス療法, 抗ヒト胸腺細胞グロブリンであるサイモグロブリン等, 拒絶反応の経過により追加加療を行った. なお, 本研究は東京女子医科大学倫理委員会により後乃向き観察研究として承認を得た (承認番号 4954). ## 2. 統計学的検討 統計解析については Mathematica version 9.0 (Wolfram Research Inc., Campaign, IL, USA)を用いた. 生存率および生着率については Kaplan-Meier 法により算出し, log-rank test にて有意差検定を行い, $\mathrm{p}$ 值は 0.05 未満を有意とした。その際移植後維持透析開始日を移植腎機能亚失となった日と定義し生存率および生着率を求め, また, 移植腎生着率については, death with functioning graft の場合を除いて比較するため, 死亡日を移植腎機能表失 (graft loss)とは扱わず,死亡日をもって観察期間を打ち切り (death censored graft survival) とした. また, Table 2 4では条件ごとに反復測定分散分析(repeated measures analysis of variance) を行い, 要因による移植後の $\mathrm{sCr}$ の差を比較した. また, Table 5 においては移植腎生着における複数の要因を評価するため, Stepwise 法による多変量解析を行った結果を示した。 Table 1 Patient background. HLA: human leukocyte antigen. ## 結果 ## 1. 患者背景 対象となった献腎移植症例の患者背景を Table 1 に示す. 移植条件としては脳死下腎移植 29 症例, 心停止下腎移植 128 症例,レシピエントの性別は男性 93 症例, 女性 64 症例, ドナー性別は男性 93 症例,女性 64 症例であった. WIT の中央値 (四分位範囲) は $2(0 \sim 5)$ 分, TIT の中央値(四分位範囲)は 470 (370~757) 分であった。なお,平均観察期間は 10.5 $\pm 5.8$ 年であった. Table 2 Post-transplantation changes in $\mathrm{SCr}$ according to the WIT period and the TIT period when WIT $\geq 31$ minutes. Repeated measures ANOVA $\mathrm{p}<0.001$. Table 3 Differences in post-transplantation changes in $\mathrm{sCr}$ according to donor age. Repeated measures ANOVA $\mathrm{p}<0.001$. Table 4 (Correct) Differences in post-transplantation changes in $\mathrm{sCr}$ due to minimum donor $\mathrm{sCr}\left(\mathrm{sCr}_{\min }\right)$ and final donor $\mathrm{sCr}$ (final $\mathrm{sCr}$ ). Repeated measures ANOVA * $\mathrm{p}<0.001$; **Group 1 vs Group $4 \mathrm{p}=0.005$; Group 2 vs Group $4 \mathrm{p}<0.001$; Group 3 vs Group $4 \mathrm{p}=0.029$. Table 5 Stepwise and multivariate Cox regression to calculate the graft survival risk factor. & 6.13 & 0.0038 & 4.90 & 0.016 \\ Stepwise HR, adjusted hazard ratio of graft failure. ## Graft survival rate Figure 1 Graft survival rates of donated kidneys following transplantation. The 1-year survival rate of the transplanted donated kidneys $(\mathrm{n}=157)$ was $91.72 \%(\mathrm{n}=$ $145)$ and the 5 -year survival rate was $85.49 \%(n=118)$. Figure 2 Comparison of graft survival rates of kidneys from donors who died due to cardiac arrest and brain death. The 5-year graft survival rate was $96.55 \%$ for kidneys from brain dead donors $(\mathrm{n}=29$, mean observation period: $4.09 \pm 1.37$ years) and $84.12 \%$ for kidneys from cardiac arrest donors ( $\mathrm{n}=128$, mean observation period: $4.32 \pm 1.47$ years). Figure 3A Kidney graft survival rates according to recipient age. The 5 -year graft survival rate was $90.90 \%$ in recipients aged 30 years or younger $(n=22)$, $85.0 \%$ in those aged $31-60$ years, and $82.60 \%$ in those aged 61 years or older. Figure 3B Differences in kidney graft survival rates by donor age. The 5 -year graft survival rate was $100 \%$ in kidneys from donors aged 30 years or younger, $85.60 \%$ for those aged $31-60$ years, and $71.60 \%$ for those over the age of 61 years. The pvalue by log-rank test between donors aged 30 years or younger and 31-60 years is 0.021, between donors aged 30 years or younger and aged 61 years and older is $<0.001$, and between donors aged 31-60 years and aged 61 years and older is 0.060 . ## 2. 移植腎生着率 対象症例全体の移植腎生着率を示す。 1 年生着率は $91.7 \% , 5$ 年生着率は $85.5 \%$ であった (Figure 1). また, 心停止ドナー 128 症例および脳死ドナー 29 症例からの移植における移植腎生着率を Figure 2 に示す。 心停止ドナーにおける移植腎の 1 年生着率 $90.6 \%, 5$ 年生着率 $84.1 \%$, 脳死ドナーは 1 年生着率 $96.6 \%, 5$ 年生着率 $92.8 \%$ であったが, 両群間に有意差を認めなかった。 レシピエントの年齢ごとの生着率においては, Figure 3A で示されるように,3群間に統計学的な有意差は認めなかった. ドナーの年齢ごとの生着率においては, Figure 3B で示されるように, ドナー年齢が上がるにつれ生着率の低下を認めた. ドナー年齢 30 歳以下では 5 年生着率は $100 \%$, ドナー年齢 31 歳 60 歳では $85.4 \%$, ドナー年齢 61 歳以上では Figure 4 Kidney graft survival rates by donor cause of death. The 5 -year graft survival rate was $76.20 \%$ in kidneys from donors whose cause of death was cerebrovascular disease. The p-value by log-rank test between the cerebrovascular disease group and other causes group was $<0.001$. $71.6 \%$ であり, log-rank test において 30 歳以下の群と 31 歳 60 歳群間では $\mathrm{p}=0.021,30$ 歳以下群と 61 歳以上群間では $\mathrm{p}<0.001$ と有意差を認めた。また, ドナーの死因ごとの生着率を Figure 4 に示す. ドナーの死因ごとの 5 年生着率の比較では, 頭部外傷 $97.1 \%$, 心血管障害 $100 \%$, 脳血管障害 $76.0 \%$, その他の内因死(脳腫瘍,呼吸器疾患を含む) $100 \%$ ,その他の外因死 (窒息を含む) $91.5 \%$ であった.脳血管障害群が他の群に比較して生着率が低い傾向を示し,脳血管障害群とそれ以外の死因群の 5 年生着率の差は log-rank testにて $\mathrm{p}<0.001$ と有意差を認めた.次に,WITを 30 分以下, 31 分以上の群に分けた生着率をFigure 5A に,TITを 12 時間未満, 12 時間以上に分けて比較した各群の生着率を Figure 5Bに,さらにWIT30 分以下と 31 分以上, TIT12 時間未満と 12 時間以上を組み合わせて 4 群に分けた生着率を Figure 5C に示す. WIT が 31 分以上の群では移植後早期の移植腎不全がみられたものの,生着率としては統計学的有意差を認めなかった。 ## 3. 移植腎機能 腎移植後の 5 年生着率の比較に加え,移植後早期の移植腎機能の推移についても検討を行った. 今回 WIT と TIT, ドナー年齢, ドナー入院中の $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$, ドナーの臟器摘出前の final $\mathrm{sCr}$ ごとに変動要因として分類し,移植後の $\mathrm{sCr}$ の時間経過による推移を結果として比較を行った. Table 2A W WIT 毎による移植後 $\mathrm{sCr}$ の推移を示したが,移植後の $\mathrm{sCr}$ の值 は移植後時間の推移とともに差が開いており,2 群間で $\mathrm{p}<0.001$ と有意差を認めた。さらに WIT が 31 分を超過した場合, TIT が 12 時間を超えるかどうかで比較した場合も, 移植後 $\mathrm{sCr}$ の推移では $\mathrm{p}<$ 0.001 と有意差を認めた. Table 3 にドナーの年齢ごとの $\mathrm{sCr}$ の推移を示した. ドナー年齢が上昇するごとに移植後 $\mathrm{sCr}$ は有意に高値を示し $(\mathrm{p}<0.001)$, この傾向は移植後 1 か月から 12 か月までの期間を通して変わらなかった。また,摘出前のドナー腎機能と移植後腎機能を比較する目的として, $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ および final sCr について検討した. Table 4 にドナーの入院時における $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ または final $\mathrm{sCr}$ ごとの移植後 $\mathrm{sCr}$ ,移植後 5 年までの推移を示したが, $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ では $\mathrm{sCr}_{\mathrm{min}} \leq 1$ と $\mathrm{sCr}>1$ の群で有意差を認めており $(\mathrm{p}<0.001)$, final $\mathrm{sCr}$ については final $\mathrm{sCr}>5$ とそれ以外の群の間に有意差を認めた。また,この 2 つの要因についてピアソンの相関係数 $(\mathrm{r})=0.303$ と弱い相関のみ示されたが,移植腎生着に影響する複数の要因を評価するためCox 回帰分析, Stepwise 法による多変量解析を行った結果 (Table 5) では, 前述の単変量解析においても有意差を認めたドナー年齢 $(\mathrm{p}=0.013)$ , ドナー死因の脳血管障害 $(\mathrm{p}=0.016)$ に加えて, $\mathrm{sCr}_{\text {min }}(\mathrm{p}=0.016)$ が移植腎生着に影響する因子として挙げられた.このとき, final $\mathrm{sCr}$ は危険因子として有意ではなかった. ## 考 察 本研究は,献腎ドナーにおける移植前 $\mathrm{sCr}$ による A Graft survival rates B Graft survival rates C Graft survival rates Figure 5 Kidney graft survival rates according to (A) WIT period, (B) TIT period, (C) WIT and TIT periods. 評価と移植後腎機能への影響を検討することを目的とした. その結果, final $\mathrm{sCr}$ と比較し, $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ が, 移植後腎機能をより反映している可能性が示唆された。また,献腎移植において移植後腎機能に及ぼす影響をWIT と TITを用いて検討したところ,可能な限りWIT を短縮すること(30 分以内)が望ましく, WIT が 31 分を超える場合は,TITをできる限り短縮することが重要と考えられた. さらに, ドナー 死因において, 脳血管障害はその他の疾患と比較し移植後生着率は不良であり,61 歳以上の高齢ドナー での移植腎生着率も不良であった。 ドナーの移植前 $\mathrm{sCr}$ が移植後腎機能に及ほすす影響を検討した過去の報告 ${ }^{344}$ では,摘出時のドナーの移植前 $\mathrm{sCr}$ として final sCr が用いられているが, final $\mathrm{sCr}$ と $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ のどちらがより有用な指標であるか検討されておらず,本研究で両者を用いて生着率を比較した結果, $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ が final $\mathrm{sCr}$ よりも移植後の腎機能をより反映していると考えられた. final $\mathrm{sCr}$ より $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ が移植後腎機能をより反映している理由として, final $\mathrm{sCr}$ はももとの腎機能に加えドナー の死戦期における阻血低酸素状態から組織障害を受け,その結果として急性尿細管壊死 (acute tubular necrosis:ATN)の影響を受けている9110) ことが考えられた. 生着率についての多変量解析において final $\mathrm{sCr}$ よりも $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ において有意差が示されたこともこれを支持する結果と考えられた,今回の検討において final $\mathrm{sCr} \geqq 3.0 \mathrm{mg} / \mathrm{dl}$ の症例は 157 症例中 40 症例存在していたが, その中で $\mathrm{sCr}_{\text {min }} \geq 1.5 \mathrm{mg} / \mathrm{dl}$ の症例は 2 症例 (5\%) のみであり, final $\mathrm{sCr}$ と $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ の差が大きい症例も少なくないことから, final $\mathrm{sCr}$ が高値な症例においても $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ が保たれている場合は術後の腎機能回復が期待できることが考えられた.これまでも final sCr (at the time of harvest) が高値のドナー腎の移植において術後腎機能が良好に発現する場合 ${ }^{7 / 11}$ が報告されているが, final sCr 高値であっても $\mathrm{sCr}_{\mathrm{min}}$ 低値の症例であれば良好な移植後腎機能が期待できると考えられた. final $\mathrm{sCr}$ が高値のドナーにおいても $\mathrm{sCr}_{\text {min }}$ を含めた詳細な評価・検討を行うことが限られたドナーソースを有効に生かすことにつながると考えられた。 WIT および TIT の組み合わせによる比較検討では,生着率について有意差を認めなかった,今回の解析では WIT 31 分以上の症例数が少なくサンプルサイズの偏りがあったためと考えられた。過去には TIT は 24 時間以上, WIT と TIT の両因子の組み合 わせでは WIT が 30 分以内でも総阻血時間が 24 時間以上で生着率が低下したとする報告12) や, WIT が 31 分以上となった場合など一定以上の温阻血傷害がある場合は TIT が 12 時間を超えると生着率が低下するという報告 ${ }^{13}$, TIT については 12 時間以内の場合がもっとも生着率が優れているという報告が存在しており ${ }^{14)}$, 今回の解析においても, 移植後腎機能については有意差がみられていることから,観察期間を延長することで長期的な生着率に影響が出る可能性は否定できない. なお, WIT と TIT の組み合わせによる移植腎機能の比較検討について, WIT30 分以下の群は WIT 31 分以上の群と比較し移植後 1 か月から 12 か月までの期間を通して有意に低い $\mathrm{sCr}$ を示した。また WIT30 分以下の群では移植後, 時間の推移ともに $\mathrm{sCr}$ が改善したのに対し, WIT31 分以上の群においては移植後 12 か月の時点においても $\mathrm{sCr}$ の改善の程度は少なかった。一定時間以上の虚血に曝されると, 移植後における虚血傷害からの改善には限界があることを示唆しているものと考えられた。 WIT31 分以上/TIT 12 時間未満の症例では 12 時間以上の症例と比較して $\mathrm{sCr}$ は有意に低值で経過 L, WIT31 分以上/TIT12 時間以上の群では移植後 12 か月の時点においても高値で推移した. 温阻血傷害に一定時間以上の冷阻血が加わると,術後速やかな移植腎機能の回復が困難となり移植腎機能発現遅延 (delayed graft function:DGF) となると考えられる. 移植後早期の生着率に有意差は認めなかったが, DGF は急性拒絶反応 (acute rejection:AR) の危険因子であることが知られており,長期の生着率には AR が危険因子であることから ${ }^{15}$, 長期的には透析再導入までの期間に影響を与えうると考えられた。虚血による障害は WIT, 冷阻血時間(cold ischemic time:CIT)を組み合わせた結果であり,その曝露時間の遷延は腎臟に慢性的あるいは遷延する影響を与えうる ${ }^{3}$. 移植腎機能にとっては, WITを可能な限り短縮することが最も重要であるが, 虚血障害が WIT および CIT の総合的な影響の結果 ${ }^{3}$ であることを考慮し, WIT が一定時間 (今回の検討では 31 分)を超えた場合は可能な限りTITを短縮することが望ましいと考えられた。 $\mathrm{ECD}$ は年齢 60 歳以上, 脳血管疾患による死亡, $\mathrm{sCr} 1.5 \mathrm{mg} / \mathrm{dl}$ 以上というドナー条件をもとに規定されている. 本研究においても, ドナーの年齢毎に移植後腎機能を比較したところ, 30 歳以下, 31 歳〜 60 歳, 61 歳以上とドナー年齢が高いほど移植後 12 か月の期間を通して $\mathrm{sCr}$ が高値で経過していることから, ドナー年齢は移植後腎機能に強く影響する因子と考えられた.理由としては腎の加齢による変化が挙げられ, 病理学的には糸球体硝子化, 足細胞の萎縮,有効ネフロン数の減少,尿細管の萎縮・消失, 間質拡大, 髄質の脂肪・石灰沈着, 微小血管の消耗や粗化 ${ }^{1016}$ が知られている. 特に糸球体は 40 歳以上または 55 歳以上で総数の $10 \%$ 以上に硬化 $か ゙ ~^{17718)}, 60$ 歳以上のドナー腎は移植直前の腎生検 $(0$ hour biopsy)の時点で糸球体の 10~20\% に硬化性病変が認められる ${ }^{19)}$ と報告されている。本研究においても 61 歳以上のドナー腎には上記の加齢性変化が内在すると推定され,さらに腎摘出から腎移植の過程における温虚血傷害, 冷阻血傷害, 再灌流傷害が加わることでATN の影響を受けやすく回復が遅れる可能性が考えられた。多変量解析においてドナー年齢が移植腎生着率の有意なりスク因子であったこともこれを支持する結果と考えられた. ドナー 死因についての検討では,脳血管障害群が他の群に比較して生着率が低い傾向を示し, 頭部外傷群と脳血管障害群の 5 年生着率の差を認めた。脳血管障害群では頭部外傷群に比較し不安定な血行動態や脳死に至った原因の多くが動脈硬化性疾患によることが挙げられ,臟器血流も動脈硬化の影響を受けていることが理由の一つとして考えられた20). 本研究の限界として, 1 施設での後ろ向き観察研究であるため総症例数が少ないこと, 症例数の偏りによる解析の限界が挙げられる。腎移植の生着率や移植後腎機能はドナー要因・レシピエント要因・環境要因と様々な要因の影響を受けた結果であり21),今後他施設との連携を行った上で長期的な移植成績についての検討を行っていきたい。 ## 結 論 ドナー腎機能の評価を行うにあたり, final sCrに比べ $\mathrm{sCr}_{\mathrm{min}}$ がドナー本来の腎機能をより反映している因子であることが示唆された. 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1)日本透析医学会統計調査委員会:II. 2017 年日本透析医学会統計調査報告書調査結果と考察.「わが国の慢性透析療法の現況(2017 年 12 月 31 日現在)」, pp707-710. http://docs.jsdt.or.jp/overview/ file/2017/pdf/1.pdf (Accessed June 23, 2020) 2) 米田龍生:III. 腎藏. 8. 腎移植成績(レシピエント追跡調査).「2018臟器移植ファクトブック」, pp3238, 日本移植学会. http://www.asas.or.jp/jst/pdf/ factbook/factbook2018.pdf (Accessed June 23, 2020) 3) Peters-Sengers H, Heemskerk MBA, Geskus RB et al: Validation of the Prognostic Kidney Donor Risk Index Scoring System of Deceased Donors for Renal Transplantation in the Netherlands. 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Tokyo Women's Medical University
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# 炎症性疾患 ## (4)動脈硬化と炎症のかかわり 東京女子医科大学医学部内分泌内科学講座 (受理 2020 年 8 月 31 日) Inflammatory Disease (4) Atherogenesis and Inflammation \author{ Daisuke Watanabe, Satoshi Morimoto, and Atsuhiro Ichihara \\ Department of Endocrinology, School of Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan } Atherosclerosis is a lipid deposition disease that eventually leads to myocardial infarction, stroke, and ischemic gangrene. Furthermore, it is a chronic inflammatory condition characterized by smooth muscle cell proliferation, apoptosis, necrosis, fibrosis, and local inflammation. The atherosclerotic process is initiated when cholesterolcontaining low-density lipoproteins accumulate in the intima and thereby activate the endothelium. Leukocyte adhesion molecules and chemokines contribute to monocyte recruitment, which in turn deteriorates atherosclerosis. Therefore, inflammation plays a key role in all stages of atherosclerosis progression. Anti-inflammatory cytokines ameliorate the disease, whereas pro-inflammatory cytokines accelerate atherosclerosis progression. Inflammatory markers are widely used to control the disease, and anti-inflammatory molecules are therapeutic targets for atherosclerotic diseases. Here, we review the potential role of the inflammatory system in accelerated atherosclerosis of cardiovascular diseases and several endocrine disorders and address drug discovery based on anti-inflammatory strategies in these diseases. Key Words: atherosclerosis, inflammation, inflammatory biomarkers, angiotensin II receptor blocker ## はじめに 心筋梗塞や狭心症などの冠動脈疾患を含む心疾患や脳梗塞や脳出血などの脳血管疾患などによる死亡は,悪性新生物による死亡と並んで近年,本邦において大きな位置を占める.死亡に至らないまでもこれらの疾患は後遺症を残すこともあり, 予防や治療法の確立は非常に重要である。そのためには,動脈硬化リスクを包括的に管理し動脈硬化の進展を予防 することが求められる。内臟脂肪が蓄積することにより引き起こされるメタボリックシンドロームも動脈硬化進展に関連するため管理が必要である。 動脈硬化の危険因子として加齢や性差といった治療介入しがたいものもあるが, 脂質異常症, 喫煙,高血圧,糖尿病といった因子については,近年それぞれについて様々な薬物治療法が確立されている.多くの疫学調査が示すとおり,例えば low density  lipoprotein (LDL) コレステロール上昇は,冠動脈疾患の発症や死亡に密接に関連しうる上 ${ }^{11}$, 喫煙は冠動脈疾患のみならず脳卒中の危険因子にもなっている。また至適血圧を超えた場合や糖尿病患者には適切な加療が必要であることは言うまでもない。また減量は血清脂質を改善させ, 日常的な身体活動の増加や有酸素運動は動脈硬化性疾患の発症予防に有用である。このように薬物療法のみならず,食事・運動療法を包括的に組み合わせることで,我々は動脈硬化性疾患の予防を目指している。 動脈硬化を背景とした疾患の発症前に,日常臨床ではその予防の観点から非侵襲的な検査により動脈硬化の程度が評価できる。頸動脈エコーや MRアンギオグラフィーをはじめとした画像診断および足関節上腕血圧比 (ABI), 心臟足首血管指数 (CAVI) および血管内皮機能検查 (FMD) をはじめとした血管機能検查などが代表的なものであり,現在,幅広く日常臨床で使用されている。 このように動脈硬化は様々な疾患のリスクになりえるが,その形成やプラークの不安定化には慢性炎症が深く関与していることが報告され2), 結果的に肥満や生活習慣病から惹起される心血管疾患の発症には慢性炎症を基盤とした病態が関連していると考えられている。具体的には粥状動脈硬化の形成機序には,血管細胞と免疫細胞を含む様々な細胞の複雑な応答と活動が関与することから, 動脈硬化性疾患は言い換えれば慢性炎症疾患とも捉えられている。 本稿では, 動脈硬化形成における慢性炎症の過程, メタボリックシンドロームや高血圧と慢性炎症の関わり,動脈硬化と炎症マーカーとの関連,また慢性炎症からみた動脈硬化への治療戦略,また内分泌疾患(とくに成長ホルモン分泌不全,原発性アルドステロン症, クッシング症候群)と動脈硬化の関連につき日常の臨床学的な観点から概略する。 ## 動脈硬化と慢性炎症 動脈硬化は强状硬化、メンケベルグ型硬化(中膜石灰化硬化症),および細動脈硬化の総称であり,血管の硬化を特徴としている3). また心血管リスクと関連することが知られている血管の石灰化は,弰状硬化性石灰化とメンケベルグ型中膜石灰化に大別され,それぞれ異なる誘導因子や環境因子が関係する。血管石灰化には動脈硬化の終末像の変性過程でなく, マクロファージなどの炎症メカニズムが関与しており, とくに弹状硬化病巣では変性壊死した細胞に対しての炎症反応が存在している。一方で動脈中膜石灰化における炎症反応の役割は明らかではない点も多いが, この石灰化にもマクロファージや T リンパ球が炎症性サイトカインの分泌を介して血管石灰化に関与していることが報告されている4).また透析患者においては,炎症マーカーと血管石灰化が有意な相関を示しており ${ }^{5}$, 動脈硬化の炎症過程が,平滑筋細胞は筋線維芽細胞の形質転換を促進して,骨芽細胞様に変化させるものと考えられる $。$ 。 生活習慣病でみられる慢性炎症は, 炎症反応が長期に渡って持続, 遷延化していることが特徴的である. 粥状動脈硬化では血管壁の内皮細胞の機能障害を誘発し,微小血栓の形成や白血球の血管壁内への侵入が促進される”、マクロファージやリンパ球といった単核球を主体とした炎症細胞の浸潤・集積が動脈硬化の進展を引き起こし, これらの細胞から放出される炎症性サイトカインは様々な細胞応答を示す. 特に,動脈硬化病変にみられるマクロファージの多くは単球由来であり, 動脈硬化病変の形成に,初期からプラーク破綻に至るまで,重要な役割を担っている。つまり,炎症細胞,とくに血管壁に浸潤した単球から変化した炎症性マクロファージは,動脈硬化病変の病態形成に重要な役割を担っており,慢性炎症が動脈硬化の進展に広く寄与していることが知られている $(\text { Figure 1 })^{8)}$. 臨床的には, 虚血性心疾患の原因となる弹状硬化巣(プラーク)の不安定化, 破綻には炎症性刺激によるマクロファージの活性化が関与している。動脈硬化巣では,マクロファージは泡沫化し, 細胞死を起こしており, こうした死細胞をマクロファージが処理しきれないようになると,残存物は炎症を促進し,プラークの不安定化をもたらすと考えられている》。 . 病理学的にみると, プラークは平滑筋細胞, マクロファージなどの慢性炎症細胞, そのほか細胞外基質が混在している. これらの成分の度合いによりプラークも様々な形態を示すが,特に虚血性心疾患の発症においては冠動脈プラークの破綻が重要な役割を果たしている9). 急性冠症候群の多くはプラークの破綻により発症し, 脂質コアが大きく, 線維性被膜が薄く, マクロファー ジや T リンパ球などの炎症細胞の強い浸潤を伴う, いわゆる不安定プラークに生じやすい。つまりプラークは単なる脂質の蓄積ではなく, それに伴う炎症により不安定化し, 線維性被膜の菲薄化から破綻に至り,急性冠症候群をきたすと考えられている。 プラークの破綻については,プラーク側の原因もしくは外的因子の関与が示唆されている。 アテローム Figure 1 Roles of M1 and M2 macrophages. (Adapted from reference 8) 血栓性脳梗塞の原因も頸動脈におけるプラークの存在が, その発症に関与しており, 虚血性心疾患の発症メカニズムと類似している点も多い. これらの点を踏まえると,慢性炎症を制御することが,虚血性心疾患や脳血管系疾患などの発症予防に寄与することが予想される。 ## 高血圧やメタボリックシンドロームと ## 炎症の関わり 高血圧は脳卒中, 心臟病および腎臟病に対する原因疾患である,薬物治療のみならず,減塩や肥満の是正, 運動などの生活習慣の是正が高血圧の発症予防に重要であり, 看護師や栄養士など多職種の介入が必要とされている. 特定検診, 特定保健指導でも血圧管理は重要な項目である。また高血圧の発症にはストレスや睡眠障害, 生活習慣の悪化などに加え,炎症反応の増加が関与している。加齢や酸化ストレスにより誘発される炎症は血管内皮障害を惹起し,小血管のリモデリングを進展させる ${ }^{10}$. 血管内腔の狭小化により血管抵抗が増大し, 結果として血圧が上昇する.このような状況で起こりうる血圧の上昇をもっとも鋭敏に捉えられるのは早朝であり,早朝高血圧の原因となることが報告されている ${ }^{11} . また$血管障害の発症機序については, 炎症により血管内皮障害を引き起こし,血管保護因子である一酸化窒素の産生低下や中膜における平滑筋細胞の形質変化 を引き起こすことが知られており,血管保護因子の低下および障害因子の増加は, サイトカイン, ケモカイン, 接着分子, 増殖因子の変動をもたらし, これらが最終的に炎症細胞浸潤を引き起こす原因と考えられている ${ }^{12}$ 。つまり血管炎症は高血圧性の臟器障害を引き起こし, 最終的に心血管イベントの発症リスクを増大させることが予想される。 また,メタボリックシンドロームをはじめとした生活習慣病では, 複数の臟器障害が併発しうるが,慢性炎症がこれら臟器障害に関与していると考えられる。内臟組織に始まる慢性炎症が動脈硬化を促進する可能性も示唆されている. とくに脂肪組織においては, アディポサイトカインなど生理活性物質を分泌しており, これらは生体内の炎症にも重要な役割を果たしている ${ }^{13}$. つまり肥大化した脂肪細胞は炎症性サイトカインを産生し, 高血圧や動脈硬化の発症・進展に関与することが示唆されている.また動脈硬化の血管では, 組織レニンーアンジオテンシン系(RAS)が活性化されており,血管の炎症や,リモデリングの進展に重要な役割を果たしていると推測される。脂肪組織の慢性炎症が血管の炎症に大きな影響を与えるが,血管の炎症もまた慢性炎症に影響することも示唆されており, 複雑な相互作用を有している. Figure 2 Cell-specific mechanisms underlying atheroprotective effect of IGF-1. (Adapted from reference 21 ) Figure 3 Pathophysiology of aldosterone-induced endothelial dysfunction. (Adapted from reference 23) 治療戦略一高血圧・脂質異常症の観点から動脈硬化への治療法の多くは血管を構成する血管内皮細胞や平滑筋細胞, 炎症細胞をターゲットとしているが,近年,動脈硬化病変では炎症に伴い血液凝固系の活性化,つまり凝固系の方進も指摘されている。リバーロキサバンの心血管疾患抑制作用は, 炎症による血液凝固系の活性化を阻害することで発揮された可能性もある ${ }^{14)}$. コレステロール低下作用を有するスタチンは冠動脈疾患の発症を抑制させる ことは広く知られているが, スタチンは脂質低下作用を介さず抗炎症作用を発揮し,スタチンの抗炎症効果が血管イベントの発生抑制・予防効果につながることが報告されている ${ }^{15)}$.また RAS 阻害薬の心血管イベントの抑制効果も示されており,降圧効果とは独立して抗炎症効果を示し,プラークを安定化させる ${ }^{16)}$. 血管内皮は正常である場合, 炎症細胞に対する接着浸潤に対してのバリア機能を有するが,アンジオテンシン II (Ang II) などの炎症起因分子の標的 Figure 4 Key molecular mechanisms involved in immune cell dysfunction associated with Cushing's syndrome. (Adapted from reference 25) となった場合は,内皮機能が減弱し,血管のリモデリングが進展する ${ }^{17}$.つまりその進展を抑制することが重要であり,とくにアンジオテンシン II 受容体拮抗薬は Ang IIによる AT1 受容体の活性化を阻害することで, すぐれた臟器保護作用を発揮している. つまりRASは心血管疾患の進展において重要な役割を果たしているが,抗動脈硬化および抗炎症においては, RASをブロックすることで, 様々な薬理作用を発揮していると推測される. Ang IIと炎症は動脈硬化の初期から心血管イベント発症の過程において関与しており,それらを十分に抑制していくことが将来的な動脈硬化の進展阻止には求められている. ## 動脈硬化のリスク管理における炎症マーカー 動脈硬化のリスク管理に, 炎症の観点から様々な血中バイオマーカーが探索, 研究され日常臨床で広く用いられており, とくに高感度 CRP は体内での微小な炎症を検出しうる. 高感度 CRP と心血管イベントの関連については大規模臨床試験にて広く報告されており ${ }^{18}$, 炎症の抑制が血管疾患の発症につながることが示唆されている。またCRP は単なる炎症マーカーとしてではなく, 血管内皮細胞や平滑筋細胞に作用してサイトカインなどの発現立進につながり,動脈硬化の促進に関連している。ただ,単に感染などにより上昇することもあり,結果の解釈には Figure 5 sTNF-R1 levels in cured Cushing's syndrome (CS) patients without coronary calcifications [Agatston score $(A S)=0$ ] and those with coronary calcifications (AS $>0$ ) and the normal reference values. ${ }^{*} \mathrm{p}<0.05$ between $\mathrm{AS}=0$ and reference values, between $\mathrm{AS}>0$ and reference values, and between $A S=0$ and $A S>0$. (Adapted from reference 26 ) 十分配慮する必要がある。またペントラキシン 3 (PTX3)も CRP と同様に急性炎症性反応蛋白であり,様々な炎症刺激により血管内皮細胞や平滑筋細胞から産生され, CRP と比較して心血管疾患特異的なバイオマーカーの役割が期待されている19. これら炎症性バイオマーカーを組み合わせて測定し,心血管疾患進展リスクを層別化し, 予後予測していくことが,早期の冠動脈治療介入などの判断に役立つと考えられている. ## 内分泌疾患および動脈硬化,炎症との関連 成長ホルモン (GH) は単に骨や筋の成長を促進するのみならず, 糖や脂質への代謝作用も有している. とくに成人 GH 久損症 (AGHD) 患者では, 易疲労感やうつなどの自覚症状のみならず内臟脂肪型肥満を伴うことが多く, 内臟脂肪の蓄積は, 結果的に AGHD 患者におけるインスリン抵抗性や脂質異常症などの病態と関連しうる. さらに $\mathrm{GH} の$ 分泌低下は, 脂肪分解の低下を引き起こし体脂肪の貯留を促進するとともに筋肉量の低下も惹起する。こうした背景から, AGHD 患者に GH 補充療法を行うと体脂肪の減少や筋肉量の増加がみられ, 代謝改善効果を通じて心血管イベントのリスクを減少させることが報告されている ${ }^{20}$. またいくつかの研究では, insulinlike growth factor-1(IGF-1)は抗炎症作用を有していることが示唆されており, 例えば,血中の interleukin (IL)-6 と IGF-1 レべルは逆相関すること,また AGHD 患者では, 血中 IGF-1 レベルの低下が, マクロファージにおける tumor necrosis factor (TNF)発現の増加に関連しているという報告もある(Figure 2 $)^{21}$. しかし, 現状では IGF-1 の炎症過程に及ぼすプロセスについては未解明な部分も多く, さらなる研究が必要とされている. アルドステロンはヒトにおける代表的なミネラルコルチコイドであり, 主に電解質や水分バランスの調節に重要な役割を果たしている。アルドステロンが自律的過剩分泌を示す病態が原発性アルドステロン症である. 特に低カリウム血症を示した高血圧患者では, 必ず疑うべき疾患の一つであり, 本態性高血圧患者に比べ心血管系疾患発症のリスクが高いことが知られている ${ }^{22}$. アルドステロンの藏器障害のメカニズムの一つとして, 血管障害の本態が, 血管壁での炎症細胞の集積, それに伴う線維化であることが知られている,心血管系に発現したミネラルコルチコイドレセプターを介してアルドステロンは血圧上昇とは独立して血管障害を惹起し, 心,腎における血管壁での炎症細胞の集積を介し, 血管壁の局所において様々な向炎症因子の発現を増加させ,また血管周囲で酸化ストレスマーカーを増強させることが知られている $(\text { Figure 3 })^{23}$. すなわち, アルドステロンは血圧上昇とは独立して直接的な心血管障害作用,つまりアルドステロン誘導性の血管炎を惹起しうる ${ }^{24)}$.こうした観点から,アルドステロン拮抗薬は, 酸化ストレスを軽減させ, また血管内皮機能の保護などに役立つことが報告されており, 現在,日常臨床で幅広く使用されている薬物の一つである.一方, グルココルチコイド作用をもつコルチゾー ルが過剩に分泌される疾患が, クッシング症候群である. 体脂肪分布の変化 (中心性肥満, 野牛肩, 満月様顔貌), 糖脂質代謝異常, 高血圧, 骨粗髢症などを引き起こす. 本来は抗炎症に働くはずのグルココルチコイド過剰状態が, クッシング症候群ではむしろ動脈硬化を促進し,心血管イベントのリスクを高めることが知られている。炎症の観点からは, 慢性的な高コルチゾール血症の場合, 健常者に比ベアディポネクチン值が低下する一方で, 炎症性サイトカインである可溶性 TNF- $\alpha$ 受容体や IL-6 さらには $\mathrm{CRP}$ が上昇することが知られている $(\text { Figure 4 })^{25}$. Table 1 Single correlation analyses with organ damage indices. (Adapted from reference 27) CAVI, cardio-ankle vascular index; eGFR, estimated glomerular filtration rate; hsCRP, high-sensitivity C-reactive protein; BMI, body mass index; SBP, systolic blood pressure; DBP, diastolic blood pressure; UAE, urinary albumin excretion; BNP, brain natriuretic peptide; HbAlc, hemoglobin Alc; LDL-chol, low-density lipoprotein cholesterol; HDL-chol, highdensity lipoprotein cholesterol; RAAS, renin-angiotensin-aldosterone system; PRA, plasma renin activity; PAC, plasma aldosterone concentration; $\mathrm{s}(\mathrm{P}) \mathrm{RR}$, soluble (pro)renin receptor. 臨床的にクッシング症候群における血中可溶性 TNF- $\alpha$ 受容体濃度は, 冠動脈石灰化の程度を反映することが示されており,炎症がクッシング症候群における心血管イベントのリスクになっている可能性が示唆されている (Figure 5) ${ }^{26)}$. 2002 年, ヒト腎臓 cDNA ライブラリーから, 組織 RAS 調節因子である (プロ) レニン受容体 $[(\mathrm{P}) \mathrm{RR}]$ が同定された。また近年, 可溶性 (P) RR の血中濃度を簡便に測定できるようになり, 我々は PA での動脈硬化に起因する血管障害を示す新たな指標として報告した $\left(\right.$ Table 1 ${ }^{27}$. (P) RR は脳, 心臟, 腎臟など広く臟器に分布しており, 心, 腎疾患の発症, 進展に深く関与する可能性が示唆され, さらに糖尿病に起因する心筋症や網膜症においては, それぞれの病態に起因する炎症に関与していることが報告され $た^{2829)}$. 現在我々は糖尿病や脂質異常症をはじめ, 内分泌疾患など様々な病態と (P) RR との関連性を探索し,最終的に $\mathrm{P}) \mathrm{RR}$ 制御することを創薬のター ゲットとし研究を進めている. ## おわりに 動脈硬化性疾患の発症・進展には炎症が関与していることが報告されて以来,今日ではそれらに対する基礎・臨床研究の成果の多くが, 実際の臨床の場に応用されるに至っている. しかし一方で, 心血管疾患は依然, 日本人の死因のなかでも大きな位置を占めており,血管炎症をターゲットとした動脈硬化症への新しい予防法や治療法のさらなる確立が期待されている. 開示すべき利益相反はない. $ \text { 文献 } $ 1) Imamura T, Doi $Y$, Arima $\mathbf{H}$ et al: LDL cholesterol and the development of stroke subtypes and coronary heart disease in a general Japanese population: the Hisayama study. Stroke 40: 382-388, 2009 2) Ross R: Atherosclerosis--an inflammatory disease. N Engl J Med 340: 115-126, 1999 3) 澤田達男, 遠井素乃, 小林槇雄 : 病理診断アトラス (6) 循環器系 2 : 血管一動脈硬化, 動脈瘤, マルファ之症候群。東女医大誌 $77: 480-486,2007$ 4) Vattikuti R, Towler DA: Osteogenic regulation of vascular calcification: an early perspective. 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Tokyo Women's Medical University
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# 第 86 回東京女子医科大学学会総会 シンポジウム「ロボット手術の最前線」 呼吸器外科ロボット手術の現状 ## 東京女子医科大学呼吸器外科 カンザギ神崎正人ト (受理 2020 年 10 月 15 日) ## The 86th Annual Meeting of the Society of Tokyo Women's Medical University's Symposium on "Up-to-Date Robotic Surgery" Current Status of Robot-Assisted Endoscopic Surgery in Thoracic Surgery ## Masato Kanzaki Department of Thoracic Surgery, Graduate School of Medicine, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan The National Health Insurance (NHI) has started to cover robot-assisted thoracoscopic surgery (RATS) for malignant lung tumors (LTs) and mediastinal tumors in 2018 in Japan. The number of domestic RATS is increasing rapidly in thoracic surgery. Our department has started performing RATS in April 2012 as clinical research. A total of 214 patients received RATS between April 2012 and February 2020. After NHI coverage, all cases judged to be resectable by video-assisted thoracoscopic surgery (VATS) were performed as RATS. One hundred thirtyeight cases were LTs, 74 cases were mediastinal tumors, and 4 cases were LTs with mediastinal tumors. As RATS procedures have several variations, we performed RATS lobectomy with four-port incisions and a 3-cm utility thoracotomy or a CO2 insufflation combined assistant port and RATS resection of mediastinal tumors with three-port incisions by CO2 insufflation. Only 1 patient with thymoma converted to VATS. In the near future, RATS will become the best surgical technique for open surgery and/or VATS in the field of thoracic surgery. This new surgical technique is beneficial both to our patients as well as to the surgeons. Keywords: robot-assisted thoracoscopic surgery, video-assisted thoracoscopic surgery, thoracic surgery, lung cancer, mediastinal tumor ## はじめに 呼吸器外科における最初のロボット手術の報告は, 2001 年の前縦隔腫瘍である ${ }^{11}$. 翌年には肺癌手術が報告され,本邦では遅れること 7 年, 肺癌肺葉切除が施行された ${ }^{23)}$. 本邦における呼吸器外科ロボッ ト手術は臨床研究として行われていたが,2018 年 4 月に肺悪性腫瘍, 悪性縦隔腫瘍, 良性縦隔腫瘍に対する手術が保険適応となった。その後 2 年間で, 国内での呼吸器外科ロボット手術は約 3,000 例と急増した。さらに,今年度から新たに肺悪性腫瘍に対し Corresponding Author: 神崎正人 ₹162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学呼吸器外科 kanzaki.masato @twmu.ac.jp doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_102 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ての区域切除術,重症筋無力症に対する拡大胸腺摘除術が追加収載され, 症例数はさらに増加すると予想されている。 当科では低侵襲である胸腔鏡下手術(videoassisted thoracic/thoracoscopic surgery: VATS) を長らく行ってきた. VATSでは視野および手術器械の動きには制限が加わることから,これらの問題点を改善すべくいち早くロボット手術を導入した。臨床研究として, 2012 年より縦隔腫瘍, 2013 年より原発性肺癌にロボット支援胸腔鏡下手術 (robotassisted thoracoscopic surgery:RATS)を行ってきた. 本稿では, 呼吸器外科におけるRATS の現状を当科中心に報告する. なお, 本研究は東京女子医科大学倫理委員会で承認されている (承認番号 5601). ## 呼吸器外科ロボット手術の現状 国内の呼吸器外科にてRATS が長らく普及しなかった要因の 1 つに保険適応でなかったことが挙げられる。手技等の観点からは, 呼吸器外科の主体は切除手術で再建等の手技が少なく, 胸腔内, 縦隔には血流に富む血管が多く存在し, 手術に際し操作する範囲が広いなども要因である。呼吸器外科手術の対象疾患の多数はVATS の適応であるが,VATS のラーニングカーブは遅く,完全鏡視下にVATS を施行している施設は思いのほか少ない4).このような背景から国内でRATS はなかなか広まらなかった. 一方, RATSは開胸術など従来の術式と比較し,根治性, 安全性は同等で, VATS に比ベラーニングカーブが短いとの報告がある ${ }^{344}$. 呼吸器外科手術における RATS の転機は,2018 年度に一挙 3 疾患が保険適応となってからである. 2018 年度に保険適応となった術式は, (1)胸腔鏡下肺悪性腫痬手術(肺葉切除または 1 肺葉を超えるもの) (内視鏡手術用支援機器を用いる場合), (2)胸腔鏡下縦隔悪性腫瘍手術および(3)胸腔鏡下良性縦隔腫瘍手術(いずれも内視鏡手術用支援機器を用いる場合)の 3つである. これらの手術を保険適応とするための施設基準が定められ, (1)では, 術者として当該手術 10 例以上の経験と年間 50 例以上の肺悪性腫瘍手術 (その内,20 例以上のVATS), (2)および(3)は, 術者として当該手術 5 例以上の経験と年間 10 例以上の縦隔腫瘍手術 (その内, 5 例以上の VATS)の実施を必要としている. 当科では, 保険適応となった 2018 年 4 月から 3 つの手術を保険診療として行っている. 2020 年度に追加となった術式は, 胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術 (区域切除で内視鏡手術用支援機器を用いる場合)と胸腔鏡下拡大胸腺摘出術(内視鏡手術用支援機器を用いる場合)の 2 つである。 区域切除の施設基準は, 当該手術または術式(1)を術者として 10 例以上の経験が必要で, 拡大胸腺摘出術では, 術者として当該手術または術式(1)~(3)を手術 5 例以上の経験と胸腺関連疾患に係る手術を年間 5 例以上施行しており,そのうち胸腔鏡下手術または当該手術を 3 例以上経験していること, となっている.いずれの術式も当科では保険診療が可能である. ロボット手術に関して,デバイスの誤動作が最も多い有害事象であり,胸部ならびに頭頸部領域での grade 4 以上の有害事象の発生は多領域に比ベリスク比 2.2 倍と高いことから, 日本呼吸器外科学会では, 円滑で安全な RATS の導入,普及および進歩を目的として,プロクター(手術指導医)制度を導入している ). プロクターの条件には, RATSを術者として 40 例以上執刀していることが含まれており, 5 年ごとに更新が必要である.具体的には,RATS を始めるにあたり,依頼病院は日本呼吸器外科学会ホームページからプロクターを選定し,手術日を決定し, 学会の呼吸器外科ロボット支援手術検討部会に連絡し,プロクター立会いで手術を行う。プロクターは術後 1 か月に報告書を呼吸器外科ロボット支援手術検討部会に提出し, 症例によっては総合診療対策委員会の審議を経て学会の理事会に報告となる。順調にプロクター制度は運用され,国内での RATS は安全に導入,普及している。な扔,手術実施前には National Clinical Database(NCD)に術前症例登録を行っている. ## ロボット支援胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術 肺悪性腫瘍に対する低侵襲手術とし, VATS は実臨床で広く普及している。肺癌診療ガイドライン上では,VATSは行うことを提案する(グレードB2) となっているが, RATS は推奨度決定不能である ${ }^{6}$. しかしながら, RATS は新たな魅力的な手術手技としてVATS の欠点を補うことが期待されている.これまでにVATS とRATS の比較は後方視的解析が行われ,安全性と有用性に関してほぼ同等の成績が示されている7).一方, 初期段階での解析ではあるが,米国ではRATS は術中の医原性合併症が多いとの報告がある ${ }^{8}$. 今後症例の蓄積により, 正確なデバイスコントロール,周術期成績が改善し, 術後のQOL が向上する可能性がある. 当科では,2018 年 4 月から保険診療を開始し, Figure 1. Intraoperative view of robot-assisted thoracoscopic surgery (RATS) for lung malignancies. (A) Port placements for portal RATS. (B) Four-port incisions and a 3-cm utility thoracotomy (white dotted circle). (C) An assistant utility thoracotomy/port was added to the standard setup in the fourth (for upper lobectomy) or fifth (for other lobectomies) intercostal space. This utility thoracotomy/port allowed VATS instruments to be used routinely through our VATS procedure (white dotted circle). (D) Vascular robot stapler through a 12-mm port resected pulmonary artery. RUL, right upper lobe; RLL, right lower lobe. VATS で切除可能と判断した症例は, 胸腔内癒着に関わらずすべてRATSの手術適応とした適応の拡大を図った. 2020 年 2 月までに 214 例中肺悪性腫瘍 136 例, 肺悪性腫瘍 + 縦隔腫痬 4 例に対し, RATS を施行した.胸壁, 心膜などの合併切除や糖尿病症例などには心膜脂肪織による気管支断端被覆も行ってきた. 肺葉切除に対するRATSの一般的なポート配置は, 第8ないし第 9 肋間に 4 つポートを置き, 下肢側で横隔膜より上位の第 10 ないし第 11 肋間にアシストのためのポートを追加している。ポート配置に関しては様々な方法が報告されている) ${ }^{922}$. 当科のRATS は, 基本的には 4 アームで行い, ポート配置はVATS に準じ第8肋間にポートを作製し,アシスタントポートは第 4 もしくは第 5 肋間前方においている(Figure 1A)。患者体型や胸腔内 の癒着状態により, 両外側のポートは上下 1 肋間移動し配置している. Portal RATSではエアシール・ インテリジェント・フローシステム (AirSeal ${ }^{\circledR} \mathrm{iFS}$, CONMED, NY, USA)を使用し, 人工気胸下に行うが,呼吸循環動態に影響を及ぼすなどデメリットもあり, 多くの症例は大気開放で針子操作を行っている ${ }^{13}($ Figure 1B). 当科で用いているアシスタントポートは既存の VATS 用鉗子などが使用できる点が有用と考えている (Figure 1C). da Vinci Xi ${ }^{\circledR}$ サー ジカルシステム (Intuitive Surgical, Sunnyvale, CA, USA)の導入後からコンソール医師が専用のステー プラーで肺血管,気管支を切断している(Figure 1 D). RATS 肺悪性腫瘍手術の内訳は, 女性 72 例, 男性 68 例, 年齢は中央値 68.5 歳 ( $43 \sim 90$ 歳), 原発性肺癌 129 例(腺癌 116 例, 扁平上皮癌 9 例, 神経内分 Table 1. Patients' characteristics of lung malignant tumors. LCNEC, large cell neuroendocrine carcinoma; RUL, right upper lobectomy; RML, right middle lobectomy; RLL, right lower lobectomy; LUL, left upper lobectomy; LLL, left lower lobectomy. 泌腫瘍 4 例), 転移性肺腫瘍 11 例であった. 術中迅速診を 66 例 $(47.1 \%)$ に施行し,診断を得た。切除肺葉は右 88 例 (上葉 43 例, 中葉 18 例, 下葉 27 例),左 52 例(上葉 33 例, 下葉 19 例)であった(Table 1). 術中出血量は中央値 $14.5 \mathrm{~mL}(2 \sim 494 \mathrm{~mL})$, 手術時間は, 生検後に肺葉切除を行った症例が半数を占め, 159 585 分と広範であった. RATS の手技に関して,コンソール時間は中央值 162.5 分(79~367 分) で,切除肺葉別にコンソール時間を RATS 導入時期の初期と後期で比較すると, 右上葉 175 分から 139 分, 右中葉 196 分加 115 分, 右下葉 201 分から 129 分, 左上葉 220 分战 158 分, 左下葉 175 分战 125 分で短縮していた. 最大腫瘍径は中央値 $2.0 \mathrm{~cm}$ (0.411.0 cm)であった.リンパ節郭清の範囲としては,ND2a-1 以上が 110 例(78.6\%)と大半を占め,次いで ND1b27 例(19.3\%)で, ND0 は 3 例であった.胸壁 3 例, 心膜 1 例の合併切除,気管支断端被覆を 11 例に対して行った. 開胸, VATS 移行例はなかった. 病理病期(肺癌取扱い規約第 8 版)は,原発性肺癌 129 例中 0 期 4 例, I 期 93 例, II 期 15 例, IIIA 14 例, IIIB 期 3 例であった. 術後合併症としては, 遷延性肺漏 12 例 (胸膜癒着術を 2 例に施行), 譫妄 2 例, 乳糜胸, 脳梗塞, 発作性心房細動各 1 例認めたが, 全例独歩退院した (Ta- ble 2). ## ロボット支援胸腔鏡下縦隔腫瘍手術 縦隔腫瘍においてもVATS は実臨床で広く普及しているる ${ }^{14) \sim 19}$. RATS が VATS 等の従来の手技と比較し, 有用性を示すエビデンスはいまだ明らかにされていない. 現在までにRATSとVATSを比較した報告では,手術時間,在院日数,術後合併症の発生率,再発率などは同等で有意差を認めていな $\left(^{20} \sim 23\right)$. 縦隔腫瘍では大きく, 前縦隔腫瘍と中・後縦隔腫瘍ではアプローチが異なる。 さらに, 前縦隔腫瘍では(1)片側アプローチと(2)剣状突起下アプローチを行っており,無名静脈など血管処理の可能性がある症例や拡大胸腺摘除術の場合には(2)のアプローチ 3 アームで, ポートは第 3 肋間前方, 第 5 肋間前腋窩線上,第 6 肋間鎖骨中線上にポートを置き,アシスタントポートを第 6 肋間前腋窝線上に追加することもある。(2)では,カメラを剣状突起下に配置し,左右の胸腔それぞれに銷子を挿入し,操作を行う。一方, 中・後縦隔腫瘍では, 肺悪性腫瘍手術のポート配置に準じ 4 アームで行っている。縦隔腫瘍手術では,呼吸循環動態に注意しながら,炭酸ガスによる人工気胸下に鉗子操作を行っている. 2012 年 4 月から 2020 年 2 月までに,肺悪性腫瘍と同時切除した 4 例を含め計 78 例の縦隔腫瘍に対しRATSを施行していた。手術の内訳を表に示す (Table 3)。女性 42 例, 男性 36 例,年齢は中央値 60 歳 (26〜90 歳), 手術時間は中央値 165 分 (49〜378 分), 術中出血量は中央值 $5 \mathrm{~mL}(1 \sim 200 \mathrm{~mL})$ であった.アプローチは,片側アプローチ 75 例, 剣状突起下アプローチ 3 例で,横隔膜近傍の中縦隔腫瘍では前立腺手術時の “PELVIC” でロボットをドッキングした (Figure 3),後縦隔発生の傍神経節腫瘍では,胸壁を合併切除した。 発生部位では, 前縦隔が 64 例で最も多く, 中縦隔 9 例, 後縦隔 3 例, 縦隔上部 2 例の順であった. 病理組織診の内訳では,胸腺腫を含めた悪性腫瘍は 36 例 (46.2\%)を占めた。胸腺関連腫瘍が最も多く, 胸腺腫 22 例 (重症筋無力症合併 5 例), 胸腺癌 7 例,胸腺囊胞 26 例であった. 中・後縦隔では, 悪性腫瘍縦隔リンパ節転移,神経原性腫瘍,気管支囊胞などであった. 最大腫瘍径は中央値 $3.2 \mathrm{~cm}(0.9 \sim 12.0 \mathrm{~cm})$ であった. 胸腺癌の 1 例のみ対側からのVATSに移行したが, 開胸症例はなかった. 3 例で術後乳糜胸を認めた Table 2. Operative characteristics of lung malignant tumors. ND, nodal dissection. Figure 2. Intraoperative view of robot-assisted thoracoscopic surgery (RATS) resection of the mediastinal tumor. (A) Port placements for RATS resection of the mediastinal tumor with three-port incisions by $\mathrm{CO} 2$ insufflation. (B) Port placements for trans-subxiphoid RATS resection of mediastinal tumors. Subxiphoid ports are marked with a white dotted circle. Table 3. Patients' characteristics of mediastinal tumors. VATS, video-assisted thoracoscopic surgery. Figure 3. Intraoperative view of the pelvic docking approach in robot-assisted thoracoscopic surgery (RATS) for the lower-middle mediastinal tumor. (A) Port placements for the pelvic docking approach in RATS. (B) Left-side view from the docking and positioning of the robotic system with the patient's head to the left. が,全例独歩退院した. ## 終わりに 国内における呼吸器外科 RATS は保険適応後から急速に手術数が増加している. 手術では, 安全性,根治性が要求され,ロボット支援装置は既存技術に対する優位性が期待される医療技術である。呼吸器外科における RATS は,草創期であることから, チームとして外科医,麻酔科医,看護師,臨床工学技士の協調により, 安全な手術が優先される. 現時点では, 単に従来の術式と比較するのではなく, 口ボット支援装置のメリット・デメリットを熟知し活用し, 今後 RATS の有用性が明らかにされればと思われる。 神崎正人は, 2019 年にインテュイティブサージカル合同会社 (Intuitive Surgical Japan) より講演等の資金提供 を受けた。 $ \text { 文献 } $ 1) Yoshino I, Hashizume M, Shimada M et al: Thoracoscopic thymomectomy with the da Vinci computer-enhanced surgical system. J Thorac Cardiovasc Surg 122: 783-785, 2001 2) Melfi FM, Menconi GF, Mariani AM et al: Early experience with robotic technology for thoracoscopic surgery. Eur J Cardiothorac Surg 21: 864868, 2002 3)須田隆, 杉村裕志, 北村由香ほか:肺癌に対するロボット支援手術の経験一ダヴィンチロボット支援肺癌手術本邦第 1 例一. 日呼外会誌 $24: 727-$ 732, 2010 4) 中村廣繁:呼吸器外科におけるロボット手術の現況と上手に行うための工夫. 耳鼻展望 58 :331335, 2015 5) Alemzadeh H, Raman J, Leveson $\mathbf{N}$ et al: Adverse Events in Robotic Surgery: A Retrospective Study of 14 Years of FDA Data. PLoS One 11: e0151470, 2016 6) 1-8 胸腔鏡補助下肺葉切除, ロボット支援下肺葉切除.「肺癌診療ガイドライン 2018 版」(日本肺癌学会編), pp81-85, 金原出版, 東京 (2018) 7) Ye X, Xie L, Chen G et al: Robotic thoracic surgery versus video-assisted thoracic surgery for lung cancer: a meta-analysis. Interact Cardiovasc Thorac Surg 21: 409-414, 2015 8) Paul S, Jalbert J, Isaacs AJ et al: Comparative effectiveness of robotic-assisted vs thoracoscopic lobectomy. Chest 146: 1505-1512, 2014 9) Morgan JA, Ginsburg ME, Sonett JR et al: Thoracoscopic lobectomy using robotic technology. Heart Surg Forum 6: E167-E169, 2003 10) Bodner J, Wykypiel H, Wetscher G et al: First experiences with the da Vinci operating robot in thoracic surgery. Eur J Cardiothorac Surg 25: 844-851, 2004 11) Ashton RC, Connery CP, Swistel DG et al: Robotassisted lobectomy. J Thorac Cardiovasc Surg 126: 292-293, 2003 12) Cerfolio RJ, Bryant AS, Skylizard L et al: Initial consecutive experience of completely portal robotic pulmonary resection with 4 arms. J Thorac Cardiovasc Surg 142: 740-746, 2011 13) Kanzaki M: Current status of robot-assisted thoracoscopic surgery for lung cancer. Surg Today 49: 795-802, 2019 14) Weng W, Li X, Meng S et al: Video-assisted thoracoscopic thymectomy is feasible for large thymomas: a propensity-matched comparison. Interact Cardiovasc Thorac Surg 30: 565-572, 2020 15) Manoly I, Whistance RN, Sreekumar R et al: Early and mid-term outcomes of trans-sternal and video-assisted thoracoscopic surgery for thymoma. 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J Thorac Cardiovasc Surg 144: 1125-1132, 2012 21) Nakamura H, Suda T, Ikeda $\mathbf{N}$ et al: Initial results of robot-assisted thoracoscopic surgery in Japan. Gen Thorac Cardiovasc Surg 62: 720-725, 2014 22) Cerfolio RJ, Bryant AS, Minnich DJ: Starting a robotic program in general thoracic surgery: why, how, and lessons learned. Ann Thorac Surg 91: 1729-1736, 2011 23) Radkani P, Joshi D, Barot T et al: Robotic videoassisted thoracoscopy: minimally invasive approach for management of mediastinal tumors. J Robot Surg 12: 75-79, 2018 24) Shidei H, Maeda H, Isaka T et al: Mediastinal paraganglioma successfully resected by robotassisted thoracoscopic surgery with en bloc chest wall resection: a case report. BMC Surg 20: 45, 2020 25) Aoshima H, Isaka T, Yamamoto T et al: Transsubxiphoid robot-assisted thoracoscopic surgery for resecting multiple thymomas: a case report. Video Assist Thorac Surg 4: 14, 2019
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Tokyo Women's Medical University
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# 第 86 回東京女子医科大学学会総会 シンポジウム「ロボット手術の最前線」 上部消化管悪性疾患に対するロボット支援手術の現状 藤田医科大学総合消化器外科 宇山 一的 (受理 2020 年 12 月 18 日) ## The 86th Annual Meeting of the Society of Tokyo Women's Medical University's Symposium on "Up-to-Date Robotic Surgery" Current Status of Robot-Assisted Surgery for Upper Gastrointestinal Malignancies ## Ichiro Uyama \\ Department of Surgery, Fujita Health University, Aichi, Japan } Robot-assisted surgery for upper gastrointestinal malignancies has been covered by insurance since 2018 and the number of operations has risen rapidly since then. Unlike gastrectomy, reports on robot-assisted esophageal malignant tumor surgeries are scarce; however, it is expected that local complications will be reduced by these robot-assisted surgeries compared to that seen with conventional thoracoscopic surgery. Compared to conventional laparoscopic surgery, robot-assisted gastrectomy requires longer surgery time and higher medical costs; however, the learning curve is shorter and the incidence of postoperative complications, mainly local complications are reduced. Long-term outcomes need to be estimated. Keywords: robotic surgery, gastric cancer, esophageal cancer ## はじめに ロボット支援内視鏡手術は日本を含め世界中で増加傾向にある. 現在世界で最も利用されている手術支援ロボットは, Intuitive Surgical 社の da Vinci Surgical System ${ }^{\circledR}$ (DVSS)であり,すでに世界では 4,000 台以上の DVSS が,本邦では 2018 年 4 月時点で 300 台以上が導入されている。世界的にDVSS が主に使用されている領域は前立腺癌をはじめとする骨盤内臓器を対象とした疾患であり,本邦でもほ かの領域に先駆けて 2012 年に前立腺全摘術におけるロボット支援手術が保険適用となり普及が進んた。その一方で消化器外科領域では普及が遅れていたが,2018 年度 4 月の保険収載の改定により,従来の内視鏡外科手術と同じ保険点数ではあるものの,胸腔鏡下食道悪性腫瘍手術,腹腔鏡下胃悪性腫瘍手術(幽門側胃切除・噴門側胃切除・胃全摘)などを含む 8 領域 12 術式が新たにカバーされた. 保険収載以降,本邦における消化器外科領域のロボット支援 Corresponding Author: 宇山一朗 $\bar{T} 470-1192$ 愛知県豊明市沓掛町田楽ヶ窪 1-98 藤田医科大学総合消化器外科学 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_109 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Table 1. Condition of the operators doing robot-assisted surgery in the upper gastrointestinal field. 術者および助手は, da Vinci Surgical System 製造販売会社の定めるトレーニングコースを受講し,ロボッ卜支援下内視鏡手術の certification を取得していること。 ○コンソール医師は, 消化器外科専門医および日本内視鏡外科学会が定める技術認定取得医であること。ただし,内視鏡外科技術認定取得前であっても,消化器外科専門医は,消化器外科領域のロボット手術 20 例の助手経験があれば,ロボット支援手術認定プロクターの指導のもと,手術を施行することができる. —食道領域においては, 該当術式の内視鏡手術の 5 例以上の執刀経験を有すること。さらに,日本食道学会が認定する食道外科専門医の指導のもとに行うこと。 胃領域においては,各該当術式の内視鏡手術(腹腔鏡手術)の 20 例以上の執刀経験を有すること。 Excerpt from reference 1. 下手術が急速に普及してきているが,急速な普及に伴う医療事故の増加を防止するための抑止力として, 現状では保険認可されるためには術者基準,施設基準が設けられている1) (Table 1). 本稿では, 上部消化管(食道・胃)におけるロボット支援下手術の現状につき解説する。 ## 上部消化管悪性腫瘍に対する ロボット支援下手術の利点・欠点 現在の胸腔鏡ならびに腹腔鏡手術は, 開胸・開腹手術と比べて小さな傷で行うことができ, 術後疼痛の軽減が期待される. さらには, カメラ技術の進歩にともなう拡大視効果, 気胸・気腹による止血効果などの恩恵もあり,低侵襲かつ精繖な手術が行えるようになってきた. しかしながら,直線的な鉗子操作やポート位置の制約などによる動作制限により, 開胸・開腹手術と比較して自在な展開が難しくなること, 縫合・結紮手技の難度が高いこと,手振れなどに伴い精緻な操作が困難となりうることなどが挙げられ,これらによってラーニングカーブが長くなるといわれている2). DVSS は,鮮明なハイビジョン $3 \mathrm{D}$ 画像と 10 倍までの拡大視, 針子の多関節機能,手振れ防止機能, モーションスケール機能などを有するため, 従来の内視鏡外科手術の技術的欠点を補うことができ, より直感的な内視鏡外科手術操作を可能とし, 精緻かつ臟器愛護的な手技の実践が可能になると期待されている3). DVSS のもう一つの特徵として, 術者が実際に操作する surgeon console, 患者側に取り付けられて術者の動きを術野で再現する patient cart, エネルギーの供給や画像の出力を行う vision cart からなっており, 患者側に取り付けられたロボットを surgeon console に座った術者が遠隔操作を行うことにある.これにより, ergonomic に設計された console で座りながらリラックスした状態で手術ができ,外科医に優しい環境といえる。患者の傷の大きさや手術手順等には大きな違いはないが,患者側の術野に参加している助手が鉗子の交換 を行うため,DVSS を患者にドッキングするロールインや患者から切り離すロールアウトといった作業が増えるほか,これまでにはなかった,アーム同士の衝突 (干涉) が問題となりやすい. 患者の作業領域が広い上部消化管領域では, 十分なポート間距離をとること (one hand, four finger theory),当科にて提唱している軸理論, 体腔内で画面を縦横に 4 分割して 3 本のアームと助手の針子がそれぞれの領域に侵入して操作しないようにする “画面 4 分割法” などを意識した操作を心がけることで干涉回避が容易となる3). ## 食道悪性腫瘍に対するロボット支援下手術 食道覀性腫瘍手術は, 本邦の National Clinical Database (NCD) によると周術期合併症 $41.9 \%$, 手術関連死亡率 $3.4 \%$ と, 消化器外科手術の中でも最も侵襲の高い手術のひとつである ${ }^{4)}$. 手術件数はここ数年, 年間 $5,000 \sim 6,000$ 例とほぼ横げい傾向にあるが,近年は内視鏡外科手術の割合が増加してきており, 2016 年以降は半分以上が内視鏡外科手術で行われている5 . 胸腔鏡手術は開胸手術よりも手術時間が長くなるものの, 術中出血量, 術後疼痛, 術後呼吸機能など短期成績を改善し回復が早いとされるが, 術後合併症発生率や手術関連死亡率においては差がな $<^{6}$, 胸腔鏡手術の開胸手術に対する優越性は証明されていない. 長期予後に関しても十分な検証はなされていない. さらには, 本邦の NCD 登録デー夕を用いた解析では胸腔鏡手術はむしろ開胸手術と比べて有意に術後合併症が多い結果(胸腔鏡群 $44.3 \%$ vs 開胸群 $40.8 \%, \mathrm{p}=0.016$ )であり ${ }^{4)}$, 少なくとも胸腔鏡手術は技術的困難性が高いと考えられ,克服すべき課題のひとつである。一方で,ロボット支援下食道悪性腫瘍手術は世界的にみても普及しているとは言いがたく,ある程度まとまった症例の報告例は少な $い^{7)} .2017$ 年までに 100 例以上の報告があった 5 編 (いずれも retrospective study)を表に提示する (Table 2). 手術時間 381 420 分, 出血量 150 340 Table 2. Short-term outcomes from various studies in robot-assisted esophageal malignant tumor surgery (More than 100 cases). & 体位 & & & & \\ van der Sluis & 2015/オランダ & 108 & 左側臥位 & 381 & 340 & 66 & 5 \\ Park & $2016 /$ 韓国 & 114 & 半腹臥位 & 420 & 209 & $\mathrm{NR}$ & 2.6 \\ Park & 2017/韓国 & 115 & 腹臥位 & NR & NR & NR & 3.5 \\ Salem & 2017/アメリカ & 129 & 左側臥位 & 407 & 150 & 22.5 & 1.6 \\ Quoted from reference 7 . $\mathrm{ml}$, 合併症率 22.5~66\%, 死亡率 1.5~5\% であっだ. 2015 年に Ruurda らが報告した 16 編 300 例をまとめたsystematic review によると,合併症は肺炎 (6 45\%), 吻合部狭窄 $(10 \sim 68 \%)$, 縫合不全 (4 $35 \%$ ), 心臟合併症 (主に心房細動 5 36\%), 反回神経麻痺(435\%), 死亡率(0~6\%)であった8),以上より,症例数が少ないのはもちろんであるが,術後合併症や死亡率などにおいて改善の余地が残されており,安全性の高い手技の確立が急務である. ## 当科におけるロボット支援下食道悪性腫瘍手術 当科ではロボットのもつ高い潜在能力に着目し,国内でいち早く 2008 年 12 月に DVSSを導入した. その時点ではロボット支援手術は保険未収載であったが,DVSSにより内視鏡外科手術における局所操作性を向上させ,局所合併症を減少させうるという仮説をもとに,2009年より自費診療下に,胃悪性腫瘍手術とともに, 気胸併用下・腹卧位による食道悪性腫瘍手術に対するロボット支援下手術を開始し, その結果, 従来の内視鏡外科手術と比較して術後反回神経麻疩が有意に減少しだ. 食道切除術は操作範囲が肋骨に覆われた胸腔内でありポート位置に制限が加わること, かつ操作範囲が上縦隔から下縦隔と広い範囲に及んでいることなどより,十分なポート間距離をとって干涉なくスムーズに手術を遂行することが課題であったが, 2015 年 5 月によりスリム化され胸腔内・腹腔内手術への対応が容易となった新機種 DVSS-Xi が販売開始となったことで, 食道癌手術に対するセッティングの問題は大きく改善した. さらに近年では, 神経刺激装置を使用した術中神経刺激モニタリングをロボット手術に取り入れることにより, さらなる合併症軽減に向けて取り組んでいる. ## 胃悪性腫瘍に対するロボット支援下手術 腹腔鏡下胃切除 (LG) は近年急速に発展, 普及してきており, 2014 年の胃癌治療ガイドラインでは早期胃癌に対する日常診療の選択肢のひとつと位置付けられた ${ }^{10} .2018$ 年は幽門側胃切除と胃全摘を合わせて約 47,000 例が施行されたが,そのうちの約 3 割が腹腔鏡で行われていた. 幽門側胃切除に限ると,約半分が $\mathrm{LG}$ であった ${ }^{5}$. $\mathrm{LG}$ は, 開腹手術と比較し,手術時間は長くなるものの, 出血量は減少し, 術後疼痛の軽減による早期回復や術後在院日数の短縮などが期待できる2). その一方で, 合併症に関しては変わりないといわれている. そして, 鉗子の動作制限などの技術的限界点もあり, ラーニングカーブが長いことも課題となっている 2 . ロボット支援下胃切除術(RG)は従来の $L G$ に比べて手術時間が長く, 出血量はほほ同等, 術後在院日数もほぼ同等, リンパ節郭清個数は同等とされているものが多い(Table 3). 術後合併症については膵液㾇を中心とした局所合併症が RG で減少する, という報告も散見されるが,同等と報告している文献が多い2). 手術に関連した死亡率に差はない. ラーニングカーブは短い可能性が高いが,医療コストは増加する,QOLに関しては十分な検討がなされていないのが現状である2). ## 本邦で実施された先進医療 RGのLGに対する有用性を示すべく, 本邦で 2014 年 10 月から先進医療 B のもと多施設前向き臨床試験を行った. cStage-I/II の胃癌に対する LG 801 例 (当科, 京都大学, 佐賀大学) の術後 30 日以内の Clavien-Dindo 分類 grade IIIa 以上 9 合併症 (6.4\%)をヒストリカルコントロール群とし, RG で半減できることを primary endpoint に設定した。 2017 年 1 月で予定症例数 330 例の集積を完了し, 解析の結果 RG での CD grade III 以上の合併症は対象 326 例中 8 例 $(2.45 \%, \mathrm{p}=0.0018)$ であり, primary endpoint は達成された ${ }^{11)}$.この試験はランダム化比較試験(RCT)ではないことに留意する必要があるが, RGの優越性が示唆される結果であると解秋している. Table 3. Comparison between short-term outcomes of robot-assisted gastrectomy (RG), laparoscopic gastrectomy (LG) and open gastrectomy (OG). & 研究デザイン & & & & & & \\ Quoted from reference 2. Table 4. Comparison between short-term outcomes, by propensity-score matching, after the operations of robot-assisted gastrectomy (RG) and laparoscopic gastrectomy (LG) in the Department of Surgery at Fujita Health University. Quoted from reference 12. ## 当科におけるロボット支援下胃切除手術 当科では上述の通り 2008 年 12 月に DVSSを導入し, 食道手術より先んじて 2009 年 1 月より $\mathrm{RG}$ を開始した. 保険未収載時には自費診療で, 保険診療となってからは胃悪性腫瘍手術の第一選択として $\mathrm{RG}$ を施行し,これまでに 500 例以上を施行してきた. 導入初期の短期成績は, RG は LGに比べて手術時間が長くなり出血量はやや増えたものの, 手術死亡率やリンパ節郭清個数は同等であった。膵液瘻を中心とした局所合併症が RG で有意に少ない結果 (RG 1.1\% vs LG 9.8\%, p=0.007) であり, 術後在院日数も RG 群で短かっだ². 2009 年〜2019 年の cStageI III までの根治切除例における RG と LGの各群 354 例ずつの Propensity-score matching による解析でも, 術後合併症は RGで有意に少なく, 特に縫合不全, 膵液瘻, 腹腔内膿瘍などの腹腔内感染性合併症が有意に少ない結果(RG 2.5\% vs LG 5.9\%, p= 0.038)であった ${ }^{12}$. 単施設内での検証であるが, 導入時に当科で立てた仮説「RGの局所操作性向上により局所合併症が減少する」を証明できたと考える (Table 4). 長期成績においては,2009年~2012 年の導入初期の成績による比較では, 3 年生存率, 3 年無再発生存率, 再発形式のいずれにおいても 2 群間に差を認めなかった ${ }^{13}$. 現在, 蓄積された症例にてさらなる追加解析中である. ## おわりに ロボット支援手術はこれまでの内視鏡外科手術の限界点を克服しうる非常に有用なツールであるが,触覚の欠如やアームの干涉, 高コストなどの解決すべき問題点も未だ多い。また,その有用性を支持するエビデンスが増えてきているもののまだまだ少ないのが現状である。手術支援ロボットの発展とともに, ロボット手術の有用性, 従来の内視鏡外科手術との優越性を支持するエビデンスの集積が期待される. 宇山一朗は, 2020 年に Intuirive Surgical 社よりアドバイザリー料等の資金提供を受けた。 ## 文 献 1)日本内視鏡外科学会:ロボット支援手術による学会指針に関して. 2020.http://www.jses.or.jp/ uploads/files/robot/shishin/robot_support_ 20200708.pdf (Accessed December 16, 2020) 2) Shibasaki S, Suda K, Obama K et al: Should robotic gastrectomy become a standard surgical treatment option for gastric cancer? Surg Today 50: 955-965, 2020 3) Suda K, Man-I M, Ishida Y et al: Potential advantages of robotic radical gastrectomy for gastric adenocarcinoma in comparison with conventional laparoscopic approach: A single institutional retrospective comparative cohort study. Surg Endosc 29: 673-685, 2015 4) Takeuchi H, Miyata H, Gotoh M et al: A risk model for esophagectomy using data of 5354 patients included in a Japanese nationwide web-based database. Ann Surg 260: 259-266, 2014 5) Kakeji Y, Takahashi A, Hasegawa H et al: Surgical outcomes in gastroenterological surgery in Japan: Report of the National Clinical Database 20112018. Ann Gastroenterol Surg 4: 250-274, 2020 6) Nagpal K, Ahmed K, Vats A et al: Is minimally invasive surgery beneficial in the management of esophageal cancer? A meta-analysis. Surg Endosc 24: 1621-1629, 2010 7) Nakauchi M, Uyama I, Suda K et al: Robotic surgery for the upper gastrointestinal tract: Current status and future perspectives. Asian J Endosc Surg 10: 354-363, 2017 8) Ruurda JP, van der Sluis PC, van der Horst $S$ et al: Robot-assisted minimally invasive esophagectomy for esophageal cancer: A systematic review. J Surg Oncol 112: 257-265, 2015 9) Suda K, Ishida Y, Kawamura $Y$ et al: Robotassisted thoracoscopic lymphadenectomy along the left recurrent laryngeal nerve for esophageal squamous cell carcinoma in the prone position: technical report and short-term outcomes. World J Surg 36: 1608-1616, 2012 10) Japanese gastric cancer treatment guidelines 2014 (ver. 4). Gastric Cancer 20: 1-19, 2017 11) Uyama I, Suda K, Nakauchi M et al: Clinical advantages of robotic gastrectomy for clinical stage I/II gastric cancer: a multi-institutional prospective single-arm study. Gastric Cancer 22: 377-385, 2019 12) Shibasaki S, Suda K, Nakauchi M et al: Nonrobotic minimally invasive gastrectomy as an independent risk factor for postoperative intraabdominal infectious complications: A single-center, retrospective and propensity score-matched analysis. World J Gastroenterol 26: 1172-1184, 2020 13) Nakauchi M, Suda K, Susumu $S$ et al: Comparison of the long-term outcomes of robotic radical gastrectomy for gastric cancer and conventional laparoscopic approach: a single institutional retrospective cohort study. Surg Endosc 30: 5444-5452, 2016
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 第 86 回東京女子医科大学学会総会 シンポジウム「ロボット手術の最前線」 ロボット支援下僧帽弁形成術の導入期成績 ${ }^{1}$ 千葉西総合病院心臟血管外科 }^{2}$ 東京女子医科大学大学院心臟血管外科 (受理 2020 年 12 月 18 日) The 86th Annual Meeting of the Society of Tokyo Women's Medical University's Symposium on "Up-to-Date Robotic Surgery" Clinical Outcomes and Learning Curve of Robotic-Assisted Mitral Valve Plasty in Initial 100 Cases Yoshitsugu Nakamura $^{1.2}$ and Hiroshi Niinami ${ }^{2}$ ${ }^{1}$ Department of Cardiovascular Surgery, Chibanishi General Hospital, Matsudo, Japan }^{2}$ Department of Cardiovascular Surgery, Graduated School of Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Background: Robotic-assisted mitral valve plasty (RMVP) was introduced in Japan in 2018. However, its clinical outcomes and learning curve have not been fully discussed. Objective: This study aimed to assess the clinical outcomes and learning curve of RMVP in its first 100 cases. Methods: This study retrospectively analyzed the clinical records of 100 patients who underwent RMVP between June 2018 and October 2020. Results: The mean age was $65 \pm 14$ years, 46 patients were female, and the body surface area was $2.0 \pm 0.2$. EuroSCORE II was $2.0 \pm 1.8$. Thirty (30\%) patients had New York Heart Association Class III or IV. The mean ejection fraction was $61.7 \% \pm 8.3 \%$. Chronic heart failure occurred in 22 patients (22\%). Diabetes medications were prescribed in 13 patients (13\%), and nine patients had infective endocarditis in ( 8 were healed and 1 was active). The median operation, cardiopulmonary bypass, and aortic cross-clamp times were $236 \pm 47,163 \pm 39$, and $131 \pm 34$ min, respectively. Concomitant procedures included maze (21\%), left arterial appendage closure (32\%), and patent foramen ovale closure (5\%). Repair techniques included the NeoChord technique (53\%), leaflet resection/suture (43\%), edge-to-edge repair (18\%), and folding plasty (24\%). No in-hospital or 30-day mortality was recorded. Complications included reexploration ( $n=1,1 \%$ ), stroke ( $n=1,3 \%$ ), subarachnoid hemorrhage $(n=1,1 \%)$, postoperative hemolysis $(\mathrm{n}=3,3 \%$ ). One patient required surgical re-intervention due to moderate mitral regurgitation ( $1 \%$ ). On echocardiography before discharge, the mitral regurgitation was graded as less than mild in 96 patients (96\%). The learning curves of the operation time, cardiopulmonary bypass time, and aortic cross-clamp time did not plateau in 100 cases. gmail.com doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_114 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Conclusions: The clinical outcomes of the initial 100 cases of RMVP were satisfactory, but more than 100 cases are required to achieve a stable operative time. Keywords: robotic assisted mitral valve plasty, minimally invasive cardiac surgery, learning curve ## はじめに 僧帽弁閉鎖不全症 (MR) に対する僧帽弁形成におけるロボット支援下手術の導入は 1998 年に最初の報告がされているが,その後,手技の煩雑性,高コストという理由で敬遠された時代が続いた。近年になり,泌尿器科領域を中心として,ロボット支援下手術の有効性が認められ,かつロボットの改良が進んだことで,心臟外科領域でも再注目されるようになり, 2018 年 4 月にはロボット支援下僧帽弁形成術 (RMVP)が本邦でも保険収載された。 しかしながら RMVP は人工心肺+心停止下という特殊な環境下での手術である点, 利離はほとんど必要ないが,縫合を多用した再建手術であるという点で,他領域のロボット支援下手術と異なる複雑性が存在する。本稿では我々が経験した単独 RMVP の初期連続 100 例の手術成績, ラーニングカーブ,問題点を検討し議論する。 ## 対象と方法 2018 年 4 月の初症例から 2020 年 10 月までに RMVP を 140 例経験した. そのうち他の弁膜症手術を併施しなかった単独の RMVP 初期 100 例を対象とした. ただし maze 手術, 左心耳閉鎖, 卵円孔閉鎖を行った症例は対象に含めた。 症例の選択は明確な選択基準を設けず,一例ごとに RMVP が安全に施行可能かどうかを心臟血管外 Table 1. Patients' characteristics. EuroSCORE, European System for Cardiac Operative Risk Evaluation; NYHA, New York Heart Association.科術前カンファレンスで検討した。そのため経験の蓄積とともにRMVP の適応は拡大する傾向にあった。 平均年齢 $65+$ - - 14 歳, 男性 54 例 (54\%) であった. 術前リスク評価である平均 euroSCORE II は 2.0 +/-1.8であった. New York Heart Association (NYHA) 3 度あるいは 4 度の症例は 30 例 (30\%),平均左室駆出率 $61.7 \pm 8.3 \%$, 心不全の既往 22 例 $(22 \%)$, 糖尿病 13 例 $(13 \%)$, 慢性腎機能障害 19 例 (19\%), 感染性心内膜炎 9 例 (9\%) (healed 8 例, active 1 例), 再手術 1 例(1\%)であった(Table 1). 導入時の初期 4 例はプロクターも手術に参加して行い, 初期 6 例は 1 症例ごとに倫理委員会の審查・承認を受けた。またRMVP に参加する心藏外科医, 麻酔科医, 看護師, 臨床工学士でカンファレンスとレビューを行い, 慎重に導入を進めた。 単独 RMVP 初期 100 例に対して, 手術成績を検討するとともに,ラーニングカーブの検討として手術時間, 人工心肺時間, 大動脈遮断時間の症例の推移による変化を検討した。 ## RMVP の手術方法 ロボット (内視鏡手術用支援機器) は 2020 年現在,唯一, 心臟外科領域で医療機器として認められている da Vinci Surgical System (Intuitive Surgical. Inc, California, USA)を使用する. コンソールからロボッ卜を操作する外科医(コンソールサージャン)と,患者サイドでロボットのアーム操作やワーキングポートからの操作を行う外科医(ペイシェントサイトサージャン)の二人が必要である。 全身麻酔, 片肺換気で体位は左半側臥位とする。左第 4 肋間に $4 \mathrm{~cm}$ のメイン皮膚切開を置き,ワー キングポートを作成する。大腿動静脈カニュレー ションで人工心肺を確立する. 左房リトラクター用ポートを乳輪切開を用い第 4 肋間に, 右手用ポートを第 6 肋間に挿入する.カメラ用ポートをワーキングポートのメイン皮膚切開を通して第 4 肋間に留置し, 左手用ポートを同じくワーキングポートのメイン皮虐切開を通して 3 肋間に挿入する(Figure 1). この方法は創がワーキング用の $4 \mathrm{~cm}$ と右手用 Figure 1. Intraoperative port placement. Figure 2. Postoperative surgical scar after robotic-assisted mitral valve plasty. ポートの創の二つだけになる点 (Figure 2) で整容性に優れるため当院での第一選択としている。 ポート挿入後,心囊膜を切開し右側心囊膜を胸壁越しに制引する。ワーキングポートを通してルートカニュラを插入し上行大動脈を transverse sinus レベルで遮断する。 ロボットをポートにドッキングさせ胸腔鏡下に手術を進める. 順行性心筋保護液を注入し心停止後, 右側左房をロボットのバイポー ラーシザーズで切開し, 左房リトラクターで僧帽弁を展開する.僧帽弁の形成手技は胸骨正中切開での手技と大きく変わりはないが,人工弁輪の縫着は連続縫合(Figure 3) を好む外科医が多い。な打縫合糸は切れにくいという理由でゴアテックス糸が多用される。 形成終了後,右側左房をゴアテックス糸で二重に縫合閉鎖し, deairing の後, patient site surgeon により遮断解除,経食道エコーでも問題なければルート Figure 3. Endoscopic image of continuous annuloplasty suture. カニュラを拔去する。縫合糸の結紮は外科医の好みにより,ロボットで器械結紮する方法とペイシェントサイトサージャンが knot pusher を使用して結紮する方法がある.完全鏡視下の場合,この段階で胸腔鏡下に止血を確認し心膜をロボットで閉鎖後,人工心肺離脱となる。 胸壁の止血を入念に行い.チェストチューブを挿入後,閉創となる. ## 結果 全例手術完遂が可能であり, 術中に胸骨正中切開にコンバートした症例はなかった $(0 \%)$ ) maze 21 例 $(21 \%)$, 左心耳閉鎖 32 例 $(32 \%)$ ,卵円孔閉鎖 5 例(5\%)を併施した(重複あり)形成部位は A1 11 例 $(11 \%)$, A 31 例 $(31 \%)$, A3 28 例 $(28 \%)$, P1 14 例 (14\%), P2 47 例 $(47 \%), P 32$ 例 $(42 \%)$, 交連部 18 例(18\%)であった(重複あり)。修復方法は人工腱索 53 例 $(53 \%)$, 逸脱部切除縫合 43 例 (43\%), Edge to Edge 修復 18 例 (18\%), folding 修復 24 例(24\%)であった(重複あり)。バンドの縫着は水平マットレス 52 例 (52\%), interrupted 47 例 (47\%) で行った. 弁輪形成は全例 band を用い, flexible band 68 例 $(68 \%)$, rigid band 32 例 $(32 \%)$ だった。使用バンドのサイズは平均 $30.5 \pm 2.2$ mm であった(Table 2). 手術死亡はなかった $(0 \%)$ (Table 3). 術後 3 日目に発症した脳梗塞を 1 例(1\%)に認めたが,原因は発作性心房細動と考えられた。ワーファリンによる抗凝固療法が治療域に達する前であり,直接経口抗凝固薬やへパリンの使用,また積極的な左心耳閉鎖の併施など, 今後の検討の余地があると考えられた. その他の合併症として,呼吸不全 1 例 (1\%), 急性腎 Table 2. Intraoperative data. Table 3. Clinical outcomes. 不全 0 例 $(0 \%)$, 発作性心房細動 14 例 (14\%), 出血再開胸 1 例 $(1 \%)$ であった. 再手術は MRの再発による弁置換が 1 例(1\%)であり,右小開胸による低侵襲手術を行った。また術後の溶血を 3 例に認めたが MR 自体は軽度であり,経過観察で改善した。その他の重篤な合併症はなく導入期成績としては良好であった. 96 例 (96\%) は術後径胸壁エコーにて MR は trivial 以下であった. $ \text { ラーニングカーブの検討として手術時間(Figure } $ 4), 人工心肺時間 (Figure 5), 大動脈遮断時間 (Figure 6) の症例の推移による変化を検討した. 手術時間は平均手術時間 $236 \pm 47$ 分であったが, $1 \sim 10$ 例までの平均は 257 分であり, 91 100 例の平均は 213分であった. 平均人工心肺時間は $162 \pm 39$ 分であったが, 1 10 例までの平均は 181 分であり, $91 \sim 100$例の平均は 136 分であった. 平均大動脈遮断時間 $131 \pm 34$ 分であったが, $1 \sim 10$ 例までの平均は 145 分であり, 91 100 例の平均は 106 分であった. 手術時間,人工心肺時間,大動脈遮断時間の推移は 1 例から 100 例まで低下していたがプラトーとはなっていなかった. ## 考 察 導入期 RMVP の手術死亡はなく, 術後合併症発生率を含め, その成績は良好であった. 2019 年発表の日本胸部外科学会の annual report(2016)によると, 日本での単独僧帽弁形成術の 30 日以内の手術死亡は 1.0\% (34/3,252), 病院死亡は $1.5 \%(48 / 3,252)$ と報告されている1).今回の RMVP の成績は症例選択のバイアスが含まれるものの, 胸部外科学会の報告と比較しても,少なくとも劣勢ではなかったと考えられる。 MRの制御に関しては, $96 \%$ の症例で術後は trivial 以下であり, MR 再発による再手術は 1 例 (1\%)のみであった. 短期成績としては, 過去の報告23) と比較しても遜色はなかった.しかしながらこの点は長期成績の検討が必須になってくるため ${ }^{4)}$, 今後のフォローが重要である. 導入期 RMVP 100 例の時間的要素として, 平均手 Figure 4. Learning curve and trend line of the operation time. Figure 5. Learning curve and trend line of the cardiopulmonary bypass time. Figure 6. Learning curve and trend line of the aortic cross clamp time. 術時間は $236 \pm 47$ 分, 平均人工心肺時間は $162 \pm 39$分, 平均大動脈遮断時間 $131 \pm 34$ 分であった. Nishi らは Japan Adult Cardiovascular Surgery Database (JCVSD)を用いた右小開胸僧帽弁手術における手術時の時間的要素を報告している ${ }^{5}$. その右小開胸僧帽弁手術 3,240 例の検討によれば平均手術時間は $313 \pm 96$ 分, 平均人工心肺時間は $191 \pm 68$ 分と報告されており, 今回の導入期 RMVP の検討の方がこの二要素に関しては短かった。当施設では 2020 年 10 月までに RMVPを含めた右小開胸心臟手術を 680 例経験しており, その経験が RMVP 導入期でも手術時間,人工心肺時間が Nishi らの報告より短いことに貢献していると考えられた。しかしながら平均大動脈遮断時間は $131 \pm 54$ 分と報告されており, これは今回の導入期 RMVP の遮断時間とほぼ同等であった。この点から RMVP で延長する時間は手術成績に一番影響のある遮断時間であると言っても過言ではない。このことを考慮するとRMVP の導入期には遮断時間が延長することを見越して,并形成のシンプルな症例を選択することが重要である。 ラーニングカーブに関しては手術時間,人工心肺時間,大動脈遮断時間のそれぞれで $1 \sim 10$ 例目の平均時間と 91〜100 例目の平均時間を検討すると,手術時間で $17 \%$, 人工心肺時間で $25 \%$, 遮断時間で 27\%の短縮が可能であった. また, Figure 4 6を見ると, $1 \sim 100$ 例までにどの項目でもプラトーに達している項目はなく, 100 例経験してもラーニングカーブの途中であるということがわかる。一般的に時間的要素に関するラーニングカーブ期を脱するために必要な症例数はシンプルな手術手技であれば 25 例程度とされる. 当施設での右小開胸大動脈弁置換術の検討では 40 例がラーニングを克服するために必要な症例数であっだ ${ }^{6}$. 右小開胸低侵襲心臟手術という点においてはRMVP も右小開胸大動脈弁置換も共通点は多く, 同一の施設, 同一の外科メンバー や人工心肺技師で施行した手術であるが,RMVP のラーニングカーブは右小開胸大動脈弁置換と比較しても倍以上に長かったと言える。 また,他施設からの RMVP のラーニングカーブに関する同様の報告でも 150 例程度で時間的要素がプラトーに達したと報告されておりり7),一般的に RMVP のラーニングカーブは他の心臟手術手技と比較しても長いと考えられる。 手技が複雑になればなるほどラーニングカーブが長くなることは想像に難くないが, RMVP のラーニ ングカーブが長い理由として,その手技の複雑性以外に,あるいはその複雑性を招く要素として,以下のことが挙げられる。(1)ロボットを使用しない右小開胸僧帽弁手術は術者一人で多くの手技が可能であるが,RMVP ではほぼすべての手技をコンソールサージャンとぺイシェントサイトサージャンの二人が協調して行わなければならず,ソロサージャリー からチームワークへの変更が必須となる。 (2)心臟手術では術者が血行動態の管理,人工心肺回路の管理を含め, 麻酔科や人工心肺技師,手術室看護師などと連携をとりながら指揮することが通常である。しかし RMVP では術者がコンソールサージャンとなり, 術野から離れるために, その指揮系統が不明膫になる。 (3)日本ではほとんどの施設で僧帽弁手術と右小開胸手術をマスターしている外科医が一人しかいない。そのためペイシェントサイトサージャンとなる外科医は僧帽弁手術と右小開胸手術の経験が浅いケースが大半であり,その教育に時間を要する。 しかしながら,以上の 3 の要素は,どれも経験の蓄積とともに克服可能であり, 強固なチームワー クが構築されれば,ソロサージャリーを凌駕することが可能であると考える. ## おわりに 慎重な対応とチームエフォートにより RMVP 導入期の成績は良好であった. ただし,RMVP 導入期には大動脈遮断時間が延長するため, 形成手技のシンプルな症例を選択し, 大動脈遮断時間に余裕を持てるような手術プランの構築が必要である. 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1) Committee for Scientific Affairs, The Japanese Association for Thoracic Surgery: Thoracic and cardiovascular surgery in Japan in 2016: annual report by the Japanese Assciation for Thoracic Surgery. Gen Thorac Cardiovasc Surg 67: 377-411, 2019 2) Tarui T, Ishikawa N, Horikawa T et al: First major clinical outcomes of totally endoscopic robotic mitral valve repair in Japan - a single-center experience. Circ J 83: 1668-1673, 2019 3) Kim HJ, Kim JB, Jung SH et al: Clinical outcomes of robotic mitral valve repair: a single-center experience in Korea. Ann Cardiothorac Surg 6: 9-16, 2017 4) David TE, David CM, Tsang W et al: Long-term results of mitral valve repair for regurgitation due to leaflet prolapse. J Am Coll Cardiol 74: 1044-1053, 2019 5) Nishi H, Miyata H, Motomura $\mathbf{N}$ et al: Which patients are candidates for minimally invasive mitral valve surgery? - Establishment of risk calculators using National Clinical Database. Circ J 83: 16741681, 2019 6) Masuda T, Nakamura Y, Ito $Y$ et al: The learning curve of minimally invasive aortic valve replacement for aortic valve stenosis. Gen Thorac Cardio- vasc Surg 68: 565-570, 2019 7) Goodman A, Koprivanac M, Kelava M et al: Robotic mitral valve repair: the learning curve. Innovations 12: 390-397, 2017 8) Seo YJ, Sanaiha Y, Bailey KL et al: Outcomes and resource utilization in robotic mitral valve repair: beyond the learning curve. J Surg Res 235: 258-263, 2019
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 特集 COVID-19 ## SARS-CoV-2 の病態生理 \author{ ${ }^{1}$ 東京女子医科大学医学部生化学 \\ ${ }^{2}$ 東京女子医科大学医学部解剖学 (顕微解剖学・形態形成学分野) \\ ナカムラフミオイシジアヤコ 中村史雄 1 石津綾子 } (受理 2021 年 1 月 8 日) COVID-19 Pandemic The Pathophysiology of COVID-19 (Coronavirus Disease 2019) Caused by the Infection of SARS-CoV-2 (Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2) \author{ Fumio Nakamura $^{1}$ and Ayako Nakamura-Ishizu ${ }^{2}$ \\ ${ }^{1}$ Department of Biochemistry, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan \\ ${ }^{2}$ Department of Microscopic Anatomy, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan } Coronavirus disease 2019 (COVID-19), caused by severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2), has a wide range of clinical manifestations, including acute respiratory distress syndrome, severe inflammation, abnormal blood coagulation, and cytokine storm syndrome. SARS-CoV-2 uniquely facilitates its entry and expansion in host cells through the spike protein consisting of S1 (receptor binding domain) and S2 (fusion peptide domain). The S1 binds to angiotensin-converting enzyme 2 (ACE2), the host cell receptor. The cleavage at the boundary of S1 and S2 by Furin protease and subsequent digestion within the S2 by TMPRSS2 activate the S2 fusion peptides, which are necessary for the entry of SARS-CoV-2 into host cells. After infection, SARS-CoV-2 RNA genome encodes viral proteins including structural proteins, RNA polymerases/helicases, and modulators of hostdefense system, which inhibit type I-interferon-related immune signaling and signal transducer and activator of transcription 1 (STAT1) signaling. In contrast, SARS-CoV-2 infection activates the proinflammatory cytokines, such as interleukin 6 (IL-6) and tumor necrosis factor $\alpha$ (TNF $\alpha$ ). In severe cases of COVID-19, these alterations in immune signaling may induce a state of systemic immune dysfunction. Recent studies also revealed the involvement of hematopoietic cells and alteration of cellular metabolic state in COVID-19. We here review the pathogenesis of COVID-19, primarily focusing on the molecular mechanism underlying SARS-CoV2 infection and the resulting immunological and hematological alterations. Keywords: SARS-CoV-2, COVID-19, ACE2, TMPRSS2, cytokine storm  ## はじめに SARS-CoV-2 (severe acute respiratory syndrome coronavirus 2) 感染による COVID-19 (coronavirus disease 2019)の病態生理について,SARS-CoV-2 の感染機構, SARS-CoV-2による宿主細胞側での I 型インターフェロン抑制と炎症性サイトカイン産生の不均衡, さらに COVID-19 で特徴的な cytokine storm および血液凝固系の異常を概説する。 ## SARS-CoV-2 の感染機構 SARS-CoV-2 はコロナウイルス属の一本鎖 RNA +(約 $30,000 \mathrm{bp}$ ) ウイルスである1).このウイルス属は宿主細胞膜由来のエンベロープを有し,Spike 夕ンパク質 (S) によるウイルス表面の突起からコロナウイルスと命名された. SARS-CoV-2 のウイルスゲノムは Spike (S), integral membrane (M), envelope (E), nucleocapsid (N), ORF1ab, ORF3 10 のタンパク質をコードする遺伝子で構成される。 ORF1ab は翻訳後にプロテアーゼで切断され,NSP (non structural protein)1〜16を形成する.この切断には主要プロテアーゼの NSP5 とパパイン様プロテアーゼ (papain-like protease)のNSP3が関与する. SARS-CoV-2 の Spike タンパク質が宿主細胞への結合と融合を担う.宿主細胞の ACE2 (angiotensin converting enzyme 2) が主要な SARS-CoV-2 受容体として働き,TMPRSS2 プロテアーゼ(transmembrane protease serine 2) が Spike タンパク質のプロセッシングを行う2). Spike タンパク質は受容体結合領域 (receptor binding domain:RBD) の S1 と膜融合ペプチド (fusion peptide:FP)の S2, 細胞膜貫通領域 (transmembrane:TM) で構成される (Figure 1). $\mathrm{S} 1$ と $\mathrm{S} 2$ の境界,および $\mathrm{FP}$ の直前にそれぞれ Furin, TMPRSS2 プロテアーゼの切断部位が位置する. SARS-CoV-2 はS1 領域を介して細胞表面の ACE2 に結合する。宿主細胞側の Furinにより Spike タンパク質の $\mathrm{S} 1$ と $\mathrm{S} 2$ 領域が切断される. さらに TMPRSS2 が FP 直前を切断し S2を $\mathrm{S} 2$ へと変換する。露出した FP が細胞膜に陥入し膜融合するため, SARS-CoV-2 内部の RNA やウイルスタンパク質が宿主細胞に移行する。このように細胞膜表面での FP の活性化とウイルス感染には Furin および TMPRSS2 による二重消化が必要である。しかし細胞膜融合が起こらない状況でも細胞表面に結合したウイルスが内部移行し,エンドソームでシステインプロテアーゼのカテプシン B $\mathrm{L}(\mathrm{CTSB} / \mathrm{L})$ によ る部分分解を受け, エンドソーム膜と融合してウイルス遺伝子を宿主細胞内に放出する機構も存在する). 宿主側の ACE2 はアンギオテンシン(Ang)の活性型, AngII のペプチド配列(DRVHIYPF)のC 末端 Pheを 1 アミノ酸除去して, Ang (1-7) に転換して不活性化するエンドペプチダーゼとして機能する ${ }^{3}$. Ang(1-7)は Mas 受容体に作用し,血管拡張作用, 臟器保護作用を表すと考えられている. ACE 2 はブラジキニン (BK) の分解にも関わる. $\mathrm{ACE}$ で限定分解された Des-Arg9-BKをACE2 はさらに分解し失活させる ${ }^{3}$. ACE2への SARS-CoV-2 結合により ACE2 酔素活性は低下する。またウイルスの内部移行により細胞膜表面の ACE2 は減少する.これらの変化により血液中や細胞局所の AngII や Des-Arg9-BK の増加がもたらされ,様々な臟器で見出される損傷の一因になると考えられる).ACE2 の保護的な作用は ACE2 ノックアウトマウスが急性肺障害 (ARDS)を示すことからも裏付けられる ${ }^{5}$. TMPRSS2 はインフルエンザウイルスや,コロナウイルス等の外殼タンパク質の部分分解, 成熟, 感染機構に関与する膜結合型のセリンプロテアーゼである ${ }^{6}$. TMPRSS2 はアンドロゲン応答性遺伝子であり,COVID-19 の男性患者における増悪因子の一つと考えられる》。 ## SARS-CoV-2 受容体の発現分布 ACE2, TMPRSS2 の組織発現は COVID-19流行に伴い single cell RNA sequence 等の技術を用いて詳細に検討されている ${ }^{8) 10111}$. 呼吸器系では, 鼻腔の粘膜上皮細胞に ACE2, TMPRSS2 の強い発現が認められる ${ }^{8}$.また ACE 2 発現は気管, 気管支, 肺胞と末梢に移行するに従い減少する.肺胞においては 2 型肺胞上皮細胞, 分泌型移行細胞に ACE2 と TMPRSS2 の発現が認められるが, ACE2 はごく少数(約 1\%)の2 型肺胞上皮細胞に発現する ${ }^{9) ~ 111}$. 鼻腔に ACE2, TMPRSS2 発現が多いことは, SARSCoV-2 の初期感染時の病態とウイルス拡散に寄与すると考えられる。呼吸器系以外の ACE2 発現は,小腸上皮細胞,血管内皮細胞,腎尿細管,心血管,精巣, 卵巣に発現が認められる ${ }^{1012)}$ 。また免疫系ではマクロファージに ACE2 が発現する ${ }^{13)}$. 神経系では嗅神経の支持細胞(sustentacular cells)に ACE2, TMPRSS2 が発現し, COVID-19 での嗅覚消失と関連すると考えられる。 Figure 1. Spike protein of SARS-CoV-2 and its proteolytic sites. Furin and TMPRESS2 proteases cleave S1/S2 and S2' sites, respectively. RBD, receptor binding domain; FP, fusion peptides; TM, transmembrane domain Adapted from Shen LW et al., Biochimie (2017)6) and Hoffman M et al., Cell (2020)2). SARS-CoV-2 の補助的受容体として, Neuropilin1(NRP1),CD147 (basigin)が報告された ${ }^{14) ~ 16) . ~ N R P ~}$ 1 は神経ガイド分子 Sema3A や血管増殖因子の VEGF(vascular endothelial growth factor)の受容体である ${ }^{17}$. NRP1 には Furin で切断された S1 の C 末端 RRAR(Figure 1)が結合する ${ }^{14115}$. ACE2 や TMPRSS2 の発現が少ない神経系においても SARS-CoV-2 の感染が認められるが,血管内皮や興奮性神経細胞には NRP1 や CD147 が発現することから,これらの分子が補助的なウイルス受容体として働くと推測される ${ }^{16}$. さらに神経血管内皮や神経細胞にはカテプシン B や $\mathrm{L}(\mathrm{CTSB} / \mathrm{L})$ が発現し, エンドソーム経由でのウイルス感染に寄与すると考えられる ${ }^{16}$. SARS-CoV-2 感染による!型インターフェロン抑制と炎症性サイトカイン増強 ウイルス感染した細胞では, ウイルスRNAの RIG-I 結合を起点とする情報伝達系が活性化する (Figure 2). RIG-I の下流で, TANK binding kinase 1 (TBK1) は IRF3 (interferon regulatory factor 3) をリン酸化する. リン酸化された IRF3 は核移行して転写調節因子として働き,I型インターフェロン $\alpha, \beta$ (interferon: $\mathrm{IFN} \alpha / \beta$ ) 産生を誘導する. 生成したIFN $\alpha / \beta$ は, IFNにより誘導される遺伝子群, ISGs (interferon-stimulated genes)を活性化する. ところがSARS-CoV-2 はこれらの反応を抑制して, ウイルス増殖に有利な環境を作り出している. 一方,SARS-CoV-2 感染は自然免疫を担う免疫細胞の Toll 受容体に認識され, NF (nuclear factor)$\kappa \mathrm{B}$ の活性化を介して IL-6, TNF $\alpha$ 等の炎症性サイトカイン産生を誘導する. SARS-CoV-2 感染初期における I 型 IFN 抑制と炎症性サイトカイン増強の不均衡が COVID-19 重症化の背景にあると考えら れる ${ }^{18)}$. ## 1. SARS-CoV-2 によるI型 IFN 発現抑制 SARS-CoV-2 の IFN 発現抑制には NSP1, NSP3, NSP6, NSP13, ORF3b, ORF6 等のウイルスタンパク質が関わる (Figure 2).NSP1 は宿主細胞のリボソーム $40 \mathrm{~S}$ サブユニットに結合する. これにより宿主 mRNA のリボソームへの結合を阻害して, RIG1 やISGsの翻訳を阻害する.これはウイルス感染により活性化される自然免疫機構, 特にレチノイン酸で誘導される遺伝子発現の機能不全をもたらす ${ }^{19}$. NSP6, NSP13, ORF6 は RIG-I から IRF3への情報伝達経路を抑制する ${ }^{20}$. NSP13 は TBK1 の活性化を抑制する. NSP6 は TBK1 の IRF3 リン酸化を抑制し, IRF3 の核移行を阻害する. さらに ORF6 は importin に結合して, IRF3 の核移行を阻害する。これらの機構で SARS-CoV-2 は IRF3 の転写調節因子機能, IFN $\alpha / \beta$ の mRNA 転写を抑制する。また $\mathrm{ORF}$ 6 は IFN $\alpha / \beta$ の下流で働くSTAT $1 / 2$ の核移行も抑制して, ISGsの発現も抑制する. NSP3 はパパイン様プロテアーゼであり, ウイルスタンパク質の切断と成熟に関わる。また NSP3 はプロテアーゼ活性を介してIRF3の作用を抑制する. ISGsの一つである ISG15 はユビキチン様タンパク質としてウイルス蛋白に付加され, ウイルス形成を抑制する ${ }^{211}$.また ISG15 はIRF3にも付加され,核移行を促進する。ところが NSP3 は IRF3 の ISG15 修飾を除去するため, I 型 IFN 産生が妨げられる ${ }^{221}$. さらに分子機構は不明ながら, ORF3 の splice variant ORF3b も IFN 産生を抑制することや重症・死亡患者から得られた ORF3bの変異体がより強い IFN 抑制作用を持つことが報告されている23). なお I 型 IFN は中等度, 重症例の COVID-19 では抑制されず,上昇に転じている ${ }^{24)}$. 感染初期における Figure 2. Suppression of IFN expression by of SARS$\mathrm{CoV}-2$ products. Viral RNA activates the RIG-1-TBK1-IRF3 cascade and facilitates the transcription of IFN-stimulated genes. Viral proteins (NSP1, NSP6, NSP13, ORF6) produced by the SARS-CoV-2 genome interfere with the signaling. IFN 抑制がウイルスの増殖を招き,遅延したIFN 増加は病態を悪化させると考えられている25). ## 2. SARS-CoV-2による炎症性サイトカインの増強 COVID-19 の中等度や重症例では炎症性サイトカインの IL-6, IL-8, TNF $\alpha$ や II 型 IFN である IFN $\gamma$ の増加が報告されている ${ }^{24}$.これは SARS-CoV-2 感染した免疫細胞や宿主細胞による炎症性サイトカイン産生を反映していると考えられる。 一般的なウイルス感染では樹状細胞やマクロファージなどの免疫細胞は, 取り达んだウイルス RNA をパターン認識受容体の TLR3, 7, 8 により認識する。これらの受容体は MYD88 や TRF 等の細胞内情報伝達分子を介して NFKB を活性化する. NFкB は核移行して IL-6 や TNF $\alpha$ などの炎症性サイトカインの発現を誘導する ${ }^{25}$. SARS-CoV-2 の場合,マクロファージでは感染に伴い TNF $\alpha$, IL-1 $1 \beta$, IL-8 などの発現が誘導される. ところが樹状細胞では I 型 IFN 抑制と同様の機構で炎症性サイトカイン発現や免疫応答が抑制される ${ }^{26)}$.このためウイル ス増殖が抑制されず,炎症性サイトカインが増加する. なお SARS-CoV-2 感染に伴う IFN $\gamma$ の増加は, れる ${ }^{27)}$. 2 型肺胞上皮細胞など非免疫系細胞においても SARS-CoV-2 感染に伴い炎症性サイトカインが産生される. 特に TNF $\alpha$ ではウイルスの Spike 断片の関与が考えられている ${ }^{28}$. TNF $\alpha$ は前駆体の膜結合型 $\mathrm{TNF} \alpha$ から,メタロプロテアーゼである ADAM17 (TACE) により切断され, 可溶性の三量体として遊離する. SARS 感染において Spike 断片が結合した ACE2 は ADAM17 を活性化すること ${ }^{29}$ から, SARSCoV-2でも同様の機構が働くと推測される. 感染細胞から遊離した TNF $\alpha$ は TNF 受容体の活性化を介して炎症反応を増幅させる。また ADAM17 は膜貫通型の ACE2 や IL-6 受容体を切断して可溶性型に変換する ${ }^{28}$. 可溶性 IL-6 受容体は IL-6 結合能を維持し, さらに gp130 と会合して細胞内情報伝達を活性化できる。したがって SARS-CoV-2 感染は ACE 2 の機能低下や可溶性 IL-6 受容体増加による IL-6 の作用増強をもたらすと推測される。 さらに最近 COVID-19重症例の cytokine storm における藏器障害の発生機序として, TNF $\alpha$ と IFN $\gamma$ の協調作用が JAK/STAT1 系を強く活性化し, 炎症性の細胞死や組織損傷をもたらすというモデルが提唱されている30). Cytokine storm における複数因子の増悪作用として極めて興味深い. ## COVID-19 における cytokine storm と マクロファージ COVID-19 は主に呼吸器系臟器障害をきたすが,重症例で特に著明な炎症反応が認められる。ここでは, SARS-CoV-2 感染症に伴う様々な血球反応に着目したい. SARS-CoV-2 は ACE2を介して, 2 型肺胞上皮細胞や肺胞マクロファージに感染する ${ }^{2}$. 重症な SARS-CoV-2 感染症において, 障害された肺胞上皮細胞や肺胞マクロファージにおける炎症性サイトカインの産生が充進する. また, 肺胞上皮障害と VEGF などの透過性立進因子の産生に伴い, 肺組織から血中へのウイルスや pathogen-associated molecular pattern (PAMP) などが血中へと移行し, 全身的な病態へと発展する ${ }^{311}$. 特に, COVID-19では全身性に IL-6, IL-1, IFN $\gamma$ レ゙ルの上昇が認められる ${ }^{32}$. 関連して, ACE2 は IFN シグナルにより発現活性が誘導され病態の悪化要因となる ${ }^{33}$. COVID-19における cytokine storm 関連病態は Figure 3. Schematic representation of SARS-CoV-2-induced cytokine production and related metabolic pathways. SARS-CoV-2 infection activates the p38/MAPK-AMPK pathway, which subsequently stimulates cytokine production in host cells. The AMPK/mTOR pathway is also related to the TFE3/FLCN pathway, which is involved in metabolic changes within cells. Cytokine storm syndrome と呼ばれ ${ }^{34)}$, COVID-19 重症者で顕著にみられる。励起されたcytokine storm にり , macrophage activation syndrome (MAS)/lymphohistiocytosis (HLH)が引き起こる32).特に, サイトカインレベルの上昇 (IL-6, IL-10, $\mathrm{TNF} \alpha)$ や CD4 + T cell における IFN $\gamma$ 発現の増加は COVID-19 重症度と相関する ${ }^{35366}$. ステロイド治療とともに, IL-6, IL-1, IFN $\gamma$ な゙の特異的なサイトカイン抑制療法などの治療法も検討されつつある ${ }^{341}$. SARS-CoV-2 はマウスに感染せず,動物モデルにおける in vivoでの病態検証が難しかったが,最近,ヒト ACE2 アデノウィルスベクター (Ad5 hACE2)を transduction させたマウスが作成され, in vivo における cytokine 抑制の COVID-19 治療検討がなされ $た^{37}$. Ad5 hACE2 マウスモデルは SARS-CoV-2 感染症が成立し,肺におけるウイルス増殖と重症肺炎をきたす. IFN $\alpha$ 受容体欠損マウスに Ad5 hACE2 を transduce した結果, コントロール群と比較し, 炎症反応や体重減少は認められなかった. しかしながら, I 型 IFN シグナル下流分子である STAT1 久損マウスに Ad5 hACE2を transduce したマウスでは,コントロール群と比較し, 著明な体重減少, 炎症反応, ウィルスクリアランスの低下が認められた。これらの結果はSTAT1 シグナルの低下がCOVID-19 の病態に重要な因子であり, Cytokine storm syndrome を併発した際の治療ターゲットとなりうる可能性を示唆している. 同論文では, SARS-CoV-2 モデルマウスにおいてIFN シグナル刺激薬の poly I:C の有効性も確認している。また, SARS-CoV-2 感染 Vero E6 細胞株の Proteomics解析に打いてで , p38/ mitogen-activated protein kinase (MAPK) pathway に関連したタンパクの発現が報告されている。p38/ MAPK は細胞の炎症やストレス時に活性化し, 炎症性サイトカインの産生を促進させる(Figure 3),実際, SARS-CoV-2 感染 ACE2-A549 細胞株において, p38/MAPK阻害薬(SB203580)は IL-6 や TNF $\alpha$ の遺伝子発現を抑制した,今後,炎症性サイトカイン産生をターゲットにした新規治療法の開発がすすむと思われる。 筆者(石津) らは癌抑制因子の一つである folliculin (FLCN, Flcn) による TFE3 転写活性と lysosome 合成抑制が炎症などにおけるマクロファージの貣食能制御機構であることを過去に報告した39.FFCN 遺伝子変異はヒトにおいて Birt-Hogg-Dubé (BHD) syndromeの原因となる ${ }^{40}$. FLCN 遺伝子久損は TFE3, TFEB の核内移動が過剩立進し, mTOR や AMPK 経路に影響を与え, ライソソーム合成, オー トファジーなど細胞の代謝活性に広く影響を及ぼす ${ }^{41}$. 血球特異的 Flcn 欠損マウス $\left(F l c n^{\beta / / 1}\right.$; $\left.\mathrm{MxCre1} 1^{+-}\right)$では造血幹細胞の機能異常が認められた42). また, 血球特異的 Flcn 久損マウスは末梢血,骨髄内のマクロファージ分画の著明な増殖と貣食能 $\mathrm{Tfe} 3^{-1}$ マウスとの交配によりマクロファージ機能障害の改善が認められた。また, Flcn 久損に伴う貣食能の立進ではマクロファージ内の glyconeogenesis の立進が認められた. COVID-19 に伴う Cytokine storm syndrome, MAS/HLH ではマクロファージの貪食立進が励起されることから, 今後, FLCN/ TFE 3 シグナルなど, 細胞内代謝経路の活性, 阻害からの病態解明も重要となるかもしれない (Figure $3)$. ## COVID-19 における血小板・凝固反応 SARS-CoV-2 感染症の合併症として血栓止血系の異常が認められる。血液凝固系因子の変動に関しては COVID-19 患者において D-dimer, fibrinogen, FDP などパラメーターの有意な上昇が認められ, 凝固活性上昇が示唆されている ${ }^{43}$. また, 炎症性サイトカイン産生の元進は異常な止血反応や血栓形成を引き起こし, 重症な COVID-19 例において重複して認められる ${ }^{44)}$. 実際, 炎症反応により励起された complement mediated thrombotic microangiopathy (TMA)が認められる頻度が高いことが重症例で報告されている ${ }^{45}$. また, 重症 SARS-CoV-2 感染症では血小板減少をきたしやすく,予後不良因子の一つである ${ }^{4647)}$. SARS-CoV-2 感染 Vero E6 細胞株の Proteomics 解析において, 感染細胞は血小板関連タンパク発現の enrichment が認められだ年). 具体的には APOH, CD9, TSPAN4, AHSG などの血小板関連夕ンパクの発現低下が認められ,COVID-19 における止血凝固系合併症の病態へ関連付けられた。また, COVID-19 患者の血清検体の広範な Proteomic 解析にて有意に発現変動があった 105 のタンパクは補体,マクロファージ,血小板関連タンパクへのEnrichment が認められている ${ }^{48}$. 興味深いことに, 血小板因子の一つである platelet factor 4(PF4) タンパクの著明な発現減少が重症 COVID-19 患者の血清検体で認められた. PF4 は human immunodeficiency virus (HIV)-1 ウイルスのホスト細胞への侵入を阻害する因子であり, PF4 低下は SARS 感染症における予後不良因子でもある ${ }^{4950)}$. 血小板産生因子によるCOVID-19 の病勢制御は今後着目される可能性がある. SARS-CoV-2 感染症による hemostasis 変動の機序としていくつか報告がある. 血中 IL-6 は肝臟における acute phase protein (CRP, fibrinogen など) の産生を刺激し,これらは骨髄における血小板産生を立進させる. マウス肺の live imaging 解析において,肺循環には血小板産生を行う巨核球が確認されており, 体内 $50 \%$ の血小板が $1 \times 10^{7}$ 個/時の速度で肺において産生されることが確認されている ${ }^{51}$. SARS$\mathrm{CoV}-2$ 感染症に伴う肺組織障害により, 血小板産生障害が併発することが考えられている。 IFN シグナルなど炎症性シグナルは, 以前より骨髄造血のお拆もととなる造血幹細胞の巨核球・血小板分化を急激に促進させることが知られている 522. 筆者らは, 巨核球・血小板分化傾向のある造血幹細胞を解析した結果, 造血幹細胞が巨核球系統の分化運命をたどる際,ミトコンドリアにおける好気的エネルギー産生が関与することを報告した ${ }^{53)}$. SARSCoV-2 感染症, cytokine storm に伴う血球の代謝制御は解明されておらず,解析することにより病態解明や治療の開発へとつながるものと考えられる。実際, COVID-19患者の血清検体の広範な metabolomic 解析にて多数の apolipoprotein (APOA1, APOA 2, APOH, APOL1 など) や sphingolipid の変動が認められており,これら代謝物質がCOVID-19におけるマクロファージなど血球への影響が考えられている $^{48}$. ## COVID-19 におけるリンパ球反応 リンパ球減少は重症な COVID-19 症例で認められ, その頻度は他のウイルス感染症より高く, またリンパ球減少の程度は COVID-19の重症度と相関する ${ }^{5455)}$.また, リンパ球の内, SARS-CoV-2 感染症では特に T リンパ球数の低下が顕著に認められる。特に血中サイトカイン濃度 (IL-6, IL-10, TNF $\alpha$ ) とリンパ球減少は負の相関を示すとされている ${ }^{56)}$. その一因として肺の微小循環におけるリンパ球の sequestration が考えられている ${ }^{57)}$.また, Tリンパ球減少と増殖障害に関して, Tリンパ球の Telomere length の短縮が考えられており, 特に年齢の高い罹患者の予後不良性との関連性が示唆されている ${ }^{58}$. ## おわりに SARS-CoV-2 感染の病態生理について, 様々な部位で共通して現れる免疫系の変化と血液凝固系の異常について概説した. 各藏器における病理変化の理解の一助になれば幸いである。またSARS-CoV-2 感染, 増幅, 免疫応答における分子機構の知見 - 解明は, 様々な治療薬の作用点や理論的裏付けになる.今後のワクチン接種に加え, これらの作用点を複数の治療薬で修飾することにより, よりよい COVID19 の病態改善・治療へと繋げられるであろう. 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Wang YT, Landeras-Bueno S, Hsieh LE et al: Spiking Pandemic Potential: Structural and Immunological Aspects of SARS-CoV-2. 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# 第 363 回東京女子医科大学学会例会 日時 2021 年 2 月 27 日(土) $13: 20 \sim 15: 35$ 会場 オンライン会場〔Zoom〕 } 開会の辞 挨 拶 司会(幹事)清水京子 (会長)丸 義朗 令和 2 年度研究奨励賞授与式 $※ 2$ 月 16 日に学長室にて執り行いました。 山川寿子研究奨励賞(第 33 回) 1. 銀ナノ粒子による神経芽腫のプログラム細胞死の解明 (衛生学公衆衛生学(環境・産業医学)助教)宮山貴光 佐竹高子研究奨励賞(第 29 回) 該当者なし 中山恒明研究奨励賞(第 7 回) 1. 高齢者膵癌への外科切除の意義の確立(消化器外科学 助教)出雲 涉 令和元年度研究奨励賞受賞者研究発表 ※学会サイトにて動画を配信しております。 山川寿子研究奨励賞(第 32 回) 1. 膵管内乳頭粘液性腫瘍の予後不良因子の検討 (消化器外科学 助教)出雲 涉佐竹高子研究奨励賞(第 28 回) 1. 人工心肺使用の心臟手術におけるフィブリンネットワーク構造の変化と止血効果 (東医療センター麻酔科 講師)市川順子 中山恒明研究奨励賞(第 6 回) 1. 人工知能 AIを用いた手術動画における手技解析の検討消化器外科学 准講師)番場嘉子 第 15 回研修医症例報告会 $13: 25 \sim 15: 35$ 〔発表 5 分, 質疑応答 3 分 $/ \bigcirc$ 発表者,)指導医〕 開始の挨拶 (卒後臨床研修センター長)坂井修二 Block 1 内科系 1 13:30 14:10 座長(膠原病リウマチ内科)花岡成典・(東医療センター内科)久保豊 1. 原発性アルドステロン症に伴う重症心不全に対して副腎摘出術にて心不全改善を認めた 1 例 $\left({ }^{1}}.$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 循環器内科, ${ }^{3}$ 内分泌外科 $) \bigcirc$ 手塚大樹 $^{1} \cdot$ ○)村泰崇 ${ }^{2} \cdot$ 高野真弓 弓 $^{2} \cdot$ 2. 全身性エリテマトーデス患者にヒドロキシクロロキン投与 2 週間後に生じた薬疹の 1 例 ${ }^{1}$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 皮虐科, ${ }^{3}$ 膠原病リウマチ内科 $) \bigcirc$ 平澤由梨葉 ${ }^{1} \cdot$ ()松浦功一 ${ }^{2} \cdot$ )遠藤千尋 ${ }^{2} \cdot$ 星 大介 $^{3} \cdot$ 針谷正祥 $^{3} \cdot$ )石黒直子 ${ }^{2}$ 3. 筋腫大を認めた慢性活動性 EB ウイルス感染症 (東医療センター ${ }^{1}$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 内科)○中村 愛 ${ }^{1}$ (9)マーシャル祥子 ${ }^{2} \cdot$ 小笠原壽恵 ${ }^{2}$ ・佐倉 宏 ${ }^{2}$ 4. 化学療法を施行した HIV 感染合併の膵癌の 1 例 $\left({ }^{1}}.$ 卒後臨床研修センター,,${ }^{2}$ 消化器内科, ${ }^{3}$ 感染症科, ${ }^{4}$ 病理診断科 $) \bigcirc$ 柴野彩花 ${ }^{1} \cdot$ 5. 腎細胞癌に対する免疫チェックポイント阻害薬により破壊性甲状腺炎と下垂体性副腎不全を発症した 1 症例 (東医療センター ${ }^{1}$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 内科)○小林訓子 ${ }^{1}$ ・佐倉 宏 ${ }^{2}$.小川哲也 ${ }^{2} \cdot$ 大前清嗣 2 ・)堀本 藍2 西沢蓉子 ${ }^{2}$ Block 2 外科系 $2 \quad 14: 10 \sim 14: 42$ 座長(東医療センター皮虐科)田中 勝・(八千代医療センター消化器外科)片桐聡 6. カルシフイラキシーの 1 例 (東医療センター ${ }^{1}$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 皮膚科, ${ }^{3}$ 泌尿器科, ${ }^{4}$ 形成外科)○角田秀貴 ${ }^{1} \cdot$ ○梅垣知子 ${ }^{2} \cdot$石崎純子 ${ }^{2} \cdot$ 田中 勝 $^{2} \cdot$ 土岐大介 ${ }^{3} \cdot$ 近藤恒德 $^{3} \cdot$ 中尾 崇 $^{4} \cdot$ 片平次郎 $^{4} \cdot$ 八巻 隆 $^{4}$ 7. 抗 MDA5 抗体陽性の皮膚筋炎の 1 例 8. 腎移植後の pneumocystis jirovecii 肺炎(PCP 肺炎)再燃に対して,コントロール難涉し死亡した 1 例 (東医療センター ${ }^{1}$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 泌尿器科) $\bigcirc$ 平田大地 ${ }^{1}$ ・石山雄大 ${ }^{2} \cdot$ ○岐大介 ${ }^{2} \cdot$吉野真紀 ${ }^{2} \cdot$ 橘 秀和 $2 \cdot$ 山下かお $\eta^{2} \cdot$ 近藤恒徳 ${ }^{2}$ 9. Xp11.2 転座型腎細胞癌(Xp11.2-tRCC)~Adolescent and young adult(AYA)世代, 希少がんの 1 例 $\left({ }^{1}}.$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 病理診断科, ${ }^{3}$ 病理学講座 (病態神経科学分野), ${ }^{4}$ 泌尿器科) ○野村 畕 ${ }^{1}$山本智子 ${ }^{2.3}$ ・高木敏男 ${ }^{4} \cdot$ ○長嶋洋治 ${ }^{2}$ $ <\text { 休暞 } 10 \text { 分 }> $ Block 3 小览科系 $14: 55 \sim 15 : 27$ 座長(八千代医療センター小览救急科)武藤順子・(小览科)平澤恭子 10. 遷延する BCG 接種後リンパ節炎から慢性肉芽腫症の診断に至った 1 例 (東医療センター ${ }^{1}$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 小肾科) $\bigcirc$ 藤崎真由子 ${ }^{1} \cdot$ 11.コロナ禍を背景に心因反応と考えられていた多彩な症状を呈した前頭葉てんかんの 1 例 ${ }^{1}$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 小照科 $) \bigcirc$ 東野里香 $^{1}$ ・)西川愛子 ${ }^{2} \cdot$ 12. 不随意運動で発症した原発性抗リン脂質抗体症候群の男子例 $\left({ }^{1}}.$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 膠原病リウマチ内科, ${ }^{3}$ 小児科 $)$ ○水沼吉章 ${ }^{1}$ 衛藤 薰 ${ }^{3} \cdot$南雲薫子 ${ }^{3} \cdot$ 西川愛子 $^{3} \cdot$ 伊藤 進 $^{3} \cdot$ 宮前多佳子 $^{2} \cdot$ 平澤恭子 ${ }^{3} \cdot$ 永田 智 ${ }^{3}$ 13. 保育園入園健診にて体重増加不良とトランスアミナーゼ高值の指摘を契機に シトリン久損症の診断に至った女児例 $\left({ }^{1}}.$ 卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 小児科, ${ }^{3}$ 小児外科 $) \bigcirc$ 中山千尋 ${ }^{1} \cdot$ ○水落 清 $^{2} \cdot$ 総 評 ベストプレゼンテーション賞 (東医療センター卒後臨床研修センター長)佐倉宏 (卒後臨床研修センター長)坂井修二 司会(幹事)清水京子 ## 〔令和元年度山川寿子研究奨励賞受賞者研究発表〕 ## 膵管内乳頭粘液性腫瘍の予後不良因子の検討 (消化器 - 一般外科) 出雲涉 〔背景〕近年, 切除可能浸潤性脺管癌には術前治療が標準治療となっているが, 切除可能浸潤性膵管内乳頭粘液性腺癌 (resectable invasive intraductal papillary mucinous carcinoma:R-invasive IPMC)に対しては外科切除先行が標準治療のままである。しかし, 術後しばしば再発を認める.我々はR-invasive IPMC の術前把握可能な予後不良因子を調査し,術前治療を考慮すべきグルー プを検討した。〔対象と方法〕2000 年から 2017 年までに外科切除先行を行った R-invasive IPMC 111 例を対象とし, 臨床病理学的因子と再発, 予後の関係を検討した。〔結果〕5 年無再発生存期間 (recurrence-free survival: RFS), 5 年疾患特異的生存率 (disease-specific survival : DSS)はそれぞれ $61 \% , 74 \%$ であった.多変量解析では CA19-9 $83 \mathrm{U} / \mathrm{mL}$ 以上, 腫瘍径 $2.2 \mathrm{~cm}$ 以上, 中分化管状腺癌がRFS とDSSのリスク因子であった. これらのうち術前把握可能な CA19-9 $83 \mathrm{U} / \mathrm{mL}$ 以上, 腫瘍径 $2.2 \mathrm{~cm}$以上をそれぞれリスク因子 1 点とすると, 5 年再発率はリスク因子 0 点 $(n=47), 1$ 点 $(n=46), 2$ 点 $(n=18)$ でそれぞれ $17 \%, 48 \%, 78 \%, 5$ 年 DSS 率は $95 \%, 69 \%$, 31\% であった.【結語〕CA19-9 $83 \mathrm{U} / \mathrm{mL}$ 以上, 腫瘍径 $2.2 \mathrm{~cm}$ 以上は R-invasive IPMC の術前把握可能な予後不良因子であり,これらを有するグループは早期再発をきたし予後不良であることから,術前治療を考慮してもよいかもしれないと考えられた。 ## 〔令和元年度佐竹高子研究奨励賞受賞者研究発表〕 人工心肺使用の心臓手術におけるフィブリンネットワーク構造の変化と止血効果 (東医療センター麻酔科) 市川順子 〔目的〕フィブリノゲンは大量出血症例において最初に低下する凝固因子であり,凝固カスケード上の最終基質 表 1. 血算および血液凝固機能の経時的変化. $\times 5000$ 麻配導入後 人工心肺導入後 人工心肺離脱後 退室前 図 1. 走查型電子顕微鏡の観察下によるフィブリン構造の変化. でもあるため, 適切なフィブリノゲン補充は重要な止血戦略になる. トロンビンが作用しフィブリノゲンが変化してできるフィブリン構造に着目し,人工心肺使用の心臟手術における構造変化と血液凝固機能との関連を調べた.【対象と方法〕人工心肺使用の心臟手術症例を対象として, (1)麻酔導入後 (基準値), (2)人心肺導入後, (3)人工心肺離脱後, (4)退室前の 4 点で採血を行い, $3.2 \%$ エン酸 $\mathrm{Na}$ 入り採血管に注入後, 遠心分離 $(2,000 \mathrm{~g}, 20$ 分 $)$ を行い,少血小板血漿(PPP)を作成した.各時点におけるフィブリン構造をフィブリノゲン試薬を用いてクロット形成を確認後にグルタールアルデヒドで固定し,走查型電子顕微鏡(SEM)により観察した. フィブリン線維の直径を本研究に非関与の 4 人が測定した. フィブリン重合能の変化は SEM 観察と同条件でフィブリンクロットを形成し,凝固波形解析 (CWA) 上の透過率の絶対値の変化を測定した.その他に一般的な血液凝固機能検査およびトロンビン生成の間接的指標としてプロトロンビンフラグメント $(\mathrm{F} 1+2)$, トロンビン・アンチトロンビン複合体(TAT)の経時的な変化を測定した.〔結果および考察〕抗凝固因子であるへパリンを用いても人工心肺離脱後, 退室前には基準値と比較して $\mathrm{F} 1+2$, TAT 值が有意に上昇し, 高度なトロンビン生成が予測された. フィブリン線維の直径は, (1) $187 \pm 48 \mathrm{~nm}$, (2) $175 \pm 53 \mathrm{~nm}$, (3) $171 \pm 54 \mathrm{~nm}$, (4) $168 \pm 51 \mathrm{~nm}^{*}\left[\mathrm{p}^{*}<0.05\right.$ vs (1)]であり, 退室前には基準値と比較して有意に細くなった. CWA 上の透過光変化量は, (1) $214.8 \pm 43.3 \%$, (2) $114.5 \pm 28.9 \%$, (3) $75.0 \pm 25.8 \%$, (4) $71.6 \pm 25.8 \%$ であり, 基準と比して人工心肺離脱後と退室前では有意に減少したが,フィブリン線維径よりもフィブリノゲン濃度に影響を受けていると推測した。〔結語】人工心肺使用の心臟手術において高度なトロンビンが生成し,フィブリン濁度が低下,フィブリン線維径が細くなりフィブリン構造の経時的な変化が予測された。 ## 〔令和元年度中山恒明研究奨励賞受賞者研究発表〕 ## 人工知能 AIを用いた手術動画における手術解析の検討 (消化器 - 一般外科)番場嘉子 〔目的〕人工知能 (artificial intelligence:AI)を用いたリスクを回避した AIナビゲーション手術や技術評価の実現が期待される。今回我々は AIを用いて手術動画における手術解析モデルを作成し,その有用性について検討した. 〔方法】AI 開発ツールである IBM 社の Power AI Visual Insights (Power System ${ }^{\mathrm{TM}} \mathrm{AC}$ 922) を使用し, タグ付けした画像や動画を学習させ物体・出血・鉗子認識モデルを作成した。物体認識モデルは手術の 1,460 枚の静止画像を作成し,ガーゼ,クリップ,鉗子,消化管,出血などを学習させた. 出血認識モデルは 250 枚の画像 における出血部位を学習させた.鉗子認識モデルは把持・超音波凝固装置・クリップ・曲がり・スパチュラ鉗子のそれぞれを計 1,818 個学習させた。それらモデルをテスト画像や動画で検証した。〔結果〕1)物体認識モデル:テスト画像 200 枚で検証し,感度は 83.3 97.3\% と良好であった。テスト動画上で表示し追従する物体認識が可能であった. 2) 出血認識モデル:テスト画像 102 枚で検証し感度は $86.3 \%$ で,動画のタイムラインで出血時間の把握が可能であった. 3)針子認識モデル:テスト画像 100 枚で釷子の存在はすべてに確認され,また識別感度は89.7 96\%であった。〔結語〕AIを利用した手術動画における判断モデルを作成することは可能であり,今後手術に AI が補助的役割を担うことが期待される。 ## 〔第 15 回研修医症例報告会〕 ## 1. 原発性アルドステロン症に伴う重症心不全に対し て副腎摘出術にて心不全改善を認めた 1 例 ('卒後臨床研修センター,, 循環器内科, ${ }^{3}$ 内分泌外科) ○手塚大樹 ${ }^{1} \cdot$ ○) 今村泰崇 ${ }^{2} \cdot$服部英敏 ${ }^{2} \cdot$ 菊池規子 $^{2} \cdot$ 鈴木敦 $^{2}$.吉田有策 ${ }^{3} \cdot$ 岡本高宏 3 萩原誠久 ${ }^{2}$ 原発性アルドステロン症には, 心不全を併発することが知られており,一部の症例では治療に難渋することが報告されている.今回原発性アルドステロンに併発した重症心不全を経験したので報告する。 症例は 45 歳男性で, $X-23$ 年前に高血圧を指摘され内服加療が開始となった.X 年 3 月になり初回心不全にて $\mathrm{A}$ 病院に入院加療し一旦退院となった。同年 5 月には再度急性心不全を発症し $B$ 病院に入院加療され退院となった. 各種検査より原発性アルドステロン症が疑われ同年 7 月に東京女子医科大学病院内分泌内科入院中, 負荷試験中に心不全増悪を認めたため循環器内科初回入院となった. 内服調整を行い本人希望で早期退院となったが,約 1 週間後に再度心不全増悪にて再入院となった。 入院後のカテーテル検査にて Forrester 分類IV型であり,重症心不全であったためカテコラミンを併用して心不全加療を行った。原発性アルドステロン症による高血圧,末梢血管抵抗上昇による難治性の二次性重症心不全と診断され, 手術による治療方針とした. 大動脈内バルー ンパンピング下で経皮的心肺補助 (PCPS) も待機した状態で開腹での副腎摘出術を行い,術後はカテコラミンを減量し最終的には離脱することができ,BNP 3,900から $330 \mathrm{pg} / \mathrm{mL}$ まで改善, 右心カテーテルにても Forrester 分類 IVからI まで改善を認めた。 原発性アルドステロン症に伴う二次性の薬物治療抵抗性の重症心不全に対して, 副腎摘出術にて治療が奏功した貴重な症例を経験した。 ## 2. 全身性エリテマトーデス患者にヒドロキシクロロ キン投与 2 週間後に生じた薬疹の 1 例 (1卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 皮膚科, 蹘原病リウマチ内科) ○平澤由梨葉 ${ }^{1}$ ()松浦功一 ${ }^{2} \cdot$ () 遠藤千尋 ${ }^{2} \cdot$星 $\quad$ 介 $^{3} \cdot$ 針谷正祥 $^{3} \cdot\left(\right.$ 石黒直子 ${ }^{2}$ 31 歳女性. $\mathrm{X}$ 年に全身性エリテマトーデス(SLE)と診断され,プレドニゾロン $10 \mathrm{mg} /$ 日の内服を開始した.頭部の脱毛が進行し, $\mathrm{X}+5$ 年に皮膚科を受診した. SLE に伴う脱毛と診断し, $\mathrm{X}+6$ 年からプラケニル ${ }^{\circledR}($ ヒドロキシクロロキン:HCQ)の内服を開始した. 投与 2 週間後に顔面, 腹部に小紅斑が出現し,薬疹を疑い $\mathrm{HCQ}$ を中止しステロイド外用を開始した。その後も全身に拡大したため, 入院となった. 入院時, 両頬部, 頸部, 身区幹,四肢に浸潤を触れる紅斑が多発,融合していた。皮膚生検組織像では真皮浅層の血管周囲にリンパ球の浸潤がみられた。 ステロイド外用, 抗ヒスタミン薬内服にて皮疹は消裉したため, 皮疹出現 17 日後に退院した. HCQの薬剤リンパ球刺激試験は陰性. 退院 5 か月後, 入院下で HCQ の内服テストを施行した. 常用量でも皮疹の出現はなく内服を再開した. 再開 2 か月の現在も再燃はない.医学中央雑誌での検索では 2015 年に HCQ が本邦で発売が開始された後, 21 例の薬疹の報告がある. この内, 自験例と同様に再投与で皮疹が誘発されない症例が 11 例報告されており, HCQの免疫調節作用の結果として生じていると推察されている. 本薬剤による薬疹の特徴, その後の対応方法について若干の考察を加えて報告をする. ## 3. 筋腫大を認めた慢性活動性 EB ウイルス感染症 (東医療センター1卒後臨床研修センター,科)○中村 愛 $^{1}$ ・ママーシャル祥子 ${ }^{2}$.小笠原壽恵 ${ }^{2} \cdot$ 佐倉 宏 ${ }^{2}$ 〔症例〕特に既往のない 31 歳男性. 2019 年 6 月頃より知人に右側頬部腫脹を指摘され,2019 年 10 月に東京女子医科大学東医療センター歯科口腔外科を受診した. 右側頬部腫脹以外に症状がなく, 一旦経過観察となったが改善がないため, 2020 年 2 月に PET/CT を施行した.右咬筋, 側頭筋, 翼突筋を中心に筋肉腫大および fibrin/ fibrinogen degradation products(FDP)集積がみられ,右咬筋より生検を施行したが非特異的な炎症所見のみのため診断には至らなかった. 2020 年 5 月頃より $37 \sim 38^{\circ} \mathrm{C}$台の発熱が出現したため, 不明熱の精査で 2020 年 7 月に入院となった. 発熱, 倦总感の他, 右煩部を中心とした筋肉腫大, 体感に淡褐色の非特異的紅斑を認め, CT で両肺に約 $0.5 \mathrm{~cm}$ 大のすりガラスおよび結節影がみられた. 採血で汎血球減少, disseminated intravascular coagulation(DIC)を認め, 眼窩でブドウ膜炎を指摘された。以上より,眼・筋肉・皮虐・肺に病変を認める全身性炎症性疾患が鑑別に挙がり,感染症や血管炎,サルコイドーシスなど精査を行ったところ,EBV VCA IgM の軽度上昇があったため, EB ウイルス核酸定量を追加した. EB ウイルス核酸定量は $1.2 \times 10^{5}$ と著明に上昇しており, 他施設で感染細胞同定解析を行ったところ, NK 細胞への感染が確認され,慢性活動性 EB ウイルス感染症(CAEBV)の診断に至った.筋生検の検体に EBER 染色を追加したところ, EBER 陽性細胞が多数みられた.〔考察〕CAEBVは全身の炎症とともに,EB ウイルスに感染した T または NK 細胞のクローン性増殖を認める進行性疾患である。本症例は診断に至る 1 年前に筋腫大が先行してみられ, 筋生検を行うも確定診断に至るのが困難であった. CAEBV で筋腫大を認める症例報告は稀であり,EBER 染色にて EB ウイルス感染細胞が確認できた本症例は貴重である. ## 4. 化学療法を施行した HIV 感染合併の膵癌の 1 例 ('卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 消化器内科, 感染症科, ${ }^{4}$ 病理診断科) ○柴野彩花 ${ }^{1} \cdot$ 菊池賢 $^{3} \cdot$ 山本智子 ${ }^{4} \cdot$ 長嶋洋治 ${ }^{4}$ 〔症例〕7X 歳, 男性.〔現病歴〕20XX 年より HIV 感染症のため東京女子医科大学病院血液内科で抗レトロウィルス療法(ART)を施行している.2 か月前より食欲低下, 約 $10 \mathrm{~kg}$ の体重減少があり他院を受診, 造影 CT で膵頭体部に $55 \mathrm{~mm}$ の乏血性腫瘍, 多発肝腫瘍を認め,当院消化器内科紹介, 入院となった.〔経過〕超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)を行い腺癌を認め, 膵癌 stage IV と診断した. CD4 陽性 T リンパ球数 $325 / \mu \mathrm{L}$, HIV-RNA 8.5 copies $/ \mathrm{mL}$ と HIV の病勢は落ち着いており, 抗 HIV 薬との相互作用を踏まえ, GnP 療法を開始した. Day 8 に血小板 $5.4 \times 10^{4} / \mu \mathrm{L}$ と Grade 2 の血小板減少, Day 15 に好中球 $348 / \mu \mathrm{L}$ と Grade 4 の好中球減少を認め, 顆粒球コロニー形成刺激因子(G-CSF)製剤を 2 日間投与した. 2 コース目からはさらに薬剤を減量し化学療法を施行することとした.〔考察〕ART により HIV 感染者の予後は改善したが,悪性腫瘍合併の割合は増加しており, 今後化学療法を必要とする患者が増加することが見达まれる. HIV 感染者は HIV 感染による造血機能障害を伴っていることが多く,化学療法による骨髄抑制が発生しやすい傾向にあり, また, 抗 HIV 薬の中には抗腫瘍薬と相互作用を起こすものもある. これらの特徴を念頭に注意深く化学療法を施行すれば, 非感染者と同様に治療法を選択できる可能性があると考える。 5. 腎細胞癌に対する免疫チェックポイント阻害薬により破壊性甲状腺炎と下垂体性副腎不全を発症した 1 症例 ○小林訓子 $^{1}$ ・佐倉宏 $^{2}$ ・ 小川哲也 ${ }^{2}$.大前清嗣 ${ }^{2} \cdot$ 堀本藍 $^{2} \cdot$ 西沢蓉子 $^{2}$ 症例は 50 代男性. $\mathrm{X}$ 年 2 月, 腎細胞癌肝転移に対してニボルマブ+イピリミマブが開始された。 $\mathrm{X}$ 年 3 月, 2 コース目の翌日に皮疹と頭痛が出現し, その 10 日後から $39^{\circ} \mathrm{C}$ 発熱, 喀痰, 手の震え, 発汗を自觉した。血液検查でFT3 $12.33 \mathrm{pg} / \mathrm{ml}$, FT4>6.00 ng/dl, TSH $0.024 \mu \mathrm{IU} / \mathrm{ml}$ であり免疫チェックポイント阻害薬による甲状腺中毒症が疑われたため東京女子医科大学東医療七ンター内科紹介となった.X年 4 月内科で頻脈や手指振戦などの症状に対し,チアマゾール $15 \mathrm{mg}$ とビソプロロール $0.625 \mathrm{mg}$ が開始されたが症状は増悪し, 5 日後に緊急入院となった. 甲状腺エコーでは両葉に不整形低エコー域の散在を認め, 免疫チェックポイント阻害薬による破壊性甲状腺炎と診断した,輸液や内服薬による対症療法を行い頭痛や下痢などの症状は改善したが,倦怠感と食欲不振は改善しなかった. 入院 15 日目にコルチゾー $ル<0.06 \mu \mathrm{g} / \mathrm{dl}$, ACTH $2.8 \mathrm{pg} / \mathrm{ml}$ が判明し, 副腎不全の合併が疑われたため, 同日よりヒドロコルチゾン $10 \mathrm{mg}$ の内服を開始した. 下垂体 MRIではトルコ鞍に結節性病変が認められ,下垂体炎が疑われた,その後,症状を見ながらヒドロコルチゾンを増量し, $20 \mathrm{mg}$ で倦总感と食欲不振は改善し歩行可能となったため, 入院 29 日目に退院となった. 免疫チェックポイント阻害薬による内分泌障害の合併を認めた 1 症例を経験したため報告する. ## 6. カルシフィラキシーの 1 例 (東医療センター ${ }^{1}{ }^{\text {卒後臨床研修センター, }}$ ${ }^{2}$ 皮膚科, ${ }^{3}$ 泌尿器科, 4形成外科) ○角田秀貴1. 中尾崇 4 ・片平次郎 ${ }^{4}$ 八巻隆 4 52 歳男性. 大動脈弁置換術, 僧帽弁置換術後でワー ファリン内服中,冠動脈バイパス術後,ペースメーカー 植え达久術後,二次性副甲状腺機能亢進症の既往あり。膜性增殖性系球体腎炎による慢性腎不全のため透析施行中. 2 週間ほど前より激痛を伴う尿道口の皮疹を自覚.近医受診したが症状が改善せず,当院皮膚科に紹介受診された. 初診時, 陰茎先端尿道口周囲に $2 \mathrm{~cm}$ 大の不整形潰瘍あり。皮膚生検を施行し, 有棘細胞癌は否定されたが,有意な所見は得られなかった。造影 CT では陰茎背動脈や下腿の動脈壁に石灰化が見られた。プロスタグランジン軟亳外用を開始したが龟頭部壊死が進行し, 激痛が持続したため, 当院泌尿器科にコンサルトした. 初診 2 か月後, 左大腿の中央に黑色壊死組織を付着する激痛を伴う潰瘍が出現し, 皮虐生検で皮下脂肪織の小動脈の内膜に石灰化があった. 初診 3 か月後, 陰茎部分切除を施行し, 同部の激痛は改善した。切除した陰茎の病理組織においても小石灰化が散見された。初診 6 か月後,当院形成外科にて, 两大腿の潰瘍のデブリードマンと,壊死が進行した左母指の切除を施行した,血液検查では $\mathrm{Ca}$ (補正) $10.7 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}, \mathrm{P} 6.8 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, intact PTH $154 \mathrm{pg} /$ $\mathrm{mL}$ と上昇していた. カルシフィラキシーは長期透析中の患者を中心として血管に石灰化を生じ,激痛を伴う潰瘍が急速に拡大する疾患である。疾患自体の認知度が高いとは言えず,また,現在有効な治療法は確立されておらず,一般的に予後不良である。文献的考察を加えて報告する。 ## 7. 抗 MDA5 抗体陽性の皮膚筋炎の 1 例 皮膚科) ○徐健智 $1 \cdot$ 梅垣知子 ${ }^{2} \cdot$ ()石崎純子 ${ }^{2} \cdot$ 田中勝2 〔症例〕63 歳女性.〔主訴〕手指背側の皮疹, 全身渗怠感.【現病歴〕初診の 2 週間前より手指背側の暗紫色皮疹に気付き,その後全身供总感が出現し前医を受診した。 ステロイド外用を処方されたが改善せず,当院皮膚科に紹介となった.〔初診時現症〕両指関節背部に暗紅色斑と丘疹 (ゴットロン徴候), 手指屈側に紅斑と落屑 (逆ゴットロン徴候), 肘頭部に角化性紅斑(ゴットロン徴候),両手示指側面に角化性紅斑(メカニックハンド)がみられた。後爪郭に毛細血管拡張あり。背部では掻痒を伴う浮腫性紅斑と,線状紅斑(flagella erythema)がみられた. 明らかな筋力低下および筋麻痺はなかった。〔臨床検查所見了筋原性酵素では CK 146 U/L と正常範囲であるが,アルドラーゼ $9.6 \mathrm{U} / \mathrm{L}$ と上昇あり.特異的自己抗体は, 抗 MDA5 抗体が 3,100 (基準値 32 未満)と著明に上昇L, 抗 ARS 抗体, 抗 Mi-2 抗体, 抗 TIF1- $\gamma$ 抗体は陰性であった.胸部 CT で下肺野にすりガラス様陰影があり間質性肺炎が疑われた。〔病理組織学所見〕背部より生検した,表皮基底層は液状変性を呈し,真皮浅層から中層にかけて血管周囲性にリンパ球, 組織球の浸潤がある。〔考察〕抗 MDA5 抗体陽性皮膚筋炎では,急速進行性間質性肺炎を高率に生じ生命予後が不良である,筋症状に乏しい無筋症性皮膚筋炎を呈するため,特徴的な皮虐所見が診断の鍵となる。早期診断,早期治療が救命率の向上に重要である. ## 8. 腎移植後の pneumocystis jirovecii 肺炎(PCP 肺炎)再燃に対して,コントロール難渋し死亡した 1 例 “泌尿器科) ○平田大地 ${ }^{1}$.石山雄大 ${ }^{2} \cdot$ ○岐大介 ${ }^{2} \cdot$ 吉野真紀 ${ }^{2} \cdot$橘秀和 ${ }^{2} \cdot$ 山下かお $\eta^{2} \cdot$ 近藤恒德 ${ }^{2}$ 〔緒言〕非HIV 患者のニューモシスチス (pneumocystis jirovecii :PCP) 肺炎は死亡率が高く予防および治療に注 意を要する. 腎移植患者での PCP 肺炎再燃に対し集学的治療を行うもコントロールに難渋し死亡となった症例を報告し,その予防や治療について考察する。〔症例〕57 歳男性. 糖尿病性腎症を原疾患とする末期腎不全に対し 2015 年 4 月に献腎移植を施行され,東京女子医科大学東医療センターで移植後フォローを行っていた. 2020 年 1 月に PCP を発症し当院内科で入院加療され, プレドニゾロンと ST 合剤の内服で寞解となった.以後,夕クロリムス徐放剤 $4 \mathrm{mg}$, ミコフェノール酸モフェチル (MMF) $1,000 \mathrm{mg}$ の免疫抑制剤と ST 合剤の予防投与で管理されていた. 2020 年 7 月に 38 度台の発熱を主訴に来院し,胸部 CT で両側すりガラス陰影を認めた.COVID-19感染症を PCR で否定した上で細菌性肺炎や PCP の再燃を鑑別として ST 合剂とセフトリアキソンで治療を開始した. 入院初期は酸素需要なく経過するも入院 3 日目に急激に酸素化不全の進行を認め, 胸部 X 線写真で浸潤影は著明に増悪していた.リザーバーマスク, nasal high flow と酸素投与デバイスを変更するも改善せず BiPAPへ移行した。また内科コルサルトの上ステロイドパルス療法を開始し,抗菌薬もメロペネムへの escalationを行った。呼吸状態は改善せず気管插管を勧めるも本人の拒否強く, やむなくBiPAPを継続した. 加療は奏功せず入院 7 日目に意識レベルの低下を来し心肺停止となった。本人は拒否していたものの家族の希望強く緊急で気管挿管および心肺蘇生を開始したが, 蘇生できずに死亡となった.〔結語〕治療に難渋し救命困難であった腎移植後の PCP の 1 例を経験した。 ## 9. Xp11.2 転座型腎細胞癌(Xp11.2-tRCC)~Adolescent and young adult(AYA)世代,希少がんの 1 例 ('卒後臨床研修センター, 2 病理診断科, 3病理学講座 (病態神経科学分野), 年泌尿器科) ○野村畕 1 山本智子 ${ }^{2.3}$.高木敏男 ${ }^{4} \cdot$ ○長嶋洋治 ${ }^{2}$ 〔背景〕小児と成人の間に当たるAYA 世代にはがんの症例数が少ない一方, 治療レジメンの確立されていない希少がんが多く,治療に難渋することが多い.Xp11.2tRCC は X 染色体 11.2 バンド上に位置する TFE3 遺伝子を巻き込んだ染色体転座を特徴とする腎細胞癌の新規組織型である。小児や若年成人の腎腫瘍としては腎芽腫に次いで多い,今回,我々は AYA 世代に発生したXp11.2tRCC を経験したので報告する。〔症例〕18 歳女性. 腰痛を主訴に近医受診。放射線画像検査から右腎腫瘍が見出された. 泌尿器科でロボット支援下腎部分切除術が施行された. 現在,今後の治療計画を検討中である。〔病理学的所見】検体には $28 \mathrm{~mm}$ 径の淡黄色腫瘍が見られた。組織学的には乳頭管状構築からなり, 腫瘍細胞の細胞質は混濁していた,免疫染色でTFE3が核に陽性を示し た. 形態と併せてXp11.2-tRCC と診断した. 同時に提出された腎門部リンパ節に転移が見られた。【考察〕Xp11.2tRCC は成人腎細胞癌の約 1.6 4.0\%,小児例の約 40\%を占める。小児例は予後良好だが,成人例は予後不良と報告されている。患者は AYA 世代で,リンパ節転移も見られたことから,慎重な経過観察と必要に応じての追加治療を要する。現時点では本組織型に特化した補助療法はない。本症例のような AYA 世代の希少がんに対しては, 多数例を集約しての検討と有効な治療法の確立が求められる。 ## 10. 遷延する BCG 接種後リンパ節炎から慢性肉芽腫 ## 症の診断に至った 1 例 小坚科) ○藤崎真由子 ${ }^{1} \cdot$ 池野かおる $^{2} \cdot$ 〔緒言〕慢性肉芽腫症(CGD)は食細胞の活性酸素産生障害による原発性免疫不全症であり,原発性免疫不全症の中では比較的頻度の高い疾患である。〔主訴〕腋窩リンパ節腫大.〔既往歴〕肛門周囲膿瘍などの易感染性は認めない。〔家族歴〕特になし。【現病歴〕10 か月男児. 生後 5 か月時に BCG を接種した. 生後 7 か月時,母が左腋窩リンパ節腫大に気づき,当院小児科紹介初診となった. 超音波検查で, 左腋窩に楕円形, 境界明膫の高エコー 像のリンパ節腫大を認めた。膿瘍形成はなく,血液炎症反応も陰性であり BCG 接種後リンパ節炎と考え経過観察を行った. 生後 10 か月時, 持続する発熱を主訴に再受診した際に,左腋窩リンパ節腫大も増大していたため精查入院となった.左腋窩以外の全身リンパ節の腫大はみられず,BCG 接種部位は軽度発赤し,痂皮が付着していた. T-SPOT は陰性であった。胸部 CT 検查では,肺野に小結節を認めた. CGDを疑い,DHR123を使用したフローサイトメトリーによる好中球殺菌能検查を行ったところ,NADPH oxidase 活性は低下していた。遺伝子検查でも CYBB のミスセンス変異を認め,X 連鎖 CGD の診断に至った. 左腋窩リンパ節腫大は ST 合剤の内服後,縮小傾向にある。〔考察〕日本における BCG 接種後リンパ節腫大の発生頻度は約 1\%であり, 無治療で自然経過するとされる。しかし, リンパ節腫大が遷延する場合には,既往に易感染性がない症例においても CGDを疑う必要があると考えられる。 ## 11.コロナ禍を背景に心因反応と考えられていた多彩 な症状を呈した前頭葉てんかんの 1 例 (1卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 小览科) ○東野里香 ${ }^{1} \cdot\left(\right.$ 西川愛子 ${ }^{2} \cdot$ 大川拓也 ${ }^{2}$. 6 歳男览. 既往歷なし. 2020 年 3 月に転居, 4 月に小 学校へ入学したが,コロナ禍による臨時休校, 外出自沜のため元の友人と会えず,新しい友人もできず,自宅で過ごす日々が続いた. 6 月より登校を開始したが, 7 月より学校や自宅において, 床やベッド上で突然クロールや平泳ぎの動きをする,でんぐり返しをする,兔跳びをする,突然走り出す,尿失禁をする等の多彩な症状が出現するようになった.その間は呼びかけに応じなかった。 また,同時期よりわがまま,機嫌の悪さ,落ち着きのなさも認められるようになった。当初はコロナ禍による心因反応と考えられていたが,徐々に 1 日 10 回以上, 1 回 20 秒程度に増悪したため,9月に東京女子医科大学小児科を紹介受診した,受診時に多動は認めたが,神経学的異常は認めなかった. 脳波検査では, 発作時には左右下肢を不規則に大きく動かす症状に一致して左前頭側頭部優位に両側前頭部から広沉化するてんかん発射を認め,発作間欠期にも左右前頭側頭部優位に多焦点性鋭波を認めた. 頭部 MRI 検査では異常所見は認めなかった. 発作症候および脳波所見から,前頭葉てんかんによる運動光進発作と診断した。バルプロ酸内服を開始し,発作は速やかに抑制された,前頭葉てんかんにおいて,運動立進発作は特異的な発作症候の一つであるが,体幹や四肢を激しく動かす複雑な運動症状から, 心因性と評価されている症例も少なくない. 鑑別には詳細な病歴聴取, ビデオ脳波モニタリング検査は重要である。 ## 12. 不随意運動で発症した原発性抗リン脂質抗体症候群の男子例 ('東京女子医科大学卒後臨床研修センター, 2膠原病リウマチ内科, 3 小照科) 南雲薫子 ${ }^{3} \cdot$ 西川愛子 $^{3} \cdot$ 伊藤進 $^{3} \cdot$宮前多佳子 ${ }^{2} \cdot$ 平澤恭子 ${ }^{3} \cdot$ 永田智 3 〔緒言〕抗リン脂質抗体は, “細胞膜のリン脂質”もしくは“リン脂質と蛋白質との複合体”に対する自己抗体の総称であり,抗リン脂質抗体が検出される中で,習慣性流産や動脈・静脈血栓症を反復する病態は抗リン脂質抗体症候群 (APS) と呼称される。舞踏様症状の合併は $1 \%$ 程度と稀であり, 若年患者に認める傾向にある. 小児 APS の $40 \sim 50 \%$ は基礎疾患を有さない原発性である. 今回, 不随意運動で発症した原発性 APS の 1 例を報告する.〔症例〕 13 歳男子. 既往歴・家族歷に特記事項なし.物を落としやすくなり, 2 週間の経過で上肢をくねらす, ビクッとする, 口が引きつられ話しにくい等が急激に出現したため受診した.意識清明でバイタル・サイン正常範囲内. 胸腹部所見に異常なく, 皮疹, 粘膜潰瘍や関節炎なし。患児の多彩な動作は,舞踏・ミオクローヌス, バリズム様, 口唇ジスキネジアと診断した。血液検査より, 甲状腺機能元進症, Wilson 病などの代謝疾患, Sydenham 舞踏病, 髄液検査より脱髄性疾患は否定した。頭部 MRI では, T2 強調・FLAIR ・拡散強調像にて白質の多発点状高信号を認め,微小多発脳梗塞を呈した。血小板低下, APTT 延長, 抗カルジオリピン-IgG 抗体・ ループスアンチコアグラント陽性より, 2006 年札幌基準シドニー改変に合致する APS と診断。低補体血症, 抗核抗体陽性を認めたが,他の臟器病変はなく,小览全身性エリテマトーデス(SLE)の診断には至らなかった. mPSL パルス療法, ヘパリン持続点滴による抗凝固療法を施行した. 2 コース終了時には臨床症状は改善し, 経ロプレドニゾロン (PSL), アザチオプリン,ワーファリンを開始し, 入院 42 日目に退院. PSLを漸減し, 再発なく経過している.〔考察〕小児 APS は舞踏病として発症することがあり,不随意運動の鑑別として重要である.本症の舞踏様症状は, 血液脳関門の破綻による自己免疫学的機序による基底核の神経細胞障害が示唆される. 病態の更なる解明が期待される. ## 13. 保育園入園健診にて体重増加不良とトランスアミ ナーゼ高値の指摘を契機にシトリン欠損症の診断に至っ た女児例 ('卒後臨床研修センター, ${ }^{2}$ 小照科, ${ }^{3}$ 小览外科) ○中山千尋 1 ・○)水落清 ${ }^{2}$. 鏑木陽一郎 ${ }^{2}$ 世川修 3 永田智 ${ }^{2}$〔はじめに〕シトリン久損症は新生児期〜乳児期の病型であるシトリン欠損による新生览肝内胆汁うっ滞症と,思春期以降に発症するシトリン血症II型を総称した疾患である。我々は胆道閉鎖症との鑑別を要した,乳児期早期の体重増加不良から診断に至ったシトリン久損症を経験したので報告する.〔症例〕2 か月 23 日女児. 在胎 37 週 5 日, 出生児体重 $2,350 \mathrm{~g}$ で出生. 新生児代謝スクリー ニング検查は正常であった. 1 か月健診では体重増加は $21 \mathrm{~g} /$ 日であり, 哺乳指導のもと経過観察となっていた.保育園入園健診に $19 \mathrm{~g} /$ 日と体重不良を指摘され前医を受診された。血液検査にて直接型ビリルビン上昇を認めたことから,東京女子医科大学小児科紹介となり入院とした. 直接型ビリルビン上昇に加えて, トランスアミナー ゼ上昇を認め, ウイルス性肝炎, シトリン久損症などの代謝性疾患を鑑別に挙げ精查を進めたが,早急に治療介入が必要となる胆道閉鎖症の鑑別をまずは行った. 入院 4 日目に胆道シンチグラフィー, 7 日目に小览外科にて腹腔鏡下胆道造影検查を施行し,胆道閉鎖症は否定した。入院時の血漿アミノ酸分析によりシトルリンなどのアミノ酸値の上昇, 胆汁うっ滞などと併せてシトリン久損症と診断した.治療として,人工乳を特殊ミルクに変更し乳糖制限を行い, 脂溶性ビタミン補充, 利胆薬投与を行ったところ, 経時的に肝胆道系酵素, 凝固異常は改善し, 体重増加良好となり退院となった。〔おわりに〕黄疸や便色の変化には気づかれなかったが,健診にて体重増加不良が指摘され,血液検查されたことで診断に至ったシトリン久損症の 1 例を経験した. 乳児期早期の体重增加不良では, 本症例も念頭に置く必要がある.
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 眠気など多彩な症状により発見された鞍上部胚細胞腫瘍の 1 例 ${ }^{1}$ 東京女子医科大学小坚科 ${ }^{2}$ 東京女子医科大学脳神経外科 }^{3}$ 東京女子医科大学高血圧 $\cdot$ 内分泌内科 (受理 2021 年 1 月 19 日) Suprasellar Germ Cell Tumor Diagnosed with Various Symptoms Including Sleepiness: A Case Report Rina Shimomura, ${ }^{1}$ Emiko Tachikawa, ${ }^{1}$ Kyoko Hirasawa, ${ }^{1}$ Kentaro Chiba, ${ }^{2}$ Yasuo Aihara, ${ }^{2}$ Kanako Bokuda, Takakazu Kawamata, ${ }^{2}$ Atsuhiro Ichihara, ${ }^{3}$ and Satoru Nagata ${ }^{1}$ ${ }^{1}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Neurosurgery, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{3}$ Department of Endocrinology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Germ cell tumors (GCTs) originate from embryonic cells at various stages of maturation and account for approximately 3\% of all brain tumors, with Asian countries having a higher incidence than Europe and the United States. GCT-onset is usually during adolescence, accounting for about a quarter of all childhood brain tumors. They occur in the pineal and suprasellar regions, with $>60 \%$ of suprasellar tumors known to cause enuresis, decreased visual acuity, short stature, and premature puberty. We report the case of an atypical suprasellar GCT in a patient with atypical and variable symptoms, such as excessive daytime sleepiness and learning disabilities. The patient was a 14-year-old girl, who had no previous history. At X - 3 years, she began getting up at night to urinate. At $\mathrm{X}-2$ years, she started drinking 2-3 $\mathrm{L}$ of water a day. Several months ago, her homeroom teacher began noticing the patient falling asleep in class. Her grades dropped, and her height was noted on a physical exam. Based on careful interview and detailed examination, intracranial lesions were suspected, and despite the patient's diverse symptoms, magnetic resonance imaging was performed relatively quickly, which allowed for early diagnosis. Although the patient was an adolescent in transition between pediatric and adult medicine, we were able to follow up with the Department of Hypertension and Endocrinology and Department of Neurosurgery at our hospital from diagnosis to treatment. Even for school-aged children, a medical history from both the patient and their family can provide clues for diagnosis. Keywords: suprasellar germ cell tumor, complex hypopituitarism, PLAP, sleepiness twmu.ac.jp doi: 10.24488/jtwmu.91.2_131 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## 緒言 頭蓋内胚細胞腫瘍 (germ cell tumors) は様々な成熟段階の胚細胞を発生母地とする腫瘍を指し,日本を含むアジア諸国では脳腫瘍全体の $3 \%$ 程度の割合で発生し, 欧米と比較して高い頻度であることが知られている ${ }^{122}$ .好発年齢は 10 歳代で,小児脳腫瘍の $1 / 4$ 程度を占める。発生部位としては $60 \sim 70 \%$ が松果体部, $20 \sim 30 \%$ がトルコ鞍上部, $5 \sim 10 \%$ が大脳基底核に発生し, 脳室や視床などでの発生は稀である。発生部位によって異なる症状が出現し,鞍上部腫瘍では $60 \%$ 以上で尿崩症を認めるほか, 視力低下や低身長, 思春期早発を来すことが知られている ${ }^{3) \sim 5)}$. 初発症状では頭痛や嘔吐, 視機能障害で発見される場合が多いが,我々は日中の過度の眠気や学業不振といった非典型的かつ多彩な症状を契機に発見された鞍上部胚細胞腫瘍の症例を経験したため, 報告する. ## 症 例 患者: 14 歳女児. 主訴:日中の過度の眠気,学業不振。 家族歴:脳腫瘍なし, 両親の低身長なし。 周産期歴:在胎 39 週, 出生体重 $3,468 \mathrm{~g}$, Apgar score 10 点. 発達歴:定澒 3 か月,座位 6 か月,独歩 11 か月, 2 語文 2 歳前後. 既往歴:特記すべき事項なし。 現病歴 : $\mathrm{X}-3$ 年 (小学校 6 年生時) 秋頃より, 家庭教師に居眠りを指摘された。また夜間に覚醒し, トイレに行くようになった. $\mathrm{X}-2$ 年 (中学 1 年生時)水分摄取量が $2 \sim 3 \mathrm{~L} /$ 日と多いことに家族は気づいていたが生活に大きな支障なく, 受診の必要性を感じなかったため様子をみていた。X 年(中学 2 年生 Table 1. Results of CRH/TRH/LH-RH Test. CRH, corticotropin releasing hormone; TRH, thyrotropin releasing hormone; LH-RH, luteinizing hormone releasing hormone; ACTH, adrenocorticotropic hormone; F, cortisol; TSH, thyroid stimulating hormone; LH, luteinizing hormone; FSH, follicle stimulating hormone.時)担任教師から授業中の居眠りを頻回に注意されるようになり,成績も低下した。また学校検診で 2 年前から身長の伸びの停滞を指摘され,近医を受診した. 日中の過度の眠気と成長曲線で $-1.5 \mathrm{SD}$ 以下の低身長傾向を認め, 睡眠障害や内分泌疾患を疑われ,精査目的に紹介受診した.睡眠過多や学業不振などから中枢神経病変を疑い,MRI などの精查を開始した. また問診や䏅から直近 $2 \sim 3$ 年間の身長の停滞や初潮の未初来を認めたため, 内分泌系を含めた血液検査を施行したところ成長ホルモンや性腺ホルモンが低値であった. 頭部 MRI 検査で下垂体に腫瘤を認めたため, さらなる精査加療目的に入院とした. 身体所見:身長 $147.7 \mathrm{~cm}(-1.75 \mathrm{SD})$ ,体重 45.5 $\mathrm{kg}(-0.72 \mathrm{SD})$, 頭团 $54.3 \mathrm{~cm}(+0.07 \mathrm{SD})$, 胸囲 78.2 $\mathrm{cm}(-0.41 \mathrm{SD})$, 血圧 $108 / 63 \mathrm{mmHg}$, 心拍数 73 回/分, 体温 $36.7^{\circ} \mathrm{C}$, 呼吸数 20 回/分, 意識清明. 頭頸部〕眼瞼結膜軽度貧血あり, 甲状腺腫大なし.〔胸部〕呼吸音清,心音整〔〔腹部〕平坦・軟,肝脾腫なし.【四肢〕末梢冷感なし.〔神経学的所見〕瞳孔 3 $\mathrm{mm} / 3 \mathrm{~mm}$, 対光反射両側迅速, 眼球運動制限なし,複視なし, 顔面表情筋に左右差なし, 聴力低下なし,舌正中・萎縮なし,感覚や痛覚に異常なし,筋力低下や筋緊張低下なし, 深部腱反射異常なし, 病的反射なし, Tanner 分類 I 度. 検査所見:血算, 生化学 (肝・腎機能, 電解質,血糖を含む)異常なし。 IGF-I $57 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}$ (基準値 193-625 ng $/ \mathrm{mL}$ ,PRL $23.4 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}$ (基準値<20 ng/mL),コルチゾル 1.4 $\mu \mathrm{g} / \mathrm{dL}$ (基準値 $6-22 \mu \mathrm{g} / \mathrm{dL}$ ),AVP $0.8 \mathrm{pg} / \mathrm{mL}$ (基準值 $<4.2 \mathrm{pg} / \mathrm{mL}$ ). 血漿浸透圧 $284 \mathrm{mOsm} / \mathrm{kg} \cdot \mathrm{H}_{2} \mathrm{O}$,尿浸透圧 $84 \mathrm{mOsm} / \mathrm{kg} \cdot \mathrm{H}_{2} \mathrm{O}$, 尿量 $3,555 \mathrm{~mL} / 24$ hrs. 髄液中胎盤性アルカリフォスファターゼ(placental alkaline phosphatase : PLAP) $1,140 \mathrm{pg} / \mathrm{mL}$.骨年齢(Tanner-Whitehouse 2 法) RUS 10.5. 高張食塩水負荷試験・DDAVP (デスモプレシン)負荷試験: $\mathrm{Na} 153 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}$ 時点でも AVP $0.4 \mathrm{pg} /$ $\mathrm{mL}$ と低值であった. 三者負荷試験 (Table 1) およびインスリン負荷試験(insulin tolerance test:ITT)(Table 2): 副腎機能については ITT での視床下部刺激に低反応であり,TRH 負荷で TSH の反応を認めた。性腺機能は基礎値低値かつ刺激に無反応であった。 頭部 MRI 検査 (Figure 1A,B):鞍上部~乳頭体 にかけて上方・後方に進展を認める T1WI 等信号で, T2WI 等信号の腫痬最大径 $20.68 \mathrm{~mm}$ の充実性腫瘤を認めた。視交叉〜両側視索は前方に圧迫され腫大し, T2WIにて高信号を呈していた. 下垂体茎は腫大し, 同定できなかった. T1WI にて下垂体後葉の高信号は認めなかった。海綿静脈洞への進展を認めなかった。 頭部造影 MRI 検査 (Figure 1C,D):鞍上部から乳頭体にかけて上方・後方に造影効果のある腫瘤を認める。視神経にも造影効果を認める。その他に明らかな播種病変はない. 眼科検査: 両下耳側半盲, 左中心視野付近に視野久損あり。両側 (左優位) 視力低下を認めた。眼底 Table 2. Result of insulin tolerance test. BG, blood glucose; GH, growth hormone.所見ではうっ血乳頭や視神経萎縮など異常所見なし. フリッカー値は両側で低下を認めた。 臨床経過:上記の結果と髄液中 PLAP 高値から鞍上部胚細胞腫瘍と診断した. 下垂体機能については負荷試験の結果から続発性複合型下垂体機能低下症(副腎機能低下症, 甲状腺機能低下症, 性腺機能低下症, 高プロラクチン血症, 重症成長ホルモン分泌不全), 中枢性尿崩症と診断した. 鞍上部胚細胞腫瘍に対して, 化学療法 (エトポシド+カルボプラチン)・放射線療法併用療法を施行した。中枢性尿崩症に対してデスモプレシン $60 \mu \mathrm{g} /$ 日 $(1.3 \mu \mathrm{g} / \mathrm{kg} /$日),副腎機能低下に対してヒドロコルチゾン 10 $\mathrm{mg} /$ 日 $(0.2 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日 $)$ を投与開始した. 治療開始後から TSH は速やかに低下し, また ACTH も正常範囲内となった.診断から 3 年が経過しているが,定期的な画像評価で腫瘍の再発はなくPLAPも陰性で経過している.しかし治療開始 2 年後の負荷試験でも複合型下垂体機能低下症の所見として, 副腎機能低下症, 甲状腺機能低下症, 性腺機能低下症, 成長ホルモン分泌不全, 高プロラクチン血症, 中枢性尿崩症の状態が継続しており, ヒドロコルチゾン 15 Figure 1. Magnetic resonance imaging (MRI). (A) Sagittal T1-weighted MRI showing a 20.68-mm mass with superior-to-posterior extension from the suprasellar region to the papillary body. (B) Sagittal T2-weighted MRI revealing hyperintensity. (C) Sagittal contrast-enhanced T1-weighted MRI showing a mass with a contrast effect from the superoposterior suprasellar region to the papillary body. (D) Coronal contrast-enhanced T1-weighted MRI. $\mathrm{mg} /$ 日,レボチロキシン $50 \mu \mathrm{g} /$ 日,デスモプレシン $120 \mu \mathrm{g}$ /日の継続投与が必要と判断した. また 2 年間の腫瘍の再発がないことと成長ホルモン分泌不全状態であることから成長ホルモン補充療法を開始し,身長はキャッチアップしている. 現在の臨床症状は月経未初来と視力低下が残存するのみで,日中の眠気や多飲・多尿などの訴えはなく学校生活を含めた日常生活に支障はない. ## 考 察 本症例は, 日中の過度の眠気と学業不振を主訴に受診した。眠気は夜間の睡眠時間が十分にもかかわらず人と 1 対 1 の場面でも突発的に眠ってしまうことがほぼ毎日続くという点で病的であると判断し,中枢性の異常による睡眠障害, ナルコレプシーなどを考え,頭部 MRI 検查や長時間脳波検查を検討した. 本症例による眠気は耐え難い眠気や睡眠時間の延長という点ではナルコレプシーに類似するが,ナルコレプシーに特徵的な情動脱力発作や入眠時幻覚, 睡眠麻疩などがないことから否定的であった。 また成人において視神経脊髄炎, 多発性硬化症, 亜急性連合性脳春髄炎にみられた視床下部病変に二次性の過眠症を合併したという報告がいくつかあり ${ }^{6}$,視床下部の障害によりオレキシン産生や投射経路が障害されることによって上行性網様体賦活系やヒス夕ミン作動性神経系の活性化が阻害され, 二次性の過眠を来す可能性が示唆されている。本例でも視床下部病変による二次性過眠症の関与は否定できない,その他にも腫瘍による成長ホルモン,甲状腺ホルモン,コルチゾルの分泌低下や自覚のない低血糖に加えて,夜間排尿による断続的な睡眠不足などの影響も考えられた。 14 歳という年齢で,第二次性徴,初潮がない,さらに成長曲線での身長発育の停滞など問診からも内分泌の問題は推察された. 中枢神経の精査から下垂体部の腫瘍であることが判明したが,多飲・多尿,母からの「なんとなく全体的に活気がさがっている」 という発言なども内分泌異常を裏付けるものであった. 小児領域では成長曲線が本例のように成長ホルモン不全だけではなく, 甲状腺や性腺などさまざまな内分泌疾患を想起するきっかけとなることは少なくないため, 総合的な診察の重要性を再認識した. さらに本症例に合併した視野欠損や視力の低下を認め, 視神経の MRI 造影効果から腫瘍の圧排と浸潤によると判断した。 本例を振り返ると発症は 3 年前と考えられるが, もう少し早い時期で診断に至らなかったのかという点から検討してみた. 頭蓋内胚細胞腫瘍 70 例での Sethi らの検討で, 鞍上部腫瘍での初発症状は頭痛や嘔気などの頭蓋内圧光進症状, 視機能障害による視力低下や眼球運動制限などが多い. 肧細胞腫瘍をはじめとする頭蓋内腫瘍の症状発現から発見までの期間の中央値は 6 か月であり, 頭痛・嘔気嘔吐・複視・視覚障害の症状では, それぞれ約 1 か月・0.5 か月・0.5 か月・2 か月であった。一方,多飲多尿は鞍上部腫瘍の $93 \%$ で認めたにもかかわらず症状発現から診断までの期間の中央値は 12 か月, また夜間尿は 18 か月を要していた. 中でも鞍上部腫瘍は 16.8 か月と長く, 続発する内分泌疾患の多彩な症状ゆえに受診の遅れや複数の専門医受診によって診断・治療が遅れると報告されている . 本邦における小监鞍上部腫瘍 50 症例における受診動機に関する小川らの報告では,成長障害 14 例,次いで頭痛 13 例がみられ, 胚細胞腫症例では全例に多尿を認めていた7). また。本邦からの症例報告において,日中の眠気を主訴に頭蓋内胚細胞腫瘍と診断された症例は本症例を合わせて 3 例であり,他の 2 例は睡眠外来や精神科を初診していだ年99 . 本症例においても受診から診断までは 2 か月であったが,頭痛や嘔気嘔吐などの頭蓋内圧方進症状や視覚の自覚的症状など頭蓋内腫瘍の典型的な症状を認めず, 日中の過度の眠気や学業不振などの非特異的な症状が先行したことで受診につながるまで約 3 年を要したと考える。思春期発来の遅延など症状は生活上にあまり支障がないが隠れた疾患の可能性があることも考慮して,学校検診などを活用し, 早めの精査につながるように啓蒙していくことも必要である. 本症例では診断時に播種を認めず, 治療経過も順調であり,発見まで時間を要した影響を受けなかったと思われるが, 先に挙げた Sethi らの検討では, 診断遅延は再発率などの差はないものの, 診断時の播種の有無には差を認めたとの報告があり3 ${ }^{3}$, 早期診断のための努力は予後の改善に繋がると思われ,本疾患の診断を念頭にこれまで挙げた症状に留意することが必要である. 肧細胞腫瘍は, 放射線治療および化学療法に対する感受性が高く, 現在の治療法として化学放射線併用療法が主流である。 $\alpha$ フェトプロテイン $(\alpha$ fetoprotein:AFP)および $\beta$-ヒト䋐毛性ゴナドトロピン ( $\beta$-human chorionic gonadotropin : $\beta$-HCG) が陰性で, 生検で pure germinoma と確認された症例 は予後が良好であることが認められている。一方, 2 つのうちいずれかの腫瘍マーカーが高値である, もしくは生検にて悪性成分を認める症例は予後不良である ${ }^{10}$. 確定診断および治療方針決定に際して生検による病理組織学的診断が行われるが, 本症例では髄液中 PLAP の測定により生検は行わず画像検查から比較的速やかに診断および治療に至ることが出来たと考えられた。 ## 結語 本症例では小児科受診時の詳細な問診と診察から脳腫瘍の鑑別が挙がり,受診から比較的早期に診断に結びついた。受診から診断・治療の期間短縮はもちろん,受診動機を与えるような啓発が今後の課題と考える。 本症例は第 121 回日本小児科学会学術集会(2018 年 4 月)にて発表した。 本論文発表内容に関して開示すべき事項なし. $ \text { 文献 } $ 1) Miškovská V, Usakova V, Vertakova-Krakovska B et al: Pineal germ cell tumors: review. Klin Onkol 26 (1): 19-24, 2013 2) Bauchet L, Rigau V, Mathieu-Daudé $\mathbf{H}$ et al: Clinical epidemiology for childhood primary central nervous system tumors. J Neurooncol 92 (1): 87-98, 2009 3) Sethi RV, Rose M, Niemierko A et al: Delayed diagnosis in children with intracranial germ cell tumors. J Pediatr 163: 1448-1453, 2013 4) Kyritsis AP: Management of primary intracranial germ cell tumors. J Neurooncol 96: 143-149, 2010 5) Kyritsis AP: Evaluation and treatment of CNS neoplasms. In Neurology Practice Guidelines, pp473496, Marcel Dekker, New York (1998) 6) Nishino S, Okuro M, Kotorii N et al: Hypocretin/ orexin and narcolepsy: new basic and clinical insights. Acta Physiol (Oxf) 198: 209-222, 2010 7)小川哲史, 岸健太郎, 谷田川聡也ほか:小坚鞍上部腫瘍 50 症例における受診動機の検討. 日小照科会誌 $114: 256,2010$ 8)中島英,金子宜之,鈴木正泰ほか:日中の眠気を主訴に来院した脳腫瘍の 1 例. 精神神経学雜誌 121 (2) : 145, 2019 9)中島英, 金子宜之, 鈴木正泰ほか:睡眠-覚醒リズムの乱れと日中の眠気を主訴に受診した脳腫瘍の 1 例. 臨床神経生理学 46 (5): 427,2018 10)藍原康雄, 渡辺伸一郎, 千葉謙太郎ほか:頭蓋内胚細胞腫に対する新腫瘍マーカー PLAP. 日本臨床 74 (Suppl 7) : 425-431, 2016
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 保育園入園健診での体重増加不良の指摘を契機に診断に至った ## シトリン久損症の 1 例 \author{ '東京女子医科大学小児科 \\ ${ }^{2}$ 東京女子医科大学卒後臨床研修センター \\ ${ }^{3}$ 東京女子医科大学小坚外科 \\ (受理 2021 年 2 月 15 日) } Citrine Deficiency Diagnosed at Pre-school Medical Check-up because of Failure to Thrive: A Case Report \author{ Yuki Suzuki, ${ }^{1}$ Kaoru Eto, ${ }^{1}$ Chihiro Nakayama,,${ }^{2}$ Kiyoshi Mizuochi, \\ Yoichiro Kaburaki, ${ }^{1}$ Osamu Segawa, ${ }^{3}$ and Satoru Nagata ${ }^{1}$ \\ ${ }^{1}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \\ ${ }^{2}$ The Medical Training Center for Graduates, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan \\ ${ }^{3}$ Department of Pediatric Surgery, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan } We encountered a female with citrine deficiency (CD) that was initially diagnosed with conjugated hyperbilirubinemia because of steatorrhea with poor weight gain at two months of age at a medical check-up for nursery school. Her newborn mass screening results were negative. Because a blood test revealed an increase in hepatobiliary enzymes, she was referred to our hospital. Biliary atresia was negative on intraoperative cholangiographical findings, and CD was diagnosed based on plasma amino acid analysis performed at admission. Because galactosemia was also observed, galactose-free milk was started, and medium-chain triglyceride (MCT) oil, fat-soluble vitamins, and biliary drugs were administered. Her symptoms, including failure to thrive, improved. Infantileonset CD is often diagnosed because of jaundice and gray stool, as suggested by the stool color card, which is generally used in Japan within the second half of the first year of life. However, some cases have spontaneous improvement of these characteristic symptoms without any medical approach followed by adult-onset type II citrullinemia after adolescence. In addition to the 1- and 3- to 4-month-old medical examinations, poor weight gain and changes in stool color at the time of consultation in early infancy were important for the early diagnosis of CD in this case. Keywords: citrine deficiency, failure to thrive, neonatal intrahepatic cholestasis caused by citrin deficiency (NICCD), adult-onset typeII citrullinemia (CTLN2), new born screening  ## 緒言 シトリン久損症は, 染色体 $7 \mathrm{q} 21.3$ に存在する SLC $25 A 13$ 遺伝子の変異に起因した常染色体劣性遺伝形式の先天代謝異常症である ${ }^{11}$. 臨床像には, 新生児期から乳览期に発症する新生坚肝内胆汁うっ滞症 (neonatal intrahepatic cholestasis caused by citrin deficiency:NICCD)と思春期以降に発症する成人発症 II 型シトルリン血症(adult onset citrullinemia type2 : CTLN2)の 2 つがある2). NICCD は新生児マススクリーニング検査 (newborn screening:NBS)陽性を契機に来院する早期発症例と, 同検査は正常で, その後黄疸, 淡黄色便などを主訴に受診する乳児期発症例に大別される. 乳児期発症例は, 多くは 1〜5か月の間に肝内胆汁うっ滞による黄疸, 淡黄色便を来し,胆道閉鎖症,新生坚肝炎を疑われ来院することが多いとされている 3 . 今回, 黄疸や便色の変化には気付かれていなかったが, 保育園の入園健診で指摘された体重増加不良の精査目的に施行した血液検査を契機に診断に至ったシトリン久損症の 1 例を経験したので報告する。 ## 症 例 患者: 2 か月 23 日, 女児. 主訴:体重増加不良. 家族歴 : 代謝疾患, 自己免疫疾患, 肝疾患の家族歴なし. 近親婚なし. 異母兄健康. 周産期歴:妊娠経過に異常なし. 在胎 37 週 5 日,経腟分娩にて出生. 仮死なし. 出生時体重 $2,350 \mathrm{~g}$,身長 $48 \mathrm{~cm}$, 頭囲 $31.5 \mathrm{~cm}$. 黄疸の経過も標準範囲内であった. 体重増加不良のため入院を継続されたが,体重増加が見达まれたため日齢 16 に $2,358 \mathrm{~g}$ で退院した. 日齢 5 に施行したNBS は正常であった. 栄養 : 混合栄養. 発達歴: 未定頸. 追視・固視は 2 か月. 現病歴: 1 か月健診時の体格は, 体重 $2,715 \mathrm{~g}$ $(-2.7 \mathrm{SD})$, 身長 $48 \mathrm{~cm}(-2.2 \mathrm{SD})$, 頭团 $33.6 \mathrm{~cm}$ $(-1.7 \mathrm{SD})$, 胸囲 $32.5 \mathrm{~cm}(-2.1 \mathrm{SD})$ と小柄であったが, 1 日あたりの体重増加は $21 \mathrm{~g}$ であり, 哺乳指導のもと経過観察となっていた. 生後 2 か月時に行われた保育園の入園健診で再度体重増加不良 (1 か月健診から $19 \mathrm{~g}$ /日)を指摘された。授乳に関しては, $3 \sim 4$ 時間間隔で母乳を 1 日 8 回,ミルクを追加で1 日 6 回(1回 40 60 mL)程度哺乳を行っていた. 摂取カロリーは約 $600 \mathrm{kcal} /$ 日 $(250 \mathrm{kcal} / \mathrm{kg} /$ 日 $)$程度であり,至適範囲内であった.鉄欠乏性貧血や甲状腺機能低下症などの評価目的で前医にて血液検査を施行され,トランスアミナーゼ値や直接ビリルビン値の上昇があり, 精査目的に当院紹介受診した.来院前の便性を家族に確認し, 母子健康手帳用便色カードのスケールは 4 番であった (1~3 番は, 便中胆汁排泄不良と判定 $)^{4)}$. 当院で施行した血液検查でも同様に肝胆道系酵素の上昇を認め, 胆道閉鎖症などの閉塞性疾患や, 肝炎, 先天代謝異常症を疑い,精査加療目的に当院入院した. 入院時現症: 身長 $53.2 \mathrm{~cm}(-1.6 \mathrm{SD})$, 体重 3.7 $\mathrm{kg}(-2.5 \mathrm{SD})$, 頭囲 $36.7 \mathrm{~cm}$ ( $-1.1 \mathrm{SD})$, 胸囲 34.5 $\mathrm{cm}$ (-3.8 SD) と体格は標準より小さく, 体重増加不良があった. 体温 $37.0^{\circ} \mathrm{C}$, 脈拍数 116 回/分, 呼吸数 52 回/分, $\mathrm{SpO}_{2}$ 98\%(室内気)とバイタルサインに異常所見はなかった. 活気良好で, 眼球結膜黄染はなかった. また肝臟は右肋骨下に $1 \mathrm{~cm}$ 触知し, 辺縁はスムーズであり, 脾藏は触知しなかった. 皮膚に黄染はなかった. 便色は便色スケールで 3 4 番であった. 神経学的異常所見はなかった. 入院時検査所見:血液検查ならびに尿検查を施行した (Table 1). 総ビリルビン $6.2 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, 直接ビリルビン $3.1 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と直接型優位高ビリルビン血症の所見があり,またAST 186 IU/L, ALT 75 IU/L とトランスアミナーゼ上昇, APTT 48.5 秒 (APTT control 27.7), AT-III 38\% と凝固異常を認めた。また, アンモニア $95 \mu \mathrm{g} / \mathrm{dL}$ と軽度高値であった. B 型肝炎, C 型肝炎, EB ウイルスなど各種ウイルス抗体価の上昇はなかった. サイトメガロウイルス $\mathrm{IgM}$抗体価は(土)であったが,サイトメガロウイルス抗原検査 (C7-HRP 法) は除性であった. 抗核抗体は陰性であった. アルファ・フェトプロテイン (AFP) は高值であった。 腹部超音波検查では, 肝臟の腫大はなく, 内部エコーは均一で, 脈管描出良好で肝内胆管の拡張はなかった. 胆囊は小さく, 壁の全周性の肥厚を認めた. Tc-99 m 肝・胆道系シンチグラフィーでは, 肝外胆管への RI の描出ははっきりせず,消化管へのはっきりとしたRI 流出はみられなかった。 臨床経過:直接型優位高ビリルビン血症, トランスアミナーゼ上昇, 凝固異常の原因として, ウイルス性肝炎,自己免疫性肝炎を鑑別にあげたが,各ウイルス抗体価の上昇, 抗核抗体の上昇がなかったことから否定的と考えた. サイトメガロウイルス感染に関しては同ウイルス IgM 抗体価は $( \pm)$ であったが, サイトメガロウイルス抗原検查が陰性であったため, サイトメガロウイルス肝炎に関しても否定的 Table 1. Blood and urine test results on admission. Blood and urine tests performed at the time of admission revealed hyperbilirubinemia with direct bilirubin dominance, elevated transaminase, and coagulopathy. Amino acid profiles revealed the elevation of the levels of multiple amino acids, including citrulline, suggesting citrine deficiency. AFP, $\alpha$-fetoprotein. Figure 1. A. Laparoscopic findings revealed no atrophy or cirrhosis of the liver. The color of the liver was more yellow than usual. B. Histological findings of the liver showed cholestasis in the bile duct (Arrowhead). Droplet-like vacuoles were found in hepatocytes, suggesting fat deposition (Arrows). There were no prominent findings of inflammation or fibrosis (hematoxylin and eosin stain, scale bar: $20 \mu \mathrm{m}$ ). と考えた。その他 Aragille 症候群などの肝内疾患や,アシデミアを呈するシトリン久損症やチロシン欠損などの代謝性疾患を鑑別に挙げ精査を進めた. また,早急に治療介入が必要となる胆道閉鎖症を鑑別するため,入院 4 日目に胆道シンチグラフィーを施行した。胆道シンチグラフィーでは肝臟,胆囊の描出はあったものの, RI 投与後 24 時間まで十二指腸の描出が得られなかった.胆道閉鎖症を否定できない所見であったため, 入院 7 日目に腹腔鏡下術中胆道造影検査・肝生検を施行した。腹腔鏡観察下で Figure 2. Clinical manifestation of the case. Biliary atresia was negative on intraoperative cholangiography performed on the 7th day of hospitalization, and citrine deficiency was diagnosed based on plasma amino acid analysis performed at admission. Because galactosemia was also observed, galactose-free milk was started, and medium-chain triglyceride (MCT) oil, fat-soluble vitamins, and biliary drugs were administered. Laboratory findings improved after treatment initiation. Weight gain was also good, and the patient was discharged on the 22nd day of hospitalization. AST, aspartate aminotransferase; ALT, alanine aminotransferase; D-Bil, direct bilirubin; $\gamma$-GTP, $\gamma$-glitamyl transpeptidase. は,肝臓の色調は通常よりも黄色調であったが,萎縮や硬化はなく(Figure 1A),術中胆道造影検査では胆道の描出があり,胆道閉鎖症は否定的と考えた。 また術中胆道造影検查時に施行した腹腔鏡下肝生検で脂肪肝の所見 (Figure 1B)を認めたが,小葉構造は保たれ,門脈域の線維性増大や増生胆管などの胆道閉鎖症に認める病理所見はなかった。便の脂肪染色については検查体制が整っていなかったため施行できず,以降の胆汁うっ滞の経過観察は,便色カー ドで観察したところ,入院後の便色はこのカードの 2 3 番を示していた. その後に判明した入院時の血漿アミノ酸の分析により, シトルリンを始め, チロシン, フェニルアラニン, スレオニン等複数のアミノ酸の高値を認め, 体重増加不良, 肝胆道系酵素上昇, 胆汁うっ滞, 凝固能低下, AFP 高値と併せて, シトリン久損症の可能性が高いと考えた. 治療とし て,人工乳を必須脂肪酸強化 $\mathrm{MCT}$ (中鎖脂肪酸トリグリセリド)ミルクへ変更し乳糖制限を行い,脂溶性ビタミンを用いた栄養管理, 利胆薬の投与を行った. また, 胆道造影検査後, 哺乳間隔があいてしまったため,血糖測定を行ったところ,無症候の低血糖 $(31 \mathrm{mg} / \mathrm{dL})$ を認めた. 低血糖予防のため, 授乳間隔が 4 時間以上あかないように指導した. 入院 11 日目には血中ガラクトース高値を認め,シトリン久損症に伴う高ガラクトース血症であると考え,必須脂肪酸強化 $\mathrm{MCT}$ ミルクからガラクトース除去ミルクに MCT オイルを添付したものへ変更した. 治療開始 3 日目には肝胆道系酵素高値, 凝固異常, 低蛋白血症,血中ビリルビン, 総胆汁酸値の改善を認め, 便色も便色カードで 4 番程度に改善した. その後も血液検查は経時的に改善し, また, 治療開始後から退院時までに,1日あたり約 $40 \mathrm{~g}$ と体重増加も良好であ Figure 3. Growth curve of the case. Development was good even after discharge, and both height and weight were age appropriate. MCT, medium-chain triglyceride. り, 入院 22 日目に退院とした(Figure 2). 退院後も体重増加は良好で, 発達も 6 か月時点で月齢相当に推移している (Figure 3),血液検査でも肝胆道系酵素, 血漿アミノ酸分析とも改善傾向を認めた。退院後に, 次子の同疾患のリスクなどを含めた遺伝学的カウンセリングを行った上で本览の確定診断のためシトリン久損症の責任遺伝子である SLC25A13 遺伝子検査を施行し,既知の変異を含む NM_014251.3 (SLC25A13) : c.852_855del [p.(Met285Profs*2)] \& c.1799dup [p. (Tyr600*)]の複合へテロ変異を認めだ. ちなみに, c.852_855del, c.1799dupA はdbSNP に各々 rs80338720, rs80338726として登録があり, ClinVarに pathogenic として評価されている. ## 考 察 シトリンは成人発症II 型シトルリン血症 (CTLN2)の原因遺伝子として発見された新規遺伝子SLC25A13 の産物である3). シトリンとはミトコンドリア膜輸送体タンパク質の一員で,ミトコンドリ ア内膜に存在するアスパラギン酸・グルタミン酸膜輸送体である. シトリンの機能表失により, 細胞質内に NADH 還元相当が過剩蓄積することで, 細胞質でのアスパラギン酸合成を低下させる. その結果,尿素異常を呈し,シトルリン血症と高アンモニアを生じる. 主に肝臟での尿素, タンパク質, 核酸合成,糖新生, 好気的解糖, エネルギー産生などの障害により,シトリン久損患者では多彩な症状を呈するものと推測されているる) ${ }^{6)}$. 本症の原因遺伝子は SLC25A13であり,本邦では高頻度変異 11 個で変異頻度の $95 \%$ を占める ${ }^{9100}$. 本児に認めた遺伝子変化は高頻度変異に含まれない変異であり,同一の複合変異の報告はない. c. $852 \_855$ del は, 本邦に高頻度で認める c.851_854del に隣接した久失であるが, 非常に低頻度な変化として報告されている ${ }^{5}$. 本疾患において, 臨床症状と遺伝子変化の相関は十分解明されておらず,その他の修飾因子の臨床症状への関与が考えられている9). 本症には発症時期で分類される二つの表現型があ $り$, 新生坚から乳览期に発症する新生览肝内胆汁うっ滞 (NICCD) と, 思春期以降に発症し, 意識障害, 高アンモニア血症, 脂肪肝などの臨床像を示す成人発症 II 型シトルリン血症 (CTLN2) に大別される ${ }^{2111}$. どちらのタイプでも早期の治療介入や指導により, 発達の遅れや重篤化を予防することが可能な代謝性疾患であるため, 早期に診断をつけることは重要である ${ }^{12}$. NICCD の多くは 1 歳までに自然軽快するが,極まれに急性肝不全で肝移植の報告もある。 また, NICCD 期を脱すると見かけ上健康に見える適応期・代償期を迎える。但し,この時期でも,慢性肝障害, 肝腫大, 体重増加不良, 低身長, 低血糖,脂質異常症などを subclinical に示すことがあり,注意すべきとされている ${ }^{13}$. 本症の約 $5 \%$ は思春期以降に CTLN2に移行し, 高アンモニア脳症による異常行動, 見当識障害, 意識障害, けいれんなどを生じることが知られているため, シトリン久損症の診断を明確にした上で,生涯にわたる注意深いフォローアップが必要である ${ }^{14)}$. NICCD は NBS 陽性を契機に生後 1 か月以内に精密検查を受診し肝障害が明らかになるものと, 同検査は正常で遷延性黄疸, 体重増加不良などを契機に生後 1 か月以降に受診するものに大別される ${ }^{15}$.同検查陽性群ではその臨床的な症状・検查データが揃えば,NICCD を疑うことは比較的容易であるが,異常がみられなかった群では陽性群に比して受診期 Table 2. Main pathological conditions that cause poor weight gain in infants ${ }^{19}$. \\ 間が数週〜数か月遅く, NICCD の診断に至るまで時間がかかる傾向がある ${ }^{16)}$.シトリン欠損症は本邦での保因者頻度は $1 / 65$ であり, 理論上の有病率は $1 /$ 17,000 人程度と計算されるものの,NBSによる NICCD の発見率は $1 / 80,000$ 人であり,予想される頻度の $1 / 4$ 程度である. 本疾患児 75 例の検討では, 30 例で NBS 陽性, 45 例で同検査に異常がみられなかった. これら 45 例中, 39 例で黄疸・灰白色便, 11 例で発育不良, 2 例でプロトロンビン時間の延長, 2 例で肝腫大,その他,それぞれ 1 例で皮下出血,溶血性貧血,腹水,低血糖性けいれん,水様性下痢,傾眠を主訴に受診しだ¹7).また,本邦で20122016 年の 4 年間で診断された NBSで異常がみられなかったシトリン久損症の検討では, 黄疸が最も多く,次いで体重増加不良, 灰白色便が主な診断の契機となっていることが報告されている。少の中でも体重増加不良単独が診断の契機になった症例は稀であった $^{8}$. 黄疸,灰白色便を主訴に受診する症例が多いことからもわかる通り,NBSで異常のなかった児は,生後 1 4 か月に閉塞性黄疸があり, 胆道閉鎖や新生児肝炎が疑われての受診が契機となることが多いことが特徴である ${ }^{11}$. 胆道閉鎖の術後 20 年生存率は手術時の日齢と負の相関があるとされているため, 速やかに除外しなければならない疾患の一つである。自験例では,高ビリルビン血症があり,早急に鑑別を行うべき疾患として胆道閉鎖症を挙げ精查を行っ た. 入院時にアミノ酸分析を提出しているが, 結果の返却までの間に RI シンチグラフィー胆道閉鎖症を否定できない所見が得られた。入院時の月齢が 2 か月 23 日であることを考慮し, 早急に胆道閉鎖症を否定する必要があると考え, 腹腔鏡下術中胆道造影検査・肝生検を施行した. 腹腔鏡検査後すぐにアミノ酸分析の結果が判明し, シトリン久損症の生化学的診断に至った. RI シンチグラフィーの感度は $80 \sim 100 \%$, 特異度は $35 \sim 87.5 \%$ であり, 胆汁うっ滞が強い症例では, 胆道閉鎖の有無に関わらず胆汁排泄を認めないことも多いとされている ${ }^{18}$. 自験例では,高度な胆汁うっ滞のため RI シンチグラフィー で十二指腸に RI 排泄がみられなかったものと考察した。また,体重増加不良の原因としても,先天代謝異常症は見逃してはいけない疾患のひとつである (Table 2 ${ }^{19}$. 今回の症例は, NBS は正常であり, 生後 1 か月健診では受診に至るまでの体重増加不良はなく, また受診時まで便色の変化には気付かれなかったが,2 か月時の保育園入園前健診で体重不良を認め, 血液検査より診断に至った. NICCD は黄㾝や灰白色便が受診の契機となることが多いことは上述の通りであるが,今回の症例のように,黄疸や便色の変化には気付かれず体重増加不良が主訴となる場合があることを念頭に置かなければならない。また, NICCD に関しては生後半年以前に診断される症例が大半であることを考えると, NBS 異常のなかっ た児に対しては,生後 1 か月, $3 \sim 4$ か月健診以外にも,保育園入園前健診などにおける体重増加不良や黄疸,便色などの評価を行う機会が,本症の早期診断に重要であると考える。また,上述した通りシトリンはミトコンドリア内膜に存在するアスパラギン酸・グルタミン酸膜輸送体であり,リンゴ酸ーアスパラギン酸シャトルを構成する。このシャトルは肝臟における解糖系に不可欠であるため, シトリン欠損では解糖系がうまく働かず,低血糖を呈しやすい. シトリン久損症を疑った場合には低血糖に注意して観察を行うこと,また授乳間隔があかないよう指導することが重要である。 ## 結語 今回,黄疸や便色の変化には気付かれなかったものの, 保育園入園前健診で体重増加不良を指摘され,血液検査を契機に診断に至ったシトリン久損症の 1 例を経験した。 NBS 陰性のシトリン欠損症では, 乳児期早期の遷延性黄疸,灰白色便以外に体重増加不良が主訴となることがあり,本症も念頭に精査を行う必要があると考えられた。また,34か月健診以外の機会受診での体重増加や便色の変化の確認も, 本症の早期診断の契機になる可能性があり,受診の密口となる一般小児科医への啓蒙も重要である. ## 謝辞 肝病理所見に関してご教示いただきました東京女子医科大学病理診断科長嶋洋治教授, 山本智子准教授,増井憲太講師に深謝いたします。 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1)岡野善行,徳原大介,玉森晶子ほか:シトリン久損症の臨床症状の変遷と診断法の開発. 日小坚栄消肝会誌 $22: 1-7,2008$ 2)森田理沙, 西村裕, 隅誠司ほか: 初回新生児マススクリーニング検査で正常所見であったシトリン久損症の 1 例。小児臨 70:1573-1579, 2017 3)大浦敏博:シトリン欠損症. Aアミノ酸代謝異常症. 第 3 章タンデムマスで見つかる疾患.「タンデムマス・スクリーニングガイドブック」, 初版(山口清次編),pp82-85, 診断と治療社,東京 (2013) 4)松井陽:胆道閉鎖症早期発見のための便色カー ド活用マニュアル. 平成 23 年度厚生労働科学研究費補助金成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業 ( 2011 ) . https://www.mhlw.go.jp/ seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_ kosodate/boshi-hoken/dl/kenkou-04-06.pdf ( Accessed February 10, 2021) 5) Zhang L, Li Y, Shi W et al: Identification of a novel splicing mutation in the SLC25A13 gene from a patient with NICCD: a case report. BMC Pediatr 19: 348, 2019 6)岡野善行 : 知っておきたい遺伝性疾患シトリン久損症. 小坚内科 $48: 907-910,2016$ 7)大浦敏博:シトリン欠損症研究の進歩一発症予防・治療法の開発に向けて. 日小児会誌 113 : 1649-1653, 2009 8) 田川晃司, 松井克之, 中辻恵理ほか:母乳性黄疸と診断されていた肝不全を呈したシトリン欠損症の 1 例. 小児臨 $71: 484-490,2018$ 9) Tabata A, Sheng JS, Ushikai M et al: Identification of 13 novel mutations including a retrotransposal insertion in SLC25A13 gene and frequency of 30 mutations found in patients with citrin deficiency. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 右大腿蜂窩織炎で受診し,アシドーシス発症前に診断に至った 小児 1 型糖尿病の 1 例 東京女子医科大学東医療センター小监科 (受理 2021 年 2 月 24 日) A Case of Childhood-Onset Type 1 Diabetes Who Visited Hospital with Right Thigh Cellulitis and Was Led to Early Diagnosis before Causing Acidosis Yuri Takahashi, Shogo Hoshika, Yuki Yasuda, Hisafumi Matsuoka, Shigetaka Sugihara, and Tomoko Otani Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University Medical Center East, Tokyo, Japan } A 7-year-old girl with no notable medical history presented with a chief complaint of pain in the right lower extremity. She was hospitalized based on a diagnosis of cellulitis. An interview at the time of hospitalization revealed that she was experiencing polydipsia, polyuria, and poor weight gain for 1 month. Based on the possibility of diabetes, we performed thorough examinations, and the patient was diagnosed as having diabetes. She had a high keton level, but she did not develop acidosis. It has been reported that the time to diagnosis affects the incidence of diabetic ketoacidosis (DKA) in first-time cases of childhood-onset type 1 diabetes, and the presence or absence of DKA is associated with the prognosis of type 1 diabetes. Most cases of childhood-onset type 1 diabetes are diagnosed by mass urinalysis or DKA development; however, diagnosis may be delayed if patients present with an atypical complaint, as in our case. Because polydipsia/polyuria and weight loss are observed in $90 \%$ and $50 \%$ of children with type 1 diabetes, respectively, interviews regarding these symptoms can be helpful in diagnosing other cases. Keywords: childhood-onset type 1 diabetes, diabetic ketoacidosis, cellulitis ## 緒言 1 型糖尿病は内因性インスリンの進行性分泌低下をきたし,最終的には絶対的欠乏により糖代謝をはじめ, 様々な代謝失調をきたす病態である ${ }^{122}$. 日本における 14 歳以下の年間発症率 (/10万人) は約 2.25 と推定される ${ }^{3}$. 発症時における最も重要な合併症は糖尿病ケトアシドーシス (diabetic ketoacidosis: DKA)である. DKA は小児 1 型糖尿病発症初期に約 $30 \%$ に認められ,その死亡率は長年改善していな (224). DKA に伴う脳浮腫は主な死亡原因であり, 生存者の約 $20 \%$ に後遺症を残す。日本においても, DKA に伴う脳浮腫の頻度と後遺症の発症率は欧米 Corresponding Author: 高橋侑利 $\overline{\mathrm{T}}$ 116-8567 東京都荒川区西尾久 2-1-10 東京女子医科大学東医療センター小背科 [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.91.2_143 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Table 1. Laboratory data on admission. }} \\ The patient's inflammatory reaction was slightly elevated and her blood sugar level was high. Her ketone level was also high; however, she did not develop acidosis. と同等であったとの報告もある . したがって, 死亡や後遺症を予防するためには DKA 発症前に小児 1 型糖尿病を診断することが重要となる。今回問診からアシドーシス発症前に診断し,治療に至った例を経験したため報告する. ## 症 例 患者 : 7 歳, 女児. 主訴:右大腿後面の疼痛. 既往歴 : 特記事項なし。 家族歴: 父 $1 \mathrm{~A}$ 型糖尿病, HLA typing, DRB1 *04:05/*09:01-DQB1* ${ }^{*} 04: 01 / * 03: 03$. 父方祖母 2 型糖尿病. 現病歴:入院 1 か月前から右大腿後面の伝染性膿痂疹を繰り返し,外用薬での加療を受けていた。入院 2 日前から右大腿後面の疼痛が出現し入院前日に当院救急外来を紹介され受診した. 右大腿後面に約 $5 \mathrm{~cm}$ 大の紅斑と自壞による少量の排膿が認められた. 血液検查で白血球 $9,400 / \mu \mathrm{L}, \mathrm{CRP} 0.7 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と炎症反応は軽度上昇, 抗菌薬が処方され帰宅となった. 帰宅後から疼痛が悪化し歩行困難となった.翌日,再診時の問診で母親より 1 か月前から児の多飲多尿, 急激な食事摂取量の増加と食事摂取量に見合わない体重増加不良, 父親が $1 \mathrm{~A}$ 型糖尿病であることを聴取した。また,入院 5 か月前の学校検尿では尿糖陰性であった。再診時の血液検査で血糖値 $476 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{HbAlc} 13.7 \%$ といずれも高値であり糖尿病と診断した。血中ケトン体が高値であったが静脈血液ガス分析の結果からアシドーシスは否定的であった。糖尿病によるケトーシス,右大腿蜂窩織炎の診断で加療目的に入院となった. 入院時現症:身長 $127.1 \mathrm{~cm}(+1.5 \mathrm{SD})$ ,体重 22.0 $\mathrm{kg}$ (肥満度 - $7.5 \%$ ), 体温 $37.3^{\circ} \mathrm{C}$, 脈拍 98 回/分, 血圧 $98 / 60 \mathrm{mmHg}$, 呼吸数 24 回/分, 全身状態良好,意識清明, 口腔粘膜乾燥なし, 咽頭発赤なし, 頸部リンパ節腫脹なし, 甲状腺腫大なし, 胸部心音整,心雑音なし, 呼吸音清, 腹部平坦軟, 腸蠕動音正常,右大腿後面に約 $5 \mathrm{~cm}$ 大の熱感・圧痛を伴う紅斑と中心に痂皮あり,その他の部位に皮疹なし。 検査所見 : 入院時の血液検査 (Table 1) では, 白血球 $10,500 / \mu \mathrm{L}, \mathrm{CRP} 1.25 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と炎症反応は軽度上昇していた. 血糖値と $\mathrm{HbA1c}$ は著明に上昇し, 血中ケトン $1.6 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}$, 血液ガスの結果からはアシドーシスは否定的であった。血液培養は陰性, 下肢の膿培養からは黄色ブドウ球菌が検出された。入院時の下肢 MRI 検査 (Figure 1) では右大腿後面に高信号が認められた。 入院後経過 (Figure 2):(1)右大腿蜂窩織炎. 入院時の下肢 MRI 検查(Figure 1)では高信号域は脂肪組織のみに認められ, 深部感染症は否定的であった。右大腿蜂窩織炎と診断し切開排膿を行い,セファゾ Figure 1. Magnetic resonance imaging of the femur (short inversion time inversion recovery). The left figure was taken on the day of admission and shows a high intensity area in the right femur. After a course of antibiotics (right figure), the high intensity area almost disappeared. Figure 2. Clinical course after admission. This image shows the initial management after hospital admission. After intravenous fluid replacement therapy for $1.5 \mathrm{~h}$, we initiated continuous insulin at $0.05 \mathrm{unit} / \mathrm{kg} / \mathrm{h}$. When the blood glucose level decreased to $300 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, we changed the fluid to $7.5 \%$ glucose. Ketosis improved on the second day, and the patient started eating every meal and taking rapidacting insulin just before meals. We discontinued the intravenous fluid on the second day as she could eat and drink normally. リンナトリウム (CEZ) $100 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ /日の投与を開始した。下肢の膿培養からは黄色ブドウ球菌が検出され起因菌と同定した. 入院 13 日目のMRI 検査 (Figure 1) で改善が認められ,抗菌薬は同日終了としその後再発はなかった. (2)糖尿病・ケトーシス. 入院後 (Figure 2) は生理食塩水 $10 \mathrm{~mL} / \mathrm{kg} /$ 時を 1 時間半投与後, 速効型イン スリンを 0.05 単位 $/ \mathrm{kg} /$ 時で持続静注投与を開始した. 血糖 $300 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ 以下になったのを確認し糖濃度 $7.5 \%$ の維持輸液に変更した. 入院 2 日目にはケトー シスは改善し食事を開始した。またカーボカウント法に基づいて食前の超速効型インスリンの皮下注射を開始した. その後経過良好のため輸液中止し, 入院 5 日目には持効型インスリンの皮下注射に切り替 えインスリン持続静注を中止とした。入院時の検査結果(Table 1)から,血中 C ペプチド $0.4 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}$ と内因性インスリン分泌能の低下があり免疫学的検查では GAD 抗体, IA-2 抗体ともに陽性で $1 \mathrm{~A}$ 型糖尿病と診断した. 入院 19 日目に持続皮下インスリン注入療法(CSII)を導入した。導入時のインスリン投与量は 9.6 単位/日であったが, その後漸減し退院時には 6 単位/日であった. ポンプ交換と操作手技の獲得を確認し入院 30 日目に退院とした。 ## 考 察 本症例は右大腿蜂窩織炎を契機に受診し多飲多尿や急激な食事摂取量の増加と食事摄取量に見合わない体重減少,父親が $1 \mathrm{~A}$ 型糖尿病であると聴取したことから DKA 発症前に小児 1 型糖尿病を診断した症例である. 小监 1 型糖尿病患者のうち, 初診から 24 時間以内に糖尿病の診断に至った群と 24 時間以上経過後に診断に至った群との比較では, 両群で血糖値に関しては有意な違いはないものの, 診断が遅れた群で $\mathrm{HbA1c} の$ 平均値の上昇と $\mathrm{pH}$ の平均が低くDKAのリスクが 5.5 倍と明らかに増加を認めたとの報告がある ${ }^{6}$. また小児期発症の 1 型糖尿病において, 発症時のDKAの有無, およびDKAの重症度がその後の HbAlc と有意な相関を認めたという海外の研究もある ${ }^{7)}$. DKA 発症前に診断することは,死亡や脳浮腫とその後遺症を予防できるのみならず,その後に良好な血糖コントロールを維持するためにも重要である. 本症例は再診時にアシドーシス発症前に糖尿病を診断できた例であるが,救急外来受診時には糖尿病の診断至らなかった。 その要因の一つとしては,主訴の下肢痛と蜂窩織炎の加療に注意が向いてしまったことが考えられる。小等 1 型糖尿病発症時には糖尿病の典型的症状と言われる口渴・多飲・多尿・体重減少ではなく, 発熱・嶇吐・活気低下などの非典型的症状を主訴に来院することも少なくない.そのため医師は別の診断を下し,その治療に注意が向いてしまうために,糖尿病の診断および治療が遅れてしまう例がある ${ }^{688}$. 諸外国では, 初回の医療機関受診で糖尿病の診断に結びつかず,症状が増悪 L DKA にて 1 型糖尿病の診断が確定するという症例が $14 \sim 38 \%$ 認められたという報告がある ${ }^{9 \sim 111}$. その理由として,特に乳幼览症例では非典型的症状が受診の契機になることや糖尿病を専門としない一般小览科や家庭医の意識の問題が挙げられている ${ }^{121313}$.初診時には他科を受診する場合も考えられ,小坚科医師のみならず他科医師も含め社会への知識啓発も重要と考える。小児 1 型糖尿病の初期症状として,多飲多尿は患者の $90 \%$, 体重減少は $50 \%$ に認められ診断に有用な問診項目と考えられだ. . 本症例では再診時のこれらの問診からDKA 発症前に糖尿病と診断し得た。 今回父が $1 \mathrm{~A}$ 型糖尿病であることも診断の契機となった。一般的には 2 型糖尿病に比べて 1 型糖尿病では親子発症の確率は低いとされるが, 1 型糖尿病は家族内集積が報告されており,発症リスクは第 1 度近親者の存在で $8 \sim 15$ 倍, 第 2 度近親者の存在で 2 倍と報告がある. また, 小照 1 型糖尿病患者のうち親子発症のケースでは父と子では 4~7\%,母と子では 1.5 3\% と父子での発症頻度が高い ${ }^{14)}$. 国内における家族内発症 1 型糖尿病を集計した報告では同胞発症と親子発症の報告数はほぼ等しいという結果であっだ. 1 型糖尿病の家族内集積性に関与しているとされるのがヒト主要組織適合遺伝子複合体(MHC)の HLA 領域である. 1 型糖尿病は $1 \mathrm{~A}$ 型(膵島特異的な自己免疫現象による自己免疫性) と $1 \mathrm{~B}$ 型 (自己免疫の関与が明らかでない, 証明されない) に大別される. $1 \mathrm{~A}$ 型糖尿病発症に関連する多数の遺伝的要因・遺伝子座位が報告されている。日本人小児 431 人の $1 \mathrm{~A}$ 型糖尿病患者における検討でも, 疾患感受性・疾患抵抗性クラス IIHLA ハプロタイプが報告されている ${ }^{16}$. 本症例では父親も $1 \mathrm{~A}$ 型糖尿病であり,日本人の 1 型糖尿病における代表的な疾患感受性 HLA ハプロタイプを有しており,後に本児も同型のハプロタイプを有していることが証明された。発症は遺伝因子と環境因子の相互作用によるとされるが,患览の発症リスクは孤発例と比較して上昇していたと考えられた。 伝染性膿痂疹については 1 か月前から繰り返しており,多飲多尿や体重増加不良が生じた時期とも一致している。加療を受けていたにも関わらず繰り返し, 蜂窩織炎にまで至る易感染状態にあったと考えられる。糖尿病患者が感染症に罹患し易い原因としては高血糖状態の自然免疫系,獲得免疫系への影響が報告されている.自然免疫系では内皮細胞への付着や走化性,貪食能や殺菌能が減弱するとされ,補体の糖化による活性低下も指摘されている.獲得免疫系では $\mathrm{T}$ 細胞の抗原反応性の低下, 液性免疫では $\operatorname{IgG}$ 抗体量低下と抗体の機能低下も報告されてい $る^{17)}$. 本症例では 1 型糖尿病診断前から高血糖状態 が継続したことが要因で易感染性となり, 伝染性膿痂疹を繰り返し,蜂窩織炎にまで至ったと考えられた. ## 結論 今回蜂窩織炎を契機に診断に至った小览 1 型糖尿病の症例を経験した. 小照 1 型糖尿病を早期に診断するために家族歴がある場合や短期間に反復する感染症を認めた際には,高血糖症状を主訴としない場合でも糖尿病を念頭においた問診を行うことが重要である。また小児科医師のみならず他科医師,また社会に対して 1 型糖尿病の存在や正しい知識の普及啓発も重要と考える。 開示すべき利益相反はない ## 文 献 1) Mayer-Davis EJ, Kahkoska AR, Jefferies C et al: ISPAD Clinical Practice Consensus Guidelines 2018: Definition, epidemiology, and classification of diabetes in children and adolescents. Pediatr Diabetes $\mathbf{1 9}$ (Suppl 27):7-19, 2018 2) 日本糖尿病学会,日本小児内分泌学会編・著:「小児・思春期糖尿病コンセンサス・ガイドライン」,南江堂, 東京 (2015) 3) Onda Y, Sugihara S, Ogata $T$ et al: Incidence and prevalence of childhood-onset Type 1 diabetes in Japan: the T1D study. Diabet Med 34 (7): 909-915, 2017 4) Wolfsdorf J, Glaser N, Agus M et al: ISPAD Clinical Practice Consensus Guidelines 2018:Diabetic ketoacidosis and the hyperglycemic hyperosmolar state. Pediatr Diabetes 19 (Suppl 27): 155-177, 2018 5)宮本茂樹, 坪内肯二, 安達昌功ほか:小坚 1 型糖尿病におけるケトアシドーシスに合併する脳浮腫. 小览科臨床 $60 : 1557-1560,2007$ 6) Sundaram PCB, Day E, Kirk JMW et al: Delayed diagnosis in type 1 diabetes mellitus. Arch Dis Child 94 (2): 151-152, 2009 7) Fredheim S, Johannesen J, Johansen A et al: Diabetic ketoacidosis at the onset of type 1 diabetes is associated with future HbA1c levels. Diabetologia 56: 995-1003, 2013 8) Levitsky LL, Misra M: Epidemiology, presentation, and diagnosis of type 1 diabetes mellitus in children and adolescents. In Up to Date (Post TW ed), Wolters Kluwer, Netherlands (Accessed November 17, 2017) 9) Paw łowicz M, Birkholz D, Niedźwiecki M et al: Difficulties or mistakes in diagnosing type 1 diabetes in children?--demographic factors influencing delayed diagnosis. Pediatr Diabetes 10: 542-549, 2009 10) Usher-Smith JA, Thompson MJ, Sharp SJ et al: Factors associated with the presence of diabetic ketoacidosis at diagnosis of diabetes in children and young adults: a systematic review. BMJ 343: d4092, 2011. doi:10.1136/bmj.d4092. 11) Bui H, To T, Stein $\mathbf{R}$ et al: Is diabetic ketoacidosis at disease onset a result of missed diagnosis? J Pediatr 156: 472-477, 2010 12) Usher-Smith JA, Thompson MJ, Zhu H et al: The pathway to diagnosis of type 1 diabetes in children: a questionnaire study. BMJ Open 5 (3): e006470, 2015. doi:10.1136/bmjopen-2014-006470. 13) Nakhla M, Rahme E, Simard M et al: Risk of ketoacidosis in children at the time of diabetes mellitus diagnosis by primary caregiver status: a population-based retrospective cohort study. CMAJ 190 (14): E416-E421, 2018. doi:10.1503/ cmaj. 170676 . 14) Parkkola A, Härkönen T, Ryhänen SJ et al: Extended family history of type 1 diabetes and phenotype and genotype of newly diagnosed children. Diabetes Care 36 (2): 348-354, 2013 15)加島尋, 日高周次, 近藤誠哉ほか:母親が緩徐進行 1 型糖尿病, 息子が急性発症 1 型糖尿病を発症した親子例一日本における家族内発症 1 型糖尿病の臨床像についての検討一。糖尿病 53 (6):406418,2010 16) Sugihara S, Ogata T, Kawamura $T$ et al: HLAclass II and class I genotypes among Japanese children with Type 1A diabetes and their families. Pediatr Diabetes 13: 33-44, 2012 17)高倉俊一, 本郷偉元: 基礎疾患と感染症糖尿病.内科 123 (2): 197-201, 2019
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 高流量鼻カニューラ酸素療法と多職種連携により, 安定した在宅療養が 可能となった 21 トリソミーの 1 例 東京女子医科大学医学部小坚科学 (受理 2021 年 2 月 25 日) Successful Transition to Home Medical Care by Combination of High Flow Nasal Cannula and Multidisciplinary Team Approach in a Patient with Trisomy 21 Mami Michishita, Takatoshi Sato, Kaoru Eto, Susumu Ito, Hidetsugu Nakatsukasa, Aiko Nishikawa, Yoko Yamamoto, Satoru Nagata, and Kyoko Hirasawa Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan } We experienced a boy aged 1 year and 8 months with trisomy 21 who could receive home medical care through high-flow nasal cannula (HFNC) and multidisciplinary collaboration. At age 8 months, he underwent the first emergency admission due to acute respiratory infection. He was originally pointed out about his stridor. At age 11 months, he was diagnosed with pharyngomalacia and laryngotracheal deformities by bronchoscopy. We administered noninvasive positive pressure ventilation (NPPV); however, he required six emergency admissions due to respiratory insufficiency by the age of 1 year and 8 months. He could not tolerate NPPV, and his parents experienced difficulty and fatigue in home medical care. Therefore, we changed NPPV to HFNC, after which he became acceptable to the oxygen therapy, and a relaxing positioning administered by the physiotherapist was also useful for reducing his breathing effort. Smooth transition to home medical care can also be achieved by the cooperation of multiple professionals, including visiting physicians, nurses, and medical social workers. Keywords: trisomy 21, high-flow nasal cannula (HFNC), pharyngomalacia, home medical care, multidisciplinary cooperation ## 緒 言 21 トリソミーは約 1,000 人に 1 人の割合で発生し, 先天性異常症候群のなかで最も頻度が高い疾患の一つである.先天性心疾患,消化器疾患,血液疾患,てんかんなど多彩な合併症を有し,気道病変も しばしば合併する。 咽頭軟化症は咽頭腔の虚脱によって哺乳障害や閉塞性無呼吸などの症状を呈し,一部の重症例では,非侵襲的陽圧換気療法 (noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)や気管切開術が必要とな  る場合もある. NPPV は患览に合わせたマスクフィッティングや压設定を行っても,受容困難な例が経験される。しかし,そのような例において,高流量鼻カニュラ酸素療法 (high flow nasal cannula : HFNC)の有用性を指摘する報告が指摘されている $^{1)}$. 安定した在宅療養のためには, 患児と家族の負担を軽減し,家族を取り巻く多職種間で緊密な調整を行う必要がある.今回, HFNC の導入と多職種連携で在宅療養可能となった, 咽頭軟化症を合併した 21 トリソミーの 1 例を経験したので,報告する。 ## 症 例 患者: 1 歳 8 か月, 男坚. 主訴 : 呼吸障害. 家族歴 : 特記事項なし。 周産期歴:在胎 32 週 0 日, 胎览発育不全および胎児胸水を指摘された. 在胎週数 32 週 3 日, 胎坚心拍低下のため緊急帝王切開で出生した. 出生時体重 $1,508 \mathrm{~g}(-1.32 \mathrm{SD})$, 身長 $39.8 \mathrm{~cm}(-1.08 \mathrm{SD})$, 頭囲 $27.5 \mathrm{~cm}$ (-1.10SD), Apgar score 3/5 点(1 分值/ 5 分値)であった. 当院新生坚科へ入院となり, 重度の新生児一過性多呼吸のため,気管插管下人工呼吸器管理を要した. 胸水は少量であり, 胸腔穿刺を要さず,自然消失した。なお,肺低形成は認めなかった. 日齢 5 に施行した染色体検查 ( $\mathrm{G}$ 分染法) より, Robertson 型転座の 21 トリソミーと診断した. 心奇形や消化管奇形などの合併はなかった. 日齢 26 に抜管可能となったものの, 日齢 27 から無呼吸発作が出現したため, 11 日間の経鼻的持続陽圧呼吸法(nasal directional positive airway pressure : NDPAP)を要し, 日齢 40 で無呼吸発作は消失した. その後は十分な経口哺乳もでき, 退院可能と判断したが, 21 トリソミー児の育児に対する家族の不安が強かったため, 訪問看護を導入した上で日齢 128 に退院とした. なお, 日齢 66 の頭部 MRI 検査で脳室周囲白質軟化症 (periventricular leukomalacia:PVL)を認め, 新生児集中治療室(NICU)退院後も外来でリハビリテーションを行う方針とした。 既往歴:新生児科退院後, 生後 6 か月までの間に,鼻閉音やいびきに気付いていた.経過観察中,体幹の低緊張や後弓反張位を始めとする著明な筋緊張の変動や頸定など運動発達の遅れから, 周産期に起因する脳性麻疩と診断した. 生後 8 か月時, West 症候群を合併するも抗てんかん薬にて改善した. また,育览の大変さから本児の両親の障害受容が困難であ ることが問題に挙がっていた. 同じく生後 8 か月時,感染を契機に酸素飽和度低下, 鎖骨上窝陥没呼吸,呼気および吸気性喘鳴を認め, 喘息様気管支炎の診断で当科へ緊急入院となり,ステロイド加療を要した. 入院中の観察で, 経口摂取後に気道分泌物増加を伴った酸素飽和度の低下を認め,ファモチジン, モサプリドおよび六君子湯内服を開始したところ,改善を認めた. しかし, 安静時および入眠時の吸気性喘鳴と鎖骨上窩陥没呼吸は残存したため, 上気道病変を疑い, その確定診断と程度などの判断のため,生後 11 か月時に喉頭気管気管支鏡検査を施行した。咽頭軟化症および喉頭・気管変形を認め, 治療介入が必要と判断し, トータルフェイスマスクを使用して, 入眠時の $\mathrm{NPPV}\left(\mathrm{BiPAP}^{\circledR}\right.$, フィリップス社, アメリカ合衆国; $\mathrm{CPAP} 6 \mathrm{cmH}_{2} \mathrm{O}$ ) を導入した. 本人の顔面や頭部の形状に合うマスクや固定法を決定することにやや時間を要したが,NPPV により,吸気性喘鳴や陥没呼吸の改善がみられ, 1 歳 0 か月時に退院となった. 退院後, 自宅での NPPV の固定が困難でありマスクがうまく装着できていなかった点や,本人の不快感が強かったこと, 異物感や圧迫感からマスクを外してしまうことが多く, 1 日 2 3 時間しか装着できていなかった。 また, 呼吸器を要する本児に対する両親の受け入れが乏しく, ケアが不十分であったことも装着アドヒアランス低下に関わっていると考えられた. 1 歳 2 か月頃より, 天候不順や気道感染症を契機とした呼吸状態の悪化により,1 か月に 1 回程度, 入院加療を要した。入院時には聴診上, 吸気性喘鳴の増悪と, 呼気性喘鳴もしばしば伴っていた. NPPVへの览の受け入れが悪かったことや, 家族が NPPV 装着を困難と感じていたことに加えて,フェイスマスクのアタッチメント接着部位に皮虐炎を発症していたため, 快適性の改善やケアの簡便化を期待して,1歳 5 か月時に HFNC (Vivo ${ }^{\circledR}$, チェスト社, スウェーデン; ネーザルカニューラ, パシフィックメディコ社, 韓国: 流量 $2 \mathrm{~L} / \mathrm{kg} /$ 分相当)終日装着へと変更した. HFNC は夜間 7 時間継続して装着することができ, 努力呼吸の改善と酸素飽和度の安定が得られた, 家族へ, 呼吸器装着を今後も継続する必要がある点や手技に関して十分な指導を行った後に退院としたが, 1 歳 6 か月時, 再度,呼吸状態が悪化し, 再入院を要した. 気道感染症が契機となり, 吸気性喘鳴の悪化および呼気性喘鳴の出現悪化を認めた。また呼吸器に関して,カニュー ラをテープ固定しており, その部分に皮虐炎が出現 Figure 1. Nasal cannula for this patient. Foxxmed nasal cannula is fixed by an elastic band instead of the original headcap. したり,カニューラが外れた際に再装着することが困難であるという問題があった。そのため,ゴムによる固定がより容易で安定性があり,患览の頭部にフィットするアタッチメント(ネーザルカニューラ, FoxxMed,台湾)へ変更した(Figure 1)。その結果,以前使用していた NPPVや Vivo $40^{\mathbb{R}}$ 使用による HFNC と比較し患照の受け入れは改善し, 呼吸状態は安定したため,試験的に外泊を繰り返した後,外来でのフォローアップとした. 現病歴:前回退院の翌朝より発熱を認め, 訪問看護師が診察した際には, 努力呼吸と酸素飽和度低下を伴っていた,当院へ救急搬送となり,肺炎の診断で緊急入院となった。 入院時身体所見:身長 $71.1 \mathrm{~cm}(-3.30 \mathrm{SD})$ ,体重 $8.015 \mathrm{~kg}(-2.67 \mathrm{SD})$ 。体温 39.6 度, 血圧 $112 / 67$ $\mathrm{mmHg}$, 心拍数 146 回/分, 呼吸回数 30 回/分, $\mathrm{SpO}_{2}$ 80\%(室内気,フェイスマスク酸素 $5 \mathrm{~L} /$ 分投与下 90\%),苦悶様表情あり,咽頭発赤なし,陥没呼吸あり。胸部聴診上, 粗大水泡音, 呼気性および吸気性喘鳴を聴取し, 両側で呼吸音の減弱を認めた。心音整. 腹部軟.末梢冷感なし.四肢の自発運動は活発ではあるが,目的物に手を伸ばすことは不可.時折,筋緊張立進により後弓反張位や非対称性緊張性頸反射姿勢をとった。 上肢・下肢の深部腱反射の立進あり,頸定未,追視およびあやし笑いあり. 有意語なし. 内眼角贅皮,眼裂斜上および鞍鼻を認めた。 入院時検査所見:【静脈血血液ガス分析〕 $\mathrm{pH}$ 7.346, $\mathrm{PvCO}_{2} 40.8 \mathrm{mmHg}, \mathrm{HCO}_{3}{ }^{-} 21.8 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}, \quad \mathrm{BE}$ $-3.6 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}$. 〔血算〕WBC $11,960 / \mu \mathrm{L}, \mathrm{RBC} 4.16$ $\times 10^{6} / \mu \mathrm{L}, \mathrm{Hb} 13.3 \mathrm{~g} / \mathrm{dL}, \mathrm{Ht} 39.3 \%$, 血小板 $35.6 \times 10^{4}$ / $\mu \mathrm{L}$. 生化学〕 TP $7.0 \mathrm{~g} / \mathrm{dL}, \mathrm{ALB} 4.3 \mathrm{~g} / \mathrm{dL}, \mathrm{AST} 30$ U/L, ALT 22 U/L, LD 272 U/L, CK 131 U/L, CRP $0.79 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$.【胸部 X 線〕左 S5 の浸潤影と右肺野の透過性低下を認めた。 入院後経過:終日 HFNC(Vivo 40 ${ }^{\circledR}$, チェスト社, スウェーデン;FoxxMed ネーザルカニューラ;流量 $2.1 \mathrm{~L} / \mathrm{kg}$ / 分相当, $\mathrm{FiO}_{2} 0.35$ ) 管理. $\beta_{2}$ 刺激薬吸入, メチルプレドニゾロン $(3 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日)およびセフトリアキソン $(60 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日) 静注を開始した。入院翌日, 呼吸状態の悪化あり, 集中治療室 (ICU) へ転床の上,気管挿管・人工呼吸管理を要した。第 7 病日で拔管可能となり, 抜管後は HFNC(流量 $2 \mathrm{~L} / \mathrm{kg}$ /分, $\mathrm{FiO}_{2}$ 0.30)を再開した. 天候悪化によると思われる,一時的な呼吸状態悪化を認めることはあったが,徐々に改善を認め, 第 15 病日に酸素から離脱可能となった. 本児は,もともと過緊張により,体幹を反張することが多く, それが呼吸状態の悪化やプロングずれの一因となり,自宅での装着アドヒアランスに影響していると考え,チザニジン $(1 \mathrm{mg} /$ 日 $)$ およびジアゼパム $(1 \mathrm{mg} /$ 日) 内服を開始した。また,理学療法士による, 姿勢調節や体位ドレナージを行った. 筋緊張光進時に吸気性喘鳴が強くなる傾向があったため,呼吸や緊張に考慮し肩枕を利用した下顎を挙上しながら頸部過伸展とならないポジショニングを施行した。また,授乳クッションを用いた側臥位や前傾座位姿勢を工夫して,児の緊張が緩和され,呼吸の負担にならない在宅でも行える体位を検討した。 呼吸状態の変化に対して,呼吸器の設定の調整など在宅医の介入が必要と考えたため,訪問診療の導入を検討した.咽頭軟化症の悪化や気管軟化症への進展を懸念し,喉頭気管気管支鏡の再検を予定したが, SARS-CoV-2 感染流行により, 現時点でも困難である。 安定した在宅療養の実現のためには,入院中の指導内容を在宅で継続的に行えるかが重要であると考える。退院翌日に入院となった経緯もあり,入院早期から,当院医師・看護師,在宅医,訪問看護師, ソーシャルワーカーなど病院内外の関係者で多職種カンファレンスを実施し,保護者への指導法などを検討した,本症例では,家族の障害をもつ本览に対する障害受容に問題があり,本児が自宅で生活していくために,できる限り家族の従来の生活を無理な く保つ必要があり, そのため医療者がこのような家族の精神的な状況も受け止め, より多くの在宅チー ムによる在宅サポートが必要であった. チーム全体にこのような背景を十分理解してもらい,家族の受容状況に応じて家族が分担する部分的な看護や介助ヘルパーが分担する内容などを細かく調整する必要があった,具体的な内容としては,治療や医療的ケアを含めた児の状態,アタッチメントのフィッティング方法や細かい体位調整などを写真や図を用いて共有し, 在宅でも同様の管理が継続できているか否かを細かく判断できる環境を構築した。 さらに,定期的なレスパイト入院の導入など,家族のQOL (quality of life) に配慮した在宅療養を提案した。このような検討をもとに, 家族の疲労軽減と手技の確認目的に 1 2 か月ごとに 1 週間程度の定期的なレスパイト入院を行い,各レスパイト入院前後に必ず多職種カンファレンスを行うことで自宅での家族の様子を共有し, より安定した家庭生活のためにどのような医療的介入が必要かを検討する体制を整えた上で, 入院 2 か月後に退院とした. ## 考 察 本児は 21 トリソミーを基礎疾患にもつ, 大島分類 1 の重症心身障害児である. 本児は, 吸気性喘鳴の増悪と呼気性喘鳴の出現による呼吸状態の悪化により緊急入院を繰り返した症例である。気道感染を契機としているが,それだけでなく,自宅で呼吸器管理が十分になされていなかったことが容易に呼吸状態が悪化した原因となっていたと考えられた. HFNC,多職種連携打よび定期的なレスパイト入院の導入により, 安定した在宅療養へ移行し得た. 感染の流行状況も緊急入院を左右する重要な因子となり得るが,上記調整の果たした役割は大きいと考える。 咽頭軟化症は, 吸気時に咽頭腔が虚脱することで,吸気性喘鳴や閉塞性無呼吸などを起こすとされ, 2008 年に長谷川らによって報告された疾患である2.自然に治瘉することが多く,咽頭腔の虚脱を防ぐために状況に応じて NPPV 装着, ポジショニングの工夫や経管栄養を行うことがある。 21 トリソミーは喉頭狭窄症, 気管支狭窄症や気管気管支軟化症などの様々な気道疾患を合併することが多く ${ }^{3}$, 喉頭軟化症の合併もしばしばみられ,筋緊張低下や胃食道逆流症に起因するとされている .また,一般的に 21 トリソミーなどの発達遅滞を伴う児は視覚, 聴覚, 触覚などの感覚過敏を伴うことが多い. 本症例でも,全身の中でも特に処置などで顔面 を触れた際に,本人が嫌がり緊張が強くなる様子があり, 触覚過敏があったと思われ,このような特徴のある児において,NPPV マスクの装着はより困難となる。 本症例は, 咽頭軟化症に対してNPPV 導入したが,患児の受け入れが悪かった.自宅では適切な管理が出来なかったため,HFNCへ変更した.HFNC には次に挙げる利点がある ${ }^{5}$. (1)解剖学的死腔を洗い出し, ガス交換や換気効率を上げる. (2) $\mathrm{FiO}_{2} 1.0$ の高濃度まで設定ができる。 (3)高流量によって吸気努力を軽減させる。 (4)持続的な高流量による軽度の陽圧効果によって, 肺容量を増大させる。 (5)加温加湿により,気道粘膜の線毛クリアランスを維持する。また, NPPV と比較して装着が容易で, 快適性が高く抵抗感なく受け入れられることが多い. その一方で, HFNC は適切なカニューラを選択できれば装着は容易であるが, 体動などで固定が外れやすいことや,安定した陽圧をかけることができない。また,前述のように加湿機能に優れるが,水がない状態で使用すると気道内の乾燥をもたらすことや,人工呼吸器と異なりアラーム機能がない点が欠点として挙げられる。このような特徴から, HFNC は NPPV の代わりになることはないことを十分に理解した上で, HFNC を選択することが重要である。本症例は,装着が容易となり, 皮虐トラブルも減少し, 患児による受容が著明に改善した,小照における在宅 HFNC は,気管軟化症に対して使用した 2017 年の Kevin の報告が初めてである ${ }^{6}$. 本邦において, 2018 年に鈴木らが在宅 HFNC を導入した重症心身障害児の報告をしており,これは,原因となる呼吸器疾患は喉頭軟化症や咽頭狭窄などであり本症例と異なるが, 本人または両親が NPPV を受け入れられない全 8 症例に対して HFNC 導入が可能であっだ .現時点では, 小坚在宅医療における HFNC 使用は保険適用ではなく, 症例報告がそしいため, 今後症例を蓄積していく必要がある. 一般的に本览のような重症心身障害览においては, ベンゾジアゼピン系抗てんかん薬の副作用, 誤燕などの合併,不十分な気道クリアランスなどにより過剩な気道分泌物を伴うことが多く, 適宜の吸引や体位ドレナージなどの理学療法による気道分泌物の管理が重要とされている,本症例でも内服薬で緊張を調整しながら, 呼吸理学療法を行い, 側臥位や肩枕などを使用し自宅でも再現できるような体位を見つけることで安定した呼吸状態を維持することが できた。また,筋緊張光進の改善が呼吸器のプロングずれの頻度を減らすことにつながった。 在宅で経管栄養や呼吸管理が必要な医療的ケア児は, 急速に増加しており, 平成 29 年度の 19 歳以下の医療的ケア児は 1.9 万人で, 人工呼吸器装着览は $20 \%$ にものぼる".小照における在宅医療の普及を含めた地域での医療的ケア児の医療支援体制を整備することで, 安心した在宅生活が送れることになる。病棟医師の重要な役割は, 家族への指導も含めた計画的な退院準備や多職種連携をしっかり行うことである. 安定した体調で本児が両親との関わりのなかで笑顔をみせるなどの反応が両親の本児の受容という点にも大きく貢献している. 現在, 退院から 6 か月間経過しているが,緊急入院を要することなく在宅療養が可能となった.今後も上記体制を継続していく予定である. ## 結論 NPPV 管理が困難であった 21 トリソミーの 1 症例に対して, HFNC 導入と多職種連携により,安定した在宅療養が可能となった。 ## 謝辞 東京女子医科大学社会支援部の石井奈三様をはじめとする病棟スタッフ, 在宅医療に関わった訪問看護師扮よび医師に深謝いたします. 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1)鈴木悠: 小览ハイフローセラピーの実際. 日本重症心身障害学会誌 43 (1): 83-89, 2018 2)長谷川久弥, 喜田善和, 坂井美穂ほか:下咽頭軟化症の検討。日未熟児新生児会誌 $20: 544,2008$ 3) Alsubie HS, Rosen D: The evaluation and management of respiratory disease in children with Down syndrome (DS). Paediatr Respir Rev 26: 49-54, 2018 4) Mitchell RB, Call E, Kelly J: Diagnosis and therapy for airway obstruction in children with down syndrome. Arch Otolaryngol Head Neck Surg 129: $642-645,2003$ 5) Dysart K, Miller TL, Wolfson MR et al: Research in high flow therapy: mechanisms of action. Respir Med 103 (10): 1400-1405, 2009 6) Vézina K, Laberge S, Nguyen TD: Home high-flow nasal cannula as a treatment for severe tracheomalacia: A pediatric case report. Pediatr Pulmonol 52 (8): E43-E45, 2017 7)厚生労働省障害者政策総合研究「医療的ケア児に対する実態調査と医療・福祉・保健・教育等の連携に関する研究」平成 30 年度研究報告書. (2018)
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# Crohn 病に対する TNF- $\alpha$ 阻害薬による治療中に発症した中耳・咽喉頭結核の 1 例 ## 東京女子医科大学病院耳鼻咽喉科 (受理 2021 年 3 月 9 日) ## A Case of Middle Ear and Laryngopharyngeal Tuberculosis during the Treatment for Crohn's Disease with TNF- $\alpha$ Inhibitor \author{ Kanako Goto, Emiri Sato, Yukako Seo, and Manabu Nonaka \\ Department of Otolaryngology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan } \begin{abstract} A 37-year-old man under anti-Tumor Necrosis Factor (TNF) therapy for Crohn's disease, presented with otalgia and hearing impairment on the right side for five days. Otoscopic examination showed redness and swelling of the right tympanic membrane, indicative of acute otitis media. Administration of oral antibiotics relieved his ear pain, but fluid retention in the middle ear remained. After 28 days, a tympanostomy tube was inserted, but otorrhea began to persist. Four months later, white lesions appeared in the anterior lower quadrant of the tympanic membrane. The patient also began to complain of pharyngalgia, and endoscopy revealed inflammatory swelling and white patches on the superior pharyngeal wall, the epiglottis, and the aryepiglottic folds. At this point, tuberculosis infection was suspected. Acid-fast bacillus smear and PCR from the otorrhea and pharyngeal wipe both tested positive for tuberculosis. Pathologically, lymphocytic infiltrations with multiple granulomas containing multinucleated giant cells were seen in the pharyngeal membrane, and multiple Ziehl-Neelsen-positive cells were found from the middle ear tissue. Subsequently, TNF- $\alpha$ inhibitor was discontinued, and antituberculosis drugs were administrated. Nine months later, inflammatory findings of the middle ear and laryngopharyngeal mucosa improved. Tuberculosis is an important differential diagnosis of refractory otitis media, especially in patients receiving immunosuppressant agents such as a TNF- $\alpha$ inhibitor. \end{abstract} Keywords: middle ear tuberculosis, pharyngolaryngeal tuberculosis, TNF- $\alpha$ inhibitor, Crohn’s disease ## 緒言 本邦での結核罹患率は 1999 年の結核緊急事態宣言以降, 減少傾向にあるとは言え, 人口 10 万人あた り 11.5 と欧米諸国と比較してまだ高く ${ }^{1)}$ ,見逃してはならない疾患である。特に近年では, HIV 合併感染の患者 ${ }^{2}$ ,多剤耐性結核菌の発症 ${ }^{3}$ が問題となっているとともに,関節リウマチを始めとする自己免疫性疾患に対する Tumor Necrosis Factor- $\alpha$ (TNF- $\alpha$ )阻害薬等の生物学的製剤を使用している患者に結核の発症率が高くなることが世界的にも問題となって Corresponding Author: 五島可奈子 $₹$ 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学病院耳鼻咽喉科 goto. [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.91.2_153 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. いる ${ }^{4)}$ さらに, TNF- $\alpha$ 阻害薬等の生物学的製剤使用中の患者では,結核は肺外病変で発症することが多いことが指摘されており 5 $^{5}$, 結核の発症が呼吸器症状や皮膚発赤を伴うリンパ節腫脤等の典型的な症状や所見に乏しい場合には診断は必ずしも容易ではない懸念がある.今回, 私たちは Crohn 病に対する TNF$\alpha$ 阻害薬投与中の患者に発症した中耳および咽喉頭結核の 1 例を経験したので報告する。 ## 症 例 患者:37 歳男性. 主訴:右側耳痛. 既往歴: 小腸型 Crohn 病で当院消化器外科通院中. 23 歳時に発症, 2 年前から Crohn 病に対して 2 週間に 1 回の頻度で TNF- $\alpha$ 阻害薬 (adalimumab)の投与が行われていた. TNF- $\alpha$ 阻害薬投与前の胸部レントゲンでは肺炎像を認めず, T-SPOT は陰性であった。 家族歴 : 特記すべきことなし。現病歴:5日前から右側耳痛,難聴が出現したため, 当科を受診した. 初診時の鼓膜所見で右側鼓膜の発赤・膨隆を認めたが,左側鼓膜は正常,鼻咽喉頭領域に異常を認めなかったことから,通常の細菌感染による右側急性中耳炎と診断した。純音聴力検查は右側で $11.3 / 28.8 \mathrm{~dB}$ (4 分法) の伝音難聴であった. Cefditoren Pivoxilを 7 日間経口投与した結果,耳痛の消失とともに鼓膜の発赤・膨隆が軽減したが,中耳内に滲出液が貯留したため,当科初診から 28 日目に鼓膜ドレインを挿入した. 中耳貯留液の性状は漿液性であった.その後,鼓膜ドレイン挿入後から漿液性の耳漏が持続するようになったため, Ofloxacin 点耳薬の外用を開始した. その結果, 鼓膜ドレイン挿入 16 日目には耳漏が減少したため, 点耳薬の使用は一旦終了とした。しかし, 初診日から 2 か月半後に耳漏は膿性となり,鼓膜ドレインは自然脱落し, 鼓膜ドレイン㨁入部の鼓膜穿孔は残存した.耳漏の細菌培養検查を行った結果, Ofloxacin に耐性 Figure 1. Findings of the right eardrum during the clinical course. a: A perforation remained after the spontaneous extrusion of the tympanostomy tube, and a white lesion appeared in the anterior lower quadrant. b: The perforation enlarged with the growth of the white lesion, with refractory drainage from the tympanic cavity. c: After anti-tubercular treatment, the perforation persisted, but the white lesion disappeared. d: The perforated eardrum was surgically closed by tympanoplasty. の Streptococcus agalactiae が検出されたため, Cefmeoxime 点耳薬の外用を開始するとともに,外来にて鼓室内洗浄等の処置を継続して行った. その後も耳漏は増減を繰り返しながら持続し, 初診日から 4 か月後に鼓膜全体の腫脹とともに鼓膜穿孔部〜前方に白苔が付着するようになった(Figure 1a).さらにその 10 日後には咽頭痛を訴えるようになったため, 咽喉頭内視鏡検査を行ったところ,上咽頭(Figure 2),喉頭蓋(Figure 3a),披裂喉頭蓋憵~披裂部 (Figure $3 b )$ の粘膜が腫脹し, 鼓膜と同様の白苔の付着を認めた. また, 鼓膜穿孔もさらに拡大し, 大穿孔となった(Figure 1b)。このため, 結核菌の感染を疑い, 血液中の T-SPOT の測定を行ったところ陽性であったため, 中耳洗浄液・咽頭拭い液,喀痰の抗酸菌塗抹,培養, PCR 検査を行った。また,中耳粘膜およ Figure 2. Findings of the nasopharynx. Endoscopy showed an irregular swelling of the nasopharyngeal mucosa covered with white patches ( $*$ right torus tubarius) び上咽頭粘膜, 喉頭蓋粘膜の生検を行った. 抗酸菌塗抹,培養検査および PCR 検査の結果 中耳洗浄液の培養と PCR, 咽頭拭い液の培養, 喀痰の培養から結核菌が検出された。 病理所見:上咽頭および喉頭蓋粘膜には典型的な乾酪性壊死を認めなかったが,多核巨細胞を含む肉芽腫性病変を認めた.核の異型等の悪性変化は認めなかった(Figure 4). 中耳粘膜の Ziehl-Neelsen 染色で結核菌の菌体が染色された(Figure 5)。 以上の結果から,右側中耳・咽喉頭結核と診断した. 初診時から結核の診断までに約 5 か月を要した。 その後, 頸胸部造影 $\mathrm{CT}$ を行ったが, 身体のその他の部位には結核性病変は認めず,右側中耳,咽喉頭領域に限局した結核菌感染と考えられた. その後, TNF- $\alpha$ 阻害薬は結核菌感染時の服用は禁忌であるために中止し,抗結核薬である Isoniazid(INH),Rifampicin (RFP), Ethambutol (EB), Pyrazinamide (PZA)による 4 者併用療法を開始した. その後, PZA による尿酸代謝障害によって血清尿酸值の上昇を認めたため, PZA は開始から 2 週間で中止し,残り 3 剂の内服を 9 か月間行った. その後の経過:抗結核薬の投与開始後約 5 か月で上記病変は改善した. しかし, 鼓膜の大穿孔は残存した (Figure 1c) ため, 抗結核薬終了 1 か月半後に全身麻酔下に右側鼓室形成術を行い, 聴力は正常化し,鼓膜も再穿孔することなく経過している(Figure 1d).なお,抗結核薬投与中, TNF- $\alpha$ 阻害薬を中止としていたが, Crohn 病の悪化は認めなかった. その後, TNF- $\alpha$ 阻害薬が再開されたが, 再び中耳,咽喉頭領域に結核菌感染が再燃しないかも含めて慎重に経過を観察している. Figure 3. Findings of the laryngopharynx. a: The epiglottis was swollen with exudates $(\rightarrow)$. b: The aryepiglottic fold and left cuneiform tubercle were also swollen with exudates $(\boldsymbol{\rightarrow})$. Figure 4. Pathological findings (epiglottis). Histopathological examination on H\&E shows lymphocytic infiltrations in the submucosal interstitium of the epiglottis with multiple granulomas $(\Rightarrow)$ containing multinucleated giant cells $(\Rightarrow)$, but without findings of caseous necrosis. Figure 5. Pathological findings (middle ear tissue). Multiple Ziehl-Neelsen-positive cells were found. ## 考 察 本邦での 2019 年における結核罹患率は人口 10 万人あたり 11.5 であり) ${ }^{1)}, 1999$ 年以降減少傾向が続いているが,欧米先進国と比較すると数倍高く,依然として中蔓延国である。そのうち中耳結核は $0.1 \%$,咽喉頭結核は $0.2 \%$ 程度であると報告されている1).中耳結核は,古典的には多発性鼓膜穿孔が特徵的と記載されてきたが,最近では鼓室内の蒼白調の肉芽腫形成, 吸引困難なチーズ様の白苔〜白色分泌液の付着が特徴とされている ${ }^{6}$. 臨床症状としては, 中耳結核に特有のものはなく, 病勢の進行により内耳が障害されると感音難聴やめまいを,中耳内顔面神経管の破壊により顔面神経麻疩を発症する懸念があることが報告されている》。また, 耳漏を介した結核菌の感染拡大も懸念されるため, 中耳結核が疑われ る場合には早期の診断, 治療が必須であると言える.本症例では, 当初点耳薬の外用により一時的に耳漏が軽減し, その後, 点耳薬の変更により何度か耳漏の軽減を認めたこと, 耳漏の培養検查では一般細菌培養のみで抗酸菌培養を行わなかったことにより,診断に時間を労してしまった。しかし,その後,上咽頭,喉頭蓋,披裂喉頭蓋憵~披裂部粘膜にも粘膜の腫脹と白苔の付着を認めたことが結核菌感染を疑う一助となり, 中耳洗浄液の抗酸菌培養と結核菌 PCR, 中耳粘膜の病理検查後は, 速やかに診断に至ることができた.なお,鼓膜切開を行う前には耳漏の出現はなく, 中耳結核の発症は, 上咽頭に感染した結核菌が耳管を経由して, 中耳粘膜に感染を起こしたものと考えられる。小島ら6 は,中耳結核の中でも,耳痛や耳漏等の中耳の急性炎症を思わせる所見がないまま,滲出性中耳炎と同様の所見を呈する場合があると報告しているが,これは結核菌が中耳粘膜に感染した滲出性中耳炎を発症したという可能性と,上咽頭に感染した結核菌により耳管開口部の炎症性変化が起こり,二次的に渗出性中耳炎を呈した可能性があると考えられる,いずれにしても,難治性の中耳炎を認めた場合には耳管開口部を含めた上咽頭の観察が重要であると考えられる。本症例でも早期に上咽頭粘膜を観察していれば,早期診断に至った可能性がある。 本症例の既往疾患であるCrohn 病に対して使用されていた TNF- $\alpha$ 阻害薬はヒト TNF- $\alpha$ モノクローナル抗体による製剤であり,炎症性サイトカインである TNF- $\alpha$ の作用を強力に抑制, TNF- $\alpha$ 産生細胞に対する阻害作用により,自己免疫異常による 炎症の惹起を抑制させる作用がある,適応は,関節リウマチや尋常性乾㿏, ベーチェット病, Crohn 病, 潰瘍性大腸炎, 強直性脊椎炎, 川崎病急性期である ${ }^{4)}$. TNF- $\alpha$ 阻害薬の使用にあたっては, 免疫能の低下による日和見感染が問題となり,特に結核菌に対する免疫防御には TNF- $\alpha$ は不可欠なサイトカインである。結核菌を食食した肺胞マクロファージから TNF- $\alpha$ が放出されると, $\mathrm{T}$ 細胞の活性化, interferon (INF)- $\gamma$ の産生,マクロファージを活性化といった一連の免疫反応を起こす。活性化マクロファージが類上皮細胞と合体し,ラングハンス巨細胞となって病巣を取り囲み,肉芽腫を形成し菌を封じこめる状態を潜在性結核感染症という。この肉芽腫の維持には TNF- $\alpha$ や IFN- $\gamma$ が必要であり, TNF$\alpha$ 阻害薬を投与すると肉芽腫が維持できず,結核の内因性再燃が起きる ${ }^{4}$. Keane らは, 関節リウマチ患者の結核発病率について, 抗リウマチ薬やステロイド使用者は一般と同程度であったが, TNF- $\alpha$ 阻害薬の一種である Infliximab 使用者においては 4 倍の発症リスクがあると報告している゙. したがって, TNF- $\alpha$ 阻害薬の投与中には結核菌の感染により一層の注意が必要であるとされ, 呼吸器症状の有無の確認とともに定期的に胸部レントゲン写真, インターフェロン- $\gamma$ 遊離試験(クオンティフェロン, T-SPOT の測定), ツベルクリン反応, 必要に応じて胸部 CT を実施することが推奖されている8). また, TNF- $\alpha$ 阻害薬投与中に発症した結核菌感染の約半数が肺外結核であり ${ }^{5}$, 病理学的には活動性結核でもツベルクリン反応陰性症例では乾酪壊死像を認めなかったという報告がある9). 本症例でも乾酪壊死像を伴わない肉芽腫性病変を認めており,これは前述した TNF- $\alpha$ 阻害薬投与によるマクロファージの遊走・活性化障害に起因する乾酪壊死巣の形成不良が要因と考えられる. TNF- $\alpha$ 阻害薬投与中の患者において,難治性の炎症を認めた場合には抗酸菌培養や結核菌 PCR, 病理組織の Ziehl-Neelsen 染色などにより積極的に結核菌感染の有無を確認する必要があると考えられた。また, 抗結核薬で治療後も TNF- $\alpha$ 阻害薬の再投与により結核菌感染の再燃が起こる可能性があり,慎重な経過観察が重要である。これらのことは医療者への,もしくは医療者を介しての感染拡大を予防する上でも必要と考えられる。 ## 結論 本邦は依然として結核の中蔓延国であるが,耳鼻咽喉科領域では発生頻度の低さから鑑別疾患として想起しにくくなってきている. 特に TNF- $\alpha$ 阻害薬投与中の患者においては結核発症リスクが高くなることがわかっており,半数が肺外結核であることから, 耳咽喉頭領域の診察においても,常に結核を念頭において観察し, 積極的に抗酸菌検查や病理組織検查を行う必要があると考えられた。 本論文の要旨は第 218 回日本耳鼻咽喉科学会東京都地方部会学術講演会 (2017 年 3 月, 東京) で発表した. 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1)公益財団法人結核予防会結核研究所疫学情報センター:結核の統計. https://www.jata.or.jp/rit/ ekigaku/toukei/nenpou/ (Accessed April 6, 2021) 2) 笠井大介, 廣田和之, 伊熊素子ほか:HIV 感染症患者に合併した結核に関する検討. 日呼吸会誌 4 : 66-71, 2015 3)松本智成:「他領域からのトピックス」結核の現状と最新の治療.日耳鼻会報 115:141-150, 2012 4) 渡辺彰: 生物学的製剤と感染症・化学療法. 日化療会誌 65 : 568-576, 2017 5) Keane J, Gershon S, Wise RP et al: Tuberculosis associated with infliximab, a tumor necrosis factor or neutralizing agent. N Engl J Med 345: 1098-1104, 2001 6)小島博己, 山本和央, 力武正浩ほか:最近の中耳結核症例の検討。耳鼻展望 51 1:33-42,2008 7)三好毅, 有賀健治, 松代直樹: 顔面神経麻疩をきたした中耳結核の 1 例. Facial Nerv Res 39:103105, 2020 8)松本智成:日本における抗 TNF- $\alpha$ 製剤による結核: 多くの側面をもつ問題. 臨リウマチ 18 :2435, 2006 9)川嶋一成,布施川久恵,小花光夫ほか:肝生検により肝臟結核と診断し得た AIDS の 1 例. 感染症誌 74 : 984-988, 2000
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# 令和 2 年度東京女子医科大学医学部・基礎系教室研究発表会 日 時:令和 2 年 12 月 25 日 (金) $9: 00 \sim 12: 00$ 主 催:基礎医学系運営会議 } 1. 慢性骨髄性白血病原因分子の分解制御機構 (薬理学)塚原富士子 2. 網膜傷害後の Müller グリアの増殖に関与する Notch シグナル (解剖学 (神経分子形態学分野) ) 齋藤文典 3. 糸球体硬化病変の形成過程におけるボウマン囊壁側上皮細胞の遊走メカニズムの解明 (病理学 (実験病理学分野)) 井藤奈央子 4. 自閉スペクトラム発症の抑制回路メカニズムと治療法 (生理学 (神経生理学分野)) 三好悟一 5. 高齢者の体重変化とそれに関連する要因一地域在住高齢男性を対象とした観察研究より一 (衛生学公衆衛生学 (公衆衛生学分野)) 竹原祥子 6. 遺体専用 CT を用いたオートプシー・イメージング(Ai)の実施状況 一法医解剖の代替となるか? 教育研究への応用は?一 (法医学) 木林和彦 7. 光受容タンパク質を用いた光検出器の開発(統合教育学修センター基礎科学(医学部物理))辻野賢治 8. 医学部入試における非認知領域能力の測定ならびに面接評価法の検討 (統合教育学修センター基礎教育学(医学部医学教育学))平野万由子 1. 慢性骨髄性白血病原因分子の分解制御機構 (薬理学)塚原富士子・丸 義朗 慢性骨髄性白血病の原因分子 BCR-ABL は強いチロシ ンキナーゼ活性をもち,細胞增殖を促進,アポトーシス を抑制する。近年, BCR-ABL 分子標的薬が開発され,画期的な治療効果をあげている。しかしながら BCRABL キナーゼ領域の遺伝子変異やBCR-ABL タンパク質 の増加による薬剤耐性の獲得が,治療上大きな障害と なっている例が報告されている。我々はこれまで BCRABL タンパク質の分解機序について検討を行い, CHIP および c-Cbl が BCR-ABLを基質として認識するユビキ チンリガーゼとして働き, BCR-ABL タンパク質の分解 を促進すること,またBag1 は未成熟 BCR-ABL タンパ ク質を認識して CHIP による分解を促進することを明ら かにした (Tsukahara F. and Maru Y., Blood 116: 358292, 2010). さらに我々はタンパク質を異性化して構造を 変化させるイソメラーゼに着目し, BCR-ABL タンパク 質分解への影響について検討を行った。その結果, ペプ チジルプロリルイソメラーゼ Pin1 は,BCR-ABL タンパ ク質の分解を促進することを明らかにした.種々の領域 を欠失した変異体を用いた解析等により,Pin1 は,Ser/ Thr-Pro モチーフに結合して構造を変化させ,Bag1 と CHIP による BCR-ABL タンパク質の分解を促進するこ とが示唆された。 ## 2. 網膜傷害後の Müller グリアの増殖に関与する Notch シグナル (解剖学 (神経分子形態学分野)) 齋藤文典・蒋池かおり・藤枝弘樹 魚類などの下等脊椎動物は, 網膜傷害後に Müllerグリアが脱分化・増殖し神経細胞を再生するが,哺乳類の網膜再生能力は極めてそしい。これまでに,網膜傷害モデル動物を作製し, マウスでは網膜傷害後に Müllerグリアが全く増殖しないが, ラットではほぼ全ての Müllerグリアが増殖することを明らかにした. Notch は神経幹細胞の未分化性の維持に必要な転写制御因子であるが, 魚類では網膜傷害後に Müllerグリアの脱分化・増殖を抑制するのに対し, 哺乳類では脱分化 ・増殖に必要であることが報告されており, その機能は不明な点が多い。 本研究では, 両動物の網膜傷害後における Notch および, その標的因子の発現変化と機能を解析した. その結果, ラットでは網膜傷害後に Notch, Hey2, Hes5 の発現量が増加することが明らかになった. さらに Hey2 の発現を抑制したラットでは, 網膜傷害後に Müllerグリアの増殖が抑制された. また, Hey2を過剩発現したマウスでは, Müllerグリアが増殖能を獲得した. この結果から, Hey2 は網膜傷害後の Müller グリアの増殖を促進する因子であると考えられる。一方, Hes5 は両動物の正常網膜に発現しており, 網膜傷害後に発現が消失するが, ラットでは增殖した Müller グリアで発現が誘導されることが明らかになった. さらに Hes5を過剩発現したラットでは, 網膜傷害後の Müller グリアの増殖が抑制された.これらの結果から, 哺乳類では, Notch シグナルが網膜傷害後の Müllerグリアの増殖の促進と抑制に関与することが示唆された。 ## 3. 糸球体硬化病変の形成過程におけるボウマン囊壁側上皮細胞の遊走メカニズムの解明 (病理学 (実験病理学分野) ) 井藤奈央子 〔背景〕巣状分節性系球体硬化症(focal segmental glomerulosclerosis : FSGS) の発症は, 糸球体足細胞 (ポドサイト)の傷害に端を発し,その後傷害ポドサイトの対面に位置するボウマン囊壁側上皮細胞(parietal epithelial cell:PEC)が,細胞形態を変化させて傷害ポドサイトに向かって遊走し, 増殖や細胞外基質の産生を行うことで硬化病変が形成される。糸球体の局所で始まるこの PEC の形質変化(活性化)には,傷害ポドサイトからの何らかのシグナル伝達の存在が推測される. 本研究では, 活性化 PEC の遊走能獲得過程において, CD44 とその上流因子である macrophage migration inhibitory factor (MIF) およびstromal cell-derived factor 1(SDF1) を介したシグナルについて検討した。【対象と方法】 (1)ポドサイトにヒト CD25を発現させた NEP25マウスに,イムノトキシン(LMB2)を尾静注投与することでポドサイトを特異的に傷害できる,NEP25/LMB2 マウスの腎組織切片を用いて免疫染色を行い, CD44, MIF, SDF1 および CXCR4 の糸球体での発現を経時的に評価した。 (2)不死化マウスボウマン囊壁側上皮細胞(mPEC)を recombinant mouse MIF (rMIF) およびSDF1 (rSDF1 $\alpha$ ) でそれぞれ 24 時間刺激し, CD44 と CXCR4 の発現を定量 PCR, ウェスタンブロッティング, 細胞免疫染色で評価した。 さらに同様に刺激した $\mathrm{mPECでの}$ $\mathrm{MIF}$ とDF1 の発現も評価した. また Boyden chamber による遊走アッセイを行い,CD44ノックダウンによる遊走能の変化を評価した。 (3) NEP25/LMB2 マウスに MIF 阻害薬(ISO-1)およびSDF1-CXCR4 阻害薬 (AMD3100)をそれぞれ投与し,蛋白尿や系球体病変, CD44の発現に与える影響を評価した。【結果〕(1) NEP25/ LMB2 マウスの糸球体では,PECにおける CD44の発現はポドサイト傷害の進行とともに増加した。一方,ポドサイトにおける MIF と SDF1 の発現はポドサイト傷害の進行とともに増加したが,病変の進行とともにその発現局在が傷害ポドサイトからCD44 陽性PECへと移行した. CXCR4 は, CD44陽性 PEC に発現を認めた. (2) rMIF および rSDFl $\alpha$ で刺激した $\mathrm{mPEC}$ は,非刺激 $\mathrm{mPEC}$ と比較し,いずれも CD44 と CXCR4 の発現が有意に増加した. さらに同刺激 $\mathrm{mPEC}$ での MIF ゃ SDF1 の発現も増加した. 遊走能は非刺激 $\mathrm{mPEC}$ と比較し有意に方進しており,CD44ノックダウンにより抑制された。 (3) NEP25/LMB2 マウスに ISO-1 およびAMD3100を投与しても, 溶媒投与群と比較し, 病変, 蛋白尿, ポドサイ卜数, CD44の発現に有意な変化を認めなかった. [考察】傷害ポドサイトに発現したMIF およびSDF1が,液性因子として PEC に作用してCD44 と CXCR4 の発現を誘導し, 活性化 PEC の CD44を介した傷害濾過障壁への遊走を促進していること, さらにポドサイトの剥離後は, $\mathrm{PEC}$ が内因性の MIF やSDF1を発現し, 自らの遊走を促進している可能性が考えられた。この傷害ポドサイトと活性化 PEC における MIF と SDF1の二相性発現によって,傷害された滤過障壁の修復機構が促進され, 結果として糸球体硬化に発展すると推察された。 ## 4. 自閉スペクトラム発症の抑制回路メカニズムと治療法 $ \text { (生理学 (神経生理学分野)) 三好悟一 } $ 1943 年の Leo Kannerによる報告が最初と言われている自閉症は,様々な経緯を経て現在では自閉スペクトラ么症(autism spectrum disorders:ASD)と呼ばれている. 対人交流や意思の疎通が様々なコンテクストで困難であり,また興味や活動に限定的かつ繰り返し傾向が認められるという二つの特徵を基準として現在診断されている(米国 DSM-5),自閉症は女児よりも男児に $4 \sim 5$ 倍多く確認され,米国では約 70 人,我が国においては約 100 人に 1 人ほど発症すると報告されており社会から注目されている疾患である。自閉スペクトラムの中には単一の原因遺伝子により発症する症候群型の X 脆弱症候群(遺伝子:Fmr1),フェラン・マクダーミド症候群 (Shank3)などが知られているが,これら全てを合わせても自閉症全体の $5 \%$ に満たず(Sztainberg and Zoghbi, 2016), ほとんどが特発性であり遺伝と環境リスク両要因の複雑な相互作用により発症する。症候群型自閉症の原因遺伝子に着目したモデル動物による侵襲的な実験解析系はたいへん有用であるものの,スペクトラムのほとんどを占める特発性自閉症へのアプローチがこれまで課題とされてきた,治療へと取り組むためには発症機構の理解は必須であり, 発症に至る過程の中間表現形/ エンドフェノタイプを探索する研究が盛んに実施されている. 近年,特発性自閉症患者の体細胞から調製した iPS 細胞を用いた分化アッセイが実施された結果, 一様に転写因子 FoxG1「量」増加が観察されたことから疾患エンドフェノタイプとして FoxG1「量」が注目されている。またFoxG1 遺伝子自身の変異では, 遺伝子座の重複および欠損いずれの場合においても自閉症 FoxG1 症候群を発症することが明らかにされている.このようにFoxG1 因 子「量」の重要性がヒト疾患で示唆される中, 最先端のマウス遺伝学的手法を取り入れることによって FoxG1 因子「量」が自閉スペクトラム発症に寄与する機構の解明に挑戦した. 本研究では, 生後の幼児発達期に FoxGI 量が正常でないと回路興奮抑制に異常をきたして社会性行動や脳波に異常が現れる機構を解明し,さらには抑制回路機構を介した治療法を提案する。 ## 5. 高齢者の体重変化とそれに関連する要因一地域在住高齢男性を対象とした観察研究より一 ('衛生学公衆衛生学 (公衆衛生学分野), ${ }^{2}$ CERA Concord Clinical School, University of Sydney)竹原祥子 ${ }^{1} \cdot$ Clive Wright $^{2}$ 〔緒言〕高齢期の意図しない体重減少が死亡や要介護のリスクを高めることが,これまでの研究で示唆されている。高齢者の体重減少と口腔の関連では,歯を失うことで十分に食事を揕れないなどが報告されているが,食欲および口腔状態の体重減少との関連について検討した研究はこれまでにない. 本研究では, 高齢者の口腔状態㧈よび食欲の体重減少との関連について調査した. 〔対象と方法了分析対象としたのはオーストラリアにおけるコホート研究 CHAMP Study の 5 年目, 8 年目追跡調査に参加した地域在住高齢男性 542 名である。調查は自記式質問票,身長・体重の計測,歯科専門家による口腔内診查などによって行われた。分析では 5 年目の調查をべー スラインとし, 3 年間の変化を検討した。〔結果〕平均年齢は 80.3 歳で, 3 年間の体重変化は「5\%以上の体重減少」が 99 名,「5\%以上の体重増加」が 54 名,「体重が安定していた ( $\pm 5 \%$ 未満の変化)」が 389 名にみられた.「5\%以上の体重減少がみられた者」と「そうでない者」 はベースライン時において,年齢,BMI および体重には違いは認められなかった。しかし, 3 年後において「 $5 \%$以上の体重減少がみられた者」は,有意に体重および BMI が低く,糖尿病およびうつの者が多く,自身の保有歯数は少ないという結果であった.多変量解析より「現在歯数 20 歯以上を持つ者」と比較して,「20 歯未満者」 における体重減少の prevalence ratio は 1.79 (95\%信頼区間 1.06-3.00)であった。 〔考察・結論〕現在歯数 20 歯未満は体重減少のリスク因子であることが示された。今後はこれらの人々を追跡することにより,口腔状態が健康寿命に及ぼす影響を検討することが必要であると考える. 6. 遺体専用 CTを用いたオートプシー・イメージング (Ai) の実施状況一法医解剖の代替となるか? 教育研究への応用は?一 (法医学) 木林和彦 オートプシー・イメージング(Ai)は,死亡時画像診断ともいわれ,死因究明等推進基本法等で「磁気共鳴画像診断装置その他の画像による診断を行う装置を用いて,死体の内部を撮影して死亡の原因を診断することをいう」とされている。法医学での $\mathrm{Ai}$ の役割は, (1)異状死か否かの判断根拠, (2)解剖を行うか否かの判断根拠, (3)解剖の補助検査法, である。診療継続中の患者死亡の際に Ai で内因死であることが判れば,異状死の届出対象から除外可能な場合がある. Aiで問題のない外因死であることが判れば, Aiの結果を解剖の代替とできる場合もある。当法医学講座では遺体専用 CT を用いて全ての法医解剖例で解剖前に全身 CT 撮影を行っており,解剖前に主要な病態を把握し,解剖では観察が困難な部位の損傷等を確認している. Aiでは診断が困難な病態もあるが,Aiの方が解剖よりも優れている点もあり,Aiを解剖の補助検査法とし, $\mathrm{Ai}$ 所見と剖検所見を組み合わせることで剖検診断の精度向上が可能である。学生教育では Ai は必須の学修項目であり, (1)患者死亡時にはどのような場合に Aiを行うのか, (2) Aiで診断が可能な死因と診断が困難な死因は何か,について読影を含めた教育が必要である. 研究への応用では剖検所見と組織所見に $\mathrm{Ai}$ 所見を加えることで主要な死因である外傷性脳損傷の詳細な解析が可能となり,外傷性脳損傷のモデル動物を用いた基礎研究につながるアイデアを $\mathrm{Ai}$ から得ることも可能である. ## 7. 光受容タンパク質を用いた光検出器の開発 (統合教育学修センター基礎科学(医学部物理))辻野賢治 光受容タンパク質の 1 つであるバクテリオロドプシン (bacteriorhodopsin:bR)は,高度好塩菌の細胞膜に存在する膜タンパク質である。その役割は, ATP 合成のためのプロトン駆動力を供給するために,細胞外にプロトンを輸送することである。この輸送のために必要なエネルギーを, bRは太陽光から得ている。 bRによるプロトン輸送の流れは, 電気信号として読み出すことが可能である.この特徴を活かし, 環境負荷低減の目的で, bRを太陽電池や光検出器として利用する研究が活発に行われている1). しかしながら, 非常に微弱な光の検出については, 発生するプロトンの流れも微小なものとなることから,ほとんど研究されていない. 微弱光検出技術は, 学術的研究はもちろん, 車載 LiDAR や医療用画像診断装置にも用いられている重要な技術である。今回,これまでに開発している微弱な電流を検知可能な電荷積分アンプ2)を用いて, bR が発生する微弱な電流の検出を試みた。 $\mathrm{bR}$ を固着した光検出部に対して,波長 $532 \mathrm{~nm}$ のレー ザー光を $0.05 \mathrm{~ms}$ にパルス化にして照射し,検出限界を調べた. その結果, 1 パルスあたり $7.4 \times 10^{-14} \mathrm{~J}$ の光エネ ルギーを検出可能であることが明らかとなった. 今後は,単一光子レベルの光を検出可能な装置を目指し,開発を進めていく. 1) Li YT et al. : Sensors $18: 1368,2018$. 2) Tsujino $\mathrm{K}$ et al. : IEEE Electron Device Letters 30 : 24, 2009. ## 8. 医学部入試における非認知領域能力の測定ならび に面接評価法の検討 (統合教育学修センター基礎教育学(医学部医学教育学))平野万由子 医学部入試では受験生の認知領域能力 (e.g. 基礎学力) だけではなく, 非認知領域能力 (e.g. コミュニケーション能力, 協調性)を評価する必要がある。一般的な医学部入試では認知領域能力を学力試験, 非認知領域能力を面接で評価するが,従来の面接は対策が容易であるだけでなく,目的の能力を捉えているのかわからない。この問題に対応した非認知領域能力の評価方法としてMultiple Mini-Interview(MMI)という面接法が国外で開発 された. 本学も 2018 年度一般入試から MMI トライアルとして試験的に実施しているが,非認知領域能力と, MMIトライアル, 学力試験, 従来型面接にどのような関連があるのか明らかになっていない。 本研究では, 本学一般入試 1 次試験で実施する適性検查で測定した受験者の心理特性を非認知領域能力の指標とみなし, 学力試験, 従来型面接ならびに MMI トライアルとの関連を探索的に検討した。その結果, 学力試験は非認知領域能力と関連が認められず,従来型面接と MMI トライアルは関連があった。また,従来型面接や MMI トライアルのような面接法の間でも課題の性質によって心理特性との関連に違いがあった。 本研究から, 学力試験と従来型面接による一般的な医学部入試では, 測定できない非認知領域能力があることが示唆された。また, 複数の課題を組み合わせて評価できない能力の側面を補う,MMIの有用性が示された。なお, 基礎系教室研究発表会にて発表した内容は大学入試研究ジャーナル 31 号に揭載予定である.
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Tokyo Women's Medical University
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# \author{成人した超低出生体重児の母親の願いと本人の思い(第 1 編) \\ 一母親インタビューの質的解析から一 \\ ${ }^{1}$ 社会福祉法人青い鳥小児療育相談センター神経小児科 \\ ${ }^{2}$ 東京女子医科大学小坚科 \\ ${ }^{3}$ お茶の水女子大学基幹研究院人間科学系 \\ (受理 2021 年 5 月 7 日) } # Young Adults Who Were Born with Extremely Low Birth Weight: Mothers' Hope and Their Children's Thoughts (Part 1): A Qualitative Analysis of Interviews for the Mothers Hitoshi Hara, ${ }^{1}$ Kyoko Hirasawa, ${ }^{2}$ and Tomoko Takamura ${ }^{3}$ ${ }^{1}$ Kanagawa Day Treatment and Guidance Center for Children, Division of Child Neurology, Social Welfare Corporation Aoitori, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan }^{3}$ Graduate School of Humanities and Sciences, Ochanomizu University, Tokyo, Japan Introduction: Based on findings of previous follow-up studies, extremely low birthweight (ELBW) or birthweight under 1,000 g adults have more mental health problems than do normal controls. Materials and Methods: A qualitative analysis of the mothers' interviews was conducted to clarify the relationship between the mother's role and the developmental trajectory of ELBW adults from birth to adulthood. The participants were 18 near and dear mothers whose sons or daughters were born with ELBW. All ELBW adults had been under medical care in Maternal and Perinatal Center, Tokyo Women's Medical University Hospital. Results: Semi-structural individual interviews were conducted by the first author as the interviewer. All speech records of the 18 interviews were converted into text and consisted of meaningful segments, containing one sentence or a few sentences, that consolidated 342 codes. Based on these codes, the authors were able to extract 14 categories, which were then summarized into three major categories: (1) an early and immature birth, a sudden and unexpected event; (2) childcare with tension and anxiety; and (3) a time in which the mothers felt "It's all right!" and the child graduated from being an ELBW infant. Conclusion: Mothers have a significant influence on the mental health of their ELBW children; however, clinicians should pay more attention to friends or senior colleagues who exert positive impacts to the life of ELBW adults. Keywords: ELBW, mother, qualitative study, follow-up, adulthood Corresponding Author: 原仁 $\overline{\text { ₹ }} 221-0822$ 神奈川県横浜市神奈川区西神奈川 1-9-1 社会福祉法人青い鳥小背療育相談センター神経小坚科 [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.91.3_165 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## 緒言 小さくかつ早く生まれた ELBW (extremely low birth weight) 照 (出生体重 $1,000 \mathrm{~g}$ 未満) の予後研究は成人期の健康状態の評価の段階に達した. Mathewson et al (2017)の展望論文 1 によれば,成人した ELBW 児には様々なメンタルヘルスの問題が様々な時期に多発しているという。 その特徴は, 親や教師の報告では,不注意・多動,行為障害や反抗挑戦性障害, 自閉症状,社会的不適応などが挙げられる。一方, ELBW だった本人の報告では,これらの問題はむしろ目立つことはなく, 抑うつや不安,結果としての社会不適応に帰結する状態だった。 Mathewson et al が指摘するように,ELBW 児の成人期にメンタルヘルスの問題があるとしても,近しい大人の評価と本人の報告の乘離がその特徴といえるのではないか. したがって,この問題を理解するためには,両者の評価と報告を比較検討することが必須であろう. 予後研究の手法として,比較対照群を設定したコホート研究がある. 1977 年から 1982 年生まれの ELBW 児を対象とした MacMaster 大学を基盤とするコホートが有名である. Mathewson et al(2017)の展望論文 ${ }^{1}$ においてもこのコホートに関連する 5 編が取り上げられており,示唆に富む結果が報告されている. しかし, 読者は年齢帯や観点を違えて執筆されている多数の論文群を,発達の軌跡という目で読み込まなければならない. ELBW 児の予後を理解するためには多くの労力が求められ, 読者自身の解釈がそこに生じる。 本研究では成人した ELBW 児の発達の軌跡と母親の役割の関係を明らかにするため,その母親の立場に焦点を当てた質的研究の手法を用いている2). もっとも身近でELBW 坚の発達と成長に関わった母親はどのようにその経過を振り返るのであろうか. 質的研究で用いられるインタビューで得られた記録はその時点での母親の思いを反映しているのは間違いないが,それが事実だとしても,出生からその時点までの経過の真実であるか否かは不明である.しかし, 少なくとも複雑な経過をたどる, ELBW 览の発達の軌跡と母親の役割を理解するための一つの有力な手法になると思う。本研究ではグランデットセオリーアプローチを用いて,母親へのインタビューのすべてをテキスト化し, 切片化, コード化, そしてカテゴリーを作成していくという探索的手法 で結論を導く2). 質的研究は比較対照群を設定することはない,その意味で客観的というより主観的な研究手法になる。得られた結論にさらに新たな対象者の結果を重ね合わせても結論に変化がないと研究者が判断(理論的飽和)して終了とする3). ## 対象と方法 ## 1. 予備調査一インタビューガイドの作成 東京女子医科大学母子総合医療センター(母子センター)・フォローアップチーム 3 名 (小照科医 2 名, 臨床心理士 1 名)の討論の中で以下の 7 つのリサーチクエスチョンを抽出した。 $\mathrm{Q} 1$ :未熟児と障害児出生(例えばダウン症)との違いはあるのか? Q2:支援者はだれか?特に, 医療者への評価 Q3 : 発達遅滞の受け止め一いつか追いつく? 「大丈夫」の時期 Q4:親子の関係,密着度は高いのか? Q5:集団適応と親の役割とは? Q6:未熟览出生に対して母子での認識の違いはなぜか? Q7:本人が未熟児出生を受け入れる時期はいつか? 以上の疑問を直接母親にインタビューをすることで確認することにした。さんしょの会 (ELBW 児の親と本人の会) 開催時に別室で 1 名の ELBW 児の母親に依頼して自由に発言する形式で 7 つの疑問への意見を聴取した。事前に研究の趣旨を説明した. すなわち, 研究への参加は自由でその後の診療に影響はないこと,インタビュー内容の録音と文章化,それによって得られた資料の確認とその後に研究辞退は可能であることなどである.インタビュー前に同意書への署名を求めた。 インタビュー時間は 140 分,インタビュアーはフォローアップチームの小児科医(筆頭著者)と臨床心理士が担当した.記録はすべて録音し,文章化した. グランデットセオリーアプローチに基づき,切片化, コード化, そしてカテゴリー作成を行った. なお,この予備インタビューに参加した母親の ELBW 照は当時 18 歳と 19 歳になっていた. 2 名とも就学猶予を実施しており,1名は不登校状態にあった。 2 名の共通カテゴリーとして,以下の 8 項目をカテゴリーとして抽出した。 出生から現在まで時系列で示している. (1)生と死の交差, (2)医療一頼りたいけど頼れない, (3)本人の鈍さと忍耐強さ (内向的性質?), (4)親のストレス発散法, (5もう大丈夫とは言えない一今も, (6)対外的には吞気に見える本人の態度,(7)何も自分で決めていない!, 8後輩ママに一言いいたい. 以上の予備インタビューからインタビューガイドを作成した。半構造化個別面接を実施するためである. (1)出生直後:命の危機があった.生きていさえすればよい? 父親やその他の家族の反応は? 新生览集中治療室 (NICU) に通うのは負担だった? 親子の絆を感じる時と場所? だれが支えだった?夫,母親,スタッフ? (2)退院後:何が一番気になったか? 食事? 健康維持(感染症など)?情緒や反応? 体格 (細身,顔つき)?視力? 体力? 動き?小児保健外来の意義, 修正月齢はいつまで意味を持ったか? 発達全般にどのように感じていたか? (3)幼稚園・保育所等の利用について:何が心配?体格?言葉? 動き? 友達付き合い?担当教師・保育士に未熟児出生をどのように説明したか? ママ友との付き合いは積極的?避けた?子育てストレスをどう解消したか? (4)就学時期: 特殊教育 (特殊学級) あるいは就学猶予は選択肢にあったか?気がかりなことは学習? 動きや感情面? 体力? 友達付き合い? 学校選択の決断は? (5)小学校期を振り返って一小学 3 年前後 : 父親の理解・子育て協力について実際に起こったことは学習? 動きや感情面?体力?友達付き合い? 今まで出会ってきた教師たちの理解未熟児の親であること家族のなかの自分の立場 (6)中学校期を振り返って:いつ大丈夫と思ったか学習? 動きや感情面? 体力? 友達付き合い? 親の心配子どもの吞気はどうして?未熟览の親は運命?それとも人生の不条理? (7)高等学校期以後〜そして現在 : 育児を振り返って後輩に伝えたいこと一未熟児出生の影響は? ## 2. 調査手続き一本調査 1)研究協力者 1984 年 10 月(母子センター開所)から 1995 年 3 月までに出生し, 母子センター NICU で医療管理し, 粗大な後障害なく生存退院した ELBW 児は 132名(多胎含む)であった.研究開始時点(2015 年 3 月)で成人している ELBW 児である。この中で成人期までに死亡したという情報は得られていない. 132 名中 6 歳览健診 (就学前後) までフォローアップ可能だったのは 116 名であっだ4). その後の中学生健診は 73 名に実施できている ${ }^{5}$. 今回の母親インタビューの対象者はさんしょの会の協力に基づき,名簿に住所が登録されている会員の母親 90 名に依頼した. なお,この中には予備インタビューを実施した母親 2 名は含まれていない.結果として全員 6 歳肾健診または小学 1 年生健診の受診者の母親となった。返信があったのが, ELBW 览としては 63 名 (品胎 2 組, 双胎 3 組含む) の母親 55 名で, その内訳は協力辞退 29 名, 協力受諾 26 名となった。 2) 半構造化個別面接 インタビュー実施は 2016 年 7 月から 2017 年 6 月までの 1 年間,インタビュー場所は東京女子医科大学小児科外来であった。通常の診療終了後あるいは休日に時間を設定した。 インタビューガイドに基づく半構造化個別面接を実施した。インタビュアーは筆頭著者(小照科発達外来 10 年担当, 小学 1,3 年, 中学時健診に参加した小児科医)であった。開始時に研究主旨を読み上げ,研究参加の同意書に署名を求めた. なお, 受諾者 26 名中, 日程調整不調のためインタビューを実施できなかったのは 4 名, ならびにインタビューを実施した ELBW 监が障害福祉制度を利用中の 3 名の母親と母親の代理として参加の父親 1 名がいた.これらの合計 8 名は本研究の分析対象とはならなかった。 以上から本調査は 18 名の母親のインタビューの解析とした. 双胎児 $(2$ 名は出生直後死亡, 1 名は重症児)の母親が 5 名含まれている。インタビュー時間の中央值は 68 分(範囲 49-96 分)となった. インタビュー当時の母親の年齢の中央值は 50.5 歳 (範囲 51-66 歳)であった。母体搬送例 12 名, 出生後搬送例 4 名, 母子七ンターでの合併症管理例 2 名である.在胎週数の中央値は 27 週 (範囲 24-32 週)であった.出生した ELBW 児の体重の中央値は $800 \mathrm{~g}$ (範囲 655-977 g) であった. 本研究は東京女子医科大学研究倫理委員会の承認 (承認番号 5820)を得て実施された。 ## 結果 インタビューをすべて録音し,テキスト化した。 Table 1. Major Category 1: An early and immature birth: a sudden and unexpected event. A number surrounded by a circle indicates the category. A category includes three or four representative speeches. この中の文をまとまりのある文章として切片化し, 342 個のコードを作成した. このコードから 14 個のカテゴリーを抽出した. 14 のカテゴリーとそれに含まれた代表的コード (母親の発話)を Table 1~3 に示した. カテゴリー 毎の代表的コードはそれぞれ 3 項目から 4 項目とした. Figure 1 は 14 のカテゴリーを 1 つ上位の大カテゴリーに集約し,その関連をつないだものである.大カテゴリーは, 1) 未熟児出生:突然の思いがけない出来事,2)不安と緊張の育览,3)大丈夫と思える時がくる一未熟児卒業, と命名した. 14 のカテゴリーはおおよそ 3 つの大カテゴリーに集約でき,かつ関連があるとしても1)と2,あるいは2)と 3) としたが,「人生の不条理? 運命の出生?」としたカテゴリーのみは 1)と3)に関連していると解釈した. ## 1. 14 のカテゴリーの作成と 3 つの大カテゴリー への集約 1)未熟児出生:突然の思いがけない出来事(Table 1) (1)生と死の交差:産むのか産まないのかの選択, そして胎坚よりも母体救命を優先する方針の告知など,準備なく突然の出産の判断を求められた親の衝撃が語られている。 (2)出会いの衝撃:わが子との出会いもまた衝撃として語られた。おそらく出産とその後にわが子を抱きしめられるというイメージ,願いとは全く異なる出会いになっている。わが子と思えないような,想像していた「赤ちゃん」とは思えないような異形の姿に驚き, 混乱した様子が語られた。 ガラス箱の中, 遠くの存在, 本当にわが子なのかとの戸惑いなどが伴うのもやむを得ない。 (3)退院に向けて一心の準備: 通常の出産ならば, Table 2. Major Category 2: Childcare with tension and anxiety. A number surrounded by a circle indicates the category. A category includes three or four representative speeches. 退院は母子同時あるいは数日遅れてわが子を迎えに行くことになる。しかし, ELBW 览の母親は先に退院して, 可能な限り搾乳して母乳を NICU に届ける,そしてわが子と触れ合うことになる. NICU 入院の 2〜3か月の間,そこで語られるのは母親としての感情の摇らぎと思える.やがて前向きに子育てに取り組もうと思い始めるのだ。 (4)家族の支え: 出産から, NICU に通う毎日, そし て自宅での子育てへの過程の中で家族の支えが強調された。多くは夫の支えである。また, ELBW 览を産んだという母親の立場が非難されるようなことはなかった.今回の母親の中で姑と同居されている方はお一人だけであった。孤独の子育ての方が多かったとも言える,当時の育坚状況を反映した結果かもしれない. 以上, (1)「生と死の交差」から(4)「家族の支え」のカテゴリーが第 1 の大カテゴリー「未熟児出生:突 Table 3. Major Category 3: A time comes in which the mothers feel "It's all right!" Figure 1. Relationship Among the Three Major Categories and 14 Extracted Categories. 然の思いがけない出来事」に所属するとした.(1「「生と死の交差」, (2)「出会いの衝撃」,および(3)「退院に向けて一心の準備」は直接関連しているが,(4)「家族の支え」は直接というより (3)「退院に向けて一心の準備」との関連が強く, 間接的な所属カテゴリー と思われた。また,(2)「出会いの衝撃」と(3)「退院に向けて一心の準備」も結びつきがあるとした (Figure 1 ) 2)不安と緊張の育坚(Table 2) (5)何が困ったか!一乳幼览期の困難:退院から母親自身での子育てが始まる。それまでは 24 時間 NICU のスタッフが子どもを看てくれたのだが,なんらかの援助 (父親や身内のだれかなど) があった方もいるが,多くは母親一人の特別な子育てになったとの認識である。 (6)ELBW 幼児の適応一弱者の術?:対人関係は受け身で目立たず,自ら積極的に関わることは少ない. 逆に言えば, 集団行動からの逸脱で困ったという発言は皆無であった. (7)発達外来の役割: 本研究に参加を受諾した母親はフォローアップチームの健診を肯定的に受け止めた方々である. 対象とした ELBW 児の中に発達外来の受診に否定的な母親はいたかもしれない。そのような方々は発達外来の受診を止めてしまう,あるいは受診はしていても研究協力には応じなかったはずである。 (8)鈍さと忍耐一内向的気質?:カテゴリー(6)で指摘した状態が学童期にも青年期にも継続していく.これらは幼児期での集団内の立ち位置が影響しているのか, あるいは ELBW 児として出生すること自体,脳成熟の特性なのかは不明である. 少なくとも外向的な問題行動に結びつかない状態を反映していると思われた。 (9)それでも耐えられない—一時撤退(不登校):ここでカテゴリーとしてまとめた「不登校」は,小中学校期あるいは高等学校期に限定することなく,大学あるいは職場からの撤退も含んでいる。思春期を過ぎて,自我の目覚めとともに発生する葛藤の結果なのかもしれない. 以上 5 つのカテゴリーが,第 2 の大カテゴリー,「不安と緊張の育児」に所属すると考察した.ただし, (7)「発達外来の役割」は支援的視点から言えば,(3)「退院に向けて一心の準備」との結びつきを経由して,第 1 の大カテゴリー「未熟児出生:突然の思いがけない出来事」にも関与し,(9)「それでも耐えら れない一一時撤退 (不登校)」は(8)「鈍さと忍耐一内向的気質?」に派生するカテゴリーでだれにでも起こるものとしては捉えなかった(Figure 1). 3)大丈夫と思える時がくる一未熟坚卒業 (Table 3) (11)修正月齢?:出生予定日を起点にして発達里程標を基準にするという理解は多くの母親で共通していた. ただし, 就園や就学の時点でそのような理解より出生日からの月齢基準に変えなければならなくなる。就園時にはあまり問題にならなくとも,就学時点では多くの母親を悩ます問題が発生する。それが就学猶予である。予備インタビューの 2 名は就学猶予例であったが,本調査の 18 名中には, 考えたとの発言はあったが,その決断をしたものは含まれていない. (11)未熟児卒業?一大丈夫と感じた時 : 本調査の対象となった母親では,すべてその時が語られている。予備インタビューの 2 名の発言「大丈夫とは思えない一今も」とは異なっていた。たたし,その時は様々であり,一定の傾向があるとは思えなかった,あるいは,その時は状況の変化によって摇れ動くのかもしれない。 (12)育児ストレス解消法:Xトレスを否定する発言もあったが,多くの母親は子育て以外の行動や活動で育児の負担を乗り越えてこられたようである。発言の内容からすると,第 2 の大カテゴリーの時期を過ぎて育児に余裕のできた時期での解消法になっている. (11)後輩ママへのメッセージ:このカテゴリーはインタビュアーの求めに応じての発言がすべてであった。半構造化面接であるので,やり取りの中で自然に発生するインタビュアーが予測しない発言もあるのだが,このカテゴリーは比較的独立したものとなった. なお, この項の一部(了承された発言のみ) は小冊子「後輩ママへのメッセージ $\rfloor^{6}$ として, さんしょの会の会員に配布される予定となっている。 (14)それは, 人生の不条理? 運命の出生?:この問いはインタビュアーから投げかけて得られた答えに基づいている.未熟児出生を母親自身の人生と重ね合わせてどのように受け取っているかを問うた。 以上の5つのカテゴリーが第 3 の大カテゴリー 「大丈夫と思える時がくる一未熟児卒業」に所属すると考察した。ただし,(10「修正月齢?」は第 2 の「不 安と緊張の育児」との関連もあるはずである。(14「それは, 人生の不条理?運命の出生?」は, 第 1 の大カテゴリー「未熟児出生 : 突然の思いがけない出来事」に関連すると位置付けている。他の 3 つのカテゴリーはそれぞれが独立して存在している(Figure 1 ) ## 考 察 ## 1. 研究対象となった母親について 本研究の対象者は, 欧米で ELBW 児出生の背景として指摘される, 低所得者層, 母体管理の不全, 望まない妊娠の結果などの社会経済的要因は皆無の母親たちである.また,母子センターでの母体合併症管理例は 18 名中 2 名に留まり,母体搬送あるいは出生後搬送例が主体であった. 突然の出産で心の準備もないためか多くの母親は思考停止状態となっていた. 父親が出産するか否かを決めたり, その結果も受け入れる旨返事をしていたりしていた。 インタビューの対象は何故母親なのか? 現在の育児観からすると,夫婦で育てる,あるいは母親が働き,父親が育てる様式もあるかもしれない。しかし,子育ての主体は母親という通念がまだ支配していた時期である. ELBW 児の子育てという特異な状況下では,幼览期はほぼすべての母親が育览に専念していた。父親がインタビューの対象となった 1 例であるが,母親からの伝言と父親自身の曖昧な記憶での語りが続き,母親のインタビューとは異質と判断した。解析対象から除外した理由である. 「障害児の親のメンタルヘルス研究」7强いて,母親へのインタビュー(夫妻への共同 1 例含む)で明らかになったのは,障害認知と受容の時期の曖昧さであった。必ずしも診断時期とは一致しない,気づきと受け入れがあるのだが,その時期の特定は困難であった. 本インタビューの対象となった母親の「突然の思いがけない出来事」は ELBW 览特有な出来事なのである. ELBW 児の母親が時として訴える「他の ELBW 児の親と話したい」との語りは,障害児の親とは気持ちのすれ違いがあるためで,単に母親の障害観や差別の問題とするだけでなく,その背景に体験の違いがあるのではないかと思う。なお,前述の研究対象となった障害児には, 出生直後に障害が明らかになるダウン症児は含まれなかった. ダウン症の親の思いとの比較検討は今後の課題である。 「不安と緊張の育児」は ELBW 坚を育てる親の現実として避けることはできない。必然的に母親と ELBW 児の心理的距離は近く, 濃密になっていく. その状況は子育てが終わったと思われるインタビューの時期においても続いていた。この母子関係は ELBW 览の育ちゃ人格形成に強い影響を与えるに違いない。 本調査では ELBW 児自身やその母親への支援とは何かを話題の中心にした.基本的には,支援者は夫を中心とした親族と NICU スタッフ, 発達外来担当者に 2 分される. 前者には ELBW 児の育児に直接かかわった身内(姉や姑)もいたけれども,育览の主体は母親自身であった。自分以外には任せられないという強い思いが感じられた。つまり,身内の多くは育児を担う母親を支える立場であった。姑との葛藤を訴えた母親がいたが, 大部分は ELBW 出生を非難するより,そのことに触れない配慮があったと思われた。後者には母親から感謝の言葉が多く語られている。あるいは感謝の思いがあるために研究対象者となることを受諾したとも言えるのだろう.関わる時期と密度に違いがあっても専門職として支援の気持ちを絶えず持ち続けることが望まれていた。 母親たちは先の見えない育览不安とどのように対峙していたのだろうか. 体重増加や授乳したミルクの量を毎回記録しつづけた,寝ている時を含めて一時も目を離さなかった,検温をいつも繰り返していたなどが印象に残る語りだったが,いずれも過去の出来事になっていた.「今だったらそんなことはやらないと思いますけれど」の振り返りが出来ていた.多分自分をそう客観視できる母親がインタビューに応じることが出来たのだろう.なお,ストレス解消法(スポーツ,趣味,おしゃべりなど)について言及した母親はおおよそ半分,いつも ELBW 児のことが頭から離れない, 今もという思いが語られていた。 2. ELBW 児たちの集団適応一不適応解決方法は ## 不登校? 母親の語りの中に登場する ELBW 览たちの幼坚期・学童期の適応は, 従順に従うという対応方法によっていた. 他児との遊びで自己主張はなく, 自分がリーダーになろうとすることもなく,その場のリーダーに従順に従うのが常という,親から見れば 「いじめ」と思われる体験にも反応することはなかったようである。そのような鈍さが適応の術なのだろうか。それでも耐えられない場合は,一時撤退(不登校)が対処方法になっていた. 成人期に達した 132 名の ELBW 児の中にも不登校の経験があるとの報告は散見されている. ELBW 児たちの不適応の特徴ではないかと思われた。 社会学の研究から,スクールカーストという観点が提案されている。鈴木(2012)によれば,「主に,中学・高校のクラス内で発生するヒエラルキーのことで,小学校からその萌芽はみられる。同学年の子どもたちが,集団の中で,お互いがお互いを值踏みし,ランク付けしていることは以前から指摘されており,いじめや不登校の原因にもなると言われてきた.」となる8). 学校生活の中で ELBW 児は, このスクールカーストの下位 $30 \%$ に位置付けられているのではないか?少なくとも上位 $10 \%$ の ELBW 児は皆無と思われた。 ## 3. 大丈夫と思える時について 社会人あるいは学生となった ELBW 児の母親であるので,インタビュー実施の段階で子育ての一応の終了時期を迎えていた。不安と緊張の育览を続けていたはずなので, 学童期後期あるいは卒業後に大丈夫と思ったのではないかと予想した. しかし, その時期は一定しなかった。思いがけない時期がその時と語られるのだった。予備面接の 2 名は就学猶予例であり,1 名は不登校状態であったためか「大丈夫と思える時」はないと,今でも心配が続くと訴えていた。母親の思いも今のわが子の状況に依存するのだろう。その意味もあって,障害福祉制度を利用して生活している 3 名の母親のインタビューは解析対象から除いた. 後障害のない ELBW 児としての経過というより,障害のある児のそれとなっていると思われたからである。この 3 名の母親からは「大丈夫と思える時」は語られなかった。 振り返って ELBW 児を出産したのは人生の不条理なのか, 運命なのかの問いには, 1 名が強く不条理を訴えたが,大部分の母親は運命あるいは「わからない」と答えていた.インタビューの依頼を受けなかった母親の中に不条理派がいるのかもしれないが,今回の研究対象者は運命派が多数を占めていたのかもしれない. ELBW 児たちに出生状況を直接伝えていた母親も,そうしなかった母親もいたが,すべての母親は ELBW のことを子どもたちは知っていると確信していた。ただし,そのことを気にしていると思っている母親はいなかった. さらに,高等学校期以降は本人がどのような他人(友人関係や教師など)と付き合っているか, どう思っているかは「わからない」 と答えていた。一般の親子関係においても当然そのような時期が来る. ELBW 児の生き方に母親の影響は大きいとしても,成人期を迎えた ELBW 児にとっ て家族以外の人間関係が生き方を左右していく.母親の願いが及ばない部分は本人の思いを確かめる必要が出てくるのだ. ## 4. 質的研究について 質的研究は社会学の研究手法として開発された (Glaser BG, Strauss AL, 1967)9⿱乛龰゙,その後臨床心理学で盛んに用いられるようになった. 近年, 看護学などの医学領域の研究においても取り入れられつつあるが, 医学研究は, 客観性, 科学性, 再現性などを重視するので,いまだ量的研究が主体と言ってよいだろう.質的研究で多用される,グループあるいは個別インタビューという手法は, 日常臨床に近いが,そこから得られる資料は,会話をテキスト化した文字,文あるいは文章(意味ある文のかたまり)になる。その解析は見方によれば極めて恣意的になる). では,一般臨床は「科学的」なのだろうか?「根拠に基づいた医療」は様々な量的研究の結果に基づいて行われる. 信頼に足る数値は確かに存在するが,科学的であればあるほど $100 \%$ 正しい,あるいは $100 \%$ 間違いという数値は存在しないと言ってよい. そこに臨床医の判断が介入する。それは厳密に言って科学的なのだろうか? 臨床の曖昧さが入り达むのはやむを得ないし,それこそが臨床のだいご味とも言えるだ万う。一方, 質的研究では手法の段階から研究者の見識, 意見, 立場が反映される。質的研究はプロセス重視の研究手法であり, 到達する結論は極めて臨床的妥当性を持つのではないかと考えた. 本研究で質的研究を採用した第 1 の理由である. ELBW 児の予後研究の常道は一定数の群間比較にある.年齢等を統制して,ELBW 群と健常者群の比較から結論を導き出す, 量的研究の手法である.母子センターの予後研究でも, 就学前までは母子センター小児保健外来という, 母子センターで出産した健常乳幼览対象の健診から得られた資料を対照群とし, 小学 3 年時健診は同胞群の資料を得て, 群間比較を行った。この場合,年齢の統制はできなかったし, そもそも同胞がいない ELBW 児からの資料は得られない4). なお, 中学生対象の健診は 73 名に実施できたが,この時は統制群の設定はできなかった。研究としては小学 3 年時で終了としていたからでもあった。中学生健診を行いながら, 群間比較の結論は点と点の比較に過ぎず,点と点の間の出来事は推測するしかない,量的研究の限界があるのではない かと考えるようになっだ $\overbrace{}^{510)}$. Mathewson et al $(2017)^{11}$ が指摘するように,ELBW 児の発達の軌跡を明らかにする研究は極めて限られていると言う。 ではそれを扱うにはどのような手法が可能なのだろうか. 本研究で質的研究を採用した第 2 の理由である. もちろん本研究の枠組みの限界もある。第 1 に,母親の視点がいつも真実とは限らないし, そこに本人の言い分は反映されてはいない。しかし,本人へのインタビューが実りあるものになるかと言えば,中学生健診の時点での本人の ELBW の認識はかなり薄いことは分かっていた. ELBW 児の発達の軌跡に迫万うとするなら,思いのはっきりしている母親からの情報に頼らざるを得ないだろう。 第 2 に,インタビュアーとインタビュイーの関係である. 筆頭著者は対象者としての母親と 20 年前後の関わりを持つ. 研究依頼を受けるという判断にその関係が影響しているのは間違いない。おそらく, この関係に否定的な思いを持つ,あるいは無関心な母親は研究依頼に応じることはなかっただろう。したがって,筆頭著者らのフォローアップに対して感謝の思いは表明されたが, 否定的な意見はなかった.仮にあったとしても言語化されなければ,このインタビューには反映されない。 第 3 に, 質的研究の結果はテキスト化された文あるいは文章から導き出されるのであって, 臨床実践そのものではないということだ。録音した会話を聞き返すと,そこにはインタビュアーとインタビュイーの間に感情が飛び交っていることが想起される。テキスト化するとその感情の交差は消えてしまう。インタビューをして,それをテキスト化する作業の中で気づかされた。 第 4 に, 18 名の母親の思いや感情を重ねることで共通する ELBW 児の発達の軌跡を描き出そうとしても,表現する方法や能力にかなりの個人差があることだ.自分の思いや感情を適切に言語化できなければそこに得られる結果はない.感情はくみ取れても言葉がなければ結果に反映される資料にはならないのだ。一応, 15 名の解析後に実施した 3 名においては新たなカテゴリーは得られないことは確認した. 質的研究における「理論的飽和」は得られている. 第 5 に,もしインタビュアーがフォローアップに関与していない第 3 者であったなら,まったく違った結果が得られたかもしれない。障害児の親のメン タルヘルス研究》で行った質的研究は, 筆者らが関与していた発達障害児・者の親を対象にしたインタビュー調査であった. そこでは当事者がインタビュアーになることを避け, 心理学専攻の大学院生を一定期間のトレーニングを行ってから,インタビュー 調査を実施した.本研究とは真逆の発想である.研究に参加した大学院生の質は均一であることが前提ではあるが,インタビュアーとしての聞き出す能力に個人差があることは否定できなかった。 ## 結論一リサーチクエスチョンに対するコメント Q1:いわゆる知的・発達障害児と ELBW 児の母親の思いには差異があるように思われた。 ELBW 児の発達の特異性に配慮すべきである。 Q2:相談相手は夫,母親(祖母), ELBW 児の親仲間などが挙げられている. また, NICU 担当医・看護師への感謝の言葉が多くあった. フォローアップ担当医への評価も高いと思う。 Q3:もう大丈夫と思う時期は, 乳幼坚期から思春期まで様々だった。一定の傾向はない. Q4:ELBW 児の母親は不安が強く, 緊張の高い育监を強いられていた. 結果として母子の濃い密着状況が生じる。それが ELBW 児の長期予後に関連しているかもしれない。 Q5:ELBW 児の集団適応は受け身が基本で, 不適応が生じる場合は不登校となる. 成人しても「保護者」としての母親の役割が続いている. Q6:未熟児出生に対して,母親の受け止めとしては, 人生の不条理派と出生は運命派に分かれる. 本人の認識は本研究では明らかにできなかった. Q7:ELBW 児は小さく早く生まれたことをいずれかの時期に知ることになるが,そのことを気にしていると母親は思っていない. 母親の語りの中に一人ひとり多様な人生を垣間見ることができた。従来指摘されてきた社会経済的要因の一つとしての育児環境,その中でも母親の役割がある程度予後に関与するのだろう。しかし, 本人が中高生になるころには,母親の影響力は徐々に薄れていくのではなかろうか. 例えば,本人にとって大人のモデルとなるような先輩, 教師との出会いや友人関係は ELBW とは関係のない要因であり, それらの影響は大きくなっていくと思われた. 予後のすべてを母親の語りの中で示された ELBW 要因で説明できないのは当然である. 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1) Mathewson KJ, Chow CH, Dobson KG et al: Mental health of extremely low birth weight survivors: A systematic review and meta-analysis. Psychol Bull 143: 347-383, 2017 2) 岩壁茂:「はじめて学ぶ臨床心理学の質的研究方法とプロセス」, 岩崎学術出版社, 東京 (2010) 3)大谷尚:質的研究とは何か. 薬誌 137 :653658, 2017 4)原仁:学習障害ハイリスク児の教育的・心理的・医学的評価と継続的支援の在り方に関する研究 (平成 $10 \sim 13$ 年度科学研究費補助金(基盤研究 (A) (1)) 課題番号 10309010) 研究成果報告書. 研究代表者原仁. 独立行政法人国立特殊教育総合研究所, 2002 5)原仁:限局性学習症:低出生体重児の特徵, 診断の手がかりと最新の診断方法を教えてください.周産期医 $48: 1245-1248,2018$ 6)「後輩ママへのメッセージ. さんしょの会配布資料」 (原仁編), (2020) 7)「障害览の親のメンタルヘルス支援マニュアル一子ども支援は親支援から一」(原仁編 $)$ ,社団法人日本発達障害福祉連盟, 東京 (2010) 8)鈴木翔:「教室内 (スクール) カースト」, 光文社,東京 (2012) 9)「データ対話型理論の発見:調査からいかに理論をうみだすか」, (後藤隆, 大出春江, 水野節夫訳),新曜社, 東京 (1996) (Glaser BG, Strauss AL: Discovery of Grounded Theory. Strategies for qualitative research, Routledge, New York (1967)) 10)原仁, 平澤恭子, 竹下暁子ほか:超低出生体重児における神経発達障害. 日小児会誌 $122: 189$, 2018
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 成人した超低出生体重児の母親の願いと本人の思い(第 2 編) 一母親と本人アンケートの量的解析から一 ^{1}$ 社会福祉法人青い鳥小児療育相談センター神経小児科 ${ }^{2}$ 東京女子医科大学小坚科 ${ }^{3}$ お茶の水女子大学基幹研究院人間科学系 (受理 2021 年 5 月 7 日) ## Young Adults Who Were Born with Extremely Low Birth Weight: Mothers' Hope and Their Children's Thoughts (Part 2): A Quantitative Analysis of Questionnaires for the ELBW Adults' Mothers and for Themselves \\ Hitoshi Hara, ${ ^{1}$ Kyoko Hirasawa, ${ }^{2}$ and Tomoko Takamura \\ ${ }^{1}$ Kanagawa Day Treatment and Guidance Center for Children, Division of Child Neurology, Social Welfare Corporation Aoitori, Tokyo, Japan \\ ${ }^{2}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \\ ${ }^{3}$ Graduate School of Humanities and Sciences, Ochanomizu University, Tokyo, Japan} Introduction: Based on previous follow-up studies, extremely low birthweight (ELBW) or birthweight under $1,000 \mathrm{~g}$ adults have more mental health problems than do normal controls. Materials and Methods: A mail-in survey was conducted to clarify the life style and health status of 132 adults, who had been under medical care in Maternal and Perinatal Center, Tokyo Women's Medical University Hospital. The questionnaires consisted of open-questions for the ELBW adults' mothers (Survey 1) and, the original life style and health status questionnaire and World Health Organization Subjective Well-Being Inventory, (WHO SUBI) for the ELBW adults (Survey 2). Results: Survey 1 revealed the recent status of 63 ELBW adults, based on 55 mail responses by the mothers. In Survey 2, 28 (38\%) responses from 77 mail questionnaires were received. Survey 1 revealed that 5 (8\%) of 63 ELBW adults had the so-called school refusal experience. Based on Survey 2, 28 ELBW adults were doing the same days as average young adults and showed higher self-esteem than that of young adults. Conclusion: The authors clarified that the life style and health status of ELBW adults has no major sequalae. There is no denying that this group who responded to the questionnaire represent only successful examples rather than ordinary ELBW adults. Keywords: ELBW, mother, WHO SUBI, quantitative study, adulthood Corresponding Author: 原仁 〒 221-0822 神奈川県横浜市神奈川区西神奈川 1-9-1 社会福祉法人青い鳥小等療育相談センター神経小児科 [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.91.3_176 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## 緒言 小さくそして早く生まれた ELBW(Extremely Low Birth Weight) 児(出生体重 $1,000 \mathrm{~g}$ 未満)はどのような大人となって生活しているのであろうか?本論文が目指すのは, 大人となった ELBW 児の生活と健康状態の解明である。 Mathewson et al (2017)の展望論文1にによれば,成人期 ELBW 児の予後を扱っている英文論文は 6 篇あるが,スイス発の Natalucci et al (2013)の報告 ${ }^{2}$ を除けば,他の 5 編はカナダの MacMaster 大学グループの研究である.この研究の対象群は 1977 年から 1982 年生まれの ELBW 児である。出生時よりコホートとして維持されてきた 140 名程度の平均 23 歳となった ELBW 児への様々な観点からの評価に基づいた報告である. ELBW 児の予後研究が開始された直後のコホートといえる. 成人期 ELBW 児の精神的健康に焦点を当てたこれらの研究結果は次の 2 点に集約される. (1)小児期から思春期にかけて有意に発生している注意欠陥多動障害 (attention-deficit/ hyperactivity disorder : ADHD)症状は消失している. (2)内向的問題, 特に不安症状と対人反応過敏の存在が示唆されている。なお, これらの研究での情報収集は本人への面接と質問紙に基づいている. コホート研究の利点は発達の軌跡を明らかにできることである. 出生時から始まって, 乳幼坚期, そして学童期とその群の変化を丹念に追える。一方,追跡期間が長くなればなるほど, 現在の ELBW 児の医療状況との乘離が発生する。つまり, NICU (neonate intensive care unit) の環境, 生存退院率, 乳坚期の栄養方法, 学童期や思春期の養育の考え方などは医療技術の進歩とともに,なにより時代とともに変わっていく.「昔はそうだったかもしれないが,今は違う.」との見解である。確かに, ELBW児の NICU 管理の問題は 1970 年代が黎明期であり, 組織的な対応が開始された 1980 年代, 生存退院率が飛躍的に向上した 1990 年代, そしてそれ以降の後障害なき生存 (intact survival) が議論される時代へと変化していっだ. ELBW 児の予後研究において明らかになった, 異なった情報源による,異なった結果についても言及しておくべきだろう.第 1 に,親や教師などの身近な大人側からみた $\mathrm{ELBW}$ 览の評価は妥当なのか,の問題である. 思春期以降は本人の認識の確認も可能になる。本論文を含めて言えることは,身近な大人 からの問題点の指摘に対して, 本人側の楽観的あるいは問題視しない結果である.いわゆる「親の心配,子は知らず」の乘離の状態があるのだ. 第 2 に,評価方法の変化をどのように解釈するか,の問題がある.つまり, 評価手段も改変されていくし, 以前普遍的であった評価法は過去のものになる場合がある. 例えば, 坚童期を対象とした Wechsler 式知能検查は, 過去 30 年間で WISC-R, WISC-III, WISC-IV と改訂を繰り返した。幸いにして,これらの改訂による結果の変化はわずかであり,大幅な変更はないことが明らかになっているが, 過去の結果と今のそれらを単純に比較できないのも事実である. 第 3 に,国あるいは地域ごとの結果の差異をどのように理解すべきか,の問題がある. Mathewson et al (2017) ${ }^{1}$ は結果の地域差異において興味深い指摘をしている. 欧州, 豪州, 北米地域の報告からは ADHD 症状についての差異はないものの, 内向的問題と自閉症状において, 両者の発生率は欧州よりも北米地域の報告が有意に高いのである。 本論文では東京女子医科大学母子総合医療センター(母子センター)の NICU で管理し,その後のフォローアップ外来(発達外来)で経過を追ったコホートで, 成人期に達した ELBW 児の生活と精神的健康状況を調査可能な範囲で報告する. ## 対象と方法 1984 年 10 月の母子センター開所から 1995 年 3 月までに出生し, 母子センターNICU で医療管理し, 粗大な後障害なく生存退院した ELBW 児は 132 名(多胎含む)であった.研究開始時点(2015 年 3 月)で成人している ELBW 児が本研究の対象群である.この中で成人期までに死亡したという情報は得られていない. 132 名中 6 歳照健診 (就学前後)までフォローアップ可能だったのは 116 名であっだ) その後の中学生健診は 73 名に実施できている 5 . 第 1 編6で報告した母親インタビューの依頼は, さんしょの会(ELBW 児の親と本人の会)の協力に基づき,名簿に住所が登録されている会員の母親 90 名に行った。その際,本人の近況をたずねた。返信があった 55 名から得られた母親からの自由回答欄の情報を調查 1 とした。なお, 調査 1 には母親インタビューの際に得られた近況も含まれている。 次に同じく 73 名の本人宛に, 近況の詳細をたずね了質問紙, 生活状況調査と WHO の心の健康度と疲労度を問う質問紙 WHO SUBI (subjective well- being inventory $)^{\text {g }}$ 郵送で依頼した。この調査 2 は郵送で回収する方法を取った. 生活状況調查は,平成 27 年度版子供・若者白書 (内閣府 $)^{8}$ を参考に,本研究のために独自に開発したものである. WHO SUBI は, 主観的幸福感を構成する陽性感情(健康度)と陰性感情(疲労度)の 2 つの尺度からなる自己記入式質問紙で 40 項目から構成されている。なお, 心の健康度は, 現状への肯定感, 自信, 満足,幸福感等を表し, 心の疲労度は, 現状への失望, 不安, 退屈, 不全感等を表すという. SUBIが二つの要因を別々に測定するのはこれらが必ずしも連動しないからである。つまり, 心が健康であるとは, 健康度が高く,かつ疲労度は低い状態を意味している。 調查 1 および 2 は返送をもって研究協力の承諾が得られたとした. 返送後に協力撤回も可能との説明文を同封している. 本調查は東京女子医科大学研究倫理委員会の承認 (承認番号 5820)を得て実施された。 ## 結果 調査 1 で明らかになったのは, ELBW 览 63 名中 5 名 (8\%)の小中高学校期の不登校既往歴者である. その他に, 知的障害 (てんかん合併 1 例含む) 2 名, ADHD の診断で精神障害者保健福祉手帳を得て, 障害者朹で就労中の 1 名, 成人期に統合失調症発症 1 名, 性同一障害と診断を受けた者 1 名の報告があった. なお,返信があった母親は 55 名であったが,品胎 2 組,双胎 3 組が含まれており,ELBW 児としては63名となっている. 調查 2 では 28 通(男性 8 , 女性 20)の返信が得られた. 回答者の在胎週数の中央值は 27.5 週 (範囲 2432 週), 出生体重の中央値は $854 \mathrm{~g}$ (範囲 $558-997 \mathrm{~g}$ ) であった. 双胎 6 組 8 名, 品胎 1 組 3 名の回答が含まれた. 回収率 $38 \%$ であった. なお, 第 1 編で報告した, インタビュー協力の母親 11 名の子ども 13 名 (双胎 4 組 6 名)の回答が含まれている。また, 本論文投稿段階で調查への協力の取り消しの申し出はなかった.返信者の年齢の中央値は 29 歳(範囲 23-33 歳) であった。 生活状況調查の結果を以下に示す. ## 1. 身体面の現状 男性身長の中央値 $163 \mathrm{~cm}$ (範囲 154-175 cm), 男性体重の中央值 $54.5 \mathrm{~kg}$ (範囲 $48-76 \mathrm{~kg}$ ), 肥満 1 度 (25 $\leqq \mathrm{BMI}<30 ) 1$ 名, 低体重 $(\mathrm{BMI}<18.5)$ 1 名であった. 他の 6 名は普通体重 $(18.5 \leqq \mathrm{BMI}<25)$ であった.女性身長の中央値 $153.5 \mathrm{~cm}$ (範囲 143-162 cm),女性体重の中央値 $47 \mathrm{~kg}$ (範囲 $42-62 \mathrm{~kg}$ ), 肥満 1 度 1 名, 低体重 3 名であった. 他の 16 名は普通体重であった。 自らの体格についての認識もたずねている。小柄と思っている男性が 8 名中 3 名, 女性は 20 名中 9 名であった. 瘦せていると思っている男性が 3 名,女性は 2 名, 太っていると思っている男性が 1 名,女性は 2 名であった. 大柄との認識は男女ともいなかった。 眼鏡・コンタクト等使用中は 20 名 $(71.4 \%)$ ,視力は正常との回答が 8 名であった. 現在の健康状態は良好で不安なしとの回答は 21 名 $(75.0 \%)$, 健康に不安ありは 7 名だった. 不安の理由は重複なく, 慢性腎炎, 肥満, 高脂血症, 発達障害, 頭痛, 冷え症, 記載なしの 7 項目が挙げられている. ## 2. 現在の生活 就労状況は, 正規雇用 17 名, 非正規雇用 8 名, 学生 3 名であった. 就労中の 25 名 (89.3\%) 中, 現職を続けたい者 19 名, 転職を考慮中 6 名であった. 収入あるいは経済状態に不安がある者 13 名 (46.4\%) となった.親の支援 (生活面,同居など)を受けている者 19 名 $(67.9 \%)$ ,世帯を分離して, 支援なしの生活者は 9 名だった. 婚姻状況をたずねた。結婚 5 名, 結婚予定 4 名,未婚 19 名(67.9\%)だった。未婚の男性は 8 名中 6 名(75.0\%),女性は 20 名中 13 名(65.0\%) となった.調査時点で子どもの出生の報告はなかった. 飲酒の習慣なしは 15 名 $(53.6 \%)$ であった。喫煙習慣のある者は 1 名であった。 自動車運転免許を保有するのは男性 8 名中 7 名 (87.5\%),女性 20 名中 15 名(75.0\%)であった. 生活上の問題が発生した場合, 親に相談して助言をもらう者が 21 名 $(75 \%)$, 家族以外その他の知人に相談する者が 18 名 $(64.3 \%)$, 親に報告するのみの者が 2 名, 相談せず自力で解決する者が 2 名であった(重複回答あり)。 友人関係では,親友がいて,おおむね満足している状態が 24 名 (85.7\%), 親友はいないが,おおむね満足している状態が 3 名, 親友はいるが, 現状に不満な状態が 1 名であった。 現在の生活に打打むね満足している者20名 $(71.4 \%)$, どちらでもないと回答した者 8 名であった. 現在の生活に不満と回答した者はいなかった. Figure 1. Mental health status based on SUBI. +: The symbol "+" indicates good mental health or critical fatigue level. $\pm$ : The symbol " $\pm$ " indicates borderline mental health or fatigue level. -: The symbol " -" indicates poor mental health or admittable fatigue level. SUBI, subjective well-being inventory. ## 3. 過去の振り返り 楽しかった時期は高校時代が 23 名 $(82.1 \%)$, 大学 1 名, 小学校時代 1 名, 記載なし 3 名であった. 成績はおおむね良好だったと思う者 5 名,普通 15 名,下位 6 名,記載なし 2 名であった。部活動に参加しかつ楽しめた者は 20 名 $(71.4 \%)$, 参加したが悔いがある者 3 名, 参加しなかった者 2 名, 記載なし 3 名であった. 印象に残っている教師がいる者 18 名 (64.3\%),いないとした者 7 名, 記載なし 3 名であった. なお,調査 1 で明らかになっている不登校経験者は調査 2 の回答者にはいなかった。 発達外来の健診の記憶は, 小学 3 年生時が 10 名,小学 1 年生時が 6 名, 中学生時が 1 名, 記憶にない・記載なし11名であった。 最後に,現在の生活に未熟児出生の影響があると思うかとの質問に対して, 10 名 (35.7\%)では「ない」 との回答であった.「ある」との回答 18 名 (64.3\%) にその内容をたずねた。体格 14 名 $(77.8 \%)$ ,視力 5 名 $(27.8 \%)$, 学業 3 名 $(16.7 \%)$, その他 3 名となった.この中には重複回答が含まれている。なお,友人関係に影響しているとの回答はなかった. ## 4. 心の健康度と疲労度 SUBI の結果は Figure 1 に示した。なお, 男性 1 例の回答に SUBI の記載がなかったので,集計対象は 27 名となった. 心の健康度(高得点 42 点以上,低得点 31 点未満) と心の疲労度(要注意 43 点未満,疲労可能性 48 点未満) の結果から, 健康度に問題ない場合 + , 疲労度に問題ない場合 - と表記した. 健康度(41-31 点)と疲労度(48-44 点)が境界域にある場合土と表記した. 健康度が基準値以下の場合一,疲労度が基準値以上ある場合 + と表記することにしたが, 健康度が一で度労度は+の例はなかった. 健康度 $\pm$ であり, 疲労度一群が 15 名 (55.6\%) と過半数であった。なお, 健康度+であり,疲労度一は 6 名(22.2\%)であった。 ## 考 察 ## 1. 研究対象群について 本調査は, 地域基盤ではなく, あるいは多施設共同研究でもなく, 一医療施設を基盤にする予後調査の結果である。本研究の開始時点 (2015 年 3 月) で ELBW 児 132 名のコホートが形成された. 本調査開始の段階(2018 年 3 月)では, 我が国においては成人期に達した ELBW 览の予後の報告はないので, 特殊な状況下ではあるものの, 最初の報告といってよいだろう。 東京女子医科大学母子総合医療センターは 1984 年 10 月に我が国最初の総合母子センター(周産期母性部門,周産期新生览部門にフォローアップを担当する小児保健部門併設)として開設された。なお,小照保健部門は主に母子センターで出産した健常児の健診を担当し, 同じスタッフ(本論文の共著者含 む) が小坚科発達外来で ELBW 坚の検診を実施していた. 母子センターは母体に合併症のある出産を扱っている周産期センターであり,母体の糖尿病,心疾患,重症妊娠中毒症などの合併症の分婏の割合は総分婏数の 24.6\%(2003 年現在)であった. 当然, 本研究の対象となった ELBW 児の母親に前述の合併症のある例は少なくなかった. NICUで新生児管理を担当する場合も,母性部門で管理されていた母体だけでなく, 関連病院からの母体搬送(総分娩数の約 5\%)後に対応した ELBW 览が含まれている。 2004 年に発刊された母子センター 20 周年記念誌9によれば, ELBW 坚の NICU 生存退院率は開設当初より $80 \sim 85 \%$ に維持されていた. 開設当初は全国平均の $55 \%$ を大きく上回っていた. なお, 本研究が対象とする ELBW 児(1984 年 10 月から 1995 年 3 月までに出生)以降の生存退院率は全国平均 $80 \%$ と変わらなくなる。つまり,本研究が対象としている ELBW 坚は, 生存退院率が突出して高い特殊な環境下で医療管理されていた, 特別な ELBW 児コホー トとも言える。 様々な理由でわが子が ELBW 児であっても, その予後に関心を示さない保護者の場合,フォローアップ外来(発達外来)を受診し続けることは少なく,早期に未受診者となる. 当然転居例も若干含まれる. つまり,コホートとして維持し続けるためには様々な困難がある。 本研究の対象児への連絡は, ELBW 児の親と本人の会(さんしょの会)の協力によって行われた. その際に確認できたが,発達外来未受診であってさんしょの会のみに登録されている方はいなかった.ちなみに, 研究対象坚 132 名中 6 歳坚健診(就学前後)受診者は 116 名(受診率 $88 \%$ )であり,その後任意の別枠健診 (小学 3 年健診) 受診者 91 名 (69\%) であった。そのフォローアップのための中学生健診にも 73 名 $(55 \%)$ が応じている. 予後調査の場合, 対象となるコホートをいかに維持するか, 効率よくかつ必要な情報をいかに収集するかが課題となる. 研究費ばかりでなく,必要なマンパワーを投入することも不可欠である。ある面臨床の片手間ではできないので,予後研究に専従するフォローアップチームが必要になろう. 本研究の様々な資料は小児保健部門のスタッフが中心となってコホートの維持に努めた結果である ${ }^{5}$. 一方,本研究の限界は,何より一医療施設に基づ く資料なので,一般論を導き出せない点にある。今後多施設共同研究の結果を待ちたい。その際,いかにコホートを維持するかの工夫が求められることを強調しておく。本研究実施の強力な助けとなった, さんしょの会のような親と本人の会との協力関係を保つことも必要となろう. さらに比較対照群を設定できていないので,結果の比較が既存の報告書あるいは調査に頼らざるを得ないことがある. 予後研究の場合の比較対照群の設定には様々な困難があるが,他国の研究と比較するためには必須である. 我々は小学 3 年の健診の際に同胞例の比較対照群とするため, 協力を依頼し同様の評価を実施している.評価実施のための費用をいかように捻出するかの課題を克服できるならば可能性のある手法と思っている。 しかし, 中学生時の健診と今回の調査に関しては,対照群を設定するだけの研究費は得られなかったのが現実である。 本調査結果が我々のコホートの全体を代表しているとも言えない. フォローアップの方針は粗大な後障害のない ELBW 肾の予後の解明であったので, NICU 退院時に明らかな重症児, 視聴覚障害児などは除外してコホートを形成しているが,その後に知的・発達障害と診断された者は含まれている。しかし, 今回の調査 2 での回答者には障害福祉制度を利用しての生活者はいなかった。また, 調査 1 で明らかになった不登校経験者であるが,今回の回答者にはいなかった. 以上から, 本調査結果は ELBW 児の中でも予後良好の,あるいは調査に協力可能な程度の余裕のある生活をしている成人の実態とも言えるかもしれない。 ## 2. 生活状況調査 1)身体面の現状 厚生労働省の平成 30 年国民健康・栄養調査報告10) によれば, 20 歳から 29 歳の男性の平均身長は 171.5 (標準偏差 5.9) cm, 平均体重は 67.6(同 12.5) $\mathrm{kg}$, 同年齢帯の女性の平均身長は 158.1 (同 5.7 ) cm,平均体重は 52.3 (同 8.8) $\mathrm{kg}$ であった. 今回調査に応じた男性 8 名の身長の中央値 163 $\mathrm{cm}$ は全国平均値のマイナス 1 標準偏差値(165.6 $\mathrm{cm})$ を下回っていた. 体重中央値 $54.5 \mathrm{~kg}$ も同様で,全国平均値のマイナス 1 標準偏差値(55.1 kg)を下回る結果であった。一方, 女性 20 名の身長の中央值 $153.5 \mathrm{~cm}$ は全国平均値のマイナス 1 標準偏差值 (152.4 cm)を若干上回っており,体重中央値 $47 \mathrm{~kg}$ も, 全国平均値のマイナス 1 標準偏差值 $(43.5 \mathrm{~kg})$ を 上回っていた。 BMI の結果と体格の自己認識は必ずしも一致しない. 低体重が男性 1 名と女性 3 名に認められたが,個別にみるとそのずれは明らかなように思われた。未熟览出生の影響は体格に反映されているとの思いは本調査の中ではもっとも多く, 影響ありとの回答 18 名の中でも「体格」が 14 名 (78\%) であり, 彼らの本音を垣間見たと思われる。さらに,自らの体格を「大柄」と認識している者はいなかった点も体格への影響を示唆するものであった。 視力の統計資料として平成 29 年度学校保健統計 ${ }^{11}$ がある. 高校生の裸眼視力 1.0 未満は $62.3 \%$ であったという. 当研究対象の ELBW 児の眼鏡・コンタクト等使用者の 28 名中 20 名 (71.4\%) である。近似の統計資料なので単純比較はできないが,視力に問題がある例は健常者と比較して若干多いのかもしれない。また,未熟児出生の影響を危惧する項目の第 2 番目に視力 5 名 $(28 \%)$ が挙がっている. 本調查の対象者の 4 分の 3 は, 現在健康であり特段の不安はないと回答している。ただし, 調查 1 および 2 から得られた親からの情報と照らし合わせてみると, 不安なしの回答と実際の疾患とは一致しない場合が散見された. 例えば, I 型糖尿病を発症した例は,体格面でも健康面でも問題なしと回答してい了. ## 2) 現在の生活 平成 29 年度実施の 16 歳から 29 歳の男女 1 万名 業員は $32.9 \%$, 非正規雇用者は $18 \%$, 学生 $31.1 \%$ であった. 28 名中 17 名 (60\%) が正規雇用との返事だったので,ほぼ遜色ない雇用状況と思われる。ただし, 非正規雇用者も $29.6 \%$ になっている。第 1 編の母親インタビューの際にも, 正規職員としての就職を希望しているが,その機会が訪れないことが悩みとの語りが散見されている. 就労中の 25 名からは, 収入と経済状況に不安ありとの回答が 13 名 (52\%)あり,また転職希望者も 6 名になった. 何らかの親の支援を受けての生活者が 19 名 (67.9\%) いることも独立した生活者にはなっていない現実を反映していると思う. 内閣府の子ども・子育て本部の平成 29 年調査 ${ }^{13)}$ によれば, 25〜29 歳男性の未婚率は $72.7 \%$, 同女性は $61.3 \%$ であるという,長期的にみれば,未婚率の上昇が指摘されている.未婚 19 名 (67.9\%) の中で男性は 8 名中 6 名 $(75 \%)$ ,女性は 20 名中 13 名 (65\%)であった,婚姻状況は同世代とあまり変わりないように見える。 飲酒と喫煙に関する回答に対応するような公的調査結果はない,飲酒に関して近似の調査を引用すると, 厚生労働省の平成 30 年国民健康・栄養調查報告10 になる。この調查の観点は生活習慣病のリスクを高める量 (アルコール摂取量, 男性 $40 \mathrm{~g}$ 以上, 女性 $20 \mathrm{~g}$ 以上)である。20 29 歳男性は $9.4 \%$, 同女性は $8.6 \%$ となっている. 本調査では, 飲酒の習慣なしは 15 名 $(53.6 \%)$ であり, 飲酒しているとの回答例を吟味しても,生活習慣病のリスクを高める量には至らない例がすべてであった。喫煙に関しても,同調查で $20 \sim 29$ 歳男性の紙巻きたばこは $61.5 \%$, 同女性 $72.4 \%$ であるので, 本調查の 28 名中 1 名のみの結果は極めて健康的な生活状況にあると言える。 次に運転免許の保有率である. 平成 30 年版交通安全白書 ${ }^{14}$ によれば, 20~34 歳の運転免許保有率は, 男性 80 95.3\%, 女性 71.9 89\% に分布と報告されている. 40 歳代まで年齢とともに保有率は上昇していく. 本調查では保有男性 8 名中 7 名 $(87.5 \%)$, 女性 20 名中 15 名 $(75 \%)$ であったのでほぼ一般調査の保有率の範囲にあると言える。 平成 30 年子ども・若者白書における調査 ${ }^{12)}$ では,悩み相談の相手は親と回答した者が $52.9 \%$ だったという。本調查では親に相談して助言をもらう者が 21 名 (75\%) となり, 若干親への依存度は高いのかもしれない. 平成 26 年版子ども・若者白書 ${ }^{15}$ において, 13 29 歳の若者を対象にした 7 か国(日本,韓国,米国,英国, ドイツ,フランス,スウェーデン)の意識調查が行われている。この中で, 友人関係の満足度調査が行われ, 我が国の若者の満足している割合が 64.1\% であって, 他国がおおむね $70 \%$ 台であったのに対してやや低いことが指摘されている。一方, 本調査においては, 友人関係に満足している状態が 24 名 $(85.7 \%)$, 親友はいないがおおむね満足の 3 名を加えると,ほぼ全員が満足しているとなる。 ELBW 児として育っていても友人関係には大きな影響を与えないのかもしれない. 最後の問いの「小さく早く生まれたことが現在の自分に影響していると思うのは?」の選択肢にも友人関係を挙げたが, そう回答した者はいなかった。 前述の国際比較調查で話題になった, 若者の自己肯定感の低さ, 具体的には我が国 $45.8 \%$ に対して他国はおおむね 70~80\% 台となった結果であった.し かし,本調査からいえば,現在の生活におおむね満足している者 20 名 $(71.4 \%)$ は, 同一の質問ではないものの, 本調査対象者の自己肯定感はかなり高いと言えるのではなからうか. 3)過去の振り返り 平成 26 年度版子ども・若者白書 ${ }^{15}$ での学校生活の満足度は, 我が国 $69.9 \%$ と $70 \%$ に届かなかったが, 米国, 英国, ドイツ, フランスの若者は $80 \%$ 台になり,相対的に我が国の若者の満足度は低いと報告されている。一方で本調査では, 楽しかった時期は高校時代が 23 名 $(82.1 \%)$, 部活動に参加しかつ楽しめた者は 20 名 $(71.4 \%)$, 印象に残っている教師 (部活動顧問や教科担任)がいる者 18 名 (64.3\%) であり,むしろ学校生活の満足度は欧米に重なるように思える。 ただし,調査 1 の不登校既往者の多さ(63名中 5 名;8\%)は注目すべきであろう。平成 30 年度版子ども・若者白書 ${ }^{12}$ の不登校児童生徒の割合は, 本調查対象坚が小学校期の際は $0.3 \%$ 前後, 中学校期の際は $2 \%$ 台後半, 高等学校期の際は $1.5 \%$ 程度であるので, ELBW 児の不登校は明らかに多い. 学業の振り返りで成績が悪かったと回答したのは 28 名中 6 名 $(21.4 \%)$ であった. 中学校健診に参加した通常学級で学ぶ 73 名中, 知的障害と判定された 7 名を除く 66 名中, 国語の学習不振(評価 1 または 2 )者は 11 名 $(16.7 \%)$, 数学のそれらは 18 名 $(27.3 \%)$ であった ${ }^{(6)}$. 成績不振であっても学校生活の満足度は高いのであるから, 本研究の ELBW 児は自己肯定感が高いグループだったとも言える。 なお,健診の記憶もたずねているが,参加健診は各々異なっているので参考程度の結果であるが, 健診の参加の経験の有無は現在の生活にはあまり影響していない, 少なくとも悪影響はないと思える. 4) SUBI 健康調查 最後に心の健康度と疲労度を評価する SUBI の結果 (Figure 1) にも言及しておく。本研究の対象となった ELBW 児のメンタルヘルスはおおむね保たれていて,支援対象となるような例は認められなかった. 大人になった ELBW 児であっても大きなストレスなく生活している一群がいると報告できると思う. ## 結 論 成人期に到達した ELBW 児の母親に中学生以降の適応状況をたずねたところ(調查 1 ),63名中 5 名(8\%)に不登校既往者の存在が確認できた.成人となった ELBW 児 28 名の生活状況とメンタルヘルス調査の結果 (調査 2 ) から,粗大な後障害のないELBW 児はお打むね同年齢の若者と同様の生活を送っており,自尊感情はむしろ高く維持されていた. ELBW 児の長期予後調査の観点は, どのような不都合あるいは障害が発生するかであった。本論文では, そのような不都合や障害のない ELBW 児の成人期の生活状況を詳細に報告することができた. ただ, 本調查は 28 名とかなりの少数回答の結果なので, ELBW 児の中でもうまく育った方々の回答になったとのバイアスの可能性は否定できないだろう. 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Mathewson KJ, Chow CH, Dobson KG et al: Mental health of extremely low birth weight survivors: A systematic review and meta-analysis. Psychol Bull 143: 347-383, 2017 2) Natalucci G, Becker J, Becher K et al: Selfperceived health status and mental health outcomes in young adults born with less than $1000 \mathrm{~g}$. Acta Paediatr 102: 294-299, 2013 3)「あおぞら共和国新生児医療講演会.レジェンドから学ぶ温故知新」, (仁志田博司監修・発案), atrium, 東京 (2020) 4) 原仁:学習障害ハイリスク児の教育的・心理的・医学的評価と継続的支援の在り方に関する研究 (平成 $10 \sim 13$ 年度科学研究費補助金 (基盤研究 (A) (1)) 課題番号 10309010) 研究成果報告書研究代表者原仁. 独立行政法人国立特殊教育総合研究所, 2002 5)原仁, 平澤恭子, 竹下暁子ほか:特別講演 : 成人した超低出生体重览の生活一母親の願いと本人の思い一. 第 41 回ハイリスク児フォローアップ研究会. 2018 年 6 月 6)原仁, 平澤恭子, 䇺倫子: 成人した超低出生体重坚の母親の願いと本人の思い(第 1 編)一母親インタビューの質的解析から一. 東女医大誌 91 : 164-174, 2021 7)大野裕,吉村公雄:「WHO SUBI 手引第 2 版」,金子書房, 東京 (2010) 8) 内閣府 : 平成 28 年版子供・若者白書 (全体版). https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h27 honpen/index.html (Accessed June 20, 2017) 9)「東京女子医大母子総合医療センター. 20 周年の歩み」, 東京女子医科大学母子総合医療センター, 東京 (2004) 10)厚生労働省: 平成 30 年国民健康 - 栄養調查報告 (全体版). http://www.mhlw.go.jp/content/ 000681200.pdf (Accessed February 23, 2020) 11) 文部科学省 : 平成 29 年度学校保健統計(学校保健統計調査報告書) の公表について. https://www. mext.go.jp/component/b_menu/other/_icsFiles/ afieldfile/2018/03/26/1399281_01_1.pdf ( Accessed February 23, 2020) 12)内閣府: 平成 30 年度版子供・若者白書(全体版).https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h 30honpen/pdf_index.html (Accessed February 23, 2020) 13)内閣府:平成 29 年版少子化社会対策白書(全体版 < HTML 形式 > ). https://www8.cao.go.jp/ shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2017/ 29webhonpen/index.html (Accessed February 23, 2020) 14)内閣府: 平成 30 年版交通安全白書全文. https://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/h30kou_ haku/index_zenbun_pdf.html (Accessed February 23, 2020) 15)内閣府: 平成 26 年版子ども・若者白書. https:// www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26honpen/ pdf_index.html (Accessed February 23, 2020) 16)原仁:限局性学習症:低出生体重坚の特徴, 診断の手がかりと最新の診断方法を教えてください.周産期医 $48: 1245-1248,2018$
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 訪問診療実習を通して得た,医学生の学びの解析 一KH Coder によるテキストマイニングから一 '東京女子医科大学東医療センター内科 ${ }^{2}$ 医療法人焔やまと診療所 (受理 2021 年 5 月 11 日) ## Analysis of Medical Students' Learning Through Home Medical Care Practice: Text Mining by KH Coder Takuya Ono, ${ }^{1}$ Motonao Ishikawa,,${ }^{1}$ Yu Yasui, ${ }^{2}$ and Hiroshi Sakura ${ }^{1}$ ${ }^{1}$ Department of Medicine, Tokyo Women's Medical University Medical Center East, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Yamato Clinic, Tokyo, Japan In current medical education, there are a few university medical schools that systematically provide education on "home medical care" and "end-of-life care"; however, their methods have not yet been established. It is an important issue for medical education instructors to examine whether students can deepen their understanding and learning about home medical care characteristics and its target patients and their families through home medical care practice. To this end, this study analyzed medical students' free-text reports using text mining. Text mining is a method of cutting text data word by word, analyzing it in a quantitative way, and visualizing the results. In this study, 69 fifth-year medical students and 11 sixth-year medical students participated from 2015 to 2019, and submitted freetext reports for analysis. The total number of extracted words was 76,976, and the top five most frequently extracted words were "patient" (1,044 times), "think" (436 times), "medical care" (431 times), "home medical care" (362 times), and "hospital" (335 times). In the co-occurrence network, fifth-year medical students were strongly associated with words such as "surprise" and "know," and sixth-year medical students with words such as "cooperation" and "background." In the correspondence analysis, fifth-year medical students in 2017 were strongly associated with such terms as "death" and "end-of-life care." By using text mining, we were able to easily obtain a holistic overview of the reports of 80 students and capture their characteristics. Although this method requires attention to data processing and interpretation, it is expected to be a useful tool for analyzing medical students' reports. Keywords: text mining, home medical care, medical education, end-of-life care Corresponding Author: 石川元直 $\overline{\mathrm{T}} 116-8567$ 東京都荒川区西尾久 2-1-10 東京女子医科大学東医療センター内科 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.3_184 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## 緒言 現在の医学教育では「在宅医療」や「終末期医療」 などの教育の実践が求められているが1), 参加型の学部カリキュラムの整備は全国的には不十分であり, またその方法については確立していない,在宅医療実習を通して学生が在宅医療の特徵やその対象である療養者と家族について理解を深め, 学びを深めていけるかは, 医学教育を担当する教員の重要な課題である. テキストマイニングという手法は, 医学系研究では 2004 年に医中誌に登場して以来年々増加しており,新しい研究手法として普及してきだ2).テキストマイニングは文章デー夕を単語ごとに切り取り, 定量的な方法で分析し,その結果を視覚化する手法である. 自由記述形式のデータを数値データのように定量化し視覚化するため,解釈が容易である.視覚化の方法として, 共起ネットワークおよび対応分析が使用される. 共起ネットワークとは, テキストデー 夕の語と語のつながりや,文章における出現パター ンの類似性を元にしたネットワーク図である。出現数の多い単語は円が大きく, 関連の強い単語はそれぞれを結ぶ線が太く表示される。なお,単語同士の距離は意味をもたず,色分けは中心性を示しているがグラフ解釈の補助程度であるとされている3. 対応分析とは, 外部変数と抽出語の関係性を散布図としたものであり, 関連性の強さに相関して単語ごとの距離は近くなり, 複数の単語間の関連が強いほど集塊化する。各軸の成分は分析者が事後的に解釈を行い, 括弧内の百分率は各成分の情報の大きさを示し,大きい方から成分 1 ・成分 2 として示している. 縦軸および横軸の 0 が交わる点から離れるほど特徴的な単語であり,外部変数と関連の強い単語は近くに位置する。当院では医学部 5 年生と 6 年生の内科病棟実習中の希望者に対して, 医療法人㷈やまと診療所での 1 日間の在宅医療実習を行っており,自由記述形式のレポート提出を課している。自由記載のレポートは膨大な文章量となるため,レポートによる実習の評価をするためには効率的な手法を用いる必要がある。そこで, 在宅医療実習を行った医学生の自由記述式レポートの評価手法として,テキストマイニングが有用であるかを検討するため本研究を実施した. ## 対象および方法 ## 1. 対象 2015 年度から 2019 年度に医療法人焰やまと診療所で 1 日間の在宅医療実習を行った,本学医学部 5 年生 69 名および 6 年生 11 名の計 80 名全員が提出した, 自由記述形式のレポートを対象とした. 内訳は 2015 年度 6 名 (5 年生 6 名), 2016 年度 10 名 (5 年生 10 名), 2017 年度 22 名(5 年生 20 名), 2018 年度 25 名(5 年生 21 名), 2019 年度 17 名(5 年生 12 名)である. 5 年生は大半が必修での内科病棟実習であり,6 年生は全員が自由選択での内科病棟実習であった. ## 2. 方法 在宅医療実習を行った全例に対して, 自由記述形式のレポートを提出してもらった. 自由記述形式レポートは「やまと診療所の訪問診療に同行した感想」 というテーマのみ設定し,文字数などの制限は行わなかった. テキストマイニングにはフリーソフトウェアである KH Coder を用いて分析を行った,日本語は英語のように単語が空白によって区切られておらず,テキストマイニングを行う際には単語を識別することが不可欠である. このような, 単語の識別, 活用語処理, 品詞の同定を行うための形態素解析ツールは, 茶鉒 (奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科自然言語処理学講座, https://chasen-legacy.osdn.jp/) を用いて行っだ4. データ整理として,「訪問診療」訪問医療」など異なる表現が混在していることに対し「訪問診療」に一本化させるといった表現の統一や,「やまと診療所」「訪問診療」「在宅医療」といった特徴的な複合語の強制抽出,誤字脱字の修正を行った.単語を抽出した後, 抽出語を用いて共起関係を視覚化した共起ネットワークを作図した. 次に, 特徴的な単語の出現を確認するため, 単語出現回数 300 回以下の単語を用いて作図した,学年ごとに特徴が表れると予想したため, 単語出現回数 300 回以下および学年を外部変数に用いて作図した。続いて,抽出語と外部変数を散布図にする対応分析を作図した。単語出現回数 300 回以下の単語を用い, 外部変数として学年に加えて, 年度ごとに在宅診療所における患者層の差異や学生の特徴があると考え年度を用いた。 ## 3. 倫理的配慮 本研究は東京女子医科大学倫理委員会の承認 (承認番号 5666)を受けて実施した。 ## 結果 レポートからの総抽出語数は 76,976 語 (2,163 文) であった.レポートの平均文字数は 1,558 字(602 4,837 字)であった. 抽出語の頻出語上位 5 件は「患 Table 1. Top 30 most frequent words. *PA, Physician assistant. Figure 1. Co-occurrence network. 者」(1,044 回),「医療」(799 回),「診療」(615 回),「在宅」(515 回),「思う」(435 回)であった. 表現の統一,複合語の強制抽出, 誤字脱字の修正といったデー夕整理を行ったところ, 抽出語の頻出語上位 5 件は「患者」(1,044 回),「思う」(436 回),「医療」(431 回),「在宅医療」(362 回),「病院」(335 回)であった (Table $1)$. 共起ネットワークを作図したところ,「患者」感じる」「医療」など一般的な語句が出現し特徴が読み取れなかった (Figure 1). 特徴的な語句の出現を期待し, 出現回数 300 回以下の単語で調整を行ったところ「家族」生活」といった単語が中心に出現した Figure 2. Co-occurrence network (maximum term frequency $=300$ ). (Figure 2). 学年を用いた共起ネットワークでは, 5 年生は「驚く」「学ぶ」知る」経験」などが関連し,6年生では 「社会」「連携」サポート」背景」などが関連していた (Figure 3). 5 年生, 6 年生ともに関連した単語は 「家族」自宅」「自分」であった. 5 年生と比較し 6 年生では関連語の数が少なかった。 学年や年度を外部変数として,対応分析を行った (Figure 4).特徴的な単語として,左下に「看取る」「死」が位置し, 左上に「チーム」が位置していた.「看取る」は 41 回出現しており,内訳として 2019 年度 5 年生は 4 名 12 回, 2018 年度 5 年生は 3 名 3 回, 2017 年度 5 年生は 10 名 26 回だった.「死」は 34 回出現しており,内訳として 2019 年度 5 年生は 3 名 5 回, 2019 年度 6 年生は 1 名 1 回, 2017 年度 5 年生は 10 名 27 回だった。 ## 考 察 自由記述形式のレポートであり,頻出単語は名詞では「患者」動詞では「思う」といった一般的な単語が多くみられた。そのため共起ネットワークを用 いた分析では特徴的な結果は得られなかった。しか し, Figure 2 のように単語の出現回数においてのデー夕調整を行うことで「家族」「生活」といった単語の関連性が強調され, 患者家族や自宅生活に着目しており,在宅医療実習における課題は達成できていると推察される。 中村らが薬学生実習レポートを分析した報告では,「患者」「薬剤師」といった一般的な単語であっても実習場所(病院,薬局)の対応分析で出現頻度が異なることを示しだ. 本報告では単一施設での分析であり,学年および実習年度を用いて分析も行ってみたものの, 一般的な単語での差異は認めなかった。これは,選択肢から選ぶプリコー ド形式の調査を行っていないことなど, クラスター 分類が不十分であるためである。しかし, Figure 3 のように学年を用いた場合, 特徵的な単語として 5 年生は「驚く」「知る」との関連があり,6 年生は「連携」背景」との関連があった. 5 年生は病棟実習の開始間もないためか, 在宅医療に触れて衝撃的だった体験を述べており,一方で 6 年生は在宅医療が現代社会でどのような役割を果たしているかという観点 Figure 3. Co-occurrence network associated with year of university (maximum term frequency $=300$ ). を述べる傾向にあり,共起ネットワークは学年間での習熟度の違いを示していると考えた。 6 年生と関連する単語が少ないが, 5 年生 69 名に対し 6 年生 11 名というデー夕数の格差により, 相対的に関連単語が少なく表示されたと想定される. Figure 4 の対応分析では,横軸の成分 1 は学年を示しており,縦軸の成分 2 は年度を示していると解釈する。図の左側にある単語は 5 年生と, 右側にある単語は 6 年生と関連が強い。これは外部変数である年度も影響を受 $け$ けで, 比較的 6 年生の割合が多い 2018 年度および 2019 年度は図の右側に位置しているが, 5 年生の割合が多いその他の年度は左側に位置している。左下の「看取る」死」と距離が近い外部変数は 2017 年度および 5 年生であるため, 関連が強いと読み取れる. 該当する 2017 年度 5 年生のレポートを再読したところ,1 名が在宅での看取りを経験し,2 名が生命予後数日と予想される患者宅を訪問したことが記述されていた.「看取る」は 41 回,「死」は 34 回と頻度の多い単語ではなく, 他の単語との距離が遠いため, 共起ネットワークでは出現しなかったが,外部変数との関連を示した対応分析では出現したと考えられる。また, 同年度は他の年度と比較すると死生観や在宅看取りなど死に関する意見を述べる割合が多く, これは同級生からの申し送りなどにより, 強く印象付けられたのではないかと考えた。この結果から学年に応じた経験をさせることや指導を行うことで,より興味を持ち有意義な実習になると予想される。一方, 評価する側も特徴的な単語を抽出してからレポートを読むことで, グループごとの傾向の把握が容易になると考えた。 テキストマイニングを用いることで 80 名 124,657 文字のレポートを可視化し,簡便に全体像を俯瞰でき,特徴的な単語を捉えることができた。テキストマイニングによる自由記述式アンケートの分析は,分析者による意図的・主観的な解釈を回避出来る可能性があると報告される ${ }^{6}$. 確かに, 今回のように 80 名のレポートを読むとなると,それぞれの文章の長さや語彙, 自分自身の疲労度などで読んだ印象が変わってくるが,テキストマイニングを使用することで,主観を排除し効率的に特徴を捉えられた.本報 Figure 4. Results of a correspondence analysis. 告では共起ネットワークの有用性はそしく, 福井らの小説やエッセイ,家電の取扱説明書などを用いた検討では,各文体でそれぞれ単語同士の関係など共起ネットワークの特徴が異なると報告しておりり), 今回のような大人数の自由記述形式レポートでは個人個人で主旨が違うため単語関係が複雑になりやすいと考えた。しかし, 授業評価に対する自由記述式アンケートの分析では有意義な結果がでており ${ }^{8}$, テー マ設定を行うことで特徴づけられた共起ネットワー クになると予想される。また, 実習に対しての不満を表面化させるために「ない」など否定助動詞を主軸にした分析を行ったが,有用な結果は得られなかった。テキストマイニングは文字という質的デー 夕を量的分析するため, 質的研究と量的研究の両方の性格を有していると考えられ,多くのデータを分類整理し分析することに長けているが,主語の省略や暗黙知の分析は困難だといわれる ${ }^{9100}$. テキストマイニングの限界に留意しデー夕処理を行うことで, レポート分析において有用なツールであると期待できる.本研究の限界として, 在宅医療実習は希望した学生のみ参加しているため, 否定的な感想が少ない可能性がある。今後は,クラスターの明膫化や対象の偏りをなくすために,プリコード形式の質問を含めた調査や本実習の必修化による新たな分析が検討される。 ## 結 論 在宅医療実習を行った医学部学生が提出した自由記述形式レポートをテキストマイニングにて分析することで, 合計 80 名 124,657 文字のレポートの傾向を簡便に可視化できた。テキストマイニングには澎大なテキストデータから研究者が予測し得なかった興味深い仮説を発見できる可能性があり,今後の医学教育発展に有用なツールとして期待できる. ## 謝辞 本稿をまとめるにあたり,自由記述形式レポート提出にご協力いただいた東京女子医科大学の学生, および KH Coder 開発者の樋口耕一氏に感謝申し上げます。 本稿の一部は第 11 回日本プライマリ・ケア連合学会 学術大会(2020 年, オンライン開催)で発表した. 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1)「医学教育モデル・コア・カリキュラム(平成 28 年度改訂版) $\rfloor$, 文部科学省, 東京 (2017 年 3 月 31 日 ). http://www.mext.go.jp/component/a_menu/ education/detail/_icsFiles/afieldfile/2017/06/28/ 1325989_28.pdf (Accessed April 10, 2021) 2)李慧瑛, 下高原理恵, 峰和治ほか:医学系文献データベース情報を使ったテキストマイニングの将来展望. 情報の科学と技術 70 (10) : 515-521, 2020 3)牛澤賢二:「やってみようテキストマイニング」,朝倉書店, 東京 (2018) 4)松本裕治:形態素解析システム「茶鉒」. 情報処理 41 (11) : 1208-1214, 2000 5) 中村光浩, 寺町ひとみ, 足立哲夫ほか:テキストマイニングによる薬学生実務実習レポートの分析. 医療薬学 36 (1): 25-30, 2010 6)越中康治,高田淑子,木下英俊ほか:テキストマイニングによる授業評価アンケートの分析:共起ネットワークによる自由記述の可視化の試み. 宮城教育大学情報処理センター研究紀要 $22: 67-74$, 2015 7)福井美弥, 阿部浩和:異なる文体における共起ネットワーク図の図的解釈. 図学研究 47 (4): $3-9$, 2013 8)釜賀誠一:テキストマイニングを用いた授業評価の自由記述の分析と対策. 尚絧大学研究紀要 47 : 49-61, 2015 9)李慧瑛, 下高原理恵, 緒方重光: 知識創出支援ツールとしてのテキストマイニングの強みと弱み。情報の科学と技術 67 (12):643-649, 2017 10)いとうたけひこ:テキストマイニングの看護研究における活用. 看護研究 46 (5) : 475-484, 2013
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# ロタウイルス胃腸炎に伴う脱水症で死亡した 1 歳男坚例 ## 東京女子医科大学八千代医療センター小坚科 (受理 2021 年 4 月 8 日) A 1-Year-Old Boy Who Died of Dehydration Associated with Rotavirus Gastroenteritis ## Azusa Chino, Shoko Hirose, Makoto Fujimori, \\ Hiromichi Hamada, and Junichi Takanashi Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University Yachiyo Medical Center, Chiba, Japan Rotavirus infection occurs in almost all children by the age of 5 years, with a peak between 6 months and 2 years. Most cases resolve spontaneously in about a week, but some children develop severe disease. A rotavirus vaccine became available in Japan in 2011 and was added to the routine vaccination schedule in October 2020. Here we report a fatal pediatric case of dehydration due to rotavirus gastroenteritis. An otherwise healthy 1-year-old boy who had not received the rotavirus vaccine began vomiting and having frequent watery diarrhea accompanied by decreased oral intake for 2 days. During the morning on the third day of illness, an emergency call was made because of irregular respiration. When the emergency medical team arrived, he was in cardiopulmonary arrest. He was transported to our hospital with resuscitation but died. He had no suspected metabolic diseases, and dehydration due to rotavirus gastroenteritis was diagnosed as the cause of death. It is important to provide education and guidance to parents of children with rotavirus gastroenteritis regarding oral rehydration in the early stages of the disease, symptoms to watch for, and when to seek medical attention. Keywords: rotavirus, rotavirus vaccine, sudden death ## 緒言 ロタウイルス感染症は生後 6 か月から 2 歳をピー クに 5 歳までに世界中のほぼすべての児が感染すると報告されている1). 1 週間程度で自然軽快することが多いが, 乳幼览は 40 人に 1 人の割合で重症化すると報告されている2) 日本では 2011 年にロタウイルスワクチンの任意接種が可能となり,接種費用助成制度を導入する自治体が徐々に増えた。助成制度導入後にワクチン接種率が上昇し,ロタウイルス胃腸炎での入院者数㧍よび外来受診率や重症合併症の減少が報告されている ${ }^{344} .2020$ 年 10 月からは定期接種となった。 今回, ロタウイルスワクチン未接種でロタウイルス胃腸炎発症 3 日目に心肺停止で搬送され外来死亡した症例を報告する。 ## 症 例 患者: 1 歳 0 か月, 男坚. 主訴:不規則な呼吸,視線が合わない。  Table 1. Laboratory finding at the time of the visit. & & \\ RSV, respiratory syncytial virus; hMPV, human metapneumovirus. *Stool sample. 既往歴・出生発達歴: 在胎 39 週 5 日, 体重 2,872 $\mathrm{g}$, 先天性代謝異常スクリーニング正常, 健診では発達異常なし。 予防接種歴:ロタウイルスワクチン未接種,その他の定期予防接種は年齢相応の接種を完了していた. 周囲感染:流行疾患なし. 現病歴:2017 年 3 月, 来院 2 日前より嘔吐があり,哺乳はできていたが固形物は食べられていなかった。来院前日には頻回の下痢が出現したため近医を受診した。活気はまだあり,胃腸炎の診断で制吐剤を処方された. 当日はミルク $330 \mathrm{ml}$ を飲んだが 2 回嘔吐があり, その後も水様下痢が頻回で排尿がなかった. 21 時頃には手足も冷たくなっていたが,保護者は再診のタイミングや経口補水の方法がわからず,児を寝かせながら哺乳瓶でミルクを飲ませ自宅療養していた.来院当日の明け方に児がはいはいで移動しているのを母が確認していたが, 午前 7 時に不規則な呼吸と視線が合わない様子があり,しばらくしても改善しないため午前 9 時 30 分に救急要請し, 救急隊接触時すでに心肺停止していたため心肺蘇生を行われながら当院救急外来に搬送された。 来院時現症(9 時 43 分病院到着):心電図モニター上心停止, 自発呼吸なし, 瞳孔は $5 \mathrm{~mm} / 5 \mathrm{~mm}$,対光反射なし, 大泉門陥凹, 眼球陥凹, 末梢冷感著明であった。来院後経過 : 気管插管, 骨髄針刺入しアドレナリン $0.1 \mathrm{mg}$ を 5 回投与と生理食塩水による輸液を行ったが反応なく, 10 時 12 分に死亡を確認した. 保護者の同意が得られず剖検は行われなかった。 来院時検査所見:血液検查では白血球数の上昇,肝逸脱酵素の上昇, 高 CK 血症, 腎障害, 高尿酸血症を認めた。ケトンの上昇は軽度だった。静脈血液ガスでは混合性アシドーシスを認め, 著明な低血糖,高乳酸血症を認めた. 水様便のロタウイルス迅速抗原検査は陽性であり, 後に判明した血清型は $\mathrm{A}$ 群 $\mathrm{G}$ 2 だった. 採取した血液培養からは有意菌の検出はなかった (Table 1). 血液培養は陰性だった。先天性代謝異常スクリー ニング検查では, 血中アミノ酸分析は検体量不足で実施できなかったが,尿中有機酸分析は正常であった. タンデムマスでは有機酸代謝異常と脂肪酸代謝異常は認められなかった. Autopsy imaging では頭部に脳浮腫はなく, 皮髄境界は明膫であった. 胸部に異常所見は認めなかったが, 腹部では腸管浮腫が著明で,腸管内に液体貯留を認めた(Figure 1). 診断:ロタウイルス胃腸炎に伴う高度脱水による死亡. ## 考 察 本症例では身体所見から著明な脱水による循環血液量減少性ショックとそれに伴う多臟器不全を来し死亡したものと考えられる。 Figure 1. Postmortem imaging findings. Left: Head CT. No obvious cerebral edema with normal gray-white matter junction. Right: Abdominal CT showing intestinal edema. Fluid retention is seen in the intestinal tract. CT, computed tomography. ロタウイルス感染症の合併症による死亡例では,脱水による循環血液量减少性ショックの他に脳炎・脳症や消化管出血も報告されている ${ }^{5}$. 本症例の Autopsy imaging では,脳炎・脳症や消化管出血を示唆する所見はなかった. 血液検査で低血糖があり代謝性疾患を疑い可能な範囲で行った先天性代謝異常スクリーニング検査では異常はなかった.身体所見と血液検査から重度の脱水症があったことは明確であるが,その他の死因を示唆する所見は認められなかった。 死亡例 2 例の報告 ${ }^{6}$ では, 嘔吐の回数は少ないが頻回な水様性下痢を発症してから第 $2 \sim 3$ 病日に活気低下を認め,急激に状態が悪化している。両症例とも全身に著明なチアノーゼと意識障害を呈しており, 血液検査では BUN, Cre, 尿酸値の上昇と著明な代謝性アシドーシスを認め, 死因は脱水に伴う循環血液量減少性ショックによる多臓器不全と報告されている. Hattori らのロタウイルス胃腸炎による死亡例 8 例 $の$ 報告 ${ }^{5}$ と比較すると, 年齢 (中央値 1.2 歳), 病日(中央値 2.5 日), $\mathrm{WBC}, \mathrm{Hb}, \mathrm{LDH}, \mathrm{BUN}$, Cre の異常値, 代謝性アシドーシスを認めた点が一致しており, 本症例も循環血液量減少性ショックと考えられた. 下痢による脱水に伴う電解質異常での心機能障害や中枢神経障害が死因とされている報告もある ${ }^{7}$. 年齢は 20 か月や 23 か月と本症例よりやや年長であるが同様の年齢であり, 下痢の発症から 2 3 日後に死亡している点は一致している. 死亡例 21 例をまとめた報告 ${ }^{8}$ では, 年齢は平均 11.4 か月, 発症から 3 日以内の死亡が多く, 身体所見上も眼球陥凹, 皮膚のツルゴール低下があり, 急速に進行した脱水が死因とされていた。検死では腸管浮腫や腸管内の液体貯留が認められた点が一致していた. 本症例と同様, 死亡例の報告の多くが発症 $2 \sim 3$ 日以内にロタウイルスによる循環血液量減少性ショックに至っており, 注意が必要である. 一方で, ロタウイルス感染を契機としたサイトカインストームに起因する多臟器不全による死亡も報告されている ${ }^{910)}$. 本症例では年齢や病日, 症状, 死亡までの時間経過は類似しているが血清中のサイトカイン測定やウイルス解析, 剖検を行っていないためサイトカインストームに関しては立証し得なかった. 本症例では,下痢が頻回であったこと,自宅での経過観察中に積極的な経口補水を行っていなかったことが脱水の一因と考えられた. 特に発症 3 日までに急激な増悪を呈することがあるため, 発症初期の経口補水が重要であると考えられた。また, 本症例では医療機関の再診と救急要請の遅れもあった. 胃腸炎罹患時の注意すべき症状と医療機関受診のタイミングや自宅での経口補水方法について, 患児や家族への教育も重要と思われた。 世界的には 2009 年に世界保健機関(WHO)が世界各国にロタウイルスワクチンを推奨するようになり, 5 歳以下のロタウイルス胃腸炎による死亡率が 減少している報告がなされている ${ }^{11 \sim 13)}$. 日本では 2011 年にロタウイルスワクチンの任意接種が可能となった。ワクチン導入前後での 5 歳未満览のロ夕ウイルス胃腸炎による入院率の解析結果が複数報告されている ${ }^{314 \sim \sim 16}$. 愛知県名古屋市内 2 地区では 2012 年 10 月から助成により, $40 \%$ 程度であった接種率が 2015 年には約 84 92\% に上昇し,ロタウイルス胃腸炎の入院者数は 5 歳未満児で $34.7 \%$ の大幅な減少がみられるとともに,すべての急性胃腸炎による入院数も減少した ${ }^{4}$. 我々の医療圈においても自治体からの助成が始まったことにより 2015 年のワクチン接種率は $80 \%$ を超え, ロタウイルス胃腸炎による入院率は前後で $81.1 \%$ 減少した ${ }^{17}$. Hattori らの報告)では, 2008 年から 2012 年のシーズンに 8 件の死亡例が報告されたのに対してロタウイルスワクチンの接種率が $65 \%$ を超えてからの 2 年間では死亡例は認めておらず,ロタウイルスワクチンがロタウイルスによる重篤な合併症を減らす可能性が述べられている.今後,ロタウイルスワクチンが定期接種となったことによって重篤な合併症が減少することが大いに期待される。 ## 結 論 ロタウイルス胃腸炎による高度の脱水から多臟器不全を来し外来で死亡した 1 例を経験した. 発症初期の経口補水と注意すべき症状, 医療機関を受診するタイミングに関して,患坚の保護者に対する教育・指導が重要と考えられた。 ロタウイルスワクチン未接種症例に関しては特に注意が必要である。 本症例は, 第 50 回日本小児感染症学会総会・学術集会 (2018 年 11 月, 博多) にて発表した。 開示すべき利益相反はない. $ \text { 文献 } $ 1)国立感染症研究所感染症疫学センター:ロタウイルス感染性胃腸炎とは. (2013 年 5 月 15 日作成) https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/ 3377-rota-introhtml 2)津川袂, 堤裕幸:ロタウイルス感染症とワクチ之. 感染症 45 (1) : 9-13, 2015 3)㴊向透,大木智春,石川健ほか:東日本大震災 (2011)の被災地におけるロタウイルスワクチン無料接種事業の効果. 日小览会誌 $119: 1087-1094$, 2015 4) Yoshikawa T, Matsuki T, Sato K et al: Impact of rotavirus vaccination on the burden of acute gastroenteritis in Nagoya city, Japan. Vaccine 36: 527534,2018 5) Hattori F, Kawamura Y, Kawada J et al: Survey of rotavirus-associated severe complications in Aichi Prefecture. Pediatr Int 60: 259-263, 2018 6)山元公恵, 西順一郎, 江口太助ほか:ロタウイルス感染を契機とした多臓器不全による 2 死亡例. 小览科臨床 $64: 266-270,2011$ 7) Lynch M, Shieh W-J, Tatti K et al: The pathology of rotavirus-associated deaths, using new molecular diagnostics. Clin Infect Dis 37: 1327-1333, 2003 8) Carlson JAK, Middleton PJ, Szymanski MT et al: Fatal rotavirus gastroenteritis: an analysis of 21 cases. Am J Dis Child 132: 477-479, 1978 9) Nakano I, Taniguchi $\mathrm{K}$, Ishibashi-Ueda $\mathrm{H}$ et al: Sudden death from systemic rotavirus infection and detection of nonstructual rotavirus proteins. J Clin Microbiol 49: 4382-4385, 2011 10) Gotoh K, Nishimura N, Kawabe S et al: Pathophysiological analysis of five severe cases with rotavirus infection. JMM Case Rep 2 (5): e000065, 2015 11) Burnett E, Jonesteller CL, Tate JE et al: Global Impact of Rotavirus Vaccination on Childhood Hospitalizations and Mortality From Diarrhea. 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# 筋ジストロフィーを基礎疾患とした拡張型心筋症の 3 例 東京女子医科大学遺伝子医療センターゲノム診療科 佐藤裕子字・浦野 真理・櫅藤加寻寻 (受理 2021 年 4 月 23 日) ## Three Dilated Cardiomyopathy Cases with Underlying Muscular Dystrophy \\ Yuko Sato, Mari Urano, and Kayoko Saito \\ Institute of Medical Genetics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \begin{abstract} Muscular dystrophy is often present as an underlying disease in patients with dilated cardiomyopathy. When skeletal muscle symptoms such as muscle weakness are not conspicuous, muscular dystrophy might be overlooked, leading to misdiagnosis. When muscular dystrophy is given a diagnosis of the form, the prediction of the symptom is enabled and can connect the burden to muscular strength and heart with whole body controls such as the reduction, and the like. Also, in the event of secondary cardiomyopathy due to muscular dystrophy, the cardiomyopathy can be appropriately managed by treating the primary disease. Heart transplantation may even be indicated. Therefore, an accurate diagnosis, obtained by thoroughly evaluating the muscular dystrophy including a genetic examination, has become an essential aspect of managing dilated cardiomyopathy. \end{abstract} Keywords: dilated cardiomyopathy, muscular dystrophy, genetic testing ## 緒言 拡張型心筋症の患者の中には筋ジストロフィーが基礎疾患として存在している例も少なくない。しかしながら,筋力低下などの骨格筋症状が顕著に現れていない場合, 筋ジストロフィーの合併を見過ごされて確定診断に至っていないケースがある.筋ジストロフィーは病型の診断がつくと症状の予測が可能になり, 筋力や心臟への負担の軽減などの全身管理につなげることができる。また,筋ジストロフィー による二次性心筋症については,原疾患の治療を適切に行うことにより孤発性の心筋症であれば心臟移植の適応となる場合がある。そのため, 拡張型心筋症の診療時には遺伝学的検査を含めた筋ジストロ フィー合併の評価が重要となる. 症例・方法 ## 1. 症例 1) 症例 1 40 代女性, 生来健康であった. 21 歳時に健診で心肥大指摘を受け,22 歳時に拡張型心筋症 (dilated cardiomyopathy:DCM)と診断を受けた.NYHA 心機能分類 (New York Heart Association functional classification) は II-III 度,左室駆出率は $21 \%$, 心室細動, 僧帽弁逆流症, 拘束性換気障害も併発した.家族歴として, 弟が 17 歳時に DCM と診断され, 20 歳時に心蔵移植を施行した。その際,弟には筋力低下が認められたため, 遺伝学的検査で筋ジストロ  フィーの診断がついていた.当初,患者に筋力低下は見られなかったが, 弟の経過から同疾患に罹患していることが推測され,32 歳時に主治医より筋ジストロフィーの遺伝子による確定診断を勧められた。 しかし, 患者には自覚症状がなく, 遺伝子が判明してもDCM の治療法に変化がないという理由で遺伝学的検查を拒否した. 36 歳時に心臟移植登録に際し, 筋ジストロフィーの病型の診断が必要となり, ゲノム科受診となった。初診時の神経学的所見として, MMT は上下肢 4 レべルであり, 関節可動域は正常であった。歩行は自力で可能であったが,歩行姿勢は殿筋歩行様であった。そのため,ステロイドの隔日投与と理学療法の導入を開始し定期的な診察を実施した。遺伝学的検査は弟の結果を元に行われ, FKTN 3kb 挿入および,Exon 9 におけるミスセンス変異 c. 1703 A>C(p.Gln358Pro)を確認し,弟と同じ肢帯型筋ジストロフィー $2 \mathrm{M}$ 型(MDDGC4)と診断を受けた。 2) 症例 2 50 代男性である. 31 歳時と 37 歳時に不整脈を指摘されたが自覚症状がなく放置していた. 50 歳時に労作時に呼吸困難,動悸を自覚した.NYHA III 度.精查入院で洞徐脈を認めたため, 同年両心室ぺーシング機能付き植え达み型除細動器を挿入した。挿入後は心不全症状が改善し, 日常生活も可能となった.家族歴としては,母親が先天性ミオパチー(詳細不明)の診断を受け,55歳で心原性脳梗塞を発症, 70 歳時に呼吸筋麻痺のため他界していた. 弟は 35 歳で肥大型心筋症と不整脈の診断から, ペースメーカー 植え込みを実施していた。その際,筋力低下から筋ジストロフィー合併についても疑われていたようだが,確定診断には至っておらず,40 歳時に突然死した.また,妹は 48 歳時に不整脈による脳梗塞を発症していたが,現在は通常に生活をしている,患者は 58 歳時に心藏移植登録に際しゲノム科を受診した。初診時神経学的所見として, 歩行は可能であるが rigid spine, 高口蓋, 頸部前屈障害があり, 肘関節伸展制限はあった。また,足関節は伸展制限があり,左上肢近位筋の筋力低下が顕著であった. そのため,理学療法の導入を開始し定期的な経過観察を行った. 遺伝学的検查の結果, LMNA exon 6 c.1130G> A, p. Arg377 His heterogygous であり, EmeryDreifuss 2 型筋ジストロフィー(EDMD2)と診断を受けた。 3) 症例 3 40 代の男性である. 34 歳時より労作時呼吸困難があり近医を受診した.NYHA II度。その際,CK 高値を指摘され当院循環器内科受診となり, DCM の診断を受けた。家族歴から祖父, 従兄弟 2 名, 姉の子ども 3 名が筋ジストロフィーと診断されていた.しかし,家族が疎遠なため筋ジストロフィーの病型について患者は把握していなかった. そのため,主治医より筋ジストロフィーの評価のため神経内科受診も勧められたが, 自覚症状が乏しかったため,通院を自己中断していた。その後,心臟移植登録に際し筋ジストロフィーの病型判断のためゲノム科受診となった. 初診時神経学的所見は, MMT は上肢 $4 \sim 5$ レベル,下肢 4 レベル,顔面筋力正常,萎縮はなかった. 自立歩行は可能だったが, 床からの立ち上がりは支えがないと困難であった。そのため,筋力低下に対し, ステロイドの隔日投与と理学療法の導入を開始した。遺伝学的検査の結果は, DMD c.3430C > T : p.Gln1144Ter(NM_004006.2)の変異を認めた.この変異は stop-gained および spliceregion-variantでありデュシェンヌ型筋ジストロフィー (Duchenne muscular dystrophy: DMD)/ ベッカー型筋ジストロフィー (Becker muscular dystrophy:BMD)に共通する変異として報告されているが, 臨床所見より本症例は BMD として確定診断した。 ## 2. 遺伝子解析方法 症例 1 は弟の遺伝学的情報を元に, 末梢血リンパ球よりゲノム DNA を抽出し, exon ごとに polymerase chain reaction(PCR)法を用いて増幅し, Sanger 法にて遺伝子配列の解析を行った. 症例 2 は, Ion AmpliSeq Designer (Life Technologies 社, マサチューセッツ州,米国)を用いて,遺伝性神経疾患の関連遺伝子 74 個について次世代シークエンサーにて解析を行った. その後 Sanger 法にて確認した. 症例 3 は MLPAを用いたジストロフィン遺伝子検査を実施したが変異を認めなかった. そこで,次世代シークエンサーにてジストロフィン遺伝子の遺伝子解析を実施した。 本研究は東京女子医科大学倫理委員会の承認 (承認番号 $2709 ; 2018$ 年 9 月 7 日)のもと行った. ## 考 察 DMD や福山型筋ジストロフィー (Fukuyama congenital muscular dystrophy : FCMD)に心筋障害を合併することはよく知られているが,その他の Table 1. Physical examination and family history. CK (ul/L), creatine kinase; LVEF, left ventricular ejection fraction: nomal $>60 \%$; DCM, dilated cardio myopathy; LVDd, left ventricular end-diastolic dimension; LVDs, left vnaseentricular end-systolic dimension; ROM, rom range of motion; MMT, manual muscle test. 病型でも骨格筋の障害が軽微で心筋症が前景に立つ例も多く存在する ${ }^{122}$. 骨格筋症状が軽微な場合は定期的な検查・診察がなされないことが多く, 重篤な心不全を発症するまで気付かれず見過ごされていることがある. 本例においても各々の筋ジストロフィーの確定診断まで平均 8.7 年が経過していた (Table 1).さらに, 他の筋疾患においても筋症状より心筋障害の方が問題となることがあり,筋障害の存在が筋疾患の診断の大きな手掛かりになることがある. 心筋障害に注意すべき筋疾患として, 筋ジストロフィー以外には代謝性ミオパチー (Pompe 病, Danon 病)が挙げられ(Table 2), どのような筋疾患に心筋障害を合併しやすいかを知ることはきわめて重要となってくる.症例 1 の FCMD 病型は, 原因遺伝子 FKTN の変異により生じ,乳児期より進行性筋力低下,中枢神経障害を示す遺伝性疾患である。また,日本人における FKTN 遺伝子変異については, DCM 患者の 172 人中 2 人にあり, 高 $\mathrm{CK}$ を示すのみという報告") もあり,DCM の原因遺伝子としても重要であるとされる.また,本例のように同じ責任遺伝子に変異を示すが,骨格筋症状が軽症で肢帯型筋ジストロフィー の病態の患者は,中枢神経症状を有さず,心筋障害を合併することが報告されている). 肢帯型筋ジストロフィーでは腰帯筋と肩甲帯の近位筋の進行性の筋力低下と筋委縮が認められ適切に早期から介入を行わないと,次第に四肢の遠位部に広がるとされる。 そのため, 定期的な筋力評価や薬物療法, 理学療法 Table 2. Myopathy indicating a myocardial disorder. \\ Becker muscular dystrophy & BMD & \\ Fukuyama congenital muscular dystrophy & FKTN & \\ Limb-girdle muscular dystrophy & & \\ LGMD1 & LGMD1A-LGMD1H*1 \\ LGMD2 & LGMD2A-LGMD2T*2 & Scapulary and brachialis muscle disorder, Arrhythmia, \\ Facio-scapulohumeral muscular dystrophy & FSHD1,FSHD2 & \\ Emery-Dreifuss muscular dystrophy & EDMD1-EDMD7*3 & \\ Myotonic dystrophy & & \\ DM1 & DMPK & Hypotonia, Hypercardia, Decreased growth, Respiratory \\ DM2 & CNBP & \\ Pompe disease & GAA & $(\quad$ is gene symbol. *1 LGMD1A (MYOT), LGMD1B (LMNA), LGMD1C (CAV3), LGMD1D (DNAJB6), LGMD1E (DES), LGMD1F (TNPO3), LGMD1G (HNRNPDL), LGMD1H (unknown). *2 LGMD2A (CAPN3), LGMD2B (DYSF), LGMD2C (SGCG), LGMD2D (SGCA), LGMD2E (SGCB), LGMD2F (SGCD), LGMD2G (TCAP), LGMD2H (TRIM32), LGMS2I (FKRP), LGMD2J (TTN), LGMD2K (POMT1), LGMD2L (ANO5), LGMDM (FKTN), LGMDN (POMT2), LGMDO (POMGNT1), LGMDP (DAG1), LGMDQ (PLEC1), GMD2S (TRAPPC11), LGMD2T (GMPPB). *3 EDMD1 (EMD), EDMD2 (LMNA), EDMD3 (LMNA), EDMD4 (SYNE1), EDMD5 (SYNE2), EDMD6 (FHL1), EDMD7 (TMEN43). の介入は,進行を遅らせることにつなげることが可能となる. 症例 2 の Emery-Dreifuss 型筋ジストロフィーは緩徐進行性の筋ジストロフィーであり, 病初期から関節拘縮, 心伝導障害を伴う心筋症を特徴とし, LMNA 遺伝子変異は, 責任遺伝子として報告されている5.また変異はDCM の約 $6 \%$ に認められ, Lamin 関連心筋症とも呼ばれる ${ }^{6}$. Lamin 関連心筋症は, LMNA 遺伝子に変異がない DCM に比較して予後が悪く, DCM と関連する遺伝子変異は既に報告されている. 本例はゲノム科受診時には関節拘縮は特に足関節, 肘関節, 後頸部の拘縮が現れていた。循環器内科受診の際に, これらの筋症状が軽微であったためか, 症状に対する介入は行われていないことが,症状の進行に影響していることが予測された. そのため, 心筋症が基礎疾患となる筋疾患の存在を認識しておく必要があると思われた。また, $L M N A$ 関連の心筋症の伝導障害については適切なディバイスの選択により心機能が回復するという報告があり ${ }^{78)}$, 筋ジストロフィー診断時の積極的な遺伝子変異の検索の重要性が示唆された。 症例 3 の BMD は DMD に比べ, 筋症状は軽度で あり, 全く症状のない患者も存在する。そのため, BMD と診断がされていない場合, 通常の生活や過度な運動を行うことで,筋肉を酷使するため筋力低下の進行を速める場合がある. さらに, 運動機能が比較的良好で歩行可能な患者に心血管イベントが多いとされ, 運動機能が保たれるほど心負荷がかかり心機能障害が増悪する可能性が考えられる9). そのため,筋ジストロフィーの罹患が疑われた場合は,病型を明らかにし, 適切に管理していくことが必要となる. さらに,病型を明らかにすることで,BMD では心不全症状を呈する心筋症を発症した場合,骨格筋障害が軽度であれば心臟移植の適応となる ${ }^{10}$ が重症の神経筋疾患などは心臟移植の適応とならないため ${ }^{11}$, 筋ジストロフィーの病型が明確になる必要がある.神経筋疾患に特化した心筋症の移植の治療成績について, 2010 年に Wu らが報告し, 同時期の同年齢の移植患者との 5 年生存率に有意差は認めなかった ${ }^{12)}$りり,心血管イベントが予想される筋ジストロフィーであれば, 早期から内服加療, 不整脈の治療と予防を行い, 心臓移植についても事前に検討されるべきである. 以上のことから,筋ジストロフィーに対する早期 診断,治療介入は患者の生命予後に影響を与える。 そのため, DCM 診断には筋ジストロフィー合併を考慮に入れ, MMT や関節拘縮, 脊柱変形に注意していく必要がある。また,筋ジストロフィーは遺伝性疾患であることから,患者や家系員の診断が家族全体の健康管理に影響を及ぼすことがある。症例 1 でも弟の遺伝学的検査が姉の診断につながるきっかけとなっていた。そのため, 家族歴や病歴の聴取も重要となる。しかし症状が軽微な場合もあり, 症状を見逃すこともある。そのため, 聴取の際には特徵的な所見のみならず,足の痛みや筋肉痛,階段昇降の困難感など平易な表現で聴取していく工夫が必要となる。 ## 結 語 筋ジストロフィーは病型の診断がつくと症状の予測が可能になり, 筋力や心臟への負担の軽減などの全身管理につなげることができる。筋ジストロフィーによる二次性心筋症については原疾患の治療を適切に行うことで孤発性の心筋症であれば心臟移植の適応となる場合があり,遺伝学的検査を含めた筋ジストロフィーの病型診断,評価が重要となる。 さらに,筋ジストロフィーは遺伝性疾患であることから,家族歴聴取は重要で,同胞の診断が家系内のリスク評価につながる。そのため, 循環器内科との連携による治療,継続した全身管理により,早期の多面的な医療介入が求められる。 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1) Burkett EL, Hershberger RE: Clinical and genetic issues in familial dilated cardiomyopathy. J Am Coll Cardiol 45: 969-981, 2005 2) Hermans MCE, Pinto YM, Merkies ISJ et al: He- reditary muscular dystrophies and the heart. Neuromuscul Disord 20: 479-492, 2010 3) Nigro G, Comi LI, Politano L et al: Evaluation of the cardiomyopathy in Becker muscular dystrophy. Muscle Nerve 18: 283-291, 1995 4) Murakami T, Hayashi YK, Noguchi S et al: Fukutin gene mutations cause dilated cardiomyopathy with minimal muscle weakness. Ann Neurol 60: 597-602, 2006 5) Bonne G, Di Barletta MR, Varnous S et al: Mutations in the gene encoding lamin $\mathrm{A} / \mathrm{C}$ cause autosomal dominant Emery-Dreifuss muscular dystrophy. Nat Genet 21: 285-288, 1999 6) Parks SB, Kushner JD, Nauman D et al: Lamin A/C mutation analysis in a cohort of 324 unrelated patients with idiopathic or familial dilated cardiomyopathy. Am Heart J 156: 161-169, 2008 7)池田智之, 牧山武, 中尾哲史ほか:両室ペーシングが奏功した lamin $\mathrm{A} / \mathrm{C}$ 遺伝子関連心筋症患者の長期経過を観察し得た 1 例. 心臓 45 : 1260-1265, 2013 8)牧山武, 静田聡, 赤尾昌治ほか: 不整脈の遺伝子診断家族性ペースメーカー植达み症例における遺伝的背景の検討心臟 $\mathrm{Na}+$ チャネル病, Lamin A/C 遺伝子関連心筋症. 心電図 30:200-208, 2010 9)石戸美妃子:全身性系統疾患における心臟移植の適応と限界: 神経筋疾患を中心に. 日小照循環器会誌 $33: 36-42,2017$ 10) Connuck DM, Sleeper LA, Colan CD et al: Characteristics and outcomes of cardiomyopathy in children with Duchenne or Becker muscular dystrophy: A comparative study from the Pediatric Cardiomyopathy Registry. Am Heart J 155: 998-1005, 2008 11) Arimura T, Hayashi YK, Murakami T et al: Mutational analysis of fukutin gene in dilated cardiomyopathy and hypertrophic cardiomyopathy. Circ J 73: 158-161, 2009 12) Wu RS, Gupta S, Brown RN et al: Clinical outcomes after cardiac transplantation in muscular dystrophy patients. J Heart Lung Transplant 29: 432-438, 2010
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# 特集 COVID-19 ## 薬剤開発・薬物治療 東京女子医科大学医学部薬理学教室 (受理 2021 年 1 月 13 日) ## COVID-19 Pandemic ## Drug Development and Drug Treatment ## Fujiko Tsukahara and Yoshiro Maru Department of Pharmacology, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan Coronavirus disease 2019 (COVID-19), caused by severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2), emerged in late 2019. It has been rapidly spreading worldwide ever since. The majority of COVID-19 infections are asymptomatic or mildly symptomatic. However, old age or comorbidities can result in a cytokine storm, which eventually leads to death. To date, no drug has been clinically proven effective to treat COVID-19, and development of effective drugs against SARS-CoV-2 is urgently required. Several drugs used in treating other diseases are being evaluated. Clinical trials on many new antiviral drugs and vaccine candidates are also rapidly ongoing. In this review, we summarized the currently used drugs and newly developed vaccines for the treatment of COVID-19. Keywords: COVID-19, SARS-CoV-2, drug development, COVID-19 treatment, vaccine ## はじめに 新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) は, 2019 年の暮れに中国・武漢で初めて患者が確認されてから, 急速に世界に拡散し, 世界保険機構(WHO)は 2020 年 3 月 11 日にパンデミックを宣言した。感染者の多くは無症候性キャリアまたは軽症であるが, 65 歳以上の高齢者や基礎疾患(慢性閉塞性肺疾患 (COPD), 慢性腎藏病, 糖尿病, 高血圧, 心血管疾患,肥満)がある人の場合は重症化のリスクが高く, サイトカインストームと呼ばれる過剰な免疫反応や,重度の呼吸不全(急性呼吸窮迫症候, acute respira- tory distress syndrome:ARDS)を引き起こして死に至ることがある ${ }^{1)}$. 現時点では有効な治療薬は存在せず,感染症が急速に拡大している状況から, 既に安全性が確認されている薬あるいは開発中である既存薬から有効な治療薬を探すいわゆるドラッグリポジショニングを中心とした治療薬の探索が活発に行われている。またウイルスを標的とした新規抗ウイルス薬の開発や感染を予防するためのワクチン開発も活発に進められ,一部の国では承認されたワクチンの接種が開始されている. 現在, 使用が推奖されている薬剤の種類や使用方法等の詳細については, [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_19 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. Potential drugs targeting SARS-CoV-2. The virus enters human cells by binding its spike proteins (S-protein) to the angiotensin-converting enzyme 2 (ACE2) receptor (1). Subsequently, viral genomic RNA is released into the cytoplasm (2), replicated, and translated ( (3)). Finally, the RNA genome is packed ( (4)) and released extracellularly (5). Protease inhibitors, such as nafamostat and camostat, block the virus entry through the inhibition of serine protease TMPRSS2 (type 2 transmembrane protease) for $\mathrm{S}$ protein priming. RNA polymerase inhibitors, remdesivir and favipiravir, inhibit viral replication by targeting viral RNA-dependent RNA polymerase. Antibodies against the S protein neutralize SARS-CoV-2. Anti-inflammatory drugs attenuate the cytokine storm. WHO,厚生労働省 (厚労省) や感染症学会等がガイ が期待される主な抗ウイルス薬, サイトカインストームに対する治療薬,ワクチンについて,基本的な作用機序や開発状況について概説する。 ## 抗ウイルス薬 ## 1. 新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) の増殖サ イクル Severe acute respiratory syndrome (SARS-CoV2)は, (1)表面のスパイクタンパク質 ( $\mathrm{S}$ タンパク質) を介して,ヒト細胞表面のレセプター angiotensinconverting enzyme 2 (ACE2) 受容体に結合することにより,細胞表面のセリンプロテアーゼである transmembrane protease, serine 2 (TMPRSS2) で切断され, その結果膜融合が起こり細胞内に侵入する ${ }^{677)}$ (2)細胞内でウイルス RNAを放出し, (3)自身の酵素 (RNA ポリメラーゼ) を用いて複製し, (4)さらにウイルスRNAをタンパク質に翻訳してウイルス粒子を組み立て, (5)ウイルスを細胞外に放出することを繰り返すことで, 体内で増殖する. 現在, 既存薬を用いたSARS-CoV-2 に対する薬として, ウイルスの侵入を抑制する薬やウイルスの複製・増殖を抑制する薬などの効果が期待されている (Figure 1) $\left(\right.$ Table 1) ${ }^{8 \sim 12)}$. ## 2. ウイルスの侵入を抑制する薬 ナファモスタット(ジェネリック,先発品名「フサン」,日医工)とカモスタット(ジェネリック,先発品名「フオイパン錠」, 小野薬品) はプロテアーゼ阻害作用を持ち, 膵炎などの治療薬として本邦で開発された薬剂である。カモスタットはTMPRSS2 を阻害することによりウイルスの侵入を阻害することがドイツの研究グループより報告されており ${ }^{6}$, 本 Table 1. Therapeutic candidates for COVID-19/SARS-CoV-2 by repurposing existing drugs. & SARS-CoV-2 infection \\ 邦では COVID-19 患者を対象とした多施設共同の第 3 相臨床試験(jRCT2031200198)が開始されている. ナファモスタットは, カモスタットの 10 分の 1 以下の低濃度でウイルスの侵入過程を阻止することを東京大学医科学研究所のグループが発表している ${ }^{13}$.しかしながら臨床成績としての報告は, ファビプラビルと併用した 11 例の症例報告のみである ${ }^{14}$,現在, 東京大学付属病院においてナファモスタットとファビピラビルの併用療法を検討する特定臨床研究 (jRCTs031200026) が進められている. ## 3. ウイルスの複製・増殖を抑制する薬 ウイルスの RNA ポリメラーゼを阻害してウイルスの複製を阻害する薬として,レムデシビル(商品名: ベクルリー, ギリアド・サイエンシズ)やファビピラビル (商品名:アビガン, 富士フイルム富山化学)がある. レムデシビルは, 当初はエボラ出血熱ウイルス感染症に対する治療薬として開発された. レムデシビルはプロドラッグであり,体内で代謝されてアデノシン三リン酸 (ATP) の類似体の活性代謝物を生成する. 活性代謝物は, SARS-CoV-2の RNA ポリメラーゼによる RNA 鎖の伸長反応を停止させることによりウイルスの複製を阻害する.レムデシビルは,米国では,5月 2 日に重症患者対象に緊急使用が許可され,さらに中等症〜重症患者を対象とするプラセボ対照ランダム化二重盲検比較臨床試験 (Adap- tive Covid-19 Treatment Trial (ACTT)-1 試験) において, 患者の回復期間が優位に短縮する等の結果が認められたことから,10月 22 日に正式承認されて の「診療の手引き」等では中等症〜重症患者を対象とする標準治療薬の一つとなっている335). 一方, WHO は, 主導した非盲検の比較臨床試験において患者の入院期間や死亡率にほとんど影響しなかったとし, レムデシビル投与については推奖しないとの WHO ガイドラインを 11 月 20 日に公表している4). これに対して, 米国食品医薬品局 (Food and Drug Administration:FDA)拈よび厚労省は承認を見直す考えはないとの見解を示している ${ }^{1819}$. ファビピラビルは, 抗インフルエンザウイルス薬として製造販売承認を取得している薬㓣である. ファビピラビルは, 細胞内でリボシル三リン酸体 (ファビピラビル RTP) に代謝され, ウイルスの複製に関与する RNA ポリメラーゼを選択的に阻害すると考えられている ${ }^{20}$. 藤田医科大学が中心となって無症状・軽症患者に実施された多施設無作為化オ一プンラベル試験では, 有効性について統計的有意差はみられなかったが21), 3 月に開始された非重篤な肺炎を有する患者を対象とした国内臨床第 3 相試験 (JapicCTI-205238)では, 症状の改善を早めることが統計学的有意差をもって確認されたとして, COVID-19 の適応を追加する変更承認申請が 10 月 16 日に厚労省に提出されている.なお,ファビピラビルの副作用で胎児に影響が出る恐れがあるため,妊婦または妊娠している可能性のある婦人への投与は禁忌とされている. ## 4. そのほかの機序で作用する薬 抗寄生虫薬であるイベルメクチン(商品名:ストロメクトール,MSD)は,SARS-CoV-2タンパク質の核内移行に関与するインポーチン $\alpha$ を阻害することにより, ウイルスの増殖を抑制することが培養細胞を用いた研究で報告されている ${ }^{22233}$. 軽症〜重症患者の致死率が低下したという観察研究の報告もあるが,有効性検証のためにはランダム化比較試験が必要である ${ }^{24}$. 国内では, 北里大学を中心とした医師主導治験(jRCT2031200120)が実施されている。抗マラリア薬であるクロロキン/ヒドロキシクロロキンは,培養 Vero 細胞への SARS-CoV-2 感染を抑制することが報告されているが25),一方,TMPRSS2 を発現するヒト肺細胞株を用いた研究では,SARS$\mathrm{CoV}-2$ の侵入に影響しないことが報告されてい $る^{26}$. 非盲検非ランダム化比較試験において一定の効果を示すことが報告されて27), FDA は緊急使用を許可したが,その後,ランダム化プラセボ対照比較試験結果から,治療効果は忘しいことが示され,緊急使用許可が取り消され, WHO も臨床試験を中止すると発表している ${ }^{28) ~}{ }^{20}$. 抗 human immunodeficiency virus (HIV) 治療薬であるロピナビル/リトナビル (商品名:カレトラ, アッビイ) は, HIV ウイルスの増殖に必要なプロテアーゼを阻害することから,治療薬の候補として期待されたが,有効性が認められなかったとする臨床試験結果が 3 月に中国のグループから報告されている ${ }^{31}$. ## 5. 回復者血漿療法 感染症から回復した人の血漿中には, その感染症に対する抗体が含まれる。回復者血漿療法が,重症の COVID-19 感染患者に対し, 低リスクで有効な治療法であることが示唆される結果も報告され(32) 34),米国では回復者の血漿を用いる治療が 8 月に緊急承認されているが,まだその効果は十分に検証されていない. 日本では回復者血漿療法の有効性について,科学的に評価するための臨床試験 (jRCTs 031200124) が国立国際医療研究センターを中心に実施されている. ## 新規抗ウイルス薬の開発 ドラッグリポジショニングによる治療薬の開発が急速に進められる一方で, 新規の抗ウイルス薬を開発する動きも広がっている. バムラニビマブ (Bamlanivimab : LY-CoV555, イーライリリー)は, 回復者の血液から同定された中和抗体で, ウイルスに直接作用して細胞への侵入を防ぐモノクローナル抗体である.軽症~中等症の COVID-19 患者を対象とする第 2 相の臨床試験では, 患者の症状が悪化する割合が一定程度低減されたことから ${ }^{35}$, FDA 11 月 9 日に緊急使用許可を承認した. カシリビマブとイムデビマブ (casirivimab/imdevimab:VIR-7831/VIR7832, リジェネロン)の 2 種類のモノクローナル抗体を併用した併用療法も 11 月 25 日に 12 歳以上の小児, 高齢者を含む成人を対象に,重症化リスクが高い軽症~中等症の COVID-19 患者に対する治療薬として,FDAによる緊急使用許可を取得してい $る^{36}$. これらの抗体薬は, 酸素吸入が必要な重症例に投与すると, 症状が悪化する可能性があり, 重症者は適応外である。 ## サイトカインストームに対して 効果が期待される抗炎症薬(Figure 2) ウイルス感染により肺胞上皮細胞などの細胞死が生じると, 細胞から大量のダメージ関連分子パター ン (damage associated molecular pattern : DAMP) が放出され,自然免疫受容体 Toll 様受容体 (TLR) に代表されるパターン認識受容体 (patternrecognition receptors:PPRs)を刺激して転写因子 nuclear factor (NF)-кB を活性化し, interleukin(IL)6 など種々の炎症性サイトカインが産生される. さらにサイトカイン受容体のシグナル伝達系である JAK-STAT (Janus kinase-signal transducers and activation of transcription) 経路の活性化は, NF-кB の転写活性化作用を増強する。IL-6 は, 炎症増幅回路(IL-6アンプ)を形成して, 血中の炎症性サイトカイン〔IL-1, IL-6, tumor necrosis factor (TNF) $\alpha$ などるをらに上昇させる. 過剩な免疫反応により引き起こされるサイトカインストームは, 好中球の活性化, 血液凝固機構活性化, 血管拡張などを介して, ARDS ゃ多臟器不全などの重篤な症状を引き起こす37) 40). ステロイド性抗炎症薬は, 転写因子である糖質コルチコイド受容体に結合すると, 受容体は核内に移行して炎症性サイトカインなどの炎症性分子の産生を抑制, 抗炎症分子の産生を増加させ, 抗炎症効果や免疫抑制効果を発揮する ${ }^{411}$. ステロイド性抗炎症薬のデキサメタゾンは,イギリスで実施された多施設無作為オープンラベル試験において,デキサメサ Figure 2. Proposed pharmacological treatment strategies for the cytokine storm caused by SARS-CoV-2. Corticosteroids exhibit potent anti-inflammatory and immunosuppressive effects via inhibition of transcription of proinflammatory cytokines and stimulation of transcription of anti-inflammatory molecules. Anti-IL-6 receptor antibodies (Anti-IL-6R Abs) inhibit IL-6-induced synergistic activation of NF-KB and STAT3 (IL-6 amplifier, AMP). Janus kinase (JAK) inhibitors attenuate cytokine-induced activation of JAK-STAT signaling pathway. Toll-like receptor 4 (TLR4) inhibitor inhibits TLR4-mediated inflammatory signaling. ACE2, angiotensin-converting enzyme 2; DAMP, damage-associated molecular pattern. ゾンの投与は人工呼吸を必要とする患者の死亡率を低下させたが,呼吸補助を受けていない患者では低下しなかっだ2). 厚労省の「診療の手引き」でも標準的な治療法として掲載され,また「日本敗血症診療ガイドライン 2020 (J-SSCG2020)特別編:COVID19 薬物療法に関する Rapid/Living recommendations」では, 中等症〜重症患者への投与は推奨,一方, 軽症患者への投与は非推奨とされている ${ }^{315)}$. 日本では,プレドニゾロンなど他のステロイド性抗炎症薬を使用した症例報告がある ${ }^{43}$ .吸入ステロイドのシクレソニド (商品名: オルベスコ, 帝人ファーマ) は,気管支喘息などに適応があり,国立感染症研究所のグループから SARS-CoV-2 に対して抗炎症効果と同時に培養細胞中のコロナウイルス特異的増殖抑制効果が報告されている ${ }^{44)}$. しかし詳細な作用機序は解明されておらず,国立国際医療研究センター を中心に実施された,肺炎のない軽症の患者を対象とした特定臨床研究 (jRCTs031190269) では, シクレソニド投与群の方が対照群と比べて有意に肺炎増悪が多いという結果となり,無症状・軽症の COVID-19 患者に対するシクレソニド吸入剤の投与は推奨できないとしている45). 抗 IL-6 受容体抗体薬のトシリズマブ (商品名:アクテムラ, 中外製薬) と JAK 阻害薬のバリシチニブ (商品名:オルミエント,イーライリリー)は,いずれも抗リウマチ薬として用いられている。トシリズマブの有効性は観察研究においてのみ, 結果が報告されている ${ }^{4647}$. バリシチニブは, 人工呼吸を必要とする COVID-19の患者等に対して,レムデシビルとの併用使用が 11 月 19 日に FDA より緊急使用が許可された ${ }^{48) ~ 500)}$. TLR4(Toll-like receptor 4) 拮抗薬 (商品名: エリトラン, エーザイ)は, 重症敗血症の治療薬として開発された未承認薬であり, COVID19 のサイトカインストームを抑えることを期待して,10 月から臨床試験が開始されている ${ }^{511}$. ## ワクチン ## 1. ワクチンの種類 現在, 国内・海外において, 不活化ウイルスワクチンのほか,ぺプチドワクチン,組換えタンパクワクチン,メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン, Figure 3. Current development status of vaccines. Modified from "Landscape of candidate vaccines in clinical development December 28, 2020" 55). The mentioned development status is as of January 5, 2021. Approved drugs include those granted emergency use authorization. DNA ワクチン,組換えウイルスベクターを用いた組換えウイルスワクチンなど様々な種類のワクチン スワクチンは,ウイルス自体を不活化して作製するワクチンであり,これまでに多くの実績がある。培養細胞等を用いて増殖させたウイルスを不活化して精製するため,培養条件や不活化方法の検討など作製には時間を要する。組換えタンパクワクチンは,遺伝子組換え技術によりタンパク質を製造するが,一般的に免疫原性が低いことが多く, アジュバントを添加することなどにより免疫原性を上げる必要がある。 mRNAワクチンは, mRNAを接種して mRNA にコードされたタンパク質を体内で発現させることによって免疫を誘導する。生体内では不安定で壊れやすいため, 脂質ナノ粒子 (lipid nanoparticle : LNP)やポリマー粒子をキャリアに用いる. mRNA は, ゲノムへの挿入変異リスクがないため安全性が高いとされる. DNA ワクチンは, 抗原タンパク質をコードする DNA プラスミドを投与することにより, 生体内でタンパク質を作らせて免疫を誘導する. DNA ワクチンは,大腸菌を用いて迅速に大量生産でき,製造法が単純で容易なため,いくつもの候補抗原の DNA をすぐにワクチンとすることができる. ウイルスベクターワクチンは抗原タンパク質の遺伝子を, 病原性のないウイルスベクターに組み达んだものを直接接種する。生体内でウイルスの夕 ンパク質が作られ,持続的な免疫が誘導される。本邦では,これまでに mRNA,DNA,ウイルスベクターワクチンのいずれも承認されているものはない. VLP (virus like particle) ワクチンは, ウイルスゲノムを含まない外殼タンパク質を大腸菌や植物等を用いて単離・精製したワクチンであり,短期間で大量生産することができる。 ウイルス遺伝子を持たないので体内でのウイルスの増殖はなく, 高い免疫効果が期待できる. ## 2. ワクチンの開発状況 2020 年 12 月 29 日時点の WHO のまとめでは, 世界各国で臨床試験に入っているワクチンは 60 種類, さらに 172 種類が前臨床試験段階にある(Table $2{ }^{55}$. 米国ファイザー社とドイツのビオンテック社が共同開発している LNP-mRNA ワクチン (BNT 162b2)は, SARS-CoV-2のS タンパク質のレセプター結合部位をコードし, 最終段階の治験では $95 \%$ の有効性が確認されている ${ }^{56577} .12$ 月 2 日にイギリス政府は緊急使用を承認し, その後, 複数の国で使用が許可されている. 米国モデルナ社のLNPmRNA ワクチン(mRNA-1273)はSARS-CoV-2 の Sタンパク質をコードし, 治験の中間解析結果から, 94.5\%の効果を認めており ${ }^{58}, 12$ 月 18 日に米国で緊急使用が許可されている. いずれのワクチンも筋肉内注射で $21 \sim 28$ 日の間隔で 2 回接種する. 副反応として, 注射部位の痛み・腫れ, 疲労感, 頭痛, 筋肉 Table 2. Development status of major vaccines in Japan and overseas. Modified from "Landscape of candidate vaccines in clinical development December 28, 2020" 55). & Type of candidate vaccine & Producer & \\ *The mentioned development stage is as of January 5, 2021. Approved drugs include those granted emergency use authorization. 痛,関節痛,発熱,悪寒,吐き気・嶇吐などが報告されている ${ }^{59600}$. 米国疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC) は, 12 月 19 日までに 27 万人以上がファイザー社ワクチンの 1 回目接種を受け,そのうちの 6 人にアナフィラキシー様症状が出たという報告を受けたことを公表している。原因はワクチンに含まれるポリエチレングリコールという成分である可能性が高く調查が進められている. mRNA はRNA 分解酵素で壊れやすく,ファイザー社のワクチンを保管する場合は, $-60 \sim 80^{\circ} \mathrm{C}$, モデルナ社のワクチンを長期に保管する場合は $-15 \sim 25^{\circ} \mathrm{C}$ の冷凍庫が必要である ${ }^{611}$. アストラゼネカ社とオックスフォード大学が開発を進めているワクチン(AZD1222)は,チンパンジー アデノウイルスベクター(ChAdOx1)を用いている. アデノウイルスが複製できないように処理をし, SARS-CoV-2 のスパイク蛋白をコードする遺伝子を組み込んでおり,体内に接種することにより,S タンパク質が作られて免疫が誘導される ${ }^{62263}$. 第 3 相試験では平均 $70 \%$ の有効性が示され, 12 月 30 日にイギリス政府は緊急使用を承認した。アストラゼネカ社のワクチンは冷蔵保存が可能であるため, 輸送しやすい利点がある. 国内では, アンジェスのDNA ワクチンの第 2 相の臨床試験が進行しており, また塩野義製薬も遺伝子組換えタンパクワクチンの臨床試験を開始している。 ## おわりに 世界的に SARS-CoV-2 感染症が拡大している状況において, 治療薬や予防薬の開発が急務となっている.感染症拡大により医療現場もひっ迫する状況下であるが, 薬の有効性はランダム化比較試験によって科学的に適切に検証していくことが重要である,今後,有効なワクチンや治療薬が開発され,感染症が終息に向かうことを願う。 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Akbar AN, Gilroy DW: Aging immunity may exacerbate COVID-19. 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# サルコイド反応由来の多発リンパ節腫大を伴う進行胃癌の 1 例 (受理 2021 年 4 月 22 日) A Case of Advanced Gastric Cancer with Multiple Lymphadenopathy Occurring as a Sarcoid Reaction Yukinori Toyoshima, ${ ^{1,2}$ Yasuhiro Sudo, ${ }^{1}$ Yasuhiro Hibi,,${ }^{1}$ Norimasa Matsushita, ${ }^{,}$ Takeshi Kubota, ${ }^{1}$ Harushi Osugi, ${ }^{,}$and Tatsuo Inoue ${ }^{1,2}$ ${ }^{1}$ Department of Surgery, Kamifukuoka General Hospital, Saitama, Japan ${ }^{2}$ Department of Surgery, Institute of Gastroenterology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan A woman in her 60s underwent upper gastrointestinal endoscopy to investigate the cause of epigastric pain. Upper gastrointestinal endoscopy showed extensive swelling of the corpus and partially depressed lesions in the body of the stomach. A biopsy yielded a diagnosis of poorly differentiated adenocarcinoma. Abdominal computed tomography showed extensive swelling of the regional lymph nodes and no multi-organ metastasis. She was diagnosed with scirrhous gastric cancer with multiple lymph node metastasis. She underwent total gastrectomy, D2 dissection (Roux-en-Y reconstruction) and splenectomy. The pathological findings revealed numerous nonnecrotic epithelioid granulomas in the proper mucosal layer of the stomach and the dissected lymph nodes. Two of the 74 dissected lymph nodes showed cancer metastasis. Even in cancer patients who do not suffer from sarcoidosis, non-necrotic epithelioid granulomas may be found in the regional lymph nodes, however, this is rare for malignant tumors such as gastric cancer. This phenomenon is called a sarcoid reaction. Therefore, many non-metastatic lymph nodes can become swollen, which may cause a divergence in the preoperative staging. Further detailed examinations are required when deciding the surgical procedure, however, there are very few detailed reports on lymphadenopathy peculiar to sarcoid reactions, and there remain many unclear points at present. We herein report a case of advanced gastric cancer with sarcoid reaction-induced gastric wall thickening and lymphadenopathy, with a review of the relevant literature. Keywords: sarcoid reaction, gastric cancer ## 緒言 全身性サルコイドーシスに罹患していない癌患者 において,稀ではあるが所属リンパ節に非壊死性類上皮肉芽腫を認めることがあり, サルコイド反応と Corresponding Author: 豊島幸憲 〒162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学病院消化器 - 一般外科 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.3_200 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. Upper gastrointestinal endoscopy. The stomach showed thickening of the wall from just below the cardia to the lower body of the stomach, and a depressed lesion was found on the anterior wall of the lower body of the stomach. Figure 2. Abdominal computed tomography. The body of the stomach exhibited extensive wall thickening, and a large number of lymph nodes in the splenic hilum and regional lymph nodes were swollen, suggesting metastasis. 呼ばれる。今回我々はサルコイド反応に由来する胃壁肥厚およびリンパ節腫大を伴った進行胃癌症例を経験したので,文献的考察を加え報告する。 ## 症 例 患者:60 歳代女性. 主訴:心窩部痛. 既往歴:骨粗鬆症. 家族歴 : 特記事項なし。 現病歴 : 初診時の 2 か月前より空腹時心窩部痛を認めており当院来院. 上部消化管内視鏡検査を施行し, 胃癌の診断となり手術目的に入院となった. 入院時現症 : 身長 $153 \mathrm{~cm}$, 体重 $43 \mathrm{~kg}$, 心窩部に軽 Figure 3. Chest X-ray. No abnormal findings were found in the lung field, and no swelling was found in the bilateral hilar mediastinal lymph nodes. 度圧痛を認めた。呼吸器および眼症状の訴えは認めなかった。 入院時血液検査所見:腫瘍マーカーはCEA が $6.4 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}$ と軽度上昇を認めた。他異常所見は認めなかった。 上部消化管内視鏡検査所見:胃は全般的に伸展不良であり,噴門直下から胃体下部にかけて広範囲に皺壁の肥厚を認め,また胃体下部前壁と小弯に陥凹性病変を認めた (Figure 1). 生検組織診断にて adenocarcinoma が確認され, スキルス胃癌の診断となった。 Computed Tomography (CT) 検査所見:胃体部は広範囲に壁肥厚を呈し,脾門部リンパ節ならびに所属リンパ節が多数腫大しており転移を示唆する所見であった (Figure 2)。大動脈周囲リンパ節に明らかな腫大は認めず, 多蔵器遠隔転移は認めなかった。 また肺野には異常所見は認めず両側肺門縦隔リンパ節に腫脹は認めなかった(Figure 3). 精査の結果, 多発リンパ節転移を伴うスキルス胃癌の診断となり,胃切除術の方針となった. 手術所見 : 開腹下胃全摘術・D2 郭清(Roux-enY 再建)および脾臓摘出術を施行した. 肉眼的には腫瘍の漿膜面への露出は認めなかった. 明らかな腹膜播種や腹水貯留は認めず,肝表面に明らかな転移巣は認めなかった. 腹腔洗浄細胞診は陰性であった. リンパ節 No. $12 \mathrm{a}, 8 \mathrm{a}, 8 \mathrm{p}, 9,11 \mathrm{p}$ に比較的軟らかい印象の腫大リンパ節を認め, $8 \mathrm{p}$ の一部も含め D2 郭清を行った。また脾門リンパ節も著明に腫大しており転移が強く疑われたため, 脾臟合併切除を行った. 病理所見: M, less ant, Type $4,70 \times 80 \mathrm{~mm}$, Adenocarcinoma, por2>sig, pT4a(SE), int, INFc, Ly0, V0, PM0 $5 \mathrm{~mm}$, DM0 $120 \mathrm{~mm}$, pN1 (2/74), T4aN1M0 : pStage IIIA ${ }^{12}$. 切除標本は広範囲に巨大皺譬を認め, Type4 胃癌の所見を呈していた (Figure 4)。また胃粘膜固有層に多数の非壊死性類上皮肉芽腫を認めた. リンパ節転移を認めたのは\# $4 \mathrm{~d}(2 / 8)$ のみであり,他大多数のリンパ節には非壊死性類上皮肉芽腫を認めた Figure 4. The resected specimen. Total gastrectomy was performed. The resected specimen was diagnosed as type 4 gastric cancer. (Figure 5)。脾藏には類上皮細胞は認めなかった。術後経過:術後経過は良好につき術後第 24 病日に退院となった. 術後補助化学療法は CapeOX (カペシタビン+オキサリプラチン)療法を導入し,現在再発なく経過している。また病理診断後に追加した血液検査では, 血清アンギオテンシン変換酵素 (ACE)は $15.4 \mathrm{U} / \mathrm{L}$ と正常範囲内,血清可溶性インターロイキン-2 受容体 (sIL-2R) は $1,090 \mathrm{U} / \mathrm{mL}$ と軽度高値であったが, サルコイドーシスに特異的な臨床症状は認めていない。 ## 考 察 サルコイドーシスとは,全身の諸臟器に非乾酪性類上皮細胞肉芽腫を形成する原因不明の全身疾患である. サルコイド反応とは, サルコイドーシスとしての全身症状や兆候を認めずに類上皮肉芽腫を局所に認める病態であり, 特異的炎症や, 免疫性疾患,悪性腫瘍などが関連すると知られている。悪性腫瘍に伴うサルコイド反応の最初の報告は 1950 年の Nadel ら2) と言われており, 固形腫瘍の $4.4 \%$ に認めるとされている ${ }^{3}$. 本邦においては村田らが 46 例を集計しており進行癌で胃癌, 肺癌, 子宮癌, 乳癌での報告が多く挙げられている。また胃癌でのサルコイド反応の頻度は $0.86 \sim 1.60 \%$ 程度と報告されてい $る^{415)}$. 腫瘍に関連したサルコイド反応は以前より報告されているが,その病態や病因は十分には解明されていない,諸説あるが,サルコイド反応は腫瘍に対する細胞性免疫が関与していると考えられており,腫瘍細胞由来の抗原物質が宿主の免疫反応を引き起こ Figure 5. Pathological findings. The pathological examination of the gastric cancer specimen revealed poorly differentiated adenocarcinoma (A) (H\&E $\times 4)$. The pathological examination revealed numerous nonnecrotic epithelioid granulomas in the proper mucosal layer of the stomach $(\mathbf{A})$ and the dissected lymph nodes (B) $(\mathrm{H} \& \mathrm{E} \times 10)$. し, 類上皮肉芽腫の形成を促すと考えられている3). また炎症性サイトカインを産生し炎症を誘導すると知られている Th17 細胞は, 炎症性大腸疾患 (クロー ン病など)や関節リウマチなどの自己免疫疾患に関与しているとの報告677があるが,全身性サルコイドーシスに対しても関連性が示唆されておりり), サルコイド反応に関しても Th17 細胞が関与している可能性が考えられる。また HLA-B8 との関連性も注目されている. HLA-B8 はサルコイドーシス9)や原発性硬化性胆管炎 ${ }^{10}$ 等の免疫学的異常と考えられている疾患において高頻度に認められることが知られている. Klein ら ${ }^{11}$ は, サルコイド反応を伴った胆管癌で, HLA-B8 が陽性であった症例の腫瘍壊死因子 (TNF)や sIL-2R が高値であったと報告している. これらのことより, サルコイド反応自体が免疫学的異常もしくは免疫立進状態であるかもしれない.近年免疫チェックポイント阻害薬により, $\mathrm{T}$ 細胞の活性化を維持し,抗腫瘍効果をもたらす治療法が消化管癌のガイドラインに適応されつつあるが,これらを踏まえて注目すべき点は, 免疫立進状態が示唆されるサルコイド反応を呈する癌患者と,そうでない癌患者との生存率および無再発生存率の差に関して有意差があるか否かである.実際サルコイド反応を呈する胃癌においては本邦では以下の報告がなされている. 早期胃癌 2 例, 進行胃癌 5 例の術後追跡調査がなされていたが,どれも死因は事故や心不全等であり, 胃癌再発等の徴候もなく胃癌関連死は認めなかった.手術時に広範囲リンパ節転移を認めた漿膜まで達する 3 型胃癌においても, 10 年以上無再発にて生存されていたとの報告があっだ . 症例数は少ないが,サルコイド反応陽性例で予後の良い可能性が示唆されている。また固形癌以外でもホジキンリンパ腫において, サルコイド反応陽性の患者はサルコイド反応狯性の患者より化学療法後の宽解期が長く, 無再発生存率・生存率が共に長く予後良好であったとの報告もされている ${ }^{12) 13}$. Meyer ら ${ }^{14}$ によると, サルコイド反応は生体内での腫瘍に対する免疫機構と密接な関連性があるとし, 予後を良好なものとする規定因子の一つであるといった仮説が立てられているが,肺癌における検討では予後との関連が見られなかったとの報告もあり ${ }^{15)}$ ,一定の見解には至っていない. 今回の自験例では, 術前呼吸苦や眼症状は認めず,心電図異常や両側肺門縦隔リンパ節腫脤などといったサルコイドーシスを示唆する所見は認めなかっ た行い,CT 検査にて認めた多発リンパ節腫大を転移として考えたため, 脾臟合併切除を伴う拡大手術を施行した. しかし術後の病理診断では, 郭清リンパ節 74 個中癌細胞を認めたリンパ節はわずか 2 個 (4 $4 \mathrm{~d}(2 / 8))$ であり,ほとんどのリンパ節に非壊死性類上皮肉芽種を認めた。 その時点でサルコイドーシスとの合併も考えられたが, 追加として行った血清アンギオテンシン変換酵素 (ACE) は $15.4 \mathrm{U} / \mathrm{L}$ と正常範囲内, sIL-2R は $1,090 \mathrm{U} / \mathrm{mL}$ と軽度高値であったが,サルコイドーシスに特異的な臨床症状は認めていなかったため, 腫瘍に随伴するサルコイド反応と判断した. 術前にリンパ節腫大がサルコイド反応と診断できれば今回のような拡大手術は避けられたかもしれない. 2015 年に Koo ら ${ }^{17}$ が縦隔リンパ節腫大を呈するサルコイドーシス, サルコイド反応, 転移リンパ節の 3 群間について CT, positron emission tomography (PET) -CT の画像所見の相違点を検証した研究を報告している。サルコイド反応でのリンパ節は転移リンパ節と比較し,より高い CT 値 $(68.4 \mathrm{HU})$ を呈し,より多くのリンパ節腫大 ( $1 \mathrm{~cm}$ 以上) が認められると有意差を持って報告された。またリンパ節のサイズにおいても,転移リンパ節においては大小ばらつきのある大きさであったが,それに対してサルコイド反応のリンパ節は均一で約 $2 \mathrm{~cm}$ までの中等度な腫大であったと報告されていた. 他年齢(若年層)や性別(女性)においても有意差を認めているが,自験例においては当てはまる項目はリンパ節のサイズの均一さと女性であるといった点であり, それだけで診断することは困難であると考えられた. 他客観的な評価として PET-CT が挙げられるが,両群の SUVmax の値に有意差がなかったと報告されていた。 よって術前に悪性腫瘍に伴うサルコイド反応とリンパ節転移を鑑別することは容易ではないと考えられた。また術中は肉眼的にサルコイド反応を判断することは困難であり, 術中迅速病理診断においてもすべてのリンパ節を精査できるわけではないので, 今回のような進行胃癌症例の拡大手術は避けられなかったと考える。 $\mathrm{CT}$ 検査にてリンパ節腫大を伴う胃癌では, 術前診断にて治療法が大きく左右される。スキルス胃癌・進行胃癌の場合は, リンパ節腫大に関しては病態とほぼ一致すると捉え,サルコイド反応を疑わないにしても,D2 郭清を行うことは通常の治療方法と 何ら変わりないが,早期胃癌であれば手術は拡大治療となってしまう,早期胃癌とリンパ節腫大の程度に明らかな乘離がある場合はサルコイド反応を鑑別に上げなければならない。そのため多数のリンパ節腫大を伴う早期胃癌症例の場合は, 術前精密検査に審査腹腔鏡等を導入しリンパ節精査を行うことによって拡大手術を避けられると考えられた。 ## 結論 今回サルコイド反応を呈する進行胃癌症例を経験した. 術前検査は治療方針決定に大きく寄与するため,多発リンパ節腫大を認めた際は,転移の他にサルコイド反応を含め様々な病態を想定しなければならない 開示すべき利益相反状態はなし. $ \text { 文献 } $ 1)「胃癌取扱い規約第 15 版」(日本胃癌学会編),金原出版,東京(2017) 2) Nadel EM, Ackerman LV: Lesions resembling Boeck's sarcoid in lymph nodes draining an area containing a malignant neoplasm. 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# 末梢神経ブロックを用いた小伏在静脈不全治療の 2 例 ${ }^{1}$ 東京女子医科大学病院形成外科 ${ }^{2}$ 国立病院機構災害医療センター形成外科 ${ }^{3}$ 国立病院機構災害医療センター麻酔科 (受理 2021 年 8 月 4 日) Treatment of the Incompetent Small Saphenous Veins under Peripheral Nerve Block: A Case Report Rei Takada, ${ }^{1}$ Osamu Fujiwara, ${ }^{2}$ Airi Tazaki, ${ }^{2}$ Eri Morishita, ${ }^{2}$ Shingo Mitsuda, ${ }^{3}$ and Hiroyuki Sakurai ${ }^{1}$ } ${ }^{1}$ Department of Plastic and Reconstructive Surgery, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Plastic and Reconstructive Surgery, National Hospital Organization Disaster Medical Center, Tokyo, Japan ${ }^{3}$ Department of Anesthesiology, National Hospital Organization Disaster Medical Center, Tokyo, Japan Tumescent local anesthesia (TLA) with a mixture of epinephrine and lidocaine hydrochloride (LH) is effective in stripping and ablating varicose veins in the lower extremities, and frequent skin punctures gives the patients pain many times. This report showed two cases (three limbs) of the incompetence of the small saphenous veins (SSVs) found in three limbs treated under peripheral nerve block anesthesia. In the first case, a 32-year-old man had skin ulcer at the left lower leg, and the ulcer was diagnosed as venous stasis ulcer caused by SSV reflex. Sciatic nerve and posterior femoral cutaneous nerve block were performed with $0.4 \% \mathrm{LH}$ under the ultrasonic guidance. The incompetence of SSV was punctured at the center of posterior lower leg, and TLA agent was injected both along and around SSV under the ultrasonic guidance. Intravascular ablation was performed without pain. The patient was able to walk immediately after operation. There were no complications due to the peripheral nerve block. In the second case, a 71-year- old woman had bilateral varicose vein and dermatitis. Vein stasis dermatitis was diagnosed by finding bilateral SSV reflex. Sciatic nerve and posterior femoral cutaneous nerve block were performed by the same procedure described above. On the right limb, intravascular ablation was performed after the injection of TLA agent. On the left limb, SSV stripping was performed with the injection of TLA agent because of aneurysm at venous junction. The patient found no pain during operation and was able to walk immediately after operation. Low concentration LH was able to block only the sensory nerve, allowing the motor nerve to be healthy. Peripheral nerve block with a low concentration of LH was a useful and safe method for avoiding intraoperative pain at the varicose veins of the lower extremities. Keywords: lower limb varicose veins, small saphenous vein, peripheral nerve block, posterior femoral cutaneous nerve block  162-8666 ~}$ 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学病院形成外科 takada.rei@ twmu.ac.jp doi: 10.24488/jtwmu.91.5_223 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## 緒言 下肢静脈瘤は難治性潰瘍を形成するばかりでなく, 整容面においても問題となるため,形成外科で治療を行っている施設も少なくない. 下肢静脈瘤治療としては,最近はレーザーやラジオ波の登場により,ストリッピング術に代わり血管内焼灼治療がスタンダードになっており,現在当施設においてもラジオ波を用いた血管内治療を主に行い,症例を選んでストリッピング術を行っている。血管内焼灼下肢静脈瘤の治療においては, 静脈焼灼時の鎮痛, 皮膚・周囲組織の損傷の予防,焼灼する静脈径の減少を目的として低濃度大量局所浸潤麻酔 (tumescent local anesthesia:TLA)が必須であり ${ }^{11}$ ,ストリッピング術においても, 出血の予防を目的としてTLAが併用される傾向にある. しかし, TLA 単独では頻回の穿刺痛を生じることで患者に多大な負担が生じるため, 全身麻酔や腰椎麻酔, 神経ブロック, 鎮静など は小伏在静脈 (small saphenous vein:SSV) 不全に対する治療において,神経ブロックを用いて良好な除痛を得た 2 症例を経験したので報告する。 なお, 2 症例ともに血管内焼灼は ClosureRFG ${ }^{\mathrm{TM}}$ Generator および ClosureFast ${ }^{\mathrm{TM}}$ Catheter(コヴィ ディエンジャパン株式会社,東京)を用いた。TLA 麻酔液は下肢静脈瘤に対する血管内焼灼術のガイドライン 2019 に従い, 生理食塩水 $500 \mathrm{~mL}$ にエピネフリン入り $1 \%$ リドカイン $40 \mathrm{~mL}$ と炭酸水素ナトリウム $7 \% 20 \mathrm{~mL}$ を混和したものを用いた1). ## 症例 1 患者: 32 歳, 男性. 主訴:左下腿鬱滞性皮虐潰瘍. 既往歴 : 特記事項なし。 家族歴:特記事項なし。 現病歴 : 3 年前より左下腿に潰瘍を認め, 鬱滞性皮虞潰瘍と診断された。圧迫療法を継続し,一度は潰瘍は治瘉したが, 夜間の左下腿筋痤攣など下肢静脈瘤に伴う症状は残存した. 1 か月前より左下腿潰瘍が再発し,根治的治療を希望し,当科を受診した (Figure 1A). Duplex scan で SSV 不全に伴う一次性静脈瘤 (CEAP 分類 C5, Ep, As, Pr) の診断となり, 神経ブロック下に SSV 不全に対する血管内焼枃術を施行した。 手術所見:腹卧位にて,エコーガイド下に $0.4 \%$ リドカイン $30 \mathrm{~mL}$ を用いて坐骨神経ブロックを施行し, 同 $10 \mathrm{~mL}$ を用いて後大腿皮神経ブロックを施行した。神経ブロック施行後, 10 分後に滕窝および Figure 1. Preoperative and postoperative findings at the wound site of left lower limb of 32 -year-old male. (A) Preoperatively, a venous stasis ulcer was found in the venous stasis dermatitis. (B) At the three months after endovenous thermal ablation, no recurrence of venous was found. Figure 2. Intraoperative findings. The black rectangle shows a range where the multipleinjection of tumescent local anesthesia (TLA) mixture was performed. 下腿後面中腹部に疼痛がないことを確認し,手術を開始した。超音波ガイド下に下腿後面中央の SSV を $16 \mathrm{G}$ 静脈留置針で穿刺し, ガイドワイヤーに続いてイントロデューサーシースを挿入した. ガイドワイヤーを拔去し, カテーテルを挿入し, 伏在滕窔静脈接合部(sapheno-popliteal junction:SPJ)より 3 $\mathrm{cm}$ 手前まで進めた,続いて超音波ガイド下に saphenous compartment 内に TLA を浸潤させ,SSV を焼灼した (Figure 2)。焼灼長は $22 \mathrm{~cm}$, 使用した TLA $130 \mathrm{~mL}$ であった. カテーテルを拔去し, 手術を終了した (手術時間 36 分),術中に疼痛の訴えはなかった. 体重は $64.2 \mathrm{~kg}$ で, リドカインの体重あたり使用量は $3.94 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ であった. 術後経過:術直後に下肢の徒手筋力テスト(manual muscle test:MMT)の低下がないことを確認し,通常通り足踏み歩行が可能であることを手術室で確認した,念のため,術後 3 時間は車椅子移動とし, 歩行が問題ないことを確認してからは血栓形成予防目的に歩行を励行した。術翌日に退院とし, 術翌日および 1 週間後に endovenous heat-induced thrombus(EHIT)の有無を評価したが,いずれも Figure 3. Preoperative findings of the lower limb of a 71-year-old female. The white arrows show venous stasis dermatitis appeared in the posterior lower leg. class 1 であった. 焼灼した SSV は閉塞し,潰瘍および筋痤攣の再発は認めていない (Figure 1B). ## 症例 2 患者: 71 歳, 女性. 主訴:両側下肢静脈瘤. 既往歴:高血圧. 家族歴:特記事項なし。 現病歴:数年前より下肢静脈瘤を自覚しており,下肢のだるさも自覚してきたため,治療目的に当科を受診した。下腿後面に静脈隆起に伴う鬰滞性皮膚炎を認め, Duplex scan で両側 SSV 不全に伴う一次性静脈瘤 (CEAP 分類 C4a, Ep, As, Pr) と診断た (Figure 3).右側は血管内焼灼術を施行する方針としたが,左側はSPJ 付近に瘤状変化を認めたため, ストリッピング術の適応と判断した. 1 泊 2 日の入院で片足ずつ治療する方針とした. 手術所見(1) (右側) : 腹臥位にて, エコーガイド下に $0.4 \%$ リドカイン $20 \mathrm{~mL}$ を用いて坐骨神経ブロックを施行し, 同 $10 \mathrm{~mL}$ を用いて後大腿皮神経ブロックを施行した. 同様に 10 分後に疼痛がないことを確認し,手術を開始した.SSVを穿刺し, saphenous compartment 内に TLA 麻酔を浸潤させ, SSV を焼灼した。焼灼長さは $15.5 \mathrm{~cm}$, 使用した TLA 麻酔液は $60 \mathrm{~mL}$ であった. 下腿後面の隆起を認める分枝瘤に対し, stab avulsion 法による phlebectomyを施行 B Figure 4. Intraoperative findings. (A) The black rectangle shows a range where the multipleinjection of tumescent local anesthesia (TLA) mixture was performed in the left lower leg. (B) The black rectangle shows a range where the multiple-injection of TLA mixture was performed in the right lower leg. (C) In the upper row, the left, middle, and right were removed veins by the phlebectomy on the vessel. In the lower row, the left small saphenous vein (SSV) was removed by stripping. し,手術を終了した(手術時間 39 分) (Figure 4A).術中に疼痛の訴えはなかった. 体重は $64.3 \mathrm{~kg}$ で, リドカインの体重あたり使用量は $2.53 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ であった. 手術所見 (2) (左側) : 腹臥位にて, エコーガイド下に $0.4 \%$ リドカイン $30 \mathrm{~mL}$ を用いて坐骨神経ブロックを施行し,同 $10 \mathrm{~mL}$ を用いて後大腿皮神経ブロックを施行した. 同様に 10 分後に疼痛がないことを確認し, 手術を開始した. 膝窩の皺に沿って $3 \mathrm{~cm}$ の皮膚切開を加え, SSVを同定し, SPJ 近傍で高位二重結紮を施行した. SSV 中枢側よりストリッパーを挿入し, 下腿後面中央でストリッパーを皮膚へ誘導し, $\mathrm{SSV}$ 周囲の saphenous compartment 内にTLAを浸潤させ, SSVを抜去し, 5 分間の圧迫止血を行った. 続いて下腿後面〜内側の隆起を認める分枝瘤に対し, 同様に瘤切除を行った. 1 か所は下腿内側であり, 神経ブロック範囲を逸脱しており,1\%リドカイン $3 \mathrm{~mL}$ で浸潤麻酔を施行した. 膝窩部および瘤切除部を縫合し, 手術を終了した(手術時間 50 分) (Figure 4B,4C)。使用した TLA 麻酔液は $90 \mathrm{~mL}$ であった。術中に疼痛の訴えはなかった。リドカインの体重あたり使用量は $3.49 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ であった. 術後経過:いずれも症例 1 と同様に筋力・歩行機能を確認し, 筋力低下・足踏み歩行は通常通り可能であった。術翌日に退院とし, 右側は術翌日および 1 週間後の EHIT の有無を確認し,いずれも class 1 であり,焼灼したSSV は閉塞していた. 左側は術後 1 週間で抜糸した。 ## 考 察 一次性下肢静脈瘤は表在静脈の逆流から, 静脈鬱滞および静脈高血圧を引き起こすことで,表在静脈に拡張, 屈曲, 蛇行などがみられ, 下肢のだるさ,痛み, 浮腫, 色素沈着, 脂肪皮膚硬化症や皮虐潰瘍といった症状を呈する。本邦でも下肢静脈瘤は 40 歳以上で $20 \%$ に認められるとの報告)もあり, 至極一般的な疾患である。 下肢静脈瘤の治療は, 保存的な加療である弾性ストッキング・弾性包帯から静脈ストリッピング術,硬化療法, 静脈高位結紮術, 不全穿通枝結紮術, 内視鏡下不全穿通枝切離術など様々な方法が行われてきたが,血管内治療機器の登場により,より低侵襲な血管内焼灼術はスタンダードな治療法へ移行し $た^{5}$. 血管内焼枃術は血管内より逆流静脈へ不可逆的な熱エネルギーを加え,静脈を収縮,閉塞させる治療であり, 血管内焼灼時の鎮痛, 皮虐熱傷, 周囲組織の熱損傷の防止および静脈径の減少を目的として,焼枃時には血管周囲に TLA 麻酔液を十分に散布する必要がある、ストリッピング術においても TLA を用いることで,静脈抜去に伴う皮下出血を予防・軽減し, 静脈の液性剝離を行うことで神経損傷のリスクを低減し, さらには術後の疼痛を軽減させる ${ }^{677}$ ことが一般的になりつつあり,いずれの治療法でも TLA は重要な位置づけとなっている. 本症例でも血管内焼灼術打よびストリッピング術いずれにも TLAを使用した. しかし, TLAを十分な範囲に散布するためには,複数回穿刺を繰り返すことになり, これによる疼痛および浸潤時の注入痛が問題点となっている. Al Wahbi は血管内焼灼術において無麻酔で TLA を行った場合, visual analog scale(VAS) (010)によるぺインスコアを測定し, $7.95 \pm 0.79$ であったと報告2)している. Proebstle らはストリッピング術および静脈高位結紮術において, TLAのみで手術を施行したところ, TLA の穿刺痛・注入痛のために $41 \%$ で鎮痛剤の静脈投与を要し, $27 \%$ でミ夕゙ ゾラムによる鎮静を要したと報告3) しており,TLA 穿刺痛は患者にとって大きな負担となる. 疼痛回避のために TLA に全身麻酔, 腰椎麻酔8), 神経ブロック $^{799}$, 静脈麻䣷(610) などを組み合わせて行われることが多い. 全身麻酔や腰椎麻酔は基本的に麻酔科管理が必要であり, 鎮静には循環抑制・呼吸抑制などの副作用を生じるリスクがある ${ }^{11}$. 静脈麻酔で代表的なプロポフォールでは呼吸・循環抑制の危険性から,添付文書には麻酔開始から覚醒まで麻酔に習熟した医師が専任で管理することが求められている。 TLA 穿刺予定部位をその都度より細い針で局所麻酔する方法 ${ }^{12}$ もあるが,結局は複数回穿刺を繰り返すこととなり,疼痛緩和には限界があり,TLA 注入時の疼痛は緩和できない。その点, 末梢神経ブロックは 1 2 回程度とわずかな穿刺回数で施行でき, しっかりと浸潤させれば知覚は完全に遮断されるため,快適に治療を受けることができる,実際,本症例では TLA 穿刺痛・注入痛の訴えは一切なく, 焼灼時・ストリッピング時の疼痛も一切認めず, 手術時の完全な除痛を得ることが可能であった. その上,末梢神経ブロックは, 循環動態への影響がほとんどなく, 鎮静を必要としないため呼吸状態の変化もなく, 高い安全性を有する。また, 浅部神経ブロックにおいては, 抗凝固薬・抗血小板薬の休薬が不要であり ${ }^{13)}$ ,重篤な合併症を起こす可能性が低いなどの利点もある. 本症例でも手術中に血圧の変動や呼吸抑制などを認めず,神経ブロックに起因する合併症を認めず,安全に手術を遂行できた。 本邦では山本らは大伏在静脈 (great saphenous vein:GSV)不全に対し,ストリッピング術において TLA に大腿神経ブロックを併用"),白石は TLA に大腿神経ブロックおよび伏在神経ブロックを併用》し,安全かつ有用な方法であったと報告している. Yilmaz ら ${ }^{14}$, Bellam ら ${ }^{15}$ は GSV 不全に大腿神経ブロック,SSV 不全に坐骨神経ブロックを併用し,血管内焼灼術における TLA 穿刺痛を大幅に軽減できたと報告している。しかし, Figure 5 に示すよう Figure 5. Schematic illustration of the cutaneous innervation of lower limb. LFCN, the lateral femoral cutaneous nerve; PFCN, the posterior femoral cutaneous nerve; ON, the obturator nerve; FN, the femoral nerve; SN, the sciatic nerve. に膝窩部および下腿後面近位部の神経支配は後大腿皮神経であり,Feigl らは坐骨神経ブロックのみでは下腿後面の十分な除痛は得られないことが多いと報告している ${ }^{16}$. 本症例では坐骨神経ブロックに後大腿皮神経ブロックを併用することで,安全に膝窩部〜下腿後面の完全な除痛を得ることができ,SSV 治療に適した神経ブロックであったと考えられる。 坐骨神経は仙骨神経叢の終末枝の一つであり,人体で最も太く長い神経であり,下腿前面・外側・後面および足部の皮膚知覚を支配している。坐骨神経は仙骨神経叢から分岐し,大坐骨孔を通って骨盤外に出た後, 梨状筋の腹側を通り,坐骨結節と大腿骨大転子部の間で,大殿筋の腹側かつ大腿方形筋の背側を通過する,大腿部では大内転筋の背側,大腿二頭筋長頭の腹側を下降し, 膝窩頭側で脛骨神経と総腓骨神経に分岐し, 最終的には足部までの長距離を走行する。坐骨神経ブロックはその長い走行経路に沿って複数のアプローチ法が存在する. 代表的な方法として, 傍仙骨アプローチ, 殿下部アプローチ,前方アプローチ, 滕窩アプローチの 4 つが挙げられる. 傍仙骨アプローチは大坐骨孔部位で, 殿下部アプローチは坐骨結節と大転子部の間でブロックを行う. 前者は後大腿皮神経ブロックも兼ねることができるが,後者は後大腿皮神経ブロックの確実性に久 Figure 6. The ultrasonography of gluteal fold for knowing the locations of the sciatic nerve (SN) and the posterior femoral cutaneous nerve (PFCN). (A) The ultrasonographic image shows SN and PFCN at the level of the gluteal fold. (B) In the image, the asterisk indicates PFCN, which was observed between the biceps femoris (BF) and gluteus maximus (GM). (C) The image shows an area, where $0.4 \%$ lidocaine hydrochloride (LH) injected, near PFCN. ける。また,深部神経ブロックのため,原則として抗血栓薬の休薬が必要である.前方アプローチは大腿骨小転子レベルで大腿前面から穿刺する方法であるが,大腿動静脈穿刺のリスクがあり,深部神経ブ Figure 7. The probe positions of sciatic nerve block. The upper, middle, and lower light-blue painted rectangles show the positions by parasacral, subgluteal, and gluteal fold approaches, respectively. ロックに含まれる。膝窩アプローチはリニアプロー ブを用いて行う浅部神経ブロックであり, 圧迫止血が可能であることから必ずしも抗血栓薬の休薬を必要としない,前方アプローチおよび滕窩アプローチでは, 坐骨神経と後大腿皮神経は別々に走行しており,同時にブロックすることはできない ${ }^{13}$. 後大腿皮神経は, 仙骨神経叢の終末枝の一つであり, 純粋な感覚神経である. 坐骨神経と同様に大坐骨孔を通り,大殿筋の腹側かつ大腿方形筋の背側を通るが, 臂部で大腿二頭筋の背側を走行し, 大腿後面から膝窩, 下腿後面頭側の皮虐知覚を支配する。 Johnson らによって, 後大腿皮神経は殿溝部では大腿筋裏面を走行し, 大腿二頭筋長頭の表層を走行することがエコーでも確認されている17. 実際, われわれが行った後大腿皮神経ブロックでも殿溝部で同様のエコー像を描出 (Figure 6)できており, 日本人においても同様の走行をしていると考えられる. 今回,われわれは殿下部アプローチより約 $10 \mathrm{~cm}$程度尾側の殿溝部でプローブを大腿後面に当て (Figure 7), 坐骨神経と後大腿皮神経を別々に確認し,それぞれをブロックした。この殿溝部アプロー チでは同一視野に坐骨神経と後大腿皮神経を置き, 1 回の皮膚穿刺で 2 つの神経をブロックすることが可能であった. これにより, 大腿部後面から膝窝,下腿までの広範囲を麻酔することができた。またリ ニアプローべを用いて行い,圧迫止血も可能である ことから浅部神経ブロックと考えられた。 末梢神経ブロックにおいて,運動神経を有する神経に麻酔をする場合には, 術後長時間の運動麻痺が問題となることがある ${ }^{799)}$.末梢神経ブロックに用いる薬剤は, ロピバカインやレボブピバカインなどがあるが,静脈瘤治療においては,手術時間はおおよそ 30 分 1 時間以内のため, 持続時間が短く, 作用発現が早いリドカインが用いられることが多 $($ (7)9 14)15) . 一般的には「自律神経遮断 $\rightarrow$ 温痛感覚消失 $\rightarrow$ 触覚消失 $\rightarrow$ 圧覚消失 $\rightarrow$ 骨格筋弛緩」の順に効果を発現 ${ }^{18)}$ し, 遮断の回復は逆の順序で起こる。つまり,感覚枝のほうが低濃度で麻酔が完成するため, 薬液の濃度を下げることで, 運動神経を完全に遮断せず,感覚神経のみを遮断することが可能である ${ }^{19)}$. Yilmaz らは $0.2 \sim 0.5 \%$ に希釈したリドカイン $40 \sim 50$ $\mathrm{mg}$ を用いて坐骨神経ブロックを施行し, $97 \%$ で運 は $0.4 \%$ のリドカインを用いて坐骨神経と後大腿皮神経のブロックを行い, 感覚神経のみを遮断し, 運動神経は遮断しない麻酔が可能であり, 有用な麻酔方法であったと考えられる。 さらに低濃度のリドカイン $(0.2 \% \sim 0.25 \%)$ で大腿および閉鎖神経ブロックを行った報告 ${ }^{20}$ もあり,リドカインについての分離神経遮断についてはさらなる研究が必要であると考えられる。 ## 結論 本症例では低濃度のリドカインを用いて, 坐骨神経ブロックと後大腿皮神経ブロックを組み合わせることで, 運動神経は遮断せずに SSV 不全の治療において十分な麻酔範囲を得ることができた。下肢静脈瘤治療において,末梢神経ブロックは TLA 穿刺痛および瘤切除時の疼痛除去も兼ねた安全な麻酔法として選択肢の一つになりうると考えられた。 本症例報告の投稿に際し,学術利用に関して患者に説明し,同意を得ている。 本論文について,他者との利益相反はない. ## 文 献 1)日本静脈学会:下肢静脈瘤に対する血管内焼灼術のガイドライン 2019. 静脈学 30(Suppl): 8-38, 2019 2) Al Wahbi AM: Evaluation of pain during endovenous laser ablation of the great saphenous vein with ultrasound-guided femoral nerve block. Vasc Health Risk Manag 13: 305-309, 2017 3) Proebstle TM, Paepcke U, Weisel G et al: High ligation and stripping of the long saphenous vein using the tumescent technique for local anesthesia. 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Tokyo Women's Medical University
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# 特集 COVID-19 ## 日本と世界の疫学的視点からの現状と課題 東京女子医科大学医学部国際環境・熱帯医学講座 スギシ夕智短 (受理 2020 年 11 月 25 日) COVID-19 Pandemic Epidemiology and Challenges in Japan and the World ## Tomohiko Sugishita Department of International Affairs and Tropical Medicine, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan The coronavirus disease (COVID-19) pandemic emerged from China in December 2019 and has rapidly spread worldwide. It has led to public health emergencies, which resulted in global catastrophic social changes and economic restrictions. As of November 2, 2020, the total numbers of COVID-19 infection and death cases were over 46,000,000 and 1,200,000, respectively. However, the number of COVID-19 cases in Japan seems to be minimal compared with that in Europe and the USA. Globally, most infected and death cases occur in high- and highmiddle income countries and urban populations. This pandemic is an extraordinary event in the recent history of mankind. The impact of the pandemic has revealed new vulnerabilities in society, including globalization, urbanization, non-communicable diseases, and aging. While making efforts to achieve universal health coverage, our future depends on a lifestyle of a "new normal" with the mindset of the "whole systems approach and planetary consciousness." In this study, we performed epidemiological analysis and identified new vulnerabilities in our society, which demand innovation, cooperation, and dialogue. Keywords: COVID-19, pandemic, epidemiology, case fatality rate, universal health coverage ## はじめに 2019 年 12 月に中国の武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) は,経済のグローバル化を反映して,大量輸送時代の中で瞬く間に地球規模で拡大した。これまでは低・中所得国の課題とされていた感染症が, 医療技術やサービスの最先端 である欧米の高所得国で爆発的な感染拡大(パンデミック)を引き起こし,世界全体の経済・社会活動を停滞させた。これまでの多くの新興・再興ウイルス感染症は,すでに地球上に存在し地域に散発していた病原体が感染拡大を起こすパターンが主流であった. しかし新型コロナウイルスは,人類がこれ Corresponding Author: 杉下智彦 $\quad$ T162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学医学部国際環境・熱帯医学講座 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_29 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. COVID-19 daily new cases in the world (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 2. Figure 2. COVID-19 daily deaths cases in the world (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 2. まで経験したことのない未知のウイルスであり,それゆえに病原性, 病態,治療などが全く不明であり, その不確実性から社会的・経済的・心理的な初動の遅れや都市封鎖(ロックダウン),医療崩壊を引き起こし,世界のあらゆる場所における社会の在り方を大きく変貌させてしまっだ.本稿では,世界および日本の新型コロナウイルス感染症の疫学から見えてくる,ウイルスやパンデミックの実像と将来の展望を考察する。 世界,そして日本における新型コロナウイルス感染症の疫学 2020 年 11 月 2 日現在, 新型コロナウイルス感染者数は, 全世界で 4,600 万人, 死亡者数も 120 万人を超え,まだ第 1 波さえも収束していない状況であり,死者数も一旦低下したものの再び増加傾向にある (Figure 1, Figure 2 2). 累積患者数は, 米国の感染者数 960 万人, インド 840 万人, ブラジル 550 万人で, これら 3 か国で全世界の累積感染者の $51 \%$ を占めている3 $\left(\right.$ Figure 3) ${ }^{4}$. ウイルスの DNA 解析から, 中国で発生した新型コロナウイルスは,欧州に渡った後, 特に大西洋の往来によって伝播が起こり北米で感染が拡大. その後, 中南米やインド, ロシアなどに伝播したと考えられている (Figure 4) $)^{5}$. 経済活動の再開や世界的伝播により, 2020 年 11 月時点で, 欧州, 一部のアジアやアフリカで新規感染者数が急増しており,経済活動を再開した国々でも再び都市封鎖(ロックダウン)を発動する事態となっている (Figure 5, Figure 6) ${ }^{677)}$. 日本では, 11 月 2 日現在, 感染者数 101,813人, 死者数は 1,774 人であり, 欧米諸国と比較すると感染拡大は抑えられている。しかし感染者が初発した中国の 9 万人よりも多く, 韓国の 2 万 3 千人, ベトナムの 1,200 人であることを考えるとアジア諸国の中では比較的高いと言える ${ }^{3}$. 経時的な推移を見ると, Source: European CDC - Situation Update Worldwide - Last updated 6 November, 10:06 (London time) Figure 3. Cumulative confirmed COVID-19 cases per million people (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 4. Figure 4. The COVID-19 pandemic dissemination flow by the DNA analysis (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 5 . 死者数の多かった第 1 波を経て,経済活動の再開により第 2 波が起こり,その後の努力で収束に向かい始めている中で,冬の到来とともに,密閉空間やウイルスの生存期間の伸長などを原因とする第 3 波が懸念される状況である (Figure 7, Figure 8) ${ }^{8}$. 一般的には感染症による致死率が経時的に低下することが知られている9). 新型コロナウイルス感染症 による致死率は,2020 年 4 5 月をピークに医療崩壊を起こした国々で $15 \%$ (全年齢平均)程度の高い致死率となったが, その後は 2 3\% 台と低下して下げ止まっている (Figure 9 9) ${ }^{10}$. 日本における致死率も 2020 年 6 月をピークに同様の低下傾向を認めているが,日本における季節性のインフルエンザの致死率は $0.1 \%$ 程度であることを考えると,重症肺炎 Figure 5. Daily new confirmed COVID-19 cases per million people (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 6 . Biweekly change in confirmed COVID-19 cases, Nov 2, 2020 The biweekly growth rate on any given date measures the percentage change in the number of in Data cases over the last 14 days relative to the number in the previous 14 days. Source: European CDC - Situation Update Worldwide - Last updated 2 November, 10:06 (London time) OurWorldInData.org/coronavirus $\cdot$ CC BY Figure 6. Bi-weekly change in confirmed COVID-19 cases (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 7 . Figure 7. COVID-19 daily new cases in Japan (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 8 . Figure 8. COVID-19 daily deaths cases in Japan (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 8 . やサイトカインストーム,血液凝固系異常などを引き起こす危険なウイルス感染症であり,特に高齢者や基礎疾患を持つ人たちへの感染拡大に関して細心の注意を継続する必要がある ${ }^{11)}(\text { Figure 10 })^{10}$. 新型コロナウイルス感染症の疫学からわかる ## 社会の脆弱性 新型コロナウイルス感染症の疫学は, これまでの感染症とは全く異なる社会の脆弱性を明らかにした. 従来の感染症拡大は,低中所得国などの貧困や格差, 社会インフラ, 医療サービスや保健人材などの保健システム基盤が脆弱な場所で拡大し, 人的・社会的な被害を大きくしてきた。しかし,新型コロナウイルス感染症では高所得国で感染者数, 死者数が多く, 累積死亡数で見ると中高所得 - 中所得者が全体の $85 \%$ 以上を占めている (Figure 11) ${ }^{12}$. また大陸別の感染者数の推移を見てもアフリカやアジアでの感染拡大は非常に限定的である(Figure 12, Figure 13 ${ }^{13144}$. ただし, 検查数の少なさから過少報告ではないかと疑問が呈されているが,実際には日本より低所得の国々でも人口あたりの検査数が多い国は多数ある (Figure 14) ${ }^{15}$. アフリカ大陸における新型コロナウイルス感染症による観察致死率は $2.1 \%$ と,イタリア $(5.8 \%)$ ,世界平均 (3.3\%), 米国 (3.1\%)を下回っており, 医療資源が限られているにもかかわらず致死率が低い $(\text { Figure 9 })^{10}$. これは平均年齢が低く, 生活習慣病が少ないことに加えて, 度重なる新興・再興感染症によって社会的免疫が政府や国民にあったこと,感染拡大の初期からロックダウンを実行し,診断や治療体制を急速に整えてきたこと,過去に他のコロナウイルスに曝露され交差免疫を獲得していた可能性などが指摘されている ${ }^{16)}$. 新型コロナウイルス感染症では高齢者や基礎疾患のある患者の致死率が低いことが知られているが, Source: European CDC - Situation Update Worldwide - Last updated 2 November, 10:06 (London time) CC BY Figure 9. Case fatality rate of the ongoing COVID-19 pandemic. Adapted from reference 10. Case fatality rate of the ongoing COVID-19 pandemic The Case Fatality Rate (CFR) is the ratio between confirmed deaths and confirmed cases. During an outbreak of a pandemic the CFR is a poor measure of the mortality risk of the disease. We explain this in detail at OurWorldlnData.org/Coronavirus $1 \%$ Figure 10. Case fatality rate of the ongoing COVID-19 pandemic in Japan. Adapted from reference 10. 日本は世界で最も高齢化が進んだ国であるにもかかわらず,新型コロナウイルス感染による死亡者は他の高齢化が進んだ欧米諸国と比べても非常に少な かったと言える $\left(\right.$ Figure 15) ${ }^{17}$.これは欧米において急激な感染拡大による高度医療キャパシティの逼迫による医療崩壊が起こったため, 若年者の治療が優 may not be an accurate count of the true number of deaths from COVID-19. Figure 11. Total confirmed COVID-19 deaths by income group (as reported on November 2,2020$)$. Adapted from reference 12 . Cumulative confirmed COVID-19 cases per million vs. GDP per capita, Nov 2, 2020 The number of confirmed cases of COVID-19 is lower than the number of total cases. The main reason for this is limited testing. GDP per capita is adjusted for price differences between countries (it is expressed in international dollars). Source: European CDC - Situation Update Worldwide - Last updated 2 November, 10:06 (London time), World Bank, Our World In Data OurWorldlnData.org/coronavirus $\cdot$ CC BY Figure 12. Total confirmed COVID-19 deaths by income group (as reported on November 2,2020$)$. Adapted from reference 13. The number of confirmed cases is lower than the number of total cases. The main reason for this is limited testing. $100 \%$ Source: European CDC - Situation Update Worldwide - Last updated 2 November, 10:06 (London time) OurWorldinData. org/coronavirus $\cdot$ CC BY Figure 13. Daily confirmed COVID-19 cases by each continent (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 14. ## Total COVID-19 tests per 1,000 vs. GDP per capita GDP per capita is adjusted for price differences between countries (it is expressed in international dollars). Source: Official data collated by Our World in Data, World Bank, Our World In Data Note: Comparisons of testing data across countries are affected by differences in the way the data are reported. Details can be found at our Testing Dataset page. Figure 14. Total COVID-19 tests per 1,000 versus GDP per capita (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 15 . Figure 15. Association between the total death cases and the aging rate (as reported on May 31, 2020). Adapted from reference 17. 先され高齢者の治療を断念したことの証左と考えられ,日本では医療キャパシティを確保し,高齢者施設と急性期病院が連携して高齢者へも十分な高度治療を行っていたと考えられる ${ }^{18}$. 本稿の最後は, 新型コロナウイルス感染症パンデミックの間接的な健康への影響について見てみる.国境封鎖や都市封鎖による移動や物流の制限,所得の減少と失業の増加,社会不安からくる自殺の増加など,パンデミックの中長期的な影響は甚大であり,今後は社会・経済的な影響による死亡数の方が感染による直接的な死亡数よりも上回ると予測されている ${ }^{19}$. 感染症が流行した一定の期間の死亡数が, 過去の平均的な水準をどれだけ上回っているか示す「超過死亡」を見ると,米国においては, 2020 年 3 7 月期の超過死亡は例年と比較して全国平均で $67 \%$, ニューヨーク州では $209 \%$ も増加が認められ $た^{20}$. 欧米では医療崩壊を示唆するように 2020 年 36月を中心に超過死亡の激増を認めている(Figure 16 ${ }^{211}$ 。一方で, 日本を含む東アジアでは超過死亡の優位な増加は認められておらず,南アフリカなどでは $9 \%$ の減少となっており,マスクや手洗いの普及や外出自肃などによるインフルエンザなどの感染症の減少, 交通事故や労災による死亡, 殺人などの減少によって超過死亡が減っている可能性がある.しかしケニアなどでは病院受診を控えることに より, マラリアの検查数の減少や帝王切開率の上昇などが認められており22, 医療資源のそしい国々では引き続き中長期的な視点に立った対応が重要である. ## 新型コロナウイルス感染症の疫学から見た 未来の展望 新型コロナウイルス感染症の感染拡大の様式は,飛沫感染および接触感染を通した人の移動と接触によって起こり, 主にクラスターと呼ばれる小規模集団感染によって広がっていった.豪華客船やライブハウス, カラオケ店, 風俗店, ジムや介護施設など,都市部での密集・密接・密閉された空間でのクラスター発生が感染を拡大させたように, 経済的な効率性を追求した移動や空間の設計が感染拡大の温床となった。一方で,国境や都市封鎖によって大気污染が大幅に改善し,インド北部では $200 \mathrm{~km}$ 離れたヒマラヤ山脈が見晴らせるようになったという報道があった232. 新型コロナウイルス感染症パンデミックがもたらした社会や環境の変化は,「持続可能な開発目標 (SDGs)」を目指しながらも取り組むことができていなかった健康や環境といった根源的な課題解決を一気に推し進める壮大な社会実装であると言える. 新型コロナウイルス感染症による公衆衛生危機は,これまでのグローバル社会がいかにパンデミッ Excess mortality during COVID-19: The number of deaths from all causes compared to previous years, all ages Shown is how the number of weekly deaths in 2020 differs (as a percentage) from the average number of deaths in the same week over the previous five years (2015-2019). This metric is called the P-score. We do not show data from the most recent weeks because it is incomplete due to delays in death reporting. $\begin{array}{llllll}\text { Jan 5, } 2020 & \text { Mar } 11 & \text { Apr } 30 & \text { Jun } 19 & \text { Aug } 8 & \text { Oct } 18,2020\end{array}$ Source: Human Mortality Database (2020), UK Office for National Statistics (2020) OurWorldlnData.org/coronavirus - CC BY Note: Dates refer to the last day in each reporting week for most but not all countries. More details can be found in the Sources tab. Figure 16. Excess mortality during COVID-19 in the selected countries (as reported on November 2, 2020). Adapted from reference 21. Table 1. Conventional and new vulnerabilities in the society. クに脆弱であるかを露呈した. 従来の資本主義社会では,経済活動の主体である「人間」が世界観の中心にいた。しかし「ウイルスと共存する」社会においては, 生態系への無秩序な進出, 密集した都市の設計, 経済効率を追求した働き方がパンデミックに対して脆弱であることがわかった24).これはまさに 21 世紀の社会が直面する「新しい脆弱性」である (Table 1).しかし同時に, これまでにないスピードで科学的なエビデンスに基づきウイルスが解明され, ワクチンや治療薬の開発が進み, 社会学・経済学・行動学・政治学など医学以外の学際的知見によってパンデミックの影響による社会や経済のあらゆる側面が知見となって集積されてきている。 解決から共存へ, 分断から連帯へ, 一人称の「私」 から他者を思いやる複数形の「私たち」へ, 新型コロナウイルスによるパンデミックを経た新生活様式 (ニューノーマル)では, 時代の羅針盤は大きく方向を変えようとしている.未来社会の目標や方向性は, これまでの「人類の発展」を追求する人間中心の発展的モデルから, 持続可能な社会を目指すための分 野を越えた包括的視点(Whole Systems Approach) や地球全体を意識(Planet Consciousness)の醸成が非常に重要である.私たちは,21 世紀の社会が直面する「新しい脆弱性」に対して,パンデミックの発生を人類の歴史や地球全体のエコロジーの視点から俯瞰し,地球全体を意識したパラダイムへの変革を通して,「ウイルスと共存する」新たな生活様式を実践する歴史的な転換点に立っている. ## 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1) Lisa Baraitser, Laura Salisbury: Containment, delay, mitigation; waiting and care in the time of a pandemic. Wellcome Open Research 5: 129, 2020 2) Worldometer: Coronavirus Worldwide Graphs. https://www.worldometers.info/coronavirus/ worldwide-graphs/ (Accessed November 2, 2020) 3) https://coronavirus.jhu.edu/map.html ( Accessed November 2, 2020) 4) Our World in Data: Cumulative confirmed COVID19 cases. 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Case fatality rate. https:// ourworldindata.org/mortality-risk-covid ( Accessed November 2, 2020) 11) Joost Wiersinga, Andrew Rhodes, Allen Cheng et al: Pathophysiology, Transmission, Diagnosis, and Treatment of Coronavirus Disease 2019 (COVID19): A Review. 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PLoS One $\mathbf{1 5}$ (7): e0235654, 2020 20) Steven Woolf, Derek Chapman, Roy Sabo et al: Excess Deaths From COVID-19 and Other Causes, March-July 2020. JAMA 324 (15): 1562-1564, 2020 21) Our World in Data: Excess mortality during COVID-19: Deaths from all causes compared to previous years, all ages. P-scores. https:// ourworldindata.org/charts (Accessed November 2, 2020) 22) Duncan Shikuku, Irene Nyaoke, Sylvia Gichuru et al: Early indirect impact of COVID-19 pandemic on utilization and outcomes of reproductive, maternal, newborn, child and adolescent health services in Kenya, medRxiv. https://doi.org/10.1101/ 2020.09.09.20191247 (Accessed November 2, 2020) 23) People in India can see the Himalayas for the first time in 'decades,' as the lockdown eases air pollution. https://edition.cnn.com/travel/article/ himalayas-visible-lockdown-india-scli-intl/index. html (Accessed November 2, 2020) 24) Horton R: Offline: COVID-19 - a crisis of power. Lancet 396: 1383, 2020
tokyojoshii
cc-by-4.0
Tokyo Women's Medical University
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# 特集 COVID-19 ## SARS-CoV-2 と免疫応答 \author{ 東京女子医科大学医学部微生物学免疫学教室 \\ 加藤秀人・柳沢直子 \\ (受理 2020 年 12 月 7 日) ## COVID-19 Pandemic \\ SARS-CoV-2 and Immunological Response \\ Hidehito Kato and Naoko Yanagisawa } Department of Microbiology and Immunology, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan \begin{abstract} Viruses require host cellular machinery for protein translation and replication. Upon proliferation, virions damage the cells and are released from the infected cells prior to infecting other cells. Acute inflammation is observed when host cells are damaged by infection. Receptors for SARS-CoV-2 on cells are distributed more widely than those specific for other viruses, resulting in a wide range of symptoms such as rhinitis, pneumonia, and enteritis. Typically, RNA viruses, including SARS-CoV-2, demonstrate high frequencies of gene mutations. Antigenic modulation due to genetic mutations in the spike protein causes cytokine storms due to strong activation of the innate immune system. This is similar to the phenomenon previously observed in highly pathogenic avian influenza. The proportion of severely ill patients due to COVID-19 varies from country to country. Factors that are responsible for the severity of the disease include antibody-dependent enhancement (ADE), BCG (Bacille de Calmette et Guérin) vaccination, and HLA (Human leukocyte antigen) type. ADE and HLA types may also contribute to the protective effect during an immune reaction including vaccine response against SARS-CoV-2. \end{abstract} Keywords: spike protein, ACE2, ADE, BCG, HLA ## はじめに ウイルスは細菌とは異なり自己増殖できないため, 細胞に侵入(感染)し感染細胞の複製酵素等を利用して自身を複製し増殖する。増殖した後,細胞を傷害して細胞外に脱出し近隣の細胞に再感染したり, 唾液や糞便,血液等を媒介として他の個体に伝染したりする.増殖性が強いと細胞の障害も強くなり,これをウイルス毒性と呼ぶ。慢性感染では多く の細胞は急性の障害を受けず,ウイルス遺伝子は感染細胞の DNA に挿入されたり(プロウイルス),染色体外にエピソームとして保持されたりして,活性化刺激により再びウイルスが産生されるまで感染細胞の分裂と同調する。ヒトの遺伝子の少なくとも 8\% はプロウイルスやその残骸であると考えられている. Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) はコロナの呼称の由来となった Corresponding Author: 加藤秀人 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学医学部微生物学免疫学教室 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_2 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. 特徴的な Spike Protein の変異により抗原性が変化したため, 新型と呼ばれるが, 常識を逸脱した特殊なウイルスではなく, 生体は通常の免疫応答を行うことにより収束に向かうと考えられる。本稿では, SARS-CoV-2 の構造のみならず重症化を抑制する因子や, ワクチン開発の現状と問題点についても解説する. ## ウイルスの特徵 ウイルスは自己増殖ができない微小粒子であり,巨大ウイルスが発見1) 3) されるまでは電子顕微鏡でしか観察されないとされていた。一般的に,細菌の 0.038 1 $\mu \mathrm{m}$ であり, 網目サイズが $5 \mu \mathrm{m}$ の一般的な不織布マスクはどちらも通過してしまうといわれている. 最近の研究では, $0.1 \mu \mathrm{m}$ の SARS-CoV-2 は布マスクや不織布マスクを着用することでウイルスの吸い込み量を $20 \sim 40 \%$ 減少させることができ, N95 マスクにおいては 80 90\% まで減少させうることが分かった4. ウイルスの分類・命名機関である国際ウイルス分類委員会 (International Committee on Taxonomy of Viruses:ICTV)によると 2019 年現在, 168 の科 (families), 103 の亜科 (subfamilies), 1,421 の属 (genera), 68 の亜属 (subgenera), 6,590 の種 (species)に分類され $れ^{5}$, 一つの種には複数のタイプ(血清型)が存在する。ヒトに風邪症状を引き起こすウイルスのうち一番多いのはピコルナウイルス科 (Family Picornaviridae) のライノウイルス (Rhinovirus)であるが,その中でも 110 種類のタイプがある.一般的に,ライノウイルスやその他多くのウイルス感染の症状は軽微であり,エボラウイルス (Ebolavirus) やエイズウイルス (human immunodeficiency virus : HIV), 狂犬病ウイルス (Rabies lyssavirus) のように致死的な感染を引き起こすウイルスは, ウイルス全体からすると極わずかである。 ウイルス感染によって生じる症状は, ウイルスの感染部位(ウイルス受容体発現部位)に依存する。例えば,狂犬病ウイルスの受容体は, ニコチン型アセチルコリンレセプターであるため,神経細胞が障害されることによる神経症状 (伝達障害) であり, HIV の受容体は CD 4 分子であるため,ヘルパー T 細胞を傷害することによる免疫不全を呈する。ウイルス受容体は,種によって発現部位と発現頻度が異なるため, ウイルス感染の特徴は種特異性と組織特異性である。しかしながら, 細菌と同じように非特異的受容体を使用す るウイルスも存在する。この特徴(種特異性)のため, 実験動物感染モデルを作成するには,対象となる実験動物にヒトウイルスを数週間から数か月の間感染し続けなくてはならない馴化 (adaptation) $\}.$ SARS-CoV-2 は, in vitro ではサル腎細胞株,in vivo ではハムスターへの感染が確認されている ${ }^{6}$.ヒトと同じ感染経路と症状を呈する動物としては,アカゲザルとカニクイザル,アフリカミドリザルが知られている) ## ウイルスの分類 ウイルスは遺伝子タイプにより DNA ウイルスと RNA ウイルスに分類され,それぞれ一本鎖 (single strand:ss)と二本鎖 (double strand:ds) に分けることができる. ssRNA ウイルスは+極性を持つものと, 一極性を持つものに分けられ (Table 1 $)^{5}$, , + RNA は mRNAとして直接ウイルスタンパクを合成できるのに対し, - RNA は + RNA に転写した後でないとウイルスタンパクを合成することはできない.ウイルスは,感染細胞由来のエンベロープを持つものと持たないものに分類される。 エンベロープはウイルスが感染した細胞の細胞膜であるため, ウイルスはエンベロープの遺伝情報を持たない。ウイルス遺伝子は,カプシドと呼ばれるタンパクにより守られており,カプシドは正 20 面型(icosahedral) とらせん型(helical)に分類される. SARS-CoV-2 のカプシドはらせん型である. ## SARS-CoV-2 SARS-CoV-2 はコロナウイルス科に属するウイルスで, ICTVによりウイルス名を SARS-CoV-2, 疾患名をCOVID-19 と命名された ${ }^{10)}$ 、コロナウイルスは $\alpha, \beta, \gamma, \delta$ に分類され, $\alpha$ と $\beta$ コロナウイルスは感染者の 10~30\% に気道・腸管感染を引き起こす.一般的な風邪症状を引き起こすウイルスのうち 15〜 30\%を占め, インフルエンザウイルスが 4 位なのに対しコロナウイルスはライノウイルスに次いで 2 位である. コロナウイルス属のウイルスは感染細胞由来のエンベロープに包まれた+極性の SsRNA ウイルスである。エンベロープは主要な 3 種類の糖タンパク質 (Spike Protein, Envelope Protein, Membrane Protein)を保有し,C 型インフルエンザウイルスと同様の Hemagglutinin esterase (HE) も少数ながら存在する(Figure 1)、インフルエンザウイルスとの構成上の相違点は, ssRNA の極性と分節・非分節 (インフルエンザウイルス: - 鎖, 分節, コロナウイルス: Table 1. Taxonomy of virus ${ }^{5}$. & Capsid & \multicolumn{3}{|c|}{ Family and major diseases } \\ Virus-derived RNA dependant RNA polymerase is utilized for mRNA synthesis complementary to the genome in single-strand (-)RNA virus. Complex capsids include helical and icosahedral structures. ss, single-stranded; ds, double-stranded; CCHF, Crimea-Congo Hemorrhagic Fever; SFTS, severe fever with thrombocytopenia syndrome; JE, Japanese encephalitis; YF, Yellow fever; RS, respiratory syncytial; IG, infectious gastroenteritis; HA, HB, HE, hepatitis A, B, E; AIDS, acquired immunodeficiency syndrome; COVID-19, coronavirus disease 2019; ATL, adult T-cell leukemialymphoma; SARS, severe acute respiratory syndrome; MERS, middle east respiratory syndrome; DF, dengue fever. Figure 1. Structural diagram of SARS-CoV-2. SARS-CoV-2 is a + ssRNA virus, in which the RNA is covered with a helical capsid. The envelope derived from the infected cell consists of three major glycoproteins, namely, spike protein (S), an envelope protein (E), and membrane protein $(\mathrm{M})$, and a small number of haemagglutinin esterases (HE), similar to those observed in type $\mathrm{C}$ influenza virus. + 鎖,非分節)および構成タンパクの種類(感染細胞が異なる)である。一般的に RNA ウイルスは突然変異による塩基置換が起こりやすく,遺伝子情報は絶え間なく変化する。分節型 ssRNA と非分節型 ssRNA では,非分節型 ssRNA の方が抗原シフト (分節同士の入れ替え)による変異のない分ウイルス変異は少ないといえる.SARS-CoV-2 はコロナの呼称の由来となった特徴的な Spike Protein の変異により抗原性が変化した ${ }^{1122}$. さらに, 強力な interferon (IFN) 抑制遺伝子を持つ ${ }^{13}$ ため増殖しやすく, スペイン風邪や高病原性鳥インフルエンザ感染症と同様に自然免疫系の強力な活性化に伴うサイトカインストームが生じる ${ }^{14)} 18$ 傾向があるようだ. SARSCoV-2 は, Spike Protein と宿主細胞に発現するangiotensin converting enzyme (ACE) 2 が結合した後, 感染細胞表面の transmembrane protease/serine(TMPRSS)2の作用により細胞内に侵入する (Figure 2 $)^{1920)}$. したがって, コロナウイルスの感染 り, それらの分子は, ヒトインフルエンザウイルスの受容体およびプロテアーゼの発現が上部気道の上皮細胞に限定されるのに対し,鼻腔,気管支,肺実質,食道,回腸,大腸,前立腺,角膜の広範囲に発 Figure 2. Life cycle of the coronavirus. The spike protein binds to the ACE2 enzyme on the plasma membrane of type 2 pneumocytes and intestinal epithelial cells. After binding, the spike protein is cleaved by a host membrane serine protease, TMPRSS2, facilitating viral entry. Modified from reference 19. 現する ${ }^{22}$. そのため, 自然免疫系の活性化に伴う発熱はインフルエンザと共通であるが, 鼻炎や肺炎, 腸炎といった広範囲な症状を呈する。 ## ウイルス干渉 (interference) 一種類のウイルスに感染すると,他のウイルスには感染しづらくなるウイルス干渉と呼ばれる現象は古くから知られており,ウイルス干涉の原因究明の結果,他のウイルスの増殖を抑制する物質が発見され IFN と命名された ${ }^{23)}$. 現在の Type I IFN である. ウイルス干渉が起きる原因は, 最初のウイルス感染 による自然免疫の活性化によって産生された Type I IFN が次に感染したウイルスの増殖を抑制するほかに, 最初に感染したウイルスが, 感染細胞の増殖・転写系酵素を消費してしまうために,増殖系酵素の奪い合いが生じる可能性も考えられている. インフルエンザウイルスとコロナウイルスの競合では, + RNA と-RNA の違いにより,直接タンパク合成のできる+RNA を持つコロナウイルスが勝利すると推測されるとともに, IFN 抑制遺伝子を持つか持たないかでも勝利するウイルスは違ってくる. 近年, Figure 3. Fc-dependent antibody-dependent enhancement (ADE) hypothesis in SARSCoV-2 infection. A. Specific antibodies targeting viral surface proteins (yellow) bind to and neutralize the virus. This promotes viral entry into host phagocytes and blocks their attachment to the cell surface viral receptor. B. Interplay of the cell surface Fc receptor with the viral epitope-bound antibodies promotes viral infection of the target cells (ADE). Incomplete binding of the mutated viral ligand (green) to antibodies promotes exposure of the viral epitopes to the cell surface receptors, leading to enhanced invasion of the virus to the target cells. C. Viral infection is mediated by host cell surface receptors. Mismatched antibodies are incapable of blocking viral epitopes (pink), thereby accelerating subsequent infection. インフルエンザウイルス感染とライノウイルス感染の干渉が観察されだ ssRNA ウイルスである SARS-CoV-2 の流行も同様の干涉が起きると予想される.実際,日本では 2019 年の冬にインフルエンザは流行せず,代わりに COVID-19 が流行した。 ## 重症化を制御する因子 1. 抗体依存性感染増強 (antibody-dependent enhancement : ADE) ADE はワクチン接種後の重症化や, 別タイプ (血清型)ウイルスの 2 次感染後の重症化を説明するために立てられた仮説である ${ }^{25)}$ 27) 最初にわかりやすい例で説明する。血清型 (抗原型) が 2 種類以上存在するウイルスにおいて, 最初に 1 型ウイルスに感染し免疫が成立した後に 2 型ウイルスに感染すると重症化することが知られている.1 型ウイルスに感染し中和抗体が産生されると 2 度目に同じ 1 型ウイルスに感染しても,ウイルス抗原は中和抗体により完全に中和されるため感染は成立しない (Figure 3A)が, 2 度目に感染したウイルスが 2 型であった場合, 1 型と 2 型では抗原性が少し違うため, 中和抗体 は,2 型ウイルスを完全には中和できず, ウイルス抗原が露出してしまう (Figure 3-B). ウイルスに弱く結合した抗体は, 感染細胞の Fc 受容体に結合してウイルスと細胞を接近させるため, ウイルス抗原と細胞上のウイルス受容体が結合する頻度が,通常の感染の場合より多くなる (Figure 3-B),結果,免疫が成立した後に抗原性の少しだけ違うウイルスに感染した場合は重症化する. SARS-CoV-2 感染の際は, TMPRSS 2 がウイルスのエンベロープに作用することで細胞膜との融合 (脱殼) が生じる. 中和抗体が Spike Protein に強固に結合している場合(Figure 3-A),ウイルスが貪食されてもTMPRSS 2 は Spike Protein に作用することができず, 脱殼は生じない. それに対し変異 Spike Protein の場合は, 前述の機構(Figure 3-B)により, ACE2 と TMPRSS 2 がそれぞれ Spike Protein に作用して感染 (脱殼) が成立する。現在主流を占めている ADE 仮説の原理は, ウイルスを認識する非特異的な分子\{(leukocyte immunoglobulin (Ig) like receptor (LILR)\}や Fc 受容体から,抗ウイルス作用のある Type I IFN 抑制シグナルや, 抑制性サイトカインである inter- leukin(IL)-10 発現シグナルが伝達されるために, 抗ウイルス効果が抑制されウイルス増殖が増加するというものである. SARS-CoV-2 において, 80 種類の Spike Protein 自然変異および人工変異バリアントの抗原性を分析したところ, 中和抗体の反応性が変化していることが分かった ${ }^{28}$. 各国で変異型の夕イプが異なる ${ }^{29300}$ ことを加味すると,ADEにより重症化が異なったことが推測される. 2. Bcille de Calmmette et Guerin(BCG): 自然免疫系活性化による抑制 1990 年アフリカにおいて, 小児の結核による死亡率を低減させる目的で BCG 接種が実施されたが,結核以外にもウイルス性肺炎による死亡率をも減少させることが判明した ${ }^{311}$. これが発端となり, 2011 年に Trained Immunity 仮説が提唱され ${ }^{32}$, 多くの研究が実施された. その結果 2016 年には, BCG 接種はエピジェネティック(塩基配列の変化を伴わず継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化)により, 自然免疫系システムが侵入した異物に素早く反応することが判明し ${ }^{33}, 2018$ 年には, BCG 接種が黄熱ウイルスワクチン株による感染を抑制できることが実験的に証明されだ ${ }^{34)}$. BCG の繰り返し刺激により IL-1ßをコードするクロマチンがほどけ, 産生されやすくなっている (Trained Immunity) ことが示唆される ${ }^{35}$. IL-1 $1 \beta$ は抗ウイルス効果のある Type I IFN の産生を誘導するため ${ }^{36}$, 不特定のウイルス増殖を抑制していると推測される。これらの研究は SARS-CoV-2 パンデミック以前の研究のため, SARS-CoV-2 を対象としていないが, 近年の疫学的調査と合わせて考えると Trained Immunity による SARS-CoV-2 感染の重症化抑制の可能性は高いと思われる. BCG は生ワクチンであるため, 15 歳頃までは生体内で増殖し続け Trained Immunity 状態を保つと思われるが,それ以降 Trained Immunity 状態が継続されるかは不明である.高齢者で重症者が多いことは, BCG 接種による Trained Immunity が,高齢により無効化された結果なのかもしれない. 疫学的調查でも, BCGワクチン中の生菌数の多い日本株やロシア株をワクチンとして用いている国では, 100 万人あたりの SARS-CoV-2 による死者数が少ない傾向がみられる $37 \sim$-39. さらに「後ろ向き観察研究」 では BCG 接種率が $10 \%$ 増えると,コロナウイルス感染による死亡率が $10.4 \%$ 減少すると報告されている ${ }^{40}$. 免疫力低下执よびステロイド治療中の者を除外した「前向き臨床研究」では, 65 歳以上の $\mathrm{BCG}$ (1,331 株) 接種は安全で, ウイルスによる呼吸器感染症に対する予防効果が確認されている 411 . 一方で, BCG が日本・ロシア株かデンマーク株かは記載されていないものの, 1955 82 年は BCG 接種が実施され, 82 年以降は結核蔓延地域からの移民にのみ BCG 接種が行われているイスラエルにおいて, 1979~81 年生まれ(39〜41 歳)の 3,064 名と, 1983 85 年生まれ(35~37 歳)の 2,809 名において SARS$\mathrm{CoV}-2$ 陽性率を比較した結果, BCG 接種の効果は確認できなかったとの報告もある ${ }^{42}$. WHO は, BCG の COVID-19 重症化予防効果は十分に証明されておらず,臨床的関連性は不明だとして, COVID-19 の重症化を予防するための BCG 接種を推奨していない ${ }^{43}$. ## 3. ヒト白血球抗原(human leukocyte antigen : ## HLA):抗原提示能による制御 ウイルスが細胞に感染すると, その抗原はぺプチドに分解され抗原提示細胞の主要組織適合遺伝子複合体 (major histocompatibility complex : MHC, 七トでは HLA) に提示され, ウイルス抗原特異的細胞傷害性 T 細胞(Tc)が活性化して自己 MHC 上に抗原を提示している細胞を傷害する(MHC 拘束性). ウイルス抗原に対する $\mathrm{Tc}$ 活性の強弱は $\mathrm{MHC}$ の夕イプに依存するため, 異なる $\mathrm{MHC}$ タイプが, ウイルス感染症の重症化を左右している可能性がある. HLA-B35 を保持している HIV 感染者は, HLA-B35 拘束性 $\mathrm{T} c$ の誘導ができないため, 後天性免疫不全症候群 (acquired immunodeficiency syndrome: AIDS)発症が早いことが知られており, HLA-B35 と HIV 抗原ペプチドの相性が悪い(HLA-B35 の抗原提示力が弱い)ことを示している ${ }^{44}$. 逆に AIDS 発症が遅い患者は HLA-B57, -B27 との相関があ $る^{4546)}$. SARS-CoV の感染においても, HLA-B*4601, HLA-B* 0703 , HLA-DR B1* ${ }^{*} 1202^{47}$, HLA-Cw* H $^{*} 0801^{\text {48) }}$ など, 多数の HLA 多型が感受性と相関していることが報告されている. SARS-CoV-2 感染と HLA 感受性との相関は現在調査中で, また結果は出ていない. ## SARS-CoV-2ワクチン開発の現状と問題点 WHO によると, 2020 年 10 月 19 日現在, 臨床試験を実施しているCOVID-19 ワクチン候補は 42 種類あり, そのうち 10 種類が最終段階の phase 3 である $\left(\right.$ Table $2{ }^{49)}$. ワクチンの種類は, ウイルスベクターワクチン, RNA ワクチン, DNA ワクチン, 組み換えタンパクワクチン, 不活化ワクチンである. このうち, ウイルスベクター, RNA, DNA ワクチン Table 2. Draft landscape of COVID-19 candidate vaccines in phase 3 compiled by WHO (October 19, 2020) ${ }^{49}$. & & Type of candidate vaccine & & & \\ はウイルス感染を模倣したもので,自然免疫系も刺激すると同時に細胞性免疫を活性化する type 1 helper T cell(Th1) および液性免疫を活性化する follicular helper T cells (Tfh) も誘導できる. それに対し組み換えタンパクと不活化ワクチンは,Tfh は誘導できるが自然免疫系も Th1 も誘導しにくいため, アジュバントとともに投与する必要がある. このうち, ウイルスベクターワクチンはいずれも複製遺伝子欠損株なので, ウイルス増殖による感染細胞の細胞死は生じない,しかし,組み換えタンパクは合成されるので, Th1 の誘導も可能となり, ウイルス感染に最も近く, 効果が期待される。 アストラゼネカ社のワクチンは,ヒト血清中に抗チンパンジーアデノウイルス抗体が存在しない理由で,チンパンジー アデノウイルスを用いている50 . カンシノ社のウイルスベクターワクチンは, 生体内で抗体に排除されることの少ないヒト 5 型アデノウイルスベクター (遺伝子治療において一般的に使用されているウイルスベクター)を使用している ${ }^{51}$ 。このべクターは 2014 年にエボラワクチンとして最初に使用され, 安全性および免疫原性は中国およびシエラレオネで実 臨床試験が終了してワクチンが市販されるようになっても,前述したように HLA と抗原との相性やウイルスの抗原性の違いによる ADE の惹起により, ワクチンが効く人や効かない人, かえって増悪する人が出現する可能性を留意すべきである. ## おわりに SARS-CoV-2 は構造的にも他のコロナウイルスと差異はなく, 通常の免疫応答が惹起されることも確認されている ${ }^{52}$. ウイルスの構造と性質における詳細な研究がなされており,ワクチン実用化への期待が高まる. 開示すべき利益相反はない. $ \text { 文献 } $ 1) La Scola B, Audic S, Robert C et al: A giant virus in amoebae. 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Tokyo Women's Medical University
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# 特集 COVID-19 東京女子医科大学病院におけるCOVID-19 に対する取り組み COVID-19 Task Force チームリーダー カワ名 正敏 (受理 2021 年 1 月 9 日) COVID-19 Pandemic Approaches for COVID-19 at Tokyo Women's Medical University Hospital Masatoshi Kawana COVID-19 Task Force Team Leader } Tokyo Women's Medical University Hospital (main hospital) has been working on COVID-19 since the end of January 2020. Initially, triage was initiated at the entrance of the general outpatient center, where many patients with immunosuppressive conditions, such as post-transplant patients and those with blood disorders and collagen disease, also enter the hospital. However, at the end of February 2020, the hospital authorities detected an increasing trend in the number of patients and decided to address it as a pressing concern for the entire hospital. Thus, “Team Corona” was established as a multidisciplinary working unit composed of members from many clinical divisions and departments, under the initiative of the Department of General Medicine and the Department of Infection Prevention and Control, and various issues related to COVID-19 were discussed and further steps were taken. With the rapid increase in the number of patients since March, full-scale COVID-19 patient care commenced in our hospital, and the Diabetes Center building was renovated to create a COVID-19 ward. On April 20, the COVID-19 Task Force (COVID team) was formed. Thereafter, the outpatient center for COVID-19 was established at the former Rheumatoid Arthritis Center. From April 20 to November 14, the COVID team provided inpatient treatment to 150 COVID-19 patients. Since November, the number of COVID-19 patients has been increasing rapidly (called the third wave) in Japan, and the numbers of both COVID-19 positive cases and suspected cases have been increasing in our hospital. For this reason, the COVID team was expanded to a new medical care team, a general internal medicine (GIM) team, was formed. Currently, in cooperation with the team at the Critical Care Center, this GIM team is in charge of COVID-19 medical care in the hospital. This paper outlines the hospital's efforts against COVID-19 from the end of January to November in chronological order. Keywords: COVID-19, general internal medicine, Team Corona Corresponding Author: 川名正敏 〒₹162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学病院 kawana.masatoshi@ twmu.ac.jp doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_40 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## はじめに 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は, 11 月になって第 3 波と呼ばれる感染者数の増加を示している。東京女子医科大学病院(本院)では,2020 年 1 月末より総合外来センター入口でのトリアージに始まる様々な COVID-19 対策を実行してきた。その後の患者数増加傾向を早期に察知して 2 月末には第 1 回新型コロナウイルス感染症患者対応会議が開催され,病院全体としての取り組みが始まった。さらに総合診療科, 感染制御部を中心として, 多くの診療科・部門から招集した多職種実働部隊としての “チーム・コロナ”を発足し,COVID-19 に関する様々な課題を検討して実行に移してきた。 本院は感染症指定医療機関ではなかったが, 3 月以降に患者数が急増したことや東京都からの要請もあったことから, COVID-19 患者診療を本格的にスタートすることとなり 4 月 20 日 COVID-19 Task Force(略称 COVID チーム)が結成された. COVID-19 の診断・治療そのものについては, 他稿で詳しく述べられるので本稿では言及しない. 本稿では, 本院での COVID-19への病院としての取り組み(Figure 1)を,1 月末から 11 月まで時系列にそって概説する ${ }^{1)}$. 国内感染者確認(1 月下旬)から $ \text { チーム・コロナ始動(3 月下旬)まで } $ ## 1. 外来トリアージ開始 1 月 16 日中国・武漢への渡航歷がある男性の感染が本邦第 1 例として報告された. 1 月 28 日には武漢からチャーター機第 1 便が到着し, 2 月 3 日にはダイヤモンド・プリンセス号が帰港するなど, 当時は重症急性呼吸器症候群 (SARS:2002 2003 年),新型インフルエンザ (H1N1:2009 年), 中東呼吸器症候群(MERS:2012 年)と同様の輸入感染症としての水際作戦の重要性が叫ばれていた時期であり, いずれは収束に向かうだろうと予想(期待)もされていた頃である。しかも初期情報は中国からのみであり, メディアや SNS で様々な情報が飛び交っていた. 本院は, 移植後・膠原病・血液疾患・悪性腫瘍など免疫抑制状態の患者や重症患者が数多く通院しており, 早急に総合外来センターでCOVID-19 疑い患者の導線を分ける“トリアージのの必要があったが, 2 月初めから外来看護師と総合診療科医師の多大な努力で, トリアージとかかりつけ診療科への橋渡しが行われていた。 2. 新型コロナウイルス感染症患者対応会議および「チーム・コロナ」結成(Figure 2) その後の国内感染者が増加の一途であったため,外来トリアージ含めたCOVID-19 対策を病院として進めていく方針となり, 田邊病院長の発案で 2 月 21 日新型コロナウイルス感染症患者対応会議を発足し, 第 1 回会議が行われた. 当初は病院管理者,感染制御部, 総合診療科, 看護部, 病院事務部の义ンバーで開催され,外来センターでのトリアージから救急外来, 救命救急センターでの診療, 集中治療室・手術室での感染対策など数多くの課題が指摘さ COVID-19 陽性病棟開設$\cdot$入院診療開始 発熱外来開設 総合内科GIM 国内発生状況の推移 Figure 1. Changes in the number of patients with COVID-19 in Japan and the initiatives of the Tokyo Women's Medical University Hospital. Modified from reference 1 . Figure 2. Domestic COVID-19 epidemic timeline and approaches of our hospital (February to March). Modified from reference 1 . Table 1. Activities of "Team Corona." れた。 そこで出た課題を検討してアクション・プランを作成し実行していくために,3月 5 日多部門・多職種からなる実働部隊としての「チーム・コロナ」を結成した. 結成時メンバーは感染制御部, 感染症科,感染リンクドクターを中心とした関連診療科医師,看護部,病院事務部からの 22 名である(12月には 23 部門, 37 名).チーム・コロナのミッションは,「患者視点に立って, 安全・安心な医療の実践と高度・先進医療の提供を続けられるように, 徹底的な感染予防対策をとって院内感染を起こさないこと.」である. 3 月, 4 月はほぼ毎日ミーティングを行い, COVID-19に関するあらゆる課題を検討し,アクション・プランやマニュアルを作成して病院管理者へ提案し,全体会議で報告した(Table 1). 3. 外来トリアージと救急診療体制 外来トリアージは,様々な試行錯誤のあと総合外来センター南エントランス前にテントを設営して, COVID-19疑い症状のある患者の問診・診察を行い,かかりつけ科担当医と相談しながら PCR を含めた必要な検査を行う体制となった(Figure 3). これと同時に PCR 検查体制を急いで確立する必要があったため, 中央検査室 (三浦技師長) の尽力により, 3 月初めから多数の PCR 検査が可能になる体制が作られた。トリアージ・発熱外来患者はもちろんのこと, 救急外来からの入院患者には全例 PCR 検査を行い,休日含めて当日中に結果が得られるシステムが構築された. PCR 検查の陰性が確認されない患者は一般病室や手術室・集中治療室には入れないことを原則にして, 予定入院患者も, 入院前 1 週間以内に PCR 検査を行うシステムが作られた。 CT 検査も COVID-19 診療には久かせないため,中央放射線部の協力を得て疑い例の検査を西病棟 $\mathrm{A} 1$ 階と中央病棟 1 階 CT 室で行うためのルールが定められて運用開始となった。 並行して, 救急診療でも救命救急センター医師・ Figure 3. Outpatient triage landscape. 看護師を中心に COVID-19 対策が検討されて,救急患者は COVID-19 疑い患者であるとの認識にもとづき, PCR 陰性確認ができるまでは防護服での診療となった。中央病棟 4 階には感染症患者用の陰圧室が 2 室あるが,これに加えて個室 2 室に陰圧装置を 2 台導入して合計 4 室を陰圧室とし, 病棟全体を COVID-19 病棟 (陽性,疑い)とした。これにより重症例は救命救急センター集中治療室に, 中等症以下は中央 4 階病棟に入院する救急システムが完成した. ## 4. TWMUH モデル この頃, 海外・国内で入院後に COVID-19 が判明して院内クラスターを作る事例がいくつも報告されていたため, 入院時にどのようにスクリーニングして院内感染を防ぐかについて, チーム・コロナで繰り返し議論が行われて, 「入院の患者対応フロー 【TWMUH モデル】が作成された. その後改訂に次ぐ改訂を重ねてきたが, 11 月時点でのフローの一部を Figure 4 に示す. Figure 4 に示すとおり,予定入院(無症状)では入院 1 週間前〜前日に PCR 検査を行って陰性確認できたら一般病室に入れるが, 緊急入院で感染徴候を有する例は胸部 CT,PCR 検査を行いCOVID-19 疑い病棟(救命 ICU, 中央 4 階)陰圧室への入院として, CT 所見によっては合計 3 回 PCR 陰性確認をして隔離解除し一般病室へ移動できるルールとしている。“疑い”の間医療従事者はすべて防護服での対応になるため, フロー上どの段階でどの装備になるかが細かく設定された(Figure 5). これらの院内運用ルールは感染制御部で「職員向け COVID-19 対応マニュアル」としてまとめられ, その後も状況の変化に伴い改訂を重ねている.これを含めてCOVID-19 院内対応の周知は全体会議を含めた院内会議で行われたが, 病院職員がすぐにチェック・確認できるように,電子カルテログイン画面に COVID-19 関連資料を揭載した (Figure 6). この一連の取り組みにより,当時まだ本邦で検査数が限定的であった $3 \sim 5$ 月に 2,981 例の PCR 検査が行われ,陽性率は,(1)外来トリアージ例, (2)入院前検查 (無症状)例, (3)緊急入院例でそれぞれ $1.8 \%$, $0.01 \%, 3.7 \%$ であったが,上記 TWMUH モデルで入院フローを運用したところ,9 か月経過した 11 月時点で院内感染・クラスターは起こしていない(投稿中:呼吸器内科有村助教). 第 1 波はじまり (3 月下旬) から収束 (5 月下旬)まで 3 月下旬から米国, 欧州で患者数が急増しで2)多くの都市でロックダウンが敷かれたが (Figure 7), 本邦でも欧州発といわれる第 1 波が始まった。 3 月 24 日には東京オリンピック・パラリンピックの延期が発表され,4月7日には緊急事態宣言が発動された (Figure 8). 1. COVID-19 Task Force(COVID チーム)の発足 本院は感染症指定医療機関ではなかったが,4月初めのこのような本邦の状況に鑑み,高度先進医療をしっかり担いながら,国内での COVID-19 蔓延に対して, 本院も感染症診療の体制を早急に整える必要があると考えた。これには, 病院の感染症部門だ ## 【入院の患者対応フロー】ver5.7 Figure 4. Inpatient care flow (excerpt) [TWMUH model]. Figure 5. Personal protective equipment, PPE: equipment content and classification. Figure 6. Main hospital electronic medical record login screen: for disseminating materials related to COVID-19. Figure 7. Number of confirmed COVID-19 cases, by date of report and WHO region, December 30, 2019 through May 10, 2020. Source: https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/situation-reports/20200510 covid-19-sitrep-111.pdf?sfvrsn=1896976f_6 ## 国内COVID-19流行のタイムラインと本院の対応 3月中旬 4月末 Figure 8. Domestic COVID-19 epidemic timeline and approaches of our hospital (midMarch to April). Modified from reference 1 . けでは対応不可能で,病院全体の診療体制を,大きく変えざるを得ない状況と判断した。田邊病院長の指示のもと, COVID-19 陽性病棟と発熱外来センターを開設するために院内各科・部門で集中的な検討を行い, 糖尿病センター 4 階, 5 階病棟を COVID19 病棟とすること, 発熱外来センターを旧膠原病リウマチ痛風センターに開設することを決定した. 4 月 20 日 COVID-19診療を担当するCOVID-19 Task Force (COVID チーム) が発足した. そして 4 月 23 日糖尿病センター 4 階, 5 階に COVID- 19 病棟がオープンして本格的に診療が開始された(Figure 9). 糖尿病センターには, 4 階, 5 階病棟に加えて医局や教授室, 会議室, 各種検查室, 看護部があったが, このような決定に基づきすべて他の場所に移動をお願いすることになり,皆さんはとても大変な思いをされたと伺っている。 また,院内各科・各部門から医師・看護師を集めて感染症病棟で診療を行うのは, 病院としても全く新しい試みになる。世界中でCOVID-19 という疾患自体もよくわかっておらず,診断・治療も手探りの状態での診療になるが,まずは診療チームを結成してCOVID-19 診療を開始して, 院内各部署と蜜に連携をとりながら,新しい情報に基づいて適宜修正していくことになった. COVIDチームへは内科各科から医師 20 名を招集した。 4 月 20 日スタートの記念すべきチームは,循環器内科 4 名, 糖尿病 - 代謝内科 4 名, 腎臟内科 3 名, 脳神経内科 2 名, 消化器内科 2 名, 高血圧 - 内分泌内科 2 名, 膠原病リウマチ内科 1 名, 呼吸器内科 2 名, 合計 20 名のメンバーが招集され, サブリー ダーを呼吸器内科有村助教,チームリーダーを川名という布陣になった。まさに各内科からの派遣医師による内科横断的な診療チームであり, 当院での初めての試みとなった。 これに感染症科菊池教授と総合診療科坂間助教と安田後期研修医がコアメンバーとして加わって, COVID-19 という未知のウイルス感染症に対する診療チームの活動が開始した。COVIDチームは COVID-19 中等症・軽症が対象であり, 重症例はこれまでどおり救命救急センターICU での診療とし た. COVID-19 は発症後 1 週間以内に急激に呼吸状態が悪化することがあるため, 常に救命救急センター医師と情報共有しながら管理を行った。 看護部も大きなチーム変更を行った.その前から外来トリアージと COVID-19 疑い病棟である中央 4 階へは各病棟から看護師が派遣されてチームを形成していたが,新設されたCOVID-19病棟にも糖尿病センターの看護師に加えて各病棟から看護師が入ってチームが形成された。 この他, 神経精神科西村教授, 赤穂臨床教授はじめスタッフの方々のご協力で“コロナリエゾン活動” がスタートした。リエゾン・チームには,隔離病棟へ急に入院となった患者のメンタルケアで大変お世話になっているばかりでなく, COVID-19診療にあたる医療従事者のメンタル・コンサルテーションも行っている. このような多様性に富んだ COVID チームなので, 職種を超えての情報共有はしっかり行ってきた。朝夕のブリーフィング・デブリーフィング(サインアウト)では,チーム医師,感染症科医師,リエゾン, 看護師, 薬剤師による情報共有を毎日行ってきた。またチームがスタートした $4 \sim 5$ 月はまだまだ SARS-Cov-2 や COVID-19 に関する確かな情報が少なく,世界中で試行錯誤をしながらの対応だったため, 適宜「COVID チームセミナー」を開催して,新しい知見や米国の教育病院 (Massachusetts General Hospital $^{3}$, Brigham and Women's Hospital ${ }^{4}$ など)の Figure 9. COVID-19-positive patients' ward. 最新診療プロトコールを共有して,当院のプロトコールをアップデートしていった. ## 2. 発熱外来センター 一方, 総合外来センター南エントランス前と一部西病棟 A1 階を使用していたトリアージ・COVID 疑い外来は, 旧膠原病リウマチ痛風センターを改装して発熱外来センターとして 5 月 18 日にオープンした (Figure 10, 11). 総合外来センター南エントランスで自覚症状の申し出があると, トリアージ・ナースが簡単な問診を行い, COVIDチームのトリアージ医師に連絡する。 トリアージ医師はかかりつけ科医師と相談しながら,原則として発熱外来センターへ誘導して,そちらで COVID-19 疑いとして診察と PCR を含めた必要な検査を受けてその後の対応を決定する。この発熱外来センターには診察室-看護師詰め所-PCR 検体採取室側に陰圧装置が装備され,患者は玄関から入るとすぐに診察室に案内されてそちらで待機, 診察・検査が終わるとそのまま帰宅する導線をとっており,防護服での診療は負荷がかかるものではあるが職員の安全を重視した運用になっている. 第 2 波(6 月上旬)から第 3 波(現在)まで 1. オール女子医大病院での取り組み このようにして本院でスタートした COVID-19 診療であるが,これには,COVID チームで診療する内科各科や救命救急センターだけでなく, 院内各科・部門の協力が不可欠で,これにより院内全体で取り組む体制になった(Figure 12)。 Figure 10. Triage area and Fever Outpatient Center. Figure 11. Fever Outpatient Center sketch. COVID チームや救急診療に関連する診療科以外の, 外科系を含めたすべての診療科には PCR 検査や外来トリアージの担当を依頼したが,この間に中央検査部の迅速かつ多数の PCR 検査体制確立と実施は特筆すべきものがあった。 臨床工学部は呼吸用防護具(電動ファン付きマスク)の管理や陽性病棟での血液透析, 画像診断部には迅速 CT 撮影と読影, 薬剤部には抗ウイルス薬の適応外使用含めた薬剤管理と情報提供で貢献してもらっている。 COVID チームは, 内科各科からのメンバーによる混成チームなので, COVID-19 以外の様々な病態についても,多くの場合チーム内に専門家がいるのでコミュニケーションがスムーズで迅速に対応することが可能になった.実際 7 月に 2 型糖尿病,末期腎不全/血液透析中, 陳旧性心筋梗塞の方が COVID19 肺炎で入院した際に, 上部消化管出血で緊急内視鏡を施行することになった時にも,消化器・糖尿病・腎臓・循環器内科からのチームメンバーが協力しあい,必要があれば自科スタッフに連絡をとるという形で,陽性病棟での検査をスムーズに行うことができた. 8 月に潰瘍性大腸炎で治療が難啮している例が COVID-19 で入院となった際にも,潰瘍性大腸炎に対する免疫抑制療法が感染症で困難なため顆粒球吸着療法 (GCAP) を選択したが,これもチーム内の消化器・腎藏内科メンバーの連携で陽性病棟にて複数回の治療を行い,症状軽快して退院にもっていくことができた. いずれのケースも症例報告として論文投稿中である. 小览の COVID-19診療も当院の課題のひとつであった。小児科ではこの診療体制を早くから作っていただいており,8月に 1 歳女児が入院した際には小览科の先生が COVID チームに入って退院まで一緒に診療にあたっている。 産科領域も多くの問題点を含んでいる。こちらも産婦人科でCOVID-19 対応について慎重に検討していただいて入院・分娩にかかわる詳細なフローが作成された. 7 月上旬には COVID-19 陽性患者が救急外来で分婏という極めて特殊な事態が発生したが, COVID チームと産科, 救命救急センターの協力のもと母子ともに迅速かつ適切に感染対策をとりながら処置を行い無事に退院まで持っていくことができた. 本例の経緯は症例報告として投稿中である. ## 2. 第 1 波収束後の経過と当院 COVID-19 入院患 ## 者のまとめ COVIDチーム開設後,第 1 波の収束とともに一時期陽性患者数が減少したが,7月初めより新宿・歌舞伎町での感染者数増加にともない再び患者数が増加した (Figure 1).しかし当時は若年者の軽症例が多く,COVIDチームがスタートして3か月を経過して COVID-19診療の経験值もだいぶ上がってきて効率的に診療を行えるようになってきたことから,チームを 20 名から徐々に減らしていき, 7 月下旬以降は 10 名のチームとして COVID-19 陽性患者の診療を担当することになった。 4 月 20 日の COVIDチーム開設から 11 月 19 日までの当院 COVID-19 入院患者のまとめを Figure 13 に示す. 合計 150 名の患者を陽性病棟および救命救急センターICU に収容した。男女比はほぼ $2: 1$ であり,この時点までは $20 \sim 40$ 歳が多いが 11 月に入り 50 歳代以降が増加傾向にある. 死亡は 2 例で, いずれも高齢で重症呼吸不全を呈したが人工呼吸器を含む侵襲的治療を希望されなかったため病棟で亡 ## COVID診療はオール女子医大病院で行っている. Figure 12. COVID treatment is conducted at All Women's Medical University Hospital. Figure 13. Summary of COVID-19 patients. くなられた。 3. 第 3 波を迎えて一総合内科 GIM チームの創設国内全体では,第 2 波は 8 月上旬にピークを迎えてその後患者数は減少に転じたが,第 1 波と違って収束には至らず,一定数の新規患者発生が続くうちに 11 月より第 3 波と思われる新規患者数増加がみられるようになった(Figure 1)。 本院でも,秋冬にかけて陽性患者の増加が考えられること, これに加えて様々な基礎疾患をもつ COVID-19 疑い患者が増加することも予想されたため, COVID-19 診療を含めた内科系の診療体制の再検討を行った. その結果, 10 月時点では 10 名となっていたCOVIDチームを再び拡充して総合内科 GIM(General Internal Medicine)チームを作り, COVID-19 陽性患者の診療に加えて,疑い例としての緊急・予定外入院の診療を行うこととした. 11 月 16 日より総合内科 GIM がスタートした。内科各科から 13 名のメンバーと 2 3 名の指導医(アテンディング・ドクター)からなるチームである. COVID チーム同様, 内科の横断的診療チームとして COVID 患者含めて主に緊急・予定外入院患者の診療を担当している. チームメンバーは各内科の若手助教・後期研修医からなっているため, 様々な領域の患者に対して,アテンディングの指導のもとチーム内でそれぞれの得意分野を活かしながら一緒に診療するシステムが出来てきている. 高齢化にともない患者が複数の問題を抱えて入院することが多くなってくることを考えると,高度先進医療を実践する大学病院でも,このような GIM チームへのニーズは今後ますます高まってくる。また, GIM では内科の広い領域について専門家の指導 のもとで学べるため, 臨床実習や初期臨床研修など,教育面でも中心的役割を果たしていく部門であると考える。 ## まとめ 新型コロナウイルス感染症に対する 2 11 月までの本院の取り組みについて概説した。未知のウイルスという新しい脅威に対して, 当初は様々な不安や混乱が院内にみられたが,早くから病院全体として取り組むことを決定して診療科・部門や職種を超えてチームを形成したことにより,初めてのことが多い中で柔軟かつ生産的なチームワークが発揮された. 今後もこのような横断的組織を磨き上げて,新たな病院の課題に取り組んでいくことが肝要と考える. ## 謝辞 本稿を執筆するにあたり, 2020 年 3 月以来院内体制の構築に多大なご協力をいただいた院内各科, 各部門の皆様に深謝します。貴重な院内写真, 感染制御に関する資料をご提供いただいた感染制御部に感謝します. 開示すべき利益相反はありません. ## 文 献 1)厚生労働省ホームページ:国内の発生状況など. https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/ kokunainohasseijoukyou.html (Accessed December 25,2020 ) 2) Johns Hopkins Coronavirus Resource Center: https://coronavirus.jhu.edu/ (Accessed December $25,2020)$ 3) Massachusetts General Hospital COVID-19 Treatment Guidance. https://www.massgeneral.org/ assets/MGH/pdf/news/coronavirus/mass-generalCOVID-19-treatment-guidance.pdf ( Accessed December 25, 2020) 4) Brigham and Women's Hospital COVID-19 Clinical Guidelines. https://covidprotocols.org/ ( Accessed December 25, 2020)
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Tokyo Women's Medical University
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# 特集 COVID-19 ## COVID-19 の感染予防と感染制御 東京女子医科大学感染制御科 満田箇等旣 (受理 2020 年 12 月 4 日) COVID-19 Pandemic Infection Prevention and Control of COVID-19 ## Toshihiro Mitsuda Department of Infection Prevention and Control, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Based on the findings obtained so far, this article explains the infection prevention and control for COVID-19, an infectious disease caused by the novel coronavirus (SARS-CoV-2) that originated in Wuhan City, Hubei Province, central China at the end of 2019. To prevent COVID-19 infection, it is important to thoroughly implement dropletand contact prevention measures. COVID-19 patients are infectious even before the onset of illness, and it is difficult to completely prevent transmission by symptom-based infection prevention measures. In addition to hand hygiene, universal masking and constant eye protection during work are required to prevent occupational infection in healthcare workers. While performing medical procedures that generate aerosols such as tracheal intubation and upper gastrointestinal endoscopy, we need to pay attention to indoor ventilation and respiratory protection using either N95 respirators or powered air-purifying respirators (PAPRs). In the COVID-19 molecular diagnosis by polymerase chain reaction (PCR), the number of days after exposure should be taken into consideration. During the seasonal influenza epidemic, it is necessary to recognize the timing difference between onset and fever. We also need to provide medical care to cases, including cases of combined influenza and COVID-19 infections. Keywords: COVID-19, SARS-CoV-2, PCR, droplet-borne transmission, respiratory protection ## はじめに 2019 年末に中国中部の湖北省武漢市に端を発した新型コロナウイルスによる感染症名は, 2 月 11 日に世界保健機関(WHO)により『COVID-19』 (COVID-19の「CO」は「corona」/「VI」は「virus」/「D」は「disease」の意味)(以下 COVID-19),原因ウ イルスは『SARS-CoV-2』と命名された (以下 SARSCoV-2). 約 60 種が確認されているコロナウイルスのうち人間に感染するのは, SARS-CoV-2を含めて7つある. 従来よりコロナウイルスによる感染症は『鼻風邪』として, 症状が軽く経過し治癒する疾患として Corresponding Author: 満田年宏 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学感染制御科 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_52 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Table 1. Transmission routes of COVID-19. 認識されていた. SARS-CoV-2 は 2002 年に発生した SARS コロナウイルス (SARS-CoV),2012 年に発生 Lた MERS コロナウイルス (MERS-CoV) とはウイルス学的系統樹は近いがその病原性や臨床経過には差がある (COVID-19 の概要や診療面に関しては厚生労働省が発行している資料に詳しい) ${ }^{11}$. 本稿では, これまでに得られた知見を踏まえて,COVID-19の感染予防と感染制御について解説する。 ## 伝播経路 COVID-19 の1)45\% は(無症候性感染者は含まない) 症状が出る前の感染者から, (2)40\%は罹病期 (有症状期)の患者から, (3) $5 \%$ は無症候性感染者から,(4)10\% は環境から伝播し感染すると考えられている2). SARS-CoV-2 は感染者の鼻腔咽頭粘膜, 唓液,気管痰, 便などから検出される. Table 1 に主要な COVID-19 の伝播経路を示す. COVID-19 の伝播経路は, 飛沫伝播経路がメインで接触伝播経路がこれに次ぐと考えられている。咳嗽や患者の口・鼻を操作しエアロゾルを発生させる処置行為などにより発生する大量のエアロゾルによる伝播ルートがクローズアップされている. エアロゾルを介した空気伝播経路 (air-borne transmission route)については, 従来の伝播経路分類の範疇に関して論争が起こっており, 科学的な検証を待つ必要がある。飛沫伝播経路(droplet-borne transmission route)は,会話や咳嗽の際に発生する飛沫中の病原体による伝播である。接触伝播経路には, (1)ヒトーヒ卜間の直接接触伝播経路(direct-contact transmission route)と介在物を介した(2)二次接触伝播経路 (indirect- or formite-mediated transmission route):感染者が触れた器物を間接的に触れることにより発症する(接触した手が口・鼻の粘膜におよび気道に侵入し感染が成立する)がある. 2020 年 3 月 1 日, 厚生労働省は新型コロナウイルスの感染拡大の予防策として「新型コロナウイルスの集団感染を防ぐために」を公表しだ³).この政府主導の専門家会議の提案する対策につながるいわゆる『三密』の解消は, (1)『密閉』空間(換気の悪い密閉空間である:大量に発生したエアロゾルにより感染し易い), (2『密集』場所(多くの人が密集している:飛沫感染し易い), (3)『密接』場面(互いに手を伸ばしたら届く距離での会話や発声が行われる:接触感染し易い)という 3 つの条件はこれらの伝播経路をわかりやすく市民に紹介する手段と考えて良い. 1994 年に米国疾病制御了防センター (CDC) が公開した『隔離予防策のためのガイドライン』では,飛沫と飛沫核に分けて飛沫感染と飛沫核感染を区別している. 2007 年に改訂された同ガイドラインにおいては, 空気感染について Roy と Milton の分類を紹介し, その頻度により, (1)日和見的経路 (opportunistic airborne transmission) : < 例 >天然痘 SARS・インフルエンザ・ノロウイルス等, (2)優先的経路 (preferential airborne transmission): $<$ 例 $>$ 麻疹 - 水痘, (3)絶対的経路 (obligate airborne transmission):<例>結核など,に区分することを提案している ${ }^{4}$. 伝播の状況からすると COVID-19 は,日和見的経路と優先的経路の間くらいの頻度で発生している可能性が高い.しかし, WHO も CDC もこれまで空気感染性』については否定的であり,あくまで『エアロゾル感染性』あるいは『マイクロ飛沫感染性』の可能性について述べている 5 . 『エアロゾル』は, 空気中に浮遊する直径 $0.001 \mu \mathrm{m} \sim 100 \mu \mathrm{m}$ の粒子と定義される. 飛沫感染の『飛沫』は CDC の隔離予防策のためのガイドライン (1994) により, 直径 $5 \mu \mathrm{m}$ 以上の大きさのものと定義されている. 新型コロナウィルスは, 直径 $5 \mu \mathrm{m}$ 以下のエアロゾル中にも存在し,中でも直径 $2 \sim 3 \mu \mathrm{m}$ 以下のエアロゾルは, 軽いためにすぐには地面に落下せず条件によっては数時間もの間空気中を漂い続けることが観察されている. 特定の条件が揃わないとヒトーヒト伝播は成立しない.患者の鼻炎症状や咳嫩症状が強い場合, エアロゾルを発生させるような処置行為を行った場合には大量のエアロゾルが発生し, 周囲のヒトへの感染のリスクは飛躍的に高くなる ${ }^{6}$. ## COVID-19 患者の感染伝播に関わる 臨床ウイルス学的特徵 (Figure 1) 1. インフルエンザとの臨床的特徵の違いと鑑別診断 季節性インフルエンザ流行期における COVID-19 の診断には,重複感染のリスクもあることを前提に診療にあたる必要がある,季節性インフルエンザの Figure 1. Clinical course of COVID-19 (left) and seasonal influenza (right). } & & \multicolumn{8}{|c|}{} \\ \cline { 2 - 11 } & -5 & -4 & -3 & -2 & -1 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & 6 & 7 & 8 & 9 & 10 \\ Figure 2. Infectious period of COVID-19 (upper) and seasonal influenza (lower). 場合は, 発熱症状を来した前日から周囲のヒトに伝播し始めるが発症当日のほうが伝播のリスクが高い.一方 COVID-19 では発症の 2 日前(報告によっては 4 日前)から周囲のヒトに伝播し始めることが判明しており,接触者対策の適用範囲が広範囲となり感染対策の実施を困難なものにしている. Figure 2 には, COVID-19 (軽症の場合) と季節性インフルエンザの感染可能期間早見表を示す. 季節性インフルエンザのヒトーヒト感染は発症の前日から始まり発症後 48 時間までに体内のウイルス増殖がピークを迎え,この時期に最も伝播し易い. COVID-19 では発症 2 日前からヒトーヒト感染伝播する(発症 4 日前の患者から伝播した事例も報告されている). 接触者調査を行う場合には発症日を起点としてその 2 日前から患者が隔離されるまでの間のヒトを対象に接触者リストを作成する。発熱直後に季節性インフルエンザの免疫クロマトグラフ法検查を実施した場合は, ウイルス量が十分でなく偽陰性になる可能性が高いので 16 24 時間をめどに再度実施し偽陰性例を検証する (発熱後 48 時間以降は抗 インフルエンザ薬の治療効果が減弱することに留意する)。 2. 無症候性感染者(無症状病原体保有者)とスー パー・スプレッダー COVID-19では, 新規感染のうちの $80 \%$ はウイルス保有者全体のわずか $20 \%$ 以下によって発生していると推計されている(この中には,いわゆるスー パー・スプレッダー [超感染性者, super spreader] も含まれる $)^{7}$. 一方で COVID-19患者の中には, 全く症状のない無症候性感染者が存在する. クルーズ船ダイアモンドプリンセス号の疫学調査では $17.9 \%$ (95\% 信頼区間:CI 15.5-20.2\%) が無症候性感染者であっだ.またSARS-CoV-2 についてスクリーニングされその後追跡された 7 つの研究では, $31 \%$ ( $95 \%$ CI 26-37\%,予測区間 24-38\%)が無症候性のままであったと報告されている9). ## SARS-CoV-2 の検査診断 ## 1. 遺伝子検査法の確立 COVID-19 の検查診断法は, 遺伝子増幅検査から臨床導入された. 病原体である SARS-CoV-2 の発見 & $\mathbf{1}$ & 2 & 3 & 4 & $\mathbf{5}$ & $\mathbf{6}$ & $\mathbf{7}$ & $\mathbf{8}$ & 9 & 10 \\ Figure 3. Onset period of COVID-19 patients (upper) and PCR false negative rate of COVID-19 patients after exposure (lower). 後, 世界中の研究機関により速やかにウイルスの全塩基配列が決定され世界規模でその情報が共有された. SARS-CoV-2 遺伝子情報をもとに設計されたプライマーを使用した逆転写 DNA ポリメラーゼ連鎖反応 (reverse transcription polymerase chain reaction:RT-PCR 法)による遺伝子増幅法が世界規模で急速に普及した。 ## 2. 検査検体の多様化 当初はマイクロファイバーを有する検体採取用スワッブを用いて鼻咽頭部位から採取された検体を用いて検査を行っていたが,唾液検体でも同様にウイルス遺伝子を検出可能なことが報告され我が国でも導入されるに至っている。 ## 3. ウイルス遺伝子変異への留意 1,825 検体の SARS-CoV- 2 遺伝子塩基配列を調べたところ, 1 塩基以上の突然変異は $79 \%$ に起こっており 3 塩基置換を起こしたウイルス株も $14 \%$ 見つかっている。一方でWHOによって公開されているプライマーやプローブが結合する部位の 33 個の才リゴヌクレオチドの塩基配列のうち, 26 か所 (79\%) で 1 塩基以上の突然変異が見つかっている. COVID-19 のための PCR 検査用に設計されたプライマーの 1 つは,既に $14 \%$ の患者を検出できなくなったことが示唆されている ${ }^{10}$. 今後, SARS-CoV2 を漏れなく検出するためには,PCR 検查に使用する配列を継続的に最適化していく必要があるかもしれない。 ## 4. SARS-CoV-2 抗原や抗 SARS-CoV-2 抗体を 検出する体外診断薬の登場 遺伝子検査に加之, SARS-CoV-2 抗原や抗 SARS$\mathrm{CoV}-2$ 抗体を検出する体外診断薬が登場している.臨床現場即時検査 (point of care testing:POCT) 試薬としてウイルス抗原や抗ウイルス抗体を免疫クロマトグラフ法で測定する試薬から大型の分析装置にかけ免疫化学発光法などで検出する試薬も登場して いる. 遺伝子検査同様に抗原や抗体検査においても偽陽性や偽陰性について常に考慮する必要がある。抗 SARS-CoV-2 抗体については,罹患していても抗体産生が極端に少ないヒトから大量の抗体が検出されるヒトまで様々であることが判明している。厚生労働省では検査マニュアルを整備し公開しており,各検査法の健康保険診療上の適応範囲を定めている $^{11}$. ## SARS-CoV-2 に感染した場合の PCR によるウイルス検出可能期間 Figure 3 には COVID-19 患者に曝露後の日数と発症可能期間 (上段),ならびに患者と曝露後の日数 (日)別の PCR 検査偽陰性率を示す(下段).SARSCoV-2 に感染した場合, 発症 4 日前で PCR の結果は $35 \%$ 陽性,発症 5 日前になるとゼロと報告されている ${ }^{12)}$. 実際アウトブレイク事例調査の疫学解析でもヒトーヒト伝播した事例はおおむね発症の 2 日前からに過ぎず, SARS-CoV-2 に感染者の PCR 検査の結果ともかみ合う(希に 3 4 日前の事例が報告されている).一方で発症者のウイルス排出量は発症前日〜発症翌日の 3 日間にピークがある。 発症者からの臨床検体でウイルス分離を試みると, 発症 9 日目以降に採取した臨床検体からのウイルス分離例がないことから,たとえPCRでSARS$\mathrm{CoV}-2$ が検出されたとしても生物活性のあるウイルスが分離されている訳ではなくウイルスの残骸の中の遺伝子片を増幅して検出しているに過ぎないと考えられている ${ }^{13}$.つまり, (1)発症前日から発症から数日以内の検体からウイルスが分離されることが多い,(2)PCR 陰性確認時の検体については発症から 9 日以内の検体の一部からウイルスが分離されたが発症 10 日以降はすべて分離陰性,(3)発症から 10 日経過すると周囲への感染性は極めて低くなるものと考えられている ${ }^{14}$. Cheng らは, 100 人の確定患者とその濃厚接触者 2,761 人(うち 22 人が後に COVID-19を発症)について調查した ${ }^{15}$. その結果, 濃厚接触者のうち発症したのは発症前または発症から5 日以内の確定患者と接触した人だけだった.発症から 6 日以降に確定患者と接触した人のうち SARS-CoV-2に感染した人はいなかったと報告している。こうした疫学調查の積み上げやウイルス学的な検討の結果を踏まえて, WHO は COVID-19 患者の退院基準をそれまでの発症から 14 日までから症状が出てから 10 日間が経過すれば退院を認めるとした ${ }^{16}$. これを踏まえて, 2020 年 6 月 12 日, 厚生労働省は症状が出てから 10 日間が経過すれば退院を許可するとした.症状がない感染者の退院基準についても, 感染を確認した PCR の検体を採取した日から 6 日間が経過し 24 時間以上の間隔を空けて 2 回の PCR で連続陰性が確認できた場合も退院を認めるとした17). ## 咳エチケットと呼吸器防護から COVID-19 感染予防のための普遍的呼吸器防護策へ COVID-19 患者は無症候性であっても周囲に感染伝播するリスクがある. パンデミック期においては,感染予防のための『咳エチケットと呼吸器防護』の 考え方をさらに進化させた予防策としての『普遍的呼吸器防護策(ユニバーサルマスキング universal masking)』が必要となった ${ }^{18}$. マスクなしの SARS$\mathrm{CoV}-2$ キャリア対マスクをした健常者の場合の感染率は 70\%,マスクをしたCOVID-19 キャリア対マス クなしの健常者の感染率は $5 \%$, マスクをした COVID-19 キャリア対マスクをした健常者の感染率 は $1.5 \%$ と大きく異なる. ## 個人防護具装着による業務上の感染予防策 ## 1. COVID-19 感染予防と個人防護具 パンデミック期においては,たとえ職場の同僚であっても SARS-CoV-2 に感染するリスクがあるため, 外来・入院業務に関わらず最低限サージカルマスクとゴーグル装着による眼の保護と手指衛生の徹底を遵守する必要がある.疑い患者を介助するなど直接触れる場合には,患者にマスクを装着してもらい,医療従事者はサージカルマスクとゴーグル装着に加えて使い捨てガウンや手袋装着を行う.同居家族や付添人も SARS-CoV-2 に感染している可能性があるため患者と同じように対応する ${ }^{19}$. ## 2. 呼吸器防護具の使い分け 医療従事者が利用可能な呼吸器防護具には, (1) サージカルマスク (surgical mask), (2)N95 タイプの微粒子ろ過マスク(N95 particular respirator), (3)電動ファン付き呼吸用保護具 (powered air-purifying respirator:PAPR)の 3 種類ある. 健常者が SARS$\mathrm{CoV}-2$ キャリアの正面からの飛沫予防を行う場合や, SARS-CoV-2 キャリア\&COVID-19 発症者にはサージカルマスクを使用する. 至近距離や密着性が高い,あるいは狭い換気の悪い空間でSARS-CoV-2 キャリア\&COVID-19 発症者の対応を行う場合には N95 ならびに N95 相当の微粒子ろ過マスクを用いる. 気管插管や鼻咽頭からの PCR 検体採取, 内視鏡処置, 歯科口腔外科処置, 耳鼻咽喉科処置, 産科内診・分婏処置などエアロゾルを発生させるようなハイリスク処置時の呼吸器防護にはフェイスシールドとゴーグルに半面形の PAPRを装着するか全面形の PAPR を用いることが望ましい20). ## 手指衛生 SARS-CoV-2 は脂質の膜に囲まれたRNA ウイルスであり, 消毒薬の抵抗性は低い,日常業務で使用しているアルコール系手指衛生剤による擦式消毒でも,水とせっけんを使用した流水手洗いでも良 $い^{20211)}$. ## 環境面での飛沫ならびに空気予防策 呼吸器防護具や眼の保護に加えて, 空調設備などでのエアロゾル対策を講ずることで感染のリスクを遥かに低減することができる。 エアロゾル発生処置を行う環境や患者入院環境においては, 中立前室を備えた差圧 $-2.5 \mathrm{~Pa}$ 以上で 1 時間あたりの換気回数 (air changes per hour : ACH) が 12 回以上の陰圧室が望ましい.時間換気回数 $12 \mathrm{ACH}$ で差圧 $-2.5 \mathrm{~Pa}$ の陰圧室が準備できない場合には,できるだけ広い環境を用意し, 温度差換気や 2 方向互い違いの配置にした送気・排気ルートを確保した上でサーキュレーターと扇風機を活用して直進的な送風と対角線状の排気処置を行うと効率よく強制換気が可能となる. ## 環境表面でのウイルス活性の持続期間と消毒方法 ウイルスが不活化されるまでに銅では 4 時間,段ボールでは 24 時間, プラスチックとステンレス鋼では 3 日間を要する。これらのウイルス活性の持続は環境表面の温度, 湿度, 有機物の付着, 水分の有無などで大きく変動するので注意が必要である. SARS-CoV-2 は, 環境からの接触感染による伝播様式が知られており手すりやドアノブ, PCやタブレット端末などの高頻度接触表面 (high touch surfaces)の環境表面の消毒が重要である ${ }^{22)}$.わが国では厚生労働省が推奨するアルコール系ならびに塩素系 消毒薬のほか,独立行政法人製品評価技術基盤機構 (NITE) から SARS-CoV-2 に有効な界面活性剤が公表されている ${ }^{23}$. 化学的消毒として 70~80\% 消毒用エタノール, $0.05 \sim 0.1 \%$ 次亜塩素酸ナトリウム,物理的消毒としてウォッシャーデイスインフェクター や紫外線照射(パルスド・キセノン照射,水銀ランプ,LED ランプ)が効果的である ${ }^{24}$. ## 医療従事者の曝露後の対応 医療従事者の COVID-19 患者への不用意な曝露状況発生後のリスク評価と対応では,(1)相互に最低限サージカルマスク装着と医療従事者が眼の保護をしていたか,(2)患者の体に触れたか,(3)15 分以上, (4) $2 \mathrm{~m}$ 以内で接したか, (5)部屋の換気状態, (6)エアロゾル発生処置があったかが 14 日間の就業制限が必要かの判断基準となる. 眼結膜に飛沫を曝露すると結膜に付着したSARS-CoV-2 が鼻涙管を経て鼻咽頭に降下し粘膜感染すると考えられているためである $^{20211}$. COVID-19 患者と曝露後 14 日以内に症状が出現した場合は,PCR 検査を実施する。結果が陰性であれば 14 日間は自宅待機後に就業可とするが, 陽性の場合は国の指針に従い療養を行い退院の基準を満たした場合には就業可とする,無症状で経過する場合には,COVID-19 患者から 5〜7 日目に PCR 検查を行い, 陰性であれば曝露後 14 日目に再検査を行いどちらも陰性確認できれば復職可能とするなどの実務レベルでの運用が行われる. ## 国内の医療関連感染による ## クラスターの発生事例から学ぶ感染予防策 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部クラスター対策班接触者追跡チームの報告によると, 5 月 20 日までに計 262 事例 (うち医療機関 93 事例,高齢者福祉施設 41 事例, 障害者福祉施設 9 事例) のクラスターが国内で認められたと報告している。医療機関事例の感染拡大助長の要因としては, (1)基本的な手指衛生の不徹底, (2)不十分あるいは不適切な個人防護具 (PPE) の使用, (3)COVID-19 が疑われていない場合の不十分な標準予防策, (4)不適切なゾー ニング,(5感染対策チームや感染管理認定看護師の配備, (6)病院全体として感染対策に関連したデー夕管理体制が備わっていない,(7)指示系統が未確立, (8)関係者間の情報共有が不十分であったことによる全体像把握と初期対応の遅れ, などが指摘されている. 患者から職員への感染については, (1)看護・介護等の業務に伴う飛沫感染, (2)身体接触の多いケア を中心とする接触感染,職員間の感染については食堂や休暞室や更衣室などの換気しにくく狭く密になりやすい環境での飛沫・接触感染や物品の共有(仮眠室のリネンや PHS 等), の可能性が推定された事例もあったと報告している25). ## まとめ 発見当初は伝播経路等に関して未知の感染症であった COVID-19 であるが,世界中の科学者による急速な研究知見の集積により効果的で効率的な感染予防や感染制御のあり方が見えてきている. 医療機関における診療や患者ケアにおいて病院管理者には適切な感染予防が実施できる病院構造や設備配置, 個人防具装着による労務負荷を考慮した適切な人員の配置が求められる. 個々の医療従事者には, 適切な個人防具の選択や着脱の技術が求められている。また日本は N95 タイプの呼吸器防護具や手袋など多くの個人防具を海外調達しており,新興・再興感染症のパンデミック期における国主導の国産化へのシフトや安定した資材の供給体制の確保が課題である. 本稿の内容に関連した利益相反はない. ## 文 献 1) CDC: COVID-19 Pandemic Planning Scenarios. https:/www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/hcp/ planning-scenarios.html (Accessed December 4, 2020) 2) Ferretti L, Wymant C, Kendall M et al: Quantifying SARS-CoV-2 transmission suggests epidemic control with digital contact tracing. 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Tokyo Women's Medical University
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# 特集 COVID-19 病態生理(臨床的特徴) 東京女子医科大学医学部呼吸器内科学講座 多賀谷悦子 (受理 2020 年 12 月 28 日) COVID-19 Pandemic Clinical Features of COVID-19 ## Etsuko Tagaya Department of Respiratory Medicine, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan Coronavirus disease (COVID-19) caused by the severe acute respiratory syndrome coronavirus 2, which was first reported in Wuhan, China in December 2019, has spread to worldwide. The infectious ability of COVID-19 initiates a few days before onset with a latent period of about 2 weeks. The clinical symptoms are similar to those of the common cold and influenza, with respiratory symptoms, such as fever, cough, sore throat, and headache; however, approximately $10 \%$ of patients complain of gastrointestinal symptoms. In contrast, asymptomatic patients and those with olfactory and taste disorders are observed. Even in asymptomatic patients, both pneumonia and oxygen desaturation, or either of them, are present. It commonly affects males, with high risk of severity in elderly patients and those with comorbidities, such as hypertension, diabetes, and chronic obstructive pulmonary disease. It is difficult to detect pneumonia on chest radiography; chest computed tomography findings are characterized by peripheral dominant ground-glass opacities. In severe cases, increased levels of serum inflammatory cytokines, such as interleukin (IL)-1 $\beta$, IL-6, IL-8, and tumor necrosis factor$\alpha$ are observed, which may cause cytokine storms, acute respiratory distress syndrome, and thrombosis. The realization of highly effective therapeutic agents and vaccine administration is awaited, and we expect to contribute towards their development. Keywords: COVID-19, SARS-CoV-2, pneumonia ## はじめに 新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019 : COVID-19)は, 日本では 2020 年 1 月 15 日に最初の患者が確認され, その後, 2 月に横浜港に寄港したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号でのク ラスター発生により,国内の医療機関での患者の受け入れ,治療が開始された。 未知の感染症であり, 2002 年に特定された SARS (severe acute respiratory syndrome) コロナウイルスによる重症急性呼吸器症候群および, 2012 年に報 Corresponding Author: 多賀谷悦子 $₹$ 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学医学部呼吸器内科学講座 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_59 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. Effect of comorbidities on the severity of coronavirus disease 2019 (COVID-19) pneumonia. CI, confidence interval; COPD, chronic obstructive pulmonary disease; HR, hazard ratio. Modified from reference 3 . 告されたMERS(Middle East respiratory syndrome)コロナウイルスによる中東呼吸器症候群を参考に手探りの診療が始まった。診断は PCR(polymerase chain reaction) 法が主流であり,鼻咽頭粘膜のぬぐい液と喠液を用いた検査が行われている。抗原や抗体検查も可能となっている. COVID-19 は, 無症状患者も多く, 軽症から死亡に至る症例や,軽症者でも急激に重症化するケースもあり, 注意が必要である. COVID-19 診療に当たっている世界中の施設や感染症研究所による集計や報告から,臨床像が徐々に明らかになってきている。本稿では,臨床的特徴について報告する。 ## 臨床症状 新型コロナの潜伏期間は 1 14 日で,多くは約 45日で発症する ${ }^{1)}$. 重症患者ではウイルスの排菌期間が長くなる. 発症数日前から感染力があることや,無症状病原体保有者がいることも,感染を拡大する要因の 1 つと考えられる。 初期症状は, 発熱, 咳, 食欲低下, 僚总感, 痰など風邪やインフルエンザと似ているが, COVID-19 では症状が長く続く。また, 嗅覚障害・味覚障害は,新型コロナウイルス感染症に特徴的で2),この症状により診断に至ることがある. 典型的な経過としては,約 8 割は発症から 7 日間程度, 感冒症状が続き軽快するが,その後, 2 割は肺炎症状が悪化し, $7 \sim 10$日後に $5 \%$ 程度が集中治療室管理となる. 重症肺炎から急性呼吸促迫症候群 (ARDS) をきたし, 多藏器不全を合併すると致死率が高い,男性,高齢者と糖尿病, 慢性閉塞性肺疾患 (chronic obstructive pulmonary disease : COPD), 癌や心血管疾患などの基礎疾患を有する患者で重症化しやすい1). ## 肺炎 COVID-19肺炎は,発熱後 7 10 日を経て顕在化することが多いが, 呼吸器症状や発熱がない患者でもみられることがあり,酸素飽和度 $(\mathrm{SpO} 2)$ が落ちているにもかかわらず,息切れを自覚しない患者が存在する. ダイヤモンドプリンセス号の調查において, PCR 陽性者に胸部 CT を行った結果, 有症状者では $79 \%$ と高率に肺炎が認められたが, 無症状者でも $54 \%$ に肺炎像を認め, 病変の広がりでは両者で有意差はなかった。COVID-19肺炎の重症化に及ぼす併存症として,悪性腫瘍, COPD の影響が大きく,併存症の数が多いとリスクが上昇する $(\text { Figure 1 })^{3}$.重篤化した患者では, 抗ウイルス薬や全身性ステロイド薬の投与, 侵襲的人工呼吸管理 - 体外式膜型人工肺(ECMO)が導入されている. ## 検査所見 血液検査において,重症化との関連性が報告されている要因を示す. 血算で生存者に比べ死亡例では,白血球の上昇, 好中球の増加, リンパ球の減少, 血小板減少がみられた $(\text { Figure 2 })^{4)}$. 生化学検查では,肝胆道系酵素 AST, ALT 上昇, LDH の著明な増加,血清フェリチンの著明な上昇, interleukin (IL)-6 の上昇をきたすす).凝固系検査では,プロトロンビン時間延長に, 重症化との関連性が認められ, D-dimer の著明な上昇は死亡の予測因子として重要視されて Figure 2. Timeline charts illustrate the laboratory parameters in 33 patients (5 nonsurvivors and 28 survivors). Modified from reference 4. いる。血清フェリチン, IL-6 や凝固系の異常は, 項目 6 のサイトカインストームのバイオマーカーとして重要である ${ }^{6}$. また, COVID-19 は横紋筋融解症を合併することで $\mathrm{CK}$ の上昇がみられ,死亡との関連が示唆されている。 ## 画像所見 COVID-19 患者の胸部 X 線写真では,肺炎像はわかりにくい. 胸部 CT 検査は感度が高く, 無症状でも異常所見を認めることがあるため, 早期に胸部 computed tomography (CT) を行うことが有用である. また, 初診時に問題はなくても数日後に肺炎像が出現していることがあり,胸部 CT による経過フォローも重要である. 胸部 CT の所見では, 両側性病変が多く,抹消優位の多発性すりガラス陰影を認め,比較的広い範囲で異常陰影が出るというのが特徴である (Figure 3) ${ }^{\text {?) }}$. ## 呼吸器疾患と COVID-19 中国,米国,メキシコの計 17,485 人の COVID-19 患者の論文をメ夕解析した結果,喘息を合併している人は $5.27 \%$ で,一般集団における喘息有病率 $7.95 \%$ よりも有意に少なかった ${ }^{8}$.また,中国と米国 からの報告では,喘息の患者の割合は,軽症者と重症者で差がみられず,喘息と COVID-19 の重症化とは関連性が認められなかった. Severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-CoV-2) の受容体である angiotensin converting enzyme-2 (ACE2) の喀痰中の遺伝子発現は,喘息で健常人と有意差はなく, 吸入ステロイド治療をしている患者では発現が低かっだ. 基礎研究において, Th2 サイトカインの IL-13 が ACE2 の発現を低下させることも報告されており,喘息患者では,COVID-19 罹患のリスクは健常人と差はなく, 吸入ステロイド治療を継続することが推奨されている. 一方,喫煙により ACE2 の発現が上昇することや,COPD 患者では,気流閉塞が重度の症例において, 気道上皮細胞や肺胞上皮細胞の ACE2 の発現が上昇していることが報告されている (Figure 4) ${ }^{10}$. COPD 患者は肺炎の重症化リスクが 5.7 倍と高く (Figure 1 $)^{3}$ , 注意が必要である. $ \text { サイトカインストーム } $ 集中治療室(intensive care unit:ICU)に入室した患者では,血漿中 IL-6, IL-10, tumor necrosis fac- Figure 3. Upper panel: Chest CT reveals pattern of COVID-19 pneumonia. a) groundglass opacities; b) crazy paving pattern; c) consolidation. All images have the same window level of -600 and window width of 1,600 . Lower panel: Imagie in a 69-year-old man with the recent travel history to Wuhan who presented with fever. CT scan demonstrates ground-glass opacities in the lower lobes of both lungs with a peripheral distribution (arrows). COVID-19, coronavirus disease 2019; CT, computed tomography; GGO, ground glass opacity. Modified from reference 7. Nonsmoker COPD Figure 4. Protein staining of ACE-2 in the airways of individuals with and without COPD. In the airways, most of the protein expression was noted in the epithelial layer, and most pronounced in those with COPD. ACE-2, angiotensin-converting enzyme-2; COPD, chronic obstructive pulmonary disease; CPM, counts per million; NHBE, normal human bronchial epithelial cells. Modified from reference 10. tor (TNF)- $\alpha$ など炎症性サイトカインの著明な上昇を認めており ${ }^{5}$, ARDS を引き起こすだけでなく, 血管内皮障害をきたし, 血液の凝固異常や血栓形成が起こる。いわゆるサイトカインストームである。それにより, 重症例では心筋梗塞, 脳梗塞, 肺塞栓などを併発することが認められている. IL-6 が中心的なサイトカインと考えられ, IL-6 受容体拮抗薬である生物学的製剤のトシリズマブを使用した治験が行われている。 ## おわりに 2020 年 12 月初めの時点での日本での累積感染者数は 15.8 万人, 回復者数 13.1 万人, 死亡者数 2,210 人であり,全世界ではそれぞれ, 6,650 万人, 4,270 万人, 153 万人になっている. 治療においては, 有効性を検証する無作為化試験が複数行われている。レムデシビルやデキサメサゾンの有効性を示す報告がみられるが,COVID-19 の収束のためにエビデンスの蓄積が待たれ, 感染予防, ワクチンの効果が期待される。 開示すべき利益相反状態はありません. ## 文献 1) Guan WJ, Ni ZY, Hu Y et al: Clinical characteristics of coronavirus disease 2019 in China. N Engl J Med 382: 1708-1720, 2020 2) Giacomelli A, Pezzati L, Conti $F$ et al: Self- reported olfactory and taste disorders in patients with severe acute respiratory coronavirus 2 infection: a cross-sectional study. Clin Infect Dis 71: 889890, 2020 3) Guan WJ, Liang WH, Zhao $Y$ et al: Comorbidity and its impact on 1590 patients with COVID-19 in China: a nationwide analysis. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 特集 COVID-19 ## COVID-19 患者の集中治療管理 \author{ 東京女子医科大学医学部救急医学講座 } (受理 2020 年 12 月 14 日) COVID-19 Pandemic The Management of Critical Ill Patients with COVID-19 ## Arino Yaguchi Department of Critical Care and Emergency Medicine, Tokyo Women’s Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan The prognosis of COVID-19 infection is poor once it develops to acute respiratory distress syndrome (ARDS) or sepsis. Patients with COVID-19 who are in critical status require mechanical ventilation or extracorporeal membrane oxygenation (ECMO) and treatment in the intensive care unit (ICU); however, indications and corresponding management depend on critical care resources. Respiratory management consists of conventional oxygen therapy, nasal high flow therapy, non-invasive positive pressure ventilation (NPPV), invasive positive pressure ventilation (IPPV) and ECMO. Because ARDS due to COVID-19 has a different pathophysiology than conventional ARDS and it rapidly worsens, indicating the need for infection management, immediate respiratory treatments such as intubation or ECMO should be performed to achieve satisfactory outcomes. Furthermore, as antiviral agents for COVID-19 have not been approved yet, the crucial treatment for critically ill patients due to COVID-19 is to control virustatic status, cytokine storm, and immonothrombosis. Lemdesivir, steroids, nafamostat and anticoagulants could be promising pharmacologic efficiency. Continuous hemodiafiltration with cytokineadsorbing hemofilter by eliminating cytokines could also affect prognosis. In our ICU, 14 patients required critical care management due to COVID-19 pneumoniae; mortality was $21 \%$ and none of them required aggressive therapy. Patients with IPPV tends to have longer ICU stay periods compared to those with other respiratory support. Keywords: COVID-19, sepsis, ARDS, coagulopathy, immunothrombosis ## 緒言 新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019 : COVID-19)は,肺炎が主たる病態であり,重症化すると acute respiratory distress syndrome (ARDS) へと発展し,予後不良であることが報告さ れている ${ }^{1) 32}$. 抗 COVID-19 薬が未確定であることから,軽症例から重症化へ急速に悪化する症例では,直ちに人工呼吸器や体外式膜型人工肺 (extracorporeal membrane oxygenation : ECMO)を要する場合もあるが,その適応と導入が,感染の拡大規模, Corresponding Author: 矢口有乃 $\bar{\top}$ 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学医学部救急医学講座 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_64 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. a) b) Figure 1. The number of patients with ongoing ECMO due to COVID-19 from February to October, 2020 in Japan (a). The number of patients with ongoing invasive positive pressure ventilation (IPPV) from February to October, 2020 in Japan (b). Y-bar shows numbers of patients and X-bar shows date. すなわち症例数と医療資源の需要と供給によって刻々と変わる状況である ${ }^{4)}$. 本邦では,日本 COVID19 対策 ECMOnet が 2020 年 2 月中旬に COVID-19 重症患者に対する 24 時間電話対応システム, 症例数のデータベース,intensive care unit(ICU)情報探索システム (CRoss Icu Searchable Information System:CRISIS)を構築し,重症 COVID-19に対する治療成績の向上をもたらしている ${ }^{5}$. その CRISIS データベースによると, 2020 年 11 月 6 日時点での本邦において COVID-19 症例でECMO を要している患者数は 15 例, 人工呼吸器を要している症例は 142 例であり,通常診療体制の需給であっだ .2020 年 2 月から 12 月 2 日までの本邦における COVID19 症例の ECMO,ならびに人工呼吸器を要している患者の推移を示す (Figure 1) ${ }^{5}$. 9 月以降,一定の症例数ではあったが 11 月に入り, 感染者数, 重症者数, 死亡者数も増加傾向にあり, 地域によっては医療供給が逼迫している状況となっている. 感染者数,重症例数によって医療需給のバランスや新たなエビデンスにより,集中治療管理も変わってくる. ## 1. 呼吸管理 COVID-19による呼吸不全は, 通常の ARDS 患者とは異なり,コンプライアンスが正常もしくは高い状態でありながら重度の低酸素血症をきたす症例があり, 肺灌流異常が原因の一つと考えられている 6 (17). COVID-19の ARDSには,2つの phenotypesが時間経過とともに存在する $。{ }^{6}$ 。いわゆる TypeLと Type H であり, Type Lは, 呼吸不全初期で, 肺内含気は正常でコンプライアンスも正常であり,肺水腫も生じておらず,リクルートする無気肺もなく,肺灌流異常のために低酸素血症状態である ${ }^{6}$. Type $\mathrm{H}$ は, 肺水腫で含気が減少し, コンプライアンスも減少し, 無気肺が生じ, シャント血流の増加による低酸素血症となる ${ }^{6)}$.したがって, Type L と Type $\mathrm{H}$ での呼吸管理療法は異なってくる. 臨床経過中に Type Lから Type $\mathrm{H} への$ 移行期の肺障害は炎症の進行により肺の血管透過性が方進し, 吸気胸腔内圧の陰圧も加わり肺水腫となり, 肺水腫と無気肺による肺の含気量低下から, 自発呼吸の換気量が減少し,呼吸困難感が生じるとされている ${ }^{8}$. 人工呼吸器による陽圧管理のタイミング,すなわち気管挿管の夕イミングが難しいとされており, 患者本人の呼吸困難感や吸気努力様式によるともされているが,当院の場合,基礎疾患を有する患者も多く,基礎疾患や合併症を考慮した気管挿管, 人工呼吸器管理 (invasive positive pressure : IPPV) が重要となってくる ${ }^{9}$. 気管挿管を要さない陽圧管理として, 経鼻高流量療法 (nasal high flow therapy:NHFT), 非侵襲的人工呼吸 (non-invasive positive pressure ventilation: NPPV)があり, 新型コロナウイルス感染症診療の手引きでは,酸素マスクによる $\mathrm{O}_{2}$ 投与でも $\mathrm{SpO}_{2} \geqq$ 93\%を維持できなくなった場合, リザーバー付きマスク (10~ $15 \mathrm{~L} / \mathrm{min})$, NHFT,NPPV,を考慮とされている ${ }^{10}$. 人工呼吸器管理については, Type L の場合,低酸素血症は $\mathrm{FiO}_{2}$ を上げ,高二酸化炭素血症には 1 回換気量を増やし, 上昇で対応し, positive end-expiratory pressure (PEEP) は必要最低限 (8〜 $\left.10 \mathrm{cmH}_{2} \mathrm{O}\right)$ の設定とし, 深鎮静とされている ${ }^{11122}$. Type Hでは, 1 回換気量を制限し, 高い PEEP(10〜 Table 1. The management of V-V ECMO in our ICU. Terumo LX, Capiox ${ }^{\circledR}$ LX; Terumo SL, Capiox ${ }^{\circledR}$ SL; Terumo SP-101, Capiox ${ }^{\circledR}$ SP-101; $\mathrm{FiO}_{2}$, fraction of inspiratory oxygen; $\mathrm{PO}_{2}$, partial pressure of oxygen; $\mathrm{PCO}_{2}$, partial pressure of carbon dioxide; $\mathrm{SO}_{2}$, oxygen saturation APTT, activated partial thromboplastin time; ACT, activated clotting time. $14 \mathrm{cmH}_{2} \mathrm{O}$ )設定で,腹臥位換気を行う重症 ARDS の治療に準ずるとされている ${ }^{10) \sim 133}$ ,米国国立衛生研究所 (National Institutes of Health:NIH) のガイドラインでは, 低 1 回換気量 $(4 \sim 8 \mathrm{~mL})(\mathrm{AI})$, プラトー圧を $<30 \mathrm{~cm} \mathrm{H}_{2} \mathrm{O}$ (AII), nitric oxide(NO)を通常療法として使用しない $(\mathrm{AI})$,ことを推奖している ${ }^{14) 15}$. 重症な ARDS に対しては, 高 PEEP療法 (B II),12〜16 時間/日の腹卧位療法(B II)を推奨している ${ }^{(4) \sim 17)}$. 人工呼吸器管理でも,換気が不十分であると, ECMO が導入される ${ }^{18199}$. 昇圧剂にも不反応な循環不全時には, 静脈から脱血し, ECMO で酸素化した血液を遠心ポンプで動脈に送血する venoartetrial $\operatorname{ECMO}(\mathrm{V}-\mathrm{A} E \mathrm{EMO})$, 循環動態が安定し, 呼吸不全の補助のみの場合は, 脱血も送血も静脈で行う venovenous ECMO(V-V ECMO)を導入する。 COVID-19によるARDS は,主に V-V ECMO 管理となる. ECMO はあくまでも呼吸機能代行の補助装置であり,肺炎が治癒するまでの時間稼ぎの治療である。人工呼吸による陽圧や高濃度酸素による肺障害を回避することができるが,肺炎を治す治療ではない。また体外循環のため抗凝固剤の使用により,脳や消化管, 気道からの出血や, 凝固異常を合併するリスクがあり,管理も難しく,適応には充分に考慮する必要がある. ECMO 管理には, その専門知識を要した医療従事者や多くの医療スタッフを要するため, COVID-19 感染拡大による医療資源の需給バランスにより適応と, 重症化への進行が早いために導入時期の判断が難しい。適応としてPEEP 10 $\mathrm{cmH}_{2} \mathrm{O}, \quad \mathrm{PaO}_{2} / \mathrm{FiO}_{2}$ ratio ( $\mathrm{P} / \mathrm{F}$ ratio) $<100$ で進行性に悪化する場合とされ,禁忌・適応外として不可逆性の基礎疾患がある,末期癌の状態,慢性心不全,重度の慢性臟器不全の合併がある場合, は予後が悪い, 65〜70 歳以上は一般的には適応外, と COVID19 急性呼吸不全への人工呼吸と ECMO 基本的注意事項が, 7 学会 1 研究会合同で発表されている ${ }^{20}$. また ELSO から, パンデミック時に, COVID-19 患者の ECMO の適応についてのガイドラインが出ている ${ }^{421)}$. 当科の V-V ECMO の管理を Table 1 に示す. ## 2. 薬物療法 COVID-19 に有効であるとされている薬物療法について, 日本版敗血症診療ガイドライン 2020 (JSSCG2020)特別編, COVID-19薬物療法に関する Rapid/Living recommendations が 2020 年 9 月に発表され, 11 月 26 日付で改訂第 2.2 版が公開されている ${ }^{22)}$. 本ガイドラインでは, 集中治療管理を要する重症患者においては,ステロイド投与が強く推奖され (GRADE 1A), レムデシビル投与は弱く推奖しない (GRADE 2B),ハイドロキシクロロキンは投与しないことを強く推奖(GRADE 1B), ファビピラビル, トシリズマブは,投与についての推奖を提示しない (no recommendation)とされている22). ステロイド,副腎皮質ホルモンは, 抗炎症作用, 免疫抑制作用,細胞增殖抑制作用, 血管収縮作用の薬理作用が期待できる一方, 免疫抑制からの易感染性による混合感染症の合併, 高血糖,消化性潰瘍の副作用もあり,軽症例には投与しないことを強く推奨してい $る^{22) \sim 24)}$.またショックに至っていない敗血症性患者に対して,ステロイドの投与を行わないことを,敗血症性ガイドラインでは, 弱く推奨している ${ }^{25}$. 合併症リスクの益と害のバランスからである。 ステロイドの投与方法については, デキサメサゾン $(6 \mathrm{mg}$経口あるいは静注で 1 日 1 回),メチルプレドニゾロン $(40 \mathrm{mg}$ 静注, 12 時間ごと), ヒドロコルチゾン $(200 \mathrm{mg}$ 静注, 1 日 1 回あるいは持続投与)のいずれかの投与方法が推奖されてはいるが,いずれの薬剤が最適なのか, また投与量についての直接比較研究は現時点ではない22). 重症症例であっても, 既往症や COVID-19 感染症以外の合併疾患を考慮し,ステロイド療法の選択と, 症例によっては抗菌薬,抗真菌薬の併用, 厳密な血糖コントロール, ストレス性潰瘍予防が重要となってくる. レムデシビルは,一本鎖 RNA ウイルスに対する抗ウイルス活性を有し, RNA ウイルスの自己複製に必須とされる RNA dependent RNA polymerase を治療標的とする薬剤である。全世界で初めて COVID-19 に対し承認された治療薬で,2020 年 5 月 1 日に米国で緊急使用が認められ,本邦でも「特例承認制度」により COVID-19 感染症への治療薬として承認されている,投与方法は,成人および体重 $40 \mathrm{~kg}$ 以上の小児には,投与初日に $200 \mathrm{mg}$ ,投与 2 日目以降は $100 \mathrm{mg}$ を 1 日 1 回点滴静注し, 総投与期間は 10 日までとされている22). ステロイドとレムデシビルの併用療法については臨床研究が行われていないが, 人工呼吸器管理や ECMO を要する症例には併用療法がNIHの COVID-19 治療ガイドラインでは理論的理由から認められている. すでにレムデシビルが投与されている症例が人工呼吸器管理や ECMO を要するような症状増悪の場合,ステロイドを開始し,レムデシビルを総投与期間まで継続する, というものである ${ }^{26}$. ファビピラビルは,生体内で変換された三リン酸化体がRNA ポリメラーゼを選択的に阻害することでRNA ウイルスに対する効果が期待されている.新型または再興型インフルエンザウイルス感染症に対し 2014 年 3 月に承認を受けた抗ウイルス薬であるが, 重症症例におけるエビデンスが限られており,推奨が提示されていない22). トシリズマブは, interleukin (IL)-6 受容体拮抗薬で, COVID-19 患者において, IL-6 を含む炎症性サイトカインの産生増加が症状進行と関連することが報告されており,炎症性サイトカインの作用を抑制し予後を改善する可能性がある薬剤として期待されているが,エビデンスが限られており,推奨が提示されていない22). ハイドロキシクロロキンはマラリア治療薬として開発された薬剤で, severe acute respiratory syndrome (SARS) や Middle East respiratory syndrome (MERS) のコロナウイルスに対して抗ウイル ス作用があることが知られ,COVID-19 に対しても in vitro 活性を有することが報告されている. しかし臨床症状の改善より有害事象の増加が上回り, 非投与の強い推奖となっている222. ## 免疫グロブリン製片 COVID-19 患者の集中治療を要する症例は, 多くがCOVID-19 による敗血症症例である。敗血症患者に対する免疫グロブリン製剤の投与の効果については,敗血症診療ガイドラインでは,明確な推奖を提示できない, とされている ${ }^{27)}$. 免疫グロブリン製㓣の投与の予後改善効果は randomized controlled trial (RCT)に基づくエビデンスにミしい,という理由からである. 現在, NIH の米国国立アレルギー・感染症研究所が, 国際多施設共同で COVID-19 から回復した患者の血漿を用いた抗コロナウイルス高度免疫グロブリン静注製剤の臨床第 3 相試験を行っている. 免疫グロブリン製剂の細菌や毒素, ウイルスに対する特異抗体による食細胞の貣食作用を促進するオプソニン効果,好中球を関与なしに補体を活性化乙溶菌促進作用, 毒素・ウイルスの中和作用, Fc 受容体を介した抗体依存性細胞障害活性促進作用の他に, 樹状細胞, $\mathrm{T}$ 細胞, B 細胞の活性化や IL-1 $\alpha /$ $\beta$, IL-6, tumor necrosis factor (TNF) - $\alpha$ などのサイトカインの抑制作用が期待できる ${ }^{28292}$. ## 3. 凝固能異常, 播種性血管内凝固症候群 (disseminated intravascular coagulation:DIC)に対す る抗凝固療法について 重篤な COVID-19 感染者の多くは凝固異常を認め, サイトカインストームによる血管内皮細胞傷害からの微小血管形成や線溶系の立進と抑制といった敗血症性 DIC や血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy:TMA)に類似した症状を呈することが知られてきた29 ${ }^{2911}$. COVID-19 の重症化や死亡には凝固異常や血栓形成が関与していることが米国の大規模コホート研究からも予想されており, 優位な有害事象が認められなかったことより,抗凝固療法が推奨されるようになっだ232。国際血检止血学会では, 出血性の素因や事象に留意しながら, 全入院患者に対し低分子へパリンの投与を推奖しており,本邦では適応外使用となるためへパリン投与が推奖されている ${ }^{22333}$. 敗血症性ガイドラインでは, 敗血症性 DIC に対し, ヘパリ・ヘパリン類投与を標準治療として行わないことが弱く推奨されており (GRADE 2D), COVID-19 と他の感染症による凝固能異常の病態の違いが興味深い25). COVID-19 の感染はヒトの細胞表面に存在する受容体タンパク質 (angiotensin-converting enzyme 2:ACE 2 受容体)に結合し, ウイルス外膜と細胞膜の融合によって起こるが,セリンプロテアーゼ阻害剤であるナファモスタットが,このタンパク質の膜融合を阻害し, 臨床的にウイルスのヒト細胞内への侵入を抑えるとして,COVID-19 の治療薬として期待され, 現在, 特定臨床研究, 観察研究が実施されている ${ }^{34355}$. ナファモスタットは急性膵炎の治療薬の他に,DIC の治療薬として本邦では認められており,抗ウイルス薬と抗凝固療法の両面から効果が期待できる. 敗血症性 DIC に対してはガイドラインでは標準治療としては行わないことが弱く推奖されている (GRADE 2D) ${ }^{25)}$. 使用する場合は,ナファモスタットは,1.44 2.4 mg $/ \mathrm{kg} /$ 日を $5 \%$ ブドウ糖液 $1,000 \mathrm{~mL}$ に溶解し, 24 時間かけて持続静注する ${ }^{25}$. その他, 抗凝固療法の薬剤として,アンチトロンビン III 低下を伴う DIC に対するアンチトロンビン III 製剂がある. 敗血症性 DIC に対し,ガイドラインでは,アンチトロンビン III 製剤の投与は弱く推奖されている (GRADE 2C) 25).ナファモスタット同様, セリンプロテアーゼ阻害片であり,活性化されたトロンビンと複合体を形成 ( $\mathrm{N}$ 末端),へパリンと結合し(C 末端),抗トロンビン活性を増強する。抗トロンビン活性の $70 \%$ を有している他,第 X 因子,第 IXa 因子, カリクレイン, プラスミンと結合し不活化させる。日本血栓止血学会 DIC 診断基準 2017 年版では, DIC の診断基準にアンチトロンビン活性值 (\%)が加わっている36. リコモジュリンは,本邦で開発された遺伝子組換えトロンボモジュリン製刹である。トロンボモジュリンは血管内皮細胞上に存在し,トロンビンと複合体を形成し,トロンビンによるプロテイン C 活性を促進することで,第 VIIII 因子扔よび第 Va 因子を不活性化し,トロンビンの生成を抑制する。また,複合体を形成したリコモジュリンはレクチン様ドメインで (high mobility group box 1 : HMGB1)と結合し,トロンビンによる HMGB1 の分解を促進,さらにヒストンによって誘導される血小板凝集を抑制する ${ }^{37}$. 敗血症から DICへの機序は immunothrombosis の破綻によるもので, 感染の際に血小板が活性化した好中球から DNA 骨格やヒストン,好中球エラスターゼ,ミエロペルオキシダーゼによりできた neutrophil extracellular traps (NETs) が全身に作られることによるとされ,リコモジュリンは好中球か らの NETs産生を抑制することも示されてい $る^{38399}$. 敗血症診療ガイドラインでは, リコンビナントトロンボモジュリン製剤投与は,敗血症性 DIC に対し弱く推奨され(GRADE 2C),日本血栓止血学会のエキスパートコンセンサスでは,推奖度は B1 となっている 4041). 通常成人には, 1 日 1 回 $380 \mathrm{U} / \mathrm{kg}$ を約 30 分かけて点滴静注する. なお, 重篤な腎機能障害のある患者や血液透析療法中の患者には 130 $\mathrm{U} / \mathrm{kg}$ に減量して投与する ${ }^{411}$. ## 4. 急性血液浄化療法 ここでは,腎代替療法ではなくサイトカイン除去療法として,いわゆる nonrenal indication についての血液浄化療法のみ述べる. COVID-19の重症化病態は,感染によるサイトカインストームと immunothrombosis によるものと考えられ,サイトカインストームからの早期離脱が予後に関与する ${ }^{4243)}$. 急性血液浄化療法の一つである持続的血液濾過透析 (continuous hemodiafiltration:CHDF)は,24 時間持続的に少量の水分と物質の除去を濾過透析で行うため循環動態への影響が少なく,小分子量物質から中分子量, 大分子量物質の除去を行うことができる.濾過器をAN69ST 膜からなるセプザイリスス (Cytokine-adsorbing Hemofilter, Baxter Limited, USA)を使用することによりサイトカイン吸着除去目的で, 2017 年から重症敗血症および敗血症性ショックの患者へ保険適応となっている。他の濾過器で使用されている polysulfone (PS) 膜, polymethylmethacrylate (PMMA) 膜等の膜の構造はミクロポア構造で,荷電を有していないため,蛋白結合は主に疎水性結合であり,その吸着部位は膜表面と膜孔周辺に限局される. AN69ST 膜は陰性荷電のバルク層を有するハイドロゲル膜で,膜の陰性荷電(スルホネート基)とサイトカインのアミノ基(陽性荷電) とのイオン結合によりサイトカイン吸着が行われる ${ }^{4445}$. ガイドライン上は, エビデンスが不十分とのことでクリニカルクエスチョンに採用されていな $い^{25)}$. ## 当院での集中治療管理 ECMO は,あくまでも呼吸補助手段であり, IPPV の高濃度酸素や陽圧換気による肺損傷を避け, 肺の安静化を保ち,その間に ARDS や肺炎の治療を行う. ECMO を要する症例には重症化の一因である高サイトカイン血症に対し, 全例 AN69ST 膜を使用したCHDF を行うこととしている. その際にサイトカインマーカーとして IL-6 を測定し, CHDF の治療計 Table 2. Characteristics of patients with COVID-19 in Emergency ICU. & & & & & & \\ APACHE II, Acute Physiology and Chronic Health Evaluation II; Y/N, yes/no; ECMO, extracorporeal membrane oxygenation; CHDF, continuous hemodiafiltration; HD, hemodialysis; ICU, intensive care unit; S/D, survivor/dead; COPD, chronic obstructive pulmonary disease; PCI, percutaneous coronary intervention; DCM, dilated cardiomyopathy; NPPV, non-invasive positive pressure ventilation; TBI, traumatic brain injury; COT, conventional oxygen therapy; ADHF, acute decompensated heart failure; HT, hypertension; ARDS, acute respiratory distress syndrome; DM, diabetes mellitus; CRF, chronic renal failure; NHFT, nasal high flow therapy; ASO, arterial sclerotic obstruction; AP, angina pectoris; MVR, mitral valve replacement; PCAS, post cardiac arrest syndrome. 画を立てている. CHDFでは,回路に対する抗凝固剂としてナファモスタットを使用している(3040 $\mathrm{mg}$ /時)ので, 抗凝固療法としてのナファモスタット全身投与は行っていない. 他の抗凝固療法としては, DIC を合併,アンチトロンビンIII 活性低下の場合に,アンチトロンビン製剂,リコモジュリン投与を抗炎症効果も考慮し積極的に行っている. 抗 COVID-19薬が確立されていない現時点では, 抗ウイルス治療として, 経静脈投与のレムデシビル, ステロイドの併用療法を行っている. 混合感染を考慮し,免疫グロブリン製剂投与も併用している. 集中治療を要する症例は, 前医や一般病棟ですでに治療が開始されている症例が多く, 治療歴により治療計画も異なっている. また当院の症例は, 移植後や膠原病, human immunodeficiency virus (HIV) 感染など免疫抑制剤を通常投与されている症例や心疾患の既往で重症心不全, 心機能低下の症例が多く, 個々の症例において治療計画が必要であり,当院感染症科,専門各科との併診が必須である。 ## 当院で集中治療管理を要した症例 2020 年 10 月までに当院の集中治療室で治療を行った 14 症例を示す (Table 2). 全例, COVID-19 肺炎症例であり,ARDS に至った症例は 5 例であった. 14 例中, ICU 死亡は 3 例 $(21.4 \%)$ で, 1 例は心肺蘇生後症候群, 1 例は重症頭部外傷症例, 1 例は拡張型心筋症および慢性心不全の既往があり,いずれも積極的な治療を選択されなかった症例である. 呼吸療法は, 通常の酸素投与のみ (conventional oxygen therapy:COT) 4 例, NPPV 1 例, NHFT 3 例, IPPV 6 例で, 内 ECMO を要した症例は 1 例であったが, 経過良好で転院となった. IPPV に至る肺炎症例では長期のICU 管理を要している。 本稿における利益相反はない. ## 文 献 1) Huang C, Wang Y, Li $X$ et al: Clinical features of patients infected with 2019 novel coronavirus in Wuhan, China. Lancet 395: 497-506, 2020 2) Cummings MJ, Baldwin MR, Abrams D et al: Epidemiology, clinical course, and outcomes of critically ill adults with COVID-19 in New York City: a prospective cohort study. Lancet 395: 1763-1770, 2020 3) Bhatraju PK, Ghassemieh BJ, Nichols M et al: Covid-19 in critically ill patients in the Seattle region - case series. N Engl J Med 382: 2012-2022, 2020 4) Shekar K, Badulak J, Peek G et al: Extracorporeal life support organization coronavirus disease 2019 interim guidelines: A consensus document from an international group of interdisciplinary extracorporeal membrane oxygenation providers. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 特集 COVID-19 ## COVID-19 のメンタルヘルスケア一感染症パンデミックにおける精神科の役割— \author{ '東京女子医科大学医学部精神医学講座 \\ ${ }^{2}$ 東京女子医科大学病院看護部 \\ 安页多多品 ${ }^{2}$ ・赤杂穂理絵 ${ }^{1}$ ・西村勝治 ${ }^{1}$ \\ (受理 2020 年 12 月 21 日) \\ COVID-19 Pandemic \\ Mental Health Care on COVID-19 Pandemic: The Role of Psychiatric Team on Pandemic \\ Kosuke Takano, ${ }^{1}$ Ken Inada,,${ }^{1}$ Hiroyuki Muraoka, ${ }^{1}$ Atsuko Inoue, \\ Taeko Yasuda, ${ }^{2}$ Rie Akaho, ${ }^{1}$ and Katsuji Nishimura \\ ${ }^{1}$ Department of Psychiatry, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan \\ ${ }^{2}$ Department of Nursing, Tokyo Women’s Medical University Hospital, Tokyo, Japan } Coronavirus disease 2019 (COVID-19) has grown to pandemic levels, making a significant impact on people's physical, mental, and social lives. Along with the direct central nervous system damage caused by the infection, those infected have experienced psychological effects as well, including the stress they experience during treatment, the guilt of infecting others, and the accompanying stigma. For the uninfected public, there are effects on lifestyle changes because of the spread of the infection, along with the anxiety caused by isolation (due to restricted mobility for preventing the spread of the infection). Healthcare workers and other support staff may experience anxiety, depression, and insomnia, which may interfere with their social lives, such as a difficulty in concentrating at work and the development of post-traumatic stress disorder. The mental health responses in a pandemic are diverse. Responses to infected individuals include dealing with the infection's effects on the central nervous system and the psychological burden of the treatment. Care for noninfected people includes providing accurate information and dealing with the stress of limited mobility; moreover, care for supporters includes organizational support and individual psychological education. Another form of mental health support that should be provided first in the event of a major disaster, regardless of the target population, is psychological first aid. This involves engaging with the affected population, gathering information, providing safety and adequate information, and linking them to available services. In addition to the Psychiatric Liaison Team, Tokyo Women's Medical University Hospital formed the COVID-19 Mental Health Care Team, which consists of doctors, nurses, and psychologists. This team not only provides a support system for infected patients but also for their families and the healthcare workers at the hospital. Corresponding Author:稲田健1162-8666東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学 [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.91.1_72 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. In this paper, we will discuss the impact of COVID-19 on mental health and introduce the mental health support (the Psychiatric Liaison Team \& COVID-19 Mental Health Care Team) during the pandemic. Keywords: COVID-19, psychiatric symptoms, mental health care, collaborative care, psychological first aids ## 緒言 2019 年 12 月に中国武漢より始まった新型コロナウイルス感染症 (coronavirus disease 2019: COVID-19)の流行は全世界に拡大した. 感染症の世界的大流行(パンデミック)は人々の健康状態と日常生活に多大な影響を与え,メンタルヘルスに対しても様々な影響を与えている。 感染症によって生じるメンタルヘルス上の問題や精神症状としては, 感染症が感染者の中枢神経系に与える影響と, 感染者が治療中に受ける様々なストレスの影響がある。ほかには, 非感染者において,感染することに対する恐怖や不安, 感染防御措置や隔離措置による心理的負担から生じる精神症状があり,なかでも医療従事者をはじめとする支援者の受ける心理的負担は甚大である。 パンデミックは大規模広範囲の市民に対して影響を与えるという点で, 化学・生物・放射線物質・核・高出力爆発物 (chemical, biological, radiological, nuclear, high-yield explosives:CBRNE)に起因する緊急事態を総称する特殊災害に分類される。過去に日本で経験された CBRNE 災害としては, 1945 年の原子力爆弾, 1995 年のサリンガステロ, 2009 年の H1N1 インフルエンザの大流行, 2011 年の福島原子力発電所事故などがある。今回の COVID-19 パンデミックは日本全国に及んでおり,過去の CBRNE 災害を超える規模となった11. CBRNE 災害とメンタルヘルスを考える際に注目すべき特徴は, 目に見えない対象物に関するリスクと不安が,大规模に波及し,社会を覆っていくことである。これは時には差別的な対応を生じ, 被差別者は身体症状を悪化させて, 平均余命をも短縮させる. 実際に,福島の原子力発電所事故被災者は,実際の放射線曝露とは無関係に,健康度を低下させ, さらには平均余命をも短縮させた22). 本稿においては, COVID-19のメンタルヘルスに与える影響について論じ, 東京女子医科大学病院で行われているCOVID-19に対するメンタルヘルス支援(精神科リエゾンチーム・COVID-19こころのケアチーム活動)について紹介する。 ## 影響 ## 1. 感染者のメンタルヘルスへの影響 COVID-19 感染の中枢神経系に対する影響として, 嗅覚味覚の障害やせん妄を生じることが知られている. 症状の発生頻度は, COVID-19 感染者において, 頭痛や意識障害, 感覚異常などの神経障害が $36.4 \%$, 脳血管障害が $6 \%$ とされる ${ }^{3}$. 中枢神経症状自体が生命の危機を及ぼすことは少ないが,全身状態が悪化する前駆状態や,悪化した状態を反映している可能性があり, 注意が必要である. 特に, 頭痛と筋肉痛は注意が必要な神経症状で, 脳血管障害を併発すると $60 \%$ 以上の死亡率となる ${ }^{4}$. COVID-19 感染後の精神症状・中枢神経症状への影響に関しては,様々な少数例の報告がある。サイトカインストームに引き続いたせん妄では退院後 18 か月後まで認知機能障害が残存することがあり $^{5}$, サイトカインストームを引き起こす COVID-19 でも ${ }^{6}$ せん妄後に認知機能障害が残存する可能性がある。 COVID-19 とは異なるが以前流行したコロナウイルス感染症である MERS (Middle East respiratory syndrome coronavirus) と SARS (severe acute respiratory syndrome)の報告によれば,感染症急性期において抑うつ気分 $34.1 \%$, 不眠症状 $41.9 \%$ 程度の発生があった. また, 感染症治療後でも抑うつ気分は $10.5 \%$ ,不眠症状は $12.1 \%$ に持続しており,心的外傷後ストレス障害の傾向は $32.2 \%$ にみられだ. これら精神症状は患者の生活の質(quality of life: QOL)を低下させる可能性があるため注意が必要である. 感染者は, 入院もしくは自宅や指定された宿泊施設での治療と検疫を受ける。これは外部環境から隔絶された隔離であり,多くの人にとって不快な経験となる。家族からの分離, 自由の喪失, 病気に対する不安, 退屈といった負荷は, 重畳して時には自殺に至るほどの症状を引き起こす8。 ## 2. 非感染者・一般市民のメンタルヘルスへの影響 非感染者である一般市民においては,感染することへの不安, 感染により入院や自宅隔離となる不安, 都市封鎖により社会的に孤立することへの不安なとが生じうる. COVID-19 対応においては, 感染者の家族や医療者が自宅隔離による検疫の対象となり,隔離と類似した心理的影響を受けた゚9. 1)都市封鎖によるメンタルヘルスへの影響 COVID-19 感染症において, 日本では緊急事態宣言という法的拘束力を持たない自粛要請によって,自宅からの外出が制限される都市封鎖がなされた。 都市封鎖による自宅隔離がメンタルヘルスに影響することは既知の事実である. 米国ボストン市では, ボストンマラソン爆弾事件に引き続いて市全体の封鎖がなされたが,この時ボストン市における小児の転換性障害の発生率は 3.4 倍に増加した ${ }^{100}$. 都市封鎖や CBRNE 災害のような可視化できない未知のものに対する恐怖は,高齢者や幼若者のような情報へのアクセスの少ない者, 身体および精神の障碍者においてはより強く自覚され,高いレベルの不安につながりやすい。また,十分かつ適切な情報提供がなされない場合には,差別やスティグマにつながる可能性もある ${ }^{11}$.したがって, このような八イリスク者として知られる, 感染者と検疫対象者, 感染者の家族, 子ども, 高齢者, 妊産婦, 学生, 既存の精神疾患を有する者, 既存の身体疾患を有する者,低所得者,ホームレス,収入減が著しい人,外国人, そして医療従事者などに対しては,丁寧な情報提供と配慮が必要である。 ## 3. 医療従事者への影響 大規模苂害に対応した医療従事者,支援者には精神症状を生じる可能性がある. ストレス, 不安, 抑うつ症状,怒り,恐怖,否定的感情,不眠症などのメンタルヘルスの問題は,医療従事者の注意力,理解力, 意思決定能力に影響を与え, 感染症への対応を困難にするとともに,彼らの健康に永続的な影響を与える可能性がある ${ }^{122}$. 2003 年にアジアで発生した SARS-CoV 流行において, シンガポールでは医療従事者の $27 \%$ に精神症状を生じ,台湾では救急部門のスタッフのほとんどが心的外傷後ストレス障害 (post traumatic stress disorder:PTSD)を発症した ${ }^{13)}$. このような医療スタッフにおける急性ストレス障害やPTSD の発症リスクとして, 検疫の経験が挙げられている。自宅待機を要する濃厚接触の既往は,精神障害を生じるリスクと考えられる。さらに,検疫を受けた医療従事者は,疲労,熱性患者を扱う際の不安, 過敏症, 不眠症, 集中力と決断力の低下,仕事のパフォーマンスの低下,仕事の辞職を検討する可能性が有意に高まる。そしてこの影響は 3 年後においても PTSD 症状を生じる予測因子となるほど持続すると報告されている ${ }^{14)}$. ## 4. 身体疾患をもつ患者への影響 米国疾病対策センター (Centers for Disease Control and Prevention:CDC)のレポートによると感染者の $37.6 \%$, 重症化して集中治療室に入室した患者の $78 \%$ に基礎疾患があり, 特に糖尿病, 慢性肺疾患, 循環器疾患の併存率が高かった ${ }^{15}$. このような状況を考慮すると, 上記疾患や免疫疾患を有する者,免疫抑制剤を服用する者においては,通常よりも強い感染不安が引き起こされていると考えられる。つまり身体疾患をもつ患者は,感染のハイリスク者であると同時に,メンタルヘルスのハイリスク者でもある。 医療機関には,不安を抱く身体疾患患者を,感染症から守りながらも診療を維持する努力が求められる。実際には,一般診療科の病棟を COVID-19 治療専用病棟へ転換する,待機手術を延期する,一時的に新たな診療の受け入れを休止するなどの措置が行われ,これは,身体疾患治療中の患者の受療行動に,様々な影響を与えた ${ }^{16}$. 身体疾患患者は, 自身の治療が遅滞なく遂行できるかどうかという不安を感じると同時に,医療機関への通院や入院を,先送りしてしまうケースがみられた,先送りすることで当面の感染恐怖は回避できたとしても,抱える身体疾患増悪の不安が強くなり, ジレンマに苛まれることになる. さらに,身体疾患に対する治療が先端医療であればあるほど, 多大な医療資源の投入が前提となる. たとえば臟器移植対象患者において,パンデミック下で自分に対して多大な医療資源を費やしてもらうことへの罪悪感を抱くこともある ${ }^{17}$. 入院患者への感染を防ぐために,ほとんどの医療機関では入院患者への面会が原則禁止となっている. 患者は入院中の衣類や日用品の受け渡しが困難となるばかりでなく,対面でのコミュニケーションができないことで,家族や親しい人からの情緒的な支援が受けにくい状況となっている。このため,がんの終末期であっても面会できず, 「病院に入院して,家族に見守られて,最期の時を過ごしたい」という意思表示をして入院していた患者が,面会禁止になったことで急遽在宅療養へ切り替えるケースが増えていることが新聞紙上でも取り上げられた。 日常生活への影響は,上述の非感染者・一般市民 のメンタルヘルスへの影響と同様であるが,身体疾患をもっていることで過剩な自粛となることもある. WHO がパンデミックを宣言した 2020 年 3 月 11 日からの数か月間,繰り返された,身体疾患と COVID-19 感染の危険性に関する報道により,身体疾患をもつ患者, 家族には, 感染恐怖が強く印象づけられた。この結果, 神経精神科(当科)においても, ささいな身体症状を COVID-19 感染と関連づけて不安にかられるようになった症例,感染恐怖のために元来の手洗い強迫の症状が増悪した症例, 感染を心配する家族からきつく外出自粛を言い渡されて人づきあいが制限された結果,抑うつ症状を呈するに至った症例が経験された。 身体疾患をもつ患者の家族の心理状態にも,配慮が必要である. 本人が外出を自肅せざるを得ない分,家族による日常生活支援は増え,家族の社会生活に影響を生じる。また,入院中の面会制限から孤独感が強まるのは家族も同様である.特に看取りの時期に,十分に付き添うことができないまま死別に至った場合, “複雑性悲嘆”に陥る可能性も考慮しなければならない.この場合, 悲嘆が通常の死別反応よりも強く, 長期に持続し(通常 6 か月以上), 社会生活や日常生活に影響を及ぼす。 ## 対 応 ## 1. 概要 COVID-19 パンデミック時に行うべきメンタルへルスケアは, 感染者に対するケア, 非感染者に対するケア,支援者に対するケアが考えられる。 感染者に対するケアとしては, ウイルス感染による中枢神経系障害に対する治療,感染症治療に伴う様々な心理的負荷に対する治療がある.後者においては, ICU や感染症対策病棟において隔離されることに対する支援も含まれる。非感染者に対する支援としては,正しい情報の伝達と,外出自粛生活におけるストレスへの対処が主となる。医療従事者を含む支援者へのメンタルヘルスケアは組織的サポートと個人への心理教育的な支援が柱となり, 前提として必要な医療材料の確保やバックアップ体制の整備が求められる. 対象者を問わず,パンデミックを含む大規模災害時にまず行われるべきメンタルヘルス支援としてサイコロジカル・ファーストエイド (psychological first aid:PFA)がある. PFA とは, 米国で作成されたメンタルヘルスの初期支援指針であり,「深刻なストレス状況にさらされた人々への人道的,支持的か つ実際に役立つ援助」(心理的応急処置フィールド・ ガイド,2011)として定義される.日本語版は兵庫県こころのケアセンターにより作成され,無償配布されている ${ }^{18}$. PFAの中核的内容は, 生存者に関与し, 安全と快適さを提供し,感情的に圧倒された人を安定化し,現在のニーズと懸念について情報を収集し,実用的な支援を行い,ソーシャルサポートネットワークにつなげ, 対処に関する情報を提供し, 利用可能なサー ビスにつなぐことからなる ${ }^{19}$. PFA はメンタルヘルスの専門家だけが提供する介入ではなく, 被災者と接するすべての支援者が知っておくべき原則でもある. ## 2. 感染者に対するメンタルヘルスケア COVID-19 感染者は, 入院もしくは自宅などでの治療および隔離検疫の対象となり, 重症者では集中治療室での治療の対象ともなる. したがって, 感染者のメンタルヘルスケアは,感染の中枢神経系への影響によるせん妄への対応と, 集中治療や個室管理といった環境要因への対応が必要となる。環境への対応としては,適切な情報提供を行うこと,外部や家族との連絡を取れるような遠隔システムを用いた支援が望まれる。 ## 3. 非感染一般市民に対するメンタルヘルスケア大規模災害時の急性期支援においてはまず物理的・精神的な安全の確保が必須となる. 外出自粛を 経験した人々の心理的影響を最小化するためには,何が起こっているのか,なぜ起こっているのかを説明し,今後の見通しを説明し,隔離中に意味のある 活動を提供し,住民同士のコミュニケーションを提供し, 基本的な供給(食料,水,医薬品など)を確保することが必要である9”. 睡眠と休息の磪保もまた重要である,不眠は災害後に最も多い精神症状の訴えであると同時に, 多くの精神障害の前駆症状でもあるため,不眠を確認することは精神障害の早期発見につながる ${ }^{20}$. 社会的孤立を防ぐことは大きな課題である。孤立や孤独は, 早期死亡率やうつ病, 心血管疾患, 認知機能低下を予測し,喫煙や運動不足などの不健康行動の増加に関与する ${ }^{21)}$ ,孤立した状態にある人々に対しては,多様なツールを活用して人とつながり社会的なネットワークを維持すること,楽しみやリラックスできる健康的な活動を行うこと,定期的に運動すること, 普段通り規則的な睡眠と健康的な食事をとること,広い視野で物事をとらえること,日 中の特定の時間に最新の情報を得ること等が推奖されており ${ }^{22}$, こうした情報へのアクセスをサポートすることが有益である. ソーシャルサポートはPFA においても重要な要素とされているが, 感染症パンデミックでは人と人との物理的な接触を制限することが求められるため, 要支援者へのサポートの提供には工夫が必要である. 現在我が国においても,対面面接や電話相談といった既存のシステム以外にも,SNS やオンラインによるカウンセリングや遠隔診療など様々な形式が模索されている ${ }^{23241}$. 若者には学校における PFA やSNS カウンセリング, 高齢者には地域資源の活用や電話相談など,多様な対象者が利用しやすいよう様々な窓口があることが重要である。 ## 4. 支援者 (医療従事者) に対するメンタルヘルス ケア COVID-19 に対応する業務に従事しているスタッフは, 大きなストレスに晒され, COVID-19に感染するリスク(生物学的感染症:疾病)に対する不安だけでなく, 第 2 の感染症 (心理的感染症 : 不安・恐れ), 第 3 の感染症 (社会的感染症 : 嫌悪 - 差別 - 偏見)の影響を強く受ける ${ }^{25}$. 特に, 本人のみならず家族など身近な人へ感染させてしまうことへの恐れは第 2 第 3 の感染症につながりやすい26 288. 医療従事者への支援を行うことは, 個人の PTSD 発症や精神疾患への進展を防ぎ,離職者を減らし, 組織,ひいては医療体制を守ることにつながる.支援は医療従事者個人への働きかけのみならず, 組織的サポートとして行うことが重要である. 困難な状況で働く職員がこころの健康を維持するための対策として, (1)職務遂行基盤, (2)個人のセルフケア, (3)家族や同僚からのサポート, (4)組織からのサポート, が必要である ${ }^{29}$. 組織からのサポートは医療従事者が安心して力を発揮する上で必須である. COVID-19治療に携わる医師や看護師らへの聞き取り調査の結果から, 医療従事者から組織への要望は, (1)意見聴取とその尊重, (2)感染防御体制の確保と家族への伝播リスクの低減, (3)専門外への異動時の十分な準備, (4)超過勤務等に対する個人的限界の理解, (5)自身が感染した際の自身と家族へのサポート,の 5 要素にまとめられたとの報告があり ${ }^{30}$, 組織的な支援を行う場合の参考となるだろう. 医療従事者が感染した場合や自宅待機となった際, 安心して療養・待機できることは重要である. 医療従事者は自宅待機(検疫)の対象 とされることが多く,その際に同僚に迷惑をかけていると懸念する可能性がある ${ }^{31}$. 組織は自宅待機となった自施設職員のバックアップ体制や,自宅待機中の職員と連絡を取るための手段の確保が必要であ $り^{9)}$, 隔離を経験した職員に対しては隔離からの解放後も,メンタルヘルスケアの一環として情報と物資の提供を継続して行うべきである ${ }^{322}$. 感染症診療に関わった医療従事者を対象とした, メンタルヘルスについての定期的なスクリーニングも有益である ${ }^{33}$. 職員のメンタルヘルス不調が発生した際には,業務上の配慮や専門的支援を速やかかつ安心して得られる体制が確保されるべきである。 個人のセルフケアが十分に行われるためには,医療従事者がメンタルヘルスを維持するために役立つ情報にアクセスできることが必要であり,メンタルヘルス専門家からの心理教育が有益である。ここで言う心理教育とは,災害等の激しいストレスに唒された際に起こりうる一般的な心身の反応やその経過, ストレス対処の方法等について, 正確な情報を受け手の状況や心情に配慮して伝えることを指す。 セルフケアの具体的方法に関しては, 様々な情報が WHO や心理学・精神医学系学会から公表されている $^{2233435)}$. 上司や同僚から感謝や敬意が表明されることの重要性も指摘されている ${ }^{30}$. 我が国の COVID-19に対応する部門で働いた医療従事者を対象とした調査においても, 燃え尽き症候群の状態を示した者(全体の $31.4 \%$ ) は燃え尽き状態にない者と比較して, 感謝や敬意への期待がより多く見られた36). ## 5. 身体疾患をもつ患者への対応 誤解にもとづく過剩な不安・恐怖を是正するためには, 正確な情報を伝え, 正しい知識を身につけてもらうことが重要である.患者の身体疾患ごとに, COVID-19 感染予防のためには, 何をどの程度気をつければいいのか, 主治医あるいは医療機関内の各種相談密口から, 具体的な情報を提供する. また医療機関がどのような予防策をとっているかについて説明することも,安心感につながるだろう。 医療機関ごとの対応のみならず,疾患によっては各種学会が出している『COVID-19 パンデミック下での治療基本指針』の存在も, 患者, 家族には希望の綱となるだろう.たとえば日本移植学会では, パンデミックの早期から『治療の基本指針』を作成し,検証をもとに感染予防に万全を期しながら移植医療を継続するための基準を示している37). 精神科リエゾンチーム COVID-19 こころのケアチーム Figure 1. Flow of the treatment of COVID-19 infected patients and healthcare workers at Tokyo Women's Medical University Hospital. It shows the overview of intervention processes provided by both the Psychiatric Liaison Team and the COVID-19 Mental Health Care Team. The Psychiatric Liaison Team assesses COVID-19 infected hospitalized patients when they need psychiatric treatment or are judged to be high-risk by psychiatric screening. The COVID-19 Mental Health Care Team copes at a time when healthcare workers of TWMU hopes for consultations associated with COVID-19. The staff can refer to an occupational physician or psychiatrist if needed. ## 東京女子医科大学病院における COVID-19 のメンタルヘルスケアの取り組み COVID-19 感染拡大に伴う入院患者や医療従事者 のメンタルヘルスの問題に対応するために,当科で は早期から検討を重ねてきた。2020 年 10 月現在, COVID-19 感染入院患者や身体疾患の治療のために 入院している非感染患者へのメンタルヘルスケアに は精神科リエゾンチームが対応している。また,当院の医療従事者へのメンタルヘルスケアには精神科医師・公認心理師・リエゾン看護師で構成される 「COVID-19こころのケアチーム」を設立し対応して いる. 両チームともに,チームコロナや安全衛生管理室, COVID-19 患者受け入れ病棟などの各部署と 協働しながら活動している。当院における COVID19 感染入院患者打よび医療従事者への対応フロー を Figure 1 に示す。 ## 1. 入院感染者に対するメンタルヘルスケア COVID-19 感染者のメンタルヘルスについては,重症の急性期患者の多くの割合でせん妄を引き起こす可能性, 長期的には抑うつ, 不安, 心的外傷後又トレス障害などを引き起こす可能性が指摘されている7). 当科では,特に予防的なメンタルヘルスケア,重症化を予防するための早期対応を重視して体制を整えた。まず,感染者入院時に「精神科ハイリスク患者スクリーニング」を行っている。スクリーニング 5 項目(精神疾患治療歴, 精神科治療薬内服歴, せん妄既往, アルコール依存, 抑うつ $(\mathrm{PHQ}-9)$ ・不安(GAD-7)が中等症以上)のうちいずれかひとつでも該当すれば精神科リエゾンチームに依頼し,対応を開始するシステムを構築した。 また,感染者へのメンタルヘルス対応として心理教育の重要性が指摘されている,入院時に「こころの健康を保つために〜入院されている皆さまへ〜」 というパンフレットを全患者に配布している.A4 用紙 1 枚で中等症の患者でも読めるように配慮し,入院すると多様な心理反応が生じること,メンタルヘルスを保つために打勧めする行動, 精神科リエゾンチームの案内を記載している。 また,精神症状出現時の一般的な対応として, 不穏時, 不眠時, 不安時の内服を設定し, 可能な限りタイムラグが生じずに初期対応ができるように整備した。 精神科的な問題が生じて精神科リエゾンチームへのコンサルテーション依頼が出された際, 入院感染者本人が精神科受診を希望した際には,精神科医師による電話診察, 公認心理師・リエゾン看護師による電話面接を行う. その他には, 感染入院患者に対 応している多職種が参加する毎朝のブリーフィングに精神科リエゾンチームのメンバーが出席し, 情報共有やコンサルテーションなどの対応を行っている. 一方で,退院後のフォローアップに課題を残している. COVID-19に感染していた患者の退院 1 か月後の追跡調査では,メンタルヘルスに関連する QOL が低いことが示唆されており,長期予後を改善するために退院後の慎重なフォローアップの必要性が指摘されている ${ }^{38399}$. 現在当院では,メンタルヘルスに関するフォローアップを行っていない。退院後の精神科的な問題についての心理教育, 早期発見 ・早期介入が可能な体制づくりなどを検討する必要があると考える。 ## 2. 身体疾患を抱える非感染者とその家族に対す るメンタルヘルスケア COVID-19 感染対策を優先した医療体制は, 身体疾患のために入院している患者とその家族に大きな影響を与える。院内感染を防止するため,当院では面会が制限されている. 患者と家族は直接的な交流ができない,特別な隔離環境といえる療養中に生じる様々な不安や心配,ストレスに対処することが求められている。 そのような特別な隔離環境に対する配慮として,病棟看護師を中心に様々な工夫がなされた。,具体的には, 衣類や日用品の受け渡しで家族が来院した際,窓越しに互いの顔や姿を見られるよう患者を窓際まで誘導するといった支援を行った。感染対策の制約があるなかでのささやかな工夫ではあったが,空際にいる患者も,外から大きく手を振っている家族も, それらを見守る看護師も,皆が喜びに溢れた表情をみせ,その場面はとても心温まるものであった。 このような支援は, 患者, 家族, 医療従事者のすべてに対して,良い影響を与えたと考えられた。このため, 精神科リエゾンチームは病棟医療従事者へのポジティブなフィードバックを行うとともに,院内会議や研修会において,これらの工夫を共有し,病院全体で対応できるように努めた。 また,終末期患者の家族においては,最期の時間を患者とともに過ごせなかったことで,患者の看取り後に複雑性悲嘆に陥ることが懸念された. そこで,当院がんセンターがん患者相談室において「大切な人を亡くされたこれからのあなたへ」というリーフレットが作成されることになり,精神科メンバーもその作成に協力した.このリーフレットでは, (1)近親者との死別においては悲嘆という心理過程を生じること, (2)心理的変化や負担について相談できる場があること,を周知することを目的とした.対象はがん患者の家族に限定せず,リーフレットの目的を記した説明用紙を添えてすべての診療科に配布し, いたわりの言葉とともに患者をしくした家族に渡すよう依頼した.実際に遺族に配付された件数はわずかであったが,これをきっかけに遺族から相談があり, 直接介入と治療への橋渡しを行うこともあった。 ## 3. 医療従事者に対するメンタルヘルスケア 当院でも COVID-19への対応に際し, 医療従事者は大変な緊張下での勤務を余儀なくされた.そこで,当院医療従事者のメンタルヘルスをサポートすることを目的とした「COVID-19こころのケアチーム」を立ち上げた,全スタッフを対象としたリーフレットを作成し,パンデミック時に生じるストレス反応やストレス対処などの心理教育を行うとともに,「COVID-19こころのケアチーム」の相談密口を周知した. サポートの対象は, 院内全スタッフとし, 依頼に応じて面接や電話相談などの個別対応, グループ面接, 管理職へのコンサルテーションなどを行っている.こころのケアチームを設置した 4 9月までの間に 20 件を超える相談に対応した. そこでは,医療従事者自身や家族の感染不安,人間関係の変化に伴うストレスなどが語られることが多い. 組織として検討すべき点が明らかになった際には,報告者の了承を得た上でチームコロナや看護部, 安全衛生管理室と情報共有しながら改善に向けた話し合いを行っている。例えば,接触のあった医療従事者に対する PCR 体制の検討などがあった. また, 相談者に対して, より専門的立場から指導・助言を行う産業医の対応が必要と判断した場合には,当院の産業医を紹介することもあった。 ## 結 語 大規模な CBRNE 災害となったCOVID-19パンデミックによって, 人々は未曽有の心の危機に曝されている. 特に COVID-19 治療に携わっている医療現場では,人々の心の危機が様々に顕在化する.患者, 家族, そして医療従事者のレジリエンスを支え,心の健康を回復するために, いま精神医学, 心理学の英知が注がれている. 本稿では COVID-19 パンデミックのメンタルへルスに与える影響を概説し, 当院で行われている支援(精神科リエゾンチーム, COVID-19こころのケア チーム活動)について紹介した. 最後に,この支援 活動は日頃から精神科コンサルテーション・リエゾ ンサービスに従事しているメンバーによって内発的 に動機づけられ,展開したものであることを付記しておく. 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Shigemura J, Ursano RJ, Morganstein JC et al: Public responses to the novel 2019 coronavirus (2019-nCoV) in Japan: Mental health consequences and target populations. 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Tokyo Women's Medical University
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# 第 86 回東京女子医科大学学会総会 シンポジウム「ロボット手術の最前線」 AI×ロボット実装を目指す高機能版スマート治療室 Hyper SCOT 東京女子医科大学先端生命医科学研究所先端工学外科学分野 東京女子医科大学脳神経外科 東京女子医科大学メディカル AI センター } 能堤 善浩 (受理 2020 年 12 月 25 日) ## The 86th Annual Meeting of the Society of Tokyo Women's Medical University's \\ Symposium on "Up-to-Date Robotic Surgery" \\ Aiming for AI and Robot Implementation \\ High-performance Smart Treatment Room Hyper SCOT Yoshihiro Muragaki Faculty of Advanced Techno-Surgery, Institute of Advanced Biomedical Engineering and Science, Department of Neurosurgery, Medical AI Center, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan The smart treatment room is different from the conventional operating room as a place for performing sterilization procedures, and the entire room itself is a single medical device performing diagnosis and therapy/surgery simultaneously. The basic version of the smart treatment room, which is the first stage of development, packages basic equipment, intraoperative imaging equipment, and equipment specific to each disease. The standard version, which is the second stage, networks and connects all the equipment. The digital information required for surgery is integrated in time synchronization, and spatial information is also included by surgical navigation. Integrated information, including intraoperative MRI, are displayed at strategic desks in operating rooms and medical offices and can provide important information in glioma resection with unclear boundaries. The highperformance version, which is the third stage, aims to realize the robotization of equipment and AI of information. If high-speed, large-capacity wireless communication using $5 \mathrm{G}$ can be put into practical use, doctor-to-doctor (D to D) telemedicine that supports surgical decision-making through a strategic desk will be realized. In the future, the smart treatment room will be able to jump out of the hospital (mobile version) and provide high-level diagnostic treatment at disaster emergency sites. Keywords: intraoperative MRI, navigation, brain tumor, glioma, smart cyber operating theater [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_82 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. } ## Precision-guided Therapy -FATS' "moonshot" Figure 1. Precision-guided therapy and smart treatment room (SCOT), which is the moonshot of the Faculty of Advanced Techno-Surgery. It will be the surgeon's new eyes that provides objective visible information such as intraoperative MRI and navigation. The strategy desk will be the surgeon's new brain that supports decision making by displaying various types of information in an integrated manner and will utilize AI in the future. Currently, tumors are removed by suction or the like, but new treatment methods such as removal by a surgical robot or a combined treatment with a drug and a robot treatment device that irradiates light or ultrasonic waves will be the surgeon's new hands. The place where these precision-guided therapies can be performed is the SCOT. ## はじめに 外科領域にもデジタル化の波が急速に押し寄せている。デジタル信号を介してロボットが手術を実行するようになり,手術手技の人工知能 (artificial intelligence : AI) 解析も始まっている. しかし, 入力のみがデジタル (画像診断) であったり, 出力がデジタル (手術ロボット) であったり,アナログが混在したシステムである。そして, 混在するアナログ情報が障壁となるため, 最大限の効率化は望めず,機械がつながることにより実現する IoT (Internet of Things:もののインターネット化)から遠い分野であった. 我々が目指す精密誘導治療の基盤となるのが,デジタル化である. 昨今の用語では digital transformation(DX)であるが,患者の生体信号や疾患を客観的な可視デジタル情報に変換し, 統合した取得デジタル情報により判断した上で,デジタル信号を介した治療を行うのである,結果,再現性の高い超低侵襲な診断即治療が可能となる。この DXによる精密誘導治療を実行する場がスマート治療室(Smart Cyber Operating Theater:SCOT)である。本稿では, 精密誘導治療の詳細と, スマート治療室, 中でもロボット機器での治療を目指す高機能版 (Hyper SCOT), そして遠隔治療に適した移動版(Mobile SCOT)について紹介する。 ## 先端工学外科が目指す情報誘導治療(Figure 1) 我々は, 脳神経外科において神経膠腫摘出術の効果を向上させ合併症を低減するために様々な開発を行ってきた. その基本にあるのは DX であり, 主観と経験によるアナログ的な判断ではなく, 客観的で再現性のあるデジタル情報をもとにした判断が行える手術あるいは手術法である. 1995 年のナビゲー ション開発から始まり, 2000 年術中 MRI が撮影できるインテリジェント手術室, そして, 2016 年手術室内の医療機器がネットワークで接続されIoTを実現するスマート治療室の開発につながった. Figure 2. Three types of smart treatment rooms (SCOT). A: Basic SCOT (Hiroshima University Hospital) that packages surgical medical equipment. B: Standard SCOT (Shinshu University Hospital) with 20 medical devices connected via a network. C: Hyper SCOT (Tokyo Women's Medical University Hospital) aiming at the robotization of medical equipment and use of AI. Figure 3. Strategy desk at Hyper SCOT. The strategy desk integrates and displays various time-synchronized information. At the center, the data fusion navigation system with embedded motor-evoked potential values and intraoperative flow cytometry values are displayed. さて, 脳神経外科は CT スキャンという初の完全デジタル医用画像を最初に用いた科である. さらに CT 画像を利用して個別病変をデジタル情報により誘導して穿刺する画像誘導手術 (image-guided surgery)を開発した。おそらくデジタル情報で手術を行った最初の例であると考えるが, 現在様々な科で利用されている術中操作部位を地図にあたる MRI 等の医用画像上に表示する, 手術ナビゲーション技術につながっている.画像誘導手術は位置あるいは解剖学的情報を利用する手術であるが, 脳内疾患とくに悪性神経膠腫に対して精確な摘出を行うためには, 他種類の情報が必要である. 機能局在をもつ脳において合併症を低減するための機能的情報, 境界不鮮明な神経膠腫の性格上腫痬か周辺浮腫かを判断するための組織学的情報である. 従来の術者の経験と勘に頼ってきた手術とは異なり, これら 3 種の客観的な可視情報を元に判断する手術を情報誘導手術と名付け(1)2), 情報誘 導手術を行える場一インテリジェント手術室一を構築した。 インテリジェント手術室は客観的な可視情報という“外科医の新しい目”を提供する手術室である。 この外科医の新しい目の種類が増えると, 増えた情報を統合して表示するシステムと場が必要となってくる。我々はこの “外科医の新しい脳”となる情報統合システム, 戦略デスクを 2004 年に開発した. 具体的には, 手術室全体のビデオ画像, 手術の中心となる手術顕微鏡画像, そして手術ナビゲーション画面等をあわせて表示するため, 手術の様々な意思決定にとても有用である. 特に, 覚醒下手術において患者の様子や言語テスト(絵を表示してその名前を言えるかどうかを調べる)の内容を表示して正答できているかどうか言語機能を判断する際に有用である. 脳内病変や残存腫痬同定のための術中 MRI とナビゲーションを解剖学的情報の核とし, 運動機能をチェックする運動誘発電位や覚醒下での言語や運動機能モニタリング等の機能的情報, 術中病理迅速診断や腫瘍を蛍光で可視化する光線力学的診断あるいは細胞の DNA 量を測定する術中迅速フローサイトメトリー等の組織学的情報が取得できる。 インテリジェント手術室は, 2000 年から 2020 年まで 2,023 例, 中でも境界不鮮明である神経膠腫は 1,700 例以上を占めた. 術中 MRI による摘出コントロールの結果, 初発神経膠腫の平均摘出率 $89 \%$ となり, WHO グレード $2,3,4$ それぞれの 5 年生存率は, $89 \%, 74 \%, 18 \%$ であった.また, 術後出血率は $0.98 \%$, 欧米の論文上 $3 \%$ とされる術後 1 か月以内の死亡率(あらゆる原因を含む)が $0.05 \%$ と極めて低かった。術中画像情報を核とした情報誘導手術の有用性を示唆するものである. 外科医の新しい目と脳からなる情報誘導手術では,現在,吸引管とバイポーラー鑷子によって悪性脳腫瘍を摘出しているが,手術ロボット等のデジ夕ル信号による出力動作をもつ機器による摘出に置き換わっていくと思われる。 さらに,我々は,後述する悪性新生物に対して新たな局所治療を行うロボットの開発を進めていて, これらの手術や治療ロボットが, “外科医の新しい手”となり, デジタル信号出力により再現性の高い治療が可能となる. これら,外科医の新しい目と脳と手すべてを駆使して行う成功確率の高い超低侵襲治療が精密誘導治療であり, この精密誘導治療を実行する場がスマート治療室である. ## スマート治療室の開発 スマート治療室は手術意思決定に必要なほぼすべての情報をデジタル化しており,現在蓄積されたデジタルデータを解析し AIを使って予測し, 新しいロボット機器で治療を行うことを目指している。これにより入力, 解析, 出力すべてのフェーズでデジタル化した治療体系が構築できる。 そして,この精密誘導治療を実行するスマート治療室は, 従来の滅菌空間を提供する手術室と異なり,部屋全体が一つの単体機器として治療を遂行する “医療機器” となる ${ }^{344}$. 具体的には, 術中画像診断装置を核として必要な基本機器を選定し(1, パッケー ジ化), 各部品となる室内の医療機器同士を産業用ミドルウェア ORiN によってネットワークに接続する (2, ネットワーク化). そして可視化したデータをネットワークによって統合表示し, 術中意思決定に必要な情報に変換し(インフォメーション化:インフォ化), 将来は AI が最適候補の選択肢を示す (3, $\mathrm{AI}$ 化),そして, 開発したロボットによって, 超低侵襲で再現性の高い精密誘導治療の実現を目指す (4, ロボット化). 詳しく解説すると, 手術室は現状滅菌が必要な手技を行うスペースを提供する場であり,基本手術機器に加えて科や病変に応じて必要な機器を搬入して手術を行う。しかし, 術者の“好み”や使いやすさで同じ機能であっても異なる機種を使用する場合も多く, 多種多様な手術用医療機器がストックされ使用されている。実際手術安全の定量評価では,一手技における平均 “エラー”数が 15.5 もあり ${ }^{5}$ ,その内装置や技術の不具合や障害が $23.5 \%$ あり,その原因として必要な機器や器具が揃ってない $37 \%$, 組み合わせや設定ミスが $43 \%$ もあった.このリスクを低減するために, 最新鋭の機器を選定するパッケージ化が必要である. 前述のように, 術中 MRI と MR 対応機器はある意味のパッケージ化でありインテリジェント手術室はSCOT の前身 Classic SCOT ともいえる. それを手術機器全体に広げて製品化したのが基本版 SCOT (Basic SCOT) であり, 2016 年に広島大学病院に導入された (Figure 2). しかし,このパッケージ化した機器同士は独立してネットワークで接続されていなかった. そこで, パソコンと周辺機器をつなげるデバイスドライバのようなプロバイダとよばれるソフトウェアと基盤となる医療用ミドルウェア (OPeLiNK, OpePark 社) も開発し,これまで 40 以上の機器を接続した.この ミドルウェアは世界標準を目指しており,将来は手術室に留まらず ICU や病棟に広げて行く目標である ${ }^{6}$. 各機器のネットワーク化により,独立していた情報を時間同期して統合できるため,ナビゲーションの位置情報と組み合わせれば,空間情報も付与できる.各情報単独とこの統合情報をあわせて表示できる戦略デスクのシステムを開発し,悪性脳腫瘍摘出のためのアプリケーションを作成した. 2018 年企業が異なる 20 機器をOPeLiNKによりネットワー ク化した標準版 SCOT(Standard SCOT)が信州大学病院に導入され, 神経膠腫のみならず下垂体腺腫等他の脳神経外科手術で 40 例以上の臨床試験が行われている (Figure 2). ## ロボット化と $\mathrm{Al$ 利用を目指す 高機能版 SCOT (Hyper SCOT)} パッケージ化した基礎版,ネットワーク化した標準版は,情報を取得し統合することが中心である。 すなわち外科医の新しい目と新しい脳となるべき機器やシステムの開発であるが, 将来は手術・手技が外科医の新しい手としてロボット化された新たな治療法に置き換わって行くと考える。 それを具現化する高機能版 SCOT (Hyper SCOT) のプロトタイプにロボット化した手術台や顕微鏡,そして術者をサポートする手台ロボット78)等を導入した. さらに, ロボット化した国産新治療の開発に取り組んでいる。具体的には,薬剤と物理力を組み合わせた低侵襲ながん治療法の開発であり, 表層がんに対するレーザ(光)と光感受性物質による光線力学的療法4), 深部がんに対する収束超音波と音響感受性物質による音響力学療法である ${ }^{5}$. 光線力学的療法は早期肺癌, 悪性脳腫痬, 治療抵抗性食道癌に適応を取得しており, 音響力学的療法は切除不能膵癌の適応を目指し, 担癌犬での試験研究を行った後に, 2017 年に first in human の臨床試験を行い, 現在医師主導治験を準備中である。2019 年臨床で使用可能な Hyper SCOT の臨床版を東京女子医科大学病院に導入した (Figure 2). パッケージ化したBasic SCOT,ネットワーク化したStandard SCOT,ロボット化と後述する AI 利用を目指す Hyper SCOT は,それぞれすでに 62 例, 42 例, 103 例の臨床研究を行い, 効果と安全性の評価を行っている (Figure 2). 遠隔医療を目指す戦略デスクと 移動型スマート治療室 (Mobile SCOT) ネットワーク化された Standard SCOT では, IoT による新たな仕組みが動き出す。多種類デー夕によって戦略デスクでは, 時間同期された情報が地図 (位置情報)上に表示され一ナビ地図上に渋滞情報や駐車場の空き情報を表示一術者の意思決定を支援できるようになる (Figure 3)。より高度な手術の意思決定には, 術中情報のみならず予後に関する情報も必要となる. 例えば, 摘出最終局面で, 生存率改善のためさらなる摘出を行うのか否かの意思決定に,摘出率向上による生存期間の延長を予測する基盤となる過去のデータが必要となる。また避けるべき合併症の予測には,リスクマップを使用することが考えられる。運動誘発電位が低下したときの脳内の操作部位に関する記録を集積し,統計学的に有意に低下する症例が多かった場所を表示するのである。予後予測やリスクマップの解析が進み, 多くの構造化データが9集積できれば, 将来は機械学習や深層学習といった AIを用いた意思決定支援が可能になると考える. 我々も, AIに関する研究を始めており9), 術前 MRI 画像等の情報から神経膠腫の遺伝子型の予測を行っている ${ }^{10}$. また, 高次脳機能を起こす可能性の高い部位のリスクマップを作成している ${ }^{11}$. 現在の戦略デスクは, 光ファイバー等の有線高速回線によって, 医局の戦略デスクにデー夕を伝送している。しかし, 5G の商用利用が始まり無線高速通信が可能になれば,遠隔地に学会等で指導医の出張中に緊急手術となっても, mobile 戦略デスクを介して指導を行える。さらに,5G 送信機を持つ Mobile SCOT が病院を飛び出し, 医療過疎地域や災害救急現場で,質の高い検診や専門的治療を行える可能性もある。 ## おわりに スマート治療室は,手術のみならず,すべての侵襲的な手技や処置そして治療を行うべき場所となり, 1 病院に 1SCOT となる時代がくる. そして, SCOT のネットワークシステムは, 手術室のみならず病棟や外来と病院全体, さらには介護の現場や家庭に広がっていくと考える。 さらに, 手術ロボットの進化型や全自動治療ロボットが超低侵襲治療を行う未来では, 様々な現場で Mobile SCOT が, 信頼性の極めて高い6G やそれ以上の高速通信を介して,診断即治療を施行する場として活躍していると考える。 ## 謝 辞 本スマート治療室プロジェクトは,日本医療研究開発 機構 (Japan Agency for Medical Research and Development:AMED)の未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業「安全性と医療効率の向上の両立するスマート治療室の開発」の助成を受けている。本事業に参画した 5 大学 12 企業 133 名の登録研究員, 特に広島大学栗栖薫前教授, 信州大学本郷一博前教授, 後藤哲也前講師, 藤井雄先生の臨床研究活動に, 深謝いたします.特に, 東京女子医科大学先端生命研究所の伊関洋先生,正宗賢先生, 岡本淳先生, 吉光喜太郎先生, 堀瀬有貴先生, 楠田佳緒先生, 孫瀟先生, 山口智子先生, 齋藤太一先生, 田村学先生, 東京女子医科大学脳神経外科の新田雅之先生, 都築俊介先生, 福井敦先生, 丸山隆志先生,川俣貴一先生には研究の実行に関して深謝いたします。 また, インテリジェント手術室のプロジェクトの機会を頂いた東京女子医科大学元学長高倉公朋先生, そして研究助成を頂いた経済産業省と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)に深謝いたします. 日本医学会における開示すべきCOI はありません. $ \text { 文献 } $ 1) Muragaki Y, Iseki H, Maruyama $T$ et al: Information-guided surgical management of gliomas using low-field-strength intraoperative MRI. Acta Neurochir Suppl 109: 67-72, 2011 2) Muragaki Y, Iseki H, Maruyama T et al: Usefulness of intraoperative magnetic resonance imaging for glioma surgery. Acta Neurochir Suppl 98: 67-75, 2006 3)村垣善浩, 吉光喜太郎:【手術室が新しくなければいけない理由】総論手術室改善への可能性と課題最新鋭のスマート治療室が提供する安心治療と高精度意思決定. 新医療 44(5):32-35, 2017 4) 岡本淳, 正宗賢, 伊関洋: 次世代手術室 SCOT (Smart Cyber Operating Theater)の開発. メディックス $66: 4-8,2017$ 5) Weerakkody RA, Cheshire NJ, Riga C et al: Surgical technology and operating-room safety failures: a systematic review of quantitative studies. BMJ Qual Saf 22 (9): 710-718, 2013 6) Okamoto J, Masamune K, Iseki H: Development concepts of a Smart Cyber Operating Theater (SCOT) using ORiN technology. Biomed Tech (Berl) 63 (1): 31-37, 2018 7) Okuda H, Okamoto J, Takumi Y: The iArmS Robotic Armrest Prolongs Endoscope Lens-Wiping Intervals in Endoscopic Sinus Surgery. Surg Innov 1553350620929864, 2020 8) Goto $T$, Hongo K, Ogiwara $T$ et al: Intelligent Surgeon's Arm Supporting System iArmS in Microscopic Neurosurgery Utilizing Robotic Technology. World Neurosurg 119: e661-e665, 2018 9) Shibahara T, Ikuta S, Muragaki Y: MachineLearning Approach for Modeling Myelosuppression Attributed to Nimustine Hydrochloride. JCO Clin Cancer Inform 2: 1-21, 2018 10) Matsui Y, Maruyama T, Nitta M et al: Prediction of lower-grade glioma molecular subtypes using deep learning. J Neurooncol 146 (2): 321-327, 2020 11) Niki C, Kumada T, Maruyama T et al: Primary Cognitive Factors Impaired after Glioma Surgery and Associated Brain Regions. Behav Neurol 2020: 7941689, 2020
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# 第 86 回東京女子医科大学学会総会 シンポジウム「ロボット手術の最前線」泌尿器科領域における Robot 手術の現状 東京女子医科大学泌尿器科 多旮米 (受理 2020 年 12 月 7 日) ## The 86th Annual Meeting of the Society of Tokyo Women's Medical University's \\ Symposium on "Up-to-Date Robotic Surgery" \\ Current Status of Robot-Assisted Surgery in Urology Toshio Takagi and Kazunari Tanabe Department of Urology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan The robot-assisted surgical technique is more precise due to its clear three-dimensional vision and enhanced maneuverability. Its application is expanding gradually to several fields of surgery. In urology, robotic surgery was readily introduced, and many surgeries, such as radical prostatectomy, partial nephrectomy, radical cystectomy, pyeloplasty and sacrocolpopexy, can now be performed robotically as they have been approved by the Japanese government. Urological organs are usually located in the retroperitoneal space, which entails requiring a blind maneuver occasionally to access these organs in case of an open surgery. In contrast, laparoscopy is able to visualize small spaces; therefore, this technique offers more benefit than open surgery, especially in surgeries of the deepest organs such as the prostate or the kidney. In addition, surgeons have control over four arms during the robot-assisted surgery, which enhances the quality of the surgery and offers quick recovery for the patients. The details of urological robotic surgeries are being outlined in this section. Keywords: robotic surgery, laparoscopic, urology ## 緒言 ロボット支援手術は腹腔鏡手術の延長である. 腹腔鏡手術の開腹手術を超える点として,体の深部に存在する臓器に対する良好な視野の提供と, 低侵襲性にある。さらに,ロボット支援手術は従来行われてきた腹腔鏡手術(ロボットを使用しない手術)の欠点を様々な点で補っている。具体的には,ロボッ卜支援手術はカメラと 3 本の操作アーム, つまり 4 本の手を一人の術者が操作することができ,ある程度術者の“思う通り”の手術ができる。 さらに,それぞれのアームの操作性が良好であり, 切除や縫合を伴う手術に正確性を担保している。このような点が,通常の腹腔鏡手術より優っている点である.泌尿器科領域では, いち早く腹腔鏡手術が導入さ Corresponding Author: 高木敏男 〒162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学泌尿器科 t.takagi1192@ gmail.com doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_88 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. Technique for preserving the sexual function while performing prostatectomy for prostate cancer. れている。その理由として,対象となる藏器が体の深部に存在することから,開腹手術の時代には,視野の確保に苦労してきたという事実がある。例えば前立腺は骨盤の最深部に存在し,開腹手術では時として盲目的な用手的作業を要する。そのため,細かい血管からの出血は避けられず,視野が不良となることがある。腹腔鏡手術ではそのような深い部分においても良好な視野を確保し,丁寧な手術が可能と もいちはやく導入され,その利点を享受している。 本稿においては, 泌尿器科領域で保険適応となっている前立腺全摘除術, 腎部分切除術, 膀胱全摘除術, 腎孟形成術, 仙骨腟固定術について現状を解説する. 保険点数については令和 2 年度の診療報酬である。 ## 根治的前立腺全摘一2012 年承認 保険点数:開腹 40,180 点, 腹腔鏡 77,430 点, 口ボット支援 95,280 点. 本邦ではロボットを保有している施設であれば,前立腺癌に対する根治的前立腺全摘除術はほぼ全例をロボット支援手術で行っている。限局性前立腺癌に対する治療方法は,放射線治療もあるが,ロボッ卜支援手術の普及により, 手術治療が増えている傾向がある。ハイリスク症例に対しては,リンパ節郭清を行っている. 癌の手術で最も重要なことは癌制御であるが,ロボット支援手術においてはその精密さから QOL の維持が可能となり, かつ, 重要視され ている.前立腺全摘においては術後尿失禁の予防,勃起機能の温存が重要なアウトカムとなっている. まず,尿失禁についてであるが,大切な点として解剖構造を可能な限り温存することである。具体的には,尿道長の確保,膀胱頸部の温存,前立腺前腔の温存などがある.前立腺前腔(レチウス腔)温存手術については, Egan らの報告1)では, 術早期のみならず,長期的にも尿失禁の改善を認めている.勃起機能については, 前立腺を取り巻く勃起神経をいかに温存するかが重要である。 Figure 1 に示すように, 前立腺周囲には複数の膜構造が存在する. 最も前立腺に近い層(a)で剥離すれば多くの神経を温存できるが,癌の局在によっては断端陽性になるリスクがある。それゆえ,やや外側のb の層で神経温存する場合がある。c1 ないし 22 の層での剝離となると, 神経温存は困難となる. Sooriakumaran ら ${ }^{2}$ は開腹手術とロボット支援手術, そして剝離層別の勃起機能についての比較検討を行っている.端的にいえば,開腹手術よりロボット支援手術で,また,より前立腺に近い層での剥離において, 良好な勃起機能の温存に寄与していた。 ## 腎部分切除術一2016 年承認 保険点数:開腹 42,770 点, 腹腔鏡 64,720 点, 口ボット支援 70,730 点. $\mathrm{T} 1$ 腎癌 $(7 \mathrm{~cm}$ 以下の限局性腎癌) に対して保険適応となっている。東京女子医科大学病院では 2013 年より開始し, 2019 年度に 320 例施行している. T1 Figure 2. Results of the robot-assisted technique employed to remove the localized nephroma of $7 \mathrm{~cm}$ or less. 腎腫瘍に対して約 $96 \%$ に行っており, 症例数は年々増加傾向であり (Figure 2), 国内最多の症例数である. 腎部分切除術の目的は癌制御を担保した上での腎機能の最大限の温存である。高齢化社会において慢性腎臟病が社会的な問題となっている. 2004 年に発表された Go らの報告3では, 慢性腎臟病が進行するにつれ,虚血性心疾患などが増加し,その後の生存率に関連があるとされている。その報告を元に,腎癌患者においても多くの腎機能を温存することにより, 長期生存を期待している. 重要なアウトカムである癌断端陰性, 腎機能温存, 合併症なしを目指して特に気をつけている点は, アプローチ方法と切除方法である。ロボット支援腎部分切除術におけるアプローチは, 経腹膜的アプローチと, 経後腹膜アプローチがある. 腎臟の背側にある腫瘍については,経後腹膜アプローチ, 腹側にある腫瘍は経腹膜アプローチにて行っている。 その中間にある外側に位置する腫瘍については, 現在経後腹膜アプローチにて行っている. 我々の経験では, 経後腹膜アプローチの方が, 手術時間が短く, 出血量も少ないなどの良好な周術期成績を達成している ${ }^{4}$. また, 経後腹膜アプローチの方が,術後回復が早いという報告をしている ${ }^{5}$. 切除方法であるが, 腫瘍の偽被膜に沿って切除する,核出術を積極的に行っている,正常腎実質を腫瘍側につけて切除する標準的切除術よりも, 多くの腎実質温存が可能で,良好な周術期成績を得て いる ${ }^{6}$.ただし,偽被膜が存在しない腫瘍も約 10~ $20 \%$ 存在するため, その適応については術前に十分検討すべきである”。 ## 根治的膀胱全摘除術一2018 年承認 ## 保険点数(回腸または結腸導管を利用して尿路変更を行うもの):開腹 107,800 点, 腹腔鏡 117,790 点, ロボット支援 腹腔鏡と同じ点数. 保険点数は腹腔鏡手術と同様である. ロボットを保有する病院の多くはロボット支援手術を行っている.ただし, 開腹手術と比較した前向き研究では, ロボット支援手術の周術期成績の優位性は示されていない ${ }^{8}$. また, 手術点数についてもロボット手術で多くの加算がついているわけではない現状を考えると,コスト的にもロボット支援手術で不利な状況である。少の状況下においてもロボット支援手術が広まっているのは, 前立腺・腎臟で多くのロボット支援手術を経験していることにより, 我々がロボット支援手術に慣れていることが考えられる.前述の前向き研究は開腹手術に熟練した術者からの報告であり, 今後膀胱全摘除術を始める若手医師にとっては, おそらくロボット支援手術が慣れた手術手技であることから, さらにロボット支援膀胱全摘除術が増えることが考えられる. 尿路再建(回腸導管, 代用膀胱)については,ロボット支援で体腔内(ICUD), あるいは小切開にて体腔外 (ECUFD) で行うかは,施設の方針によって異なっている. ## 腎孟形成術一2020 年承認 保険点数:開腹 33,120 点, 腹腔鏡 51,600 点, 口ボット支援腹腔鏡と同じ. 腎孟尿管移行部狭窄症に対して行われる手術であ る. 悪性腫瘍と比較すると希な手術である. ## 仙骨固定術一2020 年承認 保険点数:開腹 28,210 点, 腹腔鏡 48,240 点, 口ボット支援腹腔鏡と同じ。 子宮脱などの骨盤臟器脱に対する手術である.婦人科で行うこともある. $ \text { まとめ } $ 海外では, 泌尿器科領域の手術の多くがロボット支援手術で行われている. 本邦においてもさらに適応が広がることが予測される. さらに, 国内産ロボッ卜の生産も開始され始めている状況から,ロボットそのものの値段, 消耗品の値段も今後下がることが期待される. より多くの患者さんに, 技術進歩による利益の享受を得られることを期待しているところである. ## 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Egan J, Marhamati S, Carvalho FLF et al: Retzius-sparing robot-assisted radical prostatectomy leads to durable improvement in urinary function and quality of life versus standard robotassisted radical prostatectomy without compromise on oncologic efficacy: single-surgeon series and step-by-step guide. Eur Urol 2020, doi: 10.1016/ j.eururo.2020.05.010 2) Sooriakumaran P, Pini G, Nyberg T et al: Erectile function and oncologic outcomes following open retropubic and robot-assisted radical prostatectomy: results from the laparoscopic prostatectomy robot open trial. Eur Urol 73: 618-627, 2018 3) Go AS, Chertow GM, Fan D et al: Chronic kidney disease and the risks of death, cardiovascular events, and hospitalization. N Engl J Med 351: 12961305, 2004 4) Takagi T, Yoshida K, Kondo T et al: Comparisons of surgical outcomes between transperitoneal and retroperitoneal approaches in robot-assisted laparoscopic partial nephrectomy for lateral renal tumors: a propensity score-matched comparative analysis. J Robot Surg 2020, doi: 10.1007/s11701-02001086-3 5) Kobari Y, Takagi T, Yoshida K et al: Comparison of postoperative recovery after robot-assisted partial nephrectomy of $\mathrm{T} 1$ renal tumors through retroperitoneal or transperitoneal approach: A Japanese single institutional analysis. Int J Urol 2020, doi: 10.1111/iju. 14424 6) Takagi T, Kondo T, Tachibana H et al: Comparison of surgical outcomes between resection and enucleation in robot-assisted laparoscopic partial nephrectomy for renal tumors according to the surface-intermediate-base margin score: a propensity score-matched study. J Endourol 31: 756-761, 2017 7) Takagi T, Yoshida K, Kondo T et al: Peritumoral pseudocapsule status according to pathological characteristics from robot-assisted laparoscopic partial nephrectomy for localized renal cell carcinoma. Int J Urol 26: 446-450, 2019 8) Bochner BH, Dalbagni G, Sjoberg DD et al: Comparing open radical cystectomy and robot-assisted laparoscopic radical cystectomy: a randomized clinical trial. Eur Urol 67: 1042-1050, 2015
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# 第 86 回東京女子医科大学学会総会 シンポジウム「ロボット手術の最前線」 本邦における産婦人科領域でのロボット支援下手術の現状 東京女子医科大学産婦人科 少年本宦 } (受理 2020 年 10 月 14 日) ## The 86th Annual Meeting of the Society of Tokyo Women's Medical University's Symposium on "Up-to-Date Robotic Surgery" Current Status of Robotic Surgery in Gynecology in Japan ## Hiroshi Funamoto Department of Obstetrics and Gynecology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Robot-assisted surgery has high-resolution 3D stereoscopic vision and a function to prevent camera and forceps from shaking. Furthermore, as the forceps can be operated with a high degree of freedom utilizing the multi-joint function, it is effective for fine surgery such as lymph node dissection for gynecologic malignancies. Currently, in the gynecologic field, total hysterectomy for benign diseases such as uterine myoma and early endometrial cancer, and sacral colpopexy for pelvic organ prolapse are covered by social insurance. When performing these operations, the facility must be registered in compliance with the guidelines of the Japanese Society of Obstetrics and Gynecology. In the future, the indications are expected to be expanded by utilizing the aforementioned characteristics and applied to highly difficult surgeries such as radical hysterectomy for cervical cancer and paraaortic lymphadenectomy for endometrial cancer. However, there are also unique complications that are not prevalent during laparotomy and laparoscopic surgery. In order to safely perform robot-assisted surgery, It is necessary to have sufficient training regularly. Keywords: robot-assisted surgery, gynecologic diseases ## はじめに ロボット支援下手術は 2012 年, 本邦において前立腺癌に対して初めて保険収載され,これにより泌尿器科領域で爆発的な普及が起こった. 2018 年 4 月の たが,婦人科領域では子宮筋腫などの良性疾患と子宮体癌に対する 2 つの術式が保険収載された。さらに 2020 年 4 月からは骨盤臓器脱 (pelvic organ prolapse:POP)に対するロボット支援下仙骨腟固定術 (robot-assisted sacrocolpopexy : RSC) も加わり, 今後は婦人科疾患に対するロボット支援下手術はますます増えてくるものと思われる。 or.jp doi: $10.24488 /$ jtwmu.91.1_92 Copyright (C) 2021 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. Number of cases in each field of robot-assisted surgery worldwide. In 2010, gynecological robot-assisted surgery overtook urological surgery in terms of the number of cases. Courtesy of Intuitive Surgical, Inc. 本稿では婦人科領域におけるロボット支援下手術の歴史, 現在保険で行われている手術の現状, さらに今後実施されるであろう術式の展望について述べみたい。 ## ロボット(da Vinci)支援下手術の歴史 手術支援ロボットda Vinci (Intuitive Surgical Inc.) は 1999 年に発売され, 2000 年 7 月に米国食品医療局(Food and Drug Administration:FDA)により認可された. 当初は心臟外科領域を目的として開発されたが,一般的に広く行われるようになったのは 2005 年に泌尿器科において FDA に認可されてからである,前立腺癌に対するロボット手術はこれまでの開腹術や腹腔鏡手術と比べると出血, 合併症, 予後などすべての面で優れており,数年の間にゴールドスタンダードの術式となった。婦人科領域においては FDA の承認は泌尿器科より遅れたが,良性疾患特に, 子宮摘出術と子宮筋腫核出術に対するロボット手術が 2005 年に FDA の承認を得てからは1急速に広まり,2010 年には婦人科手術は泌尿器科手術を追い抜くまでになった (Figure 1).さらに子宮体癌などの婦人科悪性腫瘍に対するニーズも高ま ${ }^{233)}, 2009$ 年ごろより米国においては婦人科恵性腫瘍に対する子宮全摘術の $80 \%$ 以上はロボット支援下に行われている. da Vinci Surgical System は 1999 年に da Vinci スタンダードが米国で最初に発売され (本邦では未承認), 現在までに何度かのモデルチェンジを行っている. 2006 年に da Vinci S, 2009 年に da Vinci Si, 2014年に da Vinci Xi が発売され, さらに 2018 年には da Vinci Xが Xi の廉価版として承認された. 現在, 世界でもっとも普及しているXi はラーニングコス卜, 触覚のなさなどの欠点はあるものの, 手術用口ボットとしては非常に完成度が高いといえる。 2019 年 12 月末で, 世界における da Vinci の普及状況は北米で 3,531 台, 欧州で 977 台, アジアで 780 台であり,世界中でda Vinci Surgical System は 5,582 台導入されている (Figure 2). さらに, 手術件数は全世界で年間 100 万件を超えている. 本邦においては 2012 年, 前立腺癌に対するロボッ卜支援下手術が保険収載され, その後, 腎部分切除術なども加わり, 泌尿器科領域でロボット手術は眼を見張る勢いで普及を続けている。婦人科領域においては 2009 年 3 月, 東京医科大学において本邦初のロボット支援下子宮全摘術 (robot-assisted total hysterectomy : RAH) が実施されたが4), その後は画期的な普及はなく, 一部の施設で試験的に行われているに過ぎなかった。 しかし, 2018 年 4 月の診療報酬の改定により一般外科, 胸部外科, 泌尿器科, 産婦人科の 12 術式が保険収載された。婦人科領域では子宮筋腫などの良性疾患に対するロボット支援下腹腔鏡下子宮全摘術と早期子宮体癌に対するロボット支援下子宮悪性腫瘍手術(子宮体癌に限る)の 2 つの術式が保険適応となり,多くの施設で実施されるようになった。 さらに 2020 年 4 月からは POP に対する RSC も加わった. Rest of World 294 Figure 2. The spread of da Vinci Surgical system worldwide (2019). 5,582 da Vinci Surgical systems have been installed worldwide. Of these, there are 3,531 in North America, 977 in Europe, 780 in Asia, and 294 in other regions. Courtesy of Intuitive Surgical, Inc. Figure 3. The frequency of robot-assisted hysterectomy in Japan. With respect to the robot-assisted hysterectomy, benign diseases increased by 40 times and malignant diseases increased by 4 times between 2017 and 2019 . Courtesy of Intuitive Surgical, Inc. 2018 年保険収載以降,子宮全摘術に関しては (Figure 3),2019 年には良性において 2017 年の 40 倍, 悪性においては 4 倍に増加しており,2,000 件以上実施されている. 東京女子医科大学産婦人科においても 2018 年 9 月より RAHを開始し, 2020 年 8 月までに 105 例に実施している. ## ロボット支援下手術の特徴 腹腔鏡の最大の特性は拡大視野で深部到達能に優 れ,的確な剥離層での手術が可能であり,従来の開腹術では認識できなかったような細い血管や神経などの構造を確認できたことである。そのため骨盤深部の操作や大血管周囲の纎細かつ正確な操作が必要な婦人科手術に適している. ロボット支援下手術では高解像度 3D 画面上で,実際に腹腔内に入ったような感覚での操作となるため, 腹腔鏡手術よりさらに血管や神経がよく見え, その威力を発揮すること Table 1. Target of health insurance, own expense, and advanced medicine for the surgery of gynecological diseases In Japan. Ca, cancer; PAND, para-aortic lymph node dissection; POP, pelvic organ prolapse. * 1 : Low risk group of endometrial cancer stage Ia. * 2: Endometrial cancer stage Ia with type II form (papillary serous Ca, clear cell Ca et.). * 3: The indications for laparoscopic radical hysterectomy are stage Ia2 Ib1 and IIa1. * 4: Robotic-assisted radical hysterectomy is indicated for squamous cell carcinoma of stage Ib to IIb and adenocarcinoma of stage Ia2 to IIb. になり,解剖が理解しやすいという点では教育面でも非常に優れている. さらにロボット針子は多関節を有し, 540 度までの広い可動域を持ち, 術者の指の動きに同期した繊細な腹腔内操作が可能である。また手振れ防止機構により精微で安全な操作が可能で,腹腔鏡手術より小さなワーキングスペースでもストレスのない操作性が得られる。腹腔鏡手術ではカメラ操作, 術野展開は助手によって行われるが, ロボット支援下手術では術者自身がカメラを操作するため, 慣れとトレーニングが必要である. しかし,近接視と遠隔視を頻回に切り替えて全体像を把握し, 3rd アームをうまく使って, 臟器を制引・圧排することにより,良い術野を創ることができ,安全かつ精微で高度な手術が可能になる。 一方, da Vinci 専用鉗子には触覚がなく, 把持力が強いため, 臟器の把持・牽引で意図しない組織の損傷挫滅を引き起こすことがある.特に,クラッチ操作を頻回に行うことによって,ロボットアームを見失い, 術野外でブラインド操作を行っていることがある。針子が視野から消えたときは,視野外に十分に注意を払うことが重要である。 ## 婦人科領域で行われているロボット支援下手術 Table 1 に本邦における保険, 自費, 先進医療で行われている婦人科手術の対象を示す. 現在, 保険適応となっているロボット支援手術は 2018 年 4 月に保険収載された良性子宮疾患に対する子宮摘出術,傍大動脈リンパ節 (paraortic lymph node : PAN) 郭清術の必要のない初期子宮体癌手術 (Ia 期, type I), 2020 年 4 月に保険収載された RSC の 3 術式である.これらの手術の導入・実施にあたっては, 日本産科婦人科学会の指針 (Table 2 $)^{5}$ を遵守し,施設登録を行わなければならない。そうでなければ保険請求できないことを十分に注意する必要がある. ## 1. 良性疾患に対する RAH 腹腔鏡下腔式子宮全摘術 (内視鏡手術用支援機器を用いる場合)の施設基準を Table $3^{6}$ に示す. 重要なのは腹腔鏡下腔式子宮全摘術を 10 例以上実施している施設で,当該手術を 5 例以上行った術者が常勤していることである.「産婦人科内視鏡手術ガイドライン 2019 年版 7 ににおける CQ14「子宮筋腫に対して,ロボット支援下単純子宮全摘術は推奖されるか?」のステートメントは「子宮筋腫に対するロボット支援下単純子宮全摘術は, 腹腔鏡下単純子宮全摘術とならぶ選択肢として推奖する」であり, RAH(Figure 4)は腹腔鏡手術と比較して,技術的に問題なく, 入院期間は同等あるいは短く, 術中および術後合併症の発生率に差はないと明記されている. さらに適応に関してはその解説の中で “腹腔鏡下単純子宮全摘術と同様に, 腟式手術を適応できない子宮筋腫が適応となるが, 術者や施設の裁量に委ねられる”と示されている》。 大きな筋腫や子宮内膜症などで高度瘉着を伴った子宮全摘術では難易度が高くなるため, 個々の症例に対して, 術前の評価,手術のシミュレーションをしっかりと行い, さらに術中トラブルに対する対応をしっかりと考慮したうえで,手術に臨むべきであると考える。 ## 2. 子宮体癌に対するロボット支援下手術 施設基準として腹腔鏡下子宮悪性腫瘍手術(子宮体癌に対して内視鏡手術用支援機器を用いる場合) を術者として 10 例以上実施した経験を有する常勤 Table 2. Guidelines for robot-assisted surgery for gynecological diseases. ## 婦人科領域のロボット支援下手術の実施基準 手術施行に際して、厚生労倬省が保険喰療として定めるロボット支援下手術に関しては、その適応と術式を道守して行う。保険診療として定められていない手術適応浦式に関しては、関連学会の定める直近のカイイ゙ライン(産婦人科内視鏡手術カイドライン・子宮体がん治療ガイドライン・子宮頸癌治療カイイトラインなど)に基づき、先進医療あるいは臨床試験として実施する。 施設$\cdot$術者基準 下記項目を满たした各施設でロボット支援下手術を行う。 (1) 厚生労働省の定めるロボット支援下手術(内視鏡手術用支援栰器を用いる場合)にかかわる特咆診療料の施設基準を満たしていること。 (2) NCDに各施設で実施施設登録申請を行い(注 1)、承羿を受けたのち手術を实施すること。 (3) NCDの症例登録システムに沿つて術前・術後に㜊滞なく症例登録を行うこと。 (4) 本学会の婦人科腄瘍登録施設で悪性腫瘍に対してロボット支援下手術を行つた症例については、従来通り婦人科腫瘍登録にオンライン登録を行うこと(注 2 )。 (5) 新たにロボット支援下手術を導入する際には必ず適切な指導者のもとに行うこと (注3)。 注 1 : 登録申請にあたり、手術実施チーム内に日本産科婦人科内視鋢技術認定医(または日本内視鏡外科学会技術認定医)が含まれていること。さらに悪性湟瘍手術を行うにあたっては、手術実施チーム内に日本婦人科腫瘍学会婦人科腫瘍䙳門医が含まれていること。但し、いずれも自施設の常勤医に限る。 注 2: ロボット支援下手術を実施する施設は本学会の婦人科腫准登録を実施していることが望ましい。 注 3: 「指道者」は原則として、日本婦人科ロボット手術学会が日本産科㛚人科内視繶学会および日本婦人科腪瘍学会と共同認定するプロクター (学会HPで公表) を推装する。 Adapted from reference 5. Table 3. Facility criteria for laparoscopic vaginal hysterectomy (when using assistive devices for endoscopic surgery). (1)腹腔鏡下堗式子宮全摘術(内視鏡手術用支援機器を用いる場合)を術者として5例以上実施した経験を有する常勤の医師が1名以上配置されていること (2)当該保険医療機関において、子宮全摘術、腹腔鏡下腔式子宮全摘術(内視鏡手術用支援機器を用いる場合を含む) 、子宮悪性腫瘍手術または腹腔鏡下子宮悪性腫瘍手術(子宮体がんに対して内視鏡手術用支援機器を用いる場合を含む)を合わせて年間30例以上実施しており、そのうち腹腔鏡下膣式子宮全摘術 (内視鏡手術用支援機器を用いる場合を含む)を年間10例以上実施していること (3)産婦人科または婦人科、放射線科および麻酔科を標榜している保険医療機関であること (4)産婦人科または婦人科について専門の知識および5年以上の経験を有する常勤の医師が2名以上配置されており、そのうち1名以上が産婦人科または婦人科について10年以上の経験を有していること (5)緊急手術が実施可能な体制が整備されていること 66常勤の臨床工学技士が1名以上配置されていること (7)当該療養に用いる機器について、適切に保守管理がなされていること (8)当該手術を実施する患者について、関連学会と連携のうえ、手術適応等の治療方針の決定および術後管理等を行っていること (9)関係学会から示されている指針に基づき、当該手術が適切に実施されていること Adapted from reference 6 . の医師が 1 名以上配置され,当該手術を施設として年間 5 例以上実施していることが必要である. 「産婦人科内視鏡手術ガイドライン 2019 年版」によると CQ30「子宮体癌に対して, ロボット支援手術 は推奨されるか?」のステートメントは「適切な症例選択のもとで行われるロボット支援手術は開腹術とならぶ選択肢として推奨する」である ${ }^{8}$. ただしリンパ節郭清術は骨盤リンパ節のみの低リスク群に Figure 4. Robot-assisted total hysterectomy (RAH). a: identification of the ureter via the lateral approach, b: adnexectomy, c: resection of the cardinal ligament, d: separation of the bladder from the uterine cervix, e: incision of the vaginal wall, $\mathbf{f}$ : suture of the vaginal wall. Figure 5. Laparoscopic radical hysterectomy (LRH) for severely obese patients (body weight $102 \mathrm{~kg}$, BMI 39.1). In robotic surgery, as the abdominal wall is elevated by the port, it becomes a form that uses a lifting type of laparoscopic surgery in addition to the conventional pneumoperitoneum. Moreover, a high Trendelenburg position is taken, so it is easy to obtain a working space. 限っており,傍大動脈リンパ節郭清術が必要な Ib 期以上の体癌や type II の症例(中・高リスク群)に対しては保険適応での実施は不可である. 肥満 (Figure 5) は子宮体癌のリスク因子である.高度肥満症例のリンパ節郭清術を含む体癌手術は術野展開が大変であり,難渋することが多い。そのため, 必然的に手術時間が長くなり, 術後イレウスや創部離開などの合併症発生頻度も高くなり, 入院期間も延長すると考えられる。また腹腔鏡手術においても厚い皮下組織が鉗子の動きを制限し,意図するところに針子が思うように届かず,イライラを経験した術者も多いと思う。一方, ロボット手術は, ポー トで腹壁を挙上するため, 従来の気腹に加え, 吊り上げ式を併用するような形になり,さらに高度の骨盤高位をとるため, ワーキングスペースが得やすい. また 3D 画面, 多関節機能, ブレ防止機能により腹腔 Figure 6. Laparoscopic sacral colpopexy (LSC). a: pass the needle through the sacral promontory, b: fix the mesh to the anterior vaginal wall, c: fix the mesh to the uterine cervix, d: fix the mesh to the sacral promontory. LSC is a very difficult operation because it requires manipulation of the deep pelvis, as well as suture and ligation in tight spaces multiple times. 鏡手術より鉗子操作がスムーズに行える。一般的に肥満症例は健常者に比べて trendelenburg position が取れない,低喚起・低酸素症のため開腹移行率が高いといわれている9)が, 肥満症例は開腹術, 腹腔鏡手術に比べ,ロボット手術が適しているのは確かである。しかし,その実施に際しては,麻酔科や肥満外来担当医と相談し術前より十分に注意して行うべきである。 ## 3. 骨盤藏器脱に対する RSC 仙骨腟固定術(ASC)は POP,特に DeLancey の分類のレベル 1 障害に対する手術療法のゴールドスタンダードとして主に米国で行われてきた。本邦では腹腔鏡下仙骨腔固定術 (LSC) として限られた施設で先進医療によって行われていたが,2016 年 4 月に保険収載され, 一躍脚光をあびる術式となった. しかし, LSC (Figure 6) は骨盤深部の操作が必要で狭い空間での縫合結紮が多く, 非常に難易度の高い手術である。一方, RSC では高解像度拡大視野, 多関節機能などの特性により LSC の手術難度を減じてくれると思われる. RSC の施設基準は腹腔鏡下膀胱悪性腫瘍手術(内視鏡手術用支援機器を用いる場合), $\operatorname{LSC}$ (内視鏡手術用支援機器を用いる場合), 腹腔鏡下㓑式子宮全摘術(内視鏡手術用支援機器を用いる場合)を合わせて 10 例以上, そのうち当該手術を 3 例以上術者とし て実施した経験を有する常勤の医師が 1 名以上配置され,LSC を年間 5 例以上実施していることが必要である. ## 今後の婦人科領域のロボット支援下手術 ## 1. ロボット支援下広汎子宮全摘術 従来から行われている開腹による広汎子宮全摘術は骨盤深部の操作が必要で出血量も多くなり, 婦人科領域では極めて難易度の高い手術である。一方,鏡視下手術はその特性により骨盤底の深い操作に威力を発揮する. 特に基勒帯の処理, 膀胱子宮勒帯前層・後層の処理は緻密な part であり, 出血しやすく, 自律神経損傷が問題となる。細い血管の 1 本ずつの処理や自律神経の温存には拡大視能を有する鏡視下手術は非常に有用である ${ }^{10}$. 特に, 高解像度の $3 \mathrm{D}$ 画面や多関節機能を持つロボット手術 (Figure 7) は広汎子宮全摘術のもっとも良い適応になると考えられる。本邦においては 2016 年より先進医療 B 「内視鏡下手術用ロボットを用いた腹腔鏡下広汎子宮全摘術」として限られた施設で行われている. しかし, 2018 年に発表された LACC trial ${ }^{11}$ の結果 (Figure 8)は衝撃的であった。すなわち,鏡視下手術 (ロボット手術 $16 \%$ を含む)は開腹術に比べその治療成績が有意に劣るというものであり,鏡視下手術は断端/骨盤内再発がより多かった. 特に骨盤内再発は開腹術では皆無であったのに対し,鏡視下手術で Figure 7. Separation and division of the anterior leaf of the vesicouterine ligament in robot-assisted semi-radical hysterectomy in cervical cancer. a: separation of the uterine artery, b: cutting the uterine artery, c: identification of the ureteral roof, d: cut of the cervico-vesical vein, e: rolling of the ureter, f: cut of the paracolpium. The treatment of the anterior leaf of the vesico uterine ligament is a very delicate procedure. Hence, it is useful to process the thin blood vessels one by one and to preserve the autonomic nerves using a high-resolution 3D screen and forceps operation utilizing multijoint function. Figure 8. LACC trial. Minimally invasive radical hysterectomy was associated with lower rates of disease- free survival and overall survival than open abdominal radical hysterectomy among women with early-stage cervical cancer. Adapted from reference 11. は再発例の $29 \%$ を占めていた. 鏡視下手術では子宮マニピュレーターの使用や $\mathrm{CO}_{2}$ ガスによる腹腔内への癌細胞の散布が予後に関与しているのではないかと考えられている。また鏡視下手術を選択する場合,腫瘍径が $2 \mathrm{~cm}$ 未満の症例を対象にすべきではないかと考える。 「産婦人科内視鏡手術ガイドライン 2019 年版」に よると CQ29「子宮頸癌に対して, ロボット支援下手術は推奨されるか?」のステートメントは「下記留意事項に則り実施することを条件として,ロボット支援下広汎子宮全摘術は先進医療等の研究的治療として行われることを推奖する」である ${ }^{12)}$.「下記留意事項」の中に,「腟管切断においては, 腫瘍が腹腔内に曝露され, 散布されることがないように腟管切開, Figure 9. Para-aortic lymphadenectomy by laparotomy. Paraaortic lymph node (PAN) dissection by laparotomy requires a large incision from above the pubic symphysis to below the xiphoid process, and there are problems such as postoperative adhesions, intestinal obstruction, and wound dehiscence. Figure 10. Laparoscopic para-aortic lymphadenectomy. Laparoscopic PAN dissection is designated as an advanced new medical technology in obstetrics and gynecology. In the high-risk group of endometrial cancer, it is performed up to the lower margin of the left renal vein. PAN, paraaortic lymph node; IMA, inferior mesenteric artery. 子宮摘出方法に十分に留意し, 導入時には腫瘍の大きさなどを考慮し症例選択を行う」とあるが,すでに保険適応となっている腹腔鏡下広汎子宮全摘術と同様十分に注意を払うが必要がある. ## 2. ロボット支援下 PAN 郭清術 PAN 郭清術は子宮体癌のハイリスク群において左腎静脈下縁まで行われる。開腹術では骨盤リンパ節から左腎静脈下縁までの PAN 郭清を行うには恥骨結合上から剣状突起下まで大きく切開する必要があり, 術後の癒着, 腸閉塞, 創部離開などの問題がある (Figure 9)。一方, 腹腔鏡手術はその特性により大血管周囲を拡大視でき,マイクロサージャリー のような感覚で手術でき,下大静脈前面から出る細い血管 perforator 穿通枝を確認しながら切除を行うため, ほとんど出血することなく手術可能である. さらに, 術後瘉着が少なく, 腸閉塞などの合併症もほとんど発生しないと考えられる ${ }^{13}$. さらにロボッ卜支援下手術では高解像度 3D による拡大視能や多関節,手振れ防止機能により,より安全な手術が可能であると考える。 子宮体癌に対する腹腔鏡下 PAN 郭清術(Figure 10) は 2016 年 4 月に先進医療 A に承認された. 著者も前任地の富山県立中央病院で 2019 年 3 月まで先進医療 A として実施してきたが,2020 年 4 月よりようやく初期子宮体癌(Ia 期)のハイリスク群に限って保険収載された(Table 1). ロボット支援下 PAN 郭清術は現在のところ保険収載されていないため, 現時点で行うには臨床試験として, 院内倫理委員会の承認を得て慎重に行わなければならない。さらに「ロボット支援下子宮悪性腫瘍手術」も「腹腔鏡下 PAN 郭清術」も産婦人科領域の高度新医療技術に指定されていることから「口ボット支援下 PAN 郭清術」は両者の複合手術として,院内の高難度新規医療技術評価委員会による承認を得なければならないと考える。 PAN 郭清術はロボット支援下に行うことにより, より精度の高い手術が可能であることは言うまでもない. しかし,下大動脈・下大静脈周囲を操作するため,一つ間違えば大血管損傷などの大きな事故にもつながる危険がある高難度術式であることを認識し,十分に注意して施行する必要がある. ## おわりに 婦人科領域におけるロボット支援下手術の歴史は浅く, 保険収載されてからまだ 4 年を経過したにすぎない. 高画質 $3 \mathrm{D}$ 画像, 多関節, 手振れ防止機能により広汎子宮全摘術や PAN 郭清術などの高難度の手術に対しても, 精密でクオリティーの高い手術が可能であると思う.腹腔鏡手術に比べ開腹術に近い感覚で手術可能で,ラーニングカーブが短いとされているが,ドッキングやポート配置にも工夫が必要である。さらに,開腹術や腹腔鏡手術にはない特有 の合併症も存在する。ロボット手術を安全に実施するためには,万一に備えて起こるべき偶発症を想定し, 日頃よりそれらの対処法に精通し, 十分なトレー ニングをしておくことが必要である. 本稿における開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1) Holloway RW, Patel SD, Ahmad S: Robotic surgery in gynecology. Scand J Surg 98: 96-109, 2009 2) Seamon LG, Cohn DE, Richardson DL et al: Robotic hysterectomy and pelvic-aortic lymphadenectomy for endometrial cancer. Obstet Gynecol 112: 1207-1213, 2008 3) Boggess JF, Gehrig PA, Cantrell L et al: A casecontrol study of robot-assisted type III radical hysterectomy with pelvic lymph node dissection compared with open radical hysterectomy. Am J Obstet Gynecol 199: 357.e1-367.e7, 2008 4)井坂惠一:婦人科がんと Robotic surgery. 産と婦 $77: 1050-1055,2010$ 5)「婦人科疾患に対するロボット支援下手術に関する指針」について。 日産婦会誌 72: 579-580, 2020 6)【通知】第 78 の 3 腹腔鏡下腔式子宮全摘術(内視鏡手術用支援機器を用いる場合). 診療報酬点数表 Web 2018-2019. http://2018.mfeesw.net/s04/s0110/ s010180/s010101815/ (Accessed October 8, 2020) 7) 第 6 章子宮筋腫(2)ロボット支援下単純子宮全摘出術.「産婦人科内視鏡手術ガイドライン 2019 年版第 3 版」(日本産科婦人科内視鏡学会編), pp $82-87$,金原出版 (2019) 8)第 13 章ロボット支援手術 CQ30.「産婦人科内視鏡手術ガイドライン 2019 年版第 3 版」(日本産科婦人科内視鏡学会編), pp154-157, 金原出版 (2019) 9) Walker JL, Piedmonte MR, Spirtos NM et al: Laparoscopy compared with laparotomy for comprehensive surgical staging of uterine cancer: Gynecologic Oncology Group Study LAP2. J Clin Oncol 27: 5331-5336, 2009 10)舟本寛:腹腔鏡下広汎子宮全摘術. 産婦の実際 62 : 1695-1702, 2013 11) Ramirez PT, Frumovitz M, Pareja R et al: Minimally Invasive versus Abdominal Radical Hysterectomy for Cervical Cancer. 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Tokyo Women's Medical University
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# 長期 VV-ECMO 管理中の COVID-19 関連重症呼吸不全患者の治療方針の決定に 対して Jonsen 4 分割表を用いた倫理的アプローチを施行した 1 例 ${ }^{1}$ 東京女子医科大学集中治療科 ${ }^{2}$ 東京女子医科大学臨床工学科 ${ }^{3}$ 東京女子医科大学看護部 ${ }^{4}$ 東京女子医科大学救命救急センター (受理 2022 年 3 月 17 日) Use of Jonsen's Four Topic Approach in the Treatment Policy of COVID-19-Associated Severe Respiratory Failure under Prolonged Venovenous Extracorporeal Membrane Oxygenation: A Case of Ethical Approach Mai Yamamoto, ${ }^{1}$ Shingo Ichiba, ${ }^{1,2}$ Sakuko Banzai, ${ }^{3}$ Atsumi Hoshino, ${ }^{1}$ Masako Shimada, ${ }^{3}$ Arino Yaguchi, ${ }^{4}$ and Takeshi Nomura ${ }^{1}$ ${ }^{1}$ Department of Intensive Care Medicine, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Clinical Engineering, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{3}$ Department of Nursing, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan }^{4}$ Department of Critical Care and Emergency Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Extracorporeal membrane oxygenation (ECMO) has been as a for lifesaving rescue therapy for patients with severe acute respiratory failure associated with coronavirus disease-2019 unresponsive to mechanical ventilation. Although the broad application of this new technology undoubtedly saves lives in many cases, these innovations have created new ethical issues in intensive care medicine. Intensivists managing patients treated with ECMO should be prepared to deal not only with complex clinical management, but also with ethical issues. For the clinical-ethical case analysis, we used the "four-topic" approach described by Jonsen, et al. This method helped classify all aspects of clinical ethics into four categories and provided a framework for linking the current situation of this case to ethical principles. Keywords: ECMO, COVID-19, intensive care medicine, ethics 緒言 体外式膜型人工肺 (extracorporeal membrane oxygenation:ECMO)は, 肺障害が可逆的な場合は回復, 不可逆的な場合は移植への橋渡しが可能とな る,高性能な簡易型人工心肺装置である。 ECMO 管理下の患者は,肺の回復または移植が困難な状況  Figure 1. Chest X-ray. A. day 1, B. day 7, C. day 8 . にあっても生存可能であり,このような状況は “bridge to nowhere” と呼ばれる"12).これは従来の生死の概念を当てはめることができない新たな状態で あり, ECMO 継続中止の判断は医学的のみでなく,倫理的側面からも慎重な検討を要する.新型コロナ ウイルス感染症 (coronavirus disease 2019: COVID-19)による重症呼吸不全患者の増加により その需要, 使用数が大幅に増加しているが, 回復お よび肺移植のどちらにも向かうことのできない患者 に関して, ECMO 継続の中止を決定することに対す る患者や患者家族, 医療者への倫理的アプローチを 提示した文献は少ない. 特に急激に重症化し, Living Will を示していない患者の場合,意思疎通が難しい 状況での判断は困難を極める. Jonsen らの 4 分割表 ${ }^{3}$ は患者に関わるすべての人々が納得することを 目指し, 患者本人にとって最善の医療提供を行うこ とを中心として話し合うことを支援する手法であ 了. 今回, COVID-19関連重症呼吸不全の患者に, 4 か月余りの ECMO による肺保護療法を含めた治療 を行ったにも関わらず,不可逆性肺障害であると判断した症例において, 患者に関わる全職種でカン ファレンスを行った. その際, Jonsen らの 4 分割表 ${ }^{3}$ を用いて医学的および倫理的側面から協議した結果, ECMO 継続の中止を決定した症例を経験したた め報告する。 ## 症 例 患者は 40 歳代後半, 男性. 既往に未治療の糖尿病があった. 入院 5 日前から発熱し, SARS-CoV-2 PCR (polymerase chain reaction)検查で陽性となったため自宅待機していたが,呼吸状態が悪化し東京女子医科大学病院入院となった. 入院時の胸部 CT では,両肺野に多発する非区域性のすりガラス陰影を認め, レムデシビル, デキサメタゾン, トシリズマブ投与を開始したが呼吸状態は改善しなかった. 第 7 病日に気管挿管にて人工呼吸器管理を開始, 第 8 病日に静脈脱血一静脈送血体外式膜型人工肺(venovenous extracorporeal membrane oxygenation: VV-ECMO)の導入となった (Figure 1). 腹覧位療法,ステロイドパルス療法も併用したが著効せず,第 15 病日に気管切開術を施行した. その後, 人工呼吸器関連肺炎, 器質化肺炎, 長期静脈内留置カニュー レによる血流感染とそれに伴う敗血症性ショックを合併し, 抗生剤の変更や昇圧剤の投与を要した. 気管切開後も患者の咳嗽が頻回なため鎮静・鎮痛薬を使用したが,循環動態が不安定であるため十分な苦痛緩和が困難であった. 第 45 病日には肺血管床減少に伴う右心負荷所見を認めた. 第 59 病日に急性腎不全による高 $\mathrm{K}$ 血症, 代謝性アシドーシスが生じ,持続的血液滤過透析 (continuous hemodiafiltration : CHDF)を開始した. ECMO 管理中はへパリンナトリウムの持続投与を行っていたが, 第 17 病日, 第 28 病日, 第 35 病日, 第 41 病日, 第 59 病日, 第 87 病日, 第 111 病日に血栓形成による人工肺の劣化に対してECMO 回路交換を行った. その後の胸部 X 線写真および胸部 CT 画像上では, 肺の含気は次第に改善傾向となり, ECMO の設定を徐々に下げることができた。第 115 病日には, ECMO ポンプ流量 2.0 L/分, 人工肺への吹送ガス流量 (sweep gas flow : SGF) $1.0 \mathrm{~L} /$ 分および $\mathrm{F}_{\mathrm{D}} \mathrm{O}_{2}$ (fraction of delivered oxygen) 0.21 の設定まで低下でき, 同時に人工呼吸器は $\mathrm{F}_{1} \mathrm{O}_{2}$ (fraction of inspired oxygen) 0.5, 呼気終末陽圧 (positive end-expiratory pressure : PEEP) $8.0 \mathrm{cmH}$ ${ }_{2} \mathrm{O}$ の設定において, $\mathrm{PaO}_{2} 140 \mathrm{mmHg}, \mathrm{PaCO}_{2} 41$ Figure 2. Chest CT A. day 1, B. day 45, C. day 122 . $\mathrm{mmHg}$ であったため, ECMO 離脱の可能性が高いと判断した. ECMO 離脱試験を行い, $\mathrm{PaO}_{2} / \mathrm{F}_{1} \mathrm{O}_{2}$ 比 (P/F 比)150で酸素化に問題がないことを確認して離脱した. 患者家族には, 患者が $\mathrm{ECMO}$ 離脱後に呼吸状態が悪化した場合は,血栓による合併症リスクを承知で再導入することを説明し, 納得された。 しかし離脱翌日から努力呼吸が出現, $\mathrm{P} / \mathrm{F}$ 比が 100 以下となり,VV-ECMO を再導入した。第 130 病日時点で $\mathrm{ECMO}$ 流量 $0.8 \mathrm{~L} /$ 分, $\mathrm{F}_{\mathrm{D}} \mathrm{O}_{2} 1.0$ にて, 力ニューレ周囲血栓の影響で脱血不良となり, ECMO 流量を増加して管理することが困難となった. また,回路内に顕著な血栓形成が目視でき, 溶血も併発したため, 数日以内に回路交換の必要があると判断された。また, 胸部 CT にて, 蜂巣肺, 牽引性気管支拡張の改善は認めず(Figure 2), 多剤耐性緑膿菌肺炎,肺高血圧に伴う右心不全, 腎機能障害, さらに肝機能障害と, 多臟器不全に陥った. ECMO の継続自体が全身状態を悪化させる可能性もあり, 医学的にも ECMO 管理の継続は無益であると考えられた. しかし,患者家族は引き続きの治療を希望しており,患者自身は意思決定が困難な状況にあるため, 多職種により患者にとって最善の治療方針を協議する必要があると考えた. 第 131 病日に, Jonsen らの提言した 4 分割表 ${ }^{3}$ を用いた医師, 看護師, 薬剂師, 理学療法士,栄養士による多職種カンファレンスを行った (Table 1). 医学的適応の項目 : 4 か月間の ECMO 治療を継続しても,肺機能が改善せず,肺線維化に伴う肺高血圧から右心不全を呈しているため, 不可逆性肺障害になっている可能性が高く, また全身状態の悪化から救命は困難であるとの認識が全職種で一致していた。さらに患者は急性腎不全のため現時点で肺移植の適応から外れ,また,右心不全で循環動態が不安定であり鎮痛・鎮静薬の十分な投与が困難であっ た。長期の身体抑制による患者の苦痛は大きいであ万うとの意見もあった. 以前, 患者の ECMO の回路交換を行った際にも血圧の著明な低下を認めており,今後回路交換を行うと,心停止の可能性があると考えられた. 仮に肺障害がさらに改善して, ECMO を離脱することができても,血液透析,人工呼吸器, 人工栄養に依存してしまう状態が予想された. 患者家族は「患者は病院を嫌っており,そのような状況で生きることを選択しない可能性が高い」 と推測していた。これにより,ECMO 管理を含む侵襲的治療の継続が無益である可能性が示された. 患者の意向の項目 : 人工呼吸器, $\mathrm{ECMO}$ 導入前に患者に意思確認ができていないため,また現時点でも意思決定が困難なため, 患者家族が代理人となることを確認した.また,患者家族は「救命困難であることは理解しているが, 気持ちとしては奇跡を信じたいとの希望を残している, ECMO 管理を中止することに恐怖を感じている」ことが明らかになった。肺移植に関して「患者は他人の臟器を移植してまで生きることを望まないだろう」と,患者家族が患者の推定意思に関する発言をしていたことが判明した. 緩和ケアという選択肢についてまだ十分な説明がされていないことが指摘された. ECMO 管理中止の判断を患者家族に委ねることは,彼らにとって大きな精神的負担となるため望ましくない,との意見があった。 QOL の項目:ECMO を継続した場合は,さらに長期の身体拘束が必要であり, 脱血不良の原因となる著明な咳嗽を抑制するために,鎮静・鎮痛薬の継続が必要であることを共有した.また,患者家族は患者が入院前の生活に戻れる可能性があると考えていたが,その可能性は極めて低く,医療者と患者家族の理解には乘離があることを共有した。また,この状態で ECMO を中止した場合は, 患者の呼吸困 Table 1. Applying Jonsen's four-topic approach to this case. 難感を軽減するために鎮痛・鎮静薬の増量がさらに必要となるが, 循環動態がさらに不安定になる可能性がある. ECMO カニューレがないため体動制限はそれまでより軽微になるものの, 自己肺のみで生存することは困難であり,早期に死亡することが予想された. 周囲の状況の項目 : 患者は COVID-19 PCR 陰性となったため, 患者家族の費用負担は高額となっている. パンデミックにより ECMO 管理が必要な患者が増加した際, ECMO 治療を継続する本症例がベッドを占有することで, 救命できなくなる患者が発生する可能性がある. ECMO 回路を, 肺の改善が期待できないにもかかわらず,頻回に交換することは,単なる延命治療となり,医療資源的に受容でき ないことを共有し確認した。 以上の 4 分割表を用いた多職種カンファレンスによる結論は, ECMO 管理を継続することは無益であるが,救命を強く望んでいる患者家族への配慮は必要であるということであった. 患者家族への説明は,担当医師と担当看護師により, 4 分割表の内容 $(\mathbf{T a}-$ ble 1)を提示して行った. そこでは多職種カンファレンスで決定したこと, すなわち今後の ECMO 回路の交換は行わず,患者の苦痛緩和を中心とした治療を行い,患者家族との時間を確保するため個室へ移動し, 面会制限を緩和すること,を伝えた. ECMO 以外の治療方針に関する説明と同意は,患者家族が患者の全身状態の変化や苦痛を理解し, 状況を受け入れられるのを待つのが望ましいと考え, 今回は行 Table 1. Applying Jonsen's four-topic approach to this case. (continued) $\frac{\text { QOL (幸福追求) }}{\text { 1. 治療した場合,あるいはしなかった場合に通常の生活に復帰 }}$ 1. 治療した場合,あるいはじ できる見迄ぬはどの程度か ECMO 管理を継続した場合: 医師:右心不全や血栓性合併症,ECMO 回路交換時の状態悪化で死亡するリスクが高い. 医師 : 長期に身体拘束が必要であり,咳嗽の抑制のために鎮静, 鎮痛薬の投与が必要であるが, 血行動態不安定のため十分な鎮静鎮痛薬投与が困難であり患者の苦痛が大きいと思われる. ECMO 撤退した場合:低酸素血症により近日中に死亡する可能性が高い. 医師:救命ではなく患者の呼吸苦を軽減する方針に変更することで鎮痛,鎮静薬の増量が可能となるが,それにより循環動態不安定が増悪し死亡する可能性がある。 看護師:ECMO カニューレがなくなることで体動制限が軽微となり,患者の苦痛が軽減する可能性がある。 2. 治療が奏功した場合患者にとって身体的・精神的・社会的・ スピリチュアルで失うものは何か 医師:呼吸状態が改善し, ECMO を離脱したのち呼吸不全が増悪しなかったとしても人工呼吸器, 血液透析, 人工栄養の投与は長期に必要である (患者の意向 4).理学療法士:現時点で自力での体位変換が困難な程度に筋力低下が生じており,今後も低下していく。従来の生活に戻るには長期間のリハビリが必要になる,あるいは戻らない可能性も十分にある。入院前までと同様の生活を送ることは非常に困難である。 理学療法士:容貌の変化まではないが全身の浮腫が増悪している。咳嗽時に $\mathrm{SpO}_{2}$ が低下,努力呼吸が生じ,鎮静・鎮痛薬投与下でも身体的苦痛があると想定される。忍理的苦痛は意思疎通困難のため不明であるが,医療機器なしでは生命維持ができず生かされた状態にあり,自由を阻害され,苦痛を感じている可能性がある. 看護師 : 仕事を休職し,家族の大黒柱としての役割を喪失しており,社会的苦痛も想定される。 3. 医療者による患者の QOL に偏見を抱かせる要因はあるか 医師:集中治療科が主科となり診療をする機会がこれまで少なく,また集中治療科のみで治療方針を決定しており,バイアスがかかっている可能性がある。呼吸器内科への併診を打診することを検討する。 看護師:治療が長期化し,患者への感情移入や家族との信頼関係の構築の過程で, バイアスがかかっている可能性がある. 4. 治療をやめる計画やその理論的根拠はあるか 医師:原疾患の治療が困難な状況であり,また右心不全が増強しているため肺障害が不可逆的となっている可能性が高く, 今後 ECMO が離脱できる可能性が極めて低い. 医師:救命を目的とした治療を行うと鎮静鎮痛薬の投与が不十分となり患者の苦痛が大きい状態が続く(医学的適応 3). 医師:もし状態が改善しECMO 離脱が成功したとしても今後今までの生活に戻れる可能性は極めて低い (QOL2). 医師:血栓傾向のため ECMO 回路交換を行わなければ ECMO が停止する可能性が高いが交換時に $\mathrm{SpO}_{2}$ 低下, 徐脈,血圧低下がみられており,現在の循環動態悪化傾向ではより心停止リスクが高くなる (QOL1). 医師:ECMO 撤退なら血管作動薬,CHDF,輸血の使用も制限すべきだがまずはECMO 撤退の判断の決定を患者家族に伝え,受け入れの過程で話を進めていくことが望ましい。 5. 緩和ケアの計画 理学療法士:鎮静・鎮痛は行っているが不十分であり,咳嗽や呼吸努力が強くなることがある (医学的適応 3 , QOL2). 看護師:現時点で緩和ケアの計画はない. ECMO 撤退を決定とするなら緩和ケア計画の立案が必要である.周囲の状況(公平と効用) ## 1. 家族や利害関係者 看護師 : 妻がキーパーソンで, 実母・長女・兄が来院している. ECMO 再挿入後は 2 回/週の直接面会と, それ以外の日は夕ブレットを使用した面会を行なっている。説明は電話または直接行われている。妻の理解力は良好で, これまでの説明を記憶し, 整理し, さらに医療者に的確に質問をすることができる. 患者の状態が悪化し,死亡する可能性が高いことを理解しているように思われるが「可能性があるならあきらめない, 奇跡を信じる」と発言し, 予期悲嘆のなかでも希望をもつことで心理的均衡を図っていると予想される。生体肺移植の選択肢を提示された際には,結果的にドナーが見つからずに断念したが,本人の推定意思は「移植は絶対に希望しない」 であるという確信がありながらもドナー候補を探し移植の可能性を探した経緯がある。 2. 医療者 医師:患者は PCR 陰性となっているため家族の費用負担は通常の保険診療であり負担額が高額となっている.今後の感染者増加により ECMO 管理が必要な患者が増加した際に,本症例に漫然と使用することによって, 救命できなくなる患者が発生する可能性があること, さらに ECMO 回路を肺の改善が期待できないにもかかわらず頻回に交換することは延命治療となり, 医療資源的に受容できない。 看護師:現在の治療を継続しても回復の見达みがないのであれば, エンドオブライフケアに方針転換をしてもよいと考える. 家族の予期悲嘆は強いが, 看護師はこのような状況を想定してここまで家族との信頼関係の構築に努めてきた.今の状況であれば若干の時間の猶予もあり,家族と患者がともに過ごす時間を増やすことで悲暎過程を促進し, 满足する看取りをすることは可能ではな心かと考える。看護師:患者と患者家族のみの時間を確保することを考虑し ICU 内の個室へ移動することを検討してはどうか.理学療法士:全身浮腫の堌強を認めており,今後は外観を損なう段階となることが予想される。患者と患者家族との時間を重要と考えるなら,その前に ECMO 撤退を決断すべきと考える。身体機能が以前と同様の状態にまで回復するのは非常に困難である。 臨床工学技士:医師の意見と同じ,血栓傾向の増悪から ECMO 管理を継続するのは困難と考える。 3. 守秘義務 特にない 4. 経済的側面, 公共の利益 財政的要因:PCR が陰性化した後の入院費用は公費がでないため, 家族の負担は通常の保険診療であり負担が大きい状態である. ICU 加算は算定されている. 資源配分:院内での ECMO の台数は限られている。現在は感染状況が落ち着いているが, 第 6 波が襲来した際にはさらにECMO が必要となる可能性がある。また, ICU は救命のための集学的治療の場であり, 床数は限られている。 5. 施設の方針, 診療形態, 研究教育 利害対立は特にない、コロナ禍であり家族の直接面会は 2 回/週の血縁者のみに制限されている。 主科は集中治療科, その他に薬剂師, 栄養士, 理学療法士,臨床工学技士, 看護師の医療チームで診療している. 方針は週 2 回カンファレンスで話し合われている. 研究教育: 特にない 6. 法律, 慣習, 宗教 患者および患者家族に治療に関連する慣習, 宗教的制約はない. ECMO 管理撤退に関する法的制約,ガイドライン,病院内での規定はない. ECMO, extracorporeal membrane oxygenation(体外式膜型人工肺),CHDF,continuous hemodiafiltration(持続的血液滤過透析) QOL, quality of life;SGF, sweep gas flow;PCR, polymerase chain reaction (ポリメラーゼ連鎖反応). わなかった.患者家族は患者の今後の治療方針を医療者側で決定したことに対して,ショックを受けた様子であった。しかし,長期間の治療にもかかわらず,病態が改善する見込みが低いことは感覚的に理解しており,方針に対する反発はなかった.患者の苦痛をとることを中心に治療を行うことについて医療者と同様の意見が得られ,最後には笑顔がみられた. ## 考 察 Abrams ら ${ }^{4}$ の調査では, 重症呼吸不全患者の VVECMO 中止の判断に関して, 導入後 28 日目の時点で合併症の増加や肺の線維化, 脑卒中といった予後不良を示唆する所見を認める場合や,患者や代理人が継続しないという希望がある場合に中止し,生命維持に必要な追加処置を行わないと判断する臨床医が多いとされている。しかし, 本症例における中止の判断は困難を極めた。 なぜなら, Living Will が示されていない上,COVID-19による急激な呼吸不全の憎悪のため人工呼吸器管理から VV-ECMO の導入となり, 患者との意思疎通が難しく, 積極的治療を希望していた患者家族に代理人として ECMO 中止の判断が委ねられたためである。肺線維化に加えて4か月という長期にわたり肺障害の改善を認めず,肺性心を生じていたことから,医学的に VVECMO 管理の継続は無益であると考えられたが, VV-ECMO 管理を中止すれば早期に死亡する可能性が高かった,面会制限もある中で,患者家族が患者の死を受け入れるための十分な機会がなく,積極的治療を希望する患者家族にとって,代理人として ECMO 中止を決定することは難しかった. 本症例に関しては, 週 2 回の多職種カンファレンスにて多方面から治療方針を議論していたが,医師による現状の医学的な判断や今後の治療方針, 他の職種の視点から観た問題点を共有することがほとんどであった.また患者家族への説明は担当医師が主導するため,VV-ECMO 管理を中止することによる患者の「死」について,患者家族には受け入れ難い医学的事実が強調される傾向にあった可能性がある. 患者家族が積極的な治療の継続を希望しているにもかかわらず, ECMO の中止を決定することは、患者家族にとって大変な精神的苦痛となりうるものであり,今回の多職種カンファレンスで,患者家族はいつ ECMO 中止の決定を告げられるのかという恐怖を感じていることが,明らかになっている. 4 分割表を用いることで, 職種によって異なる考え方を公平に概観することが可能となった。それにより,VV-ECMO 管理継続を中止する医学的根拠のみでなく,ECMO 管理を継続しても血液透析,人工呼吸器, 人工栄養に依存する状態が続くという転帰が患者家族の入院前の生活に戻れるという希望と異なっていること, ECMO 管理を中止した場合は患者の苦痛緩和が可能になるという,医師以外の職種からの意見に基づいた新たな視点を示すことができた. さらに,今後の ECMO 回路交換を行わないという決定を医療者が行うことによって,患者家族の心理的負担を軽減し,患者家族には時間をかけて患者の死の受け入れを見守ることが最善の方向性であるという結論を医療者間で共有できた。医療者は ECMO 患者が終末期に至ったら,できるだけ苦痛なく, 残された短い期間を患者家族とともに快適に過ごせるような環境づくりを心がけることが大切であ $る^{6)}$. ## 結 論 本症例は, COVID-19による重症呼吸不全でVVECMO を導入したが,救命困難と判断されたため, Jonsen らの 4 分割表をを用いて多職種カンファレンスを行った。その結果,すべての選択肢を検討した上で最善の治療方針が全職種で明確となり共有することが可能であった. このツールは “bridge to nowhere”という新たな倫理的問題に対し, 医療者間の情報共有,相互理解に重要な役割を果たすものと考える。また代理意思決定の支援では, ECMO 管理を中止することの妥当性を明確に提示することが患者家族の合意形成につながることが示唆された. 本症例報告の投稿に際し,学術利用に関して患者家族に説明し,同意を得ている。 本稿には開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1) Abrams D, Brodie D, Arcasoy SM: Extracorporeal life support in lung transplantation. Clin Chest Med 38 (4): 655-666, 2017 2) Abrams DC, Prager K, Blinderman CD et al: Ethical dilemmas encountered with the use of extracorporeal membrane oxygenation in adults. Chest 145 (4): 876-882, 2014 3) Jonsen AR, Siegler M, Winslade WJ: Clinical Ethics. In A Practical Approach to Ethical Decisions in Clinical Medicine, 8th ed, McGrawHill, New York (2019) 4) Abrams D, Pham T, Burns KEA et al: Practice Patterns and Ethical Considerations in the Manage- ment of Venovenous Extracorporeal Membrane Oxygenation Patients: An International Survey. Crit Care Med 47 (10): 1346-1355, 2019 5) Toh JH, Low AJ, Lim $\mathbf{Y Z}$ et al: Jonsen's four topics approach as a framework for clinical ethics con- sultation. Asian Bioeth Rev 10 (1): 37-51, 2018 6) 市場晋吾:成人重症呼吸不全に対する ECMO における終末期医療の実際と問題点. 人工呼吸 36 (2) : 124-129, 2019
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Tokyo Women's Medical University
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# 小範囲熱傷後に probable toxic shock syndrome を発症した 1 歳男児例 (受理 2022 年 4 月 21 日) ## A Case of Probable Toxic Shock Syndrome (TSS) after a Small-Area Burn in a 1-Year-Old Boy \\ Koji Abe, Shoko Hirose, Takafumi Honda, Kumi Yasukawa, Ayako Muto, and Jun-ichi Takanashi Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University Yachiyo Medical Center, Chiba, Japan \begin{abstract} An 18-month-old boy developed toxic shock syndrome (TSS) after a minor burn. He sustained a second-degree burn (superficial partial thickness) over 4-5\% of the total body surface area on the right upper arm and lateral chest. Four days later, he developed a fever and was brought to the emergency room of our hospital. At presentation, he had tachycardia and peripheral coldness despite the fever. There were no signs of infection at the burn site, but diffuse erythema was observed on the left upper arm and lateral chest. He was admitted to the pediatric intensive care unit for suspected TSS and compensated shock. Gradually, his condition stabilized and he was transferred to the general ward on day 4 of hospitalization. On day 7, desquamation away from the wound was observed. Staphylococcus aureus positive for the TSS toxin-1 gene was detected in the wound culture on admission, and we diagnosed probable TSS. Based on the course and physical examination findings, the patient was treated for TSS and had a good outcome without developing hypotension or multiple organ failure. TSS progresses rapidly and can be fatal, so it is important to be aware of TSS when treating febrile children with burns. \end{abstract} Keywords: toxic shock syndrome, burn, child ## 緒 言 毒素性ショック症候群(toxic shock syndrome: TSS)は Staphylococcus aureus や Streptococcus pyogenes などの外毒素を産生する細菌が定着もしくは感染した際の稀な合併症であり, 急速に進行し, ショックや播種性血管内凝固 (DIC),それらに伴う多臓器不全を来す重篤な疾患である。小览において TSS は熱傷での発症が多いとされ,熱傷に伴うTSS は熱傷面積 (total body surface area:TBSA)が比較的小範囲でも生じることが報告されている1) 4). 一方でTSS は発熱や嘔吐, 頭痛などの非特異的な症状で発症し, 低血圧や意識障害, 皮膚症状はその後に出現することが知られており,発症早期においては診断が困難である ${ }^{5)}$. 今回,TBSA 4 5\% 程度と比較的小範囲での熱傷に probable TSS を合併し,早期介入により良好な転帰をたどった症例を経験した。適 ター小坚科 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.3_110 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. } 切な熱傷管理や TSS の早期診断, 早期治療を行うことで重症化を防ぐことができると考えられることから,文献的な考察を交えて,本症例について提示する. ## 症 例 患者 : 1 歳 6 か月男坚. 現病歴:キッチン台の上に置いてあった作りたての汁物をこぼして受傷し, 同日,当院救急外来を受診した.診察時,右上腕と右側胸部に破れた水疮を認め, 創部の洗浄とワセリン塗布, 被覆材による保護を行い,翌日の形成外科外来受診を指示し,帰宅とした。受傷後 1 日目の形成外科外来で TBSA 4 $5 \%$ の浅達性 II 度熱傷と診断され, 前日と同様の処置を行い,以降は当院形成外科にて処置継続の方針となった。その後は明らかな感染兆候はなく経過していたが, 受傷後 3 日目の 21 時頃に発熱を認め, 受 Figure 1. Photograph of the patient at the first visit.傷後 4 日目の 2 時頃に当院救急外来を受診した. 既往歴: 生来健康, 内服・外用薬なし, 既知のアレルギーなし. 身体所見 : 体温 $40.1^{\circ} \mathrm{C}$, 心拍数 212 回/分, 収縮期血圧 $110 \mathrm{mmHg}$, 呼吸数 42 回/分, $\mathrm{SpO}_{2} 100 \%$ (室内気). Glasgow Coma Scale E4V4M6. 眼球結膜充血なし, 咽頭発赤なし, 口唇発赤なし, 口腔内粘膜疹なし. 頸部リンパ節腫脹なし。呼吸音清, 心音整, 心雑音なし. 腹部平坦, 軟, 腸蠕動音正常, 圧痛なし,肝脾腫大なし。未梢冷感あり. 右上腕・右側胸部に熱傷後びらんあり (Figure 1), 膿性浸出液なし, 熱傷周囲の発赤なし. 左上腕・左側胸部にびまん性紅斑あり。 入院時検査所見 (Table 1):軽度の CRP 上昇を認めたが多臟器不全やDIC を疑う所見は認めなかった。 入院後経過(Figure 2,3):救急外来で生理食塩水 $20 \mathrm{~mL} / \mathrm{kg}$ のボーラス投与を行い,アセトアミノフェン坐剤の挿肛とセファゾリン (CEZ) の静注を行った。心拍数は 180 回/分まで低下するも頻脈や末梢冷感は持続していた. 代償性ショックと判断し,小児集中治療室 (pediatric intensive care unit: PICU) に入室とした。 心臟超音波検查を行い, 心機能の低下は認めなかったが,下大静脈の虚脱を認めたため, さらに 2 回生理食塩水を同量でボーラス投与した. しかし, 心拍数の変化は認めず,ノルアドレナリンの持続静注を $0.05 \mu \mathrm{g} / \mathrm{kg}$ /分で開始した. そ Table 1. Laboratory findings on admission. \\ Figure 2. Clinical course on day 1 of hospitalization. CEZ, cefazoline; VCM, vancomycin; CLDM, clindamycin; CZOP, cefozopran; IVIG, intravenous immunoglobulin; HR, heart rate; BT, body temperature. Figure 3. Clinical course from day 2 of hospitalization to discharge. IVIG, intravenous immunoglobulin; VCM, vancomycin; CLDM, clindamycin; CZOP, cefozopran; CEZ, cefazoline; CCL, cefaclor. の後, 心拍数は一時 150 回/分程度まで低下するも発熱後 12 時間時点から徐々に心拍数の増加を認めた。発熱後 13 時間時点で心拍数が 200 回/分となり,末梢冷感も持続していることから,循環不全の遷延と判断し,ミダゾラム (MDZ),フェンタニル (FNT) の持続静注で鎮静を行い, 気管挿管, 人工呼吸器管理とした. その後は末梢冷感の改善を認め, 発熱後 17 時間の時点で心拍は 130 回/分と改善を認めた. Figure 4. Desquamation of the hands. また PICU 入室後, 敗血症およびTSS を想定し, 抗菌薬はセフォゾプラン (CZOP) とクリンダマイシン (CLDM), バンコマイシン (VCM) を選択し, 免疫グロブリン $500 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ dayを連日投与した. 入院翌日以降の経過も良好であり,入院 3 日目にはノルアドレナリン,MDZ,FNTを終了し,抜管した。また同日,創部培養でメチシリン感受性黄色ブドウ球菌 (MSSA)が検出され,薬剤感受性を参照し,VCM を終了とし,CZOP を CEZに変更した。 入院 4 日目には解熱が得られ,免疫グロブリンの投与を終了し,抗菌薬も CEZ 単剤に変更の上, 一般病棟に転棟となった. 皮膚症状は, 熱傷部以外の紅斑については入院 3 日目には消退し,熱傷部位は入院 5 日目にはほとんど上皮化している状態となった。 入院 7 日目からは両側手掌, 手背に落屑を認めるようになり (Figure 4), probable TSS と診断した. 入院 8 日目には抗菌薬をセファクロル (CCL)の内服に変更し, その後も全身状態の悪化なく経過したため入院 10 日目に退院とした。退院後は合計 14 日間の抗菌薬投与期間となるように CCL の内服を継続し,退院後 6 日の外来でも発熱や熱傷部の感染などなく全身状態が良好であることを確認した。 ## 考 察 TSS は, Staphylococcus aureus が産生する TSS toxin-1 (TSST-1), Staphylococcal enterotoxins A, B (SEA, SEB) や Streptococcus pyogenes が産生する streptococcal pyrogenic exotoxins A, C (SPE-A, SPE-C), streptococcal mitogenic exotoxin-Z (SMEZ ) などのスーパー抗原が $\mathrm{T}$ 細胞増殖の強力な刺激となり, interleukin-1 (IL-1) や IL-2, tumor necrosis factor- $\alpha$ (TNF- $\alpha$ ), TNF- $\beta$ などのサイトカインが大量に放出されることで血管透過性の方進や毛細血管拡張,体液表失による循環血液量の著明な減少を来し, 低血圧や DIC,多藏器不全などの全身症状を呈し,時に致死的となりうる疾患である ${ }^{6}$. 分類は病因や起因菌により行われ,病因による分類では,夕ンポンの使用に続発する月経性 TSS と, それ以外の原因に続発する非月経性 TSS に分類され,非月経性 TSS の原因としては熱傷や手術, 水痘感染などが知られている. 月経性 TSS は月経を迎えた女児に限定されるため, 小児では非月経性 TSS の発症が多いとされている. 成人も含めた非月経性 TSS の年間発症数は人口 10 万人あたり 0.32 人 $^{6}$ ,熱傷患者における発症率は $2.5 \%$ と比較的高率であることが報告されており7), 死亡率も $5.3 \sim 8.5 \%$ と高く, 熱傷患者においては TSS の発症に十分留意する必要がある ${ }^{6}$. また, 起因菌で分類するとStaphylococcal TSS と Streptococcal TSS に分けられ, 原因や生じる症状,致死率などに違いがみられる. Staphylococcal TSS はタンポンの使用や熱傷が原因となることが多く,発疹や下痢, 嘔吐の症状がよく見られるが,一方で Streptococcal TSS では水痘感染や非ステロイド性抗炎症薬 (non-steroidal anti-inflammatory drugs: NSAIDs)の使用が原因となり,軟部組織の感染や突然の激しい痛みなどの症状を認め, 致死率は Staphylococcal TSS と比較して高いとされている8).小児は成人よりもTSS のリスクが高いとされているが,その原因は外毒素に対する抗体価が十分でないためと考えられている. Quan らの報告"によると, TSST-1 に対する抗体の陽性率は生後 7 12 か月で $30.8 \%, 1 \sim 2$ 歳までで $33.3 \%$ と他の年齢層 (54.5~100\%)に比べて低く, 生後 7 か月から 2 歳までの小照では TSS のリスクが高いため, 特に注意が必要である. TSST-1 抗体は測定できなかったが, 本症例も 1 歳 6 か月の览であった. TSS の症状は, 発熱, 紅斑, 嘔吐, 下痢, 筋肉痛,頭痛などの非特異的な症状に加え,そ尿や低血圧,意識障害などの重篤な症状がみられる場合があり,診断には米国疾病対策センターの診断基準(Table $2{ }^{10}$ が広く用いられている. $38.9^{\circ} \mathrm{C}$ 以上の発熱, びまん性の紅斑性発疹, 発症後 $1 \sim 2$ 週間後の落屑, 低血圧, 陰性所見, 3 臓器以上にわたる藏器障害の 6 項目をすべて満たした場合に confirmed TSS と診断さ Table 2. Clinical criteria for TSS. Reproduced from Reference 10 with modification. れ,陰性所見を含む 5 項目を満たした場合, probable TSS と診断される. しかし落屑や陰性所見などは初診時には不明であり,急性期においてこの診断基準を用いてTSS と診断することは困難である. Chesney らの報告 ${ }^{5}$ は,成人も含めたものであるが, 発症からの時間経過と各症状の病勢を報告しており, 初期症状は発熱, 筋肉痛, 腹痛, 衰弱, 頭痛,嘔吐が多く皮虐粘膜症状や低血圧, 乏尿, 意識障害などの症状は発症 2 日目以降でみられるとしている. 小览のみを対象としたものでは, Gutzler らが, 小坚 TSS 患者 59 例の経過中において, 発熱 53 例 (90\%), 発疹 44 例 (75\%), 消化器症状 40 例 (68\%),低血圧 36 例 (61\%), 中枢神経症状 34 例 (58\%), 落屑 19 例 (32\%)を認めたと報告しており方,非特異的な症状が目立つ. 発症早期に患者が受診した場合, TSS の発症に気づかず,診断,治療が遅れてしまう可能性がある。一方で低血圧は高サイトカイン血症 による血管透過性の立進や毛細血管拡張,体液丧失による循環血液量の著明な減少により生じ, 前述のように発症 2 日目以降にみられると報告されているが, Adalat らによる英国での調査 ${ }^{11}$ では, TSSの小児 49 例中 21 例 $(43 \%)$ が来院時に低血圧を認めており, 28 例 (57\%)ではすでに臨床的にショックであったと報告している。また経過中, 38 例(78\%)が集中治療管理を要し, 34 例 (69\%)で人工呼吸管理が, 33 例 (67\%) で循環作動薬の投与が行われていた.来院時にはすでに重篤な状態で早期の集中治療を要することも多いため,適切に診断し治療介入する必要がある。 本症例では, 熱傷患者において発熱を認め, 熱傷部位に明らかな感染兆候は認めず,同部位とは一致しない部分に紅斑を認め, 代償性ショックの状態となっていたことから来院時点から TSSを想起し, 治療介入した. 最終的には, 米国疾病対策センターの基準においては低血圧, 多藏器不全の項目を満たさ なかったものの,低血圧に関しては代償性ショックの状態であり, 介入しなかった場合, 当該基準を満たしていた可能性が高かったと考えられることから, probable TSS と診断した。また本症例では TSST-1 産生遺伝子陽性の Staphylococcus aureus が検出されており,TSSの診断を支持する結果であったと考える。 本症例は TBSA が $5 \%$ 程度であり,熱傷の重症度分類として臨床で広く用いられている Artzの基準 ${ }^{12}$ では軽症熱傷に分類される. TBSA と TSS の発症に関しては本症例と同じょうな比較的小範囲の熱傷患者やそれ以下の熱傷範囲においても TSS の発症は報告されている ${ }^{1) \sim 4)}$. 特に軽症熱傷では外来治療となるため,医療者が発熱を確知するまでに時間を要し,重篤化してしまう可能性がある,熱傷患者を診察する際は発熱時の受診指導を行い,発熱時には熱傷範囲にかかわらずTSSを念頭に診療を行う必要がある. ## 結 語 小範囲熱傷の受傷後に TSS を発症したが, 早期に治療介入を行うことで良好な転帰をたどることができた症例を経験した.TSS は稀な疾患ではあるが,急速に進行し, 重篤化する疾患である. 外来加療するような小範囲熱傷でも発症しうるため, 発熱時の受診行動につながるよう適切に患者指導を行うとともに, 医療者もTSSを想起し診療することが重要である。 本論文の要旨は日本小览科学会第 220 回千葉地方会 (2021 年 9 月, 千葉) で発表した。 本論文において開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1) Johnson D, Pathirana PDR: Toxic shock syndrome following cessation of prophylactic antibiotics in a child with a $2 \%$ scald. Burns 28 (2): 181-184, 2002 2) Khajuria A, Nadama HH, Gallagher M et al: Pediatric Toxic Shock Syndrome After a 7\% Burn: A Case Study and Systematic Literature Review. Ann Plast Surg 84 (1): 35-42, 2020 3) Frame JD, Eve MD, Hackett ME et al: The toxic shock syndrome in burned children. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 各領域における分子標的薬の役割 ## (4)臨床 3 : 泌尿器科領域における分子標的薬の役割 一腎細胞癌の薬物療法を中心に一 東京女子医科大学腎臟病総合医療センター泌尿器科 ヨシダカズヒコ 吉田一彦 (受理 2022 年 4 月 9 日) ## Molecular Targeted Drug \\ (4) The Roles of Molecular-Targeted Therapies in the Field of Urology: Treatment of Advanced Renal Cell Carcinoma \author{ Kazuhiko Yoshida \\ Department of Urology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan } In urology, molecular-targeted therapies have been mainly used to treat advanced renal cell carcinoma (RCC). While the treatment for RCC is surgical resection, drug treatments can also be considered in cases of incurable or metastatic advanced RCC. Since the 1980s, cytokine therapy, such as the injection of interferon- $\alpha$ and interleukin2 , has been the main therapy for advanced RCCs. Individuals with RCC frequently overexpress vascular endothelial growth factor (VEGF), which is characterized by increased blood flow and angiogenesis. Because of the molecular characteristics of RCC, drug treatments targeting these molecules or their corresponding downstream signaling molecules have been researched and developed. In Japan, five types of multi-kinase inhibitors, including receptor tyrosine kinases and two types of mammalian target of rapamycin (mTOR) inhibitors, are currently being used. Although these molecular-targeted therapies have more significant therapeutic effects than cytokine therapies, they have problems with adverse effects and drug resistance. Immune checkpoint inhibitors (ICI) related to the immune system in cancer pathogenesis were developed several years ago, and insurance coverage has been applied for advanced RCC in Japan since 2016. The usefulness of ICI combination therapies has been demonstrated in several clinical trials, and four types of ICI combination therapies have been approved as the first-line treatment for advanced RCC in Japan. Based on various guidelines, it is important to consider patient, tumor, and drug characteristics when selecting the appropriate drug treatment for advanced RCC. Keywords: molecular-targeted therapy, receptor tyrosine kinase, immune checkpoint inhibitor, renal cell carcinoma, metastasis Corresponding Author: 吉田一彦 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学腎藏病総合医療センター泌尿器科[email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.4_119 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## はじめに 分子標的薬はその構造により小分子化合物(マルチキナーゼ阻害剤など) と抗体薬(免疫チェックポイント阻害剤など)に大別される。近年,泌尿器疾患に対する分子標的薬治療は続々と開発・導入されており,我が国では根治切除不能または転移を伴う進行性の尿路上皮癌(膀胱癌と腎孟尿管癌)や腎細胞癌に対して保険適応となっている. 進行性尿路上皮癌に対する治療はシスプラチンをベースとした化学療法が標準治療と過去 30 年間ほど変わらなかったが, 2017 年より化学療法後の二次治療として抗 PD-1 (programmed death-1) 抗体薬であるぺムブロリズマブが, 2021 年より化学療法後の維持療法として抗 PD-L1 抗体薬であるアベルマブが保険収載された。しかしながら,進行性尿路上皮癌の二次治療までの症例は比較的少なく,分子標的薬治療の使用頻度はそれほど多くはない。また,進行性前立腺癌の治療は内分泌療法(抗アンドロゲン療法)が中心であり,分子標的薬としてはぺムブロリズマブが MSI(microsatellite instability)-high 症例にのみ適応がある。 その他の分子標的薬は承認されていないことから,進行性前立腺癌に対して分子標的薬を使用する機会はほとんどない。一方,進行性腎細胞癌に対しては様々な分子標的薬が保険適応となっている. 以上より泌尿器領域での分子標的薬治療のほとんどが進行性腎細胞癌に対して使用されているのが現状である. 本稿では分子標的薬の使用頻度が高い進行性腎細胞癌の薬物療法について紹介させていただく. ## 腎細胞癌 本邦における腎細胞癌は年間およそ 2.5 万人が罹患している。男女比は 2 3 1 で男性に多い。腎細胞癌の治療は基本的に外科的切除が第一選択であるが,進行性腎細胞癌の場合には薬物療法を考慮する必要がある。腎細胞癌の組織型として最も頻度の高いものが淡明型腎細胞癌であり,成人に発生する腎細胞癌の $70 \sim 80 \%$ を占めるとされている. 泌尿器科領域における分子標的薬の臨床試験のほとんどが頻度の高い淡明型腎細胞癌を対象としている.淡明型腎細胞癌は癌抑制遺伝子である VHL(von HippelLindau) 遺伝子の異常により恒常的に HIF (hypoxiainducible factor) $-\alpha$ の分解が阻害されることによる豊富な血流と血管増生が特徴である。 ## 進行性腎細胞癌に対する薬物治療の変遷 進行性腎細胞癌の薬物療法は, 1980 年代から IFN $\alpha$ (interferon $\alpha$ ) や IL-2 (interleukin 2) といったサイトカイン療法が長らく主体であったが,治療効果は十分とはいえなかった。しかし,進行性腎細胞癌に重要な役割を担うシグナル伝達経路が明らかになるにつれ,受容体型チロシンキナーゼ (receptor tyrosine kinase : RTK) や mTOR (mammalian target of rapamycin)などをターゲットとした分子標的薬が次々と登場することで治療アルゴリズムが大きく変化した(Figure 1)。本邦では,2008 年からソラフェニブやスニチニブなどのマルチキナーゼ阻害剤が臨床に導入され,現在では進行性腎細胞癌に対するRTKを含むマルチキナーゼ阻害剤は 5 種類, mTOR 阻害剤は 2 種類が使用可能である(Table 1).これらの分子標的薬療法はサイトカイン療法時代と比較して著明な治療効果を認めるものの, 有害事象や薬剤耐性が問題となっていた。近年,腫瘍の免疫機構に関わる新たな抗体薬である免疫チェックポイント阻害薬が開発され, 本邦では 2016 年に進行性腎細胞癌に対する二次以降の治療薬として抗 PD-1 抗体薬であるニボルマブが保険適応となった. さらにこの数年の間で,異なる種類の免疫チェックポイント阻害薬同士を併用,または免疫チェックポイント阻害薬と従来のマルチキナーゼ阻害剤を併用した複合免疫治療の有用性について様々な大規模臨床試験で示されるようになった.我が国でも進行腎細胞癌に対する一次治療として 4 種類の免疫チェックポイント阻害薬を併用した免疫複合療法が承認されている (Figure 1). 現在も様々な分子標的薬や複合免疫療法の開発がなされており,新たに使用可能となる分子標的薬が増えることで進行性腎細胞癌に対する薬物療法はますます多彩化している. ## 腫瘍免疫サイクル 免疫治療において腫瘍免疫サイクルという抗腫瘍免疫応答の概念は重要である。最初に腫瘍細胞から腫瘍抗原ペプチドが放出され,これを樹状細胞が取り达みリンパ節へ遊走する. Priming phase としてこの腫瘍抗原ぺプチドは樹状細胞上に提示され, T 細胞が認識して活性・増殖する. 次に effector phase として, 活性化した $\mathrm{T}$ 細胞は血管を通って腫瘍内に到達し, 腫瘍細胞上の腫瘍抗原を認識して腫瘍細胞を攻撃する。攻撃された腫瘍細胞は腫瘍抗原ペプチドを放出して再び樹状細胞に取り达まれる。このよ Figure 1. Advances in targeted therapy and immunotherapy for renal cell carcinoma. IL-2, interleukin 2; IFN- $\alpha$, interferon $\alpha$; mTOR, mammalian target of rapamycin. Table 1. Molecular-targeted drugs for advanced renal cell carcinoma. VEGFR, vascular endothelial growth factor receptor; PDGFR, platelet-derived growth factor receptor; KIT, stem cell growth factor receptor; FLT, FMS-like tyrosine kinase; RET, rearranged during transfection; FGFR, fibroblast growth factor receptor; MET, mesenchymal-epithelial transition factor; mTOR, mammalian target of rapamycin; PD, programmed death receptor; CTLA, cytotoxic T-lymphocyte. うな免疫サイクルを構成して抗腫瘍免疫応答を誘導していることが知られている1). 腫瘍抗原を認識する $\mathrm{T}$ 細胞の表面には免疫チェックポイント分子の PD-1 が発現している。また, 腫瘍細胞ではこの PD-1 のリガンドである PDL1/L2 を発現しており, T 細胞の PD-1 と結合することで $\mathrm{T}$ 細胞を不活化し免疫逃避を引き起こしている. 抗 PD-1 抗体は PD-1 のリガンドとの結合を阻害することで腫瘍抗原特異的な $\mathrm{T}$ 細胞の活性化や腫瘍細胞に対する細胞障害活性を増強させて持続的な抗腫瘍効果を発揮する。一方, 抗 PD-L1 抗体は PD-1 のリガンドである PD-L1 に対する抗体である. 腫瘍細胞に発現している PD-L1 と $\mathrm{T}$ 細胞に発現している PD-1 の結合を阻害して免疫抑制を解除 することで腫瘍効果をもたらす。抗 CTLA4 (cytotoxic T-lymphocyte-associated protein 4) 抗体は CTLA4 に結合するヒト型モノクローナル抗体である. Priming phase において, 樹状細胞などの抗原提示細胞が腫瘍抗原を取り达んで $\mathrm{T}$ 細胞に提示するとともに活性化させる.このような T 細胞に発現する CTLA-4 は, 免疫反応を抑制する免疫チェックポイント分子であり,この結合を阻害することで T 細胞における抑制を遮断して腫瘍特異的な $\mathrm{T}$ 細胞の増殖・活性化をもたらし抗腫瘍効果を発揮することが知られている。 ## 進行性腎細胞癌に対する予後予測分類 進行性腎細胞癌の薬物療法を検討するには予後予測分類による治療選択が不可欠である。予後予測分 Table 2. Metastatic Renal Cancer Database Consortium (IMDC) risk model for advanced cell carcinoma. & favorable & score: 0 \\ Table 3. Japanese Urological Association Guideline recommendations for first-line treatment of advanced renal cell carcinoma. 類は 2013 年に Heng らが提唱された IMDC(International Metastatic Renal Cell Carcinoma Database Consortium)のリスク分類2が広く用いられている (Table 2).IMDCのリスク分類は 6 つの予後予測因子の該当項目数により低リスク群 (0 項目),中リスク群(1~2 項目),高リスク群(36項目)に分類され, その平均生存期間はそれぞれ 43.2 か月, 22.5 か月,7.8 か月と報告されている22. 現在は, 進行性腎細胞癌に対する様々なガイドラインで, この IMDC のリスク分類に基づき薬物療法を選択することが推奨されている344. ## 進行性腎細胞癌に対するリスク分類と一次治療 下記に進行性腎細胞癌(淡明細胞癌)の一次治療について概説する(Table 3). ## 1.IMDC リスク分類:低リスク群 本邦の腎癌診療ガイドラインでは,ペムブロリズマブ+アキシチニブ併用療法, アベルマブ+アキシチニブ併用療法,スニチニブ,パゾパニブが推奨されている . 海外のガイドラインの EAU (European Association of Urology)ガイドラインでも, ペムブロリズマブ+アキシチニブ併用療法が推奨レベル strong で推奖されている"). また, 免疫チェックポイント阻害薬が使用できない場合はスニチニブ,パゾパニブなどのマルチキナーゼ阻害剤が同様に推奖さ れている. ## 2. IMDC リスク分類:中・高リスク群 本邦の腎癌診療ガイドラインでは, ニボルマブ+ イピリムマブ併用療法, ペムブロリズマブ+アキシチニブ併用療法, アベルマブ+アキシチニブ併用療法が推奨されている ${ }^{3}$. EAU ガイドラインでは, ニボルマブ+イピリムマブ併用療法とぺムブロリズマブ +アキシチニブ併用療法が推奖レベル strong で推奨されている4).また, 免疫チェックポイント阻害薬が使用できない場合はカボサンチニブ,スニチニブなどのマルチキナーゼ阻害剤も推奖されている. ## 進行性腎細胞癌に対する主なファーストライン治療 ## 1. スニチニブ 経口薬のマルチキナーゼ阻害剤で, 主に PDGFR (platelet-derived growth factor receptor), VEGFR (vascular endothelial growth factor receptor), KIT (stem-cell growth factor receptor) などの分子を標的とする。未治療転移性腎細胞癌を対象に施行されたスニチニブと IFN $\alpha$ を比較した第 III 相臨床試験で,スニチニブ群の無増悪生存期間(progression free survival : PFS) が 11 か月 (IFN $\alpha$ 群は 5 か月: HR 0.42,95\%CI 0.32-0.54)と有意に延長した結果であった。また, 全生存期間 (overall survival:OS)が 4.6 か月ほど延長し, 奏効率 (objective response rate:ORR)は 31\%(IFNo群は6\%)と良好な結果であったことからスニチニブの有用性が示されだ ${ }^{5}$. ## 2. パゾパニブ スニチニブと同様の経口薬のマルチキナーゼ阻害剤である. 主に VEGFR,PDGFR,KIT などの分子を標的とする.未治療進行腎細胞癌に対する第 III 相臨床試験 (COMPARZ 試験) の PFS においてパゾパニブがスニチニブに対する非劣勢(パゾパニブ群 8.4 か月 vs スニチニブ群 9.5 か月:HR 1.047, 95\%CI 0.90-1.22)が示されたことで, 進行性腎細胞癌に対する新たな標準治療として承認されだ6․ ## 3. カボサンチニブ カボサンチニブは主にVEGFRやMET (mesenchymal-epithelial transition factor), AXL, KIT, RET (rearranged during transfection), FLT3 (FMS-like tyrosine kinase 3) などの分子をター ゲットとした経口薬のマルチキナーゼ阻害剂である. カボサンチニブについては VEGF 阻害剂治療歴を有する進行性腎細胞癌に対する第 III 相臨床試験 (METEOR 試験:カボサンチニブvs エベロリムス)が行われている. カボサンチニブ群の PFS が 7.4 か月(エベロリムス群 3.8 か月:HR 0.58, 95\%CI 0.45-0.75)と OS が 21.4 か月(エベロリムス群 16.5 か月:HR 0.66, 95\%CI 0.53-0.83)の有意な延長効果と ORR が $17 \%$ (アキシチニブ群 $3 \%$ ) との結果より,二次治療以降でのカボサンチニブの有効性が示された7).また, 未治療進行性腎細胞癌に対する第 II 相臨床試験(CABOSUN 試験:カボサンチニブvs スニチニブ)も行われ, primary endpoint であるカボサンチニブ群の PFS が 8.6 か月(スニチニブ群 5.3 か月:HR 0.66, 95\%CI 0.46-0.95)と有意な延長効果をもって一次治療としてのカボサンチニブの有効性が示された8. ## 4. ニボルマブ ニボルマブは, PD-1 に結合するヒト型モノクロー ナル抗体である. VEGF 阻害剤治療歴を有する腎細胞癌に対する第 III 相臨床試験(CheckMate 025 試験:ニボルマブvsエベロリムス)が行われ, primary endpoint であるニボルマブ群の OS が 25 か月(エベロリムス群 19.6 か月:HR 0.73, 95\%CI 0.570.93)との有意な延長効果により, 二次治療以降の二ボルマブの有用性が示されだ. 本邦ではニボルマブ単剤は二次治療以降にのみ保険適応となっている. ## 5. ニボルマブ+イピリムマブ併用療法 抗 PD-1 抗体であるニボルマブと抗 CTLA4 抗体 であるイピリムマブを併用した複合免疫療法である.未治療進行性腎細胞癌の IMDC 中・高リスク群に対する第 III 相臨床試験(CheckMate 214 試験: ニボルマブ+イピリムマブ併用療法 $\mathrm{vs}$ スニチニブ)が行われ,2018 年にそれらの有効性と安全性が示された ${ }^{10)}$. 本邦でも 2018 年に進行性腎細胞癌の中・高リスク群に対する一次治療として承認されている. 2020 年 ESMO で Albiges らによって観察期間 4 年フォローアップの長期追跡データが発表され,ニボルマブ+イピリムマブ併用療法群の PFS は 11.2 か月(スニチニブ群 8.3 か月:HR 0.74, 95\% CI 0.62-0.88) と延長効果を認めた11. また,ニボルマブ+イピリムマブ併用療法群の OS は 48.1 か月(スニチニブ群 26.6 か月:HR 0.65, 95\%CI 0.54-0.78), ORR は $41.9 \%$ (スニチニブ群 $26.8 \%$ )と有意に優れた結果が示された。 ## 6. ペムブロリズマブ+アキシチニブ併用療法 ペムブロリズマブはニボルマブと同様に PD-1 シグナルを阻害する抗 PD-1 抗体である. アキシチニブは選択的に VEGFR-1, $-2,-3$ を阻害する経口薬のチロシンキナーゼ阻害剤である。強力に腫瘍由来の血管新生やリンパ管新生の作用を抑制する抗腫瘍効果だけはなく, 選択的作用による毒性発現の軽減にも寄与している. さらに免疫サイクルにおける priming phase や effector phase にも作用する多彩な治療効果がわかっている ${ }^{12}$. このようにぺムブロリズマブとアキシチニブを併用することで抗腫瘍効果の相乗効果を期待できる。 未治療進行性腎細胞癌のIMDC 全リスク群に対する一次治療として第 III 相臨床試験(KEYNOTE 426 試験:ペムブロリズマブ+アキシチニブ併用療法 vs スニチニブ)が行われ,ペムブロリズマブ+アキシチニブ併用療法の有用性と安全性が示され, 本邦では 2019 年に進行性腎細胞癌の全リスク群に対する一次治療として承認された ${ }^{133} .2020$ 年に 30.6 か月フォローアップの結果が報告されており,ぺムブロリズマブ+アキシチニブ併用療法群では PFS は 15.4 か月(スニチニブ群 11.1 か月:HR 0.71, 95\% CI 0.60-0.84),OS は未達 (スニチニブ群 40.1 か月: HR 0.68, 95\%CI 0.55-0.85),ORR は $60.2 \%$ (スニチニ ## 7. アベルマブーアキシチニブ併用療法 アベルマブは抗 PD-L1 抗体であり, PD-L1 に結合 Lた抗 PD-L1 抗体に NK 細胞やマクロファージなどの $\mathrm{Fc}$ 受容体が結合することによる直接的な腫瘍 細胞を攻撃する ADCC (antibody-dependent cellmediated cytotoxicity) 活性も有している.未治療進行性腎細胞癌の IMDC 全リスク群に対する一次治療として第 III 相臨床試験(JAVELIN RENAL 101 試験:アベルマブ+アキシチニブ併用療法 vs スニチニブ)が行われ,アベルマブ+アキシチニブ併用療法の有用性と安全性が示された ${ }^{15)}$. ESMO2020にてアップデートした結果が報告され,アベルマブ+ アキシチニブ併用療法群の OS は未達だが,PFS は 13.3 か月(スニチニブ群 8.0 か月:HR $0.69,95 \% \mathrm{CI}$ 0.58-0.83) と延長が示されており,ORRも $52.5 \%$ (スニチニブ群 $27.3 \% ) との$ 結果であった ${ }^{16}$. ## 8. ニボルマブーカボサンチニブ併用療法 マルチキナーゼ阻害剂であるカボサンチニブと抗 PD-1 抗体であるニボルマブはそれぞれ単剤でも進行性腎細胞癌で使用可能な薬剤でありり) ${ }^{7) 9}$, この 2 つの薬剤を併用した強力な複合免疫療法である.未治療進行性腎細胞癌のIMDC 全リスク群の一次治療に関する第 III 相臨床試験(CheckMate9ER 試験:ニボルマブ+カボサンチニブ併用療法 vs スニチニブ)が行われ,ニボルマブ+カボサンチニブの有用性と安全性が示された。ニボルマブ+カボサンチニブ併用療法群の OS は未達であるが, PFS は 16.6 か月(スニチニブ群 8.3 か月:HR 0.51, 95\%CI 0.41-0.64) と有意に延長し, ORR は $55.7 \%$ (スニチニブ群 $27.1 \%$ ) であった。また,奏効持続期間(duration of response :DOR)も 20.2 か月(スニチニブ群 11.5 か月)と延長していた ${ }^{17)}$. 本邦でも 2021 年に保険収載されたばかりである. ## おわりに この 10 年で新たな進行腎細胞癌に対する薬物療法が次々と導入されている。本稿では有害事象などの安全性については割愛したが,今後はこれら薬物療法の使い分けや逐次療法の確立が課題となっている. 各種ガイドラインをもとに,患者特性(年齢,全身状態, 併存症, 社会背景, 治療目的など)や腫瘍特性(IMDC リスク分類, 腫瘍量, 転移臟器, 転移数, 症状, 病理など), そして薬剂特性 (OS, PFS, PD (progression disease) 率/CR (complete response)率, 治療継続, 有害事象, セカンドラインなど) など総合的に勘案して薬剤選択することが重要になってくる. 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1) Chen DS, Mellman I: Oncology meets immunology: the cancer-immunity cycle. Immunity 39 (1): 1-10, 2013 2) Heng DY, Xie W, Regan MM et al: External validation and comparison with other models of the International Metastatic Renal-Cell Carcinoma Database Consortium prognostic model: a populationbased study. Lancet Oncol 14 (2): 141-148, 2013 3)「腎癌診療ガイドライン 2017 年度版」 2020 年 6 月アップデート (日本泌尿器科学会編),メディカルビュー社, 東京 (2020) 4) Bedke J, Albiges L, Capitanio U et al: Updated European Association of Urology Guidelines on Renal Cell Carcinoma: Nivolumab plus Cabozantinib Joins Immune Checkpoint Inhibition Combination Therapies for Treatment-naïve Metastatic ClearCell Renal Cell Carcinoma. Eur Urol 79 (3): 339-342, 2021 5) Motzer RJ, Hutson TE, Tomczak $P$ et al: Sunitinib versus interferon alfa in metastatic renal-cell carcinoma. N Engl J Med 356 (2): 115-124, 2007 6) Motzer RJ, Hutson TE, Cella D et al: Pazopanib versus sunitinib in metastatic renal-cell carcinoma. N Engl J Med 369 (8): 722-731, 2013 7) Choueiri TK, Escudier B, Powles T et al: Cabozantinib versus everolimus in advanced renal cell carcinoma (METEOR): final results from a randomised, open-label, phase 3 trial. Lancet Oncol 17 (7): 917-927, 2016 8) Choueiri TK, Halabi S, Sanford BL et al: Cabozantinib Versus Sunitinib As Initial Targeted Therapy for Patients With Metastatic Renal Cell Carcinoma of Poor or Intermediate Risk: The Alliance A031203 CABOSUN Trial. J Clin Oncol 35 (6): 591597, 2017 9) Motzer RJ, Escudier B, McDermott DF et al: Nivolumab versus Everolimus in Advanced RenalCell Carcinoma. N Engl J Med 373 (19): 1803-1813, 2015 10) Motzer RJ, Tannir NM, McDermott DF et al: Nivolumab plus Ipilimumab versus Sunitinib in Advanced Renal-Cell Carcinoma. N Engl J Med 378 (14): 1277-1290, 2018 11) Albiges L, Tannir NM, Burotto $M$ et al: Nivolumab plus ipilimumab versus sunitinib for first-line treatment of advanced renal cell carcinoma: extended 4 -year follow-up of the phase III CheckMate 214 trial. ESMO Open 5 (6): e001079, 2020 12) Hegde PS, Wallin JJ, Mancao C: Predictive markers of anti-VEGF and emerging role of angiogenesis inhibitors as immunotherapeutics. Semin Cancer Biol 52 (Pt 2): 117-124, 2018 13) Rini BI, Plimack ER, Stus V et al: Pembrolizumab plus Axitinib versus Sunitinib for Advanced RenalCell Carcinoma. N Engl J Med 380 (12): 1116-1127, 2019 14) Powles T, Plimack ER, Soulières D et al: Pembrolizumab plus axitinib versus sunitinib monotherapy as first-line treatment of advanced renal cell carcinoma (KEYNOTE-426): extended follow-up from a randomised, open-label, phase 3 trial. Lancet Oncol 21 (12): 1563-1573, 2020 15) Motzer RJ, Penkov K, Haanen J et al: Avelumab plus Axitinib versus Sunitinib for Advanced RenalCell Carcinoma. N Engl J Med 380 (12): 1103-1115, 2019 16) Choueiri TK, Motzer RJ, Rini BI et al: Updated efficacy results from the JAVELIN Renal 101 trial: first-line avelumab plus axitinib versus sunitinib in patients with advanced renal cell carcinoma. Ann Oncol 31 (8): 1030-1039, 2020 17) Choueiri TK, Powles T, Burotto $M$ et al: Nivolumab plus Cabozantinib versus Sunitinib for Advanced Renal-Cell Carcinoma. N Engl J Med 384 (9): 829-841, 2021
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Tokyo Women's Medical University
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# 妊娠中の糖代謝異常一済生会病院における妊娠糖尿病診断基準改定前後の 変化についてのアンケート調査を振り返って一 大阪府済生会野江病院糖尿病・内分泌内科 阿部筁 (受理 2022 年 5 月 17 日) ## Diabetes and Pregnancy: A Questionnaire Study on Clinical Management of Gestational Diabetes Mellitus and Pregnant Women with Diabetes Before and After the Revision of Diagnostic Criteria at Saiseikai Hospitals \author{ Megumi Aizawa-Abe \\ Division of Diabetes and Endocrinology, Osaka Saiseikai Noe Hospital, Osaka, Japan } Diagnostic criteria of gestational diabetes mellitus (GDM) revised in 2010 by the International Association of Diabetes and Pregnancy Groups are widely accepted in Japan. Not only did the threshold values for the diagnosis of GDM change, but overt diabetes in pregnancy (ODP) was differentiated from GDM. We conducted a retrospective questionnaire study among Saiseikai Hospitals in 2015, regarding whether the clinical management of diabetes in pregnancy at Saiseikai Hospitals changed after the revision of GDM criteria. As for GDM, the rate of hospitals dealing with deliveries numbering more than 11 patients per year before and after the revision of GDM criteria changed from 9 to $36 \%$, diagnosing most frequently in the first trimester changed from 10 to $30 \%$, and implementation of self-monitoring of blood glucose at the initial visit changed from 0 to $36 \%$. For pregestational diabetes and ODP, the rate of hospitals achieving appropriate pregestational glycemic control changed from 29 to $57 \%$. Although the results were not significant, we provided an opportunity for physicians to advance their understanding of diabetes in pregnancy, requiring the confirmation of criteria. In this review, some issues about diabetes in pregnancy are discussed. Keywords: gestational diabetes, diabetes in pregnancy, criteria ## 緒言 「元気な赤ちゃんが生まれますように」という妊婦の願いはいつの時代も変わることはない. 少子高齢化や晚産化といった社会変化の中で,母体年齢が危険因子となる妊娠糖尿病 (gestational diabetes mellitus:GDM) は今後ますます重要となる課題である。私たちは,社会福祉法人恩賜財団済生会の病院グループで,妊娠糖尿病 GDM の診療の実態に関するアンケート調査を 2015 年に実施した. その結果を報告するとともに,現在の妊娠中の糖代謝異常に関わる課題について考察した。 妊娠週齢が進むにつれ,胎坚側へのブドウ糖輸送 病・内分泌内科 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.4_126 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. が増大し, 健常状態では母体の血糖値は非妊娠時より低い。一方,妊娠中期以降は胎盤由来のインスリン拮抗ホルモンの分泌や胎盤でのインスリン分解などによりインスリン必要量が増加する,インスリン分泌能が不十分で, このインスリン抵抗性の増大に対応できない場合, 血糖値が上昇する,娃娠中の糖尿病に至らない軽度の糖代謝異常が糖尿病と同じように母児に影響を及ぼすので,糖尿病に準じた治療管理を必要とすることは議論されていたが,どの程度の高血糖がどのくらい娃娠の有害事象を増やすかについては 2000 年代初めまで明らかではなかった. 2008 年の国際的な無作為比較試験 Hyperglycemia and Adverse Pregnancy Outcome Study (HAPO study)の結果にに基づき,2010 年 3 月に国際糖尿病・妊娠学会 (International Association of Diabetes and Pregnancy Study Group:IADPSG)は「妊娠中の高血糖の診断と分類に関する推奖」を発表し,その中で妊娠糖尿病 GDM の定義と診断基準が改定さ $れ^{22)}$, 続いて同年 7 月に日本糖尿病学会の診断基準が改定されだ3)、それまで妊娠糖尿病 GDM は「妊娠中にはじめて発見または発症した糖代謝異常」と定義されていたが),新たな定義では「娃娠時に診断された明らかな糖尿病 (overt diabetes in pregnancy : ODP)」は含まないことになり,妊娠糖尿病GDM は「妊娠によって引き起こされる糖尿病に至っていない糖代謝異常」と定義されることになった.「糖尿病に至っていない糖代謝異常」である妊娠糖尿病 GDM と「妊娠時に診断された明らかな糖尿病 ODP」を区別することは臨床的には大変重要であるにもかかわらず,数年経過してもなお,この分類を理解していない臨床医が少なくない現状があった. ## 済生会病院におけるアンケート調査の試み 社会福祉法人恩賜財団済生会では糖尿病診療レベルの向上を目的に糖尿病診療に携わっている医師, コメデイカルスタッフがそれぞれの経験や研究成果について発表し,情報交換を行う全国済生会糖尿病セミナーを年 1 回開催し, 2021 年までに 27 回の会合を重ねてきた,全国済生会糖尿病研究会からの発案で,実地臨床医に対する啓蒙として診断基準の理解を深めることを期して娃娠糖尿病 GDM の診断基準改定前後での臨床の変化について大阪府済生会野江病院の医師が中心となり全国済生会病院にアンケート調查を実施した。 2015 年 7 月に全国の済生会病院 79 施設の産婦人科へ,分婏症例の有無,年間分婏数,糖尿病診療担当科に関しての質問票を郵送し, 59 施設から回答を得られた (回答率 $74.7 \%$ ). 分婏症例を有するのは 29 施設で, 平均の分婏件数は 457 件/年であった. さらに, この 29 施設に対して, 新診断基準制定前の 2009 年度と制定後の 2014 年度の妊娠糖尿病 GDM および糖尿病合併妊娠に関する質問票を糖尿病診療担当科である内科または糖尿病内科へ郵送し, 15 施設 (回答率 51.7\%)から回答を得た。質問票では,1. 妊娠糖尿病 GDM に関して, (1) 年間分娩件数, (2) 施設における最も多い診断時期(妊娠三半期),(3)インスリン治療の割合, (4) 自己血糖測定の導入時期, (5)産後耐糖能評価方法, 2 . 糖尿病合併妊娠(妊娠前に診断された糖尿病 preexisting diabetes と妊娠時に診断された明らかな糖尿病 ODP) に関して, (1) 年間分娩件数, (2) 施設における最も多い妊娠判明時の HbAlc, (3) インスリン治療の割合を選択肢で問うた.また, 2009 年度および 2014 年度両方ともに回答した施設のみ抽出し, 各年度で選択肢ごとに施設数および,その割合を示して比較した(Table 1,2). 妊娠糖尿病 GDM に関して 2014 年度は 2009 年度より分娩件数が年間 11 例以上の施設は 1 施設から 4 施設に増加し, 最も多い妊娠糖尿病 GDM 診断時期が妊娠初期であった施設が 1 施設から 3 施設に増加した。また, インスリン治療の割合は変化なく,自己血糖測定の導入時期は全例打よびハイリスクの妊娠糖尿病 GDM 患者において初回外来より導入する施設が 0 施設から 4 施設に増加した. 産後耐糖能評価方法として $75 \mathrm{~g}$ ブドウ糖負荷試験を施行している施設が 2 施設から 4 施設に増えた。また,糖尿病合併妊娠では年間分婏件数は変化なく, 妊娠判明時に妊娠が許容される HbA1c $6.5 \%$ 以下を満たしている症例数が多い施設が 2 施設から 4 施設に増え, インスリン治療の割合は変化しなかった。妊娠糖尿病GDM の診断間値が下がったことで対象症例は 4 倍程度増加するとされており, もっと大きな変化を予測していたが両年ともに回答した施設が少なかつたこともあり,いずれの結果も統計的な有意差を認めない結果であった。個々の症例の登録ではなく,規模も多様な施設単位の設問であったなど,研究デザインの未熟から, この調查の結果から結論を導くことはできなかった.しかし,アンケートの実施は診断基準の改定内容を見直して新旧の診断基準の違い,すなわち妊娠糖尿病 GDM と糖尿病合併妊娠打よび妊娠時に診断された明らかな糖尿病 ODPを区別することを回答者の医師に認識してもらう機会に Table 1. Results of questionnaires on gestational diabetes mellitus. & \\ なったことには意義があった. ## 糖尿病と妊娠の分類をめぐる経緯 糖尿病と妊娠に関する歴史を振り返ると 1824 年ベルリン大学の内科医 H. Bennewitz による尿糖と糖尿病の症状から妊娠後期に糖尿病を発症し分娩後寛解することを繰り返した症例の報告が世界最初の文献である ${ }^{5)}$. 以後, 糖尿病と妊娠合併症に関する数々の報告がなされ糖尿病によって周産期リスクが増すことが知られるようになった. ボストンの Joslin Clinic の Priscilla White は 1949 年, 母体の糖尿病の発症年齢, 罹患期間, 細小血管合併症の有無に基づいて胎児の危険を考慮して糖尿病妊婦の分類 (White の分類)を作り ${ }^{6}$ ,世界中で頻用されるようになったが, 2 型糖尿病の頻度が 1 型糖尿病より高い日本では,発症年齢や罹病期間が明らかではない症例が多く, White の分類を臨床応用するのは困難で あっだ ${ }^{7)}$. 妊娠糖尿病 GDM という用語が初めて提唱されたのは 1964 年のことである. ボストンのアメリ力国立衛生研究所 (NIH) の疫学研究者である O’Sullivan らが $100 \mathrm{~g}$ OGTT を用いた妊娠糖尿病 GDM の診断基準を定め,妊娠糖尿病GDM を妊娠中に認められる一過性の耐糖能低下であると定義した8). その後 1979 年, NIH を中心とするアメリカ糖尿病データグループ (NDDG)による糖尿病分類においては妊娠に関する分類は妊娠糖尿病GDM だけであり, 妊娠している糖尿病女性は含まれていなかった9). 1985 年, 世界保健機構 (World Health Organization:WHO)とアメリカ糖尿病学会 (American Diabetes Association:ADA)が共同で発表した糖尿病分類で妊娠糖尿病 GDM は「妊娠糖尿のカテゴリーは耐糖能低下が妊娠中初めて発見さ Table 2. Results of questionnaires on overt diabetes in pregnancy. & \\ 0 & $4(36 \%)$ & $3(27 \%)$ \\ $1-10$ & $6(55 \%)$ & $7(64 \%)$ \\ $11-30$ & $1(9 \%)$ & $1(9 \%)$ \\ $31-$ & $0(0 \%)$ & $0(0 \%)$ \\ $<6.5$ & $2(29 \%)$ & $3(43 \%)$ \\ $6.5-8$ & $4(57 \%)$ & $0(0 \%)$ \\ $>8$ & $1(14 \%)$ & 7 \\ $0-34$ & $2(33 \%)$ & $4(67 \%)$ \\ $35-64$ & $0(0 \%)$ & 6 \\ $65-100$ & $4(67 \%)$ & 6 \\ Numbers represent sum of hospitals selecting each alternative. れた婦人にのみ応用されるべきで,分娩後再分類が必要である」と未診断の糖尿病を分婏後再検証する必要性を提唱されていた ${ }^{10111}$. しかし, 1991 年の第 3 回妊娠糖尿病に関する国際ワークショップ・カンファランス (International Workshop Conference on (GDM) ${ }^{12}$ から妊娠している糖尿病女性の概念が消え, 1997 年になって「妊娠中に発症または初めて発見された耐糖能異常を指し,耐糖能異常の程度は問わず,妊娠前から耐糖能異常が存在した可能性も除外しない」と定義され ${ }^{13}$ ,見逃されていた 2 型糖尿病と軽症の妊娠糖尿病GDM が同一に扱われる事態となっていたが,実際には地域によって診断方法や基準が異なる状況が続いた。 妊娠中の高血糖と妊娠有害事象の関係を明らかにするために約 15 年かけて 9 か国 23,316 人を対象に行われた HAPO study ${ }^{1}$ の結果,妊娠 24 週から 32 週に施行した $75 \mathrm{~g}$ ブドウ糖負荷試験の血糖値が高くなるほど初回帝王切開率, large for gestational age(LGA)児, 臍帯血 C ペプチド> 90 th パーセンタイル, 新生児低血糖は増加し, 37 週以前の早産,肩甲難産または分婏事故, 高ビリルビン血症, 子癗前症も弱いながら相関していることが明らかになった. いずれも直線的な増加であり間値を設定することはできなかった。このデータをもとにIADPSG が議論を重ねて「妊娠中の高血糖の診断と分類に関する推奨」を 2010 年に発表し ${ }^{2)}$, その中で妊娠糖尿病 GDM の定義と診断基準を改定した。これを世界基準として各国の糖尿病学会が新たに定義を定めて現在広く使用されている. 日本では 2010 年 7 月, 日本糖尿病学会が新診断基準を発表したが3), 学会によってな㧍完全に一致を見なかったため, 日本産科婦人科学会, 日本糖尿病学会, 日本糖尿病・妊娠学会が統一基準を作成し, 2015 年 8 月 1 日からは新診断基準が用いられることになっだ ${ }^{14)}$. ## 妊娠糖尿病 GDM と娃娠時に診断された明らかな 糖尿病 ODP を区別する意義 妊娠糖尿病 GDM の特徴は糖尿病には至っていないが軽度の糖代謝異常であること,インスリン抵抗性が強く巨大児分娩が多いことである。一方,糖尿病合併妊娠は先天奇形の頻度 ${ }^{15)}$, 妊娠経過中に糖尿病網膜症や糖尿病性腎症といった母体の糖尿病合併症が進行する頻度 ${ }^{16}$ が妊娠糖尿病 GDM より高く,適正な血糖管理のためには妊娠早期からインスリン治療を充分行う必要がある ${ }^{17}$. 妊娠によって誘導された耐糖能異常はインスリン抵抗性が高くなる妊娠中期から後期に頻度が高いことが推測される。しかし, 日本では妊娠早期から耐糖能異常を認めることが多く18), 妊娠時に初めて発見された糖尿病でもすでに増殖網膜症を持つ症例が $4 \%$ もあるなど,見逃されていた糖尿病を示唆するデータがあり,これまでの妊娠糖尿病GDM に関する国際ワークショップ・カンファランスや ADA の定義は不合理であった. 欧米では若年発症糖尿病は 1 型糖尿病が多くを占め, 妊娠して初めて見逃されていた 2 型糖尿病が Figure 1. Classification of abnormality of glucose tolerance during pregnancy. Abnormality of glucose tolerance during pregnancy is categorized as pre-existing diabetes in pregnancy and hyperglycemic disorders in pregnancy initially diagnosed during pregnancy. Pre-existing diabetes in pregnancy is categorized as pre-existing type 1 , type 2 , and other types of diabetes in pregnancy. Hyperglycemic disorders in pregnancy are categorized as overt diabetes in pregnancy and gestational diabetes. Overt diabetes in pregnancy is categorized as undiagnosed pre-existing diabetes in pregnancy, new onset of diabetes during pregnancy that persists after pregnancy, and new onset of type 1 diabetes during pregnancy. Gestational diabetes refers to the new onset of diabetes during pregnancy that resolves after pregnancy. 発見されることが少なかったため,妊娠によって惹起された軽い耐糖能異常との区別は問題にならなかったのである。 大森らは一貫してそれまでの 2 型糖尿病と妊娠糖尿病 GDM を混同した不合理な診断基準に対して変革の必要性を主張してきたが ${ }^{16)}, 2010$ 年の IADPSG 推奨の妊娠糖尿病 GDM の診断基準ではこの主張が採用され,妊娠糖尿病 GDM は「妊娠時に診断された明らかな糖尿病 ODP」は含まないことになり,「妊娠によって引き起こされる糖尿病に至っていない糖代謝異常」と定義された. 欧米中心であった国際的な診断基準に 1 型糖尿病, 2 型糖尿病両方に視点を向けた世界的に通用する定義および診断基準が定められたことは意義深い. さらに, この改定で診断検査のブドウ糖負荷量が $100 \mathrm{~g}$ から $75 \mathrm{~g}$ に統一され, 前値 $92 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, 1$ 時間値 $180 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, 2$ 時間値 $153 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ とそれまでの診断基準の前値 $100 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, 1$ 時間值 $180 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, 2$時間値 $150 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と比較して前値が下がり, 2 時間値が上がり, $75 \mathrm{~g}$ OGTTによる診断は「異常値 2 つ以上」としていたところを「異常値 1 つ以上」に変更され,より多くの妊婦が妊娠糖尿病 GDM と診断されることになった. ## 現在の妊娠中の糖代謝異常の分類 妊娠中の糖代謝異常には糖尿病が妊娠前から存在している糖尿病合併妊娠(preexisting diabetes)と妊娠中に発見される糖代謝異常 (hyperglycemic disorders in pregnancy)があり, 後者はさらに妊娠糖尿病 GDM と妊娠時に診断された明らかな糖尿病 ODP に分類される, と日本糖尿病学会の糖尿病の分類と診断基準に記載されている3). 臨床的には妊娠時に診断された明らかな糖尿病 ODP はさらに「見逃された妊娠前から存在している糖尿病合併妊娠 (preexisting diabetes) 」,「妊娠中の糖代謝変化によって発症した糖尿病」,「妊娠中に発症した 1 型糖尿病」に分類される (Figure 1).これらのうち, 母体の糖尿病網膜症や糖尿病性腎症といった糖尿病合併症進展リスクは未治療の「見逃された妊娠前から存在している糖尿病合併妊娠 (preexisting diabetes)」が最も高いと考えられ, 臨床医はこの患者群を見逃すことがあってはならず,直ちに治療を開始すべきである. 「妊娠糖尿病 GDM」の定義に関する混乱があるのは実臨床において「妊娠糖尿病 GDM 外来」の名称があるように,「妊娠中の糖代謝異常」と口語としては舌を噛みそうになる表現を敬遠して妊娠中の糖代謝異常のことを「妊娠糖尿病 GDM」と誤用する医療関係者が多いことも関係があるのかもしれない,定義を正しく理解することは言葉を正しく使うことであり, 肝に銘じなくてはならない. ## 妊娠中の糖代謝異常に関わる課題 2010 年の妊娠糖尿病診断基準の改定から 12 年経 Figure 2. Diagnostic algorithm in Japan originated from Guidelines for Gynecological Clinical Practice in Japan 2020 and Japanese Clinical Practice Guidelines for Diabetes 2019. Initial screening was based on RPG, in which the lower limit is defined by each institution. When RPG $\geq 200 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, one should confirm the diagnosis of diabetes. FPG $\geq 126 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ or HbAlc $\geq 6.5 \%$ or typical symptoms of diabetes mellitus or definite diabetic retinopathy should lead to a diagnosis of ODP. RPG 95/100-200 mg/dL and HbAlc $\geq 6.5 \%$ should lead to a diagnosis of ODP. RPG $95 / 100-200 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ and $\mathrm{HbAlc}<6.5 \%$ should perform a $75-\mathrm{g}$ OGTT. When FPG $\geq 92 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ or $1-\mathrm{h} \mathrm{PG} \geq 180 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ or $2-\mathrm{h} \mathrm{PG} \geq 153 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, diagnose as GDM. When negative, one should perform a 75-g OGTT at 24-28 weeks' gestation again. When RPG $<95 / 100 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, one should check the $50-\mathrm{g}$ GCT or RPG at $24-28$ weeks' gestation. When the $50-\mathrm{g}$ GCT $>140 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ or RPG $>100 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, one should test $75-\mathrm{g}$ OGTT. RPG, random plasma glucose; FPG, fasting plasma glucose; ODP, overt diabetes in pregnancy; PG, plasma glucose; GDM, gestational diabetes mellitus; GCT, glucose challenge test; OGTT, oral glucose tolerance test. 過した現在,いくつかの課題が挙げられる.一つは,妊娠糖尿病GDM の診断時期である。スクリーニングから診断に至る方法は日本の産科ガイドラインおよび糖尿病診療ガイドラインとIADPSG の方法が異なっている。日本の初期スクリーニングは随時血.糖値のみとし,ここで $95 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ または $100 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ (施設で基準を決めて良い)で陽性であれば初期であっても $75 \mathrm{~g}$ OGTTを施行してIADPSG と同じ基準で判定する (Figure 2)。一方, IADPSG の基準値はHAPO study において妊娠 24-32 週に行われた $75 \mathrm{~g}$ OGTT を根拠に設定されたため, IADPSG は $75 \mathrm{~g}$ OGTT の実施時期を 24-28 週に限定している (Figure 3). 妊娠初期の $75 \mathrm{~g}$ OGTT の基準には妥当性がないことが示されている ${ }^{18}$. 日本で妊娠初期も後半期と同じ基準で診断する方法が推奖された理由は, IADPSG 基準が示された 2010 年以前には妊娠中の糖代謝スクリーニングが十分に施行されていな い状況にあったことから,全妊婦に糖代謝スクリー ニングを行うことを優先したため妊娠時期によって異なる方法をとる煩雑さを避けたためと考えられる. 日本では中期よりも初期に妊娠糖尿病 GDM を診断される症例が多い ${ }^{19}$. しかし, 妊娠初期で妊娠糖尿病 GDM の診断基準を満たしても,中期で診断基準に満たない症例も多く, 過剩診断になっている可能性も否定できない.糖代謝スクリーニングが普及してきた現在, 妊娠初期に中期と同じ診断基準で診断することの妥当性と最適なスクリーニング方法を検討する時期にきていると考える。見逃されていた糖代謝異常を確認できる貴重な機会でもある一方,妊婦の負担を過剩診断によって増大させることは避けたい. 二つめはプレコンセプションケアの普及である.女性の晚婚化や生殖医療技術の向上に伴う出産年齢の高齢化によって, 2 型糖尿病発症時期と娃娠時期 Figure 3. Diagnostic algorithm in International Association of Diabetes and Pregnancy Study Group (IADPSG) recommendation. Measure FPG, A1C, or RPG in all or only high-risk women. FPG $\geq 7.0 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}(126 \mathrm{mg} / \mathrm{dL})$ or $\mathrm{RPG} \geq 200 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ or $\mathrm{HbAlc} \geq 6.5 \%$ indicate ODP. If the results are not diagnostic for $\mathrm{ODP}$ and $\mathrm{FPG} \geq 5.1 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}(92 \mathrm{mg} / \mathrm{dL})$ but $<7.0$ $\mathrm{mmol} / \mathrm{L}(126 \mathrm{mg} / \mathrm{dL})$, diagnose as GDM, and FPG < $5.1 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}(92 \mathrm{mg} / \mathrm{dL})$, test for GDM from 24 to 28 weeks' gestation with a 75 -g OGTT. One or more values of FPG $\geq 5.1 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}(92 \mathrm{mg} / \mathrm{dL})$ or $1-\mathrm{h} \mathrm{PG} \geq 10.0 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}(180 \mathrm{mg} /$ $\mathrm{dL}$ ) or $2-\mathrm{h} \mathrm{PG} \geq 8.5 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}$ ( $153 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ ) from a 75 -g OGTT must be equal or higher for the diagnosis of GDM. RPG, random plasma glucose; FPG, fasting plasma glucose; PG, plasma glucose; OGTT, oral glucose tolerance test; ODP, overt diabetes in pregnancy; GDM, gestational diabetes mellitus. * If RPG is the initial measure, the tentative diagnosis of ODP should be confirmed by FPG or A1C using a Diabetes Control and Complication Trial (DCCT)/UK Diabetes Prospective Study (UKPDS) standardized assay. が重なることも少なくない,妊娠可能年齢女性で耐糖能異常がある場合, 糖尿病と診断され診療継続中であれば妊娠前の血糖コントロールの重要性,妊娠前の糖尿病合併症やその他の合併症の評価と管理の重要性, 健康的な体重の達成などプレコンセプションケアは実施されていることが多いが, 血液検査の機会が乏しく耐糖能異常の存在を知らないまま経過していることが少なくない. 若年女性の糖尿病診断の機会を確保する体制づくりも今後の課題である. ## 結 語 全国済生会糖尿病研究会からの発案で 2015 年に実施した新診断基準制定前の 2009 年度と制定後の 2014 年度の妊娠糖尿病 GDM および糖尿病合併妊娠に関するアンケートについて報告した.糖尿病と妊娠に関する歴史を振り返り,妊娠糖尿病 GDM と妊娠時に診断された明らかな糖尿病 ODP を区別する意義と現在の妊娠中の糖代謝異常に関わる課題について考察した。本総説の読者が妊娠と糖代謝異常の分野に関心を持ち, 糖代謝異常を有する女性が母子ともに豊かな人生を送ることに寄り添っていたたければこの上ない幸いである。 本研究は 1975 年ヘルシンキ宣言の倫理指針に基づく大阪府済生会野江病院倫理委員会に承認されている (承認番号 29-16). ## 謝 辞 アンケートに協力いただいた済生会病院(済生会茨木病院, 済生会富田林病院, 済生会中津病院, 北上済生会病院, 静岡済生会総合病院, 済生会江津総合病院, 福井県済生会病院, 済生会福岡総合病院, 済生会福島総合病 院,済生会横浜市南部病院,済生会龍ヶ崎総合病院,済生会兵庫県病院), 森田聖先生 (済生会野江病院), 安田浩一朗先生(元済生会野江病院,やすだクリニック),太田充先生 (元済生会野江病院, 八尾市民病院), 山藤知宏先生 (元済生会野江病院, 阪南中央病院), 鯉江基也先生 (元済生会野江病院,こいえ内科クリニック), 比嘉眞理子先生 (元済生会横浜市東部病院), 中塔辰明先生 (岡山済生会総合病院), 友常健先生 (済生会宇都宮病院), そして最後まで熱くご指導下さいました大森安惠先生 (東京女子医科大学名誉教授, 済生会糖尿病研究会顧問) に厚く感謝申し上げます。 本研究は済生会医学福祉共同研究基金より支援されている. 開示すべき利益相反状態はありません。 ## 文 献 1) HAPO Study Cooperative Research Group; Metzger BE, Lowe LP, Dyer AR et al: Hyperglycemia and adverse pregnancy outcomes. N Engl J Med 358 (19): 1991-2002, 2008 2) International Association of Diabetes and Pregnancy Study Groups Consensus Panel; Metzger BE, Gabbe SG, Persson B et al: International association of diabetes and pregnancy study groups recommendations on the diagnosis and classification of hyperglycemia in pregnancy. Diabetes Care 33 (3): 676-682, 2010 3)糖尿病診断基準に関する調査検討委員会; 清野裕, 南條輝志男, 田嶼尚子ほか:糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告。糖尿病 $\mathbf{5 3}$ (6):450467, 2010 4)糖尿病診断基準検討委員会;葛谷健,中川昌一,佐藤譲ほか:糖尿病の分類と診断基準に関する委員会報告. 糖尿病 42(5):385-404, 1999 5) Hadden DR: History of diabetic pregnancy. In Textbook of Diabetes and Pregnancy, First edition (Hod M, Jovanovic LG, Di Renzo GC et al eds), pp112, Martin Dunitz, London (2003) 6) White P: Pregnancy complicating diabetes. Am J Med 7 (5): 609-616, 1949 7)大森安恵:わが国の妊婦糖尿病患者の糖尿病病型分類について。糖尿病 26 (3) : 239, 1983 8) O'Sullivan JB, Mahan CM: Criteria for the oral glucose tolerance test in pregnancy. Diabetes 13: 278285, 1964 9) National Diabetes Data Group: Classification and diagnosis of diabetes mellitus and other categories of glucose intolerance. Diabetes 28 (12): 1039-1057, 1979 10) Diabetes mellitus. Report of a WHO Study Group. Diabetes mellitus. World Health Organ Tech Rep Ser 727: 1-113, 1985 11) Proceedings of the Second International WorkshopConference on Gestational Diabetes Mellitus. October 25-27, 1984, Chicago, Illinois. Diabetes 34 (Suppl 2): 123-126, 1985 12) Metzger BE: Summary and recommendations of the third international workshop-conference on gestational diabetes mellitus. Diabetes 40 (Suppl 2): 197-201, 1991 13) The Expert Committee on the Diagnosis and Classification of Diabetes Mellitus: Report of the Expert Committee on the diagnosis and classification of diabetes mellitus. Diabetes Care 20 (7): 11831197, 1997 14)日本糖尿病 - 妊娠学会と日本糖尿病学会との合同委員会:妊娠中の糖代謝異常と診断基準の統一化について。糖尿病 58 (10): 801-803, 2015 15) Schaefer UM, Songster G, Xiang A et al: Congenital malformations in offspring of women with hyperglycemia first detected during pregnancy. Am J Obstet Gynecol 177 (5): 1165-1171, 1997 16) Omori Y, Jovanovic L: Proposal for the reconsideration of the definition of gestational diabetes. Diabetes Care 28 (10): 2592-2593, 2005 17)大森安惠:糖尿病妊婦の分類.「糖尿病と妊娠の医学第 3 版」,pp79-89, 文光堂, 東京 (2020) 18) Bartha JL, Martinez-Del-Fresno P, CominoDelgado R: Gestational diabetes mellitus diagnosed during early pregnancy. Am J Obstet Gynecol 182 (2): 346-350, 2000 19) Maegawa Y, Sugiyama T, Kusaka H et al: Screening tests for gestational diabetes in Japan in the 1st and 2nd trimester of pregnancy. Diabetes Res Clin Pract 62 (1): 47-53, 2003
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 術前 CT にて診断困難であった B 型急性大動脈解離による 左鎖骨下動脈破裂に対する緊急手術の 1 例 東京女子医科大学八千代医療センター心臟血管外科 齋藤博之・・平松 健司 } (受理 2022 年 6 月 21 日) ## An Emergent Surgery for Rupture of the Left Subclavian Artery due to Type B Acute Aortic Dissection Undiagnosed by Preoperative Computed Tomography Hiroyuki Saito and Takeshi Hiramatsu Department of Cardiovascular Surgery, Tokyo Women’s Medical University Yachiyo Medical Center, Chiba, Japan A 77-year-old man presented to our emergency department with acute back pain. His whole-body computed tomography showed a massive anterior mediastinal hematoma with a right-side shift of the trachea and esophagus, pericardial fluid collection without extravasation of contrast, and no false lumen enhancement. An emergent surgery was planned to prevent the blow-out rupture of the aorta and detect the anterior mediastinal bleeding site. The patient was cooled to below $26^{\circ} \mathrm{C}$; selective cerebral perfusion was established under circulatory arrest. After the hematoma around the left subclavian artery was removed, we found a rare proximal left subclavian artery rupture. The vessel was ligated proximally and distally, and the aortic arch was transected between the left carotid artery and left subclavian artery, followed by frozen elephant trunk implantation and distal anastomosis of the four-branched graft. The postoperative course of the patient was uneventful, and he was discharged from our hospital in a stable condition. Keywords: acute aortic dissection, total arch replacement, left subclavian artery rupture ## 緒言 急性大動脈解離は生命を脅かす疾患である。急性大動脈解離に続発する前縦隔血腫や心囊液貯留は,急性大動脈解離の最も重篤な合併症の一つである大動脈破裂により生じ,保存的加療が困難な状態である。前縦隔血腫は大動脈弓部からの出血を示唆し心囊液貯留の多くは A 型急性大動脈解離によって引き起こされる大動脈破裂の徴候である。一般に,急性大動脈解離を来した大動脈壁の性状や脆弱性およ び外科的介入の必要性については, 術前のコンピュータ断層撮影法 (CT) によって推定することができる ${ }^{122}$. 今回我々は術前 CT で出血部位の明確な術前診断が困難であったB 型急性大動脈解離に続発した巨大前縦隔血腫および心囊液貯留の緊急手術症例を報告する。 ## 症 例 患者: 77 歳, 男性. 主訴:背部痛. Corresponding Author: 齋藤博之 $\overline{2} 276-8524$ 千葉県八千代市大和田新田 477-96 東京女子医科大学八千代医療センター心臟血管外科[email protected] doi: 10.24488/jtwmu.92.4_134 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. Preoperative computed tomography. Preoperative computed tomography scan shows a massive anterior mediastinal hematoma (arrow), right-side shift of the trachea and esophagus, pericardial effusion without extravasation of contrast, and no false lumen enhancement. 既往歴:高血圧症にて近医にて投薬加療中. 現病歴:かかりつけクリニックの定期日にクリニック前で突然の背部痛が出現し気分不快,意識混濁となり医院スタッフが救急要請し当院救急搬送された。 入院時現症:体温 $36.7^{\circ} \mathrm{C}$, 脈拍 73 回/分・整. 血圧 140/76 mmHg. 意識清明,腰背部に持続疼痛あり.血圧は左右差を認めなかった。 入院時検査所見:〔血算〕白血球数 $15,820 / 10 \mu \mathrm{L}$,赤血球数 $4.15 \times 10^{6} / \mu \mathrm{L}, \mathrm{Hb} 14.0 \mathrm{~g} / \mathrm{dL}, \mathrm{Ht} 41.3 \%$, 血小板数 $28.4 \times 10^{6} / \mu \mathrm{L}$. 【生化学〕総蛋白 $5.6 \mathrm{~g} / \mathrm{dL}, \mathrm{T}$ Bil $0.6 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, AST $16 \mathrm{U} / \mathrm{L}$, ALT $7 \mathrm{U} / \mathrm{L}$, LDH 229 U/L, CK $58 \mathrm{U} / \mathrm{L}, \quad$ Cre $0.79 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \quad B U N ~ 20.1 \mathrm{mg} /$ $\mathrm{dL}, \mathrm{D}$-dimer $2.30 \mu \mathrm{g} / \mathrm{mL}$. 【胸腹部造影 CT 所見〕 早期血栓閉塞型の B 型急性大動脈解離と気管と食道の右側偏位を伴う前縦隔血腫および心囊液貯留を認めたが,早期相・遅延相とも潰瘍様突出像(ulcerlike projection:ULP), 偽腔の造影効果, 造影剂の血管外漏出は認めなかった (Figure 1).患者は安静および降圧剤による保存的治療で血行動態的に安定していたが A 型解離への伸展予防, 大動脈破裂による突然死の予防,前縦隔出血部同定のため胸骨正中切開による緊急手術施行の方針とした。 手術所見:全身麻酔下に胸骨正中切開に先んじて左鎖骨下切開を行い,左腋窝動脈を剥離露出し,血流遮断下に $8 \mathrm{~mm}$ 人工血管(トリプレックス;テルモ,東京,日本)を吻合した,胸骨正中切開後に心膜に小開密を設け血圧上昇に注意しつつ血性心囊液をドレナージした.上行大動脈を露出した後に経大動脈壁エコーを施行し上行大動脈に解離がないことを確認した。上行大動脈送血および両大静脈脱血により人工心肺を確立し直腸温 $26^{\circ} \mathrm{C}$ にて循環停止とした。選択的脳灌流を確立後に $300 \mathrm{~mL}$ 程度の縦隔血腫を用手的に除去し左鎖骨下動脈基部を露出すると解離を伴う破裂を認め(Figure 2a), 前縦隔出血の責任病変と診断した。左鎖骨下動脈破裂部の近位お Figure 2. Intraoperative and postoperative findings. The left side of figure shows the proximal site of aortic arch. a, Dissected and ruptured left subclavian artery (arrow). b, Frozen elephant trunk deployed at zone 2 aortic arch. c, Postoperative computed tomography scan shows no residual false lumen and patent left axillary artery bypass. よび遠位を結紫止血し大動脈弓は左総頸動脈と左鎖骨下動脈の間 (ゾーン 2)で切断した。左鎖骨下動脈分岐部末梢の大動脈弓部大弯側に内膜龟裂を認めた. 径 $31 \mathrm{~mm}$ 、ステント長 $90 \mathrm{~mm}$ のオープンステントグラフト (Jグラフト FROZENIX ; 日本ライフライン,東京,日本)を内膜破綻部を被覆するように真腔内に展開し(Figure 2b), 続いて 4 分枝人工血管 (J グラフト;日本ライフライン,東京,日本)遠位側吻合をゾーン 2 で行った. 4 分枝人工血管の送血用分枝より送血を再開し加温しつつ近位部吻合を行った。近位側吻合終了後人工血管中枢側の遮断を解除し心拍動下に腕頭動脈,左総頸動脈を 4 分枝人工血管の第 1 および第 2 分枝にそれぞれ吻合した。破裂した左鎖骨下動脈は再建困難であったため,左腋窩動脈に吻合した $8 \mathrm{~mm}$ 人工血管を,第 2 肋間を経由し心囊へ誘導し 4 分枝人工血管の第 3 分枝に吻合した。 術後経過:患者の術後経過は順調であり,術後 CT にて人工血管吻合部に問題なく左腋窩動脈の開存を確認した. 解離腔の遺残は見られなかった (Figure $2 \mathrm{c}$ ) ## 考 察 急性大動脈解離に続発する大動脈破裂はスタンフォード分類にかかわらず生命を脅かす疾患であ る. 急性大動脈解離の診断および手術適応は造影 CT を用いて診断される,我々を含む多くの施設では, 術前 CT にて造影剤の血管外漏出や ULP 等により大動脈破裂部位が特定される場合は胸部大動脈ステントグラフト内挿術 (thoracic endovascular aortic repair:TEVAR)を第一選択としている. 最近の報告においても TEVARにより大動脈破裂部の一次止血が得られた場合, 開心術による外科的介入よりも良好な成績が得られている ${ }^{3}$ 。一方,B型急性大動脈解離に対する全弓部置換術および frozen elephant trunk(FET)などの開心術は, 二次的に発生する A 型急性大動脈解離や大動脈破裂を予防する目的に術式として用いられ, 特に真性胸部大動脈瘤を合併する B 型急性解離症例に対する外科的介入に適している ${ }^{3}$.また, 全弓部置換術および FET に続いてTEVARをハイブリッド手術として B 型急性大動脈解離に続発する大動脈破裂に対して全胸部下行大動脈を修復したとする報告4)もある. 本症例の術前 CT は早期血栓閉塞型の B 型急性大動脈解離所見であり解離腔は造影効果なくULP も認めない一方で気管,食道の右側偏位をともなう前縦隔血腫と心囊液貯留を認めた。大動脈弓部は真性動脈瘤の存在を示唆する内膜肥厚と穿通性動脈硬化性潰瘍 (penetrating atherosclerotic ulcer:PAU) が多発し ており外科的緊急介入法として全弓部人工血管置換術とゾーン 2 FETを選択した。 術中所見では左鎖骨下動脈破裂部周囲は粥状硬化病変による血管壁の変性を認めており,脆弱な血管壁に解離が及んだことで左鎖骨下動脈の破裂を来したと考えられた.鎖骨下動脈破裂は外傷による損傷では多くの報告があるが内因性疾患による破裂は非常にまれであり, 我々の知る限り急性大動脈解離にともなう左鎖骨下動脈破裂の報告は 2 症例のみ ${ }^{5}$ であった。他の病因には, 左鎖骨下動脈瘤, 右側大動脈弓等 ${ }^{5}$ がある. 本症例において術前 CT にて左鎖骨下動脈破裂が明確であった場合は経カテーテル的に左鎖骨下動脈を閉塞し緊急ゾーン 2 TEVARを施行する選択肢3もあると考えられるが, 術前 CT では明確な造影剤の血管外漏出がなく破裂部位の同定は困難であった.後方視的には気管および食道の右側偏位が顕著であり,左鎖骨下動脈の破裂を示唆する所見であったと考えられる。破裂した左鎖骨下動脈は複雑に損傷しており直接再建が困難であったため,左鎖骨下動脈を近位・遠位部で結紮し, 左腋窝動脈バイパスを行った. ## 結 論 $\mathrm{B}$ 型急性大動脈解離症例において, 術前 CT で前縦隔血腫を伴う場合,左鎖骨下動脈などの破裂を考慮する必要があり, 本症例では緊急で全弓部置換術 とFETにより救命することができた. 本症例報告の投稿に際し, 学術利用に関して患者に説明し,同意を得ている。 本論文について,他者との利益相反はない. $ \text { 文献 } $ 1) Trimarchi $S$, Nienaber $C A$, Rampoldi $V$ et al; International Registry of Acute Aortic Dissection Investigators: Contemporary results of surgery in acute type A aortic dissection: The International Registry of Acute Aortic Dissection experience. J Thorac Cardiovasc Surg 129 (1): 112-122, 2005 2) Elsayed RS, Cohen RG, Fleischman F et al: Acute Type A Aortic Dissection. Cardiol Clin 35 (3): 331345,2017 3) MacGillivray TE, Gleason TG, Patel HJ et al: The Society of Thoracic Surgeons/American Association for Thoracic Surgery Clinical Practice Guidelines on the Management of Type B Aortic Dissection. Ann Thorac Surg 113 (4): 1073-1092, 2022 4) Furuta A, Morimoto H, Mukai S et al: Successful one-stage operation for type B acute intramural hematoma with descending aortic rupture. Clin Case Rep 10 (1): e05267, 2022 5) Tong YL, Lu YQ, Jiang JK et al: Spontaneous rupture of the branches of left subclavian artery: A case report and review of the literatures. Medicine (Baltimore) 97 (14): e0290, 2018
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# 食道癌術後胃管気管瘦に対し気管ステント留置術を奏効した 1 例 (受理 2022 年 7 月 7 日) ## A Successful Case of Tracheal Stenting for Treating a Reconstructed Gastric-Role Tracheal Fistula after Esophagectomy for Esophageal Cancer \author{ Motoka Omata,, Shota Mitsuboshi, ${ }^{1}$ Akira Ogihara, ${ }^{2}$ \\ Hiroe Aoshima, ${ }^{2}$ Takako Matsumoto, ${ }^{2}$ Tamami Isaka, ${ }^{2}$ \\ Kenji Kudo, ${ }^{3}$ Hiroto Egawa, ${ }^{3}$ and Masato Kanzaki ${ }^{2}$ } ${ }^{1}$ Medical Training Center for Graduates, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Thoracic Surgery, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{3}$ Department of Gastroenterology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan A reconstructed gastric-role tracheal fistula (RGTF), an unusual complication after esophagectomy, is characteristic in posterior mediastinal route gastric tube reconstruction. In spite of occurring rarely, RGTF gives various symptoms, leading to a decrease in the patient's quality of life (QOL), which is often fatal. Therefore, early detection and appropriate treatment are required to improve the patient's QOL. Although curative treatment for RGTF is surgery, in a poor general condition, conservative treatments such as airway stenting should be considered. This case report shows a successful case where tracheal stenting was performed for an RGTF after esophagectomy for esophageal cancer. A man in his 70s who underwent thoracoscopic esophagectomy and posterior medial route gastric tube reconstruction at 1 month before. Since the patient's general condition was poor, and surgical treatment was difficult, he was referred to our hospital for undergoing tracheal stent surgery for curing the RGTF. A silicon stent was placed by a rigid bronchoscope under general anesthesia. Air leak from the gastric tube disappeared immediately after the tracheal stent was placed, and the general condition also improved. Keywords: reconstructed gastric-role tracheal fistula, tracheal stent, esophageal cancer, esophagectomy Corresponding Author: 神崎正人 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学呼吸器外科 kanzaki.masato @twmu.ac.jp doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.4_138 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## 緒言 胃管気管瘻は, 食道癌術後に発症する稀な合併症で, 解剖上後縦隔経路での胃管再建術で起こり, 発症すると呼吸器症状, 燕下障害, 栄養障害などにより quality of life(QOL)の低下をきたす場合が多く,誤嚥性肺炎を引き起こし, しばしば致命的となる ${ }^{1}$.胃管気管瘻の根治術は外科手術によりなされるが, たいていの場合は, 手術に耐えうる全身状態ではない場合が多い,そのような場合の保存的治療の 1 つとして気道ステント留置術があり,近年ステントの有用性について検討されている2) 4 . 今回, 胃管気管㾞に対して手術を考慮し, 硬性気管支鏡下気管ステント留置を行った症例を経験したので報告する. ## 症 例 患者: 70 代男性. 主訴: 発熱。 既往歴 : 食道癌. 喫煙歴: 20 本 $\times 45$ 年, 10 年以上前より禁煙. 飲酒歴:機会飲酒. アレルギー歴:なし. 家族歴:特記すべきことなし。 現病歴 : $\mathrm{X}$ 年 $\mathrm{Y}$ 月前医にて胸部下部の Stage III (食道癌取扱い規約 11 版) ) の食道癌に対し右胸腔から胸腔鏡下食道切除術および後縦隔経路胃管再建術が施行された. 手術時間 9 時間 20 分, 出血量は 50 gであった. 術後 2 日目から補液ならびに経腸栄養,術後 7 日目より経口摄取を開始した. 術後 8 日目に発熱が出現し, 術後 22 日目の胸部単純コンピュータ断層撮影 (CT) を撮影すると縦隔内と右胸腔内に液体貯留を認めた。胸腔ドレナージを施行したところ膿性排液を認め, 縫合不全による右膿胸, 縦隔膿瘍と診断された. 16 日間のドレナージにより症状は改善しドレーンを拔去した. ドレーン抜去後 5 日目 (術後 41 日目) 喀痰の増加, 発熱, 呼吸苦が出現した.術後 46 日目に胸部単純 CT で両側の肺炎像を認め, さらに再建胃管と気管が交通する瘻孔が疑われ, 同日上部消化管内視鏡検查で瘻孔を認め, 胃管気管㾇と診断された. 前医では, 両下葉の肺炎に伴う低酸素血症により現状では根治手術は困難と判断され,肺炎の改善を優先し根治手術に移行すべく術後 48 日目気管ステント留置目的に当院へ転院となった. 入院時現症: 身長 $162.3 \mathrm{~cm}$, 体重 $53.7 \mathrm{~kg}$. 体温. $37.0^{\circ} \mathrm{C}$, 血圧 $131 / 76 \mathrm{mmHg}$, 心拍数 $92 / \mathrm{min}$ - 整, 呼吸数 $26 / \mathrm{min}, \mathrm{SpO}_{2} 94 \%$ (室内気). 意識清明. 入院時血液検査所見(Table 1):動脈血液ガス分析では, 吸入酸素 $2 \mathrm{~L}$ 下で $\mathrm{pH} 7.446, \mathrm{PCO}_{2} 42.4$ $\mathrm{mmHg}, \quad \mathrm{PO}_{2} 81.5 \mathrm{mmHg}$ と酸素化は不良であった.血液生化学検査では, WBC $10.77 \times 10^{3} / \mu \mathrm{L}$ (Neut. $88 \%$, Lymph. 4.6\%) と好中球優位の WBC 上昇, CRP $4.30 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と炎症反応上昇を認めた. その他特記すべき異常所見は認めなかった. 喀痰培養 : 緑膿菌 (Pseudomonas aeruginosa $2+$ ) を検出した。 胸部単純 X 線写真(Figure 1): 両側下肺野に浸潤影を認めた。 胸部CT (Figure 2):術後 48 日目転院日の当院での CT では, 肺野条件で右肺上・下葉, 左肺下葉背側に浸潤影を認めた。縦隔条件で再建胃管と気管に交通を認めた。 上部消化管内視鏡所見 (Figure 3):前医で術後 46 日目に施行し, 再建胃管内からの観察で, 気管と Table 1. Laboratory data taken on the day of admission. の㾇孔を認めた。 気管支鏡所見(Figure 4): 術後 48 日目転院日の当院での気管支鏡で声門から $8 \mathrm{~cm}$, 気管分岐部から $5 \mathrm{~cm}$ の膜様部左側に長径 $1.2 \mathrm{~cm}$ の㾇孔を確認した. 瘻孔より再建胃管内の胃管チューブを認めた. 以上から,誤嚥性肺炎併発の胃管気管瘻と診断した. 根治手術を念頭に置き,胃管気管㾞に対し全身麻酔硬性気管支鏡下での気管ステント留置術の方針となった。また,転院後補液,経腸栄養は 1 週間継続し, 抗菌薬としてタゾバクタム/ピペラシリン 13.5 $\mathrm{g} /$ 日で投与した. 胃管チューブは持続吸引管理とし,リークを認めた。 術中所見(Figure 5): 術後 56 日目にステント留 Figure 1. Chest X-ray photograph of the patient on the day of admission. X-ray photograph shows that pneumonia was observed in the bilateral lung field.置を行った。仰卧位,デクスメデトミジン鎮静下自発呼吸を残して麻酔管理を行った。硬性気管支鏡を挿入し, 径 $15 \mathrm{~mm}$, 長さ $60 \mathrm{~mm}$ のシリコンステント (TRACHEOBRONXANE ${ }^{\mathrm{TM}}$ DUMON $^{\circledR}$, Novatech SA, La Ciotat, France)を留置した。 術後経過: 気管ステント留置直後より, 胃管チューブからのエアリークは消失し, 喀痰喀出量も減少した。胸部単純 X 線写真(Figure 6) で気管ステントの偏位逸脱がないことを確認し,ステント留置後 2 日目に前医へ転院となった。転院後,肺炎は軽快し, ステント插入後 16 日目瘻孔閉鎖術予定として退院となった。 Figure 3. A fistula found by endoscopic examination. By endoscopic observation through the reconstructed gastric tube, a fistula (the white dash-line circle) was found to traverse the trachea. Figure 2. Chest computed tomography (CT) scan on the day of admission. The left (A) and right (B) photographs show the lung and mediastinal window CT scan photographs, respectively. In the left photograph (A), consolidation in the upper and lower lobes of the right lung and the lower lobe of the left lung. In the right photograph (B), the red arrowhead indicates a fistula between the trachea and reconstructed gastric tube. Figure 4. Bronchoscopic photograph of the fistula and the schematic illustration of the trachea for indicating the location of the fistula. In the left photograph $(\mathbf{A})$, the black closed triangle $(\boldsymbol{\Delta})$ shows a nasogastric tube in the reconstructed gastric tube and the black star mark $(\star)$ indicates the membranous wall of the trachea. Bronchoscopic observation from inside the trachea showed a fistula with a 1.2-cm-long in the membranous wall of the trachea. A nasogastric tube was also observed through the fistula. The right illustration (B) shows the geometric location of the fistula between trachea and reconstructed gastric tube. Specifically, the fistula was found at $8 \mathrm{~cm}$ below the vocal cords and $5 \mathrm{~cm}$ above the carina. ## 考 察 食道癌術後の胃管気管㾞は, 食道癌術後の 0.3 $1.9 \%$ に合併するという報告がある2).また,近年,後縦隔経路での胃管再建や Salvage 手術の増加により胃管気管㾇の発生頻度も増加傾向である ${ }^{3446}$. 胃管気管㾇の治療としてまず求められることは㾇孔の閉鎖であり, 外科的治療と保存的治療がある. 外科的治療として,自家筋弁移植術などによる瘻孔閉鎖術や胃管切除拝よび消化管バイパス術などが挙げられる. 保存的治療として, 気道ステント留置術やフィブリングルー瘻孔閉鎖術などが挙げられる ${ }^{788}$. 外科的治療が根治的な治療となるが, 全身状態により外科的治療が不可能である症例に対しては,保存的治療を選択せざるを得ない場合も多い。 気道ステントは大別すると自己拡張型金属ステントとシリコンステントがある.金属ステントには自己拡張型金属ステントとしてウルトラフレックス ${ }^{\circledR}$ (ボストン・サイエンティフィックジャパン, 東京), 金属部分をフルカバーしたハイブリッドステントとして AEROスンント(メリットメディカル. ジャパン, 東京)がある. ウルトラフレックスには, uncovered type と, 金属ステントの両端を残してそれ以外をカバーした covered type も存在する. 金属ステントは,拡張能が高く,リリース前のステント径が小さいため高度な狭窄に対しても安全に留置できる。また屈曲や変形した気道でも対応でき, 咳嗽 や呼吸など生理運動に対応することができるため痰の喀出に有利である。一方で, 留置後の肉芽形成が 3 24\% と高く抜去が困難となる点, 拡張力が高いために血流障害や組織損傷が起きやすい点, 金属の破損が起こる可能性がある点などの欠点が挙が $る^{29910)}$ また, uncovered type は瘻孔が存在する場合は禁忌とされ,金属ステントは悪性腫瘍による高度な気道狭窄に適しており, 良性気道狭窄やステント留置後に抜去を考慮される場合には向かないと考えられる. しかし, ステントの位置移動や逸脱のリスクを減らすために胃管気道㾞に対して covered type の金属ステントを留置した報告も散見される $^{288}$. シリコンステントは, ダイナミックステント (現在使用できない), DUMON ${ }^{\circledR}$ ステントや TM ステント ${ }^{\circledR}$ (富士システムズ,東京),気管切開患者用のステントとしてTチューブがある。また, 形態としてDUMON ${ }^{\circledR}$ ステントではストレートタイプと $\mathrm{Y}$字タイプが存在し, 気管病変に対してストレート夕イプ, 気管分岐部周囲の病変に対してY 字タイプを使用する。シリコンステントは, 腫瘍の管内浸潤がなく浸潤性病変に有効で, 長さ調節や形の成型が容易であり,鉗子を用いて拔去や位置調節が容易で,耐圧性が高い点が優れている。一方で,硬性気管支鏡に行うため挿入が難しい点, 拡張力が弱いため高度な狭窄には向かない点, 気道の線毛運動を妨げ喀痰喀出が妨げられ痰貯留の原因となる点, また留置 Figure 5. Implantation of a silicone stent through a rigid bronchoscope. (A) In the bronchoscopic photograph, the fistula was found in the membranous wall of the trachea, and the black closed triangle ( $\mathbf{A}$ ) shows a nasogastric tube in the reconstructed gastric tube. (B) To determine where to place the stent, the flexible bronchoscope was inserted through the tracheal outer cylinder of the rigid bronchoscope by X-ray fluoroscopy. (C) The silicone stent before implantation. (D) Bronchoscopic photograph shows that the silicone stent was successfully implanted. (E) In the X-rayfluoroscopic photograph, the silicone stent (the white dash-line box) is confirmed to be implanted in the adequate location in the trachea. 後の移動・逸脱が $10 \sim 22 \%$ と高い点が欠点として挙げられる ${ }^{291910)}$ ,適応としては,悪性気道狭窄,良性気道狭窄どちらもあるが,留置後も定期的に位置の確認は必要で, 痰貯留によるステント内腔閉塞の予防のため吸痰やネブライザーによる加湿対策が必要となる. 本症例は, 食道癌術後に縫合不全を契機とした縦隔脤瘍および右膿胸を発症した。両肺下葉の肺炎,低酸素血症により, 現状からは外科的治療が困難と判断され,肺炎の改善を目的としてステント治療を先行した. 肺炎, 低酸素血症の改善後に瘦孔閉鎖などの外科治療を行う際,ステントの抜去を考慮し, さらにステントの位置調節が容易であるという観点 からシリコンステントを使用した. 本症例では, シリコンステント留置直後に胃管チューブからのリークは消失し, 胃管と気道の交通が解消したことを確認, また喀痰喀出量も減少し,患者本人の QOL 向上につなげることができた. 胃管気管瘻の治療方針は患者の状態に応じて決定すべきで, 気道ステント留置術の生存予後は外科手術に比べて有意に低く, 気道ステント留置術後の㾇孔再発率は $39 \%$ と高い報告もあることから, 一般的に気道ステント留置術は胃管気管瘻の根治術には向かないとされる216). しかしながら, 手術に耐えうる全身状態でない場合が多く, 本症例も該当していた。全身状態不良で根治手術を現時点で行えないと判断 Figure 6. Chest X-ray photograph taken at one day after the implantation. No deviation and dislocation of the tracheal stent were observed. された場合,ステント留置を行うことで,一時的にでも瘻孔を閉鎖し,胃液や喠液による気道の持続的な污染を回避し, 患者の QOL の向上と全身状態を改善させ, 手術など次の治療へつなぐことが可能であり,橋渡しの役割を十分果たすと考える26)9. ## 結 論 食道癌術後に発症した胃管気管瘦に対して, 硬性気管支鏡を用いた気管ステント留置術が奏効した 1 例を経験したので報告した。 ## 謝 辞 本論文の要旨は第 365 回東京女子医科大学学会例会における第 16 回研修医症例報告会 (2022 年 2 月 26 日,東京)で発表した。 ## 文 献 1)最所公平, 末吉晋, 津福達二ほか: 気道および食道のダブルステント治療を行った進行食道癌の 1 例。日臨外会誌 76 (11): 2701-2705, 2015 2) Boyd M, Rubio E: The utility of stenting in the treatment of airway gastric fistula after esophagectomy for esophageal cancer. J Bronchology Interv Pulmonol 19 (3): 232-236, 2012 3)西野豪志, 谷木利勝, 澁谷祐一ほか:サルベージ手術後に胃管気管支瘻をきたした食道癌の 1 例. 日臨外会誌 $72(2): 339-345,2011$ 4) Yasuda T, Sugimura K, Yamasaki $M$ et al: Ten cases of gastro-tracheobronchial fistula: a serious complication after esophagectomy and reconstruction using posterior mediastinal gastric tube. Dis Esophagus 25 (8): 687-693, 2012 5) 9. TNM 分類.「臨床・病理食道癌取扱い規約第 11 版」(日本食道学会編), pp50-53, 金原出版, 東京 (2015) 6) Li Y, Wang Y, Chen J et al: Management of thoracogastric airway fistula after esophagectomy for esophageal cancer: A systematic literature review. J Int Med Res 48 (5): 300060520926025, 2020 7) 花井雅志, 小林陽一郎, 宮田完志ほか:内視鏡的フィブリン糊注入により治癒せしめた食道癌術後食道胃管吻合部肺㾞の 1 例。日消外会誌 34 (4): 329-333, 2001 8) Han X, Li L, Zhao Y et al: Individualized airwaycovered stent implantation therapy for thoracogastric airway fistula after esophagectomy. Surg Endosc 31 (4): 1713-1718, 2017 9) Ke MY, Huang R, Lin LC et al: Efficacy of the Du$\mathrm{mon}^{\mathrm{TM}}$ stent in the treatment of airway gastric fistula: a case series involving 16 patients. Chin Med J (Engl) 130 (17): 2119-2120, 2017 10)古川欣也, 沖昌英, 白石武史ほか:気道ステント診療指針一安全にステント留置を行うために一. 気管支学 38 (6) : 463-472, 2016 開示すべき利益相反状態はない.
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# 令和 3 年度東京女子医科大学医学部 - 基礎系教室研究発表会 日 時:令和 3 年 10 月 22 日 (金) $12: 30 \sim 15: 50$ 開催方式:zoom 主 催:基礎医学系運営会議幹事会 } 開会の挨拶 1. 腎性貧血の治療へ赤血球寿命の点からアプローチする 司会 (解剖学 (神経分子形態学分野) 助教) 蒋池かおり 2. 造血幹細胞維持におけるミトコンドリア代謝 (解剖学 (顕微解剖学・形態形成学分野) 教授) 石津綾子司会(統合教育学修センター・基礎科学講師)石井泰雄 3. フクチン蛋白の機能解析 (病理学(人体病理学・病態神経科学分野)大学院生 4 年)岡村幸宜司会 (生理学(神経生理学分野)助教)中山寿子 4. 線虫 C. elegans 変異体ストックを利用した機能性 RNA 細胞間伝播の分子基盤の解析 (生理学(分子細胞生理学分野)助教)出嶋克史 司会(先端生命医科学センター教授)清水達也 5. 骨格筋研究への応用を目指したヒト筋組織作製技術および機能評価システムの確立 (先端生命医科学センター講師)高橋宏信 司会(衛生学公衆衛生学(公衆衛生学分野)助教)櫻谷あすか 6. 空撮 2 波長画像の演算と AIを用いたマラリア媒介蚊幼虫生息地の広域検出手法の検討 (国際環境・熱帯医学助教)益田 岳 司会 (法医学講師) 多木 崇 7. 食餌制限による寿命延長とそのメカニズム(衛生学公衆衛生学(環境・産業医学分野)講師)廣田恵子司会(統合医科学研究所助教)東 剣虹 8. 糖尿病治療におけるピオグリタゾンの副作用低減に関する基礎的研究 $\sim \mathrm{n}-3$ 系脂肪酸(EPA・DHA)によるピオグリタゾンの皮下脂肪蓄積を伴う体重増加の抑制〜 (微生物学免疫学助教) 飯塚 讓 司会(統合教育学修センター・基礎教育講師)遠藤美香 9. ヒストン修飾因子 UTX は老化関連遺伝子を制御することにより造血系維持に関与する (実験動物研究所助教)世良康如閉会の挨拶 ## 1. 腎性䆩血の治療へ赤血球寿命の点からアプローチ する (生化学, 腎藏内科) 関桃子 慢性腎藏病患者にしばしば合併する腎性貧血の発症要因の一つとして, 赤血球寿命の短縮が想定されているが十分に解明されていない. 本研究では, 「腎性貧血では正常赤血球の老化の仕組みが早期に起こっている」という仮説を立て,正常赤血球において寿命を規定する因子の解明を目指した。そこで最初の検討として,正常の赤血球の老化を検討した. 正常老化赤血球はホスファチジルセリン(PS)を細胞膜の外層に表在化することで,脾臟のマクロファージに貪食されて寿命を迎える. PS の表在化は, PSを外層から内層に能動的に輸送するフリッパー ゼの活性低下かランダムに輸送するスクランブラーゼの 活性立進のいずれか,あるいは両者によって生じると考えられるが,正常老化赤血球における PS 輸送の実態は不明である。実際に分離した正常老化赤血球では正常コントロール赤血球と比較してフリッパーゼ活性が顕著に低下していることを見出した.正常老化赤血球ではフリッパーゼ活性に必要なアデノシン三リン酸 (ATP) 濃度の低下, $\mathrm{K}^{+}$濃度の低下が認められたが, フリッパーゼ活性への影響は小さいと推察された。フリッパーゼ活性低下の主要因として,ヒト赤血球における主要なフリッパーゼである ATP11C が正常老化赤血球で顕著に減少していることをイムノブロットによる定量により明らかにした。その機序としては,人為的に産生させた微小小胞に ATP11C が検出されたことから, 老化に伴って血中に放出される微小小胞に ATP11C が赤血球から移行する可能性が示唆された,今後は,腎性貧血患者の赤血球と比較することで赤血球寿命が短縮するメカニズムの解明を目指す。腎性貧血患者の赤血球においても,フリッパーゼおよびスクランブラーゼ活性, ATP11C の定量, ATP や K 濃度の測定を行うことで仮説を検証するとともに in vitro 実験系で PS 表在化を抑制する方法を確立したい. ## 2. Mitochondrial metabolism during bone marrow hematopoietic stem cell maintenance(造血幹細胞維持 におけるミトコンドリア代謝) (Department of Microscopic and Developmental Anatomy, Tokyo Women's Medical University/解剖学 (顕微解剖学・形態形成学)) Ayako Nakamura-Ishizu/石津綾子 Hematopoietic stem cells (HSC) in the adult bone marrow (BM) proliferate and differentiate to replenish mature blood cells in the peripheral blood. In order to maintain a substantial pool within the BM, HSCs remain cell cycle dormant. Among the various factors which influence HSC cell fate, the cytokine thrombopoietin (Thpo) uniquely regulates self-renewal, differentiation and quiescence of HSCs. We have studied the effects of Thpo signaling on HSCs through administration of Thpo receptor agonist to wild-type mice and Thpo deficient mice (Cell Reports 2018, Blood 2021). We will discuss the multifaceted roles of Thpo signaling in lineage-specific differentiation as well as HSC maintenance through metabolic alterations. 造血幹細胞の維持・増殖・分化により造血の恒常性が保たれている。造血幹細胞の制御機構を明らかにすることは, 生体外での造血幹細胞増幅・操作を行うとともに,様々な疾患の病態解明に重要である。造血幹細胞に直接作用し, その増幅・維持に関わるサイトカインは数少な い. サイトカイン, トロンボポエチンによる造血幹細胞維持・分化機構についてトロンボポエチン遺伝子欠損マウスの解析とトロンボポエチン受容体作動薬の作用機構の解析を中心に報告する.特にトロンボポエチンによる造血幹細胞静止期誘導とミトコンドリア活性に焦点をあてる. ## 3. フクチン蛋白の機能解析 (病理学 (人体病理学・病態神経科学分野))岡村幸宜・山本智子・柴田亮行 福山型先天性筋ジストロフィーの原因遺伝子(フクチン)は, $\alpha$-ジストログリカンのグリコシル化を介てて基底膜の形成に関与している。しかし,それ以外の機能の存在を示唆する報告があり,十分に解明されていないのが現状である。我々は培養アストロサイト(N1321N1) を用いて,フクチンの核内局在化と,フクチンの発現と細胞増殖の間に正の関係があることを発見した。また,細胞増殖を制御する潜在的なタンパク質のうち, cyclin D1 に着目し, reverse transcription-polymerase chain reaction (RT-PCR),ウェスタンブロット,免疫細胞化学, enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA). based assay,sandwich ELISA を用いて解析した。その結果, cyclin D1の発現は, フクチンのノックダウンにより有意に低下し,フクチンの過剩発現により有意に上昇した. さらに,フクチンは cyclin D1 プロモーターの activator protein-1(AP-1)結合部位ならびに AP-1 の構成要素である c-Jun に結合することが明らかとなった。 しかし, フクチンの発現レベルの多萓は c-Jun N-terminus kinase(JNK)と c-Junのリン酸化レベルに影響しなかった。以上の結果は,フクチンが AP-1 と複合体を形成することで cyclin D1 の発現を促進し,細胞増殖に関与するという新たな機能を in vitro で証明したものである。 ## 4. 線虫 C. elegans 変異体ストックを利用した機能性 RNA 細胞間伝播の分子基盤の解析 (生理学 (分子細胞生理学分野)) 出嶋克史 二本鎖 RNA(double-stranded RNA:dsRNA)など,機能性 RNA は細胞内で配列特異的に遺伝発現を制御するが,細胞外に分泌され別の細胞でも機能することが知られている。こうした特徴をもつことから,機能性 RNA が汎用性の高い効率的な核酸医薬品として注目されている.しかし, 機能性 RNA の細胞間移動の制御機構はほとんどわかっていない. 一方, 1998 年に線虫 Caenorhabditis elegans (C. elegans) を用いた実験により RNA 干涉(RNA interference: RNAi)が発見されたが,その発見当初から,「細胞に dsRNA を導入すると, 別の細胞にも dsRNA が伝搬し て,RNAiが引き起こされる」という全身性 RNAi と呼ばれる現象が知られていた,全身性 RNAi においては, dsRNA の取り达みに細胞内膜系の小胞輸送が重要であること,すなわち,細胞外に分泌されたdsRNA は,小胞輸送を担うと考えられる Ack 活性型キナーゼや EpsinRホモログを介して取り达まれることが明らかとなってきた。しかし,知見は未だ断片的であり,どのようにdsRNA が細胞外へ分泌され,取り込まれたdsRNA がどこへどのように輸送されるかということについて未だ不明な点が多い。 dsRNA の細胞間伝播を抑制する因子を探索する目的で,C. elegansを用いて順遺伝学的な抑圧変異体スクリー ニングを行い, EpsinR変異体における全身性 RNAiの不全を抑圧する変異体を取得してきた。加えて,我々の研究室では「ナショナルバイオリソースプロジェクト線虫」 で, 12,000 以上の欠失アリルやゲノムの大部分をカバー するバランサー染色体を始めとする遺伝学的資源を単離してきており,これらの遺伝学的ツールを活用した逆遺伝学的なアプローチを織り交ぜることで,これまでに亜鉛輸送体など多数の新規全身性 RNAi 制御因子を同定できている。本発表では,全身性 RNAi における亜鉛輸送体の機能解析を中心とした研究紹介を行う. ## 5. 骨格筋研究への応用を目指したヒト筋組織作製技術および機能評価システムの確立 (先端生命医科学研究所)高橋宏信 生体の骨格筋組織は筋線維が同一方向に配向した構造を有していることから, 生体模倣の観点において筋組織の配向構造を再現することは重要である。これまでの研究において, 当研究で開発した細胞シート技術を基盤とする新しい手法により配向構造を有する骨格筋細胞シー トを作製することに成功している。本研究では,この筋組織作製手法をさらに改良することで,筋組織の収縮力測定が可能なシステムを構築することを目的とした. 特に,細胞シート積層技術により厚い組織を形成させることで筋組織の収縮力を増強させる手法を検討し,さらに組織の収縮力をリアルタイムで測定する手法を同時に確立することで, 創薬研究に有用な組織モデルとしての可能性について検証した。 はじめに,温度応答性基材表面にポリアクリアミドをストライプ状にパターニングしたパターン化温度応答性基材を作製した。この基材上で配向させたヒト筋芽細胞を温度変化によって細胞シートとして回収しフィブリンゲルに転写した. さらに同様の手法で作製した複数の細胞シートを積層し, 積層型筋組織を構築した。この組織を $2 \%$ ウマ血清含有培地で培養することで成長させ, 筋特異的なタンパク質の発現や電気刺激に対する収縮挙動から組織の成熟度を評価した。次に,ロードセルによっ て組織の収縮力を測定するため,アダプター付きのフィブリンゲルを作製し,このフィブリンゲル上に積層型筋組織を作製した。細胞シートの積層数によって組織の収縮力が増強することを定量的に検証するため, 1 枚・3 枚・ 6 枚の細胞シートからなる筋組織の収縮力を比較した. それらの積層型筋組織に対して電気刺激を行うことで,それぞれの組織の収縮力を測定した。さらに,作製した筋組織の薬剤に対する反応を定量的に評価するため, 筋に作用することが知られている dantrolene や clenbuterol などを添加し, 組織の収縮力変化を観察した。 骨格筋組織はパターン化基材上で配向した状態を維持したままフィブリンゲル上に転写されており,さらに電気刺激に応じて収縮することも確認されたことから,細胞シート技術によって配向構造を持ち機能的にも成熟した筋組織を作製できることがわかった,具体的には,刺激条件が $1 \mathrm{~Hz}$ の場合,筋組織が収縮・别緩を繰り返す単収縮が見られ, $15 \mathrm{~Hz}$ では持続的に収縮し続ける強縮状態になる様子が観察された。次に組織の収縮力を測定したところ, 細胞シートの積層枚数に応じて収縮力は顕著に変化した. 1 枚のシートからなる組織では収縮力の測定が困難なレベルであったが, 3 枚以上の積層によって十分に強い収縮力を発する組織を作製できることが確認された。さらに,3枚の細胞シートを積層することでその収縮力は 3 倍以上に増加したことから,細胞シートの枚数に単純に比例しない成熟化の増强効果があることもわかった。この結果は, 2 次元環境よりも 3 次元環境の方が筋組織の成熟化にとって有利であることを示している。一方, 6 枚積層した組織の収縮力は 3 枚積層した組織の 1.5 倍程度の増強率であったことから, 3 枚積層組織が最も効率的に収縮力を発生させることが示唆された.これは 6 枚積層すると内部の細胞が壊死するなどの問題が生じているためと推察される。最終的に, 3 枚積層組織を用いて薬剤に対する反応を検証したところ, dantrolene の作用によって収縮力が半減する様子が観察された。また, clenbuterol の添加量に依存して, 低濃度においては収縮力が増加する一方, 高濃度では収縮力が減少することがわかった。これらの結果は, 本研究において作製したヒト骨格筋組織およびその収縮力測定システムが創薬研究などに利用できる組織モデル技術として今後有用であることを示唆するものであった. ## 6. 空撮 2 波長画像の演算と $\mathrm{Al$ を用いたマラリア媒介蚊幼虫生息地の広域検出手法の検討} (国際環境・熱带医学)益田岳 WHO は蚊媒介性感染症の蚊対策に,さまざまな手法を効果的に組み合わせる IVM (integrated vector management)を推奖している。しかし,マラリア流行地ではさまざまなリソース不足から,その実施は困難である。 たとえばマラウィのマラリア流行地では,媒介蚊の発生源となる小さな水面が居住地周辺に無数に存在しているが,対策はなされていない。これら発生源を見つけて個別処理する効率的な対策手法の開発が必要である。この課題に対して,一連の技術を開発した。 (1)発生源候補の地図化と活用:ドローンで空摄した狭帯域 2 波長の地表画像を正規化差分水指数NDWI式を用いて演算し,水面を強调表示する水場マップを作成し,踏查者のナビゲーションに活用した。 (2)上空からの水場の観察:超望遠カメラを搭載したドローンで地表の水場を空撮記録し,伝送された画像から蚊幼虫の有無や個体数を遠隔より検討・確認できた。 (3)発生源の確定:AI で水場の空撮画像中のマラリア媒介蚊幼虫を検出した。 これらを開発中のピンポイント薬剤処理ドローンとあわせることで,少人数のオペレーターで一日あたり数十平方キロメートルの発生源サーベイランスと駆除処理を行えると期待される。発見, 処理, 効果測定の対策サイクルを自動化し,労力や環境負荷の最小化をはかり,発生源のピンポイント処理を広範囲・高頻度で実施できるようになる.数週間で変化する小さな水たまりにも対応できる媒介蚊感染症対策の自動化枠組みとして提案できるよう開発を進めている。 ## 7. 食餌制限による寿命延長とそのメカニズム (衛生学公衆衛生学 (環境・産業医学分野)) 廣田恵子 生物は,外界からの様々なストレスに対して,体内の代謝反応を変化させ適応してきた。.特に飢餓や低栄養などの栄養環境ストレスへの適応は, 生命維持に必須の反応である。実際,食飰制限によって寿命が延長することが酵母からマウスに至る広範な生物種で報告されており,そこに普遍的な生存戦略が示唆されている。しかしながら,その分子メカニズムは不明な点が多く残されている. モデル生物・線虫 Caenorhabditis elegans は, 体長約 $1 \mathrm{~mm}$ の小さな多細胞生物であり,平均寿命が約 2 週間と短いことから,老化研究に多く利用されている。線虫では, 食餌制限の手法の1つである短期絶食 (short-term starvation:STS)により寿命が延長することが報告されている。我々は,飢餓によって誘導される栄養代謝の変化がどのように寿命を延長するかに興味を持ち,アミノ酸に着目してきた。特にメチオニンは必須アミノ酸であり,体内で十分に生合成されないため,食飰の影響を強く受けることが予想される。初めに,STS 直後の線虫のメチオニン量を測定したところ,通常食に比べてメチオニン量が低下していた.そこで,STS 時にメチオニンのみを添加したところ,寿命延長が一部キャンセルされた ことから,STS 時のメチオニンの低下が寿命延長を惹起していることが示唆された。低メチオニン食が寿命を延伸させることはマウス・ラットなどの䛚歯類でも報告されており,種を超えて保存されたメカニズムが存在している可能性がある. ## 8. 糖尿病治療におけるピオグリタゾンの副作用低減 に関する基礎的研究 $n-3$ 系脂肪酸 (EPA・DHA) による ピオグリタゾンの皮下脂肪蓄積を伴う体重増加の抑制〜 (微生物学免疫学)飯塚 讓 経口糖尿病薬であるチアゾリジン薬は,インスリン抵抗性の改善を目的とした糖尿病の薬物治療に用いられているが,副作用の 1 つとして皮下脂肪蓄積を伴う体重増加が報告されている, $\mathrm{n}-3$ 系脂肪酸である eicosapentaenoic acid (EPA), docosahexaenoic acid (DHA) は, 肝臓の脂肪酸合成抑制と脂肪酸 $\beta$ 酸化立進を介した脂質代謝改善作用,抗肥満作用が知られており,チアゾリジン薬による皮下脂肪蓄積を低減できることが期待される. そこで本研究は, チアゾリジン薬の副作用低減に焦点を当て,チアゾリジン薬と $\mathrm{EPA}$ ・DHA の併用による有益性を in vivoで明らかにすることを目的とした。具体的には, チアゾリジン薬としてピオグリタゾン, $\mathrm{EPA}$ DDHA の供給源として魚油を用い,これらを肥満・2 型糖尿病モデル動物である $\mathrm{KK}$ マウスに併用投与して,表現型掠よび遺伝子発現等の解析を行った。 その結果,ピオグリタゾンによりインスリン抵抗性が改善されたことに加え,魚油を併用することで,脂肪酸合成抑制を中心としたメカニズムにより肝臓脂肪蓄積が減少し, ピオグリタゾンによる皮下脂肪蓄積と体重増加が抑制された. 内臟脂肪組織に対しては,ピオグリタゾンと魚油の併用が脂肪細胞の肥大化と炎症を抑制することが明らかになった. 膵臟の組織学的解析から, ピオグリタゾンと魚油による膵臟ランゲルハンス島の肥大化抑制効果, 膵 $\beta$ 細胞の保護効果が確認された。これらの知見は,チアゾリジン薬と $\mathrm{n}-3$ 系脂肪酸の併用が 2 型糖尿病の治療に有効であることを示唆している。 ## 9. ヒストン修飾因子 UTX は老化関連遺伝子を制御す ることにより造血系維持に関与する (実験動物研究所) 世良康如・岩崎正幸・本田浩章 UTX (ubiquitously transcribed tetratricopeptide repeat:X chromosome)は,トリメチル化されたヒストン H3 の 27 番目のリジン残基(H3K27me3)を脱メチル化する酵素として同定され,様々な悪性腫瘍で機能欠失型変異が報告されている。我々は,造血系における UTX の機能を明らかにする目的で,後天性にUTXを欠失するマウスの作製,解析を行った. UTX 久失マウスは 骨髄球系細胞の増加と造血 3 系統の異形成を認め, 脾臟の腫大と脾臟での造血幹前駆細胞の増加を認めた. また, UTX 欠失マウスはコントロールマウスに比較して白血病感受性の妄進を呈し, UTX 久失造血幹前駆細胞は骨髄再構築能が低下していることが示された. UTX 久失マウスの上記の表現型は,老化した造血系に特徴的な所見であることから,我々は UTX 欠失マウスを造血細胞老化の観点から解析した. UTX 久失造血幹前駆細胞の遗伝子発現プロファイルは老化した造血幹細胞の遺伝子発現プロファイルと強い相関を認め, UTX 久失は造血系において表現型のみならず遺伝子発現パターンも老化に誘導することが明らかとなった。また, UTX 久失造血幹前駆細胞は,老化で認められる DNA 損傷応答の遅延や細胞表面マーカー CD41 の増加を呈した。さらに,老化に伴い造血幹前駆細胞で UTX の発現が減少することも明らかとなった.これらの結果は, UTXは老化関連遺伝子群の発現を制御することで造血系を維持していることを示している. UTXによる老化関連遺伝子群の発現制御機構を解明する目的で, UTX 久失造血幹前駆細胞の H3K $27 \mathrm{me3}$ の状態を網羅的に解析し,遺伝子発現プロファイルとの比較を行った。その結果, UTX による H3K27me3 に対する脱メチル化により transforming growth factor (TGF) $\beta$ シグナリングに関連する遺伝子の発現が制御されていることが明らかとなったが,その他の老化関連遺伝子は UTX の H3K27me3 との相関はみられなかった. UTX は H3K27me3の脱メチル化以外に,H3K4のメチル化を司るCOMPASS-like 複合体やクロマチン開閉状態を制御する SWI/SNF 複合体と相互作用して遺伝子発現制御に関わる,そこで,既存のNGSデータを利用して解析を行った結果, UTX 久失で発現が変化する老化関連遺伝子群の多くは, COMPASS-like 複合体や SWI/SNF 複合体による制御下にある可能性が示された.以上の結果から, UTX は脱メチル化活性依存的, 非依存的の两方の機構を介して老化関連遺伝子群の発現を制御し,造血系の機能維持に関与していると考えられた。
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Tokyo Women's Medical University
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# 各領域における分子標的薬の役割 ## (5) 臨床 4 : 消化器疾患と分子標的薬 東京女子医科大学消化器内科 甶原純误 (受理 2022 年 6 月 25 日) ## Molecular Targeted Drug \\ (5) Molecular-Targeted Drug Treatment in Gastroenterology ## Junko Tahara Department of Medicine, Institute of Gastroenterology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \begin{abstract} Molecular-targeted drugs affect the various molecules associated with cancer cell progression, infiltration, and metastasis. Recently, advances in molecular biology identified molecules associated with cancer and inflammatory disease, and new molecular-targeted drugs being developed accordingly. Unlike cytotoxic anticancer agents, molecular-targeted drugs act on cancer-specific molecules, causing less damage to normal cells. Consequently, there are fewer adverse events specific to molecular-targeted drugs. These advances in drug development promise new effective treatments for gastroenterological diseases. \end{abstract} Keywords: molecular-targeted drug, advanced cancer, inflammatory bowel disease ## はじめに 分子標的薬とは,がん細胞の増殖,浸潤,転移などに関わる特徴的な分子を標的として作用することを目的とした治療薬である。近年,分子生物学的な研究の進歩により, がんや炎症性疾患に関連する分子が同定され,新しい分子標的薬が次々と開発されている。細胞障害性抗がん剤と異なり,がん特有の分子を標的にしていることから, 正常細胞の傷害が少ないため,骨髄抑制などの副作用は少ないが,一方で分子標的薬特有の副作用が見られる. 分子標的薬は分子量の違いにより分類し, 分子量の大きなものは細胞外, 分子量の小さなものは細胞内の標的分子に作用する.ここでは,消化器がんを中心とした消化器疾患の分子標的薬について説明する。 ## 消化器がんに対する分子標的薬 悪性腫瘍は本邦における死亡原因の 1 位であり,年々増加傾向にある。がん治療の 1 つにがん薬物療法があり,がん薬物療法は細胞障害性抗がん剤, 分子標的薬, 免疫チェックポイント阻害薬に分類される. 消化器がんに対する細胞障害性抗がん剤に分子標的薬の上乗せを行った数々の臨床試験の結果から分子標的薬の有効性が示されており, 近年の新規開発の抗がん剤の多くは分子標的薬である(Table 1). 分子標的薬は抗体薬(高分子化合物)と低分子 Corresponding Author: 田原純子1162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学消化器内科 tahara.junko@ twmu.ac.jp doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.5_153 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Table 1. Molecular-targeted drug in treatment of gastroenterological carcinoma. & Target molecule \\ 阻害薬(低分子化合物)に大別される. ## 1. 大腸がん 大腸癌における分子標的薬は代表的な薬剤として,抗血管内皮細胞增殖因子(vascular endothelial growth factor:VEGF)抗体薬のベバシズマブと抗ヒ上上皮成長因子受容体 (epidermal growth factor receptor:EGFR)抗体薬であるセツキシマブとパニツムマブ,その他に三次治療以降の候補として, レゴラフェニブがある. 抗 EGFR 抗体薬は RAS 遺伝子野生型で有効性を示すため, 治療前に RAS 遺伝子変異の有無を確認する必要がある. 1) ベバシズマブ ベバシズマブは VEGF に対するヒト化 IgG1 モノクローナル抗体で,VEGF と特異的に結合することにより,VEGF と血管内皮細胞に発現する血管内皮細胞増殖因子受容体 (vascular endothelial growth factor receptor:VEGFR)との結合を阻害する。 VEGF は血管新生に関与し, 血管内皮細胞の表面に発現する. ベバシズマブは細胞障害性抗がん剤との併用により抗腫瘍効果を増強させる働きがあり,進行再発・切除不能大腸がんに対して一次治療から使用される分子標的薬である。大腸がんに対する最初の臨床試験として 5-FU+ロイコボリン療法+ベバシズマブ群と 5 - $\mathrm{FU}+$ ロイコボリン療法+プラセボ群のランダム化比較試験において, ベバシズマブ群で全生存期間(overall survival:OS)の有意な延長が示された11. その後, FOLFOX 療法, CapeOX 療法, FORLFIRI 療法などにおいても併用による上乗せ効果が示された。一次治療でベバシズマブを加えたレジメンが不応になっても, 二次治療でベバシズ マブを加えることの有効性が示されている。二次治療としては, L-OHP レジメンに抵抗性になった場合は CPT-11 レジメンに,またCPT-11 レジメンに抵抗性になった場合は L-OHP レジメンにベバシズマブを併用することが推奖されている2).ベバシズマブの代表的な有害事象は, 高血圧が最も多く, その他,蛋白尿, 静脈血栓症などに注意が必要である. 2) セツキシマブ, パニツムマブ EGFR は 4 種の受容体型チロシンキナーゼからなり,セツキシマブは EGFR をターゲットとした IgG 1 キメラ型モノクローナル抗体, パニッムマブは IgG2 完全ヒト型モノクローナル抗体である. リガンドである上皮成長因子(EGF)が結合すると,チロシンキナーゼドメイン内にアデノシン三リン酸 (adenosine triphosphate:ATP) が結合し, リン酸化が惹起され活性化する。下流のシグナル伝達を介して細胞増殖,血管新生やアポトーシスの抑制を引き起こすことで効果を示す. 抗 EGFR 抗体薬は細胞増殖を伝える働きをもつRAS 遺伝子変異があると EGFR 活性を抑制してもRASによりがん細胞は増殖を続けてしまい効果を示さない3 ${ }^{3}$.このため, 治療前に RAS 遺伝子変異を測定し確認する必要がある.一次治療においてセツキシマブ,パニツムマブは FOLFOX 療法, FOLFIRI 療法ともに上乗せ効果に有効性を示した ${ }^{344}$ .セツキシマブは二次治療においてもべバシズマブ同様にL-OHP や CPT11 に抵抗性となった場合に入れ替えて,さらにセツキシマブを上乗せすることで有効性を示している3 ${ }^{344}$. また LOHP と CPT11 ともに抵抗性になった場合, セツキシマブ単独投与でもベストサポーティブケア (BSC) と比較し効果を示しだ).三次治療においても,BSC よりパニツムマブ単独投与の方で無憎悪生存期間 (progression-free survival:PFS)が優れていだ. ツキシマブの代表的な有害事象は, 痤瘡様皮疹などの皮虐症状が高率に認められる。その他,低マグネシウム血症などの電解質異常にも注意が必要である. セツキシマブの皮膚症状は奏効率と比例すると言われているため,バイオマーカーの 1 つと考えられている ${ }^{4}$.パニツムマブもセツキシマブと同様の副作用が出現するが,パニツムマブは完全ヒト型抗体であるため,インフュージョンリアクションの出現は低い。 3)レゴラフェニブ レゴラフェニブは platelet-derived growth factor (PDGFR),KIT,BRAF などを阻害するマルチキナーゼ阻害薬で, 進行再発, 切除不能大腸がんに対 L L-OHP, CPT-1, 抗 EGFR 抗体に不応不耐となった症例で三次治療以降に使用される薬剤である。治療抵抗性になった大腸癌に対する CORRECT 試験において, BSC と比較し有効性を認めだ . 有害事象においては, マルチキナーゼ阻害薬に特徴的な手足症候群,高血圧などが多く認められる。 ## 2. 胃がん 胃がんの分子標的薬として代表的な薬剤は, ヒト上皮增殖因子受容体 2 型 (human epidermal growth factor receptor 2 : HER2) 陽性胃がんに対するトラスツマブと二次治療に適応となるラムシルマブがある. ## 1)トラスッマブ トラスツマブは HER2 に対するヒト化 IgG1 モノクローナル抗体で, 細胞表面の HER2 受容体に特異的に結合し,ナチュラルキラー細胞などをエフェクター細胞とした抗体依存性細胞傷害 (antibody dependent cellular cytotoxicity : ADCC) 活性により抗腫瘍効果を示す. HER2 はヒト癌遺伝子として同定された膜貫通型増殖因子受容体であり,活性化されると, 細胞増殖, 血管新生やアポトーシス抑制などが引き起こされる。進行胃がんの一次治療は S1 +シスプラチン併用療法であるが, HER2 陽性胃がん患者に対しては, トラスツマブの上乗せで延命効果が示されている8. 2) ラムシルマブ VEGFR の細胞外ドメインに結合する完全ヒト化 IgG1 モノクローナル抗体であり, VEGFR の活性化を阻害することで血管新生を阻害する。進行再発胃 がんの二次治療として, HER2 陽性, 陰性に関わらず,パクリタキセルと併用で使用される. ベバシズマブと異なり VEGF-2をターゲットとした分子的薬である. REGARD 試験において BSC 群と比較し, ラムシルマブ群で延命効果を示し, その後はRAINBOW 試験において, weekly パクリタキセル療法との上乗せ効果が示され, 現在胃がんの二次治療のレジメンとして使用されている ${ }^{910}$. ## 3. 肝がん 1) ソラフェニブ ソラフェニブは低分子化合物であり,VEGFRs などのチロシンキナーゼ活性の阻害作用を持つマルチキナーゼ阻害薬である. ソラフェニブは血管新生を抑制し,さらに増殖シグナルも抑制することで,腫瘍の増殖,増大,転移を抑える効果を示す経口分子標的薬である. 2007 年にソラフェニブの登場により肝細胞癌の治療は変化し, 遠隔転移を有する進行肝細胞癌に対する治療選択が増え,SHARP 試験においてプラセボに対する OSの延長が認められた 2) レンバチニブ レンバチニブは VEGFR1, VEGFR2, FGFR1, FGFR4, KIT,RET などの血管新生に関与する受容体型チロシンキナーゼに対する選択的阻害作用を有する経口キナーゼ阻害薬であり,ソラフェニブ同様,進行肝細胞癌の一次治療として使用される薬剤である. REFLECT 試験はレンバチニブの非劣性試験で,ソラフェニブと比較し非劣性が示された。レンバチニブは生命予後の延長効果はソラフェニブと同等であるが, 腫瘍縮小効果はレンバチニブの方が高いことが示されている ${ }^{12}$. また, 有害事象の手足症候群もレンバチニブの方が低く忍容性に優れていることが示されている.これらが無効な場合の二次治療として, レゴラフェニブやラムシルマブなどの薬剤の治療選択肢がある。 ## 4. 膵癌 ## エルロチニブ 細胞内領域にあるチロシンキナーゼの ATP 結合部位において ATP 結合阻害を引き起こすことによりチロシンキナーゼ活性を抑制し, 細胞内シグナルが抑制され抗腫瘍効果を示す. EGFR 遺伝子変異を有する患者に高い有効性を示すが,ゲフェチニブと異なり EGFR 遺伝子変異のない患者においても有効性が示されている。切除不能膵癌に対するゲムシタビン (GEM) 単剤と GEM + エルロチニブ併用の比 較試験において, 併用療法で OS と PFS で有意差を認めた ${ }^{13)}$. ## 5. 神経内分泌腫瘍 エベロリムス エベロリムスは経ロラパマイシン誘導体であり, PI3K-AKT 経路の下流に位置する mammalian target of rapamycin (mTOR) の活性を阻害することにより,がん細胞の分裂や増殖を促進する VEGF の産生を抑制する。腫瘍細胞では mTOR 活性が元進し,細胞増殖や抗アポトーシス作用を引き起こすため, エベロリムスは血管内皮細胞に対しても VEGF による細胞増殖シグナルを抑制し抗腫瘍効果を示す.膵神経内分泌腫瘍におけるエべロリムスとプラセボの比較試験である RADIANT-3 試験において PFS の延長を認め有効性を示しだ. ## 炎症性腸疾患に使用される分子標的薬 炎症性腸疾患の1つであるクローン病や潰痬性大腸炎の原因は未だ不明な点が多いが,様々なサイトカインネットワークを形成しており,これらのサイトカインを標的とした治療開発が行われてきた. 中でも 2002 年に承認された抗 TNF $\alpha$ 抗体であるインフリキシマブ (レミケード®) はヒト/マウスキメラ型モノクローナル抗体でクローン病の治療として実用化されている. TNF $\alpha$ は活性化 T 細胞やマクロファージから産生され, 様々な炎症性サイトカインを誘導する。 クローン病患者では血清や糞便, 病変粘膜に TNF $\alpha$ の産生が充進している. TNF 阻害薬にはモノクローナル抗体と受容体製剤があり,抗 $\mathrm{TNF} \alpha$ モノクローナル抗体として, キメラ型のインフリキシマブと完全ヒト型のアダリムマブとゴリムマブがある。作用機序としては,炎症の原因となる $\mathrm{TNF} \alpha$ を中和させるため, 膜結合型 $\mathrm{TNF} \alpha$ に結合 L, 補体依存性細胞傷害 (complement-dependent cytotoxicity:CDC)活性および ADCC 活性を介して膜型 TNF $\alpha$ 陽性細胞のアポトーシスを誘導する. インフリキシマブの有効性が示されて以降,アダリムマブ (ヒュミラー®),ゴリムマブ(シンポニー $\left.{ }^{\circledR}\right)$ など様々な $\mathrm{TNF} \alpha$ 阻害薬が開発されている. ## 1. $\mathrm{TNF \alpha$ 標的薬} 1) インフリキシマブ $\mathrm{TNF} \alpha$ に対するヒト/マウスキメラ型 IgG1 モノクローナル抗体で, 可溶型掠よび膜結合型 TNF $\alpha$ に結合して TNF $\alpha$ 受容体との結合を阻害する.また膜結合型 $\mathrm{TNF} \alpha$ との結合を介した ADCC あるいは CDC による細胞障害作用により抗炎症作用示す. 2) アダリムマブ $\mathrm{TNF} \alpha$ に対するヒトIgG1 モノクローナル抗体で, 可溶型および膜結合型 TNF $\alpha$ に結合して TNF $\alpha$受容体との結合を阻害し, 標的細胞内のシグナル伝達を抑制し抗炎症作用示す. 自己注射可能な皮下注射製剤である。 3)ゴリムマブ ヒト IgG1 モノクローナル抗体で, 可溶型および膜結合型 TNF $\alpha$ に結合して TNF $\alpha$ 受容体との結合を阻害し, 標的細胞内のシグナル伝達を抑制し抗炎症作用示す. 完全ヒト型抗体であり自己注射可能である。 4) ウステキヌマブ 他のサイトカインに対する抗体として抗インター ロイキン (interleukin:IL)-12/23p40 モノクローナル抗体であるウステキヌマブは, 炎症性腸疾患の病態と深く関わるメモリーT 細胞の機能的分化に重要なサイトカインであるインターロイキンとして IL-12 と IL-23 があり,この働きを抑え炎症を鎮静化させる. その他, 新たな作用機序の分子標的治療としては, リンパ球の腸管へのホーミングを阻害する抗接着分子抗体の開発が進んでいる. ベドリズマブは腸管粘膜に特異的に効果を示し, 炎症を引き起こす $\mathrm{T}$ 細胞を抑制する。また, 細胞内シグナル伝達分子であるヤヌスキナーゼ(JAK)を阻害する経口低分子化合物としてトファシチニブが潰痬性大腸炎で使用可能である ${ }^{15)}$. ## おわりに 消化器疾患に扔ける分子標的薬の役割は多岐にわたり,使用頻度も増加している,今後もさらに新しい分子標的薬の開発が進み, 消化器疾患の治療効果の向上と患者の QOL に寄与すると考えられる. 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1) Hurwitz H, Fehrenbacher L, Novotny W et al: Bevacizumab plus irinotecan, fluorouracil, and leucovorin for metastatic colorectal cancer. N Engl J Med 350 (23): 2335-2342, 2004 2) Giantonio BJ, Catalano PJ, Meropol NJ et al: Bevacizumab in combination with oxaliplatin, fluorouracil and leucovorin (FOLFOX4) for previously treated metastatic colorectal cancer: results from the Eastern Cooperative Oncology Group study E3200. J Clin Oncol 25 (12): 1539-1544, 2007 3) Bokemeyer C, Bondarenko I, Makhson A et al: Fluorouracil, leucovorin, and oxaliplatin with and without cetuximab in the first-line treatment of metastatic colorecrtal cancer. J Clin Oncol 27 (5): 663671,2009 4) Van Cutsem E, Köhne CH, Hitre E et al: Cetuximab and chemotherapy as initial treatment for metastatic colorectal cancer. N Engl J Med 360 (14): 1408-1417, 2009 5) Jonker DJ, O'Callaghan CJ, Karapetis CS et al: Cetuximab for the treatment of colorectal cancer. $\mathrm{N}$ Engl J Med 357 (20): 2040-2048, 2007 6) Van Cutsem E, Peeters M, Siena S et al: Openlabel phase III trial of panitumumab plus best supportive care compared with best supportive care alone in patients with chemotherapy-refractory metastatic colorectal cancer. J Clin Oncol 25 (13): 1658-1664, 2007 7) Grothey A, Van Custem E, Sobrero A et al: Regorafenib monotherapy for previously treated metastatic colorectal cancer (CORRECT): an international, multicentre, randomised, placebo-controlled, phase 3 trial. Lancet 381 (9863): 303-312, 2013 8) Bang YJ, Van Cutsem E, Feyereislova A et al: Trastuzumab in combination with chemotherapy versus chemotherapy alone for treatment of HER2positive advanced gastric or gastro-oesophageal junction cancer (ToGA): a phase 3, open-label randomised controlled trial. Lancet 376 (9742): 687-697, 2010 9) Fuchs CS, Tomasek J, Yong CJ et al: Ramucirumab monotherapy for previously treated advanced gastric or gastro-oesophageal junction adenocarci- noma (REGARD): an international, randomised, multicentre, placebo-controlled, phase 3 trial. Lancet 383 (9911): 31-39, 2014 10) Wilke H, Muro K, Van Cutsem E et al: Ramucirumab plus paclitaxel versus placebo plus paclitaxel in patients with previously treated advanced gastric or gastro-oesophageal junction adenocarcinoma (RAINBOW): a double-blind, randomised phase 3 trial. Lancet Oncol 15 (11): 1224-1235, 2014 11) Llovet JM, Ricci S, Mazzaferro V et al: Sorafenib in advanced hepatocellular carcinoma. $\mathrm{N}$ Engl J Med 359 (4): 378-390, 2008 12) Kudo M, Finn RS, Qin S et al: Lenvatinib versus sorafenib in first-line treatment of patients with unresectable hepatocellular carcinma: a randomised phase 3 non-inferiority trial. Lancet 391 (10126): 1163-1173, 2018 13) Wacker B, Nagrani $T$, Weinberg $J$ et al: Correlation between development of rash and efficacy in patients treated with the epidermal growth factor receptor tyrosine kinase inhibitor erlotinib in two large phase III studies. Clin Cancer Res 13 (13): 3913-3921, 2007 14) Ito T, Okusaka T, Ikeda M et al: Everolimus for advanced pancreatic neuroendocrine tumors: a subgroup analysis evaluating Japanese patients in the RADIANT-3 trial. Jpn J Clin Oncol 42 (10): 903-911, 2012 15)久松理一: 炎症性腸疾患一診断と治療の最前線一.日本消化器内視鏡学会雑誌 61 (8) : 1523-1537, 2019
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# 極低出生体重児におけるマイクロバブルテストによる呼吸予後の検討 ^{1}$ 東京女子医科大学医学部 6 年 ${ }^{2}$ 東京女子医科大学附属足立医療センター周産期新生坚診療部 (受理 2022 年 8 月 16 日) Evaluation of Respiratory Outcomes in the Chronic Phase by a Stable Microbubble Test in Very Low Birth Weight Infants } Chihiro Otori, ${ }^{1,2}$ Yosuke Yamada,,${ }^{2}$ Hisaya Hasegawa, ${ }^{2}$ and Hana Arai ${ }^{1.2}$ ${ }^{1}$ The 6th Grade Student, School of Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan }^{2}$ Department of Neonatology, Tokyo Women's Medical University Adachi Medical Center, Tokyo, Japan Introduction: The stable microbubble test (SMT) determines the activity of a surfactant. SMT is useful for the diagnosis of respiratory distress syndrome. We investigated the relationship between SMT and respiratory outcomes in the chronic phase in very low birth weight infants (VLBWI). Methods: We retrospectively reviewed 32 VLBWI who underwent SMT soon after being admitted to our institution. The median gestational age was 27.4 weeks and the median birth body weight was $968 \mathrm{~g}$. We classified cases with SMT of $0-10 / \mathrm{mm}^{2}$ as the premature group and those with SMT of $>10 / \mathrm{mm}^{2}$ as the mature group. We investigated days of mechanical ventilation and oxygen therapy, the incidence rate and clinical course of chronic lung disease (CLD), and the need of home care in both groups. Results: There were 20 cases in the premature group and 12 in the mature group. Clinical characteristics were not significant different between the groups. The use of surfactant therapy in the premature group was significantly higher than that in the mature group. There was no significant difference in any respiratory outcomes in the chronic phase between the two groups. Conclusion: In the chronic phase, SMT had no correlation with respiratory outcomes. Our findings suggest that the respiratory clinical course of VLBWI with premature lung were not inferior to those with mature lung owing to appropriate management by SMT. Keywords: stable microbubble test, respiratory distress syndrome, chronic lung disease, respiratory outcomes, home oxygen therapy 新生児呼吸窮迫症候群(respiratory distress syn- drome:RDS)は, 極低出生体重児の呼吸障害におけ る代表的原因疾患である. II 型肺胞上皮細胞から分  Table 1. Clinical characteristics of each group. Median (First quartile-Third quartile) *Wilcoxon test **Fisher test 泌される肺サーファクタントの量が不十分な状態で 出生することにより発症する。肺サーファクタント は界面活性を持ち, 肺胞の気一液界面の表面張力を低下させ, 肺胞虚脱を防止する. 在胎 34 週頃以降に十分量が産生されるため,極低出生体重児ではその産生が足りず,肺胞が虚脱し膨らみにくい状態で出生 するため呼吸障害が生じる。治療としては, 人工呼吸管理と人工肺サーファクタント製剤の気管内投与 が有効である1). マイクロバブルテスト (stable microbubble test : SMT)は,肺サーファクタントの活性度,つまり肺 の成熟度を評価するために行われる²).胃液または羊水にピペットにて気泡を発生させ一定時間静置した のちに,肺サーファクタントによる界面活性によっ て極小の泡(マイクロバブル)がどのくらい残って いるか,を計測する検査である. SMT はベッドサイ ドで可能な比較的簡便な検査であり, RDS の診断,人工肺サーファクタント投与の判断に有用であるこ とが知られている3). しかし, SMT が急性期の呼吸管理以降にどのように影響しているかについては報告 が少ない.新生监は急性期以降にも多くの呼吸につ いての問題点があり, 人工呼吸の長期化, 慢性肺疾患 (chronic lung disease : CLD) への進展, 在宅酸素療法(home oxygen therapy: HOT), 在宅人工呼吸療法 (home mechanical ventilation:HMV) の必要性などがあげられる。これらは急性期の呼吸管理 の影響を受けるため,急性期に慢性期の呼吸予後に ついて評価できることは重要である。 そこで本研究 では,極低出生体重児のSMT による肺の成熟度と 慢性期以降の呼吸予後との関連について検討した。 ## 対象と方法 対象は,2011 年 12 月から 2019 年 11 月の間に東京女子医科大学東医療センターに入院した極低出生体重照のうち, 在胎期間が 29 週未満で, 人工肺サー ファクタント投与前に SMT を行った 32 例である.検討は診療録をもとに後方視的に行われた 対象の在胎期間中央值は 27.4 週, 出生体重中央値は $968 \mathrm{~g}$ であった. 新生児集中治療管理室 (neonatal intensive care unit:NICU)に入院後,胃液を採取し,既報の通りSMTを行っだ.SMT が $0 1 0$ 個/ $\mathrm{mm}^{2}$ をマイクロバブル産生未成熟群(未成熟群), 11 個以上 $/ \mathrm{mm}^{2}$ をマクロバブル産生成熟群(成熟群) に分類し, 呼吸予後について比較した。慢性期の呼吸予後は,人工呼吸管理日数,酸素投与日数,CLD 発症率, 修正 36 週時点での酸素投与などの治療が必要な CLD (CLD36) の割合, 修正 40 週時点での酸素投与などの治療が必要な CLD(CLD40)の割合, HOT・HMV 導入の有無を評価した。 各群の数値は中央値(四分位値)で表し, 統計解析は JMP14(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いた.割合の検討は Fisherの検定で,中央值の検討は Wilcoxon の検定で行った. このとき $\mathrm{P}<0.05$ を有意差ありとした。また, 本研究は東京女子医科大学倫理委員会の承認を受けて行われた (承認番号 : 5383)。 ## 結果 未成熟群は 20 例, 成熟群が 12 例であった,各群の臨床背景を Table 1 に示した。 在胎期間の中央値は未成熟群 27.5 週, 成熟群 27.3 週, 出生体重中央値は未成熟群 $948 \mathrm{~g}$, 成熟群 $984 \mathrm{~g}$ で, 週数不当軽量児 (light for dates:LFD)の割合, 出生前ステロイド投与率を含めて, これらの臨床背景は, どの項目も有意差を認めなかった. 出生後のサーファクタント投与は未成熟群が $85.0 \%$, 成熟群が $41.7 \%$ と未成熟群が有意に高かった。 呼吸予後の比較を Table 2 に示した. 呼吸管理日数の中央値は未成熟群 79.5 日, 成熟群 124.0 日, 酸素投与日数は未成熟群 47.5 日, 成熟群 60.0 日であり, いずれも有意差は認めないが成熟群の方が長い傾向になった. CLD 発症率については未成熟群 55\%, 成 Table 2. The respiratory outcomes of each group. Median (First quartile-Third quartile) *Wilcoxon test **Fisher test CLD, chronic lung disease; CLD 36/40, CLD with respiratory care at corrected gestational age of 36/40 weeks. 熟群 $75 \%$ で有意差は認めないが成熟群が高い傾向にあった. CLD36 は未成熟群 $55 \%$, 成熟群 $75 \%$ と,有意差は認められなかった. CLD40 は未成熟群 $35 \%$, 成熟群 $50 \%$ と, 有意差は認められなかった. HOT・HMV の割合は未成熟群 $10 \%$, 成熟群 $25 \%$ と有意差を認めなかった。 ## 考 察 本研究では, 出生時の肺成熟を反映する SMT が慢性期の呼吸予後と関連があるかについて検討した. 今回の結果からは, 出生時の肺成熟は呼吸管理日数, CLD 発症率, 在宅医療の必要性などの慢性期の呼吸予後との関連は認められなかった。また, SMT は RDS の診断への有用性や, 出生後に気管插管せずに呼吸管理可能かをSMTにて評価する Bhatia らの報告)など,急性期の呼吸状態の評価に用いられているが, 今回我々の慢性期呼吸予後の評価に用いた研究は,検索しうる限り初めてのものである。 未成熟群と成熟群において,人工肺サーファクタント投与は未成熟群に対し有意に多く行われ, 酸素投与を含む呼吸管理, CLD 発症率, 重症な慢性疾患の指標である CLD36 と CLD40, そういった児が在宅呼吸療法を受けた割合はいずれも有意な差を認めなかった.このことは, 肺のサーファクタント分泌が不十分な未成熟な状態で出生しても, RDS の診断や人工肺サーファクタント投与など適切な管理がなされれば,肺の成熟が進んでいた児と慢性期の呼吸予後については差がなくなる, ということを示唆する. RDS は在胎 28 週未満では $50 \%$ 以上が発症する頻度の高い合併症であり1), 早期診断をして適切な治療をするための SMT の重要性があらためて示されたとも考えられる. 次に慢性期呼吸予後の時系列, つまり,日齢 28 に CLDの診断がつき,修正 36 週, 40 週にまだ治療が必要であればCLD36, CLD40 と なり,退院時にも治療が必要であれば在宅呼吸療法が行われるという流れに注目した。この時系列においても成熟群, 未成熟群における割合の減少傾向は似ており,このことも未熟性が予後に影響していないことを示唆すると考えられる。 統計学的な有意差は認めなかったが, 酸素投与を含む人工呼吸管理, CLD, 在宅医療の実施については,成熟群の方が未成熟群より実数としては日数が長く, 実施率が高かった。このことは, 肺が成熟していても呼吸予後が悪い症例が存在することを示唆している. 新生児の肺は, 出生前後から様々な複合的な要因でダメージが蓄積する。未熟性や敗血症,動脈管開存症, 胃食道逆流症などがあげられている6) が, 今回の結果からは, 肺の未熟性以外の要因がより影響が大きい可能性がある.特に感染症については, 出生前後の影響が大きいと考えられている.今後は各要因の影響度についても検討することが重要である. 最後に, 本研究にはいくつかの限界がある. まず,後ろ向き研究である点と, 症例数が限られていることで統計学的検定に影響を及ぼしている可能性があり,多変量またはサブグループの解析をすることが困難な点である.今後, 前向き研究を行うことを検討していく. 次に, NICU 入室前に手術室などで新生坚蘇生の治療として人工肺サーファクタント投与が行われた例が検討に入っていない点である.新生児蘇生の際に人工肺サーファクタントが必要な临は,極低出生体重览の中でも特に重篤な群であり, 肺成熟度の有無以外に呼吸予後に影響するものも多い. そのため, SMT が予後に関与しているかということについては, 今回の対象での評価が適当と考えられた。 ## 結語 極低出生体重坚に対する肺成熟を反映する SMT の結果と呼吸予後との関連について検討した。今回の検討では出生時の SMT は慢性期の呼吸予後評価に有用ではなかった。肺が未成熟の状態でも,適切に診断治療を行うことで,肺が成熟している児と変わらない予後が期待できるとことを示唆しているとも考えられた。今後は症例数を増やし,未熟性に影響するそのほかの要因を含め,より詳細な検討を行う方針である。 ## 謝 辞 本研究は東京女子医科大学医学部, 学生研究プロジェクト(令和元年)において行われた。企画・調整の労を執られた委員長の柴田亮行先生をはじめ, 研究プロジェクト教育委員会の皆様に深謝いたします。 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1) Cuna A, Waldemar AC: 9. Respiratory Distress Syndrome. In Workbook in Practical Neonatology, 5th ed. (Polin R, Yoder M eds), pp137-153, Elsevier, Philadelphia (2015) 2) Fiori HH, Varela I, Justo AL et al: Stable microbubble test and click test to predict respiratory distress syndrome in preterm infants not requiring ventilation at birth. J Perinat Med 31 (6): 509-514, 2003 3) Chida S, Fujiwara T, Takahashi A et al: Precision and reliability of stable microbubble test as a predictor of respiratory distress syndrome. Acta Paediatr Jpn 33 (1): 15-19, 1991 4) Pattle RE, Kratzing CC, Parkinson CE et al: Maturity of fetal lungs tested by production of stable microbubbles in amniotic fluid. Br J Obstet Gynaecol 86 (8): 615-622, 1979 5) Bhatia R, Morley CJ, Argus B et al: The stable microbubble test for determining continuous positive airway pressure (CPAP) success in very preterm infants receiving nasal CPAP from birth. Neonatology 104 (3): 188-193, 2013 6) Jensen EA, Schmidt B: Epidemiology of bronchopulmonary dysplasia. Birth Defects Res A Clin Mol Teratol 100 (3): 145-157, 2014
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# 各領域における分子標的薬の役割 ## (6)臨床 5:リウマチ領域における分子標的薬治療 東京女子医科大学医学部内科学講座膠原病リウマチ内科学分野 名中㠫任 (受理 2022 年 9 月 2 日) ## Molecular Targeted Drug (6) Molecular-Targeted Drugs in Rheumatology ## Eiichi Tanaka Division of Rheumatology, Department of Internal Medicine, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan Cell surface antigens, cytokines, receptors, and signal transduction molecules that are centrally involved in the pathogenesis of rheumatic diseases have been elucidated, and therapeutic targets have been identified. Molecular-targeted drugs are now available, which can treat rheumatoid arthritis and other diseases, including psoriatic arthritis, ankylosing spondylitis, and juvenile idiopathic arthritis. These targeted drugs have been rapidly developed and have shown potential for achieving clinical remission in many rheumatic diseases. Tumor necrosis factor (TNF) and interleukin-6 (IL-6) play major roles in rheumatoid arthritis, and IL-17 and IL-23 play crucial roles in spondyloarthritis. Biological disease-modifying anti-rheumatic drugs (bDMARDs) that specifically inhibit the actions of these cytokines and targeted synthetic DMARDs (tsDMARDs) such as Janus Kinase (JAK) inhibitors have been approved, increasing the treatment options. Molecular-targeted drugs also hold promise for treating collagen diseases, including systemic lupus erythematosus, systemic sclerosis, and vasculitis. However, some drawbacks related to their use persist, including high drug costs and the risk of adverse events such as infectious diseases. Therefore, the criteria for selecting patients who are most likely to benefit from these drugs should be developed. Keywords: molecular-targeted drugs, rheumatic diseases, rheumatoid arthritis, biological disease-modifying antirheumatic drugs, Janus Kinase (JAK) inhibitors ## はじめに リウマチ性疾患領域においても,近年の病態解明に伴い,炎症性サイトカインや細胞内シグナル伝達分子を標的とした多くの分子標的薬が開発され,治療のパラダイムシフトをもたらした. ステロイド薬や免疫抑制薬などの従来の治療薬では,作用する治療標的が必ずしも明確でなかったものが多かったが, 治療すべき標的分子の解明が進んだことにより,  これらを直接抑制または調節する製剤が次々と開発された。これらの生物学的製剤や, Janus Kinase (JAK)阻害薬などの低分子化合物を用いた治療により, 多くのリウマチ性疾患において, 臨床的宽解などの高い治療目標が実現可能となった. リウマチ性疾患領域における分子標的薬は,関節リウマチ,関節症性乾㯖, 強直性春椎炎, 特発性若年性関節炎,全身性エリテマトーデス,全身性強皮症,血管炎,成人スティル病,ベーチェット病,クリオピリン関連周期性症候群など,多くの疾患にて適応を有している(Table 1)。本稿では,最も臨床応用が進んでいる関節リウマチを中心に,膠原病などのリウマチ性疾患領域における分子標的薬治療の現状と課題について概説する。 関節リウマチ (rheumatoid arthritis:RA) 1. 生物学的製剤 (biological disease-modifying anti-rheumatic drugs : bDMARDs) RA は全身の関節に滑膜炎が生じ,慢性的に経過することにより関節が進行性に破壊され,身体機能障害を生じうる疾患である。近年,アンカードラッグであるメトトレキサート(methotrexate:MTX) などの抗リウマチ薬が十分に使用できるようになったことや, 生物学的製剤の導入により, RA 治療は急速に進歩し, 臨床的宽解が現実的な治療目標となった1). 基礎医学の進歩により,RAの病態形成に腫瘍壊死因子 (tumor necrosis factor:TNF) やインター ロイキン-6(interleukin-6:IL-6)などの炎症性サイトカインが関与していることが明らかとなった. 生物学的製剤は遺伝子組み換え技術を応用して,特定の標的分子を特異的に認識する抗体や受容体を改変した医薬品であり,RAの病態形成に関与する特定のサイトカインやリンパ球活性化に関連する分子と結合し,その作用を減弱または消失させる働きを有する。本邦にてRAに対する生物学的製剤としてはバイオシミラーの 3 製剤を含めると 11 種類が承認されており (2022 年 8 月現在) (Table 2), TNF 阻害薬(先行バイオ医薬品 5 製剤,バイオシミラー 3 製剤) と, 非 TNF 阻害薬 (IL-6 阻害薬 2 製剤と $\mathrm{T}$ 細胞選択的共刺激調節薬)に分類される。製剤の種類により, MTX 併用が必須かどうか, 投与方法, 投与間隔などがそれぞれ異なる。一般的には,MTX などによる既存の抗リウマチ薬治療で十分に RA の病勢のコントロールができない場合, 生物学的製剤導入の適応となる. 生物学的製剤の第一選択薬としては,現在,本邦で使用されている生物学的製剤の効果は いずれもほぼ同等と考えられているが, TNF 阻害薬に抵抗性のRA 患者に対しては, 非 TNF 阻害薬の有効性が他の TNF 阻害薬よりもやや高いとされている2). すべての生物学的製剂に共通した特徴は以下である. (1)すべて注射薬(静注または皮下注)である, (2)RA 患者の臨床症状の改善, 骨関節破壊の進行防止,身体機能の改善などの作用を有する,(3)有効性は, 発症早期例, 生物学的製剤未使用症例, MTX 併用例で高い。 一方, 生物学的製剤の主な問題点としては, 強力な免疫抑制効果に伴い重篤な感染症を中心とする副作用のリスクが高まることである,細菌性肺炎のみならず,結核,非結核性抗酸菌症,ニューモシスチス肺炎などの発症も認められ, これらの重篤な感染症は, 高齢者,ステロイド使用,肺合併症併存,身体機能障害進行例などで有意に発症が高まることが明らかとなった。よって,生物学的製剤はリスク, ベネフィットを鑑み,適正に使用されることが望まれる。また,高額な医療費が患者のみならず社会的にも大きな負担となっており重要な問題である。多くの生物学的製剤の推奨用量を投与した場合の薬剤費は年間 80~150 万円であり,医療保険により 3 割負担になっても年間 $25 \sim 45$ 万円の支出となる. 高額な医療費のために治療を受けられない患者も多い.他にも治療反応性の予測がまだ十分にできないこと, 寛解達成後のバイオフリーは可能かどうか, 生命予後は改善できるのかなど,まだ解決すべき課題が多いのが現状である. ## 1) TNF 阻害薬 2003 年にインフリキシマブが発売されて以来,おびただしい数の臨床研究や豊富な使用実績により, TNF を標的分子とする TNF 阻害薬はRAに対する生物学的製剤の第一選択薬としての地位を確立してきた。いずれの製㓣もMTXとの併用で関節破壊の進行をより抑制し,早期 RA 患者ほど有用であることが明らかとなっている. TNF 阻害薬としては, インフリキシマブ, エタネルセプト, アダリムマブ, ゴリムマブ, セルトリズマブペゴル, バイオシミラー であるインフリキシマブ BS, エタネルセプト BS, アダリムマブ BS の 8 種類が用いられており,これらの製剂は作用機序により抗体製剤(エタネルセプト・エタネルセプト BS 以外の 6 剤)と受容体製剤 (エタネルセプト・エタネルセプト BS の 2 剂)に分類される。 Table 1. List of molecular-targeted drugs approved in Japan for rheumatic diseases (as of July 2022). Table 1. List of molecular-targeted drugs approved in Japan for rheumatic diseases (as of July 2022) (continued). *for axial spondyloarthritis that does not meet x-ray criteria. TNF $\alpha$, tumor necrosis factor alpha; LT $\alpha$, lymphotoxin alpha; IL-6R, interleukin-6 receptor; CD, cluster of differentiation; RANKL, receptor activator of nuclear factor-kappa B ligand; JAK, Janus Kinase; IL-12, IL-23 (p40), interleukin-12/interleukin-23 subunit p40; IL-17A, interleukin 17A; IL-17R, interleukin-17 receptor; IL-23 (p19), interleukin-23 subunit p19; PDE4, phosphodiesterase 4; IL-1 $\beta$, interleukin 1 beta; BLyS, B lymphocyte stimulator; IFNAR1, interferon alpha/beta receptor 1; PDGFR, platelet-derived growth factor receptor; FGFR, fibroblast growth factor receptor; VEGFR, vascular endothelial growth factor receptor; C5aR, complement component 5a receptor; IL-5, interleukin-5. RA に対して承認された最初のTNF 阻害薬で, 静注製剂である。マウス部分を有するキメラ抗体であるので,中和抗体産生を防止するために MTXを併用することが必須であり,また,投与開始時は投与間隔を短くする loading doseを行うことになっている. 2003 年に日本ではじめて RAへの適応が承認された. 投与量としては基本的には $3 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ を 8 週間隔で投与するが,効果減弱(二次無効)例が認められ, 2009 年より $10 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ までの増量と投与間隔の短縮が可能になった. RRR 試験では, 寛解した一部の症例において,インフリキシマブ投与中止後も宽解が維持できることが示されだ. (2)エタネルセプト (etanercept [®エンンブレル]) TNF 受容体融合蛋白であり, 皮下注製剤である. エタネルセプト $25 \mathrm{mg}$ を週 2 回,ないしは $50 \mathrm{mg}$ を週 1 回皮下注射するため, 患者に自己注射を指導しての投与が一般的である. TNF $\alpha$ のみならず lymphotoxin $\alpha(\mathrm{TNF} \beta)$ の抑制作用も有する点で TNF 抗体である他の製剤とは異なる分子メカニズムを有する. 日本では 2005 年に承認された. 単剤でも有効性は高いが,MTX 併用のほうが有効性はさらに高まる。また免疫原性が低く中和抗体ができにくく,薬剤継続率は高い. PRESERVE 試験は, 通常投与量の $50 \mathrm{mg}$ /週で寞解に至ったのちに, $25 \mathrm{mg}$ 週に減量しても良い状態が維持できうる可能性を示した試験である ${ }^{4}$. 血中半減期が短いことは感染症などの有害事象が生じた場合に, 免疫抑制作用が早く消失するため, 安全性の面からはメリットである。また,他の抗体製剤とは異なり胎盤通過性が低いことから娃婦にも比較的安全な薬剤として認識されている. (3) アダリムマブ (adalimumab [ヒュラ]) 完全ヒト型抗 TNF $\alpha$ モノクローナル抗体で, 40 $\mathrm{mg}$ を 2 週ごとに皮下投与する. 2008 年に日本で RAへの適応が承認された. 患者に自己注射を指導しての投与が一般的である. 全世界で最も使用されている生物学的製剂である. MTX と併用することにより効果が最大化されるため, MTX と併用で用いることが基本であると考えられている。抗リウマチ薬による治療歴のない場合でも使用可能である.本邦で行われた HONOR 試験では, 宽解した一部の症例において,アダリムマブ投与中止後もバイオフリー状態での寞解が維持できることが示されだ. (4) ゴリムマブ(golimumab [®シンポニー]) 完全ヒト型抗 $\mathrm{TNF} \alpha$ モノクローナル抗体で, 4 週間ごとに皮下注射する. 4 週間ごとに皮下注射するため, 外来通院で可能な皮下注射製刹である(在宅での投与も可). 日本では 2011 年に承認された. MTX 併用でゴリムマブ $50 \mathrm{mg}$ を 4 週ごとに皮下注射するのが標準的であるが, 単片 (MTX 非併用) で $100 \mathrm{mg}$ を投与, または MTX 併用でゴリムマブ 100 $\mathrm{mg}$ を投与することも可能である. GO-AFTER 試験 では,他のTNF 阻害薬からの切り替えによるゴリムマブの有効性が示されだ. . 免疫原性が低くゴリムマブに対する抗体の発現頻度が低いとされている。 (5)セルトリズマブペゴル(certolizumab pegol [『シムジア]) PEG 化したヒト化抗 TNF $\alpha$ 抗体製剤であり,5 番目の TNF 阻害薬である. 日本では 2012 年に承認された. 抗ヒト $\mathrm{TNF} \alpha$ モノクローナル抗体の $\mathrm{Fc}$ 領域を除いた Fab'断片に,ポリエチレングリコール (PEG)を結合させた世界初のぺグ化抗 TNF 抗体医薬品である.Fc 部分を欠くことで細胞障害性がなく, 血中半減期延長や抗原性の低下が期待される. 1 回 $400 \mathrm{mg}$ を初回, 2 週後, 4 週後に皮下注射し, 以後 1 回 $200 \mathrm{mg}$ を 2 週間の間隔または 1 回 $400 \mathrm{mg}$ を 4 週ごとに皮下注射する。投与開始時に頻回投与する loading dose があることで効果発現が早いことが特徴である。患者に自己注射を指導しての投与が一般的である。本邦で行われた C-OPERA 試験の結果に基づき7), 抗リウマチ薬による治療歴がない場合でも使用可能である. ほとんど胎盤を通過しないことが知られており,妊婦にも比較的安全に使用できうる薬剤として期待されている。 (6) バイオシミラー(バイオ後続品) (インフリキシマブ $\mathrm{BS} ・$ エタネルセプト BS・アダリムマブ BS)高騰する医療費に対し, 患者の経済的負担軽減や医療保険財政の改善など社会的な要請や期待から, TNF 阻害薬に対するバイオシミラーが開発された. バイオシミラーはすでに使用許可を得た先行バイオ医薬品と類似した生物学的製剤である. バイオシミラーは先行バイオ医薬品との比較試験で, バイオシミラリティ(同等性・同質性)が示された場合にのみ承認され, 先行バイオ医薬品と同じ方法で適切な患者に使用することができる. 特に北欧においては,国策として先行バイオ医薬品からバイオシミラーへの切り替えが積極的に行われており,急速にそのシェアが拡大している。本邦においても,インフリキシマブ $\mathrm{BS}$, エタネルセプト $\mathrm{BS}$, アダリムマブ BS がRA に対し使用可能となった。メ夕解析においても, 先行バイオ医薬品と比較したバイオ後続品の有効性や安全性の同等性が示されている88. 先行バイオ医薬品の約 50~60\% 程度の薬価であるため,これまで経済的に導入が困難であった患者においても使用可能になり,また,患者の RA 治療に対するアドヒアランスの向上も期待できる. ## 2) 非 TNF 阻害薬 非 TNF 阻害薬には, IL-6 阻害薬, T 細胞選択的共刺激調整薬, IL-1 阻害薬, B 細胞標的薬がある. IL6 阻害薬として, トシリズマブとサリルマブがあり, $\mathrm{T}$ 細胞選択的共刺激調整薬としてアバタセプトがある.なお, B 細胞にのみ発現する $\mathrm{CD} 20$ 抗原に対するキメラ型モノクローナル抗体であるリツキシマブ (rituximab), IL-1 受容体のアンタゴニストであるアナキンラ(anakinra)が,海外においてRA に対する生物学的製剂として使用されているが, 本邦では RA に対しての使用は承認されていない. (1)トシリズマブ(tocilizumab [®アクテムラ]) ヒト化抗ヒト IL-6 受容体モノクローナル抗体である. トシリズマブは, 膜結合型および可溶型 IL-6 受容体と結合することにより, IL-6 の受容体への結合を競合的に阻害し免疫担当細胞における IL-6 シグナルの伝達を阻害する。その結果, IL-6を介する炎症反応を著しく抑制する,日本で開発され,世界に先駆けて日本で発売された. 2008 年に静注製剤 $(8 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ を 4 週間ごと), 2013 年に皮下注製剂 (162 $\mathrm{mg}$ を 2 週間ごと)が発売され, 両方での投与が可能である。皮下注製刹は,患者に自己注射を指導しての投与が一般的である. 皮下注射は 2 週間に 1 回投与が原則であるが, 効果が十分でない場合, 1 週間に 1 回まで投与間隔を短縮できる. MTX 併用が基本であるが, MTX 非併用でも優れた臨床効果を示し, MTX が使えない場合の選択肢の一つである. 薬剤の特性上, 感染症が起こっていても発熱しない, CRP 值や血沈値などの炎症性マーカーが上がらない等,炎症症状をマスクしてしまうことがあり注意を要する.トシリズマブの薬価は他の生物学的製剤と比し若干低めに設定されている. 東京女子医科大学病院膠原病リウマチ痛風センターで施行されている RA 患者に対する前向きコホート研究である IORRA 調查を用いたトシリズマブの費用対効果の検討では9),日本人 RA 患者においてトシリズマブを使用することは長期的には妥当であり, 医療経済学的には有用であることが示された. (2) サリルマブ(sarilumab [®ケブザラ]) IL-6 受容体 $\alpha$ サブユニットに対する完全ヒト型モノクローナル抗体製剤であり,膜結合型および可溶型 IL-6 受容体 $\alpha$ サブユニットとともに高い親和性を有し, IL-6 シグナルの伝達を阻害する。可溶型 IL-6 受容体 $\alpha$ に対する親和性はトシリズマブよりも高いとされる. サリルマブは,IL-6を標的とした トシリズマブに次ぐ 2 剤目の製剤として, 2017 年に本邦で承認された. $200 \mathrm{mg}$ を 2 週間に 1 回皮下注射するが,患者の状態により $150 \mathrm{mg}$ を 2 週間に 1 回の皮下注射に減量が可能である. 皮下注製剤であり,患者に自己注射を指導しての投与が一般的である。 TNF 阻害薬に効果不十分な活動性 RA 患者を対象とした TARGET 試験でも,サリルマブの有用性が示された ${ }^{10)}$.トシリズマブと同様に, 感染症が起こっていても発熱しない, CRP 值や血沈値などの炎症性マーカーが上がらない等,炎症症状をマスクしてしまうことがあり注意を要する。 (3) アバタセプト (abatacept [®オレンシア]) RAの炎症カスケードの上流に位置する抗原提示細胞と $\mathrm{T}$ 細胞間の共刺激シグナルを阻害することで $\mathrm{T}$ 細胞の活性化を抑制し, 下流の炎症性サイトカイン産生を抑制することにより,抗リウマチ作用を有する。 $\mathrm{T}$ 細胞の活性化には共刺激シグナルが必要であり, その主要な共刺激分子が抗原提示細胞表面の CD80/86 と $\mathrm{T}$ 細胞表面上の CD28である. CTLA-4 は活性化された T 細胞で発現する $\mathrm{T}$ 細胞活性の調節タンパクであり, CD28 分子と競合的に CD80/86 と結合することで $\mathrm{T}$ 細胞の活性化を抑制する。アバタセプトは細胞傷害性 T リンパ球抗原 4 (cytotoxic T-lymphocyte antigen 4 : CTLA-4) と IgG を結合させた生物学的製剤である。 Tリンパ球の活性化を抑制するため, 抗サイトカイン療法よりもより病因に近い治療と言える. 日本では 2010 年に静注製剤 (4 週間ごと) が, 2013 年に皮下注製剤 (1 週間ごと)が発売され, 両方での投与が可能である.皮下注製剂は,患者に自己注射を指導しての投与が一般的である. 抗シトルリン化ペプチド (cyclic citrullinated peptide:CCP)抗体陽性高値症例でのより高い有用性が示されている. 安全性に関しては,本邦で行われた市販後全例登録調査では, 他の先行薬と比較すると有害事象, 感染症などの重篤な副作用頻度は低かった ${ }^{11)}$. 高齢者や MTX が十分に使用できないような RA 患者などでの有用性が期待されている. ## 2. JAK 阻害薬 JAK 阻害薬は, サイトカインシグナルを媒介する細胞内キナーゼの JAKを標的とする分子標的合成抗リウマチ薬 (targeted synthetic DMARDs: tsDMARDs)である. 生物学的製剂が静脈内または皮下投与であるのに対し, JAK 阻害薬は細胞内に移行してシグナル伝達を阻害する低分子化合物であ り, 経口内服可能な薬剤である. 細胞外にあるサイトカインは細胞表面上の特異的受容体に結合し, 細胞内でさまざまなシグナル伝達経路を活性化することで固有の生物活性を発揮する. JAK はサイトカイン受容体に恒常的に結合しているキナーゼである。サイトカインが細胞表面上の特異的受容体への結合直後に活性化され, 転写因子 Stat (signal transducer and activator of transcription)を活性化する.これが JAK-Stat シグナル伝達経路であり, JAK 阻害薬はこの経路を特異的に阻害することで,細胞増殖・新たなサイトカイン産生・ リンパ球への分化や成熟などを抑制し,抗リウマチ作用を発揮する。これまで 4 種類の JAK(JAK1, JAK2, JAK3, TYK2 が同定されており, さまざまなサイトカインにより異なる組み合わせでシグナル伝達が活性化される. 本邦では, 2013 年にトファシチニブ (tofacitinib [®ゼルヤンツ]), 2017 年にバリシチニブ (baricitinib [『オルミエント]), 2019 年にペフィシチニブ (peficitinib [スマイラフ]), 2020 年にウパダシチニブ (upadacitinib [ ${ }^{\circledR}$ リンヴォッ 力])がRA に対する tsDMARD として相次いで承認された.トファシチニブは主に JAK1 および JAK 3 を選択的に阻害,バリシチニブは主に JAK1 および JAK2 を選択的に阻害する。また, ペフィシチニブは, JAK1, JAK2, JAK3, TYK2を広範に阻害する一方で, ウパダシチニブやフィルゴチニブは JAK1 に阻害選択性を有する特徵がある。 一般的には, MTX や生物学的製剤などによる治療で十分にRA の病勢のコントロールができない場合に, JAK 阻害薬の適応となっている。いずれの JAK 阻害薬もこれまでの RA を対象としたTNF 阻害薬との直接比較試験においても,遜色のない高い臨床効果, 骨破壊抑制効果が示されている。また, MTX を要しない単剤での有用性や, 生物学的製剤抵抗性 RA 患者での有用性も期待されている. 一方, 安全性に関しては, 重篤な感染症の発生率は既存の生物学的製剂とほぼ同等とされているが,特に日本人においては, 帯状疮疹の発生率が高いとされており,リスク管理が重要である ${ }^{12}$. 心血管リスクの高いRA 患者において, トファシチニブは TNF 阻害薬と比較し, 心血管イベントおよび悪性腫瘍の発現率が高く, 非劣性基準を満たさなかったという海外市販後安全性臨床試験 (ORAL Surveillance 試験)の結果を踏まえ ${ }^{13}$, 米国, 欧州,日本において添 付文書の改訂が行われた. 長期の安全性に関しては,今後もエビデンスの蓄積が必要であると考えられている. さらに, 薬価も重要な課題である. 推奖用量を投与した場合の薬剤費は年間 170190 万円であり, 医療保険により 3 割負担になっても年間 50 60万円と生物学的製剂よりも高く, 高額な医療費は患者のみならず社会的にも大きな負担となっている. ## 3. デノスマブ (denosumab [ ${ ^{\circledR}$ プラリア])} RANKL (receptor activator of nuclear factor kappa B [NF-KB] ligand)は破骨細胞への分化・活性化に必須のサイトカインであり, RANKL を標的として開発されたのが, 完全ヒト型抗 RANKL 抗体製剤であるデノスマブである。デノスマブは破骨細胞への分化を阻害することにより強力な骨吸収抑制作用を示し, 2013 年より骨粗鬆症の治療薬として日常診療で用いられてきた. RAに対しても骨びらんの進行抑制を目的に, 2017 年より世界に先駆け本邦にて承認された。骨びらんは強力に抑制できるものの, 関節症状や身体機能を改善する効果, 関節列隙狭小化を抑制する効果などの抗リウマチ作用はなく, 本剤は抗リウマチ薬の補助的な位置づけの薬剤である. ## 脊椎関節炎 春椎関節炎 (spondyloarthritis:SpA) は, 体軸や末梢関節に特徴的な所見を呈し, 遺伝的素因である HLA-B27 と関連のある慢性炎症性疾患であり, 強直性脊椎炎 (ankylosing spondylitis:AS)や関節症性乾㿏 (psoriatic arthritis:PsA) などの疾患が含まれる. AS では,病態の形成に TNF $\alpha$ や IL-17 の関与していることが解明され,AS に対する分子標的薬としては, TNF 阻害薬(インフリキシマブ,インフリキシマブ BS, アダリムマブ, アダリムマブ BS)や, IL-17 阻害薬 (セクキヌマブ (secukinumab [ [コンティクス]),ブロダルマブ (brodalumab [『ルミセフ]), イキセキズマブ (ixekizumab [トッツ]))などの生物学的製剤や, JAK 阻害薬のウパダシチニブ (upadacitinib[『リンヴォック]) が本邦で承認されている. いずれの分子標的薬も, 第一選択薬である非ステロイド性抗炎症薬 (non-steroidal antiinflammatory drugs : NSAIDs)などによる治療でも効果が不十分な場合に使用が考慮される. PsA は皮䖉の乾瘫に伴って発症する慢性炎症性の関節炎であり, 病態の主体は付着部炎である,治療は 2015 年に国際的乾鹰研究グループ (Group for Research and Assessment of Psoriasis and Psoriatic Arthritis:GRAPPA $)^{14}$ の治療推奖では,末梢関節炎, 体軸性関節炎, 腱付着部炎, 指趾炎, 皮虐乾嚰,爪乾瘫のどの病変が存在するかによって,それぞれ治療の推奨の順序も含めて説明されている. 難治性の病態では, 分子標的薬が使用され, 本邦では, TNF 阻害薬(インフリキシマブ, インフリキシマブ BS, アダリムマブ, アダリムマブ BS, セルトリズマブペゴル), IL-17 阻害薬(セクキヌマブ, ブロダルマブ, イキセキズマブ), IL-12/IL-23 阻害薬(ウステキヌマブ (ustekinumab [®ステラーラ]), グセルクマブ (guselkumab [®トレムフィア]), リサンキズマブ (risankizumab [『スキリージ]))などの生物学的製剤や, JAK 阻害薬のウパダシチニブ, PDE(phosphodiesterase) 4 阻害薬のアプレミラスト (apremilast $\left[{ }^{\circledR}\right.$ オテズラ $]$ ) が, 既存治療で効果不十分な PsA に適応を有している。 ## 全身性エリテマトーデス ## (systemic lupus erythematosus : SLE) SLE は若年女性に好発し, 自己免疫異常による多彩な自己抗体産生と臟器障害で特徴づけられる慢性炎症性疾患であり, 代表的な自己免疫性疾患の 1 つである. SLE の免疫異常は, T 細胞の過剩活性化と分化異常, 制御性 T (Treg) 細胞の機能障害, B 細胞の自己産生細胞への分化立進などの獲得免疫系の異常に加え, 免疫複合体を認識することによって形質細胞様樹状細胞が I 型インターフェロン (IFN) を過剩産生するなどの自然免疫系の異常からなる多彩な病態で形成される. 従来の SLE 治療の中心は副腎皮質ステロイドと免疫抑制薬であったが,これらは非特異的な治療薬であり種々の副作用の発現を伴うため, 特定の分子標的を制御することを目的とした分子標的薬の開発が期待されていた。 BAFF ( $\mathrm{B}$ cell activating factor belonging to the tumor necrosis factor family)/可溶性 Bリンパ球刺激因子 (B lymphocyte stimulator:BLyS) は TNF ファミリーに属するサイトカインであり,B細胞の生存・分化・抗体産生に重要な役割を果たしている. ベリムマブ (belimumab [®ベンリス夕])は, BAFF/BLyS を選択的に阻害する完全ヒト化モノクローナル抗体であり, B 細胞の生存・活性化や形質細胞への分化を抑制する. ベリムマブは, 本邦では既存治療で効果不十分な SLEに対し 2017 年に承認され, 欧州リウマチ学会や本邦のガイドラインに おいても治療抵抗性のSLEに対する追加治療薬として使用が推奨されておりり ${ }^{15}$ , ステロイドの必要量を引き下げる効果が期待されている. また,I型IFNは,SLEの病態において主要な役割を果たしていると考えられており,アニフロルマブ (anifrolumab [『サフネロー]) は, I 型 IFN 受容体のサブユニット 1 に結合する完全ヒト型モノクロー ナル抗体である. 本邦では, 既存治療で効果不十分な SLE に対し 2021 年に上乗せでの治療として承認された。アニフロルマブも,上述のベリムマブと同様に,抗核抗体,抗 ds-DNA 抗体等の自己抗体が陽性の SLE で使用すること,また,重症のループス腎炎や重症の中枢神経ループスに対する有効性や安全性は検討されていないとの添付文書の記載があり, これらの両剤が,どのような臟器病変を有する症例に適しているのか,また,SLEの治療戦略において宽解導入期または宽解維持期にどのように使用していくのかなど,今後,明らかにされることが求められている. ## 全身性強皮症(systemic sclerosis:SSc) SSc は多臟器の線維化を特徵とする自己免疫性疾患である.いくつかの薬剤において有効性が示されているが,いまだ治療法は確立されておらず,予後不良の疾患として知られている. SSc 患者において, $\mathrm{B}$ 細胞の活性化の異常が病態形成に重要な役割を果たしていることが明らかとなり,本邦で行われたプラセボ対照二重盲検並行群間比較試験により,B細胞を除去するリツキシマブ(rituximab [『リツキサン])の SSc に対する有効性が証明された16. リッキシマブはプラセボと比較して, 主要評価項目として設定された皮膚硬化の指標であるスキンスコアと,副次評価項目として設定された肺線維症の指標である\%努力性肺活量を有意に改善した。この結果により,本邦ではリツキシマブが SSc の治療薬として 2021 年に承認された. しかしながら, リツキシマブをSSc に対して長期間用いた研究は存在せず,その有効性がどの程度の期間維持され, また, 長期間用いた場合の安全性も不明であり,今後のエビデンスの集積が必要である. また, ニンテダニブ (nintedanib [『オフェブ])は 2015 年に特発性肺線維症 (IPF) に対する初の分子標的薬として承認され,その後,2019 年に SSc に伴う間質性肺疾患へ, 2020 年に進行性線維化を伴う間質性肺炎への適応拡大がそれぞれ承認された。ニンテダニブは IPF の病態に関与する線維芽細胞の増殖,遊走,および形質転換に関わるシグナル伝達に関与する血小板由来増殖因子受容体 (PDGFR) $\alpha, \beta$ や,線維芽細胞増殖因子受容体 (FGFR) 1,2,3, および血管内皮増殖因子受容体 (VEGFR) の各受容体を選択的に阻害する低分子チロシンキナーゼ阻害薬である. なお, SSc に伴う間質性肺疾患の有用性は, プラセボとオフェブを直接比較する国際共同第 III 相臨床試験の SCENSCIS 試験で示されている ${ }^{17}$. ## 血管炎症候群(vasculitis) 血管炎症候群は全身に張りめぐらされている血管の壁に炎症を起こし, さまざまな臟器障害を引き起こす疾患群である,血管炎症候群は炎症を起こす血管の太さで分類される。大型血管(大動脈とその分枝)に炎症を起こす疾患として,高安動脈炎,巨細胞性動脈炎が,中型血管に炎症を起こす疾患として結節性多発動脈炎, 川崎病が,小型血管に炎症を起こす疾患として抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎,免疫複合体性小型血管炎がある。 さらに, ANCA 関連血管炎には顕微鏡的多発血管炎 (microscopic polyangiitis:MPA), 多発血管炎性肉芽腫症 (granulomatosis with polyangiitis: GPA), 好酸球性多発血管炎性肉芽腫症 (eosinophilic granulomatosis with polyangiitis : EGPA)の3つの疾患が含まれる。 血管炎症候群に対する分子標的薬としては,ステロイド薬や免疫抑制剂などの既存治療で効果不十分な高安動脈炎, 巨細胞性動脈炎に対して, ヒト化抗ヒト IL-6 受容体モノクローナル抗体であるトシリズマブが承認されており,有効性が認められた場合は,ステロイドを徐々に減量し,できるだけ少量のステロイドでの寛解維持を目指すことが期待されている. また,ANCA 関連血管炎のMPA,GPAには,欧米における 2 つの大規模臨床試験 (RITUXVAS 試験18),RAVE 試験19) の結果に基づき,本邦では 2013 年にリツキシマブが承認された. リツキシマブは,既存治療(副腎皮質ステロイドやシクロホスファミド)による寞解導入が困難な症例,再発を繰り返す症例,またはシクロホスファミドの使用禁忌の症例に対して使用が考慮される. 日本人における有効性,安全性に関するエビデンスの確立のため, 現在,「本邦における抗好中球細胞質抗体関連血管炎に対するリツキシマブ療法の安全性と有効性に関するコホー 卜研究 (RemIRIT) 」試験が実施中である. また, 2021 年に承認された補体 C5a 受容体阻害薬であるアバ コパン (avacopan [®タブネオス])は,MPA,GPA の寞解導入, 寞解維持治療において, 高い有効性と安全性が期待されている新規の経口薬である。アバコパンは,好中球などの C5a 受容体を阻害することにより,好中球の遊走や活性化を抑制することで血管炎に対する治療効果を発揮すると考えられている. ADVOCATE 試験では, ANCA 関連血管炎患者を対象に, 現在の標準治療であるステロイドを対照として,アバコパンの有用性や安全性が検証され $た^{20)}$. 将来的には, ANCA 関連血管炎の治療において,ステロイドの代わりにアバコパンを用いることで,ステロイドによる副作用を軽減することが期待されている. さらには, EGPA に対して 2018 年より, 抗 IL-5 のヒト化モノクローナル抗体であるメポリズマブ (mepolizumab[ [ヌーララ]) が承認された. 1 回 300 $\mathrm{mg}$ を 4 週間ごとに皮下注射する、メポリズマブは重症難治性好酸球性喘息に対して用いられてきた薬剤である。難治性,再発性の EGPA 患者を対照とした MIRRA 試験では,寛解患者割合の増加,経口ステロイドの減量効果, 再燃率の減少が示されてお $り^{21)}$ ,宽解期間の延長やステロイド減量効果が期待される. ## おわりに 上述のようにリウマチ性疾患領域においても,多くの分子標的薬が使用可能となった.とりわけRA においては,寛解が現実的な目標となり,患者の予後は著しく改善した. SLE, 血管炎などの難治性病態である膠原病においても,分子標的薬は治療選択肢を増やし,ステロイド薬の使用量の低下に貢献できることが期待されている。他にも,特発性若年性関節炎,成人スティル病,ベーチェット病,自己炎症症候群の 1 つであるクリオピリン関連周期性症候群などの疾患でも分子標的薬が承認されている.分子標的薬は, 病態に選択的にかかわる分子のみを標的とすることで, 副作用を最小化できる可能性があり,現在もさまざまなりウマチ性疾患において精力的な研究開発が進められている.これらの分子標的薬は,基礎研究により解明された病態を,臨床に結びつけるという懸け橋の役割も担っている。一方, どの薬剂も非常に高額であり,有限である医療資源の適正な使用のために, 医療経済学的な検討も重要となってくると思われる。 著者は, 次の企業より講演料またはコンサルト料を得 た:アッヴィ(合),旭化成ファーマ(株),アステラス製薬 (株), あゆみ製薬 (株), ヴィアトリス製薬 (株), エーザイ (株), ギリアドサイエンシズ (株), 武田薬品 (株),第一三共 (株), 中外製薬 (株), 日本イーライリリー (株), 日本化薬 (株), 日本ベーリンガーインゲルハイム (株), 田辺三菱 (株), ファイザー(株), ブリストル・マイヤーズスクイブ(株) ## 文献 1) Yamanaka H, Tanaka E, Nakajima A et al: A large observational cohort study of rheumatoid arthritis, IORRA: Providing context for today's treatment options. Mod Rheumatol 30 (1): 1-6, 2020 2) Smolen JS, Aletaha D: Rheumatoid arthritis therapy reappraisal: strategies, opportunities and challenges. Nat Rev Rheumatol 11 (5): 276-289, 2015 3) Tanaka Y, Takeuchi T, Mimori $T$ et al: Discontinuation of infliximab after attaining low disease activity in patients with rheumatoid arthritis: RRR (remission induction by Remicade in RA) study. Ann Rheum Dis 69 (7): 1286-1291, 2010 4) Smolen JS, Nash P, Durez P et al: Maintenance, reduction, or withdrawal of etanercept after treatment with etanercept and methotrexate in patients with moderate rheumatoid arthritis (PRESERVE): a randomised controlled trial. Lancet 381 (9870): 918-929, 2013 5) Tanaka $Y$, Hirata $S$, Kubo $S$ et al: Discontinuation of adalimumab after achieving remission in patients with established rheumatoid arthritis: 1-year outcome of the HONOR study. Ann Rheum Dis 74 (2): 389-395, 2015. Erratum in: Ann Rheum Dis 75 (7):e 46, 2016 6) Smolen JS, Kay J, Doyle MK et al: Golimumab in patients with active rheumatoid arthritis after treatment with tumour necrosis factor alpha inhibitors (GO-AFTER study): a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, phase III trial. Lancet 374 (9685): 210-221, 2009 7) Atsumi T, Yamamoto K, Takeuchi $T$ et al: The first double-blind, randomised, parallel-group certolizumab pegol study in methotrexate-naive early rheumatoid arthritis patients with poor prognostic factors, C-OPERA, shows inhibition of radiographic progression. Ann Rheum Dis 75 (1): 75-83, 2016 8) Tanaka E, Kawahito Y, Kohno M et al: Systematic review and meta-analysis of biosimilar for the treatment of rheumatoid arthritis informing the 2020 update of the Japan College of Rheumatology clinical practice guidelines for the management of rheumatoid arthritis. Mod Rheumatol 32 (1): 74-86, 2022 9) Tanaka E, Inoue E, Hoshi D et al: Costeffectiveness of tocilizumab, a humanized antiinterleukin-6 receptor monoclonal antibody, versus methotrexate in patients with rheumatoid arthritis using real-world data from the IORRA observational cohort study. Mod Rheumatol 25 (4): 503-513, 2015 10) Fleischmann R, van Adelsberg J, Lin Y et al: Sarilumab and nonbiologic disease-modifying antirheumatic drugs in patients with active rheumatoid arthritis and inadequate response or intolerance to tumor necrosis factor inhibitors. Arthritis Rheumatol 69 (2): 277-290, 2017 11) Harigai M, Ishiguro N, Inokuma $S$ et al: Postmarketing surveillance of the safety and effectiveness of abatacept in Japanese patients with rheumatoid arthritis. Mod Rheumatol 26 (4): 491-498, 2016 12) Harigai M, Honda S: Selectivity of Janus kinase inhibitors in rheumatoid arthritis and other immunemediated inflammatory diseases: Is expectation the root of all headache? Drugs 80 (12): 1183-1201, 2020 13) Ytterberg SR, Bhatt DL, Mikuls TR et al: Cardiovascular and cancer risk with tofacitinib in rheumatoid arthritis. N Engl J Med 386 (4): 316-326, 2022 14) Coates LC, Kavanaugh A, Mease PJ et al: Group for research and assessment of psoriasis and psoriatic arthritis 2015 treatment recommendations for psoriatic arthritis. Arthritis Rheumatol 68 (5): 1060-1071, 2016 15) Fanouriakis A, Kostopoulou M, Alunno A et al: 2019 update of the EULAR recommendations for the management of systemic lupus erythematosus. Ann Rheum Dis 78 (6): 736-745, 2019 16) Ebata S, Yoshizaki A, Oba K et al: Safety and efficacy of rituximab in systemic sclerosis (DESIRES): a double-blind, investigator-initiated, randomised, placebo-controlled trial. Lancet Rheumatol 3 (7): e 489-e497, 2021 17) Distler O, Highland KB, Gahlemann $M$ et al: Nintedanib for systemic sclerosis-associated interstitial lung disease. N Engl J Med 380 (26): 25182528, 2019 18) Jones RB, Tervaert JW, Hauser T et al: Rituximab versus cyclophosphamide in ANCA-associated renal vasculitis. N Engl J Med 363 (3): 211-220, 2010 19) Stone JH, Merkel PA, Spiera R et al: Rituximab versus cyclophosphamide for ANCA-associated vasculitis. N Engl J Med 363 (3): 221-232, 2010 20) Jayne DRW, Merkel PA, Schall TJ et al: Avacopan for the treatment of ANCA-associated vasculitis. N Engl J Med 384 (7): 599-609, 2021 21) Wechsler ME, Akuthota P, Jayne D et al: Mepolizumab or placebo for eosinophilic granulomatosis with polyangiitis. N Engl J Med 376 (20): 1921-1932, 2017
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# 令和 4 年度東京女子医科大学医学部 - 基礎系教室研究発表会 日 時:令和 4 年 10 月 20 日(木) $9: 45 \sim 12: 40$ 開催方式:Zoom 主 催:基礎医学系運営会議幹事会 } $\begin{array}{rr}\text { 1. 宿主プロスタグランジン E2-EP4 軸によるがんの全身性転移制御機構薬理学助教)瀧田守親 } \text { 2. 網膜 Müllerグリアにおける転写因子発現と細胞周期の関連性 } & \text { 解会 (生化学助教) 新政信人 } \text { 学 (神経分子形態学分野) } & \text { 医療練士研修生) 加藤万季 } \text { 司会 (生理学 (分子細胞生理学分野) 助教) 吉田慶太 }\end{array}$ 3. H3K27me3 の減少は GSH 代謝変化を介してグリオーマ細胞の生存を促進する (病理学(人体病理学・病態神経科学分野)医学研究科 4 年生) 鬼塚裕美司会 (先端生命医科学研究所教授) 清水達也 4. 末梢神経損傷は脳幹のミクログリアの働きを介して視床回路の可塑的改編を誘導する (生理学(神経生理学分野)准講師)植田禎史 司会(グローバルヘルス助教)有末伸子 5. 家族性不整脈症例における心筋コネキシン 45 変異と疾患特異的 iPS 細胞を用いた機能解析 (統合教育学修センター教授) 西井明子 司会 (微生物学免疫学助教) 飯塚 讓 6. 血清アミノ酸濃度と抑うつ症状との縦断的関連 (衛生学公衆衛生学 (公衆衛生学分野) 助教) 三木貴子司会 (衛生学公衆衛生学 (環境・産業医学分野) 准教授) 蒋池勇太 7. 水中に存在するヒト DNA を用いた個人識別法の検討法医学助教)町田光世司会 (解剖学 (顕微解剖学・形態形成学分野) 講師)横溝智雅 8. 脳神経系疾患の遺伝子解析 (総合医科学研究所准教授) 赤川浩之 ## 1. 宿主プロスタグランジンE2-EP4 軸によるがんの全身性転移制御機構 (東京女子医科大学医学部薬理学, ${ }^{2}$ 東京農工大学大学院生命機能科学部門) 瀧田守親 ${ }^{1}$ - 稲田全規 ${ }^{2} \cdot$ 宮浦千里 $^{2} \cdot$ 丸義朗 ${ }^{1}$ 〔目的〕プロスタグランジン E2(PGE2)は膜型 PGE 合成酵素 -1(mPGES-1)を介して生成し, 標的細胞の $\mathrm{PGE}$ 受容体サブタイプ $\mathrm{EP} 1$ ~ $\mathrm{EP} 4$ に結合して多様な生理活性を示す。しかし,がんの全身性転移における宿主 PGE2-EP4 軸の役割は不明である。そこでマウス悪性黒色腫 B16メラノーマ細胞を C57BL/6 系マウスに移入するがんの全身転移系を作製し, mPGES-1 遺伝子欠損 (mPGES-1-KO)マウスあるいは EP4 アンタゴニストを用いた解析を行った.〔方法〕(1)がんの全身性転移モデルは B16 細胞をマウスに尾静脈移入して作製した. EP4ア ンタゴニストは経口投与した. 移入後 18 日目に肺, 肝臓,腎臓を摘出して転移結節数を計数した。 さらに,大腿骨密度を測定し,骨髄上清の PGE2 産生を調べた。新生血管は蛍光イメージングにより可視化した. (2)パラホルムアルデヒド(PFA)で固定した B16 細胞と mPGES1-KOマウス由来の皮膚線維芽細胞の共存培養を行い, 培養上清中の PGE2, 血管内皮細胞増殖因子-A (VEGF-A) および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)産生を調べた. (3)固定 B16 細胞上で mPGES-1-KO マウス由来の骨芽細胞と骨髄細胞の共存培養を行い, PGE2 産生と破骨細胞形成を調べた。〔結果〕(1) B16 細胞を移入した野生型マウスでは肺, 肝臓,腎藏,大腿骨に著しい黒色の転移結節が認められたが, mPGES-1-KO マウスあるいは EP4アンタゴニストを投与した野生型マウスでは転移結節数が減少していた。 野生型マウスでは骨転移に伴い, 骨髄中の PGE2 産生と骨破壊の立進が認められたが, mPGES-1-KO マウスでは骨髄中の PGE2 産生が著しく低下しており,骨転移に伴う骨破壊は認められなかった。新生血管の蛍光イメージングにおいて, 野生型マウスでは転移結節の近傍に著しいシグナルが認められたが、 mPGES-1-KO マウスではシグナルの減弱が認められた。 (2)野生型マウス由来の線維芽細胞では固定B16細胞との接着により PGE2, VEGF-A, bFGF 産生が著しく元進したが, mPGES-1-KO マウス由来の線維芽細胞ではこれら因子の産生が抑制された。 (3)野生型マウス由来の骨芽細胞と骨髄細胞との共存培養では固定B16細胞との接着により PGE2 産生が九進して破骨細胞形成が促進されたが,EP4アンタゴニスト処理により破骨細胞形成は抑制された。一方, mPGES-1-KO マウス由来の骨芽細胞と骨䯇細胞との共存培養では PGE2 産生が著しく低下しており, 破骨細胞形成は認められなかった。〔結論〕がん細胞との接着により宿主間葉系細胞の mPGES-1 を介して PGE2 産生が方進し, PGE2 は自己分泌で EP4 受容体に作用して,血管新生と骨吸収の双方を兇進し,がんの全身性転移と骨破壊を促進することが示唆された。 ## 2. 網膜 Müller グリアにおける転写因子発現と細胞周期の関連性 (解剖学 (神経分子形態学分野),眼科)加藤万季 哺乳類のミュラーグリア(MG)の遺伝子発現は,網膜前駆細胞の遺伝子発現と類似しており, 潜在的な増殖,脱分化, 神経再生能力があることを示しているが,これらの役割は不明である。 そこで我々は, MGの増殖, 脱分化を制御するメカニズムを明らかにするため,マウス MG の発生期, 網膜傷害モデルおよび,分散培養を用いて, 転写因子(Pax6,Vsx2,Nfia)および細胞周期制御因子(Cyclin D1,D3)の発現の免疫染色を行い, 生後発達および細胞周期に関連した発現パターンに着目して解析した. In vivo におけるマウスの MGでは, 発生過程で Pax6, Vsx2, Nfia, Cyclin D3 の発現が増加し, Cyclin D1 の発現は減少した. 視細胞の損傷は, Cyclin D1,Cyclin D3 の細胞周期に関連した増加を引き起こすが,Pax6, Nfia,Vsx2 の発現は増加しなかった,分散培養では $\mathrm{P} 10$ マウスの $\mathrm{MG}$ では,細胞周期に伴う Pax6 と Vsx2 の増加が観察されたが,P21 マウスの $\mathrm{MG}$ では観察されなかった.Nfia のレベルは EdU の取り达みと高い相関があり,S 期進行中に活性化されることが示唆された. Cyclin D1 は G1 期で一過性に発現が増加し,S 期に入ってから低下した。一方 Cyclin D3 は G1 期での増加はみられなかったが, $\mathrm{S}$ 期での低下はみられた. 我々は MGにおける細胞周期の進行と網膜前駆細胞制御因子の関連を明らかにし,それが增殖 $\mathrm{MG}$ の運命決定に関与 する可能性を示唆した。 ## 3. H3K27me3 の減少は GSH 代謝変化を介してグリ オーマ細胞の生存を促進する (病理学 (人体病理学・病態神経科学分野))鬼塚裕美 〔緒言〕びまん性正中膠腫 (diffuse midline glioma: DMG)はヒストン遺伝子に変異(H3K27M)を有し,遺伝子発現抑制性のエピゲノム変化である H3K27me3 がゲノムワイドに減少することが特徴的である. 本研究は, DMG での H3K27me3 の減少が,がん細胞の生存に重要な代謝活動を制御するという仮説を検証する。【対象と方法了DMG 細胞株(GDC129)を,ヒストン脱メチル化酵素阻害剤(GSK J4)で処理した際に,ヒストンメチル化の変化と連動する代謝産物をメタボローム解析により評価した。【結果〕GDC129 細胞では,ヒストンメチル化の減少がグルタチオン $(\mathrm{GSH})$ と $\alpha$-ケトグルタル酸 $(\alpha-\mathrm{KG})$ の産生立進と関連していた。同代謝経路の活性化には, エピジェネティックに制御されるグルタミナーゼ 2 (GLS2)が関与していた. GDC129細胞の GSH 産生は GLS2 依存的であり,GSH 合成阻害剤(BSO)は GDC129 細胞のアルキル化剤(テモゾロミド)への感受性を増加させ細胞死を誘導した。【考察】GDC129 細胞では,エピジェネティックな制御を受ける GLS2 が,GSH および $\alpha$-KGの産生を増加させる. GSH 阻害片の結果から, GSH 代謝立進による酸化ストレス耐性の付与が,GDC129 細胞の生存を促進している可能性がある。〔結論〕DMG におけるゲノムワイドな $\mathrm{H} 3 \mathrm{~K} 27 \mathrm{me3}$ の減少は, GSH 代謝を介して細胞の生存を促進する。 ## 4. 末梢神経損傷は脳幹のミクログリアの働きを介し て視床回路の可塑的改編を誘導する (生理学(神経生理学分野))植田禎史 事故などに伴う四肢の切断や腕神経叢損傷は, 高い頻度で失われた身体部位や,受傷部位とは異なる身体部位に長く続く疼痛を引き起こす。こうした末梢神経の損傷に伴う慢性疼痛は末梢の受傷部位が治瘉しても回復せずに継続することから,中枢神経系の機能障害に原因があると考えられてきた。体性感覚経路の中継核や大脳皮質領域にはホムンクルスとして知られるように特定の身体部位の情報を特定のニューロン集団が表現する体部位再現地図が構築される。これまでの多くの研究から,末梢神経損傷が中枢神経系に神経可塑性を誘導し,体部位再現地図の再構築を引き起こすことが慢性疼痛発現に関わる重要な神経基盤であるとの説が有力視されてきた。体部位再現地図の再構築は入力を失った身体部位領域の縮小と, その周辺の他の身体部位領域の拡張といった形で現れる。しかし, 体部位再現地図の再構築に関わる神経 可塑性が神経回路・シナプスのレベルでどのように制御されているかについて, 詳細なメカニズムにはまだ不明な点が多い,今回マウスのヒゲ体性感覚経路の視床をモデルに, 末梢神経損傷による神経免疫系の活性化, 特に中枢神経系の免疫応答細胞であるミクログリアの働きが視床におけるシナプスの可塑的改編誘導, および受傷後マウスに現れる疼痛に重要な役割を果たすことを報告した近年の成果について共有し, 議論したい. ## 5. 家族性不整脈症例における心筋コネキシン 45 変異 と疾患特異的 iPS 細胞を用いた機能解析 ('統合教育学修センター, 2 予防医学科, 循環器内科, 循環器小坚科) 西井明子 ${ }^{1.23} \cdot$ 羽山恵美子 ${ }^{4} \cdot$ 古谷喜幸 ${ }^{4}$ 〔緒言〕我々は 2017 年に,若年発症の歯牙・骨異常を伴う進行性心臟伝導障害 (Cx45 R75H) 変異の家族症例について,ギャップジャンクションの構成蛋白の一つであるコネキシン 45 (Cx45) のアミノ酸突然変異 R75H を発見した. Cx45 R75H は, 正常な Cx45 に比べてチャネル電流値が 4 分の 1 に低下していた. 我々は心筋細胞間の伝導を解析する目的で, 疾患特異的 iPS 由来心筋細胞を作製する実験を行った。〔対象と方法〕Cx45 R75H 変異症例の患者末梢血液からリンパ球を分離し,EB ウイルスを感染させ不死化した後, 電気穿孔法により山中因子を導入し,iPS 細胞を作製した.この iPS 細胞を心筋に分化させた後に, 電極皿にシート状に培養し, MED システムを用いた電気生理学的解析を行った. 対照群として健常者のiPS 心筋細胞を用いた.〔結果〕健常者および Cx45 R75H 症例の iPS 由来心筋細胞のいずれにおいても,心筋の自発収縮が認められた. Cx45 R75H では自発活動が健常群に対して低下している傾向がみられた.【考察了Cx45 の変異により, 心筋細胞の自発活動は低下する傾向があり,洞機能不全などの心筋伝導障害の状態を再現していると考えられた。【結論〕Cx45 遺伝子異常を持つ家族性進行性心臟伝導障害の家系において, iPS 由来心筋細胞の自発収縮が低下しており,このことが病態に関与している可能性がある。 ## 6. 血清アミノ酸濃度と抑うつ症状との継断的関連 (1東京女子医科大学医学部衛生学公衆衛生学 (公衆衛生学分野), ${ }^{2}$ 古河電気工業株式会社, ${ }^{3}$ 国立国際医療研究センター臨床研究センター疫学・予防研究部, ${ }^{4}$ 広島大学大学院医系科学研究科国際保健看護学, ${ }^{5}$ 福岡女子大学国際文理学部食・健康科学,6株式会社クボタ) 三木貴子 ${ }^{1.3} \cdot$ 江口将史 $2 \cdot$ 幸地勇 $^{2} \cdot$ 福永亜美 ${ }^{3} \cdot$ 〔緒言〕アミノ酸, 特にトリプトファンとグルタミン酸 がうつ病の病態に重要な役割を果たすことを示唆するエビデンスが蓄積されている.しかしながら,血清アミノ酸濃度と抑うつ症状発症との縦断的な関連を検証した研究はない. [対象と方法】関東の某企業 2 事業所の従業員で, ベースライン時に抑うつ症状がなく, ベースラインおよび 3 年後の両調査ともに参加した 841 名を解析対象とした。アミノ酸については高速液体クロマトグラフィー質量分析計を用いて測定を行った. うつ病自己評価尺度 (CES-D) スケールの日本語版を用い評価し, CESD16 点以上を抑うつ症状ありと定義した。 ベースライン時の各血清アミノ酸濃度により対象者を三群に分け, 多重ロジスティック回帰分析により,各血清アミノ酸濃度三等分位最小群に対する他の群の抑うつ症状ありのオッズ比を算出した。【結果〕ベースライン時点での血清トリプトファン濃度打よびグルタミン酸濃度は 3 年後の抑うつ症状発症のリスクとは関連していなかった。血清アルギニン濃度が高いほど,抑うつ症状ありのオッズ比が増加する傾向を認めた(傾向性 $\mathrm{p}$ 値 =0.07). 血清アルギニン濃度が最も低い群に対する最も高い群のオッズ比は 1.65 (95\%信頼区間 0.96-2.83)であった. その他のアミノ酸は抑うつ症状と関連していなかった。〔結論〕日本人労働者において血清アミノ酸濃度は抑うつ症状発症のリスクとは関連していなかった。 基硙系教空研究発表会にて発表した内容は Miki T, Eguchi M, Kochi T, Fukunaga A, Chen S, Nanri A, et al.(2021) Prospective study on the association between serum amino acid profiles and depressive symptoms among the Japanese working population. PLoS ONE 16 (8): e0256337. https://doi.org/10.1371/journal.pone. 0256337 に揭載されている。 ## 7. 水中に存在するヒト DNAを用いた個人識別法の検討 (法医学) 町田光世・木林和彦 法医学では事件・事故の発生場所や死体が置かれていた場所の特定は重要な鑑定事項である.浴槽、プール,河川,海水浴場等の水中は溺水事故の発生場所であり,稀には死体投棄の場所にもなる. 溺水患者が水中から救出され病院に搬送された場合等では溺水の発生場所の特定が必要である.水中と臟器中のプランクトンの種類から溺水場所を調べることがあるが,浴槽やプールの水にプランクトンは通常含まれていない。水中から死亡者や他者の DNA を検出すれば死亡場所や死亡状況の特定につながると予想される. 本研究では入浴中の水に含まれるヒト DNA 量や DNA 分解指数,アリルピーク高など 11 変数を経時的に調べ,入浴時間に関連する変数を相関分析により検討した。 ボランティア 11 人が自宅浴槽内に入浴し,入浴前,入浴 1 分, 2 分, 5 分, 10 分後に浴槽内の水各 2 リットルを採取した。提供された浴槽内の水をガラス繊維ろ紙で ろ過しろろ紙を細断後QIAamp DNA Investigator kitで DNA を抽出した。 ヒトDNA 量は Kapa hgDNA Quantification kitの 41 bp の DNA 濃度を基にして算出し, DNA 分解指数は $41 \mathrm{bp}$ と $129 \mathrm{bp}$ の DNA を定量した後 $129 \mathrm{bp}$ : $41 \mathrm{bp}$ の比を計算した. 抽出した DNA は AmpFlSTR Identifiler Plus kit で増幅しSTR 解析を行った。 また,入浴時間に関連する変数の検討では多変数の相関分析を用い,各変数間の相関係数を算出した.本研究は本学倫理審査委員会の承認を得て実施した(承認番号 2021-0007) 入浴時間とヒト DNA 量の関係は相関係数 $\mathrm{r}=0.268$ で相関はほとんど認められなかった。また, 入浴時間と DNA 分解指数の関係は相関係数 $\mathrm{r}=0.694$ であり, 入浴時間が長いほど分解されていないDNA が増加した. さらに,入浴時間とアリルピーク高の関係は相関係数 $\mathrm{r}=$ 0.691 であり,入浴時間が長いほどアリルピーク高が高まる傾向を認めた。したがって,浴槽内の水に存在するヒト DNA の解析では, DNA 分解指数とアリルピーク高からヒトが水中に浸かっていた時間の推定が可能と考えられた。 ## 8. 脳神経系疾患の遺伝子解析 (総合医科学研究所) 赤川浩之 遺伝性疾患のなかには, 単一遺伝子の異常で発症するものの他, 遺伝子のバリエーションと環境要因の交絡によって発症に至る多因子疾患も含まれる. 発症に寄与する遺伝子の変化を特定するため,近年はいわゆる次世代シーケンシング (next generation sequencing : NGS) を用いるのが主流である.多数の遺伝子の配列情報を一度の解析で得ることが可能であるが,そのなかから疾患の発症に関わる遺伝子変化を特定したり,その遺伝子変化がいかにして遺伝子の機能に変化を及ぼし疾患発症に関わるのかを理解するために,生物情報学的なアプローチも必須である.本講演では,本学の脳神経内科および外科領域で扱う遺伝性疾患について本年に発表した論文の内容を中心に提示する。単一遺伝子疾患として「遺伝性ジストニア」(Clin Genet. 2022. doi: 10.1111/cge.14233.),多因子疾患として「脳動脈瘤」(PLoS One. 2022;17 (3): e0265359.)を代表的な解析例として取り上げる。十数遺伝子を対象としたターゲットリシーケンシングから網羅的な全遺伝子解析(全エクソーム・シーケンシング)までを実施しており,その後の情報解析と検証のための培養細胞実験についても供覧する。
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# 各領域における分子標的薬の役割 ## (1)がん領域における分子標的薬の役割 \author{ 東京女子医科大学化学療法・緩和ケア科 } クラモチビ゙カス (受理 2021 年 10 月 25 日) ## Molecular Targeted Drug (1) The Role of Molecular Targeted Drugs in Cancer Treatment ## Hidekazu Kuramochi Department of Chemotherapy and Palliative Care, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Recent advances in molecular biology have led to identification of molecules associated with carcinogenesis and the development of molecular-targeted drugs that selectively attack qualitative or quantitative molecular changes in cancer cells. Molecular-targeted drugs are classified into "small molecules" and "therapeutic monoclonal antibodies" due to these modalities' difference in molecular weight. Molecular-targeted therapy is often guided by clinically meaningful biomarkers, including the gain or loss of function in cancer-related target genes, which could occur due to point mutations, amplification events, fusions, or deletions. Potent therapeutic effects can be expected from targeting mutations, called driver mutations, which directly underlie carcinogenesis, using corresponding molecular-targeted drugs. In recent years, the development of next-generation sequencing technologies has made it possible to quantitate expression of hundreds of gene sequences at once, and an oncogene panel containing genes related to cancer has been approved for coverage by the national health insurance in Japan. Precision Medicine is medical care designed to optimize efficiency or therapeutic benefits for particular patient groups or individual patients using genetic or molecular profiling. Precision medicine is finally underway in Japan due to recent advances in the development of molecular-targeted drugs and development of affordable diagnostic methods. Keywords: molecular targeted drug, monoclonal antibody drug, driver mutation, biomarker, comprehensive genome profiling ## はじめに 分子標的薬ががん領域において本邦で初めて承認 されてから 20 年が経過している。この 20 年の間にがんの標準治療は大きく変化したが, その大部分は分子標的薬剤の開発による進歩である.例えば大腸癌の治療を例にとると, 現在のガイドライン $(2019$年版) ${ }^{1}$ において推奖されているレジメンに含まれる薬剤のうち, 殺細胞性抗がん剤はこの 20 年以内で新 [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.92.1_1 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. Characterization of monoclonal antibody drugs. (adapted with permission from reference 4) たに本邦において承認された薬剤が 3 種類であるのに対し,分子標的薬は 7 種類が承認されており,治療のなかで重要な位置を占めている。肝細胞癌, 腎細胞癌, 悪性黑色腫などは従来抗がん剂がほとんど効かないがんと考えられていたが,分子標的薬の登場により大きく治療が変化しており,これらの癌腫において現在承認されている全身化学療法薬のほぼ大部分が分子標的薬剤である. 肺癌も上皮成長因子受容体 (epidermal growth factor receptor:EGFR)阻害薬を始めとした分子標的薬剤と免疫チェックポイント阻害薬(広義ではこれも分子標的薬である) により,切除不能症例においても生存期間は著しく延長している2). 現在様々な癌腫において分子標的薬は単独あるいは殺細胞性抗がん剂との併用で広く使われており,新規に開発される薬剤も大部分が分子標的薬である. 分子標的薬は現在,がんを始めとして炎症性腸疾患, 膠原病などの疾患の治療に幅広く用いられているが,圧倒的に多く開発されているのは抗悪性腫瘍薬であるため, 本稿ではがん領域に絞って分子標的薬について解説をしていく. ## 分子標的薬とは 近年, 分子生物学の進歩により, 様々な疾患において薬剤の開発は大きく変化してきている. がんを例にとると, 従来の抗がん剂(殺細胞性抗がん剂)ががん細胞そのものの死滅を目的としていたのに対して,がん細胞に生じた質的もしくは量的な分子変化を選択的に攻撃する薬剤が開発され分子標的薬剤と呼ばれている。分子標的薬は明確な治療標的となる分子が存在し,それを標的として開発されるため,標的分子をコードする遺伝子やその関連遺伝子の塩基置換や増幅,消失,転座や融合などにより効果に明確な違いがあることが多く, 臨床的に有意義なバイオマーカーを持つことが多い.確立したバイオマーカーを有する薬剤では治療の効果を事前に予想することができ,無用な使用を避けることができるメリットがある. ## 分子標的薬の分類 分子標的薬は分子量の違いにより「低分子化合物」 と,「モノクローナル抗体薬」に大別される ${ }^{3}$. ## 1. 低分子化合物 低分子化合物は分子量 $500 \mathrm{Da}$ 程度の小分子であり,化学的に合成されるものがほとんどである。分子量が小さいため脳血管関門を通過しやすい,標的遺伝子に対する特異性は抗体薬ほど高くないため,様々なシグナル伝達経路を同時に阻害できる特徴がある。半減期は数時間程度と短く, 投与経路としては経口投与が可能である。がん治療において標的に対する阻害薬の薬剤は一般名の語尾に “-ib” がつけられる。例えばチロシンキナーゼ阻害薬の語尾には 「〜チニブ (-tinib)」が用いられる. ## 2. モノクローナル抗体薬 モノクローナル抗体はタンパク質から構成される $150 \mathrm{kDa}$ 程度の大きな分子量を持ち, 遺伝子組み換えを用いた手法により作製される。ヒト抗体の割合に応じて, 少ない順にキメラ抗体 (-ximab), ヒト化抗体 (-zumab), 完全ヒ卜抗体 (-umab) に分けられる $(\text { Figure 1 })^{4)}$.一般的にはヒト抗体の割合が多いほうがアレルギー反応は少ない。モノクローナル抗 体は分子量が大きいので,通常がん細胞内には取り达まれず,細胞外や細胞表面の受容体などの分子のみを標的とし標的分子に対する高い特異性を持つ。 半減期が「日」単位と長く, 一度投与すると長く体内に留まる傾向がある。腎排泄ではないので一般的に腎機能低下症例にも使用しやすい。投与経路は点滴静注のみである。モノクローナル抗体薬の一般名の語尾には “-mab”が用いられる。モノクローナル抗体薬では抗体依存性細胞介在性細胞傷害作用 ( antibody-dependent cell-mediated cytotoxicity: ADCC)や補体依存性細胞傷害作用(complementdependent cytotoxicity : CDC)をもち薬効に関与しているものがある". ## 分子標的薬とバイオマーカー がんは遺伝子の変異によって引き起こされる疾患である。遺伝子の変異は先天的に親から引き継ぐ変異(生殖細胞性変異)もあるが,食生活,嗜好品,感染,慢性炎症などによって後天的に引き起こされるもの(体細胞性変異)もある.遺伝子変異のなかには,がん化の直接的な原因になっている遺伝子変異(ドライバー変異)と,がん化と直接の関係がない変異(パッセンジャー変異)があり, ドライバー 変異としてはがん化の引き金となるがん遺伝子の活性型変異や,がんを抑制する働きがあるがん抑制遺伝子の不活性型変異がある. これらのドライバー変異, 特にがん遺伝子の活性型変異は治療の対象となりやすく,その分子を阻害する作用をもつ分子標的薬が開発されることにより,従来の抗がん剤では得られなかったような劇的な治療効果を得ることができる場合がある。分子標的薬剤において,標的となる遺伝子やその作用経路にある遺伝子に機能亢進もしくは機能消失に関わる遺伝子変異があることは治療の効果を予測するためのバイオマーカーである. ここでは EGFR 遺伝子を例にして解説する. ## 1. EGFR とは EGFR は HER1, erbB1とも呼ばれる $170 \mathrm{kDa} の$膜貫通型糖蛋白受容体チロシンキナーゼである ${ }^{5}$. EGFR は, 細胞外から上皮成長因子 (epidermal growth factor: EGF), amphiregulin, epiregulin などのリガンドが結合すると, EGFR もしくは他の HER ファミリー分子との二量体を形成し, 細胞内千ロシンキナーゼドメインの自己リン酸化を介して活性化され,下流へのシグナル伝達が起こる。下流のシグナル経路としてはRAS/RAF/MAPK 経路,PI 3K/AKT/MTOR 経路,JAK/STAT 経路などが存在する. EGFR は細胞の増殖に関連する分子であり, がん細胞においてはがんの増殖,転移に関わっている. EGFR は様々ながん種で過剩発現していることが知られている。 ## 2. EGFR とチロシンキナーゼ阻害薬(tyrosine kinase inhibitor : TKI) EGFR の阻害剂として開発された最初の小分子化合物であるゲフィチニブ (Gefitinib) は非小細胞肺癌の治療薬として 2002 年に承認された。発売当初は 「手術不能又は再発非小細胞肺癌」を適応としていたがその効果は限局的であり奏効率は 10 19\% 程度であった ${ }^{677)}$.その後の研究において, この薬片の効果はアジア人, 女性, 非喫煙者, 腺癌に多いことが観察されていたが, 2004 年に Lynch らが, ゲフィチニブの奏効例にはその大部分に体細胞性の EGFR 遺伝子変異が存在することを報告した ${ }^{8}$. EGFR 変異は単一の変異ではなく, 小さなインフレーム変異やアミノ酸置換を伴う変異がチロシンキナーゼドメインの ATP 結合ポケット付近に存在することが報告された(Figure 2) ${ }^{9}$. アジアで行われた第 3 相試験である IPASS 試験においてはゲフィチニブと従来の殺細胞性抗がん剂 (カルボプラチン+パクリタキセル) が直接比較されたが,EGFR 変異を有する患者群においてはゲフィチニブ投与群が殺細胞性抗がん剂投与群に比べ有意に無増悪生存期間を延長したのに対して,EGFR変異を認めなかった患者においては効果が逆転し, 有意に予後不良であった ${ }^{10}$. 本試験において EGFR 変異患者におけるゲフィチニブの奏効率は $71.2 \%$ であったが,変異除性患者においてはその奏効率は $1.1 \%$ であった。 その後複数の臨床試験でこのエビデンスが確認され,この結果を受けて 2011 年には本薬剤の本邦での適応症が「EGFR 変異陽性の手術不能又は再発非小細胞肺癌」に変更されている。この発見により EGFR変異を有する患者の予後が著明に改善するとともに, この薬剤に無効な患者を識別することにより無効な投与による有害事象の増加や医療経済への圧迫を抑えることができるようになった。 ## 3. EGFR とモノクローナル抗体薬 EGFR は大腸癌においても過剩発現が認められており,大腸癌においても重要な治療のターゲットである。先に述べた EGFR 阻害剤(小分子化合物)は大腸癌においても開発が行われたが治療効果は十分ではなく,これは大腸癌においては EGFR 変異がほとんど存在しないためであると推察されだため, Figure 2. Structure of the epidermal growth factor receptor (EGFR) and frequency of EGFR mutations in lung cancer. Locations of representative mutations have been mapped onto the protein sequence of the EGFR kinase domain. (adapted from reference 9/CC BY-NC-ND) 大腸癌においては細胞外から EGFRを阻害するモノクローナル抗体薬の開発が進められた. EGFR の細胞外ドメインに結合するキメラ型モノクローナル抗体薬であるセツキシマブ(Cetuximab) は切除不能大腸癌に対する治療効果が認められ22,2008 年に本邦で製造承認された. 当時の適応症は「EGFR 陽性の治瘉切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」であったが, その後の研究により, EGFR 経路の下流に位置する KRAS 遺伝子のエクソン 2 のコドン 12 もしくは 13 に点変異を有する症例においては治療効果が認められないことが明らかとなった ${ }^{1314)}$.これらの変異は KRAS の活性型変異であり,これにより恒常的に KRAS の下流のシグナルが活性化してしまうため, 上流の EGFR を阻害しても治療効果が得られないものと解釈されている (Figure 3)。この結果を受けて 2010 年に発売された完全ヒト抗体型の抗 EGFR 抗体薬であるパニツムマブ (Panitumumabu) では適応症が「KRAS 遺伝子野生型の治瘉切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」となった. その後, エクソン 2 以外にエクソン 3,4 における変異や NRAS 遺伝子の変異においても同様の結果が報告さ $れ^{15)}$ ,現在ではセツキシマブ,パニツムマブともに RAS(KRAS, NRAS)遺伝子野生型切除不能大腸癌のみが適応となっている. このように肺癌におけるEGFR 変異がEGFRTKI の有効例を予測するポジティブバイオマー カーであるのに対して, 大腸癌におけるRAS 変異は抗 EGFR 抗体薬の無効症例を予測するためのネガティブバイオマーカーであり,これらのバイオマー カーによって対象症例の奏効の確率を上げるとともに,無効症例への投与の回避が可能となった。従来の殺細胞性抗がん剂においてもバイオマーカーは研究されていたが,これほどの効果例,無効例を明確に予測しうるマーカーは存在せず,臨床における有 ## EGFR pathway Figure 3. The EGFR pathway. The main downstream signaling pathway of EGFR is the RAS/RAF/MAPK pathway. When the RAS gene contains an activating mutation, pathway components downstream of RAS is are constantly activated, rendering anti-EGFR antibodies ineffective. 用性には結びつかなかった. 分子標的薬剤の時代になり,より選択的に患者個々に合わせた治療が可能となってきている. ## 分子標的薬とがんゲノム医療 分子標的薬の開発の進歩とともに,様々なバイオマーカーが判明してきている。これらのマーカーになる遺伝子変異を個々の検查で別々に測定することは時間的にも経済的にも無駅が多く,限られた検体量の場合は測定可能なマーカー数も限られる. 近年,次世代シーケンサーの開発により, 数百個の遺伝子配列を一度に測定することが可能となり,がんに関連した遺伝子を載せたがん遺伝子パネルが実用化している. 2019 年には保険収載されて, 標準治療終了見达みの患者, 希少がんや原発不明がんの患者に対して保険での測定が可能となった。 がん遺伝子パネル検査や全エクソン検查による網羅的な遺伝子変異の測定を行い, 一人一人のがんの性質に合わせた治療などを行う医療を“Precision Medicine”と呼び,日本では “がんゲノム医療”という言葉が使われている。これによりドライバー遺伝子変異が検出され,それに対応した薬剤が開発されていれば治験参加などにより治療の可能性が広がることになる。すでに稀な遺伝子変異に対する分子標的薬剤のいくつかは保険承認され, 遺伝子パネル等による変異の確認を条件に保険で使用できるよう になっている. ## 1. NTRK 阻害薬 TRK は神経細胞の分化や維持に関わる蛋白質であり,それをコードする遺伝子が NTRK 遺伝子である. NTRK 遺伝子ファミリーとして NTRK1-3 までが知られているが,これらの遺伝子は他の遺伝子との融合(fusion)を来すことによりがん化のドライバーとなりうることが知られている。NTRK遺伝子融合は唓液腺分泌がんなどの希少がんでは頻度が高い $(80 \sim 100 \%)$ 癌腫もあるが, 非小細胞肺癌では $0.2 \sim 3.3 \%$, 大腸癌では $0.5 \sim 1.5 \%$, 膵癌では $0.4 \%$ などと報告されており ${ }^{16}$, 非常に稀な変異である。この変異を有するがんには 2021 年 9 月現在でエヌトレクチニブ,ラロトレクチニブ硫酸塩という 2 種類の分子標的薬剤が保険収載されており, 発生臟器に関わらず使用が可能である ${ }^{17187}$. いずれの薬剤も $50 \%$ を超える高い奏効率を示している。 ## 2. FGFR 阻害片 線維芽細胞増殖因子受容体 (fibroblast growth factor receptor:FGFR)は血管新生や細胞増殖に関わる分子であり,コードする遺伝子は FGFR1-4の 4 種類からなる.FGFRに融合遺伝子が発生すると強いがんドライバー変異となることが知られており,胆道癌, そのなかでも特に肝内胆管癌においてはこの FGFR 遺伝子融合が比較的高頻度に認められてい る. FGFR 遺伝子変異を標的とした FGFR 阻害剤は多数開発されているが,本邦においては 2021 年 7 月に小分子化合物であるぺミガチニブ (Pemigatinib) が「がん化学療法後に増悪した FGFR2 融合遺伝子陽性の治瘉切除不能な胆道癌」に対して保険承認されている ${ }^{19}$. 使用に際しては遺伝子パネル検査による FGFR2 融合遺伝子変異の確認が必要である. 遺伝子パネル検查の発達により,従来であれば測定できなかった希少な遺伝子変異の検出が可能となってきており, 従来の発生臟器による一律的な薬剂選択ではなく, 患者個々のゲノム情報に基づく個別化医療が実現するようになってきている。いまだ測定遺伝子に対して薬片開発が十分でなく, 投与できる手段も限られているが今後の整備が期待されるところである. ## おわりに 分子標的薬の登場により,がんの薬物療法は大きく進化してきている. 分子標的薬は標的とする分子によりそれぞれ異なった有害事象を呈するため,その使用に際しては十分な知識と経験が必要である。複雑化する薬物療法に関して最新の情報を集め,安全に投与を行うためにはがん薬物療法を専門とする医師 (Oncologist) の存在が必須であるが,本邦においてはまだ絶対的に Oncologist は不足している. 長期的な視野による学生, 研修医の時期からの人材育成が急務であると考える。 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1)「大腸癌治療ガイドライン医師用 2019 年版」(大腸癌研究会編),金原出版,東京 (2019) 2)「新臨床腫瘍学(改訂第 6 版) 」(日本臨床腫瘍学会編),南江堂,東京 (2021) 3)「分子標的治療薬:最新の選び方・使い方」(石岡千加史編), 総合医学社, 東京 (2011) 4)石川和宏:(特集腎疾患氾打子分子標的薬)分子標的薬とは:総論. 日腎会誌 $\mathbf{5 4}(5) : 561-573$, 2012. https://jsn.or.jp/journal/document/54_5/561573.pdf (Accessed September 26, 2021) 5)日本臨床腫瘍学会:「大腸がん患者における RAS 遺伝子(KRAS/NRAS 遗伝子)変異の測定に関するガイダンス (第 2 版)」, (2014). https://www.jsmo. or.jp/about/doc/RAS_guidance_coi.pdf ( Accessed September 26, 2021) 6) Kris MG, Natale RB, Herbst RS et al: Efficacy of gefitinib, an inhibitor of the epidermal growth factor receptor tyrosine kinase, in symptomatic patients with non-small cell lung cancer: a randomized trial. 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Tokyo Women's Medical University
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# 第 87 回東京女子医科大学学会総会公開シンポジウム 「私たちは COVID-19 パンデミックをどのように乗り越えてきたのか?」 COVID-19 の日本と世界の疫学的特徴と対応 東北大学大学院医学系研究科微生物学分野 押谷 仁 } (受理 2022 年 1 月 5 日) ## The 87th Annual Meeting of the Society of Tokyo Women's Medical University's Symposium on \\ "How Have We Made a Collective Response to the COVID-19 Pandemic in Japan?" Coronavirus Disease 2019 Epidemiology and Response in Japan and the World ## Hitoshi Oshitani Tohoku University Graduate School of Medicine, Miyagi, Japan Coronavirus disease 2019 (COVID-19) has spread worldwide, and the number of cases and deaths is still increasing: it has also made a significant impact in Japan. The causative agent of COVID-19 is SARS-coronavirus-2 (SARS-CoV-2), closely related to SARS-CoV, the causative agent of severe acute respiratory syndrome (SARS). However, epidemiological patterns of SARS and COVID-19 are different. As of November 2021, over 1.7 million cases, with over 18,000 deaths, have been reported in Japan. There have been five COVID-19 outbreaks in Japan between January 2020 and November 2021. Each outbreak showed different epidemiological characteristics. Almost all countries globally have experienced a significant impact of COVID-19, with the intensity of effects varying between countries. In general, high-income countries in Europe and North America and middle-income countries have higher incidence and mortality per population compared with low-income countries. The exact reasons for such a difference are currently unknown. Japan has lower incidence and mortality per population than most other high-income countries. Keywords: COVID-19, epidemiology, response, Japan, world ## はじめに 2019 年末までに中国の武漢で始まったと考えられる新型コロナウイルス (COVID-19) の流行は世界中に拡大し, 2021 年 1 月 30 日には世界保健機関 (World Health Organization : WHO) が Public Health Emergency of International Concern (緊急事態)を宣言し, 3 月 11 日にはこの流行がパンデミックの状態にあると考えられると発表した. 2021 年 11 月初めの時点で世界各国から 2 億 5 千万人以上の感染者と 500 万人以上の死亡者が WHO に報告されているが,いずれも実際の数はこれよりもはるかに多いと考えられている。国内でも第 1 波から第 5 波 野 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.1_26 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. } の主に 5 つの流行が起こり,これまでに 170 万人以上の感染者と 1 万 8 千人以上の死亡者が確認されている。ここでは COVID-19が,日本国内および世界でこのような事態に至った背景と経緯をまとめていきたい. ## COVID-19 の原因ウイルスとその出現の背景 COVID-19 の最初のヒトでの感染は 2019 年末までに確認されていた11). COVID-19 の原因ウイルスは中国の研究者によって, 2002 年から 2003 年にかけて国際的な流行を起こした重症急性呼吸器症候群 (severe acute respiratory syndrome : SARS) の原因ウイルスである SARS コロナウイルス(SARS$\mathrm{CoV})$ と近縁のウイルスである SARS-CoV-2 であることが同定され, 全遺伝子配列が 2020 年 1 月初旬には発表されていた2). SARS-CoVも SARS-CoV-2 も自然宿主はコウモリであると考えられている3). SARS-CoV はハクビシンが中間宿主だった可能性が示唆されているが4,2021 年 11 月初旬の時点で中間宿主が存在していたのかを含め, SARS-CoV-2 がヒトに伝播した経緯についてはわかっていない. SARS-CoV は中国南部の広東省で最初のヒトの感染が確認されたが, SARS-CoV-2の最初のヒトでの感染も中国湖北省の武漢で確認されている。これは中国では南部を中心に多くのコロナウイルスがコウモリの中に存在していることや゙), 野生動物が市場 (Wet Market)で取引されていることなどが関連していると考えられている. ## COVID-19 がパンデミックを起こした理由 上記のように SARS と COVID-19 の原因ウイルスはウイルス学的には近縁のコロナウイルスであるが,そのインパクトは大きく異なっている. 2002 年 11 月に最初のヒ卜の感染が確認されたとされる SARS は 2003 年の 7 月までに世界的な封じ达め (Global Containment)を達成することができだ.これに対して COVID-19 はその最初の報告から 2 年近くが経過するのにも関わらず収束の兆しさえ見えていない.このような違いが生じたことにはさまざまな要因が関与していると考えられる。ここではウイルス学的要因・社会的要因について考えてみたい. ## 1. ウイルス学的要因 SARS-CoV \& SARS-CoV-2 も angiotensinconverting enzyme-2 (ACE-2)をレセプターとしていることがわかっており, ウイルスの $\mathrm{S}$ タンパク上に存在するレセプターと結合する receptor binging domain (RBD) の構造も基本的には共通であることが示されている8). しかし, SARS-CoV が主に下気道で増殖していたのに対し9), SARS-CoV-2 は下気道のみではなく上気道でも効率よく増殖することが知られている ${ }^{10}$. さらに SARS-CoV ではウイルスの排出量は発症後 10 日程度でピークに達するが"11), SARS$\mathrm{CoV}-2$ では発症初期にそのピークがあることがわかっている ${ }^{12}$. さらに SARS-CoVでは主に重症化した感染者から伝播が起きたと考えられているが, SARS-CoV-2 では発症前の伝播 (pre-symptomatic transmission) や発症直後の軽度の症状しかない時期の伝播, さらにまったく無症状の感染者からの伝播 (asymptomatic transmission) も起きると考えられているる ${ }^{13144}$.このような違いがあるために, SARS では主に下気道のウイルスを人為的に体外に放出するような気管内挿管などのいわゆる aerosol generating proceduresによって主に院内感染として伝播が起きたのに対し ${ }^{1516)}$, COVID-19 では市中感染が多く, しかも症状を自覚しないような感染者から感染が拡大する可能性があることがCOVID-19 のコントロールを非常に難しくしている.数理モデルによる解析でも, COVID-19のような pre-symptomatic transmission や asymptomatic transmission を起こすような感染症のコントロールは困難であることが示されている ${ }^{17}$. ## 2. 社会的要因 SARS と異なり COVID-19 がパンデミックを起こしたもう 1 つの重要な要因が社会的要因である. 特に SARS 流行が拡散した 2003 年と COVID-19 が世界に広がった 2020 年を比べると, グローバル化の進展により世界の人の移動のパターンが大きく変わっていたことがCOVID-19 の伝播に大きな影響を及ぼしたと考えられる。SARS は中国本土以外にも香港・台湾・ベトナム・シンガポール・カナダなどで流行が認められたが, このうち台湾を除く国や地域への拡散は 1 人の感染者が広東省から香港にバスで移動し, 香港のホテルで感染を拡げたことによるものであることがわかっている ${ }^{18} .2003$ 年当時は中国本土からは海外に渡航する人の数も少なく, 海外からのビジネスなどでの中国への渡航も比較的少なかった.これに対してCOVID-19の拡散が起きた 2020 年には, 中国の経済発展により中国の国内外一の旅行者数が爆発的に増加し,かつ中国をビジネスなどで訪問したり滞在したりする外国人の数も飛躍的に増えていた。このような社会的背景があり, Figure 1. Daily newly confirmed COVID-19 cases in Japan between January 16, 2020 November 26, 2020, based on the Ministry of Health, Labor and Welfare "Visualizing the data: information on COVID-19 infections" as of November 26, 2021. COVID-19 は短期間に中国国内だけではなく世界の多くの国に広がっていったと考えられる ${ }^{19}$. ## COVID-19 の日本国内での疫学状況と対応 国内では 2020 年 1 月 15 日に最初の感染例が確認されてから 2021 年 11 月中旬までに 170 万人を超える感染者と 1 万 8 千人以上の死亡が報告されている。この間, Figure 1 に示したように,第 1 波から第 5 波までの 5 つの流行を経験してきている.ここでは第 1 波から第 5 波までの疫学的状況と国内での対応をまとめていきたい. ## 1. 第 1 波の流行 国内で確認された COVID-19 の最初の例は,2020 年 1 月 3 日に発症し 1 月 6 日に中国から入国した男性であり, 1 月 15 日に感染が確認された例である ${ }^{20}$. その後も, 中国からの渡航者や渡航者と接触したと考えられる人での感染が相次いで確認された. また, 2 月に入ると横浜港に寄港したクルーズ船での大規模な流行や武漢からのチャーター便で帰国した邦人の対応に追われることになる. 2 月 13 日以降に,全国各地で相次いで渡航歴がなく,しかも感染源のわからない症例が相次いで報告される ${ }^{211}$.これは, 中国から流入していたウイルスが検知されないままに国内でも伝播していたことを示すものである. このような事態を受け, 2 月 25 日には加藤厚生労働大臣(当時)の指示で厚生労働省内にクラスター 対策班が設置される。クラスター対策班が設置され た時点で,すでに中国の感染者数は 7 万例を超えており, 韓国やイタリアでも大規模な感染拡大の兆候が見られるなど,国内での流行が起こる可能性が高まっている状況であった. その直後の 2 月 27 日までに北海道の札幌以外の場所で感染者が数多く報告された.この時点では札幌の感染者数は少なかったものの, 北海道の感染例の分布から札幌に検知されていないクラスターが存在しそれが北海道各地への伝播の原因となっているのではないかと考えられ $た^{22)}$.このため, 北海道知事が特別措置法に基づかない独自の緊急事態宣言をし, 週末の外出自肃要請などを行った。北海道以外にも 2 月末までに千葉県・東京都・神奈川県・愛知県・和歌山県で 10 人以上の感染者が確認されていた。国内では初期の症例の多くが検出されていたこともあり,3月中旬までに流行がいったんは収束方向に向かっていた.国立感染症研究所が実施したウイルスの遺伝子解析でも 3 月中旬までに武漢由来株による感染拡大はほぼ収束していたことが示されている23).しかし, 3 月中旬以降ヨーロッパ諸国・アメリカ・東南アジア諸国・エジプトなどからの輸入例が急激に増え,それにより 3 月中旬以降感染拡大につながったことがわかっている ${ }^{24)}$ このために 4 月 7 日には最初の緊急事態宣言が東京など 9 都府県に発令され,さらに 4 月 15 日には全国が緊急事態宣言の対象地域とされた。 この流行では国内の検査体制や病床確保・治療体 Table 1. Newly confirmed COVID-19 cases, deaths, and proportion of deaths in Japan during each wave of the outbreak. Based on the data from the Ministry of Health, Labor and Welfare ("Visualizing the data: information on COVID-19 infections" as of November 26, 2021). 制などが十分でなかったこともあり,多くの混乱が生じた.準備や対応が十分でなかった病院や高齢者施設も多く, 院内感染や高齢者施設での大規模な流行も起き,高齢者を中心に多くの人が亡くなった. 2020 年 1 月から 5 月の死亡割合は, $5.3 \%$ とその後の流行に比べて非常に高い割合であった(Table 1). 日本の緊急事態宣言には欧米や中国で行われたロックダウンと違い, 法的強制力を持たないものであり市民の自発的な行動変容に依存するものであったが,目標とした接触の 8 割削減には至らなかったものの, かなりの程度の行動変容が達成され 4 月中旬以降は感染者が減少し, 心配されたゴールデンウィークのリバウンドも起こらず 5 月 25 日にはすべての地域が緊急事態宣言の対象地域から除外された. ## 2. 第 2 波の流行 2020 年 5 月下旬から 6 月中旬までは国内の感染者数は低いレベルで推移したが,1 日あたりの感染者数は 50 人程度となっており, ウイルスの伝播は継続していたと考えられる。 5 月 26 日から 6 月 24 日までの 1 週間の感染者数の $53.0 \%(739 / 1,395)$ が東京都からの報告であり,東京に感染連鎖が継続していたと考えられる. 国立感染症研究所のゲノム解析からもこの間に国内に残存していたウイルスが全国に伝播していった可能性が高いことが示されている25. 特にこの流行では大都市圈のいわゆる接待を伴う飲食店でのクラスターが多く発生したことが確認されており ${ }^{26}$, このような場でのウイルス伝播が感染連鎖の持続に一定の役割を果たしたと考えられる. その後, 6 月下旬以降流行は首都圈だけではなく,中部・近畿・九州・沖縄などの地域に拡大し 7 月末には 1 日の感染者数が 1,000 人を超えるレベルまでに達する。この第 2 波の流行では, 感染者数は第 1波よりもはるかに多かったのにもかかわらず,死亡者数は第 1 波よりも少なく(Table 1),6月から 9 月の死亡割合は $1.0 \%$ と第 1 波と比べて顕著に減少していた。これは第 2 波の感染者の主体が重症化しにくい若年層であったことと, 抗ウイルス薬やステロイドなどの重症例の治療方法が確立していったこと, 病床の拡充が進んだこと, 病院や高齢者施設などでの予防策や早期対応が可能となったことなどによるものだと考えられる。 ## 3. 第 3 波の流行 10 月末までは 1 日の感染者数がお打むね 500 人前後で推移していたが, 11 月に入ると首都圈だではなく北海道・中京・関西などでも感染が拡大し, 1 日の全国の感染者数が再度 1,000 人を超えるようになる. COVID-19 の季節性については現在もはっきりしたことはわかっていないが,他の呼吸器ウイルスの季節性から考えて, 冬に向けて感染が拡大することが懸念されていた。さらにこの時点までの知見から大人数での会食の場などが主要な感染拡大の場であることがわかっており,忘年会やクリスマス・年末年始などそういった機会が増加する 12 月に向けて感染者をできるだけ減らしておく必要もあった.このため分科会ではこの時点で感染者をできるだけ減らしておくことが必要であるという提言を出していた. 新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が「勝負の 3 週間」として強調していたのがこの時期にあたる。このために特に首都圈での積極的な時短要請の必要性などについても繰り返し提言していた。しかし, 時短要請は 11 月 28 日までなされず,しかも東京都など首都圈の時短要請は 22 時までという不十分なものであった. そのような状況のまま 12 月を迎え, 全国的に感染者は増加傾向に向かっていき,12月 12 日には全国の感染者数が 3,000 人を超えるまでに増加することになった.特に東京都の感染者数は大きく増加し, 12 月 31 日 には東京都の感染者数が 1,300 人を超えるまでになる.このような状況を受け,2021 年 1 月 7 日に首都圈の 1 都 3 県を対象とする緊急事態宣言が出され, 1 月 8 日には大阪府・愛知県・福岡県などを含む, 7 府県も緊急事態宣言の対象地域に加えられた。 この第 3 波では特に首都圈では保健所や医療のひっ迫が顕著で多くの死亡者も発生した。例えば東京では 2021 年 11 月末までの死亡者のうち $40 \%$ 以上が 2020 年 12 月から 2021 年 3 月の間に発生したことになる. ## 4. 第 4 波の流行 第 3 波の流行では関西の感染者数は首都圈に比べて少なかったこともあり, 大阪府・兵庫県などは首都圈に比べ早く緊急事態宣言が 3 月 1 日に解除された.しかし,それ以降関西では英国で発生したと考えられるアルファ株が急速に拡大していった. 特に 3 月後半以降感染者の増加傾向が顕著で, 4 月に入ると重症者・死亡者も急激に増えていくことになる。首都圈などでも感染者が増加傾向に向かい, 4 月 25 日に東京・京都・大阪・兵庫を対象とする緊急事態宣言が出された。この時点では, 国内ではまだ高齢者のワクチン接種がほとんど進んでいなかったこともあり,高齢者を中心に死亡者も多く発生するという事態が生じた (Table 1),特に大阪府・兵庫県ではこの第 4 波で多くの死亡者が発生した. 一方で首都圈では第 3 波の緊急事態宣言解除が遅かったことなどもあり関西に比べると重症者・死亡者は少ない状況であった.さらに第 4 波では沖縄県では人口あたりの感染者数は非常に高いレベルで推移していた. ## 5. 第 5 波の流行 第 4 波の全国的な流行は 6 月中旬までには感染者数が減少傾向に向かうが感染者数が十分に下がらない状態で 6 月 20 日には沖縄県を除く都道府県の緊急事態宣言は解除された。しかし, 緊急事態宣言解除後感染は再度拡大し, 特に 7 月に入ると東京で感染者の増加が顕著となり, 7 月 12 日から東京都が緊急事態宣言対象地域に再度指定された。さらに感染は全国に広がり,8月に入ると多くの府県が緊急事態宣言の対象地域に加えられた。 第 5 波の感染拡大の原因としては, いくつかの要因が考えられる.1つ目の要因としては, デル夕株への置き換わりがある. それまで流行していたアルファ株と比べてもデルタ株の感染性はより高いとされている ${ }^{27} .7$ 月以降急速にデル夕株が広がっていっ たことは大規模な感染拡大が起きた大きな要因だと考えられる. 2 つ目の要因としては, 夏休み・7月の 4 連休・8月の 4 連休・打盆と普段会わないような人と会うような機会が続いたことが考えられる. さらに東京オリンピックの開催などもあり, 緊急事態宣言によっても十分な行動変容が起きなかったことも要因として考えられる。 第 5 波の流行では,高齢者の多くはすでにワクチンを 2 回接種済みだったが, 65 歳未満の人たちのワクチン接種率は低い状況であった。このため, 30 代から 60 代前半の年齢層で重症者が多発した. さらに,それまでの 1 日の国内の感染者数は 1 万人を超えることがなかったのに対し,第 5 波では 7 月下旬に 1 日の感染者数が初めて 1 万人を超え, 8 月中旬にはそれが2万人を大きく超えるまでに増加した。 このため首都圈を中心として入院調整が困難な事例が多発し, 医療のひっ迫が顕著に見られた。しかし,高齢者のワクチン接種が進んでいたこともありここの期間の死亡者数は感染者数に比べて少なく死亡割合としてはこれまでの流行の波に比べて低かった (Table 1). ## 世界各国との比較 各国の COVID-19 の感染者数や死亡者数については, サーベイランスの方法・症例定義・検査の対象などが違い単純に比較することはできないが, Figure 2 は WHO の発表しているデー夕に基づいて一部の国々の人口あたりの感染者・死亡者を比較したものである。ここまでは欧米の先進国やブラジル・南アフリカ・インドなどの新興国が人口あたりの感染者・死亡者が多い状況となっている. アジアではマレーシア・インドネシア・フィリピンなどでは当初から大規模な感染拡大が起き,人口あたりの感染者数・死亡者数がかなりの数に上っている。これに対し,夕イ・ベトナム・シンガポール・韓国などでは当初流行の制御に成功し, さらに日本よりも厳格な検疫対策がなされたこともあり 2021 年の前半までは感染者数も死亡者数も少なく推移してきた.しかし, 2021 年 7 月以降これらの国々でも感染の拡大傾向が見られ,人口あたりの感染者数・死亡者数も増加傾向にある。韓国では当初の流行を早期に制御し, その後も日本に比べ感染者・死亡者が少ない状況で推移してきていたが, 2021 年 9 月以降感染拡大傾向が続いており, 感染者数・死亡者数も増加傾向にある.これに対して, HIV・結核・マラリアのいわゆる 3 大感染症を始めとして,これまで多く Figure 2. COVID-19 cases (upper figure) and deaths (lower figure) per one million population. Based on the data of WHO Coronavirus (COVID-19) Dashboard as of November 26, 2021. の感染症で大きな被害を受けてきたサハラ以南のアフリカ諸国では,南アフリカを除くと感染者・死亡者がここまでは先進国などに比べて少ない状況で推移してきている. この理由については, サハラ以南のアフリカ諸国では重症者・死亡者の大半を占める高齢者の人口に占める割合が少ないこと ${ }^{28}$, これまでにエボラウイルス病などのさまざまな感染症対応の経験が豊富であること ${ }^{29}$, 季節性のヒトコロナウイルスと交差反応する抗体が存在していたこと ${ }^{30}$ などが指摘されているが正確な理由はよくわかっていない。さらにアジア・アフリカの国々ではワクチン接種率が低い国々が多く, 今後の被害が拡大していく可能性も残されている. 逆に欧米の先進国で非常に大きな被害が生じている理由についても十分な説得力を持った説明はなされていない。サハラ以南のアフリカ諸国やアジアに比べて先進国では,一般に高齢者が多いことや高齢者施設が多いことは人口あたりの死亡者数が多いことと関連していると考えられているが311), 日本や韓国のような高齢化率の高いアジアの国では欧米先進国に比べて人口あたりの死亡者が少ないことはそれでは説明ができない ${ }^{32}$. 欧米先進国では 2020 年の 3 月から 4 月にすでに大きな被害をもたらすような流行が起きている.特にイタリアのミラノを含むロンバルディア州やアメリカのニューヨークなどでは多くの感染者が発生し,医療崩壊というべき状況に陥り多くの死亡者が発生する事態が起きている。この背景にはイタリアア3 でもアメリカ ${ }^{3435}$ でも早期の感染事例の検知が遅れたことが対応の遅れにつながった可能性が指摘されている. COVID-19 に対して,海外においては封じ达めを目指したロックダウンなどの強力な対策が取られてきたが,日本では法的にもロックダウンといった措 置を実施することは困難であり,さらに封じ达めは困難だという認識のもとに当初よりロックダウンなどの措置は取られてこなかった.強力なロックダウンを選択した国では,それを持続することができずにロックダウンを解除すると感染が拡大するということが起きていた.例えば英国では 2020 年 12 月にロックダウンを解除したが,その後アルファ株が出現したこともあり急速に感染が拡大した ${ }^{36}$. さらに欧米ではワクチン接種の義務化・マスクの義務化・ ロックダウンなどの措置に関して社会の分断が生じてしまっていることも被害の拡大の背景にはあるものと考えられる。 しかし, COVID-19のパンデミックは継続しており,今後も変異株の出現やワクチンの効果の減弱などさまざまな問題に直面していくことが予想される.日本の状況も世界の状況も流動的であり,これまでの結果だけでそれぞれの国々の対応を評価することはできず,今後の動向も見極めていく必要がある. 開示すべき利益相反はない. $ \text { 文献 } $ 1) Chen N, Zhou M, Dong $X$ et al: Epidemiological and clinical characteristics of 99 cases of 2019 novel coronavirus pneumonia in Wuhan, China: a descriptive study. Lancet 395 (10223): 507-513, 2020 2) Zhu N, Zhang $\mathbf{D}$, Wang $\mathbf{W}$ et al: A novel coronavirus from patients with pneumonia in China, 2019. N Engl J Med 382 (8): 727-733, 2020 3) $\mathbf{H u ~ B}$, Guo $\mathbf{H}$, Zhou $\mathbf{P}$ et al: Characteristics of SARS-CoV-2 and COVID-19. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 各領域における分子標的薬の役割 ## (2) 臨床 1 血液腫瘍 東京女子医科大学血液内科 志藏觭篗 (受理 2022 年 1 月 31 日) ## Molecular Targeted Drug (2) Roles of Molecular-Targeted Agents in Treatment of Hematological Malignancies ## Masayuki Shiseki Department of Hematology, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan Currently, many molecular-targeted agents are used for treatment of various hematological malignancies. Especially, all-trans retinoic acid for acute promyelocytic leukemia, and tyrosine kinase inhibitors for chronic myeloid leukemia (CML) play important roles as curative therapeutic agents, leading to a shift in treatment paradigm. Although the role of molecular-targeted agents in "acute myeloid leukemia (AML)" other than acute promyelocytic leukemia is currently limited, FLT3 inhibitors show efficacy in its relapsed/refractory cases, and venetoclax is used in unfit patients, in combination with azacitidine. The combined use of tyrosine kinase inhibitors and conventional cytotoxic anticancer agents improves treatment outcomes in patients with Philadelphia chromosomepositive acute lymphoblastic leukemia. Also, a novel anti-CD22 antibody is currently available for treatment of patients with acute lymphoblastic leukemia. Treatment strategy of multiple myeloma has been extensively improved by the development of molecular-targeted agents, including immunomodulatory drugs (IMiDs), proteasome inhibitors, and anti-CD38 antibody. In B-cell lymphoma treatment, "rituximab", an anti-CD20 antibody agent, plays significant role as a single agent or in combination with cytotoxic anticancer agents. "Bruton's tyrosine kinase inhibitors" are also currently available for this role. Continuous progress in molecular targeted therapy is requisite for further improvement in clinical outcome of hematological malignancies. Keywords: molecular-targeted agents, all-trans retinoic acid, tyrosine kinase inhibitors ## はじめに 近年,分子標的薬が次々と開発され,各種疾患の治療に重要な役割を果たしている。血液腫瘍に対しては, 1980 年代に登場した急性前骨髄球性白血病に対する全トランス型レチノイン酸による分化誘導療法が分子標的療法の先駆けといえる ${ }^{11} .2000$ 年代に入り,チロシンキナーゼ阻害薬イマチニブが慢性期慢性骨髄性白血病に著効することが示され,本格的分子標的療法の時代へと突入した2). 以来, 多くの分子標的薬が開発され,臨床応用されているが,各疾 ac.jp doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.2_43 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Table 1. Hematological malignancies and molecular targeted agents described in this article. & \\ * These agents are also used for treatment of Philadelphia chromosome-positive acute lymphoid leukemia. 患,病態でその役割は異なる,本稿では,分子標的薬が最も成果を上げている上記 2 疾患について取り上げ,その後,主な血液腫瘍での分子標的薬の役割について概説する(Table 1). ## 急性前骨髄球性白血病 ## (Acute Promyelocytic Leukemia : APL) APL は,急性骨髄性白血病 (acute myeloid leukemia:AML)の $10 \% \sim 15 \%$ を占め, 重症播種性血管内凝固症候群 (disseminated intravascular coagulation:DIC)合併を特徴とする。 $90 \%$ 以上の症例で $\mathrm{t}(15 ; 17) ( \mathrm{q} 22 : \mathrm{q} 21)$ を伴い, 転座由来キメラ遺伝子 PML-RAR $\alpha$ が分子病態に中心的役割を果たす. ## 1. 全トランス型レチノイン酸 (All-trans Retinoic ## Acid : ATRA) APL 治療戦略を大きく変えたのが,ビタミンA 誘導体レチノイン酸(retinoic acid:RA)の一種 ATRA による分化誘導療法である. 1980 年代に, ビタミン A の in vitro で腫瘍細胞増殖抑制効果をもとに, cis-RA の APL 症例に対する効果を検証する臨床研究が多く実施されたが, 明確な有効性は確認できなかった. ところが, 1988 年, 中国のグループが, APL 患者に ATRA を単剤投与したところ, 白血病 Figure 1. All-trans retinoic acid (ATRA) but not cis-retinoic acid interacts with PMLRAR $\alpha$, and induces expression of genes involved in differentiation of acute promyelocytic leukemia cells. CoA, coactivator; CoR, corepressor; RARE, retinoic acid receptor response element; PML, promyelocytic leukemia. 細胞の分化が誘導され,DIC 増悪もなく, $90 \%$ 以上の症例が完全宽解を達成したと報告し,世界中を驚かせた11. 従来, 他の AML と同様の強力な多剤併用化学療法を実施していたが, 腫瘍崩壊に伴うDIC 増悪が重篤な出血傾向をもたらし,頭蓋内出血や消化管出血による治療中の死亡が多かった. 内服薬である ATRA で, DIC 増悪なく, 完全宽解を達成するなど,信じられないと考える血液内科医が数多くいたが,本邦を含む各国の追試験でも同様の結果が得られた. 現在, ATRA は APL 初回宽解導入療法に単独あるいは細胞傷害性抗がん薬と併用で使用される. 完全宽解率は $90 \% \sim 95 \%, 5$ 年全生存率は $70 \% \sim 80 \%$ に達し, 半数以上の患者が治癒すると考えられる ${ }^{3)}$. ATRA の抗腫瘍分子機構解析も進み, RA 受容体 RAR $\alpha$ と関連が示された. RAが RAR $\alpha$ に結合すると, 細胞分化に関与する遺伝子群の発現が誘導される. cis-RA は, PML-RAR $\alpha$ に低親和性で,分化が阻害される。ATRA は PML-RAR $\alpha$ にも親和性が高く, RAR $\alpha$ の機能回復をもたらし, APL 細胞を分化誘導する ${ }^{4}$ (Figure 1),APL 細胞の分化誘導に伴い, 治療開始後 7 日 10 日頃から発熱, 呼吸困難, 低酸素血症, 肺浸潤像, 浮腫などを特徴とする ATRA 症候群とも称される APL 分化症候群を認めることがある. 重症化すると呼吸不全,腎不全などに陥るため, 早期の ATRA 中止および副腎皮質ステロイド投与が必要である. ## 2. 亜七酸 (Arsenic Trioxide : ATO) ヒ素の医薬品としての歴史は古く, 紀元前より用いられてきた. 1996 年に in vitroで ATOが APL 細胞に対して抗腫瘍効果を示すことが判明しだ5. ATO は PML-RAR $\alpha$ の SUMO 化に関与し, 分解を促進することで, 抗腫痬効果を発揮する ${ }^{6}$. 臨床試験でATRA 無効 APL に対する有効性が報告され, 実臨床での使用が始まった7). 現在, 本邦では, 再発・難治 APL のみ保険適用であるが,ATRA と ATO 併用による初回寛解導入療法が良好な治療成績を示すことが報告されている8).また, ATRA 同様 APL 分化症候群をきたすことがある. Figure 2. Role of tyrosine kinase inhibitors (TKI) in molecular pathogenesis of chronic myeloid leukemia (CML). BCR-ABL1 fusion gene is formed by translocation between chromosomes 9 and 22. BCR-ABL1 fusion protein plays a role in CML development by constitutive activation of tyrosine kinase activity which causes dysregulated phosphorylation of down-stream substrates leading to increased cell proliferation and decreased apoptosis. ## 慢性骨髄性白血病 \\ (Chronic Myeloid Leukemia : CML) CML は,成熟顆粒球の著しい増加を特徴とする疾患で, フィラデルフィア $(\mathrm{Ph})$ 染色体と呼ばれる 9 番と 22 番染色体の相互転座を伴う ${ }^{910)}$. 転座の結果, 9 番染色体上 $A B L 1$ 遺伝子と 22 番染色体上 $B C R$ 遺伝子が融合し, $B C R-A B L 1$ キメラ遺伝子が形成される. ABL1 は非レセプター型チロシンキナーゼで, 正常細胞では活性が抑制されているが,融合タンパク BCR-ABL1 では, 恒常的活性化が生じ, CML の病態に関与する ${ }^{11212}$. BCR-ABL1を標的とする低分子化合物として開発されたのがチロシンキナーゼ阻害薬 (tyrosine kinase inhibitor: TKI) イマチニブ (imatinib)である.イマチニブは ABL1 の ATP 結合部位に結合してチロシンキナーゼ活性を強く抑制する ${ }^{13}$ (Figure 2). CML は,初期は無症状であるが,徐々に全身倦怠感, 肝脾腫による腹部膨満感などの症状が出現し, 発症から $3 \sim 5$ 年程度で急性白血病へ移行(急性転化)し死亡する.かつては,この急性転化を防ぐことができず,多くの患者が不幸な転帰をとってきた。慢性期に同種造血幹細胞移植を行うことが唯一治癒を望める治療手段であったが,移植適応とならない患者も多かった. そのような状況を大きく変えたのが,イマチニブであった.新規慢性期 CML 患者をイマチニブ治療群と既存治療(インターフェロン $\alpha$ と少量シタラビン併用) 群に無作為に割り付けた第 III 相臨床試験で,18 か月の細胞遺伝学的完全宽解率がイマチニブ群 $76.2 \%$, 対照群 $14.5 \%, 1$ 年無増悪生存率は, イマチニブ群が $96.6 \%$,対照群は $76.9 \%$ とイマチニブ群が有意に良好で, 長期観察データでは, 10 年全生存率が $83.3 \%$ に達した2114)、イマチニブは 2005 年に本邦でも承認され,初発慢性期 CML 治療の第一選択薬として位置づけられた,続いて,イマチニブより強力で,速く臨床効果が得られる第二世代 TKI, ダサチニブ (dasatinib), ニロチニブ (nilotinib), ボスチニブ (bosutinib)が,イマチニブ抵抗性/不耐容症例を対象にまず承認され, その後初発症例にも適用拡大された ${ }^{15 \sim \sim 17)}$ さらに,イマチニブと第二世代 TKI すべてに抵抗性を示す ABL1T315I 変異に対して有効な第三世代 TKI ポナチニブ(ponatinib)が,登場した ${ }^{18}$. これら TKI は, 外来での治療導入も可能であり, 細胞傷害性抗がん薬と比べて重篤な有害事象は少ないものの, 各薬剤に特徴的有害事象がある. ダ Figure 3. Venetoclax induces apoptosis in acute myeloid leukemia (AML) cells by inhibition of interaction between BCL2 and apoptotic inducing molecules, including BAX, BAK and BH-3 only proteins. サチニブは胸水貯留や肺高血圧症,ニロチニブ,ポナチニブは末梢動脈閉塞性疾患に注意が必要であり,定期的なチェックが必要である. 現在, 慢性期 CML 患者の大多数が TKI 治療で奏効を得て, 長期生存する中で,「治療を中止できるか? =治瘉につながるか」が重要な臨床的テーマである. フランスのグループが,イマチニブ投与で最低 2 年間分子遺伝学的完全宽解を維持した慢性期 CML 患者 100 人に治療中断を実施したところ, 約 4 割の患者で分子遺伝学的完全寛解を維持した ${ }^{19}$.これを受け,多くの中断試験が実施されているが,現時点で明確な TKI 中止基準は定まっておらず, 今後の課題である. ## 急性骨髄性白血病 ## (Acute Myeloid Leukemia:AML) (APL 以外) AML 治療の基本戦略は, 白血病細胞の根絶である. 細胞傷害性抗がん薬による強力な化学療法で完全宽解を目指す. 完全宽解後は, 地固め療法, 必要に応じて同種造血幹細胞移植を実施し, 最終的に治瘉を目指す. APL 以外の AML で分子標的薬が単剤で果たす役割は, 現時点では限定的であるが, 再発・難治あるいは強力な化学療法が実施困難な unfit 症例での役割が期待される。 1. fms-like tyrosine kinase receptor-3 (FLT3) 阻害薬 AML 症例の約 $30 \%$ に FLT3 遺伝子異常が認められ,予後不良因子の一つである ${ }^{20}$. FLT3 はチロシンキナーゼで, 遺伝子異常により恒常的活性化が生じる ${ }^{21}$. FLT3 阻害薬は, FLT3 遺伝子異常を伴う AML 症例に対して用いられ, 単剤での全奏効率は $30 \%$ $70 \%$ である. unfit 症例の治療や同種移植への橋渡し治療としての役割が期待される。本邦では,ギルテリチニブ (gilteritinib) とキザルチニブ(quizartinib)の 2 曒が FLT3 遺伝子異常を伴う再発・難治 AML に対して保険適用となっている. また, ミドスタウリン (midostaurin) は, 細胞傷害性抗がん薬との併用で FLT3 遺伝子異常を伴う初発 AML の治療成績を向上させることが報告されているが,本邦では未承認である ${ }^{22}$. ## 2. B-cell lymphoma 2 (BCL2) 阻害薬 ベネトクラクス (venetoclax) はアポトーシス抑制因子 BCL2 に結合してその作用を阻害することで腫瘍細胞をアポトーシスへ誘導する低分子化合物である(Figure 3)。まず, 慢性リンパ性白血病で有効性が確認された23). さらに, unfit AML 患者に低メチル化薬アザシチジンあるいは低用量シタラビンとの併用で, 高い臨床効果を示すことが報告され本邦でも A C B $\mathrm{D}$ Figure 4. Molecular mechanisms of monoclonal antibodies in anti-tumor activity. (A) Cytotoxic activities via immune system. (B) Inhibition of ligand binding to target molecule. (C) Incorporation of conjugated anti-neoplastic agent into tumor cells. (D) Intratumoral irradiation by radiolabeled antibody. 使用されている ${ }^{2425)}$. ## 3. 抗 CD33 抗体薬 ゲムツズマブオゾガマイシン (gemtuzumab ozogamicin:GO)は,抗 CD33 抗体に抗がん薬カリケアマイシン誘導体を結合した抗体療法薬である。 現在, 多数の抗体療法薬が多様な疾患に用いられるが,異なる作用機序により効果を発揮する(Figure 4A〜D). GO は白血病細胞表面の CD33 に結合し,細胞内に取り込まれるとカリケアマイシンが遊離し薬理作用を発揮する(Figure 4C). 再発・難治 AML に対して単剤で使用される ${ }^{26}$. ## 急性リンパ性白血病 ## (Acute Lymphoid Leukemia : ALL) ALL 治療の基本戦略は, AML と同じく白血病細胞根絶であり, 強力な多剂併用化学療法が治療の中心である. 従来, 治療成績は AML よりも劣るとされ てきたが,分子標的薬により,治療成績は向上しつつある。また,本稿では紙面の制約上詳述できないが,遺伝子改変キメラ抗原受容体 T (chimeric antigen receptor- $\mathrm{T}$ :CAR- $\mathrm{T}$ )細胞や二重特異性 $\mathrm{T}$ 細胞誘導 (bi-specific T-cell engager:BiTE) 抗体を用いた免疫細胞療法が, ALL 治療に臨床応用されている $^{2728)}$. ## 1. チロシンキナーゼ阻害薬 (Tyrosine Kinase In- hibitor : TKI) 成人 ALL の約 $30 \%$ で $\mathrm{Ph}$ 染色体が認められる. $\mathrm{Ph}$ 陽性 ALL は従来の多剤併用化学療法のみでは治癒困難で,完全寛解達成後早期の同種造血幹細胞移植が必要であり, 移植非適応症例は予後不良であった. BCR-ABL1を標的とした TKI は, ALLにおいて細胞傷害性抗がん薬との併用で優れた臨床効果を示す ${ }^{1629)}$. 完全宽解達成後は, 可能であれば同種造 Figure 5. IMiDs exhibits anti-myeloma activity via modulating interaction between ubiquitin ligase complex and target molecules. 血幹細胞移植を実施するが,移植非適応症例でも,長期宽解維持する例がある. ## 2. 抗 CD22 抗体薬 CD22 は, B 細胞特異抗原で, ALL で高頻度に発現が見られる。イノツズマブオゾガマイシン(inotuzumab ozogamicin)は, 抗 CD22 抗体にカリケアマイシンを結合させた抗体薬である。再発・難治 CD22 陽性 ALL に, 既存化学療法に比し高い有効性を示す30. ## 多発性骨髄腫(Multiple Myeloma:MM) MM は,高齢者に多い難治性腫瘍であり,長らく古典的治療法であるメルファラン・プレドニン療法を凌駕する治療が現れなかった。自家末梢血造血幹細胞移植は, 生存期間延長効果をもたらすが, 適応症例は少数で MM 患者の生存期間中央値は 2 年程度であった. しかし, 2000 年以降, 分子標的薬が次々と登場し, 現在, 全生存期間中央値は $5 \sim 6$ 年程度にまで改善している ${ }^{31)}$. 特に,免疫調整薬,プロテアソーム阻害薬および抗 CD38 抗体薬は, 現在の MM 治療に中心的役割を果たし, 併用されて用いられる. ## 1. 免疫調整薬 (Immunomodulatory Drugs: ## IMiDs) サリドマイド(thalidomide)とその誘導体であるレナリドミド (lenalidomide), ポマリドミド(pomalidomide) は IMiDs と呼ばれる.サリドマイドは胎背死亡, 催奇形性により使用が全面禁止された催眠薬だが,血管新生抑制作用,サイトカイン抑制などの免疫調整作用や直接的抗腫痬作用など,多彩な薬理作用が確認され, 再注目された. 臨床試験で MM に対する効果が示され, 再発・難治 MM 症例への使用が承認された ${ }^{32}$. レナリドミド, ポマリドミドは再発・難治 MM に対する有効性が示され吕34), その後, レナリドミドは, 初発 MM に対しても保険適用となり, 副腎皮質ステロイド,プロテアソーム阻害薬と併用される. IMiDs の作用機序は長らく不明であったが,その標的分子がセレブロンであることが示された ${ }^{35}$. セレブロンはユビキチンリガーゼ複合体を構成する分子で, 基質特異性決定に関与する. IMiDs がセレブロンに結合すると, 基質特異性に変化が生じる (Figure 5).レブラミドがセレブロンに結合すると, B 細胞分化に関与する転写因子 IKZF1, IKZF3 が基質として認識され,ユビキチン化を経て最終的に分解される ${ }^{36)}$.この作用が, 抗腫瘍効果の少なくとも一部を担っていると考えられる。 IMiDs による特徵的な有害事象の一つが, 静脈血栓である。 MM 自体が過凝固状態を引き起こすが, IMiDs はそれを増強する,そのため,抗血小板薬あるいは抗凝固薬の併用が行われる。 ## 2. プロテアソーム阻害薬 プロテアソームは, 細胞内で蛋白分解を担う複合体で, 細胞の恒常性維持を担っている. 不要な蛋白は,ユビキチン化を経て,プロテアソームで分解さ れる。骨髄腫細胞は,単クローン性免疫グロブリンをはじめとして多くの蛋白を産生しており,プロテアソーム阻害の影響を受け易い ${ }^{377}$ 。プロテアソーム阻害薬として最初に登場したのがボルテゾミブ (bortezomib)で,副腎皮質ステロイドあるいは細胞傷害性抗がん薬との併用治療の有効性が示された8389). 当初は再発・難治例が保険適用であったが, その後, 初発例にも適用となった. ボルテゾミブの特徴的な有害事象として末梢神経障害がある.また,頻度は低いものの間質性肺炎は注意が必要である.続いて登場したカルフィルゾミブ (calfilzomib) はボルテゾミブと比べて神経毒性が軽減されているが, 一方で心毒性の問題がある. 経口薬であるイキサゾミブ(ixazomib) も上市され使用可能となっている. ## 3. 抗 CD38 抗体薬 形質細胞をはじめとする B 細胞に発現している CD38 標的とするモノクローナル抗体薬ダラツムマブ(daratumumab)は,骨髄腫細胞表面 CD38 に結合し, 免疫学的作用を介して抗腫瘍活性を示す (Figure 4A)。ダラツムマブはボルテゾミブあるいはレナリドミドとの併用で高い有効性を示すことが臨床試験で確認された4041). 新規抗 CD38 抗体薬イサツキシマブ(isatuximab)は,カルフィルゾミブあるいはポマリドミドとの併用で再発・難治症例に用いられる ${ }^{42}$. ## 4. 抗 SLAMF7 抗体薬 SLAMF7 は形質細胞やナチュラルキラー (natural killer:NK)細胞の表面に発現している分子である.エエツズマブ(elotuzumab)は,骨髄腫細胞表面の SLAMF7 に結合し, 免疫学的機序より骨髄腫細胞を破壊する。また, NK 細胞上の SLAMF7 と結合し, NK 細胞を活性化することで, 抗骨髄腫作用を増強するとされている ${ }^{43}$. デキサメタゾン, レナリドミドとの併用により,再発・難治症例に対する有効性が示されだ. ## 悪性リンパ腫 悪性リンパ腫は, 血液腫瘍の中で最も頻度が高い.単一の疾患ではなく, 組織型により臨床経過, 治療法, 予後が異なる。悪性リンパ腫の分子病態解明が進み, 分子標的薬の開発, 臨床応用も進みつつある. ## 1. 抗 CD20 抗体薬 多くの B 細胞リンパ腫に発現する CD20を標的とする抗体薬として最初に開発されたのがリツキシマブ(rituximab)である。腫瘍細胞表面のCD20 にリツキシマブが結合し, 免疫学的機序により腫瘍細胞が破壊される(Figure 4A)、リッキシマブは 2001 年に承認されて以来,単剤あるいは他の抗がん薬との併用で, B 細胞リンパ腫治療に中心的役割を果たしている ${ }^{45}$. 特に, びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫においては,それまでの初回標準治療であった $\mathrm{CHOP}$ 療法とそれにリッキシマブを加えたRCHOP 療法との比較試験が実施され, R-CHOP 療法の優位性が証明され, 現在初回標準治療となってい $る^{46) \sim 48}$. リツキシマブ同様, 免疫学的機序を介して抗腫瘍効果を発揮する新規抗 CD20 抗体薬,オファツムマブ (ofatumumab) が慢性リンパ性白血病に,才ビヌツズマブ(obinutuzumab)が滤胞性リンパ腫に対して有効であることが示された $\left.{ }^{49} 50\right)$. イブリツモマブチウキセタン (ibritumomab tiuxetan) は, $\beta$線を放出する放射性同位元素イットリウム 90 を結合した抗 CD20 抗体薬であり, 至近距離からの放射線照射で抗腫瘍効果を発揮する ${ }^{51}$ (Figure 4D). ## 2. 抗 CD79b 抗体薬 $\mathrm{B}$ 細胞表面上に発現する CD79bに対するモノクローナル抗体に抗がん薬モノメチルアウリスタチン E (monomethyl auristatin E : MMAE) を結合した新規抗体療法薬ポラツズマブベドチン (polatuzumab vedotin)がベンダムスチン, リツキシマブとの併用で,再発・難治びまん性大細胞型 B 細胞リンパ腫に有効であることが報告されだ22. ## 3. ブルトン型チロシンキナーゼ(Bruton's Tyro- sine Kinase : BTK)阻害薬 BTK は B 細胞受容体 $(\mathrm{BCR})$ 刺激により活性化され, B 細胞増殖, 分化成熟, 活性化に関与するチロシンキナーゼである, B 細胞腫瘍では, BCR シグナル伝達経路の恒常的活性化が生じており, BTK 阻害により抗腫瘍効果が発揮される ${ }^{53}$ ). 2016 年に初の BTK 阻害薬イブルチニブ (ibrutinib) が本邦で承認され,再発・難治慢性リンパ性白血病, 同マントル細胞リンパ腫に対して保険適用となった ${ }^{544}$. ## 4. 抗 CD30 抗体薬 ブレンツキシマブベドチン (brentuximab vedotin)は抗 CD30 抗体に抗がん薬 MMAE を結合した薬剤である. CD30 は,ホジキンリンパ腫および一部の末梢性 $\mathrm{T}$ 細胞リンパ腫に発現している。CD30 陽性ホジキンリンパ腫と末梢性 $\mathrm{T}$ 細胞リンパ腫の再発・難治例に対する単剤投与が承認され, その後,初発例に対する細胞傷害性抗がん薬との併用療法が承認された ${ }^{5556)}$. 5. ヒストン脱アセチル化酵素 (Histone Deacetylase : HDAC) 阻害薬 HDAC 阻害薬はヒストンアセチル化充進を介して, クロマチン構造を変化させ, 遺伝子発現を誘導する。 HDAC 阻害薬の作用機序は複雑であるが,がん抑制遺伝子発現誘導がその一部であると考えられる. HDAC 阻害薬ロミデプシン (romidepsin) が, $\mathrm{T}$ 細胞リンパ腫に有効であることが示された ${ }^{57)}$. ## おわりに 血液内科領域において,数多くの分子標的薬が実臨床で使用されている.さらなる治療成績向上には,継続的な新規分子標的薬の開発が必要である。一方で,分子標的薬は高価であり,費用対効果を考えた使い方が必要と思われる。 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Huang ME, Ye YC, Chen SR et al: Use of all-trans retinoic acid in the treatment of acute promyelocytic leukemia. Blood 72 (2): 567-572, 1988 2) O'Brien SG, Guilhot F, Larson RA et al: Imatinib compared with interferon and low-dose cytarabine for newly diagnosed chronic-phase chronic myeloid leukemia. N Engl J Med 348 (11): 994-1004, 2003 3) Wang ZY, Chen Z: Acute promyelocytic leukemia: from highly fatal to highly curable. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 早期診断が困難であった重症 Guillain-Barré 症候群の 1 例 東京女子医科大学足立医療センター小览科 祳多 知房・老多谷 嘉樹・多多 智子 (受理 2022 年 1 月 7 日) A Case of Severe Guillain-Barré Syndrome Which Was Difficult to Provide Early Diagnosis Tomofusa Nagata, Yoshiki Oitani, Haruka Tada, Keiko Suzuki, and Tomoko Otani Department of Pediatrics, Tokyo Women’s Medical University Medical Center Adachi, Tokyo, Japan } We present a case of a 2-year-old girl with severe Guillain-Barré syndrome (GBS), which is difficult to diagnose early. At day X, she had a fever of $39.0^{\circ} \mathrm{C}$, which persisted for 3 days. As soon as the fever resolved, a rash appeared on her trunk and face. She was diagnosed with exanthem subitum. At day $\mathrm{X}+6$, she could not stand and sit alone gradually. At day $\mathrm{X}+8$, she was admitted to our hospital. Physical examination showed nuchal rigidity, extraocular muscle paralysis, lower limb muscle weakness, and tendon reflex weakness. Examination of cerebrospinal fluid revealed an increase in cell number, and nerve root enhancement of the cauda equina was detected on magnetic resonance imaging (MRI) myelography. There was no delay in conduction velocity in the lower limb peripheral nerve conduction examination, but $\mathrm{F}$ waves disappeared to $0 \%$. We administered steroid pulse therapy and immunoglobulin therapy $(1 \mathrm{~g} / \mathrm{kg})$ after considering acute flaccid paralysis. However, at day $\mathrm{X}+10$, she suffered from respiratory failure due to aspiration pneumonia. Pediatric intensive care unit (PICU) management had been administered for 10 days. After an improvement in the respiratory condition, albuminocytologic dissociation was detected in the reexamination of cerebrospinal fluid, and a marked conduction block was detected in the nerve conduction reexamination of the upper and lower limbs. She was diagnosed with GBS, and immunoglobulin therapy ( $400 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day, 3 consecutive days) was added. Rehabilitation was also introduced, and the paralysis of the lower limbs showed gradual improvement. She was able to stand and walk and was discharged at day $\mathrm{X}+47$. Diagnosis of GBS may be delayed due to a lack of significant findings in cerebrospinal fluid and peripheral nerve conduction velocity examinations in the early stage of the disease. However, F wave and MRI myelography may be useful examinations for early diagnosis. In cases of rapidly progressing muscle weakness and respiratory failure, it is important to administer medical treatment with suspicion of GBS. Keywords: Guillain-Barré syndrome, early diagnosis, F-wave, myelography MRI  ## 緒言 Guillain-Barré 症候群 (以下 GBS) は両側弛緩性麻痺, 腱反射減弱・消失を主徴とする急性発症の免疫介在性多発根神経炎であり,概礼予後は良好である ${ }^{11}$. 小児の GBS では, 髄膜刺激症状・眼球運動障害など非典型的症状を伴い急速進行性に呼吸不全に陥る場合もあり,GBS を鑑別診断に挙げながら早期治療を行う必要がある. 髄液検査の蛋白細胞解離や電気生理学的検査の伝導ブロックなどは診断を支持するが, 発症早期には有意な所見にそしく早期診断が困難な場合がある. 今回, 発症早期に F 波消失, MRI での馬尾造影増強効果が早期診断の手掛かりとなりえた重症 GBS 症例を経験したため, 早期診断に有用となる検査所見について文献的考察を加え報告する. ## 症 例 患者: 2 歳 0 か月,女坚. 主訴:座位が不安定になった,歩行できなくなった。 周生期 : 在胎 38 週 2 日, 予定帝王切開分婏で出生, 出生時体重 $2,926 \mathrm{~g}$. 既往歴:特記事項なし. アレルギー歴:薬剂・食物を含めて特記事項な ᄂ. 家族歴 : 神経筋疾患なし。 発達歴: 頸定 4 か月, 寝返り 5 か月, 独座 7 か月,一人立ち 9 か月, 独歩 13 か月, 有意語 1 歳前半, 二語文 1 歳後半. 予防接種歴: 発症数週間以内に接種したワクチンなし,ロタウイルス(5価)は, 2 か月, 3 か月, 4 か月で完了. Hib/肺炎球菌(13 価)は,2 か月, 3 か月, 4 か月, 1 歳 3 か月で完了. B 型肝炎ワクチンは, 2 か月, 3 か月,10 か月で完 了. 四種混合(DPT-IPV)は,3か月,4か月, 5 か月, 1 歳 7 か月で完了. BCG は, 6 か月で完了. MR は, 1 歳 2 か月. 水痘は, 1 歳 2 か月, 1 歳 7 か月. ムンプスは, 1 歳 2 か月に完了した。 現病歴:発症数週間の先行感染はなかった. X日より発熱があり, $X+3$ 日に解熱後, 発疹が出現し近医小照科で突発性発疹と臨床診断された. $\mathrm{X}+6$ 日の夜から寝返りが打てなくなった. $\mathrm{X}+7$ 日には歩行中に転びやすくなり,「痛い」と言って歩行せず,ずり這いで移動し座位を保てず後方に倒れるようになった. $\mathrm{X}+8$ 日から両側内斜視になり, 表情がそしく発語が少なくなった. 同日,当科紹介入院となった. 入院時身体所見:身長 $88.0 \mathrm{~cm}(+1.3 \mathrm{SD})$, 体重 $10.8 \mathrm{~kg}$ (肥満度 $-10.0 \%$ ), 体温 $36.7^{\circ} \mathrm{C}$, 脈拍 122 回/分, 呼吸数 22 回/分, $\mathrm{SpO}_{2} 98 \%$ (室内気), 血圧 $100 / 64 \mathrm{mmHg}$, 意識清明, 機嫌不良, 顔色良好, 特異的顔貌なし, 項部硬直あり, 胸部呼吸音清, 心音整, 腹部平坦・軟, 胸郭運動異常なし。【姿勢〕独座不可, 支え坐位可, 独り立ち・支え立位は不可.〔移動〕ずり這い可, 高這い・独歩不可. 脳神経〕両側内斜視・眼球運動制限あり,眼振なし,閉眼可,口角下垂や開口障害なし, 臙下障害なし。〔感覚〕触覚$\cdot$温痛覚刺激で上肢は回避反応あり,下肢はなし。〔筋力了両側上肢は抗重力運動あり, 両側下肢は抗重力運動なし. [筋緊張】硬さ正常, 被動性・伸展性は下肢で充進も上肢は正常.〔深部腱反射〕上腕二頭筋 $(+/+)$, 上腕三頭筋 $(+/+)$, 腕橈骨筋 $(+/+)$,膝蓋腱 $(-/-)$, アキレス腱 $(-/-)$ 。 病的反射 : Babinski (-/-), Chaddock (-/-), 足クローヌス $(-/-)$.〔表在反射〕肛門反射なし. 入院時検査所見 $\left(\right.$ Table 1, $2^{2}$ ) : 血液検査では特記すべき異常所見を認めなかった。.髄液検査では,蛋白・細胞数の軽度上昇を認めた. 頭部 MRI で異常は認めなかった. 腰椎造影 MRI で軽度の馬尾造影増強効果を認めた. 下肢の末梢神経伝導検查で compound muscle action potential (CMAP) の軽度低下はあったが伝導速度に異常はなかった. 脛骨神経の F 波は 0\%であった. 入院後経過 (Figure 1):急性発症の下肢の弛緩性麻疩・腱反射消失が見られ, 髄液細胞数増加といった所見から,急性驰緩性麻痺 (acute flaccid paralysis:AFP)と暫定診断した.AFPを呈する疾患は多岐に渡り,急性驰緩性春髄炎(acute flaccid myelitis : AFM), GBS, 急性横断性春髄炎, 急性散在性脳春髄炎 (acute disseminated encephalomyelitis: ADEM)といった疾患が含まれるため,ステロイドパルス治療 (mPSL $30 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日, 3 日間)を開始し, $\mathrm{X}+9$ 日から免疫グロブリン製剂 $(1.0 \mathrm{~g} / \mathrm{kg})$ も追加した. GBS の可能性も考慮したが, 髄液検查で蛋白細胞解離の所見はなく, 下肢の末梢神経伝導速度検查でも伝導速度の遅延を認めなかった。脛骨神経 $\mathrm{F}$波が消失し, CMAPの軽度低下も認めたことから GBS は疑われたものの, 確定診断には至らなかった. X+9 日夕方から湿性咳濑, 胸部で低調性連続音を聴取, $\mathrm{SpO}_{2}$ 92 93\%(室内気)の低下を認め,酸素吸入, プロカテロール塩酸塩水和物吸入を開始し Table 1. Laboratory findings. & spinal fluid & \multicolumn{3}{|c|}{} \\ た. $\mathrm{X}+10$ 日夕方から陥没呼吸,多呼吸が著明となり, 非侵襲的陽圧換気療法を開始したが改善を認めなかった. 胸部単純 CT で右中肺野に浸潤影・無気肺を認め, 咳嗽反射も消失し,神経筋疾患を背景とした誤嚥性肺炎による急性呼吸不全と考えた。気管插管を施行後, PICU 施設へ転院し, 集中治療が行われた. 人工呼吸管理と経鼻胃管からの完全経管栄養により呼吸状態は徐々に安定し, $\mathrm{X}+17$ 日に抜管酸素投与が中止された. $\mathrm{X}+16$ 日からステロイドパルス治療 2 クール目が行われ, $\mathrm{X}+16$ 日の頭部・脊髄 MRI 検查では明らかな異常所見は認められなかった. ステロイド後療法として, PSL $0.9 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$日の内服が1クール目,2クール目の終了後に導入された. $\mathrm{X}+19$ 日に当科へ転院した。 転院日から両側下肢を蹴り出す動きを認め, 下肢深部腱反射が誘発されるのを確認した。再検査した髄液検查では蛋白細胞解離(Table 1)を認め, 電気生理学的検査では正中神経と脛骨神経の F 波出現率の低下に加え, 末梢神経伝導検查では伝導速度の著明な低下・伝導ブロック・時間的分散を認めた (Table 2), Figure 2).また, 初回入院時の脊髄造影 MRI 検査 $(\mathrm{X}+9$ 日 $)$ の小坚放射線医による読影で,軽度ながら馬尾神経の造影効果増強を指摘された (Figure 3). 以上より GBS と診断し, 免疫グロブリン療法 (400 mg/ $\mathrm{kg} /$ 日, 3 日間), ステロイドパルス治療 3 クール目を追加し, リハビリテーションを導入した. ステロイドパルス治療終了後, ステロイド後療法として PSL $0.9 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ /日内服を導入し, 2 週間每に $0.6 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ 日, $0.3 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ /日と漸減し中止した。言語聴覚士による讌下評価を行い,X+26 日から経口栄養を開始し, $\mathrm{X}+28$ 日に経管栄養を終了した. 運動機能は $\mathrm{X}+37$ 日に 2,3 歩程度の歩行が可能となり, $\mathrm{X}+47$ 日に退院した。退院後, $\mathrm{X}+56$日には病前と同程度にまで独歩可能となった。 先行感染の検索を行い, 血液・鼻咽腔・髄液・尿培養は陰性であり, 便培養からは Campylobacter は検出されなかった. 血清抗 HHV-6 IgM 抗体・抗 HHV$7 \mathrm{IgM}$ 抗体はいずれも除性であったが,血清・髄液・咽頭ぬぐい液・尿・糞便を検体として施行した real-time PCR による病原体遺伝子の網羅的検索で は, 糞便より HHV-7 遺伝子が検出された. 臨床経過と併せて GBS 発症の原因として突発性発疹が示唆された. 抗ガングリオシド抗体は, 抗 GM1 IgG 抗体が陽性であったことが退院後に判明した(Table $1)$. ## 考 察 入院時は AFP と暫定診断した。AFP は世界ポリオ根絶計画の中でポリオと類似の疾患を見逃さないために提唱された概念で,「急性に四肢の弛緩性運動麻痺を呈する疾患」の総称である ${ }^{3)}$. AFP は本邦では 5 類感染症に指定され, 全数把握疾患で管轄の保健所に7 日以内に届け出を行わなければならない. AFP は脊髄前角細胞より末梢の春髄・末梢神経・神経筋接合部・筋のいずれか,あるいはそのいくつかに病変を有する. AFP の原因としては GBS, 重症筋無力症, 横断性脊髄炎, ADEM, ボッリヌス症などがあるが,エンテロウイルスによる AFM も含まれる. AFM は, (1)四肢の限局した部分の脱力を急に発症,(2)MRI で主に灰白質に限局した春髄病変が 1 脊髄分節以上に広がる, (3)髄液細胞増多 (白血球数 $>5 / \mu \mathrm{L})$ の項目の中で(1)+(2)は「確定」, (1)+(3)は 「疑い」とする(Figure 4). 本症例では(1)と(3)は満たしAFM が疑われたが, (2)は否定され確定診断基準は満たさなかった. 頭部 MRI 検查で白質病変は認めず,ADEM も否定的と考えた。 GBS は多くの場合, 発症前 4 週以内に先行感染があり, 免疫介在性に多発根神経炎が生じ,急性に両側性驰緩性運動麻痺で発症する。病勢は 4 週間以内に頂点に達し,極期を過ぎると軽快する"1).小照における GBS の発症頻度は成人よりも低く, 10 万人あたり 0 9 歳で 0.62 人, $10 \sim 19$ 歳では 0.75 人とされる),呼吸障害により気管内挿管にまで至る重症 GBS 小照例はさらに稀であり,100万人あたり 1 万未満との報告もある ${ }^{5}$. 本症例のように急速に症状が進行する例もあり, 重症化の予防には早期の診断と治療介入が必要と考えられる。 GBS の診断は Asbury の診断基準(Table 3) ${ }^{6}$ などに基づき, 主に発症様式, 臨床症状(進行性の運動麻疩, 腱反射消失・減弱など)によりなされる。髄液検查や電気生理学的検查は補助検查となり, 診断を支持するため推奨される.髄液検査の蛋白細胞解離, 末梢神経伝導検査の CMAP 振幅低下, 伝導速度遅延といった所見は, 特に小児例においては他覚的所見として有用と考えられるが,発症早期では明らかでないことも多い.髄液所見の蛋白細胞解離は Figure 1. Timeline of the patient's clinical course. The figure shows the clinical course and therapy. At the first admission, we performed steroid pulse therapy (mPSL $30 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day $\times 3$ days) and immunoglobulin therapy $(1.0 \mathrm{~g} / \mathrm{kg})$. After transfer to our department, we additionally performed immunoglobulin therapy $(400 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day $\times 3$ days) and the third course of steroid pulse therapy. After three courses of steroid pulse therapy, we introduced oral PSL $0.9 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day. After the third course, the dose was gradually reduced to 0.6 and $0.3 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day every 2 weeks. IVIG, intravenous injection of immunoglobulin; PSL, prednisolone; pulse, methylprednisolone $30 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ day; 3 consecutive days. 発症 7 日以内では 30 50\%, 14 日以内では 10 30\% で認められないことがある7)。また, Gordon PH らは, 31 例の GBS 症例を検討した結果, 発症 7 日以内では末梢神経伝導速度検査における遠位潜時延長は $61 \%$, CMAP 振幅低下は $71 \%$, 伝導速度遅延は $52 \%$ で見られたと報告しており ${ }^{8}$ , GBS の早期診断には有用とはいえない. 本症例でも, 発症 7 日以内に施行した髄液検查では蛋白細胞解離は認めず,末梢神経伝導速度検査では CMAP 軽度低下を認めたが,遠位潜時延長,伝導速度遅延は認めなかったため,当初は GBS と診断を確定することが出来なかった. $\mathrm{X}+24$ 日の髄液検査にて蛋白細胞解離を, $\mathrm{X}+22$日の末梢神経伝導速度検查にて伝導速度の著明な低下・伝導ブロック・時間的分散を認め, GBS の診断に至ったが,すでに症状の極期を脱した後であった。 GBS 早期に見られる所見として, F 波の出現率低下を挙げている報告は複数存在する ${ }^{8)}$ 10.GBS の病態として, 病初期は神経根部や末梢神経終末の障害から始まることが多い.F 波は運動神経線維刺激の逆行性インパルスが春髄前角運動ニューロンを興奮 させ,その発火により生じる順行性インパルスが筋電位を誘発すると考えられている.F 波の出現率は脛骨神経でほぼ $100 \%$ ,上肢(正中神経,尺骨神経) で概ね $50 \%$ 以上とされる.F 波は脊髄全長にわたる伝導が反映され, GBS などの炎症性脱眙性疾患, Charcot-Marie-Tooth 病などの遺伝性脱髄疾患, ポリニューロパチーなどの末梢神経の髄鞘に広範な障害を来す疾患で異常を来す ${ }^{11)}$ ,神経根部での脱髄や近位の伝導ブロックではわずかの障害で F 波出現率は低下することから, F 波は GBS 病初期から有意な所見を呈すると考えられている9). Gordon らは発症 7 日以内の GBS31 例の生理学的検査を検討し, 上肢または下肢合計 $84 \%(26$ 例 $/ 31$ 例) で $\mathrm{F}$ 波の異常を報告した ${ }^{8}$. また, Chanson らは発症 7 日以内の 58 例の急性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(acute inflammatory demyelinating polyneuropathy : AIDP)型 GBS を検討し, $66 \% ( 38$ 例 $/ 58$ 例)で F 波の異常があったと報告している ${ }^{10}$. 本症例では, 脛骨神経の $\mathrm{F}$ 波は $\mathrm{X}+9$ 日の時点で出現率 $0 \%$ と明らかな低下を認めていた.このことは GBS の病初期の A) Day $X+9$ B) Day $X+22$ Figure 2. Nerve conduction study of right peroneal nerve and $\mathrm{F}$ wave of right tibial nerve. A) Decreased motor evoked potential was found on the nerve conduction study of the right peroneal nerve at day $\mathrm{X}+9$. $\mathrm{F}$ waves on the tibial nerve disappeared at day $\mathrm{X}+9$. B) Abnormal dispersion and partial motor conduction block were found on the nerve conduction study of the right peroneal nerve at day $\mathrm{X}+22$. F waves were decreasing remarkably at day $\mathrm{X}+22$. Figure 3. Post-contrast T1-weighted MRI findings of the lumbar spinal cord at day $\mathrm{X}+9$. Slight contrast enhancement of the nerve roots and cauda equina was found on post-contrast sagittal and axial T1-weighted MR images of the spine at day $\mathrm{X}+9$. Figure 4. Differential diseases of acute flaccid paralysis, and diagnostic criteria for acute flaccid myelitis3). Table 3. Diagnostic criteria of Guillain-Barré syndrome by Asbury ${ }^{6}$. \\ 神経根部の障害を反映していたと考えられ,他の電気生理学的検查に有意な所見がなかったことも含め, GBSを疑う根拠となりうると推察される。 また, 本症例では春髄造影 MRI 検査にて馬尾神経の造影増強を認めたが,脊髄神経根や馬尾のMRI 造影増強効果に関しても, GBS 急性期に高頻度に検出される所見とされている ${ }^{1213)}$. Gorson らは発症平均 13 日以内の GBS 例 24 症例に対し腰部造影 MRI での馬尾神経根造影増強効果について前向き研究を行い, 造影増強効果を 20 例 (83\%) に認め, 典型的症状を呈した 19 例中では 18 例 (95\%) に認めたと報告している ${ }^{12)}$. 本症例も, 脊髄神経根・馬尾の造影増強効果が GBS の早期診断に有用である可能性があると考えられるが, 本症例のように所見が軽微である場合には, 画像読影に精通した専門医の評価が必要である. 本例で発症早期に GBS の確定診断を困難にした一因は項部硬直・外眼筋麻疩などの中枢神経症状を伴っていた点である. 項部硬直を呈した GBS の報告は複数あり, 6 歳以下の GBS 患者の $38 \%$ に項部硬直の所見があったとの報告 ${ }^{14)}$ や,頭痛・項部硬直を初発症状とする報告 ${ }^{15}$ がある。髄膜刺激症状は GBS の症状として非典型的であり,診断の遅れにつながりうるため注意が必要である ${ }^{16}$. 本例では発症早期に髄液細胞の軽度増多と軽度の蛋白上昇を認め, 脱髄マーカーである MBP が上昇し, IgG index が上昇している点を踏まえると,GBS の主要病態である多発神経根の炎症が䯚膜に波及し, 中枢神経に炎症を及ぼしていることを示唆するものと考えられる。 ## 結 論 今回, 急速に筋力低下 ・呼吸不全が進行し, 発症早期の髄液検査・末梢神経伝導検査で早期の確定診断が困難であった重症 GBS 症例を経験した。極期を過ぎた後に諸検査を再検査し,GBS の確定診断に至った. GBS 発症早期は非典型的症状を呈し, 非特異的な所見のみで診断が遅れることがあるが,F 波出現率低下, 脊髄造影 MRI 検査での脊髄神経根・馬尾の造影増強効果は発症早期にも現れることが多く, 早期診断に有用である. GBS は早期の免疫グロブリンによる治療開始が症状改善・重症化予防に有効であり,急速に進行する筋力低下・呼吸不全の症例では, 早期から GBS を鑑別診断に挙げる必要がある. ## 謝 辞 検査にご協力いただきました近畿大学医学部神経内科の楠進先生, 東北大学神経内科の高橋利幸先生, 国立感染症研究所感染症危機管理センターの花岡希先生, 藤本嗣人先生, 同研究所感染症疫学センターの多屋馨子先生,ならびに画像の読影をしていただきました国立成育医療研究センター放射線科の堤義之先生に深謝いたします。また集中治療管理を行っていただきました日本大学医学部附属病院板橋病院救命センターのスタッフの皆様に御礼申し上げます。 本症例は第 124 回日本小児科学会総会学術集会 (2021 年 4 月,京都)にて発表した。 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1)「ギラン・バレー症候群,フィッシャー症候群診療ガイドライン 2013 」(「ギランバレー症候群,フィッ シャー症候群診療ガイドライン」作成委員会編・日本神経学会監), 南江堂, 東京 (2013) 2) Cai F, Zhang J: Study of nerve conduction and late responses in normal Chinese infants, children, and adults. J Child Neurol 12: 13-18, 1997 3)多屋馨子:急性驰緩性麻疩を認める疾患のサーべイランス・診断・検査・治療に関する手引き. 厚生労働科学研究費補助金新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「エンテロウイルス等感染症を含む急性弛緩性麻痺・急性脳炎・脳症の原因究明に資する臨床疫学研究」研究班 (2018) 4) Sejvar JJ, Baughman AL, Wise M et al: Population incidence of Guillain-Barré syndrome: a systematic review and meta-analysis. 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(木村淳,幸原伸夫編), pp90-96, 医学書院, 東京 (2010) 12) Gorson KC, Ropper AH, Muriello MA et al: Prospective evaluation of MRI lumbosacral nerve root enhancement in acute Guillain-Barré syndrome. Neurology 47: 813-817, 1996 13) Mulkey SB, Glasier CM, El-Nabbout B et al: Nerve root enhancement on spinal MRI in pediatric Guillain-Barré syndrome. Pediatr Neurol 43: 263269, 2010 14) Nguyen DK, Agenarioti-Bélanger S, Vanasse M: Pain and the Guillain-Barré syndrome in children under 6 years old. J Pediatr 134: 773-776, 1999 15)水野奈々, 小林悟, 吉田智也ほか:頭痛を初発症状とし項部硬直を呈した Guillain-Barré 症候群。日小会誌 122 :650-655,2018 16) Leonhard SE, Mandarakas MR, Gondim FAA et al: Diagnosis and management of Guillain-Barré syndrome in ten steps. Nat Rev Neurol 15: 671-683, 2019
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 精神運動発達遅滞と筋緊張低下を呈し,全エクソームシーケンスにより 確定診断に至った GNAO1 異常症の 1 例 ${ }^{1}$ 東京女子医科大学小児科 ${ }^{2}$ 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学 ${ }^{3}$ 東京女子医科大学ゲノム診療科 (受理 2022 年 2 月 16 日) GNAO1-Related Disorder in a Patient with Psychomotor Developmental Delay and Hypotonia Takuma Hashizume,, Takatoshi Sato,,${ }^{1}$ Tomoe Yanagishita,, Terumi Murakami, ${ }^{1}$ Yoshihiro Asano, ${ }^{2}$ Toshiyuki Yamamoto, ${ }^{3}$ and Satoru Nagata ${ }^{1}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Cardiovascular Medicine, Osaka University Graduate School of Medicine, Suita, Japan }^{3}$ Institute of Medical Genetics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan GNAO1-related disorder is a rare neurodevelopmental disorder associated with epilepsy, developmental delay, and involuntary movements. We encountered a patient with this condition through a research project of the Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases (IRUD). The patient was 11 months old at the initial visit and exhibited developmental delay and hypotonia. He had been routinely examined but showed no abnormalities on brain magnetic resonance imaging (MRI), cerebrospinal fluid examination and neurophysiological tests. Truncal hypotonia gradually became evident, but he developed at a moderate pace and walked short distances. At the age of 4 years and 11 months, he received an electroencephalogram and spinal MRI, but no significant results were obtained. At this point, he could walk about 5 meters without support, eat without dysphagia, and understand easy instructions. At the age of 5 years and 4 months, he entered the IRUD with written informed consent from his parents. Chromosomal microarray testing showed no abnormalities, but whole exome sequencing revealed a known variant (NM_020988.3 (GNAO1):c.626G>A [p.Arg209His]) with de novo symptoms. GNAO1 is a causative gene of intractable epilepsy; however, epilepsy is not the most significant factor in some cases. Rather, developmental delay, hypotonia, and involuntary movements are the main clinical features. As there was no contrary evidence, we diagnosed this patient as having a GNAO1-related disorder. Therefore, we confirmed the usefulness of whole exome sequencing in undiagnosed pediatric cases. Keywords: GNAO1, psychomotor developmental delay, hypotonia, whole exome sequencing Corresponding Author: 佐藤孝俊 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学小监科 sato.takatoshi@ twmu.ac.jp doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.2_62 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## 緒言 GNAO1 は, 2013 年に難治性てんかんの原因遺伝子として報告されだ. その後の研究で, 薬剤抵抗性のてんかんだけでなく, 精神運動発達遅滞や筋緊張低下を呈することもあり2), 複数の表現型を持つことがわかっている.徐々に症例の集積がなされているものの, その臨床像の理解は十分ではなく, 稀な疾患であると言える。 今回, 原因不明の精神運動発達遅滞, 筋緊張低下を指摘され,各種精查を行うも,長期間,診断確定に至らなかったが, 未診断疾患イニシアチブ (IRUD)による全エクソームシーケンスにより, GNAO1 異常症の診断に至った男坚例を経験した.既報告例との比較とともに報告する. ## 症 例 患者: 0 歳 11 か月, 男児. 主訴:運動発達遅滞. 家族歴 : 母(生下時 35 歳) 側弯症, 父(生下時 34 歳) なし, 母方祖母 Parkinson 病, 3 親等以内に近親婚なし。 周産期歴 : 在胎 39 週 3 日, 出生体重 $3,480 \mathrm{~g}$, 出生身長 $60.0 \mathrm{~cm}$, 仮死なく出生. タンデムマススクリー ニング検查での異常指摘なし。 アレルギー:小麦,卵アレルギーあり,その他な ᄂ. 現病歴: 出生後, 4 か月健診で頸定不十分であることを指摘され,5 か月時に近医を受診した,その際もまだ頸定が確認できず,体重増加不良も認めたことから,前医紹介となった。 その後 5 か月で頸定, 6 か月で寝返りは獲得したものの運動発達遅滞は継続しており,10か月時の段階で,未だ坐位の獲得には至らなかった。このため, 運動発達遅滞の精査目的に前医へ入院を要した. 身体所見上, 高口蓋や年齢に比して体格が小さいことを指摘され,先天性ミオパチーやミトコンドリア病を疑われるも,頭部 Magnetic Resonance Imaging(MRI),有機酸代謝スクリーニングおよびタンデムマススクリーニング検查において, 異常所見なく, 診断確定には至らなかった. 11 か月時に当院へ紹介となり, 1 歳 0 か月時,精查目的に当科入院となった. 入院時身体所見: 身長 $74.5 \mathrm{~cm}(-0.2 \mathrm{SD})$, 体重 $7.190 \mathrm{~kg}(-2.3 \mathrm{SD})$, 頭囲 $43.5 \mathrm{~cm}(-1.9 \mathrm{SD})$, 胸囲 $45.0 \mathrm{~cm}$ (-0.6 SD). 心拍数 115 回/分, 血圧 92/52 $\mathrm{mmHg}$, 呼吸回数 30 回/分, 酸素飽和度 $99 \%$ (室内気),全身状態良好,頸定済,寝返り可,姿勢は蛙様肢位であるが下肢の痤性を認める時もあり,坐位保持は困難であった. 大泉門平坦, 高口蓋あり, 下顎の後退あり. 肺音は清, 心音は整・雑音なし. 腸蠕動音の立進減弱なし, 肝脾腫なし, 臍へルニアなし,停留精巣なし. 母斑なし. 側弯なし. 追視良好, 眼瞼下垂なし, 眼球運動制限なし, 顔面表情の左右差なし. Window 徵候陽性, scarf 徵候陽性. 膝蓋腱反射立進および下肢内転筋反射の描出あり.腹壁反射陰性. 前方パラシュート反射を左右差なく認めた. 入院時検査所見: 〔血算〕白血球数 $6,120 / \mu \mathrm{L}$ (Neut 28.0\%, Lymph 66.3\%, Mono 4.6\%, Eos 0.8\%, Baso $0.3 \%$ ), 赤血球数 $4.25 \times 10^{6} / \mu \mathrm{L}, \mathrm{Hb} 10.1 \mathrm{~g} / \mathrm{dL}$, Ht $30.6 \%$, 血小板数 $17.9 \times 10^{6} / \mu \mathrm{L}$. 〔生化学〕総蛋白 $6.0 \mathrm{~g} / \mathrm{dL}, \quad$ Alb $4.0 \mathrm{~g} / \mathrm{dL}, \quad$ T-Bil $0.5 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, AST 35 U/L, ALT $15 \mathrm{U} / \mathrm{L}, \quad \mathrm{LDH} 248 \mathrm{U} / \mathrm{L}, \quad \gamma$-GTP $7 \mathrm{U} / \mathrm{L}$, CK $97 \mathrm{U} / \mathrm{L}, \quad$ BS $80 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, Cre $0.21 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \quad$ BUN $15.6 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, 尿酸 $4.8 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{NH}_{3} 32 \mu \mathrm{g} / \mathrm{dL}, \mathrm{Na}$ $140 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}, \quad$ K $3.9 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}, \quad \mathrm{Cl} 109 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}, \quad$ Ca 9.1 $\mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{IP} 4.6 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{Mg} 1.7 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}$, 総コレステロール $144 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, 中性脂肪 $84 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{Fe} 93 \mu \mathrm{g} /$ $\mathrm{dL}, \mathrm{Zn} 73 \mu \mathrm{g} / \mathrm{dL}, \mathrm{Cu} 100 \mu \mathrm{g} / \mathrm{dL}$, 乳酸 $7.8 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, ピルビン酸 $0.31 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$. [尿一般】尿色調麦葈色, 尿混濁 ( $)$, 尿比重 1.020 , 尿蛋白定性 (-), 尿糖定性 $(-)$, 尿潜血反応 $(-)$, 尿中アセトン体 $(-)$, 尿中白血球定性 ( - ). 〔尿沈渣〕 白血球 $1 / 5-9 \mathrm{HF}$. 〔髄液検査] 細胞数 0.6 個 $/ \mu \mathrm{L}$ (L 0.0 個 $/ \mu \mathrm{L}, \mathrm{N} 0.3$ 個 $/ \mu \mathrm{L}$, その他 0.3 個 $/ \mu \mathrm{L}$ ), 蛋白定量 $18 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{LDH} 21 \mathrm{U} /$ $\mathrm{L}$, 糖定量 $58 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, 髄液糖/血糖比 0.73 , 乳酸 9.6 $\mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, ピルビン酸 $0.60 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$. 胸腹部 X 線〕心胸郭比 $41 \%$, 肺野に異常陰影なし, 明らかな腸管拡張やニボー像, 便塊貯留は認めず。 入院後経過: 粗大運動の発達の遅れと深部腱反射減弱を伴わない筋緊張低下を認めたことょり,中枢性筋緊張低下の鑑別を行った。身体所見上, 小奇形や特異的な所見を認めず,体幹に優位な筋緊張低下であったことより, GLUT1 異常症を鑑別に挙げた. また, 前医で否定的ではあったものの, 色白で体格も小さかったことから, 念のため, ミトコンドリア病についても, 再度鑑別に挙げたが, 血液・髄液ともに, 乳酸・ピルビン酸の異常を認めず, 否定的であった. また, 空腹時の髄液糖/血糖比も正常であり, GLUT1 異常症も否定的であった. 胸腹部 X 線, 手部 $\mathrm{X}$ 線, 心電図も明らかな異常は認めず, 原疾患の特定には至らなかった. 前医で行った頭部 MRIについて, 当科および放射線科でも読影を行ったが,頭部 から頸椎までに明らかな異常を指摘できなかった。体重増加不良に対して栄養指導を行い, 外来経過観察を開始した。 以後, 1 歳 5 か月で独坐を獲得, 1 歳 7 か月で指差しが見られるようになり,1歳 11 か月で膝立ちが出来るようになった. 2 歳 4 か月時には四つ這いができるようになり,バイバイをするようになった。同時期より二重折り現象陽性, loose shoulder 陽性とさらなる筋緊張低下の所見を認めるようになった。 3 歳で有意語が出現し, 伝い歩きが出来るようになり, 3 歳 10 か月で, ごく短距離ではあるものの, 独歩を獲得した。しかし,坐位・立位とも,体幹の動摇が続いていた。 4 歳 11 か月時, 精査目的に再度, 当科に入院した.流涎が多いが燕下障害はなく, 一般身体所見では,高口蓋の他に明らかな異常はなかった。広基性,かつ, 前のめりに突進するような歩行であり,易転倒性も認めた,小さなものをつまむ際,第 1 指と第 2 指でつまむことはできず, 微細運動の異常も認めた.筋力低下は明らかではなかったが,筋緊張低下は持続していた。四肢の強剛痙縮所見が目立つようになり, 下肢優位な深部腱反射の立進は持続していた.以上の所見より,錐体外路または,春髄も含めた錐体路を病巣と考え,頭部揸よび春髄 MRIを施行するも,有意な所見を認めなかった。 5 歳 4 か月時, 両親から書面による同意を得て IRUD に参加した。 マイクロアレイ染色体検査では明らかな異常が認められなかったが, 引き続いて行われた全エクソームシーケンスにより GNAO1 遺伝子の既報告 de novo バリアント (NM_020988.3:c.626G $>\mathrm{A}($ p.Arg209His)) が認められた. 7 歳 0 か月時頃より,上肢を投げ出すような動作を認めるようになり,引き続き,外来経過観察を続けている。 ## 考 察 GNAO1 異常症は, 筋緊張低下や精神運動発達遅滞, 不随意運動, 薬剤抵抗性のてんかんといった神経学的症状を来す, 常染色体潜性遺伝 (劣性遺伝)の疾患として知られている ${ }^{2)} .2021$ 年の報告では 82 症例が既に報告されている2). 原因遺伝子である GNAO1 遺伝子は 16 番染色体長腕 (16q13) に存在し, 2013 年に松本らによって小児難治性てんかんの原因遺伝子として報告されだ. GNAO1 遺伝子がコードする $\mathrm{G}_{\mathrm{\alpha ol}}$ は, 3 量体 $\mathrm{G}$ タンパク質の $\alpha$ サブユニットを構成するタンパク質として細胞内シグナル伝達に関与している。 そのシグ ナル伝達の異常によって上記の症状が出現すると考えられる. $G_{\alpha 0}$ は脳内で特に多く発現しており3 , 神経細胞の分化に関わることが示唆されているが,詳細な機能についてはまだ解明されていない部分も多 $\varpi^{4)}$. 当初は難治性てんかんの原因遺伝子として報告された本遺伝子であるが,その後の報告で筋緊張低下や精神運動発達遅滞, 不随意運動といったてんかん以外の症状も来すことが現在では知られている.症状の初発する時期としてはほぼ 1 歳未満であり, その症状としては筋緊張低下と精神運動発達遅滞が半数以上であり, その他けいれん, 経口摂取不良, 異常運動などが挙げられる22. 遺伝子変異の部位や種類により症状が異なるという報告もあり ${ }^{5}$, てんかんを来すことなく経過している症例も存在する。てんかんは乳児期発症, 特に 3 か月未満での発症が多いとされ, 不随意運動と比較し早期に症状が出現する傾向にある22. 不随意運動は初発症状としては多くなく, 後に症状として出現してくることが多い. 不随意運動の種類としては舞踏運動やジストニアが多いとされる2). 血液検査, 髄液検查で特異的な検查所見は確認されておらず,MRIでも異常が見つからない例が多 $い^{22}$. MRI で見つかった異常所見も症例により様々であり ${ }^{2}$, 診断に結びっく特異的な所見はわかっていない. 現在のところ,診断のためには遺伝学的検查が必須となっている. 本症例も診断に苦慮し, IRUD による全エクソームシーケンスで診断に至った. 本症例以外でも原因不明の筋緊張低下や精神運動発達遅滯, アテトーゼ型脳性麻疩として理解され, 未診断のままの症例が存在している可能性がある. 本症例における遺伝子バリアント(NM_020988.3: c.626G>A (p.Arg209His)) は既知であり2), American College of Medical Genetics (ACMG) ガイドラインに基づく評価では ${ }^{6}$, PS1 + PS3 で病原性ありと判定される. 本症例においては, 過去の報告と一致した精神運動発達遅滞と筋緊張低下, そして不随意運動を 7 歳時点で来しているが,明らかなてんかん発作は現在まで認めていない(Table 1).過去の報告にあるように、てんかんを発症する場合は早期に発症することが多いため, 本症例もてんかんを来さずにその他の症状が出現する経過を辿る可能性が高いと考えられる. さらに, 本症例と同様の遺伝子バリアントでの症例報告も存在し, 2021 年の報告では少なくとも Table 1. Correlations between features of reported cases and our case. 6 症例は存在している 2 . 本览と同様にてんかんを発症せず,精神運動発達遅滞や不随意運動を主症状とする例が多い ${ }^{577 \sim 9)}$ ,独歩を獲得した症例は報告では $21 \%$ と多くはないが, 本症例も 7 歳時点で, 動摇こそあるものの歩行は出来ている。また精神発達についても, $63 \%$ が発語出来ないとされる中で有意語の発語も可能であり,簡単な指示や会話は理解しており,言語理解も良好と考えられる。発達については同疾患の症例の中では比較的良好な部類に入るものと考える。 7 歳頃より見られている不随意運動については,現在のところ,ADL 低下の原因となってはいないが,今後も慎重に経過観察を要すると考える。既報では,不随意運動のコントロールに難渋し,深部刺激療法 (DBS) を施行された例も存在している ${ }^{10) \sim 122}$.本症例と同様の遺伝子バリアントを持つ症例において,横䋌筋融解症を来した重度の不随意運動に対してガバペンチンの内服が有効であった例も存在して $おり^{13}$, 本症例が今後不随意運動の増悪を認めた際には治療選択の一つとなると考えられる。 本症例においては, IRUDにより診断が得られた. IRUD では臨床所見を有しながらも通常診療で診断に至ることが困難な未診断疾患患者を対象としている ${ }^{14)}$. 診断の体制としては各地域に存在する IRUD 拠点病院における診断委員会で参加の可否について検討し, 必要と判断された場合に全エクソーム解析等の遺伝学的検查を IRUD 解析センターにて施行する,という流れとなる.患者データは IRUD デー タセンターにてデータベース化され,疾患データの蓄積や国際ネットワークとの連携を図る仕組みに なっている. 本学も拠点病院の1つとして機能しており, 2021 年 12 月時点で 87 家系が参加しており,累計の診断率は $28 \%$ である ${ }^{15)}$. 本例に打いては, 最終的に GNAO1 異常症という稀な疾患が同定された。さらに,今後の経過次第ではあるものの, 診断時には, 既報告例とは一部異なる経過を示していたため, 網羅的な解析なしでは,診断に至ることは困難であったと考えられる.特に小览においては, 基礎疾患があっても,その览なりの発達をしていく中で, 経過が個々の症例で異なり,今回のように症例ごとに経過のバリエーションが生じることも考えられる. 臨床経過と身体所見から,必要な検查を行うという診断手順に変わりはないものの,検査を繰り返していくことは児や家族にとって,大きな負担となり,そのような状態は「diagnostic odyssey」と呼ばれている ${ }^{16)}$. そのため, 未診断状態の場合には, 全エクソームシーケンスは考慮すべき選択肢と考えられた。 ## 結 論 運動発達遅滞, 筋緊張低下を初期症状として認め,全エクソームシーケンスにより,GNAO1 異常症の診断に至った 1 例を経験した。,原因不明の精神運動発達遅滞や筋緊張低下を来し, 精查を尽くしても診断に至らない場合には, 全エクソームシーケンスも選択肢に考える必要がある。 ## 謝 辞 本研究は日本医療研究開発法人 (AMED) による未診断疾患イニシアチブ(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases:IRUD)「未診断疾患に対する診断プロ グラムの開発に関する研究」によって行われた。解析センターの米井歩氏, 永田美保氏, 石原康貴氏, 宮下洋平氏に深く御礼申し上げます。 開示すべき利益相反はない. $ \text { 文献 } $ 1) Nakamura K, Kodera H, Akita T et al: De Novo mutations in GNAO1, encoding a Gao subunit of heterotrimeric $G$ proteins, cause epileptic encephalopathy. 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Tokyo Women's Medical University
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# 各領域における分子標的薬の役割 (3)臨床 2 : 乳癌領域における分子標的薬と最近の動向 東京女子医科大学医学部乳腺外科学 (受理 2022 年 3 月 1 日) (3) Molecular Targeted Drugs and Recent Trends in Breast Cancer ## Eiichiro Noguchi Department of Breast Surgery, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan The number of molecular-targeted drugs available for breast cancer therapy has steadily increased in recent years and plays a central role in the systemic treatment of breast cancer. Apart from endocrine drugs, trastuzumab, an anti-human epidermal growth factor receptor 2 (HER2) drug for treating HER2 overexpressing breast cancer, available since April 2001 in Japan, is well-known in the field of breast cancer. However, there are five types of anti-HER2 drugs available as of January 2022, with expanded indications ranging from treatment for metastatic breast cancer to postoperative adjuvant therapy and preoperative medication. Other molecular-targeted drugs, such as angiogenesis inhibitors, mammalian target of rapamycin inhibitors, cyclin-dependent kinase 4/6 inhibitors, poly adenosine diphosphate (ADP) ribose polymerase inhibitors, and immunological checkpoint inhibitors, have been used in clinical practice based on the results of numerous clinical trials. In December 2021, a new option to use a molecular-targeted drug as an insured medical treatment was added to postoperative adjuvant therapy for hormone receptor-positive and HER2-negative breast cancer, an alteration after approximately 20 years since the introduction of aromatase inhibitors. As described above, molecular-targeted drugs are being developed yearly, but there remain limitations to drugs that can be used to treat each breast cancer subtype. Therefore, it is necessary to appropriately select and use therapeutic agents based on subtype and time of introduction. Keywords: molecular-targeted drugs, anti-HER2 drug, CDK 4/6 inhibitors, PARP inhibitors, subtype ## はじめに 網羅的な遺伝子発現解析の結果, 乳癌は luminal A, luminal B, HER2 (human epidermal growth factor receptor 2)-enriched, basal-like(いわゆる trip- ple negative)の 4 つのサブタイプに分類される ${ }^{12}$. 通常 luminal 乳癌では ER (エストロゲン受容体) が陽性で,HER2-enriched 乳癌では細胞膜上に HER2 タンパクが過剩発現していることから, 両シグナル [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.3_67 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. 経路の活性化は乳癌のバイオロジーを規定する重要な因子と考えられている。故に,エストロゲンシグナルを阻害する内分泌療法と,HER2 に対する抗 HER2 療法は乳癌治療の根幹をなしている。 分子標的薬とは特定の分子を標的として開発された薬剤であるが,乳癌全体の約 $70 \%$ を占める luminal 乳癌の治療薬として代表的な夕モキシフェン (当初は経口避妊薬として開発)やアロマターゼ阻害 (AI)薬は内分泌療法というカテゴリーに分類されているので本稿ではふれない。 HER2 過剩発現乳癌は, 乳癌全体の 15~20\%を占め, 予後が悪いことが 1987 年に報告された。この HER2 をターゲットに開発されたヒト化モノクロナール抗体であるトラスツズマブは, 1998 年 9 月に米国食品医薬品局 (Food and Drug Administration:FDA)により認可され, HER2 陽性乳癌の予後を劇的に改善した。日本においては, 2001 年 4 月に HER2 過剩発現が確認された転移性乳癌の治療薬として承認され, その後術後補助療法, 術前薬物療法へとその適応の拡大がはかられ,現在でも HER2 陽性乳癌の key drug として君臨する。 また 2021 年 12 月には, $\mathrm{AI}$ 薬導入以来約 20 年の間変わることのなかったホルモン受容体陽性かつ HER2 陰性乳癌の術後補助療法に, 保険診療として新たに分子標的薬を併用する選択肢が加わった。 以上のように,年々開発が続けられる分子標的薬であるが,乳癌診療においては,サブタイプごとに使える薬に制限があるため, 治療薬ごとに適応可能なサブタイプと治療導入の時期を明確にして使い分けることが必要になってくる. 本誌においては, 2012 年, 第 82 巻第 2 号において神尾ら゙ が「乳癌に対する分子標的治療の進歩」で当時の乳癌領域における分子標的薬について詳しくまとめているため, 本稿では現在の乳癌領域において中心的な役割を占める分子標的薬として,抗 HER2 薬,サイクリン依存性キナーゼ (CDK) 4/6 阻害薬, poly ADP ribose polymerase (PARP) 阻害薬を中心にまとめた. ## 抗 HER2 薬 HER ファミリーを標的とした分子標的薬は数多く開発され,乳癌では HER2 陽性乳癌に対して,抗 HER2 抗体であるトラスッズマブ, ペルツズマブ, トラスツズマブに微小管阻害薬であるエムタンシンをリンカー結合させたトラスツズマブエムタンシン (T-DM1),トラスツズマブに DNA トポイソメラー ゼ I 阻害活性を有するカプトテシンの新規誘導体 (MAAA-1181a)をリンカー結合させたトラスツズマブデルクステカン, HER2 小分子キナーゼ阻害薬であるラパチニブが使用可能である。 臨床においては,それぞれの使用可能な場面が異なっているので注意が必要である. HER ファミリーは HER1 から HER4 まで存在し, 細胞膜上でホモあるいはへテロ二量体を形成して細胞内シグナルを伝達する。トラスツズマブは HER2 の細胞外ドメイン IV と特異的に結合することで下流の細胞増殖シグナルを抑制することと,抗体依存性障害作用 (ADCC) で抗腫瘍効果を発揮するとされる. ペルツズマブはトラスツズマブとは別のエピトープである細胞外ドメイン II に結合して HER2 の二量体化(ホモ二量体化とへテロ二量体化の両方)を妨げるが,最もシグナル伝達強度の強い HER 2 と HER3 との二量体形成を阻害することを可能とする.HER2 は二量体化によりリン酸化するため, 結果的には情報伝達系を障害する。 ペルツズマブとトラスツズマブの作用機序は相補的であるため,ペルツズマブ使用時にはトラスッズマブと併用され,単独投与はされない。 ラパチニブは HER1 と HER2 双方を標的とする小分子チロシンキナーゼ阻害薬で, 細胞内ドメインの ATP 結合部位に結合して自己リン酸化を阻害しシグナル伝達を阻害する ${ }^{3}\left(\right.$ Figure 1) ${ }^{4}$. トラスツズマブデルクステカンは日本において 2020 年 5 月より化学療法歴のある HER2 陽性の手術不能または再発乳癌に対して使用可能になった。 本剤は, 国際共同第 II 相試験の「DESTINYBreast01 試験 $\rfloor^{5}$ において,驚くべき奏効率と無増要生存期間(PFS)を示し,例外的に第 III 相試験の結果を待たずに承認された。登録患者の前治療レジメン数の中央値が 6.0 であり,トラスツズマブと $\mathrm{T}$ DM1 は全症例において使用され,ペルツズマブは $65.8 \%$ の患者が使用されるという,やるべき治療をやり尽くした患者が対象だったが,主要評価項目である奏効率は $60.9 \%$ (CR 6.0\%, PR 54.9\%, SD 36.4\%, PD 1.6\%)と高く(Figure 2),PFS の中央値は 16.4 か月と驚異的であった。 本剤は T-DM1 同様に抗体薬物複合体 (antibodydrug conjugate :ADC)であり, トラスッズマブによる作用と同時にデルクステカンを HER2 陽性癌細胞内にデリバリーする.またデルクステカンは膜透過性を有し, HER2 非発現の隣接腫瘍細胞に対し Figure 1. HER2 signaling pathway, mechanism of action of targeted therapies, and resistance mechanisms. 1. The truncated P95HER2 isoform results in the loss of the extracellular binding site for trastuzumab. 2-3. Overexpression of other tyrosine kinase receptors, such as IGF1-R and C-met, can continue to trigger downstream signaling despite the trastuzumab-mediated blockade. 4. Mutations or loss of PTEN constitutively activates the PI3K signaling pathway (Adapted from reference no. 4/CC BY). HER2, human epidermal growth factor receptor 2; IGF1-R, insulin-like growth factor 1; PTEN, phosphatase and tensin homolog. Figure 2. DESTINY-Breast01 Clinical Trials, Response rate. The confirmed response rate on independent central review is $60.9 \%$ (95\% CI, 53.4 to 68.0 ); among these patients, $6.0 \%$ present a complete response while $54.9 \%$ show a partial response. Another three patients (1.6\%) exhibit progressive disease; two patients $(1.1 \%)$ could not be evaluated. $\mathrm{CI}$, confidence interval; CR, complete response; PR, par-tial response; $\mathrm{SD}$, stable disease; $\mathrm{PD}$, progressive disease; $\mathrm{NE}$, not evaluble. Figure 3. Treatment for HER2-positive metastatic/recurrent breast cancer. HER2, human epidermal growth factor receptor 2 . ても細胞障害を引き起こすバイスタンダー殺細胞効果を有することが知られている。 本剤の登場以降, HER2 陽性の転移・再発乳癌に対する治療は次のようになった. 1 次治療と 2 次治療は従来のままで, 3 次治療に本剤が入る(Figure $3)$. 2021 年 9 月の欧州臨床腫瘍学会 (ESMO) で, 本剤と T-DM1 を 2 次治療として直接比較した国際共同第 III 相試験「DESTINY-Breast03 試験 $\rfloor^{6} \omega$ 結果 が発表された. 本剤は T-DM1 と比較して, 主要評価項目である病勢進行または死亡リスクを $72 \%$ 低下させた. PFS の中央値は, T-DM1 投与群 (263 名)の 6.8 か月 [95\% 信頼区間 (CI) 5.6-8.2 か月]に対して,本剤投与群(261 名)はまだ到達していなかった (95\%CI 18.5-NE か月). 副次評価項目である全生存期間(OS)中央値は両群ともにまだ到達していないが, 12 か月時点における生存率では, T-DM1 投与群の $85.9 \%$ に対して, 本剤投与群は $94.1 \%$ だった。また客観的奏効率は, T-DM1 投与群の $34.2 \%$ (CR 23 名, PR 67 名)に対し, 本剤投与群は $79.7 \%$ (CR 42 名, PR 166 名)であった.この結果により, HER2 陽性の転移・再発乳癌に対する 2 次治療と 3 次治療は入れ替わる可能性が出てきた. また,最近のトピックスとして,非盲検ランダム化第 III 相国際共同臨床試験「KATHERINE 試験」? の結果に基づいて, T-DM1 が術前薬物療法(トラスツズマブおよびタキサン系抗悪性腫瘍剤を含む)により病理学的完全奏効 $(\mathrm{pCR})$ が認められなかった患者に, 術後薬物療法として 14 回まで投与可能となつた. 本試験ではトラスツズマブを含む術前化学療法で $\mathrm{pCR}$ が得られなかった HER2 陽性早期乳癌の患者 1,486 名を対象に,トラスツズマブと比較した TDM1 の術後薬物療法としての有効性と安全性を検討した。その結果, 主要評価項目である浸潤性疾患のない生存期間 (IDFS) について, T-DM1 のトラスツズマブに対する IDFS の優越性が示された[非層別ハザード比 (HR) 0.50 (95\%CI 0.39-0.64), log-rank 検定, $\mathrm{p}<0.0001]$. また, トラスツズマブデルクステカン, ラパチニブ, T-DM1 は脳転移巣に対する抗腫瘍効果も報告されている. ## サイクリン依存性キナーゼ(CDK)4/6 阻害薬 CDK4 および 6 は細胞周期を促進させる因子である.サイクリン D というタンパク質は CDK4 および 6 という酵素 $(\mathrm{CDK} 4 / 6)$ と合体して複合体を作るが, この複合体が,がん抑制遺伝子 RBに結合すると, $\mathrm{RB}$ がリン酸化し, それにより $\mathrm{RB}$ に結合している転写因子 $\mathrm{E} 2 \mathrm{~F}$ が離れ, $\mathrm{S}$ 期への進行や DNA 複製に必要な遺伝子群が発現すると考えられている8). $\mathrm{CDK} 4 / 6$ 阻害薬は文字通りCDK4/6の阻害による G1 細胞周期停止と考えられている. 乳癌では内分泌療法薬との併用で使用される ${ }^{3}(\text { Figure } 4)^{9)}$. 経口 CDK4/6 阻害薬として,パルボシクリブ,アベマシクリブ,リボシクリブが乳癌では使用される Figure 4. Summary of the main mechanisms potentially implicated in the resistance to CDK4/6 inhibitors, ( §) Cell cycle-non-specific mechanisms; (\#) Cell cycle-specific mechanisms (Adapted from reference no. 9/CC BY). CDK4/6, cyclin-dependent kinase 4/6. FGFR, fibroblast growth factor receptor; RTKs, receptor tyrosine kinases; FAT1, FAT atypical cadherin 1. が,わが国で薬事承認されているのは前者 2 種類であり, 2017 年 12 月よりパルボシクリブが, 2018 年 11 月よりアベマシクリブが使用可能になった. 両者には内服スケジュールや副作用に違いがあることは知られているが,最近の研究で,アベマシクリブはパルボシクリブに比べ広く強いキナーゼ阻害活性を持ち, 細胞分裂停止だけではなく, 細胞死までも誘導する可能性があることが, in vitro の研究でわかってきた10. さらに, アベマシクリブは, 国際共同第 III 相無作為比較試験である monarchE 試験 ${ }^{11} の$ 結果を受けて, 2021 年 12 月より, ある一定の基準を満たした再発高リスクの, ホルモン受容体陽性かつ HER2 陰性の患者に対してのみ, 24 か月までの期間術後補助療法として投与可能となった. これは, 保険診療としてホルモン受容体陽性乳癌の術後補助療法に, 約 20 年ぶりに加えられた新たな選択肢となった。 Figure 5. Canonical mechanism of action of poly (ADP-ribose) polymerase (PARP) inhibitors and synthetic lethality. PARPs are proteins that play a role in DNA damage repair. PARP inhibitors impair base excision repair, which prevents repair of single-strand breaks (SSB). Accumulation of SSB causes replication fork stalling and generates lethal doublestranded breaks (DSB). In homologous recombination (HR) deficient cells, such as BRCA mutated cells, DSB cannot be repaired efficiently, thus leading to cell death (Adapted from reference no. 13/CC BY). ## Poly ADP ribose polymerase(PARP)阻害薬乳癌領域では, 生殖細胞系列 BRCA 遺伝子変異陽性かつ HER2 陰性の手術不能・再発乳癌患者が対象となる. 乳癌患者の約 $5 \%$ に BRCA 遺伝子変異が 認められている ${ }^{12) .}$ がん細胞は無秩序な増殖を繰り返すことが知られているが, 細胞の増殖にはDNA の修復が必要となってくる。このDNA の修復を妨げることで細胞死を誘導し抗腫瘍効果をあらわす薬が PARP 阻害薬であり,このDNAの修復に大きく関わるのが, PARP という䣲素と BRCA1, BRCA2 という蛋白である. PARP は DNA 一本鎖切断を認識し, この修復に関連する塩基除去修復蛋白を運んでくる酵素である. BRCA1と BRCA2 は,相同組換えによるDNA の二本鎖切断の修復に重要な役割を果たす。 DNA 一本鎖切断が起こると, PARP はこれを認識し, この修復に関連する塩基除去修復蛋白を運んできてDNAを修復する。この修復により細胞は生存可能となる。一方 DNA 一本鎖切断が修復されないと, DNA 二本鎖切断が起こってしまうが, BRCA1 とBRCA2が担当する相同組換えという機序で DNA は修復されて,細胞は生存可能となる。 このように DNA 修復は 2 種類の修復機能により守られている. BRCA 遺伝子の生殖細胞系列変異を成因とする遺伝性乳癌卵巣癌(hereditary breast and ovarian cancer : HBOC) 症候群に発症する乳癌では, BRCA の機能欠損によりDNA の二本鎖修復切断ができないため, DNA 一本鎖切断修復の主要酵素である PARP を阻害すると, 癌細胞選択的に細胞死が導かれると考えられる ${ }^{3}(\text { Figure } 5)^{13)}$. わが国では 2018 年 7 月オラパリブが化学療法歴のある BRCA 遺伝子変異陽性かつ HER2 陰性の手 Table 1. Molecular targeted drugs available for breast cancer therapy in Japan. & Biomarker & Generic Name & & & \\ *1) T-DM1 can be used as adjuvant therapy up to 14 times only for patients who did not have a pCR after neoadjuvant treatment. *2) Abemaciclib can be administered for up to 24 months only to patients with hormone receptor (HR)-positive and HER2-negative breast cancer with a high recurrence risk ( (1) or (2) below). (1) Four or more ipsilateral axillary lymph nodes are positive for metastasis on pathologic examination (2) One to three ipsilateral axillary lymph nodes are positive for metastasis on pathologic examination (cytological examination prior to neoadjuvant treatment is also acceptable), with a primary tumor size of $5 \mathrm{~cm}$ or more (diagnostic imaging prior to neoadjuvant treatment is also acceptable) or histological grade 3. *3) Patients with a history of chemotherapy with anthracycline and taxane antineoplastic agents should be included. *4) Pembrolizumab may be used in patients with advanced or recurrent MSI-high that has progressed after cancer chemotherapy, which is difficult to treat using the standard of care. MSI, microsatellite instability; pCR, pathologic complete response; T-DM1, trastuzumab emtansine 術不能または再発乳癌に適用承認を受けているが, FDA はタラゾパリブも承認している. 2021 年 6 月,第 III 相 OlympiA 試験(4)の結果,生殖細胞系列 BRCA 遗伝子変異陽性の高リスク早期乳癌患者さんにおいて, プラセボと比較して, 術後補助療法で IDFS の統計学的に有意で臨床的に意義のある延長が示された(HR 0.58, 99.5\%CI 0.41 $0.82, \mathrm{p}<0.0001) .3$ 年時点で浸潤性乳癌または二次がんの発現なしで生存していた患者の割合は, プラセボ群で $77.7 \%$ だったのに対して, オラパリブ群で $85.9 \%$ だった. これにより,今後オラパリブが術後補助療法において使用される可能性が出てきた. ## 血管新生阻害薬 日本では, VEGF (vascular endothelial growth factor)に対する抗体であるべマシズマブが手術不能または再発乳癌に対して, パクリタキセルとの併用においてのみ, 2011 年 9 月より保険適用されるようになった. VEGF は, 腫瘍の血管新生を促進し, 腫痬の増殖・転移に関与する。べマシズマブは血管新生を抑制し,腫瘍増殖を抑制する。また,腫瘍局所の VEGF 過剩により透過性が異常立進した腫瘍血管 を「正常化」することで間質圧を低下させ,結果として併用する抗腫瘍薬の腫瘍内濃度を上昇させるとされる3 . HER2 陰性転移・再発乳癌に対するべバシズマブの有效性を検証した 8 つのランダム化比較試験を用いてメタアナリシスス ${ }^{15) ~ 211}(\mathrm{n}=4,506)$ を行った結果, 化学療法にベマシズマブを併用することによって化学療法単独群と比較して, 有意にPFSを延長し(HR 0.72, 95\%CI 0.67-0.77, $\mathrm{p}<0.00001$ ), 奏効率を改善した (HR 1.47, 95\%CI 1.26-1.71, p $<0.00001$ ).一方で, OSに差は認められなかった(HR 0.95, 95\% CI 0.87-1.03, $\mathrm{p}=0.22)$. ## mTOR (mammary target of rapamycin) 阻害薬 mTOR は多くのがんで恒常的に活性化している $\mathrm{PI} 3 \mathrm{~K} / \mathrm{AKT}$ 経路上のセリン・スレオニンキナーゼであり, この経路は, 細胞堌殖, 細胞周期 (主に G1 から $\mathrm{S}$ 期), アポトーシス, がん血管新生に関わる。 mTOR 阻害薬として, 乳癌ではホルモン受容体陽性の手術不能または再発乳癌に対して, 経口薬であるエベロリムスが AI 薬であるエキセメスタンとの併用で使用される ${ }^{3}$. ## 免疫チェックポイント阻害薬 癌細胞や抗原提示細胞に発現した PD-L1 や PD- L2 と結合すると, 活性化 T 細胞上に発現している PD-1 を介して $\mathrm{T}$ 細胞活性化は抑制され, 癌細胞は免疫を逃避する. 抗 PD-1 抗体や抗 PD-L1 抗体の開発はさまざまな癌種で進んでいるが,日本においては乳癌領域では PD-L1 陽性の手術不能または再発トリプルネガティブ乳癌に対して, 2019 年 9 月にアテゾリズマブが nab Paclitaxel との併用で, 2021 年 8 月にペンブロリズマブが Gemcitabine および Carboplatin, Paclitaxel または nab Paclitaxel との併用での使用が認められている3).なお,ペンブロリズマブは,乳癌領域では非常に頻度が低い(1\%未満)が,高頻度マイクロサテライト不安定性(MSI-High)を有する場合,標準的な治療が困難であれば 2018 年 12 月より使用可能になっている. ## 以上を Table 1 にまとめた. ## おわりに 分子標的薬は,従来の抗がん剤と異なり,個々の腫瘍細胞の生物学的な特性に基づいた因子を標的とするため,大きな副作用を出さずに抗腫瘍効果を発揮することが期待されていた。しかし,現在では従来の抗がん剤とは異なる様々な副作用が出現することがわかっている.特に間質性肺炎は致死に至ることがあるので注意が必要である。また,乳癌領域でも今後ますます登場する頻度が増えてくると予想される,免疫チェックポイント阻害薬の使用は, これに加え甲状腺機能低下や下垂体機能障害, 1 型糖尿病などが起こることが知られている。 以上より,乳癌の全身治療を行う際には乳腺科医だけでなく, 腫瘍内科医, 呼吸器科の医師,内分泌科の医師,神経内科の医師,放射線診断医,薬剤師,看護師, (BRCA 遺伝子を扱う際には)遺伝専門医やカウンセラーなどを加えたチーム医療で診療に当たることが必要である.そのために,医療従事者も至誠の精神に基づき,常に個々の人格を磨いていかねばならないと考える。 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Perou CM, Sørlie T, Eisen MB et al: Molecular portraits of human breast tumours. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# RSV 下気道炎におけるランダム化比較試験による IFN- $\gamma$, IL-4, Th1/Th2 の変動と プランルカストの影響 東京女子医科大学東医療センター小児科 (受理 2022 年 2 月 24 日) Effects of Pranlukast on IFN- $\gamma$, IL-4, and Th1/Th2 in Patients with Respiratory Syncytial Virus Lower Respiratory Tract Infections in Randomized Controlled Trials Makiyo Ikutani, Nahoko Yasuda, Yoko Shida, Tomoko Otani, and Shigetaka Sugihara Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University Medical Center East, Tokyo, Japan } Respiratory syncytial virus (RSV) is a common cause of lower respiratory tract infections (LRIs) in infants and young children and may be accompanied by T helper type (Th) 1/Th2 imbalance. Leukotriene receptor antagonists improve the long-term prognosis of patients with RSV-induced LRIs, but the long-term effects have not yet been investigated. In this study, we measured the long-term effects of pranlukast, a cysteinyl leukotriene receptor 1 antagonist, in hospitalized patients (aged $<2$ years) with RSV-induced LRIs. Participants were randomized into two groups: the pranlukast group (group $\mathrm{P}, \mathrm{n}=9$ ) and the control group (group $\mathrm{C}, \mathrm{n}=11$ ), which received placebo. Both groups were unblinded for prescription at discharge. Group P continued to take pranlukast for 6 months, and group C took nothing after discharge. Serum levels of interferon gamma and interleukin-4 were measured, and Th1 and Th2 cell counts and Th1/Th2 ratio were analyzed by flow cytometry upon hospitalization, at discharge, and 6 months post-discharge. Notably, at 6 months post-discharge, the Th1/Th2 ratio was significantly higher in group $C$ than in group $\mathrm{P}(\mathrm{p}<0.05)$. Although these results suggest that long-term pranlukast administration suppresses Th1 response, no side effects or other diseases were noted. Our study included a small number of patients; therefore, large-scale trials are required. Keywords: RS virus, leukotriene receptor antagonist, IFN- $\gamma$, IL-4, Th1/Th2 ## 緒言 RSウイルス(respiratory syncytial virus : RSV) は,乳幼背に肺炎や細気管支炎などを引き起こす原因ウイルスとして知られている1). 生後 1 年以内に多くの乳児が感染し, ほとんど全ての児が 2 歳までに感染するといわれている.感染した乳児の多くが上気道症状を呈するが, 米国では初感染で 20~30\% の背が下気道疾患(細気管支炎,肺炎)を発症し,生後 12 か月未満の子どものおよそ $1 \sim 3 \%$ がRSVによる下気道疾患により入院している ${ }^{2} . \mathrm{RSV}$ 細気管 Corresponding Author: 生谷真己代 〒116-8567 東京都荒川区西尾久 2-1-10 東京女子医科大学東医療センター小児科 [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.3_75 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. 支炎では喘鳴が聴取され,軽快後にも長期にわたり喘鳴を反復することがある ${ }^{1)}$. RSV 感染症と続発する気管支喘息との関係については様々な報告があり,乳幼児期の RSVへの感染が,喘息発症のリスクを高めると考えられている。直接的な影響は, ウイルス感染により炎症性サイトカインの産生が方進し, 気道損傷が生じることである314).また, RSV 感染により T helper type 1 (Th1) サイトカインである interferon (IFN) $\gamma$ 産生が抑制され Th2 優位になるとの報告があり $\eta^{566}$, Th1/Th2 のアンバランスが RSV 感染後の繰り返す喘鳴や気管支喘息の発症に間接的に関与しているといわれている。 先進国における RSVによる乳幼坚重症下気道感染症による死亡率は高くはないが,入院費用等の医療費を鑑みると,医療経済的にも負担になっているにも関わらず,現時点では有効な抗ウイルス薬はなく対症療法が主体である。 近年ロイコトリエン受容体拮抗薬が RSV 感染後の気道過敏性などを阻止し, RSV 下気道炎の長期予後改善に有効との報告があるが7),実際に症状の改善に効果があるかどうかについての明確な回答は得られていない ${ }^{910)}$.また, マウスに RSVを感染させると約 150 日間に渡って炎症細胞浸潤とリモデリングが続き,気道過敏性の立進が持続したという報告がある ${ }^{11} ものの ,$ 長期に渡りサイトカイン, Th1/Th2 の変動を観察した報告は我々が調べた限りではなかった. 有効な抗ウイルス薬のない中,ロイコトリエン受容体拮抗薬の RSV 下気道炎や長期予後の改善への効果が認められれば, RSV 感染症の今後の治療の選択肢の一つとなると考え, 我々は 2 歳未満の RSV 下気道炎にて当院に入院した児を対象とし, 血清 IFN- $\gamma$ 値, 血清 interleukin(IL) -4 値, Th1, Th2, Th1/ Th2を入院時, 退院時, 退院 6 か月後に測定し, 口イコトリエン受容体拮抗薬の一つであるプランルカストの投与がサイトカイン, Th1/Th2 にどのように影響するかを比較検討した. ほとんどのウイルス感染では Th1 サイトカインの産生が誘導されるのに対し, より重症の RSV 感染症では IFN- $\gamma$ 産生が低下し, Th2 優位の反応が生じるという報告がある ${ }^{5 / 6}$.重症度を一定にして比較をしゃすくするために人工呼吸器を使用した症例や, $\mathrm{SpO}_{2} 95 \%$ 未満の重症例は除外して検討を行った。 ## 対象および方法 2007 年 11 月から 2010 年 2 月の間に月齢 2 か月以上 24 か月未満で鼻汁 RSV 抗原陽性かつ下気道炎にて東京女子医科大学東医療センター小児科に入院した発症 7 日以内かつ入院時の $\mathrm{SpO}_{2}$ が $95 \%$ 以上の览を対象とした ${ }^{12}$. 東京女子医科大学東医療センターは東京都の区東北部に位置し, 地域の中核病院の小児科として, 小児プライマリケアから専門医療まで幅広く担っている。救急診療については, 二次を主体とした小児救急医療を 24 時間体制で行っている. RSV 感染後の繰り返す喘鳴は, より重症の RSV 下気道炎に罹患した児ほど起こりやすいことから,外来にて管理しえた症例ではなく当院に入院した RSV 下気道炎の児を対象とした. しかし呼吸器管理や酸素投与を要するより重症な例では, 投薬などの条件を合わせることが難しくなる可能性があるため, 入院児の中でも $\mathrm{SpO}_{2}$ が $95 \%$ 以上の児を対象とし, 重症化のリスクとなる在胎週数 37 週未満の出生の览, 心疾患のある児, 慢性呼吸器疾患のある児は除外し, 気管支喘息と診断されていた児, 2 週間以内にステロイド剂の全身投与を受けた児,既にロイコトリエン受容体拮抗薬を内服していた児, 人工呼吸器を使用した児も対象から除外した。 入院中, 対象となった症例にはステロイドの全身投与は行わないこととし, 吸入薬はアドレナリン製剤 + 生理食塩水とした. 条件に合致する児のうち, 入院時に保護者に文書と口頭での十分な説明を行い,同意を得られた児のみを無作為に 2 群に分け,それぞれプランルカスト群 ( $\mathrm{P}$ 群), コントロール群 (C 群) とした. 無作為化は病院薬剤部にてキーコード表を作成して二重盲検化し, 退院時に盲検解除した. $\mathrm{P}$ 群には入院時より 6 か月間プランルカスト $7 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} / \mathrm{day}$ を分 2 で投与し, $\mathrm{C}$ 群には入院中のみ偽薬を投与し, 退院後は無投薬とした。両群ともに急性期として入院時(プランルカストまたは偽薬内服開始前), 軽快期として退院時, 回復期として退院 6 か月後の血清 IFN- $\gamma$ 值, 血清 IL-4 値, Th1, Th2, Th1/Th2を測定した. 入院時は入院当日か翌日,退院時は退院当日か前日に採血した。 血清 IFN- $\gamma$ 値, 血清 IL-4 値, Th1, Th2, Th1/Th2 の測定は全てエスアールエル (SRL) 社で行った. 血清 IFN- $\gamma$ 値は酵素免疫測定法(EIA)法,血清 IL-4 値は化学発光酵素免疫測定法 (CLEIA) 法にて測定した. Th1 とTh2については, フローサイトメトリー法により CD4 陽性 T 細胞中の細胞内サイトカ Figure 1. Flowchart of the exclusion and inclusion of test participants. イン(IFN- $\gamma$ ,IL-4)を測定し,IFN- $\gamma$ 産生 CD4 陽性 T 細胞の陽性率を Th1 (\%), IL-4 産生 CD4 陽性 T 細胞の陽性率を Th2 (\%) とし, それらの比(Th1/ Th2)を算出した。 患者背景については, 性別, 月齢, アレルギーの家族歴の情報を収集した。 アレルギーの家族歴は 2 親等以内に気管支喘息, アトピー性皮虐炎, アレルギー性鼻炎と診断された者がいる場合をアレルギー の家族歴ありとした。 プランルカストの投与が RSV 下気道炎の予後を改善するかどうかを検証するため, 主要評価項目として退院時と退院 6 か月後の血清 IFN- $\gamma$ 値, 血清 IL4 値, Th1, Th2, Th1/Th2を 2 群間で比較した. さらに, $\mathrm{P}$ 群, $\mathrm{C}$ 群で, それぞれアレルギーの家族歴のある児のみを抜粋し, 退院時と退院 6 か月後の血清 IFN- $\gamma$ 值, 血清 IL-4 值, Th1, Th2, Th1/Th2 を比較検討した。 副次評価項目として, 入院時の病日(上気道症状出現日を 0 日として算出), 入院日数, 呼吸数が正常化するまでの日数(乳児は呼吸数 50 /分未満となるまでの日数, 幼児は呼吸数 40 /分未満となるまでの日数), $\mathrm{SpO}_{2} 97 \%$ 未満 (パルスオキシメーターを使用して測定)だった日の日数を 2 群間で比較した. また, 退院後 6 か月の経過観察期間中に咳のあった日数, 喘鳴のあった日数をそれぞれ経過観察日数で除した数値を算出し,2 群間で比較した。退院後の咳,または喘鳴のあった日数は,アンケートまたは電話で保護者に確認した。 2 群間の比較には Mann-Whitney のU 検定を用 いた。また,測定値の分布に偏りがあるためそれらの値を対数変換したうえで, $\mathrm{t}$ 検定も行った. クロス表の検定には Fisher の正確確率検定を用いた. 統計ソフトは Excel 統計を使用し, $\mathrm{p}<0.05$ を統計学的有意と判定した. なお, 本研究は東京女子医科大学倫理委員会の承認を得て行った(承認受付番号 1084)。 ## 結果 対象となった 23 名のうち $\mathrm{P}$ 群は 12 例, $\mathrm{C}$ 群は 11 例であったが, $\mathrm{P}$ 群のうち 3 例が患者の申し出により除外され, P 群 9 例, C 群 11 例で検討を行った.対象となった児に吸入ステロイドの投与例は含まれていなかった (Figure 1). 入院時の検体は平均で入院第 1 病日(第 1 病日か第 2 病日)に採取し,退院時の検体は平均で入院第 6 病日(第 $4 \sim 13$ 病日)に採取した。 患者背景と入院時の血清 IFN- $\gamma$ 値, 血清 IL-4 値, Th1, Th2, Th1/Th2を Table 1-1 に示した. P 群は男児 7 例 $(78 \%)$, 女児 2 例で月齢は中央値 6 か月 (2〜14か月),C 群は 11 例で男坚 6 例 $(55 \%)$ ,女坚 5 例で月齢は中央値 10 か月 ( $4 \sim 23$ か月) で, $\mathrm{P}$ 群に低月齢览が多い傾向にあった $(\mathrm{p}=0.10)$. アレルギーの家族歴のある児は $\mathrm{P}$ 群 9 例中 8 例, $\mathrm{C}$ 群 11 例中 5 例であり, $\mathrm{P}$ 群にアレルギーの家族歴のある例が多い傾向がみられた $(\mathrm{p}=0.07)$. なお, 対象となった児の中でアトピー性皮膚炎や食物アレルギーに罹患している児はいなかった. 血清 IFN- $\gamma$ 値は, 入院時は P 群では 9 例中 3 例が測定可能 (感度 $5 \mathrm{pg} / \mathrm{mL}$ 以上) で 6 例が感度未満, Table 1-1. Patients' characteristics at admission in Pranlukast and Control groups. IFN, interferon; IL, interleukin; Th, T helper type; SD, standard deviation. *Data missing for one patient in Pranlukast group. † Data were log-transformed. Table 1-2. Patients' characteristics at admission in Pranlukast and Control groups: only for patients with family history of allergies. IFN, interferon; IL, interleukin; Th, T helper type; SD, standard deviation. "Data missing for one patient in Pranlukast group. † Data were log-transformed. C 群では 11 例中 9 例が測定可能で 2 例が感度未満であり,P 群に低値例 (感度未満)が多い傾向にあった $(\mathrm{p}=0.06)$. 測定値をそれぞれの中央値(最小値-最大値)で示しているが,血清 IL-4 值は P 群 16.0(6.6-146) pg/ $\mathrm{mL}, \mathrm{C}$ 群 21.1 (4.3-501) $\mathrm{pg} / \mathrm{mL}$, Th1 は P 群 4.8 (1.4-7.3)\%,C 群 5.1(1.8-10.9)\%, Th2 は P 群 0.65 (0.4-2) \%, C 群 $1.4(0.5-2.4) \%$ \%, Th1/Th2 は P 群で 4.5(2.3-11.3), C 群で 3.8(2.4-9.4)であった. Table 2-1 は, 退院時と退院 6 か月後の血清 IFN$\gamma$ 値, 血清 IL-4 值, Th1, Th2, Th1/Th2を 2 群間で比較したものである。 血清 IFN- $\gamma$ 値は, 退院時は両群ともに全例で感度以下 $(<5 \mathrm{pg} / \mathrm{mL})$ であった. 退院 6 か月後は $\mathrm{C}$群の 1 例を除き全例で感度以下であった. 血清 IL-4 值は両群ともに退院時に低下し, 退院 6 か月後にかけてさらに低下する傾向にあった. 2 群間の値に統計学的有意差はみられなかった。 Th1, Th2 ともに退院時も退院 6 か月後も 2 群間 の比較で明らかな差は認められなかったが, Th1 は退院時から退院 6 か月後にかけて両群ともに上昇傾向, Th2 は C 群では退院時と退院 6 か月後の值がほとんど変わらないのに対し, $\mathrm{P}$ 群では上昇傾向であった。 Th1/Th2 は P 群では入院時 4.5(2.3-11.3),退院時 4.2 (2.2-21.0), 退院 6 か月後 5.3 (1.9-6.2) と, その値に大きな変化はなかったが, C 群では入院時 3.8 (2.4-9.4), 退院時 6.6 (4.1-9.3), 退院 6 か月後 7.5 (2.7-13.5)と上昇していた。 2 群間での比較では, 退院 6 か月後の値は C 群の方が有意に高値であった $(\mathrm{p}<0.05)$. $\mathrm{P}$ 群, $\mathrm{C}$ 群でそれぞれアレルギーの家族歴のある览のみを抜粋し, 患者背景と入院時の血清 IFN- $\gamma$ 値,血清 IL-4 値,Th1,Th2,Th1/Th2 を Table 1-2 に示 L, 退院時と退院 6 か月後の血清 IFN- $\gamma$ 値, 血清 IL4 值,Th1, Th2, Th1/Th2を 2 群間で比較したものを Table 2-2 に示した. アレルギーの家族歴のある児のみの比較では, $\mathrm{P}$群はやはり男児の方が 8 例中 6 例(75\%)と多かっ Table 2-1. Comparison of serum IL-4 concentrations and Th1/Th2 at discharge and 6 months after discharge in Pranlukast and Control groups. IFN, interferon; IL, interleukin; Th, T helper type; SD, standard deviation. *Data missing for 2 patients in Pranlukast group. † Data missing for 2 and 2 patients in Pranlukast and Control groups. Table 2-2. Comparison of serum IL-4 concentrations and Th1/Th2 at discharge and 6 months after discharge in Pranlukast and Control groups: only for patients with family history of allergies. IFN, interferon; IL, interleukin; Th, T helper type; SD, standard deviation. *Data missing for 2 patients in the Pranlukast group. Table 3. Patients' secondary outcomes in Pranlukast and Control groups. *Data missing for one patient in Control group. † Days until respiratory rate drops below $50 / \mathrm{min}$ for infants and $40 / \mathrm{min}$ for toddlers. § Data were the number of days with symptoms divided by the number of days during the observation period and then multiplied by 100. Data missing for 1 and 1 patients in Pranlukast and Control groups. Figure 2. Serum IL-4 concentrations at admission, at discharge and 6 months after discharge. in, at admission; out, at discharge; 6 months, 6 months after discharge. The black lines indicate patients with a family history of allergies; the gray lines indicate patients with no family history of allergies. No significant difference was observed between two groups. たが,C群は男児 2 例 $(40 \%)$, 女児 3 例で女児の方が多かった。入院時の結果は 2 群間で明らかな差はなく, 退院時と退院 6 か月後の結果も 2 群間で有意差を認めるものはなかったが,退院 6 か月後の Th1/Th2 は P 群が4.6 (1.9-6.1) であるのに対し, C 群は 7.5 (2.7-13.5) と, C 群の方が高い傾向にあった ( $\mathrm{p}=0.06)$. 副次評価項目を Table 3 に示した。入院時の病日, 入院日数, 呼吸数が正常化するまでの日数, $\mathrm{SpO}_{2}$ $97 \%$ 未満だった日の日数は 2 群間で差はなかった. 6 か月の経過観察中, 咳のあった日数, 喘鳴のあった日数も 2 群間で明らかな差は認めなかった。 また, 血清 IL-4 值と Th1/Th2 は P 群, C 群それぞれ, 1 例ずつの值の変化を折れ線グラフに示した (Figure 2, Figure 3)。折れ線グラフでみても,血清 IL-4 值(Figure 2)は 2 群間で明らかな差はなかった. Th1/Th2 (Figure 3) は P 群では入院時, 退院時, 退院 6 か月後にかけて低下傾向を示す例が多かったが,退院時に一時的に上昇している例が数例みられた. C 群では入院時から退院時, 退院 6 か月後にかけて上昇している例が多かった。 $\mathrm{P}$ 群で内服中に明らかな副作用を認めた児や他疾患に罹患した児はいなかった. ## 考 察 今回我々は,プランルカストの投与により,血清 IL-4 值は低下し, Th1/Th2 は上昇するのではないかと予測し, プランルカストの長期投与が RSV 感染後の長期予後の改善に有効なのではないかと考え本 & 8 & 9 & 7 \\ Figure 3. Th1/Th2 at admission, at discharge and 6 months after discharge. in, at admission; out, at discharge; 6 months, 6 months after discharge. The black lines indicate patients with a family history of allergies; the gray lines indicate patients with no family history of allergies. At 6 months after discharge, the Th1/Th2 ratio in the control group was significantly higher than that in the Pranlukast group $(\mathrm{p}<0.05)$. 検討を行ったが,予測した結果は得られなかった。血清 IFN- $\gamma$ 値は,C群と比較してP 群で入院時の値が感度以下の例が多かった $(\mathrm{p}=0.06)$.アトピー素因のある児は IFN- $\gamma$ 産生能が低いという報告がある ${ }^{13144}$.また, IFN- $\gamma$ は新生児で成人の数\%, 1 歳で 50\%, 3 歳で成人レべルに達するため ${ }^{15}$, 低月齢览ほどIFN- $\gamma$ が低値である.P群で感度以下の例が多かったのは,アレルギーの家族歴のある児が多くみられたこと,低月齢览が多かったことも理由として考えられる。実際にアレルギーの家族歴のある坚のみで比較すると,その傾向は減少した $(\mathrm{p}=0.27)$. 一般的に IFN- $\gamma$ は感染初期に上昇し, 感染の終息とともに減少する. 入院時には 20 例中 12 例で血清 IFN- $\gamma$ 值が上昇しており, 退院時には全て低下していた. 全体的に入院時に血清 IFN- $\gamma$ が測定可能な例が多かったのは, 入院時は RSV の感染初期であったためであり, 退院時は感染が軽快し血清 IFN- $\gamma$ が低下したと考えた。退院 6 か月後の血清 IFN- $\gamma$ もほとんどの症例で感度以下だったのは, 特に感染のない時に検体を採取するよう努めたためと思われる。総じて血清 IFN- $\gamma$ が感度以下の例が多くみられたのは,入院を要するような RSV 感染症では軽症の $\mathrm{RSV}$ 感染症と比較してIFN- $\gamma$ が低値となる児が多 (6) ためとも推測された。 血清 IL-4 値は両群ともに退院時には低下傾向に あり, 退院 6 か月後にかけてさらに低下する傾向にあったが, 退院時, 退院 6 か月後の $\mathrm{P}$ 群と C 群との值に有意な差はみられなかった. アレルギーの家族歴のある児のみで両群を比較してみても,この傾向は変わらず, 2 群間で有意な差も認められなかった. プランルカストは Th2 細胞からの IL-4 産生を抑制すると推測される ${ }^{16}$ ことから, P 群で IL-4 が低下すると予想されたが, $\mathrm{C}$ 群と比較して統計学的に有意といえる結果は得られなかった. 本検討では, $\mathrm{P}$ 群 9 例, C 群 11 例と対象症例数が少ない. 対象症例が増えれば,統計学的に有意な結果が得られる可能性もあると推測された。 Th1/Th2 は P 群では, 全体としてみると, 退院時, 退院 6 か月後の値に大きな変化はなかったが, $\mathrm{C}$ 群では退院時, 退院 6 か月後の値が上昇していた. $\mathrm{P}$ 群と C 群, 2 群間での比較では, 退院時は差がなかったが, 退院 6 か月後の値は C 群の方が有意に高值であった $(\mathrm{p}<0.05)$ .アレルギーの家族歴のある览のみで比較すると, 有意差はなくなるものの( $\mathrm{p}$ =0.06), やはり C 群の方が Th $1 / \mathrm{Th} 2$ が高い傾向にあった. 新生児は一般的に Th2 優位であり,乳幼児期も Th2 機能の発達が優位で, Th1 は成長に伴いその割合が増加していく ${ }^{17118)}$. またアトピー素因を有する児では Th2 優位となる. C 群で退院時, 退院 6 か月後の Th1/Th2 が上昇していたのは, RSV 感染 後, 成長発達に伴って免疫系のバランスの変化が起きていることを示していると言える.一方, $\mathrm{P}$ 群で退院時, 退院 6 か月後の Th1/Th2の上昇がみられなかったのは, 低月齢览やアレルギーの家族歴のある児, つまり Th1 機能発達の未熟な例や Th2 優位な例が C 群と比較して P 群にやや多く含まれたことが関与している可能性がある. 実際に, 4 14 か月览のみに限定して P 群, C 群の Th1/Th2を比較すると, 有意差はみられなかった。しかし, ロイコトリエン受容体拮抗薬が Th2 のみでなく Th1 も抑制するという報告もあり ${ }^{19200}$, 本検討ではプランルカストによりTh2が抑えられるという結果は得られなかったが, プランルカストの投与が影響を与え, Th1 への分化を抑制している可能性も考えられる. Th1/ Th2 の個々の值の変動を Figure 3 でみると, P 群では退院時の值が入院時と比較すると 2 倍以上上昇していて, $\mathrm{P}$ 群の他の症例や C 群の動きと異なる症例が 3 例ある。これらの症例は全例アレルギーの家族歴のある症例で,男児 2 例,女児 1 例であった。 月齢は 6 か月, 12 か月, 14 か月と高めであった. 炎症が起こっている入院期間にプランルカストがTh1/ Th2 の値に影響を与えた可能性も考えられるが, データに久損値があるため, 統計学的解析はできなかった.統計学的解析ができず,症例数も少ないため明らかではないが, これらの症例が急性期にプランルカスト投与の効果がみられる小群である可能性も推測された。 近年研究が進み, CD4 陽性 T 細胞は非常に多様なサブセットからなっており,1つのサブセットは固定したものではなく, 周囲の環境で容易に変化することが明らかになっている。実際の炎症組織では Th1, Th2, Th9, Th17, Th22 細胞や制御性 T 細胞が混在しており,複雑な病態を呈する ${ }^{21}$.このことから, RS の感染においても, 様々なサイトカインや細胞が複雑に絡み合って病態を形成しており,Th1/ Th2 バランスのみで評価することは難しいと考えられた。 典型的には, RSV に対する免疫応答は 1 型免疫応答であり, 自然免疫系と獲得免疫系が共に関与している。しかし,RSVに感染した結果,2 型サイトカインが産生されるという報告が増え, 2 型免疫応答を惹起する上皮サイトカインとして, IL-33, IL-25, thymic stromal lymphopoietin (TSLP) が注目されている ${ }^{22}$ ,上皮サイトカインは Th2 細胞や 2 型自然リンパ球(type 2 innate lymphoid cells:ILC2s)を活性化し, アレルギー性気道炎症の病態形成の中心的役割を果たしており ${ }^{2324)}$, RSV 感染症でもその重症化に 2 型免疫応答が関与していることが報告されている ${ }^{22}$. RSV 感染で誘導される IL-33 と ILC2sの増加は新生仔のマウスでは認められるが,成熟したマウスでは認められないという報告があり ${ }^{25}$, IL-33 の産生は年齢依存的に変化すると考えられている ${ }^{22}$. また, RSV 感染中の TSLP の産生量は性別によって異なるという報告もあり,新生仔のオスのマウスは TSLP の産生量が新生仔のメスより多く, のちにアレルギー反応を増幅させる結果となる 2 型免疫応答に影響していると報告されている ${ }^{26)}$. 本検討で $\mathrm{P}$ 群に低月齢览や男児が多かったことが, Th1/Th2 の結果に影響を及ぼしている可能性があると,これらのことからも推測される。 Liu ら ${ }^{27}$ は乳幼坚の急性細気管支炎におけるロイコトリエン受容体拮抗薬の効果と安全性を評価するため, 表題と要旨から検索した 172 の論文の中からコントロール群とロイコトリエン受容体拮抗薬群を比較した, 対象年齢が乳児から 2 歳までの無作為比較試験を行っている 5 つ論文を選択し,検討している. その結果, コントロール群と投薬群で入院期間に関して差はなかったとする報告と投薬群で入院期間が短縮されたという報告が混在していたが,それらを統合して解析したところ,コントロール群と投薬群では入院期間に差はなく, 症状の軽快にも差はなかったという結果が得られている。また, 安全性にも問題がなかったとしている. 今回我々は, 入院病日, 入院期間, 呼吸数が正常化するまでの日数, $\mathrm{SpO}_{2} 97 \%$ 以下だった日の日数を $\mathrm{P}$ 群と $\mathrm{C}$ 群で比較したが, 有意差はみられなかった。また,退院後 6 か月間で咳のあった日数,喘鳴のあった日数についても 2 群間で差は認められず, その間に気管支喘息と診断された児もいなかった。 プランルカストの投与で RSV 感染症の症状の軽快やその後の繰り返す喘鳴を抑えるという効果は認められず,乳幼児の細気管支炎におけるロイコトリエン受容体拮抗薬の効果 ${ }^{27}$ や, 未就学児の繰り返す喘鳴におけるモンテルカストの有効性をみたメタアナリシス ${ }^{28}$ の結果と本検討の結果は同様であり, 検討した免疫学的検查の結果も臨床経過と相違なかった.また,プランルカストの投与により Th1 細胞への分化が抑制されている可能性が示唆されたが,副作用がみられたり,他の疾患に罹患した症例が認められたわけではない. 本検討では基礎疾患のある例, 重症例,外来症例は除外した。本検討で除外したような症例にプランルカストの効果が得られる可能性や,他論文でも言及されているように,ロイコトリエン受容体拮抗薬が有用な遺伝的な変化による表現型が存在する可能性もあり ${ }^{28}$, さらなる検討が必要である。 本検討の限界として,対象症例数が少なかったこと, 退院時に盲検解除したため完全な無作為投与試験とはいえないことが挙げられる。入院期間中は二重盲検法によりプランルカストの無作為投与を行うことができたが,退院後は結果に影響を及ぼすことは少ないと判断し,外来での処方のため盲検解除した. 完全な無作為投与試験とはいえないが,結果への影響は少ないと考える。サイトカインは IFN- $\gamma$ と IL-4のみ測定したが, IL-33 P TSLP, IL-5, IL-13 などその他のサイトカインも測定できていれば,より詳細な検討が可能であったと考えられる。また,検体として血清を用いたが,RSV 感染症における IL-33 とその他のサイトカインを測定した Maeda et al の報告 ${ }^{29}$ では,鼻汁中または気管洗浄液中に IL-33 の上昇が認められた症例でも,血清中では上昇がみられなかったとしているため, 検体として鼻汁を用いれば,違った結果が得られたかもしれない。 ## 結論 Th1/Th2 は C 群で退院時, 退院 6 か月後の値が上昇していたのに対し, $\mathrm{P}$ 群では明らかな変化がなく, 退院 6 か月後では $\mathrm{P}$ 群の方が $\mathrm{C}$ 群と比較して有意に低かった.本検討では,乳幼坚期の RSV 感染時,およびその後プランルカストを投与することにより Th1 細胞への分化を抑制する可能性が示唆された. しかし, 本検討では対象症例数が少なく, 有意差はなかったものの対象症例に偏りがみられたため, 対象症例を増やし, ロイコトリエン受容体拮抗薬の効果がみられる遺伝的な変化による表現型が存在する可能性も含め, さらなる検討が必要である. 本論文の論旨は第 64 回日本感染症学会東日本地方会 (2010 年 10 月,東京)において発表した。 ## 謝 辞 本研究の遂行にあたり,ご教授いただきました和洋女子大学鈴木葉子先生に深謝いたします. また本研究の統計学的解析にあたりご助言をいただきました東京女子医科大学研究推進センター 佐藤康仁先生に深謝いたします。東京女子医科大学学会の定める利益相反に関する開示事項はありません. ## 文献 1) 堤裕幸:呼吸器ウイルス感染症(RS ウイルス感染症) 一病態解明とその制御に向けて一. 小览感染免疫 18 (2) : 161-166, 2006 2) 岡部信彦: RS ウイルス (Respiratory Syncytial Virus). 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 大学附属病院の一般病棟と集中治療室におけるせん妄発症リスク因子 ${ }^{1}$ 東京女子医科大学病院看護部 ${ }^{2}$ 東京女子医科大学八千代医療センター看護局 ${ }^{3}$ 東京女子医科大学看護学部 ${ }^{4}$ 東京女子大学現代教養学部 ${ }^{5}$ 東京女子医科大学病院神経精神科 小イ永 雅子 ${ }^{3}$ ・清水浯 ${ }^{4}$ ・西村 勝治 5 } (受理 2022 年 3 月 7 日) Delirium Risk Factors for Patients in General Wards and Intensive Care Units in a University Hospital Taeko Yasuda, ${ }^{1}$ Noriko Yamauchi, ${ }^{2}$ Naomi Watanabe, ${ }^{1}$ Masako Koizumi, ${ }^{3}$ Satoru Shimizu, ${ }^{4}$ and Katsuji Nishimura ${ }^{5}$ ${ }^{1}$ Department of Nursing, Tokyo Women's Medical University Hospital, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Nursing, Tokyo Women's Medical University Yachiyo Medical Center, Chiba, Japan ${ }^{3}$ Department of Nursing, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{4}$ School of Arts and Science, Tokyo Woman's Cristian University, Tokyo, Japan }^{5}$ Department of Psychiatry, Tokyo Women’s Medical University Hospital, Tokyo, Japan Introduction: This study aimed to determine the differences in risk factors for patients with delirium in the general wards and intensive care units of a university hospital. Materials and Methods: The participants were inpatients at an acute care university hospital, excluding obstetrics and pediatrics patients. Delirium was diagnosed using Delirium Rating Scale-Revised-98 (DRS-R-98) in the general ward and using Intensive Care Delirium Screening Checklist (ICDSC) in the intensive care unit. A logistic analysis was performed using the statistical analysis program package SAS Ver. 9.4 (SAS Institute, Cary, NC, USA) to investigate the factors that influence the development of delirium. Results: A total of 1,420 patients were included in the study. Delirium developed in $36(5.1 \%)$ of the 707 patients who underwent DRS-R-98 in the general ward. Of the 207 patients who underwent ICDSC in the intensive care unit, 57 (27.5\%) developed delirium. The risk factors for patients with delirium in the general ward were dementia (34.8\%, odds ratio [OR]: 12.13) and respiratory distress (11.4\%, OR: 8.53). In the intensive care unit, the risk factors were dementia (75.0\%, OR: 9.65), non-benzodiazepine sleeping pills (77.8\%, OR: 8.79), and history of delirium (72.7\%, OR: 9.45). The OR of dementia as a factor for delirium was the highest in both general wards (OR: 12.13) and intensive care units (OR: 9.65). $ 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学病院看護部 yasuda.taeko@ twmu.ac.jp doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.2_85 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. } Conclusion: Cognitive impairment was associated with the development of delirium in patients in both general wards and intensive care units, and non-benzodiazepine sleeping pills were risk factors delirium development in intensive care units. Keywords: delirium, risk factors, general ward, intensive care unit ## 緒言 せん妄は,身体疾患や全身状態の悪化などにより惹起される意識レべルの変化と注意力の低下を特徵とする器質性の精神障害であり,急性期病院の一般診療科に入院する患者にもっとも多い精神障害である ${ }^{1}$. せん妄は, 患者や家族の苦痛はもとより,医療スタッフの対応の困難感や疲弊を引き起こす病態像でもある2).また,せん妄は quality of life (QOL)の悪化や死亡率にも影響を及ぼすことが明らかにされており3),その後の患者の QOL の保障の側面や生命維持の側面からも,せん妄を予防し,遷延化を防ぐ意義は極めて大きい. せん妄発症の要因については,直接因子・誘発因子・準備因子に分類され(4), 脱水, 感染, 疼痛, 肝$\cdot$腎機能障害, 低酸素血症, 電解質や血糖値の代謝異常, アルコール離脱, 薬物の副作用, 身体拘束, 環境変化, 感覚遮断・過剩, 精神的ストレスなどとの関連(5) が,明らかにされている。せん妄は,これらの因子が複合的に関わって発症するとされているが,一般病棟か集中治療室かの治療環境の違いにより,関わる因子の特徴も異なり,行われる治療やケアも変わり得ることが考えられる。 あらかじめ,治療環境の違いによるせん妄の発症因子について, 明らかにすることができれば,それらの因子を除去することにより,せん妄発症を防ぎ,緩和する治療やケアも可能となると考える。 せん妄発症のリスク因子が明らかになり,せん妄に対する予防や早期発見がなされれば,せん妄の発症や遷延化を防ぐことに繋がり,患者の身体状態の悪化, その後の認知機能低下や QOL 低下の防止, 家族の負担度や医療スタッフの困難度の軽减等に貢献することが期待される. しかしながら,これまでにわが国において,一般病棟か集中治療室という治療環境の違いに着目して,せん妄の発症リスク因子を検討した研究はほとんど見当たらない. そこで本研究では, 大学附属病院の一般病棟と集中治療室に入院した患者におけるせん妄発症の有無と発症リスク因子との関連を分析し, 一般病棟と集中治療室における,せん妄発症の リスク因子を明らかにすることを目的とする。 ## 対象と方法 ## 1. 対象と調査期間 対象は, 2016 年 7 月 1 日 31 日までの 1 か月間に首都圈にある急性期医療を担う大学附属病院に入院した患者としたが,産科と小児科における入院患者を除外した. Lipowski ZJ ら゙により提唱された評価にもとづいて筆者らが作成した,せん妄リスク要因のチェックリスト (Table 1) によって,せん妄ケアについて専門的知識を持つ「せん妄ヶアのリンクナース」である看護師が,せん妄の発症リスクを評価し, 対象患者 (一般病棟は 2,089 名, 集中治療室は 238 名) から, せん妄発症ハイリスク群 (一般病棟は 911 名, 集中治療室は 210 名)を選んだ. せん妄発症ハイリスク群選定の基準としては, 直接因子の中の項目で 1 つでも該当した患者とした。 調査場所である大学附属病院に入院した患者のうち, せん妄ハイリスク患者と判断された患者に対し Table 1. Checklist of risk factors for delirium used by nurses. Figure 1. Flow chart of data collection. We conducted a survey of 30 departments. DRS-R-98, Delirium Rating Scale-Revised-98; ICDSC, Intensive Care Delirium Screening Checklist. て入院期間中, 一般病棟では DRS-R-98(Delirium Rating Scale-Revised-98 $)^{8}$ ,集中治療室では ICDSC (Intensive Care Delirium Screening Checklist) ${ }^{9)}$ により,せん妄発症の有無の判断がなされた。せん妄発症の有無については調查期間中, 毎日, 調査を行った。 ## 2. 方法 せん妄評価では,せん妄発症の有無について,一般病棟では DRS-R-98を用い, 重症度スコア 36 点中 10 点以上をせん妄発症とした ${ }^{10}$. 集中治療室では ICDSC を用い,8 点中 4 点以上をせん妄発症とした ${ }^{11}$. それらの調査結果について, せん妄の発症に影響する因子について統計解析手法を用いて検討した。分析には統計解析プログラムパッケージSAS Ver.9.4(SAS Institute, Cary,NC,USA)を用いて, せん妄発症の有無を目的変数, せん妄発症の因子を説明変数として,ロジスティック解析を行った.説明変数として含めた因子は高齢, 脳疾患の既往, せ几妄の既往, 認知症/軽度認知機能障害, アルコール依存・多飲, ベンゾジアゼピン系抗不安薬, ベンゾ ジアゼピン系睡眠薬, 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬, オピオイド, 鎮静薬, ステロイド, 抗コリン作用薬, H2 ブロッカー, 抗ヒスタミン薬, 抗パーキンソン薬, ジギタリス製剤, 感染, 代謝性障害, 循環動態障害,呼吸障害, 内分泌疾患, 栄養障害, 脳疾患, 膠原病,手術侵襲, 感覚障害, 身体的ストレス, 不動化, 過剩な外的刺激, 心理的ストレス, 睡眠・覚醒リズムの変調, 環境変化, なし(該当なし)の 33 項目で,既往, 症状等および使用の有無を二值のカテゴリー 化して解析モデルに含めた. 説明変数の選択は, ステップワイズ法による変数増加法で行い, AIC (Akaike Information Criteria) ${ }^{12)}$ の最小化により収束判定を行った. 対象者の選定とデータ収集の流れについては, Figure 1 に示す. ## 3. データの取り扱いと個人情報保護 データについては個人が特定されないような情報に限定し, 個人情報の保護に努めた. 本研究については, 所属施設の倫理委員会の承認を受けて実施した (承認番号 3196-R). ## 結 果 せん妄リスク要因のチェックシートによって,せ Table 2a. Age of patients who were checked for the risk factors of delirium according to sex $(n=1,420)$. Table 2b. Age of patients with or without surgery according to sex $(\mathrm{n}=1,420)$. } & Patients & & \multicolumn{2}{c}{ Age } \\ \cline { 3 - 5 } & & Mean & \multicolumn{2}{c}{} \\ Male (without) & 729 & 62.0 & 60.8 & 63.3 \\ Female (with) & 73 & 57.3 & 53.3 & 61.2 \\ Female (without) & 495 & 62.8 & 60.2 & 63.3 \\ ん妄のリスク因子の選定を受けた患者は,1,420 名 (男性 852 名; 平均 61.7 歳, 女性 568 名; 平均 61.2 歳) であった (Table 2a)。その中で手術を受けた男性患者は 123 名(平均 59.5 歳),受けていない男性患者は 729 名(平均 62.0 歳)で, 手術を受けた女性患者は 73 名 (平均 57.3 歳),受けていない女性患者は 495 名 (平均 62.8 歳) であった (Table 2b). また,入院期間については, 男性が平均 14.4 日, 女性が 13.7 日であった (Table 2c). 一般病棟においては,せん妄発症ハイリスク患者 911 名のうち, DRS-R-98によりせん妄発症の評価が行われた患者は 707 名 (77.6\%) であり,204 名はせん妄発症の評価がなされていなかった. 707 名の性別内訳は, 男性 392 名 (平均 65.3 歳), 女性 315 名 (平均 63.8 歳) であった. このうち 36 名 (5.1\%) が 10 点以上を示して, せん妄発症と判断された. 集中治療室においては, せん妄発症ハイリスク患者 210 名のうち, ICDSC により, せん妄発症の評価がなされた患者は 207 名 (98.6\%) であり,3名はせん妄発症の評価がなされていなかった. 210 名の性別内訳は, 男性 119 名(平均 57.6 歳), 女性 91 名(平均 59.1 歳) であった.このうち 57 名 (27.5\%)が 4 点以上でせん妄発症と判断された(Table 3, Table 4)。また,せん妄を発症した患者の基礎疾患の分類については Table 5 に示す. せん妄発症の有無を目的変数とし, リスク因子をステップワイズ法で選択的に説明変数とするロジスティック解析により,せん妄の発症因子として,一般病棟では「認知症」 $(34.8 \%$, OR:12.13) と「呼吸 Table 2c. Period of hospitalization in patients according to $\operatorname{sex}(\mathrm{n}=1,420)$. 障害」(11.4\%, OR:8.53)の 2 項目が認められた。また, 集中治療室においては「せん妄の既往」 $(72.7 \%$, OR : 9.45),「認知症」(75.0\%, OR : 9.65), 「非べンゾジアゼピン系睡眠薬」 $(77.8 \%$, OR:8.79)の 3 項目がせん妄発症のリスク因子として認められた(Table 6). せん妄発症因子として「認知症」のオッズ比が一般病棟 (OR:12.13), ICU (OR:9.65)とも最も高い傾向を示した. ## 考 察 本研究の対象施設は大学附属病院であり, 基本的に受診のためには, かかりつけの医療機関からの診療情報提供書を必要とすることから, 受療目的がある程度, 明確である患者が多い施設である. 当施設においては, せん妄への取り組みとして,2008 年より多職種によるせん妄ケア活動チームの結成, 2010 年より看護師へのせん妄ケア教育プログラムの実施, 2014 年よりせん妄ケア推進プロジェクト, 2017 年よりせん妄・認知症ケア推進リンクナース連絡会の設置などを行ってきた。その活動の中で, 2015 年より「せん妄ケア・パッケージ:ハイリスク患者に対するせん妄評価ツールによる継続的な観察・記録,予防ケア・対応の実践・記録」を導入し, 八イリスク患者の選定・リスク要因の評価・予防ケアおよび対応・せん妄症状の評価 (DRS-R-98/ICDSC)を行っている. 本研究の対象となった 30 部署の入院患者数は, 一般病棟 2,089 名, 集中治療室 238 名であり, その中でせん妄のハイリスク選定がなされた患者は, 1,420 名であった。 せん妄の発症要因に高年齢が考えられるが, 本研究において対象とした患者の平均年齢 (Table 2a)について性別では $95 \%$ 信頼区間が重なっていることから性別の平均年齢には差が認められない. また性別の手術の有無別 (Table 2b) にみても性別,手術の有無別とも $95 \%$ 信頼区間が重なっていることから平均年齢に差は認められないものと考えられる. Table 3. Age of patients who were evaluated with delirium. } & \multirow{2}{*}{ Sex } & \multirow{2}{*}{ Patients } & \multicolumn{3}{c}{ Age } \\ \cline { 4 - 6 } & & & Mean & $95 \%$ confidence interval \\ \multirow{2}{*}{ ICDSC } & Female & 315 & 63.8 & 61.7 & 65.8 \\ & Male & 119 & 57.6 & 53.9 & 63.1 \\ & Female & 91 & 59.1 & 55.1 & 73.0 \\ DRS-R-98, Delirium Rating Scale-Revised-98; ICDSC, Intensive Care Delirium Screening Checklist. Table 4. Delirium incidence rate during the study period in the intensive care unit and general wards. Table 5. Classification of underlying diseases in patients with delirium. & \\ Neoplasms & $2(5.5 \%)$ & $7(12.3 \%)$ \\ Diseases of the blood and blood-forming organs and certain disorders involving & $1(2.7 \%)$ & 0 \\ the immune mechanism & & 0 \\ Mental and behavioural disorders & $2(5.5 \%)$ & $4(7.0 \%)$ \\ Diseases of the nervous system & $3(8.6 \%)$ & 0 \\ Diseases of the eye and adnexa & $1(2.7 \%)$ & $19(33.3 \%)$ \\ Diseases of the circulatory system & $13(36.2 \%)$ & $4(7.0 \%)$ \\ Diseases of the respiratory system & $3(8.5 \%)$ & $11(19.3 \%)$ \\ Diseases of the digestive system & $5(14.0 \%)$ & 0 \\ Diseases of the skin and subcutaneous tissue & $1(2.7 \%)$ & $2(3.5 \%)$ \\ Diseases of the musculoskeletal system and connective tissue & $1(2.7 \%)$ & $3(5.3 \%)$ \\ Diseases of the genitourinary system & $2(5.5 \%)$ & $2(3.5 \%)$ \\ Symptoms, signs, and abnormal clinical and laboratory findings, not classified & 0 & $1(2.7 \%)$ \\ elsewhere & & \\ Injury, poisoning, and certain other consequences of external causes & & \\ Table 6. Logistic analysis of factors causing delirium in general wards and intensive care unit inpatients. } & \multicolumn{4}{|c|}{ General ward $(\mathrm{n}=707)$} & \multicolumn{4}{|c|}{ Intensive care unit $(\mathrm{n}=207)$} \\ また,せん妄ハイリスク患者に対するせん妄発症の有無の評価については, 一般病棟 911 名のうち 707 名, 集中治療室 210 名のうち 207 名になされて いた。これらの評価がなされていなかった理由としては, 入院当日の煩雑な業務の中での評価漏れや調査主旨の徹底不足などが考えられた。 せん妄の発症率については, 一般病棟では $5.1 \%$ (707 名中 36 名),集中治療室では $27.5 \% ( 207$ 名中 57 名),全体で $10.2 \%$ (914 名中 93 名)であり, 先行研究 ${ }^{13)}$ ときく違わないことから,デー夕の信頼性は妥当であると考えられる。 本研究により, 大学附属病院における一般病棟,集中治療室それぞれの,せん妄発症に関連するリスク因子が挙げられたが,一般病棟と集中治療室の両方に存在するリスク因子としては「認知症」である。 一般病棟の「認知症」のオッズ比が高い (OR: 12.13)が,それは経験的にも認められており,それを反映する結果がここでも確かめられた.現在,一般病棟に入院している患者の約 $70 \%$ が高齢者であ $り^{14)}$ ,せん妄は 70 歳以上の入院患者の約 $30 \%$ で合併する1. わが国では,人口の高齢化率が $28.0 \%$ を超 $え^{15)}$, 今後も高くなることが予測されており, 認知機能障害を持つ患者の増加は避けられない。一般病棟と集中治療室のいずれにおいても,入院前の認知機能の評価や,せん妄の予防的介入が欠かせないものであると考えられる。 また,一般病棟のせん妄発症リスク因子として「呼吸障害」が確認された。呼吸障害がある患者は,呼吸器疾患や心疾患を持つ方が多く, 低酸素化を招くことや,活動を制限され不動化を強いられることなどから,せん妄発症のリスクが高くなることが考えられる。呼吸障害は,患者に身体的な負担のみならず, 心理的ストレスや死への恐怖感などをもたらし, それらの促進因子によりせん妄が惹起される可能性がある。そのようなことから,呼吸障害に対しては早期の症状緩和が,せん妄予防の観点からも重要になる。 そして,集中治療室におけるせん妄発症に関連するリスク因子として,「せん妄の既往」があった.過去にせん妄の既往があるということは, 脳機能の脆弱性がある可能性が高いため, 患者・家族と協力して入院時に馴染みのあるものを持参してもらうなど予防的に関わりながら,医療者はせん妄発症の可能性が高いことを認識して丁寧な観察を行い,早期発見・介入を行うことが効果的であると考えられる。 集中治療室におけるもうひとつの因子として,「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」が指摘された. 本研究では,非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の内容をゾルピデム (マイスリー $\left.{ }^{\circledR}\right)$ ,アモバン (ゾピクロン $\left.{ }^{\circledR}\right)$ としているが,これらは従来,せん妄のリスク因子となる危険性が低いと認識されていた可能性がある。べ ンゾジアゼピン系睡眠薬以外の臨床経験上中止した方が良い薬剤に,ゾルピデム (マイスリー ${ }^{\circledR}$ ) が含まれており ${ }^{16}$ ,せん妄のリスク因子として検討される必要があると考える。 また先行研究17)において,術前に投与されたべンゾジアゼピン系薬㓣の用量が多いほど,せん妄発症のリスクが高いことが報告されているが,本調査では有意な, せん妄発症因子として認められなかった。 このことは,本研究での対象施設においては,せん妄教育の各種取り組み過程で, ベンゾジアゼピン系薬物がせん妄発症のリスク因子であることが認知されており,ベンゾジアゼピン系薬物の投与を手術前から制限するなどの対策がとられている背景も影響していることが考えられる。 今回の調查で,一般病棟と集中治療室における, せん妄発症のリスク因子が明らかになった.この違いには,患者の疾患の重症度,治療環境の違いなどの影響が考えられる。一般病棟においては,「認知症」 のほかに「呼吸障害」がリスク因子として認められたが,対象施設には呼吸器疾患や心疾患を持つ患者も多く, それらは慢性的に経過し,増悪時に入院をすることを繰り返す傾向があり,そのような状態がせん妄発症に繋がっていることが推測された。集中治療室では,「認知症」のほかに,「せん妄の既往」と 「非ベンゾジアゼピン系睡眠薬」が認められた。ここでの患者は急性病態にあり,手術侵襲やチューブ・ カテーテル類による不動化, 疼痛, 電解質異常, アラーム音や無機質な周辺環境などから, 脆弱性がある可能性が高い「せん妄の既往」がある患者は, 脳の機能不全が起こりやすい状況にあることが考えられた。 せん妄発症に関連するリスク因子は先行研究4 とほぼ一致していることから,本研究におけるデー夕の信頼性は妥当であると考えられ,結果も受け入れられるものである。今後は, さらに複数の因子の組み合わせによる,せん妄発症のメカニズムなど,検討する必要があると考えられる。 ## 結論 本論文では,大学附属病院の一般病棟と集中治療室におけるせん妄発症のリスク因子を調査した。一般病棟と集中治療室のいずれにおいても認知機能障害がせん妄発症に関わっていることや,集中治療室において非ベンゾジアゼピン系睡眠薬がリスク因子となっていることが明らかになった. 今後, 入院前の認知機能の評価, せん妄予防ケア, せん妄発症に 関わる薬剤についての教育等,看護環境整備に取り組むことが,せん妄発症の低減のために重要であることが示唆された。 ## 謝 辞 データ収集にあたり,東京女子医大版・多職種による せん妄活動(TWMU Multidisciplinary Action on Delir- ium : TMAD)にかかわる皆様, せん妄・認知症ケアリ ンクナースの皆様に, 心より感謝申し上げます。 本研究は, 平成 $26 \sim 28$ 年度科学研究費助成補助金 (基盤研究 (C)) (代表者:山内典子) の助成を受けたものである。本論文の要旨は第 30 回日本総合病院精神医学会総会(2017 年 11 月 17 日,富山)で発表した. 開示すべき利益相反状態はない. ## 文献 1) Lipowski $Z \mathbf{J}$ : Delirium (acute confusion sates). JAMA 258 (13): 1789-1792, 1987 2) Schmitt EM, Gallagher J, Albuquerque $A$ et al: Perspectives on the Delirium Experience and Its Burden: Common Themes Among Older Patients, Their Family Caregivers, and Nurses. Gerontologist 59 (2): 327-337, 2019 3) Heymann A, Radtke F, Schiemann A et al: Delayed treatment of delirium increases mortality rate in intensive care unit patients. J Int Med Res 38 (5): 1584-1595, 2010 4) Grover S, Kate N: Assessment scales for delirium: A review. World J Psychiatry 2: 58-70, 2012 5) Elie M, Cole MG, Primeau FJ et al: Delirium risk factors in elderly hospitalized patients. J Gen Intern Med 13 (3): 204-212, 1998 6) Inouye SK: Delirium in hospitalized older patients: recognition and risk factors. J Geriatr Psychiatr Neurol 11 (3): 118-125, 1998 7)長谷川真澄:急性期の内科治療を受ける高齢患者のせん妄の発症過程と発症因子の分析. 老年看護学 4 (1) : 36-46, 1999 8)一瀬邦弘, 土井永史, 中村満ほか: 老年期精神医学関連領域で用いられる測度 5 せん妄を評価するための測度. 老年精神医学雑誌 6(10):12791285, 1995 9)古賀雄二, 村田洋章, 山勢博彰 : 日本語版 ICDSC の妥当性と信頼性の検証. 山口医学 $63(2)$ : 103111, 2014 10) Kato M, Kishi Y, Okuyama T et al: Japanese version of the Delirium Rating Scale, Revised-98 (DRSR98-J): Reliability and validity. Psychosomatics 51 (5): 425-431, 2010 11) Nishimura K, Yokoyama K, Yamauchi N et al: Sensitivity and specificity of the Confusion Assessment Method for the Intensive Care Unit (CAMICU) and the Intensive Care Delirium Screening Checklist (ICDSC) for detecting post-cardiac surgery delirium: A single-center study in Japan. Heart Lung 45 (1): 15-20, 2016 12)坂元慶行, 石黒真木夫, 北川源四郎:「情報量統計学」, 共立出版, 東京 (1983) 13) Marcantonio ER: Postoperative delirium: A 76year-old woman with delirium following surgery. JAMA 308 (1): 73-81, 2012 14)厚生労働省: 平成 29 年(2017)患者調査の概況. https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/ 17/dl/01.pdf (Accessed January 15, 2021) 15)内閣府:高齢社会白書. https://www8.cao.go.jp/ kourei/whitepaper/index-w.html (Accessed January 15,2021 ) 16)小川朝生:「自信がもてる!せん妄診療はじめの一歩誰も教えてくれなかった対応と処方のコツ」, pp144, 羊土社, 東京 (2014) 17) Barr J, Fraser GL, Puntillo K et al: American College of Critical Care Medicine. Clinical practice guidelines for the management of pain, agitation, and delirium in adult patients in the intensive care unit. Crit Care Med 41: 263-306, 2013
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# 片側けいれん・片麻疩・てんかん症候群を呈した Angelman 症候群の 1 例 ## 東京女子医科大学病院小坚科 (受理 2021 年 12 月 17 日) ## A Case of Angelman Syndrome Who Suffered Hemiconvulsion-Hemiplegia-Epilepsy Syndrome Yui Mori, Hidetsugu Nakatsukasa, Yuya Sato, Aiko Nishikawa, Susumu Ito, Kyoko Hirasawa, and Satoru Nagata Department of Pediatrics, Tokyo Women’s Medical University Hospital, Tokyo, Japan Angelman syndrome is a disorder characterized by severe intellectual disability, epilepsy, ataxic movement disorder, and easily provoked laughter. In hemiconvulsion-hemiplegia-epilepsy (HHE) syndrome, the patient presents with unilateral convulsive superimposition during fever, followed by transient or permanent hemiplegia, and later epilepsy. Herein, we report a case of Angelman syndrome with HHE syndrome. The patient was a 1-year-old girl. She was brought to the hospital with convulsive overload, controlled by medication, but a cluster of convulsions occurred on the fifth day of sickness. Based on patient history and magnetic resonance imaging (MRI) images of the head, biphasic encephalopathy was diagnosed, and symptomatic treatment with anticonvulsants was initiated. HHE syndrome was diagnosed based on the fact that the patient presented with unilateral generalized tonic-clonic convulsions and hemiplegia during the course of acute infection and later developed epilepsy. The early management of convulsions is important in acute encephalopathy, and in Angelman syndrome, not only febrile convulsions but also HHE syndrome may occur. In this study, we found that early identification of patients with epilepsy may lead to appropriate management in the acute phase and reduce the long-term sequelae of epilepsy. Keywords: Angelman syndrome, HHE syndrome ## 緒言 Angelman 症候群は, 重度知的障害, てんかん, 失調性運動障害,容易に誘発される笑いなどを特徴とする疾患である. 発生頻度は約 15,000 出生に 1 人とされ ${ }^{11}$, 日本では $500 \sim 1,000$ 人程度が確認されている.てんかんの合併は Angelman 症候群の $80 \%$ 以上 にみられ2), 発作型は様々である.片側けいれん・片麻痺・てんかん症候群 (hemiconvulsion-hemiplegiaepilepsy syndrome:HHE 症候群)は,多くは有熱時の片側性の痤攣重積状態に引き続き,一過性または恒久的に片麻痺を呈し,後にてんかんを発症する症候群である.明らかな原因は不明だが凝固異常や代 Corresponding Author: 中務秀嗣 $₹$ 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学病院小背科 nakatsukasa. [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.1_8 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. Course of treatment. The convulsions on the first sick day were aborted by intravenous diazepam. On day 5 , a cluster of convulsions was observed, and continuous intravenous midazolam was started. The dose was gradually decreased and discontinued on day 7 . DZP, diazepam; VPA, valproate sodium; MDL, midazolam. 謝異常,脳血管疾患や SCN1A や CACNA1A などの遺伝子異常も原因として報告されている。一方で Angelman 症候群に HHE が合併したという報告はなく,今回 HHE を合併した Angelman 症候群の 1 例を経験したため,文献的考察を加えて報告する。 ## 症 例 患者: 1 歳 0 か月, 女坚. 主訴: 発熱, 左上下肢のけいれん重積. 周産期歴:在胎 40 週 1 日, 正常分婏, 出生体重 $3,520 \mathrm{~g}$. 発達歴・既往歴:頸定は 4 か月に認めたが,その後あやし笑いや寝返りなく, 発達遅滞を認め生後 7 か月で当院紹介となった,当院紹介時に施行した脳波検査の所見から Angelman 症候群を疑い, FISH 法で 15qの UBE3A 領域の欠失を認め確定診断となった.けいれん発作歴なし。 ## 家族歴:特記なし。 現病歴:自宅で $39^{\circ} \mathrm{C}$ 台の発熱をきたし,まもなく左上下肢の強直間代発作を認め救急要請となった.搬送中に両側性となり, 右共同偏視と $\mathrm{SpO}_{2}$ の低下 (室内気で $90 \%$ 程度)を認めた. 病院到着時も両側強直間代発作は持続しており, ジアゼパム $0.5 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$静脈内投与を行い,けいれん開始後 1 時間で止疭した.けいれん重積の精查加療目的に入院となった. 入院時現症:身長 $73.6 \mathrm{~cm}(+0.1 \mathrm{SD})$, 体重 10.4 $\mathrm{kg}(+1.8 \mathrm{SD})$, 頭囲 $45.0 \mathrm{~cm}(-0.1 \mathrm{SD})$, 体温 $38.5^{\circ} \mathrm{C}$,脈拍 170 200 回/分, 呼吸数 32 回/分, JCS 300, 頭部所見は尖った下顎あり, 口が大きい。 心音, 呼吸音,腹部に異常所見は認めない。眼球右偏視あり, 瞳孔は $4 \mathrm{~mm} / 4 \mathrm{~mm}$ ,対光反射緩慢,皮膚は色白. 入院時検査所見 : 【血算〕 WBC $59 \times 10^{3} / \mu \mathrm{L}$ (Neut $53 \%$, Lymph $39 \%$ ). [生化学] CRP $0.25 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, 血糖 $290 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, AST $43 \mathrm{U} / \mathrm{L}$, ALT $17 \mathrm{U} / \mathrm{L}$, LDH 330 $\mathrm{U} / \mathrm{L}$ ,クレアチニン $0.29 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{Na} 141 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}, \mathrm{K}$ $4.0 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}, \quad \mathrm{Cl} 105 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}, \quad \mathrm{Ca} 9.7 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \quad \mathrm{Mg} 2.3$ $\mathrm{mEq} / \mathrm{L}$. 静脈血液ガス〕 $\mathrm{pH} 6.856, \mathrm{pCO}_{2} 145.0$ $\mathrm{mmHg}, \mathrm{HCO}^{3-} 25.1 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}$. 【カテーテル尿検査】尿白血球 50 99/HF, 尿タンパク $1+$, 尿潜血 $1+$. 髄液検查了外観無色透明, 細胞数 2 個 $\mu \mathrm{L}$, 蛋白 40 $\mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, 糖 $135 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$. 【各種培養検査〕血液・髄液培養陰性, カテーテル尿培養で Escherichia coli $10^{7}$ $\mathrm{CFU} / \mathrm{mL}$. 治療および経過 (Figure 1):発作頓挫後は比較的速やかに自然開眼した. 発熱の原因としては, 入院後採取したカテーテル尿培養で Escherichia coli $10^{7}$ が検出され, 尿路感染症と考えられた. 抗菌薬セフトリアキソンナトリウムを開始し速やかに解熱を得られたが,覚醒時間は短い状態が続いた。初回の有熱時けいれんではあったが,基礎疾患を考慮し,第 4 病日よりバルプロ酸の内服を開始した. その後, 第 5 病日に左上下肢または左優位四肢の強直間代発作を反復し, ミダゾラム持続静注 $(0.1 \sim 0.15 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} /$ Figure 2. Brain computed tomography. On day 6 post admission, acute phase edema is visible throughout the right hemisphere. ## awake B Figure 3. Electroencephalography. The left side is during wakefulness and the right side is during sleep. Figure $\mathbf{A}$ shows the condition on day 6 post admission, and figure $\mathbf{B}$ shows the condition on day 14 post admission. Slow waves are noticeable. Figure 4. Brain magnetic resonance imaging. The figures are diffusion weighted imaging, fluid-attenuated inversion-recovery and apparent diffusion coefficient. Figure $\mathbf{A}$ shows the condition on day 7 post admission, and figure B, on day 15 post admission. The abnormal signal previously visible throughout the right hemisphere had improved. h)を開始した。また,重積後より左上下肢の麻疩を認めた。第 6 病日に頭部 CT(computed tomography;Figure 2)を施行し,右大脳半球全体で皮髄境界不明膫と脳溝の狭小化を認めた。また,同日のミダゾラム鎮静下での脳波 (Figure 3)では,覚醒時背景波は全般性多形性徐波を持続して認め,特に右側頭に周波数の遅い徐波が目立った。また, 時に右後側頭部に鋭波を認めた。睡眠時は紡錘波を左のみに認め, 右後側頭部優位の全般性脳機能障害とてんかし性異常が示唆された. 第 5 病日以降は発作なく経過し, ミダゾラムは徐々に減量し, 第 7 病日に中止した。二相性の経過と左右差のある発作から HHE 症候群を疑い,第 7 病日に頭部 MRI (magnetic resonance imaging;Figure 4A)を施行したところ,右前頭頭頂葉, 両側後頭側頭葉の皮質下白質を主体として, 拡散強調像にて高信号域を認め, ADC map で低信号を認めた. HHE 症候群には確立した特異的な治療はなく, 発作も改善傾向にあったため, リ八ビリテーションのみ継続した。 第 14 病日に脳波再検し, 徐波は改善傾向となり,紡錘波も右にも少量出現を認めた(Figure 3).第 15 病日の MRI (Figure 4B)では, 第 7 病日に認めた拡散強調像の異常信号域は消失した。重積後に認めた左上下肢の麻痺は, リハビリテーション介入により徐々に患側の自発運動も認めはじめたが,発症から 2 年後も左右差は残存していた. $ \text { 考察 } $ Angelman 症候群は 15 番染色体 q11-q13 に位置 する刷り达み遺伝子 UBE3A の機能表失により発症する. UBE3A は神経細胞では母由来アレルのみが発現している22). UBE3A の機能障害を引き起こす遺伝学的機序として, 母由来染色体 15q11-q13 の欠失, 15 番染色体の父性片親性ダイソミ一, 刷り达み変異, UBE3A の変異が知られている. Angelman 症候群の患者の $80 \%$ 以上がてんかんを合併し, 久失例で重症例が多いとされる ${ }^{3}$. 発作の初発は 1 3 歳に多いが,少数は乳览期に発症する. 生後 12 か月までに発作を起こす症例は $25 \%$ 未満であり, 発熱時に起こりやす $い^{3}$. Angelman 症候群のてんかんは複数の発作様式を呈し, 一般的に非定型欠神発作, 脱力発作, ミオクロニー発作, 強直間代発作がみられ, 時に非けいれん性の複雑部分発作を引き起こすことが知られる $か^{3}$, HHE 症候群を呈した Angelman 症候群の報告はない. HHE 症候群は, 片側性けいれん後の片側性驰緩麻疩,後にてんかんを合併することを特徴とする症候群である ${ }^{4)}$. HHE 症候群は, Gastaut らが最初に報告した疾患であり ${ }^{5}$, 明らかな原因は不明であるが, 感染症による血管炎や外傷, 急性脳症などが原因として示唆されている). 多くが二相性の発作経過を呈し, 臨床症候群としては二相性発作と遅発性拡散能低下を示す急性脳症 (acute encephalopathy with biphasic seizures and late reduced diffusion : AESD)の経過と一部共通する。片側優位の AESD やウイルスに関連した急性脳症と報告されている場合もあり,鑑別が困難なことから HHE 症候群とし ての認識にそしい場合もある ${ }^{6}$. 画像検査では,初期のてんかん重積時に片側性の病側大脳半球の浮腫が認められ,急性期には血管領域とは関係のない片側の脳萎縮が起こる。また,MRIでは細胞傷害性浮腫を反映し, 病側半球に拡散強調像での高信号域を呈する.脳波検査では,病変側優位の鋭波と律動的な高振幅徐波が特徴である”. HHE 症候群の急性期の治療は主に支持療法であり,初期のけいれん重積状態がコントロールされれば,短期的な予後は良好である ${ }^{8}$. 本症例は急性感染症の経過中に, 一側優位の全身性強直間代けいれんを呈し, その後 1 週間以上持続する片麻疩症状を呈した。また,基礎疾患を考慮し入院中から VPA(valproic acid)内服開始していたが,けいれん群発から 18 か月後にてんかん発作を合併した点から HHE 症候群の診断とした. 画像と脳波検查からは病側大脳半球の機能低下が示唆されたが,最終的には抗てんかん薬の内服により発作のコントロールは良好であり, 初期のけいれん重積の管理が本疾患において重要と思われた。一方で本症例の観察期間はまだ 2 年と短く, 長期的な予後に関してはさらなる観察が必要である. 今までに Angelman 症候群の患者が HHE 症候群を起こした報告はなく,偶発的に合併した可能性もあるが,以下のような機序も考えられた. Angelman 症候群が発作を起こしやすい機序として, UBE3A 機能が失われることで, AMPA 受容体機能障害によるシナプス可塑性障害と GABA 抑制系の機能障害を引き起こすことが知られている年10. これにより発作の間値が低下し, さらに発熱による発作の長期化と興奮毒性による神経細胞傷害が HHE 症候群を来す原因となる可能性が示唆された。また, HHE 症候群の多くは発熱性疾患を契機に発症し, Dravet 症候群の原因遺伝子として知られるSCN1Aが関連するとの報告"11 がある. Angelman 症候群においても Dravet 症候群と同様に発熱により発作が重症化しやすく ${ }^{12)}$ ,熱過敏素因のあるけいれん重積の患者は HHE 症候群を引き起こす可能性も考慮された. Angelman 症候群においても,通常のてんかん発作のみならず, HHE 症候群をはじめとする急性脳症をきたす可能性があることを念頭に置き診療にあたる必要がある。また,早期に鑑別することで,急性期の適切な管理とその後のてんかんの発症を予測し, 長期的な後遺症を軽減させる可能性があると思われた。 ## 結 語 HHE 症候群を呈した Angelman 症候群の 1 例を経験した。けいれん重積状態は医学的な緊急事態であり,可及的速やかに発作を抑制する必要がある.片側のけいれん発作に続く片麻瘁を呈した場合には, HHE 症候群の可能性を考慮し治療にあたる必要がある. 本症例の発表・論文作成について保護者に同意を得た. 本症例は第 35 回日本神経救急学会学術集会 (2021 年 5 月,東京)にて発表した。 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Margolis SS, Sell GL, Zbinden MA et al: Angelman Syndrome. Neurotherapeutics 12: 641-650, 2015 2) 稀少てんかんに関する包括的研究班: アンジェルマン症候群(指定難病 201)。難病情報センター ( 2021 ) . https://www.nanbyou.or.jp/entry/4771 (Accessed December 21, 2021) 3) Thibert RL, Conant KD, Braun EK et al: Epilepsy in Angelman syndrome: a questionnaire-based assessment of the natural history and current treatment options. Epilepsia 50: 2369-2376, 2009 4) Albakaye M, Belaïdi H, Lahjouji F et al: Clinical aspects, neuroimaging, and electroencephalography of 35 cases of hemiconvulsion-hemiplegia syndrome. Epilepsy Behav 80: 184-190, 2018 5) Gastaut H, Poirier F, Payan H et al: H.H.E. syndrome; hemiconvulsions, hemiplegia, epilepsy. Epilepsia 1:418-447, 1960 6)浜野晋一郎:片側けいれん・片麻疩・てんかん症候群.「稀少てんかんの診療指標」(日本てんかん学会編), pp82-85, 診断と治療社, 東京 (2017) 7) Auvin S, Bellavoine V, Merdariu D et al: Hemiconvulsion-hemiplegia-epilepsy syndrome : Current understandings. Eur J Pediatr Neurol 16 (5): 413-421, 2012 8) Yiş U, Giray O, Kurul SH et al: Long-standing fever and Angelman syndrome: report of two cases. J Paediatr Child Health 44 (5): 308-310, 2008 9)斎藤伸治:Angelman 症候群.「小坚疾患診療のための病態生理 2 」(小児内科』『小児外科』編集委員会共編), pp233-235, 東京医学社, 東京 (2015) 10) Samanta D: Epilepsy in Angelman syndrome: A scoping review. Brain Dev 43 (1): 32-44, 2021 11) Sakakibara T, Nakagawa E, Saito $Y$ et al: Hemiconvulsion-hemiplegia syndrome in a patient with severe myoclonic epilepsy in infancy. Epilepsia 50 (9): 2158-2162, 2009 12) Valente KD, Koiffmann CP, Fridman C et al: Epilepsy in patients with angelman syndrome caused by deletion of the chromosome 15q11-13. Arch Neurol 63 (1): 122-128, 2006
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# 人工呼吸中の患者への睡眠評価と睡眠援助一調査分析に基づく検討一 東京女子医科大学集中治療科 佐藤暢夫走・野村 岳息 (受理 2022 年 3 月 11 日) Sleep Assessment and Assistance for Patients Undergoing Mechanical Ventilation: A Study Based on a Survey Analysis Nobuo Sato and Takeshi Nomura Department of Intensive Care Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan } The analgesia, sedation, and delirium management guidelines (PADIS guidelines) for patients in the adult intensive care unit (ICU) published in 2018 mention the need for proper sleep evaluation and management. A web questionnaire survey on sleep evaluation and intervention status in domestic ICUs, based on the PADIS guidelines, was conducted. The majority of the respondents were physicians working in city hospitals. Approximately $70 \%$ of the respondents answered that they performed sleep assessments on patients who are hospitalized, undergoing oral or nasotracheal intubation ventilation, undergoing post-tracheostomy ventilation, and undergoing ventilation with noninvasive positive pressure ventilation. Based on the survey, the most common evaluation method was the subjective evaluation done by nurses, rather than using the Richards-Campbell questionnaire recommended by the PADIS guidelines. More than half of the respondents answered that they dim lights in the patient's room at night, administer sleep medication, and adjust the dose of continuous sedation medication day and night to promote sleep in patients undergoing ventilation. Additionally, $40 \%$ of the respondents felt that sleep disturbance during ventilation, while in the ICU, may impact the patient's life after the liberation from the mechanical ventilation. Evidence supporting sleep assistance in ventilated patients remains unclear. Further research is necessary. Keywords: mechanical ventilation, sleep support, questionnaire 緒言 2018 年に公表された, 成人集中治療室(ICU)患者に対する鎮痛・鎮静・せん妄管理ガイドライン (PADIS ガイドライン)では, これまでの研究から睡眠障害は ICU せん妄, 人工呼吸期間の延長, 免疫機能の乱れ, 認知機能障害に寄与していると想定され ており,睡眠の適切な評価・管理の必要性が言及さ れている ${ }^{1)}$ 今回,われわれは PADIS ガイドライン の発表を踏まえ, 国内 ICU の睡眠評価や介入状況に ついてその達成状況の確認のため Webアンケート 調査を行った。 twmu.ac.jp doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.3_92 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. } Table 1. Evaluation of sleep $(\mathrm{n}=69)$. } & Subjective evaluation and observation by nurses & 41 & 89 \\ ^{\dagger}$ Multiple answers were allowed. \ #The population parameter is the number of people who answered "Yes" in the previous question. VAS, visual analog scale; EEG, electroencephalogram; NPPV, non-invasive positive pressure ventilation. } ## 対象と方法 日本集中治療研究会 (Japanese Society of Education for Physicians and Trainees in Intensive Care :JSEPTIC)メーリングリスト参加者全員にメールで web 入力によるアンケート調查参加の依頼を行った(2020 年 11 月 1 日時点で登録メンバー 数 7,172 名). 全部で 17 の質問項目を作成し, 自由意志による記名回答とした。このうち, 救命センター ICU を含む ICU で勤務していると回答した人の回答について集計を行った。回答期間は 2020 年 11 月 1 日 11 月 30 日の 1 か月間とした(質問項目は appendix に示す). ## 結 果 回答期間中 84 名(JSEPTIC メーリングリスト登録メンバーの $1.2 \%$ )より回答があり,そのうち対象となる救命センターICU を含む ICU での勤務者の回答は 69 名 (82\%) であった. 回答者の職種は医師が 38 名 (55\%) と多く, 看護師 22 名 (32\%), 臨床工学技士 5 名 (7\%), 理学療法士 4 名 (6\%) であった. 回答者の勤務施設は大学病院が 26 名 (38\%), 一般の臨床研修病院が 40 名 (58\%), 臨床研修病院以外が 2 名(3\%)であった. 入院中の患者に対する睡眠評価は $67 \%$ (回答者数 46 名)で行われており, 評価方法(複数選択可)は看護師による主観的な睡眠評価が $89 \%$ (41 名)であった. また, $9 \%$ (4 名) で Visual Analogue Scale (VAS) 法, 9\% (4 名)で睡眠質問票を用い, 1 名は脳波測定による評価という回答であった(Table 1). Figure 1. Answers to the question: "What are you doing to improve the sleep of patients with mechanical ventilation? (Multiple answers allowed)" Figure 2. Answers to the question: "Have you ever felt that sleep during mechanical ventilation in intensive care units has affected the patient's own life after the liberation from mechanical ventilation?" 人工呼吸中の睡眠評価も経口・経鼻気管插管で $64 \%$ ,非侵襲的陽圧換気療法(noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)中の患者で $65 \%$ 行われており,評価方法についても一般の入院患者と同様の傾向であった(Table 1). 人工呼吸患者の睡眠を促すために, 64 名で夜間は患者居室の照明を暗くしていた。また薬剤関係では 56 名で持続鎮静薬の量を昼夜で調整しており,53 名で睡眠薬を投与していた. 30 名は人工呼吸器の換気モードを昼と夜で変えている, 25 名で夜間はモニターのアラーム音量を下げる, 25 名で夜間は必須で ない看護ケアを避ける, 11 名で足浴, 手浴を行っている, 10 名は耳栓を使用してもらう,8名でアイマスクを使用などの回答があった。また,特異的なものとして,アロマセラピーを行っているとの回答も 1名あった(Figure 1). アンケート回答者の $46 \%$ (32 名)で人工呼吸中の睡眠状態が人工呼吸器離脱後の患者自身の生活に影響を及ぼしている可能性を危惧していた。その内容は不眠の継続 (24 名), 抑うつ状態の悪化 (16 名),不安が強い (8 名), そして post traumatic stress disorder(PTSD)になっているとの回答も6 名でみら れた(Figure 2). ## 考 察 これまで重症成人患者の睡眠管理に関するアンケート調査報告は少なく ${ }^{2)}$, 特に睡眠評価についての調査報告は見当たらない. 今回の報告は, 人工呼吸中の睡眠援助に関する現状の課題を洗い出すために,有用な結果を示した初めての調查報告である. PADIS ガイドラインでは Richards-Campbell 睡眠質問票の使用を推奖している ${ }^{1)}$ が, 本アンケート調査結果によると,質問票の使用は 4 名(6\%)にとどまっており,約 9 割が看護師による主観的な睡眠評価との回答であった。その原因として,侵襲的・非侵襲的を問わず人工呼吸中は鎮静薬投与により意思疎通などコミュニケーションが遮られやすく, 質問評価票が使用しづらい状況にあると考える. しかし,観察による主観的評価では,閉眼を睡眠中と過大評価される場合があるため ${ }^{3)}$, より正確な睡眠評価を行うためには睡眠質問票の使用を検討すべきと考える。一般に質問票による評価は面接者・評価者の主観に影響されない,観察不能な意識的側面の情報が入手できる,デー夕収集が効率的,対象者の協力が得られやすいなどの利点がある。一方, 回答者自身の意識的操作が現れる,回答者自身が意識していない無意識的情報や回答時のノンバーバル情報は入手できない,言語報告の妥当性・信頼性の確保が困難 がある. 人工呼吸患者の睡眠を促すための環境調整を検証した櫻本らの調査結果 ${ }^{2}$ で,明るさの調整 (84.6\%), モニター音の調整 (48.5\%) が行われていた。今回の調査結果では明るさの調整は $93 \%$ で行われており,回答者の睡眠援助に対する意識の高さがうかがえた. 一方で,ランダム化比較試験で効果があるとされている ${ }^{5}$ 耳栓の使用は $14 \%$ にどまっており, PADIS ガイドラインで推奖されている痛みの有無,睡眠時無呼吸,レストレスレッグス症候群,周期性四肢運動障害などの睡眠妨害因子の検索も含めた多角的睡眠促進プロトコル実施が求められる. またアンケート回答者の 5 割弱は,人工呼吸中の睡眠が人工呼吸器離脱後の患者自身の生活に不眠, 抑うつ, 不安, PTSD などの形で影響を及ぼしていると感じており, 今後, 因果関係について調査していく必要があると考えられた. 本調査の限界として, 回答者数が 84 名(回収率 $1.2 \% )$ と少数であることから,現状の集中治療室の環境を必ずしも反映しているとは限らないことを考慮する必要がある。 回収率が低かった理由として,質問内容が睡眠というアウトカムに直結しづらい領域であること,自由記名式であったことが挙げられる. アンケート回収率を上げる方法として,メーリングリストによる募集ではなく, 各施設の集中治療室管理者を対象に直接回答依頼を行うことでより高い回収率を得られる可能性がある。そのため, 今回のアンケート回答者は睡眠障害に関する意識が高いと考えられ, 過大評価になっている可能性も考慮するべきであろう。 今後, 本報告結果を踏まえ, さらなる睡眠評価と睡眠援助の検討や実施が促進されることが望まれる. ## 結論 今回全国の医療施設の集中治療に関わる医療関係者を対象に睡眠援助に関するアンケートを行った。大学病院, 市中病院の ICU に勤務する医師, 看護師より回答が得られた. 睡眠評価は ICU に勤務していると回答した者の 7 割弱で行われているものの, 評価方法は半数以上が看護師の観察による主観的な評価であった. PADIS ガイドラインで推奖されている睡眠質問票利用が,現状では少なく,より正確な睡眠評価のために,その普及方法について検討することが, 今後の課題となるだう。 ## 謝 辞 アンケートにご回答いただきました医療スタッフの皆様, 本アンケート調査作成にあたりアドバイスいただきました自治医科大学附属病院看護部本部茂呂悦子先生, 広島大学大学院救急集中治療医学の太田浩平先生に感謝申し上げます。 本稿の内容の一部は第 42 回日本呼吸療法医学会学術集会(2020 年 12 月,京都)で発表した. 開示すべき利益相反状態はない. ## 文 献 1) Devlin JW, Skrobik Y, Gélinas C et al: Clinical Practice Guidelines for the Prevention and Management of Pain, Agitation/Sedation, Delirium, Immobility, and Sleep Disruption in Adult Patients in the ICU. Crit Care Med 46 (9): e825-e873, 2018 2) 櫻本秀明, 卯野木健, 白坂雅子ほか:(調査報告) 鎮静・鎮痛・せん妄・睡眠管理,ICU diary に関する実態一Web アンケート調査の結果から一. 日本集中治療医学会雑誌 27 (5): 429-432, 2020 3) Bourne RS, Minelli C, Mills GH et al: Clinical review: Sleep measurement in critical care patients: Research and clinical implications. Crit Care 11 (4): 226, 2007 4) 成田健一:調査研究一質問紙調查法によるアプローチ. 日本摂食嚥下リハビリテーション学会雑誌 6 (2) : 140-147, 2002 5) Van Rompaey B, Elseviers MM, Van Drom W et al: The effect of earplugs during the night on the onset of delirium and sleep perception: a randomized controlled trial in intensive care patients. Crit Care 16 (3): R73, 2012
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# 頭頸部主幹動脈に多発進行性解離を認めた線維筋異形成症に対して血管内治療を施行した1例 '東京女子医科大学脳神経外科 ${ }^{2}$ TMG あさか医療センター脳神経内科 ${ }^{3}$ 東京女子医科大学東医療センター脳神経外科 (受理 2022 年 3 月 16 日) ## A Case of Endovascular Treatment for Multiple Progressive Dissection Associated with Fibromuscular Dysplasia \author{ Nobuhiko Momozaki, ${ }^{1}$ Satoru Miyao,,${ }^{1}$ Hiroki Eguchi, ${ }_{1}$ Mariko Asano, ${ }^{1}$ \\ Shuichi Fujii, ${ }^{2}$ Hidetoshi Nakamoto, ${ }^{1}$ Yuichi Kubota, ${ }^{3}$ and Takakazu Kawamata \\ ${ }^{1}$ Department of Neurosurgery, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \\ ${ }^{2}$ Department of Neurology, TMG Asaka Medical Center, Saitama, Japan \\ ${ }^{3}$ Department of Neurosurgery, Tokyo Women's Medical University Medical Center East, Tokyo, Japan } Fibromuscular dysplasia (FMD) is a type of non-arteriosclerotic, non-inflammatory vascular lesion that occurs mainly in the media of small- and medium-sized arteries. FMD can be diagnosed by cerebral angiography or pathology, and the string-of-beads feature is specific to FMD. FMD is common among middle-aged women, and the incidence is lower in Japan than in Europe and the United States. There is no clear evidence on the benefits of endovascular intervention for acute revascularization of dissecting FMD lesions. Moreover, in Japan, there are no reports of bilateral internal carotid artery (ICA) stenting for progressive dissecting FMD lesions, which occur frequently in the main trunk artery. We report a 50-year-old woman who visited the clinic with a complaint of headache. The patient was referred to our hospital because of right ICA dissection, as identified by head and neck magnetic resonance angiography (MRA). At admission, the patient was conscious, and her only symptom was headache. No neurological dropout was observed. We performed urgent cerebral angiography and observed narrowing of the right ICA at the second cervical vertebra and blood vessel wall irregularity in the third segment of the left vertebral artery. On the seventh day of illness, MRA showed vascular wall irregularity in the left ICA as a new lesion, and left ICA dissection was diagnosed. Progression of the left ICA lesion was observed on the 12th day of illness. We performed left ICA stenting on the 15th day of illness. The patient progressed without postoperative neurological symptoms, and headache improved. No vertebral artery lesion exacerbation was observed. On the 22nd day of illness, preventive stent placement of the right ICA dissection was performed. After surgery, the patient was discharged home on the 31st day of illness without complications. Follow-up imaging is required for suspected FMD, and endovascular treatment may be effective for advanced lesions. Keywords: fibromuscular dysplasia, endovascular treatment Corresponding Author: 桃㠃宣彦 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学病院脳神経外科 momo.nobu $15 @$ gmail.com doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.3_97 Copyright (C) 2022 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## 緒言 線維筋異形成症 (fibromuscular dysplasia:FMD) は中小動脈の主に中膜に変化を伴う非動脈硬化性,非炎症性の血管病変であり, 診断には脳血管撮影あるいは病理学的診断が必要であり, 動脈解離所見としての念珠状変化が特異的所見とされる. 中年女性に多く, 欧米に比して本邦では報告が少ない1). FMD の解離性病変に対して, 急性期血行再建としての血管内治療の介入の是非に関しては明確なエビデンスはなく, 本邦において, 主幹動脈に多発する進行性の解離性病変に対して両側内頸動脈ステント留置術を施行した報告はない,今回我々は短期間で進行する両側内頸動脈の解離性病変に対して, 亜急性期に血管内ステント留置術を行った症例を経験したため報告する。 ## 症 例 患者: 50 歳女性. 主訴:頭痛。 既往歴:小脳出血(35 歳開頭血腫除去術), 高血圧なし, 糖尿病なし。 家族歴: 母 (くも膜下出血), 姉 (くも膜下出血),娘 (未破裂動脈瘤). 現病歴:X 年 $\mathrm{Y}$ 月,持続する頭痛を主訴に,翌日に近医を受診した。 頭部 Magnetic Resonance Imaging(MRI)を施行され,右内頸動脈解離を疑われ東京女子医科大学脳神経外科へ紹介となった。また,頭痛の出現前に明らかな外傷のエピソードはなかった. 来院後経過:来院時(発症 2 日目), 頭痛以外の症状は認めなかった。 頭頸部精査で MRIを施行し, Magnetic Resonance Angiography(MRA)で右頭蓋外内頸動脈に想室様 (diverticulum-like) の二重管腔所見を認め,右内钼動脈解離(Figure 1A,B)と診断した。また左椎骨動脈にも解離を疑う壁不整を認めた (Figure 1C). 同日緊急で脳血管造影検查を施行する方針とした. 右内頸動脈撮影で右内頸動脈の第 2 頸椎レべルに狭小化を認め (Figure 2A), 右中大脳動脈領域の灌流遅延を認めた. 左内頸動脈撮影では, 左内頸動脈から前交通動脈を介しての cross flow により,右中大脳動脈領域が描出された。 また, 左椎骨動脈撮影で左椎骨動脈にも壁不正を認めた(Figure 2 B). 脳血管撮影上, 上記所見から FMD と判断した.採血検查では炎症所見や抗核抗体は除性であり,動脈炎や自己免疫疾患は否定的であった.頭痛のみで虚血症状がないため, 厳格な血圧コントロールの下,抗血栓療法を開始し, 保存的加療の方針とした. 経過観察中, 右内頸動脈に画像上での病変の進行は見られなかった.しかし第 7 病日, MRA で新規病変として左内頸動脈に解離の出現を認め (Figure 3 A, B), 第 12 病日に左病変にも diverticulum-like な解離腔の出現が確認され, 進行の経過を見ていると判断し(Figure 3C), 第 15 病日に左内钼動脈ステント留置術を施行する方針とした。 血管内治療:〔左内钼動脈ステント留置術〕右鼠経部大腿動脈に $8 \mathrm{Fr}$ シースイントロデューサーを挿入後, バルーン付きガイディングカテーテル 8 FrOPTIMO (Tokai Medical Products, 愛知) を左総頸動脈に留置した. 左総頸動脈撮影で病変の評価を行ったところ, 第 12 病日の MRA (Figure 4A) と比較し鄎室様の解離腔の下方進展を認め(Figure 4 B), 大後頭孔レベル〜第 2 頸椎椎体下縁レベルまで約 $45 \mathrm{~mm}$ 程度の解離性病変であり, 同部位の内钼動脈は狭窄していた。解離腔の拡大の予防を目的としてステント留置を行う方針とし, $8 \times 29 \mathrm{~mm}$ のステント Wallstent ${ }^{\mathrm{TM}} \mathrm{RP}$ (Boston Scientific, Marlborough, MA)を左内頸動脈に留置を行うこととした。 Proximal protection 下に,ステントを true lumen 内であることを確認しながら慎重に lesion cross し, petrous portion から展開した. $3 \mathrm{~mm} \times 40 \mathrm{~mm}$ の RX-Genity (カネカメディクス)を 4 気圧 (nominal 8 気圧) で 20 秒拡張し(Figure 4C),ステントを解離腔をカバーするように内頸動脈に展開留置した. 血管への負担を考え後拡張は行わなかった。 内頸動脈の良好な拡張と, 解離腔の消失を確認し, 良好な血行再建を達成したと判断した (Figure 4D). 一方,右病変に関しても評価を行い, 右総頸動脈撮影で petrous portion に高度狭窄を認めたが, 解離腔は血栓化し進行はしていないと判断し, 右病変は引き続き保存加療継続の方針とした. 術翌日より頭痛の改善を認めた。 第 22 病日(左内頸動脈ステント留置術後 7 日目) に血管造影検査で両側病変の評価をした。左病変に関しては良好な血行再建が達成されており, 解離の再発も認めなかった. 右病変に関しては, 順行性の血流の改善は認めたものの, 自然経過で治癒が得られず,壁不正としての解離腔の残存が確認されたため,ステント留置を施行する方針とした。 〔右内頸動脈ステント留置術〕左鼠経部に $8 \mathrm{Fr}$ シースイントロデューサーを挿入後, 右総頸動脈に Figure 1. Magnetic resonance images on admission. (A) Intracranial magnetic resonance angiography (MRA) images showed poor visualization of the right internal carotid artery compared with the left side. (B) MRA showed irregularity of the vessel wall in the right cervical internal carotid artery (arrow). (C) MRA showed irregularity of the vessel wall in the left vertebral artery (arrow). (D) An axial slice of time of flight (TOF) showed a double-lumen in the right internal carotid artery (arrow). Figure 2. Angiography on day of hospitalization. (A) Right carotid angiography showed narrowing of the right internal carotid artery (arrow). (B) Left vertebral artery angiography showed irregularity of the vessel wall in the left vertebral artery (arrow). バルーン付きガイディングカテーテル 8 FrOPTIMO (Tokai Medical Products)を留置した。右総頸動脈撮影で病変評価したところ, 右内頸動脈第 1 頸椎〜第 2 頸椎レベルに約 $40 \mathrm{~mm}$ 程度の狭窄病変を確認した (Figure 5A). $8 \mathrm{~mm} \times 29 \mathrm{~mm}$ のステント Wallstent ${ }^{\mathrm{TM}} \mathrm{RP}$ (Boston Scientific) を右内頸動脈に留置する方針とした. Proximal protection 下にマイクロカテーテル Excelsior SL-10 (Stryker, Kalamazoo, MI), ガイドワイヤーCHIKAI $315 \mathrm{EXC}$ (朝日インテック社, 愛知)で解離腔に入らないよう注意しながら lesion cross を行った. ステントを解離腔上縁から内頸動脈内に収まるよう留置した(Fig- Figure 3. Time series of left cervical internal carotid artery on magnetic resonance images. (A) Magnetic resonance angiography (MRA) on day 2 showed no abnormalities (arrow). (B) MRA on day 7 showed slight irregularity of the vessel wall (arrow). (C) MRA on day 12 showed progression of the irregularity of the vessel wall and dissections (arrow). (D) An axial slice of time of flight (TOF) showed a double-lumen in the left internal carotid artery (arrow). Figure 4. Stenting of left internal carotid artery. (A) MRA on day 11 of hospitalization. (B) Left common carotid artery imaging showed extension of the dissection cavity (arrow). (C) Balloon dilation to the left internal carotid artery. (D) Common carotid artery imaging after stent placement. ure 5B). 前拡張・後拡張は行わず, 内頸動脈の拡張と解離腔の消失を確認し, 良好な血行再建を達成したと判断した。 治療後経過: 神経脱落症状はなく経過した. 第 28 病日(右内頸動脈ステント留置術後 6 日目)に評価目的に脳血管造影を行い, 両側とも解離腔の拡大なく, 内頸動脈の良好な拡張を確認した (Figure 6 AB)。第 32 病日に独歩で自宅退院となった. $ \text { 考察 } $ 頭蓋内解離性病変は椎骨動脈領域で頻度は高く, Figure 5. Stenting of right internal carotid artery. (A) Right carotid angiography before carotid artery stenting. (B) Right carotid angiography after carotid artery stenting. Figure 6. Angiography before discharge. (A, B) No dilation of the dissection cavity was present in either bilateral internal carotid artery, and the internal carotid artery was well dilated. くも膜下出血を伴わない頭痛発症の報告が散見される2). 頸部内頸動脈解離は若年脳卒中の原因として知られているが,本邦では頸部内頸動脈解離の報告は少ない. Minematsu らの報告では特発性頭頸部動脈解離 454 例中,本症例のような頭蓋外内頸動脈解離 はわずか 11 例 $(2.4 \%)$ であったとしており ${ }^{3}$, 本症例は,両側の内頸動脈解離をきたした稀な症例であると言える。 多発の頭頸部主幹動脈解離において,FMD は鑑別診断にあげるべき疾患である.FMD は中年女性 に好発するとされるが,欧米に比して本邦での報告は少ない1). 中小動脈の主に中膜の変化を伴う非動脈硬化性, 非炎症性血管病変であり, 非頭頸部の動脈における発症も報告されているが,特に腎動脈,内頸動脈における発症が多い4). 脳血管の FMD においては $95 \%$ が内頸動脈に生じ,うち $60 \sim 85 \%$ で両側性とされる ${ }^{5}$. Osborn らは FMDを血管造影所見により,念珠様変化(string of beads)を認め $89 \%$ を占める type 1 , tubular stenosis を呈する type 2 , diverticulum-likeを呈する type 3 の 3つに分類し $た^{116)}$. 典型的所見である type 1 以外は疑診例であり,確定診断には組織学的所見を要するとされていたが,米国血管医学会 (SVM) 掠よび欧州高血圧学会(ESH)より発表されたコンセンサスでは, 必ずしも病理診断を要するとは明記されておらず, FMD の診断確定には画像上で 1 つ以上の単巣性または多巣性の動脈病変が認められることを必要としだ7. 本症例では,コンセンサスに則り両側の内頸動脈の解離性病変を FMD と診断した。短期間で進行が確認された稀な症例であり,筆者が渉猟した限り同様な報告はなかった。 頭頸部 FMD は一般的に進行が遅く, 比較的良好な経過をとるものが多いとされ,無症候性または非局在性神経症状を呈した症例に対しては抗血小板薬や抗凝固薬で予防または加療を行う ${ }^{118}$. しかし, 近年,頭頸部主幹動脈の高度狭窄病変や解離性病変に対し,頸動脈ステントなどを用いた急性期血行再建を施行し,良好な結果が得られた報告が散見される) $^{9100}$. 本症例では明らかな神経脱落所見は認めなかったが,短期間内での左内頸動脈解離が出現し,解離腔の拡大と下方進展がみられたため, 準緊急的に左頸動脈ステント留置術を施行した。また, 対側の右内頸動脈においては, 解離腔の拡大予防に加之,灌流低下による脳虚血の予防的観点も含めてステン卜留置術を行い, 良好な経過を得ている. 症例によってリスクを考慮した上で,血管内治療が望ましい場合があると考えられ,今後さらなる症例の蓄積が期待される。 ## 結論 FMD に合併した頭頸部の多発主幹動脈解離に対 して両側内頸動脈ステント留置術を施行した 1 例を報告した。両側の内頸動脈に解離性病変を認め, 経過観察中の短期間で左内頸動脈は進行性の増悪を認めた。両側内頸動脈に血管内治療を行い良好な転帰を得た.FMDが疑われる症例に対しては継続した画像のフォローアップが必要であり, 進行性の病変に対しては脳血管内治療が有効である可能性が示唆された. 開示すべき利益相反状態はありません。 $ \text { 文献 } $ 1) 川俣貴一, 竹下幹彦, 加川瑞夫: 線維筋性形成異常症. 日本臨床 51 (増刊 CT, MRI 時代の脳卒中学) :636-641, 1993 2) Naito I, Iwai T, Sasaki T: Management of intracranial vertebral artery dissections initially presenting without subarachnoid hemorrhage. Neurosurgery 51 (4): 930-937, 2002 3) Minematsu K, Matsuoka H, Kasuya J: Cervicocephalic arterial dissections in Japan: Analysis of 454 patients in the spontaneous cervicocephalic arterial dissections study I (SCADS-I). Stroke 39 (2): 566, 2008 4) Kadian-Dodov D, Gornik HL, Gu X et al: Dissection and Aneurysm in Patients With Fibromuscular Dysplasia: Findings From the U.S. Registry for FMD. J Am Coll Cardiol 68 (2): 176-185, 2016 5)嶋崎晴雄:線維笳性形成異常症と脳梗塞. Brain Nerve $60: 1125-1133,2008$ 6) Osborn AG, Anderson RE: Angiographic spectrum of cervical and intracranial fibromuscular dysplasia. Stroke 8 (5): 617-626, 1977 7) Gornik HL, Persu A, Adlam D et al: First international consensus on the diagnosis and management of fibromuscular dysplasia. J Hypertens 37 (2): 229252, 2019 8) Olin JW: Recognizeing and managing fibromuscular dysplasia. Cleve Clin J Med 74 (4): 273-274, 277282, 2007 9) Meyers PM, Higashida RT, Phatouros CC et al: Cerebral hyperperfusion syndrome after percutaneous transluminal stenting of the craniocervical arteries. Neurosurgery 47 (2): 335-343, 2000 10) Miyamoto N, Naito I, Takayama S et al: Urgent stenting for patients with acute storoke due to atherosclerotic occlusive lesions of the cervical internal carotid artery. Neurol Med Chir (Tokyo) 48 (2): 49-55, 2008
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# 遺伝医学アップデート:基礎医学から臨床現場まで ## (5)単一遺伝子異常による糖尿病に対する個別化医療 \author{ 東京女子医科大学附属八千代医療センター糖尿病・内分泌代謝内科 \\ 東京女子医科大学病院ゲノム診療科 \\ 東京女子医科大学総合医科学研究所 \\ 東京女子医科大学医学部内科学講座糖尿病 - 代謝内科学分野 } (受理 2023 年 8 月 23 日) ## Genetic Medicine Update: From Basic Research to Clinical Care (5) Precision Medicine for Monogenic Diabetes \author{ Naoko Iwasaki \\ Department of Diabetes and Metabolic Endocrinology, \\ Tokyo Women’s Medical University Yachiyo Medical Center, Chiba, Japan \\ Institute of Medical Genetics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \\ Institute for Comprehensive Medical Sciences, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \\ Division of Diabetology and Metabolism, Department of Internal Medicine, \\ Tokyo Women’s Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan } Maturity-onset diabetes of the young (MODY) is the most prevalent form of early onset diabetes patients with caused by a single gene disorder. The number of patients with MODY in Japan is estimated to be more than 12,000. MODY1, MODY2, and MODY3 are the most prevalent types of MODY, and are good indications for precision medicine, which results in improved prognosis and medical cost-effectiveness associated with MODY. We have provided a basis for genetic diagnosis and treatment of MODY using precision medicine. Improving the quality of life in patients with MODY by promoting the use of of precision medicine is an urgent task in Japan. Keywords: MODY, precision medicine, monogenic diabetes, genetic diagnosis, quality of life ## 糖尿病遺伝子研究の歴史糖尿病と遺伝の関わりは古くから気づかれていた が,大多数を占める 2 型糖尿病の遺伝形式が複雑で あったため研究は長らく困難な時代が続いていた。今日では, 糖尿病全体の $90 \%$ 程度を占める 2 型糖尿病と,5\% 程度を占める 1 型糖尿病はともに多因子遺伝によること,加えてメンデル遺伝やミトコンド リア遺伝による糖尿病があり,さらに糖尿病を併発 夕ー糖尿病・内分泌代謝内科 [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.93.5_103 Copyright (C) 2023 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## Inheritance of diabetes Figure 1. Modes of inheritance observed in diabetes. The three major modes of inheritance and the associated form diabetes are shown. MODY, maturity onset diabetes of the young; MIDD, maternally inherited diabetes and deafness; MELAS, mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis, and syncope. Table 1. Genetic classification of diabetes mellitus. T1DM, type 1 diabetes; T2DM, type 2 diabetes; MIDD, maternally inherited diabetes and deafness; MELAS, mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis and syncope; MODY, maturity onset diabetes of the young; AD, autosomal dominant; AR, autosomal recessive; NDM, neonatal diabetes. しやすい染色体異常症も知られており,様々な遺伝形式による糖尿病が存在することが明らかにされている (Figure 1, Table 1). 多因子疾患は加齢, 肥満などから構成される環境要因と遺伝要因(効果の小さな多数の糖尿病感受性遺伝子の集合体のアウトプットとしての疾患感受性)の相互作用によって発症する。一般的な疾患である高血圧,高脂血症,喘息, 肥満なども多因子疾患である. ## 1 型糖尿病と 2 型糖尿病 2 型糖尿病の遺伝形式が多因子遺伝であったため, 原因遺伝子の解明は「遺伝学者の悪夢」といわれてきた。しかし,遺伝形式を問わずに原因遺伝子を解析することが可能な解析法として罹患同胞対法 (affected sib-pair analysis) が開発され1),これを契機に糖尿病の遺伝子研究は飛躍的に進展した. 1989 年には本法によって 1 型糖尿病の発症に HLA 遺伝子領域が関連することが明らかにされた22. 1994 年には全ゲノム上のマーカーを用いた解析により,改めて 1 型糖尿病の発症には HLA 領域に存在する遺伝子が関連することが示されだ. . 我々も 2 型糖尿病の原因遺伝子解析としてわが国で最初に罹患同胞対法を用いた解析を手掛けだ),その後,日本人 2 型糖尿病の感受性座位が染色体 21 番上のある領域に存在する可能性を示じ,最終的に原因となる一塩基多型 (single nucleotide polymorphism : SNP) が染色体 21 番上の KCNJ15(Potassium Inwardly Rectify- G Figure 2. Kcnj15 inactivation in Akita diabetic mice enhanced insulin secretion. G: Fasting blood glucose and OGTTs in siRNA-treated and control Akita mice. Each female mouse was fasted overnight (mean 6 SEM $[n=8]$ ). H: Plasma insulin levels before and after OGTTs in siRNA-treated and control Akita diabetic mice (mean 6 SEM $[\mathrm{n}=4]$ ). Reprinted from reference no. 7 under CC BY-NC-ND 3.0. ing Channel Subfamily J Member 15)遺伝子に存在することを明らかにした.KCNJ15に見出されたバリアント $\mathrm{rs} 3746876$ の $\mathrm{T}$ allele が 2 型糖尿病と有意に関連し, T allele は KCNJ15 発現を光進させることが判った. そこで, rs3746876 の機能を明らかにするためにヒト $\beta$ 細胞を使用して siRNA による $K C N J$ 15 の不活化を行い,インスリン分泌が回復することを確認しだ. その後、インスリン分泌低下型の遺伝性糖尿病のモデル動物である Akita mice に siRNA を用いてKcnj15を抑制したところ,Akita mice の内因性インスリン分泌が糖負荷後に有意に増加し,結果的に負荷後の血糖が有意に低下することを認めた (Figure 2) $)^{7)}$. 以上から $\mathrm{KCNJ} 15$ 遺伝子は糖尿病治療薬の候補分子であると考えられ, 既に海外の大学でその方面の研究に着手している研究室がある. 今日では,罹患同胞対法や連鎖解析とは異なり,連鎖を考慮しない全ゲノム関連解析 (genome-wide association study:GWAS)が多因子疾患の遺伝子解析において主流となっている. シーケンサー機能の向上と解析アルゴリズムの開発により数万例の対象患者対数万例の対照といった巨大スケールのサンプルによるGWAS が国際共同研究によって推進され, 2 型糖尿病以外にも多くの疾患で成果が報告されている. 2 型糖尿病の感受性遺伝子/座位は既に数百種類が報告されているが, odds ratio (OR) が 1.5 を超えるバリアントは稀であり, 1 個のバリアントで発症を予測することは困難である。そこで,比較的効果の強い数種類のバリアントを組み合わせた genetic risk score (GRS) を用いた発症予測が開発されている。予測能はかなり向上しているものの現時点では臨床応用には至っていない。 ## メンデル遺伝による MODY メンデル遺伝による糖尿病は単一遺伝子異常による糖尿病 (monogenic diabetes) と呼ばれる。一般に浸透率が高く, 生活習慣に関係なく若年で発症する (Figure 1). Monogenic diabetes の大部分を占める型が maturity-onset diabetes of the young (MODY) である. MODY の疾患概念は 1960 年にミシガン大学 Fajans によって, 肥満なく若年で糖尿病を発症し, スルフォニル尿素薬が奏功する症例として報告されだ . その後, Fajans は 5 世代にわたる若年発症糖尿病の巨大家系を見出し, シカゴ大学 Bell らが連鎖解析により当該家系の原因遺伝子 (MODY1) が染色体 20 番長腕に存在することを 1991 年に報告した99. MODY1のクローニングは, 長らく不明のままであった糖尿病の発症機序を明らかにする画期的な発見につながるとして大きな期待が寄せられ,果たして 1996 年に Bell らが MODY1 の原因が hepatocyte nuclear factor(HNF)-4 (HNF4A) 遺伝子であることを見出した10. MODY は 3 世代以上の濃厚な糖尿病家族歴を有することが多いが, de novo発症による孤発例の MODY 症例が報告され ${ }^{11}$, 現在では家族歴は必須ではないことが知られている. MODY のうち MODY 1, MODY2, MODY3 および MODY13 関しては分子病態に即した最適で有効な治療法が明らかにされ, 適切な介入で治療予後や QOL の向上が望めることから 2014 年に Consensus Guideline が発表され, 2022 年には改訂版が公表された212. ## MODY の疫学 海外の報告によると, MODY の頻度は糖尿病全体の $1 \sim 3 \%$ と報告されている ${ }^{13144}$. 令和元年の厚労省の発表 ${ }^{15}$ によると「糖尿病が強く疑われるもの」は 351 万人とされており, 単純計算では少なくとも 3.5 万人程度の MODY 患者が存在することになる。また, 日本糖尿病学会「単一遺伝子異常による糖尿病の成因,診断,治療に関する調査研究委員会」による推算では,「少なくとも 12,000 人以上」と記載されている ${ }^{16)}$. 本邦で MODY の有病率に関する報告は少ないが, 当施設における調査では 25 歳未満発症のインスリン非依存型糖尿病患者の $11.5 \%$ が臨床的に MODY に該当した ${ }^{17}$. この集団から特に典型的な家系を抽出して詳細な家系情報を調查し ${ }^{18}$, その家系の中から日本で 1 例目の MODY1 $1^{19)}, M O D Y 3^{20)}$ および世界で 1 例目のMODY5 ${ }^{21}$ を報告した. また, 依藤らは尿糖を指摘された非肥満かつ家族歴のある小児 80 例のうち 38 名 (47.5\%) が MODY1, MODY2, MODY3 および MODY5 の病原性バリアントを保有することを明らかにしている22),米国ジョスリン糖尿病センターの調査においても 1 型糖尿病と診断され,50 年以上の罹病期間を有する 1,019 名のうち 80 名 (7.9\%)に MODY 遺伝子に病原性バリアントもしくはその可能性の高いバリアントが検出されてお $り^{23}$, MODY は従来考えられていたほど稀な疾患ではないことが示唆される。また,英国の調查によると MODY2 遺伝子の病的バリアント保有者の頻度は, 妊娠糖尿病患者を用いた推計から一般人口 1,000 人当たり 1 人であると推定した ${ }^{24)}$. MODY2 は軽症例が多く,インスリン抵抗性が出現する妊娠期に高血糖が出現することが多く, 境界型糖尿病あるいは耐糖能障害と診断されていたり,未診断で経過することが多いと考えられる。我々も妊娠を契機に糖尿病の診断に至った境界型糖尿病という典型的な経過を有する MODY2 の姉妹例において,新規の病的バリアントを報告した25). ## MODY の病態 ## 1. MODY の原因遺伝子 MODY の原因遺伝子は 14 種類報告されている (Table 2 ${ }^{2627)}$. MODY の中ではグルコキナーゼ遺伝子(GCK)の病的バリアントを原因とする MODY2 と, HNF-1 $\alpha$ 遺伝子 (HNF1A) を原因とする MODY 3 が最多で, 英国ではこの 2 種類で MODY 全体の 8 割程度を占める ${ }^{14}(\text { Figure 3 })^{28}$. 次に HNF-4 $\alpha$ 遺伝子 (HNF4A)を原因とするMODY1, HNF-1 $\beta$ 遺伝子 (HNF1B)を原因とする MODY5 が続く. 本稿では頻度の高い MODY1, MODY2, MODY3 およ゙ MODY5 の病態について簡単に述べる. ## 2. 解糖系酵素の機能障害による MODY MODY2 は GCK の病的バリアントが原因で発症する糖尿病である. GCK がコードするグルコキナー ゼは, 解糖系の第一ステップであるグルコースからグルコース 6 リン酸への変換を触媒する酵素であり, 膵 $\beta$ 細胞においてはグルコースセンサーとして機能している.MODY2 患者ではインスリン分泌刺激となる血中グルコース濃度の閥値が上昇しており, その結果として軽度の空腹時血糖上昇が認められる。ただし,グルコースが閾値を超えた場合の追加インスリン分泌能は正常であるため, 食後の血糖上昇幅は抑えられる. MODY2 患者における平均 50 年の長期予後は良好で, 糖尿病細小血管障害や大血管障害の発症は稀である ${ }^{29}$.さらに MODY2では経口薬やインスリンは無効であり, 投与中止後の $\mathrm{HbA}$ $1 \mathrm{c}$ が不変であることも示されている3 ${ }^{30}$. 以上より, 2 型糖尿病と診断されていても MODY2であることが判明すれば,すべての投薬中止が推奨されてい $る^{12}$. ## 3. 転写因子の機能障害による MODY MODY1, MODY3, MODY5 はそれぞれ HNF1A, HNF4A 抺よび HNF1B の病的バリアントが原因で発症する. HNF は肝臟や膵藏, 腎臓, 消化管や生殖器に多く発現する核内転写因子遺伝子ファミリーであり,コードするタンパク質は下流遺伝子の転写因子結合部位に結合し, 胎生期の膵 $\beta$ 細胞の発生分化や膵 $\beta$ 細胞でのインスリン分泌調整に関係している.これらの病的バリアントはインスリン分泌不全を引き起こし, 若年でのインスリン分泌低下型糖尿病の発症原因となる. 病的バリアントの種類により表現型の不均一性が認められるが, MODY1 および MODY3 患者では進行性のインスリン分泌不全により思春期前後での糖尿病発症を特徴とし, MODY5 患者では多くが発症早期からインスリン依存性の糖尿病を発症する。 糖尿病以外の特徴的な表現型として, MODY1 患者では巨大児や新生児から小児期にかけての高インスリン血症を伴う低血糖や脂質異常が報告されている ${ }^{31}$. MODY3 患者では HNF1A が SGLT1 (sodiumglucose transporter 1) ならびに SGLT2 (sodium-glucose transporter 2) の発現調節にかかわることから腎尿細管におけるグルコース再吸収の閾値低下による尿糖排泄閾値の低下が認められる。少のため早期の段階で糖尿陽性を指摘され,学校検尿を契機に指摘されることが多い. 日本人 MODY3 患者の診断年齢は 10 Table 2. Clinical features of subgroup of MODY. \\ MODY, maturity onset diabetes of the young. Adapted from reference no. 27 (Naylor R, Knight Johnson A, del Gaudio D. Maturity-Onset Diabetes of the Young Overview. 2018 May 24. In: Adam MP, Mirzaa GM, Pagon RA, et al., editors. GeneReviews ${ }^{\circledR}$ [Internet]. Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993-2023. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK500456). (C1993-2023 University of Washington. 歳前後に集中している322。また, HNF1A はがん抑制遺伝子としての機能を有することと関連して MODY3 は高率に肝細胞腺腫を合併することが報告されている33). 腹部超音波検査で偶然に指摘されることが多く, 我々の症例においても MODY3 患者 7 名中 4 名に腹部超音波検査で肝内に高輝度の腫瘤が認められ, 肝細胞腺腫が疑われている ${ }^{3435)}($ Table 3).確定のためには肝生検による病理診断を要するが肝細胞腺腫は予後良好であるため, 経過観察を行っている. MODY5 患者においては HNF1B が高発現である臟器の機能異常や原発性副甲状腺機能元進症, 低又グネシウム血症, 若年性高尿酸血症などの代謝障害が報告されている ${ }^{36)}$ 38). 形態異常に関しては, 膵 (体尾部欠損 $)^{38139}$, 腎(腎形成不全40), 尿管狭窄による水腎症 ${ }^{38}$, 馬蹄腎, 片腎など), 泌尿生殖器系 (双角子宮など $)^{40}$ などが知られている。 ## MODY と個別化医療 ## 1. 個別化医療とは 個別化医療は「患者一人ひとりの体質や病態にあった, 有効かつ副作用の少ない治療法や予防法」と定義されている。臨床医にとっては聞き慣れない言葉ではあるが,日常の糖尿病診療においても個別化医療の考えはすでに浸透している.例えば患者の年齢や日常生活動作 (ADL), 生活習慣, 内因性インスリン分泌, 肥満の有無, 糖尿病合併症の状況で $\mathrm{HbAlc}$, 血圧や脂質などの治療目標を個別に定め,個々の生活指導の内容や病態に合わせ治療薬の選択 Figure 3. Identification, important clinical features, and implications for the common MODY subtypes. Patient clinical features, treatment needs, and parental history of diabetes may be suggestive of MODY. A MODY probability calculator can use these features to predict the probability of disease, and be used in combination with disease biomarkers and other useful clinical information to determine if genetic testing for MODY should be done. Genetic testing can stratify patients into specific MODY subgroups based on their genotype, which may be used to identify current and predicted clinical features and treatment responses. Reprinted from reference no. 28 under CC BY 4.0. を行うことは個別化医療である。しかしながら必ずしも一人ひとりの病態に完璧に合致した治療が行われているわけではなく, 客観的な指標として遺伝学的背景を根拠とした適切な治療を提供することや,予後推定を可能とすることが糖尿病患者において遺伝子解析に基づいたゲノム情報を活用する意義といえる。本邦においては遺伝子解析へのアクセスが極めて限定的であり,かつ保険未収載であることから,主治医が 1 型糖尿病あるいは 2 型糖尿病として非典型的であるとは感じつつも, 現状として MODY 1 型糖尿病, 若年発症もしくは 2 型糖尿病の保険病名で治療を受けていると思われる。 MODYを代表とする単一遺伝子による糖尿病では, 1 種類の原因遺伝子が強く影響して糖尿病を発症することから成因が明確であり,病態に合わせた個別化医療を行いやすいという特徴がある(Figure 3 ${ }^{28}$. MODY は原因遺伝子によって個別化医療の内容が異なっている (Figure 4) ${ }^{28}$. MODY1, MODY3患者では, スルフォニル尿素薬 $\left(\mathrm{SU}\right.$ 薬) ${ }^{41}$ および GLP 1 受容体作動薬 (GLP-1RA) に対する感受性が高く, メトホルミンあるいはインスリン治療中の患者においても, SU 薬および GLP-1RAへの切り替えによる血糖コントロールの改善が知られている。 ## 2. 個別化医療のアウトカム 我々が遺伝学的診断を行った患者に対し, ISPAD 2022 Consensus Guideline ${ }^{12}$ に基づいて個別化医療を実施した症例を Table 3 に示した ${ }^{35}$. 結果として HbAlc は治療切り替えの 1 年後には有意に改善しており, 治療費用も有意に安価となった(Figure 5).実際には脺 $\beta$ 細胞機能レベルには個人差が存在し,特に糖尿病罹患歷が長い症例では上記の薬剤に対する感受性が低下することもあり,徐々に切り替えていくのがよい,また,患者によっては長期間継続していたインスリンの減量や中止に不安を抱く場合もあり,患者ニーズを尊重しながら切り替えていく。 MODY3 患者における糖尿病の細小血管合併症の出 Diabetologia 2017;60: 769-777. Figure 4. Precision medicine for monogenic diabetes. Molecular genetics-based approach for precision diabetes in monogenic and type 2 diabetes. The genetic etiological features that define subgroups based on the differential features and treatment implications, are shown. A similar approach for precision medicine in polygenic complex type 2 diabetes has failed to identify discrete etiological subgroups and associated clinically useful treatment implications. Reprinted from reference no. 28 under CC BY 4.0. A Months after treatment alteration B Months after treatment alteration Figure 5. Changes in HbAlc and monthly cost for diabetes treatment after one year. The left panel (A) shows HbAlc every three months after starting precision medicine. The right panel (B) shows monthly medical costs before and after 1 year of starting precision medicine. 現は血糖コントロール状況に依存しているが,SU 薬導入により 1 型糖尿病患者群よりも細小血管合併症の発症率低下が認められたとの報告もある ${ }^{42)}$ 。一方で心血管イベントの発症リスクは高いという報告43)もあり,脂質異常症を認めた場合はスタチンによる治療が必要である. MODY2 患者においては前述の通り細小血管障害および大血管障害の発症は稀であることが報告され ていることから,妊娠時を除いて糖尿病治療薬の中止が推奨されている。妊娠中の管理においては母親が MODY2 かつ胎览が GCK バリアントを共有していない場合のみ巨大览および新生坚低血糖のリスクを考慮し通常の糖尿病合併妊娠と同様にインスリンによる管理が推奖される。ただし実臨床においては胎览の遺伝子解析は侵襲的であり,実際には胎览超音波検査での成長曲線からジェノタイプの推定を行うが,その確実性は低いとされている点に注意が必要である ${ }^{12}$. 我が国では現状としてMODY の遺伝学的検査が保険未収載であることから MODY の診断手順が示されておらず, MODY 診療に対する理解も遅れている. 患者 QOL および医療経済の観点から MODY の個別化医療を推進する必要がある. 開示すべき利益相反はない。 ## 文 献 1) Lange $\mathbf{K}$. The affected sib-pair method using identity by state relations. Am J Hum Genet. 1986; 39 (1): $148-50$. 2) Risch N. Genetics of IDDM: evidence for complex inheritance with HLA. Genet Epidemiol. 1989; 6 (1): 143-8. doi: 10.1002/gepi.1370060127. 3) Davies JL, Kawaguchi Y, Bennett ST, et al. A genome-wide search for human type 1 diabetes susceptibility genes. Nature. 1994; 371 (6493): 130-6. 4)岩﨑直子, 河村真規子, 大河原久子, ほか. Sib-pair 法を用いた日本人 NIDDM の遺伝解析. 糖尿病. 1996; 39 (6): 409-16 5) Iwasaki N, Cox NJ, Wang Y-Q, et al. 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# 遺伝医学アップデート:基礎医学から臨床現場まで (6)遺伝医療におけるゲノム診療科の役割 一遺伝カウンセリングの意義— 東京女子医科大学ゲノム診療科 歌”尾 窴理 (受理 2023 年 11 月 13 日) ## Genetic Medicine Update: From Basic Research to Clinical Care \\ (6) The Role of the Institute of Medical Genetics in Medical Genetics: \\ Significance of Genetic Counseling \author{ Mari Matsuo \\ Institute of Medical Genetics, Tokyo Women’s Medical University, Tokyo, Japan } As medical science advances, the implementation of medical genetics is required in all areas of medicine. Genetic information has the following characteristics: 1) it does not change throughout a person's life, 2) it can predict the incidence of diseases, 3) it can affect blood relatives, and 4) it has inherent ambiguity. Therefore, care must be taken in handling this information. The Department of Medical Genetics specializes in handling genetic information. The Institute of Medical Genetics was established at Tokyo Women's Medical University in 2004. The important roles of our institute can be summarized as 1) providing genetic counseling; 2) providing accurate diagnosis and appropriate testing for hereditary diseases and congenital syndromes, including cancer; and 3) serving as a hub for routine management and medical care for people with hereditary diseases or congenital syndromes. Secondary findings may be found as a result of comprehensive genomic analyses, such as whole-genome sequencing and whole-exon sequencing. Genetic counseling is the process of helping people understand and adjust to the medical, psychological, and familial implications of a disease with genetic involvement. Thus, it is necessary for all physicians to have genetic counseling as part of their standard knowledge. Furthermore, medical geneticists and genetic counselors provide appropriate genetic counseling in a team setting for clients in the Department of Medical Genetics. Keywords: medical genetics, genetic counseling, comprehensive genomic analysis, secondary findings, genetic counselor Corresponding Author: 松尾真理 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学ゲノム診療科 matsuo.mari @twmu.ac.jp doi: 10.24488/jtwmu.93.6_113 Copyright (C) 2023 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## はじめに 遺伝医学の進歩に伴ってゲノム解析技術は飛躍的に発展し, 単一遺伝子疾患においては責任遺伝子同定に基づく病態解明, さらには治療法開発へと進展している。また,多因子疾患における遺伝要因解明や,がんゲノム医療における適切な治療薬・予防法の選択,などの確実な成果がもたらされてきた。近年では, 遺伝学的検査がもたらすゲノム情報の利活用は,医療全領域で実臨床として求められている。日本医学会が平成 23 年 2 月に公開した「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」は令和 4 年 3 月に改訂され,「医療安全およびチーム医療の観点から,遺伝情報を含むすべての診療記録はアクセスが必要なすべての医療従事者に適切に共有される必要がある.」と明文化された ${ }^{11}$. 一方で, 遺伝情報は, 生涯変化しないこと, 疾患の罹患を予測しうること,血縁者にも影響を与えうること,あいまい性が内在していること,などの特性をもつ。あいまい性とは, 結果の病的意義の意味づけが後で変更される可能性があること, 解析結果から発症が予測される場合でも,実際に発症するか否かおよびその時期と症状の程度には個体差があること,等を示す。 このため, 特に生殖細胞系列における遺伝情報の取り扱いには十分な配慮が求められ, 適切な遺伝カウンセリングの実施体制整備・遺伝医療充実の必要性は以前から認識されている. 平成 8 年に信州大学医学部附属病院遺伝子診療部が診療科横断的に開設されたことを皮切りに,遺伝学的検査を実施している大学病院・高度医療機関を中心に, 遺伝診療部門が順次設置された。令和 5 年 8 月時点で, 遺伝子診療部門の存在する大学病院・高度医療機関で構成される“遺伝子医療部門連絡会議”の参加施設は, 143 施設に達している2). 東京女子医科大学ゲノム診療科 (旧遺伝子医療センター)は平成 16 年に開設され, 筆者は平成 24 年より勤務している. 本学における経験を踏まえ,筆者の考える“遺伝医療におけるゲノム診療科の役割と遺伝カウンセリングの意義”について述べる。 ## 遺伝医療におけるゲノム診療科の役割 ゲノム診療科のもつ役割の中で重要なことは, (1)遺伝カウンセリングの提供, (2)がんを含む遺伝性疾患・先天症候群の正確な診断・適切な検査の提供, (3)遺伝性疾患・先天症候群をもつ人の定期管理打よび診療のハブとなること,の3つに集約されると考える。以下,詳細を述べる。 ## 1. 遺伝カウンセリングの提供 筆者は, ゲノム診療科のもつ役割の中でも, 遺伝カウンセリングの提供が中核をなすと考えている.令和 4 年度に改訂された最新の医学モデルコアカリキュラムでは, “PS-03-01-05” に, 「専門知識に基づいた問題解決能力: 遺伝医療・ゲノム医療, 遺伝カウンセリングの意義と方法について理解している」, との項目が盛り达まれている。つまり現在のモデルコアカリキュラムを学び医師となると, 遺伝カウンセリングを標準的な知識として備えるということである.「医療における遺伝学的検查・診断に関するガイドライン」゙では, “すでに発症している患者の診断を目的として行われる遺伝学的検查” については, “遺伝学的検查の説明と同意・了解 (成人におけるインフォームド・コンセント,未成年者等におけるインフォームド・アセント)の確認は, 原則として主治医が行う”とされており,医療全域でゲノム医療実装が望まれている現状に即している。しかし,実際に全診療科で, 遺伝カウンセリングを実施することは現実的でないかもしれない。一般的な診療では医師単独で対応していることが多く, 短い時間で多数の患者を診療している.また,プライバシーの確保が困難(診察室で隣との仕切りがカーテンのみである等) な場合もある。遺伝カウンセリングの際には, チーム医療として, 充分な時間を取り,プライバシー が確保できる安楽な空間において対応することが求められる。またさらに, 非発症者を対象とする非発症保因者遺伝学的検査・発症前遺伝学的検查および新生児マススクリーニング検査, 検査対象が出生前で症状確認が困難な出生前遺伝学的検査・着床前遺伝学的検査においては, より専門的な配慮が必要となる。また, 遺伝カウンセリングでは, 希少性が高い遺伝性疾患の最新の情報へのアクセス, 適切な検查などオプションの提示, 遺伝情報の正確な解釈と提供が前提となる.このようなすべてのニーズに応えるためには, 遺伝専門職として訓練されている臨床遺伝専門医および認定遺伝カウンセラー等を中心とした,チームでの遺伝カウンセリングが必須となる. 遺伝カウンセリングの詳細に関しては, 次項で詳細を述べる。 ## 2. がんを含む遺伝性疾患・先天症候群の正確な 診断・適切な検査の提供 昭和 44 年に染色体分染法, 昭和 60 年に PCR 法,平成 17 年に次世代シーケンサーが開発され, 新技術の登場とともに, 遺伝性疾患の診断率は飛躍的に向 Table 1. 令和 4 年度の診療報酬改定で保険収載された D006-4:遺伝学的検査一覧. \begin{abstract} 1 処理が容易なもの 3,880 点 デュシェンヌ型筋ジストロフィー, ベッカー型筋ジストロフィー及び家族性アミロイドーシス, 球脊䯇性筋萎縮症,筋強直性ジストロフィー, 先天性難聴, ライソゾーム病(ムコ多糖症I型, ムコ多糖症 II 型, ゴーシェ病, ファブリ病及びポンぺ病を含む。) 及び脆弱 X 症候群, TNF 受容体関連周期性症候群,中條一西村症候群,家族性地中海熱,ベスレムミオパチー,過剩自己食食を伴う X 連鎖性ミオパチー,非ジストロフィー性ミオトニー症候群,遗伝性周期性四肢麻痺,秃頭と変形性脊椎症を伴う常染色体劣性白質脳症,結節性硬化症及び肥厚性皮虐骨膜症 2 処理が複雑なもの 5,000 点 福山型先天性筋ジストロフィー, 脊髄性筋萎縮症, ハンチントン病, 網膜芽細胞腫, 甲状腺髄様癌及び多発性内分泌腫瘍症 1 型, フェニルケトン尿症,ホモシスチン尿症,シトルリン血症(1 型)、アルギノコハク酸血症,イソ吉草酸血症, HMG 血症,複合カルボキシラーゼ欠損症, グルタル酸血症 1 型, MCAD 久損症, VLCAD 久損症, CPT1 欠損症, 隆起性皮虐線維肉腫及び先天性銅代謝異常症, プリオン病、クリオピリン関連周期熱症候群,神経フェリチン症,先天性大脳白質形成不全症(中枢神経白質形成異常症を含む.),環状 20 番染色体症候群,PCDH19 関連症候群,低ホスファターゼ症,ウィリアムズ症候群,アペール症候群,ロスムンド・トムソン症候群,プラダー・ウイリ症候群, $1 \mathrm{p} 36$ 久失症候群, $4 \mathrm{p}$ 久失症候群, $5 \mathrm{p}$ 久失症候群,第 14 番染色体父親性ダイソミー症候群,アンジェルマン症候群, スミス・マギニス症候群, $22 \mathrm{q} 11.2$ 久失症候群, エママエル症候群, 脆弱 X症候群関連疾患, ウォルフラム症候群,高 IgD 症候群,化膿性無菌性関節炎・壞疽性膿皮症・アクネ症候群,先天異常症候群,副腎皮質刺激ホルモン不応症,DYT1 ジストシア, DYT6 ジストニア/PTD, DYT8 ジストニア/PNKD1, DYT11 ジストニア/MDS, DYT12/RDP/AHC/CAPOS及びパントテン酸ギナーゼ関連神経変性症/NBIA1, 根性点状軟骨異形成症 1 型及び家族性部分性脂肪萎縮症, ソトス症候群, CPT2 久損症, CACT ルタル酸血症 2 型, 先天性副腎低形成症, ATR-X 症候群, ハッチンソン・ギルフォード症候群, 軟骨無形成症, ウンフェルリヒト・ ルンドボルグ病,ラフォラ病,セピアプテリン還元酵素欠損症,芳香族 L-アミノ酸脱炭酸酵素欠損症,オスラー病, CFC 症候群,コステロ症候群,チャージ症候群,リジン尿性蛋白不耐症,副腎白質ジストロフィー,ブラウ症候群, 瀨川病, 鰓耳腎症候群, ヤング。 シンプソン症候群,先天性腎性尿崩症,ビタミンD 依存性くる病/骨軟化症,ネイルパテラ症候群(爪滕蓋症候群)/LMX1B 関連腎症, グルコーストランスポーター1欠損症, 甲状腺ホルモン不応症, ウィーバー症候群,コフィン・ローリ一症候群, モワット・ウィルソン症候群, 肝型糖原病(糖原病 I型, III 型, VI 型, IXa 型, IXb 型, IXc 型, IV 型), 筋型糖原病 (糖原病 III 型, IV 型, IXd 型),先天性プロテインC欠先之症,先天性プロテイン S 久先症,先天性アシチトロシビン久忘症,筋委縮性側索硬化症,家族性特発性基底核石灰化症, 縁取り空砲を伴う遠位型ミオパチー,シュワルツ・ヤンペル症候群, 肥大型心筋症, 家族性高コレステロール血症, 先天性ミオパチー, 皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症,神経軸索スフェロイド形成を伴う遺伝性びまん性白質脳症,先天性無痛無汗症, 家族性良性慢性天疮㾑, 那須・ヘコラ病, カーニー複合, ペルオキシソーム形成異常症, ペルオキシソーム $\beta$ 酸化系酵素欠損症,プラスマローゲン合成酵素欠損症,アカタラセミア,原発性高シュウ酸尿症 I型,レフサム病,先天性葉酸吸収不全症,異型ポルフィリン症,先天性骨髄性ポルフィリン症,急性間欠性ポルフィリン症,赤芽球性プロトポルフィリン症, X連銷優性プロトポルフィリン症, 遺伝性コプロポルフィリン症, 晚発性皮虑ポルフィリン症, 肝性骨䯇性ポルフィリン症, 原発性高力イロミクロン血症,無 $\beta$ リポタンパク血症,タナトフォリック骨異形成症,遺伝性膵炎,囊胞性線維症,アッシャー症候群(タイプ 1 , 夕イプ 2 , タイプ 3), カナバン病, 先天性グリコシルホスファチジルイノシトール欠損症, 大理石骨病, 脳クレアチン欠乏症候群, ネフロン疼, 家族性低 $\beta$ リポタンパク血症 1 (ホモ接合体) 及び進行性家族性肝内胆汁うっ滞症 3 処理が極めて複雑なもの 8,000 点 栄養障害型表皮水疮症及び先天性 $\mathrm{QT}$ 延長症候群,メープルシロップ尿症,メチルマロン酸血症,プロピオン酸血症,メチルクロトニルグリシシ尿症, MTP (LCHAD) 欠損症, 色素性乾皮症, ロイスディーツ症候群及び家族性大動脈瘤・解離, 神経有棘赤血球症,先天性筋無力症候群,原発性免疫不全症候群、ペリ一症候群,クルーゾン症候群,ファイファー症候群,アントレー・ビクスラー症候群, タジシール病, 先天性赤血球形成異常性貧血, 若年発症型両側性感音難聴, 尿素サイクル異常症, マルファン症候群, 血管型エ一ラスダンロス症候群,遺伝性自己炎症疾患及びエプスタイン症候群,ドラべ症候群,コフイン・シリス症候群,歌舞伎症候群,肺胞蛋白症(自己免疫性又は先天性), ヌーナン症候群,骨形成不全症,脊䯠小脳変性症 (多系統萎縮症を除く), 古典型エーラスダンロ不症候群, 非典型溶血性尿毒症症候群, アルポート症候群、ファシコニ筫血, 遺伝性鉄芽球性貧血, アラジール症候群, ルビンシュタイン・テイビ症候群及びミトコンドリア病 \end{abstract} ## 上した。しかし遺伝子診療部が誕生した平成 8 年に は,難病をはじめとする遺伝学的検査は保険収載さ れておらず, 一部の研究機関で研究や高度先進医療 として提供されていた. しかし, 平成 18 年度の診療報酬改訂ではじめて進行性筋ジストロフィー遺伝子検査が 2,000 点で収載され, 2 年おきの改訂毎に疾患 が追加となり, 令和 5 年現在では 191 疾患の遺伝学的検査が保険診療として実施可能となった(Table 1).これには指定難病の範囲拡大と, その診断根拠 として遺伝学的検査が必要とされるという背景があ り,今後も疾患数増加が見达まれる。 一方,以前には臨床的に想定される疾患に対象をしぼり,検査が実施されていたが,近年では全エクソン解析, 全ゲノム解析など, より網羅的な検査が可能となった. 網羅的検查では, 一定の頻度で二次的所見 (secondary findings) が認められる. 二次的所見とは, 検查の本来の目的以外で発見される所見 のことである。事前に想定されない遺伝性疾患が偶発的に判明することは, 被検者の知らないでいる権利が侵害されかねない. 米国臨床遺伝・ゲノム学会 (ACMG) は開示対象となる actionable な疾患のリストを公開している3).また, がん診療でも, 体細胞遺伝子検查, コンパニオン診断,マルチジーンパネル, がんゲノムプロファイル検查など, がんゲノム検査は拡大し, 多数が保険収載された。もはやがんゲノム検査の実装は, 標準的な医療として必要不可久であるが, 二次的所見として生殖細胞系列の病的バリアントが見いだされ,遺伝性腫瘍の診断が判明することがある.難病・がんいずれの領域においても,二次的所見の取り扱いは慎重になされるべきであり, 本邦では日本医療研究開発機構の事業「国民が安心してゲノム医療を受けるための社会実現に向けた倫理社会的課題抽出と社会環境整備」として,小杉班によりガイドラインおよび検討資料が公表さ れている ${ }^{4) ~}$. 遺伝学的検査に関する技術やガイドライン・指針等は時々刻々と進化しており,俯瞰的に状況を把握し, 患者や各診療科からの要請のもと, がんを含む遺伝性疾患・先天症候群の正確な診断・適切な検査を提供することは, ゲノム診療科の重要な役割であろう。 ## 3. 遺伝性疾患・先天症候群をもつ人の定期管理 および診療のハブとなること 遺伝性疾患・先天症候群をもつ人は,㫖の希少性や平均寿命の観点から, これまで, 成人後も小照科で継続的に診療を受けることが珍しくなかった。しかし医療の進歩に伴う寿命の延長もあり,移行医療がクローズアップされ,成人期診療の担い手の問題が顕在化している.また合併症が複数ある場合には,複数診療科の受診を余儀なくされる。患者・家族が受診の必要性や適切な時期を認識していなければ,必要な医療が漏れてしまう危険性がある。しかし,各科では専門領域の診療を担当するものの,全体を俯瞰して必要に応じた他科の受診調整を担うことは稀である。これらの点で, ゲノム診療科には年齢による受診制限もなく, 全体を俯瞰して受診時期や診療科間の調整をシームレスに継続して対応することが可能である。また,疾患が希少であるがゆえに, どの診療科を受診するべきか悩ましい場合があるが,原則的にすべての遺伝性疾患・先天症候群に対する総合診療科的立場で, 遺伝性疾患・先天症候群の診療体制の後ろ盾となることは, やはりゲノム診療科に求められる重要な役割であろう。 ## 遺伝カウンセリングの意義 ## 1. 遺伝カウンセリングとは 「遺伝カウンセリング(genetic counseling)」という言葉は,昭和 22 年に米国の遺伝学者である Sheldon Reed が初めて提唱しだ). 第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて,特定の民族や障がいをもつ人,遺伝性疾患の患者などが遺伝的に劣っているとみなされ, 国家主導で強制断種や大量殺裁された。優生学がもたらしたこのような過去への反省に立ち,遺伝学的情報が他者からの強制ではなく,当事者の自由意思によって活用されることを支援する機会として遺伝カウンセリングは始まったのである。本邦では昭和 45 年代より,「遺伝相談」との呼称で広がった。近年の状況に即した遺伝カウンセリングの定義は,「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン $\rfloor^{2} に$, 次の通り記載されている.「遺伝カウンセリングは, 疾患の遺伝学的関与について, その医学的影響, 心理学的影響および家族への影響を人々が理解し,それに適応していくことを助けるプロセスである。このプロセスには,(1)疾患の発生および再発の可能性を評価するための家族歴および病歴の解釈, (2)遺伝現象, 検查, マネージメント,予防, 資源および研究についての教育, (3)インフォー ムド・チョイス(十分な情報を得た上での自律的選択),およびリスクや状況への適応を促進するためのカウンセリングなどが含まれる」. 時に, 医療行為に対する「インフォームド・コンセント(説明と同意) $\rfloor$ と,遺伝カウンセリングが同じと誤認されることがある。インフォームド・コンセントは,医療者が医療行為に関する情報を提供し患者からその同意を得る,という情報提供が主体の一方向性の行為である. つまり情報提供を行う点は同じである.両者の大きな違いは, 遺伝カウンセリングは双方向性のコミュニケーションプロセスであり,コミュニケーションプロセスを通してクライエントの自律的な意思決定のために心理社会的に支援をすること,にある(Figure 1).したがって, 遺伝学的検査・診断に際しては,確かに十分な情報提供がなされることが必要であり,特定の遺伝子においては,その解析および検査結果開示時の遺伝カウンセリングが平成 20 年度より保険診療として収載されている。また本来は検査結果の開示時のみが遺伝カウンセリングではなく, むしろ遺伝学的検查実施前に十分な遺伝カウンセリングが提供され,クライエントが主体的に検査を受けるか否か,意思決定することが望ましいと考える。 ## 2. 症例提示 以下に,遺伝カウンセリングの必要性が強く示唆された実際の症例を改変して提示する。 来談事由:高年妊娠。 クライエントは 36 歳女性と 38 歳の夫. 妻が 35 歳の時に第 1 回妊娠し, 高年妊娠のため他院で羊水検査を受けた. 胎览が 13 トリソミーをもつことが判明し,人工妊娠中絶を選択した。今回も高年妊娠であり染色体疾患の確率が高いと考え,「新型の出生前診断」を希望して来院した。 第 1 回セッション:夫婦で来談. 遺伝カウンセリング担当者から,選択可能な出生前遺伝学的検査およびその対象疾患についての情報提供と, 胎児の染色体疾患が判明した際にどのような選択をするか事前に夫婦で相談しておくことが提案された。 Figure 1. インフォームドコンセントと遺伝カウンセリングの違い Figure 2. Genetic counseling room 妻からは, 「第 1 回妊娠時は高年妊娠に対する漠然とした不安から,なんとなく検査を受けた。事前の説明はほとんどなく, 結果が分かった時も 13 トリソミーを知らなかった. 担当医から,『この結果の場合,他の人は中絶を選択していますよ、いつにしますか.』と声掛けされ,気が動転してそのまま人工妊娠中絶を選択してしまった。しかしその後,なんとなく検査を受けたことや,結果が分かった後に充分考える機会がなかったことについて,深く後悔した,現在でも悲しい気持ちは続いていて,今回も同じような結果になるのではないか, と思うととても辛い」 との想いが語られ流淚された。 クライエント妻の発言を受けて,遺伝カウンセリング担当者から, 検査結果に対する恐怖と不安が非常に強いため, 一旦検查を延期し再度夫婦で検查について相談することが提案された. 妊娠週数から,検査実施には猶予があった。 その後, 別に時間を確保し, 心理師がクライエントの想いを傾聴する機会を設けた。 第 2 回セッション:妻のみ来談. 「夫婦で話し合った結果,やはり検査を受けよう, ということになった。もし染色体疾患をもつ子どもが生まれたら,育てていける自信がない。私たちは高齢で,これからきょうだいができるかも分からないし,病気をもつ子を独りで残すことはできない. もし良くない結果が出たらと思うととても怖いけど,今回は詳しい説明を聞いて,夫婦できちんと話し合って,それでも検査が必要だと思った. 夫も同じ考え,実際に結果が分かっても,判断は変わらないと思う」と,夫婦で相談した内容を語られた. 非侵襲性出生前遺伝学的検査 (NIPT) が提出された. 第 3 回セッション : 夫婦で来談. NIPT の結果は陰性であり, 夫婦は安心した表情を見せた。 その後さらに妻は,第 1 回妊娠時の担当医に対して,「どうしてあの時に,自分で考える機会を与えてくれなかったのか, 思い出すと腹立たしい気持ち」 と,怒りを表出した。 クライエント夫婦は妊娠継続を希望し, 後日満期で健常な坚が出生した. ## 3. 遺伝カウンセリングの意義 遺伝カウンセリングの意義は, クライエントが抱える遺伝的問題に対して,自己効力感をもってクライエントが主体的に自律的な意思決定を促すということである. 提示した症例は, NIPT 目的で来談し検查を実施,染色体疾患が判明した場合には妊娠中絶をすると判断しており,表面的には,遺伝カウンセリング実施前後で結論は変わっていない。しかし,必要な最新情報を提供され,夫婦で話し合う機会を得たこと,充分に考える時間をもったこと,心理力ウンセリングの支援のもと anticipatory guidance (予備的ガイダンス)ができたこと等, これら遺伝カウンセリングのプロセスすべてを通して,クライエントがその人らしく自律的な意思決定をすることが可能であった.たとえ表面的な結論が変わらなくても,充分に遺伝カウンセリングを尽くすことで,クライエントが抱える遺伝的問題をクライエントの腑に落とすことができると,問題を徐々に乗り越え適応していくことができる。このためにはハード面での環境調整と (Figure 2), 遺伝専門職である臨床遺伝専門医と認定遺伝カウンセラーを中心に, 看護師,公認心理師,臨床検查技師,事務など,多様な背景をもつスタッフがチーム医療として関わることが望ましく, この結果より良いゴールに到達できると考える。 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1)医療における遺伝学的検查・診断に関するガイドライン[インターネット]. 東京:日本医学会;2022 [参照日 2023 年 11 月 10 日]. Available from: http s://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.ht $\mathrm{ml}$ 2)全国遺伝子医療部門連絡会議維持機関会員施設名簿[インターネット]. 松本: 全国遺伝子医療部門連絡会議;2023[参照日 2023 年 11 月 10 日]. Available from: http://www.idenshiiryoubumon.org/lis t/index.html 3) Miller DT, Lee K, Abul-Husn NS, et al; ACMG Secondary Findings Working Group. ACMG SF v 3.2 list for reporting of secondary findings in clinical exome and genome sequencing: A policy statement of the American College of Medical Genetics and Genomics (ACMG). Genet Med. 2023; 25(8):100866. doi: $10.1016 /$ j.gim.2023.100866. 4)ゲノム医療におけるコミュニケーションプロセスに関するガイドラインーその 1 :がんゲノム検查を中心に(改訂第 3 版) [インターネット]. 東京:日本医療研究開発機構; 2021 [参照日 2023 年 11 月 10 日]. Available from: https://www.amed.go.jp/cont ent/000087773.pdf 5)がん遺伝子パネル検查二次的所見検討資料(Ver1.0 _20210816) [インターネット]. 東京:日本医療研究開発機構;2021[参照日 2023 年 11 月 10 日]. Available from: https://www.amed.go.jp/content/00008 7774.pdf 6)ゲノム医療におけるコミュニケーションプロセスに関するガイドラインーその 2 : 次世代シークエンサーを用いた生殖細胞系列網羅的遗伝学的検査における具体的方針(改訂第 2 版) [インターネット].東京: 日本医療研究開発機構; 2021[参照日 2023 年 11 月 10 日]. Available from: https://www.ame d.go.jp/content/000087775.pdf 7) Reed SC. A short history of genetic counseling. Soc Biol 1974; 21(4):332-9.
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# 血管周皮腫肺転移の 1 切除例 (受理 2023 年 9 月 19 日) A Surgical Case of Hemangiopericytoma That Metastasized to the Lung Yutaka Miyano, ${ }^{1,2}$ Sayaka Katagiri, ${ }^{1}$ Akira Ogihara,, Shota Mitsuboshi, ${ }^{1}$ Takako Matsumoto, ${ }^{1}$ Motoko Niida, ${ }^{3}$ Atsushi Kurata, ${ }^{3}$ and Masato Kanzaki ${ }^{1}$ ${ }^{1}$ Department of Thoracic Surgery, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Thoracic Surgery, Saiseikai Kazo Hospital, Saitama, Japan }^{3}$ Department of Surgical Pathology, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan Hemangiopericytomas are soft tissue tumors of pericyte origin that line the capillaries and venous intima. It accounts for less than $1 \%$ of all brain tumors, but has a high rate of recurrence and metastasis even after complete resection. A 75-year-old male was admitted to our hospital for an examination of a right lung nodule following surgery for cerebral hemangiopericytoma. This case underwent open lung biopsy by video-assisted thoracic surgery, and metastatic hemangiopericytoma was revealed. No new pulmonary metastases have since been detected, and the patient is currently under a strict follow-up protocol. We report a surgical case of pulmonary metastasis, which is rare in this disease. Keywords: hemangiopericytoma, metastatic lung tumor, brain tumor ## 緒言 血管周皮腫(hemangiopericytoma:HPC)は血管内皮・細静脈内膜を覆う周皮細胞起源の軟部組織腫瘍である。脳腫瘍全体の $1 \%$ 未満であるが ${ }^{1}$, 完全切除後も高率に再発や転移を来す。本疾患では稀な肺転移の手術例を報告する。症例 患者: 70 代男性. 主訴:特になし(胸部異常陰影)。 既往歴:2 年前,鼠径ヘルニアに対し腹腔鏡手術が施行された。 現病歴 : 7 年前, 前医にて頭蓋内 HPC に対し手術が施行された. Corresponding Author: 宮野裕 〒 347-0101 埼玉県加須市上高柳 1680 埼玉県済生会加須病院呼吸器外科 miyano@ saikazo.org doi: 10.24488/jtwmu.93.6_119 Copyright (C) 2023 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## Chest CT Figure 1. Chest computed tomography (CT) showed a nodule $0.5 \mathrm{~cm}$ in size in the right lower lobe (red circle). Although positron emission tomography (PET)-CT showed no hotspot in this lesion, metastatic lung tumor was suspected. 201X 年 6 月, 術後再発に対し腫瘍全摘出術が施行された。同年 7 月,頭部核磁気共鳴画像(MRI)上,右頭頂部再発および右下葉未確診異常陰影(肺転移疑い)で当院脳神経外科を紹介された。同 8 月,術後残存病変に対し $\gamma$-ナフが施行され, その後当科紹介受診となった。 入院時現症 : 体温 $36.5^{\circ} \mathrm{C}$, 血圧 $107 / 64 \mathrm{mmHg}$, 理学的・神経学的所見に異常は認めなかった. 初診時検査所見: WBC4,830/ $\mathrm{mm}^{3}, \mathrm{CRP} 0.05 \mathrm{mg} /$ $\mathrm{dL}, \mathrm{CEA} 1.2 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}, \mathrm{SCC} 1.0 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}$ ,血液一般 - 生化学検査, 腫瘍マーカーに異常を認めなかった. 胸部 X 線所見:異常所見を認めなかった。 胸部コンピュータ断層撮影 (CT) 所見 : 右下葉 $\mathrm{S} 6$背側の椎体近傍に僅かに増大傾向にある小結節を認めた。陽電子放出断層撮影(PET)では集積を認めなかったものの, 転移性肺腫瘍を疑った(Figure 1).頭部 MRI 所見:頭蓋内の再発病変に対しては手 イフを施行した (Figure 2). 手術所見 : 胸腔鏡による観察では腫瘍の確認ができず,触診にて右下葉 S6 に小結節を確認し部分切除した。 術後経過:出血量は少量,術後合併症はなく, 5 病日に退院とした。 摘出標本所見:組織学的腫瘍最大径 $5 \times 4 \mathrm{~mm}$ の灰白色調の腫瘍を認めた(Figure 3). 病理組織所見:へマトキシリン・エオジン (HE) 染色で紡錘形腫瘍細胞が, 血管腔を伴い密に増生し, 脳腫瘍摘出検体と類似した組織像を呈してい ## Cranial MRI Figure 2. Cranial magnetic resonance imaging (MRI) showed residual disease in the right parietal lobe (red circle), where $\gamma$-knife was performed. た. 融合パートナーであるSTAT6 は, 脳腫瘍標本における免疫染色と同様に, 核内に陽性であった (Figure $4 \mathrm{~B})$. 術後経過: 術後 3 年および 5 年に脳複数再発病変に対し定位照射, 1 年 2 か月および 3 年 10 か月に肝転移に対し肝部分切除, 1 年 4 か月に腎転移に対し左腎部分切除を施行し, 5 年に多発肺転移・腎転移を認め化学療法を検討した. 現在 7 年経過し担癌状態で生存中である. Figure 3. Macroscopic images of the lung. A grayish-white tumor with a maximum histological diameter of $5 \times 4 \mathrm{~mm}$ was observed. A B C Figure 4. Histological images of the tumor in the lung. A: Highly cellular tumor with dilated staghorn like blood vessels (arrows, hematoxylineosin staining). B: Immunohistochemical staining for STAT6 showed diffuse strong reactivity. C: The neoplasm is negative for epithelial membrane antigen (EMA) by immunohistochemistry. ## 考 察 HPC は, 1942 年に Stout と Murray が血管内皮・細静脈内膜を覆う周皮細胞を起源とする, 稀な軟部組織腫瘍として世界で初めて報告しだ²). 本腫瘍は毛細血管の存在する全身の組織に発生するが,四肢・骨盤 $(28 \%)$, 頭頸部 $(24 \%)$, 胸壁 $(8 \%)$, 体幹・後腹膜・膀胱 (4\%) となっている3). 頭蓋内 HPC は比較的稀とされており, 原発性脳腫瘍の $0.2 \%$ にあた $b^{1)}$. 外科的治療の後にも高率に局所再発や転移を来すことが知られている. 頭蓋内病変の術後局所再発に対しては, 切除後の照射・ $\gamma$ ナイフで制御できるとの報告もあるが,遠隔転移はおしなべて予後が悪 い.転移再発を起こす場合は肺が最多であり,頭蓋外転移診断後の平均生存期間は 2 年とされる ${ }^{3 / 4)}$. 組織像は血管腔がスリット状を呈することによって staghorn configuration が認められ周囲に紡錘型腫瘍細胞が増殖している $($ Figure 4). 免疫組織学的染色では, 2013 年, 網羅的遺伝子検索により NAB2STAT6 fusion gene が孤立性線維性腫瘍の driver mutation であることが明らかになり, 同じ遺伝子変化は HPCにも共通することが示され ${ }^{677)}, 2016$ 年新 WHO 分類では HPC は孤立性線維性腫瘍(solitary fibrous tumor : SFT)に含まれることになっだ8). さらに, vimentin 陽性で,一部は CD34にも陽性を示 すが,髄膜腫で陽性となる EMA(epithelial membrane antigen)が除性を示すことは特徴的である. しかしながら, 軟部組織の HPC と頭蓋内 HPC とは臨床的に大きな違いがある。軟部組織原発の HPC の場合, SFT と同様に先に挙げたように全身の軟部組織に発生し, 転移も少なく, SFT と同一の腫瘍あるいは亜型として考えられる。しかし頭蓋内 HPC は, 再発率や遠隔転移の頻度, 生命予後が大きく異なる。遺伝子変化が腫瘍発生および時間経過とともに遠隔転移の性質を持つに至る原因になるとも考えられ,今後病理概念および分類がさらに変化する可能性がある ${ }^{1}$. 治療としては,外科的切除が第一選択であるが,前述のように局所再発, 転移再発を来すことも多い.肉眼的全摘出だけでは高率に再発があり, 局所再発は $91 \%$ になるとの報告がある ${ }^{9}$. 切除不能例や転移を有する症例には放射線療法や化学療法が行われてきたが有效性は確立されていない. しかし, 2011 年の Park らの報告では, 従来神経膠腫などの治療に用いられていたアルキル化剂である temozolomide に, 血管内皮細胞増殖因子に対するモノクローナル抗体である bevacizumabを併用した治療成績が,HPC10 例に対して部分奏効(PR)7 例, 安定 (SD) 2 例, 進行 (PD) 1 例と良好であり,全体での無増悪生存期間が 9.67 か月であった ${ }^{10)}$. 今後は有効な治療の選択肢になる可能性がある。 本症例では単発転移で切除可能であり, 原発巣も制御されている状態のため化学療法は施行せず経過観察としたが, その後多数の再発・転移巣を生じた.術後 7 年が経過し, 担癌状態で生存中である. ## 結 語 頭蓋内血管周皮腫が肺に転移した稀な切除例を経験した。本論文の要旨は第 175 回日本胸部外科学会関東甲信越地方会(2017 年 11 月, 東京)において発表した. 本論文に開示すべき利益相反はない. $ \text { 文献 } $ 1)泉本修一, 友金祐介, 奥田武司, ほか. 頭蓋内血管周皮腫 (SFTの亜型として) の診断, 治療と長期予後. Progress in Neuro-Oncology. 2016 ; 23(1):2734 . 2) Stout AP, Murray MR. Hemangiopericytoma: A vascular tumor featuring Zimmermann's pericytes. Ann Surg. 1942; 116 (1): 26-33. 3) Espat NJ, Lewis JJ, Leung D, et al. Conventional hemangiopericytoma: modern analysis of outcome. Cancer. 2002; 95 (8): 1746-51. 4) Schiariti M, Goetz P, El-Maghraby H, et al. Hemangiopericytoma: long-term outcome revisited. Clinical article. J Neurosurg. 2011; 114 (3): 747-55. 5) Enzinger FM, Smith BH. Hemangiopericytoma. An analysis of 106 cases. Hum Pathol. 1976; 7 (1): 61-82. 6) Robinson DR, Wu YM, Kalyana-Sundaram S, et al. Identification of recurrent NAB2-STAT6 gene fusions in solitary fibrous tumor by integrative sequencing. Nat Genet. 2013; 45 (2): 180-5. 7) Chmielecki J, Crago AM, Rosenberg M, et al. Whole-exome sequencing identifies a recurrent NAB2-STAT6 fusion in solitary fibrous tumors. Nat Genet. 2013; 45 (2): 131-2. 8) Shin DW, Kim JH, Chong S, et al. Intracranial solitary fibrous tumor/hemangiopericytoma: tumor reclassification and assessment of treatment outcome via the 2016 WHO classification. J Neurooncol. 2021; 154 (2): $171-8$. 9) Rutkowski MJ, Sughrue ME, Kane AJ, et al. Predictors of mortality following treatment of intracranial hemangiopericytoma. J Neurosurg. 2010; 113 (2): 333-9. 10) Park MS, Patel SR, Ludwig JA, et al. Activity of temozolomide and bevacizumab in the treatment of locally advanced, recurrent, and metastatic hemangiopericytoma and malignant solitary fibrous tumor. Cancer. 2011; 117 (21): 4939-47.
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Tokyo Women's Medical University
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# 令和 5 年度東京女子医科大学医学部 - 基礎系教室研究発表会 日 時:令和 5 年 10 月 19 日(木) $11: 00 \sim 15 : 10$ 開催方式:オンライン【Google Meet】 主 催:基礎医学系運営会議幹事会 } 1. チロシンリン酸化/脱リン酸化を介した樹状突起伸長機構 発表 15 分, 質疑応答 5 分司会(薬理学助教)梶健二朗 (生化学助教) 瀧澤光太郎司会(解剖学(神経分子形態学分野)助教)齋藤文典 2. トロンボポエチンシグナルによる免疫調整機構の解析 (解剖学 (顕微解剖学・形態形成学分野) 助教) 矢作綾野司会(病理学(人体病理学・病態神経科学分野)准教授)増井憲太 3. C.elegans の全身性 RNAi をモデルとした機能性 RNA の輸送機構の解明 (生理学(分子細胞生理学分野)助教)吉田慶太司会(生理学(神経生理学分野)助教)丸山拓真 4. ヒト iPS 細胞由来心臟組織におけるコネキシン 43 の抑制は,心筋細胞増殖を介して収縮力を向上させる (先端生命医科学研究所助教) 高田卓磨 司会(衛生学公衆衛生学(公衆衛生学分野)助教)山口慎史 5. ヘテロクロマチンを標的としたマラリア原虫の生存戦略の解析 (衛生学公衆衛生学(公衆衛生学分野 グローバルヘルス部門)特任助教)森 稔幸 司会(総合教育学修センター(基礎教育学)教授)西井明子 6. カドミウム曝露により惹起される尿細管細胞死の分子基盤の解析 (衛生学公衆衛生学(環境・産業医学分野)助教)藤木恒太 司会(法医学助教)多々良有紀 7. 自己免疫性膵炎の病態形成に関与する細菌因子 (微生物学免疫学准教授) 大坂利文司会 (総合医科学研究所准教授) 田邊賢司 8. CBL 変異を有する慢性骨髄単球性白血病における UTX 機能欠失による急性転化機構の解析 (実験動物研究所大学院生)黒川美有 司会(解剖学(顕微解剖学・形態形成学分野)教授)石津綾子 9. 本学における科研費申請・獲得支援への取組みから導き出す 医科単科大学に適した Pre-Award 支援の在り方 (研究推進センター助教)佐々木孝寛 ## 1. チロシンリン酸化/脱リン酸化を介した樹状突起伸長機構 (東京女子医科大学医学部生化学分野)瀧澤光太郎・中村史雄 神経細胞が高度なネットワークを構築するためには,適切な神経突起の伸長が必要である。セマフォリン $3 \mathrm{~A}$ (Sema3A)は軸索伸長を負に,樹状突起伸長を正に制御する. Sema3Aの下流ではチロシンキナーゼ Fyn の活性化が起こるが, その機構は不明であった. 我々はSema3A 依存的に Fyn を活性化させる分子として受容体型チロ シンホスファターゼ $\delta$ (PTPS)を同定した。しかしながら樹状突起伸長に関わる他の PTPS 基質はほとんど知られていない。そこでリン酸化プロテオミクス解析を行った結果, PTP $\delta$ ノックアウトマウス ( $\left.\mathrm{Ptp}^{-/-}\right)$において SIRP $\alpha$ の Y501 残基の過剩リン酸化を見出した. SIRP $\alpha$ Y501 は Fyn によってリン酸化されることが知られている. PTP8 酵素ドメインはSIRP $\alpha$ リン酸化 Y501 (pY501) を直接脱リン酸化し, 野生型の初代培養神経では, Sema3A 依存的に pY501 が低下したが,Ptp $\delta^{-/-て ゙ はむ ~}$ しろ増加した. SIRP $\alpha$ Y501の非リン酸化変異体 (Y501F) の過剩発現では,Sema3A による樹状突起伸長作用が消失した。また生体脳への Y501F の過剩発現は, 皮質神経細胞の基底樹状突起の複雑さや総基底樹状突起長を減少させ,先端樹状突起には方向異常が見られた. これらの あった。したがって PTP $\delta$ は SIRP $\alpha$ Y501を間接的にリン酸化する一方で直接脱リン酸しており,この Y501のリン酸化/脱リン酸化サイクルが基底/先端樹状突起発達を促進することを示している。 ## 2. トロンボポエチンシグナルによる免疫調整機構の 解析 (東京女子医科大学医学部解剖学 (顕微解剖学$\cdot$形態形成学分野))矢作綾野。 望月牧子 - 横溝智雅 - 石津綾子 トロンボポエチン(Thpo)は造血幹細胞の維持, 自己複製および巨核球・血小板産生に関与するサイトカインである。しかしながら感染・炎症などストレス応答に Thpoがどのように関与するのかは不明である。今回,炎症時の全身免疫応答と骨髄造血幹細胞による生体反応について解析した。 野生型マウスにLPSを腹腔内接種し,骨髄細胞への影響をフローサイトメトリーにて確認した。骨髄内造血幹細胞数は炎症に関わらず一定の細胞数を維持したが,巨核球-赤芽球前駆細胞(preMegE)数は LPS 投与後速やかに低下,巨核球前駆細胞(MKP)掠よび巨核球はLPS 投与 1 日後に増加した. 巨核球はストレス下において抗原提示細胞として機能することが報告されていることから, $\mathrm{T}$ 細胞への抗原提示能の指標である MHC クラス II の発現量を解析した。その結果, 巨核球に加え, preMegE,MKPにおいても発現上昇を認めた。骨髄免疫染色で細胞局在を確認したところ,LPS 投与の骨䯣は MKP, 巨核球の指標となる CD41 陽性細胞の近傍に $\mathrm{T}$ 細胞が存在していた。一方, Thpo--は LPS 投与後も造血幹細胞数,preMegE,MKP 数が低下したままだった.以上により LPSによって, 血小板分化が速やかに誘導されること, Thpo は造血幹細胞数, PreMegE, MKP の細胞を調整することにより炎症が促進する可能性が示唆された。 ## 3. C. elegansの全身性RNAiをモデルとした機能性 RNA の輸送機構の解明 (東京女子医科大学1医学部生理学(分子細胞生理学分野), 総合医科学研究所) 吉田慶太 ${ }^{1}$. 末廣勇司 ${ }^{1} \cdot$ 生物にとって細胞間の情報伝達は重要である。近年, RNA が細胞外に分泌されて情報伝達に寄与することが明らかになりつつある.しかしながら, RNA の細胞間伝播を調節する分子機構についてはまだよくわかっていない. 線虫(C. elegans)では, RNAiを誘導する二本鎖 RNA(dsRNA)が発現細胞外にも拡散して全身でRNAi の効果が現れ, 全身性RNAi という現象が起きる。また,餌となる大腸菌にdsRNA を発現させることでも全身性 RNAi が起きることから (feeding 法), 標準的な遺伝子ノックダウン法として利用されている。一方で,全身性 RNAi においてdsRNA の細胞間輸送を担う機構は未解明である。 我々は,線虫の全身性 RNAi を機能性 RNA の細胞間伝播モデルとして,その分子機構の解明を進めている.全身性 RNAi に異常をきたす変異体のスクリーニングを実施したところ, REXD-1 と TBC-3 という 2 つの分子が dsRNA の伝播に関わることを見出した。これらの因子は, 既知の全身性 RNAi 制御因子である SID-5 と㔯長的に機能していた. REXD-1,TBC-3, SID-5のすべてを欠損した三重変異体株は,腸を除く組織において feeding 法による RNAiに強い耐性を示した。しかし,同株の擬体胿に dsRNA を直接注入した場合は RNAi が誘導された。これらの結果から,三重変異体株では腸からの dsRNAの分泌が強く阻害されていると考えられる. 一方で, 腸からのタンパク質の分泌は正常に起きていたことから, dsRNAの分泌の制御は特異的であることが示唆された。以上の結果より,線虫の全身性RNAiにおいて dsRNA の分泌を制御する分子経路が明らかになった. 今後, 関連する分子などを明らかにしていくことで, 機能性 RNA の輸送機構の理解がさらに進むことが期待される. ## 4. ヒト iPS 細胞由来心臟組織におけるコネキシン 43 の抑制は,心筋細胞増殖を介して収縮力を向上させる (東京女子医科大学1 先端生命医科学研究所, ${ }^{2}$ 循環器内科)高田卓磨 ${ }^{12}$.松浦勝久 ${ }^{12} \cdot$ 飯田達郎 ${ }^{12} \cdot$ 小池達也也 $^{12} \cdot$ 〔緒言〕コネキシン 43 (Cx43) は, 心臓の同期的収縮に重要な役割を果たすことが報告されている。しかし, Cx43 が直接的に心筋組織の収縮力向上に寄与するかは不明である. 我々は以前に,ヒト iPS 細胞由来 (hiPSC)心筋組織全体の収縮力の直接測定と組織内の細胞レベルでの収縮同期性の評価に成功した。それらの技術を用いて, Cx43をコードするGJA1 遺伝子の制御が心筋組織全体の収縮力と同期性に及ぼす影響を検証した。【対象と方法」アデノ随伴ウイルスを用いて, hiPSC 心筋組織の GJA1 の過剩発現またはノックダウン(shGJA1)を行った. 拍動数を電気刺激下 (60 回/分) に統一した上で組織の収縮力を直接測定し, 同期性を運動解析にて評価した. 〔結果〕GJA1 過剩発現心臟組織において, 収縮力は, 対照群と比較し減少傾向であった $(0.78 \pm 0.39$ vs. $0.98 \pm$ $0.43 \mathrm{mN}, \mathrm{p}=0.32$ ). 同期性は 2 群間で統計学的有意差を認めなかった $(p=0.20)$ 。一方, shGJA1 処理心筋組織は,対照処理心筋組織よりも有意に高い収縮力を示した $(1.9 \pm 0.55 \mathrm{vs} 1.1 \pm 0.20 \mathrm{mN}, \mathrm{p}=0.003)$. 同期性は 2 群間で統計学的有意差を認めなかった $(\mathrm{p}=0.08) . \quad \mathrm{Nkx} 2.5$ 陽性細胞数は, shGJA1 処理 hiPSC 心筋細胞集団において,対照集団よりも 1 週間の培養後に約 1.3 倍に増加した.〔考察〕Cx43 の発現が一定のレベルを超えて存在する場合, 収縮同期性と Cx43 の発現量は相関しない可能性がある. Cx43 は心筋細胞増殖に関与し, 収縮能に影響を与えた可能性がある。これらの所見は,同期的収縮以外の Cx43の新たな側面を反映した結果かもしれない.〔結論〕 hiPSC 心筋組織における $\mathrm{Cx} 43$ の抑制は,細胞増殖を介して,同調性を損なうことなく収縮力を向上させた. ## 5. ヘテロクロマチンを標的としたマラリア原虫の生存戦略の解析 ('東京女子医科大学医学部衛生学公衆衛生学 (公衆衛生学分野グローバルヘルス部門), ${ }^{2}$ 大阪大学微生物病研究所分子原虫学分野) マラリアは世界三大感染症の 1つであり,熱帯地域において今もなお年間 2 億人の感染者と 60 万人以上の死者をもたらす.マラリア撲滅を困難としている原因として,有効なワクチンの不在や薬剂耐性体の出現などが挙げられるが,その根底にあるのがマラリア原虫における,(1)巧妙な遺伝子発現スイッチングと, (2)遺伝的多様性をもたらす有性生殖である。興味深いことにその 2 つの事象はいずれもマラリア原虫のエピジェネティックな遺伝子発現制御をカギとしており,関連遺伝子はへテロクロマチンという染色体の凝縮領域で強固な発現抑制を受けることがわかっている.演者らはマラリア原虫のへテロクロマチンをマラリア撲滅の新たな標的とし,その形成における分子機構の解明を目標としている。 赤血球ステージのマラリア原虫は大半が無性生殖によって増殖を繰り返すが,一部の細胞は生殖細胞分化のマスター転写因子 AP2-Gをへテロクロマチン化の解除によって発現し, 有性生殖母体(ガメトサイト)に分化する。近年演者らは, AP2-G 遺伝子座に存在する何らかの塩基配列にへテロクロマチン構築の因子が存在することを期待し, 熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum) AP2-G 遺伝子座の部分配列を用いたレポーター アッセイ系を開発した. AP2-G 遺伝子のプロモーター領域やターミネーター領域を人工染色体として原虫に導入したところ,プロモーター領域の特定の配列を基点として人工染色体がへテロクロマチン化することがわかっ た.この結果は,マラリア原虫のへテロクロマチンが塩基配列依存的に構築されることを示す世界初の発見となった. ## 6. カドミウム曝露により惹起される尿細管細胞死の 分子基盤の解析 ('東京女子医科大学医学部衛生学公衆衛生学 (環境・産業医学分野), ${ }^{2}$ 東京女子医科大学医学部総合研究所, ${ }^{3}$ 千葉大学薬学研究院生化学教室, ${ }^{4}$ 東海大学工学部医用生体工学科, ${ }^{5}$ 東京女子医科大学医学部解剖学 (顕微解剖学・形態形成学分野), 6 聖マリアンナ医科大学医学部腎臓・高血圧内科) 藤木恒太 ${ }^{1}$ 田邊賢司 ${ }^{2}$ ・鈴木翔大 ${ }^{3}$. 望月明 ${ }^{4}$.望月牧子 ${ }^{5} \cdot$ 菅谷健 $^{6} \cdot$ 溝口貴正 $^{3}$.伊藤素行 ${ }^{3} \cdot$ 石津綾子 $^{5} \cdot$ 松岡雅人 ${ }^{1}$ ヒトがカドミウムに曝露されると腎機能障害が生じ, その際に尿細管細胞死が惹起される。外的刺激依存的に腎機能障害が生じる多くの場合,尿細管細胞死が惹起されることから,外的刺激依存的かつ特異的な尿細管細胞死の分子基盤を理解することは,腎機能障害の病態機序の理解,治療や予防にも繋がると考えられる,我々は, カドミウム曝露依存的尿細管細胞死 (CdRCD) の分子基盤を明らかにすべく研究しており,今回,新たに同定した CdRCD 抑制成分 X の作用機序について報告する。初めに,成分 Xが影響を及ぼす分子を探索したところ,七卜由来尿細管細胞(HK-2 細胞および初代培養細胞)において成分 X がカドミウムおよび EGF 刺激依存的なリン酸化酵素 Aktの活性化を抑制することを見出した。加元て, Aktの機能を阻害した尿細管細胞では, CdRCD が抑制されることから,成分 $\mathrm{X}$ は Aktの機能を抑制することで,カドミウム毒性を減弱すると考えられた。次に, Aktの CdRCD における役割について調べた結果,カドミウムを曝露した尿細管細胞では不良タンパク質で構成される構造体 aggresome が形成されること,またAktの機能阻害した細胞では,転写因子 TFEB・TFE3 が活性化し, aggresomeを特異的に分解するautophagy (aggrephagy)が促進されることを見出した.以上の結果から,成分 X はカドミウム曝露依存的に活性化した Aktを抑制することで不良タンパク質の分解を加速し, その結果,タンパク質毒性・尿細管細胞死を減弱すると考えられる。 ## 7. 自己免疫性膵炎の病態形成に関与する細菌因子 (1東京女子医科大学医学部微生物学免疫学分野, ${ }^{2}$ 早稲田大学大学院先進理工学研究科生命医科学専攻)大坂利文 ${ }^{1}$.大町聡子 ${ }^{2} \cdot$ 常田 聡 $^{2} \cdot$ 柳澤直子 $^{1}$ 自己免疫性膵炎 (autoimmune pancreatitis:AIP) は,膵臟にリンパ球や IgG4 陽性形質細胞などの免疫細胞の浸潤を伴う慢性炎症を特徵とする。AIP 治療ではステロイド投薬が著効することが知られているが,ステロイド薬の長期投与もしくは投薬停止によって膵炎が再燃することが多い. さらに, 線維化・発がんなど病態が進展することもある。そのため, AIP の根治治療を確立するために, AIP の発症機序を解明する必要がある。 そこで本研究では,AIP 発症年齢が中高年であることに着目し, 加齢に伴う腸内細菌叢のバランス異常(とくに,大腸菌の増加)や腸管バリア機能の脆弱化を要因とする“腸膵連関”の視点で AIP の病態形成機序を解明することを目的とした. とくに, 大腸菌由来鞭毛タンパク質 FliC タンパク質が AIP の病態増悪化のトリガー因子であることを実験的に明らかにする。 本研究では, 非病原性大腸菌 ATCC25922 株の野生型株, FliC 久損株, FliC 部分欠損株を近交系マウス C57BL6J に反復投与し, 誘導される膵炎の病態を解析した. 本研究の成果としては,FiC の構造および有無に関わらず大腸菌(加熱処理菌体)の投与は,マウス膵臟にはリンパ球の浸潤の伴う炎症および線維化を誘導すること, 大腸菌由来 FliC の D $0 / \mathrm{D} 1$ ドメインが愺臟組織に対する自己免疫応答(抗エラスターゼ IgG1 抗体の産生誘導)を誘発していることが明らかとなった。 さらに,大腸菌の反復投与に伴い脺炎を発症したマウスにおいて, $\mathrm{B}$ 細胞受容体 BCR のレパトアの多様性の増加および T 細胞受容体 TCR のレパトアの多様性の著しく減少していることも明らかとなった。 ## 8. CBL 変異を有する慢性骨髄単球性白血病における UTX 機能欠失による急性転化機構の解析 (東京女子医科大学実験動物研究所) 黒川美有 〔目的〕CBL 遺伝子の変異は慢性骨髄単球性白血病 (chronic myelomonocytic leukemia:CMML)の約 10\% 能に発現するコンディショナルノックイン (Cbl cKI) マウスを作製し,CMMLの発症を認めた. CMML は付加的遺伝子異常により急性骨髄性白血病に移行することが知られている (急性転化). Cbl 変異を伴う CMML の急性転化におけるUTX 機能欠失の関与を検討する目的で,我々は $\mathrm{Cbl} \mathrm{cKI}$ マウスに後天的に誘導可能に UTX を欠失するコンディショナルノックアウト(Utx cKO) マウスを掛け合わせ,解析を行った。〔方法〕コントロー ル (Ctrl), $\mathrm{Cbl} \mathrm{cKI}, \mathrm{Cbl} \mathrm{cKI} / \mathrm{Utx} \mathrm{cKO}$ の 3 群のマウスについて, 発現誘導の 4 週間後から, 末梢血数の推移,骨髄における造血幹前駆細胞数, 脾藏の重量比較を行った。また,骨髄から $\mathrm{Lin}^{-} , \mathrm{Scal}^{+}, \mathrm{cKit}^{+}$(LSK)の造血幹前駆細胞を単離して, 網羅的遺伝子発現解析 (RNAseq)を行い, 得られた結果について gene set enrichment analysis (GSEA) によるパスウェイ解析を行った.〔結果と考察] 発現誘導後 100 週後の生存率は, $\mathrm{Cbl} \mathrm{cKI} / \mathrm{Utx}$ $\mathrm{cKO}$ 群では, $\mathrm{Ctrl}$ 群および $\mathrm{Cbl} \mathrm{cKI}$ 群に比較して著明な低下を認めた. 発現誘導後 4 週の解析結果では, $\mathrm{Cbl} \mathrm{cKI} /$ Utx cKO 群で他の群と比較して脾藏の腫大, 末梢血の白血球増多と血小板減少を認め, 骨髄では分化細胞マー カー陰性の細胞数が増加していたが, 造血幹細胞数は低下していた. また発現誘導後 4 週の Cbl cKIマウスと Cbl cKI/Utx cKO マウスのLSK 細胞を用いたRNA-seq 結果をKEGG (Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes) を用いてパスウェイ解析を行ったところ,Cbl cKI LSK 細胞に比較して $\mathrm{Cbl} \mathrm{cKI} / \mathrm{Utx} \mathrm{cKO}$ LSK 細胞でRIBOSOME と OXIDATIVE PHOSPHORYLATION の活性化を認め, 細胞内代謝が九進していることが示唆された。今後はミトコンドリア機能を含めた細胞内代謝解析を行うと共に,競合的骨髄移植による造血幹細胞活性の差についても検討する予定である. ## 9. 本学における科研費申請・獲得支援への取組みか ら導き出す医科単科大学に適した Pre-Award 支援の在 り方 (東京女子医科大学研究推進センター)佐々木孝宽 研究を推進する上で,研究資金は必須である。大学等への基盤的経費や奨学寄附金などが削減され続ける昨今, 研究資金の多くは競争的研究費の獲得 (Pre-Award) に頼らざるを得ない状況である. 国内の多くの研究大学等では,自機関にURA (university research administrator)の配置を進め, Pre-Award 支援に取り組んでいる.本学においては, 2012 年度に文部科学省 URA 整備事業の採択を受け,URAの導入が開始されたが,これまでに本格的に Pre-Award 支援を実務担当とする URA は不在であった。2022 年 10 月より,研究力強化に資する活動を主務とし,科研費を中心としたPre-Award 支援も職務とするURA の導入がなされた。 本発表では,主に科研費の申請・獲得支援への 1 年目の取組み内容について紹介すると共に,既に先行する他学での取組み内容と比較することで, 医科単科大学に適した Pre-Award 支援の在り方を検証する。本学を含め,特に診療に携わる研究者が多い特性を有する医科単科大学では, 他の一般的な総合大学と違い, 日中の申請書作成も含めた研究活動への自由度が極めて低い。本検証では特に支援項目の利便性を高めたデジタル化への取組みに焦点を当て,その有効性を利用者の利用状況および利用者の満足度から検証する。 さらに今年度から開始した本取組みの有効性そのもの について, 本発表時点では科研費申請数をアウトプットとして検証する。今後, 採択数・採択率(来年 2 月下旬に判明)も含め検証し,アウトカムとして論文数・特許出願数・共同研究数などを指標に経年的に追跡し,検証 していく.また, 適した URA の配置人員数の検討も行い, 我が国における医科単科大学特有の Pre-Award 支援の在り方を提示することを目指す。
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Tokyo Women's Medical University
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# 遺伝医学アップデート:基礎医学から臨床現場まで (1)線虫のゲノム解析について 東京女子医科大学医学部生理学講座 (分子細胞生理学分野) 产哀 昌昌平 (受理 2022 年 10 月 28 日) Genetic Medicine Update: From Basic Research to Clinical Care (1) Caenorhabditis elegans Genome Analysis Shohei Mitani Department of Physiology, Division of Molecular and Cellular Physiology, Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan } Approximately $40 \%$ of protein-coding genes in the nematode Caenorhabditis elegans (C. elegans) are orthologous to human protein-coding genes, making this animal a useful model organism. The characteristics of this model organism include its simple structure, detailed basic biological description, and ease of culturing and freezing. In older years, researchers have used forward genetics to isolate mutants, examine their phenotypes, and clone the causal gene, revealing gene functions. By the end of the 20th century, researchers began to use various experimental techniques developed in the C. elegans community, including transgenic analyses by green fluorescent protein (GFP) expression and RNA interference, and this facilitated gene function analyses. These techniques are now used regularly in mammalian experiments. The C. elegans genome was sequenced for the first time as a multicellular organism, and the technologies used were then transferred to human genome sequencing. We used C. elegans genome sequences and developed efficient techniques to isolate deletion mutants in a genomewide manner using reverse genetics. We introduced deletions in the C. elegans genome by treating the animals with trimethylpsoralen (TMP) and ultraviolet light, and then screened for mutants using PCR. Next-generation sequencing was used to isolate the deletion mutants more efficiently. Current research has revealed that our laboratory has achieved a higher number and quality of deletion mutants than that of other laboratories worldwide. Furthermore, only our laboratory has effectively isolated deletion mutants for approximately half of the total genes. Through the National Bioresource Project funded by MEXT (Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology), Japan, we have been distributing these deletion mutants to laboratories worldwide. Thus, in the past 20 years, gene function analyses of $C$. elegans have progressed notably. This information is useful for understanding the functions of human disease-causing genes. We hope that the knowledge gained from these activities will benefit research on the treatment of human diseases. Keywords: Caenorhabditis elegans, model organisms, genome, functional genomics, deletion mutants Corresponding Author: 三谷昌平 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学医学部生理学講座(分子細胞生理学分野) [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.93.1_1 Copyright (C) 2023 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. ## はじめに ゲノム解析といえば,主としてゲノム配列の解読と思われる方も多いことでしょう,我々が行ってきた研究は,一時期「ポストゲノム解析」に分類されてきたゲノム機能解析である。元々,ヒトゲノムの解読でさえも,あまりにも膨大なために,お金の無駄で得られた遺伝子情報を医療や産業に活用できるのはいつのことになるか分からないと考える人が多かった。私が線虫のゲノム機能解析に挑戦を始めた 1990 年代の終わり頃 (1998 年) に線虫ゲノム解読が完了した。線虫ゲノム解読はヒトゲノム解読に数年間先行していて興味を持つ研究者も少なかった。それもそのはず,線虫ゲノム解読に成功した研究チー ムがヒトゲノム解読にも参加して大きな貢献をしたためである、下等生物であるためにヒトとの関連も分かり難い線虫ゲノムの機能解析は, 非常識的で無謀な計画と見做されていたと思われる。本稿では, そのような逆風の中で何とか達成できたこと, 将来期待されることを紹介したい。人類はアポロ計画も含めて途方もないことに情熱を燃やして挑戦する生き物である.今となっては,ゲノム解読は本学のような医学医療を担う大学としては自然なことであるが,研究現場では時流に乗るまでは理解され難い。挑戦者はしばしば難題に解答を得られるかどうかが問われている. ## モデル生物としての線虫のゲノム解読 線虫(Caenorhabditis elegans) は成虫で体長が 1 $\mathrm{mm}$ 強で, 体細胞数が 1,000 個弱しかない多細胞生物としては最も単純なモデル生物である.研究の初期に受精から成虫に至るまでの全細胞系譜の記載が行われ ${ }^{1)}$,また電子顕微鏡の連続切片を用いて神経回路のシナプスレベルの形態学的記載もできている²).大腸菌を䬺として $20^{\circ} \mathrm{C}$ で飼育すると 3 日程度で 1 世代が進み,雌雄同体の自家受精で 300 弱の子供を産み,大腸菌を餌として飼育が容易である。稀に出現する雄を使って交配実験が可能であるため,遺伝学に使い易い。増えたところで冷凍して保管すると半永久的に維持可能であるため,得られた変異体や遺伝子組換え体は大量に保管が可能である. Brenner 博士はこれを利用して発生や行動の仕組みを解明できると提唱した。初期の線虫研究では順遺伝学が標準的手法であり, Brenner 博士は化学物質を用いて突然変異体を大量に分離することに成功しだ).変異体遺伝子の遺伝子クローニングが徐々に進むと, 個々の遺伝子のイントロンが小さく, 遺伝子間 も短いことなどがわかり"), ゲノムサイズがハプロイドで 100 メガ塩基対ほどしかないため(3 ギガ塩基対あるヒトゲノムの 30 分の 1),まず線虫のゲノム解読を行って手法の確立が試みられた。小原博士が大腸菌を材料に考案した「ゲノム断片を仮想的に繋ぎ合わせて物理地図を作成する」という手法を導入し, 酵母人工染色体でクローン化したゲノム断片の集合として線虫全ゲノムの物理地図を作成しだ ${ }^{5 / 6)}$. Brenner 博士が作っていた遺伝地図で同定済みの遺伝子構造と位置関係などを加えてゲノム配列を解読して行った. 1992 年に 3 番染色体の中心部の配列を決定 (7),ヒトなどの高等生物と類似のホメオボックス遺伝子の存在が明らかにされたことからさらに研究は進み, 1998 年には全ゲノムの解読に至った ${ }^{81}$. 線虫の全ゲノム配列解読ができると同時に既知の遺伝子配列情報などを参考に mRNA の構造予想なども進んだ。これは現在のように次世代シーケンサーを用いて全ゲノム配列を一気に解読できる時代の前のことである.ゲノム断片をそれぞれ配列決定してコンピュータ上で繋ぎ合わせる手法はヒトゲノム解析でも有用であったし, 蛍光シーケンサーの発達もあり,かつては無謀としか思えなかった全ゲノム解析が現実的になった所以である ${ }^{9}$. 全ゲノム配列情報が得られたことから,線虫研究者はそれまで主流だった順遺伝学的手法から逆遺伝学的手法を多用することになった。具体的なゲノム情報の利用法をこの後で説明する。 ## 線虫のトランスジェニック解析 線虫の雌雄同体は体全体の中で生殖腺が比較的大きい。線虫の体が透明で微分干渉顕微鏡で内部が良く見えることから,Mello 博士らは生殖腺にDNA 液を注入することで容易にトランスジェニック個体を作成することができることを示した ${ }^{10}$. 研究者たちはすぐにこの技術を利用して線虫に遺伝子導入を行うようになった. ゲノム構造情報があればプロモーター配列に $\beta$ ガラクトシダーゼ遺伝子を繋いでトランスジェニック個体を作成することで遺伝子発現パターンが解析できるようになった。この方法を用いることで,線虫変異体のレスキュー実験(変異遺伝子を導入することで野生型様に戻す)や,線虫自身の遺伝子だけでなくヒト遺伝子などの過剰発現なども可能になった。筆者はこれとほぼ同年代に米国に留学する機会を得たが,効率的なトランスジェニック法の発表の直前であったことから,指導教授の Chalfie 博士は私にトランスジェニックでは wild-type mutant Figure 1. An example demonstrating the method for determining the function of a gene. In the presence of a green fluorescent protein (GFP) reporter (fused to some nuclear protein) that is localized to the nucleus in cells of wild-type animals, the effects of a gene that helps in GFP localization can be observed by examining the GFP localization in the mutant background. GFP may translocate from the nucleus (left: wild-type) to the cytoplasm (right: mutant). なくin situハイブリダイゼーションを勧めた. 線虫のクチクラが硬く, 容易な実験ではなかったため,使われていなかった技術であったが,何とか遺伝子発現を検出できるまでになった ${ }^{11}$. その際に研究室内では遺伝子発現解析の手法について大いに議論された。私が帰国した後に Chalfie 博士は GFP (green fluorescent protein)をトランスジェニック発現させることに成功した ${ }^{12} . \beta$ ガラクトシダーゼトランスジェニックと異なり,生きたまま遺伝子発現を観察することができる点で画期的な方法であり,私が in situ ハイブリダイゼーションで使用していたマー カー遺伝子を用いて当時研究室で議論された課題が解決したことを知って感動した (Chalife 博士は 2008 年にノーベル化学賞を受賞).GFPによる局在解析はその有用性の高さにより, 線虫に限らずマウスやヒト細胞の実験にも迅速に拡散し, $\mathrm{Ca}^{2+}$ イオン濃度測定などを含む追加技術が多数創出された ${ }^{13)}$ とはご存じの読者も多いと思われる. ## RNA 干渉と線虫の遺伝子破壊解析 遺伝子機能阻害実験は大変有用であることは上述のマーカー発現を利用した実験からも明白だった。興味のある生命現象の指標となる抗体染色, in situ ハイブリダイゼーション, トランスジェニック遺伝子レポーターなど(結果に相当)と興味のある遺伝子の機能低下した状態(原因に相当)を組み合わせると,個々の表現型を古典的な方法で観察するだけでなく, 生命現象の因果関係がより迅速に, より詳細に明らかになるのである(Figure 1),ゲノム情報が整備された時点で, 多種多様な生命現象について, このような解析を行えば分子メカニズムが次々と解明されることが期待される。線虫の全ゲノム解読とほぼ同時期に RNA 干涉 (RNAi) という現象が発見されだ ${ }^{14}$. 既にマウスでは相同組換えを用いた遺伝子ノックアウトが普及しつつあったが,線虫の RNAi は二本鎖 RNA (dsRNA) を導入することで相同遺伝子の mRNA を分解することが可能であった. 導入方法はマイクロインジェクションが効率的であるが,後には餌の大腸菌に発現させておけば起こすこともできることが発見されて, 多くの研究者が利用するようになった ${ }^{15}$. 線虫での RNAi は大変便利な方法であったが, dsRNA の状態などにより効果が見られないことがあるなど, やや結果が不安定であることや, 神経系でほとんど効果がないなどの問題点もあった. 線虫で初めて普及した RNAiであったが, 人工合成した siRNAを培養細胞などに投与することでヒトにも有効であることが証明されたことから, GFP と同様に線虫に限定されずあらゆる分野で使用されるようになった. 上述のように全ゲノム配列情報が利用可能になったため, 線虫でも遺伝子破壊株の取得も多くの研究室で試みられた。線虫ゲノム解読の前は遺伝子クローニングの際に頻繁に使用されていたトランスポゾンを用いて,その挿入と切り出しの際に遺伝子の一部が壊れるという現象を利用する方法が使われ始めた2. ${ }^{16}$. 変異体取得の労力が大きいことから,間もなく化学物質によってランダムに欠失変異を起こし, その後で PCR 法を用いてスクリーニングする方法が主流となった ${ }^{17)}$. 我々の研究室も TMP (trimethylpsoralen)と紫外線によって欠失変異を起こし, PCR 法でスクリーニングする方法を試みた。開始した当時は, 博士研究員が 1 遺伝子の変異体を分離するのに半年 1 年程度の労力を要すると言われてお 5' -ATGGGCTTCAACGTGCCCGTCATCAACCGAGACTCGGAGATCCTCAAAGCGGACGCCAAAAAGTGG-3' TGTTGCACGGGCAGTAGTTGGCTCTGAGCCTCTAGGAGTTTCGCCTGCGGTTTTTCACC-5' synthesis Figure 2. Upper row: DNA polymerase incorporates nucleotides correctly at the arrow to give rise to complete double-stranded DNA. Lower row: DNA polymerase incorporates an incorrect nucleotide (A to $\mathrm{T}$ change) at the arrow resulting in the unannealed 3 -end terminus. When an incorrect nucleotide is incorporated, the next nucleotide incorporation often fails, unless the wrong nucleotide is removed by the proofreading function of the DNA polymerase. Proofreading activity depends on the enzyme used for polymerase chain reaction (PCR). り,他の研究室よりスタートが遅かったけれど,はるかに効率の良い方法を編み出すことが目的であった. 我々の研究室では数々の工夫を行ってそれを実現したが,紙面の都合もあり,工夫の 1 例を記載することに留めたい. PCR 法ではあまり大きな DNA 断片を増幅できないことは PCR を用いた実験を行ったことのある研究者なら誰でもご存知と思われる。しかし, 普段はその理由をあまり意識せずに使うことが多い.標準的な PCR 法では増幅したいゲノムDNA の端の 2 か所にプライマーを設計し,そこから DNA ポリメラーゼでコピーを作る. 反対側のプライマーの部位より遠いところは 2 回目の増幅からは存在する配列が少ないために目的の長さの DNA 断片が増幅する. 使用する酵素によっては長い配列は増幅に失敗することもあり,より高性能の酵素を選択する必要が生じる場合があることも知られている. PCR 法では理論的には 1 サイクルで 2 倍に増幅されるはずであるが,実際には徐々に増幅効率が低下するのである. 反応チューブ中の酵素が失活するとか,プライマーやモノマーのヌクレオチドが枯渴してくることが良く知られている。長い配列が増幅できないのはなぜかというと, 反応が途中で停止してしまうことが多いからである. Sanger 博士が開発してキャピラリーシーケンサーなどで使用されているサンガー法では DNA 増幅の際に少量の dideoxy nucleotide を使用することにより,例えば塩基 A のところにアデニンでなくジデオキシアデニンが取り达まれるとそれ以上鎖の伸長が起こらないことを利用している ${ }^{18}$.このことにより,その位置にアデニンが存在す ることが分かるのである。サンガー法の別名をチェーン・ターミネーション法と呼ぶ所以である. ところが, 通常の PCR 反応ではジデオキシヌクレオチドを使わなくてもチェーン・ターミネーション (伸長停止)が起こってしまうのである (Figure 2). その理由は, DNA ポリメラーゼは一定の割合で間違った塩基を取り达んでしまい,増幅を繰り返すと塩基置換の変異が入ってしまうためである。その際に, $\mathrm{A}$ と $\mathrm{T}$ 間, $\mathrm{C}$ と $\mathrm{G}$ 間のアニーリングの水素結合は弱くなり, 次の塩基の取り达みに失敗するためである。間違いが入る確率が一定の場合, 長いDNA 断片ほど増幅の途中でチェーン・ターミネーションが起こる確率が高くなる. 我々は野生型に比べて短い変異体を感度良く検出できる方法を使うことで短い配列のみ選択的に増幅できることを見出した ${ }^{19}$. $\mathrm{PCR}$ 反応の際の条件として「 $\mathrm{Mg}^{2+}$ イオン濃度を下げる」,「アニーリング温度を上げる」,「デオキシヌクレオチドの濃度を下げる」などを行うと, 長いDNA 断片は増幅が悪くなる, すなわち短い DNA 断片(プライマーが結合する部分は同一配列だが,途中の一部が欠失して短くなったもの)を選択的に増幅することが可能になるのである. 我々が行った工夫は他にも多くあるが,個々のプロセスで効率が数倍になるとしても,それらが積算されることで全体の効率は飛躍的に向上するのである. 我々は, PCR 法以外にも変異導入法などの多くのプロセスを工夫して,従来法の 100 倍程度の効率を達成することができた. それまでは個々の研究室で興味のある遺伝子を選び, 若手の研究者が時間をかけて遺伝子破壊するという作業を行っていたが,さらに分注ロボットの 導入その他による実験の自動化などを加えて,我々の研究室だけで年間 500 遺伝子程度の変異体分離が可能となったことから遺伝子破壊実験に時間をかける研究者は減少した,しばらくの間は日本,米国, カナダの 3 研究室が変異体分離を行い,インター ネット公開を行い,使いたい研究者はそれを分与してもらって遺伝子の機能解析を行うという状態が続いた. 我々の研究室では 2002 年に文部科学省の予算を獲得して第 1 期のプロジェクトに着手し, 5 年毎の更新で現在は第 5 期に至っている. 我々の研究室では, 途中で上記の PCR スクリーニング法に加えて,全ゲノムシーケンス法を用いた。欠失変異が入りやすい条件で上記の TMP と紫外線処理を行い,雌雄同体を単一個体で増殖させた後に全ゲノムシー ケンスを行って欠失変異を見つける方法を導入した。変異体分離の主要なプロセスを自動化することで年間 1,000 株の変異体を分離できるようになった20).これらの蓄積で, 現在はタンパク質をコードする線虫の全遺伝子約 20,000 個のうちの半数程度の変異体を取得済みである ${ }^{21}$ 。このプロジェクトの途中で, 我々は変異体分離の数や品質で米国やカナダの研究室に差をつけ, 外国チームは欠失変異の分離から撤退したために本学プロジェクトのみとなった。 線虫の変異体に限らないが, 2013 年にゲノム編集に CRISPR/Cas9を利用する方法が使われ始めてからは,少数の変異体であればどの研究室でも分離が可能な状態になった222. 我々の研究室でもゲノム編集技術による変異体分離を行うことはあるが,既に重要な遺伝子(例えばヒト遺伝子の相同遺伝子は 8,000 個弱と言われている)の大半の変異体を分離済みであること,ゲノム編集で多くの変異体を分離することはとても労力を要する.そのためか,本学プロジェクトへの分譲依頼は減ることなく続いている. 不思議なことに,発見当初はRNAi があれば遺伝子破壊株は不要と対立的に考える研究者もいたが,現実では両者が必須だったのである.著者自身は, Mello 博士の依頼で RNAi の分子メカニズム解明に挑戦することになった. RNAiの分子メカニズムを調べる時にRNAiに関わる分子をRNAiで抑制しても論理が循環して結論が出せないことが理由であった. その成果の詳細は本稿では割愛する (Mello 博士は 2006 年にノーベル生理学医学賞を受賞). ## ヒト疾患モデルとしての線虫 上述したように, 線虫にはヒト遺伝子のオーソログが多数存在するが,その大半は既に変異体を分離済みか容易に追加取得できる状態になっている。 ヒ卜疾患のうち古典的なメンデル遺伝学で説明されるような遺伝子であれ, 最近の GWAS (genome wide association study)や次世代シーケンサを用いた全エクソーム解析や全ゲノム解析で発見された遺伝子であれ, 多数のホモログの遺伝子機能解析を線虫実験系で解析できる状況となった.既にマウスなどで疾患発症メカニズムが解明されているものも多数あることは事実であるが,ヒ卜遺伝子の数を考えるとそのすべてが完全に解明されることは一朝一夕で達成できるものではない.著者が線虫を用いてゲノム機能解析を行うことを始めた頃は線虫を使ってヒト疾患の解析を行おうという研究者は少なかったが,最近は世界的に見てもあまりに多くなり実数が把握できないほどになった. 実験動物を専門とする研究者には 3R (replacement, reduction, refinement)が頻繁に求められるようになった.新規に線虫を用いた実験を始める研究者からの問い合わせが頻繁に来ることから線虫を用いて疾患遺伝子の機能解析を行うとか,化合物の効果を検証して産業応用するなどのアプローチが増えている実感がある. ## おわりに 筆者の研究室では, 膨大な数の変異体を用いることにより, 逆遺伝学のスケールを大きくすることが容易である。特定の遺伝子ファミリーについて網羅的に表現型解析を行うことで, どの分子がどの生命現象に関わっているかを検証可能になった. 古典的な遺伝学では 1 つの変異体の機能をより詳細に解析するためにその表現型を増強する変異体(エンハンサー) や減弱する変異体 (サプレッサー) をスクリー ニングして分離する方法が多用されてきた。今や, ヒト疾患遺伝子の線虫モデルでこのような実験を行うと, 疾患の仕組みに関わる未知の遺伝子が変異体として同定できる。線虫ゲノムはサイズが小さいため, 新規変異体の全ゲノムシーケンスにより, 容易に原因遺伝子を同定することが可能であることも分かった. さらに, 同定した遺伝子が本当にヒ卜疾患原因遺伝子と相互作用するかどうかは, 膨大な数の欠失変異体を用いて確認を行うことができる。このように, 線虫ゲノムを起点にいわゆる順遺伝学と逆遺伝学の両方を併用して疾患発症メカニズムの主要な部分を解き明かすことが可能になったのである. 著者はこのようなアプローチを統合遺伝学と呼びたいと考えている ${ }^{23}$. 実際, 我々は独自に遺伝子機能解析を行った結果,いくつかの日本人の死因の多くを占める疾患に関する疾患発症の根幹に関わる候補の機能を解明しつつある。これらは,線虫遺伝子とヒ卜相同遺伝子の機能が酷似しており,PubMed などで調べる限りでは先行論文による機能解析は十分ではなさそうである.我々は,解明された分子機能を元に治療薬を開発することに挑戦の主軸を移行しつつある. さらなる発展を期待しつつ研究を進めている. ## 文 献 1) Sulston JE, Horvitz HR: Post-embryonic cell lineages of the nematode, Caenorhabditis elegans. 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Tokyo Women's Medical University
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# 遺伝医学アップデート:基礎医学から臨床現場まで (2)脳動脈瘤の感受性遺伝子の解析 東京女子医科大学総合医科学研究所 東京女子医科大学足立医療センター脳神経外科 $\begin{array}{ll}\text { アカガワ } & \text { ヒロュキ } \text { 赤川 浩之 }\end{array}$ } (受理 2023 年 1 月 19 日) ## Genetic Medicine Update: From Basic Research to Clinical Care (2) Genetic Susceptibility to Intracranial Aneurysms \author{ Hiroyuki Akagawa \\ Institute for Comprehensive Medical Sciences, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \\ Department of Neurosurgery, Tokyo Women's Medical University Adachi Medical Center, Tokyo, Japan } Intracranial aneurysms (IA) cause subarachnoid hemorrhage (SAH), which has high mortality and morbidity rates when rupture occurs. The success of genome-wide association studies (GWASs) followed by phenotypic confirmation in transgenic mice has supported the implication of genetic factors in the formation of IA. For example, a Sox17-deficient mouse model was established based on previous GWAS findings, confirming the development of IA resulting in SAH following Sox17 deficiency. The most recent international GWAS identified over half of the disease heritability of IA, including 17 risk loci using more than ten thousand patients. The remaining proportion of heritability, the so-called missing heritability, can be explained by the effects of rare variants detected by next-generation sequencing (NGS). In this review, we discuss the current knowledge regarding genetic factors associated with IAs provided by GWAS and rare variant analysis using NGS. Keywords: intracranial aneurysm, susceptibility gene, genome-wide association study, next-generation sequencing, rare variant ## はじめに 脳血管疾患は,1951 年より 1980 年まで本邦の死因の第 1 位であった。近年は肺炎や老衰の割合が増加して第 4 位とはなったものの, 依然として悪性新生物や心疾患と並び,我々の生命を脅かす主要な疾患の座にとどまり続けている¹).いわゆる“三大疾病” のうちの一つである.このうち特に死亡率が高いこ とで知られているのがクモ膜下出血であり, そのおよそ $85 \%$ が脳動脈瘤の破裂に起因する ${ }^{2}$. 脳動脈瘤は, 他の多くの脳血管疾患と同様, 複数の遺伝的要因と環境要因が相互に作用して発症に関わる多因子疾患である。本邦では脳の画像検査を受けた人の 6〜7\% で診断される“ありふれた疾患 (common disease)”である ${ }^{3)}$. 危険因子(環境要因)として喫煙習 Corresponding Author: 赤川浩之 〒 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学総合医科学研究所 akagawa. [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.93.2_49 Copyright (C) 2023 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. 慣と高血圧症が最も主要なものとして挙げられ,脳動脈瘤が診断された場合は禁煙と降圧療法が推奨される。一方,遺伝的要因は,しばしば聴取される家族歴によっても実感され, 1 親等以内の脳動脈瘤保有者の家族歴がクモ膜下出血をきたす危険因子ともなっている2).これを支持する定量的指標として,破裂脳動脈瘤によるクモ膜下出血患者の第 1 度近親者の相対危険率は 4 倍, 同胞の場合は相対危険率 6 倍と報告されている). さらに, 脳動脈瘤の遺伝的要因の証左として, 脳動脈瘤を合併する遺伝性疾患の存在も挙げられる。常染色体顕性多発性囊胞腎 (autosomal dominant polycystic kidney disease: ADPKD),マルファン症候群,エーラス・ダンロス症候群など様々な遺伝性疾患との合併の報告があるが,このうち ADPKD が最も脳動脈瘤と関連がある遺伝性疾患であり,ADPKD 患者は一般人口に比し有意に脳動脈瘤保有率が高い (12.4\%) ことが示されている ${ }^{45)}$.このような遺伝的要因を背景にこれまで様々な遺伝子解析が行われてきたが,本稿では近年のハイスループット解析技術によりもたらされたゲノムワイド関連解析 (genome-wide association study:GWAS)の成果,そこから浮かび上がってきた課題と次世代シーケンシング解析による成果,そして今後の展望について概説する。 ## ゲノムワイド関連解析(GWAS) もはや多因子疾患の遺伝子解析ではゴールドス夕ンダードとして広く認知されている手法である。これまで様々な形質で実施されてきた 5,000 を超える研究が,米国立ヒトゲノム研究所と欧州バイオインフォマティクス研究所の共同運営によりGWAS Catalogueとしてデータベース化されている ${ }^{6}$. 脳動脈瘤においては,2008 年に米国 Yale 大学を中心とした研究グループによって初めての GWAS が行われたて). 同グループはさらにサンプルサイズを増やした検討も継続し, 最終的にはヨーロッパ人や本学の日本人サンプルを含む患者 5,891 例と対照 14,181 例に及ぶ解析となっだ ${ }^{8}$. 再現性の高い主要な遺伝子として, CDKN2A-CDKN2B 遺伝子領域 $(9 \mathrm{p} 21.3 ; \mathrm{p}=1.5 \times$ $10^{22}$, オッズ比 1.31) やSOX17 遺伝子 (8q11.23$\mathrm{q} 12.1 ; \mathrm{p}=1.3 \times 10^{-12}$,オッズ比 1.28 )などが特定されている。さらに同グループは,日本人患者に注目したサブ解析により,染色体 $4 \mathrm{q} 31.22-\mathrm{q} 31.23$ の EDNRA 遺伝子も特定した $\left(\mathrm{p}=2.2 \times 10^{-8}\right.$, オッズ比 $1.22)^{9}$.この ENDRA 遺伝子は後にバイオバンク・ ジャパンにより報告されたGWAS(日本人患者 1,048 例, 対象 7,212 例)によっても再現性をもって検出されている $\left(\mathrm{p}=9.6 \times 10^{-9}\right.$, オッズ比 1.25$)($ Table 1 ${ }^{10}$. GWAS の隆盛とともにデー夕解析に係る遺伝統計学的手法も洗練されていった. 世界の様々な人種における一塩基多型 (single nucleotide polymorphisms : SNPs) や連鎖不平衡地図のデータベー スも整備され,SNPアレイのデータから実際にはジェノタイピングされていない SNPS 遺伝子型を高精度に決定することも定型的に行われている(imputation 法).これによりプラットフォームの異なる SNPアレイで取得したデータを無駄なく統合することが可能となり, GWAS は多数の研究機関が参画する大規模メ夕解析へと発展していった. 脳動脈瘤では 2020 年に国際脑卒中遺伝学コンソーシアムや本邦のバイオバンク・ジャパンなど多数の研究機関が参画した大規模解析の結果が報告された。患者 10,754 例と対照 306,882 例に及ぶ解析がなされ, 前述の CDKN2A-CDKN2B 遺伝子領域, SOX17 遺伝子や EDNRA 遺伝子の関連が再現されたほかに 14 種の遺伝子が検出され,これら合計 17 種の遺伝子で脳動脈瘤の遺伝力 (heritability) の搞よそ半分を説明できる成果となった ${ }^{11}$. 本稿では再現性, 日本人患者の解析, そして機能解析の有無という観点で前述から例示している代表的な 3 種の遺伝子領域を染色体番号順に取り上げて解説する。 ## 1. EDNRA (4q31.22-q31.23) 日本人患者に注目した 2 つの別個な研究で再現性をもって検出された座位である ${ }^{910)}$. 関連 SNP は EDNRA 遺伝子上流の発現調節領域に位置している. 塩基置換によりDNA 結合蛋白との親和性が変化し, 遺伝子発現を減弱させることも示されている $^{10}$. EDNRA は血管平滑筋に発現する $\mathrm{A}$ 型エンドセリン受容体をコードしている。リガンドであるエンドセリンは強力な血管収縮因子として生理的機能を担う一方で, 高血圧症やアテローム性動脈硬化などの発症にも深く関与している ${ }^{122}$. エンドセリン経路の抑制は血管壁修復作用を抑制するといわれており,A 型エンドセリン受容体の拮抗薬を投与した動物モデルでは,冠動脈に動脈瘤様の変化が起きることも報告されているる ${ }^{1314)}$ ## 2. $\operatorname{SOX17(8 \mathrm{q} 11.23)$} SOX17 は SOX [sex-determining region Y (SRY)related high mobility group (HMG) box] 遺伝子ファミリーに属する転写因子である。 マウス Sox17 は胎 Table 1. A summary of previous genome-wide association studies of intracranial aneurysms. & Locus & & Gene & & $\mathrm{p}$-value \\ CI, confidence interval; NA, not available. 子および成体の動脈血管内皮細胞に強く発現しており,血管構築やその維持に重要な役割を果たしていることが知られている ${ }^{15}$. GWAS の結果を受けて血管内皮細胞特異的なSox17 久失マウスが樹立され,高血圧ストレス下において脳動脈瘤が形成されることが確認されている ${ }^{16}$. ## 3. CDKN2A-CDKN2B 遺伝子領域 (9p21.3) 癌抑制遺伝子としてよく知られる $C D K N 2 B$ および CDKN2A 遺伝子のテロメア側近傍に存在する領域である. GWAS 黎明期より 2 型糖尿病, 心筋梗塞や腹部大動脈瘤など複数の多因子疾患との関連が相次いで報告された興味深い座位である。 その後の研究で, $C D K N 2 B, C D K N 2 A$ 遺伝子の発現調節に関与している non-coding RNA である CDKN2BAS 遺伝子(別名 antisense non-coding RNA in the INK4 locus:ANRIL)に相当することが明らかにされだを.17188.相同領域を欠失させたマウスでは, 大動脈平滑筋細胞の Cdkn2a, Cdkn2bの発現が減少し細胞増殖が元進することが確認されている ${ }^{19}$. ## 次世代シーケンシング(NGS)による レアバリアント解析 遺伝力 heritability のかなりの部分を特定できたのはGWASによる大きな成果である。かねてより想定されていた病態(血管平滑筋細胞や内皮細胞の障害)と矛盾しない遺伝子が捉えられ,さらには SOX17のようにGWAS で同定された感受性遺伝子の改変によって脳動脈瘤モデル動物も確立されるに至った ${ }^{16}$. しかしその一方で, 大規模 GWASによっても検出しえない遺伝力, いわゆる“missing heritability”の存在が強く認識されるようになった20). GWASでは一般人口での対立遺伝子頻度が高い SNPs が解析対象となるため, 統計学的に強固な感受性 SNPs が特定されてもその効果サイズは小さい (Figure 1). Table 1 でも示した通り脳動脈瘤ではオッズ比にして1.2 1.36 程度である. 多型よりも低頻度のバリアント(対立遺伝子頻度 $0.5 \%$ に満たないレアバリアント)に効果サイズの高い未知の遺伝要因が存在すると考えられてきたが,次世代シーケンシング (next-generation sequencing:NGS) の登場 Modified from Manolio TA, et al. Nature. 2009;641:747-53, and Tsuji S, et al. Hum Mol Genet. 2010;19:R65-70. Figure 1. Risk allele frequency and strength of genetic effect. GWAS, genome-wide association study; SNPs, single nucleotide polymorphisms. Figure 2. Japanese multiplex families with intracranial aneurysms. によりこのような疾患感受性レアバリアントの探索が可能な時代が到来した ${ }^{21)}$ レアバリアントが関連する感受性遺伝子では,種類が異なる複数の病因性レアバリアントが総和として患者群に多く観察されるというパターンが最も想定されるが, 疾患発症に対して中立のレアバリアントやプロテクティブに働くレアバリアントも存在するため, GWAS とは異なる特別な遺伝統計学的アプローチも必要となる22).以下に我々が報告したレアバリアント関連解析を実例として紹介する。 我々は脳動脈瘤患者のゲノム DNA サンプリングに際し, 特に第 1 度近親者に家族歴を有する家族性脳動脈瘤患者に注目して血縁罹患者の収集に努めてきた。 そのなかで 3 世代にわたって 7 人の患者を生じた大家系 F2054 に注目し (Figure 2), 世代 III の 6 姉妹および世代 IV で生じた患者の計 7 例で全エクソーム・シーケンシングを実施した.有害なレアバリアントが罹患者 4 人で共有される候補遺伝子が 7 個検出されたが,そのうち特にバリアントの有害度の指標が最も高かったNPNT (Nephronectin) と CBY2 (Chibby family member 2) 遺伝子に着目した (Table 2).NPNT は細胞外マトリクスのネフロネクチンをコードし,インテグリン $\alpha 8 /$ $\beta 1$ の機能的なリガンドとして腎臟の発達に欠かせ Table 2. Overview of seven representative candidate genes identified from the F2054 family. } & \multirow{2}{*}{} & \multicolumn{7}{|c|}{ Genotype } & \multirow{2}{*}{} & \multirow{2}{*}{} \\ IBD segment, identity by descent segments were calculated from the SNP array data using Beagle version 3.3; CADD, C-scores of the combined annotation dependent depletion version 1.2. None of the listed variants was observed in our 105 Japanese populationbased controls. Figure 3. Minigene splicing assay of the c.1515+1G>A variant in NPNT. ないほか, いくつかのインテグリンを結びつけて細胞接着にも関与する. NPNT の異常は血管内皮機能に影響し, 正常な血管新生が阻害されることも報告 されている ${ }^{23}$. 今回 NPNT で検出されたスプライスドナー部位 c. $1515+1 \mathrm{G}>\mathrm{A}$ を minigene assay で解析したところ,異常なスプライシングを引き起こし Peripheral cerebral artery ## Ruptured cerebral aneurysmal wall Figure 4. Immunohistochemical analysis of cerebral arterial specimens. HE, hematoxylin eosin. て第 10 エクソン全体の skipping をきたすことが確認された(Figure 3)。一方, CBY2 は遺伝子発現デー タベースによれば,主に精巣で発現し,次いで脳でも発現が見られることが示されていた。しかし,これまでにヒトの疾患との関わりが全く報告されておらず疾患遺伝子としては新規分子であったため, ょり詳細に検討を行った. 免疫組織学的検討では脳血管平滑筋に発現しており (Figure 4), reverse transcription polymerase chain reaction (RT-PCR) によっても isoform 2 特異的に脳血管平滑筋細胞に発現していることを確認した. CBY2 に赤色蛍光タグを付加して COS7 細胞に強制発現させたところ,患者から検出されたミスセンス変異 p.Pro83Thrでは細胞質内での異常凝集が観察された (Figure 5). 立体構造解析ではアミノ酸置換により周辺の $\beta$ シー 卜構造が伸長して凝集モチーフを獲得するとの計算結果が得られ,培養細胞実験結果を支持した。この p.Pro83Thr バリアントは他の脳動脈瘤家系 F2012 からも検出されていたため (Figure 2), 追加脳動脈瘤患者 499 例, 対照 323 例を用いて CBY2 全域のリ シーケンシングを行った. その結果, 3 種類の有害なレアバリアント (p.Arg46His, p.Pro83Thr, p.Leu $183 \mathrm{Arg}$ )が患者特有に検出され有意な関連を示した (患者合計 $8 / 501$, 対照合計 $0 / 323, p=0.026$ ) (Table 3),以上より,脳動脈瘤家系 F2054 では新規感受性遺伝子 NPNT と CBY2 のレアバリアントが,それぞれ脳血管内皮および平滑筋細胞の機能障害を惹起して脳動脈瘤の発生に寄与したと考えられた,家族性脳動脈瘤は同一家系であっても複数の遺伝要因で発症し, その遺伝背景は多様で家系によって大いに異なることも示唆された24. このような NGSを用いたレアバリアント解析は欧米からの研究報告も散見されており,もやもや病の感受性遺伝子として知られる RNF213 遺伝子や循環血管新生誘導因子をコードする ANGPTL6 遺伝子のレアバリアントとの関連などが報告されてい $る^{2526)}$. 互いに検証し合いながら知見を蓄積していくことが重要である. ## おわりに 多因子疾患では大規模 GWAS が進み,特定され A Figure 5. Immunofluorescence imaging of CBY2-expressing COS7 cells. Table 3. Association analysis with rare sequence variants in $C B Y 2$. } & \multirow[b]{2}{*}{} & \multirow[b]{2}{*}{} & \multicolumn{3}{|c|}{ No. of detected subjects } & \multirow[b]{2}{*}{ SIFT } & \multirow[b]{2}{*}{} \\ Burden association tests were performed using a two-tailed Fisher's exact test. た多数の遺伝要因を使って個人の疾患リスクをスコア化 (polygenic risk score : PRS) する研究が精力的に進められている。個人のゲノム情報は生涯不変のため, 算出された PRS も不変であり, 様々な生活習慣病に対する易罹患性予測や薬剤効果,副作用予測に大きな効果が期待できる。予測により早期に行動変容すれば疾患発症を阻止,遅延させうることもできるだろう。より高精度な PRS を構築するために, さらに大規模な GWAS(100万人规模)を目指す考えや,レアバリアント情報を組み达む取り組みも行われている ${ }^{2728)}$. 今後の動向を注視したい.開示すべき利益相反はない。 $ \text { 文献 } $ 1)厚生労働省政策統括官(統計 - 情報政策担当)編.我が国の人口動態平成 28 年までの動向 [インター ネット]. 東京; 厚生労働統計協会 : 2018[Accessed January 23, 2023]. Available from: https://www. mhlw.go.jp/toukei/list/d1/81-la2.pdf. 2)脳卒中治療ガイドライン策定委員会編. 脳卒中治療ガイドライン 2015. 東京;協和企画:2015.366p. 3) Akagawa H, Tajima A, Sakamoto Y, et al. 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# \author{後期早産児(在胎 $34 \sim 36$ 週出生)のマイクロバブルテストについての検討 \\ ${ }^{1}$ 東京女子医科大学医学部 5 年 \\ ${ }^{2}$ 東京女子医科大学附属足立医療センター周産期新生北診療部 \\ (受理 2023 年 3 月 2 日) # # Stable Microbubble Test in Late Preterm Infants \\ Emiko Kuramochi, ${ }^{1,2}$ Yosuke Yamada, ${ }^{2}$ Hisaya Hasegawa, ${ }^{2}$ and Sayaka Maruta ${ }^{1,2}$ \\ ${ }^{1}$ The 5th Grade Student, School of Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \\ ${ }^{2}$ Department of Neonatology, Tokyo Women’s Medical University Adachi Medical Center, Tokyo, Japan } Background: Surfactants are produced sufficiently after 34 weeks of gestation as the fetal lungs mature. The stable microbubble test (SMT) evaluates fetal lung maturity. However, late preterm infants sometimes present with severe respiratory distress and require appropriate respiratory care. Methods: We reviewed 42 late preterm infants who underwent the SMT with gastric aspiration upon admission to our neonatal intensive care unit. The gestational age was 35.3 (34.6-36.0) weeks, and the birth body weight was $2,181(1,971-2,527) \mathrm{g}$. We classified the patients into the premature and mature groups based on the results of the SMT. We investigated the results of the SMT in late preterm infants and compared lung maturity with the maternal and neonatal respiratory clinical courses. Results: There were 12 infants in preterm group (28.6\%). The gestational age of the premature group was significantly longer, and the Apgar scores were lower in the premature group. Mothers of the premature group had significantly more cases of gestational diabetes mellitus. Respiratory distress syndrome was significantly more frequent, and infants in the premature group required invasive ventilation more frequently. Conclusions: We found that a small number of neonates produced sufficient surfactant, even in late preterm infants. It is suggested that the production of surfactants is related to gestational diabetes mellitus more than gestational age, and the SMT is useful in late preterm infants. Keywords: stable microbubble test, late preterm, respiratory distress syndrome ## 緒言 マイクロバブルテスト (stable microbubble test : SMT)は,早産坚の肺サーファクタントの産生の程度を評価するために用いられる。呼吸窮迫症候群 (respiratory distress syndrome:RDS)は, 早産児にみられる呼吸障害の代表的な原因疾患であり, II 型上皮細胞で肺サーファクタントが十分に産生されないために発症し, SMT はRDSの診断に有用であ Corresponding Author: 山田洋輔 〒 123-8558 東京都足立区江北 4-33-1 東京女子医科大学附属足立医療センター周産期新生背診療部[email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.92.2_57 Copyright (C) 2023 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. る1). 肺サーファクタントは肺の成熟につれ産生され, 在胎 28 週頃から産生が始まり在胎 34 週頃以降には十分量になるとされている2).しかし, 在胎 34 週から 36 週の後期早産児でも呼吸障害が重篤で RDS と診断され, 呼吸管理が必要となる児が少なくない. SMT は極低出生体重监においてはよく行われる検查であるが,後期早産児におけるマイクロバブルテストの報告は少なく, 後期早産児のサーファクタント産生の成熟度の状態や呼吸管理の実態は明らかではない. 東京女子医科大学東医療センター周産期新生背診療部では新生览集中治療管理室(neonatal intensive care unit:NICU)に入院を要し,経鼻持続陽圧 (nasal continuous positive airway pressure:N-CPAP)等を要すると想定される呼吸障害のある後期早産児には SMT を行い,RDS の診断など呼吸管理に総合的に役立てている.そこで今回は,肺サーファクタントが産生されているとされる後期早産览のSMT を検討し, 後期早産児のサーファクタント産生の成熟度の実際, その成熟度と母体経過,児の呼吸における臨床経過について検討することを目的に研究を行った。 ## 対象と方法 東京女子医科大学東医療センター周産期新生児診療部に 2016 年 1 月 2020 年 10 月に入院した览のうち, 在胎 34 週 0 日から 36 週 6 日に出生し, 胃内容物でSMT を行った児を対象とした. その中から,染色体異常や遺伝子疾患などを含む先天性疾患のある児, 転院などで最終転帰の確認ができない览を除外した, 42 例を検討した. 42 例の在胎期間は 35.3 (34.6 36.0) 週, 出生体重は $2,181(1,971 \sim 2,527) \mathrm{g}$, Apgar score 1 分値は 8.0 (7.5 8.0) 点, 5 分値は 9.0 (8.0 9.0) 点, 帝王切開の割合は $76.2 \%$ であった. SMT は N-CPAP 以上の呼吸管理を要すると想定される呼吸障害を認める児に行われ,NICU 入院直後に胃内容物を取得し実施された。方法は,既報の Chidaらの方法に準じ, NICU 入院時の最初の処置の際に胃内容物を採取し,パスッールピペットで 6 秒間に 20 回泡立て 5 分間静置した後, 顕微鏡下で 1 $\mathrm{mm}^{2}$ 内に $15 \mu \mathrm{m}$ 以下の極小の泡(マイクロバブル)がどれくらい保たれているかを計測しだ1). 結果は,マイクロバブルが 0 個 $/ \mathrm{mm}^{2}$ をZero,02個/ $\mathrm{mm}^{2}$ を Very weak, 3 10 個/ $\mathrm{mm}^{2}$ を Weak, 11 20 個 $/ \mathrm{mm}^{2}$ を Medium, 21 個 $/ \mathrm{mm}^{2}$ 以上を Strong に分類した. 今回は,まず後期早産児における SMT の実際をまとめ,Weak 以下をサーファクタント産生未 Figure 1. Results of the stable microbubble test. Zero, $0 / \mathrm{mm}^{2}$; Very weak, $0-2 / \mathrm{mm}^{2}$; Weak, $3-10 / \mathrm{mm}^{2}$; Medium, $11-20 / \mathrm{mm}^{2}$; and Strong, 21 or more $/ \mathrm{mm}^{2}$. Zero, Very weak, and Weak patients are classified into the premature group, and Medium and Strong are classified into the mature group. 成熟群(未成熟群),Medium 以上をサーファクタン卜産生成熟群(成熟群)に分け, 患者背景, 母体臨床経過, 出生時の呼吸器疾患の診断, 呼吸管理方法や期間について比較した。 本研究は診療録をもとに後方視的に検討した.数値は中央値(第一四分位数-第三四分位数)で表し, 総計解析は JMP14 (SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いた.割合の検討は Fisher の正確検定で, 中央値の検討は Wilcoxon 順位和検定で行い, p $<0.05$ を有意とした. 本研究は, 東京女子医科大学倫理委員会の承認を得て行われた(承認番号 20 0010). ## 結 果 42 例のSMT の結果を Figure 1 にまとめた. 最も多かったのが Strong で 26 例, $61.9 \%$ であり, 次に多かったのが Weakで 10 例, 23.8\% 認めた. RDS の可能性が高まる未成熟群 (Zero, Very weak, Weak) となったのが 12 例, $28.6 \%$ であった. 成熟群(Medium, Strong)は 30 例, $71.4 \%$ であった. 未成熟群と成熟群の基礎データを Table 1 に示した. 在胎期間, 出生体重, Apgar score 1 分と 5 分値, 帝王切開と予定帝王切開, 母体ステロイド投与の有無, 羊水混濁の有無の割合を比較した. 在胎期間は, 未成熟群 36.0 週, 成熟群 34.9 週で, 未成熟群の方が有意に長かった $(\mathrm{p}=0.01)$. Apgar score 1 分は未成熟群 7.5 点, 成熟群 8.0 点で, 成熟群が有意に高かった $(\mathrm{p}=0.02)$. Apgar score 5 分は未成熟群 8.0 点, 成熟群 9.0 点で, 成熟群が有意に高かった Table 1. Clinical characteristics. Median (first quartile-third quartile). * Wilcoxon rank sum test, ${ }^{* *}$ Fisher's exact test. Table 2. Maternal clinical courses. & & p-value \\ TPD (\%) & 33.3 & 60.0 & $0.12^{*}$ \\ GDM (\%) & 33.3 & 6.7 & $0.04^{*}$ \\ Placental malposition (\%) & 41.7 & 13.3 & $0.09^{*}$ \\ FGR (\%) & 0.0 & 16.7 & $0.30^{*}$ \\ NRFS (\%) & 16.7 & 23.3 & $1.00^{*}$ \\ *Fisher's exact test. TPD, threatened premature delivery; GDM, gestational diabetes mellitus; FGR, fetal growth restriction; NRFS, nonreassuring fetal status. $(\mathrm{p}<0.01)$. 分娩方法や母体ステロイド投与や羊水混濁には有意差はなかった。 各群の母体臨床経過を Table 2 に示した. 絨毛膜羊膜炎, 切迫早産, 母体糖尿病 (gestational diabetes mellitus:GDM), 前置胎盤や低置胎盤などの胎盤位置異常, 胎坚発育不全, 胎坚機能不全の割合を比較した。GDM 合併率は未成熟群が $33.3 \%$ ,成熟群が $6.7 \%$ で,未成熟群が有意に高かった $(\mathrm{p}=0.04)$. 胎盤位置異常は未成熟群は $41.7 \%$, 成熟群は $13.3 \%$ で,未成熟群の方が割合は高かったが有意差は認めなかった $(\mathrm{p}=0.09)$. それ以外の項目では有意差は認めなかった。 各群における出生時の呼吸器疾患の診断とサー ファクタント投与の割合,呼吸管理方法,呼吸管理日数の比較を Table 3 に示した. 診断は RDS, 新生监一過性多呼吸 (transient tachypnea of newborn : TTN), 胎便吸引症候群 (meconium aspiration syndrome:MAS), 肺炎について調べた. RDSの診断は, 努力呼吸, 呻吟などの呼吸窮迫症状があり, 胸部 X 線で含気低下,顆粒状陰影,気管支透亮像など を認める場合に行われ,その際SMT は総合的な判断に利用された。呼吸管理方法では, 酸素投与のみ (人工換気なし) と非侵襲的陽圧換気と侵襲的陽圧換気の割合を調べた。複数の呼吸管理を受けていた場合, 最も侵襲の高い呼吸管理を行ったとしてカウントした。呼吸管理期間については,非侵襲的と侵襲陽圧換気を行った期間を求めた. 未成熟群の $66.7 \%$,成熟群の $13.8 \%$ が RDS の診断となり,未成熟群で有意に多く $(\mathrm{p}<0.01)$, 人工肺サーファクタント補充療法も未成熟群が多かった $(\mathrm{p}<0.01)$. TTN についてはその反対で,成熟群の方が有意に多かった $(\mathrm{p}$ $<0.01$ ). 胎便吸引症候群や肺炎の診断となった症例は認めなかった。呼吸管理では成熟群は酸素投与のみで管理できた症例が有意に多く $(\mathrm{p}=0.04)$, 未成熟群には気管挿管による侵襲的陽圧換気を要する症例が有意に多かった $(\mathrm{p}=0.04)$. 呼吸管理方法には差を認めたが,呼吸管理日数では両群に有意差は認めなかった ## 考 察 本研究では後期早産坚のSMT の実際, SMT と母 Table 3. Respiratory clinical course. & & p-value \\ Surfactant (\%) & 66.7 & 6.7 & $<0.01^{*}$ \\ TTN (\%) & 33.3 & 83.3 & $<0.01^{*}$ \\ MAS (\%) & 0.0 & 0.0 & - \\ Pneumonia (\%) & 0.0 & 0.0 & - \\ Oxygen therapy without ventilation (\%) & 0.0 & 30.0 & $0.04^{*}$ \\ Noninvasive ventilation (\%) & 50.0 & 53.3 & $1.00^{*}$ \\ Invasive ventilation (\%) & 50.0 & 16.7 & $0.04^{*}$ \\ Duration of mechanical ventilation (days) & $9.5(5.3-11.0)$ & $5.5(0.0-10.3)$ & $0.12^{* *}$ \\ ${ }^{*}$ Fisher's exact test, ${ }^{* *}$ Wilcoxon rank sum test. & & \\ RDS, respiratory distress syndrome; TTN, transient tachypnea of the newborn; MAS, \\ meconium aspiration syndrome. 体経過や児の臨床経過について検討した.妊娠 28 週未満を含む早産児でRDSを予測するのにSMT が適していると示した Kumazawa らの報告") Daniel らの報告4など,後期早産児に限定しない SMT の検討は報告されているが,後期早産児のみの SMT の報告は多くない.特に肺サーファクタントの産生に影響する因子を比較したものは検索しうる限り初めてのものである. 肺サーファクタントは在胎 28 週頃から産生され,在胎 34 週頃には十分量が産生される2). 今回の後期早産児のSMT では, RDS の発症確率が高くなる Weak 以下となった児を $28.6 \%$ に認めた。後期早産児でも, 出生時の呼吸障害が重篤で, RDS の診断となる児は決して少なくないということを示唆している. 後期早産児でも肺サーファクタントの産生が十分でない览の割合が低くないということを認識することは,診療において重要であると考えられた。 臨床背景では未成熟群は在胎期間が有意に長く,母体経過では未成熟群に GDM 合併例が多かった.未成熟群の在胎期間は 36.1 週であり, 成熟群より肺サーファクタント産生が十分であると想定される時期であったが Weak 以下の SMT となっていた. Fauzia らによると,GDM 母体から産まれた新生児は,胎览の高インスリン状態によりコルチゾールの肺成熟機能が阻害され, 肺サーファクタント産生が抑制されるということが示されている ${ }^{5}$. 肺サーファクタント産生には在胎期間が大きく影響するが,今回の検討では GDM 以外の母体因子は有意差を認めなかったため,GDM の影響が在胎期間よりも大きかったと考えられ,GDM のリスクの高さが推察された。また,そもそも早産児は GDM のサーファクタ ント産生阻害と同じ病態であるコルチゾール産生が不十分である. そのため, 後期早産照が GDM 合併母体から出生することは, よりサーファクタント産生が低下しうる重大なリスクであると考えられた。 GDM 以外の周産期因子では,胎児に何らかのストレスがかかる場合に肺サーファクタント産生が促進される ${ }^{6}$. 絨毛膜羊膜炎は児への感染によるストレスにより,肺サーファクタント産生を促進するが7,今回の対象には両群あわせても絨毛膜羊膜炎が少なかったため評価は困難であった. 胎盤位置異常では,予定帝王切開まで妊娠継続できると在胎期間は長く確保されるが,胎児にはストレスがかかりにくく,肺サーファクタント産生は想定ほど進んでいない, ということが起こると考えられる。今回の対象では未成熟群で胎盤位置異常が多かったが有意差はなかった. 胎児発育不全や胎児機能不全は児へのストレスがかかっているため,サーファクタント産生が立進すると考えられるが, 今回の検討では有意差はなかった。 坚の呼吸における評価では,診断,呼吸管理について検討した. 未成熟群は RDS の診断と気管挿管による侵襲的な呼吸管理を要する症例が有意に多く, 出生時の呼吸状態がより重症であった。成熟群では酸素投与のみで管理できる症例が有意に多く,軽症な症例が多かった。その一方で,両群間で呼吸管理を行った期間には差がなかった。このことは,後期早産照においても SMT によるサーファクタン卜産生の成熟度の評価が, RDS の診断や各症例での適切な呼吸管理につながり呼吸管理期間の差が生じなかった,ということであると考えられた。後期早産照においてもサーファクタント産生の成熟度を SMT で評価することは有用であることが示唆され た. 今回の検討には,いくつかの研究の限界がある. 一つ目は後期早産児において全例ではSMT を行っていない点である。呼吸障害がなくNICUに入院しない在胎 36 週台の新生児などがカバーされていない. そのため, 今回の研究では後期早産児全体についての言及はできないが,N-CPAP 以上の治療を必要とする呼吸障害のある児についての研究であるため, 臨床的に対応が必要な集団におけるデータとしての価值はあると考えている。次に,本研究の対象数が 42 例と少ないことが統計学的検定に影響を及ぼしている可能性がある。母体経過については症例数が増えることで, サーファクタント産生に関与する因子が明らかになる可能性がある。 さらには, 症例数の問題から今回は単変量解析のみしか行っていない. 今後は症例数を増やし, 多変量解析を含め詳細な検討を行う方針である。 ## 結論 後期早産览のマイクロバブルテストの実際,サー ファクタント産生の成熟度と母体経過, 児の臨床経過について検討した. 肺サーファクタントが十分に産生されると考えられている後期早産児でも, 産生が不十分である例が決して少なくないことが明らかとなった。肺サーファクタント産生には在胎期間だけでなく,GDMがより関係している可能性があると考えられた。後期早産児においてもマイクロバブルテストでサーファクタント産生の成熟度を評価することは, 適切な呼吸窮迫症候群の診断や呼吸管理につながる可能性があり,検査を行う意義が示唆された. 今後は症例数を増やし, 後期早産览のサーファクタント産生の成熟度や呼吸状態についてより詳細 に検討していく方針である。 ## 謝辞 本研究は本学学生研究プロジェクト (令和 2 年度) において行われた. 企画・調整の労を執られた委員長の柴田亮行先生をはじめ, 研究プロジェクト教育委員会の皆様に深謝いたします。 開示すべき利益相反状態はない $ \text { 文献 } $ 1) Chida S, Fujiwara T. Stable microbubble test for predicting the risk of respiratory distress syndrome: I. Comparisons with other predictors of fetal lung maturity in amniotic fluid. Eur J Pediatr. 1993; 152(2): 148-151. 2) Gluck L, Kulovich MV. Lecithin-sphingomyelin ratios in amniotic fluid in normal and abnormal pregnancy. Am J Obstet Gynecol. 1973; 115(4): 539-46. 3) Kumazawa K, Hiramatsu Y, Masuyama H, et al. Prediction markers for respiratory distress syndrome: evaluation of the stable microbubble test, surfactant protein-A and hepatocyte growth factor levels in amniotic fluid. Acta Med. Okayama. 2003; 57(1): 25-32. 4) Daniel IWBdS, Fiori HH, Piva JP, et al. Lamellar body count and stable microbubble test on gastric aspirates from preterm infants for the diagnosis of respiratory distress syndrome. Neonatology. 2010; 98(2): 150-5. 5) Mohsin F, Khan S, Baki MA, et al. Neonatal management of pregnancy complicated by diabetes. J Pak Med Assoc. 2016; 66(9 Suppl 1): S81-4. 6) Hillman NH, Kallapur SG, Jobe AH. Physiology of transition from intrauterine to Extrauterine Life. Clin Perinatol. 2012; 39(4): 769-83 7) Higuchi M, Hirano H, Gotoh K, et al. The relation between amniotic fluid surfactant concentration in preterm labour and histological evidence of chorioamnionitis. Arch Gynecol Obstet. 1992; 251(1): 3544.
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# 小児期に診断し, 酵素補充療法にて疼痛が軽快した女性 Fabry 病の 1 例 (受理 2023 年 3 月 3 日) Pain Alleviation With Enzyme Replacement Therapy in Childhood Female Fabry Disease: A Case Report Emi Shinohara, ${ }^{1,2}$ Kaoru Eto, ${ }^{1}$ Misako Katsuura, ${ }^{1}$ Kazunori Hashimoto, ${ }^{2}$ Yuya Sato, ${ }^{1}$ Kiyoshi Mizuochi, ${ }^{1,2}$ Aiko Nishikawa, ${ }^{1,2}$ and Satoru Nagata ${ }^{1}$ ${ }^{1}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan }^{2}$ Department of Pediatrics, Saitama Saiseikai Kazo Hospital, Saitama, Japan We report a case of pediatric Fabry disease in a girl whose pain was relieved and quality of life (QOL) improved with enzyme replacement therapy (ERT). Her father was diagnosed with Fabry disease based on the examination findings for pre-renal transplantation due to renal failure. Therefore, examinations were performed for her. Urinary mulberry bodies were positive, and the genetic analysis for $\alpha$-galactosidase $A$ (GLA) revealed a nonsense variant, leading to the diagnosis of pediatric Fabry disease. At 8 years of age, she presented with pain in the distal portion of the extremities and abdomen, which persisted despite oral carbamazepine. Therefore, ERT was provided. After initiation of ERT, blood lyso-Gb3 levels decreased, and extremity and abdominal pain improved. We asked her and her parent questions about QOL before and 12 months after the start of ERT. The European Quality of Life Five Dimension Youth showed improved scores for usual activities and pain or discomfort, and selfscoring of physical and mental condition on the European Quality of Life Visual Analogue Scale improved from 22 before ERT to 70 after 12 months of ERT. Pediatric Quality of Life also showed improved scores for physical and emotional functioning. Similar results were obtained by questioning the parent. Although the questionnaire is subjective and depends on the patient's physical condition at the time, we speculate that ERT improved QOL. Since the severity of clinical symptoms in women with Fabry disease varies, regular follow-up and appropriate intervention soon after the appearance of organ involvement are important to improve QOL and prevent complications. Keywords: Fabry disease, enzyme replacement therapy, lyso-Gb3, quality of life  ## 緒言 Fabry 病 (OMIM\#301500) は, $\alpha$-ガラクトシダー ゼ A( $\alpha$-galactosidase A:GLA)遺伝子の異常によって,ライソゾーム内の GLA 酵素の欠損や活性低下を引き起こし, 基質であるグロボトリアオシルセラミド (globotriaosylceramide:Gb3)などの糖脂質が血管内皮細胞・平滑筋細胞・神経節細胞などに蓄積する疾患であり, 心肥大・不整脈・腎障害・消化器症状・四肢末端痛・発汗障害・脳血管障害等を引き起こす ${ }^{11}$. 小児患者では, 四肢末端痛は生活の質 (quality of life:QOL) に影響するため, 早期の診断と治療介入が重要である。本疾患は, $\mathrm{X}$ 連鎖遺伝形式をとる遺伝性疾患であり,女性は保因者となるが, Fabry 病では X 染色体の不活化などの要因により,女性保因者が発症することがある。 今回,父の診断を契機に受診し,血中グロボトリアオシルスフィンゴシン (globotriaosylsphingosine:lyso-Gb3)の高値を認めた女性 Fabry 病に対して, 経過観察中に四肢末端疼痛や腹痛が出現し,酵素補充療法 (enzyme replacement therapy: ERT)を導入し,QOL の改善を認めた症例を経験したので報告する. ## 症 例 患者 : 8 歳, 女児. 主訴:四肢末端痛, 腹痛. 周産期歴: 在胎 38 週 4 日, 経腟分婏にて出生. 仮死なし. 出生時体重 $2,930 \mathrm{~g}$. 既往歴:なし. 家族歴 : 父(発端者)。中学校健診で尿蛋白を指摘された. 32 歳時に高血圧と蛋白尿を指摘された. 以降腎機能は低下し, 37 歳時に末期腎不全に対する腎移植前精查にて尿中マルベリー小体が陽性であり,酵素活性を測定し, Fabry 病と診断され,ERTを開始した. ERT 導入 2 か月後に血液透析導入を経て, 4 か月後に生体腎移植を施行した. 父方祖母. 移植前ドナー検査にて尿中マルベリー 小体陽性であり, 遺伝学的検查を施行し Fabry 病の診断に至った,健診での心電図異常を認め,他院で経過観察中である。 父方叔母. 祖母が保因者であったことから遺伝学的検査を実施し, Fabry 病の診断, ERT を開始した. 現病歴: 5 歳時に, 父が Fabry 病と診断された.本坚も家族歴から保因者であり, 家族が今後の健康管理の注意点などの相談を希望され紹介元の病院を受診した. 問診上は, 発熱, 運動や入浴時の四肢末端痛や腹部症状は認めなかった。尿検査にて尿中マルベリー小体陽性であり,当科へ紹介となった.遺伝カウンセリングを行い, 家族の同意を得て遺伝学的検査を施行した. GLA 遺伝子解析にてナンセンスバリアント(NM_000169.2 (GLA): c.751G>T, p. E251*)をへテロ接合体で確認した。乾燥ろ紙血の GLA 活性は $11.3 \mathrm{pmol} / \mathrm{punch} / \mathrm{h}$ (女性へテロ患者標準値:3.59 $\pm 2.17$ ) と正常範囲であった. 本児に確認したバリアントは, 本児の父で認めたバリアントと同様であった。このバリアントは, 男性患者において古典型の経過を認めることが報告されている233.済生会加須病院小览科受診時は無症状であったが, lyso-Gb3 が $44.3 \mathrm{nM}$ (女性へテロ患者標準値 : 16.39 $\pm 8.497$ )と高値であり, 定期的に受診し, 尿検査を行っていた. 8 歳 7 か月時に, 四肢末端の疼痛が出現し, 疼痛は運動時に増悪した。アセトアミノフェンとカルバマゼピンの内服を開始し, 疼痛は軽減するも残存した. また, 腹痛も認めており, 8 歳 9 か月時, ERT 開始目的に入院となった。 入院時現症:身長 $131.0 \mathrm{~cm}(+0.4 \mathrm{SD})$ ,体重 25.2 $\mathrm{kg}(-0.5 \mathrm{SD})$ と体格は年齢相当であり, バイタルサインに異常所見はなかった. 全身状態良好, 呼吸音清, 心雑音なし, 腹部平坦軟, 腸蠕動音正常, 皮虑に被角血管腫なし, 両側足趾の自発痛あり, 痛覚・位置覚に異常なし, 深部腱反射に元進・減弱なし. 検査所見:〔血液検查〕血算-正常, 生化学-BUN $11.8 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, Cre $0.49 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, Cr-eGFR $92 \mathrm{~mL} / \mathrm{min} /$ $1.73 \mathrm{~m}^{2}$, その他に特記事項なし. [尿検査] 尿一般-尿蛋白陰性, 尿沈查-尿中マルベリー小体を認めた,尿生化学-尿中 $\beta 2$ ミクログロブリン $81 \mu \mathrm{g} / \mathrm{L}$, 尿中 NAG $2.1 \mathrm{IU} / \mathrm{L}$. 〔心電図〕 心拍数 71 回/分, 整, 洞調律, 異常 $\mathrm{Q}$ 波なし, ST-T 変化なし. 〔心臓超音波検查〕LVIDd $4.0 \mathrm{~cm}$, LVIDs $2.6 \mathrm{~cm}$, LVEF 60\%. 〔腹部超音波検查〕腎・尿路系の形態学的異常なし.〔聴力検查】難聴なし. 【眼科検查】視力正常, 眼圧正常,渦巻状角膜混濁あり, 乳頭浮腫なし, 結膜・網膜血管の蛇行・拡張なし。 [頭部 MRI $\cdot$ MRA] 大脳白質病変なし,脳血管に狭窄や動脈瘤はなし。 臨床経過:Fabry 病の臟器合併症の評価として,上記を施行し, 眼科診察にて渦巻状角膜混濁を認めたが, その他の検査では異常は認めなかった. 8 歳 9 か月時に, ERTを導入し, アガルシダーゼベータ $(1 \mathrm{mg} / \mathrm{kg} / \mathrm{dose})$ の投与を行った. 以降, 2 週毎に継続投与している. ERTに関連する副反応は軽度の頭痛と咽頭違和感のみであった. 治療開始後, 血中 Table 1. Pediatric Quality of Life score 4.0 (8-12 years old). & & Pre treatment & \\ Emotional Functioning & 80.00 & 85.00 & & 60.00 & 85.00 \\ Social Functioning & 100.00 & 100.00 & & 100.00 & 100.00 \\ School Functioning & 85.00 & 85.00 & & 85.00 & 85.00 \\ Total & 84.78 & 88.04 & & 78.26 & 89.13 \\ The patient rated each item related to the quality of life on a 5 -point scale. Physical Functioning and Emotional Functioning scores increased. Table 2. European Quality of Life Five Dimension Youth score. & & Pre treatment & \\ EQ-VAS & 22 & 70 & & 31 & 80 \\ A: After 12 months, ratings improved in usual activities and pain or discomfort. On the EQ-VAS, the patient self-scored her physical and mental health. The score ranged from 22 to 70. B: Parent scored the same as Table 2A. After 12 months, ratings improved in mobility, usual activities, pain or discomfort, and worry. The EQ-VAS score ranged from 31 to 80. EQ-VAS, European Quality of Life Visual Analogue Scale. lyso-Gb3 は低下した(治療開始前 $4.02 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}$ ,治療開始 6 か月後 $2.11 \mathrm{ng} / \mathrm{mL}$ ,治療開始 12 か月後 1.78 $\mathrm{ng} / \mathrm{mL})$. 治療開始後, 四肢末端痛の程度は軽快傾向を認め, 腹痛は改善している。 ERT 開始前と開始 12 か月後における QOL 評価として, 本人が回答した PedsQL score ${ }^{4)}$ (Table 1A) と EQ-5D-Y $\operatorname{score}^{5}$ (Table 2A),保護者が回答した PedsQL score ${ }^{4)}$ (Table 1B) と EQ-5D-Y score ${ }^{5}$ (Table 2B)の結果を示す. 児の評価では, PedsQL では,「体の調子や活動について」の項目で, 体の痛み, 疲労に関する質問に対し, 各々 3 (かなり大変) $\rightarrow 2$ (まあまあ大変),2 (まあまあ大変 $) \rightarrow 1$ (少し大変) へと変化した.「学校での生活にかんして」は, 集中するのが難しい, 忘れっぽいとの項目で, 各々 1 (少し大変) $\rightarrow 0$ (全然大変ではない) と改善傾向を認めた。一方,「通院のために学校を休むことに関して」, 0 (全然大変ではない) $\rightarrow 2$ (まあまあ大変)であった. EQ-5D-Y では,「いつもしていることをするのがどのくらいたいへんですか」体の痛みやつらさはどのくらいありますか」の項目で,各々 3 (かなり) $\rightarrow$ 2 (少し) へ改善した。また, EQ VAS Scoring を用いた現時点での体や心の調子に自身で点数をつける項目 $(0$ :最も調子が悪い, $100 :$ 最も調子が良い)で は 22 から 70 へ上昇した。また,家族からの览の保護者レポート(母親)でも同様の結果であった. PedsQL は, 「身体的機能」で, 痛みに対して 4 (とても問題) $\rightarrow 2$ (まあまあ問題),「感情的機能」で睡眠も 2 (まあまあ問題) $\rightarrow 0$ (全然問題ない) と改善した.「学校生活機能」では治療前後で変化はないが,「授業に集中するのが難しい」2(まあまあ問題) $\rightarrow$ 0 (全然問題ない) だったが, 「病院に通院するため学校を休むことに関して」0(全然問題ない) $\rightarrow 2$ (まあまあ問題)との評価だった, EQ-5D-Y は,疼痛や不安な気持ちの項目が各々 $3($ かなり) $\rightarrow 2$ (少し)へ改善し, EQVAS Scoring は 31 から 80 と上昇した. なお, 本報告に際し, ご家族の同意を得た。 ## 考 察 疼痛は患者の QOL と深く関連しており, Fabry 病の治療において疼痛コントロールは重要である. Fabry 病の疼痛に対しては,カルバマゼピン,フェニトイン,ガバペンチンの内服が有用とされてい $る^{6}$. 本坚も疼痛緩和目的にカルバマゼピンの内服を開始し,一定の効果を認めたものの,四肢末端痛は残存したため ERTを開始した。疾患の進行の推測に関しては, Gb3 のリゾ体である lyso-Gb3 が疾患の進行を示すマーカーとしても使用可能であり,合併 症や死亡のリスクを反映すると言われている.また,治療開始までの lyso-Gb3 の曝露蓄積量が有害事象の発生と関連するとも指摘されている》. 女性へテロ患者の臨床症状の重症度には幅があるが,本览のようにナンセンスバリアントを有し,lyso-Gb3 の高値を認める例では, 経過钼察中に古典型と同様に症状が出現する可能性を考慮し, 経過観察していくことが重要である. 今回, 本児では症状出現後に ERT を開始し, 治療開始に伴い自覚症状が改善し, lysoGb3 值が低下したことから, ERTによる効果を認めたと推察した。また,本症例では患児および保護者にアンケート調査を行い,治療開始前後の QOL の変化を評価した。文献では,Fabry 病患者は一般集団よりもアンケート調査による QOL が低いとされている。特に腎疾患合併患者や胃腸症状のある患者では QOL が低い傾向にある.年齢に関しては高年齢であるほど Fabry 病患者の QOL は低いが,小児においても疼痛の項目に関しては一般集団と比較しスコアが低い傾向にある8 ${ }^{8}$.また, Fabry 病患者ではうつ病の合併が多く, 成人を含めた報告では有病率は $15 \sim 62 \%$ と高値である. うつ病の要因としては,神経因性疼痛が最大の要因である9). 小览期の Fabry 病患者において, 四肢末端の疼痛は消化器症状と同様にQOLに関わる因子として重要である。 ERT により疼痛緩和が得られるかについては文献によって結果が様々であるが,本邦のガイドラインでは大規模コホート研究をもとに, 2 年以上の継続した ERT では神経障害性疼痛は緩和すると結論づけている ${ }^{10}$. なお, ERT による疼痛緩和や QOL の変化については性差がないと報告されている ${ }^{11}$. 小児の QOL の評価として, PedsQL やQ-5D-Y の有用性が報告されており, 本症例でも治療前と治療開始 12 か月後で評価した,患児では,疼痛やだるさなどの身体機能の改善の自覚, 保護者の回答でも同様の結果と睡眠の改善が得られた. 質問票での評価は主観や回答時の体調によって左右されるが,本览および保護者の回答からは ERTによるQOL の改善が推察された。 近年,本邦では 1,000 人以上の Fabry 病患者が治療を受けており,臨床病型は海外の報告では約 $1 / 3$ が女性へテロ患者である ${ }^{12}$.日本国内における女性患者の ERT 開始基準は, 内服薬で疼痛のコントロールがつかない場合,または,夕ンパク尿・糸球体濾過量 ・ 心臟超音波検查・心電図・頭部 MRI を定期的にフォローアップし,明らかな臟器障害を認 めた場合である ${ }^{10}$. 無症状の時点で ERT を開始することに関しては,十分なエビデンスはなく,上記のように診断時に自覚症状がなく, 臟器障害を認めない場合にはガイドライン上も ERT 開始基準には当てはまらない. 臨床症状の出現には多様性があるため, 診断時に無症状の女性保因者では,治療時期を逸しないために, 症状出現に留意した専門性の高い経過観察が必要となる. 最後に, Fabry 病の診断について述べる. Fabry 病は X 連鎖遺伝形式をとる遺伝性疾患であり,女性へテロ患者の症状は,一般的に男性患者に比べて軽症であるが,無症状から心不全・腎不全などの重篤な症状まで様々である,女性患者では 2 本の X 染色体のいずれかが不活化され,残った染色体上の遺伝子によって,それぞれの細胞での酵素活性の有無が決まる。よってGLAを産生する細胞と産生しない細胞が混在する機能的モザイク状態となり, 正常な酵素活性を有する細胞の比率により, 症状の重症度が決定される ${ }^{13}$. Fabry 病の確定診断は, 男性では白血球 GLA 活性の測定により可能であるが,女性においては前述したように機能的モザイク状態となり,ある程度の酵素活性が残存するために,酵素活性から診断することができない,そのため遺伝学的診断が唯一の診断法となる. しかし, 一般遺伝学的検查では変異が同定できない場合も数\%あり ${ }^{14}$, その場合には臨床症状や血中 lyso-Gb3, 尿中 Gb3 の有無などを総合的に判断し診断する必要がある。本症例では家族歴から本疾患を疑い遺伝学的検査により診断に至り, 経過観察を行うことにより, 臟器症状の出現時に速やかに治療を開始することができた.本症例の現時点での症状は, 四肢末端痛, 腹痛, 角膜変化のみであるが,成人期の臟器合併症の予防のため, 今後も ERT の継続と定期的な全身評価が重要である. 一方, 社会活動で ERT に伴い学校を休むことを本児や保護者が負担に感じており,今後の治療継続の課題と考えられた。 ## 結語 今回,家族の診断を契機に受診し,定期的に経過観察を行い, 症状出現後に ERT 導入し, QOL の改善を認めた女性 Fabry 病を経験した。女性 Fabry 病は,検查で偶発的に発見されることや,家族の診断によって判明することがあり,発症の経過にも個人差がある. 本症例のように, 診断時に無症状であっても, 古典型のバリアントを認め血中 lyso-Gb3 が高值の場合は, 発症前から定期的な経過観察を行い適 切な時期に治療介入を行うことが,患者の QOL 向上や長期的な合併症の予防に重要である。 ## 謝辞 最後に, GLA 遗伝子解析, 酵素活性測定, lyso-Gb3 測定頂いた, 脳神経疾患研究所先端医療研究センター\&遺伝病研究所 Arif M Hossain 先生, 衛藤義勝先生に深謝いたします。 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1) Germain DP. Fabry disease. Orphanet J Rare Dis. 2010; 5: 30 . 2) Branton MH, Schiffmann R, Sabnis SG, et al. Natural history of Fabry renal disease: influence of alpha-galactosidase A activity and genetic mutations on clinical course. Medicine (Baltimore). 2002; 81 (2): 122-38. 3) Altarescu GM, Goldfarb LG, Park KY, et al. Identification of fifteen novel mutations and genotype-phenotype relationship in Fabry disease. Clin Genet. 2001; 60 (1): 46-51. 4) Scaling and scoring of the Pediatric Quality of Life Inventory $^{\mathrm{TM}}$ (PedsQL $^{\mathrm{TM}}$ ), Ver 2.0. France: Mapi Research Trust; 161 p. Available from: https://www. pedsgl.org/PedsQL-Scoring.pdf. 5) EQ-5D-Y User Guide, How to apply, score, and present results from the EQ-5D-Y, Ver 2.0. Netherland: EuroQol Research Foundation; 2020. 38p. Available from: https://euroqol.org/publications/user-guides. 6) Schuller Y, Linthorst GE, Hollak CEM, et al. Pain management strategies for neuropathic pain in Fabry disease - a systematic review. BMC Neurol. 2016; 16: 25. 7) Nowak A, Beuschlein F, Sivasubramaniam V, et al. 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tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 遺伝医学アップデート:基礎医学から臨床現場まで ## (3)脊髄筋萎縮症の原因遺伝子と疾患修飾治療薬の開発 \author{ 東京女子医科大学ゲノム診療科 \\ サイトゥカ斎藤加代子 } (受理 2023 年 3 月 27 日) Genetic Medicine Update: From Basic Research to Clinical Care (3) Genes Responsible for Spinal Muscular Atrophy and Development of Disease-Modifying Therapy ## Kayoko Saito Institute of Medical Genetics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \begin{abstract} Spinal muscular atrophy (SMA) is a lower motor neuron disease characterized by muscle atrophy and progressive muscle weakness due to the degeneration and loss of anterior horn cells of the spinal cord. For a long time, it was a disease that received only care in hospitals and at home as a disease without cure. SMA is caused by the deletion or mutation of the survival of motor neuron 1 (SMN1) gene, therefore only a small amount of functional full-length survival motor protein (SMN) protein is produced from the SMN2 gene. There are three diseasemodifying therapies that increase the production of the SMN protein: nusinersen, a nucleic acid drug with an exon inclusion mechanism; risdipram, a small molecule-drug with a similar mechanism; and onasemnogene abeparvovec, an adeno-associated virus 9 vector containing the SMN gene. Each drug was listed on the national health insulance (NHI) drug price based on the success of global clinical trials in which the author acted as the principal investigator. With the development of these effective therapeutic agents, early diagnosis and early treatment are essential. By administering the drug before the symptoms appear, it is possible to suppress or reduce the symptoms of SMA, and newborn screening at a nationwide level is expected to realized. \end{abstract} Keywords: spinal muscular atrophy, survival motor neuron protein, disease-modifying therapies, newborn screening, pre-symptomatic treatment ## 緒言 脊髄性筋萎縮症(spinal muscular atrophy: SMA)は春髄前角細胞の変性・消失による筋萎縮と進行性筋力低下を特徴とする下位運動ニューロン病である. 長い間, 治療法のない疾患として, 入院や在宅においてケアを受ける疾患であった。SMAで は, survival motor neuron 1(SMN1)遺伝子欠失または変異を原因とするため,機能性の全長 SMN 夕ンパク質産生量はSMN2 遺伝子からのわずかのみである. SMN タンパク質の産生を増やす疾患修飾治療法として, エクソンインクルージョンを機序とする核酸医薬品ヌシネルセン, 同様の機序を有する [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.93.3_75 Copyright (C) 2023 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Table 1. Therapeutic agents for spinal muscular atrophy. \\ Product name & Spinraza & Evrysdi & Zolgensma \\ Category & Antisense nucleic acid & Small molecules & Gene therapy \\ Mechanism & SMN2 splicing & SMN2 splicing & SMN gene transfer \\ Route of administration & modification & modification & Intravenous \\ & Intra-thecal & Oral administration & administration \\ & Infant type: every 4 M & Once a day & Single dose \\ Target age & Non-infant type: every 6 M & 2 months or older & Under 2 years old \\ Insurance coverage & No age limit & No & Yes* \\ for pre-symptomatic & SMN2 copy number $\leqq 3$ & & SPR1NT study \\ Clinical trials & NURTURE study & RAINBOWFISH study & \\ for pre-symptomatic & & & \\ * No clinical findings have been expressed, but some are predicted to develop SMA by genetic testing. SMA, spinal muscular atrophy; SMN, survival of motor neuron; M, month. Table 2. Classification of spinal muscular atrophy. & Subtypes & Acquired motor function & \\ SMA, spinal muscular atrophy; SMN, survival of motor neuron; M, month. 低分子医薬品リスジプラム,SMN 遺伝子搭載アデノ随伴ウイルス 9型 (adeno-associated virus 9: AAV9) ベクター製剤オナセムノゲンアベパルボベクの 3 種類がある(Table 1),それぞれ,著者が治験責任医師を担った国際共同治験後に薬価収載された.これらの有効な治療薬の開発により, 早期診断・早期治療が重要となってきた. 症状顕在化の前の投与により症状の発現の抑制, 軽減化が可能となり,全国レベルの新生児スクリーニング (newborn screening : NBS)の実現が期待されてきている. ## SMA について SMA は, SMN1 遺伝子欠失や点変異などの機能表失型変異による SMN タンパク産生の低下を病因とした脊髄運動神経細胞の変性・消失による筋萎縮と進行性筋力低下を特徵とする下位運動ニューロン病である. 発症年齢と最高到達運動機能により 0 型, I 型, II 型, III 型, IV 型に分類される (Table 2). 0 型は胎坚期の発症で出生直後から人工呼吸管理を必要とする最重症型 ${ }^{11}$, I 型は新生览期から乳児期の発症で,人工呼吸管理をしない場合には 2 歳までに大半が呼吸不全で死亡する重症型, II 型は幼坚期の発症で,頸定と独座を獲得するも生涯歩行不可能, III 型は歩行機能を獲得するが, 幼坚期から小监期に次第に歩行困難, IV 型は成人発症で最も緩徐な経過を辿る。日本の有病率は約 10 万人に 1.17 人 [ $95 \%$ confidence interval (CI), 0.89-1.45] である。発生率は 1 万人出生に 0.51 人 $(95 \% \mathrm{CI}, 0.32-0.71)$, I 型では 1 万人出生に 0.27 人 $(95 \% \mathrm{CI}, 0.89-1.45)$ であり, $\mathrm{SMA}$出生の全体の約半数が I 型と言える ${ }^{2)}$. I 型は新生児,乳児におけるフロッピーインファントの代表格である。人工呼吸管理をしない場合には 2 歳までに $90 \%$以上が呼吸不全で死亡する重篤な疾患であり,長い間その根本治療が望まれてきた. SMA の発症年齢別分布をみると, 遺伝学的検査により SMA と診断 Ito M, et al. Epidemiological investigation of spinal muscular atrophy in Japan. Brain Dev. 2022;44:2-16 Figure 1. Distribution of patients according to age of onset ${ }^{22}$. Distribution according to the age of onset of 486 patients with 5 q- spinal muscular atrophy (SMA) from whom we received the personal questionnaires. Of the 486 patients, 439 were examined after excluding 47 patients whose answers were unknown. Three hundred and sixty-three patients $(82.7 \%)$ had an age of onset less than 2 years and $88(20.0 \%)$ had an age of onset of 2 months old or under. された 439 例中, 363 例 $(82.7 \%)$ は 2 歳未満, 88 例(20.0\%)は 2 か月以内の発症であり,SMAの多くは小児期発症であると言える (Figure 1 $)^{2)}$. ## SMA の確定診断としての遺伝学的検査 SMA の原因遺伝子領域には,責任遺伝子 SMN1 遺伝子と, 修飾遺伝子 $S M N 2$ 遺伝子が存在する ${ }^{3}$. SMN1 遺伝子の欠失または変異による SMA 患者では SMN2 遺伝子のコピー数は多いほど軽症の傾向がある (Table 2). SMA の確定診断は, 原因遺伝子 SMN1 のエクソン 7,8の欠失を polymerase chain reaction (PCR) 法で解析する方法で行われてきた. SMN2 のコピー数と臨床との関係が明らかになるにしたがって,病型の予測や重症度を判定するために, 定量 quantitative PCR (qPCR), デジタル PCR, multiplex ligation-dependent probe amplification (MLPA)などによるSMN1 および SMN2 のコピー 数同定を実施するようになった.MLPAでは修飾遺伝子 neuronal apoptosis inhibitory protein (NAIP)遺伝子コピー数も同時に判定できる市販キットがあり, 保険収載されている (保険点数 5,000 点, 遺伝カウンセリング加算検查前後に実施 1,000 点). ## 疾患修飾治療薬のメカニズムと臨床試験と実臨床 1. 核酸医薬品:ヌシネルセンナトリウム(スピンラザ®) 呼吸筋の筋力低下による呼吸不全を乳児期から生じる致死的疾患である I 型, 進行性の運動機能表失,関節拘縮,脊柱変形を来たす II 型,III 型のSMA に対して, 治療薬の開発研究および臨床試験(治験) は 2000 年代に活発に行われた. しかし, 明確な有効性を示して承認される薬剤はなかった。 SMA における治療メカニズムとして, SMN2 遺伝子が注目された. SMN2 遺伝子ではイントロン 7 にスプライシングサイレンサー領域があり, mRNA エクソン 7 がスキップされる。 そのため完全長の機能性 SMN タンパク質ではなく, 不安定な短縮型非機能性タンパク質となる. Antisense oligonucleotide (ASO)が pre-mRNA において同領域に結合することにより,エクソン 7 のスキップが抑制される。エクソンインクルージョンにより完全長の SMN タンパク質が合成される。この機序で, ASO 髄腔内投与による SMN2 遺伝子由来の完全長 SMN タンパク質合成が増加し, SMA の病態に対する治療となる。 日本を含む 15 か国, 東京女子医科大学病院を含む 36 医療施設参加の国際共同治験ヌシネルセンナトリウム(以下ヌシネルセンと略)髄腔内投与による 実薬 : 偽薬 $=2: 1$ の第 3 相臨床試験を二重盲検ランダム化比較対照試験が I 型を対象に実施され有効性が示された4). II, III 型における又シネルセンの国際共同治験についても, 東京女子医科大学病院を含む国際共同治験がなされ,実薬群における有効性が示されだ.又シネルセン髄腔内投与によるSMA の新規治療の有効性と安全性が I, II, III 型において示され, 米国食品医薬品局(FDA)に引き続き, 欧州医薬品庁 (EMA) および我が国の医薬品医療機器総合機構(PMDA)において承認された. 実臨床の報告は相次いでいる.Pane ら゙ は,生後 2 か月 15 歳の胃㾇による栄養や人工呼吸器管理の患者を含む I 型 85 例で, 若年ほど運動機能改善を示した. Coratti ら7) はヌシネルセン治療を受けた II 型および III 型患者の運動機能に関する実臨床デー タのメタアナリシスの結果を報告した。観察期間 10 14 か月において, II 型, III 型の患者の運動機能に良好な結果をもたらすこと,未治療の患者は各年齢で一貫して運動機能表失を示し,又シネルセン治療を受けたコホートでは年齢による程度の差はあるものの一貫して運動機能獲得を示した.実臨床では有害事象として, 交通性水頭症が問題とされた ${ }^{899}$. 未治療のSMA でも水頭症の合併が稀ではあるが存在し, 対照に比して治療歴のないSMA で有意に神経炎症性マーカーである chitotriosidase 1 (CHIT1) が高く, ヌシネルセン髄腔内投与前後で CHIT1 が有意に上昇することが報告されており,免疫応答のようなオフターゲット反応を示している可能性があ $り^{10)}$, さらなる検討が必要である. 症状顕在化する前のSMA のヌシネルセン臨床試験(NURTURE 試験)の結果は De Vivo ら ${ }^{11}$ が報告した. 第 II 相非盲検試験で,対象は症状が出現しておらず,SMN1 遺伝子欠失または変異を認め,かつ SMN2 遺伝子が 2 コピーまたは 3 コピーの 25 例である。主要評価項目は死亡または呼吸障害への治療 (1日 6 時間以上かつ 7 日以上)が必要になった時点とした。副次評価項目は運動機能, 運動発達, 体格を設定した.投与開始時の日齢中央値(幅)は 22 (3~42)日であり,最終評価は $34.8(25.7 \sim 45.4)$ か月に実施した。本治験で死亡に至った患者はなく, 4 例 $(16.0 \%)$ で呼吸障害の治療を行ったが,いずれも可逆性の急性疾患であった。治験期間中に全例が介助なく座位を獲得し 23 例(92.0\%)が独歩を獲得した。わが国では 2022 年 3 月「臨床所見は発現していないが遺伝子検査により発症が予測される脊髄性筋萎縮症」に適応が拡大された。ただし,「効能・効果に関連する注意」として,SMN2 遺伝子のコピー 数が 4 以上の患者については, 遺伝子検査により SMN1 遺伝子の欠失又は変異を有していたとしても, 臨床所見が発現する前からは投与せず, 臨床所見の発現後に, 本剤投与のリスクとベネフィットを考慮した上で投与の必要性を判断すること,とされている. 2. 低分子医薬品: リスジプラム(エブリスディ ${ }^{\circledR}$ 作用部位は異なるがスシネルセンと同様, SMN2 遺伝子の mRNA 前駆体に結合し,エクソンインクルージョンにより SMN タンパク質の産生を増加させる機序をもつ経口薬としてリスジプラムが開発された. 分子量は 401.45 の低分子化合物である。 日本を含志国際共同治験として生後 1 7 か月齢の I 型 41 例を対象のオープンラベル試験12) がなされた. 投与 12 か月後に主要評価項目の支えなし座位 5 秒間を達成した例は自然歴 5\% に対して 29.3\%(12/ 41)と有意に高かった. Children's Hospital of Philadelphia Infant Test of Neuromuscular Disorders (CHOP-INTEND)にて 4 点以上の上昇は $90 \%$ であった. 2〜25歳の歩行不可能な II 型, III 型 180 例の患者対象の二重盲検試験 ${ }^{13}$ が実施され, 主要評価項目の Motor Function Measure (MFM) -32 においてプラセボ群に比較して有意な改善を示した。これらの有効性と安全性により米国,欧州に引き続き 2021 年に日本でも承認され実臨床が始まった。 ## 3. 遺伝子治療薬 : オナセムノゲンアベパルボベ ## ク (ゾルゲンスマ $\circledR$ 米国で自己補完的アデノ随伴ウイルス血清型 9 (scAAV9)べクターを介した SMN 遺伝子(scAAV 9-SMN)の静脈内単回投与の治験が I 型患览 15 例で実施された. 3 例は低用量, 12 例は高用量の投与であった。主要評価項目は安全性であり, 副次的評価項目は,死亡するまでの時間または恒久的な換気補助の必要性であった。探索的評価では, 高用量群と低用量群における運動発達指標と運動機能 CHOPINTEND スケールのスコア比較であった. 20 か月の時点においてイベントフリーで全例が生存という報告がなされた. 具体的には, 高用量投与において, CHOP-INTEND スコアのベースラインからの急激な増加を示し, 1 か月で 9.8 ポイント, 3 か月で 15.4 ポイントの増加であった. 高用量を投与された 12 例のうち, 11 例は支持なし座位獲得, 9 例は寝返り 獲得, 11 例は経口食事摂取可能で, 話すことも可能, 2 例は独歩を獲得した ${ }^{14}$. 血清アミノトランスフェラーゼ値の上昇が 4 例で発生し,プレドニゾロンにより減弱したほか, 安全性の問題はみられなかった。 この結果により国際共同治験(SPR1NT 試験)が実施され日本からは同胞が I 型で, 遺伝学的検査により SMA 症状発現前の新生坚 3 例が参加し, 3 例とも独歩可能となった. 米国に続き我が国でもオナセムノゲンアベパルボべク(以下オナセムノゲンと略) が承認され, 臨床使用開始となった。 実臨床における有害事象として, 投与 $3 \sim 4$ 日目以降の発熱, 嘔吐, 肝機能障害, 血小板減少症がある.米国からの実臨床の 21 例の報告では, 生後 6 か月以下の乳览では肝機能障害も軽度であったが, 生後 8 か月以上, 体重 $8 \mathrm{~kg}$ 以上では AST, ALT, $\gamma \mathrm{GTP}$ の上昇がみられ,プレドニゾロンの投与期間が長期となった. AST, ALTの上昇は投与ウイルスベクター量が増えるためだろうと考察している。投与 7 日目に 21 例中 19 例 (90.5\%) で血小板減少が認められたが無症状で, 個人の AAV9 に対する免疫反応が関与している可能性があり,プレドニゾロンのみでコントロールされたと報告している ${ }^{15)}$.オナセムノゲンの実臨床における有効性に関しては, 投与後 4 か月までに 19 例中 17 例 $(89.5 \%)$ が運動機能評価指標の CHOP-INTEND スコアが 1 ポイント以上改善, そのうち 12 例 $(70.6 \%)$ が 3 ポイント以上改善であった。 治験では認められなかった副作用として,オナセムノゲン投与後に溶血性貧血, 血小板減少腎機能障害を特徴とする血栓性微小血管症(thrombotic microangiopathy: TMA)が報告された ${ }^{16)}$. オナセムノゲン投与前の感染症やワクチン接種による免疫系の活性化がある場合に TMA のリスクが高くなる可能性がある。投与後 1 週間頃より, 嘔吐, 高血圧, 尿量減少などの症状と溶血性貧血, 血小板减少, 補体 (C4, C3) の低値, LDH 高値, 蛋白尿・血尿などの所見が出現した。 $ \text { バイオマーカーの開発 } $ 治療の進歩に伴い, 有効性評価のバイオマーカー が必須となる. 年齢や臨床症状の程度が幅広い SMA では, 臨床的に均一の評価が困難である. 我々の開発したイメージングフローサイトメトリーによる血液細胞中の SMN タンパク質測定は, 長期にわたる治療の有効性の指標として有用であり, さらなる開発を目指している ${ }^{17)}$. ## NBS 検査により診断,早期治療の開始 米国には, 保健社会福社省 (Department of Health and Human Services:HHS) 長官が, 州の NBS プログラムの一環として,スクリーニング推奨の疾患のリストを Recommended Uniform Screening Panel (RUSP)としている.RUSP の疾患は NBS 検査のべネフィット, 州の実施能力, 有効な治療法の利用の有無により選択される。すべての新生児は RUSP のすべての疾患についてスクリーニングされることが推奖されている ${ }^{18} .2018$ 年, SMA はRUSP として認められ, NBS プログラムに含めることが推奖され現在, 米国の新生児の $98 \%$ がSMA の NBSを受けるようになった $\left(\right.$ Figure $2{ }^{19}$. ドイツでは, Vill ら ${ }^{20}$ が NBS で診断に至った症例への又シネルセン投与を行った症例を報告している。165,525 人の NBS で 22 例の SMA 患者が診断に至った. SMN2 遺伝子のコピー数は $2 \sim 4$ コピーであった. 22 例中 10 例が又シネルセン投与を行い,うち 7 例が未発症での投与であった. 観察期間は 1 か月 1 年であったが, 投与症例で筋力低下は認めないという結果であった。 Dangouloff ら ${ }^{21}$ は, 2020 年 11 12月に, 152 か国の SMA 専門家にアンケートを取り 87 の回答を得て世界的な NBS の実施状況を調查した. 当時, 日本でも既に千葉県でSMA の NBS が始まっており,日本を含む 9 か国において, 8,100,090 人の出生のうち 3,674,277 人が NBS を受けていた. 288 人が陽性であり, 出生 12,758 人に 1 人の発生率であることがわかった. ヌシネルセン, オナセムノゲン, リスジプラムともに非常に高額な薬価である。費用対効果に関する議論は薬価収載の際に活発であった,我が国における SMA 発生頻度は 10,000 人出生に 0.51 人であり,年間 80 万人の出生数と仮定して年間 40 人ほどが SMA をもつ新生览として出生する. NURTURE 試験およびSPR1NT 試験の結果, 未発症における治療により, 正常発達に極めて近い発達を示し ${ }^{22)}$, 特に遺伝子治療では新生児期の投与により薬剤の副作用が抑えられる ${ }^{15)}$. 我が国の多くの自治体で従来の NBS にSMA を加えた拡大 NBS が始まり, 東京女子医科大学病院㧍よび足立医療センターもパイロット試験に参加する計画である. SMA において,ケアを受けるはずの人がケアを提供する側になるという新たな時代が始まりつつある。 ## 結 論 SMA の今後の治療・発症予防として, SMAの Figure 2. Areas where spinal muscular atrophy (SMA) newborn screening tests were performed in the United States (U.S.) ${ }^{19}$. Ninety-eight percent of infants born in the U.S. are now screened for SMA at birth. NBS を拡充し, 遺伝子変異を示す例に対して, 速やかな治療薬投与により発症抑制を行うことが望まれる. 米国では出生新生览の $98 \%$ が SMA の NBS を受け, 診断後の治療が開始されている. 治療法の進歩により, SMA の症状の進行を停止させる可能性,早期投与により改善する可能性, さらには発症させない可能性が出てきている. ## 謝辞 春髄性筋萎縮症における日本初の臨床試験は, 東京女子医科大学病院ゲノム診療科, 小児科, リハビリテー ション科, 循環器小览科, 産科母子センター, 新生坚科,放射線科, 中央検査部, 薬剂部, 中央放射線部, 感染制御科, 研究推進センターの横断的な協力により成されたことを記し,ここに深謝する。本研究の一部は,AMED の課題番号 JP22ek0109472 および, 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業 $\lceil$ 神経変性疾患領域における基盤的調査研究班」(研究代表者中島健二) の助成を受けて実施した。 筆者は, 利益相反として, ノバルティスファーマ(株) より講演料, 原稿料, バイオジェンジャパン(株)より講演料, 原稿料, 受託研究費, 中外製薬 (株) より講演料,原稿料を受領したことを開示する。 $ \text { 文献 } $ 1) Maeda K, Chong PF, Yamashita F, et al. Global central nervous system atrophy in spinal muscular atrophy type 0. Ann Neurol. 2019; 86(5): 801-2. 2) Ito M, Yamauchi A, Urano M, et al. Epidemiological investigation of spinal muscular atrophy in Japan. Brain Dev. 2022; 44(1): 2-16. 3) Lefebvre S, Bürglen $L$, Reboullet $S$, et al. Identification and characterization of a spinal muscular atrophy-determining gene. Cell. 1995; 80(1): 155-65. 4) Finkel RS, Mercuri E, Darras BT, et al. Nusinersen versus sham control in infantile-onset spinal muscular atrophy. N Engl J Med. 2017; 377 (18): 1723-32. 5) Mercuri E, Darras BT, Chiriboga CA, et al. Nusinersen versus sham control in later-onset spinal muscular atrophy. N Engl J Med. 2018; 378(7): 625-35. 6) Pane M, Coratti G, Sansone VA, et al. Nusinersen in type 1 spinal muscular atrophy: Twelve-month real-world data. Ann Neurol. 2019; 86(3): 443-51. 7) Coratti G, Cutrona C, Pera MC et al. Motor func- tion in type 2 and 3 SMA patients treated with Nusinersen: a critical review and meta-analysis. Orphanet J Rare Dis. 2021; 16(1): 430. doi: 10.1186/s 13023-021-02065-z. 8) Sah JP, Abrams AW, Chari G, et al. Hydrocephalus in spinal muscular atrophy: a case report and review of the literature. 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tokyojoshii
cc-by-4.0
Tokyo Women's Medical University
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# (受理 2023 年 1 月 5 日) A Case of Propofol-Induced Acute Pancreatitis During Diabetic Ketoacidosis Treatment Shinya Matsushita, ${ }^{1}$ Junya Ishikawa,,${ }^{1}$ Nobuo Sato,,${ }^{1}$ Takuo Yoshida, ${ }^{2}$ Naoto Kiuchi, ${ }^{3}$ Takuya Yoshida, ${ }^{4}$ Masaki Kouno, ${ }^{1}$ Atsumi Hoshino, ${ }^{1}$ Masashi Nakagawa, ${ }^{1}$ Yusuke Seino, ${ }^{5}$ and Takeshi Nomura ${ }^{1}$ ${ }^{1}$ Department of Intensive Care Medicine, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Emergency Medicine, Jikei University School of Medicine, Tokyo, Japan ${ }^{3}$ Department of Anesthesiology, Nihon University School of Medicine, Tokyo, Japan ${ }^{4}$ Department of Intensive Care Medicine, Shonan Fujisawa Tokushukai Hospital, Kanagawa, Japan ${ }^{5}$ Department of Anesthesiology, St. Marianna University School of Medicine, Kanagawa, Japan Diabetic ketoacidosis (DKA) can cause hypertriglyceridemia and, rarely, acute pancreatitis. Propofol, which is used as a sedative for mechanical ventilation management, is a lipid preparation and may cause hypertriglyceridemia and pancreatitis; however, there are few reports in the literature. We describe a case of propofolinduced acute pancreatitis during DKA treatment. A 43-year-old woman, known with type 1 diabetes and hypertriglyceridemia, presented with a chief complaint of abdominal pain. Acute pancreatitis was diagnosed after a detailed examination. At presentation, she had no evidence of pancreatitis. She required intubation and mechanical ventilation, and 5 hours after starting propofol, she developed elevated pancreatic enzymes. Based on computed tomography (CT) imaging findings acute pancreatitis was diagnosed. The propofol was discontinued, and the administration of large volume fluid replacement, continuous administration of insulin, and administration of gabexate mesilate improved the DKA and acute pancreatitis. DKA can cause acute pancreatitis, and administration Corresponding Author: 松下真也 〒162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学集中治療科 qazxswed [email protected] doi: 10.24488/jtwmu.93.1_7 Copyright (C) 2023 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. of propofol when mechanical ventilation is required may cause hypertriglyceridemia, further increasing the risk of developing pancreatitis. Therefore, triglycerides (TG) monitoring is recommended when using propofol as a continuous sedative in patients with DKA. Keywords: diabetic ketoacidosis, propofol, pancreatitis, hypertriglyceridemia # # 緒言 急性膵炎の原因は様々あるが,その中に脂質異常症があり頻度は $2.3 \%$ と報告されている11. 糖尿病性 ケトアシドーシス (diabetic ketoacidosis:DKA)は インスリン作用不足による脂質代謝異常から高中性脂肪(triglycerides:TG)血症を引き起こし,急性膵炎を稀に誘発する。また,人工呼吸管理の鎮静薬 として使用されるプロポフォールは脂肪製剂である ために, 高 TG 血症を引き起こし同様の病態を誘発 することがあるが, 報告は少ない. 今回我々は DKA の治療において,人工呼吸管理に用いたプロポ フォールにより高度な高 $\mathrm{TG}$ 血症を生じ,急性膵炎 を発症したと考えられる症例を経験したため報告す る. ## 症 例 患者: 43 歳, 女性. 主訴:上腹部痛. 既往症:特記事項なし。 併存症 : 1 型糖尿病, 高脂血症. 家族歴:特記事項なし。 嗜好歴:〔飲酒歷】糖質含まないビールを $1 \mathrm{~L} /$ 日摂取. 喫煙歷】20 30 歳まで 20 本/日の喫煙歴あり. 常用薬:インスリンアスパルト(朝 3 単位, 昼 14 単位, 夜 10 単位), インスリングラルギン(就寝前 9 単位), ダパグリフロジン $5 \mathrm{mg}$, ピタバスタチンカルシウム水和物 $1 \mathrm{mg}$, ペマフィブラート $0.4 \mathrm{mg} /$日. 現病歴:33 歳時に 1 型糖尿病の診断となり,インスリン療法を開始した. 40 歳時よりダパグリフロジンの併用を開始した. 41 歳時より高脂血症に対して投薬治療開始となった. $\mathrm{X}$ 月 $\mathrm{Y}-1$ 日, 朝より腹痛および嘔吐が出現し, 近医を受診した. 腸炎が疑われ,補液を行いブトロピウムなど処方され,帰宅となった. 帰宅後も上腹部痛が持続し, 同日深夜当院に救急搬送となった。 受診時, 血液検査でグルコース $499 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と高血糖であった. 動脈血液ガス分析で $\mathrm{pH} 6.942, \mathrm{PaO}_{2}$ $129.9 \mathrm{mmHg}\left(\mathrm{FiO}_{2}: 0.21\right), \quad \mathrm{PaCO}_{2} 10.3 \mathrm{mmHg}$, $\mathrm{HCO}_{3}{ }^{-} 2.2 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}, \mathrm{BE}-28.4 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}$, Lactate 3.7 $\mathrm{mmol} / \mathrm{L}$, Anion gap (AG) $31.2 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}$ と AG 開大性の代謝性アシドーシスを認め, 同日に追加で施行した採血結果にて血清アセト酢酸およびヒドロキシ酢酸, 総ケトン体の高値を認めた。以上からDKA の診断で $\mathrm{Y}$ 日未明に緊急入院,集中治療室(intensive care unit:ICU) 入室となった. 入院前に外来にて,ヒトインスリン 8 単位を皮下注射した。 来院時現症:身長 $155.0 \mathrm{~cm}$, 体重 $60.0 \mathrm{~kg}$ (BMI 24.97 ), 意識清明, 体温 $36.1^{\circ} \mathrm{C}$, 脈拍 120 回/分・整,血圧 $164 / 107 \mathrm{mmHg}$, 呼吸数 42 回/分, $\mathrm{SpO}_{2} 97 \%$ (室内気).頭頸部に異常所見を認めなかった.胸部所見では, 呼吸音は清であったが, Kussmaul 呼吸を認めた。明らかな心雑音は聴取しなかった。腹部については,上腹部に自発痛および圧痛を認めた。四肢に浮腫は認めなかった。 入院時検查所見 (Table 1):随時血糖 $552 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と高血糖を認めた。また, BUN および $\mathrm{Cr}$ の高値を認め, BUN $/ \mathrm{Cr}$ 比も上昇するなど脱水に伴う腎前性腎不全を呈していた。血中ヶトン体の上昇を認め, 特に 3-ヒドロキシ酢酸優位であった.動脈血液ガス分析 (室内気)では, AG 開大性の代謝性アシドーシスを認めた。 入院時画像所見: 腹部コンピュー夕断層撮影 (computed tomography:CT) 画像(Figure 1)では,上行結腸から横行結腸近位部に軽度の壁肥厚を認め, 腸炎が示唆された。 その他脂肪肝を認めた. 胆囊, 膵臟, 脾藏, 副腎, 腎藏には異常所見はなかった。また,腹水貯留もなかった。 入院後経過: 入院時, 代謝性アシドーシスを代償するために大呼吸および頻呼吸となっており, 呼吸筋疲労が予想されたため気管挿管の上, 人工呼吸管理とした. 気管插管の際には鎮痛薬としてフェンタニル,鎮静薬としてプロポフォールおよびミダゾラム,筋弛緩薬としてロクロニウムを使用した.気管挿管後は, 持続鎮静薬としてプロポフォール持続投与 $(3 \mathrm{mg} / \mathrm{kg}$ 時 $)$ を開始した. ダパグリフロジンの投与は中止し,外来でのヒトインスリン皮下注射により,入院時には血糖値は $371 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ に改善した。 Table 1. Laboratory data obtained on the day of admission. Blood tests on admission revealed hyperglycemia and elevated level of ketones. Blood gas (arterial, room air) showed a high anion gap metabolic acidosis. The levels of pancreatic enzymes were not elevated. Figure 1. Chest computed tomography (CT) scan performed on the day of admission. Mild wall thickening of the ascending colon to the proximal part of the transverse colon is observed, suggesting enteritis (arrow). In addition, fatty liver is observed. The pancreas show no abnormal findings. なお, 入院時の血清アミラーゼ值およびリパーゼ値は正常範囲内であった (Table 1)。入院時に血中 $\mathrm{TG}$値は測定していなかった。気管挿管後にヒトインスリンを生理食塩水に混注し (1 単位 $/ \mathrm{mL}), 0.6$ 単位/時 $(0.6 \mathrm{~mL} /$ 時) で投与開始とした. 30 分毎に血糖測定し,血糖値に応じて投与速度を変更した.治療開始 5 時間で 3.0 単位/時まで増量した。その時点での血液検查では血糖値は $197 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ に改善したが, アミラーゼ值が $637 \mathrm{U} / \mathrm{L}$ (正常上限 : $125 \mathrm{U} / \mathrm{L}$ ) に, リパーゼ值が $1,685 \mathrm{U} / \mathrm{L}$ (正常上限: $49 \mathrm{U} / \mathrm{L}$ ) にそれぞれ上昇した. また, $\mathrm{TG}$ は $3,984 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と著明な高値を認めた。精查のため腹部造影 CT 検査を施行したところ,膵実質の腫大や周囲の液体貯留を認めた (Figure 2),血液検查での膵酵素の上昇ならびに画像所見から,急性脺炎の診断となった。予後因子は Base Excess $\leqq-3 \mathrm{mEq} / \mathrm{L}$, 呼吸不全で 2 点であっ $た^{1)}$. 膵実質の造影不良域はなく, 炎症の進展度は前腎傍腔であったため, 造影 CT grade は Grade 1 に該当した.診断後は細胞外液の大量投与およびガべキサートメシル酸の投与を行った。また,薬剤性の急性膵炎の可能性も考慮し,プロポフォールの投与を直ちに中止した。第 2 病日の血液検査ではアミ $\mathrm{mg} / \mathrm{dL}$ と膵酵素および $\mathrm{TG}$ 値は著明に低下した. また, 同日早朝の血液ガス (動脈) 分析では, ヒトインスリン 3.3 単位/時の投与下で血糖値 $346 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}$, Figure 2. Computed tomography (CT) scan performed on the day after admission. Swelling of the pancreatic parenchyma and surrounding fluid retention are noted (arrows). There are no pancreatic parenchymal areas with poor enhancement, and the extent of inflammation is in the anterior pararenal space (CT grade 1). $\mathrm{pH} 7.446, \mathrm{HCO}_{3}{ }^{-} 13.8 \mathrm{mmol} / \mathrm{L}$ と, 血糖值は高値であったものの, 代謝性アシドーシスは改善傾向であった。膵酵素も漸減し,第 6 病日の血液検查ではアミラーゼ值が $67 \mathrm{U} / \mathrm{L} に$ リパーゼ値が $53 \mathrm{U} / \mathrm{L}$ とさらに改善した。また,血液ガス分析(動脈)においても血糖値 $172 \mathrm{mg} / \mathrm{dL}, \mathrm{pH} 7.428, \mathrm{HCO}_{3}{ }^{-} 27.4$ $\mathrm{mmol} / \mathrm{L}$ と高血糖ならびに代謝性アシドーシスは改善し, 同日人工呼吸器離脱となった (Figure 3). 第 7 病日, ICU から一般床へ転棟後に経口摄取を開始し,ガベキサートメシル酸の投与は終了した. 第 10 病日にはインスリンの持続静注を終了し,インスリン持続投与も皮下注射に変更した. 第 28 病日に軽快退院となった。 ## 考 察 本症例から,以下の 2 点の可能性が示された。一つはDKA 患者におけるプロポフォール使用は急性膵炎のリスクを増大させ得ることである。もう一つはプロポフォール誘発性の急性膵炎は, 投与中止で速やかに高 TG 血症や急性膵炎は改善し得るということである. DKA 患者に対するプロポフォール投与は急性膵炎のリスクを増大させ得る。一般的にDKA 患者においてはインスリン久态状態となっている. インスリン久忘状態ではリポ蛋白リパーゼ (LPL) 活性の低下から高 TG 血症になるとされ2), 急性膵炎を発症すると考えられている。また,こういった機序から DKA 患者の 10~15\% に急性膵炎を合併し得るという報告もある ${ }^{3}$. したがって,DKA は急性脺炎を発症しやすい状態にある。一方, プロポフォールは脂肪製剂であるため, 高 $\mathrm{TG}$ 血症を引き起こし, 急性膵炎を発症すると考えられている).プロポフォールによる高 TG 血症をきたした患者において約 10\% で膵炎を発症したとする報告もあり,決して稀有な機序ではない ${ }^{5}$. 急性膵炎の要因としてアルコール性が最も多く, 次いで胆石性, 特発性, 膵癌の順となっている ${ }^{1)}$. その他, 手術や内視鏡的逆行性胆管膵管造影 (endoscopic retrograde cholangiopancreatography:ERCP) など手技に伴うものもある. 本症例では胆石や膵癌など器質的な要因は画像所見から否定的であり,受診後に ERCP などの処置はなかった。飲酒歴からアルコール性膵炎について否定はできず,特発性膵炎である可能性も考慮されるが,受診時の時点で血液検查や画像検査より膵炎を発症していなかった点や, 投薬治療開始後に脺炎を発症した点から薬剤性膵炎の可能性が高いと考えている。受診時から膵炎発症の間に使用した薬剤はインスリンの他に,気管插管時に使用した前述の鎮痛薬や鎮静薬,筋弛緩薬であった.それらの中で副作用に急性膵炎の可能性があるのはプロポフォールのみである. プロポフォール開始 6.5 時間後に急性膵炎となった報告例もあり ${ }^{6)}$, 本症例の経過と概ね一致する.したがって, プロポフォールが膵炎の誘因であったと考えられる。DKA 患者におけるプロポフォー ル誘発性の急性膵炎は国内外に打いて報告がなく,本症例がその第 1 例である. プロポフォール誘発性の急性膵炎は, 投与中止で速やかに高 TG 血症や急性膵炎は改善し得る。一般的に薬剤性膵炎の治療は原因薬剤を直ちに中止し,重症度に応じた治療を行うことである”. よって, 本症例もプロポフォールが原因と判断し, すぐに投与 Figure 3. Treatment progress. Hypertriglyceridemia improves and pancreatic enzymes decrease after discontinuation of propofol. Diabetic ketoacidosis improves accordingly, and the patient is weaned off the ventilator on day 6 . Amy, amylase; Lip, lipase; TG, triglycerides. を中止した。プロポフォールの静注と急性膵炎の関係を調べた文献では,調査した 21 人のうち 13 人が保存加療で改善し, 改善までの中央期間は 7 日間であっだ. 改善の基準について明確な記載はなかったが,本症例においてもプロポフォール投与中止後 5 日目に血中の膵酵素が正常値に改善していることから,保存的加療で改善が見达めることが示された. 本症例においては高 TG 血症が膵炎を誘発したと考えられるため,入院時に血中 TG 值を測定することも考慮すべきであったかもしれない. Devlin らの報告では, プロポフォールを 24 時間以上投与した患者の $18 \%$ に高 TG 血症を発症したとされており ${ }^{5}$,血中 $\mathrm{TG}$ の定期的な測定を推奖している。本症例は投与 5 時間で発症しており, Devlin ら5 が報告した症例とは経過が異なる。また, プロポフォール投与 24 時間以内に急性膵炎を発症した症例で,高 TG 血症を呈さなかった症例も散見される ${ }^{9)}$ たロポフォール誘発性の膵炎において TG が必ずしも指標になるわけではない。だが,本症例のように併存疾患に高 TG 血症がある場合にはさらなる血中 TG上昇が予想されるため,やはりプロポフォール投与前後で血中 $\mathrm{TG}$ 値をモニタリングする必要性は高いと考えられる。 DKA 患者に対するプロポフォール投与は急性膵 炎のリスクを増大させる。また,プロポフォールの投与を中止することで,保存的加療で膵炎が改善することが示唆された.DKA 患者に対して人工呼吸管理のためにプロポフォールを使用する際には,急性膵炎の発症について十分な注意を要し,急性膵炎を発症した際には早急にプロポフォールの投与を中止する必要がある.特に本症例のように併存疾患として高 TG 血症がある場合には他の薬剤を検討するか,あるいは血中の $\mathrm{TG}$ 值のモニタリングを検討するのがよいかもしれない. ## 結語 DKA 患者に対するプロポフォール誘発性の急性膵炎の稀な症例を報告した。DKA 患者は高 TG 血症および急性膵炎のリスクがあり,プロポフォールの使用には十分な注意が必要である。可能であれば血中の TGのモニタリングが望ましい. 本症例の学術利用に関して患者に説明し, 書面で同意を得ている。 開示すべき利益相反はない. ## 文 献 1)「急性膵炎診療ガイドライン $2021 」$, 第 5 版 (急性膵炎診療ガイドライン 2021 改訂出版委員会編), 金原出版, 東京 (2021) 2) Bagdade JD, Porte D Jr, Bierman EL: Acute insulin withdrawal and the regulation of plasma triglyceride removal in diabetic subjects. Diabetes 17 (3): 127-132, 1968 3) Nair S, Yadav D, Pitchumoni CS: Association of diabetic ketoacidosis and acute pancreatitis: observations in 100 consecutive episodes of DKA. Am J Gastroenterol 95 (10): 2795-2800, 2000 4)足立健彦:ICUにおけるプロポフォール使用の問題点.日臨麻会誌 20 (10) : 598-600, 2000 5) Devlin JW, Lau AK, Tanios MA: Propofolassociated hypertriglyceridemia and pancreatitis in the intensive care unit: an analysis of frequency and risk factors. Pharmacotherapy 25 (10): 13481352, 2005 6) Akazawa Y, Ohtani M, Namikawa S et al: Severe necrotizing pancreatitis immediately after nonabdominal surgery under general anesthesia with propofol. Clin J Gastroenterol 14 (6): 1798-1803, 2021 7) 神澤輝実, 千葉和朗, 菊池正隆: 薬剤性消化器疾患の診療その他の薬剤性消化器疾患薬剤性膵炎. 臨消内科 35 (7) : 751-758, 2020 8) Haffar S, Kaur RJ, Garg SK et al: Acute pancreatitis associated with intravenous administration of propofol: evaluation of causality in a systematic review of the literature. 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# 治療介入を要さず軽快する新生児膿疮性疾患である 新生背一過性膿疮性メラノーシスの 1 例 ${ }^{1}$ 東京女子医科大学小児科 ${ }^{2}$ 龟田総合病院新生坚科 }^{3}$ 千葉市立海浜病院新生坚科 (受理 2023 年 3 月 17 日) Healing of Neonatal Pustular Melanosis Without Therapeutic Intervention: A Case Report Masaya Takahashi, ${ }^{1}$ Motoichiro Sakurai, ${ }^{2}$ Yuko Sakurai, ${ }^{2}$ Toshiyuki Iwamatsu, ${ }^{3}$ and Satoru Nagata ${ }^{1}$ ${ }^{1}$ Department of Pediatrics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan ${ }^{2}$ Department of Neonatology, Kameda General Hospital, Chiba, Japan }^{3}$ Department of Neonatology, Chiba City Kaihin Hospital, Chiba, Japan Transient neonatal pustular melanosis (TNPM) is characterized by aseptic pustules scattered throughout the body since birth, leaving pigmentation and resolving spontaneously. A few cases of TNPM have been reported in Japan, most of which were difficult to be differentially diagnosed and subsequently required therapeutic intervention such as topical treatment or the administration of antibiotics. Herein, we report a case of a male infant weighing 3,206 g at 39 weeks of gestation who was presented with disseminated pustules throughout his body since birth. Blood tests and pustule culture tests on admission revealed no pustule formation owing to bacterial infection, leading to the suspicion of TNPM. From day 4 onward, the pustules gradually disappeared until day 9, with some pigmentation. Accordingly, TNPM was diagnosed. TNPM has a good prognosis that can be followed up without treatment. Nevertheless, neonatologists and pediatricians should be aware of TNPM. Keywords: transient neonatal pustular melanosis, pustule, neonatal ## 緒言 新生览一過性膿疮性メラノーシス(transient neonatal pustular melanosis : TNPM) は, 出生時から存在する膿疮が色素沈着を残し自然軽快する疾患であ $る^{11}$. 本疾患は予後良好な疾患であるが, 本邦での報告は少なく,鑑別診断に苦慮し局所治療や抗菌薬投与といった治療介入が行われることがある.今回,我々は TNPMの 1 例を経験したので報告する。 症例 患者:日齢 0 , 男坚. Corresponding Author: 高橋将也 $₹$ 162-8666 東京都新宿区河田町 8-1 東京女子医科大学病院小坚科 takahashi. [email protected] doi: $10.24488 /$ jtwmu.93.3_82 Copyright (C) 2023 Society of Tokyo Women's Medical University. This is an open access article distributed under the terms of Creative Commons Attribution License (CC BY), which permits unrestricted use, distribution, and reproduction in any medium, provided the original source is properly credited. Figure 1. Skin findings at birth. 主訴:出生時から存在する散在性膿疮. 妊娠分婏憷: 1 妊 0 産. 自然妊娠で妊娠成立した。妊娠初期の尿検查で無症候性細菌尿の所見があり抗菌薬投与による治療が行われたが,その他は妊娠経過中に異常所見はなく経過した. 前期破水は認めず,妊娠 39 週 0 日, 破水後 44 時間で頭位経腟分婏に至った. 妊娠 35 週で施行した腟培養検查において病原菌は検出されなかった。 家族歴:特記すべき事項はなし。 出生後経過:出生直後に第一啼泣を認め, 皮虐色は速やかに改善した. Apgar スコアは 1 分値 9 点, 5 分値 9 点であった. 出生時から顔面, 頭皮, 頸部,胸腹部,下肢,陰茎に大小不同の膿疮が散在していた(Figure 1),全身状態は良好であり,前医において経過をみていたが,日齢 2 になり膿疮数が増加傾向にあるため当院へ新生览搬送での入院となった. 入院時現症: 出生時身長 $50.5 \mathrm{~cm}(+0.94 \mathrm{SD})$, 体重 $3,206 \mathrm{~g}$ (+0.7 SD), 頭位 $32.0 \mathrm{~cm}(-0.9 \mathrm{SD})$, 体温 $36.7^{\circ} \mathrm{C}$, 心拍数 149 回/分, 呼吸数 32 回/分, 血圧 79/50 mmHg, $\mathrm{SpO}_{2} 98 \%$ (大気下)。全身状態良好,大泉門平坦・軟,呼吸音清,心音整・雑音な L. 皮膚は顔面, 頭皮, 頸部, 胸腹部, 下肢, 陰茎に 1 10 mm 程度で大小不同の膿疮が散在している。一部は膿疮が破疮したと思われる膜様の鱗屑あり.破疮部には一部びらんや紅斑あり。口腔内など粘膜組織には膿疮は認めない (Figure 2a)。外性器正常男性型.入院時検査所見 : 入院時の血液生化学検査 (Table 1)では白血球数, 炎症反応や $\operatorname{IgM} の$ 上昇は認めなかった. 胸腹部 X 線撮影, 頭部・心臟・腹部超音波検査では明らかな異常所見は認めなかった。入院時の各種培養検査(臍, 咽頭, 便, 耳漏, 血液)はすべて有意菌の検出は認めなかった.膿疮内容物の Gram 染色では少量の好中球浸潤のみであり, 細菌培養検査においても有意菌は検出されなかった。また,入院時に提出したトキソプラズマ,単純ヘルペスウイルス, サイトメガロウイルス, 風疹の $\operatorname{IgM}$抗体はいずれも陰性であった. 入院後経過:入院時 (日齢 2 ) から全身状態は良好であり, 呼吸循環動態は安定していた。 入院時の血液検査, 膿疮内容物培養検查において細菌感染による膿疮は否定的であり,TNPM を疑い全身,局所ともに抗菌薬は使用せずに経過を観察する方針とした. 日齢 3 には膿疮の新生はなく, 皮膚所見の増悪は認めなかった(Figure 2b). 眼周囲にも膿疮を認めたため,眼科医による角膜等の診察を施行したが異常所見は認めず経過観察とした. 日齢 4 以降は膿疮が消退傾向を示し(Figure 2c), 破疮した膿疮の周囲には円形あるいは膜様の鱗屑が目立つようになった.日齢 9 には一部の色素沈着を残して膿疮は消退した(Figure 2d). 臨床経過,入院時に提出した各種培養検查, 抗体検查結果から TNPM と診断した. 経過中, 哺乳力や体重増加は良好であり, 各種バイ夕ルサインに異常はなく, 日齢 13 に自宅への退院とした(Figure 2e). 生後 1 か月健診時には, ほとんどの色素沈着が消失していた (Figure 2f). ## 考 察 TNPM は 1976 年に Ramamurthy らによって報告された, 出生時から全身散在性の無菌性膿疮を特徵とする疾患である。䫟部,頸部,胸部,背部に好発する紅斑を伴わない膿疮を特徵とし, 膿疮は 24〜 48 時間で自壊しリング状の鱗屑を伴った色素沈着を残し自然治瘉する,色素沈着は 3 週間から 3 か月程持続することが多い. 発症頻度は黒人で $4.4 \%$, 白人で $0.6 \%$, アジア人では報告が限られ正確な発症頻度は不明であるが $1 \%$ 未満とされている. また, 性差はなく, 成熟照に多い。病理組織学的には角層内および角層下での好中球を主体とする細胞浸潤であるとされる ${ }^{1)}$. 発症機序は不明であるが, 本邦の報告例では 3 例で母体の甲状腺機能障害が指摘されている2) . 出生時から膿疮が存在することからは母体の基礎疾患, 薬剤歴, 破水後の時間経過などが関わっ 日齢 2 (a): 全身散在性に大小不同の膿疮あり, 一部は破疮し膜様の鱗屑あり 日齢3(b) : 膿疮の新生なし 日齢 4 (c): 膿疮は消退傾向 日齢 $9(d):$ 膿疮は消退し一部色素沈着あり 日齢13(e):色素沈着は改善傾向 生後1か月健診時 (f) : ほとんどの色素沈着は消失 Figure 2. Changes in skin findings over time. ている可能性が示唆される. 本症例においては母体に基礎疾患はなく, 常用薬もなく, 破水後 48 時間以内に出生した。 本邦における TNPM の症例報告は少なく, 臨床 Table 1. Blood test findings on admission. }} \\ Table 2. Differential diagnosis in this case. & \\ * erythema toxicum neonatorum 症状の経時的な変化についての報告はさらに少ない. 本症例においては, 出生時から存在する膿疮があり,抗菌薬投与なしで日齢 4 以降は色素沈着を残し膿疮は消退傾向となった。膿疮穿刺液中には新鮮好中球がわずかにみられたのみで有意菌は検出されず,TNPM の診断とした。新生览期に多発性の膿疮 をみた場合,TNPM の他に新生児中毒性紅斑,小児好酸球膿疮性毛包炎, 水疮性膿痂疹, 新生児痤瘡,色素失調症, 先天性カンジダ症, TORCH 症候群をはじめとする重篤な感染症などが鑑別として挙がる. それぞれについて膿疮の発生時期, 臨床的特徴を Table 2 にまとめる。新生照中毒性紅斑(erythema toxicum neonatorum:ETN)は新生児の約 30〜 $70 \%$ にみれ膿疮を伴う疾患としては比較的高率にみられる。膿疮の好発部位は体幹であり,掌蹠に出現するのは稀とされている。通常出生時には膿疮を認めず,生後 $24 \sim 72$ 時間で紅斑とともに 1〜3 $\mathrm{mm}$ 程度の膿疮を認め, 1 週間以内に色素沈着を残さずに消退する。膿疮内容は好酸球が主体である ${ }^{5}$.小児好酸球膿疮性毛包炎は新生览期から 15 か月以内に発症し,性差は男览に多い,好発部位は頭皮であり, 膿疮内容物は好酸球が主体で末梢血好酸球増多も認める ${ }^{5}$. 水疮性膿痂疹は生後 $2 \sim 3$ 日から発症する。膿疮内容物の細胞診では多数の好中球と Gram 陽性球菌を認め, $A$ 群 $\beta$ 溶連菌の単独感染か,一部黄色ブドウ球菌の混合感染を伴うとされる.新生览痤㾂は出生後からみられ,顔面に好発する。色素失調症は X 連鎖顕性遺伝であり,顔面以外に線状の皮疹を伴う。先天性カンジダ症は母体へのステロイド投与や抗菌薬の長期内服, 子宮内避娃用具を装着したままの妊娠などが原因となる子宮内感染であり, $\mathrm{KOH}$ 直接鏡検で診断することができる ${ }^{6}$. TORCH 症候群をはじめとする重篤な感染症は母体感染の有無, 血液検查や PCR 検查を用いた迅速検查から診断することができる。また,新生览へルペスや新生览水痘では Tzanck test で巨細胞を検出することができることも診断の一助となる2). 以上のように,新生览期の膿疮の鑑別においては,膿疮の出現時期, 膿疮の分布, 膿疮内容物の細胞診や Gram 染色, 真菌検查, Tzanck test, 遺伝形式, 血液検查やリアルタイム PCR 検査などを並行して進めていく必要がある。本症例においては出生時から粘膜を除き全身散在性に存在する膿疮であったこと,膿疮内容物の Gram 染色では新鮮好中球がわずかにみられたのみであり細菌培養で有意菌の検出がなかったこと, 先に記載した各種ウイルス $\operatorname{IgM}$ 抗体検査がいずれも陰性であったこと,無治療で自然消退したことから鑑別を進め TNPM の診断に至った。これまでの本疾患と関連する症例報告では, 出生後から存在する膿疮について鑑別診断に苦慮し,細菌感染症を疑い早期から抗菌薬投与を行っているものがほとんど3447 〜9)であるという点で本報告とは異なる. 膿疮内容物の Gram 染色と鏡検などを含む鑑別診断を的確に行うことにより, 本症例のように母体の妊娠経過,出生時の皮膚所見, 各種検査から細菌感染症の可能性は低いと判断し不必要な抗菌薬投与がなされなかったということは有意義な報告と考える. また近年,TNPM と ETNを明確に区別することは難しいとする意見がでてきている。 Barr ら ${ }^{10}$ は, TNPM と ETN 両方の病理組織学的特徴を有する症例を報告しており, Ferrandiz ら ${ }^{11}$ は, 出生時から TNPM と思われる膿疮を呈した 17 例について, 数日後には 16 例が ETN の臨床所見を呈したと報告した。また, 本邦においては上田ら9が, 膿疮内は好中球主体であったが皮虐生検では好酸球が主体であったという病理組織学的に TNPM とETN の両方の特徴を有した症例を報告している。先に示した臨床的特徴からは TNPM と ETN は鑑別可能であると考えるが,これらの報告からは TNPM と ETN は同一疾患の異なる時期をみている可能性が示唆され,両者を sterile transient neonatal pustulosis (STNP)と一括することも提唱されている.本症例においては無治療経過観察で速やかに自然消退したため, 複数の膿疮で内容物の穿刺液を採取することや病日が経ってから再度膿疮内容物の穿刺液を採取すること,細胞診,皮膚生検などを行わなかった。 STNP という概念を検討する上では詳細な病理学的考察が必須であり,そのために必要な検査を行うことができなかったという点は本報告における limitation と考える. 本論文の執筆にあたり,臨床経過と写真の使用について保護者に同意を得た。 ## 結語 今回, 我々は典型的な経過を辿ったTNPM の症例を経験した,本疾患は,人種差はあるものの,発症率は $1 \%$ 未満と報告されており比較的稀な疾患ではあるが,診断がつけげ無治療経過観察で軽快する予後良好な疾患であるため, 不必要な治療介入を避けるためにも小览科医師,新生坚科医師は承知しておくべき疾患である。 ## 謝 辞 本論文の要旨は, 第 125 回日本小児科学会学術集会 (2022 年 4 月,福島)で発表した。 本論文の執筆にあたり,開示すべき利益相反はない。 ## 文献 1) Ramamurthy RS, Reveri M, Esterly NB, et al. Transient neonatal pustular melanosis. J Pediatr. $1976 ; 88(5): 831-5$. 2) 児玉真紀子, 渡辺大輔, 玉田康彦, ほか. 新生児一過性膿疮性メラノーシスの 1 例. 皮虑臨床. $2009 ; 51$ (4) : 533-6 3)結束怜子, 片桐一元, 城戸康宏,ほか. 新生児一過性膿疮性メラノーシス.皮虐病診療. 2013 ;35(3):26770. 4)市川尚子, 笠井弘子, 河原由恵. 新生児一過性膿疮性メラノーシスの 1 例. 皮虑臨床. 2017 ;59(3) : 394-5. 5)玉置邦彦, 飯塚一編. 最新皮虑科学大系 17 . 第 1 版. 東京:中山書店;2002.429p. 6) Asarch RG, Golitz LE, Sausker WF, et al. Median raphe cysts of the penis. Arch Dermatol. 1979 ; 115 (9) : 1084-6. 7)斎藤隆三, 杉浦朱実, 仁志田博司. 新生児の一過性膿疮症. 皮膚病診療. 1983 ;5(2):127-30. 8) Fujisawa Y, Miyazono Y, Kawachi $Y$, et al. A case of sterile transient neonatal pustulosis presenting with large flaccid pustules. Pediatr Dermatol. 2013 ; 30(6) : e238-9. 9)上田圭希, 内田理彦, 児玉志保, ほか. 出生時から全身に膿疮を認めた sterile transient neonatal pustulosis 例. 日小坚会誌. $2019 ; 123(3) : 581-6$. 10) Barr RJ, Globerman LM, Werber FA. Transient neonatal pustular melanosis. Int J Dermatol. 1979 ; 18(8) : 636-8. 11) Ferrándiz C, Coroleu W, Ribera M, et al. Sterile transient neonatal pustulosis is a precocious form of erythema toxicum neonatorum. Dermatology. 1992 ; 185(1) : 18-22.
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# 出生前診断を希望する妊婦に対する検查前の情報提供の重要性 東京女子医科大学ゲノム診療科 佐藤 裕子・浦野 真理・山放华 俊至・齋藤加代子 } (受理 2023 年 4 月 7 日) Importance of Providing Information Before the Examination to Pregnant Woman Seeking Prenatal Diagnosis Yuko Sato, Mari Urano, Toshiyuki Yamamoto, and Kayoko Saito Institute of Medical Genetics, Tokyo Women's Medical University, Tokyo, Japan \begin{abstract} When there is an increased risk of fetal abnormalities, we offer prenatal diagnostic examinations to accurately assess the clinical condition. Due to advances in diagnostic techniques, including the rapid development of molecular genetic techniques, prenatal diagnostic approaches have become more diverse. Now that prenatal diagnosis is widely offered in many institutions, ethical issues have arisen. Pregnant women receiving prenatal diagnostic procedures may experience increased anxiety and even turn too readily to abortion in the setting of uncertainty, due to lack of adequate knowledge, and thereby later experience regret. Therefore, a high degree of technical expertise is important for providing meaningful responses to the psychosocial and ethical concerns raised by prenatal diagnosis. In addition, various aspects of prenatal diagnosis are associated with a complex range of psychological challenges, and it is necessary to support self-determination whether or not patients elect to undergo the examinations. Also, pregnant women seeking prenatal diagnosis must have detailed information and sufficient genetic counseling. \end{abstract} Keywords: prenatal diagnosis, genetic counseling, ethics concerns ## 緒言 近年,高年妊婦の出生前診断の希望は増加傾向にある.このような背景のもと出生前診断が多くの施設で提供されるようになる一方で,妊婦が検査に関する十分な知識をもたないまま受検し,妊娠継続への不安増強や熟慮せず中絶を選択する可能性など,生命の尊厳にかかわる倫理的問題が生じている。出生前診断のひとつである非侵襲性出生前遺伝学的検査 (non invasive prenatal genetic testing : NIPT)においては, 日本医学会の認可施設 (2020 年) が全国 で 109 施設である一方, 54 の無認可施設で NIPT の提供が行われており,十分な知識を持たないまま検査を選択している妊婦がいることが指摘されている ${ }^{1)}$ 出生前診断の受検には多くの予期せ女結果が出た際の妊娠の継続や生命倫理的に感する問題を含んでおり,検査に対する正しい理解のもと妊婦が意思決定できるよう適切に支援をする必要がある. 今回, 我々は出生前診断に対する十分な知識をもたないまま出生前検査を受けたことにより精神状態の悪化を引き起こしたと考えられた 1 例を経験した  Figure 1. Pregnancy course and CL. A diagnosis of trisomy 18 on prenatal examination of the first-conceived child prompted the selection of artificially-induced stillbirth for the pregnancy at 21 weeks. The pregnant woman became psychologically unstable and required GC associated with the induced stillbirth approximately two months later. The second pregnancy was spontaneous and the woman presented to the hospital again for the purpose of GC, with consideration of the prior stillbirth, nine months later. Prenatal diagnosis was conducted in GC, and A et al. chose to undergo a noninvasive prenatal genetic examination (non invasive prenatal genetic testing: NIPT). GC, genetic counseling; CL, client; T18, trisomy 18. ので報告する。 ## 症 例 A 氏は 30 歳代後半の女性で夫と 2 人暮らし. 本研究は東京女子医科大学倫理委員会にて承認を受けた上で実施した(承認番号 2749-R) (Figure 1). 経過:自然妊娠により成立し,B 病院で妊婦健診を実施していた.高年妊娠が不安であり,A 氏の友人がクワトロテストを受検していたという理由により,妊娠 15 週に検査を受けた。その際,担当医からクワトロテストの概要について説明を受けることはなかった。妊娠 17 週に結果開示を受けたが, 結果は陽性であった。そのため, 妊娠 18 週に確定診断のための羊水染色体検査を受検した. 妊娠 20 週, 羊水検查結果の開示で,胎监の染色体核型は $47, X Y,+18$ であることがわかった.A 氏は 18 トリソミーに関する知識がない状態での妊娠継続には迷いがあり, インターネットで疾患情報を検索したり,担当医に疾患の情報提供を求めたが明確な情報は得られなかった。A 氏は夫と相談し妊娠 21 週に人工妊娠中絶による死産を選択した,死産後より涙が出る,気分の落ち达み, 不眠等の精神の不安定さが続いたが,誰にも相談できない状況であった.A 氏の様子を心配した夫はインターネットで遺伝カウンセリング (genetic counseling:GC) について知り,A 氏に当院の遺伝カウンセリング外来を勧めた.死産から約 2 か月後, $\mathrm{GC}$ 目的で当院を受診した. 受診時, 「心の辛さはいまだ変わらない」「18トリソミーについて十分に考えられなかったことが辛い」「自分の選択は本当によかったのか」と語り流涙した.GCではこれまでの思いを傾聴し,高年妊娠と染色体異常の関係や 18 トリソミーについての原因, 症状, 予後, 再発率,当科による継続的な支援体制についての情報提供等 1 時間かけて行った. $\mathrm{GC}$ 後, $\mathrm{A}$ 氏は「詳しい説明が聞けて良かった」厄っと早くに GC を受けたかった」と反応された. 死産 9 か月後, 2 回目の妊娠が自然妊娠により成立し, $\mathrm{B}$ 病院で娃婦健診が施行されていた. 妊娠 10 週に A 氏と夫が出生前診断 $\mathrm{GC}$目的で来院した。A 氏は,「前回のことがあるから心 配」「ちんと話を聞いて決めたい」と話した.GC では出生前診断の種類や方法,検査を受けることのメリット・デメリット等の情報提供を行い,A 氏らは NIPTの受検を選択した(Figure 1). ## 考 察 出生前診断における情報提供のあり方について以下に考察する。 ## 1. 遺伝カウセリングの必要性 出産年齢の高齢化に伴い,子どもの健康状態に関する不安をもつ妊婦が増加しており,不安解消のひとつとして安易に出生前診断を希望する妊婦も少な 〈ない現状がある2). 加えて, 出生前診断が予期しなかった結果をもたらすことを正確に理解して受検している妊婦が少なくないことも指摘されている . A 氏も「高齢だから心配」「友人が受けているから」との理由で検査を選択し, $\mathrm{B}$ 病院の担当医からも検査に関する詳しい説明は受けていなかった。また,当院での GC の聞き取りのなかでも,A 氏の認識からは検査を行う意義や検査内容, 18 トリソミーについて詳しい説明を受けた印象はなく,A 氏が十分な知識をもたず検查を受けたことが推測された.しかし,本例のように検査の結果が陽性であった場合は,その後の妊娠継続に対し葛藤し, 心理的あるいは社会的問題を抱えることになる。 そのため, 出生前診断がかならずしも妊婦の利益にならない場合や妊娠継続をどうするかの選択に直面することになる.検査前の情報提供の重要性に関して日本産科婦人科学会「出生前に行われる遺伝学的検查および診断に関する見解」(2013 年 $)^{4}$ p厚生科学審議会先端医療技術評価部会の見解 (1999 年 $)^{5}$ においても, 出生前に行われる遺伝学的検査および診断は,十分な遺伝医学の基礎的・臨床的知識のある専門職による適切な GC が提供できる体制下で実施すべきであること,十分な配慮のもと検查を実施することが明記されている。出生前診断における GC では,「ある状況が起こった場合‥」といったように,検查を受ける前に未来に起こりうることを想像し,望まない結果であった際のことを事前に考えて,その時の対処法や心理的応答について考えること (anticipatory guidance $)^{6}$ の過程を経る。この過程を経験することは予期せぬ事態が生じたときの心理的衝撃を軽減するとされる。 A 氏においても,検査前の十分な知識の提供のもとで,自己の価値観を振り返り,妊娠継続に関する決定を支援する関わりが不足したことが,その後の精神状態に影響を与える要因となる。そのた め, 出生前検査の選択にあたっては, 正確に情報を把握し, 妊婦の自律的決定を支援する対応が求められる。 2013 年度より NIPT が開始されたことにより, 出生前遺伝学的検査における GC の重要性にさらに焦点があてられるようになった. 日本医学会の出生前検査認証制度等運営委員会 (2022 年 $)^{7}$ では, 出生前診断における統一した医療の質の担保として, NIPT 実施においての施設認定制度の運用を開始した.このような状況に鑑み, 当院においても本院,附属八千代医療センターは基幹施設として, 連携施設の附属足立医療センター,他の連携施設と密接な連携をとり,妊婦の支援にあたっている.例えば, NIPT を希望する妊婦がいた場合,各施設の産科から依頼を受けた基幹施設のゲノム診療科が NIPT 検査前後の GC の提供を行う.結果が陽性の場合には認定遺伝カウンセラーや臨床心理士が継続的に支援を行っており,病院全体として出生前診断を希望する妊婦の支援に取り組み,協力連携する体制を構築している (Figure 2). ## 2. 地域・自治体における情報提供 妊娠・出産に関する包括的な支援の一環として,娃婦らが正しい情報提供を受けて,適切な支援を受けながら意思決定を行っていくことができるよう,妊娠の初期段階にて妊婦らに誘導とならない形で出生前診断に関する情報提供を行う取り組みも開始されている。日本医学会では妊婦に対する出生前診断の正しい情報の提供および認可機関における検査を推奖するための広報啓発を行う取り組みを強化した. 例えば,市町村の母子保健密口, 子育て世代包括支援センター等が妊娠・出産・子育て全般に関わる包括的な支援の一環として, 出生前診断に関する情報提供を明確にし, パンフレットの導入等を示している。その中では出生前診断を受ける妊婦の不安への対応や検査結果が陽性時の継続支援体制について挙げ,アクセスしやすいよう連絡先などを記載する工夫もある.娃婦らはこのような情報を事前に入手しておくことで,出生前診断に対する自律的な意思決定につながると考えられる。 ## おわりに 出生前診断には多くの課題があることから,妊婦は出生前診断に関する知識を習得し,十分な情報のもとに検査を選択する必要がある。 そのために, 出生前診断に携わる医療者は, 検査前の妊婦に対し,中立的な立場で様々な意見や考え方, 出生前検査の Figure 2. Institution conducting NIPT, cooperation between departments offering diagnosis and treatment. Primary and cooperating institutions work together to manage NIPT, while providing support for pregnant women. GC, genetic counseling; NIPT, non invasive prenatal genetic testing. 選択肢の情報を提示することが必要である. 最善な選択に至るプロセスを支援する姿勢が不可欠となる. 開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1)日本産科婦人科学会倫理委員会. NIPT 受検者アンケート調査の結果について [インターネット]. 東京 : 日本産科婦人科学会 ; 2021 [参照 2021 年 1 月 15 日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/ content/11908000/000754902.pdf. 2) Kleinveld JH, Timmermans DRM, de Smit DJ, et al. Dose prenatal screening influence anxiety levels of pregnant women? A longitudinal randomised controlled trial. Prenat Diagn. 2006; 26(4):354-61. 3)横瀬利枝子. 出生前診断をいかに受けとめているか. 生命倫理. 2008; 18(1): 106-17. 4)日本産科婦人科学会倫理委員会.「出生前に行われる検査および診断に関する見解」改定案 [インター ネット]. 東京:日本産科婦人科学会;2013[参照 2022 年 12 月 1 日]. Available from: https://www.j sog.or.jp/news/pdf/shussyouzenkenkaikaitei_2011 0206.pdf. 5)厚生省児童家庭局母子保健課. 厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関する専門委員会「母体血清マーカー検査に関する見解」についての通知発出について [インターネット]. 東京: 厚生労働省 ; 1999. [参照 2022 年 12 月 1 日]. Available from: https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/110 7/h0721-1_18.html. 6)川目裕. 今知っておきたいゲノム医療と遺伝子治療-基礎から臨床まで. 遺伝カウンセリング. 小坚内科 2022; 54(2):303-9. 7) 出生前検査認証制度等運営委員会. 日本医学会出生前検査認証制度等運営委員会からの「NIPT 等の出生前検査に関する情報提供及び施設(医療機関・検査分析機関)認証の指針」の公表について[インター ネット]. 東京:日本産科婦人科学会 ; 2022 [参照 2022 年 12 月 1 日]. Available from: https://www.j sog.or.jp/modules/committee/index.php?content_i $\mathrm{d}=216$.
tokyojoshii
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Tokyo Women's Medical University
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# 遺伝医学アップデート:基礎医学から臨床現場まで ## (4) Genome Wide Association Study および Polygenic Risk Score の ## 基礎と臨床への応用 ## 東京女子医科大学医学部内科学講座膠原病リウマチ内科学分野 (受理 2023 年 3 月 28 日) ## Genetic Medicine Update: From Basic Research to Clinical Care \\ (4) Basics and Clinical Applications of the Genome Wide Association Study and the Polygenic Risk Score \author{ Suguru Honda and Masayoshi Harigai \\ Division of Rheumatology, Department of Internal Medicine, \\ Tokyo Women's Medical University School of Medicine, Tokyo, Japan } Genome wide association study (GWAS) is a type of genetic analysis that looks for association between a particular disease or trait and single nucleotide polymorphism (SNP). The polygenic risk score is the sum of the number of risk alleles weighted the GWAS-estimated effect sizes of each SNP on a disease. Researchers have been exploring the use of polygenic risk score (PRS) to predict disease risk and personalize treatment plans, an approach known as precision medicine. Our study was the first to demonstrate that a PRS based on GWAS data for rheumatoid arthritis (RA) onset can also predict joint damage progression. In particular, we found that the PRS is more accurate for predicting joint damage progression in young-onset patients with RA. To facilitate large-scale validation of our findings, we developed an artificial intelligence-based joint damage scoring system. This system will enable us to further investigate the relationship between PRS and disease severity in a larger, more diverse population. Further research is needed to refine the PRS construction method, particularly in terms of identifying the most informative SNPs and optimizing the weighting scheme for risk alleles. Keywords: genome wide association study, polygenic risk score, rheumatoid arthritis, precision medicine, joint destruction ## はじめに 2002 年に理化学研究所が約 2,000 人による心筋梗塞発症に対するゲノムワイド関連解析 (genome wide association study:GWAS)を世界で最初に報 冠動脈疾患 ${ }^{4}$, アルツハイマー病 ${ }^{5}$, うつ病, 心的外傷後ストレス障害 (PTSD) などの精神疾患において,百万人を超える規模の疾患発症に対する GWAS が  報告され,次々と新たなリスクバリアントが同定されている。さらに, GWAS の結果を用いて, 各個人の遺伝因子の積み重なりを量的に評価して患者を層別化し, precision medicineへ展開するということが試みられている. Polygenic risk score (PRS) と呼ばれるこの手法は, 2009 年に Purcell らが統合失調 発症リスクの高い患者や病勢の進行するリスクの高い患者の同定などに応用されてきた。本稿では,まず GWAS と PRS の解析手法について概説し, 当科の行った関節リウマチにおける関節破壊と PRS の研究について述べる。 ## GWAS について ある形質と関連するゲノム上の遺伝子の存在部位を探索する手法には,連鎖解析と関連解析がある。連鎖解析は, 同一染色体上にある 2 つの遺伝子座は,家系内では独立した分離が認められないこと,すなわち連鎖を利用して行われる。連鎖解析は,家系情報が得られるメンデル型遺伝病には非常に有効である。一方, 多遺伝子疾患の場合は, 単一の遺伝子の変異により発症するのではなく, エフェクト(ある変異と疾患との関連の程度, 効果量)の弱い変異の積み重なりが発症と関連する。このため検出力は低く, エフェクトを持つ変異は広範に分布するため,連鎖解析によってそれらの存在部位を同定することが困難である。一方,関連解析は,まず家系情報を必要としない点が連鎖解析と異なる点である. さらに関連解析は候補遺伝子アプローチと網羅的アプローチに分かれ,前者は既報の研究などにより事前に候補となる遺伝子の情報を必要とするが,GWAS を含む網羅的アプローチは事前の情報を必要とせず,ゲノム全体に広範に分布する,弱いエフェクトの変異と疾患との関連を解析することができる。ただし,変異の持つエフェクトが弱い場合,検出力を上昇させるために,より大規模なサンプル数を必要とする. GWAS は, 疾患発症群と対照群を集め, 2 群間での遺伝子型(genotype)頻度やアレル頻度が異なるかどうかを検定する,ケースコントロール関連解析である,実際には,年齢,性別などでバイアスを補正する目的で, single nucleotide polymorphism (SNP)と疾患感受性の関連を検定する場合はロジスティック回帰分析を, SNP と身長などの量的変数との関連を検定する場合は線形回帰分析を用いる. SNP に関しては事前に quality control (QC) により選別を行う. $\mathrm{QC}$ は膨大な数の遺伝子型タイピング (genotyping)の際に, どうしてもタイピングエラー が発生してしまうので,これを除外する目的で行われる. 具体的な方法においては本稿の範疇を超えるため, 詳細は割愛するが, マイナーアレル頻度 [minor allele frequency:MAF,ある集団の single nucleotide variant (SNV) の中で観察数の少ない塩基 (A, T, G, C)の頻度], Hardy-Weinberg 平衡, 各 SNP における genotyping の成功率などを用いて $\mathrm{QC}$ を行う.またサンプルについても同様に,各サンプルにおける genotyping の成功率から, 回収した DNA の質の低い症例を除外し, 近縁関係の近い症例は偽陽性, 偽陰性の原因となるため除外する(例えば, 症例発症群にある疾患を発症した家系が多く集まっていた場合, 関連解析を行うと, 疾患とは関係のないその家系特有の変異が為陽性として検出される可能性がある)。 GWAS は数十万の SNP について疾患との関連を検定するため, 多重比較の問題が生じる. 1 つの SNP と疾患との関連を検定する場合, 「このSNP と疾患は関連がない」という帰無仮説を立てる。対立仮説は「このSNP と疾患は関連がある」であり,帰無仮説が間違っていると説明できた(棄却した)場合に採択する。次に, 帰無仮説が正しいとしたときに, その観測データが得られる確率 $(\mathrm{p}$ 値) を計算する. そしてこの $\mathrm{p}$ 値が事前に決めておいた水準(有意水準)より小さい場合は,観測データが帰無分布から得られていたと考えるには低いために,帰無仮説が間違っていると考え,これを棄却する。統計で一般的に用いられる有意水準 $\alpha$ は $5 \%(\alpha=0.05)$ である.問題は,帰無仮説を棄却したにも関わらず,実は正しかったという場合もあり,これを第一種の過誤という. そして, 仮説検定の第一種の過誤の確率は有意水準 $\alpha$ の値に一致する。つまり 1 つの SNP と疾患との関連を検定して, 関連があると判断したにも関わらず,実は関連はなかったという確率は $5 \%$ である。もし 100 万個の SNP について有意水準 $\alpha$ を 0.05 として関連解析を行うと, 帰無仮説が正しく 100 万個の SNP すべてにおいて疾患と関連がないという仮定をしているにもかかわらず,このような SNP は $0.05 \times 100$ 万 $=5$ 万個も出現してしまう.この問題を避けるために, GWAS では Bonferroni の補正法を用いる。つまり,一般的に用いられる有意水準である 0.05 を GWAS で検定する SNP の数 $(50$万 100 万)で除算し, $0.05 / 50$ 万 $~ 100$ 万 $\doteqdot 5 \times 10^{-8}$ という有意水準 $\alpha$ を採用する。この水準を一般的にゲノムワイド有意水準という. PRS について それではゲノムワイド有意水準を満たさなかった SNP は本当にすべて疾患との関連がないのだろうか? 対立仮説が正しいのに, 誤って帰無仮説を棄却しない場合(すなわち本当はそのSNP と疾患が関連しているにも関わらず,このSNP と疾患は関連がないと判断してしまう場合)を第二種の過誤といい, この確率を $\beta$ で表す. 第一種の過誤の確率と第二種の過誤の確率はトレードオフであり, Bonferroni の補正法は最も厳しい補正法であるため, $\beta$ は大きくなってしまう.このため, 特にサンプル数が少ないときには検出力(1- $\beta$ )は小さくなり, 偽陰性が増えてしまう,実際に,ゲノムワイド有意水準を満た LたGWAS 疾患感受性SNP のみを用いて, 疾患発症に対する各個人の遺伝的素因を推定してみる。具体的には以下の式を用いて, genotype risk score (GRS)を計算する. $ G R S=\sum_{i=1}^{n} \beta_{i} X_{i} $ この式の $\beta$ はロジスティック回帰の偏回帰係数 $\beta$ である(第二種の過誤の確率 $\beta$ とは異なるので注意されたい)。そしてXi は推定対象の個人における genotype ( $\mathrm{Xi}=0,1,2)$ である. ヒトは一対の遺伝子を有するので, genotype は $0,1,2$ のいずれかをとる. $\mathrm{n}$ は上述のゲノムワイド有意水準 $\left(\mathrm{p}<5 \times 10^{-8}\right)$ を満たしたSNP の個数である。つまり,ゲノムワイド有意水準を満たしたSNPのみを用いて,GWAS で推定されたリスク(エフェクト)と推定対象の個人における genotype をかけ合わせて合計したものがGRSである。この GRS は疾患の遺伝的背景の一部しか説明できないことが知られており,このギャップは missing heritability と呼ばれる. つぎに, $5 \times 10^{-8}$ よも緩い有意水準を採用し,同様の計算を行う.これがPRSである。計算式は以下の通りで先ほどと全く一緒であり,有意水準を緩めた分, 計算に使用するSNP の数が増えている. $ P R S=\sum_{i=1}^{n} \beta_{i} X_{i} $ これにより,多くの感受性 SNP が計算式に含まれ,ギャップが埋まり,発症予測精度が改善するということが知られている。このスコアを PRSという.ただし,常に多くのSNP を入れれば入れるほど改善するわけではなく, 形質によっては有意水準を緩め過ぎると疾患と関連のないSNP まで含まれ, 精度は下がってしまう。 実際の SNP の選択方法はもう少し複雑であり, 正則化という機械学習手法を用いてSNP を選択するというような, $\mathrm{p}$ 値を用いない手法もある. 本稿では, $\mathrm{p}$ 値と連鎖不平衡係数 (linkage disequilibrium coefficient:r2) を用 $いる \mathrm{LD}$ clumping \& Pthreshold 法について解説する. SNPの選択を $\mathrm{p}$ 値のみで行わないのは,アレル間が独立でない場合が多いためである。この状態を連鎖不平衡と呼ぶ. 連鎖不平衡係数は近接する SNP の genotype がどの程度似通っているかを示す指標であり,01までの値を取り,0なら互いに完全に独立であり,1なら互いに完全に非独立である。LD clumping\&Pthreshold 法は, 最初にこの連鎖不平衡係数を使って,連鎖不平衡関係にあるSNP を一つにまとめて (LD clumping), 次に緩い有意水準を使って,この水準以下の SNP を削除する(P-threshold)方法である. Figure 1 では, まず physical distance threshold 内の最も GWAS の P 值が低い SNP ( 印)に着目する(図の縦軸は- $\log _{10}$ (p-value)であるため数值が高いほどGWAS の p 值が低いことに注意されたい).次にこの着目したSNP(`印)と $\mathrm{r} 2 \geqq 0.4$ の連鎖不平衡にある, physical distance threshold 内の SNP は消去され,1つのSNP(`印)にまとめられる (clumping). 残ったSNP の中で, 次に $\mathrm{p}$ 值の低かった SNP にも clumping が適用され, 同様に繰り返される。最後に,設定した $\mathrm{p}$ 値の閾値(図中の $\mathrm{P}-$ threshold)未満のSNP のみ(図ではとく)が PRS の計算に使用される (P-threshold). ## 関節リウマチにおける関節破壊と PRS について ここまで, 主に疾患感受性 (発症)に対する GWAS および PRS の方法論について論じてきた. もちろん疾患発症に対してだけではなく, 疾患の活動性や治療反応性に対しても GWAS, PRS を行うことも可能であるが,これまでの報告された研究の規模は疾患感受性に対するGWAS の規模と比べて小さい。なぜなら疾患感受性と疾患活動性および治療反応性に対する解析では必要となるデータが異なるためである. 感受性に対する GWAS の場合は, 上述のように発症の有無, 遺伝子型 (genotype), 年齢と性別というデー夕を用いて解析される場合が多い(ただし家族歴を加えたり,環境因子との相互作用を見たりする場合もある). 疾患活動性や治療反応性などの表現型に対するGWAS の場合は当然治療薬,疾患活動 Figure 1. Selection of single nucleotide polymorphism (SNP) by linkage disequilibrium (LD) clumping and P-threshold. To construct a polygenic risk score (PRS), first select SNPs necessary for the construction. In this paper, we use LD clumping and P-threshold, which are widely used SNP selection methods. For Figure 1, the shape of the SNP plot indicates the linkage disequilibrium coefficient (r2) for SNPs labeled with $\star$. The vertical axis represents the negative base 10 logarithm, and the horizontal axis indicates the physical position of the base pair. Thus, the SNP labelled with $\star$ is the top variant in the Genome Wide Association Study (GWAS) for this region. First, to perform LD clumping for the SNPs labeled with $\star$ in the figure, the clumping range is specified (physical distance threshold in the figure). Next, SNPs that are in high linkage disequilibrium within the specified clumping range are excluded. For instance, in the situation depicted in Figure 1, SNPs marked with $\square$ and $\boldsymbol{\Delta}$ are removed because their linkage disequilibrium coefficient (r2) is equal to or greater than 0.4 while SNPs labeled with $\star$, and $\square$ are retained (i.e., SNPs that have a low LD with $\star$, with an r2 of less than 0.4 are preserved as they are not closely correlated). This method is referred to as clumping as the SNPs in $\boldsymbol{\Delta}$ are merged into the SNP in $\star$ (as shown in Figure 1, right). The next step is to remove SNPs with a relationship of $\mathrm{r} 2 \geqq 0.4$ to the SNP of $\downarrow$, which has the next lowest p-value after $\star$, in the same way. Finally, the two SNPs marked with $\star$ and above the P-threshold line are retained for constructing the PRS. 性の指標, ベースラインの患者データなどが必要となるため, これらのデータを集めたコホートやデー タベースがなければこのような表現型に対する GWAS は施行できない。 一方で, 疾患活動性や治療反応性などの表現型に対する PRSに関しては,これらの表現型に対する GWAS だけではなく, 疾患感受性に対するGWAS から PRS を構築することもできる.この場合, 疾患感受性と関連する変異は疾患表現型とも関連するという仮定の下で検定を行う。筆者らのグループは,年に 2 回当科のコホートである IORRA から表現型の解析に必要なデータを収集しており,これを用いて疾患感受性 [関節リウマチ(rheumatoid arthritis: RA)発症]と関連するバリアントは疾患表現型(関節破壊の進行)とも関連することを報告したので,最後にこれを紹介する”。 ## 1. 方法 この研究では PRS が重度関節破壊進行の予測因子であるかどうかを調べた。関節破壊の評価はRA の臨床試験で最もよく使われるスコアリング方法である van der Heijde modified Sharp score(SHS)を用いた. 重度関節破壊進行の定義は 5 年で $\Delta \mathrm{SHS}$ が 35 以上とし, それ未満を非重度関節破壊進行と定義した. PRS は 22,515 人のアジア人の GWASのエフェクトとRA 患者 1,240 人の遺伝子型 (genotype) をかけ合わせて構築した,具体的には,まず患者をトレーニングセット(n = 500)とテストセット(n $=740$ )にランダムに分割した. そして様々な $\mathrm{p}$ 值, およびr2を用いて SNP を選択して PRS を構築し,最も重度関節破壊進行に対する診断能の高い組み合わせを探索した。次にこの $\mathrm{p}$ 值と $\mathrm{r} 2$ を持つ最良の PRS がテストセットでも同様の診断能を持つかを確認した. なお, 複雑な LD 構造を有する HLA 領域の SNP を線形モデルである PRS にそのまま適用するかは議論の余地があり, 本研究では HLA 領域の SNP を除いて PRS を構築した. HLA 領域に関して Table 1. Patients' characteristics. はRA に最も関わりのある HLA-DRB1 領域の代表的なバリアントを同定し, 解析に用いた. IORRA コホート研究 (\#2952-R, \#2922-R16) およびその遺伝子研究 (217C) は, 東京女子医科大学倫理委員会の承認を得ており,各調査前にすべての患者からインフォームドコンセントを得ている。 ## 2. 患者背景 Table 1 に患者背景を示す。平均発症年齢は 48.6 歳, 女性比率は $85.6 \%$, SHS 中央値は 16 であった. ## 3. PRS の構築と関節破壊進行の分類精度 トレーニングセットでのべストモデルは GWAS における SNP の $\mathrm{p}$ 值の閾値が $0.13, \mathrm{r} 2$ が 0.1 のモデルであった. PRSの分類精度は, receiver operating characteristic (ROC) 曲線から area under the curve (AUC)を算出して評価した. 重度進行群と非重度進行群を識別する AUC は,トレーニングセットで 0.589, テストセットで 0.556 であった. さらに患者を発症年齢に応じて 3 群 (若年発症; $\leqq 40$ 歳, 中年発症; $>40$ 歳, $\leqq 60$ 歳, 高齢発症; > 60 歳)に分けてさらに解析を行ったところ, 若年発症群では中高年発症群と比較して AUC が最も高くなった(トレー ニングセットの AUC:若年発症 0.659 , 中年発症 0.553 , 高齢発症 0.607 . テストセットの AUC:若年発症 0.662 , 中年発症 0.517 , 高齢発症 0.522 ). ## 4. PRS の分位数に基づく関節破壊進行の評価 次に,関節破壊進行群に分類されるリスクが PRS の値によりどのように異なるかを検討するため,患者を PRS の値に応じて 5 つに分けて解析を行った。全症例を用いて解析した場合は PRS が最も高い群は最も低い群と比べて,関節破壊進行群に分類され るオッズが約 2 倍(トレーニングセット:1.90, テストセット:1.87)であったが,若年発症に限定して解析を行った場合は, 最も PRS が高い群は最も低い群と比べて, 関節破壊進行群に分類されるオッズが約 5 倍(トレーニングセット:5.06, テストセット: 6.29)となった. 中高年発症の患者にはこの傾向は認められなかった。 ## 5. 多変量解析による PRS と関節破壊進行の関 ## 連性の確認 最後にロジスティック回帰モデルを用いて,関節破壊進行の有無と PRS および他の因子との関連について多変量解析を実施した.全患者を含めた多変量解析では以下の因子が関節破壊進行に対する独立したリスク因子であった;PRS ( $\mathrm{p}=0.00019)$ ,性別 (女性) $(\mathrm{p}=0.0033)$, ACPAs $(\mathrm{p}=0.0023)$, bDMARDs $(\mathrm{p}=0.0082)$, HLA-DRB1 (Ser11) $(\mathrm{p}=$ 0.027), BMI( $\mathrm{p}=0.024 )$ (Table 2).このモデルの AUC は 0.648 であった. さらに発症年齢による層別解析を行ったところ, 若年発症群の AUC は中高年発症群よりも高い傾向にあったが(それぞれ 0.711 , $0.648,0.688)$, その差は統計的に有意ではなかった (若年発症 $v s$ 中高年発症 $: p=0.12$, 若年発症 $v s$ 高齢発症: $p=0.69)$. ## まとめ GWAS およびPRS の構築手法を概説し,当科が行ったPRS 研究を紹介した。この研究は近年の GWAS の規模には及ばないものの, RA 発症に対する GWASを用いて構築された PRSが疾患表現型の一つであるSHSにも関連することを世界に先駆けて示した。さらに,今後SHSに対するGWASを行 Table 2. Multivariable analysis for radiographic progression with a logistic regression model. い,これを使って PRS を構築するには膨大な関節レントゲンスコアデータが必要となる。このため昨年筆者らは関節破壊のスコアリングを自動化するため疊み达みニューラルネットワークを用いた AI(artificial intelligence)を開発しだ..Aを用いると,数万枚規模の読影でも数分で完了し,さらにそのスコアリングもばらつきはなく, データの質および量を向上させることができる. 現在, さらに関節レントゲンデータを増やし,またPRS 手法自体も改良するベく研究中である. ## 謝 辞 \\ 本研究は AMED 研究費 (JP21ek0410086) の助成を受 けている。 本論文に関して,開示すべき利益相反状態はない. $ \text { 文献 } $ 1) Ozaki K, Ohnishi Y, Iida A, et al. Functional SNPs in the lymphotoxin-alpha gene that are associated with susceptibility to myocardial infarction. Nat Genet. 2002;32(4): 650-4. 2) Yengo L, Vedantam S, Marouli E, et al. A saturated map of common genetic variants associated with human height from 5.4 million individuals of diverse ancestries. bioRxiv [Preprint]. 2022 [cited 2023 Feb 22]. Available from: https://doi.org/10.110 1/2022.01.07.475305. 3) Okbay A, Wu Y, Wang N, et al. Polygenic prediction of educational attainment within and between families from genome-wide association analyses in 3 million individuals. Nat Genet. 2022;54(4): 437-49. 4) Aragam KG, Jiang T, Goel A, et al. Discovery and systematic characterization of risk variants and genes for coronary artery disease in over a million participants. Nat Genet. 2022;54(12):1803-15. 5) Wightman, DP, Jansen IE, Savage JE, et al. A genome-wide association study with 1,126,563 individuals identifies new risk loci for Alzheimer's disease. Nat Genet. 2021;53(9):1276-82. 6) International Schizophrenia Consortium; Purcell SM, Wray NR, Stone JL, et al. Common polygenic variation contributes to risk of schizophrenia and bipolar disorder. Nature. 2009;460(7256):748-52. 7) Honda S, Ikari K, Yano K, et al. Association of polygenic risk scores with radiographic progression in patients with rheumatoid arthritis. Arthritis Rheumatol. 2022;74(5):791-800. 8) Honda S, Yano K, Tanaka E, et al. Development of a scoring model for the Sharp/van der Heijde score using convolutional neural networks and its clinical application. Rheumatology (Oxford). 2022: keac586. doi:10.1093/rheumatology/keac586.
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# リスク学研究 30(1): 1-3 (2020) Japanese Journal of Risk Analysis doi: 10.11447/jjra.30.1_1 # 【巻頭言】 ## 学会誌「リスク学研究」の変革について* ## Renovation of Japanese Journal of Risk Analysis ## 米田 稔** Minoru YONEDA 2020 年 6 月の総会で定款の改訂をお認め頂き,学会誌の日本語名称が「日本リスク研究学会誌」 から「リスク学研究」へと変更された。本号である第 30 巻 1 号からの変更となる。同時に今まで学会誌に関し懸案となっていたいくつかの事項についても前理事会での採決によって, 本号からの改訂としている。本巻頭言では, その変化の内容と趣旨について説明させて頂く。 まず,改訂にむけての大きな駆動力となったのは, 近年の多くの学会誌の無償公開の潮流の中で,置き去りにならないためということがあった。投稿に関する問い合わせの中には,採択論文がすぐに公開されない学会誌には, 投稿する価値がない,という意見を付してこられる投稿者までおられた。このような無償公開が急激に拡大してきた背景には,論文の引用が,ほぼインターネッ卜上での検索に基づいて行われるようになったことがある。それぞれの研究者が自分の研究の参考文献を探す場合, 一世代前なら大学の図書館に 1 日閉じこもり,関連する学術誌や論文集を何十冊も見て,関係ありそうな論文を探していく,といったことをされた方も打られると思うが,近年はインターネット上で,各種データベースにキー ワードを打ち込めば,瞬時にして世界中の学術誌や論文集から数十,数百という論文がピックアップされてくる。各研究者はこれらピックアップされた論文のアブストラクトに目を通し,さらに関連の強そうな論文の全文をダウンロードして目を通す,というプロセスを踏むことが多いのではなかろうか。つまり, 近年の学術雑誌に掲載された論文は, このような検索エンジンとなる国際的データベースに掲載されないと,まったく注目されない可能性がある。たとえば本機関誌に掲載された論文の場合,本学会関係者にさえ見てもらえれば良い,といったご意見もあるかもしれないが,今は専門外の人たちも簡単に自宅のパソコンで学術論文にアクセスすることが可能となっている。このため, 無償公開されている質の悪い, 時にはまったく信頼性の無い論文などにも簡単にアクセスすることが可能となり,専門外の方々はこのような質の悪い論文を根拠として重要な判断を行う場合も考えられる。よって,質の良い論文を迅速に,多くの人々の目に触れるようにすることは, 本学会の社会貢献という点でも不可欠なことではないかと考えられる。 さらにもう一つ関係してくるのが, 大学, 研究機関, そして研究者個人の業績評価の問題である。このような評価には業績を示す客観的数値が求められ,いわゆる国際的一流誌に掲載された論文数や, 論文の被引用数がその数値として使われることも多い。そしてこの評価結果が外部資金獲得に大きく影響する場合も多く, また, 若手研究者の場合は,就職や昇進にも大きく影響する。つまり, 大学や研究機関にとっても, 研究者個人にとっても,論文が国際的文献データベースの検索対象となり,世界中で多くの研究者に引用される  ことは死活問題となりつつある。そして国際的学術雑誌の宣伝するところでは, 論文の引用数では即時無償公開にした論文の方が明らかに引用数は多くなる傾向があるそうである。即時無償公開しない学会誌には投稿する価值がない,といった極端なご意見もこれらの状況を背景としているのではないかと考えている。 上記のような状況を考慮し, 本学会誌においても,インターネット上での情報公開を重視し, 即時無償公開を目指すこととした。本学会誌はすでにJ-STAGEによるインターネット上での公開が進んでいたことから,それを即時無償公開にすれば良いと考えたが,そこには論文の著作権に関して,フリーアクセスとするか,オープンアクセスとするかという選択肢があった。フリーアクセスというのは, 著作権は多くの場合, 学会が有しており,その論文の引用や利用においては,学会の許可を得る必要がある。つまり, 従来の著作権の形で,単にその論文が無償で公開されているということである。一方,オープンアクセスというのは,著作権は著者が有してはいるが,その引用や利用においては,公開されている一定の条件さえ満たせば,著者や学会の許可を得る必要がなく,出所を明記すれば自由に引用することが可能となる。また, 研究者自身, あるいは研究者が所属する機関がその論文をインターネット上のアーカイブに公開したい場合にも,学会誌などと著作権の交涉を行う必要がなくなり, その論文を広く社会へ公開することが行いやすくなる。 学会誌に打いて論文をオープンアクセス化するためには,その引用条件を細かく規定する必要があるが,その標準的な内容として国際的に認知されているのが, クリエイティブ・コモンズ・ライセンスと言われている内容である。クリエイティブ・コモンズとは「著作物の適正な再利用の促進を目的として,著作者がみずからの著作物の再利用を許可するという意思表示を手軽に行えるようにするための様々なレベルのライセンスを策定し普及を図る国際的プロジェクト及びその運営主体である国際的非営利団体の名称(Wikipedia, 2020 年7月5日アクセス)」であり, クリエイティブ・ コモンズが策定した一連の使用許可条件のタイプがクリエイティブ・コモンズ・ライセンスと呼ばれる。その内容についての詳しい説明はここでは省略するが,本学会誌においては,著者の情報を明示すれば,ほとんど自由に引用して使用するこ とができるCC-BYとするか,その利用を非営利目的に限定するCC-BY-NCとするかで検討を行い, 論文内容が教科書や参考書のような販売品へ引用される場合もあることを考慮し,CC-BYとすることとした。海外の出版社が出している学術誌では, 論文が受理された際, オープンアクセスとするか, 従前の, 学術誌に著作権を譲渡する方法を取るか,選択を迫られることがあり,往々にして,この論文のオープン・アクセス化のためには数十万円といったかなり高額な掲載料を要求される。学術誌を無償で公開している現状においては, 出版社が利益を得るためには, 論文の投稿者から収入を得る必要があり, 従前に比べ揭載料が高騰していく傾向にある。本学会としては, 今回の学会誌に関する各種変更によって, 会員へのサービス低下となることはできるだけ避けたいと考えたことから,高額の投稿料を設定する,といったことは行わないこととしたが, 学会誌の運営費用は主に会員からの会費収入で賄っていることから, 学会誌の即時無償公開によって, 会員数が減少する事態となることは絶対に避けねばならない。従前は会員でいることのメリットとして,製本印刷された学会誌が送付されることと, J-STAGE上の学会誌への優先的なアクセス権があったが,学会誌のJ-STAGEでの即時無償公開, それに伴い, 学会の経理状況改善のための製本版の会員への無償配布廃止によって, このメリットが無くなることから, 今後は別の面で, 会員でいることの魅力的な各種メリットを提供していかねばと考えている。 学会誌のオープンアクセス化と合わせて目標として揭げているのが,国際的データベースに登録されることだ。現在, 具体的に登録を目指しているデータベースはESCI (Emerging Sources Citation Index) と Scopus ${ }^{\circledR}$ である。SCI (Science Citation Index)は世界的に評価の高いジャーナルが収録されたデータベースとして有名であるが,ESCIは SCIに登録されるための,見習いデータベースのようなものである。IF (Impact Factor)は付与されないが,論文の引用数はカウントされる。また, Scopus ${ }^{\circledR}$ はエルゼビアが提供する世界最大級の抄録・引用文献データベースである。基本的には審查基準に合格した英文雑誌が登録されるが,日本語の論文を含んでいてもある程度の条件を満たせば登録されることは可能であるようだ。これら国際データベース登録のための各種条件への対応の ため, 本学会誌としては, 主に Aims \& Scope と倫理規定の明示, 参考文献の表記方法として,和文文献についても英語による追跡ができるように表記するという $2 \supset の$ 改訂を行っている。これに伴って, 参考文献の紙幅が増えることが予想されることから,揭載料が無料となる論文等のページ数を従前よりも緩和した。さらに従前は基本的には認めなかった論文等の基本頁数の超過を有料ではあるが,認めることとした。また,先に述べた CC-BYに関する内容なども投稿規定に記載された。これらの新しい投稿規定などは本号から本学会誌に掲載されている。 本学会誌の国際化を晲んだ今後の改訂として は,まず,本号から論文投稿システムの英語対応のための変更が実施される。そして, 編集委員会メンバーのホームページでの公開,投稿規定や投稿要領の英文化とホームぺージでの公開を進め, リスク学分野での特にアジア圏におけるフラッグシップ学術誌となることを目標として揭げている。海外からの投稿が増えてくれば,編集委員会の国際化も必要となると考えられる。特に今年度は様々な改訂を一気に進めていくことから,い万い万な部分で不手際が発生することが予想される。至ら奴点はその都度, 改善していく予定なので, どうか, ご容赦, ご協力のほど, 打願い申しあげます。
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# 【原著論文】 # 被害程度の情報提供は犯罪不安を緩和するか 一被害の影響の推定と犯罪不安の因果分析一 Can The Information on Victimization Decrease Fear of Crime?: An Examination of the Causal Relationship between Estimated Damage of Crime and Fear of Crime } 柴田 侑秀**,中谷内 一也*** } Yukihide SHIBATA and Kazuya NAKAYACHI \begin{abstract} In the field of fear of crime, literature has yet to confirm a causal relationship between people's estimated damage of crime and fear of crime. This study examines this potential relationship by providing participants with information about the severity of crime victims' injuries. Survey data were collected from 336 participants. Participants were randomly assigned to one of two conditions: in the first condition, information about the severity of crime victims' injuries was presented, and in the control condition, information unrelated to crime was presented. The results revealed that the participants who perceived a decrease in the amount of estimated damage had a diminished fear of crime. However, the experimental operation did not significantly affect the estimated damage. \end{abstract} Key Words: fear of crime, risk perception, estimated damage, perceiving likelihood ## 1.はじめに 近年,我が国において実態に沿わない過大な犯罪不安が問題視されている。例えば,日本版総合社会調査 (Japanese General Social Surveys: JGSS) が2000年から継続的に回答を得ている,「あなたの家から 1 キロ(徒歩 15 分程度)以内で,夜の一人歩きが危ない場所はありますか」という質問項目に対して「ある」と回答した者の割合は,2003 年から 2010 年にかけて $60 \%$ 前後を維持している (上田, 2011)。また, 2002 年から2017年までの間に継続して行われた, 社会安全研究財団 (2002, 2019)の調査でも,犯罪の被害にあうのではないかという不安が「よくある」「たまにある」と回答した者の割合は $40 \%$ 前後と大きな変化を見せていない。 しかし,実際の被害に目を向けると,例えば, 2000 年から 2012 年にかけて, 犯罪被害実態調査における過去 5 年間の犯罪被害率は $41.2 \%$ から $34.4 \%$ へ低下している(法務省法務総合研究所, 2012)。これらのことからわかるように,日本の治安状況は改善の一途を辿っている。にもかかわらず,人々の治安に対する認識に反映されていないという問題が依然としてある。 高い犯罪不安が生活の質 (Quality of life) や Well Being, 精神的健康を悪化させるという知見もあることから (Christin-Melanie and Boyka, 2017; Jackson  and Stafford, 2009; Peter and Allison, 2010),過大な犯罪不安には弊害があり,これを減じるための方策を考案することは重要であるといえよう。 従来の研究では,犯罪不安は“犯罪や,犯罪に関連するシンボルに対する情緒的反応”であると定義されている (Ferraro, 1995; Warr and Stafford, 1983)。犯罪不安に影響する要因として特にその関連が指摘されてきたものに犯罪リスク認知がある。犯罪被害にあう確率が高いと認識したり,被害にあったときに酷いダメージを負うと認識すれば不安が上昇するのは一見, 自明のことと思われる。実際に,島田ら (2004) やJackson (2015) は被害にあう主観的確率と犯罪不安が関連することを明らかにし,主観的確率が高いと推定されれば犯罪不安も高くなると指摘している。 しかしながら,これまでの犯罪不安研究は質問紙データの相関分析に基づくものであり,リスク認知が犯罪不安へ影響する因果関係を直接明らかにしたものはほとんどなかった。このため, 第3 の要因が犯罪不安へ影響している可能性を排除できない。このような制約を残した知見を,犯罪不安低減の方策を検討するためのエビデンスとすることには問題が残る。この制約を克服するには,実験的手法を用い,犯罪不安がどのような研究者側の操作によって増減するのか, そのメカニズムを明らかにすることが必要である。 以上の観点から,柴田・中谷内(2019)は,犯罪リスク認知のうち,被害にあう主観的確率を操作し,犯罪不安への影響を検討した。具体的には,実験群に客観的な傷害事件の認知件数の情報を提示することで主観的確率を低下させ,それに伴って犯罪不安が低下するかどうかを確かめた。 その結果, 情報提示後に主観的確率が低下し, それに伴って犯罪不安も低下することが確認された。この変化は,統計情報を提示されなかった統制群の参加者では起こらなかった。これらの結果から主観的確率の低下が犯罪不安の低下へ繋がるという因果関係が明らかになった。一方で,実験操作によって低減したリスク認知や犯罪不安は, 1 か月後には統制群と有意な差が見られない水準にまで戻ってしまうことも示された。 ところで,一般にリスク研究では,リスク認知を何らかの障害が起こる確率の推定とその障害の重篤度の組み合わせとしている(井上・幸田, 1992; 松原, 1989; National Research Council, 1989 林・関沢監訳1997)。しかし, 従来の犯罪不安研究の多くは,リスク認知を犯罪被害にあう主観的確率と定義して検討することが多く(Chadee and Ditton, 2003; Guedes et al., 2018; Kappes et al., 2013;小俣, 2012; 笹竹, 2008), 犯罪被害のダメージの大きさの推定について検討した研究は少ない。また, その数少ない研究の中で, Jackson (2009, 2011, 2015) やWarr (1987), 柴田$\cdot$森永 (2019) はダメージの大きさの推定が犯罪不安に影響することを示したが,これらはあくまで質問紙データの相関分析に基づくものであった。そのため, 被害の影響の大きさの推定が犯罪不安へ影響するのかを実験的に検討した研究は筆者らの知る限り存在しておらず,この2つの要因の因果関係は明らかになっていない。 したがって, 被害の影響の大きさの推定が変化することによって犯罪不安が変化するという因果関係を明らかにすることが求められている。もし, 被害の影響の大きさの推定が確率の推定と同様に犯罪不安に影響するのであれば,犯罪不安への働きかけとしてこれら2つの変数の両方にアプローチする方略が有効ということになろう。 Jackson $(2011,2015)$ や柴田・森永 (2019) の知見は, 被害の影響の大きさの推定を低下させる情報提供により犯罪不安が低下する可能性を示唆するものであるが,彼らの研究は同時に,被害の大きさの推定が犯罪不安に及ぼす影響力は, 主観的確率の影響力よりも小さなものに過ぎないことを示している。このことから, 予想通り被害の影響の大きさの推定と犯罪不安との間に因果関係が存在したとしても, その影響力は小さく, 大幅な犯罪不安の低減には繋がらない可能性もある。言い換えると, 客観的な情報を提示し, 被害の影響の大きさの推定を操作するという方法は, 犯罪不安低減の方策としての有効性が限られるとの予想も可能である。 以上の論点を踏まえ, 本研究は, 柴田・中谷内 (2019)が主観的確率を操作したのと同様に,人々の抱く被害の影響の大きさの推定に働きかけ, 被害の影響の大きさの推定が犯罪不安に影響するという因果関係を検証することを目的とした。すなわち, 客観的な情報を提示するという簡便な手法が, 被害の影響の大きさの推定を通じて犯罪不安を低減させられるかどうかを検討するものである。 本研究では, 被害の影響の大きさの推定を操作する方法として, 暴力犯罪における被害者の負傷 の程度に関する情報を提示することとした。傷害事件における被害者の負傷の程度に関する情報は,暴力犯罪の被害者のうちどの程度の割合が重傷を負い,どの程度が軽傷であったというものである。法務省法務総合研究所 (2017) によれば,平成 28 年に暴力犯罪によって負傷した被害者のうち,およそ 9 割が全治 1 ヶ月以内の軽症であつた。これは直接的に被害の影響の大きさの推定に関連する情報であり,怪我を負った被害者の大多数が軽傷であることを回答者が知れば,被害の影響の大きさの推定は減少すると考えられる。 また本研究では,調查会社を利用して幅広い年代から回答者を募集した。柴田・中谷内(2019) は大学生を回答者としていたが,大学生のみを対象とした調査では, その知見の一般化可能性は限定され,得られた知見を犯罪不安減少の方策へ利用できるかという点にも疑念が生じる。そこで,回答者を大学生以外の年代へ広げることで,知見の一般化可能性を広げ,実務場面への応用可能性を高めることを試みた。 ## 2. 方法 ## 2.1 参加者 2019年3月に,インターネット調査会社を利用し回答者を募集した。回答者は 25 歳から 64 歳までの336名(平均年齢44.77歳, $S D=11.12$ ) で, 性別と年齢層の割合が等しくなるよう,ランダムに半数ずつ実験群と統制群に割り当てられた。デー 夕収集はすべて Web上で行われた。 ## 2.2 手続き まず,回答者に6種類の罪種(傷害,住居侵入,乗り物盗,殺人,背任,暴行)に対する犯罪不安, 被害の影響の大きさの推定, 主観的確率を尋ねた。 次に, 群ごとに回答者へ, 実験刺激として文章を提示した (付録参照)。実験群の回答者には,被害の影響の大きさの推定を操作するため,平成 29 年度版の犯罪白書の情報に基づいた,暴力犯罪被害者の負傷の程度,および暴行罪のほうが傷害罪よりも認知件数が多いことが提示された。これらの情報にデセプションは存在しなかった。統制群の回答者には,犯罪に対する認識へ影響しないように,犯罪とはかかわりのない,科学技術白書に関する説明文を提示した。 文章の提示後,回答者に最初と同様に,6種類 の罪種に対する犯罪不安,被害の影響の大きさの推定,主観的確率を再び尋ねた。 最後に,実験群と統制群の双方で,提示された文章をしっかり読んでいたかどうかを確認するための質問を行った。質問は 2 問あり, 両方に正答できなかった回答者は分析から除かれた。 ## 2.3 質問項目 6 つの罪種のうち,暴行を除く5つの罪種は柴田・中谷内 (2019) の分類にならい, 日本の刑法犯の中から選ばれた。暴行は, 実験群の参加者に提示した文章で言及したので,追加で取り上げることとした。なお,それぞれの罪名には「傷害 (人を攻撃し怪我を負わせること)についてお尋ねします」のように簡単な説明をつけた。 犯罪不安は,島田ら(2004)を参考に,「あなたは,自分がこの犯罪の被害にあう不安がどのくらいありますか」と尋ねた。被害の影響の大きさの推定は,Jackson (2015) を参考に,「あなたは,もしこの犯罪の被害にあったらそれが自分の人生にあたえる影響はどのくらいあると思いますか」と尋ねた。被害にあう主観的確率は,島田ら (2004) を参考に,「あなたは,今後 12 ヶ月以内に自分がこの犯罪の被害にあう確率がどのくらいあると思いますか」と尋ねた。3つの質問項目は,それぞれの罪種について上述の順で尋ねられた。回答はすべて「1:まったくない」から「6:非常にある」までの6件法で求められた。なお,6つの罪種の提示順序は回答者によってランダムだったが,実験操作の前後での提示順序は同じであった。 文章をしっかり読んでいたかの確認のための質問の項目の内容は, 実験群では「犯罪被害で怪我を負った人の9割は重症だった」「傷害罪よりも暴行罪の認知件数のほうが多い」, 統制群では 「インターネットで閲覧することは出来ない」「毎年異なるテーマをまとめた部分がある」であった。○かメを選択して回答する形式だった。 ## 2.4 倫理的配慮 本調査の項目には犯罪について尋ねるものが含まれていた。そのため,回答は任意であることなどを事前に説明した。また,本研究計画は筆者らの所属組織の倫理審查委員会の承認を得ている。 Table 1 Average of each group's index 注. 括弧内は標準偏差を示す。 ## 3. 結果 ## 3.1 確認テスト 提示した文章の内容を把握していなかった回答者を分析から除外するため,文章の内容を確認する質問 2 問の両方に正答した回答者の数を調べた。その結果,すべてに正答できた回答者は全体で204名(全回答者の 60.7\%)であり,統制群では110名,実験群では94名たっった。以降の分析では,この204名のデー夕を対象とした。 ## 3.2 傷害と暴行に対する犯罪不安への影響 本研究でターゲットとする犯罪は暴力犯罪であった。そのため,まず,傷害と暴行に対する犯罪不安に,被害の影響の大きさの推定がどのように影響したのかを検討する。 Table 1 に, 実験操作前後での傷害と暴行に対する犯罪不安,被害の影響の大きさの推定,主観的確率の記述統計量を示した。なお,実験操作前の犯罪不安,被害の影響の大きさの推定,主観的確率には統制群と実験群の間で有意な差はなかった。 以降の分析のために,犯罪不安,被害の影響の大きさの推定,および主観的確率の文章提示前後の変化量を算出した。変化量の算出は,操作後の値から操作前の値を減じることで行われ,変化量が負の値であることは,実験操作によって不安やリスク認知が減少したことを意味する。 まず,傷害と暴行について,本研究の仮説を検討するために,構造方程式モデリングによる分析を行った。その結果を Figure 1 と 2 に示した。なお, 回答者の年齢や性別が犯罪不安や被害の影響の大きさの推定,主観的確率に影響するという知見があるため (e.g. 柴田・森永,2019),回答者の年齢と性別を統制変数として投入している。 両図から,実験操作が被害の影響の大きさの推定の変化量に有意な影響を与えなかったことがわかる。しかしながら,被害の影響の大きさの推定の変化量は,暴行では犯罪不安の変化量に有意な影響を与えていた。一方,傷害では有意な影響がみられなかった。なお, 主観的確率の変化量は両方の罪種において,犯罪不安の変化量に有意な影響を及ぼしていた。これらのことから,暴行において, 被害の影響の大きさの推定や主観的確率が減少した回答者は,犯罪不安も減少したといえる。 $\chi^{2}=0.796, d f=3, p=.851, \mathrm{CFI}=1.000, \mathrm{GFI}=.999, \mathrm{RMSEA}=.000, \mathrm{AIC}=36.796(* * p<.01,+p<.10)$ Figure 1 Path diagram about fear of injury 注.実験条件は統制群を 0 , 実験群を 1 とした。また,性別は男性を 0 ,女性を 1 とした。以下の分析も同様である。 $\chi^{2}=0.796, d f=3, p=.851, \mathrm{CFI}=1.000, \mathrm{GFI}=.999, \mathrm{RMSEA}=.000, \mathrm{AIC}=36.796(* * p<.01,+p<.10)$ Figure 2 Path diagram about fear of assault ## 3.35 つの罪種に対する犯罪不安への影響 文章の波及効果を検討するために,回答者に提示した文章では触れていなかった,住居侵入,乗り物盗, 殺人, 背任の4つの犯罪に対する犯罪不安への影響も分析した。 まず,4つの罪種に対する犯罪不安,被害の影響の大きさの推定, 主観的確率をそれぞれ平均した。なお,それぞれの指標の $\alpha$ 係数は. 76 以上たっった。指標の平均値はTable 1 に示した。 傷害や暴行についての分析と同様に犯罪不安,被害の影響の大きさの推定, 主観的確率の変化量をそれぞれ算出し,構造方程式モデリングによる分析を行った。その結果を Figure 3 に示した。 Figure 3 より, 実験操作が被害の影響の大きさ の推定の変化量に有意な影響を与えなかったことがわかる。また, 被害の影響の大きさの推定の変化量と主観的確率の変化量が, 犯罪不安の変化量に有意な影響を与えていた。これらのことから,文章で触れていない犯罪についても暴行と同様に, 被害の影響の大きさの推定や主観的確率が減少した回答者は犯罪不安も減少したことがわかった。 ## 4. 考察 本研究の目的は, 回答者へ暴力犯罪の実態についての文章を提示することで被害の影響の大きさの推定を操作し, それに伴って犯罪不安が変化するという因果関係を検討することであった。この $\chi^{2}=0.796, d f=3, p=.851, \mathrm{CFI}=1.000, \mathrm{GFI}=.999, \mathrm{RMSEA}=.000, \mathrm{AIC}=36.796(* * p<.01,+p<.10)$ Figure 3 Path diagram about fear of other crime ために,本研究では実験群の回答者に被害者の負傷に関する情報を提示して被害の影響の大きさの推定を操作した。そして,その操作が犯罪不安へ影響するかどうかを検討した。 その結果,まず,文章で触れた傷害と暴行について,暴行では,被害の影響の大きさの推定が低下した者は犯罪不安も低下することが明らかになった。一方,傷害では,被害の影響の大きさの推定の変化量は,犯罪不安の変化量に有意な影響がなかった。このことから,少なくとも暴行については,被害の影響の大きさの推定が減少すれば,犯罪不安も減少する可能性が示された。また,文章で提示しなかった罪種についても,暴行と同じ結果が見られた。これらの結果はおおむね,被害の影響の大きさの推定も犯罪不安に影響するとしたJackson(2011,2015) や柴田・森永 (2019)の知見を,この要因の説明力が相対的に小さいことも含めて補強するものである。 ただし,これらの結果は,本研究の仮説を十分に支持する結果であるとは言いがたい。なぜなら, 本研究の実験操作は, 被害の影響の大きさの推定の変化量に有意な影響を与えなかったからである。つまり,本研究の参加者は,実験操作以外の何らかの要因によって被害の影響の大きさの推定を変化させたと考えられる。本研究では,仮説を構成する後半部分,すなわち,被害の影響の大きさの推定が犯罪不安を左右するという部分については確認できたものの,前半部分,すなわち, “暴力犯罪の被害影響が小さいという事実情報によって被害影響の推定が低下し”という操作部分を実現できなかった。そして,そのことは,被害 の影響の大きさの推定の変化が原因となって犯罪不安が変化したのではなく, 実験操作以外の何らかの要因が,被害の影響の大きさの推定と犯罪不安へ同時に影響した可能性が残されていることになる。 以上の点から,本研究の結果は,被害の影響の大きさの推定と犯罪不安との間にある因果関係を確たるものにするといえるほど頑健なものではない。本研究ではデセプションなしに,犯罪統計上明白な事実を伝えることで犯罪不安の低下を導くことができるのか,という点を重視した。そのため操作が弱いものに留まった可能性がある。今後の研究では実験手続きを改善し,よりインパクトの強い被害の影響の大きさについての情報を提示し,この因果関係を検討する必要があるだろう。 また, 傷害において, 被害の影響の大きさの推定の影響が見られなかった。この原因は,素朴に考えれば,提示した文章の内容(被害者が怪我を負った場合は傷害罪となり,怪我を負わなかった場合は暴行罪となる)が傷害を相対的に深刻な暴力であると示唆することになったためと考えられる。しかし, 実験操作影響が有意でなかったことから,この解釈もアドホックなものに過ぎず,今後の研究では, 罪種ごとの差異が生じる原因についても検討する必要がある。 なお,傷害において,実験条件が犯罪不安の変化量に直接有意な影響を与えていた。これは,実験群の参加者が文章を読むことによって,犯罪不安を減少させたことを示唆するものである。しかし,上述のように実験操作がうまくいかなかったこともあり,本研究からはこの影響の原因は明ら かでない。リスク認知を介さない犯罪不安の変化についても,今後検討する必要がある。 最後に, 本研究では一貫して, 主観的確率が犯罪不安に有意な影響を持っていた。このことは,柴田・中谷内(2019)の結果と整合するものである。本研究は主観的確率を操作することを目的としたものではなかったが,どの分析においても, パスの標準化係数が,被害の影響の大きさの推定のものよりも大きかった。この結果は, 主観的確率が被害の影響の大きさよりも犯罪不安に強く影響することを指摘したJackson(2011,2015)や柴田・森永 (2019) の知見を支持するものである。 これらの結果は,犯罪不安低減の方策を検討するという実務場面において,被害の影響の大きさの推定よりも主観的確率に焦点をあてたアプロー チを取るほうが有効であることを示唆するものである。今後の研究では, より効率的な犯罪不安低減方略の検討のために,本研究の知見を,特にその限界を踏まえた上で,犯罪不安低減のための介入方法を検討する必要があろう。 ## 参考文献 Chadee, D., and Ditton, J. (2003). Are older people most afraid of crime? Revisiting Ferraro and LaGrange in Trinidad, British Journal of Criminology 43, 417-433. DOI: $10.1093 / \mathrm{bjc} / 43.2 .417$ Christin-Melanie, V., and Boyka, B. (2017) Income inequality and fear of crime across the European region, European Journal of Criminology 14, 221241. DOI: $10.1177 / 1477370816648993$ Ferraro, K. (1995) Fear of crime: Interpreting Victimization Risk. New York: SUNY press. Guedes, I. M. E. S., Domingos, S. P. A., and Cardoso, C. S. (2018) Fear of crime, personality and trait emotions: An empirical study, European Journal of Criminology 15, 658-679. DOI: 10.1177/ 1477370817749500 法務省法務総合研究所 (2012) 犯罪白書(平成 24 年版),国立印刷局 法務省法務総合研究所 (2017) 犯罪白書 (平成29 年版),国立印刷局 井上紘一, 幸田武久 (1992) リスク管理概論, 国際交通安全学会誌,18, 10-18. Jackson, J. (2009) A psychological perspective on vulnerability in the fear of crime, Psychology, Crime and Law 15, 365-390. DOI: 10.1080/1068 ## 3160802275797 Jackson, J. 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DOI: 10.1093/sf/61.4.1033 ## 付録 ## 統制群へ提示された文章 科学技術白書は, 毎年文部科学省によって発表される国内の科学や技術に関する情報をまとめた資料です。白書では科学技術の発展や振興のために実施された政策や取り組みが説明されています。また毎年異なるテーマをもとにまとめられた部分もあり,持続可能な開発目標やノーベル賞を受賞した技術についてまとめられています。これまでに発表された科学技術白書はインターネットで誰でも閲覧することが出来ます。 ## 実験群へ提示された文章 法務省の毎年発表する犯罪白書は,暴力犯罪において犯罪被害者がどのような怪我を負ったのかという情報を提供しています。それによると, 平成 28 年に犯罪被害で怪我を負った人の 9 割は軽傷でした。また加害者が被害者へ暴力を振るう犯罪は,被害者が怪我を負った場合傷害罪となり,怪我を負わなかった場合は暴行罪となりますが, 平成 28 年の認知件数は傷害罪より暴行罪のほうが多かったです。
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Society For Risk Analysis Japan
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# 【原著論文】 # 消防機関に対する市民の協力意図の規定因 一TCCモデルによる検討一* ## Determinants of Civic Cooperation Intention for Firefighting Agency: \\ Test of Trust and Confidence Model 塩谷尚正**, 木村昌紀*** Takamasa SHIOTANI and Masanori KIMURA \begin{abstract} The TCC (trust, confidence, and cooperation) model explains that civic cooperation intention for risk management agencies is defined by trust and confidence. Although the validity of this model has been verified by previous studies, further research is needed due to inadequate empirical data on existing institutions with high social needs. The purpose of this study is to examine the applicability of the TCC model for firefighting agencies, which have high social needs and in which the importance of citizens' cooperation has increased. The following results were obtained from a nationwide web survey: trust has a strong positive effect on cooperation intention, in line with the TCC model. However, contrary to the TCC model, confidence was shown to have a negative effect on cooperation intention. These results were discussed from two perspectives: the definition of confidence and the potential for transforming the TCC model in institutions of high social needs. \end{abstract} Key Words: Trust, Confidence, Cooperation, Firefighting agency ## 1. 本研究の目的 ## 1.1 機関・組織に対する信頼 現代では様々な技術の高度化や社会の複雑化を背景に,数多くのリスクの管理を機関や組織にゆだねなければならない。そうした中で信頼の重要性は, 原子力 (Tanaka, 2004; Tsujikawa et al., 2016) や電磁界(Siegrist et al., 2003; Siegrist et al., 2005),食品技術(Eiser et al., 2002)などの科学技術のリスク受容において示されている。さらに信頼は公共事業の政策評価を規定する要因にも挙げられる (Bröer et al., 2014; 中谷内ら, 2010; 大渕, 2005)。 すなわち,事業の執行主体である政府や自治体への信頼が高いほど,その受容的態度が高まる。こ れらの知見は, 対象となるリスク事象あるいは公共事業について, それを適切に制御するための意図と能力を管理機関や執行主体が有しているだろうという期待が満たされるほど,そのリスクや政策が一般市民に受け入れられやすくなるという心理的機序を示している。このような信頼とは,個々の技術や政策に関する専門的な評価というよりむしろ,それらを実施しようとする主体に対する印象としての信頼であり,一種のヒューリスティックによる判断とされる(Earle, 2010; 大渕, 2005; Siegrist et al., 2003)。  ## 1.2 機関への協力に至る二過程 組織や機関への受容的態度や協力 (Cooperation) の規定因として,信頼(Trust)と信任(Confidence) を弁別して,それらが並列的に影響をおよぼすとする TCCモデルがある (Siegrist et al., 2003)。信頼と信任は類似する概念であるが,TCCモデルにおいて次のように弁別される。信頼は, 他者に対するポジティブな期待に基づいて将来における曖昧性を受け入れようとする信念であり,連帯的な心情に基づく(Earle, 2010; Siegrist et al., 2003)。リスク研究における信頼は「能力に対する期待」と 「意図に対する期待」の2 側面に分類可能(中谷内, 2008; 山岸, 1998)であるが, その両側面は包括的に測定されることが多いという指摘もある (山崎ら,2008)。TCCモデルにおいては,誠実さ, 情報公開, 信頼といった術語を含んた 3 項目によって測定されている (Siegrist et al., 2003)。一方で信任は, 将来において望ましい結果が起きるだうういう期待としての信念を意味する (Earle, 2010; Siegrist et al., 2003)。その期待は対象機関の実績と制度設計に関する知識に基づくものとされる。すなわち, ある仕組みによって将来に引き起こされる結果が制約されているという認知である (Earle,2010)。その定義に基づき, Siegrist et al. (2003)による測定では, 知識, 能力, 方法といった術語を含んだ4項目が用いられている。 TCCモデルにおいて信頼と信任は,上述の定義に基づいて規定因においても弁別される。信頼は対象の機関が主要な価値観を共有しているという認知(価値類似性認知)に,信任は制度の知識や過去実績の認知に,それぞれ強く規定される。 すなわち信頼は対象の機関との関係性に基づく感情的成分, 信任は算出的 (calculative)で認知的な成分として,並列的に協力意図に影響をおよぼすという因果モデルが想定される。ただしTCCモデルを構成する諸変数はいずれも主観的判断に基づく概念であり, とりわけ信頼の影響力が重視される。そのために組織の制度や実績に関する知識, および信任も信頼による影響力が想定される (Siegrist et al., 2003)。そのうえ変数間の関連性は,対象となる機関や社会的文脈によって変容しうる (Siegrist et al., 2003)。このような理論的想定に基づき実証も得られているものの, Earle (2010)は,信頼と信任の測定上の弁別の困難さを指摘し, さらなる実証データの蓄積の必要性を訴えている。 ## 1.3 TCC モデルの適用対象 TCC モデルの妥当性は, 電磁界(Siegrist et al., 2003)や環境開発(Earle and Siegrist, 2006)に関連する事業者や管理者を想定した実証研究によって確認されている。これらの先行研究は, 従来はなかった施設や技術を新たにリスクとともに受け入れるかどうか, という問題として位置づけることができる。これに対し, 既存の機関の営為に対する協力の規定因を検証するうえでTCCモデルは適用可能であろうか。TCCモデルの特徴は, 類似の概念である信頼と信任とを弁別してそれぞれの規定因を明らかにすることによって,機関に対する協力に至る心理的機序をより適切に検討しようとする点にある。その有用性を検証するためには, すでに社会に受け入れられている機関を対象とした実証データも必要であろう。既存の機関に対する TCCモデルの適用の可能性は Earle (2009) によって金融機関を題材として提起され, 正確な知識に基づく信任の重要性と信頼への偏重の危険性を指摘している。すなわち, 人々が適切な知識を踏まえず過度に対象機関を信頼することで社会に大きな損害をもたらすことがあり得ると議論されるが,この研究では提言にとどまっている。こうした観点から TCCモデルを検証することは, その発展可能性と現実的社会問題への適用に関する重要な知見につながる。そこで本研究では,すでに社会に不可欠な機関として受け入れられており, かつ近年になって市民の協力のあり方が問題になりつつある,消防機関を対象としてTCCモデルの適用可能性を検証する。 ## 1.4 消防機関に対する協力意図 消防機関は社会にとって不可欠であることに, おそらくほぼ,異論の余地がないであろう。一方で, その業務遂行のために広く市民の協力が必要とされる機関でもある。たとえば,消防機関の迅速な現場到着のために通報者が通信指令員の聴取に適切かつ協力的に応答することや,また状況に応じて, 救急隊が到着するまでに通信指令員の指示の下で救命活動にあたることが求められる。さらに通報者のみならず,道路上で消防機関の緊急車両に道を譲ったり停車場所を提供したりすることが求められる。ところが近年の救急車両出動の増加傾向の中で, 不要不急の軽微な症状による出動要請 (児玉ら, 2008; 矢野, 早川, 2011) や, さらには消防の業務と無関係の不適切な通報さえ あり,消防機関の業務の支障となっていることが問題視されている。その背景には消防機関の職務に対する誤解や拡大解釈,知識の個人差などの存在が考えられる。消防機関に対して知識に基づく信任が適切に協力に結びついているであろうか。以上から,TCCモデルの適用可能性を検証する対象として消防機関は時宜にかなっているといえよう。 TCC デルにおける協力とは, 「共通の目標に向かって他の人と調和して行動しょうとすること,またはその意図」と定義される (Siegrist et al., 2003)。そこで本研究の対象とする「消防機関に対する協力意図」は,上述の問題背景を鑑みて,消防機関の円滑な業務遂行のために, 適切な利用や規範を遵守する意図とすることができる。そのうえでTCCモデルによる協力意図の生起プロセスを消防機関に当てはめると次のようになる。協力意図は, 信頼と信任の2 要因によって規定され,消防機関に対する信頼が高い人ほど,同様に信任が高い人ほど,消防機関への協力意図は高まるであらう。さらに信頼と信任はそれぞれ,価値類似性認知と知識によって規定されるであらう。消防機関に対する信頼は,市民にとって最も重要な価値である生命と身体および財産を守ることが消防機関の業務であるという認知,すなわち価値類似性認知によって高められるであらう。価値を共有しており信頼できる対象であるから消防機関の職務遂行に協力しょうという態度が形成される。一方で信任は,消防職員および消防機関によって市民の安全が守られるだろうという信念である。その信念は,消防機関の職域や職能打よび,制度的な知識によって左右されるべきものであ万う。すなわち, 既存の消防機関の制度や権限,技術の下で市民の安全が守られるだろうという信念によって協力意図は規定されると考えられる。 ## 2. 方法 ## 2.1 調査時期と対象者 2016年 3 月にウェブ調査会社を通じて「119番通報に関する意識調查」と題する調査を行った。全国の20歳代から60歳代までのモニター登録者 3,468名に,各世代打よび性別でほぼ同数の回答となるように依頼をして, 1,063 名 $(M$ age $=50.00 ,$ $S D=13.9$ ) から回答を得た。回答者の地域別割合は, 北海道 - 東北 $9.9 \%$, 関東 $39.8 \%$, 中部 $17.3 \%$, 近畿 $18.3 \%$, 中国・四国 $8.3 \%$, 九州・沖縄6.5\%であった。 ## 2.2 変数 協力意図:「必要な時には,私はできる範囲で消防の業務に協力するつもりである」「市民は消防機関に何か協力を依頼されたら,なるべく引き受けるべきだ」の2 項目を設問した $(M=3.87$ , $S D=0.64, \alpha=.71$ )。 信頼:本研究における信頼は Siegrist et al. (2003) 扔よび本邦における先行研究 (犬塚, 大川,2015;山崎ら,2008)による測定項目を参考にして,「119番の職員は信頼できる人たちだ」「119番の職員は責任感の強い人たちだ」の2 項目を設問した $(M=3.82, S D=0.71, \alpha=.81)$ 。 信任:Siegrist et al. (2003)にて用いられた,機関のリスク管理能力に対する評価に関する項目を参考に,「119番は,あらゆる事態に対応できる仕組みがある」「119番の職員は,どんな状況でも市民を守ることができる技術を持っている」の 2 項目を設問した $(M=3.39, S D=0.74, \alpha=.67)$ 。価値類似性認知:「119番の職員は,つねに市民の立場に立って市民の生活を守ってくれる」「119番の職員は,市民の安全を市民と同じように重要だと考えている」の) 2 項目を設問した $(M=$ 3.78, $S D=0.69, \alpha=.75$ )。 以上の変数はいずれも,「1点:そう思わない」 から「5 点:そう思う」までの 5 段階評定で測定された。いずれも 2 項目または 3 項目による尺度構成であったため, 因子分析は行わずに内部一貫性を $\alpha$ 係数によって確認し,大きな問題はないとみなして合成変数とした。 知識: 消防機関に対するもっとも現実的な関与場面に関する知識を想定して,「通報の用件の適切さ」(11 項目, Table 1) と「通報の手順・仕組みなど」(10 項目, Table 2) に関する知識の正誤問題を作成し, 両問に対する知識が正確であるほど高得点になるように集計した。通報の用件の適切さは, 提示された項目に対して119番通報の用件としての適切さを判断する設問であった(正答数 $M=8.37, S D=1.16)$ 。通報の手順などの知識は,提示された項目に対して「119番通報に関する説明として適切かどうか」を判断する設問であった (正答数 $M=7.12, S D=1.48$ )。これらの正誤問題は, 消防吏員としての勤務経験があり, 現在は救急救命士養成課程に所属する大学教員の監修を受 Table 1 Judgment of the appropriateness of 119 (emergency call) Table 2 Knowledge of procedure and system of 119 (emergency call) \\ Table 3 Correlational Analysis with variables ${ }^{* * *} p<.001$ けて作成された。 通報経験の有無:本研究で用いる変数に通報経験がおよぼす影響を検討するために,通報経験を 「119番をかけたことはまったくない(698名; 65.7\%),119番をかけたことは1度だけある(215 名;20.2\%),119番をかけたことは何度もある (150名;14.1\%)」の3択で尋ねた。 ## 2.3 倫理審査 本研究は関西国際大学研究倫理委員会による承認を得た(承認番号 $\mathrm{H} 30-22$ )。 ## 3. 結果 ## 3.1 TCC モデルの適用の検討 回答者全員のデータを対象に,まずモデルに用いる全変数の相関分析をおこなった。その結果 (Table 3), 知識と信任との間に相関が認められなかった。その他の変数間に,おおむね想定通りの相関関係が認められた。ただし, 価値類似性認知と信頼との間にやや強めの相関係数が示された。 そこで協力意図を目的変数とする重回帰モデルにおいて, その他の変数による標準偏回帰係数と多重共線性指標を確認した(Table 4)。その結果, 信 任による標準偏回帰係数のみが非有意であり, これを含むいずれの説明変数にも明確な多重共線性は示されなかった。 次に消防機関への協力意図におけるTCCモデルの妥当性を検証するために,構造方程式モデリングをおこなった。各変数の配置および変数間のパスの方向は Siegrist et al. (2003)に準拠した。分析の結果, 適合度指標は $\mathrm{RMESA}=.043, \mathrm{CFI}=.983$, $\mathrm{GFI}=.983, \mathrm{AGFI}=.968$ となり, 良好な適合度を示した。知識の潜在変数から観測変数の一方におよぶパス係数が. 21 と比較的低かったものの有意であった $(p<.01)$ 。価值類似性認知は信頼 $(.91$, $p<.001$ ) に,信頼は協力意図 $(.88, p<.001)$ に対して,有意に正の影響力を示した。また信頼から信任 $(.81, p<.001)$ および知識 $(.38, p<.001)$ へと正の影響が有意であった。これらは従来のTCC モデルと一致する結果(Earle and Siegrist., 2006; Siegrist et al., 2003)であった。一方で, TCCモデルに反して, 信任から協力意図 $(-.15, p<.05)$ 亿有意, 知識から信任 $(-.28, p=.053)$ に有意傾向の負の影響が示された。 各潜在変数から協力意図に対する総合効果の係数は, 価値類似性認知が.70, 知識が. 04 , 信頼が.77, 信任がー. 15 であった。信任からの係数と Table 4 Multiple Regression Analysis with Cooperation as a target variable 重回帰分析による偏回帰係数とを比較すると,正負の符号が逆転するものであった。 ## 3.2 補足分析: 通報経験による各変数の比較 協力意図, 信頼, 信任, 価值類似性認知および 119 番通報に関する知識の得点を, 通報経験者群 $(n=365)$ と通報未経験者群 $(n=698)$ とで比較した。 その結果,信任と通報手順・仕組みの知識には有意差が認められなかった。協力意図,価値類似性認知, 信頼, 通報用件の知識は通報経験者群のほうが有意に高かった(Table 5)。 ## 4. 考察 ## 4.1 消防機関に対する協力意図の規定因 本研究は消防機関を対象としてTCCモデルの適用可能性を検証した。ウェブ調查によって得たデータを構造方程式モデリングで分析した結果,協力意図は信頼に, 信頼は価值類似性認知によってきわめて強く規定された。また信頼は,消防に関する知識と信任にも正の影響をおよぼした。以上の結果はTCCモデル (Earle and Siegrist, 2006; Siegrist et al., 2003) と合致するものであった。 その一方で, 知識が信任に負の影響をおよぼし,さらに信任は協力意図に負の影響をおよぼすという結果が示され, これらの影響過程はTCC モデルと合致しなかった。また, 相関分析および重回帰分析とも不整合となり, 多重共線性の可能性も含めて以下に議論する。信任と協力意図との間には, 単純相関で中程度やや弱めの正の相関,重回帰分析ではほぼ 0 に近い偏回帰係数, 構造方程式モデリングでは弱い負のパス係数が示された。また知識と信任の関係は, 単純相関はほぼ無相関で,構造方程式モデリングではやや弱い負のパス係数となった。このような係数の変動においては多重共線性が疑われるが,多重共線性が生じ Table 5 Comparison of each variable by 119 (emergency call) experience ^{* *} p<.01,{ }^{* * *} p<.001$ } $ \begin{aligned} & \mathrm{df}=70, \mathrm{RMSEA}=.043, \mathrm{CFI}=.983, \mathrm{GFI}=.983, \mathrm{AGFI}=.968 \\ & \dagger p<.10,{ }^{*} p<.05,{ }^{* *} p<.001 \end{aligned} $ Figure 1 Applying the TCC model to fire departments ない場合でも符号の逆転は起こりうるとされる (豊田,1998;米村,2003)。そのうえ多重共線性指標も多重共線性を明確に示しておらず,その判断は困難である。構造方程式モデリングに掠いて信任から協力意図に対する係数は比較的小さく,重回帰分析による標準偏回帰係数との差異も大きくはないことをふまえ,その解釈は慎重であるべきであろう。 上述に留意したうえで,本研究のデータが示唆することは何か。従来のTCCモデルに反する,信任が協力意図におよぼした負の影響の理由として,消防機関を対象とする特徴が示されたということと,測定された信任の操作的定義における問題との2 点の可能性が考えられる。まず消防機関の特徴として,すでに社会に必要不可欠な存在として受け入れられてるといえる点で先行研究で対象とされてきたリスク機関とは異なる。このような機関に対する協力意図を想定するうえで,信頼の影響力がより重要となり信任の影響力は希薄になるという,TCCモデルの変容の可能性が示唆される。 ただし上述の, 社会的必要性の高い既存の機関に対するTCCモデルの変容可能性は,信頼と信任の妥当性が先行研究と同質であることが確認されたうえでの議論となる。それらの測定は先行研究を参考にしたものの, Siegrist et al. (2003)と比較して,それぞれがやや限定的に測定された可能性がある。特に信任の測定に用いられた質問項目に注目すると,その内容は消防機関に対する全能的な期待の高さを反映しているという解釈が可能である。いわば「消防機関はいつ, いかなる条件下においても市民の安全を守るべきであり,その役割を完遂できる」という過度の役割期待を含んでいた可能性である。そうであるならば,その信任の高さは, 消防機関の役割は高度に専門的な技能に基づくからこそ市民の協力は不要であらうという, 関与感覚の低さを示す態度となり, 協力意図を下げる結果になっていると解种できる。したがって信任から協力意図に対する影響は, 本研究で使用された項目によって創出された歪みである可能性が残される。 また,構造方程式モデリングによって示された知識から信任への負の影響は, 119 番通報に対する正確な知識と理解を高めるほど信任が低くなることを示す。本研究の信任が消防機関に対する全能的な期待の高さを含む概念であったならば, 119 番通報に対する知識を高めることが消防機関に対する過度の役割期待を抑制する可能性を示唆する。換言すれば,知識が高い人ほど,消防機関の役割と同時にその限界および市民が負う役割と責任に対する理解も高いと考えられるのではないか。 ## 4.2 通報経験による差異 協力意図, 信頼, 価值類似性認知において, 通報経験者が通報未経験者よりも高い評点をつける傾向となった。また通報用件の判断においても,通報経験者が通報未経験者よりも高い得点傾向と なった。通報経験者は,消防機関をより身近に感じてポジティブな態度をもち,消防機関の役割に対する理解も比較的高い人々だといえる。ただし, この解釈を構造方程式モデリングの結果と照らし合わせると,一つの疑問が残される。本研究における信任が過度の期待を表すものであるならば,通報経験者のほうが消防に関する知識があり,かつ過度の期待をもつという解釈が可能となり,前述の解釈とやや不整合となる。一方でこの点に関しては,通報に関する知識に通報経験による有意差が認められたことから,通報経験者における信任が制度設計に関する知識や過去の実績の評価に基づく「適度な期待」であり,通報経験のない者における信任が知識に基づかない「過度の期待と関与の低さ」を色濃くする認知であるという可能性を考慮すると,解釈は整合する。しかし, このような信任の内容の質的な相違を積極的に支持するデー夕は本研究では提示されない。本研究では, 現実的な関与場面を重視して 119 番通報の知識から項目を構成したが,より総括的に消防機関に関する知識を含む尺度を用いて信任の質的な検討をすることは今後の有意義な知見となりうる。 ## 4.3 本研究の意義と課題 本研究の結果から, 消防機関に対する協力意図と信頼,および価值類似性認知との関連について $\mathrm{TCC}$ モデルと一致して,信頼の重要性が示された。一方で信任の影響はTCCモデルに反するものであった。この結果について, 本研究で測定された信任が「過度の期待」を内包する可能性という測定概念の妥当性に関する疑問が残された。以上の観点から, 本研究で示された信任と協力意図および知識との関連性について更なる検証が必要である。その方法として第一に,本来の信任と過度の期待とを操作的に弁別したうえで,協力意図におよぼす影響を改めて検証することが挙げられる。より具体的には,消防機関を対象とするならば,その業務遂行は市民の協力がなければ困難となるといったことを想定できる項目作成が必要となる。 本研究の第一の意義として,TCCモデルを消防機関のように社会的な必要性が高く認められる機関への協力意図の規定因に適用するうえで,従来のリスク機関と比してより信頼の効果が強調されるというモデルの変容可能性を示した点が挙げ られる。対象の機関に関する知識水準が低いほど高まるような「過度の期待」によって協力意図が低くなるとすれば,対象機関の本来の役割がよりよく果たされるために,市民の側が負うべき役割や責任の啓蒙が必要になるであろう。このことは Earle (2009) が金融機関を題材として, 正確な知識に基づく信任の重要性と信頼への偏重の危険性を主張したことに通じる。この観点から, TCC モデルを現実的問題へと応用するうえで,機関に関する知識の不足や誤解につながる要因を明らかにすることが今後の課題として挙げられる。 ## 謝辞 本論文の執筆にあたり北小屋裕先生(京都橘大学)から消防機関と 119 番通報に関する専門的知識および研究全般の遂行に関する貴重な助言と多大な協力をいただいた。記して心よりの謝意を表します。また本研究の一部は日本社会心理学会第 57 回大会で発表された。 ## 参考文献 Bröer, C., Moerman, G., Spruijt, P., and van Poll, R. (2014) Risk policies and risk perceptions: A comparative study of environmental health risk policy and perception in six European countries, Journal of Risk Research 17, 525-542. Earle, T. C. (2009) Trust, confidence, and the 2008 global financial crisis, Risk Analysis 29, 785-792. Earle, T. C. (2010) Trust in risk management: A model-based review of empirical research, Risk Analysis 30, 541-574. Earle, T. C., and Siegrist, M. (2006). Morality information, performance information, and the distinction between trust and confidence, Journal of Applied Social Psychology, 36, 383-416. Eiser, J. R., Miles, S., and Frewer, L. J. 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# リスク学研究 30(1): 45-60 (2020) Japanese Journal of Risk Analysis doi: 10.11447/jjra.30.1_45 【原著論文】 # 震災後の住居形態の変遷が 被災者の主観的生活評価に及ぼす影響一震災から 7 年目の釜石市調査データをもとに一* Effect of the Housing Status Transitions on the Self-Evaluation of Life by Disaster Victims: The Survey Data of Kamaishi city in the Seventh Year after the Great East Japan Earthquake 静間健人**,永松 伸吾***,****,元吉 忠寛*** ## Taketo SHIZUMA, Shingo NAGAMATSU and Tadahiro MOTOYOSHI \begin{abstract} We aimed to examine the housing status transitions of the people who faced damages caused by the Great East Japan Earthquake affect the self-evaluation of life by victims such as "life satisfaction, life prospects, and social capital". The survey data were obtained from a questionnaire survey targeting the household of temporary housing, recovery housing, reconstruction housing, and housing living before the earthquake in Kamaishi city, Iwate prefecture in the seventh year after the earthquake. As a result of the analysis, it was confirmed that not only the housing status transitions also the future housing perspective had an impact on the self-evaluation of life. However, the effect was different depending on household annual income. \end{abstract} Key Words: Great East Japan Earthquake, housing status transitions, self-evaluation of life, household annual income ## 1.はじめに 住宅の再建は被災者にとって最重要課題の一つである。再建のスピードは,被害の程度や所得など,様々な個個人や個世帯に起因する要因によって決定されると考えられるが, 東日本大震焱 (2011年)では,震災による被害規模が甚大であったために,住宅再建の過程が多岐にわたっていたことが指摘されている(塩崎,2014)。震贸後の住居形態の違いが被贸者に及ぼす直接的・間接的な影響は,これまでも多く指摘されている。塩崎 (2009) は, 阪神・淡路大震災 (1995 年) 後に建設された応急仮設住宅や復興公営住宅では,住人らが被災前に有していた地域のきずなが断たれやすく,またそのために心身の健康に問題が生じやすいと指摘している。越山ら (2004) は, 阪神・淡路大震贸の被贸地に建てられた復興  公営住宅の入居者に対する悉皆調査を行っている。それによると,生活支援員によるサポートが, 居住者の生活満足度や近所付き合いの程度,社会活動への参加の程度と,正の関連を示すことが指摘されている。こうした経験から,近年では特に仮設住宅や復興公営住宅で暮らす被災者の生活再建に対して様々な社会的支援が行われ(筒井, 2013; 越山, 2015),それは東日本大震災の被災地においても一定の成果がみられている(永松ら, 2014)。 しかしながら,こうした先行的な被災者の実態調查や支援に関する研究の多くは,自治体ごとの事例調査に留まり,必ずしも一般化されているとはいえない。なぜなら,サンプリングに起因するバイアスが存在すると考えられるからである。 バイアスの一つは, 調査対象集団の住居形態を除いた別の属性が一定でないことによって生じる。例えば, 東日本大震災からの復興過程では,自治体間で被災者が受けられる支援メニューに差が生じており(近藤,2015),被焱者の居住環境に違いが生じた。また,被災地域によっては,特定の住居形態の世帯だけが同じ地域で生活しているところもあれば,様々な住居形態の世帯が同じ地域で混在して生活しているところもあり,被災者の住居の立地条件には違いがある。これらの場合, 住居形態の違いが被災者に及ぼす影響を純粋に検討しょうとしても,分析結果にはバイアスが生じる。二つ目は,一部の住居形態の被災者のみを調査対象集団とすることによって生じる。本研究の事例で例えると, 調査時点で既に住宅再建を終えた人もいれば, 復興公営住宅に転居した人もいたり,未だに仮設住宅で生活している人もいた。そのため, 一部の住居形態を比較するだけでは,被災者の実態を十分に検討できない。先行研究には, 同一の自治体を調査対象にしたもの(中谷ら,2017)や,様々な住居形態の被災者を比較したもの(土屋ら,2018)などがあるが,それらもやはりバイアスを排除できているとはいえない。 本研究では, サンプリングを工夫することによりバイアスを極力除去しながら, 様々な住宅再建の過程を経た, 異なる住居形態の被災者を比較することで, 例えば生活満足度やソーシャルキャピタル(以下,SC)などの, 被災者の日常生活に対する主観的な自己評価(以下,主観的生活評価)の実態を明らかにする。具体的には様々な住宅再建の過程を経た被災者が混在して居住している地域をサンプルとして抽出することである。それを可能とする条件を満たしている数少ない地域の一つが, 本研究が調査対象地とした岩手県釜石市である。釜石市は大規模な高台移転等を行わず, 既存住宅や公営住宅, 仮設住宅が比較的狭い地域に混在しているため, 住宅の立地条件や居住環境に起因するバイアスはほとんど存在しないと考えられる。 ## 2. 研究方法 ## 2.1 岩手県釜石市の概要 釜石市では,東日本大震災の津波により住宅を失った被災者が多く,様々な復興事業が行われた (Table 1)。応急仮設住宅の入居戸数の減少と, 復興公営住宅の建設戸数や市内の自立再建世帯の増加傾向についてはTable 2 に示す。また, 特定の被災世帯に対しては, 震災直後から, 支援活動が実施されていた(Table 1:巡回相談)。 Table 1 Overview of Kamaishi city \\ note. 釜石市 (2019a) と釜石市 (2019b) をもとに作成 Table 2 Housing situation in Kamaishi city & & \\ note. かまいし復興レポートをもとに作成(釜石市HP2019年10月1日確認) ## 2.2 調査の概要と分析項目 住宅の立地条件に起因するバイアスを排除するために,様々な住居形態が特に混在する地域を選定し,調査を実施した(Table 3)。調査票を1世帯に1部配布し,世帯主または家族の中心となっている方や家事を担当されている方に回答を求めた。回答者の性別は,無回答の13名を除き,男性601名,女性605名であった。また,平均年齢は,無回答の 14 名を除き,67.01歳 $(S D=13.42)$ であり,約 $65 \%$ が 65 歳以上であった。なお,調査票の配布は, 2018 年 3 月25日から31日の間に行い,調査票の回収は,2018年6月30日までに行われた。 本研究を実施する上で, 関西大学社会安全学部の倫理審査を受けた(審査番号:安全倫審 17-004)。 本稿では,調査票で回答を得た設問のうち,本研究の目的に直接関連する, 回答者・世帯の属性と主観的生活評価を取り上げる。 ## 回答者・世帯の属性 性別,年齢,震災前の居住地域,震災前・震災後・現在の住居形態,世帯年収,住居の被害,震災以降の転居回数(以下,転居回数), 今後の住居の見通し(以下,住居の見通し)を用いた。 ## 主観的生活評価 先行研究では, 生活再建には7つの要素(すまい,つながり,まち,こころとからた,そなえ, くらしむき,行政)が重要であり,それらの充実によって生活復興感 (生活再適応感, 生活満足度, 1 年後の生活の見通し)が高まると指摘されている (立木ら,2004)。以下に生活再建 7 要素や生活復興感と,主観的生活評価との関わりを示す。 (1)K6 古川ら(2003)のK6日本語版の表現を一部修正した6項目を用いた(将来の希望が持てないと感じましたかなど)。「0.全くない」から 「4.いつも」の 5 件法で尋ねた。生活再建 7 要素のこころとからだに対応する。 (2)生活ストレス永松ら(2014)の仕事や日常のストレスから2 項目を用いた(仕事中に,怒りっぽくなることがあるなど)。生活再建7要素のこころとからだに対応する。 (3)生活満足度生活 - 仕事 - 経済的状況 - 住宅環境・人間関係の 5 つの満足度を尋ねる項目を新たに作成した(いまの生活に満足しているなど)。生活復興感の生活満足度に対応する。 (4) 将来の希望本調査で新たに作成した 1 項目と (一年後の生活は今よりよくなっていると思う), 永松ら(2014)の将来の見通しから 1 項目用いた。生活復興感の 1 年後の生活の見通しに対応する。 (5) 家族サポート永松ら (2014)の家族からの知覚されたサポートから 2 項目用いた (私の家族は本当に私を助けてくれるなど)。生活再建 7 要素のつながりに対応する。 (6)友人サポート永松ら (2014)の友人からの知覚されたサポートから 2 項目用いた(私の友人たちは本当に私を助けてくれようとするなど)。生活再建 7 要素のつながりに対応する。 (7)震災前のSC永松ら(2014)の被災前の社会関係資本や社会参加の程度から 3 項目用いた(震災前に住んでいた近所には,信頼できる人が多くいたなど)。生活再建 7 要素のつながりに対応する。 (8) 現在のSC 永松ら (2014)の現在の社会関係資本や社会参加の程度から3 項目用いた(現在打 Table 3 Summary of the survey target } \\ note. 訪:各戸訪問配布, ポ:ポスティング配布, 留 or 郵:留置または郵送で回収, 郵:郵送で回収 住まいの近所には,信頼できる人が多くいるなど)。生活再建7要素のつながりに対応する。 (9)対人貢献意識永松ら(2014)の自分が誰かの役に立っているというサポート提供から 2 項目用いた (必要な時に, 私は誰かの助けになることができるなど)。生活再建7要素のそなえに対応する。 (10) 災害自己効力感元吉(2019)の災害自己効力感から6項目用いた(災害のような緊急事態においても,落ち着いて行動できると思うなど)。生活再建 7 要素のそなえに対応する。 なお,(2)から(10)の項目は,「1.あてはまらない」から「4.あてはまる」までの 4 件法で尋ねた。 ## 3. 住居形態別の回答者・世帯属性の確認 住宅の居住環境に起因するバイアスを排除するために,震災後に釜石市に移住してきた 92 世帯を分析から除外した。 ## 3.1 震災前から現在までの住居形態の変遷 震災前・震災後・現在の住居形態から,被災世帯の住居の変遷を整理した(Figure 1)。円と円をつなぐ矢印は,人の移動や残留を示している。なお, 20 人以下の, 移動や残留の矢印は省略した。 震災前(左)には,「持ち家:一戸建て」,「民間の賃貸住宅」,「公営住宅」の順に数が多く, 全体のサンプル(1,121件)の約 $83 \%$ (929件) が 「持ち家:一戸建て」で生活していた。 震災後(中央)には,「応急仮設住宅」「持ち Figure 1 Transitions of housing status家:一戸建て」,「みなし仮設住宅」の順に数が多く, 全体のサンプル (1,104件) の約 $62 \%$ (686件) が「応急仮設住宅」や「みなし仮設住宅」で生活しており,回答者の半数以上が住居を追われたことがわかる。その一方で, 全体の約 $28 \%$ (313件) が「持ち家:一戸建て」で,引き続き生活していた。この点については,次節で検討する。 現在の住居形態(右)では, 「持ち家:一戸建て」,「復興公営住宅」,「応急仮設住宅」の順に数が多くなっていた。具体的には, 全体のサンプル (1,109件) の約 $43 \%(478$ 件)が「持ち家:一戸建て」で, 約35\%(389件) が「復興公営住宅」で,約 16\%(178件) が「応急仮設住宅」や「みなし仮設住宅」で生活していた。 さらに,震災後から現在の被災者の移動や残留を確認すると,「応急仮設住宅(539件) 」や「みなし仮設住宅 (147件)」で生活していた中の約 54\%(371件)が「復興公営住宅」に移り,約 19\% (127件)が「持ち家:一戸建て」で生活を再建していた。一方,「応急仮設住宅 (539件)」で生活していた約 26\%(140件) が,未だ「応急仮設住宅」に残留している状況も明らかとなった。 ## 3.2 現在の住居形態別の回答者・世帯の属性 被災者がどのような過程で住居を移転してきたかを,世帯年収,住居の被害,転居回数,住居の見通しから検討する。そのために,現在の住居形態別の分布を確認した(Table 4)。 世帯年収の傾向として,「持ち家:一戸建て」 は,「200万円未満」が全体より 15 ポイント近く低い。一方,「復興公営住宅」は,「200万円未満」 が全体より 20 ポイント近く高い。以上より, 住居の変遷は,世帯年収の影響を受けていることが示唆された。この点は, 後の分析において考慮したい。 住居の被害の傾向として,「応急仮設住宅」,「みなし仮設住宅」,「復興公営住宅」は,「全壊$\cdot$流出」が全体より30ポイント近く高く,「一部損壊」と「被害なし」が低い。一方,「持ち家:一戸建て」は,「全壊・流出」が全体より30ポイン卜近く低く,「一部損壊」と「被害なし」が高い。 したがって,前節の結果をふまえると,住宅に大きな被害があった世帯の多くは,「応急仮設住宅」, または「みなし仮設住宅」を経て現在の住宅で生活していることや, 住宅に被害がなかった世帯だけが,震災後も同じ住宅に住み続けていた Table 4 Respondent/household attributes by current housing status わけではなく, 被害が軽度の世帯も同じ住宅に住み続けていたことが推察される。 転居回数の傾向として,「持ち家:一戸建て」 は,「0回」が全体より30ポイント近く高い。一方,「みなし仮設住宅」は「1回」と「2回」が全体より 20 ポイント近く高く,「復興公営住宅」は 「2回」が全体より 15 ポイント近く高い。また,「応急仮設住宅」は,「1回」が全体より 10 ポイン卜近く高い。したがって,「応急仮設住宅」、「みなし仮設住宅」,「復興公営住宅」の転居回数が多いことから,前節の住居の変遷の結果と矛盾しない。 住居の見通しの傾向として,「持ち家:一戸建て」は,「現在の住宅に住み続ける(以下,現在の住宅に永住)」が全体より 25 ポイント近く高い。一方,「応急仮設住宅」と「みなし仮設住宅」は,「住宅を新築・購入」が全体より50ポイント近く高い。また,「復興公営住宅」は,「住宅を新築・購入」が全体より 10 ポイント近く低く,「現在の住宅に永住」が全体の割合と同程度で多い。さらに,「復興公営住宅」は,「わからない」が全体より 5 ポイント近く高い。したがって,「応急仮設住宅」や「みなし仮設住宅」で生活している人の多くは,住宅を自力再建する意思があると推察される。一方,「復興公営住宅」で生活している世帯の中には,住居の見通しが立っていない世帯も少なからずおり, 必ずしも「復興公営住宅」を終の棲家として考えているわけではないと推察される。 ## 3.3 住居形態の変遷カテゴリの作成 現在の住居形態別に被災世帯の属性分布を確認したところ,住居形態が同じであっても,その背景は全く異なっており,現在の住居形態だけでは,被荻者の実態を捉えられないことが明らかとなった。そこで,被災者の特徴を住居の変遷 (Figure 1), 住居の被害(Table 4 中段), 住居の見通し(Table 4下段)から整理し,新たに震災後の住居形態の変遷カテゴリ(以下,住居形態の変遷6タイプ)を設定した(Figure 2)。 一貫して「持ち家:一戸建て」で生活していた世帯の中には,住居の被害がなかったため,震災後に住居を変えず,これからも同じ住居で生活を続けるという世帯と,被害はあったが,震災後に住居を変えず, これからも同じ住居で生活を続けるという世帯の 2 パターンあることが確認され Figure 2 Six types of housing status transitions た。このことから,前者を【「A. 持ち家 : 被害なし」】, 後者を【「. 持ち家:被害あり」】とする。一方,「持ち家:一戸建て」で生活していた世帯の中には, 住居の被害の大きさから, 震妆後,「応急仮設住宅」や「みなし仮設住宅」で生活していたが,現在は住居を再建して,「持ち家:一戸建て」でこれから先の生活を続ける世帯も確認された。この世帯を【「.持ち家:再建済」】とする。 また,「持ち家:一戸建て」,「公営住宅」,「民間の賃貸住宅」で生活していた世帯の中には,住居の被害の大きさから,「応急仮設住宅」や「みなし仮設住宅」で生活することになったが,現在,仮設住宅から退去して,「復興公営住宅」で生活している世帯が確認された。その中には, これからも「復興公営住宅」で生活を続けるという世帯と,住居についてこれから先の見通しがない世帯がいることが確認された。前者を【「D.復興公営:永住」】, 後者を【「E. 復興公営:未定 $\rfloor$ I とする。 さらに,「持ち家:一戸建て」で生活していたが, 被災して,「応急仮設住宅」や「みなし仮設住宅」で生活することになり,現在も「応急仮設住宅」や「みなし仮設住宅」で生活している世帯が確認された。将来的に「住宅を新築・購入」することを希望しているため,この世帯を【「. 仮設:持ち家再建希望 (以下, 仮設:再建希望)」】 とする。 ## 4. 主観的生活評価への住居形態の変遷の 影響 ## 4.1 主観的生活評価指標の作成 主観的生活評価の指標ごとに,相関係数,または信頼性係数を確認した後(K6: $\alpha=.92$, 生活ス トレス: $r=.60$, 生活満足度 $: \alpha=.81$, 将来の希望 : $r=.78$, 家族サポート: $r=.84$, 友人サポート: $r=.81$, 震災前の $\mathrm{SC}: \alpha=.81$, 現在の $\mathrm{SC}: \alpha=.82$,対人貢献意識 : $r=.70$, 災害自己効力感 : $\alpha=.88$ ),加算平均を求めた。 K6は, 点数が高いほど精神的健康が良いことを意味するように処理した。また,震災前後の $\mathrm{SC}$ の変化を把握するために,SCの変化指標を作成した。值が負(正)の場合は,震災前よりSC が減少(増加)したことを意味する。 ## 4.2 住居形態の変遷 6 タイプの影響 住居形態の変遷6タイプの違いが主観的生活評価に及ぼす影響を検討する。ただし,前節の分析でみたように被災者の世帯年収が住宅再建に及ぼす影響を調整するために,「200万円未満」、「200 万円以上 400 万円未満(以下,400万円未満) 」,「400万円以上」の3グループに分けた。 住居形態の変遷6 タイプを独立変数, 主観的生活評価の9指標を従属変数として, 1 要因の分散分析(Welch 法)を行った(Table 5)。生活満足度,将来の希望, $\mathrm{SC}$ の変化の 3 指標は, すべての年収グループにおいて主効果がみられた。また, K6は「200万円未満」と「400万円未満」グルー プにおいて,対人貢献意識と災害自己効力感は 「400万円未満」グループにおいて主効果がみられた。 すべての世帯年収グループで主効果がみられた生活満足度, 将来の希望, $\mathrm{SC}$ の変化の 3 指標に多重比較分析 (Games-Howell法) を行った(Table 6)。なお, Table 6では, 例えば「A. 持ち家:被害なし」と「F. 仮設:再建希望」の比較を $\mathrm{A}$ :F のように表現し,その大小関係が有意であれば不等号を用いた。 ## 生活満足度(Table 6 上段) すべての世帯年収グループにおいて「F. 仮設:再建希望」カテゴリは, 持ち家の3カテゴリと比べて評価が有意に低かった。ただし,「400万円未満」グループの「B.持ち家:被害あり」との間に有意差はみられなかった。また,「400万円未満」グループの「E. 復興公営 : 未定」カテゴリは,「A. 持ち家:被害なし」と「C. 持ち家:再建済」の2カテゴリと比べて評価が有意に低かった。さらに,「200万円未満」グループの「F. 仮設:再建希望」カテゴリと,「400万円未満」グループの「E. 復興公営:未定」カテゴリは,「D.復興公営: 永住」カテゴリと比べて評価が有意に低かった。 以上より, 住居形態の変遷6タイプのうち, 住居の見通しが「現在の住宅に住み続ける」である,「A. 持ち家:被害なし」,「B. 持ち家:被害あり」,「C. 持ち家: 再建済」,「D. 復興公営: 永住」 の4カテゴリは, 現在の生活に満足していた。このことから, 生活満足度の評価は, 持ち家で暮らしていることの影響だけではなく, 住居の見通しの影響も受けている可能性が示唆された。 ## 将来の希望 (Table 6中段) すべての世带年収グループにおいて,「F. 仮設:再建希望」カテゴリは,「B.持ち家:被害あり」 と「D. 復興公営: 永住」の2 カテゴリと比べて評価が有意に高かった。また,「F. 仮設:再建希望」 カテゴリは,「200万円未満」と「400万円未満」 グループの「E. 復興公営: 未定」カテゴリと比べて評価が有意に高かった。さらに,「400万円未満」グループの「E. 復興公営: 未定」カテゴリは, 持ち家の 3 カテゴリと「D. 復興公営: 永住」カテゴリと比べて評価が有意に低かった。 以上より, 住居形態の変遷6タイプのうち, 住居の見通しが「住宅を新築・購入する」である $\lceil\mathrm{F}$. 仮設: 再建希望」カテゴリは, 将来の生活に希望を抱いていた。一方, 住居の見通しが「住居の方針未定」である「E. 復興公営:未定」カテゴリは, 将来の生活に不安を抱いていた。このことから, 将来の希望の評価は, 住居の見通しの影響を受けている可能性が示唆された。 SC の変化(Table 6下段) 「F. 仮設: 再建希望」カテゴリは, 「200万円未満」グループの「A. 持ち家: 被害なし」, 「B. 持ち家: 被害あり」,「C. 持ち家: 再建済」の3 カカゴリと,「400万円未満」グループの「B. 持ち家:被害あり」カテゴリと,「400万円以上」グルー プの「A. 持ち家: 被害なし」と「B. 持ち家: 被害あり」の2カテゴリと比べて評価が有意に低かった。また, 「200万円未満」グループの「D.復興公営: 永住」と「E. 復興公営: 未定」の2力テゴリは,「A. 持ち家: 被害なし」カテゴリと比べて評価が有意に低かった。さらに,「400万円未満」グループの「D. 復興公営: 永住」カテゴリと, 「400万円以上」グループの「C. 持ち家:再建済」カテゴリは,「B. 持ち家:被害あり」と比べて評価が有意に低かった。 以上より, 住居形態の変遷6タイプのうち, 震 Table 5 ANOVA by household annual income 災後も持ち家に住み続けている「A. 持ち家:被害なし」と「B. 持ち家 : 被害あり」の 2 カテゴリと, 震災後に転居している「D. 復興公営 : 永住」,「E. 復興公営 : 未定」,「F. 仮設:再建希望」の3 カテゴリとの間に, 多くの有意差が確認された。 このことから, $\mathrm{SC}$ の変化の評価は,持ち家で暮らし続けていることの影響だけではなく,転居回数による影響も受けている可能性が示唆された。 ## 4.3 住居形態の変遷と住居の見通しの影響 前節の分析結果から, 住居形態の変遷の影響を把握するためには,住居の見通しと転居回数をコントロールする必要性が示唆された。そこで,住居の見通しと転居回数の影響をコントロールする ために重回帰分析を行う。しかしながら,住居の見通しを用いて住居形態の変遷6タイプを作成したため,このままでは分析ができない。そのため,住居の見通しではなく,被災者の住居の変遷 (Figure 1) と住居の被害(Table 4 中段)の2つを用いて,新たに住居形態の変遷カテゴリを作成した (以下,住居形態の変遷 5 タイプ)。住居形態の変遷 5 タイプのカテゴリは,【「a. 持ち家:被害なし」,「b.持ち家:被害あり」,「c. 持ち家:再建済」,「d. 復興公営住宅」,「e. 仮設住宅」】である。住居形態の変遷 5 タイプ, 住居の見通し, 転居回数をダミー変数に変換したものを説明変数, 生活満足度, 将来の希望, $\mathrm{SC}$ の変化を目的変数として,重回帰分析(強制投入法)を行った(Table Table 5 continued 7)。な扔,住居形態の変遷5タイプの「仮設住宅」,住居の見通しの「わからない」,転居回数の 「1回まで」を基準カテゴリとした(Table 7)。また,本節では,世帯年収の影響を調整するために,「200万円未満」(Table 7中央)と「200万円以上」(Table 7右)の2グループに分けて分析を行った。さらに,目的変数に対する世带年収の影響を把握するために,世带年収をダミ一変数化したものを説明変数に含めた分析も併せて行った (Table 7 左)。 ## 生活満足度 すべての世帯年収を含んだサンプルの分析において(Table 7左),持ち家であること,住居の見通しを持っていること,世帯年収が多いことが正の有意な影響を及ぼしていた。なお,「仮設住宅」 と「復興公営住宅」の間に関連がみられなかつた。 「200万円未満」グループにおいて(Table 7中央),「持ち家:被害なし」と「現在の住宅に永住」 が正の有意な影響を及ぼしていた。一方,「200 万円以上」グループにおいて(Table 7右),持ち家であること,住居の見通しを持っていることが正の有意な影響を及ぼしていた。なお,どちらの世带年収グループにおいても,「仮設住宅」と 「復興公営住宅」の間に関連がみられなかった。以上より,「200万円未満」グループの分析に Table 5 continued note. ${ }^{* * *} p<.001,{ }^{* *} p<.01,{ }^{*} p<.05$ 上段:人数中段:Mean 下段: $(S D)$ おいて,住居形態の変遷と住居の見通しの影響がほとんどみられなかったことから,世帯年収が低い世帯の生活満足度は,世帯年収によって規定されていると考えられる。一方,「200万円以上」 グループの分析において, 住居形態の変遷の影響がみられたことから,世帯年収が高い世帯の生活満足度は, 持ち家に住んでいることによって規定されていると考えられる。先行研究において,自力再建者と比べて応急仮設住宅やみなし仮設住宅の居住者は,生活全般の復興感が低いと指摘されており (土屋ら,2018), 本研究の生活満足度の分析結果と一部整合する。な扮,土屋ら(2018)の生活全般の復興感は, 被災者自身の現在の生活が, どの程度自分の望む生活になっているのかを自己評価させたものであることから,本研究の生活満足度に近い概念であると考えられる。 また,世带年収の影響を調整しても,「仮設住宅」と「復興公営住宅」の間で違いがみられなかった。一般に行政の復興支援は公営住宅への転居を一つのゴールとしていることが多いが(越山, 2015), 仮設住宅から恒久住宅である復興公営住宅へ転居することだけでは, 被災者の復興が達成されないことが示唆された。 さらに,「200万円以上」グループの分析において,住居の見通しの影響がみられたことから,世帯年収が高い世帯の生活満足度は, 住居の見通 しを持っていることによって規定されていると考えられる。先行研究において,住まいの再建方針が決まっていない仮設住宅居住者は,金銭的な不安,そもそもどうしたらよいか分からないという不安,仮設住宅からの立ち退きの心配を抱えていることが指摘されており(土屋ら,2018;佐藤ら, 2017 など),本研究の生活満足度の分析結果と,次で示す将来の希望の分析結果と一部整合する。 このことから,震災から7年が経過した時点では,希望通りの住宅再建が叶っておらず,それが住居の見通しが「わからない」という意見として表出し, 生活満足度の低さにも影響したものと考えられる。 ## 将来の希望 すべての世帯年収を含んだサンプルの分析において (Table 7左),「現在の住宅に永住」と「住宅を新築・購入」, そして世帯年収の多さが,正の有意な影響を及ぼしていた。 「200万円未満」グループにおいて(Table 7中央),「持ち家:被害あり」が負の有意な影響を及ぼしていた。一方,「200万円以上」グループにおいて (Table 7右),住居の見通しを持っていることが正の有意な影響を及ぼしていた。 以上より,「200万円未満」グループの分析において,住居の見通しの影響がほとんどみられなかったことから,世帯年収が低い世帯の将来の希望は,世帯年収によって規定され,一方で世帯年収が高い世帯の将来の希望は,住居の見通しを持っていることによって規定されていると考えられる。 また,「200万円未満」グループでは,仮設住宅よりも被害を受けた持ち家に住み続けた世带において, 将来の希望がよくなかった。このことは, 持ち家に住んでいる世帯の中に, 住居の形態からだけでは把握できない,震災の影響を受け続けている世帯の存在を示唆している。 ## $\mathrm{SC$ の変化} すべての世帯年収を含んだサンプルの分析において (Table 7左),持ち家であることと「復興公営住宅」であることが, 正の有意な影響を及ぼしていた。 「200万円未満」グループにおいて(Table 7中央), 持ち家であることと「復興公営住宅」であることが正の有意な影響を及ぼしていた。一方,「200万円以上」グループにおいて(Table 7右),「持ち家:被害なし」と「持ち家:被害あり」が正の有意な影響を及ぼしていた。 以上より,「200万円未満」グループでは, 持ち家に住んでいることや「復興公営住宅」であることがSCの変化に影響していた。一方,「200万円以上」グループでは, 震災後も持ち家に住み続けていたかどうかが影響していた。この結果は,仮設住宅や復興公営住宅の居住者のコミュニティに言及した先行研究と一部合致する (塩崎, 2009)。他方, 社会階層研究に打いて, 人びとが他者と取り結ぶ援助的な社会関係の多さは, 社会経済的資源に規定されることが指摘されている (菅野, 2001)。このことから, 社会経済的資源が少ない「200万円未満」グループでは, SC の維持に住居形態の変遷が影響したのに対し, 社会経済的資源が多い「200万円以上」グループでは, 住居形態の変遷に関わらず, SCを維持することができたと考えられる。 ## 5. おわりに 本研究の目的は, 住居形態の変遷が被災者の主観的生活評価に及ぼす影響を検討することであった。本研究の特徴は, サンプリングを工夫することで,それに起因するバイアスを一定程度排除したことである。 被災者にとって住宅の再建は最重要課題の一つであるため,支援の質を高め,復興を進めることは, 復興政策の大きな課題である。これまでの復興支援では, 恒久住宅への転居に向けた支援を円滑に進めることが重要であった。しかしながら,被災者にとっては, 恒久住宅である復興公営住宅に転居するだけでは生活満足度は向上せず, 生活再建が完了したとはいえないことがわかった。このことから,被災者が恒久住宅へ転居した後も,継続的な支援が行われる必要がある。また, 生活満足度と将来の希望の分析結果からは, 住居の見通しを持っていない被災者に対して,将来的な見通しを支援するような介入が必要なことが示唆された。そして, 所得の高い人は住居形態の変遷に関わらず $\mathrm{SC}$ 維持することが可能であり,一方で所得の低い人は住居形態の変遷の影響をより受けることから, 被災者の社会経済的資源を考慮することが求められる。これまでも指摘されてきたような震災前の人々とのつながりは, 社会経済的資源が少ない低所得者にこそより必要であるということである。 例えばイタリアでは, 基本的に仮設住宅に入居 期限が設定されていないばかりではなく,長期間住み続けられるように建物がつくられる(塩崎, 2018)。これは,震災後に築く被災者のSCの維持に貢献すると考えられる好事例である。ただしこの事例にも課題が指摘されており,また制度的にもすぐに日本に導入することは困難である。しかしながら,復興期における多様な仮設住宅制度を考えることが,これからの復興政策に強く求められる。 最後に, 本研究の限界について整理し, それらの克服を目指すことを今後の研究課題としたい。 まず,本研究では,主観的生活評価の相互の関連を検討していない。相互の関連を想定していないわけではなく, 主観的生活評価に対する住居形態の変遷の影響を検討することが目的であったためである。しかしながら,相互の関連を検討するにしても,内生性の問題(逆の因果関係)(山本, 2015)を考慮する必要がある。例えば,SCの恩恵を享受している人が生活に満足できていると考えられるが,それと同時に,生活に満足している人が $\mathrm{SC}$ 獲得できている可能性も考えられる。 このような場合, この内生性の問題を考慮せずに推計したパラメータにはバイアスが生じてしまう。バイアスを除去するためには,操作変数法などの方法を用いる必要がある。しかしながら,適切な操作変数とは,説明変数と相関があり,目的変数に直接影響を与えないものであるため,その条件を満たす変数を探すのは容易ではない。この点については今後の課題としたい。 また, Table 1 で示したように, 本研究で対象とした住居形態の中には,支援連絡員や生活支援相談員からの社会的支援を受けている世帯があり,こうした支援の対象となっている世带と,そうでない世帯の生活満足度の比較は行っていない。ただし,社会的支援があったとしても,仮設住宅で暮らす人々は,自宅の人々よりも生活満足度が低いことが明らかとなったため, 社会的支援の影響を取り除いた分析を行えば,居住環境の影響がより強力に生じるだ万う。しかしここでも,社会的支援は, 生活満足度が低かったり,SCが低い世帯こそ必要としているという意味で,内生性の問題が生じている可能性があり,こうした社会的支援の影響を完全に除去することは容易ではない。この点についても今後の課題としたい。 ## 謝辞 本研究は, JSPS 科研費 JP17H02072 の助成を受けたものです。ここに謝意を表する。 ## 参考文献 古川嘉亮 $\cdot$ 大野裕 $\cdot$ 宇田英典 - 中根允文 (2003)一般人口中の精神疾患の簡便なスクリーニングに関する研究, 平成 14 年度厚生労働科学研究費補助金 (厚生労働科学特別研究事業) 心の健康問題と対策基盤の実態に関する研究協力報告書, 127-130. 釜石市 (2019a) 釜石市統計書一平成 29 年版. 釜石市 (2019b) 復旧・復興の歩み一撓まず屈せず. かまいし復興レポート, 釜石市 HP, http://www. city.kamaishi.iwate.jp/fukko_joho/torikumi/fukko_ report/index.html(アクセス日:2019年 10月1日)近藤民代 (2015) 東日本大震災に打ける自治体独自の住宅再建支援補助金メニュー創設の背景と特徴, 日本建築計画学会計画系論文集, 707(80), 135-144. 越山健治 (2015) 災害復興公営住宅が有する役割の変遷, 都市住宅学, 88, 58-61. 越山健治・室崎益輝 - 小林郁雄 (2004) 支援者加ら見た災害復興公営住宅におけるコミュニティの現状と課題一2002年兵庫県災害復興公営住宅団地コミュニティ調查報告, 都市住宅学, 47, 53-58. 元吉忠寞 (2019) 災害自己効力感尺度の開発. 社会安全学研究, 9, 103-117. 永松伸吾・元吉忠寞 - 金子信也 - 岡田夏美 (2014)被災者による被災者支援業務の評価と課題一多賀城市仮設住宅支援業務を例として一,地域安全学会論文集, 24, 183-190. 中谷敬明 - 山田幸恵 - 桐田隆博 - 千葉裕 - 水野由香里 (2017) 東日本大震災被災地住民の心の健康に関する研究一釜石市健康調査結果の 3 年間の推移一, 岩手県立大学社会福祉学部紀要, 19, 13-22. 佐藤翔輔・松川杏寧・立木茂雄 (2017) 仮設住宅からの退去方針が決まらない被災者の特徴・課題一東日本大震災における名取市の事例一, 自然災害科学, 36(3), 281-295. 塩崎賢明 (2009) 住宅復興とコミュニティ, 日本経済評論社. 塩崎賢明 (2014) 復興〈災害〉一阪神・淡路大震災と東日本大震災一, 岩波書店. 塩崎賢明 (2018) イタリアの震災復興から学ぶもの, 災害復興研究, 10, 105-124. 菅野剛 (2001) 社会階層とソーシャル・サポー トの関連についての分析一多母集団解析簡便法の適用一, 石原邦雄 - 大久保孝治(編)現代家族におけるサポート関係と高齢者介護, 文部科学省研究費基盤研究(A)10301010 報告書, 1-20.立木茂雄 - 林春男 - 矢守克也 - 野田隆 - 田村圭子・木村玲欧 (2004) 阪神・淡路大震災被災者の長期的な生活復興過程のモデル化とその検証一2003年兵庫県復興調査データへの構造方程式モデリング (SEM)の適用, 地域安全学会論文集, 6, 251-260. 土屋依子 - 中林一樹 - 小田切利栄 (2018) 東日本大震災津波被災者の被災 4 年後の住まいの状況別にみた生活再建状況の差異, 地域安全学会論文集, 32, 1-11. 筒井のり子 (2013) 東日本大震災における仮設住宅等入居被災者の生活支援のあり方: 生活支援相談員に求められる役割と課題, 龍谷大学社会学部紀要, 42, 54-67. 山本勲 (2015) 実証分析のための計量経済学,中央経済社.
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# 【総説論文】 ## 接触感染経路のリスク制御に向けた 新型ウイルス除染機序の科学的基盤 \\ 一コロナウイルス、インフルエンザウイルスを不活性化する \\ 化学物質群のシステマティックレビュー—* ## A Systematic Review of the Potential Disinfectants against Coronavirus toward Risk Mitigation Strategies for COVID-19 Contact Infection Route \author{ 横畑綾治**, 石田悠記**, 西尾正也*****, 山本哲司***, \\ 森卓也 ${ }^{* * * *}$ ,鈴木不律***,蓮見基充***,*****, \\ 岡野哲也**, 森本拓也**, 藤井健吉** \\ Ryoji YOKOHATA, Yuuki ISHIDA, Masaya NISHIO, Tetsuji YAMAMOTO, \\ Takuya MORI, Furitsu SUZUKI, Motomitsu HASUMI, \\ Tetsuya OKANO, Takuya MORIMOTO and Kenkichi FUJII } \begin{abstract} Coronavirus disease 2019 (COVID-19) is an emerging social risk with a rapid increase in cases of 5,200,000 and deaths of 330,000 (23/May/2020) since its first identification in Wuhan China, in December 2019. The COVID-19 is spreading all over the world as an emerging pandemic, and global society need fundamental risk management concepts against SARS-CoV-2 infection. Human-to-human transmissions have been facilitating via droplets and contaminated surfaces to hands. Therefore, we developed the systematic review comprehensively using available information about coronaviruses on environmental surfaces and inactivation mechanisms of antiviral chemicals possible to apply as chemical disinfectants. The analysis of literatures revealed that SARS-CoV-2 can persist on environmental surfaces like plastics and glasses for up to 7 days, but might be efficiently inactivated with $45-81 \%$ ethanol, $50-80 \%$ 2-propanol, $0.05-0.3 \%$ benzalkonium chloride, various detergents, $>0.5 \%$ hydrogen peroxide or $>0.045 \%$ sodium hypochlorite within $30 \mathrm{sec}-10 \mathrm{~min}$ or $30 \mathrm{~min}$. As no specific therapies are available for SARS-CoV-2, we propose the risk mitigation on the contact infection route by anti-virus household products is promising for prevention of further spread via hands to mouth, nose, and eyes. and to control this novel social problem. \end{abstract} Key Words: COVID-19, surface disinfectants, risk assessment, indirect contact infection route, regulatory science  ## 1. 緒言 日本をはじめ国際社会は新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)の重大リスクに直面している。新型ウイルスによる感染症の拡大はこれまでも現代社会でくり返し生じてきた。代表事例としては2003年のSARS-CoV,2009年の H1N1インフルエンザウイルス, 2012年の MERSCoVによる感染症の拡大が挙げられる(Bradley and Bryan, 2019)。そして2019年, COVID-19が発生し, 2020 年 3 月 11 日にWHOはこの感染症を世界的な大流行を意味するパンデミックとして認定するに至った。2020年 5 月現在も SARS-CoV-2の感染拡大は止まらず,2019年12月の初確認からおよそ 6 力月間で感染症例は世界520万件以上, 死者数も33万人を越え更に増加の一途をたどっている (2020年 5 月 22 日時点, Johns Hopkins Univ. CSSE, 2020; Huang et al., 2020)。感染症対策の 3 原則は, (1)感染者への対策, (2)感染源への対策, (3)感染経路への対策とされる(厚生労働省感染対策の基礎知識 ; Spicknall et al., 2010)。しかしながら, 新型ウイルスによる感染症が発生した場合,多くの人間は新型ウイルスに対する免疫を持っておらず, またワクチンや特効薬も存在しないため, 感染拡大を抑えるには(3)感染経路への対策こそが重要となる。そこで,本総説ではリスクガバナンスの観点から (3)感染経路への対策に焦点をあて, 有効な手段を体系化するためシステマティックレビュー により既存知見を網羅的に統合した。調査対象は, SARS-CoV-2とヒトに感染する既存コロナウイルスを主とし, 補足情報には同様の感染経路を示すインフルエンザウイルスの情報を参照した。 (3)感染経路の対策を考える科学的基盤として, (a)感染経路, (b) ウイルスの構造と不活性化機序, (c)ウイルスを不活性化する化合物,(d)ウイルス不活性化製品のための法規制の枠組み,の各知見を体系化した。これらの知見は, with新型コロナの時代に人々が社会生活を維持し生活を営むために, (3)感染経路の対策を駆使して職場, 公共空間,日常生活環境をリスクマネジメントする上で必要不可欠な科学的基盤となる。最後に, 長期化する新型ウイルス感染症の蔓延の中で, 新しい衛生規範と社会制度, ウイルス不活性化製品規制のあるべき姿について提言をまとめた。 ## 2. 感染の各種経路とリスクマネジメント 一般的に,コロナウイルスやインフルエンザウイルスのように呼吸器系に症状が認められるウイルス感染症の場合, 感染源のウイルスは主に感染者の咳やくしゃみ等で生じる飛沫を介して環境中に放出される。SARS-CoV-2 はSARS-CoVと同様に, $\operatorname{ACE} 2$ (アンジオテンシン変換酵素2) を宿主細胞受容体として細胞感染を引き起こす (Ziegler et al., 2020)。ACE2は上皮系細胞で幅広く発現しており, 舌や腸管, 血管内皮など各臟器で感染が成立し多臓器感染により症状が重篤化する。特に舌や腸管の感染した場合には喠液や糞便からウイルスが検出されており,それらを介した環境中への放出が非意図的に生じる (WHO,2020; Wang et al., 2020)。環境中に放出されたウイルスは生活環境の様々な表面に付着する。SARS-CoV-2の集団感染が発生したクルーズ船の事例では, 廊下排気口,トイレ床,枕,電話機,机,TVリモコンの表面にウイルス検出が報告された(国立感染症研究所, 2020)。環境表面に付着したウイルスは,長くて数日間ほど感染力が維持される。感染力の保持時間は温度や湿度,表面素材に影響を受けるが,例えばSARS-CoV-2を感染者の飛沫濃度相当で各種表面素材に付着させると, 感染価は経時で 表 1 SARS-CoV-2の環境表面における感染力保持時間(Chin et al., 2020; 日本リスク学会理事会コロナウイルス対策検討チーム, 2020) ※液体培地中で保存 ※ 試験温度 : $22^{\circ} \mathrm{C}$ 減衰しつつもステンレス鋼表面で室温 4 日以上, マスク外層上で7 日以上維持されることが確認されている(表1)(Casanova et al., 2010; Chin et al., 2020; Kampf et al., 2020; van Doremalen et al., 2020)。 感染者から非感染者への感染経路は大きく空気感染(飛沫核感染,塵埃感染),飛沫感染,接触感染の3つに整理される。COVID-19では空気感染経路がどの程度寄与しているかは不明である (WHO,2020)。代わりに初期から第一の感染経路と見做されているのは飛沫感染経路で, 感染者が発したウイルスが $10^{5-7} / \mathrm{mL}$ 含まれる飛沫を未感染者が吸引するか口鼻目などの粘膜組織に付着することにより感染が成立すると考えられている (To, 2020; WHO, 2020; CDC, 2020)。第二の感染経路と目されるのが接触感染経路である。感染者と直接的に接触,または污染されたドアノブやトイレ, スマホなどを介して間接的に未感染者が接触することによる感染経路を指す (図1, Otter et al., 2016; Kampf et al., 2020, 日本リスク学会理事会コロナウイルス対策検討チーム,2020)。飛沫感染経路と接触感染経路の割合について COVID-19での報告はまだ十分なものがないが,インフルエンザへの感染シミュレーション報告が参考になる。感染者を家族が 15 分間病室で介護するという単回濃厚接触シナリオにおいて, 感染者の飛沫ウイ を仮定すると, 介護者の手指からの接触感染ルー トが $31 \%$, 他方,感染者の飛沫が直接介護者の口や鼻,眼に付着して感染する飛沫経路は $52 \%$ と報告されている(Nicas and Jones, 2009)。興味深いことに,このシミュレーションでは飛沫中のウイルス濃度が高いほど接触感染経路の寄与率が高まる。これは,咳くしゃみで放出された飛沫は大きい粒子から順に落下し周囲の環境表面に付着し新たな污染源となるためである(Zhang and Li, 2018)。 その為, 感染者の飛沫からの感染経路対策は, 飛沫感染経路に加えて接触感染経路の双方を考える必要がある。 図1 ウイルス感染症の環境表面を介した接触感染経路 (Otter et al., 2016; 日本リスク学会理事会コロナウイルス対策検討チーム, 2020)飛沫感染経路のリスク削減対策としては, 唓液に他の人が接触したり,飛沫を吸い达んだりしない様注意することが重要となるため, 例えば,人との距離を保つ,換気をするなどの対策が有効となる(新型コロナウイルス感染症対策専門家会議, 2020)。国内で施行された 3 密回避策が該当すると考えられる。 他方,接触感染経路のリスク削減対策としては, (1)手指に付着したウイルスをハンドソープで洗い落とす, (2)手指に付着したウイルスをアルコール・サニタイザーなどで消毒する,(3)手指,口などでウイルス付着物に触る頻度を下げる, (4)ワイプ,水洗などの掃除手法により付着ウイルスを取り去り環境表面のウイルス濃度を下げる, (5)ウイルス不活性効果のある製品を用いて表面上のウイルスを積極的に不活性化する, 最後に(6)污染された手指で口,鼻,目を触らない,といった万法が知られる。接触感染経路上の付着ウイルスを取り去ることとウイルスを不活性化することを合わせて“ウイルス除染”と称する(日本リスク学会理事会コロナウイルス対策検討チーム, 2020; CDC, 2020)。 ここに挙げた接触感染経路のリスク削減方法は,いずれも「手を洗う」「不用意に触らない」「掃除する」「抗ウイルス製品で除染する」といった具体的でわかりやすい行動で実現できる。環境表面のウイルス除去では,ふき取りなどでウイルスを取り除く方法,および消毒剤などでウイルスを不活性化する方法が併用されることが多く, 誰しもが実践できることから, 接触感染経路のリスクマネジメントの主要ファクタとなり得る。しかしながら, 日本社会では手を洗う以外の接触感染対策は, 現時点ではまた情報が不足している(厚生労働省, 国民の皆さまへ(新型コロナウイルス感染症), 2020)。 新型コロナウイルスの接触感染リスク対策の構築には, 病原性微生物制御に関する膨大な先行知見が参考となる。特に,重要な指摘としては,「殺菌効果のない製品や器具で清掃行動を行った場合, その行為は微生物污染域の拡大につながる」という事項が挙げられる (CDC, 2008)。この指摘はウイルス除染に対しても適用されなければならない。すなわち, ウイルス除染においても不活性化効果のない溶液, 器具を用いて清掃行動を行った場合,ウイルスの非意図的な拡散をもたらす。これを回避するためには用いる溶液や器具を 1 回使い捨てにするか, 溶液, 器具にウイルス除染効果を付与することが必要不可欠となる。 ## 3. エンベロープウイルスの構造と不活性化機序 コロナウイルスとインフルエンザウイルスは,共にエンベロープウイルスに分類され,核酸 (RNA) から成る遺伝子,RNAを取り巻くタンパク質から成るカプシド,スパイクなどのタンパク質を包含した脂質から成るエンベロープ,の大きく分けて3つの構成要素からなる。要素のうちエンベロープは脂質二重膜構造であり, ウイルスが感染した宿主細胞に由来する。コロナウイルスのエンベロープは,ヒト宿主細胞内の出芽部位である小胞体-ゴルジ装置中間体(ERGIC)の細胞内膜を借り受けたものになる。同様に,インフルエンザウイルスのエンベロープは出芽部位の細胞形質膜由来になる(Jiang et al., 2020)。 ウイルスの不活性化とは, ウイルス粒子が感染力を失うことを指す。ウイルスは自己増殖はできず,宿主の細胞に感染することでのみ増殖する。 ウイルス粒子が宿主細胞に接触する前に上記のウイルス構成要素が破壊されれば, ウイルスの感染は成立せず,増殖することもない。したがって,不活性化のターゲットは, エンベロープ, エンベロープに局在するタンパク質,カプシド,核酸となり,これらを物理的あるいは化学的に破壊することで不活性化は達成される(図2)(Namita et al., 2005; Kampf et al., 2020; Mayo Clinic, 2020)。 エンベロープやそこに埋め込まれたタンパク質は最外層に存在していることから,これらをター 図2 界面活性剤によるコロナウイルス不活性化 ゲットとして不活性化をもたらす既存の消毒剤や化合物が多数知られている (図2; Anthony et al., 2020)。逆の見方をすると, 新型ウイルス不活性化効果を有する化合物を探索する場合,ウイルスの最外層の分子の特性, 特に相互作用に重要な物理化学的特性を理解することが重要となる。最外層を脂質二重膜,タンパク質とする構造は細菌も同じであり,このため細菌に対し殺菌作用を有する化合物はエンベロープウイルス不活性化能を有する傾向があることをKampf らは指摘している (Kampf et al., 2020)。 スパイクと呼ばれる特徴的な突起状の糖修飾夕ンパク質もまた,コロナウイルス不活性化の重要なターゲットとなる。SARS-CoV-2を含めたコロナウイルスの場合, 1 回膜貫通タンパク質であるスパイクがエンベロープ外層に露出しており, 宿主細胞のレセプターとの結合に重要な役割を果たす(CDC, 2020)。このため, スパイクが不活性化剤により変性しタンパク質フォールディングが崩れると, ACE2 受容体との結合能が失われ, 宿主細胞への特異的な感染性が消失すると考えられる。 ウイルス不活性化能を評価するための標準試験法や公定法は, 米国Federal Insecticide, Fungicide, and Rodenticide Act (FIFRA) 規制と EU-Biocidal Products Regulation (BPR) 規則の枠組みで近年急ピッチで準備された(ASTM1053-20, 2020; EN14476, 2019)。これら不活性化試験法では,評価化合物溶液とウイルス溶液を混合し液中で反応, 経時サンプリングし希釈などによって反応を最小化した後, 培養シャーレ(96wellなど)中の宿主細胞にウイルス反応液を添加し, 感染した細胞数で不活性化能を評価する。宿主細胞としてはウイルスが適切に感染することが事前に確認されたものを用いる。ウイルスに感染した培養ヒト細胞は細胞毒性を示す。このため, 化合物がウイルスを不活性化した場合は,ヒト細胞は細胞毒性を示さず,不活性化効果のない陰性対照と比較して細胞生存数は多くなる(ASTM1053-20, 2020)。 ## 4. ウイルスの不活性化方法の網羅的レ ビュー ## 4.1 一般的な不活性化方法とその課題 コロナウイルスやインフルエンザウイルスの接触感染経路(図1)のリスクマネジメントには,医療現場, 生活空間, 職場環境などでの環境表面 除染が重要となる。ウイルスや病原性微生物などに対する環境表面除染手法の第一選択としては,高濃度アルコールと次亜塩素酸ナトリウムの使用が長年にわたり推奨されてきた(WHO,2014; Kampf et al., 2020; CDC, 2020)。70\%エタノールや $70 \%$ イソプロパノールなどの高濃度アルコールはエンベロープウイルス全般に不活性化効果を示すとの既存知見から, 新型コロナウイルスSARSCoV-2に対しても不活性化剤として国際機関から推奨されている (CDC, 2008; WHO, 2020)。しかしながら, 今回のパンデミックの様に感染拡大が大規模かつ急速に世界各地に拡がった場合, エ夕ノール消毒製品の供給は需要に追い付かなくなり,入手困難な状況が容易に生じた。2020年 3 月上旬のパンデミック早期から, 日本国内ではエ夕ノール製品の供給が追い付かず, $70 \%$ エタノール製品が消費者市場でも業務用途でも入手困難な状況が発生した (厚生労働省, 2020)。また, 次亜塩素酸ナトリウムは低 $\mathrm{pH}$ での塩素ガス発生や基材損傷性 (腐食性), におい等の問題から, 使用場面は限定される。以上のことから,SARS-CoV-2 だけでなく今後生じ得る新たなウイルスの接触感染に対しても迅速かつ効果的,持続的に制御するためには,供給不足が想定される高濃度アルコー ル製品や使用場面が限定的な次亜塩素酸ナトリウム製品以外にも,ウイルス不活性化効果を有する化合物およびそれを含む汎用製品が市場に供給されている状態が,感染制御の社会インフラの基盤整備として求められる。 ## 4.2.1 ウイルス不活性化技術の調査指針 エタノールや次亜塩素酸ナトリウム以外に汎用製品でウイルス不活性化効果を発揮できる化合物としてはどの様なものがあるか。候補となる化合物は,各種環境表面の除染を目的とする汎用製品への配合が可能で, 安定供給性があり, かつ既存のコロナウイルスやインフルエンザウイルスに対して不活性化効果のある化合物となる。ウイルス不活性化効果を有する化合物による除染技術の研究は, 世界各国の学術文献や米国FIFRA規制の抗ウイルス剂審査の枠組みの中で数多く検討されてきた(Kampf et al., 2020; US-EPA, 2020)。興味深いことに, SARS-CoV, MERS-CoV, ヒトコロナウイルス $(\mathrm{HCoV})$ といった既存のコロナウイルスでは, 消毒剤への不活性化応答性はある程度類似することが確認されている(Kampf et al., 2020)。新型コロナウイルスも従来型もエンベロープを持 ち, 膜タンパク質などの表面構造の物性も似ていることから, 従来型のウイルスで効果が確認されている化合物は新型に対しても効果を示す可能性が高い(US-EPA, 2020; European Centre for Disease Prevention and Control, 2020)。このため, 既に報告されているウイルス不活性化効果を有する化合物情報をシステマティックレビューにより体系化することは, 新型ウイルスの接触感染制御を目指した製品開発にとって有益な情報になる。そこで本総説では, コロナウイルスに不活性化効果を有する化合物と有効濃度, 有効接触時間, および機序について, 既存知見を網羅的に体系化することを目指した。 ## 4.2.2 ウイルス不活性化技術の調査方法 2020 年直近公開も含めた学術論文, 規制審査のための公定法・ガイドライン試験データを対象として下記の方法で情報検索し, 既存知見の網羅的収集と評価, 統合を進めた。 まず,コロナウイルスに不活性化効果を有する化合物の先行調査として2020年 2 月に公開された Kampfらの総説の調査方法を参照した (Kampf et al., 2020)。この総説は, 学術論文を調查対象とした殺菌剤の対コロナウイルス不活性化効果のまとめとしては一定の有益性がある。しかしながら, 調査対象は PubMed上の学術文献に限定されており, 米国公定法を用いたウイルス不活性化試験データが蓄積されている米国FIFRA 規制審査モノグラフの知見が収載されていないことから網羅性に課題があった。また, 化合物濃度が終濃度で統一されていない点や化合物が宿主細胞に毒性を示すことで化合物自体の不活性化効果が正確に評価されていないと思われる知見が含まれる点,試験液に複数の有効化合物が配合されており記載の化合物単独での不活性化効果が見えているか疑問が持たれる点などが見受けられ, 誤解のない情報を日本と国際社会に提供するためには改訂が望ましいと考えられた。そこで本総説ではKampf らの調查方法と結果を継承しつつ, これに調査対象として米国FIFRA審査モノグラフを加え, さらにはKampfらの総説以降に公開された最新知見,およびインフルエンザウイルスに効果を有する化合物情報, 日本国内で鋭意検討が進められている独立行政法人製品評価技術基盤機構 (NITE) や国立感染症研究所, 北里大学らのウイルス不活性化試験報告を統合することで, 接触感染経路の制御という目的に合う候補化合物情報に網羅性を もたせ,ウイルス不活性化知見を改めて体系化した。インフルエンザウイルスの知見は,ウイルス不活性化の検討の蓄積がコロナウイルスと比較しても手厚いため,コロナウイルスで知見が見られなかった濃度域や化合物種については科学的妥当性をもって補完できると判断した場合,採用した。 収集した知見の評価と統合に際しては,記載する濃度はウイルスと接触時の終濃度に統一し,化合物の細胞毒性が不明か無視できず,化合物のウイルス不活性化効果が正しく判定できないと思われる試験結果,および複数の有効化合物が配合されている試験結果は除外することとした。ただ L, WHOが推奖するハンドサニタイザー(アルコールと過酸化水素を配合)はアルコールによる効果が大きいと考えられることから除外はしなかった。不活性化効果の判定基準は米国FIFRA 規制の審査基準を参考とし, $3 \log _{10}(99.9 \%)$ のウイルス減少が見られれば不活性化効果ありと判断することとした。ただし, 不活性化効果なし, と判断されるものであっても作用機序などを考察する上で重要と考えられたものに関しては採用した。殺菌同様, ウイルスの不活性化においても化合物種と濃度に加え,接触時間(曝露時間)は効果を評価する上で重要な因子である。一般的に接触時間が長くなれば長くなるほどウイルス減少量は大きくなる。このため, 評価試験での接触時間をまとめに記載した。 2020 年 3 月 10 日 4 月 8 日の期間に以下の(1), (2), (3)を同時に検索語としてMedline (PubMed) 扮よびFIFRA審査データを検索し, 該当論文の中から本総説の目的に沿うデータを抽出した。 (1) inactivation, (2) coronavirus, influenza virus $の$ いずれか, (3) alcohol, ethanol, propanol, detergent, surfactant, benzalkonium chloride, didecyldimethyl ammonium chloride, sodium hypochlorite, hydrogen peroxide, sodium carbonate peroxyhydrate, organic acid, lactic acid, aminoethanol, sodium hydroxide, peracetic acid, tea, catechinのいずれか。(3は一般的な殺菌剂として選抜した。調査は独立した 2 名の研究員により施行され, 得られたデータは統合された(表2)。 本調査では, この検索以降に公開された重要知見については, 網羅性を優先し随時追加採用した。結果, inactivation関連報告 55 報 (不活性化評価データ 25 報 (論文), 24 報(論文以外),機序等 25 報(重複含む))を抽出し,表 3 㧍よび第 5 節に統合して記載した。 ## 5. コロナウイルス, インフルエンザウイ ルスに対して不活性化効果を有する化合物 4.2.2. に示したシステマティックレビューの手法による調査結果を,表了にまとめた。各ウイル久不活性化化合物について, 終濃度, 試験ウイル久種・株,接触時間,ウイルス減少量,引用を表中に記した。 ## 5.1 アルコール類 ウイルス制御に使用されるアルコール類としては,エタノール,2-プロパノール,1-プロパノールが知られているが,中でもエタノールについてはウイルス不活性化効果が広く報告され,実用化されてきた。WHOが推奨するエタノール濃度は $70 \%$以上であり, 手指消毒剤としてはエタノール濃度 $80 \%$ の処方を推奖している (WHO, 2020)。それより低濃度での不活性化効果も報告されており,コロナウイルスに対しては $35 \%$, 1 分間接触で $5 \log _{10}$ を越える減少,インフルエンザウイルスに対しては $27.9 \%$, 30 秒間の接触で $4 \log _{10}$ を超える減少が確認されている (Kariwa et al., 2004; Hirose et al., 2019)。 さらに最新の知見としてはSARS-CoV-2 に対して $30 \%, 30$ 秒間の接触で $5.9 \log _{10}$ 以上の減少が報告された(Kratzel,2020)。他方,北里大学による最新の検証では,終濃度 $81 \%, 63 \%, 45 \%, 27 \%, 9 \%$ の各エタノール濃度でSARS-COV-2 の不活性化能が試験され,45\%以上では十分な不活性化あり,それ未満では顕著な不活性化効果は再現されなかったとの報告が公表された。なお, 北里大学では各濃度のエタノール溶液とウイルス懸濁液を $9: 1$ で混合しており,終濃度は表3の値となる(北里大学,2020)。これらの既存知見を統合すると, $45 \%$ 以上の中高濃度域ではコロナウイルス不活性化能は確かであ万う。 $45 \%$ 未満~27\%付近の低濃度域では, エタノールの有効性は実験条件など諸因子に影響を受けるものと考えられる。 他のアルコール類としては2-プロパノール(イソプロパノール)の報告が多い。WHOが推奖する手指消毒剤(2-プロパノールベース)の2-プロパノール濃度は $75 \%$ であるが,これよりも低い濃度での効果も確認されている。具体的には $50 \%, 10$ 分間の接触でヒトコロナウイルスの代替ウイルスであるマウス肝炎ウイルス(MHV),犬コロナウイルス $(\mathrm{CCV})$ は $3.7 \log _{10}$ を越える減少が報告されている(Saknimit et al., 1988)。国際社会 においては宗教上の理由(ハラル)によりエタノール製品が避けられる場合もある。イスラム教徒が多く暮らす地域では2-プロパノールの消毒剤が広く流通されている。来日する渡航者のためにも,エタノール以外のアルコール製品の入手性の向上は, ダイバーシティ\&インクルージョンの観点からも尊重されるべき社会課題である。 アルコール類のエンベロープウイルスの不活性化メカニズムは,エンベロープの破壊㧍よび膜夕ンパク質の変性が関与すると考えられている (McDonnell and Russell, 1999; Pfaender et al., 2015)。 エタノールと2-プロパノールの不活性化効果を比較すると2-プロパノールの方が高い傾向にある (Siddharta et al., 2017)。細菌に対する研究においては,アルコール類のタンパク質変性作用は,水と共存している方がより強くなることが報告されており,このため一般的にアルコールと水を一定の割合で混ぜたものが使用される (CDC, 2008)。夾雑物存在下では殺菌効果が低下することが知られており,目に見える污れが存在する場合は使用前に洗浄が必要となる (CDC, 2008)。表中 $35 \%$ 工タノールでの有効性は, $70 \%$ エタノールを $1: 1$ の液一液混合条件で評価した結果であり, 濡れた場所に対しても $70 \%$ エタノール製品は有効であるとの実使用条件を担保する結果と言える(Kariwa et al., 2004)。 ## 5.2 界面活性剤 界面活性剂は,一つの分子中に親水基と疎水基を持つ化合物で,様々な種類が存在するが,大きくは親水基の種類により,陽イオン性(カチオン)界面活性剂, 非イオン性(ノニオン)界面活性剂, 陰イオン性 (アニオン) 界面活性剂, 両性界面活性剤に分けられる。界面活性剤は洗浄, 起泡, 乳化, 分散, 可溶化, 浸透など, 様々な用途に用いられる。界面活性剤は低濃度では溶媒中で単一分子として存在しているが, 臨界ミセル濃度 (CMC) 以上では, 溶媒中でミセルと呼ばれる自己集合体を形成する。ミセルが形成されると不溶性物質の可溶化など単一分子では見られなかった働きが発現する。生体脂質二重膜と界面活性剂の $\mathrm{CMC}$ の関係は, 洗剤機能研究や膜タンパク質抽出・可溶化の分野で知見が多い。例えば,界面活性剂をCMC 以上の濃度で用いることにより脂質膜を可溶化し膜タンパク質の抽出, 可溶化が行われている (Garavito and Ferguson-Miller, 2001; Arnold 横畑ら:接触感染経路のリスク制御に向けた新型ウイルス除染機序の科学的基盤 表3 各種化合物のウイルス不活性化効果 & & 引用 \\ リスク学研究 Japanese Journal of Risk Analysis Vol. 30, No. 1 表 3 つづき & & 引用 \\ 横畑ら:接触感染経路のリスク制御に向けた新型ウイルス除染機序の科学的基盤 & & 引用 \\ リスク学研究 Japanese Journal of Risk Analysis Vol. 30, No. 1 表 3 つづき & & 引用 \\ 横畑ら:接触感染経路のリスク制御に向けた新型ウイルス除染機序の科学的基盤 表3 つづき & & 引用 \\ - SARS: Severe Acute Respiratory Syndrome, MERS: Middle East Respiratory Syndrome, MHV: mouse hepatitis virus, CCV: canine coronavirus, $\mathrm{HCoV}$ : human coronavirus $\cdot$ 先行研究の Kampf, 2020 に記載のない化合物には引用文献に○を記した。 $\cdot$米国FIFRA 規制審査の判定基準を参考に, 不活性化判定基準を $3 \log _{10}$ 減少(99.9\% 減)とし,この減少が認められなかったものは濃度の前につを記した。 and Linke, 2007; メルク, 2019)。また, ウイルス同様, 脂質二重膜とタンパク質を最外層に有する細菌に対する殺菌効果においても界面活性剤の CMCが関与する(Kihara, 1998; Inácio et al., 2016)。 このように,界面活性剤は濃度で性質が大きく変化することから CMCを理解することが極めて重要となる。 $\mathrm{CMC}$ の值は界面活性剤の構造, 特にアルキル基の鎖長に依存し,また塩濃度や温度, $\mathrm{pH} と ゙ の$ 環境要因によっても容易に変化する。 したがって, 界面活性剤のウイルス不活性化に関する知見の整理や実験を行う際には試験条件に十分に注意する必要がある。国内では2020年4月からNITEにより各種界面活性剂のSARS-CoV-2不活性化効果の検討が進められており,5月下旬の中間報告までを本調査報告に加えた。 ## 5.2.1 陽イオン性界面活性剤 殺菌剂として知られる四級アンモニウム塩の塩化ベンザルコニウム (BAC), ジデシルジメチルア ンモニウムクロライドを含むジアルキルジメチルアンモニウムクロライド(DDAC)は,米国FIFRA 規制審査データを中心にウイルス不活性化効果が多数報告されている。BACは $0.05 \%, 10$ 分間の接触でMHV, CCVに対して $3.7 \log _{10}$ を越える減少が報告されている(Saknimit et al., 1988)。また, SARS-CoV-2に対しても, $0.05 \sim 0.09 \%$ の濃度で $3.8 \log _{10}$ 以上不活性化できることが報告されている(Chin et al., 2020; NITE, 2020)。インフルエンザウイルスに対する効果としては $0.05 \%$ ,30分間の接触で $7.8 \log _{10}$ 以上の減少, さらに低濃度の $0.01 \%, 20$ 分間の接触で $3.7 \log _{10}$ の減少が報告されている(Abe et al., 2007)。同様に, ジデシルジメチルアンモニウムクロライドにおいてもウイルス不活性化効果が報告されており,0.0025\%,3日間の接触でCCVに対し $4 \log _{10}$ を越える量を不活性化が確認された(Pratelli, 2007)。しかしながら,本化合物は一定濃度以上では細胞毒性を示すことが知られており,このPratelli の報告では毒性の調査が不十分とも読める。したがって, この評価結果に関しては更なる調査が必要と思われた。 DDACはSARS-CoV- 2 に対して $0.025 \%, 20$ 秒間の接触で $4 \log _{10}$ 以上の減少や, 終濃度 $0.009 \%, 5$ 分間の接触で $4 \log _{10}$ を越える減少が確認されている。塩化ベンゼトニウムはSARS-CoV-2に対して $0.05 \%, 1$ 分間の接触で $5 \log _{10}$ 以上の減少や, 終濃度 $0.045 \%, 5$ 分間の接触で $4 \log _{10}$ を越える減少が確認されている(NITE, 2020)。なお,NITEの報告書に記載の北里大学の試験では, 試験溶液とウイルス懸濁液を 9:1で混合しているため, NITE の報告書に記載された濃度ではなく, 終濃度で記載した。これら陽イオン性界面活性剤がエンベロープウイルスを不活性化するメカニズムとしては,エンベロープウイルスの最外層の脂質膜と夕ンパク質と陽イオン性界面活性剤が相互作用することで膜の破壊やタンパク質変性がもたらされ不活性化につながると考察されている (McDonnell and Russell,1999)。殺菌効果を示す際と同様に,相互作用においては陽イオン性界面活性剤の電荷が重要になるため, 静電的な相互作用は $\mathrm{pH}$ や夾雑物(対となる陰イオン,有機物)などの影響を受けやすい(Jono et al., 1986; Merchel et al., 2019)。 そのため, 陽イオン性界面活性片自体やそれを含む製品のウイルス不活性化効果を調べる場合は評価試験条件および実使用条件に十分配慮する必要があるだ万う (Saknimit et al., 1988; Abe et al., 2007; Oxford et al., 1971)。米国FIFRA規制では,本化合物カテゴリーを主剤とする抗ウイルス製品の認可事例が多く, COVID-19に有効な製品として202 製品がリストされている(4月14日時点, US-EPA, 2020)。 ## 5.2.2 非イオン性界面活性剤 非イオン性界面活性剤であるポリオキシエチレンアルキルエーテルはSARS-CoV-2に対して, $0.1 \%, 5$ 分間の接触で $4 \log _{10}$ 以上の減少, $0.2 \%$, 5 分間の接触で, $5 \log _{10}$ の不活性化効果が認められた(NITE,2020)。同じく非イオン性界面活性剤であるアルキルグルコシド(AG)はSARS-CoV-2に対して, $0.05 \%$ 濃度, 20 秒間の接触で $5 \log _{10}$ 以上の減少や, 終濃度 $0.09 \%$ の濃度, 1 分間の接触で $4 \log _{10}$ の不活性化効果が認められた(NITE,2020)。 また,オクチルフェノールエトキシレート(製品名:Triton X-100)やモノオレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン(製品名:Tween 80)は有機溶媒であるリン酸トリブチル (TNBP) と併用した場合にウイルス不活性化効果が確認されている。これらの組み合わせは S/D(solvent, detergentの略)処理と呼ばれ血液製剤の製造等において用いられる (Darnell and Taylor, 2006)。コロナウイルスに対してはTriton X-100, TNBPそれぞれ $1 \%, 0.3 \% ,$ の濃度で 2 時間接触させると BSA 存在下でも $3 \log _{10}$ を越える減少が確認されている。また, Tween 80, TNBPもそれぞれ $1 \%, 0.3 \%$ の濃度で 4 時間接触させると同様にBSA 存在下でも $3 \log _{10}$ を越える減少が確認されている(Darnell and Taylor, 2006)。 インフルエンザウイルスに対しては同様の濃度, 1 分間の接触で $3 \log _{10}$ 以上の減少が確認されている (Jeong et al., 2010)。 ウイルス不活性化の主なメカニズムとしては有機溶媒および界面活性剤によるエンベロープの破壊が考えられている(Hellstern and Solheim, 2011; Pfaender et al., 2015)。グリセロールと脂肪酸のエステルであるモノグリセリドは非イオン性界面活性剤であり, 食品添加物として用いられている。 モノグリセリドの 1 種であるモノカプリンは殺菌効果も知られている (Takahashi et al., 2012)。このモノカプリンはインフルエンザに対する不活性化効果も報告されており, $0.25 \%, 1$ 分間の接触で $3 \log _{10}$ 以上の減少が確認されている(Hilmarsson et al., 2007)。 ## 5.2 .3 陰イオン性界面活性剤 陰イオン界面活性剤である,直鎖アルキルベン ゼンスルホン酸ナトリウム(LAS)は, $0.1 \%$ 濃度, 5 分間の接触で, SARS-CoV-2に対して, $4 \log _{10}$ を越える不活性化効果が認められた(NITE,2020)。 タンパク質の可溶化剂として知られているコール酸ナトリウムも Triton X-100, Tween 80 同様, TNBP と併用することで不活性化効果が確認されている。具体的には,コール酸ナトリウム $0.2 \%$ と TNBP $0.3 \%$ の併用系においてSARS-CoVに対して2時間接触で $3 \log _{10}$ を越える減少が報告されている。しかしながら, Triton X-100やTween 80 とは異なり,夾雑物存在下では著しい効果の低下が見られ,上記濃度のコール酸塩とTNBP $25 \%$ BSA 存在下ではSARS-CoVと 6 時間接触させても $1 \log _{10}$ の減少も確認されなかった(Darnell and Taylor,2006)。オレイン酸カリウムは単独で不活性化効果が確認されており, $0.11 \% , 3$ 分間の接触でインフルエンザウイルスに対し $4 \log _{10}$ より多くの減少が確認されている(Kawahara et al., 2018)。作用機序としてはドデシル硫酸ナトリウム (SDS) や一部の陰イオン性界面活性剤の知見からエンベロープの破壊,タンパク質変性が関与していると考えられる(Imokawa et al., 1976; Kampen et al., 2017)。 ## 5.2 .4 両性界面活性剤 アルキルアミンオキサイドは, SARS-CoV-2に対して, $0.1 \%$ 濃度, 20 秒間の接触で $5 \log _{10}$ の不活性化効果や終濃度 $0.045 \%$ 濃度, 1 分間の接触で $4 \log _{10}$ を越える不活性化が確認された(NITE, 2020)。それ以外の両性界面活性剤に関しては, コロナウイルスやインフルエンザウイルスに対する不活性化効果については報告が見られなかった。しかしながら,アルキルアミンオキサイドを含め,スルホべタインおよびその混合物が HIV を含めた他のエンベロープウイルスに対して不活性化効果を有することは知られている (Krebs et al., 1999; Conley et al., 2017)。Conley らの報告においては不活性化効果が CMC 以上で確認されていたことから,両性界面活性剤の不活性化には工ンベロープの破壊が関与していると予想される。 ## 5.3 有機酸 多様な有機酸の中で,クエン酸は $0.05 \%, 20$ 分間の接触でインフルエンザウイルスに対し, $4.7 \log _{10}$ の減少が報告されている(Oxford et al., 1971)。しかしながら,あくまで $\mathrm{pH} 3.2$ の結果で を示すかはさらなる検討で明らかにする必要があると思われる。麦芽酢は濃度 $1 \%, 60$ 分間の接触でインフルエンザウイルスに対し, $7 \log _{10}$ を越える減少が認められている。この報告において, 同条件でのウイルスの遺伝子コピー数に変化は見られなかったことから,麦芽酢はウイルスのエンベロープに存在するタンパク質に作用したことが示唆されている (Greatorex, 2010)。 ## 5.4 次亜塩素酸ナトリウム 漂白剤として汎用される次亜塩素酸ナトリウムはコロナウイルス及び,インフルエンザウイルスいずれに対しても不活性化効果を有することが確認されている。SARS-CoVに対しては, $0.045 \%$, 5 分間の接触で $3 \log$ ,MHVに対しては $0.21 \%$, 30 秒間の接触で $4 \log _{10}$ 以上減少させることが確認されており,インフルエンザウイルスに対しては $0.1 \%, 30$ 分間の接触で $7.2 \log _{10}$ の減少が確認されている (Lai et al., 2005; Abe et al., 2007; Dellanno et al., 2009)。 作用機序としては殺菌効果を示す際と同様,ウイルス不活性化においてもタンパク質の変性が関わっていると考えられる。タンパク質の酸化, 塩素化による変性, DNAの損傷が複合的にかかわっているものと考えられ, その効果は主に解離していない次亜塩素酸によってもたらされるとされている (CDC, 2008)。次亜塩素酸ナトリウムの効果は一般に水の硬度に影響を受けないとされ 次亜塩素酸イオンの存在比が変わり,それぞれのウイルスに対する不活性化効果は異なるため, 次亜塩素酸ナトリウム自体の有効性は $\mathrm{pH}$ で変動する。この $\mathrm{pH}$ 依存性は試験設計を行う上で特に注意しなければならない点と言える。具体的には,培地中でウイルスと次亜塩素酸ナトリウムを反応させようとした場合, その混合液は培地の緩衝能により中性域になると予想される。一方で市販される次亜塩素酸ナトリウムはアルカリ性であり,実使用場面での希釈条件でも $\mathrm{pH}$ は 10 前後となる。また,一般に次亜塩素酸ナトリウムは有機物存在下では効果が低下する。これらのことから,培地中での接触試験は実環境を反映できていない可能性を考慮しておく必要がある。実環境での条件を模倣するためには更なる評価系の改良が必要となろう。更に,低 $\mathrm{pH}$ 下で発生する塩素ガスは有毒なため, 使用に際しては低 $\mathrm{pH}$ 条件にならな いよう注意する必要がある。特有の塩素臭があり, 粘膜等の人体への刺激性も小さくないため,使用に際してはメガネやマスク等の適切な保護具の着用,換気が必要となる。また,金属を腐食させることも知られている。(CDC, 2020; WHO, 2014)。 なお,次亜塩素酸水については,NITEにおいて電気分解による次亜塩素酸水に対する有効性評価が進められているが,本報告時点ではまだ評価の結論が得られていない(NITE, 2020)。国内では,1分間の接触でSARS-CoV-2を $4 \log _{10}$ 以上不活性化できるとの報告があるものの(帯広畜産大,2020),手指の接触部位をターゲットとした環境表面の除染と異なり, 空中噴霧による次亜塩素酸水(ミスト)はヒトの吸入曝露に対するリスクアセスメントも別途必要となる。慎重な用途設計がなされなければならないだろう。 ## 5.5 過酸化水素 酸素系漂白剤などに汎用される過酸化水素は $0.5 \%, 1$ 分間の接触でコロナウイルスに対し $4 \log _{10}$ を越える減少が確認された。作用機序としては,ヒドロキシラジカルを一過性で発生することにより,エンベロープ,およびDNA/RNAを破壊すると考察されている(Omidbakhsh and Sattar, 2006)。 ## 5.6 アルデヒド類 医療器具の殺菌に用いられるホルムアルデヒドはSARS-CoVに対し $0.7 \%$ で2 分間接触させると 3 $\log _{10}$ を越える減少が確認されている(Rabenau et al., 2005a)。同様の用途で用いられているグルタルアルデヒドはSARS-CoVに対し $0.5 \%, 2$ 分間接触させると, $4 \log _{10}$ を越える量の減少が確認されている(Rabenau et al., 2005a)。作用機序としては,微生物に対する殺菌作用で知られているのと同様,タンパク質の変性が関わっていると考えられる。粘膜等の人体への刺激性も小さくないことから,使用に際してはメガネやマスク等の適切な保護具の着用,換気が必要となる。 ## 5.7 ポビドンョード 皮膚消毒やうがい薬等の殺菌用途が知られるポビドンヨードは, ヨウ素とポリビニルピロリドンから成る。ポビドンヨード $0.23 \%$ を, 15 秒間接触させることでSARS-CoV, MERS-CoVに対し $4 \log _{10}$ 以上の減少が見られた(Eggers et al., 2018)。作用機序としては殺菌でのメカニズムと同様, 放出されるヨウ素が関わっていると考えられる。同じエンベロープウイルスである C 型肝炎ウイルスを用いた研究においてポビドンョードはウイルスの核酸,脂質,タンパク質に作用することが報告されている(Pfaender et al., 2015)。 ## 5.8 カテキン類 カテキン類は,植物由来のポリフェノールの一種で, 殺菌効果が知られている。カテキン類を豊富に含む緑茶抽出物はインフルエンザウイルスに対して $0.1 \%, 10$ 分間接触させることで, $5 \log _{10}$ 以上の減少が確認されている(Lee et al., 2017)。カテキン類の一種である没食子酸エピガロカテキン (EGCg)はインフルエンザウイルス表層のへマグルチニンと相互作用し宿主細胞への吸着を阻害することで不活性化をもたらすことが知られている (Kaihatsu et al,2018)。また, EGCgは大腸菌の細胞表層に存在するポーリンタンパクに吸着することで殺菌作用を示すことが知られている (Nakayama et al,2013)。また, 最新報告では, EGCgがSARS-CoV-2のスパイクタンパクに相互作用する可能性が計算科学的手法によって示されている(Maiti and Banerjee, 2020)。以上の知見から,カテキン類, 特に EGCgはウイルス表層の夕ンパク質に吸着することによってウイルス不活性化効果をもたらすと考えられる。 ## 5.9 ウイルス不活性化効果を示す除染用製品の 現状 上記のとおり,コロナウイルスを不活性化する化合物,および有効濃度と接触時間(曝露時間) は数多く報告されている。これらを駆使して接触感染経路の除染によるリスクマネジメントがなされるためには,これら化合物を配合した製品情報が使用者から望まれるだろう。 米国では3月上旬にEPAから COVID-19に有効な除染用製品リストが公開された(EPA,2020)。 カナダやシンガポールなどでも,同様の製品リストが公開された(Government of Canada, Health Canada, 2020; Singapore Government, National Environmental Agency, 2020)。 日本では, 北里大学大村智記念研究所感染制御研究センターが, 国内市場に流通している医薬部外品・雑貨のうち, 主にエタノール, 界面活性剤成分を含有し, 新型コロナウイルスの消毒効果が 期待できる市販製品を対象に,新型コロナウイルス不活性化評価を実施し,4月17日に結果を公開した (北里大学, 2020)。北里大学の検討はSARSCoV-2 自体を用いた試験管内でのウイルス不活性化評価法をいち早く確立した点で特筆すべきであり,十分な供給体制を確保可能なこと,海外での使用への応用が期待できること,評価した製品の選定にあたって研究結果の如何によらず結果の公表に異議を唱えないことを前提として国内複数企業へ製品サンプルの供給を要請し, 同意が得られた企業の製品が使用され,透明性も確保されている。 また国内当局側の先駆的な動きとして, NITE の消毒手法タスクフォースによる「新型コロナウイルスに対する代替消毒手法の有効性評価」が 4月15日から開始された。試験実施は国立感染症研究所と北里大学の2 機関が分担し, 中間報告では「新型コロナウイルス対策〜ご家庭にある洗剂を使って身近な物の消毒をしましょう」とのメッセージと共に, 試験で効果が確認された界面活性剤として,直銷アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム,アルキルグルコシド,アルキルアミンオキサイド, 塩化ベンザルコニウム, 塩化ベンゼトニウム, 塩化ジアルキルジメチルアンモニウム, ポリオキシエチレンアルキルエーテルが報告された (NITE, 2020; 表3)。ウイルス不活性化試験の科学的証拠を添えて「洗剂に含まれる界面活性剤で新型コロナウイルスが効果的に除去できます」 と伝達したNITEの情報発信は, 2020 年 5 月下旬以降の日本社会への COVID-19対策指針として大きく社会に反響を与えた。しかしながら, NITE の発信には「本委員会で進める有効性評価は新型コロナ対応に係る国民向け広報等での活用を目的としたものであり, 「医薬品, 医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法),「食品衛生法」, その他の関連する法令等における評価を意味するものではない」と脚注があるとおり,国内関係法令との規制障壁を整理する必要が伺える。そこで, 本総説ではウイルス制御製品の位置づけに関する法規制フレームワークの諸課題と国際比較を次節で検討した。 ## 6. 抗ウイルス製品の国別法規制フレームワーク 我が国では, 医薬品医療機器規制は優れたレギュラトリーサイエンスの枠組みが機能しており,治療薬,ワクチン,病院内消毒剤,など医療用途の抗ウイルス医薬品が審査を経て許認可を受け,専門ルートで流通することとなる。このように, 医薬品枠でのウイルス対抗医薬品は, 医薬品規制調和国際会議ICH の枠組みのもと日米欧 3 極は他国に先駆けて制度が確立されてきた。 他方, 歷史的な経緯から医薬品以外のカテゴリー (医薬部外品, 化粧品, 日用品等その他の雑貨)では, ウイルス感染症に対応できる規制枠組みは,やや未整備と言える。先述の通り,接触感染の経路のリスクマネジメントには, 十分な手洗いに加えて各種環境表面の除染が重要となる。上記にまとめた不活性化効果が確認された化合物は, 既に環境表面の清掃を目的とした業務品や日用品など,市場で入手可能な製品に配合されているものも多い。しかしながら, 2020 年 5 月時点の日本の現行規制下では, 環境表面上でのウイルス不活性化能を実験的に証明済の業務品・日用品であっても,その有効性打よび使い方をメーカーの立場から説明するには困難がともなう。 日本の現行規制体系では,「ウイルスに対する有効性」は医薬品用途しか評価の枝組みが存在しないため, 薬事品に該当しない日用品, 業務品においては, 環境表面のウイルス除染は,その受け血となる規制枓組み, もしくは業界自主基準が未整備である。薬機法で規制を受ける表現(“ウイルスを不活性化する”の類)は,認可医薬品のみに許可されており, 薬品医療機器法等の第 68 条 (承認前医薬品等の広告の禁止) の遵守の観点からも, 環境除染のための日用品の位置づけは曖昧な状況にある。結果的に日用品では, ウイルス除染に有効な製品が存在しても,そのことを伝える手段が「(物理的な意味を含む)除去」などに限定されているため, ウイルス除染のために必須なウイルス不活性化製品は日本市場では存在しないが如くの状況になっていたのではないか。 有事の際には, 医薬品のウイルス消毒剤は, 病院や保健所に対して社会的に優先的に供給されることに競合するため, 一般消費者向けに十分な供給量を確保することは困難である。身の回りの感染経路のウイルス除染は, 医薬品ではなく日用品のカテゴリーで対処されるべき領域である。この現状は, 他国と比較し日本がウイルス感染症による社会的混乱とそのリスクガバナンスを経験する機会が多くはなかったことに由来するのかもしれない。 他方, 米国連邦の場合, 米国食品医薬品局 表4未知の新興ウイルスに対する効果承認基準(FIFRA, 2020) SARS-CoV-2に対して, ヒトコロナウイルスの不活性化効果で暫定的に訴求可能。 FDAが所轄する医療目的の抗ウイルス医薬品(病院消毒剤含む)だけでなく,米国環境保護庁EPA が所轄する環境除染目的の一般的な日用品の抗ウイルス製品が存在する。米国の医薬品領域(医薬品や $70 \%$ エタノールハンドサニタイザーなどの消毒剂)の製品は,米国医薬品規制のもと FDA が抗ウイルス製品を審査・認可する。他方,表面清掃に関わる日用品のウイルス有効性審査は, EPAが連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剂法FIFRA規制により管理している(US-EPA,2020)。FIFRA規制の歴史は古く,1910年に制定された米国連邦殺虫剂法(FIA)が拡張され1947年にFIFRA規制に改称された。1972年の大改正でヒ卜健康保護の強化,環境影響評価の取り込みを経て,現在はEPAの所轄で「殺菌効果」の承認に併用する形で「抗ウイルス効果」も承認している。抗ウイルス効果の判定基準は米国ガイドライン試験ASTM-1053などを用い, $3 \log _{10}(99.9 \%)$ の不活性化を有効性の基準に審査が行われる。2020年 4 月現在,約 370 製品(FIFRA承認を得た日用品・業務品)に対してSARS-CoV-2に有効な抗ウイルス製品を承認しており(US-EPA,2020),米国消費者はそれらの製品を市場で入手し環境表面除染に用いることが出来る。 リスクガバナンスの観点から,米国FIFRA規制抗ウイルス訴求審査は,新興リスクに対する先回り対策として傑出したフレームワークを有す。 それは,新興リスク(エマージングリスク)としての将来の未知の感染症を引き起こすウイルスパンデミックに備えた審査をしている点である。 $\lceil$ Emerging Viral Pathogen Claim」という事前承認型の枠組みで,一定の審査条件を満たすと,将来未知のウイルスが発生した場合に,そのウイルス自体に有効であるかどうかがその時点でデータがなくとも有効性訴求を認める仕組みがある。他の類似ウイルス,上位ウイルスでの有効性評価デー 夕を基にして「発生した未知のウイルスに効果が期待できる製品」との訴求をあらかじめ認める制 図3 各種病原体の消毒耐性序列の考え方 (CDC,2008; US-EPA, 2016) 度で審査運用されている。審査判定の考え方はウイルス学に基づいており,まず未知のウイルスを表4の左側のカテゴリーに分類し, 右側のクライテリアが達成された場合,未知のウイルスに対する訴求を可能にしている。 判断の背景にある思想としては, 図3に示す各病原体の一般的なストレス耐性序列がある。 SARS-CoV-2の場合は,エンベロープウイルスに分類されるため,少なくとも1つの非エンベロー プウイルスに効果を有する,という試験結果が存在すればSARS-CoV-2を不活性化する効果がある,との仮定で承認申請が可能となる。また, SARS-CoV-2に関しては, SARS-CoV,MERS-CoV などの既存のヒトコロナウイルスに対する有効性を示す試験結果がある場合も有効性承認が認められている。 この様な制度設計のもと, 新型感染症のパンデミックがいざ発生した時に,対抗製品がすぐ使える社会体制を備えるとの目的から,米国FIFRA 規制独自の「Emerging Viral Pathogen Claim」は運用されている。その成果として,2020年 3 月 12 日にWHOによりパンデミックが宣言されるとほぼ同時に,米国EPAは「SARS-CoV-2の除染に有効な FIFRA 認可製品リスト (List N)」を web上に公開した(US-EPA, 2020)。リストアップされた製品は,塩化ベンザルコニウムなどの四級アンモニウム塩を有効成分とする製品 202 ,次亜塩素酸ナトリウム製品 56 , 過酸化水素製品 49 , エタノー 表5 米国FIFRA規制とEU-BPR規制の抗ウイルス訴求基準比較 で4月14日時点で計370製品が収載された。この EPAの FIFRA 規制によるリスク管理体制は,将来の未知のウイルスによる新興感染症に対する事前警戒原則(precautionary principle)に基づくものであり,また接触感染防止の予防対策 (preventive measures)の社会実装でもある。意図的に医薬品規制とは別枠で環境除染(感染経路のリスク管理)を扱っている点が重要であり,エマージングリスクに対処する制度設計として,我が国でも参考となる先駆事例と考える。 EUでは,医薬品規制とBPR規制があり,BPR 規制においても抗ウイルス製品の許認可の枠組みが存在する。承認の基準を米国と比較して表5 に記載したが,BPR規制ではウイルス種每に別々に効果の承認はされず,環境表面に使用する製品では,特定の非エンベロープウイルスに効果のあった製品について抗ウイルス訴求が認められる。先述の通り,一般的にエンベロープウイルスに比べて, 非エンベロープウイルスの方が薬剤へのストレス耐性が高い。従って, EU-BPRの現行制度設計ではSARS-CoV-2のようなエンベロープウイル入に効果を有する製品であっても抗ウイルス訴求をするためには非エンベロープウイルスに対する不活性化効果も有している必要がある。今回の COVID-19対応としては過剩性能を要求する仕組みと言えるかもしれない。2020年 5 月時点では制度が始動したばかりであるため,承認を得ている剤・製品は,まだ限られている状態である (ECHA, 2020)。米国と欧州の医薬品以外のウイルス除去有効性の審査基準比較を表 5 に示した。 ## 7. まとめと提言 本総説では, 新型コロナウイルス感染症 COVID-19 のパンデミックが進む 2020 年 5 月現在の状況を踏まえ, 医薬品分野ではなく日用品分野からのウイルス除染の検討を試みた。治療薬・ワクチンなど,ヒト体内でのウイルス制御を主目的とする医薬品分野と異なり, 日用品分野がター ゲットとするのは, 環境表面におけるウイルス除染である。これは環境を清潔にし, 手指からの接触感染リスクを減少させる予防型リスクマネジメントと言える。 日用品用途に適用できる有効成分を明らかにするため、コロナウイルスに不活性化効果を示す候補化合物のシステマティックレビューを行った。調查対象を他国の規制審査データにまで拡張したことにより, 本総説では独自の網羅性を持つ情報が得られたと考える。結果として, 日用品にも配合可能な多くの化合物において不活性化効果が確認できたことは, 日用品での環境表面のウイルス除染が実現可能であることを意味する。 抗ウイルス製品の国別法規制フレームワークをまとめたことで明らかとなってきたのは, 日用品によるウイルス除染については, 米国ではFIFRA 規制のもとで技術, 製品が評価される体系が既に構築されており, 同時に米国EPAも丁寧かつ適切に一般消費者に対して情報提供を行うことにより,一般消費者のリテラシーが先駆的に発展していると思われた点である。他方,日本を含めて多くの国・地域では, 日用品によるウイルス除染技術を審査し消費者に提供する枠組みが十分には整備されていない状況に留まっていることも明らかとなってきた。 これから, with新型コロナの時代に突入する。社会を構成する一人一人が身の回りでできるリスク削減メソッドを実施することで,感染拡大を可能な限り回避できる。「日用品を用いた接触感染経路のウイルス除染法」は, 新時代の衛生規範として, キレイ好きな日本社会に馴染むのではないか。そして, 一旦習慣化した衛生規範は, 生涯にわたり感染症から身を守る武器となり, 日本社会全体のレジリエンスをより高めていけるのではないか。本総説のシステマティックレビューで統合した諸知見から, どの様な環境表面にウイルスは付着しうるのか, どの様な化合物・製品を使うと身の回りからウイルスを除染できるのか, について体系的な科学的基盤がまとめられた。温故知新 のウイルス不活性化の科学的基盤を活かし, COVID-19のパンデミックの収束に向け社会リテラシーを刷新する時機ではないだろうか。 本総説の締めとして, 日用品のウイルス除染製品に対する適切な規制枠組みの設定の重要性を述べたい。日本では医薬品以外の領域でウイルスに関する訴求の枠組みが未整備である。第一に, 薬用ハンドソープやアルコール消毒製品のため,現行の医薬部外品制度に「ウイルス除去(物理的除去だけでなく不活性化を含む)」の訴求枠を拡張することは, 可能だと考える。第二に,日用品 (その他の雑貨)による身の回りのウイルス除染を日本の規制上どのように扱うかは,今こそ考えなければならない最重点課題であるはずだ。有効性を訴求できるメリットは,単なる広告情報にはあらず,使用法を開示出来ることにある。メー カーは訴求にもとづき正しい使用法を開示(誤使用の回避)することで,使い方の問合せへの合法的な回答が可能となる。また, 用途外使用に対しても,より適切なカテゴリーの製品の使用が推奨できるようになる。これにより社会全体として適切に感染リスク削減行動をとることが出来るだろう。このことがメーカー, 使用者, 社会全体に与える恩恵は大きいと思われる。米国ではFIFRA 規制のもと,浴室やトイレの洗浄剂,表面清掃シートなど各種表面の清掃に用いられる一般消費者向け製品においてウイルス不活性化効果が明示されており(表6),米国国民はこれらを用いて社会全体の感染リスク削減行動を試みることが可能となる。一方で, 日用品を適切にウイルス除染に使えない日本の現状は,既報の言葉を引用する 表6 米国FIFRA 規制List N(US-EPA, 2020) に収載されたCOVID-19対抗製品カテゴリー事例 \\ と,「間接的な国民負担」になっているとも言える(Kishimoto,2020)。将来の新興ウイルスパンデミックに事前警戒的(precautionary) な準備の枠組みを持つ米国FIFRA型の抗ウイルス製品許認可制度が,日本にも実装される可能性を検討することが望まれている。FIFRAは殺虫剤や殺鼠剤を含む重厚な規制であるため,抗ウイルス部分のみを抜粋した法規制を日本に移植する,という手段も考えられるだろう。また, 一連の重厚な規制をつくらずとも,業界自主基準の形でウイルス訴求の新ルールづくりができる可能性もある。有効性と安全性の審査には,科学的根拠のある評価基準が必須である。ウイルス訴求に関する不適切な偽医薬品が曼延する社会にしないためにも,ウイルス不活性化評価は,米国公定法ASTM1053に類する国内標準評価法の策定も必要であろう。NITE が2020年4月から開始した先駆的な取り組み「新型コロナウイルスに対する代替消毒方法の有効性評価」を契機に,日本のウイルス制御規制の枠組みが再整備される流れが加速することを期待したい。 日本は, これから東京オリンピックに向けて, どの様な感染経路のリスクマネジメントを社会実装できるのか,世界各国から注視される状況に入る。諸課題を解決志向性で刷新し,パンデミック対策の分野で日本社会が世界の衛生規範となれるような, 夢のある社会体制を産学官で連携し構築していく時なのではないか。 ## 謝辞 本総説の推敲に際して,日本リスク学会会長久保英也氏,産業技術総合研究所安全科学研究部門内藤航氏,小野恭子氏,産業技術総合研究所地圏資源環境研究部門保高徹生氏,福島県立医科大学村上道夫氏,みずほ情報総研井上和也氏,日本工ヌ・ユー・エス株式会社近本一彦氏, 早水輝好氏,および日本リスク学会レギュラトリーサイエンスタスクグループの諸賢の皆様,また,海外最新動向について, 米国American Cleaning Institute の James Kim氏, Arnold \& PorterのL. Culleen 氏, Chemical WatchのD. Dillon氏ほかの皆様, European Commission, DG Senate, Pesticides and Biocide Unit のK. Berend 氏, 独University of Greifswald $の$ Prof. G. Kampf氏ほかの皆様にそれぞれのご専門の視点から貴重なご助言・ご示唆をいたたききました。 また,匿名の査読者の先生に有意義なご指摘を頂 きました。ここに記して御礼申し上げます。 ## 参考文献 Abe, M., Kaneko, K., Ueda, A., Otsuka, H., Shiosaki, K., Nozaki, C., and Goto, S. (2007) Effects of several virucidal agents on inactivation of influenza, Newcastle disease, and avian infectious bronchitis viruses in the allantoic fluid of chicken eggs, Japanese Journal of Infectious Diseases 60(6), 342-346. Arnold, T., and Linke, D. (2007) Phase separation and purification of membrane proteins, BioTechniques 43, 427-440. DOI: $10.2144 / 000112566$ Anthony, M. C., Dennis, E. G., Kreil, T. F., and Anil, S. (2020) Controls to minimize disruption of the pharamaceutical supply chain during the COVID-19 pandemic, PDA Journal of Pharmaceutical Science and Technology. 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risk
cc-by-4.0
Society For Risk Analysis Japan
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# 【資料論文】 ## 調理師専門学校における食のリスク教育による リスク認知の変化* ## Changes in Risk Perception after Food Risk Education at a Cooking Art College \author{ 大瀧直子**, 山崎毅** } ## Naoko OHTAKI-SHIMAUCHI and Takeshi YAMASAKI \begin{abstract} Seventy students in a cooking art college joined registered questionnaires to answer "(rather) yes" or "(rather) no" for questions about several food hazards and to write the reasons. This was conducted before and after the lectures on food safety to assess the alteration of risk perception. In all 6 questions, the number of answers with biased perception decreased significantly. 'Genetically modified organisms' achieved the largest decrease of biased answers $(36 \rightarrow 5)$, followed by 'food additives' $(46 \rightarrow 16)$ and 'agricultural chemicals' $(61 \rightarrow 31)$. 'Radioactive pollutants' showed a smaller decrease of biased perception $(33 \rightarrow 20)$. The lectures on risk analysis, quantitative risk assessment, and risk-benefit analysis have been certainly effective for changing risk perception. Some students mentioned a vague anxiety and made instinctual decisions despite scientific understanding. This suggested the importance of addressing the emotional dimension. The results would help improving food risk communication. \end{abstract} Key Words: risk perception, food risks, risk education, food additives ## 1. 緒言 食品安全の教育の場の一つとして,調理師専門学校における食品安全教育がある。このような食品安全教育に従事する筆者らは, 食品リスクの考え方,食品の安全を守るためのリスク評価,多様な具体的要因(微生物, 農薬, 放射性物質, 食品添加物, 遺伝子組換え食品)の分析方法などを解説してきた。これらの危害要因に対するリスク認識は個人ごとに大きく異なり,科学的に標準化されたリスクの大きさ(リスク評価)から乘離しているものも多く見られた。本研究では, このようなリスク認識のずれをリスク認知バイアスという。 一方,山崎ら(2016)はインターネットを用いて消費者に対する食のリスクコミュニケーション (リスコミ)とアンケート調査を行い,参加者のリスク認知バイアスがリスコミ後にどのように変化するのかを調査した。その結果, 食品添加物などの危害因子に対する過度なリスク認知は減少したものの,「疑念拭えない」という回答も多く見られた。さらに山崎らはリスク認知バイアスの形成原因を社会学的側面から考察し, 二者択一の原理 (中谷内, 2006), Slovicのリスクイメージ過大因子/未知性因子など(岡本,1992)リスク情報発信者への不信感, リスクコミュニケーションのパラドックス(関谷, 2011)について考慮する必要性を指摘した(山崎,2017)。 そこで筆者らは,前述の食品安全学教育の場を 「リスク情報発信者への不信感」が無視できる食 * 2018年12月 19 日受付, 2020 年 4 月 8 日受理 ** 特定非営利活動法人食の安全と安心を科学する会(NPO Science of Food Safety and Security, Japan) のリスコミ・モデルとして位置づけ, 食品危害要因に関するアンケート調查を講義前後の 2 回にわたり実施した。これに基づき,食品危害要因に関する科学的理解とリスク認知バイアスの変化を解析した。その結果, 山崎らのインターネット・リスコミに優る大幅なりスク認知バイアスの減少を認めた。しかしながら,科学的内容を理解していても,リスク認知バイアスを解消しない学生が存在することも同時に明らかになった。 本研究では, この調查結果に基づき, どのような科学的解説が食品危害要因への理解の深化に有効であったのかを考察するとともに,感覚的判断が優先される行動心理にも触れながら,食のリスコミを行う情報発信者に求められる姿勢,特に消費者の情緒的側面への配慮の重要性についても議論したい。 ## 2. 方法 ## 2.1 アンケート 地域の調理師専門学校において,2018年 5 月から7月にかけて2.4)に記載した食品安全学の講義(1回90分, 計4回)を行った。講義の前後に表 1 に記載した $[1]$ [6]の質問を行い,それぞれに「文たしかにそう思う」,「(2)まあまあそう思う」,「(3)あまりそう思わない」,「(4)そう思わない」の四択回答とその理由を書かせた。質問は肯定的回答(1)または(2))が「リスク認知バイアスあり」,否定的回答(3)または(4))が「同,なし」 となるよう設定した。受講者のうち2回のアンケートに参加した有効回答数は, 調理コース 2 年制 2 年次 29 名, 調理製菓コース 2 年制 2 年次 29 名,調理コース 1 年制 12 名であった。年齢は19 58 歳(平均21.4歳), 性別は男性 38 名, 女性 32 名であった。アンケートは成績に加味されないことを事前に説明した。本講義が必須科目であるため,未受講対照群は設けなかった。 ## 2.2 回答人数に関する統計学的解析 肯定的回答数 (1)(2)合計) と否定的回答数 (3) (4)合計)を算出し, 講義前後の変化についてピアソンのカイ二乗法(イェーツの連続性補正,自由度=1)で検定した。 ## 2.3 回答の変化と回答理由に関する個別的解析 各回答者について,その回答を肯定的(1)または(2),否定的(3)または(4))に大別し,講義前表 1 講義前後のアンケートの回答結果 } & (1) $10 \quad 34616$ (1)(2) 16 \\ [2]残留農薬は健康に (1) $27 \mathbf{7 6 1 3 1}$ (1)(2) 30 $\begin{array}{llllll}\text { れば有機野菜を調理 } \\ \text { に使用したい。 } & 630 & \mathbf{9 3 9} & \text { (1)(2) } & 31 & \mathbf{p}<\mathbf{0 . 0 0 1} \\ \text { (3) }\end{array}$ $ \begin{array}{llllll} \text { (3) } & 630 & 939 & \text { (1)(2) } & 31 & \mathbf{p}<\mathbf{0 . 0 0 1} \\ \end{array} $ [3]福島県の水産物 (1) $15 \quad 63320$ (1)(2) 15 (放射性セシウム検査 (2) 1814 (3)(4) 5 值: $10 \mathrm{~Bq} / \mathrm{kg}$ ) は健 $\mathrm{c}^{2}=4.37$ 康によくないので, (3) 25253750 (1)(2) $18 \mathbf{p}<\mathbf{0 . 0 5}$ できれば調理に使用 (4) 1225 (3)(4) 32 したくない。 [4]「鳥刺し」は食中 (1) 2593218 (1)(2) 18 毒のリスクが高いの $\overline{(2)} 79 \quad$ (3)(4) $0{ }^{2}{ }^{2}=5.26$ $\begin{array}{lll}\text { したい。 (4) } 3447 & \text { (3) } 38\end{array}$ [5] ノロウイルスによ (1) 51396454 (1)(2) 52 る食中毒を防止する (2) 1315 (3)(4) $2 \mathrm{c}^{2}=4.37$ には, 調理前の徹底要だ。 (4) $37 \quad$ (3)(4) 4 [6]遺伝子組換え作物 (1) $12 \quad 336 \quad 5$ (1)(2) 4 $\begin{array}{lll}\text { 原料は健康によくな (3)(4) } 1 & c^{2}=31.04 \\ \text { いので, できれば調 } 242 & \text { (3) }\end{array}$ 後の変化を解析した。また,回答理由を書かせたテキストから,科学的背景の理解の有無を判定した。この2つの項目を合わせて,各回答者を5段階 $(\mathrm{S}$ ,講義以前に内容を理解し否定的回答を変更しない; A, 講義内容を理解し肯定的回答を否定的回答に変更する; B, 理解したが肯定的回答を変更しない; C, 理解していないから肯定的回答を変更しない; D, 理解していないが肯定的回答を否定的回答に変更する) で評価し,S,Aの人数の割合 ( $\mathrm{SA} \%$, 否定的回答率), $\mathrm{S}, \mathrm{A}, \mathrm{B}$ の人数の割合 ( $\mathrm{SAB} \%$ ,講義理解率)とした。 ## 2.4 講義 食品リスクの考え方,食品の安全を守るためのリスク評価, 多様な具体的危害要因(微生物, 農薬, 放射性物質, 食品添加物, 遺伝子組換え食品)の分析など食品安全学の概論を解説したうえで,食品リスクを低減し安全な食品を提供する方法を学生に考えさせた。使用する食材の安全性を消費者に説明できるようにすることを到達イメー ジとした。講義の内容は以下の通りである。 a) 食品安全における調理師の重要性 b)科学としての食品安全の考え方 リスクの定量的評価(=有害性×摂取量),一日摄取許容量 (ADI),農場~食卓全段階での管理 c)食中毒のリスク 予防原則の科学的根拠,鶏肉のカンピロバクター污染, ノロウイルス感染ルートとリスク低減法, 伝統的調理法 (加熱, 乾燥, 塩漬け)の合理性 d)残留農薬のリスク 農産物生産管理 (GAP), 農薬の種類と目的, ポジティブリスト制度,使用メリット・デメリット,ADIから定めた残留農薬基準値 e)食品中に含まれる放射性物質のリスク放射性物質と放射線, $\mathrm{Bq} / \mathrm{Sv}$ 変換計算方法,自然放射線と食品由来放射性物質による被爆量, 原発事故由来放射性物質による被爆量,放射線実測値 f)食品添加物のリスク 細菌・カビの脅威,食品添加物の歴史・用途・メリット, 食品添加物指定条件, 食品衛生法による規制, ADI から定めた使用基準値 g)遺伝子組換え食品のリスク 遺伝子組換え作物の生産量・輸入量,メリッ 卜,安全性審査,具体的事例 ## 3. 結果 食品添加物, 残留農薬, 食品中の放射性物質,鶏肉生食, ノロウイルス, 遺伝子組換え作物 (GM作物)の6種の危害要因に関するアンケート集計結果, 及び講義後の回答の変化に関するカイ二乗検定結果を表 1 に示す。6項目全てにおいて講義後の回答に有意な変化が見られた。否定的回答者数の講義後の増分は, GM作物の 31 名が最大で,食品添加物,残留農薬もそれにほぼ匹敵した。最小はノロウイルスの10名であった。講義表2 質問ごとの評価結果 \#講義内容を理解しながら,または, \$講義内容を理解也ず,否定的回答を肯定的回答に変更した学生を含む。それらの人数を括弧内に示す。 表3 質問 [1] [6], 評価群A C の回答理由 [1] A)使用基準はADIより低く問題ない(10)。保存性・嗼好性の向上に添加物は必要 (9)。製造上添加物が不可欠な食品がある。普段の食事でも種々の添加物が使われている(6)。B) 安全性を理解したが使用したくない(2)。利点があり使用はするが好ましくない(2)。 C)食材の食味を損なわぬよう必要に応じて使用するが,好ましくはない。添加物に良いイメージがない。 [2] A)残留量がADIを超えない使用方法が定められ,健康への悪影響が無い $(20)$ 。農薬なしでは農産物の品質が低下する (2) B)残留農薬の安全性は理解したが, できれば使用したくない(有機野菜を使用したい$\cdot$子供には食べさせたくない)(6)。C) 農薬を使用しない有機野菜を選ぶ(7)。 農薬に良いイメージがない。農薬は毒(6)。 [3] A)基準値よりはるかに低く問題ない(13)。どの農産物も天然由来の放射性物質を含む。セシウムは排せつされて減少する。福島復興を応援したい。B)無害であっても,進んで食べたくない($\cdot$子子供には食べさせたくない)(3)。C)敢えて食べたくない(7) 事故イメージが強く心配(4)。 [4] A)新鮮な鶏肉ほど食中毒リスクが高い (5)。鵎肉生食は危険(3)。B)生食はしないので新鮮な鵎肉の方がいい(9)。新鮮なほどカンピロバクターの污染率が高いので鶏肉の扱いには注意する(3)。 [5] A) 二次污染するので,手洗いだけが重要とは言えない。全て徹底するべき(12)。B) 手洗いが第一に重要だが,それだけでは污染防止できない(23)。衛生の基本はまず手洗い(11)。 [6] A)厳しい安全性審查がされている (17)。有効な技術(5)。BTタンパク質は害虫の消化管に作用し, ヒト消化管には無害(3)。農業生産現場の作業効率を高め,害虫対策での農薬使用を低減させる (2)。非アレルゲン性を確認済。C)体に良いものだけを使うべき。自然の食物の方が良い。 後の否定的回答者数は, GM 作物 65 名が最多で,食品添加物, 鵎肉生食の順に多く, 最少はノロウイルスの16名であった。各回答者の回答変化の解析では, 講義目的に反して,否定的回答から肯定的回答に変化した学生がみられ,放射性物質で最も多かった (5名)。 次に,回答理由から,各回答者に $\mathrm{S} \sim \mathrm{D}$ の 5 段階の評価を与え,否定的回答率と講義理解率を算出した (表 2)。否定的回答率は, GM作物で最も高く, ノロウイルス, 残留農薬で低かった。講義理解率は, GM 作物と鶏肉生食で顕著に高く, 残留農薬で最も低かった。講義内容を理解しながら回答を変更しなかったB評価群の存在が否定的回答率を低下させるため, その実数に着目すると, ノロウイルスで圧倒的に多く, 次いで弾肉生食,残留農薬で多かった。質問ごとに, $\mathrm{A} \sim \mathrm{C}$ 評価群の主要な理由と人数(括弧内)を表3に示した。 ## 4. 考察 本研究では, 調理師専門学校の学生を対象として,6種の食品危害要因に対するリスク認知が食品安全教育によりどの程度変化するのかを調査した。以下, 各危害要因について順次考察する。 食品添加物のリスクでは, 講義前後の人数変化, 否定的回答率, 講義理解率ともに良好な結果が得られた。講義前に肯定的回答をした学生の約 $2 / 3$ が講義後に否定的回答に転じ,講義による認知バイアスの改善が認められた。回答理由の精査から, 「食品添加物の使用基準が ADIよりはるかに低い值に設定されていることでリスクは十分に小さい」, その反面, 「食品添加物を使用することのベネフィットは大きい」ことを理解したことが有効であった。B評価群は比較的少数であったが, 科学的内容を理解しながらも,「(何となく)使いたくない」という回答が見られた。また,「食材の本来の味を大切にしたいので, 使用は好ましくない」という調理師に特徴的とも思える回答が見られた。本項では食品添加物に対する安全性懸念に基づくバイアスの改善を目的としたため, このような回答は $\mathrm{C}$ 評価群とし, 食品添加物を使用する重要な目的(自然妿威に対する食の安全確保)を理解させる必要が感じられた。総合的に見て,本項での成績は良好であったと結論できるが, 回答者が調理師として食品添加物を使用する立場にあることから, 食品添加物への理解が進みやすかった可能性も考えられる。残留農薬のリスクでは, 講義後に否定的回答に変化した学生数は十分に多かった。しかしながら, 講義前に9割もの学生が肯定的回答であったうち, 約半数が変化したに過ぎない。加えて, 講義理解率が6項目中最低であった点, また講義を理解しても,その約 $25 \%$ は肯定的回答に留まり ( $\mathrm{B}$ 評価群), 認知バイアスを改善できなかった。認知バイアスを改善したA評価群は, リスク評価, ADI, 残留農薬基準値を理解したうえで, 農薬使用が安全に管理されていること, 農薬の不使用が多くの作物の減収に繋がることを理解していた。ADIの理解には, 食品安全委員会作成の $\mathrm{DVD}\lceil$ 気になる食品の安全性」を視聴し, 説明を加えたことが効果的であったと推測される。一方で, 講義後も回答を変更しなかった $\mathrm{C}$ 評価群の学生は, 単に農薬の使用は危険であるからと回答しており,ADIを理解していなかった。また,B評価群, $\mathrm{C}$ 評価群に関わらず,有機野菜への嗜好性という対立概念を理由に挙げた学生が多く見られた。講義では無農薬栽培の限界について解説しているが, その点まで含めた総合的な理解に至らなかったと言える。な押, 農薬も食品添加物も ADI という概念に基づいて説明したにも関わらず,両者の講義理解率に差異が生じた点に注意したい。 このことは, 両者に対するイメージの違い(農薬は食用物質ではなく, 病害虫に毒性を示す) が影響したと考えられ,ADIへの理解だけでは払拭できない不安があることが窺われた。 放射性物質のリスクでは, 講義前から半数以上がこれを理解していた。しかし, 講義後に否定的回答に転じた学生は少なく, 逆に肯定的回答に転じた学生が見られた。B評価群は残留農薬のそれに比べて少数ではあったが, 安全を理解しても感情的に受け入れ難いとの記述が見られた。本項は事故原因によるものであり,べネフィットを求める科学技術ではないため, リスクがより低い食品を選択できる現状で,「福島県産水産物を敢えて食べたいとは思わない」,「原発事故由来で本来污染しているはずのない放射性物質はゼロであるべき」 との感情を解消することの難しさが窥えた。A評価群の回答から, 自然環境からの放射線被ばく量がゼロでないこと, 事故原因の被ばく量の上乗せが小さいことを定量的に説明してきたことが一定の効果を及ぼしたと考えられた。総合すると,否定的回答率は前述の残留農薬に比べて十分に高く,安全性に対する懸念は予想した以上に低いもので あった。この点は福島に隣接する茨城県という地域性を加味する必要があるかもしれない。 鶏肉生食のリスクにおける講義理解率は良好であった。カンピロバクターは新鮮な鶏肉ほど污染率が高いことを説明したことが理解され,新鮮と安全は必ずしも一致しないことを知る良い事例となった。なお,B評価群の学生は、「生食はしないので新鮮な鶏肉が良い」との理由を記しており,リスクの理解に本質的な問題は認められなかった。 ノロウイルスのリスクでは,講義前も講義後も設問を肯定する学生が際立って多かった。しかしながら, 回答理由を精査すると, 大多数の学生が手洗いだけでは感染を十分に防止できないことを理解していた。調理従事者には「手洗いが基本である」と認識されていることによる誤解があったと考えられ,「手洗いが最も重要た」とした質問を「手洗いさえしておけば感染を防止できる」とすれば,より適切な回答が得られたはずである。 $\mathrm{GM}$ 作物のリスクでは,講義前に肯定的回答をした学生の9割近くが否定的回答に転じ,講義の効果が著しく認められた。また,講義理解率,否定的回答率が6項目中最高であった。回答理由の解析から,厳しい安全性審査がされていること, ベネフィットについて説明したことが理解され, リスク認知の改善に大いに役立ったと考えられる。GM作物も農薬も,いずれも自然脅威に基つく食品リスクに対抗する科学技術でありながら, それらの受容に対照的な結果となったのは特筆すベきことである。 本研究においては,実際のリスクに比べて過小に認知される食品リスク(微生物污染)は,危険性の説明によりリスク認知の改善が比較的容易であることが確認された。一方,食品添加物,残留農薬, GM作物では過大なリスク認知が起きやすい。これらは, 従来あった自然劦威に基づくリスク(微生物污染や害虫被害等)を改善するための新規技術であり,べネフィットが大きい。それにも関わらず,極めて小さい,あるいはゼロに等しいリスクが人への被害を過大に想像させている。 このため, リスク対象となる新規技術が古典的リスクをいかに効果的に軽減していること,一方で当該技術に付帯するリスクが極めて小さいこと,管理されていることを説明してきた。この説明が奏功し効果的なリスク認知改善を見ることができた。一方で,放射性物質では,科学的な説明にととめ、ベネフィットを説明することをしなかった。回答理由から,科学的には理解しても,べネフィットが無ければリスクはできるだけ避けたいという動向が司見われた。ベネフィットがないものについては,絶対的な安全性保証がない限り,そのリスクは受け入れがたいと考えられる。このことは,十分すぎる放射能検査を行った食品でさえ,これを排除しようとする消費者行動が起きていることからも理解できる。興味深いことに,「復興支援」という社会学的ベネフィットに基つく観点からの回答が見られた。リスクの定量化は難しく,科学的な説明だけでは理解されず,べネフィットとの相対化で理解されるという視点に立てば,放射性物質のリスクと,復興という社会学的ベネフィットとの相対化で説明することの有効性が示唆される。 また,講義内容を理解しながらも回答を変えなかったB評価群が一定数存在することを把握できたことも重要である。科学的根拠を理解しても 「できるだ使いたくない」というような理由で,日常行動の判断においては「感覚」「感情」「価値観」などが優先する傾向があることが窺われた。 これは, 人間が判断する際の本質と考えられ (Loewenstein et al., 2001; Slovic and Peters, 2006), リスクがあると聞けばできるだけ回避する,できるだけ安全と聞いた食品を科学的根拠とは無関係に選択したくなる状況があることからも理解できる。 さらに,有機野菜という別の価値観を理由に挙けたB評価群の存在にも憂慮しなくてはならない。 山崎ら(2016)のリスコミでは,「安全とは知らなかった。安全ならもっと利用したい」と回答した割合が,食品添加物で約 $41 \%$, 遺伝子組換え作物で約 $45 \%$, 福島県産食品で $58 \%$ であり,認知バイアスの改善は十分ではなかった。本研究で得られた結果は,これらの結果に比べて総じて良好であり,「リスク情報発信者への不信感が無視できる条件」が奏功した可能性がある。一方で,講義という形態であったため,成績に加味しないことを事前に説明しながらも,迎合的な回答が得られた可能性も否定できない。また食品安全について比較的関心の高い集団を対象としたものであつた点も結果の解釈において考慮しなくてはならない。それでも,いくつかの知見は,一般消費者を対象としたリスコミのあり方に重要な示唆を与えるものと考えられる。 すなわち, 科学的知識の不足, 偏向に起因するリスク認知バイアスをリスコミにより改善しようとする努力は第一義的に重要である。これには, i)安全性評価, ii) リスクの定量化とその比較, iii)リスクとべネフィット,など多角的な情報提供が有効と思われる。科学的な説明を理解しても,B評価群に見られたように,実際の行動においては感覚的な判断が優先する可能性が多分にあるであろう (Loewenstein et al., 2001)。加えて, 一般消費者には科学では改善できない漠然とした不安が存在し, それが判断の基準となりうることに留意しなくてはならない。その解消には, リスクコミュニケーターや全てのリスク評価者や管理者への信頼を確保すること,誠実に情報発信する姿勢や消費者の不安に共感する態度が必要であり, この感覚的, 情緒的側面への配慮が今後の食品のリスコミにおける大きな課題である。 本研究で対象とした食品従事者については, リスクを理解,納得した上で食品を選択する能力を持つことが必要である。特に日々更新されていく科学的知見, 新しい情報を入手し, リスクに対応するスキルや能力を伸ばすことが求められる。そのための, 柔軟かつ能動的に科学的知見に向き合う姿勢を育てることが食品安全学教育の重要な目的となると考えられる。 ## 謝辞 本稿は第 31 回年次大会での筆者の発表に考察を加えました。執筆にあたり, 査読者の先生方には有益な御指導を賜り感謝申し上げます。アンケート調査に協力いたたいた中川学園調理技術専門学校校長先生, 皆様方に御礼申し上げます。 ## 参考文献 Loewenstein, G. F., Weber, E. U., Hsee, C. K., and Welch, N. (2001) Risk-as-feelings, Psychological Bulletin 127(2), 267-286. 中谷内一也 (2006) リスクのモノサシ, NHKブックス。 岡本浩一 (1992) リスク心理学入門, サイエンス社. 関谷直也 (2011)「災害」の社会心理,ワニ文庫. Slovic, P., and Peters, E. (2006) Risk perception and affect, Current Directions in Psychological Sciences 15(6), 322-325. 山崎毅 (2017) リスク認知バイアスを逆手にとったリスコミ, 日本リスク研究学会第 30 回年次大会講演論文集. 山崎毅, 古川雅一, 局博一 (2016) 杞憂の食品リスクに対する消費者認知バイアス,日本リスク研究学会第 29 回年次大会講演論文集.
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cc-by-4.0
Society For Risk Analysis Japan
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# \author{A Context to Inhibit Superior Legitimization of the Concerned Party in \\ an NIMBY Problem: Presentation of Future Generations in "Who \& Why Game" \\ Focusing on a High-Level Radioactive Waste Storage Facility } \author{ 野波寬**, 大友章司 ${ }^{* * *}$, 坂本剛****, 田代豊*****, 青木俊明****** \\ Hiroshi NONAMI, Shoji OHTOMO, Go SAKAMOTO, \\ Yutaka TASHIRO and Toshiaki AOKI } \begin{abstract} Legitimacy is defined as the approvability of an individual's or others' rights in the context of public decision-making. First, we discuss the theoretical background for people's tendency to approve the concerned parties' superior legitimacy (superior legitimization of the concerned party) in a "not in my backyard" (NIMBY) problem. This can be an irrational judgement because the enhancement of the public good that NIMBY facilities can achieve may be undermined by the rejection of the concerned party (e.g., local residents). Public decision making about NIMBY facilities may involve multi-polarization, in which there are two or more concerned parties who hold conflicting interests. Such a context will inhibit the superiority of legitimacy of a certain concerned party and increase the legitimacy of a government agency to balance the interests of the parties. In an experiment, participants played a simulation game (Who \& Why Game) in which they were assigned to one of the four roles around the placement of a high-level radioactive waste storage facility: a local resident, an expert commission member, a national majority, or a government agency. They were then asked to discuss the problem. In a condition demonstrating the interests of future generations conflicting with those of local residents, superior legitimization of the concerned party (local residents) appeared to be inhibited, whereas legitimization of them was observed in a condition without the demonstration of future generations' interests. \end{abstract} Key Words: legitimacy, NIMBY, superior legitimization of the concerned party, high-level radioactive waste storage facility  # # 1. 本研究の目的 ## 1.1 NIMBY 施設をめぐる当事者の優位的正当化 原発や廃棄物処理場などの公共施設は,近隣への負担が大きいこれらの施設の立地を誰もが拒否することで社会全体への公益が供給されない結果に陥る NIMBY (Not in my backyard)の構造と,公益を獲得する不特定多数者(受益圈)と私的な負担が大きい少数者(受苦圈)との間での社会的コンフリクトの構造を内包する。本研究では, NIMBY施設を建設するか否かの是非によって他者より相対的に負担が集中する特定の人々を,当事者と定義する。先に述べた受苦圈の人々は, この定義に沿って当事者のひとつと位置づけられる。 NIMBY 施設の是非は利害や価値観が異なる多様な人々(アクター)に影響を及ぼす公的決定であり,その円滑な決定には「誰が決定を行うべきか」という決定権の承認に関する合意が求められる。野波(2017a)は,公的決定場面での自他の決定権に対する承認可能性を正当性(legitimacy) と定義した。NIMBY 問題で受益圈に入るアクター の合理的な選択は, 公益獲得のため自らの決定権を強調することである。しかし彼らは多くの場合,受苦圈つまり当事者となるアクターの正当性を,自身より上位と判断する(大友・田代・野波 $\cdot$ 坂本, 2016; 野波, 2017a; 野波 $\cdot$ 大友 ・坂本田代,2019)。当事者の正当性が優位に評価されるこの現象を,本研究では当事者の優位的正当化 (superior legitimization of the concerned parties) と呼称する。 NIMBY 問題において当事者の優位的正当化が発生する背景として, 格差原理 (Rawls, 1999)の影響が挙げられる。合意形成が困難な NIMBY 施設として,高レベル放射性廃棄物(以下 HLW)の最終処分場である地層処分場を例に考えてみる (Easterling,2001)。2020年現在, わが国で地層処分場の立地候補地は未決定だが,候補地になり得る地域は全国にあり,わが国の誰しもが,地元住民つまり当事者になり得る注1。さらに,HLWは特定の場所での集中管理が望ましいとの回答も多数である(日本学術会議社会学委員会討論型世論調査分科会, 2016)。この状態では, 誰が当事者になるかが誰にも予測できない無知のヴェール (Rawls, 1999) が成立する。無知のヴェールで覆われた人々は,最も不利な人々に有利な条件を与える格差原理(マクシミン原理)を選好する (Rawls, 1999)。地層処分場であれば,自己を含む誰が地元住民になってもその立地に関する決定権を持つことを承認する当事者の優位的正当化は,格差原理にもとづく判断と言える。 しかし当事者の優位的正当化はNIMBY 施設に対する当事者からの拒否の連鎖を招き, 人々が共貧状態に陥るリスクを高める。これは,贝人のジレンマにおけるプレイヤー2名がいずれもマクシミン原理を選好した結果,共貧状態に陥る過程と一致する。このように見れば,NIMBY問題における当事者の優位的正当化が,合理的な戦略と言えないことは明らかである。NIMBY 問題の解決方略には様々な指針があるが, 当事者の優位的正当化を抑制することは, 重要な選択肢になり得る。 ## 1.2 当事者の多極化 本研究では,ある地域に地層処分場を建設する是非に関わるアクターとして,地元住民・専門家・不特定多数者・政府という 4 種を取り上げる。 これらのアクターの中で,冒頭で述べた当事者の定義が適用され得るアクターは地元住民である。 それ以外の不特定多数者や政府は, 地層処分場が立地できなければ, 全国の原発敷地内で一時保管され続ける HLWの管理コストやリスクの負担を迫られる。ただしこのコストやリスクはすべての人々が被るものであり,特定のアクターのみに偏在するものではない。したがってこれらのアクターは当事者とは位置づけられない注2。 このように,地層処分場をめぐっては,当事者として地元住民のみが含まれる構造が想定される。 これは, 当事者が 1 種のみの単極構造である。この場合, 誰が当事者(地元住民)になるかが予測できない無知のヴェールが成立することで, 単極の当事者である地元住民の正当性のみを高く評価する当事者の優位的正当化が生じやすいだう。 しかし, 地層処分場をめぐって想定される当事者は地元住民だけではない。地層処分場の問題は, 現世代が原発の恩恵を得る一方, HLWの処理に伴うコストやリスクが特に将来世代に集中するという,世代間不公平を内包する(Taebi, 2017)。 ここには,地層処分場が建設されれば地元住民に負担が集中する一方,建設されない場合には将来世代に負担が集中するという,2種の当事者間でのゼロサム的な利害対立構造が成立する。すなわち,地層処分場の立地をめぐるアクターに将来世 代を加えた場合,利害が対立する 2 種の当事者それぞれの正当性が焦点化する。本研究ではこの状況を,NIMBY 施設をめぐる当事者の多極化構造 (multi-polarization of concerned parties) と呼称する。 地層処分場の是非をめぐって将来世代の利害が呈示された事態で地元住民のみを優位的に正当化すれば,地層処分場の立地可能性が低減し,将来世代が不利になる。将来世代は,地元住民と同様,誰もがそこに配置され得るアクターである。人々にとって自身や内集団メンバーが地元住民と将来世代いずれにもなり得ると判断できるとき, いずれか一方の正当性を優位化して他方の正当性を抑制することは,自らを不利にすると推測されるだ万う。このとき,人々がマクシミン原理によって自他の正当性を判断するのであれば,その際の重点は特定の当事者のみを優位化することではなく, 当事者間の利害の均衡に置かれるはずである。地元住民と将来世代の利害を均衡させるために人々が取り得る現実的な選択肢は,利害均衡の方策を実施し得るアクターとして政府を決定者とすることである。すなわち,複数の当事者間で利害が対立する当事者の多極化構造の下では,地元住民のような特定の当事者に対する優位的正当化が抑制され,代わって政府・行政の正当性に対する評価が高まると考えられる注3。 地層処分場の立地をめぐり,当事者として地元住民のみが呈示された場合には,地元住民の正当性が他のアクターよりも高く評価されるだろう。 しかし, 将来世代が呈示された場合には当事者の多極化構造が成立し,地元住民の正当性は抑制され,政府の正当性に対する評価が高まると仮定できる。本研究ではこの仮説の検証を通じ,NIMBY 問題に扔ける当事者の優位的正当化が,当事者を多極化することで抑制される可能性を探る。 ## 1.3 正当性の承認-受容モデル 人々の正当性判断は,自他がどれほど信頼できるかの評価である信頼性や,自他の権利が法規的ないし政治的,社会的な規範や制度に依拠しているかの評価である法規性によって規定される(野波,2017a)。大友ら(2016) および野波ら (2019)は Feather (2008) や Feather, Mckee, and Bekker (2011) をもとに,各アクターの正当性がそのアクターの決定に対する人々の受容意図を規定するという承認一受容モデルを検討した(Figure 1)。 このモデルでは,信頼性ないし法規性を高く評 Figure 1 Approval-acceptance model accounting interpretation of legitimacy of each actor stimulates approval intention toward his/her decision (Ohtomo et al., 2016; Nonami et al., 2019) 価されたアクターは正当性も高いと判断され,当該アクターの決定に対する受容意図が促進されると予測する。一方,信頼性と法规性が低く評価されたアクターに対してはネガティヴな情動反応が喚起され,正当性に負の影響が及ぶ。本研究では,当事者の多極化構造がこのモデルに及ぼす影響についても,あわせて検討する。 先述の仮説の検証および承認-受容モデルの検討のため, 本研究では参加型シミュレーション. ゲーミングの一種である「誰がなぜゲーム(Who \& Why Game, 以下 WWG)」(野波, 2017b; 野波ら, 2019)を実施する。WWGは参加者に公的決定とそれに関わる複数のアクターを呈示し,彼らを各アクターに割り当てた上で,当該の公的決定を行う自他の権利に関する討議を行うものである。本研究と同様に地層処分場の立地をめぐる討議場面を設定した野波ら(2019)は,各アクターに対する承認-受容モデルには討議前後で顕著な差異がないことを確認した。本研究ではこれを受け,多様なアクター間での討議が承認-受容モデルに及ぼす効果について,再度の検証を試みる。 ## 2. 方法 ## 2.1 WWG/地層処分場版の概要 以下,野波ら (2019)をとに,本研究で実施するWWG/地層処分場版の設定と手順を述べる。参加者は 8 12名で1グループとなり(ゲームは複数グループで同時進行),「政府からA 町に,地層処分場の立地調査が打診された」というシナリオを配布された。このシナリオ上では,以下のアクター4種がそれぞれ意見を表明していた住4。 ・地元住民:A町の地層処分場に反対を表明 $\cdot$識者/専門家:安全性判断の立場から賛成表明 - 国民多数者:公益重視の視点から賛成表明 ・政府機関:建設推進の立場から賛成表明 以後, 次の4つのステージが進行する。 ステージ1:参加者は各自,A町における地層処分の決定権を持つべきと考える順に,アクター 4 種を1〜4位で順位化し,順位の根拠も記述。 ステージ2:シナリオ上の教示によって参加者をアクター4種いずれかへ割り当て,それぞれの立場にもとづく視点から,自身を含むアクター 4 種の順位化とその根拠の記載を求める。 ステージ3:同一のアクターに入った $2 \sim 3$ 名の参加者同士で約 10 分間の討議を行い, アクター 4 種の順位とその根拠について,アクター内で合意を作る(異なるアクターとはコンタクトしない)。 ステージ 4 :異なるアクター間で約 25 分の討議を行い, 参加者全員(グループ内 $8 \sim 12$ 名)が合意できる順位を決定する。 ## 2.2 実験計画と操作 地層処分場の立地をめぐる当事者の多極化構造が人々の正当性判断に及ぼす影響を検討するため, 当事者構造 ( 2 : 単極, 多極 $) \times$ アクター間討議 $(2$ : 討議の前後 $) \times$ 評価対象アクター $(4$ : 評価対象となる地元住民・識者・国民多数者・政府機関)の実験計画を組む。WWGの実施にあたり, この計画に沿って以下の操作を行った。 ゲーミングの実施前に,参加者に対して HLW と地層処分事業に関する説明を行った。主な説明内容は, HLWの概要と日本国内におけるその蓄積量, 一時保管の現状と, この問題の解決策としての地層処分の概要およびわが国での事業推進の現状である。説明の際には,地層処分場のメリット(HLWのリスク低減,保管コストの削減)とデメリット(HLWのリスク)の2点を強調した。 当事者が地元住民のみの単極化条件ではここで説明を終了したが,地元住民に加えて将来世代をもうひとつの当事者と認知させる多極化条件では, この後さらに, 地層処分場が建設できない場合は将来世代のリスクやコストが増大すること, HLWをめぐる将来世代の負担軽減は原発を利用してきた現世代の責務であること,という2 点の説明を加えた。またシナリオ上でも, 将来世代への配慮を求めるイラストと文面を,繰り返し呈示した。これらの操作により, WWGの中で構造的に設定されたアクター 4 種(町の住民・専門家$\cdot$国民多数者・政府機関)に加え, 将来世代の利害についても考慮させることを試みた。 参加者大学生男女 303 名が参加(平均年齢 $M=$ 19.0)。単極化条件は $\mathrm{n}=174$, 多極化条件は $\mathrm{n}=129$ で, 性別の偏りはなかった $\left(\chi_{(1)}^{2}=0.99\right.$, n.s. $) 。 ア$ クター 4 種には各々 $74 \sim 80$ 名を配置し, 性差はなかった $\left(\chi_{(3)}^{2}=1.11\right.$, n.s.)。 測定尺度アクター間の討議が正当性判断に及ぼす影響を検討するため,先述のステージ4(アクター間討議後)の前後という 2 時点で,参加者に質問紙への回答を求めた。測定変数は, Figure 1 の仮説モデル中に示したアクター 4 種それぞれの正当性・信頼性・法規性 - 情動反応 - 決定受容に対する評価であり,大友ら (2016) と野波ら (2019) をもとに,以下の項目を設定した(すべて,「まったくあてはまらない (1点) 」〜「非常にあてはまる (5 点)」の5 段階, すべて $\alpha \mathrm{s}>.73$ )。 正当性アクター 4 種それぞれについて,「私はこの場面で, 町の住民(ほか, 識者/専門家, 国民の多くの人々, 政府機関の関係者)が地層処分場の決定者になることを,承認しようと思う」および「地層処分場の是非を決める人々を地元住民 (ほかアクター 3 種) とすることに, 私は同意できる」という計 8 項目。 信頼性「地層処分場の是非を決定する上で, 町の住民(ほかアクター3種)は信頼できる」と 「地層処分場の是非を決める上で, 町の住民(ほかアクター3種)は頼りになる」という計 8 項目。法規性「法律や条例の上で, 地層処分場の是非を決定する権利を持つのは,町の住民(ほかアクター3種)と定められているはずだ」と「町の住民(ほかアクター 3 種)が地層処分場の是非を決める権利は, 法律や条例などで保障されているはずた」の計 8 項目。 情動反応「町の住民(他3アクター)が, 地層処分場の是非の決定に関わることには, なんとなく不満を感じる」と,「地層処分場の是非を決めることに町の住民(他3アクター)が関与してきたら,なんとなくいらだちを感じる」という計 8 項目。 受容意図「町の住民(ほかアクター 3 種)が地層処分場の是非を決定すれば,私はそれを受け入れようと思う」および「地層処分場の是非を決めるのが町の住民(ほかアクター3種)であれば,私はそれに従う義務がある」という計 8 項目。 ## 3. 結果 ## 3.1 操作チェック 地層処分場におけるNIMBY の構造に対する参加者の理解を調べるため,ゲーミングの開始時に地層処分場の必要性を尋ねた「日本全体の将来を考えると,地層処分場はやはり必要だと思う」への回答 (5段階) に,当事者構造 (2)の 1 要因 ANOVA を加えた。その結果,当事者構造の主効果が検出された $\left(F_{(1,301)}=49.10, \quad p<.001\right)$ 。多極化条件では,単極化条件よりも地層処分場の必要性が有意に高く評価された(多極化条件 $M=4.42$, 単極化条件 $M=3.83$ )。ただし単極化条件でも回答値は 5 段階の中央 (3.0)を上回っており,地層処分場が必要であるとの評価は両条件で共通であった。また,近隣での立地に対する許容を尋ねた「自分の住む近くに,地層処分場はないほうがいい」への回答値では,当事者構造の主効果は有意ではなかった $\left(F_{(1,301)}=2.00\right.$, n.s. $)$ 。多極化と単極化いずれの条件でも回答值は 5 段階中の 4.0 を上回った (前者では $M=4.09$, 後者では $M=4.24$ )。すなわち参加者は,地層処分場の必要性を肯定的に評価する一方,自身の近隣での立地には,強い否定的評価を示した。参加者は,地層処分場が内包する NIMBY 構造を理解していたことが示された。 ## 3.2 各アクターの順位の動向 Table 1 は,2つの当事者構造(単極化$\cdot$多極化) におけるステージ4(アクター間討議後) の前後で,ゲーミング参加者が自己を含むアクター 4 種それぞれの正当性を順位づけた結果である。 単極化条件では,アクター間討議の前後いずれでも参加者のおよそ8割が地元住民を 1 位としたのに対し,多極化条件におけるこの割合は 5 割未満にとどまった。また政府機関の順位について,単極化条件では討議の前後を通じて参加者のおよそ 4 割が最下位の 4 位としたが,多極化条件では 2 割未満となった。当事者の単極化・多極化に応じて,地元住民と政府機関の正当性に対する評価が変化したことが示唆された。 ## 3.3 各変数に対する当事者構造と討議の影響 先述のように,ゲームのステージ4(アクター 間討議後)の前後で,自己を含むアクター 4 種 (地元住民,識者/専門家,国民多数者,政府機関関係者)の正当性 ・信頼性・法規性・情動反応受容意図に関する評価を測定した。これら 5 種の変数について,すべての測定項目を独立させて一括投入した探索的因子分析(最尤法,プロマックス回転)の結果は,信頼に関する項目のみ他から独立した 2 因子構造を示した(因子間相関 $r=0.59 ) 。$ Table 1 Ordering of 4 actors in each levels of single- and multi-polarization befor and after discusion on 4th stage (total 303 players) Table 2 Goodness-of-fit Indices for Structural Models Representing Confirmatory Factor Analyses of legitimacy, trustworthiness, legality, emotional response, and acceptance of decisions Note: Model in bold is the best fitting model according to the comparison of $\chi^{2}$-statstics, GFI, RMSEA. 他母集団同時分析による確証的因子分析の結果は, Table 2 の通りである。上記 5 種の変数から構成される 5 因子モデルは $\chi^{2}$ 值が最も近い4因子モデルとの間で有意差があり $\left(\Delta \chi_{(4)}^{2}=368.09, \Delta p<.001\right)$,適合度も最も高かった。 5 因子モデルの構成概念は「正当性」$\cdot$「信頼性」・「法規性」・「情動反応」$\cdot$「受容意図」であり,それぞれ対応する測定項目を含んでいた。 各アクターの正当性,信頼性,法規性,情動反応,および受容意図に対する評価(すべて2 項目の単純加算平均値)について,当事者構造 $(2) \times$ アクター間討議 (2)×評価対象アクター (4)の 3 要因ANOVAを行った。 Figure 2は,各アクターの正当性に対する評価である。当事者構造とアクター間討議の主効果(それぞれ, $F_{(1,301)}=8.54, \quad p<.01, \quad \eta^{2}=.03 ; \quad F_{(1,301)}=$ $27.80, p<.001, \eta^{2}=.09$ ), 評価対象アクターの主効果 $\left(F_{(3,903)}=42.91, p<.001, \eta^{2}=.13\right)$, 当事者構造 $\times$対象アクターの交互作用 $\left(F_{(3,903)}=13.04, p<.001\right.$, $\eta^{2}=.04$ )が有意となった。また, 当事者構造×討議 $\times$ 対象アクターの交互作用に有意傾向が認められた $\left(F_{(3,903)}=2.58, p<.06, \eta^{2}=.01\right)$ 。 下位検定の結果,単極化条件と多極化条件のいずれでも討議と対象アクターの単純主効果が有意となった。対象アクターの単純主効果について,単極化条件ではアクター 4 種すべてに対する評価の間で有意差が認められ(Holm法による多重比較, 以下すべて同様), 地元住民の正当性が他より高く評価された。これに対して多極化条件では,地元住民と政府機関に対する評価の間で有意差が見られず,両者の正当性が同程度に評価された。 討議の単純主効果については, 単極化条件では政府機関を除くアクター 3 種, 多極化条件では国民多数者と政府機関において有意となった。いずれも討議後には正当性への評価が向上した。 Figure 2 Each actor's legitimacy in each levels of single- and multi-polarization befor and after discusion on 4th stage さらに当事者構造の単純主効果は,地元住民と識者/専門家,および政府機関において有意であった。多極化条件では単極化条件に比較して,地元住民と識者/専門家の正当性が有意に低く,一方で政府機関の正当性に対する評価が有意に高かった。 次にFigure 3 は,各アクターの信頼性である。アクター間討議および評価対象アクターの主効果 (それぞれ $, F_{(1,301)}=4.58, p<.05, \eta^{2}=.02 ; F_{(3,903)}=$ $\left.183.38, p<.001, \eta^{2}=.38\right)$ ,ならびに討議×対象アクターと当事者構造 $\times$ 対象アクターの交互作用が有意となった(それぞれ, $F_{(3,903)}=11.24, p<.001, \eta^{2}=$ $\left..04 ; F_{(3,903)}=13.04, p<.001, \eta^{2}=.04\right)$ 。さらに, 当事者構造 $\times$ 討議×対象アクターの交互作用も有意であった $\left(F_{(3,903)}=3.57, p<.05, \eta^{2}=.01\right)$ 。 下位検定の結果, 単極化・多極化条件のいずれでも, 討議×対象アクターの単純交互作用が認められた。単極化条件では地元住民への評価のみで討議の単純主効果が有意たっったが, 多極化条件では地元住民を除く3アクターにおいて, 討議の単純主効果が有意となった。単極化条件におけるア Figure 3 Each actor's trustworthiness in each levels of single- and multi-polarization befor and after discusion on 4 th stage クター間討議は地元住民のみの信頼性を向上させ,対照的に多極化条件での討議は,識者/専門家,国民多数者,および政府機関の信頼性を向上させた。 さらに当事者構造の単純主効果については,地元住民と識者/専門家,および政府機関において有意と認められた。単極化条件と多極化条件で共通して識者/専門家の信頼性が最も高いが,地元住民の信頼性は単極化条件よりも多極化条件で有意に低く,逆に政府機関の信頼性は,多極化条件においてより高く評価された。 Figure 4は法規性の評価である。ここでは, アクター間討議および評価対象アクターの主効果(それぞれ, $F_{(1,301)}=17.24, p<.001, \eta^{2}=.05 ; F_{(3,903)}=46.51$, $\left.p<.001, \eta^{2}=.13\right)$ ,ならびに当事者構造×対象アクターの交互作用が有意となった $\left(F_{(3,903)}=16.51\right.$, $p<.001, \eta^{2}=.05$ )。 下位検定の結果,単極化条件と多極化条件のいずれでも,討議と対象アクターの2つの単純主効果が有意と認められた。対象アクターの単純主効果について多重比較を行ったところ,まず単極化条件では,識者/専門家と政府機関の間を除くすべてのアクター間で有意差が認められ,地元住民の法規性が最も高く評価された。一方で多極化条件では,地元住民と政府機関,および国民多数者と政府機関の間で,有意差が見られなかった。 当事者構造の単純主効果に関しては,すべてのアクターに対する評価で,有意となった。単極化条件に比較して多極化条件では,地元住民および識者/専門家の法規性が有意に低く,一方で国民多数者と政府機関の法規性は有意に高かった。 Figure 4 Each actor's legality in each levels of singleand multi-polarization befor and after discusion on 4 th stage Figure 5 Emotional responses to each actors in each levels of single- and multi-polarization befor and after discusion on 4th stage Figure 5は,各アクターへの情動反応である。当事者構造と評価対象アクターの主効果(それぞれ, $F_{(1,301)}=18.19, p<.001, \eta^{2}=.06 ; F_{(3,903)}=58.78, p<$ $\left..001, \eta^{2}=.16\right)$, および当事者構造 $\times$ 対象アクター と討議メ対象アクターの交互作用(それぞれ, $F_{(3,903)}=7.25, p<.001, \eta^{2}=.02 ; F_{(3,903)}=3.50, p<.05$, $\eta^{2}=.01 \mathrm{~ か ゙ 有意と認められた 。 また , 当事者構造 ~}$ X討議×対象アクターの交互作用に有意傾向が認められた $\left(F_{(3.903)}=2.24, p<.09, \eta^{2}=.01\right)$ 。 単極化条件では対象アクターの単純主効果のみ有意であり,多重比較の結果,すべてのアクター 間で有意差が見出された。単極化条件における否定的な情動反応は,地元住民に対して最も低く,国民多数者に対して最も高かった。一方で多極化条件では, 討議×対象アクターの単純交互作用が有意となった。多重比較の結果,多極化条件では Figure 6 Acceptance intentions to each actor's decisions legality in each levels of single-and multi-polarization befor and after discusion on 4th stage 討議後に識者/専門家と政府機関への情動反応が,地元住民へのそれと同水準となった。 討議の単純主効果は識者/専門家においてのみ有意と認められた。識者/専門家に対する否定的な情動反応のみが討議後に高まる結果となった。 当事者構造の単純主効果は,国民多数者と政府機関への情動反応において,有意であった。国民多数者と政府機関に対する否定的な情動反応は,単極化条件よりも多極化条件で有意に低かった。 Figure 6は,各アクターの決定に対する受容意図である。アクター間討議および評価対象アクターの主効果(それぞれ, $F_{(1,301)}=18.14, p<.001$, $\left.\eta^{2}=.06 ; F_{(3,903)}=40.25, p<.001, \eta^{2}=.12\right)$, ならびに当事者構造対象アクターの交互作用が有意となった $\left(F_{(3,903)}=12.18, p<.001, \eta^{2}=.04\right)$ 。また, 当事者構造 $\times$ 討議 $\times$ 対象アクターの交互作用も有意であった $\left(F_{(3,903)}=5.58, p<.05, \eta^{2}=.02\right) 。$ 下位検定の結果, 単極化条件のみで討議×対象アクターの単純交互作用が認められた。単極化条件では,他のアクターに対する受容意図に比較して地元住民へのそれが有意に高かった。また討議の単純主効果に関しては,地元住民と識者/専門家に対する受容意図が,討議後に有意に向上した。これに対して多極化条件では,討議および対象アクターの単純主効果が有意と認められた。対象アクターの単純主効果に関する多重比較の結果では,地元住民と政府機関に対する受容意図には有意差がなく,また識者/専門家と国民多数者の間でも有意差がなかった。また討議の単純主効果については,国民多数者と政府機関に対する受容意図が討議後に向上した。 さらに, 当事者構造の単純主効果は, 地元住民と政府機関,および国民多数者において有意となった。単極化条件に比較して多極化条件では,地元住民に対する受容意図が有意に低く,代わって国民多数者および政府機関への受容意図が有意に高かった。 各変数に対するANOVAの結果から, 以下の点が示された。まず単極化条件では, 地元住民の正当性とその決定に対する受容意図が他のアクター よりも高く評価されるが, その一方で多極化条件では, 政府機関の正当性とその決定に対する受容意図が高かった。つまり単極化条件では地元住民の優位的正当化が顕著だが,多極化条件ではこの傾向が抑制され, 代わって政府機関の正当性が高く評価された。これらは討議前よりも討議後において,より顕著であった。また信頼性と法規性についても,多極化条件では地元住民に対するこれらの評価が低く, 政府機関への評価が高かった。 これらの傾向が討議後においてより顕著になることも,正当性と同様であった。 ## 3.4 当事者構造が承認一受容モデルに及ぼす影響 討議前後および当事者構造(単極化, 多極化) の各セルでアクター 4 種それぞれに対する潜在変数間の相関係数を算出した結果,ほぼすべての変数間に有意な相関 $(p<.05 \sim p<.001)$ が見られた。 これら潜在変数間の因果関係を, Figure 1 の承認一受容モデルに沿って構造方程式モデルで検討した。分析に際しては,アクター間討議の前後それぞれにおいて,当事者構造の2 条件間(単極化,多極化)で多母集団同時分析を行う手法をとった。モデルの適合度検証には $\chi^{2}$ 変化量の有意性検定を採用し, 配置不変モデルから測定不変モデルに至るパスの等値制約解除の必要性を比較した。 Table 3のように, 討議前の地元住民に対する承認-受容モデルには, 単極化と多極化条件の間で有意水準 $(p<.05)$ に達した標準化推定値(z値)がなかった。結果として,すべてのパスに等値制約を想定した測定不変モデルは,配置不変モデルとの間で適合度差 $\left(\Delta \chi^{2}\right)$ が有意ではなかったが, $\mathrm{AIC}$ の改善傾向をもとに,測定不変モデルを採用した。以下,すべてのアクターに対する承認-受容モデルに対して, 同様な手続きで分析を行った。 Table 3 Goodness of fit for approval-acceptance model in each levels of single- and multi-polarization before and after discussion by all 4 actors Figure 7 およびFigure 8 は, Table 3で示した多母集団同時分析の結果から採用されたアクター 4 種それぞれに対する承認一受容モデルを,アクター 間討議の前後で示したものである。当事者構造の 2 条件におけるアクター 4 種, および討議前後のそれぞれで検討したモデルすべてで,正当性から受容意図への強い影響が一貫して検出された。また,正当性に対する法規性の影響が有意であることも,討議後における単極化条件での政府機関に対するモデルを除き,一貫していた。信頼性から受容意図への直接的なパスは,討議前における多極化条件での識者/専門家に対するモデルなどを除き有意ではないケースが多かった。また正当性に対する情動反応のパスも,識者/専門家と国民多数者では討議後に単極化条件でのみ有意性が失われたが,その他のアクターや当事者構造の条件では,討議前から討議後にかけて変化は見られな かった注5。 個別に見た場合,まず地元住民に対するモデルに関して,単極化条件では信頼性と法規性の両方が正当性に有意な影響を及ぼす一方,多極化条件では討議前で信頼性の影響が低かった( $\beta_{\text {標笨解 }}=$ 0.10,n.s.)。情動反応は,討議前後いずれでも単極化条件のみで正当性に負の影響を及ぼした。識者/専門家に対するモデルでは, 単極化と多極化条件いずれでも法規性のみが正当性の規定因となった。情動反応は, 多極化条件において討議前後いずれでも正当性への有意な規定因と認められた。国民多数者に対するモデルでは,地元住民のモデルと同様,単極化条件で信頼性と法規性が正当性に影響を及ぼす一方,討議前の多極化条件でのみ,信頼性の影響が低かった $\left(\beta_{\text {標漸解 }}=0.14\right.$, n.s. $)$ 。同様に情動反応の影響も, 多極化条件のみで討議前後を通じて有意であった。政府機関に対するモ Figure 7 Approval-acceptance models accounting interpretation of each actor stimulates approval intention toward his/ her decisions (before discussion on 4th stage, single-polarization/multi-polarization) Figure 8 Approval-acceptance models accounting interpretation of each actor stimulates approval intention toward his/ her decisions (after discussion on 4th stage, single-polarization/multi-polarization) デルでは,単極化条件で信頼性が正当性の規定因となった(討議前 $\beta_{\text {標準解 }}=0.51$, 討議後 $\beta_{\text {標準解 }}=$ 0.87)。しかし多極化条件では信頼性ではなく法規性の影響が認められた(討議前 $\beta_{\text {標準解 }}=0.50$, 後者は $\left.\beta_{\text {標準解 }}=0.32\right)$ 。情動反応は, 討議前後いずれでも多極化条件のみで正当性の規定因となった (討議前 $\beta_{\text {標準解 }}=-0.49$, 討議後 $\left.\beta_{\text {標準解 }}=-0.42\right)$ 。アク ター4種に対するモデルの俯瞰からは,地元住民と国民多数者では信頼性と法規性の両方が正当性の規定因となるのに対し, 識者/専門家と政府機関では信頼性の影響が低いという差異が明らかになった。討議の前後における変化は少なかった。 なお Figure 1 のモデルには, 正当性と受容意図に対して特定の変数を介した間接効果が想定でき る。Table 4 は,アクター間での討議前後および当事者構造(単極化,多極化)の各セルで,アクター 4 種の正当性と受容意図に対する間接効果を検討するため,媒介分析を行った結果である(ブートストラップ法, $95 \%$ 信頼区間, サンプル数 5,000)。地元住民のモデルにおいて,単極化条件では信頼性が正当性を介して受容意図に正の間接効果を及ぼしたが,多極化条件ではこれが有意ではなく,法規性の間接効果が見られた。同様に政府機関のモデルでも,単極化条件では政府機関への信頼性が正当性を介して決定受容に間接効果を及ぼしたが,多極化条件で正当性を介した間接効果が認められたのは,法規性と情動反応であった。識者/専門家のモデルでは,単極化・多極化条件いずれでも,信頼性・法規性・情動反応が正当性を介して決定受容に間接効果を及ぼした。同様な傾向は討議前の国民多数者のモデルでも認められた。 ## 4. 考察 本研究で実施したWWGでは,将来世代の利害を教示しなかった単極化の条件において,地元住民の正当性と法規性に対する評価,ならびにその決定に対する受容意図が,他のアクター 3 種よりも高くなった。すなわち, 各アクターに割り当てられた参加者の間に,地元住民の権利を最重視する当事者の優位的正当化が成立した。一方,将来世代の利害を教示した多極化条件では,地元住民の正当性,信頼性,法規性への評価と,その決定に対する受容意図が低かった。 以上の結果は, NIMBY 問題において当事者が住民のみの単極だった場合には彼らに対する優位的正当化が発生するが,将来世代も併せて呈示する多極化構造の下では地元住民の優位的正当化が抑制されるという当初の仮説と一致する。また多極化条件では政府機関の正当性,信頼性,法規性,およびその決定に対する受容意図が高く,これも当初の仮説に一致する結果であった。多極化条件における地元住民への優位的正当化の低下, ならびに行政の正当性に対する評価の上昇は,討議前よりも討議後においてより顕著であり,この点では討議の効果が示唆された。 世代間持続可能性ジレンマゲーム (intergenerational sustainability dilemma game; ISDG)を用いたKamijo, Komiya, Mifune, and Saijo (2017)の実験は,特定のプレイヤーに将来世代の役割を割り当てること で,実際には不可能な将来世代と現世代の模擬的なコミュニケーションを成立させた結果を検討したものである。これによると,仮想将来世代が参加しない場合では7割のプレイヤーが自分たち現世代の利益を優先するが,仮想将来世代が参加した場合には,現世代が犠牲を払って将来世代の利益を維持する選択が6割に達したという。 本研究で将来世代への注意を喚起する操作は,地層処分場が建設できない場合の将来世代のリスクやコスト,および原発を利用してきた現世代の責務を教示することであった。Kamijo et al. (2017) のようにコミュニケーション可能な将来世代の設定はなかったが, 本研究のような世代間不公平に関する教示のみでも,NIMBY 問題における人々の判断が変化することを示す結果となった 構造方程式モデルにもとづく分析からは, 討議を通じたモデルの変化は総じて少ないことが示唆された。また,アクター 4 種それぞれの決定に対する受容意図に,正当性が強い規定因となった。 これらは,野波ら(2019)に一致する結果である。 一方,当事者構造の条件間ならびにアクター間での差異としては,地元住民と国民多数者の正当性を信頼性と法規性が規定するのに対し,識者/専門家と政府機関では信頼性の影響が低かった。特に政府機関のモデルにおいて,単極化条件では正当性に対して信頼性が有意な規定因となる一方, 多極化条件で規定因となったのは法規性と情動反応であった。媒介分析でも,単極化条件では政府機関への信頼性が正当性を介して決定受容に間接効果を及ぼすのに対し,多極化条件で同様な間接効果を及ぼすのは,法規性と情動反応であった。 当事者が多極化する状況下で政府機関の正当性が高まる背景として,本研究ではRawls(1999)にもとづき,人々が当事者間の利害の均衡を重視するためと考えた。自分自身や内集団メンバーが地元住民と将来世代のいずれかになり得ると判断できるとき,一方の正当性を優位的に評価して他方の正当性を抑制することは,自身にとって不利となる。本研究の実験参加者であった大学生は, 実際に地元住民にも将来世代にもなり得る層である (注2参照)。この場合,人々は地元住民と将来世代の利害を均衡させる方策を望み,それを可能にするアクターとして,政府機関が決定者となることを選好すると予測した。 この過程を通じて政府機関の正当性が高く評価 野波ら:NIMBY 問題で当事者に対する優位的正当化が抑制されるとき されるのであれば,政府機関はすべての当事者に不偏・公平であろうとの期待,すなわち信頼が,正当性の規定因になるはずである。NIMBY施設の是非をはじめとする公共政策をめぐっては, 行政への信頼が市民・住民の受容意図に影響を及ぼすとされる(Siegrist and Cvetkovich, 2000; 藤井, 2005;広瀬・大友,2015)。ただし,これらの研究はいずれも,当事者が単独となる状況での政府・行政への評価に焦点をあてたものである。本研究と同一のアクター4種によるWWGを用いた野波ら(2019)でも,当事者が地元住民のみの状況下において政府機関の正当性に信頼性からの強い影響を見出している。これらの研究と異なり, 当事者が多極化した状況下では,政府機関の政策がその信頼性にもとづいて個々の当事者すべてに受容されることは困難であろう。政府機関が,利害の異なる当事者のすべてから信頼を得ることは難しいからである。利害や価値観の異なる当事者同士が特定の政策や政治目標を等しく受容する上では, その政策が社会の中で構造化された一定の規範や価値に合致するがゆえに多くの人々が受容する (あるいは,せざるを得ない)であろうという,集合的受容の予測が重要になると考えられる。この予測は,政治システムなどの権威や規範に対する人々の受容が,不特定多数がそれらを受容するだろうとの個人の予測によって促進されるとした Zelditch 5 (Walker, Thomas, and Zelditch, 1986; Zelditch, 2001; Johnson, 2004) や Dornbush and Scott (1975)の示唆から,理論的に裏づけられる。 本研究では正当性の規定因として,信頼性と法規性,ならびに情動反応を設定した。信頼性は個人の信念や価値観にもとづく主観的な準拠枠であるため, 当事者間で多様化しやすい。これに対して法規性は,法規的ないし政治的,社会的な規範や制度に依拠した準拠枠なので,利害や価値観の異なる当事者間でも共通の評価が成立しやすい。 このため,多極化した当事者間で特定の政策に対する受容可能性が問われた際に,人々は政府・行政に信頼性よりも法規性を期待すると考えられる。実際に多極化条件では, 単極化条件に比較して政府機関へのネガティヴな情動反応が有意に低く, 他方で正当性は高く, このため情動反応から正当性への負のパスが認められる形となった。 NIMBY施設をめぐって当事者が多極化した状況下では政府・行政に対する人々の不満が抑制されるとともに,その決定権への期待が法規性に準拠 して高まるとの仮説が提起できる。複数の当事者を含む多様なアクターの利害が対立する状況下で, 政府・行政の信頼性と法規性が, 人々の正当性判断とそれを介しての政策受容に及ぼす効果については,今後の詳細な検討が求められる。 本研究では, 将来世代を含む多様な当事者の呈示により, 人々が特定の当事者に対する優位的正当化を抑制すること,それとともに法規性にもとづき政府・行政の正当性に対する評価を高めること, この2つの可能性が示された。この結果からは,地層処分場ををはじめとする様々なNIMBY 施設の是非が問われた場面で多様な当事者の利害や価値観が対立したとき,いずれか特定の当事者よりも政府・行政が決定を行うことへの承認傾向が,人々の間で高まることが示唆される。このことは結果として,当事者の優位的正当化がもたらす拒否の連鎖から, 政府・行政による決定を受容するルールの形成へと事態を推移させ, NIMBY 施設をめぐる合意形成を促す可能性が指摘できる。 すなわち本研究の結果は, NIMBY 問題の解決に向けた具体的な方略の提起にもつながり得る。 ただしこれらの結果は, 模擬討議の場面を設定したシミュレーション・ゲーミングから得られたものである。ゲーミング参加者が大学生であり,将来世代への配慮を左右する要因と想定できる年齢層の差異が検証できない点など, 本研究の知見には限界がある。結論の妥当性を高める上では,現実の社会的文脈におけるNIMBY 問題をとらえた調査的研究や, より厳密な条件統制を加えた実験的手法による検証が,今後さらに必要である。 本研究の焦点は, NIMBY施設をめぐって無知のヴェールが成立する状況,すなわち誰が当事者になるかが不明の状況における当事者の優位的正当化であった。無知のヴェール下では人々がマクシミン原理を選好するため, 当事者の優位的正当化が生じると仮定された。たたし, NIMBY施設が立地された後には受苦圈と受益圏が明確に分離され,無知のヴェールは消滅する。この状況下ではマキシミン原理が作動しないため, 当事者の優位的正当化は発生しないはずである。しかし実際には, 受苦圏と受益圏が分離された後でも, やはり当事者の優位的正当化が生じるとの報告がある (野波$\cdot$土屋・桜井,2014; 大友ら,2016)。 マキシミン原理が作動しない状況下でも当事者の優位的正当化が生じる背景には, 不利な立場の人々を救済すべき,あるいは少数の人々にのみ負 担を集中させて多数の人々が利益を得る不公平は回避されるべき, といった道徳基盤(Graham, Haidt, and Nosek, 2009; Graham, Nosek, Haidt, Iyer, Koleva, and Ditto, 2011; Haidt, 2012)の影響を考えることができる。NIMBY施設をめぐって当事者が単極の状況では,当事者の救済や彼らと多数者との間での不公平の回避に向けて道徳的な喚起がなされ,当事者の優位的正当化が発生するだ万う。しかし当事者が多極化すると,特定の当事者のみを優位的に正当化すれば別の当事者との間での不公平が生じる。これを回避するため, 政府・行政のような特定の決定者による決定を受容するルールが, すべての当事者を含む全員の間で成立するとの仮定が成り立つ。本研究では特に, 当事者の多極化構造を構成する 2 種の当事者として,地元住民に加えて将来世代の呈示を行った。その際,HLW をめぐる将来世代の負担軽減は原発を利用した現世代の責務といった教示も加えている。これらの操作が,現世代と将来世代との間の世代間不公平の回避に向けた道徳的な喚起をもたらした可能性は高い。NIMBY施設をめぐる正当性の判断において,マキシミン原理と道徳的喚起の影響を分離検証することは,今後の重要課題である。 人々が自他の信頼性や法規性の評価にもとづき,理性的かつ統制的な意思決定過程を通じて正当性を判断するとの仮定に立った本研究の結果に対し, 非統制的で直観的な道徳判断 (Haidt, 2012)にもとづく正当性の判断過程も想定できるのである。当事者の優位的正当化が発生する過程とその抑制可能性について, 本研究の結果を示唆的な知見としつつ,より多面的な検討を進める必要がある。 ## 謝辞 本研究は, 原子力発電環境整備機構委託事業「2020 年度 ・ 2021 年度地層処分事業に係る社会的側面に関する研究支援事業 II」,ならびに名桜大学研究助成による成果の一部である。 ## 参考文献 Dornbusch, S. M., and Scott, W. R. (1975) Evaluation and the Exercise of Authority. San Francisco: JosseyBass. Easterling, D. (2001) Fear and Loathing of Las Vegas: Will a nuclear waste repository contaminate the imaginary of nearby places? In Flynn, J., Slovic, P., and Kunreuther, H. (Eds.) 2001 Risk, Media, and Stigma (pp. 133-156). Earthscan Publications Ltd (UK) Feather, T, N. (2008) Perceived legitimacy of a promotion decision in relation to deservingness, entitlement, and resentment in the context of affirmative action and performance. Journal of Applied Social Psychology, 38, 1230-1254. Feather, T, N., Mckee, I., and Bekker, N. (2011) Deservingness and emotions: Testing a structural model that relates discrete emotions to the perceived deservingness of positive or negative outcomes. Motivation and Emotion, 35, 1-13. 藤井聡 (2005) 行政に対する信頼の醇成条件.実験社会心理学研究,45,27-41. Graham, J., Haidt, J., and Nosek, A. B. (2009) Liberals and conservatives rely on different sets of moral foundations. 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Cambridge University Press. pp. 33-53. ## 注 注1資源エネルギー庁は,地層処分を行う場所として考えるべき科学的特性とその全国的な分布を示した科学的特性マップを,2017年に公開した。https://www.numo.or.jp/kagakutekitokusei_map/ pdf/kagakutekitokuseimap.pdf注2 県市町村議会や知事・市町村長といった自治体の執行機関・議決機関など, 上記 4 種のほかに地層処分場の問題に関わるアクターは多数存在する。本研究でこれら多様なアクターを取り上げなかった経緯については,野波ら(2019)の注4を参照されたい。 注3 HLWの処分をめぐる現世代と将来世代との区別基準は,わが国で原発の恩恵(安価で安定した電力の供給,それによる産業・経済の発展) を受けた世代と,それらの廃炉費用の負担割合が大きい世代との区別より,以下のように設定できる。わが国における原発の耐用年数は「改正原子炉等規制法」(2012年)にもとづいて 40 年(例外として最長 20 年の延長)と定められ, 2049年までにほとんどが運転を停止する見込みである。したがって, 2049 年以降で 65 歳未満の人々 $(2020$ 年時点で 35 歳以下,およびその後に生まれる人々)が,廃炉費用の負担割合が大きい将来世代と位置づけられる。本研究で実験に参加した大学生は, 現時点で原発の恩恵を受けてきたが,将来的に廃炉費用やHLWの処理費用を負担する将来世代にも入る層である。 この基準では,2049年以降に生まれる人々は,原発の直接的な恩恵をほとんど受けず廃炉費用と HLW の処理費用のみを負担する世代となる。注4このシナリオでは,「A町に地層処分場を立地するか,もしくはやめるか,是非どちらとしても,その是非の決定権を持つべきアクターはどれか」という問いかけがなされている。A町での地層処分場の立地そのものは未決で,その是非を決めるアクターの決定が問われた状況であった。立地に反対する地元住民に決定権が承認されれば,A町での立地計画は撤回される可能性もある。すなわち, 地層処分場が実際に立地される地域とその地元住民は未定であり, 誰もが当事者になり得る無知のヴェールが成立する状況となっていた。 注5 モデル検証に際して討議前後での反復測定にもとづく対応データ分析を行った野波ら (2019) に対し, 本研究では当事者構造の 2 条件間におけるモデル比較を優先するため,討議前後のデータを独立させた。したがって,討議の効果に関する言及は分析上の限界を踏まえた示唆的なものであることを付記する。
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# 【原著論文】 # 情報分野の先端科学技術に対するリスク認知 一知識要因に着目した検討一* ## Perceived Risk of Emerging Information Technologies: The Relationship between \\ Knowledge and Perceived Risk of AI, Machine Learning, Self-driving and VR \author{ 高木彩**,武田美亜***,小森めぐみ****,今野将***** } Aya TAKAGI, Mia TAKEDA, Megumi KOMORI and Susumu KONNO \begin{abstract} Emerging information technologies are rapidly growing and expected to change the social systems drastically. This study investigated the relationships between knowledge and risk perceptions regarding new technologies such as AI, machine learning, self-driving, and VR. We conducted an online survey and measured the risk perception and basic scientific knowledge and domain specific knowledge (subjective and objective knowledge regarding emerging information technologies). The results of hierarchical regression analyses showed that the interactive effect of subjective and objective domain specific knowledge was significant. Participants who rated higher in both of subjective and objective knowledge perceived lower risk than other participants. Basic scientific knowledge was correlated with objective knowledge but not significant predictor of risk perception. The explanatory power of the knowledge factors was lower than institutional trust. \end{abstract} Key Words: risk perception, domain specific knowledge, basic scientific knowledge, emerging technology ## 1. 問題 ## 1.1 リスクの認知とコミュニケーションにおけ る知識要因の影響 リスクの認知やコミュニケーションに関わる心理学的要因の 1 つとして, 知識の要因を挙げることができる(木下,2016)。リスク・コミュニケーションにおいて,受け手側がリスクに対して有する知識の影響については, これまで多くの研究関心を集めてきており,その一例には欠陥モデル(deficit model)等の議論を挙げることができるだう。知識量がリスクへの不安感やリスク認知,受容態度に及ぼす影響についても検討はされてはいるもののそれらの研究知見は様々であり,一貫したパターンは見出されていない状況にある (e.g., Evans and Durant, 1995)。その背景には, 知識の測定方法(自己評価か,それとも正誤判断などの客観的な手続きに基づく評価か) (e.g., House et al., 2004)や,測定する知識内容が研究ごとに異なり整理されていないこと等が指摘されている (Visschers and Siegrist, 2018)。 そうした問題について, 本研究では知識要因の操作上の問題を2点検討することにより,知識要  因とリスク認知の関連についてより明確化を図りたい。 1 点目は,知識要因の議論をする際には,何についての知識かという部分を整理し,リスク認知との関連を検討することである。すなわち, 対象技術に関する領域固有の知識であるのか, あるいは科学技術全般に対する科学的基礎知識であるのか, といった知識内容についてである。科学的基礎知識が高い人ほど,対象とする先端科学技術に対する領域固有知識もまた高いという正の相関関係を直感的には想定できるだろう。しかし, 同じハザードに対してであっても,具体的にハザードのどのような側面にかかわる知識かによって,リスク認知や不安感などへの影響が異なることが示唆されている(Bearth et al., 2014; Shi et al., 2015; Tobler et al., 2012)。そのため, 両者はリスク認知に対して同じ関係をもつことを前提としてよいのか検討する。 2 点目は, 知識の測定にかかわる問題, すなわち自己評価に基づくのか,あるいは客観的に実際の知識量を測定するのかという違いを整理し,情報分野の先端科学技術に対するリスク認知においても, 主観的知識と客観的知識の交互作用効果が認められるのかを検討することである。 高木, 小森(2018)によると, 健康影響において科学的に結論の出ていない電磁波のような環境因子のリスク認知については, 認知者の電磁波の原理に関する知識量が影響するが,その関連性は主観的に評価した知識(主観的知識)と実際(客観的知識)では異なっていた。主観的知識と客観的知識の間には交互作用効果が確認されており, 主観的知識量は客観的知識量が少ない場合にのみ有意な効果をもち, 客観的知識量が少ない場合のみ, 主観的知識量が多いほどリスク認知が高まるというパターンであった。それに対して客観的知識量の単純主効果は主観的知識とは無関連で, 客観的知識量が多いほどリスク認知は低かったことが報告されている。本研究では, このような知識要因の交互作用効果が情報分野の先端科学技術でも確認されるのかを検証する。 ## 1.2 情報分野の先端科学技術 本研究で取り上げる人工知能 (AI)や仮想現実 (VR) といった情報分野の先端科学技術の発展は近年目覚しく, 多くの社会的関心が寄せられている。平成 30 年度情報通信白書においても,「人・ モノ・組織・地域などあらゆるものを『つなげる』ことで新たな価値創造を実現するICTを利活用して, 需要喚起, 生産性向上, 社会 - 労働参加を促進することで, 人口減少時代における持続的成長が図られている」(総務省,2018)と近年の状況が説明されている。これらの情報分野の先端科学技術が一般の人々との間に摩擦を起こすことなく社会的に受容されるのか,その見通しを立てる上で当該技術に対する人々の現時点でのリスク認知とその関連要因の認知を把握することは意義があるといえよう。 このような先端科学技術の場合, 電磁波のような環境因子と違って, 健康影響だけでなく評価対象の基本原理の部分でも今後の技術開発により変容するため,そのリスクを判断する上での不明点は多い。そうした性質からは, 先端科学技術のリスク認知には, 技術開発やリスク管理を担う組織への信頼感が密接に関連してくる可能性が考えられるため(Siegrist and Cvetkovich, 2000), 本研究ではリスク認知を予測する変数として組織信頼感の要因をあわせて考慮し, 主観的知識と客観的知識がリスク認知に与える影響がさらに組織信頼感によって調整される可能性も検証することとした。 その検証に際しては, 先端科学技術のリスク認知が知識要因によりどの程度説明されるのか, それは先行研究 (中谷内ら, 2018 ; Raue et al., 2019) が示唆するように影響力は小さいのかも確認を要するだろう。 以上に基づき本研究では調査を実施することにより, まず情報分野の先端科学技術へのリスク認知の現状を把握する。その上でこうした技術のリスク認知に対して知識要因と組織信頼感が及ぼす影響に着目した検討を行う。 ## 2. 方法 ## 2.1 調査対象者と調査時期 15 歳から 64 歳までの 1000 名 (平均年齢 $M=$ 40.08, $S D=13.63$ )であった。サンプルは(株)クロス・マーケティングの有するパネルを利用し, 2018 年 10 月 29 日〜2018年 11 月 6 日にWEB上にて参加を募った。サンプルサイズは性別と年齢階級(10歳階級)で均等になるようにし, 職種が 「電力会社 $\cdot$ 電力関連会社」「情報 - 通信」「官公庁・団体」「新聞・雑誌など」「市場調査」に該当する者は調査対象から除いた。 ## 2.2 調査項目 WEB 調査では,以下の調査項目への回答を求めた。4つの技術 (AI, 機械学習, 自動運転, VR)に関してそれぞれ以下の調査項目への回答を求めた。本研究の評価対象としたこれらの 4 つの技術の選定は,ビジネスパーソンが期待する新技術ランキング(日経BP社,2017)を参考に,社会的関心の高いAIを中心にその要素技術である機械学習と実装形態である自動運転とVRを加え, これらの4つを対象とし情報分野の先端科学技術のリスク認知と知識との関連を検討することとした。 1.リスク認知(各技術に対して1項目, 計4項目):「あなたにとって以下の項目はどの程度危険であると思いますか」との問いに「1:まったく危険ではない」から「7:非常に危険である」,「8:この言葉を聞いたことがない」の8件法で回答を求めた。 2. 主観的知識量(各技術に対して2 項目,計 8 項目):「私は『対象技術 (例:人工知能)』に関して人並には知識があると思う」「私は『対象技術 (例: 人工知能)』のことは全くわからない (逆転項目)」に「1:全くあてはまらない」から $\lceil 7 :$ 非常によくあてはまる」,「8:この言葉を聞いたことがない」の 8 件法で回答を求めた。 3. 客観的知識量 $(24$ 項目): 本研究で取り上げた4つの技術に対してそれぞれ6問の正誤判断課題を提示し「1:正しい」「2:誤っている」「3: わからない」の3件法で回答を求めた(Appendix 1)。分析時には技術ごとに正答数を算出した。 4. 科学的基礎知識 (11 項目): 科学技術-学術政策研究所 (2012)が作成した, 科学技術全般に対する基礎知識を問う 11 問の正誤判断課題を提示し「1:正しい」「2:誤っている」「3:わからない」の3件法で回答を求めた。 5.リスク管理に関わる組織への信頼感(各技術に対して2 項目, 計 8 項目): 先行研究 (中谷内, 2011;高木ら,2007;山崎ら,2008)を参考に,各技術のリスクの管理組織全般への信頼感を測定するために「『対象技術』のリスク管理にかかわる組織(官公庁, 企業, 研究機関など)はどの程度信頼できるとあなたはお考えですか。」という問いに対して,技術ごとに「1:責任感がない— 7 :責任感がある」と「1:信頼できない-7:信頼できる」のSD法による2項目7件法に回答を求めた。調査ではこの他に別の調査項目も設けられていたが,それらについては本稿では割愛する。 ## 3. 結果 ## 3.1 主要変数の記述統計量 以下の分析において, リスク認知と主観的知識量の調査項目に関しては,「8:この言葉を聞いたことがない」の回答は久損値として処理することとした。その結果, リスク認知の指標において欠損値扱いとなったサンプルサイズは $\mathrm{AI} n=4$, 機械学習 $n=125$, 自動運転 $n=1$, VR $n=14$ であった。主観的知識において欠損値扱いとなったサンプルサイズは AI $n=5$, 機械学習 $n=154$, 自動運転 $n=1$, VR $n=10$ であった。以上のような変数ごとの欠損値を処理をした後の有効データをもとに,リスク認知, 主観的知識量, 客観的知識量, 組織信頼感について技術ごとの平均値を算出し4つの技術に関する1要因の分散分析を実施した(Table 1)。 いずれの変数においても,技術の主効果が有意であったため $(F \mathrm{~s}>6.53, p \mathrm{~s}<.001)$, Holm法による多重比較を行った。その結果, リスク認知 $(n=870)$ については自動運転が最も高く $(M=4.23)$, 次いでAI( $M=3.86)$ とR $(M=3.69)$ の順に続き, 最も低かったのは機械学習 $(M=3.58)$ であった。主観的知識 $(n=840)$ と客観的知識 $(n=1000)$ においても, 平均値が最も高いのは自動運転であり, 反対に最も低かったのは機械学習であった。たたし,組織信頼感 $(n=1000)$ に関しては自動運転と機械学習の平均値間の差は有意ではなく, $\mathrm{AI}$ に関する組織信頼感が相対的にやや低いことを示す結果となっていた。 Table 1 Means of main variables by technology & & VR \\ 主観的知識 & $3.95 \mathrm{c}$ & $3.36 \mathrm{~d}$ & $4.26 \mathrm{a}$ & $4.08 \mathrm{~b}$ \\ 客観的知識 & $2.47 \mathrm{~b}$ & $2.07 \mathrm{c}$ & $3.46 \mathrm{a}$ & $2.46 \mathrm{~b}$ \\ 組織信頼感 & $3.91 \mathrm{~b}$ & $4.02 \mathrm{a}$ & $3.98 \mathrm{ab}$ & $4.04 \mathrm{a}$ \\ Note) Scores of risk perception and subjective knowledge range from 1 to 7 , the scores of objective knowledge range from 0 to 6 . Means with different letter are significantly different (Holm method). Table 2a Correlation matrix of main variables regarding $\mathrm{Al}$ (below diagonal) and machine learning (above diagonal) ${ }^{* * *} p<.001,{ }^{* *} p<.01,{ }^{*} p<.05$ Table $2 \mathrm{~b}$ Correlation matrix of main variables regarding self-driving (below diagonal) and VR (above diagonal) ## 3.2 リスク認知と知識要因間の関連 知識要因間(主観的知識,客観的知識,科学的基礎知識),ならびにリスク認知と知識要因間の関連を検討するため,技術ごとに相関分析を実施 Lた(Table 2a, Table 2b)。主観的知識と客観的知識との間には中程度の正の相関が確認された $(r \mathrm{~s}=.34 \sim 41, p s<.001)$ 。また客観的知識と科学的基礎知識の間にはそれよりもやや強めの相関が確認された $(r \mathrm{~s}=.45 \sim .53, p s<.001)$ 。リスク認知と主観的知識, 客観的知識の間には, 有意な負の相関が確認された $(r s=-.22 \sim-.11, p \mathrm{~s}<.001)$ 。リスク認知との間の負の相関関係は,組織信頼感が最も強く( $r \mathrm{~s}=-.43 \sim-.25, p \mathrm{~s}<.001)$, 科学的基礎知識が最も弱かった $(r \mathrm{~s}=-.17 \sim-.08, p \mathrm{~s}<.05)$ 。以上の結果から,科学的基礎知識は領域固有知識(客観的知識,主観的知識)を媒介してリスク認知に影響している可能性が示されたため,Baron and Kenny (1986, p. 1176)が提案するパス解析を用いた手法に基づき媒介分析を行った(Figure 1, Table 3a, Table 3b)。 まず,客観的知識についての分析を行った。科学的基礎知識からリスク認知へのパス ( $\beta \mathrm{s}=-.17$ $\sim-.08, p \mathrm{~s}<.05)$ と, 客観的知識へのパスが有意であった (a $\beta \mathrm{s}=.49 \sim .53, p \mathrm{~s}<.001)$ 。そして客観的知識を統制したところ,機械学習は,有意なままであったが值は小さくなり ( $\left.\mathrm{c}^{\prime} \beta=-.09 p<.05\right)$ ,その Note) Standardized regression coefficients are reported. ${ }^{* * *} p<.001,{ }^{* *} p<.01$ Figure 1 Results of mediation analysis regarding objective knowledge (AI) Table 3a Results of mediation analysis and the Sobel (1982) Test (objective knowledge) ${ }^{* *}{ }^{*} p<.001,{ }^{* *} p<.01,{ }^{*} p<.05$ Note) c: risk perception $<$-scientific knowledge, a: objective knowledge $<$-scientific knowledge, b: risk perception $<$-objective knowledge, c' $^{\prime}$ : risk perception $<$-scientific knowledge (controlled) Table 3b Results of mediation analysis and the Sobel (1982) Test (subjective knowledge) ${ }^{* * *} p<.001,{ }^{* *} p<.01,{ }^{*} p<.05$ Note) c: risk perception $<$-scientific knowledge, a: subjective knowledge $<$-scientific knowledge, b: risk perception $<$-subjective knowledge, c': risk perception $<$-scientific knowledge (controlled) 他の技術は科学的基礎知識のリスク認知に対するパスは有意ではなくなった $\left(\mathrm{c}^{\prime} \beta \mathrm{s}=-.03 \sim .00 n s\right)$ 。 そのため, 科学的基礎知識のリスク認知に対する間接効果を Sobel Test (Sobel, 1982)により検討したところ,間接効果は全技術で有意であったため $(z s<-2.38, p s<.05)$, 機械学習は部分媒介,それ以外の3つの技術は完全媒介が示唆された。 次に,主観的知識についても同様に分析した。 リスク学研究 Japanese Journal of Risk Analysis Vol. 30, No. 4 Table 4 The results of hierarchical regression analysis with knowledge and trust as predictors of risk perception regarding emerging information technologies ${ }^{* * *} p<.001,{ }^{* *} p<.01,{ }^{*} p<.05,{ }^{\dagger} p<.10, V^{*} F_{\mathrm{s}}<1.63$ 科学的基礎知識からリスク認知へのパス ( $\beta \mathrm{s}=$ $-.18 \sim-.08 p \mathrm{~s}<.05)$ と主観的知識へのパスが有意であった $(\mathrm{a} \beta s=.21 \sim .26, p \mathrm{~s}<.001)$ 。そして主観的知識を統制したときに,機械学習とVRは科学的基礎知識のリスク認知に対するパスは有意なままであったが $\left(\mathrm{c}^{\prime} \beta \mathrm{s}=-.15 \sim-.06, p \mathrm{~s}<.05\right)$ ,その他はいずれも値は小さくなり $\left(\mathrm{c}^{\prime} \beta \mathrm{s}=-.05, n s\right)$,全技術とも間接効果は有意であったため $(z s<$ $-3.11, p \mathrm{~s}<.01), \mathrm{AI}$ と自動運転では完全媒介,機械学習とVRでは部分媒介が示唆された。したがって全技術で間接効果が有意となり, 科学的基礎知識とリスク認知との関連は,領域固有の客観的知識と主観的知識によってその多くが説明可能なことが示された。 ## 3.3 知識,組織信頼感とリスク認知との関連 次に,各知識要因と組織信頼感がそれぞれリスク認知とどの程度関連しているのか, 他の変数を統制した後の関連性を明らかにするために,技術ごとにリスク認知を目的変数とした階層的重回帰分析をHAD(清水,2016)を用いて行った(Table 4)。説明変数は, Step1に基本属性を統制したうえで検討するために,性別と年齢を投入した。そしてStep2では本研究で主たる検討対象である知識要因のうち, まず領域固有知識の主観的知識,客観的知識を投入した。加えて両者の交互作用効果が確認される可能性を予測していたため,主観的知識と客観的知識の交互作用項を Step3 3 投入した。次いで,領域固有知識とリスク認知との関連が,他の要因によってどの程度変化しうるのかを確認するため, 科学的基礎知識を Step4,組織信頼感をStep5 に投入した。Table 4では,各技術の結果について,Step5における標準偏回帰係数と $R^{2}$, Adjusted $R^{2}$, 各 $\operatorname{step} の R^{2}$ の変化量, そしてそれらの有意性検定の結果を示した。 主観的知識と主観的知識 $\times$ 客観的知識の交互作用効果,組織信頼感が有意,客観的知識が有意傾向であった。科学的基礎知識を投入したStep4 は $\Delta R^{2}$ が有意ではなかった。説明変数のうち最もリスク認知に対する効果が大きかったのは組織信頼感であり,有意であった知識に関するどの変数も効果は小さかった。有意であった主観的知識と有意傾向であった客観的知識は,リスク認知を抑制する負の効果が確認され,さらにそれらの効果は交互作用効果によって制限されていた。 交互作用について下位検定をおこなったとこ ろ,主観的知識については客観的知識高条件でのみ有意であり $(\beta=-.20, p<.001)$, 客観的知識が高い場合には主観的知識が高いほどリスク認知が低かったが,その傾向は客観的知識が低い場合には認められなかった。客観的知識については主観的知識高条件でのみ効果が有意であった $(\beta=-.19$, $p<.001)$ 。主観的知識が高い場合には客観的知識が高いほどリスク認知が低かったが,その傾向は主観的知識が低い場合には認められなかった。したがって,主観的知識と客観的知識がともに高い場合にのみ他の条件に比べてリスク認知が低い傾向が認められた(Figure 2)。AI 以外の技術も同様の分析を実施したところ,全ての技術において,主観的知識と客観的知識の交互作用と組織信頼感は有意であり,機械学習においてのみ科学的基礎 主観的知識 Figure 2 Interactive effect of knowledge on risk perception regarding $\mathrm{AI}$ 知識の弱い負の効果が見られた $(\beta=-.10, p<.05)$ 。 このように先行研究 (高木 $\cdot$小森, 2018) と同じく主観的知識と客観的知識の交互作用効果が確認されたが,主観的知識と客観的知識がともに高い場合にリスク認知との間に認められた関連の方向性は異なっていた。 また, 組織信頼感によって主観的知識と客観的知識のリスク認知に対する効果が調整されている可能性もあるため, 上述の階層的重回帰分析の説明変数に組織信頼感 $\times$ 主観的知識, 組織信頼感 $\times$客観的知識との交互作用項を加えた分析も実施したが,有意であったのは上述の分析と同様に,主観的知識と客観的知識, 組織信頼感の主効果と,主観的知識と客観的知識の交互作用効果のみであった。したがって, 組織信頼感により領域固有知識の関連性が調整されていることを示唆する結果は認められなかった。 ## 4. 考察 ## 4.1 情報分野の先端科学技術のリスク認知の現状本研究では, 情報分野の先端科学技術として, $\mathrm{AI}$, 機械学習, 自動運転, VRの 4 技術を取り上 げ、リスク認知に対する知識と組織信頼感の影響 を検討した。その結果,リスク認知はそれほど高 くはないことが確認された。いずれの先端科学技術も今後の開発や実装の状況に関して様子見の状態であるようにも見受けられる。本研究で取り上 げた 4 技術の中では相対的に自動運転がリスク認知や領域固有知識の水準が高く, 機械学習に関し ては低い傾向にあった。機械学習は $\mathrm{AI} の$ 要素技術であるが, AIとはそのリスク認知の程度も異 なるという点に留意し, 必要に応じて技術間の関連性を示すなどのきめ細かい情報提供を行いながら専門家と一般の人々との間でのリスク・コミュニケーションも必要であろう。また, 自動運転に関しては, AIや機械学習よりもリスク認知が高かった。この結果は, 同じ先端科学技術であっても,評価対象がより社会実装された状態に近いことにより,当該技術がもたらす悪影響をより具体的にイメージしやすいことが,人々のリスク認知に違いを生じてさせていたのかもしれない。それに加え,マス・メディアを通じた自動運転による事故報道などの当該技術情報への接触も,リスク認知に影響を与えていた可能性があるだろう。 ## 4.2 リスク認知と知識要因との関連 知識要因に関しては, 科学的基礎知識と情報分野の先端科学技術の領域固有知識との間に高い相関が認められた。しかしリスク認知に対しては,領域固有の知識(主観的知識と客観的知識)のそれぞれ単独の効果は,対象とした技術のほとんどで有意あるいは有意傾向であり, さらに主観的知識と客観的知識の交互作用効果が有意であった。 ただし, それらの標準偏回帰係数の値は比較的小さいものであった。 以上の結果からまず科学的基礎知識に関しては,そのほとんどはリスク認知に対して直接的ではなく, 領域固有の客観的知識を介して影響を及ぼしている可能性が示された。そのため, 本研究の結果からは,リスク認知や不安感と知識要因の関連を理論的に整理する際には, 領域固有知識と科学的基礎知識の両者は密接な関連があるが両者を混在させず,分けて知見を整理し理論的な議論をするほうがより望ましいという示唆を得た。次に領域固有知識に関しては,リスク認知に対して主観的知識と客観的知識の交互作用効果が確認され, 両方の知識水準が高くなった場合にのみリスク認知が低減されうることが示された。客観的知識によって各技術のリスク認知が抑制される可能性が示唆された点は, 先に言及した電磁波の事例(高木$\cdot$小森,2018)と同様であった。それに対して主観的知識の主効果並びに交互作用効果のパターンは予測と異なるものであった。 この結果については, 本研究の評価対象が環境因子ではなく, 人が開発した技術であるという性質によるものと推察できる。環境因子とは異なり,先端科学技術の場合には開発途上にあるため その技術の性質そのものが今後変容する可能性を持っている。さらに開発者や管理する人間がコントロールできる余地が大きいため,実際に知識があり,かつ知っているという主観的感覚が伴った状態が対象技術へのコントロール感へとつながり,リスク認知の低減へと繋がったとも考えられる。 以上のような知識要因とリスク認知の関連が本研究では認められたものの, これらの知識要因がリスク認知を説明する割合自体は小さかったことについても注意が必要だろう。この結果は先行研究(中谷内ら, 2018 ; Raue et al., 2019)で確認されてきた傾向に整合的なものであった。本研究では先端科学技術のみを扱っており,それらの技術はいずれも開発途上である性質から未知な要素を多く伴っている。そのため, 対象技術のリスク管理に関わる組織への信頼感のほうがよりリスク認知を規定していたことも,そうした先端科学技術の性質によるものと推察される。加えて, 本研究で示した科学的基礎知識と領域固有知識の結果パターンの差異は, 測定した科学的知識の専門性の程度による差異が交絡している可能性を完全には排除できない。今後はこのような代替説明にも留意したさらなる検討が必要だうう。 情報分野の先端科学技術のリスク認知の規定因としては,組織信頼感の重要性が示唆された結果であり, 従来の研究が示してきたとおり, 先端科学技術の社会的受容を考える上でリスクの管理に関わる組織への信頼感の醕成が欠かせないことが改めて確認された。 その他に本研究で残された課題は以下のとおりである。本研究では知識要因の検討に主眼を置いていたため, 各技術のリスク管理を行う様々な組織に対して全般的にどの程度信頼感を持っているのかを測定しその影響を検討した。そのため,組織が対象技術の開発から社会実装のどの段階に関与しているかを分けた検討や,技術自体への信頼感は扱っていない。しかし, 近年では特に自動運転技術や AIの技術に対してユーザーが寄せる信頼についても研究がなされており(横井, 中谷内,2018),その視点も欠かせないだう。技術の進展に伴い,信頼感がより詳細なレベルで醕成される可能性も考慮し, そうした信頼感が知識要因やリスク認知と関連するのかを検討することも望まれる。 ## 謝辞 本研究は, JSPS 科研費 JP18K13274 の助成を受けたものです。 ## 参考文献 Baron, R. 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risk
cc-by-4.0
Society For Risk Analysis Japan
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# リスク学研究 30(2): 101-110 (2021) Japanese Journal of Risk Analysis doi: 10.11447/jjra.SRA-0335 【原著論文】 # 記述的規範の落とし穴 一防災行動を促進するためのナッジが逆効果になる場合—* ## A Pitfall of Nudging by Descriptive Norms on Disaster Preparedness 尾崎拓**, 中谷内一也*** Taku OZAKI and Kazuya NAKAYACHI \begin{abstract} A nudge by descriptive norms is one of the most effective interventions to promote disaster preparedness. However, it can have negative consequences that unintendedly repress the desired mitigation, especially in Japan. We hypothesized that the pitfall emerges within the boundary conditions of the attitudes towards preparedness. Descriptive norms inform people about preparedness behaviors; a certain number of people do not prepare and this can be a cause of the side effect of descriptive norms among people holding negative attitudes towards disaster preparedness. We examined the negative effects of descriptive norms on disaster preparedness behaviors, which are drawn from a wide variety of preparedness behaviors with various levels of descriptive norms. A pre-registered experiment confirmed the superiority of the interaction effect model over the model without interaction; descriptive norms backfired among people with negative attitudes. The practical and theoretical implications were also discussed. \end{abstract} Key Words: descriptive norms, nudge, disaster preparation ## 1. 序論 ## 1.1 防災の必要性と不十分な現状 国連防災世界会議で採択された仙台宣言は,公的機関だけでなく個人も防災に責任を負うべきであることを明確にした。しかし,自然妆害の多さにも関わらず,日本の個人防災は不十分である (Onuma et al., 2017)。個人の行動変容にはたらきかける介入方法を開発し,個人防災の底上げを図ることは差し迫った社会的な課題である (Levac et al., 2012)。 ## 1.2 記述的規範によるナッジ 社会規範は,「社会集団の成員によって理解さ れ,法的な拘束力なしに社会的な行動を方向づけたり制限したりするもの(Cialdini and Trost, 1998, p. 152)」と定義され, 必ずしも法的拘束力がないなかで個人防災を方向づける心理学的な要素である。そして,社会規範は,人々を望ましい方向にナッジするうえで有望な方法になりうる。ナッジとは,選択肢の制限や経済的なインセンティブ構造の変化なしに, 人の行動を予測可能な形で変化させることであり,自由を担保したまま人により望ましい行動を促す行動変容の考え方である (Thaler and Sunstain, 2008 遠藤訳 2009)。社会規範を用いたナッジは多くの領域で有効であることが示されている (Bergquist et al., 2019; Nyborg et al.,  2016)。 社会規範に関するもっとも包括的なの枠組みに,規範の焦点化理論がある (Cialdini et al., 1990)。 この理論は,社会規範を命令的規範(多数の他者がそうすべきだと考えていると個人が信じることによって生じる規範)と記述的規範に分類する。 このうち, 多数の他者が実際に望ましい行動をとっているという情報を提供するという記述的規範を用いた介入により,望ましい社会的行動を促進できることを示した知見はかなり蓄積されている。防災に関連が深いリスク対処行動分野だけでも,記述的規範がリスク対処行動を促進できることがよく知られている(健康リスク:Plows et al., 2017; Stok et al., 2014; 危険なアルコール摂取: Lewis et al., 2007; Neighbors et al., 2011; 危険な性交涉:Sheeran et al., 1999)。さらに, 全般的な行動変容に対しても記述的規範の有効性が確認されている (Bergquist et al., 2019; Lapinski and Rimal, 2005; Nyborg et al., 2016)。これらは, 個人のリスクへの対処にあたっても,私たちは社会的影響を免れないことを示唆している。 ## 1.3 防災への記述的規範の応用 従来,防災行動を引き起こす中心的な要素としてリスク認知が重視されてきた (Duval and Mulilis, 1999; Lindell and Perry, 2012; Rogers, 1975, 1983)。しかし,この十年間に,リスク認知と防災行動の関連性の弱さが指摘されるようになってきている (Bubeck et al., 2012; Solberg et al., 2010; Wachinger et al., 2013)。 リスク認知以外の要素として社会規範は影響力を及ぼしうる (Solberg et al., 2010)。防災行動を説明するモデルにも,社会規範と関連する要素を含めることが提案されるようになってきている (Paton, 2003; Rogers, 1983; Wachinger et al., 2013)。 さらに,記述的規範が防災行動を促進できることを示す実証的な証拠もある(Lo,2013;大友,広瀬, 2007; 尾崎, 中谷内, 2015)。 ## 1.4 日本での社会規範を用いたナッジ ただし,記述的規範を用いたナッジにより,日本の防災の現状をただちに好転させられるわけではない。日本で記述的規範を用いた介入を検討する際には,その有効性について,従来以上の検討が必要であると考える。 まず,Bergquist et al. (2019)のメ夕分析は,社会規範を用いた介入の効果が集団主義的な国で小さいことを明らかにした。集団主義的な国である日本では, 記述的規範の有効性がそもそも低い可能性がある。しかし, 集団主義的な文化での検討は多くない。さらに, 日本人の協調性の高さに関する素朴な信念は, 日本では記述的規範による介入が有効だとする先入観につながりかねない。 また, Ando et al. (2007)も,環境配慮行動への記述的規範の効果の日米比較を通じて, 記述的規範の認知が行動意図を促進する影響が日本で小さいことを見出している。 Ozaki and Nakayachi (2020)でも,アメリカ人を対象とした場合には記述的規範が斉一的に行動を促進したのに対し,日本人を対象とした場合には記述的規範の効果は態度によって調整されていた。 これらの研究はいずれも,集団主義と想定される国民に対する社会規範の影響は,一般に想定されるような斉一的なものではないことを示している。日本人が想定されているようには集団主義的でないことは, 社会心理学の知見からすでに明らかであり (山岸,1998),素朴な常識に依拠して記述的規範を用いた介入を推進することは危険であるといえる。記述的規範を用いたナッジを日本社会に導入するためには,日本人を対象とした検証を蓄積する必要があると考えられる。 ## 1.5 記述的規範の落とし穴 Ozaki and Nakayachi (2020) が報告した記述的規範の効果を態度が調整するという現象は, 記述的規範の有効性が低い場合があるというだけでなく,記述的規範を用いた介入が逆効果となる境界条件が態度である,という知見を含んでいる。この実験では,防災行動への態度が否定的な人に,多数の他者が防災行動をとっているという情報を提示すると,かえって行動が抑制された。この研究では,防災に対して否定的な態度をもつ人は,記述的規範が副次的に伝える「少数ではあるものの,一定の他者は防災行動をとっていない」という情報を選択的に解釈し,防災行動をとらないことの理由としたと推測している(確証バイアス: Nickerson, 1998)。 Ozaki and Nakayachi (2020)だけでなく, 防災研究以外では記述的規範の負の影響についても報告されている(Richter et al., 2018; Schultz et al., 2007)。しかし,いずれもフィールド実験の報告 であり,その原因は明確でない。本研究では,統制された実験環境で防災行動を測定することにより,記述的規範の負の効果の原因を明確にする。 ## 1.6 多様な防災行動とその多様な記述的規範 Ozaki and Nakayachi (2020)は,一般的な防災の情報を得るどうかを防災行動として測定していた。しかし,実際には防焱行動は多岐にわたっており, 多様な防妆行動に対する記述的規範の逆効果の一般性は明らかではない。 さらに, Ozaki and Nakayachi (2020)では, 記述的規範として, 同時に同じ実験に参加している人の多くが防災用のパンフレットを閲覧しているという割合を提示したうえで,多数派と同じようにパンフレットを閲覧するかどうかたずねた。なお,この実験で用いられた割合は $68.2 \%$ の 1 水準のみであった。記述的規範として利用可能な情報としては防竾行動の普及率が考えられるが,この水準もまた多様である。記述的規範の効果が態度によって調整されるとしても,この調整効果が広範な防災行動を対象として,かつ多様な記述的規範に対してみられるかは明らかでない。本研究では,記述的規範の有効性およびその逆効果に関するより一般的な知見を得るために,多様な防災行動とその多様な普及率をとりあげる。 ## 1.7 目的 多様な防災行動と記述的規範を用いた場合であっても,記述的規範が望ましい行動をとっていない他者の存在を顕在化してしまうという性質は変わらない。また, 態度を確証するために,その態度に合致した情報からの影響をより受けやすいという想定も,記述的規範の水準に関わらず成り立つはずである。そこで,防災行動の種類と記述的規範の水準を変量効果としてモデル化することにより, 記述的規範の逆効果の一般性を検証する。 本研究で検証する仮説は, 多様な防災行動と多様な記述的規範を用いた場合に,記述的規範の効果を態度が調整することを想定するモデルのほうが,この調整効果がないという制約のあるモデルよりもあてはまりがよい,というものになる。さらに, この調整効果は, 態度が否定的な場合に記述的規範の提示が行動を抑制し,態度が肯定的な場合に記述的規範が行動を促進するという方向であらわれると想定される。 ## 2. 方法 本研究は社会心理学の事前登録テンプレートを利用して事前登録された。事前登録原稿には仮説, 手続き, サンプルサイズ設計, 確証的仮説検定の方法が記述されており,データ収集前に Open Science Frameworkのレポジトリにアップロードされた。また,実験素材,ローデータ,分析コードも同レポジトリで公開されている 。 ## 2.1 実験参加者 検出するべき効果の大きさとしてOzaki and Nakayachi (2020)が報告した記述的規範と態度の交互作用のオッズ比 (2.49)を用いた。想定される交互作用の方向性が定まっているため片側危険率を. 05 とし, 検出力を .80 とした結果,必要参加者数は 400 名と算出された。不良回答や,異常な回答時間の参加者を除外する必要から 620 名の参加者を募集することにし,日本に住む一般成人の参加者を調査会社に委託して募集した。実際には 680名の回答が得られた時点で収集を終了した。 この超過は, 参加者募集を委託した調査会社が,数十名単位のロットごとに募集の通知を行ったためである。日本国内に在住していない回答4件,回答開始から 24 時間が経過しても回答が終了していない回答 43 件,回答時間が 1 時間以上であった回答16件,教示に正しく従わなかった回答 109 件を除き,518名を分析の対象とした(平均年齢 53.05 歳(標準偏差 9.93 歳), 女性 164 名, 男性 331 名, 性別未回答23名)。 ## 2.2 手続き インターネット上で実験を実施した。自然妆害に対する個人防災についての手引きである『東京防焱』の見出しを参考に,食料・飲料水の備蓄災害情報の収集・防災用品の準備・家具の固定・帰宅困難対策・避難場所の決定の 6 種類を選定した。それぞれの参加者は,それぞれの防災行動すベてについて,より詳しい知識を記載したパンフレットを実験中に閲覧するかたずねられた。防焱用パンフレットを閲覧することを,本研究では防災行動と定義した。 実験的に操作されたのは記述的規範の有無であった。避難場所の決定以外の 5 種類の防災行動については,記述的規範として,実際の普及率を数値と人型の積み上げ棒グラフで示した(食料・ 飲料水の備蓄:75.0\%; 災害情報の収集: $62.8 \%$;防災用品の準備: $54.8 \%$; 家具の固定:40.6\%;帰宅困難対策:17.9\%)。普及率は, 複数の社会調查の報告を用いた。5種類の防災行動の提示順序,および記述的規範の提示の有無は無作為に行われ,記述的規範の提示がない場合を統制条件とした。それぞれの防災行動について記述的規範が提示されるかどうかは,参加者間計画が用いられた。 5 種類の防災行動について測定したあと,避難場所の決定についてたずねた。避難場所の決定については,既存の社会調査が異なる普及率を報告していたことを利用し, 6水準の異なる普及率を提示した $(75.3 \%, 66.4 \%, 58.6 \%, 43.6 \%, 31.1 \%$, $10.5 \%$ \%)参加者には, これらの普及率が最近の大規模な社会調査から得られた, とのみ教示した。これは, 情報源の信頼性の影響を低減するためであった。また,虚偽の説明を行わない旨も実験の冒頭で強調した。閲覧すると選択されたパンフレットは,実験の最後にまとめて提示され,自由に閲覧することができた。実験後には,他者の準備状況だけでなく, 各自の必要性にもとづいて災害に備えることが重要であると説明し, 実験操作が不適切な防災実践につながらないように配慮した。 防災行動への態度は,それぞれの防災行動について「知ることを習慣にしたい」,「関心がある」「自分から知ろうとすることは大事だ」「知っておくことは,嫌なことだ (逆転項目)」の4項目を用い,「全くそう思わない」から「非常に強くそう思う」までの11件法で測定した。防災行動のコストは, 先行研究(元吉ら,2008)を参照して,金銭・時間・労力のコストを測定した。また,防災行動の準備状況,リスク認知,性別を共変量として測定した。 ## 3. 結果 ## 3.1 記述統計 防災用パンフレットの閲覧について,記述的規範の提示の有無と態度ごとにまとめた結果を Figure 1 に示した。いずれの防災行動も,態度が肯定的であるほどパンフレットの閲覧が生じやすいことがうかがえる。記述的規範の効果は,態度が否定的な場合に行動を抑制しているように読み取ることができるものがあるが(食料・飲料水の備蓄・災害情報の収集・家具の固定), 必ずしもすべての防災行動についてではないようである。 Figure 1 The proportion of participants who read the leaflet Note. Attitudes are split based on their quartile values. Each bar includes participants who belong the quartile class and the first bar means the most negative attitudes. 防災用パンフレットが閲覧された割合は74\%であった。また, 5 種類の防災用パンフレットをすべて閲覧した参加者は全体の $63 \%$ ,すべて閲覧しなかった参加者が $18 \%$ 存在した。パンフレットの閲覧時間の合計は, 平均で2分26秒であった。 ## 3.2 確証的分析:記述的規範と態度の交互作用効果 事前登録の通りに,避難場所の決定以外の 5 種類の防災行動についての統計モデルを構築した。目的変数をパンフレットの閲覧の有無, 説明変数を記述的規範の提示, 態度, 両者の交互作用項, および共変量とするロジスティック回帰分析を実施した。参加者と防災行動の種類については, 疑似反復の手続きで行動を測定したため,それぞれに変量効果を設定した。態度およびコスト認知は, 尺度のCronbach's alphaが十分な値を示したことから,それぞれを平均したものを合成変数とした (態度: >.78; コスト認知:>.87)。連続変量である態度, コスト認知, 準備状況, リスク認知は中心化したところ, 反復回数を増やしても収束しなかったため標準化した。 固定効果は同一のまま,変量効果間の高すぎる相関の問題(over-parameterization)を改善したモデルの推定結果を Table 1 に示す (分析の透明性を担保するため, 初期モデルの結果执よびモデル改善の過程は付録に記載した)。推定にはRの Ime4パッケージを, 表の作成には texreg パッケー ジを用いた。事前登録にのっとった確証的分析として, 主効果のみモデル(帰無仮説モデル)と交互作用モデル(対立仮説モデル)の逸脱度を用い Table 1 The estimates and the standard errors of the logistic regression models \\ & model & 9.26 \\ Intercept & 9.12 & $(0.63)$ \\ Descriptive norms & $(0.61)$ & -0.20 \\ & -0.19 & $(0.28)$ \\ Attitudes & $(0.26)$ & 1.25 \\ & 1.19 & $(0.56)$ \\ Cost & $(0.55)$ & -0.09 \\ & -0.09 & $(0.22)$ \\ Risk perception & $(0.21)$ & 0.03 \\ & 0.04 & $(0.37)$ \\ Sex & $(0.36)$ & -0.10 \\ & -0.09 & $(0.73)$ \\ Preparation & $(0.72)$ & -0.13 \\ & -0.13 & $(0.19)$ \\ Interaction & $(0.18)$ & -0.05 \\ & & $(0.43)$ \\ Deviance & 1389.85 & 1363.20 \\ て尤度比を検定したところ,帰無仮説モデルは亩却され,交互作用モデルが採択された $\left(\chi^{2}(2)=\right.$ 6.65, $p=.04)$ 。Kreft and de Leeuw (1998)の混合モデルに関する経験則からも,交互作用モデルで付加されたパラメータ数(交互作用の固定効果と,防災行動の種類についての交互作用の傾きの変量効果)に対し,その2 倍を上回る逸脱度の改善が得られたことから,実質的なモデル改善が認められたと判断できる。さらに,AICを用いて両モデルを比較しても,交互作用モデルはパラメータの付加による罰則を加味しても予測の良好なモデルであることが示された。これらの結果から, 態度が記述的規範の効果を調整することを想定する交互作用モデルが支持されたと結論づけた。 交互作用効果の推定值は統計的にゼロと異ならない大きさであった。この推定值が防災行動の種類によって異なることを想定する変量効果を考慮すれば,交互作用効果の推定値は, -0.66 (防災用品: $54.8 \%$ )から 0.81 (家具の固定:40.6\%)となる。このうち, 最大の効果の大きさである家具の固定については,推定値の片側 $95 \%$ 信頼区間の下限が 0.11 であり,区間がゼロを含まなかった。そのため,家具の固定という防災行動においてのみ,予測された交互作用効果がみられたと解釈できる。 Figure 2 Interaction effects at each preparation behaviors Note. Error bars are 95\% CIs (one sided). また, 態度の正の回帰係数の信頼区間がゼロを含まなかったことから,態度が好意的であれば防災行動が促進されることがわかった。一方,記述的規範の回帰係数はゼロと異ならなかった。他に行動に影響を及ぼす変数は見いたさされなかった。 なお,モデルのVIFは最大で1.11であり,多重共線性の問題はなかった。 ## 3.3 探索的分析:それぞれの防災行動での交互作用 変量効果が正規分布するという制約を除き,防災行動ごとにデータセットを分割したうえで,変量効果を含まない統計モデルを構築した。確証的分析と同様の固定効果に加え,交互作用モデルで得られた参加者の切片の変量効果の推定値を個人差変数としてモデルに投入した。 それぞれのモデルで得られた態度と記述的規範の交互作用効果の推定値を Figure 2 に図示した (モデルの推定値は付録に記載した)。この場合も,家具の固定についての防災用パンフレットの閲覧においてのみ記述的規範と態度の交互作用が統計的に有意であり,この方向性は,事前登録したものと一致していた。 この交互作用効果の内容を検証するために単純傾斜分析を行った。解积しやすいように推定値をリスク比に変換すると, 態度が否定的な地点 (-1SD)では,記述的規範の提示によって行動が0.39 [95\% CI upper limit: 0.91] 倍に抑制されていた。一方,態度が肯定的な地点(+1SD)では,記述的規範によって行動が 1.28[95\% CI lower limit: 0.82]倍に促進される方向の推定值が得られたが,統計的に有意ではなかった。 Figure 3 Interaction effects at the evacuation behavior among six levels of descriptive norms Note. Error bars are 95\% CIs (one sided). ## 3.4 一種類の防災行動に対して複数水準の記述的規範を提示した場合 避難場所を決定するという防熧行動については 6水準の記述的規範を提示したことを利用し,どの水準の記述的規範が逆効果となるか探索的に分析した(記述統計は付録に記した)。 前述の探索的分析と同様の統計モデルを構築 L,記述的規範の水準ごとにロジスティック回帰分析を実施した。Figure 3 に6つのロジスティック回帰分析の結果得られた交互作用効果の推定値を図示した (モデルの推定値は付録に記載した)。予想通りの交互作用効果が得られたのは,記述的規範の水準が $66.4 \%$ の場合のみであったものの,片側 95\% 信頼区間はわずかにゼロを含んでいた。 これ以外の交互作用効果は統計的に有意でなかった。 記述的規範の水準が $66.4 \%$ の場合の交互作用効果の内容を精查するために単純傾斜分析を実施したところ,態度が否定的な地点で記述的規範を提示した場合のリスク比の片側 95\% 信頼区間の上限は1を含まず,この地点では記述的規範の提示が行動を抑制することが確認された。一方,態度が肯定的であっても,記述的規範が行動を促進する効果はみられなかった。 ## 4. 考察 ## 4.1 態度と記述的規範の交互作用効果を考慮す ることの重要性 確証的分析では,記述的規範と態度の交互作用効果を含むモデルが,含まないモデルと比較した場合に採択されることが確認された。しかも,パラメータの増分に対する適合指標の改善の程度と情報量規準も,交互作用項を含むモデルの優越性 を支持していた。これらの総合的な結果から,多様な防災行動と多様な記述的規範について検討した場合,態度による記述的規範の調整効果を考慮したほうがよい場合がある可能性が確認された。 ただし,交互作用効果の大きさは予測よりも小さく, 交互作用効果単体が防災行動を説明する程度は小さかった。それでも,データとモデルの当てはまりのよさの観点からも,モデルの予測のよさの観点からも,防災行動の統計モデルとしては,記述的規範の効果を態度が調整するとみなしたほうがよいといえる。 ## 4.2 記述的規範が防災行動を抑制する場合 検討した 5 種類の防災行動のうち,家具の固定 (40.6\%の普及率)についてのみ予測通りの逆効果がみられ,防災行動に否定的な態度を保持している場合に,記述的規範を提示することが防災行動を抑制してしまうことが示された。しかし,他の4水準の防荻行動については,予測された交互作用効果はみられなかった。 網羅的に防災行動を選定し,かつ実際の普及率を記述的規範として用いた実験の結果,記述的規範が防災行動を抑制する逆効果が一貫してみられたとはいえない。また,特定の水準に打いてのみ予測された逆効果がみられたものの,この特定の防災行動と特定の水準の記述的規範に理論的な当然性があるともいえない。ただし, Richter et al. (2018)は,半数以下しか望ましい行動をとっている人がいないという記述的規範が逆効果につながると報告しており,今回の結果はこれと同様であったと解釈できる。しかし,さらに小さい普及率を提示した場合に逆効果が生じたわけでもなく, 理論的な一貫性は認められない。 避難場所に関する普及率については, いくつかの既存の社会調査が複数の普及率を報告していることを利用して記述的規範の水準の違いが逆効果に及ぼす影響を検討した。この探索的な分析においても,6水準の記述的規範のうち, $66.4 \%$ の普及率の場合にのみ逆効果が生じた。この水準は, Ozaki and Nakayachi (2020)で用いられた $68.2 \%$ の記述的規範と近似していることから,極端に強くも弱くもない水準で,態度による記述的規範の逆効果が生じると推察される。 $40.6 \%$ と $66.4 \%$ の普及率を提示したことが逆効果を引き起こしたという結果は, これらの水準が,記述的規範の副次的な意味,すなわち防災行 動をとっていない他者が一定程度存在する, という側面を伝えやすいからたと解釈できる。より極端な記述的規範の水準では, 望ましい行動をとっていない人に焦点をあわせるのは難しいと思われるが,これらの中程度の記述的規範は,その二面性を伝える性質を強くもつのかもしれない。 ## 4.3 記述的規範によるナッジを実装する際の留意点 特定の水準の記述的規範の提示が逆効果になることが示されたことは, 記述的規範の応用に対して慎重になるべきだとの示唆を与える。しかも, この逆効果が一貫してみられたわけではなく,また明白に理論的な説明ができない散発的な結果であったことは,逆効果の頑健性が低いことを示唆する一方で,実務的には対処の困難さを予測させる。さまざまな望ましい社会的行動を促進するために記述的規範が有効であることはよく知られており (Bergquist et al., 2019; Farrow et al., 2017), さらに防災の文脈でも記述的規範が防災行動を促進することがわかっている(大友,広瀬,2007; Ozaki and Nakayachi, 2020)。しかし, 本研究では記述的規範の促進効果はみられず,かえって防災行動を抑制する効果のみがみられた。このことから,記述的規範には,促進効果だけでなく,予期しにくい副作用もある, という視点での実践が必要になると思われる。 一般的に,ナッジは税制の変更といった硬直的な介入に比べて費用対効果が高い有望な方法であると理解されている(Benartzi et al., 2017)。また,日本の防災実践においても,社会規範を利用して緊急時の避難行動を促進しようとする試みが提案されている(大竹,2019)。緊急時の避難行動を促す状況は,本研究が対象とする防災に関する情報収集とは異なるものの,記述的規範によって望ましい行動のみが促進できる,という想定には留保が必要だと考えられる。 ## 4.4 態度および個人差の影響 態度が防災行動の生起を予測しており,態度のような内面的な変数が行動に及ぼす影響が改めて確認された。一方で, リスク認知やコスト認知といった認知的側面については,行動への影響はみられなかった。一方,記述的規範の回帰係数が統計的に有意でなかった結果はOzaki and Nakayachi (2020)と同一であった。記述的規範による斉一的 な促進効果は, 日本人を対象とした場合に生じにくいと解釈できる。 一人の参加者から複数の防災行動を測定する疑似反復の手続きにより, 固定効果では説明できない大きな個人差を推定できた。この個人差は, 本研究で扱った固定効果とは無関係に, そもそも防災行動をとりやすいかについての個人差とみなせる。社会経済的な変数を測定していないため,この個人差が何に由来するかどうかは不明であるが,防災行動の実践が二極化することが,データ上も示されたといえる。 ## 4.5 防災政策への示唆 説得場面では, 説得メッセージの内容の関連性が弱いなどの不適切な説得方法を用いた場合に,心理的リアクタンスによって, 説得がかえって行動を抑制することが知られている (Brehm,1966)。実験で提示した普及率にもとづく記述的規範と,実際に求められているパンフレット閲覧行動との関連が弱いために生じる違和感が原因となり, 行動を操作しようとしているという意図性が表面化したことが, 行動の生起確率を押し下げた可能性がある。ただし, 本研究で用いた記述的規範は,実装しやすく,かつ信憑性の高い実際の普及率にもとづくものであった。そのため一般的な他者の動向を用いることが行動の抑制につながる可能性があるとすれば,記述的規範を用いた介入にはいっそう慎重になるべきだといえる。 記述的規範が防災行動に及ぼす影響を検討した大友・広瀬(2007)は, 防災行動としてのリスク回避行動を,意図的にリスクを低減させようとする目標志向型のプロセスと, 受動的にリスクを許容しようとする状況依存型のプロセスに整理し,記述的規範が状況依存型プロセスに直接・間接的に影響を及ぼすことを明らかにした。そして,記述的規範が「多数の他者が防災行動をとっていない」ことを意味する場合, 災害リスクの受容を高めることによって, 防災行動が抑制されうる可能性を提示した。日本の個人防竾が不十分である現状では, 記述的規範が防妆行動を抑制する方向に機能しかねないという懸念がある。 また, 記述的規範の影響過程は, 東洋の集合主義的な文化圏では, 個人主義的な文化圈よりも複雑であることが応用上の障壁となりうる。 Bagozzi and Lee (2002)は,防熧の文脈ではないものの,個人主義的なアメリカ人に対する記述的規 範の提示は行動に直接的な影響を及ぼす一方で,集団主義的な韓国人に対しては, 記述的規範が行動に影響を及ぼすためには,その規範が内面化される必要があることを示している。防災の促進を図る際には,記述的規範の提示が行動に直接影響を及ぼすという単純な過程であれば介入, 制御が容易である。しかし,実際には規範の内面化や本研究で見いだされたような態度による調整効果といったより複雑な過程を把握しない限り, 適切な介入ができないことが示唆される。 ## 4.6 限界と展望 本研究は, 記述的規範が防災行動に及ぼす影響という一方向の影響過程について検討したことに限界がある。個人の行動が社会規範を形成する過程を含めた双方向的な検討が,実際の望ましい防災習慣の形成のために必要であると考えられる。 本研究で測定された防災行動は, オンライン実験中のパンフレット閲覧行動に限定されている。 このような行動を選定したのは,実験実施上の実行可能性, Ozaki and Nakayachi (2020) との比較が可能になること,また,すでに防災を実施している参加者にもパンフレットを閲覧する動機は存在すると考えられるため,すべての参加者からの有益なデー夕収集が見込めることが理由であった。 しかし, あくまで防災の情報収集行動を測定しているにすぎないため, 本研究の結果を直接現実の防災行動にあてはめることは難しい。それでも,一人あたりの閲覧時間は平均で2分程度であり,一定の費用を払って防災行動をとる,という側面はあるため, 防災行動の理解に一定の寄与があると考えられる。 ## 謝辞 本研究はJSPS 科研費 $16 \mathrm{H} 03729$ の助成を受けた。 ## 参考文献 Ando, K., Ohnuma, S., and Chang, E. 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Society For Risk Analysis Japan
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# 【原著論文】 # PRTRデータを活用した化学物質取扱量の推計* ## The Estimation for the Handling Amount of Chemicals by Utilizing PRTR Data \author{ 田和佑修**, 矢吹芳教**, 野呂和嗣**, 田澤慧***, 水谷聡****, \\ 杉浦隆介****,中村智** \\ Yusuke TAWA, Yoshinori YABUKI, Kazushi NORO, Satoshi TAZAWA, \\ Satoshi MIZUTANI, Ryusuke SUGIURA and Satoshi NAKAMURA } \begin{abstract} Disaster assessment requires preliminary evaluation of chemical risks for specific target areas in a given location. Accidents require knowledge of the type of chemicals, handling amounts, the underlying possibility of emissions leaked, and potential issues caused by release. Herein we obtained data on chemical handling amounts from several local government offices. We analyzed the data in detail to determine the relationship between the release-transfer amount and the handling amount, namely the emission-transfer rate. Moreover, the handling amount was estimated across Japan using open PRTR data on the emission-transfer rate. \end{abstract} Key Words: disaster and accident, PRTR data, emission-transfer rate, handling amount of chemicals ## 1. はじめに 近年,災害・事故に対応する安全工学的な研究が広く進められ,工場・事業場等における化学物質による事故発生の防止と作業従事者の安全確保が図られてきたが,化学物質の環境中への流出・漏洩から一般市民の安全を確保するための体系的な研究は少ない。環境省の報告では, 東日本大震災の際に,蓄電池や変圧器などの $\mathrm{PCB}$ 廃棄物が津波後に保管場所から消失したことや,車,船舶, 石油備蓄基地からの重油等の流出に伴う火災の発生が原因と推察される環境中の多環芳香族炭化水素類の濃度増加などが指摘されている(環境省, 2012a)。加えて, 工場 - 事業場等加高濃度のフッ化水素酸や六価クロム等の流出が確認され (厚生労働省, 2011; 仲井ら,2013), 東京都ではトリクロロエチレンの蒸気吸引による工場従業員の死亡事故が発生している(目黒区,2011)。 このように, 東日本大震災では, 火災・事故等に伴う化学物質の流出や市民の健康へのリスク懸念が生じたが,それらに対して適切な対応が行われたとは言い難い。対応すべき自治体が十分に機能しなかった要因の一つとして, 工場・事業場等で保管されていた化学物質の把握が体系的に行われておらず,流出しうる化学物質の把握やその対策が不十分だったことが考えられる。南海トラフ巨大地震等の大規模災害に対する国土防災の確立は喫緊の課題である。しかし, 化学物質の流出等への対応の体系的知見が不十分であること,ま  た, 高度経済成長期等に構築されたインフラ施設の劣化等に起因する流出事故が今後増大する可能性があることなどを考慮すれば,災害・事故等に伴う化学物質リスクへの対応力強化を早急に図ることが重要である。 誰もが入手可能な工場・事業場等における化学物質量に関する情報として,「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律 (化審法)」に基づく対象物質の製造輸入数量, 及び「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律 (PRTR法)」に基づく届出対象物質の排出量及び移動量がある。化審法においては, 日本全国における対象物質の製造輸入数量の集計結果が公表されている。一方,PRTR法に基づくPRTR制度は, 人の健康や生態系に有害なおそれのある化学物質が, 対象事業所から環境(大気, 水, 土壤)へ排出される量(排出量)及び下水道を通じて, あるいは, 廃棄物として事業所外へ移動する量(移動量)を,事業者が自ら把握し,国に届け出を行い,そして国が届出データや推計に基づき,排出量・移動量を集計・公表する仕組み(経済産業省,2019a)である。PRTR制度では事業所単位で対象化学物質の排出量と移動量とが公表されている。そのため, 化学物質の量に関する現状を知るには,全国レベルでは化審法のデータを,地域レベルではPRTR法のデータを利用することが適していると考えられる。なお, PRTR法では化学物質量として排出量と移動量のみを届出対象としているが, 東京都, 神奈川県,埼玉県, 愛知県, 大阪府などの都府県や, いくつかの政令指定都市, 中核市などでは, 独自の条例に基づき, 取扱量の届出を事業所に課している (環境省, 2012b)。事業所での取扱量は, 化学物質の保管量と関連しており,災害・事故時の化学物質污染や住民の健康へのリスクの目安に用いることが可能であると報告されている(中村ら, 2019; 杉浦ら,2019)。 これまで,1自治体(大阪府)のPRTRデー夕及び取扱量デー夕に限られているが,排出量・移動量と取扱量との関係性についての研究が行われてきた(例えば,中村ら,2019;杉浦ら,2019)。業種により取扱量は排出量の約 5,000-30,000倍に相当することが明らかにされている(中村ら, 2019)。また,杉浦ら(2019)は地域における排出量・移動量からその地域に存在する取扱量を推定するために,必要な要素が何であるかの分析を行っており, 取扱量を推計するためには化学物質種だけでなく業種の違いも考慮することが重要であることを指摘している。これらの研究においては, 取扱量と関係があると考えられる項目の抽出及び検討を行っているが,実際の取扱量推定式の検討には至っておらず,他自治体の取扱量推定は行われていない。また, 従業員数との関係も検討されていない。PRTR制度では企業規模の目安になると考えられる従業員数の届出も課されている。同一業種において, 事業所の従業員数は数人から数千人まで様々である。企業規模により保有する機器や排出対策は異なり, このことが取扱量あたりの排出量や移動量に影響を及ぼす考えられるため, 従業員数も重要な要素となる可能性がある。 災害・事故の事前及び事後に迅速に提供できる情報基盤の整備を目指し, 本研究では, まず化学物質の推定取扱量を地図に示し, 可視化することを目的とした。取扱量の届出を事業所に課している自治体から可能な限りの取扱量データを取得し, 排出量 - 移動量と取扱量の関係式を作成した。また, 先行研究では考慮されていなかった従業員数を新たに解析項目に加えることにした。さらに,作成した関係式と国が公表している全国の対象事業所の排出量・移動量データ(以下「PRTR データ」と記す。)から, 各都道府県の取扱量を推定するとともに地図化し, 災害対策への利用可能性について考察を行った。 ## 2. 方法 ## 2.1 データの取得 本研究の検討フローを Figure 1 に示した。PRTR データは「PRTRけんさくん」(環境省, 経済産業省,2019)により入手した。取扱量デー夕は, 11 自治体 (札幌市, 福島県, 神奈川県, 相模原市, 愛知県, 名古屋市, 豊橋市, 岡崎市, 豊田市, 大阪府, 徳島県)より提供を受けた。取得したデー夕は2017年度のデータである。なお, 取扱量デー夕は, 業種別, 化学物質別, さらに事業所の従業員数区分別 (20人以下, 21 49人,50~ 299 人及び 300 人以上の 4 区分)に分類され,集計された形式で取得し, 事業所が識別できないように配慮した。大阪府より取得したデータを例として示す(Table 1)。また, 取扱量デー夕の内訳を Table 2 に示した。 ## 2.2 排出・移動率の算定 排出量と移動量との合計 (以下, 排出 - 移動量とする)と取扱量との比を「排出・移動率」と定義し, 以下の式で算出した。 $E_{\mathrm{abc}}=R_{\mathrm{abc}} / H_{\mathrm{abc}}$ ここで, $E_{\mathrm{abc}}$ は化学物質 $\mathrm{a} て ゙$ 業種 $\mathrm{b}$ の従業員数区分 $\mathrm{c}$ に対する排出・移動率, $R_{\mathrm{abc}}$ は同じく排出移動量合計 $(\mathrm{kg} /$ 年 $), H_{\mathrm{abc}}$ は同じく取扱量 $(\mathrm{kg} /$ 年 $)$ を表す。 また, 取扱量の推計は以下の式により行った。 $H e_{\mathrm{abc}}=R p_{\mathrm{abc}} / E_{\mathrm{abc}}$ ここで, $H e_{\mathrm{abc}}$ は化学物質 $\mathrm{a} て ゙$ 業種 $\mathrm{b}$ の従業員数区分 $\mathrm{c}$ に対する推定取扱量 $\left(\mathrm{kg} /\right.$ 年)を, $R p_{\mathrm{abc}}$ は同じくPRTRデータから得られる排出・移動量合計 $(\mathrm{kg} /$ 年)を表す。 ## 2.3 排出・移動率の妥当性の検討 埼玉県では化学物質ごとの取扱量を HP上で公表している(埼玉県,2019)。そこで,埼玉県のデータを用いて排出・移動率の妥当性を検討した。埼玉県をテストデータとして, 本検討で得られた排出・移動率と埼玉県の2017年度の PRTR Figure 1 Data research flow データから各化学物質の推定取扱量を算出し, 公表されている取扱量との比率を「誤差率」と定義した。誤差率は以下の式で算出を行った。 $G_{\mathrm{a}}=\Sigma_{\mathrm{bc}} H e_{\mathrm{abc}} / H s_{\mathrm{a}}$ $G_{\mathrm{a}}$ は化学物質 $\mathrm{a}$ に対する誤差率, $H e_{\mathrm{abc}}$ は化学物質 $\mathrm{a}$ で業種 $\mathrm{b}$ の従業員数区分 $\mathrm{c}$ に対する推定取扱量( $\mathrm{kg} /$ 年)を, $H s_{\mathrm{a}}$ は化学物質 $\mathrm{a}$ に対する埼玉県の年間の届出取扱量( $\mathrm{kg}$ /年)を表している。 また,さらなる検討のために,化審法で得られる製造輸入数量と全国の推定取扱量との比較を行った。全国の製造輸入数量の集計結果が経済産業省により公表されている(経済産業省, 2019b)。一般化学物質では総量が $1,000 \mathrm{t}$ 以上の物質については,総量が有効数字 1 桁で公表されており, 優先評価化学物質では $1 \mathrm{t}$ 単位で公表されている。この製造輸入数量は全国で使用される総取扱量に近い値であると予測される。全国の 2017 年度の PRTRデータと排出・移動率から各化学物質の推定取扱量を算出し, 式 3 の分子に推定取扱量を,化審法における2017年度の製造輸入数量を分母とし,その比率を「取扱・製造輸入比」と定義した。 計算を行う際に, PRTR法対象物質と化審法対象物質の紐づけを行った。PRTR法の化学物質に紐づけされている CAS 登録番号 (CAS RN) から,化学物質データ検索システムである NITE-CHRIP (製品評価技術基盤機構,2020)を用いて化審法官報整理番号との紐づけを行った。CAS RNがない物質については計算対象外とした。また, 化審法で公表されている製造輸入数量のうち,全国での総量が $1,000 \mathrm{t}$ 未満の化学物質については $\lceil 1,000 \mathrm{t}$ 未満」と表記されており, 計算困難であるため計算対象外とした。化審法における製造輸 Table 2 Overview of handling amount data Table 1 Example of acquired handling amount data (obtained from Osaka prefecture government) & & & \multicolumn{1}{c}{} \\ 金属製品製造業 & トルエン & $21-49$ & 108,340 & 24,355 & 186,350 \\ 化学工業 & キシレン & $300<$ & 20,161 & 73,952 & $6,111,400$ \\ 入数量のうち, 一般化学物質では, 総量が $1,000 \mathrm{t}$以上の物質については, 総量の有効数字 1 桁が公表されており,例えば $1,000 \mathrm{t}$ 以上 2,000 t未満は有効数字 1 桁で「 $1,000 」$ と表記される。取扱・製造輸入比の計算においては, 表記されている数值をそのまま使用した。 以上の過程で算出した誤差率及び取扱・製造輸入比から, 排出・移動率を比較検討した。 ## 3. 結果及び考察 ## 3.1 排出・移動率の算定 ## 3.1.1 物質別, 業種別及び従業員数別の排出・移動率 PRTR制度において届出対象の化学物質は 462 物質あり,そのうち 11 自治体で届出されている物質は279物質であった。このうち排出・移動率が算出できた物質は 249 物質であった。排出量と移動量との合計が 0 であった 30 物質については,排出・移動率を算出できなかった。また, 全国で 10 以上の事業所から届出があった対象となる化学物質は 241 物質であり, そのうち 228 物質が本研究で対象とした 11 自治体では届け出がなされていた。そのため, 届出の多い化学物質のうち9 割以上が捕捉できていると考えられた。 排出・移動率の算定できた各物質(249物質)及び各業種(51 業種)について,排出・移動率 $E_{\mathrm{a}}$ 及び $E_{\mathrm{b}}$ の分布を Figure $2 \mathrm{a}$ 及び $2 \mathrm{~b}$ にれぞれ示した。化学物質別の排出・移動率は2.18× $10^{-7}-1.00$ の範囲に分布しており, $10^{-3}-10^{-2} に$ ある物質の割合が一番高かった (Figure $2 \mathrm{a})$ 。排出・移動率が最大であった物質は, 2-クロロ-4,6ビス (エチルアミノ)-1,3,5-トリアジン,オルトクロロトルエン, ブロモトリフルオロメタン及びポリ塩化ビフェニルの4物質であり, 最小であった物質は $1,1,2$-トリクロロエタンであった。ここで,例えばポリ塩化ビフェニルは現在,使用・製造が禁止されており,「ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法」に基づき,事業所内に保管されているポリ塩化ビフェニルを一定期間の間に廃棄処分をする必要がある。排出・移動率が 1.00 と最大である理由は, 廃棄処分量 (移動量) がそのまま取扱量とカウントされるためであった。業種別の排出・移動率は $6.78 \times 10^{-5}-1.00$ の範囲に分布しており, 排出・移動率が $<10^{-1}$ にある物質の割合が一番高かった (Figure $2 b$ b)。排出・移動率が最大であった業種は b) 業種 排出 $\cdot$ 移動率 Figure 2 Distribution of a) chemical substances and b) industry for emission-transfer rate ガス業であり,最小は石油卸売業であった。このことから, 化学物質間及び業種間の排出 ・移動率の差は最大で $10^{5}-10^{7}$ 倍あることが明らかとなった。この結果は,大阪府のデータを用いて解析を行った杉浦ら(2019)の報告と同様の傾向であり, この傾向は全国的なものであることが示唆された。次に,同一業種における事業所の従業員数区分ごとに排出量 $E_{\mathrm{c}}$ を算出した。そのうち,4つある従業員数区分を全て算出できた業種 22 種について, 従業員数区分別の排出・移動率を Figure 3 に示した。 業種により, 排出・移動率の傾向は異なっており, 家具・装備品製造業, 一般機械器具製造業や電気機械器具製造業などでは, 従業員数が大きくなると排出・移動率は小さくなる傾向がみられた。この要因の一つとして, 企業の規模により生産工程における化学物質の歩留まりや排ガス・排水処理施設等への設備投資に差があり,大規模企業は効率よく化学物質を使用しているということが考えられた。 金属製品製造業や燃料小売業などでは,従業員区分に関わらず排出・移動率に大きな差はなかった。これは, 同一業種での化学物質の用途の類似性が高いことが考えられた。また, 燃料小売業では業界団体から「PRTR排出量・移動量算出マ Figure 3 Emission-transfer rate distribution for number of employee categories by industry. Number of legends means 1 : number of employees is 20 or less, 2: 21-49, 3: 50-299, 4:300 or more ニュアル」(石油連盟,2015)が出されており, このようなマニュアルの使用により統一した計算が行われていることが考えられた。 電気業のように従業員数が大きくなると排出・移動率が大きくなるものや, 食料品製造業など一定の傾向がみられない業種もあった。この要因としては,同一業種間においても化学物質を用いる製造,業務プロセスが異なること(杉浦ら, 2019)が考えられた。 以上のことから,業種により,企業の規模を示す従業員数と排出・移動率とは相関があることが示唆された。よって, 排出・移動率の算定には従業員数を考慮することが重要であると考えられた。 ## 3.1.2 従業員数を考慮した排出・移動率の作成 化学物質, 業種及び従業員数規模別に区分, 集計した排出 - 移動量と取扱量との比から, 排出移動率 $E_{\mathrm{abc}}$ を算出した。なお, 11 自治体でデー夕のない業種は $E_{\mathrm{a}}$ (化学物質別のみ), 該当する従業員数区分のデータがない場合は $E_{\mathrm{ab}}$ (化学物質別かつ業種別で算出)を排出・移動率として用いた。算出結果の例として, 化学工業, 金属製品製造業, 自然科学研究所, 空業 ・土石製品製造業におけるトルエン, ジクロロメタン, ノルマル-ヘキサン及び鉛化合物の排出・移動率を Table 3 に示 した。Table 3の化学工業においては, どの物質においても従業員数の変化による一定の傾向はみられなかった。これは, 同じ化学物質においても製品として出荷されるものや, 化学処理などで使用され, 環境中に排出されるものなど, 用途や排出過程が異なることにより排出・移動量が異なると推察された。金属製品製造業においては,各物質において,従業員数に関わらず同じオーダーでの排出・移動率を示した。これは, 同じ化学物質に対して用いられる用途が類似している可能性が考えられた。窐業・土石製品製造業のトルエンについては, 従業員数の減少に伴い排出・移動率が減少する傾向がみられた。この要因としては排出処理設備の導入の有無等が関係している可能性が考えられた。また, 自然科学研究所及び空業・土石製品製造業のジクロロメタンにおいて, 排出$\cdot$移動率が 1.00 となった。排出量及び移動量の内訳をみると,自然科学研究所においては,移動量の割合が約 9 割を占めており, 多くが回収され廃棄物として出されていた。一方, 空業・土石製品製造業においては,排出量の割合が約 8 割を占めており, 多くが環境中への排出となっており, 同じ排出・移動率であっても, 業種により排出量及び移動量の内訳が大きく異なっていた。 田和ら:PRTRデータを活用した化学物質取扱量の推計 Table 3 Emission-transfer rate ( $E_{\text {abc }}$ ) considering chemical substances, industry and classification by number of employees } & \multicolumn{2}{|c|}{ トルエン } & \multicolumn{2}{|c|}{ ジクロロメタン } & \multicolumn{2}{|c|}{ ノルマル-ヘキサン } & \multicolumn{2}{|c|}{ 鉛化合物 } \\ *1: 従業員数が 20 人以下, 2: 21-49 人,3:50-299人, 4: 300 人以上 **表中の「一」は当該の区分において,全国での届け出がなかったことを示す 取扱量推定及び排出・移動率の妥当性の検討をするにあたっては, Table 3 の結果例に示した算出結果表を用いた。 ## 3.2 排出・移動率の妥当性の検討 排出・移動率の妥当性を検討するため,排出・移動率から算定された推定取扱量と埼玉県での公表取扱量及び製造輸入数量との比較を行った。また,排出・移動率を用いるにあたって従業員数を考慮することが,精度向上に寄与するか判断するために, 従業員を考慮した排出・移動率 $\left(E_{\mathrm{abc}}\right)$ 及び従業員を考慮しない排出・移動率 $\left(E_{\mathrm{ab}}\right)$ の 2 つの場合について誤差率及び取扱・製造輸入比を比較検討した。 埼玉県では235物質の届出があり, そのうち,埼玉県のPRTRデータから取扱量を推定可能な 169物質について誤差率を求めた。範囲ごとに区分けした誤差率とそれらの区分に該当する化学物質数を Figure 4 に示した。誤差率の範囲が0.1-10 にある化学物質は従業員ありで 105 種(約 $62 \%$ ),従業員なしでは107種(約63\%)であった。 次に全国の推計取扱量と製造輸入数量との比較を行った。11自治体で届け出されている化学物質と化審法の化学物質との紐づけを行ったところ,紐づけできた化学物質は 127 物質であった。範囲ごとに区分けした取扱・製造輸入比とそれらの区分に該当する化学物質数を Figure 5 に示した。取扱・製造輸入比の範囲が $0.1-10$ たっった化学物質数は従 あった。従業員数を考慮することは, 誤差率, 取扱・製造輸入比のどちらにおいても, その範囲が 0.1-10に収まる化学物質数に影響しなかった。 さらに, 誤差率及び取扱・製造輸入比の全体の分布幅について比較検討した。誤差率においては, 従業員数の考慮ありでは標準偏差 191, 尖度 105 であり, 従業員数の考慮なしでは標準偏差36,尖度 148 であった。一方, 取扱・製造輸入比では,従業員数の考慮ありでは標準偏差 53, 尖度 90 であり, 従業員数の考慮なしでは標準偏差 116 , 尖度 78 であった。このことから, 誤差率は従業員数の考慮なしの方が, 取扱・製造輸入比では従業員数の考慮ありの方が, 分布幅が狭く, 全体の精度が高いと考えられた。これらのことから, 従業員数は排出・移動率に寄与するファクターであることが示唆された。たたし, 1 自治体での推計と全国の推計では推計精度が変わっている。異なる要因として,例えば,地域における産業形態により,化学物質種や業種の偏りがあるということが Figure 4 Distribution of number of chemicals for the categories of the error rate between the handling amount by the notification data and those by estimated data for chemicals. Grey column: calculation by $E_{\mathrm{abc}}$ emission-transfer rate, white column: calculation by $E_{\mathrm{ab}}$ emission-transfer rate 取扱・製造輸入比 Figure 5 Distribution of number of chemicals for the categories of the ratio of estimated handling amounts by the production and import volume for chemicals. Grey column: calculation by $E_{\mathrm{abc}}$ emission-transfer rate, white column: calculation by $E_{\mathrm{ab}}$ emission-transfer rate 考えられる。今後,このような要因についても検討し,従業員数のファクターがどのように寄与しているのか調べる必要がある。 以上のことから,従業員数の考慮あり及びなしの場合どちらにおいても,化学物質のおよそ半数が0.1-10倍の範囲で取扱量の推計ができることが分かった。また, 従業員数は推計に寄与する可能性が示唆された。 次に,従業員数を考慮した排出・移動率で算出を行った誤差率と取扱・製造輸入比を基に排出・移動率について考察を行った。 誤差率が 1 以上の割合は約 $66 \%$ ,取扱・製造輸入比は約 $73 \%$ であり,計算より導き出された誤差率と取扱・製造輸入比は過大評価の割合が高かっ た。過大評価となる要因の一つとして, 排出・移動量が 0 かつ取扱量が 0 以上である事業所が含まれていることが考えられる。また,杉浦ら(2019) は,同一事業種においても当該物質が製品として扱われているか否かによって排出・移動率は異なり,取扱量と排出・移動量との比がオーダーレべルで異なることを明らかにしている。よって,排出・移動量が 0 の事業所や大規模事業所の影響によって, 誤差率が過大評価されていると推察された。本研究においては, このような事業所も含めて排出・移動率を算出しているため,排出・移動率を過小評価し, 誤差率と取扱・製造輸入比が過大評価されている可能性がある。また, 特定の化学物質を多く使用する事業所の影響により,排出・移動率が低くなる可能性もあり得る。加えて,誤差が大きくなる要因として,デー夕数の少なさがあげられる。本研究で用いた 11 自治体に存在していない業種については,他業種で推定された排出・移動率 (排出・移動率タイプ $E_{\mathrm{a}}$ )を用いて取扱量を推定している。例えば,大阪府 1 自治体で排出・移動率を算定し, 誤差率を求めた場合, あり,11 自治体にした場合の方が0.1-10の範囲に入る化学物質数が多かった。したがって,解析に用いる自治体数を増やすことにより,幅広い業種, 化学物質のデータが入手できれば,排出・移動率の精緻化が可能であると考えられた。 さらに,物質ごとの物理化学的性状や排出先を考慮することも,排出・移動率の精緻化には重要であると考えられる。化学物質の使用用途により,大気への排出の場合には蒸気圧に応じた排出係数が,水域への排出の場合には溶解度に応じた排出係数が設定されている場合がある(経済産業省,2020)。使用用途においては,製造や業務プロセスにより異なると考えられる。そのため,これら物理化学的性状及び使用用途をパラメータとすることで,排出・移動率の精度向上が期待できる。ただし, 現行の PRTR制度では, 使用用途の報告義務はない。 そして, PRTR制度で公表されている事業所の排出量と移動量が両方とも0の事業所がある。「PRTRけんさくん」から検索した2017年度のデータによると,全 242,238 件のうち, 排出・移動量が0の事業所デー夕は86,744件であった。現行の PRTRデータだけではこのような事業所における取扱量を推定できない。そのため,取扱量の b) 推定取扱量 Figure 6 Distribution map of a) release-transfer amount and b) estimated handling amount of Xylene 推定精度向上には, 事業所へのアンケートやヒアリング調査などを行うことが有効であると考えられる。事業所ごとに化学物質の使用用途や排出状況などを丁寧に把握することでPRTRデータを補完し,新たなパラメータを加えることにより取扱量の推定精度向上が見込まれる。 本研究では,個々の事業所のデータが集約されたものを取得し,オーダーレベルでの誤差を検討した。アンケートやヒアリング調查などで事業所単位のデータが取得できれば,さらに精緻な検討が可能となり,市町村ごとの可視化,メッシュマップ化が進み,化学物質に対応する災害対策への寄与が高まると期待できる。 ## 3.3 都道府県別の推定取扱量の地図化 本検討で算出した排出・移動率を用いて,各都道府県レベルでの取扱量の推計を試みた。例として取扱量を推定した全化学物質の中で良好な結果 (誤差率 2.00 , 取扱・製造輸入比 3.15 ) が得られたキシレンについて, 「地理情報分析支援システム MANDARA」(谷,2017)を用いて地図表示を行った(Figure 6)。 キシレンは, 主に石油製品・石炭製品製造業,化学工業, 燃料小売業等が盛んな地域で推計取扱量が大きな値を示した。例えば,和歌山県においては排出・移動量は全国の中でも少ない部類であるが,推定取扱量では多い部類に分類される可能性が示された。これは, 排出・移動率が小さい石油製品・石炭製品製造業に関わる事業所の排出移動量が多く,これらの産業活動が活発であるためと考えられた。つまり,排出量と移動量は必ずしも取扱量の目安とはならず,災害・事故を想定した地域ごとの化学物質リスクを考慮するためには,自治体による取扱量の把握や,本研究のような取扱量の推定が重要であると考えられた。中村ら(2019)は,大阪府を例として,取扱量マップと南海トラフ巨大地震による想定被害地域との情報を合わせて可視化することが災害対策に有用であると報告している。 ただし,ここでの推定取扱量は年間の集計値であり,その時間変化(小山,鈴木, 2019)や自治体内の地域偏在性(杉浦ら,2019)を考慮しなければならない。さらに, 保管量に関しては, その届出を義務づけている自治体はほとんどなく, 保管量について推定している先行研究は少ない (例えば, 藤木ら, 2009)。藤木ら (2009) は, 京都府内を対象に実施した工場でのヒアリング結果に基づき,保管量を年間取扱量の 2 週間分としている。また著者らが,大阪府内の 2 つの工場でヒアリングを行ったところ,化学物質によって異なるものの,保管量は年間取扱量に対して 1 週間 -1 か月分, あるいは $2-10 \%$ (平均 4\%) であるという藤木ら (2009) と近い回答を得た。しかし, 調査した事業所数が限られているため, 今後も情報収集に努める必要がある。 ## 4. まとめ PRTRデータから化学物質の取扱量を推計する手法について検討を行った。取扱量の推計のために先行研究で重要な要素とされている化学物質種及び業種以外に, 従業員数を加味した検討を行った。11自治体より提供を受けた取扱量と, PRTR 届出データの排出量, 移動量とを用いて, 各化学物質の業種ごと, 従業員数規模別の排出・移動率を算出した。その結果, 同一業種内でも従業員数規模により排出・移動率の異なることがわかった。 ただし,従業員数の寄与がどれくらいであるかは今後も検討の必要がある。次に, 排出・移動率の妥当性を検証するため,埼玉県の推定取扱量と取扱量公表値との比較, そして全国の推定取扱量と化審法の製造輸入数量との比較検討を行ったとこ万,誤差率,取扱・製造輸入比のどちらにおいても 0.1-10倍である化学物質の割合は 5 割以上であった。しかしながら, 推定値から大きく外れる化学物質もあることから, デー夕数の確保や事業所の状況に合わせたパラメータを補完し,推定精度を向上させることが必要であると考えられた。 ## 謝辞 本研究は, 環境研究総合推進費S17-4(1) (JPMEERF18S11713)の補助を受けて行われた。 また, 多くの自治体担当職員の方々にデー夕提供のご協力をいただいた。ここに謝意を表する。 ## 参考文献 藤木修, 中山義一, 中井博貴 (2009) 地震による河川水質污染の影響評価について, EICA, 14 (2-3), 28-36. 環境省 (2012a) 東日本大震焱の PCB廃棄物への影 響について (第9 報). https://www.env.go.jp/ jishin/attach/saigai_pcb_eikyo_201212.pdf (アクセス日:2019年9月14日) 環境省 (2012b) PRTR制度に関する自治体アンケート・ヒアリング結果. https://www.env. go.jp/chemi/prtr/archive/kondankai/1/4-1.pdf (アクセス日:2019年9月14日) 環境省, 経済産業省 (2019) PRTRけんさくん. http://www.env.go.jp/chemi/prtr/kaiji/index.html (アクセス日:2019年7月10日) 経済産業省 (2019a) PRTR制度. https://www.meti. go.jp/policy/chemical_management/law/prtr/index. $\mathrm{html}$ (アクセス日:2020年2月14日) 経済産業省 (2019b) 化学物質の製造輸入数量. https://www.meti.go.jp/policy/chemical_ management/kasinhou/information/volume_index. $\mathrm{html}$ (アクセス日:2020年2月14日) 経済産業省 (2020) 化審法における優先評価化学物質に関するリスク評価の技術ガイダンス. https://www.meti.go.jp/policy/chemical_ management/kasinhou/information/ra_1406_tech guidance.html (アクセス日:2020年9月14日) 厚生労働省 (2011)「東北地方太平洋沖地震に伴う津波による毒物又は劇物の流出事故等に係る対応について」における集計結果について。 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001 djj7-att/2r9852000001dmco.pdf(アクセス日: 2019 年 9 月 14 日) 小山陽介,鈴木規之 (2019) 災害・事故における化学物質污染の管理対象物質の考察, 環境化学, 29(3), 95-105. 目黒区 (2011) 東日本大震災における区の対応結果等(第一次総括)について. https://www.city. meguro.tokyo.jp/kurashi/anzen/disaster/taiousou katu01.files/honbun.PDF(アクセス日:2019年9 月14日) 仲井邦彦, 上野大介, 中田晴彦 (2013) 東日本大震災後における三陸沿岸部の化学物質污染の推移, 学術の動向, 18, 34-41. 中村智, 田和佑脩, 矢吹芳教 (2019) 災害 - 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risk
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Society For Risk Analysis Japan
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# 新たな大学経営概念におけるリスクマネジメントを考える 一遺伝資源取扱いリスクを例として一* Risk Management under Evolving University Management: Referring to Risk from Treating Genetic Resources } 岡田 祥宏** Yoshihiro OKADA \begin{abstract} Japanese higher educational community just declared enhancement of internal control and governance system in the university management, following the government's line. In this letter, the COSOInternal control framework, enterprise risk management, ISO31000 and university governance code of Japan are introduced. They are useful concepts for all those who are interested in risk management of universities to discuss how to clarify the risk management concept of treating genetic resources in the universities. As mentioned in ISO31000, managing risk is part of governance and leadership, and is fundamental to how the organization is managed at all levels. That's why risk management of treating genetic resources under the Nagoya Protocol should be implemented in harmony with the internal control function of universities. Finally four points for discussion are offered. \end{abstract} Key Words: enterprise risk management, genetic resources, governance code, internal control, ISO31000 ## 1. はじめに 主に企業経営の世界で注目されてきた内部統制やガバナンスの概念を大学経営に強く反映させようとする議論が,ここ数年の間に急速に進められている。国立大学経営力戦略 (文部科学省, 2015) においてその方向性が示されたのが始まりと思われる。そして, この新たな大学経営実施に向けたガバナンス・コードが国・公・私立大学の各代表団体から公表され,2020年3月までに出揃った。 この新たな大学経営の基幹機能の一つが, 内部統制やガバナンスの成否に大きく影響を及ぼすリスクマネジメント(以下,RM)である。 折しも, そのような大学経営像議論の最中であった 2017 年, 研究者にとっての研究材料であ り事業者にとっての商品候補でもある遺伝資源を海外から取得し利用する上での手続き等に関する国際条約が,わが国で発効した。「生物の多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書」(以下, 名古屋議定書) である。名古屋議定書の国内発効に伴い, 政府は, 遺伝資源の取扱い(遺伝資源の取得, 国内及び越境移動,商用及び非商用利用, 利用から生じる利益の配分等)をRM課題として捉え, 各大学等に対応体制の構築を要請した。たたし,遺伝資源の取扱いに関係する国際法は名古屋議定書以外にも複数存在するし, 研究倫理規範の遵守や遺伝資源所有者が守ってきた伝統・慣習等の尊重など, 法的拘束力 * 2020 年 09 月 16 日受付, 2020 年 10 月 01 日受理, 2020 年 11 月 27 日 J-STAGE早期公開 ** 筑波大学生命環境系 (Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba) の有無にかかわらずRMの対象事項は多様であることも念頭に置く必要がある(岡田ら,2017)。 新しい経営概念を学内で具現化するには内部統制と連携したRM機能が求められ,そのような RM 機能は全学的な RM体制と各部門での RM 体制との統合によって発揮されることを,世界的に普及しているRM朹組から学ぶことができる。本稿では,このような RM概念を大学に導入していく際の議論材料を,遺伝資源の取扱いに関するRMを例に提示してみる。 なお,本稿での「リスク」は,正と負の両方の影響をもたらし得るリスクとして使用している。 ## 2. 内部統制とガバナンスを導入した新た な大学経営像 以下に,企業経営及び大学経営における内部統制の導入経緯を振り返り,大学内における新たな RM体制を考える上での前提としたい。 ## 2.1 内部統制とは 内部統制という機能は, 企業経営のしくみの一つとして米国で発展してきたものである。ひと言で説明すると,「企業が目標を達成し社会から信頼される組織であり続けるために,すべての業務分野を社内の各階層において適正に遂行していく全社的な仕組みでありその遂行プロセスである」 ということにな万うか。わが国においては,会社法362条4項6号がその考え方を表しているとされる。もう一つの内部統制概念として財務情報に特化したものがある。日本でも金融庁を中心に議論され, 金融商品取引法第 24 条 4 の 4 に映されているとされる。 企業と大学法人では運営の目的も形態も異なるが, 適正な組織運営と情報開示を行うことで社会に資する存在になるという方向性は共通のものである。大学においては, 上記 2 種類の内部統制の考え方, すなわち適正な意思決定や業務体制を念頭に置いた内部統制(会社法)と財務報告を主に想定した内部統制(金融商品取引法)の両方を考慮しながら, 教育と研究を本業とする場にふさわしい内部統制が実施されていくものと思われる。 ## 2.2 大学経営における内部統制 ## 2.2.1 国立大学経営力戦略 国公私立の違いに関係なく, 社会から寄せられる大学への期待に応えるため, 「学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律」の施行後に, 国立大学経営力戦略が策定された。それは,大学運営の内部統制的な考え方を強化しようという方向性を示したものであった (文部科学省, 2015)。大学における内部統制とは, 大学の目的を達成するために必要な教育・研究・産学連携等の他, 法務・財務・学生生活・施設管理・広報などすべての業務領域において, 運営幹部をはじめとするあらゆる階層の教職員等全員が適正に遂行していく学内プロセスということになる。 ## 2.2.2 大学のガバナンス・コード 大学運営に内部統制が不可欠であることをより明示しているのが,大学のガバナンス・コードである。最近,「私立大学版ガバナンス・コード」 (日本私立大学協会, 2019), 「公立大学の将来構想:ガバナンス・モデルが描く未来マップ」(公立大学協会, 2019),「国立大学法人ガバナンス・ コード」(文部科学省, 内閣府, 国立大学協会, 2020)が次々と公表された。ガバナンス・コード自体の世界的普及のきっかけは,経済分野における「OECDコーポレート・ガバナンス原則」(1999 年)である。この原則の改訂版 (OECD, 2004) 等をモデルにして,日本においても2015年に「コーポレートガバナンス・コード」が公表され, 2018 年 6月にはその改訂版が策定された(東京証券取引所,2018)。同年6月には, 政府の「統合イノベー ション戦略」の中で国立大学法人ガバナンス・ コードの策定が指示された(内閣府,2018)。 国立大学法人ガバナンス・コードには 4 つ基本原則が設定されている。その中の基本原則 4 「社会との連携・協働及び情報の公表」には,「内部統制の仕組みの整備・実施」及び「内部統制の運用体制の公表」が明記されている。 また, ガバナンスは組織や管理体制の構造を指すものと思われがちだが, 本質は大学の運営幹部が適切な内部統制を構築し適切に実施しているかどうかをチェックし, 不具合に気づたら軌道修正を促すしくみである。この役割は, 各大学の監事や学外役員等を含めて担うことになるが, 文部科学省の国立大学法人大学評価委員会等の仕事もガバナンス機能の一部と見なし得る。 ## 3. あらゆる組織に適用できるRM枠組 ある組織内での RM体制は, それ自体が単独で敷かれているわけではない。たとえば企業においては, マーケティング, 営業, 研究開発, 生産, 品質, 環境, 情報セキュリティ, 人事・労務などの事項ごとにそれぞれマネジメント体制が存在する。しかし,そのようなすべてのマネジメント体制は目的達成のための意思決定や各業務プロセスの不確実性(すなわちリスク)を管理することに他ならない。それらの個別のマネジメント体制を RMの一環として統合し, 内部統制に組み达むことが望ましい。国際標準化機構(以下,ISO)も,既存の各マネジメントシステム規格を一つの組織の全社的マネジメントに統合することの必要性を述べている(ISO, 2018a)。 企業に限らずあらゆる組織に適用できる RM枠組の代表的なものとしては, 以下の2つであろう。 (各枠組の詳細は他資料に譲る。) 【Enterprise Risk Management-Integrating with Strategy and Performance (COSO, 2017)】 このRM統合的枠組を発行したCOSOは,内部統制の観点から「内部統制の統合的枠組(2013年改訂版)」(COSO,2013)を公表しているが,それと併存するものとして,内部統制体制を取り込んた形でこのRM枠組を策定している。 Enterprise risk management(以下,ERM)は「全社的リスクマネジメント」と訳されており, 組織目標を達成するために組織内のすべての部門を連携させて, リスクの識別, リスクの重大度評価, リスクの優先順位づけ,リスクへの対応等を実施することという意味合いを持つ。 【ISO 31000 とその関連文書】 ISO 31000:2018 Risk Management—Guidelines (ISO, 2018b) ISO 31000:2019 Risk Management—Principles and Guidelines (ISO, 2019) IWA 31:2020 Risk management—Guidelines on using ISO 31000 in management system (ISO, 2020) ※ IWA (International Workshop Agreement)は ISO 了解の国際的な取り決め。 COSO-ERMとISO 31000 は互いに整合的である。組織のRM体制を見直す場合,両者のどちらかを参考にしてもよいし,ERMを主軸に体制構築し, ISO 31000 を補完的に適用するという方法も考えられる。またその逆もあり得る。 ## 4. 大学経営に適用できる RM枠組 大学において内部統制を実践するということは,企業の場合と同様に, 学内外のあらゆるモノ, 資金, 戦略, 戦術 (対策), 個人の行動, 学外情勢変化等に潜むリスクと向き合うことである。いくら新機軸の戦略や意欲的な対策を打ち出したとしても, 立案過程での意思決定, 戦略の内容, その実践の各段階に表裏一体的に存在するリスクを管理しなければ, 期待通りの成果を得ることはできない。従って, 大学経営に適用する RM枠組も, 前述の「あらゆる組織に適用できる RM枠組」と整合したものが求められるはずである。 これまで世界的によく知られてきた高等教育機関用RM朹組としては,以下のものがある。 【Risk management: a guide to good practice for higher education institutions (HEFCE, 2001)] ※ HEFCE: Higher Education Funding Council for England(英国の高等教育機関への助成を行う公的機関)。2018年に解散。 わが国における大学の RM枠組みに関しては,以下の公的資料がある。 【国立大学法人経営ハンドブック (2)(国立大学財務・経営センター, 2006)】 (独) 国立大学財務・経営センターは2016年に他組織と統合され, 現在は(独)大学改革支援 - 学位授与機構にその機能の一部が継承されている。 しかし経営ハンドブックの事業は終了している。 この経営ハンドブック(第6章:リスク管理) が公表されて以来,わが国の国立大学の多くがこれを参考にしてRM体制を構築していったものと思われる。現在では,すでに述べたような RM朹組が次々と国際的に普及していることもあり,各大学の目的や特色に合わせたRM体制を形成してきているものと想像される。しかし, HEFSEや国立大学財務・経営センターがもはや存在していないことを考えると, それらが策定したRM朹組に代わる高等教育機関向けの新たな RM枠組が検討されてもよいのかも知れない。 ## 5. 名古屋議定書が抱えるリスク 2017年に国内発効した名古屋議定書は, 国際条約の中でも特殊な様相を呈する部類に入るのではなかろうか。一般的に国際条約は, オゾン層の保護のためのウィーン条約やオゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書などのように,締約国は国際的に了解された共通ルールに従って活動していくものも多い。一方, 名古屋議定書では,ある国で遺伝資源を取得する場合の統一した国際ルールが明示されているわけではなく, 守るベきルールは遺伝資源の存する各国がそれぞれの 国内法によって定めることになっている。そのルールも国ごとに少しずつ(一部の国では大きく)異なっている。また, 国内法の整備状況も国によりまちまちであり,現時点においても国内法が未整備の国の数は, 決して少なくはない。 なぜそのような状況に置かれているかというと,遺伝資源あるいはそれに関連する伝統的知識の存する国が,遺伝資源取扱い上の「主権的権利」を持っていること, そして生物多様性条約及び名古屋議定書における用語の定義が曖昧で,その解釈に幅が生じやすいこと等が挙げられる。したがって,たとえ研究者が十分に注意を払ったとしても,遺伝資源の調査や採取を行ったり利益配分したりする際に現地の関係者との間でトラブルが発生したり,適正と思って進めていた手続きや行動が違法行為と認定されたりする可能性が高くなる。現時点で研究者等の身の安全, 安定した研究活動,及び遺伝資源等がもたらす社会全体の便益を守っていくためにも,大学が遺伝資源の取扱いに対して実効性のある RM体制を整備しておくことは, これまでも,これからも重要になる。 ## 6. 遺伝資源の取扱いを $R M$ 課題とした経緯 国が遺伝資源の取扱いを RM課題と位置づけるまでには種々の議論があったと思われるが,公開資料を見る限りでは,以下のような流れが見える。 わが国では, 2017 年 5 月 18 日の名古屋議定書締結を契機に,その円滑な実施のための制度整備が進んでいる。国立遺伝学研究所 ABS 学術対策チー ムは「名古屋議定書に関する大学等における体制構築ハンドブック」(以下, 体制構築ハンドブック)をまとめた(国立遺伝学研究所,2017)。これには, 遺伝資源の取扱いが各大学・研究機関等における RM課題であるという前提での記述が随所に見られる。ちなみにABSとは, Access and Benefit-sharingの略で, 「遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」 のことである。また文部科学省は, 各大学等に向けて, 2017年 5 月 18 日付で通知「研究機関等における遺伝資源の取扱いについて」を発出し, 名古屋議定書への対応を RM課題とした上でその体制構築に取り組むよう要請している。その内容は,担当部署・担当者の明確化, 機関内プロセス及びルール作り, 機関内周知等である。さらに, 名古屋議定書の的確かつ円滑な実施のための国内措置として指針が定められた(財務省・文部科学省・厚生労働省 $\cdot$ 農林水産省 $\cdot$ 経済産業省 $\cdot$ 環境省, 2017)。 これらの制度整備は, 名古屋議定書の国内発効の数年前から開始されていた。遺伝資源の取扱いがRM課題になるであろうとの認識は, 2016年に日本医療研究開発機構 (以下, AMED)所管のナショナルバイオリソースプロジェクト(以下, NBRP)の推進委員会がまとめた報告書「今後のバイオリソース整備の在り方について」においても垣間見ることができる。報告書には, 危機管理に関する記述と法令・指針等の遵守に関する記述がある(日本医療研究開発機構, 2016)。前者の記述は,「遺伝資源の取扱い」がRM及び危機管理の対象とされるに至った議論の始点を表すものの一つであろう。また, 後者の記述についても, コンプライアンス問題は以前より法的リスクとして RM対象に入っている。前述の ABS 学術対策チー ムはNBRP推進の一環として設置されていることから, 危機管理とコンプライアンスの双方が, 共に取り扱うべきリスクとして体制構築ハンドブックに反映されたものと思われる。 ## 7. 大学における遺伝資源の取扱いに関す るRM体制の構築についての議論材料 遺伝資源の取扱いに関する業務も,内部統制とガバナンスに組み达まれた全学的 RM体制の一部として位置づけられていくものと思われる。たた L, ここで言う全学的RM体制がどのようなものになるのかは, 各大学の経営幹部の判断に左右される。その判断次第で遺伝資源の取扱いに関する RMの方向性が決まる。RMの方向性次第で, RM 体制の建て付け(組織構造, 組織の機能, 配置人員の規模と専門性, 予算規模等) も決まってくる。前章までの内容を踏まえ, 遺伝資源関連担当部署を例に,大学でのRM体制のあり方についての議論に参考となり得る材料を提示してみたい。 ## 7.1 議論材料(1) 学内の全学的RM体制について内部統制のしくみは,大学が掲げるミッション, ビジョン,目標を達成するためにあるものであり,遺伝資源関連担当部署もそれらの達成のために設計されていなければならない。この部署が組み込 まれる RM体制は, 内部統制と直結した $\operatorname{COSO} の$ ERM ISO31000のような体制であることが望ま しい。しかし, 大学によっては別のタイプのRM 体制を採用するかも知れない。もし別タイプの $\mathrm{RM}$ 体制であれば,その RM 体制は内部統制やガバナンスの推進とどのように関連づけられているかを議論し,その実態を確認する必要がある。 ## 7.2 議論材料(2) 遺伝資源関連担当部署につい $\tau$ 議論材料(1)では,全学的な RM体制の中に遺伝資源関連担当部署が組み込まれることを所与のものとして述べたが,当部署の存続を確保し続けることは容易ではない。業務の質を保ちつつ継続的な活動を可能にするための,部署としての自助努力の議論が必要と思われる。 まず,内部統制やそれを支えるRMの考え方が学内の各部門に浸透するまでの数年間は,遺伝資源関連担当部署のメンバーである教員・職員のほとんどがRM等の知識やスキルにそしい状態が続くことになる。それを補うためには,早期にしつかりとしたRM業務マニュアルを作成しておく等の対策が必要になる。当部署のメンバーの多くが職員で構成されている場合は,人事異動で短期間に入れ替わるため部署在任中に遺伝資源関連知識の習得が間に合わず業務に支障を来たすことも考えられる。教育・研究が本業の教員が兼任で遺伝資源関連業務に参加する場合は,職員の場合とは逆に,授業や研究指導とは勝手の違うサービス業務にうまく対応できるかという懸念がある。専任の教員又は職員を新たに雇うという選択肢もあるが,予算上の制約が大きい。 ## 7.3 議論材料 (3) 全学的 RM体制と遺伝資源関連担当部署との関係について 大学経営の実際は, 企業のような費用対効果追求型の業務遂行たけで成り立っているわけではない。しかし,内部統制とガバナンスをベースにした今後の大学経営下では,遺伝資源関連担当部署の業務内容が大学のミッション, ビジョン, 目標の達成に必要と認められ,割当てられた予算規模に見合った成果を出すことが,部署の評価を左右するという傾向は強まるであろう。 現在,各大学での遺伝資源関連担当部署の主業務は,各国の遺伝資源取得手続きを,遺伝資源を取得しようとする一人の研究者に紹介すること等ではないだうか。それは研究者個人にとっての支援という意識が大きく,その支援業務がその大学の目的を達成するためにどう直結しているかという経営者的発想が今後求められるかも知れない。 そのような部署となるためには, 個別の研究活動と大学の内部統制活動の両方に貢献する業務として,遺伝資源やその取扱いに付随するリスクへの対応を主軸にすべきと思われる。そうすることで,文部科学省が前述の2017年通知で求めている体制が学内にしっかりと根を張ることになるのではないか。 ## 7.4 議論材料(4) 学内の遺伝資源関連担当部署と 学外の遺伝資源関連機関との関係について 名古屋議定書締約国としてのわが国の取組みに,各大学での遺伝資源関連担当部署の役割は大きいと思われる(もちろん,大学以外の各研究機関等においても同様である)。そうであるならば,各大学と関連省庁, 各省所管の研究機関, AMED,国立遺伝学研究所, (財)バイオインダストリー協会等の遺伝資源関係機関がどのように戦略連携すれば,各大学での取組みに最大の効果が得られるのかという本格的な議論が望まれるところである。上述の各界・各領域の関連機関がコンソーシアムを組んで議論することで,例えば,遺伝資源の取扱いに関する種々のリスクのうち,どのリスクをどの程度までなら許容するのか,対応するリスクの優先順位づけどのように行うのかといった一定の指標を作成し,各大学に示すことができるのではないか。各大学はその指標を参考にしてそれぞれの内部統制下での RM体制に見合った独自方針が立てやすくなる。 また,コンソーシアムの構成機関が相互調整して各界の役割分担を明確化していく中で,各大学の遺伝資源関連担当部署が受け持つべき役割モデルを提示することもできるのではないか。その役割分担モデルは, 大学の経営幹部が当部署の存在意義を理解する格好のツールにもなるだろう。 (本稿の内容は筆者の個人的見解に基づくものであり,所属大学及び他の機関の見解を述べたものではない。) ## 謝辞 本稿は, (国研)日本医療研究開発機構ナショナルバイオリソースプロジェクト情報センター整備プログラム補助事業の活動の一環として執筆した。 ## 参考文献 COSO (2013) Internal Control - Integrated Framework. May 2013, https://www.coso.org/Pages/ic.aspx (Access: 2020, Sep., 15) COSO (2017) Enterprise Risk Management Integrating with Strategy and Performance. June 2017, https://www.coso.org/Pages/erm.aspx (Access: 2020, Sep., 15) HEFCE (2001) Risk management: a guide to good practice for higher education institutions. May 2001, https://eric.ed.gov/?id=ED453709 (Access: 2020, Sep., 15) ISO (2018a) The Integrated Use of Management System Standards (IUMSS). ISO (2018b) ISO 31000:2018 Risk Management Guidelines. ISO (2019) ISO 31000:2019 Risk Management Principles and Guidelines. ISO (2020) IWA 31:2020 Risk management Guidelines on using ISO 31000 in management system. 国立大学財務・経営センター (2006) 国立大学法人経営ハンドブック(2)。平成 18 年 1 月, http:// www.niad.ac.jp/media/001/201802/ne004008.pdf (アクセス日:2020年9月15日) 国立遺伝学研究所 (2017) 名古屋議定書に関する大学等における体制構築ハンドブック. 2017 年 5 月.公立大学協会 (2019) 公立大学の将来構想 - ガバナンス・モデルが描く未来マップ -. 2019 年 5 月. 文部科学省 (2015) 国立大学の経営力の強化, 国立大学経営力戦略, 2-3. 文部科学省, 内閣府, 国立大学協会 (2020) 国立大学法人ガバナンス・コード。令和 2 年 3 月. 内閣府 (2018) 統合イノベーション戦略. 日本医療研究開発機構 (2016) ナショナルバイオリソースプロジェクト推進委員会報告書今後のバイオリソース整備の在り方について, 16-17.日本私立大学協会 (2019) 私立大学版ガバナンス・ コード。平成 31 年 3 月. OECD (2004) OECDコーポレート・ガバナンス原則. https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oecd/pdfs/ cg_2004.pdf(アクセス日:2020年9月15日) 岡田祥宏, 河瀨眞琴, 渡邊和男 (2017) 遺伝資源取扱上の倫理的および社会的側面, 育種学研究, 19(4), 170-176. 東京証券取引所 (2018) コーポレートガバナンス・ コード. 2018年6月. 財務省, 文部科学省, 厚生労働省, 農林水産省,経済産業省, 環境省 (2017) 遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する指針。
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# リスク学研究 30(2): 111-112 (2021) Japanese Journal of Risk Analysis doi: 10.11447/jjra.SRA-0343 # 【情報】 ## 第33回シンポジウム \\ 『リスク学から感染症問題を考える』開催報告* ## Report on the Symposium "Examining COVID-19 issues from risk perspective" 岸本充生** Atsuo KISHIMOTO \begin{abstract} The Society for Risk Analysis, Japan held an online symposium "Examining COVID-19 issues from risk perspective" on June $26^{\text {th }}, 2020$. The number of participants was 175 , which is much higher than usual. We received 53 questions online. This paper briefly introduces the background to the symposium and the contents of the symposium. \end{abstract} Key Words: COVID-19, risk perspective, online symposium 日本リスク学会が毎年, 総会とともに開催している春季シンポジウムを 2020 年度は,新型コロナウイルス感染拡大を受けて, 日程はそのままでオンラインで実施することとした。時間は例年よりも短く, 2 時間とした。すでに3月末に日本リスク学会とリスクマネジャネットワークの共催でオンラインでの勉強会「大阪万博に関連するリスクの把握・評価・管理に向けて」(https://www. sra-japan.jp/cms/riskmaneger-study2020/ 2020年9月 26 日アクセス)を無事に開催できたことも背景にあった。 春季シンポジウムのテーマは時事的なものを取り上げることが多く,2016年は4月に発生した熊本地震を受けて,「社会の中の「地震リスク」: どう解釈し,どう伝え,どう活用すべきか」をテー マとした(岸本ら,2016)。2011年はもち万ん東日本大震災を取り上げた。今回も当然,社会が最も関心を持っている新型コロナウイルスによる感染症リスクを取り上げ,「リスク学から感染症問題を考える」をテーマとした。ただ,地震などと異なり, 現在進行形で事態が動いている中での開催となった。 日本リスク学会では2月半ばから,「新型コロナウィルス感染症に関する議論の場の設定」としてメーリングリストを作成し,また,3月23日には学会ウェブサイトに「新型コロナウィルス感染症特設サイト」(https://www.sra-japan.jp/2019-ncov/2020 年9月26日アクセス)を設けた。重要なリスク問題であることは明白ではあったが,当初は,どういうタイプの感染症であるのかについて科学的知見が十分でない中,リスク学としてどういうアプローチが有効であるのか考えあぐねていた感が強かった。そんな中,感染症対策と児童の教育機会, 感染症対策と経済活動といったリスクトレー ドオフに関する議論が前面に出てくるようになり,また,専門家の考えるリスクと一般の人々が感じるリスクの間のギャップ, リスクの評価と管理における専門家と政治の役割分担などの問題が指摘されるようになり,リスク学の概念やアプローチが役に立つはずであるという確信を持てる * 2020 年 9 月 29 日受付, 2020 年 10 月 27 日受理 ** 大阪大学データビリティフロンティア機構/社会技術共創研究センター (Osaka University, Institute for Datability Science/Research Center on Ethical, Legal and Social Issues) ようになった。学会の特設サイトには, リスク用語集(岸本,2020a)を皮切りに,オリジナルの文章や翻訳文章といったコンテンツが徐々に蓄積されてきた。 このような背景のもとで,6月26日(金)にオンラインで春季シンポジウムを開催した。プログラムは次のとおりである。当日の発表スライドは学会ウェブサイトに公表されている (http://www. sra-japan.jp/cms/2020sympo-publications/ 2020 年 9 月26日アクセス)。また, 本シンポジウムの概要はすでに,熱心な参加者によって「NPO法人暮らしとバイオプラザ」のホームページでも紹介されている (http://www.life-bio.or.jp/topics/topics784. $h t m l$ 2020年9月26日アクセス) 一久保英也(ワールドマスターズゲイムズ 2021 関西組織委員会, 学会長)「学会としての取り組み」 一岸本充生 (大阪大学, 理事)「リスク学からどんな貢献ができるか」 一藤井健吉 (花王安全性科学研究所, 理事)「環境表面のウイルス除染ガイダンス」 一竹林由武 (福島県立医科大学)「感染症流行時のメンタルヘルスの諸問題」 一竹田宜人 (北海道大学, 理事)「WHOのリスクコミュニケーション」 事前に206名の参加申し込みがあり,当日は 175 名 $(85 \%)$ の参加があった。例年, 東京大学本郷キャンパス内の会場において 100 名未満で開催していたことを考えると,オンライン開催となったことにより,アクセスが改善されたことも寄与していると思われる。 最初の報告では,前学会長である久保氏より,先に記した特設サイト開設に至る学会としての取組が紹介された。岸本の報告は, 学会誌にすでに掲載された岸本 (2020b) に基づき,科学的ファクトから政策意思決定までの理想的なプロセスに対して,新型コロナウイルス対応として実際に見えていたプロセスの間のギャップを指摘したうえで,科学的ファクトとリスク管理措置の決定の間を可視化すべきことを提言した。 藤井氏の報告では,特設サイトにすでに掲載された「環境表面のウイルス除染ガイダンス」 に関する機関間常設委員会(IASC)による新型コロナウイルス流行下でのメンタルヘルスに関する報告書が紹介され,こころのケアの原則が示された。竹田氏からは,こちらも和訳を特設サイトに掲載している,世界保健機関(WHO) が新型コロナウイルス疾患に関して公表したリスクコミュニケーションと地域社会の関与に関する報告書 (https://www.sra-japan.jp/2019-ncov/index. php? module $=$ blog\&eid $=10972 \&$ aid $=109792020$ 年 9月26日アクセス)の内容が紹介された。 当日は寄せられた質問が 53 に上り, 質疑応答の時間内にいくつかには回答することができたが多くは回答できなかったため, 後日, 登壇者からの回答を集めた「質問と回答」を学会サイト(https:// drive.google.com/file/d/1wTC4-EKvuZivUr6obKP vXP2J1_2qcja/view 2020年9月26日アクセス)に公開した。 ## 参考文献 岸本充生 (2020a) 新型コロナウイルス問題を考えるためのリスク用語集(3/23版)https://www.srajapan.jp/2019-ncov/index.php?module $=$ blog\&eid $=$ 10127 \&aid $=10132$ (アクセス日 $: 2020$ 年 9 月 26 日) 岸本充生 (2020b) エマージングリスクとしての COVID-19—科学と政策の間のギャップを埋めるには一, 日本リスク研究学会誌, 29(4) 237-242. https://www.jstage.jst.go.jp/article/sraj/29/4/29_237/_ article/-char/ja(アクセス日:2020年9月26日) 岸本充生, 竹田宜人, 広田すみれ(2016) 第29回シンポジウム『社会の中の「地震リスク」:どう解釈し, どう伝え, どう活用すべきか』開催報告,日本リスク研究学会誌, 26(3), 151-156. https:// www.jstage.jst.go.jp/article/sraj/26/3/26_151/_ article/-char/ja/(アクセス日:2020年9月26日)
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# リスク学研究 30(2): 89-95 (2021) Japanese Journal of Risk Analysis doi: 10.11447/jjra.SRA-0344 # 【特集:新型コロナ感染症関連総説論文】 ## リスク評価が不安を煽る?* ## Does Risk Assessment Inflame Public Anxiety? 中谷内 $一$ - ** ## Kazuya NAKAYACHI \begin{abstract} On April 15, 2020, one member of the Cluster Intervention Group, the Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan, released his risk assessment, which stated that 420,000 people in Japan would die from COVID-19 if no countermeasure is taken. His prediction was criticized for causing excessive anxiety in people and atrophying the national economy. This article discusses whether such a form of risk assessment inflames public emotions. The problem was examined based on the three models in decision-making and risk perception research: the value function of prospect theory, the two-factor model of risk perception, and the dual-process theories. From these perspectives, it was tentatively concluded that no matter how large the number of deaths that are forecasted is, it is difficult for statistical risk assessments to cause excessive fear in people. \end{abstract} Key Words: COVID-19, risk assessment, public anxiety, the two-factor model of risk perception, dual-process theories ## 1. はじめに 新型コロナウィルスの感染が拡大し始めてから,世界中の専門家がリスク評価を行ってきた。 その中でも,わが国において最も頻繁に取り上げられたリスク評価は西浦博北海道大学教授(当時)による 42 万人の死亡予想であろう。より正確には,何も流行対策を施さなければ,日本で約 85 万人が新型コロナウイルスで重症化し, その約半数が死亡するという試算であり, 厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班に参加していた西浦氏が2020年4月 15 日の記者意見交換会で,個人として発表した数字である。 このリスク評価には様々な批判が向けられた。 たとえば,“何も対策を施さなければ”という前提が非現実的なものだという批判である。記者会見の 4 月半ばには在宅勤務や休園・休校措置,飲食店・スポーツ施設などの営業縮小, 大規模イベントの中止等々の対策が拡大しており, 前週の 4月7日には政府の緊急事態宣言も公示されていた。人同士の接触が大幅に減少する中で,わざわざ何の対策もしないという前提を置いて大量の死亡者予測を公表することが人びとの不安を煽るものとして問題視された。これに対して西浦氏は,「『何もしなければこのような数になる可能性があるが,接触の削減を徹底すれば実際にはかなり低く抑えられる可能性がある』というメッセージと,『少しでもこの数を減らすために皆で対策をするほうがいい』というメッセージが上手に伝えられなかった」と述べ(西浦,2020), 悲観的なシナリオに沿ったリスク評価のみを強調することの問題点に言及している(ただし,同氏は接触 8 割削減によって流行を押さえ达めるという対策  メッセージを明確に発信していた)。また,基本再生産数(全ての者が感受性を有する集団において, 1 人の感染者が生み出す 2 次感染者数の平均値)をドイツ並みの 2.5 とすることが過大なリスク評価を導いているという批判もなされたが,これに対しては,「実効再生産数(ある時点における実際の再生産数) を経時的に推定している際, 3 月中旬以降に全国で2を少し超える程度で安定的な挙動を示したこと」および「3月中旬までの欧州諸国の推定値が2 3の間にあることに基づき,便宜的にドイツにおける流行の推定値である 2.5 を利用して数値計算を実施してきた」と述べ (西浦, 2020), 当時の知見では決して過大な値ではなかったとの見方を示している。 このような西浦氏によるリスク評価の適否はそれ自体が興味深い検討問題であるが,本稿の視点はそれとは異なる。本稿ではリスク評価のもたらす影響について議論したい。 ## 2. リスク評価と政治的判断 西浦氏によるリスク評価への批判の背後にあるのは, 42 万人死亡という衝撃的な数字が人びとの不安を焻り,政治家の判断に影響して経済に深刻なダメージを与えてしまった,という考えであろう。後者に関しては, 例えば, 吉村大阪府知事は西浦氏の努力や専門的な知見の提供に敬意を表明した上で,「第 1 波を必死に抑え込もうとした大本は,やはり西浦モデルです。人と人との接触を 8 割削減しなければ感染者は指数関数的に増え, 取り返しがつかなくなると言われ, 緊急事態宣言を出して抑え込むことになった」と述べ(週刊新潮, 2020), 人々の自粛によって経済や社会生活に甚大なダメージがもたらされたことを指摘し,さらには自殺者の増加にも言及して,西浦モデルに対しては敬意を持った批判的検証が必要であるとしている。確かに,緊急事態宣言時の記者会見で安倍総理(当時)は「専門家の試算では,私たち全員が努力を重ね,人と人との接触機会を最低 7 割, 極力 8 割削減することができれげ, 2 週間後には感染者の増加をピークアウトさせ,減少に転じさせることができます」と述べており (内閣官房内閣広報室,2020,政治的判断に新型コロナウイルスクラスター対策班のリスク評価が影響したことが伺える。しかしながら,当時はもっと早い段階で緊急事態を宣言するよう世論が強く求めていたことが毎日新聞・社会調査研究センター共同4月8日実施の世論調査(毎日新聞$\cdot$社会調査研究センター, 2020)や, 読売新聞4月 11 日-12日実施の世論調査(読売新聞,2020)の結果から示されており, さらに, 緊急事態宣言以前から活動自粛を含志様々な対策が拡大していたことを踏まえると,単に 42 万人死亡というリスク評価が政府の緊急事態宣言を引き出し, 緊急事態宣言が先導して深刻な経済的損失を生み出したという解釈には無理があるだ万う。また, 西浦氏のリスク評価に対しては批判ばかりではなく, 感染拡大に伴う死亡者数を科学的にシミュレーションし,それを積極的に社会に伝えようとする姿勢を高く評価する声もあったことは付記しておきたい(たとえば,高橋,2020;中野,2020)。 このように不確実性を評価するリスク評価そのものに不確実性があり,それと政策とをどのように繋ぐべきかという問題はたいへん重要であるが,その議論は他稿に委ね(興味深い提言として, 岸本, 2020), 本稿では「42万人死亡という予測が人びとの不安を煽った」という,自明視されているリスク評価と感情の関係そのものがリスク認知研究のテーマとなることを指摘し, この問題を考える際に参考となる意思決定研究やリスク認知研究の知見を紹介したい。 ## 3. リスク評価が不安を煽るか 死者 42 万人が大きな数字であることは誰にでも分かる。これを“とるに足らない数字”という者はいないだ万う。しかし, この数字が不安喚起とつながるとすれば, それはどのような心理的プロセスによるのだ万うか。この問題を考えてみると, 大きな数字だからそれに対応して強い不安が引き起こされるという素朴な関係が, 必ずしも自明とはいえないことがわかる。 ## 3.1 死者 42 万人の負の価値 読者はおそらく, 新型コロナ禍初期の感染例の報道を覚えているだろう。1月末には奈良県在住のバス運転手が感染していることが確認され, 2 3 週間前に乗せた武漢からのツアー客から感染したものとみられた。国内最初の死者は神奈川県在住の 80 歳台の女性で, 義理の息子である都内のタクシー運転手も感染していることが確認された。このように最初の感染者, 最初の死亡者にはメディアも注目し, 報道を見聞きした人は犠牲者の不幸を気の毒に思う。しかし, 犠牲者が増え Figure 1 Value function of prospect theory てくるといちいち報道もされなくなるし, 仮にすべての死亡事例について経緯がアーカイブ化されたとしても,私たちがそのひとつひとつに同等の関心を払い,同程度に気の毒に思うとは考えにくい。人数が増えるにつれ,個々の事例に対する関心は薄れ,気の毒な思いも激減していく。つまり,他者の死に対する私たちの受けとめは平等ではない。新型コロナに感染して1千人亡くなった次の 1 人の死は,最初の 1 人の死よりも軽い。このことを表現するのがFigure 1 の価値関数である (Kahneman and Tversky, 1979; Tversky and Kahneman, 1981)。1 人の命を失うことの負の価値,つまり,限界価値は参照点から遠ざかるにつれて小さくなる。42万人の死亡予想は4千2百人の死亡予想よりは深刻ではあるが,負の価値は 100 倍にもならず,むしろ微増に過ぎなくなる。 さらに,前述の予想は原点,つまり,犠牲者 0 人を基準としたものであるが,そのこと自体が正しいかどうかも疑問である。というのは,価値関数の特徴として参照点依存性があげられるが,参照点は必ずしも 0 という原点に固定されるわけではないからである。例えば,減給された月給について考えるとき,0円が基準となって正の価値が縮むのではなく, 現状の給料 (status quo)が参照点となり, 減給額に対応する負の価値が問題となる。しかも,得られる情報によって見方は変化し, 参照点も変化する。減給を嘆いていた人が,同僚の給料が自分よりも下だと知らされるとそれが参照点に変わり,両者の差額に対してポジティブな気分を経験することもありうる。では, 42 万人死亡について,参照点は犠牲者 0 人なのだろうか,それとも,他の値が参照点となるのだろうか。筆者には分からないし,その問いがひとつの研究課題になるだろう。少なくとも,42万人と いう数字“だけ”で人々が大きな不安に陥ったというなら,日本の年間死者数を知らない人が,実は130万人死んでいると伝えられたら震え上がるはずだし,ガンによる年間死者数が 38 万人と教えられればガン死への不安に苛まれるはずである。しかし,私が担当する専門科目の冒頭にそういった数字を紹介するけれども,受講生たちは平然としたもので青ざめる者などいない。2020年 10 月はじめに新型コロナウィルスの感染により亡くなった人は世界で 100 万人を突破したが(The Center for Systems Science and Engineering at Johns Hopkins University, 2020), この日,メディアを賑わしたのはその大量の犠牲者数ではなく, トランプ大統領の感染であった。その一報を受けて日米の株価は一時下落している。 ## 3.2 リスク認知の2因子モデル 人々が新型コロナ感染を恐れ,不安を抱いたことは,ここでひとつひとつを紹介できないほどの多数の調査結果で示されており, そのことに間違いないたろう。では,大量の感染者数や死亡者数についての予測,つまり,定量的なリスク評価以外に,人々を不安にさせた要因があるとすればどういったものが考えられるだろうか。リスク認知研究の知見から真っ先にあげられるのが,ハザー ドの定性的な特徴,つまり,新型コロナウィルス感染に対して知覚された性質である。リスク認知研究の代表的な成果として 2 因子モデルがある (Slovic,1987)。技術的に,リスクを望ましくない状態が生じる「確率」と「結果の程度」の2 項目で評価するなら,新型コロナウィルスの社会的なリスクは大雑把にいうと「感染力の強さ」と「毒性の強さ」によって,個人的には「自分が感染する確率」と「経験する症状の深刻さ」によって捉えられる。しかし,リスクの直感的・感覚的な受けとめ方,すなわち,リスク認知は専門家の技術的なリスク評価とは別ものであり,人は恐ろしさ因子と未知性因子という2つの主観的な因子に沿ってリスクを認知すると考えられる。それぞれの因子を構成する項目は以下のとおりである。 【恐ろしさ因子】 致死的,世界規模の惨事をもたらす潜在力,制御困難さ,将来世代への悪影響懸念,さらされ方が不平等, さらされ方が非自発的 ## 【未知性因子】 影響が後から現れる,外部から観察困難,本人 にも感知できない, なじみが薄い, 科学的に不明, 新しい 新型コロナウィルスは両方の因子にあてはまりがよいことがわかる。恐ろしさ因子については,世界中で 100 万人以上の死者を出していることからわかるように致死的であり, 感染は世界規模で拡大しており,制御できていない,知らない間に市中で非自発的にさらされる。これらのように新型コロナ感染の特徴は多くの項目によくあてはまる。未知性因子についても,感染して即発症するのではなく, 2 週間程度の潜伏期を経てから発症する, 街中に感染者がいても見分けがつかない,感染しても覚知できない, 新奇な感染症であり,科学な対処法もない, などきわめて良く適合する。この正反対に位置するリスクとして自転車利用があげられる。自転車は毎年安定して多くの犠牲者を生んでいるものの,上記 2 因子にはあまりあてはまらない。これが多くの犠牲者を出しながら自転車恐怖症や自転車排斥運動などが起こらない理由のひとつかもしれない。 ## 3.3 二重過程理論と特定可能な犠牲者効果 (Identifiable Victim Effect) 数量的なリスク評価の影響が小さく, むしろ単独事例のほうがリスク認知や防護行動に結びつくことを説明するモデルとして二重過程理論があげられる(Chaiken and Trope, 1999; Epstein, 1994; Kahneman, 2011; Sloman, 1996; Stanovich and West, 2002)。多くの人は“新型コロナ”という言葉を聞くだけで,すばやく自動的にネガティブな印象を抱くだろう。私たちにはそのような低負荷で高速で大雑把な思考モード「システム 1 」がある。しかし一方, 十分な時間と情報が与えられれば, 単なる印象を越えて, 新型コロナウィルスがもたらしたさまざまな悪影響をリストアップし,それぞれの程度を判断することもできる。つまり, 負荷が高く処理時間も要するが, 細やかな判断をする思考モード「システム2」も持ち合わせている。両者の特徴を示すと以下のようになる (Slovic, 2007; Slovic et al., 2004)。 ## 【システム 1 (経験的システム)】 ・すばやく自動的に働き,大雑把な方向性を判断する ・感情的で,連想により直感的な対象評価を行う ・個別事例やイメージ,ナラティブにより事態を把握する【システム $2($ 分析的システム)】 ・時間を要し,意識的に思考する。精緻な判断を志向する - 理性的で論理に基づいた意識的な対象評価を行う $\cdot$ 統計量や数値, 抽象的なシンボルや言語により事態を把握する そして, 2つの思考システムのうち, 日常生活でより優勢に機能するのはシステム 1 であるという。つまり, 統計量や数値よりも個別事例やイメージがリスク認知をかたちづくるということである。そのひとつのあらわれが“特定可能な犠牲者効果”である。たとえば, スモールら(Small et al., 2007)は, 飢餓に苦しむアフリカへの寄付を募る際に「ロキアちゃん」という子供の名前と顔, そして具体的な苦境を文章で示してシステム 1 に働きかける条件では(特定可能な犠牲者条件),何百万人もの人が飢餓に瀕しているという事実を統計的に示してシステム 2 に働きかける条件(統計的犠牲者条件)よりも,2倍以上の寄付金が集まることを報告している。また, シリア内戦とそれに伴う難民化によって大量の犠牲者が出ていることは長く報道されていたにもかかわらず, 世界は援助や介入に消極的であった。ところが, 3 歳の難民男児アイラン・クルディの遺体がトルコの海岸に打ち上げられ,まるで眠っているかのように横たわっている写真が世界中に配信されると, たちまち多くの支援が寄せられるようになった (Slovic et al., 2017)。1つの事例に焦点をあてたたった1枚の写真が人々に強烈な印象をもたらしたことを示唆する事実であり,彼らはこれを Iconic Victim効果と呼んでいる。 人間は長い進化の歴史において主に狩弾採集生活を営んできたが,その中で次々に直面する意思決定場面では, 粗くても素早い判断が必要とされたはずである。たとえば,野生生物の気配を感じた時に狩るか逃げるか,襲われた仲間を助けるか見捨てるか, 目の前の少し濁った水を飲むか諦めるか等々である。このような場面ではシステム 1 に依存するしかない。データとモデルに基づいて望ましくない帰結の発生を確率的に予測するというリスク評価はシステム 2 の産物であるが,これは人間が定住し,記録を保存し,文明を築くようになったせいぜい数千年前から使えるようになったにすぎない。それまでの長い期間, 人は直感主導のシステム 1 に依存して判断してきた。従つ て,西浦氏のものを始めとする様々な定量的りスク評価よりも,志村けんさんの死亡事例や阪神夕イガース藤浪晋太郎投手の感染事例のほうが,とくに両名をよく知っている人にとっては, 新型コロナ感染のリアリティを高めた可能性はあるだろう。 ## 4. おわりに 本稿では, 西浦氏の 42 万人死亡予測を材料に, リスク評価が人びとの不安を㮼るのかという問題を検討した。主に,深刻な値を示す定量的なりスク評価よりも,定性的な知覚された新型コロナウイルス感染の特徴や個別の感染事例の方が,人々のリスク認知や不安に結びつきやすいのではないかという議論を展開してきた。しかし,このことは決してリスク評価を一般の人々に伝えるのが無䭾だとか,システム 1 の役割が優越するのでリスク評価が誤解されても放置するしかないと主張するものではない。むしろ、リスクのモノサシを構築し(中谷内,2006),それを社会的に共有することによって,人々がリスク評価を理解しゃすい環境を整えるべきだうう。 また,大量の死亡予測が話題となることは珍しいことではない。たとえば, 中央防災会議南海卜ラフ巨大地震対策検討ワーキンググループは,南海トラフ地震による死者が最悪の場合, 約 32 万 3千人に達するという被害想定を発表している (中央防災会議,2012)。これは東日本大震災の翌年であったが,多くの報道が 32 万人という数字をセンセーショナルに取り上げた。感染症では, ずいぶん以前のことになるが,厚生労働省の鳥インフルエンザ等に関する関係省庁対策会議が新型インフルエンザによって最大で約64万人が死亡すると試算している (厚生労働省,2005)。これらは,甚大な死亡者数の推定という点では共通しているが(また,会議が公表した一次資料では被害推定に大きな幅が明示されているにもかかわらず,報道されるときには最悪の数字のみが强調された点も共通しているが),時期として,被害の拡大が始まったタイミングに発表されたのか(今回の新型コロナによる被害推定)それとも,巨大な被害の直後に発表されたのか(南海トラフ地震の被害推定),あるいは,まだ被害が出ていないタイミングで発表されたのか(新型インフルエンザによる被害推定)という違いがある。また,今回の上うに個人の顔がみえる形で発表されたの か, それとも,会議体による発表という形式なのかという違いもある。今後も, 甚大な被害を予想するリスク評価が公表される機会もあるであ万うことを考えると,こういった違いをはじめとした様々な要因によって,定量的なりスク評価が社会や個人にもたらす影響が変化するのかどうか,変化するとしたらどのように変わるのか,を明らかにすることはリスク分析における興味深い研究課題と言えよう。さらに言うと, 牛海綿状脳症 (BSE)による日本での新変異型クロイツフェルトヤコブ病の発生は,悲観的に見積もっても 0.9 人という推定が公表されていたにもかかわらず (食品安全委員会, 2004), 消費者の牛肉離れは止まらなかった。被害が小さいという定量的リスク評価によって人びとの不安を和らげることは難しいのではないか, という方向からもこの問題は検討されるべきであろう。 さて,もし,ここまでの議論が正しいとすれば,「何もしなければ 42 万人死亡」という予測が人びとの不安を挶ったという主張は言い過ぎだし, 逆に,この予測によって人々が対人接触を抑制し,そのおかげで感染爆発が防げたというのも影響を過大評価していると言える。ただし,本稿の議論はアドホックな説明に終始しており,これらが的を射たものかどうかは本来, 実証的な検証を経て確認する必要がある。現時点ではこのような説明が可能かもしれない, という考察に過ぎない。 以上のことを理解しつつ,あえて最後に私見を述べたい。「何もしなければ 42 万人死亡」と「接触 8 割削減で流行は押さえ迄める」の組合せとしてメッセージを発信することは,受け手にとっては「8割削減でコロナ克服!」か「接触削減不足で日本は破滅!」の二者択一を迫るように受けとられるのではないだろうか。とすれば,それは,安全か危険か,シロかクロかという二分法ではなく, 程度として将来の危険性を考えようとするリスク分析本来の姿勢とは違うように感じる。基本再生産数や集団免疫達成に必要な感染比率といった,シミュレーションに用いられた主要なパラメーターには幅があり, それによってリスク評価にも幅が生まれる。感染症の流行は,拡大に向かうか収束に向かうかの臨界点があるので大きく 2方向に分岐せざるを得ない面があるが,それでも人々の関心が高い問題であるからこそ, リスク評価には幅があり,不確実性があることを併せて 伝える格好の機会であったのにと思われる。 ## 謝辞 生産的なご意見を下さいました査読者に感謝いたします。本研究はJSPS 科研費20H01756の助成を受けている。 ## 参考文献 Chaiken, S., and Trope, Y. 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# 【特集:新型コロナ感染症関連レター】 # IRGCレポート「COVID-19: a risk governance perspective」が 示唆したリスクガバナンス設計に必要な俯瞰力* An Introduction of "COVID-19: A Risk Governance Perspective" by IRGC and a Recommendation of Comprehensive Risk Governance } 小野 恭子**, 藤井 健吉***, 大沼 進**** Kyoko ONO, Kenkichi FUJII and Susumu OHNUMA \begin{abstract} The committee of Society for Risk Analysis, Japan translated a report "COVID-19 a risk governance perspective" into Japanese, which was published by International Risk Governance Center (IRGC). This article introduces the Japanese translation of the report to share the state-of-art of risk governance methodology for Japanese readers. IRGC risk governance framework, which can be used as a structured method for examining the steps of solving various risk problems, was customized to COVID-19. IRGC proposed the five stages of the framework as follows: scientific assessment, perception, evaluation, management and communication. IRGC reorganized procedures which were used for cope with COVID-19 problems on these 5 stages and listed remaining challenges for each stage. Finally, IRGC listed 10 lessons (might be) learned for the immediate future. \end{abstract} Key Words: COVID-19, infectious diseases, IRGC, risk governance framework, risk management 日本リスク学会理事会では,国際リスクガバナ ンスセンター (International Risk Governance Center; IRGC)の “COVID-19: A risk governance perspective" (Collins, 2020 ;以下,本レポート)の日本語訳を 作成し, 学会の新型コロナウイルス感染症リスク 特設サイトにて2020年 5 月に公開した(日本リス ク学会理事会コロナウイルス対策検討チーム, 2020)。IRGCは,2003年に設立された非営利国際機関で,スイス連邦工科大学ローザンヌ校に事務局を置く。新興システミックリスクの理解・管理・ガバナンスの刷新を目的とし, ヒト健康, 環境,経済,社会のリスク諸課題について,意思決定者らへの「リスクガバナンスポリシーの助言」 に取り組む。 本レポートは, IRGCのリスクガバナンスフ レームワーク(図1)を用いて,COVID-19パン デミック危機の進展段階を説明し, 近い将来にど のような教訓が得られるかを検証したものであ る。日本リスク学会理事会では,コロナ禍におけ る様々な政策決定, 意思決定に関わるリスク管理者らに,本レポートの知見が有用と考え,翻訳公開を進めた。経緯としては,学会誌編集委員長を 務めていた大沼はIRGCのメールニュースで読ん でいたが,本学会のCOVID-19対策チームや学会 で用意したメーリングリストでは誰も言及してい なかったのを気にして,まずはリスク学会の会員  図1 “COVID-19: a risk governance perspective”にて提示されたリスクガバナンスの枠組み (Collins (2020)より筆者作成) からこれを知る必要があるのではないかと思った ことに端を発する。既に岸本氏らがリスクトレー ドオフやカウンターリスクに言及していたもの の,全体としては本レポートを読み解く鍵である “俯瞰力”に長けた発言は少数だったとの印象が あった。幸いなことに,IRGCに日本語訳の許可 を得ようとしたところ,二つ返事で著作権等の文書は不要とのことだったので,迅速に着手でき た。 本レポートの著者である Aengus Collins 氏は欧州 の政治・経済リスクの分析を実施するほか,幅広 くリスクについて発言している公共経済学者であ る。世界経済フォーラム(World Economic Forum; WEF)において2018,2019年のグローバルリスク 報告書を執筆した。2019年 5 月にIRGCに移籍 し,感染症リスクだけでなく“Covid-19 contact tracing: efficacy and privacy", "Low-carbon transition risk”も著している。 感染症は, ある種昔から知られているリスクで ある。本レポートでも「感染爆発は, 予測不能で も予期せぬものでもな」く, 「多くの組織は, 感染症の蔓延に対して脆弱であることについて警告 していた」としている。確かに, WEFのグロー バルリスク報告書 2020 (WEF,2020)のリストに は, 社会的リスクの一つとして「迅速で甚大な感染症の広がり Rapid and massive spread of infectious diseases」が挙げられていた(なお,優先順位は 「極端気象」などの環境リスクに比べて低かっ た)。ただ,COVID-19による影響がここまでグ ローバルに広がり, かつ, 医療・健康と経済との バランスをはじめとした多面的なトレードオフ問題に世界中がこれほどまでに悩ませられるとは想像できなかっただ万う。その意味では, 感染症は 古くからあるが今日的な問題でもあるといえる。 本レポートは,COVID-19対処のためにIRGC のリスクガバナンスの枠組みを適用することの意義をまず述べ,2020年4月までに起こった感染爆発の実態を踏まえつつ, その枠組みへの適用につ いて解説し, 得られた 10 の教訓, で締めくくら れている。以下, 本レポートの内容を概説する。 著者のCollins氏は「COVID-19は,(中略)政策立案者に,高いストレスの下,限られた時間と いう条件下で, 政策決定にまつわるリスクガバナ ンスのさまざまなプロセスを経験させる」として いる。その新しく不確実性の高いリスクへの対処 に, IRGCのリスクガバナンスの朹組みをあては めて考えることを提案している。この枠組みは政策立案者やリスク管理者などが効果的なリスク対応を具体化するためのツールとして設計されたも ので,COVID-19の場合でも,これをカスタマイ ズすることによってリスク管理戦略を素早く策定 し, 展開させ, スケールアップするときに取られ てきた, 主要なステップを検討するための構造化 された方法として使用できる,としている。 COVID-19の場合, 枠組みの要素は, 科学的評価 (Scientific Assessment。カッコ内は原文の 表現), 認識(Perception), 評価(Evaluation), 管理 (Management), およびコミュニケーション (Communication)である(図1)。元のIRGCの枠組 み(岸本,2019)に示されている要素とは若干用語が異なっている。 Collins氏は次に,これらの枠組みを現実に適用 した場合について解説し, 見えてきた現実との ギャップについて述べている。 「科学的評価」では,「SARS-CoV-2の場合, 科学的評価はゼロから開始するのではなく, 以前の コロナウイルスに関連する多数の証拠と解析に基 づいて」いたことが指摘された。ウイルスの完全 な遺伝子配列が $\mathrm{WHO}$ の最初の警告からわずか 10 日で,世界中で利用可能になったことから,これ が科学的評価に貢献したと述べている。一方で課題としては, 人-人感染の可能性や免疫獲得に関 する不確実性の大きさが指摘されている。 「認識」は, 本レポートでは「個人および社会 の意見, 懸念, 好みを考慮することにより, 科学的評価を補完するもの」とされている。具体的に は,「(感染が) 指数関数的増加という直感的にと らえづらい事象」であり「2003年の SARS の経験 も,態度や心構えに影響を与えている」と指摘し ている。感染の強さなどのファクトはある程度世界共通かもしれない一方で,人々の反応や行動は 経験の有無によって差があり,その点を踏まえて 評価,管理につなげるのが有効であると示唆し た,興味深い指摘である。 「評価」「管理」の記述は, 感染爆発にいかに対処したか(またはできなかったか)の記録に近 い。たとえば「大多数の国では,厳格なリスク低減措置を課すと同時に,市民の自由を完全に,あ るいは長すぎる期間,制限するのではなく,かな りのリスクが残留することを容認している。」,「政策立案者は,複雑に絡み合ったシステム(医療,経済,社会,世界規模の輸送など)に迅速か つ強力に介入する以外にほとんど選択の余地がな かった。」、「感染爆発を緩和するためにとられた措置によって引き起こされる潜在的な経済的損害 を軽減するために,莫大な財政的な投入が行われ た。」という記述から, 政策立案者が事実上管理 オプションを選択できなかった, という難しさが 伝わってくる。 「コミュニケーション」は,前に挙げた $4 つ の$要素すべてと関連し,「効果的なりスクガバナン スのために最も重要である」とされている。た だ,ここで列挙された課題は解決の難易度が高 く,たとえば「パニックや絶望を引き起こさずに 緊急性を伝える方法」「管理戦略の変更が必要と なった場合に信頼を維持する方法」という, 不確実性の高い情報を迅速に,かつ多様な聞き手にわ かりやすく伝えるときに直面するものであった。 本レポートの最後には, COVID-19感染爆発の 最初の数ヶ月間から得られた 10 の教訓がまとめ られた(表1)。 ## 表 1 得られた 10 の教訓 ## (1)似たリスクには発生源で対処する。 - 人獣共通感染の機会を減らす必要がある。 (2)警告に対処する。 ・現在COVID-19に費やされている合計額をみると,事前予測に対する防護措置を軽視することの潜在的なコストの高さが浮き彫りになる。 ## (3)重要なシステムのレジリエンスを強化する。 $\cdot$病院収容能力,医療機器サプライチェーンなど,組織の効率性を上げた結果,レジリエンスが不足し,グローバル分断時の脆弱性がある。 (4)科学と政策のつながりを強化する。 ・国ごとにCOVID-19の経験に照らして,科学と政策を統合する現在のモデルの有効性を再検討する必要がある。国際的なボトルネックも要評価。 (5)最後の戦争をしてはいけない。 ・パンデミックへの準備強化に極端なリソースを集中させたくなるが,次のショックは他の方向から来るだろう。この分野の主要な不備を修正しつつ,他のリスクの警告にも備えなければならない。 ## (6)国家の能力を構築する。 ・グローバルなシステミック(全体的)リスクへの対処は, 周期的に訪れる緊急対応機能ではなく,通常の政府の継続的な部分と考える必要がある。 ## (7)複雑なシステムを理解する。 $\cdot$COVID-19の感染爆発は, 複雑な適応的システムの非線形ダイナミクスを強力に示している。小さな初期の変化(初のヒト感染)から,世界的な景気後退と世界人口の3分の1がある種の隔離下に置かれるまでに影響が及ぶ。 ## 8リリクとリスクのトレードオフに注意を払う。 $\cdot$COVID-19のリスク軽減のためどのような措置をとっても予期しない結果が生じるだろう。現在,いちかげちかの決定が迅速かつ不確実な状況で行われているため,トレードオフの影響を見落とす危険性がある。副次的影響の評価,判断,および管理戦略もまた意思決定に組み込むべき。 ## (9)テクノロジーの役割を検討する。 $\cdot$ 今回は初の「スマホパンデミック」。プライバシーを守りつつ,スマホはどうやって接触追跡に使えるのか?パンデミックの評価,準備,対応のためのツールとして機械学習を活用するために,さらに何ができるか? (10信頼を築き,オープンにコミュニケーションをとる。 $\cdot$COVID-19危機はぺースが速く,国民と慎重に対話する時間がないまま,管理戦略を選択し実行することが必要だった。民主主義社会では,信頼が構築されていることが必要。「権力者は国民の信頼を維持しなければならない。そのための方法は,何もゆがめず,平静なふりをしないで,誰も操万うとしないことである。(ジョン・バリー,1918)」 これらの詳細な説明はレポート本文を参照されたいが,「複雑なシステムを理解」し,「リスクのトレードオフに注意を払」うことや「テクノロジーの役割を検討」して情報通信機器をうまく使うことは,まさにCOVID-19への対処から出てきた指摘であろう。 本レポートでは,現在進行形の事象を扱っているだけに,結論めいたことは述べられていない。 しかし, 迅速な意思決定が求められ, ロックダウンとそれがもたらす経済的損害というリスクトレードオフへの対処を迫られる中で向き合ってきた課題,たとえば,残留リスクをどこまで許容するか, 科学と政策をつなげるモデルの再検討の必要性, 国際的なボトルネックを洗い出すことの重要性, などについても指摘されている。リスクへの対処方法を構造的にまとめる事例としても興味深く, 網羅的に列挙された課題からわれわれが学ぶものは多い。 最後に, COVID-19への対処という点からは離れるものの, 翻訳者の感想として, 俯瞰的なリスクランキングの必要性について述べたい。本レポートが公表された2020年 4 月の段階でここまで整理できたのは, 著者Collins氏の視野の広さもさることながら, グローバルリスク報告書の執筆という経験から,過去に起きた感染爆発についても情報収集を行っており,ご自身の相場観が形成されていたことも大きいと推察される。「予め備える」ことは言うほど簡単ではなく, また, 予測は外れることがほとんどである。それを百も承知で述べるが,このようなリスクを俯瞰する取り組みが,日本ではまだ不足しているのではないか。特に複雑なシステムのもとでリスクのトレードオフを考慮すべき時代においては, 平常時に, 様々なリスク事象について(精度は粗くとも)優先順位をつけ,対策オプションなどもわかりやすく説明する訓練が必要だ。これがリスクガバナンスのセンス醇成につながり,災害時に活きるはずだ。 ## 付記 「COVID-19: リスクガバナンスの観点」は,日本リスク学会新型コロナウイルス感染症リスク特設サイト(https://www.sra-japan.jp/2019-ncov/group. php?gid=10025)より入手が可能である。 ## 謝辞 「COVID-19: リスクガバナンスの観点」翻訳にあたり岸本充生氏より貴重なコメントをいただいた。この場をお借りしてお礼申し上げます。 ## 参考文献 Collins, A. (2020) COVID-19: A risk governance perspective, Spotlight on Risk, IRGC. https://www. epfl.ch/research/domains/irgc/spotlight-on-risk/ (Access: 2020, Nov, 18) Kishimoto, A. (2019) Concepts and frameworks of risk governance, Society for Risk Analysis, Japan (ed.), The encyclopedia of Risk Research, Maruzen Publishing, 132-135. (in Japanese) 岸本充生 (2019) リスクガバナンスの概念と枠組み, 日本リスク研究学会 (編) リスク学事典,丸善出版, 132-135. Task force on countermeasure review for COVID-19 control, The committee of Society for Risk Analysis, Japan (2020) IRGC: "COVID-19 A risk governance perspective” Japanese translation, https://www.sra-japan.jp/2019-ncov/index.php?mod ule=blog\&eid=10829\&aid=10831 (Access: 2020, Nov, 26) (in Japanese) 日本リスク学会理事会コロナウイルス対策検討チーム (2020) IRGCレポート「COVID-19: リスクガバナンスの観点」日本語版. https://www. sra-japan.jp/2019-ncov/index.php?module=blog\&ei $\mathrm{d}=10829$ \&aid=10831 (Access: 2020 , Nov, 26) World Economic Forum (WEF) (2020) The Global Risks Report 2020 15th Edition, https://www. weforum.org/reports/the-global-risks-report-2020 (Access: 2020, Nov, 18)
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# リスク学研究 30(3): 141-142 (2021) Japanese Journal of Risk Analysis doi: 10.11447/jjra.SRA-0349 【特集:日本リスク学会第33回年次大会レター】 # 複雑な環境下における食の安全と安心の リスクコミュニケーションを考える* ## Consideration on Food Safety Risk Communication under the Complex Social Environment ## 関澤 純**,*** ## Jun SEKIZAWA \begin{abstract} A brief summary from a session of the food safety risk communication task group in the 2020 annual meeting was reported. \end{abstract} Key Words: COVID-19, mental health care, consumer health information materials, life vs. economy, social cost in the risk management 企画セッションの背景と趣旨は以下のようである。 2020 年は,食品の機能性表示を含む食品表示法が4月に完全施行, 2018 年大改正の食品衛生法が6月に施行される中で,新型コロナウイルスの世界的な蔓延があり,感染の不安やストレスが社会, 生活, 経済, 人々の思考を覆い, 食の安全でもさまざまの課題が生じている。いわゆる「健康食品」に健康・長寿を期待し利用する消費者のへルスリテラシー不足と情報提供上の課題がある中で思わぬ被害に遭う事例が報告され,また食品衛生ルールの国際的整合性を目指す HACCP (危害分析重要管理点)の制度化では, 中小零細食品事業者は導入に苦労している。他方, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対策では, 感染抑制に関わるさまざまな対策とも関連しメンタルへルス上の問題が顕在化しつつある。安全と安心のギャップの解決に向けた心身の健康の意味を理解し, その背景要因を掘り下げ,新型コロナウイルス感染の詳細について具体的に検討する必要がある。 今回は異なる専門分野の研究者がそれぞれの調査・研究成果を持ち寄り, これらの課題に取り組んできた成果の一部を報告した。この中で, 関澤純(NPO 法人食品保健科学情報交流協議会)は 「コロナ禍下におけるメンタルヘルスの課題と食の安全・安心をめぐる問題について」, 伊藤浩志 (独立研究者)は「『命』と『経済』は対立する概念なのか」, 山本美智子 (熊本大学大学院生命科学研究部薬学系) は「消費者向け健康情報資材のリスク・ベネフィットコミュニケーションの有用性評価一機能性表示食品の場合一」, 広田鉄磨 (関西大学化学生命工学部) は「日本の飲食業におけるCOVID-19感染症対策の社会的費用対効果から見た過不足」と題する研究発表をした。 関澤の発表内容は, (1)学会有志が協力し翻訳した国連ポリシーブリーフ「COVID-19とメンタルヘルスケアの必要性」の紹介, (2)新型コロナウイルス対策と食品事業者や医療関係者ほかの課題, (3)食生活・食の安全をめぐる最近の環境の変化, (4)食品事業関係者と学生を対象としたアンケート調査結果, (5)複雑な環境下の食の安全の今後の見  通し,という組み立てだった。食品安全をめぐるさまざまな環境の変化が起こりつつある中,コロナ禍発生では, 感染者数の増減に目を奪われる裏で,外出自粛,休業要請,休校などで,医療従事者はじめ多くの人が鬰, ストレスや困難に遭遇,飲食店を中心に倒産と解雇が進行し, 自殺者(特に若者や女性)が増加するなど,メンタルヘルスに深刻な影響が及んでおり具体的かつ長期的な対策とケアの必要なことを指摘した。 伊藤は, (1)社会はCOVID-19をどう見ているか, (2)COVID-19はどんな感染症か, (3)疫学転換後の社会における感染症, (4)情動の特性を活かしたリスク・アセスメントという組み立てで発表した。安全・安心の関係では,「安全は科学の問題,不安は心の問題」という理性(科学)を上位に情動(心)を劣位に置く二項対立によって, 心理社会的ストレスによる健康格差が第三項として認識できなくなる(リスク評価の対象から排除される)ことで,COVID-19対策が後手後手に回っていることを指摘した。具体的には, 生活習慣病は COVID-19の重篤化因子として知られるが, 生活習慣病の主要な原因は社会経済格差による心理社会的ストレスである。心理社会的ストレスは免疫力を低下させるので,感染リスクを高める原因にもなる。したがって,COVID-19の流行を収束・終息させるためには, 感染・重篤化リスクの高い社会経済弱者の救済を重点的に行う必要がある。相対的貧困の克服が課題となっている疫学転換後の先進諸国では,公衆衛生対策の発想を根本的に変える必要があり, 感染症対策としても, 健康リスクの社会的決定要因の削減に目を向ける必要性を提唱した。当日発表に対して,伊藤氏の提示した女性の地位向上と男性死亡年齢上昇の関係, 日本やアジア諸国における感染率と重症化の低さの理由について質問が寄せられた。 山本は, (1)市場に健康食品などセルフケア製品が流通, 多数の利用者の間では不適切な表示や使用による健康被害も発生, (2)必ずしも適切なへルスコミュニケーションが行われておらず,(3)消費者のへルスリテラシー能力が高くない状況下, (4)国内では健康情報資材の有用性を評価する基準やシステムが存在せず,(5)消費者の製品購入の判断基準となる表示等に関する情報の信頼性や質の担保を図ることを目的に, (6)健康情報資材の内容の記載等に関する有用性評価指標と資材の理解度等を消費者視点で評価するユーザーテストの開発を目的に研究を進めて いる。海外の健康情報資材における評価指針, 指標の有用性を検討し, 機能性表示食品の表示について標準的な指標を開発,適用し妥当性を評価していると報告した。具体的には米国疾病予防管理センターの Clear Communication Indexを参考に,17の採点項目からなる評価指標を開発, いくつかの機能性表示食品について有用性を検証した。その結果, リスクの説明や数字の意味の理解しやすさ,届出表示に比しキャッチコピーにおける誇張表現, 安全性に関する行動の推桨の記載不足など,表示に改善の余地があることが示唆された。 広田は,新型コロナの感染経路についてこれまでの一般常識に対し, マスク着用やアルコールによる手指消毒の有効性,適切な換気のあり方につき考察し,有効と思われる対策について提言した。その結果,現行の感染症対策が過剩投資であり, 費用対効果の適切な対策への修正が必要と指摘した。学生と社会人(食品事業関係者)に対するアンケートから,学生はマスク,換気,テイクアウトを有効とみているが, 社会人は換気を有効とみていること, 室内パーティション, 休業要請について学生に比べて, 社会人は有効性の評価は高くないことなどが知られたとした。換気効率および滤過の効果について質問があり, エアコンではフィルター使用でウイルス除去効果を高めることも可能と回答された。 今年の企画発表は, 異種専門分野の研究者が独自に進めてきた研究成果を持ち寄る方式であり,事前討論と検討を試みたが, コロナ禍のため関西, 福島, 首都圈在住のメンバーの会合はかなわず, オンライン会合の不慣れもあり十分な事前調整が困難であった。本企画セッションは年会初日トップバッターで事務局のサポートはあったが,会合の進め方(画面共有, 質問と回答)をよく理解できないまま開始し若干のトラブルもあった。割り当て時間への配慮から省力したが, 各自の発表内容が広範に渡ったことから, 冒頭で発表者全員の略歴紹介と企画趣旨の説明が必要と思われた。「まとめ」の提示では, 聴衆の質問意欲を高める工夫があればさらに良かった。その後発表者間で発表スライドを共有し相互理解の推進を図るとともに,関係者にスライドファイルを送付するなどして研究成果の周知と活用を心掛けている。各発表者が提示した内容は社会的に有用と考えられ, 今後適切な討論とさらなる検討の場を構築できないかと考える。
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Society For Risk Analysis Japan
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# リスク学研究 30(3): 147-153 (2021) Japanese Journal of Risk Analysis doi: 10.11447/jjra.SRA-0350 【特集:新型コロナ感染症関連レター】 # 新型コロナウイルス対策における線引き問題 ーレギュラトリーサイエンスの視点から一* ## Derivation of Criteria in the Measures against Novel Coronavirus Disease: Perspective of Regulatory Science ## 永井 孝志** ## Takashi NAGAI \begin{abstract} The present study investigated the rationale for the derivation of criteria in the measures against novel Coronavirus Disease (COVID-19). The following four cases were included in this study: the physical distance (social distance) of "1-2 m"; the criterion for ending isolation and returning to work after a COVID-19 suspected fever of " 8 days after onset of fever"; the criterion for medical consultation and examination of "fever of more than $37.5^{\circ} \mathrm{C}$ for 4 days"; and the criteria for lifting intervention of self-restraint in each prefecture. These criteria could not be derived based on clear scientific facts in all cases. The actual processes of how the criteria were derived were organized. \end{abstract} Key Words: Physical distance, Ending isolation, Medical examination, Lifting intervention ## 1. はじめに レギュラトリーサイエンスは純粋科学のような 「真実を知るための科学」ではなく「判断・問題解決・意思決定のための科学」と位置づけられる (永井ら,2016;藤井ら,2017)。例えば化学物質のリスク評価では,不確実係数を適用して動物実験の結果からヒトの影響を推定(外挿)したり,高用量の曝露による影響から低用量の影響へ外挿したりするなどの操作が行われる。動物実験などの科学的ファクトから,まだわかっていないヒトの影響を推定(ファクトではない)して,化学物質の規制の判断材料を提供することがレギュラトリーサイエンスの考え方である。また,動物からヒトへ外挿する際の感受性差は 10 倍を仮定, 低用量外挿は線形仮定を使うなどのある意味「約束毎」がある。特に 2020 年に流行した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のようなエマージングリスクの対策においては,限られた時間の中,十分な科学的知見のない状態で対策の意思決定を行う必要があるため, レギュラトリーサイエンスの視点は非常に重要である。2020年6月24日の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の会見において,副座長の尾身茂氏は,専門家会議の政治からの独立性について「コロナウイルス対策は純粋な科学ではない」と発言した。たたし医学の分野では,レギュラトリーサイエンスという用語は医薬品・医療機器の効果や安全性を確認する分野での使用に限定され,純粋科学と政策の間を埋めるという文脈で使用されることはあまりない。しかしながら,リスク学で用いるレギュラトリーサイエンスと同様の概念に基づく事例は, COVID-19  対策においても多数見られた。 レギュラトリーサイエンスの定義自体は非常に緩やかなものであり,新たな問題には新たなレギュラトリーサイエンスが生まれる。よって, 定義論よりも事例研究を重視すべきである(永井ら,2016)。多くの事例を追うことによりリスク評価・管理に取り組む疑似体験をし,それを積み上げることで不確実性の度合いや受け入れられるリスクの大きさ,意思決定の仕組みなどの「相場観」を養うことにつながる。 本稿ではCOVID-19対策における線引き問題に焦点をあて,以下の4つの事例を対象とした: フィジカルディスタンス(ソーシャルディスタンス)の距離「12 m」,発熱後の職場復帰の目安「発症 8 日後」, 相談・受診の目安「 $37.5^{\circ} \mathrm{C}$ 以上の熱が4日間続く」, 都道府県毎に設定された自奍緩和基準。これらすべてが,科学的ファクトを基にきっちりと線引きできるものではないため,実際にどのようなプロセスを経て線引きがなされたかを調べて整理した。 ## 2. フィジカルディスタンスの距離「1〜 $2 \mathrm{~m\rfloor$} フィジカルディスタンス(もしくはソーシャルディスタンス,対人距離をとること)の距離は,日本では $2 \mathrm{~m}$ が一般的である。ところが海外を見てみると,ニュージーランドとイギリスでは日本と同じ $2 \mathrm{~m}$ だが,米国では $1.8 \mathrm{~m}$ ,オーストラリアでは $1.5 \mathrm{~m}$ ,シンガポールでは $1 \mathrm{~m}$ となっている。 いったいこれらの距離は何が根拠となっているのだろうか,なぜ国ごとに数字が異なるのかについて調べた。 日本政府(厚生労働省)はフィジカルディスタンス(もしくはソーシャルディスタンス)という用語を使っていないが, 厚生労働省は様々なとこ万に感染防止の要請通知を出し, その中に対人距離について記載している。例えば令和 2 年 3 月 31 日付経団連会長あての通知「新型コロナウイルス感染症の大規模な感染拡大防止に向けた職場における対応について (要請)」では, $\cdot$ 事務所や作業場においては, 人と人との間に十分な距離を保持(1メートル以上)すること。 また,会話や発声時には,特に間隔を空ける (2メートル以上)こと。 - 外来者, 顧客 - 取引先等との対面での接触や, これが避けられない場合は, 距離(2メートル以上)を取ること。また,業務の性質上,対人距離等の確保が困難な場合は,マスクを着用すること。 との記載があり,会話せずに作業するだけなら $1 \mathrm{~m}$, 会話するなら $2 \mathrm{~m}, 2 \mathrm{~m}$ 開けられないならマスク着用となっている。また, 文部科学省から令和 2 年 3 月 2 日付で全国の自治体等にあてた通知「新型コロナウイルス感染症防止のための小学校等の臨時休業に関連した放課後坚童クラブ等の活用による子どもの居場所の確保について(依頼)」では, $\cdot$教室等において, 座席間を離して配置し, $1 \mathrm{~m}$以上離して交互に着席するなど, できる限り児童生徒同士の距離を離すよう配慮するとともに (図参照), 不要な接触は避けるよう指導する。 ・咳エチケットを行っていない場合, くしゃみや咳のしぶきは約 $2 \mathrm{~m}$ の距離まで届くため, 咳エチケットを行った上で,背童生徒同士の距離を $1 \mathrm{~m}$ 以上保つように座席を配置する。 との記載があり,学校では本来 $2 \mathrm{~m}$ 離したいがマスク等の晐エチケットを行えば $1 \mathrm{~m}$ でよいという内容となっている。さらに, 保健所が積極的疫学観察の対象とする「濃厚接触者」の定義は2020 年 4 月 20 日に変更され, 距離が $1 \mathrm{~m}$ 以内でマスク無しで 15 分以上会話をした場合となった。マスクありなら $1 \mathrm{~m}$, マスクなしなら $2 \mathrm{~m}$ 以上離れれば濃厚接触者にはあたらない。各種通知で示されている距離もこの定義と矛盾しない内容となっており,「マスクなしで $2 \mathrm{~m}$, マスクありで $1 \mathrm{~m} 」$ というのが日本の公式なフィジカルディスタンスということになる。 それでは,このフィジカルディスタンスをとればどの程度安全になるのだろうか。国立感染症研究所の webサイトに2020年4月27日に掲載されたQ\&Aでは, 「1メートル以上の距離での会話や, 15 分以内の会話では感染しないということでしょうか」という問いに対して以下のような回答がある。 ----以下引用 感染しやすい状況については, 徐々に分かってきましたが,感染しないことを保証する条件についてはよく分かっていません。感染リスクを下げるための効果的な手段に,飛沫感染対策としてのマスクの着用や,接触感染対策としての手指衛生 (適切な手洗いや手指消毒用アルコールによる手指消毒) があります。また, 三密(密集・密接・ 密閉)を避けることも感染リスクを下げる手段であり,これらの手段を最大限に執ることで,可能な限り感染リスクを軽減することが重要です。 ---引用終わり このように,当時は安全な距離とは何かについてのエビデンスがそしいことが示されている。結果として,一部の専門家からフィジカルディスタンス不要論が出てくるなどの事態になっている。 一方で, ジョギング時に直列に走る際には $1.5 \mathrm{~m}$ の距離では飛沫が後続の人に当たってしまうことがシミュレーションで示された(Blocken et al., 2020)。また, くしゃみの飛沫は最大 $8 \mathrm{~m}$ 程度も飛ぶという情報も出ている(Bourouiba, 2020)。 つまり,距離は離れれば離れるほど感染しにくく, 1 2 $\mathrm{m}$ 程度の距離では不十分であることがわかる。結局のところ, $10 \mathrm{~m}$ も離れた相手とコミュニケーションをとるのは難しいため,現実的に実行可能なのは $1 \sim 2 \mathrm{~m}$ 程度,ということが出発点になっていると考えられる。そこに,会話・ くしゃみ・咳による飛沫の中でも大粒なもの(おおむね $5 \mu \mathrm{m}$ 以上のもの)が $1 \sim 2 \mathrm{~m}$ 飛ぶ,という科学的知見が組み合わさり, 現状のフィジカルディスタンスの距離ができたのではないかと推測される。あとは国によって1〜2 mの間のどこに持ってくるかが違うだけ,ということではないた万うか。このようにエビデンスが不足して科学たけでは決められない場合の対処法として, 現時点の限られた知見を最大限活用して現実と科学のギャップを埋めるということが,レギュラトリー サイエンスの考え方であるとして整理できるだろう。 その後, フィジカルディスタンスの効果をメ夕アナリシスの手法で検証した論文が 2020 年 6 月に公表された(Chu et al., 2020)。この結果によると, $1 \mathrm{~m}$ 以上のフィジカルディスタンスは平均的に $80 \%$ 程度の感染リスク低減効果がある。距離を $2 \mathrm{~m}$ に伸ばすとさらに感染リスクが減るという効果も示されている。ただし,COVID-19だけでなく他のコロナウイルスのデータや,ピアレビュー を受けていないプレプリントのデータが入っていること,医療現場とそれ以外の研究が混ざっていることなどに注意が必要である。このように後付けでエビデンスが得られてくるのは,化学物質のリスク評価の不確実係数の適用などにもみられ, レギュラトリーサイエンスの典型例とも言えよう。 ## 3. 発熱後の職場復帰の目安「発症 8 日後」 職場におけるコロナウイルス対策として,日本産業衛生学会が「職域のための新型コロナウイルス感染症対策ガイド」を公表している(執筆時点で2020年8月 11 日付第3版が最新版)。これによると,発熱や風邪症状を認める場合の基本的な考え方として, PCR検査が陰性であったとしても完全に感染を否定することはできないため, 医療機関に「陰性証明書や治癒証明書」の発行を求めてはならず,新型コロナウイルス感染症とみなした対応を行うことが望ましい,とされている。そして職場復帰の目安として 1)発症後に少なくとも8日が経過している 2)薬剤を服用していない状態で,解熱後および症状消失後に少なくても 3 日が経過しているの二つの条件が示されている。この発症後 8 日という数字にどのような根拠があるのかについて調べた。 まず,PCR検査の陰性をもって感染していないことを証明できないことについて, Kucirka et al. (2020)によると,感染者が発症する前日では $67 \%$,発症した日でも $38 \%$, 発症 3 日後でも $20 \%$ が陰性になることが示されている。同じコロナウイルスが原因のSARS の場合は発症後 7-10日後に感染力のピークがくるため,発症した人を検査し,陽性の人を隔離することが有効な対策であった。ところが,COVID-19の場合は発症直前に感染力のピークが来るため,PCR検査をしても感染力をもった人の見逃しが多く出てしまう問題がある (He et al., 2020) PCR 検査で陰性証明ができないなら一体どうすればよいのか。インフルエンザ対策においては,学校保健安全法において「発症した後 5 日を経過し,かつ,解熱した後 2 日(幼背にあっては, 3 日)を経過するまで」をインフルエンザによる出席停止期間としている。また, インフルエンザの陰性を証明することが一般的に困難であることや,患者の治療にあたる医療機関に過剰な負担をかける可能性があることから,職場が従業員に対して,治癒証明書や陰性証明書の提出を求めることは望ましくないとされている。産業衛生学会が示している職場復帰の目安はインフルエンザと同様に,検査結果ではなく日数で判断しようとするものである。 では発症後 8 日で本当に大丈夫なのだろうか。前述の Kucirka et al. (2020)によると,発症後 8 日 では 10 人中 7 人程度が PCR 検査で陽性となり,発症後 16 日後でも 10 人中 3 人程度が陽性になっている。さらに前述の He et al. (2020)では, ウイルス量は発症後徐々に減るが発症 8 日後でも検出されており, 多くのケースで検出限界以下になるのは発症 21 日後になっている。たたし, ウイルス量だけではなくウイルスの感染力が重要である。Wölfel et al. (2020) では, 生きている(培養可能な)ウイルスの分離を行ったところ, 発症後最初の 1 週間では多くの割合で発症者から生きているウイルスが分離できたが,発症 8 日後以降はウイルス量が多いにもかかわらずウイルスが分離できず,増殖する能力を失っているという結果が得られた。発症後 8 日の線引きはこの論文が根拠となっていることがわかる。ただ, この時点で根拠となる文献は一つしかなく, さらにたった数人の患者の結果でありその年齢なども不明であることから, ウイルス排出の個人差を考慮すればさらなるエビデンスの蓄積が待たれる。インフルエンザの出席停止期間も同様に感染力の消失に関する研究結果に基づいているが, こちらも被検者はわずか 19 人で, さらに 19 歳から 40 歳までと子供が含まれていなかった(村上ら,2014)。 このように,職場復帰の目安については一定のエビデンスに基づいた数字であるため, より科学的な決定ではある。ただし, エビデンスの蓄積を待たずに急いで決める必要があったため,数人のデータが代表性を持つという推論に基づいて決めざるを得なかった,という部分がレギュラトリー サイエンスの考え方として整理できる。 ## 4. 相談・受診の目安の「37.5度以上が 4 日間続く」 コロナウイルスへの感染の疑いを持った人たちによる保健所への相談や, 医療機関への受診が殺到してパンクするのを防ぐために,「37.5度以上の発熱が4日間続く」という基準が設けられた。 これは令和 2 年 2 月 17 日付けの厚生労働省から自治体担当者宛事務連絡「新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安について」に記載されている。 ----以下引用 2. 帰国者・接触者相談センターに御相談いたたく目安 (一部抜粋) ○以下のいずれかに該当する方は, 帰国者・接触者相談センターに御相談ください。 ・風邪の症状や 37.5 度以上の発熱が 4 日以上続く方(解熱剤を飲み続けなければならない方も同様です。) $\cdot$強いだるさ (倦怠感) や息苦しさ (呼吸困難) がある方 ○な, 以下のような方は重症化しやすいため, この状態が 2 日程度続く場合には, 帰国者・接触者相談センターに御相談くたささい。 - 高齢者 - 糖尿病, 心不全, 呼吸器疾患 (COPD等) の基礎疾患がある方や透析を受けている方 $\cdot$ 免疫抑制剂や抗がん剂等を用いている方 ---引用終わり 通常は 4 日,高齢者や基礎疾患のある人等は 2 日,ただしだるさや息苦しさがあれば待たなくてよいとなっている。この根拠は2020年 2 月 16 日に開催された新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(第 1 回)の資料に見られる。 ----以下引用 〈受診・相談の目安〉(一部抜粋) ○相談を钦奨する対象をそのまま検査対象としない方がよい。ポイントは入院や医療が必要な方であり, 発熱または呼吸困難という基準は適切だと思う。高齢者の場合はもう少し緩い基準の方がよいかもしれない。 ○症状は素人から見るとインフルエンザと変わらない。普通の人はどちらか判断つかないのでは。 ○普通の風邪だと症状のピークは34日だが,新型コロナウイルス感染症では7~10日でも治らない。“普通の風邪”とずれていると気づけるような内容があるといい。 ○風邪の症状があれば自宅で安静にして, 症状が長引けば相談センターに連絡してもらうという流れが望ましい。 ○発熱は現行の基準どおり,37.5度以上で良い。 ---引用終わり つまり, 普通の風邪ではないことが普通の人でもわかるような線引きということで4 日が設定されたのである。さらに, 2020 年 3 月 10 日の参議院予算委員会公聴会において, 専門家会議副座長の尾身茂氏は 3 日は我慢してもらいたいという発言をしている。 ----以下引用 尾身茂氏の発言 (一部抜粋) 一般の人はなぜ四日かというと, 日本で, 国際 医療センターなんかで実際の国内の患者を診た臨床科の先生だと, どうも今回の場合には症状が随分長く続いて,まあ五日ぐらいまで,で,症状が悪くなるのは一週間を超えてということがあるので,一般の人は三日ぐらいまで少し我慢していていただいて。 ---引用終わり その後, 厚生労働省からの令和 2 年 5 月 8 日付事務連絡「新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安について」にて,息苦しさや強いだるさがあったり,高齢者や基礎疾患がある重症化しやすい方以外の方で,発熱や咳など比較的軽い風邪の症状が続く場合(症状が 4 日以上続く場合は必ずご相談ください。),と基準が変更された。4日という線引きはそのままだが,4日経つまで我慢するという意味ではなく4日経ったら必ず相談するように,と意味が変わったのである。 この変更については,2020年4月29日の参議院予算委員会第 17 号でのやり取りがきっかけとなったと考えられる。ここで立憲民主党・蓮舫議員が,4日待っている間に重症化して亡くなる例があるとしてこの線引きの緩和を要望した。 この質問に対する加藤勝信厚生労働大臣の発言の抜粋を以下に示す。 ----以下引用 これは別に検査を受ける要件ではなくて受診の診療の目安ということでありまして, これについては, 三十七・五度, 四日というのは, 要するにそこ以上を超えるんだったら必ず受診をしていただきたい,そういうことで出させていただきました。 ---引用終わり これは,先の尾身茂氏による「一般の人は三日ぐらいまで少し我慢していただいて」という発言とは明らかに意味が異なっている。この後, ゴー ルデンウイークを挟んだ 5 月 8 日に早々と相談・受診の目安が修正されているので,大臣の答弁に合わせて修正されたと考えるのが自然である。状況的にも,5月には感染が落ち着いてきており, 4 日待たなくても医療機関がパンクしないだろうという状況の変化もあった。 医療崩壊を防がなければいけないという緊迫した状況の中で,患者の容態に関する十分な知見の蓄積のない状態で基準を決めなければいけなかった。そこで, 症状の進行度の個人差は考慮せず,症状が 4 日続くと風邪と異なると判断できるとい う約束事を設定したところに,レギュラトリーサイエンスの考え方が適用されたと整理できる。 ## 5. 都道府県毎の自沜緩和基準 安全とは, ISO/IEC Guide51:2014(規格に安全に関する面を導入するためのガイドライン)において「許容できないリスクがないこと」と定義されている。コロナウイルス対策においても,何をもって安全とするかを定義しなけれげ(=許容できないリスクを定義しなければ),対策の強化あるいは緩和を決めることができないはずである。 感染拡大防止に係る休業要請や解除は知事の判断で実施という制度設計になっている。このため, 大阪府が 2020 年 5 月 5 日にまず先駆けて「大阪モデル」と名付けられた独自の数値目標を出し, その後他の都道府県も独自基準を出した。また, 青森県や宮城県, 長野県など感染者が少ないため基準を策定しない県もあった。 大阪府はまず医療崩壊が起こることを許容できないリスクであるとした。感染爆発による医療崩壊が起これば欧米のように死者数が急増する懸念があった。医療崩壊を防ぐという目標を具体的に数字に落としたものが「大阪モデル」の基準となっている。2020年7月 3 日以降の大阪モデルは, 第20回大阪府新型コロナウイルス対策本部会議の結果を踏まえて以下のように修正されて運用されている。 ・府民に対する警戒(黄色)の基準(以下をすべて満たす場合) (1)新規陽性者における感染経路不明者7 日間移動平均前週増加比:2 以上 (2)新規陽性者における感染経路不明者数7 日間移動平均:10 人以上 (3) 7 日間合計新規陽性者数:120人以上かつ後半3日間で半数以上 $\cdot$府民に対する非常事態(赤色)の基準 (5)患者受入重症病床使用率:70\%以上 - 府民に対する警戒・非常事態解除(緑色)の基準(以下をすべて満たす場合) (2)新規陽性者における感染経路不明者数7日間移動平均 : 10 人未満 (4)直近 1 週間の人口 10 万人あたり新規陽性者数 : 0.5 人未満 (5)患者受入重症病床使用率:60\%未満 前述の大阪府新型コロナウイルス対策本部会議 の資料によると, これらの数字の根拠について, 警戒基準の場合は4月の感染拡大ピークを踏まえて,4月に入った前後の数字が大体このくらいだった, ということが基になっている。また, 解除の基準は同様に 5 月に入って感染拡大が収まった時点の数字が根拠となっている。非常事態の基準については, 4 月の感染拡大状況から試算したところ,警戒基準を満たしてから約 25 日後に 70\%を超えるが 100\%を超えることはない,とい う結果が根拠となっている。 一方で, 茨城県では「茨城版コロナNext」として, (1)重症病床稼働率, (2)病床稼働率, (3) 1 日当たりの陽性者数, (4)陽性者のうち濃厚接触者以外の数, (5)陽性率, (6)東京都内における 1 日当たりの経路不明陽性者数の6つの指標を設けている。都内に通勤する人が多いため都内の感染者数が採用されているところに特色がある。また, 愛知, 三重, 岐阜の東海 3 県だけを見てもバラバラの基準となっている。このように各地域でバラバラになっているのは, (1) 休業要請は知事の判断で実施する制度 (2)感染状況が地域によって大きく異なる (3)茨城県のように感染が主に都内から持ち达まれるという地域ごとの特殊な状況 (4)医療キャパシティの違い などの理由によるものと考えられる。これらに加えて, (5) 各都道府県にあると思われる専門家会議的なもののメンバーの考え方の違い なども関係しているかもしれない。 設定の根拠として活用できる情報は,医療がひっ迫した4月の感染ピーク時の状況のみであった。また,7-8月の感染ピーク時には感染者数は 4月よりも多かったにもかかわらず,医療のひっ迫具合は低く収まった。このように状況はどんどん変化しており,変化に合わせて基準も変えていく必要がある。また, 休業要請は経済活動への打撃が大きいため, 感染拡大防止と経済活動のバランスをどこでとるか, という問題もある。このようにエビデンスの積み重ねというよりも試行錯誤的に線引きしていく例もレギュラトリーサイエンスの考え方として整理できる。 ## 6. まとめ 本稿ではフィジカルディスタンス (ソーシャルディスタンス) $1 \sim 2 \mathrm{~m}$, 発熱等発症後 8 日間で職場復帰, 相談・受診の目安の「37.5 ${ }^{\circ} \mathrm{C}$ 以上の熱が 4日間続く」, 都道府県毎に設定された自粛緩和基準の線引きの根拠について概観した。いずれも限られた時間, 限られたエビデンスの蓄積の中での意思決定であることが特徴的であった。約束事の設定としては, フィジカルディスタンスでは飛沫の中でも大粒のものだけを考慮したり, 職場復帰基準では数人のサンプルが代表性を持つと仮定したり,相談・受診の目安では症状が 4 日続くと風邪と異なると判断したり, 都道府県毎の自粛緩和基準では 4 月の感染拡大速度を仮定して試算を行ったりしたことなどが該当する。他の特徴としては,リスク評価が明示されていないということ,管理対策の複数オプションが示されていないということが 4 事例に共通して見られた。安全目標の設定は都道府県毎の自粛緩和基準にのみ見られたが,他の事例では見られなかった。また,都道府県毎の自粛緩和基準は休業要請という規制措置に結び付くが,他の事例は「お願い」レベルに留まるものである。 「科学と政治」の二分式から「純粋科学ーレギュラトリーサイエンスー政治」という三分式にすることで実務上役に立つ科学の役割が見えるようになる。ところが,三分割であっても実際はグラデーションになっており, 例えば「発症後 8 日間で職場復帰」はかなり科学に近く,「相談・受診の目安の 37.5 度以上が4日間続く」はかなり政治よりになるだうう。そして, 「都道府県ごとの自粛緩和基準」や「フィジカルディスタンス 1~ $2 \mathrm{~m}\rfloor$ はその中間に位置する。重要なことはどこまでが科学的ファクトでどこからが仮定や推論に基づくものなのか, を明示することである。これはリスクコミュニケーションの観点からも重要である。さらに, 事例を蓄積することで線引きの規範について整理をしていくことも重要となろう。 ## 参考文献 Blocken, B., Malizia, F., van Druenen, T., and Marchal, T. (2020) Towards aerodynamically equivalent COVID19 $1.5 \mathrm{~m}$ social distancing for walking and running. Preprint. http://www.urbanphysics.net/ Social\%20Distancing\%20v20_White_Paper.pdf (Access: 2020, Dec, 1) Bourouiba, L. (2020) Turbulent gas clouds and respiratory pathogen emissions: potential implications for reducing transmission of COVID-19, JAMA, 323(18), 1837-1838. doi:10.1001/jama.2020.4756 Chu, D. K., Akl, E. A., Duda, S., Solo, K., Yaacoub, S., Schünemann, H. J., and on behalf of the COVID-19 Systematic Urgent Review Group Effort (SURGE) study authors (2020) Physical distancing, face masks, and eye protection to prevent person-to-person transmission of SARS-CoV-2 and COVID-19: a systematic review and meta-analysis, The Lancet, 395, 1973-1987. doi: 10.1016/S0140-6736(20)31142-9 Fujii, K., Kohno, M., Inoue, T., Hirai, Y., Nagai, T., Ono, K., Kishimoto, A., and Murakami, M. (2017) Solution-focused approach of regulatory science and its compatibility with risk science: practical suggestion from case studies on pharmaceutical affairs, food safety and chemical management, Japanese Journal of Risk Analysis, 27(1), 11-22. doi: 10.11447/sraj.27.11 (in Japanese) 藤井健吉, 河野真貴子, 井上知也, 平井祐介, 永井孝志,小野恭子,岸本充生,村上道夫 (2017) レギュラトリーサイエンス (RS) のもつ解決志向性とリスク学の親和性 - 薬事分野・食品安全分野・化学物質管理分野の事例分析からの示唆 - , 日本リスク研究学会誌, 27(1), 11-22. doi: $10.11447 /$ sraj.27.11 He, X., Lau, E. H. Y., Wu, P., et al. (2020) Temporal dynamics in viral shedding and transmissibility of COVID-19, Nature Medicine, 26, 672-675. doi: 10.1038/s41591-020-0869-5 Kucirka, L. M., Lauer, S. A., Laeyendecker, O., Boon, D., and Lessler, J. (2020) Variation in false-negative rate of reverse transcriptase polymerase chain reaction-based SARS-CoV-2 tests by time since exposure, Annals of Internal Medicine, 173, 262267. doi: 10.7326/M20-1495 Murakami, M., Nagai, T., Ono, K., and Kishimoto, A. (2014) Kijunchi no Karakuri, Kodansha. (in Japanese) 村上道夫, 永井孝志, 小野恭子, 岸本充生 (2014)基準値のからくり, 講談社. Nagai, T., Fujii, K., Hirai, Y., Murakami, M., Ono, K., Yasutaka, T., Kohno, M., Inoue, T., and Kishimoto, A. (2016) The case studies of "Regulatory Science" for chemical risks and related fields - activity report on the Regulatory Science Task Group in the Society for Risk Analysis Japan -, Japanese Journal of Risk Analysis, 26(1), 13-21. doi: 10.11447/ sraj. 26.13 (in Japanese) 永井孝志, 藤井健吉, 平井祐介,村上道夫,小野恭子,保高徹生,河野真貴子,井上知也,岸本充生 (2016) 化学物質のリスクを中心としたレギュラトリーサイエンスの事例解析 - レギュラトリーサイエンスタスクグループ活動報告 - ,日本リスク研究学会誌, 26(1), 13-21. doi: $10.11447 /$ sraj. 26.13 Wölfel, R., Corman, V. M., Guggemos, W. et al., (2020) Virological assessment of hospitalized patients with COVID-2019, Nature, 581, 465-469. doi: $10.1038 / \mathrm{s} 41586-020-2196-\mathrm{x}$
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cc-by-4.0
Society For Risk Analysis Japan
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# 【特集:新型コロナ感染症関連レター】 # 国連ポリシーブリーフ「新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)とメンタルヘルス対応の必要性翻訳を通して考える* Getting an Insight from Translation of United Nation's Policy Brief on "COVID-19 and the Need for Action on Mental Health" ## 関澤 純** Jun SEKIZAWA \begin{abstract} The United Nation's policy brief on COVID-19 and the need for action on mental health (13 May 2020) was translated into Japanese by collaboration of members of Society for Risk Analysis, Japan. An insight from this work on current situations of COVID-19 in Japan was introduced. \end{abstract} Key Words: COVID-19, mental health care, United Nations, translation into Japanese ## 1. はじめに 新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) が猛威を振るい,わが国でも少なから女感染による疾病と死亡が報じられ,人々に不安や対応施策に伴う種々の困難な課題が生じている。国内外でいまた収束の目途が明確になっておらず,むしろ影響の拡大・再燃の危機が危惧される。筆者は新型コロナ感染対策の重要な一環としてメンタルヘルスケアを取り上げた国連ポリシーブリーフ(2020年 5 月 13 日公表)に注目し,日本リスク学会の有志と協力して,翻訳し公表した。この件に関しわが国政府による対策は皆目見られず,メディアでもほとんど報道されないが,人々と社会が対応すべき重要な課題である。 COVID-19の影響は身体的健康のみならず,生活,社会,経済に甚大な影響を及ぼし,そのためにメンタルヘルスに関わる困難な事態,すなわち不安,鬱,隔離と阻外感,差別や家庭内暴力から,失業,破産,自殺までの現実的な問題があ る。新型コロナウイルス問題は,今後のわれわれの生活や社会のあり方を大きく問うテーマであり,様々な困難や問題を抱え苦しむ人々がおられ,特に子供,高齢者,働く人々,女性,医療関係者に新たなメンタルヘルスの課題が生じている。 われわれ日本リスク学会有志(Table 1)は,この課題につき,国連(UN, 2020a)が2020年 5 月に公表したポリシーブリーフ (Policy Brief : COVID-19 and the Need for Action on Mental Health)の和訳に取り組んだ。この翻訳は国連Rights and Permission officeの了承(7月16日)を受け,学会公募の会員有志グループの責任でまとめ, 学会の「新型コロナウイルス感染症リスク特設サイト」(日本リスク学会,2020)に揭載し,メデイア関係者にも送付した。ポリシーブリーフはいくつかの課題と,その政策オプション,および最良オプションに係る推奖事項を簡潔に要約し,政府の政策立案者や関心ある人々を対象にした政策文書である。  Table 1 List of Contributors on Translation of the UN Policy Brief 本和訳が,新型コロナウイルス感染症の影響の一つとしてメンタルヘルスの困難な問題が存在する事を社会全体で共有するきっかけとなり,これに向き合うすべての方々の考察と実践の一助となることを強く願う。 ## 2. 訳文の「要約」より:「COVID-19とメ ンタルヘルス対策の必要性」 COVID-19は,第一に身体的健康の危機だが,大きなメンタルヘルスの危機に発展する可能性がある。COVID-19への対応やその危機からの復興への種々の取組の中で,社会全体のメンタルヘルスとウェルビーイングは, COVID-19の深刻な影響を受け緊急に対処すべき優先事項である。 人々の心理的苦痛は広範囲に渡り,多くの人は,感染,死,家族の喪失を恐れ,愛する人や仲間からの孤立による苦痛を感じている。何百万人もの人々が経済的な混乱に直面し, 収入や生計を失うか,その危険にさらされている。ウイルスに関するデマや噂,将来の深刻な不確実性も苦痛の原因となっている。メンタルヘルス上の問題を有する人やその重症化は長期的に増加する可能性がある。 特定の集団でCOVID-19に関連する心理的苦痛の程度が高いことが知られ, 最前線で活躍する医療従事者や救急隊員は多くのストレス要因にさらされ,医療従事者のメンタルヘルス確保は, COVID-19への対応, 復興を維持する上で重要である。いかなるコミュニティでも,高齢者や基礎疾患がある人々が多数存在し, 恐怖と孤独に怯元ている。児童青年の情緒的な不安定さは, 家族のストレスや社会的な孤立により悪化し, 虐待の増加, 教育の中断, 将来への不安など, 情緒発達の重要な時期に発生する問題に直面する児童・青年がいる。女性は家庭内のストレスの大きな負担を負い, 不平等な扱いを受けている。人道的危機や紛争等の脆弱な環境に置かれた人々のメンタルへルスのニーズは見過ごされている。問題の広がりの大きさにもかかわらず,メンタルヘルスに関するニーズは未対応であり,パンデミック発生前からのメンタルヘルスの促進・予防打よびケアへの投資不足が対応の遅れにつながっている。パンデミックによるメンタルヘルスへの影響を最小限に抑えるために,以下の3つの行動を緊急に検討することが重要である。 (1)メンタルヘルスを保護し, ケアするための 「社会全体のアプローチ」の適用 メンタルヘルスのための行動は, COVID-19への国の対策の不可欠な構成要素として考慮される必要がある。すなわち,国の対策計画に、メンタルヘルスや心理社会的配慮を盛り达志(例えば,自宅待機の子供や若者のための学習・育成環境の支援など)。パンデミックに関連した逆境体験 (例えば,家庭内暴力や急速な生活困窮など)を減らすために積極的に対応する。メンタルヘルスへの潜在的な影響に細やかに反応できるようにコミュニケーションを工夫し人々の苦痛に共感を伝え,コミュニケーションにウェルビーイングのためのアドバイスを含める。 (2)緊急時のメンタルヘルスと心理社会的支援の利用しやすさの確保 メンタルヘルスおよび心理社会的支援は, どのような時にも利用可能でなければならず,社会的な結束を強化し, 孤独感を軽減するコミュニティの活動を支援する。遠隔カウンセリングなど遠隔で提供可能なメンタルヘルスの介入治療に投資する。必要不可欠なサービスとして, 重篤なメンタルヘルス状態に対する対面のケアを途切れず確保する。重篤なメンタルヘルス状態や心理社会的障害がある人々の人権を保護する。 (3)未来に向けたメンタルヘルスサービス構築によるCOVID-19からの復興の支援 COVID-19からの社会の復興支援には,質の高いメンタルヘルスサービスが必要であり,ケアを施設内からコミュニティによるサービスへとシフトさせる国のサービスの再組織化戦略を導入し発展させる。メンタルヘルスが普遍的な健康保険の一部と確認し, 医療給付パッケージや保険制度に精神疾患, 神経性疾患, アルコール乱用や依存, あるいは違法薬物の使用などのケアを含める。コミュニティ・ワーカーが支援を提供できるよう研修を行うなど,メンタルヘルスおよび社会的ケアを提供する人材を育成する。人権を保護し, 地域に根ざしたサービスを組織する。これらの推奨行動を迅速に実施することは,COVID-19のメンタルヘルスへの影響から人々や社会を保護するために不可欠である。 以上の要約に続けて,「COVID-19がメンタルヘルスに与える影響」,「影響が懸念される特定の集団」,「推奨される行動指針」という章立てがある。 ## 3. 海外およびわが国社会の裏で進行しつ つある現実 \\ 3.1 海外の実情と広報 米国ジョンズ・ホプキンス大学のデータを基に編集したNHK(2020a) によれば, 12 月6日現在の世界の累計感染者数は66,540,034名, 死者数は $1,528,868$ 名である。このうち米国の感染者数が 14,581,337, 死者は281,186名と群を抜いて多く,次いでインド,ブラジル,ロシア,フランス,イタリア,イギリス,スペインと続き,感染の拡大は容易に止まりそうにない。国連(UN, 2020b) と世界保健機関(WHO, 2020a, b)では, それぞれ COVID-19関連の特設サイトを設けて広報を行っている。 ## 3.2 わが国社会の現実 わが国では表面的には感染拡大が比較的低く抑えられ,感染の抑制に成功しているように見え,政府や都は莫大な予算を”Go To”キャンペーンや,休業補償などにつぎ込み,経済的にも手当を抜かりなく進めているように見える。しかし現在の状況を掘り下げて見ると, ことはさほど安心できるものではないことがわかる。コロナ禍に関係した国内の最近の動きから, どこで何が起きており何が必要とされているかを考えてみる。 (1) 健康影響について数字で見ると(12月9日現在 (厚生労働省, 2020), PCR 検査陽性者数は 165,840 例, 入院治療等を要する方は22,550名,死亡者数は 2,420 名で, 退院・療養解除となった万は 140,622 名を数える。うち東京都の感染者数は全国の $27.0 \%$ ,大阪は $13.8 \%$ ,神奈川は $8.4 \%$ と 3 都府県で半数近い感染者数になる。他方, 秋田・山形$\cdot$ 鳥取 $\cdot$ 島根 $\cdot$ 香川 $\cdot$ 徳島 6 県の感染者数合計は全体の $0.5 \%$ で感染は明らかに大都市周辺に集中している(NHK, 2020b)。 (2) 新型コロナウイルス関連の法的整理(倒産, 民事再生など)と事業停止を帝国データバンク (2020)のまとめ(12月4日現在)で見ると, 全国で法的整理 683 件 (うち破産 650 件) 事業停止 84 件であり, 業種別では飲食店 (121件), ホテル・旅館 (69件), 建設・工事業 (51件), アパレル・雑貨小売店 (50件), 食品卸 (39件) となっており, 4 月以降, 倒産件数はほぼ直線的に増加している。中でも中小零細の飲食店が時短営業や休業要請の打撃を強く受けていると見られる。この状況を受けて非正規を中心に解雇や雇止めが増え, 厚生労働省によれば 12 月 1 日現在でコロナ関連の解雇・雇止めは7万4千人を超えたとされている。 (3)警察庁自殺統計データを 11 月 10 日の厚生労働省自殺対策室 (2020) 公表より見ると, 8 月は 1,889 人 (昨年同期比 286 人増加), 9 月速報値は 1,828 人 (昨年同期比 166 人増加), 10 月速報値は 2,153 人 (昨年同期比 614 人増加)だった。 8 月までの自殺者数(暫定值)の $68 \%$ は男性で $40 \sim 60$ 代がその 3 割を占めていたが,8月の自殺者のうち女性は 650 人と昨年同期比で $42 \%$ 増加, なかでも 30 代以下の自殺が 193 人と $74 \%$ 増加し,9月も女性の自殺は昨年同期比 $27.7 \%$ 増, 10 月の女性自殺は昨年同期比 $82.8 \%$ 増だった。女性の自殺増加の裏には解雇や雇止めの進行, 自粛生活の中での性的被害 (妊娠相談や虐待相談が増加)の影響が疑われ,社会の裏ではすでに様々な困惑と現実的な負担や,しわ寄せが特に弱い立場におかれた女性の最近の自殺者の増加につながっている可能性がある (4) 医療従事者の重い負担が産経新聞(10月23日) で報道されている。新型コロナウイルスの感染拡大を受け,鬱症状の国際的診断基準を踏まえた大阪府の医療従事者調査(57月実施)では回答者 1,200 人中, 1 割以上が鬱症状を有していると見られ,24\%が「差別的扱いを感じる・少し感じる」と答え, $19 \%$ の人が「コロナの影響により退 職したいと思う・少し思う」と感じていた。「人員が増えない。やりがいある仕事だが,あとどれくらい働けるだろうか?」と漏らす看護師もいた。職場でのメンタルヘルスの情報共有が「十分共有されていると思わない・あまり思わない」が $52 \%$ を占め,家庭や職場で悩みを話せる人に比べて,話せない人に鬱症状の割合が高かった。大阪府は調査結果に基づき, 医療従事者向けの相談ダイアルを開設したが,「配偶者が勤務先から出勤しないように言われた」「子供の保育所で他の保護者が子供同士近づかないよう呼び掛けているのを聞いた」「休㦝時間も”密”を避けるため時間や部屋を別にしている」「マスク着用や面会制限で患者や家族から不満を言われ疲れ果てている」などの経験が報告されている。コロナ対応長期化の中で,医療従事者の仕事と家庭の両立を支援する体制整備が求められている。この先駆的な調査から得られた貴重なデータを十分活用しきれていなかった大阪府で 12 月に入り吉村知事は, 重症病床使用率が $66 \%$ となっていることを踏まえ, 医療非常事態宣言を発し各方面に看護師の派遣要請を行う状況にある。 日本赤十字社は, 心のケアとして, 「自分の心身をチェックし,自分にマイナスのレッテルを貼らない」などを奖めている。日本看護管理学会 (2020)は,「ナースはコロナウイルス感染患者の最後の些です」として, コロナ対応と偏見に疲弊しきっている看護師の働き方や環境の実情について訴えている。「要介護 $5 」$ の老母を自宅で世話する女性がPCR検査陽性判定を告げられ,母親の預け先を求め,ようやく見つけた先に連れてゆくにも濃厚接触を避けられず思案に暮れているという話もある。 (5)差別的言動の抑止について国による体制整備が進まない中, 10 月半ばまでに約20の自治体で新型コロナ対応の条例が制定され, 差別的言動の抑止に関する指針が示されている。地方都市では比較的感染者は少なく, 実際ある県の感染者内訳をみると 4 月まで累積感染者数ほぼ数件だったが,4月以降急激に増加し陽性者の多くが県外出張者や, 大都市居住学生の帰省, 介護施設で働く方で占められ,接客バーやカラオケの出入りが主たる感染源と言えない。知らないうちに感染した人や,医療・介護施設の関係者への差別や偏見が少なからずあり,これを抑止するキャンペーンが必要になっている。 (6) 学生や子供の休校, 通学制限では, 今年進学・進級した学生や子供たちは, 休校や通学制限を強いられている。学習意欲を燃やして進学したのに,キャンパスに入れず,友達もできない辛さを味わうことになり, 慣れないオンライン学習で補完させられている。理系や社会的な学科では実験や実習が必須だが実施できず,またアルバイトもままならず学習費や生活費に事欠き休学や退学を余儀なくする人もいて, 就職先からは新卒の採用内定取り消しの動きが広がっている。 (7)テレワークで, 通勤なしで家庭や事業所外で仕事をさせられる人が多くなっている。対面でないと進まないような交涉や作業所で器械を動かす仕事はできず,生活・業務の否応ない変化に戸惑い困惑している人は多い。在宅で受講する海外発信を含むオンラインセミナー聴講の長所はあるが,国内の場合には通信回線やソフトの関係で,交信がうまくゆかず的確に聞き取れないなどの支障も多い。 (8) 難民の生活と仕事についてポリシーブリーフにも記されているが, NHKのBS1スペシャル「追いつめられるシリア難民〜世界は私たちを忘れた」(7月12日)ではシリア内戦のためレバノンに逃れ来た難民の取材で,コロナ禍で仕事が無くなり生活に困窮し, さらに「感染源になるから出て行け」と追立てられる人々の実情が報告されていた。2020年ノーベル平和賞が, アフリカなどで困窮する子供たちに給食を提供し学校に行く意欲への支援を継続している「世界食糧計画」に授与され,蔭で地道に人々を支える働きの一端が評価された。国や国際組織・任意団体, 個人の善意と支援の一歩が大きな力を生み出すことになるのではないだろうか。 ## 4. 今後について この翻訳の成果は2020年の年会で「コロナ禍に対するメンタルヘルスケアと食の安全・安心の問題」として紹介した(関澤, 広田, 2020)。 筆者は学会を通した友人の国立台湾大学教授の情報, また毎日新聞台北支局記者の記事より, 新型コロナ感染症発生元の中国に極めて近い位置にある台湾の状況を注視してきた。現地では, 17年前のSARS 蔓延時の失敗に学び, 検疫, 監視, 医療などの専門家の協力を最大限生かして, 先進国の中でもずば抜けてコロナ封じ达めに成功を納めつつあり, 2400 万人近い人口を持ちながら, 12 月 6 日現在の累積感染者数は 651 例, 死者は 7 人(中華民国外交部,2020)と,わが国の12月9日現在の累積感染者数, 死者数の数百分の 1 と段違いに少ない。この先頭に立ち活動してきた疫学専門の陳建仁前副総統は,民主主義社会における公共の利益とプライバシー保護に配慮しながら丁寧な情報公開に基づく国民と行政の信頼を基礎に,科学的な対策を推し進めた。2020年 5 月副総統を辞し一研究者に戻る際に数千万円の退職金を受け取らなかった彼が, NHKのETV特集(「台湾新型コロナ封じ达め成功への17年」2020年6月20日放送) で語った『「科学」と「慈愛」の両輪が大切。どんなに暗い感染症にも光はある』と語った言葉に胸を打たれた。 ドイツでコロナ死者数が過去最高の一日 590 人となった 12 月 9 日連邦議会で極右政党の経済活動制限反対もあったが,メルケル首相は「私はこのような状況を受け入れることができない。科学的知見を大切にする。クリスマスシーズンに本当に心から申し訳ないが人との接触を制限してください。と訴え,拍手がなりやまかったと報道された(Balk, 2020)。 わが国では「新たな生活様式」の提唱があるが,メンタルヘルス対策を早急に掘り下げ,検討を進めることが求められる。金銭的に余裕ある元気な者の “Go To” 観光旅行の後押し(日本以外の旅行奨励はロシアのみ(大河原,2020)に多額の国民の税金を使う前に,困難な状況下に患者の見守りに献身する看護師や介護に関わる人の待遇を改善し, 保健所のマンパワー強化を図ることこそ, 社会の直面する困難に対決し, 不況救済の下支えにもなろう。中小零細の飲食店や地方の観光関係者には地域の実情に即し細やかな支援が国のバックアップのもと,なされるべきだろう。メンタルヘルスケアの緊急また長期の問題に,具体的,かつ早期の対策が実現され人々の不安と負担の低減を図られることを願う。 ## 謝辞 貴重な時間を割き国連ポリシーブリーフの翻訳にご協力された学会有志の皆様に感謝の意を表します。 ## 参照 Balk T. (2020) Angela Merkel called for tough coronavirus restrictions in emotional speech, http:// www.nydailynews.com/coronavirus/ny-covidangela-merkel-germany-emotional-christmas-plea20201209-ribztci5ong4ffuhlgxl4tklle-story.html, Dec. 9, 2020 (Access: 2020, December, 10) Ministry of Foreign Affairs, Republic of China (2020) Taiwan Today, 2020/12/6, https://jp.taiwantoday.tw/ news.php?unit $=148,149,150,151,152$ \&post $=189874$ (Access: 2020, December, 10) (in Chinese) 中華民国外交部 (2020) Taiwan Today, 2020/12/6, https://jp.taiwantoday.tw/news.php?unit=148,149,15 $0,151,152$ \&post $=189874$ (アクセス日:2020年 12 月 10 日) Ministry of Health, Labor and Welfare (2020) https:// www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou. html (Access: 2020, December, 10) (in Japanese) 厚生労働省 (2020) https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/ kokunainohasseijoukyou.html(アクセス日:2020 年12月 10 日) Ministry of Health, Labor and Welfare, Suicide Countermeasures Promotion Office (20209 https:// www.mhlw.go.jp/content/202010-sokuhou.pdf (Access: 2020, December, 10) (in Japanese) 厚生労働省自殺対策推進室 (2020) https://www. mhlw.go.jp/content/202010-sokuhou.pdf(アクセス日:2020年 12 月 10 日) NHK_(2020a) https://www3.nhk.or.jp/news/special/ coronavirus/world-data/ (アクセス日:2020年 12 月 10 日) NHK (2020b) https://www3.nhk.or.jp/news/special/ coronavirus/data/ (アクセス日:2020年12月10日) The Japanese Academy of Nursing Administration and Policies (2020) Nihon Kango Kanri Gakkai yori Kokumin no Minasama he, https://www.mhlw. go.jp/content/202010-sokuhou.pdf (Access: 2020, December, 10) (in Japanese) 日本看護管理学会 (2020) 日本看護管理学会より国民の皆様へ, http://janap.umin.ac.jp/pdf/janap_ 20201210.pdf(アクセス日:2020年 12 月 10 日) The Society for Risk Analysis, Japan (2020) Shingata Korona Uirusu Kansensho Tokusetu Saito, https:// www.sra-japan.jp/2019-ncov/?module=blog\&eid $=$ 11091\&aid=11099 (Access: 2020, December, 10) (in Japanese) 日本リスク学会 (2020) 新型コロナ感染症特別サイ ト, https://www.sra-japan.jp/2019-ncov/?module= blog\&eid=11091\&aid=11099(アクセス日:2020 年12月 10 日) Okawara, K. (2020) Rosia, Hojyokinseido niyoru Kokunai Ryokou Syorei, Gaikokuno Rippou (in Japanese). 大河原健太郎 (2020)【ロシア】補助金制度による国内旅行奨励,外国の立法,No. 285-1, 12-13 Sekizawa, J. and Hirota, T. (2020) Food safety risk communication and the needs for mental health care on the COVID-19 issue, Abstract of the $33^{\text {rd }}$ annual meeting of the Society for Risk Analysis, Japan (in Japanese) 関澤純, 広田鉄磨 (2020) コロナ禍に対するメンタルヘルスケアと食の安全・安心の問題, 日本リスク学会第33回年会要旨集,27-30. Teikoku Databank (2020) https://www.tdb.co.jp/tosan/ covid19/index.html (Access: 2020, December, 10) (in Japanese) 帝国データバンク (2020) https://www.tdb.co.jp/tosan/ covid19/index.html(アクセス日:2020年 12 月 10 日) WHO (2020a) https://extranet.who.int/kobe_centre/ja/ covid (Access: 2020, December, 10) WHO (2020b) https://www.who.int/emergencies/ diseases/novel-coronavirus-2019 (Access: 2020, December, 10) UN (2020a) https://unsdg.un.org/sites/default/ files/2020-05/UN-Policy-Brief-COVID-19-andmental-health.pdf (Access: 2020, June, 1) UN (2020b) https://www.un.org/coronavirus (Access: 2020, December, 10) ## 追加情報 ご参考まで,国連ポリシーブリーフ\#1のほかに,関連の文書としてWHO は下記 $22 を$ 発行しており, \#3 は福島県立医科大学グループによる関連テーマの監訳があることを申し添える。 \#1 https://unsdg.un.org/sites/default/files/2020-05/ UN-Policy-Brief-COVID-19-and-mental-health.pdf \#2 WHO (18 March 2020) Mental health and psychosocial considerations during the COVID-19 outbreak https://www.who.int/docs/default-source/ coronaviruse/mental-health-considerations. pdf?sfvrsn=6d3578af_2 \#3 IASC: Interagency Steering Committee (17 March 2020) Interim Briefing Note
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Society For Risk Analysis Japan
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# 【特集:日本リスク学会第33回年次大会 情報】 ## 災害・事故に起因する化学物質リスクの評価・管理手法* \author{ Application Methodologies of Risk Assessment and Management \\ for Unexpected Chemical Releases Triggered by Disasters and Accidents } 伊藤理彩**,東海明宏** Lisa ITO and Akihiro TOKAI \begin{abstract} In this organized session, four presentations were provided by the member of S-17, which was managed by the Environment Research and Technology Development Fund, ERCA. The first half of the presentation was relevant to the overall research framework and its key issue for the identification of unknown released chemicals. The second half of the presentation discussed case studies, including issues on the selection procedure for representative scenarios and substances; the evaluation of measures against risk, recovery, and resilient phases after a disaster; and comparative analysis among local government capacities. Here, we explored the risk assessment technologies related to the measurement, analysis, and evaluation of numerous data. We focused on the developmental application and also discussed the necessity and importance of devising various scenarios and formulating a detailed design of case studies for each disaster for social implementation. \end{abstract} Key Words: Rapid analysis, Water supply system, Chemical release risk, Risk management against Natech, Scenario analysis ## 1. 企画セッションの趣旨 本セッションで報告された研究課題は, いずれも環境研究総合推進費S17「災害・事故に起因する化学物質リスクの評価・管理手法の体系的構築に関する研究」(代表:鈴木規之, 研究期間: FY2018 FY2022)の中で展開されている課題である。本課題は, 自然災害によって突発的に流出した化学物質が周囲に与える影響の評価, 異常検知, 影響予測, 情報把握, リスク評価, そして行政対応の各側面において平常時から回復期において求められる課題を網羅し, 災害・事故に伴う環境リスクによる環境保全上の支障を最小化するためのリスク評価と管理の化学的手法を構築することを目指している(国立研究開発法人国立環境研究所, 2020)。 S17課題のサブテーマ1-(2)「災害・事故等のリスク管理における対策オプションの評価に関する研究」,2-(1)「災害・事故時の非定常環境污染の異常検知と影響予測に関する研究」,3-(3)「災害・事故等で懸念される物質群のうち難揮発性物質に対する新規網羅分析手法の開発」からの話題提供により本セッションは構成された。個々のサブテー マで展開されている研究要素に有機的関連が設けられていくことで,想定する災害事象,リスク事象の設定(情報基盤システム,シナリオ,物質類型),環境動態解析(事前のリスク評価を目的としたモデル,オンタイムでの使用を目的とした迅速予測モデル), ヒト健康リスク評価(非平常時  の暴露),対策効果分析(貯蔵量予測,事前・時中・事後の対策実装)という,リスク評価・管理の枠組みを網羅することができる。 本セッションはこれらの背景を踏まえ,災害$\cdot$事故に起因して発生しうる非平常な化学物質リスクに対する評価・管理の手法を議論し,今後の展開を検討することを目的とした。 ## 2. 研究報告 2.1 事故・災害で懸念される物質群のうち難揮発性物質への新規網羅分析手法の開発(西野貴裕・東京都環境科学研究所) 事故・災害時の化学物質漏洩が周辺環境にどれほどのインパクトを与えるのかを適切に把握するためには,これまでにない分析側の技術開発が必要となる。本発表では, 懸念される物質のうち,難揮発性物質に焦点が当てられ,高速液体クロマトグラフ飛行時間型質量分析計(LC-QTOFMS)を活用した非常時の対応力の強化にむけた測定技術の進展の現状について解説が行われた。本分析手法は多摩川のサンプルに適用され,踈水性から親水性にわたる幅広い物質群に対応可能であることが実証された。 また,平常時の河川水中に含まれる化学物質の組成が下水処理場からの排水のものと整合性が高いこと, 医薬品類や可塑剂といった生活由来の化学物質の検出状況が目立つことが報告された。これらの物質を中心にデータベースを作成し,これまでの突発的な化学物質の流出事象において検出された物質群との比較を行うことで,今後,非平常時において漏洩が想定される物質情報の把握が可能となる。 質疑においては,東京都では災害対応車を備えていることから, 平常時の適時の試料採取と網羅的な分析技法を組み合わせることにより,災害。事故時の対応能力の強化につなげられるのではないかとの議論が進められた。また, LC-QTOFMS は現在, 大都市圈の研究所のみでしか所有されていないが, 本測定器を活用した分析技術の整備や,マニュアル化が目指されていることも話題に挙がった。すなわち災害時に地方でもLCQTOFMSを用いた迅速な分析を可能とするには,平常時から本機器を所有している機関が, 手法だけでなく標準物質や内標準等の情報共有を行っていくことが大事であり,これらの積み重ねが災害時の対応力強化につながるのではないかという議論が行われた。一方で,抽出過程における固相の使い分けや, 固相への吸着が難しさ親水性物質の前処理方法の難しさ, 各処理の迅速化における課題についても議論が行われた。 ## 2.2 水系の化学物質污染事故におけるリスク評価とリスク管理(浅見真理・国立保健医療科学院) 水質異常の影響を受けた水道事業者は年間 100 件を超え, 最近では利根川のホルムアルデヒド生成能の一時的増加や過塩素酸の流出事故, 浸水した工場からシアン化ナトリウムが流出するなど化学物質の流出関連の事故件数も増えている。本発表では, 現場における水質污染事故の原因把握の困難さの現況が解説されるとともに, 污染源・物質情報の有無による事中 - 事後の対応の違い, 水道システム側からの対応の重層化の必要性, さらに世界における自然災害起因の化学物質事故事例 (WHO, 2018)を踏まえた水質事故時の対応の現状と課題について, 水道の隣接分野の状況を織り交ぜながら解説が行われた。污染物源情報がない状況下で流出事故が起きた場合には,まず污染物質の迅速な特定が必要となるが, 通常の検查方法でピークを同定できる化学物質は, 既存デー夕数の約半数未満と少なく, 物質同定自体が困難であることについても指摘が行われた。 これらの問題を克服するために対象サンプルを複数用意するなど,誤検知を防ぐ試みが行われていることについても解説がなされた。また, 毒性発現量と耐容摄取量, 暴露時間や対象人口の規模といった各パラメーターの大小に応じて, crisis communication, consensus communication, case-based risk communication を設計していくことが,今後の対応策を社会実装していく過程で不可欠であるとの指摘がなされた。 質疑に打いては,水道システムの国民に対する社会的機能として, 清浄 - 豊富 - 低廉が課せられる中で,健康リスク,そして給水停止のリスクを如何に管理するかが焦点となった。また, 基準値を超える水質資源の合理的な活用を踏まえ, 事故時に亜急性参照用量を水質異常時の目安とする検討を行っていることや,異臭味への対応策等についても議論がなされた。特に化学物質の曝露に対してゼロリスクを期待する住民と, 専門家や関係者との間には大きなギャップがあるのではないかという点が話題となった。すなわち, 事故に備え て予め十分なりスクコミュニケーションを実施していたとしても,実際に被害者になった場合や,特にその被害者が限られた場合には,被害者側に納得できない思いが強く生じるケースが発生することが考えられるとの指摘がなされた。 一方で企業側として, 平常時から十分な事前対策を取っている姿勢を示すことの重要性も大きいことが述べられた。さらに水質判定における $\mathrm{AI}$ ・ ディープラーニングの実装過程における難しさについても議論がなされた。 ## 2.3 気候変動下での豪雨災害による化学物質流出事故のリスク評価 (平井宏明, 他・大阪大学大学院) 本発表では,地球温暖化のリスクとの重なりにおいて, 降水量の極端事象がもたらす化学物質流出事故のリスクの評価と対応策について,マルチプルリスク評価の視点でケーススタディを行った報告が行われた。 解析対象地には,将来,降水量が増えることによって河川の氾濫のリスクが高くなる可能性が高く, 化学物質を取扱う事業所が多く立地する静岡県の巴川流域が選定された。温室効果ガスの排出シナリオとしては,2100年までの気温上昇幅が最も高いシナリオ (最大 $4.8^{\circ} \mathrm{C}$ ), RCP8.5 (IPCC, 2013) が採用され,極值統計学に基づき,50 年確率降水量が計算された。氾濫流解析はiRIC Software (iRIC,2020)を用いて非定常平面 2 次元流計算が行われ, 浸水時に事業所から化学物質の流出が起きる確率は, Yang et al. (2020) のロジスティック回帰式により算出された。対象化学物質には, 平成 30 年度の届出排出量・移動量が最も多く, 水生生物やヒトへの急性毒性が認められるトルエンが選択された。 対応策の検討としては, 事業所の地盤高(保管位置)を対策変数とした解析が行われた。結果として, 将来の気候モデルでは現在気候モデルと比べて,浸水が始まる時間が約 1 時間早まり,浸水深も約 $0.3 \mathrm{~m}$ 高まる可能性が指摘された。また, $1 \mathrm{~m}$ 地盤高を上げた場合では,対策を取らなかった場合に比べ,現在気候モデル,将来気候モデルでそれぞれ流出確率を約 $60 \%$ ,約 $40 \%$ 減少させることが可能となることが示唆された。 議論では, 解析結果は降雨パターン (降雨強度と降雨継続時間の組み合わせ)に依存すること, また治水事業には地域性が関連することが指摘さ れ,これらの状況を反映させた解析・評価が今後必要となることが確認された。 ## 2.4 土砂災害による産業施設からの化学物質流出 による影響の評価(森口暢人,他・大阪大学) 本発表では,自然災害起因の産業事故のうち,比較的研究例が少ない土砂淡害が起因となる事象が取り上げられた。本研究では土砂災害を引き起こす地質的素因と,降雨という誘因に加え, PRTR 事業所の地域的分布を与件として,土砂災害に対して脆弱な事業所が選定された。 対象化学物質には, 事業所内で貯蔵量が最も多いと推測されるノルマルヘキサンが選択された。事故により,大気中へ拡散した化学物質の濃度の推算には, CAMEO-ALOHA Softwareの高密度ガス拡散モデル(2020)が用いられた。災害シナリオとしては, 急傾斜地の崩壊による化学物質貯蔵タンクの転倒, タンク側面の破損, タンク付属配管の破損という3ケースが考案された。また土砂災害そのものを防ぐ手段として,コンクリート枠工,法切りが,化学物質貯蔵施設からの漏えいを抑制する手段として防油堤の設置が考えられた。 ヒ卜健康影響に基づくリスク指標としては, Acute Exposure Guideline Level (AEGL) が用いられ,対策オプションの導入の有無で,化学物質が拡散する範囲,ヒ上健康影響がどのように変わるか解析が行われた。解析条件として,法切りによる対策を導入していたケースでは,急傾斜地の崩壊による流出事故そのものが起きないことが想定された。結果として, 流出事故が起きた場合でも,防油堤を事前に設置しておくことで, AEGL-2(障害レベル)に該当する濃度が確認されたのは,事業所内のエリアにとどまり,隣接する住宅地エリアへの化学物質の拡散を抑えることができたことが報告された。 また費用便益分析の結果,最も効率的であった対策は,コンクリート枠工の導入であった。この対策の導入で, 便益が費用を約 10 億円上回る試算結果が得られたことが示され, 事前対策の優位性が考察された。 議論として, 一連の推算結果はシナリオに依存することから,発災から対策導入にいたる各段階で考慮すべき要因の不確実性の組み合わせを考慮し, 参照ケースの位置付けを行うことが重要であることが指摘された。また土砂災害対策については, 土地の所有者等の問題から施工主に関する問 題が発生することなどが考えられると指摘され,対策を現実的なものにするには考慮すべき課題が多数ある点が議論された。今回の発表は大気経由での化学物質曝露リスクがテーマであった。しかし,土砂災害による流出事故では,化学物質が土壤に流出する可能性も高いため,それらのシナリオも考慮した上での費用便益分析も行うことが望ましいとの意見交換がなされた。 ## 3. オーガナイザーとしてのまとめ 本企画セッションでは, ハザードの把握から, リスク評価に用いられる基礎データの測定・解析・評価等の技術とその発展的応用に焦点をあてた議論を行うことができ,本セッションテーマの意義を共有することができた。 平常時においては,災害・事故が起きるという危機意識が低くなりがちである。よって,事前対策が重要だと認識していても,そういった不確実なものに対して,高額な対策資材を投入するというのは,特に予算の限られた中小事業者であればためらわれるところである。 企画セッションでは, 今までの流出事故事例を参照しつつ, 今後事故が起きた場合に周辺環境 $\cdot$ ヒト健康へのリスクが高いと見積もられる化学物質の種類と,それらの様々な流出シナリオが考元られることが議論された。これらの議論は, 今後対策を強化すべきポイントを絞り,企業へ対策の実装を働きかけていく上で,そして周辺地域住民とのリスクコミュニケーションの重要性を再確認する上でも有意義であった。 また本セッションを通じ,各地方の測定業務実施機関おいて, 平常時から蓄積データの数を増やし,マニュアルや内標準等を機関ごとに共有するといった“平常時からの備え”を着実に進めているという取り組みがなされていることが共有された。これらの取り組みは非常時に生じるリスクに対して, 迅速かつ効率よく対処していくための体系づくりに繋がると考えられる。 ## 4. 災害・事故時のシナリオ設計の枠組みの必要性 災害・事故時を扱うリスク評価においては,平常時を想定したこれまでの調查・分析技術,評価技術を,隣接分野との共同を通じて進めることが必須である。一方で, 成果の社会実装段階においては, 関係者とのコミュニケーションを円滑に進 めていくために, evidence-basedであることが求められる。この意味で「リスク評価」は,災害$\cdot$事故時の「想定」を体系化しつつ,現場,災害$\cdot$事故事象, 先行研究成果に学び, 検証しながらすすめるという,新たな研究領域を切り開くことにつながると考えている。 ## 5. 社会実装にむけたケーススタディの詳細設計 個々の研究課題に対し,今後の進展を見据えた技術的詳細事項に関する議論もなされた。以下に,項目のみで列挙した。 $\cdot$ 現行の水道システムにおける事故対応が, 災害事故時に対象を拡張する上でひとつのひな型になること。 ・サンプリング, 分析, 水道システムを含めた環境インフラ, 生活・生産システムへのリスクの波及シナリオを踏まえた, 事前・事中・事後における対応能力の向上の具体的なシナリオの設計, その社会実装にむけた机上演習の企画の重要性。 $\cdot$ 現実に即したシナリオ, 対策オプションを考案するために,実地調查および企業へのヒアリングを行いつつ,できるだけ事実デー夕に基づいた費用便益分析を行っていくこと。 以上の諸点をプロジェクト構成メンバー間でも共有かつ留意し, 今後の研究推進に生かしていく予定である。 ## 謝辞 本セッションにおける研究は, (独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費 (JPMEERF18S117021) により実施されました。 今年度の研究成果の集約を意識する時期 (11 月) に,日本リスク学会年次大会の企画セッションという形で研究報告の機会を持たせていたたいたことに感謝の意を示します。 環境研究総合推進費S17 は研究期間 5 年 (FY2018 FY2022)で展開しており,今年度は 3 年目を経過する時点です。 今後の研究の参考となる貴重なコメントを会場の参加者より頂けたことにつきまして, この場を借りて御礼申し上げます。 ## 参考文献 CAMEO-ALOHA (2020) ALOHA Software, https:// www.epa.gov/cameo/aloha-software (Access: 2020, Dec, 10) Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC) (2013) The Fifth Assessment Report (AR5). IPCC. iRIC (2020) iRIC Software Changing River Science, https://i-ric.org/ (Access: 2020, Dec, 9) National Institute for Environmental Studies (2020) S17 Kenkyu Purojekuto no Kousei, http://www. nies.go.jp/res_project/s17/overview.html (Access: 2020, Dec, 9) (in Japanese) 国立研究開発法人国立環境研究所 (2020) S17研究 プロジェクトの構成, http://www.nies.go.jp/res project/s17/overview.html (アクセス日:2020 年 12月9日) World Health Organization (WHO) (2018) Chemical releases caused by natural hazard events and disasters. Genève: WHO. Yang, Y., Chen, G., and Reniers, G. (2020) Vulnerability assessment of atmospheric storage tanks to floods based on logistic regression, Reliability Engineering \& System Safety, 196, 106721.
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# 【特集:日本リスク学会第33回年次大会 情報】 ## 原子力災害の防護方策の意思決定 ーリスクトレードオフとステークホルダー関与一* ## Decision Making in Protection against Radiation from Nuclear Disaster: Risk Trade-off and Stakeholder Involvement \author{ 神田玲子**,本間俊充***,高原省五****,坪倉正治*****, \\ 大迫政浩******, 川口勇生**, 加藤尊秋******* } ## Reiko KANDA, Toshimitsu HOMMA, Shogo TAKAHARA, Masaharu TSUBOKURA, Masahiro OSAKO, Isao KAWAGUCHI and Takaaki KATO \begin{abstract} Almost ten years have passed since Fukushima nuclear accident. Our experience should be used to improve current emergency protective measures and preparedness. A review of the protective measures implemented in the aftermath of Fukushima nuclear accident has revealed problems such as paternalistic intervention for inhabitants and increased health risks due to the evacuation of vulnerable groups. The risk tradeoffs in environmental recovery actions are more complex and ongoing; the stakeholders are the next generation and residents outside of the prefecture. Since one of the characteristics of nuclear disasters is the distance and time dependency of the risk, countless individual cases need to be addressed. While generalization of protective measures is essential, the appropriate deployment of personnel in a variety of roles may require to really address individual cases. For example, risk communicators may be needed to secure in local governments for formulating a consensus on risk trade-offs regarding the disposal of removed soil. \end{abstract} Key Words: Environmental Recovery, Evacuation, Nuclear Emergency, Radiation Protection, Risk Trade-off ## 1. 緒言 大規模な原子力災害が発生した場合,放射線被ばく状況が十分わからない状況下で,放射線防護方策に関する判断がなされる。そのため後にその正当性に疑義を唱えられることがある。ここでいう正当性とは,防護方策により潜在的に,個人,社会, 経済, 環境に重大な影響をもたらす可能性があるにしても,防護方策による被ばくの減少が,被災地の人々と環境にとって,害の総和よりも益の万が大きいという意味である。しかし原子力事故の影響は極めて複雑であり,防護方策による多方面への影響が長期に続くことを考えると,  防護方策の正当性を担保することは大変難しい。 2020 年 4 月に発足した日本リスク学会「原子力災害の防護方策の意思決定に関するタスクグルー プ」では,多方面への影響の予測結果を統合し,正当化を判断するプロセスを我が国において確立する一助になることを目標に活動を始めたところである。またキックオフの一環として, 本学会第 33 回年次大会において, 本稿のタイトルを冠としたセッションを企画した。セッションでは, 原子力防災の特徴, 防護方策の正当化を担保するための条件, 早期対応における健康リスク管理, 環境回復のリスクトレードオフについて, 講演や海外専門家へのインタビュー, 参加者との議論を行った。そこで本稿では, そうした情報を材料に,国や地方自治体の原子力防災の防護方策の正当性を担保するための論点を整理する。 ## 2. 原子力防災の防護方策の観点からの見解 2.1 災害の特徵と時間軸別の防護措置の考え方 原子力災害の特性としては,1)原子力施設のもつ大きな潜在的ハザード,2)複雑な事故進展に伴う大きな不確かさ,3)ハザード源である放射性物質・放射線特有のリスクの距離依存性及び時間依存性があげられる。国際原子力機関 (IAEA)では, こうした特性に配慮した効果的な備えを行うにあたり,9つの実質的な目標(図1 中の(1) (9))を定め,提示している(IAEA, 2015)。 これまでの技術的・分析的アプローチよりも,こうした目標を達成することを目的に,最も効率的かつ効果的な管理的アプローチが取れるように備えることが重要であるというIAEAの考え方は,我が国の原子力災害対策指針に採用されている (原子力規制員会, 2020)。 原子力災害の 3 つの特性に鑑み,緊急事態の進展に統一的に対応する意思決定戦略を作り上げるには,以下のような緊急事態管理の時間軸を共通に理解することが重要である。 1)早期の対応:原子力災害に特徴的な不確かさと切迫した状況での時間的制約のため,予め決められた手順と判断基準に従い防護措置を実施。ステークホルダは計画段階で参加。 2)中期・長期の対応:時間的制約が緩やかであるため, 段階的にその時の状況に応じて防護措置を実施。統一的な対応を調整するために, ステークホルダー間での合意が必要。 早期には, シビアアクシデント研究の成果と過 Figure 1 The administrative approach of IAEA to emergency preparedness and response (referred to Crick et al., 2004) 去の経験の分析に基づき, 確定的影響の発生防止ならびに確率的影響及び放射線以外の影響の低減のための基本戦略を設定し,防護措置を行う。 IAEAでは予防的措置(主要な放射性物質放出の前か直後の対応) と緊急防護措置(放出後, 迅速に行う対応)に分けて早期防護措置戦略を示している。我が国の基本戦略は以下に示す通り, IAEAの考え方に準じている: 1)放出前にプラントの状況に基づく判断を行い,避難や屋内退避,安定ヨウ素剤の予防服用などの予防的措置をとる。プラントの状況に基づく判断は, 予めトリガーとなる緊急時活動レベル (EAL)で定めておく。 2)放出に至った場合は, 環境モニタリングに基づく計測可能な量と, 予め定めた被ばく防護のレベルに基づく判断を行い,一時移転や飲食物の摂取制限等のさらなる防護措置をとる。放射線計測結果により発動する防護措置の基準値は, 予め運用上の介入レベル (OIL) で定めておく。 ## 2.2 住民への介入の正当化に関する考え方 原子力災害時に行われる防護措置は,放射線リスクを低減する一方で, 住民への行動制限や対抗的なリスクの増加(3.1で後述する)をもたらす可能性がある。そのため事前に原子力災害時の防災対策の正当化について検討しておく必要がある。 国際放射線防護委員会(ICRP)では, 放射線防護体系は, 科学的知見に加え, 倫理的価值及び経 リスク学研究 Japanese Journal of Risk Analysis Vol. 30, No. 3 Table 1 Case studies and ethical values after the Fukushima accident & & \\ ICRPでは,原子力災害時に行われる防護措置は原子力対抗リスクや費用とのバランスを保ち,選択の自律性を保ちつつ,不公平を減らすことができるように慎重なアプローチがとられるべきであると考えている。 験に基づき改善されるべきものと考えており。 2018年には,放射線防護体系が依って立つ倫理的価値を整理した報告書「放射線防護体系の倫理的基礎」を出版した(ICRP, 2018)。この中で,放射線防護体系の中心的な倫理的価値として「善行 (beneficence)/無危害(non-maleficence)」「慎重さ (prudence)」「公正(justice)」「尊厳(dignity)」が挙げられている。 東電福島第一原発事故(以下,福島事故)後に行われた避難や除染等の措置や個人被ばく状況について, 上記の倫理的価値について分析した結果,「善行/無危害」の観点からはリスクトレードオフ, 「尊厳」の観点からはパターナリズムや責任の個人化,「公正」の観点からリスクの不当な分配等といった課題が抽出された(表1)。このうちリスクトレードオフの解決に関しては 3.1 及び3.2で詳説する。 尊厳の観点において,個々の住民の自律的な行動を尊重し、パターナリスティックな介入が正当化されるためには十分な情報提供も不可欠な条件となる。 2.1 で記載した通り,早期段階では,事前に定めた対応がトップダウンで実施される。そのため,影響の性質と発生確率,介入の目的を事前に説明する必要がある(図2)。この事前説明で $100 \mathrm{TBq}$ を回るような放出量による影響やその際の対策の在り方を情報提供すべきである。一方,中期・長期段階では,ステークホルダーの参加によるボトムアップでのアプローチを実施できる。十分な情報提供と不当な強制を受けない環境での批判的検討が可能である。それには,防災対策の主体であり,情報の受け手となる住民が,対策を理解し,行動に移せることが必要条件となる。 Figure 2 Decision-making and stakeholder involvement in dose control during a nuclear disaster (referred to Takahara et al., 2016) ## 3. 福島事故での経験を踏まえた見解 ## 3.1 早期対応として行われる「避難」における健康リスク管理 早期に行われる様々な防護措置の中でも,「避難」は住民の被ばく量を軽減するために最も重要な対策の一つである。 東日本大震災後 5 年間の死亡リスクの変動や原因の解析から, 原発事故後に考慮すべき健康問題は多岐にわたり,避難をきっかけにして起こるものが多いことが指摘されている (Tsubokura, 2018)。震災前後における生存解析からは, 老人ホームなどの施設入所や入院患者の死亡率が上昇し (図3),この避難による死亡率の上昇は, 福島事故から数年間の中での様々な健康リスクの中で,最大のものであったことが示されている (Morita et al., 2017)。このように避難は, 住民の被ばく量を軽減するのと同時に, 住民に対し, 短期的から長期的に大きな精神的 - 心理的 - 身体的負担を与える。また社会的弱者をあぶり出し,社会・身体・経済的など様々な側面で弱者がより被害をうける事態を引き起こす原因となる。 医療機関での職員の減少は事故初期の3 ヶ月間で最も顕著だった(Ochi et al., 2016)が,これは,災害によるインフラの破壊ではなく,外部からの供給の途絶や,学校や会社の閉鎖などにより職員の生活が維持できなくなったことが主な原因であった(Abeysinghe et al., 2017; Hirohara et al., 2019)。このように, 特に社会的弱者の健康問題は,個人の意思や行動の帰結ではなく社会や周辺環境によって規定されていると考え,対策を講じることが重要である。 こうした社会的弱者の避難に伴うリスクを低減するために,福島事故の際に行われた避難時の決 Figure 3 Mortality risk amongst nursing home residents 断の実際の過程や医療スタッフの退避,物資供給の断絶への対応,入院患者の退院・転院調整などのノウハウは大変貴重な情報である。そこで福島県浜通り地域の医療・介護関係施設を対象に実施したインタビュー調查を行った結果,以下のような考慮点が明らかになってきた。 $\cdot$病院が担っているゴールが見えないと, 医療者の士気が維持しにくい。 $\cdot$ 初期の医療は, 対応すべき患者と医療者数の比率に依存。一方, 避難後, 連続的なケアの提供に関しては,今後検討の余地がある。 $\cdot$ 病院機能の維持に必要な医療者の確保に関しては,放射線の知識の有無のみならず,彼らの生活の維持がポイント。 $\cdot$ 予防措置的避難(PAZ内)と放射性物質放出後の避難(UPZ内)では医療者の意識が異なる。 $\cdot$医療関係者間のネットワークは属人的で, 行政のネットワークとは異なる。救援をボランティアとして行う場合の権利保障が必要。 ## 3.2 中期・長期対応としての「除染」とリスク トレードオフ 特別措置法に扔いて,原発政策を進めてきた国の責任に鑑み,国主導で環境回復措置を進め,污染問題の解決を図ったが, 放射性物質による污染が人口密集地域に及んだため, 国は除染等の環境回復措置と生活維持の方策を同時に進めた。その際, 原爆経験国として放射線に対するリスク認知に配慮し,「天地返し」はほとんど行われず,表 Figure 4 Risk trade-offs and stakeholders in site selection for future out-of-prefecture final disposal 土除去による除染が積極的に行われた結果,大量の除去土壌が発生した。この除去土壤等の仮置場設置や污染廃襄物等の新規処理施設立地, 既存施設での受け入れを巡っては,様々なステークホルダーの利害に関連し,地域社会の合意形成を調整する中で多くの軋䡚が生じた。特に,放射線リスク等を論点とする事業実施側と地域住民との間で多くのコンフリクトが生じた。それらを相互の真啈な対応により,比較的円滑に合意形成が図れたケースもあるが,いまだ暗礁に乗り上げたままになっているケースもある。 リスクトレードオフの観点から考察すると,除染は住民の放射線リスク低減につながるが,除去土壌等の仮置場設置近隣の地域住民に取っては,主観的な認知リスクや風評等に伴う社会的スティグマが生じる可能性がある。その意味で,異なるステークホルダーにリスクが移転される構造になっている。このような構造の下で, 結果的に合意形成が円滑に進んだ事例は,区会レベルの地域単位での仮置場が設置されたケースであり,この場合,同一のステークホルダー内でのリスクトレードオフ関係をつくり,リスク間の比較考量により自分事としての判断がなされたものといえる。 将来の県外最終処分の立地選定に関しては,より広域及び未来世代へのリスク移転関係にありコンフリクト解消は容易ではない (図4)。福島県外からも現状のリスクの偏在に対する理解を得て社会的スティグマを軽減する方策を行うなど,国民全体での共同体的な理解醸成やリスク便益のバランスで合意形成を図る取り組みが重要となる。現在,環境省の取り組みなどが行われている。 ## 4. 海外専門家からの見解 福島事故以降,事故の影響の管理から得られた フィードバック経験を分析している仏国・Nuclear Protection Evaluation Centerの Thierry Schneider博士に対し,仏国における避難に関する聞き取り調査を実施した; 仏国では,想定されている第一の選択肢が避難だが,議論の余地があるのは,病院や高齢者がいる特定の施設の場合である。避難は日本での県知事に相当する,地域の州の責任ある代表者が決定するが,被ばくのレベルや予測に応じて強制的に避難させられるわけではない。農場や化学工場などに関しては,人がとどまる必要があるかどうかも考慮される。また適切な避難を行えない場合 (避難をするのが遅すぎる,あるいは避難を実施するための手段が確保できない)も,避難しないということになる。 福島事故からの教訓として,避難指示の解除には, 当局の判断だけではなく, 対話の場や付随する措置を設けるなどのプロセスの設定が必要であることが明らかになった。また除染の合理性(除染をどこまでやるのか)を,地域の社会経済活動の将来,環境保護,廃棄物の管理など,より広い視野で除染の問題を統合して考える必要があることも明らかになった。加えて, 食料生産, 農業,海洋環境等, 事故直後の判断が長期にわたり重要な影響を持つ課題に対しては,しっかりとした準備が必要である。 ## 5. 早急に取り組むべき課題 原子力災害における防護方策の考え方や福島事故での経験(2.〜4.に記載)をベースに,総合討論を行った結果,福島県大熊町を支援している専門家や社会心理学の専門家から以下のような課題が提起された。 ・いまた 4 万人もの避難者がおり,数十年先まて帰還が制限される地域がある中,合意形成やリスクトレードオフは軽々しく扱える問題ではない。一方で専門家は, これまでの様々なケースを分析し,今後,合意形成やリスクトレードオフを進めるための一般原則を導き出すことが求められる。一般化することで,軽率に住民感情や地域の特殊性といった生々しさを消してしまうことがないようには気を付ける必要がある。 ・原子力災害時には,国が主導的に対応するため,国 $\Rightarrow$ 地方自治体 $\Rightarrow$ 住民という流れでの情報伝達が行われるが,必ずしも適切に機能していない。放射線特有のリスク認知や専門家による 「啓蒙」が情報伝達のハードルになっていることから,地方自治体がコミュニケーターを確保し,ステークホルダーとコミュニケーションできる仕組みを作る必要がある。 ## 6. 結論 福島事故から約 10 年が経過し, 福島事故での経験を原子力災害対策の改善のためにフィードバックする時期に来ている。福島事故における対応の振り返りからはパターナリスティックな介入や社会的弱者の避難による健康リスク増加などといった問題が明らかになった。こうした課題解決のため, 制度の見直しなど前向きの議論を進める一方で,オンゴーイングな問題を置き去りにすべきではない。特に除染により発生した土壌の処理など,福島県外の未来世代へのリスク移転関係にあり,ステークホルダー間のリスクトレードオフ・リスク便益構造を理解し,社会的公正を保つ社会合意形成の戦略的プロセス設計が必要である。 原子力災害の特殊性の一つとして,リスクの距離依存性及び時間依存性があげられる。つまりは,これは無数の個別のケースへの対応が必要であるということである。防護措置に関する一般化が不可欠であるが,一方で,この無数の個別のケースに対応するには, 様々な役割の人材の適切な配置が必要となる。 例えば,原子力災害発生後の医療に関しては,患者数と医療者数との比率や医療スタッフの生活環境などの情報等に基づき避難を判断する人的支援が必要である。また除去土壤の処理に関するリスクトレードオフに向けた合意形成には,地方自治体においてリスクコミュニケーターを確保する必要があると思われる。 ## 謝辞 セッションの企画並びに海外専門家へのインタビュー内容を検討いただいた日本リスク学会「原子力災害の防護方策の意思決定に関するタスクグループメンバーとインタビューを快諾してくれた Thierry Schneider氏に深く感謝する。なおこのインタビューは, 原子力規制委員会令和 2 年度放射線安全規制研究戦略的推進事業費 (放射線防護研究分野における課題解決型ネットワークとアンブレラ型統合プラットフォームの形成)事業の一部として実施した。 ## 参考文献 Abeysinghe, S., Leppold, C., Ozaki, A., Morita, M., and Tsubokura, M. 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