chats
sequence | footnote
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3.16k
| meta
dict |
---|---|---|
[
[
"それでは、あの人との縁談がお嫌なんですね。",
"あの人と限ったことではありませんのよ。結婚なんて、まだ早すぎるんですもの。",
"そんなことを言って、あなたはもう二十四ですよ。結婚は早すぎますからなどと、副島さんに御返事が出来ますか。それは、誰にしたって、まだ結婚するのは早いという気がするものです。わたしもね、お父さまに初めてお目にかかる時、逃げだしてしまって、あとでさんざん叱られたことがありました。けれど、あなたはもう二十四歳になりますよ。",
"あら、お母さまはいつも年のことを仰言るけど、そうじゃないんですの。戦争がすんだばかりで……だから、結婚には早いと思いますの。"
],
[
"濁ってる……。",
"あら、もう忘れちゃったの。雪解けの水よ。河の水かさが増して濁ってくるのが。嬉しかったじゃないの。"
],
[
"ええ、とても忙しいのよ。",
"そんなら、ただお寄りしただけですから、また……。",
"いいのよ。お茶でも飲みましょうよ。とても忙しいんだから、少しはゆっくり遊んだって、構わないわ。"
],
[
"では、進行してるの。",
"いいえ、打っちゃってるだけ……。それよりか、あたし、昔のいろんなことが思いだされて、子供の頃に戻ったような気がして、どうしたのかしら……。",
"センチメンタリズム……。"
],
[
"そして、どんなことをするの。",
"エロイカの第二楽章、あの葬送行進曲を演奏して、蝋燭をつけて行列するんですって。",
"それから……。",
"真暗ななかで、深夜の説教とかがあるんですって。",
"そして……。",
"お酒がたくさんあって、みんな酔っ払うんですって。",
"それから……。",
"先のことだけれど、雑誌を出したり、バレーをやったり、絵の展覧会だの、芝居だの……何でもやるんですって。",
"一体どんな人が集るの。"
],
[
"田舎にいる時、温泉に来ていた学生さんよ。ソリに乗って遊んだじゃないの。",
"覚えてるわ。"
],
[
"あたしも、その会合を見に来ていいかしら。",
"ええ、いらっしゃいよ。うちのビルが会場で、あたしはそのお手伝いをしているんだから、大丈夫よ。ただ、会員にはなれないわよ。聞いていたら、あれもいけない、これもいけないって、大変な厳選らしいの。それでも、百人近くの会員ですって。何から何まで変梃なのよ。でもきっと面白いわ。",
"ではお頼みするわ。",
"ええ、きっと来てね。"
],
[
"五月五日から先は、旅行に出かけるかも知れませんの。",
"え、どこへ行くんです。",
"まだはっきりしませんけれど、五月五日ときめていますの。"
],
[
"だって、まだ五月五日になりませんもの。",
"どうして五月五日なんですか。",
"そうきめたこと、お母さまに言いましたでしょう。",
"いいえ、そんなこと聞きませんよ。"
],
[
"ちょっと考えてみただけでしたの。けれど、だんだん本当の気持ちになってきました。ねえ、お母さま、いいでしょう、ほんの、一週間ばかりでいいんですから、行かして下さらない。",
"いったい、どこへ行くのですか。",
"田舎の町に行ってみたいんですの。市郎伯父さまのところへ泊って、山を眺めたり、雪解けの水が流れてる河を眺めたり、おとなしくしていますから、ねえ、よろしいでしょう。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「人間」
1946(昭和21)年6月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042725",
"作品名": "旅だち",
"作品名読み": "たびだち",
"ソート用読み": "たひたち",
"副題": "――近代説話――",
"副題読み": "――きんだいせつわ――",
"原題": "",
"初出": "「人間」1946(昭和21)年6月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-02-09T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"底本の親本名1": "",
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"テキストファイル最終更新日": "2008-01-16T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"おたかさん一つやろうか。",
"ええお願いしましょう。先刻の仇討ちですよ。",
"なにいつも返り討ちにきまっているじゃないか。",
"へえ、今のうちにたんと大きい口をきいていらっしゃいよ。"
],
[
"大層沈んでいらっしゃるじゃありませんか。",
"そうですかね。",
"おやおや。まあお熱いところでも召上れ。"
],
[
"どうしたい。",
"散々まかされちゃった。"
],
[
"さあも一度いらっしゃいよ。",
"もう止しだ。"
],
[
"その代りに何か奢りなさいよ。",
"そうだねえ……何でも御望み次第。"
],
[
"おそば……はどうだ。",
"それから?",
"何がさ?",
"それから麦酒というんでしょう。",
"いや今日は飲まない。それともおたかさんが半分助けてくれるというんなら、そしてついでにお金の方もね。",
"それこそ占いだわ。"
],
[
"あれで中々面白いものでしょうね。",
"さあどうですか。案外つまらないものかも知れませんよ。",
"そうですかねえ。"
],
[
"もう今日は黙目だよ。",
"意気地なしだわねえ。林さん一つお願いしましょうか。"
],
[
"いい晩だねえ。",
"ああ。"
],
[
"一体今日はどうしたんだい。",
"何が?",
"何だかいつもと調子が違うぜ。"
],
[
"それは君の所謂神の域に達したものなんだろう。けれど君そうやたらに神様になれるもんかね。そう理想と現実とをごちゃごちゃにしちゃあ苦しくってやりきれない。そりゃあ僕だって神にはなりたいやね。",
"とんだ神だね。",
"なにこれで案外君より上等の神になれるかも知れないよ。"
],
[
"僕はあの林が大嫌いだ。いやな奴だ。",
"あれで中々うまいことをやってるんだね。",
"どうして?"
],
[
"酔って球を突いたら面白いだろうね。",
"そう今晩また出かけようかね。",
"ああいってみようよ。"
],
[
"どうしたんだ。",
"なに昨夜ね、一人で出かけちゃったんだ。十一時頃までついたがね。おしまいには僕一人になってしまったんだ。林もやって来ないしね。するとおたかがね、お対手がなくて淋しいでしょうと云って、変に皮肉な笑い方をしたんだ。……一体君はおたかと林とをどう思ってる?"
],
[
"先からあやしいんだ。君だってそれ位のことは分ってるだろう。あのお上がいいようにしたんだね。……そこで、あそうそう、おたかが僕にお淋しいでしょうと云ったから、僕も少しふざけて林のことでおたかを散々ひやかしてやったのさ。",
"へえ!",
"なに奴さん洒々たるもんだ。所がね、側に居たお上が少し意地悪く出て来たんだ。村上さんも嫉妬やくほど御不自由でもないでしょうへへへと笑いやがるんだ。そしておたかと見合っては皮肉な笑を洩らすんだ。随分癪に障っちゃったよ。",
"それでやり込められたわけだね。",
"なにあべこべにやり込めてはやったんだがね。君がいう通り随分いやな婆だよ。"
],
[
"馬鹿な話だ。",
"馬鹿な話だ。"
],
[
"なに事実はそうじゃないだろう。只そう思った方が面白いやね。",
"だんだん複雑してくるね。",
"何が?",
"何がって……おたかの周囲がさ。"
],
[
"どうだか。",
"だって君はおたかが好きだろう。好きだと云い給えな。",
"嫌いじゃないよ。……君はどうだ。",
"僕だって嫌いじゃないさ。が好きでもないね。"
],
[
"球を突いてゆくのか。",
"突いてゆくさ。"
],
[
"まあどうなすったんですか。",
"球突きに来たんだよ。"
],
[
"さすがに今日は誰も来ないんだね。",
"ええ、わざわざ濡れてまでいらっしゃる方はあなた一人ね。",
"これは驚いた。",
"いえ、だからあなたが一番御親切だと云うんですよ。",
"一番親切で一番厄介だというんだね。……だが一体こんな時には君はなにをするんだい。",
"え?",
"一人で隙な時にさ。"
],
[
"へえ。余りよくない用事ばかりでね。",
"馬鹿なことを仰言いよ。"
],
[
"火というものはいいもんだね。",
"ええ。でも私は煖炉より炬燵の方が好きですわ。よく暖まってね。",
"炬燵でちびりちびり酒でもやるなあ悪くはないね。",
"私だめ。ちっとも飲めないんですよ。",
"特別の場合を除いてはね。……だが今日のような暴風雨の日には煖炉もいいね。雨音をききながら火を見てるなあいいものだよ。",
"私は頭がくしゃくしゃしてこんな日はいやですわ。どうしていいんでしょうね。それじゃ燈台守にでもおなりなさるといいわ。",
"燈台守たあ変なことを考えたもんだね。",
"私の叔父さんに燈台守をやってた人があったんですよ。何でも富山の方ですって。随分珍らしいことがあるそうですわね。",
"そりゃあそうだろうね……。君は一体国は何処なんだい。",
"伊豆ですよ。",
"へえ近いんだね。……流れ流れて東京に着いたというんだね。",
"ひどいことを仰言るわね。そりゃ種々な事情があったものですから。"
],
[
"何が駄目だい。",
"私ね近いうちに此処を出ようかと思ってるの。",
"そしてどうするというんだい。",
"どうするって、そりゃあね……どうでもいいんですわ。そうしたらあなたの処へも一度お伺いしたいわね。",
"ああ遊びにおいでよ。御馳走は出来ないがね。",
"ほんとにいいんですか。お邪魔ではなくって?……でも村上さんやなんかお友達が始終いらっしゃるんでしょう。お目にかかるといやね。",
"そんなにいつも来やしないよ。",
"そう。では屹度お伺いするわ。私あなたの下宿はよく知ってるから。"
],
[
"もうそろそろ本当に焚きはじめてもいい時ですね。僕は火を見るのが大好きです。",
"ほんとにいいものですわね。"
],
[
"まだお宜しいじゃありませんか。",
"いや少し急ぐから。"
],
[
"もう余りあの家に行くのは止そうよ。",
"ああ少しひかえようね。"
],
[
"ええ。丁度暫く病気をやったものですから。まだ薬を飲んでいますけれど、もう殆んど宜しいんです。",
"それはいけませんでしたね。"
],
[
"そうだ。然し君、林は僕達よりずっと豪い人間のような気がするね。",
"いやにまた林が好きになったもんだね。",
"そうでもないがね。……然し君は一体ひどくなげやりな空想家だね。",
"そりゃあ君ほどの理想家じゃないよ。"
],
[
"女が豪いからさ。",
"君は一体おたかをどう思ってたんだい。",
"どうってそうきまった感情なんかあるものかね。ただおたかが居たんでより面白く球が突けたまでさ。",
"然しまだ妙な感情がずっと続くような気がするよ。僕は今は林が好きだ。",
"僕は一層嫌いだ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「新小説」
1916(大正5)年2月
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2008年10月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042392",
"作品名": "球突場の一隅",
"作品名読み": "たまつきばのいちぐう",
"ソート用読み": "たまつきはのいちくう",
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"原題": "",
"初出": "「新小説」1916(大正5)年2月",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-10-26T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)",
"底本出版社名1": "未来社",
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} |
[
[
"誰にだい。",
"さあ、名前は忘れたが、やはり雑誌社のひとだ。なんといったかな……。"
],
[
"君は似てるね。",
"誰にだい。",
"山田にさ。",
"俺が山田だ。",
"それは奇遇だ。"
],
[
"君は似てるね。",
"誰にだい。",
"野島にさ。",
"俺が野島だ。",
"それは奇遇だ。"
],
[
"あなた似てるわ。",
"あら、誰に。",
"啓子さんによ。",
"あたし啓子よ。",
"まあ、奇遇ね。"
],
[
"お父さん、あの銀杏樹の雀ね、うるさいの、それとも楽しいの、どちらなの。雀がすっかりいなくなった方が、およろしいの、それとも、たくさんいた方が、およろしいの。",
"ほう、雀ね。好きかい。",
"好きよ。うるさい時もあるけれど。",
"そうだ、そうだ。"
],
[
"秋になって、銀杏の葉が散ってしまったら、雀はどうするんでしょうね。",
"同じだよ。",
"やはりあすこに住むのかしら。",
"住むね。",
"そんなら、わたしたち人間も、雀みたいだといいわね。空襲で家が焼けたって、焼け跡に住めばいいし、毎日あくせく働かなくてもいいし、一日中、ピイチクピイチク、鳴いておればいいし、わたし胸が張り裂けるほど鳴いてやるわ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「光」
1948(昭和23)年12月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042746",
"作品名": "小さき花にも",
"作品名読み": "ちいさきなにも",
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"初出": "「光」1948(昭和23)年12月",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-03-04T00:00:00",
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"名読み": "よしお",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
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[
[
"何をって……。",
"いや、大学に幾日通った。"
],
[
"はははは、変な顔をしているね。間抜けじゃないか。俗悪な銅像や石像が並んでる中に、万緑叢中紅一点という碑があるのを知らないのか。",
"へえー、紅一点……。",
"あれさ、よく見てごらん。"
],
[
"あの碑ですか。",
"そうさ。大学中で一番面白い風流なものだ。知らなかったのか。迂濶だね。……碑の表と裏とがまた素敵だ。"
],
[
"この碑の由来を知っているか。",
"知りません。",
"なに知らない。君は大学に三年も通って、何を学んだ。"
],
[
"じゃあ、この碑の由来を、あなたは御存じなんですか。",
"はははは、わしも知らない。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年5月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042523",
"作品名": "地水火風空",
"作品名読み": "ちすいかふうくう",
"ソート用読み": "ちすいかふうくう",
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"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-06-03T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年11月10日",
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[
[
"お父さま、あたくしたち、今晩徹夜するのよ。",
"え、徹夜……?",
"みんなで、一晩徹夜してみることにきめたの。お父さまは?",
"お父さまは……さあ……。"
],
[
"お父さま、今晩、お仕事がおありですか。",
"なぜ?",
"今ね、きくやが、アイスクリームをそう云いに行ったの。お父さまの分も一つありますよ。だから、それがくるまで、トランプをするの。"
],
[
"なあに?",
"…………"
],
[
"大丈夫よ。",
"…………",
"じきになおりますよ。",
"なおりますよ。",
"あしたから、熱がさがるの。",
"熱がさがるの。",
"今日は、いい気持だ。",
"いい気持だ。"
],
[
"だから、もう、ねんねしましょう。",
"ねんねしましょう。",
"おめめつぶりましょう。",
"おめめつぶりましょう。"
],
[
"ねんねしましょう。",
"ねんねしましょう。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042529",
"作品名": "父と子供たち",
"作品名読み": "ちちとこどもたち",
"ソート用読み": "ちちとこともたち",
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"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-06-03T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
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"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年11月10日",
"入力に使用した版1": "1967(昭和42)年11月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "1967(昭和42)年11月10日第1刷",
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} |
[
[
"どうかしたのかい。",
"ええ。……そして、あんなに一人でにやにやしてて、どうも可笑しいのよ。",
"なあんだ、そんなことか。それじゃ僕も今にこにこしてたから、変なののお仲間だね。君だってよくにこにこしてるじゃないか。"
],
[
"いいえ、ほんとに変なんですよ。先刻ね、一人で酒を飲んでるうちに、ふいに大きい声で泣き出してしまったのよ。他にも七八人お客さんがいたのに、その人前も構わずに、随分長い間泣いてたのよ。はたから何と云っても、まるで聾のように返辞一つしないで、ただしくしく泣いてるんでしょう。弱っちゃったわ。それから、こんどはあんなに、にやにや独り笑いをしだして、その笑い方がまた変なんでしょう。気がどうかしたんじゃないでしょうか。",
"だって、ここへ時々来る人だろう。",
"ええ、何度かいらしたわ。それに今から考えると、いつもにやにやしてて、何だか普通と違ってたようなんですよ。",
"じゃあ狂人かね。",
"だと困るわ、気味が悪くて……。",
"なに大丈夫だ、狂人だったら僕が引受けてやる。笑い上戸の狂人なんか僕は大好きだよ。その代り熱いのをも一本頼むよ。……あ、もう一時だね。じきにおしまいにするよ。",
"いえ、まだいいのよ。"
],
[
"え。",
"球は……。"
],
[
"これから二三ゲームやりに行きましょうか。",
"でも、もう一時だから。",
"そうですね。"
],
[
"おい杯をも一つくれよ。この人は僕の旧友だったんだ。それを今思い出したってわけなんだ。",
"杯ならありますよ。"
],
[
"君達四人でジャンケンをしてごらん。",
"そしてどうするの。",
"勝った者に歌をうたわせようと云うのよ、屹度。",
"いやなことだわ。"
],
[
"何でもないんなら、したってしなくったって同じじゃありませんか。",
"だからしてごらんよ。頼むから……一度だけでいい。"
],
[
"こんどは私とあなたとしましょう。",
"そうですか。"
],
[
"じゃあも一度やり直して見よう。君、も一度やって、八百長でないところを見せてやろうじゃありませんか。",
"やりましょう。"
],
[
"世の中には、運命とか天の配剤とか、そういったものが確かにありますよ。私はそれが始終気にかかって、何かで占ってみなければいられないんです。例えば、友人を訪問する時なんか、向うから来る電車の番号をみて、奇数だったら家にいるとか、偶数だったらいないとか、そういう占いをしてみますが、それが不思議によくあたるんです。球を撞いてる時だってそうです。初棒に取る数が偶数か奇数かで、そのゲームの勝負が分るんです。朝起きて時計の針を見ると、その針のある場所で、一日の運勢が分るんです。そんな風にいつでも、何をするにも、前以て何かで占わずにはいられないんです。電車の番号、電信柱の数、どこそこまでの足数、時計の針、出っくわす男女の別、何でだって占えるんです。",
"そして本当にあたるんですか。",
"奇体にあたりますよ。"
],
[
"おい光ちゃん、大変だよ。占いは最初の一番だけだから、この人が僕とのジャンケンに勝ったし、君は皆とのジャンケンに勝ったんだから、君達二人は結婚することになりそうだね。",
"あら嫌だ、そんなこと。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「婦人公論」
1924(大正13)年7月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
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"作品ID": "042429",
"作品名": "月かげ",
"作品名読み": "つきかげ",
"ソート用読み": "つきかけ",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「婦人公論」1924(大正13)年7月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-11-14T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年12月15日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
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"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
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"テキストファイル最終更新日": "2007-08-22T00:00:00",
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} |
[
[
"真面目な話だ。夫婦の仲にも別居ということがある。僕と酒と杉幸、こりゃあ夫婦の間よりもっと仲がよかった。然し僕は決心をしたんだ。明日から別居だ。",
"いっそ、離縁をなさらないの。",
"離縁はしない。禁酒は男の恥だ。恥をかくこたあない。ただ別居、別居、別居……。"
],
[
"霊の世界には、やはり、狐や狸みたいなものの霊も、あるのでございましょうか。",
"あります。いろいろなものの霊がありますよ。天狗の霊などは、霊能者にしばしば通信してくれます。"
],
[
"そうだ、僕だったら本気で憑かれてみせるね。君はどうだい。",
"あたしも憑かれてみせますわ。",
"じゃあ、僕が憑いてやろうか。",
"ええ、どうぞ。その代り、あたしもあなたに憑きますよ。"
],
[
"店の方はいいのかい。",
"お友だちのところへ行くことにして、出て来ました。",
"そんな物を持って来ると、ほんとにとり憑くよ。"
],
[
"立ってる時と、どっちが長い?",
"やっぱり、寝ていらっしゃる方が、お長いわ。"
],
[
"登ろうよ。",
"大丈夫でしょうか。",
"なにが?",
"あなた、お登りなすったことがありますの。",
"あるよ。",
"ほんとですか。",
"ほんとだとも。噴火口がどうなってるか、はっきり説明出来るよ。",
"そんなら、登りましょう。"
],
[
"さっき、なにをお怒りなすったの。",
"怒りやしないよ。",
"そう。",
"怒りやしない。"
],
[
"ずいぶんたくさんあるね。",
"またあとで食べましょうか。",
"いや、すっかり平らげてしまおう。"
],
[
"道がありますの。",
"ある筈だ。無くたって構やしない。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「改造文芸」
1949(昭和24)年5月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年9月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "042649",
"作品名": "憑きもの",
"作品名読み": "つきもの",
"ソート用読み": "つきもの",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「改造文芸」1949(昭和24)年5月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-11-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42649.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年11月15日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
"底本の親本名1": "",
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"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
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"テキストファイル最終更新日": "2006-09-20T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"現代の社会では、個人的感情の強い時ほど私の立場に立つものであり、その感情がだんだん薄くなって、機械的機能に近づくほど公の立場に立つことになり、機械に至り初めて完全に公の立場になります。別所君は全く機械になり得ない性格です。だから、先生も御存じでしょう、三年前、浅間山の噴火口に飛びこみに出かけたようなことが起るんです。",
"あれはちがうよ、君の方が私の感情で動いたじゃないか。"
],
[
"先生のとこに行こうかと思ってたところですが、ここにひっかかっちゃって……。",
"これから来いよ。",
"ええ。"
],
[
"君が酔ってるのは珍らしいね。李永泰にでもかぶれたのかい。",
"李が何か……先生に頼むとか云ってましたが、あれはやめて下さい。",
"やめるって……何をだい。",
"先生を媒妁人にするんだと云ってました。",
"ははは、それはよかろう。大いにやるよ。"
],
[
"それはおかしいじゃないか。恋愛から結婚に行くのは、当然のコースだろう。",
"私は彼女がきらいです。なにも、処女でなければならないということはありません。然し、一度妊娠して流産したような女はいやです。また、やたらに妊娠するような女はいやです。"
],
[
"互に逢っても、愛情のことだとか、心の持ちようとか、そんな方面の話は少しもしないで、支那問題だの、非常時の女の生活だの、世界の情勢だの、戦争論だの、そんなことばかり話す女を、先生はどう思われますか。",
"そりゃあ君、いくら恋愛の仲だって、始終愛情のことばかり話すわけにもゆくまいじゃないか。",
"そんなら、愛情のことは一言も云わないで、やたらに妊娠ばかりする女をどう思われますか。",
"また妊娠問題か。おかしいね。もうおなかに子供でも出来たのかい。",
"そんなことはありません。絶対にありません。けれど、もしそうなった場合は、困ります。",
"なあに、結婚しさえすれば、大いに国策に沿うわけじゃないか。",
"それは別箇の問題です。"
],
[
"そんなら、杞憂と事実とを何が区別してくれるんでしょう。",
"初めから区別は出来なくても、それは、現実そのものが処理してくれるよ。その現実の処理を先見することだね。",
"先見がそのまま杞憂になることだってありましょう。現実は気まぐれで、ちょっとした機縁でどっちへ進むか分りません。だから、現実を指導することが必要で、現実の処理に任せておけないんです。",
"それは循環論だよ。",
"そうです。すべてが循環論法で進んでゆきますから、そのどこかに終止符を、基点を据えなければなりません。私は指導のところに基点を置きます。それだけの誇りを持ちたいんです。だから、李の所謂公の立場というもの、公の立場の最も完全なものは機械だという説を、一応認めながら、賛成しかねるんです。あんな説を押しつめれば、人間から精神力を奪うことになります。",
"いや、それは誤解だろう。李はあの機械説というか公の立場説というか、あれに高い精神力を認めて、そこから物を言ってるんじゃないかね。",
"精神力じゃありません。単なる力です。そういう力は、人の熱情を窒息させます。いつかこんなことを云いました。火の如き熱情という言葉があるが、あれは嘘っぱちで、火は精神力ではあっても、熱情ではなく、熱情というのはくすぶってる薪にすぎないと云いました。然し、単にくすぶってる薪でもなんでもいい、熱情によってこそ人は救われると私は思います。ところが、熱情は次第に世の中から衰えて、所謂精神力だけが横行してきてるんじゃありませんでしょうか。この頃では更にその精神力まで衰えて、ただ体力ということが表面にのさばりだしてきました。",
"だが、その体力ということは綜合的なもので、君の云う熱情や精神力や、身体の力や、其他のものをも含めて云われるんじゃないかね。",
"本来はそうなんでしょう。けれど、身体の力だけがのさばって、熱情なんか消えかかっています。私は人中でふと、俺は違うんだぞと叫びたくなることがあります。今晩もあるおでん屋で酒を飲んでるうちに、そんな気持になって、俺は違うんだと心の中で叫んでいました。周囲の者がみな木偶坊に見えてきました。木偶坊といっても、鉄か石かコンクリーで出来てるやつです。頑丈だが、あらゆる意味で不感性のやつです。それらの中で、私一人酔っ払って、そこを飛び出して、ぼんやり歩いていますと、急に悲しくなりました。私には、世の中に、真の職場というものがないんです。精神を打ち込める職場というものがないんです。文学といったような空漠たるものでなく、もっと直接当面の職場です。それがどこにも発見出来ない悲しさです。この悲しさはなんだか、普通のものと質のちがったもので、ともすると、深い憂鬱か烈しい強暴かに変りそうな危険があります。そのことを、この鉄の鎖のぶらんこの上で考えていましたが、なんだかいい気持になってきました。"
],
[
"まあゆっくり話そうよ。僕の家に来るんだろう。",
"もういいんです。ここでお逢いしましたから、また伺います。もう何時でしょう。"
],
[
"あなたを疑ぐりはしませんよ。",
"本当に信じて下さい。疑われるほどなら、僕は死んでしまいます。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字4、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「公論」
1940(昭和15)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年5月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042711",
"作品名": "椿の花の赤",
"作品名読み": "つばきのはなのあか",
"ソート用読み": "つはきのはなのあか",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「公論」1940(昭和15)年5月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-07-12T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42711.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説4)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42711_txt_26860.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-05-06T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42711_26868.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-05-06T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"誰でもいい。お前をためしにきた者だ。……わしがお前を高いところへつれて行ってやろう。わしと一緒にくるがいい",
"本当に高い所へつれていってくれるのか、僕が望むだけ高いところへ?",
"うむ、どんな高いところへでも連れていってやる。そのかわり、また下へおりようといっても、それはわしは知らない。それでよかったらわしと一緒にくるがいい",
"行こう"
]
] | 底本:「天狗笑い」晶文社
1978(昭和53)年4月15日発行
入力:田中敬三
校正:川山隆
2006年12月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045700",
"作品名": "強い賢い王様の話",
"作品名読み": "つよいかしこいおうさまのはなし",
"ソート用読み": "つよいかしこいおうさまのはなし",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-02-03T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card45700.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "天狗笑い",
"底本出版社名1": "晶文社",
"底本初版発行年1": "1978(昭和53)年4月15日",
"入力に使用した版1": "1978(昭和53)年4月15日",
"校正に使用した版1": "1978(昭和53)年4月15日",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "田中敬三",
"校正者": "川山隆",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/45700_ruby_24955.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-12-31T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/45700_25545.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-12-31T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"ああマージ様、どんな物をも煙にしてしまうというマージ様は、あなたでございましょう。どうか私にその術をお授け下さいませ",
"授けてもよいが、それには七年間苦しい修行をしなければならないぞ",
"はい、七年でも十年でも一生の間でも、どんな苦しい修行もいたします"
]
] | 底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042636",
"作品名": "手品師",
"作品名読み": "てじなし",
"ソート用読み": "てしなし",
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"副題読み": "",
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} |
[
[
"だって、君んとこに、砂糖黍作ってないじゃないか。",
"うん、貰って来るよ。今日はお祭りだから、誰も叱りゃしない。"
],
[
"また御厄介になりに来ますよ。",
"そいつが、当にならん。兄さんもそう言ったが、あれっきりだ。然し、田舎はつまらんでしょう。",
"東京もつまりませんよ。時々出ていらっしゃるから、お分りでしょうが、何もかも薄っぺらになっちゃいましてね……。",
"はは、そりゃあそうだ。"
],
[
"あすこって、あの杉の沼ですか。",
"まああの辺だろう。"
],
[
"然し、夜光虫は今でもいるし、その作用を狐火だとすれば、狐火が無いとも言えないでしょう。",
"そんな風に言えば、狐火もあるわけだが……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「世界評論」
1950(昭和25)年2月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年12月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "042660",
"作品名": "田園の幻",
"作品名読み": "でんえんのまぼろし",
"ソート用読み": "てんえんのまほろし",
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"副題読み": "",
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"初出": "「世界評論」1950(昭和25)年2月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
"底本出版社名1": "未来社",
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} |
[
[
"山の小僧ですよ",
"山の小僧だって?"
]
] | 底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "042637",
"作品名": "天下一の馬",
"作品名読み": "てんかいちのうま",
"ソート用読み": "てんかいちのうま",
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"初出": "「赤い鳥」1924(大正13)年3月",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄童話集",
"底本出版社名1": "海鳥社",
"底本初版発行年1": "1990(平成2)年11月27日",
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} |
[
[
"にらめっこしようか",
"しよう"
],
[
"今日はきっとあの顔が出て来るよ",
"出て来るかしら",
"出て来るとも。出て来るまでやろうや"
],
[
"君は誰だい",
"どこから来たんだい",
"何しに来たんだい",
"一人で来たのかい"
],
[
"僕もにらめっこにいれてくれないか",
"ああいいとも"
],
[
"鬼瓦しっかりやれよ",
"初めて来たものに負けるな"
],
[
"おや、あの子供はどこへいったろう",
"いない。消えちゃった"
],
[
"それは悪い鬼にちがいない。悪い鬼がやって来て、子供をさらってゆくつもりで、初めはまずそんなふうに、子供をだまかしてるんだ",
"そんなことはないよ。もし鬼だったら、おもしろい鬼だよ"
]
] | 底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042640",
"作品名": "天狗笑",
"作品名読み": "てんぐわらい",
"ソート用読み": "てんくわらい",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「赤い鳥」1926(大正15)年7月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-07-30T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42640.html",
"人物ID": "000906",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄童話集",
"底本出版社名1": "海鳥社",
"底本初版発行年1": "1990(平成2)年11月27日",
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"テキストファイル最終更新日": "2006-04-29T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"不服なら降りて貰いましょう。",
"何だと、もう一度云ってみろ! 何処まで乗ろうと俺の勝手だ。不当に乗車を拒むなら、俺にも考えがある。肩を小突いた上に、降りろとは何だ。少しは人間らしい口を利け。"
],
[
"煙草が何でいけないんだ?",
"車内では禁じてあります。"
],
[
"暴行を働いた上に暴言を吐くのか。よし、本署まで同行するから、一緒に来い。",
"なに、俺を警察へ……行ってやるとも。後で後悔するな。さあ来い。"
],
[
"兎も角も、本署へ同行して貰いましょう。",
"馬鹿なことを云うな。俺一人行って何にするのか。あの男を探し出して来給え。あの男と一緒ならいつでも行ってやる。取逃がしたのは君の責任ではないか。さあ捕えて来給え。俺は此処にこうして、逃げも隠れもしないで待っていてやる。俺一人を引張っていって、俺に責任を塗りつけようとしても、そうはいかないぞ。",
"然し君は兎に角、暴行を働いた本人だから、本署まで同行するのが当然だ。本署へ行った上で、云いたいことがあったら云うがいい。"
],
[
"心配することはないよ、君。云いたくなければ、僕も寧ろ聞かない方が望みなんだ。では、これで引取ってくれるね。",
"はい。あなたがそう仰言るならば引取ります。"
],
[
"怒ってるの。",
"何を!"
],
[
"僕があんなことをしたからさ。",
"どんなこと?"
],
[
"白ばっくれるのもいい加減にしろよ。",
"あら、どちらが白ばっくれてるかしら?",
"君の方さ。",
"御自分じゃあないの。人の手を握ったりなんかして……。",
"だからそのことを云ってるんだよ。",
"私大嫌い、あんなでれでれした真似は!",
"おい三千ちゃん、本気で云ってるのかい。それじゃあ君は、僕が嫌なんだね。",
"嫌じゃあないわ。",
"じゃあどうしたんだい。僕は真面目なんだよ。ねえ、僕のスイートになってくれない。仲よしでもいいや。本当に僕は一生懸命に想ってるんだよ。君のためなら何でもするよ。監獄にはいったって構やしない。しろと云えばすぐにするよ。ねえ、いいだろう。"
],
[
"怒らなくってもいいわよ。……だから二人で歩いてるじゃないの。",
"歩いてたって何になるもんか。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「女性」
1923(大正12)年10月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042421",
"作品名": "電車停留場",
"作品名読み": "でんしゃていりゅうじょう",
"ソート用読み": "てんしやていりゆうしよう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「女性」1923(大正12)年10月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-11-02T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42421.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年12月15日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42421_ruby_27975.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-08-22T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42421_28068.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-08-22T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"まるで分らなかった。浜田さんなんていうもんだから……。",
"お訪ねして、いけなかったかしら。",
"いいえ、ちっとも……。"
],
[
"この向うの仲町だったね、名古屋から来た女と持ち合せたとかいう、君の旧跡は。",
"旧跡とはよかったですね。だけど、実際僕は市内の方々に旧跡を持ってるんですが、それが、今では、自分の旧跡ではなく、誰か他人の旧跡のような気がするんです。生活の変化というものは、何もかも遠くへ押し流してしまうんですね。あの当時、僕は心残りのことが二つありました。一つは、信子に、決して愛してるんじゃないと知らしてやらなかったことで、も一つは、会社を罷めたまま退職手当を貰いに行かなかったことです。退職手当を貰うということは、単に金銭の問題じゃなくて、長年の勤労生活の清算をすることになるんです。然し今ではもう、その二つとも、どうでもよくなりました。結局つまらないことです。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」未来社
1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「中央公論」
1934(昭和9)年7月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年5月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042460",
"作品名": "道化役",
"作品名読み": "どうけやく",
"ソート用読み": "とうけやく",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1934(昭和9)年7月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-06-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42460.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年8月10日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年8月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年8月10日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42460_ruby_29804.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2008-05-09T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42460_31406.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2008-05-09T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"まあー、朝から出たっきり、どこへ行っていました。",
"井上君のところで遅くなって……。",
"そう、御飯は。",
"済みました。",
"やはり井上さんのお宅で……。それならいいけれど、こんどからは、御飯はどうするかちゃんと云っておかなければ困りますよ。あなたのために随分待ちましたよ。"
],
[
"お母さん、",
"え。"
],
[
"僕は今日、素敵なものを見たんです。自動車と荷車と衝突して……。",
"そして。",
"正面からぶつかったんです。すると……荷車を引いた男の眼玉が、ぽんぽんと二つ共とび出しちゃって……。",
"え、何ですって。",
"夕刊に出てませんか。",
"夕刊にですか。"
],
[
"少し酒を飲ませられちゃって……。",
"お酒を。",
"そして急いで帰ってきたもんだから、汗をかいちゃって……。"
],
[
"それでは……あの、お湯にでもはいったら……。",
"お湯がわいてるんですか。……すぐにはいろう。",
"今加減を見せますよ。"
],
[
"もう寝むんですか。",
"ええ、頭痛がするんです。"
],
[
"何を考えてるの。",
"困った。……君が好きになりそうだ。",
"そう、嘘にせよ嬉しいわ。"
],
[
"加減でも悪いんですか。",
"何ともありません。"
],
[
"気分はどうなんです。",
"何でもありません。"
],
[
"めっけ物をしたんです。素敵な書物があるんです、古本屋に。……二十円下さい、すぐに……。",
"二十円ですって……。",
"ええ、それは大変安くなってるんです。早く買わないと、他にも買手がついてるんです。是非いる本なんです。",
"そんなに急いだって……。",
"いえ、急ぐんです。……買いたいなあ。"
],
[
"そんなにほしいものなら、お父さんに話してあげましょう。",
"え、お父さんに……。"
],
[
"英語の本です。中世紀の風俗を調べたもので、素敵な揷絵が沢山はいっています。ロンドンで出たんですが、絶版になってるから、注文してもないんですって。それが古本屋に出てるんです。",
"うむ……。"
],
[
"それは面白そうだね。……じゃあ買ってくるがいい。買ってきたらすぐに見せてごらん。",
"ええ。"
],
[
"早く行ってきたらいいでしょう。……あ、そうそう、御飯を食べてからにしますか。",
"ええ。"
],
[
"まだでしょう。",
"そうかな……。兎に角この……桜の咲きかける時分が一番眠いものだが、お前も休みだからって朝寝をしないで、しっかり勉強しなくちゃいけないよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「中央公論」
1925(大正14)年4月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年11月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"そんなこと……いいんですよ。いったい、どうしたというんですか……。困りますねえ……。どうせ、酔っ払った者が壊しますよ。まったく困りますよ。",
"いいえ、責任を果させて頂きます。",
"責任……何の責任ですか。",
"弁償致さなければ、責任が果せません。"
],
[
"何度も誓いました通り、生涯かけてあなたを愛します。",
"生涯かけて……。",
"ええ、生涯決して忘れませんわ。どんなことがあっても決して……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「文芸春秋」
1947(昭和22)年4月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"せめて今日だけでも、あの子を来させるとよかったんですがね。……私がいくら云っても、お祖父さんが頑固なことばかり仰言るのでね……。",
"え、お祖父さんが……。",
"それもね、理屈から云えば尤もなんですよ。たとえ血統はどうだろうと、立派に他家の子供となってるうえは、それをわざわざ呼び寄せて、昔のことをほじり出すのは、よくないことだ、両方の気持を悪くさせるだけだ、とそう仰言るので……。それにしたって、もう十三年も、十五六年も前のことですから、別に差障りはなかろうと、私としては思ったのですけれど……そしてあなたにしたって、一人っきりよりは、表立って兄弟を持った方が、いくら心強いか知れないのに……それをお祖父さんは、得手勝手な考えだと仰言って、どうしても聞き入れて下さらないんですよ。"
],
[
"あなたはまだ何にも知らないんですか。",
"何を……。",
"お母さんから何とも話がありませんでしたか。"
],
[
"いいえ、顔をしかめてこらえていました。眉根に八の字を作って、口を曲げて、おかしな顔をしていましたが、それでも泣き出しはしませんでしたよ。お父さんは、手を布団から差出して、あなたの手を握って、じっと眼をつぶっていらしたが、五分ばかりして……いえもっと長かったかも知れません、ふいに咳込みなすって、咳の中から手真似で、あちらへ連れてゆけという様子をなさるんです。子供に病気がうつってはいけないと、いつもお云いなすっていたから、屹度それを心配なすったんでしょう。それから咳が鎮まって、あなたがまだ側に居るのを御覧なすって、なぜ早く向うへ連れて行かないんだと、大きな声でお叱りなさるんです。それで私は、あなたを向うの室へ抱いてゆきましたが、それから四五時間して、お父さんはもう駄目でした。私があなたを抱いて連れて来た時は、もう何にもお分りなさらないようでした。",
"その時……その前の時、お父さんは僕の手を握って、僕の顔をじっと見ていらっしゃりゃしなかったんですか。",
"いいえ眼をつぶっていらしたんですよ、そのままお眠りなさるのかと思ったくらいですもの。"
],
[
"だって……だって君は、僕と兄弟じゃないですか。君も僕のお父さんの子で、僕もやはりお父さんの子なんだから。え、君はまだ何にも知らないの。君のお母さんが僕のうちに来てたことがあって、お父さんとの間に君が出来たんだって……。そして君のお母さんは小野田という家に嫁入ったから、君は小野田と云うんだけれど、本当のお父さんは僕と同じお父さんで、川村というんだよ。だから……。",
"あ、その川村さんですか。"
],
[
"僕は前から知ってたけれど、あなたに逢ってはいけないと、お母さんから止められてたんです。",
"え、何故だろう。",
"大きくなれば分ることですって。"
],
[
"だって僕達だけなら構わないだろう。",
"そうかしら。"
],
[
"じゃ此度は屹度、君の方からやって来るか手紙をくれるかするね、屹度。",
"ええ屹度します。よく考えてから……。"
],
[
"僕どんなに待ってたか知れないよ。",
"だって僕はいろんなこと考えたんだもの。君がやって来たのは、僕に恥をかかせるためじゃないかしら、というような気もしたし、お母さんに相談してみようか、と思ったり、何か大変悪いことをしてるのじゃないか、と思ってみたり……いろんなことを考えたよ。でも何でもないことなんだ。僕達は兄弟なんだから、兄弟として親しくしたって、ちっとも悪かないんだね。",
"悪いもんか。……君は変だな、どうしてそういろんなことを考えるの。悪い癖だよ。"
],
[
"僕にはまだいろんな悪い癖があるそうだよ。",
"どんな癖が……。",
"どんなって、自分じゃ分らないが、お父さんがそう云うんだもの。",
"じゃあ、お父さんは君を愛していないんだね。",
"いや、愛してくれてるよ。",
"だって可笑しいなあ。",
"ちっとも可笑しかないよ。"
],
[
"だって、お父さんは若いうちに死んだんだろう。",
"でもね、お父さんは方々へ転地に行ったり、いろんなことをしたんだよ。そして、僕は小説で読んだんだが、肺病になると性慾が強くなるんだって……。"
],
[
"だから、まだ方々に子供があるかも知れないよ。僕達二人きりじゃ余り少いや。それをみんな探し出して名乗り合ったら、面白いだろうね。",
"だって、一人でそんなに沢山子供を拵えられやしないよ。",
"拵えられるとも。男は一人で充分なんだよ。動物なんかみんなそうだろう。そして方々に子供を生みっ放すんだよ。"
],
[
"人間もそうなると面白いな。",
"そして愉快だよ。"
],
[
"僕達がこうしてる所を見たら、お父さんは喜ぶだろうね。",
"喜ぶとも、屹度。",
"僕は何だか、お父さんは大変豪い人だったような気がするよ。",
"なぜ。",
"なぜだか分らないが、屹度豪かったんだよ。僕はお父さんが好きだ。",
"僕も好き……になったような気がするよ、君に逢ってから……。今のお父さんなんか頑固で嫌いだ。",
"お父さんが生きてたら、僕達は素晴らしく沢山の兄弟になってたかも知れないよ。"
],
[
"そう。お父さんは若くて立派だったんだね。",
"そうだよ、僕はちっとも覚えていないけれど……。"
],
[
"じゃあ僕達は兄弟になっていいの。",
"え、あなた達が……。",
"お祖母さんがそう云えば、僕達はいつでも兄弟になって構わないんです。"
],
[
"それでは、もう何も云いませんから、今日学校が済んだら、すぐに茂夫さんを連れていらっしゃい。……よござんすか。",
"ええ。"
],
[
"服のままで大丈夫だよ。もう君だってことが分ってるから。",
"だって、今日だけ服でゆくのは余り図々しいよ。"
],
[
"お祖母さんは……。",
"眠っていらしたようです。",
"また。"
],
[
"誰のことも悪く思っちゃいけないって……。",
"悪く思うって……だって君は誰のことも悪くなんか思ってやしないんだろう。"
],
[
"何が……。",
"何がって……何もかもさ。"
],
[
"君が云ったように、僕達にはまだ他に兄弟があるかも知れないね。",
"後でお祖母さんに聞いてみようか。",
"だってお祖母さんはもう……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「中央公論」
1924(大正13)年4月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
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[
"実は……若い男の姿が、床の間の上からぶら下るんです。",
"え、本当ですか!"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「サンデー毎日」
1924(大正13)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042424",
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[
[
"お前にも分るけえ。……おらが髪は誰でもほめるだ。髪は女子の宝だって、平吉が講釈で聞いたちゅうから、おらいつでもよく洗ってるだよ。平吉が椿の実いどっさり取ってきてくれるだから、それで洗うと艶が出るだよ。",
"ほう、椿の実でかあ……。"
],
[
"こんな物何するつもりだね。",
"お前にその髪毛洗って貰うべえと思っただ。"
],
[
"ははは、お前でも嬶貰うつもりかね。",
"俺愚図だが、これでなんだ、鰻や鼈ときたら、見つけたら最後逃したためしねえぞ。野田の旦那が日本一だちゅうてほめさっしたぞ。……俺お前が好きだあ。お前が来てくれるで、煩ったのが有難えと思ってるだ。……椿の実いどっさり取ってくれるだぞ。",
"こんな青っぺえなあ駄目だあ、皮がはじけた黒えんでなきゃあ。",
"うむ、はじけたやつけえ、いくらでも取ってくれるぞ。俺もう何ともねえだ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「新小説」
1922(大正11)年2月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042412",
"作品名": "特殊部落の犯罪",
"作品名読み": "とくしゅぶらくのはんざい",
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"初出": "「新小説」1922(大正11)年2月",
"分類番号": "NDC 913",
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"公開日": "2007-10-26T00:00:00",
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"名": "与志雄",
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"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
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"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年12月15日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
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"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
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"兄さん、また戦争でも初まるといいわね。",
"ばかなことを言うなよ。"
],
[
"なに、酔ってるって、ばかを言うな。真面目なことを考えてるんだ。この河に、昔から今まで、幾人の人間が溺れ死んだか、そしてこれから、幾人の人間が溺れ死ぬだろうかと、真面目に考えてるんだ。なあ重兵衛さん、たくさん溺れたろうね。",
"さあ、どんなもんだか。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「潮流」
1946(昭和21)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042723",
"作品名": "渡舟場",
"作品名読み": "とせんば",
"ソート用読み": "とせんは",
"副題": "――近代説話――",
"副題読み": "――きんだいせつわ――",
"原題": "",
"初出": "「潮流」1946(昭和21)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-02-09T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
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"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"仕事が後れるじゃねえか。",
"少しくれえ後れたって何でもねえや。こんなに広い荒地だもの。身体でも痛めちゃあつまんねえ。",
"若えくせして、意気地のねえことを云うんじゃねえよ。",
"それでも、一体いつになったらこれが済むことか、分りもしねえからな。",
"仕事のあるうちがええんだ。",
"だがこんな仕事つまんねえな。",
"何がつまんねえ? このままにしておきゃあ、何の役にも立たねえ荒地だ。それをこうして拓えてみねえ、一段歩に何俵という米が出来るじゃねえか。",
"それがおいらの地所だったらなあ!",
"地所は旦那のものでも、仕事はおいらのものだ。よく考えてみねえ、後々まで残る立派な仕事だ。"
],
[
"それでもね、町せえ行きゃあ、うんと金が儲からあ。おらが町でこれくれえ働きゃあ、お父つあんなざあ寝ててええだ。",
"馬鹿云うねえ。他処せえ行って、稼ぎためて戻って来る者あ一人もありゃしねえ。みんな遊びばかり覚えやがって、極道者になるが定じゃねえか。"
],
[
"すむもすまねえもねえや。おらあおらが力で稼いでるだ。旦那なんざあ、旨え物あ食ってのらくらしてさ、ただじゃあ一文だっておいらに呉れゃあしねえ。",
"その代り人一倍心配もしてござるだ。何もねえ方が気楽でええとよく仰言るじゃねえか。"
],
[
"なまけちゃいけねえ。日を見てみい、まだ照ってるじゃねえか。おいらが若え時分にはな、日が入って寺の鐘が鳴るまじゃあ、仕事を止めなかったもんだ。坊様がなんで鐘をつかさるか、お前は知るめえ。野良に出てるみんなの者に、もう戻るがええと知らして下さるためだ。",
"だが今日はもううんと働えたじゃねえか。",
"働えた上にも働かなくちゃあ、生き甲斐がねえ。"
],
[
"なあ、おらを暫く町せえやってくんねえか。",
"まだそんなこと考えてるんか、昨晩あんなに云ってきかせたになあ……。お前、一体町せえ行って何するつもりだ。",
"製糸工場で人を傭うだとよ。おら其処で暫く稼えで、金がたまったらじき戻って来るだ。"
],
[
"おたかじゃねえよ。",
"嘘云うねえ。おらにはちゃっと分ってるだ。おたかが工場に行く時から、お前は約束しただろう。……あいつ、まだお前を引張ろうというんだな。太え女っちょだ。あんな者にかかり合っちゃあ、お前のためになんねえぞ。",
"おら何もおたかをどうってんじゃねえが……。",
"馬鹿云うねえ。もう村の者あみんな知ってるだぞ。おら一人知らねえとでも思ってるんか。……なあお前、出来たこたあ仕方がねえが、町せえ行ったなあ仕合せだ、あんな図々しい女っちょなんざあ、これきりふっつり思い切ってしまうがええだ。他に立派な娘っ子が、村にいくらもいるだ。",
"おらおたかのことどうこうって云うんじゃねえよ。町せえ行って少し儲けて来てえばかりだ。",
"だがの、お前が行っちまったら、後はどうなるだ。男手はおら一人きりじゃねえか。よく考えてみろ。",
"じきに戻ってくるだ。うんと稼ぎためての、お前にも楽させるだ。",
"おら楽なんぞしたくねえ。天道様にすまねえだ。……お前も本当に身を入れて働えてみろ。この荒地はおいらが手で拓くだと思ってみろ。これくれえ立派な仕事はねえ。",
"どうあっても町せえやってくんねえのか。",
"昨晩云って聞かせた通りだ。まあ働けるだけ働くだ。そのうちにはな、おらがお前にええ嫁めっけてやるだ。辛棒しろよ。早まっちゃいけねえ。",
"おら嫁なんか貰わねえよ。"
],
[
"草刈りに出ただ……。一体お前はそんな服装して………。",
"これから町せえ行くだ。"
],
[
"誰にも云わねえか。",
"云やしねえったら。……おらもなあ、そのうち逃げ出そうと思ってるだ。こんな所え愚図ついてちゃつまんねえや。その時は頼むぞ。……だが早う行けよ。めっかると面倒だぞ。",
"よし。"
],
[
"お前は日傭稼ぎをした方がええだ。",
"だっておらあ、お父つぁんの側で働きてえだもの。"
],
[
"いやいけねえよ。こんな仕事は女っ子のするこっちゃねえや。",
"じゃあお前一人ですっかりやるつもりだか。",
"そうだ、おら一人でやるだ。音の馬鹿が逃げ出しちまやあ、もうおら一人の仕事だ。",
"ほんとにやれるけえ。……無理しちゃいけねえがなあ。",
"おらの仕事だもの、おらがするだ。"
],
[
"いや地体が肥えてなきゃあ、こうした稲の色は出ねえよ。",
"色だけじゃ仕様がねえ。",
"いやそうでねえよ。初作とは思えねえくれえだ。これで二年三年となりゃあ、立派な一等田だ。"
],
[
"お父つぁん、疲れやしねえか。",
"なあにおらあこの年まで鍛えた身体だ。それよかお前こそ若えから、ゆっくりやるがええぞ。",
"ああゆっくりやってるだ。",
"じゃあええから、早う向うに行けよ。"
],
[
"余り遠くに行くでねえぞ。虫に螫されたり怪我したりするといけねえからな。おらが近くで遊ぶんだ。",
"お父つぁんは仕事ばかりしてるから、おらつまんねえもの。",
"よしよし、あとで大きい鮒をとってやるだ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「青年」
1924(大正13)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042425",
"作品名": "土地",
"作品名読み": "とち",
"ソート用読み": "とち",
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"原題": "",
"初出": "「青年」1924(大正13)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-11-11T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年12月15日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
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"入力者": "tatsuki",
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"テキストファイル最終更新日": "2007-08-22T00:00:00",
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} |
[
[
"生れた時が……どうしたんです。",
"生れた時は、ちゃんとした身体だったんですよ。"
],
[
"誰だって、生れつき片輪じゃありませんわ。",
"しかし、生れつきそんなのもあるでしょう。",
"それは別ですわ。"
],
[
"それはもう、諦めてるよ。とうとう、手紙の返事も書かなかった。",
"いっそ、何にも書かない方が、さっぱりしていいだろう。",
"然し、なんとか、最後に一度は書くつもりだ。",
"それも、やめた方がよかろうよ。なんだな、手紙ってものは、一種の気合だからね。気合ぬけがしちゃあ、もうだめだよ。"
],
[
"あんなことを妹が仕出来した以上、兄の僕から、君に一言断っておきたいことがあります。",
"どういうことでしょうか。",
"第一、妹を泥坊にするようなことは、今後は止めて貰いたいのです。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「不明」
1947(昭和22)年12月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042740",
"作品名": "土地に還る",
"作品名読み": "とちにかえる",
"ソート用読み": "とちにかえる",
"副題": "――近代説話――",
"副題読み": "――きんだいせつわ――",
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"初出": "「不明」1947(昭和22)年12月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-02-29T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42740.html",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42740_ruby_29063.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2008-01-19T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
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"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2008-01-19T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"あんなとこで、仕事なさるのですか。",
"どうして。",
"あすこは、つまらないでしょう。"
],
[
"君はまた、どうして此処へ来てるんだい。",
"僕ですか、別荘の監督です。",
"かんとく……。",
"ええ。志田さんの別荘、ご存じありませんか。"
],
[
"木登りも、その、野心の一つかい。",
"あとで、そうなりました。"
],
[
"柿はいいが、紹介の方は許してくれよ。僕は仕事に来てるんだからね。",
"ええ、分っています。綺麗な女の人ですよ。先生に逢いたがっていました。"
],
[
"ちょっと待って下さい。……困ったなあ。",
"どうしたんだい。",
"先生、裏からはいるんですよ。",
"同じじゃないか。別荘なら、裏も表も大してちがやしないよ。",
"そうだった。全くそうです。"
],
[
"今日は、私の先生を連れて来ましたから、柿をすこしたくさん貰いました。豪い人ですから、子供と一緒にはなりません。名前はご存じでしょう、吉村先生……あの、むつかしい小説ばかり書いて、自分でも困ってる人です。御紹介しましょう。",
"吉村……なんという人なの。",
"吉村清志……あのこないだも……。"
],
[
"吉村先生です。……こちらは、上山君枝さん、たいへん文学が好きなかたで、いえ、女流文士で、私の先生です。",
"まあ、たいへんなことになりましたね。いつのまにか、女流文士で、李さんの先生で……。"
],
[
"鳶を捕るんです。",
"え、鳶を……捕れるかね。",
"捕れるつもりです。"
],
[
"へえー、鳶が魚を食うかね。",
"動物園の鳶は魚を食べています。"
],
[
"だが、鳶なんか捕って、一体なににするんだい。",
"ただ生捕ればよいのです。"
],
[
"眺めてる方がいいじゃないか。",
"ええ。",
"捕らない方がいいじゃないか。",
"ええ、捕らないでも、よいのです。"
],
[
"鳶のこと、上山さんには、黙っといて下さい。",
"なぜだい。",
"びっくりさしてやりたいんです。"
],
[
"それ、ほうりますよ。",
"いやあ、だめよ、だめよ。"
],
[
"昨日の、あのことだろう。そう気にしなくてもいいじゃないか。",
"気にはしていません。"
],
[
"損をしたという気がします。",
"へえー、損をしたって、分らんね。",
"よく考えてみると、半月ばかり損をしました。なんだか、上山さんが好きだったから……恋愛じゃありませんよ、ただ好きだったから、うかうか遊んでるうちに、勉強の方を、半月ばかり損をしていました。"
],
[
"それに気がついたというんなら、やはり昨日のことを気にしてるんじゃないか。君にも似合わないね。",
"いえ、ちがいます。こうですよ。僕は上山さんが好きでした。鳶を捕ろうとしていたのも、上山さんが鳶を飼ってみたいと云ったからです。先生の邪魔になると思ったが、上山さんを誘ってよく来ましたのも、上山さんと一緒にいたかったからです。御免下さい。",
"そんなの、一種の愛情じゃないか。",
"いえ、ちがいます。あの人、頭がよいでしょう。それにごまかされたんですね。一緒に遊ぶのが嬉しかったんです。ところが、あの人は、実は、頭がよいどころか、下等ですね。昨日、あの時、じっと僕の様子ばかり見ていました。先生は呑気だから気付かれなかったでしょうが、僕をじっと窺っていました。その視線を、僕は全身に感じました。ひがみではありません。あの人から見れば、朝鮮人はみな同じものだということになるようです。卑怯とかなにか、そういう言葉のことではありません。人間がみな同じになるらしいです。例えば日本人の乞食を見て、日本人はよその残り物を平気で食べるのかと、あらゆる日本人に云ったとします。腹が立つよりも、そんなことを云う人……そんな風に考える人を、下等だとは思いませんか。",
"下等というより……物が分らないんだね。",
"そうです、物が分らない、人間というものが分らないんです。"
],
[
"それにしても、すぐ東京に帰らなくったって……近いうちに僕も帰るんだし、それまで待たないか。",
"東京でまた伺います。ただ、僕は、下等なあの人が好きで、半月も損をしたのが、残念です。腹を立ててやしませんよ。けれど、なにかはっきり、意思表示をしたいです。",
"そのため、すぐここを引上げるのかね。",
"そうでもありません。意思表示をして引上げたいですが、方法を考えてるところです。",
"それよりか、逆に、鳶でも生捕って、進呈して引上げるんだね。",
"ええ、鳶……鳶はいいですね。"
],
[
"卑怯ですわ。",
"李君の仕業だというんですか。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説※[#ローマ数字4、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「知性」
1939(昭和14)年11月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年5月6日作成
2016年2月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042709",
"作品名": "鳶と柿と鶏",
"作品名読み": "とびとかきととり",
"ソート用読み": "とひとかきととり",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「知性」1939(昭和14)年11月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-07-12T00:00:00",
"最終更新日": "2016-02-07T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42709.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42709_ruby_26858.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2016-02-07T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "1",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42709_26869.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2016-02-07T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"道がすっかり分らなくなった。",
"いらっしゃい。こちらですよ。"
],
[
"千代乃さんは、また出かけたの。",
"千代乃……もうわたし、諦めています。死んだ者は仕方ない。",
"死んだ者……。とぼけちゃいかんね。さっき僕は、そこで逢ったんだから。"
],
[
"千代乃に逢った……ほんとに逢いましたか。",
"逢ったとも。あっちの、焼跡のところで……そして、一緒に、ここへ来たはずだが……。",
"たしかに千代乃ですか。"
],
[
"あれがある限り、やはり千代乃も残っている。そうではありませんか。",
"まあ、そうかも知れないね。"
],
[
"それでは、出かけましょうか。",
"そう、出かけてもいいね。"
],
[
"どうかしましたか。",
"箱がとても重くなった。",
"では、わたし持ちましょう。",
"なあに、いいよ。"
],
[
"そして、どうなの。",
"さっぱり、気が済みました。"
],
[
"異国人の中にあっての憂愁だね。僕には、同国人の中にあっての憂愁が、いつもあるよ。",
"あんたとは別です。だから、憂愁があるなら、その憂愁を共にしましょう。",
"よかろう、共にしよう。",
"今夜は、飲み明かしましょう。わたしのお別れの宴です。いくらでもある限り、飲んで下さい。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「群像」
1952(昭和27)年2月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042673",
"作品名": "どぶろく幻想",
"作品名読み": "どぶろくげんそう",
"ソート用読み": "とふろくけんそう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「群像」1952(昭和27)年2月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-07-15T00:00:00",
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"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
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"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
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"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
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} |
[
[
"今日鎌倉に行かないか。",
"え? どうして。",
"ただ遊びに行くのさ。"
],
[
"行きたくなかったからです。",
"私も。"
],
[
"私ほんとにあなたに済みませんわね。",
"そんなこと仰言っちゃいけません。誰も悪いんじゃないんですから。",
"私はもう何にも云うまい、自分一人で自分の苦しみを堪えてゆこうと幾度思ったことでしょう。それでもやはり何かに頼りたかったのでした。あなたの前に何だか黙っては居れなかったのですもの。……ほんとに私はどうすればよかったのでしょう。",
"過去のことはもう何にも云いますまい、ね。ただ未来を見つめて生きましょう。それの方がいいのです。",
"未来ですって?"
],
[
"いいえどうも。",
"私は恒雄さんを信じています。"
],
[
"けれど?",
"私には温くして貰うより、冷たくして貰う方がいいんです。"
],
[
"私達はお互に悔いの無いような途を進まなくてはなりません。あなたはふっと嫌な影が心にさすことはありませんか。",
"いえ、どうしてでしょう? 私あなたにお目にかからなかったら今頃はどうなっていたことでしょう。",
"私も多少でもあなたのお力になったのならどんなにか嬉しいんです。",
"いつまでも私のお友達になって下さるんでしょうね。",
"ええあなたさえそうでしたら。",
"私あなた一人がお頼りですもの。",
"私は何だか自分に力が無くなってゆくような気がします。何だかこう自分の足下が不確かなような……。"
],
[
"君のように何時も呑気だといいですね。",
"そう呑気だというんでもありませんけれど、何だか世間のことはうるさくて。"
],
[
"何か御心配のことでも?",
"やはりいつもの問題なんです。僕は常にそればかり考えさせられるようになったんです。そして次第に悲しい結論に達してきます。",
"結論だと仰言ると?",
"さあ何と云ったらいいですかね。……まあ一口に云えば僕は到底富子と根本から相容れないということです。",
"それは無理にそういう風に考えようとなさるからではないでしょうか。実際あなたは余りに富子さんの過去に拘泥しすぎていらるるようです。",
"いやそうでもないんです。と云うのは、僕は今迄と別な方面から考えたんですがね。実際僕は今迄ただ妻をじっと見ていたきりで、自分の方はお留守にしていたんですね。それも妻というものに余り期待を大きく持ちすぎていたからでしょう。僕の理想は現実から美事に裏切られてしまったのです。それを僕はなぜだなぜだと云って妻に責めまた自分に責めたんです。現実の姿に向って何故だと問うのは過去を現在に返せというのと同じに馬鹿げたことなんですね。で僕はもう妻に向ってなぜ僕の理想通りでないのかと責めはしませんでした。その代りに富子という者と僕という者とを別々に引き離して見てみたんです。すると僕と富子とはどうしても相容れない二つのものだと思うようになったんです",
"するとあなたは全く孤独を見出されたわけですか。",
"いや全くの孤独というものを僕は信じません。実際僕は自分を見る時、自分のうちに妻の……そうですね、匂い、息、いや兎に角何かを見出すんです。僕のうちには妻の肉体が深く喰い込んでいます。それにどうでしょう、僕の心と妻の心とは全く背中合せに反対の方を向いているんですからね。",
"それはあなたが富子さんの心に触れる場所が悪いという故じゃないでしょうか。どんな人の心にも屹度ある方面から見れば温い柔い部分があると私は信じますね。そして其処からその人の心に触れる時には、手を合わしたいような敬虔な心持ちが起る筈です。そういう態度を押し進めてゆくと、しまいには愛ばかりが残る筈だと思っています。",
"君はそれを広い愛というものよりもっと狭くて深い所謂恋愛というものにもあてはめようと思っているんですか。",
"私の恋愛観は別の問題です。然しともかくもあなたの富子さんに対する態度は其処から初めるのが正当だろうと思いますが。",
"或はそうかも知れません。然し僕の妻に対する強い愛着をどうしましょう。現在の妻のうちにある彼女の過去をどうしましょう。それから二人の間の冷たい反目をどうしましょう。今になってはもう後戻りの出来ない位、それらのものが深く根を下しています。僕はまあ云ってみれば美しい栗の毬を胸に抱いているようなものです。もう離れて見れないほど強く密接に抱いているんです。それでも畢竟は僕の胸と栗の毬とは相容れない別々のものなんです。何れかが壊れなければ……。",
"それでは毬を壊して中だけを抱くだけでしょう。",
"それには僕と妻と全く別々の離れたものにならなくては……。"
],
[
"あなたはどうしてあんなことを……。",
"僕ばかりの責任ではないんです。",
"ですけれど少しは反省なさるが至当でしょう。"
],
[
"あなたにも富子さんに取っては冷たい刺があるんでしょう。",
"そうかも知れません。然し要するに如何とも仕方がないんです。",
"けれどあんな乱暴なことをなさらなくても……。",
"それは妻の方からも挑むんです。妻の眼の中にはそれがありありと読まれます。まあ何という高慢な女でしょう。",
"それならあなた自身も高慢だと云えるでしょう。",
"高慢でもかまいません。僕が高慢だから妻の高慢が許されるという理由はないんです。",
"それであなたは富子さんを愛するというんですか。",
"愛するから苛ら立つんです。"
],
[
"あなたは余りに富子さんの性格をふみ蹂っていらるる!",
"だから何です?",
"それでいいんです。",
"何も君に関したことじゃない。"
],
[
"こんな晩はぶらぶらと当もなく歩き廻るといいですがね。",
"そうですね。"
],
[
"どうしてです。",
"いえただ一寸そんな気がしたものですから。",
"あまり何やかやお考えにならない方がいいんです。考えるとだんだんむつかしくなるばかりですから。",
"むつかしいことなんか私は考えはしませんけれど……もう何だか苦しくなって来ました。",
"あなたは余り外のことばかり見て被居るからいけないんです。自分の心をお留守にしてはいけません。"
],
[
"いいえあなたは御自分におし隱して被居ることがあるでしょう。あなたのうちにはもう、はじめにあなたが悩み悶えられたものが深く喰い入っています。あなたと恒雄さんとは互に心と心と相反して立っていられながら、あなたには恒雄さんが無くてはならないものになっているし、恒雄さんにはあなたが無くてならないものになっています。勿論そうあるのが本当でしょうけれど、あなた方は全く普通と違った悲惨な仕方でそうなられたのです。あなた方は全く出立が間違っていた。",
"それは私一人の罪ではありません。",
"でもなぜあなたは初めに過去を恒雄さんにうち明けてしまって、冷たい反抗の代りに熱い涙を示されなかったのです。私はずっと前に度々それをお勧めしたじゃありませんか。",
"恒雄は一度きいたらそれを許すような男じゃありません。あんな……あんな乱暴なことをする人ですもの。",
"それはあなたからも挑むんでしょう。",
"え!",
"あなたの高慢な執拗な眼付が恒雄さんをあんなにしたんです。……それに、自ら知らないであなたもそれを求めていらるるんです。"
],
[
"もう過去のことは云っても仕方がありません。",
"ではどうしたらいいんでしょう。",
"どうするって……。"
],
[
"どうなさるおつもり?",
"どうって私には……。"
],
[
"私には分らない。",
"何が?",
"何にも。"
],
[
"え! どうして。",
"いえいいんです。"
],
[
"私は此の頃あなたの心がちっとも分らなくなってしまった。",
"もとからお分りになっては被居らなかったでしょ。",
"先には分っていたようです。"
],
[
"あなたは此の頃すっかりお変りなすった。",
"みんなでそう私をなすんです。",
"ではなにか……恒雄さんが。",
"何を仰言るんです。"
],
[
"許して下さい。私は苦しいんです。",
"そんなことを仰言るものではありません。私は……いえこうしていちゃお互に悪いでしょうから。"
],
[
"ええ。それに何だかさっぱり面白くありません。",
"一体職業となるとそう面白いものはありませんでしょう。"
],
[
"病気というほどのことはありませんけれど、何だか一向さっぱりしません。",
"どんなにお悪いんです。",
"そうですね、いつも頭がぼーっと熱でも出たように熱くなって、それに何だか物を考える力が無くなってくるようです。",
"余り脳を使いすぎたんではありませんか。"
],
[
"あなたはどうしてそう堅く堅く自分の心を秘めていらるるんです。",
"え、私が?",
"なぜ物を隠すようにして被居るんです。"
],
[
"一体終局というものは一時にどさりと来るんでしょう。",
"然しそれまでの間が……。僕は人の行為にある一定の動機とか結果とかいうものを信じなくなりました。丁度濁った水の流るるようなものですね。そして運命などと云うものもそれを指していうんでしょう。",
"そうです。然し何かしら誰もみんな毎日些細なものを積んでいって、それが一緒に集って頭の上に重苦しいものを蔽い被せるようです。運命が……と思う頃には、もう後にも先にも恐ろしいものが見透しのつかないほど深く立ち籠めています。"
],
[
"富子さんには何だか二つの矛盾したものがあるようですが……。",
"そうかも知れません。その一つは僕が拵えあげたようなものです。"
],
[
"あなたは真実富子さんを愛していますか。",
"偽りの愛というものがありますか。そして僕は妻に対する自分の愛着を見る時、云い知れぬ恐怖に駆られるんです"
],
[
"どうすればいいんです。",
"えっ!"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「早稲田文学」
1915(大正4)年1月
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2008年10月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042391",
"作品名": "囚われ",
"作品名読み": "とらわれ",
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"副題読み": "",
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"初出": "「早稲田文学」1915(大正4)年1月",
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[
[
"知っているぞ",
"そんなら、私にそれを教えて下さい"
],
[
"もう今度きりですから、も一つ術を教えて下さい。私の身体が人から見えないようにする術を教えて下さい",
"身体が見えないようにする術だな",
"はい"
]
] | 底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成22)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042639",
"作品名": "泥坊",
"作品名読み": "どろぼう",
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"初出": "「少年倶楽部」1921(大正10)年12月",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-07-21T00:00:00",
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"名ローマ字": "Yoshio",
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"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄童話集",
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[
[
"その男をもらっていくから、こちらにわたせ",
"わたさないぞ。ほしかったら、腕ずくでとってみろ"
]
] | 底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042641",
"作品名": "長彦と丸彦",
"作品名読み": "ながひことまるひこ",
"ソート用読み": "なかひことまるひこ",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「幼年倶楽部」1941(昭和16)年10月ー12月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-07-21T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
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} |
[
[
"物を書くことなんか、あたくしにはとても出来ませんわ。翻訳なら、少しやったことがありますけれど……。",
"翻訳でも結構じゃありませんか。やってごらんなさいよ。何事でも、若いうちにしておくことです。"
],
[
"吉川もそう申しておりましたの。",
"へえー、貞一さんがねえ。"
],
[
"そんなことはない筈だ。いつも往き来してるんだからね。",
"忙しいのがお嫌な筈もありませんわね。働くことが好きだと言っていらしたんですもの。",
"むしろ、何にもしないでじっとしてるのが嫌な方だよ。",
"あたしによその家を見学させるおつもりでもないでしょう。",
"そんなことはないだろう。",
"よその家に泊るのがお嫌なのかしら。",
"僕もそうかと思って、聞いてみたら、駒込の内には二度ばかり泊ったことがあるじゃないかと、逆襲されちゃったよ。",
"あたしには分らないわ。",
"僕にもよく分らない。だが、長く家を空けるのが嫌なのかも知れない。一日か二日ならいいけれどねえと、お母さんは言ったよ。"
],
[
"どうもこうもありません。伯父さんに怒られちゃった。こちら三人とも、物識らずの分らずやだと、さんざんやっつけられちゃった。",
"いったい、それは、なんのことですか。",
"政子さんの、お産の入院中の、あの留守居のことです。"
],
[
"あら、隠居なんて、おかしいじゃございませんか。",
"いいえ、意地にもしてみせます。わたしはただ、この家を護り通すために、長年苦労してきました。家を護り通す、そのことだけを心掛けて族行もしませんでした。けれど、もう大丈夫でしょう。家の中の仕事がなくなるのは、何より淋しいことですが、ほかに楽しみを見つけましょう。あなたがしっかりやっていって下さいよ。それから、文学の方も、忘れずに勉強して下さいよ。",
"お母さま、急にそんなこと言い出しなすって、どうなすったの。今迄通りで宜しいじゃございませんか。",
"ええ、今迄通りで、別に変ったことはしませんよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「再建評価」
1949(昭和24)年12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年11月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042657",
"作品名": "新妻の手記",
"作品名読み": "にいづまのしゅき",
"ソート用読み": "にいつまのしゆき",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「再建評価」1949(昭和24)年12月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-12-23T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42657.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年11月15日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42657_txt_24631.zip",
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} |
[
[
"どうだろうね、さっぱり足を洗って、家でも一軒もつようにしては……。",
"ええ、いいわ。"
],
[
"一日、何をして暮してるの。",
"だって、いろいろ用があるわよ。"
],
[
"だめだなあ……奥さんは。",
"だって、あまり長いんですもの。……ねえ、可哀そうね。"
],
[
"また芸者にでも出たくはない?",
"そうね……でも、あたしたち、これきりになるの、なんだか淋しいわ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」未来社
1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「文芸」
1935(昭和10)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年5月9日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042463",
"作品名": "肉体",
"作品名読み": "にくたい",
"ソート用読み": "にくたい",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「文芸」1935(昭和10)年10月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-06-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
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"生年月日": "1890-11-27",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)",
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"入力者": "tatsuki",
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} |
[
[
"ああ。……だが一寸ならいいから、上ってゆかない。",
"ええ……でも……。",
"実は約束しているので、余りゆっくりはしておれないが、暫くならいいから上り給え。",
"どちらへいらっしゃるんです。",
"大森まで。",
"大森。",
"ああ。",
"じゃあ……そこまで御一緒に行きましょう。"
],
[
"電車でいらっしゃるんですか。汽車ですか。",
"勿論電車だよ。",
"大森までお一人ですね。",
"ああ。",
"それじゃ私も、大森まで御一緒に行きましょう。",
"だって君、無駄じゃないか。",
"いいえ、私も一寸用があるんです。",
"そんならいいけれど……。",
"お邪魔じゃありませんか。",
"どうして……。",
"いえ……。本当にお邪魔じゃないんですね。",
"ないとも。いやに念を押すじゃないか。"
],
[
"いいんです、今日は私に任しといて下さい。",
"金でもはいったのかい。いやに気前がいいね。"
],
[
"贅沢な真似をするじゃないか。",
"だって、大森までならいくらも違やしません。",
"それはそうだが、僕は一体、桜木町行きのこの電車の二等は嫌いなんだ。汽車ならいい。だがこの線の電車の二等は、変に成金風が吹いて、不愉快なんだ。"
],
[
"いや、まだ一度も逢ったことがありませんから、またこの次にしましょう。",
"そう。……じゃあ、そこいらでお茶でも飲んでゆこうか。",
"ええ……。"
],
[
"何にする。",
"さあ……ビールでも飲みたいけれど……あなたはこれからよそにいらっしゃるんだから……。",
"なに構わないよ。"
],
[
"そんなものかね。",
"それは変な気持ですよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年11月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042440",
"作品名": "二等車に乗る男",
"作品名読み": "にとうしゃにのるおとこ",
"ソート用読み": "にとうしやにのるおとこ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-12-26T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42440.html",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
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"生年月日": "1890-11-27",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
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"入力者": "tatsuki",
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"テキストファイル最終更新日": "2007-11-27T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"兎に角、寝るところを拵えてあげよう。",
"いいわ、あたしここに寝るから。",
"ここに?",
"ええ。この椅子の上に寝るの。初めから、そのつもりで来たんですもの。"
],
[
"これ、鼈甲がめでしょう。",
"うむ。",
"鼈甲も、こうして甲羅でみると、そうブールジョワくさくないあね。"
],
[
"あなたは、松浦って人、御存じ?",
"松浦……知らないね。",
"じゃあ、中江さんは?",
"中江……知らないね、そんな人は。",
"…………",
"どういう人だい、それは……。",
"それでいいわ。それから、あたしね、モデル女だとしといて頂戴。少し変かも知れないけれど……。",
"…………"
],
[
"朝っぱらから……困るじゃないですか。",
"だって、あたし、働くのが嬉しいんですもの。でも、先生んとこ、どこも綺麗ね。"
],
[
"先生んとこに、一週間ばかり置いて下さらない? ちゃんとした家庭で、少し働いてみたいから。",
"主婦のない家庭でも、そう見えるかしら。",
"そんなら、半端な家庭でもいいわ。ほんとに、働いてみたいの。",
"まあ、気まぐれは、よすんですね。ただいるんなら、四五日ぐらい構わないけれど……方々かきまわされちゃあ、こっちから御免だ。",
"大丈夫よ、あたし、女中さんたちの指図通りにするから……。",
"さあ、どうだろうね。"
],
[
"たしかに行かないよ。",
"なぜ?"
],
[
"君がいなけりゃ、行ったってつまらないさ。",
"そう。しばらく行かない方がいいわ。"
],
[
"僕だって、それくらいなことは知ってるよ。ただ、僕はまだ君たちの仲間でないだけだ。",
"…………"
],
[
"御免、御免よ。そんなつもりじゃなかったんだけれど……。",
"うん、いいの。"
],
[
"さあ、もう遅いよ。寝よう。",
"まだいいの。",
"だって、いつまでこんなことしてたって、仕様がないじゃないか。",
"そうね。"
],
[
"こんど、コスモスで、チップに頂くわ。それまでお預けよ。……でも、困っちゃったわ。こんど来る時には、花火をどっさり持ってくるって、お子さんたちと約束しちゃったの。いいかしら……。",
"約束は守らなくちゃいけない。",
"…………"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」未来社
1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「新潮」
1931(昭和6)年11月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042451",
"作品名": "女客一週間",
"作品名読み": "にょきゃくいっしゅうかん",
"ソート用読み": "によきやくいつしゆうかん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新潮」1931(昭和6)年11月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-03-14T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42451.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年8月10日",
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"入力者": "tatsuki",
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} |
[
[
"甚兵衛さん、今日のように困ったことはありません。狸の鳴き声を知らないのに、鳴けとなん遍もいわれて、私はどうしようかと思いました",
"いや私もうっかりいってしまって、後で困ったなと思ったが、しかしお前が知らない知らないといったのは大できだった"
]
] | 底本:「天狗笑い」晶文社
1978(昭和53)年4月15日発行
入力:田中敬三
校正:川山隆
2006年12月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "045701",
"作品名": "人形使い",
"作品名読み": "にんぎょうつかい",
"ソート用読み": "にんきようつかい",
"副題": "",
"副題読み": "",
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"初出": "",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-02-03T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card45701.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "天狗笑い",
"底本出版社名1": "晶文社",
"底本初版発行年1": "1978(昭和53)年4月15日",
"入力に使用した版1": "1978(昭和53)年4月15日",
"校正に使用した版1": "1978(昭和53)年4月15日",
"底本の親本名1": "",
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"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "田中敬三",
"校正者": "川山隆",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/45701_ruby_24954.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-12-31T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/45701_25546.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-12-31T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"そして、母親達も一緒でございますか。",
"そうさね、乳飲児や小さいのがあるから、子供ばかりというわけにもゆくまい。",
"それでは私だけ欠席さして頂きます。家の子はもう私が参らないでも大丈夫ですから。",
"それは困るよ。欠席とか出席とかそんな問題じゃないんだ。お前が俺の妻として、会の中心になってくれなくちゃあ……。",
"私は嫌ですわ。大勢の前に恥をさらしたくはありません。",
"だって、そんなことは、初めからお前も承知していることだし、子供もみなお前の子になってるじゃないか。俺が他の女に子を生せようと、お前を妻として立派に立ててさえゆけば、それでいいというような約束じゃなかったのかね。",
"ええ、私はそれを兎や角云うのではありません。あなたが他に幾人女をお持ちなさろうと、幾人子供をお拵えなさろうと、それは初めから承知の上のことですから、何とも思ってやしませんし、あなたの本当の妻として、他の女達に指一本指させはしませんけれど、それでも……恥は恥です。",
"恥だって……。ではお前は、初めから不承知だったんだね。",
"いいえ、そんなことを云ってるのじゃありません。あなたは、私が毎日何をしてるか、ちっとも御存じないんでしょう。",
"お前が毎日何をしてるかって……。一体何のことなんだい。はっきり云ってごらんよ。"
],
[
"私だって、あなたに隠し立てをしたことはありません。",
"でも今現に、俺が聞いてもはっきり云わないじゃないか。",
"そんなことを、誰だってすぐに云えるものですか。あなたにはちっとも察しがないんです。こんど……子供でも出来たら、すっかり云ってあげます。あんまり人を踏みつけになすっていらっしゃるから……。",
"え、とんでもないことを云っちゃいかんよ。俺がお前を踏みつけにしてるなんて、馬鹿な。だからすっかり云ってごらんと云うのに。俺に悪いことがあれば何でも改める。え、何のことなんだい、お前が云ってるのは。子供が出来たら云うなんて、そんな待遠いことをしないで、今すぐに云ったらいいじゃないか。",
"だからあなたには何にも分らないんです。"
],
[
"お前は私の結婚条件を聞いたろうね。",
"ええ、少しばかり……。",
"そして何と思った。",
"そんなことを表立って云い出す方は、却って信頼出来る人だと思いましたの。",
"では、お前は一生の冒険をして私の所へ来たんだね。",
"と云いますと……。",
"私が実際そんなことをするかも知れないし、またはしないかも知れない、というのを、凡て天に任せるといった気持で……。",
"そうかも知れませんわ。",
"それでは、私がそんなことを実際にするとしたら……。",
"諦めますわ。",
"諦めるって……。",
"影に隠れて変なことをされるよりは、公然とされた方が却ってよいと、そう思い直すつもりですの。",
"お前は可愛いい楽天家だね。",
"あなたは楽天家はお嫌い。",
"いいや、大好きだよ。私には悲観主義くらい嫌なものはない。"
],
[
"あなた、お千代がまた子供を産むと云うのは、本当のことでございますか。",
"本当だとも、そんなことに嘘を云ったって初まらないじゃないか。",
"そして、子供が十四人になったら、皆の顔合せの会をなさるおつもりですか。"
],
[
"そうさね、お前が皆の母親ということになってるし、お前だけが俺の正しい妻なんだから、万事はお前の気持次第なんだが……。",
"私はどう考えても嫌ですわ。",
"それじゃ止してもいいさ。……だが、お前はこの頃何だか様子が変なようだが、一体どうしたと云うんだい。それとも、初めからの約束が今になって嫌になったのなら、そうとはっきり云ってごらんよ。俺だって考えを変えないこともないからね。",
"いいえ、そんなことではありません。商売人の不見転なんかに手出しをなさるよりは、はっきりこれこれときまってる方が、まだよいと思っていますわ。",
"それでは、お前の考えてることは一体何だい。俺にはさっぱり見当がつかないんだが……。"
],
[
"俺のことはもうお前もよく知ってる筈だ。で此度は、はっきり俺の腑におちるように、お前の考えをきかしてくれないか。俺にはどうもお前の考え方がはっきり分らないんだが、……",
"先程から申した通りですわ。"
],
[
"俺が悪かった、許してくれ。お前がそういう心なら、顔合せの会なんかどうだっていいのだ。それならそうと、初めから云ってくれれば……何も大したことではないし……。",
"でも私には一生懸命のことなんです。",
"それはそうだろうけれど……。いやもういい。そんな話は止そうじゃないか。"
],
[
"あなたは、もし誰にも一人も子供が出来なかったとしたら、どうなさるつもりだったのでしょう。",
"もう云わないでくれ。変な気がするから。"
],
[
"どうして。",
"あなたもう忘れたの、地理で教ったじゃありませんか。"
],
[
"知らないわ。聞いたことがあるような気がするけれど……。何分の一なの。",
"私も知らないわ。",
"まあ。"
],
[
"ねえ、来てごらんなさいよ、鮎が沢山いるから。",
"嘘。",
"ほんとよ。"
],
[
"綾子さんにこれが一匹でもつかまったら、何でも望み通りのことを聞いてあげますよ。",
"どんなことでも。",
"ええ。"
],
[
"あのことですか、ヒポコンデリーの獅子だという……。",
"あら。"
],
[
"僕の耳は千里耳だから何でもすぐに聞えるんだよ。でも獅子は有難いな。そのお礼に、詩人めいた素敵な名を二人につけてあげましょうか。",
"ええ、どうぞ。",
"そうだな……静子さんは水中の夢で、綾子さんは空中の夢……ってどうです。",
"水中の夢に空中の夢……。"
],
[
"もう止しましょうか。",
"ええ。"
],
[
"静子さんは利口ですね。実際都会のものには、夜の山登りなんか駄目ですよ。",
"それでも、静子さんはそれは月の晩が好きなんですの。私月を見てると、何だか淋しく悲しくなってきますから……。",
"月を本当に好きな人は、月を見てても淋しく感じない人かも知れません。でも可笑しいですね、静子さんよりあなたの方がずっと快活なのに……。",
"その代り、もう何もかも嫌になって、口もききたくなくなることがありますの。よく静子さんに笑われますけれど……。",
"そう云えば、静子さんくらいいつも調子の変らない人はありませんね。"
],
[
"あなたのことで私静子さんと議論しましたのよ。",
"え、私のことで……。"
],
[
"失恋した後で結婚するのはちっとも不思議でないと、静子さんは仰言るのですけれど、向うの人を本当に愛していたら、他の人と結婚なんか出来ない筈だと、私はそう云いましたの。",
"それが本当です。",
"でも、あなたは……。",
"私のは……別ですよ。"
],
[
"ヒポコンデリーの獅子が失恋したなんて、可笑しいでしょう。",
"あら私、そんな意味であなたのことを……。"
],
[
"何をしてるんです。",
"水中の夢子さんに、綺麗な石をおみやに持っていって上げるつもりですの。"
],
[
"だって、お父さま、可哀そうだわ。",
"他所の猫じゃないか。"
],
[
"お前はどこか身体でも悪いんじゃないのか。もし何なら、医者に診て貰ったらどうだい。",
"それには及びませんわ。"
],
[
"いつ生れるんだい。",
"もうじきだそうですけれど……。こんどのは大変発育がいいって、お産婆さんもそう云っていますが、何だかいつもよりお腹が大きくて苦しいんですの。",
"二子じゃないのかね。",
"あら、いくら大きいったって……。"
],
[
"五郎。",
"はい。",
"桃子。",
"はい。",
"七郎。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「改造」
1924(大正13)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042428",
"作品名": "人間繁栄",
"作品名読み": "にんげんはんえい",
"ソート用読み": "にんけんはんえい",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「改造」1924(大正13)年5月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-11-08T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42428.html",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
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"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年12月15日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
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} |
[
[
"はあ、左様でございますが……。",
"もしも、宿にお困りのようでございましたら、お粗末なところではありますけれど、どうにかお休みにだけはなれますから、おいで下さいませんか。"
],
[
"ほんとに困りぬいていたところでございます。帰りの汽車の切符が買えなかったものですから。",
"いつも、朝のうちに売りきれてしまうんでございますよ。"
],
[
"河でしょうか、海でしょうか……。",
"ご存じありませんの。沼……というより、湖水でございますよ。"
],
[
"あら、御存じありませんの。寅香さん……それ、高次さんのあのひと……。",
"これが……。"
],
[
"このひとが、あの、沼のほとりのひとですよ。",
"まあ……夢の中のようなお話の、あのひと……。"
],
[
"たしかにこの辺でしたの。",
"そう思いますけど……。"
],
[
"おかしいわね。",
"ほんとに……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「思索」
1946(昭和21)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042722",
"作品名": "沼のほとり",
"作品名読み": "ぬまのほとり",
"ソート用読み": "ぬまのほとり",
"副題": "――近代説話――",
"副題読み": "――きんだいせつわ――",
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"初出": "「思索」1946(昭和21)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-02-09T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
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"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
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} |
[
[
"戦争が終って立ち上ると、俺は眩暈がした。",
"酔っ払った時の眩暈と、同じか。",
"いや、そんなもんじゃない。酔っ払った時は、外の世界がぐるぐる廻る。俺たちのは、頭の中がぐるぐる廻った。"
],
[
"協力してやってくれるか。",
"も少し待て。考えてみる。"
],
[
"おい、何してるんだ。",
"こいつ、ばかな坂だ。"
],
[
"大丈夫か。",
"なあに、ばかな坂だ。"
],
[
"嫌なものか、俺の方をじっと見てみろ。",
"さっきから見ている。なぜ顔をそむけるのか。"
],
[
"なんだ。",
"早く行け、早く行け。",
"どこへ行くんだ。",
"好き勝手なところへ行け。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「新文学」
1948(昭和23)年12月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042747",
"作品名": "猫捨坂",
"作品名読み": "ねこすてざか",
"ソート用読み": "ねこすてさか",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新文学」1948(昭和23)年12月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-03-04T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42747.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"底本の親本名1": "",
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"校正に使用した版2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
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} |
[
[
"やあ、犬の先生。",
"やあ、猫の先生。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:田中敬三
2006年4月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042583",
"作品名": "猫先生の弁",
"作品名読み": "ねこせんせいのべん",
"ソート用読み": "ねこせんせいのへん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-05-19T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年11月10日",
"入力に使用した版1": "1967(昭和42)年11月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "1967(昭和42)年11月10日第1刷",
"底本の親本名1": "",
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"底本出版社名2": "",
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"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
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"入力者": "tatsuki",
"校正者": "田中敬三",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42583_txt_22669.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-04-21T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42583_22670.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-04-21T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"八十八という名前もあるじゃないか。",
"そいつあ世間にいくらもありまさあ、ヤソハチというんでね。",
"もっと上にゆくと、八百八というのがあるよ。",
"へえ? 八百八。",
"そら、伊予の松山の八百八狸って有名な奴さ。",
"へえー、なるほど……。"
],
[
"そうですね……どうしたもんでしょう?",
"あら、あなたはまだ決めていないのね。でも今晩、行くか行かないかの返事をする約束じゃなかったの?",
"そのつもりでしたが、もっと詳しく聞いてからでないと……。",
"聞くって、どんなことを? もうちゃんと分ってるじゃありませんか。"
],
[
"ええ、あいつは旨かったですね。",
"僕はね、あの種を少し庭の隅に蒔いたものさ。所が折角芽を出すと、女中が草と一緒に引っこ抜いちまった。"
],
[
"どうしたの、ぼんやりして? そして変な顔をして?",
"片山さんは私に怒ってらっしゃるんじゃないでしょうか?",
"なぜ?"
],
[
"何だかいつもと様子が違ってるようじゃありませんか。",
"どうして?"
],
[
"その他に片山さんの様子に変ったことはありませんか。",
"まあ!……全くあなたの方が今日は変よ。一寸何か云えばすぐ片山を狂人扱いにして!"
],
[
"でもあなたは、片山さんがそんなに苦しんでいらっしゃるのに、平気で落着いていられるんですか。",
"あなたはなお変よ!……私達のことをあなたはよく知ってるじゃありませんか。片山はどんな苦しいことがあっても、その苦しみが過ぎ去るまでは決して人に云わない性質なんでしょう。私初めはそれを嫌だと思ったけれど、馴れてみると、その方がいいようですわ。なぜって、考えてもごらんなさい、片山がつまらないことに苦しんでる時――苦しみなんて大抵つまらないことが多いものよ――私まで一緒に苦しんでごらんなさい、家の中はどうなるでしょう? 二人で陰気な顔ばかりつき合してたら、堪らないじゃありませんか。苦しみを二重にするばかりですわ。片山も私もそのことをよく知っているんです。それで片山は、自分に苦しいことがあっても、私には何とも云いませんし、私はまた、出来るだけ晴々とした顔をして、片山の苦しみを和らげてやるんですのよ。でも万一の場合になったら、片山の苦しみが余り大きくなりすぎたら、私にだって、その苦しみの半分を背負うだけの覚悟は、ちゃんとついていますよ。片山もそれはよく知っています。そして私達は互に信頼してるわけですよ。"
],
[
"ねえ佐伯さん、もうあなたもいい加減真面目になって、自分で生活を立てるようになさいな。それには、此度のことは丁度よい機会じゃありませんか。こんなよい就職口は、また探そうたってありはしないわよ。それは九州なんかに行くのは嫌でしょうけれど、それかって、東京に居てどうするつもりなの。私こんなことを云うのは嫌だけれど、あなたのお母さんが亡くなられる時、片山のお父さんに預けておかれた財産だって、もうとっくに無くなってるじゃないの。片山はああいう人ですから、あなたの月々の費用なんか黙って出していますが、そして私が、もう佐伯さんも自分で働いて食べるように意見してあげた方がいいって云うと、佐伯君も人に意見される年頃でもあるまいし、何か考えがあるんだろうなどと、却ってあなたを庇ってはいますが、それをいいことにして、いつまでものらくらしていてはあなたもあんまり冥利につきはしなくって? 今度は否でも応でも、あなたは暫く九州に行って辛抱なさるが本当だと、私は心から信じきってるのよ。片山があんなに骨折ってくれたのをそのままにしておいて、一体あなたはどうするつもりなの?",
"いえ私は、九州行きを断るつもりじゃないんです。ただ……どうして片山さんが私を九州なんかに……。"
],
[
"片山さんには暫く内密にしておいて下さいませんか。",
"ええ、その方がよければ云わないでおきましょう。……あの、佐伯さん、私がもし電話でお呼びしたらすぐに来て下さいよ、屹度ね!"
],
[
"私ね、思ってることを口に出したり書いたりしようとすると、何だかはっきりしなくって、よく云えないわ。",
"そりゃ誰だってそうだろう。",
"そうかしら?"
],
[
"あなたどちらにきめて?",
"え?",
"そら、九州の炭坑とかのこと。"
],
[
"まだきまらないの?",
"そんなに容易くきめられるものかね。",
"だって、つまりは分ってるじゃないの。",
"何が?",
"私ね、あなたが結局行らっしゃりはしないと思うわ。行こう行こうと思ってるうちに、やはり行かずじまいになるに違いないわ。"
],
[
"あなた、何に怒ってるの?",
"怒ってなんかいやしない。……もし怒ってるとしたら、自分自身に怒ってるんだろうよ。",
"つまんないじゃないの。"
],
[
"そうさ、全くつまらないよ。君なんかには分らない味さ。……画家なんて呑気だからね。",
"え?",
"君は画家になるつもりだっていうじゃないか。"
],
[
"先刻ちらと聞いたよ。",
"あ、あの嫌な人達?……どうして分ったんでしょう?",
"君が此処に来る客の顔をみんな描いて、それを好きな者と嫌いな者とに分けて、好悪の群像とかを拵えるつもりだって、云っていたよ。"
],
[
"どうして分ったんでしょう? 不思議ねえ。私誰にも知らせないようにしてたんだけれど。",
"別に隠す必要はないじゃないか。",
"だって、うるさいんですもの。私雑誌記者なんかしてたんでしょう……婦人雑誌じゃあるけれど……それがこんな所へはいったものだから、いろんなことを云われて困るのよ、あなたは知らないけれど、文壇てそりゃうるさいもんなのよ。",
"人が何と云おうと構わないさ。",
"だけど……。"
],
[
"だって、あなたは……。",
"仕事もしてると云うんだろう。陸軍の方の飜訳をしたり、時には詩や雑文を綴ってみたりね。然しそんなのは仕事じゃないよ。仕事というのは、それで自分の生活が統一されるもののことなんだ。僕の生活にはまるで統一がない。陸軍の方の『独立家屋』なんていう変な飜訳や、死にかかった病人の脈搏みたいな韻律の詩や、不健全な読書や、芝居や球突や、それから、多くは猫の生活、そんなのが、仕事と云えるものかね。僕は自分でも自分に倦き倦きしてるんだ。こんな生活を長く続けてると、どんな憂鬱と倦怠とが押っ被さってくるか、君には想像もつくまい。ロシアの小説によく、退屈でたまらないという人物が出て来るね。けれどあんなのはまだいいよ。退屈にせよ憂鬱にせよ、世界的に偉大さと深さとがあるからね。所が僕のは何もかも薄っぺらなのだ、ふやけてるんだ。九州の炭坑へでも追いやられたら……光を失って闇の中へでもはいったら。……"
],
[
"では、詩人は?",
"詩人!"
],
[
"私あなたの詩を覚えてるわ。",
"僕の詩だって?",
"いつか酔っ払っていらした時、私に書いて下すったじゃないの。淋しければっていう題の……。"
],
[
"一寸変でしょう。",
"ああ。おかしいな!"
],
[
"私ね、少うし言葉を変えたのよ、一日中考えて。御免なさい。いけなくなったかしら? でも、どうしてもうまくいかないのよ。一番終りの句ね、あなたのには、明日をも知れぬ幸を占う、とあったけれど……。",
"そうだ、明日をも知れぬ幸を占う、だった。……も一度君のを云ってくれない? 初めから。"
],
[
"逢ってみよう。",
"そう、岐度ね。二三日うちに、四五日うちに、……午後……晩……晩がいいわね。向うからいらっしゃることはないけれど、用があるってお呼びすれば、岐度来て下さるわ。"
],
[
"もう遅いじゃありませんか。",
"なあに、十一時にはまだ十五分あらあね。君は僕に、一晩に三十枚書き飛ばさしたことがあったろう。因果応報ってものだよ。"
],
[
"あなた佐伯さん?……じゃあ、すぐに来て下さいよ。今ね……いらしてるから。他に誰もいないわ。すぐにね。",
"今すぐ出かけるよ。……そして……。"
],
[
"いつか先生が手紙に書いて下すったでしょう、初めのうちは出来るだけ自己を画面に出しきるがよい、腕が進んでくるに従って、次第に自己が画面から消えて、偉い作品が出来るものだって。私がそう云うと、小林さんはまるで反対の意見なんでしょう。初めは自己を画面には出していけない、腕が進んでくるに従って、本当の自己が画面に現われてきて、立派な作品が出来るものですって。それでさんざん議論をしても、とうとう分らずじまいですから、しまいには松本さん所へ持ちこみましたのよ。",
"すると?",
"何とも仰言らないで、ただ笑っていらしたわ。好きなようにやるがいいだろうって。屹度御自分にもお分りにならないんでしょう。",
"うまく軽蔑されたもんですね。",
"あら、誰が?",
"あなた達がさ。あなた達のその議論は、第一自己というものの見方が違ってるから、いつまで論じたってはてしがつきませんよ。",
"そう、どうしてでしょう?",
"どうしてだか、僕にもお分りになりませんね。……そんなことより沢子さん、僕に絵を一枚くれる約束じゃなかったですか。",
"あら、先生に差上げるようなもの、まだ出来やしませんわ。"
],
[
"あら、先生も随分よ。私水のある井戸のことなんか云ってやしませんわ。",
"じゃあ、初めから水のない井戸のことですか。",
"ええ。",
"でもね、逃げ出す方に捨鉢になるのは卑怯ですよ。戦う方に捨鉢にならなくちゃあ……。"
],
[
"では何か仕事を見付けたらいいでしょう。",
"見付けたいんですが、それがなかなか……。",
"然し君は、一体何をするつもりですか。"
],
[
"仕事を見付けるということも大切でしょうが、それよりも、何をするかという、その何かを見出すのが、更に大切ではないでしょうか。誰にでも、何でもやれるものではないでしょう。先ず何をやるか、それからきめておいて、云わば生活の方向をきめておいて、それから初めて仕事を探すべきでしょう。そうでないと、どんな仕事がやって来ても、取捨選択に迷うばかりで、手が出せやしませんからね。",
"然し私には何をやってよいか、それをきめる力が自分にないんです。",
"そりゃあ勿論誰にだって、自分が何をやるべきかは、なかなか分るものではないでしょうけれど、ただ漠然と生活の方向といったようなものは、誰にでもあるものですよ。",
"ですが……その方向を支持してくれる力が第一に……。"
],
[
"あなた今日は、ちっともお酒をあがらないのね。",
"なに、やるよ。"
],
[
"それほどでもありません。",
"うそよ。私度々あなたの酔ってる所を見たわ。",
"酒に弱いから酔うんだよ。……そしてあなたは。",
"僕は泥坊の方で、いくら飲んでも酔わないんです。その代り、時によると非常に善良になってすぐ酔っ払うんです。",
"先生は酔うと眠っておしまいなさるんでしょう。",
"沢ちゃんを一度酔っ払わしてみたいもんだな。"
],
[
"少し外を歩きませんか。",
"そうですね……。"
],
[
"けれどその反対に、あすこに残るとしましたら、その意向にもやはり、どちらも伴わないではないでしょうか。",
"そうです。腹を立てちゃ駄目ですね。"
],
[
"君は……僕は今晩沢子さんから聞いたんですが、九州の炭坑とかへ行こうか行くまいかと、迷ってるそうですね。",
"ええ。",
"そいつはどちらなんです?",
"どちらって?……",
"行く方と行かない方と、どちらに運命の動きが感じられますか。"
],
[
"どちらにも感ぜられないんじゃないですか。",
"ええ。どちらにも感ぜられるようでもありますし、また感ぜられないようにも……。",
"それじゃあ、それも結局、柳容堂の二階に残ってるかどうかと、同じものですね。そして君も腹を立ててるという結論になるわけですね。"
],
[
"じゃあどうしようと云うんだ? こんなに云っても分らなけりゃ、勝手にするがいいさ。ただ一言云っておくが、変なことでもしたら、もう二度と取返しはつかないから、そう思ってるがいい。",
"私にも考えがあります。"
],
[
"あなたも御存じじゃありませんか、私は此頃はわりに謹直になって、酒なんか余り飲みはしません。ただ、一寸用事が出来たものですから、その方に駈けずり廻っていたんです。",
"でも昨日はあんなに雨が降ったのに、その中を……?",
"雨くらい平気ですよ。",
"嘘仰言い、懶惰なあなたが!……それじゃ、やはりあのことで?"
],
[
"急な用ですって?……あなたはもう忘れたの?……四五日うちに返事をするって約束したじゃありませんか。あれから今日で幾日になると思って? 丁度五日目ですよ。まあ、馬鹿々々しい! 当のあなたが平気でいるのに、私達だけで心配して……。あなたくらい張合いのない人はないわ。片山はね、あなたがあんまり心をきめかねてるのを見て、何か岐度他に心配があるに違いないと云うんでしょう。私あなたの言葉もあったけれど、実はこうらしいって、あなたが話したあのことを打明けたんですよ。すると片山は長く考えていましたっけ。そして、そういうことなら、その方はお前が引受けて、まとまるものならまとめてやるがいい、何も九州へ行くことが是非必要というのじゃないから、他に東京で就職口を探してやろうと、そう云うんですよ。それから、一体佐伯君が恋してるっていうその女は、どういう種類の女かって、しつこく聞かれたものですから、私よく分らないけれど、お友達の妹さんかなんか、そんな風な、ハイカラな女学生風の令嬢らしいと、そう云ってしまったんですが、……どう? そうじゃなくって?",
"女学生風の令嬢だなんて、どうしてそんなことに……。",
"なりますとも。だってあなたは、その女が自分にとっては、光明だとか太陽だとか、そんなことをくり返し云ってたでしょう。あなたのように、玄人の女をよく知ってる人で……そうじゃありませんか、盛岡のことだって、またその後のことだって、考えてごらんなさいな……そういう人で、相手が芸者だの……珈琲店の女だのの場合に、それが私にとっては光明だの太陽だのと、そんなことを云うものですか。そんなことを云うからには、相手は若いハイカラな……令嬢というにきまってるわ。ね、当ったでしょう。……何もそんなに喫驚しなくったっていいわよ。"
],
[
"だって私、何だか心配で……。",
"私一人だけのことなんです。私一人だけのことが、どうしてそんなに……。"
],
[
"あなたの云われるのは、文学的価値ではなくて、思想的価値のことでしょう?",
"そう、思想的価値、先ずそんなものだね。……僕は野ざらしをの方が先達てまでは好きだったものさ。所が其後、もろもろのの方が好きになったよ。そして、君を……また自分を、余り苦しめたくなくなったのだ。"
],
[
"ああ、達子は何と云っていた?",
"九州へ行かないでもいいし、それに……あなたが私に急なお話があるとかで……。",
"それだけ?"
],
[
"それから、私の……女のことについて。",
"君はその女のことをすっかり達子に話したのか。",
"いえ、その方のことは私が引受けてやると奥さんは云われたんですけれど、まだ私の方の気持がはっきりしないものですから、詳しくは話しません。",
"それだけか、達子が君に云ったことは?",
"ええ。",
"達子は君が何処かの令嬢に恋したんだと云ってたよ。",
"令嬢じゃないんです。",
"でも若い女なんだろう?",
"ええ。"
],
[
"急なお話って、どんなことですか。",
"君は、僕がなぜ九州なんかへ君を追いやるのかと疑ったね。"
],
[
"何をです?",
"僕と君のお母さんのことを。",
"あなたと母のこと?"
],
[
"僕と君のお母さんとの関係さ。",
"関係って……。"
],
[
"あなた佐伯さん? ……私沢子よ。……何していらっしゃるの?",
"何にもしていない。",
"じゃあ、一寸来て下さらない? 話があるから。今すぐに。",
"今すぐ?",
"ええ。晩は他に客があるとお話が出来ないから、今すぐ。お待ちしててよくって?"
],
[
"少し頭痛がするだけだよ。感冒をひいたのかも知れない。……強い酒を飲ましてくれないか、いろんなのを三四杯。ごっちゃにやるんだ。感冒の神を追っ払うんだから。",
"そんなことをして大丈夫?"
],
[
"そうさ。",
"あれからどんなことをお話なすったの、宮原さんと?"
],
[
"述懐って?",
"君と宮原さんとの物語さ。"
],
[
"それからすぐに帰って寝たよ。",
"いえ、その外に……。",
"何にも話しはしなかった。もう遅かったし、宮原さんの話が馬鹿に長かったからね。そんなに話が出来るものか。",
"じゃあほんとにそれきり?",
"可笑しいな。何がそんなに気にかかるんだい。宮原さんには君が僕を紹介したんじゃないか。",
"でも、何か……むつかしい話をして、それであなたが苦しんでなさりはしないかと、ただそんな気が私したものだから……。"
],
[
"何が?",
"何がって、僕にも分らないよ。何もかも分らなくなってしまった。何もかも駄目なんだ。もうどうなったっていいさ。"
],
[
"僕はいくら考えても分らない、話を聞いても分らない、まるで謎みたいな気がするが……実際僕には謎のように思えるんだ。",
"どんな謎?",
"宮原さんと君との関係さ。",
"あらいやよ、関係だなんて。ただのお友達……先生と……お弟子といったような間じゃありませんか。",
"今じゃないよ。あの時……宮原さんが奥さんと別れた時に……。",
"だって、宮原さんには二人もお子さんがおありなさるでしょう。",
"それだけの理由で?",
"ええ、それだけよ。"
],
[
"ええ、少し。",
"それじゃ、お酒よりも大根おろしに熱いお湯をかけて飲むと、じきに癒りますよ。"
],
[
"ほんとかしら?",
"ええほんとですよ。寝しなにお茶碗一杯飲んでおくと、翌朝はけろりとしててよ。",
"あなた飲んだことがあって?",
"ええ。感冒をひくといつも飲むんですの。でも、利くことも利かないこともあって……それは何かの加減でしょうよ。"
],
[
"なに、煖炉の火気を少し受けすぎたんだろう。何でもないよ。",
"でも変に苦しそうなお顔でしたよ。",
"一寸夢をみたようだった……。",
"夢?",
"と云って悪ければ……いややはり夢だよ。",
"おかしいですわね、眼をあいてて夢をみるなんて。",
"白日夢ってね。",
"あら……ひどいわ。人が本気で心配してるのに冗談なんか云って。"
],
[
"だって、三人で友達になってどうするんだろう?",
"私それが嬉しいわ。",
"然し三人の友達というのは……一寸何かがあればすぐ壊れ易いものだよ。……君達だって、宮原さん夫婦と君と、躓いたじゃないか。",
"あれは私達が悪いのよ。",
"悪いって?",
"だって私達は……一寸でも……愛し合う気になったんですもの。愛し合う気になったのが悪いのよ。",
"愛し合う気になったのが?",
"ええ。"
],
[
"宮原さんに二人もお子さんがあるから。",
"それは先刻聞いたが、それだけのことで?"
],
[
"それじゃやはり、心から愛していたんだね。",
"ええ、心から愛していたわ。宮原さんも、心から私を愛して下すったの。",
"では結婚するのが本当だったんだ。結婚したからって、君が全く縛られるわけじゃないんだから。",
"縛られやしないけれど、私は、もっと自由にしていなけりゃいけないんですって。大きな二人の子供の世話なんか私には出来やしないんですって……。私の世界は宮原さんの世界と違うんですって……。だから、愛し合うだけで十分だったのよ。",
"そのうちに年を取ってしまうじゃないか。",
"ええ、年を取ってしまうわ。それまでの間のつもりだったわ。",
"年を取ってからは?",
"年を取ってからは……結婚するつもりだったのよ。それが本当だわ。もっともっと、いろんなことをしてから、勉強をしてから、そして世の中に……何だかよく分らないけれど、私が落着いてから……とそう思ったのよ。"
],
[
"佐伯さん、また明日にでも来て下さらない? 私、まだ云うことがあるから。",
"来るよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
※「萌」と「萠」の混在は底本通りです。
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2006年4月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品名": "野ざらし",
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"初出": "「中央公論」1923(大正12)年1月",
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[
[
"前のよりはいい家だけれど、欲を云えば、庭がも少し広くって、そして一軒建だと、ほんとにいいんですけれど……。",
"まあそれくらい我慢するさ。贅沢を云えばきりがないから。"
],
[
"そりゃ面白いかも知れませんわ。お隣りの奥さんは私より綺麗だから。",
"そして隣りの御主人は、僕よりも綺麗だろうからね。",
"それごらんなさい。損するのは私達ばかりですよ。",
"その代り、隣りの方が金持かも知れない。",
"そりゃ当り前ですわ。私達より長く世の中に……働いてきたんですもの。"
],
[
"どうなすったの?",
"忘れてきた。",
"え、何処に?",
"隣りの家に。",
"お隣りですって? まあどうして?"
],
[
"いやですよ、そんな気の利かないお使なんか。",
"だって僕が行くのも何だか変だし、お千代をやるわけにもゆかないし、まあお前が行ってくれるのが、一番順当だろうじゃないか。"
],
[
"行ってくれたのか。",
"ええ、行かなけりゃ仕方ないじゃありませんか。あなたが御自分でいらっしゃるわけにはゆかないし、女中をやるわけにもゆかないし、私より外に誰もないじゃありませんか。"
],
[
"行ってみると、案外やさしい気の置けない人達ですよ。そして、昨夜はお隣りの御主人も、やはり御友達と酒を飲んで遅くなられて、丁度留守中にあなたが飛び込んでゆかれたものですから、そりゃあ喫驚なすったそうですよ。見た人だというきりで、何処の人とも分らないので、羽織の始末に困っていらした所でしたわ。私が話をして謝ると、皆で放笑してしまいました。お隣りの御主人も、やはり変な間違いをなすったことがあるんですって。",
"どんな?",
"あなたのより少したちが悪い、と御自分で云って、お話なすったのですが……。"
],
[
"あなたの御主人の方は家だからいいが、私の方は他人の細君だから、そりゃあ弱りましたよと、そう云って笑っていらしたわ。そして、これを御縁にちょいちょいお遊びに来て下さいって……。",
"そりゃ皮肉なのかい。",
"いいえ本気よ。",
"へえー。"
],
[
"おい、これから時々間違えて、二人で隣りへ押しかけてゆこうじゃないか。",
"何を仰言るのよ、すぐ図にのって。",
"それから、隣りでその外に何か云ってはしなかったかい。"
],
[
"そりゃあ面白い。実を云うと、僕はその方面では常習犯でね、自分一人かと思って、少し心細がってた所だ。",
"常習犯だって?",
"まあそうだね。……ただ漠然と云ったのでは分るまいから、詳しくその気持を話してみよう。"
],
[
"それから、どうした?",
"どうって、それっきりさ、まだ未解決のままなんだ。",
"未解決だって、それじゃ困るね。",
"ああ困るよ。"
],
[
"お前は春子だね。",
"まあ、あなたは!……また間違えてお隣りへ飛び込みなすったの?"
],
[
"間違えるものかね。あべこべに、間違えられやしないかと心配したくらいだ。",
"心配ですって!……間違えられる方なら、いくら間違えられたって平気じゃありませんか。",
"平気……そうだ、間違えたって間違えられたって、そんなことを構うものか、平気なものさ。"
],
[
"お前は僕を信じていないんだね。そんなこたあいけない。……さあ、外に一緒に出てみよう。外はいい気持だよ。",
"だって……。",
"そのだってがいけないんだ。さあ行こう。お前は昔はよく、僕と一緒に散歩したがってたじゃないか。"
],
[
"子供を連れて来るとよかったね。",
"だって、もう眠ってるんですもの、可哀そうですよ。",
"それじゃ、また昼間連れて出ることにしよう。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「新小説」
1923(大正12)年8月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2009年1月12日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042419",
"作品名": "白日夢",
"作品名読み": "はくじつむ",
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"初出": "「新小説」1923(大正12)年8月",
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[
[
"だから、気まぐれな思いつきの招待だろう。ただ御馳走になってくればいいんだ。高賓如大佐も招かれてるそうだ。高大佐とは君は暫く逢わないだろう。僕の父は行かないそうだから、気兼ねする者はないし、高大佐と三人で、勝手に飲み食いし饒舌りちらしてくればいいさ。",
"高大佐も来るのかい。",
"そうだよ。",
"おかしいね。",
"おかしいことはないさ。高大佐は呂将軍の参謀で、帷幄の智能だから、一緒に来てもよかろうじゃないか。"
],
[
"それほど君が気にするなら、種明しをしてもよいが、実は、意外なところに策源地があるらしい。然し、そんなことよりは先ず、方福山の招待に応ずると、それをきめてくれなくては困る。それが大切な問題だ。",
"なぜだい。",
"なぜだか後で分る。とにかく、承知するんだね。"
],
[
"君に一任しよう。",
"じゃあ、行くんだね。",
"うむ、行くよ。",
"よろしい。……そこで、問題だがね。"
],
[
"なぜ君はそんな持って廻ったいい方をするんだい。",
"愛情を尊敬するからだ。"
],
[
"そうしますと、私の夢も、お笑いになる権利はありませんわ。",
"どんな夢……。",
"駱駝に乗って、長城の上を歩いてゆきました。",
"おかしい夢だな。",
"ところが、ふと気がついてみて、とても淋しくなりましたの。拳銃を持っていませんでした。私、あの冷りと光ってる、小さな拳銃が一つ、ほんとにほしかったのです。",
"それで、どうするつもりだったの。",
"どうもしませんわ。ただ持っておればよろしいんですの。歌をうたう時計や、枝から枝へ飛び移る金の鳥が、西太后の玩具だったとしますれば、新時代の女性の玩具は、拳銃であってもよろしいでしょう。",
"新時代の女性の玩具か、それは素敵だ。",
"では、その玩具を下さいますか。"
],
[
"一体それは、夢の話ですか、本当の話ですか。",
"自分でも分りませんわ。"
],
[
"そして、どうだった。",
"なあに、ちと無理なことをしたが……。"
],
[
"これからは注意して下さい。あんな所へ僕を尋ねてきて、それも夜遅く……。",
"然し、秘密な用だったものだから。",
"それがいけないんです。秘密は白昼公然の場所で為すべきものですよ。この頃、僕達は少し睥まれているんです。",
"何かあったの。",
"それは、こちらから聞きたいことですよ。あんなもの、何にするんですか。",
"ちょっと、人から頼まれたので……。",
"然し、こんなちっちゃいのは、役には立ちませんよ、玩具にならいいけれど。",
"勿論玩具だ。玩具だと僕は信じてる。"
],
[
"それから、あとのは、どれほどあげたらいいかしら。",
"あとの……あああれですか。あれは、僕からいい出したんだから、いかほどでもいいんですが、それじゃあ、十枚下さい。"
],
[
"これで終りです。約束は守って下さいよ。つまり、後の分ですっかり帳消しです。あなたが僕から一件を受取ったことも、僕があなたに一件を調達したことも、凡て無かったことになるのです。忘れたのでなく、そのようなことは無かったのです。宜しいですか。",
"宜しい。約束だ。",
"約束などもないんです。",
"なんにもない。",
"そうです、なんにもないんです。"
],
[
"それでは、隠れ家の意味をなさないね。",
"そうです、あべこべになっちゃった。呂将軍の影響ですね。呂将軍のクーデタの噂が、相当に拡まっていましょう。そのため、スパイがばらまかれている。あの連中ときたら、秘密は隠れたところにばかり転ってるものと思ってますからね。秘密の方で先手をうって、明るいところへ移動したってわけですよ。あなた方も、何かやるなら、この戦術を使うんですね。ところで、あなた方は、どちらと連絡があるんですか。",
"連絡……そんなものはどこにもない。",
"あなた方になくても、先方からつけてくる。用心しなけりゃいけませんよ。本当の吾々の味方は、呂将軍の方にも、省政府の方にもない。",
"ではどこにあるんだい。"
],
[
"今晩の宴会には、欠けたものが一つあったね。",
"何ですか、それは。",
"君のお父さんが来られなかったことだ。",
"父は近来、ここの人達をあまり好まないようです。",
"それは当然だ。然し、ここの人達にしてみれば、君のお父さんは最も大切な客だった筈だ。",
"なぜですか。"
],
[
"考えてみ給え。荘太玄の名望と、方福山一家の財産と、それから君達自身はどう思ってるか知らないが、青年知識層の精鋭と見られてる一方の代表者たる、荘一清と汪紹生、それから自分でいうのも変だが、呂将軍の知嚢としてのこの高賓如、それになお、社交界の花形と独りで自惚れてる陳慧君、将来特異な才能を示しそうな柳秋雲をも加えて、それだけあれば、北京で大芝居がうてると思うのも、無理はないさ。",
"そんなことを呂将軍は考えてるんですか。",
"いや、考えてるものか。引きずられてはいるだろうが……。",
"では、誰が考えてるんです。方福山ですか。",
"方福山はまあ進行係というところだね。立案の方はどうやら陳慧君にあるらしい。とにかく、あの二人はいい組合せだ。",
"そして、あなたも、それに加担してるんですか。",
"僕が加担してたら、もっとうまくやるよ。柳秋雲に歌をうたわしたり、あれは可哀そうだった、あんなへまなことはしない。僕はただ傍観者にすぎないんだ。",
"傍観者……それでいいんですか。僕はあなたを軽蔑しますよ。",
"なあに、軽蔑は最後になすべきものだ。事の成行を楽しんで観てるという時機もあるさ。ただね、僕は君達に自重して貰いたいんだ。自重してくれ給え。お父さんが今晩来られないのはよかった。",
"父はそんなことを知ってるんでしょうか。",
"御存じではあるまい。然し、うっかり洩らしてはいけないよ。僕と君との間だけの秘密だ。",
"それは勿論です。だが……僕達、汪紹生と僕とを招かしたのは、柳秋雲だとばかり思っていました。",
"どうしてだい。",
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"だが、陳慧君のところに戻ってからは、彼女も相当変ったろう。それにまた、たとい彼女がいい出しても、それを取上げるかどうかは陳慧君の自由だからね。陳慧君は育て親として、彼女の上に絶対の権力を持っている。",
"それを、あなたは承認しますか。",
"事実の問題だ。第三者の否認なんか、当事者には何の役にも立たない。",
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"女の問題について冷淡なのは、僕の立前だ。女はどうも危険だからね。"
],
[
"呂将軍が、芝居の歌が大変お好きだから、なにか美しいのを歌うようにと、前の日から頼まれておりました。それで私、恥しい思いを致しましたが、その仕返しに、美しい歌の代りに悲しい歌をうたってやりましたわ。",
"何をうたったんですか。",
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],
[
"でも、よくそんなのを覚えていますね。",
"ふだん教わっておりますの。"
],
[
"なんですの。",
"あれ……玩具さ。",
"ええ、素敵ですわ。今日は、そのお礼に参りましたの。",
"でも、よく一人で来られたね。"
],
[
"また、夢の話だろう。本当なら、僕達も一緒に行ってもいいよ。",
"まだ、夢だか、本当だか、よく分りませんの。",
"だから、夢のような話さ。"
],
[
"条件はただ、絶対に秘密を守るということだけです。分っていましょうね。",
"承知しております。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042716",
"作品名": "白塔の歌",
"作品名読み": "はくとうのうた",
"ソート用読み": "はくとうのうた",
"副題": "――近代伝説――",
"副題読み": "――きんだいでんせつ――",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-12-20T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42716.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
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} |
[
[
"お上さん、こいつは、ちっとひどいよ。",
"そうですか、どれ……。"
],
[
"これ、なんだか知ってる。",
"あら、こないだも頂いたわ。"
],
[
"いつも、水がきれいに澄んでたわ。深いところでも、底まではっきり見えるの。砂があったり、小石があったり、泥があったりして、泥のところには藻が生えてるの。藻の中にいろいろな魚がいて、みんなでしゃくいに行ったわ。魚はなかなか取れないけれど、小蝦はよく取れたわ。大きな蟹に指をはさまれて、泣きだしたこともあるの。",
"喜美ちゃん、そんなにおてんばだったの。"
],
[
"いいえ、あたしじゃないのよ。だって、まだ五つか六つだったんですもの。",
"時々、田舎に行ってみたいとは、思わないの。",
"でも、行ったって、つまらないでしょう。",
"そりゃあ、面白いことはないよ。けれど、町中に住んでると、僕なんか、時々田舎に行きたくなる。焼け跡の原っぱに、こうしてじっとしてても、いい気持ちだからね。ただ野原には、焼け跡でもやはり、水のきれいな川がほしいよ。川の流れが一つあれば、野原がほんとに生きてくる。"
],
[
"また、考え事をしていらしたの。",
"うむ、ちょっとね。さっき、焼け跡で、だいぶ長く石に腰掛けていたものだから、風邪でも引きはしなかったろうかと思って……。",
"あら、済みません。御免なさい。",
"僕のことじゃないよ。喜美ちゃんが風邪を引きはしなかったろうかと……。"
],
[
"お上さんて、喜美ちゃんのこととなると、意気地がないわね。今のままでいいじゃないの。",
"そうでしょうか。",
"そうにきまってるわ。ここの娘さんでいいじゃないの。",
"そりゃあね、わたしがこれから十年も二十年も生きてるとすれば、それでいいんだけれど、この節、へんに胃が痛むんでね……。"
],
[
"梶山さん、強がったってだめよ。富久子さんと浮気も出来ないくせに、喜美ちゃんと結婚するなんて……。",
"浮気をしないから、結婚するのさ。",
"だめよ、梶山さんじゃあ。第一、年があまり違いすぎるし、何から何までつりあわないわ。だから、喜美ちゃんと結婚するなんて、それもやっぱし浮気じゃないの。そんな浮気なら、わたしが封じちゃうわよ。石塚さんと同じことよ。"
],
[
"君はまったく、おかしなひとだよ。",
"どうして。",
"喜美ちゃんのこととなると、すぐ夢中になるからね。",
"妬けるのよ。どうやら、同性愛みたいだわ。",
"ばかなことを言ってる……。",
"いいえ、ほんとうよ。わたしの方が真剣だから、男の浮気から護ってやるの。ねえ、お上さん……梶山さんだって、浮気だからだめよ。",
"浮気でなかったら、どうする。",
"うそ、うそよ。ほかの女とだって、分りゃしないわ。",
"ほかの女と浮気なんか、するものか。",
"決してしないの。",
"しないよ。",
"じゃあ、わたしとなら、どう。浮気しないの。",
"そうね、君となら、そりゃ分らん……。",
"あとで後悔するわよ。",
"君こそ、あとで後悔しなさんなよ。"
],
[
"梶山さん、ほんとに喜美ちゃんが好きなの。",
"うん、好きだよ。",
"どんな風に好きなの。",
"どんな風って……別に愛してるわけじゃないが、ただ好きだよ。本当のことを言えば、喜美ちゃんを見てると、今にたいへん不幸なことが喜美ちゃんに起りそうで、なんだか、胸が切なくなる……そんな風でね……。",
"それ、ほんとなの。"
],
[
"すこし、喜美ちゃんをいじめすぎたらしいのよ。",
"そんなことなら、僕にあやまることはないじゃないか。",
"そうだけれど、梶山さんにも関係があってよ。昼間、焼け跡で、梶山さんと何の話をしてたかと、いくら聞いても、何の話もしなかったと言うんでしょう。長い間二人でいっしょに腰掛けていて、口を利きあって、それで何の話もしないなんて、そんなことがあるもんでしょうか。でも、どうやら喜美ちゃんの言うのがほんとらしいわね。",
"ああ、あれか。なるほど、喜美ちゃんはうまいことを言うね。野原のことや、川のことを、僕が独りで饒舌ってたんだ。喜美ちゃんは聞いてたかどうかも分りゃしない。まったく、何の話もしなかったわけだ……。君も見たのかい。そんなら、声をかけてくれたっていいじゃないか。",
"しばらく立って見てたわ。でも、声をかける隙がないんですもの。",
"声をかける隙がない……なんだい、それは。",
"何と言ったらいいかしら……。まあね、二人で、心中の相談をしてるとか、そんな風で、声をかける隙がないのよ。",
"ばかだね、そんなことを……。",
"でも、わたしが男なら、喜美ちゃんと心中するかも知れないわよ。",
"ますます怪しからん。"
],
[
"何にも言わなかったの。",
"ええ。だけど、その前に、しんみり言ったことがあるわ。",
"どんなこと。",
"男のひとに、決して肌身を許してはいけないって、そう言ったわ。一人のひとに許すと、また、二人めのひとに許すようになる。二人めのひとに許すと、また、三人めのひとに許すようになる……。"
],
[
"それから、たしかなひとと結婚なさいと言ったわ。そしてまた言いなおしたの。一人のひとと結婚すると、また、二人めのひとと結婚するようになる。二人めのひとと結婚すると、また、三人めのひとと結婚するようになる……。",
"それで。",
"それだけよ。そして桃代さんは笑ったの。だけど、あたし、なんだかへんな気がして、忘れられないわ。",
"なあに、冗談だったろうよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「芸術」
1947(昭和22)年10月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042738",
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[
[
"あら、いけませんよ。今眠ったばかりじゃありませんか。",
"はははは、眠ってるな。"
],
[
"まるで海みたいなものだ。",
"え、海……。",
"海が見たくなっちゃった。",
"じゃあ見にいらっしゃいよ。",
"そうだな、今から行って来ようか。だが……。",
"なあに……。",
"まだ暑いし、……。",
"だから、海は涼しくていいんじゃありませんか。",
"そうかしら……。一緒に行こうか。"
],
[
"なぜだい。",
"坊やをどうするの。",
"ああ、子供か。",
"嫌な人ね、白ばっくれて……。行っていらっしゃいよ。",
"うむ……だが、赤ん坊の顔を見てるのもいいようだし……。",
"まあー……。"
],
[
"いや、僕は……赤ん坊の寝顔はひどく好きだよ。何だかこう、人間ばなれした清浄無垢って感じだからね。赤ん坊というものは、始終眠ってると実にいいんだけれど……。",
"それじゃあ、人形も同じじゃありませんか。",
"そうだ、生きた人形……そんなものが生れると素敵だがなあ。",
"また。……だからあなたは駄目よ。",
"へえー、駄目かなあ。",
"何を感心していらっしゃるの。……行っていらっしゃいよ。つまらないことばかり云って、また坊やが眼を覚すじゃありませんか。",
"三界に身を置くところなしか。……行ってくるかな。……どこだろう、一番近くて一番よく海が見えるところは……。"
],
[
"夕飯は……まあどっかで済しちまおう。……少し帰りは遅くなるかも知れないよ。",
"遅いのはいつものことじゃありませんか。"
],
[
"あ、全くだ。夜遅く、もう電車もなくなった街路を、ぶらりぶらり歩いてくるのは、実にいい気持のものだよ。お前には分らないかなあ……。",
"…………"
],
[
"いやよ、何をなさるの。",
"ははは、一寸ね……。",
"柄にもないわ。"
],
[
"やあー。",
"暫くぶりだね。",
"うむ。",
"どうしてるんだい、其後……。まあ、あっちの卓子に来ないか。",
"そう。"
],
[
"飯は?",
"もう済んだ。",
"もう……。何なら、今初めたばかりだから、一緒にやろうか。",
"いやほんとに済んだよ。"
],
[
"ほんとかい。",
"ああほんとだ。"
],
[
"行こう行こうと思ってて、つい行きそびれちゃってね……。",
"いやお互様だよ。……君んとこは皆丈夫かい。",
"ああ丈夫だ。",
"二人とも……。",
"二人とも、……うむ、丈夫にしてるよ。"
],
[
"君も……もう落付いたかい。",
"落付いたと云やあ、落付きすぎたくらいだが……。"
],
[
"いや、その方が僕は有難かった。なまじい変なことを云って慰められるよりも、そっと触れないでおかれた方が、どれほどいいか分らない。",
"ふむ、そんなものかなあ。",
"どうして……。",
"どうしてってことはないが……一体どんな気持だい。随分困ったろう。",
"その当座は全く困っちゃった。だが……子供がないのでまあよかったが……何もかも済んでしまって、落付いてしまった後が、どうもいけない。",
"というのは……。",
"何かしら残ってるんでね。",
"そりゃあ残ってるだろうよ。",
"それがね、変なんだ。妻の品物がそこらにあるとか、僕の身の廻りの世話が行届かなくなるとか、そんなことなら当り前の話だけれど……。",
"まだ何かあるのかい。",
"ある。……だが、もうそんな話は止そうよ。",
"話したくないことなら、仕方ないが……。まあいいや、そのうち何もかもよくなるよ。実際人に死なれるってことは、嫌なことだ。僕にも母が死んだ時の覚えがある。然し、いつのまにか、遠い過去のことになってしまうものだよ",
"…………"
],
[
"うむ……。",
"それと同じことなんだ。妻が死んでから、僕は、生活が不自由だとか、いろんな思い出の品があるとか、そんなことにはもう平気でいられる。けれど、妻の姿だけのものが……物質的な立体的な……妻の肉体そっくりなものが、僕の周囲で空虚になっているのだ。……空虚と一口に云うが、空虚だって一つの形を取ることがある。妻の姿通りの空虚が、家の中にそこらに動き廻ってる。どんなものを持ってきてもふさげられない……それそっくりのもの、妻の肉体をもってこなくちゃふさげられない、そういった空虚が、家の中にふわりと浮んで動き廻ってるんだ。"
],
[
"僕は、昔の幽霊なんてものは、結局そういう空虚を指すんだと思う。幽霊を何か実体があるように考えるのは間違ってる。それはただ、一定の形を具えた空虚じゃないかね。生きてた当の人間の肉体そのものでしかふさげられない空虚だ。ただ、眼に見えなくて、感じられるだけのものだが……然し、もし空虚そのものが眼に見えるようになったら……。",
"そりゃあ……困る……。",
"困るとか困らないとかいう問題じゃないよ。全く思いもよらないことなんだ。",
"誰だってそんな……。だが、考えてみれば、それも愛情のせいかも知れないよ。",
"愛情……そういった気持とは全く別なものだ。僕は何だか不気味な恐ろしい気持さえしてるんだから。"
],
[
"外を少し歩こうか。",
"うん。"
],
[
"こんなことがあるよ。結婚して二三年すると、一種の倦怠期と云うか……免に角、夫婦生活に興味がなくなって、淡い幻滅の時期がくる。誰だってそうらしい。そして自由な独身者を羨んだりするようになる。夫婦生活というものが、変に束縛という風にばかり感じられて、細君が亡くなったらと、そんな想像までするようになる。勿論、死なれるのは困るが、そっと消えて無くなったらと、まあそれくらいのところだね。それだって、男性通有のことだとすれば、そう軽蔑も出来ないよ。",
"そりゃあ、細君を持ってる男ばかりが考えることだ。",
"そうかも知れないが……然し、物事は考えようだからね。夫婦生活なんて、二三年で沢山なものかも知れないよ。",
"君もそうなのか。",
"僕……。いや、僕は、妻を愛してるし、妻に消えて無くなって貰いたいとも思ってやしないが……それでも、何と云ったらいいかなあ……籠から脱け出したくなることもあるよ。",
"籠から脱け出すって……。",
"まあ何だね、凡てを忘れて、自由に飛び廻る……とでも云うのかしら。",
"いつでも君は自由に飛び廻ってるじゃないか。",
"それがね……少し。"
],
[
"どうなんだい。",
"まあいいや。……そんなことよりか、今晩、これから改めて飲みに行こうか。たまには気晴しもいいよ。",
"飲むのはいいが……。"
],
[
"君はこの頃、遊び初めたんだね。",
"いや、遊ぶというほどじゃないよ。ごくたまに……。",
"女を買うのか。",
"…………"
],
[
"大丈夫さ。何も知らないよ。また知ったとて嫉妬を起すほどのことでもないからね。僕はすぐに相手の女の顔も名前も忘れちまうんだ。まあ、たまに家庭外の飯を食う、それくらいのことにしか当らない。そして元気になりゃあ、それでいいじゃないか。",
"そんなばかなことが……。",
"実際そうなんだから仕方ないよ。何でもない、一寸した刺戟性の香料みたいなものさ。……香料と云やあ、面白い話があるよ。僕の友人に医学士がいてね、ふと考えついて、病院の実験室で女の鬢附油を使ってみた。何でも硝子と硝子とを密着さして空気の流動を防いで、その硝子器の中で血液中の酸素を調べたりなんかする実験なんだ。その硝子を密着させるのに、普通はワゼリンを使用するんだが、粘着力がわりに弱い。そこで鬢附のことを思いついて、やってみると、なかなか成績がいい。……ところがね、鬢附をねっていると、その匂いがぷんと鼻にくる……。薬品の香のこもった厳粛な実験室だ。その中で鬢附の匂い……そして、色街のことがふっと頭に浮ぶ……。そうなると、その日は駄目だが、一晩遊んで翌日からは、平素に倍して実験に身がはいる……と云うんだ。普通の男にとっては、遊びなんていうものは、それが全部で、そしてそれだけのものさ。"
],
[
"え……一緒に一杯やるんじゃないのか。",
"いや、またこの次にしよう。今日は一寸用があるから……。",
"だって……。",
"そのうちに行くよ。……そう、赤ん坊を見に行こう。",
"…………"
],
[
"ほう、武田君が。",
"ええ。随分長く、二時間くらい待っていらしたが、お帰りなさらないので……。",
"何か用かしら。",
"尋ねてみたんですけれど、別に用はないんですって。……こないだ、あなたはお逢いなすったんですってね。",
"あ、そうそう、話すのを忘れていたが……。"
],
[
"二時間も……何を話していったんだい。",
"何ということはなく……口を利くのが面倒だって風に、黙りこんで子供ばかり見ていらしたわ。奥さんがなくなって、やっぱり淋しいんでしょう。",
"そりゃあね……。",
"そうそう、あなたと同じようなことを云ってらしたわ。子供の匂いはどこか果物の匂いに似てるって……。",
"そうれごらん。",
"だけど、子供の寝顔を見てると海を思い出すって、そうあなたが仰言ったことを云うと、ふいと大きな声で笑い出しなすったわ。わたしびっくりしちゃった。",
"ふーむ、分らないんだよ。",
"だって、何があんなに可笑しいんでしょう。",
"何か変なことを思い出したんだろう。……それはそうと、訪ねていってみようかな。",
"今晩か明日か、また来ると云っていらしたわ。",
"今晩か明日……やはり何か用があるのかしら。"
],
[
"いや、何でもないことかも知れない。",
"だけど、変だったわ、時々じいっと坊やの方を見ていらっしゃる様子が……。わたし一寸恐くなりそうだった。",
"ははは、ばかな。"
],
[
"僕の方から行こうと思ってたところだった。",
"なあに、別に用はないんだから……。一寸子供の顔を見たくなってね……。",
"…………"
],
[
"愉快なもんだね。",
"ほう、そんなに気に入ったのかい。",
"ああ、すっかり気に入っちゃった。",
"まあー、何を云っていらっしゃるの。",
"いや本当ですよ。佐野君なんか、家に子供がいるんだから、ふらふら出歩かなくったって、子供の寝顔でも見てる方が、よっぽどいいんだがな。",
"そんなら賛成よ、わたしも。あなた、どう……。",
"つまらないことを……。いやでも毎日見なくちゃならないじゃないか。",
"そう……義務となっちゃあ……駄目かな。",
"あら、義務じゃありませんよ。自然の情愛なんですもの。",
"そうです。義務は悪かった。",
"そんなこと、どうだっていいじゃないか。つまらない……。",
"うん、どうだっていい。"
],
[
"あれから……こないだと、気持が変ったようだね。",
"僕が……変りゃしないよ。"
],
[
"然し、あの時はひどく君は陰気だったが……。",
"あ、そりゃあ、僕自身だって、時々ひやりとすることがある。",
"冷りとする。",
"何だか変に物が……周囲の世界が、象徴的に神秘に見えてくることがあるんだ。そんな時、亡くなった妻の姿……一種のイメージだね……それが、そこだけぽかっと空虚になって、真空というほどになって、はっきり浮出してくる……。",
"例の……形体ある空虚か。",
"それで僕は、変に堪らない気持で外へ飛び出す。そしてむやみと……彷徨するんだ。犬みたいだね。何かしら探し求めずにはいられなくなる。街路を通ってる女達の顔を、一々覗き込んでることがある。自分でも知らず識らずにだよ。気がついてみると……。"
],
[
"それじゃあ、少し遊んでみるといいんだよ。",
"ばかな、そんな真剣な道楽が出来るものか。ただ酒だけはよく飲むが、露骨な肉体は堪らない。",
"露骨な肉体……。",
"そうじゃないのか、君は……。",
"僕の……。そんなんじゃないよ。ただ……。"
],
[
"鬢附油の匂いなんて、そうじゃないのか。",
"単なる匂いさ。それに、僕はそう遊んでやしないよ。",
"そうかも知れないがね……。",
"いや本当だ、誤解しちゃ困る。あの晩は、どうも話の調子が変だったものだから……。",
"いや……君に逢ってよかった。……度々やって来て、邪魔じゃないか。",
"度々って、まだ……二度きりで……。",
"うん、これからのことさ。",
"いやちっとも……。気が向いたら、毎日でもいいよ。",
"毎日は来ないがね。……実際、君んところの赤ん坊はいい。僕はあれから、どんな赤ん坊だか一つ見てやれと、そんな気になって……。",
"すると、案外上等だったってわけか。"
],
[
"上等だかどうだか、そいつあ分らないが……一体赤ん坊というのは、素敵なものなんだね。",
"どうして……。",
"全く自然で生々としてる。",
"当り前じゃないか。",
"然し、随分いじけた赤ん坊だってある。",
"そりゃあ、病気なんだろう。栄養不良とか、どこか悪いとか、兎に角健全じゃないんだ。健全な赤ん坊なら、どんな赤ん坊だって、自然で生々としてる筈だよ。一番生育の盛んな、伸び上ろう伸び上ろうとしてる時なんだから……。",
"いや僕は精神的に云ってるんだ。",
"精神的にだって、肉体的にだって、赤ん坊にとっちゃ同じじゃないか。つまらない解釈なんかつけるから、変なものになっちまうんだ。"
],
[
"別に解釈をつけ加えるってわけじゃないが……。全く分らない世界なんだからね。",
"分るも分らないもない、ありのままの世界だよ。"
],
[
"え、なあに……。",
"坊やを連れてきてごらん。",
"まあー、どうして……。今眠ってるじゃありませんか。",
"いいんですよ、ほんとに、そんなことをしなくたって……。",
"一体どうなすったの。",
"なに、どうでもいいことなんです。"
],
[
"君が変なことを云い出すものだから、実地に証明してやろうと思ったんだが……。",
"君の方だよ、変なことを云い出したのは。",
"変じゃない。ありのままじゃないか。",
"一体何のことなの、それは……。"
],
[
"どうなすったの……何を怒っていらっしゃるの。",
"何にも怒ってなんかいないよ。",
"だって……。",
"自分にも分らないから、怒ってない……ということにはならないかな。"
],
[
"なら……まだいいけれど……。",
"ばかな。"
],
[
"ははは、坊やを僕達と比較して見てるんだね。",
"武田さんにだって、随分雀斑があるじゃありませんか。色が黒いから目立たないけれど……。",
"だが、そんなにくわしく坊やを観察して、どうするんだろう。",
"だから、坊やに惚れこんでるのよ。",
"冗談じゃないよ。"
],
[
"あなたはこの頃、何だか変に軽っぽくなりなすったようよ。どうなすったの。もう一人前のちゃんとしたお父さんじゃありませんか。",
"うむ、そうだそうだ。だから僕も考えてるんだ。",
"何を…。",
"しっかりしようとね。",
"あれですもの、じきに。冗談だか真面目だか、あなたはちっとも区別がないわ。",
"…………"
],
[
"どこに行ってらしたんです。武田さんまでが心配して待ってて下さるのに…。",
"え、武田が…。"
],
[
"君にまで心配をかけちゃって……。",
"なあに……。"
],
[
"分りそうなものじゃありませんか。",
"そんな……分るものか。",
"武田さんだって、変な気持がしたから来てみたと云っていらしたわ。",
"変な気持……。",
"虫が知らせるってこともあるでしょう。",
"そんなじゃないよ。父親の僕に虫が知らせないんだから、大丈夫だ。"
],
[
"氷で冷したら……。",
"余り冷しちゃいけませんって。"
],
[
"起きてても仕様がない。寝たらどうだい。泊っていってもいいんだろう。",
"うむ。……だが寝ても仕様がない。",
"もう二時近くだよ。",
"…………"
],
[
"どこにって……。",
"不都合だよ、こんな時に……。",
"然し……知らなかったんだから……。",
"知らなくっても、いいことじゃない。",
"そうかなあ。"
],
[
"赤ん坊はいい。病気になってもちっとも苦しまないから。あれで、ひどく苦しんだら、君は堪らなくなる筈だ。",
"そんなに悪そうでもないよ。",
"悪くないように見えても、悪いように見えても、同じことじゃないか。病気は病気だよ。僕は、妻が死んでから後で、なぜもっとよく看病してやらなかったかと、それが切なかった。果して妻を愛してたかどうか、それさえも分らなくなってくる……。何もかも生きてるうちのことだ。"
],
[
"え、医者が何か云ったのかい。",
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"危険だとか……何か……。",
"何も聞かないよ。",
"そうだろう。そんなに悪い筈はない。",
"誰でもそう思うものだよ。僕もそう思っていた。愈々いけなくなる前、妻は一寸元気づいていたよ。それが、これなら大丈夫だと思っていると急にいけなくなった。眼に見えてじりじりと、深いところへ落ちこんでゆくようで、どうにも出来やしない。",
"…………"
],
[
"そりゃあとても堪らない気持だ。",
"…………"
],
[
"まあー、何をなさるの。",
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],
[
"ほんとに、もう宜しいんですから、お寝みなすって下さい。",
"ええ。"
],
[
"昨夜眠ったのは、あなたと女中だけですよ。",
"賢い者はよく眠るさ。"
],
[
"やっぱり、わたしをいくらか、想っていらしたんじゃないかしら。",
"ばかな、自惚れもいい加減にしないか。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」未来社
1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「新潮」
1926(大正15)年9月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042445",
"作品名": "裸木",
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"初出": "「新潮」1926(大正15)年9月",
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} |
[
[
"何をあがっていらしたの。",
"お魚と野菜ばかりで、もうがっかり致しました。"
],
[
"なぜなの。",
"蛙にさわると、疣が出来るんでしょう。"
],
[
"あなたには無理でしょうよ。出来たものを採り入れるのは何でもありませんが、土を掘り返したり、肥料をやったり、作るまでが大変でございますよ。",
"それは、覚悟しております。"
],
[
"つまらないことを考えるのは、おやめなさいませ。誰でもどんなことでも出来るというわけではございませんからね。",
"いいえ、ただ、何でもよいから一生懸命に働いてみたいと思います。",
"今迄どおり、御勉強なすったら宜しいではございませんか。",
"勉強よりも、働くことです。"
],
[
"雲を見てるんです。面白いですよ。",
"面白いより、凄いわね。",
"こんな時に、竜が天に昇るって、昔の人はうまいことを言ったものですね。"
],
[
"煙草を、どうするんですか。",
"勿論、吸うのよ。"
],
[
"煙草なんか吸って、いいんですか。",
"わたしだって吸うわよ。",
"然し、今まで一度も……。",
"遠慮してたのよ。"
],
[
"なんだか、窮屈になってきたわ。遠慮したり、気兼ねしたり、いつもそうでしょう。それが、こちらの……波多野さんが帰っていらしてから、殊にそうなの。別に、怖いわけじゃないけれど……変ね。",
"波多野さんは自由主義ですよ。あなたが遠慮してるのは、奥さんの方でしょう。",
"いいえ、小母さまには遠慮なんかないわ。",
"それでは、ここの、雰囲気かも知れません。",
"そうね。そんなものが、……帰っていらしてから、はっきりしてきたのかも知れないわ。そうだとすると、わたし、ずいぶん迂濶だったのね。",
"なにが迂濶ですか。",
"そんなことに、これまで、気がつかなかったのよ。小池さんは呑気でいいわね。煙草を吸ったり、酒を飲んだり、薪を割ったり……。",
"そりゃあ、僕は男ですもの。まあ、謂わば書生ですね。",
"小池さんが書生なら、わたしは何でしょう……一種の女中ね。書生がすることを、女中はしていけないでしょうか。",
"それは面白い問題ですね。波多野さんに聞いてごらんなさい。",
"ええ、聞いてみるわ。",
"返事はきまってますよ。書生がすることは女中もして宜しい、人がすることは誰でもして宜しい……波多野さんならきっとそう言われますよ。奥さんの方は分らないけれど。",
"そうかしら。",
"然し、あなたは女中じゃありませんよ。",
"それでは、何なの。",
"家族の一人ですね。だから、少し窮屈なんでしょう。",
"違うわよ。まったく逆よ。いえ、こんなこと、男には分らないでしょう。やっぱり、男と女とは、立場が違ってよ。",
"そうなると、僕にはよく分りませんね。"
],
[
"日曜日でも、書物を御利用下すって構いません。",
"いや、僕はあまり読書をしない方ですが……。"
],
[
"何か、お話中だったんですか。",
"ええ、書生と女中との話です。"
],
[
"なんだか……。",
"また、極りがわるいの。"
],
[
"おかしな人ね、子供みたい。",
"だって……。",
"もういいのよ。なんでもいいの。ね、そうでしょう。"
],
[
"約束のように、出来るかしら。",
"約束なんか、どうだっていいですよ。なるようになるでしょう。"
],
[
"少し、飲みたいけれど。",
"どうぞ。わたしも飲むわ。"
],
[
"どうして、こんなことになったのかしら……後悔なさらない。",
"あなたも、後悔しませんか。"
],
[
"でも、あのひと、好かれるたちね。山口さんは、ひところ、だいぶ熱心のようでしたし、佐竹さんも、好意を持っていらっしゃるようですよ。",
"だから、私もそうだというんですか。"
],
[
"あのひとは、なんだか気の毒ですね。顔も綺麗な方だし、頭もよい方だから、一応はまあ誰にでも好かれるでしょうが……単にそれだけですね。",
"それだけ……ですって。",
"つまり、恋人にも、また妻にも、ふさわしくないところがありますよ。",
"どんなとこなんでしょう。",
"恋人としては、顔の表情があまりきっぱりしすぎていますし、妻としては、手があまり美しすぎますよ。",
"そんなことが、邪魔になるでしょうか。",
"なりますよ。一応は好きになっても、それから先が躊躇される……つまり、後味がわるそうだというのでしょうか。",
"まあ、後味が……。",
"そういう女が、それも、普通の婚期をすぎた女に、ずいぶんありますね。",
"でも、それは、男の方が卑怯だからではないでしょうか。",
"何がです。後味のことですか。",
"ええ、怖いんでしょう。",
"そうですね、後味がわるいというより、怖いと言ってもいいですね。",
"それで、あなたも、千枝子さんが怖かったんですの。",
"私が言ってるのは、ただ、一般的なことですよ。",
"一般的だけでしょうか……。",
"そうじゃありませんか。そうでなけりゃあ、こんなこと言いませんよ。"
],
[
"椎の花、五月の匂いですね。",
"え、五月の匂い……。"
],
[
"あの時は僕もそこにいましたよ。よく知っています。",
"うむ、そこで、真相はどうなんだ。"
],
[
"つまらん話だね。だが、そこにはいつでもビールがあるのかね。それなら、僕もこんど案内して貰おう。",
"ええ、いつでも御案内しますよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「展望」
1946(昭和21)年8月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042727",
"作品名": "波多野邸",
"作品名読み": "はたのてい",
"ソート用読み": "はたのてい",
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"初出": "「展望」1946(昭和21)年8月",
"分類番号": "NDC 913",
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[
[
"どうしたんです、慌てきって。……今日はいつもより遅かったようですね。",
"ええ、お当番だったのよ。"
],
[
"お母さん!",
"え?"
],
[
"そんな話を誰にもしてはいけませんよ。………そして、何か変なことはないかと人に聞かれたら、何にもないと答えるんですよ。",
"なぜ?",
"なぜって、もしおかしな評判でもたってごらんなさい……。"
],
[
"その上本物のお化でも出たら、丁度お誂え向だね。",
"え?"
],
[
"いやなに、本当の化物屋敷となればね、家賃がずっと下るからいいって訳さ。",
"まあ何を仰言るのよ、人が本気で話してるのに……全くあの室は少し変ですよ。",
"じゃあ、僕が一晩寝て見るとしようか。"
],
[
"それも大入道のせいかな。",
"やあ、此処にも大入道が居るよ。"
],
[
"ええ、別に異状もないようですから。",
"そんな板が何かになるのですか。"
],
[
"やはり何でもなかったんじゃないか。",
"そうね、気のせいだったのかも知れませんわね。"
],
[
"この家は建ってまだ間もないらしいがね。",
"ええ、三年にきりならないんですって。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「良婦の友」
1921(大正10)年3月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042413",
"作品名": "白血球",
"作品名読み": "はっけっきゅう",
"ソート用読み": "はつけつきゆう",
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"初出": "「良婦の友」1921(大正10)年3月",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
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"底本出版社名1": "未来社",
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[
[
"では、今日はほんとに早く帰って来て下さいますね。",
"ああ出来るだけ早く帰るよ。然し、つまらないことを心配するもんじゃない。",
"でも、いつも監視の眼があるんですもの。",
"ただ気のせいさ。第一、君の生い立ちの記などに、誰が興味を持つものかね。",
"そりゃあ、あたしの生い立ちの記ですけれど、その中に、いろいろのことを書いているので、それがあの人たちには怖いんですよ。",
"なあに、大丈夫、大丈夫。おばさんや花子さんもいることだし、心配することはない。"
],
[
"病気がおなおりなすって、ほんとに宜しゅうございました。",
"ええ、あなたにもいろいろお世話になりました。",
"ほんとに危いところでございましたよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「別冊文芸春秋」
1952(昭和27)年2月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "042674",
"作品名": "花子の陳述",
"作品名読み": "はなこのちんじゅつ",
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"初出": "「別冊文芸春秋」1952(昭和27)年2月",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2007-02-21T00:00:00",
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"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年11月15日",
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"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
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"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
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[
"まだ……何ともないわ。",
"今に……苦しくなるよ。",
"そう。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042514",
"作品名": "話の屑籠",
"作品名読み": "はなしのくずかご",
"ソート用読み": "はなしのくすかこ",
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"分類番号": "NDC 914",
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"公開日": "2006-05-28T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)",
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"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年11月10日",
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"底本出版社名2": "",
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[
[
"つむじ風じゃないよ。トラックよ。",
"いいえ、まっ黒なつむじ風だった。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「風雪」
1948(昭和23)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042743",
"作品名": "花ふぶき",
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"副題読み": "",
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"初出": "「風雪」1948(昭和23)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-03-04T00:00:00",
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"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42743_txt_29103.zip",
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"テキストファイル修正回数": "0",
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"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2008-01-19T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"ちょっと、お詣りして来ましょうね。",
"どこ?",
"今日ね、七・五・三のお祝いの日ですよ。あなたも七つだから、氏神さまに、お詣りしましょう。",
"ああ、七・五・三て、聞いたわ。きれいな着物をきて、神さまに、お詣りするんでしょう。",
"そうよ。でも、買物の帰りですから、この儘でいいのよ。"
],
[
"もう食べてもいいの。",
"ええ。いちどお供えしておけば、それでいいんですから、食べなさい。ほんとは、あなたに買ってあげたのよ。",
"七つのお祝い?",
"そうですよ。そして、来年からは学校……。嬉しいでしょう。"
],
[
"あ、お母ちゃん、お宮には、もういかなくてもいいの。",
"もういいことにしましょうよ。さっきお詣りはすましたんだから、二度お詣りするのも、おかしいでしょう。わたしが、思いちがいしていましたよ。",
"わかったわ。みんなが着ていたような、美しい着物がないからでしょう。",
"いいえ、着物なんかどうだって宜しいんです。お詣りを二度もするのは……。",
"慾ばりね。",
"そう、慾ばりですよ。",
"慾ばり、やめたあ。"
],
[
"今日は、あなたがちっとも慾ばらなかったから、御馳走してあげましょうね。",
"知ってるわ。鶏のお肉でしょう。",
"あら、どうして分ったの。",
"だって、さっき買ったんですもの。",
"あ、そうでしたね。お好きでしょう。",
"大好き。久しぶりだわ。お砂糖も使ってね。",
"ええ、沢山使ってあげますよ。早めに御飯にしましょうね。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「読売評論」
1951(昭和26)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年1月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042665",
"作品名": "母親",
"作品名読み": "ははおや",
"ソート用読み": "ははおや",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「読売評論」1951(昭和26)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-02-10T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓": "豊島",
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"名読み": "よしお",
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} |
[
[
"おい待てよ、僕も行くから。",
"うむ。"
],
[
"余り特殊なのと作者の一人よがりとは、一寸区別のつきかねることが多いものだから……。",
"そういうこともないではないが……。"
],
[
"面白い。が然し、動きがないね。一つの情景だけで……勿論その情景は、窓に坐って女学生の讃美歌の合唱をききながら田舎の女を追想するあたりは、面白いには面白いが、それだけじゃどうも、少し物足りなかないかしら……。",
"僕もそういう気がする。然し動きはこれからなんだ。"
],
[
"刺繍になら、キスを許すも許さないもないわ。あたしからしてやるのよ、ええ幾度でも。だって、始終首のまわりにつけてるんじゃないの。",
"ばか、白ばっくれてやがる。そら、その刺繍じゃない。そら、あの刺繍さ。",
"どの刺繍。",
"刺繍の男さ。",
"そんな男があって。",
"あるじゃないか。",
"そう。教えて頂戴。"
],
[
"勝手にするがいいわ。あたしはキスを切り売りなんかしませんからね。好きな人にはただで許してやるわ。だけど、あなた方なんかには御免だわ。",
"こいつはお手酷しいね。まあそう云わないで、どうだい僕に一つ。",
"僕にも一つ。",
"俺にも一つ。",
"はははは。"
],
[
"おい、お酌くらいはいいだろう。",
"はーい。"
],
[
"君がそうして怒った顔は、また別な趣きがあるね。",
"まあー、お止しなさいよ。"
],
[
"然し、彼は彼女に接吻した……それだけじゃあ、どうかな。",
"では、その後に、一寸何かつけ加えたらいいだろう。",
"それを僕は考えてるんだ。彼はひどく幽鬱になった……とか、彼ははっと晴々とした気持になった……とか、何かそんな風なことをね……。",
"うむ……然し幽鬱になったというのはどうも旧時代的だし、はっと晴々とした気持になった、というのはどうも余りに新時代的で、何だか不自然な作者の感想みたいに思われやしないかね。",
"だから僕は困っているんだ。彼女に接吻した、だけじゃあどうも納まりがつかない。",
"だが、その、実際の話はどうなんだ。実際のその男の話は。",
"それがね、むつかしいんだ。彼女に接吻した、それから変な気になって、郷里へ帰ってゆく。すると、お梅はもういない。母がうすうす事情を悟って、お梅には暇を出してしまったのだ。彼はその母の心にひどく感激して、すぐに東京へ舞い戻って、寄宿舎の仲間から何と云われようが平気で、熱心に勉強し出した、とそういう話なんだ。ところが、接吻以後は、どうも僕にはついてゆけない。むりについてゆこうとすると、通俗になりそうな気がするんだ。",
"然し、通俗になるもならないも、材料の関係じゃなくて、取扱方だけに依るのじゃないか。",
"それはそうだが、どうもはっきりついてゆけないんだ。",
"それじゃあ仕方がない。彼は彼女に接吻した、それでぷつりと切っちまうんだね。……然し、やはり変かな。",
"うむ、どうも変でね。",
"変と云やあ変だね。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」未来社
1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「文芸春秋」
1926(大正15)年5月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042446",
"作品名": "春",
"作品名読み": "はる",
"ソート用読み": "はる",
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"原題": "",
"初出": "「文芸春秋」1926(大正15)年5月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-03-10T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年8月10日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年8月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年8月10日第1刷",
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} |
[
[
"でも、金のことは何だか厭ですから……。",
"だからあなたは、お金に縁がないのよ。"
],
[
"国許から送って来るだけで、どうにか間に合いますか。",
"ええ。然し全くの所、どうにかという程度です。"
],
[
"さんざん小言を云っといて、珈琲一杯ではひどいですね。",
"だからお土産をつけてあげるわ。"
],
[
"何のことなの。はっきり仰しゃいよ",
"あててごらんなさい。"
],
[
"昨日、お礼の包みの中に二十円はいっていましたよ。それで余分の半分だけ、返しに上ったんです。五円紙幣と十円紙幣とを間違えられたのではありませんか。",
"そのことで今日わざわざいらしたの",
"ええ",
"あなたは嘘つきね",
"いえ、実際二十円あったんです。"
],
[
"でも腹を立てて非難するのは、叱るのと同じじゃありませんか。",
"私ちっとも腹を立ててやしないわ。けれど、こちらの気持をそのまま受け容れて貰えないのは、不快なことじゃなくって?",
"それはそうですけれど、いくら気持は分っていても、はっきりした言葉がなければ困ることもあるんです。",
"お金のことがそうだと云うんでしょう。だからあなたは素直でないのよ。お金ということにいやにこだわるのは、あなたに僻みがあるからよ。"
],
[
"然し金銭問題は、一番厭な不快を招くことがありますから。",
"それがあなたの僻みよ"
],
[
"では黙って貰っておきます。",
"え?"
],
[
"おい、君の意見を一寸聞きたいことがあるんだが。",
"何だ?"
],
[
"実は一人で考えあぐんでることなんだが、内密にしてくれなくちゃ困るよ。",
"ああ大丈夫。……悪い女にでも引っかかったというのかい。",
"冗談じゃないよ。真面目に云ってるんだ。",
"僕も、だから真面目に聞いてるよ。"
],
[
"今日僕は、横田さんにへまなことを云ったような気がする。",
"え、……だって君は何もそんなことは云わなかったじゃないか。",
"君が一寸座を外した時に云ったんだ。",
"一体何のことだい?"
],
[
"そうだろうか。",
"そうにきまってるさ。どちらから云い出されたことかは分らないが、兎に角二人で相談の上のことだよ。第一奥さんは、良人に内密で何かするような人じゃない。",
"それは勿論僕も信じてるけれど、然し今日の横田さんの態度が……。",
"腑に落ちないというんだろう。だから君は頭の働きが鈍いんだ。",
"なぜ?"
],
[
"なるほど、余計なことを考えてたから、今日は早く帰ると云い出したんだね。お蔭で僕まで夕飯の御馳走になりそこねちゃった。何処かで飯を食わないか。……つき合ってもいいだろう。",
"ああ、それは構わないが、今のことはどうなんだい。僕にはまだ分らないが"
],
[
"君、このまま黙っていていいだろうね。",
"何を!",
"横田さんと奥さんとに……。",
"いいさ。好意は黙って受けるものだよ。君は余り神経質でいけないんだ。僕だったら、初めっから奥さんにも横田さんにもお礼なんか云わないね。"
],
[
"君が教えてやってる隆ちゃんね、あれは横田さんの子でもなければ、奥さんの子でもないことは、君も知ってるだろう。",
"知ってるとも、第一奥さんはまだ二十五六だろう。あんな大きな子があってたまるものか。……何でも、親戚の子を事情あって引取ってるのだと、僕は奥さんから聞いたんだが",
"その事情というのに、悲痛なロマンスがあるんだ"
],
[
"君、吉川さんの話を余り気にかけちゃいけないぜ。",
"なぜ?",
"なぜってもう過ぎ去ったことじゃないか。それに、君は余りつまらないことにこだわり過ぎる傾きがあっていけない。こだわった揚句には、とんだ尻尾を出す危険がある。兎に角ああいう話を僕や君が詳しく知ってるということは、横田さん達にとって快いことではあるまいと思うんだ。"
],
[
"そうかも知れないわ。僻みなんか早くうっちゃっておしまいなさい。もっと快活にならなくちゃ駄目よ。",
"然し幸福な人でなければ快活にはなれません。",
"そんなことがあるものですか。心さえ真直だったら、どんなに不幸でも快活になれるものよ。"
],
[
"私は純粋ということは好きですけれど、然し単純ということには余り賛成しません。単純は愚昧の一種ですから。",
"けれども、複雑で浅いよりは、単純で深い方がよかなくって?",
"すると、一人よがりの独断なんかも尊いということになりますね。"
],
[
"お父さんの写真を!",
"ええ。死ぬ前に撮ったんだって。",
"じゃあそれを僕に見せてくれない? お祖母さんから借りといて。ねえ、いいでしょう。お祖母さんは時々来るんでしょう。こん度の時頼んでおけば、その次の時には持って来て貰えるでしょう。"
],
[
"いくら探してもないんだって。",
"え、写真がないって!……亡くなる前に撮ったのをお祖母さんが持ってると、隆ちゃんは云ったじゃないの。",
"でもお祖母さんは、いくら探しても見つからないんだって。井上さんに見せるのだからと云って頼んでも、持って来てくれないんだもの。何処かにしまい忘れたんだろうから、出て来たらすぐに持って来てあげるって、そう云ってたよ。"
],
[
"そしてお祖母さんは、別に何とも云わなかったの。",
"ええ。",
"そんな筈はない。何とか云ったでしょう。……誰にも云わないから、ねえ、お祖母さんは何と云ったの。",
"だって、何とも云わなかったんだもの。"
],
[
"野村さんのことなら、私もあなたから聞いて知ってるわ。その外には?",
"さあ……何でもうち明けるというような友人は別に有りません。",
"では村田さんは?",
"村田とは随分親しくしていますが、普通の友人というきりです。",
"でも、いろんなことをうち明けるんでしょう。"
],
[
"何かいけないことがあったら云って下さい。私は奥さんから云われることなら本当の心で受けられる気がします。出来るだけ自分で自分を直したいんです。",
"じゃ何か困ることでもあるの。",
"え、私に?",
"ええ。"
],
[
"では何か仕出来したの。",
"いいえ。",
"そんなら、何か気にかかることがあるのね。"
],
[
"もういいんです。何だか気がさして、見てもつまりません。……初めは、隆ちゃんのお父さんだから是非見たいように思ったんですけれど……。",
"どうして?"
],
[
"それだけ?",
"ええ。",
"ほんとに?",
"ほんとです。"
],
[
"お父さんが宙に飛んでたの、真直に飛んでた。",
"それから?",
"それきり覚えていない。"
],
[
"だって……。僕は嘘をついたことは一度もないんだのに……。",
"だから嘘だと思ってやしないよ。"
],
[
"だってもう十時じゃありませんか。",
"そんなになって?……でも、何か御用?"
],
[
"先生はお家ですか。書物を借りに来たんですが。",
"一寸出かけなすったけれど、じきにお帰りでしょう。でも、お急ぎなら持っていらっしゃいよ、私があとで云っとくから。"
],
[
"内密で読むったって、奥さんが御自分で書いたんでしょう。",
"ええ。だけど人に洩してはいけないわよ。",
"大丈夫ですよ。"
],
[
"あなたは実際変っていますよ。一日誰とも口を利かないでよく淋しくありませんね。……奥様もそう云っていらっしゃいましたわ。井上さんは気が向くとよく饒舌るけれど、気が向かないと黙り込んでばかりいるって。そりゃ誰だって、口を利きたくない時もありますけれど、あなたみたいに、幾日も黙っていられる方は珍らしいですよ。",
"横田さんだって随分無口の方じゃないか。",
"でもあなたほどじゃありませんよ。……奥様と喧嘩なすった時は別だけれど。",
"え、横田さんが奥さんと喧嘩なさることがあるのかい。",
"あるってほどじゃありませんわ。私が来てからただ一度きりですから。",
"何で喧嘩なすったんだい。",
"何でだか私は知りませんけれど、お二階で夜遅く迄云い合っていらしたのよ。そのうち私共は寝てしまったから、何のことだったか分りません。けれど、それから二三日の間は、先生も奥様も黙りっきりで、一言も口をお利きなさらないものだから、私共までほんとにびくびくしていましたわ。",
"それから?",
"それからって、それだけのことですよ。"
],
[
"嘘仰しゃいよ。いやな夢に泣く人があるものですか。",
"いやな悲しい夢です。"
],
[
"どうせぼんやりしてるんだから、丁度いいじゃないの。",
"だって私は噺なんか一つも知らないんです。",
"神話みたいなものでも何でもいいわよ。"
],
[
"叔父さんがそう云ってたよ、井上さんはいろんなことを知ってるから、話をして貰うがいいって。",
"僕より叔父さんの方がいろんなことを知ってるよ。",
"叔父さんは駄目だ。ちっとも相手になってくれないんだから。",
"じゃあ叔母さんがいるじゃないの。"
],
[
"じゃあなお云ったって差支ないでしょう。",
"でも今は云いたくありません。"
],
[
"悪いことって、何なの。",
"悪いことです。あなたや横田さんの信用を裏切ってしまったのです。",
"どうして?"
],
[
"ええ? 吉川さん……。",
"吉川さんの最後の日記を見たのです。先生の本箱の抽斗にあったのを……。"
],
[
"ええ聞きました、嘘だか本当だか分らないような話を。然し誰からだかは尋ねないで下さい。",
"そしてあの日記を探す気になったのね。",
"いいえ。偶然に見つけたのです。",
"嘘。偶然に本箱の抽斗をかき廻す人があるものですか。",
"他のものを探すつもりだったのです。",
"何を?"
],
[
"自分ではよく分っているつもりでいます。",
"分っていながら、白ばっくれて図々しくしてようというのでしょう。"
],
[
"よく分りました。私が悪かったのです。",
"悪かったというだけで済むと思って?"
],
[
"お別れする前にあなたへ一言申上げたいことがあったのです。それを書こうとしていました。",
"それは書けて?",
"書けません。",
"そう。"
],
[
"あなたは明日下宿へ帰るつもりでしょう。",
"ええ。",
"そして?"
],
[
"そしてこの家へは?",
"もう参らないつもりです。"
],
[
"誓います。",
"確かね。",
"ええ。",
"もう過ぎ去ったことは何にも云わないことにするのよ。明日下宿に帰してあげるから、今の誓いを守れるように一人でよくお考えなさい。……分って?"
],
[
"井上さんの所へ行くんだよ。",
"そう。でも今日はお止しなさい。またこの次にしたらいいでしょう。",
"この次にはついて行ってもいいの。",
"ええ。"
],
[
"いえ、二三日前下宿に帰ってきました。",
"どうして? 来月の初めまでとかいうことではなかったですか。",
"所が、奥さんと隆ちゃんとが急に戻って来られたものですから、僕も引上げたんです。",
"引上げるはよかったな。……そして、やはりこれからも教えに行くんでしょう。"
],
[
"そしてどの位貰っています?",
"月に二十円です。",
"それ位のことなら、黙って貰っといていいじゃないですか。",
"ですけれど……。"
],
[
"では、僕の顔はどんな顔なんだい。",
"銅像みたいですよ。酒なんかぶっかけても当分はげそうにないわ。",
"そんなに黒くなったのかな。",
"ええ、真黒よ。ねえ、井上さん。"
],
[
"酒を飲む人に赤鬼と青鬼とあるんですって。あなたは飲むとなお黒くなるから、まあ黒鬼ね。井上さんはすぐに赤くなるから赤鬼。私が青鬼になると丁度いいわね。少し飲んでみましょうか。",
"青鬼は御免だよ、後の世話が厄介だから。赤鬼の方がいい。"
],
[
"いろんな人が来て、芸術だの思想だのというような議論が出るから厭なんです。真の芸術家は芸術を論ぜず、真の思想家は思想を論じないものです。",
"だって真面目な議論ではなくて、冗談半分の話だから、いいじゃないの。",
"なおいけません。人は真面目に何かを信じてる時、それを冗談半分に警句やなんかで片付けられるものではありません。下らない話で気を紛らせるものではありません。",
"そんなでは、うっかり口も利けないことになるのね。",
"だから私は一人で黙ってるのが好きなんです。"
],
[
"だって、人が折角誘うのに、どうせ何かで時間をつぶすのだからって挨拶があるものですか。時間つぶしの相手なんか真平よ。",
"じゃあ時間つぶしというのを取消しましょう。",
"取消したって同じよ。"
],
[
"うむ、好きだよ。",
"どうして好きになったの。"
],
[
"展覧会にあるような絵が描いてみたいなあ。",
"もう展覧会に行ったの。",
"叔父さんと叔母さんとだけで、僕は行かなかったけれど、新聞にその写真が幾つも出てたよ。",
"そして、あんな絵が描いてみたいって云うの。"
],
[
"分らない。大きくなってからだよ。",
"お母さんの顔を覚えてるの?",
"覚えてない。"
],
[
"どうしたんだい、今日は。",
"お客様ですよ。",
"そう。じゃあ隆ちゃんは?",
"坊ちゃまもお座敷の方ですが、一寸お待ちなさいよ、聞いてきますから。"
],
[
"すぐこちらへお出で下さいって。",
"僕に?",
"ええ。坊ちゃまのお祖母様がいらっしゃるんですよ。"
],
[
"さあどうですか。",
"それでいいと思ってるの。",
"身を捨ててこそ何とかいうこともありますから……。",
"井上さん!"
],
[
"君はあの家へ屡々行くんですか。",
"なぜ?",
"だいぶ女中達と懇意なようだから。"
],
[
"知らないから聞くんだよ。",
"いやに気にしてるな。だが実際、ただで聞かせるのは惜しいほど面白い話だぜ。実はね、竹内があのお清に一寸参ったって訳さ。それから度々あの家へ行って、それとなく当ってみたんだ。所がさっぱり手答えがないんだろう。先生じれだしたもんだ。そして、止せばいいのに、酒に酔ったふりをしては、怪しげな詩だの歌だのを書いてよこしたのだ。全く気障な奴さ。その上に常識を逸してるね。だが、それだけ先生の方じゃ大真面目だったんだろう。それでも向うは平気で、知らん顔をしていたんだ。そして愈々最後のカタストロフって幕さ……と云っても、それは勿論喜劇だがね。"
],
[
"なぜ?",
"話がうまいから。",
"なあんだ、つまらない。……だが、要するに世の中は呑気なものさ。酒を飲めば更に呑気になる。どうだい、何処かへ行ってみようか。"
],
[
"君は高井英子さんを本当に知ってたのか。",
"高井英子、何だいその女は?"
],
[
"いやどうもしないけれど……。",
"じゃあ何だい? 噂でも聞いたのか。それらしい女にでも逢ったのか。"
],
[
"いやそれよりも、君は英子さんに逢ったことがあるのかないのか、それが先決問題だ。",
"いやに面倒くさいんだね。……僕は一度も逢ったことはない。名前だけは聞いて、大抵どんな女だか想像はついてるが、まだ顔を見たことはないんだ。",
"だが君は先達っての話に、こうこういう顔の女だということまで云ったじゃないか。",
"それは僕の想像さ。性格を聞いてその顔立が分らないようじゃ、小説は書けやしないよ。今に僕は、皆をあっと云わせるほど素晴らしいものを書いてみせるつもりだ。"
],
[
"実は、隆ちゃんはお父さん似かお母さん似か、どちらだろうと思って、君に尋ねてみたのさ。",
"なあんだつまらない。いやに匂わせるものだから、何か面白いことかと思ったら……。そりゃあ君、二人の間に出来た子だから、両方に似てるにきまってるさ"
],
[
"何処かで熱いのを一寸やりたいね。",
"よかろう。"
],
[
"今晩は君と二人きりでゆっくり話したいね。",
"よし、誰も来ない家に行こう。",
"蓬莱亭の三階はどうだい。"
],
[
"今日は三階へ行くんだ。誰が来ても知らせないでくれ給え。",
"なぜ?"
],
[
"どうだい、思ったより汚い狭苦しい室だろう。",
"いや、素朴でいいじゃないか。"
],
[
"そうだね……夜、晴朗、とでも云うのかな。",
"それでは実際の天気と同じじゃないか。",
"いや違う。空は晴れてやしないんだろう。",
"晴れてるさ。"
],
[
"おう寒いや。",
"だから熱いのを持って来たわ、気が利いてるでしょう。"
],
[
"取りにいらっしゃい。秘密のお話だから中にはいってはいけないんでしょう。",
"そうだそうだ。葷酒以外の者は何人もこの山門に入る可らず。取りに行ってやる。"
],
[
"おい、冗談じゃない。開けろよ、早く。",
"開けないわよ。私井上さんと秘密の話があるんだから、誰もはいってはいけない。……ねえ、井上さん!"
],
[
"じゃあ私、いつまでも此処から出て行かない。",
"そいつは有難い。君に一晩中取持って貰えば本望だね。此処から出ようたってもう出さないぜ。",
"私もあなた方二人に介抱して貰えば本望だわ。出そうたって出るものですか。",
"そうくるだろうと思っていたよ。"
],
[
"何が?",
"いやこっちのことだよ。……秘密の相談という餌でお清ちゃんを釣ったわけさ。",
"そう。私も一寸釣られてみたかったのさ。"
],
[
"ああ酔った。",
"誰にそんなに酔わされたんだい。"
],
[
"この電気は妙に薄暗いわね。",
"今にはじまったことじゃないよ。",
"そうかしら。"
],
[
"特別にでなくても普通にで沢山だよ。",
"分らない人ね。"
],
[
"僕には、二十くらいに見える時もあれば、また大変老けて、二十五六にも見える時があるんだが……。",
"じゃあその間の二十二三にしておけばいいじゃないか。"
],
[
"君は一体幾歳になるんだい。井上が大変それを気にしてたぜ。",
"そう。幾歳に見えて?",
"井上の眼には、丁度だってさ。",
"丁度、嬉しいわね。",
"冗談じゃない、桁が違うんだ。",
"え?",
"桁……というんじゃないのかな。一周上というのさ。"
],
[
"おいおい、人前で耳打ちをするって奴があるか。",
"そう、御免なさい。"
],
[
"寒いじゃありませんか。",
"そんなら煖爐でも据えてくれるがいいよ。",
"いくら煖爐を置いたって、あなたみたいに開け放しちゃ、何にもならないわよ。"
],
[
"そんなら、疲れたらいつでもやって来るさ。",
"そうね。"
],
[
"私が行かなけりゃ治りがつかないからよ。",
"なんだ、威張るなよ。"
],
[
"何処へ行くんだい。",
"一寸階下のお客をみてくるのよ。待っていらっしゃい、じきに来るから。"
],
[
"困るわねえ。……ほんとに忙しいのよ。",
"嘘云うない。他に女中達がいるじゃないか。もうこの手は離さない。……居てくれよ、頼むから。惚れられたと思やいいじゃないか"
],
[
"どうしたのよ、井上さん!",
"泣いたり笑ったり……。"
],
[
"もう帰るよ。",
"あら、どうして?"
],
[
"いやよ、訳を云わなきゃ。",
"何の訳?"
],
[
"あなた、竹内さんと喧嘩でもしたの。",
"なぜ?",
"だって、いやに気にしてるじゃないの。"
],
[
"竹内ならこちらへ呼んできたらいいじゃないか。……僕が来てることは知ってるんだろう。",
"ええ。だけど一人がいいんですって。",
"変な奴だな。"
],
[
"何だい?",
"ほんとに変よ。あなたが来てると竹内さんはいつも帰ってゆくから、今日はだまかして三階に通してやったのよ。すると、おかしかったわ。酔っ払ってる癖に急に真面目な顔をして、内密内密だって……。",
"よし、そんなら僕の方から押しかけていってやる。"
],
[
"じゃあ明日。",
"明日ならいいわ。お午から?",
"昼間はいやだ。晩にしよう。",
"ええ。八時頃。",
"本当かい。",
"本当よ。"
],
[
"ああ。",
"じゃあお約束"
],
[
"でもよく来て下すったわね。私すっぽかされるのじゃないかと思って、蓬莱亭へ一寸寄って来たから、遅くなったのよ。",
"だって約束じゃないか。",
"約束は約束だけれど……。"
],
[
"昨晩あれから可笑しかったわ。",
"何が?",
"竹内さんがね、やっぱり私達の話を聞いてたとみえるわ。何処へ行く約束をしたんだいと聞くんでしょう。そんなことを聞く人があるものですかとつき放してやると、そんなら、君達はいつ頃からそういう仲になったんだい、ですって。"
],
[
"構やしないわ。すぐにおかしな関係があるように取るのが、あの人のいつもの癖なんだから。先にも同じようなことがあったのよ。",
"石のつぶての一件の時かい?",
"あら、あなたも知ってるの……あの時はほんとに可笑しかったわ。でもあれは、私の知恵じゃないのよ。お主婦さんと二人で一生懸命に考えたのよ。",
"然し随分長い間の執念だね。",
"え?",
"竹内がさ。",
"何だか分ったものじゃないわ。あの人にはいやな野心ばかりしかないんだから、うっかり出来やしない。私ちゃんと尻尾を掴んでいることがあるのよ。"
],
[
"もう疲れたの。",
"いいえ、歩くわ。……どんな話?"
],
[
"真面目な話だから、本気で答えてくれなくちゃ困るよ。",
"あなたが本気で云うんなら、私も本気で答えるわ。",
"そしてね、これは秘密の話なんだから……。",
"ええ、誰にも洩さないわ。"
],
[
"君に姉さんがありはしないかい。",
"あるわ、二人。",
"今どうしてるの。",
"二人共お嫁に行って、仕合せに暮してるそうよ。……私はもう長く逢ったことがないから、よく知らないけれど。",
"初婚かい。",
"ええ、早く結婚しちゃったのよ。",
"何処で?",
"名古屋で。名古屋が私の故郷よ。",
"それじゃ、君に妹があるかい。",
"私は末っ児よ。",
"君の名は高井清子といったね。"
],
[
"しっかりなさいよ、馬鹿々々しい!",
"いや、これから追々本当の問題に触れてくるんだ。"
],
[
"知ってるわ。",
"じゃあ僕のことも知ってるんだね。",
"あなたのことって、一体どんなこと?"
],
[
"だが……その子供は今何処に居るんだい。",
"地の下に居るわ。他家にやってるうちに死んじゃったんだから。"
],
[
"私がもしそうだったら、あなたはどうして?",
"どうもしないさ。",
"そうでなかったら?",
"どうもしないよ。",
"それじゃ訳が分らないじゃないの。",
"分らないさ。"
],
[
"私あなたとこんな処へ来ようとは思わなかったわ。",
"僕も思わなかったよ。"
],
[
"井上さん、先刻の高井……英子とかって人ね、あなたはどうして私をそうじゃないかと思ったの。",
"ただそんな気がしたからさ。",
"嘘仰しゃいよ。"
],
[
"そんなに喫驚しなくってもいいわ。別に変な意味で云ったんじゃないから。",
"じゃあ特別にそんなことを断らなくてもいいさ。",
"だけどあなたが変な風にとったようだから……。",
"馬鹿なことを云っちゃいけない。僕はその奥さんに非常に世話になってるんだ。心から本当に感謝してるんだ。"
],
[
"もう出ようか。",
"ええ。"
],
[
"今君は何をしてるんだい。",
"何をって、カフェーの女中じゃないの。",
"それは分ってるさ。だが、何処に住んで何をしてるんだい。",
"何にも別に悪いことはしてないつもりよ。",
"将来何をするつもりだい。",
"そうね、今考え中よ。"
],
[
"僕は酔っちゃった。",
"私も。何だか頭がふらふらするようだわ。"
],
[
"皆が君の腕前に感心してたぜ。あのしたたか者のお清を手に入れようとは、誰も思わなかったからね。……然し、注意しなけりゃいけないぜ。お清一人ならいいけれど……。",
"何だい?",
"いや……まあいいさ。しっかりやり給え。万一の場合には僕も力を添えてやるよ。なあに、若い者の特権だからね"
],
[
"あなたはこの頃何を考え込んでるの。気にかかることでもあって?",
"何にもありはしない。ただ変に気がふさいでいけないんだ。……それで、あの陰気な三階へはもう上らないことにしたよ。",
"そう。此処の方がいいわね。……そのうちまた何処かへ行きましょうか。",
"ああ。",
"私いい折をねらってるわ。"
],
[
"井上さん一人を酔わしてどうするつもりなの。皆でよってたかって、可哀そうだわ。",
"ようよう……その通り、だから君が少し助けてやるさ。",
"ええ、いくらでも私が引受けてやるわ。"
],
[
"僕の知ったことじゃないさ。",
"なんて、澄してる所を、お清ちゃんに見せたいね。"
],
[
"ええ。私は寒さが一番厭なんです。",
"そう。じゃあ今に火燵を拵えてあげるわ。"
],
[
"そう無雑作に受合って大丈夫ですか。また急な仕事が出来たなんかって……。",
"いえ、大丈夫です。いつです、どんな用事でも、私で間に合うことなら飛んで来ます。",
"屹度でしょうね?"
],
[
"外へ行かない?",
"うん、行こう。"
],
[
"叔母さん、行ってきますよ、井上さんと。",
"ええ。"
],
[
"家にもこんな庭があるといいなあ。",
"じゃあ叔父さんにねだって拵えて貰うさ。",
"駄目だい。",
"なぜ?",
"なぜって、駄目だい。"
],
[
"元の家にね、大きな石榴の木があったよ。お父さんが大事にしてたんだよ。庭は狭いけど、石榴の木があるからいいって、いつも云ってたよ。",
"だって隆ちゃんは、お父さんが死んだ時はまだ赤ん坊だったろう。どうしてそんなことを覚えてるの?"
],
[
"人の前でお父さんやお母さんのことを云っちゃいけないんだって、本当かしら?",
"誰がそんなことを云ったの。",
"お祖母さんが云ったよ。",
"そう。だが僕にならいくら云ってもいいよ。"
],
[
"一人とは珍らしいね。",
"なあに、いつも一人さ。井上君のようなわけには行かないよ。"
],
[
"君は変な噂があるのを知ってるか。",
"誰の?",
"君自身のさ。"
],
[
"それで何とも思わないのか。",
"別に何とも思わないね。",
"じゃあ、あの噂は本当なのか。",
"さあ、本当のような嘘のような……。だが余り下らないことじゃないか。"
],
[
"本当なのか。",
"本当かも知れないね。"
],
[
"何のことだか僕には分らない。具体的にはっきり云えよ。",
"白ばっくれるなら云ってきかしてやる。"
],
[
"竹内を探しに来たんだ。",
"え、竹内さんを!",
"竹内は何時頃帰ったんだい。",
"もうだいぶ前よ。",
"運のいい奴だな。",
"竹内さんがどうしたというの。",
"僕は竹内を殴ってやるんだ。",
"え!"
],
[
"本当に殴るつもりなの?",
"本当さ。"
],
[
"僕はもう何もかも駄目になっちゃった。",
"どうして?"
],
[
"我慢出来ない噂なんだ。僕が横田さんの奥さんと君とに同時に情交を結んで、それでしゃあしゃあとしてるというんだ。その噂が皆の間に広まってるのを、僕は今晩初めて知った。竹内の中傷に違いないんだ。",
"まあ、奥さんと私とに?",
"そうさ。余りに人を侮辱した噂だ。"
],
[
"何だか変な話ね。",
"何が?",
"その奥さんとあなたとの間が怪しいということは、聞いていたけれど……。",
"竹内からだろう。",
"ええ。……でも、あなたは本当にその奥さんと何でもないの?",
"何でもないさ。奥さんの方には親切きりだし、僕の方にはただ感謝きりなんだ。その噂を聞いては、僕はもう奥さんに顔が合せられない。その上、君と奥さんとを同時に……考えても堪らないことだ。"
],
[
"どんな場合が?",
"一人の女を想ってながら他の女と関係するような……。"
],
[
"そんな場合のことを云ってるんじゃない。僕は自分のことを云ってるんだ。",
"じゃあ、噂は噂としておけばいいじゃないの。",
"噂にもよるよ。",
"私だったら噂だけなら、どんなことを云われようと平気よ。やきもきしたって噂が消えるわけじゃないから。"
],
[
"何でもないよ。",
"でも、心ではその奥さんのことを想ってるんでしょう。",
"想ってやしないよ。"
],
[
"嘘じゃないのね。",
"本当だよ。"
],
[
"ああ。だがどうしたんだい。",
"少し寒気がして、やたらに眠いんだ。"
],
[
"そんならいいが……。然しこれからどうするつもりだい。",
"何を?",
"ああいう噂が立ってるので……。",
"どうもしないさ。噂ばかりだから構やしない。ただ、もうお清に逢うことも、横田さんの家に行くことも、きっぱり止そうと思ってる。つまらないからね",
"うむ。"
],
[
"君、忘年会をやろうじゃないか。",
"え?",
"僕は今年一年中のことを葬ってしまいたいんだ。噂をも何もかも葬ってしまいたいんだ。皆で忘年会をやって大に飲もう。なるべく早い方がいいね。最後の思い出に、蓬莱亭の二階でやろう。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「国民新聞」
1921(大正10)年8月4日~11月25日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2008年10月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"友人の家へ碁を打ちに行くんです。笊碁ですがね。",
"ははあ、やはり君も高等遊民の類ですね。"
],
[
"そしてまた新らしいフラウでも……。",
"いや君そう短刀直入に来られてはどうも……。",
"然し随分御熱心のようだから。",
"そういえば君も随分熱心ではありませんか。",
"僕ですか、僕は退屈で仕方がないからまあ隙つぶしに来るようなわけですよ。",
"やはり君もそうですか。僕も実は退屈してやって来るようなわけです。何をしてもさっぱり面白くありませんからね。"
],
[
"やあ、やはりそうですね。君のことなら聞いたことがありますよ。君達のことをひどく心配していた小さいのを私もちょいと知っていましたから。",
"へえ、君もよくあの辺に行くんですか。",
"いやこの頃は面白くないからさっぱり行きません。体よく振られたような形になって無情を感じたわけですよ。",
"そして私のように、S――まで都落ちですか。",
"ははは、都落ちとはうまく云ったものですね。"
],
[
"そうですか。然し随分長い間互に話しかけたく思いながら妙な遠慮をして、擽ったいような思いをしたものですね。",
"擽ったい……なるほど君はいい言葉を使いますね。文学でもやるんですか。",
"いや文学の方は生噛りです。"
],
[
"それは面白い。やりましょう。",
"然し僕はどうも一人では何だから、二人の時にしようじゃないですか。",
"ええ僕もちと臆病の方ですから、それの方がいいですね。"
],
[
"やあ失敬、随分待ちましたか。……そう、僕も急いでやって来たんですがね。今日はどういうものか馬鹿に勝負運がよくてね。",
"僕もそうだったですよ。屹度幸先がいいですね。"
],
[
"度々こちらへお出でですか。",
"え?",
"いつか此処でお目にかかったように思いますが。"
],
[
"どちらへお帰りです。",
"家へ帰るんです。"
],
[
"君こういう調子じゃ駄目ですね。",
"なに今に面白い男にぶつかるですよ。そう失望したものじゃない。夫に君のやり方は上出来でしたよ。",
"ひやかしちゃいけません。"
],
[
"俺はこのままでは帰らねえぞ。",
"ああ、いいから少し静にしろよ。"
],
[
"随分遅い電車ですね。",
"ええ、私はもう十五分許りも待っていましたのですよ。"
],
[
"まさかそんなこともありますまいけれど、せめて待たせるなら待合所へ火でもよく熾しておいてくれると宜しいんですけれどね。",
"そうですよ。夜更けの十分は昼間の三十分位には当りますからね。",
"でも電車が後れた方が面白かございませんか。",
"え?"
],
[
"あなたはそれでは私達のことを知っているんですか。",
"いえ、別に……。"
],
[
"分った。実は僕の方にもそういうことがありましたよ。変な男が僕の行く球屋へも来ましてね、下手な球をつきながらそれとなく、僕の身の上を聞いて行ったそうです。縁談だと云ってさんざんお上さんに冷かされた所です。",
"へえ、君の方もですか。",
"君これはうっかり出来きせんぜ。僕達は屹度誰かに悪意を持たれてるに違いありません。余り種々な人に無作法な真似をしましたからね。"
],
[
"そうですね。何か名案がありますか。",
"ええ、面白いことがあるんです。"
],
[
"誰か適当な女は居ませんか。",
"さあ、僕にはありませんがね。",
"では僕が連れて来ましょう。僕の家のすぐ近くのレストーランの女中に、そんなことの好きなのが一人いますから。その代り役者には君がなるんですよ。知った間だと中途で放笑したりなんかすると折角の計画が無駄になりますからね。"
],
[
"馬鹿に冷えますね。",
"はあ。"
],
[
"そうです。こんな晩に待たせるのは不道徳ですよ。",
"まあ不道徳ですって……。"
],
[
"そうですね。もう遅いから公園下をお廻りになった方がいいでしょう。私も丁度あちらへ帰りますから御案内しましょう。",
"そう願えますれば本当に安心致します。御迷惑でございましょうけれどどうか……。",
"なについでですから、お送りいたしましょう。",
"まあ私本当に安心いたしましたわ。屹度ですわね……そして向うの家もよく存じないものですからついでに、お宜しかったら、失礼をお願い出来ますれば……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「雄弁」
1919(大正8)年2月
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2008年10月14日作成
2008年10月20日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"それは残る。",
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[
"それで……大丈夫かね。",
"あのことか、心配いらない。少しは経験もある。然し、酒はもうやめよう。酔っていては都合がわるかろう。"
],
[
"後れましたのでしょうか。",
"いや、まだでしょう、何ともいってこないから……。"
],
[
"僕は……一向に、馴れませんから、よろしく願います。",
"わたくしこそ、どうぞよろしくお願い致します。"
],
[
"それも、もう用はあるまい。捨ててしまおうか。",
"何でございますの。"
],
[
"これ、どうなさいましたの。",
"あちらのお上さんが、肩の欝血を吸わせていたのを、ちょっと、貰ってきたんです。"
],
[
"照顕さまのことか。勿論、書かないよ。君の名前も書かないよ。",
"それはよかった。"
],
[
"あなたは、あれとは別なことを考えていたようです。何を考えていましたか。",
"何にも考えてはおりませんでした。ただ、ちょっと気がかりなことがありました。"
],
[
"お飲みなさい。",
"あら、わたくし……。",
"構わないから、飲んでごらんなさい。それから、煙草もどうです。"
],
[
"似ている。なんだか似ている。",
"何が似ているんだい。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「中央公論」
1947(昭和22)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"手相をみてあげるから、手をかしてごらん。",
"あら、またでございますか。",
"昨日のは間違っていた。男の手相をみるのは左手だが、女のは右手でなくちゃいけない。右手を出してごらん。"
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"なるほど、嬰児……だが天国はいかんよ。嬰児の如くならずば神の国に入ることを得ず。そこで……子供の如くならずば人の国に入ることを得ず……大人の如くならずば悪魔の国に入ることを得ず……。",
"叔父ちゃん、ほら、臼だよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「随筆」
1924(大正13)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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[
[
"北京からお持ちになりましたのですか。",
"そう、万一の用心にね。"
],
[
"左様でございましょう。私には分っておりました。",
"なに、分っていた………どうしてだい。"
],
[
"その訳を聞こうじゃないか。どうしてだい。",
"それでは申しますが、私はあの時、旦那様の厳しいお眼を、二度拝見しました。奥様がお倒れなさる時、両手で抱きとめましたことをお話しますと、旦那様は恐ろしい眼付で私を御覧になりました。それから、御介抱申す時、お足に湯たんぽをあてて差上げお胸に芥子をはって差上げたことをお話しますと、旦那様は一層恐ろしい眼付で私を御覧になりました。",
"それが一体、どういうことになるのか。",
"私にはよく分っております。下男の身分で憚りもなく、奥様を抱きかかえたり、お肌に手を触れたりするのは、不埓なことだというのでございます。"
],
[
"はい、嘘は申しません。",
"それなら、尋ねるが、君はふだん、伯母さんを……好きだったのかい。打明けてくれないか。",
"滅相もないことを仰言います。奥様を御大切には思っておりますが、召使の身分として大それた考えは決して致しません。",
"然し、伯父さんは僕に、医者とか医学とかを信用しないといって、昔風の煎薬と塗薬とだけを頼りにしていられるが、それと、君が今いったことと、どちらが本当だろう。",
"どちらも本当でございましょう。",
"どちらも本当……。"
],
[
"も一つ、杯を持って来てくれないか。",
"はい、何になさいますか。",
"なんでもいいから、持って来てくれ。"
],
[
"君はいろいろ知識もあり、頭もよく、それにもう相当な年配になっていながら、伯父さんのいうことには何一つ逆らわず、こんどの伯母さんのこともそうだし、全く盲従しているようだが、それは一体、どういうわけかね。",
"私は召使の身分でございます。",
"召使はそういうものかね。",
"それにまた、これはいつぞや申したことでございますが、私の親父はもと旦那様と御懇意を願っておりまして、何かとお世話になったこともありますそうで、その親父が亡くなります時に、善悪ともにこちらの旦那様のために尽すように、善悪ともにと、くれぐれもいい遺しました。",
"善悪ともに……。",
"はい、これはもうどうにもならないことでございます。"
],
[
"君は伯父さんのことは万事知っているだろうが、隠さずにいってくれないか。一体、伯父さんの今の財産は、どうして出来たんだね。",
"自然に出来たのでございましょう。",
"自然に……。それなら伯父さんが自慢にしていられるあの壺、金銀が一杯はいっていたとかいう壺は、あれは本当に海から出たのかね。",
"それは私は存じません。けれど、あなた様はどうお考えでございますか。",
"分らないから聞くんだよ。",
"私はもと船乗りをしておりまして、海のことはよく知っておりますが、あの壺が長く海につかっていたものでしたなら、貝殻がついたり藻が生えたりしまして、なかなか容易に落ちるものではなく、むりに落せばいろいろ傷がつきます。あの壺にはそういう傷はないようでございます。",
"うむ分った。……それから、伯父さんは時々旅に出られるが、別に商売の用でもなさそうだし、いつも曖昧らしいが、大体どの方面におもに行かれるのかね。",
"私もよく存じませんがあなた様はどうお考えでございますか。",
"分らないから聞くんじゃないか。",
"奥様やお嬢様へのおみやげ物は、大抵、上海あたりの品物のようでございます。",
"ああそうか。……それから、家に時々、穀物類の商人とかがやって来て、奥の室で人を遠ざけて、伯父さんと長い間話しこんでゆくことがあるそうだが、それは本当の商人かね。",
"私には分りませんが、あなた様はどうお考えでございますか。",
"またか。分らないから聞いてるんだよ。",
"普通の商人でありましたなら、それほど長い時間、秘密に話しこむこともございますまい。",
"そうか。……それにしても、伯父さんはよく、済南の紅卍字教の母院や青島の后天宮に、詣られるそうだが、本当かね。",
"本当でございましょう。紅卍字会には相当な寄附金をなすっておいでになります。また、青島の后天宮は、何を祭ってありますところか御存じでございますか。",
"知らないね。",
"あれは、舟神と財神とを祭ってあるところでございます。けれど旦那様はもう、船の方には関係はございません。",
"すると財神だが………まだ財産を殖したいのかな。",
"財産はいかほどあっても足りない場合がございましょう。",
"どんな場合かね。",
"私にはよく分りませんけれど、財産はほかのものと直接につながることが多いようでございます。",
"何とだね。",
"まあ例えて申せば、政治とか権力とか、そのほかのものでございましょう。"
],
[
"それなら、君は伯父さんの一味ではないのか。",
"旦那様がどういうことをなすっておられますか、私はよく存じません。",
"では、伯父さんは成功されると思うか、失敗されると思うか。",
"私には全く分りません。",
"それで君はいいのか。",
"私はただ召使で、旦那様のお側に、善悪ともに、おつきしているだけでございます。",
"それだけで本望なのか。",
"親父もそういい遺しました。仕方がございません。",
"なに、仕方がない。",
"仕方がございません。"
],
[
"伯母さんは、実際、このようなことを望まれたことがあるのかね。",
"よくは存じませんけれど、お望みになられた筈でございます。",
"なに、望まれた筈だと………。",
"左様に存じます。"
],
[
"私は早く仕上がるようにと思いまして、出来るだけ手伝っております。",
"早い方がよいのかね。",
"はい、こんどのことに限って、旦那様はお気が長うございます。それもまあ、仕方がございません。"
],
[
"僕は今日出立するつもりだ。",
"お父さまが帰られてからになすっては……。",
"いつのことか分らないし……。",
"でも、二十一日間と仰言ったわ。それに、使の者もお目にかかって来たことだし、やはり、済南の道院にいらっしゃるのだから、二十一日すぎたら帰ってみえるわよ。あともう一週間ばかりでしょう。",
"だけど、僕はなんだか、伯父さんに逢うのが怖いような気がするんだ。",
"どうしてでしょう。",
"君にすっかり話そうかどうしようかと、随分迷ったけれど、やはり出立前に話しておこうときめたんだ。さっき君は、どんなことにも驚かないといったね。",
"ええ、その通りよ。",
"では打明けるがね、驚いちゃいけないよ。徐和が死んだ時のことだ。僕はなんだかあの池のことが気になり、奇怪な太湖石のこともへんに眼について、あの時、窓からのび上がって、庭の方を覗いていた。すると、誰か、あの太湖石の方へ忍びよってゆく者がある。暫くすると、その男が、両手で太湖石を池の中へ押し倒した。そしてあの椿事だ。あの大きな岩が、セメントで固めてあった筈の岩が、容易くころげ落ちたのも不思議だが、その男が、岩を押し落し、身をかわすが早いか、ぱっと逃げ去った、その素早さには、僕は驚嘆してしまった。その男を、君は誰だと思うかい。",
"お分りになったの。",
"それが、伯父さんじゃないか。",
"まあ、お父様が……そんなことを……。"
],
[
"だからさ、驚いちゃいけないといったんだよ。",
"だって、どうしてお父様が、そんなことを……。嘘でしょう。",
"本当だよ、この眼で見たんだから。そのわけは僕にもよくは分らない。けれど、いろいろのことから察すると、伯父さんはなにか政治上の危険な秘密な運動に加わっていられるらしい。よく上海方面に旅行されたり、怪しい男たちが商人にばけて来て、奥の室で長い間話しこんでいったりするだろう。昔、青島の海からあがったという壺の中の金銀の話も、どうも嘘らしい。そういうことを徐和が知っていて、ただじっと見ていたらしい。",
"それで、お父様の立場が、危険になったというの。",
"まあそんなこともあるだろう。それから、伯母さんが倒れられた時、徐和が抱きとめたり、いろいろ手当したりしたのをきいて、伯父さんはひどく気を悪くなすったそうだ。",
"どうしてでしょう。",
"どうしてだか、まあ……伯母さんは、伯父さんにとって、ひどく大切なものだったんだね。だから、いくら勧めても、医者にもおかけなさらなかった。結婚の時も黄絹七反、紫絹七反、毛皮三枚、五つの五色の宝石を、お贈りなすったという評判だろう。無理に買い取りなすったようなものだ。",
"いいえ、それは違うわ、違ってよ。お母様は、その残りのものかどうか分らないけれど、黄絹と紫絹と五色の宝石を、たいへん大事にしていらしたのよ。それで、お亡くなりになった時、私一人で、ちょっと棺のそばにいさして貰ったでしょう。あの時、私、その黄絹と紫絹と五色の宝石を、棺の中へ入れてあげたのよ。お母様のお望み通りにしたのよ。",
"え、本当なの。"
],
[
"嬉しいわ、お兄さん。",
"いや、もうお兄さんなんていうんじゃないよ。"
],
[
"それは、どういう意味ですか。",
"お前にも大体分ってると思うが、わしはもうすっかりあらゆる野心を捨てて、こういう生活をしている。徐和とは違った意味での隠遁だな。どうも吾々は、結局のところ、変なところへ突き当ってしまう癖があるらしい。ところが、そのために却って、危険な地位に立つこともあるらしいよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「文芸春秋」
1940(昭和15)年12月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月13日作成
2008年1月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042713",
"作品名": "碑文",
"作品名読み": "ひぶん",
"ソート用読み": "ひふん",
"副題": "――近代伝説――",
"副題読み": "――きんだいでんせつ――",
"原題": "",
"初出": "「文芸春秋」1940(昭和15)年12月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-11-23T00:00:00",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
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[
[
"なにをそんなに見ていらっしゃるの。",
"今日は、君の顔がちょっと珍らしく見えるんだ。",
"ひとりっきりの寝顔を、ごらんなすったからでしょう。"
],
[
"なにか、あたしに、お話があるんじゃないの。",
"話なんかないよ。こうして酒を飲んでおれば、それでいいじゃないか。",
"そう。そんならいいけれど……。"
],
[
"君は、夢をみることがあるかい。",
"夢……めったにみないわ。",
"僕のことも?",
"ええ。なぜ?",
"おかしいなあ。僕のことを夢にみた筈だが……。",
"いいえ、夢ではなかったじゃないの。でも、びっくりしたわ。",
"夢ではなかったって……なんだい、それは。"
],
[
"やっぱり、夢だったのかしら。あたし、いい気持ちに眠ってたのよ。どこか分らないが、宙に浮いてるようで……それが、この室なの。すると、あなたが、そばにじっと坐っていらっしゃるの。いつまでもじっと坐っていらっしゃるから、あたし、声をかけようと思ったけど、どうしても声が出ないでしょう。息が苦しくなってきても、声は出ないし、身動きも出来なかったわ。それでも、あなたがそこに坐っていらっしゃることは、はっきり分ってるし、ありありと見えてるの。それでいて、どうにもならないから、むりやり暴れようとしたら、あの騒ぎでしょう。苦しかったわ。もうあんなこといや。なにか、催眠術とかなんとか、いたずらなすったんじゃないの。",
"そんなことはしないよ。然し、君が言ったことは、そっくり、本当のことだ。",
"本当のことって、何が。"
],
[
"嘘、嘘よ。そんなこと、ありゃあしないわ。",
"本当だよ。君は眠りながら眼を開いて、僕をじっと見ていた。その君の眼を、僕もじっと見ていた。",
"あら、ほんと?"
],
[
"ほんとなの。怖いわ。",
"本当さ。嘘じゃないよ。"
],
[
"ねえ、僕の眼を見るんだよ。僕は君の眼を見るから。眼と眼と、じっと見合うんだ。",
"いや、そんなこと、いやよ。許して。",
"これっきりだ。一度っきり。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「風雪」
1950(昭和25)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年11月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042658",
"作品名": "復讐",
"作品名読み": "ふくしゅう",
"ソート用読み": "ふくしゆう",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「風雪」1950(昭和25)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-12-23T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年11月15日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
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"校正に使用した版2": "",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42658_txt_24632.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-11-16T00:00:00",
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} |
[
[
"へんだなあ。",
"どうしたのだらう。",
"水鳥かしら。",
"かはうそかな。"
],
[
"きつと、何か、あやしい物がゐるのだよ。",
"さうだ、つかまへてやらうよ。"
],
[
"池の水がにごるのは、底にどろがあるからだよ。だから、水のすむのを待つてゐるより、みんなで池をさらつて、どろをかき出してきれいにしてみないかね。",
"けれども、それは、八幡様の池です。そんなことをしてよいものでせうか。",
"よいとも、きれいにするのだからね。"
],
[
"それから、かはうそなんかゐたら、どうしよう。",
"みんな生けどつてしまはう。"
],
[
"あゝ、くたびれた。",
"つまんないなあ、何にもゐないのだもの。"
],
[
"きれいだなあ。",
"すぐに、進水式をやらうよ。",
"うん、今度は大ぢやうぶだ。"
],
[
"わあつ。",
"ばんざあい。"
],
[
"おや、何だらう。",
"何だらう。"
],
[
"それは、いかんよ。白さぎは、亀とちがつて、かつておくのに大へんだ。そんなに白さぎがほしいなら、何か、代りの物を、わしが見つけて上げてもよい。何がいゝかね。",
"つるは、どうでせう。"
],
[
"つるかね。なほ大へんだ。",
"がてうは。"
],
[
"やかましくて、いかんよ。",
"あひるは。"
],
[
"そんなことをしたら、水たまりになつてしまひますよ。",
"まあ、やつてごらん。面白いことになるから。"
],
[
"かはいゝなあ。そつとしておかうよ。",
"大きな金あみをこしらへてやらう。"
],
[
"さうだ、いゝなあ。",
"ごいんきよさん、この原つぱに、畠が出来るでせうか。"
],
[
"まあ、いゝさ。ねずみも、金あみなんかかぶせられて、きゆうくつだつたらう。もう、金あみは、やめるのだな。",
"さうだ、さうだ。僕たちだつて、金あみなんかかぶせられたら、いやだなあ。"
],
[
"池が、まだ、すつかりきれいになつてゐないから、誰かゞ、池の底をさうぢしてくれてゐるのだらう。",
"それなら、自分たちでしようや。"
],
[
"どうしよう。",
"どうしよう。"
],
[
"そんな物は、いらないよ。",
"大きな金あみと、まつ白なはつかねずみですが。",
"いらないよ。"
],
[
"そんな物は、いらないよ。",
"りつぱなす箱と、美しい鳩ですが。",
"いらないよ。"
],
[
"そして、その大亀が口をきくといふのは、ほんたうかね。",
"ほんたうですとも。わたくしが、はつきり、その声を聞きました。",
"なるほど、それも面白い話だ。お前の良心が口をきいたか、大亀が口をきいたか、まあ、どちらでもよからう。"
]
] | 底本:「日本児童文学大系 第十六巻」ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日初刷発行
底本の親本:「ふしぎな池」新潮社
1940(昭和15)年12月
初出:「セウガク二年生」小学館
1938(昭和13)年8月~1939(昭和14)年3月
「せうがく三年生」小学館
1939(昭和14)年4月~5月
※初出時の表題は「ふしぎなお池」です。
入力:菅野朋子
校正:門田裕志
2013年1月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "045064",
"作品名": "ふしぎな池",
"作品名読み": "ふしぎないけ",
"ソート用読み": "ふしきないけ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「セウガク二年生」1938(昭和13)年8月〜1939(昭和14)年3月、「せうがく三年生」1939(昭和14)年4月〜5月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字旧仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2013-05-02T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-16T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card45064.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "日本児童文学大系 第十六巻",
"底本出版社名1": "ほるぷ出版",
"底本初版発行年1": "1977(昭和52)年11月20日",
"入力に使用した版1": "1977(昭和52)年11月20日初刷",
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"底本の親本名1": "ふしぎな池",
"底本の親本出版社名1": "新潮社",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "菅野朋子",
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} |
[
[
"よく転がる帽子だな",
"まるで生きてるようだな",
"おかしな帽子だな",
"つかまえてやれ、つかまえてやれ"
],
[
"川に落っこった、川に落っこった",
"ぽかんとして浮いてやがる",
"竿を持って来い、竿を"
],
[
"帽子が泳いだ",
"下水道の中に飛び込んだ",
"お化けの帽子だ、お化けだ",
"不思議な帽子だ"
]
] | 底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042643",
"作品名": "不思議な帽子",
"作品名読み": "ふしぎなぼうし",
"ソート用読み": "ふしきなほうし",
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"副題読み": "",
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"初出": "「赤い鳥」1925(大正14)年1月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-07-21T00:00:00",
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[
[
"まあ、お前はほんとに……。昨晩あれほど飲んでおいて、その上まだ飲むつもりなんですか。",
"だから、一寸、すこうし……変に頭が痛くって……本当ですよ。"
],
[
"だって、お前は昨晩、何と云いました。",
"さあ、何といったか……だがもういいんです。僕は良縁だと思っています。"
],
[
"つまらないものを二つ三つ書きだして、それで芸術家だと納まり返って、ぐうたらな日を送って、羨ましい身分だね。",
"羨ましけりゃあ、あんなちっぽけな会社なんか止しちゃって、兄さんも芸術家になったら……。"
],
[
"実際お前のような者には、浜地君は友人として過ぎ者だ。",
"そうかなあ、僕はまた、浜地には僕が過ぎ者だと思っていたんだが……。",
"なにを自惚れてるんだ。",
"じゃあ浜地は僕よりどこが優れてるんだろう。",
"優れてるさ、人格が……。お前みたいに汚れてやしない。",
"汚れてないって……笑わせるなあ。兄さんには見えないんだ。これでも、精神的には僕の方が汚れてやしないぞ。"
],
[
"いや、浜地も、今にそんな目に逢いそうな男ですぜ。それと云うのも、何だっけな、精神的に汚れてるから……ねえお母さん……。",
"止せよ。いい加減にしないか。"
],
[
"止せと云うなあ、降参したしるしだな。へん、どーだい。",
"何だ、そのざまは。"
],
[
"これで、証明がついたろう。",
"何の証明だ。",
"何の……ははあ、逃げ仕度か。卑怯だなあ。ほら、キリストが何とか云ったよ、女を見て心を動かす者は……ってな。ねえ、お母さん、お母さんは知ってるだろう。これを知らない者は……主ばかり……。"
],
[
"一体その話はどの辺まで進んでるんです。",
"どの辺までって、ただ、加藤さんからそういう話があっただけなんですよ。そして、わたしも兄さんも、浜地さんならよかろうと思ってるんですがね……。",
"そして、敏子はどうなんです。",
"承知のようですよ。",
"浜地は。",
"勿論承知でしょうよ。浜地さんの家から加藤さんへお話があったらしいんですから。",
"それじゃ文句はないじゃありませんか。本人同士がよければ、何にも云うことはない。僕も賛成です。何でしょう、もう浜地と敏とは愛し合ってるんでしょうね。",
"ええ……。"
],
[
"兄さん、それは誰との思い出なの。",
"馬鹿な。"
],
[
"ええ、お前が真面目でさえいてくれれば、いつもこうなんですがねえ……。これからは少し落付いてくれなければ困りますよ。",
"落付きますとも、今夜からこの通りに……。"
],
[
"おう寒い。",
"そう。褞袍をあげましょうか。",
"いえ……なに……。",
"じゃあ、何ですね、お前はまた、お酒でもほしいんでしょう。",
"いいえ、今日は……。僕が酒を飲むと、一家の平和を害する、そう悟っちゃったから……。",
"そんな、皮肉を云うものがありますかね。珍らしく今日はいらないと云うかと思うと、すぐお前はそれだからね。"
],
[
"兄さんも、お酒が好きなら好きでいいけれど、外で飲むのはお止しなさいよ。家でならいくら飲んだって……誰も何とも云やしないわ。だから早く……。",
"何が……。",
"早くどうにか……。",
"早く……何が早くなんだい。",
"どうにかして……。ねえ、お母さん。"
],
[
"なあに、僕は子供のことを云ってるんだよ。子供は誰にだって接吻させる。大人にそれが出来ないのは、心が汚れてるからさ。",
"じゃあ兄さんは子供なのね。芸者にだって誰にだって接吻させるんだから。",
"そうさ、心はいつまでも子供、それを置いてきぼりにして、身体だけが大人になったものだから、弱ってるんだ。ああつまらない。実につまらない。"
],
[
"幾日……何のことだい、そいつあ。",
"あら、もう忘れたの。そら……稲毛……。",
"ああ、そんなこともあったっけ。なるほど、君は頭がいいよ、物を忘れない。",
"あれだ。"
],
[
"どうしたんだい。",
"美代ちゃんよ。病気なの。"
],
[
"悪いのかい。",
"お午頃から急になんですけれど、大丈夫よ。……待ってて頂戴。今髪をあげてしまうから。"
],
[
"ねえさん、注射を頼んでよ、後生だから……。おう痛い……痛いよう……。",
"我慢だよ、一寸の間なんだから……。注射はもういけないって、先生が仰言ったでしょう。"
],
[
"苦しそうですねえ。",
"ええ、そりゃあ苦しいんですって。喇叭管がひきつけるから、腰と下腹がちぎれて取れそうだって云いますよ。お産の時と同じだそうですもの。",
"へえー、そうですかねえ。"
],
[
"それじゃあ、痙攣かい。",
"ええ。",
"では、唐辛子をはるといいんだよ。",
"あら、いやーね、そりゃあ胃痙攣のことよ。"
],
[
"じゃあお大事に……。僕は帰るから。",
"いやよ。駄目……。待ってるのよ。"
],
[
"痛い……おう痛い……。",
"しびれ。まあ大袈裟に、美代ちゃんより辛棒がないのね。"
],
[
"誰、あの人。",
"知らないの。おっかさんよ。そら、あたしが元一緒にいた……。",
"ああ……。",
"ね、どっかへいきましょうか。……連れてって頂戴。",
"だって……。",
"いきましょうよ、ね。"
],
[
"だってさ……病人があるのに……。そんな薄情な人は知らないよ。",
"いいわよ……ね、いきましょう。おっかさんと美代ちゃんが、いいと云ったら、いいでしょう。"
],
[
"昨夜夜通しお酒の相手をして、それで冷えたのよ。寝てりゃじきになおるわ。あの通り元気ですもの。先刻だって髪をあげるって起き上ったくらいだから。そして、これで寝ついたら、ねえさん、あたしまた借金がふえるわって、そう云うのよ。可哀そうね。",
"うむ。"
],
[
"どこにしましょう。",
"どこでもいいや。君の行くところに黙ってついていくよ。",
"そうね、今日はあたしの云う通りよ。"
],
[
"あなたは、ほんとにやんちゃね。",
"ああ、やんちゃだよ。"
],
[
"へえ、旦那、如何で……もう十二時近くですから、半夜のところで、御都合でどうにも……へえ、二両半、他には一切頂きません。",
"そいつあ有難い、今夜は観音堂の縁の下で寝るのかと思った。",
"へへへ、御冗談……。"
],
[
"それがね、実は、照代って女と一緒に行くつもりだったんだ。が、どうも……。だからその代りに、お前を連れてってやろう。",
"いやよ、そんな……。",
"だけどお前は、どうせそのうちには、ちっちゃな家庭のちっちゃな花嫁として、浜地と一緒に行くようなことになるんだろう。だからその前に一度、僕が連れてってやろうか。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「改造」
1925(大正14)年12月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年10月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042443",
"作品名": "不肖の兄",
"作品名読み": "ふしょうのあに",
"ソート用読み": "ふしようのあに",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「改造」1925(大正14)年12月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-11-26T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年12月15日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
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"入力者": "tatsuki",
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[
[
"苦しかなくって?",
"いいや。",
"それならいいけれど、なるべく静にしているようにって先生も仰言っていましたから。",
"うむ、これから余りお饒舌は止そう。それに……、ああ僕はどうしてこうなんだろう。何か云うと、屹度お前を悲しませることばかりしか口に出て来ないんだ。"
],
[
"ええ、まだですわ。",
"この頃よく写生に出かけるようだね。",
"何でも、非常にいい景色を見付けたとか仰言っていらしたわ。"
],
[
"それよりも、君の製作はどうだい?",
"どうも思うようにゆかない。",
"何を描いてるんだ?",
"風景だがね……。"
],
[
"どうも変だ。",
"何が?",
"僕は一寸気を惹かれる景色を見出した。枯れた樫の大きいのが一本立っていて、その根本に冬枯れの叢がある。雑草の枯れた茎が六七本寒そうに残って風に戦いでいる。その横には、枯芝の野が広がっている。僕はそれに一寸或る種の興味を見出した。樫の幹の下半分と、根本の叢と、周囲の芝生とを、四角く画面に取り入れると、全く荒廃そのものだ。樫の幹を少し右手に寄せて構図の中心とし、根本の叢と芝地とで画面の下半分を塗りつぶす。背景は一切取り入れない。全体を少し高めに浮き出さして、その向うは陰欝な冬の曇り空とする。生命のある物は何もないんだ。樫の幹は枯れている。叢も芝生も枯れている。地面は物の芽ぐむのを許さない冷え切った土、空は暗澹とした冬の雲。太陽の暖かい光りを受けない一面の灰色だ。僕はそれで、荒廃そのものを、冬そのものを、象徴しようと思った。この頃の曇った天気は、特に好都合なんだ。僕は光りの鈍い午後に、よく其処へ出かけて行った。所が……、君、聞いてて疲れやしない?",
"いや、僕はいつも退屈しきってるから却っていいんだ。",
"僕はこう思ってる、凡て存在するものには生命があると、もしくは生命を与え得ると。存在の本質に探り入ると、凡てが生命から発する愛のうちに一つに融け込むものだ。然し一方に於ては、死そのものだって肯定出来るだろうじゃないか。生命と死とは存在の両面だからね。で僕は、僕の画面を死の息吹きで塗りつぶそうと思った。所が実際描いた結果を見ると、樫の幹は本当に枯れたものになってはいない。表皮だけが枯れて、中は生きている。春になったら芽を出しそうなものになっている。叢も芝生もそうだ。地面からも、物を芽ぐます力が泌み出している。陰惨な空からも、晴々とした明るい蒼空を思わする色合がどうしてもぬけない。作意と出来上った結果とが背馳してしまうんだ。僕の製作は何物かに裏切られている。僕の心は何物かに裏切られてるようだ。僕は今それに苦しんでいる。"
],
[
"なに、心の中には、意識しないものだって沢山あるんだ。それは兎に角、思い切って作意を変えてしまったらどうだい。荒廃の中に蔵されてる芽ぐむ力といったようなものに。",
"僕もそう考えたことがある。然しそういうものはいつだって描ける。僕はあの景色を生かしてみたいんだ。それで努力してるんだ。曇った日には大抵出かけることにしてる。……君の容態が余りよくないのを放っといて、出かけてばかりいるのを許してくれ。",
"なに構うもんか。僕はそれほど悪いんじゃないし、看護婦さんと信子と居れば充分だ。それよりも僕は却って、君の仕事の邪魔になるのが一番心苦しい。家との関係があんな風になって、信子と二人で君の所へ飛び込んで来て、半年とたたないうちにこの病気だからね。",
"そのことなら僕の方から御礼を云わなけりゃならないよ。君の叔父さんの内々の補助で、僕まで生活がいくらか楽になったんだからね。余徳の方が大きすぎる位さ。そんなことは心配しないで、早く病気を癒すことだね。",
"うむ。"
],
[
"先刻の話の絵を見せてくれないか。",
"そうだね、まだ出来上ってはいないが、見せてもいい。此処に持って来よう。"
],
[
"いや、また後にしよう。何にせよ、出来上ってしまわないうちは、人に見られるのは余り快いものではない。出来上ってから見せてくれ給え。……それが出来上ったら、君に描いて貰いたいと思ってるものもあるから。",
"何だ、それは。"
],
[
"なあんだ! それじゃ議論になりはしない。仙人掌の花と百合の花とは凡ての感じがよく似てるじゃないか。",
"あらそうお。"
],
[
"もう御寝みなすったでしょう。つい先刻までいらしたけれど。",
"そう。お前ももう寝たらいいだろう。",
"ええ。今晩は何だか寒かなくって?"
],
[
"木下君が居ないと、お前も妙に淋しい顔をしていることがあるね。",
"でも、何だか悲しくなってしまうことがあるんですもの。木下さんが居て下さると力強いような気がして……。木下さんは妙に神経質な所もあるけれど、何処かどっしりしてる所があるようですわ。物につき当っても転ばないような所が……。"
],
[
"僕は、お前の肖像を木下君に描いて貰いたいと思ってるんだが……。",
"私の肖像を!",
"うむ。",
"いやよ、モデルなんかになるのは。",
"何もモデルになるというわけじゃない。ただ肖像を描いて貰うだけだから。",
"でも……。"
],
[
"今のは冗談だよ。",
"何が?"
],
[
"いえ別に。……然し病室とは違いますよ。",
"そうですわね。私あの室に馴れているものですから、外に出ると急に寒いような気がするんですの。何だか自分まで病気になったような気がして……。でももう感染ってるのかも知れませんわ。",
"なに大丈夫でしょう。第一感染る感染らないはその時の偶然の機会で、用心するしないは何の役にも立ちません。",
"まるでお医者様のような口振りをなさるのね。",
"いや実際私はそう思ってるんです。……然し肺炎は感染り易い病気でしょうかしら。"
],
[
"どうしてです?",
"この頃何だか岡部の様子が変ですもの。私どうしたらいいか分らなくなってしまいましたわ。先にはよく岡部は私に何でも隠さず云ってくれましたが、……今でもよく種々なことを云ってはくれますが、肝腎な所をうちあけてくれないような気がしますの。遠廻しに種々なことを云っておいて、それっきり黙ってしまいますの。私にはちっとも岡部の気持ちが分りません。じっと私の顔を見つめているかと思うと、ふいに眼をつぶって、何を云っても返事もしないことがあります。また時によると、いつまでもお饒舌をすることもありますが、それも本当のことを云ってるのか皮肉で云ってるのか分らないような調子ですもの。長く病気で寝てると、苛ら苛らしたり淋しかったりすることもありましょうが、私の方がどんなに淋しいか分りませんわ。それに私の気持ちを少しも汲んでくれないで、いじめてばかりいるんですもの。私は岡部にだけは何にも隠したり嘘をついたりしないで、いつも本当のことばかり云っていますが、それを妙に……。"
],
[
"いつだか私にも分りません。",
"どうして此度はそうお苦しみなさるの。",
"どうも思うように描けないんです。",
"私本当はその絵を余り好きませんわ。何だか暗くって淋しすぎますもの。",
"然し樫も叢も皆枯れはてたものばかりのつもりですから……。私はもっと深刻な陰惨な気分を出したがって苦しんでいます。",
"ええ、それは私も存じていますが、そんな絵より、もっと明るいものの方が嬉しい気がしますの。私その絵を見てると心が悲しくなってきます。何もかも枯れたものばかりだなんて、思ってもぞっとしますわ。何か悪いことが起りはしないかというような気がして。",
"え、あなたは岡部君の……。"
],
[
"あなたの肖像を私に……。",
"ええ、前から考えていたと云っていましたの。",
"そしてあなたは何と返事しました?",
"モデルになるのは嫌だって云うと、なにただ肖像を描いて貰うだけだからと岡部は云いますの。",
"それきりですか。",
"ええ。",
"岡部君はどんな話の時にそれを云い出したんです?",
"どんな話って……別に何でもありませんわ。",
"君に描いて貰いたいものがあると、岡部君はいつか云ったことがあるが……。"
],
[
"ではどうなさるの?",
"何よりも私達は、……岡部君の病気が早く癒るようにしなければいけません。"
],
[
"まだ、だって? 前から僕に頭痛がしていたことを知ってたのか。",
"あら、そういう意味では……。",
"あら、だけ余計だ。お前はいつも中途半端な間投詞を使ってごまかそうとしてる。",
"まあ何を仰言るの、私いつも嘘を云ったことはないじゃありませんか。",
"うむ、お前はいつも不自然な言葉は使わないし、不自然な態度はしないと云うんだね。僕が何かしても、澄し込んで知らん顔をしてるのが、お前にとっては自然なんだろう。",
"でも私が何かすると、あなたはいつもうるさいとか静にしておいてくれとか仰言るんですもの。",
"だからほうっとけというんだな。"
],
[
"お前の方がいつも勝つにきまってるよ。病人と達者な者との戦だから。",
"あなた! そんなことを……。私出来るだけのことはしてるつもりなのに。"
],
[
"お前はいつもそう云う。然し、僕が全快しさえしたら……という希望が、お前の心には無くなってるようだ。いや僕自身の心にも無くなってるような気がする。どちらが先にそうなったか分らないが、そういう行きづまった気分を、僕達は互に通じ合っている。一番悪い状態だ。僕にはどうしていいか分らない。二つの石塊のように、触れ合うことが互に傷つけ合うことになるのは、実際堪らない。",
"余りいろんなことを考えすぎなさるからいけないんですわ。"
],
[
"どうだい?",
"相変らずだ。"
],
[
"この頃忙しそうだが、何かまた初めたのかい。",
"いや別に……。"
],
[
"君、煙草を吸ってもいいよ。",
"まだ障るよ。",
"いや大丈夫だ、少し位なら。"
],
[
"何か御用なの?",
"用はないが、隙だったら呼んできてくれないか。"
],
[
"いや、隙だ。",
"じゃ暫く話していってくれ給いな。"
],
[
"うむ、癒るよ。屹度癒ってみせる。",
"君が健康に復したら、僕はいろいろ君に話すこともある。",
"僕だってあるさ。君の議論に凹まされはしないよ。"
],
[
"木下さん、また……。",
"岡部君が呼んでるのですか。",
"ええ。"
],
[
"ええ、場合によっては。",
"でも……いいえ、今はいけません、今は……。",
"勿論今すぐではありません。待つのです、時期を。岡部君が少しよくなるまで……。"
],
[
"はい。",
"木下君は?",
"もうお寝みなすったようですわ。"
],
[
"はい。何か御用?",
"木下君を呼んでくれ。",
"でも、もう寝んでいらっしゃるから、明日になすったら。",
"いや今すぐに用があるんだ。話したいことがある。呼んでおいで!"
],
[
"いや、君に話したいことがあったが、後でもいい。",
"そんなら今云ってくれ給い。どんなことでも構わない。今丁度いいから。"
],
[
"何だ?",
"君、落付いてくれ給い。"
],
[
"木下、僕の頼みをきいてくれ。僕が死んだら、信子を保護してくれないか。",
"僕が?",
"そうだ。君より外には誰も居ない。信子はどんな境遇に居るか、君はよく知ってるだろう。僕が居なかったら世の中に一人ぽっちだ。僕がもし死んだら……。",
"君は何を云うんだ。大丈夫だ。これ位の病気に死にはしない。",
"僕は死なないかも知れない。然し或は死ぬかも知れない。その場合の用意もしておかなくてはいけない。万一の場合にあわてたくない。信子を保護してくれ。"
],
[
"なに今のままなら危険というほどでもありますまい。脈搏がわりにしっかりしていますから。勿論その方の手当はしていますが。肺炎の方は以前と同じ状態です。これが少し拡がり出すと困難ですがね。……もし御心配なら、私の病院の院長に診て貰われたら如何です?",
"いえ、別にそういうわけではありませんが、実は、病人が母に逢いたがってるものですから。",
"ではすぐに呼んだらいいじゃありませんか。遠いのですか。",
"上野です。",
"上野! どうして今まで呼ばなかったのです?"
],
[
"今朝からです。",
"今朝から?"
],
[
"あれで、病気が癒っても精神が変になることはありますまいか。",
"なあに、それほど心配するには及びません。"
],
[
"え?",
"今晩は家に帰って下さい。",
"え! なぜ?"
],
[
"なぜそんなことを云うのです? 私はもうあの女のことは何とも思ってはいません。蒼い顔をして看病疲れしている所を見ると、私達の方が悪かったような気さえするんですもの。私に考えもあります。安心していなさい。あなたのために悪いようにはしません。",
"いえ、そんなことではありません。",
"ではどうなんです? 私も一晩位はついていてあげます。あなたが病気になってから初めて来たのではありませんか。幾晩でも起きていてあげます。何でも云う通りに用をしてあげます。あなたが眠ったら、眼がさめないように静にしています。この室に居るのが気懸りなら、向うの室に行っています。一晩位起きていても何でもありません。看護婦さんもあの女も疲れてるでしょうから、私が今晩は代りましょう。家を出かける時も、今晩は泊るとお父さんに云って来ました。"
],
[
"よく眠ったね。",
"ああ。"
],
[
"はい。",
"済みませんが持って来て頂けませんか。",
"此処へ!",
"ええ。"
],
[
"君はまるで夢中だったね。",
"いやよく知ってる。",
"何もかも?",
"うむ、頓服をのむ以前のことは。",
"そうかなあ……。"
],
[
"ははは、カフェーのお信さんに逆戻りですか。",
"ええそうかも知れませんわ。",
"そしてマダム岡部はどうしました?"
],
[
"それでどうなさろうと仰言るのです?",
"どうする、ですって? あなたは今更そんなことを云うのですか。あなたの心は何処に在るんです? 私はそれが知りたい。岡部君の容態の見極めがつかなくて苦しさの余り、一寸私に縋りついて来たばかりだ、そんなことを私はもうあなたに云わせはしません。私は岡部君に、私達は愛しているとはっきり云いました。岡部君も、君達は互に愛し合ってくれと云いました。熱に浮かされてたのではありません。何でもはっきり知っている、と岡部君は私に言明しました。今となっては、あなたが自分で自分を解決するばかりです。それで凡てが決します。私は岡部君と争おうとは思わない。病人と争おうとは思わない。然しこのままの状態でいることは出来ません。あなたの一部分だけを、憐れみの情から恵んでほしくはありません。凡てを得るか凡てを失うかです。そして周囲の事情は、もう猶予を許しません。岡部君の両親がどんな考えでいられるか、あなたにも分るでしょう。岡部君のお母さんが云われた言葉の意味は、あなたにも通じてる筈です。私は落付いてはいられない。何れかに決定しないうちは……。",
"木下さん、私は……。",
"何です? 云って下さい。私はどんなことでも期待している。覚悟しています。",
"あなた方は、私を品物か何かのように取引しようとしていらっしゃるのでしょう。いえ、そうですわ、そうですわ。岡部とあなたとは、私を品物か何かのようにやり取りしていらっしゃるのです。"
],
[
"何の答えが?",
"どういう解決を望んでるか……。",
"解決の鍵は信子の心が握ってる。",
"然し君にも何かの希望はあるだろう。",
"ない。"
],
[
"では僕は君に尋ねる。一々本当の所を答え給え。",
"うむ。僕はごまかしはしないつもりだ。",
"もし信子さんが、僕に一生を任せると云ったら、君はそれでもいいのか。",
"いい。",
"もし信子さんが、君の手に戻りたいと云ったら、君は許してやるか。",
"今はその力が僕にはないような気がする。然しやがて許し得ると思う。",
"僕達は互に愛したのだ。",
"知っている。",
"君は先夜のことを覚えているのか。",
"覚えている。",
"あの言葉を取り消し給え。",
"僕は、あの言葉は云うべきものではなかったと考えている。然し、あれを取消しても消さなくても、結局同じことのような気がする。",
"なるほど君の云いそうなことだ。あの言葉で僕の心に烙印をおして、僕の心の傷を一層大きくして、それで復讐するつもりだろう。",
"何を云うんだ君は。",
"そして一方では、あの言葉から遡って、信子さんの罪を安価に見積ろうとするんだろう。",
"おい、低い声で云ってくれ給え。皆眠ってるんだ。",
"二人に聞かれるのが恐ろしいのか。",
"木下、君はどうしてそう悪魔のような物の云い方をするのか?",
"そして君は、神のような物の云い方をしてるというんだろう!"
],
[
"そして君は、ただ待ってるというのか。",
"それより外に仕方がない。",
"それが最も安全な勝利の方法だろうさ。",
"何が?",
"そうさ、僕と信子さんとの間は唇と唇との交渉にすぎない。然し君と信子さんとの間はもっと深い交渉だからね。"
],
[
"君は夢想家さ。そして最も実際家だ。",
"木下、君の心は何処まで汚れてゆくんだ! 何処まで僕をふみ蹂ろうとするんだ!",
"ふみ蹂るのは君の方だ。",
"僕はもう何も云わない。自分の罪は自分で背負うつもりだ。",
"宜しい。君は罪を背負うがいい。僕は苦しみを背負ってやる。そして……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「新小説」
1920(大正9)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2008年9月18日作成
2011年10月3日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042405",
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"初出": "「新小説」1920(大正9)年5月",
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[
[
"今時、これほどの庭でもついてる借家はなかなかございませんよ。それですから、家は古くて汚いんですけれど、辛棒して住っておりますの。",
"そうですね。手を入れないで茂るに任してあるところが却って……。それに、あの奥の円い石が一寸面白いですね。"
],
[
"土竜のせいでしょうか。",
"さあ、土竜にしちゃあ……。",
"では……。",
"何だかえたいの知れない穴ですね。",
"ええ、気味の悪い……。これからせっせと塵芥を掃きこんで、埋めてやりましょう。"
],
[
"そんなことをすると、お父さんに叱られるわよ。",
"え、どうして。",
"危いんですって。",
"なぜ。",
"なぜだか……この辺で悪戯をしちゃいけないって、お父さんがそう仰言ったの。",
"じゃあ、この石の下に何かあるの。",
"知らないわ。"
],
[
"今日はお出かけじゃないんですか。",
"ええ。"
],
[
"何でしょう、あの向うの穴は。",
"さあー、土竜か何か……。"
],
[
"あの分だと、上の石がめり込んでしまうかも知れません。",
"いい石ですね。",
"何に使ったものですか……惜しい石ですよ。あれくらい大きな、自然に円みのある石は、なかなか安かありません。惜しいものです。"
],
[
"二人で動かせますかね。",
"大丈夫です、あれくらいの石なら……。"
],
[
"掘ってみましょうか。",
"さあーうっかり手をつけて……。",
"なあに、御自分の庭じゃありませんか。金魚池でも掘るつもりにすりゃあ……。"
],
[
"これは……何ですよ、屹度、古井戸の跡ですよ。",
"え、古井戸。"
],
[
"じゃあ、いくら掘っても駄目ですね。",
"駄目です。"
],
[
"あの穴は、何だかお分りになりましたの。",
"え、松木さんは何とも仰言らなかったんですか。",
"ええ、宅はいつでも、何にも聞かしてはくれませんし、わたしも別段……。",
"へえー。不思議ですね。"
],
[
"そして、あの穴は……。",
"古井戸を埋めた跡だそうです。"
],
[
"安心ですって。",
"ええ、わたしはまた、お墓の跡ででもあると困ると思って……。"
],
[
"その、何とか云う旗本の屋敷は、僕の下宿のあたりにあったのかい。",
"さあ、うろ覚えなんだが、祖母の話ではたしか、町名や番地など、どうもそうらしいよ。……何だい、変な顔をするじゃないか。何か出るのかい。",
"出やしないが……。",
"ははは、出たらお慰みだ。皿屋敷なんかより、その方が本物で面白いわけだがね。"
],
[
"ですが、何処のことだかよく分らない昔話と、ただ一度の夢とだけですから、或は気のせいかも知れません。",
"けれど、そう云えば、あの石だって何だか変ですわね。……どうしてあんな石を、庭の真中に据える気になったのでしょう。",
"いえ、あの石だけなら、面白いじゃありませんか。……いや屹度、気のせいかも知れません。こんな話は誰にも内緒にしといて下さい。うっかり話して、人の笑い草になっちゃつまりませんから。",
"ええ、それはもう、どなたにも話しはしませんけれど……。",
"変な時に、お菊の芝居なんか、とんだものを見たものです。"
],
[
"いえ、なあに、古井戸の跡だときいて、一寸夢をごらんなすったまでのことで、子供にはありがちのことですからなあ、御心配にも及びませんと、私から今もそう奥さんに申上げてるような次第で……。",
"そうです、何でもないことでしょう。そう云やあ実は、私でさえ変な夢を見たことがあるくらいですから。",
"ほう……してみますと何か、やはりその、古井戸のことで……。",
"ええ、馬鹿げた夢です。"
],
[
"なるほど、世の中には理外の理ということもありますからな、何とか一つ考えてみませんければ……。",
"いえ、考えて気にするから夢もみるんです。気にさえしなけりゃ、古井戸の跡なんか、どこにだってあることですし……。",
"云ってみればまあそんなものですが、奥さんも御心配でしょうし、なるべくその……世間にぱっとしない方がお互の為ですからな。"
],
[
"夢なんか見ないの。",
"え、見ない。だって、お母さんは、光子さんが夢でうなされるって……。"
],
[
"そして、お母さんは……。",
"お母さんはね、あたしが叱られて泣いてると、お父さんと喧嘩をして、ひどく打たれたのよ。それからちっとも、あたしの味方をしてくれないの。",
"そして、夢をみたことは本当なんですね。",
"ええないの。………だけど、恐いわ。"
],
[
"わたしがいくら聞いても、何とも云いませから、あなたから聞きただして頂けませんでしょうか。",
"そうですね……。"
],
[
"あたし恐いわ。",
"え、何が。",
"あすこが開いてるから。"
],
[
"これでいいでしょう。",
"ええ。"
],
[
"なぜお母さんにそう云わないんですか。",
"だって……。",
"そんな時には、お母さんを起すんですよ。",
"だって……叱られるんですもの。",
"叱られたことがあるんですか。",
"ええ、お父さんに。",
"どうして……。",
"あたし夢をみて、それから眠られなくなって、布団の上に坐ってると、お父さんがふいに起き上って、恐い目で睥みなすったの。夢をみて眠られないからって云うと、もう夢なんかみなくってもいいから、さっさっと寝ておしまいって……こんどからそんなことをすると、ひどい目に逢わしてやるって……。それであたしびっくりして、布団の中に頭からもぐりこんでしまったの。",
"お父さんがそんなことを云われたんですか。",
"ええ。だからあたし、いくら夢をみて眠られないでも、じっと我慢してるの。",
"どうしてまた、早く私に云わなかったんです。いくら聞いても隠してばかりいて……。これから何でも云うんですよ。",
"ええ。だって……。",
"なあに……。",
"お父さんが……。",
"何か仰言ったんですか。",
"ええ、あの、こないだ、お爺さんに云ったでしょう、恐い夢をみるって、嘘をついて……。あのことをあたしが云いつけたって、恐っていらしたの。そして、これから片山さんに何か云いつけたら、ひどい目に逢わせるって……。",
"でも、私に饒舌ったと、お父さんに云ったんですか。",
"いいえ。",
"じゃあ、お母さんに……。",
"いいえ、誰にも云やしないわ。",
"それじゃあ、どうしてお父さんに分ったんだろう。私も云やしないし……。",
"何でも分るのよ。",
"え、なぜ。",
"なぜだか、何でも分るの。だからあたし、恐いわ。"
],
[
"これから、何でも私が引受けてあげます、ね。みな打ち明けるんですよ。そして、お父さんに叱られるようなことがあったら、私のところへ逃げていらっしゃい。",
"そんなことをして……。",
"構やしません。あんなひどい……。"
],
[
"光子さんはやはり、恐い夢をみて夜眠れないんです。それを今迄放っとくなんて、余りひどいじゃありませんか。",
"まあー、夢をみて眠れないのですって……。",
"そうです。それもあなた達が、差配をだますために、嘘を本当のように云わせようとしたからです。"
],
[
"わたしは止めたんですが、宅が強いて云うものですから……。",
"松木さんがどんなことを云われようと、あなたは母親じゃありませんか。あくまでも庇ってやるのが本当です。",
"ですけれど……。",
"一体あなたは、余り人が善すぎるからいけないんです。松木さんがどんな考え方をして、どんなことをされてるか、あなたは御存じないのですか。",
"あの通り、何にも聞かしてはくれませんので……。",
"聞こうともなさらないんでしょう。",
"聞いたところが、わたしには何にも分りませんし、男の仕事に女が口を出すものではないと云われますと……。",
"よくそれであなたは、不安じゃないんですね。",
"わたし、こんな性分なものですから……。",
"それでも、光子さんが可愛くはないんですか。",
"ええ、それはもう……。",
"じゃあ、せめて光子さんのことだけなりと、もっとしっかりなさらなくっちゃ……。",
"自分でもそう思いますけれど……。",
"現に光子さんがどんな気持でいるか、お分りですか。",
"だからあなたに……。",
"聞いて貰うと仰言るんですか、自分の娘のことを……。"
],
[
"やっぱり夢をみるんですか。",
"ええ時々よ。",
"じゃあ、私がいいものを借してあげましょう。これを枕頭に置いて寝ると、悪い夢なんかちっとも見ないんです。いいですか、そう思いこんで、ぐっすり眠るんですよ。"
],
[
"あら、これ刀ね。",
"ええ。"
],
[
"枕頭に置いて寝ると、決して悪い夢なんかみないんですよ。",
"だって、見付るわ。",
"構やしません。私がむりに持たしたんだと、そう云ってごらんなさい。",
"叱られやしないかしら。",
"叱られたら、逃げていらっしゃい。私が云い訳をしてあげるから。",
"そう、屹度ね。",
"ええ。大丈夫。"
],
[
"もう夢をみないでしょう。",
"ええ。",
"よく眠れますか。",
"ええ。よく眠られるわ。"
],
[
"え、どうして……。あんなものをいつまでも持ってるものじゃありません。",
"だって、また夢をみると困るから。",
"その時はまた借してあげます。",
"いやよ、あれ、あたしに頂戴ね。",
"あんなものをどうするんです。",
"大事にしまっとくの。",
"そんなことをすると、本当に叱られますよ。",
"大丈夫。誰も知らないから。",
"でも、枕頭に置いて寝たんでしょう。",
"いいえ。",
"ではどうしたんです。",
"誰にも分らないように、あたし、抱いて寝たの。",
"え、刀を抱いて寝たんですか。",
"ええ、毎晩抱いて寝て、朝になるとそっとしまっといたの。",
"どこに。",
"そこの、三畳の、あなたの押入の中に。"
],
[
"ねえ、あれあたしに頂戴ね。",
"上げてもいいけれど……。",
"下さるの。嬉しい。"
],
[
"いやーだ。",
"だって出たでしょう。",
"嘘、嘘。"
],
[
"あたし、これから勉強するの。分らないところ教えて頂戴、ね。",
"ええ。"
],
[
"叱られやしませんか。",
"いいのよ。構やしないわ"
],
[
"あたし、お父さんと喧嘩してやったの。",
"お父さんと……。"
],
[
"ええ。だってひどいんですもの。二階に上っちゃいけないと云ったり、二階に上りっきりで降りてきちゃいけないと云ったり……。あたし口惜しいから、井戸に飛びこんでやるって、庭に駆け出してみせたの。",
"なんでまたそんな喧嘩をしたんです。",
"分らないわ。お前のような親不孝者はないって、拳骨を振上げなすったから、あたし井戸のところまで駆けていってやったの。"
],
[
"どうなすったんです。",
"只今、光子が、井戸に飛びこむって、裏口から駆けだしましてね……。"
],
[
"私は一寸都合があって、よそへ越すかも知れませんが……。",
"え、なぜ。",
"なぜでも……。"
],
[
"いや、越しちゃいや。あたしいやよ。",
"そんな、むちゃを云ったって……。",
"いいえ、いやよ。あたし一人になってしまうんですもの。……お越しなさるなら、あたしもついていくわ。",
"ついて来てどうするんです。",
"だって、あたし困るわ。一人っきりで……。",
"お父さんやお母さんがいるじゃありませんか。",
"いたって、やっぱり一人っきりよ。",
"そんなむちゃな……。",
"いいえ、いやよ、どうしたっていやよ。"
],
[
"いいわ、そんならあたし、本当に井戸に飛びこんじまうから。",
"そして二階の三畳に隠れるんでしょう。",
"ええ、そうよ。"
],
[
"怒ったんですか。",
"もういいわ、あたし、本当に飛び込んじまうから。"
],
[
"あのね、いろいろ考えたけれど、どうしてもここの家にいては悪いような気がするんです。そんなこと、今に分るようになります。ねえ、越したって時々遊びに来るから、いいでしょう。",
"いやよ。"
],
[
"じゃあ、どうすればいいんです。",
"家にいるの、いつまでもいるのよ。"
],
[
"いやよ、どうしたっていや。ねえ、あたし、悪いことがあったら謝るわ。御免なさい。もう井戸に飛び込むなんて云わないわ。",
"だって、お父さんが何か云ったでしょう。",
"ええ、ひどいことを云ったのよ。だからあたし、机を放り出して駆け出してやったの。",
"どんなことを云われたんです。",
"あたし達があんまり仲がよすぎるって、そして……夫婦気取りでいるって……。",
"え、そんなことを云われたんですか。",
"ええ。あたし、腹が立ってむちゃくちゃになったけれど……もう平気だわ。お父さんなんか何と云おうと、構やしないわ。"
],
[
"私は馬鹿なことを考えていたんです。",
"何のこと。"
],
[
"どんなことがあっても平気でいましょう。",
"ええ、あたし平気だわ。"
],
[
"お父さんを好きですか。",
"嫌いよ。",
"お母さんは。",
"好きでも嫌いでもないわ。"
],
[
"私がどこかへ行こうと云えば、どこへでもついて来ますか。",
"ええ、いくわ。",
"どんなところへでも。",
"ええ。"
],
[
"然し何だか……。手後れになっても構わないんですか。",
"大丈夫です。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「中央公論」
1925(大正14)年10月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年10月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042442",
"作品名": "古井戸",
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"初出": "「中央公論」1925(大正14)年10月",
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"作品著作権フラグ": "なし",
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[
[
"針金………そんなもの、ないねえ。",
"針金でなくてもいいんだが……。困ったなあ。"
],
[
"願います。寒くて眠くて、どうにもならん。",
"もうだめですよ。室がいっぱいで。じきに夜が明けますよ。",
"だから、ちょっとの間でいいんです。そこの、帳場の隅っこでもいいから、休まして下さい。贅沢は言いません。"
],
[
"わたくしもお願いします。",
"仕様がないねえ。じゃあ、いっしょに寝るか。"
],
[
"姐さん、すまないが、酒を少々頼むよ。",
"お酒……あったかしら。",
"あるとも。分ってるよ。お客用のじゃない、内所で使うやつさ。肴はどうでもいいから、急いで頼むよ。",
"それじゃあ、少しね。それから、味噌汁も吸ったがいいよ。"
],
[
"あの娘さん、勘定は払ったかね。",
"払って行ったよ。"
],
[
"いや、僕の分まで払ったかと思ってね。",
"ばかなこと言いなさんな。"
],
[
"どんな人ですか。",
"若い女のひとです。"
],
[
"なあんだ、それだけか。いたずらでもしたんじゃないのかい。",
"なんぼ俺が物好きでもね。ただちょっと、感傷的に同情したものだから、名刺の裏に君の名前を書いて渡した、それがしくじりの元だ。"
],
[
"話は清水君から聞きましたが、伯母さんのこと、どうでした。",
"はい。"
],
[
"頂けません。",
"そう。ではなにか召上れよ。いま御飯も出来ますから。"
],
[
"市役所からここまで、なんのために来たのかなあ。",
"お礼を言いに来たと、申しておりました。",
"帰りに何か言ったかい。",
"くり返しお礼を言って、それから、御気嫌よろしゅう、と言いました。",
"なに、御気嫌よろしゅう………まるで貴婦人みたいじゃないか。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「人間喜劇」
1948(昭和23)年10月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042745",
"作品名": "ヘヤーピン一本",
"作品名読み": "ヘヤーピンいっぽん",
"ソート用読み": "へやあひんいつほん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「人間喜劇」1948(昭和23)年10月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-03-04T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42745.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
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[
[
"私は帝大の文科に通っている、今井梯二という者です。お宅で室を貸して下さることを、友人に聞いて参ったのですが、貸して下さいませんでしょうか。",
"それでは、あの、どなたかお友達の方が……。"
],
[
"左様でございますか。宅では、どなたか知り合いの方の紹介があるお方だけに、お願いすることに致して居りますけれど、そういうわけでございましたら、室の都合さえつけば宜しいんでございますが、只今一寸……。",
"いえ紹介なら、すぐにでも貰ってきます。是非貸して頂きたいんです。",
"それでも、空いてるのは四畳半一つでございますし、今日の夕方までに返事をするから、それまで誰にも約束しないでくれと、頼んでおいでになった方もございますし、今すぐと申しましては……。"
],
[
"それでは、舟になんか乗りましたら、恐うございましょうね。",
"恐いよりか綺麗です。……勿論、今じゃもう濁ってるかも知れませんが。"
],
[
"三四年帰りません。",
"では高等学校もこちらで?",
"いえ、大学にはいって三四年になるんです。来年はもう卒業してやろうかと思っています。いつまでいてもつまらないですから。",
"そうでございますね、早くお卒業なすった方が宜しゅうございますよ。"
],
[
"私はこうしてるのが勝手ですから、どうかお構いなく御用をなすって下さい。",
"それでは御免下さい。"
],
[
"まあ馬鹿なことを云うものではありません。大学生だというではありませんか、そんなことがあるものですか。",
"大学生だって当にはならないわ。三四年も大学にいるけれど、つまらないから来年は卒業してやるんだなんて、どう考えたって少し変だわ。",
"でもねえ、それは質朴そうないい人らしいですよ。",
"だからお母さんは買い被ってるのよ、あんな質朴があるものですか。お慈悲に室を借りてやるというような見幕で、家の中にまで上り込んできて、図々しいったらありゃあしないわ。お母さんもお母さんですよ、あんな人に上り込まれといて、お菓子まで出すなんて、あんまり人が善すぎるわ。",
"そんなことを云ったって、ああいう風になったのだから、仕方がないではありませんか。",
"いくら仕方がないからって、家に上げて待たせるって法はないわ。もし先の人が来なくって、晩にでもなったらどうするの。あんな図々しい人だから、明日まで待つと云い出すかも知れないわ。",
"まさか、そんな……。",
"そうでなくっても、もし不良書生の仲間だったらどうするの。",
"そんなこともないでしょうよ。",
"でも分りゃしないわ。"
],
[
"朝一食だけで、午と晩とは、自炊をするか他処で食べるかしなければならないし、そういう不便を忍んでまで、あの狭い四畳半に落付くというのは、特別な事情のある者ででもなければ、一時の気紛れに過ぎないでしょう。それとも君には、何か特別の事情があるんですか。",
"私はまだ借りるとも借りないとも云いやしません。",
"こちらでもまだ、貸すとも貸さないとも云ってやしません。ただその前に、君の意志をはっきり聞いておきたいんです。",
"一体あなたは、此処の家の方ですか。",
"いや……一寸知り合いの者です。",
"それじゃ、御主人は?",
"不在です。だから私が代りにお話してるんです。"
],
[
"そして室はどうするんです?",
"考えてからにします。",
"其処で考えたらいいでしょう。何もむずかしいことではないんですから。",
"じゃあ借りません。",
"では破約しますね。",
"破約ですって……私はまだ借りると約束した覚えはありません。",
"そんならそれでいいです。お帰りなすって構いません。",
"そうですか。"
],
[
"あなたあんなことを!",
"なあに構うもんですか。あんなあやふやな奴は駄目ですよ。借りるならどんなことがあっても借りる、借りないなら断じて借りない、という風にはっきりしていなければいけません。あんな意志の弱い煮えきらない者をおかれても、碌なことはありません。"
],
[
"何を笑ってるのですよ!……どうしましょう?",
"あの人にお室を貸したらいいじゃありませんか。",
"でもねえ、あんなでは……。",
"随分図々しい人だけれど、あの人のは、図々しさを通り越して滑稽だわ。"
],
[
"笑いごとではありませんよ、あんな人だから、またどんなことを仕出かすか分りはしません。何とか云って断ってしまう工夫はないでしょうかね。",
"大丈夫よ。あれで案外質朴な人かも知れないわ。もし変なことになったら、中村さんにでも伯父さんにでも云って逐い出してしまったらいいじゃありませんか。",
"それもそうですね。"
],
[
"私は何か悪いことをしたんでしょうか。悪いことをしたんでしたら、いくらでも謝ります。",
"いいえ、そんなわけではございませんが……。"
],
[
"あの、どなたかお家の方ですか。",
"娘でございますよ。",
"あそうですか。失礼しました。"
],
[
"私共ではこの二人きりで、手不足なものでございますから、何もかも不行届きがちになりますけれど……。",
"なに結構です。それでは今晩参ります。",
"あの今晩すぐに……。",
"ええ。学生の引越しなんか訳はありません。"
],
[
"私あんな人は初めてですよ。",
"でも正直そうな人じゃありませんか。少し変ってるけれど、ひょっとすると……あれで天才かも知れないわ。"
],
[
"本当に今晩越してくるのでしょうか。",
"あんな人だから、屹度来るに違いないわ。",
"それなら掃除をしておかなければなりませんね。"
],
[
"電気会社へ行ってこなければなりませんね。",
"どうしてなの。",
"あの人が来て早々から、電気がなくては困るでしょうよ。",
"いやだ、お母さんは。電気はつけ放しじゃありませんか。",
"そうでしたかしら。"
],
[
"いいえ、ありのままよ。衒うことなんか、これっぱかしも出来そうにない人だわ。",
"もしそうだったら、その変梃なのが正直な所だったら、澄ちゃんが云うように天才かも知れないね。",
"どうして?"
],
[
"一番いい例は、二階のあの人だね。近く寄って見るから変梃に見えるので、遠く離れると立派な人格者に見えるものだよ。",
"そんなことないわ。",
"じゃあ澄ちゃんは、あの立派な天才を、天才ではないと云うのかい。"
],
[
"そんなに気がお弱いから、あなたはつけ込まれるんでございますよ。第一、他人の物を当にして来るって法がありましょうか。自分の物も他人の物も区別しないようになりましたら、世の中に働く者はありはしません。",
"いえ、彼奴等だって、相当には働いてるんです。今働いていなくても、これから、後に、大いに働くつもりでいるのです。それで取返しがつくじゃありませんか。",
"取返しがつきますって! そんなことを云ってらっしゃるうちに、あなた御自身はどうなります? 今に何もかも持ってゆかれてしまうではございませんか。",
"なあに私は、こうしていさえすれば、どんなことがあってもへこたれはしません。意志がしっかりしていますから。"
],
[
"馬鹿なことを仰言い! 自分のことは自分でちゃんとしていますよ。あなたまでそんなことを云うなら、私はもう何にも知りませんから、あなたが何もかもしてみるがようござんす。他人さんのお世話をするのは、そりゃ容易なことではありませんよ。",
"だって、今井さんは初めから変人だと分ってるじゃありませんか。",
"いくら変人だからって、御自分のものを他人に持ってゆかれて平気でいるのは、あんまりひどうござんすよ。",
"それくらいのことは、今井さんには何でもないんでしょうよ、屹度。あんな人のことは、やきもきするだけ損だわ。考えてみれば、何もかも変じゃありませんか。家にいらしてから、一度も学校に行かれた様子もないんでしょう。いくら大学だからって、あんなに休んでばかりいていいものでしょうか。それに角帽が一つあるきりで、制服だって、持っていらっしゃるかどうか分らないし、ノートの一冊もないんでしょう。そして朝から晩まで、あの白木の机を拭き込むばかりで、ぼんやり考え込んでいて、一体、何をなすってるのか、何を考えていらっしゃるのか、まるで見当もつかないわ。私今井さんは屹度、文学とか哲学とか、そんなことをやる人だと思ってよ、いくらお母さんが注意してあげたって、ただ煩さがりなさるばかりだわ。"
],
[
"それではやっぱり退屈じゃありませんか。",
"いえ、面白くもないが退屈でもありません。",
"では何でしょう?"
],
[
"だって夢は面白いものだわ。",
"それは後から考えるから面白いので、みてる当時は、面白くも退屈でもありません。",
"あら、そうかしら……。"
],
[
"そして、お召物はどうなさいましたの。",
"彼にくれてきました。",
"えっ!",
"向うでそれだけの好意を見せてくれたんですから、こちらでも好意を以て、着物は君に上げようと云ってきました。",
"まあとんでもない! だからあなたは仕様がございませんよ。それではうまうまひっかかってしまったようなものですよ。向うではあなたがそういう人だということを承知の上で、企んでやったことに違いありません。それなのに、私にお菓子を買って寄来すなんて、図々しいにもほどがありますよ。"
],
[
"私は人間の頭があんなに脆いものだとは思いませんでした。",
"人間の頭ですって?",
"そうです。実はこの菓子折を下げて、友人と二人で、或るカフェーにはいって、酔いざめの冷いものを飲んでいました。すると、不良少年……と云ってももう青年ですが、そういう二三人の連中と。やはり二三人の朝鮮人か支那人らしい、怪しい様子の連中との間に、喧嘩が初ったのです。何がきっかけだかは分りませんが、大きな怒鳴り声がしたので振向いてみると、両方立上って殴り合おうとしてるんです。と思ううちに、その不良青年らしい方の一人が、相手から先を越されて頬辺に拳固を一つ喰わせられましたが、一足よろめきながら、側の卓子の上にあった空のビール瓶を取って、向うの奴の脳天から打ち下したんです。ビール瓶はそのまま壊れもしないで、相手の男はばったり倒れてしまいました。よく見ると、頭の鉢が割れて、血がどくどく流れ出してるじゃありませんか。"
],
[
"いえ確かに頭蓋骨がわれたんです。頭の形が変梃になって、傷口から石榴のようなぐじゃぐじゃなものが見えていました。",
"そして。それからどうしました?",
"その男が倒れると、カフェー中の者は総立ちになりました。がその隙に、殴った方の連中は、何処かへ逃げ出してしまったんです。そして皆で、倒れてる男を引起したんですが、もう死んでるらしいんです。即死ですね。それから大騒ぎになって、その男は仲間の者から、すぐ病院へかつぎ込まれるし、警官はやって来るし、野次馬はたかるし、ごった返しましたが、どういうものか、警官は皆をカフェーの外に逐い出してしまいました。それを幸に、私達も外に出ました。証人にでも引張り出されちゃつまりませんからね。"
],
[
"私はその反対だと思うんです。意識的に殺されるのは構わないが、偶然殺されるなんて真平です。",
"では殺す方はどうでしょう。",
"殺す方だって同じです。偶然に人殺しをするような者は、永久に救われない奴です。けれど、意識して人を殺せるくらいな人間は、またどこか偉い所があると思うんです。私は友人からこういう話を聞いたことがあります。ゴリキーの書いたものにあるそうですが、ロシアの革命の頃、或る処の農民は、捕虜にした何十人かの敵の兵隊を、逆様に腿まで地中に埋めて、苦しさに足をぴんぴんやって死んでゆくのを眺めて、何奴が一番我慢強いとか、何奴が一番息が長いとか、そんなことを云い合って面白がったそうです。また或る処では、捕虜の腹から腸の一部を引出して、それを樹木の幹に釘付にし、皆で其奴を鞭で引叩き、其奴が木のまわりを送げ廻るにつれて、腸がずるずる出てくるのを見て、皆で面白がったそうです。而もそれが、敵の兵士とは云いながら、やはり同胞のロシア人なんです。その話を聞いた時私は、何もかも打忘れて或る者を愛するとか、一身を擲って主義に奉仕するとか、そう云った偉い人間がロシアから出るのは、尤もなことだと思いました。憎悪とか愛情とか、残忍とか親切とか、さういった風な感情は、一方が強ければまたそれだけ他方も強いものです。所が日本人は、あらゆる感情が弱々しくて中途半端です。弱い半端な感情からは、決して偉大な行いは出て来ません。",
"然しそうだとすると、文明の否定ということになりはしませんか。凡て野蛮な悪い感情を洗練してゆくということが、文明の発達のように思えるんですが、あなたの説に依れば、野蛮時代に逆戻りをする方がいいことになりますね。",
"いえ逆戻りじゃありません。善い感情も悪い感情も、一緒に磨き上げてゆくのが文明です。悪い感情を善くなしてゆくとか、または悪い感情を滅して善い感情だけを育ててゆくとか云うのは、痴人の寝言です。そんなことをしてるうちには、感情全体が鈍ってきて、まるで去勢されたようになってきます。善と悪とが相対的のものである以上は、善い感情と悪い感情とは相対的なものです。一方が滅ぶれば他方も滅んでしまいます。両方を強く燃え立たして、ただどちらに就くかだけが問題です。野蛮時代は、いろんな火がごっちゃに燃えていたのですが、その火を選り分けて、純粋な焔を立てさせるのが文明です。そして肝要なのは、そのいろんな焔のどれに就くかという方向だけです。焔を弱める必要はありません。",
"それなら、ただ一つの火だけ燃やしたらいいじゃないですか。",
"それはキリスト教の云う言葉です。ギリシャの多神教ではそんなことは云いません。そしてキリスト教では、三位一体なんてことを鋭いていますが、あの神は実は人間ではなく怪物で、ギリシャの多神教の神々こそ本当の人間です。",
"それでは一層のこと、人間を止してしまった方がいいわけですね。",
"そうです。"
],
[
"戦争は人を狂人になすから嫌です。",
"どうしてです?"
],
[
"雨の中を傘もささずに歩いていらっしゃるってことがあるものですか。あなたも少しお友達の真似をなすって、傘を借りっ放しにしていらっしゃれば宜しいではございませんか。",
"いや図書館に行ってたんです。"
],
[
"ほんとに喫驚なさいましたでしょう。私もあんな人だとは思いませんでした。どうぞお気を悪くなさらないで下さいましな。ああいう変った方ですから、悪気で仰言ったのではございませんでしょうし、熱の加減もあったでしょうし……。",
"なあに私は何とも思ってやしません。それでも、医学の説明を聞かされたには一寸驚きましたね。",
"そして、どうなんでございましょう?",
"自分で大丈夫だと云っていますから、それより確かなことはありませんよ。ただ頭だけは冷してやった方がいいんですがね。",
"ではそう致しましょうか。"
],
[
"中村さんをお起ししましょうか。",
"でもお母さん、またあんなことになったら……。",
"それもそうですね。どうしましょう?",
"氷で冷したらどうかしら。"
],
[
"まだ夜は明けませんか。",
"もうじきでございますよ。"
],
[
"あなたは詩もお読みなさるの。",
"昔読んだことがあります。夢中になって読み耽ったものです。",
"そう。じゃあ一寸教えて下さらない? 私いくら考えても分らない所があるから。"
],
[
"詩の解釈はあなたよりよっぽどお上手よ。",
"それはそうだろう。僕は医者だけれど、あの人は文学者だから。"
],
[
"あら、あなたは駄目よ。教え方がぞんざいで、独り合点ばかりなすってて、私がよくのみ込まないのに、先へ先へとお進みなさるんですもの。",
"なあに僕のは天才教育だからさ。"
],
[
"金魚に麩は、人間にお茶のようなもので、食べても少しも滋養にはなりません。その上可なり不消化です。麩よりも、御飯や鰹節をやった方がいいんです。",
"だって、御飯をやれば、眼の玉が飛び出すというじゃありませんか。",
"そんなことはありません。やりすぎて、消化が悪くなって、痩せるから飛び出すんです。"
],
[
"何時でしょう。",
"八時少し過ぎよ。"
],
[
"だって、こんな曇った陰気な空じゃつまらないわ。",
"私はあの雲の上の、晴れた清らかな空を想像するんです。人間の世界から雲で距てられた、澄みきった清浄な空です。"
],
[
"然しあなたは、何でも中村さんに相談なさるんでしょう。",
"ええ、時々……。でも何だか、本気に聞いて下さらないから、つまらないわ。"
],
[
"私はあの人が嫌いです。皮肉ばかりで固めたような感じがしますから。",
"だって、皮肉な人は頭がいいんでしょう。",
"頭が悪くて皮肉な人だってありますよ。勿論中村さんは頭がいいようだけれど……。この室に来た当時は、そりゃあ変な気がしたもんです。妙にあの人から圧迫されるようで……。第一こちらは、この通り粗末な室だし、向うは立派な八畳の座敷でしょう。それが、壁一重越しで、縁側続きなんだから、まるで私はあの人の徒者といったような感じです。向うの物音が気になって仕方なかったんです。それでも、負けてなるものか、反抗してやれ、という風に心を持ち直して、それからだんだんよくなって、もう今では、こちらが主人で向うが従僕だと、平気で落付いています。"
],
[
"こんなことは、人に云うべきことじゃありませんが、あなただから云ったんです。誰にも云わないで下さい。",
"ええ。"
],
[
"ともかくも、家にどなたかお友達がいらしたという話だったから、その名前をそれとなく聞いてごらんなさいよ。",
"お母さんが聞いたらいいじゃないの。",
"いえ、私から聞くと角が立つから……。"
],
[
"え、私の友人で……。",
"家にいらした方があると、そうあなたは云ってらしたでしょう。",
"あ、あれですか。あんなことはでたらめですよ。"
],
[
"本気で、心から、私に聞かして頂きたいんです。",
"どんなこと?",
"あなたは、私を……どう思っていられるんですか。"
],
[
"まあ! 私そんなことは……。",
"聞かして下さい。本当のことを聞かして下さい。",
"だって、私、そんなことは考えたことがないんですもの。",
"考えたことがないんですって! でもあなたは、もう来年は女学校を卒業されるんでしょう。そして、やがては結婚もされるんでしょう。愛という問題を考えたことがないんですか。",
"ないわ。",
"本当ですか。"
],
[
"嘘です。そんな筈はありません。私はあなたを、中村さんのように子供扱いには出来ません。私はあなたに対すると、ただの友達としてではなく、異性としての感情に支配されてきます。そして、いつもあなたのことばかり考えているんです。",
"だって私……。"
],
[
"だってあなたは……。",
"いえ、何でもありません。"
],
[
"私の方が悪いんです。あなたは全く純潔です。ただ、愛のことを考えといて下さい。すぐに分るんです。ほんとに考えといて下さい。",
"ええ。",
"屹度ですね。",
"ええ。"
],
[
"澄ちゃん! どうしたんですよ。狂人のように笑ってばかりいて!",
"だって可笑しいんですもの。",
"何が?……どうかしましたか?"
],
[
"失礼にも程があります。人の娘に向って、それもほんの子供に向って、何というぶしつけな厚かましいことでしょう。お父さんが亡くなられてから、人様をお世話していますが、それほど踏みつけにされるようなことを、私はまだ一度もした覚えはありません。嘘をついて人の家にはいり込んできておいて、こちらで親切にしてやれば、図々しくつけ上って、何をするか分りはしません。私は何も道楽でこんなことをしてるのではありませんよ。払いも満足に出来ないくせに、何ということでしょう。眼に余ることがあっても、お気の毒だと思って、随分親切に尽してあげたつもりです。それなのに恩を仇で返すようなことをされて、いくら私でも、もうそうそうは辛抱出来ません。とっとと出て行って貰いましょうよ。出て行かなければ、私の方で出ていってしまいます。……澄ちゃん何をぼんやりしているのですよ。そう云っていらっしゃい。あなたが嫌なら、私がきっぱりと断ってきます。",
"そんなことを云ったって、お母さん……。",
"いえいえ、止して下さい。もう我慢にも私は嫌です。"
],
[
"そうかも知れません。",
"ではあの人が足駄をはいていったのですよ。私もうっかりしていましたが、あなたお気付きになりませんか。",
"そうですね。……いやそうかも知れません。あの男のしそうなことです。いつか私の傘を黙って持っていったこともありますから。",
"まあ!",
"済みませんでした。"
],
[
"然し彼奴もよっぽど困っていたんでしょうから……。",
"困れば人さまの物を盗んでいったって構わないと云うのでございますか。それであなたは平気でいらっしゃるか知れませんが、私共ではそんなだらしのないことは大嫌いです。"
],
[
"私の方がそんなに悪いんでしょうか。",
"悪いと思ってあなたは謝ったのではないのですか。",
"悪い……というよりも、済まないと思ったんです。",
"どっちにしたって、結局同じことじゃないですか。",
"いえ違います。……じゃああなたは、私が悪いと思われるんですね。"
],
[
"え、芝居気が……。",
"と云っちゃ言葉が悪いか知れませんが、兎に角、不真面目さが……その態度にですね、態度に人を喰ったような不真面目さが少しあるので、それで人から悪く思われるのじゃないでしょうか。"
],
[
"あなたとはもう口を利きません。",
"そうですか。御自由に……。"
],
[
"私恐くって……どうしたらいいかしら。",
"何が?"
],
[
"心配しなくてもいいよ。ああいう人には、つっかかってゆくと始末におえない。そっとしてさえおけば、何でもなく済んでしまうことなんだ。",
"だって、私がもとで、お母さんと今井さんとの間が、あんな風に変にこじれたような気がするんですもの。",
"そんなことなら、心配するには及ばないさ。お母さんもあの人も、あんな風の性質だから、いつのまにかけろりとなおって、一寸した心の持ちようで、人一倍親しくならないとも限らないよ。",
"でも、私今井さんが何だか恐くなってきたの。"
],
[
"好きでも嫌いでも……どちらでもないわ。",
"それじゃあ何も恐がることはないよ。恐い恐いと思ってると、しまいにはもう動きがとれないほど、好きで好きでたまらなくなるかも知れない。"
],
[
"でも……万一のことがあったら、あなた助けて下さるわね。",
"ああ、安心しておいでよ。"
],
[
"どうしたんです、澄ちゃん!",
"今井さんが……私を……殺そうとするから……。",
"えっ、何ですって!"
],
[
"そりゃ困るわ。",
"だから、皆の気が変らないうちに、早く俥を呼んでおいでよ。"
],
[
"そして、お母さんには何とも云っちゃいけないよ。",
"ええ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:伊藤時也
2006年4月27日作成
2008年5月9日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042420",
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"君はいろいろな人から金を借りてるらしいが、それほど困ってるようにも見えない。いったいどうしたわけなのか、打ち明けてくれないか。言いにくいことだったら、無理に聞こうとは思わないが、少し心配になるよ。",
"いや、簡単なことだ。"
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"うむ、それはそうだがね。僕に対しても君はそうだったし、約束を違えたことは一度もないらしい。だが、遂にはどうにもならなくなるよ。僕はそれを心配してるんだ。行き詰まりの日が必ず来る。その時は、どうするんだい。",
"自殺か犯罪か、と君は考えるだろうが、大丈夫、心配はいらんよ。"
],
[
"会社のいろんな人から、お金を借りていらっしゃるでしょう。",
"ええ、借りてるよ。"
],
[
"お酒には勝手に酔って、そして女に向ってはいつも、生理的変化、生理的変化って……。",
"いや、そんな気持ちで言ったんじゃないよ。",
"よく分りました。仮面には生理的変化はございません。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「女性線」
1949(昭和24)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年9月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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"作品ID": "042651",
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"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年11月15日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
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} |
[
[
"あたし、花売りにでたの",
"花売り? 君は花売り娘かい"
],
[
"君はまだしんまいだな。今日からはじめたんだろう。そうだろう。よろしい、僕はこの絵はがき屋のトニイだ、僕の店をすこしかしてやろう。君の名はなんというんだい",
"マリイっていうの",
"ふーん、マリイか"
],
[
"どうしたんだい",
"ごめんなさい。でも、うれしい。あたし待ってたわ。早く……いらっしゃい……"
],
[
"にせもんじゃない。ほんとのお金だね",
"そうでしょう。かまやしないわね、使ったって……。神さまが下さったと思やいいわ。これだけお金があれば、りっぱな店が出せるわね。二人で話してたでしょう、りっぱな美しい店をだしたいって……。ねえ、そうしましょうよ",
"だが、君の名前をいっておいていったんだから、君を知ってる人にちがいないし……",
"だってあたし、そんな人、知らないわ。神さまよ、きっと。あたしたちのことをあわれんでくだすってるのよ。そう思ったらいいじゃないの",
"うむ……とにかく、ふしぎだなあ"
],
[
"これが君のお父さん……",
"ええそうよ。二年前に、船が沈んで、なくなったの……。話したでしょう"
],
[
"あんた、あたしのお父さん知ってるの",
"なあに……ちょっと、似てる人があったから……",
"どんな人?",
"いや、なんでもないよ……"
],
[
"どうだい、気がつかなかったろう",
"なあんだ、さっきごまかしたんですね。よし、も一度やってごらんなさい。こんどはごまかされやしません"
],
[
"おどろいたなあ、あなたは奇術をやるんですか",
"なあに、ちょっとしたなぐさみさ。またこんど寄るよ。これは遊びちんだ。絵はがきなんかいらない"
],
[
"どうだ",
"上首尾だ"
],
[
"なあんだ、絵はがき屋の小僧か。どうしてこんなところにいたんだ",
"ああおじさん、助けておくれよ。誰かへんな奴が、僕をつけねらってるんだよ。一生けんめい逃げだして、海岸のところに自動車があったから、その中にかくれているうちに、眠っちゃったんだけれど、ここまで追っかけてくるかも知れない。ねえおじさん、助けておくれよ。おじさんなら大丈夫だ。もうおじさんをはなさないよ。そいつが来たら追っぱらっておくれよ"
],
[
"へんな奴だよ。めっかちで鼻がつぶれていて、口が耳までさけてるんだよ。せいの高さは二メートルか三メートルもあって、にぎり拳が犬の頭くらいあるんだよ",
"まるで化け者じゃないか",
"うん、化け者だよ。角もあるかも知れないよ。そいつが、しじゅう僕をつけねらってるんだ。助けておくれよ"
],
[
"じゃあ、今夜はおれのところに泊めてやろう。そして明日の朝おくっていってやるよ",
"ああそうしてね。おじさんのそばなら大丈夫だ"
],
[
"どうしたんだ",
"おじさん、ついててくれなくちゃいやだよ。あいつが来そうで、僕こわいんだ",
"化け者か",
"いつやってくるかも知れないんだよ",
"しょうのない臆病者だね"
],
[
"おじさんは、ほんとにこわいと思ったことがあるの",
"そりゃあるさ",
"どんな時がいちばんこわかったの",
"そうだなあ……二年前、おれの乗ってた船が暴風にあって、沈んでしまい、おれは海の上にほうり出されて、まっ暗な夜、板一枚にしがみついて流された時は、こわかった",
"それから、どうしたの",
"救いあげられたよ",
"誰に?",
"今いっしょにいる人たちさ。お前はおれたちを何だと思ってるんだい",
"さあ、何だろうなあ……盗賊か、海賊か、密輸入者か、むほん人か……",
"はははは、あたったよ、実は海賊なんだよ。人にいったら、生かしてはおかないから、いいかい",
"大丈夫だよ。いいやしないよ。海賊っておもしろいだろうなあ",
"そのかわり、命がけだからね、あぶない仕事さ",
"じゃあ、やめたらいいじゃないの"
],
[
"僕を家までおくってきてくれる約束だったでしょう",
"だって、昼まなら、一人で帰れるだろう",
"いやだよ。あいつが、化け者が、また出てくるかも知れないんだもの",
"ばかだね、お前は"
],
[
"お前はここに住んでるのか",
"そうですよ。階段や廊下があぶないんだ、いつあいつが出てくるかわからない。僕の部屋までおくってきて下さいよ"
]
] | 底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042645",
"作品名": "街の少年",
"作品名読み": "まちのしょうねん",
"ソート用読み": "まちのしようねん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-07-30T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42645.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄童話集",
"底本出版社名1": "海鳥社",
"底本初版発行年1": "1990(平成2)年11月27日",
"入力に使用した版1": "1990(平成2)年11月27日第1刷",
"校正に使用した版1": "1990(平成2)年11月27日第1刷",
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"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"傾国の美人てのも、いるそうですね。",
"傾国の美人……。"
],
[
"今日は、つまらないことになったの。東京から、友だちが二人、お祭りを見に来ることになってたのに、急に来られなくなったと、電報なんかよこすでしょう。待ちぼうけさせられちゃった。",
"僕がその代理の役ですか。",
"不服なの。二人とも相当にいけるたちだから、たくさんあがってもいいわ。あら、もういくらかはいってるんでしょう。"
],
[
"お留さんて、まけない気で、わたしも大吉を引いてくると、出かけていったんですが、何があたるかしら。",
"まあ半吉というところでしょうね。"
],
[
"お祭りの夜は、家でお酒でも飲んでるのが、いちばん楽しいわね。こんなこと、わたし初めて知った。",
"酔っぱらって、山車にのっかって踊るのは、どうですか。",
"そんなのは、若いうちのことよ。"
],
[
"あ、あれですか。丁度よいところで、半吉ですよ。",
"半吉……あたったわねえ。"
],
[
"だって、みんな、こうるさくて、気が利かなくて、先廻りばかりしているんだもの、癪にさわるじゃないの。",
"おかしいなあ……。なにも怒ることはないじゃありませんか。親切……お人よしの親切というものも、買ってやらねばいけますまい。",
"とんまだから、お人よしに見えるのよ。親切というものは、わたし、そんなものじゃないと思うわ。"
],
[
"早く来てくれというんですか。",
"いつでもいいってことになってるんだけど。"
],
[
"河野さんは、いつか、東京に出るんでしょう。",
"そんなことは、分りませんよ。ここだって東京だって、まあ同じようなものだし……。",
"そう同じね。"
],
[
"ばかね、泣いたりして。",
"あなただって泣いたよ。",
"わたし、泣かないわよ。ただ酔っただけ。",
"僕も酔っただけだ。"
],
[
"どうしたの。",
"もう帰ります。",
"御飯もたべないで。",
"今ほしくありません。",
"お酒は。",
"またあとで。"
],
[
"まあ、お礼だなんて……二日酔いのせいじゃありませんの。",
"お礼はお礼です。もう酔ってやしませんよ。"
],
[
"なにか怒ってるの。",
"怒ってなんかいません。",
"でも……。",
"なまけたのを後悔してるだけです。",
"そう。御免なさい。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「日本小説」
1948(昭和23)年4月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042742",
"作品名": "祭りの夜",
"作品名読み": "まつりのよる",
"ソート用読み": "まつりのよる",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「日本小説」1948(昭和23)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-02-29T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42742_ruby_29065.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2008-01-19T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42742_29478.html",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"どんなこと。話してごらんなさい。",
"あたしが考え出したのか、何かで読んだのか、それは分らないけれど……。"
],
[
"なにが、いやなの。",
"亡くなるなんて、そんなこといや。いいえ、きっとお癒りになるわ。お癒ししてみせるわ。あたし、学校を休んでも、どんなことしてでも、きっとお癒しするわ。"
],
[
"いろいろ、疲れたでしょう。それにまた、今日はたいへんね。",
"でも、あたし、もう余り手伝わないことにしてるの。",
"それでいいでしょう。わたしがあなたの分も働いてあげるから。"
],
[
"叔母さまは、いろいろなこと御存じね。",
"いろいろなことって、なによ。",
"御経なんかも……。"
],
[
"明日、御納骨でしょう。",
"ええ、そうらしいわ。"
],
[
"それどころか、美佐子さん有難うと、ただ安らかな気持ちでいらしたんですよ。",
"そりゃあ、お祖母さまはいつも仰言ったわ。何かちょっとしてあげると、すぐ有難うと……。",
"それとは別のことですよ。あなたが足をさすってあげたり、果物の汁を匙で口に入れてあげたり、頬の乱れ毛をかき上げてあげたり、いろんなことをする度に、有難うと仰言ったかも知れないが、そんなことではありません。なんと言ったらいいか……全体の気持ちね。寝つかれてから亡くなられるまで、ずっと通して、そしてほっとしたように、美佐子さん有難う、よくしてくれましたと、感謝と安堵の気持ちね。だからそこには、何の気も籠っていないし、何の一念も籠っていないでしょう。"
],
[
"それは、いくらかはね。",
"どうしてお分りになったの。",
"直感……霊感とでも言っておきましょうか。けれど、そのようなこと、説明のしようもないし、あなたなんか、まあ、気にしない方がいいわね。",
"なぜ。意地悪ね、叔母さまは。"
],
[
"ここは未婚者たちだけの室だ。嫌な顔をするなよ。",
"じゃあ、お兄さんの室はどうなの。",
"二階は不便で、島流しみたいな待遇をされるじゃないか。いいから、ここへ、酒肴をどしどし持って来てくれよ。"
],
[
"日本酒は、一々お燗するのが面倒でしょう。だから、ビールとウイスキーにしたわ。",
"アルコール分さえあれば、何でも結構。美佐ちゃんも、ここで何か食べろよ、あっち行ったって、面白いことはないだろう。",
"ここだって、面白いことはなさそうね。",
"その代り、ビールを飲ませてやろう。"
],
[
"その意見には僕も賛成だな。だから、銅像を作ったり、記念碑を建てたりするのは、愚劣なことだ。墓もいらん。遺骨を粉々にして、空中から撒布すればいい。農作物や樹木の肥料になるし、気持ちもさっぱりするだろう。人間がその粉を吸ったところで、肺病の薬になるぐらいなもので、別に害はないだろう。",
"ずいぶん野蛮な話になってきたね。美佐ちゃんは祖母のペットだったが、どうだね。"
],
[
"そんな唯物主義は、あたし大きらい。",
"これは驚いた、唯物主義ときたね。然し、唯物的理想主義というものもあるよ。",
"あたしは、精神的理想主義……。",
"だいたい、女は理想主義で、そして男は、当面の問題を処理してゆけばいい。そんなところで妥協しないかね。",
"まるであべこべじゃないの。"
],
[
"第一、お祖母さまの初七日なのに、故人のことを忘れるとか忘れないとか、そんなことがよく言えたものだわ。",
"一般論をしているんだ。なんだい、べそをかくなよ。"
],
[
"僕はどうも、坊主がきらいでしてね。",
"何ということを言うんです。それに、和尚さんはもうお帰りになりましたよ。",
"へえー、いやに気を利かしたもんだな。そんなら、行ってやろうか。"
],
[
"少し落着いたら、縁談の方も、なんとかまとめましょうや。",
"でも、すぐにどうというわけにはまいりませんでしょう。",
"だから、まあ約束だけでもね。",
"なにしろ、あのような我儘者ですから、わたくしとしましても、早く身を堅めてほしいと思っております。宅ともよく相談してみましょう。",
"わたしからも話してみますよ。"
],
[
"そんなところで、何をしているんですか。",
"博多人形が一つ、壊れたから、小さく壊してやりましたの。"
],
[
"真白な土ね。",
"手毬のところだけ、どうしても見付からないの。",
"何の手毬……。",
"あら、人形のよ。",
"そう。でも、手毬なら、どこかへ転がっていったと思えばいいでしょう。",
"ほんとに転がっていったのかしら。",
"きっとそうですよ。",
"そんなら、探すの止めよう。"
],
[
"お母さま、昨夜よく眠れましたか。",
"ええ、よく眠りましたよ。",
"犬がたいへん吠えましたでしょう。",
"そうね。",
"それから、雨戸にあちこち、ことりことりと音がしましたでしょう。",
"そうね。",
"どうしたんでしょう。",
"何かがいたんでしょうよ。",
"怖かったわ。",
"怖がることはありません。何かがいなくなったのかも知れないから。",
"いなくなったのなら、犬がどうして吠えますの。",
"探していたんでしょう。",
"探して吠えたのかしら。",
"きっとそうですよ。",
"でも、雨戸は、へんよ。",
"それだって、淋しかったんでしょう。",
"あら、お母さまいい加減のことばっかり。雨戸が淋しがるなんて……。"
],
[
"美佐子さんだって、淋しがることがあるでしょう。",
"いいえ、ないわ。",
"ほんとに。",
"ええ。",
"今でも。",
"ええ。",
"そんなら安心ですよ。A叔母さまが仰言ったよ、美佐子さんが淋しがったら、一緒に少し遊んでやりなさいって。一緒に遊んでやりなさい、ねえ、おかしいでしょう。",
"あたし、淋しがりなんかしないわ。",
"だって、人形を壊したりして……。",
"壊れてたんですもの。",
"そんなら、捨てていらっしゃいよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「小説公園」
1952(昭和27)年7月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年2月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042679",
"作品名": "窓にさす影",
"作品名読み": "まどにさすかげ",
"ソート用読み": "まとにさすかけ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「小説公園」1952(昭和27)年7月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-04-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42679.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年11月15日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42679_txt_26084.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-02-23T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42679_26264.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-02-23T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"何をしてるんだい。",
"知りませんよ。"
],
[
"じゃあ熱でも出るのかい。",
"まあ、熱ですって!……姙娠して熱の出る人があるものですか。"
],
[
"え、姙娠!",
"そうらしいわ。",
"いつから?"
],
[
"あなたは、私が姙娠したのが御不満なんでしょう。",
"馬鹿なことを云うな!"
],
[
"姙娠ならそのままにしておいちゃいけないじゃないか。医者に診せてごらんよ。産婆にもかからなきゃなるまい。何だったかな……そう、岩田帯とかもするんだろう。それから……。",
"そんなに慌てなくっても大丈夫ですよ。"
],
[
"何だか頼り無い約束ね。",
"お前は恐くないのかい。"
],
[
"玩具じゃありませんよ。",
"だって触らしたっていいだろう。僕の……。"
],
[
"いけませんよ。もし不具の児でも生れたら責任を持って下すって?",
"お前でも、どんな児が生れるか心配になることがあるのかい。",
"何を仰言るのよ。どんなに心配して大事にしてるか知れませんよ。一寸したことでも、どう障るか分らないんですから。指が二本くっついてたり、耳が縮れたりすることは、よく世間にあるじゃありませんか。",
"なあんだ、つまらない。"
],
[
"あなたは私が姙娠したのを御不満なんでしょう。そうに違いないわ。一度だって喜んで下すったことがあって?",
"馬鹿な邪推をするもんじゃない。"
],
[
"寝たらどうだい?",
"この方が何だか楽のようですから。"
],
[
"生きていらっしゃいますとも!",
"でも息をしていないようだったから……。"
],
[
"もうお寝みなさいな。",
"うむ。"
],
[
"どうだい、身体の工合は?",
"ええ。"
],
[
"熱があるんじゃないのかい。",
"いいえ。"
],
[
"幾日すれば起き上れるんだい。",
"三週間だそうですけれど、そんなに寝てるのは退屈ですわ。"
],
[
"あなたでしたの。……私夢をみていた。",
"熱があるじゃないか。",
"そう?"
],
[
"もう寝たらどうだい。",
"そうね。"
],
[
"連れて来ようか。",
"ええ。"
],
[
"どうも仕方がありませんね。……いつどんなことになるか分らない状態ですから、もしお知らせなさる所がありましたら、今のうちに……。",
"そんなに悪いんでしょうか。",
"まださし迫ってどうということはありますまいが、何しろ、軽い脳症を起していますからね。……そして、脳と同じ位に心臓にも打撃を受けています。"
],
[
"おかしいわね。彼処にもあなたが坐ってる。",
"え!"
],
[
"だってまだ夜じゃないか。",
"まだ夜は明けないの?"
],
[
"いいえ、もう他人にやってしまったものですから。",
"それでも始終考え出すだろう。順一とどちらが可愛いい?",
"それはお坊ちゃまの方でございますわ。私お坊ちゃまを自分の児の……自分の児より幾倍可愛いいか分りません。乳を上げてるばかりでなく、何だか深い御縁があるような気がしまして……。"
],
[
"何を仰言いますの。",
"そうだ、僕に殴られたのが口惜しいんだろう。"
],
[
"私を憎んでいらっしゃるんでしょう。それなら、私出て行きます。",
"出て行けと誰が云った!"
],
[
"おい骨壷をしまったよ。",
"え、何処に?",
"本箱の中に……。硝子に紙をはりつけたら、非常に清らかな感じがするようになった。"
],
[
"悪阻のような気がします。",
"え、悪阻!"
],
[
"本当かい?",
"ええ、屹度そうに違いありませんわ。"
],
[
"なぜそんなにお腹ばかり気にしていらっしゃいますの。",
"お前は恐ろしくはないのか。",
"え? なにが?"
],
[
"あなたは、私を憎んでいらっしゃるのでしょう。私を……私のお腹の子を憎んでいらっしゃるのでしょう。そして、今のうちに、その子をどうにかしてしまいたがっていらっしゃるのでしょう。",
"え、今のうちにお腹の子を……。",
"ええ、そうですわ。そうですわ。口に出して云えないものだから、いろんな様子で私に悟らせようとなすっていらっしゃるのです。私に骨の折れる仕事をさせなかったり、うまい物を食べさせたりなすってるのも、本当の気持からじゃなくって、みんな皮肉に私をいじめるおつもりなんです。そして表面だけやさしくしながら、心のうちでは恐ろしい事を、口に云えないような恐ろしいことを、一人でたくらんでは私にそれを押しつけようとなすってるのです。私がいくら馬鹿だからって、それくらいのことは分ります。でも私、いやです、いやです。そればっかりはどうしても……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「中央公論」
1922(大正11)年4月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「姙娠」と「妊娠」の混在は底本通りにしました。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042414",
"作品名": "幻の彼方",
"作品名読み": "まぼろしのかなた",
"ソート用読み": "まほろしのかなた",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1922(大正11)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-10-16T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"名": "与志雄",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
"底本出版社名1": "未来社",
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} |
[
[
"お祖母さんに聞いてみたいんだけれど、どう云って聞いたらいいかしら……。",
"およしなさいよ。ひょっとすると、あたしたちが姉弟かも知れないんだもの。",
"うん、そうかも知れない。"
],
[
"三つとも大事なの。",
"ええ。"
],
[
"え、誰にです。",
"僕には、どこかに、兄弟があるんでしょう。ね、あるんでしょう。僕逢いたいんだけれど……。"
],
[
"あなたは何を考えているんです。そんなことはありません。あなたには、あの亡くなった兄さんきり、兄弟はないんですよ。",
"うそ、うそ。兄弟があるんでしょう。ね、本当のことを聞かして……。",
"いいえ、兄弟はありません。……けれど、お父さんには、他にもたくさん兄弟があります。"
],
[
"坐り相撲をとろう。",
"いやよ。",
"なぜ。",
"だって……おかしいわ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月26日作成
2011年12月6日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042562",
"作品名": "幻の園",
"作品名読み": "まぼろしのその",
"ソート用読み": "まほろしのその",
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"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2006-06-24T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年11月10日",
"入力に使用した版1": "1967(昭和42)年11月10日第1刷",
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} |
[
[
"試作品をべらぼうな値で押しつけられちゃあ、こっちがたまりませんね。会社の信用にも関わりますぜ。",
"いや、試作品はいつも最優秀品ときまっていますよ。ただ箇数が少いのが難点でしてね……。あの材料を多量に、あなたの方でなんとかなりませんかね。",
"さあね、私もそれを考えてるんだが……。"
],
[
"仁木君の酒は会社でも有名だ。おい、しっかりお酌をしろよ。",
"大丈夫よ。こちらのお杯、からになったら、あたし、罰金だすわ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「群像」
1947(昭和22)年1月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042732",
"作品名": "水甕",
"作品名読み": "みずがめ",
"ソート用読み": "みすかめ",
"副題": "――近代説話――",
"副題読み": "――きんだいせつわ――",
"原題": "",
"初出": "「群像」1947(昭和22)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-02-19T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42732.html",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
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"テキストファイル最終更新日": "2008-01-17T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"お母さん、もっと早く行こうよ、もっと早く……。",
"そう急がないでもええ。夜中から出て来たから……。"
],
[
"随分長い堤ですねえ。",
"ああ長いよ。"
],
[
"夜が明けやしないかしら。",
"まだなかなかよ。"
],
[
"そうだよ。",
"まだ遠いんでしょうか。",
"もうじきだ。"
],
[
"よく闇の夜に燈火もつけないで車が引けますね。",
"馴れてるから引けるだよ。"
],
[
"何処まで行かれるんですか。",
"麓の町まで参ります。"
],
[
"何だって追っかけてくるんだ。",
"だって、一緒に手をつないで崖から飛び込むつもりじゃないか。",
"馬鹿だな、君は。",
"なぜ。",
"一人じゃ飛び込めないのか。一人で飛び込めないほどなら、僕を誘わない方がいい。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「中央公論」
1924(大正13)年9月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年11月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042431",
"作品名": "道連",
"作品名読み": "みちづれ",
"ソート用読み": "みちつれ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1924(大正13)年9月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-12-23T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42431.html",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年12月15日",
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"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
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"テキストファイル最終更新日": "2007-11-27T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42431_28811.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-11-27T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"それならば、いってきかせるが、私には致命的な病気があるのだ。もういくらも生きられまい。ただ、病名は今はいえない。いよいよの時にはきかしてあげる。とにかく、覚悟しておくがよかろう。",
"お父さん……。"
],
[
"それならば、いってきかせるが、私の財産は致命的な打撃を受けてるのだ。破産するのも間もあるまい。どうしてそうなったかは、今はいえない。いよいよの時にはきかしてあげる。とにかく、覚悟しておくがよかろう。",
"お父さん……。"
],
[
"それならば、打明けるが、お前には一人の妹があるのだ。私はそれを公にすることが出来なかった。男女の間というものは、いろいろ複雑で、さほど清らかなものではない。私にも後悔は多い。漸く決心してお前に打明けるのだ。お前の妹は私たちの身近にいる。誰がそれだとは今はいえない。近いうちにきかしてあげる。とにかく、このことを胸においておくがよかろう。",
"お父さん……。"
],
[
"私が破産しかけているのに、お前はなんということだ、寄りつきもしないで、危険な相場を初めたというではないか。ばかな。これからは断じて許さない。金がいるなら、ここに二万金あるから持ってゆくがよい。ただことわっておくが、私が破産しかけているというのは、あれは嘘だ。私の財産にはまだ少しの破綻もない。",
"え、本当ですか、お父さん。それなら安心しました。これから大胆に相場が出来ます。今夜は愉快に友人たちと飲みましょう。お金は頂いていきます、有難うございました。"
],
[
"私がいつ死ぬか分らぬ身体なのに、お前はなんということだ、寄りつきもしないで、馬ばかり買いたがっているというではないか。ばかな。これからは断じて許さない。金がいるなら、ここに五千金あるから持ってゆくがよい。ただ、ことわっておくが、私が死にかけているというのは、あれは嘘だ。私の身体には少しのひびもはいっていない。",
"え、本当ですか、お父さん。それなら安心です。馬でも自動車でも存分に走らせることが出来ます。これから早速遠乗りに出かけましょう。お金はいただいていきます、有難うございました。"
],
[
"私が家の血統のことをいろいろ思い悩んでいるのに、お前はなんということだ、寄りつきもしないで、侍女の美喜と手を取り合って泣いたりしているというではないか。ばかな。そういうことは断じて許さない。男というものは、淋しい気持に陥ると、ばかげた幻を描きだすものだ。然し、幻などは打消すだけの力を持たなくてはいけない。はっきりことわっておくが、お前に妹がいるというのは、あれは嘘だ。お前たちは男三人兄弟きりで、ほかに血縁の者はいない。",
"え、本当ですか、お父さん。それでは、美喜は僕の妹ではないのですね。十人もいる女中たちの中で、美喜はすぐれて美しいし、お父さんが特別に可愛がって、大事に召使っていられますから、身近に妹がいるとすれば、きっとあの美喜に違いないと僕は思ったのです。それでは、美喜は僕の妹ではないのですね。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字4、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「知性」
1940(昭和15)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年5月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042710",
"作品名": "三つの嘘",
"作品名読み": "みっつのうそ",
"ソート用読み": "みつつのうそ",
"副題": "――近代伝説――",
"副題読み": "――きんだいでんせつ――",
"原題": "",
"初出": "「知性」1940(昭和15)年10月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-07-08T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42710.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説4)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42710_txt_26859.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2007-05-06T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42710_26866.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-05-06T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"私はあなたとお話することを、母から厳重にとめられております。あなたに御用をたのむことを、父から厳重にとめられております。こうしてお目にかかるのも、私は、心が咎めてなりません。",
"それは間違いです。いえ、それならば……向うをむいていて下さい。私の方を見ないで、そこに待っていて下さい。一番きれいな花を、私の心をこめた花を、取ってあげます。"
],
[
"何をしてるのだ、張達、僕が分らないのか。",
"はあ、あなた様は……。"
],
[
"おう、阮の若者でいらっしゃいましたか。私はまた、匪賊……なにかと思って、びっくり致しました。若様で、……よくまあ無事に帰っておいでになりました。",
"ああ、御無沙汰をした。御両親とも達者かね。",
"はい、それはもう……。"
],
[
"それだけの金が、うちにありますか。",
"この前やられたのでね、半分もあるまい。",
"では、どうなさるのですか。",
"どうにか、なるようになるだろう。家の者は皆、蔵の奥に隠れることになっている。わしは、人質になるかも知れない。",
"それでよいのですか。",
"よいもわるいもないのだ。そのため、今晩ゆっくり、御馳走を食べることにした。お前が帰って来たので丁度よかった。ただ残念だが、お前たちは、明日の朝出かけなさい。",
"本気でそう仰言るのですか。",
"どうも仕方がない。",
"お父さん。",
"お前はまだ若い。世の中のことが分るものではない。"
],
[
"おい、土産物を持出そう。あれが途中で役立たなくて、家に帰って役立つとは、僕は夢にも思わなかった。",
"よろしい、僕が引受けた。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「知性」
1940(昭和15)年10月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月13日作成
2008年1月15日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042712",
"作品名": "三つの悲憤",
"作品名読み": "みっつのひふん",
"ソート用読み": "みつつのひふん",
"副題": "――近代伝説――",
"副題読み": "――きんだいでんせつ――",
"原題": "",
"初出": "「知性」1940(昭和15)年10月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-11-23T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
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"生年月日": "1890-11-27",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
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} |
[
[
"では、いったい、あなたには何が必要なんでしょうね。",
"それです、それです、何が心要なのか、自分でも分らないんです。ねえ、山根さん……どうしたら……。"
],
[
"必要なのは、奥さんでしょうか。",
"いえ、ちがう、ちがいます。",
"では……恋愛でしょうか。",
"ちがいます……。",
"それでは……。"
],
[
"いいえ、誓ってはいけません。",
"いえ、誓います。",
"いいえ、誓ってはいけません。"
],
[
"なぜメダカばかりなんだい。",
"メダカきり入れなかったからだよ。",
"なぜ金魚も入れなかったんだい。",
"メダカを食べちまうからだよ。メダカが一番先にはいってたんだ。",
"ずいぶん大きいのがいるね。",
"うん。大きいのはみんな兄弟で、中くらいのがみんな兄弟で、小ちゃいのがみんな兄弟だよ。",
"ほう、大勢だな。君も大勢兄弟がほしかないかい。",
"メダカみたいに大勢あったら、おかしいや。",
"一人で淋しかないかい。",
"淋しかないよ。……でも、姉さんがあるといいなあ。",
"ママがあった方がいいだろう。",
"ママは死んだんだよ。",
"でも、また次のママが出来たらいいじゃないか。",
"出来てみなけりゃ分らないや。",
"おばさんは……山根さんは……君は好きかい。",
"好きだよ。",
"あの人にママになってもらったらいいじゃないか。",
"だって、ありゃあおばさんだよ。",
"それをママにするさ。",
"ママとはちがうよ。",
"どうちがうんだい。",
"ちがうよ。ママはママ、おばさんはおばさんだ。",
"そして、パパはパパだ。",
"パパはたいへん忙しいって、おばさんが云ってたよ。だから、ゆうべ帰って来られなかったんだって……。",
"なんで忙しいんだい。",
"いろんな御用があるんだって……。そして、豪いんだそうだよ。",
"おばさんとどっちが豪いんだい。",
"パパの方が豪いさ。でも、おばさんはいい人だよ。すこし厳格かな……だけど、とてもやさしいし……いろんなことを知ってるよ。",
"いやなところはないかい。",
"よく分らないけれど……香水をつけると、匂いが強すぎるし、香水をつけていないと、匂いがうすすぎるし……へんだよ。",
"へんて、なにが。",
"ママは、いつも、なんか……やさしい匂いがしてたよ。",
"おっぱいの匂いだろう。",
"ちがうよ。僕はもうお乳なんかのまないよ。",
"パパはどんな匂いがするんだい。",
"パパには、匂いなんかないさ。",
"君には。",
"ないよ、男だもの。",
"すると、男には匂いがなくて、女にはあるのかい。",
"みんなかどうか、知らないよ。"
],
[
"やっぱり、君は一人ぼっちで淋しいんだね、そして大勢兄弟のあるメダカがうらやましいんだね。",
"ちがうよ、こんな兄弟なら、僕にだって、世界中にあるよ。",
"世界中に兄弟があるのかい。",
"あるさ、兄さんも弟も、姉さんも妹も、世界中にあるよ。",
"そして、パパもママもかい。",
"……ばかだね、君は。"
],
[
"ああ言ったよ。",
"そんなら、あたしを抱いて頂戴。さあ、しっかり抱っこして……。"
],
[
"あぶない。……登美子さん、どうかしてんのね。",
"してるわよ。あたし嬉しいんですもの。なんだか……なんだか……へんなのよう……。"
],
[
"前以て予定がたたないような泊り方は、どうせ、よろしい泊り方ではありません。",
"そうです。まったく、よろしい泊り方では、ない……。",
"もうたくさん……。早くお茶でもあがって、おやすみなさい。",
"おやすみ、なさい。"
],
[
"誰のことですか、それは。",
"誰でも、ありません。"
],
[
"どうして眼をさますんだい。",
"なにか、へんなものが来たんだよ。",
"夢だろう。",
"夢なんか、僕はみないよ。",
"なぜだい。",
"知らないや。よく眠るからだろう。",
"夢をみたかないかい。",
"みたかないよ。",
"なぜ。",
"みたってつまんないよ。眼をさますと、すぐに消えちゃうよ。",
"眼をさましても消えないようなものが、何かあるかい。",
"あるじゃないか。いっぱいあるさ。",
"うん、そりゃああるよ。だけど、パパだって、おばさんだって、たくさん夢をみてるんだろう。",
"そんなこと、僕は知らないや。みてるとしたら、よく眠れないからだろう。",
"そうだなあ、よく眠れないのかも知れないや。そして君は、あまりよく眠りすぎるよ。",
"眠りすぎたって、いいじゃないか。",
"一人で先に眠るのは、淋しかないかい。",
"淋しいもんか。だけど、みんな先に眠って、一人であとから眠るのは、淋しいよ。",
"それじゃあ、死ぬのは。",
"死ぬのはちがうさ。",
"なぜだい。",
"死んじゃったら、もうおしまいだ。眼がさめやしないよ。",
"だってさ、生き返ることだってあるだろう。",
"生き返ったら、ほんとに死んだんじゃないんだ。",
"そんなら、地獄とか、極楽とか、天国とか、よみの国とか、あんなものはどうなるんだい。",
"嘘っぱちさ。",
"それでいいのかい。",
"いいじゃないか。生きてる間だけ生きてりゃいいんだ。ばかだな君は、いつまで生きてたいんだい。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」未来社
1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「中央公論」
1936(昭和11)年4月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年4月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042465",
"作品名": "南さんの恋人",
"作品名読み": "みなみさんのこいびと",
"ソート用読み": "みなみさんのこいひと",
"副題": "――「小悪魔の記録」――",
"副題読み": "――「こあくまのきろく」――",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1936(昭和11)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-05-30T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42465.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年8月10日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年8月10日第1刷",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"なんでも奥さんの仰言る通りにしますよ。",
"それが、特別の勉強なのよ。"
],
[
"また、なにを言うんですか。あなたはいつも政治を軽蔑しますが、現に、政治の中に生きていない人が一人だってあるでしょうか。",
"僕は政治の外に生きたいですね。現在のような政治ならですよ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「諷刺文学」
1947(昭和22)年4月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042735",
"作品名": "未亡人",
"作品名読み": "みぼうじん",
"ソート用読み": "みほうしん",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「諷刺文学」1947(昭和22)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-02-27T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42735.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
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} |
[
[
"今に額縁を一つ届けてくる筈ですから、受取っといて下さい。",
"はい。何か大きい絵でもお描きなさるんですか。"
],
[
"どうしたんです?",
"だって、道の真中に黙ってつっ立っていらっしゃるんですもの。こんな霧だから、側まで来なけりゃ誰だか分らないじゃありませんか。……私が通るのを知ってて、それで待っていらしたの?"
],
[
"おい、すぐに出かけるんだ。",
"何処へ?",
"何処でもいいさ。僕の行く処へ黙ってついて来たまえ。素敵に嬉しいことがあるんだ。"
],
[
"晴々としたいい日じゃないか。早く出かけよう。後ですっかり分るよ。そしていい着物を着て来給え。",
"一体こんなに早くからどうするんだ。僕はまだ飯も食ってやしない。",
"飯なんかどうでもいい。僕が何でも君の好きなものを奢ってやる。僕もまだ食ってやしないんだ。"
],
[
"なに大丈夫だ。僕が引受ける。",
"当人の君が引受けるなら、勿論僕の方は差支えないんだが……。"
],
[
"一寸。",
"何だい。"
],
[
"それからって、それでいいんじゃないか。",
"うむ。",
"おいしっかりしろよ。計画通りにいったからもう心配なことはない。もし変なことになったら、僕が出ていってやる。"
],
[
"静子さんがみえましたよ。",
"静子さんが!"
],
[
"私を?",
"ええ。あの小包のことを私は初め気がつかなかったんですもの。お客様が帰ってから女中がお父さんの前に持って行ったのよ。お父さんが不思議そうに眺めてるのを見て、私ははっとしたけれど、もうどうにも出来なかったんです。中を開けて見て、お父さんはまた喫驚なすったようでしたわ。それから私の方へ向いて、このKというのは誰だ、お前は知ってる筈だ、と恐ろしい様子でお尋ねなさるんでしょう。隠すわけにもゆかなかったから、あなたのことをうち明けてしまったの。",
"私のことを!"
],
[
"秋田です。",
"お家は士族ですか。",
"はい。祖父が馬廻り役を勤めてたとか聞いたことがあります。",
"御両親は?",
"母は丈夫ですが、父は二年前に亡くなりました。",
"御兄弟は?"
],
[
"あなたは碁をやりますか。",
"ほんの少しきりやれません。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
底本の親本:「未來の天才」春陽堂
1921(大正10)年11月6日発行
初出:「人間 第三卷七月號」人間社出版部
1921(大正10)年7月1日発行
入力:tatsuki
校正:岩澤秀紀
2010年10月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042409",
"作品名": "未来の天才",
"作品名読み": "みらいのてんさい",
"ソート用読み": "みらいのてんさい",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-12-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42409.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年6月20日",
"入力に使用した版1": "1967(昭和42)年6月20日第1刷",
"校正に使用した版1": "1967(昭和42)年6月20日第1刷",
"底本の親本名1": "未來の天才",
"底本の親本出版社名1": "春陽堂",
"底本の親本初版発行年1": "1921(大正10)年11月6日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "岩澤秀紀",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42409_ruby_40362.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2010-10-26T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42409_41318.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2010-10-26T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"少しいただいたことありますけれど、なんだか、怖い気がしまして……。",
"あなたまで、そうですか。驚きましたね。僕は始終食べていますが、絶対に中毒するものではありませんよ。素人料理ならいざ知らず、料理屋のものは、毒素をすっかり抜いてあるから、あたろうにもあたりようはありません。フグは何をあがりましたか。",
"刺身と、ちり……でしたかしら。",
"なるほど、どこでもそうですね。刺身にちり。きまりきってます。ところが、僕の知ってる家では、特別にうまいものを食べさしてくれますよ。フグ茶ですがね。",
"え、フグ茶……ですって。",
"フグの茶漬けですよ。鯛の茶漬け、鯛茶、御存じでしょう。あの鯛を、フグでゆくんです。これは天下の美味で、一度食べたら病みつきになりますよ。",
"わたくし、初めて聞きましたわ。",
"どこででも食べられるというわけにはいきません。僕の知ってる家だけです。たらふく飲んで、たらふく食って……便利なことには、そこは割烹旅館になってるものですから、僕はたいてい泊ってくるんです。お宜しかったら、こんど御案内しましょう。もっとも、お泊りになろうと、お帰りになろうと、それはあなたの御自由です。"
],
[
"え、あり得る……。",
"鯛茶があり、シビ茶がある以上、フグ茶だってあってもいいさ。",
"勿論、あって悪いわけはない。食いに行こうか。"
],
[
"フグ茶だとか、割烹旅館とか、あんなものは、単に僕の意思表示の道具に過ぎないんだ。",
"へえー、大袈裟だね、意思表示とは。",
"君になら、打ち明けて言ってもいい。君が知ってる通り、僕はひどく酒を飲むし、むちゃくちゃに酔っ払うこともある。酔っ払った時のことは、たいてい忘れてるから、こっちは平気なものだ。どんなことをしようと、どんなことを言おうと、構やしない。然し、あとになって、ぽつりと何かを思い出すことがある。気障な言い方をすれば、忘却の海の水面上に出てる岩のようなものだ。それが、途方もないものだの、滑稽なものなら、まだいいが、たいへん気恥しいもののことがある。その気恥しいものを、それだけぽつりと思い出すと、とてもやりきれなくて、わーっと叫び声を立てたくなる。夜中にふと眼を覚して、わーっと叫びたくなることがある……。君にはそんな経験はないかね。",
"そりゃああるよ。酒飲みはたいていそうしたものだ。珍らしくもない。",
"ところが、その中で一番気恥しいのは、やはり男女関係のことだ。僕は商売女を相手に、ずいぶん道楽をした。然し、素人の女は敬遠してきた。ところが、どういうものか、年をとって性的行為にあまり魅力を感じなくなるにつれて、素人の女に対する敬遠の念が薄らいできた。酔っ払うと、つまらないことで、キスしたり、一緒に寝たりする。勿論、嫌いな女は別だ。嫌いでさえなければ、好きでもないのに、変なことになる場合が往々ある。そこで僕は、性的行為を極端に軽蔑するようになった。それは単に粘膜の感覚にすぎないとの、素朴な結論だ。そういう結論、軽蔑の念は、御婦人たちの前で観念的に言い出しても、誤解を招くばかりだから、別な方法を用ゆることにした。その方法というのが、フグ茶とか割烹旅館とか、あんなものになるんだ。",
"然し君、れっきとした御婦人たちを前にして、そんな意思表示なんか、する必要はないじゃないか。",
"必要はないさ。だが、僕は腹を立ててるんだ。女性というものに腹を立てるんだ。その腹癒せに、少しく毒づいてみたいだけさ。",
"すると、なにかばかな目に逢ったというんだね。男というものはそうしたもんだろう。いつもばかな目にばかり逢わされてる。それに腹を立てるなんか、ますますばかだね。",
"ああ大ばかさ。フグでも食いに行こうか。",
"どうせ行くなら、フグ茶にしよう。",
"そんなもの、ありゃあしないよ。それとも、フグの刺身を残しておいて、鯛茶をあつらえ、僕たちで、フグ茶の手調理としゃれてみるか。"
],
[
"あちらへ、広間の方へ、おいでになりませんか。",
"もうすこし、酔いをさましてからにしましょう。"
],
[
"あなた、この頃、ずいぶんお盛んなようですわね。",
"どうしまして。すっかり悄気てるんですよ。"
],
[
"フグの茶漬けとかを食べさしてくれる家があるそうですが、どこなんですの。",
"なあに、頼めばどこだって出来ますよ。",
"いいえ、あなたの御懇意な家……なんという家なんですの。"
],
[
"わたくし、フグが大好きですから、ちょっと行ってみたくなりましたわ。なんという家が、教えて下さいません。お願いですのよ。",
"お願いだなんて……。"
],
[
"やまぶき、という家ですが……。",
"やまぶき、お菓子屋みたいな名前ですこと。"
],
[
"志村さん、すこし御冗談が過ぎますわよ。あなたの方は、冗談ですましていらしても、相手の方はそうは参りませんからね。みんな憤慨しておりますよ。中には、心の底のどこかで、ちょっと擽られたぐらいな気持ちになる者も、いないとは限りませんでしょうけれど、だいたいは、大袈裟に申せば、名誉を傷つけられたことになりますでしょう。そしてあなたの方は、不徳義な破廉恥なひとということになりますでしょう。その両方が重って、たいへん面倒なことが持ち上るかも知れません。ねえ、そうではございませんか。",
"分りましたよ。もうその話はやめましょう。いったい、あなたのお話は……。",
"え、わたくしの話が、どうなんですの。",
"あまりもっともすぎて、返答に困るというものです。",
"それでは、もっともでないことを申しましょうか。"
],
[
"わたくしが、みんなの犠牲になって、あなたのお伴をしようではございませんか。人中で、おおっぴらに、お約束致しましょう。フグの茶漬けとかを食べに、やまぶきとかいう割烹旅館へ、あなたと二人で、幾日の何時頃参りましょうと、公然とお約束致しましょう。そうしたら、ほんとに連れて行って下さいますか。",
"仕方ありません。是非そうしてくれと、あなたが仰言るんでしたら……。"
],
[
"笑っていらっしゃいますね。実は、真面目に聞いて頂きたいことがございますのよ。申し上げようかどうしようかと、迷っていましたけれど、今日はよい機会ですから、思い切って申しましょう。ただ黙って、なんの弁解もせずに、聞いて下さいよ。",
"御意のままにします。俎上の鯉となりましょう。"
],
[
"そういう御返事だろうと思っておりましたわ、近頃のあなたの御様子では。",
"様子って、どこかへんなんですか。"
],
[
"あなたのお宅には、ずいぶん、女のお客さまが多いそうでございますね。そしてあなたは、朝からお酒を召上ってるそうではございませんか。",
"そうですなあ、考えてみればそんなこともありますが……。",
"まあ、黙ってお聞き下さい、洗いざらい言ってあげますから。ありのままを申すんですのよ。"
],
[
"いったい、どうしてあなたは、そういろいろなことを御存じなんですか。",
"それでは、いまお話したことは、みな本当なんでございますね。",
"それは、僕の方からお尋ねしたいんです。",
"わたくしの聞きましたところでは本当らしゅうございますよ。",
"誰からお聞きなすったんですか。",
"誰からともなく……まあ、世の中から、とでも申したら宜しいでしょうか。",
"それは、あなたたちだけの世の中でしょう。あなたがたの仲間のことでしょう。僕は断っておきますが、普通の人間、庶民の中の一人として、暮しているんです。",
"ですから、あまり勝手なことをなさらないで、普通のひとらしく、御結婚でもなすったらいかがでしょう。"
],
[
"ねえ、志村さん、お気に障ったか知れませんが、ほんとはあなたのことを心配してるんですのよ。御結婚のこともゆっくり考えておいて下さいね。ほんとにお似合のかたがございますのよ。あ、そうしましょう、こんど、やまぶきでしたか、やまぶきへお伴しますまでに、お気持ちをきめておいて下さいましね。",
"やまぶき……ほんとにいらっしゃるんですか。",
"ええ、いつでも、日をきめて下さいますれば。"
],
[
"今井夫人につかまってたようだね。",
"なにか意見されたんだろう。",
"あのひと、ちょっとうるさいからね。",
"なぜ逃げ出さなかったんだい。"
],
[
"やまぶきのことでしょう。迎いに来て下さいますわね。",
"六時頃……。",
"お待ちしております。"
],
[
"あのような話、きめないことに覚悟しています。",
"あ、場所ちがいでしたわね。やまぶきに参った時というお約束でしたから。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「中央公論 文芸特集」
1951(昭和26)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年1月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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} |
[
[
"ちょっと、用をたしてくる……。",
"あら、御不浄はこっちよ。"
],
[
"何にもないわよ。おばさんが起きてれば、いろいろ御馳走するんだけれど……。",
"じゃ、起していらっしゃい。",
"気の毒よ。"
],
[
"いくつって、君より二つ上じゃないか。昔からそうだった。",
"昔はそうだったけれど……。"
],
[
"昔は、よく、手を握り合ったわね。だけど、もうそんなこと……ばかばかしい。",
"そんなら……。"
],
[
"脅迫するなら、打つわよ。",
"脅迫なんて……。",
"脅迫というものよ。男って、みんなそうよ。"
],
[
"そんなら、なぜ、あの時にそう言わなかったの。もう遅いわ。",
"あの時?",
"あの時……昔よ。"
],
[
"そんなら、なぜ、君の方から言わなかったの。",
"言えると思って?",
"言えるさ。",
"愛のことじゃない……結婚のことよ。わたし貧乏だったわ。",
"貧乏でも……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「明日」
1948(昭和23)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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"名ローマ字": "Yoshio",
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"没年月日": "1955-06-18",
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} |
[
[
"たいへん御熱心ね。",
"この近くに起った事件ですよ。",
"自殺でしょうか、それとも、他殺でしょうか。島野さんはどう思いますの。",
"それが、問題です。まあ、自分で死のうと思っていたのに、気後れがして、他人から手伝って貰って死んだ、というところでしょうか。"
],
[
"勿論、他殺でしょう。彼は死神にとっ憑かれたように、ぼんやりつっ立ってたんですよ。覚悟したわけでもなく、ただなんとなく死ぬ気でいる。いや、もう死んでたと言ってもいい。はっきりした自意識もなく、ただ、死ぬ気持ち……死気とでも言ったらいいでしょうか、その、死気に包まれて、暗がりにつっ立っていたんです。これは、不気味だとばかりは言えますまい。そんな奴に出合ったら、誰だって張り倒してやりたくなるに違いない。僕だってそうしますね。",
"それにしても、石で頭を打ち割るなんて、どういうもんですかね。",
"それは、時のはずみでしょう。",
"いくら時のはずみにしても、少し残酷すぎはしませんか。前から怨みでも含んでおればとにかく……。あなたの説によれば、犯人はただ通りがかりの者にすぎないことになりますね。",
"そうです。",
"すると、あの少年は、張り倒されたとたんに、自分から頭を石にぶっつけたとも見られますね。それも、倒れるはずみにですよ。そうすると、他殺とは言えませんね。",
"いや、僕は他殺説を執ります。"
],
[
"たいへん立派な、石の燈籠が、この辺にあって、地面に埋ってる筈です。その恰好といい、苔のつき工合といい、なかなか、ほかでは見られません。",
"地面に埋ってるんですか。",
"誰も盗んでいった者はない。私だけが知ってることです。",
"それじゃあ、空襲前には、あなたはここに住んでたんですか。",
"住んではいなかったが、私だけが知ってることで、誰にも分りゃしません。"
],
[
"誰があんなことをしたか、御存じですか。いや、あなたに分る筈はない。警察にも分ってはいない。だが、私は知ってるんですよ。私だけが知ってるんです。なぜなら、私がしたんですから。",
"ほう、あなたがね。"
],
[
"あすこに、あの小僧が立っていたんです。死神にとっ憑かれて、ぶら下ったみたいにふらりと立って、もう半分死んでいたんです。だから、私は、そいつを張り倒して、頭を石でぶち割ってやったんです。どう思いますか。",
"そりゃあ素敵だ。",
"え、素敵だというのは……。",
"とにかく、素敵だ。"
],
[
"ばかにしてはいけません。私がしたんですよ。",
"素敵だ。"
],
[
"私の言葉を信じて下さらなければいけません。あれはまったく、私がしたことです。私自身が手を下したのです。その証拠には、あの死体が横たわっていた、一本松の葦の茂みのほとりに、何ものとも知れない暗い影を私は感ずるし、それが私の上にまで被さってくる。こんなことは、当の本人でなければ分るものではない。ね、そうでしょう。勿論私は、罪悪を感じたり、自責の念を覚えたりはしません。彼奴が悪いのだ。",
"そうだ、先方が悪い。",
"然し、なにか影がさしてくる……。",
"そんなもの、焼き捨てればいい。",
"焼き捨てる……。"
],
[
"紙屑みたいにはいきませんよ。",
"いや、紙屑だって容易じゃない。",
"だから、どうなんです。",
"焼き捨てるのさ。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「心」
1952(昭和27)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品名": "ものの影",
"作品名読み": "もののかげ",
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"名": "与志雄",
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"名ローマ字": "Yoshio",
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} |
[
[
"だって、僕心配だもの",
"何が?",
"この木ですよ"
],
[
"大丈夫でしょうか。注射って、いたいでしょうね",
"そうだねえ……"
],
[
"いたでしょう",
"うむ、ほんとにいたよ"
],
[
"おかしな女ですよ。赤ん坊をわらのうえにねかしといて、自分はたんぼのなかにはいりこんで、落穂をひろいはじめたんです。だんだん向こうへ遠くへいっちゃうんですよ。僕この赤ん坊がかわいそうになったから、だいてきてやりました",
"どれ、かしてごらん"
]
] | 底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "042646",
"作品名": "山の別荘の少年",
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"初出": "「文芸」1936(昭和11)年3月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-07-30T00:00:00",
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"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42646.html",
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"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
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"底本名1": "豊島与志雄童話集",
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} |
[
[
"あの山吹の、花が咲く頃までには、癒りますよ。きっと癒る。",
"山吹……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「群像」
1953(昭和28)年2月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年2月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042680",
"作品名": "山吹の花",
"作品名読み": "やまぶきのはな",
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"初出": "「群像」1953(昭和28)年2月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-04-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
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"名読みソート用": "よしお",
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"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年11月15日",
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"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42680_26265.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2007-02-23T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"誰だ?",
"何しに来た?",
"どこの者だ?",
"どこへ行くのだ?",
"何者だ?"
]
] | 底本:「豊島与志雄童話集」海鳥社
1990(平成2)年11月27日第1刷発行
入力:kompass
校正:門田裕志、小林繁雄
2006年4月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042647",
"作品名": "夢の卵",
"作品名読み": "ゆめのたまご",
"ソート用読み": "ゆめのたまこ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「婦人公論」1923(大正12)年3月",
"分類番号": "NDC K913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-07-21T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42647.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄童話集",
"底本出版社名1": "海鳥社",
"底本初版発行年1": "1990(平成2)年11月27日",
"入力に使用した版1": "1990(平成2)年11月27日第1刷",
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"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
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} |
[
[
"仕事というから、なんだと思ったら、薪割りですか。",
"そうです。下男の仕事です。似合うでしょう。"
],
[
"この頃になって私は、労働の面白さ、楽しさ、有難さ、そんなものを感じてきましたよ。材木を鋸でひいて、その一片を割台の上に立てておいて、鉈でぱーんと打ち割ることに、日本の剣道の味さえ感じます。",
"然し、骨が折れましょう。",
"なに、大したことはありません。書斎の仕事ほど疲れはしませんよ。"
],
[
"一種の道楽ですね。",
"そう、戦争中の健全な道楽かも知れません。いったい、高度な文明は、決して断水しない水道とか、決して停電しない電気とか、決してとまらない瓦斯とか、そういうものを主張しますが、やはりわれわれには、時々断水する水道や、時々停電する電気や、時々出なくなる瓦斯などの方が、なにか親しみがあって、いいようです。それはわれわれに、種々の健全なそして楽しい道楽を与えてくれる機縁となります。"
],
[
"ほう、自転車で、どちらへ。",
"ただ、散歩ですよ。",
"散歩はいいですね。然し、自転車では不便でしょう。"
],
[
"楽しみなどと言えば、怒られるでしょうか。",
"なに、構いませんよ。然し、どういうことが楽しいんです。",
"この大都市が、その衣服をぬぎすてて、さっぱりと裸になったようなのが、なんだか嬉しいんですよ。"
],
[
"然し、町には町の風格があるでしょう。街路の曲り工合とか家並の連り工合とかがかもし出す一種の雰囲気ですね。それから各種の年中行事、殊に祭礼などは、町の風格の大きな要素となります。そういう風格が、都会人にとっては、故郷という観念を形成してくれはしないでしょうか。",
"それは違います。私が言うのは、生活的故郷でなくて、自然的故郷、浮動的な追憶的なそれでなくて、固定的な現実的なそれです。"
],
[
"どちらへ。",
"これから帰宅するところです。或る会合に行ったのですが、実にくだらない。"
],
[
"面白くないことでもあったのですか。",
"面白くないというよりも、くだらないんです。"
],
[
"嘗て、あなた達はこういうことを言ったでしょう。中国の知識人たちがすべて、ひどく政治に関心を持ってるのが、不思議でたまらないと。然し、今日、終戦後のこの頃、日本の知識人たちはどうですか。みな政治への関心で一杯ではありませんか。もし政治が現在のような段階に終始するならば、政治なんか糞くらえと、政治を勇敢に否定する者が一人でもあったら、私はその人と握手しますね。",
"では、私と握手しましょう。"
],
[
"あなた自身はどうします。",
"私ですか。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月26日作成
2016年2月7日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042574",
"作品名": "楊先生",
"作品名読み": "ようせんせい",
"ソート用読み": "ようせんせい",
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"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-06-30T00:00:00",
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"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年11月10日",
"入力に使用した版1": "1967(昭和42)年11月10日第1刷",
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[
[
"おやおや……。まだ誰とも云わない先にか。大した色客だな。",
"だってねえ……。それから、誰にしましょう、お馴染は?",
"うん一人でいいんだ。"
],
[
"なあに、病気なんかするものか。尻が重かっただけさ。それを、どうだい、僕がむりやりに引張ってきたんだ。",
"あらそう。有難いわね。",
"まだ早い。実は、そのくせ、来たくてたまらなかったんだからね。まあ一ついこう。"
],
[
"どこがちがって?",
"全く違う。",
"何がちがうのよ。",
"男が違うんだ。",
"まあ変なことを仰言るわね。……お杯頂戴。"
],
[
"さあ、どこがちがうのよ。",
"どこもここも、世の中がみんな間違ってるんだ。"
],
[
"そんなことを仰言るなら、あたしにだって云い分はあるわよ。ひとを馬鹿にしてるわ。ヨタさんが何なの。お客だから、大事にしているだけよ。どんな人だって、お客なら、大事にするのが商売よ。",
"浮気もね。",
"そうでしょうとも、どこかの、女給さんたちなら……。あたしは、そんな好き嫌いなんか、ちっとも持ってやしないんだから。男なんて、みんな同じじゃないの、浮気なんか、ばかばかしくって……。",
"なんだって……情人とか恋人とかのことを云ってるんじゃないよ。",
"そんなもの、猶更じゃないの。あたし、好き嫌いなんかまるでないんだから、どうして、浮気なんかするのよ。",
"それじゃあ……みずてんじゃないか。",
"分んないのね。浮気なんか、ばかばかしいって云ってるじゃないの。あたしこれでも、娘さんと同じ気持よ。え、まだ分んないの。じれったい人ね。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」未来社
1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「改造」
1932(昭和7)年2月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042452",
"作品名": "慾",
"作品名読み": "よく",
"ソート用読み": "よく",
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"副題読み": "",
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"初出": "「改造」1932(昭和7)年2月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-03-14T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"名": "与志雄",
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"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第三巻(小説Ⅲ)",
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} |
[
[
"それで、会社では受け附けたかい。",
"出しただけだ。",
"うむ、元来が、辞職願というやつは、辞職届とすべき性質のものだからね。よかろう、今日から僕等の仲間にはいれよ。",
"仕事さえあれば、結構だ。",
"仕事はしきれないほどあるよ。"
],
[
"どうしたんだ、元気がないね。",
"僕は昨日から、どう言ったらいいか……精力的な沈潜した悲哀……そんなものがあるとしたら、それに囚われてるらしい。",
"精力的な沈潜した悲哀……僕には分らんね。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第四巻(小説4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」未来社
1965(昭和40)年6月25日第1刷発行
初出:「文芸春秋」
1946(昭和21)年11月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年1月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042731",
"作品名": "落雷のあと",
"作品名読み": "らくらいのあと",
"ソート用読み": "らくらいのあと",
"副題": "――近代説話――",
"副題読み": "――きんだいせつわ――",
"原題": "",
"初出": "「文芸春秋」1946(昭和21)年11月",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2008-02-19T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第四巻(小説Ⅳ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年6月25日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年6月25日第1刷",
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"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
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} |
[
[
"それ位御自分でなさるが当り前よ、私ばかりを使わなくったって……。",
"じゃあお前は、いつも使われてる気で僕の用をしてるのか。心からこうしてあげようという気はないのか。",
"では御自分はどうなの。子供で手がふさがってるからという思いやりは、少しもないんですか。"
],
[
"じゃあなぜ早く仰言らないの。",
"お前の方が黙ってるじゃないか。"
],
[
"煩い。何処へ行こうと僕の勝手だ。",
"では私も勝手な真似をしますよ、その時になって愚図々々仰言らないようになさい。"
],
[
"何を隠してると云うんだ。何にもありはしない。",
"心の中で苦しんでいらっしゃることがあるんでしょう。私にうち明けられないことが……。"
],
[
"いいえ、そんなことではありません。",
"では何だい? お前が真剣に尋ねる以上、僕も真剣に真面目に、何でも本当のことを答える。うち明けて云ってごらん。",
"私が云い出さなければ、どこまでも隠し通してみようというつもりなんでしょう。でも私にはよく分っています。いくらごまかそうったって、ごまかせるものですか。",
"だから何のことだか云ってごらんと云ってるじゃないか。自分から押しかけてきといて……。",
"図々しいと仰言るんですか。あなたの方がよっぽど図々しいじゃありませんか。"
],
[
"あなたの様子が気味悪いんです。",
"僕の様子が?……"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
初出:「新小説」
1920(大正9)年12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2008年9月18日作成
2008年10月13日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042407",
"作品名": "理想の女",
"作品名読み": "りそうのおんな",
"ソート用読み": "りそうのおんな",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新小説」1920(大正9)年12月",
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"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-10-02T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年6月20日",
"入力に使用した版1": "1967(昭和42)年6月20日第1刷",
"校正に使用した版1": "1967(昭和42)年6月20日第1刷",
"底本の親本名1": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "松永正敏",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42407_ruby_32959.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2008-10-13T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "2",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42407_32977.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2008-10-13T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "2"
} |
[
[
"ほほ、まだあなたに分らないの?",
"だって何とも云わないから分りようはないじゃありませんか。",
"あら嫌な人ね、白ばっくれて、分ってるじゃないの。"
],
[
"何を黙って被居るのよ。池を拵えたことはあなたにも賛成して貰えるわね。",
"ええ。初めから僕は池が欲しかったのです。",
"そうお。私もそう思っていたのよ。ほんとに妙ね。いつも私とあなたは同じようなことを思い付くわね。"
],
[
"そうね。もうあなた疲れて?",
"疲れはしませんが、いつまで歩いてもきりが無いから。",
"ほんとね、いつまで歩いてもきりはないわ。だけど、一晩中こうして歩いていたいような晩だわね。私がいつまでも、夜の明けるまで歩くと云ったら、あなたも一緒に歩いて下すって? え、どうなの?",
"歩くかも知れません。",
"知れませんだって、いやな人ね。"
],
[
"ほんと? そんなら私嬉しいわ。ではもう帰りましょう。私が一晩中歩くと云えば、あなたも歩いて下さるんだから、あなたがもう帰ると仰言れば、私も帰って上げてよ。交換問題だわね。だけど愛情だってつまりは交換問題じゃないの。あなたどう思って?",
"普通はそうでしょうが、然しそうでない場合も世の中にはあるでしょう。"
],
[
"何か食べたくなくって?",
"そうですね。"
],
[
"なぜです?",
"なぜって、私には学問がないから、そんなことは分らないわ。"
],
[
"何が可笑しいんです。",
"だってあのイワンのことを考えてごらんなさい。私可笑しくて、可笑しくて……。今あんな人が居たらどうでしょう。屹度御飯が食べられなくなるわね。それでもこう云うでしょうよ。わしはちっとも悲しかない、食べられないから食べないんだって。"
],
[
"けれど、イワンと云う人は、外交官になると屹度成功するわね。",
"外交官?",
"ええ、ちっとも変じゃないわ。上手な外交官には何処かあんな所があるものじゃないかと私思ってよ。日本に外交官が居ないのも、日本人にあんな性質がこれんばかしもないからだわ。けれど、日本にだってちっとは外交官も出てもいいわね、あの大谷何とか云ったわね。本願寺の……そう、大谷光瑞ね、あの人は、外交官としては一番偉い人ですってね。或る外務大臣の時なんか、面倒なことが起るといつもあの人の所へ聞きに行ったものですわ。あの人が外務大臣にでもなったら、日本の外交なんか屹度わけなく片附いてしまうわ。"
],
[
"余り下らないことばかりお饒舌したわね。御免なさい。私あなたの側に居ると何もかも、頭の中のことはみんな云ってしまいたくなってよ。ね、それでもいいでしょう。でもあなた長く覚えていては嫌よ。忘れて頂戴。ねえ、忘れると云って頂戴。さあ忘れるとたった一言でいいわ。",
"いいじゃないですか。僕だってあなたが云ったことを皆いつまでも覚えているものですか。",
"でも、いや。いや。はっきり云わなきゃいやだわ。",
"ではすっかり忘れます。"
],
[
"僕は君に一寸話したいことがあって、前から機会を待っていましたが、仕事の方が忙しかったものですから、後れたのです。用件は大抵お分りでしょう。そこいらまでつき合って貰えませんか。一杯やりながら話しましょう。",
"それには及びません。今すぐ承りましょう。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第一巻(小説1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」未来社
1967(昭和42)年6月20日第1刷発行
底本の親本:「未來の天才」春陽堂
1921(大正10)年11月6日発行
初出:「新潮 第二十九卷第三號」新潮社
1918(大正7)年9月1日発行
入力:tatsuki
校正:岩澤秀紀
2010年10月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042399",
"作品名": "掠奪せられたる男",
"作品名読み": "りゃくだつせられたるおとこ",
"ソート用読み": "りやくたつせられたるおとこ",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「新潮 第二十九卷第三號」新潮社、1918(大正7)年9月1日",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2010-12-07T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42399.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年6月20日",
"入力に使用した版1": "1967(昭和42)年6月20日第1刷",
"校正に使用した版1": "1967(昭和42)年6月20日第1刷",
"底本の親本名1": "未來の天才",
"底本の親本出版社名1": "春陽堂",
"底本の親本初版発行年1": "1921(大正10)年11月6日",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "岩澤秀紀",
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"テキストファイル最終更新日": "2010-10-26T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"猿さん、猿さん、竜宮へ遊びに行かないかい。竜宮には、面白い大きな山もあれば、うまい御馳走もたくさんあるよ。行く気があるなら、わしがおぶっていってあげるがな。",
"なんだって、面白い大きな山が、竜宮にあるのかい。",
"あるとも、あるとも。さあ、わたしの背中に乗りなさい。"
],
[
"亀さん、とんでもない忘れ物をしてきたよ。うちの山の木に、肝をかけてほしておいたのを、忘れていた。雨でも降りだしたら濡れてしまうだろう。心配だな。",
"なあんだ、猿さん、肝を忘れてきたのかい。それじゃあ、早く取りに行くよりほかあるまい。"
],
[
"なんだ、その珍らしい物というのは。",
"この世にまたとない珍らしい物です。実は、この滝壺は竜宮に通じております。わたくしを許して下さったら、竜宮の膳椀を持って来て差上げます。明朝までに、必ず持って来て差上げます。",
"うむ、きっとだね。約束を被ったら、承知しないぞ。",
"はい。明朝来て下さい。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
※「亀」と「龜」の混在は、底本通りです。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042572",
"作品名": "竜宮",
"作品名読み": "りゅうぐう",
"ソート用読み": "りゆうくう",
"副題": "",
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"原題": "",
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"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-06-30T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"名読み": "よしお",
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"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
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"底本名1": "豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年11月10日",
"入力に使用した版1": "1967(昭和42)年11月10日第1刷",
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} |
[
[
"煙草の煙がお嫌ですか。",
"いいえ。"
],
[
"どちらまでいらっしゃるんですか。",
"小樽です。"
],
[
"余り子供を可愛がるから東京に居てはいけないんですって……不思議な話ですね。",
"ええ、不思議です。"
],
[
"ではあなたには、お子さんがあるんですか。",
"一人ありました、ずっと昔に。",
"ずっと昔ですって!",
"ええ、昔のことです。今はありません。"
],
[
"一体どうなんです、全体のお話は。",
"それが不思議でしてね……。"
],
[
"そのあなたの子供はどうなったんですか。",
"死にましたよ。母親と殆んど一緒でした。私はその子を余りに可愛がらなかったようです。いや、子供は可愛かったんですが、母親がさほど可愛くなかったものですからね。東京の者で、私より三つも年上で、癇癪持ちでしてね、始終私をいじめてばかりいました。意気地なしだの、愚図だの、馬鹿だのと云って、頭ごなしにやっつけるんです。時には癇癪まぎれに、女にも敵わない弱虫ですかって、私をさんざん小突き廻すことさえあるんです。それなら初めっから、私と一緒にならなけりゃいいんですがね、私はその女のお影で、学校はしくじるし、身体は悪くするし、さんざんな目に逢いましたよ。それでも女は、私を大事にはしてくれたんですね。着物の着方から下駄のはき方から言葉附まで、一々教えてくれましたからね。私が保険会社に出るようになったのも、女が奔走してくれたからなんです。所が子供が出来ると、もう私なんかはそっちのけにして、一切構ってくれないんです。一日中飯を食わせないこともあるんです。私だって癪に障るじゃありませんか、痩我慢にも知らん顔をして、一度も子供を抱いてやったことさえありません。所が子供が三つの時、女は赤痢にかかって死にました。子供もやはり赤痢とか疫痢とかで、殆んど同時に死にました。そうですね、去年の秋でしたよ。私は二人を一緒に、女の家の墓へ葬ってやりましたが、いいことをしたような気もしますし、残念なことをしたような気もします。然しまだ間に合います。火葬にしたのですから、子供の骨はいつでも取出せるんです。今だって取出せますよ。なかなか腐るものじゃないんでしょうから。ね、そうでしょう。"
],
[
"大丈夫ですとも。だって去年の秋のことでしょう。",
"ええ、去年の秋……そうです。それから私はずっと、子供のことばかり考えてきました。なぜもっと可愛がってやらなかったろうかと、そう思うとはっきり顔が見えてきます。始終にこにこ笑っていましたよ。死んだ時にも笑っていました。片方の目を細く開き口を開いて笑ってるものですから、それを閉じさせるのに骨が折れたくらいです。あの時は三つでしたが、四つ……五つ……六つ……と、だんだん可愛くなるばかりです。生きてたらもう私と一緒に、公園なんか散歩するでしょう。そろそろ学校へも上る頃ですね。屹度よく出来るに違いありませんよ、利口な子でしたからね。そしてだんだん綺麗になってゆくんです。母親は綺麗じゃありませんでしたが、不思議に子供は上品な立派な顔をしていました。がそれももう、ずっと昔のことです。どうかすると何もかもぼんやりして、忘れそうになることがあります。そんな時私は、堪らないほど淋しい陰欝な気持になります。然しまたすぐに諦めます。子供はいくらも世間にいますからね。いつでも何処にでも、あり余るほど沢山います。子供がこの世にいなくなることは決してありません、決してないんです。"
],
[
"それから、あなたはどうしましたか。",
"え?"
],
[
"警察に連れて行かれたというお話でしたが、それから……。",
"警察……ああそうですか。実に馬鹿馬鹿しい所ですよ。高い格子窓のある暗い室に押込まれましたがね、碌に食物も布団もくれないんです。そして、眼鏡越しに人をじろじろ見るくせに、いやに丁寧な言葉付をする、口髭のある男がやって来まして、私を明るい広い室に連れ出したのはいいんですが、一から百までの数を云ってみろとか、何年何月何日に幾日を加えれば何年何月何日になるかとか、まるで小学校の算術のようなことをやらせるんです。それからまだいろんなことを尋ねましたっけ。しまいには私の眼の玉をひっくり返したり、胸に革帯のようなものをあてて聴いてみたり、体操をさしたりしましたよ。それで私はすっかり悟ったんです。皆して私を狂人扱いにしてるんです。私は癪に障って、狂人じゃないんです、と大声に怒鳴ってやりました。そしてもう何を聞かれようと、一切知らん顔をして黙っていました。それからすぐに、小樽の叔父に引渡されました。どうしてそんなに早く叔父が、小樽から東京へ来たのか不思議です。叔父は私を叱ったりなだめたりして、小樽へ連れ帰ろうとするんです。余り子供を可愛がりすぎるから、東京にいてはいけないんだそうです。不思議な理屈じゃありませんか。私がそれに逆らおうとすると、一体あんな女に引っかかったのがそもそもの間違だ、とそんなことを云って叱るんです。かと思うとまた、小樽には可愛い子供が沢山いる、などとやさしいことを云うんです。私は笑ってやりましたよ。叔父までが私を狂人扱いにしてるんですからね。それでも今こうして、小樽へ連れ戻される所です。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第二巻(小説2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」未来社
1965(昭和40)年12月15日第1刷発行
初出:「女性」
1924(大正13)年3月
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042426",
"作品名": "林檎",
"作品名読み": "りんご",
"ソート用読み": "りんこ",
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"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「女性」1924(大正13)年3月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-11-11T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42426.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1965(昭和40)年12月15日",
"入力に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
"校正に使用した版1": "1965(昭和40)年12月15日第1刷",
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"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
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"テキストファイル最終更新日": "2007-08-22T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"なんだか気になるから、ちょっと、みて下さいませんか。",
"みるって、なにをですの。",
"まあ、とぼけなくっても、いいじゃありませんか。",
"べつに、とぼけるわけではありませんけれど……。でも、たいへんなことになると、わたくしが困りますからねえ。",
"大丈夫、御迷惑はおかけしませんから……。"
],
[
"身禄さんなら、知っています。",
"どういうかたですか。"
],
[
"やっぱり、火が出ましたよ。でも、ボヤでよかった。",
"わたくしには、もう分っておりました。まあお上りなさいよ。",
"いえ、そうしてはおられませんの。"
],
[
"あなたが仰言った通りよ。身祿さんて、すごいんですね。それとも、護って下すったのかしら。将来の警告かも知れませんわね。とにかく、よくお祈りしておいて下さいね。",
"ええ、もう大丈夫でしょう。",
"いやに落着いていらっしゃるのね。わたくし、大急ぎでお知らせに上ったんですのよ。まだいろいろ用があるし、また伺いますわ。"
],
[
"そりゃあね、世間には、家相をやかましく言ったり、方位にこったりするひとが、あるにはありますが、あなたがそんなこと言いだしなさるのは、おかしいわね。",
"いえ、わたくしが信じてるというのじゃありませんよ。ただ、ちょっと気になることがあって、それからだんだん聞いてみると、どうもへんなんですのよ。",
"へんなこと、つまり理外の理というのでしょうか、世の中にはたくさんありますわ。",
"それがねえ……。"
],
[
"どんなところか知りませんが、女ざわりの地所ではありませんかしら。",
"女ざわりの地所って、そんなのがあるものでしょうか。",
"世の中には、いろいろなものがありますからねえ。",
"女ざわりの地所……どうしてそんなことが、あなたにお分りになりますの。",
"いえ、ただふっと、そんな気がしただけですのよ。",
"わたくしには信じられませんわ。"
],
[
"お嬢さんは、いえ、お娘さんは、だいぶお悪いんですか。",
"そう悪いということもありませんが、どうしても微熱がとれないんですの。",
"まあせいぜいお医者さんの言うことをきいて、充分に養生なさるんですね。それが第一で、それから……そうねえ……。"
],
[
"その、地所内に、なにか祭ったものがある筈です。それから、大きな木を切り倒してあるはずです。御存じありませんか。",
"わたくしは聞いたことありませんけれど……。",
"そんなら、調べてごらんなさいな。",
"それからどうすれば宜しいんですの。",
"まあ急ぐことはありますまい。あとでまた申しましょう。"
],
[
"ふしぎねえ、あなたが仰言った通りですよ。",
"いったい何のことですの。",
"そら、あの相良さんの地所のこと……。"
],
[
"それだけですか。",
"ええ、二つとも確かにありましたわ。",
"も一つある筈ですがねえ。",
"どんなものですの。",
"なにか、捨て去られたもののようです。",
"それでは、も一度行って調べてみましょう。"
],
[
"あのお地蔵さま、延命地蔵と申しましては、如何でございましょうか。",
"延命地蔵……宜しいでしょう。"
],
[
"しゃれたものですわね。新しくお求めなすったの。",
"達吉が拵えたんですのよ。気紛れに、つまらないことばかり始めて、仕様がありませんわ。ずいぶん長い間かかって、ようやく出来上りました。"
],
[
"ほんとに御器用ですね。",
"勝手なことばかりしていたいのでしょう。少し忙しくなると、不平でしてね。この頃は毎日、松しまへ出かけておりますの。"
],
[
"よけいなことを言って、御免なさい。ちょっと、そんな気がしたものですから……。",
"なに仰言るのよ。松しまのことなんか、わたくしは何とも思ってはいませんわ。"
],
[
"達吉が女将さんから聞いたところによりますと、やっぱり、資金の話は、今年中にはまとまりそうもないらしいんですの。そして、手堅くやってゆくことに、女将さんも賛成らしいんですよ。",
"そうでしょうとも、それがほんとうですわ。"
],
[
"あのうちには、熱心に信仰したものがあるはずですよ。それが今はうっちゃってあります。も一度信仰なされば、きっとよいことがありますでしょう。どうやら、伏見稲荷のように思われますがね……。",
"そのこと、達吉に聞かせてみましょうか。"
],
[
"だから、わたくし、初めから言っておいたじゃありませんか。",
"ええ、それはそうですけれど、まさか、こんなことになろうとは思わなかったものですから……。",
"わたくしはまだ、自分の信仰の道を、売り物にはしたくありませんの。松しまさんのことだから、謝礼とかなんとか、そんなことを言われるに違いありません。なんだか、普通の行者や易者などと、同じように見られてるような気がしますわ。",
"それは、わたくしからよく申しておきましょう。とにかく、考えなおしておいて下さいよ。頼みますわ。"
],
[
"無理なことお願いして、ほんとに済みませんでした。",
"いいえ、おかげでいい気持ちでした。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第五巻(小説5[#「5」はローマ数字、1-13-25]・戯曲)」未来社
1966(昭和41)年11月15日第1刷発行
初出:「中央公論」
1952(昭和27)年1月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「秘/祕」「仏/佛」「万/萬」「禄/祿」の新字旧字の混用は、底本通りです。
入力:tatsuki
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年1月16日作成
2009年9月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042672",
"作品名": "霊感",
"作品名読み": "れいかん",
"ソート用読み": "れいかん",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "「中央公論」1952(昭和27)年1月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2007-02-21T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42672.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1966(昭和41)年11月15日",
"入力に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
"校正に使用した版1": "1966(昭和41)年11月15日第1刷",
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"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "小林繁雄、門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42672_txt_25169.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2009-09-17T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "1",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42672_25747.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2009-09-17T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "1"
} |
[
[
"槍ヶ岳が……穂高岳が……大天井岳か……。",
"槍が……穂高が……大天井が……。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042503",
"作品名": "霊気",
"作品名読み": "れいき",
"ソート用読み": "れいき",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 914",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2006-05-22T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/card42503.html",
"人物ID": "000906",
"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)",
"底本出版社名1": "未来社",
"底本初版発行年1": "1967(昭和42)年11月10日",
"入力に使用した版1": "1967(昭和42)年11月10日第1刷",
"校正に使用した版1": "1967(昭和42)年11月10日第1刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "tatsuki",
"校正者": "門田裕志",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42503_txt_22689.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2006-04-22T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000906/files/42503_22699.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2006-04-22T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"あら、随分飲んでるわね。",
"当り前さ。酒でも飲まなきゃ、やりきれないんだ。"
],
[
"何だか……変よ。",
"ああ……僕は逢いたい人があるんだ。"
],
[
"僕は逢いたい人があるんだ。それとも、ないと思うか。",
"あるならあると、はっきり云えよ。逢わしてやろう。僕が引受けた。",
"君が、……へえー、お門違いだ。僕が逢いたいなあ……逢わしてくれる人はここにはいないや。"
],
[
"静葉に逢いたい……なら、逢おうじゃないか。ここに呼ぼうよ。島村がいなくたって、来るさ。",
"だめよ、およしなさい。"
],
[
"あら、お一人? 後から来るんでしょう。さっきね、とても逢いたがってた人が……。",
"ばか、何を云ってるんだ、ばかな……。"
],
[
"君の気持は嬉しいが、もう間に合うまいよ。",
"え、間に合わないんですって。"
],
[
"何事にも時機というものがある。こう云うと、君はまた心配するだろうが、一体、君のその変な杞憂がおかしいよ。単なる金銭問題だろう。金銭問題は、数字上の問題で、小学校の算術だ。そんなことで死ぬ馬鹿があるものか。",
"世間にはいくらもある……。それに、あなたの態度が、まるでめちゃだから……。",
"単に金を借りるのが目的だったら、僕もあんな態度には出ないさ。然し、大体もう駄目だと見極めがついて、こんどはこちらから世間を試してやれという気持になったら、それが当然じゃないか。",
"そして全然駄目だったら……世間があなた自身よりも金の方を大事にするんだったら……どうします。それを僕は……。",
"うむ、分ってる。最後の切札はあるんだ。そうなったら君にも腑に落ちる筈だ。君は、船を焼くという諺を知ってるだろう。船で敵国に上陸して、自分の船を焼き払って退路を断ち、敵地を征服するか戦死するか、どちらかだという、最後の肚をきめることだ。君は、船を焼くことが出来るか。",
"…………",
"船を焼いてからでなければ、本当に世間を試すことは出来ない。世間を試すつもりで、実は自分自身を試してるだけのことだ。",
"然し、敵地を征服出来なかったら……。",
"試してしまえば、それでもう征服したことになる。征服してから其処が嫌になって、新たに船を拵えて出帆するようなものだ。然しそんなことは、予算にははいらない。",
"予算……。",
"例えば、君の所謂、純粋行為みたいなものだ。純粋行為というのは、無動機の行為とはちがうだろう。だから、あらゆる可能な行為を含むことが出来る。死の行為までも……。",
"そうかも知れません。",
"ところが、死の意慾などというものが、君は人間にあると思うか。死の意慾のないところに、死の行為が為されるとしても、それはもう死の行為ではなくなるだろう。",
"だから、そんな行為はない……。",
"ないけれど、ある。ただ予算にはいっていないだけだ。例えば、君は清子を愛していないと云っていた。もし愛するようになったら、初めから愛していたと云うようになるだろう。予算の立直しだ。"
],
[
"もし、僕が彼女を愛していたら、あなたはどう思います。",
"そりゃあ、愛するのは君の自由だが、少し危い。",
"なぜです。",
"ほんとの愛は、世間に対して、闘争形態を取るものだ。然し君には、その力がまだあるまい。力が不足すると、不幸に終るか、それとも……。",
"すっかり云って下さい。",
"死にたくなったりする。然し死んだとて、何にもならない。たとえ君か、彼女か、或は二人とも、死んだとて、ただそれっきりだ。そのために、笹本の酒の味は少しも変りはしない。そのために、おけいの、また長尾や大西の、銚子の数が一つへるわけでもない。"
],
[
"君は、清子をどんな女か……品行についてだよ……知ってるだろうね。",
"知ってるつもりです。",
"ああしたところから引抜くには、容易なことじゃない。おけいのことも、君には分ってる筈だ。",
"それでは……静葉さんはどうです。"
],
[
"別れの言葉を云うだけの力を持つことだ。言葉はなんだっていい。君自身の言葉を一つ探し出せば、それでいいんだ。",
"然し、それがみな幻影だったとしたら……。あなたたちのことは僕は知らない。だが、世の中は穢いものであり、穢い中にこそ本当の人間性があるのだとしたら……どうなるんです。個人主義の理想主義は一種の眼鏡にすぎないとしたら……。",
"君の云うのはよく分る。然しそれは自分の船を焼き捨てない前のことだ。一度船を焼いてからは、個人主義だの、理想主義だの、そんなところにうろついてることは出来ない。もっと切端つまった戦だ。現実と云うものは、見て取られるものではない、戦い取るべきものだ。それが出来なかったら、死ぬより外はないだろう。"
],
[
"そんなら、今だっていいわ。呼びましょうか。いらしてるのよ。",
"まあ、この人は……。"
],
[
"失敬なことを、なんですか……失敬なことを、なんですか。",
"では、お先に失敬するわね。"
]
] | 底本:「豊島与志雄著作集 第三巻(小説3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」未来社
1966(昭和41)年8月10日第1刷発行
初出:「中央公論」
1935(昭和10)年4月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2008年5月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "042462",
"作品名": "別れの辞",
"作品名読み": "わかれのじ",
"ソート用読み": "わかれのし",
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"原題": "",
"初出": "「中央公論」1935(昭和10)年4月",
"分類番号": "NDC 913",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2008-06-05T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-21T00:00:00",
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"姓": "豊島",
"名": "与志雄",
"姓読み": "とよしま",
"名読み": "よしお",
"姓読みソート用": "とよしま",
"名読みソート用": "よしお",
"姓ローマ字": "Toyoshima",
"名ローマ字": "Yoshio",
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"生年月日": "1890-11-27",
"没年月日": "1955-06-18",
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"底本出版社名1": "未来社",
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} |
[
[
"なんでもないのよおじいさん。ただ、コゼツの旦那が、今年は僕を招ばなかっただけ。あの人、ちょっと僕に思いちがいをしてるらしいの。",
"だってお前、なんにも悪いことはしなかったんだろう。",
"それが、いいかわるいか、僕には分らないんです。僕は、アロアちゃんの顔を、松の板ぎれへ写生しただけなの。",
"ああそうか。"
]
] | 底本:「小学生全集26 黒馬物語・フランダースの犬」興文社、文芸春秋社
1929(昭和4)年5月23日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「或→ある、あるい 併し→しかし 唯→ただ 出来→でき 尚→なお 筈→はず 勿論→もちろん」
※総ルビをパラルビにかえました。
入力:大久保ゆう
校正:門田裕志
2003年11月6日作成
2005年12月17日修正
青空文庫作成ファイル:
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| {
"作品ID": "004880",
"作品名": "フランダースの犬",
"作品名読み": "フランダースのいぬ",
"ソート用読み": "ふらんたあすのいぬ",
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"副題読み": "",
"原題": "A Dog of Flanders",
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"分類番号": "NDC K933",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
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"公開日": "2003-12-24T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
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"姓": "ド・ラ・ラメー",
"名": "マリー・ルイーズ",
"姓読み": "ド・ラ・ラメー",
"名読み": "マリー・ルイーズ",
"姓読みソート用": "とららめえ",
"名読みソート用": "まりいるいす",
"姓ローマ字": "de la Ramee",
"名ローマ字": "Marie Louise",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1839-01-01",
"没年月日": "1908-01-25",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小学生全集26",
"底本出版社名1": "興文社、文芸春秋社",
"底本初版発行年1": "1929(昭和4)年5月23日",
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} |
[
[
"ここに兵隊のシモン、肥満のタラス、馬鹿のイワンと言う三人の兄弟がいる。こいつらは当然けんかをしなくてはならないのに仲良く暮し合っている。あの馬鹿のイワンの奴がすっかりおれの仕事をだいなしにしてしまったのだ。ところでお前たち三人は兄弟三人に取ついて奴等がお互いに目玉を引っこぬくようにしてやるのだ。どうだ、出来るかな。",
"はい、一つやってみましょう。"
],
[
"じゃ、どんな風にはじめる。",
"わけはありません。"
],
[
"まず第一にあいつ等を一文無しにしてしまいます。そして一片のパンも無くなった時分にみんなをおち合わせることにします。そうすりゃけんかするにきまっています。",
"なるほど、そいつはいい思いつきだ。お前たちもだいぶ仕事がうまくなったようだ。じゃ、行って来い。そしてあいつ等を仲たがいさせるまでは決して帰って来るな。でないとお前たちの生皮を引むいでしまうぞ。"
],
[
"タラスはもう一週間と持ちこたえないだろう。おれはまず第一にあれをいっそうよくばりにし、肥満になるようにした。あいつのよくはいよいよひどくなって行って、何でも見るものごとに買いたくなるように仕向けてやった。それであいつはあり金をすっかりつかってしまい、なおさかんに買い込んでいる。もう大へん借金して買っている。一週間たつとかんじょうの日が来るが、その前に、おれはあいつの買い込んだ品物を、すっかりだいなしにしてやるんだ。するとあいつは支払が出来なくなって、親爺のところへくるだろう。",
"ところで、お前の方はどうだ。"
],
[
"どうかひどくしないで下さい。そのかわり何でもあなたの言いなり次第にいたします。",
"手前何が出来る。",
"あなたの言いなりに何でも。"
],
[
"おりゃ腹が痛い。どうだ、なおせるか。",
"はい、なおせますとも。",
"よし、じゃなおしてくれ。"
],
[
"おれはお前と一しょに暮すつもりでやって来たんだが、おれの主人が見つかるまでおれと家内をやしなってくれ。",
"いいとも、いいとも。"
],
[
"おやおや、また出て来やがった。",
"いや、ちがうんです。先来たのは私の兄弟です。私はあなたの兄さんのシモンについていたんです。"
],
[
"ま、待って下さい。二度とあなたの邪魔はいたしません。あなたの言いなりに何でもいたします。",
"じゃ、何が出来る。",
"何でもあなたのお好きなものから兵隊をこしらえることが出来ます。",
"兵隊は一たい何の役に立つのだ。",
"何の役にだってたちます。あなたが命令を下しさえすればどんなことでもします。",
"じゃ唄がうたえるかい。",
"ええ出来ますとも、あなたが命令なさりさえすれば。",
"よしよし、じゃ一つこしらえてくれ。"
],
[
"おい、もう一度商売が出来るまでおれと家内を養ってくれ。",
"いいとも、いいとも。"
],
[
"じゃ何が出来る。",
"あなたの欲しいだけお金をこさえることが出来ます。",
"よしよし、じゃこさえてくれ。"
],
[
"これをやろうか。",
"ああ、おくれよ。"
],
[
"じゃ、手桶に三ばいだけおくれ。",
"いいとも、いいとも。じゃ森の中へ来なさるがいい。いや、待ちなさい、いいことがある。馬をつれて行こう。とてもお前さんだけじゃ持って来られそうにもないからな。"
],
[
"でもお前はこさえてやると約束したじゃないか。",
"約束したのは知っているが、わしはもうこさえない。",
"なぜこさえない、馬鹿!",
"お前さんの兵隊は人殺しをした。わしがこの間道傍の畑で仕事をしていたら、一人の女が泣きながら棺桶を運んで行くのを見た。わしはだれが死んだかたずねてみた。するとその女は、シモンの兵隊がわしの主人を殺したのだと言った。わしは兵隊は唄を歌って楽隊をやるとばかり考えていた。だのにあいつらは人を殺した。もう一人だってこさえてはやらない。"
],
[
"お前はこさえると約束したじゃないか。",
"そりゃした。だがもうこさえない。",
"なぜこさえない、馬鹿!",
"お前さんのお金がミカエルの娘の牝牛を奪って行ったからだ。",
"どうして。"
],
[
"お前王様のおふれを聞いたかね。お前の話と、どんな病気でもなおせる木の根っ子を持っているそうだが、これから一つ出かけてなおしてあげないかな。そうすりゃお前、これから一生幸福に暮せるわけだがね。",
"いいとも、いいとも。"
],
[
"どこへ行くんだ、馬鹿!",
"王様のお姫様をなおしに。",
"だがお前はもう一本もなおせるものをもっていないじゃないか。",
"ううん、大丈夫。"
],
[
"金がないので役人たちに払うことが出来ません。",
"いいとも、いいとも。なけりゃ払わんでいい。"
],
[
"でも払わないと、役についてくれません。",
"いいとも、いいとも。役につかないがいい。そうすりゃ、働く時間がたくさんになる。役人たちに肥料を運ばせるがいい。それに埃はたくさんたまっている。"
],
[
"どうも馬鹿共は、自分で進んでやろうとはしません。あれじゃいやでも入らせなくちゃなりませんでしょう。",
"いいとも、いいとも。やってみるがいい。"
],
[
"兵隊にならなければイワン王が死刑にしてしまうと言っているが、兵隊になったらどんなことをするのかまだ話を聞かせてもらわない。兵隊は殺されると聞いているがほんとかい。",
"うん、そりゃ時には殺される。"
],
[
"さあ、わしにもわからん。わし一人でお前さん方をみんな殺すことは出来ないしな。わしが馬鹿でなかったら、そのわけを話すことも出来るが、馬鹿なんでさっぱりわからんのじゃ。",
"それじゃわしらは兵隊にゃなりません。"
],
[
"タラカン王が大軍をつれて攻めよせて来ました。",
"あ、いいとも、いいとも。来さしてやれ。"
],
[
"わしらのような馬鹿にどうしてそんなことがわかるもんか。わしらは大抵の仕事は手や背中を使ってやるんだ。",
"だから馬鹿と言うんだ。ところがおれは頭で働く方法を一つ教えてやろう。そうすりゃ手で働くより頭を使った方がどんなに得だかわかるだろう。"
]
] | 底本:「小學生全集第十七卷 外国文藝童話集上卷」興文社、文藝春秋社
1928(昭和3)年12月25日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
その際、以下の置き換えをおこないました。
「一層→いっそう か知ら→かしら 位→くらい 毎→ごと 此の→この 凡て→すべて 大分→だいぶ 一寸→ちょっと て置→てお て見→てみ て貰→てもら 何處→どこ どの道→どのみち 中々→なかなか 殆ど→ほとんど 先づ→まず 又→また 迄→まで 間もなく→まもなく 若し→もし や否や→やいなや 私→わし」
※底本は総ルビですが、一部を省きました。
入力:京都大学電子テクスト研究会入力班(加藤祐介)
校正:京都大学電子テクスト研究会校正班(大久保ゆう)
2004年5月18日作成
2005年12月17日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "042941",
"作品名": "イワンの馬鹿",
"作品名読み": "イワンのばか",
"ソート用読み": "いわんのはか",
"副題": "",
"副題読み": "",
"原題": "SKAZKA O IVANE-DURAKE",
"初出": "",
"分類番号": "NDC K983",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2004-06-14T00:00:00",
"最終更新日": "2014-09-18T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000361/card42941.html",
"人物ID": "000361",
"姓": "トルストイ",
"名": "レオ",
"姓読み": "トルストイ",
"名読み": "レオ",
"姓読みソート用": "とるすとい",
"名読みソート用": "れお",
"姓ローマ字": "Tolstoi",
"名ローマ字": "Lev",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1828-9-9",
"没年月日": "1910-11-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "小學生全集第十七卷 外国文藝童話集上卷",
"底本出版社名1": "興文社、文藝春秋社",
"底本初版発行年1": "1928(昭和3)年12月25日",
"入力に使用した版1": "1928(昭和3)年12月25日",
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"底本の親本初版発行年1": "",
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"底本初版発行年2": "",
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"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "京都大学電子テクスト研究会入力班",
"校正者": "京都大学電子テクスト研究会校正班",
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"テキストファイル最終更新日": "2005-12-17T00:00:00",
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"XHTML/HTMLファイル修正回数": "2"
} |
[
[
"それがわたしに分らないとお思いになって?",
"いや、それが分ったらお芽出たいよ。ところが、わたしに分っているのは、ただお前が淫乱女じみた真似をするということだけだ‥‥お前はなんでもけがらわしいことが面白いのだが、わたしはそれが恐ろしいのだ!",
"まあ、そんな辻待馭者みたいな言葉で悪口をおつきになるのなら、わたし行きますわ。",
"行くがいい、だが、これだけは心得ておけ、お前にとって家庭の名誉が大切でないにせよ、わたしにとって大切なのはお前じゃなくって(お前なんかどうでも勝手にしろ)、家庭の名誉なのだ。",
"まあ、なんですって、なんですって!",
"出てうせろ、お願いだから出て行け!"
]
] | 底本:「クロイツェル・ソナタ」岩波文庫、岩波書店
1928(昭和3)年9月15日第1刷発行
1957(昭和32)年2月25日第29刷改版発行
1979(昭和54)年3月10日第50刷発行
※誤植を疑った箇所を、「クロイツェル・ソナタ」岩波文庫、岩波書店、1950(昭和25)年12月20日第19刷発行の表記にそって、あらためました。
※「だん/\」と「だんだん」、「さま/″\」と「さまざま」、「とう/\」と「とうとう」、「さん/″\」と「さんざん」、「ただ/\」と「ただただ」、「まだ/\」と「まだまだ」、「われ/\」と「われわれ」の混在は、底本通りです。
入力:阿部哲也
校正:岡村和彦
2019年10月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "058199",
"作品名": "クロイツェル・ソナタ",
"作品名読み": "クロイツェル・ソナタ",
"ソート用読み": "くろいつえるそなた",
"副題": "01 クロイツェル・ソナタ",
"副題読み": "01 クロイツェル・ソナタ",
"原題": "KREITSEROVA SONATA",
"初出": "",
"分類番号": "NDC 983",
"文字遣い種別": "新字新仮名",
"作品著作権フラグ": "なし",
"公開日": "2019-11-25T00:00:00",
"最終更新日": "2019-11-01T00:00:00",
"図書カードURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000361/card58199.html",
"人物ID": "000361",
"姓": "トルストイ",
"名": "レオ",
"姓読み": "トルストイ",
"名読み": "レオ",
"姓読みソート用": "とるすとい",
"名読みソート用": "れお",
"姓ローマ字": "Tolstoi",
"名ローマ字": "Lev",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1828-9-9",
"没年月日": "1910-11-20",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "クロイツェル・ソナタ",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
"底本初版発行年1": "1928(昭和3)年9月15日",
"入力に使用した版1": "1979(昭和54)年3月10日第50刷",
"校正に使用した版1": "2017(平成29)年2月21日第55刷",
"底本の親本名1": "",
"底本の親本出版社名1": "",
"底本の親本初版発行年1": "",
"底本名2": "",
"底本出版社名2": "",
"底本初版発行年2": "",
"入力に使用した版2": "",
"校正に使用した版2": "",
"底本の親本名2": "",
"底本の親本出版社名2": "",
"底本の親本初版発行年2": "",
"入力者": "阿部哲也",
"校正者": "岡村和彦",
"テキストファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000361/files/58199_ruby_69535.zip",
"テキストファイル最終更新日": "2019-10-28T00:00:00",
"テキストファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"テキストファイル文字集合": "JIS X 0208",
"テキストファイル修正回数": "0",
"XHTML/HTMLファイルURL": "https://www.aozora.gr.jp/cards/000361/files/58199_69586.html",
"XHTML/HTMLファイル最終更新日": "2019-10-28T00:00:00",
"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
} |
[
[
"あなた相手は誰だとお思ひなさいますの。あの陛下でございます。",
"それは陛下を愛すると云ふことは、あなたにしろわたし共にしろ、皆してゐるのです。女学校にお出の時の話でせう。",
"いゝえ、それより後の事でございます。無論只空にお慕ひ申してゐたので、暫く立つと、なんでもなくなつてしまひましたのですが、お話いたして置かなくてはならないのは。",
"そこで。",
"いゝえ。それが只プラトオニツクマンにお慕ひ申したと云ふばかりではございませんでしたから。"
],
[
"さう。それから先は。",
"それから先はL市に往くのです。タムビノの僧院の側を通つて往くのです。",
"そんならその僧院はあのセルギウスと云ふ坊さんのゐる所ですね。",
"さうです。",
"あれはステパン・カツサツキイと云つた士官の出家したのでしたね。評判の美男ですわ。",
"その男です。",
"皆さん、御一しよにカツサツキイさんの所まで此橇で往きませうね。そのタムビノと云ふ所で休んで何か食べることにいたしませうね。",
"そんなことをすると日が暮れるまでに内へ帰ることは出来ませんよ。",
"構ふもんですか。日が暮れゝばカツサツキイさんの所で泊りますわ。",
"それは泊るとなれば草庵なんぞに寝なくても好いのです。あそこの僧院には宿泊所があります。而も却々立派な宿泊所です。わたしはあのマキンと云ふ男の辯護をした時、一度あそこで泊りましたよ。",
"いゝえ。わたくしはステパン・カツサツキイさんの所で泊ります。",
"それはあなたが幾ら男を迷はすことがお上手でもむづかしさうです。",
"あなたさうお思なすつて。何を賭けます。",
"宜しい。賭をしませう。あなたがあの坊さんの所でお泊りになつたら、なんでもお望の物を献じませう。"
],
[
"なんですか。",
"あの人は幾つでせう。",
"あの人とは誰ですか。",
"ステパン・カツサツキイです。",
"さうですね。四十を越してゐませうよ。",
"さう。誰にでも面会しますか。",
"えゝ。だがいつでも逢ふと云ふわけでもないでせう。",
"あなた御苦労様ながら、わたしの足にもつとケツトを掛けて頂戴な。さうするのぢやありませんよ。ほんとにあなたはとんまですこと。もつと巻き付けるのですよ。もつとですよ。それで好うございます。あら。なにもわたしの足なんぞをいぢらなくたつて好うございます。"
],
[
"でもわたしは僧侶です。こゝに世を遁れて住んでゐるのです。",
"だつて好いぢやありませんか。開けて下さいましよ。それともわたくしがあなたの庵の窓の外で、あなたが御祈祷をして入らつしやる最中に、凍え死んでも宜しいのですか。",
"併しこゝへ這入つてどうしようと。"
],
[
"どうぞ此場をお立ち退き下さい。",
"でもせめてそのお創に繃帯でもいたしてお上申したうございますが。",
"いや。どうぞお帰り下さい。"
],
[
"セルギウスさん。どうぞ御勘辨なすつて下さいまし。",
"宜しいからお帰り下さい。主があなたの罪をお赦し下さるでせう。",
"セルギウスさん。わたくしはこれから身持を改めます。どうぞわたくしをお見棄下さらないで。",
"宜しいからお帰り下さい。",
"どうぞ御勘辨なすつて、わたくしを祝福して下さいまし。"
],
[
"さうですよ。ですがあなたの言つてゐられるその名高いセルギウスではありません。わたしは大いなる罪人ステパン・カツサツキイです。神様に棄てられた、大いなる罪人です。どうぞわたくしを助けて下さい。",
"まあ。どうしてそんな事がわたくしなんぞに出来ませう。なぜあなたそんなにおへり下りなさいますの。まあ、兎に角こちらへ入らつしやいまし。"
],
[
"どこへお出なさるのです。",
"わたくしは音楽を教へに往きます。まことにお恥かしい事ですが。",
"なに。音楽を教へにお出ですか。結構な事ですね。わたしはたつた一つあなたにお頼み申したい事があるのですが、いつお話が出来ませうか。",
"さやうでございますね。晩にでも伺ひませう。何か御用に立つ事が出来まするやうなら、此上もない為合でございます。",
"そんならさう願ひませう。それから早速お断をして置きますが、わたしが誰だと云ふことを誰にも話して下さいますな。わたしはあなたにしか身の上が打ち明けたくないのです。まだわたしがどこへ立ち退いたか誰も知らずにゐます。これはさうして置かなくてはならないのです。",
"あら。わたくしつひさつき娘に話してしまひました。",
"なに。それは構ひません。娘さんに人に話さないやうに言つて置いて下さい。"
],
[
"まあ。なんと云ふ難有い事でございませう。あなたのやうなお客様がお出なすつて下さるなんて。わたくしはいつもの稽古を一時間だけ断りました。跡から填合をいたせば宜しいのです。わたくしは疾うからあなたの所へ参詣しようと思つてゐました。それからお手紙も上げました。それにあなたの方でお出下さるとは、まあ、なんと云ふ難有い事で。",
"どうぞそんな事を言つて下さるな。それからわたしが今あなたに話す事は懺悔ですよ。死ぬる人が神様の前でするやうな懺悔ですよ。どうぞその積りで聞いて下さい。わたしは聖者ではありません。罪人です。厭な、穢らはしい、迷つた、高慢な罪人です。人間の中で一番悪いものよりもつと悪い人間です。"
],
[
"いや。さうでない。わたしはね、色好みで、人殺しで、神を涜した男だ。譃衝きだ。",
"まあ。どうしたと云ふのでせう。",
"それでもわたしは生きてゐなくてはならない。今までわたしは何事をも知り抜いてゐるやうに思つて、人にどうして世の中を渡るが好いと教へて遣つたりなんかした。その癖わたしはなんにも分つてゐないのだ。そこで今あなたに教へて貰はうと思ふのです。",
"まあ。何を仰やるの。それではわたくしに御笑談を仰やるやうにしか思はれませんね。昔わたくしの小さい時も、好くわたくしを馬鹿にしてお遊びなすつた事がありましたが。",
"なんのわたしがあなたに笑談を云ふものですか。わたしは決してそんな事はしない。どうぞあなたは今どうして日を暮してお出だか、それをわたくしに教へて下さい。",
"あの。わたくしでございますか。それは〳〵お恥かしい世渡をいたしてをりますの。これは皆神様のお罰だと存じます。自分でいたした事の報だからいたし方がございません。ほんに〳〵お恥かしい。",
"あなたは夫をお持ちでしたね。その時のお暮しは。",
"それは恐ろしい世渡でございました。最初には卑しい心から、その人の顔形や様子が好きになりまして夫婦になりました。お父う様は反対せられました。それでもわたくしは道理のある親の詞に背いて夫婦になりました。それから夫婦になつたところで、夫の手助けにならうとはせずに、嫉妬を起して夫を責めてばかりゐました。どうもその嫉妬が止められませんで。",
"あなたの御亭主は酒を上つたさうですね。"
],
[
"それからわたくしは財産のない後家になつて、二人の子供を抱へてゐました。",
"あなたは田地を持つてゐなすつたではありませんか。",
"田地はワツシヤが生きてゐるうちに売り払つて、そのお金は使つてしまひました。どうも暮しに掛かりますものですから。若い女は皆さうでございますが、わたくしは何も分りませんでした。わたくしは誰よりも愚で、物分りが悪かつたかと存じます。わたくしは有る丈の物を皆使つてしまひました。それからわたくしは子供に物を教へなくてはならないので、やう〳〵自分にも少し物が分つて参りました。それからもう四学年になつてゐたミチヤが病気になりまして、神様の許へ引き取られてしまひました。それからマツシヤが今の婿のワニヤが好きになりました。ワニヤは善い人でございますが、不為合な事には病気でございます。"
],
[
"体はどこが悪いのです。",
"神経衰弱と云ふのださうでございます。まことに厭な病気だと見えます。お医者にどういたしたら宜しいかと聞きますと、どこかへ保養に往けと申されます。でもそんなお金はございません。わたくしの考へでは此儘にいたしてゐても、いつか直るだらうかと存じます。別に苦痛と云つてはないのでございますが。"
],
[
"一時間でどの位貰ひますか。",
"それはいろ〳〵でございます。一ルウブルの事もあり、五十コペエケンの事もあり、又三十コペエケンしか貰はれない事もあります。でもどちらでも優しくいたしてくれますので。"
],
[
"どうぞその方の事は仰やらないで下さいまし。わたくしは本当に不精で、遣り放しでございます。聖餐の時には子供を連れて参りますが、間々では一月もお寺に参らずにゐる事がございますの。子供だけは遣りますが。",
"なぜ御自分では往かれないのですか。",
"正直なところを申しますれば、娘や孫の手前が恥かしくてまゐられません。お寺に参るには余り着物が悪くなつてゐます。新しいのは出来ません。それに不精でございますので。",
"そんなら内では御祈祷をなさるのですか。"
],
[
"いえ。もうそれには及びません。",
"そんならこちらへ持つて参りませうか。",
"いえ。それにも及びません。パシエンカさん。あなたのわたくしをもてなして下さつたお礼は、神様がなさるでせう。わたくしはもうお暇をします。若しわたくしの事を気の毒だと思つて下さるなら、どうぞ誰にもわたくしに逢つた事を話さずにゐて下さい。神様に掛けて頼むから、誰にも言はないで下さい。本当にわたくしはあなたを難有く思つてゐます。実は土に頭を付けてお礼が言ひたいのですが、さうしたらあなたがお困りでせうから止めます。わたくしの御迷惑を掛けた事は、クリスト様に免じてお恕し下さい。",
"そんならどうぞわたくしに祝福をお授けなすつて。"
]
] | 底本:「鴎外選集 第14巻」岩波書店
1979(昭和54)年12月19日第1刷発行
初出:「文藝倶楽部 一九ノ一二」
1913(大正2)年9月1日
※初出時の表題は「出家」です。
入力:tatsuki
校正:浅原庸子
2001年12月7日公開
2016年2月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "002067",
"作品名": "パアテル・セルギウス",
"作品名読み": "パアテル・セルギウス",
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"原題": "VATER SERGIUS",
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"歸るものかね、あしただよ。",
"でも、どうして歸らないの。ね、おっ母、父ちゃんは歸るっていったじゃないか。",
"ふん、何いってんだよ。父ちゃんはいったとおりするものかね。さあさあ、早く着物をぬいで寢るんだよ。"
],
[
"おっ母、誰か戸をたたいてるよ。",
"しいっ、フリッツ、あれは破風のゆるんだ板が、風に吹かれてるんだよ。",
"そうじゃないったら、おっ母、戸口のとこだよ。",
"戸がしまらないのさ。掛金がこわれてるんだよ。ね、頼むから、早く寢ておくれ。せめて夜中だけでも、おっ母に休ませておくれよ。",
"でも、父ちゃんが歸って來たら、どうするの。"
],
[
"父ちゃんは、惡魔にとっつかまっているんだよ。",
"惡魔はどこにいるの、ね、おっ母。",
"うるさい子だね。惡魔は戸口に立っていて、お前が靜かにしないと、さらっていくんだよ。"
],
[
"フリードリヒ、お前は目がさめてるのかい。",
"うん、おっ母。",
"いい子だから、お前も少しお祈りをしな――お前だって、もう、主祷文はあらかた覺えてるだろう――天主樣がわたしたちを水難火難から守って下さるようにね。"
],
[
"そら、おっ母、たしかにそうだよ。みんな戸をたたいてるよ。",
"そうじゃないよ。うちには、がたがた鳴らない古板なんて、一枚もありゃしないんだから。",
"そら、聞えるじゃないか。誰か呼んでるよ。そら。"
],
[
"おっ母、ヒュルスマイエルは盜ったんだって。",
"ヒュルスマイエルが。とんでもない。お前はひどい目にあわされたいんだね。誰がお前にそんなことを教えたの。",
"あの人はこないだアーロンをぶんなぐって、六グロッシェン盜ったんだよ。",
"あの人がアーロンの金を盜ったんだったら、それはきっとあの呪われたユダヤ人が、前にあの人を瞞してそれを盜ったんだよ。ヒュルスマイエルは、昔から村に住んでいる、ちゃんとした人だし、ユダヤ人はみんなわるい奴ばかりだからね。",
"でも、おっ母、ブランデスさんは、こうもいったよ、あの人は木や鹿を盜るんだって。",
"これ、ブランデスさんは山林官だよ。",
"おっ母、山林官は嘘をつくの。"
],
[
"あれからずっと不仕合わせつづきでね、そりゃつらいこともあったよ。",
"そうよ、遲い嫁入りてやつは、誰だって後悔するものさ。お前が年をとっても、子供はまだ小せえと來てるんだからな。物には潮時ってものがあって、ぼろ家が燃え出したからには、どうにも消しようがねえからな。"
],
[
"まあ、相當にね、それに、おとなしい子だよ。",
"ふむ、いつか、牝牛を盜んだ奴があったっけ。そいつもおとなしい子だったってな。ところで、お前の子供は、無口で、ひっこみ思案だってね。ほかの子供らと、ちっとも遊ばねえっていうじゃねえか。"
],
[
"そうさ、有難いことに、身體もたっしゃでね。",
"どんな顏をしてるんだい。"
],
[
"そうか、そいつは珍らしい奴だ。おれはこのとおり、日一日と汚くなる一方だからな。學校で碌でもねえことを習わせるんじゃねえぞ。お前は奴に牛の番をさせるんだって、そりゃいいことだよ。學校の先生のいうことなんぞは、おおかた嘘っぱちばかしだからな。して、どこで番をしてるんだい。テルゲンの谷かね。ローデの森かね。トイトブルクの森かね。夜も朝もやってるのかい。",
"夜どおしずっとだよ。なんでまた、そんなことを聞くのかね。"
],
[
"おれは、お前がブランデーがすきかって聞いてるんだ。おっ母はたまには、ちっとぐれえくれるんだろう。",
"おっ母は持ってやしねえよ。"
],
[
"あ、そうか。そりゃ、なお結構だ。――お前は、目の前の森を知ってるだろうな。",
"あれはブレーデの森だよ。",
"それから、あの中でどんなことがあったかも知ってるだろうな。"
],
[
"うん、毎晩念珠を二串あげるんだ。",
"そうか。で、お前も一緒にお祈りをするのかい。"
],
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"おっ母は日が暮れると飯の前に一串あげるんだけど、その時はおれは大抵まだ牛をつれてもどっちゃいねえし、も一串は寢床の中であげるんだけど、その時はおれは大抵寢てるんだ。",
"うむ、そうか。"
],
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"なんだい。",
"それから、なんていうんだよ。",
"ううん――それっきりさ――待てよ――やっぱりそうだ。*9ニーマントっていうんだ。ヨハネス・ニーマントっていうんだ。――父さんがいないんだよ。"
],
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"じゃ、お前にはなんにもとっといてくれないのかい。いったい、誰がお前の世話をしてくれるんだい。",
"誰もしてくれねえや。"
],
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"月曜日にまた叔父さんとこへ行って、種まきを手傳うんだ。",
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"ブランデスさん、おっ母のことを忘れないでおくれよ。",
"よろしい。貴樣は森の中で何か聞かなかったか。"
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"いったい、幾人ぐらいだ。それから、どこで仕事をやってるんだ。",
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"なあんだ、叔父さんだったのか。告白に行こうと思って。",
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],
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"おれが。そうかね。",
"叔父さんの斧はどこにあるんだ。",
"斧か。土間にあるさ。",
"叔父さんは新しい柄をはめたんだろう。古いのはどこへやったんだ。"
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"いえ、そうじゃありません、殿樣、あれは、冬も夏も、そのままにしておくのです、ほんの切れっぱしでものこっているかぎり。",
"だが、今森を伐らせるとなると、それは、稚苗のためによくないと思うんだがね。",
"ですから、とびきりの高値で頂こうじゃございませんか。"
],
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"わたしはよく存じませんが、盜伐の一件のためではないかと思うのです。ジーモンはいろんな商賣をやっていました。誰もそのことは何もいってくれませんでしたが、どうもまっとうな仕事ではなかったようです。",
"フリードリヒはお前に何といったのだ。",
"ただ、おれたちは逃げなければいけない、みんなに追っかけられているんだから、といったきりでした。それでわたしたちは、ヘールゼまで逃げましたが、まだ暗かったので、夜が明けるまで墓地の大きな十字架のうしろにかくれていました。と申すのは、ツェレの原っぱの石切場がこわかったのです。さて、暫くそこに坐っていますと、ふいに頭の上で馬の鼻息と足掻きの音が聞え、同時にヘールゼの教會の塔のすぐ上の空に長い火花が見えました。わたしたちはとびあがって、あるかぎりの力を出して、まっしぐらに走りつづけました。そして、あたりが明けて來た時、どうやら間違いなくPに行く道を歩いていました。"
],
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"まったく、人間業の及ぶところではありませんでした。わたしも我慢がしきれなくなりました。――それから、今度はオランダ船に乘りました。",
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"なるほど、それなら大して身體にさわることもあるまい。",
"そうですとも、殿樣、現にわたしの身體が動いておりますかぎりは――早くは歩けませんが、御用はつとめられます。そして、おわかりのように、そうつらい仕事でもありませんからね。"
],
[
"わたしは銀松の谷をとおって來たのです。",
"それはまたひどい廻り道をしたものだね。どうしてブレーデの森を通らなかったの。"
]
] | 底本:「ユダヤ人のブナの木」岩波文庫、岩波書店
1953(昭和28)年8月25日第1刷発行
1958(昭和33)年8月15日第5刷発行
※副題は底本では、「山深き*1[#「*1」は行右小書き]ヴェストファーレンの風俗畫」となっています。
※著者名の「〔Annette von Droste=Hu:lshoff〕」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「Annette von Droste=Hulshoff」としました。
※底本巻末の「註」では、参照元として頁数を示していますが、本テキストでは「*番号」(番号は註の何番目の項目かを示す)を載せました。
※「伜」と「倅」の混在は、底本通りです。
入力:富田晶子
校正:日野ととり
2017年1月1日作成
2017年1月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "058088",
"作品名": "ユダヤ人のブナの木",
"作品名読み": "ユダヤじんのブナのき",
"ソート用読み": "ゆたやしんのふなのき",
"副題": "山深きヴェストファーレンの風俗画",
"副題読み": "やまぶかきヴェストファーレンのふうぞくが",
"原題": "DIE JUDENBUCHE",
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"分類番号": "NDC 943",
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"姓読み": "ドロステ=ヒュルスホフ",
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"姓読みソート用": "とろすてひゆるすほふ",
"名読みソート用": "あねつてふおん",
"姓ローマ字": "Droste-Hülshoff",
"名ローマ字": "Annette von",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1797-01-10",
"没年月日": "1848-05-25",
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"底本名1": "ユダヤ人のブナの木",
"底本出版社名1": "岩波文庫、岩波書店",
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[
[
"不和、不穏の基に相成るから、不憫であっても、厳重に処置する方策をもって臨んでもらい度い――と、いう相談じゃ",
"よく判りました"
],
[
"とくと、勘考仕りますが、府内へ到着するまでには、未だ未だ余日もあること。到着の上にて――",
"それはそうじゃが、今申した事を忘れぬように――到着致したなら、すぐ召捕っての",
"とくと勘考致しまする"
],
[
"阪井右京めに御座ります",
"戻ったか? 許す"
],
[
"見苦しき装にて、御眼を汚しまする",
"正か? 贋か?"
],
[
"越前から、誰か、調べにまいったような形跡はなかったか?",
"越前から?――と、仰せられますと",
"忠相じゃ",
"はっ、越前守からは、一向に、未だ、そのようの様子も見受けませぬ",
"うむ――"
],
[
"残りなく、調べたのう",
"はっ、村役人、庄屋、近くの者共、郡奉行所へもまいりまして御座りまする"
],
[
"ふむ――存じ寄り申さず、が、多いの",
"はっ、澤の井と申される女子も、その母親も、十数年前に死去致し、郡奉行、村役人とも、当時在勤の者がおりませず、ただ、近所の百姓共の申し分には、確かに、御落胤らしき小児が、感応院におりましたが、いつの間にかいなくなったと、申すばかりにて、皆々天一坊を御落胤と心得ておりまする"
],
[
"大儀であった――近々、もう一度行ってもらいたい",
"はっ",
"寒かったであろう、道中は――",
"左ほどでも御座りませぬ。御前の御好物、蜜柑を持ち戻りまして御座りますが――",
"うむ、珍重じゃの、この冬にない初物じゃ、ゆっくり休むがよい"
],
[
"越前の肚が判らぬ",
"肚とは?",
"飴色網代の乗物へ乗った訳は?、とか、紫地、花葵の定紋幕を打った訳は?、とか――それほどのことを、わざわざ聞くような越前ではない。彼奴は、ちゃんと心得ていて聞いたのだが、聞かれると、返答せん訳には参らぬ。拙者が答えると、じっと、拙者の顔を、ちらっと、天一坊殿の顔を――",
"左様、拙者へも、じろりと、薄気味の悪い眼を向けたが――",
"越前は、よく人相を見るというでないかのう"
],
[
"成程――",
"余を贋者にしようというのか"
],
[
"そうでもない",
"そうでも無いと?――"
],
[
"取調べて参りました",
"ふむ、そして?",
"正しく、御落胤に相違御座りませぬ"
],
[
"御墨附、御短刀とも、正真の上は、御落胤と認めるより外に、御座りませぬ。しかし、紀州においての取調べによって、如何に相成りまするか! 早速人を遣わす所存で御座りますが、生国、生地において、御落胤で無いという証拠の挙らぬ限り、偽者として処置致すことは、越前の役儀の表として、出来兼ねまする",
"しかし――"
],
[
"中々、天晴れな者で御座ります――",
"司政者として、得体の知れぬ者を、よし正真の証拠品があろうとも、御当家の為に――",
"いいや、正真の証拠品が有らば、得体は知れておりまする",
"得体がよし知れておっても、この間申した如く――",
"なれど、司政の根本は、物を正すに御座ります。正しきを正しきとし、曲れるを曲れるとし――",
"それは、よく存じておる。越前が、判官として、そう申すのは、重々、信祝も解せる。然し天一坊の事は、重大で、時としては、司政の都合にて、法を枉げる事も――",
"いいや、法を枉げてよい司政は御座りませぬ。正しき証拠のある者を、罪にする事は、司政の根本を覆す事で御座りまする。もし強ってとの仰せならば、越前に代って、南町奉行を余人に申しつけ下され度く、越前が、職におりまする限り、御老中の仰せ、公方様の仰せで御座りましょうとも、罪無き者を罰する事はできませぬ"
],
[
"然し――未だ、紀州の調べも済まず、万事は、その上のことで御座りまするが、越前が職にある限り、法を方便には用いませぬ。このことが、もし庶民に判りました節は、天一坊を御城内へ入れましたことよりも、人心には危機が参りまする。人民が、司政者に依頼するは、司政者が法を枉げず、法は司政者によって歪めないからで御座りまして、罪なき者を罰したとあっては、一国の法も、司政者の権威も、その時より地に墜ちまする。天下の人心が、御司配を頼まなくなりまするのと、天一坊が、ここへ入りまするのと、何れが重大か――",
"それは、判っておるがの。そっと処分して洩れなければ――",
"判官としての越前の良心が許しませぬ。判官に、法を守るの良心が無ければ、法が乱れ、法の乱れは、政治を乱す基で御座りまする。判官は、洩れなければよい、と申すような心掛では勤まりませぬ。壁にも耳、徳利にも口と、寸分、間違いのないことを、法に照らして処断するのが務に御座りまする",
"紀州へは、すぐ使を出すか?",
"取急ぎ打ち立たせまする",
"それでは、万事その上と致そう。いや――越前の――"
],
[
"恐れ入りまする",
"世間で、評判のよいのも尤もだのう、とてもかなわぬわい、越前、あははは"
],
[
"手を、お借りしたい",
"さあさあ、いくらなりと",
"天一坊の一件じゃが――"
],
[
"それで、彼奴の下役が、紀州へ行かぬ内に、何か、贋者だという証拠品を拵えておいて、使が行ったなら、それを掴ませて戻してもらいたいが、心の利いた、口の固い者を一人、二人――",
"うむ、御安い御用",
"そこで――"
],
[
"郡奉行に、村役人は、これは頭ごなしに、詮議不行届、天一坊は贋者で無いか、こういう証拠があるのに、前任者へ責任を転嫁させるとは、不都合千万と、叱ってもらえば、一も二もあるまい",
"成る程",
"庄屋、百姓の類には、流言をふり撒いてもらえば、無智な徒輩は、手もないて",
"うむ。万事承引、即刻、打ち立たせよう、越前の手とて、よも、今夜には、立つまい。これから戻って、早馬ならば四日路、町奉行手附では、十日はかかろう、よしっ"
],
[
"少し、尋ねたい事がある",
"はい、はい"
],
[
"上らしてもらうぞ",
"はっ"
],
[
"それ、宝沢と、そこに書いてあるの",
"はい",
"宝沢とは、誰の事か存じておるか",
"宝沢?"
],
[
"宝沢?――はてな、宝沢さん",
"感応院の小僧の宝沢を存じておるか",
"あっ"
],
[
"あの、天一坊様",
"うむ",
"そうそう、あの方は、幼な名が宝沢、これは、あの天一坊様の",
"所で、あれが、とんだ贋者での",
"ええっ",
"江戸表から、取調べの役人がまいられて、この証拠の菅笠を御見付けになったが、それ――この黒い所は血じゃ"
],
[
"宝沢を殺しておいて、御墨附と、短刀とを奪取って、まんまと、贋者め、天一坊に成りすましておるのじゃ",
"はあ――"
],
[
"そこで、これは、宝沢の書いた字にちがいないと思うが、どうじゃ",
"はいはい、左様で御座いましょう"
],
[
"いいえ、正しく、宝沢さんの手で御座います、はい",
"偽りであるまいの",
"いいえ、貴下様――"
],
[
"お詫びとは?",
"以前、御老中松平信祝様より、御取調べの御使の参られました節、俄のこととて、取調べも仕らず、と、申しまするは、拙者が当地へ赴任仕らぬ前のこととて、一向に何事も存じ申さず、その由を申上げておきました所、紀州家にてもいろいろの御詮議あり、先日、御落胤に疑い無き宝沢と申される方は、実は、何者のためにか、ここを去る三里余り、四方形峠の辻堂にて御殺害にお遭いなされたよし、その殺害者が、当時の天一坊と思われまするが――",
"して、その――証拠は?",
"ただ一つ。宝沢殿の御冠りなされた菅笠、只今これへ持参致させまする"
],
[
"まず、一献",
"いや、その儀は、取調べ確定の上にて"
],
[
"血で御座ろうな",
"左様、無残にも、頭から、ばっさり浴びせかけたと見えまする",
"御下役を一人、その辻堂まで、拝借を御願い致したい",
"かしこまりまして御座る。三里と申しても四里近く御座ろうが。道は左程でも――"
],
[
"下婢をつまむのは、こちとらだけだと思っていたら、何うでえ――",
"何んしろ、暇だからのう、下々様のように何処、此処と、のたくり、ほっつける訳じゃあなしさ――今だって、七人か、八人かの御子様だろう。それが、四腹か、五腹さ。その上に、今度あ、恐れ乍ら、御願い申上げ奉ります牛の骨、馬の骨と来らあ。どうでえ、手前できのいい女郎に、子供を生ませて――とこう眺めていると、鼻は獅子鼻、歯は乱杭、親の因果が、子に報いって面だなあ",
"へん、俺に似なくっても、あいつに似りゃ天神様みたいな伜だ",
"と、知らぬは亭主ばかりなりっての",
"叱ッ、手先が混ってやあがる"
],
[
"何処に?",
"そら、身なりを変えて",
"彼奴かい、あはははは、うっかり、将軍助平などといおう物なら、来た来た、うまく化けてやがらあ、商売々々だ",
"天一坊が、贋者だって噂もあるじゃあねえか",
"うむ、事によったら、橋の上で大捕物になるかの"
],
[
"元和、慶長に兜首を取って二百五十石、それ以来、知行が上ったことがない。式目の表では、士分の者三人を召抱えていなくてはならぬが、妻子五人が食べ兼ねるでのう。それが、一寸、手がついて、男の子だと申せば、天一坊も、少くて五万石",
"いや、部屋住であろう",
"部屋は部屋でも、部屋がちがう"
],
[
"いくら、御落胤だって――",
"然し、仕方がない",
"だって、お前"
],
[
"只今、南奉行御役宅におきまして、天一坊常楽院、赤川大膳以下を召捕りまして御座りまする。供の者一同も、数寄屋橋を固めて駕の者まで残りなく――",
"山内と申す奴は",
"品川の旅宿にて、切腹との儀に御座ります。以上、口上に御座ります",
"御苦労"
],
[
"判官としては、古今無類の仁じゃが、政治の妙機は判らぬでのう。法は活物、臨機応変に妙味があるが、越前のは理非曲直、ただ法を枉げない事に専らで――",
"と、申しかけると、あいつ又、いろいろこねるでのう",
"法は、時世と共に、移るもので不変ではない。わしの考え、わしが越前なら、天一坊の処分は、菅笠が無くとも、こう考えてよかろうのう。つまり、その時代の人心に、司政者に利のある時には、法を枉げてもよい、と。天一坊の場合は、明かに、かかる者を御落胤として認める事は、天下人心によろしくも無く、御当代の為にも不為じゃ。こういう時には、仮令、証拠品が無くとも、贋者として処断する、つまり、法の活用じゃ",
"至極――至極"
],
[
"よろしかろう。世間にもいろいろと取沙汰のある折柄、処断を明かにするのは利益であろう",
"それでは、月番の足下に、御頼み申そう。ああ、肩の荷が降りた。そこでさきの話のつづきじゃが、その女が?"
],
[
"足下の判断に間違いはあるまいが――",
"いかにも、笠の真偽でなく、判断の当、不当",
"と、申すと?",
"笠は、誰かの悪戯かも知れませぬが――"
]
] | 底本:「傑作捕物ワールド全10巻 第6巻 名奉行篇」リブリオ出版
2002(平成14)年10月31日初版1刷発行
底本の親本:「直木三十五全集第20巻」示人社
1991(平成3)年7月
※「そうでもない」と「そうでも無い」、「部屋部屋」と「部屋々々」の混在は、底本通りです。
※表題は底本では、「大岡越前《おおおかえちぜん》の独立《どくりつ》」となっています。
入力:岡山勝美
校正:北川松生
2015年12月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "057315",
"作品名": "大岡越前の独立",
"作品名読み": "おおおかえちぜんのどくりつ",
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"姓ローマ字": "Naoki",
"名ローマ字": "Sanjugo",
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"生年月日": "1891-02-12",
"没年月日": "1934-02-24",
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[
[
"大阪",
"大阪か、大阪とは見えないね"
]
] | 底本:「直木三十五作品集」文芸春秋
1989(平成元)年2月15日第1刷発行
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:鈴木厚司
2007年2月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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[
[
"いい心持になった、亭主、この羽織をお前にくれてやろう",
"旦那様、めっそうもない……",
"ま、取っておけ、少し長いぞ"
],
[
"又五郎、覚悟致せ",
"さあ、参れッ"
]
] | 底本:「仇討二十一話 大衆文学館」講談社
1995(平成7)年3月17日初版発行
1995(平成7)年5月20日2刷
入力:atom
校正:大野晋
2000年8月23日公開
2000年9月20日修正
青空文庫作成ファイル:
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"作品ID": "001069",
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[
[
"半兵衛が、助太刀に出るだろうか",
"そりゃ、旗本に対しても、出ずばなるまい。他人の旗本でさえ、あれまでにしたものを、助太刀にも出ずして、むざむざ又五郎を討たれては、武士の一分が、立たぬではないか?"
],
[
"何を?",
"将軍家御前試合に、荒木又右衛門が加わったと申すが、何故、荒木の如き、田舎侍が、歴々の中へ加わったので御座ろうか? 是水軒にしても、一伝斎にしても、一心斎にしても、天下高名な剣客であるのに、郡山藩の師範として、高々二百石位の荒木が、何故、この尊い試合に加えられたか、合点が行かぬ",
"腕が優れているからであろう"
],
[
"それも、そうだが、荒木は、柳生宗矩殿の弟子として、又右衛門という但馬守殿の通称を、譲られた位の愛弟子故と――今一つは、例の河合又五郎の一件に、助太刀をしてもおるし、一期の晴れの場所故、一生の思出として、荒木も出たかろうし、但馬殿も、出したかったのであろう",
"成る程、そういう事情があるかもしれぬ。対手は、宮本武蔵の忰八五郎だというが、これは使手で御座ろうか",
"武蔵が、好んで、養子にした者なら、申すに及ぶまい",
"では、勝負は?",
"それは判らぬ",
"二百石なら、貴殿も、二百石で、大した相違が、禄高から申せば無い訳だが、矢張り、ちがうものかの。甚だぶしつけだが、もし、荒木と立合えば、貴殿との勝負は?"
],
[
"御家様、内山様が、おみえなされました",
"ま――"
],
[
"よい話を、知らせにきた。実はの",
"はい"
],
[
"城下へ、荒木又右衛門が、数馬同道で、参ったのじゃ",
"ええ?"
],
[
"茶店で、或は、宿で、いろいろと、半兵衛の事を聞きただして、すぐ、発足したらしいが、宿の者の話によると、余程、荒木も、半兵衛の槍を、恐れているらしいのじゃ。繰返し、繰返し、槍の長さとか、穂の長さとか、得手は、管槍か、素槍か、とか、いろいろ聞いて参ったそうだ。江戸よりの下り道であろう。半兵衛は、名代の腕故、荒木も、穿鑿に参ったものであろうが、御前試合にて、宮本八五郎と、相打になった程の勇士が、心得とは申しながら、半兵衛の事を、訊ねに参ったとは、武士の誉れじゃ。半兵衛がおったなら、一試合させるものを、周章てて、立去ったと申すが――",
"荒木様と、何うして、お判りに",
"数馬が、古今の美男であるし、すぐ、判って、あとを追うたが、もう、足が届かなんだ。荒木程の者が、用心しておるのだから、半兵衛も、名誉な事じゃ。一人で、淋しかろうが、落胆せずに、待っておるがよい。これだけじゃ",
"あの、お茶一つ"
],
[
"旗本への手前――旗本が、あれだけ援けて、かばってくれた手前、易々と、池田の者へ首は渡せんから、匿れるのも尤もだが、然し、逃廻ったのは、面白うない。河合又五郎宿泊と、立札でも建てて、もし、池田の者でも、斬込んだなら、よし、討たれるにせよ、一働き働いて死ぬなら武名は、後世に残るが、此奴には、その覚悟がない",
"死ぬよりは、生きている方が、おもしろいからなあ。又五郎。近頃の若い士は、武士の面目ということよりも、金と、女と、長生きという事の方を尊ぶようになった。時勢らしい"
],
[
"河合殿と、荒木とは、御同藩だが、荒木は、何ういう腕、人物――",
"彼奴、但馬のお気に入りで、今度も、名誉な試合に出たが、腕は、さのみ、わしに優っておろうとは思わぬ。もし、今にも、彼奴と逢えば、勝負は時の運と申そうか? 紙一重と申そうか。必ず討つとも云えぬし、必ず討たれるとも申せぬ。人物は――まず、上出来かのう。わしよりは、当世であろうか、わしは、此奴が、只一人で、江戸を追われたと聞いた時、すぐ、助太刀をしてやろうと、殿へ御暇を頂戴したが、何を考えたか、荒木という奴は、余程経たんと、お暇をとらなかった。あの間考えているだけ、わしより、分別があるのかのう。あはははは"
],
[
"叔父は、古武士気質と申そうか、一徹者で、何か荒木の計にかかるように思えてならん。郡山の藩中の人間に聞いても、腕は、叔父も、荒木も互角だが、人気は荒木の方が高い。その高い訳は、稽古は、上手下手の手加減がある。然し、叔父には、ただ荒稽古だけだと――",
"それでよいのだ。わしの荒稽古一つ受けられん奴が、一朝事のあった時、馬前の役に立つものか。荒木の稽古で、下手が少々上達したとて、そんな稽古の剣術は、真剣の時の物の役には立たぬ、剣術とは、徒らに竹刀の末の技では無いぞ。いざと云えば、火水の中へも飛込む肚を慥えるものだ。お前なぞ、その肚が、一番に出来とらんぞ"
],
[
"背の傷は――倒れてから――斬られた",
"全く、あいつは卑怯な――"
],
[
"国許へ、半兵衛は、荒木と太刀打をしたが、立派に戦ったと――",
"しかと申しますぞ。気を落さずに",
"妻にも、半兵衛は、荒木に劣っていなかったと――"
]
] | 底本:「直木三十五作品集」文藝春秋
1989(平成元)年2月15日第1刷発行
入力:門田裕志、小林繁雄
校正:鈴木厚司
2006年10月24日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
| {
"作品ID": "001723",
"作品名": "寛永武道鑑",
"作品名読み": "かんえいぶどうかがみ",
"ソート用読み": "かんえいふとうかかみ",
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"姓読み": "なおき",
"名読み": "さんじゅうご",
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"名読みソート用": "さんしゆうこ",
"姓ローマ字": "Naoki",
"名ローマ字": "Sanjugo",
"役割フラグ": "著者",
"生年月日": "1891-02-12",
"没年月日": "1934-02-24",
"人物著作権フラグ": "なし",
"底本名1": "直木三十五作品集",
"底本出版社名1": "文藝春秋",
"底本初版発行年1": "1989(平成元)年2月15日",
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"XHTML/HTMLファイル符号化方式": "ShiftJIS",
"XHTML/HTMLファイル文字集合": "JIS X 0208",
"XHTML/HTMLファイル修正回数": "0"
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